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天台本覚思想について
1
:
バックアップ
:2002/02/19(火) 20:14
1 名前: 管理者 投稿日: 2002/02/17(日) 22:08
依法不依人さんから、スレッドテーマとして『天台本覚思想』の提案がありましたので、立ち上げます。日蓮聖人との関わりはをはじめ、幅広く議論が展開される事を期待致します。
52
:
一講員
:2002/02/22(金) 08:52
無徳さん
独歩さん
どうなったかな、って、期待していたのに、お開きは残念。まっ、仕方ないか。色々難しいですね。
53
:
一講員
:2002/02/22(金) 08:55
独歩さん
問答迷人さん
前、やって見えたように、この件、続きを、御書の検索なんかを使って、判りやすく議論して貰えないかなぁ。お願いしときます。
54
:
独歩
:2002/02/22(金) 12:24
一講員さん:
了解しました。ただ、実はこれまでも形こそ、いろいろなスレッドで顔を出しているところですが、少しやってみましょうか。問答名人さんと相談し、また、Libraさんなどのご意見も聞きながら、検索用語をまず決めて行おうと思います。少しお待ちください。
55
:
問答迷人
:2002/02/22(金) 14:35
一講員さん
了解です。独歩さんと御相談してみます。少し時間を下さい。
56
:
いちりん
:2002/02/23(土) 13:08
本覚思想のことを問題にする意義は、わたしはこう思います。
富士門流(日蓮正宗、創価学会)においては、「戒壇の本尊」「日興血脈」が独特な立場である。そして、教義的な中核は、「日蓮本仏論」といえるかもしれない。
「日蓮本仏論」=「戒壇の本尊」であり、それを正しく継承してきたのが、「日興さん以来の大石寺の法主」であると。
「日蓮を本仏である」ととらえるのは、「本因妙抄」「百六箇抄」「御義口伝」などの血脈口伝文書である。
そして、ダイレクトに日蓮本仏とはいわないけれども、日蓮本仏の土壌を為すものとして、御遺文では「諸法実相抄」「生死一大事血脈抄」あるいは「阿仏房御書」「日女御前御返事」などがだろうか。
問題なのは、これらの口伝書や御遺文は、ほとんどが「偽書」あるいは「真偽未決」とものであるということ。完全な真筆のみで研究していくと、日蓮本仏という思想は出てこない可能性もある。
もしかしたら、日蓮さんの滅後、誰かが日蓮本仏という思想でもって、創作したかもしれない。だから、それらの偽書を真筆としてとらえ、日蓮本仏こそ日蓮さんの教えの中核と信ずるのは、もしかして日蓮さんの教えを冒涜することになるかもしれない。
●
これら偽書あるいは真偽未決書は、たぶんに「天台本覚思想」の影響を受けている。なかには、もろに「本覚思想」みたいなものもある。
だから、日蓮さんの滅後に、「天台本覚思想」を学んだ人が、日蓮本仏論を創作していったのではなかろうか。創作というと語弊があるが、日蓮本仏こそが主旨である。それが真実であるととらえた人がいた。そして、それが富士門流の思想の基軸になっていった。
だから、「天台本覚思想」と日蓮思想を比べて、その異同を確認していくことは、日蓮さんのほんとうに言いたかったことを知るために意義のあることである。
57
:
独歩
:2002/02/23(土) 13:23
いちりんさん:
> 56
まったく仰るとおりであろうかと存じます。
そういう試みが、この掲示板の基本的なコンセプトであると、私は問答名人さんに賛同しているわけです。
けれど、私もかつてそうだったのですが、反対されることに我慢ができない、理屈も証拠も要らない批判するものは許さない、いわば憎悪による衝動が絶対信仰の根底にはプログラミングされているのですよね。これが障害になって進むものも進まず、進んでもまた元に戻ってしまう。
私は戻るのは面倒だと思うわけですが、問答名人さんはじっくりと粘り強い、いちりんさんは飄々としているし、やはり、こんなところも学ぶべきところであろうと思っています。
58
:
独歩
:2002/02/23(土) 14:20
さて、50に提示した
> (1) まず、確実な資料(真蹟)のなかに、その影響部分を探る。たとえば本覚語の語彙を拾ってみる。思想影響を拾ってみる。
ということの本覚語を拾うところからはじめたいと思いますが、実は、では何をもって、いわゆる本覚語とするのか?というのは、案外、困難な作業ということになります。
というのは、たとえば田村芳朗師の言を籍りれば、大乗起信論、また修善寺決すら、偽書というわけで、実際のところ、基礎とすべき、本覚思想の文献の真偽問題と大きく関わるからです。
そのようなわけで、なかなかの難題ではあるのですが、試みに「本覚」、また「無作」という二つの語で調べてみました。
聖人の御妙判(御書)と言われて来たものは平成新編の掲載では501。内訳は真蹟(含曽存)257、真偽未決244となっています。ほぼ5割が未決書ということになります。
【本覚】 真蹟:未決=0:96
【無作】 真蹟:未決=1:75
となっています。この対比を見て、どのようにお感じになられるかはロムの方の判断に任せますが、私は、もはや、これだけでも一目瞭然ではないのかと思うところがあります。ただし、聖人が本覚思想に触れていないのかと言っているわけではありません。聖人はご自身の確信によって言葉と教えを選ばれたという考えを支持しているわけです。
なお、無作三身、三身即一身・一身即三身は、ともに真蹟0:未決3で、本因妙は真蹟0:未決27となっています。
日蓮聖人といえば南無妙法蓮華経というように、教えはその語彙に現れるものでしょう。上述の対比は何を意味するのでしょうか。
59
:
独歩
:2002/02/23(土) 14:24
58の訂正
うっかりしました。逆に記述してしまいました。
誤)【本覚】 真蹟:未決=0:96
【無作】 真蹟:未決=1:75
正)【無作】 真蹟:未決=0:96
【本覚】 真蹟:未決=1:75
60
:
独歩
:2002/02/23(土) 17:20
○田村芳朗師の見解について
すでに議論を降りてしまった無徳さんは、先に
> 日蓮大聖人が天台本覚論の影響を受けたことの根拠を私の能力の許す限り述べてみたい
と言って田村芳朗師の言を引用したわけです。(
http://kamakura.cool.ne.jp/gomoyama/keijiban/tubuyaki.htm
)しかしながら、私の認識として、同師が聖人の本覚思想の影響を語っていたという点に違和感がありました。そこで浅井円道師とともに筆を取った『天台本覚思想』(日本思想体系・岩波書店)を再読してみました。その結果、以下のような記述がありました。
日蓮(1232―1281)であるが、かれは40歳ごろまで本覚思想の絶対的一元論にのっとって、もっぱら法然の念仏の相対的な二元論を批判した。しかし、40歳以降は、流罪などの法難が契機となって、次第に現実対決的となり、歴史変革的あるいは社会変革的な原論を打ちだすにいたる。佐渡流罪から身延退隠にかけては、来世浄土を説くようにもなる。したがって、そこでは天台本覚思想を捨てたということができる。しかし、それにもかかわらず、根底的、哲理的には本覚思想と同類の論を維持したといえるのであって、たとえば主要書の『観心本尊抄』(52歳、真蹟)に「我等が己心の釈尊」「我等が己心の菩薩」「今本時の娑婆世界は三災を離れ、四劫を出たる常住の浄土なり。仏既に過去にも滅せず、未来にも生ぜず、所化以て同体なり。これ即ち己心の三千具足、三種の世間なり」(日本思想体系『日蓮』146頁)などと説くところである。なお、日蓮滅後、門下たちは関東天台(田舎恵心)を学び、そこで習得した天台本覚思想に基づいて日蓮遺文を“偽作”するにいたった。その結果、“日蓮遺文の真偽考証が重要な問題になった”が、それはそれとして、日蓮教団が天台本覚思想のほうへ傾斜したということは、注意に値することがらといえよう。(548頁)
この言に基づけば、天台本覚思想(絶対的一元論)→天台本覚論廃捨→固有の本覚思想に類した思想 という思想系譜が聖人に認められると言うわけです。
私個人としては、引用の本尊抄の聖人の遺文は、むしろ、三妙合論と観法から出される当然の帰結、いわば天台の遡源に基づいた本覚論の脱却であるとすら感じるのであって、本覚的であるとは言い難いと思うのは既に述べてきたところです。
なお、重要な点は、聖人が40歳以前に影響を受け捨て去ったという本覚論と、聖人滅後に門下が習得し“偽書”を生成していった本覚論は、いわば別種であるという点です。この点は早坂鳳城師も指摘されていることを記述したとおりですが、いわゆる中古天台本覚恵心流口伝法門の流用について問題にしてきたわけです。
いみじくも田村師は「日蓮遺文の真偽考証が重要な問題になった」と指摘していることは大いにに頷けるところです。
61
:
板東
:2002/02/23(土) 19:17
独歩さん
すごいよなあ,本覚と無作の数の対比.未決なんていうけど,こんな単語があるのは偽書かね,やっぱり.
このまえ,オレ,島地大等の名前を出したんだけれど,この人,天台本覚思想と,なんか関係あったよね.
62
:
板東
:2002/02/23(土) 19:21
おっと,読み飛ばしていた,なに,
>大乗起信論、また修善寺決すら、偽書
だって,ほんと! こりゃまた,へえ!
63
:
無徳
:2002/02/23(土) 19:42
(長文です)
板東さん今晩は、
レスが遅くなり失礼しました。
>だいたい,天台本覚思想ってなに?
>第一,なんで日蓮大聖人がそんなものの影響を受けたなんて言わなきゃいけない
>わけ?来月で立宗750年だよ.そんなときに大聖人が天台の本覚思想の亜流だ
>とか,止揚した継承者だと言いたいわけなのかな?
>無徳さんの見解を教えてくださいよ.
とのことですが 、『天台本覚思想』とは何か?にお答えすることは至難なことで
あるいわざるを得ません。
何故かならば、<天台本覚思想>なる言説規範や<天台本覚論>なる論理カテゴ
リーが何時成立したかは、はっきりしたことが判りません。たぶん近・現代のこと
と思われます。
ですから、日蓮御坊や興師のご在世の鎌倉時代には明確な本覚思想として意識化
されていたわけではありません。
ただ、『大乗起信論』は『摂大乗論』や『中論』と共に中国や日本においては天台
宗系ばかりでなく、華厳宗や真言宗さらには法相宗といった、あらゆる大乗仏教の
宗派の人々の間で広く読まれ大変大きな影響を与えていたことは間違いありません。
『大乗起信論』は二世紀頃インドの有名な仏教詩人とも言われた馬鳴の作と言わ
れていますが、はっきりしたことは判っていません。中国に渡った真諦が5〜6世
紀頃に訳出したとされています。(ただし、インドにおける後期大乗仏教にはあま
り大きな影響を与えていないことからインド成立に疑義がもたれています)
本覚や始覚さらには随縁真如や不変真如といった、我々にとってなじみの概念が
この『大乗起信論』にあります。また、体大・相大・用大と言う概念がありそれぞ
れを法身・報身・応身の三身論として配する説もあるが、平川彰氏はこの三大を三
身と同義とすることには疑義を投げかけています。
日蓮御坊も<観心本尊抄>や<報恩抄>でこの『大乗起信論』を引用されていま
す。この『大乗起信論』がいわゆる<如来蔵思想>の原点とされ、後の<本覚思想>
に多大な影響を及ぼしているわけです。
つまり、『大乗起信論』――『如来蔵思想』――『天台本覚論』一つの水脈のように
切っても切れない関係と言えます。
この水脈に流れる<如来蔵>なる概念は、あらゆる衆生に仏性(自性清浄心)が
本来的に備わっていることを意味しているとされています。
この仏性(自性清浄心)があらゆる衆生に本来的に備わっている、つまり、あら
ゆる衆生の永遠の相の下に備わっているとも解釈されるため、袴谷憲昭氏や松本史
郎氏がそれでは仏教における根本思想である<縁起>や<空>なる思想と相容れな
いとして<『如来蔵思想』や『本覚思想』は仏教にあらず>といった私から見れば
極論とも言うべき批判を展開しているわけです。
しかし、前出の平川彰氏は『如来蔵と大乗起信論』(平川彰編―春秋社)の中で、
われわれ凡夫には<如来蔵>(自性清浄心)なるものを把握することは困難であり、
いくら<如来蔵>や<本覚>なる言葉を知ってもその実態を知ることはできないだ
けでなく、単に自己の心を反省してみても、心のどこにも<如来蔵>や<本覚>を
見い出すことはできないとして『勝鬘経』の
「自性清浄心は了知すべきこと難し。彼の心が煩悩のために染せられるも、亦た了
知すべきこと難し、此の如きの二法は、汝と及び大法を成就せる菩薩摩訶薩のみ、
乃ち能く聴受す。諸の余の声聞は唯だ仏語を信ずるのみ」
また、『大智度論』の中の有名な
「仏法の大海は信を能入となし、智を能度と為す。是の如く、若し人、心中に信清
浄有れば、是の人は能く仏法に入る。若し信無ければ、是の人は仏法に入ること能
わず。」
の文をひいて、仏教では信じることが最重要で「信」を通路にしてのみ、<如来
蔵>の教えに進入する路が開けるとしています。
また、日蓮御坊も『日女御前御返事』の中で
「此の御本尊も只信心の二字にをさまれり以信得入とは是なり」
また、『一生成仏抄』では
「深く信心を発して日夜朝暮に又懈らず磨くべし何様にしてか磨くべき只南無
妙法蓮華経と唱えたてまつるを是をみがくとは云うなり。」
と<信心>の重要性をお説きになっています。
上記のことを鑑みて恐れずにいえば『如来蔵』とは南無妙法蓮華経のこととさ
え言えるように思います。ただし、『如来蔵思想』や『本覚思想』をそのまま受
け入れたのではなく止揚した上で受容なされたものと確信します。 無徳
64
:
板東
:2002/02/23(土) 19:54
無徳さん
ちょっと,上の説明,わからないのだけれど,
> 心のどこにも<如来蔵>や<本覚>を見い出すことはできない
ので,信によるばかりで,如来蔵,本覚も見出せないんだったら,本覚思想なんて成り立ちようがないんじゃないの?
65
:
板東
:2002/02/23(土) 19:57
その批判仏教に対する批判したいことは,わかるんだけれど,では,本覚思想はというと,説明は至難というじゃ,どうもぜんぜんわからないな.
63に書かれていることは,ストレートに読めば,批判仏教もだめ,本覚思想もだめ,あるのは信じることのみ.信じるものは救われるという,説明にしかなっていないんだよね.
66
:
板東
:2002/02/23(土) 20:00
まあ,要は無徳さんは,説明できないけど,そう思っていると,こいうわけなんだな.
67
:
無徳
:2002/02/23(土) 20:22
板東さんどうもです、
そのとおりですよ。信じる以外仏教の真理などありよう無いと思っています。
日蓮御坊の様々な教説もひたすら御本尊を信じること説かれているのです。
つまり、仏教思想を説かれているのではなく信仰論を説かれているのです。
無徳
68
:
板東
:2002/02/23(土) 20:35
無徳さん
ほんと,そう言い切ってしまってよいわけ?
じゃあ,行学も要らないことになるよな.
悪いけど,自分の等身大でしかモノ見てないような気がするけれどね.
そうなりゃ,こんなところで議論する必要も,ロムもレスも無駄なことなんじゃないの,無徳さんにとって?
69
:
無徳
:2002/02/23(土) 20:44
そう言い切っても良いですよ!
行学も「信」の為にあると思っています。
自分の等身大以上には考えが及びません。
>そうなりゃ,こんなところで議論する必要も,ロムもレスも無駄なことなんじゃ
>ないの,無徳さんにとって?
そんなことは、貴方にいわれる筋合いじゃありません。 無徳
70
:
板東
:2002/02/23(土) 20:52
なんだ,すぐ怒るんだ.まあ説明できないこと,聞かれるのは人間,いやなもんだよな.
上に
>日蓮御坊や興師のご在世の鎌倉時代には明確な本覚思想として意識化されていたわけではありません。
と,こう書いているけれど,しかし,そうなると大聖人に天台本覚思想の影響があったとか,止揚したとかいうのは,本覚思想が意識されてないのに,どうやって,影響や,止揚があるのかな?
71
:
板東
:2002/02/23(土) 20:54
まあ,信じるしかないと(笑)
72
:
無徳
:2002/02/23(土) 21:58
板東さんどうもです、
ちっとも怒ってなんかいませんですよ
>>日蓮御坊や興師のご在世の鎌倉時代には明確な本覚思想として意識化されてい
>>たわけではありません。
>と,こう書いているけれど,しかし,そうなると大聖人に天台本覚思想の影響があ
>ったとか,止揚したとかいうのは,本覚思想が意識されてないのに,どうやって,
>影響や,止揚があるのかな?
あいや!鋭い突っ込み(だじたじ)
<明確な本覚思想として意識化>というのは
><天台本覚思想>なる言説規範や<天台本覚論>なる論理カテゴリーが何時成立し
>たかは、はっきりしたことが判りません。たぶん近・現代のことと思われます。
を前提にして申し上げたのです。
つまり、言語規範や論理カテゴリーとしては明確化されはいなかったという意味合
いなのです。 無徳
73
:
独歩
:2002/02/24(日) 07:33
坂東さん:
> 島地大等…天台本覚思想…関係
ええ、仰るとおりです。
最初に天台本覚思想に注意を喚起し、研究に着手したのは島地大等師でした。
明治39年(1906)9月に「本覚門の信仰」を講演、大正8年(1919)東大講師になって、いちばん最初の講義題目が「日本仏教本覚思想の概説」、さらに門下の硲慈弘師の『日本仏教の展開とその基調』の下巻、副題「中古日本天台の研究」で衆目を引きつけるところになったというのが大方の一致した見解です。
なお、島地師以降の“天台本覚思想”という現代的な表現はなかったにせよ、鎌倉初期には『註本覚讃』『本覚讃釈』が認められるので、すでに本覚門などの字句をもって浸透していったと見ることはできると思います。
聖人自体は当時のひとつの流行思想となりつつあった中古天台に対して、上古天台への復興を意識していたのだろうと私は思います。それは、たとえば上古天台が戒定慧の実習を必須にするのに、それを対向する特徴を中古天台はもつわけです。ところが興師が順師に伝えたするところによれば、
戒壇本尊妙法の五字は面は三にして其の躰一なるか、虚空不動戒・虚空不動定・虚空不動慧・三学倶伝名て妙法と曰う
と言い、三つの法門(三大秘法)を戒定慧の三学に配するわけです。これは上古天台に、むしろ忠実であろうとした聖人の有り様を伝えるところであろうかと思います。
なお、「本覚」は、『大乗起信論』にはじめて見出されます。しかし、その後、華厳哲学の影響を経、さらに密教、ことに空海の多大な影響を受けて、成立していくのが中古天台なのであってここで言われる「本覚」を、大乗起信論における本覚と同義と見ることは短絡です。
聖人は慈覚已来の真言化した天台の、復興を唱えたわけです。私は、その意義の中に、既に中古天台より、上古天台への復帰の意図があった見なすべきであると考えます。
また、聖人が「如来蔵」という語彙を使われるのは真蹟中では一ヶ所しか確認できません。本尊抄の
馬鳴菩薩の起信論に云はく「“如来蔵”の中に清浄の功徳のみ有り」
しかし、これは「此を以て之を思ふに、爾前の諸経は実事なり実語なり」という天台の権実判を批判する側の言として引用されるところです。これはまた、章安の『観心論疏』の
もし定んで、一念の心に万法を具含するをこれ如来蔵と謂ふ者は、即ち迦毘羅外道の因中にまづ果ありと計するに同ず
と相通じるのであって、慧思作とされる『大乗止観法門』に既にたしかに如来蔵の語彙を見出されるけれども、しかし、中古天台で如来蔵とはまた、その意図するところはまったく違っているわけです。
単に語彙が一緒であるから、その意味するところも一緒であると考えることは短絡であるという点を踏まえておく必要があろうかと思います。
74
:
いちりん
:2002/02/24(日) 13:28
本覚思想というのは、ようするに「もともと悟(覚)っている」ということなんでしょう。
人間とは、もともと悟っているのである。ただ、それが煩悩でおおわれている。鏡が本来は輝いているのに、曇っている。だから、磨けばもともとの輝く鏡になるよ、と。
輝く鏡になるためには、やはり発心して修行しなくてはならない。
しかし、この「もともと」が、やがて「そのまま」になっていく。
「もともと悟っている」→「そのまま悟っている」と。
そのまま悟っているならば、ラクちんでいいいですね。比叡山の天台本覚思想は、ここまで行ってしまいますね。
だから、道元さんは、「そのまま悟っているのなら、どうして修行をする必要があるのだろうか?」という問題意識から、出発するわけです。
そうして「悟るために修行するのではない。修行そのものが悟りなのである」という「修証一如」という境地になりました。
日蓮さんは、「地獄は地獄のまま、餓鬼は餓鬼のまま、そのままの姿が妙法蓮華経である」という表現を使うこともありますね。あるいは「苦を苦とさとり、楽を楽とひらき」と。
地獄を仏にするのではない、苦を楽にするのではない。地獄は地獄のまま、苦は苦のまま、それが本来の姿である。そのままであることにおいて、それが救いになる道がある。それこそが「諸法実相」であるという方向も示しています。
この延長にあるのが「凡夫尊極」ですね。「仏になる必要はない。凡夫が凡夫のままで、それが仏である。いやむしろ、凡夫こそが本であり、仏は迹である」と。さらには「凡夫本仏」と。
まあ、これらは偽書っぽいとこけですが。これらの展開は、本覚思想の流れにあるものだと言えるかと思います。
親鸞さんにおいては、「すでにして衆生は救われている。例外なく、救われている。すべてこれ、如来の本願によって救われているのである。だから、念仏をもうすというのは、修行絵のためではなく、救われていることを感謝する報恩の念仏である」と。
これもまた、本覚思想の徹底したものと思いますね。
75
:
いちりん
:2002/02/24(日) 13:37
島地大等について。。
宮沢賢治は、療養中に、島地大等の「漢訳妙法蓮華経」を読みます。賢治が、二十歳のころのようです。(大正三年)
そのとき、ただ歓喜し、ぶるぶると感動で身体が震えたと書いています。
「南無妙法蓮華経といちど叫ぶときには、世界と我と共に不可思議の光りに包まれるのです。ああ、その光りは、どんな光りか私は知りません」(大正七年)
そして、37歳の9月21日、亡くなるときに遺言として、こう述べたと言われています。
「国訳妙法蓮華経全品を約一千部を出版し、知己の方にお贈りいただきたい。校正は北向氏、表紙は赤色。その後記に『私の全生涯の仕事は、この経典をあなたのお手許にお届けして、その仏意に触れて、無上道に入られること』であったという意味を記して欲しい。後は、また起きて書きます」
この原本となったが、島地大等編『漢和対照妙法蓮華経』といわれています。
この『漢和対照妙法蓮華経』を読みますと、おもしろいのは「観世無音菩薩普門品」には、次のような偈か添付されています。おそらくもともと『法華経』にあったといわれているから、つけたのだと思いますが。ちょっと抜粋してみます。
……
西方の清浄土は 安養にして極楽の国なり
弥陀は彼の土に住し 調御調夫尊なり
彼の土には女人なくして 不浄の法を見ず
仏子今往生して 乃ち蓮華蔵に入る
彼の無量光仏は 浄妙の蓮華台の
獅子座にありて白光を放ちて 沙羅樹王の如し
……
もしもこの偈がほんとうに『法華経』にあったら、日蓮さんも念仏批判もやりづらかったかもしれませんですね。
76
:
ealy
:2002/02/24(日) 13:51
これは、禅の話です。
ある坊さんが、なにやら一所懸命に瓦を磨いている。
ある人が、「おーい、そこでなにやってんだ」と聞く。
「瓦を磨いて鏡にするんだ」と、その坊さんはこたえる。
「なにをバカなことを。瓦をいくら磨いたって、鏡になんかなるものか」と、その男はせせら笑う。
すると坊さんは、こういった。
「瓦を磨いて鏡にならないとしたら、修行して仏になどなれるものか」
まあ、わたしなりに解釈するところでは──。
がんばって修行して仏になろうとするのは、瓦を磨いて鏡にするようなものである。そういう無駄なことをしている。達成できないことを達成しようとして、あがいているのである。
瓦は瓦のままで、まっとうしている。鏡は鏡のままで、まっとうしている。
本来の、もともとのものをあらわすことによって、それがじつに、仏ということである。
「あらわす」というよりも、「そのものになりきる」「そのものである」こと。
そのまま、あるがままになりきれないから、人は苦しむ。
自分でないものになろうとして、それで苦しむ。
この「あるがまま」が、本覚であり、諸法実相である。
しかし、「あるがままである」ためには、「あるがまままでない」ものを、あれやこれやとやってみないとわからない。いろいろ無駄なことをやってみて、「ああやはり自分は自分でいいんだ」と、気づく。
77
:
いちりん
:2002/02/24(日) 13:52
すいません。↑は、わたしです。
ひらがな入力なのに、名前をローマ字で打ち込んでしまいました。
78
:
独歩
:2002/02/24(日) 14:56
いちりんさん:
いつもながら、ご説明はわかりやすいですね。敬服します。
賢治が法華経を読んだのは20歳の時でしたか、私は17歳だったと思っていました。さして重要な点ではありませんが(笑)
法華経の表紙を赤としたのは経巻の習いでしょうか。赤い軸に黄色い紙というのが在り方でしたっけ?
観世無音菩薩普門品の偈、梵本直訳(岩本本・岩波文庫)ですと、これに該当する文書がありました。
西方に、幸福の鉱脈である汚れないスカーヴァティ(極楽)世界がある。
そこに、いま、アミターバ(阿弥陀)仏は人間の御者として住む。
そして、ここに女性が生まれることはなく、性交の習慣は全くない。
汚れない仏の実子たちはそこに自然に生まれて、蓮華の胎内に坐る。
かのアミターバ仏は、汚れない心地よい蓮華の胎内にて、
獅子座に腰をおろして、
シャーラ王(ヒンドゥ教のウィシュヌ神)のように輝く。(269頁)
後世では、都合が悪いので、削除しちゃったんでしょうか?
観無量寿経なんかを見ても虚空会説法であったり、もともとは法華経の原形と浄土教は一つであったか、かなり近しい関係であったのが分かれていったのでしょうか。そういえば、法華経の安楽行品の「安楽」は元来、スカーヴァティーの漢訳語として使われていた語でした。
それにしても、本覚は中国を経由して、儒家の無為自然で解釈されてしまい、本来の意味を失っていたように思えます。まあ、神仏習合以前は、もちろん、儒仏一体、格義仏教という通過点もあったわけですから致し方ありませんが。
もし「ありのまま」でよいのであれば、法華経で盛んになされている記別(授記)なんてタームは生じようがなかったのだと思うのです。それだけに本覚思想は魅惑的であると言えるのかもしれません。
79
:
いちりん
:2002/02/25(月) 11:23
独歩さん
『法華経』に説かれる行法、そして功徳というものは、さまざまにありすぎてわかりにくいですね。
まあ、「二乗作仏」が『法華経』のひとつの大きなポイントですが、声聞という釈迦の直弟子たちが成仏するのは、遥か未来世にわたりえんえんと修行を続けていくことが前提ですね。いわゆる「歴劫修行」。
かと思えば、「提婆達多品」では、「即身成仏」が説かれているというし。まあ、即身じゃなくて、龍女は男子に変化してから菩薩道を歩んで成仏と書いてあるし。
あるいは「一念信解」「随喜功徳」ともいうし。
不軽菩薩の「但行礼拝」もあるし。
日蓮さんは、どこをポイントにしたかというと、たぶん「如来寿量品」の「一心欲見仏、不自惜身命」でありましょうか。
「一心に仏を見る心を一にして仏を見る一心を見れば仏なり」(義浄房御書)と。
まあ、「御義口伝」では、「日蓮が己心の仏界を、此の文によって顕はすなり。寿量品の事の一念三千の三大秘法を成就せる事、此の経文なり」と。
一心に仏を見る。心を一にして仏を見る。その心こそが仏である。
「一心に仏を見る心」それをさらに一にして、さらにまた仏を見る。その心が仏である。
ダイレクトに、仏につながる心。
もう、どおーーんと直接、仏に出会ってしまう。
すると、「常在霊鷲山」「常住此説法」「霊山一会厳然未散」。
それか、仏界であり、成仏である、と。
80
:
問答迷人
:2002/02/25(月) 14:58
いちりんさん
この、義浄房御書、真蹟がない上、内容的に、「三大秘法」という成句が含まれているので、後世の作、との疑いを掛けられている御書だと思います。この点、如何でしょうか。
81
:
いちりん
:2002/02/25(月) 15:39
問答迷人さん
そうですね。わたしも、この御遺文は、偽書だなあと思っています。
「宝塔さながら阿仏房」の「阿仏房御書」やら、「この御本尊まったく他所に求むることなかれ」の「日女御前御返事」とか、「生死一大事血脈抄」とか「諸法実相抄」。そして、「御義口伝」と。
わたしには、いいなあという御遺文のかなりものが、偽書に近いものなんですね。
まあ、「御講義聞書」あたりはほとんどパワーがないので、いわゆる程度の低い偽書。
「十八円満抄」とか「三世諸仏総勘文抄」とか「百六箇抄」あたりは、いかにも天台チックで、これは固くてエネルギーは通っていない感じですよね。「当体儀抄」も偽書っぽいですね。「三大秘法抄」は作為がありありですよね。
ただ、「生死一大事血脈抄」「諸法実相抄」「御義口伝」この三つは、偽書であっても、その透明感、躍動感、あふれるようなエネルギーとでもいいましょうか。すばらしい傑作と思いますね。
まあ、わたしの場合には、偽書でもなんでも構わなくて、エネルギーが滞ってなくて、我執がなくて、躍動的なものがいいなあと。
富士門流って、偽書でもなんでも、とってもいい御遺文を創作してきたと思うのですが、いかんせん、「板曼荼羅」と「日蓮本仏論」を持ち上げてしまうので、そこでなんとも意固地なものになってしまったように思います。
なんといいましょうか、「法華宗観心派」とか、「法華宗本覚派」みたいなものに惹かれますね。
82
:
問答迷人
:2002/02/25(月) 16:08
いちりんさん
>まあ、わたしの場合には、偽書でもなんでも構わなくて、エネルギーが滞ってなくて、我執がなくて、躍動的なものがいいなあと。
なるほど。後世の創作でも、大乗仏典の様に、すばらしい内容のものは、仏陀の金口ではないにしても、価値がある。同様、富士門の偽書も、特別な意図を持って創作されたものや、天台の焼き直しのようなものは別として、『エネルギーが滞ってなくて、我執がなくて、躍動的なもの』に対して、そこに価値を見ておられるわけですね。私も、「生死一大事血脈抄」「諸法実相抄」「御義口伝」は、偽書であってもすばらしいものだと思います。それに、今まで、信仰の糧にしてきましたから、捨て難い物を感じています。極めて、優れた偽書、とでも言いましょうか。
83
:
独歩
:2002/02/25(月) 16:18
いちりんさん:
> 『法華経』に説かれる行法、そして功徳というものは、さまざまにありすぎてわかりにくいですね
おっしゃるとおりですね。それで、聖人がなにを探求されたのか、と、こうなってくると思うのです。
いちりんさんが引かれているのは、問答名人さんも指摘されたように本覚思想に基づいて偽作されたものかもしれません。まあ、それはそれとして、私は聖人は本覚から始覚へ戻ろうとされたのだと思うのです。
当時の天台宗が、天台大師の考えと違うのではないのかと気づかれた。そこから探求がはじまったのだろうと思うわけです。
ただ、聖人のあとの人々、特に富士門はさらに凝縮された本覚思想に傾倒した、もっと言えば、本覚思想以上に魅力的な、日蓮を基盤にする新本覚思想を構築して行った、そんな歴史があるのではないのかと思います。
たしかに、そのなかでも、とりわけ、「生死一大事血脈抄」「諸法実相抄」「御義口伝」は“出来”がよい。それ相当の境地に至った人が構築していったのであろうと思います。この魅力というか、魅惑的な力はたしかに否定しがたいものがあると思うのです。
しかし、私は聖人の教えと言うのは本覚張りの神秘性であるとかそういうものから、より現実に迫ろうとしたものであったろうと考えています。しかし、その反面、後生に釈尊に見える、浄土に行くなどという、まったく逆の側面を見せながら、中途で力尽きて亡くなられた、そんな気がしています。
ただ、いずれにしても、ここでその優劣を論じると言うより、明確になっていない聖人の祖意、あるいは興師以降の展開を明確に見極め、それから、答えを出してもよいのではないか、そんな思いでいまは考えつづけています。
84
:
いちりん
:2002/02/25(月) 16:22
>「百六箇抄」あたりは、いかにも天台チック
゜
というのは語弊がありました。
「本因妙抄」あたりは、天台チックでしょうか。
「百六箇抄」は、天台本覚チックと。
いや、それも難しいですが。いずれにしても、日蓮さんの心とはかなりの隔たりを感じますし、我執が強いなあと思いますね。
87
:
天の声
:2002/12/30(月) 03:18
本覚、如来蔵、例の男の悪影響で、それを否定することが、チンキだと思っているものが、Web上を支配して、あたかも
仏教正統派のふりをしているが、大乗から本覚をとったら、何が残るのか。
いますぐに、裸になって、はだしで広野に出、こじきするがいい。
そうすれば、堂々とほんかくもにょらいなん,とかも否定していいだろう。
なんとも、あの男はおかしなお琴だ。
88
:
ケン
:2003/02/26(水) 08:48
つい最近、このサイトを知りました。
佐藤弘夫「偽書の精神史」(講談社選書メチエ)をパラパラ読んだ後、
「日蓮」&「偽書」で検索したらリストアップされたので。
そこで、質問があります。ご存知の方がいれば教えてください。
創価学会首脳(あるいは、戸田さん又は池田さん、もしくは教学部と
言い換えてもいいのですが)が、日蓮本仏論を支える遺文類が
後世の創作であろうと考えるようになったのは何時ごろと思われるか
という点です。
ボクが創価学会の活動をしていた昭和40年代前半当時は、
経典成立のことさえ、議題にできない雰囲気がありました。
現在は、多少変化しているのでしょうか。
89
:
みかん</b><font color=#FF0000>(z8VoUpnM)</font><b>
:2003/02/26(水) 12:41
えーとご存じかどうか知りませんが、佐藤弘夫氏は創価学会員です。ですが、創価学会教学部とは一線を画した立場だと思います。
> 創価学会首脳(あるいは、戸田さん又は池田さん、もしくは教学部と
> 言い換えてもいいのですが)が、日蓮本仏論を支える遺文類が
> 後世の創作であろうと考えるようになったのは
ちょっとわかりかねます。創価学会教学部は、●●という御書は疑書であるということは公式には認めていないのではないでしょうか。知っているとは思いますが、教団運営上都合の良い遺文は、真書扱いにしていると思います。
経典成立についての創価学会の見解は、『大聖人の仏法史観 仏滅年代をめぐって』(創価学会副教学部長 森中理晃 1998年6月18日「聖教新聞」)、『仏教入門 上・下』(大白蓮華編集部編 2001年 第三文明社)154頁-の「『大乗非仏説論』の問題点」参照。
佐藤弘夫、小林精博らの創価学会員の学者のグループは、ここ数年の著書(第三文明社刊)では、板漫荼羅、二箇相承、日蓮本仏論については言及しないようにしているので、このグループがそれらを偽物であると考えていることがわかります。また、第三文明社から刊行されていることから、創価学会本部が黙認していることがわかります。しかし、一部の創価学会員の学者がそう主張することと、教学部がそう方針を採るということはまったく別のことす。
著書とは具体的には、『日蓮大聖人の思想と生涯』(佐藤弘夫・小林正博・小島信泰著 第三文明社 1997)、『日蓮大聖人の生涯を歩く』(著者は同じ三名 第三文明社 1999年)、『日蓮の真実』(小林正博 第三文明社 2003年)です。
佐藤弘夫は、東北大学助教授・日本思想史学専攻、小林正博は東洋哲学研究所研究員・創価大学非常勤講師・日本仏教史・御書文献学専攻、小島信泰は創価大学助教授・東洋哲学研究所委嘱研究員・日本法政史専攻。
ただし、同じ3名に松岡雄茂(日蓮正宗改革同盟僧侶)、宮川美法(東洋哲学研究所研究員)の2名を加えた5名が編纂した『日蓮大聖人年譜』(日蓮大聖人年譜編集委員会編 第三文明社 2000年)には板漫荼羅と二箇相承に関する記述があります。念のため。
90
:
みかん</b><font color=#FF0000>(z8VoUpnM)</font><b>
:2003/02/26(水) 13:23
戸田さんは知らなかったかもしれませんね。
池田氏は知っていると思いますけど。
まったくの推測ですが。
91
:
ケン
:2003/02/27(木) 22:59
丁寧な解説、有難うございます。お礼が遅くなって申し訳ありません。
創価学会員と聞いて、「ああ、なるほど」という感想を持ちました。
ボクは、25年間ほど前から、創価学会系の出版物は1点も読んでいませんし、
読もうと思ったこともありません(ほかのグループのものもほとんど
読んでいません)が、佐藤弘夫さんなどが、第三文明社から、この種の
本を出しているのなら、教えて頂いた本は、1,2点は読んでみようかな
と思いました。
なお、創価学会の今後あるいは現在の教義などについて
知りたいことがあるのですが、どこのサイトへ行けばよいでしょうか。
92
:
ジャンノレン
:2003/04/19(土) 13:33
こんな掲示板探しました。本覚法門だけでなく、ちょっと新たな展開かも。
http://8555.teacup.com/taketora/bbs
名前はふざけてるが、色々おもしろい。
93
:
ジャージルーカス
:2003/04/19(土) 23:56
上の掲示板は、下記に移ったようですよ。
http://6119.teacup.com/nekotazemi/bbs
確かに「修禅寺相伝」等興味深いものが出てますね。
94
:
ガンコ
:2003/04/20(日) 13:01
拝見いたしました。
なんだかすごい内容です。ほとんど理解できない。
絵文字がとっても素敵でしたのに、途中からなくなってしまったのが残念。
ジョンノレンとかジャンノレンとかジャンレノンとか、名前もわけがわからない。
95
:
愚鈍凡夫
:2003/05/02(金) 12:10
カキコが止まっている隙に失礼して私見を少し。
インド仏教は、バラモン教の一子相伝思想などを取り込んで密教化することによって結果的にヒンズー教に吸収され、衰退への道を辿ったのではないでしょうか。
そして、中国では唐武宗の会昌5年(845)に起こった『会昌の法難』によって他の外来宗教と共に迫害され、その後衰退していったのではありませんか。
釈迦牟尼によって破折された梵我一如(宇宙生命論)、サンサーラ(輪廻思想)は、カルマ(業)と共に、次第に仏教(主に密教)に取り込まれ、そして、それらは如来蔵思想と共に中国・日本仏教に多大な影響を与えてきたと思います。
釈迦牟尼の仏法は、バラモン教によって宇宙に向けられていた意識を、人間の己心へと方向転換した、画期的な現実志向の幸福論ではなかったかと思います。
究極の幸福感である成仏を獲得する方法とは如何なるものか。これが仏法のテーマなのではないでしょうか。
96
:
アンタッチャブル
:2003/05/04(日) 00:19
こんなところも人気サイトでっせ。
http://www5c.biglobe.ne.jp/~lotus/
98
:
波木井坊竜尊@日蓮宗葵講
:2007/09/18(火) 10:21:54
法華経から如来蔵思想を取り除いたら何か残るか、だな、
99
:
臨時
:2007/09/18(火) 19:55:28
波木井坊竜尊氏よあっちこっちに詰まらない事を書きなぐるのは辞めなさい、
如来蔵思想なり本覚思想を本格的論じてみなさい。
100
:
波木井坊竜尊@日蓮宗葵講
:2007/09/19(水) 05:46:54
そんなものはお祖様にはなんの関係もないことですよ。
正宗系の妄想につまらん時間などとられたくありません。
101
:
ラセード
:2007/09/19(水) 09:11:40
じゃここに書き込むんじゃない、議論をする気もないなら。
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