[
板情報
|
カテゴリランキング
]
したらばTOP
■掲示板に戻る■
全部
1-100
最新50
|
メール
|
1-
101-
この機能を使うにはJavaScriptを有効にしてください
|
『おにくげ』について教えてください。
1
:
管理者
:2002/03/08(金) 14:57
ここから、このスレッドの過去レスを見る事が出来ます。
http://kamakura.cool.ne.jp/gomoyama/keijiban/oninuge.htm
提案文を以下に掲載します。
「おにくげ」って何でしょう?。日蓮の歯だと聞いたんですがそんなも
のがあるんですか?。
http://buddhajones.com/Articles/ToothInterview.html
↑ここに「おにくげにインタビュー」という冗談記事が載ってまして
(このWebは他にも踊る曼荼羅ムービーとかあってかなりクールです)
気になって調べたんですが、かろうじて・・・
http://www.nichirenshoshu.or.jp/eng/basics/ceremony.html
↑日蓮正宗Webの行事解説ページにその名前をみつけましたが、なぜか
この名前が出てくるのは英語版のみで、日本語版記事には該当する文言
がみつかりません。
ここは博識な皆様がお揃いのようですので、どうか愚迷な凡夫に智恵の
光明をお授け下さいますように。合掌。
皆さんのご意見をお願い致します。
68
:
愚鈍凡夫
:2005/03/11(金) 00:33:10
横レス失礼します。
つぶやきしろさん、残念です。
まぁ、信じる者は救われるの世界もいいですが、歴代法主がどう考えたかではなく、蓮祖がどう考えたかという発想も心の隅に置いていても罰は当たらないと思います。
大石寺信徒さんもそうでしたが、実りある投稿を期待してROMしていたのですが、残念でした。ご自身の信仰を大切にして下さい。
但し、他人の信仰には干渉なさらないようにお願いします。
それで、あの「御生骨」が蓮祖自身の物であるというのは、物証の世界ではなく、信仰の世界の問題なのでしょうか。
69
:
犀角独歩
:2005/03/11(金) 08:42:49
68 愚鈍凡夫さん:
「ある状況でメンバーがどう考えるかを支配する。カルトの決まり文句または『詰め込み言語』は、また、信者と外部の人々の 間に見えない壁をつくる。詰め込み言語は、メンバーたちが自分を特別だと感じるのを助け、彼ら を一般大衆から引き離す。詰め込み言語はまた、メンバーが何のことを話しているのか理解したいと思っている新参者を混乱させ、真理を『理解』するためには自分はひたすらもっと勉強しなけれ ばいけないのだと思わせるのに役だつ。実際は、詰め込み言語を身につけることで、彼らはいかに【考えない】かを学ぶにすぎない。彼らは、理解するとは信じることだということを学ぶ」(『マインド・コントロールの恐怖』(恒友出版 P118)
というハッサン師の分析は、この集団がカルトというわけでもなくても、石山信徒にも当てはまるところでしょう。
彼らは「御法主上人の仰せのまま」と、人間の最も崇高な精神作用、「自分で考えること」を放棄するように操作されています。
ここでは、自分の考え、なおさらのこと、自分たち以外の人間の考えることを、何も考えることなく「悪」「間違っている」と決め付けています。
「もしだれかが絶対主義的あるいは全体主義的な真理観を持つと、彼にとっては、その光を見ていない人、つまりその真理を受け入れていない人は、ある意味で闇の中にいるのであり、悪と結合しており、汚れており、存在する権利を持たない。ここには『存在』と『無』という二分法が働いている。正当な存在は邪魔するものは押しのけられ、あるいは滅ぼさなければならない。存在する権利がない第二の部類に入れられた者は、心理的に内面の死滅または崩壊というすさまじい恐怖を経験する。しかし逆に受け入れられた場合には、自己をエリートの仲間と感じる大きな満足感がある」(同P377)
とは、リフトン師が言った「存在の配分」をさらに説明したものですが、実に明快なものであると思います。
まさに、ここ一連のやり取りは、このようは存在の配分に陥った者と、自由思考を取り戻した側とのやり取りであったわけでしょう。そこで、どちらが「正常」であるの基準は、われわれは科学・社会一般に求めますが、彼らの判断は一人石山の独りよがりの勝手な主張にあるわけですから、ここでは交わるところがありません。
わたしたちが、ここで、一体、何が真実かを議論し・論究していても、そんな文章はまるで目に入らないし、理解できないでしょう。彼らにとって、できることはただ一つ。自分たちの信仰が正しい、故にそれに異論を述べることは「悪」であるという判断のみです。我々は自分たちが正しいことを証明するために、数々の挙証を示し、その説明を加えます。しかし、相手は、「正しい」ことは与えられて動かないものとなっているし、それがまた、何故正しいかはわからないままにただ「信じることが正しい」と操作されているだけですから、何も答えることはできないわけです。できるのは外部は「悪」と操作された心理作用・憎悪することでしょう。
投稿された文章を読めば即断できるように、当初から悪と決め付けて、書き出しています。このような状態をハッサン師は「思考停止」と呼んだわけでしょう。信者は、常にこのように操作されていますから、「蓮祖がどう考えたか」という答えは自分たち考え出すことを放棄させられています。「どのように考えるのか」という解釈を与えられ、それを疑いなく信じることが正しい訓練されています。換言すれば、自分で考えることを、放棄するように操作されている以上、愚鈍凡夫さんの慈愛に満ちた進言は、残念ながら、意味を持たないかもしれません。
70
:
愚鈍凡夫
:2005/03/11(金) 13:48:54
犀角独歩さん、レス有り難うございます。
小生は、日蓮の名を冠する宗教であれば、宗祖の言葉こそ歴代法主の「釈」よりも優先されるべきだし、そこに立ち返ることが日蓮教団統一の第一歩であるように思います。
71
:
犀角独歩
:2005/03/11(金) 13:59:45
70 愚鈍凡夫さん:
> 日蓮の名…宗祖の言葉こそ歴代法主の「釈」よりも優先…日蓮教団統一の第一歩
ご意見に賛同します。
また、「統一」と言う言葉でも同義であろうと思いますが、蓮師が逝去に際し、もはや、筆も持てない、花押すら書くことのできない衰弱のなかで最期の渾身の力を絞って、定めた六人の弟子が、その遺言の通り一つなる第一歩なのであろうと、わたし拝します。
72
:
愚鈍凡夫
:2005/03/11(金) 15:34:13
犀角独歩さん、ご賛同頂き有り難うございます。
ところで、
一般信徒が例の「お肉牙(御正骨)」を拝観できる可能性が最も高いのは、「御虫払い法要」の時ですよね。「御虫払い法要」の記録で残っている最古のものは、第14世日主師の時代(1573(天正1)8月19日)だそうですが、そもそも、この時代に「お肉牙」は存在したのでしょうか。
というのは、日量師が「富士大石寺明細誌(宝冊)」を著したのが1823(文政6)年5月ですから日主師の「御虫払い法要」との間に250年の開きがあるわけです。大石寺の「お肉牙」初出の文献が宝冊だとすると、これは何を意味するのかと考えたりします。
ひょっとしたら、昭門に伝わる伝説のパクリだったなんてこともアリえるのかも知れませんね。
「お肉牙」・・・・・。やっぱ、日蓮正宗って「密教」かな・・・・・!? ( ̄Д ̄;;
大石寺の「御虫払い法要」が今の毎年4月の定例行事となったのは大正時代からとのことですが、そもそも「お肉牙」が一般信徒に公開されるようになったのは、いつ頃からなんでしょうね。
御虫払い法要
http://homepage2.nifty.com/honshoji/activities/omushibarai/omushibarai.htm
73
:
愚鈍凡夫
:2005/03/11(金) 16:01:54
訂正
誤→御正骨
正→御生骨
です、悪しからず。 m(_ _)m
ところで、1956(昭和31)年1月31日の本部幹部会にて戸田さんが、
「このお肉は、しだいにふえて、歯を包んでいる。私が最初に拝んだ時は六百五十年遠忌の時であります。その時には、このくらい、マッチ棒の先ぐらい、お歯が出ていたが、他の部分はほとんど包んでいた。次の機会には私は行かれず、先代の牧口先生が行かれたが『まだ包まってはいないが、上のほうにイボのようなものが出ていたよ』と言われた。ところが、七百年祭の時、拝んだが、歯はすっかり包まっていたのです。ただ、裏のほうの歯が見えていた。裏はまだ包まれていなかった。今度はどうなったかわかりませんが、これがですね、ガラスの中に入れてあり、それを金で作った宝塔の中に入れ、それをまた箱の中に入れ、それを、もう一つの箱の中に入れ、長びつの中に入れてある。なにも御飯などあげるわけではないのですが……。たしかに生きている。まことに不思議である」
と、発言したそうですが・・・・・。 (^▽^;)
「お肉牙に御飯をやったら、食うのか?」
と、突っ込んでみたりして・・・・・。 ( ̄Д ̄;;
74
:
彰往考来
:2005/03/11(金) 17:25:36
>愚鈍凡夫さん
『富士年表』(昭和56年、富士学林、201頁)元亀4年に
「8.19 日主 霊宝虫拂を修す(8-43)」
とあり、霊宝虫拂の記録は『富士宗学要集 第八巻』(昭和53年、創価学会、43頁)に
「御筆(大聖人)数十二通、御筆の大本尊一包同く三包。」
とあります。蓮租のお手紙が12通、“包”とありますからお巻きした蓮租の御本尊が4幅という内容でしょう。
エッ! たったこれだけ?
75
:
犀角独歩
:2005/03/11(金) 17:28:24
『祖師伝』(石山13代院師)を見ると
「霊宝等残らず頂拝す、中にも日本第一の板御本尊、紫宸殿の大曼荼羅、病即消滅曼荼羅、其の外曼荼羅数幅、御書八幡抄一通関東紙三十九丁次御消息十行廿行五行十行或一紙二紙御判形の有る斗りも十五枚等、長さ一尺五寸余、横一尺余竪八寸斗りの御つゞらとて唐のつゞらの旧りたるなり、興師已来の入物となり、此の中に御正筆計り一盃あり、辰の刻より未の刻に至るまで拝覧し奉るに尽きず、後には巻目を開かず其の儘押し頂き押し頂き申して終り迄頂き奉る、高祖上人の眉間の骨舎利水精の瓶塔に入れて新たに拝見々々」
とあり、ここでは「日本第一の板御本尊」は名前が挙がっていても、「御肉牙」は出てきませんね。永禄3(1560)年の記録とされます。この時は、まだなかったのでしょう。
石山で、この名前がはじめて登場するのは17代精師『富士門家中見聞』でしょうか。
「聖人此歯を以て日目に授けて曰く我に似り問答能くせよとてたまはりける御肉付きの御歯と申すは是なり、(此の御歯当山霊宝随一なり広宣流布の日光を放ちたまふべし」
この記述は明暦8(1657)としてよろしかったのでしょうか。
ここでは、目師直授で記されます。ところが、注意すべき点は、愚鈍凡夫さんが引用された48代量師『大石寺明細誌』との比較で見出されます。
「御生骨と称す、蓮祖の存日生歯を抜き血脈相承の証明と為て之れを日興に賜ひ事の広布の時に至らば光明を放つべき」
「肉附」はさらに念入りに「生骨」となり、さらに目師直授が興師授与に変更されています。同誌の記述はいつ頃と特定されるのでしょうか。1800年代として、約100年の間に目師直授は興目相伝に変わったわけですね。
精師と量師の中間ぐらい、石山では33代元師の頃、明和年間(1764)の人と伝えられる完則の『大石寺宝蔵目録』には「御肉附歯」として載っています。
以上の点から、「御肉牙」は精師の謀りに始まるとわたしは考えています。ただ、それ以前に記録があるかどうか、、れんさんをはじめとする碩学の面々にご叱正を賜れれば幸甚です。
それにしても精師等は、ぴかっと光るのが好きなようで、七面大権現が祀られる修験道の聖地であった七面山の池に彫刻本尊の材となった楠丸太が浮かんだときも光っていたと記述しています(笑)
余談ながら、戸田さんは、本気で御肉牙を信じていたんでしょうか。学校の先生といえば、いちおうの教養人。50年昔というのは、そんな牧歌的だったんでしょうか。
76
:
犀角独歩[TRACKBACK]
:2005/03/11(金) 17:28:45
―75からつづく―
わたしは、肉附歯は昭師門の伝承を真似て作られたものであろうと想像しています。このスレッドの最初のほうで紹介しました。
*** 以下転載 ***
7 名前: 犀角独歩 投稿日: 2002/07/19(金) 19:56
歯の譲りについては、過去ログ3でnbさんが指摘しているように、他門にも見られます。もっとも、こちらは御“生”骨ということではないようです。
遺跡之事
…
一、聖人御歯二粒者 御存生之時 親自聖人之御手所賜也 夙夜可成向顔之思 云云 然則於二粒所在者成御存日之思而号日昭弟子之人者深可奉尊重若令違背者非遺弟矣
…
文保元年十一月十六日 法印 日昭 在判…
遺跡のこと
一、聖人の御歯二粒は御存生の時、まのあたり聖人の御手より賜るところなり。夙夜(しゅくや)に向顔の思いをなすべし云々。しかればすなわち二粒の所在においては、御存日の思いをなして、日昭の弟子の人と号するは、深く尊重し奉るべし。もし違背せしむるは遺弟にあらず。
文保元年(1317)11月16日
(日宗全・昭尊之部 P12)
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/364/1015567021/r7
*** 転載おわり ***
このあとに、一字三礼さんが投稿してくださった内容は興味深かったですね。
*** 以下転載 ***
8 名前: 一字三礼 投稿日: 2002/07/19(金) 21:56
私の祖母は、御座替りの時に見たといっていましたよ。
最初の時は、赤い肉(歯茎?)が今にも“歯”全体を覆いそうだったとか。
その次の御座替りで見た時は、歯茎の肉が金色になっていたそうです。
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/364/1015567021/r8
*** 転載おわり ***
わたしは彫刻本尊の時代時代で複数存在していたという仮説を立てているわけですが、戸田さんの記述も合わせ見て思ったのですが、この「御肉牙」というものも、どうやら、作り替えながら、更新されているように思えますね。
77
:
犀角独歩
:2005/03/11(金) 17:31:19
おっと、ちょっと、誤解を招く脱字をしてしまいました。
【75の訂正】
誤)『祖師伝』(石山13代院師)
正)『祖師伝』(石山13代院師代)
78
:
愚鈍凡夫
:2005/03/11(金) 18:44:37
彰往考来さん、レス有り難うございます。
元亀4年7月28日に戦乱などの災異のために「天正」に改元されていますから、1573年8月19日は、天正元年ですよね・・・・・。富士年表の編者は知らなかったのだろうか・・・・・。
それと、なんですね。現在の「大聖人御真筆の御書26巻」と「120幅余の漫荼羅」は、どうやって手に入れたのでしょうね・・・・・。
「かあさんが夜なべをして〜♪。なんてことはないでしょうね。」(by 独り言)
日精師は石山をテーマパーク化した功労者だと思いますが、石山には人寄せパンダが何匹いるんでしょうね。今の石山は儲けまくっていますから、石山関係者は、日精師に誰も足を向けて眠れないでしょうね。
79
:
愚鈍凡夫
:2005/03/11(金) 18:57:58
犀角独歩さん、どうもです。
日精師が今の時代に生きていたら、創価学会の戸田さんや池田さん以上の名プロデューサーになっていたでしょうね。
「阿部さんも見習ったらいいのに・・・・って、今の時代に秘宝の創作は無理かも・・・・。」
科学を敵にまわして言い張るのも空しいですしね(「本因妙の本尊」がどうしたとか言い張っている御仁もいますが)。
日精師は、良い時代に生まれたのかも知れませんね。
82
:
吉祥仙人
:2005/03/11(金) 19:46:03
堀日了師がかつて「精師の演劇化、驚くべき」とおっしゃていたそうです。
83
:
吉祥仙人
:2005/03/11(金) 21:45:57
訂正いや言い訳
堀日こう上人の「こう」の字がどうしても出てこないので
「了」としたことをお詫び申し上げます。
「りょう」で出てきました。浅学を恥じます。
84
:
吉祥仙人
:2005/03/11(金) 21:48:48
またまたマチガイ
「りょう」ではなく「きょう」亨でした。
85
:
犀角独歩
:2005/03/11(金) 22:24:43
> 84
つっこみを入れるのも何ですが、日亨は「にちこう」と読みます。
まあ、聞かずは一生の恥、聞くは一時の恥と言うことで、こうして、少しずつ知識は蓄積されると言うことで。
86
:
犀角独歩
:2005/03/11(金) 22:26:35
あ、そうか、83では、そう、ちゃんと読んでいたのでしたね。
これは、失礼しました。
87
:
犀角独歩
:2005/03/11(金) 22:42:49
愚鈍凡夫さん、「除歴」なんて騒がれるのは、寺院経営はうまいが、信仰面ではケチを付けられる御仁と相場が決まっているかと揶揄の一つもしたくなりますね(笑)
そう言った意味では、阿部さんも大したもの何じゃないでしょうか。石山、小ぶりになったけれど、バックマージンを払わなくてよくなった分、収入効率は上がったんじゃないでしょうか。
まあ、亨師は、日蓮門下一般で最も評判のいい石山僧でしょうね。しかし、学会で載る文書、石山で載る文書、はたまた、門外での話、そのコントラストに、ある面、「なかなかなの学者」と思います。雪山坊、隠居が実質、蟄居であったことは、その事情をよく物語っていると思います。こんな報道管制で作られた石山教学は、実は寛師ともかなり隔たった、学会アレンジであることに、さして寛師を真面目に読まない人々は気付かない滑稽さがあるわけですね(笑)
88
:
愚鈍凡夫
:2005/03/11(金) 23:12:28
犀角独歩さん、どうもです。
1956(昭和31)年1月31日の本部幹部会に於ける戸田さんの発言は奇妙ですね。全然理屈に合っていない。
「私が最初に拝んだ時は六百五十年遠忌の時であります。その時には、このくらい、マッチ棒の先ぐらい、お歯が出ていたが、他の部分はほとんど包んでいた。」と、述べているのですが、一応は650年かかって「マッチ棒の先ぐらい」に成長した歯茎のようなものが、「七百年祭の時、拝んだが、歯はすっかり包まっていたのです。」だそうですから、50年の間にもの凄く成長したことになりますよね。
それまでの650年は何だったんでしょうね。 ( ̄ヘ ̄)ウーン
89
:
愚鈍凡夫
:2005/03/11(金) 23:20:56
済みません、勘違いをしていたので訂正します。
マッチ棒の先ぐらい出ていた歯が、歯茎のような肉で50年間の間にすっかり歯を包んでしまっていた。と言うことでした。それにしても、成長が早いですね。
「歯はすっかり包まっていたのです。」というこの発想は、「観心本尊抄」の有名な一節をパクったものでしょうかね。
90
:
犀角独歩
:2005/03/11(金) 23:24:45
愚鈍凡夫さん、題名も作者も控えなかったんですが、以前、立ち読みした本の話。
当掲示板でも、話題になりましたが、釈尊の入滅年代は500年間違っていて、鎌倉時代はまだ「像法」。つまり、未曾有の大戦を経験した近代こそ、真の末法であると、こうなるわけですね。田中智学師一派も地が踊ったことでしょうが。しかし、この点を論って、「創価学会は、仏意仏勅の団体、池田先生こそ地涌の菩薩(=本仏)なんてコンセプトの本が出ていたことがありました。(この本の題名・著者をご存じの方はいらっしゃいますか。ご存じならば、是非ともご教示ください)
まあ、こんな論点からすれば、戸田さん以降に、成長しなければ、学会の正しさは証明されないことになるのでは? ……(「わかってますって」という愚鈍凡夫さんの声が聞こえた…)
91
:
犀角独歩
:2005/03/12(土) 10:10:15
それにしても、御肉の変形、見る側の心理的側面から変化したように感じさせているのか、実際に作り替えられているのか、はたまた、生きているのか(笑)
しかし、そのたびに作り替えていたとしたら、まあ、ご苦労なことであると思う次第です。
92
:
愚鈍凡夫
:2005/03/12(土) 10:19:55
何ですね。今のお肉牙は歯の部分が歯茎のような物で覆われているようなので、見た目にはピンク色のおむすびみたいな形をしているんでしょうか。戸田さんが言うように、汗なんかかいていたら、ちょっと怖いかも。 (((( ;゚д゚)))アワワワワ
お(´д`)む(´。`)す(´。`)びぃ(´-`)_@
93
:
犀角独歩
:2005/03/12(土) 10:48:36
愚鈍凡夫さん、過去50年で急速に成長したというのは、なかなか視点であったと思うのですが、いまはぴったり、「成長」は止まっているんでしょうかね(笑)
94
:
れん
:2005/03/12(土) 18:11:36
犀角独歩さん。
>75
‘おにくげ’について、歴代法主全書をひもときましたが、精師以前には‘おにくげ’にふれた文献はありませんでした。おにくげについては、皆さんの言われる通り昭門の伝承をパクッて精師が作製したのではないかと思います。歯そのものは祖師伝に出てくる石山蔵の「高祖上人の眉間の骨舎利」(目師の舎利?)から外れた歯を使用したものでしょうか?歯茎は蝋かなにかを加工すればそれらしく見えるでしょうね。
95
:
パンナコッタ
:2005/03/12(土) 20:24:12
質問になってしまうのですが、昭門の伝承ということなら玉沢の妙法華寺にも
この様な聖遺物が今でもあるのでしょうか?
96
:
れん
:2005/03/12(土) 21:03:15
パンナコッタさん。ご質問の件ですが、たしか美濃さんか誰かが書かれた本に、玉沢妙法華寺に蓮師の肉付きの歯があると書いてあったのを以前読んだ記憶があります。独歩さんが御提示された通り昭師文献に蓮師の歯の伝持が記されていますから、玉沢のものが肉付きか否かは別として玉沢に蓮師の歯と称する物があるのは事実と存じます。いずれにせよ、蓮師の歯の伝説は玉沢が先行し、石山のそれは後追いで成立したということだと思います。
97
:
パンナコッタ
:2005/03/12(土) 22:05:30
>96 なるほど、れんさんありがとうございます。 どうでしょう、ほかの
朗門系や尊門系にはこの手のモノがあるでしょうか? 身延非主流派の中だけに
作られていった伝説のように思えるのですが。
98
:
れん
:2005/03/12(土) 22:54:31
パンナコッタさん。肉付きの歯の伝説については玉沢と石山以外では聞きませんね。ただの歯でしたら、本間守拙師の著書(書名失念)に佐渡阿佛房妙宣寺に蓮師の歯といわれるものが伝承されていると書いてあったのを記憶しています。朗師門や尊門には、この手のものは伝承されてませんね。私個人としては中世日蓮門下の主流は教勢や教学的には身延山よりむしろ京都や関東の朗師門流ではないかと愚考しております。いずれにしろ、肉付きの歯伝説は実際のところパンナコッタさんの仰る通り非主流派である玉沢や石山の中にだけ作られていった伝説ということになろうかと思います。
99
:
犀角独歩
:2005/03/13(日) 11:57:41
94 れんさん
> 歴代法主全書…精師以前…‘おにくげ’…文献はありません
歴全を所蔵しないわたしにとって、有り難いご教示でした。
感謝申し上げます。
> 「高祖上人の眉間の骨舎利」(目師の舎利?)から外れた歯を使用
これは、二重に驚く、ご推論と拝しました。なるほど。
わたしもかつて、石山にある蓮師霊骨と言われるものは目師半身の遺骨が伝承のなかで蓮師のものといわれるようになったという仮説を述べたことがあります。
長くて恐縮ですが、以下です。
*** 以下転載 ***
225 名前: 独歩 投稿日: 2001/12/02(日) 11:14
○石山の霊骨は誰の遺骨か
…石山にはたしかに“遺骨は”あるのです。これが聖人の遺骨ではないとしたら、いったい誰の遺骨なのでしょうか。両山問答において霑師は
当山瓶中に盛る処の者は全骨にはあらず僅に胸部より頭脳にいたるまでの御骨にして其の余は身延に残し給へるか其の情知るべからず
といいます。つまり胸より頭部に至る骨、いわば上半身のみであるということです。私は、この記述に接し、直ちに以下の資料を思い出しました。
富士大石寺明細誌
正慶二年興師の滅後再び将に帝都に観光せんとす濃州垂井駅に抵りて疾を感じて乃寂す実に十一月十五日なり、春秋七十四、従ふ所の日尊日郷泣々喪事す、乃“骨を二瓶に分ち”以て富士上野と洛の鳥辺山とに塔す
同誌は享師も「先師も曽て怪奇の書と貶せられたれども」という如く、その内容は多く考証の余地を残しています。ただ、それまでに伝承をまとめてある点での資料性は有します。
これはあくまで推論ですが、目師の遺骨は尊・郷二師が分かって、方や京へ、方や富士へ持っていったのは事実ではないか、その石山に持ちかえられた目師の遺骨が、その後、聖人の遺骨として崇められるに至ったのではないのかと考えるのです。
…目師の尊敬は篤く聖人と異ならず拝され…その遺骨は極めて意義あるもの…いつしか目師の遺骨は聖人の遺骨といわれるに及び、現代に至っているのではないでしょうか。
『富士大石寺の歴史について』225
http://fujimonshinto.hp.infoseek.co.jp/keijiban/rekisi.htm
*** 転載おわり ***
今回のれんさんのご賢察を拝し、石山の蓮師霊骨と称されるところを目師遺骨と達観されている所を拝し、ますますかつての思いが深まりました。また、要山人が目師を「高祖上人」と言ったところで不思議はないように思えますが、この点は、同お考えになりますか。しかし、一般は高祖と言えば、蓮師でしょうから、これが誤伝された可能性をわたしは考えるわけです。
しかしそれにしても頭骨があれば、当然、歯が残っている可能性はあるわけですね。「御肉牙」作成に、これを供したという点に、なるほど、そのように考えることは充分にできると思った次第です。
あと、一点。わたしは生まれながらの日蓮正宗創価学会でした。親は昭和28年の入信でした。昇師の時代です。亨師が院尊。その後、順師、達師と時代を追います。座替に親は何度か当たっているわけです。わたしも、背負われて見たと母は言うのですが、どうも記憶に残っていません。その母が「御肉牙は犬歯」と言ったのを覚えています。しかし、各伝承を見ると「肉附歯一枚」と数取りされます。どうも、犬歯を「一枚」と数えることには違和感を懐くわけですが、どの歯と言うことになっているかご承知でしょうか。
ロムの皆さんでもご存じの方がいらっしゃればご教示いただきたくお願い申し上げます。
100
:
一字三礼
:2005/03/13(日) 14:12:17
犀角独歩さん
> どの歯と言うことになっているかご承知でしょうか。
以前の投稿内容を話してくれた祖母は、すでに他界しており、また当時でも90半ばを越えた高齢でもありましたので確かな情報ではなかったかもしれません。
今度は両親に「御肉牙」を見た時の感想を聞いてみました。両親とも達師が石山住職となられた時に「御肉牙」と接近遭遇しております。その話によりますと、歯と思われる部分はほとんど真ん中の一点のみで周りは全て赤い肉であった、との事でした。そしてほんの先端部しか見えていなかったせいか、犬歯のようにも見えた、と言っております。
祖母の話では、歯茎は金になっていた聞いたのですが、両親は赤かったと言っておりますので、祖母と両親のどちらかの見誤りか、もしくはどちらも実物とは違うかもしれません。誤った情報を書き込んでいる可能性がありますので、その際はご容赦願います。
101
:
犀角独歩
:2005/03/13(日) 14:35:55
100一字三礼さん:
> …犬歯のよう…祖母…歯茎は金…両親は赤
いつも貴重な情報、有り難うございます。
肉から顔を出している部分が尖っている、尖っている歯であれば犬歯ということなのでしょうね。
肉の色については、実に印象的であると思いました。
102
:
パンナコッタ
:2005/03/13(日) 15:03:23
偽史の世界では以前、安倍頼良の骨といわれるものが『鯨の骨』であったことが
ありましたが一体何なんでしょうね?
103
:
犀角独歩
:2005/03/13(日) 15:13:43
> 102
そう。こういう点ははっきりさせるべきです。
石山は彫刻本尊と共に、「御肉牙」の科学的分析調査を実施するべきです。
104
:
愚鈍凡夫
:2005/03/13(日) 15:47:53
摂りようによっては、
「以前テレビで見た、河童のミイラと変わらんだろう。」 (`ヘ´) プンプン。
こういった類の物と同じような作為を感じますね。
105
:
パンナコッタ
:2005/03/13(日) 16:10:03
> 河童のミイラ・・・。 たしかにかわりませんね。 ちなみに人魚のミイラは
鮭と猿を合体させ、燻して作っていましたが、おにくげの場合は肉の色違いから
数バージョンあるのでしょう。
106
:
犀角独歩
:2005/03/13(日) 18:55:47
石であるか、歯を入れ、蝋を練り込んだか、はたまた、河童のミイラのような制作か?
しかし、それでも「御法主上人猊下」が生きていると言えば、否定せず、手を合わせるのが信仰。
本当に、信仰とは、そんなものでしょうか。
「○○が言えば、そうである」、こんな考え方で、地下鉄サリンも撒かれたわけです。
誰々が言ったことだから、それに従うという考えが、歴史上の多く悲劇を生み、今の政財界の汚職を生み、そして、宗教も腐らせたのであると思います。
なんで、そこまで信者は、自己の信仰に対して、、無責任になれるのでしょうか。ミルグラム師は以下のように分析しています。(『服従の心理』(河出書房新社))
この分析に当てはまるとおり、上述のような態度は、信仰上の問題ではなく、社会心理学上の問題であることが知られます。
*** 以下転載 ***
「責任感の消滅は、権威への服従のもっとも重大な効果である」(P25)
「個人的責任の放棄が権威への屈服の主要な心理的結果である」(P210)
「代理状態のもっとも重大な結果は、個人が自分の指図している【権威に対して】は責任を感じるが、権威に命じられた行為の内容【については】責任を感じなくなるということである。道徳は、消滅するのではなく、根本的に違った点に集中される。従者が感じる恥や誇りは、自分が権威に求められた行為をどれほどうまくやったかということで決められる」(P193)
「権威組織にはいった個人は、自分自身を自分の目的のために行動しているのではなく、他人の要望を実行している代理人と見なすようになる。ひとたび個人が自分の行動をこの観点から考えるようになると、彼の行動および内的機能様式に深い変化が起こる。この変化はきわめてはっきりしているので、個人は、この態度の変化によって、ヒエラルキーに組込まれる前にいた状態とは別の【状態】におかれたのだと言うことができよう。わたしはこの状態を【代理状態】(agentic state)と呼 ぶことにする。それは、個人が自分自身を他人の要望を遂行する代理人と見なしている状態である。この用語は、【自主性】、すなわち、個人が自分自身を自分の意志で行動している見なしている状態と対比して用いられるよう」(P178)
107
:
パンナコッタ
:2005/03/13(日) 20:00:58
元オウム信者が麻原の説法の中で「マクドナルドのビックマフィン」と連呼
していた話がありましたね。
この信者は心の中で『ビックマックだろ』と、ツッコミを入れていたそうですが
言葉には出せない。聞いている他の人たちも「心の中ではそう思っていたに
違いないけど誰一人として言い出す者は居なかった。この程度のことを指摘
できないとは・・」と自戒の念を込めて言ってましたっけ。
石山はこの先、おにくげを否定するとは思えないし、秘密の伝説としてこれからも
いくのでしょう。果たしてこれが信仰するに値するモノなのでしょうかねぇ。
108
:
吉祥仙人
:2005/03/15(火) 05:46:55
おじゃまながら、ちょっと失礼します
犀角独歩さんへ
山田ミネコ作「ハルマゲドン伝説」ほかハルマゲドンシリーズはご覧になりましたか?
オウム(アーレフ)には「デイバダッタ」の秘密を今も信じている人がいるそうです。
109
:
犀角独歩
:2005/03/15(火) 09:50:19
108 吉祥仙人さん:
ここは「おにくげ」スレなので、他の適当なところに、レスを移そうと思ったのですが、思いつかないので、取り敢えず、こちらに。
> 山田ミネコ作「ハルマゲドン伝説」…
たぶん、仰りたいところは、漫画の宗教(信者)への影響ということと拝察いたしました。
わたしは、ほとんど、漫画というものを読まないので、恥ずかしながら、ご呈示の作品もまだ目を通していません。この機会に読んでみようと思います。
昔は宗教に影響を与えたものというのは、哲学書や、文学書というところでした。また、『ムー』の影響力も指摘されます。週末論で、多大な影響を与えたのはノストラダムスで、日本では後藤勉著『ノストラダムスの大予言』の影響は深刻であったと考えています。ここら辺までは、まだノベル、文字の世界からの影響ですね。これにビジュアル系の影響として、映画、また、テレビもかなりの影響力を持っていたと思います。
近代はやはり漫画との関係が取り沙汰されていますね。さらに、今後は、ロールプレイング系のゲームが、リアティを増すごとに影響を発揮していくことになると予測できます。たしかな記録ではないのですが、国連子ども人権委員会の発表では、今の子どもたちが1日平均5時間コンピュータに向かっているという統計が発表されていたかと思います。この大半は、勉強と言うより、当然、ゲームが中心になっているだろうと予測されます。
けれど、「浅原彰晃」に影響を与えたのは、漫画であったのでしょう。しかし、反面、(故意に悪用したわけですが、)かなりの仏教の知識も持ち合わせており、このちぐはぐさが、この倒錯心理を解く鍵になるかもしれません。
貶す目的と誤解されると困るのですが、最近、静かなブームの浦沢直樹著『20世紀少年』は創価学会をモチーフにしていると言いますが、これはどうでしょうか。
やや余談になるかもしれませんが、日本で仏教が人々にリアリティをもって迫ったのは、文字仏典より、地獄変(地獄図)であったという学者がいます。これは差詰め、いまでいう漫画、映画、テレビの影響の原形といえるでしょうか。
宗教学の立場から漫画を考えている川瀬貴也師の『宗教マンガ学−仮設的総論−』は、なかなか興味深いアプローチだと思います。
http://homepage1.nifty.com/tkawase/comic/relicomi.htm
110
:
犀角独歩
:2008/08/09(土) 07:22:23
「本門寺の肉牙」、この件、ご存じの方がいらっしゃいましたら、ご教示ください。
犀の角のように独り歩め「肉牙は2カ所に蔵されていた?」
http://blog.livedoor.jp/saikakudoppo/archives/51387974.html
111
:
彰往考来
:2008/08/09(土) 08:23:32
>110 本門寺のお肉牙
これは池上本門寺ですね。
石倉重継著『日蓮宗各本山名所図会』(明治36年、博文館)343頁に記載があります。
『日蓮宗各本山名所図会』は近代デジタルライブラリーで見られます。
http://kindai.ndl.go.jp/BIBibDetail.php
彰往考来
112
:
犀角独歩
:2008/08/09(土) 16:08:19
彰往考来さん
ご投稿、有り難うございます。
ちょっと、わたしの愚鈍な頭で斟酌できないところがありますので、お尋ねします。ご紹介の「石倉重継著『日蓮宗各本山名所図会』(明治36年、博文館)343頁」は、以下の文章が底本だと思います。
「遺跡之事
…
一、聖人御歯二粒者 御存生之時 親自聖人之御手所賜也 夙夜可成向顔之思 云云 然則於二粒所在者成御存日之思而号日昭弟子之人者深可奉尊重若令違背者非遺弟矣
…
文保元年十一月十六日 法印 日昭 在判」(日宗全・昭尊之部 P12)
この記述が、本門寺の宝物を指すということでしょうか。
熊田氏の該当リードは、厨子入りの宝塔、つまり肉牙が納められている写真は、本門寺のものであるという意味に採れるのですが、昭門の宝物が本門寺にあるということでしょうか。
113
:
彰往考来
:2008/08/11(月) 06:05:51
>112 肉牙
石倉重継著の『日蓮宗各本山名所図会』は今でいう観光ガイドブックのようなもので同書342頁に池上本門寺の「寶物と古文書」の項があります。『日蓮宗各本山名所図会』に種本があったろうことは否定できませんが、同書は当時の日蓮宗各本山名所にどのような宝物があるかなどを列記したガイドブックにすぎませんので恐らくは各寺院発行の縁起などを参照にしたものと考えます。
同書343頁には、池上本門寺の宝物として
「△高祖御肉牙二枚(昭師へ授興し玉ふ所の物なり高祖の御譲状昭師の添状あり)
とあります。
これだけでは現在玉沢妙法華寺にある「御肉牙」が当時池上本門寺にあったのか、はたまた双方にあるのか判断できませんが、『日蓮宗各本山名所図会』の記載は「注法華経」に関する同書の記載から信用できると考えます。『日蓮宗各本山名所図会』の当該箇所には「注法華経四巻」が記載されています。いうまでもなく「注法華経」は玉沢妙法華寺の所蔵であり池上本門寺の所蔵ではありません。これは『日蓮宗の本山めぐり』(昭和56年5版(初版:昭和46年)、ニチレン出版、129頁)の妙法華寺の項によれば「曽ての師であつた池上の惺師が、宗祖の『註法華経』を是非拝見したいといわれたので慎重にその前半を御覧に入れたところ、これは無事に返却された。然るに、あとで御覧に入れた後半が、遂に戻らなかつたのである。苞師(引用者注:妙法華寺十四世)はこれを苦にして慶長八年(1603)職を法弟の産師に譲り、越えて十四年十月五日、六十六歳を一期として、大見川へ身を投げたのであつた。これが今に伝わる日苞ケ淵の哀話である。だが、昭和十六年十二月二十三日に、池上から『註法華経』が還付され、代りに『兄弟鈔』が池上に復帰して、両者ともに本来の在り場所におちついた。その復古式が本門寺の酒井日慎猊下によつて行われている」ということで、『日蓮宗各本山名所図会』が発刊された明治36年には「注法華経」の後半四巻は池上本門寺に在ったことが確認され、『日蓮宗各本山名所図会』の記載内容の正しいことが分かります。池上本門寺蔵の霊宝をまとめた天明8(1788)年の「御霊宝之控」(『大田区史(資料編)寺社1』昭和56年、東京都大田区、120頁)にも「注法華経」が記載されており上記内容は矛盾ありませんが、玉沢妙法華寺と池上本門寺の両寺で「御肉牙」の行き来があったなどという記録は見当たりません。
私は玉沢妙法華寺と池上本門寺の両寺に「御肉牙」があると考えます。その根拠は、
一、 「御肉牙」が納められている厨子入りの宝塔が両寺で異なること
二、 高祖「御肉牙」が池上本門寺の什宝として『日蓮宗の本山めぐり』(ニチレン出版)と天明8(1788)年の「御霊宝之控」(『大田区史(資料編)寺社1』)とに記載されていること
の二点です。
(つづく)
114
:
彰往考来
:2008/08/11(月) 06:06:29
113の続きです。
まず「御肉牙」を入れた容器である厨子入りの宝塔です。玉沢妙法華寺のものは星野武男/著『現代人の日蓮聖人傳』(昭和10年、文松堂出版部、241頁)に写真が紹介されており、池上本門寺のものは熊田宗次郎/著『日蓮上人』(明治44年、報知社、359頁)記載の写真が該当すると考えられ、写真でみる限り両者は全く別物です。
天明8(1788)年の「御霊宝之控」(『大田区史(資料編)寺社1』昭和56年、東京都大田区、120頁)に「祖師御肉付御歯 同記一巻」との記載があることから、少なくとも天明8(1788)年の時点で池上本門寺に「御肉牙」が所蔵されていたことが解かります。
『日蓮宗の本山めぐり』(昭和56年5版(初版:昭和46年、ニチレン出版、79頁)の池上本門寺の項には寺宝として、いの一番に「(1)高祖御肉牙 日昭上人に授け給うたもので宗祖の御譲状と昭師の添状がある」とあります。『日蓮宗の本山めぐり』の妙法華寺の項(127頁)には「御肉牙」の記載はありませんが『日蓮宗寺院大鑑』(昭和56年、池上本門寺)の妙法華寺の項(437頁)に「御肉歯」とあります。しかしながら『日蓮宗寺院大鑑』の池上本門寺の項(61頁)にはなぜか〔寺宝〕の箇所に「御肉牙(御肉歯)」の記載がありません。池上本門寺が「祖師御肉付御歯」を危ない(本物ではない)と判断して記載しなかったのでしょう。
以上のことから私は玉沢妙法華寺、池上本門寺の両寺に現在でも「御肉牙」と称されるものがあると考えます。富士大石寺を入れると少なくとも3箇寺に「御肉牙」があることになります。探せばまだあるかもしれません。
私はかつて『日蓮宗各本山名所図会』や『日蓮宗の本山めぐり』に記載された池上本門寺の「御肉牙」を読んだ際に、「御肉牙」と称する怪しげなものはアチコチにあるのだと思ったものでした。これらの御肉牙をDNA分析すれば真偽は分かるはず(少なくとも3箇寺のものが同一人物であるかどうかはわかる)ですが、それは実現しそうにありませんし、もし実際に分析したら日蓮聖人の歯ではなく他人の歯だったということもあり得るでしょうし、歯とは別の物質ということもあり得るでしょう。
しかし荼毘にふした御真骨ならともかく、肉付きの歯を什宝とする神経も理解できませんし、ましてこれが七百年後も成長していると信じている人たちにはとてもついていけません。アチコチに「御肉牙」と称する怪しげなものがあるので、その大半は後世の偽物でしょう。まじめに議論する値があるとは思えない代物です。
彰往考来
115
:
犀角独歩
:2008/08/11(月) 16:17:43
彰往考来さん
詳細なご説明、有り難うございます。
どうやら、池上にもあるのですね。こちらはいまは完全に引っ込めて、秘蔵厳護といったところでしょうか。
江戸時代までは、庶民にとって、お漫荼羅より、よほど、この手のもののほうが人寄せには役だったでしょうね。軈て「科学万能」と言われる時代に入り、なりをひそめたというのが経緯でしょう。
> 肉付きの歯を什宝とする神経も理解できませんし、ましてこれが七百年後も成長していると信じている人たちにはとてもついていけません。
まったく、このご意見には賛成です。先だっての石山における阿部さんから早瀬さんへのバトンタッチでも、これを見せて、いまだに「御生骨拝観」なんてやっているわけです。「21世紀なのになぁ」と溜息が出ました。
もっとも、昭和31年、つまり、いまからまだわずか半世紀前に、戸田さんは、彰往考来さんが批判するとおりのことを言っていたわけです。
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/364/1015567021/6
それを知らない創価学会員の、新しい連中が大石寺批判に「おにくげ」を引っ張り出します。「あんたんところの永遠の指導者第2代が本物といっていたよ」と教えたくなるわけですが、まあ、こうした若い連中は戸田さんよりは常識があるということでしょうか。
さらに言えば、戸田さんは、先に挙げた「御肉牙」発言の3カ月前、以下のように話しています。
「これは世界のどこにもない不思議なものである。妙である。この実態を見たならば、広宣流布は間違いない。広宣流布されてしまえば、消えてしまうもので、いまこそ拝む時期である。招来のために、記録もはっきりとっておきたい。まあ人数の制限もあろうが、奉安殿に、コの字の形式にずらりと並び、そうとう範囲で見えると思う。そうすると、なかなか歩かないのですよ、だまっていれば、何分でも動かない。
あとが続かない。仮に、それを一日十時間、以前は一日最高三時間でしたが、拝ませていただくとして、一万人が登ったとしても、一万人は喜捨で運べぬから、歩いて行って拝むとしてもでず、一時間に一千人、一分間で六十で割ると、三十何人が回っていかねばならない。そうでもして、数多くの方に拝んでもらいたいと、こう思います。
さきほどの猊下への御報恩と、御肉牙の拝観だけは、四月までに、ぜひやりたいと思う。孫子の代まで語り草に、広宣流布のしるしですから、御肉牙を拝観しなさいよ」(同P183/昭和31年1月31日/本部幹部会/豊島公会堂)
創価学会員が登山をすると、石山から1人当たりいくらというバックマージンが出ていたという話が本当であれば、戸田さんはなかなかの興行師ですね。いまどき、御肉牙なんか、本気で信じているのは顕正会ぐらいでしょうが、その原因をつくったのは、創価学会であり、戸田さんでした。
> アチコチに「御肉牙」と称する怪しげなものがあるので、その大半は後世の偽物でしょう。
「肉」ということでいえば、全部が全部、偽物でしょうね。
> まじめに議論する値があるとは思えない代物
それを上記のように、わずか50年前に語ったのが創価学会、戸田さん。本当に創価学会員1万人が見に行ったかどうかは知りませんが、おっしゃるとおり「真面目に議論する値があると思えない代物」に創価学会は大挙動いたという事実は、かつて、池上本門寺も同じ様なことを行っていたという事実と共に、ここではっきりと確認できてよかったと思いました。
創価学会と、その会員は、こうした過去の経緯に対してもきっちりと責任を取ってほしいと思うわけです。いまだに「本物だ」と言っているほうももちろんです。
116
:
犀角独歩
:2008/08/11(月) 16:44:04
【115の訂正】と補足
誤)招来のために、記録もはっきりとっておきたい。
正)将来のために、記録もはっきりとっておきたい。
「昭和31年、つまり、いまからまだわずか半世紀前に、戸田さんは、彰往考来さんが批判するとおりのことを言っていたわけです」は、ちょっと、わかりづらい文章ですね。
「昭和31年、つまり、いまからまだわずか半世紀前に、戸田さんは、彰往考来さんが批判の的とすることを言っていたわけです」としたほうがわかりやすいでしょうか。
ついでに書けば、この戸田さんの発言のなかで、それまでの大石寺御肉牙伝説をさらに補填しています。すなわち、「広宣流布されてしまえば、消えてしまう」という件。
「御生骨と称す、蓮祖の存日生歯を抜き血脈相承の証明と為て之れを日興に賜ひ事の広布の時に至らば光明を放つべき」と、それまで日蓮が直接日目に渡したと言ってきたのに、日蓮日興日目と書き換えたうえで広宣流布には光明を放つでした。これを戸田さんは、「広宣流布されてしまえば、消えてしまう」というわけです。「広宣流布は間近だ。いま見ないと損をするぞぉ。消えてなくってしまうからな。ワッハッハ」という戸田さんの高笑いが聞こえそうです。人の煽り方は抜群でした。
それから50年、いまの創価学会。孫子の代には、創価学会員がこれを否定する。戸田さんの言いつけは、守られなかったわけですね。お気の毒です。
117
:
犀角独歩
:2008/08/11(月) 17:12:46
まだ、何カ所か、間違いがありました。引用文なので、転載の便宜を考えて、今一度、投稿します。マスの無駄遣い、お詫びします。
「これは世界のどこにもない不思議なものである。妙である。この実態を見たならば、広宣流布は間違いない。広宣流布されてしまえば、消えてしまうもので、いまこそ拝む時期である。将来のために、記録もはっきりとっておきたい。まあ人数の制限もあろうが、奉安殿に、コの字の形式にずらりと並び、そうとう範囲で見えると思う。そうすると、なかなか歩かないのですよ。だまっていれば、何分でも動かない。
あとが続かない。仮に、それを一日十時間、以前は一日最高三時間でしたが、拝ませていただくとして、一万人が登ったとしても、一万人も汽車で運べぬから、歩いて行って拝むとしてもです、一時間に一千人、一分間には、それを六十で割ると、三十何人が回っていかねばならない。そうでもして、数多くの方に拝んでもらいたいと、こう思います。
さきほどの猊下への御報恩と、御肉牙の拝観だけは、四月までに、ぜひやりたいと思う。孫子の代まで語り草に、広宣流布のしるしですから、御肉牙を拝観しなさいよ」(『戸田城聖先生講演集 下』発行所 創価学会 「御肉牙の拝観」昭和31年1月31日/本部幹部会/豊島公会堂/P183)
新着レスの表示
名前:
E-mail
(省略可)
:
※書き込む際の注意事項は
こちら
※画像アップローダーは
こちら
(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)
スマートフォン版
掲示板管理者へ連絡
無料レンタル掲示板