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(゚、゚トソンムジナのようですミセ*゚ー゚)リ

353名も無きAAのようです:2014/08/08(金) 21:35:40 ID:CtMjQLN60
更新きてる!
支援

354名も無きAAのようです:2014/08/08(金) 21:36:08 ID:JUgNWWnY0

( ‐=ll=-) 「待て、早まるな『親猫』」

〈 十〉 「会話の内容は聞いている。『蠍』を庇おうというような発言は問題だが、
     それもあくまでこの街の異変を憂いてのことと理解している。同じく、貴様の微妙な立場も、な」

( ‐=ll=-) 「まだ、我々は貴様を敵とは認識していない。故に貴様に手を出すようなマネはしない」

〈 十〉 「我々の狙いは『蠍』の志納ドクオ。直接的に庇う真似さえしなければ、われわれの盟約は保たれる」

 つまりは、今からドクオを殺すが邪魔するな、ということだろう。
 既に何らかの連絡をされている可能性もある。
 この二人を屠ったとして、仲間の安全を保てるとは限らない。
 いざとなれば策はある。ここは一応杭持ちに従う態度を見せておいた方がいいだろう。

 ギコはちらりとドクオを見た。
 彼は草臥れた顔で唾を吐く。

('A`) 「勝手に変な名前付けて、勝手に話進めやがって」

 ドクオは自分の首の後ろをおもむろに親指の爪で刺す。
 杭持ち二人が構えた。
 後頭部付近から流れ出た血はそのままヒモのように伸び、2m弱の長さで空中に留まる。
 先端は爪状の刃になっており、これを鞭や触手のように操って戦うのだろう。

 丁度いい。
 この短期間に最高脅威度に認められたその力、一度見て見たいとは思っていた。

355名も無きAAのようです:2014/08/08(金) 21:38:35 ID:JUgNWWnY0

( ‐=ll=-) 「ギヤン、血刑には気をつけろよ

〈 十〉 「分かり切ったことを」

 一人が構えるのは短機関銃。拳銃よりも連射性に優れ、近接戦闘に置いては驚異的な優位性を誇る。
 吸血鬼が人間よりも頑丈とはいえ、あれを格闘戦に盛り込まれると非常に辛い。
 もう一方、ギヤンと呼ばれた方が背中から引き抜いたのは、剣のような長杭。
 通常の杭と異なり、肉厚の両刃。鍔が椀状の西洋のサーベルを思わせる拵えだ。
 逆の手には、丸いブリキ張りの盾を備えている。吸血鬼狩りと言うよりも剣闘士のようだ。

 どちらの装備も杭持ちの標準とは異なる。
 こういった装備が許されるということはつまり、この二人がそれだけ実力を認められているということ。

〈 十〉 「行くぞ、『蠍』!!」

 水から飛び出すギヤン。
 抵抗の大きい中から飛んだとは思えぬ大きな跳躍でドクオに飛び掛かる。
 腕を畳んだ構えから、鋭い突きを放つ。

 ドクオは大きく後退して回避。
 しかし、その体を銃弾の群れが襲う。
 二発がドクオの腹を穿った。腹筋で止め出血は微小。
 衝撃で体がよろける。

 着地したギヤンは、水で残像が出来るほどの速さで前へ。
 盾を前に出し、反撃を封じながらの突進だ。
 ドクオは倒れるように横へ逃れる。
 地面に手を付き、覗き込むような形から、血の触手をギヤンの脇腹へ。

356名も無きAAのようです:2014/08/08(金) 21:39:33 ID:JUgNWWnY0

 飛び掛かる蛇の如くであったが、追ってきた盾に弾かれる。
 追撃の暇も無く、ドクオは転がってその場を逃れた。
 激しい銃声と共に舗装のコンクリートが爆ぜる。

(,,゚Д゚) 「……」

 ギコは手を出さずに離れた。
 ドクオの協力は確かに欲しいが、杭持ちとの無用な対立は避けなければならない。
 申し訳なく思うが、自分の撒いた種だ。自身で何とかしてもらうほかあるまい。
 
 短機関銃の銃口がドクオを追う。
 数で圧倒するのがミソの火器であろうが、無駄玉は使っていない。
 外れた弾も回避されているだけでなく、誘導の意志をもって使われている。
 ギコであればいくらでも対応できるが、元々戦闘技術など持たないドクオがどれだけ出来るのか。

 味方の銃弾が飛ぶ中を、再び突進するギヤン。
 流れ弾を恐れる様子は無く、銃手信頼度の高さが見える。

 ドクオは後退で距離を保ちながら、触手を上方から回り込ませた。
 盾が引きつけられれば、空いた胴を狙うつもりだったのだろう。
 しかしそれはギヤンも読んでいた。前傾姿勢で体を捩じり、杭で触手を弾く。
 そのまま螺旋を描いて回転。
 うつ伏せる状態に戻ると同時に地面を蹴って、自らの体をミサイルのようにしてドクオに飛び掛かる。

 回避が間に合っていない。
 盾による突進で体を突き飛ばされ、尻を付くドクオ。
 ギヤンは膝立ちで耐え、完全に体勢を崩すことは避けている。l

 弾かれた位置から、咄嗟の判断でギヤンを狙う触手。
 しかし、それも半ばから斬り飛ばされた。ドクオは唯一の武器を手放すことになる。

357名も無きAAのようです:2014/08/08(金) 21:41:32 ID:JUgNWWnY0

 無防備なドクオ。
 片足をギヤンの下半身の下敷きにされ、逃れることも難しい。
 盾を作るような量の血を急に流すほどの余裕も無い。

 ギヤンが小さく剣を振り上げる。
 頭か心臓か、一旦首か。
 瞬殺は出来なくとも、自由を奪うだけでも十分だ。

〈 十〉 (貰った!!!)
 
 突き出される剣。
 激しい音と共に、その切っ先が。

(,,゚Д゚) 「!」

〈 十〉 「?!」

 コンクリートの地面に弾かれる。
 ドクオが躱したのではない。ギヤンの攻撃が外れたのだ。
 戸惑うギヤンを、ドクオは封じられていない足で蹴り飛ばした。

 後ろに転がされすぐさま立ち上がろうとするギヤン。
 しかし、膝から下を失ったかのように地に伏せた。
 神経系の毒が回っているのだ。こうなっては真面に戦闘の継続は出来ない。

〈 十〉 「なッ、呼吸は止めていた!どうやって毒を……!」

 確かに、血の触手は当たってはいないし、ドクオは血の毒を揮発させていたわけでもない。

358名も無きAAのようです:2014/08/08(金) 21:42:31 ID:JUgNWWnY0

〈 十〉 「くッ……アザム!なにをしている!!」

( ‐=ll=-) 「……済まない、ギヤン……」

〈 十〉 「何ィ?!」

 川の中から銃撃による後方支援をしていたもう一人、アザムが銃を落とす。
 どこか不安定な視線と、川の流れの中立つのが精一杯の下半身。
 ギヤンと同じ毒のようだが、症状はより進んでいる。

〈 十〉 「いつの、間に……!」

('A`) 「……」

 立ち上がり、服に付いた汚れを払うドクオ。
 勝負はついたのだ。解毒剤を持たなければ、この状態からの回復は不可能。
 偶然見かけて追跡していたのならば、そんな物は持ち合わせていないだろう。

('A`) 「……御大層に『蠍』なんてあだ名をつけてくれたんだ。使わねえ理由はねえだろ」

 そう言いながら、ドクオは自分の指を舐めた。
 爪で浅く切り裂いた跡がある。唾液が触れたことですぐに塞がったが、周囲には血が残っていた。

('A`) 「杭持ちに対策を練られてるのは、自覚していた。だから、ちょっとブラフを立てさせてもらった」

〈 十〉 「……そう言う、ことか」

 ギヤンが歯ぎしりを立てた。
 理解したのだろう。自分たちがそもそも勘違いさせられたことに。

359名も無きAAのようです:2014/08/08(金) 21:43:55 ID:JUgNWWnY0

('A`) 「お前らはきっと、ここ数回俺が逃した杭持ちの話から、あれが俺のスタイルだと思ったんだろ?」

('A`) 「だから、『蠍』。毒の尻尾っぽいしな。お役所派生にしちゃセンスあるよ」

 ドクオは、いかにも目立つ触手を囮に、僅かな隙を狙って毒針を撃っていたのだ。
 針は極小。致死性とは縁遠いものだが、戦闘不能にするには十分な量だった。
 見ればギヤンは剣を持つ親指の付け根に、アザムは顎のすぐ下に、虫刺されのような跡がある。

('A`) 「過去に針で殺した奴はいないしな。触手で戦う吸血鬼と勘違いしてもらえてうれしいよ」

 ドクオは切り落とされ、地面にこべりついた血に人差し指をつける。
 渇いておらず、酸化もしていない一部の血だけを集め、指先に長い爪を作り出す。

('A`) 「……ここまで話したし、ま、話すまでもなく気づいただろうけど、もうしばらく俺に楽をさせてくれ」

〈 十〉 「くッ……」

 もはや剣を持つことすらできなくなったギヤンにドクオが近づく。
 撒いた餌の効果を維持するには、針に気付いた者は殺さねばならない。

(,,゚Д゚) 「待て、志納」

('A`) 「……さっきの話、乗ってやる。がお前の傘下に入るわけじゃない。命令は聞かん」

(,,゚Д゚) 「分かっている。だから礼代わりにここは俺に任せてくれ」

360名も無きAAのようです:2014/08/08(金) 21:44:56 ID:JUgNWWnY0

 ドクオに歩み寄っていたギコの姿が唐突に消えた。
 風が吹き抜け、小さな打撃音と共にギヤンが白目を剥く。
 アザムが驚きの顔を見せたが、数秒遅れて彼も意識を失った。

 水面を水切石の如く走ったギコが、鞭のごとき手刀で首筋を打ったのだ。
 崩れ水に沈みそうなアザムの体を担ぎ上げて、ギコが川原へ戻る。

(,,゚Д゚) 「解毒剤は作れるのか?」

('A`) 「……どうするつもりだ」

(,,゚Д゚) 「介抱して、回復したならばしいに記憶を改竄させる。杭持ちはしいがそこまでの暗示を使えることは知らん」

('A`) 「……」

(,,゚Д゚) 「俺とお前の関わりも誤魔化せるし、お前と戦った内容もいくらでも改竄できる」

('A`) 「……なら、いい」

 ドクオはパーカーのポケットから栄養ドリンクのビンを取りだした。
 茶色いピンの中には半ほどまで粘度の高い液体が入っている。

('A`) 「俺の血で作った中和剤だ。そもそも死ぬようなもんでは無いが、回復を早めることは出来るだろう」

(,,゚Д゚) 「恩に着る」

361名も無きAAのようです:2014/08/08(金) 21:45:39 ID:JUgNWWnY0

('A`) 「代りと言っては何だが、俺からもアンタに頼みがある」

(,,゚Д゚) 「内容によっては引き受けよう」

('A`) 「コイツのことを調べてほしい」

 ドクオが差し出した写真に映っているのは、彼と同居している青年だった。
 男らしいはっきりとした顔立ちで、体型もしっかりしている。
 日陰者の代表格のようなドクオとはあまり接点が無さそうに見えたが。

('A`) 「名は長岡ジョルジュ。俺の昔の友人なんだが、最近になって接触してきた
    そいつの周辺を出来る限り洗ってもらいたい                 」

(,,゚Д゚) 「……無礼なことを承知で答えるが、その男の身辺は一通り洗った。杭持ちや裏の討伐屋の類では無いぞ」

('A`) 「それはわかってる」

 ドクオはギコに詳しい事情を話す。
 写真の青年、ジョルジュが吸血鬼にしてくれと頼み込んできていること。
 その理由をまったくと言っていいほど話そうとしないこと。

('A`) 「何か事情があるようなのは確かなんだが。このまま放っておくと、他の吸血鬼に体よく利用されかねん」

(,,゚Д゚) 「分かった。早急にとはいかんが手を回してみよう」

362名も無きAAのようです:2014/08/08(金) 21:46:22 ID:JUgNWWnY0

('A`) 「何かわかった時には、ここに連絡をくれ」

 ドクオは番号のかかれたメモを渡すと、パーカーのフードを目深に被り直し橋の下を出ていった。
 念のため、近隣にいる仲間に連絡し彼が街を去るサポートに当てた。

(,,゚Д゚) 「……さて」

 とにかく志納ドクオを味方につけることには成功した。
 重要な戦力だ。危うい男ではあるが、十分に役に立つ。

(,,゚Д゚) 「早く、原因を見つけ無ければ」

 二人の人間を軽々担ぎ、ギコはアジトへと足を向けた。
 やるべきことは山ほど多い。
 彼らの願う人と吸血鬼が殺しあわずに済む世界は、まだ遠いのだから。

363名も無きAAのようです:2014/08/08(金) 21:48:21 ID:JUgNWWnY0

 三行


             三 OOてゝ
             三 O         カサカサカサカサ
             三 ヾハハ'A`)へ

364名も無きAAのようです:2014/08/08(金) 22:16:54 ID:b7zmQcHs0
乙!
蠍ドクオAAワロタ

365名も無きAAのようです:2014/08/08(金) 22:40:25 ID:JUgNWWnY0


        Place: 草咲市 小手鳥町 字 辺津田 111 静かな趣の洋風建築
    ○
        Cast: 賤之女デレ 長岡ジョルジュ

   ──────────────────────────────────

366名も無きAAのようです:2014/08/08(金) 22:41:56 ID:JUgNWWnY0

ζ(゚、 ゚*ζ (お父様、どこへ行かれたのかしら)

ζ(‐、 ‐*ζ (また戦ってらっしゃるのかしら……血を失っても、中々飲んでくださらないのに)


 デレは憂いの漏れ出した表情で、ベッドに寝そべっていた。
 お父様がいない時はいつもそう。
 することが思いつかなくて、ベッドの上でただただ待っていることしかできない。

 前のお父様の時は、待っているのも平気だったのに。
 今はなんだか寂しくてたまらない。

 何もしないでいると、頭の中が暗くなる。
 自分でも知らない何かが、虫のように蠢いて、とても苦しくなる。


 < でれちゃーん、でれちゃーん、ご飯出来たぜー―!」

ζ(‐、 ‐*ζ (お父様、早く帰ってらっしゃらないかしら)

 < でれちゃーん、寝てるー―?」 ドタドタドタッ

ζ(‐、 ‐*ζ
  _
( ゚∀゚) 「でーれーっちゃんっ!」 ヒョコッ

ζ(‐、 ‐#ζ (……五月蠅い)

367名も無きAAのようです:2014/08/08(金) 22:44:16 ID:JUgNWWnY0
  _
( ゚∀゚) 「つーかさ、ドクオのやつ遅いよな。日焼けするくせにこんな昼間から何やってんだか」


 この無礼で不躾で無遠慮で無神経で不愉快な男が屋敷に住まうようになって一週間が経った。
 お父様が連れてきた友人であるし、吸血鬼の敵では無いらしいので大目に見ていたが、そろそろ堪忍袋の限界だ。
 初めて会って一時間で緒は三度ほど切れていたのだけれど、このままだと堪忍袋ごと炸裂してしまう。

 デレは元々、こういう男が嫌いだ。
 大嫌いだ。
 同じ空間で呼吸をしているのすら不愉快だ。
 何より腹が立つのは、デレですら呼んだことの無いお父様の名前を呼び捨てにしていること。

 自然に尖る唇が戻らない。
 こんなのは、前のお父様が教えてくれた淑女の立ち振る舞いではないのに。
 だから余計に頭に来る。全部この畜生が悪い。死ね。
 いっそ、護身用に隠し持っているデリンジャーで眉間をぶち抜いてやろうか。

 向かいの席で食事を勧める男の顔を睨みつける。
 こんなやつ。
 お父様の言葉が無ければとっくに追い出していたのに

368名も無きAAのようです:2014/08/08(金) 22:45:48 ID:JUgNWWnY0
  _
( ゚〜゚) 「どうしたの?我ながら結構美味いと思うぜ?」

ζ(゚、 ゚*ζ 「…………」


 目の前に置かれた深めの皿に目を落とす。
 山に盛られた白米と、とろりと覆うひき肉のあんかけ。
 茄子やトマト、ピーマンなどの刻まれた夏野菜が入っており、甘くも酸味のある香りが食欲をくすぐってくる。

 さらに真ん中には目玉焼き。
 黄身は半熟で今にも崩れ出しそうで、白身の端はきつね色にこんがりと焼けている。
 すぐさまスプーンで割ってしまいたい衝動に駆られる。
 否、やはりまずは卵無しの味を楽しんでから……。

  _
( ゚∀゚) 「熱いから、火傷しちゃダメだぞ」

ζ(゚、 ゚*ζ 「……匂いだけは、美味しそうですけれど」


 スプーンで縁のごはんと餡を掬い取る。
 立ち上る湯気。香りがさらに濃くなって、自然に口の中が濡れる。

 呼気で湯気を飛ばして、口の中へ。

369名も無きAAのようです:2014/08/08(金) 22:46:54 ID:JUgNWWnY0

ζ(゚、 ゚*ζ 「……」


 口の中に広がるトマトの酸味。
 噛むほどに絡んで、白米の甘さが合わさり、たった一口で味が次々に変わってゆく。

 たまらず次を、今度は具もしっかり掬って口へ。
 実を含むことでより濃くなったトマトの味わい。
 噛むほどに茄子から旨みがしみ出してくる。餡とは違う瑞々しいスープだ。
 飲み下した後に残る、ピーマンの苦み。これが妙に爽やかで嫌味が無くむしろ心地よい。

  _
( ゚∀゚) 「少し豆板醤入ってるけど、辛くない?」


 三口目で、その言葉の意味を理解した。
 舌先がほんの少しだけピリピリとする。子供のデレでも痛いと感じない程度の辛さ。
 野菜の甘みが強くて気にならなかったが、これのせいで余計に食欲が促されているのだ。

 時々話しかけてくる男を完全に無視して、デレはあんかけご飯を食べ進めた。
 半分に差し掛かるころに目玉焼きの黄身を割る。
 トロリと流れ落ちる黄色の幸せを、零れ落ちないように掬い取って絡めて、食べる。

 少ししつこく感じ始めていた肉餡の角が瞬く間にまろやかになり、食欲が復活する。
 白身のカリッと、プリッとした触感も相まってさらに美味だ。

370名も無きAAのようです:2014/08/08(金) 22:48:25 ID:JUgNWWnY0

 気づけば、少しも休むことなく、食べ終えてしまっていた。
 体が熱くなって、額には汗がにじむ。

 ふぅ、と胸から息を抜いたデレを見て、男が笑った。
 彼はまだ皿に2割ほどの残している。

 なんという敗北感。
 途中からこの無神経男が作った料理ということを忘れて食べてしまった。
 しかもデレは元々辛い物やピーマンが苦手だったのに。


ζ(゚、 ゚*ζ 「……あまりじろじろと見ないでくださいまし。失礼ですわ」
  _
( ^∀^) 「いや、ごめんよ。でもよかったぜ、気に入ってもらえたみたいで」

ζ(゚、 ゚*ζ 「ま、まあ。あなたのような人が作ったものにしては、ええ」


 食べきっておいて不味いとは言えない。食材にも無礼になる。
 現にもう少し食べたいと思うくらいには美味であった。
 悔しいし不愉快だが認めないわけにもいかない。

  _
( ゚∀゚) 「デレちゃん、パンとかインスタントばっかりだろ?だからたまにはこういうのも食べさせないとさ」

ζ(゚、 ゚*ζ 「ちゃんとサプリメントも飲んでいますし、問題ありません」
  _
( ゚∀゚) 「でもさ、良くないと思うぜ。伸び盛りの子供が、そう言う食事しかしないってさ」

371名も無きAAのようです:2014/08/08(金) 22:49:51 ID:JUgNWWnY0

 確かにデレの食事は今も昔も、インスタント食品や缶詰、惣菜のパンのような物ばかりだった。
 最優先すべきはお父様のお食事、つまり血液だ。
 サプリメントやドリンクでバランスを保ち、良質な血を作ればそれで良い。

 デレ自身の満足など不要だ。
 せめて空腹が紛れればそれで充分であった。

 でも。

  _
( ゚∀゚) 「ネタバレすっとさ、ドクオに頼まれたんだよね。デレちゃんに美味い物食わせてやってくれってさ」

ζ(゚、 ゚*ζ 「お父様が……」
  _
( ゚∀゚) 「んで俺も、デレちゃんの食事はどうかと思ってたのもあって、一肌脱いだってわけ」
  _
( ^∀^) 「だから、これは俺からじゃなくてドクオから、だからさ、俺が作ったとかは気にせず食いなよ」


 そんなことを言われては、もったいなくて逆に食べられない。
 お父様は、優しすぎる。
 ぶっきらぼうで、触れることすら滅多に赦してくれなくて、面と向かって手を差し伸べてくれることなどほとんどないのだけど。
 デレが何もしてあげられずにいる中で、いろんなことをデレにしてくれている。
 最近、やっとそれに気付けた気がする。なぜ気付けなかったのか分からないけれど、最近はちゃんと分かる。

 だから、怖いのだ。
 自分の存在価値がまったく無いような。
 お父様に対して何もできていないこの現状が、手足がしびれるほど恐ろしい。
 幸福なのに恐ろしい。この体の中で起きる矛盾の軋轢が、デレの憂鬱を強く大きなものとしている。

372名も無きAAのようです:2014/08/08(金) 22:51:06 ID:JUgNWWnY0
  _
( ゚∀゚) 「どした、デレちゃん?」

ζ(゚、 ゚*ζ 「……なんでもありません。寝所に戻りますので、滅多なことが無ければ来ないでください」
  _
( ゚∀゚) 「あいよ。あ、でも寝るんだったら歯磨きはしておきなよ」

ζ(゚、 ゚*ζ 「言われるまでも、ありません」


 食器をキッチンの流しに置いて、デレは洗面所へ向かう。
 長岡の料理は幸福であったが、だからこそ、早く洗い流してしまいたかった。

  _
( ゚∀゚) 「あ、そうだ。買い出しも頼まれてるんだけど、追加で必要なものとかある?」

ζ(゚、 ゚*ζ 「特にありませんわ」


 食事を終えた長岡も流しへ食器を持ってゆく。
 そのまま洗うようで、蛇口をひねって水を出した。
 デレは、入口で立ち止まり、振り返る。


ζ(゚、 ゚*ζ 「……長岡さん」
  _
( ゚∀゚) 「ん?」

ζ(゚、 ゚*ζ 「…………。…………ごちそうさまでした。お食事、…………美味しかったですわ」
  _
( ^∀^) 「おう、そう言ってもらえると、俺もうれしいよ」

373名も無きAAのようです:2014/08/08(金) 22:51:49 ID:JUgNWWnY0

  三行


     餌
     付
    け

374名も無きAAのようです:2014/08/08(金) 23:59:54 ID:qLxwpwV6C
デレ人間味でてきたな

375名も無きAAのようです:2014/08/09(土) 00:19:51 ID:8GTfCoNU0

飯テロ

376名も無きAAのようです:2014/08/09(土) 01:12:42 ID:zRfOhjf6O
確かに、読んでるコッチも腹が減った

377名も無きAAのようです:2014/08/09(土) 03:17:58 ID:apgD84y.0


378名も無きAAのようです:2014/08/09(土) 12:36:08 ID:MUoPrkJM0


379名も無きAAのようです:2014/08/09(土) 14:24:59 ID:3aejSDtI0
乙 デレがツンデレだった

380名も無きAAのようです:2014/08/24(日) 14:30:47 ID:vmDd.ruE0


        Place: 草咲市 空木町安芸 字 小間下103 城宮大学内 講義館正面玄関
    ○
        Cast: 都村トソン 伊藤ペニサス

   ─────────────────────────────────────

381名も無きAAのようです:2014/08/24(日) 14:33:16 ID:vmDd.ruE0
 

     ミー――……ン   ミー―ン ミンミン ミー―――…………ン


('、`*川 ……あっつ

(゚、゚トソン 市内の最高気温、35℃だそうです

('、`*川 なにそれ、ほぼ体温じゃん

(゚、゚トソン はい。


     ミー――……ン   ミー―ン ミンミン ミー―――…………ン


('、`*川 どうする?帰る?

(゚、゚トソン 教授いないんじゃ、いる意味も無いですし。

('、`*川 失敗したわ。今日ならいると思ったのに。

(゚、゚トソン 明日来るらしいですから、明日また来ましょう。

('、`*川 はー……めんど。

(゚、゚トソン 前期中にレポートを出さなかったあなたが悪いのでは。

('、`*川 はー、真面目ちゃんは連れないわ〜

382名も無きAAのようです:2014/08/24(日) 14:34:19 ID:vmDd.ruE0

(゚、゚トソン せっかく来ましたし、会館でちょっと休んでいきますか?  テトテト......

('、`*川 開いてんの?  コッコッ......

(゚、゚トソン 教授とか、実験で泊まり込みしてる人のために開けてるらしいですよ。品物は少ないみたいですけど。  テトテト

('、`*川 じゃ、ちょっと涼んでこか。  コッコッ



( ‘∀‘) ……いらっしゃいませー―……

('、`*川 何飲むの?

(゚、゚トソン アイスオレで

('、`*川 食べ物は?

(゚、゚トソン なにありますかね

('、`*川 ……わかんない

(゚、゚トソン じゃ、とりあえずロールケーキで

('、`*川 なかったら?

(゚、゚トソン なしで

383名も無きAAのようです:2014/08/24(日) 14:35:12 ID:vmDd.ruE0

('、`*川 お待たせ、はい。

(゚、゚トソン ありがとうございます

('、`*川 今日は食べ物置いてないんだって

(゚、゚トソン やっぱり

('、`*川 ま、これしか人いないのに真面な営業なんてしないわね



                                   あゆみちょっとおそくなーい?>

                             ライン既読になってないし、寝てんじゃないの?>



('、`*川 ……ああいう頭も股も緩そうなかっこ、無理だわ……

(゚、゚トソン 似合いそうですけど

('、`*川 他人から見てどうってより、自分が想像してダメ

(゚、゚トソン はあ

('、`*川 あんたこそ、その野暮い恰好何とかなんないの

(゚、゚トソン あいでんててーなので

384名も無きAAのようです:2014/08/24(日) 14:36:07 ID:vmDd.ruE0

('、`*川 つか、アンタ実家帰らないの?

(゚、゚トソン はい?

('、`*川 最近家出たんでしょ。実家に帰ってんの?

(゚、゚トソン ……んー―――…………

('、`*川 ……あえて聞かなかったけど

(゚、゚トソン はい

('、`*川 喧嘩でもしたの

(゚、゚トソン はい。

('、`*川 それで家出?

(゚、゚トソン はい。

('、`*川 子供かよ

(゚、゚トソン 残念ながら。

385名も無きAAのようです:2014/08/24(日) 14:36:58 ID:vmDd.ruE0

('、`*川 ……何処に住んでんの

(゚、゚トソン 従姉の部屋です。家事を手伝う条件で住まわせてもらっています。

('、`*川 ふーん……

(゚、゚トソン   チュー


('、`*川 ……

(゚、゚トソン ……冷房、強いですね。

('、`*川 そう?これくらいでいいわ

(゚、゚トソン 私、脂肪少ないので。

('、`*川 ケンカ売ってんのか。

(゚、゚トソン いえ、羨ましい肉付きだな、と。

('、`*川 ……

(゚、゚トソン すみません。不快だったら謝ります。

('、`*川 ……いや、悪意が無いのはわかるし、いいわ

386名も無きAAのようです:2014/08/24(日) 14:38:05 ID:vmDd.ruE0
 
<あ〜っごめ〜〜〜〜ん!

                                  ちょっとあゆみおそ〜い>

                                    どしたの?心配したんだよ>

                            なんか〜、吸血鬼が出たとかいってさ〜>


(゚、゚トソン


                                    えっ、マジ?大丈夫だったの?>

             よくわかんないけど〜、もう死んじゃってたみたい。マジビビった〜>


(゚、゚トソン


                           やだね〜、昼間にもいるのかよって感じ>

                                     どんな吸血鬼だったの?>

                      よくわかんなかったけど、女だったみたいだよ>


(゚、゚トソン   ガタッ

387名も無きAAのようです:2014/08/24(日) 14:38:58 ID:vmDd.ruE0

('、`*川 どした?

(゚、゚;トソン ……いえ……

('、`*川 ?


(‐、‐;トソン   スッスッ......ペタ......ペタ......
日と


('、`*川 ……


(゚、゚;トソン   ソワソワ


ε=('、`*川


(゚、゚;トソン すいません、ペニサス

('、`*川 帰るんでしょ?

(゚、゚;トソン えっ、あ、はい。ちょっと急用を思い出しまして。

('、`*川 私も午後から用あるし、気にしなさんな。

(゚、゚;トソン では、すいません。   タタッ

388名も無きAAのようです:2014/08/24(日) 14:39:52 ID:vmDd.ruE0

('、`*川 ……


ε=('、`*川


 pirrrrrrrrrrrrr.......


('、`*川 ´


('、`*川 …………
日c


 pirrrrrrrrrrrrr.......


('、`*川 …………
日c


ε=('、`*川


r('、`*川 …………もしもし……

389名も無きAAのようです:2014/08/24(日) 14:40:56 ID:vmDd.ruE0

  おわり

  三行


   夏
   休 
   み

390名も無きAAのようです:2014/08/24(日) 15:01:31 ID:vmDd.ruE0

        Place: 草咲市 南梨町 字 節穴前 15-9 メゾンフシアナ 205号室
    ○
        Cast:都村トソン 都村ミセリ

   ──────────────────────────────────

391名も無きAAのようです:2014/08/24(日) 15:02:28 ID:vmDd.ruE0

 慌てて帰った部屋に、ミセリの姿は無かった。
 靴が一組と、彼女が好んで着るブラウスとそれに似合うウィッグも無くなっている。
 テーブルの上には、メモを破った置手紙があった。



 『トソンへ。日用品の買い出しに行ってくる。昼までには帰る。』


 間違いなくミセリの字で、走り書きされていた。
 彼女のことだ、一度家を出ようとしてから思い出し、慌てて書いたのだろう。
 電話をかけてみる。
 無機質な電子音が、ベッドの枕元から鳴り響いた。

(゚、゚;トソン 「……携帯電話を、携帯しなくてどうするんですか……!」

 電話を切って、一旦ベッドに座る。
 落ち着こう。
 ミセリがいつの間にか部屋を空けるなんていつものことだ。
 置手紙をしていっただけいつもよりもマシとすら思える。

 いや。

(゚、゚;トソン (……普段しないことを、なんでこういう時に限ってするんです)

 余計に不安が煽られる。
 大学のカフェで聞いた、殺された女の吸血鬼の話。
 それがミセリである可能性は低いと思う。ミセリは、そう簡単に殺されるような吸血鬼では無い。

 でも、頭をよぎるのはいくらか前の、血を失い、仮死寸前まで消耗した彼女の姿。

392名も無きAAのようです:2014/08/24(日) 15:03:12 ID:vmDd.ruE0

 最近のミセリは、常に何かをしていた。
 そしてそれは、少なくとも今のミセリの手には余ることなのだ。

 だから、もしかしたら。
 あの時のような消耗状態で、杭持ちに出会ったとしたら。


(‐、‐;トソン (……物事を悪く考えすぎるのは、私の悪い癖ですね)


 大丈夫だ。
 自分に言い聞かせる。
 彼女のことだから、こっちが心配でどうしようも無くなっていても、ひょっこりと帰ってくるのだ。


(‐、‐;トソン (………………)


 無理だった。
 もとより、不安症の妄想癖だ。
 悪い想像ばかりが頭を過って仕方がない。

 だんだん苛立ちが混じって来た。
 部屋にこもった熱が体を汗ばませて、頭の中がとにかく知っちゃかめっちゃかだ。

393名も無きAAのようです:2014/08/24(日) 15:04:41 ID:vmDd.ruE0

 するべきことが分からなくなって、とりあえずテレビをつけた。
 興味の湧かない情報番組を三十秒だけ見て、もしかしたらと思いチャンネルを回した。
 名の売れた吸血鬼ならば、討伐された際に報道されてもおかしくは無い。

 十秒程度ずつ見て、チャンネルを切り替える。
 どの局も、ゴシップまがいの番組ばかりだ。
 時間も時間なので地方局の放送などなく、私が知りたい情報は得られなかった。

(゚、゚;トソン 「……」

 テレビを消し、意味も無く部屋を見回す。
 いつも通り。特に変哲は無い。
 もう一度見渡す。自分でも何を探そうとしているのか分からない。
 部屋の中にミセリが居ないのはわかり切っている。

(゚、゚;トソン 「…………暑い」

 冷房のスイッチを入れる。
 小さい唸りと共に口が開いて、風が出始める。

(゚、゚;トソン 「……」

 汗が滲む。
 胸の内に、何ともしがたい不安がじわじわと染みて広がる。
 少しでも体から追い出したくて、ため息を吐いてみるけれど、憂鬱はむしろ濃く重くなる。

394名も無きAAのようです:2014/08/24(日) 15:05:37 ID:vmDd.ruE0

 頭の中を何度も、学校で聴いた見知らぬ誰か達の言葉が回った。
 女性の吸血鬼と言うのは、この街にどれくらいいるのだろう。
 ミセリは一体、何分の一の存在なのだろう。

(‐、‐;トソン

 もし、ミセリが居なくなったら、私はどうするのだろう。
 あり得ない話じゃなかったのだ。元々。
 ミセリがふらりといなくなってしまうことも、杭持ちに殺されてしまうことも。

 私が考えなかっただけだ。
 考えたくなかっただけだ。
 緩やかに、生ぬるく流れ日常に、甘えきっていただけだ。

 きっと、この部屋には残られないだろう。
 もしかしたら、私も吸血鬼の関係者として摘発され、今までのようには生活できないかもしれない。
 なんにしても、両親は今度こそ私を見捨てるだろう。
 
 でも。

 そんなことよりも、それももちろん嫌で不安で怖いけれど。

(‐、‐;トソン
 
 ミセリが居なくなってしまったことを想像するだけで、頭と胸の奥が冷たくなる。
 目が暗くなって、思考が鈍って、どうしようも無くなってしまう。
 私は、いつの間に、こんなにも、彼女に傾倒していたのだろうか。

395名も無きAAのようです:2014/08/24(日) 15:06:57 ID:vmDd.ruE0

 いてもたってもいられず、立ち上がった。
 探しに行こう。
 日用品と言うのだから、ミセリが買いに行く範囲はたかが知れている。
 携帯電話を置いて行ったことも含めてそう遠出するつもりはないはずだ。

 気まぐれで奔放で後先を考えない彼女のことなので、思い付きで意味不明なところへ向かった可能性もあるけれど。
 このまま部屋の中で、暑さに蒸され不安に息苦しくなっているよりはマシなはずだ。

 ミセリの携帯電話を、テーブルの上に置きなおす。
 帰るかどうか迷った時に電話すれば、ミセリが家にいるかどうかの確認が取れる。

(゚、゚;トソン (……あり得るのは、すぐそこのコンビニ……)

 帽子を鞄に突っ込み、玄関へ。
 鍵を閉め忘れていたことを思い出しながら、ドアノブに手を伸ばす。

 その瞬間に、ドアノブから金属音が響く。
 鍵を差し込む音。
 ガチャガチャと、一度回して錠を掛け、もう一度回転して扉が開く。

 小さく、本当に小さく「あれ、閉め忘れてたっけ」という呟きが聞こえた。

ミセ*゚ー゚)リ 「お、トソン帰ってたんだ。お帰り。言ってたより随分早いじゃんか」

 開いたドアの向こうにいたのは、長い黒髪のウィッグをつけたミセリ。
 何の変哲も無く、買い物袋をブラさげて、部屋に上がる。

ミセ*゚ー゚)リ 「あんた心配しそうだから、先に戻ってくるつもりだったんだけどな。なんかあった?」

(゚、゚トソン

396名も無きAAのようです:2014/08/24(日) 15:07:45 ID:vmDd.ruE0

 「あちー」とウィッグを外しながら、ミセリが奥へ。
 私は咄嗟にその腕を掴む。
 腰が抜けそうだった。自分でも驚くくらい安堵していた。

ミセ*゚ー゚)リ 「どした?」

 ミセリの顔を見た瞬間に、泣き出しそうだった。
 
ミセ*゚ー゚)リ 「トソン?」

( 、 トソン 「なんでも、ありません」

 しばしの沈黙。
 ミセリを掴んでいる手が震えていることに気づく。
 なにがなんだか分からない。
 自分がこんなにも怯えて、安心していることが、ただただ戸惑いだった。

ミセ*゚ー゚)リ 「なんか、あったのか?」

 がさりと音がして買い物袋が床に。
 振り返りながら、ミセリに抱き寄せられる。
 事情を答えようとして、まともに息が吸えなくて。
 ミセリの着るワンピースの脇を握って胸に顔を押し付ける。

ミセ* ー )リ 「なんだよ、そんなに心配だったのか」

 子供を落ち着かせるような手つきだった。
 ミセリの手が、私の背中を撫でる。
 情けなくなって、余計に息が乱れた。
 みっともなくて、脆弱すぎる自分に、嫌気がさす。

397名も無きAAのようです:2014/08/24(日) 15:10:30 ID:vmDd.ruE0

ミセ* ー )リ 「ごめんな、置手紙したから平気かと思ったんだけど」

 静かな声。
 少しかすれた響きが、体の中の巡り廻る。

ミセ* ー )リ 「そらそうだよな、私の言葉なんか、信用できるわけないか」

 首を振る。
 ミセリが悪いのではない。

( 、 トソン 「……学校で」

ミセ* ー )リ 「ん?」

( 、 トソン 「学校で、女性の吸血鬼が殺されていた、という噂を聞いたんです」

ミセ* ー )リ 「……それが、私だと思った?」

( 、 トソン 「…………だって、ミセリ、最近なんだか、様子が変でしたし」

ミセ* ー )リ 「……そうだな。ごめん」

( 、 トソン 「……いえ。帰ってきだけで、良いです」

ミセ* ー )リ 「…………」

 ミセリが腕の力を緩め、体を離す。
 くっついたままでいようとしたけれど、体を撫で這ったミセリの手に肩を抑えられる。
 意図が読めずに顔を上げると、唇が重なった。

398名も無きAAのようです:2014/08/24(日) 15:12:33 ID:vmDd.ruE0

 優しく触れあうだけの口づけ。
 僅かに戸惑って、でもすぐに目を閉じた。
 ミセリの舌が、私の唇の隙間を撫ぜる。

 背筋が痺れた。
 口の力が緩む。
 滑り込んできた冷たい舌に、自分の舌を合わせる。

 口の中をくすぐり合う。
 ミセリの唾液で、舌が敏感になってゆく。

 絡み合う。
 唾液の水音が直接頭に響いて、体の芯がピリピリと疼く。

 口蓋を撫で上げられて声が漏れた。
 抜けかかっていた腰にさらに力が入らない。
 ミセリに縋りついて堪える。

 ミセリが体を引く。
 舌が離れて、名残惜しかった私は、口を開いて舌を伸ばす。
 唾液の糸が引いた。ミセリは、自分の唇をぺろりと舐める。

ミセ* ー )リ 「トソン、いいよね?」

 耳元でささやかれ、体が震える。
 女性の割に低く出された声が、神経を通じて全身を侵す。

 触れるか触れないかの距離で、唇が首筋を下ってゆく。
 胸元の汗を舐めとられた。喉の奥で、きゅっと、声が出る。

399名も無きAAのようです:2014/08/24(日) 15:16:16 ID:vmDd.ruE0

 キャミソールに手が潜り込んできた。
 指の先が、羽毛のようにもどかしく背中を撫でてゆく。
 喉の奥から息が漏れる。

 いつもよりも、頭が痺れるのが早い
 理性が効かなくなってきて、縋りついたまま、ミセリの耳を食む。

ミセ* ー )リ 「ベッド、行く?」

( 、 トソン 「……ここで、してください」

 少しも我慢したくなかった。
 ミセリが熱っぽいため息を漏らして、私の首筋に歯を立てた。
 突き破られる皮膚。
 沁み込む唾液が痛みをぼかして、血が流れ出る感触を心地よさに変える。

 甘い触れ方で、背中を焦らしていた指先に、余裕がなくなってきていた。
 呼吸が荒い。
 まだ、ミセリには何もしていないのに、興奮している。

ミセ*  , )リ 「トソン」

( 、 トソン 「?」

ミセ*  , )リ 「お前、今日妙に可愛いぞ」

 右手で私の履くショートパンツのホックを外しながら、左手の中指を舐るミセリ。
 粘度の高い唾液が指に絡んで、糸を引いた。
 そのまま指は下着に潜り込み、私の中へ。

400名も無きAAのようです:2014/08/24(日) 15:17:45 ID:vmDd.ruE0

 少し苦しい。でも痛みは無い。
 まだ硬い肉をよけて、指がより深いところへ。
 内から沁み込む唾液の感覚が、もう何度も味わっているからこそ、下半身の理性を奪ってゆく。

 無理に動かすことなく、指が引き抜かれた。
 唾液に変わって私の中に居た指を、ミセリが見せつけるように舐める。
 何度も舌を絡め、吸い、長し目で私を見た。
 脳まで裸にされるようで、顔を背ける。

 ふふ、と艶のある息が、見えないところで嗤った。
 下着ごと、ショートパンツを下げられる。
 抵抗しない。たぶんもう、待ち望んでいた。
 邪魔になって、途中から自分で脱ぐ。
 足を開いた時に、内腿に感じたのは、汗では無くて。

 視線が絡むまま、再び唇を重ねる。
 唾液で溶けて、舌が混ざり合う。
 ミセリの手が腰へ。尾てい骨を撫でてさらに下へ。

( 、 トソン 「っ?!」

 唾液の付いた指が、後ろの穴へ触れた。
 反射的に身を捩ったのを、抱きしめられて拘束される。
 逃れられない。
 唾液を塗り付け、解すように指が入口を刺激する。

401名も無きAAのようです:2014/08/24(日) 15:19:37 ID:vmDd.ruE0

( 、 ;トソン 「そこは、きたな……」

ミセ* ー )リ 「力抜いて。痛いの嫌だろ?」

 口を離して拒否するも、ミセリは有無を言わせない。
 一度戻した指先に、たっぷりと唾液を滴らせ、再び背後へ。

 もう一度拒否することもできたかもしれない。 
 でも、私の体も頭も既に、唾液に、感情の高ぶりに狂わされていた。

( 、 トソン 「っ……ぅ」

 初めての感触だった。
 柔らかい指なのに硬く感じる。
 唾液のせいで痛くは無いけれど、変な心地がして、呼吸が止まって。

 指先が入っているだけなのに、切ないくらいに苦しい。

ミセ* ー )リ 「どう?」

( 、 トソン 「なんか、変な感じで、気持ち悪いです」

 意地悪に笑って、キス。
 体ごと押し付けられて、冷蔵庫に凭れかかる。
 八畳一間の、細い廊下。
 熱と湿気が篭って頭がどんどん正常さを失う。

 もう一方の手が、前に触れた。
 唾液の催淫効果で歯止めが利いていない。
 自分でも驚くほど、先ほどよりも抵抗なく、ミセリの指を受け入れる。
 切ない。もっと先の触れあいを、体が、意志よりも強く求めている。

402名も無きAAのようです:2014/08/24(日) 15:21:25 ID:vmDd.ruE0

 ミセリの歯を舌で撫でる。
 犬歯を探り当てて、強く押し付けて横に滑らせた。
 痛みと、自ら感じる血の香り。唾液の中だ、すぐに直ってしまう。
 ミセリが、すぐに私の舌を強く吸った。

 不安や、憂鬱ごと血が吸い出されていくみたいだった。
 私の脳は、チーズかバターのようになって、もう溶け出している。
 胎の中で蠢く指の愛しさが堪らなくて、ミセリの体を抱きしめた。

 私の中身を挟んで、ミセリの両手が触れあおうとする。
 痛みに限りなく近い、快感。
 反射的に歯を食いしばったせいで、自分の舌を噛んでしまう。

( 、 トソン 「ミセリ、それダメ……っ」

ミセ* ー )リ 「コレ?」

 潰される蛙のような声が出た。
 味わったことが無い、こんな感触。
 抵抗したいのに体が言うことを聞かない。

 ずるりと、後ろの指が引き抜かれた。
 力が入っていたせいで、内側が引きずられる。
 ほんの一瞬だけ、心地よい。
 完全に指が抜かれても、穴が元に戻らないようなもどかしさがあって、物足りなくも感じる。

( 、 トソン 「指、汚い」

ミセ* ー )リ 「私にとっちゃ、全然汚くないんだけど」

403名も無きAAのようです:2014/08/24(日) 15:24:29 ID:vmDd.ruE0

 右手も私の中から出て行って、私を抱え上げる。
 流しに座らされた。
 右手で抱き留められ、舌を貪り合って。
 左手は蛇口を捻って、私で汚れた指先を洗っている。

 私は腰掛けた姿勢のまま、落ちないように足でミセリの腰を挟む。
 
 左手が水を払って、背中から服の中へ。
 脇の下を撫でて、胸に触れる。
 優しい手つきで掴まれる。
 自分で分かる、痛いほど硬くなった先端。
 周囲を優しく揉まれ、さすられ、声になり切らない息が、合わさった口の隙間から抜ける。

 窮屈で、煩わしいと感じたのと同時にミセリが離れる。
 どちらのかなんてわからなくなった液体が蜘蛛の糸のように伸びて。
 
 向かい合う。足で抱えたまま、右手を腰に回したまま、互いの顔を見ていた。
 ミセリが笑う。
 吸血鬼らしくない上気した頬で、少女のようでも少年のようでも、妖艶な女性でもある綺麗な笑顔。
 のぼせてしまう。触れあう以外、まじりあう以外、どうでも良くなってしまう。

 余りに煩わしくて、キャミソールを脱いだ。
 下着もすぐに外して床に落とす。
 ミセリもワンピースを脱いだ。
 胸は下着をつけていなかったようで、既に露わになっている。

 ミセリの両手が、私の胸を挟むように触れた。
 掌で捏ねるように、先端だけは避けて刺激される。
 もっと触れてほしいけれど、このまま温いふれあいのままで脳を焼かれていたい。

404名も無きAAのようです:2014/08/24(日) 15:28:46 ID:vmDd.ruE0

 ミセリの指が、胸の先を、同時に摘まんだ。
 急に変わった強い刺激に体が跳ねて、バランスを崩してミセリの肩を掴む。
 優しい愛撫から、激しく引っ張られ、痛いのに、甘さを込めた息を吐いてしまう。

 ミセリの頬が頬に触れた。
 擦り付け合う。匂いを移しあうように、愛しさを表すような頬ずり。
 少し油断したところで、耳に息を吹きかけられた。
 体が強張る。そのまま、ひだから穴まで舐められて、堪える余裕なく声が出た。

 執拗に、胸と耳を責められる。
 快感で痺れて、足の力が抜けそうだ。
 不安定な場所の、ハラハラで、快感に身を委ね切ることが出来ず。
 もどかしくて、欲求が焦れて、もっと、もっと欲しくなる。

( 、 トソン 「ミセリ、ミセリ」

ミセ* ー )リ 「ん?」

( 、 トソン 「触れて、ください。もう、切なくて」

ミセ* ー )リ 「…………いいよ」

 流しから降ろされて、立たされる。
 自分で思っていたより足に力が入らなく、尻餅を付きそうになったのを、ミセリが支えてくれた。

 ミセリが屈み、私の右足を持ち上げる。
 左足は腕で抱え支えられる。
 愛液に塗れた足の付け根が露わになった。
 見られている。でも、恥じらいよりも、触れてほしい思いが勝った。

405名も無きAAのようです:2014/08/24(日) 15:32:48 ID:vmDd.ruE0
 ここがアパートの一室であることも、もう関係が無かった。
 声が上がる。性器の硬いところにミセリが吸い付く。
 電流。皮膚が毛羽立つ。私の体からミセリ以外の感覚が吹き飛ばされた。
 両手でミセリの頭を抱える。

 さらに強く吸わる。取れてしまうそうなほどだ。
 充血して過敏になったそこに舌が触れる。
 悲鳴が喉を裂いて出た。脳みその中にある大事な糸が残らず引き千切られていく。

 束ねた二本の指が、私の中に入ってくる。
 刺激が二重になる。鋭い刺激の隙間を埋めるように粘度の高い快感が頭を埋め尽くす。
 欠けていた部分が、丁度良く満たされた、充足感。

 涎がだらしなく零れる、
 吸血鬼の唾液でこの上なく敏感になった体は、もう私のものでは無くなっている。
 体が痙攣するのに伴って、シンクがギシギシと軋みを立てた。

 空いている左手の指が、口に変わって肉の芽を摘まむ。
 場所を譲った口が、挿入を繰り返す指に合わさって、入口を舐め嬲る。
 指がお腹の裏側を撫で上げて、掻きだした愛液を、舌が啜りとる。

 指先が、私の弱いところを執拗に捏ねる。引っ掻く。舌を入れて舐めまわす。
 やめてほしいけれど、やめてほしくない。
 永遠に続けてほしいけれど、死んでしまうかもしれないくらいに頭が白くなる

 しばらく、一体どれくらい貪られたか分からない。
 何度、脳幹が焼け飛んだかも分からない。
 廊下はサウナのように暑く、私とミセリは互いの汗にまみれきっている。

 私は立っていることができず、床に倒れ込んで。
 ミセリは私の足の付け根を、優しく、しつこく、舐り続けた。
 お腹の中の栓が緩んで弛んで、汚い水音と共に、愛液が零れ出る。
 体が痙攣する。ミセリの手が止まってゆっくりと引き抜かれた。
 ミセリは、死体のような私の体を力強く体を抱き抱える。

406名も無きAAのようです:2014/08/24(日) 15:34:16 ID:vmDd.ruE0

ミセ* ー )リ 「指がふやけちゃった」

( 、 トソン 「そう言う、こと……」

 冷たい床にへたり込みながら、舌を絡める。
 心地よい気だるさ。
 根拠のない安心感に満たされて、瞼が重くなる。

ミセ* ー )リ 「なあ、まだする?していい?」

( 、 トソン 「……好きなだけ、どうぞ」

 ミセリが私を抱え上げ、ベッドへ。
 押し倒すように乗せられ、ミセリは押入れの方へ。
 散々弄ばれた名残で、ぼんやりとミセリを待っていると、さほどせずに戻ってきた。

ミセ* ー )リ 「……じゃ、いくね」

( 、 ;トソン 「…………なんですか、それ」

ミセ* ー )リ 「通販で買った」

 ミセリが舌を這わせて居たのは、男性のそれを模した、何かだった。
 当然ながら指よりも太く、腕ほどに長く、凶悪さがにじみ出ている。
 ベッド膝を付き、ミセリが私の足を開く。抵抗は、したものの無駄だった。

( 、 ;トソン 「ちょ、ちょっと、ミセリ?」

ミセ* ー )リ 「………好きなだけって、言ったもんね」

( 、 ;トソン 「待ってください、そんなの入ら―――」

407名も無きAAのようです:2014/08/24(日) 15:35:04 ID:vmDd.ruE0

 時間で、二時間弱程度だろうか。
 気付かぬ内にカーテンの隙間から覗く陽光がさらに強くなっている。

 乱れに乱れたベッドの上で、私とミセリは抱き合っていた。
 ミセリが腕を出してそこに私が頭を乗せて、抱えられているようなものなのだけれど。
 シーツが湿気ている。替えはあるけれど、好感する気力なんてなかった。

 冷房の吐き出す空気の冷たさが心地いい。
 熱を持って静まらない体が、少しだけ癒される。

ミセ* ー )リ 「ごめんな、無茶しすぎた……?」

( 、 トソン 「吸血鬼のあなたに、本気出されたら、死んじゃいますよ」

ミセ* ー )リ 「……今日は、ダメだ。がまんが利かなかった」

( 、 トソン 「……」

ミセ* ー )リ 「…………あの時、出会ったのが、トソンで良かったよ」

( 、 トソン 「……」

 応えるべき言葉が思い浮かばなくて、とにかく触れていたくて足を絡める。

 ダメなのは、私も同じだった。
 一線を引いたつもりでミセリと過ごしてきていた。
 体を許しても、所詮人と吸血鬼なのだから、心を完全に預けるわけにはいかないと。

 けれど。

408名も無きAAのようです:2014/08/24(日) 15:36:51 ID:vmDd.ruE0

( 、 トソン 「……今日、本当に貴方が死んでしまったかもしれないと思ったら」

ミセ* ー )リ 「うん」

( 、 トソン 「他の何を失うより怖ろしいことだということに、気付いてしまいました」

ミセ* ー )リ 「……」

( 、 トソン 「おかしいと思いますよね。女同士で、人と吸血鬼で」

ミセ* ー )リ 「ああ、おかしいな。おかしいけど」

( 、 トソン

ミセ* ー )リ 「悪くない」

 ミセリが、私の頭を抱きしめる。
 胸が顔を圧迫して苦しい。苦しいけど、このままが良い。

ミセ* ー )リ 「正直なことを言うよ。初めてあんたに会った時、私はあんたに催眠術をかけた」

( 、 トソン 「……そうだろうとは思ってました」

ミセ* ー )リ 「血を貰ってあとは解放するつもりだったんだ、でも」

 家出して、何も持たず行くあても無く、途方に暮れていた私をミセリは憐れんだ。
 憐れんで、連れ帰った。血を代償に私に居場所をくれた。

409名も無きAAのようです:2014/08/24(日) 15:37:56 ID:vmDd.ruE0

ミセ* ー )リ 「だから、あんたが私に好意を持っていても、それは暗示のせいだった、はずだったんだ」

( 、 トソン 「違いますよ」

ミセ* ー )リ 「うん」

( 、 トソン 「絶対に違います」

ミセ* ー )リ 「…………おかげで、あんたを愛しいとしか思えなくなった」

 絆されていく。
 互いに超えるべきでないと分かっていた線が、気付いたら後ろにあった。
 もうだめだ。自覚してしまったら、自認してしまったら、きっともう戻れない。

 吸血鬼の時間は悠久で、人の時間はそれに比べれば酷く短い。
 交わったところで、いつかずれてすれ違って、終わってしまうと分かっている。
 でも、だからと言って触れあったことを無かったことにはできない。
 希望の無い沼の深みでも構わないんだ。どうせ、望む未来なんて、そもそもないんだから。

ミセ* ー )リ 「…………後悔するなよ」

( 、 トソン 「さっき散々したので、大丈夫かと」

 静寂。夏なのに、蝉の声すらない。
 時計の針の音が聞こえた。カチカチと、時間を刻んでいる。

( 、 トソン 「……だから、教えてください。最近躍起になっている、何かについて」

ミセ*  , )リ 「…………ああ」

410名も無きAAのようです:2014/08/24(日) 15:40:03 ID:vmDd.ruE0

 おわり


 三行


 真
 昼
 間から

411名も無きAAのようです:2014/08/24(日) 16:02:38 ID:NPi1OaP.0

話が動いて来たね

412名も無きAAのようです:2014/08/24(日) 22:17:18 ID:PJBGs4hk0

エロい

413名も無きAAのようです:2014/08/25(月) 03:05:11 ID:ZvHbLskU0


414名も無きAAのようです:2014/08/28(木) 21:01:57 ID:2xGyhTZw0

話も面白いし、ゆりゆりも最高だし

415名も無きAAのようです:2014/08/28(木) 21:57:31 ID:jMn5.vQM0
すごく面白い乙
何度も読んでしまう

416名も無きAAのようです:2014/09/22(月) 04:00:21 ID:fqLLkRjU0
そろそろかな?

417名も無きAAのようです:2014/10/19(日) 21:47:43 ID:rlK3C6BQ0


        Place: 草咲市 小手鳥町 字 辺津田 111 静かな趣の洋風建築
    ○
        Cast: 志納ドクオ 賤之女デレ 長岡ジョルジュ

   ──────────────────────────────────

418名も無きAAのようです:2014/10/19(日) 21:50:46 ID:rlK3C6BQ0

('A`) 「……体の力を抜け」

ζ(゚、 ゚*ζ 「はい」

('A`) 「恐れることは無い。俺に全て任せろ」

ζ(゚、 ゚*ζ 「はい」

 椅子に座らせたデレが、緊張した面持ちで唇を結ぶ。
 ドクオは膝をついて目線を合わせ、真っ向から彼女の瞳をのぞき込む。
 綺麗な瞳だ。透き通り、見ているこちらの方がすべてを見透かされている気分になる。

 ドクオは、一度大きく息を吸って、目に力を込めた。
 じくじくと眼窩が独特の熱を持つ。
 暗示の力が働いているのだ。
 自分で見たことは無いが、他人にはドクオの瞳が発光して見えるらしい。

 おずおずとドクオと見つめ合っていたデレの顔が、惚けたようなものに変わった。
 頬が紅潮し、薄い唇が桃色に染まる。
 上手くかかったようだ。
 ドクオはこの催眠術の真似事がどうにも得意になれないので、今回も失敗するかと内心は心配していた。

('A`) 「お前の名前は?」

ζ(   *ζ 「……しずのめ……でれです」

('A`) 「他に名前はあるか?」

ζ(   *ζ 「……ありません」

419名も無きAAのようです:2014/10/19(日) 21:52:13 ID:rlK3C6BQ0


('A`) 「わかった。一先ず、デレと呼ぼう」

ζ(   *ζ 「…………」

('A`) 「デレ、お前はどこの生まれだ?」

ζ(   *ζ 「そうさくし です」

('A`) 「両親の名前は?」

ζ(   *ζ 「……」

('A`) 「お父さんと、お母さんの名前は?」

ζ(   *ζ 「……」

('A`) 「……思い出せないか?」

ζ(   *ζ 「……」

('A`) 「……質問を変えよう。お前はどこの小学校に通っていた?」

ζ(   *ζ 「……」

('A`) 「…………今の年齢は?」

ζ(   *ζ 「9さい です」

('A`) 「……性別は?」

ζ(   *ζ 「おんな です」

420名も無きAAのようです:2014/10/19(日) 21:53:23 ID:rlK3C6BQ0

('A`) 「趣味はあるか?」

ζ(   *ζ 「ほんを よむのが すき」

('A`) 「好きな本は?」

ζ(   *ζ 「しあわせの あおいとり」

('A`) 「なんでその話が好きなんだ?」

ζ(   *ζ 「…………」

('A`) 「……好きな人はいるか?」

ζ(   *ζ 「おとうさま」

('A`) 「それは、誰のことだ?」

ζ(   *ζ 「…………おとうさま」

('A`) 「……俺はお前にとってのなんだ?」

ζ(   *ζ 「おとうさま」

('A`) 「俺のほかにも、お父様が居たな?」

ζ(   *ζ 「……はい」

('A`) 「それは誰だ」

ζ(   *ζ 「おとうさま」

421名も無きAAのようです:2014/10/19(日) 21:54:30 ID:rlK3C6BQ0

('A`) 「……逆に、嫌いな人はいるか」

ζ(   *ζ 「くいもち」

('A`) 「なんで嫌いだ?」

ζ(   *ζ 「おとうさまを ころそうとする」

('A`) 「……お父様は死んだか?」

ζ(   *ζ 「……はい」

('A`) 「俺は生きているが、お父様は死んだか?」

ζ(   *ζ 「おとうさまは あたらしいおとうさま」

('A`) 「おとうさまは杭持ちに殺されたか?」

ζ(   *ζ 「わからない」

('A`) 「前のお父様の遺物を持っているか?」

ζ(   *ζ 「……はい」

('A`) 「……それはどこにある」

ζ(   *ζ 「…………どこか」

('A`) 「どこだ」

ζ(   *ζ 「……どこか」

422名も無きAAのようです:2014/10/19(日) 21:55:25 ID:rlK3C6BQ0

 半覚醒状態のデレに、他愛ない質問と、核心を探る質問をまぜこぜにして問う。
 他愛ない方には答えが返ってくるが、核心に迫る物はダメだ。
 ドクオの術にかかり、本人の意志は全く働いていないはずなのだが、それでも答えようとはしない。
 知らない訳ではないのだ。知らないことには知らないとはっきり答えることからも分かる。

 その後十数分に渡り、質問を続けて見たが成果は得られなかった。
 分かったのは、今のデレの人格を形成している「おとうさま」の暗示の能力は、ドクオより数段上だということだけだ。

('A`) 「……もう一度聞く。おとうさんとおかあさんのことを覚えているか?」

ζ(   *ζ 「……」

('A`) 「…………わかった。そろそろ終わりにしよう」

('A`) 「最後に、俺に言いたいことはあるか」

ζ(   *ζ 「…………」

('A`) 「何でもいい。ゆっくりでいい。どんな他愛ないことでも構わない」

ζ(   *ζ 「…………なにもありません」

('A`) 「……」

ζ(   *ζ 「……なにもありません」

 デレの頬を、一筋の涙が伝った。

423名も無きAAのようです:2014/10/19(日) 21:56:52 ID:rlK3C6BQ0

 術を解く。
 完全に気を失い、倒れかけたデレの体を受け止めた。
 少女然としていて軽く、小さい。
 しかし、年齢を考えれば、もう少し成長していてもおかしくないはずだ。

 やはり、吸血鬼に定期的に血を与えるというのは、少女の体には荷が重いのか。
 ドクオはぐったりとした彼女の目じりを指で拭ってやる。

('A`) 「ジョルジュ、すまん。デレを寝室に連れていく」
  _
( ゚∀゚) 「あいよん」

 部屋の隅で大人しく気配を消していたジョルジュが小走りで部屋の扉を開けた。
 ここは一回の奥の物置部屋。今はジョルジュに貸し与えている場所だ。
 デレは、今も死に失せた「お父様」の呪縛に囚われている。
 出来るだけ、その名残の無い場所で術による干渉を行いたかった。

('A`) 「……どう思った」
  _
( ゚∀゚) 「どうもこうも、本当にがっつり洗脳されてんだな、って感じ」

('A`) 「ああ」
  _
( ゚∀゚) 「上辺だけをキャラ漬けされてるってレベルじゃないもんな。正直やった奴を殴り倒したいわ」

('A`) 「……」
  _
( ゚∀゚) 「まあでも、希望はあるんじゃねえかな。最後のは、なんか、本人が呪縛と戦おうとしていた感じあるし」

('A`) 「だと、良いんだがな」

424名も無きAAのようです:2014/10/19(日) 22:00:04 ID:rlK3C6BQ0

 地下の寝室に降り、ベッドにデレを寝かせる。
 洗脳されている部分に干渉したせいで消耗したのだろう。
 ぐったりと眠って、起きる気配が無い。

('A`) 「最近は、少し人間味を取り戻してきていたようだったから、期待したんだがな」
  _
( ^∀^) 「焦りは禁物ってな。状態が改善してる兆しはあるんだしよ、無理しないでいこうぜ」

('A`) 「……ああ」

 デレの額を撫で、乱れた髪を調えてやる。
 こうして寝ていると、本当にただの少女だ。
 起きている時の所作言動の薄気味悪さが嘘のように思える。
  _
( ゚∀゚) 「つかさ、なんでそこまでデレちゃんのこと気にかけてんのさ」

('A`) 「……お前も色々してくれてるだろ」
  _
( ゚∀゚) 「そりゃ俺も並の善意?みたいなもんあるし。でもさ、ドクオはなんかこう、もっと必死というか、マジというか」

('A`) 「…………コイツは、洗脳されての行動とはいえ、俺の命の恩人だからだ。それ以外に理由は無い」
  _
( ゚∀゚) 「ふーん……」

 いまいち納得していないという顔ながら、ジョルジュはそれ以上続けなかった。
 嫌われているのを自覚して、あまり接近しないようにデレを覗き込む。
  _
( ゚∀゚) 「まあ、でも。目をつけたのがドクオだったってのが、この子のなけなしの幸運だったと俺は思うぜ」

('A`) 「……俺がどうかはともかく、他のゴミに同じように懐こうとしたかも知れないと考えると肝が冷える」

425名も無きAAのようです:2014/10/19(日) 22:01:02 ID:rlK3C6BQ0

 あらかじめ寝間着を着させておいたので、このまま寝付かせて問題ないだろう。
 ドクオは布団をデレに被せてやる。

 小さな、しかし少し荒い寝息が聞こえる。

 以前に一度、暗示をかけた時もこうだった。
 その時は、ドクオの暗示で無理やりに元の人格を引き出そうとしたが失敗。
 術が解けたと同時にデレは意識を失い、そのまま数時間眠り続けたのだ。
 悪夢を見ているかのように魘されている彼女の姿には、簡単に干渉できない何かがあった。

 今回は多少気を使ったつもりだが、それでも夢見は悪いらしい。
 もう一度額の汗を拭ってやる。
 デレが少し反応した。閉じていた瞼が開き、うるんだ目でドクオを見上げる。

ζ( 、 *ζ 「お父様……?」

('A`) 「……負担がかかっているはずだ。もう少し寝ていろ。」

ζ( 、 *ζ 「……?」

 術にかかる前後の記憶があいまいなのか、自身の状況が把握できてい無いようだ。
 今、あれこれと説明しても無意味だろう。
 ドクオは頭を撫で、一先ず寝かしつけようとする。

ζ( 、 *ζ 「お父様……」

('A`) 「なんだ」

ζ( 、 *ζ 「……傍に……いてください」

426名も無きAAのようです:2014/10/19(日) 22:02:10 ID:rlK3C6BQ0

 小さな手が布団から現れて、ドクオの指を掴む。
 デレはそのまま瞼を閉じて、寝息をたてはじめた。
 少し引いてみたが、寝ている割にはしっかりと捕まっている。
  _
( ゚∀゚) 「よっぽど怖い夢でも見てんのかねえ」

('A`) 「……甘ったれなだけだ」
  _
( ゚∀゚) 「ドクオも一緒に寝たら?昨日もロクに寝てないだろ?」

('A`) 「……」
  _
( ゚∀゚) 「色々考えてるのはわかるけど、無理は良くないって」

('A`) 「……そうだな。俺も少し寝る。上のことは任せていいか」
  _
( ゚∀゚)b 「おうよ。家事もろもろとデレちゃんの夕飯は俺に任せな」

('A`) 「すまん、いつも世話になる」
  _
( ^∀^) 「ま、無職の俺の方が世話になってんだけどな」

 地下を出てゆくジョルジュを見送って、ドクオも布団に潜る。
 ジョルジュの言っていた通り、ここ数日真面に睡眠をとっていなかったので、常に睡魔に襲われ続けている。
 ついでに腹も空いているが、こちらはいつものことだ。
 二日前にいくらかデレの血を吸ったので、まだまだ耐えられる。

427名も無きAAのようです:2014/10/19(日) 22:04:44 ID:rlK3C6BQ0

 デレをなるべく中央からどかさぬよう。端に寄って眠る。
 仕方ないので、指はデレに捕まれたままだ。
 暗示をかけて負担をかけたのはこちらなのだから、この程度のわがままは許してやっても罰は当たるまい。

 目を閉じる。
 デレの寝息だけが聞こえる。

 最近では、すっかり耳に馴染んでしまった。
 一度、同じ床に入ることを赦した時点からデレは必ずドクオと共に眠る様になった。
 寝付くまでの数分を、会話して過ごすことも増えた。
 デレが、少しずつ年相応のらしさを取り戻すのと同時に、ドクオもようやっと彼女に慣れ始めている。

( A ) 「…………」

ζ( 、 *ζ 「ん……」

( A ) 「…………おい、離れろ」

ζ( 、 *ζ スャー......

( A ) 「…………チッ」

 手を抱くようにすり寄ってきたデレを、少しだけ押し戻し。
 ドクオもまた、深い眠りに就いた。

428名も無きAAのようです:2014/10/19(日) 22:05:33 ID:rlK3C6BQ0

 眠い人用三行


 デレの洗脳
 解けず
 とりあえず添い寝



短いですが明日か明後日また投下します

429名も無きAAのようです:2014/10/19(日) 22:09:43 ID:Lr4GRp020
ムジナまってたよ!!しえん!

430名も無きAAのようです:2014/10/19(日) 22:10:37 ID:Lr4GRp020
っておわってたwwおつ
次に備えて今日のぶんいまからよんでくる

431名も無きAAのようです:2014/10/19(日) 22:11:19 ID:ZOZNalQA0

どう収束していくのか毎回気になるぜ

432名も無きAAのようです:2014/10/19(日) 23:33:40 ID:scZKMryM0
乙!
本当に文章力があって、キャラの立て方も上手いよ
完結したら現行で見たあと
まとめでもういっぺん一気読みしたいぐらい

433名も無きAAのようです:2014/10/20(月) 01:45:29 ID:nVrxe7Es0
乙!

434名も無きAAのようです:2014/10/21(火) 22:38:21 ID:wnH.c6X.0
ζ(゚ー゚*ζ
http://i.imgur.com/lgNMzMZ.png

キャラの掛け合いも面白いし背景の描写も密でわくわくする
続き楽しみです

435名も無きAAのようです:2014/10/21(火) 23:00:15 ID:rWRoTenY0
>>434
クオリティすgeeee

436名も無きAAのようです:2015/01/03(土) 14:38:46 ID:tDoD0cvc0
 

        Place: 草咲市                 とあるビルの屋上
    ○
        Cast: 棺桶死オサム 百々クックル 小山内リリ

   ──────────────────────────────────

437名も無きAAのようです:2015/01/03(土) 14:43:01 ID:tDoD0cvc0
 
【+  】ゞ゚) 「吸血鬼の生涯に、孤独はつきものだ」

 その男は、屋上の縁に立ち月を見上げていた。
 背に負った棺桶が黒いシルエットを歪にし、一目では人の姿とは分からない。

【+  】ゞ゚) 「元は人であるから人を愛してしまうが、人にとって吸血鬼は恐れ忌むべき捕食者に過ぎない」

【+  】ゞ゚) 「稀に受け入れる者が現れても、やはり長くは続かない」

 大きく、輪郭のはっきりとした満月。
 雲のない夜空にその光を遮るものはなく、街は夜とは思えぬほどに明るい。
 いつもは眩しいネオンライトも、今日はどこか控え目だ。

【+  】ゞ゚) 「故に、吸血鬼は愛されることに飢える。野良の吸血鬼が同族を生み出してしまう大きな理由はここにあるだろうね」

 男、棺桶死オサムはくるりと振り返った。
 月の逆光で表情は見えないが、恐らくいつも通りの腹立つ笑みを浮かべているのだろう。

【+  】ゞ゚) 「悲しいことに、同意の下で吸血鬼化させたとしてもそう言った関係は割合すぐに破たんすると相場が決まっていてね」

【+  】ゞ゚) 「有限の時間だからこそ尊く愛した相手でも、永遠に共にあるとなれば別であるから、必然ともいえるのだが」

 棺桶死は、少し高く作られたそこから屋上の側へと降りる。
 巨大な箱を背負っているにも関わらず、足音一つない。
 黒い影に塗りつぶされたシルエットの中、その双眸だけが紅く怪しく輝いている。

【+  】ゞ゚) 「これは、吸血鬼に与えられた罰なのだろう。人でありながら、人を喰らう、その業に対する、ね」

438名も無きAAのようです:2015/01/03(土) 14:45:36 ID:tDoD0cvc0
 
 棺桶死は屋上の端をなぞる様に横へ。
 月明かりのあたりが変わり、体が徐々に闇から現れる。
 穏やかな笑み。街ですれ違えば少々身分の高い老紳士にしか見えないだろう。

 相対するは、長身の男と少女。
 男は黒いスーツで全身を固め、少女は背中にランドセルに似た四角い皮の鞄を背負っている。

【+  】ゞ゚) 「久しぶりだね百々、小山内。前に英栄で一戦交えて以来かな?」

( ゚∋゚) (……我らの前に進んで姿を見せるとは、何を企んでいる、棺桶死)
       ∨ ̄
⌒*リ´・-・リ 「と、申しております」

【+  】ゞ゚) 「いやさ、態々草咲まで君らが来てくれたのだ。一戦、相手してやらねば義理が立たんと思ってね」

( ゚∋゚) (その余裕。今日こそ捻りつぶす)
       ∨ ̄
⌒*リ´・-・リ 「と、申しております」

【+  】ゞ^) 「受けてたとう。アレが引退してから、どうにも退屈でたまらんからね」

( ゚∋゚) (…………ほざけ)
       ∨ ̄
⌒*リ´・-・リ 「と、申しております」

 長身の男、百々(どうどう)クックルは両手に杭を備えた。
 巨大なメリケンサックに、短杭の刃を生やした特注品。
 便宜上、「拳杭」と名付けてはいるのだが、杭持ちの間では「百々杭」と呼ばれている
 扱いが直感的で単純な半面、膂力が物を言うため百々以外に使う者が居ないからだ。

439名も無きAAのようです:2015/01/03(土) 14:48:57 ID:tDoD0cvc0

 百々の隣に立っていた少女、小山内(おさない)リリはテコテコと屋上の入口付近まで下がる。

 それを合図に、百々は前へ。
 長く逞しい足を活かし、瞬く間に棺桶死に肉薄。
 走る勢いを殺さぬまま拳と杭を叩き付ける。

 打撃と、金属を引っ掻くけたたましい音が連続する。
 棺桶死は背負っていた棺桶を前に出し、百々の杭を受けたのだ。
 百々は続けて逆の拳を、あえて棺桶に打ち込む。
 剛力に蓋が軋み、棺桶死の体が僅かに揺らいだ。

 この一瞬の隙に百々は横へ体を潜り込ませる。
 見えたのは棺桶死の脇腹。
 がら空きのそこへ、フックの容量で拳を振るう。

 杭の先端が棺桶死の肉を捉えるかと思ったその寸前、棺桶死の身体が霧散した。
 黒い霧の塊へと変貌した棺桶死は、百々から距離を取った位置で再び人の姿へ戻る。

【+  】ゞ゚) 「やれやれ……流石、人間とは思えない」

 棺桶死が手放していった棺の蓋は、大きく窪んでいた。
 鉄製である。
 そう簡単に歪むものでは無い。

【+  】ゞ゚) 「大天福や素直嬢とは全く違う強さだ。彼らは人間的な部分をより特化しているが、君は」

 言葉の途中で銃声が鳴り響き、棺桶死の頭が横に弾かれた。
 耳のやや上から血飛沫が吹き出し、夜空に立ち上る煙となる。

440名も無きAAのようです:2015/01/03(土) 14:50:39 ID:tDoD0cvc0

⌒*リ´・-・リ 「…………余裕を持ちすぎかと思われますが」

 血飛沫の原因は、屋上入口の陰から半身だけを露わした小山内リリ。
 その腕には小さな体に見合わぬ厳つい小銃。
 銃口から登る細い煙が風に吹かれて靡いている。

 一発目の命中によって生まれた棺桶死の停止に、さらに引金を引く。
 銃口の消炎器が、十字に火を噴いた。
 地に伏せ、かなり独特な体制で銃身を抑えながらも狙いは正確。
 放たれる弾は悉く棺桶死の体を貫いてゆく。

 この射撃の間にも、百々は棺桶死に迫った。
 拳の間合いへ到達すると同時にリリの銃が哭き止む。

( ゚∋゚) !

 大きな踏み込みから、棺桶死の胸部に杭を叩き込む。
 三本の杭が肉を断ち、骨を砕いた。
 振り抜いた拳の勢いのまま棺桶死の体が宙に浮く。
 百々は軸足を入れ替え、体重を移動し、逆の拳で頭部を殴り払った。

 深く食い込んだ杭が、硬い音を立てながら棺桶死の顔を四分割する。
 血と脳漿が吹き出し百々の体を濡らすが、それでも巨漢は止まらない。

 さらに切り返しの拳。
 捻りが咥えられた並列する三本の刃が棺桶死の胸を抉り、吹き飛ばす。
 軽々と浮いた棺桶死は放物線を描き貯水タンクへ。
 仰け反った姿勢で頭部から衝突し、跳ねて地面に伏せる。

441名も無きAAのようです:2015/01/03(土) 15:01:44 ID:tDoD0cvc0

⌒*リ´・-・リ 「クックルちゃん!」

 手りゅう弾のピンを口で外し投げつけるリリ。
 貯水タンクに跳ねたそれは、起き上がろうとしていた棺桶死の頭へと落ちる。

 そして。

 静かな月夜に似合わぬ轟音が鳴り響く。
 リリは腕で顔を庇い、百々は彼女の小さな体の前で自らの肉体を盾とした。
 ぱらぱらと、舞い上げられた瓦礫の落ちる音。
 百々とリリはすぐに離れ、それぞれの得物を構えながら、棺桶死の居た場所を睨みつける。

( ゚∋゚)

⌒*リ´・-・リ 「はい。これくらいで奴が死ぬとは思えません」

( ゚∋゚)

⌒*リ´・-・リ 「一応大天福ちゃんにも連絡はしておきました。彼のことだからすぐに来てくれると思います」

 手りゅう弾によって破損した屋上の床。
 そこには棺桶死の身体、流れ出た血すらも存在しない。

    「やれやれ、やはり君らは容赦がないね」

 後ろからの声に、咄嗟に振り返る二人。
 が、棺桶死の姿を視認することが出来ず、リリが横に吹き飛ばされた。
 コン.ク.リートの床を転がり、縁の段差に背中を打ちつける。
 口から唾液が零れ、苦しげに身を丸めた。

442名も無きAAのようです:2015/01/03(土) 15:03:19 ID:tDoD0cvc0

 リリを心配する余裕も無い。
 百々は僅かに見えた棺桶死の攻撃を腕で捌く。
 すさまじい衝撃にスーツの内に仕込んだ特殊繊維のプロテクターが軋みを上げた。
 次々と襲い来る棺桶死の攻撃。

 月明かりの中、百々は硬く握られた白い拳を視認した。
 ただし、その数が妙に多く感じる。
 棺桶死が早いとか、薄暗い中で残像が見えるとか、そんな甘いものでは無い。
 実際、棺桶死の手は左右合わせて六つ存在していた。

 棺桶死の身体は、大半が霧に変化したまま。
 実体化しているのは胸部と顔、そして複数に増えた腕のみだ。
 その状態から、人間には再現不可能な速度と力の連撃を放っている。

【+  】ゞ゚) 「よく耐える。……だが」

 連続する打撃を受け切れず、いくつかの拳が百々の体を捉えた。
 内臓が揺さぶられ、骨が痺れる。
 絞り固めた筋肉の防御も余り役には立たない。

 こじ開けられた腕の防御の隙間を抜けて、百々の顎が打ち上げられた。
 巨体が浮き、そのまま受け身も取らず地面に落ちる。

【+  】ゞ゚) 「速さだけなら大天福だね。アレは私より僅かに速い」

 霧を纏い完全な実体へ戻る。
 腕は二本に戻り、受けた数々の傷は一つも残っていない。
 軽く埃を払い襟を正すさまは銃弾爆薬鋼の剣が煌めく戦闘の後とは思えぬほど穏やかだ。

443名も無きAAのようです:2015/01/03(土) 15:04:47 ID:tDoD0cvc0

【+  】ゞ゚) 「おや、死なない程度に意識を飛ばしたつもりだったのだが」

⌒*リ´・-・リ 「…………う、くっ」

【+  】ゞ゚) 「相変わらず見かけに寄らない頑丈さだ」

⌒*リ´・-・リ 「……棺桶死、あなたはなぜ、この街に来たのです」

【+  】ゞ゚) 「……特に理由は無い。娘の顔を見ようかと思ってね」

⌒*リ´・-・リ 「……」

 リリは小銃を杖代わりに立ち上がった。
 やや覚束ないが、気丈に棺桶死を睨みつける。

⌒*リ´・-・リ 「…………ハインリッヒ高岡とは何者なのです」

【+  】ゞ゚) 「!」

⌒*リ´・-・リ 「先日、私たちの元に、あなたの居場所をリークする電話がありました」

⌒*リ´・-・リ 「それは、あなたが私たちをおびき出すため、素直ちゃんたちの前に姿を現す以前の話です」

【+  】ゞ゚) 「……」

⌒*リ´・-・リ 「信憑性の無い情報でしたので、一先ずは裏取りをしていたのですが、結果として正しかったということになります」

444名も無きAAのようです:2015/01/03(土) 15:39:51 ID:tDoD0cvc0
※私用にて中断します

445名も無きAAのようです:2015/01/03(土) 16:08:17 ID:oAXzoo4c0
おま……!乙……!

446名も無きAAのようです:2015/01/03(土) 16:13:46 ID:9jQR.3h.0
くぁ……!


447名も無きAAのようです:2015/01/03(土) 18:14:42 ID:tDoD0cvc0

⌒*リ´・-・リ 「私たちですら正確な居場所のつかめないあなたの、一時の隠れ家までを暴いて見せたその男が名乗った名」

⌒*リ´・-・リ 「それが、ハインリッヒ高岡」

【+  】ゞ゚) 「……」

⌒*リ´・-・リ 「疑問に思った私たちは、とりあえずその男の名を調べました。
        偽名である可能性も考慮し、近しい意味合いを持つ名前までを徹底的に」

【+  】ゞ゚) 「そして、見つかったかね?」

⌒*リ´・-・リ 「いいえ。少なくともここ十数年の記録からは、それらしい人物を特定できませんでした」

 棺桶死はごく小さな声で「そうだろうね」と呟いた。
 やはり関係者なのだろう。

⌒*リ´・-・リ 「と、本来ならばここで「ハインリッヒという名は偽名である」と結論付けて終わりなのですが……」

 頭の片隅に置く程度に留めていたその名を、リリたちはこの街に来てもう一度聞くことになる。

 ここ、草咲市市街は最近妙に吸血鬼絡みの事件が頻発している。
 今までにない規模での吸血鬼の量産。それに伴う数々の凶行。
 杭持ちたちは全力で原因の解明に当たっており、僅かずつであるが進展も得られている。

 その中に、あったのだ。
 ハインリッヒという名が。

⌒*リ´・-・リ 「大天福ちゃんが、一連の事件の要因に関わると思われる吸血鬼を捕らえたのですが、
        その吸血鬼が取り調べの中で唯一口にしたのが『ハインリッヒの意志』という一言だったそうです」

448名も無きAAのようです:2015/01/03(土) 18:16:05 ID:tDoD0cvc0

⌒*リ´・-・リ 「……なにか、繋がってくる気がしませんか?」

⌒*リ´・-・リ 「地雷女。棺桶死オサム。吸血鬼事件の異常な頻発。その他にも、いつになく草咲市は賑やかです」

⌒*リ´・-・リ 「この、きなくさ〜〜〜い感じ、全て偶然でしょうか?」

【+  】ゞ゚) 「…………そうか。奴はついにそう言う手段に出たか」

⌒*リ´・-・リ 「やはり、御存じなのですね」

【+  】ゞ゚) 「ああ。だが、語らんよ。奴のことは、出来るだけ私たちだけで片付けたいからね」

⌒*リ´・-・リ 「よく言います。私たちを招くようなマネをしたのは、この件に少しでも戦力を巻き込みたかったからでしょう」

【+  】ゞ゚) 「……察しが良くて助かるね」

⌒*リ´・-・リ 「貴方の思惑通りに私たちが動くと?」

【+  】ゞ゚) 「私の思惑では無い。人を救いたい君たちの意志が、私の利と一致するだけさ」

⌒*リ´・-・リ 「腹の立つ言い方だ。……と、申しております」

【+  】ゞ゚) 「!」

 棺桶死の背後、気絶していたはずの百々が立ち上った。
 わずかな間もおかず、そのまま熊が爪を振るうように、棺桶死の体を薙ぎ払う。
 素早い反応を見せたため深く抉ることはできなかったが、血が地面に跡を残す。

449名も無きAAのようです:2015/01/03(土) 18:18:07 ID:tDoD0cvc0

【+  】ゞ゚) 「む?」

( ゚∋゚)

 相変わらず冷静さを見せた棺桶死だったが、少しして眉をしかめた。
 切り裂かれた傷の修復が遅い。
 霧への変化すらもどこか鈍っている。

【+  】ゞ゚) 「おやおや。これは」

( ゚∋゚) (我々がいつまでも貴様に振り回されるだけだと思うか?)
       ∨ ̄
⌒*リ´・-・リ 「と、申しております」

【+  】ゞ゚) 「ふむ。確かに油断してもいられないようだ」

 棺桶死の血が糸のように伸び傷口を縫合してゆく。
 折角の有効打もすぐに回復されてしまったが、止むを得まい。
 血刑の糸による縫合は飽くまで応急処置。
 これまでのように時間を巻き戻すかの如く復活されるよりはマシになったと思うべきだ。

【+  】ゞ゚) 「気絶したふりをして、杭に何か仕込んだか」

( ゚∋゚) (抗血刑剤。かねてから研究されていたが、ようやっと実用レベルに達したというところだ)
       ∨ ̄
⌒*リ´・-・リ 「と、申しております」

【+  】ゞ゚) 「…………旭の遺産か。死んでもなお仇を成す者とは、どこにでもいるものだね」

450名も無きAAのようです:2015/01/03(土) 18:19:20 ID:tDoD0cvc0

【+  】ゞ゚) 「…………さて、頃合いだ。そろそろお暇させてもらうとしようか」

( ゚∋゚) (逃げるつもりか棺桶死)
       ∨ ̄
⌒*リ´・-・リ 「と、申しております」

【+  】ゞ゚) 「……これ以上は戯れでは済まなくなるだろう。まだ君らを殺すときでは無い」

( ゚∋゚) (我らがこの好機をみすみす逃すと思うか?)
       ∨ ̄
⌒*リ´・-・リ 「と、申しております」

【+  】ゞ゚) 「好機……?はて……」

 棺桶死が顎に手を当て小首を傾げる。
 同時に、百々の杭の刃が根元から全て折れた。
 咄嗟に構えたリリの小銃も、弾倉が地面に落ち込められていた弾が一つ残らず取り外される。
 どちらも、装備して居たそれぞれは何の操作もしていない。

【+  】ゞ゚) 「いくら君でも、素手で私とやり合うのは無理があるのではないのかな、百々」

( ゚∋゚)

⌒*リ´・-・リ 「……本当に、忌々しい人」

【+  】ゞ^) 「止むをえまい。私は人類にとっても、吸血鬼にとっても最大の怨敵でなければならないからね」

451名も無きAAのようです:2015/01/03(土) 18:20:25 ID:tDoD0cvc0

【+  】ゞ゚) 「では、また会おう百々、小山内。その日まで、健やかで居ておくれよ」

 棺桶死の体が文字通り霧散した。
 黒い靄は瞬く間に空気に融け消えて、彼の放っていた強烈なプレッシャーも綺麗に消え去る。

⌒*リ´・-・リ 「……結局、核心事は煙に巻かれてしまいましたね」

( ゚∋゚)

⌒*リ´・-・リ 「ええ。腹立たしいことですが、今は棺桶死の思惑に乗るしかないでしょう」

( ゚∋゚)

⌒*リ´・-・リ 「はい。まずは装備を新調しなければ。私の銃は何とかなりますが、クックルちゃんの杭は時間がかかりますし」

( ゚∋゚)

⌒*リ´・-・リ 「水臭いことを言わないで、クックルちゃんのサポートをするのが、私のお仕事だもの」

( ゚∋゚)

 棺桶死が一度去った場所に再び戻ることは滅多にない。
 二人は手早く戦闘の痕跡を清掃し、屋上を去った。

 人のいなくなった屋上は煌々とした月の明りの中で、時が止まったように、静寂を取り戻した。

452名も無きAAのようです:2015/01/03(土) 18:21:21 ID:tDoD0cvc0
 
 
 
 
 
 
.

453名も無きAAのようです:2015/01/03(土) 18:22:16 ID:tDoD0cvc0
  





  ダッ!


     ダッ!!

       ダッ!!
        ダッ!!
         ダッ!!

454名も無きAAのようです:2015/01/03(土) 18:24:18 ID:tDoD0cvc0
  
         _人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人_
        >                                         <
        >  大    天    福    大    参    上  ! ! !  <
        >                                              <
       ´ ̄^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^ ̄

                            三 ∧_∧  
                        三⊂(´†ω゚`)つ
                           三   〈          バー―――z___ンッ!!
                           (_/⌒J 



(´†ω゚`) 「またせたな百々!!!この大正義大天福が来たからには―――――ッ!!」


(´†ω゚`)


(´†ω゚`)








(´†ω・`)

.

455名も無きAAのようです:2015/01/03(土) 18:25:56 ID:tDoD0cvc0

 おわり
 間が空きましたがあけましておめでとうございます。今年も滞りつつ続けてゆきます


三行

  ( ゚∋゚) (棺桶死殺す)
         ∨ ̄
  ⌒*リ´・-・リ 「と、申しております」


>>434
 遅くなりましたが、大変に素晴らしいです
 イメージの中にあったデレそのものを描いていただき非常に喜ばしく思います

456名も無きAAのようです:2015/01/03(土) 19:24:43 ID:Q5B5v9ls0
乙、このぐらいの間は訓練されたブーン系民には一日と変わらない。
オレは更新されたのをみて狂喜乱舞したけどな

457名も無きAAのようです:2015/01/03(土) 19:54:09 ID:P5VBhslg0
乙乙
大天福先生が大天福すぎてとても良い

458名も無きAAのようです:2015/01/03(土) 20:35:05 ID:TcjWcj5o0
乙!

459名も無きAAのようです:2015/01/03(土) 21:40:40 ID:oAXzoo4c0
乙 オサムかっけぇ〜〜〜

460名も無きAAのようです:2015/01/04(日) 09:05:34 ID:wiiJefkc0
キテタ!
毎回三行が秀逸過ぎる

461名も無きAAのようです:2015/01/04(日) 13:19:20 ID:42G6Detw0
おつ

462名も無きAAのようです:2015/01/19(月) 21:47:37 ID:7UVWQIYA0
乙!
やっぱムジナが個人的に一番面白いわ

463名も無きAAのようです:2015/01/25(日) 02:13:40 ID:fIZnY.bU0


        Place: 草咲市 幸寿町 辺丹州 字 戸六 35-7 穏やかな音楽の流れる喫茶店
    ○
        Cast: 流石兄者 素直クール わかばを吸う女

   ──────────────────────────────────――――――

464名も無きAAのようです:2015/01/25(日) 02:18:49 ID:fIZnY.bU0

 その女は、既に席に座り煙草を燻らせていた。
 窓際の角の席。
 入口に背を向けるその姿は若い女のようにも、老いた老女にも見える。

「あれだ」

 そう一言だけ呟き、クールは席に向かう。
 ハイヒールの鳴らす硬質な音が、静かな喫茶店の中に響いた。
 先ほどまでテーブルを拭いていた店員の女がいそいそと駆け寄ってきたが、
 一瞥もしなかったクールの態度にやや戸惑っている。

「二人。あちらと待ち合わせで」

「あ、はい、いらっしゃいませ」

 俺に頭を下げ店員はいそいそとカウンターへ戻る。
 カップを拭いていた店長らしき老人と目が合ったが、逸らされた。
 服装で俺たちが杭持ちだと見抜いたのだろう。
 客に対するには、少し鋭さの過ぎる警戒心が見て取れた。

「流石くん、早くきたまえ」

「はい」

 先に女の向かいに腰を下ろしたクールに呼ばれ、俺もテーブルへ。
 数秒悩んで、クールの隣に間を空けて腰掛けた。

465名も無きAAのようです:2015/01/25(日) 02:21:34 ID:fIZnY.bU0

「良い雰囲気の店ですね」

「でしょう。気に入ってるの、暴れたりしないでね」

 俺の述べた社交辞令に、同じく社交辞令然とした返事をする女。
 初めて正面から顔を見た。
 世間一般で言えば、美人な部類か。
 気だるげな表情がむしろ艶となっている。

「紹介しよう。部下の流石くんだ」

「流石兄者です、初めまして」

 クールが相変わらず無感情な声で俺を紹介しる。
 最近やっとこの、「これはペンだ」と言うのと同じトーンで名を伝えられることに慣れた。
 初めの頃は紹介されていると気付けず、反応が遅れてしまったものだ。

「初めまして。私は、そうね」

 女は少し悩み、テーブルに置いてあった煙草の箱を手に取った。
 薄い緑の地にシンプルなロゴとデザインが描かれている。
 喫煙者でないため詳しくは無いのだが、ひらがなで名前が書かれた煙草は初めて見る。

「仮に、『わかば』とでもしときましょうか」

「偽名ですか」

「そうね。だけれど気を悪くしないで。普段使っている名前ですら、私の本来の名前じゃないから」

466名も無きAAのようです:2015/01/25(日) 02:22:35 ID:fIZnY.bU0

 互いの紹介を終え、落ち着いたところに丁度店員が現れる。
 俺とクールの前に水とおしぼりを置き、伝票にペンを構えて注文を取る姿勢になった。
 特に何かを頼むつもりでも無かったため、目でクールを窺う。

「経費は落ちる。良識の範囲で好きなものを頼みたまえ」

「じゃあ、俺はブレンドを」

「私もブレンドおかわり。それとガトーショコラ一つ」

「私はアイスラテを。と、ショートケーキを二つ」

「俺は要りませんよ」

「何を言っている。二つとも私が食べるに決まっているだろう」

 苦笑する店員を戻らせ、わかばの女は咥えていた煙草を灰皿に押し付ける。
 吸殻はこれを含めて三本。
 珈琲も二杯目であるし、少々待たせてしまったようだ。
 遅れてきたわけでは無いのだが、はるかに早く彼女はここに着ていたのだろう。

「それで、話しってのは何」

「率直に言おう。君の力を借りたい案件がある」

 予測できていたのだろうか。
 わかばの女はため息を吐き、器に残ってた珈琲を飲みほした。

467名も無きAAのようです:2015/01/25(日) 02:23:52 ID:fIZnY.bU0

「私が出張んなきゃいけないような緊急事態なわけ」

「そうだ。でなければ連絡などしない」

 いかにも乗り気でないという風に、わかばの女は唇を尖らせる。

「いいわあ、一応話くらいは聞きましょう」

「そう言ってもらえると重畳だ」

「でも、期待はしないでよ。私は、今の生活ぶっ壊してまで協力するような義理は無いから」

「ああ、分かっている」

 二人の女の会話を、水で喉を潤しながら聞く。
 優位性を持っているのは、わかばの方で間違いないだろう。
 こちらは依頼する側なのだから当然と言えばそうだが、それだけでない何かが感じ取れた。 

 「わかば」がどういった存在で、クールや十字協会とどういった関係があるのか、俺は一切教えられていない。
 一応尋ねてはみたのだが、「今は顔だけ覚えておけ」という返答しか得られなかった。
 協力を仰ぐといった時点で無認可の吸血鬼狩り屋の類かと予想していたのだが、どうにも空気が違う。

468名も無きAAのようです:2015/01/25(日) 02:25:03 ID:fIZnY.bU0

「流石くん、細かい話は君に任せる」

「わかりました」

「あなた、良くこれの部下なんてやってられるわね」

「異動の願いは散々出しているのですが、認められなくて困っています」

「ふうん。なんだか嫌にタフそうな相棒で良かったわね、クーちゃん」

「タフ過ぎて困っているところだ。あと部下の前でクーちゃんはやめろ」

「いいじゃない。私にとってはいつでもどんなときでもクーちゃんはクーちゃんよお」

「流石くん、さっさと話を」

「はい」

 わかばが、煙草を一本抜き取り、口に咥える。
 ライターを構えたところで、思い出したように俺を見る。

「煙草、吸っても」

「俺は構いませんが」

「ありがと」

 ライターが火花を飛ばし、細い火が点る。
 煙草の先端が燃え、軽い明滅を起こす。
 一度大きく吸い込んだ煙を、俺たちにかからぬよう、少し開けた窓に吹くわかば。
 その目が俺を流し見たのを確認し、俺は口を開いた。

469名も無きAAのようです:2015/01/25(日) 02:28:56 ID:fIZnY.bU0

「現在、草咲市に棺桶死オサム『始祖の吸血鬼』が姿を現していることはご存じで」

「いいえ。そう、あのおじいちゃんまた来てるの」

「はい」

 棺桶死オサム、そして吸血鬼に対する認識はある程度共有できているようだ。
 これならば、いちいち説明せずに済む。楽でいい。

「まさか、あのおじいちゃんを殺すの手伝えってんじゃないでしょうね」

「正確には、それも視野に含めて、複数の状況に対する遊撃的な立場を取っていただきたいと、上は考えています」

「遊撃的、ねえ」

「我々のみでは手に負えない状況が発生した際の援護、ということになります」

「ねえ、クーちゃん」

「なんだ」

 相変わらず顔を窓側に向けたまま、わかばは視線のみをクールに移動する。
 やはりわかばの用いる呼称が気に入らないのか、普段よりもいくらか不満げに見えなくもない。
 面白い。今度隙を見せた際に俺もクーちゃんと呼んでみよう。
 そのためにも普段から防弾ベストを着込んでおかなければ。

470名も無きAAのようです:2015/01/25(日) 02:31:54 ID:fIZnY.bU0

 クールの反応を無視し、わかばが煙草を咥えたまま向き直る。
 軽く握った状態両手を目の前に差し出し、言葉に合わせ一本ずつ立ててゆく。

「荒巻、渋澤、百々、大天福、増井、盛岡、横堀、咲名、的間。今挙げた杭持ちのうち何人がこの街に来てるの」

「現時点では四人だ。ただし、咲名は今杭を持っていない」

「それぞれの子分は」

「百々は小山内。大天福には天主堂、盛岡には権藤がついている」

「ちなみに親猫のおにいさんやラスイチのおじさんとの協力体制は」

「子子子ギコ、鴨志田フィレンクト両陣営共に、一応は約束されている」

 クールの返答を聞き、わかばは眉間に皺を寄せた。
 煙草の煙が沁みた、というわけでもないのだろう。

「あのさ、あんた含めて、十協の戦力トップ10が五人もいて、それぞれ子分も真面に揃ってて、
 加えて親人間派吸血鬼の二大勢力が共に協力的なのよね。普通ならそれだけでオーバーキルだってのに、
 その上で私を引っ張り出すってさ、それどんな異常事態なのよ。
 吸血鬼満載したジャンボジェットが突っ込んで来るってレベルじゃなきゃ納得しないわよ」

「近い状態にあると、言っても過言ではありませんね」

「飽きれた。世の中腐ってるわ。No futureだわ」

 言葉通りの心底呆れた顔から煙が吹き出された。
 クールに見慣れてきた今、こちらの方が大げさな反応に見えて仕方ない。
 何はともあれ、この意見には同意だ。今の草咲市は異常が過ぎる。

471名も無きAAのようです:2015/01/25(日) 02:33:22 ID:fIZnY.bU0

 現在、草咲市で俺たちを振り回す事案は主に三つ。

 棺桶死オサム、『地雷女』両名の不自然な滞在。
 好戦的な新生吸血鬼、仮称『蠍』こと志納ドクオの出現。
 高危険度吸血鬼の不自然な大量発生。

 どうやらそれらには関連性があるようだが、一体どんな裏があるのかがまだ見えていない。
 つい最近新たに得られた情報では「高岡ハインリッヒ」などと言うこれまた聞き覚えの無いワードまで登場している。
 一切の明度を得られぬまま、断片の情報ばかりが手に入り、解決にはほとんど繋がらない。

 結局それぞれに部分的に対応しなければならないため、労力体力がすり減るばかりだ。
 三つめに上げた大量発生の件は特に人手を食い、俺たちまでそちらに駆り出されかねない状況になっている。

「それで、私なのね」

「はい。解決の糸口が見つからないからこそ、せめて目の前の事件には応対しなければなりませんから」

「一応聞くけど、人員はもう余裕無いのよね」

「辛うじて、あと数名回してもらえるとは言われていますが、そうですね。それ以上は望めません」

「ま、いくらここが激戦区って言ったって、他を無視するわけにはいかないもんねえ」

「はい」

 わかばは幾分減った煙草を灰皿に捩じりつけ、何度目か分からないため息を吐く。
 どうやら受ける気にはなってくれたようだが、やはり乗り気とはいかない。

472名も無きAAのようです:2015/01/25(日) 02:37:40 ID:fIZnY.bU0

「報酬は出すと、上は言っています」

「報酬ったってあんた、私はそもそも十協に養われてる立場だもの」

 「十協なくなられても困るしねえ」と呟き足す。
 俺が話す間に届けられたコーヒーを、そっと唇に運んだ。
 慎ましい嗜み方だ。隣で二つ目のケーキを食い散らかしているクールにも見習ってほしい。

「わかったわ。どれくらい手伝えるか分からないけどとりあえずはね」

「そう言っていただけると助かります。素直さん」

「ちょっと待ちたまえ。今大事なところだ」

 残しておいた二つ分のいちごをたっぷりと味わうクールを待つ、俺とわかば。
 反撃に銃弾さえ飛んでこなければ、横っ面を全力で殴っているところだった。
 無論、俺が殴りかかったところでこの女はあっさりと躱すだろうが。

「これを。連絡用だ。必要な番号とアドレスは全て入力してある」

「あらあら、随分準備がいいこと」

「お前はごねるこそするが、こちらの依頼を断ることはないからな」

「あんたたちが断り切れない話ばっかり持って来るからでしょお。そろそろ勘弁してよね」

473名も無きAAのようです:2015/01/25(日) 02:39:27 ID:fIZnY.bU0

「じゃ、要件が済んだなら、私は帰るわよ」

 一通りの話が済み、荷物を手早くまとめ、立ち上がるわかば。
 ハイヒールのせいもあってか、思っていたよりも身長が高い。

「ああ、応じてもらって感謝する」

「感謝してるなら、もっと媚びた声出してもらえないかしら。せっかく可愛い顔してるんだから。ね」

「ね、と言われましても」

 不意に話を振られ、ついクールの顔を見た。
 俺に他人の顔面をとやかく語る美的な感性は存在しないが、ほとんどの人間がこの顔を美しいと賞する。
 中身を知っている俺にとっては、外面などどうでもいい。

 いくら美しい拵えが施されていようと、刃物は刃物。
 肉を裂き魂を刈り取る死神の鎌に「可愛い」などとのたまわれるほど、俺は剛毅な質でない。

「素直さんが他人に媚びるところは見て見たい気もしますね」

 じろりと、クールの視線が刺さる。
 白を切ってわかばに目を戻すと、いかにもわざとらしいため息が聞こえた。
 続いて、決心したように深く息を吸い込む音。

「ありがとお、わかばちゃあん」

 一瞬、俺とわかばの動きが止まった。
 たまたま見合わせていた彼女の瞳孔が開くのが分かる。
 恐らく俺も同じような状態だろう。

474名も無きAAのようです:2015/01/25(日) 02:41:05 ID:fIZnY.bU0

「お望み通り媚びてやったぞ」

 反射的にクールを見た。
 こともなげに、ストローに口をつけ残りのアイスラテをじゅるじゅると鳴らしている。
 相変わらずの無表情ではあったが、こちらを向かないという頑なさだけは感じ取れた。

「今の聞いたよね、流石っち」

「ええ、幻聴だと思いたいところではありましたが」

「そうね、そう。私まだ鳥肌が収まらないわ」

 わかばが腕を見せた。
 触れるまでも無く肌が粟立っているのが分かる。

「俺も三年くらい寿命が縮んだかも知れません」

「大概にしたまえよ流石くん。わかばについてはやむなく大目に見るが」

「だってねえ。あんた、そんな甘ったるい声も出せるんだ」

「末の妹の真似だ。私や他の妹共と違って、奇跡的に一般的な人格なのでな」

「今の、他の人たちの前でもやってもらっていいですか」

「四肢に一発ずつ、頭と心臓に四発ずつ鉛をぶちこませてくれるならば考えてやる、流石くん」

「脳天に一発ならば悩むところでした。諦めましょう」

「仲良いのねえ、あなたたち」

475名も無きAAのようです:2015/01/25(日) 02:43:19 ID:fIZnY.bU0

「さて、どうしましょうか。これから」

「どうするもこうするも、上からの命令には従わねばなるまい」

 わかばが去った後の喫茶店。
 クールが追加でモンブランを注文したために店を出られなくなり、俺は斜向かいに座り直す。

「警邏の応援に入るんですか」

「不満ではあるがな」

「俺の勘では、地雷と吸血鬼の大量発生は関連性があります」

「それは私も分かっている」

「蛆のように湧く吸血鬼を狩るより、地雷の周辺を浚う方が速いかとは思いますが」

「同意見ではあるが、現状は手詰まりだ。せっかくもらえた増援も、全て向こうに取られては捜査も進まん」

 素直クールにしては異様に聞き分けが良い。
 撃つなと言っても撃ち、壊すなと言っても壊し、行くなと言っても向かうこの女が命令を聞くなど気色悪いにもほどがある。
 何かに感づいているのだろうか。

「そう訝しがるなよ流石くん」

 モンブランの頭頂に乗った栗の甘露煮を丁寧に掬い取り、頬張る。
 続けて何かを喋ろうとしている気配はあるが咀嚼が終わらない。
 俺は氷の溶け切った水を、少しだけ口に含む。

476名も無きAAのようです:2015/01/25(日) 02:44:50 ID:fIZnY.bU0

「人手を失った今、乙鳥や賤之女デレについて調べるのは骨だ。
 本来地雷にたどり着くための糸口に過ぎなかったと考えればむしろここに執着するのは無駄ですらある」

「それならば少しでも甲斐のある方に行くと」

「そうだ」

「正直に言ってはいかがですか」

「なんだ」

 残っていた大きなケーキの塊を、クールは口に押し込んだ。
 まるで子供だ。
 口の端に付いたクリームを指で拭い、咀嚼途中の舌で舐めとる。

 俺は親では無いので一々注意する義理も無いが、これの隣に居る俺が恥をかくのでは無かろうか。

「久々に思い切り引金を引きたいだけでしょう。最近はフラストレーションの溜まる場面が多かったですから」

 クールの表情に当然変化は無く、膨らんだ口を黙々と動かし、モンブランを味わっている。
 両頬を挟み叩けばさぞ愉快だろう。
 その場合、正面では噴出した脂と糖と唾液の混合物を浴びることになるので、立ち位置は重要だろうが。

 ぼんやり殴る角度を色々想定している内に、クールは全てを飲み下した。
 すすぎとばかりに残していた水を飲みほして、立ち上がる。

「流石は流石くん。そこまで分かっているならば、さっさと弾薬の追加申請をしてくれるとさらに流石なのだがね」

「ついでに、また異動願いを出しておきます」

「構わんが、資源を無駄にするのはあまり流石でないと、私は思うよ流石くん」

477名も無きAAのようです:2015/01/25(日) 02:46:04 ID:fIZnY.bU0

 おわり


 三行

    「率直に言おう。君の力を借りたい案件がある」
    「わかったわ。どれくらい手伝えるか分からないけどとりあえずはね」
    「ありがとお、わかばちゃあん」

478名も無きAAのようです:2015/01/25(日) 06:07:04 ID:hz3Zpf.60
おつおつ
このコンビの掛け合いも大好きだ

479名も無きAAのようです:2015/01/25(日) 20:30:10 ID:U1rYcqMMO
ω・)乙。大天福先生の他にも強い杭持ちがいるのな

480名も無きAAのようです:2015/01/26(月) 00:43:36 ID:fQk3VuFw0
おつ

481名も無きAAのようです:2015/01/26(月) 08:10:29 ID:uNY7hUJE0


482名も無きAAのようです:2015/05/27(水) 17:15:00 ID:n3hJY36.0
いつまでサボってるんだ?
さっさと続き!

483名も無きAAのようです:2015/08/11(火) 22:38:41 ID:i.gb1g5I0
楽しみに続きを待っております

484名も無きAAのようです:2015/09/09(水) 05:25:26 ID:FSizOkdU0
まだかなー

485名も無きAAのようです:2015/11/16(月) 05:16:49 ID:r5itCX7k0
モチベーションなくなっちゃったのかな…

486名も無きAAのようです:2016/01/27(水) 13:40:25 ID:qby..1f60
待ってる

487名も無きAAのようです:2016/02/21(日) 02:36:34 ID:K0Dfv0VQ0


        Place: ―
    ○
        Cast: 都村ミセリ 都村トソン

   ──────────────────────────────────

488名も無きAAのようです:2016/02/21(日) 02:37:23 ID:K0Dfv0VQ0

 幸福な微睡だった。

 頬に、腕に、胸に感じる、自分とは違う体温。
 はっきりしない意識で、少し強く抱きしめる。

 静かに続く寝息に、「んん」と声が混じった。
 もぞもぞと動く。
 これ以上ないというくらいにひっついているのに、さらに近づこうとする。
 肌が擦れ合う。堪らなく愛おしく、彼女の頭に顔を押し付けた。

 人の臭い。
 シャンプーの残り香と、汗と皮脂の混じった、ほんのり塩気と苦みのある甘い香り。
 幸せが胸の中にじわじわと広がってゆく。

 薄い毛布が一枚。
 少し肌寒い、雨模様の夏の朝。
 服を纏わない互いの体の熱が、めまいがしそうなほどに心地いい。

 掌で体を撫でてやる。
 瑞々しい肌。触れているこちらの方が気持ちよくなってしまう。

 この柔らかい幸せの塊を、壊さないよう、傷つけないよう優しく。優しく撫でる。
 孤独を融かし尽くして、柔らかな日だまりを思い出させてくれる彼女を、
 自分からすれば刹那の間に老い朽ちる彼女を、少しでも長く傍らに置けるよう。


  「ミセリ」


 小さな声が、胸元で紡がれた。
 寝ぼけている。軽やかな鈴のような声に少女の甘さが混じっている。

489名も無きAAのようです:2016/02/21(日) 02:38:17 ID:K0Dfv0VQ0

  「どうしたんです?」

  「なんでもないさ。なんとなくだよ」


 この心の穏やかさを、なんと言葉にすれば伝わるだろうか。

 心臓の拍動のほんの少し横で、一緒になって脈を打つ、愛しさの感情。
 惜しみなく注いで良い。躊躇わず受け取ってよい。

 怯えた野良猫の心はもう消えた。
 孤独を感じる必要などもう失せた。
 首輪の要らない、代償の要らない、愛していい人を見つけたのだ。


  「…………したいんなら、良いですよ」

  「まだ朝だよ」

  「本来、貴方にとっては夜みたいなものでしょう」


 耳を澄ます。
 鼓動が体を伝わって聞こえる。
 窓の外で、しとしと雨が降っている。

 なんて明るい夜だろう。
 なんて怖くない夜明けだろう。

490名も無きAAのようです:2016/02/21(日) 02:39:13 ID:K0Dfv0VQ0

 吸血鬼になってからずっと、なる前からも。
 夜明けは一人でいることが普通だった。

 どれだけ人を騙して連れ帰っても。
 ホテルの一室で、男女問わずに床を共にしても。
 夜が明ければ独りだった。
 光が全てを明かしてしまえば、何もかもが終わりだった。

 時には、吸血鬼と知ってなお離れていかない者もいた。
 しかし捕食者と肉という関係性は、人の精神を容易く疲弊させる。
 結局、それまでのようにはいかずに、ほどなくして破綻した。

 いつも一人だった。
 心の凍えに、ぬるま湯をかけて温めてやるけれど、すぐに冷めて余計に寒くなる。


  「……あんたにとっちゃ朝でしょ。もう少し寝な、私も寝るし」

  「実を言うと」

  「ん?」

  「あなたに触られていたら、なんだか、その……」

  「……」

  「したく、なってしまいまして」

491名も無きAAのようです:2016/02/21(日) 02:40:57 ID:K0Dfv0VQ0

  「昨日したばっかりなのに?」

  「昨日、貴方が途中で寝ちゃうから」


 恥ずかしげな声で、胸に顔を押し付ける。
 頭を撫でてやる。腰に回された手の力が強くなる。

 体を剥して、顔を見た。
 昨日半端にして眠りに落ちたせいか、髪が乱れたまま。
 恥ずかしげに、うるんだ目でこちらを見上げてくる。

 心臓が焼け付いてしまう。
 堪らなくなって、顎に指を添え、顔を寄せた。
 驚きを見せるが、すぐに目を閉じて受け入れようとする。


  「あ、やっぱりだめです」


 触れる寸前で顔を逸らした。
 ちくりと寂しくなる。この程度で寂しがった自分に、少し戸惑う。


  「嫌だった?」

  「嫌っていうか、寝起きですし、口臭いかも……」


 強引に唇を奪う。
 最初は拒もうとしたが、すぐに舌が柔らかくなる。

492名も無きAAのようです:2016/02/21(日) 02:41:52 ID:K0Dfv0VQ0

  「いつものトソン」

  「……まったく」


 本当は、頭が惚けているだけで、今回もほどなくして終わっていしまう温もりなのかもしれない。
 絡み合っているのが依存心ばかりだということは、自覚している。
 欠けている自分の何かを都合のよい誰かに求めているだけ。
 お互いを摺りつけ合って摩耗して行くだけの関係性。

 楽で、怠惰で、温かくて、震えるほどに満たされている。
 いつか来る淋しさばかりの終焉など気にならないくらい。

 これで良い、と思える過ち。
 このままがいいと願う誤り。
 
 冷静なフリをする脳みそは、きっともうすでに熱にうなされている。
 元々冷たいこの身体に、彼女の体温は愛し過ぎる毒だから。


  「ねえ、トソン」

  「はい」

  「たまには、トソンにリードされたい」

  「…………」

  「だめ?」

  「いいでしょう。頑張ります」

  「ほどほどにな」

493名も無きAAのようです:2016/02/21(日) 02:42:51 ID:K0Dfv0VQ0

 いつか彼女に、別れを告げる日も来るだろう。
 永遠に一緒に居るなんて、迂闊なことは言えないから。

 それでも、今は共にある。
 触れあい。舐めあい。侵しあい。赦しあう。
 刹那で去ってゆくこの時間を、悔いの一片も残さずに貪りつくす。


  「…………どう、ですか?」

  「……そうゆうこと、一々聞かないの」

  「仕方がありません。あなたがお手本なんですから」

  「…………っ」

  「声、上げないんですか」

  「生意気」


 頭の中に咲いた白い花の香りに酔いながら、掌に触れる髪を撫でて。
 あばらの檻に閉じ込められた心臓が打つ鼓動を数えて。
 擦れ合う肌から一つに融けるような錯覚に惚けて。

 この空気に、心地に、干渉に酔って溺れる自分たちの体を強く強く結びつけ合う。
 依存してしまうことを恐れない。傷つけあうことも恐れない。
 血流にのって全身を侵すこの麻薬のような感傷を受け入れる。

 どうせ足掻いたところで、絡まった糸が解れることはないのだから。
 共に抱いた蓮の花が散るまでの短い生涯を、精々美しく生きるしかないのだから。

494名も無きAAのようです:2016/02/21(日) 02:44:00 ID:K0Dfv0VQ0

 三行


 多分
 再開
 します

495名も無きAAのようです:2016/02/21(日) 02:58:27 ID:YVITkghk0
よおおおおおおっしゃあああああああああまってたあああああ


496名も無きAAのようです:2016/02/21(日) 03:21:16 ID:3Un72ygg0
よく帰ってきてくれた


497名も無きAAのようです:2016/02/21(日) 04:30:58 ID:ZYwiS2MA0
おつ
待ってたよ

498名も無きAAのようです:2016/02/21(日) 08:02:29 ID:XdhD2tMk0
まってた

499名も無きAAのようです:2016/02/21(日) 08:09:03 ID:7UXDrI3A0
嬉しい、これ大好きだ


500名も無きAAのようです:2016/02/21(日) 11:54:29 ID:fs1L/VkU0
初めて読んだけど面白いなこれ


501名も無きAAのようです:2016/02/21(日) 12:29:37 ID:VUrSRkhw0
待ってた
乙乙!

502名も無きAAのようです:2016/02/22(月) 00:43:01 ID:B84YVr1c0

大天福先生はよ!

503名も無きAAのようです:2016/02/22(月) 10:50:42 ID:.3fMkTNA0
きたーーーー!

504名も無きAAのようです:2016/04/20(水) 18:24:27 ID:f3BgqBeU0


        Place: 草咲市 戸津釜町 字上弦 122-32 品のあるホテルの一室
    ○
        Cast: 本能寺ビーグル 戸景リザ 鈴木タムラ

   ──────────────────────────────────

505名も無きAAのようです:2016/04/20(水) 18:25:44 ID:f3BgqBeU0

 その女の腰には、蜥蜴のタトゥーがあった。
 四つん這いで身をくねらせ、尻尾を「6」のように丸めている。
 趣味のいいデザインでは無かったが、シンプルさには好感を持った。
 トカゲというのがいい。あるいはイモリや、ヤモリの類かもしれないが、似たようなものだろう。


∬* ヮ ) 「ねえ」


 女が首に手を回し付き湿度の高い声を吐く。
 身に着けた香水よりも甘い。
 鼻と耳の奥、脳幹にじりじりと痺れるような痛みを覚える。


∬* ヮ )「あなた、吸血鬼なんでしょう」


 頬が紅潮している。
 目じりを下げ、細めた目は潤んでいる。
 少々幼い印象は受けるが美人。あるいは艶のある女である。

 ただ少し、頭が悪い。
 自分が賢いと誤解し、あざとい企みを隠す。

 こういう女は、案外好きだ。
 吸血鬼に限らず、男というのは、いくらかバカな女を抱いてる方が気楽でいられる。
 対等な個人として付き合うには気が滅入るが、床の中ではこれくらいの方がよろしい。

506名も無きAAのようです:2016/04/20(水) 18:26:42 ID:f3BgqBeU0

▼・ェ・▼ 「よくわかったな」


 とりあえず話を合わせてやる。
 吸血鬼であるとばれたところで問題は無い。
 既にここはホテルの一室。鍵の閉じられた密室だ。
 仮に既に通報されていたとして、どうとでもなる。

 いま、この街の杭持ちは些事に構う余裕はない。
 売女まがいの女の通報で駆け付ける人員など、下っ端の雑魚程度だろう。


∬*‘ ヮ‘) 「むかし付き合ってた男が杭持ちでさ、教えてもらったのよ、吸血鬼の見分け方」

▼・ェ・▼ 「ほう。どこをどう見る?」

∬*‘ ヮ‘) 「見るってより、感じるの。吸血鬼に会うと、首筋のあたりがぞっとする」


 なるほどな、と納得する。
 人を襲う獣は数あれど、人間を主食とし、人間を襲うことを生業とする獣はそういない。
 本能が、感じるのだろう。目の前に立つ“捕食者”の脅威を。
 すべての人間に備わった感性では無いのだろうが、それの分かる種がいるのはむしろ自然だ。


▼・ェ・▼ 「わかっていてついてきたのか」

∬*‘ ヮ‘) 「この街の人間ならみんな知ってるわ。吸血鬼は確かに怖いけれど、無為に人を殺したりしない。そうでしょ?」

▼・ェ・▼ 「……最近はそうでないものも多いがな」

∬*^ ヮ^)「貴方がそんな“理性的でない”吸血鬼だとは思えないもの」

507名も無きAAのようです:2016/04/20(水) 18:27:31 ID:f3BgqBeU0

 女は、思いのほか品よく笑った。
 
 確かに、吸血鬼は人の血を吸う。
 金などの代償に血を買うことが出来なければ襲って食うこともあるだろう。
 ただし、だからと言ってそう簡単に殺しはしない。

 人が家畜の乳牛をそうそう殺さないのと同じ理由だ。
 殺すよりも生かしておいた方が得が多い。
 実際、吸血鬼と遭遇した時に反抗せず大人しく血を吸わせて済まそうとする人間もそれなりにいる。
 この女のように、気付いておきながら密室までついてくる者は、珍しい例だが。


∬* ヮ )「それに」


 女が頭を引き寄せる。
 目を閉じ、顔を少し傾け、口を重ねた。
 舌の交わりは浅い。唾液に、酒の残り香がある。
 
 女の口蓋を、舌で撫で上げる。
 腕の中にある肉付きのよい身体が震え、喉の奥から、息の音が漏れた。

 口を離す。
 伸びた唾液の糸に、オレンジ色の照明がちらと映えた。

508名も無きAAのようです:2016/04/20(水) 18:28:43 ID:f3BgqBeU0

∬* ヮ ) 「似てるのよ、その感じ。いい男に出会った時の感覚と」

▼・ェ・▼ 「そうか」

∬*  , ) 「……ねえ」

▼・ェ・▼「なんだ」

∬*  , ) 「もう。吸血鬼とキスをした女がどうなるかなんて、知ってるでしょ?」


 触れた。
 すんなりと指が入る。
 女は待ちかねていた、と言った風情の声をあげる。

 これは吸血鬼の唾液にしては効果が早い。
 さきにしていた愛撫も、さほど丹念に行ったわけではなかった。
 そもそも好きなのだろうこの女は。吸血鬼に体を貪られることが。
 自身を圧倒的に蹂躙されることを、望んですらいる。

 生ぬるい指先をうごめかせた。また声が上がる。
 この調子ならば、人間の女だからと気遣う必要も無いだろう。

509名も無きAAのようです:2016/04/20(水) 18:29:42 ID:f3BgqBeU0

 女の腕が解け、掌が頬を撫でるように挟む。
 中身に比べて冷たい手だ。

 だらしなく口を開いている。喉の奥の暗がりがみえた。
 何かを飲み込むことを期待して、蠢いている。
 口からはみ出して伸ばされた舌は、溺死した蛙のようだ。


▼ ェ ▼ 「……」


 口を開けた。
 肉体の反射というべきか、女を抱くと自然に唾液の分泌が多くなる。
 口から口へ。吸血鬼から人間へ、唾液がとくとくと滴り落ちる。

 少し外れ、泡立つ透明の媚薬は女の頬にかかった。
 不満げに、しかし甘い声をあげながら女は唾液に舌を伸ばす。
 舐めとり、受けて止め、溜めてから呑み込み。背筋を震わせる。

 しばらくの時間、中身に触れ続けた。 
 唾液が回ってきたのだろうか。徐々に、確女の目が惚けて行く。

 指で、これまでよりも強めに擦りあげた。
 一段低い、雄叫びじみた声を出す。手を止めず、執拗に中身を掻きまわした。
 女は、シーツを掴み、悲鳴を上げる。

 入口を、奥を、順に、時には順を変え、指の腹で、凹凸のある肉壁を隅々まで探りまわす。
 溢れる液体が、指を伝って、外にまで漏れ出していた。

 陰毛は短く整えられている。好印象だ。愛液に塗れ内腿に張り付く黒い毛は、酷く醜い。

 手を止めずにかき回す。
 女は吠えながら、腰を暴れさせた。もはや人間では無い。
 唾液に頭をやられている。

510名も無きAAのようです:2016/04/20(水) 18:31:06 ID:f3BgqBeU0


∬*; д ) 「ねえ、ねえ、もう!」


 肩に女の爪が食い込んだ。
 手を止め、引き抜く。
 指の間に糸が張った。口に含み、舐めとる。

 悪くない味だ。
 血ほど腹は膨らまないが、嗜好品としては上等だろう。


∬*; ヮ )「ねえ、もう、いいでしょう?」


 息を荒げながら、女が腰元に縋りつく。
 熱い。暑苦しい。

 女の舌が皮膚の上を這い、性器にたどり着く。
 まだ、“足りていない”。
 女が口を開けた。いくらか持ち上がっていた先端を一口に頬張り、血の滞留を促すように軽く吸う。

 また、熱い。
 舌が絡みつく。泡立つ唾液は、人の体温だ。

 自身ですらさほど愛着の無いそれを、女は愛おしげに舐めまわした。
 喉の奥まで咥え頭全体を前後させ、一度吐き出して、頬ずりでもするように、唇と舌で撫でまわす。
 硬さが増すのを自覚する。仕方がない。これも肉体の、本能の反射だ。

511名も無きAAのようです:2016/04/20(水) 18:31:48 ID:f3BgqBeU0

 女を寝かせ、足を開かせる。
 白いくびれが左右に揺れる。


▼・ェ・▼ 「……」


 熱だ。熱だ。
 この體になった時に失った、体温の熱さだ。

 動く。
 女が声を出す。
 意味は無く、行為の結果としての、肉体の反応だけがある。

 吸血鬼が他者を抱くことに、生物的に明確な理由は無い。
 正確には、しなければならないという必然性は無い。
 吸血鬼の生殖機能はそうなった辞典で失われている。
 生殖器は人間の名残であり、あるいは主食である人間を誑かすための道具だ。

 性的な快感が失われるわけではない。
 かつてのように衝動的な欲求は失われるが、行為のもつ享楽性は残るのだ。
 だから、こうして、本来の目的とは別に、多少興じることも可能である。

 角度を変える。
 反応を見る。
 律義な女だ。
 感触の良し悪しを怠けず反応で示してくる。
 遠まわしな要求でもあるのだろう。
 大人しく従って、好ましい場所を中心に、深く触れさせる。

512>>511ミス 辞典× 時点○:2016/04/20(水) 18:33:54 ID:f3BgqBeU0

▼・ェ・▼ 「口をひらけ」

∬;‘ ヮ‘) 「え?」

▼・ェ・▼ 「口をひらけ」


 溜めた唾液の塊を、女の口に落す。
 女はその危険性に気付き拒否しようとしたが、既に遅い。
 口で口に封をし、強制的に喉の奥へ送り込む。
 女の手が拒絶の意志を表すように、肩を押す。
 気にせず、舌を絡め、口蓋の撫で上げた。

 怯えているのが、体のこわばりから伝わってくる。
 そうでなくてはならない。
 例え“理性”によって守られていたとしても“本能”の恐怖を忘れさせることは許されない。

 先端が、女の奥に触れていた。
 僅かに硬い、弾性のある部位を、執拗に嬲る。
 ベッドに突いた腕に、女の手が絡みつく。
 その程度の爪では、吸血鬼の皮は引き裂けない。

 悲鳴である。
 舌を絡めた接吻の時点で媚薬としては十分な効能がある。
 それをここまで飲んだのだ。
 この女がいくら好きもので吸血鬼の唾液に慣れていたとしても、関係ない。
 
 だらしなく開いた口に、出るだけ唾液を落とし続ける。
 女は鳴きながら、泣いていた。涙がこぼれ、目元の化粧が溶けている。
 全ての栓が壊れてしまったらしい。

 よろしい。実に、よろしい。
 これでこそ興が乗る。

513名も無きAAのようです:2016/04/20(水) 18:34:59 ID:f3BgqBeU0

 人間の時分と違い、絶頂があろうと精液を消耗するわけではない。
 半透明の体液を放出するが、精液と異なり生成に時間を要さないため、さほど時間を取らず回復する。
 途中吸血を挟めば、休憩を取る必要が無い程に。

 どれほどの時間、抱いていただろうか。
 十分だ。満足した。性器を引き抜くと、女の腹から透明な液が流れ出る。

 充血が酷い。
 この様子では、途中からは痛みの方が勝っていただろう。

 女は完全に意識を失っている。
 唾液を飲ませ過ぎたか。
 行為自体には手心を加えたはずだ。

 髪は散らかり、化粧はまるで抽象画。
 滑稽である。
 これに懲りて、行きずりの吸血鬼と行為に及ぶ愚かさを学べばよいが。

 とはいえ、その学習を活かす機会は、二度と来ないので、別に構いはしない。


▼・ェ・▼ 「タムラ、いつまで隠れている。さっさと出て来い」


 ベッドを叩く。
 しばし待つと、下方からもぞもぞと布を擦る音が聞こえた。
 覗き混む。ベッド側面の飾り板がパカリと外れ、そこから一人の女が顔を出した。

 鈴木タムラ。
 山村から出てきたばかりのおぼこ娘のようななりをしているが、一応は吸血鬼である。

514名も無きAAのようです:2016/04/20(水) 18:36:02 ID:f3BgqBeU0

爪*∩∩) 「……おわりでありますか?」

▼・ェ・▼ 「見れば分かるだろうが」

爪*∩∩)「……見てないから分からんであります」

▼・ェ・▼ 「音でわかるだろう」

爪*∩∩) 「……途中から耳を塞いでいたであります」

▼・ェ・▼ 「なんのために隠れてたんだ、お前は」

爪#゚〜゚)「少なくとも本能寺さんの情事を見学する為ではないであります!!」


 タムラはベッド下からはい出し、立ち上がったが、ベッドの方を見ようとしない。
 服の埃を払うふりをして一瞬視線を向けるも、すぐに逸らす。
 これだから面倒なのだ。男も知らず吸血鬼になったような女は。


▼・ェ・▼ 「はやくしろ。お前の為に態々失神させたんだ」

爪*;゚〜゚)「早くって、そもそもこんなことしなくとも、普通に首筋ブッ叩けばよかったのでは?」

▼・ェ・▼ 「それでは、俺がつまらない」

爪*'〜`)「自分は地獄でありましたよ……」

▼・ェ・▼ 「いいから」

爪∩〜`)´、「やります!やるでありますから、服を着てください、本能寺さん!」

515名も無きAAのようです:2016/04/20(水) 18:37:37 ID:f3BgqBeU0

▼・ェ・▼ 「そんなこと言っているから、人間を捕まえることすらできんのだ」

爪*'〜`) 「当たりまえのようにナンパする本能寺さんの方が異常なんでありますよ……」


 文句が多い奴だ。無能な奴ほどそういう傾向にある。
 一応下だけ服を着て、タムラの尻を叩く。
 間抜けな声を上げ、こちらを睨むので、顎で指示を出す。
 ぐぬぬ、という顔をした。屈辱の表情のパターンの豊かさは褒めてやってもいい。


爪*゚〜゚) 「では、失礼して、いただきますであります」
   人

 手を合わせてから、タムラが女の首筋に噛みつく。
 人間の皮膚は脆い。鼻で笑う程だ。
 タムラの丸い牙にでさえ、容易く破られ血を溢す。

 女は傷を負っても反応しない。
 それを確認し安心したのか、タムラは小さく音を立てながら血液を呑み始めた。

 いつ見ても、子供じみた吸い方だ。乳臭くてかなわない。
 もう少し色気をつけて男を誑かせるようになれば、態々こうして獲物を狩ってやる必要も無くなるというのに。

516名も無きAAのようです:2016/04/20(水) 18:40:16 ID:f3BgqBeU0

▼・ェ・▼ 「タムラ」

爪*゚Q゚) ,「…………ぷあ、なんでありますか?」

▼・ェ・▼ 「抱いてやる。早く終わらせろ」

爪*゚〜゚)「……なに血迷ってんでありますか?自分の体に性的興奮を覚えるようなロリコンだったんでありますか?」

▼・ェ・▼ 「阿呆か。お前が男の絞り方憶えれば手間が減る」

爪*゚〜゚) 「仮に今後の為に男を覚えるとしても、本能寺さんだけはお断りであります」

▼・ェ・▼ 「……」

爪*゚ワ゚) 「初めてなんでありますよ?もっと紳士的な優しい殿方に甘くリードされ痛いッ?!」


 拳が出たのは反射だ。
 頭を軽く小突く程度に威力を抑えたこと、さらには血刑を使わなかっただけでも賞賛されるべき寛容さだ。

 前言撤回。面倒が多すぎてコイツを抱くなどこちらからお断りである。


爪。゚〜゚) 「拒否されたから暴力なんて。本当にろくでなしであります」

▼・ェ・▼ 「もうそれでいいから早く済ませろ」

517名も無きAAのようです:2016/04/20(水) 18:42:28 ID:f3BgqBeU0

爪*'〜`)=3 「ふう」


 タムラがひとしきり吸血を終え、口を離した。
 枕元のボックスからティッシュペーパーを数枚とり口元を拭う。
 あんなにちびちび吸っておいてどうしてこうも汚れるのだろうか。
 不器用という性質は全く理解しがたい。


▼・ェ・▼ 「おい」

爪*゚〜゚) 「大丈夫であります。自分が満腹になったくらいじゃ死なないでありますよ」

▼・ェ・▼ 「違う。いい機会だ。愛液の味も憶えておけ」

爪*;゚Д゚)「はあ?!」

▼・ェ・▼ 「嗜みだ」

爪*;゚Д゚)「そんな嗜みいらないであります!それに!」


 タムラがちらりと女の下半身を見た。
 すぐに顔を逸らす。赤面でもすればらしいが、あいにく吸血鬼。
 車に酔ったような表情だ。つくづく魅力が無い。


爪*;゚д゚)「女性のそこの味なんか覚えたって……」

▼・ェ・▼ 「吸血鬼に男女の区別などあってないようなものだ。食いはぐれたくなかったら、男でも女でもまず人間の抱き方を覚えろ」

爪*;'〜`)「吸血鬼って言うか淫魔であります、それじゃ」

▼・ェ・▼ 「最も確実で安全なのが、人間の性欲に取り入る方法だと言っているだろう。上手くやれば血刑も暗示もいらん」

518名も無きAAのようです:2016/04/20(水) 18:43:27 ID:f3BgqBeU0


 言外に「こんな風にな」と追加する。
 実際この女をここに至らせるのに、血刑も暗示も用いていない。
 本当に狩りの上手い吸血鬼は、特有の力を無暗矢鱈と使わないものだ。


爪*゚〜゚) 「わかりましたけど、それはまた今度にするであります」

▼・ェ・▼ 「ったく」

爪*゚〜゚) 「いいから、本来の目的の方、果たすでありますよ!」

▼・ェ・▼ 「ああ、早くしろ」

爪*゚〜゚) 「前置き無駄に長くしたのは自分のくせに……」


 拳を肩まで待ちあげる。
 ぶつくさと文句を垂れていたタムラは、慌てて口を紡ぎ女に向き直った。

 女を抱くのも、血を吸って腹を満たすのも、あくまでついでだ。
 本来の目的はこれからにある。
 わざわざタムラを連れてきたのは、腹立たしいことに、此奴の方がその目的に見合った技能を持っているからだ。

519名も無きAAのようです:2016/04/20(水) 18:44:36 ID:f3BgqBeU0


爪*‐人‐)「では、お命頂戴」


 几帳面に眼前で手を合わせてから、タムラは女の首を爪で切り裂いた。
 的確に頸動脈を断っている。
 血が吹き出し、瞬く間にシーツに染みを広げていく。
 吸血した分と合わせて考えれば、間もなく死ぬだろう。


▼・ェ・▼ 「おい」

爪*゚〜゚) 「安心してくださいであります。プロでありますから」


 女の血の勢いが弱まり始めた。
 タムラは自分の指を食いちぎる。
 零れた血は落ちることなく、糸のように伸びて空中に留まった。

 タムラは、女の胸に耳を押し付ける。
 心音を聞いているのだ。
 良く理解できないが、タイミングが重要らしい。


爪*゚〜゚) 「……」


 女が、死んだ。
 血の流出はほぼ止まっている。
 ここからが、タムラの本領だ。

520名も無きAAのようです:2016/04/20(水) 18:46:07 ID:f3BgqBeU0

 吸血鬼の誕生は、想像以上にシビアな条件を揃えなければ起こらない。

 吸血鬼に殺された人間が吸血鬼になる。
 大まかにはそうだ。
 何も考えずに吸血鬼が人間を殺して回ればそのうち吸血鬼は出来るだろう。

 しかし、これは効率的な方法では無い。偶然に縋る博打の行為だ。
 同族を生み出したいと考えるならばきちんとした手順を踏まなければならない。


爪*゚〜゚) 「人間を吸血鬼にするには、吸血鬼の細胞に人の体組織を乗っ取らせなければならないであります
       ですが、吸血鬼の細胞というのは、吸血鬼の体外においては存外弱い存在なのであります。
       生きた人間の体内に侵入しても、体温の差で機能が落ち、免疫に喰われて終わり。
       仮に非常に弱った人間であっても、生きてる限りはそう吸血鬼になることはないであります」



 タムラの血が女の体内に侵入する。
 傷口から、動脈を通り、脳と心臓へ。
 女の血液がほぼ抜けていることもあり、血管の動きでどこまで侵入しているかがわかる。


爪*゚〜゚) 「そうなると、やはり吸血鬼になるのは死者なのでありますね。これは古から変わらないであります。
       ただし、死後時間が経ちすぎていれば、今度は人間の細胞が死滅してしまっていて乗っ取れません。
       つまり、免疫が失われつつも、細胞が完全に死滅する前に、吸血鬼の細胞を送り込まなければならないのであります」


 指先を動かし、精密に体内への侵入を進めながら、タムラは解説を続ける。
 誰に向けてではない。癖なのだ。マニアとしての。
 こうすると気分が乗るのだと、初めて組んだ時に言っていた。
 気色悪いが、実際便利なので放っている。

521名も無きAAのようです:2016/04/20(水) 18:46:55 ID:f3BgqBeU0

爪*゚〜゚) 「ところがどっこい。いくらタイミングがよくとも、傷口から血を流しこんだだけでは、不十分なのであります。
       吸血鬼化に偏りができた場合、重要な器官の乗っ取りが済む前に、周辺組織を食い散らかしてしまうでありますから。
       そうなると、いくつかの組織が欠損した状態で吸血鬼化してしまうのであります。
       いくら吸血鬼が並ならぬ再生能力を持っていても、最初から無いものを再生は出来ないのであります。
       だから、吸血鬼化は満遍なく、特に重要な器官は優先して行う必要があるのであります」


 一々長いが、要はタイミングよく、満遍なく血を逃しこまなければならない、ということだ。
 こんなことをその都度意識している吸血鬼はそういない。
 大概は出来る限り血を抜いてから、自分の血を流しこむ、程度の認識が精々だろう。

 この場合、タムラの方が異常なのだ。
 吸血鬼化させる前から吸血鬼について詳しく、知識量で言えば下手な杭持ちよりも優秀だった。
 それが面白いと、あの男が吸血鬼化させてつれて来たのだ。


爪*゚〜゚) 「そこで自分があみだしたのが……」

▼・ェ・▼ 「優先的に心臓と脳を乗っ取って吸血鬼化させているんだろう。心臓と脳が生きていれば何とかなるからな」

爪*゚д゚) 「ちょっと本能寺さん!いいとこなんでありますよ!」

▼・ェ・▼ 「毎度毎度聞かされて口上を覚えたこちらの身にもなれ。もう終いだろう、さっさと済ませろ」

爪*゚ 3゚)「あーあ、本能寺さんのせいで仕上げに失敗するかもしれないであります〜」

▼・ェ・▼ 「殴る」

爪*'〜`)「本能寺さんは早めに“理不尽”って言葉を覚えてほしいであります」

522名も無きAAのようです:2016/04/20(水) 18:47:35 ID:f3BgqBeU0

 タムラが、指から自身の血を切り離す。
 終わったようだ。あとは、様子を見て待つだけ。


▼・ェ・▼ 「上手くいったのか」

爪*゚〜゚) 「恐らくは。我々の望み通りの吸血鬼になるかは分からんでありますが」


 しばらく眺めていると、女がハッと目を覚ました。
 高所から落ちる夢でも見ていたかのように体を大きくゆらし、強張らせる。


∬*  , )「わ、私……あ……ああ?」


 混乱している。
 一応は成功したが、まだ吸血鬼化の最中だ。
 脳の改変も不十分であるし、意識も不明瞭なままだろう。


爪*゚〜゚) 「あとはお願いするであります、本能寺さん」

▼・ェ・▼ 「お前も暗示は使えるだろうが」

爪*゚〜゚) 「餅は餅屋。女を誑かすなら本能寺さんであります」

523名も無きAAのようです:2016/04/20(水) 18:48:16 ID:f3BgqBeU0

▼・ェ・▼ 「おい」

∬*  , )「……?」


 まだ惚けている女の顔を手で向き直らせる。
 目と目があう。
 女の瞳に、目の朱く光る吸血鬼の顔が映り込んでいた。

 女に、暗示をかける。
 洗脳と言ってもいい。
 決まった文言を、決められた通り、順を追って女に植え付ける。
 吸血鬼化して間もない、今だからこそやらなければいけない手順だ。

 これが長く、手間になる。
 事前に抱いて多少発散して置かなければまだるっこしくて耐えられない。


▼・ェ・▼ 「………………いいな」

∬::::::ヮ‘)「……ええ」


 洗脳を開始して10分。
 すべての工程を終えた時点で、女の目は人間から、吸血鬼のそれに代わっていた。
 返答もしっかりしている。此方でしてやれることはすべて上手くいった。
 ここからはもう、この女次第である。

524名も無きAAのようです:2016/04/20(水) 18:49:01 ID:f3BgqBeU0

∬*‘ ヮ‘) 「私は、これから何をすれば?」

▼・ェ・▼ 「一先ず一週間、自力で生き残れ。方法は問わんが、同族を作ることだけは許さん」

∬*‘ ヮ‘) 「生き残ることが出来たら?」

▼・ェ・▼ 「こちらから迎えに行く」

∬*‘ ヮ‘) 「わかったわ。それと」

▼・ェ・▼ 「なんだ」

∬*‘ ヮ‘) 「そちらのお嬢さんは、貴方の本命?」

▼・ェ・▼ 「そう見えるか?」

∬*^ ヮ^) 「もしそうなら、変わった趣味だと思うわ」

爪*゚Д゚)「ちょっと、後輩の癖に失礼であります」


 女は、人間の時と同じく、思いのほか品の有る笑いを浮かべた。
 想定される人間としての戸惑いなどは洗脳段階ですべて排除したとはいえ、落ち着きが良い。
 男を誑かすのも慣れているようだし、タムラよりも優秀そうだ。


爪*゚〜゚) 「なんでありますか、本能寺さん。まさか本当にそう言う目で自分を見ているでありますか?」

▼・ェ・▼ 「……まあいい。そろそろ行け、腹も空いているだろう」

∬::::::ヮ‘) 「そうね。ペコペコ」

爪*゚〜゚) 「無視でありますか?」

525名も無きAAのようです:2016/04/20(水) 18:51:03 ID:f3BgqBeU0


∬*^ ヮ^) 「それじゃあ、またね“本能寺さん”」


 女は人間の頃の服を着て、部屋から出て行った。
 服を翻すその後姿は中々どうして絵になる。
 このちんちくりんを常に傍に置いているせいで、ああいったメリハリのある女を惜しむ癖が出てきた。


爪*゚〜゚) 「どう思うであります?」

▼・ェ・▼ 「何がだ」

爪*゚〜゚) 「あの人、生き残ると思うでありますか?」

▼・ェ・▼ 「見込みはありそうだと思って選んでいる」

爪*゚〜゚) 「あんな頭も股も緩そうな女でありますよ?」

▼・ェ・▼ 「ああいう手合いは、吸血鬼としては優秀なんだ。お前みたいな頭でっかちのガキと違ってな」

爪*゚〜゚) 「むむ、ちゃんと働いた後にそういわれるのは不満であります」


 不満げに頬を膨らませるタムラの頭を叩き、服を着る。
 部屋を借りている時間はまだあるが、ここに居残る理由はもう無い。


爪*゚〜゚)´ 「あ、シーツとかどうするでありますか?血まみれでありますよ」

▼・ェ・▼ 「ホテルのシーツに血がつくなんてよくあることだろう」

爪*'〜`) 「夜の戦場にも程ってもんがあるでありますよ」

526名も無きAAのようです:2016/04/20(水) 18:52:14 ID:f3BgqBeU0


 タムラと共にホテルを後にする。
 料金は先払いしてある。限度の時間よりも早いため追加の金も必要ない。
 フロントに鍵を返しながら、天井にある監視カメラにちらと視線をやる。

 直接顔を合わせる必要は無いが、あれでこちらの様子は見えているのだろう。
 伴う女が先に出て行った上、別な女を連れていることに気付かれると面倒だと思ったが、どうやら問題ないらしい。
 フロント係もそこまで注視はしていないのか。


爪*゚〜゚) 「戻るでありますか?」

▼・ェ・▼ 「ああ」

爪*゚〜゚) 「……いつまでこんなこと続けるんでありますか」

▼・ェ・▼ 「知らん。俺たちに分かることでは無い」

爪*゚〜゚) 「あの人は、優秀な吸血鬼を作って集めて何をするつもりなんでありましょう」

▼・ェ・▼ 「知るか。だがそれが“ハインリッヒの意志”なんだろう」

爪*゚〜゚) 「ハインリッヒの意志……」

▼・ェ・▼ 「……急ぐぞ。日の出が来る」

爪*゚〜゚) 「ああっ、ちょっと。まって欲しいであります、本能寺さん!」

527名も無きAAのようです:2016/04/20(水) 18:53:44 ID:f3BgqBeU0

 以上。


 三行

 とてもよくわかる爪*゚〜゚)      よくわからないけれど「〜〜であります」口調。総合生まれ。
                          よくわからないけれど軍オタ(作中では吸血鬼マニア)で妄想癖があるらしい。
                          よくわからないけれど何となくかわいい。


 次話は来月の頭ころまでに。

528名も無きAAのようです:2016/04/20(水) 18:59:48 ID:oX.hZ21Y0
乙!
ずっと待ってたよ
タムラ可愛い

529名も無きAAのようです:2016/04/20(水) 19:03:37 ID:rebYZkyY0
キターー
待ってました
相変わらず素晴らしい濃厚エロシーン

530名も無きAAのようです:2016/04/21(木) 14:43:13 ID:ZFbnhcV20
やっぱりおもしろい
おつ

531名も無きAAのようです:2016/05/01(日) 22:40:12 ID:JSxdbC8E0
おつおつ!

532名も無きAAのようです:2018/09/12(水) 09:03:01 ID:uX033SGc0
ショボン良いキャラしてんのに勿体ない…

533名も無きAAのようです:2019/02/18(月) 16:56:47 ID:pDt2g8Ik0
滑り込み100選入りする為にも完結をだな

534名も無きAAのようです:2019/03/03(日) 18:53:57 ID:bv4PDBOg0
待ってるんだよ

535名も無きAAのようです:2019/03/20(水) 17:49:37 ID:IrSMRHFQ0
ファ板に移転して続きをだな

536名も無きAAのようです:2020/06/21(日) 14:29:02 ID:glyRoOI20
続きを頼むよ


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