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創価学会の功罪を考える
393
:
愚鈍凡夫
:2003/10/25(土) 23:39
横レス失礼。「蓮華寺事件」をご存知ない方のために
「"蓮華寺事件"と呼ばれている正宗寺院の本山離脱事件は、いま考えると宗門と創価学会の関係をかなり象徴する面を含んでいるようだ。ちなみに、蓮華寺は、宗門で能化寺と呼ばれるほど格式の高い寺院であった。
この蓮華寺に、昭和二九年から三〇年にかけて、創価学会員多数がピケを張り、寺にくる信者を追い返すという事件があった。当時の住職崎尾正道に、創価学会に批判的言動が多い、ということからはじまった事件である。
ピケや創価学会特有の"口コミデマ"に対して、崎尾は、同寺で御授戒を受けた会員に、御本尊を返却しろと迫った。時の会長戸田城聖の意をうけた宗門の庶務部長ほ、管長の諒解もとらずに、崎尾を檀家もほとんどない田舎の寺に左遷しようとした。その辞令に押された管長印は、庶務部長が盗用したものといわれている。この庶務部長が、後の細井日達管長であった。
崎尾はこの左遷辞令を拒否、事態は硬直したまま御法主上人の代が替った。
新御法主・堀米日淳上人は、この辞令の破棄を命ぜられて、崎尾は元通り蓮華寺住職の身分を保証された。
こうして事件は一応落着したが、その後日達管長の時代になって、創価学会を非難・攻撃する者は地獄に落ちる、彼らを尊敬し手本として信心せよ、という訓諭などがきっかけとなり、創価学会に牛耳られた宗門にはついていけぬということで、本山支配から離脱してしまった。この事件で注目すべきことが二つある。
一つは、創価学会の傲慢な要求に迎合した役憎が、細井日達管長であったという事実。もう一つは蓮華寺離脱の理由として、(イ)池田の法華講総講頭任命、(ロ)末寺総代に必ず創価学会員を入れる、(ハ)その意をうけて末寺住職を左遷する、など宗務当局は創価学会の傀儡と化していることなどを挙げていることである。蓮華寺・崎尾正道住職の創価学会と宗務当局に対する怒りは、本来全僧侶の怒りでなければならなかったはずだ。
ところが、世間でも名刹とされる蓮華寺の創価学会専横に対する怒りは、宗門内では、四国大乗寺の例などもありながら、ほとんど孤立していた。
この時期、創価学会の驕慢をたしなめる声が宗門僧侶たちの間に強く、また管長がそれを汲んで善処していたならば、後日両者の紛争が週刊誌等の興味本意の報道によって世間に醜を晒すこともなかったであろう。ところが実際には、管長以下宗門僧侶のほとんどは、創価学会の勢力に恐れをなし、競ってこれに阿諛迎合していた。たとえば論法同座の「日蓮聖人展」の場合も、諌暁したのは妙信講のみというのが実情であった。」(「私は創価学会のスパイだった」 下山正行著 P88〜90)
山崎正友氏によると、
「この事件の当初に、創価学会は、御法主上人及び宗務院に対し、「もし崎尾をきちっと処置しなけれは、創価学会は本山と対決する」と威嚇し、恫喝までしていた。」
とのことです。戸田さんの性格なら無碍もなしだと思います。
小笠原慈聞氏は、前のことがあって、戸田さんの脅しに屈したとの論証にはなりそうですね。
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