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【失敗】廃棄小説投下スレッド【放棄】

897名無しさん:2016/05/11(水) 02:19:59
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898名無しさん:2016/05/26(木) 21:14:24
彼がここまで追いこまれるのは、本当に稀な事だ。
いつもなら堂土に抱えてもらってさっさと戦線離脱しているのに、
今日に限ってその堂土は娘、千結のおもちゃを買いにいく用事で席を外していた。
そんなもの、仕事が終わった後にさっさと買えばええやんと言ったのは自分なだけに、増田は
いらだちながらも軽い舌打ちに留める。

「そんなに、黒は魅力的ですか」
井戸田の質問に、増田は「"ある意味"やったらな」と含みのある答えを返す。
「あ、一応言うとくけど、オンバト連覇したんは、黒の力ちゃうで」
「分かってます。そこはそもそも疑ってませんから、安心してください」

白のスカウトマンを振り切るうち、いつの間にか劇場近くの公園に追い立てられていた。
滑り台の上に、メガホンを持った井戸田。
桜の樹に手をついて、ガラスの小瓶を握りこんでいるのはアメザリの平井。
砂場にしゃがみこむのは、相方の柳原だ。

「……ああ、あかんな。逃げれそうにないわ」
「白の中でも闘い慣れたメンバーを連れてきましたからね」

井戸田は、脳内で作戦をおさらいした。
まずはどうにかして、戦闘係の平井が増田を止める。邪魔が入った場合も平井がなんとかする。
戦闘面は平井におんぶに抱っこのパーティーだが、
スケジュール的に都合がつくメンバーを入れたので仕方ない…
説得係は自分と柳原。柳原が石の能力で増田の心理を見ることで、交渉材料を得る。
白ユニットから見れば完璧な布陣だが、標的、増田は(小林の奴、バカ正直に監視外しよってからに)と
自分が要求したにも関わらず軽く逆恨みした。ヒョロメガネ!げっ歯類!と思いつく限りの悪口を心の中で
ぶつけながら、薄く笑う。そろそろ潮時ではあった。隠し通すのも限界がある。
いっそのこと、力の差を見せ付けるのも悪くない。

「ええで、お前らこれが見たかったんやろ」

中心へ進み出た増田はすっ、と片手を空へ掲げた。来るか、と身構えた平井が石を発動させる前に、
増田の手首にはまった乳白色のブレスレットが、ぱあっと輝く。

「……展開!」

瞬間、空中にパッ、パッ、パッと緑色の照準が次々に現れた。
照準は左右に揺れながら弧を描き、周囲のあらゆるモノに重なると、『Destiny』と文字を浮かべて
その動きを止めた。増田が横一文字に手を払うと、彼の眼前にステータス画面のようなものが出る。

899名無しさん:2016/05/26(木) 21:14:49
「なっ…なんだ、これ!?どうなって……」

井戸田は、自分の胸の前に合わさった照準を、蚊を退治するように払った。
しかし、手はスカッと空を切るだけだ。

「因果律、って言葉。知っとるか?」

聞きなれない単語に、しゅるっとツルを伸ばしていた平井は「うわー、俺が一番欲しいタイプの能力やん」と
羨んだ。続けて「攻殻みたいや」と言った彼の頭を、柳原はスパーンッと叩く。

「この世のあらゆるものは何かの原因からできたもんで……
 原因がなかったら、何も生まれへんっちゅう法則のことや。お前らがここに立っとるのも、
 朝太陽が昇るのも、井上がイキるんも、堂土くんがデブなんも、全部全部全部、
 この因果律のせいなんやって」

「じゃあ、増田さんの能力は…その"因果律を操る"能力でいいですか?」
井戸田の質問には首を左右に振る。その時、公園の入口で「増田!」と叫ぶ声がした。

汗をふきふき駆け込んで来た堂土は、空間に展開された照準を見て
みるみるうちに険しい表情になった。
「俺がやる言うとるやろ!なんでお前は全然言うこと聞かんのや!」
「全部堂土くん任せなんて悪いやん」
「お前の能力はあかんのや!……ああもう、ほんまに」
堂土は髪をぐしゃぐしゃかき混ぜて、買い物袋を地面に置いた。
胸のネクタイをギュッと締めて、攻撃手である平井に狙いを定める。
「あと、俺がデブなんは俺の意思やで」
「聞いとったんか…それはええけど、"堂土くん、ネクタイ短すぎるでしょ"」

瞬間、ネクタイはしゅるっとうねった。
二枚重ねになった布は、空中で螺旋を描いて組み合わさると、槍のような形状にその姿を変える。
立ち上がった柳原は、両手で作ったフレームを堂土の方へ移動させた。
「アナライズッ……!」
ホワイトオパールが淡い光を放ち、瞳孔が開く。彼の目だけに見える、堂土の心。

『増田 どないしよ   コンビが一番大事や
  心配や  俺がやらな   ルートは俺の 増田は  俺が
    傷つけたない 俺がやらなあかん
  守ったらな   怖い   苦しい
   増田   迷いは断ち切れ    
               ますだ』

900名無しさん:2016/05/26(木) 21:15:23
それが見えた瞬間、背後で「うわあああっ!?」と悲鳴があがる。
反射的に振り返った柳原は、信じられない光景に大きく目を見開く。
ペンキで塗られたばかりの滑り台が、揺れていた。その原因が、地面に突き刺さった支柱に
『ピシッ』と入った亀裂だと気づくのに、柳原は若干のタイムラグを要する。
照準の『Destiny』が『Loading…』に変わり、やがてパアッと光を放って
『COMPLETE!』になった。同時に支柱がポキッと折れて、井戸田の足場が崩落していく。
井戸田は空中でぎゅっと拳を握りこみ、叫んだ。

「くそっ、"こんな欠陥遊具に乗って落っこちるなんて、アタシ認めないよ!"」

その言霊で、砂埃を上げて崩れて行く滑り台の部品たちは、みるみるうちに詰みあがって元の形を取り戻す。
「た、助かった……あれ?」
おかしい。
この程度の時間遡行でなぜここまでパワーを消費している?
荒い息をついて、うずくまる井戸田を、増田は下唇を軽く噛んで見上げた。

「世界線を飛び越えたら、そら燃費もえらいことになるわな」
「……何が、言いたいん、で、すかっ…」

増田は両手を広げて、指先でポチッ、とステータス画面をなぞって、井戸田に見えるように裏返す。

「ほら、見てみ?その滑り台に、こんだけの平行世界が繋がっとる」
滑り降りた井戸田は、画面を凝視する。真ん中の『○○公園滑り台』から、マップのようにラインが伸びて、
様々なボタンに繋がっていた。
「"トラックが突っこんでひしゃげる"とか"樹が倒れてきて潰れる"とか。
 俺が今選んだんはこれ、"業者の点検ミスで崩れる"この世界な、ここと分岐が近いとこにあってん。
 おかげで対価も軽くて済みそうや」

話し続ける増田の頭上に、根元から折れた樹木がメリメリと倒れてくる。
「危ない!」
平井は素早くツルを伸ばし、あと3cmのところまで迫っていた樹の幹に巻きつけ止めた。
その隙を突いて、シャアッと空を切ったネクタイの前に、イロハモミジの樹を出現させて盾にする。
低木のモミジは一瞬で切断されて、バラバラと地面に落ちた。
「おー、ありがとな平井」
増田は軽くお礼を言って、再び井戸田に向き直った。

「平行世界……と、この世界を繋げる?いや、違う。"入れ替える"?」
「正解!お前すごいなあ、こんだけのヒントで俺の能力当てるなんて、宇治原並みやで」
褒めてるのかけなしてるのか分からない人名を出して、増田は心底嬉しそうに笑う。

「"パラレルワールドとこの世界の因果律を入れ替える"それが俺の能力や。
 俺はあらゆる世界線を飛び越えて、思い通りの"現在"をカスタマイズできる。……その気になれば、な」

増田はどこか誇らしげに、腰に手を当てる。
「そんな強い能力を持ってて、どうして黒なんかに…」
井戸田の問いには、なぜか「そんなん、お前らに関係ないやろ」と噛みついた。
その態度に井戸田が違和感を覚えるより早く、柳原の目が増田を射抜く。

901名無しさん:2016/05/26(木) 21:16:00

『俺は強いんや   俺達だけでええ
    同期の誰よりも  誰も、俺達に構うな
 みんな俺が助けたる  白にはいられへん  黒におらんと』

(あれ……なんや、この人案外普通やん。欠片で操られてる風でもないし……)
柳原は、思っていたより正常な思念に戸惑いながら、さらに深くまで分析を進めた。

『俺は運命だって変えられる   堂土くんだけは
     シナリオも関係ない 理解なんかいらん
   堂土くんを守るんや  堂土くんを   俺が』

「増田さんは、……ほんまは、他の芸人を助けるために、
 黒におるんですよね」
その言葉に、平井のツルを弾き返した堂土が「それ以上言うなや!」と叫ぶ。
「助けるため……黒にいたら、シナリオをいち早く"書き換える"ことができるから……?」
地面に下りた井戸田が言葉尻を繋ぐと、増田はまた空へ手を伸ばした。開いた手をギュッと握る。
瞬間、井戸田が手をついていた街灯に『ピシッ』とひびが入る。

「……お前らなんかに、理解されたないわ」

増田が恨みがましい声音で呟くのと同時に、水道の蛇口がパンッと破裂する。
そこから噴出した水は、まるで弾丸のように、増田の頭を狙った。
「お前らなんかに」
もう一度繰り返す。増田の頭を水弾が弾く前に、堂土のネクタイが盾になってそれを止める。
「堂土くんさえ無事やったら、俺はそれでええんや。お前らが考えとるようなんとちゃう。
 ボランティア精神0パー。気まぐれ半分面白半分。せやから、俺は絶対にお前らの味方にはならん。
 どこまで行っても、俺らのルートはお前ら白とは交わらんのや」
言葉の意味を問う前に、井戸田の体の前に平井が飛び出していた。

「くそ、なんで今日に限って湿度低いんやろっ……」

平井はパンッと両手を合わせて、地面につける。某錬金術アニメのようなポーズに、
(アニメ好きってこういう時楽しそうだな)と井戸田はぼんやり考えた。
手の下からパアッと光が放たれ。メキメキと大樹が伸びていく。
堂土の攻撃をすんでのところで止めた平井は荒い息をついて、「あと、二発ってとこか」と計算する。
「その間に、説得」
短く作戦を伝えて、平井はまた堂土の前へ走り出る。
「無駄や!」
堂土はすうっと大きく息を吸い込んで、ネクタイを鞭のようにしならせた。

□ □ □ □ □ □

お気に入りのカップを割られたからといって、別に怒鳴ることはなかった。
ソファに体を沈めて、自己嫌悪に頭を抱える肩ごしに、増田は「堂土くん」と声をかける。

「よーく見とってや」

手のひらの石が、パアッと光を放つ。
フローリングの床に散らばった、カップの破片。それに重なるように、『Destiny』と
緑色の照準が現れる。
「えっ、何やこれ、お前の石か!?」
あわてふためく堂土にかまわず、増田は空中に手をかざす。
パッと現れたステータス画面をタッチすると、ゆっくりとスクロールしていく。
まるでロボットアニメのコックピットにも似た、非現実的な光景。
「あ、あった」
目的のボタン――『堂土くんのカップ』に指を合わせ、ポチッと押す。

902名無しさん:2016/05/26(木) 21:16:32
キュゥン…と照準の色が変わった。
ビデオを逆再生するように、カップの破片がひとりでに持ち上がり、
元の形を取り戻していく。数秒も経たない内、床にはこぼれたコーヒーの海と、
新品のように傷一つないカップがあった。

「ま、増田……」
「堂土くんが怒った時、めっちゃ悲しくなってん。どうやったら許してもらえるんかなって
 考えとったら、なんか分かった」

要するに、自分の怒りが能力を自覚するトリガーになったらしい。
(結果オーライやな)
しかし、これはかなり強い能力ではないのか?
空中に展開されたステータス画面を眺めて喜ぶ増田をよそに、堂土は不安に駆られた。

たとえば、常識を書き換えられる徳井や、未来予知の小林は、そこまで重い代償はつかない。
しかし、彼らの能力には自然と『限定条件』がつく。たとえば徳井なら、その効果が
永遠ではないこと。小林は、筆記する道具が必要なこと。
今見せられた増田の能力には、特にそういった『枷』が思いつかない。
「増田、その能力はあんま使わん方がええと思う」
「なんでや!」
「嫌な予感がすんねや。せやから……」
堂土は一旦石を取り上げようと、一歩踏み出した。次の瞬間。

――ガァンッ!

「ッ、何や!?」
堂土は反射的に腕で顔を庇う。
目をつぶっている所為で、かろうじて分かるのは。熱気と、それをまとって飛んでくる破片。
恐る恐る目を開けると、ガスコンロが炎を上げていた。
その勢いはすさまじく、天井をチリチリと焦がすほどだ。
「ガス漏れ……いや、俺さっき料理したけど、元栓は締めといたのに……」
腕に焼けつくような痛みが走る。見ると、熱気で火傷を負っていた。
「せや、増田は!?」
部屋の中を見回すと、増田は床に力なく倒れていた。
「増田!」
慌てて駆け寄り、抱き起こす。爆発の衝撃で頭を打ったらしく、ぴくりとも動かない。
後頭部に触れると、びちゃっと嫌な感触がした。
「!!」
真っ赤に染まった手のひらに、堂土はわなわなと震える。増田の胸はかすかに上下して
いたが、頬を叩いても反応がない。一刻の猶予もない――。
「まさか……これが、こいつの対価ってことか……?」
呟くと、背筋がぞわっと泡だった。
「嘘、やろ…たかが、カップ直しただけで、こんな……」
救急車を呼ばなくては、いや。増田を抱えて病院まで飛んだほうが速いか?
あまりの状況に、堂土の思考は錯綜していく。
「俺がッ…俺が、あんな怒らんかったら……」

その時。

「火を消すのが先か、それともそいつを助けるのが優先か?」
すぐ後ろで聞こえた声に、堂土はバッと振り返る。
いつの間に入ってきたのか、男が一人、立っていた。その男の名前――土田を堂土が呼ぶより
先に、彼は「あと、一分ってところか」と腕時計を見る。
「消防車と救急車、同時に呼ぶのは骨が折れるだろ。ただ、黒に尽くすというなら……
 この悲しい出来事を全て、なかったことにできる。
 そいつを抱えて泣いてたって、何も変わらない。そうだろ?堂土貴」
「……」
「あと10秒」
秒針が最後の位置に来る前に。堂土は涙をぬぐって、顔を上げた。

903名無しさん:2016/05/27(金) 01:29:21
投下乙でした。
増田の能力、かなりやっかいですね。敵の白にとっても本人たちにとっても。
カップを直す程度のことで代償が「ガス漏れで大けが」ぐらいの大きさだとすると
滑り台を壊すとかトラックを突っ込ませるなんてやってたら代償がどのくらいになるのか考えて恐くなりました。

904名無しさん:2016/06/03(金) 16:13:38
(――堂土さんの攻撃は、どうしても直線的になる。二本しかないし)
平井は走りながら、ポケットの中のガラス瓶の感触を確かめる。
(ここまで粘った甲斐があったな。あの人もう限界や)
肥満体のおかげで体力値で劣る堂土が、膝から崩れ落ちた。
同時にネクタイが青い光を放ち、へにゃっと情けない布きれに戻る。
「…!ぐっ、かはっ…」
堂土は喉をおさえて、地面に転がった。
「堂土くん!…お前ら、堂土くんに何かしたら許さ――」
瞬間、猛スピードでタックルした柳原が、増田を羽交い絞めにする。
「柳原!…くそっ、離せアホ、九官鳥!」
「カンタッ、今やーーっっ!」
とっさに出た呼び名に、平井は「ぶふっ」と吹き出しながら右手を伸ばした。
瞬間、つる草がシュルシュルと増田の体に巻きついて、関節を拘束して行く。
気がつくと、彼は空中に磔になったような体勢で静止していた。

「――って、なんで俺まで一緒やねん!はよ解けアホーッ!」

離脱が間に合わず、腰にしがみついた体勢のままぐるぐる巻きになった柳原が叫ぶ。
「ええから、そのまんま捕まえとけー」
平井は両耳に人差し指を突っこんで、相方の甲高い苦情をシャットアウトした。
「……やっと、話を聞いてもらえる形ができましたね」
そこで、地面に転がっていた堂土が、「ヒュッ」と短く息を吸いこんで、ゲホゲホと咳きこむ。
数分とはいえ、思い通りにいかなかった呼吸を元のリズムに戻すのは至難の業らしい。
堂土はまだ酸素の回らない頭で体を起こすと、ふてくされた顔で地面に座りこんだ。
「堂土くん、どないしよか」
増田は首だけ動かして、堂土に振り返る。
「……こいつらは、信じてええと思う。白にも、ここまで粘れる奴がおったんやな」
堂土はフーッと息をついて、井戸田に目配せした。

「単刀直入に言います。俺達白に協力してください」
井戸田はお願いします、と頭を下げる。
「たしかに、黒にいる方がシナリオへの対応は速いでしょうけど……俺達白も、
 いつまでも後手に回ってるわけじゃありません」
井戸田はふいに、かつて白を率いていた先輩コンビを思い出す。

――力で押し負けたらあかん、もっと強い能力者を探さんと。

そう言って、かたっぱしから能力者に体当たりしていった西尾。
相方の姿勢に疑問を持ちながらも、流れに身を任せるようについていった嵯峨根。
結局、二人では力不足だった。彼らの持っていた石は、今は自分たちの手の中に。

「……お二人が、白に失望しているのは知っています。でも、もう昔の俺達じゃない」
堂土も、じっと井戸田の真意を推し量っていた増田も。その言葉に少し心が傾きかけた。
増田は髪をかきむしろうとして、手が動かないのを思い出す。
「俺が嫌やって言うたら?」
「日を改めて話しましょう。絶対、諦めません。その能力が欲しいんじゃない。
 俺たちは、ルート33を助けに来たんです」
増田のブレスレットから、光が消える。空中に展開されていた照準が、一つずつ消えていった。
胸の前に浮かんでいた照準が消えたのを確認して、井戸田はすうっと息を吸い込む。

「それが、ハリガネさんとの――いえ、もっと言うと大上さんとの約束ですから」

元相方の名前に、堂土は目を見開いた。
「ハリガネの二人は、ルートがこちら側に来るんなら、白ユニットへの加入も考えてくれるそうですよ」
「……あの、非暴力主義が」
増田は信じられない、という表情になった。
「それだけ、ハリガネさんの中ではルートの存在がデカいってこと…うっ」
答えたのは、意外にも背中の柳原だった。増田の猜疑心まじりの視線に射抜かれて、思わずたじろぐ。
が、すぐに立ち直って続ける。
「こっそり見せてもろたんですけど……大上さん、家族とか松口さんが大事なのは当たり前ですけど。
 そん中にちゃんと、堂土さんのことも入ってましたよ」

905名無しさん:2016/06/03(金) 16:14:28
□ □ □ □ □ □

どうしようもなかった、というのが正しいところだ。
そもそも内向的な性質で、人の輪に入るのが苦手だった堂土と、負けん気の強い増田が、
大人しくマスゲームに参加するはずがなかった。「いっそ、ここで出世したるのもええな」と
増田は冗談を言ったが、実行するはずがないという事もまた、堂土は知っている。
そして、物語は一ヶ月目に転を迎える。

「堂土くん、堂土くん」
増田は袖を引っぱって、あたりをきょろきょろ見回した。
「どないした」
「俺、すごい事聞いてもた。明日、黒が総攻撃かけるんやって」
「どこに」
堂土は静かに聞こうと心がけたが、内心焦っていた。吉本でなければいい、と願う。
よく知った相手と刃を交えるのは辛すぎる。しかし、増田の口から出たのは「NGK」の三文字だった。
「NGK…って、人通りも多いし、目立つやろ。…あ、結界でも張ってまえば見えへんか」
「あっこでな、11期が合同ライブやるから。客が入る前に――」
「待て待て待て、んな事したらライブ中止やん。吉本が大赤字や!それに、NGKのハコはどないなんねん」
「関係ないやろ。黒にとっては」
あまりにも的を射た答えに、堂土はぐらりときた。
しかも、まさかの11期。その中には当然ハリガネも入っているだろうし…犬猿の仲であるあの男も、
歯に衣着せないあのコンビもいるだろう。

(――俺ら、呼ばれてへんかったな)

堂土はほんの一瞬だけ、聞かなかった事にしようと思った。くるりときびすを返して歩いていく。
11期の奴らだけでどうにか対処できるだろうし、わざわざ自分達が出て行かずとも――。

『これでやっと、友達に戻れるな』

その時、かつて自分が放った言葉が頭に響く。
「友達……」
堂土はぴた、と足を止めて振り返った。
増田はまだそこにいて、堂土の出方を待っている。すでにボーダーラインは超えているかもしれない。
そもそも誠実な大上に、そして合理的かつストイックな松口に。合わす顔がないのは百も承知。これが
せめてもの償いになればと、偽善に近い感情を抱く。
「増田」
堂土は震える手で、ネクタイをキュッとしめ直す。
「助けに行こうや」
これが、ルート33の道を決定した。

■ ■ ■ ■ ■ ■

906名無しさん:2016/06/03(金) 16:15:58
なぜ、ルート33を幹部たちは放っておくのか。メンバーの大半が抱く疑問だ。
ひとえに増田の能力を恐れての事だろうと、堂土は思っている。大阪にいた頃から繰り返していた
妨害行為に、作戦塔の小林は最初のうちこそ警戒していたが、やがて監視をつけて飼い殺しにする事にした。
『監視者』はルートのそばにいる全ての黒メンバー。
時々、黒幹部の気まぐれで外れることもあるが、基本的にはつかず離れず。

「今回はお前らなんか?毎度毎度、ご苦労やなあ」
渋谷近くの高速道路を走る車の中、後部座席に座らされた二人に、運転手の修士は「はいな」とだけ答える。
送ったりますわ、という誘いに、怪しいものを感じなかったわけではない。ただ、信頼が勝っただけだ。
「どないしたん、増田」
「さっきから静かやねえ、増田」
「腹痛か?」
「ハライタか?」
上から修士、小堀の順番で交互に放たれる同義語の応酬。だがミラーに映る修士の目は笑ってない。
修士は声だけで笑いながら、器用にハンドルをさばいて続ける。

「せやけど、あんた方が悪いんでっせ。小林君はああ見えてゲロ甘やからな」
「うん、ラーメンズ白砂糖大盛りや。幹部があんなんでええんかなあ」
「はよ始末したってもええのにな、小堀さん」
「裏切り者を守ったってしゃあないのにな、修士さん」

そこで、二人はしばらく言葉を切る。車内に、ゴォ…という音だけが響いた。
「あんたらは痛い目見いひんと分からんみたいやから、今のうちに教えたりますわ。
 ……俺らがな!」
修士はハンドルからそっと手を離し、体を反転させた。そのまま後部座席の堂土に跳びかかって、喉を掴む。
どくんっ、と修士の手の下が脈打った。
「ぐッ……う、ご、お゛っ…!」
「堂土くん!?」
「おっ…と、手ェ出すな。お前の方は、せやな…髄液反転さすで」
聞きなれないが、確実に大事な部位を表す単語に、増田はう、と黙った。
「お゛!ぼッ…ごぉっ、ぐ…」
血液の逆流する感覚に、堂土は腕に指をかけて抵抗する。
意識がすうっと遠ざかりかけた堂土の耳に、増田の声が届いた。

「俺、対価なんか怖ないで」

瞬間、エンジンが火を吹いた。
「ッ、何や!?」
小堀は慌ててハンドルを回転させると、対向車に衝突しないよう、ジグザグになって走る。
増田の前に表示されたステータス画面が、暗い車内でぼんやりと光った。

「どんな対価がきよっても、絶対に堂土くんが、守ってくれるって…信じとるから!」

人工的に作り出されたエンジントラブルは、深夜だが車通りの多い高速道路を、爆走させた。
修士は慌てて手を離し、堂土を退けてシートベルトを装着する。

「小堀!パーキングエリアに入るんや!」
「あかん、ブレーキきかへん!!」
「なんやと!?」
車は法定速度ギリギリで走行し、ついには料金所の前で裏返った。
「うっ!」
小堀はハンドルにしたたか頭を打ちつけて、パーンとけたたましいクラクションを鳴らす。
車はガンッ、ガツンッと回転しながら料金所のバーを軽々と飛び越え、ついにはスリップした。
ギュルギュルと激しくドリフトしながら、高速を進んでいく。

「くそっ、ここまで追いつめて逃がせるか!」
割れた窓枠に足をかけて、一旦脱出しようとした堂土に、小堀が視線を向ける。
「ええコンビネーションや!せやけどッ…遅いで!」
堂土は背後に来たトラックを確認すると、全身の力を込めて窓枠を蹴り飛ばした。
ネクタイを射出して、トラックのサイドミラーに引っ掛けると、
コンテナの側面を足場にして、車を飛び越える。
並行して走っていた無人の回送バスに、ガンッと飛び乗った。

「な、なんだ!?なんなんだ!?」

バスの運転手がパニックに陥っている間にネクタイを伸ばし、再び跳ぶ。
「増田!つかまれ!」
破片を回避するために座席の下にもぐっていた増田は、笑いながらその手を掴んだ。
ぐいっとその体が車外に引っぱられると同時に、車はとうとう壁に激突して動きを止めた。

907名無しさん:2016/06/03(金) 16:16:47
「うう……」
どれくらい気絶していたのか。修士は、温かい感触に目を開ける。
パチパチと瞬きしてあたりの様子を観察すると、病院ではないようだ。黒が持つ基地のひとつか――?
「ッ、修士さん!」
椅子に座っていた小林が、立ち上がって駆け寄ってくる。
「ここ、は……」
「自分の名前は分かりますか?コンビ名は?…この指、何本に見えます?俺は誰ですか?」
いっぺんにまくしたてた小林に、起き上がった修士は「川谷修士、2丁拳銃。3本。お前は小林」
一つずつ答えると、彼はホッとしたように胸を撫で下ろす。そこで、先に目覚めていた小堀が
トイレから出てきた。修士に気づくと、「おう」と手を挙げる。

修士は申し訳なさそうに頬をかいて、「…すまん、大失敗や。火消し大変やったろ」
小林は答えない。浄水器から二人分の水を汲んで、何かの錠剤と黒の欠片を渡す。
2丁拳銃の二人は、迷わず錠剤の方を選んで飲み干した。

「無理はしないで下さいって、言いましたよね?」

怒気のこもった声に、二人はおそるおそる顔色を伺う。小林は何かをこらえるような表情で、
じっと二人を睨みつけていた。小堀が「すまん」と頭を下げると、渋々表情をゆるめる。
「増田のやつ、神様にでもなるつもりなんか」
小堀はコップの中で波打つ水を眺めて、ぽつりと言った。
「せやけど所詮人間やから、俺らの願いは叶えてくれへんのかな」

□ □ □ □ □ □

「……分かった」
増田がそう云うと、井戸田は「じゃあ」と期待のこもった目になった。
「ただ、今のうちに言うておく。俺の能力は"ハイリスク.ハイリターン"や。あちこち引っぱりだすのは
 かまへんけど、対価の支払いには協力してもらうで」
「はい。それはもちろん全面的に」
平井のポケットから発せられていた、ぼんやりした光が消えた。増田を拘束していたツル草が
パラッと解けて、地面に落ちる。増田は手首のブレスレットを右から左へ付け替えて、堂土の隣に並んだ。
「今までありがとな、堂土くん」
「……守るのは当たり前や、コンビやからな」
堂土は少し照れて、頬をかいた。
帰ろうとする二人に、「タクシー呼びますか?」と井戸田が声をかける。

――その時、人工的な重低音が響いた。

同時に、ルートの二人の両脇を、何か熱いものがちりっとかすめる。
まっすぐに井戸田を狙ったそれに、前へ出た平井がパンッと両手を打ち合わせた。まだ壊れたまま、
ごぼごぼと溢れ出ている水が、ふわっと空中に浮かび上がった。
「こいつの湿度をッ、再利用…やっ!」
放たれた衝撃波は、堅牢な樹木の壁に阻まれて霧散した。
ギュイイーー…ンと長く尾を引いた音。道路に立つベーシストは、その結果に「あーあ」と笑顔のまま残念がる。

「どうする、あっちは俺が担当かな?」
ベーシスト――はなわが聞くと、隣で包帯を解く吉田は「できれば」と頷く。
「俺は便利に酷使されてるんで。たまには甘えてもいいですかね」
「オッケイ。じゃ、俺はなんとかあの壁を突き崩すから」
はなわは肩のベルトの位置を直すと、抜けかかっていた人差し指のリングをギュッと押しこむ。
「ハーッ、ハアッ…ハアッ」
が、頼みの綱の平井は肩で息をしている。万事休すか、と目をつぶった柳原の耳元で、声がした。

「親切な魔法使いが、来たったで」

目を開くと同時に、柳原の視界がパアッと輝く。まばゆいばかりの光が止むと、
体の内側から胎動する不思議な違和感に、柳原は目を瞬かせた。
「よそ見してる余裕なんて、あんのかなッ!」
はなわは再び、指先で弦をピンッと弾く。稲妻のように空間を走り抜け、遅い来る音の波動。
柳原はとっさに両手を広げて、「やめろーっっ!!」と限界声域の叫びを上げた。

――守らな、あかん。カンタに、人にばっか闘わせて、自分は後ろなんて、そんなん、あかん。

柳原は唇を噛み締めて、はなわを睨みつける。

――俺はっ…皆を、守りたい!!

908名無しさん:2016/06/03(金) 16:20:00
瞬間、柳原のホワイトオパールが青い光を放つ。
「なっ、なんやこれ!?」
いつもとは違う色の光に、柳原が戸惑う間もなく、光は線となって、空中を縦横無尽に駆け巡る。
アメザリの二人を守るように生まれた光の壁は、はなわの衝撃波をバチンッと弾き返した。
「お前……まさか、隠し能力が出たんか?」
「ちゃう、これ俺の能力ちゃうわ!俺の石に、誰かの波動が混ざっとる…」
ざりっ、と砂を踏みしめる音に、二人はバッと振り返る。
そこには、かっこつけた仕草でサングラスを外す松口と、「堂土ー!まだ生きとるかー!」と手を振る大上がいた。
「ハリガネさん!?なんでここにっ…あぶなっ!」
井戸田の頭すれすれにまで迫っていた衝撃波に、柳原は慌てて小さな壁を出して止める。

「俺の石は、ハイリスクな割に弱いけど。一回の発動で一人だけ、能力をコンバート出来るんや。
 俺が"敵"と認識した相手に対して、相性のええ能力にな」

松口はポケットからエンジェルシリカを取り出して、ぽーんと放っては、キャッチする。
説明の間も、はなわは上下左右から音を走らせ、三人に攻撃を仕掛けた。
そのたびに柳原は「うわっ!」だの「ギャー!」だの叫びながら、壁を作って反射していく。

「その"盾"はお前自身のイメージや。皆を守りたいいう心が、そいつを出しとんねん。
 ああ、安心せえ。この闘いが終わったら、能力は元に戻るから」
説明し終えると、松口はすうっと目を細めてはなわを見すえる。
「……さて、5対2や。どないする?」
松口の問いに、吉田は「関係、ありません」と手のひらを向ける。傷口から溢れる血液が徐々に
集まって、弾丸を形作った。

「大上!」
「分かっとるわッ……」

大上は指輪に加工した石を取り出して、親指にはめる。クラック水晶が淡い光を放つと、
雲の隙間からジャラッと音を響かせて、鉄の鎖が降りて来た。鎖の先についている赤い輪は、
戸惑う吉田の首にガチッとはまる。
「ぐっ……」
隙間に指を押しこんで外そうとするが、しっかりとはまっていて、取れそうにない。
しっかりと狙いを定めて、撃とうとする吉田に、大上は「あかんで」と制止する。
だが、既に遅く。血の弾丸はすでに放たれていた。
「せやから、あかん言うたのに」
大上がため息をつくと同時に、弾丸は軌道をくるりと反転させ、吉田へ向かう。

「!?…ッ、がはっ…」

みぞおちにめり込んだ血の弾丸に、吉田は体をくの字に曲げる。呼吸を整える間もなく、
今度は衝撃波が吉田の足をさらって、彼を地面に叩き付けた。
「はなわ、さ…なんでっ…」
「お、俺は何も…」
はなわは戸惑っている。無理もない。井戸田を狙ったはずの衝撃波は、なぜか
味方であるはずの吉田を射抜いた。どう考えてもこれは、大上の能力だ。

「動かん方がええよ。吉田を死なせたないんやったら」
大上の手首にも、吉田と同じく赤い輪がはまっている。二つの輪は鎖で繋がれ、大上が
手を動かすたびにじゃらり、と耳障りな音をたてた。そこで吉田はようやく、この能力の意味を知る。
「まさか」
目をこらして、赤い首輪を見る。そこには、『囮』の一文字が浮かび上がっていた。
「ユウキ、俺から離れたあかんで。範囲指定はでけへんけど、俺のそばやったら多少は安全やからな」
「はいはい」
松口はダレた返事をしながらも、ぴたっとそばにくっついた。

909名無しさん:2016/06/03(金) 16:22:12
あ、またトリつけ忘れた…しかも小さな間違いが…

910名無しさん:2016/06/05(日) 23:23:27
続き来てた!

911鳥頭 ◆9fw1ZntG8Y:2016/06/17(金) 13:11:32
「分かりました、今は一旦引きましょう」
吉田が頷くと、大上はどないする?と隣の松口に判断をあおぐ。松口は「離したりや」と顔をしかめた。
「お前の能力、意外と凶悪やもん。お前は浪費家やから、絶対運勢関連の能力やと思うてたのに、
 何でそんなエグい能力授かったんや、前世でなんかバチ当たることしたんか」
「そ、そないに言うことないやろ!?俺かて、この能力使うたびに心がこう、チクチクと」
「あの……」
そのまま行けばケンカに発展しそうな勢いだった二人に、吉田がまた弱々しい声で呼びかける。
大上はそこでハッと気づいて、「すまん、今解除したるわ」と輪のはまった手首を持ち上げた。

――パチンッ。

大上が指を鳴らすと、吉田の首にはまった赤い輪と、手首の輪を繋ぐ鎖が、一瞬にして消え去る。
軽くなった首をおさえて、吉田はゴホゴホと咳きこんだ。大上は空にかざしていた手を下ろして、「なあ」と聞く。

「俺らの方にも、ちょっかいは出さんといて欲しいねんけど」
「……それは無理です」
「松口を傷つけたないねん。こいつはリスクが高い割に下位互換みたいな能力や。
 ……いくら治せたって、痛みの記憶は消えへん」
その言葉に、松口は驚いたように「大上」と名前を呼ぶ。
「俺はな、松口を傷つける奴には容赦せんで。それを回避するためやったら、例えこの体が崩壊してでも、
 お前ら全員囮にして――ぶっ潰す」

最後の言葉は、普段の彼からは出てこない、冷たい響きを持っていた。
本気で退けようとしていると分かって、敵二人は思わず後ずさる。
(……これも、同じだってのか?)
後ろで見ていた井戸田は、そんな彼らをよそに自分の先輩を思い出した。

――そうだよ、俺は石井さんが一番大事だ。自分のエゴに『みんなのため』って
  言い訳をくっつけてるだけ、分かってるよそんなの。

――それの何が悪いの?結果的にいい方向に進めば、皆手のひら返すに決まってるよ。
  お前らの理想だって俺とおんなじ、綺麗事じゃん。式が違ったって回答が同じなら
  正解になんだろ?俺のやり方が気に食わないってんなら、その綺麗事で勝ってみせろよ。

「くそっ」
何かがずれた言葉を思い出して、井戸田は不快感を払うように、頭をブンブンと横に振る。
「は、はは……なんだ、誰だって似たような人を、相方に選ぶもんなんですね」
はなわはベースの弦から指を離して、吉田に「行こうか」とうながす。
「では、また」
吉田はくるりときびすを返した。
「……せいぜい、頑張ってくださいね」
顔だけ振り返って、一瞬増田と目を合わせる。しかし、それ以上何を言うでもなく、
彼らはそのまま立ち去った。

912鳥頭 ◆9fw1ZntG8Y:2016/06/17(金) 13:12:07
「そうか。結局"ラケシス"は白ユニットに奪られる運命だったか」
「あ、それ増田のコードネームだったのか。毎回、"誰のこと言ってんだろう"って不思議だったよ」
設楽は「最初に教えましたよ」土田は「初耳だ」と肩をすくめる。
「ちなみに、堂土は?……もしかして"アイギス"か」
「正解。そろそろ凝ったのも考えたくなった所だったんです。
 いいでしょ?統一感あるし」
パチパチと拍手する設楽に、土田はハア…と深いため息をつく。

「――で、そろそろ本題に戻りたいんだが。ルート33は白ユニットに?」
「まあ、そういうことですね」
「戦力図が大きく変わるぞ。……まあ、シナリオをカンニングされる心配はなくなったが。
 白のバックアップを得るとなれば、増田の動きはさらに加速するかも知れないな」
土田は髪の毛をぐしゃぐしゃとかき混ぜて、「シナリオは、どうなってる」と聞く。
しばらく顎に指をかけて考えていた設楽は、テーブルの上に置かれたままのノートに目を落とす。
時間から考えて、小林はもう眠っているはず。設楽はノートを手にとって、一番新しいページを開いた。

_________________________________________

黒ユニットの基地(深夜)
設楽、考え事をしている。そこに土田がやってきて、ルート33の裏切りについて会話する。

設楽「そうか。結局"ラケシス"は白ユニットに奪られる運命だったか」(前髪をかきあげる)

土田「あ、それ増田のコードネームだったのか。
   毎回、"誰のこと言ってんだろう"って不思議だったよ」(ソファに深く腰かけて、時計を見る)

_________________________________________

その先……ペンの痕があるのに、真っ白なページを見て、設楽はふっと笑った。
「――まあ、シナリオどおりには行かないのが、コントってもんでしょ」
土田もそのページを見て、「ほう」と驚いてみせる。

「さて。ルートに与えられた役は、脚本を失って宙ぶらりんだ。
 ……舞台の上で、二人はどうするのかな。台詞も、照明も、音響も、全てが狂った中で」
「それでも、体は残っている。それ一つで表現することはできるだろ?」
設楽はその言葉に、ハッと顔を上げた。
「……油断するなよ。あいつらの出番はまだ終わっていない」
土田は肩をすくめて、「じゃあ、俺はそろそろ行くぞ」と立ち上がる。
壁に手をつけると、指のすきまからパアッと放射光が漏れて、ゲートが生まれた。
土田の体が中に入ると、ゲートはギュル…と渦を巻いて、小さな点となり、消える。

「いうなれば、幕間か!……仕方ないな、今は静観した方がよさそうだ」
見送った設楽はノートを放り投げて、ソファに深く背中を預けた。

913鳥頭 ◆9fw1ZntG8Y:2016/06/17(金) 13:12:37
「堂土!」
駆け寄ってきた大上に、堂土はさっと目をそらす。
「おい、逃げんな」
松口はその頭をガッとつかむと、無理矢理前に向かせて視線を合わせた。
平井を盾にそっと隠れた増田の襟首をつかんで「お前も!」と引っぱりだす。
「えーと、その……相談もせんと、ごめんな」
堂土が頭を下げると、大上は「ええって、そんなん」と手を振る。
――が、松口の方は顔をしかめて腕を組んだ。

「なんで俺らに一言なかったんや」
「そ、それは……迷惑かな、と思いました。ハリガネはユニットに所属したないって
 聞いとったんで、巻きこみたないと」
「それだけか?」
「……ごめんなさい、ほんまは、たむらと一緒にやるのは無理やなと思ってました」
全身から放たれる怒りのオーラに、堂土は俯き敬語で答える。
「あの、それくらいに……」
「黙っとけ!今は11期で話しとんねん!!」

勢いのまま怒鳴られて、止めようとした柳原は「す、すいません」と引っこむ。
松口の怒りのボルテージは、ネタ合わせの時と同レベルまでヒートアップして行く。

「お前らアホか?先回りして黒の計画潰すとか、イタチごっこやんか。んなもん
 白に任せとけばええやろ、何キツい対価の癖に能力乱発しとんねん、増田!お前に言うとんのやぞ!!」
「はい……すいません」
増田もしょんぼりと頭を下げた。
「お前ら、もっと自分の命大事にせえや!お前らになんかあったら、好きやって
 言うてくれとる人たちはどないなんねん、ファン泣かせたいんか、あ!?
 同期があかんいうても俺らがおるやろ、大上なら絶対聞いてくれるやろが。
 何で俺らの事信じてくれんかったんや、このっ……」

松口は怒鳴りながら近づいて、殴られるかと覚悟している二人の肩をつかんだ。
ガッと抱き寄せて、「アホどもが」と弱々しい声で。
「……よう、頑張ったな」
大上も、ぽんぽんと二人の頭を叩く。
そんな四人を見て、白ユニットの面々は顔を見合わせる。
「一件落着、やな」
平井の言葉を合図に、誰からともなくふっと笑いあった。

【終】

914鳥頭 ◆9fw1ZntG8Y:2016/06/17(金) 13:13:27
一旦おしまい。
見直すと色々粗があってガタガタですが、また何か思いついたら
ちょっと落とすかもしれません。お付き合いいただきありがとうございました。

915 ◆wftYYG5GqE:2017/01/28(土) 10:43:30
ジュニアVS修二の決闘話、ちょっと出来たので投下してみます



千原ジュニアこと千原浩史が、千原靖史から黒ユニットに誘われてからおよそ2週間。
相変わらず石による戦いはあちこちで起こっていた。


浩史はと言うと、何故か黒ユニットの襲撃が止んでいた。
何も起こらないのは良いが、何故か気味が悪い。
この先、もっと大きなことが起こるのではないか…。
劇場の楽屋でそう考えていたその時。


「ジュニアさん」
背後から誰かに声をかけられた。
そこに居たのは、2丁拳銃の二人だった。
「話があるんですけど…」と小堀。
「『石貸せ』言う話ならお断りやで」
「いや、そうやないんですよ」
「ここじゃちょっとアレなんで…」
と二人は言い、浩史を人の少ない場所へと連れて行った。


「で、話って何やねん」
浩史がそう聞くと、修二はこう尋ねた。
「単刀直入に言いますね。……黒に入りませんか?」


「は…!?お前ら、黒やったんか…」
「そうです。…って、靖史さんから聞いてませんか?」
「いや…あいつ、吉本にも黒が多いとは言うてたけど、誰が黒ユニットかは教えんかったわ」
「あ、そうなんすか…。で、返事は…」
「絶対に断る」
「そう言うと思いました…」

916 ◆wftYYG5GqE:2017/01/28(土) 10:45:54
すると修二はこう切り出した。
「提案なんすけど…俺と決闘しませんか?」
「……は?決闘?」
浩史は意味が理解できず聞き返した。
「ジュニアさんが勝てば、一旦手を引いて、また別の方法を考えます。
もし負けたら…その時は黒に入って貰います」
「…小堀は?」
「俺は判定人です」


「……」
浩史は考えた。明らかに怪しい。
そして二人に、黒にしては律儀過ぎないか、そうやって唆して二人がかりで襲撃するのではないか、
黒は奇襲とかが得意なのではないか…と疑問をぶつけた。
すると修二はこう答えた。
「『ジュニアさんは強いし頭も良いから丁重に扱え』って。『プロデューサー』からの指示です」
『プロデューサー』は黒の幹部のある人物の隠語…という話も靖史から聞いていたが、今はどうでもいいと思った。
「大丈夫ですよ。ズルはしないです」と小堀。
「ホンマは俺も戦いたいんすけど…俺の石の力はジュニアさんにはエグ過ぎるから使うな、って言われてますし」
小堀の石の力についてもどうでも良かった。


浩史には、二人が嘘をついているようには思えなかった。
「…分かった。決闘、応じるわ」
「ホンマですか!ありがとうございます!俺も本気出すんで、ジュニアさんも本気で来て下さいね」
「修二、ちょっとテンション上がりすぎやって…」
「いっぺん決闘とかやってみたかってん」
そして小堀と修二は決闘の日時と場所を指定した。二日後、劇場近くの公園で。
「では」と二人はその場を去って行った。


あまり黒らしくないな…と浩史は若干呆れた。
そして、彼らのような人物が何故黒なのだろう…とも考えた。



一旦ここまでです。ニチョケンのキャラが分からないですね…
「こんなキャラじゃない!」と思った方、申し訳ありません…

917 ◆wftYYG5GqE:2017/01/28(土) 10:57:34
すみません、修士の字が間違ってました…本当にごめんなさいorz

918 ◆wftYYG5GqE:2017/01/28(土) 19:20:14
続きです


そして二日後。公園で浩史と修士が対峙していた。


「えー、そんじゃ、今から決闘を始めます。
勝敗は、どっちかが能力使えなくなるまで。俺が3つ数えたらスタートです」
小堀がそう宣言した。


「1、2…」
その間に浩史は意識を集中させ始めた。
浩史の能力は「カウンター」。相手から攻撃されたときに真価を発揮する。
「3!」
修士はというと、地面にあった大きめの石を拾い、浩史に投げつけた。
(?能力使わないんか…?)
不思議に思いながら浩史はそれを見切り、修士の背後に回った。
そしてその勢いで修士を蹴ろうとした次の瞬間。
修士がくるりと振り返り、両手で浩史の足を掴んだ。
「うぉあああっ!?」
そして、浩史の足に激痛が走り、その場に崩れ落ちた。
「…くっそ、何やねん…。相手を痺れさす能力か…?」
「ちゃいますね。答えは『液体の流れを変える』能力です。今のは血の流れをちょっと。
あと、ジュニアさんの能力のことなら、靖史さんから聞いて大体分かってますんで」
「…そうかい」


「何や、もう勝負付きそうですねー」小堀が呑気そうな声を出した。
「…まだや!」そして浩史は再び石を使うために意識を集中させた。
「無駄なことを…」と修士は高をくくり、無防備になっている浩史に手を伸ばした。
しかし、そこに浩史の姿は無かった。
すぐさま修士は振り返ったが、後ろにも浩史の姿は無い。
「何処や!?」
浩史は、修士の周囲をかなりの速さでグルグルと回っていた。そして、
「うりゃっ!!」
そのままの勢いで修士の腕を掴み、地面に叩き付けた。


「痛ったあー…」
修士はすぐさま、黒真珠の付いた手で浩史に触れようとしたが、それより先に浩史が黒真珠を奪い取った。
浩史の石の力で、反射神経が数倍になっているために出来た芸当だった。
「あ!何するんですか!」
そしてそれを「ちょっと預かっとけ」と、小堀の方へ放り投げた。
小堀は条件反射で黒真珠をキャッチした。
「ちょっと、早よ返してや!」と、修士が小堀に詰め寄った。
「ここまでやな。小堀…判定」
「え?あ、はい…ジュニアさんの勝ちです…」

919 ◆wftYYG5GqE:2017/01/28(土) 19:21:25
「あーあ…負けちゃいました。けど、結構楽しかったです」と修士。
「…それはどうも」
「ところで、何で黒に入りたないんですか?
ジュニアさんぐらいなら、黒の結構ええポジションに付けそうですけど…」小堀が尋ねる。
「黒だけやない。白にも入りたないわ。
芸人なんて、お客さんやファンを笑わせてなんぼやろ。こんな風に戦ってる場合ちゃうねん」
「……」
小堀と修士は、俯いてしまった。


「じゃあ俺らは行きますね。もうこの事も黒の耳に入ってると思います」
「……黒を抜ける気は無いんか?」浩史が遠慮がちに尋ねた。
「正直難しいですね…。黒の規模もデカいですし」
「そうか…」
そして二人は「報告に行ってきます」と言い残し、その場を去った。


一人残された浩史は、その場で大の字になって寝転がり、
「あーー!!しんどいわーー!!!」と大声で叫んだ。
しんどい。能力を使ったことの疲れも、黒ユニットも、白ユニットも、石を巡っての闘いも。



この話はここで終了です。バトルシーンって難しい…
勢いのままに書いちゃいましたが、大丈夫ですかね…

920名無しさん:2017/02/02(木) 13:59:26
大丈夫ですよ

921名無しさん:2017/02/05(日) 19:31:12
投下お疲れさまでした。
バトルシーンよかったです。読んでて情景が浮かんできました。
黒からの働きかけを振り払うのは大変だけどジュニアにはまだまだ頑張ってほしい。

922鳥頭 ◆.4U5FmAuIw:2017/05/13(土) 19:00:57
当時投下できなかったロザン、プラン9編をベースにした話のアバン。
ので、設定にやや矛盾があり。黒い石と欠片は別物設定で。

_________________


ガムテープを厳重に貼った上に、鎖を何重にも巻きつけた。
それでもまだ安心できへん。南京錠をもう一つ追加して、俺はやっとその場にへたりこんだ。


「ハアッ…はーっ、はあっ、ハア……」


『あいつ』を閉じこめた扉が、ガタガタ揺れた。
鎖もガムテープもきしむけど、なんとか持ちこたえとる。
あの病気のバーゲンセールみたいな体の、どこにそんな力があったんや。
見てみ?お前がえらい暴れたせいで、俺の両手ズッタズタやで。あー、痛い。


「すまん、苦しいやろ。せやけど、これしかないんや」

「お前を死なせんために。お前を化け物にせんために」


せめてお前が元に戻るまで、俺もこっから動かへんからな。
扉に手をついて、呼びかける。


「後藤……」



【宿命の糸はつかのまの夢に繋がれて(前編)】


むせ返るような熱気と話し声が、楽屋の中を満たす。

空調が壊れているらしく、数分前に出て行った若手の吸っていたセブンスターの匂いが、
まだ部屋のあちこちにまとわりついている。

「……」

本番前の緊張から、おしゃべりに興じる芸人たちに背を向けて、
後藤はメールを打っていた。

「せやな、たしかに菅の言うとおり……あっ」

相方と話していた宇治原が、立ち上がった拍子によろめく。
どんっ、と宇治原の肘で後藤の背中が押された。

瞬間、後藤の瞳からふっと光が消える。

「すいません、立ちくらみしてもうて……」

宇治原が頭を下げる向こうで、後藤の瞳にまたすうっと光が戻った。

「みなさん、スタンバイお願いしまーす」

そこでタイミングよく、スタッフが呼びに来る。
「よっしゃ」「いっちょやったりますか!」と気合を入れる芸人たち。
そんな中、後藤は呆然と自分の手のひらを見ていた。

「……後藤さん?」

気づかわしげなスタッフの声。後藤はハッと気がついたように、立ち上がった。

__________

923鳥頭 ◆.4U5FmAuIw:2017/05/13(土) 19:01:32


雨降って地固まるというか。
浅越の事件があってから、プラン9の絆はさらに深まった。

(今のところは、何の心配もないな)

久馬はそれに、心の底から嬉しくなった。

「これアドリブで入れたいですね」と変なポーズを見せあっているギブソンと灘儀。
椅子を使ってストレッチしながら、器用に滑舌練習もしている浅越。
部屋の中をうろうろして考え事をしている鈴木。

元気に動く仲間たちを見ていると、本当にホッとする。

(この日々がずっと続いてくれたらなあ……ジジイになるまでプラン9とか、
 そんなゼータクは言わんけど、せめて)

ピリリリリ!

久馬の思考を、耳障りな着信音がさえぎった。

「なんや、人がせっかくいい気分で……はい、もしもし。久馬ですけど」

不機嫌を隠しもせず電話に出た久馬は、
用件を聞くとガタンッと勢いよく立ち上がった。

「久馬さん……?」

自分がふざけていたのを怒られたと思ったギブソンが、小さな声で呼ぶ。
異様な雰囲気に、メンバー全員の動きが止まる。

「……ちょっと、出てくるわ」
「おい、久馬!?今から打ち合わせ「あと全部頼みます!」……んな、むちゃくちゃな」

司会役を押しつけられた灘儀は「しゃあないな」と肩をすくめた。

「……鈴木?」
「あ…すいません、やりましょう」

久馬が出て行った後を見ていた鈴木も、打ち合わせのテーブルにつく。

「……まさかな」
「もう、何もないはずですよ」

浅越と鈴木は小さな声を交し合って、胸騒ぎを打ち消した。

___________

924鳥頭 ◆.4U5FmAuIw:2017/05/13(土) 19:02:02

「俺は何もしてないって、言うとるやないですか!」

ドアノブに手をかけると、後藤が必死に弁解する声が聞こえた。
部屋の中に入る。後藤のマネージャーが近づいてきて「すいません」と頭を下げる。


「あの人ら、吉本の偉いさんか?」
「はい……もう後藤さんをクビにする気満々で……久馬さん、元相方のよしみで
 力をお貸しいただけないでしょうか」
「それはええけど…あいつ何しでかしたんや」

ひそひそと話し合う俺たちの向こうで、お偉いさんはため息をつく。

「せやけどな、スタッフもその場にいた芸人もみんな、後藤くんが電気のコードつかんでるの
 見た言うとんのやで」
「俺は電気いじったりなんかしてません!」
「劇場が半壊したんやで、直すのに何百万かかる思てんねん。警察行かんだけでも感謝してほしいもんやわ」


口調こそ優しいが、上役からは静かな怒りが見える。


「俺はッ…俺は、ほんまに何も知りません……気がついたら、電気のコードに、なんか、
 火花みたいのが……信じてください!」


それを聞いた久馬の目が、驚きに見開かれる。

「俺は何もしてません!もし、俺がやったとしても……絶対わざとやないです!」
「後藤!」

マネージャーを押しのけて後藤の手をつかんだ久馬は、「すいません」と上役に頭を下げた。


「この話は後日改めてお願いします……帰るで」
「えっ?ちょ、ちょっと!」

ずるずると引きずられていく後藤を、マネージャーと上役はあっけにとられた顔で見送った。

_____________


外に出たところで、後藤は「離せや!」と手を振り払った。

「だっ…だいたい、なんでお前来てん!仕事あるやろ!」
「……後藤」

いつもとは違う、久馬の静かな声。後藤は思わず口をつぐんでその目を見つめ返した。

「気がついたら火花が出とったいうのは、ほんまか」
「ほっ、ほんまや!……まさか、お前まで」
「安心せえ。俺は絶対に、お前を疑ったりはせん」

久馬は後藤の肩をつかんで、首を横に振る。

「今回が初めてか。それとも今日みたいなことは、前にもあったんか?」
「前にも……って」

どう答えればいいのか分からず、後藤は混乱している。
久馬は「らちが明かん」と髪をかきむしると、後藤のまぶたに手をそえて「ちょっと見せろ」と上げた。

「っ、離せっ、アホ!」

どんっと体を押されて、久馬は苦しげな息を漏らす。

「お前にっ…、面倒かけるようなことにはせえへん」
「後藤ッ……!」
「お前はお前のことだけ気にしてればええんや!」

そんな捨て台詞を吐いて、後藤は走って行ってしまった。
置いて行かれた久馬はベンチにもたれかかると、そのまま座りこんだ。

「くそっ!」

いつもかぶっている帽子を取って、裏に貼りつけてあるものをペリッとはがす。
黒い石は、まだかすかに光を放っていた。

「まだや……まだ間に合う……俺は絶対に、お前を」

再び顔を上げた久馬の瞳には、強い意志が宿っていた。

925鳥頭 ◆.4U5FmAuIw:2017/05/18(木) 21:53:12
顔文字スレのネタをちょっとお借りして入れてみました

___________


照明を落とした部屋。パソコンの青い光だけが、そこにいる男たちの顔を照らし出す。
画面の前に座った男は、首やこめかみにつけたパッドにコードを接続すると、すうっと息を吸いこんだ。

「……」

藤井の指輪にはまったゴーシェナイトが、青白い光を放つ。
彼の『予報』は、白ユニットの作戦には欠かせない。今回その力を借りるのはキングコングの二人。
「ロザンの動きが怪しいから、大阪の予報がほしい」と頼まれた。

「二丁拳銃…心斎橋…明日、午後15時……」
「新しい要素は?」

パソコンのキーボードを叩きながら、渡部が聞く。
藤井は焦点の合わない瞳でぼんやりと天井を見つめたまま、首を横に振った。

画面に映し出されているのは、大阪の地図だ。そこに、藤井が観測した明日の情報が打ちこまれる。

「予報する時の藤井くんって、ほんまに何か受信しとるみたいやな」

対価のために待っている岩見は、時計を見て「そろそろやね」とつぶやく。

――バチンッ!

ゴーシェナイトから光が消える。同時に、藤井の体が椅子の上でのけぞった。

「かはっ…!ぐ、うっ……あ…」

目をおさえた藤井が、よろよろと立ち上がる。

「今回は目なん?」
「あ、岩見…そこに、おるんか……頼む、手ェ貸してくれっ……!」
「うん。僕、そのために来とるからね」

自分よりずっと大柄な藤井の腕をとって、岩見が一生懸命支える。
プライベートは全く交わらない二人だが、この『予報』の間は、いつも岩見がそばにいた。

見送りに出た上田に、藤井は見えない目で振り返る。

「……明日また予報します。新しい能力者が生まれるらしいんで」
「平気か?無理すんな」
「明日はたぶん、見えるようになってますから」

力なく笑った藤井に、上田は何か言いかけた口をつぐむ。
対価は人それぞれで、「記憶から忘れられる」などの能力に比べて重すぎる者もいれば、
「面白いギャグを言ってしまう」など誰が得をするのか分からないものもある。

藤井の対価はその中でもかなり重い。何せ、ちょっと石の光を飛ばしただけで
五感のうちの一つがランダムで失われる。支払いのタイミングによっては仕事にも響く。
こうして力を借りるのも、上田は申し訳ないような気分だった。

「……これじゃスマイリーを使い潰した黒と変わんねーじゃねえか、クソが」

苦々しげに呟いた上田は、また中へ戻った。

_________

926鳥頭 ◆.4U5FmAuIw:2017/05/18(木) 21:53:46

その二日後。
大阪のとある楽屋で、黒から渡された資料を読む芸人が、二人。

「後藤秀樹。元シェイクダウン。能力のスペクトラムは不可視。座標は――」

「なんや、ただのお笑い芸人っちゅーことやないか。お偉いさんが出てくるほどの
 話やないって。黒はなんでこの人が気になっとるんやろ」

読み上げる小堀の横で、修士は「それより聞いてくれや、俺の石の新たな活用法」と笑っている。

「どうせ下らん使い方やろ」
「いやいや、昨日家族で流しそうめんやってん。俺が逆流させたったら
 子供ら大喜びや!お父さん超能力者ー!言うてなあ。
 ほんで、嫁さんカミナリ……はあ……」

ずーん、と落ちこんだ修士に、小堀は「アホか」とあきれている。

「ま、わざわざ指示が来たんや。軽く探ってみんとな」
「ほんなら、さっそく後藤さんとこ行ってみるか。そうめんはやっぱり逆流のしがいがないわ」

立ち上がった二人は、後藤のいる劇場を目指して歩き出した。


◆◆◆◆◆


――俺は絶対に、お前を疑ったりせえへん。

楽屋の照明を落として、後藤は静かに考えていた。

あれから何日か経ったが、幸いにしてまだクビにはなっていない。
時々記憶がなくなることはあったが、持っていた台本が黒焦げになっていたり、テーブルが半壊しているくらいで、
マネージャーがこっそり処理してくれていた。

(……あれは、ほんまに俺がやっとるんか?)

こめかみをおさえて考える。
アホキャラで通っている後藤でも、常識は一応持っていると自負している。

(俺の中に、俺が知らん俺がおって……そいつが、やっとるんかな。
 それとも覚えてへんだけで、俺はほんまに)

「後藤さん」

気がつくと、宇治原の顔が目の前にあった。
いつの間に入ってきたのか、「平気ですか?」と目を合わせている。

「へ、平気や……ちょっと熱あっけど」
「後藤さん弱いんですから、ちょっと休んでた方がええんやないですか?」
「平気や言うとるやろ!」

宇治原は一瞬だけ、あっけにとられたような顔になった。
あせりも手伝ってつい怒鳴ってしまった。宇治原は何も悪くないのに。
それは久馬に対する焦りか、それとも自分自身に対する嫌悪感か、後藤にもわからない。

「あ……すまん」

目を伏せた後藤の顔を覗きこんだ宇治原は、「あの」とまた遠慮がちな声で聞いてくる。

「後藤さんって、右と左で目の色違いません?」
「なんや、いきなり」
「ずっと思ってたんです。後藤さん、右の瞳は黒いけど、左の方は茶色いやないですか。
 よーく近づいて、目ェこらしてみんと分からんくらいの違いですけど」

自分の落ちくぼんだ目を指さして言う宇治原。

「シェイクダウンのころも見とったけど、あん時は両方とも茶色かった気がするんですわ」
「……」
「あ、すいません。変なこと聞いてもうて。ずっと気になってて、菅が」

付け加えられた名前。おそらく気になっていたのは宇治原もだろうが。

「……この目な、朝起きたらいきなりこうなったんや」
「生まれつきやないんですか」
「シェイクダウン結成して、2、3年くらいやったかな。久馬に見せたら、"それは後藤の中の
 悪いもんを閉じこめてくれとるんや"って、変なこと言うとった」
「……」
「でもな。これ、ほんまにそうかもしれんかったって思うんや。昔は、太陽が当たるとちょっと
 光ったりしとったんやけどな、この右目」

「最近は、全然光ったりせえへんのや」

それを聞いた瞬間、宇治原の目がわずかに開かれる。

927鳥頭 ◆.4U5FmAuIw:2017/05/18(木) 21:54:25

コンコン…

小さなノックに、後藤はハッと気がついて立ち上がる。
開いた先にいたのは。

「後藤さん、血液と胃液、逆流するんやったらどっちがええですか?」

理解できない。なぜこの二人がいる。いや、彼らの所属するユニットは黒だ。それは知っている。
彼らが、自分を名指しで呼んでいる。その意味は。

「抵抗するんやったら容赦はしませんから、そのつもりで」
小堀は可愛い後輩の笑顔を貼りつけて、後藤の手首をつかむ。

「や、やめろ……!!」

瞬間。

後藤の右目にちりっと青い電流が走った。手首をつかむ小堀の手に、雷が落ちる。


◆◆◆◆◆

「――っ、!!」

コードに繋がれた藤井の体が、びくっと震えた。
「藤井くん!?」
あわてて体をおさえる岩見に、画面から目を離して驚いている上田に、藤井は荒い呼吸を
整える暇もなく告げる。

「……大阪で、新しい座標が出た」
「え?」
まだ理解していない岩見に、藤井はとうとう怒鳴る。

「新しい能力者が生まれたんや!!!」


◆◆◆◆◆

「は、ははっ……なんや、これ……」

何度も雷を受けて、倒れた小堀と川谷。床に空いた大穴。もはや笑うしかない状況だ。
座りこんだ宇治原は、後藤が逃げて行った扉の向こうに人が集まるのを見てまた笑いだした。

「ああ、そういうことやったんか……久馬さん、あんたも罪な人やなあ……」

はははは、と乾いた笑い声が、滅茶苦茶になった室内に反響した。

928名無しさん:2017/05/20(土) 10:27:31
新作乙です!
そして流しそうめんのネタ書いた者です。
入れて頂きありがとうございます。吹きましたw

929鳥頭 ◆.4U5FmAuIw:2017/05/20(土) 18:31:06
>>287
ありがとうございます!
流しそうめんは初見で吹いたのでお気にのネタでした。


頭の中、いやな笑い声が響いている。ふらふらと歩く後藤の肩に、向かいから
歩いてきたガラの悪そうな男がドンッとぶつかって「いってえな」と睨みつけた。

「……」

光のない瞳で、後藤はまた歩き出す。その肩を、男は「おい!」とつかんだ。

瞬間。

「え?…あ、あっ……うわ、あああっ!!」

ぐりんっ、と男の視界が反転した。180cmごえの巨体がバキィッと歩道に叩きつけられ、
アスファルトが割れて砕け散る。後藤のつかんでいる手首が、ミシミシと嫌な音をたててきしんだ。

「きゃあああ!!」
「警察っ…だれか、警察呼べ!!」

ざわめく通行人。その中を歩いて行く後藤の周りに、またチリッと青い電流が走った。


【宿命の糸はつかの間の夢に繋がれて(後編)】



青白い画面に、次々に座標が映し出される。藤井はその中で、不規則な点滅を繰り返す座標に
マウスポインタを合わせて「これです」と見せた。

「"スペクトラム"か……まさか、またお目にかかるとはな」

髪をかきむしって、上田が苦々しげにつぶやく。

「完全に石を制御できない、能力者のなりそこない……それをスペクトラムと呼んだ。
 奴らは厄介なことに、石を持たねえ普通の芸人との境界線のあたりを、
 ふらふらと行き来する。つまり、歩く災厄ってわけだ」

ラバーガールの飛永が、「歩く災厄……?」と上田の言葉を繰り返す。

「スペクトラムは、"代償"がない。奴らは自分の意思に関係なく、無制限に石の能力を引き出し、
 周囲にまき散らす。ひとしきり破壊し尽した後は……たいていは」

上田は一瞬言葉を切った。

その先はとても残酷な結末だ。

――石に自我を食われた、ドールになる。

若い飛永に聞かせたくはない。

「……知らねえな」

そっぽを向いた上田に、飛永はそれ以上聞かなかった。


◆◆◆◆◆

「やっと見つけた……」

菅の視線の先で、後藤が歩いていた。
すぐ横を走り抜けるトラックにも、足元から逃げる鳩にも注意を払うことはない。

「っ、危ない!」

赤信号も今の後藤には分からないのか、ガードレールを乗りこえて出る。
手を伸ばした菅は、バスが近づいてくるのに「もうあかん!」と思わず目をつぶった。

キキーッ!!

道路を横切る後藤すれすれの所で、バスが急停止した。

「よ、よかった……」

へなっとその場にへたりこんだ菅は、あわてて後藤を追う。立ち上がった後藤は、今度は
電柱にゴチンッと頭をぶつけて、一歩、二歩と下がって、また転んだ。

「……あ……」

水たまりに映った、表情がない顔、焦点の合わない瞳。しばらくそれを見ているうちに、
後藤の目にすっと光が戻った。

「お、俺が……俺が、やったんやない……」

カタカタと震える手で、頭を抱える。

「ちがうっ……俺が悪いんやない!俺はっ……!!」

ふらりと揺らいだ体が、地面に倒れこんだ。
駆けよった菅は、呼吸があることにホッと胸をなでおろす。

「力尽きたか……せやけど、後藤さんがスペクトラムやなんて聞いとらんかったな。
 とりあえず運んで、久馬さんから直接聞き出すか」

菅は後藤の手をとって「今ごろ宇治原が久馬さんを捕まえとるやろ」と呟いた。

930鳥頭 ◆.4U5FmAuIw:2017/05/20(土) 18:31:40

◆◆◆◆◆


鈴木と浅越は、一瞬だけ渋い顔をしたが、久馬が「ええんや」と言ったのを合図に
石をしまって宇治原を楽屋へ入れた。

「……久馬さん」

ソファに力なく座った久馬は、宇治原の呼びかけにも答えない。
薄暗い、夕日が差しこむ室内で、久馬は黙って帽子を握りしめていた。
正確には、常に帽子に貼りつけてあった黒い石を。

「俺は、どこで間違ったんやろうか……」

ぽつり、と久馬がつぶやく。

「きっとあの日からや……1999年の、あの日から……」


【1999年】


そこが元はきれいな屋上庭園だったとは、誰も信じないだろう。

破壊されて水をちょろちょろと垂れ流す噴水だったもの。真っ二つに割れたベンチ。粉々になった敷石。
めちゃくちゃに荒らされた花壇の中、一人の男が「ひいっ」と情けない声を上げて、ガタガタと震えている。

「や、やめて……やめて、くださいっ…お、俺……まだ、死にたくな」

後藤はぺた、と男の額に触れた。その指がぎりっと皮膚に食いこんで、
そのまま男を持ち上げて、片手だけで地面に叩きつける。

「がっ……ふ、ぐはっ…!」

男の体に、また何発目かの雷が落ちた。

「やめろ、後藤!!」

叫んだ久馬は、一瞬迷う。
体の弱い後藤のみぞおちに、拳を叩きこんで気絶させるべきか、否か。
脳内会議は全会一致の可決を見た。

「あの、久馬さん……あいつ、芸人の間じゃ女癖悪いんで有名ですよ。タレが何人もおるとか。
 後藤さんの恋人に、イタズラしたって噂、あって」

後藤が攻撃を加えている相手を見た鈴木が、ぼそっとつぶやく。

「助けんでも、ええんとちゃいますか。あんな……」
「俺は後藤のために、あいつを助ける言うとんのや!」

虫の息の男に、後藤は血まみれの拳を振り上げる。
その手首を、久馬がつかんで「後藤!!!」と叫んだ。

「やめろ!!もうっ……お前、そいつを殺す気か!!?」

後藤は男の胸ぐらをつかんだまま、ゆっくりと振り返った。
血が飛び散った顔は、人間らしい感情というものが全てそぎ落とされていて。

「……殺したら、あかんのか?」

その言葉に、久馬と鈴木は絶句した。

931鳥頭 ◆.4U5FmAuIw:2017/05/20(土) 18:32:26
◆◆◆◆◆


「後藤は、能力者やった……さらに不運やったのは、あいつのアラゴナイトが黒の志向を持ってた事やった……
 石の中には、持ち主の思考回路を作り変えてまうのがある。それはただの噂やと思っとったのに……
 俺は、大事な相方を……本能のままに破壊を繰り返す、そんな化け物にしたなかった!!!」

自分の中のものを吐き出すように叫ぶ久馬に、
宇治原は冷たい視線を注ぐ。

「それで、相方をモルモットにしたんですか」
「っ……!」
「黒い石が、アラゴナイトを支配できると、そう思いこんだ久馬さんは、アラゴナイトに黒い石を喰わせた。
 まあ、さらに悪化させてもたわけですけど」

突き放すような宇治原の言葉に、久馬は天井をあおぐ。

「鈴木と浅越……三人がかりでなんとか後藤を捕まえて、閉じこめた……あの時の南京錠の感触も、覚えとる。
 この黒い石をどこで手に入れたかは……記憶がない。ただ、後藤の目が
 黒く染まったのを見て……もしかして、間違えてもたんやないかって、不安になった。
 それでも、これを眺めとる間は安心できた!!この黒い石さえあれば、後藤はこれからも、
 ただの芸人でいられるって思うとった!!」

久馬はぎり、と奥歯を噛みしめて、黒い石を投げた。
壁に当たって、コロコロと転がった石を、宇治原は無表情に眺める。

「……つかの間の、夢やったんや……結局、こうなる宿命やった……
 まさか、スペクトラムに変ってまうなんて……その後は、後藤秀樹ですらなくなってまうなんて」

宇治原はもう興味を失ったのか、背中を向けた。

「こんなことになるんやったら……能力者のままでいてくれた方がよっぽど幸せやった……」

ドアノブに手をかけた宇治原は、失望したような顔で振り返る。

「そんなに、石と……現実と向き合うのは、怖いんですか」
「……」
「せやったら、久馬さんはずっとそうやって、夢を見とればええんやないですか」

冷たく言い放った宇治原は、足早に楽屋を出て行く。
残された久馬を、鈴木と浅越は気づかわしげに見つめた。

932鳥頭 ◆.4U5FmAuIw:2017/05/20(土) 18:33:24
もうすぐこのスレなくなりそうだけど
次回で終わります

普段SS書いてると地の文に慣れない

この話はロザンが後藤さんを引きこむところからの
IFみたいな話です

933名無しさん:2017/05/20(土) 18:39:14
まさかの安価ミス...
すいません、>>928に対してです

934名無しさん:2017/05/20(土) 18:54:09
乙です。
後藤どうなっちゃうんでしょ…

935鳥頭 ◆.4U5FmAuIw:2017/05/21(日) 19:51:53
「……おい」
「怖い怖い怖い後藤さん怖い」
「おい小堀!デカい図体してビビんな、気持ち悪い!!」

破れたカーテンにくるまってガタガタ震えている相方を、修士は力まかせに引きずり出した。
叫んだ瞬間、天井から吊り下げられたクレーンのワイヤーが『ギイッ』と軋んで、
修士は一瞬体をびくつかせる。廃工場なので、何の危険が起こってもおかしくない。

「ほ、ほんまに何もせえへん……?」
「さっきから1ミリも動いてへんがな。……お前、人のトラウマは平気でエグるわりに
 自分は打たれ弱いんやな」

ため息をつく修士。
小堀は、床に大人しく座りこんでいる後藤に、おそるおそる人さし指を伸ばす。

ちょんっ。

「……な?」
「よ、よかったあ……」

へたりこんだ小堀。修士はスーツの胸ポケットを探ってのど飴を出す。菅に向かって放ると、
菅はケータイを耳に当てたまま器用に受けとった。

「……なあ小堀。この無表情、どうにかならん?」
「たしかに。後藤さんがこういう顔しとると、なんか不安になってくるわ」
「あっ、俺ええこと思いついた」
修士は後藤の頬を引っぱって、ぐに〜っと笑顔を作る。
「こっちのがええんやないか?」
対する小堀は口角に指を当てて、きゅっと笑わせた。

(完全にオモチャやないか……)

そんな二人を、菅はのど飴を舐めながら眺める。

ガラガラ…

「あ、やっと帰ってきた。遅いでー、うーちゃん」

宇治原はその呼び方に、顔をしかめて「先輩方がおるんやで」と注意した。
素で忘れていたらしい菅は「あ、そうやった」と口をおさえる。公私を分ける菅らしからぬミスだ。

「……ほー」

イタズラを思いついた子供のような顔で、修士は「うーちゃん」と真似して呼んでみる。
次の瞬間、宇治原から漂い始めた殺気に「……宇治原」と言い直した。

936鳥頭 ◆.4U5FmAuIw:2017/05/21(日) 19:52:25

「俺らはな、黒から"ドールを回収しろ"って命令されとる」
「そうですか。……その人形はどうぞご自由にしてください。
 俺らには必要ないんで」

そこで、ずっと黙って聞いていた小堀が「……ふざけんな」と低い声でつぶやく。
「これが、人形やと……?お前、後藤さんをなんやと思って」
「小堀さんは、これが人間に見えるんですか?」」
「人間や……体温もある、呼吸もしとる、この人は生きとる!!」
その答えに、宇治原は一瞬だけバカにしたような表情になった。

――ガッ。

菅の蹴りが、後藤の顔に命中する。倒れてむき出しになった腹に、拳が深く沈んだ。

「っ、……!」
「へえ、ドールってほんまに何も反応せえへんのですね」

菅は、息をのんだ小堀に見せつけるように、髪をつかんでグイッと持ち上げる。
唇を切って血を流しているのに、その表情は全く変わらない。うめき声一つあげない。

「お、おま……先輩を、殴っ」
「せーやーかーらー、修士さんまだ分かってません?これはただのドール。後藤さんはこっち。
 まあ、もう出てこれませんけど」

指さされたアラゴナイトの中に、血のような赤い光が混ざっているのを見つけて、
修士はぎょっとたじろぐ。

「ドールってのは便利なもんらしいですよ。飯も食わせなあかんし、下の世話もせなあかんけど
 自我がないから、どんな命令でも聞くんですわ」
「そんな……宇治原、なんでお前は、そんなこと、言えるんや」
「黒からすれば、俺ら能力者の方がドールより使い心地悪いかもしらんなあ」
ひとりごとのようにつぶやいた宇治原は、「聞き分けてくださいよ、黒ですよね?」と二丁拳銃を見下ろす。

ガララッ…

そこで、廃工場の扉が開いた。
ゆっくりと歩いてきた久馬は、帽子を脱ぎ捨てて中にあったものを握りしめる。
後藤の顔に傷があるのを見つけて、その表情が険しくなった。

「……後藤を、返せ」
「その前に、黒の石をこっちに」

菅の要求に、久馬は手の中にあったものを投げる。
床に散らばったのは、割れて破片になった黒の石だった。

「……!」
「それが、全ての答えや。黒の石は希望なんか生まん。お前らが望むものなんか、その先にはない。
 ……何でこんな事になってもたんかな」
久馬は近づいて、後藤を抱えこむ。
「俺はただ、お前と一緒にお笑いやれとるだけで、よかったんや。
 ……こんな石なんか、なくなってまえって、思っとった。
 もう遅いかもしらんけど、帰ろうや……後藤」

937鳥頭 ◆.4U5FmAuIw:2017/05/21(日) 19:52:56

一拍。もしくは刹那。
天井から吊り下げられていたクレーンのワイヤーが軋む。
落下する重機。固まった久馬を、意志がないはずの後藤が突き飛ばす。

ズゥゥン…

その衝撃に、天井が崩落していく。後藤はゆっくりと体を起こして、倒れた久馬に手を伸ばす。
「後藤……すまんな、お前は、アラゴナイト、を……手放した、なかったよな?」
久馬は、ガレキのすき間に落ちていたアラゴナイトを、手探りで拾って後藤の手に握らせる。
「お前の石や……今度こそ、離すな……」

「……分かった」

返らないと思っていた声に、久馬は目を見開いた。
アラゴナイトを握りしめて、後藤はふらりと立ち上がる。

「何や、これ……どこや、ここ」
「……後藤?」
「なんで久馬が?……なんで、足が、なんで、お前らが、あれから何が」

こめかみをおさえてぶつぶつと呟く後藤の体から、黄色い光が放たれる。

「――まさか!」

飛び出した修士の首に、後藤の足がからまった。そのまま体をひねって、修士の体は床に沈む。
「ぐっ…!」
修士の背中で、バキバキと床が割れる音。伸ばした手は蹴り飛ばされて、口を開きかけた小堀の顔が
つかまれる。後藤の目が赤く光って、体は再び黄色い光をまとう。
「……っ、が、あああっ!!」
手の下、小堀の体に雷撃が落ちる。気絶した小堀の向こう側、菅が「ありえへん」と首を振った。
後藤は菅の喉元をつかんで、小さな体を壁に叩きつけた。
喉の骨がミシッ…と嫌な音をたてて軋むのに、菅は眉根をひそめる。

「やめろ、後藤!!菅が死んでまう!!」

叫んだ久馬に、後藤はゆっくりと振り返って。

「……殺したら、あかんのか?」

久馬の脳内。血が飛び散った顔が浮かんで、重なる。
しかし、後藤はパッと手をはなした。背中から崩れ落ちた菅を視界から外して、
一直線に元相方の所へ帰ってくる。

「……後藤、お前」
後藤は、状況が呑みこめていない久馬の手をとって、自分の口角に当てる。
そのまま、きゅっと上げて笑顔を作った。久馬が手を下ろしても、その笑顔は変わらなかった。


◆◆◆◆◆◆

938鳥頭 ◆.4U5FmAuIw:2017/05/21(日) 19:54:05


「能力者に変化したのか……確率は、1パーセントに満たないはずなんだがな」

上田はしばらく考えこんで「いや、元々能力者だったんだ。あるべき姿に戻っただけか」と納得する。
なんにせよ、これで一応のハッピーエンドと言えるだろう。

不規則な点滅を繰り返していた座標は、やがてふっと沈黙した。
これがドールになったということだ、と告げると、飛永は目に見えておびえたが。
また輝きだした座標に、その場にいる全員でバンザイをした。

「なあなあ藤井くん、これから一緒に高尾山行かん?そばのスタンプラリーやっとるで」
「あのなあ、俺は今対価で味覚なくしとんねん、それに、オフは別々って決めとるやろ?」
「えー、たまにはええやん。藤井くんのケチー」

すぐ横で、飛石連休の二人がじゃれ合っている。
上田はふっと口元をゆるめて、また画面を見た。

(まだまだ謎は多い。黒い石についてもほとんどが分かんねえ。
 だが、俺はいつか必ず、このワケ分かんねえ現象を解き明かして見せる。
 そして今回、一つだけ確かなことがある。それは……)

(あの日、大阪で生まれた座標は、まだ光を失っていない)


【終】



_________

以上です。
後藤さんの石を潰す(一時的?)な能力は出しませんでした。

939強い女性は幸せなのか ◆wftYYG5GqE:2017/06/10(土) 11:09:58
矛盾点だらけなので、番外編として投下します
タイトルは深イイ話から取りました


とある喫茶店にて。
一人の女が、既に座っている男のもとに近づき、話しかけた。

「設楽さん、ご無沙汰してます」
「どうも。どうですか?最近」設楽が話しかけた。
「順調ですね。敵に対してもだいぶ非情になってきましたし」

これは彼女の近況を聞いている訳ではなく、あるコンビについての近況報告だった。
そのコンビとは、2丁拳銃。


彼女の名前は、野々村友紀子。否、現在は川谷友紀子。
かつては「高僧・野々村」というコンビで活動していた。
その後コンビを解散し、現在は修士の妻として生きている。


「そういえば、野々村さん…あ、川谷さんか…」
「どっちでもいいですよ」
「そうですか。じゃ、野々村さんで…。どうやって黒に入ったんですか?」
「ああ、それなんですけど…」


彼女が芸人として活動していた頃。
ある日、彼女らの元にも石がやって来た。
それから程なくして、黒の若手と思しき男が現れた。
彼女はすぐに相方の高僧を逃がした。

「で、戦ったんですか?」
「いえ、そいつに『黒のお偉いさんに会わせてほしい』って頼んだんです」
「え?」
「そしたらそいつ、『今は東京に居ますから難しいです』って言うたんですよ。
で、何とか無理して来てもらったんです。まあ、石の力であっという間に来たみたいですけどね」
「(ああ、土田さんか…)」
「ほんで、黒のお偉いさんに聞いてみたんです。

『黒に入ったら、相方には手出さんといてくれるんですよね?』って」

940強い女性は幸せなのか ◆wftYYG5GqE:2017/06/10(土) 11:13:05
「まあ、相方を盾に取られてる黒の芸人って、多いんですよね」
「そうですね。設楽さんも似たようなモンですしね」
「……」
「私の主な仕事は情報収集でした。相方にバレないようにするのは大変でしたね…。
そんな感じで何年か黒ユニットで活動してたんですが…ある日予想外の事が起きたんですよ」
「何ですか?」
「相方が『芸人辞めたい』って言い出したんです」
「え…」
「何とか説得しようとしたんですが…無理でした。
で、高僧・野々村は解散。黒ユニットからも足洗ったんです。だいぶ惜しまれましたけどね」
「なるほど…」
「それから色々あったんですけど、修士君と結婚したんです。黒におった事はもちろん内緒にしてました。
でも、今はその必要は無くなりました」
「…何でです?」
「そりゃ設楽さん、あなたが2丁拳銃の二人を説得して黒ユニットに引き入れたからですよ」


2丁拳銃が設楽に説得された日の夜。

「…なあ、ちょっと話があって…」
「何?」
「石とか…ユニットって…知ってるかな?」
「うん」
「……」
「なあ、言いたいことあるんならハッキリと…」
「……ごめん!俺、今日説得されて、黒ユニットに…」
「何やぁ、そんな事?」
「はぁ!?そんな事って…」
「いやいや、そういう意味ちゃうねん。私も昔、黒ユニットやってん」
「…え、えええええ!?」


「…ってな感じやったんですよ」
「その時どう思ったんですか?」
「正直ホッとしましたよ。もう隠し事しなくてもええんやな、って思って。
昔はちょっとだけ後ろめたい気持ちがあったもんで…。せやから設楽さんには感謝してます」
「…どういたしまして。これからも報告よろしくお願いしますね」
「勿論です」


この話は以上です

941鳥頭 ◆.4U5FmAuIw:2017/07/20(木) 20:55:03


※海砂利編の補完みたいな話を思いついたので投下してみる

※内容には関係ないけど別板での酉かぶりに動揺を隠せない


「黒ってそんなにしつこいんですか?」
「上田は石拾ってまだ3日やから知らんねん、西尾なんて黒の奴らに追っかけ回される
 ストレスで5キロも痩せてもたんやで!!」

嵯峨根さんは「かわいそうになあ」と相方の背中を叩く。

「えっ、見た目は全然変化ありませんけど」
「ほんまか?よかったあ〜!!」

大げさにホッとする西尾さん。普通は怒る所じゃねえのか?
しかし、痩せた西尾さんか。どんな感じやろか。あ、心の声に西尾さんが伝染った。

そんな事をボーッと考えているうちに、楽屋の前に到着。

「来たで、お前が唯一輝ける場所に!」
「……お前は言うたらあかんことを言うた」
「えっ」

冗談のつもりで見事に地雷を踏んだ西尾さんを、嵯峨根さんが睨みつける。
嵯峨根さんは楽屋だとめちゃくちゃ面白い。楽屋では。
(大事なことなので二回言いました)

「すまん!すまんかった!」
必死に謝る西尾さんに背を向けて、嵯峨根さんはドアノブをひねった。

「……ん?」

嵯峨根さんは首をひねって「あかんわ」と振り返る。

「どないした?」
「中でなんか引っかかっとるみたいやねん、手伝ってや」

西尾さんは「だらしないなお前」と文句を言いながらもドアノブに手をかける。
次の瞬間、西尾さんは「ひいっ!?」と腰を抜かした。
ドアを塞いでいたのは、人だった。それも、よく知っている。

「……はら、だ……さん?」

呆然と立ち尽くす俺の横で、我に返った嵯峨根さんが中へ入った。

中は酷いありさまだった。窓ガラスは割れてるし、カーテンも裂けている。
頭から血を流して倒れる原田さんと、壊れたテーブルの間に座りこんだ男。

「おい、松本!しっかりせえ!何があったんや!」

嵯峨根さんに揺さぶられて、松本がやっと目の焦点を合わせる。

「……あ、嵯峨根さん」

そこで初めて気がついた、というような口ぶりだった。

「あの、ちゃうんです。殺してやろうとか、あ、着がえまだやった。
 そんなの思てへんのに、ほんまに、俺はそんな、すいません」

いつも加賀谷の手綱を引いているこいつが、ここまで混乱しているのを見るのは初めてだった。
松本はあいまいな笑顔を浮かべて、支離滅裂な言葉を並べる。

「ちゃうんです、原田さんがいきなり、あ、黒に来いって、危ない思て、
 トイレ行きたい、あの、ワンちゃんがおらんから、手ぇ痛い、原田さん、
 角で頭打って、せやから、寒い、エアコン効きすぎや、あの」
「上田、ダーンス4に回復系が1人おったやろ。呼んでくるわ」

西尾さんはそう言って、楽屋を出る。あそこはたしか、リーダーの北条が能力使用の許可を出す決まりだった。

「俺はっ……とっさに、原田さんを蹴ってもたんです、でも、元はといえば、原田さんが」
「もう分かったから、落ち着けよ」
「原田さんが!!ここにさえ来んかったら!!」

大声に、嵯峨根さんが一瞬ひるんだ。

「お……お、れは……悪く、な……」

松本はボロボロと涙をこぼしながら、震える手で嵯峨根さんにしがみつく。

「お前は悪くねえ。……悪くねえよ」

その言葉は、血の匂いがまざる空気に空しく溶けた。


□ □ □ □ □

942鳥頭 ◆.4U5FmAuIw:2017/07/20(木) 20:55:38

「最近、キックさんの蹴りが甘いんですよ。たるんでます!」と、
加賀谷は相談していた。……ネタ合わせ(という名のパンツレスリング)をしている男同志に。

いやいや、人選としては妥当だろうが、シリアスな話にその見た目はねえだろ。
同じ大部屋にいる奴ら全員、笑いをこらえてすげえ顔になってるぞ。

「あの格闘で9割出来上がってるような松本が?重症だな……」
重症なのはその格好で真面目にアドバイスできるコンタさんだ。
「恋の悩み……かもな」
江頭さん、居眠りしている松本の尻を見ながら言うのはやめてやってくれ。

「まあ、冗談はさておき……ちょっとここじゃアレだな。加賀谷、出よう」
「ひうっ!?」
いきなり立ち上がった江頭さんのせいで、どこかこすれたらしいコンタさんが変な声を出した。
どうでもいいけど外に出るんだから服は着ていってくださいよ。

(しかし、松本がなあ……原田さんを傷つけたのがよほど苦しいのか)

原田さんは一切あのことに触れない。ダーンス4の誰かさんのおかげで
キャブラーの何人かは知るところとなったが、
暗黙の了解でこの1か月は何事もなかったかのように過ぎていた。

「ちょっと、トイレ」

俺はこっそりと大部屋を出て、休憩所で話す加賀谷と江頭さんの声を盗み聞きする。

「……そんなことが……僕、相方なのに何も……知りませんでした」
「あいつはそれだけ、お前を大事に想っているってことなんだ。
 加賀谷。お前はいつもあいつの後をついて歩いてるけどな、たまにはその立派な背中で
 あいつを守ってやってもいいんだぞ」
「僕が……キックさんを?」
「それがコンビってもんだろ。じゃあ加賀谷!お前がやるべきこと、言ってみろ!」
「キックさんをなでなでしてあげます!あと、お弁当のおやつ分けてあげます!」
「よーし、いいアイデアだ!」

……どこがだよ。

俺は頭を抱えたくなった。まあでも、加賀谷も元気になったみたいだし、江頭さんって
やっぱりすごいんだな。……ちゃんと服着てたらもっとかっこいいシーンだったのに。


□ □ □ □ □

943鳥頭 ◆.4U5FmAuIw:2017/07/20(木) 20:56:19
□ □ □ □ □


「だからさ、特訓付き合ってくれよ。焼肉もおごるし、それに」

有田が一生懸命に頼んでいるのに、じょうろを持った松本は「知らんわ、勝手にやれ」と背中を向けた。

「お前も特訓すりゃいいだろ、松本」
俺の言葉にぴた、と松本の動きが止まる。
「そのカルセドニー、使いこなせりゃお前にとってもいいだろ。違うか?」
「……せやけど、ワンちゃんが」
「いつもそうだよな、お前。ワンちゃんが、ワンちゃんがって、加賀谷を言い訳に使って。
 お前の本当の気持ちなんか、聞けた試しがねえよ」

「キックさんをいじめないでください!!」
下を向いて黙ってしまった松本の前に、加賀谷が飛び出した。
「僕ッ……僕も、特訓します!!」
「ワンちゃん!?」
「思いっ切り強くなって、上田さんなんか小指で倒せるぐらいになってやります!
 だから、キックさんは……」
顔を上げた加賀谷は、しっかりと相方を見つめて言った。

「僕を使ってください!もうそれこそボロ雑巾みたいに!」
「いやいや、それはあかんやろ!」
「いーえ!キックさんはすぐに頭に血が上るから、ダメです!格闘禁止!
 僕をしっかり操れるようになってもらわないと!」

一歩も譲らない加賀谷に、とうとう松本は「分かった、やったるわ!」と半ばヤケクソで折れた。
海砂利水魚と松本ハウスの奇妙な同盟は、こんな風な調子で始まった。

944鳥頭 ◆.4U5FmAuIw:2017/07/20(木) 20:56:50

男同志とダーンス4は合体技が強そう
海砂利編はIFも思いついたけどそろそろスレが終わりそうだし
どうしようかな…

945鳥頭 ◆.4U5FmAuIw:2017/07/21(金) 19:26:16

……おい。

おいおいおいおい。ありえねーだろ、いやホント。

「俺、この特訓が終わったら結婚するんだ!」

わざわざ死亡フラグを立ててから突っこんだ有田が、一瞬で宙を舞った。
俺が知っている限り、松本が能力を使うのも今回が初めてだったはずなんだけど。
なに?能力者にも才能ってあんの?ずるくねえ?

「くっそ、もう1回だ!今度こそ「待て、もうげん……か……」

カルセドニーがふっと沈黙する。同時に、松本の体はドサッと地面に倒れこんだ。
10分の間に有田が何回やられたか考えて、俺は(こいつらは敵に回したくねえ)と背筋を寒くする。

そういえば特訓でも、勝てた試しはほとんどなかった。
だが、有田を転がすたびに松本はちょっと嬉しそうな顔になる。
元気になっていくのを見るのは、悪い気はしなかった。


□ □ □ □ □ 


あの一年のことは、再び石と巡り合った今は鮮明に覚えている。

ある日。


「助けて松本!ヘルプ、ヘルプー!!」

ケータイを耳に当てて走る俺の体を、ゴオッと炎がかすめた。
「おい上田、レスキューまだ……あっちぃ!?」
後ろ向きに走りながら石で出した消火器(中身は水)で対抗する有田が叫ぶ。

15分後。やってきたレスキュー(松本ハウス)は「次はない」と何回目か分からない
台詞を吐いたが、次の日、また呼び出したのは言うまでもない。


そしてまたある日。


「西尾はそっち持て、俺たちが上げとくから、その間にスマイリーは有田の体引っぱれ」
「行くで、いっせーの……「いだだだ!痛い痛い痛い!」おいバカ、早いっちゅーねん!」
「す、すみません、でもせーのって言いましたよね?」
「いっせーの、せや!こんな時にボケるな!「どうでもいいから早く助けて!!」

状況を説明しよう。

有田が「メジャー行かなくてもこの石で座布団なんか出せるぜ!」と調子こく

必ずどこか違うものが出てくるのを忘れてた

巨大な鉄製の座布団が出てきて潰される

X-GUNとスマイリーが救出作戦←今ココ!


「頼む松本!加賀谷のパワーなら一発だ、有田を助けてくれ!」
「おいやめろ、対価の支払いしとったら、俺ら収録出られへんて!」
「俺らが何とかする!一生のお願いだ!!」
「一生のお願い何回目や!ええかげんにせえ!!」

松本は怒鳴りながらも、有田を引っぱり出してくれた。
その後、対価で倒れた二人を見て救急車を呼ぼうとするスタッフと俺の攻防は言うまでもない。

そして一年目。どこか遠い所で白と黒の闘いを眺めていた、遊びのような日々が終わった。


□ □ □ □ □

946鳥頭 ◆.4U5FmAuIw:2017/07/21(金) 19:27:45

あの頃、俺が人のために能力を使おうとしたのは、その一回きりだった。

「……松本、ちょっといいか?」

カメラが止まったのを見計らって声をかけた。加賀谷はさりげなく相方の前に立って守ろうとする。
こうして見ると二人ともガタイがいい。おまけに石との同調率も高い。黒ユニットが欲しがるのも
分かる気はする。この二か月で考えた。まずはこいつを『変える』必要がある。

「アンタッチャブルと合同ライブやろうって話出たんだけどよ、お前らも来ねえか?」
「なんや、そっちか……てっきり石がらみの方や思たやんけ」

俺は心の中で山崎に「わりい」と謝った。もちろん、そんな話は出ていない。
白に協力的なアンタッチャブルの名前を出したおかげで、松本の警戒も解けた。

「収録終わるまでにはスケジュール確認しとくわ」
「んじゃ、待ってるぜ」

心の中で(かかった!)と思っていた俺は、この会話を成子坂の村田さんが聞いていたことにも、
村田さんが嵯峨根さんに耳打ちしていたことにも気づいていなかった。


■ ■ ■ ■ ■


方解石の持つ能力は、記憶操作。
ただし、相手の記憶を消去するたびに、等価交換として自分の記憶も消える。
リスキーな石に思えるだろうが、消せる『記憶の量』が多ければいいわけだ。
HDDで例えるなら、容量をいっぱいにしてやればいい。そうすれば。

「上田。今聞いてきたんやけど、スケジュールは空いて」

ゴチンッ!

俺は松本の頭をつかんで、自分の額をぶつけた。

「いって!……おい上田、お前何し」

松本の脳が『ドクンッ』と大きく脈打つ。瞳孔が開く。体から力が抜けて、手足はだらんと垂れ下がった。
ポケットの方解石が青く光って、俺たちの体を包む。俺は目を閉じて、意識を集中させる。

(ここが、松本の脳内か……)

気がつくと、扉がいくつも浮かぶ真っ暗な空間にいる。何回か繰り返すうちに分かってきたが、
人は『辛い記憶』には無意識で鍵をかける。松本も例外じゃなかったらしく、扉の中に一つだけ、
南京錠と鎖で封印された扉があった。

(あれが原田さんを傷つけた記憶か……普通はそっとしとくんだろうけど、
 俺は"邪悪なお兄さん"だかんな。一気に行かせてもらうぜ)

封印された扉に手のひらを向けると、扉は小さくなって、俺の手の中に消えた。

(さて、これで終わり……あ?)

まずい。どんどん扉が吸いこまれていく。
まさか、俺は失敗したのか?いや、違う。これは、

(やべえ、いきなりトラウマを消しちまったもんだから
 松本の記憶が制御を失っちまったんだ!
 このままじゃ……)

そこで、俺の意識は強引に引き戻された。

947名無しさん:2017/07/21(金) 21:39:56
投下乙です。
男同志とかダーンス4とか懐かしいキャブラーが次々と登場しててわくわくします。
江頭さんカッコいい。
あと、キックさんの石ってカルセドニーじゃなくてカーネリアンでは?

948名無しさん:2017/07/21(金) 22:11:16
>>947 

ああああ後から気づいた...orz

949名無しさん:2017/07/21(金) 22:17:53
と、思ったけどカルセドニーで正解のようです。
男同志は白側、ダーンス4は北条さんがしっかり
メンバーまとめて白側というスタンスで書いてます。

950名無しさん:2017/07/22(土) 09:01:10
>>949

あああまたミスった、カーネリアンで正解と書こうとしたら...

この二組はあくまで中立のつもりです。白側だけど。

951境界原理のフラクタル ◆.4U5FmAuIw:2017/07/22(土) 13:47:59

「おーい松本―!どこやー!!」

ゴミ箱を覗きこんで叫ぶ西尾に、ツッコむべきかどうかしばらく迷った。
成子坂の村田さんに上田の嘘を教えられとったんに、松本を見失ってもたのは俺のポカや。

(ホンマ、俺ってなんでこうなんやろ……)

頭を抱えたくなる。ネタでも収録でも小さな失敗ばかりで。それがいつか大きな綻びになって
しまうのではないかと、輝いている毎日の中でふと思う。

ヒマそうな奴に片っ端から声をかけて探してもらっているが、見つからん。
俺の不安が限界値まで上がった所でやっと、「いたぞー!」と江頭さんが叫んだ。

あわてて声のした方へ行く。
非常階段の角を曲がった所で、松本が倒れているのを男同志の二人が揺すっていた。

「あの、「まずはこいつを運ぶのが先だ!上田は後でいい!」

俺の言わんとしていることを察した江頭さんが、先回りして松本を背負う。
とりあえず大部屋へ運んで、寝かせた所で俺はやっと「なんかおかしい」と気づいた。

「……キックさん?」

加賀谷がおそるおそる名前を呼ぶ。しばらくあって、「あー」と無邪気な声で返事があった。
手足をぎこちなく動かして、なんとか体を起こした松本が、じっとこっちを見る。

「な、何急に気持ち悪いモノマネしとんねん」
西尾が手を伸ばすと、「ふえっ」と口が開いた。あ、なんか嫌な予感。

「ふぎゃあああーーー!!」

泣きじゃくる松本を囲んで、俺たちは呆然と立ち尽くすしかなかった。


■ ■ ■ ■ ■

952境界原理のフラクタル ◆.4U5FmAuIw:2017/07/22(土) 13:48:33


「……失敗した」

俺の呟きに、有田は組んでいた腕を解いて「どこまで覚えてんだ?」と聞いてきた。
「正直、今までの記憶操作の所為で大学に入るまでの記憶はほとんどねえ」
ふらついた頭をおさえて答える。

「たとえば、飯の食い方、ネタの作り方、仕事で会うスタッフの顔、生きるのに必要な
 記憶は後回しにされる。一回見た映画、昨日の天気、使わねえ英単語。
 こういう"あってもなくてもいい記憶"から消えて行くって寸法だ。
 ただ、俺以外の人間には"いらねえ記憶"なんてねえんだよ」

階段から立ち上がって、服のホコリを払う。

「松本の自我を制御するのに使われていたのが、原田さんを傷つけた記憶だったんだ……
 格闘で九割出来上がってるようなあいつに、知り合いを殺しかけた事実は深い傷として残った」

話しながら、あの日の混乱して暴れる松本を思い出す。
嵯峨根さんと俺の二人がかりでなんとか押さえていた。

「だから、俺たちとの特訓にも付き合ったし、助けを呼べば来た。あいつの行動原理に
 その罪悪感が深く、関わってたんだ」
「それで、松本の記憶は今どうなっちまったんだ?」
「俺が侵入したせいでコントロールを失って、多分……深層心理の深い所に沈んじまったんだ。
 原田さんとの記憶以外に手はつけてねえ。もう一回あいつの脳内に跳べば、元に戻してやる
 ことは可能なはずだ」
「できんのか?」

単純な問い。わざとではないが、それを説明してもさらに面倒くさいことになるのは分かる。
「……どうしたもんか」
考える俺の横に、黒い影が伸びる。それを辿っていくと、見慣れた顔がいた。

「いっそ、利用してしまったらどうですか?」
土田は俺のそばに腰を下ろして「松本さんの記憶を、身代金にするんですよ」と恐ろしい案を出す。
「いや、身代金……って、お前」
「記憶を返してほしければ、一日動くな……とか。白に協力的な芸人の名前を教えろ、とか。
 法に触れない範囲でも五つは思いつきますね」
「俺はそろそろお前が怖えよ」
「ここらへんで点数を稼いでおかないと、そろそろまずいんじゃないですか」

たしかに。
素直に返したところで、俺がドジったというだけの記録しか残らない。
だったら、ここで賭けに出てみるか。

「分かった、やってみる」
「何を?」

ぽかんとしている有田に、俺はぶん殴りたくなる衝動を覚えた。お前、今の話聞いてたか?

「X-GUNをおびき出すんだよ。白の切り込み隊長、ズッタズタにしてやるぜ」

953境界原理のフラクタル ◆.4U5FmAuIw:2017/08/01(火) 17:11:44


西尾はケータイを耳に当てたまま、固まった。

上田の指示に従って屋上まで来たが、そこで見たのは相方が倒れている姿。
「あ……」
驚きの声を上げる前に、上田が話し出した。

「西尾さん、石拾った時どう思いました?」

質問の意図が分からない。

「どう……って」
「俺は思いましたよ。こんなすげえ石、一回拾ったら手放せねえなあって。
 誰だって超能力には憧れる。空を飛んでみたいし、時間旅行もしてみたい。
 それが強すぎると黒になる」

こんな話は聞いていられない。早く相方を助けよう。
そう思って一歩踏み出した西尾は、ハッと何かに気がついて止まった。

「お前ら……」

怒りに両手が震える。嵯峨根の腕が、両方ともへし折れてあらぬ方向を向いていた。
気を失っているのがせめてもの救いだが、自分が来るまでどんな目に合っていたのか、
考えるだけではらわたが煮えくり返る。

「こんな事しても、無駄やで」
「へえ、相方のこんな姿見ても、まだ冷静に喋れるんですか」
有田が挑発する。それにも、西尾は乗らない。この太い体は心も強くしていると、
自分で信じているからだ。

「すごいですよね、西尾さんは。怒りにまかせて俺たちをどうにかしようとか、
 絶対考えない。だって白のユニットだから。正しい事しかしちゃいけないから。
 俺たちを傷つけたら、その時点で西尾さんは"悪い奴"になっちまう」
「何を……」
「西尾さんは結局、それが怖いんでしょ?」

上田の言葉が、理解できない。立ち尽くしたままの西尾に、上田がさらに言葉をぶつける。

「白のユニットなんてものを作ったのもそう。悪いことできないけど、
 だけど石の力に魅力を感じる、そんな小心者の西尾さんはぁ……
 その矛盾をごまかしたくてしょうがない。
 自分は正しい事をしている、それを、力を使う言い訳にしている」

否定したかった。なのに、西尾の口は動かない。

954境界原理のフラクタル ◆.4U5FmAuIw:2017/08/01(火) 17:12:22
「結局、西尾さんは、そのちっぽけなプライドが一番大事なんですよ。
 本音は、白のユニットにもバラバラなままでいてほしい。
 白に共感した奴らを引っぱって戦うなんて、そんな器じゃない」
「そんな……」
「どっちつかずなまま、白のリーダー気取ってる。その状態が一番楽なんだ。
 黒に抵抗する奴らが、自分のふがいなさを責めないから、西尾さんは
 内心ホッとしてたんじゃないですか?」
「そんなこと、あるわけないやろ!勝手な憶測で話すな!」
「だったら、なんで嵯峨根さんをほっとくんですか?」

まだ床に転がったままの嵯峨根を指さして、上田が言う。

「俺たちなんか簡単に倒せる力があるのに。それで相方を助け起こしてやらない。
 たった一つ、自分を許してくれる大義名分を失うのが怖いから」
「ちゃう……俺は、ほんまに……」

何も言い返せない西尾の前で、有田は嵯峨根の首に手をかける。
ぎり、と力がこもって、嵯峨根が苦しそうに眉をよせた瞬間。

「やめろぉぉぉ!!!」

涙と共に、西尾の絶叫が響いた。


□ □ □ □ □ □


静かな大部屋。扉を開いてみると、寝かされた松本が
無邪気な笑みでごろんっと寝返りを打つ所だった。
世話をしていた芸人たちが収録で出て行ったので、部屋にはこいつ一人だ。

近づく足音にも、起きる気配はない。
俺は眠る松本の上にかがみこんで、額にかかった髪をどけてやる。
のんきな寝顔してやがんな、有田にバッシングさせてやるか。

「お前があんまり辛そうだからよ……丸ごと記憶を消しちまえば、
 楽になれるかと思ったんだよ。まあ、半分だけだけどな。
 お前の中から罪悪感を消して、黒に染めちまおうってのも、まあ、あった」

俺は言葉を切って、少しずつ自分の顔を近づけていく。

「お前はこんな結果、望まねえんだろうな。……物騒な能力だからよ。
 誰かのために使おうなんて、多分今回だけだ。だから、人助けと思って、
 俺のエゴに付き合ってくれ」
額を合わせて、目を閉じる。俺たちの体を、青い光が包みこんだ。

955境界原理のフラクタル ◆.4U5FmAuIw:2017/08/01(火) 17:13:12

「西尾か?……ああ、ここにおるけど。なんや、さっきまで泣いとってな。
 話にならんかったわ。えっ?ああ、海砂利と会ってたらしいけど。
 白のリーダーやる資格がないとか、なんとか」
大部屋の村田からの電話を受けている桶田は、「ちょっと待て」と10円玉を追加する。

「平気やって。嵯峨根?あ、ひどいケガやったけど、桜井がな。あ?
 ダーンス4やダーンス4。半拍遅れの。そうそう、右端でオチ言うとる、
 おもろい顔のあいつや。その桜井がな、治してくれる言うねんけど、北条がおらんから」

また10円玉を入れて、桶田はちらっとボックスの外で頭を抱える西尾を見る。

「せやから……おう、そういう事や。北条見かけたら頼むわ。
 嵯峨根はまだ眠らしとくわ。うん。……ほな、またあとで」
受話器を置いて、桶田はボックスを出る。
これが相方の村田なら、優しくなぐさめる所だったが。

「動かんデブはただのデブや。下りるか、戦うか、はっきりせえ」
厳しい言葉だけを吐き捨てて、桶田はさっさと大部屋へ帰っていった。


一週間後――。


「加賀谷、これどないした?」

顔の傷を目ざとく見つけた村田さんは「ちょお、待ち」と持ち前の
世話焼きを発揮して絆創膏を貼ってやる。

「なあ松本、お前こいつにどんな事させとんねん」
聞いた村田さんの声には、わずかな怒りが見える。
「しゃあないやないですか。誰かさんが俺に石を使わすから……」
答えた松本は、それっきり加賀谷も視界から外してネタ作りに戻る。
まだ何か言いたげな村田さんを、加賀谷は「いいんです」と止めた。

俺はその光景をじっと見ていた。
松本の中で何かが確実に変化している。それがどう転ぶかはまだ分からない。

ただ一つ言えるのは、罪の意識から解放された松本は、
また別のものに囚われたということだった。


【終】

956境界原理のフラクタル ◆.4U5FmAuIw:2017/08/01(火) 17:13:44
一旦終わりです
補完というにはいろいろハンパですみません

957名無しさん:2019/11/15(金) 01:11:32
こんな時期にチュート関連のものを投稿するなんてどうかしてるぜという話ですが、空気を読まずに投稿。
Last Saturdayで、吉田氏ならギリギリ意識を保っているのでは?と思い、書きました。徳井氏がトイレに立っている間の話です。
ブラマヨの能力を考えた方の『石がなんなのか分からず、人助け的に戦っている』という設定が微かに登場します。
山も落ちもない稚拙な文章です。


◇ ◇ ◇


(何をしとんねん、自分……)

酒の席ならではの盛り上がりを余所に、彼――吉田敬は自らの言動を咎めた。
自分たちが持つ不思議な石の事は誰にも言わないでおこうと小杉と決めたのに。それを徳井の前で露呈してしまった。
テーブルへ両肘を突き、頭を抱えるようにこめかみへ手を伸ばす。すると、徳井の石を未だ握っている事に気が付いた。手をさげ、拳を見下ろす。

掌の中の石は、自分が持つべきでない物。一刻も早く返したい。しかし、徳井は席を立ったきりだ。この果実に似た石を、預けたまま――。
拳を眺めてから数秒後、彼は忌々しげに目を細めた。

(クソッ、いつまで持っとんねん俺)

同期が使っていた割り箸の側へ、果実ことプリナイトを置いた。即座に手を引き、果実から顔を背ける。この石は今の吉田にとっては眩しく、あまり目に入れたくない物だった。
何故、高揚に任せて徳井の石を見たいなどと口走ったのだろう。石を他人へ見せる事がどれほど危険かは戦いの中で学んでいる筈なのに。
徳井には悪い事をした。

思えばこの一週間、妙に気が引き締まらない。物憂げにぼーっとし、何度も名を呼ばれてから我に返る――そんな場面を幾度と繰り返した。肉体が自分のものではないような、気味の悪い感覚。判断力が鈍った、とも言える。
しかし今日、息を潜め続けた感情が一気に爆ぜた。何が起爆剤となったのか、吉田自身にも分からない。
ただ、今は夢から醒めたような心持ちだった。苦悩こそしているが。悪夢から解き放たれた気分にある。徳井がトイレへ立つ前までのテンションとは違い、妙に冷静だった。
やはり何かがおかしい。身も、心も。

958名無しさん:2019/11/15(金) 01:12:33
なんだか考えれば考えるほど沼にはまって行く感覚になる。こんな時はタバコでも吸おう。
気分を変える為に彼は、少し離れた所にある灰皿を引き寄せようと手を伸ばした。その時だった――。
横から別の手が伸びて来て吉田の手首を唐突に掴んだ。突然の出来事に体をビクリと震わせて横を見上げると、そこには小杉が立っていた。
なんだ小杉か、と空気が抜けるように息を一つ吐く。

「タバコ吸い過ぎやっていつも言うてるやろ?」
「うっさいわ、お前俺のおかんか。って、お前福田と飲んでたんちゃうん?」

小杉の手を振り解きながら尋ねる。

「ああ、飽きたからこっちに来たんや」
「飽きたって……」

そう言いつつも吉田は助かったと思った。福田には悪いが、今は徳井の石から意識を遠くに置きたかった。小杉が話し相手になってくれるなら最良だ。

「すまん、小杉……俺、石のこと徳井に話してもうた」

これは報告しておくべきだろうと考え、正直に打ち明ける。

「うん、俺もやで」

若干縮こまって話した吉田とは対象的に、小杉は平然と大っぴらに言ってのけた。それが当然であるかのように。

「お前も?」

やはり自分は――いや、自分たちはなにかがおかしい。

「なんか、ここ一週間の俺ら変やないか……?」

正直な思いが口を突いて出る。それを聞いた小杉の目にほの暗く鈍い光が宿った事に吉田は気づかなかった。

「変やないで、むしろ嬉しいくらいや。……それより」

その瞬間、小杉の声が一段低くなる、

「お前、自分のやるべき事分かってるか?」

なにを言われているのか分からず、きょとんとして『なにが?』としか返せない。
そんな吉田に小杉は眉間に皺を寄せ深い溜め息を吐き、徳井の石の方を一瞥した。

「……ほんなら思い出させたるわ」

そう言う小杉の声は地を這うように低かった。そこで気づく、こいつは自分の知っている小杉ではない、と。
それでも吉田は哀れにも思い過ごしであってくれと願い『どないしたんや? 体調悪いんか』と精一杯取り繕った。情けない話だがその声は震えていた。
小杉はその問いに答えず、無言でドロマイトをはめた方の手を吉田の首元へ伸ばし始める。
『避けろ!』と自分の石が叫んだような気がした。しかし出来なかった。小杉の手が目の前に迫った時、吉田は見てしまった。小杉の石に渦巻く、くすんだ濁りを。
それに気を取られた時にはもう遅かった。小杉の手が吉田の首元へ到達すると、チョーカーに付いたアクアオーラを握り込んだ。

その瞬間、二人の石と彼らに仕込まれた黒い欠片が共鳴し、吉田の最後に残った正常な意識を呑み込んだ。
先ほどまでの悩みも苦悩も、全て黒く塗り潰された。全部が悪夢の中へ帰って行く。
頭を支配するのは一つだけだった。
“石を、奪う”
ただそれだけだ。

「思い出したか?」

小杉が暗く淀んだ声で訊く。
吉田は同じ声色と光を失くした虚ろな目で答える。

「ああ……お陰でな」

そして先ほどまで眩しく思い見るのも嫌だった徳井の石へ目を向けると、それを手に取る。

「まずは一つ、やな」

小杉にプリナイトを渡し、歪んだ笑みを浮かべた。
こうして、悩める一人の男は黒き闇へと堕ちて行った。悩みは晴れた訳ではなく、大いなる黒き力に呑み込まれる形で消えた。
もう一つの石も手に入れるべく、彼らは行動を起こす。自分たちを操る者へ捧げる為に。

戦いが始まるまで、もうまもなく――。

959名無しさん:2019/11/15(金) 01:14:54
以上です。お目汚し失礼しました。


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