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素朴な疑問

3005犀角独歩:2006/12/10(日) 07:54:14

―3004からつづく―

本日はまた、これから出かけなければならず、詳しく記せません。
観心本尊は本門本尊であるということは、その用語の使い方からして、成り立ちません。観心は本門ではないからです。観心とは「一念三千の法門は但法華経の本門寿量品の文の底にしづめたり」という点にあります。
本門と文底、その文底の一念三千について論じていくのが観心本尊でしょう。これは本門寿量仏より一重立ち入った段です。

また、補足で引用された『四信五品鈔』の「不知其義人唯唱南無妙法蓮華経具解義功徳不」には、明確に「不知其義」とあります。『本尊抄』には「不識」、両意とも、一念三千を理解できないという意味ではないでしょうか。
問答さんの論法では、仏と仏が授けたものが混同され、さらに本門と観心が混同されていませんか。


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