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誹謗中傷って、何?
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最近、よくインターネットでの誹謗中傷ちうことがクローズアップ
されておるが・・・
誹謗中傷って、何?(笑)
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>>398 ヤスツ (CnaUXqoo) さん
>それとも、バッシングをなくさせるために「思想統制をすべきだ」というのが吉岡さんの主張だということであれば、容認はできませんが理解はできますよ。
そういうことではありません。
立場が逆になった場合、つまり「それは差別だ」といわれ、その意図がなかったことを説明しても、なお、納得がいかぬ人たちが糾弾を続けることをも支持するということならば、あなたの姿勢に一貫性があるということです。
>>私の方の、独自解釈ですが、「《事件を引き起こしたけれど》災い転じて福となればいい」と、希望したのだと思います。
>それも微妙な変更まとめですな(笑)
まとめてなど居ないのですが・・・・
はっきり、独自解釈だと断っています。
>>抗議内容を公表する
> その時点で「抗議」の旨味は消えてしまうそうですよ。
だからこそ公表する必要があります。
>>問題作品は販売数も上がる
> いえ、ほんもんの問題作品は、回収しなければなりませんので却って減益です。
検討した結果、「ほんもんの問題作品」なら、減益になろうと回収して当然でしょう。
回収しなければ、世論を敵に回すことになりましょう。世論を敵に回しても戦う意志があるなら、話は別ですが・・・
> その意味でも、マスメディアは主体性を極力持たず、「報道」という客観性の確立に立ち戻るべきなのではないかと。
産経新聞のような恣意的な新聞も、ダメダメですか?(笑)
>>399
>で、「考慮に入れる」というのは、
1)聞くだけは聞いておく。ただし、言われた通りにするとは限らない
2)聞いてしまったら、言われた通りにしなければならない
私は(1)だと思いますが、
この2つのマトメには従えません。2)は論外ですが、聞くだけは聞いておくという態度ではありません。
ゆすりたかりの範疇なのか、本当に不当な差別を受けているのかを検証します。
受け止めるべきものは、きちんと受け止めて、対処したいと思っています。
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>>409 味噌煮込み番長 さん
>→反対。自分の信条に従って進退を決めれば好い。
ただその場合、反論批判は当然覚悟すべき。
言論封殺とか言葉狩りだとか、泣き言云うなら発言すべきじゃない。
> 侮蔑的意味合いの濃い言葉は確かにあるが、どうしても使わねば
ならないと思うのなら、叩かれるのは覚悟の上、腹を据えて書けば好い。
究極的にはこういうことでしょうね。こちらも(言葉で)叩いているのだから、叩き返されることは当然ありえます。
侮蔑はするが抗議をすることは許さない、と言うのは甘すぎますね。
侮蔑する意図はなかった場合には、釈明も謝罪もあった上では、互いに許しあう寛容さが欲しいとは思います。
もちろん、どちら側の立場のものも。
ともかく、今日の様々なレスを読ましていただいて、それぞれの苦楽を経た、長い人生がつくり出す人生観というのもがあり、それは千差万別で、本当に興味深いものだと思いました。 ありがとうございました。
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>>417
誤解の無いように伝えておくけど、俺は特定の言葉を捉えて「差別語」と
規定するのが嫌い。侮蔑的にしか使われぬ言葉などそれほど多くは無い。
「味噌煮込み」だの「障害」だのに文句付ける手合はいつでも叩く積りです。
また、「片端」や「癩」「穢多・非人」「気狂い」なども必要ならどんどん使う。
特に癩をハンセン病と言い換えるのは合点がいかない。もともと侮蔑的
意味合いの無い普通名詞だし、起炎菌Mycobacterium lepraeはずばり
癩菌と訳されます。なのに何で疾患名はハンセン病なのかと。
不快になった程度の事で言葉を殺すな。一時の感情より、連綿と
使われてきた言葉の方が、俺には遥かに重要だからです。
ちなみにあなたがよく使う「ハンセン病元患者」は、彼等の実態を旨く
言表せてはいない。特に後遺症で悩む者にとって、後遺症のケア、
即ち医療や介護的支援は極めて大切です。なのに「元患者」と
呼称すれば、あたかも何の支援も必要ない健常者だとのイメージを
与えてしまう。もし吉岡さんが言葉に拘るのなら、「ハンセン病後遺症患者」と
呼ぶ方が適切でしょう。目が見えず、四肢の感覚も無い。そういった
彼等の実情を鑑みれば、後遺症の文言は入れたほうが好いと俺は
思いますね。
その事で患者団体や部落解放同盟、青い芝の会などがここに文句を
云ってきたら、幾らでも自分の正当性を主張する用意があります。
気に食わなければ通報しても構いません。
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>>418 番長さん
>誤解の無いように伝えておくけど、
誤解はしていないつもりです。
味噌煮込み番長と言うハンドルを見ただけでも、あなたの主張されていることは理解できます。
多くは言いませんが 「ハンセン病後遺症患者」と言うほうが正しいとか、そういう視点も非常に勉強になります。
誤解なきように言っておきますが(^^ゞ 私自身、検討もしないで 「言葉狩り」 や 「かけっこの順位をつけない」 などの対処の仕方には、問題を感じています。
もちろん、考え方の根本部分で、番長さんと私は多分一致していません。(良くは分かりませんが・・・・)
とりあえず、その一貫性を、評価しています。
「問題提起があったにもかかわら、味噌煮込み〜〜と言うハンドルを使った」としたら差別者だと思うのか、について
使い続けることが制限されないなら、それを心無いと思ったり言ったりすることも制限されないはずである。
そういう一貫性が、ヤスツ氏やイカフライさんに見られない。 それを指摘し続けていたのです。
>その事で患者団体や部落解放同盟、青い芝の会などがここに文句を云ってきたら、幾らでも自分の正当性を主張する用意があります。
気に食わなければ通報しても構いません。
はっはは。面白いですね。
ま、そんな気がないことくらいは、読み取っていただきたいですが。
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>>417
>究極的にはこういうことでしょうね。こちらも(言葉で)叩いているのだから、
>叩き返されることは当然ありえます。
>侮蔑はするが抗議をすることは許さない、と言うのは甘すぎますね。
然り。
暴力的威嚇や政治的圧力を受けていないにも関らず、抗議や批判を
受けただけの事で、言論封殺や言葉狩りなどとフヤケタ事抜かす連中を
見るに付け、日々臍で茶が湧いてます。喧嘩別れした知人の言を借りれば、
天与の言論の自由などこの世には無いと云う事です。そんなものは
何処を探しても見付らないし、探すだけ無駄。
何を云っても自由だが、リスクは自分持ち。泣き言云うならさっさと自説を
引っ込めれば好かろうと思いますね。
ただ、それが飯の種だからとか、自己の信条ゆえにとか、理由は何でも構わないが、
どうしても云わざるを得ない事であるなら、戦う覚悟をして発言するしかない。
それが私的な個人同士、或は団体同士の言論でしょう。
またまた誤解の無いよう付加えて置きますが、発言者が社会的弱者と呼ばれる
人間であってもそれは全く同じです。少数を袋叩きとか、虐めは好くないとか、
そんな寝言は俺には通じないので宜しく。
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>>419
>「問題提起があったにもかかわら、味噌煮込み〜〜と言うハンドルを使った」としたら
>差別者だと思うのか、について使い続けることが制限されないなら、それを心無いと
>思ったり言ったりすることも制限されないはずである。
>そういう一貫性が、ヤスツ氏やイカフライさんに見られない。
>それを指摘し続けていたのです。
まだヤスツさんとあなたにしかレスを返して無いし、実際彼等がどう云う立論を
してるのかまだ能く解らないので、発言には直接言及しません。
ただ、あなたの云う通り、味噌煮込みハンドルを使った者と同様に、
「それを心無いと思ったり言ったりする」自由がある。それはもう自明の事です。
云うだけでなく、激烈な批判を加えてもエエんじゃないですか?
それを正しいと思い、反撃を覚悟するのならば。そして孤軍奮闘も辞さぬのなら。
もし俺のハンドル「味噌煮込み番長」にアヤ付けて来る者がいたなら、
こういう風に反撃すると思う。
1)差別語はそもそも存在するのか?
2)あったとしてその定義は?
3)差別語の定義は妥当か?
4)「味噌煮込み」は差別語に分類されるのか?
5)「味噌煮込み」は差別語として使用され得る。では今回の場合その用法に合致するか?
6)差別語を禁ずるメリットとデメリットの比較は?
ま、こんな所でしょうか。
もちろん、差別は何故いけないのかと云う攻め口も出来るが、あまり旨い方法でも
ないので、大半の場合省略するかな。
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番長さん
>もし吉岡さんが言葉に拘るのなら、「ハンセン病後遺症患者」と呼ぶ方が適切でしょう。
「ハンセン病元患者」と言うのは、いわゆるマスコミ用語であって、そのモトは患者団体か、支援団体が発した言葉ではないかと思います。 介助の必要性からみた番長さんの用語「ハンセン病後遺症患者」は大いに考慮すべきと思いますが、今のところ私は、「ハンセン病元患者」の方を使うことにします。
理由は、彼らは今までの国の棄民政策の責任追及をして、介助とその費用のほうは、公的機関に要求できると思います。
反面、彼らの外貌から来る一般的忌避感情の方が、被害が大きいのではないのかな?
もう治ってしまって、伝染することはないんだということを強調するには「元患者」の方がいいのかなとも思います。
こういうことについて、彼らのおかれている状況や感情を、もっと知ってから名称変更することにします。
>どうしても云わざるを得ない事であるなら、戦う覚悟をして発言するしかない。
どんなバックも持たない個人は、常にそうです。
そしてたいていの場合は、そこまでの覚悟が持てないから、発言せず縮こまって生きています。
縮こまって生きるにも限界が来たとき、彼らは相当な覚悟を持って発言もし、時によっては命を捨てる覚悟をして抗議をします。
1人では何も出来ないと知って、団体をつくる場合もあるでしょう。
そういう叫びに、耳を傾ける姿勢を持っていたいと、私は思っています。
>またまた誤解の無いよう付加えて置きますが、発言者が社会的弱者と呼ばれる人間であってもそれは全く同じです。少数を袋叩きとか、虐めは好くないとか、そんな寝言は俺には通じないので宜しく。
あなたの姿勢はそうでしょうし、正反対であるかに見えるあなたの姿勢の中に、好感を持てるものをも感じています。
しかし私は、自分への反撃という面で、何の覚悟も必要のない弱者と見れは、袋叩きにするとか、イジメに加担するとかする奴らを、唾棄します。(あなたがそういう奴ではないという評価もしています)
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>>415
>)AとBの対話を聞いてもCとDの語りが違う。
>CDの片方もしくは双方が客観的に物事を論じて
>いない為です。
>(客観的と言っても厳密には主観でありますから、
>微妙に解釈が違っても、致命的なズレはありません
この微妙な解釈の差異が,致命的でないケースと致命的になるケースというのはあるような気がしますが。
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それが致命的でないケースと致命的なケースの差は,どこなのでしょうね?
それとて主観の様にも思えます。
(なんか、まとまらないので、また後で)
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私の話を理解して頂く為に例え話をします。
医師Aに対して患者Bが電話で診察を求めます。
医師Aは『今日は時間がないから明日にしてくれ』
と答えます。
医師Aの答えに対し患者Bは『私の家はは、先生の
お宅からたったの3分ですから、診察して下さい』
と答えます。
患者Bの答えに対し医師Aは『貴方(患者B)の時
間が節約できるからといって私の時間が節約でき
るわけではありません』と答えます。
しかし患者Bは納得がいきません。なぜなら患者
Bにとっては自分の基準だけが全てであり『私が
時間を節約できるなら、先生も時間を節約できる
』と思い込んでいる為であり、医師Aが別の基準
で物事を語っていることが理解できないのです。
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>>425をきょうこさんと彼女に罵声を浴びせた方達の
対話に当てはめてみると、吉岡さんが指摘されている、
この件の本質が見えてくると思います。
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>>422
「ハンセン病元患者」も、後遺症を残さず治癒した人間には
適切な呼称だと思うよ。多摩全生園などの療養所に行けば、
後遺症の無い或は軽微な人間もいる。自分の信条に従い、
あなたが「ハンセン病元患者」と呼ぶ事に対し、俺は何の
文句も云いません。
ああ、スレの話題とは離れるけど、多摩全生園を始めとする
療養所に行くと結構面白いよ。特に多摩全生園は資料館も
あるので、写真や文書、建物を直接見られて中々グット。
資料館館長のオッサンは話し上手で、一度聴かれては
如何か?
あと宮古島の療養所では、癩後遺症患者が三線(さんしん)を
職員家族に教えているらしく、宮古島へ行った折、飛び入りで
俺も参加しようと思ったが、中に入れなかった経験あり。
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番長さん
やっぱりあなたの言葉は、体験的な知識に裏打ちされているのですね。
私も、いろんな体験を積み重ねていこうと思います。
彼らの話を直に聞く機会も、文献的に学ぶ機会も逃さないようにします。
あなたからも、実践的なお話を聞く機会があれば(別スレででも)、ありがたいと思います。
すこし疲れたので、今夜は早い目に寝ることにします。お休みなさい。
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一言追加。
かなり荒っぽい意見のようでありながら、なぜか番長さんに意見にうなづくとことがあったのですが、
その理由がなんとなく分かりかけてきた気がします。
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>>425
つまり、この話しでいくと、一見きょうこさんが患者B、あのサイトの参加者が医師Aのような図式だけれど。
見方を代えれば,逆になる,ってことなのかな?
うろちいさんの言われたダブルスタンダードっていうのは、それなんだろうか?
ちなみに、うろちいさんの意見に対しては,まだ発言したご本人からレスを頂いていないので,保留しています。
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>>422
>そしてたいていの場合は、そこまでの覚悟が持てないから、発言せず縮こまって生きています。
縮こまって生きるにも限界が来たとき、彼らは相当な覚悟を持って発言もし、時によっては命を捨てる覚悟をして抗議をします。
1人では何も出来ないと知って、団体をつくる場合もあるでしょう。
この行為自体を全て否定しているわけではないよ。
というか、良い悪しなんてものを越えた切実な叫びである事は事実だよね、当然。
ただ、うーん、なんて言うのかなあ,実際に行われている事を見ていると,「ちょっとそれ違うんじゃないかなあ」っていうことが目に付くんだよね。
それは、ヤスツさんが言われていたそれを商売にする,まあ、ゆすりたかりだな、という連中の問題もある。
(そういうヤツらって最低だと私は思うよ、善意の寸借サギだ)
あと、もしかしたら、本心からの善意で,弱者の為,と思って,知らずにそういう連中に加担している人達もいるかも知れないね。
あと、前にもさんざん書いたけれど,とりええず文句がきたらとりあえず取り下げよう、というメディア側の逃げの姿勢ってののあるし。
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行動しなければ、何も言わなければ、
行動しないことによって起こる大波に、みんなと一緒に流されると言う被害を受けるかもしれませんが
行動すること事によって受ける非難や批判や攻撃にさらされることはありません。
自分をそういう気楽なところに置きながら
行動する人、発言する人を、攻撃することにウツツをぬかす、そういう輩の言にはうんざりしています。
「きょうこさん」は実践する人で、その実践の中で苦痛を感じていることに対して、発言をした人でした。
実践する人、発言する人に誤りが無いなどとは言いませんし、誤りであると思うことを批判することも攻撃することも、それは自由だと思います。
しかし、実践のない批判や攻撃には、空疎な響きがあります。
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>>431 イカフライさん
> それは、ヤスツさんが言われていたそれを商売にする,まあ、ゆすりたかりだな、という連中の問題もある。
(そういうヤツらって最低だと私は思うよ、善意の寸借サギだ)
そういう奴らをはびこらせないためにも、自分たちはこういう意図で表現したことに対して、こういう抗議が来たと明らかにし、その抗議がもっともであると認めるなら、謝罪して撤回するし
認めないなら、認めないことを明らかにして、発行などをすればいいのではないですか?
> あと、もしかしたら、本心からの善意で,弱者の為,と思って,知らずにそういう連中に加担している人達もいるかも知れないね。
そういう場合にも、そういう連中に加担していることを明らかにすればいいのでは?
> あと、前にもさんざん書いたけれど,とりええず文句がきたらとりあえず取り下げよう、というメディア側の逃げの姿勢ってののあるし。
それはメデイア側の問題ですから、それに配慮して抗議を差し控えろというのは、筋違いでしょう。
結論として、痛みを感じることを「痛いからやめてくれ」というのには、何の問題もない。
そういう抗議を受けたときは、受けたものが、受け入れるか拒否するかを自己責任で決定する。
ということだと思います。
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>>433
直接の答えにはならないんだけれど。
めくらを視覚障害,知恵おくれを知的障害、といいかえることに,どの程度,意味があるのかな?って思うんだよね。
それによって、そういった人達の置かれている問題が解決するんだろうか?
むしろ、却って問題をおおいかくすことになりそうな気がするんだよね、私は。
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>>434 イカフライさん
言われることは良く分かります。
言葉はある事象につけられた名称なのですから、それ自体に問題があるのではなく、使う人の心に問題があります。
名称を変えたところで、蔑視がある限り蔑称になってしまうでしょう。
そういう意味で「言葉狩り」で問題が解決するわけではないし、私自身、闇雲に「言葉狩り」をすることには反対です。
しかし、盲人に対する侮蔑を込めて「メクラ!」という呼び方をされてきた人たちが、その言葉を聞くのが苦しいならば、あえてそれを使う必要も感じません。
俺は、メクラに差別など感じていないんだし、日本の伝統的で優れた感性を持つメクラという名称を守りたい。
(石原都知事のシナジン的に言ってみました)
というのはちょっと違うなあと思っています。
その名称を差別語として使ってきた歴史や伝統の方に何の反省もなく、従って、その差別の改善になんら具体的方策も採らないで、その言葉を使うことだけに固執する態度に思えます。
私が実践を伴う言葉は重いというのは、こういうところにもあります。
ある盲人が「メクラをメクラといって何が悪い」というのは、聞いていても違和感がありません。
盲人の持つ不自由をなくすために、生活介助をする中で、盲人の身になって機器の開発をしたり、信号のあり方や階段通路の改善を努めたり、盲人の自立のための実践をする人が、優しさを込めて「メクラが」と話しても、盲人は嫌な感じをしないかもしれません。
ただ、そういう人は、今まで侮蔑語として使われてきた「メクラ」という用語をあえて使いたいとは思わないような気がしますが。
要するに、相手にシンパシーを感じる人が、使える言葉であるかどうかということではないでしょうか?
相手を思う気持ちがあれば、使いたくない言葉はあります。
>むしろ、却って問題をおおいかくすことになりそうな気がするんだよね、私は。
メクラという用語を、あえて使い続けることによって、問題点が露わになって、メクラの生活が改善されるという
具体的な方策をお持ちなのでしょうか?
私は、使われる人が苦痛を感じる言葉を、単に使い続けることで、事態が改善するとは思わないですが・・・・
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>>435
いや、私は東京都民だが都知事は支持しとらんし、障害者施設を訪問して
「ああいう人達に人権なんてあるのかね」
なんつーヤツは東京の恥だと思っとるよ。
だいたい,カラス退治どうなってるんだ都知事。ウチの近所,全然へったないどころか、この間ゴミ出しいったら,カラスに襲われそうになったぜ。
と、まあ、都知事はどうでも良いが。
んーん、つまりね、同じ「メクラ」という言葉を使っても,侮蔑感をこめていう人とそうでない人がいるわけでしょう。
古い世代の人なんかは、今でも,何気に使う人って多いよね,メクラとかカタワとかチンバ,とか。
ああいうのって、でも、差別視とか侮蔑感ではないと思うんだ,習慣的に身に付いているだけで。
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>メクラという用語を、あえて使い続けることによって、問題点が露わになって、メクラの生活が改善されるという
具体的な方策をお持ちなのでしょうか?
いや、そういう意味じゃなくね、同じ言葉でも,それをとりまく状況が変われば,人が受けとる印象って変わってくるのではないか?ってことなんですよ。
例えば,朝鮮人というのは、単にその国籍を現す言葉であって,それ自体にはなんら差別せいも侮蔑性もない。
日本人,フランス人、フィンランド人,と同じ。
ところが、「朝鮮人」という言葉に,侮蔑的な意味を加味する人は確かにいた。
これは私が中学の時好きだった往年の男性アイドル(誰かは想像して)の話しをしていた時,その場にいたクラスの子が
「でも、〇〇って朝鮮人じゃない」
っていったんだよね。まあ、そのコ、私の事が好きじゃなかったんで、なんでも悪口言いたかったんだろうけれど、そのコにとっては「朝鮮人」というのが悪口になったわけよ。
でも、今,韓流とかいって,韓国俳優がブームじゃない。
まあ、厳密に言えば,朝鮮と韓国は違うけれど,今の特に若い人に「朝鮮人」というのが、少なくとも芸能人をけなす意味になるかな?
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イカフライさん
>いや、そういう意味じゃなくね、同じ言葉でも,それをとりまく状況が変われば,人が受けとる印象って変わってくるのではないか?ってことなんですよ。
そう、環境が変わればね。
メクラを取り巻く環境がすっかり変わって、目が見えない事になんのハンディもなくなったとすれば、「メクラ」が人を苦しめてきた歴史を、昔話と笑い飛ばせる日が来るかもしれません。何世代か後の社会では・・・・
しかし、ハンデイがなくなってすぐには無理でしょう。
全く悪意なく、親しみや愛情を込めて「メクラ」と言ったとしても(発信者)、「メクラ」を、侮蔑を込めて投げつけられ続けてきた「ある特定のメクラ」にとっては、目が見えない不便さ以上に苦痛を呼び起こす(受信者)言葉である可能性があるということですよね。
それでも、使い続けるだけの積極的な意味を問うています。
> まあ、厳密に言えば,朝鮮と韓国は違うけれど,今の特に若い人に「朝鮮人」というのが、少なくとも芸能人をけなす意味になるかな?
「在日」の場合、ソニンのように、本名で出ている人も居ます。
しかし今も、日本名で出ている人も居るし、必ずしも差別が全くなくなったとは言えないように思います。いずれ差別がすっかりなくなるだろうし、それを願いますが・・・・
んで、何をおっしゃりたいのでしょうか?
私は「朝鮮人」も、「韓国人」も、差別語だとは思っていません。妙なイントネーションで発音するときや、差別的に使われることはあると思いますが、それは使い方が問題になるだけで、言葉そのものが差別語だとは言われていないと思うのですが・・・・違うのでしょうか?
私は、なんの反省も吟味もなく、安易に差別語にしてしまうことがいいことだとは言っていません。
そこに積極的に差別をなくす意図があり、ビジョンがあるなら、その言葉を使うこともありかと思います。(その意図は説明されなければなりませんが)
しかし逆に、なんの反省も吟味もなく、ある言葉を使い続けるという姿勢を、理解することは出来ません。
どんなに苦痛に感じる人がいようと、使い続けるべきだと言う、積極的な意図は何ですか?
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はい、朝鮮人は差別語ではないです、差別語だとも言われていないでしょう。
けれど、そのクラスメイトのように侮蔑的な方法で使用する事が可能だった時代もあるのです。
(ああ、30年前のことなのに,思い出したら,むかついてきたぞ、)
かと言って,「朝鮮人」という言葉を規制することに意味あるの?って事なんです。
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在日朝鮮人問題に付いてはここの議題には外れますし,別スレもあるので、深くは触れませんが,
>「でも、〇〇って朝鮮人じゃない」
といったクラスメイトには、少なくとも差別感はあった、と思います。
そして、在日に対する差別が全く日本に存在しなかった,なんてことも言うつもりはありません。
たかがアイドル,たかが芸能人のことと言っても,少なくとも私は30年たっても不快感は感じます。
当事者にとっては,その程度の感情ではない,というのも、その通りだと思います。
けれど、「朝鮮人」という言葉自体は,前スレでも書いたようにその人の国籍を表すだけの言葉に過ぎず,また、朝鮮人と言う場面で,必ずしも差別的に使用されるわけではない。
「メクラ」も「カタワ」も同じだと思うのです。
ある言葉に不快感を覚える人達がいる,じゃあ、使用を止めましょう。
例えば,この場合「朝鮮人」に過去の被差別感,侮蔑感を思い出して,精神的苦痛を感じる人達がいる。
けれど、今(でも、侮蔑的に使用する人はいるかもしれないが)朝鮮人と言う言葉は決してそういったネガティブな使用はされていない。
逆に言えば,朝鮮人に対して侮蔑感、差別感をもつ人は,言葉を置き換えても侮蔑視、差別視は変わらないのではないですか?
侮蔑的に「めくら」を使っていた人は,視覚障害と呼んでも,盲人に対してそういう態度を取るでしょう。
そう考えると,言葉の規制に、一体,どんな意味があるのかな?と思えるんです。
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イカフライ さん
> けれど、そのクラスメイトのように侮蔑的な方法で使用する事が可能だった時代もあるのです。(ああ、30年前のことなのに,思い出したら,むかついてきたぞ、)
> かと言って,「朝鮮人」という言葉を規制することに意味あるの?って事なんです。
「朝鮮人」という言葉は規制されていないのでしょう?
何を問題にされているのか分かりません。
30年前のクラスメイトのような使い方をされた時、やめろって言うことが、いけないことだと言われている?
> けれど、「朝鮮人」という言葉自体は,前スレでも書いたようにその人の国籍を表すだけの言葉に過ぎず,また、朝鮮人と言う場面で,必ずしも差別的に使用されるわけではない。
>「メクラ」も「カタワ」も同じだと思うのです。
ちょっと乱暴な意見に思いますが、どういう意味で同じなんですか?
「朝鮮人・韓国人」は「日本人」と同じで、日本ではハンデイーを負わされてきたと言う歴史があります。進学就職その他、多くの場面で。
しかしそれは彼ら自身の、心身のハンデイーではありません。
「メクラ」や「カタワ」は、身体的なハンデイーを持っています。
人的・機器的なヘルプがないままでは、ハンデイーのない人と同じ仕事や生活が出来ません。
同じだとひっくくってしまえる根拠を教えてください。
>そう考えると,言葉の規制に、一体,どんな意味があるのかな?と思えるんです。
だから、相手に苦痛を与えながらも使用し続ける意味の方は、何ですかとお尋ねしているのですが・・・
積極的な意味があるなら、使うことを否定しないですが (´Д`;)
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「日本人」と同じで→「日本人」と同じ格の言葉で、
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その言葉を聞いて、苦しむ人がいようが、嫌がる人がいようが、使うことに何らかの意義があると言われるのなら、使い続けられたらいいのではないですか? それに対する反撃覚悟で。
妻は、「たまにはババンと〜」的なCMを見て、怒っています。
自分で払う気もなく、高いものばかりねだる馬鹿女を描くことで、女性差別をしていると。
私は、そんな馬鹿女を金でつなぎとめようと借金をする馬鹿男を描いているから、あれは男性差別だとヾ(。`Д´。)ノ彡
抗議したことはありませんが、ローンの必要があっても、東京三菱系や三井住友系では絶対に借りないぞと言う程度には、怒っています(笑)
しかし、次々同じようなCMが出てくるところを見れば、非難が来ないのか、来ても無視できる程度なのか、その手のCMが圧倒的に効果的か、なのでしょう。
嫌だと思えば、抗議をするもよし、不買で抵抗するもよし、
そういうことにもめげず、表現し続けるならそれもよし。
番長さん曰くの「覚悟してやれ」の一言じゃあないですか?
表現の自由を守りたければ、どんなに非難を受けようが、戦中のように政権から懲罰を受けようが、あえて発言していくしかないとも思いますしね。
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>>443
>表現の自由を守りたければ、どんなに非難を受けようが、戦中のように政権から懲罰を受けようが、あえて発言していくしかないとも思いますしね。
うーん、ちょっと違うんだよね、「表現の自由」とかではなくて、魔女狩りが怖いっていうのかな?
覚悟,っていう言葉が出たけれど,まあ、抗議されたら面倒を避けて,またはこわくてさっさと取り下げてしまうのは,覚悟がない、って証拠かもしれないね。
実際,こわい団体もあるらしいし。
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つまりさ、習慣でなにげに「めくら」「かたわ」と言う年配者(吉岡さんの周囲にはいませんか?こういう人。60代以上の方には多いですけれど)とか。
あるマンガや小説やCMが、そう取ろうと思えばとれるとか。
そういったなんら差別感も侮蔑感も無い人達が,ある時「被差別者」のレッテルを貼られてしまう。
それって、なんか違う気がするんだよね。
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イカフライさん
「こわい団体」--戦前では国家がこわい団体の最たるものでした。
作家小林多喜二は共産主義思想ゆえに、詩人尹東柱は独立思想ゆえに獄死しました。
17年余り前には、小尻知博記者がこわい団体によって、散弾銃で射殺されました。
今年は、「イラク反戦」思想ゆえに、3ヶ月近く拘束された人も居ます。
こわい団体がこわくて発言できないなら、発言しない選択もあります。
こういう表現をされたくないと言う側の発言にも、自由があるのですから。
>そういったなんら差別感も侮蔑感も無い人達が,ある時「被差別者」のレッテルを貼られてしまう。
違うでしょ!
私の周囲にも、「差別感も侮蔑感も無い人」ではなく、明らかに差別意識を持って、ひそひそ声で親指を折って「あいつはこれだよ」と言う親父すらいます。
しかし彼にはなんのレッテルも貼られていません。 彼は表現者でないからです。
今あなたが問題にしているのは、マスコミなどの表現者でしょう? 表現者には表現者としての責任が生じます。
あなたの言われる「差別感も侮蔑感も無い人」の何気ない発言が非難されていけないなら、「その表現は痛いです」という側の発言に対しても、なんの非難もレッテルもいけないはずです。
マスコミではないけど、掲示板と言う半公共の場での、きょうこさん問題のダブルスタンダードということを初めっから言ってきたのは、このことです。
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>>446
>>そういったなんら差別感も侮蔑感も無い人達が,ある時「被差別者」のレッテルを貼られてしまう。
>違うでしょ!
>私の周囲にも、「差別感も侮蔑感も無い人」ではなく、明らかに差別意識を持って、ひそひそ声で親指を折って「あいつはこれだよ」と言う親父すらいます。
まず、確認ですが,前者と後者の違いはお解りでしょうか?
今は,発信者がなんら意図の無い場合,受信側の一部が、そう感じてしまった場合のお話をしているのです。
話しが少しは進んだかな、と思ったのですか、まだ、そこ止まりでしょうか?
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>>446
>表現者には表現者としての責任が生じます。
その、表現者としての責任はどこまでか?という事を話しているのです。
ある表現が,一部の人達の不興をかってしまった、基本的にはこれですよね。
で、その人達がその属性が理由で長く差別を受けてきた、ということと、なんら差別意図が無い表現にも関らずその差別感を感じてしまった。
これは、別のことではないのか?とずっと言っているのですが,同じなのですか,あなたにとって。
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>>400のヤスツさんのマトメをお借りすれば。
1)発信者Aの発言が、受信者Bを傷つけた
2)発信者Aは、受信者Bを傷つける意図はなかった
3)受信者Bは、発信者Aの意図が「恣意的」なのか「無意識」なのかわからない
まずここで、1)2)3)をクリアした、としましょう。
その場合,
4)受信者Bが発信者Aに「差別語」だと抗議した場合、発信者Aは受信者Bの抗議を全面的に受け入れるべきか?
ここですよね、吉岡さんは、受信者側が傷つくのなら使うな、というご意見だと思うのですが,違いますか?
(違っていたら,訂正してご意見をお願いします)
5)差別語かどうかを決定するのは受信者B(被害者)であり、発信者A(加害者)は「無意識の場合」であっても「罪を償わなければならない」か?
現状では,発信者が償わされています。出版や放送の中止,表現の修正など。
責められた時の心の傷,まあ、精神的苦痛というのもありますね。
それはどう考えるのか?
-
ところで、少し本題からずれますが、吉岡さんは西日本の方ですか?
>親指を折って、
実はこの意味は,私には良く解りません。ただ、同和のことなのかな?と推測しているのですが,違っていたらゴメンナサイ。
解放同盟の話しもちらっと出ましたが,この問題と言うのは,東京の人間にはとても解りつらい。
西日本の地域では,生活の中にかなり見られる問題の様ですので、その地域の知人などは別に社会問題に対する関心が薄くてもなんらかの経験があるようですが、東京の人間は,入学や転勤などで関西方面に言って,結構ショックを受けるようです。
でも、これらのことは、全国レベルでは、全くと言ってイイほど報道されませんね。
少し前,「同和利権の真相」という本を読みました。
あの内容が全て真実なのかどうか,私には解りません。
ただ、あの中に出て来たような話は,耳にした事があります。
あくまでこれは枝葉ということで。
-
イカフライさん
> 今は,発信者がなんら意図の無い場合,受信側の一部が、そう感じてしまった場合のお話をしているのです。
全く困りましたね。差別的な意図で発言してすら、それが私的なひそひそ話の場合には、差別者として糾弾されていないと言うことですよ。まして、差別の意図のない場合は言うまでもないことです。公の場での「表現者でない」例に過ぎないのですよ。
それに対して「表現者」には、責任が生じると言うことです。
> で、その人達がその属性が理由で長く差別を受けてきた、ということと、なんら差別意図が無い表現にも関らずその差別感を感じてしまった。
差別を感じたという事実を表現することをも守りましょう。魔女狩りをせずにということなんです。お分かりになりませんか?
その上で、なおかつその表現を続けるなら、その覚悟でやりなさいと言うことです。
>4)受信者Bが発信者Aに「差別語」だと抗議した場合、発信者Aは受信者Bの抗議を全面的に受け入れるべきか?
ここですよね、吉岡さんは、受信者側が傷つくのなら使うな、というご意見だと思うのですが,違いますか?
そんなことは言っていません。無批判に盲目的に全面的に受け入れることにはむしろ反対だと、何度も言っているのが、お分かりにはなりませんか?
>5)差別語かどうかを決定するのは受信者B(被害者)であり、発信者A(加害者)は「無意識の場合」であっても「罪を償わなければならない」か?
> 現状では,発信者が償わされています。出版や放送の中止,表現の修正など。
不当な批判であり、その表現が必要であると思うのなら、むしろ出版し続け、表現し続けるべきでしょう。
そうすることにより問題のあり方が、大衆的に検討されるのですから。
それをしないでいて、「差別表現だから止めてほしい」という発信者に、その発信をやめろと言うことは、不当な発言封じではないのですか? それが初めから述べているダブルスタンダードだと言うことです。
> 責められた時の心の傷,まあ、精神的苦痛というのもありますね。
その表現で受ける「心の傷,まあ、精神的苦痛というの」を、ちっとも考えない人が、こちらだけ言われるのですか?
> 解放同盟の話しもちらっと出ましたが,この問題と言うのは,東京の人間にはとても解りつらい。
この前引いたリンクでの差別落書きは、東京の話です。
東京にも解放同盟はあります。
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だからさあ、
>、「差別表現だから止めてほしい」という発信者に、その発信をやめろと言うことは、不当な発言封じではないのですか?
なんて、一言もいってないじゃないの。
少しは,読解する努力を見せてくださいよ。
で。「同和利権の真相」という本に付いてはご存知無いのですね?
-
>>451
>差別を感じたという事実を表現することをも守りましょう。魔女狩りをせずにということなんです。お分かりになりませんか?
現実に魔女狩りが行われているという事実についてどのように考えますか?
>その上で、なおかつその表現を続けるなら、その覚悟でやりなさいと言うことです。
その覚悟とはどんな覚悟でしょうか?
お願いですから,今一度,>>70前後のレスを読み返して頂けませんか?
「差別を感じたという事実を表現すること」というのは全くもって意味不明な日本語ですが,差別を感じたのは,一部の受信者ですよね?
で、その背後にはどうやらその受信側の事情がある。
例えば,障害や出身地故に差別されていた,という事情ですね。
けれど、その発信者には何らそういった意図が無い場合,これは、受信者側の事情と言うか,問題ではないのですか?
で、もう一度,読み直して欲しい,というのは、抗議する前に、その抗議がどの程度,正確なのか,まず抗議側も学んで欲しい,ということです。
ちなみに解放同盟が東京にあるのは知っています。
けれど、吉岡さんは東京の事情をご存知無いでしょう?
-
>> 責められた時の心の傷,まあ、精神的苦痛というのもありますね。
>その表現で受ける「心の傷,まあ、精神的苦痛というの」を、ちっとも考えない人が、こちらだけ言われるのですか?
ちっとも考えていないのではありません。対等に考えています。
発信者の傷,一部受信者の傷,どちらも対等です。
受信者が「障害者だから」「ハンセン氏病患者だから」「同和地区出身者だから」そっちのほうが傷つく,というのは逆に差別的ではないのですか?
ちなみに、やたらと表現者の責任、責任と言いますが,ものの受けとり方がどの位違うか?
ここで少し話しても解るでしょう?
例えば,吉岡さんはたまにばババンと、という銀行のCMを見て、あのようにお感じになったわけですよね?
私は,あれを見て、東京三菱、かなり苦しいのかいな?と思いました。
かつて「ドブ」と呼んでいた,個人顧客の小額の借入れ(個人のレジャー費用なんて銀行融資額からすれば、微微たるもんでしょ)まであてにして、あんなお金かけてテレビCMうつなんて。
かように、受信者側の受け取り方が違うのです。
それをもってして、受信者が精神的苦痛を感じたから,発信者は責任取れ、というのは、あまりにも不公平ではないのかな?
-
ところで、エド・マクベインの「87分署」シリーズの中で「死んだ耳の男」というのがありますが、これは初版の時は「つんぼ男」という題名だったんですよね。
補聴器をつけた犯人と87分署そキャレラ刑事との対決。
この死んだ耳の男は87分署の他の作品にも出てきましたが。
最初私は「死んだ男の耳」だと思って,殺して死体の一部を送りつける犯人の話かな,なんて思いました。
以上,突然思い出した余談でした。
-
イカフライさん
>で。「同和利権の真相」という本に付いてはご存知無いのですね?
あなたたちが例に出しているのは、きょうこさん問題であり、盲人の悪人主役のマンガの話です。そのレベルで話をしています。
そして、利権のためにクレームをつける輩のことは、その不正を明らかにするためにも、どういうクレームをつけられたのか、それに対してどういう対応したのか、そういうことを全て公にしろと、私は主張しています。
金を出せと言うならそれは明らかにユスリですから、警察に訴えるべきでしょう。
そういう犯罪と、善意の「差別が苦しい」と訴える人との区別くらいつけるべきです。
>>差別を感じたという事実を表現することをも守りましょう。魔女狩りをせずにということなんです。お分かりになりませんか?
>現実に魔女狩りが行われているという事実についてどのように考えますか?
魔女狩りが行われている事に、怒りを感じたから、きょうこさん援護に乗り出したのですが・・・・
>>その上で、なおかつその表現を続けるなら、その覚悟でやりなさいと言うことです。
>その覚悟とはどんな覚悟でしょうか?
その表現が犯罪とされないものなら、投獄されることはないでしょう。
批判を受けたり、不買運動を受けたり、抗議行動を受けたりする程度の覚悟です。
逆に、犯罪被害者になる覚悟とは申しません(阪神支局銃撃事件の小尻知博記者ような)
そういうやくざ的な攻撃は、警察問題です。
>「差別を感じたという事実を表現すること」というのは全くもって意味不明な日本語ですが,差別を感じたのは,一部の受信者ですよね?
確かに上手い表現ではないと思いますが「全くもって意味不明な日本語です」か?困りましたねえ。
言い直しましょう。「ある特定の人が、差別を感じたのは事実であって、その感じた事実を表現する」と言えば通じますかな?
> で、もう一度,読み直して欲しい,というのは、抗議する前に、その抗議がどの程度,正確なのか,まず抗議側も学んで欲しい,ということです。
それに越したことはないですが、
発信者になんら意図がない表現を守りたいのなら、感じたことを、そのまま表現することも、守られるべきです。
お互いに表現して、議論して、解決していけばいいと思います。
>ちなみに解放同盟が東京にあるのは知っています。
> けれど、吉岡さんは東京の事情をご存知無いでしょう?
具体的に、どういう事情を知らないと言われるのですか?
-
454 イカフライ さん
> 発信者の傷,一部受信者の傷,どちらも対等です。
> 受信者が「障害者だから」「ハンセン氏病患者だから」「同和地区出身者だから」そっちのほうが傷つく,というのは逆に差別的ではないのですか?
どちらも対等なら、まず自分側が先に発信したのだから、それを苦痛だと言う人に、発信することを許すべきだと思いますがね。
> 私は,あれを見て、東京三菱、かなり苦しいのかいな?と思いました。
まあ、経営者側の感じ方と、消費者側の感じ方に、違いはあるでしょうが、ともかく、それぞれ感じることはあるわけです。その感じ方が、発信者にとって痛い事もあるでしょうというのが、私の書いた真意です。
夫婦の会話は、そこで憂さ晴らしをして済ませる程度でしたが、その苦痛が大きければ抗議行動に及ぶかもしれない。私の場合でも「不買」くらいはしますからね。
あなたの感じ方でも「かなり苦しい会社は危ない」と「売り」かもしれない。表現者の責任とはそういう意味です。
まいた種を刈るのは、自己責任です。
> それをもってして、受信者が精神的苦痛を感じたから,発信者は責任取れ、というのは、あまりにも不公平ではないのかな?
不公平だと思うなら、発信し続けたらいいでしょう、自己責任で。
批判も抗議も、果敢に投げ返せばいいのです。
少なくとも石原都知事はそうしていますね。私は批判者ですが(笑)
こちらは発信するが、批判は一切許さないはないはずです♪☆彡
-
イカフライさん
発信したものは、発信者の意図とは関係なく、受信されます。
マンガや小説をお書きなら、それは良くご存知ですね。
あなたが「ヤオイ小説」のつもりで書いたものが、あるところで道徳書として読まれているなんて笑い話もありえますw
受信者から抗議を受けることはむしろ幸いだと、私は思います。
釈明する機会も、理解を得る機会も、あるいは、謝罪して回収する機会もありますからね。
恐いのはむしろ「抗議もせず、隠密裏の不買運動」などされることではないですか?
国民の何パーセントを占める宗教団体や、消費者団体にそれをやられると致命的ですよ。自社製品全てに対して、クチコミの風評被害を受けたりね。不買運動をやられても、なぜ売れ行きが落ちたのか分かるまでに、倒産するかもしれない。
表の抗議はもちろん、こういう暗黙の抗議を受けることも、発信者の自己責任です。
それなら表で堂々と批判してくれる方が、いいでしょう☆彡
-
イカフライさん
発信者は覚悟が必要について、追伸
差別への抗議に限りません。
あなたの作品が、注目作であればあるほど、各紙に書評が載ります。
中には、思いも寄らない方向から、こっぴどく非難批判をしてくる場合もあります。
表現者には表現の、発信者には発信の、責任があります。
言論には言論で。 反論する自由もあるのですから。
「同和利権の真相」を読まれたようですが、
「同和利権の真相」の深層
宮崎学(ほか呉智英・斎藤貴男・森達也・角岡伸彦・秋山良・和田献一)《解放出版社》
も、あわせて読まれることをお勧めします。
-
「同和利権の真相」の深層―何がリアルや! (著)宮崎学
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4759210229/qid=1071936068/sr=1-2/ref=sr_1_2_2/249-6572881-5853122
同和利権の真相 (1) (著)寺園 敦史、一ノ宮 美成、グループK21
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4796635467/249-6572881-5853122
同和利権の真相 (2) (著)一ノ宮 美成、グループ・K21
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4796640282/ref=pd_sim_dp_2/249-6572881-5853122
同和利権の真相 (3) (著)一ノ宮 美成、グループ・K21
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4796636897/ref=pd_bxgy_text_2/249-6572881-5853122
一応リンクを貼って置こう。
差別問題萌えにはヨダレの出そうなラインナップだな。
少しネタバレだが、部落解放同盟(解同)と全国部落解放運動連合会(全解連)の
代理戦争なんだ罠。どちらも真実を衝き、そうでない所もあると。
解同と全解連は犬猿の仲なので、話半分に聴いた方が好いと思うがね。
-
んんん〜〜
番長さんもそうなんですか?
私のほうは多分、番長さんより薄いとは思いますが、ハザマに・・・・
(共産党入党と言うのは、嘘っぽいかも?ですが)
学生時代、ハンセン病元患者の方々と、1週間ほど生活を共にしたこともありますが、
知的理解は多分浅いだろうと思っています。
-
ハザマとはいえ、どちらに多くのシンパシーを感じているかにおいて、番長さんと私は、反対に位置すると思っています。(違いますか?)
わずかなレスを読んだだけの印象ですが、番長さんは「論敵」として、体験的にも知的にも、私には、太刀打ちできないものをお持ちのように思います。 お手柔らかに m(__)m
あなたが入党なさったかどうかは別として、
かの前衛党は、同じ方向性を持つものが、自分の翼の内にいる間は〈可愛がる〉が、翼の外に出て〈勝手な動き〉を始めると、外敵が襲う前に、コツキまわすような習性を持っていると思います。
被差別部落の解放に、最初に力を入れたのは、あの党だったと思いますが、いまや、最大の敵になってしまったと。
私は解放同盟が到達した思想性については高く評価しています。
しかし、行政に対して力をつけていくに従って、行き過ぎた行動をとるようになったと思う点もあります。
その背景についての知識や理解を持った上でも、解同からの抗議を不当と思うなら、当然、受け入れる必要もなく、対抗の論陣を張ればいいと思っています。
ただ、知識や理解を得て欲しいとは、切望しますが(^^ゞ
-
>>458
吉岡さん、ケンカする気も,挑発する気もありませんが.
>国民の何パーセントを占める宗教団体や、消費者団体にそれをやられると致命的ですよ。自社製品全てに対して、クチコミの風評被害を受けたりね。不買運動をやられても、なぜ売れ行きが落ちたのか分かるまでに、倒産するかもしれない。
これは、もしあなたが抗議する側の立場で、例えば出版者などに言ったら,脅迫になりませんか?
警察に訴えて,とりあってくれるかどうか、解りませんが。
あと、書きたいこと一杯あるけれど、今,時間が無いので,ここまで。
-
>>460
番長さん、リンクありがとう。
内容に付いてはまだ読んでいませんので,あとでじっくり読みます。
-
>>463 イカフライさん
帰宅して開いて、大笑いしました。
イカフライさんって、楽しい人ですね〜♪
>これは、もしあなたが抗議する側の立場で、例えば出版者などに言ったら,脅迫になりませんか?
警察に訴えて,とりあってくれるかどうか、解りませんが。
どうぞどうぞ、警察に訴えてください。
犯罪ともなれば、匿名掲示板でも、タイーホ してくれますよ(笑)
こんなこと「言ったら」、トーゼン犯罪ですよw
そんな愚かなことを誰がするんですか、馬鹿馬鹿しい。
隠密裏に、と書いたはずですがね。
○○会長を取り巻く幹部は、宗敵として、その会社をつぶす目的をしっかり持っていても、会員が友達に流す風評は、あの会社の商品にはプリオンがどうたらとか、
そういう≪隠密行為≫をやられるに比べれば、
正々堂々、表から抗議される方がずっと対処しやすいでしょうと言うことです。
> あと、書きたいこと一杯あるけれど、今,時間が無いので,ここまで。
はいはい。お暇が出来てからでいいですよ。
一杯書いてくださること、期待してお待ちしていますよ。
-
部落解放同盟中央本部
http://www.bll.gr.jp/
差別糾弾闘争とは
http://www.bll.gr.jp/kaisetu-kydan.html
物書きを始め、公共の場へ情報を発信する者が恐れをなすのは、
ここにある糾弾会の事じゃなかろうか?俺は写真でしか見たこと無いし、
参加者の感想を聴いた訳でも無いので、実際どうなのかは能く解らない。
全解連の人間は好く云わないが、そりゃ当り前の話。敵に塩送るほどの
度量なんて無いからねw
>部落解放同盟は差別糾弾闘争の基本姿勢について、
>「糾弾には暴力、恫喝、揶揄は不要である、糾弾は差別者の態度にもよるが、
>一定の節度をもって行なうこと、人権侵害を許さない闘いは、同時に相手の人権も
>おかさないという立場を踏まえること」であると明確に述べています。
なるほど。
いきなり相手側を差別者扱いする文面おかしいが、もし糾弾会がここで
謳われてる様なものならば、別に恐れる必要などない。あくまで文面通りならば。
-
ま、ここに書かれてある文言がどうあれ、相手を差別者だと
決めて掛って来る連中相手に、たった一人のこのこ敵地へ
乗込むのは無謀と云うもの。もちろん一人で行く度胸と、
自分の正しさを主張できる力があればその限りじゃないが。
一番大事なことは、密室でやりたい放題させぬ事だろうな。
外部の目の届かぬ所でやられたら、違法行為があったとて、
後で訴え出る事も出来ない。とにかく一人で行かないに限る。
出来るなら弁護士や政治家あたりと一緒に行くと好い。
理想的にはマスコミを間に入れて、全て公開でやってしまう。
傍から見られてる事自体が、違法行為の抑止になり得るし、
おかしな事にいちゃもん付けてるのが皆に知れ渡れば、
安目を売るのは解同の方だ。それに全解連の連中は
これを奇貨とし、解同を叩きに掛るだろう。
やっぱり解同は怖い奴等だとw
こんなもんは全部公開してしまえばエエんだよ。
引っ込めるとか謝るとかは二の次で好い。
いまこんな事で誰それから然々の抗議を受けてます。
でも俺はその抗議を不当なものと思うので、話合の場を
設ける事としました。どうぞ皆さん来てやってくれと。
相手が断ればその事も公開する。皆の前では
出来ない事をこの俺にしようと云ってます。
意見があるなら、そしてそれが正当だと思うなら、
皆に知らせて何の不都合があるんですかと。
こんな風に云い返した人間っているんかね?
寡聞にして聴いた事が無い。
-
>>466 >>467
>いきなり相手側を差別者扱いする文面おかしいが、もし糾弾会がここで
謳われてる様なものならば、別に恐れる必要などない。あくまで文面通りならば。
「糾弾会は、事前に、その差別事件について事実の確認と分析をおこない、どのように糾弾するのかという「糾弾要綱」を作成して、組織的におこなわれます。」 が本当なら、いきなりと言うのとも少し違うような・・・・
「文字通りなら」 は、ま、私も実際の場面を見たことがないのですが、人間のすることだから、興奮や行き過ぎが起こりえるのではないかと思ってしまいますが・・・・
それでもなお、プラス面とマイナス面を考えれば、糾弾を認めますが・・・
昔は共産党も、糾弾を認めていたと言うようなことを聞いたことあるのですが、実際はどうなんでしょう?
>一番大事なことは、密室でやりたい放題させぬ事だろうな。
外部の目の届かぬ所でやられたら、違法行為があったとて、
後で訴え出る事も出来ない。とにかく一人で行かないに限る。
出来るなら弁護士や政治家あたりと一緒に行くと好い。
理想的にはマスコミを間に入れて、全て公開でやってしまう。
>こんなもんは全部公開してしまえばエエんだよ。
引っ込めるとか謝るとかは二の次で好い。
いまこんな事で誰それから然々の抗議を受けてます。
でも俺はその抗議を不当なものと思うので、話合の場を
設ける事としました。どうぞ皆さん来てやってくれと。
相手が断ればその事も公開する。皆の前では
出来ない事をこの俺にしようと云ってます。
意見があるなら、そしてそれが正当だと思うなら、
皆に知らせて何の不都合があるんですかと。
これ大賛成です。
解同側も否定しないはずですよ。糾弾の目的から言って、むしろ喜ぶはずです。
そうでないなら、言っていることが嘘になります。そこを突けばよい。
-
おはようございます。
まず、吉岡さん、私の職業をなんか社会派ジャーナリストとでもお考えなのでしょうか?
>>459を読むと,なにが誤解があるような気も少々……(ーー;)
私は単なるパート主婦ですよ。
-
ただし、不特定多数の人間に向けて発信する仕事の場に身を置いたことはあります。
その経験から言わせて頂くと。
>あなたの作品が、注目作であればあるほど、各紙に書評が載ります。
>中には、思いも寄らない方向から、こっぴどく非難批判をしてくる場合もあります。
>表現者には表現の、発信者には発信の、責任があります。
書評ということに関しては,基本的にまずそのジャンルにおいて取り上げられるのが最初ですね。
吉岡さんは、いわゆるエンターテイメントのジャンルにはあまり興味,関心は薄いのでは?と推測しますが,もしかしたら、今の話の流れに会わないから,といことで、お詳しいジャンルもあるかも知れません。
それはサイド6でおいおい。
基本的には,書評、まあ、書評に限らず評論を行う人は,そのジャンルに精通してます、そうでなければ、仕事になりませんから。
年22-3本しか映画観ない映画評論家なんて聞いたこと無い。
とは言え,確かにハタ違いの場で記事として取り上げられる場合,その世界をあまり知らない人が書くとトンチンカンになったりする場合はありますね。
おじさん週刊誌なんかそれ、ありました。
で、ですね、発信者の責任、という点で言えば。今になっていえることですが。
まず、お金を払って買ってくれる読者の方々をいかに金額分楽しませるか?ひいては、それを出してくれる出版社にどれだけ儲けさせるか?
なんか、ミモフタも無いいい方ですが、出版社(とその仲立としての編集者)と描き手と読者の関係は、女衒と娼婦と客に似ているな,と思います。
で、読者、つまりお客さまと言うのは,身勝手で浮気なものです、これは、広く接客業をしている方、接客ではないけれど、さまざまな取引をしている方、みなさん、共通した意識だと思います。
中にはデンパ入っている人もいるようですね、「ミザリー」って映画にもなったスティーブンーキングの小説,ご存知でしょうか?
あれは勿論創作ですが,デンパ読者の話ですね。
-
>>469 イカフライさん
私生活については、書かれた文面以外のことは存じませんし、知る必要もありません。
小説を書かれると聞いたので、書かれた後に起こりえることではありますが、話題としては、あなた個人に限定して読み取る筋でもありません。
一般的に「表現者は表現したとたんに責任が生じる」という事を理解していただけたらいいのです。
>>470
> 基本的には,書評、まあ、書評に限らず評論を行う人は,そのジャンルに精通してます、そうでなければ、仕事になりませんから。
著者の思いもよらない角度から、酷評を受けることもありえるということです。理由は著者の不明に寄る場合も、評者の不明による場合もあるでしょうが。
書評に限らず、柳美里の「石に泳ぐ魚」が、プライバシー侵害で訴えられたことも、彼女にとっては「思いもよらぬこと」であったでしょう。しかし、悪意が無かったということは、いいわけにはなりません。
> まず、お金を払って買ってくれる読者の方々をいかに金額分楽しませるか?ひいては、それを出してくれる出版社にどれだけ儲けさせるか?
発信者の責任は、それだけではすまないという話をしています。
柳美里の小説を買ってくれる人が、金額分楽しんでも、出版社が儲けても、その陰で泣く人が出たとしたら、最高裁でも敗訴します。
-
>>460のリンク、読ませて頂きました。
「「同和利権の真相」の深層」の方が,どちらかというと否定的なレビューが多いようですね。
私自身,前レスにも書きましたが,一冊の本を読んだだけで,同和問題の全てが解ったなんてつもりはありません。
ただ、同和と言う特に東京の人間には遠く,解りつらい問題を,こうして本にまとめて,しかも文庫と言う手にとりやすい形になるということについては、ありがたい、と思っていました。
これは、あくまで個人的体験で,それに普遍性をもたせるつもりも無いし,思い込みだとも言われるかも知れませんが。
私の周囲では,同和問題というのが話題になる事も身近に起こることもありませんし、また、新聞等の報道でもほとんどと言って良いほど,記憶にはありません。
多分,同和という言葉すら知らない人も多いのではないかな?(統計取ったわけではないが、名古屋名物味噌煮こみうどんよりは認知度は低いと思います)。
古い世代の人は、部落問題というとWかあると思いますが,「昔は、ね」という感覚だと思います。
そういう人達が西日本地方で生活して結構ショックを受けるのが、同和問題で、ちらちらと小耳には挟みました。
挟みましたが,そのレベルです。
-
>>472の続きです。
普段の生活の中で差別問題なんぞじっくり話し合う機会は、まあ、人にもよるし環境にもよるけれど,殆どないと思います。
普通は,自分の身近なことや共通の知人,趣味の合う同士ならその趣味の話,せいぜいが今話題になっている事件、ニュース程度ですよね。
ですから、同和に対するショックというのも、西日本での生活の話の一部としてでた話に過ぎません。
ただ、それらに共通して言えることが(私の聞いた限りでは)「こわい」ということ、それからmなんというのかな、あまりあからさまにいってはいけないタブーのような
「あっち(西日本)のほうは、イロイロあるから」ということです。
最初は,差別とそれに基づく偏見かな?と思いました。ただ、あくまで私の周辺の経験でそれを普遍化するつもりはありませんが、ここまで共通すると単に差別イクナイ、だけのことだろうか?
という疑問が湧きました。
西日本の某県に住んでいるメルトモに、それに関する話も聞いたことがあります。
個人の私信の内容はここであきらかにはしませんが。
解放教育なんていうものがあることを東京の人間には初耳でした。
-
私自身は,すごく単純な人間です。
戦争,よくない。
差別,よくない。
困っている人は助けるのが当たり前。
化学も宗教も理念も学問も人が幸せに成るためのモン。
基本路線はこの程度です。
とは言え,そうそう簡単にはいかないってことも、経験上で痛感もしています。
そもそも「差別って何?」「幸せって何?」って追及していくと,それこそここで1000レス重ねても答えは出ないでしょうし,また、その程度で答えが出るなら,苦労しないとは思いますが。
-
お礼が遅れましたが,番長さん>>466のリンク,ありがとうございます。
これについても、もう一度読み返して、回答をまとめたいと思います。
>>474の続きですが。
かように単細胞の私ですが、自分でも出来ることがあれば少しでもしたいですし、その為にもイロイロなことを知りたいと思っています。
額面通りの正義(正義という言葉自体、ある種のあやうさがありますが)を真に受けて,全く違う事に加担するようなことはしたくないので。
何が真実か?を見極めるのは,難しい問題ですし、本当に真実なんてあるのかどうかとも思えたりもするのですが。
それでも、できるだけ方向を間違わない様にはしたい、と思っているし,その為にも,いろいろなことを知りたいとは思っています。
ひとつのことについて、イロイロな人から,イロイロな方向での意見を聞きたいというのは、ひとつにはそれもあります。
-
>>471
「石に泳ぐ魚」に関しては,プライバシー侵害であって,ここで言われていることとは,少し違う気がしますが。
作品に関しては,読んでいないので,コメントはさしひかえますが。
ちなみに、吉岡さんは読まれました?
-
>>461
およそ人間が書くものである限り、言葉の正しい意味で公正中立なぞ
ある訳無いっちゅう事だよ。「深層」も「真相」も、自分の云いたい事を
云ってるだけ。基本的には自分で判断するしかない。
ただ両者ともそれなりに真実を衝いてると俺は思う。同じ事柄の
表と裏を描いてるのかも知れない。
>>462
>かの前衛党は、同じ方向性を持つものが、自分の翼の内にいる間は〈可愛がる〉が、
>翼の外に出て〈勝手な動き〉を始めると、外敵が襲う前に、コツキまわすような習性を
>持っていると思います。
>被差別部落の解放に、最初に力を入れたのは、あの党だったと思いますが、
>いまや、最大の敵になってしまったと。
造反者を許さんのは何処の集団でも同じ事。まして革命起そうとする集団なら、
その追及は苛烈を極めるだろう。いくらソフトな事云ってても、根っこは怖い集団
だと思うね。それぐらいで無いと、革命なんて出来ないし、あれだけあちこちに
喧嘩しかけられんでしょう。解同と創価学会に正面切って喧嘩する連中といったら、
他には日蓮正宗くらいのもんだ罠。
最大の敵と云うけども、共産党と全解連を支持してる被差別部落の人間は多いよ。
敵と云うのはあくまで解同側から見ての話で、被差別部落の敵って言葉は当らない。
いがみ合う理由は幾つかあるけど、部外者から見たらワケワカメなものかも知れない。
解同の思想性を評価するとあなたは云うが、俺は全く逆で、物質的・実体的な
貧困差別がほぼ解消され、差別が思想の問題に転落した時から、解同は
死んだんだよ。些細な差別行為、果ては差別意識まで追及し始めたのが、
堕落と狂気の始まりだな。
-
>>472
「真相」も真実を書いてると思うよ。ただそれは一面の真実と云うだけでね。
あと関西と関東の温度差はあるかも知れない。在日コリアンや沖縄人も
絡んで、差別は複雑な様相を呈していたようだし。
関西、特に大阪は、在日や沖縄人が多いので、ガキの頃からそいつらと
交流がある。俺の住んでた所は被差別部落の近くで、在日や沖縄人も
大勢居た記憶がある。独特の日本名「金田」「金本」や、沖縄姓「我謝」
「与那嶺」「照屋」なんて名前は、一クラスに何人も居た。
薄汚れた工場と長屋、それと対照をなす近代住宅群がその地域の
特色で、怪しげな駄菓子屋や激安お好み焼屋へはしょっちゅう
通って、そいつらと遊び回っていた脳。身の回りでは差別を感じた
ことが無いし、あいつは朝鮮だの部落だのなんて触れ回るヴァカは
居なかった。
在阪の人間にはめづらしい事じゃないと思う。
-
>物書きを始め、公共の場へ情報を発信する者が恐れをなすのは、
>ここにある糾弾会の事じゃなかろうか?俺は写真でしか見たこと無いし、
>参加者の感想を聴いた訳でも無いので、実際どうなのかは能く解らない。
確か「ゴーマニズム宣言」の最初の方で糾弾会の話が出ていたように記憶しますが。
雑誌で読んだだけなので、あまり良く覚えていません。(なんの参考にもならん意見だな(ーー;))
>全解連の人間は好く云わないが、そりゃ当り前の話。敵に塩送るほどの
>度量なんて無いからねw
解放同盟と全解連の闘争,についても、全く良く解りません。
これは同和に関することだけではないのですが,なんというのか、左翼系(といっていいのかな?)の組織って,
掲げる目的が一緒なのに,なんか対立したりケンカしたりしますね,あれって一体ナゼなんでしょう?
一番解せないのは,原水禁と原水協ですか、あれにしてもどっちも反核なのに……とか思います。
当事者にはそうならざるを得ない事情も言分もあるのだと思いますが,単純な私は本当にわかりません。
大同団結ってなんで出来ないの?
-
番長さんの>>466のリンクの中に「差別糾弾」とは何か?がありますが。
> わが同盟は、差別を自分勝手に判断して、なんでもかんでも「差別だ」と言って糾弾するのではないということは、言うまでもありません。では、どういう場合に糾弾するのでしょうか。それは次のように要約することができます。
>①あきらかに差別意識をもって部落民の人権が侵害されたとき。
>②差別行為(発言や執筆など)の結果として部落差別が拡大助長されたとき。
このうち①は、どちらかと言うと、面と向かって行なうケースが多く、②の場合は、自分は差別する意図はなかったけれども、結果として、差別意識を助長拡大させたというときです。
私はこの②について、非常にあやういな、と思いました。
(①について挙げられた例についても,例えば結婚にける差別、などは、それが「同和地区出身者」だからなのか、それともその個人の問題なのか?は、どう区別するのか?という問題もあるように思えますが)
> また「…は特殊部落みたいですね」という言葉や文章が電波や出版物などを通じて人びとに差別意識を植えつけていく場合は、その影響力が大きいため、「糾弾」の対象にしています。比喩的に使った場合であっても差別意識を拡大して社会的に与える影響が大きいことを考慮して糾弾闘争を展開しているのです。
> これまでの部落解放運動の血みどろの闘いによって「侮辱の意図をもって部落民の自尊心を傷つける」という差別事件は「差別落書き」の例を除いては少なくなってきていますが、客観的に差別を助長し拡大させる事件は後を絶ってはおりません。その多くは、「無意識のうちに差別してしまった」というものです。
> 人間は、無意識のうちに相手を傷つけたり、屈辱感をあたえるということは、よくあるものです。しかし、「無意識」であったとしても差別発言をしたり差別的文書を書くということは、その人間の意識のなかに差別意識が潜在化しており、それが利害関係が働いたときに自然に表面化してくるというものであって、「つい、うっかりしてしたのだから……」とすませるわけにはいきません。無意識だったから問題にしないのではなく、その背景を「糾弾」のなかで明らかにしなければならないのです。
> 差別意識が表に出てきたときに、その原因を明らかにして間違いを正さなければ、再び「無意識による差別的言動」をくりかえし、差別のバラまきを招くことは目に見えています。
と、書かれていることはモットモなようですが、「客観的に差別を助長し拡大させる事件」この客観的判断の基準は、どこに求めるのでしょうか?
また、「「無意識」であったとしても差別発言をしたり差別的文書を書くということは、その人間の意識のなかに差別意識が潜在化しており」
とありますが,うーん、これってどうなんでしょうか?
ここまで言ってしまったら,全く差別意識が無い人間なんて存在するのでしょうか?
その為に事前に確認会を開く,という考えもあると思いますが。
>われわれの差別糾弾行為から逃げるという結果を招きやすいものです。
>説得にかかわった人びとの怒りを社会的に公表することによって差別者を孤立させ、反省を求めるきっかけになることもあります。
と、問題を客観的に分析する,というよりは、敵を追い詰める方法のように思えます。
また,ヤジ,恫喝、揶揄は不用、と言っていながら
>怒りの噴出は当然のことである
>精神的なプレッシャー(圧迫感)がなければ人間の意識は変わらないものであり、怒りに満ちた緊張感は糾弾会には欠かせないものであることは言うまでもありません。
などと書かれると,具体的には一体どういうものなのだろう?と。
なんか、これ自体が「脅し文句」のように取れないことないです、私は。
実際,糾弾会というのが、どのように行われているのか?
それこそ、どっかの局で全国放送でもして欲しいですね,国会中継みたいに。
(まあ、どの程度,視聴率がとれるか解りませんが)
-
>>473 イカフライ さん
>解放教育なんていうものがあることを東京の人間には初耳でした。
解放教育にまで話を広げていいのかどうかためらいますが・・・
彼らが被差別部落民であることに、彼らの責任は何もないのですから、隠すべきものは何もありません。
隠すことで解決するものは何もありません。
堂々と名乗り差別行政を撤廃させ、今までの償いをさせていったことは、
部落問題に限らない、あらゆる差別を解決していく方向性を導き出したと思っています。
>>476
> ちなみに、吉岡さんは読まれました?
「新潮」では読みませんでしたが、改訂版を読みました。
作品としては、テーマがしっかりしていて、心理描写も行き届いていて、「凄い作品」だと思いました。
訴えの内容が、プライバシー侵害であるから別問題だといわれているようですが、
「書かれたことで苦痛を感じた」と訴えたという事実に違いはありません。
一般の読み手にとっては、モデルにされた人物を知りませんから、あの作品を構成する一登場人物です。
そして、その人物像がなければあの作品の深みは出てきません。
しかし、「書かれたことで苦痛を感じた」という訴えを聞くと、その苦痛を理解できます。
私は柳美里本人でないから、簡単に言えるのかも知れませんが、
「そういう人物象」を、別のシチュエーションで描けないものかとも思います。
-
>>477 味噌煮込み番長 さん
>差別が思想の問題に転落した時から、解同は死んだんだよ。些細な差別行為、果ては差別意識まで追及し始めたのが、堕落と狂気の始まりだな。
やっぱり番長さんとは、(どちらが正しいということではなく)表裏の感じ方をしいるということが理解できました。しかし、
私は、理論武装などしていないし、する気も全くありません。また、「解同」と同一の考えを持って、行動を共にしているわけでもありません。
文面からは、番長さんも「全解連」に対して、いくばくかの距離を置いておられるように見受けられます。
だから、違いは分かりましたが、「解同」と「全解連」の代理戦争を、ここでしても始まらないと思います。
何らかの具体的なテーマが出されたら、それについては考えようと思っています。
一つ、考えていただきたいテーマがありますので次に示します。
-
きょうこさん事件のサイトにこういう投稿がありました。
自分のメモノートに写して置いたのですが、スレ違いと思い提出しませんでした。
リンクしても見にくいでしょうから、コピーします。
・・・・・・・・
お暇な方 お付き合い下さい
(2001 年 05 月 13 日 11:44:36)
今回のこのトピックスで、まったくここの方々とは関係ないとても個人的な話題になりますが、ちょっとした波紋が私個人にありました。愚痴も半分なので、お暇な方はお付き合い下さい。
お読みのみな様には申し訳ないので、まずは、私の結論とか、心情とかから先にお話したいと思います。
差別について、私個人が思う事は、もしも自分が思わぬところで差別をされたなら、それを気にする自分が嫌だし、それを「君は ○○だけど、差別しないよ」と言われる事も嫌です。つまり、差別される人間は自分のコンプレックスと戦いつつそれを「差別」だとか「差別じゃない」とか「差別しない」とか、自分に対する事をあれこれ周囲に言われたく無いのではないかと思うのです。
もしも差別を受けた人間なら、それは余計なお世話だと思うのではないかと、今回、自分の事も踏まえて思いました。
投稿者の方には申し訳ないけど、私は、あなたの発言は余計なお世話に感じます。
差別される側から見て…。
今回、私は産まれてからつい昨日まで、このような事を考える事もありませんでした。
また、このトピックスが無ければ、昨日まで知ることも無かっただろう事実を知りました。
昨日、ふとした話題から、夫とこのトピの話が少し出ました。夫婦のごく普通な日常の会話です。その時に夫は、ひとこと私に言いました。
「差別なんて、いろいろ言う方がおかしいものだ、自分の家族も君と結婚するときに、君の部落が、あんなだけど、君の家族はもうあの部落に住んでいないし気にしなくても大丈夫だろうって言っていた。」
この発言自体、私は問題だと、生まれて初めて差別を感じたのです。
私は、ごく普通のサラリーマンの家庭に育ち、部落差別とも無関係の所にいたので、生まれて初めて、この時、しかも、今まで信頼していた夫の家族が、私をどう見たのかを知りました。それに、部落といっても、私の父方の実家は、平家の落ち武者が先祖の集落に住んでいただけなのです。それを世間が「差別」ととらえていたなど、本当に産まれて初めて言われたことでもあります。内心とても傷付きました。
確かに、父方の実家はそういう先祖を持つ人たちが住んでいます。今だに、その地区では、京都をしのぶ様な祇園祭の擬似的な祭事が行われています。その盛大さ、活気は私もそのルーツに生まれてよかったと思うくらい、ほこりに思っていました。
-
続き
けれど、それを「部落」と言われ、私の知らないところで、夫の家族がそのように思っていたと知ってとても驚いたのと同時に、夫が「君の先祖はああだけど、自分の家族はそれを受け止めている」という発言自体が、とても腹立たしく感じました。
いえ、今後、何かあったときに、「あの部落の嫁だから」と言われたらすぐに離婚すると思います。それが本当の差別の核心でしょう。
私の父方の先祖は、江戸時代は土地と船を持つちょっとした家柄でした。それに比べそんな大昔がどうだったという夫の先祖は、農村の小作人で、明治時代に土地を与えられ それを先祖代来の土地だと、爪の垢をとぼすような倹約をしながら、無駄な税金や手間をかけて守っている事にほこりを持っているだけの家族です。
今までつつましく生きている夫の家族をすばらしいと思っていましたが、今はそういう気持ちになれません。
本当に上記のように、余計なお世話なのです。
多分、差別される側から見て、このトピの方は「味噌煮込み」という言葉が差別だとか、私は、夫の家族に「部落」だけど「気にしない」「私どもは寛大だ」とかってニュアンスで言われたって、ちっとも嬉しくもないのです。夫の家族は、そのような事を考える事自体、口にする事自体、差別に寛大だとも思えないのです。
大切なのは、対個人であって、まだされてもいないような「差別」を問題視する事自体が本当に余計なお世話に感じました。多分、差別される側にしてみれば。
もしも、私にハンディキャップがあり、もしも「味噌煮込み」という言葉で傷付いたならそれは、自分とそれを言う人だけの問題です。また、そう差別される側も思って生きて行かなければ、永遠に「差別」とは無くならないと思いました。
何故なら、私は、そのような事に、傷付いた自分が嫌でもあるからです。
自ら差別を認めたようでね。勿論、今後も堂々と生きて行くつもりですが。
・・・・・・
この人自身にも、差別がないとはいえません。例えば、「ちょっとした家柄」というような言葉です。
しかし、そんなのは誰にでもあり、笑い飛ばせる範疇です。
しかし、この夫君の方は看過できません。「君は ○○だけど、差別しないよ」という形の差別をしていて、現に彼女は傷ついています。
人間ワザでは、それにどう対応するべきか、正解を持っている人は居ません。
全て、手探り、試行錯誤です。
頼まれもしないのに、糾弾闘争などして、いまだ壊れていない夫婦仲を決定的に壊すことは誤りだと、私も思います。
しかし、彼の差別性を彼自身に気づかせてあげたい思いにじりじりする思いはあります。
《今後、何かあったときに、「あの部落の嫁だから」と言われたらすぐに離婚すると思います。それが本当の差別の核心でしょう。》
彼は、悪気どころか、彼女をかばうつもりで言ったとしても、ある日突然離婚される事には違いありませんし、そうでなくとも、今現在、自分の思考回路が、激しく彼女を傷つけています。
まさに足を踏んでいるのに気がついていない状態です。
こういう問題をどう考えたらいいと思われますか?
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>>481
>解放教育にまで話を広げていいのかどうかためらいますが・・・
いえ、解放教育の内容についてなんて事ではなく,そういう授業がある,ってこと自体が初耳だったというだけです。
かように東京と関西には温度差がある,というエピソードとして。
-
>>477
>>差別が思想の問題に転落した時から、解同は死んだんだよ。些細な差別行為、果ては差別意識まで追及し始めたのが、堕落と狂気の始まりだな。
解同については、ご覧の通りの教えて君ですので、あくまで一般論として聞いてください。
差別や抑圧を受けた者達がそれと戦おうとし、力の無い個人一人一人からなんらかの団体を作り,それを改善させていくという流れがあります。
そしてその行動と努力の結果,その差別,抑圧か解決されていくとしたら,その組織はそんれによって本来縮小し,その目的が達成されたあかつきには解散する,というのがスジだと思います。
ところが、
-
>>486
途中で送っちゃいました(^^ゞ
ところが、組織というのもは一度出来ると,それを維持しなくてはいけない組織の事情と言うものが出て来ます。
特に,その差別抑圧が強ければ強いほど,それと対抗する組織の特に中心になる人物達は、片手間で出来るような事ではないと思うのです。
単純に時間的な問題を考えても,サラリーマンが週末に,程度では無理でしょう。
そうなれば、その組織にほぼすべてと言って良い時間やエネルギーを費やすことになるでしょうし、具体的な問題を考えればその間の生活費の問題とかも出てくると思います。
そうなると、その組織によって生活する,という人が長い間には出てこないでしょうか?
-
時間的にも経済的にも、勿論精神的なよりどころとしても,その組織に生活を捧げた人間は,その問題が無くなったから
「はい、それまでよ」というわけにはいかない事情が出る様に推測します,特に長期的な運動の場合は。
それが、当初の問題が解決されても,尚,組織を維持する為に,問題を探し始める,やがて、解決の為の運動ではなく,運動の為の運動に成っていく。
そんな気もするのですが。
「革命は成功した瞬間に腐敗する」と笠井潔の小説のフレーズを思い出してしまってます。
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「真相」の著者・寺園敦史のサイトハケーソ。
http://www15.ocn.ne.jp/~almarid/index.html
ウィキペディアにも関連記事が載ってる。
http://ja.wikipedia.org/wiki/��������ð┤��勛�����
-
>>488 イカフライさん
>時間的にも経済的にも、勿論精神的なよりどころとしても,その組織に生活を捧げた人間は,その問題が無くなったから
「はい、それまでよ」というわけにはいかない事情が出る様に推測します,特に長期的な運動の場合は。
組織の専従者の生活保障くらい、たいした金額にはならないと思いますが・・・どうでしょう?
私が例に出した問題についても、考えていただけましたら幸いです。
差別問題は、私には、まだまだ解決などしてはいないという実感があります。
>「革命は成功した瞬間に腐敗する」と笠井潔の小説のフレーズを思い出してしまってます。
革命が云々だけではなく、「あらゆる権力は腐敗する」というフレーズで、その通りだと思います。
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ウィキペディアにも関連記事、クリックで出なかったので、転写します。
http://ja.wikipedia.org/wiki/��������ð┤��勛�����
『同和利権の真相』をめぐる論争
『真相』シリーズの刊行は、同和行政および部落解放運動のありかたをめぐる議論に一石を投げ込んだ。 このシリーズ内容をめぐって、部落解放運動関係の新聞雑誌や、ネット上で侃侃諤諤の議論が巻き起こっていることからも、その衝撃は大きいといえる。
以下では、『真相』シリーズをめぐる批判、反論の流れを追って、論争の過程をまとめることにする。 なお、関連する記事内容がウェブ上で公開されているものについては、当該記事にリンクを付した。
[編集]
部落解放同盟関連
2002年3月、『真相』の第一弾が刊行されて以来、名指しで批判された部落解放同盟は一年以上のあいだ沈黙を保っていたが、2003年4月に入って、「解放新聞」紙上で部落解放同盟中央本部による「別冊宝島Real『同和利権の真相』への見解」 (http://www.bll.gr.jp/siryositu/siryo-syutyo2003/guide-seimei-20030414.html)(解放新聞 2003.4.14)が発表された。(以下、「見解」と略記する)
その論調は、「『真相』は部落民個人の汚職を不当に一般化して、部落解放同盟や部落出身者全体の問題とすりかえている」、「批判内容は共産党系メディアの論調をなぞっており、共産党による差別キャンペーンである」などというもので、『真相』を全面的に批判し、両者の間での論争に発展していった。
この「見解」に対して、寺薗は再反論「答えるべきことはないのか──解放同盟中央本部〈『別冊宝島Real 同和利権の真相』への見解〉を読んで」 (http://www15.ocn.ne.jp/~almarid/works/coper-hanron.html)(雑誌「こぺる」2003年6月号)を発表した。
反論内容は、「『真相』シリーズで紹介した、部落解放同盟による数多くの犯罪・不正・不祥事について一言も触れられていない」、「レッテル張りというが、部落解放同盟の方こそ「日共=全解連」というレッテル張りを多用している」などというものである。
これ以降も、部落解放同盟は「解放新聞」や機関誌『部落解放』などで、たびたび『真相』シリーズに批判的に言及している。
[編集]
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『「同和利権の真相」の深層』関連
部落解放同盟による「見解」発表の後、2004年1月になって、宮崎学、呉智英らが名を連ねる反論本『「同和利権の真相」の深層』 (http://kaihou-s.com/4-7592-1022-9.htm)が解放出版社から刊行され、「『真相』シリーズはこれまで部落が差別されてきた現実を無視している」などの批判を展開した。(以下、『深層』と略記する)
こうした『深層』著者グループの反論に対して、寺薗は、「運動・行政を批判する資格と専門性 ──角岡伸彦「『同和利権の真相』の深層」に答えて」 (http://www15.ocn.ne.jp/~almarid/works/koper0403.html)(「こぺる」2004年3月号)において「『真相』シリーズの中で取り上げた汚職や不正は、部落差別の現実を知ったからといって正当化できるものではない」と再反論している。ただし、解放同盟などが不正や汚職を正当化したという事実はない。
なお、『深層』の著者たちの中で最も精力的に『真相』批判を展開しているのは、呉智英のインタビューを担当した角岡伸彦である。角岡は、『深層』発刊前に、「『同和利権の真相』の深層」(こぺる2003年12月号)という同名の批判論文を発表しており、これが前掲書のタイトルに採用された。角岡は、「こぺる」誌上で寺薗と頻繁に批判・反駁の応酬を繰り広げている。
その論争の渦中で、寺薗は『深層』本において「論争から逃げている」と宮崎学らより事実無根のことを書かれ、名誉を傷つけられたとして、大阪地裁に提訴した。(参考記事:「同和利権の真相」反論本に「うそ」 宮崎学氏らを提訴 (http://www.asahi.com/kansai/news/OSK200405110032.html)・朝日新聞社)
[編集]
小林よしのり関連
部落解放同盟、『深層』以外にも、寺薗は『真相3』において、小林よしのりの『ゴーマニズム宣言 差別論スペシャル』を「解同べったり」と批判したため、小林は私雑誌「わしズム」やSAPIO連載の『新・ゴーマニズム宣言』において、批判の一部を認めつつも、再批判を繰り広げている。
[編集]
『同和利権の真相』に対する評価・毀誉褒貶
本書に対する評価としては、「これまでタブーとされてきた同和行政の問題点を明らかにした」と支持される一方で、「きわめて悪質な差別煽動である」、「一部に汚職・不正があったのは事実だが、それのみを強調して部落への偏見を煽っている」「批判は全て党派的対立にすり変えているが解放同盟は政党ではない」という批判もあり、賛否両論である。
寺薗が日本共産党京都府委員会の機関紙『京都民報』の元記者でもあり、『真相』シリーズの論調と日本共産党によるこれまでの解放同盟批判の論調とが共通していること、『真相』シリーズの中でたびたび共産党や全解連を評価していることから、部落解放同盟などから共産党寄りだという批判があるが、それに対して寺薗らは、「反目しあっている共産党と解同との党派的な対立と誤解されやすいが、寺薗らの批判は共産党系の部落解放運動組織である全国部落解放運動連合会(その後、全国地域人権運動総連合に改組)にも向けられていて、むしろ部落解放運動全体への批判である」としている。
-
人権Q&A/トップ(曹同宗のページ?)
http://www.infoaomori.ne.jp/~birdcall/main_q&a.html#
部落解放同盟とその他の運動団体について教えてください
http://www.infoaomori.ne.jp/~birdcall/q&a/q&a_chapter6.html#Anchor-58500
曹同宗のページかと思うが、解同と全解連について、簡単に説明してるのが
あったので貼って置く。この両者の確執について、冷静に書かれた文書が
なかなか見当らない。解同は全解連を、全解連は解同を悪く云う。
当り前と云えば当り前だが、新たに知りたいと思う者にとって、これでは
取り付く島も無いな。
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>>493訂正
×曹同宗
○曹洞宗
-
>>493のリンクを読むと,解同と全解連って、急進派と穏健派みたいな主張をしているように思えるけど。
そうじゃないのかなあ?
解同は知っていたけれど,全解連は全く存在を知りませんでしたが,関西では有名なんですか?
それとも、よほどこの問題に興味を持っている人しか知らないの?
-
>>493
とっても分かりやすいサイトのご紹介ありがとうございます。
糾弾闘争が成功した例で、曹洞宗の方々が、センシティブで柔軟な思考をすることが出来る方々であったかのを思います。
番長さんは、生育環境の中に部落も朝鮮も沖縄も貧困も、存在したと書かれていました。しかも、そこに差別や陰険・陰湿さが見られなかったようです。
しかし、「東京地域」に限定したことではなく、全国的に言って、そういう生育体験をした人は少ないでしょう。私とて、小説や文献で知る以外の、体験なく育ちました。
成育後に、これではいけないと、自発的に飛び込んでいきました。被差別部落にも入りました。
ただ、それはあくまで準体験であって、逃れられない彼らの生を、自分が生きていないことも確かなことです。
番長さんご紹介の「多摩全生園」の小関医師が、どんな医療を行い、その結果、どのような後遺症に苦しむことになったのか、それは被害者の生の声を聞くことで、かなりの理解は出来ます。しかし、実際の体験ではなく、彼女の前を「離れた」ら、それを忘れて生きていけます。被害者自身は、その状況から生涯「離れて」生きることが出来ません。
そういう自分の立場を踏まえた上で、自分には何ができるのかを考えていこうと思っています。
糾弾の公開。これも大事な課題だと思います。
恐らく解放同盟側は、公開を拒否しないでしょう。教育の場なのですから、できるだけ多くの人に知ってもらいたいはずです。
私が提示した、きょうこさん問題の中で出てきた「お暇な方 お付き合い下さい」の、彼女の夫君も、そういう糾弾場面を、第三者の客観的な立場で見ることができたら、気づくことが出来るのではないかなどとも思います。
-
>>495
>それとも、よほどこの問題に興味を持っている人しか知らないの?
よほど関心のない人が、知らないのかも?(笑)
だって、イカフライさんの読まれた「真相」が、全解連の立場なんですから。
読まれたなら、人に、「あなたは真相を読んでいないのですね」という前に、その批判書の方にも、手を伸ばすと思うんだけど・・・
自分が最終的に、どういう考えを持つかは別として。
本屋にはたいてい並べてありますからね。
-
>>497
>本屋にはたいてい並べてありますからね。
これは、どちらのことですか?
私は,「真相」は文庫の新刊コーナーでたまたま他の本を買うついでに並んでいたので買ったのですが。
解放出版の「深層」の方は現物を見たことがありません。紀伊国屋やジュンク堂などの大型書店や、神保町のそういった書籍を扱っている専門店に行けばあるかもしれませんが。
(「真相」は近所の駅前書店にありました、前レスで、手に取りやすい文庫の形にしてくれるのがありがたい、といったのはそういうことです)。
勿論,見るコーナーが違う,という事もあるかもしれませんが,私は解放出版の本が一般的な書店に並んでいるのを見た記憶がありません。
これでも本屋と図書館は昔から大好きですよ,それこそ子供の頃から。
ちなみに、かもがわ出版というのも知りません(あの「真相」の著者が本出しているところですね)。
これって、やはり地域差ではないですか?
-
東京方面にお住まいの方、是非。
http://www.rivo.mediatti.net/~nanya/top.html
-
>>490についてですが。
金額の問題ではないのでは?
-
498
いや、だから関心の差、だと。(笑)
創価学会と新潮、解同と全解連、週刊誌ネタでもあります。
-
500
金額の問題ではなく、いまだ解決の行かない問題が多いからではないかというのが
私の主張なんですが・・・・
-
>>500について。
吉岡さんは、
>組織の専従者の生活保障くらい、たいした金額にはならないと思いますが・・・どうでしょう?
と書かれていますね。それについてのコメントです。
人一人食べるくらい大した額ではない,とおっしゃりたいのかも知れませんが,みんな、食うことに苦労しているのではないですか?
その組織の専従として長くその組織で食べていた人間が,その組織をその為に維持し様と,当初の目的から運動の為の運動に変容する,ということはないでしょうか?
その為に,ネタを見つける,という。
-
私の考え方はいささかひねくれているのかも知れません。
けれど、当初は清らかな目的に為に集まった人間が,組織にからめとれれて変容していくことは本当によくある事です。
フランス革命にせよ、ロシア革命にせよ、そうでしょう?クメール・ルージュや文化大革命とはいいませんが(あれ、もとからめちゃくちゃだから)
吉岡さん、「善とは何か?」というスレ、お読みですか?
あちらで私は,「思想の寸借サギ」がいやだ、と書きました。
解決されない問題がある,とあなたは言います。
けれど、人一人の心にあるかもしれない無意識の差別を解決する,なんて言っていたらそれはいつまでも無理ですよ。
だって、無意識の差別なんてどうとでもこじつけられるのだから。
-
504
>けれど、人一人の心にあるかもしれない無意識の差別を解決する,なんて言っていたらそれはいつまでも無理ですよ。
人間のすることですから、完全解決が無理なのは当たり前です。
しかし、現在「お暇な方 お付き合い下さい」のような、無意識の差別で、離婚すら考える人がいるということも考え合わせてください。
しかも、これは部落問題に限らずあらゆる問題の中に潜在しています。
「君は朝鮮人だけど、僕は気にしないよ」なんてことを言っている「善意の人」のことをどう考えるのか。
そういう「善意」によって「朝鮮人」というものに、何らかの「引け目を感じてしまう」ことは、幸せに生きることを阻害しているのではないかということなど、
考えるべきことがたくさんあります。
-
>>504
>吉岡さん、「善とは何か?」というスレ、お読みですか?
> あちらで私は,「思想の寸借サギ」がいやだ、と書きました。
読ませていただきました。スレ全体では、あなたの発言に共感を覚える点もあります。
しかし、ここで突然、こういう言葉を出してこられることについて、具体的にご説明ください。
私への批判として、ですか?
解同に対してですか?
全解連に対してですか?
43.≪そういう人達が「社会主義革命」に反戦平和や人権や弱者救済を利用するのはいやだな。≫
という発言からみれば、「全解連」が一番当たっているようです。
しかし、あなたは「真相」の方に共鳴なさっているように見受けられるのですが(^^ゞ
-
>>506
解同に関しても全解連に関しても,私は読んでの通り「教えて君」状態ですから,共鳴も何もありません。
まだ、評価を下せる段階ではない。
番長さんの紹介されたソウドウ宗(ゴメンね、上手く変換できない)のサイトは,かなり客観的だと思っていますが,まだ、両者の対立や確執については、入口です。
だからこそ、>>498でも質問したのですけれど、自分の事情も説明して。
吉岡さんに関しても,まだお話し始めて間もないですから、どんな方かは、一面しか解りません。
-
いや、ね。
「しかし、ここで突然、こういう言葉を出してこられることについて、具体的にご説明ください。」
と申し上げたのですが・・・・・
-
つまり、
「善とは何か?」スレを
読ませた理由ですよ。
-
一言レスばかりでスマヌ。
ソウトウシュウ で変換してみて下さい。
-
吉岡さんは、このスレ全体のテーマ,そしてここまでの話の流れを理解されていますか?
そもそも今の話が出ているのは,出版などに文句をつける(悪いいい方ですが)人達が,本当に善意からなのか、それとも、なんからの目的があるのか、という話ですよね?
そこまでは理解されているでしょうか?
-
常に、人は「読んでいない」「理解していない」と考えなさる、あなたの習性は、やむないことですが
なぜ、現在の話の流れの中で ≪「思想の寸借サギ」がいやだ≫という言葉を出されたのか
その理由を「理解していない」私に、親切に教えていただきたいといっているのです。
-
吉岡さん、まず冷静な議論を進める為に見ような挑発や皮肉は止めましょう。
あなたが、何を理解し、何を理解されないかは、解りません。
私も一体どう説明して良いのか,本当に頭を悩ませているのです。
まず、私なりに今までの流れを整理します。
そもそも誹謗中傷とは何か?から、始まった話です。
これは、ネットの発言についてですが、私なりの意見をまとめれば物事には100人100様の受け取り方がある。
ある人が批判のつもりで言ったことでも,誹謗中傷に取られてしまうこともあり、その逆もある。
悪意でそういう目的での発信もある,その区別をどうつけるか?
まずは、こんな前提です。
そして、その具体的な例として,主に出版などの抗議の例について触れました。
そこで問題になるのは,発信者に意図が無く,受信者が傷ついた場合です。
その場合,現状としては,受信者側が一方的にペナルティを負うことが多い。
それは、「言葉狩り」として社会問題になっている現象でもあります。
それらの抗議側には,それを商売としている団体などもある、これはヤスツさんの意見ですが,こういう話は良く耳にします(この辺は,人権問題には非常に吉岡さんはお食わしそうだと推測するので,私より知っているのではないでしょうか?)
その区別をつけるべきだ,というのは、吉岡さんの主張ですよね。
ですから、それを知りたいのです。
抗議される側がどうしてそこまで及び腰になるのか?
本当に「コワイ」事が存在するのか?
解放同盟の話は、あくまで一例としてあげているに過ぎません。
本を読んだ事もありますが,それよりもずっと耳にしたことのほうが大きいです。
とは言え,人の風評ですから,その真偽の程は確かめ様がありません。
しかし、少なくとも,知りたいとは思っています。
「弱者の為」「差別や抑圧を無くす」これは非常に耳心地の良い言葉です。
けれど、本当にそうなのか?
お金のサギは,犯罪として警察に訴えられます。
けれど、その組織を維持するための運動の為の運動のネタを探す行為。
階級闘争での共産主義革命でもなんでも良いのですが,自分達のイデオロギーの為に「弱者」を探す行為。
これは司法でも立件できない思想の寸借サギだと思っています。
私は,そういう事に利用されたくない。
だからこそ、額面通りの主張ではなく、本当の事が知りたいのです。
勿論,何が真実でなにがウソか、なんてことは実は解らない。
正反対の意見でも,どちらも真実であり、どちらもウソである、なんていくらでもあるし、最終的には自分で選ぶしかないでしょう。
どこまで読みとって頂けるのか解りませんが,私の精一杯の説明です。
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挑発されているのは私なんですが(笑)
>自分達のイデオロギーの為に「弱者」を探す行為。
これは司法でも立件できない思想の寸借サギだと思っています。
それをお嫌いなのは、分かります。 私も嫌いです。
しかし504を、読み直してください。
吉岡さんと呼びかけて、≪「思想の寸借サギ」がいやだ≫そして≪解決されない問題がある,とあなたは言います。≫と続けておられます。そして、≪無意識の差別なんてどうとでもこじつけられるのだから。≫と。
私が、無意識の差別、善意の差別を話している真っ最中にです。
(その件については考えていただけたのでしょうか?)
だから、ここで嫌だと非難されているのは、私か? それとも、私が支持する(らしい)組織か?
と、思っても当然ではありませんか?
そうであるなら、議論ができるように、ここがこうだと、具体的な批判をしていただきたいと思い、お尋ねしたんですよ。
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>>514
>私が、無意識の差別、善意の差別を話している真っ最中にです。
>(その件については考えていただけたのでしょうか?)
解放同盟の話の最中に「あなた」がその話をいきなり始めた,だけですよね。
私としては,どうして話題を拡散させるのだろうか?と思っていました。
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