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創価学会の功罪を考える

1管理者:2002/03/08(金) 17:18

ここから、このスレッドの過去レスを見る事が出来ます。

http://kamakura.cool.ne.jp/gomoyama/keijiban/kouzai.htm


板東様、アネモネ様、いちりん様から、スレッドテーマの提案が有りました。突っ込んだ議論をよろしくお願い致します。

提案文は以下の通りです。

名前: 板東 投稿日: 2002/02/10(日) 21:25

要するに公明党が政権与党になっている点,マスコミを抑えてしまった点,有り余る財産で銀行を掌握してしまった点,また,金にモノを言わせて,嫌がらせ裁判をたくさん起こして反対勢力を弾圧している点,完全に日本を支配している,これは問題ではないんですか.

名前: アネモネ 投稿日: 2002/02/10(日) 21:34

思い切って、「創価学会の功罪を考える」(仮題)といったようなスレッドを立ち上げてみてはどうでしょうか。私も、宗門サイドの半ば偏重的なアナウンスではない正しい認識として、過去も含めた事実を知っておきたいです。

名前: いちりん 投稿日: 2002/02/10(日) 22:02

「創価学会の功罪を考える」っておもしろそうですね。きっと活発な論議になるとは思いますが、たぶん荒れる可能性もありましょうね。でも、やってみないとわからないか。

322愚鈍凡夫:2003/10/22(水) 23:29

沖浦克治さん、
> 無理に立場の違いを埋める必要はありません

もう一度言います。以前にも言いました。ここは公の場です。あなたしか分からないことはレスするべきではありません。せめぎ合いにすらなっていませんよ。
あなたが故意に話を噛み合わせないようにしているだけです。

323沖浦克治:2003/10/22(水) 23:35
 具体的に私に何をお望みなのですか?

324愚鈍凡夫:2003/10/22(水) 23:46

具体的に何に対してなら答えられるのですか。
まず、それをお聞かせ下さい。

325沖浦克治:2003/10/23(木) 00:03
 私自身の体験に基づいた話であれば、何時でもさせていただきます。

326アネモネ:2003/10/23(木) 02:15
沖浦克治さん

>牧口・戸田・池田の3人先生方の真実の評価は、200年先にならないとわからないでしょう。

失礼ながら言わせて頂きますが、こういう言い回しって、なんだか私には、単なる逃げ口上に感じるところです。
だいたい、どうやって200年後という数字がはじき出されるのでしょう。
ここに集っている人は誰もいないですから、真実の確かめようがないわけです。学会員であることを誇りに思うことを強く主張しながら、その評価を自分のいない200年先にもっていくなんて、とても無責任発言に感じます。

>315
>ここでお三方の、評価の良し悪しを論じても無意味です。

「創価学会の功罪を考える」というこのスレッドは、まさにこのお三方の良し悪しを論じることを目的としているところです。提案者の私としましては、無意味といわれると、重大なテーマから都合良く目を背けられているように感じるところです。200年先の評価を持ち出されるほうが無意味ではないでしょうか。

>人間が本、仏が迹の立場です。
 戒壇様は迹、人間は本です。
 
仏よりも人間のほうが高い境涯(境界)ということを意味した内容に思われるのですが、はじめて聞く言葉だか解釈で、正直なところ私はとても理解できず、戸惑っております。
日蓮聖人は本仏だというふうに法華講で教わりましたが、ということは、人間の私たちのほうが勝るということなのですか?
これって、何なのでしょう。創価学会の教義なのでしょうか。それとも沖浦さんが自ら悟られたことでなのでしょうか…?

>本である人間社会が成熟をせねば、広宣流布が不可能である事は御書に照らして当然と言えるでしょう。

とすると、人間社会を成熟させる力があるのは、沖浦さんが信じているという「広めるべき法」ではないということになりますね。沖浦さんが信じているという「広めるべき法」は、民主主義の力なくしては広まらない、いわば「他力本願の法」ということなのでしょうか。

>>つまり日本の民主主義を定めた現行憲法の、第二十条に保障された信教の自由の恩恵を、第二代会長の戸田さん以降の創価学会は多大にその受けているということになるといえますね。
>当然そうです。
蓮祖が法を説かれ、人類社会が広宣流布の環境を整えるまで、700年かかったのです。

ということは、700年も前から創価学会があったということですか?

>創価学会が、現在信教の自由を侵している実例をお挙げ下さい。

沖浦さんご自身のレスに既に見受けられます。それは、>306の
「現在、宗門を邪宗と断定している立場から、戸田先生のご指導を読まねば真実は見えてまいりません。」
という言葉です。このような意識から、「駄目な人」といってしまったところが、他者の信教の自由を侵害していらっしゃるといえます。

>折伏は権力や、暴力で行なうものではなく、対話を通じて行なっております。

暴言…つまり言葉の暴力というものですね。
「お付き合いしたくありません」などと、対話を拒否することも、暴言、つまり暴力のうちに含まれるものではないでしょうか?

327アネモネ:2003/10/23(木) 02:15
(つづき)
>また、信教の自由は布教活動の自由を認めております。

もちろんです。しかし、その信教の自由は、創価学会の為だけに存在している権利ではありませんね。戸田さんの時代から振り返って、その点の教団の振る舞いは如何でしたでしたか?私よりもよくご存知なのではありませんか?
不信の人や、他の宗教教団の人々の信教の自由について尊重してきたと言い切れるものでしょうか。「地獄に落ちる」などといった言葉で脅かされて、不本意な形で入信を強要された方は限りなくたくさんいらっしゃるように思われますけれども…。
それは、私の聞き違いからくる思い過ごしなのでしょうか。

>人を憎むのではなく、その人の信じる邪法を我々は憎むのです。

他者が信じる教えを「邪法」と断定する段階で、「信教の自由」を認めてはいませんよね。
重ねて言いますが、どんなに不思議と解釈されても、創価学会の布教のためだけに、民主主義に基づく「信教の自由」があるわけではありません。
自らの努力で得た権利でもないのに、自分たちだけの為だけにあるかのように都合よく勝手な解釈をされては困ります。布教する権利を主張する以上は、他の信仰の存在も認めなければなりません。それが民主主義のお約束です。

>これまで自己紹介をすと揶揄を返される事が多かったのです。

揶揄ではなくて、反論でしょう。
ルールに反しない限り、そして個々の理性に任せた上で、限りなく言論は自由です。
それにだいたい沖浦さん自身だって、これまでのレスに、揶揄の言葉は全くなかったと言い切れますでしょうか?

しかしそれにしても、教義の内容に付いての討論は避けたいと仰りながら、この度の私に対するレスには、教義に関わる内容に言及されておられます。
こういうのを中途半端というのではないかと感じます。そしてこういう私のレスが、揶揄ということになるのでしょうか。
まあ、この程度の揶揄でひるんでいては、広宣流布の競争(?)には勝てはしないのではないでしょうか。
まあ、細かいことは読み流して頂いても構いませんが、私には創価学会の誇りというものが何であるのかは、現時点ではまるで見えてきておりません。

>現在、宗門を邪宗と断定している立場から、戸田先生のご指導を読まねば真実は見えてまいりません。

どうしてですか?

>317
>いずれにせよ勝負はこれからです。
>お互いに布教活動をし、世界に蓮祖の法を広めたほうが勝ちですね。

勝ち負けの基準は何でしょうか。誰がその判定をするのでしょう。
それと、私が退転して改めてわからない素朴な疑問をここでさせて頂きますが、広めるというその「連祖の法」とは、一体、何なのでしょうか?一言で言えるものではないでしょうけれども、その点も含めて、レスを頂ければ幸いです。

328MILD SEVEN:2003/10/23(木) 03:31
「創価学会の折伏法」

創価は対話を通して洗脳しようと躍起になります。本部の指導は洗脳を研究されたものです。

また、集団でイジメ「画策」抜き、ある時ふっと優しくして、そのまま対話を通して学会員にさせてしまう手も使います。

更に、宗教などの話はせずに、人のいい人間を装い、長い時間をかけた友人関係の後、ある時期が来ると自分は学会員であると告白し、対話を通してやわらかく選択を迫ります。

私が創価に言っている事は「悔い改めよ!」です。
しかし、魔界のロボトミー化した池田狂信者は、基本的に反省出来ない哀れな連中です。
残念です。

http://8022.teacup.com/momo7/bbs

329沖浦克治:2003/10/23(木) 16:44
 アネモネさん
 少し説明をいたします。
 教義の件は、私の立場を知っていただくために述べております。
 皆様方のご賛同を期待するものではありません。
 あなたのご質問にはお答えいたしますが、納得していただく必要はありません。
 先ず200年後につきましては、戸田先生自らが『自分の正しい評価は死後200年たたないとなされないであろう。』
 と言われた旨、池田先生のご指導より聞きました。
 手元に録音もあります。
 私は戸田先生を尊敬する一人の人間として、この言葉が真実であろうと思っております。

>ここでお三方の、評価の良し悪しを論じても無意味です。

 一人の人物を悪意から評価する立場と、善意から見ると時とでは正反対の評価がしばしば顕れます。
 にこやかで、雄弁で、行動力がある人も、悪意から見れば、にやけて、喋りで、腰が軽いとなります。
 失礼ながらこの掲示板では、池田先生すなわち悪、との決め付けが先行しているように見受けられます。
 池田先生や、創価学会に対する公平な態度の欠如するところで、創価学会や、池田先生の功罪を論じても、私には無意味に感じられるのです。

330沖浦克治:2003/10/23(木) 16:58
 アネモネさん(続きです)
>人間が本、仏が迹の立場です。
 戒壇様は迹、人間は本です。

 蓮祖の法を世界に広め、キリスト教や回教を化導するために最も重要な部分でしょう。
 仏法は、人間のための法です。
 人を幸福に導く為に仏は出現し、法を説きます。
 人間の為の仏や法であれば、人間が主、法や仏は従です。
 Aの為のBであれば、Aが目的であり主、Bが手段であり従です。
 おそらくは、このような思想は仏法だけかも知れません。
 法主は従、信徒は主、能化は手段、所化は目的。
 これがさかさまになっているのが、現在の宗門です。
 池田先生は従、会員は主、幹部は手段、末端は目的。
 人類の幸福の為にある組織であれば、当然のことです。

>創価学会の教義なのでしょうか。
 
 日蓮大聖人様の教えです。

>とすると、人間社会を成熟させる力があるのは、沖浦さんが信じているという「広めるべき法」ではないということになりますね。沖浦さんが信じているという「広めるべき法」は、民主主義の力なくしては広まらない、いわば「他力本願の法」ということなのでしょうか。

 いいえ自力でも他力でもありません。
 社会の変換をもたらしたものは人類の英知です。
 法も力があり、人間も力があるのです。

331沖浦克治:2003/10/23(木) 17:05
 アネモネさん(続きです)

>ということは、700年も前から創価学会があったということですか?

 創価学会はありません。

>沖浦さんご自身のレスに既に見受けられます。それは、>306の
「現在、宗門を邪宗と断定している立場から、戸田先生のご指導を読まねば真実は見えてまいりません。」
という言葉です。このような意識から、「駄目な人」といってしまったところが、他者の信教の自由を侵害していらっしゃるといえます。

 『修羅が仏は十八界我は十九界と云ひ外道が云く仏は一究竟道我は九十五究竟道と云いしが如く日蓮御房は師匠にておはせども余にこはし我等はやはらかに法華経を弘むべしと云んは螢火が日月をわらひ蟻塚が華山を下し井江が河海をあなづり烏鵲が鸞鳳をわらふなるべしわらふなるべし。』( 佐渡御書)
 蓮祖も邪義を厳しく責められておられますよ。

>暴言…つまり言葉の暴力というものですね。
「お付き合いしたくありません」などと、対話を拒否することも、暴言、つまり暴力のうちに含まれるものではないでしょうか?

 そうは思いません。

332沖浦克治:2003/10/23(木) 17:19
>他者が信じる教えを「邪法」と断定する段階で、「信教の自由」を認めてはいませんよね。
重ねて言いますが、どんなに不思議と解釈されても、創価学会の布教のためだけに、民主主義に基づく「信教の自由」があるわけではありません。

 当然です。
 どの宗教にも布教の自由があります。
 蓮祖は『かかる時刻に日蓮仏勅を蒙りて此の土に生れけるこそ時の不祥なれ、法王の宣旨背きがたければ経文に任せて権実二教のいくさを起し忍辱の鎧を著て妙教の剣を提げ一部八巻の肝心妙法五字の旗を指上て未顕真実の弓をはり正直捨権の箭をはげて大白牛車に打乗つて権門をかつぱと破りかしこへおしかけここへおしよせ念仏真言禅律等の八宗十宗の敵人をせむるに或はにげ或はひきしりぞき或は生取られし者は我が弟子となる、或はせめ返しせめをとしすれどもかたきは多勢なり法王の一人は無勢なり今に至るまで軍やむ事なし、法華折伏破権門理の金言なれば終に権教権門の輩を一人もなくせめをとして法王の家人となし天下万民諸乗一仏乗と成つて妙法独り繁昌せん時、万民一同に南無妙法蓮華経と唱え奉らば吹く風枝をならさず雨壤を砕かず、代は羲農の世となりて今生には不祥の災難を払ひ長生の術を得、人法共に不老不死の理顕れん時を各各御覧ぜよ現世安穏の証文疑い有る可からざる者なり。』( 如説修行抄)
 と仰せです。

>私には創価学会の誇りというものが何であるのかは、現時点ではまるで見えてきておりません。

 あなたが創価学会員でないのですから当然でしょう。

>どうしてですか?

 宗門と創価学会は無関係の団体です。
 創価学会が日蓮正宗の信徒の集まりの時とは、立場が変わって当然です。
 現在の自由な立場から宗門を見ると、過去には見えなかったものが見えてくると言っております。
 たとえば、嫡々一人などは絵空事です。
 しかしながら、宗門に所属していた時にはこんな事は話題にも出来ず、したがってほとんどの学会員が信じておりました。

>勝ち負けの基準は何でしょうか。誰がその判定をするのでしょう。
それと、私が退転して改めてわからない素朴な疑問をここでさせて頂きますが、広めるというその「連祖の法」とは、一体、何なのでしょうか?一言で言えるものではないでしょうけれども、その点も含めて、レスを頂ければ幸いです。

 これから出かけますので帰宅後に書き込ませていただきます。

333MILD SEVEN:2003/10/23(木) 17:29
「創価学会の悪・折伏」

創価は、まったく反省しない連中です。
まったく魅力無き組織です。
創価は不自然で・・・きもい。
http://8022.teacup.com/momo7/bbs

334MILD SEVEN:2003/10/23(木) 18:56

 <創価学会が仏教では無く、単なる新興宗教である事の確証>

創価学会は、現在本山から破門され、その教義は迷路をさまよっています。

http://www5c.biglobe.ne.jp/~lotus/newpage3.htm

335沖浦克治:2003/10/23(木) 21:48
 アネモネさん
>>勝ち負けの基準は何でしょうか。誰がその判定をするのでしょう。
それと、私が退転して改めてわからない素朴な疑問をここでさせて頂きますが、広めるというその「連祖の法」とは、一体、何なのでしょうか?一言で言えるものではないでしょうけれども、その点も含めて、レスを頂ければ幸いです。

 200年たって、創価学会が20億人程度の会員を世界中に持っていれば我々の勝ち。
 日蓮正宗が20億人になっていれば宗門の勝ち。
 両方とも世界に広がらなかったら、双方ともに負け。
 判定は後世の人類がするのです。

 人間の人間による人間の為の宗教が蓮祖の法です。
 蓮祖は人間です、我々も人間です、化導されるべき衆生もまた人間です。
 今世界は不幸に満ちています。
 子供達は虚しくは死に、内戦は民衆を殺し、食料難に餓死者が溢れているのが世界です。
 ニュースをごらんください。
 宗教は力を失い始め、価値観は揺らぎ、変遷する勢力争いは民を途端の苦しみに陥れておるます。
 蓮祖在世の日本の状態が、今世界中に広まったております。
 救えるものは蓮祖の仏法以外にありません。
 『涅槃経に云く「一切衆生の異の苦を受くるは悉く是れ如来一人の苦」と云云、日蓮が云く一切衆生の異の苦を受くるは悉く是れ日蓮一人の苦なるべし。』(御義口伝)
 『かかる時刻に日蓮仏勅を蒙りて此の土に生れけるこそ時の不祥なれ、法王の宣旨背きがたければ経文に任せて権実二教のいくさを起し忍辱の鎧を著て妙教の剣を提げ一部八巻の肝心妙法五字の旗を指上て未顕真実の弓をはり正直捨権の箭をはげて大白牛車に打乗つて権門をかつぱと破りかしこへおしかけここへおしよせ念仏真言禅律等の八宗十宗の敵人をせむるに或はにげ或はひきしりぞき或は生取られし者は我が弟子となる、或はせめ返しせめをとしすれどもかたきは多勢なり法王の一人は無勢なり今に至るまで軍やむ事なし、法華折伏破権門理の金言なれば終に権教権門の輩を一人もなくせめをとして法王の家人となし天下万民諸乗一仏乗と成つて妙法独り繁昌せん時、万民一同に南無妙法蓮華経と唱え奉らば吹く風枝をならさず雨壤を砕かず、代は羲農の世となりて今生には不祥の災難を払ひ長生の術を得、人法共に不老不死の理顕れん時を各各御覧ぜよ現世安穏の証文疑い有る可からざる者なり。』(
如説修行抄)

 蓮祖は、一切衆生を救うために折伏を行なえ、とご遺命になられました。
 今日、このご遺命通りの行動をしているのは、創価学会だけす。
 法華経の行者は大難に遭うとも仰せです。
 今、何処の団体に難が競っておりますか?
 創価学会以外にはありません。
 我々は、初代を殺され、二代を投獄され、三代を中傷批判の真っ只中に置かれております。
 何一つ悪い事はしておりません。
 これが証拠です。
 蓮祖の仏法をご本尊様とともに創価思想として広めることが、蓮祖の法を広めるとの義です。

336MILD SEVEN:2003/10/23(木) 22:16

<創価学会が仏教では無く、単なる新興宗教である事の確証>

創価学会は、現在本山から破門され、その教義は仏教を否定し迷路をさまよっています。

http://www5c.biglobe.ne.jp/~lotus/newpage3.htm

337私案119の期待者:2003/10/24(金) 00:11
 創価三代は「何一つ悪い事無し、、」とは、、、、??、、、、??。 今時「このようなお言葉自体」が逆に「新鮮に、、?」に聞こえる私めが「バカ」なのでしょうか、、? 沖浦様には「過去の投稿文」をジックリ「お読み」されてから「再度の御投稿、、」なども、、、ヨロシーか、、?、なと、、??

338今後の警戒者:2003/10/24(金) 01:21
 今後とも「沖浦様のような、方、が」「ますます増加する、?」かと存じまするが、、。 「昨今は”本尊”に迷走中」の「方々が大勢、、??」居られるようですかネーー?、。

339Leo:2003/10/24(金) 02:07
沖浦克治さん、はじめまして。横レス失礼します。
ある期間活動していたことのある、今は名ばかりの学会員Leoと申します。

>200年たって、創価学会が20億人程度の会員を世界中に持っていれば我々の勝ち。
>日蓮正宗が20億人になっていれば宗門の勝ち。
>両方とも世界に広がらなかったら、双方ともに負け。
>判定は後世の人類がするのです。

仏法では現在だけでなく、過去・未来を知るといわれますが...

20億人とは現在の世界の人口60億人の1/3(舎衛の三億)ですね。
1944年に創価学会員1人で、現在「学会員+SGIメンバー」 2000万人で
あり、増加率が単調増加「学会員+SGIメンバー 」と仮定しましょう。
(世界の人口増加もないとしてみましょう)広宣流布は、
60年 * 20,000,000,000人 / 20,000,000人 = 6万年
かかることになります。

そもそも海外メンバーが日本のメンバーの1/10、現在は過去の
75万世帯→750万世帯の伸びもなく、公明党の得票数から推定
される実質会員数もほぼ横ばいであるのに、舎衛の三億が
どのように達成されるのでしょうか。

>蓮祖は、一切衆生を救うために折伏を行なえ、とご遺命になられました。
>今日、このご遺命通りの行動をしているのは、創価学会だけす。

折伏・布教は創価学会だけでなく、日蓮正宗も日蓮宗もやっていますね。
どこが元祖・本家なのでしょうか。

>法華経の行者は大難に遭うとも仰せです。
>今、何処の団体に難が競っておりますか?
>創価学会以外にはありません。
>我々は、初代を殺され、二代を投獄され、三代を中傷批判の真っ只中に置かれております。
>何一つ悪い事はしておりません。

初代会長、二代会長は何も悪いことをしていないように思える。
三代以降では、たとえば「言論出版弾圧事件」はなかったのでしょうか。

>これが証拠です。
>蓮祖の仏法をご本尊様とともに創価思想として広めることが、蓮祖の法を広めるとの義です。

創価思想とは何ですか、創価思想を「広めること」ですか?
その広める創価思想とは何でしょう?「難にあう」ことですか?
実は、全く無内容なのではないでしょうか(誰も明確に説明できない)。

340Leo:2003/10/24(金) 02:23
補足です。

>判定は後世の人類がするのです。

学会草創期から見た「後世の人間」として判定させて頂きます。
学会流広宣流布は第一次・第二次宗門問題をもって挫折したと考えます。

今は、通仏教・通日蓮等を学ぶなどして個人個人が向上していくしかないと
考えます。自分を救えない者がまして他人様を救えましょうか。

341MILD SEVEN:2003/10/24(金) 03:13
創価の詭弁には呆れます。
創価は仏教ではありません。

http://8022.teacup.com/momo7/bbs

342沖浦克治:2003/10/24(金) 04:56
  Leoさん
 始めまして、沖浦克治です。

>20億人とは現在の世界の人口60億人の1/3(舎衛の三億)ですね。
1944年に創価学会員1人で、現在「学会員+SGIメンバー」 2000万人で
あり、増加率が単調増加「学会員+SGIメンバー 」と仮定しましょう。
(世界の人口増加もないとしてみましょう)広宣流布は、
60年 * 20,000,000,000人 / 20,000,000人 = 6万年
かかることになります。

 今後の世界広布の展開に関するご質問のようですね。
 先ず宗門や、日蓮宗の布教活動は折伏ではありません。
 あれらの法は日蓮大聖人様とは無関係です。
 ただのは勧誘です。
 念仏宗を真言宗に改宗させる行為と同じです。
 邪宗を、邪宗に転向させる行為を折伏とは呼びません。
 折伏は蓮祖直属の創価学会だけです。
  
 社会に仏法を開く為には、多くの人材の輩出が不可欠です。
 とりあえずは、蓮祖の法を心の芯においた社会に通用する一流の人間を多く育てる事です。
 そのためには大学、文化研究機関、経済研究所等々を作らねばなりません。
 政治も避けては通れませんね。
 信心さえしていればよい、との考えは、世界広布には無力です。
 またあなたの計算式は理解がしにくいです。
 何をおっしゃりたいのでしょうか?
 20億が15億でもいいのですが、要するに蓮祖の法が世界のあらゆる価値判断の根底に座るには、その程度の人数はいるのではないかな、と考えているだけです。
 舎衛の三億との言葉は御書には無いと思いますが、一つの目安としては有効でしょうね。
 創価学会員をこの数字まで200年以内に出来なければ、蓮祖の法は滅びるでしょう。
 方法は大白蓮華や、聖教新聞等をお読みくだされば、少しは理解できると思いますが、本気で知るための努力が必要となるでしょう。

> 学会草創期から見た「後世の人間」として判定させて頂きます。
学会流広宣流布は第一次・第二次宗門問題をもって挫折したと考えます。

 このご意見は改める必要ははありません。
 あなたにはあなたの、私には私の考えがあるのです。 
 どちらがが正しいかは、当方の今後の折伏活動にかかっております。
 
>今は、通仏教・通日蓮等を学ぶなどして個人個人が向上していくしかないと
考えます。自分を救えない者がまして他人様を救えましょうか。

 これもあなたの価値観ですから、大切になさればいいでしょう。

343Leo:2003/10/24(金) 07:52
沖浦克治さん。

>今後の世界広布の展開に関するご質問のようですね。
>先ず宗門や、日蓮宗の布教活動は折伏ではありません。
>あれらの法は日蓮大聖人様とは無関係です。
>ただのは勧誘です。
>念仏宗を真言宗に改宗させる行為と同じです。
>邪宗を、邪宗に転向させる行為を折伏とは呼びません。
>折伏は蓮祖直属の創価学会だけです。

学会が蓮祖直属であるその根拠は何でしょうか。
御書を拝する限り創価学会は蓮祖に反しているように思います。
(必要であれば説明します)
  
>社会に仏法を開く為には、多くの人材の輩出が不可欠です。
>とりあえずは、蓮祖の法を心の芯においた社会に通用する一流の人間を多く育てる事です。
>そのためには大学、文化研究機関、経済研究所等々を作らねばなりません。
>政治も避けては通れませんね。

すでに東洋哲学研究所や創価大学、アメリカ創価大学をつくっていますね。
政治は公明党ですか。それらは現在ベストな状態なのでしょうか。未来にはベストに
なるのでしょうか。考え方が同じであれば、未来も同じではないのでしょうか。

心理学(脱カルト)のカウンセラーはもっと増やした方がいいかもしれませんが...

>信心さえしていればよい、との考えは、世界広布には無力です。

あなたは実際世界広布されたことがありますか。そうでなければ観念論では
ないでしょうか。

>またあなたの計算式は理解がしにくいです。
>何をおっしゃりたいのでしょうか?

要するに200年後に20億人の会員数にはならないということです。
沖浦さんは数学や算数を否定されるお立場なのでしょうか。
私は20億広布は観念論だと思います。

>20億が15億でもいいのですが、要するに蓮祖の法が世界のあらゆる価値判断の根底に座るには、その程度の人数はいるのではないかな、と考えているだけです。
>舎衛の三億との言葉は御書には無いと思いますが、一つの目安としては有効でしょうね。
>創価学会員をこの数字まで200年以内に出来なければ、蓮祖の法は滅びるでしょう。
>方法は大白蓮華や、聖教新聞等をお読みくだされば、少しは理解できると思いますが、
>本気で知るための努力が必要となるでしょう

私は大白蓮華や、聖教新聞を読んでますが、200年後に会員数が 15億〜20億に
なるとか、そうならなければ蓮祖の法は滅びるとどこに書いてありますか。
それとも沖浦さん専用の大白蓮華や聖教新聞があるのでしょうか。

>このご意見は改める必要ははありません。
>あなたにはあなたの、私には私の考えがあるのです。 
>どちらがが正しいかは、当方の今後の折伏活動にかかっております。

ええ、個人個人の意見があると思います。6万年折伏はひとつのロマンだと思います。
頑張ってください。

344Leo:2003/10/24(金) 07:53
>心理学(脱カルト)のカウンセラーはもっと増やした方がいいかもしれませんが...

もっと増やした方がいいというより、設けた方がよいということです。

345沖浦克治:2003/10/24(金) 11:04
 Leo さんおはようございます。
>学会が蓮祖直属であるその根拠は何でしょうか。
御書を拝する限り創価学会は蓮祖に反しているように思います。

 お望みであればいくらでもお話をいたしますが、何故お知りになりたいのでしょうか?
 もし、ご自分が創価学会に真面目な興味をお持ちになられるのでしたら、対話をしたく存じます。

>すでに東洋哲学研究所や創価大学、アメリカ創価大学をつくっていますね。
政治は公明党ですか。それらは現在ベストな状態なのでしょうか。未来にはベストに
なるのでしょうか。

 ベストの状態のものなどは世の中には無いと思いますが、如何でしょうか?

>心理学(脱カルト)のカウンセラーはもっと増やした方がいいかもしれませんが.

 創価学会とカルトは無関係です。

>そうならなければ蓮祖の法は滅びるとどこに書いてありますか。
それとも沖浦さん専用の大白蓮華や聖教新聞があるのでしょうか。

 私がもっとも嫌いなものがこの様な馬鹿げた質問です。
 私専用の大白や新聞があると思うのならば、お探しください。
 この様な無礼名質問は無視いたします。
 今後もこの様なことを続けるのでしたら、あなたとの対話はお断りいたします。

>あなたは実際世界広布されたことがありますか。そうでなければ観念論では
ないでしょうか。

 これも同レベルの質問です。
 『あなたは具体的に世界広布に向けて、どのような行動をおとりですか?』
 この様な質問でなければ回答が出来ないでしょう。
 少し常識的な質問をして下さい。

>ええ、個人個人の意見があると思います。6万年折伏はひとつのロマンだと思います。
頑張ってください。

 6万年云々はあなたの説です。
 あなたがおやりなさい。
 自分の妄説を、他人に押し付ける事は愚かです。

346アネモネ:2003/10/24(金) 13:00
沖浦克治さん

今回は、大変長くなりました。ゆっくり読んでください。

>先ず200年後につきましては、戸田先生自らが『自分の正しい評価は死後200年たたないとなされないであろう。』
と言われた旨、池田先生のご指導より聞きました。

戸田さんがそれをどのようなときにどのような思いで発せられたのか、また池田さんがその言葉をどのような思いで受け止めて、どのような意図でもって信徒の方々に伝えているのか、創価学会に個人的な思い入れも共感もない私にはほとんどわかりません。
ただ、ある時代に何かを残した人の評価というのは、後世になって大きく変るということは確かにあるでしょうね。しかしそれのいずれが真実に正しい評価であるかは、時代の変遷の中で価値観も変っていくでしょうから、一概には定められないものではないでしょうか。
むしろ私は、真実の正しい評価は一つというものではないと思っています。敢えていえば、良い評価ができるところもあれば、できないところもあるということであり、そのようにみることが、公正で健全なものの見方ではないかと思っています。
だからこそ、創価学会の功と罪を検証してみたいということなのです。

>失礼ながらこの掲示板では、池田先生すなわち悪、との決め付けが先行しているように見受けられます。

そんなことはありませんでしょう。それこそ、そのように思いこんでしまう沖浦さんこそ、決め付けや偏見というものです。ご自分ではお気づきになりませんか?

>池田先生や、創価学会に対する公平な態度の欠如するところで、創価学会や、池田先生の功罪を論じても、私には無意味に感じられるのです。

私は法華講にいて、うんざりするほど、池田さんや創価学会の口汚いほどの悪口を聞かされて、ほとほとそれがいやで参詣が遠のいたようなものです。それに比べたら、ここの掲示板ではそのような誹謗中傷はなく、非常に科学的で冷静な検証と、そして公正な判断での事実の積み重ねがなされてきていると感じます。そうでなければ、私は常連と呼ばれるほどここに参加してはいません。

投稿者の方々の多くは、組織の立場や経緯は違えど、富士門の教団に対して真摯に問題意識を持っていらっしゃると見受けられます。そのうえで、功と罪を見ている、また見ようとしている方々ですから、そこが組織の枠組みやしがらみを超えて共通する認識の立場ではないでしょうか。非常に有意義なことだと思っています。

しかしまあ話しを戻しますと、学会は学会で聖教新聞などの媒体の見出しなどからして、宗門や日顕さんのことを宗門と同じように口汚く言い、場合によっては、個々の家庭では呪いのような唱題もしていると聞いています。それが本当ならば、どっちもどっちの境涯(境界)といえるでしょう。お互いに近親憎悪の修羅界ではないでしょうか。どこに違いがあるというのでしょう。
そのような泥仕合の渦中にドップリ日々つかっていれば、それこそ人間性が歪められ、感覚は次第に麻痺していき、とてもじゃないですが、自分の組織を冷静に客観視することなど出来るものではありません。
失礼ながら、沖浦さんの投稿から拝見すると、まさにそのような状態に陥っていらっしゃるのではないでしょうか。そういうことがお好きだというなら、それもひとつの生き方でしょう。しかし、そういう心の状態となる価値観を人々に勧めてはほしくないなという思いを私は持ちますね。

沖浦さんは、投稿にもあるように何よりも創価学会員であることに対する誇りが強いわけですから、戸田さんや池田さんに対する思い入れも人一倍強いわけです。となると個人的な感情移入は避けられず、どうしても公正に見ているつもりでも、ひいき目になっているということは、ご自分では全く気がつかれませんか?
良いところだけを見てきているように思われますし、もしくは、良いところだけを刷り込まれてきたということかもしれません。

これは、学会に対する悪意でもって書いていることではありません。決め付けているわけでもないです。違うということであれば、反論なさってください。

347アネモネ:2003/10/24(金) 13:00
(つづき)
>蓮祖の法を世界に広め、キリスト教や回教を化導するために最も重要な部分でしょう。

なぜキリスト教や回教を創価学会が化導しなければならない必要があるのでしょうか。
また、沖浦さんはどの程度、キリスト教や回教をご存知なのですか?

>>仏法は、人間のための法です。
>人を幸福に導く為に仏は出現し、法を説きます。
>人間の為の仏や法であれば、人間が主、法や仏は従です。

仏法の為に布教活動をしているとよく聞いたものですが、妙法や正法というものは、人間の為に存在しているということですか?これも初耳です。法律のように誰かが人間の為に作ったというものなのでしょうか。
すみませんが、ここのあたりのことを、向学のために、そのように説かれたお経文か御書を教えていただけませんか?

>Aの為のBであれば、Aが目的であり主、Bが手段であり従です。
>おそらくは、このような思想は仏法だけかも知れません。

というか、それが本当に仏の法というものなのでしょうか。私は、俄に理解できませんので、何か文証を提示してください。
正直いって、私は、日蓮正宗と創価学会は似たようなものだと思っていました。法華講はミニ版の創価学会だったのではないかとさえ思ったものですが、こうして投稿を読ませていただくと、カルチャーショックのような感覚を覚えます。

>法主は従、信徒は主、

では、不信の人は、何と呼びますか?

>能化は手段、所化は目的。

この意味がよくわかりません。所化になるということがこの信心の目的ということなのでしょうか。そのための手段が能化ということですか?ちょっとよくわかりませんので、この点についても、何か文証を示して説明して頂けないでしょうか。

>これがさかさまになっているのが、現在の宗門です。

さかさまでも、どっちでも、私はそのような役割を定められてしまうような組織信仰の歯車に組み込まれるのは、とても馴染めそうもないですね。
人間の為としきりに言われていますが、組織の枠組みを想像すると、まるで人間の尊厳を無視しているように見えますが。

>池田先生は従、会員は主、幹部は手段、末端は目的。

なんだか、目的別に役割が固定されているようで、とても息苦しそうですね。
この仏法を広めるということは、社会全体がそのような創価学会の組織に組み込まれて、画一化されてしまうというようなことを目標としているというものなのでしょうか。
なんだか心身ともに不自由な世の中になりそうで、繰り返しになりますが、私はとてもそのような組織の論理には馴染めそうもないです。
正直なところ、信じている方のお気持ちは尊重いたしますが、そのような息苦しい価値観は広まらないほうがいいのではないかと、私個人は思ってしまいます。かえって、人々が精神的に追い詰められ不幸になりはしないでしょうか。

>人類の幸福の為にある組織であれば、当然のことです。

そもそも創価学会では、人類の幸福とは何であるとしているのですか?

>>創価学会の教義なのでしょうか。
>日蓮大聖人様の教えです。

繰り返しになりますが、御書でそれを示しているところを教えてください。

348アネモネ:2003/10/24(金) 13:01
(つづき)
>蓮祖は『かかる時刻に…有る可からざる者なり。』( 如説修行抄)
 と仰せです。

かつて、法華講に所属して、それなりに信心をしていた頃には、この世を生きる使命感をそそられ、みなぎる思いもひとしおだった御書の御文なのですが…。
今こうして改めて読んでみると、そのとき味わった思いは、多少色褪せてましっているのを感じますね。
「念仏真言禅律等の八宗十宗の敵人をせむるに…」など、なんというか闘争的というか、好戦的というか、仏と民衆に仕えるお坊さんというよりは、非常に勇ましく血気盛んな武士の御文のようでもあります。
日蓮さんは平家物語の原形として当時読まれていた軍記ものを好んで読まれ、その影響を多分に受けておられるという分析をどこかで読んだことがあります。この掲示板でも紹介したことがありましたが、まさにそのような影響を感じる文面ですね。
だからでしょうか、沖浦さんのレスにも、勝敗を常に意識されている文面が多く、ややもすれば闘争的な面が見受けられるようにも思われます。確かに、自由社会とは競争原理に基づいたものかもしれませんが、しかし、だからこそ宗教の教えは、競争原理を超えた精神の解放を望むところに、その意義があるものなのではないでしょうか。

>>私には創価学会の誇りというものが何であるのかは、現時点ではまるで見えてきておりません。
>あなたが創価学会員でないのですから当然でしょう。

結局、私とはほとんど対話が成り立っていないかもしれませんね。
戸田さんや池田さんの言葉の影響を受けてこられたことはだいたいわかりますが、しかし沖浦さんの投稿内容は、具体性に欠けていることもあって、いまひとつ創価学会の功績ということにおいて、何を主張されたいのか、はっきりしませんです。

>>現在、宗門を邪宗と断定している立場から、戸田先生のご指導を読まねば真実>は見えてまいりません。
>どうしてですか?
>宗門と創価学会は無関係の団体です。

とーんでもない。たとえ袂を分かったとしても、決して無関係の団体とはいえないでしょう。教団の成り立ちや歴史を全く無視したご発言ですね。このように言いなさいと学会で指導されているのですか?
こんな無責任なことを言えば、他の全ての言葉も真実味が感じられなくなります。たとえ一信徒といえども、沖浦さんのこの言葉ひとつで、「創価学会は信用できない教団」という印象をもたれることにもなります。ただ単に自分たちの目先に都合のいい言葉を発することは、結局は自分とその教団の評価を自ら下げることになると思います。

私が言うまでもありませんが、牧口さんも戸田さんも、法華講に入ったことから創価学会が始まったようなものですね。宗門の日寛教義を学会の教義とし、宗門を外護することを志した団体だったのではないですか?
さらに今でも日寛さんの曼荼羅を配布しているとも聞きますから、無関係の団体などといえば、事実を無視した虚偽の発言となります。
適当なことを言ってはいけませんね。

349アネモネ:2003/10/24(金) 13:02
(つづき)
>創価学会が日蓮正宗の信徒の集まりの時とは、立場が変わって当然です。

何の立場が変ったというのですか。
こういってはなんですが、発せられる言葉のひとつひとつが曖昧模糊とした適当な言葉のように感じるんですね。一方的な思いを強く語られる割には、中味が空疎のように感じます。
学会の中ではツーカーで通じ許される適当な言葉であっても、学会を知らない私のような者もいる公の掲示板では、残念ながら通用しないのです。
できれば、レスは急ぎませんので、もう少し具体性を持たせた説明をお願いできないでしょうか。それと、ここに参加される以上は、できれば私が紹介いたしました過去ログを少しづつでもいいですから、ぜひお読みになって下さい。

>現在の自由な立場から宗門を見ると、過去には見えなかったものが見えてくると言っております。
たとえば、嫡々一人などは絵空事です。

嫡々一人というのは、唯受一人血脈相承のことでしょうか?

>しかしながら、宗門に所属していた時にはこんな事は話題にも出来ず、したがってほとんどの学会員が信じておりました。

嫡々一人が何のことなのかわかりませんが、それが正しいことではないということは、どのようなことでおわかりになったのですか?

>200年たって、創価学会が20億人程度の会員を世界中に持っていれば我々の勝ち。
 日蓮正宗が20億人になっていれば宗門の勝ち。

200年という数字は戸田さんが言ったこととのことでしたが、20億人というのはどういう試算でどなたがはじき出したものでしょうか。
恐らく、沖浦さんは、私の過去のレスについてはほとんど読んではいらっしゃらないものと思われますが、私はこうした数字を宗教の場で必達目標として掲げられることに大きな違和感を覚えます。はっきりいって、マルチ商法の場のようにさえ感じるのです。
共通する弊害は、人間性を失いかねないということで、私は敬遠したいのです。
法華講でもそうでしたが、30万登山というその30万という数字にどれだけの信者が人間性を失ってきたのかを目の当たりにしてきました。私もあわやのところで、自分を見失うところでした。
人間の為と言いながら、200年後とか、20億人とか、信者が数字を背負わされていくことで、広める信徒が人間性を失っていたのでは、どうしようもないです。

>人間の人間による人間の為の宗教が蓮祖の法です。

このことを示した文証を教えてください。

>蓮祖は人間です、我々も人間です、

それはそうでしょうね。

>化導されるべき衆生もまた人間です。

それでは、法を広める信徒と、広められる衆生との間にも、主と従があるのですか?

350アネモネ:2003/10/24(金) 13:02
(つづき)
>子供達は虚しくは死に、内戦は民衆を殺し、食料難に餓死者が溢れているのが世界です。

具体的に創価学会ではそういった世界的な問題に対して、どういう社会貢献をしているのでしょうか。具体的に教えて下さい。それと、そのような世界中の数々の不幸な現状に対して、200年後だの20億人だのといった数字は、どのような相関性があるのでしょうか。これも具体的に説明してください。

>ニュースをごらんください。

毎日、欠かさず見ております。

>宗教は力を失い始め、価値観は揺らぎ、

「価値観は揺らぎ」とはどういうことでしょう。私は、価値観は多様であるものだと考えますが。

>蓮祖在世の日本の状態が、今世界中に広まったております。

今に始まったことではないでしょう。古今東西、いつの世も人間のやってきたことは、殺戮や戦争の歴史だったといえるのではないでしょうか。
そんなどうしようもない人間の為に法があるというのがよくわかりません。
生命体はこの世にたくさんありますが、そのような他の生命体は法にとっては無意味な存在というものなのでしょうか。

>救えるものは蓮祖の仏法以外にありません。

その根拠を提示してください。

>蓮祖は、一切衆生を救うために折伏を行なえ、とご遺命になられました。

日蓮さんが使っていた「折伏」という語彙とは、真蹟の書を見る限りでは、根本的な意味が違っているとのことです。
ところで、沖浦さんは、真偽未決の書も文証として用いられているかと思われますが、この掲示板では、御書の真偽については非常に慎重です。

>今日、このご遺命通りの行動をしているのは、創価学会だけす。

折伏の語彙について、その意味を私に正しく教えてください。

>法華経の行者は大難に遭うとも仰せです。
 
日蓮さんは法華経を依経とされたわけですが、それはお釈迦さまの直説だという前提のもと、五時八教にのっとって選ばれた経文ということですが、しかし、時代とともに科学的研究が進んできた結果、法華経はお釈迦さまの直説ではなくて、同時に五時八教は理論的に崩れてしまっているとのこと。この点はどのように考えられているのですか?

>今、何処の団体に難が競っておりますか?
 創価学会以外にはありません。

創価学会にはどのような難が競っているのでしょうか。具体的に提示してください。

351アネモネ:2003/10/24(金) 13:03
(つづき)
>何一つ悪い事はしておりません。

そんなことはないんじゃないですか?
都合の良い情報だけを刷り込まれているということではありませんか?

>これが証拠です。

証拠というよりも、学会はすごいんだという自己宣伝ばかりで、何がすごいのかという参考になるような具体的内容も根拠もほとんどなかったですね。残念です。
あまりにも思いばかりが強いせいか、創価学会の正しさを立証するにはほど遠く、内容が空疎と感じました。
ただひとつわかったことは、私はかつて8年間いた宗門にも、かつて学会だったという方々が多くおられて、そのような方々を通して学会を知り、結局、似たり寄ったりだと思っていたものですが、実は、違うものだということを実感しました。
語彙も違えば、もしかして教義も違っているのでしょうか。

創価学会は具体的に何をしている教団なのでしょうか。
結局、沖浦さんの投稿の中で、具体的に書かれていたことといえば、「200年後」と「20億人」というそれぞれの数字と、その達成が勝負を決めるということだけだったように思われます。これが世界平和の目指す姿なのですか。だとしたら、とてもお粗末です。

要するに、教団の信徒数を増やすことだけに心血を注いでいる団体ということではないでしょうか。
それでは申し訳ないですが、沖浦さんの投稿と同じというか…宗教団体としてあまりにも空疎な教団と思えてしまいますね。
揶揄でもなんでもなく、それが率直なあるがままの私の感想です。

>社会に仏法を開く為には、多くの人材の輩出が不可欠です。
 とりあえずは、蓮祖の法を心の芯においた社会に通用する一流の人間を多く育てる事です。
 そのためには大学、文化研究機関、経済研究所等々を作らねばなりません。
 政治も避けては通れませんね。
 信心さえしていればよい、との考えは、世界広布には無力です。

人間の為の仏法と何度も書かれていましたが、人間の為の仏法ではなくて、創価学会の為に仏法があると言っているように聞こえます。
もっといえば、創価学会の為に仏法と人間がある。そればかりか、国を司る政治までもが、創価学会の為にあるんだという意識さえも感じられ、人間や社会は学会が大きくなるための道具のようにみなされているようで、不快感を覚えます。
人間、人間と繰り返す割には、まるで人間性が感じられないのはどうしてでしょう。そう思うのは、私だけでしょうか。

352アネモネ:2003/10/24(金) 13:03
(つづき)
>創価学会とカルトは無関係です。

カルトというのは、組織のあり方や状態を示した言葉ですから無関係という表現はおかしいですね。沖浦さんはどこかに「カルト」という名称の教団でもあるかのように思っていらっしゃるのでしょうか。

>私がもっとも嫌いなものがこの様な馬鹿げた質問です。
 私専用の大白や新聞があると思うのならば、お探しください。
 この様な無礼名質問は無視いたします。
 今後もこの様なことを続けるのでしたら、あなたとの対話はお断りいたします。

信用に値する文証が求められれることは、議論の場の原則ですね。自分の個人的な考えであるならば、そのように説明すべきでしょう。日蓮の法なのか、創価学会の解釈なのか、沖浦さんの個人的考えなのか、そういうことをひとつひとつ明確に示して頂くことを求める質問は、何も馬鹿げたことでありませんし、無礼なことでもないでしょう。重要なことです。
むしろ、そのような重要なことにに半ば感情的になって、罵倒し対話を拒絶する態度こそ、不誠実な態度ではないでしょうか。自分の発言に対して、無責任でもあります。
それが法華経の行者の姿なのですか?

それにしても、どうして同じ学会に今も席を置く縁ある人に対してまで、そのように喧嘩ごしになるのでしょう。
自分の意見が通じないからといって、また反論や批判を受けたからといって、質問されたからといって、ことを構える必要はないと思います。
余計なことかもしれませんが、もう少し心にゆとりを持たれてはいかがでしょう。何か、沖浦さん自身が、気持ちが追い詰められて心にゆとりがないのではないでしょうか。私にはそんなふうに見えます。
仏教とは、もっとおおらかな教えなのではないのでしょうか。それとも沖浦さんの信じる仏教が、たまたま違うということでしょうか。

沖浦さんの価値観には、議論の勝負ということが大きく横たわっているように思います。
「駄目な人」と侮辱発言をしたり、対話を拒否して人を選別したりと、それらは勝負を意識して言葉の暴力で相手をねじ伏せようとしていることがありありと見てとれます。また、沖浦さんの他での掲示板のご発言を拝見させて頂きましたが、そのようなことが、習慣化されていらっしゃるようですね。
しかし考えてもひて下さい。勝負ということでいえば、沖浦さんは>306で、

>後は教義の内容に付いての討論は避けたいと思います。

とあっさり教義討論の投げ出しを発言されておられます。
沖浦さんの価値観からいって、これは事実上の敗北宣言をしているようなもの。
自ら教義の討論を避けた結果、皮肉にも内容が空疎になってしまったわけです。
しかし日蓮仏法からその教義を投げ出してしまうことは、布教者として自殺行為だったといえるのではないでしょうか。
今後、教義を避けて、何をここで訴えていかれるおつもりでしょう。人の為にあるというその法も教義を避けては一切語れないのではないですか?
仏教者として致命的な発言をなさっておられませんでしょうか。

353犀角独歩:2003/10/24(金) 16:20

沖浦さん:

簡潔にいきましょう。

創価学会は昭和42年に800万、実名信徒名簿を大石寺に提出。
その後、昭和58年に1650万会員と言うも、現行勢力は統計分析から400万ないし、800万と言われています。つまり、30年を経て、半減、あるいは増加率0という実態です。つまり、200年後にはなくなっていると考えるほうが統計分析としてはよほど当たっているでしょう。

かつて戸田さんは四半世紀後には「日蓮正宗を国教化し、国立戒壇を建立」と言いましたが、これは「絵空事」となりました。またかつて池田さんは「七つの鐘」構想を打ち立てるも、これも大外れ。一度たりとも当たったことのない未来予想を言うのが創価学会。未来話、200年後・20億円など、SFよりまだ当たるはずもありませんし、なにより、未来予測が外れた“実績”がある以上、信頼するに足りないことは言うまでもありません。

大石寺と無関係といいながら、その大石寺の26代住職・寛師漫荼羅を拝むこの矛盾。
創価学会をやめたわたしは『人間革命』廃紙回収に出して、二度と「人間革命」を口にすることはありませんでした。創価教学、生命論も同様です。飾ってあった池田さんの写真、もらった数珠・ペンダント、色紙の類も、全部、ゴミに出しました。創価学会の指導集もゴミとして捨てました。牧口・戸田・池田の三人を二度と「先生」と呼ぶことはありません。関係を無くすとはこのようなことを言うのです。
相変わらず大石寺住職の漫荼羅を拝んでいて、関係ないもないものです。笑止千万とはこのことです。関係がないのであれば、大石寺漫荼羅を拝むのは即刻やめましょう。止めません。

教学的な説明は何もできない、これはかんぜんに敗北を認めたと言うことでしょう。
敗北でないのであれば、記されている“独り善がり信念”には、是非、文証を挙げてください。挙証の限りにおいてはその実否を考えてみることはできなくもありません。

嫡々一人相承にはわたしも反対の立場です。しかし、それを述べるためには多くの資料を提示しました。その結果、残念ながら、石山の唯受一人は証明できないと結論せざるを得ませんでした。しかし、もっと信頼できないものがあります。それは戸田さんが池田さんにエレベーターの中かどこかで次代会長であることを言い渡しとか言う創作物語です。

「蓮祖直結」だそうですが、であれば、創価学会も、牧口さんも、戸田さんも、池田さんもいりません。この意見には賛成です。

創価学会とカルト。関係あります。破壊的カルト・マインド・コントロールを論理的に説明したS・ハッサン師は『マインド・コントロールの恐怖』のなかで、カルトのひとつにアメリカ創価学会を挙げています。また、先にセクト(カルト)法を成立させたフランスでは、創価学会をセクト(カルト)としています。

さて、質問です。

創価学会は世界平和に貢献しているそうですが、いまは騒がす、以下の人々に、池田さん・創価学会はどのような折伏をしている・いたのでしょうか。また、戦渦相次ぐ、これらの国にどのような折伏を行っているのでしょうか。

ジョージ・ブッシュ、サダム・フセイン、ビン・ラディン
イラン、イラク、イスラエルなど

安全かつ友好に会える世界の著名人とばかり会い、その模様を撮影しては会員に見せ「ほらほら、こんな世界平和、世界広布は進んでいる」と扇動し、蓋を開ければなにもやっていないのが創価学会です。まったく、ここにおける沖浦さん・あなたの投稿内容と一緒で、実が何もありません。広宣流布も名ばかりで、あるのは「世界の池田先生」だけの絵空事です。

354犀角独歩:2003/10/24(金) 16:32

上に一人一国が抜けていました。

金正日、北朝鮮

回答を楽しみにお待ちします。

355沖浦克治:2003/10/24(金) 19:59
>200年後にはなくなっていると考えるほうが統計分析としてはよほど当たっているでしょう。
 
 この数字は的外れではないと思います。
 以前にも申しあげましたが、宗門と関係のあったころはまるで鉄の錘をぶら下げて遠泳をしているようなものでした。
 ようやく自由に布教が出来る立場になって、今創価学会は活き活きしています。
 座談会に出ると実感いたします。
 今後10年間ぐらいでかなり実所帯数が増えると思います。
 推論は、その後になされば如何でしょうか?

>、なにより、未来予測が外れた“実績”がある以上、信頼するに足りないことは言うまでもありません。

 別に信頼する必要はありません。
 そのようなことは期待しておりません。

>大石寺と無関係といいながら、その大石寺の26代住職・寛師漫荼羅を拝むこの矛盾。

 私は別に矛盾とは思いませんが、あなたがそう思われる事はご自由です。

>創価教学、生命論も同様です。飾ってあった池田さんの写真、もらった数珠・ペンダント、色紙の類も、全部、ゴミに出しました。創価学会の指導集もゴミとして捨てました。牧口・戸田・池田の三人を二度と「先生」と呼ぶことはありません。関係を無くすとはこのようなことを言うのです。

 あなたの持ち物である本等をあなたが処分し、あなたが先生を個人的にどう思われ様とあなたの問題です。
 私には、どうぞご自由に、と言う以外にありません。

>相変わらず大石寺住職の漫荼羅を拝んでいて、関係ないもないものです。笑止千万とはこのことです。関係がないのであれば、大石寺漫荼羅を拝むのは即刻やめましょう。止めません

 あなたには関係の無い事です。
 首を突っ込まなくてもいいのではないですか?
 勘違いがある様ですね、大石寺の本尊等は存在いたしません。
 ご本尊はどなたが書写し様と、全て蓮祖のご本尊様です。

>記されている“独り善がり信念”には、是非、文証を挙げてください。挙証の限りにおいてはその実否を考えてみることはできなくもありません。

 別にあなたに納得していただくために書き込んでいるわけではありません。
 実否を考えていただかなくてけっこうです。

>それは戸田さんが池田さんにエレベーターの中かどこかで次代会長であることを言い渡しとか言う創作物語です。

 こんな世迷い事を、私は一度も信じたことはありません。

>創価学会は世界平和に貢献しているそうですが、いまは騒がす、以下の人々に、池田さん・創価学会はどのような折伏をしている・いたのでしょうか。また、戦渦相次ぐ、これらの国にどのような折伏を行っているのでしょうか。

 全てようやくスタートをしたところです。
 安心してお任せください。
 日蓮正宗が達師の時代、SGIの創立に大反対した事はご存知でしょう。
 顕師押して知るべしです。
 こんな邪魔者とようやく縁が切れたのです。
 全てはこれからです。

>安全かつ友好に会える世界の著名人とばかり会い、その模様を撮影しては会員に見せ「ほらほら、こんな世界平和、世界広布は進んでいる」と扇動し、蓋を開ければなにもやっていないのが創価学会です。

 あなたがそう思われる事はご自由です。
 私は、今後の世界広布の展開には不可欠な戦いと思っております。

>広宣流布も名ばかりで、あるのは「世界の池田先生」だけの絵空事です。

 広宣流布は名ばかりなのは、日蓮正宗という集団です。
 小さな寺院の小さな法華講でさえ、権力争いに明け暮れているところが多いですよ。
 こんなところに世界広布をお任せになるのですか?

356沖浦克治:2003/10/24(金) 22:23
 アネモネさん
 出来る限りお答えいたしますが、無理な箇所もあるかもしれません。
 その際はご容赦ください。
>>失礼ながらこの掲示板では、池田先生すなわち悪、との決め付けが先行しているように見受けられます
>そんなことはありませんでしょう。それこそ、そのように思いこんでしまう沖浦さんこそ、決め付けや偏見というものです。ご自分ではお気づきになりませんか?
 『学会草創期から見た「後世の人間」として判定させて頂きます。学会流広宣流布は第一次・第二次宗門問題をもって挫折したと考えます。』
 『私が創価に言っている事は「悔い改めよ!」です。
 『しかし、魔界のロボトミー化した池田狂信者は、基本的に反省出来ない哀れな連中です。』
 『私は創価に反省を迫っています。殺されるまで聖戦です。』
 『れいなさんにつづきアネモネさん.沖浦克治さんはハンドルネームからオンナと見るとすぐにちょっかいをだしますなあ.』
 『どっちにしても会長が暴行魔では、末端が過激でも無理はない。しかし、これが世界一の指導者ですかね(爆)。世界一の暴行魔の間違いでは。』
 『戸田さんは諸悪の根本、当然のことでしょう。』
 『創価学会をやめたわたしは『人間革命』廃紙回収に出して、二度と「人間革命」を口にすることはありませんでした。創価教学、生命論も同様です。飾ってあった池田さんの写真、もらった数珠・ペンダント、色紙の類も、全部、ゴミに出しました。創価学会の指導集もゴミとして捨てました。牧口・戸田・池田の三人を二度と「先生」と呼ぶことはありません。関係を無くすとはこのようなことを言うのです。』

 アネモネさん、これ等のご意見は最近のそれぞれの方々のレスです。
 何故私の意見が決めつけや偏見ですか?
 創価イコール悪、と決めつけている意見ばかりです。
 お断りしておきますが、意見そのものに文句を言っているわけではありませんよ。
 独断と偏見はどちらですか? 
 よくお考え下さい。

357沖浦克治:2003/10/24(金) 22:35
>ここの掲示板ではそのような誹謗中傷はなく、非常に科学的で冷静な検証と、そして公正な判断での事実の積み重ねがなされてきていると感じます。

 先ほどのレスが誹謗中傷ではないとお考えならば、それで結構です。
 私には故の無い攻撃に思えます。

>しかしまあ話しを戻しますと、学会は学会で聖教新聞などの媒体の見出しなどからして、宗門や日顕さんのことを宗門と同じように口汚く言い、場合によっては、個々の家庭では呪いのような唱題もしていると聞いています。それが本当ならば、どっちもどっちの境涯(境界)といえるでしょう。お互いに近親憎悪の修羅界ではないでしょうか。どこに違いがあるというのでしょう。

 私は聖教新聞の啓蒙は一切致しません。
 また、ご本尊様に他人の不幸を願う事は、創価学会の中では厳しく禁じられております。

>自分の組織を冷静に客観視することなど出来るものではありません。

 私は冷静に創価学会を見ております。
 池田先生本仏論や、創価学会には欠点が無いとか考えた事は一度もありません。
 また、日顕宗との呼称を使用する事もございません。
 日顕法主は、間違いなく日蓮正宗の法主だとも思っております。
 ただ、冷静に日蓮正宗は邪宗である、との認識を致しております。

>ひいき目になっているということは、ご自分では全く気がつかれませんか?

 常に冷静に見るように心がけております。

>これは、学会に対する悪意でもって書いていることではありません。決め付けているわけでもないです。違うということであれば、反論なさってください。

 他の方々と違って、決め付けをなさらないと思えましたので、あなたと対話がしてみたかったのです。

358沖浦克治:2003/10/24(金) 23:01
>なぜキリスト教や回教を創価学会が化導しなければならない必要があるのでしょうか。
また、沖浦さんはどの程度、キリスト教や回教をご存知なのですか?

 世界で、現在大きな勢力を保っている宗教がこの二つだからです。
 世界広布の為には、この二つの宗教を避けては通れないでしょう。
 キリスト教は私の創価以前の宗教でした。
 回教はキリスト教と同じ神を戴いております。
 以前パキスタン人の回教徒を折伏し、入会させました。
 彼はチッタゴンに帰国いたしましたが、その後の動乱のせいか連絡は途絶えたままです。
 今後のために少しずつ回教について学び始めてめております。

>仏法の為に布教活動をしているとよく聞いたものですが、妙法や正法というものは、人間の為に存在しているということですか?

 蓮祖の御書全体を通して、この人間中心の精神に貫かれております。
 法のための布教などは、蓮祖敵対の考えです。
 
 『返す返す今に忘れぬ事は頚切れんとせし時殿はともして馬の口に付きてなきかなしみ給いしをばいかなる世にか忘れなん、設い殿の罪ふかくして地獄に入り給はば日蓮をいかに仏になれと釈迦仏こしらへさせ給うとも用ひまいらせ候べからず同じく地獄なるべし、日蓮と殿と共に地獄に入るならば釈迦仏法華経も地獄にこそをはしまさずらめ、暗に月の入るがごとく湯に水を入るるがごとく冰に火をたくがごとく日輪にやみをなぐるが如くこそ候はんずれ』(崇峻天皇御書)
 
 人間連帯の精神に満ち溢れるお言葉です。
 
 『然れば釈迦仏は我れ等衆生のためには主師親の三徳を備へ給うと思ひしに、さにては候はず返つて仏に三徳をかふらせ奉るは凡夫なり、其の故は如来と云うは天台の釈に「如来とは十方三世の諸仏二仏三仏本仏迹仏の通号なり」と判じ給へり』(諸法実相抄)
 
 蓮祖は仏に三徳を具備させているものは人間(衆生)である。と仰せです。

>正直いって、私は、日蓮正宗と創価学会は似たようなものだと思っていました。法華講はミニ版の創価学会だったのではないかとさえ思ったものですが、

 宗門はすでに役割を終えました。
 宗門の役割は、社会環境が整い広宣流布の戦いが開始されるまでの間、蓮祖の法を伝える事でした。
 これには権威主義が適当であったのでしょう。
 実際に民衆の中に蓮祖の法を広げるためには、権威主義は邪魔なだけです。
 民衆は馬鹿ではありません。
 威張る人からは必ず離れていきます。
 権威主義で広宣流布は不可能です。
 創価学会に権威主義はありません。
 だからここまで広まったのです。
 人間中心主義が創価学会の基本です。

359Jルーカス:2003/10/24(金) 23:18
>『どっちにしても会長が暴行魔では、末端が過激でも無理はない。しかし、これが世界一の指導者ですかね(爆)。世界一の暴行魔の間違いでは。』
> 先ほどのレスが誹謗中傷ではないとお考えならば、それで結構です。
> 私には故の無い攻撃に思えます。

沖浦様
故はあります。
所謂、狸祭り事件の事につき、記録に基づき書いておきます。
どのような判断されるかは御自由に。
%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%
小笠原師「私に法門を聞きたいとは如何なることか。」
学会員「己れは学会青年部長某である。神本佛迹、それでよいのですか。」
小笠原師「神本佛迹が善いと言う人もあり、又悪いという者もある。」
学会員「そのようなことは聞く必要はない。簡単に悪いか良いか言えば良い。」
小笠原師「君たちは私に法門を聞くのじゃ無くて、議論するのか。議論なれば議論でお相手申す。」
学会員「神本佛迹なぞ大聖人は何処に言っておるのか。」
小笠原師「御義口伝にある。君は御義口伝を見たことがあるのか。」
学会員「見て知っておる。」
小笠原師「知っているならそれで分かるハズじゃ。」
学会員「御義口伝にそのような文はない。」
小笠原師「神力品の講義にある。」
学会員「神力品にそのような文は無い」
小笠原師「それは君が空目暗なだけじゃ。」
とその時、小笠原師の面前に居丈高に座っていた会長戸田城聖氏が
「生意気言うな小笠原」と睨み、右手で小笠原師の左耳の上を強く打ちました。
するとそこにいた会員数人で依ってたかって、殴る蹴るの暴行をしました。
小笠原師が後ろに倒れると、戸田城聖氏は
「命は惜しうないか」と小笠原師に言ったので、彼は開き直って
「不惜身命」と叫ぶと
会員の一青年は
「戸田先生の前に足を出すとは不届きな奴じゃ」と小笠原師の襟首を掴んで引き起し
「衣服を脱がしてしまえ」と小笠原師の衣服(被布・襦袢・給・襟巻)を毟り取りシャツ1枚の裸にしました。その時小笠原師の懐中から財布が落ちたので、小笠原師がそれを拾おうとすると、戸田氏は「それは私が預かる」と奪い取りました。
小笠原師は声を大きく「汝等は追い剥ぎか、強盗か」と叫ぶと、
再び戸田氏は小笠原師の右横頭を殴打しました。

以上「創価学会戸田城聖以下団員 暴行事件の顛末」より要約。

360沖浦克治:2003/10/24(金) 23:20
>では、不信の人は、何と呼びますか?

 法主不信の意味ならば、その人は正しいですね。
 蓮祖不信であれば、法主が教導せねばなりません。
 しかし今の宗門には無理な話です。 
 そもそも信徒の幸福などは二の次です。

>>能化は手段、所化は目的。
 
 言葉が足りませんでした。
 所化を能化にする事が、能化の目的です。
 所化がいなければ、能化は不必要です。
 生徒がいない先生など要らないのと同じです。 
 信徒がいない法主などに、値打ちはありません。
 人間のいないところに仏が出現しても、意味がありません。
 
>私はそのような役割を定められてしまうような組織信仰の歯車に組み込まれるのは、とても馴染めそうもないですね。
 
 馴染むか馴染まないかの問題ではないと思います。
 世の中はそう言う仕組みになっております。
 宗教のみが別の形式を取る事は不可能です。
 
>なんだか、目的別に役割が固定されているようで、とても息苦しそうですね。
この仏法を広めるということは、社会全体がそのような創価学会の組織に組み込まれて、画一化されてしまうというようなことを目標としているというものなのでしょうか

 何故そう言う風にお取りになるのかが理解致しかねます。
 法主のための信者よりズット民主的だとおもいます。
 本尊の為の人間がお好きでしたら、宗門にいかれるべきです。
 私どもは、人間のためにご本尊様があると考えております。

>そもそも創価学会では、人類の幸福とは何であるとしているのですか?

 大変難しい問題ですが、生死の問題を解決する事だと思います。
 死の瞬間に、自分の人生はよかったと、思えることでしょう。
 少し見方をかえれば、年老いて自分の人生を振り返った時に無駄が無かった、と思えれば成功した人生だと思います。

361沖浦克治:2003/10/24(金) 23:33
>沖浦さんのレスにも、勝敗を常に意識されている文面が多く、ややもすれば闘争的な面が見受けられるようにも思われます。確かに、自由社会とは競争原理に基づいたものかもしれませんが、しかし、だからこそ宗教の教えは、競争原理を超えた精神の解放を望むところに、その意義があるものなのではないでしょうか。

 ならば、念仏宗のほうがあなたにはあっているでしょう。
 現実の社会の中で勝利せよ、とは蓮祖の仰せです。
 『御文あらあらうけ給わりて長き夜のあけとをき道をかへりたるがごとし、夫れ仏法と申すは勝負をさきとし、王法と申すは賞罰を本とせり、故に仏をば世雄と号し王をば自在となづけたり、』(四条金吾殿御返事)

>しかし沖浦さんの投稿内容は、具体性に欠けていることもあって、いまひとつ創価学会の功績ということにおいて、何を主張されたいのか、はっきりしませんです。

 具体的に言っております。
 法主中心や本尊中心主義は間違いであり、人間中心主義の創価学会が正しいと言っております。

>とーんでもない。たとえ袂を分かったとしても、決して無関係の団体とはいえないでしょう。教団の成り立ちや歴史を全く無視したご発言ですね。このように言いなさいと学会で指導されているのですか?

 私は昭和54年から宗門は邪宗だと認識しておりました。
 指導など関係ありません。
 宗門は創価学会を破門致しました。
 破門とは以後無関係との意味です。
 文句は宗門にお願い致します。
 破門後10年待ってから、創価学会は会則から日蓮正宗の名を削りました。
 いいですか、夫婦でさえ離婚すれば以後は無関係です。

362沖浦克治:2003/10/24(金) 23:40
>私が言うまでもありませんが、牧口さんも戸田さんも、法華講に入ったことから創価学会が始まったようなものですね。

 蓮祖も釈迦仏法を学ぶ所からお始めになられました。

>今でも日寛さんの曼荼羅を配布しているとも聞きますから、無関係の団体などといえば、事実を無視した虚偽の発言となります。

 大きな過ちですね。
 ご本尊様はどなたが書写されようと、全て日蓮大聖人様のご本尊様です。
 日寛上人の曼荼羅などはありません。
 寛師書写の、蓮祖の曼荼羅です。
 我々は蓮祖門下ではありますが、日蓮正宗などという邪宗とは無関係です。
 このような混同は大変迷惑に存じます。

363沖浦克治:2003/10/24(金) 23:48
>学会の中ではツーカーで通じ許される適当な言葉であっても、学会を知らない私のような者もいる公の掲示板では、残念ながら通用しないのです。

 最近になって、私の意見を創価学会の中で発言がしやすくなってきましたが、20年以前は大変でした。
 それはさておき、なるべく具体論を述べているのですが、理解が得られなければ仕方が無いと思います。
 (何の立場が変ったというのですか。こういってはなんですが、発せられる言葉のひとつひとつが曖昧模糊とした適当な言葉のように感じるんですね。一)
 何故この様なことを言われるのですか?
 破門以前と破門以後で、立場が変わらないと考える方が不自然でしょう。

364沖浦克治:2003/10/24(金) 23:57
>嫡々一人というのは、唯受一人血脈相承のことでしょうか?

 唯授一人とは、大聖人様から日興上人への血脈相承のことを指すと思いますが、嫡々一人とはそれが代々の法主にそのまま受け継がれ現代の日顕法主に至っているとの考えです。
 法主から法主への相承も、唯授一人徒呼ばれる事もあります。
 こんなものは絵空事です。

>嫡々一人が何のことなのかわかりませんが、それが正しいことではないということは、どのようなことでおわかりになったのですか?

 蓮祖がそのまま法主の姿で存在するはずがありません。
 蓮祖が戦時中に神札を受けるわけがありません。
 火事で焼け死ぬ蓮祖も考えられません。
 蓮祖がおられて、宗門に度々邪儀が入るわけもありません。
 法主が蓮祖であるならば、正本堂の建立を許可し、後で取り壊すはずもありません。
 その他いくらでもありますが、これぐらいにしておきます。

365沖浦克治:2003/10/25(土) 00:06
>20億人というのはどういう試算でどなたがはじき出したものでしょうか。

 キリスト教とが10億くらいと聞きましたので、その倍ぐらいはと私が思ったのですが、別に15億でも22億でも結構です。

>恐らく、沖浦さんは、私の過去のレスについてはほとんど読んではいらっしゃらないものと思われますが

 あなたの過去レスを読んだからこそ、ここにやってきたのです。

>数字を宗教の場で必達目標として掲げられることに大きな違和感を覚えます。はっきりいって、マルチ商法の場のようにさえ感じるのです。

 それはご自由ですが、広宣流布に具体的な目標は不可欠です。

>人間の為と言いながら、200年後とか、20億人とか、信者が数字を背負わされていくことで、広める信徒が人間性を失っていたのでは、どうしようもないです。

 創価学会における永遠のテーマでしょう。
 目標を立てそれに向かう、いつしか目標が目的になる。
 目標とは民衆救済の為の手段です。
 しかし組織と言うものは、宿命的に目標達成が目的になりやすいものです。
 我々は心してかからねばなりません。

366沖浦克治:2003/10/25(土) 00:41
>>人間の人間による人間の為の宗教が蓮祖の法です。

>このことを示した文証を教えてください

 『 問うて云く如説修行の行者は現世安穏なるべし何が故ぞ三類の強敵盛んならんや、答えて云く釈尊は法華経の御為に今度九横の大難に値ひ給ふ、過去の不軽菩薩は法華経の故に杖木瓦石を蒙り竺の道生は蘇山に流され法道三蔵は面に火印をあてられ師子尊者は頭をはねられ天台大師は南三北七にあだまれ伝教大師は六宗ににくまれ給へり、此等の仏菩薩大聖等は法華経の行者として而も大難にあひ給へり、此れ等の人人を如説修行の人と云わずんばいづくにか如説修行の人を尋ねん、』(如説修行抄)
 始めに(仏菩薩大聖等)と言われ次に(此れ等の人人)といわれておられます。
 仏も菩薩も大聖も、全て人なのです。

>それでは、法を広める信徒と、広められる衆生との間にも、主と従があるのですか?

 師弟関係だと私は思います。

>「価値観は揺らぎ」

 言葉不足でした。
 20世紀は科学の発達が人間の幸福、物質の充足が人を幸せにするとの考え方が主流でした。
 しかし科学の発達は公害や核兵器を生み、物質の充足は癌や成人病を誘発し、価値観が転換しょうとしております。
 50年前に日本では食品には、カロリーが豊富である事が要求されておりました。
 有名なグリコの、一粒300メートル、などはご存じでしょう。
 今はカロリーカットが主流ですね。
 卑近な例ではこのような現象が身近にあります。

>今に始まったことではないでしょう。古今東西、いつの世も人間のやってきたことは、殺戮や戦争の歴史だったといえるのではないでしょうか。

 北朝鮮もシリアもイランもその他の何処もここも、核兵器を持とうとしております。
 核戦争が起これば人類は(その他の多くの生命も)絶滅をするでしょう。
 魔と仏のスピード競争です。
 我々にはあまり時間が無いのです。
 今度世界大戦が起これば、確実に人類は滅びます。
 古今東西ではありません。
 今広宣流布が出来なければ、未来はもうないのです。

>そんなどうしようもない人間の為に法があるというのがよくわかりません。
生命体はこの世にたくさんありますが、そのような他の生命体は法にとっては無意味な存在というものなのでしょうか。

 無意味ではないと思いますが、私はあまり詳しくありません。

367沖浦克治:2003/10/25(土) 00:58
>その根拠を提示してください。

 蓮祖が末法のご本仏であるからです。

>「折伏」の意味云々

 ハジャクップクです。
 『、当に知るべし此の四菩薩折伏を現ずる時は賢王と成つて愚王を誡責し摂受を行ずる時は僧と成つて正法を弘持す。』(如来滅後五五百歳始観心本尊抄)

 『其の上涅槃経に云く「若し善比丘あつて法を壊ぶる者を見て置いて呵責し駈遣し挙処せずんば当に知るべし是の人は仏法の中の怨なり、若し能く駈遣し呵責し挙処せば是れ我が弟子真の声聞なり」と、余善比丘の身為らずと雖も「仏法中怨」の責を遁れんが為に唯大綱を撮つて粗一端を示す。』(立正安国論)

>日蓮さんは法華経を依経とされたわけですが、それはお釈迦さまの直説だという前提のもと、五時八教にのっとって選ばれた経文ということですが、しかし、時代とともに科学的研究が進んできた結果、法華経はお釈迦さまの直説ではなくて、同時に五時八教は理論的に崩れてしまっているとのこと。この点はどのように考えられているのですか?

 別に構わないでしょう。
 蓮祖の御書が根幹ですから引用文が間違っていても、意味が正しければそれでいいと思います。

>創価学会にはどのような難が競っているのでしょうか。具体的に提示してください。
 
 初代は殺されました。
 二代は投獄されました。
 三代は中傷批判の真っ只中です。
 この掲示板でもそ批判ばかりでしょう。
 池田先生が、この人たちにどのような迷惑をかけたのですか?
 本来蓮祖のご遺命を奉じて世界広布の戦陣を切るべき宗門は、創価学会を潰そうとしましたよ。
 私たちは必死でお金をため、正本堂のご供養をしました。
 貧しい人が大半でした。
 私はよく知っております。
 日顕法主は、我々に何の詫びの言葉も無く、正本堂を破壊しましたよ。
 なのに我々の寄進した、368の寺院はそのままです。
 こんな法主や能化の存在自体、大難です。

368沖浦克治:2003/10/25(土) 01:11
>そんなことはないんじゃないですか?
都合の良い情報だけを刷り込まれているということではありませんか?

 池田先生がどのような悪い事をされたのか、具体的にお答えください。

>証拠というよりも、学会はすごいんだという自己宣伝ばかりで、何がすごいのかという参考になるような具体的内容も根拠もほとんどなかったですね。残念です。

 戸田先生が会長に就任された昭和26年5月3日、創価学会員は約3000人です。
 6年半少しで75万所帯。
 12年で600万所帯。
 きっちりと謗法払いをして、この結果です。
 宗門が創価学会を破門して12年。
 何所帯に増えたのでしょうか。
 少なくとも宗門よりは、我々が何百倍優れています。

>私はかつて8年間いた宗門にも、かつて学会だったという方々が多くおられて

 止めた会社のいい事を言う人はいません。
 別れた女性(男性も同じです)をよく言う人と会った事がありません。
 創価学会を退転した人の創価学会評は、信用すべきではありません。

>要するに、教団の信徒数を増やすことだけに心血を注いでいる団体ということではないでしょうか。
それでは申し訳ないですが、沖浦さんの投稿と同じというか…宗教団体としてあまりにも空疎な教団と思えてしまいますね。
揶揄でもなんでもなく、それが率直なあるがままの私の感想です

 ご感想は自由です。
 然しながら間違っておられます。
 あなたが宗門法華購で求めて得られなかったものが、全て創価学会には存在いたします。
 私は、自分の人生をかけて申しあげます。
 あなたが創価学会に入会され、もし裏切られるのなら、私は地獄に落ちても結構です。

369沖浦克治:2003/10/25(土) 01:22
>人間、人間と繰り返す割には、まるで人間性が感じられないのはどうしてでしょう。そう思うのは、私だけでしょうか。

 失礼ながら、あなたが日蓮正宗という邪宗の害毒の為、正常な判断力を失われておられているからです。
 『悪鬼入其身して無明の悪酒に酔ひ沈み給うらん。』(教行証御書)

>>創価学会とカルトは無関係です。

 創価学会は、カルトの状態にはありません。

>むしろ、そのような重要なことにに半ば感情的になって、罵倒し対話を拒絶する態度こそ、不誠実な態度ではないでしょうか。自分の発言に対して、無責任でもあります。
それが法華経の行者の姿なのですか?

 問い方がおかしいと思います。
 大白や新聞に私専用のものがあるわけが無いでしょう。 
 人に物を尋ねる態度ではないと思います。
 私は法華経の行者などではありません。
 そうであればどんなにか嬉しいでしょう。

370沖浦克治:2003/10/25(土) 01:30
>それにしても、どうして同じ学会に今も席を置く縁ある人に対してまで、そのように喧嘩ごしになるのでしょう。

 私専用の新聞や書籍があるのかと訊ねる方が、喧嘩腰だと思います。

>余計なことかもしれませんが、もう少し心にゆとりを持たれてはいかがでしょう。何か、沖浦さん自身が、気持ちが追い詰められて心にゆとりがないのではないでしょうか。私にはそんなふうに見えます。
仏教とは、もっとおおらかな教えなのではないのでしょうか。それとも沖浦さんの信じる仏教が、たまたま違うということでしょうか。

 私はすでに3時間、あなたのご質問にお答えすべくキーボードを叩いていりますよ。
 創価学会を正しく知っていただきたいからです。
 心にゆとりが無ければこの様なことは致しません。

371沖浦克治:2003/10/25(土) 01:47
>沖浦さんの他での掲示板のご発言を拝見させて頂きましたが、そのようなことが、習慣化されていらっしゃるようですね。

 日蓮正宗系の他の掲示板での私に対する書き込みです 
 
 『バカ沖浦のやつが戸田城聖が本仏の代理だと言って池田大作否定の論理を延々と言い出すんだよね。
<反脳不能者>のバカ缶さんとバカ缶浦さん。(大爆笑)m(_ _)ノ彡☆バンバンm(_ _)ノ彡☆バンバンm(_ _)ノ彡☆バンバン 』

 この様な所では、私も少し柄が悪くなります。
 でもあなたには、そんなことは致しません。

>>後は教義の内容に付いての討論は避けたいと思います。

 元々納得をされる気の無いところで、討論をしても無駄だと思います。

>しかし日蓮仏法からその教義を投げ出してしまうことは、布教者として自殺行為だったといえるのではないでしょうか。

 投げ出したり致しません。
 無駄な事はしたくないだけです。
 私はれいなさんとも、真面目に対話を致しました。

>今後、教義を避けて、何をここで訴えていかれるおつもりでしょう。人の為にあるというその法も教義を避けては一切語れないのではないですか?
仏教者として致命的な発言をなさっておられませんでしょうか。

 私はあなたと対話がしたくてここにやってまいりました。
 質問をされればどなたでも一通りはお答えいたしますが、他の方と是非対話を致したいとは思いません。
 もしあなたが私との対話をお望みでないのならば、退散いたします。

372MILD SEVEN:2003/10/25(土) 05:13

<創価学会 内部改善を!>

創価に内部改善の勇士はいないものか?
現状の体質では、いるとしても?難しいのでしょうか?やはり。

でも、創価が体質改善出来なければ、霊的な大戦は避けられないと感じます。
本当の実力者は忍耐していますから。
私は感じます。
http://bbs.infoseek.co.jp/Board01?user=kokoroqq

373沖浦克治:2003/10/25(土) 08:58
 アネモネさんに
 長々と書きましたが、申しあげたい事はそんなに多くはありません。
 私は、何百年以前の法主がどう言ったこう言ったにはあまり興味が無いのです。
 同じく、どの経典に何々が載っていて、それが富士門流の正当性にどうしたこうした、にもほとんど無関心です。
 興味があるのは、いかにして蓮祖の法を世間に人間として実践し、生活の上に実証を示すか、です。
 『一切世間の治生産業は皆実相と相違背せず」云云、(秋元殿御返事)
 『知者とは世間の法より外に仏法を追行ぜづ』(趣意)
 私の知る限り、過去に創価学会で組織のために極端な活動をした人々の大半は、退転をしています。
 信心や学会活動折伏等は、一応は他人のためにやるように見えます。
 然しながら、それは違うのです。
 それらは、自らの宿命転換のために行なう不可欠の修行です。
 日常生活に功徳として顕れ、生活を潤し、人間性を高められなければ蓮祖の門下ではありません。
 自分は信心を何十年やっている。
 自分はまだ駄目な暮らしだけれど、この教えは間違いありません。
 この人は信心をしていないのです。
 信心みたいなことをやっているのです。
 世間の人々から『あの人のようになりたい』と思われねば、蓮祖の門下ではありません。
 それが必ず可能なのが、蓮祖の仏法ですよ。

374sat:2003/10/25(土) 10:19
初めまして、ロム専のsatと申します。

>世間の人々から『あの人のようになりたい』と思われねば、蓮祖の門下ではありません。
>それが必ず可能なのが、蓮祖の仏法ですよ。

で、沖浦克治さん、あなたはそう言われているのでしょうね。
実生活でもネットでも、そう言われていなければ、自語相違になりますよね。

だけど、私はあなたのネットでの発言を見ていると沖浦克治さんのようになりたいとは
思わない。

蓮祖の仏法は必ず可能なのでしょう、おかしいではありませんか。
私は例外とは言わないでくださいね(爆

375犀角独歩:2003/10/25(土) 11:10

管理人さま:

現代社会の良識ある文書において「邪宗」は明らかに差別・侮蔑用語です。
このような語彙を使用し、特定団体を断定することは

『管理者からのお願い』
「特定の組織をターゲットにした、しかも、一方的な攻撃宣伝は慎んでください」
「【禁止事項】
1「非礼・無礼、人権侵害、言葉の暴力」等の侮辱表現、侮辱発言は、理由の如何を問わず堅く禁止します」

に該当すると思われます。それにも拘わらず当スレッドでは

271に「日蓮正宗は邪宗である」
306に「宗門を邪宗と断定している」
342に「念仏宗を真言宗に改宗させる行為と同じです。邪宗を、邪宗に転向させる行為」
357に「日蓮正宗は邪宗である」
361に「宗門は邪宗だと」
362に「日蓮正宗などという邪宗」
369に「日蓮正宗という邪宗の害毒」

と一方的「邪宗」と決めつけで“攻撃宣伝”を行っています。
何ら証拠を提示することもなく、「邪宗」という侮蔑表現をもって誹謗しています。
これは日蓮正宗という特定団体を一方的に攻撃宣伝するのみならず、該当団体の構成員の名誉も傷つけています。

殊に369の

> 失礼ながら、あなたが日蓮正宗という邪宗の害毒の為、
> 正常な判断力を失われておられているからです。
 『悪鬼入其身して無明の悪酒に酔ひ沈み給うらん。』

という記述は日蓮正宗を邪宗と断定攻撃するのみならず、アネモネさんを正常な判断力を失い、その身に悪い鬼が入り込んだ人間と断定して侮辱し、その人権を侵害しています。

以上の理由から上述投稿271、306、342、357、361362、369の投稿の削除を提案します。

376アネモネ:2003/10/25(土) 12:22
沖浦克治さん

長文のレス、参考にさせて頂きます。

>もしあなたが私との対話をお望みでないのならば、退散いたします。

この人とは対話をするけれども、あの人とは対話をしたくないなどと、人によって態度を露骨に変えるといった振る舞いは、宗教者のあるまじき行為であると私は考えます。

ここは富士門について、組織の立場やしがらみを超えて、真剣に議論を重ねてきた掲示板です。そのような真面目な姿勢で投稿している人々に対して、沖浦克治さんはあまりにも礼を失しておられます。

また、掲示板への参加不参加は、あくまで個人個人の主体的意思によって決めるべきことです。
人に委ねるものではありません。
ですから、私の言葉如何で参加不参加を決められるなどとするレスを向けられることは、大変迷惑なことです。
私がどうだからこうだからなどと、人に委ねたりせず、自分のことは自分の主体的な意思でお決め下さい。

くれぐれも申し上げますが、自分の参加不参加を、他人のせいにしないで下さい。
それと、人の言葉に自分の意思を委ねるという思考停止は、カルトの特徴のようですよ。ご参考までに。

377:2003/10/25(土) 13:42
沖浦克治 さま
はじめまして。 教えて欲しいことがございます。
沖浦さまは創価学会員であることを誇りに思われていらっしゃる。
けれど学会活動においては、選挙活動と聖教新聞啓蒙はなさらない
とおっしゃる。  なぜなのですか? ぶしつけな質問ですので
よろしかったら教えてください。

378沖浦克治:2003/10/25(土) 14:59
 路さん、始めまして沖浦です。
 
 世の中に日顕宗なる宗教団体はありません。
 池田教が存在しない事と同じです。
 然るに聖教新聞には、日顕宗の文字が随所に出てまいります。
 また日顕法主が、最高裁で負け様が勝とうが法の正邪とは無関係です。
 この関係の記事も、しばしば登場いたします。
 この様な新聞を、人に勧める気にはなれません。
 選挙は、いい人が身近にいれば喜んでやります。
 この人は、と思う人がいれば私財をなげうってでも応援をします。
 最近は、そんな候補に私の選挙区ではめぐり会わないので、選挙活動をいたしません。
 然しながら、基本的には公明党の候補に投票しております。

379MILD SEVEN:2003/10/25(土) 16:20

<<<創価学会が仏教では無く、単なるカルト集団である事の確証>>> 再び投稿。

創価学会は現在、本山から破門され、その教義は仏教を否定し迷路をさまよっています。

池田大作監修 創価学会教学部編 「折伏教典」P63
「釈迦の法はもう過去のもので何の利益もない」

池田大作監修 創価学会教学部編 「折伏教典」 P65
「われわれは釈迦仏教に縁のない民衆であることを知
 らねばならない」

池田大作監修 創価学会教学部編 「折伏教典」 P67、P316
「日蓮聖人が末法の御本仏であらせれる」
「釈迦等のとうていおよぶ 分際ではない」

池田大作監修 創価学会教学部編 「折伏教典」 P93
「釈尊出世の本懐である法華経でさえも末法の今日に
 は まったく力はない」

池田大作監修 創価学会教学部編 「折伏教典」 P70
「(創価学会の)この大御本尊を拝む以外に末法の
 衆生は基本的に幸福になれないのである。」

池田大作監修 創価学会教学部編 「折伏教典」 P303
「釈迦仏法など立てるのは去年の暦と同様で役に立た
 ないしろものである。これを使用するから生活に破錠
 をきたすのは とうぜんである。」

池田大作監修 創価学会教学部編 「折伏教典」 P321
「俗にいう日蓮宗を代々やっていると家族に不具者が
 できたり、知能の足りない子供が生まれたり、はては
 発狂する者ができたりして〜」

池田大作監修 創価学会教学部編 「折伏教典」 P330
「仏教は勝負であるから正邪は生活に事実として
 正は勝、邪は負の現象が出るのである。」

http://www5c.biglobe.ne.jp/~lotus/newpage3.htm

既に私は全日本仏教会にも働きかけています。
この件は微妙ですが、創価の理解が遅ければ、どの様な結果が待っているか? 
分かる方は、わかります。

私の目的は一貫して変わりません。

どんな組織でも言える事ですが、少数の意見が物事を変える事があります。
しかし、現状の創価の体質は、改革の勇士がいるとしても、かなりの少数派でしょう。
私は、そんな改革の勇士を応援したいと思っています。
ただ、外部からの改善提案は厳しいものになる場合も多々あります。客観的に見ますから。
世の常です。

http://8022.teacup.com/momo7/bbs
http://bbs.infoseek.co.jp/Board01?user=kokoroqq

380沖浦克治:2003/10/25(土) 16:45
 管理人様

 日蓮正宗が邪宗と私の表現に苦情を述べる人が、ご自身では、
 
 298『戸田さんは『諸悪の根本、当然のことでしょう。』
 
 との発言をされていますね。
 おかしいと思いますが如何でしょうか?
 他にも創価学会や池田会長に対して、
 
 『私が創価に言っている事は「悔い改めよ!」です。
 
 『しかし、魔界のロボトミー化した池田狂信者は、基本的に反省出来ない哀れな連中です。』
 
 『私は創価に反省を迫っています。殺されるまで聖戦です。』
 
 『れいなさんにつづきアネモネさん.沖浦克治さんはハンドルネームからオンナと見るとすぐにちょっかいをだしますなあ.』
 
 『どっちにしても会長が暴行魔では、末端が過激でも無理はない。しかし、これが世界一の指導者ですかね(爆)。世界一の暴行魔の間違いでは。』
 
 これらの他の人達のご発言も、同レベルだと思います。
 宜しくご判断くださいませ。

381沖浦克治:2003/10/25(土) 16:47
  Jルーカス さん

 あなたのご指摘はご自由ですが、私には興味がありません。

382沖浦克治:2003/10/25(土) 17:05
 satさん

>だけど、私はあなたのネットでの発言を見ていると沖浦克治さんのようになりたいとは
思わない。

蓮祖の仏法は必ず可能なのでしょう、おかしいではありませんか。
私は例外とは言わないでくださいね(爆

 私も、あなたに私の真似をしていただ無くても結構です。
 あなたはあなた、私は私です。
 ご自分のお立場にて、今後も頑張ってくださいませ。

383sat:2003/10/25(土) 17:17
>世間の人々から『あの人のようになりたい』と思われねば、蓮祖の門下ではありません。
>それが必ず可能なのが、蓮祖の仏法ですよ。

『あの人のようになりたい』という解釈が真似というのは、理解不能ですが、
では、ご自分はそう思われなくていいということなんですね。
だとすると、蓮祖の門下ではないとの告白ですか?

384沖浦克治:2003/10/25(土) 17:25
  sat さん
 あなたと私は面識すらありません。
 私には、私の人間性やしている事をあなたが理解しているとは思えないのです。
 私も同じくあなたの事を存じません。
 知らない者同士が、あなたの様になりたいとか、私のようになって欲しいとかいえるとは私には思えないのです。

385MILD SEVEN:2003/10/25(土) 17:39

詭弁は空しいですな〜

本質で判断すべきです。
創価は仏教を否定・愚弄する集団です。
創価は、法華経さえも否定し、本性むき出しです。
常人では理解不能な教学ですよ!
http://8022.teacup.com/momo7/bbs
http://bbs.infoseek.co.jp/Board01?user=kokoroqq

386沖浦克治:2003/10/25(土) 17:41
 MILD SEVENさん

 ご自由にどうぞ

387MILD SEVEN:2003/10/25(土) 19:33
仏教徒に素直さは無いのですか?
そんな事はないでしょう。

どんな組織でも言える事ですが、少数の意見が物事を変える事があります。
しかし、現状の創価の体質は、改革の勇士がいるとしても、かなりの少数派でしょう。
私は、そんな改革の勇士を応援したいと思っています。
ただ、外部からの改善提案は厳しいものになる場合も多々あります。客観的に見ますから。
世の常です。
私の言いたい事の本質はこれです。

http://bbs.infoseek.co.jp/Board01?user=kokoroqq
http://8022.teacup.com/momo7/bbs

388sat:2003/10/25(土) 20:51
ネットの世界では人格は別だと言いたいのでしょうか。

>私には、私の人間性やしている事

意味が分かりません

389沖浦克治:2003/10/25(土) 21:37
 sat さん

 あなたは私をどんな人間だと思うのですか?

390Jルーカス:2003/10/25(土) 22:10
沖浦さん

>381
> Jルーカス さん
> あなたのご指摘はご自由ですが、私には興味がありません。

左様ですか。
私もあなたが、どのような人物に傾倒しようと興味はありません。
しかし、あなたの方が先に、356において、人の発言を引き出して「私には故の無い攻撃に思えます」と言われましたので「故ある事実」である根拠を説明させて頂きました。
貴殿の方が、自ら人の発言を引き出しておいて、いざそれに根拠をもって反論されると「私には興味がありません」等と逃避するのは卑怯ではありませんか。
また、その後も、既に反論されたにも関わらず相変わらず、380に私の発言を引き出しておられます。
それはいかなる存念でしょうか。

私の言葉は讒言でも悪口でもありません。
どのような理由があろうとも、1人の老人を数度に渡り、ぶん殴り、また部下に殴る蹴るのリンチ命じ、はたまた御自ら「命は惜しく無いか」等と脅した方を「世界一の方」と仰るのは、世間に誤解を与えますので、「それを言うなら世界一の暴行魔」と言わせて頂きました。

391沖浦克治:2003/10/25(土) 23:00
 Jルーカスさん
 
 この事件のことは、昔現場に居合わせた先輩から直接お聞きいたしました。
 それによれば」事実はあなたの書き込み内容とは全く違っております。
 先輩はすでに故人にならておられますが、信用の出来る人物でした。
 小笠原師は、その後戸田先生に深く傾倒をされ、蓮華寺事件の時は創価学会がわにたって戦われたことは、有名な事実です。
 本当に戸田先生に殴打された人物が、そんな態度を取るとは私には思えません。
 あなたが、どのようなご意見を述べられようとご自由ですが、私は、あなたの発言を引き出してはおりません。
 あなたがご自分で判断されて書き込まれたのです。
 あなたが、あなたの責任に於いてご意見を自由におのべになられるように、私が、私の責任に於いて自分の意見を持つ事も、また自由ではないでしょうか?
 私は、戸田先生が仮にどのような破廉恥な罪を犯しておられたとしても(そんな事はありませんが)戸田先生を世界一の人物として心の底から尊敬する気持は、決して変わりません。
 以前、他の掲示板で、戸田先生におめかけさんが二人いたのに何故尊敬するのか?とのご質問をいただきました。
 私は、もしおめかけさんがいたらなぜ尊敬をしてはいけないのか?と不思議に思いました。
 これは、それぞれの価値観の問題です。
 その方に、私が価値観をあわせなければならない必然性がどこにあるのでしょうか?
 あなたに対しても同じ気持です。
 戸田先生が、小笠原師を殴るようなお方ではないことを、私はよく知っておりますが、たとえ殴った事が事実であったとしても、別に私にはどうでももいいことです。
 あなたがこだわるのはご自由ですが、私にはそんな事は余事にすぎません。
 殴っていようといまいと、どうでもいいのです。 
 あなたは問題意識を持ち、私は持たない。
 それだけのお話です。
 何故むきになって私を責められるのか、理解に苦しみます。

392沖浦克治:2003/10/25(土) 23:18
  Jルーカスさん
 発言は全体の流れの中で判断せなばなりません。
 ご指摘の私の発言はあなたの発言を責めたものではありません。
 参考までに、ご指摘のレスをあげておきます。
 
 『何故私の意見が決めつけや偏見ですか?
 創価イコール悪、と決めつけている意見ばかりです。
 お断りしておきますが、意見そのものに文句を言っているわけではありませんよ。』
 
 アネモネさんが、私の意見が決め付けにすぎると、のご指摘を私にに対してなさいましたので、他の皆様方のご発言も決め付けであることの証拠として、あなたのご意見を引用いたしました。
 あなたのご意見そのものに文句を言っているわけではありません。
 また、この様な掲示板にてご自分の書き込みを他人に引用される事が嫌であるのならば、ご意見などおだしにならない方がいいと思います。
 広く公開されているこの様な掲示板に於て、意見を出すと言う事は、社会全体に対して自らの立場を意見として公開をしている事になります。
 営業やビジネスに、無断で利用されるならば著作権等の権利を主張なさるべきですが、一般論として他人の意見を引用して何の問題も無い事は、すでに世論的にも民事法的にも常識となっております。

393愚鈍凡夫:2003/10/25(土) 23:39

横レス失礼。「蓮華寺事件」をご存知ない方のために

「"蓮華寺事件"と呼ばれている正宗寺院の本山離脱事件は、いま考えると宗門と創価学会の関係をかなり象徴する面を含んでいるようだ。ちなみに、蓮華寺は、宗門で能化寺と呼ばれるほど格式の高い寺院であった。
 この蓮華寺に、昭和二九年から三〇年にかけて、創価学会員多数がピケを張り、寺にくる信者を追い返すという事件があった。当時の住職崎尾正道に、創価学会に批判的言動が多い、ということからはじまった事件である。
 ピケや創価学会特有の"口コミデマ"に対して、崎尾は、同寺で御授戒を受けた会員に、御本尊を返却しろと迫った。時の会長戸田城聖の意をうけた宗門の庶務部長ほ、管長の諒解もとらずに、崎尾を檀家もほとんどない田舎の寺に左遷しようとした。その辞令に押された管長印は、庶務部長が盗用したものといわれている。この庶務部長が、後の細井日達管長であった。
 崎尾はこの左遷辞令を拒否、事態は硬直したまま御法主上人の代が替った。
 新御法主・堀米日淳上人は、この辞令の破棄を命ぜられて、崎尾は元通り蓮華寺住職の身分を保証された。
 こうして事件は一応落着したが、その後日達管長の時代になって、創価学会を非難・攻撃する者は地獄に落ちる、彼らを尊敬し手本として信心せよ、という訓諭などがきっかけとなり、創価学会に牛耳られた宗門にはついていけぬということで、本山支配から離脱してしまった。この事件で注目すべきことが二つある。
 一つは、創価学会の傲慢な要求に迎合した役憎が、細井日達管長であったという事実。もう一つは蓮華寺離脱の理由として、(イ)池田の法華講総講頭任命、(ロ)末寺総代に必ず創価学会員を入れる、(ハ)その意をうけて末寺住職を左遷する、など宗務当局は創価学会の傀儡と化していることなどを挙げていることである。蓮華寺・崎尾正道住職の創価学会と宗務当局に対する怒りは、本来全僧侶の怒りでなければならなかったはずだ。
 ところが、世間でも名刹とされる蓮華寺の創価学会専横に対する怒りは、宗門内では、四国大乗寺の例などもありながら、ほとんど孤立していた。
 この時期、創価学会の驕慢をたしなめる声が宗門僧侶たちの間に強く、また管長がそれを汲んで善処していたならば、後日両者の紛争が週刊誌等の興味本意の報道によって世間に醜を晒すこともなかったであろう。ところが実際には、管長以下宗門僧侶のほとんどは、創価学会の勢力に恐れをなし、競ってこれに阿諛迎合していた。たとえば論法同座の「日蓮聖人展」の場合も、諌暁したのは妙信講のみというのが実情であった。」(「私は創価学会のスパイだった」 下山正行著 P88〜90)

山崎正友氏によると、
「この事件の当初に、創価学会は、御法主上人及び宗務院に対し、「もし崎尾をきちっと処置しなけれは、創価学会は本山と対決する」と威嚇し、恫喝までしていた。」

とのことです。戸田さんの性格なら無碍もなしだと思います。
小笠原慈聞氏は、前のことがあって、戸田さんの脅しに屈したとの論証にはなりそうですね。

394沖浦克治:2003/10/26(日) 00:00
 ご意見は参考になりました。
 感謝いたします。
 宗門が創価学会の勢いに押されたとのご意見は、充分考えられますね。
 現在は、すでに宗門と創価学会は無関係な宗教団体ですが、これらの事件も離別の遠因の一部でしょう。
 蓮華寺の住職には、それなりの役割が有ったように思えます。
 これ等の事件の延長線上に、現在の独立した創価学会の実現があるわけです。
 その観点から見れば、蓮華寺の住職も逆縁ながら広宣流布に功績があるのでしょう。
 いすれにせよ、宗門とようやく縁が切れ、いい時代になったものですね。

395愚鈍凡夫:2003/10/26(日) 00:32

宗門にとっても創価学会と縁が切れて、いい時代になったと思っているでしょう。
金と数に物を言わせて、無理難題を押しつける厄介者がいなくなったわけですから。
創価学会が邪義とは何かを身を以て証明したことは、富士門にとって多大な貢献だと思います。まぁ、善知識といえるでしょうか。

396Leo:2003/10/26(日) 00:41
宗門とようやく縁が切れ、いい時代になったのであるならば、
『聖教新聞』の座談会や寸鉄にみられるような宗門攻撃などやる必要なく
自主独立して堂々としていればいいのではないかと思うのですが。

それから、宗門攻撃だけでなく、学会活動で直接平和・文化・教育に関する
活動がほとんどなくひたすら折伏(勧誘)と法戦(選挙支援)だけだったので疑問でした。

397沖浦克治:2003/10/26(日) 01:17
 愚鈍凡夫 さん
 ご意見をおのべになられる権利を尊重いたします。
 その上で申しあげますが、お互いに無関係になったことを認め、喜んでいるのですからあなた方が創価学会の現在の方針や、以前のいきさつに関して異を唱えられる必要はもはや無いと思います。
 私は別に宗門が真言宗になろうと、念仏宗と名乗ろうと興味はありません。
 たとえば卑近ですが、離婚した女房が誰と再婚し様が気にならないのと同じです。
 気になるのでしたら、始めから離婚などせねばいいのです。
 宗門法華講の方々が、創価学会の運営や活動方針に干渉されるお気持が理解できません。
 他所の事はほうっておいて、自分たちの布教や運動方針に専念されれば如何か、と思います。

398探訪者007:2003/10/26(日) 01:29
横からゴメン、。一応読ませてもらいましたが、どーも「??」です。 沖浦様が「問題を御提案され、他のかたが御意見を申され」ての「実り在る御議論〜御検察〜御思考〜御展望、」を期待しておりましたが、??のようですネ、。 マー今後には期待します、が、。

399愚鈍凡夫:2003/10/26(日) 01:33

沖浦克治さん、何か勘違いをされているようですね。
小生は、「蓮華寺事件」をご存知ない方の為に資料を提供したまでです。
それに対してあなたがコメントを書き込んだ。それで小生がコメントを返した。それだけのことですよ。以前にも記しましたが、小生は歴史は大事だと思います。
あなたが尊敬する戸田さんも歴史は好きだったようですよ。それに、あなたが信奉する池田さんも統一ドイツ大統領の言葉を引用して、学会員に歴史の重要性を指導しています。

> 宗門法華講の方々が、創価学会の運営や活動方針に干渉されるお気持が理解できません。
> 他所の事はほうっておいて、自分たちの布教や運動方針に専念されれば如何か、と思います。

干渉などしていませんよ。ここの掲示板で小生の思う処を投稿しているだけです。嫌なら、無視すればいいだけです。それだけのことですよ。

400沖浦克治:2003/10/26(日) 01:41
 Leoさん
 私は、宗門を攻撃する聖教新聞は啓蒙しない、とこの掲示板でも宣言をしておりますよ。
 あなたが聖教新聞の記事にご不満がおありでしたら、直接聖教新聞社とお話をして下さい。
 私は、宗門などは捨てておいて勝手に立ち腐れさせておくべきだ、と常に創価学会内部でも発言をしております。
 創価学会を退転して、法華講に行った人達を脱講させる運動等はやる気もありません。
 はっきり言いまして、どのような組織や団体にも、付いていけない人間必ず存在いたします。
 出て行きたい者は、出て行かせればいいのです。
 もちろん、いればいいのにな、とは思いますよ。
 然しながら、嫌になって出て行った人をに戻っていただく必要などありません。
 そんな暇があれば、世間におられる優秀な人材を折伏すべきです。
 もちろんの事、全ての人間は一念三千の当体であり、それぞれが優れた人材なのですから、それらの新しい人材で世界広布をすればいいのです。
 出て言った人など捨てておくべきです。
 かえって来い、などと馬鹿馬鹿しいことを言う事、はナンセンスでしかありません。
 私は創価学会を一度退転したような人間には、二度と帰ってほしくはないのです。
 ついでですが、あなたが創価学会の方針や活動にご不満がおありでしたら、創価学会員となってわが身のこととして訴えなければ、無駄な事でしょう。
 遠いところからいくら意見を大声で述べて見ても、何の効果もありませんよ。

401沖浦克治:2003/10/26(日) 01:46
 探訪者007 さん
 真にごもっともなご意見です。 
 それでは改めて問題提起をさせていただきます。

 この掲示板にいらっしゃる皆様方は、今後の世界広布についてどのようなお考えをお持ちであるのか、お聞かせくださいませ。

402沖浦克治:2003/10/26(日) 02:01
 愚鈍凡夫さん
 あなたも私も立場は違いますが、蓮華寺事件等を原因として創宗が離別した事は喜ばしい出来事である、との見解は同じなわけです。
 ならば双方ともに結果に不満がないのですから、それ以上のいらざる干渉は双方ともに止めるべきではないか、と提案を致します。
 それよりも、今後の広宣流布について語り合う方が価値的だ、と思いますが如何でしょうか。

403愚鈍凡夫:2003/10/26(日) 02:08

資料の整理が終わって、寝よう思って覗いてみたらまだこんなこと言ってんの。

>この掲示板にいらっしゃる皆様方は、今後の世界広布についてどのようなお考えをお持ちであるのか、お聞かせくださいませ。

で、あなたはどうなんですか。
自信たっぷりなようですので、ワクワクしながら読ませて頂きます。 (^_^)v
それではお休みなさい。
尚、都合が悪ければ、無視して頂いて結構ですよ。

404探訪者007:2003/10/26(日) 02:38
 最近リストラの懸念から不眠症気味で「ネット・サーフイン」をトライ中。 沖浦様からの御指名をいただきましたので「眼をショボショボしながら、なれないキーボードをたたいております」。 沖浦様も深夜にも拘わらず「御熱心に、、?」とは「それなりにいくばくかの苦悩のさなか、、?」か、かなとぞんじもうしあげます、、。 小生も「この麗しいおことば=世界公布なるお言葉」に心底シビレ感応しておりました、、。 (阪神タイガースも今は同価値です、、)
 又「仕手株式の扇動にも同様な現象在り」です。 世の中「アキラメ切れない症候群」という「新規のウツ病が蔓延中(03/09/22日経夕刊:青山精神科医)」とのことです。 「完璧主義者は要注意」とのことです。 「世界公布]という「完璧主義者」に「???」を投げかけ「その目標断念」することから「今在るものも、それほど悪くないナ、、」という「余裕」が生まれるそうです、、。

405沖浦克治:2003/10/26(日) 07:06
 探訪者007 さん
 おはようございます。
 リストラの可能性を知り大変な事、と感じております。
 貴兄がこの生活の大難を乗り越えられ事を、祈念いたします。
 私は27年前に生活苦と決別を致しました。
 自分の貧乏の宿命と真正面から取り組み、宿命転換して以来、そんなに豊ではありませんが不自由をする事はなくなりました。
 リストラが迫る今が、あなたの宿命転換のチャンスだと思います。
 大変失礼な事を申しあげている事は重々承知いたしておりますが、ネットで知り合ったご縁に免じてお許しくださいませ。
 願わくば祈りに祈って、この機会をチャンスと捉え、この後の人生に勝利されん事を心より願っています。

406沖浦克治:2003/10/26(日) 07:30
  愚鈍凡夫 さん
 私は唯の人間です。
 自信など少しもありません。
 ただ41年間の創価学会員としての人生中で、振り返れば信心をしていてよかったと思う場面が何度かありました。
 現実に今の自分は過去の存在の積み重ねです。
 同じように現在の積み重ねが臨終に続く来世を決定する事は間違いない出しょう。
 100年は生きられない短い人生です。
 過ぎ去った過去の出来事よりも、未来に目を向ける事が価値的だと思い、提案を致しました。
 罵りあいよりは、ともに未来を語り合う方がいいのではないでしょうか?
 
 私は世界広布とは遠くにあるものではない、と思っています。
 世界広布を、広宣流布に置き換えてお話を致します。
 自分の現実の生活を如何にすれば広宣流布に結び付けられるかは、それぞれの個人が悩み、行動をし、結果を出す以外には無いでしょう。
 私とあなたが同じ行動を取る必要はありませんし、自分が誰かを目指す必要も無いでしょう。
 私は現在3年計画で、世間の友人からよい評価をされるべく微力を尽くしております。
 達成できれば、自らの広宣流布の武器にし、世間と対話をするつもりです。
 所用で出かけますので、夜に帰宅してからご意見があれば読ませていただきます。

407Leo:2003/10/26(日) 08:52
沖浦克治さん。

>私は、宗門を攻撃する聖教新聞は啓蒙しない、とこの掲示板でも宣言をしておりますよ。
>あなたが聖教新聞の記事にご不満がおありでしたら、直接聖教新聞社とお話をして下さい。

私は経験から聖教新聞社が学会組織の一部(独立した会社登記のある会社でない)であり
トップダウンの新聞で、苦情を一切受け付けないということを知っています。
聖教新聞の記事の問題を衆知のものとしそれが淘汰圧となることを期待しています。
そういうことが真の新聞啓蒙であると思っております。

>ついでですが、あなたが創価学会の方針や活動にご不満がおありでしたら、創価学会員と
>なってわが身のこととして訴えなければ、無駄な事でしょう。

>遠いところからいくら意見を大声で述べて見ても、何の効果もありませんよ。

そうです。ですから、私は創価学会員ですがやめていません。内部で訴えつづけております。
(今のところ議論するより折伏して来いなどという回答にならない幹部指導を貰っていますが...(苦笑))

408ガンコ:2003/10/26(日) 10:40

愚鈍凡夫さん

話が脱線して恐縮ですが、「私は創価学会のスパイだった」には、浅井の記念すべき第一回目の諌暁書である「正本堂に就き宗務御当局に糺し訴う」が全文(?)掲載されています。これについて、どのような感想をお持ちであられるか、ご披露ねがえませんでしょうか?

409Leo:2003/10/26(日) 10:50
>出て行きたい者は、出て行かせればいいのです。
>もちろん、いればいいのにな、とは思いますよ。
>然しながら、嫌になって出て行った人をに戻っていただく必要などありません。

私は学会が宗教権威者の権威のようなものも比較的少ないし(少ないといってもありますが)、
迷信も比較的少ないので(少ないといってもありますが)気に入っております。
やめる気はいまのところありません。

しかし、「トップのトップによるトップのための学会」でなく、
「会員の会員による会員のための学会」となって欲しいと思っております。
今の学会の状態や指導は支持しません。ではなぜ私が残っているかというと、
日本の与党の非支持者が外国へ移住したり外国へ追放されないのと同様であると
思っているからです。

>そんな暇があれば、世間におられる優秀な人材を折伏すべきです。
>もちろんの事、全ての人間は一念三千の当体であり、それぞれが優れた人材なのですから、
>それらの新しい人材で世界広布をすればいいのです。出て言った人など捨てておくべきです。

人材を確保するのですか?学会内にも結構人材はいます。学術部がありますが、ぱっと
した結果をきいたことがありません。専属弁護士もいますが会員のために動いたという
こともきいたことがありません。そういう状態なのにいくら人材を確保しても無駄では
ないのではないでしょうか(人材の飼い殺しあるいはトップにだけの貢献)。

私は個人個人のプチ人間革命までは否定しませんが、学会の提唱した偉大なる人間革命
は1960年代末ぐらいから挫折したと考えます。過去の失敗から学ぶ必要があるのでは
ないでしょうか。

(参考資料)
「第三の大学……創価大学 激動の現代を生きる若者の論理」 (池田諭氏 、1970年8月)
http://www.asahi-net.or.jp/%7Ekd6k-ymmt/daisa.html
「 一千万人の会員一人一人を本当に英才に育てあげ、その人達が団結し、協力して、人間の世紀、
生命の世紀を実現しようとするなら、それは容易に実現されよう。一千万人をすべて、英才にする
指導と教育が至難な仕事であって、それができるということは、人間の世紀、生命の世紀が実現した
ということである。そのように断言してもよいであろう。」

410Leo:2003/10/26(日) 10:58

私はこのような指導を受けて、内部(学会員への)の折伏を行う決心をしました。

411Leo:2003/10/26(日) 10:58
自己レス 引用がぬけていました >410

>(今のところ議論するより折伏して来いなどという回答にならない幹部指導を貰っていますが...(苦笑))

私はこのような指導を受けて、内部(学会員への)の折伏を行う決心をしました。

412愚鈍凡夫:2003/10/26(日) 13:17
あっ、ガンコさん、ご無沙汰しております。

小生は、「私は創価学会のスパイだった」を持っているわけではなく、学会関係の事件に関するファイルを入れたフォルダの中にあったので引用したまでです。
したがって、「正本堂に就き宗務御当局に糺し訴う」という浅井さんの論文の存在は存じていますが、拝見したことはありません。
聞くところから想像しますと、終末思想の上から現状を分析して、"未だ広宣流布せず"との論理展開をし、「正本堂」を「本門の戒壇」と呼ぶのは間違っているとの主旨の論文だと思いますが、結果的に池田さんの「本門の戒壇」建立の野望を阻止した(「本門の戒壇」と騒いでいたのは池田さんだけですから)という意味では、浅井さんの諌曉は評価すべき行為だと思います。
ただ、池田さんとすれば、見切り発車で既成事実を先に作り、後は宗門を締め付けて「正本堂」が「本門の戒壇」であることを認めさせようとしたんでしょうが、思いの外頑強な日達師の抵抗に遭い、頓挫したというのが真相かと思います。

413:2003/10/26(日) 14:28
沖浦さま お返事ありがとうございます。

私見ですが、上部からの打ち出し、指導を取捨選択できるのは
沖浦さまに「役職」がないからだと思います。
学会は、個人が意見を自由に言えて、自由に選択して活動できる
組織ではないと思っています。

414ガンコ:2003/10/26(日) 16:02

愚鈍さん

じつは、顕正会で出している書籍には、この「正本堂に就き宗務御当局を糺し訴う」がないのです。
もともとないのか、あるいは途中で引っ込めてしまったのか、わかりません。
記念すべき第一回目の諌暁書なのになぜなんだろう? っていうのが聞きたかったんですが、そんなこと愚鈍さんがご存知のわけないですよね?

どなたか、知ってる方、ご教示ください。

415愚鈍凡夫:2003/10/26(日) 18:11
一言
「パス」 はいよっ!( ̄  ̄ )ノ"⌒▽〜〜ヾ(^^;;

416ワラシナ:2003/10/26(日) 20:11
「正本堂に就き宗務御当局を糺し訴う」が掲載されてる書籍について。

0、ガンコさま、始めまして。もと顕正会だったワラシナです。

1、54年の今ころ妙信講に入った時先輩から、あれ読まなければ御遺命守護の精神はわからない、と言われて「正本堂に就き宗務御当局を糺し訴う」のテキストを渡されましたが、それは教学理論誌「冨士」の特集での再版掲載だったと記憶してます。
ただ御観察の如く、あれ以来復刻版みたいな形で一般会員に配布される機会は、本当に少ない、奇妙に感じられる程「今では」少ないですね。
ですが、当時はごくありふれていて、「正本堂に就き宗務御当局を糺し訴う」が掲載されてる復刻版の「冨士」が本部窓口で(在庫があれば)買えたのです。そう記憶してます。間違ってたら古参講員の情報提供をお願いします。
今でも、もっと誇らかに扱ってもよさそうに感じますが、「御遺命守護は完結した」とされる今ですから今後登場する機会はもっと少なくなると思います。

2、HPでは櫻川さんの処で探してもなかった。以前有った「世雄会」には全文掲載されていたと記憶しますが。

3、ですから、「私は創価学会のスパイだった」の末尾での全文掲載には、大きく目を見開かされた時に味わうような感動を憶えました。
教団外部書籍ではあの当時唯一まともな形で妙信講情報が公開されたものではなかったでしょうか。
その著者「下山」氏も「正本堂に就き宗務御当局を糺し訴う」を講員から借りた「冨士」で初めて知った筈です。

4、従って、今それを目にする機会がめっきり減った原因は「冨士」の廃刊に求められそうに思います。

417ガンコ:2003/10/26(日) 21:05

ワラシナさん、どうもです。

ご教示ありがとうございました。
わたくしは、あなたよりもずいぶんあとに入信したものです。詳しくは申せませんが、解散弾圧十周年記念特集「御遺命守護の戦い」(冨士二百五十号)を学んだクチです。あの本には、「糺し訴う」の序文と末文が抜粋して載っているだけですし、わたくしの記憶では、いちどたりとも第一回諌暁書の全文を学んだことはありません。
たまたま、学会より入会してきた方に「スパイだった」をいただきまして、最初に読んだときはよくわからなかったけど、最近、読み直してみて、けっこう感動しました。
ですから、復刊してもよさそうなものだと思いました。

418沖浦克治:2003/10/26(日) 22:44
 路さん
 私に役職はありませんが、あっても同じです。
 また創価学会の役職は、強制的に任命されるものではありません。
 役職のある人と無い人では、圧倒的に役職の無い人のほうが多いことも事実です。
 もしあなたが言われるように、役職を持つと上からの打ち出しに反対でき無いことが事実であるならば、役職に付くときは慎重にすべきです。
 最後は本人がそれらを考慮し判断したらいいでしょう。
 私は男子部では部長でした。
 壮年部では役職は要りませんとお断りいたしました。
 昭和54年ごろから、宗門は邪宗であることを確信しておりましたから、登山会に参加することが汚らわしく思えて嫌だったからです。
 役職があれば立場上お互いに困ったでしょうね。
 それでも知らないうちに、壮年部の副B長になっておりました。
 あるとき支部幹部が家庭訪問に訪れ、登山会に参加するよう言われたので、私ははっきりと『あのような謗法の場所には行きたくありません』とお答えいたしました。
 大変ご立腹でお帰りになりましたが、後で大問題になり私は要注意人物になったようです。
 その後転居し、本当に役職とは縁が切れました。
 今要請があれば役職に付いても言いと思いますが、最初に嫌な事はしない旨はっきりと言うでしょうね。

419沖浦克治:2003/10/26(日) 22:58
 路さん
>学会は、個人が意見を自由に言えて、自由に選択して活動できる
組織ではないと思っています。

 創価学会は大変自由な組織だと思います。
 友人が法華講におります。
 所帯数の少ない(200程度か?)お寺の所属です。
 元学会の圏幹部がいるそうです。
 その人は創価学会のことをぼろくそに言うそうです。
 私は思います、先ず自分が創価学会で、中心者として指導をしていた時のことを反省すべきでしょう。
 そして、その人と昔からいる壇徒の方で強烈な勢力争いがあり、僧侶は自分の生活の事のみ考え、この間で困っている信徒の立場には、無関心だそうです。
 驚いた事には、ほとんどのお寺がこの様な状態にあり、新入信者がいてもすぐに活動しなくなってしまうとの事でした。
 多くの信徒は言いたい事など言えず、住職と根檀家の役員と元圏幹部の顔色を伺い、いつも下を向いてビクビクしているようです。
 こんな組織より、創価学会は100倍はましでしょう。

420沖浦克治:2003/10/26(日) 23:07
  Leo さん
 創価学会を辞めてはいけません。
 ご自分が世間実証を示せば、回りの幹部等は何も言わなくなります。
 それを目指されるべきだと思います。

421Leo:2003/10/27(月) 00:10
沖浦克治さん。

>創価学会を辞めてはいけません。

学会が将来はっきり仏教団体であることを放棄すれば、その時は辞めると思いますし、
万が一学会が将来日蓮正宗に復帰するようなことがあれば私の今までの言動から辞めざる
を得ないと思っております。自分の思うところを主張して、辞めざるを得なくなる
あるいは辞めさせられるということがあれば、その時はその時と覚悟しております。

>ご自分が世間実証を示せば、回りの幹部等は何も言わなくなります。
>それを目指されるべきだと思います。

幹部指導を受けに行けば「文句があるなら折伏して来い」という指導しか貰えませんが、
特に幹部指導を受けに行かなければなにも言われなくなり放置されるので、今のところ
問題ない状況です。


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