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素朴な疑問
2938
:
犀角独歩
:2006/11/29(水) 08:48:59
問答名人さん
記されることは、あくまで、御伝土代が日道の作であり、かつ、日道が日興に忠実であったという前提に基づく仮定に過ぎないでしょうね。ご自身お認めのとおり、論理の飛躍があります。
日道は、日興の弟子というのは、新六を言うのでしょうが、これを直ちに受け取ってよいものでしょうか。また、『御伝土代』に記される年代は、1333年とされますが、作者が日道であるということと併せて、この点、一考を要するはずです。この書が日時作であるとすれば、成り立たないところとなります。
> 弟子が、何を以って「仏」と捉えていたかを探れば、師匠の「ほとけ」と表現された内容をうかがい知る事が出来ると思うからです
こんな論法は成り立たないでしょう。もし、斯様な理想が実現されているのであれば、いまに至る師弟子の関係で、日蓮の考えが現在の弟子にそのまま伝わることになります。本弟子六人にしても、みな弟子ですから、日蓮と同意となることになりますし、となれば、弟子間で異撤が生じることはないことになります。けれど、実際は五・一相対などと称する事象が起きています。
以上の点からしても、『御伝土代』が日興の仏本観を反映したというのは、あくまでも仮定に過ぎないでしょう。
「一、脇士なき一体の仏を本尊と崇るは謗法の事。
小乗釈迦は舎利弗目連を脇士となす権大乗迹門の釈迦は普賢文殊を脇士となす、法華本門の釈迦は上行等の四菩薩を脇士となす云云、一躰の小釈迦をば三蔵を修する釈迦とも申し又頭陀釈迦とも申すなり、御書に云く劣応勝応報身法身異なれども始成の辺は同しきなり、一体の仏を崇る事旁々もつて謂はれなき事なり誤まりが中の誤まりなり。
仏滅後二千二百三十余年が間、一閻浮提の内、未曾有の大曼荼羅なりと図し給ふ御本尊に背く意は罪を無間に開く云云、何そ三身即一の有縁の釈尊を閣きて強て一体修三の無常の仏陀を執らんや、既に本尊の階級に迷う、全く末法の導師に非るかな。
本尊問答抄に云く。」
『御伝土代』の上記の文をもって、関連づけを試みておられますが、読み方に違っていると言わざるを得ません。この文章は、漫荼羅が一尊四士であるなどとは、記していません。法華本門釈迦は四菩薩を脇士とすることを言うのは、あくまで仏像の様式について述べています。そもそも、この段は一尊(釈迦)四士(四菩薩)のみを言うのではなく、その前文に、小乗釈迦、権大乗釈迦の仏像奉安も上げ、小・大・本、それぞれの釈迦仏像は脇士像を付すを是とし、それに対して、脇士なき釈迦を「三蔵を修する釈迦とも申し又頭陀釈迦」を非とし、対比している文章です。一尊四士のみを証しているわけではありません。まして、脇士の有無を論じるわけですから、並座の多宝を表す一塔二尊四士とは意を異にしています。
また、一尊四士を一塔二尊四士と言い換えられましたが、この両義は意味を異にします。一尊四士は、日興の義であることが知られ、また、たぶん偽書であろう『四菩薩造立抄』にも見られるところです。富士方、中山方にその濫觴を見ることが出来ることになります。しかし、一塔二尊四士は、京で起きた仏像奉安、また、「三宝さま」と称される二尊奉安は身延でのことであって、これらを日興義とすることは出来ません。つまり、一尊四士をイコール一塔二尊四士であるという認識は『御伝土代』からも、その他、日興義とされるところからも、いっさい、看て取ることはできません
2939
:
犀角独歩
:2006/11/29(水) 08:49:36
―2938からつづく―
『御伝土代』の該当部分の、先に挙げた前文に
「本門教主は久遠実成無作三身、寿命無量阿僧企劫、常在不滅、我本行菩薩道所成寿命、今猶未尽復倍上数の本仏なり。
法を云へば妙法蓮華経の涌出寿量以下の十四品、本極微妙、諸仏内証、八万聖教の肝心、一切諸仏の眼目たる南無妙法蓮華経なり」
とあります。一読すれば、明らかなようにまず教師として仏を挙げ、次に法を挙げています。つまり、土代作者は、仏を挙げ・法を挙げるという論の運びをしています。この点は「脇士なき一体の仏を本尊と崇るは謗法の事」でも、同様でしょう。まず、仏につき仏像の奉安を述べ、次いで法について漫荼羅を論じるという別に立てています。
この仏と法が同じであると言うのが、問答さんの主張なのでしょう。しかし、仮に漫荼羅の前に一尊四士の仏像を置いていても、このような文章になるでしょう。
また、この段の末に、土代作者は「本尊問答抄に云く」と、その論拠を示します。この書には、
「釈尊と天台とは法華経を本尊と定給へり。末代今の日蓮も仏と天台との如く、法華経を以て本尊とする」
ここでは明らかに釈迦と法華経の相違を論じています。
『本尊問答抄』をもって捌く、この段において、仏=法は成り立たないことになります。
なお、さらに付言すれば、問答さんは一尊四士=一塔二尊四士であるとのことですが、同抄では「不空三蔵の法華経の観智の儀軌は釈迦多宝を以て法華経の本尊…。不空三蔵法華儀軌は宝塔品の文によれり。此は法華経の教主を本尊とす。法華経の正意にはあらず。上に拳る所の本尊は釈迦・多宝・十方の諸仏の御本尊、法華経の行者の正意」といい、二尊四士の御本尊が妙法蓮華経であるという論法になっています。
なおまた、同抄は、法華経の題目を本尊というのは、釈迦(仏像)に対するのですが、しかしながら、それが漫荼羅であるとの論究ではありません。あくまで、「法華経の題目」です。ここには四士も、釈迦多宝も簡ばれます。この点で、日道の考えとは実は違っています。日道は、仏としては一尊四士の釈迦仏像、法としては未曾有の大漫荼羅とするわけですから、『本尊問答抄』からは、ここでも飛躍があるわけです。
以上の点から、日道が漫荼羅を一尊四士とも、一塔二尊四士とも見なしていないと考えられますが、如何でしょうか。
2940
:
犀角独歩
:2006/11/29(水) 10:25:12
【2939の訂正】
誤)この点で、日道の考えとは実は違っています。日道は、仏としては一尊四士の釈迦仏像、法としては未曾有の大漫荼羅とするわけですから、『本尊問答抄』からは、ここでも飛躍があるわけです
正)この点で、土代作者の考えとは実は違っています。土代作者は、仏としては一尊四士の釈迦仏像、法としては未曾有の大漫荼羅とするわけですから、『本尊問答抄』からは、ここでも飛躍があるわけです
2941
:
問答迷人
:2006/11/29(水) 11:26:00
>土代作者は、仏を挙げ・法を挙げるという論の運びをしています。この点は「脇士なき一体の仏を本尊と崇るは謗法の事」でも、同様でしょう。
そういう論運びに見えるのは、「一、天台沙門と仰せらる申状は大謗法の事。」に限ると思われます。他の論点では、そのような論運びはどこにも見当たりませんが・・・
しかも、当該部分も「仏を挙げ・法を挙げるという論の運び」ではなく、「本地は・・・上行菩薩」「本門教主は久遠実成無作三身」「法を云へば・・・一切諸仏の眼目たる南無妙法蓮華経」「弘通を申せば後五百歳中末法一万年導師」という、蓮祖の「本地、教主、法、弘通」の各視点から、天台沙門の表現は間違いだ、と述べているわけです。「仏を上げ・法を挙げる」という順序は確かにその中に含まれていますが、論の運びがそうなっている訳ではないと思います。
「脇士なき一体の仏を本尊と崇るは謗法の事。」の論運びは、まず、脇士について「法華本門の釈迦は上行等の四菩薩を脇士となす」「一体の仏を崇る事旁々もつて謂はれなき事なり誤まりが中の誤まりなり」と述べて、それが「未曾有の大曼荼羅なりと図し給ふ御本尊に背く」ことであり、「三身即一の有縁の釈尊を閣きて強て一体修三の無常の仏陀」に執着してはならないと結論付けています。いずれも本尊=仏についての論述であり、そこには、「法」との観点は見られないと思います。曼荼羅=法という捉え方は述べられておらず、日道上人がそのような見解に立っているとは思えません。
まず、この点、如何でしょうか。
これから出かけます。続きは夜に書き込みます。
2942
:
犀角独歩
:2006/11/29(水) 11:39:57
>2941
では、議論がややこしくなるので、仏・法という論の進め方になっていない、土代作者が、法=漫荼羅と述べていないという点は、譲ることにします。
その他の回答をお待ちします。
2943
:
犀角独歩
:2006/11/29(水) 11:48:46
一点だけ、補足します。
> 曼荼羅=法という捉え方は述べられておらず、日道上人がそのような見解に立っているとは思えません
この点は、わたしの文章が拙く伝われなかったようですが、土代作者は、『本尊問答抄』と明確に挙げていますので、そこで展開される法華経題目本尊観は、法を本尊とするものである以上、その脈絡から、土代作者は、南無妙法蓮華経(法)漫荼羅本尊観を摂取しているという意味です。
2944
:
問答迷人
:2006/11/29(水) 17:59:22
>一尊四士をイコール一塔二尊四士であるという認識
これは、僕の書き方が拙くて、独歩さんに誤解を与えてしまっています。そうではなくて、曼荼羅を仏と捉えていたか、法と捉えていたか、問題にしているのは、この一点です。僕は、文脈から、曼荼羅を仏と捉えていたと考えています。ただそれだけです。
この点について、後ほどもう少し詳しく書き込みます。
2945
:
犀角独歩
:2006/11/29(水) 18:20:34
> 2944
あ、なるほど。了解しました。
その線で、よろしくお願い申し上げます。
2946
:
問答迷人
:2006/11/29(水) 19:13:34
>その脈絡から、土代作者は、南無妙法蓮華経(法)漫荼羅本尊観を摂取しているという意味
これは違うと思います。確かに、本尊問答抄は法華経の題目を本尊すべし、と述べていますが、法華経の題目=曼荼羅では有りません。曼荼羅は、題目の他、諸尊が配置されて始めて曼荼羅であり、諸尊の配置が無く、ただ題目を認めただけでは、それはあくまでも題目に過ぎません。
この御伝土代の文脈では、題目を取り上げているわけではなく、あくまでも、曼荼羅本尊を取り上げています。題目は仏か法かと言えば、法ですね。それでは、曼荼羅は仏なのか、法なのか、という事が今の議論であるわけです。
そして、この御伝土代の文脈は、日道上人は、曼荼羅を仏と捉えていた事を示していると僕は思います。
如何でしょうか。
2947
:
素人
:2006/11/30(木) 05:37:02
我等の勤行の姿勢は正座合掌ですが、御影様は両膝を開いて座しておられます。
「端座して、実相を思え」とも聞いたこともあるし、時代劇を見ると将軍の前に進み、対する時でもあぐらであるようにも見えるし、往古の勤行の姿勢はどうだったのだろうかとふと素朴な疑問です。
どなた様かお教えください。過去ログにあったらすみません。
2948
:
モトミナ
:2006/11/30(木) 07:18:47
作家の秦恒平氏が、「日本経済新聞」に書いてあるので参考までに。
「天子も公家も武士も女も僧も神様も仏様も、古来、正座などしてこなかった。(ー中略ー)正
座というと茶の湯と、反射的に思う人が多かろう、が、利休の画像や彫像の遺例はみな正座など
していない。利休が正座をして茶をたてた例がかりに有ったにしても、禁中で天皇に捧げたとき
ぐらいで、おそらく秀吉の前でも浅いあぐらか軽い立て膝であったろう。(ー中略ー)元禄時代
ごろから、やっと日本人の生活に正座が定着したのは、衣服や家屋の変化、ことに厚畳の普及が
ものを言ったのだろう。徳川という近世支配が、いわゆる土下座に正座の名を与え‥‥云々」
ということらしいです。
2949
:
犀角独歩
:2006/11/30(木) 09:15:21
問答名人さん
一遍首題は漫荼羅ではないでしょうか。
墓石の首題、塔婆の首題、過去帳の首題もまた、略本尊であるというのは、通途の習いではありませんか。日蓮の筆法をもって、記されるところの妙法蓮華経の五字はすでに漫荼羅の意義を有するのではないでしょうか。もちろん、これは通論です。
土代作者が、では、漫荼羅をどう考えていたのかというのが、いまの議論です。
(本来の議論は、日興はどう考えていたかで、その前提として、土代ですが)
「一、脇士なき一体の仏を本尊と崇るは謗法の事」という文末は「本尊問答抄に云く」で終わっています。このような文の書き方は、あとは、本尊問答抄の如くであるという意味ですね。この点はよろしいでしょうか。つまり、作者は、曼陀羅・本尊を考えるのに、問答抄を証としているということですね。
では、当の問答抄において、(1)妙法五字を漫荼羅と見なしたか、(2)漫荼羅を本尊と見なしたか、(3)本尊を法と見なしたかという3点を考えれば、問答さんの問いには事足りることになりますか。
(1)妙法五字を漫荼羅と見なしたか
同抄に「法華経の題目を以て本尊とすべし」とあります。
この一文を読むかぎりでは、題目=本尊であるということです。では、題目本尊は漫荼羅かということになります。
問答さんは「法華経の題目=曼荼羅では有りません」としますが、概ね、この考えにはわたし賛同しますが、開合という観点からすれば、日蓮の筆法で記された首題は、合して漫荼羅の意義を籠もるということはあると思います。
(2)漫荼羅を本尊と見なしたか
ただし、作者が強調するのは「仏滅後二千二百三十余年が間、一閻浮提の内、未曾有の大曼荼羅なりと図し給ふ」という点です。これは、このように讃文された特定の漫荼羅を指すのか、もしくは漫荼羅図示のなかで「二千二百二十余年」を簡んでということなのか、この文章からではわかりません。しかし、問答抄の結論は「此御本尊は世尊説おかせ給後、二千二百三十余年が間、一閻浮提の内にいまだひろめたる人候はず」ですから、作者はこの点を少なくとも考慮しているとは思えます。
わたしは、この問答抄の結論部分で言う「本尊」が漫荼羅を指すという考えには、やや消極的です。しかし、この作者は、法華経題目、二千二百三十余年を記した漫荼羅を本尊と選定していませんか。問答抄の真意と言うことではなく、土代作者の意図はここにあると思えます。
以上の2点は、いまの議論の前提ですが、この点では、特に問答さんとわたしに大きな考えの相違はないと思います。その前提で進めますが、もし違っておりましたら、また、ご指摘いただければと存じます。
(3)本尊を法と見なしたか
もう少し、具体的に言えば、漫荼羅を本尊とみなし、その本尊(の首題部分、もしくは四士も含め)が仏か・法かというのが、いまの問答さんとわたしの議論であると受け止めています。
土代作者、日興も、漫荼羅(本尊)は仏を表していると考えていたというのが、問答さんのお考え、いや、法と見なしていたのだろうというのが、わたしの管見です。ただし、これは漫荼羅を本尊と見なすという前提に立った日興以降の門下の見解を採ったうえでの議論です。(わたしは漫荼羅を、ただちに本尊と見なす考えには消極的です)
では、考証を試みます。
『法華取要抄』に「如来滅後二千余年龍樹・天親・天台・伝教所残秘法何物乎。答曰 本門本尊与戒壇与題目五字也」と、本門本尊を秘“法”といいます。
『報恩抄』に「天台伝教の弘通し給ざる正法ありや。答云、有。求云、何物乎。答云、三あり。末法のために仏留置給。迦葉・阿難等、馬鳴・龍樹等、天台・伝教等の弘通せさせ給はざる正法なり。求云、其形貌如何。答云、一は日本乃至一閻浮提一同に本門の教主釈尊を本尊とすべし。所謂宝塔の内の釈迦多宝、外の諸仏、並に上行等の四菩薩脇士となるべし。二には本門の戒壇。三には日本乃至漢土月氏一閻浮提に人ごとに有智無智をきらはず、一同に他事をすてて南無妙法蓮華経と唱べし。此事いまだひろまらず。」と、ここに正“法”といいます。
三つの法門、三大秘法ともに、法と言うわけです。
(日興、土代作者の考える)本門本尊=漫荼羅は法ではないでしょうか。
2950
:
藤川一郎
:2006/11/30(木) 09:19:10
当時は正確には「あぐら」ではありません。
「あぐら」は足を組むのですが、殿中の作法では、両足を合わせる形です。
はっきり言って真似すると、辛い体勢です。慣れれば楽になるのでしょうが・・・。
昔の殿中は、御前でも総畳はありません。板に畳で出来たような丸い座布団のような物が備えてあり、そこにそれぞれ端座しました。
官位の低い方はそれすらありませんでした(冷たそうですが)。
また殿上人との謁見と、公家どおしの場でも足の合わせ方が異なるのですが、
文書では表現しにくいのですが(爆)。左右の下げ足の違いがあるようです。
2951
:
問答迷人
:2006/11/30(木) 13:56:14
犀角独歩さん
>日蓮の筆法をもって、記されるところの妙法蓮華経の五字はすでに漫荼羅の意義を有する
曼荼羅の意義ではなくて、本尊の意義ではないですか。そう考えれば本尊問答抄とも符合しますね。
> 曼陀羅・本尊を考えるのに、問答抄を証としているということですね。
これは仰る通りであろうかと存じます。
> では、当の問答抄において、(1)妙法五字を漫荼羅と見なしたか、(2)漫荼羅を本尊と見なしたか、(3)本尊を法と見なしたかという3点を考えれば、問答さんの問いには事足りることになりますか。
はい。了解です。
> わたしは、この問答抄の結論部分で言う「本尊」が漫荼羅を指すという考えには、やや消極的です。
僕はこれが、直ちに紙幅曼荼羅を指すとは思いませんが、仏像群曼荼羅を含めて、曼荼羅を指していると思います。
仏像群曼荼羅とは、紙幅曼荼羅の図の如く、将来建設されるであろう伽藍に安置される仏像群です。それは、一尊四士なのか、一塔両尊四士なのか、更に十界の諸像を加えるか、色々な形式が考えられると思います。それらの、紙幅曼荼羅を元として建造された仏像群は、立体曼荼羅であり、これらを視野に入れて、問答抄は「本尊」を述べていると思います。
> 三つの法門、三大秘法ともに、法と言うわけです。
> (日興、土代作者の考える)本門本尊=漫荼羅は法ではないでしょうか。
三つの法門という縛りでは、本門の教主釈尊も「法」として捉えられているわけですね。しかしながら、これは三つの法門という縛りでは、という限定が付いていると思います。「本門の教主釈尊」が仏か法か、と問えば誰でも「仏」と答えるでしょう。この縛りの意味をもう少し考えてみる必要が有ると思います。この点、どのようにお考えでしょうか。教主釈尊を法だとすれば、仏と法との区別はなくなってしまっているのではないでしょうか。
2952
:
犀角独歩
:2006/11/30(木) 16:37:10
問答さん
ようやくと確信に近づいてきました。
>> 日蓮の筆法…妙法蓮華経の五字…漫荼羅の意義を有する
> 曼荼羅の意義ではなくて、本尊の意義ではないですか。そう考えれば本尊問答抄とも符合しますね
そうとも言えますが、両方ではないでしょうか。
この点は、しかし、取り敢えず、置きます。
> 仏像群曼荼羅を含めて、曼荼羅を指している
重須、京方の文献からすれば、確かにそうなります。
先にも他スレで記しましたが、仏像では日蓮の漫荼羅は表せません。讃文の「二千二百三十余年」、咒とも思える経釈の書き込み、日蓮の御影は作れても、肝心の花押は仏像では表せません。しかし、問答抄の記述にあるとおり、仏滅年号は必須であり、また、「日蓮が弟子となのるとも、日蓮が判を持ざらん者をば御用あるべからず」という点からして、漫荼羅における書き判は極めて重要な意味を持ちます。しかし、これを仏像で表すことは出来ません。わたしは漫荼羅と仏像では、そもそも意義が違うと考えます。
> 三つの法門という縛り
この縛りを設けたのは、ほかでもない日蓮その人です。
> 「本門の教主釈尊」が仏か法か、と問えば誰でも「仏」と答えるでしょう。
ええ、ここです、核心は。
> 教主釈尊を法だとすれば、仏と法との区別はなくなってしまっている
そう思われるでしょうね。しかし、先に挙げたとおり、日蓮は本門の本尊=教主釈尊を秘法、正法、法門であると言っています。つまり、この点は動かせないわけです。問答さんのお言葉を借りれば、“縛り”ということです。
では、観心本尊とは如何なることでしょうか。己が心に観じる寿量本仏です。十法界における仏・法界です。つまり、己が心に観る十界各衆生とは法ではないですか。すなわち、心法です。一念三千法門です。
では、五百塵点成道の釈尊の御前におわす菩薩が、現前に拝謁する仏は、己心の仏界でしょうか。違います。これは本師、仏です。
妙法蓮華経の五字は一念三千(法)の珠を裏むというのが、日蓮の教説でした。
では、仏像に表す本師釈迦牟尼仏は、己心の釈尊でしょうか。
わたしは違うと思います。五百塵点劫に下種をしてくださった本仏、つまり、我が心法とは別ではないですか。この仏が上行に所伝した妙法蓮華経を認めたのが漫荼羅であれば、これは仏ではなく、法ではないでしょうか。しかし、仏像と示す過去五百塵点已来の下種の本主は、慥かに仏です。
つまり、漫荼羅と仏像と、共に本尊ということは出来ても、その意義は、かくのごとく違っていると、わたしは考えます。この程度の相違を、日興がわからないはずはなかったと、わたしは考えます。
2953
:
問答迷人
:2006/11/30(木) 17:01:35
なるほど。そう捉えれば、矛盾無く整理できますね。少し考えさせてください。
それと、一つ、観心本尊が紙幅曼荼羅ならば、なぜ観心本尊抄に「曼荼羅」という言葉が一つも出てこないのか、不思議です。また、書き表す、という内容が書かれていないのも不思議です。仏像群の建立を期して、紙幅曼荼羅と、仏像群曼荼羅とを両方の基本原理を示したからでしょうか、不思議です。
2954
:
問答迷人
:2006/11/30(木) 20:53:55
犀角独歩さん
>つまり、漫荼羅と仏像と、共に本尊ということは出来ても、その意義は、かくのごとく違っていると
なるほど。ほぼ了解しました。
ここで疑問が湧きます。曼荼羅が本尊であると言う場合は、観心の本尊だとすると、仏像が本尊であると言う場合は、観心に対比するとすれば、教相ということになります。それでは将来建立されるべき仏像群曼荼羅は教相の本尊なのでしょうか。しかしながら、観心と教相と言えば、観心の方が、一重立ち入った、深い意義があるのではなかったでしょうか。観心の本尊を元にして、教相の本尊を建立するというのは、果たして、どういう意味があるのか、怪訝な気がしますが・・・。
或いは、教相と観心という対比ではなく、もっと違った捉え方をすべきなのでしょうか。
これについては、独歩さんは、どうお考えでしょうか。
2955
:
犀角独歩
:2006/12/01(金) 10:11:31
問答さん
敢えて、ご質問からずれて、前提を記したいと思います。
ここのところ、問答さんとの議論では、実はいくつかの隠れた根があると思うのです。
思いつくままに、挙げてみますが、一つには、れんさん、また、顕正居士さんなどが触れられた「漫荼羅設計図論」とも言うべき、富士の見解です。この考えは富士に留まらず、たとえば身延では日向が絵漫荼羅を描かせたとか、また、その後の一塔二尊四士像と言ったものも、ある意味、同様の脈絡にあるのかもしれません。富士方について言えば、日興の弟子分にこのような動向があることは、日興にその考えがあった。また、門下一般にその動向があったということは、日蓮もそのように考えていたという前提に、議論が進んでいると思うわけです。
しかし、わたしは違うと考えています。
というと、創価学会の如く、日蓮の正意は仏像にも、御影にもなく、ひたらす漫荼羅(彼らの言い方を示せば、御本尊)なのだと、誤解を招きそうですが、そうでもなく、漫荼羅と仏像の両立に本意があったと考えます。では、その漫荼羅と仏像がイコールの関係であるというのが、いわば「漫荼羅設計図論」ということなのでしょう。わたしは、これは違うと考えます。
以上の点は粗々記してきましたが、日蓮が漫荼羅と示すのは、上行所伝妙法蓮華経の授与を目的としている。では、漫荼羅図とはいえば、その妙法蓮華経が多宝証明の許に釈迦仏から上行の所伝された様を示しているのだというのが、わたしの見解です。日蓮の判の認められた妙法蓮華経を授与されることが彼の因果の功徳を譲与することなのだという、実に具体的な秘儀が、漫荼羅授与ということではないのかということです。漫荼羅は、紙と墨を使ってのものですが、この授与は一念三千という心法の授与ではないですか。妙法蓮華経の五字は紙に記された墨字ですが、それは容器です。中身は一念三千宝珠。これは仏が上行に伝えた心法です。そして、その授与の時を言えば、法華説教八品のことですね。(しかし、首題は五百塵点已来のことという、さらに一重立ち入った点はありますが、議論を簡潔にするためにこの点は置きます)
一方、一尊四士と刻まれる像は、木絵(草木)に仏菩薩の相貌を示すものです。
日蓮は、像だけでは三十一相しか表せないというのです。(木絵二像開眼之事)
ために梵音声を具すために、その像の御前に法華経典を置き、これを充足するを開眼といったわけですね。これは仏身です。では、四菩薩を脇士にする釈尊、その時とはいつですか。漫荼羅に図示されるの同様の今番法華の会座でしょうか。
わたしは、違うと思います。釈尊の成道、上行等が初発心の弟子となった久遠五百塵点成道のその時ではないですか。故に、そこでは一塔二尊四士の如く、多宝の証明など無用です。釈迦と四菩薩の直接の関係です。つまり、一尊四士は久遠のこと、一塔二尊四士は今番法華会座のことで、その意味は違うということでもあります。
2956
:
犀角独歩
:2006/12/01(金) 10:12:00
―2955からつづく―
漫荼羅は上行を介して妙法蓮華経という仏種を下すことでしょう。ここでは上行(日蓮)を能化とし、衆生を所化とします。しかし、一尊四士は久遠已来の師弟の関係、久遠下種を高々と謳い上げるところです。能化は釈尊であり、所化は上行等です。根元的、その意味が違っています。わたしが仏像に拘る理由はここにあります。漫荼羅は、久遠師弟、久遠下種を表に示していないからです。しかし、それは漫荼羅が不完全だからではなく、漫荼羅の前提に一尊四士の関係があるということです。ですから、漫荼羅と仏像、この両者は揃わなければ、日蓮の本意は完結しないということです。まず、これが一つです。
次に『御義口伝』の影響を色濃く受ける中世以降の富士方は、日蓮日興のあずかり知らないところを恰も、日蓮日興の教学であると思いこんでしまっているところが多々あります。「漫荼羅は仏である」という問答さんのご意見をお聞きし、わたしが直ちに想起したのは『秘密荘厳論』でした。
「自受用身者一念三千也。伝教云一念三千即自受用身自受用身者出尊形仏矣。出尊形仏者無作三身云事也云云」
『御義口伝』で引用される件です。この考えによれば、仏=漫荼羅という考えは容易く導かれます。しかし、わたしは日蓮にこの考えはなかった。また、日興の段階でも採用されていなかったと考えるわけです。それを端的に示すのが、実は『本尊問答抄』ではないでしょうか。これも一つです。
次に、石山方では日寛の五重相対の「種脱相対」にまるで誑かされてしまっています。このために、本門と観心の相対を見落としています。日蓮門下一般では、『開目抄』のそれを「教観相対」としますが、『本尊抄』では「迹門一分宣之不云本門与観心」というわけですね。
漫荼羅と仏像。この点を考えるうえで、問答さんもご指摘なさっていますが、実は、教観の相対、正確に言えば、本門と観心の本尊を、『本尊抄』において、巧みに説き分けているのにもかかわらず、富士方の門下教学に誑かされて、この点を見落としていることに、わたしは気づきました。これが、もう一つです。
たぶん、ここまで記せば、問答さんは、ご了解いただけるでしょう。
取り敢えず、ここまでとします。
2957
:
犀角独歩
:2006/12/01(金) 11:00:54
【2955の訂正】
誤)仏が上行に伝えた心法です。そして、その授与の時を言えば、法華説教八品のことですね。
正)仏が上行に伝えた心法です。そして、その所伝の時を言えば、法華説教八品のことですね。授与といえば、今時、末法です。
2958
:
素人
:2006/12/01(金) 11:37:29
モトミナさん、藤川一郎さん、ありがとうございます。
つぶやきスレッドですが議論の応酬がつづいていますのでチョット遠慮しておきます。
宗祖が祈られるお姿はどうなのだろうなというつぶやきです。
また、あわせて女性はどんな姿勢だったのだろう?と。
2959
:
素人
:2006/12/01(金) 11:41:10
重ねてすみません。ここは素朴な疑問でした。
つぶやきではありませんでした。おわびします。
2960
:
問答迷人
:2006/12/01(金) 12:05:04
>迹門一分宣之不云本門与観心
「竜樹・天親等は如何。答へて曰く、此等の聖人は知って之を言はざる仁なり。或は迹門の一分之を宣べて本門と観心とを云はず、或は機有って時無きか、或は機と時と共に之無きか。」
一尊四士は本門の本尊、曼荼羅は観心の本尊。このいずれも、竜樹・天親は述べなかった、という意味ですね。
そして、蓮祖の語句の使い方としては、「本門の本尊」=「仏像群」と「観心の本尊」=「紙幅曼荼羅」とは別だと。こういう理解で宜しいでしょうか。
ところで、この立て分けは、観心本尊抄では、蓮祖はどう記されているのでしょうか。
2961
:
犀角独歩
:2006/12/02(土) 07:23:37
問答さん
> 竜樹・天親等…知って之を言はざる…迹門の一分之を宣べて本門と観心とを云はず
つまり、この部分は『開目抄』の「一念三千の法門は但法華経の本門寿量品の文の底にしづめたり。龍樹天親知て、しかもいまだひろいいださず。但我が天台智者のみこれをいだけり」と対応するわけでしょう。
> 「本門の本尊」=「仏像群」と「観心の本尊」=「紙幅曼荼羅」
ここなんですが、直ちにこのように「立て分ける」ということではないと思うのです。
本門の本尊は一尊四士。観心の本尊は、本尊抄の段階では一念三千における仏法界。『本尊問答抄』では題目本尊へと経年して補完されていくということだと思います。
人本尊・法本尊と言われますが、十界論から捌くのに仏を人というのは不適切である、という提案は以前にしました。仏本尊・法本尊ではないか、というのが過去述べたことです。しかし、日蓮の真蹟から見ると、本門本尊・観心本尊であり、より具体的には仏像(一尊四士)本尊、題目本尊です。そして、後者は授与の形式として判形を為した漫荼羅となる次第です。
わたしは『本尊問答抄』を偽撰ではないのかと主張してきたのですが、しかし、観心本尊という側面から見れば題目本尊は、一連の脈絡と看取できました。
> 観心本尊抄では、蓮祖はどう記されている
同抄を改めて読むと「観心」という用語は、題名を含めて五カ所しかありません。
如来滅後五五百歳始観心本尊抄
観心之心如何。答曰 観心者観我己心見十法界。是云観心也。
迹門一分宣之不云本門与観心。
「観心者観我己心見十法界」は、「釈迦多宝十方諸仏我仏界…我等己心釈尊五百塵点乃至所顕三身無始古仏…当知身土一念三千…本尊為体」という一連の記述は観心本尊。
「正像未有寿量仏。来入末法始此仏像可令出現…本門寿量品本尊並四大菩薩」「本門本尊」
「此時地涌千界出現本門釈尊為脇士 一閻浮提第一本尊」は本門本尊と観心本尊の両意。
わたしは教観相対という語彙は、やや正鵠を得ていないと思えます。日蓮は教相をもちろん、語りますが、開観両抄を通じて、その使用はただ1回のみです。教相から観心に臨むと言うより、突然、極意に至る如く、観心を語ります。それも、本門から観心というより、観心から立ち帰るように本門を語る如くです。ですから、言いづらいのですが、本門・観心相対、本観相対とすべきだろうという思いがあります。それはそれとして、『本尊抄』の記述は、本門、観心、どちらを述べているのか誤読しやすく、さらに両意に亘る箇所もあります。
粗々ですが、以上のような次第であろうと思えます。
2962
:
問答迷人
:2006/12/02(土) 08:49:45
>本門本尊・観心本尊であり、より具体的には仏像(一尊四士)本尊、題目本尊です。そして、後者は授与の形式として判形を為した漫荼羅となる次第です。
なるほど。すっきりしました。そういうことなんですね。もう一度本尊抄を読み直してみたいと思います。ありがとうございました。
ところで、この粗方の結論が出たところで、日興上人が仏像を安置して拝んでいたかどうか、この結論から見直すと、この点はどうなるでしょうか。
2963
:
犀角独歩
:2006/12/02(土) 10:50:31
> 日興上人が仏像を安置して拝んでいたかどうか
ええ、今回の議論はここから始まりました。
この点を考えるに当たり、わたしは言葉の用法を注意しなければならないと思います。日興の記述から事実を考えるとすると、日興の言葉の用法から考えるということです。これを現在、わたしどもが使用してきた石山や、正信会の解釈、誤用といった植え込まれた富士門ならでは先入観を払拭し、虚心坦懐に当時の文をそのままに読むということです。この際、日興の語法の経年変化も考慮されなければならないわけです。
ところが実際のところ、日興の著述というのは、ほとんど伝わらないのであって、伝説と仮託ばかりが目立つわけです。しかしながら、日蓮の薫陶を受けた日興が、日蓮の語法と極端に齟齬を来すことは少ないだろうと考えられます。ただし日蓮から時を経た教学信仰体系そのものの変遷として、語法の変容は当然予想されます。
問答さんとのかつての議論で申し上げましたが、日蓮が漫荼羅を直ちに本尊と呼称することを常としていたのか、わたしはいまもって慎重です。しかし、日興は『白蓮弟子分与申御筆御本尊目録事』という如く、漫荼羅を本尊と呼んでいます。また、御影信仰の勃興もまた、たぶん、日蓮在世には遡れないことではないのか思えます(この点は一考を要しますが)が、日興はこれを受容しています。以上のような経年変容は考慮されなければなりません。
今回の議論は、以上の前提から推定されなければならないわけです。
ここのところの議論考証は、日蓮における“仏”の語法を考えたものでした。通読すればわかるとおり、日蓮が漫荼羅を仏と呼んだ用法はありません。となれば、日興もその準じたというのは、無理のない判断と思えます。
さらに経年変化を考慮する必要はあります。日興の確実な著述とされるのは「『三時弘経次第』と『安国論問答』の二書」、その思想を伝えると見なしてよいのは「『富士一跡門徒存知之事』は大体『五人所破抄』と同調のものであるが日澄が日興の義を付嘱されたというように「追加分」が初めからあったとすれば、『五人所破抄』が重須系で成立したのに対し、『一跡門徒事』は大石寺系ではないかと思う。しかしこの両書は比較的日興の思想を伝えるものと思われる」というのが執行師の研究でした。これを考証してみる必要はあります。
http://www.geocities.jp/saikakudoppo/kaishu_004.html
また、消息文は『日興上人』(継命新聞)に詳しく載りますが、正信会・興風談所における教学解釈は、日興正嫡、日蓮本仏という臭みがあるうえ、彫刻本尊の真偽も語れないお粗末なものです。古文書の識字能力は、教学力とは比例しない皮肉な見本となっているわけで、ここに載る解釈は依用に耐えません。
前置きが長くなりましたが、日興の「仏」という用法は、当の仏(如来)を指すものと仏像を指す範囲であって、漫荼羅=本尊=仏といった用法は、散見できません。用法が散見できない以上、ここにその実例を載せられないということになります。
日興が、漫荼羅を本尊と呼んだことは事実ですが、漫荼羅を仏と呼んだ証拠を、わたしは寡聞にして知りません。しかし、日興が御影信仰の人であったことは知られます。つまり、日興において崇敬される尊像画は、漫荼羅、仏像、御影の三種であったと考えられます。
では、その三種を、他にどのように呼び換えもしたか。漫荼羅は本尊、仏像は仏、もしくは本尊、御影は聖人といったところでしょうか。この語法から見るとき、消息文に見られる「仏聖人」とは、仏像と御影像であると考えられるというのが、わたしの見解です。
ただ、たぶん、ここで信頼できる資料として挙げられる『富士一跡門徒存知之事』、『五人所破抄』のおいて、仏像を造立を非難する記事が載るのに、日興が仏像を拝んでいたとは考えられないというのが、富士門下に刷り込まれた解釈だと思えます。しかし、ここでいわれる仏像批判というのは「一体仏」という限定を示しています。(この点は『御伝土代』も同様です)
しかしながら、門徒事追加八箇条には「日興が義を盗み取って四脇士を作り副ふ」といい、所破抄には「須く四菩薩を加ふべし、敢へて一仏を用ゆること勿れ」というわけです。
日興の義と言いながら、実際のところ、日興が釈迦仏像に四菩薩を副えていなければ、このような言説は意味をなさないことになります。以上の点から考えても、日興は一尊四士像を奉安していていたのだろうと考えられます。
2964
:
問答迷人
:2006/12/02(土) 13:29:51
犀角独歩 さん
明確ですね。了解しました。曼荼羅を懸けて、その前に一尊四士、そして一番前に御影でしょうか。なにか、日蓮宗の寺院でそのような配置を見た記憶が有ります。
しゅんかん さん
以上の如くですので、先の回答は撤回して、「仏像を崇拝していた」に訂正します。そうすると、まだお答えしなければならないご質問がありますが、少し時間をください。
2965
:
問答迷人
:2006/12/02(土) 22:56:50
>2917 独歩さんに以前お尋ねしました所、興師は仏像崇拝をしていたとの
お言葉を頂きました。そこで疑問に思ったことがありました。
>他の掲示板で見かけたのですが、精師(十七世)が謗法を働き、寛永十五年(一六三八年)下谷常在寺の再建並に造仏をしたと記してあり、 後年、俊師(二十二世)啓師(二十三世)が撤去したと思われる。と言う文面をみかけました。 当掲示板でもこのような内容の物を論じられた事がありますか?
当掲示板では、精師の造仏について、特に詳しく議論した事は無かったように思います。
>興師の時代には仏像崇拝をしていた。精師は謗法を働いた(事実なら)のであれば何時の時代ぐらいまで仏像崇拝が続いていたのでしょう?精師の造仏は事実と思思わますか?
精師は京都要法寺の方です。要法寺で、造仏は当然のこととして行われてましたから、精師が造仏しても何ら不思議は無いと思います。
造仏がいつまで行われてきたかは定かではありませんが、第四世の道師の段階では、既に造仏は行われなくなっていたのではないか、と思います。
2966
:
犀角独歩
:2006/12/03(日) 07:18:40
問答さん
今回も有意義な議論が出来ましたことを嬉しく存じます。
通途、漫荼羅を懸けっぱなしにしていたのか、それを拝んでいたのかという点で、わたしはやや疑問を懐いております。板に彫られるのは、日有の頃からでしょうか。それ以前、当初は板張りされていたという話もありますので、やはり、奉安しっぱなしということなのかもしれません。けれど、掛け軸に仕立てるということは、懸けたり外したりという便宜であり、その形を残すことにある意味、その扱いの原形があるのかと慮ったりもします。
仏像、御影像は、絵像の可能性も高く、そうなると、堂を分けて、それぞれに奉安、もしくは横並びに懸けていたとも考えられますね。
2967
:
犀角独歩
:2006/12/03(日) 09:24:46
やや小結しましたが、問答さんの「漫荼羅は仏」という着想は、しかし、頷く人は多いと思います。その理由は、『本尊抄』と『報恩抄』の対応でしょう。
本尊抄「其本尊為体 本師娑婆上宝塔居空 塔中妙法蓮華経左右釈迦牟尼仏多宝仏釈尊脇士上行等四菩薩」
報恩抄「本門の教主釈尊を本尊とすべし。所謂宝塔の内の釈迦多宝、外の諸仏、並に上行等の四菩薩脇士となる」
この文を比較すると妙法蓮華経=本門の教主釈尊であるように思えるからです。
しかし、果たして、そうでしょうか。
この対応関係を分析すれば、以下のようになります。
(図表が崩れて見える方は、
http://www.geocities.jp/saikakudoppo/msfont.html
)
┌──────────┬──────────────┐
│其本尊為体 │本門の教主釈尊を本尊とすべし│
│本師娑婆上宝塔居空 │× │
│塔中 │宝塔の内 │
│妙法蓮華経 │× │
│左右釈迦牟尼仏多宝仏│釈迦多宝 │
│× │外の諸仏 │
│釈尊脇士上行等四菩薩│上行等の四菩薩脇士となる │
└──────────┴──────────────┘
この対象からすると、まず「為体」は“ていたらく”を意味するのではなく、“本尊が体(教主)と為る”であることがわかります。
そして、教主釈尊に対応するのは妙法蓮華経ではなく、体であることがわかります。体とは仏=本体の意味でしょう。
では、妙法蓮華経に対応するのは、と、『報恩抄』の文を見ると、それがありません。これは「宝塔の内の釈迦多宝」が「宝塔の内の“妙法蓮華経左右”釈迦多宝」ということを意味するのでしょう。つまり、妙法蓮華経の五字が、略されていると解せます。
2968
:
犀角独歩
:2006/12/03(日) 09:45:30
―2967からつづく―
以上のように探っていくと、『本尊抄』『報恩抄』の文意における本尊は、単に本門本尊のみをあらわしているのではないことがわかります。
天台を迹面本裏、日蓮を本面迹裏と説明されます。天台は迹門を面(おもて)とし、本門を裏とした。日蓮は本門を表にし、迹門を裏にしたという意味です。
しかし、わたしは日蓮の法門、殊に本尊論は“本面観裏”、つまり、本門を面とし、観心を裏にするものなのだと考えます。
補完した『報恩抄』の該当の文で説明します。
「本門の教主釈尊を本尊とすべし。所謂宝塔の内の妙法蓮華経左右釈迦多宝、外の諸仏、並に上行等の四菩薩脇士となる」
┌本門:教主釈尊を本尊(色形の仏像:一尊四士)
└観心:宝塔の内の妙法蓮華経左右釈迦多宝、外の諸仏、並に上行等の四菩薩脇士(心法を図す漫荼羅)
つまり、本門本尊は、観心本尊に裏打ちされる二重構造になっているということです。この観心を欠落して語られてきたのが、旧来の本尊論だったのではないでしょうか。
2969
:
犀角独歩
:2006/12/03(日) 11:01:15
2967の図をやや補完しました。
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/364/1014180269/2967
(図が乱れるときは
http://www.geocities.jp/saikakudoppo/msfont.html
)
┌───────────┬──────────────┐
│本尊抄 │報恩抄 │
┌──┼───────────┼──────────────┼─┬───┐
│本門│其本尊為体 │本門の教主釈尊を本尊とすべし│色│仏像 │
├──┼───────────┼──────────────┼─┼───┤
│観心│本師娑婆上宝塔居空塔中│宝塔の内 │心│漫荼羅│
│ │妙法蓮華経 │× │ │ │
│ │左右釈迦牟尼仏多宝仏 │釈迦多宝 │ │ │
│ │× │外の諸仏 │ │ │
│ │釈尊脇士上行等四菩薩 │上行等の四菩薩脇士となる │ │ │
└──┴───────────┴──────────────┴─┴───┘
2970
:
犀角独歩
:2006/12/03(日) 19:26:35
独学徒さんの掲示板におけるご紹介を受けて、さらに補完すれば、以下の如くです。再々にわたる訂正で恐縮です。
(同掲示板に御礼を記し、いただいたレスにも重ねて御礼を記そうと思いましたが、投稿数に限りがあるので、こちらで、御礼申し上げます)
┌───────────┬──────────────┐
│本尊抄 │報恩抄 │
┌──┼───────────┼──────────────┼─┬─┬───┐
│本門│其本尊為体 │本門の教主釈尊を本尊とすべし│色│仏│仏像 │
├──┼───────────┼──────────────┼─┼─┼───┤
│観心│本師娑婆上宝塔居空塔中│宝塔の内 │心│法│漫荼羅│
│ │妙法蓮華経 │× │ │ │ │
│ │左右釈迦牟尼仏多宝仏 │釈迦多宝 │ │ │ │
│ │× │外の諸仏 │ │ │ │
│ │釈尊脇士上行等四菩薩 │上行等の四菩薩脇士となる │ │ │ │
└──┴───────────┴──────────────┴─┴─┴───┘
(図が乱れるときは
http://www.geocities.jp/saikakudoppo/msfont.html
)
『報恩抄』で「妙法蓮華経」が何故略されるのか、という点について、やや違う視点から記します。これはあくまで、試論ですが、『本尊抄』における「塔中」は‘たっちゅう’と読ませ、‘塔の中’の意と解されてきたのでしょう。『報恩抄』で対応するのは「宝塔の内」ですから、中=内ということになります。
しかし、この点は一考を要します。中とは‘あたる’という語法を有するからです。
つまり「塔中妙法蓮華経」とは、‘塔は妙法蓮華経に中(あた)る’という意味である可能性を有しています。しかも、この『本尊抄』の‘中’が、『報恩抄』の‘内’と対応すれば、中(なか)の意味を併せ被せて意味していると、わたしは考えます。
ややしく聞こえるかもしれませんので、簡潔に申し上げれば、『報恩抄』における‘宝塔’とは、直ちに‘妙法蓮華経’を意味するということです。ですから、ここに敢えて五字を記すまでもなかったということです。
なお、以上の議論は、『本尊と曼荼羅』スレッドの2005年5月頃の議論を参考にしてください。ここを基礎としています。問答名人さん、顕正居士さん、愚鈍凡夫さん、真部さん、ひたちさん等、また、他であったと思いますが、パンナコッタさん等の秀でた投稿が見られます。
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/364/1017873018/
なお、この際、顕正居士さんからご教示いただいた行学日朝の見解を、今回の投稿の際で、わたしが忘却していると思われそうなのですが、もちろん、この点は十分に認知したうえで、敢えて、本門・観心立てで論攷しました。
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/364/1017873018/350
http://kindai.ndl.go.jp/BIImgFrame.php?JP_NUM=40049288&VOL_NUM=00000&KOMA=60&ITYPE=0
2971
:
顕正居士
:2006/12/04(月) 13:37:28
本門の釈尊について
ひさしぶりです。ところで本門の(教主)釈尊の語には二義あります。
1 本門を説かれた釈尊 2 本門で説かれた寿命無量の仏自体
日朝や日寛の説は本門の釈尊に2種あるとするものです。
一個だという人がおりますが、その場合は 1 本門を説かれた釈尊 は始成正覚の釈尊と
変わっていない、多宝仏と並坐で本門の教主をあらわすのみだから、
本門の釈尊を 2 本門で説かれた寿命無量の仏自体 の意味だけに使うからです。
それで日蓮自身の究極的信仰対象は2種の本門釈尊のいずれかといえば、報恩抄の表現は
教主といって誤解を招くから、本尊問答抄で法華経の教主を本尊とはしないと明確に訂正した。
釈尊の本師は誰かという比叡山の質問に答えた唐決は名号毘盧遮那如来、国土毘盧遮那国とし、
つまり釈尊以前に人格的の仏は無いとしますが、円珍は無量寿命決定王如来だとしました。
この無量寿命決定王如来は阿弥陀仏の本地ですから、唐決では釈迦・阿弥陀が別仏になるのを
嫌ったのではないでしょうか。
日朝の説は円珍の説と日蓮晩年の修正に基づいたもので、合理的であるかと考えます。
2972
:
犀角独歩
:2006/12/04(月) 18:36:43
顕正居士さん
お久しぶりです。嬉しく存じます。
先にご紹介いただいた法華曼荼羅八葉九尊図、久遠寺の漫荼羅相伝資料から見つけました。国立図書館のものは、詳細に見えませんでしたが、こちらのほうは、よく読みとれます。ご投稿の内容とも関連しますので、アップしました。
http://www.geocities.jp/saikakudoppo/siryoshu/hokkemandarahatiyokusonzu.html
2973
:
顕正居士
:2006/12/04(月) 19:12:37
続きです。
しかし本尊問答抄の修正は別の問題を生じました。仏本尊、法本尊の問題です。
法華宗(天台宗)は所生の仏を本尊としない、能生の法を本尊とすると言った。
第一、史実に反します。どう考えても天台宗の本尊は弥陀、薬師、釈迦など仏です。
それで浄顕房の学問に合わせた特殊な解答だという説があります。
幾分そういう面もあろうかと思います。多分、浄顕房は毘盧遮那如来があらゆる仏の
能生の仏だと考えていたのでしょう。これは先の唐決のように標準的な考えです。
しかし同じ毘盧遮那如来でも、密教が入っていない中国天台と円密一致の日本天台では
違ってきます。毘盧遮那如来はもと華厳経の仏で宇宙そのものを擬人化した仏です。
中国天台で正覚を成じるとはこの毘盧遮那如来を証得することで、したがって
始成即久成、長寿はただこれ証体の用、毘盧遮那一本異ならずです。
密教ではこの仏の具体的人格性を強調します。金剛界智法身の方ですが。
円密兼学の日本天台では密教のそういう思想も入って来ますが、しかしむしろ方向が
反対の思想が発達しました。己心への収束、如来蔵思想の発展、本覚思想です。
毘盧遮那如来は法である仏ですが、如来蔵も法である仏です。けれども密教の普及で
毘盧遮那如来は法である仏ということが(学問が十分でない人には)少し忘れられます。
日蓮は著しく人格化した毘盧遮那如来ではなく、如来蔵を本尊とすることを言わんとし、
幾らか極端な表現をした可能性があります。
2977
:
犀角独歩
:2006/12/05(火) 09:02:45
どうも、文章が巧くないので、訂正し、再投稿とさせていただきました。
***
顕正居士さんのご投稿を頂いておりますので、こちらは拝読させていただくことといたします。
わたしも、まだ書きかけの部分がありますので、この点は引き続き記させていただくことといたします。
今回の投稿を始めるに当たり、三学無縁さんに、その粗筋を話したところ、「では、観心ずりで、本覚的な結論なのか」という問いをいただきました。
「本覚」という視点は、実に幅広く、一概に論じ切れませんが、以下の点のみ。わたしは、日蓮のいう観心とは、現在言われていることとは、違っていると考えます。
無作三身、凡夫即極といった本覚的結論は、結局のところ、仏・心の両面に亘り、それを修行者凡夫の一念に帰結していく傾向を有していると、わたしは観察します。しかし、日蓮は、この点において、仏と心と自分自身、すなわち、衆生との距離をしっかりと保って自身の法門を御立てていると思えます。
先に投稿を参考にしていただきたいのですが、結局のところ、日蓮が言う本門本尊は観心本尊を裏打ちされたものであり、この関係は仏と心です。この二つを、では、本来、自分自身に内在するものであるととらえてしまえば、上行所伝も、本仏崇敬も意味をなさないことになります。しかし、日蓮は衆生の立場にあって、久遠下種の本主、受け継ぐ妙法蓮華経の五字を己心からずらしたところでとらえたわけです。これが日蓮が言う本門本尊であると、わたしは考えます。つまり、言われてきたような‘観心ずり’とは異なっています。故に釈迦如来への信仰は厳として護られるわけです。妙法蓮華経という五字(法ではなく五字という文字)の題目を本尊という時、しかし、それは自ら本来覚ったものであるとはいわず‘所伝’というところに重点があります。そして、そこに裹まれる一念三千を観心の側面として打ち出しているのであって、本門本尊が表であれば、観心題目はまさに文字通り、内裏の心に観る本尊にほかなりません。
つまり、本門本尊と観心本尊という表裏をもって見るとき、観心を端的に述べて、教相を論じ儒外・内外・大小・顕密・本迹・教観に亘り整理した開目抄、その前提で、教相というより、直接的に観心を語り、本門と併せ両面から本尊を論じた本尊抄、本門本尊を表に論じた行者値難事、法華取要抄、観心を裏に裹んだ報恩抄、そして、実は本尊問答抄は、観心面から本尊を論じたと見れば、一連の著述は整合性のある脈絡でつながります。
顕正居士さんのお言葉を借りれば、本門本尊とは、本門を説かれた釈尊、観心されて見る無始古仏は、本門で説かれた観心される寿命無量の仏自体ということになりましょうか。
ともかくも、いましばらく、わたしは、一連の教学解釈を敢えて無視し、真蹟遺文を手だてに、日蓮の教説をさらに考えることといたします。
今回の論攷するに、独学徒さんのご紹介は参考になりました。重ねて御礼申し上げます。
2978
:
しゅんかん
:2006/12/05(火) 22:17:03
問答迷人さんすいません。
ここのところ仕事が多忙に付き、私の問いかけに
大変ご丁寧なお返事を頂きながらお礼を申し上げる事が
遅れてしまい申し訳ありませんでした。
本当にありがとうございました。
もう少し仕事がたて込んでいます、日を改めて再度、
書き込まして頂きます。
「しかし独歩さんと大変なお話に進展いているようですね」
2979
:
独学徒
:2006/12/05(火) 22:19:45
犀角独歩さん、
>今回の論攷するに、独学徒さんのご紹介は参考になりました。重ねて御礼申し上げます。
HPを紹介しただけで、誠に恐縮に存じます。
私は少し前に、犀角独歩さんに一対一で種々質問させていただき、多大なる御教授を賜りました。
加えて、今回の問答さんとの対話にも、日々眼から鱗の落ちる思いで拝しているわけです。
御礼を申し上げなければならないのは、私の方です。本当にありがとう御座います。
「冨士教学研究会の掲示板」にて、「報恩抄」の文について、れんさんがご投稿くださったとき、私は不遜にも蓮師があわてて書いて間違えたのではないか、などと申していました。
今回の犀角独歩さんのご投稿を拝し、報恩抄の一見矛盾する記述もすっきりと理解できました。そして、あらためて自身の教学の無さを痛感し、蓮師に懺悔したい気持ちになりました。
問答さんとの御討論、今後も注目致しております。
2980
:
犀角独歩
:2006/12/06(水) 11:23:45
独学徒さん、恐れ入ります。
2981
:
問答迷人
:2006/12/06(水) 13:28:14
犀角独歩さん
色々考えましたが、今ひとつ、ぴんときません。一つ質問させてください。
上行所伝の妙法蓮華経の五字が、観心の本尊なら、本門の題目と観心の本尊とが、同じく南無妙法蓮華経ということになります。
そうすると、本門の本尊とは、本門教主釈尊なのか、本門で説かれた釈尊なのか、どちらでしょうか。
もし、本門の本尊が本門で説かれた釈尊なら、それは観心の本尊ですよね、そうすると、それは本門の題目と一緒と言う事になります。これは変ですね。
又、本門の本尊が本門の教主たる釈尊ならば、本門の本尊は仏像ですね。その場合、曼荼羅はどうなるのか・・・
考えれば考えるほど判らなくなります。この辺り、もう少し判りやすく、三つの法門の上からご説明願えないでしょうか。よろしくお願いいたします。
2982
:
犀角独歩
:2006/12/07(木) 09:24:20
問答名人さん
どのように言語化して好いのか、やや限界を感じ始めました。けれど、やりとりのなかでできるだけ、埋めてまいりたいと思います。
少しずつ、細分化しながら進めます。
> 上行所伝の妙法蓮華経の五字が、観心の本尊
こう書けば、違いはしませんし、わたしもそのような文面になっていました。
もう少し詳細に論じられると思うのです。
所伝というのは‘伝えるところ’というのは他者から‘伝’であることを意味します。つまり、上行が釈尊からです。一方、観心本尊とは己心の一念三千観法に、仏界を教相との整合性から、さらにそれを超えて観いだしていくことですね。この二つには、以上のような相違がありませんか。
> 本門の題目と観心の本尊とが、同じく南無妙法蓮華経
ええ、言葉としてはそうです。
『報恩抄』で本門題目に該当するだろう件は「一同に他事をすてて南無妙法蓮華経と唱べし」です。では、伝えられ授受される題目と唱える題目は同じでしょうか。伝え授かる題目は釈尊上行からの授かりもの、しかし、唱える題目は、己の口唱です。
> 本門の本尊とは、本門教主釈尊なのか、本門で説かれた釈尊なのか
本門教主釈尊ではないでしょうか。
> 本門の本尊が本門で説かれた釈尊なら、それは観心の本尊ですよね
いや、違うでしょう。法華経の文面では観心は表に現れていません。そのことを『開目抄』に「一念三千の法門は但法華経の本門寿量品の文の底にしづめたり」というのでしょう。教観相対を暗示しています。本門の本尊は、教相面から明らかな、文字通り本門の本尊、寿量仏ではないでしょうか。
> 本門の題目と一緒と言う事になります。これは変ですね。
わたしは、当初、本門題目というのは授与された題目の五字を言うのだと思っていました。これは間違いではないと思うのですが、先にも挙げた『報恩抄』では、唱える題目だというのです。たぶん、この点は、妙法蓮華経が能化からの授与の題目であれば、南無妙法蓮華経は所化が唱える題目なのだろうと思えます。
問答さんが疑問に思われるとおり、日蓮が題目と言うとき、所伝の題目、本門の題目、さらに本尊としての題目と三義に亘っています。わたしは、これを択一してどれか一つを選び出すという発想は、はじめの一歩で躓いているのだと思えます。答えは皆、真なのだろうということです。
勝劣的な発想であると、択一を繰り返し、ついに最勝の一つを択びとるのが日蓮の教学であると捉えがちですが、実際は、小さな集合を、より大きな集合で包括し、ついにすべて包括する集合に至るというのが日蓮の論法であると、わたしは観ます。
また、それぞれの用語において、どの言葉を表立てて論じるかで視点の変化があるので、その都度、縦横無尽に受け取る側も視点を変えてみないと景色は歪んでしまいます。
本尊というとき、これを本門立てで考えれば、儒外、内外、大小、顕密、本迹と追って、ついに寿量仏に至るという階梯を踏みますが、観心立てでは、内観し心のなかに仏を観、その仏の因果と功徳が直ちに妙法蓮華経五字に裹まれることを達観し、そこから三身所顕無始古仏という五百塵点成道の寿量本門仏より一重、立ち入っていきます。この点では、仏・菩薩・衆生・法・三世間という隔壁も時間の経過すら超越してしまうわけです。すべてが妙法蓮華経という題目五字に包摂し、しかし、個々が個たるまでで円満に具している様です。この観心は、本門からの景色とは違います。
本門本尊、観心本尊、同じ本尊であるという見方になりがちですが、視点が違っている以上、異なって映じます。また、表しているところも違っています。前者は教相面から本門寿量品に至る階梯で諦かにされるところ、しかし、観心本尊は文字通り、心を観るなかに見いだされる仏法界が三千不可思議境と広が因果が妙法蓮華経の五字に納まるという視点の相違です。前者は仏格からその心法への信仰へと進むのでしょうが、後者は心法から仏格が見いだされます。ところが、前者では仏格は寿量仏という五百塵点から今番という時間軸がありますが、後者の場合、その時間軸を超克するばかりか仏格までも五百塵点を超克し、寿量仏という法華会座も超克していきます。『本尊抄』に「今本時娑婆世界離三災出四劫常住浄土。仏既過去不滅未来不生。所化以同体。此即己心三千具足三種世間也」というのは、このことではないでしょうか。
2983
:
犀角独歩
:2006/12/07(木) 09:24:50
―2982からつづく―
同様に本門題目という妙法蓮華経と、題目本尊で妙法蓮華経とは文字は同じでも相違があります。本門立てでは、今番、末法に菩薩に妙法蓮華経を託したという時間軸で活躍する仏です。しかし、題目本尊とは、釈尊五百塵点成道已前の妙法蓮華経への信仰です。本門題目は、寿量仏 ― 四菩薩 ― 末法衆生へと所伝される妙法蓮華経でしょうが、題目本尊は、妙法蓮華経 ― 寿量仏 … というそれ已前の題目ではないですか。しかし、この点を日蓮は、寿量品の文底に観るわけですから、法華経典で文面に載らない観心の辺域の題目です。それを一念三千というか、無始古仏の己心というか、あるいは仏界所具仏界というか、妙法蓮華経というか、そこに文言表現の限界はありますが、題目本尊というのは、そのような規模で言われることではないですか。本門の題目と、本門寿量経典の文面の底・観心の妙法蓮華経は、やはり、違うと言わざるを得ません。
> 本門の本尊が本門の教主たる釈尊ならば、本門の本尊は仏像ですね。その場合、曼荼羅はどうなるのか
ええ、ここです。本門本尊を考えるとき、漫荼羅というのは立地がありません。
ですから、わたしの、漫荼羅を本当に拝んでいたのだろうか?という問いも起きたわけです。
大きな漫荼羅というのは道場奉懸の用途であろうとは思いますが、通常は、漫荼羅は身に帯する、懐中に持つことが基本だったのではないでしょうか。
何故かと言えば、上行所伝の妙法蓮華経とは下ろされた仏種そのものですから、心身に受け持たなければ、熟益の段に入り用がないからです。心田と言いながら、種を棚に祀っていては、田から芽の出ようはずがありません。
しかし、『本尊問答抄』の末には「此御本尊の御前にして一向に後世をもいのらせ給候へ」とあり、この文面からすれば、題目を記された漫荼羅は本尊として奉懸されていた如くです。
漫荼羅を、日蓮が如何に扱った、否、扱わせたかという点は、杳として明らかではありませんが、しかし、題目本尊といい、漫荼羅奉懸とさせたとしても、実のところ、それは厳格な意味での観心本尊ではないというパラドクスが、最終段階で持ち上がります。何故か。それはその成句の文字が表すとおり、観心本尊とは、心で観る本尊であるからです。しかし、題目本尊とは、その観心される心そのものである一念三千を裹む題目であり、実に裹まれているのは本門本尊の因行果徳の二法であるといいます。これはつまり、末法衆生救済の仏種にほかならないのだと思います。
観心は、教相を超えたところにあると思われがちですが、この二つの関係は表裏であり、視点の相違にほかならないのでしょう。しかし、本門より、観心はさらに広い範囲を包括している点を見落とすと、それを同一と見誤ることになるのだと考えます。
残念ながら、わずかな真蹟遺文から見える日蓮の真意には限界があります。それは、恰も手に入れた宝の山の地図が、大きく破れ失われているようなものです。
故にその後、700年、数多の偽書が捏造され、まことしやかに相伝・相承、口伝えされたのでしょう。しかし、わたしは、日蓮以後の言説に、ヒントを求めようとは思いません。なぜならば、そこには日蓮の答えがないからです。嘘と思いつき、虚を真を偽ったことが真と扱われ澱んでいった複合汚染もあるからです。真蹟遺文を明確できるわれわれは、700年来の人々の優位に立っています。過去の蓄積に溺れるより、遺された断片に真があります。
また、その地図が完全なものであっても、その文底に沈められたところは見えません。いずれにしても、日蓮の心は、遺文という文字がすべてではないのでしょう。言語道断という限界を、しかし、日蓮は法華経の文字に感じ、そして、文底観心の極意を踏み行ったのだと思います。これを言語化することは、もはや、不可能かもしれませんが、そのさわりの議論はできようかと存じます。
2984
:
問答迷人
:2006/12/07(木) 22:24:31
犀角独歩さん
詳細な書き込み誠にありがとうございます。この一点が疑問として残りますので、再度御質問させていただきます・
>題目本尊とは、その観心される心そのものである一念三千を裹む題目であり、実に裹まれているのは本門本尊の因行果徳の二法であるといいます。これはつまり、末法衆生救済の仏種にほかならないのだと思います。
題目本尊をそのまま顕したのが曼荼羅ではないのでしょうか。そうならば、蓮祖の真意は曼荼羅正意となるのでは有りませんか。
2985
:
犀角独歩
:2006/12/07(木) 23:37:20
問答さん
ちょっと、敢えて脱線します。
先般の合宿の前、楠山師と話していたのです。そのとき、わたしが「一致派と勝劣派、どちらが正しいでしょうか」、こう尋ねたのです。すると「どっちか一方が正しい、その発想が、勝劣派なんだなぁ」と。
ことんと、目から鱗が落ちる思いがしました。
ここなんですよね、わたしたちの勝劣育ちの習性というか、思考回路は。
蓮祖の正意は漫荼羅か・仏像か、正意はどちらか一方ではないのかという勝劣選択です。
楠山師は、こうも言いました。「法然上人のせんちゃくしゅう、せんちゃくって、どんな字を書く? 選択だよ」
われわれは勝劣という足がかりでやっていることは、まさにこの選択ではないかという指摘です。
前置きが長くなりました。
> 題目本尊をそのまま顕したのが曼荼羅ではないのでしょうか
いえ、そうではないと思うのです。題目をの所伝の有様を書き表したのが漫荼羅だと思います。一方、観心される一念三千観法で至る仏は観心本尊、寿量本門という設定で特化されるのが本門本尊ではないですか。
> 蓮祖の真意は曼荼羅正意となるのでは有りませんか。
択一することではないと思います。
観心本尊も、本門本尊も、題目本尊も、すべて日蓮聖人の正意ではないでしょうか。
2986
:
問答迷人
:2006/12/08(金) 10:13:18
>観心本尊も、本門本尊も、題目本尊も、すべて日蓮聖人の正意
ますます分からなくなってきました。少し整理させてください。
先ず、本門の題目。これは、「上行所伝の妙法蓮華経の五字を唱える事」これはそういう理解でよろしいでしょうか。
2987
:
問答迷人
:2006/12/08(金) 10:17:00
或いは、表現を変えれば、「上行所伝の妙法蓮華経の五字を信じて南無妙法蓮華経と唱える事」これが「本門の題目」
2988
:
犀角独歩
:2006/12/08(金) 10:36:21
問答名人さん
2986、2987、ご質問の趣旨がわからないので、どうお応えしてよいかわかりませんが、まず、そのようなことであろうと存じます。
2989
:
問答迷人
:2006/12/08(金) 11:15:45
ありがとうございます。
そうしますと、ここで言う「行所伝の妙法蓮華経の五字」、これが「題目本尊」と言う事になりますか、如何でしょう。
2990
:
問答迷人
:2006/12/08(金) 11:17:27
あっ、一字欠字です。
× 行所伝の妙法蓮華経の五字
○ 上行所伝の妙法蓮華経の五字
2991
:
問答迷人
:2006/12/08(金) 13:17:39
お忙しそうなので、もう一つ先まで書き込んで見ます。
「上行所伝の妙法蓮華経の五字」=「題目本尊」としますと、「本門本尊」と「題目本尊」とは、同じく本尊ですが、その関係はどのように捉えれば良いでしょうか。
2992
:
犀角独歩
:2006/12/08(金) 16:07:44
問答さん、本日、他用がございまして、落ち着いて書き込めません。
明日、改めて書き込ませていただきます。
恐れ入ります。
2993
:
問答迷人
:2006/12/08(金) 16:47:51
犀角独歩さん
ご多忙の所、恐れ入ります。
それでは、質問をもう少し進めておきたいと思います。
蓮師の三つの法門は、あくまでも、一人一人の成仏の為、そして立正安国の実現の為のものであると思います。そして、この三つの法門に蓮師の教えのエッセンスが凝縮されているのだと思います。
この考え方が正しいかどうかは分かりませんが、「本門の本尊、題目、戒壇」と述べられる内、本尊について、三種を説かれていると言うのは、不可解なのです。もし、そうであっても、それらは、一つに統合されていると思うのです。逆に言えば、観心本尊、本門本尊、題目本尊、これらの三つの本尊は「本門の本尊」として、或いは、「三つの法門」の構成要素として、統合されているのではなかろうか、そのように思えるのです。
これは、蓮師の法門が、最終的に「三つの法門」に統合されているはずだ、という仮説に立っての推論ですが、「三つの法門」が釈尊が末法の為に残された法門だ、という蓮師の教えから、そうでなければならないと思うわけです。
この点、如何でしょうか。
2994
:
みかん
:2006/12/08(金) 18:40:07
こないだから考えているんですが、なんで「本尊、題目、戒壇」なんすかね?
「本門の佛」とか、「本門の法(ダールマの法ね)」とか、「本門の経」とかでもよさそうなモンですが。
まあ、本門とそれ以外で、佛やら経やらダールマやらがかわっちゃったら可笑しいんですが。とくにダールマ。でも佛は変わるっていう人もいますよね。
だいたい、「本門の戒」じゃなくて、「本門の戒壇」ってのがよくわからない。まあ、この点は最澄の影響でしょうけれども。
2995
:
犀角独歩
:2006/12/08(金) 20:48:01
問答さん、本日は、地方に来ているのですが、モバイルが不調です。
わたしは、三法門というのは、本門立て、さらに観心立てがあるのだと考えています。
勝れた本尊はひとつ、だから、本門、観心、題目は、統一されて一つになる、というのが、お考えであろうと思いますが、わたしはこの点で考えが違います。
ともかく、明日ということで、申し訳ありません。
2996
:
犀角独歩
:2006/12/09(土) 19:10:40
問答さん
昨日は失礼いたしました。
ただいま、戻りました。
問答さんとわたしの見解の差は、ただ一点ですね。
要は本尊が「一つに統合される」か・否かです。
その前に本門の題目と題目本尊が同じか・否かという点ですが、『報恩抄』の文による限り、本門の題目は唱える(南無)妙法蓮華経、しかして、題目本尊は唱えられる妙法蓮華経五字の本尊という関係にあるように思えます。わたしが、題目本尊を観心として捌いたのは、本門という時系列の‘縛り’を題目本尊は超えているからです。そこに裹まれる一念三千は観心に摂すると判断したからです。
さて、本尊が統合されるか・どうかですが、この点についてですが、わたしは、それぞれの相違があり、かつそれらが鼎立することになんの不思議も感じないのです。
観心本尊というのは、観法上における本尊であり、この本尊を達観できたのは、結局のところ、日蓮聖人お一人であったのだと、わたしは思います。
この段階で、ご本人が上行の自覚であったかどうか、わたしはどうも疑わしいとは思っているのですが、それはそれとして、「三身所顕無始古仏」というところに行き着くわけですね。しかし、この仏は凡夫にしては「雖近不見」でしょう。
教義の理解を深めたところで、そのような形に行き着くも、それを実感として得心することは、ほぼ不可能な境地だと思います。しかし、師はここから始められたわけです。観心本尊とは、このようなものでしょう。
では、本門本尊はといえば、以上の観心本尊を得心した菩薩、つまり地涌千界、もっと特化すれば四菩薩が立てるというわけです。ところが、その後、題目本尊であるともいうわけです。
鎌倉時代とは身分制度の時代でした。漫荼羅は限られた人にしか授与されませんでした。この二つの点は看過できません。いまのような民主平等を謳い、漫荼羅濫造総下付をなした恥じることがない乱世とは違います。
現代のわれわれは三大秘法と聞けば、「一閻浮総与」よろしく、等しく民衆すべてがあやかれるものであるという前提で考えてしまっています。しかし、日蓮はそう考えていたでしょうか。
『本尊抄』と『本尊問答抄』を本尊というキーワードでみるとき、対告衆が違っていることに気づけませんか。本門本尊とは菩薩が立て、国家によって論じられています。しかし、題目本尊は「末代の凡夫」をもって論じられています。菩薩、凡夫、この差は看過できません。
三秘正法というのは、わたしは国王と国師(僧)、それも両者が四菩薩である国家の理想において語られるところです。これはまさに秘法に属しませんか。しかし、題目本尊論は違います。末代凡夫を相手取っています。
観心本尊は凡慮のまったく及ばざるところ、本門本尊は凡夫の及ばざるところ、題目本尊は凡夫をもって論じるところ、同じ本尊でありながら、この相違があります。では、この三つは、詰まるところ、まったく別のことを論じているのかといえば、実はそうではありません。そこにあるのは受ける側の相違です。
わたしは、この鼎立は、衆生の機根一様ならざれば、斯くあって然るべきであると思えます。つまり、統合の仕様がないことであれば、その三様ともに是という管見です。
2997
:
犀角独歩
:2006/12/09(土) 19:12:44
【2996の訂正】
誤)三秘正法というのは、わたしは国王と国師(僧)、それも両者が四菩薩である国家の理想において語られるところです。
正)三秘正法というのは、国王と国師(僧)、それも両者が四菩薩である国家の理想において語られるところです。
2998
:
再挑戦者
:2006/12/09(土) 21:40:14
横から失礼します。 あまりにも高いレベルでの御提言ですので、、??です、。
少し疑問ですが、某パトロンさまが「、本仏はいつ頃ですか、?」、という質問を記憶しています。
これには、さすがの日蓮様も御狼狽なされたようでしょうか、?
晩年期の「聖人傾向の心は、、???」、、疑問です、。 なぜ「生涯、一求道者としての道を捨て、本仏への思考に執着された」、のでしょうか、?
また、パトロン様に発した「勧心本尊抄」さえも「ナぜ、秘すべし、秘すべし、、」ともうされたのでしょうか、、?? 疑問だらけで済みませんです。
2999
:
問答迷人
:2006/12/09(土) 23:16:58
犀角独歩さん
>観心本尊は凡慮のまったく及ばざるところ、
これは違うと思います。確かに天台の説いた止観の法門は極めて高度な内容であり、凡人の到底及ば無い所であり、機根が合わないと思います。それが為に、蓮祖は、凡夫でも「妙法蓮華経の五字を受持すれば、自然に釈尊の因行果徳の二法を譲り受ける事が出来る」と説いたのが、観心本尊を説いた本義であったはずです。どこまでも凡夫の為の観心を説かれていると思います。それを、「凡慮のまったく及ばざるところ」とすれば、蓮祖の本意を見失う危険があると思います。
又、蓮祖の修行は立宗以降、一貫して題目を自らも唱え、他にも勧められた。どこまでも名字凡夫の修行に徹しておられます。題目本尊=観心本尊でなければ、蓮祖の名字凡夫の振る舞いに合致しないと思いますが如何でしょうか。
3001
:
問答迷人
:2006/12/09(土) 23:43:23
もう一点です。
>本門の題目は唱える(南無)妙法蓮華経、しかして、題目本尊は唱えられる妙法蓮華経五字の本尊
その関係であれば、「本門の題目は唱える(南無)妙法蓮華経」「本門の本尊は唱えられる妙法蓮華経五字」となれば、すっきりします。妙法蓮華経の五字に釈尊の因行果徳の二法が具わるのなら、「題目本尊」=「本門の本尊」としても少しもおかしくないのでは有りませんか。
3002
:
問答迷人
:2006/12/10(日) 06:27:32
2999の補足です。
四信五品抄で蓮祖は次のように説いています。
「問ふ、汝何ぞ一念三千の観門を勧進せずして唯題目許りを唱へしむるや。 ー中略ー 問ふ、其の義を知らざる人唯南無妙法蓮華経と唱へて解義の功徳を具するや不や。答ふ、小児乳を含むに其の味を知らずとも自然に身を益す。耆婆が妙薬誰か弁へて之を服せん。水心無けれども火を消し火物を焼く、豈覚あらんや。ー後略ー」
ここには、『蓮祖が自らも実践し、人々にも勧めたのは、題目を唱える事であり、それが、蓮祖の観心法門なのだ』と書かれていると拝します。
3003
:
天蓋真鏡
:2006/12/10(日) 06:54:13
みかんさん、はじめまして。挙証主義のサイトですが、私の所見を書いてみます。■インド・佛(仏の十号などに現される理想)法(ブッダガヤ其他遍歴して悟った真実)経(大乗教団が編纂した土台)⇒日本・本尊(尊ぶべきを形に表す)戒壇(乱世に規定)題目(理想を目指すための方法)■本門は真実開顕、法華一乗の到達点なので佛法経で無くて本尊戒壇題目で書いてあるのでは、と書き込みます。
3004
:
犀角独歩
:2006/12/10(日) 07:25:34
問答さん
問答抄に「不識一念三千者 仏起大慈悲 五字内裹此珠令懸末代幼稚頚」とあります。不識とは識(し)らざるということですね。これが、わたしが「観心本尊は凡慮のまったく及ばざるところ」といった根拠です。
> 蓮祖の本意を見失う危険があると思います。
そうは思わないですね。
引用されておられる「我等受持此五字自然譲与彼因果功徳」とは、本尊が観心できなくても、五字の受持によって「功徳」を譲られるという趣旨ですから、その意味がわかることとは別の話です。
> 蓮祖の修行は立宗以降、一貫して題目を自らも唱え、他にも勧められた。どこまでも名字凡夫の修行に徹しておられます。題目本尊=観心本尊でなければ、蓮祖の名字凡夫の振る舞いに合致しないと思いますが如何でしょうか。
ですから、そのためにご本人の到達した観心本尊という境地から、題目唱題行を立て、所伝の妙法蓮華経を譲与するという漫荼羅の図示を考案し、四菩薩出現に本門本尊の造立をお考えになるに三秘正法をお考えになった。そして、晩年にいたり、題目本尊というお考えにも至った。
しかし、それをすべて一つのもの=で結ぶことはできない。なぜならば、その意義がそれぞれ違うからです。
> 妙法蓮華経の五字に釈尊の因行果徳の二法が具わるのなら、「題目本尊」=「本門の本尊」としても少しもおかしくないのでは有りませんか
これは、わたしは短絡だと思います。仏と授ける法(妙法蓮華経)という関係が考慮されていません。このように考えてしまうと、法のみとなってしまい仏が不要になります。これでは、仏法とは言えません。日蓮の教えは‘恩’、殊に仏恩を重視しますから、このような考えになっているとは思えません。
3005
:
犀角独歩
:2006/12/10(日) 07:54:14
―3004からつづく―
本日はまた、これから出かけなければならず、詳しく記せません。
観心本尊は本門本尊であるということは、その用語の使い方からして、成り立ちません。観心は本門ではないからです。観心とは「一念三千の法門は但法華経の本門寿量品の文の底にしづめたり」という点にあります。
本門と文底、その文底の一念三千について論じていくのが観心本尊でしょう。これは本門寿量仏より一重立ち入った段です。
また、補足で引用された『四信五品鈔』の「不知其義人唯唱南無妙法蓮華経具解義功徳不」には、明確に「不知其義」とあります。『本尊抄』には「不識」、両意とも、一念三千を理解できないという意味ではないでしょうか。
問答さんの論法では、仏と仏が授けたものが混同され、さらに本門と観心が混同されていませんか。
3006
:
犀角独歩
:2006/12/10(日) 07:57:17
あと、一点だけ。
理解できないことは、通常、実践できないこととなります。
しかし、それを埋めるために五字の授受、実践を考案した。
それが唱題であるという点は、そのとおりです。
けれど、その実践は理解できないうえで可能にしたことに意義があります。
つまり、観心本尊は凡慮が及ばないという前提ではないでしょうか。
3007
:
問答迷人
:2006/12/10(日) 08:23:27
犀角独歩さん
>本尊が観心できなくても、五字の受持によって「功徳」を譲られるという趣旨ですから、その意味がわかることとは別の話です。
色々と思うところが有りますが、この一点に絞ります。
「ー観心本尊抄は、蓮祖が題号に書かれている通り、末法に入って、観心本尊を始める事を述べられた書であると思います。そして、本尊抄の趣旨は、妙法蓮華経の五字の受持で一貫されています。末法に始められる観心が「妙法蓮華経の五字の受持」である事は明らかであると思います。もし、そうでなければ、一体、どのような観心が末法に始められるのでしょうか。不可解です。少なくとも、本尊抄を読む限りでは、そのようにしか読めませんが。
また、功徳を得られる、と言うのは、観心が成就した結果であり、観心が成就しないのに、功徳だけが得られると言うのは、不可解です。
>本尊が観心できなくても
「観心本尊」の読み方について、本尊を観心する、という趣旨で独歩さんは書かれていますが、観心の為の本尊では無いかと僕は思っています。寛師の「受持即観心」説が正しいのでは無いかと思います。「本尊を観心する」という意味で書かれている箇所が、本尊抄の中にあるのでしょうか、明鏡の喩えが本尊抄に書かれていますが、その趣旨はやはり、観心の為の本尊としか読めませんが。
3008
:
天蓋真鏡
:2006/12/10(日) 12:08:00
横レス失礼します。●問答迷人さんの言いたい事って、三つの法門[本尊・戒壇・題目]は、題目本尊(弘教は其処の所は其処に任す)漫荼羅顕事法華堂、 本門本尊(日蓮の慈悲広大ならば未来万年続く)一尊四士像密事戒壇堂等に関係ありますか?●犀角独歩さん、日興上人が石川一族を頼り建てた?天照太神宮って何なのでしょう。
3009
:
問答迷人
:2006/12/10(日) 15:57:40
天蓋真鏡さん
>漫荼羅顕事法華堂、 一尊四士像密事戒壇堂等に関係ありますか
それがどのようなことなのか存じ上げません。関係あるか、関係ないか、解からないので、お答えする事も出来ません。それは、どのような事柄なのでしょうか、よろしかったら教えてください。
3010
:
天蓋真鏡
:2006/12/10(日) 18:04:55
私の個人的纏め方見渡し方ですけど、三つの法門(本尊・戒壇・題目)が法華一乗・立正安国の起点で、【顕事】題目本尊(≒漫荼羅)は、鎌倉時代の僧・日蓮を仰ぐ一人ひとりのため漫荼羅を信用信頼できる信心学問修行の人物に下賜されたはずなのでしょう。そして、漫荼羅≒法華堂いわゆる成仏得道の道場である。【密事】本門本尊(≒一尊四士像)は、東大寺、延暦寺を継ぐ密教化してない皆成仏道を求める僧を育てる戒壇堂等の中心でもある。■過去・法華経+現在・漫荼羅+未来・戒壇堂■御義口伝では無い御書遺文等全文を確かめられない事は残念無念です。
3011
:
犀角独歩
:2006/12/10(日) 19:29:54
問答さん
> 観心本尊抄…観心本尊を始める事を述べられた書
そうですか。では、なぜ、本門本尊なのでしょうか。
> 妙法蓮華経の五字の受持で一貫されています
そんなことはありません。四菩薩の出現、本門本尊仏像立てること、四菩薩僧摂受正法弘持・四菩薩賢王折伏誡責という多岐に亘ります。
> 末法に始められる観心が「妙法蓮華経の五字の受持」である事は明らかであると思います
何によって明らかなのでしょうか。
『本尊抄』で十界に亘り論じられる日蓮の観心は反故だというわけですか。
> 一体、どのような観心が末法に始められるのでしょうか。不可解です。少なくとも、本尊抄を読む限りでは、そのようにしか読めませんが。
そうでしょうか。先にも述べましたが、『本尊抄』では「観心之心如何」と問いを立て、その観心の実際を十界に亘って論じています。この様はまさに観心そのものです。そもそも「始」を、問答さんは「はじめる」と断定されていますが、「はじめ」と読むこともできます。つまり、末法の始めにおける観心という意味です。題号について、その読みの解釈は蘭菊に賑わいで、断定はできません。ここには述べません。
> 功徳を得られる、と言うのは、観心が成就した結果であり、観心が成就しないのに、功徳だけが得られると言うのは、不可解です。
では、不可能を可能であるというのが『問答抄』ではないでしょうか。
仰るところは道理がありますが、しかし、日蓮は「釈尊因行果徳二法妙法蓮華経五字具足。我等受持此五字自然譲与彼因果功徳」といい、「不識一念三千者 仏起大慈悲 五字内裹此珠令懸末代幼稚頚」といいます。つまり、本来、仏因仏果を得ていないもの、さらに観心出来ないもの=不識が対象となっています。
問答さんの解釈は、先に挙げた「不識」、『四信五品鈔』の「不知其義」という一節を無視することでしか成り立っていません。この点は如何でしょうか。
> …観心の為の本尊では無いかと僕は思っています
これは先の問いと同じになります。ならば、なぜ本門本尊なのでしょうか。
> 寛師の「受持即観心」説
日寛の説は正しくは「凡そ当家の意は唯信心口唱を以て、即ち観心と名づけ、而して受持とは正しく信心口唱に当る。故に受持即観心というなり」だと思いますが、いまは、日蓮の素意を論じているところなので、江戸時代の解釈はこれを議論の対象としないことにします。
> 「本尊を観心する」という意味で書かれている箇所が、本尊抄の中にあるのでしょうか
先にも挙げた「観心之心如何」という問いから「我等己心釈尊五百塵点乃至所顕三身無始古仏也…本尊」至る一連の脈絡は、本尊を観心する以外にどのような意味と採れるのですか。
では、逆にお尋ねしますが、『本尊抄』の段階で、如何なる本尊をもって、日蓮は観心しているというのでしょうか。
問答さんは「受持即観心」に重きを置いていらっしゃいますが、この五字熟語は、純天台文献にはその例を見ず、また、このたび、独学徒さんがご紹介くださった伝教大師全集でもありません。さらに日蓮の真蹟遺文にもなく、写本にもありません。なおのこと、観心を受持、さらには信心に当てはめるような日寛の連想ゲームは日蓮の素意とは無関係でしょう。いまここでは、日蓮の真蹟に基づいて考証を試みているのですから、中世以降の教学解釈を採って、日蓮を捌くことは慎みたいと思います。
以上、いくつか問いを立てました。お応えいただき、次に進めたいと存じます。
3012
:
犀角独歩
:2006/12/10(日) 20:20:30
天蓋真鏡さん
> 犀角独歩さん、日興上人が石川一族を頼り建てた?天照太神宮
この辺りの正確な歴史は、わたしよりも、れんさんほか、諸賢方がお詳しいと思います。わたしは余り詳しく調べておりません。
ただ、社檀の建立は、いわば当たり前のことで、天照八幡を祀る堂宇を建立したということだと思います。どなたか補完願えれば有り難く存じます。
3013
:
大縫 薫
:2006/12/10(日) 20:35:31
今晩は
http://www.genshu.gr.jp/DPJ/syoho/syoho33/s33_185.htm
昔、貫名上人から教わり現地調査に行きました。この論文を読んだ正宗僧侶からは
内容に衝撃を受けたと!!
3014
:
問答迷人
:2006/12/10(日) 21:32:43
犀角独歩さん
>なぜ、本門本尊なのでしょうか。
観心本尊が本門で説かれた本尊だから、本門本尊とされているのだと思います。本尊抄には「此の本門の肝心、南無妙法蓮華経の五字に於ては仏猶文殊薬王等にも之を付属したまはず」とあり、「妙法蓮華経の五字」が本門の肝心であることが示されています。
>そんなことはありません。四菩薩の出現、本門本尊仏像立てること、四菩薩僧摂受正法弘持・四菩薩賢王折伏誡責という多岐に亘ります。
確かに内容的には多岐にわたりますが、本尊抄の最重要部分と思われる箇所において「問うて曰く、上(かみ)の大難未(いま)だ其の会通(えつう)を聞かず如何。答へて曰く、ー中略ー 私に会通(えつう)を加へば本文を黷(けが)すが如し、爾(しか)りと雖も文の心は、釈尊の因行果徳の二法は妙法蓮華経の五字に具足す。我等此の五字を受持すれば自然(じねん)に彼の因果の功徳を譲り与へたまふ。」として、妙法蓮華経の五字の受持を勧め、結文においても、「一念三千を識らざる者には仏大慈悲を起こし、五字の内に此の珠(たま)を裹(つつ)み、末代幼稚の頚(くび)に懸(か)けさしめたまふ。」として、重ねて妙法蓮華経の五字を受持事を勧められて本尊抄を締めくくられています。
> 『本尊抄』で十界に亘り論じられる日蓮の観心は反故だというわけですか。
反故ではなく、この「妙法蓮華経の五字の受持」を述べるための前提として、十界に亘り論じられていると思います。
>『本尊抄』では「観心之心如何」と問いを立て、その観心の実際を十界に亘って論じています。この様はまさに観心そのものです。
ここに示される観心には、前提があります。「法華経並びに天台大師所述の摩訶止観等の明鏡を見ざれば自具の十界・百界千如・一念三千を知らざるなり。」と明鏡に依って観心を成就する事が示されています。この前提からすれば、観心の前提として明鏡が先ず示されなければなりません。この観心の前提としての明鏡として、観心本尊をとかれたのだと思います。
> 問答さんの解釈は、先に挙げた「不識」、『四信五品鈔』の「不知其義」という一節を無視することでしか成り立っていません。
そうでは有りません。鏡を見たことが無い人は、自分がどんな顔をしているのか知らないわけです。その知らない人に鏡を見せてあげれば、その人は、その鏡に依って今まで知らなかった自分の顔をはじめて知る事が出来るわけです。これが、蓮祖が明鏡の喩えとして述べられた内容であり、僕は、この蓮祖の説明に基づいて述べています。
> 江戸時代の解釈はこれを議論の対象としないことにします。
これは、了解です。寛師説を引き合いにすることは慎みます。
> では、逆にお尋ねしますが、『本尊抄』の段階で、如何なる本尊をもって、日蓮は観心しているというのでしょうか。
これは、「上行所伝の妙法蓮華経の五字」を以って観心しておられたと思います。
3015
:
再挑戦者
:2006/12/10(日) 23:38:49
、、ゴメンします、、。 余りにもハイ・レベルのやりとりのようで、オチコボレのアホ小生にはチンプンカンプンでげぜーーまする、、。
ただ、両者・諸賢かたの真摯な求道のお姿だけは何とかボンヤリと判明いたしました次第です、、。 心底、、敬意を感じます、!!!
3016
:
問答迷人
:2006/12/11(月) 06:17:04
補足です
> では、逆にお尋ねしますが、『本尊抄』の段階で、如何なる本尊をもって、日蓮は観心しているというのでしょうか。
釈尊の因行果徳の二法は妙法蓮華経の五字に具足す。我等此の五字を受持すれば自然に彼の因果の功徳を譲り与へたまふ。
ここで、蓮祖は「我等」、つまり、「日蓮及びその門下」の観心をお示しであり、蓮祖は「妙法蓮華経の五字」をもって観心しておられると拝します。
3017
:
犀角独歩
:2006/12/11(月) 09:21:42
3014 問答名人さん
> >なぜ、本門本尊なのでしょうか。
> 観心本尊が本門で説かれた本尊だから、本門本尊とされているのだと思います。
これは違いますでしょう。何度も上げていますが、観心は法華経本門に説かれていません。故に「文の底」というのです。本門までは天台は証しましたが、観心は説いていない。故に『開目抄』に「龍樹天親知て、しかもいまだひろいいださず。但我が天台智者のみこれをいだけり」というのでしょう。
> 本尊抄には「此の本門の肝心、南無妙法蓮華経の五字に於ては仏猶文殊薬王等にも之を付属したまはず」とあり、「妙法蓮華経の五字」が本門の肝心であることが示されています。
そうですね、本門です。ですから、なぜ本門が、観心になってしまっているのでしょうか。これでは迹門は本門であるというようなものでしょう。説明になっていません。
> 確かに内容的には多岐にわたりますが…妙法蓮華経の五字を受持事を勧められて本尊抄を締めくくられています。
この答えで、よくわかることがあります。これは長らく問答さんの思惟傾向として、わたしが見てきた点です。何かといえば、この『問答抄』において、まったく衆生を済度する仏格、その使者としての菩薩に対する信仰が考慮されていないことです。これはあたかも真言宗の法偏重のように映じます。妙法五字は「自然譲与」と言いながら、実際にその所持者である久遠釈尊、そして、使者として菩薩を明らかにしているのが『本尊抄』です。ところがこの仏菩薩が思惟からまったく欠落しています。故に妙法受持しか説かれていないように映じてしまうのではないでしょうか。しかし、これでは、仏法になりません。あるのは法だけです。
『本尊抄』で重要な点は妙法五字の受持であることは動きませんが、しかし、その受持の要法を所伝された菩薩と、久遠下種の本主が釈尊であることを明確に論じることです。ここに仏(久遠釈尊)法(妙法蓮華経)僧(四菩薩)の三宝は整って論じられています。しかし、問答さんの論調は、法のみに目が奪われ、仏菩薩を欠いています。ここから考えられる本尊は、やはり、法偏重となり、日蓮が本門の本尊は釈尊(脇士四菩薩)であるというも、妙法蓮華経五字のみとらわれて、仏菩薩を見落としているようにお見受けします。久種の覚知、その授受の道筋を忘却することは忘恩なのであって、これでは日蓮が言う仏法にはなりません。
> 「妙法蓮華経の五字の受持」を述べるための前提として、十界に亘り論じられていると思います。
ですから、それが観心です。
> …観心…前提…「法華経並びに天台大師所述の摩訶止観等の明鏡を見ざれば自具の十界・百界千如・一念三千を知らざるなり。」と明鏡に依って観心を成就…観心の前提…明鏡として、観心本尊
これはまったく牽強付会です。なぜならば、お書きになった文章のなかに、日蓮が何を明鏡と読呼んだのかが明らかであるからです。すなわち「法華経並びに天台大師所述の摩訶止観等の明鏡」という一文です。法華経と止観を明鏡といっています。ところが、それを観心本尊であるとすり替えてしまっています。
3018
:
犀角独歩
:2006/12/11(月) 09:22:11
―3017からつづく―
> …鏡
この点は上記に記したとおりです。問答さんは、日蓮が鏡というものを取り違えています。
>> 『本尊抄』の段階で、如何なる本尊をもって、日蓮は観心している
> 「上行所伝の妙法蓮華経の五字」を以って観心しておられたと思います。
つまり、これは妙法蓮華経という本尊をもって観心したということでしょうか。
> 釈尊の因行果徳の二法は妙法蓮華経の五字に具足す。我等此の五字を受持すれば自然に彼の因果の功徳を譲り与へたまふ。
> …蓮祖は「我等」、つまり、「日蓮及びその門下」の観心をお示しであり、蓮祖は「妙法蓮華経の五字」をもって観心しておられると拝します
これもまた、上述と同じく日蓮が明鏡を法華経・止観といっているにもかかわらず、妙法五字本尊とすり替えたのと同じ論法です。論として成立しません。
『本尊抄』は、その冒頭に「摩訶止観第五云」と明確にその論拠を示し、十界観心の様を示しています。止観は法華経によっていますから、日蓮が、明鏡を法華経・止観というのは至当です。また、ここで観心されていくのは妙法蓮華経の五字ではなく、己心十界であり、一念三千です。これは妙法五字が此珠(一念三千)を裹むという前段の話です。
この一念三千を観心した末、日蓮は「私加会通如黷本文。雖爾文心者釈尊因行果徳二法妙法蓮華経五字具足。我等受持此五字自然譲与彼因果功徳」といいます。つまり、問答さんは、まず、本尊ありきで観心であると論を構えておられますが、『本尊抄』の記述はまったく逆になっています。
日蓮は法華経を依経とした止観によって己心を観心し、その一念三千を観法したうえで、‘会通’を加えて五字に具足するとしていくわけです。この会通は観心かといえば、わたしは違うと思います。会通とは「多くの説を集めて説く」ことですから、むしろ、教相に属するでしょう。
故に妙法蓮華経を法華本門に立ち還して、今度は本門本尊を考え、寿量本仏を論じ、その仏像を四菩薩が出現させることを論じていくという側面を同抄は有しています。また、ここでいう本門は「五百塵点已前」というも、その初成道から今番法華会座に至る限って論じられるのが、本門であり、その本尊です。これは観心本尊とは、その意味を異にします。しかし、本門より観心に入り、そこで観る仏は五百塵点成道ではなく「無始古仏」であるという教相、ならぬ経相の紙背、つまり、文底に入っていくのが観心です。しかし、本門三秘正法とは、この観心に裏打ちされて成立していると言うことです。
いずれにしても『本尊抄』の段階で、日蓮は観心本尊を「三身所顕無始古仏…本尊」と言います。つまり、妙法蓮華経五字を本尊であると書いていません。
3019
:
犀角独歩
:2006/12/11(月) 11:00:02
【3017の訂正】
誤)この『問答抄』において、まったく衆生を済度する仏格、その使者としての菩薩に対する信仰が考慮されていないことです。
正)この『本尊抄』において、まったく衆生を済度する仏格、その使者としての菩薩に対する信仰が考慮されていないことです。
3020
:
問答迷人
:2006/12/11(月) 12:17:16
犀角独歩さん
> なぜ本門が、観心になってしまっているのでしょうか
要は「上行所伝の妙法蓮華経の五字」が観心本尊であるかどうかです。この点に付いては、関係箇所と一緒にご説明します。
>『本尊抄』で重要な点は妙法五字の受持であることは動きません
この点は、認識が合致しているわけです。
>しかし、問答さんの論調は、法のみに目が奪われ、仏菩薩を欠いています。
先日来の議論で、僕は蓮祖の「上行所伝の妙法蓮華経の五字」と言う表現を用いてきました。今、本尊抄の文を引用した関係で「上行所伝」という言葉を省略しましたが、意味するところは「上行所伝の妙法蓮華経の五字」です。
この蓮祖の表現には、この五字を説いた釈尊、並びに四菩薩等の諸尊を前提とた表現であり、法のみでは有りません。仏菩薩を欠くというのは当たらないです。
>「法華経並びに天台大師所述の摩訶止観等の明鏡」という一文です。法華経と止観を明鏡といっています。ところが、それを観心本尊であるとすり替えてしまっています。
この批判も当たらないと思います。蓮祖は「法華経と止観」は言っていません。「法華経と止観等」と言っています。この「等」が何を意味するのかが極めて重要であると思っています。これこそ、本尊抄で説かれた「観心本尊たる上行所伝の妙法蓮華経の五字」ではないでしょうか。これは、最初の御質問に対するお答えでもあります。なぜなら、何度も繰り返しますが、蓮師及びその門下は、妙法五字の受持することに依って観心を成就することが出来るからです。これが「観心本尊」という言葉の意味だと思います。
> つまり、これは妙法蓮華経という本尊をもって観心したということでしょうか。
少しニュアンスが違います。文字通り、「上行所伝の妙法蓮華経の五字」という本尊に依って観心しておられたと思います。
>いずれにしても『本尊抄』の段階で、日蓮は観心本尊を「三身所顕無始古仏…本尊」と言います。つまり、妙法蓮華経五字を本尊であると書いていません。
本尊抄の段階で、という事は、蓮祖の説は、後の「本尊問答抄」の段階では「法華経の題目を以て本尊とすべし」と明示されるわけです。
私見ですが、この「上行所伝の妙法蓮華経の五字」とは「法」ではなく、仏格としての「無始古仏」なのだと思っています。根拠は、「妙法蓮華経」という題号が指し示す実体は、単なる法ではなく、久遠仏であると読めるからです。
3021
:
天蓋真鏡
:2006/12/11(月) 12:49:17
犀角独歩さん、大縫薫さん、ありがとうございます。学問と見れば、分派も其れぞれの趣があり謎は尽きません。其れでも、私は鎌倉時代の僧・日蓮の出世の本懐は「一念三千因果倶時≒唱題」など思い考えます。21世紀には如来神通力を自然治癒力に端初を開き法華一乗と立正安国の理想を描く。喜怒哀楽に悩むヒトの人生に希望になるかは未知数な事で、先々長くなるかもしれませんが、過不足があれば注意を促してもらうと幸いです。
3022
:
犀角独歩
:2006/12/11(月) 13:27:04
問答さん
>…蓮祖の表現には、この五字を説いた釈尊、並びに四菩薩等の諸尊を前提とた表現であり、法のみでは有りません。仏菩薩を欠くというのは当たらないです。
この点はしかし、『本尊問答抄』をもってきてしまえば、瓦解しませんか。この点は、のちに記します。
>…「等」…「観心本尊たる上行所伝の妙法蓮華経の五字」ではないでしょうか。
違うと思います。この点は、先に記したとおりです。
また、‘等’とは止観のみならず、玄義・文句、さらに決・籤・記といった妙楽釈、また、その他釈と見るのが至当です。
なぜならば、『本尊抄』は冒頭に「摩訶止観第五」を挙げ、次いで「玄義」「文句」「妙楽釈」と挙げているからです。
そもそも‘等’が妙法蓮華経=本尊であるといい、『本尊問答抄』をもってもすれば「法華経並天台大師所述摩訶止観等明鏡」とは「法華経(=観心本尊)並天台大師所述摩訶止観観心本尊明鏡」ということになっていまいますが、如何でしょうか。証するもの(観心)と証拠(観心本尊)が同じになっています。こんな文章は成り立ちません。
それでももし、「等」が本尊であると仰るのであれば、この点を挙証する必要があります。
> 蓮師及びその門下は、妙法五字の受持することに依って観心を成就する
ことが出来る
これもまた、「受持即観心」という中世の解釈に依っています。
この点が違うことを「会通」という点を挙げて論じましたが、この点を省略して、過去の主張を繰り返しているに過ぎません。証なき反復です。
観心を成就出来るのではなく、観心はできない(不識)けれど、「自然譲与彼因果功徳」、仏因仏果の功徳を譲られることと、己心に十法界を観ることは意味が違います。
> …「観心本尊」という言葉の意味
では、本門本尊との異同は如何ですか。
本門・観心の捌きを、わたしは文底を挙げて論じましたが、この点は、証されていません。
> 「上行所伝の妙法蓮華経の五字」という本尊に依って観心しておられたと思います。
これも先に『本尊抄』の文の運びはそうはなっていないと記しました。この点を無視して、主張を繰り返しているのに過ぎません。これまた、証なき反復に当たります。
> 本尊抄の段階で、という事は、蓮祖の説は、後の「本尊問答抄」の段階では「法華経の題目を以て本尊とすべし」と明示されるわけです。
いまは『本尊抄』について、記しているのではないでしょうか。また、『本尊問答抄』について、記すのであれば、題目は上行所伝どころか、仏が本尊とするところであるというのです。『本尊問答抄』では上行所伝はまったく論じられていません。また、諸仏の師・本仏である法華経が上行によって所伝されてしまえば、これは下克上です。つまり、上行所伝を言う『本尊抄』と『本尊問答抄』は、その整合性を見ません。よって、『本尊抄』との整合性を証せず、『本尊抄』を考える資とすることは問題があります。また、日蓮の論調は、経年によって変化しているわけですから、過去の文献を挙げて証するのであればいざ知らず、未来の文章を挙げて証することは論攷としては甚だ不可でしょう。
> 「上行所伝の妙法蓮華経の五字」とは「法」ではなく、仏格としての「無始古仏」なのだと思っています。根拠は、「妙法蓮華経」という題号が指し示す実体は、単なる法ではなく、久遠仏であると読めるからです。
各人で、どう読もうとそれは勝手ですが、ここでは議論ですから、何故、そう読めるか記さなければ、単なる信念の押し売りに過ぎません。
わたしは、この考えは教相と観心の混同に原因があると思います。
本門-文底-観心という脈絡について、何度か、わたしは述べていますが、この点に触れず、単に過去の主張を繰り返しているのに過ぎません。
ここのところ、問答さんのご投稿は、わたしの証についても無視するか、反詰するにも証も挙げず、単に「…と思う」と考えのみを挙げるばかりです。これでは議論とは言えません。問答さんらしからぬ、ところと思えます。
3023
:
天蓋真鏡
:2006/12/11(月) 16:41:02
横レス失礼します。 問答迷人さんは、妙法漫荼羅には様々な要素・見方が備わるので中心に置いても良いのでは無いかと漫荼羅正意を結論しているのでは無いかなと考えます。犀角独歩さんは、御書遺文の語句を中心に学問を組み立てられて幅の融通が変わるので私は一度御書遺文の法門を整理整頓して語句の羅列形式で纏めて対照表にして頂くと解り易いと思います。表と言っても此の富士門流掲示板の議論に照らし合わせて、尚且、式次第のように見易い語句の羅列で冊子を発刊(範囲は真蹟だけで)してもらうと助かるのですが如何でしょう。
3024
:
再挑戦者
:2006/12/11(月) 20:42:55
、、、横からゴメンします、、。 済みません。
高いレベルでのヤリトリなのは理解します、、。 ここで、御一服なされてくださいませ、、。
独歩さまも言われたように700数十年も過ぎ去った、中、での、、疑義などが満載のようでしょうか、?
ここで提言です、「、日蓮没後七百数十年を経過しましての、種々の疑問点・肯定店などを改めて議論いたす為の出発点=スタート・ラインのご提示されました、、ようでしょうか、。
今後、諸賢様が、、立場を定めないで(自由に)、日蓮に関する、さまざまなご賢察こそが、我ら読者の自身の頭で思考する支えになるような気が致します、、。
3025
:
問答迷人
:2006/12/11(月) 20:45:05
犀角独歩さん
>「等」が本尊であると仰るのであれば、この点を挙証する必要があります。
>観心を成就出来るのではなく、観心はできない(不識)けれど、「自然譲与彼因果功徳」、仏因仏果の功徳を譲られることと、己心に十法界を観ることは意味が違います。
観心とは自分の心を観察して、そこに地獄から仏までの十法界を見ること。特にこの中で困難とされるのが仏界を観ること。この点を、本尊抄では「教主釈尊ー中略ー 是くの如き仏陀何を以て我等凡夫の己心に住せしめんや」との疑問を立て、無量義経、法華経、天台大師の釈を引きその解釈として「釈尊の因行果徳の二法は妙法蓮華経の五字に具足す。我等此の五字を受持すれば自然に彼の因果の功徳を譲り与へたまふ。」「妙覚の釈尊は我等が血肉なり、因果の功徳は骨髄に非ずや。」と述べられています。ここで「妙覚の釈尊は我等が血肉」とは「凡夫の己心に妙覚の釈尊が住し給う」。或いは「我が身が妙覚の釈尊になる」。こういった意味合いでしょうから、観心の最難事たる、己心に仏界を観ることが、妙法五字を受持ことに依って成就することを述べられていることになります。
> 本門本尊との異同は如何ですか。
これは、思案中です。よく考えてお答えしたいと思います。なお、『本尊問答抄』は、例示であり、論証しているわけではありません。参考程度です。
>ここのところ、問答さんのご投稿は、わたしの証についても無視するか、反詰するにも証も挙げず、単に「…と思う」と考えのみを挙げるばかりです。これでは議論とは言えません。問答さんらしからぬ、ところと思えます。
独歩さんご指摘の点、読み返して見ますと、確かにそのような部分があります。議論が成立するように留意してまいります。今後もお気づきの点がありましたら、ご面倒でしょうが、ご指摘戴ければ幸いです。
3026
:
犀角独歩
:2006/12/12(火) 08:30:51
問答さん
もはや、水掛け論のような体を為していますが、問答さんの論法は、功徳を具することと観心を混同することによって、その結論を敢えて枉げていると思います。
では、どのように枉げているのか。それはご自身の漫荼羅を本尊とする日蓮没後以降信仰から読むということに、その原因があるとお見受けします。つまり、固定観念から遺文を読むために、ご自身の望む形に遺文が見えてしまっているということです。
これは恰も、創価学会は「仏とは生命のこと」「仏教は生命を説いている」と教え込まれ、固定観念化した眼から見ると、仏典も、遺文も、生命を説いたものと読めてしまうことと同様のことと観察されます。
しかし、考証とは、確実な資料を素直に読むことによって、事実を見ていく作業ではないですか。
本尊によって観心をした。これは日蓮が漫荼羅を確立した以降のことであれば、その信徒ができることです。しかし、『本尊抄』が書かれたころの日蓮は、漫荼羅の試行錯誤を始めたばかりの時期に当たります。拝んでいたのは伊東流罪已来の持仏の釈迦一体像。心血を墨に替え書き込みをしていた注法華経は所持していたでしょうか。梵音声として、寓居に安置した仏像の前に置かれていたことでしょう。また、日蓮の門下との関わりは毎月の大師講を中心とし、さらにしばしば止観を読誦していたことが記されています。
これが『本尊抄』記述の、真蹟から窺える背景です。
この状況で、日蓮が本尊と呼ぶものがあったら、それはまさに生死を共にした釈迦一体像をおいては考えられません。この一体像に向かい唱題をされ、日々、所持された経釈に眼を晒されていた姿が彷彿とします。しかし、この結論は、漫荼羅正意という信念体系から受け容れがたいことでしょう。そのために、自分の欲する‘結論’から遺文を読んでしまうのが富士の所論でした。批判というわけではありませんが、問答さんの言説からも、そのような側面を、わたしは感じます。
止観は禅の指南書であり、その記述の従って行ずるところに一念三千の観法があります。ここで己心仏界を見ることは至難なことですが、この書を通じれば、そのことを確信できます。これは、わたしが、ということより、天台を師と仰ぐ人々であれば、誰しも感じることでしょう。このことは日蓮にしても同様でしょう。日蓮は天台沙門であったし、比叡山に法華六大部を学んだ学僧でもあったのでしょう。となれば、日蓮は、天台妙楽の釈を頼りに法華経に信行学を立てたのでしょう。
その天台宗と決別を意識され本朝沙門の自覚に至った日蓮はしかし、天台と決別したわけでもなく、止観と決別したわけでもありません。講ずるところは、終生、法華経であり、止観その他の天台妙楽の釈であったでしょう。
その日蓮が観心本尊というとき、本尊(妙法蓮華経)で観心したという論調は、事実に沿ったものとは思えません。それは、一念三千の観法を、止観をもって試みたことがある人であれば誰しもわかります。止観なくして、己心仏界など思いもよらないからです。妙法蓮華経の五字を眺めたところで、そんな結論は出ません。南無妙法蓮華経と口ずさみにしても同様です。
止観という明鏡があってはじめて可能なことです。この点は‘人間’日蓮も同様でしょう。先人と同じように己心仏界を止観という明鏡をもって知ったのです。日蓮は特別な人だから妙法蓮華経を本尊であるとわかり、己心仏界をわかることができるというのは、事実の前には、荒唐無稽の理想化された日蓮像ではないでしょうか。
では、天台が三千に思い至れたのは妙法蓮華経の五字かといえば、これも違います。方便品の諸法実相十如是によるでしょう。つまり、法華経典に依ります。
以上のような事実から考えて、『本尊抄』の段階で、日蓮が妙法蓮華経を本尊として、己心仏界に至ったなどということは時系列を反映しているとは思えません。止観の明鏡によって己心仏界を観じ、そこから末法当機の本尊を考えるに至ったという道筋であると考えます。
3027
:
問答迷人
:2006/12/12(火) 09:41:43
犀角独歩さん
>その日蓮が観心本尊というとき、本尊(妙法蓮華経)で観心したという論調は、事実に沿ったものとは思えません
本尊抄執筆は52歳、立宗は32歳。この段階で既に20年間、妙法五字を唱え続けておられるわけです。この事実は動きません。それでは一体、何の為に唱えておられたのでしょうか。単に化他の為だけで唱えられたのでしょうか。独歩さんのお考え通りとしたら、この20年間の蓮師の修行・言動は極めて不可解です。
>もはや、水掛け論のような体を為しています
そのようですね。とりあえず、このあたりで中断する事とします。
3028
:
天蓋真鏡
:2006/12/12(火) 11:15:40
漫荼羅の本意を考える時「法華経の題目を本尊として唱題する事は動かない」が「シャカを三徳を具備する(本)仏と見ると、観心(無始古仏)&題目 (注法華経)&本門(一尊四士)を志向せざるをえない」と言う事でしょうか。 シャカ本仏論≒漫荼羅本意論≒皆成仏道論は成り立ちますか。
3029
:
犀角独歩
:2006/12/12(火) 11:36:55
問答さん
唱える・唱えないの話ではないでしょう。
ここでもまた、日蓮を事績を唱題のみとして、他を差し置いていませんか。
『十章鈔』には以下のとおりあります。
「止観に十章あり。大意・釈名・体相・摂法・偏円・方便・正観・果報・起教・旨帰なり。前六重依修多羅と申て、大意より方便までの六重は先四巻に限る。これは妙解迹門の心をのべたり。今依妙解以立正行と申は第七の正観十境十乗の観法、本門の心なり。一念三千此よりはじまる。
一念三千と申事は迹門にすらなを許されず。何況爾前に分たえたる事なり。一念三千の出処は略開三之十如実相なれども、義分は本門に限。爾前は迹門の依義判文、迹門は本門の依義判文なり。但真実の依文判義は本門に限べし。
されば円の行まちまちなり。沙をかずえ、大海をみる、なを円の行なり。何況爾前の経をよみ、弥陀等の諸仏の名号を唱をや。但これらは時々の行なるべし。
真実に円の行に順じて常に口ずさみにすべき事は南無妙法蓮華経なり。心に存べき事は一念三千の観法なり。これは智者の行解なり。日本国の在家の者には但一向に南無妙法蓮華経ととなえさすべし。名は必体にいたる徳あり」
ここで一念三千は止観にあり、南無妙法蓮華経を唱えることによって体にいたる徳ありといいます。日蓮は、単に題目だけを唱え得ていたわけではありません。また、信者も本尊に向かって、観法していたわけではありません。この事情は、文永10年の段階でも、さして変わってはいないでしょう。
3030
:
問答迷人
:2006/12/12(火) 14:30:14
犀角独歩さん
>「心に存べき事は一念三千の観法なり。これは智者の行解なり。」
日蓮は自分で自分の事をはたして「智者」と言うのだろうか、と思いました。「名字凡夫僧」を標榜された蓮師と「智者」との自称とは馴染まない様に感じます。他の真蹟で類似表現をご存知でしたら、ご教授戴ければ幸いです。
3031
:
犀角独歩
:2006/12/13(水) 08:06:07
問答さん、おはようございます。
日蓮における智者の用法は、主に天台智邈を指すようですね。「一閻浮提第一の大智者たる舎利弗」とも言います。対語としては愚者、順位としては、聖人・賢人・福人・智者、さらに智人といったところでしょうか。
さて、自身を指していったかどうか『清澄寺大衆中』に若い頃を述懐されて「日本第一の智者となし給へと申せし事」といい、満願したわけですから智者の自覚ではあったと思います。晩年はさらに聖人の自覚に至ったわけですね。『十章鈔』の用法から見ると智者は在家を簡ぶようで、‘出家’というのが大前提のように思えます。
守護国家論「智者の由を称するは自身を重んじ悪法を扶けんが為なり」「天台智者大師」「権教には学者多く、実教には智者少なし」
顕謗法抄「天台智者大師」「一念三千の法門は天台智者の法門」
南条兵衛七郎殿御書「天台智者大師」
薬王品得意抄「天台智者大師の釈」
法華題目抄「「天台智者大師」「法華経を智者大師」
法門申さるべき様の事「仏天智者の御眼」
十章抄「「心に存ずべき事は一念三千の観法なり、これは智者の行解」「当世に開会を心え(得)たる智者も少なくこそをはせすらめ」「愚者は智者の念仏を申し給ふをみ」
寺泊御書「天台智者大師」
善無畏抄「智者にて御坐せし」「智者大師」
八宗違目抄「「智者 天台なり」
開目抄上「我が天台智者」「陳隋の智者大師」「華厳・真言等の権宗の智者とをぼしき、澄観・嘉祥・慈恩・弘法等の一往権宗の人々」
開目抄下「華厳経乃至諸大乗経・大日経等の諸尊の種子、皆一念三千なり。天台智者大師、一人此の法門を得給えり」「法然智者ならば」「智者に我が義やぶられずば用ひじとなり」「諸経は智者猶仏にならず。此の経は愚人も仏因を種ゆべし」
祈祷抄「智者は麟角よりも希ならん」
木絵二像開眼の事「智者あって法華経を読誦して骨の魂となせば、死人の身は人身、心は法身」「華厳・方等・般若の円をさとれる智者は、死人の骨を生身得忍と成す」「法華を悟れる智者、死骨を供養せば生身即法身なり。是を即身といふ」
如来滅後五五百歳始観心本尊抄「智者の弘法三十年」「真旦の智者大師」「天台智者大師」「比叡山竜象の如くなる智者ども」
法華行者値難事「天台智者大師」
聖密房御書「天台智者大師」
可延定業御書「日輪のごとくなる智者」
曽谷入道殿許御書「法蔵・澄観は華厳宗を置いて智者に帰す」「陳・隋の比、智者大師」
依法不依人御書「天台智者大師」
不如治大悪御書「今の智者万善を勧めしむるよりは一大悪を治するには如かず」
法蓮抄「「智者」
一谷入道女房御書「師のごとくひろ(弘)めなら(習)う人々を智者とはをも(思)へり」
撰時抄「天台智者大師」「智者大師」「天台を讃して云はく『思禅師・智者等の如き』」「天台真言の智者」「日本国のそこばくの智者ども」「智者」
三三蔵祈雨事「日本国の智者」「漢土・日本の智者」
大学三郎殿御書「智者大師」「智者と尊む」
高橋入道殿御返事「国中の智者げなる持戒げなる僧尼」
太田入道殿御返事「智者大師」
減劫御書「智者」
清澄寺大衆中「日本第一の智者となし給へと申せし事」
王舎城事「聖人・賢人・福人・智者」
兄弟抄「第六天の魔王が智者の身に入って善人をたぼらかす」「智者大師」
報恩抄「大恩をほうぜんには必ず仏法をならひきわめ、智者とならで叶ふべきか」「漢土に一人の智人あり。始は智邈、後には智者大師とがう(号)す」「天台已前の百千万の智者」「慧観・慧厳・僧柔・慧次なんど申せし大智者」「智者大師」「智者なんども常の智人はしりがたし」「百余人の智者」「阿弥陀堂加賀法印、東寺第一の智者」「持戒の聖人も、富楼那のごとくなる智者も」「愚者と智者」
種々御振舞御書「天台智者大師」
一代五時鷄図「伝教大師…智者」「智者」
上野殿御返事「智者」
下山御消息「世間に智者」「智者賢王」「一閻浮提第一の大智者たる舎利弗」
富木殿御書「智者」
衆生身心御書「智者」「像法の中の陳・隋の代に智邈と申す小僧あり。後には智者大師とがう(号)す」「漢土日本に智者多しというとも」
千日尼御前御返事「天台智者大師」
大学殿事「智者疾を現じ」「智者」
日眼女釈迦仏供養事「天台智者大師」
滝泉寺申状「一閻浮提第一の智者」
諸経と法華経と難易事「天台智者大師」
大田殿女房御返事「天台智者大師」
上野殿御返事「智者も愚者も」
智妙房御返事「わわく(誑惑)のやつばらの智者げ」
越州嫡男並妻尼事「智者」
3032
:
犀角独歩
:2006/12/13(水) 09:13:16
> 「名字凡夫僧」を標榜された蓮師と「智者」との自称とは馴染まない
とのことですが、わたしは名字凡夫が智者ではないという論法は、よくわかりません。先に挙げましたが『報恩抄』に「大恩をほうぜんには必ず仏法をならひきわめ、智者とならで叶ふべきか」とあります。智者でないと報恩は叶わないというわけで、自ら報恩を勧める日蓮が智者でなければ空文となります。日本第一の智者としての自覚が唱題の勧めとなった考えたほうが自然ではないでしょうか。
ついでにもう一点。富士門下において、止観がなぜ軽視されるのか、それは、日蓮没後に捏造されていった相伝文などに原因があると思います。
「天台の漢字の止観を見て、眼目を迷はし心意を驚動し、或は仮字を漢字と成し、或は「止観明静・前代未聞」の見に耽(ふけ)りて本迹一致の思ひを成し、我が内証の寿量品を知らずして止観に同じ、但自見の僻目を本として予が立義を破失し三悪道に堕つべし」
けれど、日興作である証拠のない『遺誡置文』の
「当門流に於ては御抄を心肝に染め極理を師伝して若し間有らば台家を聞くべき事」
という如く、当初はもっと緩やかであったと想像されます。
遺文の重視は、日興に見られるところでしょうが、やがて、遺文は止観を凌駕していった爪痕が、上に引用した『本因妙抄』等に散見されます。
しかしながら、止観の重視は、むしろ、日蓮の特徴なのであって、真蹟遺文でざっと数えただけでも100近い使用が見られます。
また日寛の但行唱題といった解釈を日蓮の教えだと思うと、日蓮が止観などの学問を自らもしたにも進めていた実像がかき消されます。しかし、「止観云」とたびたび引用する日蓮が止観を廃していたなどとはとうてい思えません。むしろ事態は逆です。廃されていたものがあるとすれば、それは参禅ではなかったでしょうか。資料名を失念しましたが、日蓮出現前夜の比叡山では、参禅は廃れていたといいます。このような背景は、むしろ、称名念仏が流行る素地となったのかもしれません。次いで称名流行という背景は、唱題を受容する役割となったとも云えるかもしれません。
いずれにしても日蓮遺文は、弟子僧と入道といった学識のある‘智者’との熱心な経釈学習という日常の所作があり、そこから手紙の遣り取りであると見ないと、「日蓮の風景」は見えてきません。
3033
:
問答迷人
:2006/12/13(水) 10:22:52
犀角独歩さん
お手数お掛けしました。ありがとうございます。
>いずれにしても日蓮遺文は、弟子僧と入道といった学識のある‘智者’との熱心な経釈学習という日常の所作があり、そこから手紙の遣り取りであると見ないと、「日蓮の風景」は見えてきません。
この点は、全く賛同します。何ら異存ありません。
>止観がなぜ軽視されるのか、
この点に付いては、治病大小権実違目に蓮祖が次の様に述べられている教義に起因すると思います。「一念三千の観法に二あり。一には理、二には事なり。天台・伝教等の御時には理なり。今は事なり。観念すでに勝る故に、大難又色まさる。彼は迹門の一念三千、此は本門の一念三千なり。天地はるかに殊なり」
3034
:
犀角独歩
:2006/12/13(水) 20:15:44
問答さん
この一念三千の理事と止観をどのような関係でお考えになっていらっしゃいますか。
3035
:
問答迷人
:2006/12/13(水) 21:46:30
本尊抄に「像法の中末に観音・薬王、南岳・天台等と示現し出現して、迹門を以て面と為し本門を以て裏と為して、百界千如、一念三千其の義を尽くせり。但理具を論じて事行の南無妙法蓮華経の五字並びに本門の本尊、未だ広く之を行ぜず。」とあります。この文に依って
止観→理の一念三千
南無妙法蓮華経の五字並びに本門の本尊→事の一念三千
という関係であると拝しています。
3036
:
犀角独歩
:2006/12/13(水) 23:18:36
問答さん
やはり。富士方で教学をすると、そのように考えることになりますね。
本迹は止観ではなく、法華文句に載るところです。
また、引用された『治病大小権実違目』の論理構造は以下のようではないでしょうか。
迹門:理:(方便)百界千如、一念三千其の義を尽くせり
本門:事:南無妙法蓮華経の五字並びに(寿量)本門の本尊
ここで、特に止観を簡ぶ理由は見当たらないと思いますが、如何でしょうか。
3037
:
犀角独歩
:2006/12/14(木) 08:46:55
【3036の訂正】
誤)富士方で教学をすると
正)富士方の教学ですると
『四信五品鈔』に「妙法蓮華経五字非経文 非其義 唯一部意耳。初心行者不知其心 而行之自然当意也」とあります。『治病大小権実違目』とあわせて考えると以下の関係になると思います。
┌──┬──┬──┬─┬─┬──────────┬──┬────┬───┐
│像法│天台│迹門│理│義│百界千如、一念三千 │禅 │ │方便品│
├──┼──┼──┼─┼─┼──────────┼──┼────┼───┤
│末法│日蓮│本門│事│意│南無妙法蓮華経の五字│唱題│本門本尊│寿量品│
└──┴──┴──┴─┴─┴──────────┴──┴────┴───┘
(図が乱れるときは
http://www.geocities.jp/saikakudoppo/msfont.html
)
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