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素朴な疑問

2983犀角独歩:2006/12/07(木) 09:24:50

―2982からつづく―

同様に本門題目という妙法蓮華経と、題目本尊で妙法蓮華経とは文字は同じでも相違があります。本門立てでは、今番、末法に菩薩に妙法蓮華経を託したという時間軸で活躍する仏です。しかし、題目本尊とは、釈尊五百塵点成道已前の妙法蓮華経への信仰です。本門題目は、寿量仏 ― 四菩薩 ― 末法衆生へと所伝される妙法蓮華経でしょうが、題目本尊は、妙法蓮華経 ― 寿量仏 … というそれ已前の題目ではないですか。しかし、この点を日蓮は、寿量品の文底に観るわけですから、法華経典で文面に載らない観心の辺域の題目です。それを一念三千というか、無始古仏の己心というか、あるいは仏界所具仏界というか、妙法蓮華経というか、そこに文言表現の限界はありますが、題目本尊というのは、そのような規模で言われることではないですか。本門の題目と、本門寿量経典の文面の底・観心の妙法蓮華経は、やはり、違うと言わざるを得ません。

> 本門の本尊が本門の教主たる釈尊ならば、本門の本尊は仏像ですね。その場合、曼荼羅はどうなるのか

ええ、ここです。本門本尊を考えるとき、漫荼羅というのは立地がありません。
ですから、わたしの、漫荼羅を本当に拝んでいたのだろうか?という問いも起きたわけです。

大きな漫荼羅というのは道場奉懸の用途であろうとは思いますが、通常は、漫荼羅は身に帯する、懐中に持つことが基本だったのではないでしょうか。
何故かと言えば、上行所伝の妙法蓮華経とは下ろされた仏種そのものですから、心身に受け持たなければ、熟益の段に入り用がないからです。心田と言いながら、種を棚に祀っていては、田から芽の出ようはずがありません。

しかし、『本尊問答抄』の末には「此御本尊の御前にして一向に後世をもいのらせ給候へ」とあり、この文面からすれば、題目を記された漫荼羅は本尊として奉懸されていた如くです。

漫荼羅を、日蓮が如何に扱った、否、扱わせたかという点は、杳として明らかではありませんが、しかし、題目本尊といい、漫荼羅奉懸とさせたとしても、実のところ、それは厳格な意味での観心本尊ではないというパラドクスが、最終段階で持ち上がります。何故か。それはその成句の文字が表すとおり、観心本尊とは、心で観る本尊であるからです。しかし、題目本尊とは、その観心される心そのものである一念三千を裹む題目であり、実に裹まれているのは本門本尊の因行果徳の二法であるといいます。これはつまり、末法衆生救済の仏種にほかならないのだと思います。

観心は、教相を超えたところにあると思われがちですが、この二つの関係は表裏であり、視点の相違にほかならないのでしょう。しかし、本門より、観心はさらに広い範囲を包括している点を見落とすと、それを同一と見誤ることになるのだと考えます。

残念ながら、わずかな真蹟遺文から見える日蓮の真意には限界があります。それは、恰も手に入れた宝の山の地図が、大きく破れ失われているようなものです。
故にその後、700年、数多の偽書が捏造され、まことしやかに相伝・相承、口伝えされたのでしょう。しかし、わたしは、日蓮以後の言説に、ヒントを求めようとは思いません。なぜならば、そこには日蓮の答えがないからです。嘘と思いつき、虚を真を偽ったことが真と扱われ澱んでいった複合汚染もあるからです。真蹟遺文を明確できるわれわれは、700年来の人々の優位に立っています。過去の蓄積に溺れるより、遺された断片に真があります。

また、その地図が完全なものであっても、その文底に沈められたところは見えません。いずれにしても、日蓮の心は、遺文という文字がすべてではないのでしょう。言語道断という限界を、しかし、日蓮は法華経の文字に感じ、そして、文底観心の極意を踏み行ったのだと思います。これを言語化することは、もはや、不可能かもしれませんが、そのさわりの議論はできようかと存じます。


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