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掛川・懸河・佐野

1とはずがたり:2007/08/19(日) 10:46:37
我が故郷

掛川
http://www.google.com/search?client=opera&rls=ja&q=%E6%8E%9B%E5%B7%9D&sourceid=opera&ie=utf-8&oe=utf-8

47とはずがたり:2009/03/25(水) 11:57:56
俺も寄付したし(めちゃめちゃ少額だけど),甲子園でめちゃめちゃ盛り上がるのが掛川なんじゃが。。93年が派手に盛り上がりすぎて相対的にってのはあるんじゃないかな?
>掛川西(静岡)は「93年夏の3割程度」と打ち明ける。

センバツ:寄付金、多くが目標届かず
http://mainichi.jp/enta/sports/baseball/high/news/20090322k0000m040099000c.html

 センバツ出場32校の半数以上の18校で、寄付金が目標額や前回出場時の額に達していないことが各校への取材で分かった。うち11校は不況が影響したと見る。一方、予想の倍以上が集まった例もあり、不況でも球児を応援したいという気持ちは根強い。

 センバツに限らずクラブ活動で全国レベルの大会などに出場する際は、選手や応援団の旅費、滞在費、必要品の購入のため、寄付金を集める学校が多い。

 東日本のある私立高は以前、企業約500社から寄付があったが、今回は目標の半分。「応援グッズを作らないなどの節約をしている」。日本文理(新潟)は飛行機や新幹線での移動をやめ、バスにした。掛川西(静岡)は「93年夏の3割程度」と打ち明ける。

 一方、鵡川(むかわ)(北海道)は「200円など少額の寄付もある。1件当たりの額は減ったが、件数は前回より増えた」。18年ぶり出場の古豪・箕島(和歌山)は予想の倍以上の約4500万円を集めた。同校は「地元では久しぶりの明るい話題。勝って恩返ししたい」と話す。

毎日新聞 2009年3月21日 22時50分

48とはずがたり:2009/03/28(土) 11:10:19
くそお。。また勝てんかったか。。

利府打線大爆発 10得点で掛川西に快勝
http://www.kahoku.co.jp/news/2009/03/20090328t14025.htm

 第81回選抜高校野球大会第6日は27日、甲子園球場で3試合を行い、1回戦最後の試合の利府(宮城)―掛川西(静岡)は、21世紀枠で春夏を通じて初出場の利府が17安打を放ち、10―4で快勝した。2回戦は報徳学園(兵庫)と中京大中京(愛知)が勝って、準々決勝へ進んだ。

 報徳学園は毎回の18安打の猛攻で今治西(愛媛)を15―2と圧倒した。春夏を合わせて甲子園通算50勝目で、優勝した2002年以来7年ぶりの8強。平本龍太郎は2本塁打を含む6安打で個人1試合最多安打記録に並んだ。個人1試合2本塁打は一昨年の大阪桐蔭(大阪)の中田翔(現日本ハム)以来17人目。

 春夏の甲子園大会で合計10度の優勝を誇り、昨秋の東海大会を制した中京大中京は、中国大会覇者の倉敷工(岡山)を6―5で下し、12年ぶりにベスト8へ進出した。


 ▽1回戦(第1試合)
利府(宮城) 111520000=10
掛川西(静岡)000000121=4

▽本塁打 内山1号(1)(塚本)江塚1号(2)(塚本)
▽三塁打 湯村▽二塁打 湯村、松下、布施、江塚▽犠打 藤原、桜田、佐藤裕2、布施、大角2
▽失策 桜田2、布施、稲垣、古田▽ボーク 堀野
▽試合時間 2時間14分

 【評】利府が17安打の猛攻で圧勝した。1回2死三塁、湯村の左中間二塁打で先制。3―0の4回は湯村の右中間への3点三塁打など5安打を集め5点を挙げた。5回は4連打などで2点。投手陣は塚本が2本塁打を浴び3失点、高橋が1失点したが、丁寧な投球で掛川西の反撃をしのいだ。

<先発塚本、テンポいい投球>
 利府の先発塚本は7回2/3を3失点と上々の内容。「意外にストレートが良かった」。テンポのいい投球で、6回までは散発3安打無失点と相手打線を手玉に取った。

 しかし「勝ちを意識した」という8回、2本目の本塁打を浴び、なおも2死一塁の場面で2番手高橋と交代。その高橋は「流れが悪かったので10点あっても安心できない」と気持ちのこもった投球を見せた。

 大量リードにも守られた形だが、必勝パターンになっている2人の継投が決まり、次戦に向けての好材料になりそうだ。

<藤原「自分のプレーできた」>
 2年生の藤原が攻守に活躍し、チームに勢いを呼び込んだ。初回無死一塁から犠打をきっちり決めて好機を広げ、先制点につなげると、2回の守りでは左中間に飛んだ安打性の飛球を懸命に走って好捕。小原監督も「よく捕った」と賛辞を贈った。

 「フライは、最初は捕れないかと思った。滞空時間が長かったので助かった」。4回には、セーフティーバントを決めて甲子園での初安打もマーク。「緊張せずに自分のプレーができた。次の試合も全力で戦う」とうれしそうだった。

◎要所で小技好機広げる
 打線が爆発し、記念すべき甲子園初勝利を挙げた。21世紀枠選出とあって、遠藤主将は「(地元への)恩返しの1勝ができた。勝てたのは応援のおかげ」と感謝の言葉を口にした。

 打ちも打ったり17安打。起爆剤となったのは先頭の遠藤だ。初回、いきなり中前へクリーンヒット。「あれでチームの雰囲気が明るくなった」と本人。犠打と進塁打で2死三塁とし、主砲湯村の左中間二塁打であっさり先制した。

 圧巻は5得点の4回。1点を奪った後の1死満塁から「無心で打った」という湯村が走者一掃の右中間三塁打を放ち、続く桜田は「できる仕事をしっかりしよう」とスクイズを決めた。畳み掛ける攻撃だった。

 17安打に目を奪われがちだが、好機を広げたのは利府らしい堅実な小技。5犠打のほか、2本のバントは内野安打と敵失を誘った。小原監督も「送りバントがきっちり決まった」と喜ぶ。

 終盤は掛川西に2本塁打を浴びるなど4失点。中軸を打つ馬場は、同様に終盤激しく追い上げられた昨秋の宮城県大会決勝の仙台育英戦と重ね合わせ、「苦しい戦いだった」と振り返った。

 昨秋は、その仙台育英戦のほか、東北大会で日大東北(福島)、酒田南(山形)と強豪を次々撃破。勢いづくと止まらない。今大会で唯一残った21世紀枠校が台風の目になるかもしれない。(小沢一成)
2009年03月28日土曜日

49とはずがたり:2009/04/05(日) 21:06:48

企業立地、件数、面積とも本県1位 経産省調査
04/01 09:49
http://www.shizushin.com/news/pol_eco/shizuoka/20090401000000000008.htm

 経済産業省が31日に発表した工場立地動向調査結果(速報値)によると、2008年の県内企業立地件数は144件(前年比20件増)で前年に引き続き全国1位、立地面積も186ヘクタール(同46ヘクタール増)で1999年以来9年ぶりに1位となった。件数、面積ともに全国1位となったのは1967年の調査開始以来初めて。
 県企業立地推進室によると、新たに分譲が始まった富士御殿場、新富士裾野、富士山フロント、遠州豊田PA、湖西西笠子の工業団地5カ所への立地が計25件に上り、件数と面積を引き上げた。立地1件当たりの面積も1・29ヘクタールとなり、前年を0・16ヘクタール上回った。
 業種別では、4年連続して輸送用機械器具製造業がトップで34件。次いで生産用機械器具製造業22件、金属製品製造業15件。地区別では、中遠地区が43件と最も多く、東駿河湾地区38件、西遠地区32件、静清・大井川地区31件の順だった。
 一方、上期(1―6月)と下期(7―12月)を比較すると、立地件数は上期89件に対して下期は55件と34件減少。特に中遠地区の減少が目立った。県企業立地推進室は「下期の状況をみると、景気後退の影響が大きく見受けられる。手放しで喜べる状況ではない」としている。
 全国の立地件数は1631件(前年比160件減)、面積は2181ヘクタール(同560ヘクタール減)。本県に次ぐ2位は件数が兵庫の102件、面積は宮城の144ヘクタールだった。

50とはずがたり:2009/05/27(水) 12:19:15

断水・水圧低下:掛川市内、7000戸 県西部の地震で /静岡
http://mainichi.jp/area/shizuoka/news/20090527ddlk22040243000c.html

 25日夜の県西部を震源とする地震で、掛川市の市営上水道・薗ケ谷配水池の緊急遮断弁が作動して一時、約7000戸で断水や水圧の低下が起きた。復旧作業の結果、約7時間後に給水はほぼ回復したが、一部で水道水に濁りが残った。

 気象庁によると同日午後8時26分ごろ、地震の規模を示すマグニチュード4・6と推定される地震が県西部で発生。その直後、同配水池(貯水量8000トン)の緊急遮断弁が地震波を感知して作動した。遮断弁は揺れの加速度150ガル(震度5強程度)で配水を停止する仕組み。今回の揺れは設定値以下だったとみられ、市水道工務課で作動した原因を調べている。

 震度3を観測した御前崎市の浜岡原発3号機では原子炉建屋地下2階で21ガルを記録。3号機は通常運転を続けている。【舟津進】

毎日新聞 2009年5月27日 地方版

51とはずがたり:2009/06/12(金) 12:03:07
戸塚が頭さげるんなら解るが。。

掛川市の公金紛失 職員関与の疑い 市長ら謝罪
06/10 08:26
http://www.shizushin.com/news/social/shizuoka/20090610000000000019.htm

 掛川市に昨年11月、納められた市県民税4万6300円が、いまだに紛失となっている問題で、同市の松井三郎市長や市幹部が9日、市役所で臨時会見し、「市民に心からおわび申し上げたい」と謝罪した。紛失には税務課職員が関与した可能性が高いことを明らかにした。ただし、市の内部調査では同日現在、関与を認めた職員はいないという。
 市は掛川署に被害届を出すための相談を既にしていて、同署も業務上横領や窃盗の疑いも視野に調べる方針。
 会見での市税務課の説明によると、窓口で納税者の現金を預かった後、庁内の指定金融機関や出納室に職員が手提げ金庫か封筒に現金を入れて移動する時、なくなった可能性がある、と説明した。現金の移動時に他の部課の職員がかかわるのは原則、ないという。
 一方、昨年末に紛失が判明し、今年1月26日に発見された11万5900円は、市税務課が掛川署に電話相談した直後、同課内の書庫から見つかったという。
 松井市長はこれまで問題の公表をしなかった理由について「警察といろいろ相談していて情報公開を決めかねていた」と述べた。今後は職員の関与がはっきりした場合、管理責任も含め処分を検討する考えを示した。
 再発防止には職員1人での庁内現金移動を2人体制にするなど管理、監視の徹底を始めた、と説明した。

52とはずがたり:2009/07/11(土) 18:58:10
掛川帰省中。
家の大掃除に駆り出されてるのであるけど,為書発見。
戸塚進也・柳沢伯夫・榛葉賀津哉ばかりか全参院議員元防衛政務次官の肩書きで鈴木正孝迄送ってきてた様だ。
当選後は坂本・榛葉・柳沢が揃って祝電みたいな手紙の送ってきてた様だ。
保守は日常活動にカネ掛けるねぇ。

53とはずがたり:2009/07/19(日) 00:25:35

実家の近所じゃあないらねぇ。。

掛川でまた不審火 先月から9件 物置など焼く
07/18 15:06
http://www.shizushin.com/news/social/shizuoka/20090718000000000068.htm

 18日午前1時45分ごろ、掛川市城北、無職の男性(68)の別宅に隣接する鉄骨物置から出火し、物置内のタイヤや廃材、自転車などを焼いた。出火当時、別宅に人は住んでいなかった。掛川署と市消防本部は付近に火の気がないことなどから、不審火の疑いがあるとみて出火原因を調べている。
 同市内では6月26日深夜から車庫内の乗用車や住宅、枯れ草などが燃える不審火とみられる火災が相次いでいて、今回で9件目。同署などが関連についても調べを進めている。

54とはずがたり:2009/07/20(月) 00:44:34
>>53
おかんに電話。同級生の家でした…orz
もう住んでなくて空き家だったみたいですが。

55とはずがたり:2009/08/11(火) 05:12:32
でかい地震!!!

56とはずがたり:2009/08/11(火) 05:19:13
第一報は静岡県中部と西部でで震度6弱との事だが詳報に拠ると掛川は5弱とのこと。
被害は陶器の蚊遣り豚が転がり落ちて割れた程度。

57とはずがたり:2009/08/11(火) 05:58:29
水の出が多少悪いかも。。

昨日通ったばかりなんだが牧之原市・焼津市辺りが6弱だった様だ。

東南海地震を体験した母はあの時は1ヶ月も竹藪で過ごしたとか云っている。

58とはずがたり:2009/08/11(火) 07:00:20
防災無線によると市内各所で断水とのこと。復旧の見込み立たずだそうな。

59千葉9区:2009/08/11(火) 07:45:18
陶器の豚さんご愁傷様です。とはさんの実家は大したことなかったようで。
大きな被害は今のところ報道されていませんが、伊豆諸島の情報がないのがちと不安です。

60とはずがたり:2009/08/11(火) 08:38:03
あざーっす。豚さんは鄭重にとむらっときまw
大した被害の無かった(と思われる)掛川もへりがブンブン飛んでいます。。
伊豆諸島は颱風の進路ともなってるのでそっちも併せて心配ですね。

61とはずがたり:2009/08/11(火) 15:31:50
漸く水道復旧。

62とはずがたり:2009/08/11(火) 17:42:51

東海地震に結びつかず 気象庁「横ずれ断層型」
http://www.chunichi.co.jp/article/national/news/CK2009081102000262.html
2009年8月11日 夕刊


 11日朝の駿河湾を震源とする地震は、想定される東海地震とは違うメカニズムで発生した。震源は東海地震の想定震源域の中だったが、地震に伴う地殻変動のデータを観測した結果、気象庁は「東海地震に結び付くものではない」との結論を下した。

 東海地震は沈み込むフィリピン海プレートと陸側のプレートの境界面がずれ動く「逆断層」型。一方、今回の地震は駿河湾の海底下に北東と南西から圧縮する力が加わった「横ずれ断層」型だった。

 力の働く向きなどが東海地震とは違うことから、気象庁は異なるメカニズムで発生したと分析。同庁地震津波監視課の関田康雄課長は「東海地震そのものではない。想定されるマグニチュード(M)8クラスより、Mが1以上小さい」と説明した。

 今回の地震後、東海各地に埋設したひずみ計データは緩やかな変化を続けたが、想定される前兆滑り(プレート境界がゆっくり動きだす現象)とは向きが違う動きで、昼前には変化も収まった。このため気象庁は前兆滑りではないと判断した。

 名古屋大環境学研究科地震火山・防災研究センター長の山岡耕春教授は「今回の地震はフィリピン海プレート内部で起こっている可能性が高い。想定される東海地震の前兆はみられないが、今後、観測データの詳しい解析が必要だ」と指摘する。

 東海地震の提唱者で神戸大の石橋克彦名誉教授は「155年間たまったエネルギーがいずれ東海地震を起こすことに変わりはない」と述べた上で「今回を警鐘として地震対策を再点検することが大切だ」と呼び掛けた。

63とはずがたり:2009/08/11(火) 17:45:05
流石静岡県,震度6弱ではびくともせんわい。水道止まったのほぼ掛川のみだったし(´・ω・`)
これで第二東名には予算が余計につくじゃろ。

静岡で震度6弱、87人負傷 
http://www.chunichi.co.jp/article/national/news/CK2009081102000263.html
2009年8月11日 夕刊

地震で路肩が崩落した東名高速道路=11日午前9時47分、静岡県牧之原市で、本社ヘリ「あさづる」から(畦地巧輝撮影)

 11日午前5時7分ごろ、静岡県の焼津市や御前崎市などで震度6弱の地震があった。気象庁によると、震源地は駿河湾で、震源の深さは約23キロ。マグニチュード(M)は6・5と推定される。気象庁はマグニチュードや発生メカニズムから「東海地震ではなく、その前兆でもない」との見方を示した。静岡を中心に1都3県で87人が負傷。警察庁によると、死者や行方不明の情報はない。東海道新幹線が東京−名古屋を中心に始発から運転を見合わせ、東名高速道路も東京と愛知県の間で通行止めとなった。

 気象庁は同日午前8時すぎから、東海地震との関連性を検討する地震防災対策強化地域判定会の委員打ち合わせ会を開催。地殻変動を観測するひずみ計に東海地震の前兆とみられる変化がなく、変動は次第に緩やかになって通常レベルに収まったことから「東海地震には結び付かない」と結論づけた。

 各自治体のまとめでは、住宅内で転倒したり家具の下敷きになったりして負傷したのは静岡81人、愛知3人、神奈川2人、東京1人。政府は首相官邸に対策室を設置。静岡県も災害対策本部を設けた。

 静岡県で震度6以上の地震は、1944年の東南海地震以来。

 東海道新幹線は午前8時に運転を再開した。

 中日本高速道路によると、東名高速は静岡県牧之原市の吉田インターチェンジ(IC)と牧之原サービスエリア間で、路肩が約50メートルにわたり崩落。同県の菊川IC付近でも道路が5〜10センチ隆起した状態になっているのが見つかった。ほかにも亀裂や段差の発生が確認された。東名は午後1時半現在、上りが静岡−袋井間、下りが静岡−菊川間で通行止めが続いている。

 静岡空港では管制塔の室内照明器具が落下するなどしたが、運航に支障はなかった。静岡県内の相良港、御前崎港、焼津漁港で岸壁の沈下が確認された。

 総務省消防庁によると、静岡市内で火災4件が発生した。伊東市川奈でがけ崩れ、掛川市で土砂崩れの情報があり、県警などが確認中。

 気象庁は伊豆諸島と静岡県に一時津波注意報を出し、静岡県の焼津などで最大60センチの津波が観測された。

 気象庁は緊急地震速報を地震波検知から3・8秒後の同日午前5時7分14・9秒に発表。同庁は「静岡県御前崎市(震度6弱)では、揺れの到達まで若干の余裕があった」とした。

 【東海地震】 静岡県中、西部から駿河湾、遠州灘にかけてを震源域とし、マグニチュード(M)8クラスと想定される巨大地震。東海から四国沖にかけての太平洋では100〜150年間隔で巨大地震が起きたが、駿河湾周辺だけは江戸時代の安政東海地震以来、約150年間地震がない「空白域」で、これが東海地震を予測する根拠となっている。1978年制定の大規模地震対策特別措置法で、政府と静岡県など関係8都県を中心に、防災対策を詳細に策定。予知した場合は、国を挙げて防災態勢を敷く。

64とはずがたり:2009/08/16(日) 17:01:00

【静岡地震】備えあれば被害少なく? “東海対策”奏功
2009.8.16 13:00
http://sankei.jp.msn.com/affairs/disaster/090816/dst0908161301004-n1.htm

今回の地震で焼津市のサッポロビールの集積場では空き瓶が散乱。製品は5000本以上、空き瓶は無数に壊れ、作業員は片付けに追われた=2009年8月11日午後、静岡県焼津市(鈴木健児撮影) 11日早朝に発生した駿河湾沖を震源とする地震は、静岡県内で震度6弱を記録し、東名高速の路肩が崩壊するなどの被害を招いた。だが、静岡県内の死者は1人、負傷者は126人(14日現在)と地域格差はあるものの、「東海地震が来た。死ぬかもしれないと思った」(静岡市の男性会社員)という揺れの割に被害は小さく済んだと言える。住宅も全壊ゼロ、半壊2棟で甚大な被害は出なかった。東海地震が想定される同県内では、30年以上前から自治体がさまざまな施策を進めていることに加え、住民の防災意識が高いことも功を奏したようだ。(静岡支局 田中万紀)

家具の固定が浸透

 平成19年に静岡県が実施した県民意識調査によると、「家具を固定している」人は62・7%だった。一方、同年の内閣府の全国調査では「家具を固定している」と答えたのは24・3%に過ぎず、静岡県の数字は際立って高い。

 今回の地震による負傷者の大半が、家具やテレビが倒れたことによることを考えれば、家具などの固定は地震被害を防ぐ重要なポイントだ。


 住宅についても静岡県は「TOKAI−0(トウカイ・ゼロ)」と銘打った耐震化キャンペーンを実施している。古い木造住宅は無料で耐震診断を受けられ、耐震工事をする場合は最高80万円が助成されるという“大盤振る舞い”の制度だけに、5万5444棟が無料耐震診断を受け、9340棟が耐震工事を行った(いずれも20年度末現在)。

 今回、住宅の全半壊がわずか2棟で済んだ背景には、地震の大きさや揺れ方の程度もさることながら、このような“側面支援”の充実も挙げられる。県危機管理局は「20年度末の県内の住宅耐震化率は約80%に達する」と推計している。

 また、住民の防災意識の高さは、19年度98%、20年度96%という自主防災組織の組織率に表れている。世帯ベースの加入率は、19年度は全国トップ、20年度は同じく東海地震への備えを進める愛知県に次いで2位だった。

円滑な初動態勢

 県の対応も素早かった。地震発生の午前5時7分から1分後には携帯電話メールの一斉配信システムで、県や市町の防災要員約2680人が招集された。

 県災害対策本部の設置は発生から23分後の午前5時30分。この段階で、登庁していた小林佐登志・危機管理監に川勝平太知事から電話で指示が出されている。

 川勝知事は発生から30分ほどで県庁入り。発生53分後の午前6時には各部局のトップを集めた会議が開かれ、県庁を挙げての情報収集に動き出した。本部要員となる県職員の集合率は、1時間半で全体の79%、2時間で95%だった。

65とはずがたり:2009/08/16(日) 17:01:38
>>64-65
 小林危機管理監は「家族への被害がなかったので職員は支障なく出動できた。立ち上がりはよかった」と振り返り、川勝知事も「初動態勢がよく、被害が大きくならなかった」と講評した。

横断的な組織

 こうした迅速な初動態勢を裏打ちするのは、県の“縦割り”を排した効率的な組織編成と、日ごろのさまざまな訓練だ。

 今年4月、県に地震防災、新型インフルエンザ、食の安全などを担当する「危機管理局」が新設された。従来、地震防災は防災局、新型インフルエンザは厚生部という具合に事案別に対応していたものを「県民の危機に総合的、横断的に対処する」部署として、当時の防災局を再編して発足した。直後に北朝鮮のミサイル騒ぎがあり、新型インフルエンザへの対応、そして今回の地震と、誕生から5カ月の部局は縦横無尽の活躍を見せている。

進化する訓練

 危機管理局は、総合防災訓練はもちろん、災害対策本部設置訓練、地震対策オペレーションと、年に何度も訓練を繰り返しており、内容にも工夫が凝らされている。

 県が主催する防災訓練は、最近まで「シナリオ付与型」と呼ばれる、事前に与えられたシナリオに沿って行動するタイプだった。その後、訓練時までシナリオを伏せておく「ブラインド型」に変更され、現在では「状況付与型」訓練が多用される。

 「地震発生」の一報で集まった防災要員に「○○地区で土砂崩れ発生の模様」「○○町と連絡が取れない」と、刻々と被害状況が与えられる。それを基に一人一人が自分の役割を把握して状況判断し、関係部署に指示を出す。その指示によって市町や関係部局の動きは変わり、状況も変化する。そこでさらに次の判断を下す…といった流れだ。

 小林危機管理監は「この訓練を導入してから、一人一人の職員が自ら考え、行動する能力が飛躍的に高まったと感じる」と自負している。

「東海」は大丈夫?

 もちろん、今回の迅速な初動態勢がそのまま東海地震の際に通用するわけではない。東海地震の規模を示すマグニチュード(M)は、この地震の100倍以上とされるからだ。


今回の地震で焼津市のサッポロビールの集積場では空き瓶が散乱。製品は5000本以上、空き瓶は無数に壊れ、作業員は片付けに追われた=2009年8月11日午後、静岡県焼津市(鈴木健児撮影)
 小林危機管理監も「東海地震は震度6強以上。今回の揺れとは比較にならない」と気を引き締める。

 それでも、この地震が「言葉は悪いかもしれないが、(東海地震の)予行演習のような形になった」(川勝知事)ことは間違いない。

 東海地震の発生時に備え、今回の教訓を生かして素早く行動できるか▽家具の固定方法に問題はないか▽わが家の耐震性は大丈夫か▽家族との連絡方法や避難場所を把握しているか−。

 一人一人が今回の地震を機に、いま一度「身の回りの防災」について考えてみる必要がありそうだ。

66とはずがたり:2009/08/22(土) 22:07:50
懸河名物葛餅を家から貰って帰ってきた。

日坂は昔,西坂宿と云われていて,佐夜の中山の西と云う地名だったそうな。

そこの葛でつくった餅がこの葛餅の由来で生産者は↓

伊藤菓子舗
http://itokashiho.hamazo.tv/
http://www.max-party.net/exellence/itoukashiho.html
http://itokashiho.hamazo.tv/e1733463.html

抹茶味じゃないほうが美味しかった。

67とはずがたり:2009/09/04(金) 13:25:28
「世界一」が泣いている/蓬莱橋

2009年09月04日


「世界一長い木造歩道橋」の蓬莱橋
http://mytown.asahi.com/shizuoka/news.php?k_id=23000000909040004

高輝度発光ダイオード(LED)で発光するソーラー灯=島田市


 ギネスブックに世界最長の木造歩道橋として登録されている島田市の蓬莱橋(ほうらいばし)が、「心ないいたずら」に泣いている。ライトアップ用の照明機器が壊される被害が後を絶たず、7月末には80個以上が無くなった。03年の設置以来の被害は20件近くにのぼる。空港開港で観光客が増える中、関係者は対策に頭を悩ませている。(小川弘平)


 被害が絶えないのは、欄干わきに2・5メートル間隔で計722個設置されているソーラー灯。約10センチ四方の大きさで太陽光を利用して夜間発光する。辺りが暗くなり、緑色の光の橋が幻想的に浮かび上がる風景は、観光の呼び水となっている。

 「またやられたか」。毎朝橋の点検を行う「橋番」の孕石(はらみいし)吉嗣さん(67)が大量のソーラー灯が無くなっているのに気がついたのは7月26日の朝だ。「歯抜け」のように中央部の81個が壊されていた。橋の下の大井川に落ちていた8個は回収したが、残りは行方不明。島田署が器物損壊事件として捜査している。

 市観光文化課によると、ソーラー灯は金属板の上に強力な両面テープではり付けて樹脂で固めているため、けったとしても取れない強度になっている。とはいえ、「悪意を持って工具を使われるとどうしようもない」。

 これだけ大量の被害は今回が初めてだが、これまでも度々盗まれたり河原に捨てられたりしてきた。「初代」のソーラー灯側面には、最初に取り付けにかかわったボランティア約150人の名前が書き込まれているが、残るのはわずかという状況だ。

 市は04年7月に番小屋前に3台の防犯カメラを設置して24時間監視をしてきた。さらに、新たな対策として、8月末に防犯カメラ近くにサーチライト2灯を仮設置し、今月の本格稼働を目指している。来年度には橋げたにソーラー灯を入れ込む外枠を打ち付けることを検討しているが、担当者は「橋は市民の財産なので、景観を損ねないように配慮しないといけない」と話す。

 同課によると、橋には年間10万人以上が訪れる。静岡空港開港以降は、韓国や中国のツアー客が時間調整をかねて寄ることも多く、観光客が4割近く増えている。

 市の観光ボランティアガイドもこなす孕石さんは「橋は地元の歴史にかかわる大切な財産。みんなで楽しむためにも、モラルをしっかり守って欲しい」と話している。


◆蓬莱橋

 幅2・7メートル、全長897・4メートル。明治維新後に開かれた開墾地と対岸の市街を行き来するために1879(明治12)年に架けられた。何度も水害で流され、1965年に今の姿となった。蓬莱橋土地改良区が維持管理する農道で、通行料は大人100円、子ども10円、自転車100円。

68とはずがたり:2009/09/27(日) 12:32:23
さばかと云う地名が菊川市内にあるそうな。
沢水加と書くとの事。
由来は近くになるさわ(鳴沢?)と云う沢があって水がさわさわと湧き出てるから,とのこと。

云われてみれば掛川には満水とかいて「たまり」と訓(よ)む地名もある。難読ですねぇ。

因みに沢水加と我がATOKは一発変換でけた。凄いねぇ。因みに佐波賀で「さばか」と云う地名もあるようだ。
調べてみると京都府舞鶴市の地名の様だ。

69とはずがたり:2009/09/27(日) 18:56:48
掛川市議会会派
http://www2.city.kakegawa.shizuoka.jp/gyosei/shigikai/giin_01.html

新市長派(松井三郎)・自民系…自民系新人は4人とも参加
1 佐藤 博俊 創世会
2 草賀 章吉   創世会
4 山崎 恒男 創世会
6 �絽供…迷� 創世会
8 鈴木 久男 創世会
18 鳥井 昌彦 創世会=中選挙区時代は大石千八支援
21 加藤 一司 創世会
22 大石與志登 創世会

中間派・自民系
13 山�魁『Ĺ� 誠和会
15 鈴木 正治 誠和会
16 �鯥據”卉� 誠和会
17 豊田 勝義 誠和会
19 大庭 博雄  誠和会
24 竹嶋 善彦 誠和会

前市長(戸塚)派・反市長派…松井以外は大東・大須賀系
11 水野  薫 新政会
14 松井 俊二 新政会
20 内藤 澄夫 新政会
23 雜賀 祥宣 新政会

民主・連合系
3 中上 禮一 みどりの会=民主推薦
5 榛葉 正樹 みどりの会=民主公認・友愛後継
12 堀内 武治 みどりの会=総評系

共産党
7 川瀬 守弘 共産党掛川市議団
9 柴田 正美 共産党掛川市議団

公明党
10 山本 行男 公明党かけがわ

(平成21年5月14日現在)
数字は議席番号

71とはずがたり:2009/12/14(月) 20:17:45
この辺は掛川ってゆーより未だ大須賀って感じだけど,砂糖黍が名産だったんですねえ。

サトウキビ成長に感謝 掛川で収穫祭
2009/12/06
http://www.shizushin.com/news/local/west/20091206000000000067.htm

 掛川市大須賀町商工会は5日、同市大渕のサトウキビ畑で収穫祭を開いた。地元の生産者や商工会関係者らが集まり、大須賀地区特産のサトウキビの成長に感謝し、収穫を祝った。
 畑には同商工会の長田守会長ら約20人が集まり、ずっしりと成長したサトウキビをかまなどで刈り取り、皮をむいた。
 生産者の一人、岡本晋一郎さん(34)=掛川市横須賀=によると、今年は台風や突風の影響で倒れる被害もあったが、糖度が乗って味は上々という。参加者は刈り取ったばかりのサトウキビを絞ったジュースも飲み、地元産のサトウキビを味わった。
 同商工会によると、サトウキビを原料にした地砂糖「よこすかしろ」は予約が殺到し、ラム酒「ヨコスカラム」は今月中旬、限定1500本を販売する。問い合わせは大須賀町商工会〈電0537(48)2262〉へ。

72荷主研究者:2009/12/15(火) 00:33:30
>結縁寺インターチェンジ〜岩井寺区間の4車線から2車線への変更や拡幅
ま、4車線はいらんかなー。

http://www.chunichi.co.jp/article/shizuoka/20091210/CK2009121002000187.html
2009年12月10日 中日新聞
掛川の南北幹線道路整備計画 市が4車線から2車線の見直し案提示

ttp://tohazugatali.web.fc2.com/road/PK2009121002100100_size0.jpg

 市の最重要施策と位置付ける南北幹線道路整備計画の市街地間ルートについて、事業再検討をしている掛川市は9日、市議会経済建設委員会で初めて見直し案を示した。税収減などに対応するため、4車線を2車線にしたり、事業期間を延長したりする。案に対し、計画は合併時の約束であるとして、委員から異議が相次いだ。(河野貴子)

 2005年から10年間の計画が最長で6年延びる。市負担の事業費は約96億円から約71億円に圧縮される。主な見直し内容は、結縁寺インターチェンジ〜岩井寺区間の4車線から2車線への変更や拡幅▽中方構造改善センター西側交差点に右折帯設置(県事業として追加要望)▽交差点と道路新設の事業期間延長など。

 不況による税収減や新病院建設などで市の財政は逼迫(ひっぱく)しており、交通量調査や投資効果の評価を行い、将来の交通需要予測などにより案を練ったという。

 特に南部出身の委員からは「掛川駅に向かう道路として、きちんと整備して」「もう1回検討を」といった要望があった。最終的に計画が中止になることを心配する声に対し、松井三郎市長は「私自身も断腸の思いで見直しした。南北道の整備をやめることは決してない」と理解を求めた。

 委員会は「議論を深めたい」として、了承するかどうかの結論を出さなかった。

73とはずがたり:2009/12/15(火) 00:40:21
4車線の計画だったんか。。速達性考えると欲しい気がするが,需要考えれば要らんやろね。
速達性も線型が滅茶苦茶な区間があるのでそこを改良した方が効果高そう。森掛川ICから4車線でずどんと150迄繋がってるとお洒落ではあるんだけど。。

74荷主研究者:2009/12/30(水) 00:18:22

http://www.chunichi.co.jp/article/shizuoka/20091219/CK2009121902000165.html
2009年12月19日 中日新聞
JR掛川駅木造駅舎『保存望む』5割超 市民アンケートの結果

市議会全員協議会で市が同意の意向伝達へ

年内に保存か建て替えかが決まるJR掛川駅の木造駅舎=掛川市で

 鉄骨での建て替えか木造保存かで揺れる掛川市のJR掛川駅北口駅舎について、保存の賛否を問うため市が行った市民アンケートの結果が18日、公表された。保存を望む声が50・5%を占め、望まないのは28・0%だった。市はこの結果を受け、24日の市議会全員協議会で従来の方針通り、保存の意向を伝えるとみられる。JR側には年内に市の決定を伝える。 (河野貴子)

 20歳以上の市民を抽出して1200人に調査票を送り、42・6%に当たる511人から回答があった。

 木造駅舎保存のための市の負担に関する設問では、「補助金や寄付金で負担を軽減する」ことを望んだのは78・5%、「軽減しなくてもよい」は3・8%。無条件での市費投入は容認していない。

 JR側は鉄骨による建て替えと木造保存など3つの案を市に示し、鉄骨ではJRが費用を全額負担するが、木造保存なら鉄骨との差額分1億1000万円(見込み)の負担を市に求めている。市議や市民からは財政状況が厳しい中での市費投入に疑問の声がある一方で、市民有志が保存する会の設立準備を進め、寄付金を募る動きを見せている。

75荷主研究者:2009/12/30(水) 00:20:54
>ヤマハは来年末までに国内のピアノ生産を掛川工場(掛川市)に集約させる予定
そうなんかー。

http://www.chunichi.co.jp/article/shizuoka/20091219/CK2009121902000162.html
2009年12月19日 中日新聞
《経済》ヤマハ、管楽器生産を豊岡に統合 埼玉工場閉鎖し来年4月から移転

 ヤマハは18日、管楽器生産拠点の埼玉工場(埼玉県ふじみ野市)を閉鎖し、豊岡工場(磐田市)に統合すると発表した。管楽器は昨秋以降の世界的な景気低迷で販売不振が続いており、生産拠点を1カ所に集約させて効率化を図る。

 埼玉工場の移転は来年4月から段階的に進め、2013年3月までに完了させる計画。社員170人は豊岡工場に配置転換する。統合に伴う費用は約20億円。統合後のコスト削減効果は年間4億5000万円を見込む。

 埼玉工場はホルンやチューバなどの金管楽器を生産。全体の四分の三を欧米向けが占めているが、09年度生産数は前年度比2割減の2万1000本に落ち込む見通し。

 豊岡工場は敷地が埼玉工場の10倍の約18万平方メートルあり、約1400人が勤務している。管楽器のほか電子楽器、音響機器を生産。管楽器は本年度8万8000本を見込む。

 ヤマハの管楽器シェアは世界トップの25%あり、売り上げ全体の10%を占める。景気悪化で特に北米での販売が落ち込み、安価な中国製に押されて苦戦が続く。ピーク時の07年度には国内外で40万本を生産したものの、本年度は30万本まで落ち込む見通しだ。

 ヤマハは来年末までに国内のピアノ生産を掛川工場(掛川市)に集約させる予定。管楽器工場が統合すると、楽器の国内生産拠点は2カ所になる。工場統廃合について、浜松商工会議所会館で会見した岡部比呂男取締役は「やるべきことはやった」と説明した。

76とはずがたり:2009/12/30(水) 00:21:09
>>74
これ一応俺らのおかんが議会で取り上げた案件だでね。

77荷主研究者:2010/01/12(火) 23:13:50
西遠都市圏ネタもここに貼りゃぁ良いよね?

お〜、もうそこまで事業が具体化していたかっ!でも逆に新駅構想が出てから随分と時間が経っているようにも思えるが…。
>JR新駅の候補地は、磐田市鎌田。…既に候補地の北側で駅前広場整備が進められ、南側でも昨年12月に土地区画整理組合が発足

http://www.chunichi.co.jp/article/shizuoka/20100108/CK2010010802000167.html
2010年1月8日 中日新聞
西遠都市圏の将来交通計画を了承 『磐田にJR新駅』明記

浜松環状バス路線新設も

 西遠都市圏(浜松、磐田、袋井、湖西の4市と森、新居の2町)の総合都市交通計画協議会は7日の全体会合で、検討中の都市交通マスタープランについて将来交通計画の原案を了承した。 (後藤隆行)

 公共交通の施策提案では、JR東海道線の磐田−袋井間に新駅を設置するほか、遠州鉄道と天竜浜名湖鉄道の乗り継ぎ強化などを明記する。自動車から乗り換える「パーク&ライド」の普及も打ち出し、幹線道路に近い鉄道駅で駅前広場の整備を進める。

 都市交通マスタープランは3月中旬の全体会合で最終的に決定する。計画期間は2030年までの20年間。

 JR新駅の候補地は、磐田市鎌田。NTNやヤマハ発動機などの事業所が周辺に立地している。既に候補地の北側で駅前広場整備が進められ、南側でも昨年12月に土地区画整理組合が発足した。

 協議会に出席した磐田市幹部は「これからJRと新駅設置を協議していく」と報告。久保田尚委員長(埼玉大院教授)は「バス乗り換えを含め、理想的な交通拠点に位置づけては」と指摘し、県などの事務局側も前向きな姿勢を示した。

 遠州鉄道と天竜浜名湖鉄道の連携強化は、天竜浜名湖鉄道の天竜二俣駅から浜松都心へのアクセス向上を重視。西鹿島駅での遠鉄への乗り継ぎダイヤ設定に加え、一定区間で運行本数を増やすシャトル運行も明示する。

 駅前広場整備の提案個所は、JR天竜川駅、遠鉄西ケ崎駅など10駅余。道路渋滞の解消に向け、自動車から鉄道への乗り換えを促す狙いがある。

 バスについては、主要な3区間を維持・強化路線と位置づける一方、浜松市内の環状路線など3路線の新設を検討する。浜松市が目指すバス網再編では、基幹路線と支線路線の乗り換えを伴うため「IC乗車券の共通化」が課題に挙がった。

将来公共交通の主な施策提案
鉄道関連
○「新駅設置」…JR東海道線磐田−袋井間(磐田市鎌田)
○「鉄道相互の連携強化」…遠州鉄道・天竜浜名湖鉄道の西鹿島駅。乗り継ぎダイヤ設定、天竜浜名湖鉄道のシャトル運行など
○「バスとの連携強化」…バス路線新設(JR磐田新駅⇔岩井・福田地区、遠州鉄道浜北駅⇔浜北新都市⇔都田地区)
○「自動車との連携強化」…駅前広場整備(JR天竜川駅、遠州鉄道上島駅、西ケ崎駅、小林駅など)

バス関連
○「維持・強化路線」
・浜松都心を中心とする放射状の幹線的路線(バス網再編で運行効率化や利便性向上)
・磐田市中心⇔福田・竜洋・豊岡地区(暮らしを支える路線)
・袋井市中心⇔浅羽地区・森町中心(暮らしを支える路線)
○「新規バス路線」
・JR磐田新駅⇔岩井・福田地区
・遠州鉄道浜北駅⇔浜北新都市など
・JR天竜川駅⇔遠州鉄道上島駅⇔JR高塚駅
○「高規格システム導入」
・浜松都心⇔気賀地区(信号制御など優先システム整備)

78荷主研究者:2010/01/12(火) 23:24:22
この橋は何度も通ったし、思い出があるなぁ。森川橋の横には静鉄秋葉線の橋台が朽ち果てながら残っていたのも思い出…。

http://www.chunichi.co.jp/article/shizuoka/20100108/CK2010010802000164.html
2010年1月8日 中日新聞
森町・森川橋 72年の歴史に幕 町民有志が9日に感謝イベント 画展や湯茶でもてなし

ttp://tohazugatali.web.fc2.com/road/PK2010010802100118_size0.gif

地域交通の要所として町民に親しまれてきた森川橋=森町で

 森町中心街の県道袋井春野線の太田川に架かる「森川橋」が、老朽化により取り壊される。72年間にわたり、町民に親しまれてきた橋に感謝するイベントが9日、橋周辺で開かれる。(夏目貴史)

 森川橋は1938年に建造。橋げたの途中にヒンジと呼ばれる体の関節のような継ぎ目を持つゲルバー式の橋で、全長104メートル、幅員6メートルの片側一車線。袋井市と浜松市天竜区春野町方面を結ぶ交通の要所として活躍してきた。老朽化によりその役目を終え、新橋に架け替えられる。新橋は現在工事が進み、2012年3月末に完成予定。

 イベントは、町民の有志で組織する「森の応援団」が企画。当日は橋の車道を開放し、橋にちなんだ写真やスケッチ画展や湯茶などでもてなす。夜は橋の欄干に約400本のろうそくを並べ、ほのかな明かりをともす。

 応援団の山本俊康代表は「森町の産業や文化の懸け橋となった森川橋に感謝したい」と話している。

 イベントの問い合わせは山本代表=電0538(85)7577=へ。

79とはずがたり:2010/01/13(水) 18:01:22
郷土新聞(掛川)
2010年1月1日付

まだ増える掛川のホテル
東横イン駅南に3月オープン

JR掛川駅の南口にほど近い亀の甲一丁目地内で,ビジネスホテル「東横イン」の建設が進んでいる。地上13階,客数131の同ホテルは,3月31日にオープンの予定だ・

掛川市内では09年にも駅北口近くにビジネスホテル「アイシス」が建設され,温泉旅館やリゾートホテルを除く宿泊施設(旅館,シティーホテル,ビジネスホテル)の合計客室数は1660に上る。東横インが営業を始めれば,その数は1800に達しようという規模になる。

新幹線駅を有し中東遠の玄関口になっている市内では,特にビジネス関係者の宿泊が多い。各施設の稼働率は概ね良好のようだが「工業出荷額から言ってもこのあたりが限度か」との見方もある。

全面リニューアルへ
呉竹荘買収のグランドホテル

米証券最大手のゴールドマン・サックスグループが運営してきた掛川駅南口前の掛川グランドホテルを,浜松を拠点にホテルや結婚式場を経営する呉竹荘がさきごろ買収した。現在は営業を継続しながら外観,客室,レストラン,宴会場などの改修に取り掛かっており,3月にリニューアルオープンする。

これまで88室だった客室は改修後93室になり,宿泊料はシングルで8000円〜1万5000円程度になる見込み。名称は変更しない。呉竹荘グループでは同ホテルをグループにとって浜松に次ぐ第2の拠点と位置づけ,初年度は前年比1割増の売上高13億円を目指して行くという。

81荷主研究者:2010/01/18(月) 22:13:33

http://www.shizushin.com/news/pol_eco/shizuoka/20100114000000000006.htm
2010年01/14 07:18 静岡新聞
掛川再開発、核店舗出店見合わせ

 JR掛川駅北口前の再開発事業に核テナントとして参画が予定されていたスーパー「バロー」(岐阜県)が、当分の間、掛川再開発への出店を見合わせる意思を地元関係者に伝えていたことが13日分かった。近く市が市議会などに説明する見通し。掛川市中心部の再開発計画は一部変更、先送りの可能性も出てきた。

 複数の関係者によると、バローは景気の低迷や消費動向を考慮し、新規出店を高収益店に絞る理由などから、掛川再開発への参画を当分見合わせる方針を決めたとみられる。

 掛川市を含めた再開発地権者は、高層マンションを含めた再開発ビルの完成時期を2012年3月に目標設定している。景気回復などによりバローが早期出店に意欲を示せば、目標通りの開店の可能性もあるが、現時点では厳しい局面に立たされた。再開発ビルは国が認定した掛川市中心市街地活性化基本計画の核事業に位置付けられていて、今後はビルの店舗構成や資金計画を含めた再開発事業計画全体を、どのように再考するかの作業が課題となる。

82とはずがたり:2010/01/18(月) 23:55:11
因みにオカノは暫く前にバローに併合されたみたいだで既に掛川市内でも大池IC南に出店済みではある。。

83とはずがたり:2010/02/11(木) 22:45:13

掛川決戦始まる、茶香る室内で対局 王将戦第3局
02/10 14:36
http://www.shizushin.com/news/social/shizuoka/20100210000000000056.htm

 将棋の羽生善治王将(39)に久保利明棋王(34)が挑む第59期王将戦の7番勝負第3局(静岡新聞社・静岡放送後援)が10日午前、掛川市の掛川城二の丸茶室で始まった。11日まで。先手となった久保棋王の初手は7六歩。羽生王将が3四歩に指した。久保棋王が三間飛車の注文を付けた。
 掛川市での将棋のタイトル戦開催は初めて。両者ともに1勝1敗で迎えての「掛川城決戦」で、どちらが掛川で優位に持ち込むか注目が集まる。
 二の丸茶室は天守閣の真下にあり、室内はお茶のまちらしく茶香炉がたかれ、茶の香りに包まれた。両者には掛川産の深蒸し茶が振る舞われた。
 大盤解説会開催2時間前に解説会場の大日本報徳社に駆け付けた将棋ファンの1人、佐藤博さん(73)=掛川市=は「2人がどう指すかじっくりみたい。楽しみです」と対局の行方を間近で見る喜びに笑みを浮かべた。
 立会人は田丸昇八段。持ち時間は各8時間。

84荷主研究者:2010/02/28(日) 16:22:27
>>74
http://www.chunichi.co.jp/article/shizuoka/20100223/CK2010022302000162.html
2010年2月23日 中日新聞
掛川の木造駅舎保存・活用する会設立 ふるさと納税で2企業・1団体が寄付

会長に選ばれ「木造駅舎を貴重な遺産として将来に生かしたい」とあいさつする鷲山恭彦東京学芸大学長=掛川市の掛川商工会議所で

 JR東海静岡支社の掛川駅北口駅舎耐震化計画で、1933年建築の木造駅舎を寄付金などによって保存する「掛川駅木造駅舎を保存・活用する会」が22日、設立された。ふるさと納税制度を活用した市の木造保存寄付金に早速2企業と1団体が寄付、活動がスタートした。(楯三紀男)

 同会は木造駅舎を掛川城天守閣などと並ぶ木の文化を象徴する建物として保存、活用していく法人、団体、個人で構成され、木造駅舎の価値の普及啓発、市が進める寄付金の推進、木造駅舎活用に向けた提言などを行う。

松井三郎市長(右)に寄付金を贈るゼロの会の山本明会長=掛川市の掛川商工会議所で

 設立総会は掛川商工会議所で行われ、行政や団体代表ら50人が出席、会長に鷲山恭彦東京学芸大学長を選任、規約や事業計画を承認した。鷲山学長は「木造駅舎は全国でも数少なく、貴重な遺産、木の文化の一つとして掛川から全国に発信したい」とあいさつ。市内の異業種交流団体「ゼロの会」(山本明会長)と掛川グランドホテル(山下智司社長)、市内に営業所を持つ丸友開発(谷田康雄社長)が寄付金を松井三郎市長に贈った。

 北口駅舎耐震化でJR側は鉄骨建て替えと木造保存など3案を示し、鉄骨ならJRが3億円の費用全額を負担するが、木造保存では鉄骨との差額分1億1000万円の負担を市に求めていた。市では市有地売却で2000万円、国の補助金4000万円と寄付金5000万円で対応する考え。耐震化は2012年度までに行われる。

85とはずがたり:2010/03/03(水) 00:21:27

エコパ利用100万人突破 本年度初の大台
http://www.shizushin.com/sports_news/shizuoka/20100301000000000029.htm
03/01 08:48

 県小笠山総合運動公園「エコパ」(袋井市愛野)の本年度の利用者が28日、100万人を突破し、記念セレモニーがエコパスタジアムで行われた。年間利用者が100万人を超えたのは、2001年度のオープン以来初めて。
 100万人目の利用者となったのは、新居町の会社員疋田靖さん(38)と妻ひろみさん(37)、長女望結さん(4)の一家。同日にエコパスタジアムで開かれたジュビロ磐田サポーターズクラブフェスタに参加し、節目の利用者となった。
 県サッカー協会の杉山隆一副会長、ジュビロ磐田の辻鎮雄取締役から、サッカーボールや袋井特産のクラウンメロンなどがプレゼントされた。疋田さんは「急に呼び止められてびっくりしました。ジュビロや日本代表の試合観戦に何度も来ていますが、席が広くて快適なスタジアムです」と笑顔で語った。エコパハウスの池谷正ゼネラルマネジャーは「今後もあらゆる年齢層の方に利用しやすい開かれた施設を目指したい」と話した。
 エコパの年間利用者は02〜05年度は60万〜70万人台で推移してきたが、県サッカー協会グループが指定管理者となった06年度以降は80万〜90万人台に増加。本年度は、袋井市観光協会などと共同開催した「全国B級グルメスタジアム」(昨年5月)に過去最高の16万人が詰め掛けたこともあり、大幅に利用者が伸びた。

86とはずがたり:2010/03/05(金) 20:43:10
ナヌ!?

花粉症発症者、全国1位の38.16%
03/05 08:21
http://www.shizushin.com/news/social/shizuoka/20100305000000000005.htm

 気象情報会社ウェザーニューズ(東京)が4日発表した「花粉症の発症者が多い都道府県ランキング」で静岡県が全国1位となった。県内の薬局・薬店では花粉症の本格シーズンを迎え、市販薬を手に取る人も増えている。
 アンケートは、2月20〜22日に、同社の携帯電話サイトの利用者を対象に今回初めて実施。「周りの人の何割くらいが花粉症か」との質問を設定し、1割未満から10割まで全11段階の選択肢で計5万3946人から有効回答を得た。
 その結果、本県が38・16%と最も多く、群馬38・04%、山梨37・32%、栃木36・91%、三重36・85%と続いた。全国平均は32・20%。スギ花粉の影響が少ない北海道と沖縄県は調査対象から除いた。
 同社広報部は「西からの風が春先に吹く東海地方は飛散量がほかの地域と比べて多い。そのため、静岡県の発症者率も高くなったのではないか」と推測した。
 同社が同時に発表した過去5年間の総花粉飛散量によると、1位は岐阜県、2位は宮崎県、3位は群馬県。静岡県は10位だった。
 県内のスギ花粉飛散量を調査する県森林整備室は「県が1位になった詳細な理由は分析できない」としながら「中西部を中心にスギの人工林が多いので飛散量が多いことは確かだ」と話した。同社が同時に発表した「花粉症対策にかける費用都道府県別ランキング」では、本県は月額1628円で9位だった(全国平均は1558円)。

87荷主研究者:2010/04/04(日) 01:39:21

http://www.chunichi.co.jp/article/shizuoka/20100322/CK2010032202000141.html
2010年3月22日 中日新聞
掛川・原泉小で閉校式 43年の歴史 統合で幕

原泉小最後の児童として、歌を披露する16人の子どもたち=掛川市原泉小で

 統合により3月末で役目を終える掛川市最北端の原泉小学校で21日、閉校式が行われた。16人の児童と教職員、卒業生、地域住民らゆかりの約460人が集い、思い出深い学舎にたくさんの感謝を伝え、別れを惜しんだ。

 同小は1873年に倉真小黒俣分校として開設され、1967年に三笠北小と統合して以来、43年間に569人の卒業生を送り出した。4月に西郷小と統合する。

 安松敏校長は「原泉小学校、夢と希望を与えてくれてありがとう。笑顔でさようならと言いましょう」とあいさつ。市教育委員長職務代理者の松下一徳さんに校旗を返納した。

校旗を返納する安松校長(左)=掛川市原泉小で

 自身も卒業生の杉山光平PTA会長は、子どもたちに向けて「原泉小での思い出を心のアルバムに大切にしまっておいて」と語りかけた。

 続いて開かれた集いには卒業生が登場し、プールでコイの釣り大会を開いたこと、市内のソフトボール大会で準優勝した思い出などを語った。

 16人の児童は最後の1年間の学校生活を披露。朝夕に校舎に向かってあいさつをしてきたこと、新しい学校では縄跳びや割り算を頑張りたい、友だちをつくりたい−などと目標を発表し、出席者全員で「ふるさと」を歌って学校に別れを告げた。

(河野貴子)

88とはずがたり:2010/05/22(土) 22:34:22

俺が子供の頃転車台の後が掛川駅の傍にあったけどどうなっちゃたかなぁ。。

天浜線“丸ごと”国有形文化財に 登録に向け準備
http://www.shizushin.com/news/local/west/20100522000000000066.htm
2010/05/22

 本年度、全線開通70周年を迎える第三セクターの天竜浜名湖鉄道(本社・浜松市天竜区)が、昭和初期の駅舎や鉄橋、トンネルなど約40カ所を国の有形文化財に登録するための準備に入った。7月にも県や沿線6市町を通じて関係書類を文化庁に提出し、12月以降の正式登録を目指す。いわば「全線丸ごと文化財」といった構想で、全国の鉄道ファンの注目を集めそうだ。
 同鉄道の全線開通70周年記念事業の目玉で、関係者は「鉄道遺産としての保護や、観光客利用の増加につながってくれれば」と期待する。
 全線に及ぶ多数の施設を有形文化財建造物として一括登録した鉄道は、若桜鉄道(鳥取県)と、わたらせ渓谷鉄道(群馬県)の2例しかなく、天浜線が実現すれば全国3例目。
 関係者によると、登録を狙うのはいずれも木造の桜木(掛川市)や遠江一宮(森町)、天竜二俣(浜松市天竜区)、宮口(同市浜北区)、三ケ日(同市北区)などの各駅舎やプラットホームで、昭和の面影がそのまま残る。天竜川鉄橋、二俣川鉄橋なども含め、旧国鉄二俣線時代の1935〜40年ごろに建設され、当時の外観のまま残っている建造物が中心という。
 旧国鉄二俣線は1935年、掛川−森駅間で営業をスタートし、40年に現在と同じ掛川−新所原駅(湖西市)間の全線が開通した。
 本社を置く天竜二俣駅構内には、すでに1998年に国の登録有形文化財になっている転車台や扇形車庫などがある。同駅を拠点に、沿線の貴重な駅舎や鉄橋を巡る鉄道ファンも多い。

 天竜浜名湖鉄道 1987年開業。県と沿線6市町(浜松市、掛川市、湖西市、森町、磐田市、袋井市)などが出資する。掛川―新所原駅間67・7キロ。現在は、川勝平太知事が会長を務める。

89荷主研究者:2010/05/30(日) 10:37:09

http://www.chunichi.co.jp/article/shizuoka/20100523/CK2010052302000118.html
2010年5月23日 中日新聞
天浜線・原谷駅舎を元気の拠点に 地元・掛川有志の会が計画

原谷駅前の清掃活動をするポッポ屋原谷会のメンバーら=22日、掛川市本郷で

 「田舎ほど楽しい」を合言葉に、天竜浜名湖鉄道の原谷(はらのや)駅(掛川市本郷)を再び人々の結節点にしようと、地元有志の会が駅舎をまるごと地域の拠点に生まれ変わらせようとしている。駅の隣に住む会の代表世話人柴田清一さん(61)は「駅にはドラマがあり、人を元気にしてくれる場所だった。駅舎をみんなで守り、井戸端会議の場にしたい」。6月半ばのスタートを目指し、構想を練っている。 (掛川支局・河野貴子)

無人化惜しむ
 昨年11月の駅の無人化を惜しみ、駅舎を活用できないかと柴田さんらが3月に「ポッポ屋原谷会」をつくり、50〜70代の25人ほどが参加した。4月に天竜浜名湖鉄道と賃貸契約を交わし、駅舎を無償で借り、管理や掃除を引き受けることになった。駅務室まで地域に開放されるのは38駅の中で唯一という。

 同社の鈴木篤仁管理部長は「第三セクターとして周辺市町が株主になっている地元密着の路線。駅を中心にコミュニティーが広がれば」と歓迎する。

 昭和初期のレトロな木造駅舎でミニ文化展を開こう、観光案内板を、農産物を売ろう−。会員の頭に案が次々に浮かぶ。住民がお茶で一服し、旅人をもてなす場にもしたい。

こつこつ改装
 六畳二間の駅務室を多目的室に改装しようと、会員は暇をみてこつこつと作業している。内装設計士の経験がある柴田さんは、廃業した近所の旅館から門や引き戸をもらってきて取り付け、会の名前を書いた看板もつけた。

 車社会になる前の駅周辺はにぎわいがあり、線路沿いの旧秋葉街道には商店が200メートルほど続いていたという。「ほかに買い物に行かなくても、全部ここで済んだ」と柴田さん。今、その面影はない。「寂しくなった町を活気づけたい。こうした所があれば元気が出るかな。あらたなドラマが生まれる場所にもなるね」

90とはずがたり:2010/06/22(火) 23:22:54
道の駅掛川、純利益1563万円 09年度決算
http://www.47news.jp/CI/201006/CI-20100606-00130.html

 掛川市が出資する第3セクター「道の駅掛川」(同市八坂、河本功社長)は4日夜、同市内で株主総会を開き、開業5年目の2009年度営業報告を行った。売上高は1億3千万円(前年比7・2%増)、当期純利益は1563万円(同3%増)でいずれも開業以来最高となった。正社員を1人増やしたことなどにより経常利益は1・5%減の2438万円だった。 出荷者、買い物客ともに順調に増えて需給バランスが保たれている一方、売り場面積や駐車場の確保、道路との出入りの利便性対策を10年度以降の課題に挙げている。 出荷者収入などを含む総販売額は5億4164万円で、前年比5・8%増。品目別販売額の前年比伸び率は、葉茎菜13%、果実・果物14%、根菜・土物9%、果菜・茸7%、花・種苗2%、加工品5%?など。自販機のみ取り扱いのたばこの販売額が大きく落ち込んだ。 買い物客は46万4千人で前年比5・9%増。開業時に97人だった出荷登録会員は3月末で436人に増えた。
2010/06/06 08:09 【静岡新聞】

91荷主研究者:2010/06/26(土) 18:52:38
>>75
http://www.shizushin.com/news/pol_eco/shizuoka/20100610000000000010.htm
2010年06/10 07:49 静岡新聞
ヤマハ、掛川工場の機能強化 ピアノ製造工程改善

 ヤマハはグランドピアノを製造する掛川工場(掛川市領家)の機能を強化した。本社工場(浜松市中区)から完全移転するのに伴い製造工程を改善したほか、調律師を自前で養成する敷地内の「テクニカルアカデミー」と、ユーザーが製品を弾き比べて購入する選定場を拡充した。一般見学を14日から開始し、ピアノに関する情報発信の拠点として始動する。

 掛川工場は1965年、アップライトピアノの製造を目的に操業。敷地面積は約25万1千平方メートルで、約1千人が勤務する。

 掛川工場では、本社工場で五つの建物に分かれていた工程を一つに集約し、作業効率のアップと製造時間を短縮した。音色に直結する工程は従業員1人で作業を完結し、ばらつきが発生しないように変えた。

 テクニカルアカデミーは入門したばかりの総合コース(1年間)などに加え、5日間の上級研修を導入した。調律や整調技術の研さんを重ね、ユーザーの利用環境の改善を図る。

 選定場は納得できるピアノを選んでもらうよう、異なる機種のグランドピアノとアップライトピアノを備えた大小の部屋を構えた。

 ピアノ事業部掛川統合プロジェクトの小林孝一リーダーは「製造とアカデミーが一体となり、ユーザーへのサービス向上につなげたい」と話す。

92とはずがたり:2010/07/22(木) 01:02:17

数日間で姿消す「幻の池」、12年ぶりに出現
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100721-00000934-yom-soci
7月21日19時29分配信 読売新聞

 浜松市天竜区水窪町奥領家の山中にほぼ7年に一度出現し、数日間で姿を消す「幻の池」が12年ぶりに確認された。

 近くに住む耳塚敏次さん(60)が20日正午頃見つけた。縦70メートル、横40メートル、深さ1・2メートルほど。

 水窪観光協会などによると、現場は標高650メートルにある「池の平」と呼ばれるくぼ地。なぜ池ができ、短期間で消えるのか不明という。

 池が出現すると多くの見物客でにぎわうが、今回は現場へ通じる林道が土砂崩れのため通行止め。同協会は「多くの人に見てもらいたかったが残念。登山はやめてほしい」と話している。

最終更新:7月21日19時29分

読売新聞

93荷主研究者:2011/02/06(日) 13:46:29

http://www.shizushin.com/news/local/west/20110125000000000066.htm
2011/01/25 静岡新聞
掛川の募金明暗 木造駅舎と球場施設

 掛川市内で展開され約1年になる二つの募金活動の明暗が分かれている。JR掛川駅北口木造駅舎現存保存は順調に目標額の折り返し点を過ぎる3千万円を突破。一方、掛川球場に照明施設を設置するための募金は目標の3億円に遠く及ばない約80万円と停滞している。度重なる寄付の要請に両募金活動の関係者からは「市民の寄付疲れ」という懸念の声も出ている。

 木造駅舎を現存保存するためにはJR側が負担する3億円に加え、市の負担金1億1千万円が必要。うち5千万円を来年3月末までに市民からの募金で集めたい考え。その中心となる「木造駅舎を保存・活用する会」が積極的に地元企業・団体に呼び掛けたり、市内50カ所に募金箱を設置したりするなど、順調に寄付金を集めている。

 苦戦を強いられているのは、掛川球場照明施設への募金活動。照明灯6基新設やバックネット改修などにかかる総費用は6億円。半分を市が負担し、残り3億円を2014年3月末までに市民や企業からの募金で賄うことを目指しているが、大口の寄付がなく、厳しい活動が続いている。

 同球場整備委員会は昨年10月から寄付を呼び掛ける募金箱とポスターを新たにつくっててこ入れを図っているが、大きな成果が挙がっていない。市民の多くが利用する駅舎と、利用者が限られる球場との違いはあるが、桑原貞秋委員長は「スポーツ関係者以外の市民に輪が広がっていない。もっと幅広いPRが必要」と課題を指摘する。

 過去に掛川城天守閣やJR掛川駅新幹線駅建設で寄付活動を展開し、実現させてきた掛川市民。だが、現在は「不安定な経済情勢の中、以前とは異なり、寄付が集まりにくくなっている」(桑原委員長)という。二つの寄付活動に携わる高木敏男市議は「駅舎と球場だけではなく、地域では公民館や祭りの屋台の積み立てなどもある」と指摘し、「市民の寄付疲れ」を心配している。

94とはずがたり:2011/02/09(水) 01:22:00

2011年02月08日
JX日鉱日石金属/静岡県掛川市に新工場建設
http://www.lnews.jp/2011/02/39598.html

JX日鉱日石金属は2月8日、静岡県掛川市に車載用電子部品向け精密部材のプレス・めっき加工を行う新工場建設を決めた。

製造会社のJX金属プレシジョンテクノロジーを設立。約90億円を投じ、2013年4月操業開始を計画している。

新会社と新工場の概要
名称:JX金属プレシジョンテクノロジー(株)(仮称)
資本金:4億円(JX日鉱日石金属全額出資)
本社所在地:東京都千代田区大手町
社長:未定
業務内容:車載用電子部品向け精密部材の製造・販売等
所在地静岡県掛川市
敷地面積59,000㎡

96とはずがたり:2011/05/06(金) 18:23:04
5/3-5迄掛川に帰省してきました♪
小学校から高校まで一緒だった旧友@現在は県警に奉職を5日の帰りがけ掛川駅で見かけたので呼び止めた所,お仕事中でありました。

経産相が浜岡視察 安全策、週明けにも判断
http://www.tokyo-np.co.jp/article/economics/news/CK2011050602000033.html
2011年5月6日 夕刊

 海江田万里経済産業相は五日、静岡県御前崎市の中部電力浜岡原発を視察し、福島第一原発事故を踏まえた緊急安全対策の実施状況を確認した。続いて川勝平太知事ら地元自治体の首長と会談し、週明けをめどに、安全対策の妥当性を判断する考えを示した。

 海江田経産相は「(中電が実施した)訓練が本当にそれで十分だったか疑問があった」と課題を指摘したことを明らかにした上で、「知事たちの発言は重要。それを踏まえながら結論を出したい」と述べた。

 会談で川勝知事は、中電が津波対策の前提としている高さ十〜十五メートルの砂丘に関し、津波が乗り越えて敷地内に浸水する危険性などを理由に「対策は付け焼き刃で不十分だ」と指摘。国が対策を妥当と判断した場合でも、中電が七月からの運転再開を目指している3号機を「すぐに動かすのは難しい」との考えを伝えた。

98とはずがたり:2011/10/19(水) 10:44:00
完璧じゃ〜ん
>トラフグを出荷できる大きさにまで育てるには、通常1年半の期間が必要とされるが、水温が30度近くある温泉を使うことで、約1年に短縮できるという。それに加え、同温泉の泉質はナトリウム塩化物泉で、塩分濃度が0・74%であるため、源泉を海水代わりにほぼそのまま使用できる。

温泉利用トラフグ養殖 袋井
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/shizuoka/news/20111002-OYT8T00655.htm
食べ頃来年夏にも

 袋井市諸井の日帰り温泉施設「遠州和の湯」が、温泉を利用した高級魚トラフグの養殖を始めた。稚魚は順調に生育しており、9月下旬には、共食いを防ぐためフグの歯を切る作業も行われた。来年夏には、育ったトラフグを、施設内のレストランのメニューに載せる予定という。

 遠州和の湯は、1999年7月にオープン。地下約1500メートルからわき出る天然温泉が人気を集め、県西部地区を中心に年間約40万人が訪れている。

 トラフグの養殖は、この豊富な温泉に着目。利用客に安い値段でフグ料理を提供することにとどまらず、いずれは地域の名物にしようという計画だ。海なし県ながら、先進的にフグ養殖に取り組む群馬県の養殖施設を見学するなどした後、今年8月には温泉施設の隣接地に5基の水槽を設置し、稚魚約2000匹の飼育を始めた。

 トラフグを出荷できる大きさにまで育てるには、通常1年半の期間が必要とされるが、水温が30度近くある温泉を使うことで、約1年に短縮できるという。それに加え、同温泉の泉質はナトリウム塩化物泉で、塩分濃度が0・74%であるため、源泉を海水代わりにほぼそのまま使用できる。

 育て始めた頃は約30グラムの大きさだった稚魚は現在、6倍の約180グラムにまで成長し、来年夏には800グラム〜1キロになる見込み。懸念された病気もないという。

 責任者を任されている前田匡秀さん(38)は「まだまだ手探りの状態で、気温の下がる冬場をいかに乗り切るかが課題だが、いいフグを育てて、皆さんに喜んでもらえるようがんばりたい」と意欲を燃やしている。
(2011年10月3日 読売新聞)

99とはずがたり:2011/10/19(水) 16:00:10
花輪線のどっかに長いベンチがあったよな。。

日本最長?枕木ベンチ…天竜浜名湖鉄道・原谷駅
http://www.yomiuri.co.jp/homeguide/news/20111018-OYT8T00216.htm

長さ10・7m、地元住民が手作り
プラットホームに設置されたベンチ(静岡県掛川市の天竜浜名湖線・原谷駅で)

 国の登録有形文化財に指定されている静岡県掛川市本郷の天竜浜名湖鉄道・原谷駅ホームに、同鉄道で使われた枕木などを利用した手作りベンチが設置された。

 長さは約10・7メートルもあり、同鉄道38駅にあるベンチの中で最も長い。地元の住民団体が「日本一長い?プラットホームベンチ」をキャッチフレーズに製作したもので、誘客効果を期待している。

 ベンチは、長さ約2メートルの枕木5本を縦につなぎ、座面に杉の板を用いた。両端に踏み切りの赤灯を取り付け、ヒバの丸太を使った脚部には車輪のイラストを描いて列車をイメージしたデザインに。レトロな駅舎と調和して乗降客の評判も上々だという。

 製作したのは、地元住民でつくる「ポッポ屋原谷会」。2009年11月に無人駅となった原谷駅を荒廃させず、地域活性化の場にしようと、10年4月に発足し、駅舎の花壇設置などの活動をしている。

 今年8月初めに同鉄道から枕木の提供を受け、会員7人がベンチ作りを始めた。代表世話人の柴田清一さんは「乗る人も見る人も楽しくなるベンチにしたかった。地域の人に愛され、名物になればうれしい」と話している。
(2011年10月18日 読売新聞)

100とはずがたり:2011/11/04(金) 10:09:13

30キロ圏の7市町とは島田、袋井、吉田,焼津、藤枝、磐田、森で掛川・菊川・牧之原・御前崎は入っていないという訳か。利害が微妙に異なるということかね?

浜岡周辺自治体が情勢連絡の初会合 30キロ圏の7市町
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/2246/1081280165/1325
2011年10月31日

 原発事故の防災対策重点地域(EPZ、10キロ圏内)の拡大で、新たに範囲に含まれる中部電力の浜岡原発(静岡県御前崎市)から30キロ圏の周辺7市町でつくる「浜岡原発情勢連絡会」が31日、発足し、初めての情報交換会を開いた。

 前身の「原子力情勢連絡会」は、2001年の1号機配管破断事故を受けて、島田、袋井、吉田の3市町への事故情報の提供を目的に02年に発足。これに焼津、藤枝、磐田、森の4市町を加えて、新たに情勢連絡会を設立した。

101とはずがたり:2011/11/04(金) 10:14:01
>デンマークでは国全体の電力の2割を占めるまでに成長した。日本国内では世界全体の1%にすぎない。
デンマークの国全体の2割と世界の1%を占める日本とどっちの規模が大きいのかよく判らん。こういう煽りというか未必の故意的な書き方はあんま宜しく無いように思える。

2011年9月19日 中日新聞
新エネルギー風力発電 低コストの有望株 課題は騒音、地元合意…
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/2246/1227192268/347

 風力発電は発電コストが低く、事業採算性が高いことから、新エネルギーの代表格とされる。海外では中国や米国、ヨーロッパなどで普及が進み、10年に世界の電力需要量の2・3%、20年には4・5〜11・5%に達すると見込まれる。

 デンマークでは国全体の電力の2割を占めるまでに成長した。日本国内では世界全体の1%にすぎない。

 風資源に恵まれた静岡県は、風力発電の導入を促進。08年以降急速に増加し、県が把握しているだけで現在、68基が稼働し、最大出力は11万5130キロワットに上る。

 一方、天候による出力の不安定さをはじめ、騒音や低周波音による人体や自然環境への悪影響も指摘される。
 新エネルギー全体で20年までに09年度実績の2倍に当たる10%以上の導入率を目指す静岡県も、具体的な数値を掲げる太陽光などに対し、風力はあいまいな表現にとどめている。

 そんな中、遠州灘海岸のほぼ中央に位置する掛川市が、風力発電施設の誘致に積極的に乗り出した。市独自のガイドラインを設け、事業者に対し市民生活への配慮や自然環境の保全などを徹底するよう指導している。

 9月には大東地区で2000キロワット級の7基が稼働し、さらに大須賀地区でも10基を計画中という。(夏目貴史)

102荷主研究者:2012/01/15(日) 12:58:35
>>93
http://www.at-s.com/news/detail/100086432.html
2011年12/20 17:34 静岡新聞
JR掛川駅の木造駅舎保存 募金、目標にあと一息

 JR掛川駅の木造駅舎保存に協力を呼び掛ける募金活動が、目標の5000万円まであと一息になった。東日本大震災後はペースダウンが懸念されたが、持ち直し、20日までに4731万円が寄せられた。JR東海と掛川市は、駅舎外観保存に合意し、既に設計協定を結んでいる。建て替え工事は12、13年度に予定されている。

 掛川の木造駅舎は1933(昭和8)年に建てられた。耐震化・駅舎保存には約4億1千万円かかるとされ、耐震化費用はJRが負担し外観保存のための掛川市負担分は1億1千万円と見込まれている。

 市は4千万円を国交付金で、2千万を市有地売却で調達し、5千万円を市民や市出身者、企業などに協力してもらう資金計画を立て、募金活動を10年2月にスタートした。市民の賛否が分かれる事業に税金を使わず寄付を募るのは掛川城の木造天守閣復元などと同じ考えだ。

 これまでに個人から1144万円(447件)、法人・団体から3587万円(168件)が寄せられた。「小さい力でも掛川の宝のために何かしたい」と学校で募金活動をした小学生たちもいる。

 活動は「掛川駅木造駅舎を保存・活用する会」(鷲山恭彦会長)が中心となり、「木の文化を大切にしたまちづくり」を呼び掛けている。募金窓口は市企画調整課<電0537(21)1127>。

103とはずがたり:2012/02/09(木) 00:35:30
JR掛川駅の木造駅舎も天浜線の駅舎として利用・保存・修理すりゃあええやん。

鉄道施設保全、県が支援 天浜線が主な対象(2/ 6 14:41)
http://www.at-s.com/news/detail/100097584.html

 県は2012年度、歴史的な価値の高い県内の鉄道施設を保全するための支援に乗り出す方針を固めた。鉄道施設が一括して国の登録有形文化財に指定された天竜浜名湖鉄道を主な支援対象として想定。編成中の12年度当初予算案に、同社への助成経費として1千万円程度を計上する。
 同社が運行する天浜線は、機関車転車台や橋りょう、駅舎、プラットホームなど計36件が登録有形文化財に指定されている。特に昨年、このうち31件が一度に指定されて以降、全国各地から訪れる愛好家が増えている。一方で、施設は昭和初期に建造されたため、近年は老朽化が進み、補修や維持管理が課題になっている。
 天浜線は利用低迷などで厳しい経営環境が続き、同社単独では保全することが困難なため、県が助成することで駅舎の補修や高架貯水槽の耐震化を推し進めてもらう狙い。
 県は天浜線の鉄道施設を地域の貴重な財産と位置付け、沿線の景観形成や交流人口拡大につなげたい考えだ。
 沿線には豊かな自然景観が広がり、観光スポットも点在している。これら地域資源と鉄道施設を連携させることで地域の魅力を高め、観光需要の掘り起こしを目指していく。
 天浜線では、住民有志の手で日常の維持管理が行われている施設も多い。県は、施設を後世に残そうとする機運を高めることで、コミュニティー活動の一層の活発化につながると期待している。

104荷主研究者:2012/02/19(日) 01:13:57
>>102
http://www.chunichi.co.jp/article/shizuoka/20120121/CK2012012102000104.html
2012年1月21日 中日新聞
掛川駅木造駅舎の保存募金目標達成 耐震化へ善意順調に

698日で5000万円

木造の掛川駅舎前で募金の協力を呼びかける市民の会会員たち(2010年7月)

 掛川市は20日、JR掛川駅の木造駅舎を残そうと市民有志でつくる「掛川駅木造駅舎を保存・活用する会」(鷲山恭彦会長)が進めている募金が、目標額の5000万円を超えたと発表した。募金活動は3月末まで続けられる。 (佐野太郎)

 市によると、20日現在、募金は5458万円余り。法人による大口寄付があったため、募金開始から698日目で達成した。寄付者の内訳は、個人520件、法人・団体174件で、うち県外からは93件あった。

 松井三郎市長は「木造駅舎が掛川のシンボルとなるよう保存活動を進めるので、引き続き支援をお願いします」とコメントした。

 市民の会は、同市出身で前東京学芸大学長の鷲山さんが発起人となり、2010年2月から市民や企業などに募金を呼び掛けてきた。

 1933年に建築の木造駅舎を耐震化して保存するためには、鉄骨造りへの建て替えを計画したJRの工事費を1億1000万円上回る4億1000万円が見込まれるため、市が差額の1億1000万円を負担することになった。市民の会は、市の負担分の半分を善意で賄おうと活動してきた。

 募金は1年目で約3000万円を集めるなど順調に推移。2年目に入り、東日本大震災の影響で先行きが危ぶまれたが、大口寄付などがあって持ち直した。

 耐震化工事は、市とJR東海が昨年7月に交わした覚書に基づき、現在、調査設計が行われており、13年度に完了する予定。

105荷主研究者:2012/02/19(日) 01:14:24

http://www.chunichi.co.jp/article/shizuoka/20120122/CK2012012202000119.html
2012年1月22日 中日新聞
掛川3セク解散で「こだわりっぱ」来月閉店 新テナントを募集

 掛川城のすぐ前にある観光物産センター「こだわりっぱ」が、2月15日で閉店することが決まった。掛川市が行財政改革の一環で、同センターを運営する第3セクター緑茶人間科学研究所(社長・松井三郎市長)を解散させるためで、市は施設を継続使用して掛川茶などを販売する新テナントを公募する。

 同社は市とJA、茶商などが出資して1993年に設立。翌94年から同センターを運営してきたが、2008〜10年と3期連続の赤字決算で、先の経営検討会で「当初の目的は達成しており、お茶の情報発信のみをコンセプトとした店づくりだけでは黒字化は難しい」との結論に至った。

 新テナントは、掛川茶の販売コーナーを必ず設置することや、中心市街地の活性化に寄与する−などが条件。公募期間は23日〜2月22日で、同月下旬に審査後、土地・建物の賃貸借契約を交わし、改修を経て4月1日に新オープンを予定している。 (佐野太郎)

106とはずがたり:2012/02/27(月) 00:16:25
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/2246/1114776388/1451
>おかんがこの事件に関してなんか云ってたけどなんだったかなぁ。。
おかんは金喜老の弟と同級生だったそうな。お墓も掛川にあるのか。

2010/04/19 20:44 KST
権禧老さんの遺骨を日本へ、母の眠る静岡に安置
http://japanese.yonhapnews.co.kr/headline/2010/04/19/0200000000AJP20100419003700882.HTML

【釜山19日聯合ニュース】在日韓国人・朝鮮人差別に抗議し日本で犯罪(金禧老事件)を起こして服務し、永住帰国した後、先月26日に死去した権禧老(クォン・ヒロ)元受刑者の遺骨が、来月日本に移される。
 権氏の後見人を務めていた僧侶によると、釜山の寺に安置されている遺骨は、四十九日の法要を済ませた後、遺言に従い、半分が父親の故郷となる釜山の沖にまかれる。残り半分は来月22日、母親が眠る静岡県掛川市の墓地に移されるという。

 在日韓国人2世の権さんは、1968年2月20日に静岡県で在日同胞を侮辱した暴力団員2人を銃殺した後、近くの旅館で宿泊客らを人質に約88時間にわたり立てこもった末に逮捕された。権さんは当時、韓国人差別を告発するために事件を起こしたとして、日本の警察に謝罪を要求した。1975年に無期懲役を言い渡されたが、韓国で権さん帰国運動が広がり、日本に再入国しないことを条件に1999年に仮釈放され、韓国に帰国した。先月26日、前立腺がんのため82歳で亡くなった。

107とはずがたり:2012/02/27(月) 17:57:11
>>105
うぉ,今気付いたが残念だ。。3期赤字て最近はまんねりで真面目に経営しようとしてなかったんちゃうか?

108荷主研究者:2012/04/15(日) 23:27:35

http://www.chunichi.co.jp/article/shizuoka/20120303/CK2012030302000127.html
2012年3月3日 中日新聞
森町が天浜線新駅構想 草ケ谷に14年度開業へ

ttp://tohazugatali.web.fc2.com/tetsu/PK2012030302100067_size0.jpg

 森町は、公立森町病院(同町草ケ谷)の北側への天竜浜名湖鉄道新駅設置に向け、2012年度予算案に基本構想の策定事業費約650万円を計上した。14年度の利用開始を目指す。病院隣には昨年、家庭医療センターを開設しており、高齢者らの移動手段を確保することで、こうした医療施設の経営改善や公共施設の利用増につなげたい考え。

 戸綿、遠州森、円田、遠江一宮に次ぐ町内五つ目の駅になる。天浜鉄道としては39番目。町が同社に設置を要望し、建設、用地買収でそれぞれ3000万円程度かかる費用は全額町が負担する。24年前には同じ手法で円田駅を新設した。

 候補地は遠州森と円田の中間地点に当たる草ケ谷で、それぞれの駅からの距離は800メートルと1キロ。

 現段階の想定では、単線の片側のみに40メートルのプラットホームと駅舎を造る。3000平方メートルの広さで駅前広場と駐車場も合わせて整備する。12年度に基本構想をつくり、詳細設計を経て14年秋に工事に取り掛かる計画。年間1万人程度の利用が見込まれる。

109荷主研究者:2012/06/15(金) 00:16:42

http://www.chunichi.co.jp/article/shizuoka/20120527/CK2012052702000157.html
2012年5月27日 中日新聞
掛川・大日本報徳社の整備大詰め

ttp://tohazugatali.web.fc2.com/jimbun/PK2012052702100071_size0.jpg

◆尊徳の教え後世に

ttp://tohazugatali.web.fc2.com/jimbun/PK2012052702100070_size0.jpg
クレーン車に引かれ、西方向に水平移動される木造2階建て寄せ棟造りの「仰徳学寮」。右奥は掛川城=26日、掛川市で

 まきを背負って本を読む少年の像でおなじみの二宮金次郎(尊徳、1787〜1856年)ゆかりの大日本報徳社(掛川市掛川)で、明治期に建てられた皇室建築、近代和風建築の修復・移転工事が進められている。敷地内を庭園化して、隣接する掛川城公園などと併せて教育文化ゾーンにする計画で、来年3月の完成を目指す。26日から建物を水平移動させる曳屋(ひきや)作業が始まり、18年かけて総事業費7億円に及んだ“平成の大修復”は大詰めを迎えた。

 同報徳社の敷地四千二十平方メートルには、事務所のほかに、明治初期から昭和戦前までに新築、移築された五棟がある。

 平成の大修復は、一九九四年の調査から始まった。二〇〇〇〜〇一年に、鉄筋コンクリート造りの図書館では県内最古の報徳図書館(一九二七年築、県指定文化財)が、〇四〜〇八年には木造二階建て入り母屋造りの大講堂(一九〇三年築、国重要文化財)が全面修復された。

 今年三月に再開した工事では、東京の旧有栖川宮邸の一部が移築された「仰徳(こうとく)学寮」(一八八四年築、市指定文化財)と、「仰徳記念館」(同)のうち、仰徳学寮を北西方向に移転。併せて、尊徳の高弟・岡田良一郎の私塾だった「冀北(きほく)学舎」(一八七七年築、同)など三棟の耐震性向上などに力を入れる。

 事業費は、図書館に一億円、大講堂に四億五千万円、今回の三棟には一億五千万円を要した。各文化財の由来は異なるが、多くの人に親しんでもらえる施設に、という関係者の熱意は同じ。来春には報徳運動の新しい拠点としてよみがえる。

◆榛村純一社長「価値ある空間に」

榛村純一社長

 大日本報徳社の榛村純一社長(77)に平成の大修復への思いなどを聞いた。

 −大修復が終盤を迎えました。

 「仰徳学寮と記念館は、今はほとんどなくなった宮廷建築。敷地内の建物はいずれも建築史的な価値が高く、報徳社の伝統の豊かさを示している」

 −完了後はどうなるのでしょうか。

 「建物の配置や環境が一新され、価値ある精神的な空間に生まれ変わる。全国から人々が訪れ、感ずるものがあればいいし、報徳運動の拠点として、もう百年輝き続けたらいいと思う」

 −報徳の教えについて。

 「中国の知人から『日本は大丈夫?』と聞かれると、まきを背負って本を読む金次郎の姿を、日本人が忘れなければ大丈夫と答えている。農村社会が減って、ツールとしては古くなったかもしれないが、教えそのものは今も完全に生きている」

(佐野太郎)

大日本報徳社 道徳と経済の融和などを説いた江戸末期の農政家・二宮尊徳の報徳の教えを普及するために継がれてきた社団法人。尊徳から教えを受け、現在の掛川市で活動していた岡田佐平治が1875年、前身の「遠江国報徳社」を現在の浜松市中区に創設。その後、息子の良一郎が掛川市に移し、1911年に大日本報徳社に改名した。報徳の教えは各地に拡大、松下幸之助や豊田佐吉など明治の財界人に影響を与えた。その活動が隆盛を極めたのが遠州地方で、歴代社長には宮内大臣を務めた一木喜徳郎、侍従次長や参院議長を務めた河井弥八らがいる。現在の榛村純一氏は8代目。

110名無しさん:2012/08/11(土) 17:10:51
掛川六万石:山内一豊

111とはずがたり:2012/11/01(木) 14:16:41
遠江国橋本宿と浜名川

24.流れが反転した川
〜水源が海とつながった川の運命は〜
(静岡県浜名郡新居町)
http://www2.odn.ne.jp/mochiaruki/iseki/hamanagawa/hamanagawa.htm


はしもと【橋本】
http://kotobank.jp/word/橋本

遠江国敷智(ふち)郡にあった中世の宿駅。現在の静岡県浜名郡新居町浜名付近に比定される。浜名川にかかる浜名橋のたもとにあったため橋本(橋下)と呼ばれ,古代,中世には東海道の宿駅として栄えた。1190年(建久1)の源頼朝上洛の際も当地に宿泊し,遊女などが群参したという。紀行文などにもしばしば現れ,また軍事上の要衝でもあったが,1498年(明応7)の大地震,1510年(永正7)の大津波のため宿駅としての機能を失い,以後新居(あらい)にその地位を譲った。

北条時行 - Wikipedia
ja.wikipedia.org/wiki/北条時行 - キャッシュ
時行軍は逃げる直義を駿河国手越河原で撃破するが、京から直義救援に駆けつけた足利尊氏に、遠江国橋本、小夜の中山、箱根、相模国相模川、片瀬川などの戦いで連破され、時行の軍は壊滅し時行は逃亡した。

梶原景時 - Wikipedia
ja.wikipedia.org/wiki/梶原景時
建久元年(1190年)、頼朝が初めて上洛すると景時はこれに供奉し、途中の遠江国橋本 宿での遊女を集めての宴で頼朝と景時が和歌を交わしている。

114とはずがたり:2013/04/06(土) 22:04:40

水系は違うけど掛川も大丈夫かな?

静岡 萩間川が氾濫危険水位
4月6日 20時34分
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20130406/k10013728251000.html

静岡県によりますと、牧之原市を流れる萩間川では、市内の観測所で洪水が起きるおそれがある「氾濫危険水位」の3メートル10センチを超えました。
県は、氾濫の危険性が高まっているとして、厳重に警戒するよう呼びかけています。

115とはずがたり:2013/05/04(土) 08:40:21

>二自治体の市立病院の統合は全国初
先進的な試みである♪

中東遠総合医療センターあす開院
http://www.chunichi.co.jp/article/shizuoka/20130430/CK2013043002000084.html
2013年4月30日

◆掛川・袋井の市立病院を統合
開院する中東遠総合医療センター=掛川市菖蒲ケ池で

 掛川市立総合病院と袋井市民病院を統合するため両市が共同で建設した「中東遠総合医療センター」(掛川市菖蒲ケ池)が、五月一日に開院する。二自治体の市立病院の統合は全国初で、他の自治体や医療関係者の注目を集めている。
 新病院は、救急医療に力を入れ、近隣の病院と連携しながら中東遠地域の基幹病院としての役割を担う。
 最新の免震構造で、地上八階建て延べ床面積四万六千平方メートル。防災用備蓄倉庫や太陽光発電装置などを備える。総事業費は二百二十五億円。
 内科や外科、小児科など三十三診療科、五百床。医師は九十五人ほどでスタートし、一日の外来は千二百人を想定する。新病院の開院により、掛川市立総合病院(二十診療科、四百五十床)、袋井市民病院(十九診療科、四百床)とも三十日で閉院する。

 両市立病院は、医師不足による診療科目の縮小で経営が悪化。施設が老朽化したこともあり、両市の検討委員会が二〇〇六年に統合を提言。新病院建設事務組合がプロジェクトを進めてきた。
 新病院長に就任する名倉英一・掛川市立総合病院長は「幾つかの困難を乗り越えて全国初の病院統合にこぎ着けた。地域の中核病院として良質な医療を提供したい」と話している。

116とはずがたり:2013/05/04(土) 08:43:26

市立病院統合、中東遠総合医療センター1日開院
(2013/4/30 8:30)
http://www.at-s.com/news/detail/618045929.html

 掛川市立総合病院(同市杉谷南)と袋井市民病院(同市久能)を統合した新病院「中東遠総合医療センター」が1日、掛川市菖蒲ケ池に開院する。自治体間で市立病院を統合する事例は全国初。
 診療科目33科。救急、心血管内治療、脳血管内治療など11の機能をそれぞれセンター化し、特に脳卒中や心筋梗塞など循環器系疾患への対応を強化。圏域の高度急性期医療の拠点として役割を担う。
 院長は掛川市立総合病院長だった名倉英一氏。スタッフは非常勤を含め950人、医師はこのうち93人。病床数500床。施設は鉄骨造り地上8階建て。
 同センターは医師不足の解消と地域医療の再生を目的に、2006年に建設に向けた協議が始まった。新病院建設協議会の設置、基本構想の策定、用地取得などを経て工事に着手し、3月に建物が完成した。
 双方の市立病院跡地は新病院の後方支援型病院が入るほか、介護、福祉など幅広く網羅する拠点整備が計画されている。

【統合新病院建設の経過】
2006年2月15日袋井市検討委員会設置
   8月2日掛川市検討委員会設置
07年12月21日 「掛川市・袋井市新病院建設協議会」設置
08年12月17日 協議会が「掛川市・袋井市新病院基本構想」策定
09年1月8日 両市で新病院建設に関する協定書を締結
   7月17日 「掛川市・袋井市新病院建設事務組合」設立
10年3月31日 新病院建設基本計画策定
11年6月30日 新病院敷地の造成工事が完了
   7月30日 新病院建設工事安全祈願祭
13年4月1日 掛川市・袋井市病院企業団設立
   5月1日 中東遠総合医療センター開院予定

117とはずがたり:2013/05/04(土) 08:46:45

赤字清算、跡地整備も始動 掛川、袋井の市立病院閉院
http://www.at-s.com/news/detail/618046245.html
(2013/5/1 7:50)

閉院式で掛川市立総合病院54年間の歴史を振り返る松井三郎市長=30日午後、同市杉谷

 中東遠総合医療センター(掛川市菖蒲ケ池)が1日に開院するのに伴い、掛川、袋井の両市立病院は30日、閉院式を行った。全国初の自治体間の市立病院統合と同時進行で、両市とも旧病院の赤字清算や跡地に入る後方支援型病院の運営支援など、山積する後処理問題に取り組む。
 掛川市立総合病院は54年間の歴史に幕を下ろした。残った債務と未払い金の合計は約14億円。新病院企業団に渡す職員退職金引当金約18億6千万円と合わせ、同市は10年から15年間の負担計画を立てている。
 掛川市は現病院の跡地に県立特別支援学校、後方支援病院、特養老人ホームと保育所などを一体的に整備する「希望の丘」構想を進める。新施設は県や民間事業者らが建設する。現病院の解体には5億円以上が必要。長期財政見通しで、市の予算総額は本年度から数年がピークになる。
 旧病院清算と「希望の丘」整備などを担当する松浦成夫掛川市健康福祉部付参与は「財政負担は厳しいが、20年、30年後を見据えた施策。新病院と一緒に、跡地利用でも全国のモデルケースになりたい」と意欲を示す。
 一方、袋井市民病院(同市久能)は医師不足による患者離れで2005年度に赤字転落して以降、市が繰入金を投入して経営を支えてきた。2012年度の繰入額は9・7億円で、このうち赤字補填(ほてん)は4・8億円。06年度からの総額は25億円前後に上る。累積赤字はないため、「これ以上の補填はない」(担当者)という。
 今後は袋井市民病院跡地にできる市立聖隷袋井市民病院と新病院に計9億円を繰り入れる方針。このため、支出自体は袋井市民病院の水準と変わらない。
 両市とも後処理計画を進めるには、新病院が累積赤字を増やさないことが大前提。中東遠の中核を担う新病院の経営安定化に期待が掛かる。

119とはずがたり:2013/05/06(月) 19:54:00

午前中掛川発でにぬけんはクルマで東京,俺は新幹線で関西に向かったがお互い2時頃には到着。
新幹線は俺の乗った時間にはこだまは勿論ひかりも空いていたし,首都圏の高速も昼間も現在も大して渋滞していないようであるが。。

東名35キロ渋滞予想、新幹線も満席…Uターン
http://news.goo.ne.jp/article/yomiuri/nation/20130506-567-OYT1T00220.html
2013年5月6日(月)14:24

 大型連休最終日の6日、新幹線や高速道路の上り線は、古里や行楽地で過ごした人々によるUターンラッシュで混雑が続いている。

 JR各社によると、新幹線上りの自由席乗車率は同日午前、山形新幹線「つばさ128号」の山形駅で80%、東海道新幹線「のぞみ104号」の新大阪駅で90%となったほか、指定席の予約は各新幹線で終日ほぼ満席となっている。

 日本道路交通情報センターによると、午前11時半現在、関越道の高坂サービスエリア(埼玉県)付近で4・5キロ、東名高速の綾瀬バス停(神奈川県)付近で4キロの渋滞となっている。午後には、東名高速の大和トンネル(神奈川県)付近で35キロ、中央道は小仏トンネル(東京―神奈川間)付近で20キロなどの渋滞を予想している。

 空の便は、羽田着の日本航空、全日空が終日、ほぼ満席という。

121荷主研究者:2013/05/29(水) 23:04:27
>>109
http://www.chunichi.co.jp/article/shizuoka/20130510/CK2013051002000043.html
2013年5月10日 中日新聞
19年かけ「大修理」完了 掛川・大日本報徳社

◆学寮など曳家移転

「平成の大修理」が完了した大日本報徳社。左が仰徳記念館と大講堂、正面奥が仰徳学寮、その右が冀北学舎=掛川市で

 道徳と経済の融和などを説いた二宮尊徳(幼名・金次郎 一七八七〜一八五六年)の報徳の教えを全国に広める掛川市の公益社団法人「大日本報徳社」で、明治期の近代和風建造物「仰徳(こうとく)学寮」など三棟の修復・移転工事が完了し、九日、報道機関などに公開された。十一日に落慶式があり、十四、十五の両日は一般向けの内覧会もある。

 仰徳学寮は、一八八四(明治十七)年に東京・霞が関に建てられた旧有栖川宮邸の一部で、同社が譲り受けて一九三八(昭和十三)年に移築。木造二階建て寄せ棟造りで、和洋を織り交ぜた宮廷建築として現存する数少ない建物だ。

 ほかの二棟は、旧有栖川宮邸の一部を移築した「仰徳記念館」と、尊徳の高弟だった岡田良一郎の私塾「冀北(きほく)学舎」(一八七七年築)。これらの三棟はいずれも市有形文化財に指定されている。

 三棟は、会議室などに使われていたが、傷みが目立ってきたため、昨年三月から一億七千万円余をかけ、仰徳学寮を曳家(ひきや)作業で移動させるなどした。費用は、企業や個人から募った寄付などで賄った。

 報徳社は一九九四年から、四千平方メートル余の敷地内にある建造物の調査、修復に着手。二〇〇〇〜〇八年に県内最古の鉄筋コンクリート造りの報徳図書館(一九二七年築、県指定文化財)や、木造二階建て大講堂(一九〇三年築、国重要文化財)などの修復をしており、今回も含めて総額七億三千万円余をかけた「平成の大修理」が完了した。

 今後、仰徳学寮などは研修会などに有料で貸し出される。榛村純一社長は「できるだけ現物を使って文化財と同じ手法で修理した。価値ある建造物を多くの人に知ってもらうとともに、まちづくりの拠点にしたい」と話す。

 十六日からは入館料二百円で、一般公開される。祝日休み。問い合わせは大日本報徳社=電0537(22)3016=へ。

(佐野太郎)

122とはずがたり:2013/08/14(水) 18:14:27
三遠南信道の正統性に暗雲w

2012/4/19 09:20 静岡新聞
塩の道、往来はわずか? 定説覆す調査結果
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/2246/1043132013/157

123荷主研究者:2013/09/29(日) 23:22:48

http://www.at-s.com/news/detail/775160818.html
2013年9/7 08:04 静岡新聞
掛川「ステーションホテル」を買収 呉竹荘

 県西部を中心にホテルなどを展開する呉竹荘グループ(浜松市中区、山下智司社長)は6日、掛川市亀の甲の「かけがわステーションホテル」を買収したと発表した。

 新名称は「掛川ステーションホテル」。建物は鉄骨造り7階建てで客室は50室。営業を継続しながら改修を行う予定。総投資額は3億円。

 同グループは2009年にも掛川グランドホテルを買収した。掛川市内で経営するホテルは3カ所になる。

124荷主研究者:2013/12/08(日) 21:05:23

http://www.at-s.com/news/detail/853620364.html
2013/11/20 14:35 静岡新聞
浜松にジェトロ事務所 14年4月開設、県内2カ所目

 浜松市に日本貿易振興機構(ジェトロ)の地域事務所「貿易情報センター」の開設が正式決定し、20日午前、決定文書が交付された。浜松市と浜松商工会議所が誘致活動をしていた。運営経費の一部は地元自治体が負担する。県内では静岡市清水区に続き2カ所目。

 2014年4月に開設する。県西部から海外進出や販路拡大を目指す企業を支援し、貿易投資に関する相談業務や、輸出が有望な案件の掘り起こし、各種セミナーなどの事業に取り組む。製造業をはじめ、サービス産業、農産品輸出など競争力の強い分野を重点的にサポートする。

 同機構の宮本聡副理事長が浜松市役所を訪れ、「設置決定書」を鈴木康友市長と岡部比呂男浜松商議所副会頭に手渡した。

 センターの管轄区域は県西部7市1町(浜松、湖西、磐田、袋井、掛川、菊川、御前崎、森)。人員は4人程度を配置する。ジェトロが同じ県の中に地域事務所を複数設置しているのは福岡県だけで、本県は2例目になる。

125とはずがたり:2013/12/19(木) 15:20:57

スズキ、静岡8市町に1億円寄付 南海トラフ巨大地震対策
http://www.excite.co.jp/News/economy_g/20131218/Kyodo_BR_MN2013121801001384.html
共同通信 2013年12月18日 12時04分 (2013年12月18日 12時05分 更新)


 スズキが、静岡県湖西市、牧之原市など同県内の計8市町に対し、南海トラフ巨大地震に備えた防波堤整備などの対策費として、計1億円を年内に寄付する方針を決めたことが18日、分かった。
 浜松市に本社を置く同社は、両市などに生産拠点や下請け企業が点在。従業員も周辺市町に数多く住んでおり、協力が必要と判断した。
 浜松市に対しては、スズキは同市が創設した津波対策事業基金に5年間で5億円を寄付することを既に発表している。
 寄付するのは両市のほか磐田、袋井、掛川、菊川、御前崎の各市と森町。

126荷主研究者:2013/12/22(日) 13:46:57

http://www.chunichi.co.jp/article/shizuoka/20131125/CK2013112502000076.html
2013年11月25日 中日新聞
掛川・大日本報徳社の大講堂で結婚披露宴

◆重要文化財で39年ぶり

 江戸時代の農政家、二宮尊徳(幼名・金次郎)の教えを広める掛川市の公益社団法人「大日本報徳社」の大講堂(国指定重要文化財)で二十四日、三十九年ぶりの結婚披露宴が催され、友人や親族約百三十人が新郎新婦の門出を祝った。

 二人は同市の会社員石川数磨さん(31)と松野真吏さん(31)。県立掛川西高の同級生で、「掛川ならではの、思い出深く心に刻まれる場所で」と会場を探したところ、同校の前身「冀北(きほく)学舎」が残されている同社を知り、一年前から準備してきた。

 近くの龍尾神社で式を挙げ、晴れやかな表情の二人が人力車に乗って到着。祭り囃子(ばやし)が鳴る中、参列者や地域の人が折り鶴をまいて祝福した。

 石川さんは「大学で建築を学び、歴史的建造物の有効利用に興味があった。会場に選んで間違いなかった」、真吏さんは「幼いころ遊んだ思い出のある所で、披露宴を催せてよかった」と話した。

 同社によると、大講堂では昭和三十〜四十年代に、結婚式が八百組ほど営まれたが一九七四(昭和四十九)年以降はなかった。木造二階建ての大講堂など六つの建造物群はいずれも文化財に指定されており、今年五月の「平成の大修理」完了後、新たな活用法を模索している。

(佐野太郎)

127とはずがたり:2014/04/10(木) 10:23:27

静岡〜浜松間には用宗と天竜川以外は通過市町の代表駅(中心駅)しかなくて(豊田町には駅すら無し),二俣線との駅間の違いに納得出来ないものを子供心に感じていたのだが,幹線の矜持でやたら長い駅間をモーター音も高らかに113系が走っていたのだが(今から4半世紀も前の頃だw),安倍川駅や六合駅辺りを嚆矢に,西焼津・愛野・豊田町と各駅間に1個ずつの勢いで駅が増えていった。袋井〜磐田間は最後迄残った主要な未設置区間であった。

この辺かな?
http://link.maps.goo.ne.jp/map.php?MAP=E137.53.12.452N34.42.50.610&ZM=9

磐田に東海道線新駅 JRと市協定
http://news.goo.ne.jp/article/chuplus/region/chuplus-CK2014041002000088.html
中日新聞プラス2014年4月10日(木)05:00

◆19年度末に開業へ
 JR東海と磐田市などは九日、東海道線の磐田−袋井間の磐田市鎌田に新駅を設置する基本協定を締結した。来年度から着工し、二〇一九年度末の開業を目指す。
 新駅は磐田駅から東に三・二キロで、袋井駅から西に四・六キロ。延べ約七百三十平方メートルの駅舎は上り一面、下り一面のホームを持つ。在来線と東海道新幹線をまたぐ長さ約九十メートルの南北自由通路も確保する計画だ。
 近くにヤマハ発動機やベアリング大手のNTNが立地。約一・二キロ北西には、プロサッカーJ2のジュビロ磐田の本拠地ヤマハスタジアムも。会社員やサッカーらファンの利便性が向上しそうで、JR東海と磐田市は一日の乗車人数を千〜千五百人と想定している。
 地元からの請願駅のため、総事業費四十九億円は全額、市など地元が負担する。同市の渡部修市長は「基金を設けたり、寄付を募ったりしたい。周辺は百ヘクタールの区画整理事業が進行中。若い世代の定住促進につながる」と期待した。
 JR東海道線に新駅が設置されるのは、〇一年四月の愛野駅(袋井市)以来。
 新駅設置に向けては、一九八七(昭和六十二)年九月に、約七千五百人の地元住民の署名とともに請願が市に提出され、十月に市議会が採択。翌年、JR東海に要望書を提出して以来、市は乗降客の増加などを目標に、周辺の区画整理事業を進めてきた。整備事業が長引き、基本方針の締結から二十年かかった。

◆地元歓迎 ジュビロ観戦も便利に
 JR東海道線の磐田−袋井間の磐田市鎌田に新駅ができることで、地元からは「三十年来の悲願が達せられる」と歓迎の声が上がった。
 新駅はサッカーなどで使われるヤマハスタジアムから一・二キロ南東。ジュビロ磐田の駒野友一選手は「来場者にしてみれば、ヤマハスタジアムにより近いところに駅ができた方が便利ですね。プロサッカー選手としてうれしく思います」とコメントした。
 設置に向けては、一九八七(昭和六十二)年九月に、約七千五百人の地元住民の署名とともに請願が磐田市に提出されたのが端緒。市新駅設置推進委員会の六代目委員長の川島善昭さん(72)は「多くの人の願いがやっと実を結ぶ」と感慨深げに語った。
 新駅の南側で約二十五ヘクタールの区画整理事業を進める鎌田第一土地区画整理組合の江塚重尋理事長(78)は「新駅を中心に、新しい町づくりを進めたい。静かな住宅地として、若い世代を呼び込みたい」と期待。新駅の北側約四十ヘクタールで区画事業を進める新貝土地区画整理組合の石野良隆理事長(87)は「袋井、磐田の両駅に行くのに比べ、十〜十五分、短縮できる」とメリットを強調する。
 環境面から新駅の効果を考えるのは、近くのヤマハ発動機。「電車で通勤する社員の増加が想定され、近隣の渋滞緩和につながり、地球環境の面からもいい」と歓迎。ヤマハスタジアムに近いこともあり、「サポーターの皆さんの利便性が高まる」と、来場者増に期待した。

129とはずがたり:2014/04/29(火) 22:59:01
あっという間に浜松から袋井の堀越IC迄4車線化が出来て渋滞解消されちまった国1で,目下,堀越から東側を鋭意4車線化している袋井BPである。
袋井BPと掛川BPの間のどうしようもなく混んじゃう地上区間は,3車線化の方向http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/2246/1070022351/2997らしいが,少なくとも立体区間の東端(国本ICらしい)から久津部東交叉点迄は拡幅工事がしているようなんで3車線化を立体部の2車線化と同時にやるようである。

西行きの国本交叉点などの渋滞は2車線区間ながら袋井BPへ流入しようとするクルマが内側の1車線に集中してしまうからの様であるので,地平片側3車線でも意外に行けるのかも知れないと思い始めている。

131とはずがたり:2014/07/19(土) 11:07:48
><はまはく鉄道博>
読めなかったけど浜博(はまはく)+括弧(<>)の組み合わせか。紛らわしい。

それにしても奥山線は惜しかった。帰省がてら見にいかっかやぁ。。

<はまはく鉄道博>東海道新幹線と遠州鉄道奥山線 開業と廃線、50周年記念展 浜松市博物館できょう開幕 /静岡
http://news.goo.ne.jp/article/mainichi_region/region/mainichi_region-20140719ddlk22040279000c.html
毎日新聞2014年7月19日(土)10:37
 ◇多彩なイベント

 1964年秋に、開業と廃線という対照的な運命を迎えた「二つのレール」、東海道新幹線と浜松ゆかりのローカル線・遠州鉄道奥山線。その「50年メモリアル」テーマ展「みんなでGO!はまはく鉄道博」が19日から8月24日まで浜松市博物館(中区蜆塚)で開かれる。両線の関連資料や模型展示、ミニ鉄道試乗など多彩なイベントがある。

 開業50年の東海道新幹線が営業運転を始めたのは東京オリンピック開幕直前の1964年10月1日。一方、1914年に開業し、浜松市中心部から当時の引佐町奥山までの25・7キロを走った軽便鉄道・奥山線は、その1カ月後に廃線となり半世紀にわたる役目を終えた。廃線50年の今年は開業100周年にも当たり、今年は両線にとってのメモリアルイヤーとなる。

 テーマ展では、懐かしい写真、客席やパンタグラフなど約300点に上る資料や鉄道模型を展示する。また期間中には▽奥山線元運転士のギャラリートーク(7月19日)▽ドクターイエローなどのミニ鉄道乗車会(8月9、10日)▽Nゲージ鉄道模型ジオラマ展示(8月13〜24日)▽Nゲージ模型車両の走行(8月15〜17日、22〜24日)などのイベントが予定されている。【沢田均】

132とは:2014/07/26(土) 12:14:28
帰省ちうなう。

掛川駅から市街地循環線に乗る。100円。

バスはエンジン切って発車時間待ちをしており車内は暑く、女性運転手も団扇とハンカチを手にしている。経費節減であろうから暑くても応援せねばと云う気持ちになる。

133荷主研究者:2014/09/06(土) 22:04:07

http://www.at-s.com/news/detail/1093603115.html
2014/7/2 07:45 静岡新聞
掛川駅前に「食品館」 東街区再開発事業

 掛川市が中心市街地活性化の最重要施策に位置付ける「掛川駅前東街区再開発事業」で、地権者有志でつくる運営会社「弥栄(いやさか)かけがわ」は1日までに、商業施設に中東遠の特産物を集めた「掛川食品館(仮称)」を開設する方針を固めた。

 同事業はJR掛川駅北口の0・9ヘクタールに、12階建てのマンションと約1600平方メートル平屋の商業施設などを建設する計画。総事業費は約35億円。商業施設には集客力を持つキーテナントを誘致する方針だったが、計画を変更し、地権者らが経営主体になって“デパ地下”をイメージした売り場をオープンさせる。補助金を申請中の経産省から近日中に、計画変更を承認する正式決定が出る見込み。

 「中東遠の魅力を集めた食のセレクトショップ」が新しいコンセプト。「弥栄かけがわ」の山本和子取締役(53)は「中心市街地の既存商店にも参加してもらって共存する形で、『中東遠の拠点』を目指したい」と話している。

 市政20年来の懸案で経済状況の変化から事業費の大幅圧縮や公共施設の入床断念などの曲折を経て、2013年に県の本組合設立認可を受けて本格スタートした。食品館を含む商業棟と立体駐車場は15年9月、マンション棟は16年6月の完成を目指す。

134とはずがたり:2014/11/01(土) 12:25:41
子供心にも未通でロマン溢れる県道と云う認識(どんな子ども心やねんw)のr39掛川川根線であった。
通行不能区間では無く存在しない節。行政の正式な資料あたれば判りそうなものだが。。

ブログの主は掛川の方のようである。本年6月に更新停止とのこと,非常に残念!
ただ内容が自分は判ってるんだろうけど他人には判りにくい文章である。俺も自省しなくては。多分仮説は「「県道39号線」の原点となる…」から「「原田森線」と接続して「森町」へのアクセス道路を増やす。」なのであろう。

消えた県道39号掛川川根線を探せ(10/05/29考察編)
http://d.hatena.ne.jp/cocora/20100529/1275144800

「県道39号掛川川根線(居尻〜家山間)」は、静岡県が答えたとおり、
本当に、「交通不能区間」なのだろうか?

10年前から不思議に思っていた県道39号線。
「交通不能区間」でも、歩いてなら通行できるだろうと思って、
去年から本格的な捜索を行なってきましたが、

最近、本当に
「県道39号掛川川根線(居尻〜家山間)」は存在しない。
と思うようになってきました。

その代わり、新たな仮説がドンドン出てきました。

「県道39号線」の原点となる「県道東川根掛川線」は「居尻〜家山間」が繋がっていた。
昭和35年、「県道東川根掛川線」が「静岡県道264号家山掛川線」に再認定される際、経路の変更があった。
「静岡県道264号家山掛川線」の経路の変更部は、今後、道路を延ばしたり、現在の道路を整備する予定していた。
昭和46年に、「一般県道264号家山掛川線」を「主要県道39号掛川川根線」に昇格するのは、「居尻〜家山間」が開通で道路需要が上がると見込んでいた。

しかも、他にも「ある思惑」があったのではないだろうか?

山間部(集落)の活性化
豊富(?)な森林資源で、林業の活発化させる。
観光地へのアクセス道路(大尾山顕光寺)
「川根町」へのアクセス道路を増やす。
「原田森線」と接続して「森町」へのアクセス道路を増やす。
実は「あるの静岡県地図」では、「県道268号原田森線」の「森町長郷」より東に破線で書かれた存在しない道が書かれており、
それが、静岡県から貰った「県道39号(居尻〜家山間)」の破線部分(交通不能区間)に、接続されていた。

135とはずがたり:2014/11/01(土) 12:58:11
【山に行かざあ】

↓の記事。大垂滝アプローチで出てくる経路のgoo mapはダート区間を描いていない様だ。
ttp://link.maps.goo.ne.jp/map.php?MAP=E138.3.3.000N34.55.2.694&ZM=8

■大垂滝アプローチ
2008年2月17日訪問
http://takinoinryoku.com/route/22_152/22_152.html

↓の記事。そして大垂滝アプローチの林道がこれが林道原の平線の様だ
ttp://link.maps.goo.ne.jp/map.php?MAP=E138.2.29.327N34.53.38.020&ZM=9


■ウェイ: 林道原の平線 (39020807)
http://www.openstreetmap.org/way/39020807#map=16/34.9062/138.0386

で,この↑の地図だとr39の県道指定区間が現行県道とは別に,しかも離れた箇所から,現行県道と明ヶ島林道との間に指定されているのが判る。>>134が見逃しがした(存在しないと思い始めた)のはこの区間ではないのか?
goo mapに転写してみると分岐点はこの辺。mapには現道は全く描かれていない。
ttp://link.maps.goo.ne.jp/map.php?MAP=E138.1.4.522N34.52.37.594&ZM=9
で一気に北上して此所らにぶち当たって大尾山の方へ進む。
ttp://link.maps.goo.ne.jp/map.php?MAP=E138.0.36.678N34.52.56.648&ZM=9
此処迄はgoo mapでトレース出来るが此処から八高山線迄線が引っ張られている。
ttp://link.maps.goo.ne.jp/map.php?MAP=E138.1.42.375N34.54.11.087&ZM=9


↓の記事に関してはgoo mapではここを通ってぐるっと回れるようだ。と云うか掛川川根線を素直に北上して行くと此処を大回りするようだw俺も一度走ったことあるような気がする。林道原の平線の地図によるとこれは林道萩間墨俣線。
ttp://link.maps.goo.ne.jp/map.php?MAP=E138.2.55.715N34.52.34.776&ZM=9

■掛川市の山へ 林道をどこまで行けるか? 行ってみた!!
http://blog.goo.ne.jp/yasukenounagi/e/3bbfb196479f6ec038d2908a25ab2095

136とはずがたり:2014/11/01(土) 13:39:26
>>135
>goo mapに転写してみると分岐点はこの辺。mapには現道は全く描かれていない。
県別Mapionには破線があった。人道か。

137とはずがたり:2014/11/01(土) 13:39:37

この記事↓は上記より林道原の平線を走って抜けれるということの様だ。工事中とやらの林道大尾大日山線はどれだ?
で,ゲートで仕切られた方が八高山基幹林道でその分岐がカザンタオというらしい。

■2010-04-13
消えた県道39号掛川川根線を探せ(番外編)
http://d.hatena.ne.jp/cocora/20100413/1271105909

現在、ココラノ通信が、その交通不能区間を調査中なのだが、
中間報告として、「県道39号掛川川根線」とは直接には関係無いが、
「掛川」の山奥と「川根」が繋がっているのか?
「結論」から言って、繋がっています。

現在のところ、林道大尾大日山線が県道39号線では無いのか?
と言うことで調査していますが、この林道は途中で工事通行止めのため、
実際に(車で)走って、確認が出来ません。
もしかして、別の道から迂回が出来るのでは?と考え、
別の方から、林道からアタックしてみました。


掛川側から「県道39号掛川川根線」を北上すると、居尻から県道39号線を見失いますが、
気にせずに、道なりに北上を続けて、掛川市黒俣の観光案内の地図がある場所まで行きます。
すると、分岐路になっており「林道原の平線」へ進みます。
途中、崩れていたりしますが、何とか通過できます。

「カザンタオ」とか言うところにまた、分岐路があります。
ここらが、掛川と川根の境界のようです。

ココから森林基幹道八高山線を進みます。
しばらく、砂利道が続き、
途中、水の浸食により、溝が出来ていたりして、走りにくいです。

また、分岐路が・・・、この少し前から舗装された道になっていました。
今回は右へ進みます。

とりあえず、家山に出ました。
川根側の県道39号線の道が消える場所の近くなのですが、
持っている県道39号線の地図とは違う場所なので、
ココは、県道39号線では無いと考えられます。

138とはずがたり:2014/11/01(土) 19:10:31
【r268 原田森線】
廃止された県道,268号原田森線なんてあったんか!
これか?
http://link.maps.goo.ne.jp/map.php?MAP=E137.59.27.979N34.53.21.486&ZM=8

現在でもr269はこの辺にあって大和田森線と云う。因みに373号原里大池線なる分断http://link.maps.goo.ne.jp/map.php?MAP=E137.58.55.125N34.49.6.569&ZM=8県道もある♪(レポもみっけたhttp://turkey.6.pro.tok2.com/sizuoka373.html )

【険道】静岡県道399号大河内森線
ttp://route81.blog37.fc2.com/blog-category-22.html
『険』な区間は大河内側だけです。森町側は太田川ダムの建設に伴いとても綺麗に整備されました。

道が広がり快適になります。この辺りからルート変更区間です。ふと下を見ると・・・

ttp://blog-imgs-33.fc2.com/r/o/u/route81/399_f.jpg
おおおぉ〜!!ダムらしい光景です。水中には付け替え前のr399が眠っています。

【廃止】静岡県道268号原田森線 Part1
ttp://route81.blog37.fc2.com/blog-entry-35.html
このエントリーは静岡県道399号大河内森線の続きになります。

ttp://blog-imgs-33.fc2.com/r/o/u/route81/268_a.jpg

【廃止】静岡県道268号原田森線 Part2
ttp://route81.blog37.fc2.com/blog-entry-36.html

山から水が溢れ、落石の多い荒れた狭隘路を進みます。その道には明らかに場違いな警戒標識の数々・・・。怪しすぎます。県道の条件を十分満たしています。

そもそも、旧r268の名称自体は知っていましたが具体的な場所は不明でした。家にあった古い地図を見てみると現在の道が色つきだったのですが、別の地図で見ると現r399が原田森線になっており謎が多い路線でした。
県道一覧で見るとr268原田森線はr399大河内森線の一部となっており、何らかの関係はありそうです。路線名に共通する『森』は森町とすぐにわかります。『大河内』についてはr63との交点付近を指します。謎なのは『原田』です。仮に現在走行しているルートがr268とすると、果たして原田とはどこなのか。
探してみると掛川市に原田小学校という小学校があります。にしても何だか強引なルートのような・・・。

そんなこんなで謎のまま踏み入れたこの道路。県道臭プンプンで交差点の看板からほぼr268と確定していたので満足でした。が、ついに見つけてしまいます・・・。
道の先に裏向きの標識・・・。六角??補助付き??まさか・・・

ttp://blog-imgs-33.fc2.com/r/o/u/route81/268_d.jpg

見つけてしまいましたよ・・・決定的証拠を!!
今まで多くの県道や国道などを探索して来ましたが恐らく一番衝撃を受けたと思います。
白く塗りつぶされていますがこれは正真正銘の県道標識です。補助標識の文字が読み取れなかったのが残念でした。
ちなみにこの道路上にある標識に貼られている『静岡県』のステッカーはほぼ全て白く塗りつぶされていました。

掛川市との境が現れました。すると今まで『静岡県』だったデリニエーターが『掛川市』に変化!!掛川市は対応が早いです。

139とはずがたり:2014/11/01(土) 19:11:13
>>138-139
境界からしばらく進むと袋井土木事務所による注意書きがありました。通常このような看板は土木事務所管轄の境界に設置されます(例:r63川根本町(島田土木)と森町(袋井土木)の境界)。しかしここは管内の中の市町村境界。ということは、もとから県道はここまでであったと推測できそうです。

その先も掛川市道のような雰囲気で、県道らしきものは発見できませんでした。掛川市の原田方面へ走りましたがとにかく長かったです。。

【廃止】静岡県道268号原田森線 補完編
ttp://route81.blog37.fc2.com/blog-entry-181.html

廃止された旧r268原田森線を先日、久々に走行して来ました。
約2年ぶりの訪問でした。
例の白塗りヘキサも健在で、一安心です。

そんな旧r268ですが、来ない間に大崩落があったようです。
まだ川面には崩れた跡が残っていました・・・。

近くにあった杭には現路線名が記載されていました。
これは・・・"椋地(むくち)線"でしょうか。

崩落地点以外は昔のままです。
写真は恐らく一番酷かった場所で、落ちてきた土砂がそのまま積もっています。
その他の場所も穴ぼこだらけでした(^^;

カーブミラーはまともに無く、路面状況も酷いので、四輪での走行はお薦めしません。

2010-05-29
静岡県道268号原田森線(廃止)の経路は?(10/05/29考察編)
http://d.hatena.ne.jp/cocora/20100529/1275141631

移動手段の「カブ」がパンクで動けないので近くの図書館等で情報収集しているわけですが、
先日、(今更ですが)古い静岡県地図を発見しました。
「原田森線(廃止県道)」や「赤根・金谷線(現在の県道81号線)」が載っている古い地図です。
とりあえず、「原田森線」を見たところ、(確実に)一部が現在の県道399号線に被っておりました。
地図の道路の色分けだけで考えると、「原田森線」は森町の元開橋(ここ:ttp://link.maps.goo.ne.jp/map.php?MAP=E137.56.41.526N34.51.13.582&ZM=9 )から森町長郷(調べると地名としては森町亀久保長觶であり,行政上長觶の地名は使われてないのかも。で,長觶には博物館森in遠江国なるものがあってこれは森町亀久保497にあるらしいttp://blogs.yahoo.co.jp/ungoulue のでここ ttp://link.maps.goo.ne.jp/map.php?MAP=E137.59.52.730N34.53.25.200&ZM=9ら辺りらしい)まで伸びているのですが、
その先、掛川市田代( ttp://link.maps.goo.ne.jp/map.php?MAP=E138.0.7.125N34.53.1.694&ZM=8 )には、県道指定されていません。
前回までの仮説では、『掛川市田代から先も「県道268号原田森線」であり、そのまま原田小学校付近までが、県道であろう』だったのですが(略)・・・・。
さらに、地図を見ていると、「元開橋」より南に、「謎の一般県道(名称がわからん)」がありました。
現在の県道53号線の旧道になりそうな位置(太田川に近いほう)を通る道で、現在は、一方通行になっているみたいです。
その道は、さらに森中学校付近、森小学校付近(東側)、森町役場を曲がって(南東へ)行くようになっているように見えます。
もしコレが「原田森線」だとしたら、(略)「県道268号原田森線」は「天竜浜名湖線の原田駅付近(掛川市)」が「起点」「森町長郷(森町と掛川市の境手前)」が「終点」の県道だったと予想します。
・・・・多分、間違っているだろうな。

140とはずがたり:2014/11/01(土) 19:19:44
旧炭焼村の中塚を間違えた説。原泉森線なら兎も角原田ではないよなぁ。。

2010-06-25
静岡県道268号原田森線の起点が・・・?
http://d.hatena.ne.jp/cocora/20100625/1277468536

起点が、「掛川市原田中塚586-2」と言うのは、以前紹介しました。
が、現在の地図では、上記の住所は存在しませんorz。

そういうわけで、数少ない「原田」が着く場所、「原田小学校」付近が起点?という話ですが・・・、

まさかだと思いますが、「掛川市原田中塚586-2」じゃなくて、
「森町嵯塚中塚586-2」ではないか?
当時は、パソコンなんて使わないで、鉛筆とノートで事務処理でしょうから、
住所ミスがあったと考えられると思います。

この「森町嵯塚中塚」は、明治22年以前まで「炭焼村(嵯峨野・中塚)」であり、明治22年の町村制施行により、炭焼村(嵯峨野・中塚)、萩間村、居尻村、黒俣村、大和田村などと合併し、「原泉村」になります。
ちなみに、同年、原里村、平島村、寺島村、久居島村、中西之谷村、上西之谷村が合併し、原田村が出来ています。
(現在の地名からして、原泉村のすぐ隣だったと思われます。)
ところが、何が起こったのか、昭和31年9月30日。原泉村は分裂してしまったのです。
これにより、炭焼の一部、居尻、黒俣などの大半の地区が、三笠村に編入合併。
残った「炭焼」が周智郡森町に編入合併します。
この森町へ合併した地区に、「中塚」が含まれて居ました。
さらに、翌年昭和32年3月31日
「三笠村の一部(萩間・居尻・黒俣・炭焼*1)」と「原田村」なども巻き込んで、掛川市に編入合併しました。
つまり、原泉村が分裂しなければ、「中塚」も掛川市の一部になっていたかもしれません。

ところが、実際、分裂してしまったので、かなり複雑な合併になってしまい、事務処理ミスが発生して、起点の住所の間違いが発生した可能性がありますね。


もし、「森町嵯塚中塚」が起点なら、「林道明ヶ島線」が「県道268号原田森線」の一部だったと言うことになってしまいますね・・・・。

141とはずがたり:2014/11/01(土) 19:39:41
原田森線の場所だったこと確認♪ってかこの電子地図の信頼度ってどんなんだ!?
http://www.openstreetmap.org/way/39020807#map=17/34.89262/137.98624

142とはずがたり:2014/11/01(土) 21:05:36
そうだったのか。。
>同時に廃止になる県道も数多く存在した。

これも静岡県民のコンテンツのようだ♪

調査報告09 : 県道から降格した道はどうなっちゃうの?? 2
http://www.k2.dion.ne.jp/~route-xx/Contents/investigation/investigation09/investigation09.htm

現在新しく認定される県道は数年に一度あるかないかだが、以前は新しく認定されると
 同時に廃止になる県道も数多く存在した。

143とはずがたり:2014/11/01(土) 21:08:40
>>138
373号原里大池線のコンテンツ
> http://turkey.6.pro.tok2.com/sizuoka373.html
>掛川市内を南北に繋ぐ路線です10年ほど前の地図では全線県道指定されているのですが、今の地図ではr81以北から原里に入るまでの区間は県道指定からはずされているように書いてあります。

>>142の「廃止になる県道も数多く存在した」ってあるけど区間的に指定を外す事も含めてるのかな??

144とはずがたり:2014/11/04(火) 10:20:53

杉沢の大滝
http://www.marumita.com/archives/267/

杉沢林道 大日山へのアプローチ林道
http://blogs.yahoo.co.jp/petitlandmark/62640975.html

2012-07-18
遠州森町 - 某滝へ行くための林道2
http://d.hatena.ne.jp/cocora/20120718/1342614633

タイラ沢の大滝
http://www.marumita.com/archives/356/
http://www.geocities.jp/nemurusleep/html/fall/tairasawa.html

145とはずがたり:2015/01/03(土) 13:44:14
南 足 柄 の 散 歩 道
天狗伝説コース
http://www4.ocn.ne.jp/~spr/tengu.html

大雄山最乗寺

鐘鼓堂
 最乗寺の建設に当たっては、相当な資金が必要であった。この資金を調達するため道了さんは各地を回りご寄付のお願いをすることになった。
 遠州(今の浜松)の長尾村にやってきたとき、平尾八幡宮という神社で梵鐘の寄進を受けた。道了さんは、これを錫杖で最乗寺まで運んだことから錫杖鐘と呼ばれるようになった。
  この錫杖鐘は戦時中に供出することになったが、溶かされずに無事に寺に戻ることになった。

http://yaokami.jp/1222592/
名称
平尾八幡宮

鎮座地
〒439-0036 静岡県 菊川市 中内田4779

栗田土満
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A0%97%E7%94%B0%E5%9C%9F%E6%BA%80

栗田 土満(くりた ひじまろ、元文2年(1737年) - 文化8年7月8日(1811年8月26日))は、日本の国学者、歌人。号は岡廼舎(おかのや)。

生涯[編集]
元文2年(1737年)、遠江国城飼郡平尾村(現・静岡県菊川市中内田)にて、広幡八幡宮(現平尾八幡宮)の神主の子として誕生。
明和4年(1767年)、江戸で賀茂真淵の門下となり、国学を本格的に学び始めた。真淵の死後は伊勢国を経て、本居宣長の薫陶を受けた。また、寛政2年(1790年)、故郷である平尾村に学び舎を創設し、「岡廼舎」「岡の屋」と呼称された。ここを拠点に、研究を行うとともに、国学や和歌を講じた。ここから歌人の石川依平や栗田真菅、小國神社の小国重年らを輩出した。栗田自身も、『日本書紀』を解説する書籍など、多くの著書を著した。
文化8年(1811年)、死去。

146とはずがたり:2015/02/10(火) 12:15:45
どこら辺だ??

3.3キロ全区間が開通 掛川・市道海洋公園線
http://news.goo.ne.jp/article/at_s/region/at_s-1174165272.html
@S[アットエス] by 静岡新聞2015年2月5日(木)09:08

 掛川市が同市国包で整備していた市道海洋公園北線が4日に開通し、旧大東町時代から工事を進めていた市道海洋公園線(全長3・3キロ)全区間の供用が始まった。
 市道海洋公園線は大東マリーナ(同市国安)から菊川をまたぐ花面橋を南北に結ぶ。12年に開通した県道相良大須賀線バイパスと合わせ、市街地との交通の利便性を高めるのが狙い。
 新たに開通した市道海洋公園北線は市道鷺田糸繰線から花面橋を結ぶ道路で、長さ980メートル、幅13メートル。2005年度から着工し総事業費は17億4500万円。区間内の牛渕川には新船渡橋を架けた。
 同日開かれた開通式には地元住民ら約140人が出席し、テープカットやくす玉割りで道路の完成を祝った。松井三郎市長は「南北をつなぐ道路の整備は合併時からの重要課題。災害時には避難路や輸送路としても活用できる」と話した。


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