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ξ゚⊿゚)ξツンちゃん夜を往くようです

719名無しさん:2022/09/04(日) 16:52:52 ID:7IoV7Kbc0


( <●><●>)「すみません」

ξ゚⊿゚)ξ

ξ;゚⊿゚)ξ「――あっ! 違う、今のは違うのよ!」

 ツンはワカッテマスの声で我に返った。
 魔眼を宿す彼の双眸がツンをまっすぐに見つめていた。
 ツンは急いで彼に背を向け、拘束されたままの不格好な姿勢で逃げ出した。

ノハ;゚⊿゚)(……いや、なんでこいつ取り乱してんだ?)

 そんなやり取りを見ていたヒートは、ツンの異様な有り様に忌避感を覚えていた。
 勝ち負けは最初から分かっていたはず。それが予定通りに終わっただけだろうに、なんで焦る。
 ヒートには、今になって焦り始める彼女の言動が少しも理解できなかった。

ξ; ⊿ )ξ「違う! 今のは本心じゃないの! 本当にそれだけじゃなくて……ッ!」

( <●><●>)「はい。すべて承知しております」

( <●><●>)「魔眼はもう使っておりません。どうかこちらを向いてください」

 取り留めのない言葉でがむしゃらに取り繕うツン。
 彼女は芋虫のように這って逃げていき、程なくヒートのもとに漂着した。
 ヒートの背後にすっぽりと身を隠し、目を見開いて息を荒らげる。

ノハ;゚⊿゚)「なあおい、お前どうしたんだよ……」

ξ;゚⊿゚)ξ「……私の拘束を解いて、今すぐ」

ノハ;゚⊿゚)「いや見りゃ分かんだろ終わりだよ。よく分かんねえけど一回落ち着けって……」

ξ; ⊿ )ξ「――私は!! ここで絶対に戦わなくちゃいけないのよ!!」

 ツンの一際大きな叫びは、しかしその悲痛さに対して余りにも荒唐無稽だった。
 言語としての機能を失った耳障りな声。それを間近で聞かされたヒートは、機嫌を損ねた。

.

720名無しさん:2022/09/04(日) 16:54:02 ID:7IoV7Kbc0


ノパ⊿゚)「うるせえなあ……」スッ

 ヒートは激情を燻ぶらせて静かに立ち上がり、険しい表情でツンを見下ろした。
 対するツンは追い縋るようにヒートを見上げるばかり。ヒートはその態度が尚更気に入らなかった。

ノパ⊿゚)「お前さっき言ってたよな? わざわざ最後に『無茶すんな』って念を押してよ。
     魔物と戦う『人間』に対して言ったんだぞ。それがどういう意味か分かってんのか?」

ξ;゚⊿゚)ξ「……な、なに」

ノハ#゚⊿゚)「……あのな、こっちからすりゃお前ら全員バケモノなんだよ。
      そんでこっちは人間だ。なあ、私が言いたいことくらい分かるよな?」

ξ;゚⊿゚)ξ

ノハ#゚⊿゚)

 ヒートは20秒待った。

ノパ⊿゚)「いや、マジで分かんねえの?」

ξ;゚⊿゚)ξ「…………ちょ、ちょっと待って」

ノパ⊿゚)「相手はバケモノだぞ? 無茶しなかったら人間なんかすぐに死ぬだろ。
     現にこっちは布切れ相手に大敗北だ。お前なんも見てなかったのかよ」

 ツンを縛っている黒マフラーを掴み取り、自分の目線までぐっと持ち上げる。
 ヒートは彼女に顔を寄せ、苛立ちのままに声を張り上げた。

ノハ#゚⊿゚)「――話し合いはどうせ無理! だから一緒に戦ってくれ! でも無茶はするな!
      挙げ句そっちが決めた約束すら忘れて戦えって……てめえふざけてんのか!?」

ξ;゚⊿゚)ξ「ち、ちがっ」

ノハ#゚⊿゚)「あ゙あ゙!? じゃあ教えてくれよお嬢様! うちらの仕事は一体なんなんだよ!!」

 ヒートはツンの曖昧さを一蹴して直接的に詰問した。
 そして力尽くでワカッテマスの方を向かせ、この場において最も重要な質問を叩きつける。

.

721名無しさん:2022/09/04(日) 16:54:56 ID:7IoV7Kbc0




( <●><●>)



ノハ#゚⊿゚)「あのバケモノを見ろ」

ξ; ⊿ )ξ「……ぅ」

ノハ#゚⊿゚)「目ぇ逸らすな!! てめえが戦わせようとしたバケモノだろうが!!」



ノハ#゚⊿゚)「なぁおい!! 無茶するなってのは『死ね』って意味だったのか!?
      あたしら差し出して話し合いのダシにでもするつもりだったのか!?」

ノハ#゚⊿゚)「その予定が狂ったから今度は約束ほっぽって『戦え』ってか!?
      じゃあ最初からそう言えよ!! 土壇場で日和んじゃねえよボケ!!」

ノハ#゚⊿゚)「――散々ここまでやっといて、お前は結局何がしてえんだよ!?」



ξ;゚⊿゚)ξ

ξ;゚⊿゚)ξ「わた、私は、……ワカッテマスさんが、」

ξ;゚⊿゚)ξ


ξ; ⊿ )ξ「だ、だから、戦っても大丈夫なようにって、ちゃんと考えてて、」

ξ; ⊿ )ξ「考えてれば魔眼が、魔眼で全部、……なのに……」






.

722名無しさん:2022/09/04(日) 16:55:43 ID:7IoV7Kbc0
















( <●><●>)「……私は、お嬢様の敵で居た方がよかったのでしょうか」

 長い長い静寂を経て、ワカッテマスがおもむろに呟いた。
 元より感情表現に難のある彼だったが、その一言には、とても分かりやすい感情が込められていた。

ξ; ⊿ )ξ

 しかし何もかも手遅れだった。彼らは既に致命的な行き違いを犯しており、後戻りはできない。
 ここから先の会話はすべて、当事者たちの心に深い傷を残すに違いなかった。

( <●><●>)「私なりに、お嬢様の味方になろうと考えていました」

( <●><●>)「魔眼を使わず、きちんと言葉を交わすこと。
        ロマネスク様に仕える立場上、私に許された譲歩はこれが限界でした」

( <●><●>)「……魔眼を使っていないことは、こうなるのであれば、先にお伝えすべきでしたね。
        その点について弁明はありません。私はお嬢様を見くびっておりました」

.

723名無しさん:2022/09/04(日) 16:56:45 ID:7IoV7Kbc0


( <●><●>)「お嬢様は本気で私に立ち向かっておられた。
        魔眼の力に開き直らず、私と対等に話すために万全を期していた」

( <●><●>)「私の浅慮がそれを台無しにしました。
        私は、あなたの事をまるで分かっていなかった」

( <●><●>)「ゆえに、この失態をあがなう義務が私にはあります」

 そう言いながら椅子から立ち上がり、ワカッテマスは躊躇いなく素直ヒートに歩み寄った。
 2人が真正面から向かい合う。ヒートは彼の双眸をしかと睨み返していた。

ノパ⊿゚)「……ンだよ。今更ビビんねえぞ」ポイッ

 ヒートはツンを地面に投げ捨て、敵意をむき出しにして彼を威嚇した。
 その間にも素直クール達が動き出しており、武器を手にして周囲を取り囲んでいた。
 彼女達は全員、何が起こるか分からない次の瞬間に備えて身構えていた。

( <●><●>)「いえ、戦うつもりはありません。そうした方が、本当はいいのですが」

ノパ⊿゚)「でまた話し合いか? マジでいい加減にしろよボケ……」

 一触即発の空気で向き合う両者。
 かたやツンは失意に塞いだまま地面に倒れ、彼らの話に追いつこうとさえ考えていなかった。




( <●><●>)「――お嬢様は、あなた方を 『証人』 にするつもりでした」




ξ゚⊿゚)ξ

ξ゚⊿゚)ξ(なんで、それを)

 ワカッテマスの話が始まる、その瞬間までは。

.

724名無しさん:2022/09/04(日) 16:58:20 ID:7IoV7Kbc0


( <●><●>)「敵であっても民間人であっても、人間側の被害は一切出さずに戦闘を終える。
        お嬢様自身、そのような理想が実現不可能である事は重々承知しておられました」

( <●><●>)「次の戦いで犠牲者が出るのは仕方がない。だがその程度の打算では腑に落ちなかった。
        ゆえに、お嬢様には 『自分を許すための口実』 が必要だったのです」

ξ;゚⊿゚)ξ「……待ってワカッテマスさん、もう何も言わないで」

 ワカッテマスの弁舌が途端に切れを増す。
 ツンは体を起こして彼を宥めようとしたが、彼は僅かな反応さえもツンには返さなかった。
  _,
ノパ⊿゚)「はあ? 急になんだよ口実って……」

ξ;゚⊿゚)ξ「あんたも聞かなくていいんだってば!」

( <●><●>)「はい。もとより今日の話し合いは『口実作り』が目的です。
        あなた方を証人として、敗北を前提として。成果があれば棚ぼたといった気概で」

ξ;゚⊿゚)ξ「――私のことを勝手に説明しないで!!
       魔眼で全部見たんでしょ!? 分からないの!?」

( <●><●>)「今度の戦いで発生する被害者をゼロにできると私が約束すればよし。
        それが無理でも口実さえ作れれば『納得』には事足りる。勝ち負けは二の次です」



ξ;゚⊿゚)ξ「ねえ!! ワカッテマスさんは私の気持ちを正確に読み取ったんでしょ!?
       だったら私が何を嫌がってるかも分かるはずよね!? なんで――」



ノパ⊿゚)「で、結局どういう口実が、なにを納得するために必要だったんだよ」

( <●><●>)「はい。概ねさっき言ったと思うのですが、要するにこういう事です」






ξ;゚⊿゚)ξ

ξ;゚⊿゚)ξ「無視は、やめてよ……」

 ワカッテマスはツンの嘆願にまったく耳を貸さなかった。
 いま彼がやっている事は、本当にただの『説明』だった。

.

725名無しさん:2022/09/04(日) 17:01:34 ID:7IoV7Kbc0



( <●><●>)「――魔眼のワカッテマスに勝負を挑み、負ける」

( <●><●>)「ただし全力で。一点の曇りなく、己の真意に基づいて全力で立ち向かう。
        そうして至った結末であれば誰に対しても負い目はありません。無論、自分にも」

( <●><●>)「肝心なのは『戦い』が成立していた事実です。
        1分未満の短い時間でもいい。それだけで全ての帳尻を合わせる事が可能でした」

( <●><●>)「だからこの話し合いは『失敗』なのです。私が魔眼を使わず、戦いを放棄したせいで。
        お嬢様が望む展開にはならず、我々はこのような無益な状況に陥ってしまった」


ノパ⊿゚)
  _,
ノハ;゚⊿゚) ?


川 ゚ -゚)「いかん、ヒートのやつ頭が追っついてないぞ」

lw´‐ _‐ノv「打算的な狙いがありましたって話じゃないの」

川 ゚ -゚)「だと思う。知らん」

o川;*´ー`)o(……見てらんねえ……)


( <●><●>)「……私と戦った人間にはどんな形であれ箔が付きます。
        お嬢様があなた達に協力を求めた理由も、それが大部分を占めます」

( <●><●>)「ですが私はあなた達との戦いを最初から放棄しておりました。
        お嬢様は人間が傷つくことを悲しまれる。そう思って、配慮したのですが」

川 ゚ -゚)「……横から聞いて悪いが、私達に箔を付けると良いことがあるのか?」

( <●><●>)「ええ。結果を上手く吹聴すれば人間を見下す魔物、見くびる魔物は確実に減るでしょう。
        こちらも人間側との融和は本望ですので、意識改革を狙う場合には利が多いです」

( <●><●>)「なので、もしも私が魔眼を使っていて、お嬢様の考えを予め知っていた場合。
        私は素直に談合に応じ、あなた達ともそれなりに戦っていたと思います」

川 ゚ -゚)「今話したような、真意に基づいた談合をしていたと」

( <●><●>)「はい。矛盾していると思われますか?」

川 ゚ -゚)「そりゃ少しはな。普通並ばない単語だろう、真意と談合は」

.

726名無しさん:2022/09/04(日) 17:04:57 ID:7IoV7Kbc0



  _,
ノハ;゚⊿゚)「……ちょ、一旦タイムな」

 やがて、困惑した面持ちのヒートが両手でTを作って撤退していった。
 彼女はちょいちょいと手招きして姉妹を呼び寄せ、円陣の中、小さな声で言った。

ノハ;゚⊿゚)「ダメだみんな、なんも分かんなくなった」ヒソヒソ

o川;*゚ー゚)o「いや真っ先にキレた奴が何を……」

川 ゚ -゚)「あー……まぁ分かんなくていいと思うぞ。私達にはあまり関係ない」

ノパ⊿゚)「あ、マジ? 関係ねぇの?」

川 ゚ -゚)σ「多分な。しょうがないから簡単に図解してやろう」スッ

lw´‐ _‐ノv「説明パートだねえ」

 クールはその場にしゃがみ込み、指先を使って地面に2つの丸を描いて見せた。
 彼女は片方の丸に逆さウンコめいたツインドリルを描き足し、それを魔王城ツンに見立てて話した。

川 ゚ -゚)「これ魔王城ツンな。もう片方はワカッテマスだ」

ノパ⊿゚)「うん」

川 ゚ -゚)「まず大前提として魔王城ツンはワカッテマスに勝てない。戦闘でも話し合いでも。
     私達が居ても居なくてもここは変わらない。絶対に勝てない。マジで無理だ」

ノハ#゚⊿゚)「勝てねえだと!?!?!? やんなきゃ分かんねえよ!!!!!!」

川 ゚ -゚)「お前は元気でいいな」

 そう言いながらツンからワカッテマスに向けて矢印を描き、否定を意味するバツ印を上に被せる。
 クールは続けた。

川 ゚ -゚)「だが魔王城ツンは諦めがつかなかった。よほど犠牲を出すのが嫌だったんだろう。
     どうにかワンチャンス拾ってやろうと考えて、ちょっとした策を企てたんだな」

ノパ⊿゚)「おお! 諦めねえのはいいことだな!」

lw´‐ _‐ノv「好感度の昇降が激しい」

o川*゚ー゚)o「人生が大変そう」

.

727名無しさん:2022/09/04(日) 17:07:43 ID:7IoV7Kbc0


川 ゚ -゚)「ここからは推測も混ざるが、肝心なのは『付加価値』の部分だろう。
     勝敗ではなく勝負そのものの価値だ。魔王城ツンはそこに目をつけたんだと思う」

lw´‐ _‐ノv「さっき言ってた『箔を付ける』ってやつだね」

川 ゚ -゚)「ああ。向こうの事情はよく分からんが、人間側の格を上げると色々捗るんだろうな」

 彼女は地面に4つの丸を描き、付加価値を意味する記号として上向きの矢印を添えた。

川 ゚ -゚)「で、魔王城ツンは策をもって私達に付加価値をつけようとした。
     でも実際には談合は成立せず、あいつの作戦は空回りに終わった」

川 ゚ -゚)「……という感じだと思うんだが、こうして見ると私達に関係する事柄はほとんど無い。
     だから張り切って口を挟む理由も無い。ヒートは少し反省しろ」

ノパ⊿゚)

ノパ⊿゚)「あっ、これ私を叱るための説明だったの?」

川 ゚ -゚)「そうだよ。お前はすぐ感情を表に出すからな。私達を頼れる場面では特に」

ノハ;゚⊿゚)「う、すんません……」

川 ゚ -゚)「構わん。だがもう喋るな、邪魔になる」

ノハ;゚⊿゚)「……でもよぉあいつ、作戦あるなら最初に言えばよかったんじゃねえの?」

川 ゚ -゚)「勝てない相手に本気で挑む、その行為自体が『価値』だったんだ。
     私達が気兼ねなく全力を出して負けられるよう、萎える情報は出さなかったんだろう」

川 ゚ -゚)「話は以上だ。これ以降ヒートはマジで黙れ」

 ヒートを強めに諌めてさっと立ち上がるクール。
 彼女は魔王城ツンを見遣り、素直四天王としての方針を改めて口に出した。

川 ゚ -゚)「魔王城ツン、こっちのスタンスは聞いての通りだ。
     そっちの事情は知らん。頼まれた仕事はする。関係性は変わらない」

川 ゚ -゚)「腹が決まったら教えてくれ。私達は少し下がっておく」

 彼女は気風よく言い切り、ツンに背中を向けて歩き出した。
 他の姉妹も彼女に続き、ツンとワカッテマスを2人きりにして立ち去っていく。

ノハ;´⊿`)「証人てなんのこと……」

o川;*゚ー゚)o「……あんたマジでこういうの向いてないから。ほんとに黙りなって……」

.

728名無しさん:2022/09/04(日) 17:11:32 ID:7IoV7Kbc0








( <●><●>)「素直クールは、律儀な人間ですね」

 素直四天王が立ち去った後、ワカッテマスは再びツンに声をかけた。
 ツンは地面に横たわったまま、彼の呼びかけにも応えず顔を伏せていた。

( <●><●>)「彼女達の実力は襲撃時の様子から把握しております。
        人間基準では十分です。全力ならば私にも傷をつけられたでしょう」

ξ゚⊿゚)ξ「……お世辞でしょ。あなたに傷だなんて」

 ツンは冷めた口調で言い、青ざめた顔を上げてワカッテマスの方を見た。
 彼女は既に冷静さを取り戻していたようで、その有りようはいつにも増して素っ気なかった。

( <●><●>)「確かめてみますか? 再戦ならば今からでも」

ξ゚⊿゚)ξ

ξ゚⊿゚)ξ「いい。引き際は任せるって言っちゃってるし」

( <●><●>)「……先程の口振りからして、彼女達はお嬢様の意向を汲むようですが」

ξ゚ー゚)ξ「私の狙いは全部バレてるのに? それこそ茶番なのだわ」

 ツンは軽く言いのけて小首を傾げて見せた。

ξ゚⊿゚)ξ「だから戦いはさっきのでおしまい。本当に手も足も出なかったわね」

( <●><●>)「申し訳ありません」

ξ゚⊿゚)ξ「然るべき結果よ。口裏を合わせてないんだから、ああなって当然なのだわ」

 ツンは黒マフラーに縛られたまま器用に立ち上がった。
 彼女はすっかり元の調子という体で、あらゆる感情を表に出さず『魔王城ツン』に戻っていた。
 その後、彼女はしばらくの間、傷ひとつ無い自分の体を眺めて何も言わなかった。

.

729名無しさん:2022/09/04(日) 17:12:50 ID:7IoV7Kbc0


( <●><●>)「私は、お嬢様に謝らなければなりませんね」

( <●><●>)「さて、これからどうされますか」

 しばしの沈黙を経てワカッテマスが口を開く。
 漠然とした問いかけにツンは冗長に答えた。

ξ゚⊿゚)ξ「いや、どうするも何も……」

ξ゚⊿゚)ξ「あとは魔界に帰るだけだし、何も無いのだわ」

( <●><●>)

ξ゚⊿゚)ξ「……魔眼で見ればいいじゃない。わざわざ私に聞かなくたって」

( <●><●>)「要望などは無いのですか」

ξ;゚⊿゚)ξ「……だから無いってば。善処は約束してくれたんだし……」

 ツンは開き直った様子で言った。

ξ゚⊿゚)ξ「今更ワガママを聞いてもらおうなんて思わないわよ
       いいのよ別に、お土産とかはミセリさん達に頼んどくから」

( <●><●>)「本当に無いのですか」

ξ゚⊿゚)ξ

 同じ台詞を繰り返すワカッテマスにツンは違和感を覚えた。
 間を空けて、彼は続けて言った。

( <●><●>)「試験に受かれば地上での暮らしを続けていい、という約束を反故にしました」

( <●><●>)「お嬢様の配慮を無碍にした上に、あなたが一番嫌がることをしました」

ξ゚⊿゚)ξ

( <●><●>)「これでは足りませんか」

ξ;゚⊿゚)ξ「……えっ?」

( <●><●>)「なんらかの補填、便宜を図るには、十分な理由だと思うのですが」

.

730名無しさん:2022/09/04(日) 17:15:38 ID:7IoV7Kbc0


ξ;゚⊿゚)ξ「……あの、とりあえず確認なんだけど」

 ツンは恐る恐る彼に聞き返した。

( <●><●>)「はい」

ξ;゚⊿゚)ξ「さっきのくだりはその為にやったの? 私にワガママを言わせる為に?」

( <●><●>)

( <一><一>)「違います」

 彼は瞑目して即答した。真偽は不明だった。

( <●><●>)「これはあくまで諸々の謝罪を兼ねた補填です。
        必要なければ何もいたしません。用意が済み次第、魔界に戻って頂きます」

( <●><●>)「最後にもう一度だけ聞きますが、本当に何もありませんか」

ξ;゚⊿゚)ξ「……」

 真っ先に思いついたお願いは『黒マフラーを取って下さい』だった。
 だが、彼の様子からして冗談半分で済ませていい問答ではないとツンは思った。

ξ;゚⊿゚)ξ

ξ;-⊿-)ξ

 ツンは努めて状況を俯瞰した。
 理論武装の残骸をかき集め、想像力を存分に働かせる。
 およそ1分に渡る長考を終えて、ツンは言った。

ξ゚⊿゚)ξ「……まずはこれ、解いてくれるかしら。お願いとは別で」

( <●><●>)「かしこまりました」

 ワカッテマスは彼女の注文につつがなく応えた。
 体を縛っていた黒マフラーが途端に消え去り、ツンも自由を取り戻す。

.

731名無しさん:2022/09/04(日) 17:17:06 ID:7IoV7Kbc0


ξ゚⊿゚)ξ「……あなたは、素直四天王の実力を認めてるのよね」

 凝った体をほぐしながら、冷静さを取り戻した頭でツンが尋ねる。

( <●><●>)「はい。人間側の評価を改める材料としては」

ξ゚⊿゚)ξ「……犠牲者は抑えてくれるのよね」

( <●><●>)「そう約束しました」

ξ゚⊿゚)ξ「まゆちゃんのことも、任せていいのよね」

( <●><●>)

( <●><●>)「はい、もちろんでございます」

 ワカッテマスは淀みなく言った。諸々の確認はこれで全部だった。
 するとツンは冷めた声色のまま、途端に別の話題を切り出した。

ξ゚⊿゚)ξ「魔眼の未来視って、どこら辺まで見えてるものなの?」

( <●><●>)「それは、……一口には説明できませんね」

 ワカッテマスは口元に手をやって考える素振りを見せた。
 ややあってから、彼は簡略化した例え話でツンに説明した。

( <●><●>)「木を見る場合と、森を見る場合がございます。
        まずそのどちらかに焦点を合わせ、未来と呼ばれるものを認識します」

( <●><●>)「一挙に全てを見通すことも可能ですが、負担は大きく、ブレが生じます。
        未来を見るにしても『視界』があり、決して万能に機能するものではありません」

.

732名無しさん:2022/09/04(日) 17:20:37 ID:7IoV7Kbc0


ξ゚⊿゚)ξ「じゃあ、この話し合いの結末も分かってたりするの?」

( <●><●>)「……森を見る場合の解像度で、少しだけ」

( <●><●>)「お嬢様がこれから歩む未来は多くの情報と連動しております。
        ですので、もっと遠くの未来を見る際にも、お嬢様の存在はどうしても視界に入るのです」

 凛とした態度で弁明するワカッテマスに、ツンは続けた。

ξ゚⊿゚)ξ「これから私が何を言うかは、分かる?」

( <●><●>)

( <●><●>)「……パターンを大別できる程度には、分かっているつもりです」

 彼はゆっくりと、時間をかけてそう答えた。
 それは分かりきっていた答えだった。ツンも大して真に受けていなかった。

ξ゚⊿゚)ξ「ごめんね、急にたくさん聞いちゃって」

( <●><●>)「いえ、ワガママはひとつだけと言った覚えもありませんので」

ξ゚ー゚)ξ「……意外と甘いのね」

 ツンは言いながら笑って見せたが、その顔はどこか達観したようで、生気を伴っていなかった。
 ワカッテマスはそんな彼女の内心に思いを馳せた。だが魔眼なしでは表面的な推察が限界だった。

 諦めがついたような、心にもないものに突き動かされているような、見えない糸がそうさせているような。
 彼は色々な言葉でツンを捉えようとして、いつしか不意に、昔のことを思い出した。

( <●><●>)(これはまるで、魔界に居た頃のような――)

 彼が想起したものは魔界で暮らしていた頃の魔王城ツンだった。
 今の彼女とそれを重ねて、ワカッテマスの推察はそこで終わった。

 ――もしも今、魔王城ツンがあの頃と同じ心境であるならば。
 魔眼があろうとなかろうと、彼に出来ることは何も無かった。

.

733名無しさん:2022/09/04(日) 17:22:38 ID:7IoV7Kbc0


ξ゚⊿゚)ξ「……帰らなきゃ、いけないのよね。試験は大丈夫だったのに」

 ツンは言葉だけは恨めしそうに言った。
 感情はさほど込められていない。記号的な恨み節だった。

ξ゚⊿゚)ξ「これでも頑張ってたんだけどね。ハインさんとも特訓してたし」

ξ゚⊿゚)ξ「赤マフラーとかマントとか作れるようにもなったのよ。
       昔に比べたら目覚ましい進歩だと思わない?」

( <●><●>)「はい、すべて存じております」

ξ゚⊿゚)ξ

 ワカッテマスが相槌を打つとツンの視線が彼を向いた。
 彼女はまた、薄らと笑みを浮かべた。

ξ゚ー゚)ξ「でもそれだけ。他にはなんにも持って帰れない」

( <●><●>)

ξ゚⊿゚)ξ「私がやったぞ、って言えることが何もないの」

ξ゚⊿゚)ξ「みんな私のことで大変そうにしてるのに、私だけが手ぶらなのよ。
      私はそれが嫌だったの。分かるんだけどね、仕方ないんだけど……」

ξ゚⊿゚)ξ「……1から1000まで全部無意味だった。
      居ない方がみんなの為になるなんて、認めたくなかったな」

( <●><●>)「お嬢様、それは――」

ξ゚ー゚)ξ「誰もそんなの願ってないんでしょ? 知ってる。
       でも全員が分かってるのよ。打算的にはそれが一番だって」

ξ゚ー゚)ξ「分かってるのに言わないの。私が自分で答えを出すのを、みんな待ってる」

.

734名無しさん:2022/09/04(日) 17:24:33 ID:7IoV7Kbc0


ξ゚⊿゚)ξ「……てな感じで、私にはもうこれしか思いつかなかったんだけど」

ξ゚⊿゚)ξ「あなたはきっと、最初からこれを狙ってたのよね」

 ツンはそう言ってまた話を変え、嘘偽りのない吐露を呆気なく水に流した。
 ワカッテマスにはそれがとても痛々しいものに思えていたが、彼も決して口を挟もうとはしなかった。
 自分では彼女の味方にはなれない。彼は『敵』としての役割を果たそうとしていた。

ξ゚⊿゚)ξ「私が居なくても、みんなが上手くやってくれる」

ξ゚⊿゚)ξ「私が居ない方が、勇者軍との戦いだって気兼ねなくやっていける」

( <●><●>)

ξ゚⊿゚)ξ

ξ゚ー゚)ξ「じゃあ、そうしましょう」

 ツンは簡単に言い、軽い足取りでワカッテマスに歩み寄った。
 彼の目の前で足を止め、こちらを見つめる青白い顔を静かに仰ぐ。

ξ゚⊿゚)ξ「少し時間をちょうだい。支度を済ませてくる」

ξ゚⊿゚)ξ「それでおしまいだから。後腐れなく」

( <●><●>)「……よろしいのですか。数日の猶予は作れますが」

ξ゚⊿゚)ξ「いい。今日中に帰る」

 ツンはためらわずに答えた。

ξ゚⊿゚)ξ「みんな色々気を遣ってくれるだろうし、今すぐ帰っても構わないくらいよ」

ξ゚⊿゚)ξ「でも、条件を付けるわ。ワガママを聞いてくれるなら、今から言うことを素直に聞き入れて」

( <●><●>)「それは内容次第ですね」

ξ゚ー゚)ξ「……きっと大丈夫よ」

 自信ありげにツンは微笑み、そして、最後のお願いを胸に浮かべた。

.

735名無しさん:2022/09/04(日) 17:29:59 ID:7IoV7Kbc0


ξ゚⊿゚)ξ「えっとね、行き先を変えてほしいの」

 ツンは一歩引き下がり、組んだ両手をぷらんと垂らした。
 下を見ながら足踏みをして、自分が立っている場所を無意識に確かめている。

( <●><●>)「魔界ではなく、ですか」

ξ゚⊿゚)ξ「ええ。具体的な当ては無いんだけど、繰り返したくないから」

ξ゚⊿゚)ξ「それで、誰の迷惑にもならなくて、1人で居られる場所がいいんだけど……」

( <●><●>)

 それは、魔王城ツンの願いではなかった。
 総意を効率的に叶えるため、『魔王城ツンっぽさ』を付加された打算に過ぎなかった。

ξ゚ー゚)ξ「って、これだけじゃ難しいわよね。ごめんなさい。本当に心当たりが無くて」

ξ゚⊿゚)ξ「魔界にはそんな場所無かったし、人の世界にも逃げ場は無いみたいだし。
       正直言ってお手上げだから、やっぱり、ワカッテマスさんに頼るしかなくて……」

( <●><●>)「……魔界でもう一度やり直す、というお考えはありませんか」

ξ゚⊿゚)ξ

ξ゚ー゚)ξ「繰り返したくないの」

 ツンが笑顔を作って見せる。
 ワカッテマスはそれを結論として受け取り、続けてぽつりと言った。




( <○><○>)「かしこまりました」

ξ゚⊿゚)ξ「――えっ」

 それで、なにもかもおしまいだった。



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736名無しさん:2022/09/04(日) 17:30:22 ID:7IoV7Kbc0






          #10 許されるための儀式





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737名無しさん:2022/09/04(日) 17:33:10 ID:7IoV7Kbc0

≪5≫


 ツンが魔眼の発動を認めた次の瞬間、事は終わっていた。
 特訓場の広い荒野に、もはや魔王城ツンという人物は存在していなかった。

( <●><●>)「……」

 ひとり佇むワカッテマスは、一瞬前まで彼女が居た場所をただ眺めていた。
 そこに素直四天王の足音がそぞろに近付いてくる。彼は振り返り、彼女達に言った。

( <●><●>)「終わりました。そちらは解散してもらって結構ですよ」

川 ゚ -゚)「……魔王城ツンはどこに行った?」

lw´‐ _‐ノv「こちら勘のいいガキが居ないもので……」

 遠くからやり取りを見ていただけの彼女達は現状を掴めず目を泳がせていた。
 彼女達は一瞬たりともツンから目を離していなかった。4人全員がツンの動向を見守っていたのだ。
 にも関わらず魔王城ツンははたと消えてしまった。さしもの彼女達も無視できる状況ではなかった。

川 ゚ -゚)「報酬をまだ貰っていないんだ。困るぞ」

( <●><●>)「それは困りましたね」

 ワカッテマスがなんの進展にも繋がらない返事をする。
 クールは訝しみ、他の姉妹と顔を見合わせて困惑した。
 続けて分かりやすい反応を見せたのは素直ヒートだった。

ノハ#゚⊿゚)「あんにゃろ報酬を踏み倒すつもりか!? ふざけんじゃねえぞ!!」

o川;*゚ー゚)o「あ、そういう捉え方」

ノハ#゚⊿゚)「だってそうだろ!? 違うのか!? なあ!!」

 ヒートは声を荒らげてワカッテマスに詰め寄った。

( <●><●>)「さあ、分かりません」

 ワカッテマスは内心ヒートのことを面白がっていた。
 面白いので、特に理由もなく答えをぼかしてみたのだ。

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738名無しさん:2022/09/04(日) 17:36:05 ID:7IoV7Kbc0


川 ゚ -゚)「からかわずに答えてくれ。魔王城ツンはどこだ」

 業を煮やしたような口調でクールが尋ねる。
 ワカッテマスは小さく喉を鳴らし、調子を戻した。

( <●><●>)「申し訳ありませんが答えられません。
        教えてしまったら、その時点で意味が無くなってしまいます」

川 ゚ -゚)「意味が分からん。生きてはいるのか?」

( <●><●>)「当然です」

川 ゚ -゚)「じゃあ魔王城ツンの支払い、魔王軍で立て替えてくれるか?」

( <●><●>)「それは無理ですね。こちらの貨幣は大して必要ではないので、持っていません」

ノハ;゚⊿゚)「ほらなあ!? やっぱあいつ踏み倒して逃げやがったんだよ!!」

川;゚ -゚)「ぬ、ぬぅ……」

 一番避けるべき展開――無駄働きが発生したかもしれない。
 クールは気が滅入る思いで今後のことを想像し、やがて苦肉の策を思いついた。
 その方策を固めるべく、彼女はワカッテマスから慎重に情報を引き出そうとする。

川 ゚ -゚)「大事なことを聞くぞ。行き先は教えられない、以外の制約は無いんだろうな?」

( <●><●>)「……お嬢様は1人で過ごしたいと仰っておられました。
        誰の迷惑にもならない場所で。そう願われたので、そのようにしました」

( <●><●>)「行き先を教えないのはお嬢様を1人にするためです。
        もっとも、教えたところで人間に行き来できる場所では――」

川 ゚ -゚)「とすると、お前は『不完全な仕事』をしたことになるな」

 クールは食い気味に言ってワカッテマスを焚き付けた。
 彼女自身やや無理のある難癖だと自覚していたが、隙は隙として見逃す訳にはいかなかった。

川 ゚ -゚)「奴がどこに居ようと関係ない。現にこっちは迷惑をこうむっている。
     この始末、誰がどうやって責任を取ってくれるんだ」

ノパ⊿゚)「そうだそうだ」

 素直ヒートもそうだそうだと言っています。

.

739名無しさん:2022/09/04(日) 17:39:26 ID:7IoV7Kbc0


川 ゚ -゚)「だいたい、誰の迷惑にもならない場所なんかありえないだろ。
      お前はそれを承知して願いを叶えたのか? どう考えても無責任だろう」

( <●><●>)「――お嬢様はそれを望まれました」

 ワカッテマスが頑なに言い切る。
 だがそれ以上には反論せず、彼は厳かな様子でクールの言い分を待った。


川 ゚ -゚)「……ならば、魔王城ツンが周囲にもたらす『迷惑』を減らすのも、願いの内だろうな?」

 彼女は力強くそう切り出し、このくだりの核心部分を畳み掛けた。


川 ゚ -゚)「ということは、魔王城ツンが私達にかけている『迷惑』を解決する――」

川 ゚ -゚)「これもまた、当人の願いに寄与する『願ってもない行い』だな?」


( <●><●>)

 そのとき、ワカッテマスはほんの僅かに口端を上げていた。
 度重なる質疑の着地点に、彼は端的な結論を提示した。

( <●><●>)「――そういった解釈は、可能であると考えます」

川 ゚ -゚)

川 ゚ -゚)「だったら話は早い」

 クールは姉妹達を一瞥して言った。

川 ゚ -゚)「魔王城ツンと同じ場所に私達を送ってくれ」

川 ゚ -゚)「話をつけたらすぐに戻る。お嬢様はお1人様をお望みのようだからな」

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740名無しさん:2022/09/04(日) 17:44:14 ID:7IoV7Kbc0


( <●><●>)「……今はまず、上に戻ってミセリ達に説明しなければなりません」

( <●><●>)「この状況で一番おっかないのはミセリです。
        あなた達は唯一の証人なんですから、私の弁明にも付き合ってもらいますよ」

 ワカッテマスは踵を返して歩き出した。
 その背中に向け、素直クールが鋭い一声を投げかける。

川 ゚ -゚)「先に返事だ」

( <●><●>)「――4人はダメです」

( <●><●>)「急ぐ必要はありません。あとで詳細を詰めましょう」

 ワカッテマスがどんどん遠ざかっていく。
 素直四天王はもう一度顔を見合わせ、やむなしといった雰囲気で各位呆れ気味な反応を見せた。


ノハ;´⊿`)「んでまた話し合いかよ……」

lw´‐ _‐ノv「頑張りなヒート。人生は対話バトルだよ」

o川;*゚ー゚)o「もう報酬とかよくない? 帰ってご飯にしよ?」

川 ゚ -゚)「キュートも甘えるな。金蔓は大事に育てなきゃいけないんだぞ」

o川;*´ー`)o「いや、その言い方はトゲまみれなのよ……」







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741名無しさん:2022/09/04(日) 17:44:40 ID:7IoV7Kbc0



― -_ ̄― -_ ̄― -_ ̄― -_-_ ̄ ̄― -_ ̄― ― -_ ̄― -_ ̄― -_ ̄― -_ ̄
__―_____ ̄ ̄ ̄ ̄‐― ̄ ̄―‐―― ___ ̄ ̄―――  ___―― ̄ ̄___ ̄―==
―― ̄ ̄___ ̄―===━___ ̄―  ――――    ==  ̄―― ̄ ̄___ ̄―===━
__―_____ ̄ ̄ ̄ ̄‐―   ――――    ==  ̄ ̄ ̄  ――_―― ̄___ ̄―
 ___―===―___   ――――    ==  ̄ ̄ ̄  ― ̄―‐―― ___
 ̄――――    ==  ̄ ̄ ̄ ̄_――_━ ̄ ̄  ――_―― ̄___ ̄―=‐―
__―_____ ̄ ̄ ̄ ̄‐―   ――――    ==  ̄ ̄ ̄  ――_―― ̄___ ̄―
 ̄___ ̄―===━___ ̄―  ==  ̄ ̄ ̄  ――_――__―_____ ̄ ̄ ̄ ̄‐―
  ――――    ==  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ―― __――_━ ̄ ̄  ――_―― ̄___ ̄―=


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742名無しさん:2022/09/04(日) 17:50:09 ID:7IoV7Kbc0

≪?≫


 大粒の雪がしきりに降り注いでいた。風に乗って吹きつける白いつぶてが容赦なく体温を奪っていく。
 ――いったい、なにが。
 彼女の認識は現実を捉えることなく空を漂い、白銀の世界に呑まれてその機能を喪失していた。

 瞬きする間に一変した世界。彼女はいま、ただ呆然と目の前の景色に目を奪われていた。
 夜光をたたえる雪景色の只中で、場違いにも程があるジャージ姿のまま、数十秒を無為に過ごす。

 そうしていると、今にも膝に達しそうな積雪が耐えがたい痛みを彼女にもたらした。
 蝕むような鈍痛だった。彼女は途端に突き動かされて足早に歩き出した。行き先は無かった。

 隙間の多い雑木林を一歩ずつ、深雪に足を抜き差ししながら進んでいく。
 彼女はふと空を見上げた。空には分厚い黒雲が立ち込め、風に吹かれて不気味に蠢いている。

 夜なんだ、と彼女は思った。
 ただそれだけを思い、他の事柄はなにも言葉にならなかった。

 そのとき、一際大きな風が雑木林に波を打った。
 ぶわあと木々が軋み鳴り、そこに積もっていた雪が方々で地面に雪崩れ始める。
 彼女は踏み止まって風に耐えていた。頭上に降ってきた雪塊には、気付けなかった。

 直後、彼女の頭にサッカーボール大の雪塊が叩きつけられた。
 よほど高いところから落ちてきたのだろう。ずどん、という重苦しい音が一緒だった。
 それでも魔物の体は頑丈である。衝撃こそ受けたものの、彼女自身はなんら無傷だった。


ξ ⊿ )ξ


 けれど、彼女はそこで歩くのをやめてしまった。
 急に惨めさが込み上げてきて、熱いものが目に浮かんで、止まってしまったのだ。
 彼女は力なく肩を落とし、追いついてきた色々な感情に心身を苛まれた。

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743名無しさん:2022/09/04(日) 17:51:11 ID:7IoV7Kbc0







 吹雪を全身浴びながら、しばし、たたずむ。






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744名無しさん:2022/09/04(日) 17:52:02 ID:7IoV7Kbc0






 ――1950年代。

 ソビエト連邦、シベリア連邦管区での一幕であった。





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745名無しさん:2022/09/04(日) 17:55:52 ID:7IoV7Kbc0

#08 >>559-627 #09 >>634-666 #10 >>675-744

いつか必ずギャグ全振り回をやろうと思いました
次回とてもつらい 目標は年末年始頃とのこと
よろしくお願いします('A`)(^ω^)

746名無しさん:2022/09/04(日) 19:15:26 ID:XtbKNmtY0


747名無しさん:2022/09/04(日) 22:57:09 ID:zG1tV5RU0
おつ
ツンちゃんの今の印象クソめんどいメンヘラ女なんだけど合ってるかな

748名無しさん:2022/09/05(月) 00:10:58 ID:LnaJcU7I0
いいね!

749名無しさん:2022/09/14(水) 08:34:05 ID:v1nU4MH.0
乙!
どうなるんだってばよ……

750 ◆gFPbblEHlQ:2022/12/09(金) 22:34:45 ID:jeDdA0kc0
アーマードコアの新作が嬉しいので以前エイプリルフールで作った動画を今年いっぱい再公開しておきます
いい機会なので('A`)は撃鉄のようですのまとめも公開しておきます
夜を往くと撃鉄はDODとニーアみたいな感じで繋がっているという脳内設定があります

現実がつらくきびしく色々と捗っていませんが次回投下は1月中に間に合わせます
待たせて悪いが仕事なんでな 待ってもらおう

ツンちゃん夜を往くようです エイプリルフール動画
https://youtu.be/G1tx6s6-RJM
撃鉄まとめ
https://gekitetunchan.blog.fc2.com/blog-entry-28.html

751名無しさん:2022/12/09(金) 22:40:21 ID:jeDdA0kc0
あとビブリオの方でツンちゃんがアニメ化しててすごいので見に行ってください!
>>1はとてもうれしいです!書き溜めがんばります!

752 ◆gFPbblEHlQ:2023/01/29(日) 23:17:05 ID:K1IHsiWY0
明日投下しておきます!

753名無しさん:2023/01/30(月) 05:02:41 ID:ACDHDjsM0


754 ◆gFPbblEHlQ:2023/01/30(月) 22:04:47 ID:.eE0h2Dw0

≪1≫


 ソ連シベリアを横断する世界最長の鉄道へ向けてラッパを吹く。
 戦争で死んだ父を弔うため、これから戦地へ向かう兵士のために。

 シーン少年はこの習慣を2年と続け、列車の汽笛を聞き逃すまいと常に耳をそばだてていた。
 いくつもの山を越え、山彦混じりに聞こえてくる「ぽぉーう」という音。
 少年はただそれだけを合図にし、来る日も来る日もラッパを持って町外れへと駆け出すのだった。

( ・-・ )(……聞こえた!)

 汽笛の音は、早朝の配達仕事の傍ら耳にすることが多かった。
 今朝も配達はあと1件というところで汽笛が聞こえ、シーンは尚更往路を急ぐこととなった。
 配達先は町の中央にある教会。2人の男が、シーンの到着を待ちかね表に出てきていた。

( ・-・ )「おはようございまーす! 配達です!」

( ^ν^)「やぁおはよう。列車には間に合うのかい?」

( ・-・ )「転ばなければ、何とか!」ゴソゴソ

 彼らのもとに滑り込むなり、シーンはショルダーバッグを開けて最後の配達物を彼らに手渡した。
 男たちはサインと引き換えにそれを受け取ると、白息を繰り返すシーンをすぐさま送り出した。

£°ゞ°)「そろそろ薬が切れる頃だろう。あとで来なさい」

( ・-・ )「分かりました! またあとで!」ダッ

 シーンは急いで走り出し、町を出て、タイガの山林を一目散に抜けていった。
 程なく峠に出たシーンは、息を整えるのも忘れて山下を一望した。

(;・-・ )(よし、間に合った……!)

 広大な雪景色を分かつ黒い線。列車の線路にくっと目を凝らす。
 雪の具合からして列車はまだ来ていない。シーンは安堵し、そこでようやく息を整えた。

 そして十秒と経たないうちに、彼はまた慌ただしくバッグを検めて自前のラッパを取り出した。
 分厚い手袋を外してラッパを構え、簡易的に音を取り、口周りの筋肉を入念にほぐして列車を待つ。

 ――やがて、シーンの耳朶が音を捉えた。

 規則正しい地響きが山間の向こうからかすかに聞こえてくる。
 音の輪郭は秒ごとに鮮明になり、確かなものとなっていく。
 列車が近い。シーンは確信をもってラッパを構え、最後に一度、息を吸った。

.

755名無しさん:2023/01/30(月) 22:06:30 ID:.eE0h2Dw0


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



o川*゚ー゚)o(……楽器の音?)ピクッ

 そのとき、素直キュートは遙か遠方から聞こえた音をしかと受け取っていた。
 風切り音に負けて消えそうなラッパの音色と、地響きを伴う列車の走行音。
 キュートは音のする方角にピタリと当たりをつけ、おもむろに進路を変更した。

o川*゚ー゚)o「……ツンちゃん起きてー。魔力でなんか作ってほしいよー」

ξ ⊿ )ξ

 彼女は今、風雪荒ぶる山奥で遭難状態に陥っていた。
 紆余曲折は諸々省くが、彼女の背中には魔王城ツンの姿も見受けられる。
 ツンはすっかり青褪めた顔で微動だにせず、死体のようにキュートの背中にくっついていた。

 とかく絶望的な状況に響いた先程の音色はまさに福音で、人里が近いことの証明でもあった。
 キュートはツンを背負ったまま、音が聞こえた方向へと一歩ずつ前進していく。

o川*゚ー゚)o「マフラーでも何でもいいよー。我々ちょっと薄着過ぎるからさー」

 ちなみに現在の気温はバキバキのマイナス20度。
 彼女たちは前回同様に制服とジャージ姿のままなので、この状況では正味全裸と変わりなかった。

o川*´ー`)o「すこぶる寒いよー。これ普通なら死んでるからねー」


ξ ⊿ )ξ

o川*´ー`)o


o川*´ー`)o「ホカホカしりとりするよー。はいお湯」

o川*´ー`)o「ほらツンちゃん、ゆの付くホカホカアイテムを言ってほしいなー……」




.

756名無しさん:2023/01/30(月) 22:08:13 ID:.eE0h2Dw0


 ――2度の世界大戦を終えた冷戦下の1950年代。
 核兵器の実用性を目の当たりにした国々は幾多の代理戦争を横目に核開発を急いでいた。

 中でもソ連は捕虜、貧困層などの人々を数十万という単位で動員し、すごい速さで事を進めていた。
 当然その作業には放射線被曝の可能性が多分にあり、肺や目を冒される者も少なくなかったという。

 そして、身体を壊した彼らは便宜上のサナトリウムにまとめて隔離され、社会から抹消された。

 様々な事情を抱えた人間達が「生きるに値しない命」と一緒くたにされ、死を待つばかりの冬の町。
 住民達がостатокと呼ぶ町ぐるみのサナトリウムは、来る者を拒まず、去る者を許さなかった。

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757名無しさん:2023/01/30(月) 22:09:02 ID:.eE0h2Dw0




          ┏──────

                ツンちゃん夜を往くようです

             #11 皆既の星と再誕のイデア その1

                             ──────┛



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758名無しさん:2023/01/30(月) 22:11:30 ID:.eE0h2Dw0

≪2≫


 その日の朝もラッパの音が目覚ましになった。
 キュートは乱暴に毛布を払い除け、寒さと共に朝日を受け入れた。

o川*゚ー゚)o

o川*´ー`)o(さみ……)

 なお氷点下である。
 キュートは腕を抱えてベッドを降り、暖炉に向かうなり掠れた声で呟いた。

o川*゚ー゚)o「いやぁ、ラッパくんは今日も元気だねぇ」

ξ゚⊿゚)ξ

o川*゚ー゚)o「……ツンちゃ〜ん。他愛ない雑談ですよ〜。応えてね〜」

 ペチカと呼ばれるロシア式暖炉の前には綿の潰れたソファがひとつ。
 そこには金髪ツインドリルでお馴染みの、いわゆる魔王城ツンが腰掛けていた。
 ツンは振り返ってキュートを見ると、返事をする事もなく、種火の燻る暖炉にすっと視線を戻した。

o川*゚ー゚)o「はいおはよー。夜中なんかあった?」

ξ゚⊿゚)ξ「……別に。何も」

o川*゚ー゚)o「そう。じゃそっちは火の番と紅茶ね。私は配給取ってくるから」

ξ-⊿-)ξ「……ん」

 のそりと立って薪を用意し始めるツン。
 キュートはその様子をしばし眺めた後、これまたのそりと外出の準備に取り掛かった。

 ソ連軍払い下げの各種防寒服を全身に纏い、モコモコのマフラーや長靴で更に素肌を覆い隠す。
 ここは極寒シベリアの大地。とにかく全身モコモコにならないと命が危ないのである。

o川*゚ー゚)o「んじゃ行ってきま」

 ツンにあっさり声をかけ、モコモコキュートは二重の玄関扉を開けて外に出ていった。
 物資の配給は毎週1回。大した物は配られないが、この町の物価を思えば見逃す事はできなかった。

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759名無しさん:2023/01/30(月) 22:15:30 ID:.eE0h2Dw0


  *  *  *


o川*゚ー゚)o(ということで町に繰り出したキュートさんですが)テクテク

o川*´ー`)o(ここに来てから早くも1ヶ月。住めば都を実感中でございましてね……)トコトコ

 自然なモノローグをもって室内から屋外へのシーンチェンジを果たした素直キュート。
 閑散とした町の雪景色を眺めつつ、彼女は町の教会へと歩を進めていた。
 物資の配給はその教会近くに設けられた簡易テントで行われている。
 目的地までは徒歩10分。キュートは自然なモノローグをもって現状を振り返った。

o川*゚ー゚)o(……西暦1955年、ソ連シベリアのどこかしら)テクテク

o川*゚ー゚)o(住民達がостатокと呼ぶこの町の事は、正直まだ分からない)テクテク

o川*゚ー゚)o(流石のキューちゃんもロシア語は知らんからな……)テクテク

 остатокという文字列を初めて見た時、キュートはそれを「オタク?」と読んだ。
 実際の発音はアスタータクとなるらしく、英訳辞書をひいてみると余り物といった意味があるらしかった。
 остатокに相当する単語はRemnantなど。町の呼び名としてはどこか自虐的だった。

 ――そして、この町の正体は『生きるに値しない命』の終着点だった。

 どこかで傷ついた者が人知れず流れ着き、よく分からない治療を受けながら死んでいく場所。
 大概の住民には寛解の兆しすらなく、誰かの治療が間に合ったという記録も一切ない。

 名目上は長期療養と終末期医療を主とした市町村規模のサナトリウム。
 だがその実態は自殺見殺しのオンパレードで、誰一人として助かる見込みはない。
 キュートとツンが居着いたこの場所は、確かに『余りものの町』との揶揄が似合う有様だったのだ。

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760名無しさん:2023/01/30(月) 22:23:37 ID:.eE0h2Dw0


o川*゚ー゚)o(――ま、そんなんだから私達みたいな余所者でも潜り込めたんだけどね)

o川*゚ー゚)o(この時代の日本は敗戦したての負け犬国家。
       傷病者の町なら大して悪目立ちもしないし、そこは好都合かな)

o川*゚ー゚)o(あと健康体だと仕事も多くて稼ぎやすい。看病、穴掘り、荷運びなどなど。
       若さと健康とコミュ力で大体なんとかなる場所でよかったー)

 かくしてキューちゃんは配給場所である簡易テントに到着。
 ずらりと伸びた行列を端から端まで見渡して、配給の最後尾にそそくさと並ぶ。
 前には30人ほど並んでいたが配給はスムーズで、順番はすぐに来た。

o川*´ー`)o(……で、配給はいつものラインナップと)

 今回の配給はクズ野菜のピロシキとキャベツスープ、その他食料品の詰め合わせ。
 詰め合わせの内容はジャガイモ、黒パン、燻製肉、色んな塩漬け、ラベルの無い缶詰という感じ。
 1週間分の食料としては心許ない量だが、この冷戦下、傷病者相手の配給としては超豪華と言えた。

ヽ|・∀・|ノ「――よし次! 身分証を出して前へ!」

 そして配給係はロシア人かつロシア語話者で、しかもようかんマンだった。

ヽ|・∀・|ノ「はやく身分証を出すんだ! 急げ!」

o川*゚ー゚)o「はは、何言ってんだコイツ」

 キュートにロシア語の覚えは無い。
 身振りがあるので指示は分かるが、ようかんマンの言葉は彼女には一切伝わっていなかった。
 とりあえずまぁ雰囲気に、彼女は身分証となる一時滞在許可書を2人分、差し出して見せた。

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761名無しさん:2023/01/30(月) 22:27:34 ID:.eE0h2Dw0


ヽ|・∀・|ノ「ふむふむ、あんたの名前は……ニャーオ=キュート?
       随分ブッ飛んだ名前だな。偽名か?」

o川*゚ー゚)o「にゃーん!」

ヽ|・∀・|ノ「そのようだな……」

 そのようだった。

ヽ|・∀・|ノ「いや余計な質問だった。この町はそんな奴ばかりだ、気にしないでくれ」

ヽ|・∀・|ノ「もう一人の『ツーン・チャーン』にもよろしくな。
       宣教師様のありがたい話は向こうでやってるぞ。聞いていくといい、案外面白いぞ」

o川*゚ー゚)o「ははは意味わかんね。まぁすぐ帰りますけど……」テクテクトコトコ

 キュートは諸々の食料が入った麻袋を小脇に抱えて直帰した。
 2人分の配給で両手が塞がっているし、宣教師にはまったく興味が無かったのである。





( ^ν^)「――……」

 かたや広場に立ってありがたい話をしていた宣教師は素直キュートの背中をしっかり捉えていた。
 こんなクソ寒いとこでザビエルめいた格好をしてありがたい話をする男。
 彼は『余り物のニュッサ』と称される篤志家で、彼もまた、この町に似合う訳アリの一人だった。

( ・-・ )「牧師様?」

( ^ν^)「……失礼。転びそうになっている人が居まして、気を取られました」

 ニュッサは「話を続けましょう」と言って咳払いをし、ありがてぇ話を再開した。

.

762名無しさん:2023/01/30(月) 22:29:33 ID:.eE0h2Dw0


  *  *  *


 キュートたちは町外れのレンガ小屋を住まいとしていた。
 立地からして町への移動はやや面倒だったが、正体を隠して暮らす分には悪くない物件だった。
 ここに感染病末期患者が隔離され、ドカドカ死んでいっている曰くに目を瞑ればの話ではあるが。

o川*゚ー゚)o「開けて〜」ドガッドガッ

 そんなあったかホームに帰ってきたキューちゃんは玄関をガンガン蹴って帰宅をアピールした。
 行儀は悪いが両手がキャベツスープで塞がっているため自力では開けられないのだ。仕方がない。
 ツンちゃんは10分くらいで反応してくれた。スープは若干凍った。

ξ゚⊿゚)ξ「寝てた」

o川*゚ー゚)o「スヤスヤしやがってよー」

 とはいえツンちゃんも朝の支度は済ませていたようで、暖炉などのアレはいい感じに温まっていた。
 テーブルに置かれたケトルも湯気を上らせホカホカでワロタの趣がある。諸般いい感じだった。

o川*゚ー゚)o「ピロシキとキャベツスープ貰ってきたけど」

ξ゚⊿゚)ξ「いらない」

o川*゚ー゚)o「だよね。じゃ私が2人分食べるってことで」

 キュートは荷物をツンに預け、2人分のスープを鍋にまとめ、ピロシキと一緒に暖炉の窯に入れた。
 この小屋に電気ガス水道は無い。食べ物を温め直すのにもじっくりと時間が必要だった。
 キュートは防寒具を脱いで椅子に掛けた。ツンが紅茶の用意を始める。これが2人の日常だった。

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763名無しさん:2023/01/30(月) 22:34:30 ID:.eE0h2Dw0


ξ゚⊿゚)ξ「紅茶、もうすぐ無くなるから」

o川*゚ー゚)o「んー」

 差し出されたティーカップに目を落としつつ、キュートはぼんやりと声を返した。

 この町に来てから早くも1ヶ月。
 キュートも今更焦りはしないが、そろそろ本来の目的に向けて動く必要があった。
 今度の仕事は最初から長期戦が想定されている。猶予はおよそ、半年であった。

o川*゚ー゚)o(……ここでの1ヶ月間、魔王城ツンは一切の飲み食いをしていない。
       少なくとも私の前では何も食べてないし、配給にだって少しも手を付けてない)

o川*゚ー゚)o(トイレに行ってる様子すら無いし、魔物の体には『代謝』の機能が無いのかも)

 ひとまずキュートは最初の1ヶ月を魔王城ツンの観察にあてていた。
 そも彼女の目的は魔王城ツンの動向に大きく左右されるため、素行調査の重要性は特に高いのだ。
 それに関連して、ツンちゃん観察日記は30日を過ぎてなお連載が続けられていた。

o川*゚ー゚)o(私の仕事は主に集金。ツンちゃんを連れて帰るか、金目の物を持って帰るかだけど……)

o川*゚ー゚)o

o川*´ー`)o(マジでだるいなぁ。貧乏くじにも程があるでしょ……)

 キュートは紅茶を口元に運びながら、件の貧乏くじに関する顛末を回想した。


.

764名無しさん:2023/01/30(月) 22:35:18 ID:.eE0h2Dw0


〜回想シーン〜


( <●><●>)「という経緯がありまして」

( <●><●>)「お嬢様を1955年のシベリアに送っておきました」

ミセ*゚ー゚)リ「は?」

( <●><●>)「ご本人たっての希望ですので悪しからず」

ミセ*゚ー゚)リ

( <●><●>)



川д川「……この子、立ったまま気絶してるわよ」

( <●><●>)「助かります」

 ツンをシベリア送りに処した後、ワカッテマスは素直四天王の一人を連れてリビングに戻っていた。
 そして諸々の話がどう決着したかを説明し、結果ミセリが気絶した的な流れである。

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765名無しさん:2023/01/30(月) 22:36:52 ID:.eE0h2Dw0


('A`)「はえーシベリアかぁ。あいつも大変だなぁ」

( ^ω^) ・ ・ ・

('A`)「さむそう」

 ちなみにドクオとブーンも居た。

( ^ω^)

Σ(; ^ω^)「いやドクオの反応おかしくないかお!? これ絶対に緊急事態だお!?」

('A`)「いやー要するにプチ家出だろ? そんな珍しくねえよ」

(; ^ω^)「でも過去に送るのってタイムパラドックスで色々ヤバくないのかお?
       こういう展開、世界線とか分岐が云々で複雑になりがちだお……」

( <●><●>)「そういうのが発生しないタイプです」

( ^ω^)「じゃあいいか……」

 懸念は解決したようだった。

('A`)「そんじゃ俺には用無いですよね。帰っていいすか」

( <●><●>)「構いません。自由に過ごして下さい」

('A`)「了解。そんじゃ失礼します」

(; ^ω^)「ええー!! 今こそ情熱的にツンを追いかけるべきだお!?」

('A`)「俺らはそういう感じじゃねえんだよ。お前も一回頭冷やしとけ」

(; ´ω`)「僕らの出番が終わっちまうおーー!!」

 ドクオ&ブーン帰宅。出番は終わりだった。

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766名無しさん:2023/01/30(月) 22:38:44 ID:.eE0h2Dw0


川д川「……で、私にはまだ用があるんでしょう?」


 2人が去るのを見届けた後、腕組みをした貞子がロマネスクの横顔を覗き込んだ。
 それと同時に彼女の前髪が片側に垂れ下がる。
 普段は見えない彼女の素顔と、朧げな瞳が露わになった。

( <●><●>)「貴方には毛利まゆの件を任せます」

( <●><●>)「方法は問いません。対象とお嬢様のあらゆる接触を妨害して下さい」

川д川「……それは、お嬢様がこの時代に戻ってくる前提で言ってるわよね」

( <●><●>)「……失言でした」

 ワカッテマスは無表情のまま少しだけ顔を伏せた。
 貞子はその素振りを冗談として受け取り、ささやかに笑って背筋を正した。

川д川「魔眼で未来を見た上で、今の仕事がどうしても必要なんでしょう?」

川д川「いいわ。その汚れ役は私が引き受けましょう」

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767名無しさん:2023/01/30(月) 22:40:38 ID:.eE0h2Dw0


( <●><●>)「必要であれば探知結界の範囲を狭めてもらっても構いません。
        ハインリッヒを捕らえた今、魔王軍の手勢は余り気味ですから」

川д川「それは余計な気遣いよ。ただ勝つだけなら私と貴方で十分なんだし」

 片手でひらりと空を煽ると、貞子は一息のうちに空間転移の魔術を詠唱して姿を消した。
 ワカッテマスは続けて振り返り、部屋の隅に待たせていた少女を見て言った。

( <●><●>)「お待たせしました」

( <●><●>)「こちらの話に入りましょう。済み次第、貴方を過去に飛ばします」




o川*゚-゚)o「……今からでも代役立ててほしいんだけど」

 ――素直四天王が一人、素直キュート。
 彼女は不服と倦怠を全面に押し出した様子でワカッテマスに細目を向け、小さく息を吐いた。

o川*゚ー゚)o「て言ってもムダなんでしょ? 分かる分かる、早くおはなしをどうぞ」

 キュートは態度を一変させながら前に出て、大仰な動きで手近なソファに腰を下ろした。
 それと同時に『とすん』と可愛げのある擬音。これで乱暴に座ったつもりなのだからかわいい。

o川;*´ー`)o「あ〜あ私もシベリア送りかぁ。ほんとに嫌なんだけどなぁ〜……」

( <●><●>)「選出についてはご自分の仲間を恨んで下さい。
        私もまさかジャンケンで事を済ませるとは思わなかったので」

o川;*´ー`)o「うう〜」ジタバタ

 未練がましく消え入りそうな声。両手を頭に添えて振り、左右の二つ結びを翻すキュート。
 彼女は素直四天王の中でもっとも若い15歳の少女である。シベリアなんかにゃ当然行きたくない。
 高い適応能力を求められる此度の一件。任務遂行の観点からも彼女が適任であるかは若干怪しい。

 そういう感じの色々もあって、ワカッテマスの胸中には少なからず不安が渦巻いていた。

( <●><●>)(――そう、不安がある)

( <●><●>)(私の魔眼では、過去に繋がる出来事を見ることはできないから)

( <●><●>)(素直キュートを過去に送ったとして、そこで何が起こるかまでは知る術が無い……)

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768名無しさん:2023/01/30(月) 22:45:27 ID:.eE0h2Dw0


 ワカッテマスの魔眼は万能ではない。
 未来視という破格の能力は備えていても、その実性能には大きなブレがある。

 当人以外には知る由もない魔眼のブレ。極めて不安定な挙動の数々。
 その最たる項目が『過去視』であった。彼の魔眼は、決して『過去』を見てはならないのだ。


( <●><●>)(――私の未来視は、私が認知している『過去』に大きく依存する)

( <●><●>)(結論それは、『過去の情報』を増やすほどに私の未来視は精度を落とすということ)

( <●><●>)(未来視を成立させる計算式は極めて複雑で、私自身でも理解しきれてはいない。
        その計算式の中でも、何より厄介な存在こそが『過去』という変数)

( <●><●>)(ここの値を弄るだけで未来視に関する方程式は根底から覆る。
        この能力を安定させるには、私は『過去』を死角にしなければならない……)


 という事で、ワカッテマスは過去の出来事を魔眼で把握する事だけは極力避けているのだった。
 という事で、過去のシベリアで何が起ころうとワカッテマスには何も分からないのだった。

o川*´ー`)o

 なので、なるべく信頼できる人物を過去に送りたいのだが、ここに居るのは素直キュート。
 彼女の選出は未来視によって事前に把握していたが、以後の顛末はなんも分からん状態にある。

 それでも素直キュートは魔王城ツンを連れて現代に戻ってくる。それに関して彼に不安は無い。
 ワカッテマスが不安を抱くのは、彼女たちの帰還後に起こる 『次の展開』 であった。

 未来の分岐が組み合わさって、『魔眼のワカッテマスが死亡する未来』が発生する転換点。
 『過去で何かが起こる』、『その何かは自身の死を招く』、『死の未来はおよそ不可避である』。

 以前ワカッテマスがミセリ達に語った未来視の終わり。
 その結末が確実な未来として分岐に加わってしまうイベントこそが、今回のくだり。

 そこで『じゃあこのイベント自体を発生させなければいいのでは?』と思うのは当然の疑問。
 なのにどうしてこんな愚かしいマネをするのかというと、彼はただ、『これ以外』を選べなかったのだ。

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769名無しさん:2023/01/30(月) 22:47:47 ID:.eE0h2Dw0


( <●><●>)「――前提を整理します」

 ワカッテマスは淀みなく言い切って素直キュートの対面に座った。

( <●><●>)「お嬢様は『誰にも迷惑をかけない場所』をご希望されました。
        そこで私はお嬢様を過去へと送り、『誰にも迷惑をかけようがない状況』をご用意しました」

( <●><●>)「ですが、貴方がた素直四天王は『その上で迷惑を被っている』と異議を申し立てられた」

o川*´ー`)o「だからその迷惑をこっちの都合で解決しに行く。……って、まぁ要するに屁理屈だよね」

 キュートはワカッテマスの語りを一言で片付け、呆れたように片手を振って見せた。

( <●><●>)「はい」

 そんな彼女に嘯くこともないワカッテマス。
 そのあっけらかんとした素振りに好感を抱いたキュートは、もう一歩踏み込んだ事情を彼に尋ねた。

o川*゚ー゚)o「ツンちゃんを魔界に送らなかったのは、あなた個人に別の目的があるからよね?」

( <●><●>)「私は常に個人的な目的の為に動いています」

o川*゚ー゚)o「……ふーん。そんな見た目で腹黒なんだね」

 彼の答えにキュートは親近感を覚えた。
 ほんのりと笑みを浮かべ、顎を上げて彼の魔眼を見つめる。

o川*゚ー゚)o「で、その目的っていうのは何なのかな」

o川*゚ー゚)o「すごい魔眼を持ってるのに、それでも小芝居が必要な目的って相当じゃない?」

( <●><●>)

o川*゚ー゚)o

( <一><一>)「話を続けます」

 無言で応えたワカッテマスに、キュートはこれ以上の意地悪をしなかった。

.

770名無しさん:2023/01/30(月) 22:50:13 ID:.eE0h2Dw0


( <●><●>)「素直キュート、貴方にはこれから過去へ向かってもらいます」

o川*゚ー゚)o「はいはいエンドゲームでレイシフトで電王な感じでしょ知ってる」

( <●><●>)「過去の世界で貴方が何をしようとも、私は一切関知しません。
        ただし、お嬢様への接触と、ご意思の再確認だけは義務とさせて頂きます」

o川*゚ー゚)o「はいはいツンちゃんに会って連れ帰ればいいんでしょ分かる分かる」

( <●><●>)「そうですね、お嬢様が 『帰りたい』 と仰っしゃればそのようにして下さい。
        ですが、ご帰還を望まれない場合は放置してもらって構いません」

o川*゚ー゚)o「いや〜普通に帰りたがると思うけどね。ツンちゃん意思弱いし」

( <●><●>)

( <●><●>)「素晴らしい理解度です。正直私もそう思います」

o川*゚ー゚)o「本気で不安がってるの、そこで気絶してるお姉さんくらいでしょ」



【そこで気絶してるミセリお姉さん】

  ↓

ミセ* ー )リ



( <●><●>)「そうですね」

o川*゚ー゚)o「あっはっは。なんだこの茶番」




( <●><●>)(……故に、恐るべき事態なのだ)

 キュートの軽口を真に受けたワカッテマスは目を細めて口を噤んだ。
 己を死に至らせる要因がこのような茶番から生まれること自体ありえない異常事態。
 不安にかまけて軽率な言動を取る彼ではないが、憂慮の念はやはり拭いきれていなかった。

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771名無しさん:2023/01/30(月) 22:53:04 ID:.eE0h2Dw0


( <●><●>)「それと最後に、過去と未来の関係性について」

( <●><●>)「先ほど内藤ホライゾンからも指摘があったタイムパラドクスの件です。
        過去の行動が現在にどのような影響をもたらすか、ですが」

( <●><●>)「基本的には何の影響もありません。未来は我々の知る形――今現在に収束します」

o川*゚ー゚)o「じゃあ例外的には? あるんでしょ、未来に影響を与える方法」

( <●><●>)「……そのような禁則事項を人間に教えると思いますか」

o川*´ー`)o「けちー」

( <●><●>)「こちらからの話は以上です。なにかご質問は」

o川*゚ー゚)o

o川*゚ー゚)o「まぁ、特にないかな。聞いても答えないだろうし」

 ワカッテマスの最終確認に逡巡を要さず答えるキュート。
 最初こそ機嫌を損ねていた彼女だったが、今の彼女にそのような素振りは見受けられなかった。

o川*゚ー゚)o「細かいことはサプライズとして取っておくから」

o川*゚ー゚)o「いいよ、もうやっちゃって」

( <●><●>)「……失礼ながら、私は貴方の内心を見透かしています。
        今の話の中で、貴方が何をもって溜飲を下げたのかも理解しています」

o川*゚ー゚)o「いやー、それでも敢えて言語化しようとする辺り努力家だよね」

( <●><●>)

o川*゚ー゚)o「魔眼があれば相互理解なんか完全放棄していいのにさ」

o川*^ー^)o「――うん、健気な歩み寄りだと思うよ」

 年端もいかぬ少女から、理外人外の個へと放たれた傲語。
 ワカッテマスはここでも無表情を貫いていたが、その実、彼女の皮肉はかなりボディに効いていた。


〜回想おわり〜

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772名無しさん:2023/01/30(月) 22:55:39 ID:.eE0h2Dw0






o川*゚ー゚)o(……で、皮肉を言った次の瞬間には過去に飛ばされてましたと)

o川*´ー`)o(いやぁ、まさか問答無用かつマジで手ぶらでシベリア送りとはね……)

 殊勝な回想シーンを終えた頃、キュートの朝食は綺麗さっぱり平らげられていた。
 朝のルーティーンはこれにて終了。あとは仕事を探しに行き、それをこなせば1日が終了となる。

 だが仕事にしても暇潰しの意味合いが強く、今のキュートはツンを連れ帰ることを急いではいなかった。
 その理由も簡単で、回想シーンにもあった当初の予想が、すっかり外れてしまったからだった。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

o川*゚ー゚)o「いや〜普通に帰りたがると思うけどね。ツンちゃん意思弱いし」

( <●><●>)「素晴らしい理解度です。正直私もそう思います」

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


o川*゚ー゚)o(……普通に帰りたがるって、思ってたんだけどなあ)

 結論から言って、魔王城ツンは現代に戻ることを拒否していた。
 キュートの方も直截的に聞いた訳ではなかったが、当人にその意気が無いのは明白だったのだ。
 ちなみにそこらへんの話は次回以降で回想シーンを挟む予定だった。

 なので一旦本題は忘れ、まずはツンちゃんとの心の距離を縮めることを念頭に置く。
 そうした結果がツンちゃんとの共同生活であり、今現在の穏やかな日々なのであった。

.

773名無しさん:2023/01/30(月) 22:58:40 ID:.eE0h2Dw0


o川*゚ー゚)o(でもまぁ私もずっと付き合うつもりは無いし)

o川*゚ー゚)o(この時代で金目のもん集めて、さっさと帰んないとな)

o川*゚ー゚)o(ということで――)

 大前提として、素直四天王が欲しているのは大金だけである。
 今は金儲けと保身のために魔王城ツンが便利というだけで、彼女自身にはそれほど興味は無い。
 金の卵を産むガチョウ。それに釣り合うものさえあれば、この一件はあっさりと終わるのだ。

                  アンティーク
o川;*゚ー゚)o(――まず狙うのは骨董品! 将来的に希少価値が高くなるもの!
        マニア受けしそうなものを安値でゲットして、未来で転売すりゃ大儲けよ……!)


 よって動き出したのが上記の転売計画、もとい善後策。
 過去で仕入れた物品を未来で売り捌くという切実な金策活動であった。

 ――ツンちゃんの経過を観察しつつ、金品を集めてリスクヘッジに奔走する。
 そうして金策が済めばツンを無理に連れ帰る必要も無くなるため、誰にとっても悪い話ではない。
 どこかピクミン的なこの算段は、彼女たちも無難な落とし所として合意を済ませてあった。

o川*´ー`)o「……ま、なにはともあれ今日も仕事なんだけどね」ヨッコラセ

 思案をやめて席を立ち、キュートはのびのびと背を伸ばした。
 外出の準備をして、また改めてツンに声をかける。

o川*゚ー゚)o「そんじゃ私は仕事探しに行くからさ、ツンちゃんの方も色々よろしくね」

ξ゚⊿゚)ξ「うん」

o川*゚ー゚)o「私は仕事と物品集めを担当して、ツンちゃんは家事と品定めを担当する」

o川*^ー^)o「……これからも上手に付き合っていこうね。
        わたし今、そんなに悪い気はしてないから」

 キュートは暗黒微笑でそう言って家を後にした。
 ツンも一息ついてから、自分の仕事に取り掛かった。

.

774名無しさん:2023/01/30(月) 23:07:29 ID:.eE0h2Dw0


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


ξ゚⊿゚)ξ

 ――家の中を掃除して、整理して、はたと小さな置き時計を見る。
 時刻はそれでも昼さえ越えておらず、ツンがやるべき仕事はあとひとつしか残っていなかった。

 ツンは暖かなリビングから書斎兼物置きとなっている別室へと場所を移した。
 薄暗い部屋だった。窓はあったが陽射しは皆無で、しっとりした寒さが肌を舐めるようだった。

 中に入り、扉を閉めると部屋の暗がりがさらに色濃くなった。
 ツンは目を慣らしてから中を進み、背の低い本棚から数冊を抜き取ってそのタイトルを検めた。
 英語、フランス語、ロシア語、中国語のそれらには、およそ日記を意味する題が載せられている。

ξ゚⊿゚)ξ(……これはまだ、読んでないわね)

 ツンは諸々の日記を持って窓際の机に向かった。
 朽ちかけている椅子にゆっくりと腰掛け、他人の日記を静かにめくり始める。

 このレンガ小屋は終末期を迎えた患者の隔離場所である。
 そんな場所に置かれた日記など、ぶっちゃけ縁起のいいものではない。

 しかし、彼女はそういったものを好んで読み進めていた。
 ここに来てからずっとそうして、人間の最期の感情を咀嚼し続けていたのだ。
 そこに『人間の死』への共感など無く、彼女はただ、好物としてそれを摂取していた。

ξ゚⊿゚)ξ「――……」

 興味深い、面白いものとして。
 即ち、人間という生物への知的好奇心を満たす為に。
 掃除の時に古いジャンプとか読んじゃうノリで。

.

775名無しさん:2023/01/30(月) 23:08:35 ID:.eE0h2Dw0


 とはいえ、死にかけの人間が書く文章など大した量や内容にはならないものだ。
 文字が歪んでいて読解自体が難しかったり、最初の数ページ以降は全て白紙という本もかなり多い。
 当たり外れの区別はないが、読み応えという点でツンの欲求を満たすものはかなり少なかった。

ξ゚⊿゚)ξ

ξ-⊿-)ξ「……ふぅ」

 ツンは手にした日記たちを10分もしないうちに読破してしまった。そしてもう二度と読まない。
 あとの時間はキュートに任されている品定めに使い、書斎の整理を同時に進めていく。

 以上が魔王城ツンの基本的な生活習慣。
 彼女はこれを半月以上繰り返し、これ以外の事を何もしていなかった。

ξ゚⊿゚)ξ「……ざ、りとるぷりんす」

ξ゚⊿゚)ξ(これ初版っぽいし、多分売れるやつよね)

ξ゚⊿゚)ξ(こっちのは虫の本かしら……ファーブル?)

ξ゚⊿゚)ξ(とりあえず読みましょう)

 〜3時間後〜

ξ゚⊿゚)ξ(読み終わったのだわ)

ξ゚⊿゚)ξ(……品定めも少しやったし、次は部屋の整理をしましょうか)チラッ

 ツンは立ち上がって書斎を一望し、さてどこに手を付けてみようかと少し考えた。

 背の低い本棚。背の高い本棚。床に積まれた本の山。
 埃を被った医療器具。衣類や毛布の塊。壊れた家具や家電の類。
 それらに加え、キュートが持ち帰ってきた金目のものがとにかくいっぱい。

ξ゚⊿゚)ξ

ξ゚⊿゚)ξ「書斎なんだし、やっぱり本よね」

 ややあってから、ツンの関心は背の高い本棚に向けられた。
 それは整理を口実にした宝探し。彼女の目当ては、その本棚に収められた未読の日記たちであった。
 足の踏み場を作りつつ、ツンは背高の本棚に近づいてラインナップを確認した。

.

776名無しさん:2023/01/30(月) 23:14:28 ID:.eE0h2Dw0


ξ゚⊿゚)ξ(どれどれ……)

 こちらの本棚には専門的な知識を要する分厚い本ばかりが並んでいた。
 医学、地学、神学――中でも気象学に関する本が多いのは先人の趣味だろう。

 それらはまた今度読むとして、ツンは最初に無題の革装を手に取った。
 背に記載が無いので恐らくは日記であろうが、革装の日記ともなると好奇心も一入だった。
 しかもデカくて分厚いのである。ツンちゃん的にも期待を寄せる大物であった。

ξ゚⊿゚)ξ(……おお、最後まで文字たっぷりだ)ペラッ

 期待しつつ小口をぱらぱらと流してみると、手書きの文字が最後のページまでしっかり綴られていた。

ξ゚⊿゚)ξ(あと日本語だし。読み慣れてるから助かるわね)

 ツンは一旦本を閉じ、気を取り直して最初のページに戻り、またじっくりと読み始めた。

.

777名無しさん:2023/01/30(月) 23:16:53 ID:.eE0h2Dw0



ξ゚⊿゚)ξ(……言葉を知らぬ頃。初めて『それ』を見た瞬間、私は神の存在を必要とした)

ξ゚⊿゚)ξ(曰く、言葉は神であったという。即ち、私はそのとき言葉を欲したのである)

 ポエムから始まる日記は流石に初めてだった。
 書斎にあるという事はこれを書いたのも死の間際の筈だが、随分余裕があるなと彼女は思った。


ξ゚⊿゚)ξ(世界を巡り、言葉を覚え、……程なく私は、『それ』を言い表す為の言葉を知った)

ξ゚⊿゚)ξ(その言葉とは星であった。私が最初に見たものは、星と呼ばれるものであった)


ξ゚⊿゚)ξ(言葉を知らぬ頃、私は夜空の星を見て、それを美しいと感じていた)

ξ゚⊿゚)ξ(しかしそのとき、私の中には美しいという感情の他に、もうひとつ別の思いがあった)



ξ゚⊿゚)ξ(……欲しい。私は、星を欲していたのである)


.

778名無しさん:2023/01/30(月) 23:18:05 ID:.eE0h2Dw0



ξ゚⊿゚)ξ「……星が、欲しい?」

ξ゚⊿゚)ξ


ξ;゚⊿゚)ξ(えっ、ここで親父ギャグ――!?)


 突然のユーモアに思わずツッコミを入れてしまうツンちゃんであった。


.

779名無しさん:2023/01/30(月) 23:19:45 ID:.eE0h2Dw0



◆ 素直キュートの日記 Day30 ◆


 相変わらず何も起こらない 魔物の生態は少し分かってきた 
 ツンちゃんは食事もウンチもしない 魔物には代謝機能がそもそも無さそう
 魔物のエネルギー源は魔力だけ? やっぱり生物として根本的に違う

 ツンちゃんが意外とバイリンガルで助かる 金目の物を集めやすい
 墓掘りの仕事 飽きた


.

780名無しさん:2023/01/30(月) 23:22:09 ID:.eE0h2Dw0

#08 >>559-627 #09 >>634-666 #10 >>675-744
#11 >>753-779

今後は書けたらすぐ投下する感じでやります
投下頻度は多分高くなると思います!恐らく、きっと…

シベリアの話がしばらく続きます がんばれツンちゃん!

781名無しさん:2023/01/31(火) 05:22:08 ID:xDFrPI..0
おつで

782名無しさん:2023/02/14(火) 11:48:55 ID:7mEye2pM0
久々にブーン系戻ってきたらツンちゃんがシベリア送りになってた
今後も楽しみ

783名無しさん:2024/04/20(土) 09:19:17 ID:oanryblQ0
そして1年の時が流れた…

784名無しさん:2024/07/13(土) 04:55:15 ID:OIsD/E3.0
投下頻度は多分高くなると思います!恐らく、きっと…

あれ?

785名無しさん:2025/06/12(木) 02:25:58 ID:2wjSxEU20
「あれ?」だが待つしかないよ…


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