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創価学会の功罪を考える

409Leo:2003/10/26(日) 10:50
>出て行きたい者は、出て行かせればいいのです。
>もちろん、いればいいのにな、とは思いますよ。
>然しながら、嫌になって出て行った人をに戻っていただく必要などありません。

私は学会が宗教権威者の権威のようなものも比較的少ないし(少ないといってもありますが)、
迷信も比較的少ないので(少ないといってもありますが)気に入っております。
やめる気はいまのところありません。

しかし、「トップのトップによるトップのための学会」でなく、
「会員の会員による会員のための学会」となって欲しいと思っております。
今の学会の状態や指導は支持しません。ではなぜ私が残っているかというと、
日本の与党の非支持者が外国へ移住したり外国へ追放されないのと同様であると
思っているからです。

>そんな暇があれば、世間におられる優秀な人材を折伏すべきです。
>もちろんの事、全ての人間は一念三千の当体であり、それぞれが優れた人材なのですから、
>それらの新しい人材で世界広布をすればいいのです。出て言った人など捨てておくべきです。

人材を確保するのですか?学会内にも結構人材はいます。学術部がありますが、ぱっと
した結果をきいたことがありません。専属弁護士もいますが会員のために動いたという
こともきいたことがありません。そういう状態なのにいくら人材を確保しても無駄では
ないのではないでしょうか(人材の飼い殺しあるいはトップにだけの貢献)。

私は個人個人のプチ人間革命までは否定しませんが、学会の提唱した偉大なる人間革命
は1960年代末ぐらいから挫折したと考えます。過去の失敗から学ぶ必要があるのでは
ないでしょうか。

(参考資料)
「第三の大学……創価大学 激動の現代を生きる若者の論理」 (池田諭氏 、1970年8月)
http://www.asahi-net.or.jp/%7Ekd6k-ymmt/daisa.html
「 一千万人の会員一人一人を本当に英才に育てあげ、その人達が団結し、協力して、人間の世紀、
生命の世紀を実現しようとするなら、それは容易に実現されよう。一千万人をすべて、英才にする
指導と教育が至難な仕事であって、それができるということは、人間の世紀、生命の世紀が実現した
ということである。そのように断言してもよいであろう。」


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