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( ^ω^)ヴィップワースのようです

1以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/07(火) 00:59:11 ID:iULO39J.0

タイトル変更しました(過去ログ元:( ^ω^)達は冒険者のようです)
http://jbbs.livedoor.jp/sports/37256/storage/1297974150.html

無駄に壮大っぽくてよく分からない内に消えていきそうな作品だよ!
最新話の投下の目処は立ったけど、0話(2)〜(5)手直しがまだまだ。
すいこー的ななにがしかが終わり次第順次投下しやす

2以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/07(火) 01:01:03 ID:iULO39J.0

たとえばの話をしよう。

たとえば君という人物が、たった一人で絶望を覗く深淵の淵に立たされたとする。

仮にそれを一人で乗り越える事が出来たとして、天恵に恵まれていたに他ならない。

たった一人で困難に打ち勝ち続ける事が出来るほど、人は強い生き物ではないからだ。


だが、仲間という存在があるのならばどうか?


同じ過程を辿るにせよ、結果は違ったものになる可能性も無いとは言い切れない。

互いが互いを助け合い欠点を補い合う事で、人は、普段以上の力を発揮する事が出来る。

目には見えず、言葉で言っても陳腐になるだけの───不確かなもの。

それは───”絆”というものなのかも知れない。


誰にも断ち切る事の出来ない、真に強き”絆”の力があるとするならば、

恐らく人は、きっとどんな困難にも挫ける事なく立ち向かっていけるはずだ。

その人と人との結びつきが生み出す”光”は、きっと暗闇の中でこそ一層光り輝く事だろう。


               大陸暦893年「ショボン=ストレートバーボン」の手記より

3以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/07(火) 01:03:30 ID:iULO39J.0



   ( ^ω^)ヴィップワースのようです


           「序 幕」

4以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/07(火) 01:04:27 ID:iULO39J.0

───────────────

──────────

─────

夜の帳も降りた頃、とある森の奥深くに5人の若者の姿があった。

虫たちの声だけがしんしんとあたりに響く中、
彼らの周りを包むのは、薄ぼんやりとした暗闇ばかり。

星も見えない程の木々に覆われ、唯一光を灯しているものと言えば、小さな焚き火だけだ。
時折、ぱちぱちと音を立てるその薪の音も、すぐに森の静寂へ吸い上げられる。

5人の男女は火を囲みながら談笑しあったり、薪火をぼうっと眺めては、
旅の疲れを癒している所だ。

そこで、突然一人その場を立った長髪の女性の一人が仲間へと語り掛けた。

「歩哨が一人居れば十分だろう、お前達は休むといい」

その言葉に、全員が黙り込んだ。
これまでの道程で、確かに全員に疲労は溜まっている。

だが、一同は頷きもせずただそれに返す言葉を探し当てていた。
何も一人で歩哨の苦労を負担する必要はないからだ。

5以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/07(火) 01:05:13 ID:iULO39J.0

その中で、一番早く思い立った銀髪の男は立ち上がると、彼女に言った。

「無理しなさんな、この人数なら二人のローテーションで十分さ」

ローブのフードを深く被り、膝を抱えてぼうっと薪の火を見つめていた
金髪の女性も、はっと気づいたように飛び起きると、彼の言葉に続く。

「そうよ、あなただけじゃなく、皆長旅で疲れてるんだから……なんなら、私が引き受けるわ」

最初に歩哨を請け負おうとした女性が、彼女のその言葉になんとも言えぬ表情を
浮かべたのを確認すると、地べたで地図を開いていたローブの男は割って入った。

「止した方がいい。僕たちと彼らとじゃ元々身体のできが違うからね」

─────ぐおぉぉ……ぐおぉぉ……─────

そんなやり取りの中で、既に豪快ないびきをかいて眠りに落ちている者がいた。
仲間たちが傍に居るためか、完全に安心しきったような安らかな寝顔を浮かべている。

大の字に寝そべりながら、そしていびきはますます大きさを増していった。

彼以外の全員が「やれやれ」とばかりにそのあられもない姿に白い目を向けていたが、
ローブの女性はそれに怒り心頭と言った様子で、つかつかとその枕元に歩み寄った。

「ふぅ……あんたってばッ……!」

一度大きくため息をついてから、枕代わりに頭の下に敷いていたその薪を、思い切り蹴飛ばす。

「……あqwせdrftgyふじこlpッ!?」

夢うつつの中、突然現実に引き戻されると、硬い地面に後頭部を打ち付けた。

6以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/07(火) 01:06:26 ID:iULO39J.0

「なぁ、いい考えがあるんだけどさ……」

「……聞こうか」

「俺らの内誰か一人ずつをニ交代にして、もう一人はこいつに全部やってもらうってのはどうだ?」

頭を押さえてうずくまる男を尻目に、銀髪の男はそんな冗談めかした事を言った。

「……フッ、それもいいな」

長髪の女性が含み笑いを漏らした後、その場に小さな笑いが巻き起こった。

だが、そんな和やかな仲間内での談笑も束の間。

─────「”ウオォォォォォンッ”」─────


「!?」

直後、全員の身に戦慄が走った。

全員がすぐさまそれぞれの武器を手に取り、その場から飛び跳ねるようにして立ち上がる。
そう遠くない場所から確かに聞こえたのだ。

声からして獰猛極まり無い事を連想させる”獣”の、尋常ならざる咆哮が。

ローブの男は、すぐに声の聞こえた暗闇の方を注視する。

「今のは……近い───ここから、4半里も無いだろう」

7以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/07(火) 01:08:41 ID:iULO39J.0

先ほどまでいびきをかいていた男も、すでに背の剣をいつでも抜ける体勢だった。

「ただの狼……って訳でもなさそうだおね?」

銀髪の男は、かったるそうにしながら女性達に声をかける。

「悪いなお二人さん。どうやら、今晩の野営はお預けみたいだぜ」

長髪の女性は、それに腰元の小剣を取り出しながら答えた。

「なら、とっとと終わらせよう。正直に言って、私は眠い」

最後尾で身構えるローブの女性は、恐怖心を跳ね除けるようとしているのか。
その様子から、あえて気丈な態度で振舞っているのが少しだけ見て取れる。

「ま、後方支援は私にお任せってとこね」


─────「……”グルオォォォォォァッ”……」─────

今度は、更に近くでその声は聞こえた。
敵意を剥き出しにしたような、その吼え声は、明らかにこちらへ向けられている。

どうやら、戦闘は避けられない事態になりそうだ。

そう思っていた矢先────

気づけば暗闇の向こうからは、既に赤々と輝く眼光が5人の若者達を射抜いていた。
茂みの向こうからこちらへ近づくにつれて、その獣の威圧感は更に強まってゆく。

並の妖魔ではないだろう──────だが、この状況では立ち向かう他ない。

8以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/07(火) 01:09:32 ID:iULO39J.0

「────行くお、みんな!」

臆することなく、先頭に立つ剣士は走り出した。
それに続くようにして、他の面々も側面から彼を支援する。

真っ向から巨大な獣とやりあおうと長剣を振り下ろした彼の眼前に、
打ち込みの合間を縫って飛んできた、獣の鋭爪が迫っていた。

だが、銀髪の男は瞬き一瞬ほどの間に胸元からナイフを取り出すと、
獣の眼を目掛けて指先から投擲し、見事狙った場所へと突き立てた。

「ったく、ヒヤヒヤさせんなよ」

獣が大声を上げて怯んだ一瞬の隙を突いて、ローブを纏った男の手から巨大な炎が発現している。
それは意思を持ったかのように彼の指先どおりの軌道を描いて宙を飛ぶと、獣の身体に直撃した。

「……どうやら、火力が足りなかった」

片目を潰され、身体に燃え移った炎の苦痛。
不気味な声を上げながら、それを紛らわそうとしているのか、獣は狂ったように暴れ始める。

「チッ……あぶねぇぞ、離れろ!」

「やはり、手負いの獣は危険極まるね……!」

後退してゆく彼らと前線を入れ替わるように、淡い黒髪の女性が躍り出た。
ゆっくりと背後を振り向くと、そこに居たローブの女性へ目で合図を送った。

「任せろ」

その一瞬だけで、通じ合えたようだ。

9以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/07(火) 01:10:45 ID:iULO39J.0

(………うん)

互いに無言の中、ローブの女性はこくりと小さく頷くと、

【 聖ラウンジの名において 】

口にした────救いの力をもたらす、その聖なる御名を。

【 ヤルオ=ダパートの名において 】

彼女の身体の周囲からは、純白に包まれた粒状の光が漂い始め───やがて、

【 神の庇護の元 彼の者の身を あらゆる外敵から護り賜わん!】

ローブの女性がそう唱えて手を組んだその瞬間、やがてそこから閃光が生まれた。

舞い降りるようにして瞬く粒状の光は、苦戦を強いられる剣士に助太刀する機を
今か今かと待ち望む、小剣を携えた女性の身へと降りかかると、纏わりつく。

まるで、力を付与するようにして。

「はぁッ!」

それを受けて、依然として暴れ続けていた獣の懐へと彼女は飛び出した。

辛うじて見えるのは片目だけ、その憎悪に身を任せ、まるで目の前にある
全てをなぎ払おうとするかのように鋭い爪を尚も振るい続ける。

だが、俊敏な身のこなしの彼女には、そのどれもが当たらない。

「……助かったお!」

10以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/07(火) 01:11:24 ID:iULO39J.0

獣の攻撃の直後を狙い澄まし、ほんのわずかな隙を小剣が一度、また一度と突く。

一合ごとに、獣の身には刺し傷が増えている。
が、その身から血を流す度、更に獰猛に力強く、牙や爪は襲い掛かる。

剣士は、得手とする己の剣を力強く握り締めていた。
自分のものよりも遥か小ぶりな小剣で、果敢に剣技を繰り出し続ける彼女を前に。

自らの持つ速力を大きく上回るであろうその攻防に、自らが枷となるのを拒んでいたのだ。

だが、さしもの獣も深傷をいくつも負わされ、そこいらの猛獣を凌駕するであろう
その敏捷性にも、徐々にではあるが陰りが見えつつあった。

────剣士は、その隙を見逃さなかった。

「────お」

大きく、大地が揺らぐ程の一歩を踏みしめた。

「────おおおおおッ」

次いで、天高く跳躍する自分を想像しながら、跳んだ。

瞬きするほどの一瞬の内に全力を込め、両の足は既に地面を離れていた。
獣の背後へと、回り込んでいるのだ。

11以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/07(火) 01:13:22 ID:iULO39J.0

その頭上、天を突くような威容で構えていた剣。

「────おおらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁァッ!!」

自らの全体重を乗せた落下の勢いに任せて、裂帛の気合と共に振り下ろす───

やがて、鉄塊のような剣を比類なき速度で打ち込まれたその巨体は、ゆっくりと崩れ落ちた。

再びその場に訪れる静寂─────その静けさこそが、戦闘の終わりを告げる、合図だった。

────

────────


────────────

12以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/07(火) 01:16:49 ID:iULO39J.0

その後、傷ついた体を一晩の間だけ休ませて、すぐに次の旅の目的地へと向かった彼ら。
自分達が倒したあの巨大な獣が何であったのかなど、知る余地もないだろう。

ここ10年ばかりも山の頂上付近に出没し、近隣の村人達に恐れられていたという、
恐るべき”山の主”であったという事実など───あるいは、知ろうとも思わなかったのか。

その権利を持ちながら名声を得る事もなく、彼らは人知れず山を降りていった。

彼らは”冒険者”達。

身に余る名声など良しとせず、時には地位や富すらもを自らの誇りや、
その信念の為にはかなぐり捨てると言われる者達だ。

違う人生を歩みながらも、同じ宿で出会って、今では共に冒険をする仲間同士。
その彼らに共通する事は、皆が自由の風に吹かれて生きる事を選んだという事だ。

今日も────彼らはどこかの大地を歩いている。

芽吹き始めたばかりの5人の絆は、今はまだ限りなく心細い一本の線だ。
だが、冒険を共にする仲間の存在が、いつしか彼ら一人一人を今以上に強くするだろう。

13以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/07(火) 01:19:01 ID:iULO39J.0


   ( ^ω^)ヴィップワースのようです


           「序 幕」



            ─了─

14以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/07(火) 01:26:56 ID:iULO39J.0

   ( ^ω^)ヴィップワースのようです

           第0話(1)

          「出会いの酒場」

15以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/07(火) 01:27:39 ID:iULO39J.0

ここでは、”聖ラウンジ”の教えが広まり、その統治下に置かれている。
呼び名を交易都市”ヴィップ”、近年急速に拡大してきた新興都市だ。

多くの商業施設では、冒険者や魔術師達に、果ては、聖ラウンジお抱えの騎士団の姿も見られる。

それというのも、同じ職を生業とする者達で助け合いながら、
仕事を斡旋する共同体、”ギルド”が多種多様に存在しているのが理由だ。

魔術師達にとっては己の研究を広め、研鑽を積むもの同士で情報を共有しあう場。
その一方では、主に戦ごとに用いられる傭兵斡旋所や、盗賊ギルドなどもあり、
表だってこそないが、やはり街が大きいほどに、日陰に生きる者も多分に存在する。

だが、大陸の中心に位置し、貧民層から富裕層までの多くの人々が住み暮らす
この街は、今や行き交う商人達にとっても決して素通り出来ない場所だ。

その広大な敷地を誇る街の入り口の立て看板の前で、青年は一人、肩を落としていた。

(   ω )「はぁ…なけなしの50spを落とすとは、ツイてないお…」

ずた袋を背負い、決して傍目からは小奇麗とは言いがたい服装。
とぼとぼと歩く後姿には哀愁を誘うものがあった。

ただ、その背中に背負う一振りの長剣だけは光り輝いて見える。
業物の装飾を施した鞘に納まり、彼自身とは見合わぬ程だ。

16以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/07(火) 01:28:11 ID:iULO39J.0

みすぼらしい服装や、生々しい擦り傷の数々。周囲の人々には
かなりの長旅を経てこの場所へ辿り着いたのだと思わせる事だろう。

だが、肩を落としながらでも彼の足取りは一歩一歩が力強く、
疲れなど感じさせない。その一挙手一足は、それなりの場数を
踏み越えてきたであろう、戦士としてのものによく似ていた。

この大陸では、貴族や商人などといった身分の住み分けこそあれど、
それぞれの人々は安定した暮らしを築く為、日々を精一杯仕事に打ち込んでいる。

だが、自由の風に吹かれて生きる事を目標とする者は、非常に多い。

────それが、彼のような冒険者という人種。

冒険者というのは、取るにも足らない雑用から、揉め事の仲介、遺失物の探索など、
それら”冒険者宿”で張り出されている依頼を受け、日銭を稼ぐ人々の事。

腕利きの冒険者ならば、時に騎士団や領主直々に破格の報酬を与えられることもある。

だが、高額の依頼になれば当然、危険な依頼も多い。
そんな中で金や名誉を急く、経験の浅い駆け出しの若者達の大半は、
志半ばで命を落とす人間ばかりといっても過言ではないだろう。

17以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/07(火) 01:28:36 ID:iULO39J.0

彼らの中での冒険の目標は、この大陸の未開の地が踏破される度、常に移り変わる。

ある者は、伝説と語り継がれる秘宝を手に入れ、莫大な富をその手にした識者。
また、ある者は精鋭の騎士団を幾度駆り出して討伐しようとも倒せなかった魔物を、
たった一人で倒したという猛者。

冒険者達は、そうして聞こえてくる風の噂に、一抹の思いを馳せる。
ある者は名誉のため、またある者は、知識の探求に明け暮れて。

大陸全土において、日々冒険者を志して行動し始める者は後を絶たないのである。

やがて、一軒の宿の前で、彼の足は止まった。
木製の看板には、書き殴ったような筆記体でこう書かれていた。

─────「”失われた楽園亭”」─────

酒や食事を提供し、各地方からの依頼ごと扱う、いわゆる”冒険者宿”だ。

このヴィップの街がまだ今のように栄える前から、この場所に建てられた。
一見して作りは小汚いが、ヴィップでは腕利きの冒険者達がよく立ち寄ると評判の、
良質な冒険者宿として繁盛している。

だが、そんな事も知らない若者は、看板を見ながら一人呟く。

(   ω )「何とも、キザったらしい名前だおね…」

使い込まれた木扉を押して中に入ると、その瞬間に活気が溢れて来た。
まだ日も高い内から、それぞれの卓では酒盛りがなされ、賑わっている。

18以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/07(火) 01:28:56 ID:iULO39J.0

(’e’)「───いらっしゃい」

マスターが一瞬入り口の方を一瞥する。

彼が一見の客である事、それに、風貌から冒険者である事。
それらの確認をまばたき数度の内に終えると、また少し俯き加減に
エールグラスを磨きながら、酒盛りをしている冒険者達と談笑に戻った。

マスター同様に、店の娘も一瞬だけマスターの方をちらりと見たが、
彼が談笑に戻ったのを見て、若者の元へと駆け寄ると、注文を尋ねる。

ζ(゚ー゚*ζ「いらっしゃいませ!…ご注文は?」

そんなやりとりに気づく節も無く、若者はただ壁面に
びっしりと散りばめられた、様々な依頼の文字を追っていた所だ。

そこへ突然後ろから注文を聞かれると、驚き、振り返った。


( ;^ω^)「あ───申し訳ないんだお、その……」

「今日は持ち合わせがないので……依頼だけ……」

ζ(゚ー゚ ;ζ「え?」

その言葉に、周りに居た冒険者と思しき人間達は、
彼らの方へと振り返った。突然多数の視線に晒されて、
若者は少しばかり目が泳いでしまっている。

19以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/07(火) 01:32:26 ID:iULO39J.0

こういった冒険者宿では、張り出した依頼を閲覧する際に、
飲み物の一杯も頼むのが冒険者同士では暗黙の掟というものなのだ。

もちろん、気恥ずかしそうにするその態度から、彼がこういった
”常識”を疎んじていたという訳でも、なさそうだったが。

店の娘も困惑気味だったが、気まずい空気は一人の男性客によって破られる。
  _
( ゚∀゚)「小僧」

エールグラス片手にカウンターでマスターと談笑を続けていた男。
その彼が、突然若者の方を振り向いて一言漏らした。

彼の物と思しき灼熱色の軽甲冑は傍らに脱ぎ捨てられ、
浅黒い肌に映える爛々と輝く青い瞳は、真っ直ぐに彼の瞳を射抜く。

自分よりふたまわりも年長者である雰囲気だが、その顔立ちは端正に整ったものだった。

(;^ω^)「?」
  _
( ゚∀゚)「俺のオゴリだ。そこに座って、一杯飲み干してからじっくりと選びな」

そう言って身の丈ほどの大剣を背にした小柄な男は、言われた通り席に腰掛けた彼の前へ、
なみなみと注がれた一杯のエールを滑らせた───ピタリと、彼の目の前で止まる。

20以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/07(火) 01:33:11 ID:iULO39J.0

「ははッ、ジョルジュの旦那らしいぜ」

「まぁ……俺らもあいつくらいの時分にゃよぉ……」

お辞儀をしてカウンターの奥へと去ってゆく店娘の背中を見送ると、
目の前のエールグラスを手に取り、ちびり、とグラスの端を口につけた。

(  ^ω^)「あの……」
  _
( ゚∀゚)「礼ならいらねぇ、高々銀貨1枚の酒だ」

(  ^ω^)「……いや、ありがとうございますお」
 _
( ゚∀゚)「お前、冒険者か?」

(  ^ω^)「まだ駆け出しですが、お……自分は」

名乗ろうとした矢先、彼はは手でそれを跳ね除けるようにして、紡ごうとした言葉を振り払う。
どうでもいい、とばかりに苦々しい表情で。
 _
( ゚∀゚)「名前なんか聞きたくもねぇよ……駆け出しの名前なんか聞いても、
     季節が移り変わる頃には、どうせ土の下で眠ってる奴ばっかりだからな」

( ;^ω^)「お…」
 _
( ゚∀゚)「俺と酒を酌み交わした帰り道の数刻後…ってやつもいたさ。
    酔っ払ってたばかりに夜盗どもに襲われて、ぽっくりとな」

( ;^ω^)「はぁ……ですお」
  _
( ゚∀゚)「んで、お前はどっから来た?」

21以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/07(火) 01:34:08 ID:iULO39J.0

(  ^ω^)「……ここからずっとずっと西の、田舎の農村ですお。
      多分名前を言っても誰も思い当たらないほどの」
 _
( ゚∀゚)「サルダか……あそこは僻地だが、のどかで人も良かった」

(  ^ω^)「行った事があるんですかおっ?」
 _
( ゚∀゚)「まだまだ大陸も未開の地は多いが、お前なんかより
    万里はあっちこっち旅してるさ。なめんじゃねぇ」

(  ^ω^)「……ですお」
 _
( ゚∀゚)「俺は、いつかある竜を仕留める為に旅を続けてる」

( ;^ω^)「ドラゴン…ですかお?あれは、人の手に負えるものじゃ…」

ほんのりと酒が回ってきたのか、はたまた、ただの気まぐれなのか。
ジョルジュと呼ばれた男は、また新たに運ばれてきたエールグラスを呷りながら、
一人語知るように語り始めた。

22以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/07(火) 01:35:36 ID:iULO39J.0
 _
( ゚∀゚)「…まぁ、こいつはただの昔話なんだがな。かれこれ、15年も前の話になるか…
    奴がねぐらにしていた山の、とある麓の村が襲われたんだ」

 _
( ゚∀゚)「当時その地を治めていた坊ちゃん領主が、手柄を立てたいと思ったんだろうよ。
    突ついちゃいけねぇ奴の腹元を突いて、逆鱗に触れちまったのさ」
 _
( ゚∀゚)「50人以上からなる騎士団は壊滅…命からがら帰って来たのは、
    気が狂った奴か、もう生きてる方が辛い風体の奴ばかりだった」
 _
( ゚∀゚)「その翌日だよ。腹の虫が収まらなかったそいつが、麓の村の人間を皆殺しにしたのは」

(  ^ω^)「………」
 _
( ゚∀゚)「女、子供、老人…皆食い散らかされるか、奴のブレスで焼き殺されたさ」
  _
( ゚∀゚)「───今はねぐらを変えて、どこに身を潜めてるんだかな……」

そう言って、遠くを眺めるような瞳で、ジョルジュという男はエールグラスの底に残った
琥珀色の液体を揺らしながら眺めていた。押し黙りその様子を見ていた若者は、そっと尋ねる。

(  ^ω^)「ジョルジュさんは………ご家族をそいつに?」

23以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/07(火) 01:36:45 ID:iULO39J.0

若者の方を振り向くともせず、エールを一気にあおり、グラスをそっと置いた。
相当量の酒を飲んでいるであろう事は窺えるが、その横顔は、酒に呑まれている様子はない。
  _
( ゚∀゚)「…ま、昔の話よ。期待したほど面白くもねぇだろ」

(  ^ω^)「………いや」
  _
( ゚∀゚)「”邪龍ファフニール”…500年以上も生きてるっつぅ、怪物よ」

( ;^ω^)「!…ファフニールと言えば自分の住んでた片田舎でも、噂くらいは聞いた事がありますお」
  _
( ゚∀゚)「どんなだ?」

(  ^ω^)「生きる伝説。数百年を生きる竜は、人語すら理解する知恵を持って…」
  _
( ゚∀゚)「……ハハハッ!」

若者が言葉を続けようとしたところで、それを聞いたジョルジュはカウンターを
ばんばんと叩きながら、どこか自嘲気味に笑うかのような仕草を見せた。
  _
( ゚∀゚)「どいつもこいつも、”ドラゴン”ってバケモンがよっぽど高尚で、お上品な存在だと口を揃えやがる」

24以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/07(火) 01:37:40 ID:iULO39J.0

(  ^ω^)「確かに、数百年を永らえる知恵とその力から、龍たちは絶対的強者ですお」
  _
( ゚∀゚)「絶対的強者ねぇ……そいつぁいいや」
  _
( ゚∀゚)「いいか、若造……俺はな。俺の身内を、何の感情も無く旨そうに喰らってやがるあいつの姿を見た。
    その時はまだフヌケたガキだった俺は、小便も大便も漏らして、ただ震えていたさ」

(  ^ω^)「………」
  _
( ゚∀゚)「人間を食い散らかし、本能のままに殺す必要の無い命を奪っていきやがった。
    俺から言わせれば、奴らも、ゴブリンも、豚オーク共も」

「何の変わりはねぇ、ただの化けもんだ」

そういって、何口目かでグラスを満たしていたエールは底を突いた。
一つ大きなため息をついてから、ジョルジュという男は甲冑を着込み、身支度を始める。

(’e’)「今夜は、泊まっていかないのかい?」
  _
( ゚∀゚)「悪ぃなマスター。次の依頼がまたでかいヤマでな…その下準備があるのさ」

(’e’)「それなら……次は、上等な酒を用意して待ってるさ」

実に手馴れた動作で、甲冑を着込み、使い込んだ手甲の紐を歯を使い器用に縛る。
その一連の動作を終え、男が宿を後にしようとしたところで、若者はその背中に声を掛けた。

25以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/07(火) 01:38:52 ID:iULO39J.0

(  ^ω^)「あのっ」
  _
( ゚∀゚)「あ?」

(  ^ω^)「エール、本当にありがとうございましたお」
  _
( ゚∀゚)「…チッ、調子狂うぜ」

家族をドラゴンに殺され、その仇討ちをするために旅をする冒険者。
その去り行く背中を最後まで見送ると、若者もまた席を立った。

壁面を飾る依頼状へ、再びじっくりと目を走らせる。

(  ^ω^) 「依頼は……この辺がいいかおね」

そこから剥ぎ取った依頼書を手に、おずおずとマスターの元へと差し出した。
そこに書かれていた依頼は”ゴブリン退治”というものだ。

(’e’)「おっ、依頼かい。どれどれ……」

差し出された依頼書の内容を確認しながら、それを差し出してきた駆け出しの姿をちらりと見る。

(’e’)「……ゴブリンといえど、油断はできんぞ。
    ましてや、それが駆け出しならよっぽどな」

26以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/07(火) 01:39:49 ID:iULO39J.0

(  ^ω^) 「わかってますお。僕も、死ぬつもりはないですからお」

言って、背中の鞘へと収まった長剣の刀身を少しだけ抜き出すと、
半身になってマスターへと見せた。すぐにぱちんと鞘へと収めたが、
朝露さえも断ち切れそうな程の切れ味は、輝きからも見て取れる。

(’e’)「冒険者としてはどうだか知らないが、そっちの方は達者そうだな」

(  ^ω^)「ありがたいけど、ご心配には及ばないと思いますお」

「────ま、悪くないか」

冒険者宿を切り盛りするマスターともなれば、駆け出しから熟練まで
多数の冒険者達の顔を嫌でも覚えてしまうものだ。

しかし、長く付き合いを続けていける人間など、その一握りに満たない。

多くの人間は命を落としたり、怪我や病気で足を洗う人間などが大多数なのだ。
そんな中で、この”失われた楽園亭”のマスターは、依頼を受諾しようとする
冒険者の力量を判断し、相応しくないと判断した場合には断る事もある。

一部からは”融通の利かない偏屈親父”として有名だった。

が、それというのもかつて冒険者を志して旅に出たという息子が、
若くして命を落としたという事実から来ているのだろう。

27以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/07(火) 01:40:25 ID:iULO39J.0

その人柄の良さと料理の旨さ、また、店娘の愛嬌もあいまって、
この冒険者宿は日々繁盛しているのだ。

ζ(゚ー゚*ζ「はーい!ただいまお持ちしますからね〜!」

慌しく働く店の娘を見やりながら、依頼書に自分のサインを記すと、
マスターはそれを再びこちらへと返し渡そうとした。

(’e’)「…そういや、お前さんの名前が要るな。教えてくれるか?」

(  ^ω^)「ブーン、”ブーン=フリオニール”ですお」

(’e’)(フリオニールという名……はて、どこかで……)

(’e’)「ま、いいか……明日の朝ここを出て、東のリュメで依頼人に会うんだ」

( ^ω^)「分かりましたお」

(’e’)「そのナリじゃ、どうせ無一文だろう?お代はツケといてやるから、
    今日は2階の空いてる部屋を寝床に使いな。ベッドはないがな」

(  ^ω^)「!……ありがとうござい───あ」

(’e’)「ん?他に情報が必要か?」

28以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/07(火) 01:41:52 ID:iULO39J.0

( ;^ω^)「ば……晩メシの方は……お召し上がれますかお……?」

(’e’)「……ハハッ、何かと思えばそんな事かい。
    心配すんな、今晩も明日の朝も、腕によりをかけてやるさ」

( *^ω^)「あ……ありがとうございますだおぉッ!」

腹の虫を大きく鳴らせながら、今晩の食事に思いを馳せ、喜びを露わにする。
これから歩む、冒険者としての道────その、第一歩を踏み出した。

”ブーン=フリオニール”、彼が何故旅をするのか、今はまだ誰も知らない。

(  ^ω^)「(一先ずはこれが───最初の一歩、だおね)」

その理由は、いずれ彼自身の口から語られる時が来るかも知れない。

29以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/07(火) 01:44:04 ID:iULO39J.0

   ( ^ω^)ヴィップワースのようです

            第0話(1)

          「出会いの酒場」


             ─了─

30以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/07(火) 08:16:01 ID:QgfcfuqEO
乙!
初めて読んだが面白いな

31以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/07(火) 20:07:54 ID:5rGHbVtgO
おっ、タイトル変えたのか
壮大なのは大歓迎だがよくわからないうちに消えたら承知しないからなwww

32以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/08(水) 18:25:00 ID:8708vJ0A0
>>30-31
消えないように頑張るお。
今回は地味にプロローグを追加しとりまふ

33以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/08(水) 18:29:34 ID:8708vJ0A0

   ( ^ω^)ヴィップワースのようです

           第0話(2)

         「怒りを胸に刻んで」

34以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/08(水) 18:30:38 ID:8708vJ0A0

光あれば、闇もまた然り。

聖ラウンジの奇跡とは対極の存在として、常日頃研究されつづけているものがある。

─────それが、”魔術”

名の通り、一つ使い方を間違えれば、魔に取り憑かれ己の身を滅ぼす事さえある。
弱き者を救う術として存在している聖ラウンジの秘術とは違い、これは弱者が強者に対抗する術なのだ。

その為、魔術師たちが用いる術は、他人を呪うもの、対象を焼き焦がす炎を発現するものなど様々。
様々な術をこなせる半面、魔を究めようと、それに魅入られた者も多い。

その中でも、大陸全土において絶対の禁忌とされ大多数の魔術師から忌み嫌われるのが”死霊術”

命を失った肉体や朽ち果てた亡骸を蘇らせ、己の意のままに操る事さえできる。
多くの人間の死が必要で、またその亡骸を弄ぶという事で、もし発覚すればその場所場所に
よっては、拘束され、処断される事さえあり得るのだ。

高等魔術に位置する死霊術の研究だが、それゆえ魔術の道に魅入られた者達の中にも
人々の目を欺きながら研鑽を積み、研究に没頭している者も存在する。

人は、禁忌というものが自分の目の前にあると、触れずにはいられない生物なのだから。

35以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/08(水) 18:32:35 ID:8708vJ0A0

(´・ω・`) 「ふぅ…全く、聞いた話とはえらい違いだ」

全ての魔術師たちが志す場所があった。その名は、”賢者の塔”

その名の通り、魔術の道を求道して研鑽を積み続けた者たちが立ち入れる場所だ。
幾多の術を用いる名のある魔術師や、大きな発見で魔術研究に貢献した者など、
ここにはそんな魔術師のエリートばかりがひしめいている。

一定の成果を上げられない人間は、研究途中であろうと塔を追われる事さえある。
逆に、見込みのある研究成果を上げられる術者たちには快適な研究環境があてがわれ、
じっくりと自分の研究に没頭できるという訳だ。

青年は、沢山の魔道書を両手一杯に抱えながら、陽光の差す渡り廊下の窓から外を眺めていた。

”ショボン=アーリータイムズ”──────

生まれた時の名であるストレートバーボンの名を捨て、魔術師としての現在の彼の名前だ。

36以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/08(水) 18:36:21 ID:8708vJ0A0

南の名家、”ストレートバーボン家”の次期当主となるはずだったショボンは、
物心つく前から既に魔術へとのめり込んでいた。

8歳の時には、老齢の魔術師であっても習得が困難とされる移送方陣を独学にて完成させると、
12歳の頃には、森で遊んでいた際に襲い掛かってきたオーガを、炎の球で撃退したりもした。

気品に溢れ、知に富んだショボンが領主としてその手腕を発揮するのを、
ストレートバーボン家の人間のみならず、領民達も待ち望んでいたほどだという。

だが、20になったショボンは、父であるシャキン=ストレートバーボンの制止を振り切り、
僅かな手荷物だけをもって生家を後にしたのだ。広大な敷地と大きな富を有する領主の地位を放って。

その後は大陸各地を転々としながらも魔術の研鑽を積み、やがてその才覚がこの賢者の塔の
アークメイジの目に留まり、こうして今この場に呼び寄せられているのだ。

だが、どういうわけかこの頃は研究の合間に、雑用ばかりを余儀なくされていた。

(´・ω・`) 「(使用人にご機嫌伺いをされるのも懲り懲りだが、こう雑用ばかり頼まれるのもな…)」

37以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/08(水) 18:38:45 ID:8708vJ0A0

常人の数倍の速度で知識を吸収してゆくショボンに、賢者の塔の魔術師達も舌を巻いていた。

ついこないだも、ショボンの倍以上も生きている老魔術師が、
転移方陣によって自分の身を遠方へと転送する事に成功したと言う。

喜びを露にしてそれをショボンに伝えてきた老魔術師だったが、
そこへ彼が言い放った言葉がいけなかったのかも知れない。

(´・ω・`) 『それはそれは、おめでとうございます。苦労なされたでしょうね……
       ちなみに私は、それを15の時には既に独学で習得していましたが』

事実、今の段階でショボンに比肩する叡智を持つ魔術師は、指折り数えるほどしか存在しないのだ。

しかし、いかに有能といえど賢者の塔にはきちんと術者同士の上下関係というものもある。
才覚ではショボンに劣る者もいるが、これまでの下積みによって魔術の研究に大きく貢献してきた者達なのだから。

(´・ω・`) 「(妬み、か………だが、収穫もあった)」

そうして冷静に自分へと向けられている周囲の感情を分析しながら、
窓の外の風景を眺めていたところだった。廊下ですれ違う人間と、ふと目があう。

( ・∀・)

”モララー=マクベイン”。彼もまた北の名家、ローゼンマイヤーの名を捨てたという話だ。
ショボンを上回る程の才覚を持ち、また独自の魔術の研究にも余念が無い。

38以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/08(水) 18:40:22 ID:8708vJ0A0

光の屈折率を捻じ曲げ、己の姿を不可視にするという魔術は、未だ彼以外に大陸中で習得した者は居なかった。

どこか同じ雰囲気を持つ二人、だが、どちらからも話かける事はなかった。
互いの研究が忙しいというのもあるのだろうが、相容れない、ショボンはそんな印象を彼に持っていた。

(´・ω・`)「どうも」

( ・∀・)「あぁ、どうも」

会釈をしたままその背中を見送るショボンは、視線を落とした際に、一つある事に気づいた。

(´・ω・`)「(………血?)」

( ・∀・)「………では」

大きめの黒い道衣に身を包むモララーの手首に、血を拭ったような痕跡が僅かに見受けられた。
だが、モララーは別段視線も合わせず、ゆっくりと歩を進めて廊下の奥へと消えていった。

たったそれだけ、普通の人間ならば気に留める事もないようなそんな事が、
この時は何故か、やけにショボンの好奇心を煽った。

(´・ω・`)「(尾けて……みるか?)」

モララーの背中が見えなくなったのを確認して、抱えていた魔道書を傍らへと置き、静かに歩き出す。

39以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/08(水) 18:42:35 ID:8708vJ0A0

モララーの背中が見えなくなったのを確認して、抱えていた魔道書を傍らへと置き、静かに歩き出す。

一度興味が沸くと確かめるまでは抑える事が出来ない性分だとは、彼自身も解っていた。
それだけにその好奇心こそが、今日までの彼を形作ったのかも知れない。

決して尾けているとは気取られぬ程度に、一定の歩調で彼の後を追う。
専用の研究室まで与えられているモララーという魔術師の存在は、以前から気にはなっていた。

自分が魔術研究者として招き入れられるよりも以前から、彼は既に大陸全土の魔術師ギルドから
一目を置かれている存在であったからだ。自分とさほど変わらぬ若輩が、だ。

確かに、自分は常人が数年頑張っても習得できない高等魔術を、難なくこなすことができる。
だだ、それらは決して自分一人の研究によって得られた成果ではないのだ。

尤も成功の可能性が高いその道を模倣し、必要とあらばそれらの修正点を洗い出す。
それが出来れば、後は自分なりの解釈を添えて必要であろう行動をこなすだけ。

たったそれだけの事で、自分より遥かに長く魔術に携わる人間達の頭上を、何度も越えてきた。
これまでの間、大きな壁にぶつかったことすらなかった。

決して自分の口から周囲へと放つ事はない、が、恐らくは自分が魔術師として
一流の部類に入る人間なのであろうという事も、自覚している。

40以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/08(水) 18:48:22 ID:8708vJ0A0

当然そこらの貴族が抱えているような、プライドだけは一人前といった、
半人前未満の魔術師たちと比較すればなおさらの事だ。

有事においての判断力、集中力、蓄える知識の量も、センスも。
己への糧とする為に魔道に打ち込んできた時間が、絶対的に違うのだ。

名ばかり売り込む事に躍起になってきた者達は、遅かれ早かれいつか必ず
大きな壁にぶつかり、己の才能の無さを言い訳に道を違えて行く。

今日の自分を形成するものは、飽くなき探究心と、効率の良い努力で裏打ちされた自信。
それにより、今まで他人を羨んだりした事もなかった。

だが、それも────モララーという男が、自分の先を行く男が居ると、知る時までは。

初めて自分の興をそそられる人物と出会った。
だからこそ、少しばかりの事に、敏感に反応してしまっているのだろうか。

(´・ω・`)「(僕が……彼を羨んで?)」

(´・ω・`)「(………いや)」

それは違う、ただのいつもの悪い癖だ。そうやって自分を納得させながらも、
自分の足跡はモララーを辿ると、やがて彼の研究室がある辺りまでたどり着いた。

41以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/08(水) 18:51:57 ID:8708vJ0A0

簡素で、何の飾り気も無い研究室の扉。
その前に立ち、そっと指先で扉の取っ手に触れてみた。

ぽぅっと、ほのかに黄色く発光する指先。
物体に遮られた場所の様子などを調べる為の”探知魔術”だ。

目を瞑り、扉の向こうの様子を探ろうとした所ではっと我に返り、その手を離した。

(´・ω・`)「………全く、僕は何をしているんだ」

ただ単に興味を惹かれた、遊び半分の気持ち。

たったそれだけの事で、同じ屋根の下で寝食を共にしている身内に対して、
侵してはならない領域を、あともう少しで侵してしまうところだった。

一旦冷静になると、自分への嫌悪感さえ押し寄せて来た。
それらを噛み殺しながら、一人自嘲気味に呟く。

(´・ω・`)「本当に、この癖は治さなければね……」

短時間の探知魔術で把握できたのは、モララーは研究室には戻っていないという事だけだ。

手首に血の跡?それが何だ、研究道具か何かで引っかいたり、自分自身の血液を媒体とする術式だってある。
下らない事に頭を突っ込むよりも、いち早く完全なる自分だけの魔術を完成させなければ。

42以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/08(水) 18:58:29 ID:8708vJ0A0

踵を返して、研究室の扉の前から立ち退く。
モララー=マクベインといういち魔術師に対し、申し訳ないと思う気持ちさえ沸いてきた。

だが─────その時。

そこで、ショボンを再び疑念へと駆り立てる要素が芽生える。

(´・ω・`)「(……ッ!?)」

日ごろから頭を使う事ばかりしているせいか、俗世の人間達が好む珍味などの味覚にも疎く、
魔道書の活字ばかり追っている眼は、最近では近づきすぎるとぼやけてはっきりと見えなくなってきた。

だが、自然に群生した葉などを調合したりもする実験柄、嗅覚というものは大事な五感の一つだ。
間違える筈はない。

本当に微かながら、自分の鼻腔を突いたのは─────僅かな、死臭。

(´・ω・`)「(これは……)」

今度は躊躇わなかった。再びの探知魔術によって、扉の向こうに誰も居ないのを
しっかりと確認した後、取っ手をしっかりと掴み、押し開けようと試みた。

だが、扉はうんともすんとも言わない、それどころか、手から伝わってくる感覚に違和感を覚えた。
しっかりと力を加えているはずなのに、少しのあそびもない扉からは、きしむ音すら聞こえない。

43以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/08(水) 19:01:37 ID:8708vJ0A0

(´・ω・`)「(鍵じゃ、ないな……魔術による錠の感じでもない)」

(´・ω・`)「(だとすれば、結界か?)」

(´・ω・`)「(ますます気になるな)」

大きく一歩を後ずさった後、ゆっくりと掌を扉へと向けると、詠唱した。

(´・ω・`) 【 行く手を阻みし魔の効力────打ち消えろ 】

その一言を言い終えると、固く閉じられていたはずの木製の扉は、軽く押すだけで呆気なく開いた。
”解呪の法”、簡潔な呪いの類や、魔術によって張られた障壁などの魔力を中和する魔法だ。

結界によって隔てられていた空間と空間。それが破られると、扉の向こうからは
重苦しいような、息苦しいような、そんな違和感が流れ込んでくるのを、ショボンは肌で感じ取った。

(´・ω・`)「随分と、小奇麗なものだ」

研究室の中へと一歩踏み入っただけで、感じていた重圧がより一層強いものに増した気がした。

同時に、鼻を突く死の臭いも、だ。

きょろきょろと部屋の中を見渡し、私物や研究成果をしたためた書物などに目を配る。
そこで、ギクリとするような題名のある一冊の書物を見つけて、急ぎ手に取った。

(;´・ω・`)「まさか……これは」

44以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/08(水) 19:05:17 ID:8708vJ0A0

”死をくぐる門”

古ぼけた魔道書の題名には、そうあった。
この著書には、多数の人間の死が密接に関わっていると及び聞いている。

今より数十年も昔、ある村で全ての住民が忽然と姿を消してしまうという事件が起こった。
幾度も近隣の騎士団は捜索を試みたが、村中、果ては森狩りをしてまで原因を追究したが、
いくら月日が流れても、手がかりを発見するに事さえ至らなかった。

種明かしをしてしまえば、犯人はこの魔道書を書き綴った人物というのが、三年後に発覚した事実だ。

村の離れにぽつんと建っていたあばら家の地下で、この著者の亡骸と、
村人達の者と思しき異常なほどの量の人骨が発見されたのだという。

一人の魔術師が、夜な夜な”実験材料”として村の人間達を捕らえ、
その命を奪っていたらしい、というのが事の顛末である。

”死霊術の実験”としての大量虐殺、後に騎士団はそう断定した。

だが、実際にはそれを一歩進めた外道にも劣る儀式を行っていたのだという。
その惨い過程を書き綴ったこの著書から明らかとなったのが、5年ほど前だったか。

この世で唯一、死神と同一視さえされる程に強力極まりない悪霊、”レイス”
その霊体を、自らの肉体と数多の人間の死を媒体として、降霊させようとしたのだ。

魔術の道を志す者達には、絶対に破ってはならないタブー。”禁呪”として伝え広められる死霊術。
果たしてレイスを呼び出す事に成功したのか、そのまま取り殺されたのかは誰も知らない。

45以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/08(水) 19:07:19 ID:8708vJ0A0

頁をめくる度に犠牲となった人間の悲鳴すら聞こえてきそうな、この外法の魔術書に数えられる一冊。

今重要なのは────それが、何故この場にあるのかという事だ。

(;´・ω・`)「(何という物を見つけてしまったんだ……しかも、これは)」

死霊術において、死者の魂を捕縛するための道具である、”黒魂石”が傍らに置かれていた。

混じり気のない黒曜石を削りだし、様々な材料を塗した上で7夜を満月の光で照らし続ける。
確か、昔何の気無しに目を通した書物にはそう書いてあった。恐らくこれは、その手順にも忠実だ。

それらが何を示しているのかは、たとえショボン以外の術者であっても、簡単に理解が出来る。

(;´・ω・`)「(バカな………死霊術だと?)」

(;´・ω・`)「(この賢者の塔に出入りする魔術師が、そんな外法を研究していたなど知れれば…)」

肩をわなわなと震わせ、ショボンの心中には様々な感情が交錯していた。
こんな事実が外部に発覚すれば、魔術師ギルド全体、はたまた大陸中の魔術師一人一人の沽券に関わる。

何より、大陸でも指折りの優れた能力を持ちながら、死者を冒涜して人間の尊厳を貶める、
死霊術などという外法に手を染めているのが、一緒に魔術の発展に貢献していこうとしていた筈の
身内に存在している事実に、ショボンは背筋の冷たくなる思いをしていた。

「……おや、そこで何を?」

46以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/08(水) 19:09:51 ID:8708vJ0A0

(´・ω・`)「ッ!!」

瞬時に振り返り、向き直る。

( ・∀・)

いつからそこに居たのか、気づく事が出来なかった。

静かな微笑を浮かべていつの間にか背後に佇んでいたのは、
この研究室を預かる、モララー=マクベイン本人。

今となってはその口元の緩みに、不気味さしか感じる事が出来ない。
この魔道書を持つ理由を聞き出す為、ここは毅然とした態度で振舞わなければならない。

(´・ω・`)「留守中の勝手な入室、非礼をお詫びします………ですが、
      先ほど、袖口のあたりに血の様な痕をつけておられたもので」

( ・∀・)「ふむ……あぁ、これかい?」

(´・ω・`)「えぇ、それが気になりまして」

( ・∀・)「で……たったそれだけの事でわざわざこの僕を追いかけ、
      僕が扉に張っておいた結界まで”たまたま”解呪し、今この場にいるというワケだ?」

(´・ω・`)「………」

( ・∀・)「ハハッ!実に心配性だね、ショボン……ストレートバーボン君、だったか?」

(´・ω・`)「今は、ショボン=アーリータイムズを名乗っています」

47以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/08(水) 19:12:18 ID:8708vJ0A0

( ・∀・)「そうそう…そうだったね、ショボン君」

( ・∀・)「僕の身を案じてくれるのは有難いが、何の事はない、
      ちょっとした実験で手元に跳ねてしまっただけのものさ」

(´・ω・`)「それは、死の臭いを撒き散らす、このような実験ではないのですね?」

( ・∀・)「………」

突きつけた。下手をすれば異端審問は免れられぬ、動かぬ証拠となるであろう一冊の魔道書を。
それと同時に、今まで薄ら笑いを浮かべていたモララーの表情から、口元の笑みはさっと失せる。

互いに目線を逸らすことなく、永きに渡る沈黙がその場を支配した。
ただでさえ息苦しさを感じるこの室内の重圧が、さらに一段増したように感ぜられた。

どれほど無言で見詰め合っていたのか、沈黙は、やがてモララーの方から破られる。

( ・∀・)「………く、くく、プフッ」

(´・ω・`)「何が、面白いのです?」

( ・∀・)「いやいや…失礼ながら、随分と煮詰まっているようだね。ショボン君」

( ・∀・)「他の人間の研究成果を盗み見るなんて、
      同じ魔道を求道する者として恥ずべき行為だ……違うかい?」

(´・ω・`)「(ふん)」

48以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/08(水) 19:12:49 ID:8708vJ0A0

ショボンには、この会話を経て初めて気づいた事がある。

これまで魔術の研究に明け暮れてきた、モララー=マクベインという男の、もう一つの顔。
この上なく残虐で下劣な禁忌の魔術を、この男なら行いかねないという確信に触れた気がした。

(´・ω・`)「一体………なぜです」

( ・∀・)「なぜって、何がだい?」

(#´・ω・`)「質問に答えろッ、モララー=マクベインッ!」

( ・∀・)「………」

柄にも無くショボンは怒気を荒げ、不敵な笑みを浮かべ続けるモララーをキッと睨みつける。
当のモララーは、その言葉に対して返す言葉を考えているのか、虚空の塵を眺めるかのように天井を見上げた。

( ・∀・)「………”なぜ?”それはこの僕が、あの禁じられている
      死霊術に手を染めている、という事実に対してかい?」

(#´・ω・`)「やっぱり、そうなのか……あんたはッ!」

( ・∀・)「なぜなのか…そんな事、これまで考えた事もなかった。
      何せ、一度のめり込んだら止まらない性分なんでね」

( ・∀・)「ショボン=アーリータイムズ君。君だって、そうなんだろう?」

(#´・ω・`)「あなたなんかと同類にされるのは、御免だ」

49以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/08(水) 19:15:08 ID:8708vJ0A0

裏の顔を知ってしまった今、目の前のこの男に対して、ショボンには少なからず畏怖の感情があった。

だが、それにも増して沸いてくるのは、この激情。密かに越えるべきライバルとしてあって欲しかった身内に
魔術師としてあってはならない、このような最悪の形で裏切られた為なのかも知れない。

(´・ω・`)「あなたを…告発します」

( ・∀・)「ほう?」

(´・ω・`)「それでたとえ、この賢者の塔で先人達が積み上げてきた名声が、
      地の底まで落ちようとも───あなたのような膿は、出し切らなければならない」

( ・∀・)「膿……?この、僕が?……クッ、プハハッ!」

(  ∀ )「アハッ、アッハッハ、ハハハハハハハハハハハハハハッ」

( ・∀・)「ハハッ………あ〜、笑った」

堪える事ができない、とばかりに頭に手を当てて、大声で狂ったように笑い声を張り上げるモララー。
対して、ショボンは爪が掌に食い込み皮膚を裂かんばかりに拳を握りこみ、その姿に憎悪を露わにした。

(#´・ω・`)「何が可笑しい?」

ひとしきり笑い終えた後、頭を垂れて俯いていたモララーが再びこちらへと向き直った時、
瞳の奥から冷気さえ感じそうな程に、どこまでも暗く冷たい瞳が、ショボンを戦慄させた。

50以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/08(水) 19:17:34 ID:8708vJ0A0
( ・∀・)「正義漢ぶりやがって………殺してやろうか」

(;´・ω・`)(────ッ!)

先手を打つべきなのか、そう思案に暮れていた時、すでにモララーは動いていた。
こちらへ向けて、両の手で三角形を模ると、なんらかの詠唱を始めた。

( ・∀・) 【 この者の身に宿りて 蝕み 食らい尽くせ 】

( ・∀・) 【 その命の灯火を 絶やす時まで 】

(;´・ω・`)(……まずい)

人目もはばからず、自分を口封じの為にこの場で葬る気か。

目の前で集束してゆく光の束が、今にもこちらへ放たれようと集束してゆく。
だが、身構えるのが少しばかり遅過ぎた。

奇妙な烙印が、束ねられた光弾と共に自分の胸へと直撃sita。

(;´・ω・`)「……ぐぅッ!?」

胸を穿たれたのか、一瞬そう錯覚する程に感じてしまった、鈍い衝撃。

思わずその場で片膝を付いてしまった。身に起きた異変に気づき、胸元のあたりに手をやる。
そこには、先ほど目にした烙印がそのまま焼き付けられたかのように衣服を貫通し、胸板へ刻まれていた。

51以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/08(水) 19:23:06 ID:8708vJ0A0

それを見てすぐに立ち上がり、半ば無意識に反撃の魔法を打ち込むべく、その口は呪文を唱えていた。

(;´・ω・`)「くッ……【 我が前に立ち塞がる敵を 焼き払え 】」

(;´・ω・`) 【 炎の球よ 顕現し─── 】

( ・∀・)「……ふふん」

人一人など簡単に焼き殺せる程の魔法を目の前で詠唱されているにも関わらず、
モララーはこちらを見て鼻を鳴らすほどの余裕さえ見せている。

(;´・ω・`)(何故だ………?)

そんな事を考えている内に、詠唱は突如中断される。

突如として、全身を恐るべき苦痛が這い回ったからだ。

(;´ ω `)「な……ッうぐ!? ぐぁぁッ!」

(;´ ω `)「ガハァッ……ぐ、ぐおぉぉぉぁぁーッ!?」

先ほどモララーによって放たれた魔法、それにつけられた烙印のあたりからだ。
胸を巨大な力で押しつぶされるかの様な苦しみが、体験した事の無いほどの激痛が、
自分の身体を地面でのた打ち回らせる。

(;´-ω・`)「……なんだ、これは。一体、何をした……?」

( ・∀・)「これが───僕なりの解釈で完成をみた、”封魔の法”さ」

52以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/08(水) 19:28:00 ID:8708vJ0A0

(;´・ω・`)「(”口封じの法”の…強化術式といった所か?)」

(;´・ω・`)「(くっ……)」

口封じの法とは、魔術に必要である詠唱を行えぬよう、対象の口から一切の言葉を
発するのを阻害してしまう、対術者用の防衛用魔術の一種である。

まだその程度の魔術であれば、自らに付与された効果を打ち消すアンチスペルもあるにはあるのだ。

だが、恐らくモララーが独自に編み出したであろうこの魔法には、
この急場で対応策を練り上げる事など、どう足掻いても不可能である。

( ・∀・)「魔法なんて二度と使いたくなくなる、ぐらいの痛みだろう?」

(;´・ω・`)(……術者の魔力に反応して、この激痛が襲い来るという仕組みなのか?)

(;´-ω-`)(密室で、この男と二人きり……いかにもまずい状況だ)

未だ立ち上がるのも難しい程に、痛みがショボンの身体を蝕んでいる。
自分を睨みつける視線など気にも留めず、モララーはつかつかと歩くと、
机の上に置かれていた小ぶりのナイフの柄を掴み、ショボンへと向き直った。

( ・∀・)「言っておくが叫んでも無駄だよ。先ほど研究室へ入る際、
      再び結界を張っておいたんだ。ここからの声は、外へは漏れない」

(;´-ω-`)(ならば……この場を離れる手段は……)

53以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/08(水) 19:32:35 ID:8708vJ0A0

( ・∀・)「所で……君は、実に良い素体となってくれそうだね」

( ・∀・)「ほんの少しでいいんだ、一度見せてくれないか?
      君の……その優秀な頭脳を司る、脳髄をさ」

(;´-ω-`)(……間に合ってくれよ)

ナイフを手に、モララーの足音がゆっくりとこちらへと近づいてくるのが解る。
だが、今は必死に外界からの音を遮断して、目を閉じて集中する事が必要だ。

イメージする、ここではないどこか。人目があれば尚いいが、この術は
一度自分が立ち寄り、しっかりとその風景を心の中で形作れるようなものでなければならない。

どうにかして今この場から、モララーの元から離れる為なら、どこでも良い。
この賢者の塔へと招き入れられる以前に、下界からその高みを見上げていたあの場所を選んだ。

モララーは、恐らく既に自分の目の前に立っている。それも、刃物を手にして。
だが、決してイメージに乱れが生じてはならない。しっかりと平静を保ち続ける。

( ・∀・)「……おや?一体、どこへ行こうとしているんだい?」

(;´-ω-`)(………ッ)

そのモララーの無感情な声に。透き通るような冷たい声に、一瞬ゾクリとさせられた。

54以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/08(水) 19:34:50 ID:8708vJ0A0

だが、どうにか間に合ったようだ。
”自己の転移方陣”は────まもなく発動しようとしている。

(;´・ω・`)(───覚えて、いろよ)

心の中で、捨て台詞を吐いた。

( ・∀・)

最後に目を開けた時、ただ黙ってこちらを見下ろしていたモララーと、目が合った。
目の前に異端者が居るというのに逃亡を余儀なくされるこの屈辱を、忘れないよう胸へと刻み込んだ。

やがて、彼自身の肉体と共に、意識は彼方へと飛ばされた───

─────

──────────


───────────────

55以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/08(水) 19:35:20 ID:8708vJ0A0

たった今までそこにいた筈のショボンの姿は、もはや影も形もない。
あとに研究室に残されたのは、モララーただ一人だ。

( ・∀・)「全く…冗談の通じない男だな」

モララー自身も、彼が転移魔術を発動しようとしていたのは気づいていた。
が、わざわざこの場で事を荒立てるよりも最良の結果をもたらすであろう、
ある筋書きが、彼の頭の中で思い描かれていた。

( ・∀・)「でも、まぁ…これはこれで楽しめそうだ」


───────────────


──────────

─────

56以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/08(水) 19:36:17 ID:8708vJ0A0

(;´・ω・`)「ハァッ…ハァッ…」

たどり着いた場所は、頭の中で思い描いていた場所と寸分の誤差もなかった。
賢者の塔の麓…近くには鬱蒼と緑が生い茂り、森林に囲まれた場所である。

詠唱を行わずとも、転移方陣を精神力だけで自動発動し、あの場から逃れた。

事前に魔力を篭めておく事で、場所を記憶する事が出来る”転移石”を用いた。
最初の手順さえ踏んでおけば、魔術の心得の無い人間でも扱う事の出来る道具だ。

無用の長物だと思っていたそれだが、今回は救われた。
ショボンは手の中の小さな石を眺めながら、安堵のため息を漏らす。

(;´・ω・`)「なんという奴だ……同じ魔術師達の目を欺きながら、あんな研究を……」

最後には自分の口を封じようともしていた、モララー=マクベイン。
奴の企みを、白日の下に曝け出す。そうすれば奴の異端審問は避けられない。
何しろ禁術に定められている死霊術を研究しているのだ、

ふと、先ほどモララーによって胸へと刻まれた烙印の事を思い出し、手で触れてみた。

(;´・ω・`)「……詠唱の必要は無い術だ、問題は……なさそうか?」

自分の身体に直接焼き付けられたその烙印自体に、不思議と痛みは感じない。
だが、安心しかけたのもつかの間。一瞬遅れて、それはやって来た。

思わず、息が止まる程の。

57以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/08(水) 19:38:34 ID:8708vJ0A0
(;´ ω `)「!……ぐ、ぐおぉぉぉぉぉッ、あぁぁ、あ、がはッ、かはッ!!」

(;´ ω `)「あ、がぁ、うグぅッ………」

(;´ ω `)(見通しが……甘かった……魔法を使う際の…精神力に感応し…て……!)

爪が肉に食い込み血が出る程の強さで、烙印の刻まれた胸元に指を食い込ませる。
ふらふらと近場の木陰へとたどり着くと、すぐに倒れこみ、そのまま意識を失った。

───────────────


──────────

─────


彼が再び意識を取り戻した時、あたりはもう暗闇に包まれていた。
いつから気を失っていたのかもわからない、が、倒れた時と同じ状態のまま、目を覚ました。

(´・ω・`)「(どれほど眠っていたんだ…僕は)」

(;´-ω-`)「(……つッ)」

よほど襲いかかる苦痛を紛らわせたかったのだろう、
胸の烙印の周りに、無意識で爪に抉られた場所から所々出血している。

58以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/08(水) 19:41:58 ID:8708vJ0A0

(´・ω・`)(確かに、魔法なんて懲り懲りになる程の痛みだ。
       ……下手にもう一度魔法を使えば、本当に死ぬかもな)

この呪いを解呪出来る魔術師が一体賢者の塔に何人いるだろうか、そんな事を考えながら、
少しだけ距離の開いた場所から、賢者の塔の正門入り口へと歩を進める。

荘厳なまでにうず高くそびえる石壁、片手でそれを伝い、逆の手では胸を庇いながら、
やがて正門の前にまで辿り着いた。

日が暮れた今では門は閉ざされ、外部から入るには本来ならば立ち入り許可の羊皮紙が必要だ。
だが、扉の向こうの門兵と言えど自分の顔は覚えている筈だ、それが許可証の代わりになる。

それよりも、この組織の内部に死者の魂を冒涜する輩がいる。
その事実だけは、研究を他の者に任せて普段から日和っているであろうアークメイジを
はじめとしたこの場所の重鎮達に、何が何でも伝えなければならないのだ。

(´・ω・`)「開けて頂けませんか! ……私です、ショボン=アーリータイムズです!」

しばしの沈黙の後、扉の向こうで多数の人間がざわつく気配。
ややあって、扉は開け放たれる。まず自分の前に出てきたのは、法衣に身を包む一人の僧兵。

( ▲)「本当に…ショボン=アーリータイムズだぞ…!」

「本当か!」そう言いながら、彼の背後の僧兵達が浮き足立つのが解る。
怪訝な表情を浮かべながら、疑問を解消するためにショボンは僧兵に尋ねる。

(´・ω・`)「何です?…僕がショボン=アーリータイムズなら、何か問題でも?」

59以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/08(水) 19:44:30 ID:8708vJ0A0

先ほどの出来事もあり、少しでも時間が惜しかった。
無駄な問答をすぐに終わらせる為、苛立ちを込めて言い放った一言。
ざわつく後ろの人間達を背に、正面の僧兵が歩み寄ってきた。

( ▲)「……いや、何も問題などないさ。まさか、お前の方から来てくれるとは思わなかったがな」

(´・ω・`)「……話が、見えませんが」

ショボンの心中そのものであるその呟きに反応して、背後の僧兵達から怒声が飛ばされる。

( ▲)「はぐらかそうとしても無駄だ!ろくでなしのネクロマンサー野郎!」

( ▲) 「この……魔術師の風上にも置けない外道がッ!口を開くな!」

その怒声が、焦燥に支配されていたショボンの思考を正常な物に取り戻した。
そこで、自分に向けて突き刺さって来ている訝しげな視線の原因へと思い当たる。

確かに、冷静に考えればいつもに比べて正門の見張りにこの僧兵の数は多すぎる。

(´・ω・`)(……何、だと……?)

(´・ω・`)「……そちらの方々につかぬ事をお伺いしますが、今、私の事を……何と?」

そう尋ねた所で、目の前に立つ僧兵が部下に声をかけた。
彼に持って来させた一冊の本を受け取ると、それをショボンの目の前へと掲げる。

60以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/08(水) 20:02:09 ID:8708vJ0A0

その、煤けた表紙に見覚えのある、一冊の魔道書。
先ほどまでモララー=マクベインの部屋にあったはずの、”死をくぐる門”だ。

( ▲) 「……一体こんな物、どこから手に入れたのだ?まぁ、それはこれから聞き出すとしようか」

(;´・ω・`)(────計られたか)

それを見て、ようやく確信できた。
自分はあのモララーの策謀に陥れられたのだと。

ショボン本人が居合わせないのであれば、いくらでも偽装のしようはあった。
本人の筆跡に真似て、羊皮紙にモララー自身の知るネクロマンシーの知識を書きとめ、
あたかも死霊術においての研究を進めているかのように装う。

その傍らに、あの死者の魂を捕縛する魔石や、この外道がしたためた原書でも置いておけば、
進んで異端者を糾弾したがる、あの働き者の異端審問評議会にとって納得の判断材料にはなるだろう。

そして、その火の無い所に煙を燻らせたのは、十中八九あのモララーという男だ。

( ▲) 「さぁ、我々と共に来てもらおうか。明日には審問団も到着し、お前の処遇が決められる」

(;´・ω・`)「自分はハメられた……と言った所で、届きませんか?」

( ▲) 「届かんな……我々の耳には。そして、それを判断するのは異端審問評議会だ」

(:´・ω・`)(……解っては、いたさ)

61以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/08(水) 20:03:15 ID:8708vJ0A0

告発により審問が始まる際、確実ではないが処刑が常である程の異端審問において、
”誰かが悪意を持って異端者として陥れようとしている”のでは、という一点だけは
さしもの審問官達も、最初に下調べをするのだという。

そしてその際、必ず魔術師同士の人間関係が洗い出される。
魔術師としての位が低い者からの告発ならば、異端審問評議会も”嫉妬”という部分を疑い、
確たる証拠がなければ処刑されたり、拷問にかけられるような事もない。

だが魔術師の位が高い方の者からの告発ならば、嫌疑にも信憑性も増す。
あとは証拠次第で、名を連ねる場所から除籍されるか、最悪異端認定されるか、だ。

そして、ショボンの今置かれた境遇においては、後者。

確かに期待されて賢者の塔に入ってから半年、まだ新たな魔術を編み出せる気配はない。
兼ねてよりオリジナルの魔術を大陸に広めたい、という思想を比較的親しい同僚には語った事もある。
恐らく、それが今回の異端審問の際において、鍵となるだろう。

自分だけの魔術を駆使する、モララー=マクベインを意識した発言に取られると見て間違いない。
逆に嫉妬してさえいるのは、ショボン=アーリータイムズ本人という事になるはずだ。
「魔術の研究に行き詰まり、その逃げ道として死霊術の研究を行っていた」そんなところか。

多少無茶な理由付けでも、異端審問評議会にとっては認定さえ仕上げられればよいのだ。

(;´・ω・`)(痛くない腹を探られ、臓物まで持っていかれるのは御免だ───!)

62以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/08(水) 20:05:15 ID:8708vJ0A0

ショボンはちら、と背後を覆う暗闇に包まれた木々たちに目をやる。

体力など全く持ち合わせていない自分だが、この森に紛れれば追走は撒けるだろう、と考える。
モララーのように自己を対象とした隠匿魔術を習得しておくべきだった、と一度舌打ちすると、
くるりと踵を返し、佇む僧兵達をその場に置いて、一目散に駆け出した。

「…なっ!?逃げたぞぉぉぉッー!」

「……追えーッ」

「………逃がしてなるかッ!」

(;´・ω・`)「ハァッ……ハァッ……!」

つぶさに方向転換を行いながら、多少遠回りになってでも確実に追走を断つ。
途中から四方八方に散らばりこちらを探していたようだったが、木々を利用して
姿を隠しながら進み、森の反対側へと抜ける頃には、少しずつその声も遠ざかっていた。

これまで作った事など殆ど無かった生傷の痛みに、気を留める余裕もない。
まずは荒々しく乱れた呼吸を取り戻すのに、ややしばらくの時が必要だった。

自分の考えを、整理する時間も。

63以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/08(水) 20:06:40 ID:8708vJ0A0

(´・ω・`)(ふぅ……もう少し、この場所で研究を続けていたかったが……)

(´・ω・`)(……モララー=マクベイン……)

(´・ω・`)(奴には、必ず痛い目を見せてやらなければならない)

(´・ω・`)(……だが、その為には、まずはこいつの解呪か)

胸の烙印をさすりながら、月夜だけが照らす暗い森を抜け出た所で振り返る。
様々な魔術実験の光が窓から漏れ、妖しく光る賢者の塔の上層を、最後に睨みつけておいた。
その光の一つの中で、自分を陥れたモララーが嘲っているような気がしていたからだ。

(´・ω・`)「”魔法を使えない死霊術師”────か。全く、お笑い草だ」

再び賢者の塔を背にすると、ショボンは一歩をゆっくりと踏み出してから、
真っ直ぐに前を見据えて、また歩き始めた。

64以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/08(水) 20:07:30 ID:8708vJ0A0
   ( ^ω^)ヴィップワースのようです

            第0話(2)

         「怒りを胸に刻んで」


             ─了─

65以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/08(水) 23:30:56 ID:i6nA0ZMYO
来てたか乙
どんだけ長引いても俺は完結まで追いつづけるぞ
マイペースに好きなようにやってくれ

66以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/09(木) 01:13:18 ID:eT52VZJ20
>>65
1・2話に手をつけてる最中だけど、これまでの分の投下が終わらないと
集中出来なさそうです。ちろっと直して投下するだけだと思ったけど、なかなかどうして。

67以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/20(月) 03:40:48 ID:aK3TyYNI0


   ( ^ω^)ヴィップワースのようです

           第0話(3)

          「力無きゆえに」

68以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/20(月) 03:41:53 ID:aK3TyYNI0

ヴィップの街から2日ほど東へ歩いた距離にあるのが、ここリュメの町だ。

大きな影響力と多くの信者を持つ聖ラウンジ教会だが、その信仰心はこの場所では
根付く事は無かった。今ではがらんどうの教会は、月に1度か2度よその町から来たラウンジ教の
人間が滞在する程度で、ほとんどは子供の遊び場。もしくは、浮浪者の寝床と化している。

それというのも、この地では岩や砂ばかりが多く荒れ果てた農地の為、作物が殆ど育たない。
生活必需品は行商人から買い上げ、自分達で生産的な行動をしているのはごく一部の人々だ。

だが自分だけの農地や店を持つ人々は裕福な暮らしを築いている一方で、
自分の身で路銀を稼ぐのが難しい老人達は日ごろから貧しい生活を強いられ、
それを見て育ってきた子供達は物心つく前より人から盗みを働いたり、そうでなければ
話術で人を騙して小銭をちょろまかし、生きている子供ばかりが目立つ。

その為、この街では盗賊ギルドが最大勢力として幅を利かせ、治安はよそから見れば悪いとされる。
だが、その分人間同士の横のつながりは多い為、弱者同士、困った時は助け合って生活している現状だ。
また、日々貧しいながらを慎ましく生きている人々にとって、一つの希望もあった。

この街には、”義賊”として有名な、一人の男が住み暮らしているのだ。

爪'ー`)y-「……今日も皆、辛気臭い顔してんなぁ」

グレイ=フォックス。ここリュメを根城とし、盗賊ギルドの次期頭目として目される男だ。

69以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/20(月) 03:42:32 ID:aK3TyYNI0

普段から気の抜けたような顔をして、自由気ままに気の向くまま行動している彼だが、
人心を話術で掌握する術や、卓越したナイフ捌きに、開錠など。様々な技術に長けた彼は
盗賊としてこの街以外でも右に出るものは居ない、というのが身内が口々に囁く言葉だ。

そんな彼だが、一見して親しみ易い雰囲気をまとう為、街をねり歩く道すがら、
娼婦から老人、子供に至るまで、誰もが彼に気軽に声をかける。

”金はある所からしか盗まない”
”殺しはやらない”
”困ってる奴は助ける”

というスタイルを頑なに貫く彼が、生活に困っている人々の元に金や戦利品を仲間に渡させ、
助けを行う”義賊”という一面がある事を、庶民の一部は知っているからだ。

今日もふらふらと街の様子を見渡し、酒場へと行こうとしていた彼の後を追って来ていたのは、
彼の右腕としてこの街で長い付き合いをしている、デルタという男だ。

( "ゞ)「お頭、飲みに行くんで?」

爪'ー`)y-「ん…デルタか。丁度いいや、お前も付き合う?」

( "ゞ)「勿論、お供しますぜ」

爪'ー`)y-「所で、皆さー、いつになく元気無くないか?花売りの
     ティコんとこの婆さんも、寝込んでるんだってさ」

70以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/20(月) 03:43:19 ID:aK3TyYNI0

( "ゞ)「へぇ…何でも、ゴードンとこの酒や食料品がまた値上がりしたって話ですぜ」

爪'ー`)y-「またか…あいつんとこの薄めた葡萄酒に、他所の何倍の値があるってんだ?」

( "ゞ)「ま、また今夜あたり仲間の奴らがあいつの倉庫を狙うって話ですけどね」

爪'ー`)y-「ふぅん。あの業つく狸は溜め込んでるからなぁ…いくらかっぱいでも問題ないだろ」

( "ゞ)「ただ、一つ気になる事がありましてね」

爪'ー`)y-「んー?」

( "ゞ)「よそ者が一人、今この街にいるんです」

爪'ー`)y-「へぇ…?」

そこまで話した所で、行く手の先の酒場から一人で出てきた男の姿に、デルタは一瞬顔色を変えた。
その様子を気にかけ、フォックスも同調してそれに歩調を合わせる。

('A`)

大きな山の一仕事をこなす為に、入念に準備を整えたかのような盗賊の服装に、よく似ている。
深い濃紺に身を包む細身の男。しなやかな身振りから、その外套の下では鍛錬を積んだ肉体を想像させた。

葉巻きを地面に捨てて、足にじり消すフォックス達の横を通る男。
すれ違い間際に、その男の外套の内側にちらりと視線だけ向けた。
そのまま、お互いに何事も無く通り過ぎる。

71以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/20(月) 03:43:56 ID:aK3TyYNI0

爪'ー`)(………ふぅん)

('A`)「………」

すれ違い、互いの背中が遠のいていく中で振り返る事はなかった。
が、何らかの様子を察知したフォックスの横顔に、デルタが小声で囁く。

( "ゞ)「あいつです………お頭」

爪'ー`)y-「ん、あぁ。解るさ、それくらい」

( "ゞ)「同業者、ってとこですかね?」

爪'ー`)y-「さぁな……」

フォックスの眼には、先ほどあの男とすれ違う一瞬で確かに見えていた。
男が外套の内側に、鋭利な刃物らしきものを忍ばせていたのを。

だが、そんな事実を知れば血の気が多い連中も多い盗賊ギルドの面々の中には、
そんなよそ者が自分達の領域に入り込んでいるのを良しとしない者が多いだろう。
ひと悶着になるのを避ける為にも、デルタの疑問を適当にあしらう。

爪'ー`)y-「だけど……ありゃ、人殺しの目つきだな」

( "ゞ)「………関わらないのが一番、ですか」

爪'ー`)y-「さ、物騒な話はさておき……まずは一杯やろうぜ」

爪'ー`)y-「飲み比べだ、デルタ。負けた方が今日の酒代持ちってのはどうだ?」

( "ゞ)「いいでしょう…負けませんぜ、お頭!」

フォックスとデルタは、勇み足で馴染みの酒場である”烏合の酒徒亭”へと入っていた。

72以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/20(月) 03:44:31 ID:aK3TyYNI0

”烏合の酒徒亭”、庶民の歓楽などほとんど無いこの街では、この安いエールを出す酒場が
多くの人間から親しまれる場所であり、またフォックス達の行き付けの店でもあった。
カウンターから、相も変わらない馴染みのマスターの顔が彼らを出迎える。

(# `ハ´)「いらっしゃ……アイヤァー!お前さん方、よくもまぁ店に顔出せたもんアル!」

爪'ー`)y-「いきなり怒鳴るなよ、シナー」

( "ゞ)「(…シナーの親父がこの調子だと、またうちの奴らがツケてやがるみたいですね)」

爪'ー`)y-「(あぁ、それもこの勢いだと5〜6人で飲み明かしでもしたかね……ツケで)」

(# `ハ´)「怒鳴って何が悪いネ!?お前んとこの馬鹿共、
      ウチのお得意さんに出す緋桜を3本も開けやがったアルよ!?」

( "ゞ)「そのお得意さんが…俺らだろ?」

(#`ハ´)「どうせツケだと思って、毎回毎回毎回毎回……
      底無しに飲むお前らなんか、お客な訳ナイよッ!」

せっせと皿洗いやグラス磨きを終えた端から、今度は手練の動作で炒め物をまとめて人数分仕上げる。
異国で20年にも渡る修行をして来たという”烏合の酒徒亭”のマスターの料理は絶品だった。
その為酒以外にも多くの客が押し寄せ、さほど広くない店の中はいつも活気に満ち溢れている。

血眼で鍋を振るいながら怒気を荒げるシナーとは対照的に、フォックス達は淡々としたものだ。
店内に入るとシナーの怒声を右から左へ受け流しつつ、ゆっくりと空いてる席に着く。

爪'ー`)y-「そういうなって。勿論溜まってるツケは面倒見てる俺らが払うさ。
     ……だが、生憎と今日は持ち合わせがない。また今度、だな」

73以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/20(月) 03:45:04 ID:aK3TyYNI0

(#`ハ´)「あぁ……!こっちはこの押し問答してる時間も惜しいアルヨ!」

( "ゞ)「お頭の言う通りだ。今日のところはよろしく頼むぜ、シナーの旦那

───「マスター、注文まだかい?」───

───「おせーぞシナー。さっさと酒だ!」───

(# `ハ´)「もう……こちとら仕事が溜まってるアル!その内毒入りの
      エール飲ませてやるから覚悟しとけアルヨッ!!」

そう言って、カウンターからつかつかと歩み出てくると、フォックス達の卓上に
でん、と大きな音を立ててエールの酒樽を叩きつけ、肩をいからせながらカウンターへと戻っていった。

爪'ー`)y-(扱いやすい親父………)

( "ゞ)(いや、全く)

必死に注文をこなしていく宿のマスター、シナーを傍目に、
そうしてまだ日も高い内から、二人は飲み比べを始める。

─────────

──────

────


会話の合間に一献、またニ献と杯を飲み干していく。
決して調子を乱す事なく、樽から注がれる端からすぐに底を尽く。

74以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/20(月) 03:45:29 ID:aK3TyYNI0

そうして夜の帳が下りる頃には、既に18杯目のエールを同時に飲み干していた。
グラスを置き、赤ら顔になっていたお互いの顔をしばし見つめあった後、またエールを注ぐ。

爪'ー`)y-「プハァッ……そういやさぁ、何年になるかな」

( "ゞ)「ゲフッ……あの貧民窟から、俺らが街に出てきてからですか?」

爪'ー`)y-「あぁ。もう、10年以上にはなるか?」

( "ゞ)「俺もお頭も、あん時はまだ十を過ぎたガキだったから……それぐらいになりますかねぇ」

さすがに酒が回ってきたのか、樽から注がれたエールがすぐに底を尽く事はなかった。
二人ともペースを落とし、昔の事を思い出しながら語らい始める。

爪'ー`)y-「やっぱり、今でも思うんだよ。俺は───」

( "ゞ)「あいつらを置いてけぼりにした事、ですかい?」

爪'ー`)y-「………」


────話は遡る。


─────────

──────

────

75以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/20(月) 03:46:20 ID:aK3TyYNI0

フォックスとデルタは、険しい山間の中腹地点に位置する洞窟、”貧民窟”で生まれ育った。

だが、貧しい家庭が口減らしの為に赤子や老人を捨てて行く事の多いこの場所においては、
フォックス達が本当にここで生まれたかどうか、定かではない。

住む家も無い人間たちが身を寄せ合って暖めあい、野草を摘んでそれを生活の糧として生きる。
当然の事ながら衛生など行き届く訳は無く、住み暮らす洞窟内では絶えず病死や餓死した者達の
悪臭が染み付き、それを嫌って、決して近隣の住民達も近づこうとはしない。

そして、フォックスとデルタもそれらを見て育ってきた。
その彼らが貧民窟を飛び出したのは、12歳を過ぎた時の事だ。

ある日を境に貧民窟内で疫病が発生し、洞窟内の人間はたちどころに病魔に侵された。
多くの者が高熱で動くことも出来ず、寒さにがちがちと歯を鳴らし、互いの顔も薄っすらと
しか見えない暗い洞窟内では、糞尿の悪臭と、苦しむ”育ての親達”の呻き声が木霊していた。

『助けてくれ……デルタや……』

『みず………水を、汲んできてくれ………フォックス』

しかし、助けを求める大人達に、まだ幼い少年二人はどうしてやる事も出来なかった。

生き地獄の様な光景に怯え、気弱な少年デルタは、目に涙を溜めて震えていた。
悔しさに握りこぶしを震わす、聡明な少年フォックスは、親達の死期を悟っていた。

76以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/20(月) 03:47:15 ID:aK3TyYNI0
やがて、フォックスがデルタに呟いた。

『もう……いやだ」

それに、相槌を打つデルタ。

『……うん』

ろくに食料も持たず、ましてや薄布一枚ほどの軽装で、人里まで
辿り着ける根拠など何一つなかった。だが、フォックスはこの時決意していた。

『デルタ……逃げよう、ここから』

涙を拭ってフォックスの横顔を覗き込み、自分達に出来る事は何一つないという事を確信したデルタ、
彼もフォックスの提案に賛同すると、無我夢中の逃避行に同行する事となった。

『………うん』


─────────

──────

────

それから、フォックスとデルタはほの暗い山間部の森を三日三晩駆け抜けて、人里を目指した。
そして辿り着いたこのリュメで力尽き、衰弱していた所を盗賊ギルドの人間に拾われたのだ。

盗みやナイフの技術をギルドの人間から教わると、幼少から聡明な子であったフォックスは
めきめきとその才能を開花させ、その人を惹き付ける”天性”で、多数の人間からも好かれていった。

一方で、心優しいだけでなく、努力家という一面を発揮するようになったデルタもまた、
山間部で培った身体能力をフォックス同様に如何なく発揮し、少しずつ技術を身につけていった。
貧民窟にいた頃から目を患っていた彼だが、暗闇では常人以上に夜目が利き、それが助けとなった。

77以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/20(月) 03:47:56 ID:aK3TyYNI0

自分達を可愛がってくれたギルドの人間は今でこそ次々と現役を退いていったが、
現在は次代の盗賊ギルドの二大巨頭として、フォックスとデルタの二人の存在は、抜きん出ている。

次期頭目最有力であるフォックスが、”グレイ=フォックス”を名乗ったのは、初仕事の後。
この街で圧制を強いている豪族気取り、ゴードンの家屋から200sp相当の金品を盗みだした時からだ。

爪'ー`)y-「あの時……まだ何かしてやれる事はあったんじゃないか、ってな」

( "ゞ)「お頭。酔っ払ってまであいつらを偲ぶのは、無しにしましょうや」

爪'ー`)y-「後悔してる、って訳でもないのさ。ただな…」

( "ゞ)「”俺とお頭はあん時はまだガキで、どうする事もできなかった”」

( "ゞ)「それでいいじゃあ、ないですか」

( "ゞ)「俺だって、あん時お頭について行ってなきゃあ……
    今こうしてられるのは、お頭のおかげなんですから」

爪'ー`)y-「………そう、なのかねぇ」

( "ゞ)「………」

卓上に置いたグラスを握ったまま、じっとフォックスは押し黙る。
酒に酔ってこの昔話になると、時たまフォックスはこうしてナーバスになるのだ。
だから場の雰囲気を変えようと、デルタが話の種を頭の中で模索するのはいつもの事だった。

( "ゞ)「…そうそう!そういやお頭、面白い噂があるんですよ」

78以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/20(月) 03:48:59 ID:aK3TyYNI0

爪'ー`)y-「ん…?」

( "ゞ)「大陸のどこかは知りやせんが、昔々に魔法を使って
    国を治めてたっていうお偉い王様の墓があるって話でね…」

爪'ー`)y-「知ってるさ。確か、”オサム王”とかって奴だろ」

( "ゞ)「そうそう!確かその時に治めてた領地の名前も、そのジジイから
    付けられたそうで、そいつの墓がある”オッサム”っていう村は、今でもあるそうです」

爪'ー`)y-「ふーん………」

( "ゞ)「で、そこにはどうやら…お宝の方もたんまり眠ってるみたいですぜ?
    金銀財宝のたぐいか、はたまた、抜けば玉散る鋭い魔剣か…はたまた」

爪'ー`)y-「………デルタなぁ、俺を焚き付けるのはいいけど、
     どうせ、そいつぁどっかの冒険者が先に見つけるだろうさ」

爪'ー`)y-「俺らは、ほら。この街離れらんないしな」

( "ゞ)「………まぁ、そうなんですけど」

フォックスの言う通り、彼らはこのリュメの街を離れる事など出来ないのだ。

それというのも、3年程前からこの街の商店の大半を金で牛耳り、強欲な市場操作によって
人々に圧制を強いるという、豪族にも近い”ゴードン=ニダーラン”から、貧しき人々を助ける為である。

79以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/20(月) 03:49:35 ID:aK3TyYNI0

彼ら自身は、決して安っぽい正義感に浸ったり、自惚れてなどいない。
今まで、幾度となくゴードンの備蓄倉庫や邸宅に侵入し、一切の足跡を残さず
金品や食物を盗んできては、一部を自分達の酒代に換えると、残りの殆どを貧しさに喘ぐ
人々に分け与え、羨望の眼差しを向ける人々に対して当の本人達はどこ吹く風と飄々としている。

それらの行為がたとえ偽善と言われようとも、彼らはやめるつもりはないだろう。
かつて、貧民窟で寒さに震える夜を周りの人間達と肩を寄せ合い乗り切ってきた、彼らだからこそ───

力無き”弱者”を放っておく事など出来ないのかも知れない。

爪'ー`)y-「冒険者、ねぇ……憧れた事もあったな」

( "ゞ)「あっしもです」

爪'ー`)y-「未開の大陸各地を転々と旅してさー、その内最高の女と恋に落ちちゃったりして。
     一晩の邂逅の後、冒険への情熱が再燃する俺は、再び旅に出ようとしてな……」

( "ゞ)「”どうしても行くというのなら…あたしも連れてって!!”」

爪'ー`)y-「そうそう……で、そこで俺は涙を呑んでこういうのさ」

爪'ー`)y-「”俺の恋人は冒険だけさ。女子供は、邪魔なだけだ”」

( "ゞ)「”そんな……あたしのお腹の中には……あなたの、あなたの子供が──!”」

(# `ハ´)「───うるせぇアル、この馬鹿供ッ!!!」

その力の限りの大声に後ろを振り返った二人の目線の先には、鉄鍋で肩をとんとんと叩いて
厳しい顔でこちらを睨みつける、店主の姿があった。

ゆっくりと周りを見渡すと、烏合の酒徒亭の店内に、すでに二人以外の客は誰もいない。

80以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/20(月) 03:50:29 ID:aK3TyYNI0

爪'ー`)y-「………ありゃ」

( "ゞ)「もう、随分と夜も更けてやしたか」

(# `ハ´)「とっくに看板アルヨ……お前達が帰らないと、店が閉めれないアルッ!!」

( "ゞ)「………わざわざ待っててくれたのかい、シナーの旦那?」

爪'ー`)y-「案外やさしいんだな」

(# `ハ´)「さっきから厨房で何度も怒鳴ってたアルヨ!お代はツケといてやるから、
      今日はさっさと帰りやがれヨロシなッ!!」

( "ゞ)「わーったわーった。んじゃ退散しますか、お頭」

爪'ー`)y-「そうだな……ごっそさん。ツケは近々払いに来るからなー」

(# `ハ´)「こっちとしては二度と来なくてもいいアルがナ……!」

緩慢な動作で席を立つと、シナーに後ろ手を振りながら二人を店を出た。
無駄酒飲み達が去った後、閉められた木扉に対してシナーは一掴みの塩を全力で投げつけていた

自分達の去った後に、シナーが清めの塩を投げつけていた事など露知らず、
デルタから切り出した冒険話に花が咲き、フォックスもまた上機嫌を取り戻していた。

酒場を出てから、あとは夜の街をふらふらと帰路につくだけ。

いつもならそうだ。

だが、普段ならば人っ子一人出歩かないはずの時刻に、
建物の屋根から屋根へと飛び移っている人影に二人は気づいた。

爪'ー`)y-「……ウチの若い衆、だな」

81以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/20(月) 03:51:45 ID:aK3TyYNI0

鋭い観察眼が重要視される盗賊という職業柄、夜目の利く二人はすぐに気づいた。
自分達の部下である3人が、今夜”仕事をする”という話を、昼間に聞いたばかりだ。

( "ゞ)「えぇ、ゴードンとこに行くつもりなんでしょうな」

街の離れ、小高い丘へとそびえるゴードン邸の方角へと向かう人影が3人。
こちらの様子には気づかず、そのまま行ってしまった

爪'ー`)y-「どれ、たまには俺らも見に行くとするかね」

( "ゞ)「へ……?今日の俺らは、酒入ってますぜ?」

爪'ー`)y-「ま、親心ってやつさ。邸宅の外から様子だけでも、な」

( "ゞ)「そりゃまぁ、構いやせんが…」

遠ざかっていった3人の影の後を尾けて、二人は小走りに走り出す。
盗賊ギルドの部下達であろう人影との差が、再び目視で追える距離にまで縮まった。
その辿り着いた先には、予想通りゴードン=ニダーランの邸宅があった。

邸宅の隣に佇むのは、食物や酒などを保存している備蓄倉庫。
敷地内に進入するや、そのまま影たちは倉庫の煙突から、内部へと侵入していったようだった。

その一部始終を、フォックスとデルタの二人は外壁の縁に登り、遠巻きから眺める。
3人が入っていった煙突を注視して、10分が経った頃にデルタが口を開く。

( "ゞ)「遅いな……」

爪'ー`)y-「あぁ」

82以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/20(月) 03:52:29 ID:aK3TyYNI0

盗賊において必要な頭の良さとは、機転の利かせ方だと部下達には教えてある。

ただ、部下と言っても少しだけ歳の離れた”弟分”達は、威厳など微塵も無い自分に対して
必要最低限以外の礼儀など払おうとしない。ましてやこちらも要求したりはしていないのだが、
常々、フォックスはそれでいいと思っていた。

だが、仕事に関しては話は別だ。

自分達は人様の食い扶持を奪い、自らの私腹を肥やす事で暮らしていける。
決して声を大にして触れ回る事の出来ない職業だからこそ、適度に仕事をやるべきなのだ。

”丁度いい”というのは重要で、標的とする人間が身の破滅に至るほどの打撃を与えてはならない。
自分達が足跡さえ残さなければ、上手く行けば標的さえ気づかぬままに、世は事も無しに済む。

だが、一度やり過ぎてしまえば、それは復讐の種をバラ撒く事にしかならない。
様々な人間達を敵に回し、やがては日の当たる場所にいられなくなるだろう。

欲を出して抱えきれない程の戦利品を持ち去ろうとして足が着く、などという
愚鈍な盗賊など、自分の在籍するギルドには一人も存在していない自負がある。
仮に、多少のヘマをしてもとっさの悪知恵で乗り切れるようには、育てていたつもりなのだ。

だからこそ、一軒の家屋に三人がかりで仕事に掛かり、10分以上も離脱してこない事に動揺があった。

爪'ー`)y-「なぁ、デルタ」

( "ゞ)「何ですかい?」

爪'ー`)y-「ゴードンとこ、前回はまだ年が明ける前だったか」

( "ゞ)「えぇ。確かナッシュの奴が一人で息巻いて、たんまり掻っ攫って来た時ですね」

83以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/20(月) 03:53:22 ID:aK3TyYNI0

爪'ー`)y-「ゴードンの親父も、伊達に街で一番でかい家に住んでない。
     心底呆れるほどの馬鹿じゃないだろうさ」

( "ゞ)「………と、言いやすと?」

爪'ー`)y-「あん時、ナッシュは去り際に後姿を見られたって話だよな」

( "ゞ)「ま……言いつけを守れないお子様には、自分からきつくお灸を据えときやしたが」

爪'ー`)y-「奴が何らかの侵入者の存在に気づく。そうなれば、以前からちょくちょく
     品定めさせて頂いてた事ぐらい、帳簿なんかを遡ればさすがに解るだろうぜ」

( "ゞ)「あー、奴が生活用品の値上げをする度に倉庫の商品がかっぱらわれてるのに
    気づく節も無く”ウチの葡萄酒は今日から6spニダ!”とかほざくもんだから、
    てっきり本当の馬鹿だとばかり思ってましたよ」

爪'ー`)y-「まぁ、俺も今までそう思ってたんだけどな、そろそろ様子を見にいくか」

( "ゞ)「お供します」

フォックスのその言葉に頷くデルタの表情も、やや真剣味を帯びつつあった。
これまでこの街の盗賊ギルド全体としては、盗みに入った事実が発覚した事はない。
ヘマを踏んで治安隊に突き出された半端者達もいたが、それでも決して口を割る事はなかった。

しかし、盗賊ギルドの次期頭目として自分達のこの顔は多数の人間に知れ渡っている。
仮に自分がゴードンの家に忍び込んでいた過去の事実が明るみになれば、今まで通り
この街に住み暮らす事は難しくなるだろう。

だが、自分のちっぽけな善意を汲んで、その元に動いてくれている部下達が、
みすみす治安隊に突き出されるのを指を咥えて見送るのもご免なのだ。

84以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/20(月) 03:54:09 ID:aK3TyYNI0

二人は外壁を伝って、手練の動作で素早く倉庫の屋根へと登り切る。

爪'ー`)y-「合図するまで、お前は外で待っててくれ」

万が一の事を考えて、デルタは外に残しておいた。
自分や部下達に何かがあった場合、デルタに助けを呼ばせる為だ。

三人の部下達が消えて行った暗闇が覗く煙突。その縁に手をかけると、
フォックスはそのまま垂直に飛び降りて内部へと侵入した。

───

──────

────────

降りた先の場所は暖炉はもう使われておらず、拓けたただの空間だった。
ごろごろと荷物が置かれた室内には明かりの類が無く、暗闇に等しかった。
封のなされた食料品などには先の部下達がやったのだろうか、物色した痕跡。

爪'ー`)y-(そっちの部屋か)

耳をそばだてると、隣の部屋から時折物音がするのに気づく。
音も無く速やかに物陰へと身を寄せると、中の様子を伺うために僅かに身を乗り出す。

「…くっ、ちく…しょう…」

85以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/20(月) 03:54:44 ID:aK3TyYNI0

携帯用の松明の小さな明かりが、地面に落ちて燃え尽きようとしている。
その明かりに照らされるのは、数人の人影だ。

部下である3人は、地べたへと倒れ伏せていたようだった。

その中心で、周囲の闇に溶け込むようにして佇んでいたその男。

爪'ー`)y-(!!)

程なくしてフォックスの気配に気づき、こちらへ振り返った。

('A`) 「………」

爪'ー`)y-(こいつ……昼間の)

その表情からは、何も感じ取る事が出来ない。
笑っている訳でも驚く様子でもなく、虚ろな瞳でフォックスを見ているばかり。

ただ、無機質な殺気だけを身に纏って。

爪'ー`)y-「あんた……昼間酒場で見た顔だな」

見れば、大怪我さえしてないものの、二人の部下達は床に転がされてのびている。
もう一人は意識があるが、殴り倒されたのか大量の鼻血で上着を濡らしていた。

力自慢の冒険者ほどではないが、それなりに腕っ節を鍛えている3人の男たちを、
たった一人で倒してしまったというのだ。その相手に呑まれる事のないよう、
決して顔に動揺は出さないが、内心では焦っていた。

86以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/20(月) 03:55:22 ID:aK3TyYNI0

爪'ー`)y-「まぁ、こいつは話半分に聞いてくれりゃいいんだが……
      そこの三人、今回は見逃してやっちゃくれないか?」

('A`)「………」

爪'ー`)y-「代わりといってはなんだが、一人につき150spの礼は約束する」

交渉を持ちかける。出来うる限り、後腐れなく、波風を立てない事が一番だ。
いかに自分達が正義を語ろうが、盗みに押し入っているという事実が揺るがない以上、
大儀は向こうにある。今は目の前の男をどうにかしなければ、全員治安隊に突き出される羽目になる。

男がようやく口を開くと、覇気の無い声がフォックスの耳に届いた。

('A`) 「こちらは……”侵入者の排除依頼”さ」

('A`) 「確かに、一人頭150spの謝礼は魅力的だな」

爪'ー`)y-「……手付けとして、まずはここに200spある。なぁに、残りは後日必ず──」

('A`)「……だけどな」

フォックスの言葉を半ば遮るようにして、男が会話を被せた。
今まで無表情だった男の口角が、一瞬釣りあがる。

('A`)「こちらさんの依頼も、侵入者一人につき150spの報酬でね」

('A`)「あんたも入れれば、銀貨600の稼ぎって訳だ……交渉は、決裂だな」

爪'ー`)y-「……ちッ!」

87以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/20(月) 03:55:56 ID:aK3TyYNI0

すぐに腰元からナイフを取り出し、それを片手で前方へと振りかざす。
腰を落とし、体勢を低く保つ。相手の攻撃がどこから来ても対応できる構えだ。

男もまた緩慢な動作で胸元から大きなナイフを取りだすと、逆手に掴んで
刃先をこちらへと突きつけた。鈍色に輝く刃が、大きく湾曲した刃物。
見る者を威圧するようなそれは、凶暴な威容を放つククリナイフだった。

地に落ちて燃え尽きようとしていた松明の明かりの残滓が、
もうすぐのところまで完全な闇が迫っていた室内を、ほのかに照らす。
互いの持つナイフの刃先はその光量を受けてか、輝きを放っていた。

だが、それは互いが殺気を放っている事による錯覚であるのかも知れない。

フォックスら盗賊が得手とする、投擲などの為の投げナイフとは大きく形状が異なる。
太く、重厚で、骨すらも断ち切る事が可能なほどに叩き斬る事、切り裂く事に特化した凶器。

だが、その異質な存在感とは対照的。まるでそこにいるのは幽霊なのではないかというほどに、
濃紺の外套を纏う男は、ただ静かな瞳で逆手でそれを構えている。

('A`)「随分とちんけなナイフだな」

表情を変える事も無く、幽霊がフォックスに言葉を投げかける。
手元にすっぽりと収まるほどの、心もとないナイフを見ての言葉だ。
それに、フォックスが内心に抱いている焦燥が悟られている様子はなかった。

フォックスもまた、完全なるポーカーフェイスを崩さぬままに
落ち着き払った声と、どこか間の抜けた表情で男の問いかけに答える。

爪'ー`)y-「大きければいい…ってもんでも、ないさ」

88以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/20(月) 03:56:27 ID:aK3TyYNI0

一目に、禍々しいとさえ思ったフォックスだが、ぐっと虚勢を張った。
事も無げな顔をしながら、しかし眼ではしっかりと相手の出方を伺う。

所持していたナイフは、2分の1フィートにも満たぬ、投擲用の小さなナイフ。
刃渡りの差は歴然であるが、ことナイフさばきに関しては手足を動かす事と同じぐらいの自信がある。

倒れ付している部下達を介抱し、いち早くここから離脱しなくてはいけない。
倉庫に侵入している事が、家主であるゴードンにまで伝わっているのかまでは解らない。
今すべき事は、ゴードンに雇われたであろうこの男を、どうにかして撃退する事だけだった。

爪'ー`)y-(どうでるか、ね)

('A`)「”大は小を兼ねる”……俺の出身の名言さ」

初撃を繰り出したのは、ククリナイフの方であった。
黒に近い外套に身を包んでいる為か、素人目であれば闇に溶け込んだその刃が
どんな軌道を描いて襲い掛かってくるのか、首元を抉られるまで解らないだろう。

爪'ー`)y-「!……よっと」

だが、暗所で生まれ育ち、また盗賊という職で培ってきたフォックスの夜目には
その急激な軌道の変化も見抜いていた。大きく首を切り裂こうとしたかに見えた一刀は、
ナイフを握る手首を、返しの小さな振りで 敵の目を欺きながら狙う為の攻撃だ。

ナイフが握れなくなってしまえば、その時点で勝負は決まってしまう。
狡賢いやり方ではあるが、確かに効果的だ。しかし、刃物を用いた喧嘩を経験した事が
あるからこそ、前方で浮かせた手を即座に上方へと反応させる事は容易な事だった。

('A`)「へぇ?」

89以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/20(月) 03:57:04 ID:aK3TyYNI0

だが、再びフォックスが構えるよりも早く、男が大きく一歩を踏み込んできていた。
続けざま。防御を意識させない様にわざと視線を全く別の場所へ逸らしながらの攻撃。

初撃とは比べ物にならぬ速度で襲ってきた下方からの激しい一撃が、フォックスの
顔あたりを突き上げる様にして振るわれた。

爪'ー`)y-「……ッ!」

顎ごと身体を目一杯仰け反らせ、辛くも意識外から来た攻撃を避ける。
通過した刃が、顎の先端に僅かな裂傷を走らせた。

爪#'ー`)y-「……らぁッ!!」

('A`)「……あらら」

体勢を崩しかけた所を突きが狙っていたが、即座にナイフを横に薙ぐ。
多少無茶な反撃だったが、怯ませるぐらいの効果は発揮したようだ。

('A`)「たいしたもんだ。この暗い中で、よく俺のナイフをかわせるな」

爪'ー`)y-(これ程の的確なナイフ術……暗殺ギルドの人間か?)

すぐに飛びのいて距離を取り、一度だけ大きく呼吸を整えた後に
再びしっかりと相手を正面に捉えて、視線をぶつけ合う。

だが、このわずか2合の立会いの中ですでにフォックスの顔からは
既にじっとりと冷たい汗が頬を伝っている。

('A`)「どうした、こないのかい?」

爪'ー`)y-「………その気になれば、いつでも殺れるんじゃないのかい」

駆け引きからでの言葉ではなく、こればかりは本心だった。
一方の男はふふん、と鼻を鳴らしてククリナイフを手元で弄んでいるが。

90以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/20(月) 03:57:43 ID:aK3TyYNI0

('A`)「どうだかな……だが、生憎この依頼人は口うるさいんだよ。
   生死如何によっては、報酬半額っていう事情もあってね…」

爪'ー`)y-「はぁ。そいつぁまた、面倒なこったなぁ」

('A`)「だからさ……とっとと大人しくしてくれると、こっちは有難いんだよ」

爪'ー`)y-「そういう訳にもいかないんだよなぁ、これが」

他愛の無い話をしながらも、この状況を看破するために自分ができる行動を、
必死に頭の中で張り巡らしていた。このままいくと、勝機は限りなく薄いだろう。

この男のナイフは、恐らく”仕事”として相当に使いこまれている。
より効率的に、より不可視に、まさしく暗殺などを生業としている者のそれだ。

命を奪う事という一点に絞って磨きぬかれてきた技に、この状況からでは
出し抜きようがなく、こちらが技量だけで上回る事は難しい。

あるとすれば、命を一度捨てる事。
結局、最後の選択肢であるそれにしか至らなかった。

('A`)「じゃあ、続きといこうか?」

爪'ー`)y-「と言いたいところなんだけど……やっぱり、さっきの交渉の続きをしないか?」

('A`)「ほう」

こちらの声に耳を傾ける素振りは見せているものの、身体では決して
隙を見せる事など許してはいない。それどころか、こちらがどうやって
仕掛けるのかを虎視眈々と伺っているようにすら感じる。

91以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/20(月) 03:58:12 ID:aK3TyYNI0

確かに、これはタイミングを見計らう為の時間稼ぎに過ぎない。
だが、どれほど微細であろうとも、僅かでも気を散らせる事が出来れば上等だ。

爪'ー`)y-「人の命よりも金の方が大事…って感じなのか?アンタ」

('A`)「ま、どう受け取ってもらっても構わないが、そんなとこかな」

爪'ー`)y-「守銭奴なんだな。なら俺達4人の首、一人頭200spで売ってやるよ」

一瞬口元を手で覆い隠し、こちらから視線を外してあざける様にほくそ笑んだ。
フォックスが予想していた通り、持ちかけに応じるような返事など返っては来なかったが。

('A`)「はぁ……勘違いするな。さっきは気まぐれで話を聞いてやっただけだ」

爪'ー`)y-「………」

('A`)「実際俺は、仕事に関しては自分の事しか信じないんでね……気を持たせたなら謝ろう」

爪'ー`)y-「いやぁ、気にするなよ」

きっかけを作るとするならば、ここしかない。
少しばかりわざとらしいが、ナイフを手にした方の手で頭を掻く仕草に見せかける。
頭の後ろでナイフの刃先を指で摘んで持ち替えておいた。後は脇を伸ばして、出来る限り溜めを作る。

爪#'ー`)y-「わかっちゃあ……いたけどねぇッ!!」

('A`)「俺もさ」

92以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/20(月) 03:58:44 ID:aK3TyYNI0

男が最後に言った言葉が耳に入るよりも前に、身体全体を弓の弦のようにしならせると、
全力を以ってナイフを前方へと投げ放った。狙いはつける余裕もなかったが、外しはしない。

次の瞬間には、カキン、と固い金属同士がぶつかる破裂音。

('A`)「この程度で……」

そうして投擲したナイフは呆気なく叩き落されていたようだ。
だが、すでに両の足は一直線に男の元へと駆け出している。

('A`)「!」

思ったよりも低い位置から、目の前を横一文字に斬撃の軌道が半月を描いた。
ほぼ同時に、後頭部すれすれをナイフがよぎった感覚。

長い銀髪を後ろで結わえていた紐が、数本の毛髪らとともに背後の空中へと舞った。

勢いのついて止まれない状態で、振りを見てから避けられるかどうかは博打だった。
だが、決して速度を落とさず走りぬけながらも、辛うじて身体を伏してかわす事が出来た。

爪'ー`)y-「へッ!」

勝利を確信した奴ほど、崩れてしまえばもろいものだ。
自分の敗北を、最後の最後まで疑えなければ、そいつはきっと勝利者にはなれない。
たとえ一瞬だろうと、確実にこちらを上回れる技量を持ちながら、侮ったのが運のツキだ。

('A`)「この……ッ!」

爪#'ー`)y-「このフォックス様を、なめんじゃねぇぞッ!」

ククリを手にした右手首をがっしりと掴み、追撃のナイフが振るわれる事はなかった。
そして、それを引き寄せるようにして胸倉を掴むと、走りこんだ勢いそのままに、
肩からぶちかましてそのまま地面へと引きずり倒した。

(;'A`)「ゲッ、フゥッ!」

93以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/20(月) 03:59:15 ID:aK3TyYNI0

転がされた衝撃を受けてもナイフを手放す事は無かったが、手首を左膝で押さえ込んだ。
男の上体へと腰掛けた体勢。反撃する為に必要な、もう片方の手へも腕を伸ばして封じた。
もはや身じろぎする程度しか出来ない程に、完璧に有利な体勢を作る事に成功したのだ。

爪'ー`)y-「知ってるか?殴り合いの喧嘩になったらさぁ、こうやって
     上半身に乗っかかられた時点で、大体勝負は着いてるんだぜ?」

(;'A`)「チッ……」

言って、苦い顔を浮かべた。足を浮かして脱出しようとはするが、どうにもならない。
だが、こちらは男の四肢を封じた上で、自由に使える左腕で顔面を殴りつける事が出来るのだ。

爪'ー`)y-「そういやさ…アンタ。さっき、金が命よりも大事とかなんとか…」

(;'A`)「だったらどうだってん…」

( #)'A)「…ブゴォッ!」

言い終えるより先に、左の頬を拳で殴りつけていた。
顔を庇う事も出来ず、地面を介した衝撃は相当に大きいはずだ。

爪'ー`)y-「俺さー、そういう事言う奴……なーんかいけ好かねーんだわ」

爪'ー`)y-「だから本当は20発も殴ってやりたいところだけど……優しい俺はさ、
     まぁ、なんとか7〜8発ぐらいで気を失わせられりゃあいいや……ってね」

(#'A`)「調子に乗るなよ……」

ここに来て初めて怒りを露わにした男が、口の端から小さく
血を伝わせながらも、フォックスをするどい目つきで睨みつけた。

意に介する事もなく、フォックスは後ろを振り向いて声を投げかける。
つい先ほどこの男にノされてしまった、部下達三人に向けて。

爪'ー`)y-「おーい。お前ら、そろそろ起き上がれよ」

94以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/20(月) 04:00:09 ID:aK3TyYNI0

その声に、やがて一人が反応し、ゆっくりと上体を起こした。
目が合うと、すぐに大きく見開かれる。仰天していたようだった。
続く二人も身を起こすと、同様の反応を示す。

「あ、あれ………」

「な、なんで!」

「……フォ、フォックスのあに──」

爪'ー`)y-「しー、そんなとこで寝てたら風邪引くぞー。とっとと帰るこったな」

男には見えない位置から、指で口をふさぐ真似をした。
”何も言うな”と促すようにして、立ち上がった三人を手で追っ払う。

「………!」

爪'ー`)y-「この通り、この場は俺が何とかしとくからさ。邪魔だよ、帰った帰った……」

目の前で起きている状況が即座には理解出来なかった様子で、全員が動揺している。
何か言いたげな様子をしながらも、侵入してきた煙突のある部屋へと、全員すごすごと退散していった。

そうして部屋には、二人だけが残された。
地面で微かに燻っていた松明も、今はもう完全に燃え尽きた。
暗闇が覆うのみの部屋、互いの呼吸が聞き取れる程の静寂の中で、男がまた口を開く。

('A`)「部下か…何かか。またずいぶんとお優しい事だな」

爪'ー`)y-「だろ?まぁ……今みたいに気苦労が多いのだけが悩みの種だけどな」

('A`)「あぁ、全く麗しい師弟愛だ。吐き気がするよ……」

95以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/20(月) 04:01:23 ID:aK3TyYNI0

( #)'A)「うッぐぅッ!」

再び拳を振り下ろす。今度は、鼻っ柱を叩いた。
久しく人を殴った事などなかった拳には、鈍い痛みが走っている。
だが、殴られたこの男は、それ以上に痛みと屈辱を抱いているはずだ。

爪'ー`)y-「あんたみたいに、殺しが特技みたいな人間に理解してもらおうとも思わないけどな」

(#)'A`)「甘っちょろいんだよ。人の生き死にが尊いもんだとでも思ってるのか?」

爪'ー`)y-「あぁ…尊いね。一生懸命に生きてる人間の命を奪う権利なんてもんは、誰にも無い。
     この街の皆だってそうさ、貧しくても生きていこうと、毎日が死に物狂いだ」

(#)'A`)「…人を殺すのがいけないなんて、聖人気取りの台詞か?欺瞞だな」

もう一発お見舞いしようとしたフォックスだったが、これまでで初めて
真剣な口調で話し始めた男の様子に、思わずその言葉に耳を傾けてしまっていた。
やがて、堰を切ったように、男は饒舌に話し始めた。

ひとまずは握り拳を下ろして、少しだけ熱を帯びたその瞳を、ただ見下ろす。

(#)'A`)「”人を殺せ、出来なければ殺す”、年端もいかない子供がそれを命じられて殺すのは、悪か?」

爪'ー`)y-「………」

(#)'A`)「親しいと言えるだけの相手の家族の命を一度でも奪って、その罪が消える事などあるのか?」

(#)'A`)「そんな虫の良い話………ある訳がない」

爪'ー`)y-「まぁな」

96以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/20(月) 04:02:12 ID:aK3TyYNI0

(#)'A`)「────一度殺してしまえば、二度と日の当たる場所には戻れない。
    例え悔いても、そんなものは罪から逃れたい意識というだけの事だからな」

憎悪に満ちたその瞳を、冷淡な表情でただ見下ろしていた。
別に哀れみという訳ではない、フォックス自身でも共感できる部分がある話なのだから。

凶暴なククリナイフを持った暗殺者の身体に、貧民出の盗賊が上に覆いかぶさり、
過去の身の上話を少しばかり真剣な面持ちで聞いているこの状況───。
傍から見るにはかなり奇妙な光景だが、当の本人達は至って真剣そのものだ。

だがフォックスはくだけた口調で、しばしの沈黙をおいてその男の話に所感を述べた。

爪'ー`)y-「だから、悔いようとも思わない…ってとこか」

(#)'A`)「下らないな」

爪'ー`)y-「なんだかなぁ。”ツイてなかった”……そう思うしかないと思うぜ?多分さ」

(#)'A`)「知ったようなッ───!」

爪'ー`)y-「けど、あんたみたいに腕の立ちそうな男なら、きっと途中で足を洗えてたはずだ」

(#)A )「………」

爪'ー`)y-「それでも省みる事をしなかった、ってーのは、アンタの落ち度じゃない?
     も一度日向に戻ろうとしなかったのは、アンタがどっかで諦めてたからさ」

(#)A )「黙れ……」

爪'ー`)y-「無理やり人殺しさせられる状況だったなら、きっと誰もアンタを攻めないぜ?」
     だから……結局、悔いようとも思わなかったんじゃない。悔いるのが、怖かったのさ」

(#)A ) ブヂィッ

97以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/20(月) 04:04:00 ID:aK3TyYNI0

琴線に触れたか、憎悪に一瞬男の顔が歪んだ。かと思えば、次の瞬間には
跨るフォックスの顔を目掛けて、何かが吹きかけられた。血の飛沫だ。

自ら歯で口の中を切り、貯めた血を目潰しに使ったのだ。

爪;ー)「ぐぁッ!?」

(#'A`)「フゥゥゥッ!!」

左手で顔を庇った一瞬、フォックスによる男への四肢の拘束が緩んだ隙を突き、
上体を起こしながらすぐさま左の拳で顎を上方へと打ち抜かれた。

衝撃に後方へと倒れこんだフォックスを、男は流れるような動作で地面へとそのまま組み伏せる。
脚を使い、足裏と膝で両腕の自由を封じられたフォックス。先ほどまでとはまるで逆───

気づいた時には、頬に冷たい金属が押し当てられていた。

爪;ー)y-(あ……やっべぇなぁ……これ)

( A )「──俺に取って、金は命よりも尊いもんさ」

( A )「本当に、お前を殺すつもりはなかった」

(#'A`)「だがなぁ……相手の命と自分の命、そして、金とプライド」

(#'A`)「天秤にかけてみて、臨機応変に対応させて頂く場合もあるんだぜ」

無機質で冷たいククリナイフの刃先が、つん、と首元の皮膚に触れた。
このままあと少し刃を押し込み、少し横に動かされただけで自分の心臓は止まるだろう。
こうなってしまっては、さすがに諦める事しか出来ない状況だった。

98以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/20(月) 04:06:43 ID:aK3TyYNI0

(#'A`)「報酬なんかどうだっていい───ここで、死ね」

爪;ー)y-「ハッ……フゥッ、フゥッ」

呼吸が上ずり、身体中が縮こまる。
いよいよ、覚悟を決めざるを得ない時が来たようだ。
血糊で塞がれた瞼を、ぎゅっと強く閉じこんだ。

最後の瞬間が訪れるのは、次の瞬間か、はたまた、数十秒後か。
どちらにしても長時間苦しみたくはない、一瞬で終わらせてくれよ、と強く願った。

やがて、胸元をナイフが貫く衝撃が、響いた──────

「死んだな」

確かに、そう思った────

だが、実際にはそうではなかったのだ。

身を強張らせながら、極限まで高まった死への恐怖が、自分の身を刃が刺し貫く感覚を
錯覚させたに過ぎなかった。確かに、精神的には一度死んでしまったのかも知れないが。

それでも”本当の死”は────いつまで経っても、その瞬間が訪れる事はなかった。

99以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/20(月) 04:07:32 ID:aK3TyYNI0

「水臭いですぜ、お頭ぁ」

爪;ー )y-「あれ、もしかして俺……生きてる?」

顔を見る事が出来なくても、その声だけですぐに理解する事が出来た。
旧友の慣れ親しんだ顔がぱっと頭に浮かび、それが死の淵に居た自分の意識を一気に引き戻す。

( "ゞ)「危なかったら一声掛けてくれりゃあいいのに……
    けど、あいつらが話してた状況とはまるっきり間逆じゃないですか?」

そう、デルタだ。結局長時間姿を見せない自分の危機を察してか、
助けに来てくれたのだ。絶対絶命の状況で、この男の存在はこの上無く頼もしかった。

爪;ー )y-「いやぁ〜……死んだと思った」

目を覆っていた血糊を袖で擦り落としながら、ゆっくりと立ち上がる。
ごほごほと咳払いをする音の方へ向き直ると、微かに確保できた視界に
飛び込んで来たのは、男が片腹を押さえてうずくまっていた場面だった。

そして、喉をさすって身体の具合を確かめるフォックスの前に立つのは、ナイフを構えるデルタ。

( "ゞ)「やっぱり昼間の奴か……うさんくせーと思ってたんだよ、お前さん」

爪'ー`)y-「助かったぜ、デルタ」

( "ゞ)「いいって事です」

(#'A`)「……まだ、新手が居たとはな」

100以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/20(月) 04:08:11 ID:aK3TyYNI0

再度ククリナイフを構え、男はゆらりと立ちあがる。
フォックスも先ほど弾き落とされたナイフを拾うと、デルタと共に並び立った。
的を絞らせないようにする事が出来る二対一という状況ならば、十分に渡り合える。

だが、先ほどまでの怒りの色が一瞬で失せると、既に冷静さを取り戻している
男の表情や佇まいには、それでも焦燥は浮かんでいない。こちらとやりあう構えだ。

( "ゞ)「おっかねぇナイフだな……けど、俺達に勝てるつもりか?」

('A`)「素人に舐められて、引き下がれるか」

爪'ー`)y-「そういうお前さんは、きっと暗殺ギルドか何かの人間なんだろうな」

( "ゞ)「確かにそんな感じだな。でも、喧嘩だったら負けねぇぜ?」

('A`)「ハッ…」

互いに、長い膠着状態に入ろうかという所だった。

さすがに容易には踏み込めず、一定の距離を保つのに傾注している様子が伺えた。

だが、それは正しい判断だ。フォックス以上に夜目の利くデルタがいる以上、
暗闇の中でナイフの軌道を見切れるだけのアドバンテージは、もはや向こうだけのものではない。

片方が仕掛けて生まれた隙を、もう片方が突く事だって出来るのだ。
だからこそ、ここで出来る限り相手の戦意を削いでおきたかった。
相打ち覚悟の無謀な博打に出られると、悪くすればどちらかがやられる恐れもあるからだ。




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