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素朴な疑問
2971
:
顕正居士
:2006/12/04(月) 13:37:28
本門の釈尊について
ひさしぶりです。ところで本門の(教主)釈尊の語には二義あります。
1 本門を説かれた釈尊 2 本門で説かれた寿命無量の仏自体
日朝や日寛の説は本門の釈尊に2種あるとするものです。
一個だという人がおりますが、その場合は 1 本門を説かれた釈尊 は始成正覚の釈尊と
変わっていない、多宝仏と並坐で本門の教主をあらわすのみだから、
本門の釈尊を 2 本門で説かれた寿命無量の仏自体 の意味だけに使うからです。
それで日蓮自身の究極的信仰対象は2種の本門釈尊のいずれかといえば、報恩抄の表現は
教主といって誤解を招くから、本尊問答抄で法華経の教主を本尊とはしないと明確に訂正した。
釈尊の本師は誰かという比叡山の質問に答えた唐決は名号毘盧遮那如来、国土毘盧遮那国とし、
つまり釈尊以前に人格的の仏は無いとしますが、円珍は無量寿命決定王如来だとしました。
この無量寿命決定王如来は阿弥陀仏の本地ですから、唐決では釈迦・阿弥陀が別仏になるのを
嫌ったのではないでしょうか。
日朝の説は円珍の説と日蓮晩年の修正に基づいたもので、合理的であるかと考えます。
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