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創価学会の功罪を考える
480
:
沖浦克治
:2003/10/28(火) 20:45
>誰が決めたことでもありません。長い議論の到達です。
とにかく過去ログを読んでください。
過去ログは読ませていただきました。
将来の世界広布に付いて語ることを、禁じているとは思えません。
>しかし、その投稿がどういうものであるかは、証拠主義に基づいて議論されていかなければなりません。ですから、どうしても教義討論は避けられないのです。
わかりました。
今後御書を題材にする討論と、創価学会の教義と方針に関する事には参加をいたします。
代々の法主と等は、参考程度であれば結構かと存じます。
>ネットで初対面の方々でしょうし、面識もないのですから、仕方ないでしょう。
しかしだからこそ、対話が必要なのではないですか?
この方々が創価学会の真実を知っているとは信じられないと、決め付けてはいけません。
まずは、排他的に構えないことです。ここに参加されている方々は、今ここであなたが、強く主張してこられたことを、かつて信条としていた時期もあった方が大半です。恐らく、私が代弁することではありませんが、沖浦さんの投稿を読みながら、かつての自分を見ている思いの人ばかりではないかと思います。
(違っていたらすみません)
排他的なのは彼等のほうでしょう。
>どこが失礼なのでしょう。関心がない、無駄だ、対話したくない、と言うほうがよほど失礼です。
関心の無いものに取り合わない自由は、ここにないのですか?
>>私は昭和52年から、悩みぬいてこれらの結論に到達したのです。
>信心の年数は関係ないでしょう。
自信がないと仰ったのですから、今も悩みの中におられるものなのでしょう。
年数に関係ないといわれるのなら、この掲示板は最初から運営が云々とは言わないでください。
また私は、創価学会のことで現在全く悩んではおりません。
創価学会は唯一正しい宗教です。
それ以外は全て過てる教えでしかありません。
これでよろしいですね。
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