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創価学会の功罪を考える

358沖浦克治:2003/10/24(金) 23:01
>なぜキリスト教や回教を創価学会が化導しなければならない必要があるのでしょうか。
また、沖浦さんはどの程度、キリスト教や回教をご存知なのですか?

 世界で、現在大きな勢力を保っている宗教がこの二つだからです。
 世界広布の為には、この二つの宗教を避けては通れないでしょう。
 キリスト教は私の創価以前の宗教でした。
 回教はキリスト教と同じ神を戴いております。
 以前パキスタン人の回教徒を折伏し、入会させました。
 彼はチッタゴンに帰国いたしましたが、その後の動乱のせいか連絡は途絶えたままです。
 今後のために少しずつ回教について学び始めてめております。

>仏法の為に布教活動をしているとよく聞いたものですが、妙法や正法というものは、人間の為に存在しているということですか?

 蓮祖の御書全体を通して、この人間中心の精神に貫かれております。
 法のための布教などは、蓮祖敵対の考えです。
 
 『返す返す今に忘れぬ事は頚切れんとせし時殿はともして馬の口に付きてなきかなしみ給いしをばいかなる世にか忘れなん、設い殿の罪ふかくして地獄に入り給はば日蓮をいかに仏になれと釈迦仏こしらへさせ給うとも用ひまいらせ候べからず同じく地獄なるべし、日蓮と殿と共に地獄に入るならば釈迦仏法華経も地獄にこそをはしまさずらめ、暗に月の入るがごとく湯に水を入るるがごとく冰に火をたくがごとく日輪にやみをなぐるが如くこそ候はんずれ』(崇峻天皇御書)
 
 人間連帯の精神に満ち溢れるお言葉です。
 
 『然れば釈迦仏は我れ等衆生のためには主師親の三徳を備へ給うと思ひしに、さにては候はず返つて仏に三徳をかふらせ奉るは凡夫なり、其の故は如来と云うは天台の釈に「如来とは十方三世の諸仏二仏三仏本仏迹仏の通号なり」と判じ給へり』(諸法実相抄)
 
 蓮祖は仏に三徳を具備させているものは人間(衆生)である。と仰せです。

>正直いって、私は、日蓮正宗と創価学会は似たようなものだと思っていました。法華講はミニ版の創価学会だったのではないかとさえ思ったものですが、

 宗門はすでに役割を終えました。
 宗門の役割は、社会環境が整い広宣流布の戦いが開始されるまでの間、蓮祖の法を伝える事でした。
 これには権威主義が適当であったのでしょう。
 実際に民衆の中に蓮祖の法を広げるためには、権威主義は邪魔なだけです。
 民衆は馬鹿ではありません。
 威張る人からは必ず離れていきます。
 権威主義で広宣流布は不可能です。
 創価学会に権威主義はありません。
 だからここまで広まったのです。
 人間中心主義が創価学会の基本です。


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