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ドクオの背骨
1
:
◆hmIR/WZ3dM
:2016/04/01(金) 21:53:32 ID:iWpo9g3E0
〇 愛の存在――NOWHERE――
己が信念を杖に、魂を賭けて立ち向かう。
自分よりも二回りは大きな身体を持ち、自分よりも巧みに身体を操作する相手に、
ドクオは歯を食いしばって食らいついていた。右拳をかわし、左足をかわし、白刃をかわし、弾丸をかわす。
しかし、ふと気がついたその時にはもう、目の前に爆弾が迫っていた。そして、爆発。ドクオの両足が四散した。
('A`)「アバーッ!」
/#,' 3「これでどうだッ!? こんの、わからず屋がッ!」
前のめりに倒れこんだドクオの頭部めがけて、
巨大な五指を――肉体の体積を集中させて変態させ、更に鋼鉄が如き硬度にまで高めて――を振り下ろした。
ドクオがとっさに横へ転がったため、手のひらこそ地面を叩きつけたが、スカルチノフの指には確かな感触が残っている。
('A`)
頭部を損傷し、脳が一部飛び出していった。ドクオの記憶の一部が吹き飛ぶ。五感が消失する。
視界すべてが白に染まり、それから一瞬の後に、生存本能が脳と肉体の再生を開始する……。
2
:
◆hmIR/WZ3dM
:2016/04/01(金) 21:56:33 ID:iWpo9g3E0
仰向けとなったドクオがはじめに認識したのは、青白い空だ。
雲ひとつない快晴に、二つの恒星が浮かんでいる。背中には、ざりざりとした石の感覚。
わけもわからぬまま周囲に目を走らせると、見渡す限りの緑色――刈り込まれた芝や、
多種多様の生物をかたどった樹木――を縫うように敷き詰められた白と茶の石畳。遠くには、銀色に輝く屋敷。
('A`)(ここはどこだ? おれは、今、なにをしてる? は? はああああ?)
千切れ飛んだ断面が泡立ち、盛り上がる。同時にドクオの感覚と記憶が蘇っていく。
形が整い、散り散りになった部分にぴったりと埋まった。そして、現在の状況を完全に思い出した。
スカルチノフはドクオに追い打ちをかけることはせず、怒鳴り声で問いかけた。
/#,' 3「おいドクオ! これでもまだ、出て行くと言うのか!?」
(#'A`)「当たり前だろ!」
ドクオは全霊で叫んだ。今この瞬間こそ、自分がこれまでに生きてきた時間の中でなによりも大事な場面だと。
ずっと求めていた機会がようやく巡ってきたのだ。今回の好機をものに出来なかったら死んだほうがマシとさえ考えていた。
家から出て行きたい息子と、引き止めたい父親。
二人の自宅――惑星<マンドクセ>で一番大きな宮殿だ――の庭で、彼らは対峙している。
ここにいては、決して目にすることはできないものをドクオは求めていた。
このままでは、心を震わせる冒険も夢物語も、決して体験することができない。
そのことがドクオにはどうしても我慢ならなかった。
('A`)(<マンドクセ>には何もねえ。
俺が好きなもの……俺が心を躍らせる、俺が主役となって活躍する物語の舞台には成り得ない場所だ)
ドクオの全身に力が漲る。いつまでもいつまでも、自室で読み耽っていた書籍が勇気を与えてくれた。
3
:
◆hmIR/WZ3dM
:2016/04/01(金) 21:57:33 ID:iWpo9g3E0
('A`)(恒星を食らって宇宙を渡る鳥も、劇的な進化を促してくれるオベリスクも、惑星を覆う途方も無く巨大な水たまりも)
特殊な鉱石をめぐって何百年も戦争を続けている惑星<アルフ・アー・ベット>も、
どこまでも可能性を広げ続け、何事も決して終わらせない宗教を持つ惑星<ヴァニ・ロー>も、
小惑星帯にコミュニティを築き、人の心の影を黒い翼として見ると言われている<クーデルカ21g>も。
ドクオは大きく息を吸って、集中した。それらすべてを見に行くために、戦わなくては。
(´・ω・`)
巧みな話術で宇宙の雄大さと文化の多様さを語り、ドクオの胸を踊らせた人間が見ていた。
( ^ω^)
能力や特性を余すこと無く活かして生を謳歌する方法を提案してくれた半人半馬が見ていた。
(//‰ ゚)
偽りの愛情の具現化。所得顔で世話を焼く、束縛の象徴であるヒューマノイドが見ていた。
/#,' 3「やはり、力づくでわからせるしかないようだな」
(#'A`)「やれるモンならやってみろ、クソ親父ィ!!」
<マンドクセ>という小さな惑星に囚われたままの運命を打ち破るために、
自分が憧れた物語に登場する人物のように、空想を現実にするために……父親を打倒する決意をより強く固め、ドクオは駆け出した。
.
4
:
◆hmIR/WZ3dM
:2016/04/03(日) 19:16:11 ID:LBDXupdA0
一 ドクオ(種族:モディフィカ・スライム)
('A`)
これは、八つ当たりだ。
ドクオはそう自覚していたが、自らに仕えるヒューマノイドを切り刻む手を止めることは出来なかった。
(//‰ ゚)
刃を沈める。こめかみから、唇へと向かって緩やかな弧を描いた。
全身に貼り付けられた人工皮膚は驚くほど簡単に切り裂くことができた。
彼の鬱憤が日々溜まるにつれて、切り裂く部位は上へと登ってきていた。
……脚部、腕部、胴体、首筋。そして、今日は、顔面。ヒューマノイドの顎先に切れ込みを入れ、指先でつまみ、めくり上げた。
どこを切り開いても、同じ中身が詰まっていた。
絡み合う多色の配線――優れた人工知能による豊かな感情を誇示するような――と、
入り組む灰色の鋼鉄――所詮は機械とヒューマノイドの本質を象徴するような――が。
(//‰ ゚)
ヒューマノイドは、いつものように微動だにしなかった。
体内から駆動音が鳴り続けているため、電源は切られていない。
ドクオの荒い息遣いと、吐き出され続ける悪態。
そして、時折、ヒューマノイドがドクオへとアイカメラの焦点を合わせる音だけが、室内を満たしている。
5
:
◆hmIR/WZ3dM
:2016/04/03(日) 19:19:05 ID:LBDXupdA0
……ドクオの乱れた呼吸が次第に整い、上下する肩が落ち着いていく。
やがて、ドクオの動きが止まった。右腕の刃がだらりと落ちた。
その様子を見て、ヒューマノイドが口を開いた。
人工知能はドクオの思いを汲む――「わかるよ」と親しげに肩を叩く友人の――ような声色と口調だった。
(//‰ ゚)「満足しましたか?」
(#'A`)「するわけねえだろッ!」
ドクオの激高と同時に右腕の刃が歪み、震えた。
その一瞬の揺れの後、刃がしまいこまれ代わりに巨大な握り拳が出現し、ヒューマノイドを殴りつけた。
鈍い金属音が大きく鳴り響いたが、ヒューマノイドはほんのわずかにバランスを崩しただけだった。
(//‰ ゚)
続いて、首の関節が回る音。
明後日の方向を向いていたヒューマノイドが、ゆっくりと視線をドクオに戻した。
無表情で、彼をじいっと見つめるヒューマノイド……しかしそれから、何も起こらない。
口を開くことも、体を動かすこともなく、ただただ彼を見下ろしている……。
(#゚A゚)「ううううううウウワアアあああああああああああああああああァァァァアアアッッッッ!!」
ドクオの感情が爆発した。抱えていたものを曝け出す、長く続く絶叫。
ヒューマノイド――自分に仕えているはずの機械風情――の反応が、
彼が毎日毎日こころに積み重ねた怒り、抑えに抑えた怨みに火をつけたのだ。
“自分自身の世界に対する影響力が、ヒューマノイドの小さな反応として顕現し、存在の矮小さを改めて突きつけられた”。
能面のような反応を、そう捉えたのだ。本能的な解釈。
こころの奥底で長年気づかないように目を背けていた、忸怩たる理解が飛び込んできた……。
6
:
◆hmIR/WZ3dM
:2016/04/03(日) 19:22:14 ID:LBDXupdA0
血液がドクオの全身を駆け巡る。
体温が急上昇し、水色の身体がほのかに赤みを帯びた。細胞が形を変え、体中がより暴力的に隆起する。
その変態した体で、もう一度、ヒューマノイドを殴りつけた。ごおん、とくぐもった音が室内に反響した。もう一度。ごおん。
二度、三度、四度、五度。ごんごんごんごんごんごん。
次第に殴る間隔が短くなり金属音が重なり始めると、二本の腕だけでは物足りないと言わんばかりに、
身体から新しい腕を生やして殴打する。伸ばし、反らし、しならせて、何度も何度も叩きつけた。ヒューマノイドはただ立っている。
(//‰ ゚)
……突如、鈍く響く殴打音に、細く甲高い音が混ざりこんだ。
(;'A`)
ドクオの動きが、ぴたりと止まった。
その正体は、ただ単にヒューマノイドがアイカメラのフォーカスを合わせた際に生じる音であり、
ドクオもこれまでに幾度と無く聞いたことのある、か細い音であったが今この瞬間、どんな音よりも鮮烈に彼の耳に届いた。
ゆっくりと、ドクオはヒューマノイドを見上げた。相変わらずの――あるいは急激に吹き出した怒りに対しての特効薬は、
下手に構わずそのまま放っておくことだとプログラミングされているのか――無表情。瞳の奥底を覗きこまれ、じろりと睨まれている感覚。
(//‰ ゚)
:: (;゚A゚) ::
恐怖心がドクオを鷲掴みにする。瞬く間に、燃え盛っていた憤怒の炎がいとも簡単に消え去ってしまった。
全身が凍りつく。広がり、乱舞していたすべての触腕が一斉に動きを止めていた。ただただ、ひたすらに怖かった。
ドクオの胸中に去来した憂慮……何かの間違いで――いくら強固に厳守するよう設定されているとはいえ、
いにしえから伝えられている法則は変わらない。この宇宙に、絶対なんてものは存在しないのだ――ロボット三原則が適応されなくなった場合、
瞬時に自分は殺されてしまう。機械惑星<ドライブ・アーバン・ウォー>のヒューマノイドは優秀だ。故に、彼の恐怖は加速していく。
従事するヒューマノイドに対してどれほど怒りをぶつけても、活動の維持に必須な部位の破壊――神経回路の切断や、
外部装甲を引き剥がして内部を分解するなど――を一度も行わなかった理由。
本当に自身の“命”が脅かされたその時、ヒューマノイドが抵抗しないだなんて、これが杞憂だなんて、誰が言い切れる?
ドクオはようやく、身体の動かし方を思い出した。
(#'A`)「畜生ッ!」
吐き捨てて、未だかすかに尾を引く金属音に背を向けて、ドクオは部屋を飛び出した。
7
:
◆hmIR/WZ3dM
:2016/04/03(日) 19:34:26 ID:LBDXupdA0
二 ショボン(種族:ホモ・サピエンス)とブーン(種族:ホライゾン)
(´・ω・`)
( ^ω^)
ショボンとブーンがこの小さな惑星<マンドクセ>に訪れてから、
もうすぐ三十標準日――宇宙標準時間で三十日間――になる。
彼らがなけなしの金とコネクションを使ってこんな銀河の辺境にまで――なにしろ、
銀河標準地図に記載されていない――、宇宙船を飛ばしたのは、交易のネタを求めてであった。
宇宙中から秘匿されている惑星ならば、個人商人である自分たちでも、
物珍しさを売りにしてなにか大きな取引にありつけるかもしれない、と。
(´・ω・`)「遠慮など不要でございます。是非、お手にとってご覧ください。
如何でしょうか? しなやかで、手触りの良い蔓でございましょう?」
(;’e’)「いやあ〜あのねえ〜」
(´・ω・`)「いやはや。さすがにお客様はお目が高い。これは植物惑星<ジュカイ=T=ケット>産のものでして、
強度・靭性・耐火・耐水性すべてに優れているという、とても優秀な素材でございます」
(;’e’)「だから〜その〜ね〜」
(´・ω・`)「丁寧に蔓を編んで頂きますと――もちろん、お代を頂戴できるなら我々が提供いたします――籠や鞄、
お皿等々が作れまして、これらをお店で提供することによって……」
(;’e’)「間に合ってるから〜必要ないなぁ〜」
(´・ω・`)「ふむ、そうでしたか。これは失礼致しました。
すでに調度が完全に整えられたこのお店には不要な商品を紹介してしまいましたな」
(´・ω・`)「それでは次の商品はどうでしょうか?
音楽惑星<KLRY>から極上のミュージックデータが……」
(;’e’)「うわぁ〜〜〜〜〜〜」
情けない声とともに、店主は手のひらを見せ、嘴をカチカチと打ち鳴らす。
ショボンの交渉に対しての答えだ。拒否の意。彼は移住民で、<マンドクセ>人ではない。
8
:
◆hmIR/WZ3dM
:2016/04/03(日) 19:43:46 ID:LBDXupdA0
_,,_
( ・ω・ )「困りましたね。ここの店主殿の反応もよろしくありません」
ショボンは完璧なまでに整った顔を顰めて、腕を組んだ。
( ´ω`)「困ったお。こんなの付けられたのにぃ〜」
ブーンはあからさまに表情を崩し、自分の背中を見ようと首を回した。
背中に特殊な拘束具を取り付けられたが、疎ましくて仕方がなかった。
未だに異物感に慣れないブーンは、毎日不満そうに背を揺らしたり尻尾を左右に振ったりしている。
結論から言うと、ショボンとブーンの目論見は完全に失敗していた。
惑星中の誰も彼もが、二人の商いに対して取り付く島もない態度を示していた。
<マンドクセ>は秘匿された小さな惑星であったが、二人が予想していたよりも惑星の規模や居住者――在来種だけでなく、
異種族も多数住んでいた――の数が多く、ショボンとブーンは手を打ち合わせて喜んだのも束の間、
<マンドクセ>の住民達が持つ暗黙の了解――あるいは当然の防衛――の前に頭を抱えていた。
在来種モディフィカ・スライムを誘拐や暴力から保護する目的から、
当然<マンドクセ>の宇宙港への本来入港審査は厳しいものであったが、
この人間と半人半馬の商人は現在武器類を積んでいないため、
武力に優れるホライゾン種を警戒した警備員がブーンに拘束具の着用を義務付けただけで、入港自体はそう難しくなかったのだが……。
ショボンは目をしぱたたいて、心の中で舌打ちをひとつ。
(´・ω・`)(嫌な予感が的中してしまいましたね)
宇宙船【天翔ける生の証】号から見た時に抱いた不安――惑星の規模に似つかない宇宙港は、
すでにそれなりの数と取引を行っている証明で、自分たちが入り込む余地はないのではないか?――が、
目の前に形を成して邪魔をしている。
実際、宇宙港には他の宇宙船も停泊しており、
港の職員――すべてがフッサール人であった――が書類を交わす隣で、
別の職員が食料や鉱石の詰まったコンテナを重機で運び込んでいたのだ。
(´・ω・`)(人づての情報の上に、自分達に都合の良い仮定を重ねて重ねて、
いざ現地にやってきたら手痛い現実……無様と言わざるを得ませんね)
決まった相手から、決まった品物を、決まった質量だけ取引する信条の惑星相手に、
信用も何もない招かれざる客である個人商人が、見知らぬ怪しげな惑星産の品物を買うはずがなかった。
9
:
◆hmIR/WZ3dM
:2016/04/03(日) 19:47:22 ID:LBDXupdA0
(´・ω・`)(このままでは、今回の航海が大赤字に終わってしまう)
(´・ω・`)(なんとしても計画を成功させたいものですが、やはり出港時の警備が厳しすぎますね。さてさて……)
(;’e’)「あのお〜もうよろしいですか?」
(´・ω・`)「これはどうも申し訳ありません。
お忙しい中、お時間を割いていただきありがとうございました」
小心者の店主に挨拶を告げて、ショボンは寂れた喫茶店を出た。
ブーンもその後に――大きな胴体をぶつけないよう注意して、狭い玄関をくぐり抜けた――続く。
ショボンとブーンは裕福な商人ではない。収入がない状態に彼らは逼迫していた。
この街に降り立ち目星をつけた店舗は先程の喫茶店で最後であった。また、新しく手を考えなければならない。
( ^ω^)「ショボン、これからどうするんだお?」
(´・ω・`)「ふうむ……」
ブーンの質問に、ショボン唸る。商品を詰めてある鞄を肩に担ぎ直した。
彼らはお互いを信用しあっていたが、行動の方針を決定する権利はショボンにあった。
商用宇宙船【天翔ける生の証】号の船長であるのは確かであったが、ブーンがそれに納得している理由がある。
ショボンは優秀な知的生物が住む星と名高い<地球>出身の在来種、ホモ・サピエンスだ。
更に彼はジーン・リッチ――受精卵の段階で遺伝子操作を行なうことによって、
親が望む外見や体力、知力等を持たせた子供の総称だ――であった。数少ない、<地球>の叡智の結晶。
期待通り、ショボンは均整の取れた顔立ちに、高い知能指数と身体能力を持って生まれた。
そんな彼の出身惑星<地球>では、現在、ジーン・リッチ――遺伝改良種――と、
ナチュラル――自然生殖種――との長い激しい戦争が続いているが……けれどもこれは別の物語、いつかまた、別の時に話すことにしよう。
10
:
◆hmIR/WZ3dM
:2016/04/03(日) 19:53:49 ID:LBDXupdA0
( ^ω^)「<マンドクセ>はもう諦めて、どこかまた別の星へ行くかお? それとも、首都から離れてみる?」
ブーンは目線をショボンに落とし、歩きながら問いかけた。かつかつと蹄の音が鳴る。
ホライゾンは宇宙でも有数の優秀な身体能力を持った、半人半獣の種族だ。
<地球>のギリシア神話に登場するケンタウロスそのままといっていい姿形をしていた。
四足が生えた馬の胴体から二本の腕を持つ人間の上半身が伸びている。
凄まじい膂力に機敏な反応。加えて、地平線まで見通す視力をその身に宿している。
そのため、ブーンは<マンドクセ>の宇宙港で危険と判断され、胴体に拘束具を巻かれていた。
(´・ω・`)「とりあえず、反応がまだマシだった店舗に、もう一度訪問してみましょう。
次はもう少し趣向の変わった商品や、食材等の即物的な商品を用意してみようかと」
( ^ω^)「了解だお! じゃあ一旦宇宙船に戻るってことだおね?」
(´・ω・`)「その通り。我等が【天翔ける生の証】号へ戦略的退却をして、再び作戦を練るとしましょう」
( ^ω^)「それじゃあ、荷物を背中に載せてもいいお。重いでしょ?」
(´・ω・`)「これはどうも。……ブーン、ついでと言ってはなんですが、私が乗ってもよろしいですか?」
( `ω´)「それはダメダメお〜」
(´・ω・`)「しょんぼりですな」
煌めく星空がどこまでも広がる暗黒の下、
つややかな白毛に覆われた半人半馬と、絶妙に整った容姿を持つ人間が歩調を合わせ、笑いながら歩いて行く……。
11
:
◆hmIR/WZ3dM
:2016/04/03(日) 19:57:19 ID:LBDXupdA0
三 ヨコホリ(種族:<ドライブ・アーバン・ウォー>産ヒューマノイド)
(//‰ ゚)
機械惑星<アーバン・ドライブ・ウォー>にて製造され、
個体識別番号VERRUGA-TAROを与えられたヒューマノイドは、ヨコホリと呼ばれていた。
ドクオの父親であるスカルチノフを絶対的な主人として認識するように設定されている。
『私が居ない間、宮殿とドクオの面倒を見ろ。』。
スカルチノフからヨコホリに与えられた使命は、ただ、それひとつだけであった。
まだドクオが幼い時分から常に付き従い、一般常識や惑星の歴史、算術、
科学、遊戯などを教え続けてもう十四年――惑星<マンドクセ>の基準で――にもなる。
ヨコホリに搭載された人工知能が、ドクオに対して愛情を持っていないといえば嘘になる。
しかし、いくら彼を理解しようと務めていても最良の対応を尽くせたことはなかった。……ここ最近は、特に。
(//‰ ゚)(今日もまた、どこかへ行ってしまいましたね……)
ドクオの世話役だけを命令されていた場合であれば、自室から飛び出していった彼を追いかけ、
再び勉学や読書、稽古事に打ち込ませなければならないが、ヨコホリは宮殿の雑用も命じられている。
炊事、洗濯、掃除、買物、警備……。巨大な邸宅であったが、ヒューマノイドはヨコホリしか存在していない。
12
:
◆hmIR/WZ3dM
:2016/04/03(日) 19:58:51 ID:LBDXupdA0
(//‰ ゚)(とりあえずは、ドクオ様のお部屋から掃除を開始しましょうか)
ヨコホリは掃除用具を取りに倉庫に向かって歩き出した。
一歩、一歩と進むたびに、ドクオの手で切り裂かれた人工皮膚の隙間をくぐり抜けて風が入り込む。
新たに切り刻まれた顔面の皮膚が揺れて視界の隅でちらついた。動作に異常はないが、推奨される状況でもない。
自らに異変があれば主人へと報告する防衛本能がヨコホリには備わっており、
ドクオの蛮行が始まってから幾度と無くスカルチノフへ報告し、傷の修繕を頼んでいたが、願いが叶えられたことはない。
それどころか、スカルチノフから返事が返ってきたこともなく、目を通しているのかすら不明であった。
ヨコホリが歩き続けて数分。
膨大な数の空き部屋――これらの空き部屋は制御室の操作にて完全な真空状態を維持しているため、
積もる埃や腐敗の心配がないので立ち入る必要はない――の前を通り過ぎ、倉庫にたどり着いた。
(//‰ ゚)(……)
優れた人工知能による豊かな感情を誇示するような多色の配線と、
所詮は機械とヒューマノイドの本質を象徴するような入り組む灰色の鋼鉄が、倉庫の闇に紛れ込む。
近頃、ヨコホリは気分――便宜的にこう表現したが、正確かどうかはわからない――が優れなかった。
常日頃、とにかく不快感を覚えていた。
優秀なヒューマノイドは原因を理解していた。感情だ。
愛情、親近、友情、尊重……スカルチノフからもドクオからも、あたたかな感情をもう長い間向けられていない。
しかし内心がどうあろうと決め事を破ることはない。ヨコホリは稼働している。雑務の遂行には決して支障はないのだ……。
ヒューマノイドはまだ、倉庫の闇に埋もれている。
新しい知識を伝えると目を輝かせ、料理を次から次へと笑顔で頬張り、
気分が高揚すると勢い良く飛びついてくる、幼いころのドクオの姿が、ヨコホリのメモリには記録されている。
13
:
◆hmIR/WZ3dM
:2016/04/03(日) 20:07:56 ID:LBDXupdA0
四 商談
(´・ω・`)「こちら、近年では最高傑作のひとつと名高い魚でしてね。どうぞおひとつ、食していただけますか?」
(´・_ゝ・`)「ふむ……先に言っておくがね、私の出身惑星は美食惑星<プラス・ランキング>だ。食べ物にはうるさいよ」
(´・ω・`)「それは望むところですな。私共は商品に絶対の自信を持っておりますので」
(´・_ゝ・`)「おやこれは楽しみだ。ではひとつ、頂こう」
( ;^ω^)(……)
机を挟み、二人は商談を進めていた。
ショボンの後ろにはブーンが立っている。彼が座れる椅子はここにはない。
惑星<マンドクセ>の宇宙港の近くで飲食店を営む男の前に、魚の絵が印刷された缶詰が置かれた。
ショボンはゆっくりとその缶詰の封を切り、同じく持ってきた皿の上に盛りつけた。
小さく切り分けられた白身の切り身が粘り気のある液体に包まれていて、それがとろりと流れ落ちていく。
(´・_ゝ・`)「白身魚か。白身の魚はね、<マンドクセ>では高級食品なんだよ」
(´・_ゝ・`)「なんだい? このヌメヌメは?」
(´・ω・`)「調味液でございます」
(´・_ゝ・`)「ほう?」
(´・ω・`)「これのおかげで、この魚が本来持つやわらかでジューシーな食感が保たれ、深みのある味わいとなるのでございます」
(´・_ゝ・`)「なるほど……」
( ;^ω^) ゴクリ
14
:
◆hmIR/WZ3dM
:2016/04/03(日) 20:14:47 ID:LBDXupdA0
頷いた店主がフォークを手に取り、切り身を口に運んだ。
弾力のある触感をゆっくりと楽しんだ後、ごくりと飲み込む。
(´・_ゝ・`)「……うん、悪くはない。個人的には好きな味だ」
(´・_ゝ・`)「だが少し、味が淡白すぎるか」
(´・ω・`)「ご安心くださ。この魚、温めて頂きますと味がぎゅうっと凝縮されますので……」
(´・_ゝ・`)「好みで調整できるというわけか」
(´・ω・`)「その通りでございます」
(´・_ゝ・`)「缶詰しかないのかね?」
(´・ω・`)「五匹ほどですが、冷凍保存したものがございます」
(´・_ゝ・`)「冷凍保存か……産地の<プラス・ランキング>とはどれくらい離れてる?」
(´・ω・`)「SSD――スター・スウィープ・ドライブ――をフルで稼働させれば三標準日ですが……」
(´・_ゝ・`)「ほう! 素晴らしい速度だ!」
(´・ω・`)「いえ、実際には小惑星帯を横切るのでデブリ群の具合や、同惑星系での商いの都合、
更に言えばそんなにもSSDを稼働させられるほど、燃料に余裕はありませんし、
現実的に言うとなると……十から、二十標準日ですかね」
(´・_ゝ・`)「充分じゃないか」
(´・ω・`)「この辺りは小さな惑星系ですから。
私、お客様の満足のためにより良い品をより早く提供するのを信条としております」
(´・_ゝ・`)「一度にどれくらい積んでこれる?」
(´・ω・`)「中型コンテナひとつ分が限度ですかな……そんなにもこの魚を気に入られましたか?」
(´・_ゝ・`)「味は悪くはないと思うが、それだけ捌けるものでもないだろうな。いやすまない。今の質問は不要だった」
(´・ω・`)「ご贔屓にしていただけるならば、私の裁量でいくらでも融通を効かせるつもりでございますが」
15
:
◆hmIR/WZ3dM
:2016/04/03(日) 20:16:48 ID:LBDXupdA0
(´・_ゝ・`)「缶詰の方はいくつ残ってる?」
(´・ω・`)「二十八缶までお売りすることが可能です」
(´・_ゝ・`)「うーん……どうしようかな……白身の魚が物珍しいのは間違いないが。
さっきも言ったとおりこの星では白身魚は高級品なんだ。それ故、期待もされるだろう。そこが弱みだな」
(´・ω・`)「船にある冷凍保存のものはもっと新鮮味が保たれておりますので、また評価が変わってくるかと思われます」
(´・_ゝ・`)「そちらは試食させてくれないのかね?」
(´・ω・`)「それは出来かねます……お買い上げという形になってしまうでしょうな」
(´・_ゝ・`)「まあ当然か。……それに、冷凍保存したところで味が大して変わるとも思えんしな」
(´・ω・`)「これは手厳しい。費用さえいただけるのであれば、生きているものに時間凍結を施してお持ちいたしますが」
(´・_ゝ・`)「おいおいおいおい、時間凍結なんてしたら桁がひとつ変わってくるだろう」
(´・ω・`)「仰るとおりで」
しばしの間、笑い声が重なりあう。
(´・_ゝ・`)「となると、やはり冷凍保存したものが打倒かな。その他は追々考えてみるよ」
( ;^ω^)(や、やったッ!! さすがショボン! これは売れるぞ!)
(´・ω・`)「そうでしたら……」
商談がまとまろうかというその瞬間、突如、とてつもなく大きな音が店中に響いた。
店主が怯えた声を上げ、ショボンは冷静そのもので、ブーンの肉体が戦闘に備えて隆起する。
(;´・_ゝ・`)「ヒッ」
(´・ω・`)
( #`ω´) グルルルル
飲食店の扉をこれでもかと言うほど乱暴に蹴り開けたのだ。
三者三様の反射行動と視線を受けた音の出処は、悪びれる様子ひとつ見せず、嬉しそうに口を開いた。
(*'A`)「ようやく見つけたぞ! ショボンにブーン! こんな貧相な店でなにをしているんだ!?」
16
:
◆hmIR/WZ3dM
:2016/04/03(日) 20:18:05 ID:LBDXupdA0
(´・ω・`)「……」
(*'A`)「まったく、くたびれたな! 宇宙港にまでわざわざ行ったんだぞ? ごねる警備員どもを押しのけてさあ」
( ^ω^)「……」
(*'A`)「どこに行ったか聞いても誰も知らないから、街の監視カメラを全部チェックさせてしまったじゃないか!」
(´・_ゝ・`)「……」
(*'A`)「ところで何を話してたんだい? どうせ大したことじゃないんだろ? なあ、僕の話を聞いてくれよ!」
(´・ω・`) ''
( ^ω^) ''
ショボンはブーンに視線をやり、ドクオを追い出せと顎で指図した。
すぐにブーンは意図を汲み取りドクオに近づいていく。彼は相変わらず自分勝手に話し続けていた。
(´・ω・`)「店主さん。話を続けましょう」
ショボンが店主に向き直り、指でテーブルを叩いた。
(;´・_ゝ・`)「ううう……」
店主は口をぽかんと開けたままドクオを眺めている。
ショボンには彼の内心が透けて見えた。ドクオの乱入に驚いているというよりは、迷惑を感じている。
面倒から逃れるため商談がご破産になる可能性が高い。ドクオの存在を一刻も早く遠ざけるべきだった。
('A`)「おい! なんだよブーン! ちょっと待ってくれよ!」
( ^ω^)「はいはーい。今は大事なおはなし中だから、外でブーンと遊ぼうおね〜」
(#'A`)「なんだって……?」
17
:
◆hmIR/WZ3dM
:2016/04/03(日) 20:22:26 ID:LBDXupdA0
ブーンの、あからさまにあしらう態度が、ドクオの爆弾に火をつけた。
ヒューマノイドに逆なでされた神経は未だに鎮まってはいなかった。……いいや、この問題が解決するまで、鎮まることはないのだ。
おどけた口調が普段の乱暴な調子に戻り、怒鳴り声を撒き散らす。
(#'A`)「てめえらもか! てめえらも、俺を疎ましく思っているんだな!?」
( ;^ω^)「えっ」
(#'A`)「おい店主! わかってるんだろうな!?
俺をこんな風に扱ったら、どうなるのかちょっとは考えたらどうだ!? ああ!?」
(;´^_ゝ^`)「いえいえ! もちろんわかっておりますとも! ええ!」
(´・ω・`)「店主殿。気にすることは御座いません。すぐに……」
(;´^_ゝ^`)「申し訳ありませんが、今日はここまでと言うことで」
ショボンの言葉を打ち切って、店主が立ち上がった。
顔にはぎこちない笑いが張り付いていた。驚異や迷惑を通りすぎて、恐怖を感じている。
ドクオの父親スカルチノフは、惑星<マンドクセ>において巨大な権力を有している。
ましてや、住民の誰もがドクオの評判――素行が悪く、怠け者で遊んでばかりいる――を知っていた。
一介の飲食店の主が、面倒な事態になる前に素早く収めようと考えたのは当然だった。
(´・ω・`)「そうですな。店主殿のご不興を買ってもつまりません、それでは今回はこの辺にさせていただきます」
( ;^ω^)「ちょっ、ショボン! マジかお?」
(´・ω・`)「とにかく、表に出ましょう。話は私達の船でも出来る。そうですね?」
(*'A`)「ああそうだ! 俺の話を聞いてくれよ! そして、今日もまた“外”の話を聞かせてくれ!」
( ^ω^)「せっかく、初めて、商品が売れそうだったのに……」
( ^ω^)
。゚(゚ ´ω`゚)゚。ピー
いつの時代であっても、どこの惑星であっても、心身ともに子供から大人へと成長していく時期の生物は厄介なものだ。
これは、全宇宙共通の法則である。
18
:
◆hmIR/WZ3dM
:2016/04/03(日) 20:28:05 ID:LBDXupdA0
五 【天翔ける生の証】号
【天翔ける生の証】号は<オールド・ヴィップ>製の年季の入った恒星間宇宙船だ。
デブリを弾く斥力の出力が弱まっているせいで、黒と灰色で組み上げられた外装甲は傷だらけになっていた。
【天翔ける生の証】号の客室で三人が会話をしていた。
ショボンはソファーに、ドクオは椅子に座り、ブーンは立っている。ホライゾン種が座れる椅子は積んでいなかった。
(´・ω・`)「それで? 何故、私達の商いの邪魔をなさったのです?」
('A`)「この間、俺のクソバカヒューマノイドの話をしただろ? あれを買い取ってくれねえか?」
( ^ω^)「いやいや、ドクオくんのものじゃないし。あれはスカルチノフ卿のものだお」
('A`)「俺のモンだろ。親父が世話役とか言って俺に押し付けたんだ。
何の役にも立たねえし、俺を苛立たせるばっかりだから、今日もサンドバッグとして活躍してもらったな」
( ^ω^)「もったいないなあ」
(´・ω・`)「<ドライブ・アーバン・ウォー>製のヒューマノイドと記憶していますが。お値段、ご存じですか?」
('A`)「知るかよ、バカか?」
(#'A`)「あああクソッ! そういう話はしなくて良いんだよ! もっと楽しい話をしようぜ!」
(´・ω・`)「叫ばないで頂きたいものですな。酸素が無駄に減りますので」
('A`)「じゃあこのボロ船から出ようじゃねえか。なんでわざわざ宇宙港まで歩いて船に乗り込まなきゃいけねえんだよ」
(´・ω・`)「少しは考えてみてください」
(´・ω・`)「恒星間商人とお金持ちの息子さんの組み合わせは、市民に良からぬ誤解しか与えません。
私は生来、平穏を望む性分でして」
( ^ω^)「今も【天翔ける生の証】号の周りを警備員にがっちり包囲されてるんだお」
( ;^ω^)「フッサール人は勤勉で正義感が強いから、正直怖くて仕方がないお」
('A`)「俺の都合じゃねえだろ。てめえらの都合じゃねえか」
(´・ω・`)「ドクオ殿はもっと自分の価値について知る必要がありそうですね」
ドクオは顔を顰めた。自分の価値。彼の怒りに触れるワードであった。
('A`)「うるさいな」
惑星の誰からも父親の付属品としか見てもらえず、何をしても誰もが怯えて咎めることがない。
ヒューマノイドは訳知り顔で素っ頓狂な反応をして、肝心の父親とはもう数年も顔を会わせていない。
19
:
◆hmIR/WZ3dM
:2016/04/03(日) 20:29:03 ID:LBDXupdA0
('A`)「なあ、早く俺を宇宙へと連れて行ってくれよ」
(´・ω・`)「それはできかねます」
('A`)「……んだよ」
ドクオと二人が出会ってから、何度もした問答だった。
元々持っていた非日常への憧れがより一層輝きを増したが、同時に海千山千の恒星間商人が、
何の得もなしに二つ返事をくれるはずがないと理解していた。
反対に、それが嬉しかったのだ。変な付加価値のない“本来の自分”を見てもらえていると感じていた。
('A`)「それじゃあ、今日も話をしてくれよ。他の惑星の文化や宗教とか……種族の特性とか!」
(´・ω・`)「それでは僭越ながら、私の好きな惑星や異種族の紹介をば」
( ^ω^)「やんややんや」
20
:
◆hmIR/WZ3dM
:2016/04/03(日) 20:33:11 ID:LBDXupdA0
六 <アルフ・アー・ベット>、<ヴァニ・ロー>、<クーデルカ21g>
(´・ω・`)「三国が大陸の覇権を争う、途方も無く大きな惑星<アルフ・アー・ベット>をご存知ですか?」
(´・ω・`)「三つの国が、鉱脈から発掘される特殊な鉱石をめぐって何百年も戦争を続けている惑星です。
鉱石は煌めく銀河の星々が如き輝きで、柔軟性や耐久性にとても優れており、なおかつ加工が容易なので、
建築素材や装飾品、日用品とありとあらゆる物に使用できるため、三国において必需品と言えるでしょう」
(´・ω・`)「しかし鉱石の真の価値は、そんな程度ではありません。
加工方法が通常のものとは比べ物にならないほど複雑な工程を踏む必要が出てきますが、
“ある特定の形になるように加工”した場合、その他の追随を許さない性能の武器――刀や弓矢――となるのです」
('A`)「特定の形とは?」
(´・ω・`)「私には詳しいことはわかりかねますが、異種族文明の文字に似たものだと噂では聞き及んでおります」
('A`)「へえー……不思議だねえ」
(´・ω・`)「恒星間を旅する大宇宙時代になっても、未だ解明され得ぬ不可思議でございます。
鉱石には記憶や意思が秘められていると考えられ、“物言わぬ鉱物ではあるが、生物”なのではないか?
この点は私、非常に好奇心をくすぐられるのですが、命を捨てるつもりでなければ宇宙港へ入ることすら敵いません」
(´・ω・`)「名手ともなると、あらゆる物質を紙のように切断できるそうで……。
鉱石を多く所有する国が遥かに有利となるため、三国は今日も血眼になって大陸の領土を削りあっているでしょう」
('A`)「この狭苦しくて息苦しい惑星に比べて、なんて勇ましい奴らなんだ。俺も戦争に参加してえな」
( ^ω^)「やめとけやめとけお。争わないで済むならそれに越したことはないお」
ブーンが手を振りながら言う。背中に取り付けられた拘束具が揺れた。
長くつややかな純白の毛――白色を縫うように青藍色の縞模様が幾本も走っている――で覆われ隠れているが、
彼の肉体には無数に傷跡が残っている。ホライゾン種の掟による名残だが……けれどもこれは別の物語、いつかまた、別の時に話すことにしよう。
21
:
名無しさん
:2016/04/03(日) 20:37:31 ID:jc0j5BF20
アルファwwwwww
22
:
◆hmIR/WZ3dM
:2016/04/03(日) 20:40:33 ID:LBDXupdA0
(´・ω・`)「争いが無い惑星というのであれば、惑星<ヴァニ・ロー>が有名ですね。
“すべての可能性”を崇拝する教義を持ち、永遠に殉ずる宗教惑星です」
('A`)「すべての可能性?」
(´・ω・`)「ええ。住民は“何もないからこそ、すべてが存在する”という信仰心を持っております。
私のような異文化人からすれば、虚無や虚空の言い換えとも呼べますが」
(´・ω・`)「<ヴァニ・ロー>は教祖と少数の神官が惑星を支配しておりまして、
うまく住民を従えることによって、永遠を求める宗教は保たれているというわけですね。
その方法こそが、惑星<ヴァニ・ロー>の素晴らしいところでもあり、奇妙なところでもあるわけです」
('A`)「ほほう。その方法とは?」
(´・ω・`)「創作ですよ、ドクオ殿。
絵画、建築、音楽、彫刻、工芸、漫画、小説……あらゆる創作物を神官達が日々制作しているのです。
これらを鑑賞して受け取ることによって、星に住む人々は毎日を安寧に過ごす指針を持つのでございます」
(´・ω・`)「一般的なものと比べて、違っている――<ヴァニ・ロー>の根幹となっている――点はただひとつ。
“決して完成しない創作物”を作り、惑星住民に提供し続けている。この一点だけでございます」
( ;^ω^)「はあ?」
(´・ω・`)「ブーンが疑問を抱くのも当然でしょう。しかし、教義を改めて考えてみてください。
何もないからこそ、すべてが存在するという信仰。やがてくる終着の瞬間を排除し続けて、永遠を求める姿勢……」
(´・ω・`)「進行している事態をあえて打ち切りにすることで、教徒各々が自分の中で好きなように空想を続けられるのです。
……これが惑星<ヴァニ・ロー>の平穏の秘訣です。他星はもとより、国々の間でも戦争が起きた歴史は存在しません」
('A`)「ちょっと待て。そんなの、空想の違いで争いにならないのか?
他人の考えが自分にとってムカつくものになっているのが普通だろう」
(´・ω・`)「さすがはドクオ殿。慧眼ですな。いやはや鋭い着眼点をしておられる……。
ですが、その問には否定を返さざるを得ません。
個々人による解釈の違いを尊重し、受け入れるという寛容さこそが最も重要な教義となっております故」
寛容。その言葉にドクオは身じろぎした。現在、涙滴型でまとまっている彼の表皮が波打つ。
(´・ω・`)(何かしら、思うところがあるのでしょうね)
椅子の上でぷるぷると揺れるドクオを見て、同じく椅子に座るショボンは足を組み替えた。
自分達への憧憬から、ドクオが現状に不満を抱いているのは容易に理解できた。
解決の方法もわかるが、今はまだその段階ではない。
“ここではない、どこか”を強く求める気持ちをドクオが持ち続けていれば、そう遠くないうちに、とショボンは思う。
23
:
◆hmIR/WZ3dM
:2016/04/03(日) 20:45:14 ID:LBDXupdA0
(´・ω・`)「生物として最も重要な要素は多様性、柔軟性ですな。
適当できない者は死んでいく。これは古から伝わる警句でございます。
さて次は、そんな視野を広く持つ種の紹介を」
(´・ω・`)「小惑星帯にコミュニティを築いた種族がおります。
私如きには到底成し遂げられない偉業の成果を上げたその一帯と、
居住空間として浮かぶスペースコロニーは<クーデルカ21g>と名付けられました」
( ^ω^)「お! 知ってる知ってる! 有名だおね。 探偵族!」
(´・ω・`)「ええ確かに。探偵……つまり、事情を探り問題を解決する能力に長けた種族です。
驚くべきことになんと、彼らには“生物の心の影を黒い翼として見る能力”が備わっているらしく、
その特性を買われてあらゆる星々から依頼が殺到しているのだとか。羨ましいものですな」
('A`)「心の影を見て、解決……」
('A`)「それはヒューマノイドでも見えるのか?」
(´・ω・`)「申し訳ありませんが、私は<クーデルカ21g>で生まれていないので、なんとも言えません」
('A`)「そりゃそうか。……でも、もしかしたらあのポンコツも直るかもしれねえな。来て欲しいもんだ」
(´・ω・`)「浅学の身ながらご忠言するならば、ヒューマノイドの件については機械惑星に依頼した方が確実かと」
('A`)「わかってるよ。冗談だ冗談」
(´・ω・`)「それは失礼致しました。私、ジョークのセンスがないもので」
(´・ω・`)「さてこの<クーデルカ21g>。優秀なのは人材だけではありません」
小惑星帯からは有用な希少金属――<アルフ・アー・ベット>の鉱石や、
モディフィカ・スライムの万能性には敵いませんが――が多く採れますので、かなり裕福な惑星……」
(´・ω・`)「かと思われていますが、実際のところ、食物や木材、飲料など生物として必要不可欠なものが
自給自足できないため、そのほとんどを輸入品に頼らざるを得ないのです。
探偵としての仕事は政治、交易の手段も兼ねているわけですね。現地で食事を楽しむ探偵も多いとか」
('A`)「派遣された惑星それぞれの特色を楽しめる仕事かよ。マジで羨ましいな。
俺もどっか別の星に行ってみてえな。<マンドクセ>は何もねえから退屈で死んじまうよ」
24
:
◆hmIR/WZ3dM
:2016/04/03(日) 20:47:46 ID:LBDXupdA0
( ^ω^)「それは、ショボンが良いところだけ紹介したからだお。酷い惑星もたくさんあるって」
('A`)「そうなのか? 例えば?」
( ;^ω^)「おっ? ええっと……」
( ;^ω^)
( ;-ω-)
( ^ω^) !!
( ^ω^)「<シュガー・ボード>って星があるお!
この惑星は、住民が“狂った管理人”に管理されている地獄なんだお!」
('A`)「……んん? どういうことだ? 独裁国家なのか?」
( ;^ω^)「なんか、アレなんだお。やべーの。逆らったら殺されてしまうんだお! だから自分が六人いるんだお!」
('A`)
('A`)「ショボン。説明してくれよ」
(´・ω・`)「ブーン。生半可な知識は無意味だと何度言えばわかって貰えるのでしょうか?
却って混乱を招くだけならば、口を開かないほうがマシですよ」
( ´ω`) ショブーン
(´・ω・`)「一言で表すならば、王様に逆らったら殺される惑星、でございます、ドクオ殿。
タチが悪いのは、住民がお互いを処刑する権利を持っており、逆らったと判断される基準は遥かに低く、
狂った管理人に報告すればするほどに、評価が上がり社会的地位が向上するという点ですね」
('A`)「自分が六人ってのは?」
(´・ω・`)「惑星の住民は試験管で生まれる――私のように、優秀な遺伝子だけで作られてはいないでしょうが――のです。
その際に、五体の自分のクローン体を作っておき、死亡した場合にすぐさま意識を移し替えられる処置をするとか」
('A`)「すぐに死んでしまうってことか。……スリリングで面白そうだ。行きてえな」
( ;^ω^)「スリリングって……」
(´・ω・`)「しかし、最近は破綻寸前だそうで。無機質に気に入らないものを排除し続ける管理人にも疲労はあるみたいですな」
25
:
◆hmIR/WZ3dM
:2016/04/03(日) 20:50:08 ID:LBDXupdA0
(´・ω・`)「<コンクリート・ギア>も似たような管理惑星ですね。
日にいくつかアナウンスされるタスクを成し遂げなければ死んでしまうのです」
('A`)「うーわ。それは嫌だな。最悪だぜ。やらなければならない、って風に束縛されるのは最低だ。
俺の嫌いな言葉は一番が努力で、二番目が頑張るだからな」
( ^ω^)「……」
(´・ω・`)「……」
('A`)「この間話してくれた観光惑星<センテンス・キャット>が一番行きてえところだな」
ドクオが遥か数光年先に想いを馳せると、体内から湧き出た泡がぱちんと表面で弾けた。
半人半馬と人間の視線が水色の不定形生物に注がれる。それが意味するところは何か、ドクオには知る由もない。
(´・ω・`)「さあ、ドクオ殿。そろそろお帰りの時間でございますな」
26
:
◆hmIR/WZ3dM
:2016/04/03(日) 20:54:37 ID:LBDXupdA0
七 駄々
('A`)「……嫌だ」
( ´ω`)「ンモー。またそんなこと言って」
(#'A`)「帰らないぞ! このまま船を出せ!」
椅子の上に乗っていた涙滴型をした水色の生物がぶるりと蠕動すると、
まるで樹木に巻き付く蔓のように変態し、それから消え失せた。ドクオが椅子に溶け込んだのだ。
涙滴型の生物は見る影もなく、ショボンのブーンの目の前にはいびつな装飾の椅子だけが残っている。
(´・ω・`)「私、その椅子をとても気に入っているため気が進みませんが、
お世話<マンドクセ>に差し上げると考えればそう悪いことではありませんな。
いやはや、不法投棄として罪に問われなければ良いのですが」
('A`)「どいつもこいつもくだらねえし、何一つ楽しい楽しいことがねえこんな星なんか居たくねえよ」
( ^ω^)「いいところだと思うけど。少なくとも、急に獣に襲われて死ぬことはないお」
(´・ω・`)「教育用にプログラミングされたのヒューマノイドがつきっきりで授業をしてくれる。
これがこの果てしなく広い宇宙空間でも如何に恵まれているかという事実を、
しっかりと受け止めて頂きたいものですな。行く行くは国を率いる人材になるのでしょうに」
(#'A`)「うるせえうるせえうるせえ! 早く出港しろ!!」
( ;^ω^)「ヒェ〜〜〜〜〜〜」
(´・ω・`)「ドクオ殿。理由をひとつずつ説明致しましょうか?
これを聞いて頂ければきっと、溢れんばかりの自己主張を削って、欠けている協調性を伸ばせるでしょう」
('A`)「……」
27
:
◆hmIR/WZ3dM
:2016/04/03(日) 20:59:04 ID:LBDXupdA0
(´・ω・`)「まず第一に、誘拐になってしまいます。私は宇宙を舞台に商売しているのですから、指名手配は困ります。
ドクオ殿は父親――スカルチノフ殿――の許可を得ていませんね?
我々が<マンドクセ>で一番の御曹司を攫うなんて、とてもとても……。私、平穏を好んでいますので」
(´・ω・`)「第二に、この【天翔ける生の証】号に残った燃料と酸素。
燃料はまあ大目に見ましょう。ですがドクオ殿を載せた場合に消費される酸素量。
これは無視できません。三人分となると、計算では次の目的地である<オールド・ヴィップ>にまで辿りつけません」
(´・ω・`)「第三に、足手まといです。
知識も経験もまったくありませんので、船外作業はおろか船内作業すら何も出来ないでしょう?
手取り足取り教える時間も余裕もありません。なにより、私、無償の奉仕が大嫌いなものでして」
(´・ω・`)「第四に、他の惑星での商売の邪魔でございますな。
先の飲食店のように自己主張で騒ぎ立てるのは論外だとしても、“ドクオ殿の存在そのものが邪魔”ですね。
改めて問いかけておきます。これは私にしては本当に珍しく、純粋な善意からの言葉です。“自分の価値を理解しなさい”」
(´・ω・`)「第五に、金銭。いつの時代も最も巨大な障害は時と金なのは変わらないようだ。
宇宙というものは消費されていく一方の無慈悲な暗黒空間でございます。
一時の浅はかな同情で積載量を増やす宇宙船の長はおりません。
生存は無料ではないのです。これも同じく、決して破られ得ぬ宇宙の秩序」
(´・ω・`)「最後に、あなたには“背骨”がない。明確な目的地。進むべき羅針盤。歪まぬ信念。それを持っていない。
ただただ恵まれた毎日をつまらない、退屈だ、どこか別の場所へ行きたいという漠然とした憧憬。
現実逃避に我々を利用しないで頂きたい。はっきり申し上げますと迷惑以外の何物でもございません」
(´・ω・`)「これ以上手を煩わせないでくれませんか。速やかに自宅へと帰りなさい」
(#゚A゚)「う゛う゛う゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
ショボンの冷徹な宣言に、ドクオは叫ばずにはいられなかった。
憧れの人から受けた徹底的な拒絶。入り込む余地のない鉄の壁。理知騒然と並べられた紛れも無い真実……。
積もり積もった怒りが脳内を占領し、ドクオは反射的に身体を変化させていた。
五体を揃えたドクオが椅子から飛び上がり、ショボンに殴りかかる。
体中から質量を寄せ集めて大きく隆起させた右腕を、脳天から叩きつけるように振り下ろした。
(´・ω・`)
ショボンはソファーにもたれかかったまま、微動だにしなかった。
眉一つ動かさず、襲いかかって来るドクオを眺めている。
ショボンには激情に駆られたドクオが暴力に訴えるのが予測できていたし、
さっと身をかわして手痛い反撃を与えるのも簡単に行えた。
しかし、ショボンは動かない。
28
:
◆hmIR/WZ3dM
:2016/04/03(日) 21:02:51 ID:LBDXupdA0
直後。
( ゚ω゚)
ショボン迫る巨大な水色の腕――というよりも丸太に近い太さ――の側面から猛然たる速度で馬の足が突き刺さった。
遥か天空から落とした鉄球が、水面を叩いたかのような強烈な音が轟いた。
ドクオの腕が爆散する。
客室内に粘り気のある液体が飛び散った。あまりの速度にショボンと、彼の座るソファーは被害を免れた。
右腕を根本から吹き飛ばされた衝撃で壁に叩きつけられたドクオにブーンは素早く近寄り、
残った身体を四足で抑えつけた。自身に付着したドクオの体液を意に介する事無く、言い放った。
( #゚ω゚)「船長に手を上げたな? このクソガキめ」
(;゚A゚)「ヒィッ!」
ブーンが大きく腰を曲げてドクオの顔を覗き込む。見下ろす視線と怒気に、ドクオは震え上がった。
その恐怖はヒューマノイドの比ではない。拘束具をつけてなおこれだけ発揮されるホライゾンの運動能力というよりも、
“自分に対して全身全霊の怒りをぶつけてくる相手”が恐ろしくて仕方がなかった。
不定形生物であるため、身体の大部分に痛覚は通っていなかったがドクオは全身に痺れが回っていた。
壁に衝突したために脳が揺れているのか。恐怖による麻痺なのか。生殺与奪を握られているドクオは恐慌状態に陥っていた。
それでも。
慄きながらも、涙を流しながらも、失禁しつつも、それでもドクオは口を開いた。
(;A;)「頼むよ……僕を……どこか別の惑星へ……連れて行ってくれないか……」
29
:
◆hmIR/WZ3dM
:2016/04/03(日) 21:04:58 ID:LBDXupdA0
( #゚ω゚)「まだ言うのか」
(;A;)「う、うううう、うう、ううう」
ブーンの前足に力が込められた。ドクオの身体がより小さく千切られ、圧殺されていく。
ブーンの、これまでの陽気さが信じられないほど殺気の込められた声と、
<マンドクセ>一の御曹司を殺しかねない行動を前にしても、何も反応しなかったショボンが、ドクオの声に言葉を返した。
(´・ω・`)「この状況でも変わらずに駄々をこねられるのは、正直感服致しました。
どうやらドクオ殿。あなたの傲慢度合いは尋常ではないようですね。私も敬意を払わざるを得ませんな」
(´・ω・`)「そこで問いましょう。
先程、どんなに低能な種族でも理解できるよう、懇切丁寧に教えてさし上げた理由……
そのすべてを解決できる万能の解答を思いついたのですよね?」
(;A;)「うう……うううううう……金だ。金を払うよ」
(´・ω・`)「ほう」
(;A;)「あなた達は、ううう、商人なんだろう? 俺から、仕事の依頼をしたいんだ。
積み荷は俺で、行き先はどこか別の惑星。うううう、ううう、料金は、俺が払えるだけの金」
(´・ω・`)「子供のお小遣い程度では、私共の【天翔ける生の証】号は動かせません」
(;A;)「うあああああああ、頼むよッ! お願いします! あ゛あ゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛!!
もうこれしかないんだよ! この方法しか! やっと来たチャンスなんだ! 僕を連れて行ってくれよおおお!!」
(;A;)「船外作業でも船内掃除でも雑用でも……俺の肉片が必要ならいくらでもあげるからさあ!
あなたのとこで仕事をさせてくださいッ! あんな家には帰りたくない! もうこの惑星にはいたくないんだッ!!」
(;A;)「俺を船に乗せてください! 何でもしますから!」
30
:
名無しさん
:2016/04/03(日) 21:06:32 ID:jc0j5BF20
ん?
31
:
◆hmIR/WZ3dM
:2016/04/03(日) 21:15:26 ID:LBDXupdA0
(´・ω・`)「お話になりません。船外作業の危険度を甘く見過ぎではありませんか?
EVA――宇宙遊泳――訓練は行いましたか? ゼロG――無重力――の経験はお有りですか?
【天翔ける生の証】号には搬入用・補修用等、補助的なマニピュレーターは搭載されておりませんよ?」
(;A;)「もう嫌なんだよ……飽き飽きしているんだ……誰もいないんだ……」
(;A;)「<マンドクセ>人はどんどんと数を減らしていって、同世代なんてまったく居なくて……。
惑星で一番大きな家に住んでいるのは、俺とヒューマノイドだけなんだ。
母様は俺を産むと同時に死んでしまって、親父はずっと帰ってこなくて、来客なんて記憶に無い」
(;A;)「悪趣味な銀色の宮殿が、俺とヒューマノイド以外を映したことはないんだ……」
ブーンとショボンは、何も言わない。
(;A;)「ねえ! 最近の俺はヒューマノイドを傷つけることを覚えたんだぜ! 殴ったり切ったりさ!
そうすればさあ! 自分の異常を察知したヒューマノイドは親父に伝えるはずだからさあ!」
(;A;)「それなのに……それなのに……」
(;A;)「いつまで経っても剥がれた皮膚や、おかしな形に歪んだ骨格が直らねえんだ。
そのくせ、いつまで経っても変わらない親父からの伝言を、毎朝、再生しやがる……」
(;A;)「……どんな伝言だと思う?」
(´・ω・`)「私の知能程度では、見当もつきません」
(;A;)「『ドクオ。お前を愛している』」
(;A;)「だってよ! マジで笑えるぜ! 毎日毎日言うんだ。
昔から、ヒューマノイドが俺に従うようになってから、ずっとずっとずうううううっと、言い続けてる。
きっと、この先もずっといつまでも変わらないままなんだろうな!」
32
:
◆hmIR/WZ3dM
:2016/04/03(日) 21:20:16 ID:LBDXupdA0
(;A;)「なあ! 頼むよ! ショボンさん! ブーンさん!
物語に登場するような劇的な冒険だったり、倒すべき宿命の敵を求めているんじゃなねえんだ!
“普通ならあるはず“の、尊敬できる教師とか! 対等な友達とか! 恋する異性とか! ……親の愛情とか」
(;A;)「そういうものの代わりに、俺が持っているもの……
手に入れているものは、たったひとつしかないんだ! 金だよ! カネしかねえんだ! 」
(;A;)「ショボンさんは金が欲しいんだろう!? いくらだ? 輸送には何チャンネルかかるんだ?
あなた達に連れて行って貰うには、何チャンネル支払えば良いんだ!?」
(´・ω・`)「“普通”という言葉ほど、意味を失った言葉も無いでしょうな。
ワームホール航路に飛び込み恒星間を移動し、遥か彼方の外宇宙にまで開拓の手を伸ばそうとしているこの時代に、
“普通”なんて言葉は何の意味も持ちません。そんなワードが出てくる時点で、あなたには“常識”が欠けている」
( ^ω^)「おっおっおっ」
ショボンの皮肉にブーンが笑った。
ドクオの凄絶な懇願で間が空いたこともあって、ブーンの殺気は随分と収まり、かつての陽気さが戻っていた。
殺意を感じれば即座に行動不能に出来るよう警戒してはいたが、しかし、ドクオの情状を斟酌したい気持ちも膨らんできていた。
(;A;)「俺が支払えるありったけで足りないのならば、親父の財産を使ったっていい!
だって親父は俺を『愛している』と言ってくれているんだ! だったら、勝手に金を使っても許される……
そのはずだろ!? なあ!? そうだろ!? 息子である俺が使うんだから!!」
(´・ω・`)「そのような“一方的な”親子の絆は到底信用できません。
ドクオ殿のお父上であるスカルチノフ殿は確かに、<マンドクセ>で一番の大富豪です。
しかしどうして、ご子息であるとはいえ、財産を自由に使えましょうや?」
(;A;)「それなら……そうだ! それじゃあ俺をどこかの星で売ってくれても良い!
モディフィカ・スライムは莫大な価値があるんだろ!? だから乱獲されて保護指定されたんだろ!?
見知らぬ種族に虐げられて、一生を奴隷で終えてもいいから、連れて行ってください!!」
(´・ω・`)「おや、ご自身の価値を知っておられたのですか。
それなのによくもまあ、そんな台詞が吐けたものですな。これは大変な勉強家だ」
(´・ω・`)「自身の種族の境遇をご存知なら、<マンドクセ>宇宙港がどれだけ厳重な警備か想像がつきませんか?
特にモディフィカ・スライムについては“輸出”を絶対に阻止できるよう検知センサーを設置し、
正義と天秤を信条とするフッサール人が四六時中監視の目を光らせています」
33
:
◆hmIR/WZ3dM
:2016/04/03(日) 21:23:50 ID:LBDXupdA0
(;A;)「じゃあ、俺はどうすればいいんだ!? ここにいたって、何もない……
もう、嫌なんだよ。たったひとりで本を読んで……劇的な冒険や、綺麗な建物を知って……頭の中だけで遊ぶのは……」
(´・ω・`)「駄々もそろそろ尽きたようですな。感情の発露、ありがとうございました。いやはや、大変な事情で」
(´・ω・`)「それではこちらも真摯に答えなければなりませんね。
ブーン。ドクオ殿を解放して差し上げなさい」
( ^ω^)「了解」
(´・ω・`)「ドクオ殿。結論を出しますが、よろしいでしょうか?」
ドクオは答えない。
自由の身になったにも関わらず、ブーンに踏みつけられていた体勢から動こうともしなかった。
(´・ω・`)「チャンネルを支払うというお言葉。もしも私共の希望する金額を満たすのであれば、
愚かな私が並べ立てた問題の、ほとんどすべてを解決する即妙の答えでした」
(´・ω・`)「しかしながら私は、残酷な答えをドクオ殿に返さなければなりません。
おお、心が痛みますが、これもまた商人の性、引いては私が良心の呵責に耐えられないが故の答えでございます。
どうか、“親”という存在を今一度考えてみてください。絶滅危惧種の、血を分けた、たったひとりの、息子。その意味を」
ずるりと多量の粘液が床を移動する音。
ショボンの言葉が続けられる前に解答を理解してしまったショックで、ドクオが動いたのだ。
(´・ω・`)「スカルチノフ殿の許可がなければ、いくら莫大な金銭を提示されようとも、
例え何百万チャンネルを積まれようとも、残されたスカルチノフ殿の気持ちを考えれば、
ドクオ殿を至難の旅路――僅かな報酬。暗黒の長い日々。絶えざる危険。生還の保証無し――に連れ出すなど、とてもとても」
目を伏せて首を横に振り、両手を目一杯広げてから、悲しげな声でショボンは言った。
大仰な動作は嘲りの意味を含んでいる。ドクオの吐露を聞いて同情心がより強まったブーンは、船長の行動が愉快ではない。
(;A;)「誰も……誰も僕を愛していないッ! だったら、それじゃあもう……!!」
刹那の後、ドクオが発光し、曳光弾のように変化して客室の扉を潜り抜けていった。
飛び散った自身の肉片を回収せずに飛び去ったので、彼の身体は今、小動物ほどの大きさしかない。
そのため中空に残った光の軌跡はとても細く……やがて、大気に飲み込まれるように消えた。
まるで、ドクオの未来の展望を暗示しているかのように。
34
:
◆hmIR/WZ3dM
:2016/04/03(日) 21:26:24 ID:LBDXupdA0
( ^ω^)
(´・ω・`)
しばらくの間、ショボンもブーンも口を開かなかった。
水色のモディフィカ・スライムの肉片が飛び散った客室――磨かれた壁、調度品、異星のタペストリーなどに付着している――を、
掃除しようととする動きさえ見せなかった。各人、思うところがあり考え込んでいた。
( ^ω^)「ショボン」
(´・ω・`)「気持ちはわかりますよ。ブーンに命を握られ、私に拒絶されながらもあれだけの言葉が吐ける……
嘘っぱちの現実逃避や、中途半端な家での気持ちでは絶対にないですね。あれが今のドクオ殿の“背骨”なのでしょう」
(´・ω・`)「しかし、どうしても連れていけませんな。
チャンネルを支払って貰ったとしても、私達が脅した、手引したと言われるに違いないのですから」
( ^ω^)「……そうかお」
(´・ω・`)「“ここではない、どこかへ”」
(´・ω・`)「私達も、そうでしたからね。気持ちはわかります。
ですが、感情で重量を増やすわけにはいきません」
( ^ω^)「……」
(´・ω・`)「それよりも……」
ショボンが部屋の隅に取り付けられたスピーカーに目線を送る。ノイズが聞こえた。
続いてソファー正面にあるスクリーン――ドクオの肉片がまだらに飛び散っている――の電源を入れると、乱れた映像が映った。
やがて周波数を合致させ終えたらしく、相手の姿がクリアに表示された。
軍服に身を包んだフッサール人――頭のてっぺんから足の爪先まで毛むくじゃらの、鋭い眼光を持つ種族だ。
余談であるが、余程親しい相手でないとほとんど彼らは見分けがつかない――が、スクリーンいっぱいに映しだされた。
すでに、ショボンとブーンを排除すべき対象とみなしているようで、
今にも画面から抜けだしてきて噛みつかんばかりに睨みつけている。
ミ,,゚Д゚彡『こちらは宇宙港管制塔。【天翔ける生の証】号よ。
貴船から我々が守護するモディフィカ・スライムが半狂乱になって逃げ出してくるのを確認した』
(´・ω・`)「貴殿は誤解をしておられます。話を聞いて頂ければ円満に終わることを約束いたします」
ミ,,゚Д゚彡『言い訳は無用! いますぐに我々フッサールの精鋭が貴船に乗り込む。
手荒い真似をされたくなければ無駄な抵抗はしないことだ。例えホライゾンだろうと食いちぎるぞ』
( ;^ω^)「ヒエッ」
35
:
◆hmIR/WZ3dM
:2016/04/03(日) 21:31:33 ID:LBDXupdA0
(´・ω・`)「もちろん抵抗などいたしません。
船内に設置した映像データを拝見して頂ければ、穏便に済むのはわかっておりますので」
宇宙船の入り口からどたどたと騒がしい足音が押し寄せてくる。
さすが宇宙に名の知れた警備種族だけあり、連携の取れた動きで油断せず危険に備えている。
客室内に彼らがたどり着いた際、粘り気ある水色の欠片が四方八方に飛び散っているにも関わらず冷静そのものだった。
ミ,,゚Д゚彡「隊長。我々の見立てによると、このスライムはドクオ様のもので間違いありません」
ミ,,゚Д゚彡「ショボン船長。両手を上に、うつ伏せになってください。ブーンさんは足を畳んで床に座って手のひらを見せて」
ミ,,゚Д゚彡「今から質問をします。余計なことは言わずに返事だけをお願いします」
ミ,,゚Д゚彡「入港時の資料と照らしあわせますので、嘘偽りのないように」
ミ,,゚Д゚彡「そうだそうだ!」
フッサール人は精神を共有しているため、“一人称を持たない”。
同調の深浅や上下の関係は互いの調整により可能で、現在の彼らは取り調べにおいて完璧に同調していた。
やがで強固な自我を獲得し、精神同一体から完全に抜けだした存在が産まれ、
フッサール人全体の集合精神を乱すことになり彼らの存亡をかけた戦いが始まるが……
けれどもこれは別の物語、いつかまた、別の時に話すことにしよう。
正義と天秤を信条とする彼らは完璧に平等に判断を下すため、
ショボンは争いごとになる心配はしていなかった。映像データを見せさえすれば正当防衛が認められるのだ。
容姿がまったく同じ彼らが、何度も何度も訓練された見世物のように動き回っていた。
【天翔ける生の証】号を手際よく調査――危険・毒性物質が撒き散らされないか。刃物や爆発物がないか――し、
順序よく矢継ぎ早に質問――船体識別番号。名前、種族。<マンドクセ>への寄港理由。ドクオの逃走の理由――した。
ミ,,゚Д゚彡『貴様らがいくらモディフィカ・スライムを連れだそうとしたところで、絶対に不可能である。
現存する全モディフィカ・スライムの細胞を採取し、通過時に検知する完璧なるセンサーに加え、
恐怖や不安などの感情を察知して反応するセンサーも、この宇宙港には設置されているのだからな』
画面に映ったフッサール人が鼻息荒く犬歯をむき出しにすると、取調中のフッサール人も同じ表情をしていた。
その様子を見てブーンが怯えていた。個人主義の種族・文化で育ってきた彼に充分な恐怖を与える光景だった。
:: ( ;゚ω゚) ::
ショボンはうつ伏せになっているのをいいことに、腕を枕にして目を閉じていた。
(´-ω-`)(商品が予想以上に捌けませんが、ドクオ殿の件は……うまくいきそうですね。
これから先は少しの失敗も許されません。今のうちにゆっくりと休息をとっておきましょう)
少々の眠気を感じる。安らかな顔で意識を沈めていく。そのうちに、誰かが起こしてくれるだろう……。
36
:
名無しさん
:2016/04/03(日) 21:32:01 ID:as0tilDw0
ショボン様と天駆けるとか出されるとどこ駆けがちらついて困る
37
:
◆hmIR/WZ3dM
:2016/04/03(日) 21:34:10 ID:LBDXupdA0
八 帰宅
ドクオは【天翔ける生の証】号から宇宙港を飛び出し、人気のない街中を駆け出し、何もない平原を通り過ぎ……
地面を蹴りつけ、大声で喚き散らし、全力で飛び跳ねたりして、無闇矢鱈に腹が立つ気持ちが収まるまで、
延々とエネルギーを発散し続けた。やがて縮小された身体の違和感が気持ち悪く、空腹も覚えたので自宅へと足を向けた。
畢竟するに、ドクオの帰る場所はただひとつしか無かった。
遠目からでも必要以上に存在を誇示する輝きを放つ、銀色の宮殿。それが、今の彼の居場所であり、檻であった。
(//‰ ゚)「お帰りなさいませ、ドクオ様」
渋々帰宅したドクオを待っていたのは、料理中のヨコホリだった。
玄関先で待ち受けていたヒューマノイドは、扉を開けたドクオに挨拶だけすると、
ぱたぱたと忙しげに調理場へと戻っていった。切り裂かれた人工皮膚が垂れ幕のように揺れている。
('A`)(メシの時間か。調度良いぜ)
ドクオが家を出て行くとどの程度の時間で戻って来るのか? また、どのような心境か?
ヨコホリは内部メモリーに蓄積された統計結果から、主人は空腹で帰宅すると導き出し、料理の準備を始めた。
そして、“いつも通りの時間”が過ぎた頃に姿を表した彼の反応を外部に認めると、手を止めて出迎えたのだ。
食堂に入ったドクオは椅子に座り、手持ち無沙汰にテーブルクロスをいじり始めた。
ナイフを作り、端に切れ込みなど入れている。ショボンが見れば唖然とする行動であったが、
光沢ある木目調のテーブルや、その上に敷かれたテーブルクロスの価値をドクオが知る由もない。
多数に腕木を伸ばす極めて装飾的なシャンデリアがいくつも吊り下げられた天井。
壁に飾られた宇宙有数の名画。大きくはめられたステンドグラス。宮殿が襲撃される事態に備えた生命維持装置。
そんな贅の限りを尽くされた食堂の壁や床には、過去のドクオの癇癪によって無数の穴や傷がついている。
(//‰ ゚)「お待たせしました」
豪奢な装飾が縁取る皿に載せられて、次々と料理が運ばれて来る。
彩り豊かな茹でた新鮮野菜。肉汁滴る分厚い肉。絹のように艷やかな茸。煌めく白身魚。締めには爽やかな柑橘類。
体積が何十分の一にも減ってしまったため、いつも以上に食欲が湧いていた。生存本能が肉体の増強を求めていた。
('A`) ゴクリ
料理はドクオ好物――ショボンやブーンが一生口にすることができなさそうな品々――ばかりだった。
それがまた彼の怒りをやや刺激した――「些細な原因で喧嘩をしたから、あなたの好きな料理をごちそうするわ」
というような母親を気取った心遣い――が、漂う香りには勝てなかった。空腹はその他すべてを塗りつぶす。
('A`) クソッ
とうとうドクオは食器を手に取り、好きな順番で好きなだけ食べ始めた。
食事の様子をヨコホリが横目で眺めつつ、次の料理の準備にかかっている。
顔面の皮膚がほとんどドクオに切り裂かれてしまっていたためわかり辛かったが、ヒューマノイドは笑顔を浮かべていた。
38
:
◆hmIR/WZ3dM
:2016/04/03(日) 21:37:37 ID:LBDXupdA0
(//‰ ゚)「お体が減量しているようですね……マンドクセ・タブレットを三つ持って参ります」
ドクオの種族モディフィカ・スライムが絶滅の危機に貧し、宇宙法で保護されているのは、
肉体を意思によって変質させあらゆるものを作ることが可能な能力のためであったが、
それぞれ文化・倫理観が違う宇宙中の種族がこぞって<マンドクセ>人を狙った一番の理由は、成長の速度にあった。
エネルギーを摂取した分だけ――蓄えておくことも可能で――身体が大きくなり、
その完璧に近い万能性を持つ肉片を、毎日、かなりの量数剥ぎ取れる。それも、寿命を迎えるまで。
モディフィカ・スライムをひとり捕まえれば、大勢に人間が一生生活に困らないのだ。
かつてひとりのモディフィカ・スライムを求めて、複数の宇宙海賊同士が争いを始めたのが発端となり、
無法惑星<ジョルジュ・ザ・デュエリスト>が作り上げられたのは有名な話であるが……
けれどもこれは別の物語、いつかまた、別の時に話すことにしよう。
('A`)
ドクオが並べられた料理を平らげる頃を見計らい、ヨコホリはタブレットと水を差し出した。
食後に摂取することによりエネルギー効率を爆発的に高められるこの錠剤は、
誘拐犯が、彼らの身体をより効率的に削り取るために発明されたものであったが、
皮肉にも現在の<マンドクセ>で最も流通していた。
タブレットを飲み下したドクオは無言で席を立ち、自室へ向かった。
柔らかな赤い絨毯の上を歩くドクオが、不意に振り帰った。ヨコホリは何も言わず食器の後片付けを始めている。
ドクオの視線は、動きに合わせてひらめく皮膚と剥き出しの骨組みに向いていた。ヒューマノイドは今日も直っていない。
('A`)(別に、期待はしていなかっただろ)
踵を返し、食堂を出る。柔らかな赤い絨毯から、硬いタイル張りの上へ。
部屋に入ったドクオは一目散に本棚に手を伸ばし、分厚い本を手にとった。
黒い装丁は何度も何度も読み込んだために擦り切れている。ページを開き、読み込んでいく……。
('A`)(恒星を再び活力を得るまで体内で育て、やがて銀河のどこかに吐き出すという恒星を食らって宇宙を渡る鳥。
惑星<ヘブンズ・アルバム>には多くの智慧を持つ住民が建造した、触れるだけで劇的な進化を促してくれるオベリスク。
惑星すべての生命の源であり、今なお新種を産み続ける<地球>に存在する、惑星を覆う途方も無く巨大な水たまり)
いつものように、日常の延長。本を片手に空想の果てまで旅をする。
このままずっといつまでも変わらないままで、ただ過ぎていく月日の上……。
そんなものはもう、ごめんだった。
ドクオの胸中で欲望が今にもはち切れそうなほどに膨れ上がっている。
少し手を伸ばせば届く場所に目当てのものがあるとわかってしまったその時こそ、
欲望は何よりも強い狂乱となって身体を衝き動かす。薄暗い部屋の中、ドクオの目は危険な色に光っていた……。
39
:
◆hmIR/WZ3dM
:2016/04/03(日) 21:42:28 ID:LBDXupdA0
九 来訪
翌朝、ドクオはヒューマノイドがスカルチノフの伝言を再生するよりも早く家を出た。
私物を纏めて――ありったけの金目の物と、自分がかき集められるだけの現金を懐に持ち――宇宙港を訪れる。
宇宙港の管制塔に【天翔ける生の証】号と連絡がとりたいと告げると、
警備員のフッサール人達が諌めるような発言をしてきたが、個人的な商談と告げると呆気無く引き下がった。
犯罪行為が確定していない今、彼らが動くことはない。正義と天秤は融通が利かないのだ。
管制塔から呼び出しをかけると、すぐに反応があった。
スクリーンに椅子に座ったショボンが映る。ドクオには見覚えのない背景だった。
('A`)(コントロールルームか? ……今日しくじれば、俺が一生入れない場所)
早朝だというのに、眠たげな様子ひとつ見せずにショボンは話し始めた。
(´・ω・`)『昨日あれだけ拒絶しましたのに、すぐさまやってくるとは……。
この私、感服致しました。不屈の闘志をお持ちですね、ドクオ殿。たいしたものです」
ショボンの相変わらずの大仰な動作と台詞がしばらく続いたが、割愛する。
昨日、フッサール人に強制的に宇宙船に押し入られた件についても何も言及することはなかった。ドクオは首を捻ったが、
とにかくドクオは面会の資格を得た。何かを言ってくるフッサール人を無視して足早に管制塔を出た。
ドクオが宇宙船の停泊位置にやってくると、ひとりでにハッチが開いた。
商船である【天翔ける生の証】号には他にいくつも、大小様々な――搬入物に応じて使い分ける――ハッチがあったが、
ドクオが通ったのは比較的小さなハッチだった。昨日、ショボンとブーンと通ったものとは別の場所。
(´・ω・`)『殺菌を致します。少々お持ち下さい。簡易的なものですので、ご安心を』
奥にはもう一枚扉があった。二重扉構造だ。
ドクオの背後でハッチが閉じるとスピーカーからショボンの声が流れてきた。次に、壁から清潔な香りの霧が。
ドクオは興奮が高まるのを感じていた。ひとりで、宇宙船に乗り込んでいる。
エアロックは狭かったがそれが余計に鼓動を加速させていた。現実に、非日常の空間に身を置いているのだ。
40
:
◆hmIR/WZ3dM
:2016/04/03(日) 21:45:09 ID:LBDXupdA0
('A`)(……)
宇宙服を装着したショボンが奥の扉から現れる。エアロックを減圧して状態を整える。
ハッチのロックを解錠する。手で押し開けると目に飛び込んでくる幾億もの星々の瞬き……。
その中へ身を投げ出し、船外活動に従事するショボン……そんな幻影が、ドクオには見えるようだった。
簡易的な殺菌とショボンは言っていたが、ドクオにはそうは思えなかった。
船内に夢中になっていたドクオが我に帰るほどの時間がかかり、それからもう少し待たされた。
ようやく殺菌が終わり奥の扉が開く。長く続く通路に出ると、またもやスピーカーから指示が飛んできた。
(´・ω・`)『そこを右でございます。次を左。以降、指示があるまで直進でございます。
……それと、好奇心が疼くのは私も理解できますが、あまり関係のない通路を覗き込まぬよう』
空気の抜ける音と共に扉が横滑りするのにドクオが慣れてきた頃、
不意に、開けた空間に出た。見知った内装の部屋に到着した。磨かれた壁、調度品、異星のタペストリー、
ソファーの正面にあるスクリーン。ドクオの水色の肉片は綺麗さっぱり掃除されていた。
(´^ω^`)「ようこそ、おいでくださいました」
ショボンがドクオを招くよう両腕を広げ、歓迎の意を示していた。
徹底した理屈屋で、鉄面皮で、慇懃無礼な敬語を使い、大仰な動作をとるショボンに対して、
ドクオは理知的な印象を持っていたが、今の表情は一転、ひょうきんな――あるいは、逆撫でする――人物に見える。
('A`)
ショボンの笑顔を見るのは始めてだった。
その裏に何かしらの意図があると気がついたとしても、ドクオは決して考えを覆すことはなかっただろう。
41
:
◆hmIR/WZ3dM
:2016/04/03(日) 21:48:25 ID:LBDXupdA0
十 計画
ショボンが小惑星<マンドクセ>にやって来た理由。
入港資料には商売のためと思わせていたが、それは表向きの理由だった。
最大の理由は、かつての無法者達と同じようにモディフィカ・スライムの誘拐。
だがしかし、超えなければならない難関がいくつも存在していた
フッサール人が誇らしげに宣言した通り、まともに釣れ出してしまうと露見しない筈がない。
細胞検知と、感情察知。屈辱の歴史が難攻不落の防衛システムを作り上げたのだ。
(´・ω・`)(しかしこのシステム。穴があるのです)
付け入る隙はいくつかあった。
小惑星<マンドクセ>は不毛の地だ。あらゆるものを輸入に頼って暮らしている。
痩せた土地、育たない作物、草花果実には毒性があり、草を口にする草食動物は体内に毒を貯めこむ。肉食動物も同様に。
食物連鎖の上に行けば行くほどに増していく毒に対して、モディフィカ・スライムは耐性を持てなかった。
そのため、完璧にモディフィカ・スライムを守るなら取るべき手段……鎖星――全宇宙から交易を断つ――が出来なかった。
誘拐の対象であるモディフィカ・スライムの協力を得た場合、細胞検知と感情察知のどちらも解決できた。
種の特性を最大限に活かして自身の肉体を別のものに変態させた場合、採取したライブラリーに該当せず、
希望や楽天が増すように感情を煽り、恐怖や不安や猜疑心を抱かせなければ、双方とも物言わぬ検知器と化す。
ショボンは夢見がちな年齢のモディフィカ・スライムに目をつけて興味を惹き続けようと考えた。
目当ての人材を探し、白羽の矢が立ったのがドクオだった。
宇宙にも影響力を持つ父親がいたのは意外だったが、宇宙へ出てしまえば何の障害にもならない。
捜索願いが流布したところで、存在が発覚した時点で狙われる種族の“生存証明”をしてしまえば、
宇宙の跳梁跋扈は眼の色を変える。救出したところで誰も親切に<マンドクセ>まで送り届ける訳がなかった。
そういう輩に比べるとショボンはいくらかマシであった。
同じように無限に金を生み出す生物と見なしてはいるが、無闇に売りさばいたり切り刻んだりするつもりはなく、
自らが有用的に使うつもりでいた。労働力、宇宙船の補修、簡単な機械の制作等……。
余程の危機、予測できなかった非常事態に見舞われた際に財産にも成りうる船員として扱う予定だ。
これらすべてを、ショボンはブーンに伝えていない。
計画の全容を知れば情に厚い彼が良く思わないのは火を見るよりも明らかであったため、
あくまでも“ドクオの望みを我々商人が善意で叶えてあげる立場”を演出する必要があった。
(´・ω・`)「ドクオ殿。昨日も言いましたが……」
('A`)「親父は説得してきた。『行っていい』だとよ。ほら、こんなにも金を持たせてくれたんだぜ」
宝石、札束、価値ある異星の調度品。ドクオは持ってきた荷物をテーブルの上に広げる。
あまりにも明瞭なドクオの嘘は、双方の利害の一致を表す。両者合意の元に<マンドクセ>を飛び出すのだ。
42
:
◆hmIR/WZ3dM
:2016/04/03(日) 21:53:16 ID:LBDXupdA0
ショボンは計画の終わりを感じていた。残る段階は、あと二つ。
一、ドクオに宇宙港のセンサーを突破する方法を伝えて協力の確約を取り付ける。
二、現在、宇宙港にある監視カメラと管制塔には、ドクオが【天翔ける生の証】号に乗り込んだのが記録されている。
そのため、ドクオには一旦宇宙船を出て行って貰い、ショボンかブーンが誰にも知られることなく再び船に持ち込む。
('A`)「だから、俺を積み荷としてどこか別の惑星に運んで欲しい。費用は俺が持つ」
(´・ω・`)「了解しました」
予想し得なかった了承の返事に、ドクオの動きが止まった。
しばしの間……ようやく意味を理解したドクオが顔を輝かせ、歓喜の雄叫びを上げようとしたその直前、ショボンは言葉を続けた。
(´・ω・`)「しかしながら、<マンドクセ>の宇宙港にはセンサーがついております」
(*'A`)「センサー?」
(´・ω・`)「はい。この突破にはドクオ殿の協力が必要不可欠でございます」
(*'A`)「俺に協力できることなら何でもするぜ!」
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