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創価学会の功罪を考える
348
:
アネモネ
:2003/10/24(金) 13:01
(つづき)
>蓮祖は『かかる時刻に…有る可からざる者なり。』( 如説修行抄)
と仰せです。
かつて、法華講に所属して、それなりに信心をしていた頃には、この世を生きる使命感をそそられ、みなぎる思いもひとしおだった御書の御文なのですが…。
今こうして改めて読んでみると、そのとき味わった思いは、多少色褪せてましっているのを感じますね。
「念仏真言禅律等の八宗十宗の敵人をせむるに…」など、なんというか闘争的というか、好戦的というか、仏と民衆に仕えるお坊さんというよりは、非常に勇ましく血気盛んな武士の御文のようでもあります。
日蓮さんは平家物語の原形として当時読まれていた軍記ものを好んで読まれ、その影響を多分に受けておられるという分析をどこかで読んだことがあります。この掲示板でも紹介したことがありましたが、まさにそのような影響を感じる文面ですね。
だからでしょうか、沖浦さんのレスにも、勝敗を常に意識されている文面が多く、ややもすれば闘争的な面が見受けられるようにも思われます。確かに、自由社会とは競争原理に基づいたものかもしれませんが、しかし、だからこそ宗教の教えは、競争原理を超えた精神の解放を望むところに、その意義があるものなのではないでしょうか。
>>私には創価学会の誇りというものが何であるのかは、現時点ではまるで見えてきておりません。
>あなたが創価学会員でないのですから当然でしょう。
結局、私とはほとんど対話が成り立っていないかもしれませんね。
戸田さんや池田さんの言葉の影響を受けてこられたことはだいたいわかりますが、しかし沖浦さんの投稿内容は、具体性に欠けていることもあって、いまひとつ創価学会の功績ということにおいて、何を主張されたいのか、はっきりしませんです。
>>現在、宗門を邪宗と断定している立場から、戸田先生のご指導を読まねば真実>は見えてまいりません。
>どうしてですか?
>宗門と創価学会は無関係の団体です。
とーんでもない。たとえ袂を分かったとしても、決して無関係の団体とはいえないでしょう。教団の成り立ちや歴史を全く無視したご発言ですね。このように言いなさいと学会で指導されているのですか?
こんな無責任なことを言えば、他の全ての言葉も真実味が感じられなくなります。たとえ一信徒といえども、沖浦さんのこの言葉ひとつで、「創価学会は信用できない教団」という印象をもたれることにもなります。ただ単に自分たちの目先に都合のいい言葉を発することは、結局は自分とその教団の評価を自ら下げることになると思います。
私が言うまでもありませんが、牧口さんも戸田さんも、法華講に入ったことから創価学会が始まったようなものですね。宗門の日寛教義を学会の教義とし、宗門を外護することを志した団体だったのではないですか?
さらに今でも日寛さんの曼荼羅を配布しているとも聞きますから、無関係の団体などといえば、事実を無視した虚偽の発言となります。
適当なことを言ってはいけませんね。
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