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本門戒壇の大御本尊様の偽作説について

1831独学徒:2007/09/05(水) 22:56:15

管理者さん、
私も管理指導に従いたいと思います。
ご迷惑おかけしました。

1832管理者:2007/09/05(水) 22:59:22

犀角独歩さん
独学徒さん

ご協力、深く感謝いたします。
今後とも、宜しくお願い申し上げます。

1833アスラン:2007/09/05(水) 23:12:45
独歩氏
私は貴殿の名前を存じ上げております。
一度何かの会議で貴殿の本が取り上げられ、この方を招いて宗門攻撃に一役買って頂こうと予算の計上がありました。
結局反対があり棚上げとなりましたが、まさかこのような形でこんな事を暴露するとは私自身も思いませんでした。

1834犀角独歩:2007/09/05(水) 23:14:33

問答さん

せっかくのご登場ですから、何点か、ご賢察をお伺いいたしたく存じます。

「本門戒壇の大御本尊」が偽物であるとき、それを喧伝し、会員を指導、巨額の献金を受けていた団体についての、責任をどのようにお考えになりますか。

また、その組織の意向に従って、部下、会員、また被勧誘者に、その本尊を本物と語ってしまったことに対する個人的な責任をお感じになっておられますか。

1835犀角独歩:2007/09/05(水) 23:17:16

アスランさん

そうでしたか。そんなアプローチはここかしこから受けてまいりました。

どなかたは存じ上げませんが、種々ご賢察を賜れれば有り難く存じます。

1836アスラン:2007/09/05(水) 23:23:43
独学徒氏
ご家族をご自身を大切に大切にして下さいませ。

1837偶ロム偶ログ:2007/09/05(水) 23:35:18
独歩さんの1834は功罪スレッドで論議してはいかがでしょうか。
また、問答さんというよりも、広くみなさんからの意見をお聞きするのが適当かと。

1838独学徒:2007/09/05(水) 23:35:30

アスランさん、ありがとう御座います。

1839犀角独歩:2007/09/06(木) 00:40:01

偶ロム偶ログさん

功罪スレッドで、ということですが、この問題は、創価学会の、というより、石山、顕正会といった間口の広い話です。むしろ、根本的な責任は、むしろ石山ということになります。

偽物を本物であるいうことはサギ、ペテンの類ですが、この手のものを本物であると信じ込んで勧めた場合、単純にサギ、ペテンの片棒を担いだと言うことではないわけです。

社会心理学で言えば、「代理状態」ということに関連します。
代理状態の主立った心理的な特徴は「責任感の喪失」ということです。(ミルグラム説)

わたしは、本尊検証や、その他の活動を趣味でやってきたわけではありませんから、発言には責任が負うと考えています。言いたい放題言って責任なしという態度は採れません。過去を振り返られないとも言えません。この自己責任を創価学会から、石山を経信徒会員であった自分についても考えてきました。

ご承知のとおり、社会学などでは、現代社会状況を心理主義化と分析され、それぞれ各人の心象を「被害者化」などといわれてきました。

脱会者という自画像は、かつての所属グループから被害を受けた存在であるという認識が典型となります。

このような風潮のなかで、わたしが着目しているのは、加害者としての自分、加害者としての責任という側面です。この意味では、ジャーナリズム的な偶ロム偶ログさんとは見解を異にします。

きゃからばあさんが他で感想を述べていらっしゃいましたが、この加害者であるわれわれから、実際に被害を受けた人々と日々接してくるとき、現役、脱会を問わず、自分を含むこれら人々における“加害者としての責任感”はどうなっているのだろうかと、しばしば疑問を懐かざるを得ないところとなります。

一昨年のことになりますが、小樽問答をオフ会で取り上げたわけですが、この事件の「日蓮正宗創価学会」側は、「本門戒壇の大御本尊」以外は邪宗であり、謗法であるという主張し、他宗への悪口雑言の限りを尽くしたわけです。会員全般もそのように信じていたからこそ、正本堂やら、奉安堂を立てる大きな動機となっていったのでしょう。

つまり、「戒壇本尊」を本物であると信じた共同幻想を取り扱うのに、もっとも適したスレッドはこちらであると、わたしは考えるということです。

もっとも、この内容を取り上げるとき、偽物を本物と騙された自分から、偽物を人に薦めてしまった加害者としての自分と向き合おうという提案ですから、そのような自己分析が希薄な人にとっては興味のないところかも知れません。

仰るとおり、この問題は問答さんお一人に問いかけることではありません。偽本尊を勧めた、加害者としての自分、自己責任と向かい合わないで済ませてよい問題かどうか、皆さんには再考を促したいと思うわけです。

1840問答迷人:2007/09/06(木) 06:26:41

犀角独歩さん

>「本門戒壇の大御本尊」が偽物

1.日蓮聖人が、将来、広宣流布が達成した時に建てる戒壇堂の本尊として、直接認め、彫刻を命じたものではない。
2.日蓮聖人が、出世の本懐として建立したモノではない。
3.後世の日蓮正宗(大石寺門流)が、いわゆる『日禅授与曼荼羅』を元にして、作り上げたもので、日蓮聖人は、その製作過程に直接関わってはいない。
 
「本門戒壇の大御本尊」が偽物とは、まぁ、こんな意味内容で有ろうかと思います。

そして、日蓮正宗、並びに創価学会を初めとする日蓮正宗関連の諸宗教団体が、この「本門戒壇の大御本尊」を根拠として、我田引水し、他宗教を攻撃し、信徒を獲得して来た事は、紛れも無い事実です。

ただ、ここに大きな問題があると思います。それは、宗教がその教義について果たして、社会的責任を負っているのかどうか、という問題です。

「処女懐胎」を喧伝してきたキリスト教、これは現代の科学的判断の上からは、虚偽の教義だと言わざるを得ません。又、法華経が釈尊の金口だとする、日蓮聖人の主張の根幹も、今日の仏教考古学に照らせば、「誤り」ということになり、日蓮聖人の教義の破綻は明らかであると言わざるを得ません。
しかしながら、世間は、日蓮正宗同様、キリスト教、日蓮宗を咎めない上、それなりの存在意義すら認めています。要は、信ずる人の自己責任であるというのが、世間一般の見方ではないでしょうか。

長々と書きましたが、宗教教義は本来、社会的責任を課せられていない、極論ですが、宗教教義自体には社会的責任は本来存在しないと考えます。

無論、これは、道義的責任が無い、ということではありません。

先ず、この、宗教教義に社会的責任が有るかどうかについて詰めてから、次の問題に入りたいと存じます。

1841顕正居士:2007/09/06(木) 09:37:18
問答迷人さんのおっしゃるように宗教上の言説が詐欺罪等に問われることはありません。
健康食品と称して万病が治癒すると宣伝すれば薬事法違反に問われますが、これが
お札であれば問われません。それは宗教上の言説は基本的にフィクションであると
考えられているからで、何人も容易に真実でないことを看破できる言説による金銭の
収受等は詐欺罪を構成しないという判例になっています。詐欺罪を構成するためには
まことしやかさが必要なのです。ただし地獄に落ちる等不快な言説は脅迫罪に該当
する場合があるというのが最近の傾向のようです。まあ、自己責任の世界でありますね。

1842富士川一郎:2007/09/06(木) 11:50:17
問答さん

横レスですが、基督教徒は現代科学とは関係なしに「処女懐胎」を信じております。マリアは神の子を産むに当たり、聖霊により懐胎させられました。
これを何故信じるかは、神の啓示だからです。
基督教は仏教とは違い、因果論にて成り立っていません。神の啓示を善につけ悪につけ全て信じ従う宗教です。
日本に本当の基督教徒がいないと言われるのも、神の啓示を善悪で判断しようとするからだそうです。
神の啓示に善悪も責任も無い。
神と人間の関係は「創造者」と「被造者」の関係であり、そこに善悪など無い。

もちろんこれを支持するものではありませんが、本来啓示宗教とはそのようなものです。
啓示宗教とは社会的な責任はおろか、人類への責任ない教義です。
卵が先か、鶏が先かではありませんが、教義に無答責がうたわれているようなものです。
もしも社会的な責任を認めたら基督教という宗教そのものが無くなるのです。
神は人間に敗北を認めません。

PS。別に私は基督教徒ではありませんよ(笑)。
ただ、仏教徒いや日本人はその意味を理解していない方が多いので、書いてみました。

1843犀角独歩:2007/09/06(木) 16:39:56

問答名人さん

> 宗教…教義…社会的責任を負っているのかどうか、という問題

この点なのですが、原則的には、顕正居士さんが記されるとおりだとは思います。しかし、以下のような事例もあります。

「宗教法人・明覚寺の系列寺院である満願寺の2人の僧は、同教団がやっている“悩みごと相談”で依頼者に悪霊が憑いていると占い、それを祓うためと称して1億円にものぼる謝礼を受け取っていたことがございます。この手口は、新聞折り込みチラシに「3000円で霊視をします」というところから始めていました。自分の身に不幸なことがあれば「3000円ぐらいだったら、ちょっと、頼ってみようかな」となります。しかし、行けば必ず「あなたには悪霊が憑いています」となります。それで1億円を払ってしまった人が出たわけです。
 1996年6月18日、名古屋地裁は、この自称僧侶の両被告に懲役1年2か月と1年(ともに執行猶予3年)の判決を下しました。悩みごと相談を「教団ぐるみの組織的、継続的におこなわれた詐欺行為」と認定したためです。認証を受けた宗教法人の布教活動にはじめて有罪判決が出たものとして注目されました(1996年6月19日、『朝日新聞』朝刊)。詐欺行為に認定について、たとえば東京地方検察庁は法の華三法行を追っかけているわけです。そもそも因縁話をもちかけ、献金しなければ家族に不幸が起こるなどと畏怖させて金銭被害を与える手口は統一協会が先輩格です。山口広先生によれば、全国で400軒、600億円の被害が霊感商法被害弁護団に届けられているとのことでした。」(JDCC第1回公開講座/高橋紳吾)

明覚寺に限らず、もっとも端的な例としては、統一協会を挙げることも出来るでしょう。

ただし、わたしが今回問題にしているのは‘教義が詐欺か’と言うことではありません。

浅見定雄師の言ですが「何を信じているかではなく、何をしているか」です。たとえば、オウム真理教は教義そのものの実否が問題にされたわけではありません。サリン散布に代表される違法性、反社会性に焦点がありました。

先の高橋師の挙げる例でも、教義は詐欺を行うための副次的要素に過ぎません。騙される側は仕掛けに過ぎない教義で操られるわけです。しかし、違法性の判断は、言うまでもなく教義にではなく、教義を用いて何をしたかに争点があるのではないですか。

わたしは、石山本尊の問題も同様の視点で見ているわけです。
不信心者にはただの彫刻板です。信者にとっては、信仰対象でしょう。では、組織にとっては何でしょうか。信者を操る道具ではないでしょうか。

創価学会と大石寺、また、顕正会といった集団と指導者が、この彫刻を本物であると謀って人心を操作し巨万の富を得た、法律で断罪できるか否かは別にして仰るとおり、道義的責任はないのかという視点があります。

しかし、この集団・指導者の罪過を考える前に、わたしはわたし自身のこととして考えたいのです。「個人責任」を問答名人さんと顕正居士さんは騙された側に宛て仰った。わたしが問題にしたいのは、その点ももちろん看過しないものの、さらに実際にその片棒を担がされた“加害者としての自分”という側面です。知らなかったとはいえ・騙されたとはいえ、わたしはその実否をよく確認をしないまま、多くの人に勧めてしまいました。このことにわたしは罪悪感を懐いています。ここで個人的な責任追及することに目的があるのではありません。わたしが懐いてきた加害者としての罪悪感を、ではしかし、他の信念体系下にあった人々は感じないものかという疑問を確認したかったのです。

率直にお尋ねします。問答さんは、“他に嘘を勧めた加害者としての罪悪感”を懐かれてお出でですか。もちろん、懐かなければならないという教誨じみたことをいう気は毛頭ありません。

この問題を、先駆者として、わたしの前に立ち、お考えになってこられた先輩として、その率直なお気持ちをお聴かせいただければ有り難く存じます。

1844問答迷人:2007/09/06(木) 17:28:21

僕は、例の「川辺メモ」を読んだとき、恐らくは、戒壇本尊は偽物に違いない、と思いました。そして、独歩さんの分析を拝見したときに「嗚呼、やっぱりか」と最終的に得心が行きました。
このような経過の中で家内に「戒壇本尊が偽物かもしれない」と話した時、家内は「宗教と言うのはそういうものだよ」と左程驚いた風も無く、ケロリとしていました。僕は、その家内の言葉に愕然としたわけです。

宗教は普通はそういうものでも、日蓮正宗だけは違う、と信じ込んでいましたから、そういう僕を家内は結構醒めた目で見ていたんだな、と感じました。
そして、僕は、日蓮正宗の役員を辞し、更には信徒として寺院に通うことも止めたわけです。

同信だった人たちに、如何に話せばよいか、一番悩んだのは、日蓮正宗の実態を暴くことは良いが、「それでは何を信ずれば良いのだ?」という疑問に答えること無しに実態だけを暴いて信仰を捨てさせる事が是か非か、これに大変悩みました。これについては、今も結論は出ていません。
それ故、僕は「問われたら、知る限りのことは何もかも話そう、問われない場合には、自分から話を切り出すのは止めておこう」こういう方針を立て、これでやってきています。

そして、ご質問の「“他に嘘を勧めた加害者としての罪悪感”」についてですが、これが一番深刻です。
実際に、僕が信仰を勧めた一人に対して、問われて戒壇本尊が偽物で有る事を話しました。彼は、その話を聞くを良しとせず、それから疎遠となってしまいました。問われもしないのに話したことがそれで良かったのかどうか、判断は今も付きませんが、そういう話を聞いたことだけは、彼は忘れはしないでしょう。

日蓮正宗関連の各団体の融和・統一が出来ないものか、という思いで、当掲示板を立ち上げましたが、その当初の目的は、戒壇本尊が偽物であることがはっきりしたて時点で失われ、今は、日蓮正宗から離れて、日蓮聖人の本当の教えは、どうだったのか、それを検証し、啓蒙する役割をこの掲示板が果たすべきであろう、という考えに変わりました。
管理者として掲示板を維持することが、何らかの一定の貢献を為しうるのではなかろうか、そんな思いでおります。
偽物を本物であるかごとくに勧めてしまった者の責任は、何が本物なのかを明らかにすること。これが一つの贖罪であると考えています。そして、何が本物なのかを明らかにすること、これが僕に課せられた重い宿題であると考えてきました。

1845問答迷人:2007/09/06(木) 17:31:46


訂正です

×問われて戒壇本尊が偽物で有る事を話しました
○問われてもいないのに戒壇本尊が偽物で有る事を話しました

1846犀角独歩:2007/09/07(金) 09:07:50

問答さん、ご返答まことに有り難うございます。
関東は昨日からひどい暴風雨です。

7年前、わたしはまだ戒壇本尊が偽物であるとは知りませんでした。過去にも書いたかも知れませんが、両親は熱心で小学校入学までに、わたしを100回も登山させたということでした。一番前の席に座れたとき、あの大きな漆黒の板に刻まれた文字の大漫荼羅がいまもまぶたに浮かびます。しかし、細かい相貌が思い出されるわけではありません。荘厳かつ魂が打ち震えるような感動を子どもながら覚えたことが思い出されるのです。
最後の頃のことであったと思いますが、その大御本尊の前に床から天井に届く防弾ガラスが置かれました。床に接する部分がくり抜かれており、不思議に思っていたところ、「法主上人猊下」が焼香をしたあとの香炉が置かれ、その薫煙が須弥壇にたなびいたことも覚えています。このとき、この彫刻は一点の紛れもなく、わたしどもにとって「本門戒壇の大御本尊」でした。

わたしは昭和30年に東京大田区に生まれたことは過去に記したかと存じます。『人間革命』の舞台である蒲田第一本部の窓からみた近く小学校の校庭が思い出されます。小学校6年で正本堂供養でした。つまり、奉安殿、大化城、大講堂、大客殿と次々と大石寺に建造される新たな建物をその100回の登山でリアルタイムに眺めながら、換言すれば、それら堂宇建立のための「供養」を親がつぎ込み、生活を圧迫されながら、それでも喜びに満ちた学会活動のなかで中学に進みました。あのころ、正本堂は本門事戒壇であると信じて疑いませんでした。ようやく正本堂で御開扉を受けられたのは高校3年のときでした。大噴水に圧倒され、円融閣を見上げ、ふと、振り向くと杉木立の向こうに御影堂の屋根が見えたのを覚えています。意気揚々と入場し、あの1トンもあるブロンド様の大扉が、音もなくゆっくりと開くと、暁を思わせる豪奢な緞帳に閉ざされています。その緞帳が下からゆっくりと上がると、なかは金一色であり、一目で夜明けをイメージして造られたことがわかりました。その黄金の厨子が御開扉されると、ようやくと大御本尊がその姿を現したわけです。

その瞬間、「おや?」と思ったのです。奉安殿のときのように、仰ぎ見るような大きさではなく、5400席からでは、本尊はとても小さく見えました。大きさの違い…、いや、そうではなく、なにか金ぴかでまるで違うものに見えたのです。「そんなことを思う自分は信心がない」、そう疑念を打ち消すことに躍起になったことも覚えています。

そのころ、キリスト教牧師の友人を盛んに“折伏”していました。ある日、森山諭著『創価学会の間違いをただす』をその友人が持参してきました。わたしにとって、はじめて耳にする板本尊偽作論でした。いま振り返ると、この本の底本は安永弁哲著『板本尊偽作論』であり、また日蓮宗宗務院発刊の『創価学会批判』であったことはわかります。それはともかくとして、言葉に詰まったわたしは蒲田にある創価学会が東京オリンピックの年に建立寄進した宝浄寺に出向きました。受付で塔婆書きをしていた僧侶に、この友人との遣り取りを告げたのです。その僧侶はやおら立ち上がると一度、奥に入り、そして1冊の本を携えて戻ってこられた。「ここに書かれていることが本当だから、けっして大御本尊様を疑ってはいけない」、そう言い、手渡してくれたのが『悪書板本尊偽作論を粉砕す』だったのです。恩人としての記憶ですから、敢えてお名前を記すことといたします。佐藤伴道師でした。わたしは、いまでもこの方を終生の恩人であると思っています。しかし、やがて、この方は宗門を去り、離脱僧という汚名を背負い、本日を迎えています。もし、このことがなかったら、いまのような本尊鑑別の道を歩むことはなかったと思います。もちろん、わたしは、所謂「離脱僧」と称される人々と通用をなすことはありません。また、この『悪書板本尊偽作論を粉砕す』を墨守した半生を翻しもしたわけです。しかし、この方がわたしの学恩の仁であることは、我が身の内では何ら変わるところはないわけです。

1847犀角独歩:2007/09/07(金) 09:08:26

―1846からつづく―

前置きが長くなりましたが、以上のような前提を経て、わたしはこちらの掲示板に出会いました。問答さんとの鎬を削る数々の問答はわたしの仏教観を根底から覆しました。

取り分け、そのなかで問答さんが取り沙汰されてお出でであった『河辺メモ』に関しては、ご承知のとおり、当初わたしは懐疑的でした。その後の顛末は既に記してきたとおりです。ここ数カ年は彫刻本尊偽作の急先鋒となりました。その自分にとって、佐藤伴道師に継ぐ、次の学恩の仁は問答さんをおいて、わたしにはありません。

ご質問の趣旨とは違うことを記してしまいましたが、問答さんがお応えのなかで「何が本物なのかを明らかにすること。これが一つの贖罪であると考えています。そして、何が本物なのかを明らかにすること、これが僕に課せられた重い宿題」である仰せになられました。

わたしは、この「贖罪」という点に賛同します。
「被害者化」と言われる世相とは裏腹に、わたしの心を常に占拠しているのは「加害者としての自分」、そして果たすべき責任という2点でした。後者は問答さんのお言葉を借りれば「課せられた重い宿題」に当たるのだろうと思います。

ここ10年余、所謂「カルト問題」を考え、そのグループとリーダーの責任追及を行ってきたわけです。しかしながら、この他者に向けられたことと平行し、自分自身の半生における「加害者としての責任」を等閑にしてよいものかという葛藤が存していました。

これを法華系、もしくは日蓮の教学的態度に強いて当て嵌めるとすると、わたしが標榜することは「其罪畢巳」「転重軽受」ということになります。わたしの愚案は、『開目抄』の影響もさることながら、『佐渡御書』に大きなウエイトがあったことを今さらながら自己分析している昨今です。

「祈りとして叶わざるなし」というキャッチフレーズが横行しますが、日蓮の思惟から考えるとき、「其罪畢巳」「転重軽受」という洞察は、不可欠と思えるのですが、問答さんはご自身に課せられた贖罪と宿題は、この線からお考えになりますか。

1848問答迷人:2007/09/07(金) 10:45:18

犀角独歩さん

>日蓮の思惟から考えるとき、「其罪畢巳」「転重軽受」という洞察は、不可欠

1844で「何が本物なのかを明らかにすること」と述べましたが、ここにしか、自分自身が心から晴れやかになる道は無いと思っています。
それが、「其罪畢巳」に相当するとは思いませんが、その一分に通ずるのでは無いかと思っています。

蓮祖は、あの圧倒的にして壮絶な生き方がなぜ出来たのか。蓮祖が南無妙法蓮華経と自身が唱え、他者に唱えるように勧めた背景。蓮祖の悟りとは何で有ったのか。あのパワーは何処から来るのか。
何が本物なのか、それを突き止めたとき、これらの疑問に対する答えがある程度明確に出来るのではないかと思います。そして、蓮祖が本当に伝えたかったことを今日に一分なりとも伝えることが出来るのではないか、と。
まだまだ分からないことだらけで、道半ばにも達しておらず、如何にも覚束ないですが、もし、何が本物かが把握出来たとしたら、その時点から、それを友に語り、世に問い、その結果、悪口や迫害を受けて、その時初めて、「其罪畢巳」に一歩近づくのではなかろうか、そんな風に考えています。

まぁ、そういうことで、僕の贖罪と宿題は、「其罪畢巳」の前段階、もつと、ずっとずっと手前のことだと思っております。

1849犀角独歩:2007/09/08(土) 07:27:39

問答名人さん

文面から現れる限りで言えば、問答さんのほうが、わたしより、罪責間は弱いのだろうと思えました。

極論すれば、創価学会・顕正会を含む大石寺圏の本尊と教義が、実は日蓮とは無縁であったというのが、こちらでの議論の結論であったわけです。

けれど「蓮祖は、あの圧倒的にして壮絶な生き方がなぜ出来たのか。蓮祖が南無妙法蓮華経と自身が唱え、他者に唱えるように勧めた背景。蓮祖の悟りとは何で有ったのか。あのパワーは何処から来るのか」という真蹟遺文から垣間見られる日蓮の素描は、果てしなく我々に迫ってきます。

この答えを、たぶん、問答さんは「本物探し」の末に発見できると確信されているのでしょうね。重ねてご解答、有り難うございました。

1850波木井坊竜尊@日蓮宗葵講:2007/09/12(水) 06:27:45
被害者意識とか加害者意識か・・・。
勝手なこと言ってるなぁ・・・。

他宗のぼくらからみたら”すごく勝手”なんだよね。別に煽るわけでもないし、
まして喧嘩売ってるわけじゃアないんで誤解なきよう。

しかしこのスレ読んでいたら無性に腹が立ってきたよ。

1851波木井坊竜尊@日蓮宗葵講:2007/09/12(水) 06:46:00
お祖師様が好きなのは結構なことだ。

しかし君らは距離感がまるでない。御本尊とか日蓮とかに向き合う時に、
全然距離感がない。ベッタリ!なんだよね。

富士派の人の特徴でもあるんだがね。、このべったり感は。それでいて生活に
全然反映されてない。善行を積むとか、何か人のためにしてあげようとか、
そういうのがぜ〜んぜんないんだよ。

宗教と自分との係り合い方を再度見直したらどうなんだね?

学会員時代の強引なやり方を悔いていて、贖罪の気持ちを持つなら死んだ時、地獄に
背負って持ってってほしい。今から何かしようとしても覆水盆に返らずだよ。

日蓮宗は戦後寺院数が半減し、1万あった寺院が現在は5000加持しかない。
それは元には返らないんだよ。

贖罪の気持ちをヘタに持つなら自分は現世でイッセンダイだったんだ、と観念して、
来世でやり直してくれ。

1852一字三礼:2007/09/12(水) 11:39:00

人間の意識とは非常に・残忍・残酷なもので、社会的に‘非難しても許される’存在を見つけると、その言動には際限がなくなる。

創価学会、日蓮正宗、顕正会などに対しての日蓮宗一門の態度がまさにそうだ。
教義上の、道義的、社会的、さまざまな視点から、一方的な非難をする。

非難はするが、それらの富士門の組織を反面教師として、何かを学んで、自らの宗派を改善していこうとする態度がまるでみられない。

例えば、富士門流は偽書と偽の相伝書を根拠としている、と批判する。
ところが、自分たちは摂受・折伏についての日蓮宗の伝統宗学の誤りを指摘されると、「如説修行抄」のような偽書を論拠とし、感情的な非難に終始する。
本尊の雑乱勧請を指摘されても、「本尊は開会だ」と論拠のないこと主張し、やはり感情的になる。

自らの内省のない他者批判は、一方的な暴力であり、子供の虐めと同じだ。

人の心なんて創価だろうが、日蓮宗だろうが、そんなに違いはない。
日蓮宗の僧侶だって犯罪をする人間は幾らもいる。
賽銭泥棒を追いかけて殴り殺したり、七面山ではお金をごまかしたり、音羽で園児を殺害した女の旦那は、たしか坊主だった。

他者を非難するまえに、考えるべきことがあると思う。

1853波木井坊竜尊@日蓮宗葵講:2007/09/12(水) 18:19:26
イッセンダイに情けは無用。反面残忍さや残酷さを持つ必要もない。
イッセンダイなんだから反対の意味で、残忍さや残酷さをもつ必要性が
ないからだよ。

おれは富士宮の住民でここで育った。彼らのやってきた行状や言動すべてを
見てきた。俺たち日蓮宗信徒はいつも一方的にやられてきて、いつも常不軽菩薩
だと言われて耐え忍んできた。

しかしおれはもう常不軽菩薩でいるつもりは一切ない。
イッセンダイに常不軽菩薩でいる必要性は全くない。

仏教は慈悲の宗教だがそれはイッセンダイに対して慈悲を説いてはいない。

1854波木井坊竜尊@日蓮宗葵講:2007/09/12(水) 18:24:02
贖罪だ、なんだ、と言っているなら、あの世に背負って持って行け。
イッセンダイに生まれてしまった現世はそれなりに全うすればよろしい。

地獄の門で日蓮は待っていて法華信者を追い返すと御祖様は言っている。
おれはそれを信じて疑わない。

共に地獄に落ちようぞ。地獄の獄卒の前で白黒はっきりつければよろしい。

1855再挑戦者:2007/09/12(水) 21:09:55
 熱戦の最中、横からお邪魔の虫のネットジャンキ中毒者ですがゴメン下さい。
 そこそこの盛り上がりには少々以上の、?、、過熱感も伝わってきておろまするが、??
 ドーゾ、お気持ちを今一度ほど、お静め戴きたく存知を申しあげますが、、?
 
 時に、波木井さま、誠に何ですが、お隣のスレッドでの「、、携帯型ホログラム3Dの本尊、、云々、、」、、が御座いましたが、?
 此れに関しましての、更なる御詳しいお言葉など、お聞かせ、を、?? 失礼をば致ししました、。

1856波木井坊竜尊@日蓮宗葵講:2007/09/13(木) 05:52:26
まァ、少し言い過ぎたと思って反省している。

私の場合先祖代々なのでDNAにお題目が刻み込まれている。記憶がある一番
小さい頃、幼稚園に通っていた時すでにお題目を聞いて思わず手を合わせた。
誰にも言われないのに。

前にも書いたが俺は富士宮で育った。かなり創価学会や大石寺には悪い感情がある。
なんたって百条問題に絡んで暴力団まで介入してきて、力ずくで抑えられた経験がある。
犀角独歩氏やその他もろもろの書き込みを読んで、当時俺たちがどんな思いでいたかを
思い出したらたまらなくなったんだよ。

とにかくひどかった。

1857犀角独歩:2007/09/13(木) 07:54:54

1852 一字三礼さん

お書きになった、各集団へのご感想に関しては、わたしも同様に思います。

この「内省」ということが、わたし自体は、加害者意識として言語化されました。また、この自今分析に基づいて、10余年の社会活動への動機ともなりました。

1858犀角独歩:2007/09/13(木) 07:57:06

短い文章なのに打ち間違えてしまいました。

【1857】

誤)自今分析
正)自己分析

1859波木井坊竜尊@日蓮宗葵講:2007/09/18(火) 10:11:05
自らをイッセンダイと悟りその宿業を背負っていくべきだね。

何かにつけて日蓮系の、と批判されるが浄土系やその他の宗教門閥にも
いくらでも原理主義的な立場をとる連中はおるよ。

日蓮宗は丸太だよ。特に俺たち日向門流は。針金宗と言われる富士派とは
俺たちは違うんだ。

1860ラセード:2007/09/19(水) 09:26:35
丸太も角材でも結構。朽ち果てた丸太をホログラムで映し出してもなんでもいいから円実寺を復興しなさい。あんなボロ寺では日蓮も嘆いている。

1861ラセード:2007/09/19(水) 09:57:54
失礼。檀家でも信者でも無い人にそんな事言っても仕方がないか

1862偶ロム偶ログ:2007/12/22(土) 02:23:50
さて、今般、犀角独歩さんがブログに「お板」のかなり鮮明な写真を公開されました。
公開されたものは、解像度を下げてあるとのことですが、それでも、かなりのものの
ようです。
当然、ブログに公開された画像の「編集著作権」は独歩さんにありますから、転載等
する場合には、出典として明記するべきでしょう。
ネット記事を出典とするときの表記のしかたについては、
1・執筆者名
2・記事タイトル
3・記事年月日
4・記事URL
5・ブログ名
は、必ず明示するべきでしょうね。

さて、当該写真についてですが、腰書に金箔が施されているようです。
由比一乗居士が熊田葦城に提供した写真では、霞がかかったような感じで、はっきり
しませんでした。
私が正本堂時代に見ていた「お板」の腰書部分には、金箔は施されていなかったよう
に記憶しています。
金箔は何時施されたと石山はいうのでしょうか。

それからもう一点、今回の画像の「お板」と、かの金原本掲載の「お板」、どこか違う
ような気がするのですが、思い過ごしでしょうか。
金原本掲載の「お板」については、間近で日常的に見ていた僧侶が「違う」と明言され
ましたが、今回の「お板」についてはどう言われるでしょうか。

1863れん:2007/12/22(土) 10:02:22
偶ロム偶ログさん

興門資料刊行会から復刻された松本道本氏著“弘安二年大曼荼羅と日興師”には「日法師が彫刻せられた時は墨漆の御仕揚げであつたが年代を経た為め参詣者には唯だ黒く見受け判明せぬのを慨き石山廿四世日永師の代に腰書以上の御文字へ金箔でおし金装置をせらるたが腰書即ち次に記する『現當二世』云々の記入は初めの墨漆の儘であるから明瞭に拝めない」
とあります。日法師というところは、勿論作られた神話にすぎませんが、石山日永師が彫刻の曼荼羅部分に金箔で金装置したというのは何らかの記録に基づいた記述と思われますね。しかし、日永師時代に金装置した彫刻が現彫刻と同一かどうかは分かりませんが、本書の原書が刊行されたのが昭和五年ですから、その時点の彫刻も“「現當二世」の記入は初めの墨漆の儘”とあり、腰書には金箔を入れてないのは事実の様で、偶ロム偶ログさんの正本堂時代の彫刻に関するご証言を参照しますと、腰書に金箔を入れたのは、比較的近年の事柄に属するということだと思います。

1864偶ロム偶ログ:2007/12/22(土) 14:57:00
れんさん

松本道本氏の資料のご紹介ありがとうございます。
たしかに面白いのは、「石山廿四世日永師の代に腰書以上の御文字へ金箔でおし金装置を
せらるた」という点ですね。
ただ、私もなにげなく「金箔」と書いてしまったのですが、昔、石山の老僧に聞いた話で
は、「金箔ではないよ、金泥だ」とのことでありました。
些細なことですが、気にかかります。

>日永師時代に金装置した彫刻が現彫刻と同一かどうかは分かりませんが

独歩さんのブログ第2弾で見ますと、3体の「お板」は各別のようです。
熊田本は明治時代、独歩さんの画像は平成奉安堂時代、さて、それでは金原本の撮影時期
は何時頃なのでしょうか。
金原本の写真も「大石寺所蔵本門戒壇板曼荼羅」というキャプションがあります(23頁)
から、とにもかくにも、「お板」は最低3体あることが確認できました。

また、今回の独歩さんの画像については、
撮影年月日
撮影者
撮影(画像)データ
が、いずれもはっきりしているそうですので、「お板」の写真としては史上初にして唯一
の、確実な写真、になります。

それにしても、原本と思われるものが、
石山禅師本
北山禅師本
と、2幅あって、模刻が最低3体もある、この事実をどのように表現したらいいでしょう。

石山はオイタが過ぎる、、、おあとかよろしいようで、、、。

1865犀角独歩:2007/12/22(土) 20:28:48

偶ロム偶ログさん

種々ありがとうございます。
わたしの画像と言うより、わたしが提供を受けた画像というのが正しいところです。

これだけ鮮明な写真を見、また、熊田本写真と比較もして見、「南」字ほか、いくつかの違いはあったものの、ほぼ一致したことは、新鮮な驚きと安堵がありました。つまり、大石寺が認めた写真は、考証に耐える範囲であったという意味でです。

腰書きの金箔(金泥)…わたしはラッカーかなにか速乾性の安価な塗料だと類推しますが…については、いかのような富士桜さんの証言がありました。

http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/364/1015557630/522

1866マターリ:2007/12/31(月) 15:33:54
ご無沙汰しておりました。

学会の先輩から聞いた話です。・・・正本堂ができる前、奉安殿で御開扉
を受けていたころ、大御本尊様は、木目のくっきりとした木彫だったそう
です。先輩は、前から3列目くらいで拝んでいて、感激したそうです。

しかし、正本堂ができた直後、御開扉を受けたところ、金ピカの御本尊様
だったそうで、とても驚いたとのことです。木彫の御本尊様の方が、威厳
があって良かったと言っていました。

お聞きしたいのは、この金ピカの御本尊様は、奉安殿の御本尊様に金を塗
ったのでしょうか?ということです。また、木彫のままの方が価値がある
と思われるのですが、金の塗装には、保存のため、という他に何か意味が
あるのでしょうか?

1867彰往考来:2007/12/31(月) 22:10:56

「大日蓮」昭和48年2月号に記載の日達上人御指南には、戒壇本尊の衣替について

「この戒壇の御本尊は、先程の正本堂における説法の如く、宗祖大聖人様が身延において本門戒壇の事の御本尊として、弘安二年十月十二日御書写遊ばれた御本尊様でございます。長い間当山に格護しておりましたのでございます。その六百何年の間の御本尊様でございますから、その間に御本尊様の御衣替と申しまして、漆を塗り、中に金箔を入れましたことが再度ございます。
 (中略)
再々宮殿(くでん)並びに御本尊様の御衣替がございまして、享保十五年、日詳上人という方の時にまた修理せられております。今から二百四十二年前のことでございます。それから後、昭和六年大聖人の六百五十年御忌の時にまた金箔を塗り直して衣替を致しました。今回あの大きな正本堂の為に今までの宮殿では小さいので、ここに改めて大きな宮殿となしたのであります。それについて御本尊様に御衣替を願って、漆を塗り金箔を塗ったのでございます」
とあります。
つまり、享保15(1730)年、昭和6(1917)年、昭和47(1972)年の三回金箔を塗ったという説明ですが、金箔は塗れませんので金泥でしょう。
だいたいにおいて御本尊様を御図顕ではなく御書写としている点は、戒壇本尊が後世のものであるというのを認めているような観がありますが、石山(富士大石寺)は日蓮聖人の御真筆本尊でも書写と表現していて図顕と書写の違いが解かっていないようなのでその点はこれ以上議論しません。
日達師の御指南から、明和年間(1764年頃)に作成された戒壇本尊の相貌図である完則図(窪田哲城『日蓮聖人の本懐』所収)は享保15(1730)年の御衣替の後ということになります。
完則図は、慶長5(1600)年頃の「当家門流継図之事」に記載の戒壇本尊と相貌、寸法とも異なることから、戒壇本尊は寛永8(1631)年の大石寺諸堂焼失の際に焼失し再造されたのではないかという私の仮説を「本門戒壇の大御本尊様の偽作論について」のスレッド1347〜1350(2005.9.12)
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/364/1015557630/1347-1350

ですでに紹介しました。この仮説と併せますと、享保15(1730)年の衣替とは実は戒壇本尊の再造ではなかったかという仮説が導かれます。
またスレッド1350でも触れましたが、正本堂にあった戒壇本尊は昭和40年代にできたレプリカという説があります。そうであるなら上記昭和47(1972)年の衣替も実は再造ではないかということになります。
明治44(1911)年の熊田本記載戒壇本尊写真の相貌と完則図も異なりますので、享保15(1730)年から明治44(1911)年までの間にも再造があったと考えられます。
金原本の戒壇本尊写真は出処不明ですが正本堂時代(昭和47年〜平成2年ごろ)のもののようで、今回犀角独歩さんが公開された写真は奉安堂のようですからスレッド522の富士桜さんの証言
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/364/1015557630/522

のように平成13(2001)年ごろに戒壇本尊の御衣替か再造があれば、金原本写真との相貌違いは説明できると思います。

彰往考来

1868マターリ:2008/01/01(火) 08:23:34
>彰往考来さん、レスありがとうございます。詳しくご説明いただき納得
致しました。レプリカの可能性が高いようですね。

何百年も前の木彫物に加工を施したり、長い距離を移動したりすると、
破損したりする可能性が出てきますので、十分に考えられることだと思い
ます。

先輩の話ですと、正本堂の御本尊様と奉安殿の御本尊様とは、何となく雰
囲気が違っていたということでした。

1869偶ロム偶ログ:2008/01/02(水) 07:12:21
板の黒いのは漆ということですが、「衣替」はもとの漆を本体を損傷しないように剥がしてから
塗り直すのが本来のやり方です。
さらに、木目もわからないくらいに塗り重ねているとしたら、大変な作業です。
これまで、数ヶ月もの間、御開扉がなかったことはあったでしょうか?

1870彰往考来:2008/01/02(水) 15:22:05

平成13(2001)年の戒壇本尊の御衣替(お色直し?)は再造(新造)であった可能性があります。あくまで私の推測ですがその推定理由は3点です。1点目は御衣替の場合は塗り直しですから時間がかかるという点です。漆の剥がし・再塗装・乾燥、金泥の塗装・乾燥などで一箇月以上はかかり、さらに搬出、搬入にも時間がかかります。その間は大御本尊様が不在となるということです。もし再造であれば奉安堂で要する日数は入れ替えの1〜数日だけで済むというわけです。

スレッド1869で偶ロム偶ログさんがご指摘されているように、

> 衣替」はもとの漆を本体を損傷しないように剥がしてから塗り直す

のは大変な作業で、新たに板本尊を造ったほうが早くて安いでしょうね。これが2点目の推定理由です。

3点目の推定理由は昭和47年のレプリカ(があるとすればですが)は創価学会御用達の赤沢朝陽製でしょうから、石山(富士大石寺)で創価学会色を嫌い赤沢朝陽ではない仏師による板本尊に換えたのではないかというものです。
昭和53年10月3日付けの「院達」で、「創価学会の板御本尊に関しては一切議論を禁止する」との日達師の厳命に反して、
阿部日顕師は、平成3年11月28日付の「創価学会破門通告書」の中で、
「池田氏は、過去にも、あろうことか何体もの板御本尊を、勝手に模刻するという大罪を犯しております。」
http://checkd.at.infoseek.co.jp/hamontukoku.htm

と記しています。
これにより模刻事件の議論が再燃したわけです。もっとも平成5(1993)年9月15日付けの聖教新聞の「自由座談会」によれば、
「日顕は、今回の問題が起きた直後の平成3年1月6日の本山での会合で、この謹刻問題を学会攻撃のために使っていいという指示を出しています」
という指摘もあります。
http://ranhou.hp.infoseek.co.jp/mokoku.htm

1871彰往考来:2008/01/02(水) 15:23:08

スレッド1870の続きです。

平成4(1992)年4月1日付け『大白法 第360号』に菅野慈雲師の「御本尊模刻の大謗法」が掲載されます。(これは平成5(1993)年の『大日蓮 11月号』に再録されます)
http://the49.hp.infoseek.co.jp/emyo_t/shuki.htm
平成4(1992)年8月28日の全国教師講習会で阿部日顕師から「とにかく池田大作の説明は、大聖人様を無視し、御本尊を蔑ろにし、法を破っておるわけです。やはり、このようなところから本尊の模刻があったともいえるわけです」
http://www.mitene.or.jp/~hokkekou/goroku17.html

との一連の議論に対する反論として赤沢朝陽会長の赤沢猛氏が平成5(1993)年9月30日付けの聖教新聞の「自由座談会」に出席し
http://nonakashin.hp.infoseek.co.jp/mokoku2.htm
証言されています。

平成9(1997)年8月28日の教師講習会で、「模刻本尊七体のうち、五体の模刻本尊の「ほぞ」に、彫刻した年月日と彫刻師の名前が刻まれていました。これは、本体の板に彫刻が終わった段階で刻字するもので、そのあとで漆と金箔の工程に回します。そのうち、「賞本門事戒壇正本堂建立昭和四十九年一月二日」という模刻本尊のほぞに「昭和四十九年四月 朝陽」とハッキリと刻まれています。
池田大作が、最初に「学会本部の御本尊を板御本尊にしたい」と願い出てきたのは、昭和49年の9月です。しかし実は、その5ヶ月以上も前の同年4月には、すでに無許可で模刻本尊の彫刻を終えていた」と指摘します。
これに対して赤沢朝陽会長の赤沢猛氏は平成9(1997)年10月17日付けの聖教新聞の「自由座談会」に出席し、元・日蓮正宗御用達の仏師と紹介されていて模刻事件について創価学会よりの証言をされています。詳細は下記HPを参照ください。
http://www13.ocn.ne.jp/~ryouran/html/souka_3.html
http://ranhou.hp.infoseek.co.jp/mokoku.htm

このような赤沢朝陽をめぐる事情が働いた可能性があるのではないでしょうか。平成9年末に赤沢朝陽の赤沢猛氏が聖教新聞に再登場し、日蓮正宗宗内外に赤沢朝陽が創価学会御用達であることが明確になったので赤沢朝陽製である戒壇本尊を赤沢朝陽以外の日蓮正宗御用達の仏師のものに差替える必要が生じたのではないかということです。平成10〜12年ごろその決定がなされ、納入されたのが平成13年ということであれば辻褄はあいます。

1872彰往考来:2008/01/02(水) 15:23:57

スレッド1871の続きです。

美濃周人氏は「日蓮正宗としては、池田大作氏の「ニセ本尊」事件(引用者注:本尊模刻事件)を、何らかの理由で、不問にせざるをえなかった。が次のように考えると、この謎は解ける。池田大作氏はわかっているだけで八体のニセ本尊を作ったが、一方で、ニセの戒壇の大御本尊まで作ってしまったのだ」(『日蓮正宗・創価学会50の謎』1994年、三一書房、125頁)と推定されていますが、話は逆でレプリカの戒壇本尊を作成した後、同じ赤沢朝陽で八体の模刻を実施したのだと考えます。同書で美濃氏は「さらにS・H氏は、その証人(引用者注:正本堂にあった戒壇本尊が戦後できたものであるという証人)として、創価学会おかかえの仏具屋であるA・Cで働いていた、一人の彫刻師の名前をあげた。その彫刻師というのはその「ソックリさん」を彫刻した人物だという。S・H氏の証言によれば、「その彫刻師は、ニセ本尊を刻むと発狂すると本気で信じ、それで悩んでいた」という」(『日蓮正宗・創価学会50の謎』118頁)と紹介していますがどこまで信憑性があるかは不明です。ただここでいう「仏具屋であるA・C」が赤沢朝陽を指すことは間違いないでしょう。

こう考えると一つの疑問が湧きます。そうであるなら赤沢朝陽は戒壇本尊のソックリさんを造れるはずで、なぜそれを創価学会が『正本尊』にしないのか?という点です。
私見ですが、戒壇本尊の制作歴史を紐解けば戒壇本尊などニセモノでとても『正本尊』に値するものではないと判断したのか、将来、日蓮正宗と創価学会が和解する時があった場合、そのようなものがあってはマズイと考えたのか、色々考えることはできますがすべて藪の中です。

昭和53年10月3日付けの「院達」で日達師から「創価学会の板御本尊に関しては一切議論を禁止する」と議論を封じられました。私は今でも日達師の御本尊を拝んでいます。よって今日まで模刻本尊の議論をせず、当時の関連資料も大半は処分してしまった状態ですが今、模刻事件を含め戒壇本尊とは、板本尊とは何なのかを改めて問い直す必要がありそうです。

彰往考来

1873犀角独歩:2008/01/02(水) 18:31:46

彰往考来さん

本年もよろしくお願い申し上げます。
いくつか、質問並びに所感を記させていただきます。

(1)金原本写真は正本堂?

この点は、どのような根拠に基づいてのことでしょうか。
差し支えなければお応えください。

(2)戒壇本尊が「書写」は編集の瑕疵

「戒壇本尊を書写した」という日達さんの発言を、彰往考来さんは追及されませんでした。
たぶん、日達さんは、たしかにこう発言したのでしょう。しかし、これは本来、「図顕」とすべきところを言い間違えたのだと思います。編集に携わってきた立場からいえば、こんな言い間違いはよくあることで、しかし、編集者は、これを訂正するのが仕事です。この手の編集は宗務院教学部が携わるわけですから、編集した者の怠慢、もしくは能力不足というのが至当な判断であろうかと存じます。

(3)辻氏の二枚舌

こちらの掲示板では、揶揄・侮辱発言は厳禁ですが、アップされた辻さんと赤沢朝陽の座談会は噴飯物です。辻さんは二枚舌と批判せざるを得ません。

創価学会発行の『特別学習会テキスト』で辻さんは「不用意にご謹刻申し上げた御本尊については、重ねて猊下のご指南をうけ、奉安殿にご奉納申し上げました。今後、御本尊に関しては、こうしたことも含めて、お取り扱い、手続きなどは、宗風を重んじ、一段と厳格に臨んでまいりたいと思います。」(P57)
http://www.geocities.jp/saikakudoppo/siryoshu/tuji_honzonmokokushogen.pdf
これを要するに「罪をかぶってやった」的な発言をしていますが、これは問題のすり替えでしょう。このとき、問題になったのは、本尊模刻は表に出した糾弾で、この模刻した板本尊に「池田大作」のサインを彫り込んだことが大ごとだったわけでしょう。この点を論及にしなかったのは、石山の監督不行き届け逃れと、せめてもの寛恕だったのではないでしょうか。

もちろん、今回の彰往考来さんのご投稿は学会を庇い立てするようなケチなものでなことを十分承知していますが、単に『聖教新聞』の辻・赤沢発言という一方的なプロパガンダを載せるだけでは、真相が迂ってしまうと思うので、補足させていただきました。

また、昭和50年代のことですが、わたしが信濃町の銀舞会館を訪れたとき、そこの仏壇に安置されていたのは正本堂建立時に大量頒布され、また、創価学会が水増し偽造してばらまいたと騒ぎになった特別御形木本尊の板本尊でした。こうした例は、ほかでも確認されているのであって、実際のところ、模刻本尊は8体どころではなかったというのが真相でしょう。

創価学会が一方的に作文した歴史は、事実と付き合わせて紹介しないと、言いたい放題にねじ曲げられたままになります。そのままでの使用は危険と考えます。

1874犀角独歩:2008/01/02(水) 18:32:46

―1873からつづく―

(4)池田さんの思い、「彫刻本尊が偽物だから、板本尊ぐらい作っても」では?

池田さんが本尊模刻にお手軽に手を染め、かつ、自分の署名まで彫り込ませたのは、正本堂建立時の修繕で、この彫刻が偽物であることを確信したからではないかと、わたしは考えています。この点は、他で述べましたので、ここではこれまでとします。

(5)化粧直しは半年はかかる

彰往考来さんは「漆の剥がし・再塗装・乾燥、金泥の塗装・乾燥などで一箇月以上」とかなり短く見積もっていらっしゃいますが、偶ロム偶ログさんが仰るように「数カ月」はかかるのではないでしょうか。

ところが、こんなに長い時間、御開扉が途絶えたことはなかったように記憶します。この意味で、彰往考来さんのレプリカ再造説には大いに賛同します。

なお、平成2年、わたしは創価学会から末寺に移ったのですが、その頃、本堂の日達さんの板本尊に手が加えられました。
ある日、参詣すると本堂に入れませんでした。入口から中を覗くと、板本尊は厨子から出され、畳に寝かされ作業服を着た人が何か作業をしていました。たしか、次の日には本堂に入れたと記憶しています。

なにに手を加えたかというと、左端にある授与書「願主 法華講総講頭 創価学会々長 池田大作」の彫りを何かで埋めて、表面をならしたうえで黒く塗り消していました。
板本尊は漆・金箔でできていることになっていますが、これをもし漆喰などで埋め、漆をかけたとしたら1日で作業が終わるはずはありません。速乾性のパテと、速乾性のラッカーか何かで安い修繕をしたのでしょう。

「創価学会は日寛上人の御本尊の授与書きを消した。本尊の改竄だ」と大騒ぎしていた時期でしたから、内心、「いいんだろうか?」と、そちらのことのほうが気になったものでした。しかし、いま、考えると、ずいぶんといい加減なことをするものだと改めて呆れます。

以上、(1)のみ質問です。お応えを頂戴できれば有り難く存じます。

1875犀角独歩:2008/01/02(水) 18:35:13

1873のリンクは、直接、ジャンプしません。
アドレスバーにコピペしてください。

1876彰往考来:2008/01/02(水) 21:04:51
犀角独歩さん

1873の(1)のご質問に対する答えは、ここで公開するにははばかれる内容がありますので、追って貴殿にメールいたします。但し聞いた話が多いので確証はありませんよって

>正本堂時代(昭和47年〜平成2年ごろ)のもののよう

という表現で断定はしていません。

>今回の彰往考来さんのご投稿は学会を庇い立てするようなケチなものでな(い)ことを十分承知していますが

ご理解を賜りありがとうございます。双方の言い分を冷静に分析したいと思っています。その意味で宗門側の資料も引用しています。
この掲示板では特定団体の代弁であればひんしゅくをかうのも十分理解しています。もちろん学会の代弁をするつもりはありません。
日達師からは本件の議論を止められていましたが模刻事件から30年、このあたりで冷静に分析しないと、あの激動の時代を生きた自分が何だったのかわからなくなるなあという思いからでした。
従来のけんか腰の議論ではなく、全く違う視点から検証できればと思っていますがなかなか難しいことです。思いつくままに投稿したいと存じます。

ついでに2つ。1873はやはり開けませんでした。
また銀舞会館とありますが初耳です。金舞会館ではありませんか?

1877犀角独歩:2008/01/02(水) 22:37:08

彰往考来さん

> 日達師からは本件の議論を止められていました

こんなことは、まるで関係ありませんよね。日達さんが止めようが、創価学会が出版許可が出ないとか、そんな組織のご都合に合わす理由は何もありません。
ただ、事実を時事として素描するばかりです。
わたし個人としては、彫刻本尊の複造や、模刻問題といった話は、どっちもどっち、両方悪いだろうという思いがまずあります。

前にも記しましたが、戸田さんも、池田さんも、彫刻や、肉牙など、当初から偽物であると知っていた、もちろん、宗門は知っていた、しかし、「金のなる木」であれば、本物であると今日まで言い通してきた「同じ穴の狢」だろうというのが途中経過の結論です。

> 従来のけんか腰の議論ではなく、全く違う視点から検証

ええ、もちろん。こんなただの彫刻のこと、また、創価学会の板本尊にしても、これまた只の板です。けんか腰になる必要もないことですね。
両宗教団体のやり口が明確になれば、これら団体に騙される人は減らすことができます。

> 1873はやはり開けませんでした。

すみません。コピーして、アドレスバーに張ってみてください。

> 金舞会館ではありませんか?

いえ、銀舞会館だったと記憶します。
当時、副会長指導というのがあって、その順番待ちが銀舞会館でした。そこで唱題しながら待たされたとき、「金じゃなくて、銀か」とぼんやり考えていた記憶があります。

ただし、たぶん、金舞会館にも同じように板本尊があったのではないかと想像します。あながち外れていないでしょうね。

1878そううそ:2008/01/04(金) 07:10:53
明けましておめでとうございます。
本年も宜しくお願いします。

ttp://www.geocities.jp/saikakudoppo/siryoshu/tuji_honzonmokokushogen.pdf
上記のリンクはIEでないと開けない(?)ようです。

(個人的にはIE以外でも閲覧できると嬉しいです。)

1879彰往考来:2008/01/04(金) 09:51:58

>1878 そううそ さん

貴殿記載のアドレスをコピペし、頭にhを加えるとなぜか開けました。ありがとうございました。

1880彰往考来:2008/01/04(金) 09:56:19

犀角独歩さん

>1873 本尊模刻は表に出した糾弾で、この模刻した板本尊に「池田大作」のサインを彫り込んだことが大ごとだった

なるほど。こういうことであるなら理解できます。

1881犀角独歩:2008/01/04(金) 13:12:53

そううそさん

ご指摘有り難うございました。あいにく、マックは所有していないので、動作確認はしていませんでした。


彰往考来さん

ええ、そうなのです。わたしもこの点は全く知らなかったのですが、東京で在勤し、静岡寺院に移ったとある石山僧侶から聞きました。「御宝蔵で見ました。恐ろしいことです」という短い言葉がいまも耳朶に残っています。ただし、これを撮影した写真の流出はいまのところ聞いていません。情報の提供を望むところです。

なおまた、当時、正信会が本尊模刻について糾弾したのは、無許可制作といった点では、宗規「法主の権限なくして本尊を書写し、または日号を授与した者は擯斥に処する」といった1項を根拠にしたわけでした。しかしながら、模刻が書写に当たるかと言えば、これは違うことになります。まあ、許可を受けていないという点に焦点があったわけです。
この点については昭和53年8月号『大日蓮』で日達さんの言として「学会の方で板御本尊に直した所があります。それを私(日達)が知らなかった」と明言したことを石山宗内僧俗が広く知って反池田・学会運動へと発展していったわけでした。これが学会に言わせれば、日達さんの‘物忘れ’でそれをかぶってやったのが「池田先生、創価学会」という論調ですが、この学会の言い分を石山中枢とは話した経験のある人であれば、絶対に信用しません。

その理由は、大石寺は、創価学会を低く評価しており、絶対にしないと決めていたことが一つあるからです。それはなにか、板本尊の下付です。わたしは複数の僧侶から「創価学会なんかに板御本尊は下付しない」と吐き捨てるように聞いた者でした。
善意的な発言では「板御本尊は寺院に、学会会館には紙幅を」というのが、一つの決め事となっていたわけです。つまり、寺院は板・会館は紙で僧俗の差別化を図っていたということです。

ですから、創価学会に板本尊を許可することなどあるはずはなかったのです。

1882犀角独歩:2008/01/04(金) 13:13:22

―1882からつづく―

では、池田さんが日達さんに板に直すことを申し出たことがなかったかというと、わたしはあったと思います。また、日達さんも「いいですよ」と返事したのも事実だと思います。しかし、この日達さんは‘生返事’。あとで、申請をしてきた段階で種々理屈をこねて認めなければいいという思いがあったのではないかと想像します。ところが創価学会のほうは、たとえ、口約束とはいえ、会長と法主の交わしたことである、だから制作したというのが真相ではないでしょうか。

しかし、俗は紙といいながら、実際のところ、歴代法華の壇信徒で板本尊を家に安置しているところはあるわけで、だいたい、妙観講本部は板本尊が安置されました。それなのに「正本堂建立の功労者・創価学会」には、これを認めない。池田さんが板本尊模刻に執着を見せた理由はここにあったのではないでしょうか。いっぽう、日達さんと坊さんらも意地になっていた、「誰が創価学会なんかに板本尊など下付してやるものか」と。

正本堂以降、宗創の対立はすぐに深まりました。日達さんの池田さん嫌いに箝口令が布かれていたのは創価学会だけです。いっぽう、学会は宗門を冠婚葬祭だけをやる典礼部門として配下に置く、準備が着々と進めていた。指導は「池田先生」で、実質、会員の尊敬は池田さんに重点があったわけです。このことをもちろん、宗門は苦々しく思っていたわけです。

創価学会は否定しますが、当時、「会長本仏論」、より具体的には「池田先生は日蓮大聖人の生まれ変わり」という池田本仏論はまことしやかに会員に浸透し続けていました。大石寺より学会という論調の基礎となっていったのは、まさにこの池田本仏論であったと大石寺は睨みはじめた時期でした。

口約束を縦にした学会の板本尊の制作。しかし、ここで池田さんは、もうひとつ、坊さん方を怒らせる決定的なパフォーマンスをやって見せたわけです。坊さんが導師となってやるべき、板本尊のお披露目を池田さん本人がやってしまったわけです。

石山化儀からの話です。赤沢朝陽といった仏師職人が制作した板彫刻は、この段階ではまだ彫刻です。この彫刻を、その脇書きに指定された場所に安置し、はじめて本尊となるために「入仏開眼法要」を営むことは石山不動の大鉄則です。
これを石山に依頼することもなく、池田さんが勝手にやってしまったわけです。
これは紙幅から板を造立する以上の大問題です。しかし、石山化儀など、さして重視しない創価学会にとって、このどこが問題なのか理解できなかった、いや、理解したうえで敢えて無視したのか、ともかく、ここに自分たちの占有権を侵犯された坊さん達の堪忍袋は対に切れることになったのでしょう。
模刻するだけならばまだいい、入仏開眼法要という教師僧侶、いや、学会本部でのこと、「法主上人猊下」しか執行できない化儀を、池田さんがやった。

天皇の玉座に総理大臣が座り、詔を下すようなことをやったということです。
まあ、これは石山・坊さんならば怒るだろう、いっぽう、学会ならば、「何でだ」という温度差があることが、今のいままで語られることなく来てしまった観があります。いまとなっては、「覆水盆に返らず」ということです。

彫刻と関連していくだろう、話題として彰往考来さんがご発言くださったので、わたしも少し記させていただきました。

1883犀角独歩:2008/01/04(金) 13:18:20


【1882の訂正】

誤)―1882からつづく―
正)―1881からつづく―

誤)壇信徒
正)檀信徒

1884犀角独歩:2008/01/04(金) 18:06:30

上記、1881-1882については、…題名の付け方等においては大いに問題があると考えますが、いまは資料名なので、その点については言及しないこととします…「池田大作悪業全書(その1)『池田大作の大謗法』―本尊模刻と名聞妙利の実態に、本尊模刻についてはP4〜8から、池田本仏論についてはP11〜12までに宗門側からの視点で記されていました。

ここで本尊模刻の原因については「池田本仏論」が取り沙汰されています。
もちろん、これは石山宗門側から視点ですが、創価学会のアナウンスは、どうもこうし、わたしが当時、学会員として感じたことまでも、まるでなかったように書かれる点で恣意的だと思えます。

本尊模刻
ttp://www.geocities.jp/saikakudoppo02/data/honzonmokoku.pdf
池田本仏論
ttp://www.geocities.jp/saikakudoppo02/data/ikedahonbuturon.pdf
(h を補ってアドレスバーにコピペしてください)

1885彰往考来:2008/01/05(土) 09:36:37

犀角独歩さん

>1881 「板御本尊は寺院に、学会会館には紙幅を」

そうですね。これは理解できます。私が以前住んでいた場所に正宗寺院があります。寺院といっても○○院といって寺号がついていないので出張所でしょうか。
ここはもちろん日蓮正宗の僧侶が在勤しお講、御本尊授与を含め通常の寺院と同じ扱いでありました。
しかし、ここは板本尊ではなく紙幅でした。当時寺と院ではこれほど差があるものなのかと感じさせられたものです。
そうであるなら会館に紙幅はあたりまえであったのでしょう。

1886犀角独歩:2008/01/05(土) 11:31:11

彰往考来さん

今回は、せっかくの複造説のご推論の話の腰を折って、模刻問題にばかり拘った形になり、恐縮です。

本筋のほうですが、昨年末、ブログでやや検証をしてみましたが、サンプルになっている彫刻写真3枚を比較すると、どうも同じものであるとは考えづらい気がします。

わたしは年代順に並べたとき、熊田本写真と金原本写真が同一の物、今回提供写真は別の物と推論を立てて、図を比較したのですが、いまのところ、この当て推量とは裏腹に、全体のレイアウトとしては、熊田本写真と提供写真、金原本写真が違うもの、しかし、「南」字の特徴から見れば、当て推量どおりといったところでした。

http://blog.livedoor.jp/saikakudoppo/archives/51202191.html

もし、複造されているとしたら、このサンプル全てが違うものである可能性まであるわけで、また、完全なレプリカが牧口記念講堂に入るはずだった…本当??…などというまことしやかな話まであります。

現在では三次元スキャンや、立体印刷は既に実用化されているわけですから、表面ばかりを漆塗・金箔‘のよう’に見せれば、かなり短時間でレプリカは制作が可能な時代になっていますね。

オウム真理教のサティアンにあったシバ大神像が発泡スチロール性であったことは夙に有名な話です。

再造、複造に関するご賢察をさらにお伺いしたいと存じます。

1887彰往考来:2008/01/06(日) 15:51:56

日蓮正宗千葉県檀徒会発行の『県報 地湧之友 第14号』(昭和54年5月1日、9頁)に面白い記事が載っています。信憑性はわかりませんが興味深いので、その箇所を全文紹介します。

「ミニ正本堂
善行寺檀徒 ○○ ○○

昭和五十三年二月十六日、学会本部広宣会館にて千葉の日を(学会は二月十六日を千葉の日としている)記念して大B幹部代表による勤行会が行われた。最初秋谷副会長を中心に、中山関東長、大竹県長、高沢県本部長出席の下で進行していたが、突然池田会長が北条理事長はじめ側近の大幹部を率いてあらわれた。
秋谷副会長等の話に、会長がチャチを入れるため式次第も何もなくなり、ただ笑いの中で終了。会長からということで御本尊様にそなえてあった柿がくばられ、その後に学会本部職員から「今日は、会長先生の特別のおはからいで、めったにお見せしないのですが、特別壮年部だけに『ミニ正本堂』を見学させて下さるということです。今回は婦人部の方は御遠慮下さい。壮年部の方は私語を謹しみ静粛について来て下さい」との注意のあと各圏別に並びました。何階であったか記憶は確かではありませんが広宣会館の上の階であったと思います。階段を上ってすぐの部屋で中に入る時は、五、六人づつにくぎられて入りました。題目三唱のあと部屋を見まわしました。先ず仏壇は黒丹の造りつけで、中は約1間半位の所三段ほど段になっており、その上に板御本尊が御安置されていました。御本尊様はお寺の御本尊様よりだいぶ小さめでした。その前は柵でかこってあり、その横に板で作った立札の告示がありました。
その内容は読み取れませんでしたが、右側に告とあり、終わりに創価学会本部、○月吉日とありました。部屋は襖でしきられており、つぎの間の広さ等はわかりませんが御本尊様安置の部屋の広さは、仏壇のある方は中は約四、五間で脇は三、四間位であったと思う、天井は低く窓は一つもない為か密室の感がありました。部屋に入ってからの職員と思われる幹部の話は『大石寺の御本尊様に、もしもの事があった場合、創価学会は、この御本尊様でやっていきます。この事については他言をしないように、又家族にも奥さんにも言わないように』といわれました。私は不信(引用者注: “不信”は“不審”の間違いと思うのですが原文のママ)に思い、もしもの事があってたまるかと思いましたが、妙信講の事も聞いておりましたので、色々御宗門と協議されての内々の事だろうと受け止めて帰ってまいりましたが、どうもすっきりしないので妻にだけは話しをしました。そんなバカなと妻も私と同意見でしたが、私達にはわからない事が沢山あるのだろうと、今考えると大変はずかしい事ですが、そのまゝになってしまいました。現在御宗門との色々ないきさつを知り善行寺檀徒となりまして学会の方向性を考えた時、その答は『ミニ正本堂』〃(引用者注:“〃”は“で”の誤植と思われます)大石寺の大御本尊様にもしもの事があった場合、創価学会は、この御本尊様でやっていくと言われた事が思い出された次第でございます。学会を脱会した今日ではそれを詳しく調べるすべがありません。何卒御宗門に於かれまして調べて頂けましたら幸いと存じます。」

1888彰往考来:2008/01/06(日) 15:52:44

スレッド1887の続きです。

さて、この善行寺檀徒の○○さん(原文は本名が記載されていますがここでは伏せました)はどんな板本尊を見たのでしょうか?
疑問を解く鍵は下記4点でしょう。
(1)『ミニ正本堂』?といわれるところにあった
(2)広宣会館の上の階にあった
(3)お寺の御本尊様よりだいぶ小さめ
(4)大石寺の御本尊様に、もしもの事があった場合、創価学会は、この御本尊様でやっていくと言っていた

昭和53年2月の時点で板本尊であったことから、創価学会が当時模刻したとされる八体の板本尊のうちのどれかではないかというのがまず考えられることですが、ここでの検証は公表された八体以外の板本尊であったかどうかがポイントです。創価学会が当時模刻したとされる八体の板本尊について調査しても今更目新しいことはありません。
ひとつの可能性は(1)と(4)の証言から、ひょっとしたら昭和47年の赤沢朝揚製戒壇本尊(があればの話ですが)の複製ではないか、つまり戒壇本尊のレプリカではないかという疑問が生じます。但し(3)の証言から、戒壇本尊とは同寸ではないということが解かります。

検証してみましょう。
創価学会が当時模刻したとされる八体の板本尊は以下のものです。善行寺檀徒の○○さんの見た板本尊はこの中にあるのでしょうか?
①学会本部安置昭和26年5月19日大法弘通慈折弘宣流布大願成就:64世日昇上人
②関西本部安置昭和30年12月13日:64世日昇上人
③ヨーロッパ本部安置昭和39年12月13日:66世日達上人
④創価学会文化会館安置昭和42年6月15日:66世日達上人
⑤学会本部会長室安置昭和42年5月1日:66世日達上人
⑥アメリカ本部安置昭和43年6月29日:66世日達上人
⑦賞本門事戒壇正本堂建立昭和49年1月2日:66世日達上人
⑧池田大作氏授与の御守本尊昭和26年5月3日:64世日昇上人

この中から①(学会本部安置大法弘通慈折弘宣流布大願成就本尊)は大石寺に没収されずに学会に残った御本尊で、当時から広く紹介されていますので今回は該当しません。
②,③,⑤,⑥は場所が異なりますのでこれも該当しません。⑧はインターネット資料:百禍繚乱 第三項 本尊模刻事件の真実
http://www13.ocn.ne.jp/~ryouran/html/souka_3.html
で、大きさがたて33.6cmとあり、小さすぎますのでこれも該当しないでしょう。
そうすると消去法で④,⑦が該当する可能性があるということになります。

1889彰往考来:2008/01/06(日) 15:54:10

スレッド1888の続きです。

インターネット資料:百禍繚乱 第三項 本尊模刻事件の真実
http://www13.ocn.ne.jp/~ryouran/html/souka_3.html
 
には、大石寺に没収された七体の模刻本尊の概観写真が掲載されています。不鮮明でかつ少し斜めからの写真ですが無理を承知で各御本尊の大きさを算出してみましょう。上記②から⑧が右から順に並んでいるという仮定です。一番左端が特に小さいので明らかに⑧(池田大作氏授与の御守本尊)です。プリントアウトした紙の上の各御本尊の寸法を定規で測り、⑧の寸法を33.6cmとしてその比から求めればよいということになります。
結果は写真では①がありませんので②からですが、
② 120cm ③ 150cm ④ 115cm ⑤ 110cm ⑥ 105cm ⑦ 55cm ⑧ 33.6cm
となりました。「御本尊様はお寺の御本尊様よりだいぶ小さめ」との証言から③以外が該当し、うち⑦はかなり小さいという結果です。但しこれは②〜⑧が上記順にならんでいると仮定しての結果です。個人的には55cmのものは、⑤の学会本部会長室安置本尊ではないかと思いますがわかりません。

インターネット資料:暁闇 断簡十七 錫杖の音
http://www.heianbooks.jp/zenbun/gyouan/017.html

には、「創価文化会館内・広宣会館の御本尊(細井管長書写)」とありますので④が広宣会館にあったことがわかります。「広宣会館の上の階にあった」との証言に一応合致するわけです。但し善行寺檀徒の○○さんは広宣会館の本尊という表現ではなく広宣会館の上の階にあったとしています。よって④が該当するとは言い切れないということです。
『継命』(昭和55年9月15日号)には、⑦(『賞本門事戒壇正本堂建立本尊』)の板本尊が文化会館の七階座しき(引用者注:座敷)に安置してある旨の記載があります。広宣会館は創価文化会館内ということなので、この板本尊も該当することになるでしょう。
そうすると、⑦(『賞本門事戒壇正本堂建立本尊』)が有力ということになります。「『ミニ正本堂』?といわれるところにあった」という善行寺檀徒の○○さんの証言からはどうも⑦であった可能性が高いようです。「題目三唱のあと部屋を見まわしました。先ず仏壇は黒丹の造りつけで、中は約1間半位の所三段ほど段になっており、その上に板御本尊が御安置されていました。御本尊様はお寺の御本尊様よりだいぶ小さめでした。その前は柵でかこってあり、その横に板で作った立札の告示がありました。
その内容は読み取れませんでしたが、右側に告とあり、終わりに創価学会本部、○月吉日とありました。部屋は襖でしきられており、つぎの間の広さ等はわかりませんが御本尊様安置の部屋の広さは、仏壇のある方は中は約四、五間で脇は三、四間位であったと思う、天井は低く窓は一つもない為か密室の感がありました」との件は「七階座しきに安置してある」という表現とも矛盾ありません。

1890彰往考来:2008/01/06(日) 15:54:54

スレッド1889の続きです。

以上の結果をまとめると、善行寺檀徒の○○さんが見たという板本尊が該当すると思われる板本尊は確実ではありませんが公表された八体の中に見当たり、⑦の『賞本門事戒壇正本堂建立本尊』が有力であるという結果になりました。よって、公表された八体以外の板本尊であった証言ということではありません。
ただ疑問があります。もし⑦(『賞本門事戒壇正本堂建立本尊』)であったとすると、小振りの本尊であり、なぜこれが「大石寺の御本尊様に、もしもの事があった場合、創価学会は、この御本尊様でやっていきます」というほどの根本の本尊であるのでしょうか? ①の『学会本部安置大法弘通慈折弘宣流布大願成就本尊』を差し置いてです。
『継命』(昭和55年9月15日号)には、原島嵩氏の証言として創価学会の五つの宝が紹介されています。
五つの宝の要点だけを抄録しますと、
〔1〕本部にある大法弘通の御本尊さま(引用者注:なぜか“さま”が平仮名でした)
〔2〕戸田先生からいただいている刀
〔3〕留言集
〔4〕玉璽(ぎょくじ)
〔5〕本門事の戒壇は正本堂という御本尊
ということだそうです。(創価学会には今でもこんなものあるのかしらん? どなたかご存知ですか?この話ホントなら〔5〕を除けば今でもあるということになりますが、〔1〕以外は信心と関係ありませんね。刀や玉璽などこんなくだらない物(失礼!)にお金使っているんですかね。個人が刀を持とうと勝手ですが、戸田先生の遺品を大切に保管するのとは次元の違う話です。)
〔1〕が①(『学会本部安置大法弘通慈折弘宣流布大願成就本尊』)に、〔5〕が⑦(『賞本門事戒壇正本堂建立本尊』)に相当します。そうすると当時の池田創価学会では、⑦(『賞本門事戒壇正本堂建立本尊』)を相当重要視していたことになり、そうであれば「大石寺の御本尊様に、もしもの事があった場合、創価学会は、この御本尊様でやっていきます」というのもある程度理解できないことではありません。もちろん個人的に納得できる話ではありませんし事実であったかどうかもわかりません。
⑦(『賞本門事戒壇正本堂建立本尊』)が創価学会にとって極めて重要な本尊であったということから、日蓮正宗が創価学会と別れた後に正本堂をぶっ壊したのも何となくですが理解できるような気がしました。もちろん本件詳細は一信徒には藪の中です。ただ言えることは正本堂も日の目をみなかった七体の模刻板本尊も、すべてが信者から供養されたお金であるということです。法主や会長は信者から供養されたものは自分達のものであるからどう使おうとドブに捨てようと勝手であると考えているとしか思えませんが、もしそうなら大きな間違いです。地下の日蓮聖人にこっぴどく叱られるのがオチでしょう。

<参考資料>(本文中のインターネット資料を除きます)
日蓮正宗千葉県檀徒会編『県報 地湧之友 第14号』昭和54年5月1日、日蓮正宗千葉県檀徒会、9頁
継命編集部編『本尊模刻事件のすべて』昭和55年12月1日、継命新聞社
日蓮正宗法義研鑚委員会遍『創価学会『ニセ本尊』破折―100問100答―』平成6年、総本山大石寺内事部
法華講衆有志編『蓮華八十七号の正しい読み方資料』昭和53年、大村一生
佐野知道発行『創価学会言論資料集』昭和53年、浄信寺

by 彰往考来

1891犀角独歩:2008/01/07(月) 22:13:00
彰往考来さん

興味深くご投稿拝読しました。
「賞本門事戒壇正本堂建立」本尊とは、正本堂を建立した願主として、日達さんから、池田さんが下付‘させた’ものでしたね。

もちろん、原本は紙幅で、『池田大作の素顔』で、藤原氏が書いていたエピソードによれば、建立したのにこれだけだといって巻いてあるこの本尊を机かなんかに放って見せたというものでした。この物語と「創価学会は、この御本尊様でやっていく」という口上とは温度差があると思えました。

しかし、さもやありなんと言った内容でした。

1892犀角独歩:2008/01/16(水) 22:06:30

金原さんの本に疑問を呈しました。
ご批正をお願いいたします。

http://blog.livedoor.jp/saikakudoppo/archives/51227995.html

1893偶ロム偶ログ:2008/01/22(火) 04:44:55
>>1891
独歩さん。

>池田さんが下付‘させた’もの

当該本尊の下付を「要求」した、といったところでしょう。
もっとも学会さんは「ご下付を願った」とでもいうのでしょうが。

正本堂ご供養後の、宗門から学会への寄付金の件も、わけありですね。
細井さんが寄付金をなかなか出さなかったのには細井さんなりの理由があります。
もともとは創価大学の資金寄付の話が最初。
その創価大学は、当初は仏教学部を設立して正宗教学の研究研鑽と賞揚をするはずでした。
それが、仏教学部は作らない、と決定した。
細井さんとしては、正宗と直接関係ないものになったのだから寄付も必要ないだろう、そう考えたようです。
で、ほったらかしにしていた。
ところが、名誉さんの考えは、仏教学部への寄付ではなく創価大学への寄付、だから約束どおり寄付してくれ、と。

なぜ仏教学部設置を中止したのか。
おそらく、スレタイの問題とリンクしていると私は思っているのですが。

1894犀角独歩:2008/01/22(火) 16:04:43

1893 偶ロム偶ログさん

有り難うございます。
あの寄付は、創大を目したものであり、かつ仏教学創設中止は、彫刻が偽物であることを、学会が知った結果ということですか。で、日達さんには、一緒に「毒を食らわば皿まで」的に寄付してもいいじゃないといった話だということでしょうか。

1895偶ロム偶ログ:2008/01/23(水) 01:07:31
1894 独歩さん

私はそのように理解してきました。
霧雲仁左衛門が芦屋道満に金をせびった(時代が合わない!)、そんなところでしょうか。

ただ、仏教学部中止は、お板の件だけではなく、相伝書類の真偽問題、日蓮教学のレベル
問題など、宗門がらみでは学的水準にとても及ばないという現実的なものがあったと聞い
たことがあります。
仏教学、宗教学、史学、古文書学、国文学、などは全て外部の研究者・学者を招聘するし
かなく、それでは宗門賞揚などできるわけがありません。
当時、宗門にいたのは学士だけで、修士・博士はいないどころか、大学院生が若干名いた
だけだったと思います。
まあ、大学の教授はなんの資格も必要ありませんから石山僧でも色気のあった御仁はおり、
本人は仏教学部長になれるつもりがダメだった、それが怨念のひとつなのは間違いないの
ではないでしょうか。
井の中の孑孑なら成長して井戸から飛び去り外の生き血を吸うこともできるかもしれませ
んが、、、。

1896犀角独歩:2008/01/23(水) 17:49:38

偶ロム偶ログさん

創大仏教学創設の挫折に関するご考察。なるほどと拝読しました。
よく書くことですが、岩本裕師が『佛教入門』を中公新書から出したときの肩書きは「創価大学名誉教授」でした。こうした学者を置きながら、仏教学部が成らなかった理由は、たしかに石山教学の‘縛り’にあったのでしょうね。

同じく、いま現在、岩波新書から出ている菅野博史著『法華経入門』では「創価大学文学部教授」となっていますが、この本の内容は、そのまま、石山教学批判になるもので、ひいては当然、学会の教学批判に使用できる皮肉さがあります。
創価大学で仏教学部を創設して仏教学をやったら、それはそのまま創価学会の教学否定にもなるわけですね(笑)

で、スレタイにやや戻りますが、いま、わたしはブログで彫刻本尊の再検証を行っているわけですが、ここでわたしども界隈で使用されてきた「複造」という造語を使用しています。要は、複数、彫刻が造立されて併存しているという意味で使っているわけです。

ところが、金原本に載っている写真と、今回ご提供を受けた写真を見比べると、これは「似て非なる物」というより、ぜんぜん別物ですね。
もっとも金原写真の上部はまるで絵のようで、彫刻を撮影したリアリティが欠けています。特に「南」字‘十’は、‘一’‘ノ’‘冂’と書かれなければなりませんから、‘冂’がいちばん上に来なければなりません。次に‘ノ’で一番下が‘一’です。それなのに、この写真ではまったく逆で‘冂’‘ノ’‘一’となっています。まあ、金原写真のように彫られている可能性は、極めて低いでしょう。こうした点からすると、描画した可能性もあるように思えます。
彫りは、ともかくとして、この「南」字の形貌が石山蔵日禅授与と酷似していたとします。しかし、現在、奉安堂にある彫刻は提供写真のとおりですから、違っているわけです。そうなると、別の2体ということで「複造」されたと、いったんは考えたのですが、これはもっと正確に言うと「変造」なのかもしれませんね。

うる覚えの時系列で恐縮ですが、正本堂が解体されたのは平成10年でしたか。川辺メモは、その翌年、『創価新報』からスクープされたのでしたっけ。奉安堂の完成は平成14年でしたか。それで、先に彰往考来さんが引用された富士桜さんのご投稿によれば平成13年頃、彫刻に変化があったということでした。このご記憶がズバリかどうかは別として、正本堂から、いったん、奉安殿に移され、さらに奉安堂にという、2回の場所替えのタイミングは彫刻の入れ替えにはもってこいのチャンスですね。

二つのサンプルが違っており、その間に川辺メモの暴露があった。そこで、遠目からはわからない程度に‘変造’して、この非難から逃れようとしたなどというストーリーは成り立つかも知れませんね、もちろん、現段階ではまだ憶測の域を出ないことは当然ですが。

1897偶ロム偶ログ:2008/01/25(金) 04:06:26
独歩さん

>>遠目からはわからない程度に‘変造’

そんなことは考えてもいないでしょう(苦笑)。
私は、平成19年版のお板の文字はしたものの、阿部氏の筆跡がでただけではないかと思っています。

しかし、腰書に金泥を入れるとは思い切ったことをしたものだと感心します。

あと、今回のお板には、一般の本尊にある脇書部分にも彫刻があるのではないですか?
写真でいえば左下、大増長天の横あたりですが、これは乱反射ではなさそうです。

虫払いでも複製御書を披露しているくらいですから、常時礼拝させているお板が複造でないわけがありませんね。

1898犀角独歩:2008/01/25(金) 06:28:53

偶ロム偶ログさん

そうですか、作為的な「変造」の可能性は少ないですか(笑)

> 虫払いでも複製御書を披露しているくらい

ええ。あと、石山でやった宝物展でも、日興の数珠やらなんらや、みな、レプリカだったと。

ついでに記せば、創価学会で開催した宝物展でも、戸田さんの眼鏡やら、獄中の牛乳瓶の蓋で造った数珠やら、池田さんの片割れの鏡やら、みんなレプリカだったという話でしたね。

どっちもどっち、人を食った話だと思ったものです。

1899日の谷:2008/01/26(土) 23:04:58
初めまして。法華講の日の谷と申します。


昨今の大御本尊様の「盗撮写真」について、犀角独歩さま。

 
本門戒壇の大御本尊様は御法主上人猊下の大慈悲により、日蓮正宗信徒のみに内拝が許されていることは、犀角さまも御存知の事と拝します。

このような「盗撮写真」の提供を受けたとの内容、ブログ等で貴方の御意見を拝受させていただきましたが、これは「著作権」にかかる事になりませんでしょうか。

盗撮は立派な犯罪です。

御開扉前に、奉安堂内での録音または撮影などは禁止されている事は、明確にアナウンスされています。

そのような場所で悪意に撮影された写真を無許可でネット上で公開するのは、人道的にも、法的にも、許せざる行為に当たると思われます。

大御本尊様の偽作論等は、過去、他門他宗に古くから幾度と無く取りざたされて来た事は、我々信徒も重々承知しております。

そこで一つお伺いさせていただきたい事があります。

この度のブログ等で、生前の河辺御尊師のメモを、日顕上人御隠尊猊下が大御本尊様は日禅授与御本尊云々・・・と、このような「偽物だ」と歪曲された噂話を、なぜ、いつどこで御隠尊猊下が偽物と断定されたのでしょうか。

1900日の谷:2008/01/26(土) 23:10:26
>石山でやった宝物展でも、日興の数珠やらなんらや、みな、レプリカだったと。

このお話の根拠も重ねてお聞かせ下されば幸いです。

1901偶ロム偶ログ:2008/01/27(日) 05:18:24
日の谷さま

横レス失礼いたします。

当該写真の「著作権」の件について、ですが、著作権は著作者本人および著作権
継承者の権利です。
石山の言によれば、執筆者は「日蓮」もしくは「日蓮と日興」、彫刻者は「日法」
ということですから、著作権は存在しません。
ただし、近年にいたって石山の僧侶が書写し業者に彫刻をさせたものであるとい
うのであれば著作権は、その石山僧侶と彫刻業者にあると考えることも可能です。
財産権の侵害ということであれば、破損・破壊・盗難などがあったのでしょうか。
板本尊の開扉で大石寺が収入を得ており、独歩さんの考察で収入が著しく減少し
たとでもいうのであれば、その数字によっては「商行為に対する営業妨害」にな
る可能性もないことはありませんが、そのような事実はあるのでしょうか。

>盗撮は立派な犯罪です。

例えば風景写真というものがありますが、これは盗撮でしょうか。
風景といえども、それがビルや家屋、山や田園風景であっても、それらは全て
個人・法人・自治体などが登記しており、それらにいちいち撮影許可をとるこ
とは行なわれているでしょうか。
板本尊については大石寺の所有物だから財産権があるという考え方もあるでしょ
うが、それは俗世間の話で、出世間の世界に所有など本来あるべきものではない
のではありませんか。
また、板本尊は日蓮正宗においては「一閻浮提総与」であると主張しているわけ
ですから、板本尊を私物化している今の日蓮正宗は自語相違していることになり
ます。
撮影許可されていない場所で撮影した、これが問題なるギリギリの線でしょう。
撮影場所は日蓮正宗に籍を置く者しか入れない所です。
また、撮影者に「悪意」があったかどうか、逆に「善意」とも考えられます。
なぜ「悪意に撮影された」とお考えになるのか、理由をお聞かせ願えればと思
います。

河辺メモが河辺氏の書いたものに間違いないことは、河辺氏自身が『大日蓮』
誌上で認めていることですから、その日
時・場所などもメモのとおりであることも河辺氏は認めています。
つまり「噂話」などではなく「事実」だと考えるしかありません。

>>石山でやった宝物展でも、日興の数珠やらなんらや、みな、レプリカだったと。
>このお話の根拠も重ねてお聞かせ下されば幸いです。

独歩さんの前に、私は書き込みにおいて、
「虫払いでも複製御書を披露している」
と記しましたが、これについては取り上げておられないようですから、問題なし
と考えてよろしいですね。

最後になりましたが、私は法華講に籍をおいています。
あと数年で入信50年になります。

1902偶ロム偶ログ:2008/01/27(日) 06:54:55
補足です。

当該写真の「著作権」は、撮影者にあります。
ネット上に公開されている当該写真の画像については、犀角独歩さんに「編集
著作権」があります。
現在、当該写真そのものはネット上に公開されていません。
独歩さんが公開している画像をなんらかのかたちで使用するには、独歩さんの
許諾が必要になります。
これは当該写真の被写体である板本尊を「所有」している大石寺であっても、
独歩さんの許諾がなければネットで公開されている画像を使用することはでき
ない、ということです。

1903犀角独歩:2008/01/27(日) 07:07:45
日の谷さん

はじめまして。

> 盗撮は立派な犯罪です。

法律で言えば、どのような法律に抵触するのでしょうか。
人を犯罪者呼ばわりする以上、この点をまず明確にしていただけませんでしょうか。〔是一〕

また、所謂、盗みどりには二種類あります。一つはあなたが仰る写真であり、もう一つは録音です。
わたしは大石寺宗務院教学部から、当時、創価学会が盗みどりした会合における録音テープを渡され、この文章化を依頼されていました。例えば、池田さんの「戒壇本尊物発言」「創価学会には大聖人直結の究極の本尊がある」そのた創価学会批判に採用してきた池田発言の多くは、わたしがテープ起こしをした文章です。創価学会の会合は、もちろん、録音を禁止されています。となれば、あなたが所属する「日蓮正宗」は犯罪行為である‘盗みどり’で取得したテープに基づいて、わたしに仕事を依頼し、かつ、創価学会池田さんを批判したことになりますが、あなたの論法から言うと、大石寺もまた、この犯罪に荷担したことになりますが、如何がでしょうか。大石寺が盗みどりによったことは犯罪行為ですか。〔是二〕
では、あなたは大石寺が「立派な犯罪」に荷担し、人道的にも、法的にも、許せざる行為に当たると思われますか。〔是三〕

あなたが根拠とされるのは「著作権」ですね。
では、お尋ねしますが、数百年前の作品であるとする所謂「本門戒壇の大御本尊」に著作権があるのでしょうか。〔是四〕もし、著作権があれば、それを本人の許可無く書き写すことは著作権の侵害に当たりませんか。
大石寺の本尊には「奉書写之」と書かれています。では、この著作権を日蓮から継承された物的証拠ととはなんでしょうか。〔是五〕

著作権については、たとえば、以下のような説明があります。

「作品を他の人が勝手に使用しないようにする権利です。 許可と場合によって著作権料が要求されます。
文芸、美術、音楽などの作品を著作権法が保護しています。
作品を作成した時から、作者の死後50年間【多くの外国作品は60年】、保護されます。 それ以降は、人類の遺産です。」
http://www.netlaputa.ne.jp/~gfg/lawj.html

あなたが、わたしが使用した写真を著作権違反であるという場合、所謂「本門戒壇の大御本尊」は過去50年以内の作品であることになりますが、如何でしょうか。

> 奉安堂内での録音または撮影などは禁止…悪意に撮影された写真…無許可でネット上…人道的にも、法的にも、許せざる行為に当たる

まず、法的とは、どのような法律でしょうか。具体的にお願いいたします。〔是一に同じ)

1904犀角独歩:2008/01/27(日) 07:08:47

―1904からつづく―

次に「悪意の撮影」とありますが、これは違います。わたしに写真を提供してくださった方は、大石寺の悪意を止めるため“善意”で行ったのです。
悪意とは、偽物である物を本物であると謀って人を騙すことでしょう。
わたしどもの立場からすれば、大石寺こそ、まさに悪意であり、あなたのような被害者を一人でも減らすために、致し方なく、無許可写真も採用し、その事実究明にと努めていると言うことです。


> 河辺…メモ…日顕…大御本尊…日禅授与御本尊…「偽物だ」と歪曲された噂話…御隠尊猊下が偽物と断定

この質問は、日顕さんが偽物であると断定したかどうかということですね。では、断定していないでしょう。むしろ、いまだに偽物を本物と謀って、あなたのような被害者を生み続けている元凶となっています。

また、噂話ではなく、河辺さん直筆のメモが残っています。この内容に関しては、問答名人さんがいち早く、その内容の弾劾をはじめられ、こちらの過ログにも残っています。ご参考にされればよいでしょう。
http://fujimonshinto.hp.infoseek.co.jp/keijiban/kawabe.htm


問答さんの分析は明晰で、追って、川辺メモに書かれた内容に沿って、わたしは大石寺が公的に認めた所謂「本門戒壇の大御本尊」写真と、同じく公開されている日禅授与本尊写真をもって鑑別したということです。その結果、所謂「本門戒壇の大御本尊」は日禅授与本尊を原本として臨模・作為された結論せざるを得なかったと言うことです。

宝物展による展示物がレプリカであることは、この開催の場所で、警備に当たっていた青年部員に訊いたことが知るきっかけとなりました。この点も、法廷闘争その他になれば、わたしも、その上人と証拠を挙げます。いまは、あなたからご質問ですから、その端緒を記すに止めます。あなた自身、法華講員ならば、大石寺に直接、お尋ねされ、どのような返答を得るか、確認されては如何でしょうか。

なお、宝物展が展示が、レプリカであるかどうか、以上の問題があります。
たとえば日興所持の数珠というものは、本当に日興所持の数珠なのでしょうか。このように断言し、これを展示する側は、この展示物が本物である証拠を示す義務はあります。では、この数珠が本当に日興所持である証拠とは一体なんでしょうか。〔是六〕

以上、お応えしました。わたしからの質問にもお答えください。

1905犀角独歩:2008/01/27(日) 07:11:36

【1904の訂正】

誤)法廷闘争その他になれば、わたしも、その上人と証拠を挙げます。
正)法廷闘争その他になれば、わたしも、その証人と証拠を挙げます。

1906犀角独歩:2008/01/27(日) 18:44:27

自己レスです。

1903の補足です。

> わたしは大石寺宗務院教学部から、当時、創価学会が盗みどりした会合における録音テープを渡され、この文章化を依頼されていました。

という文章は意味を逆に読めかねませんので、以下のように修正します。

「わたしは大石寺宗務院教学部から、当時、創価学会員が盗みどりをした会合における池田さんのスピーチ録音テープを渡され、この文章化を依頼されていました。」

ほかにもあろうかと存じますが、善意に基づいて判読いただきたくお願いいたします。

では、日の谷さん、ご回答をお待ちします。

1907犀角独歩:2008/01/28(月) 22:10:35

以下の、思いっきり的外れのことを書いているのは、誰なのでしょうか。
本尊彫刻の基礎もわかっていない初心者のようですが?

http://members.at.infoseek.co.jp/netplane2/kaidan-nitizen.htm

1908偶ロム偶ログ:2008/01/29(火) 05:31:50
キャッシュからするとnaohitoつまり直人となっているので東氏です。

1909きゃからばあ:2008/01/29(火) 09:06:34

日の谷さん、はじめまして。
私も法華講に所属しているものです。

大御本尊様についての偽作論は過去からありましたが、近年、達師が書籍として出版された反論以外は、宗門の反論は私は知りません。
今回の犀角独歩さんの論についてはまったく反論がされていません。
何故なのでしょうか?
また以前、日蓮宗の僧侶が「板曼荼羅を科学的に分析し、本物ならば私は大石寺の弟子になる」と言っていた方もいましたが、何故、科学的に分析しないのでしょうか?
たしかに不敬と考えるかもしれません。
だったら同じ木材で作成された「最初仏」を鑑定すればいいわけです。
しかし宗門はそれもやりません。なぜなのでしょうか?
私はきちんと宗門が科学的に本物だと立証して、大声で「大石寺は凄いんだ!」と周囲を折伏したいのです。
と同時に、もし偽者ならきちんと謝罪してほしいと思います。
しかし宗門にはそんなことする気配さえ感じられません。
このままでは私たちの子孫もこの問題に悩まされ続けなければなりません。
そういう意味でも私は犀角独歩さんの行動に期待しています。
私たち法華講員のためだけじゃなく、広宣流布のためにもきちんと大御本尊様の真偽をやらねばならないと思います。

1910犀角独歩:2008/01/29(火) 18:33:02

>問答名人さん

種々ご心配を賜り、有り難く感謝申し上げます。


>偶ロム偶ログさん

「東氏」とは、わたしが『所謂「本門戒壇の大御本尊」の真偽』についてを発表し、日禅授与本尊が原本であり、臨模・作為したという結論に対して、「似ていない。原本ではない」と、川蝉さんなんかと書いていた人ですね。

不思議に思うのは、中央首題の文字の文章で載せているのに、当の両本尊の写真の中央首題と日蓮を消してしまっているわけです。これでは、比較が合っているかどうかの確認もできません。さらに消した理由について、「御不敬の恐れがある」としていますが、そもそも、文字を消し去ってしまうほうが、よほど、不敬といえば、不敬ではないですか。また、漫荼羅の真価を決めるのは、中央首題もさることながら、花押なのであって、書写本尊では題目と日蓮を書いても花押は書かないわけです。その肝心の花押を消さないで不敬云々はナンセンスと思います。いずれにしても、写真は写真なのであって、不敬もあったものではないと思いますが。

>きゃからばあさん

仰るところ、ごもっともと存じます。
どなたであったか、「戒壇の大御本尊の国宝、世界遺産にしよう」という方があって、そのためには、国家関与の科学的な真贋鑑定が不可欠になるので、それを推進しようというブラックユーモアで語っていた方がいらっしゃいました。
わたしも、これが本物であってくれればどんなにかよかったと、いまでも思います。

ついでに「霊宝随一」という御肉牙(御生骨)について、それを信じ込んでいる人にあったので、「歯にくっついた肉ですら生きているのに、亡くなった日蓮の全身を焼いちゃまずいんじゃないのか」というと、憤然とした面持ちになりました。まあ、これもブラックユーモアみたいなことですが、わたしは本気でそう考えますね。

1911偶ロム偶ログ:2008/01/29(火) 19:33:37
>>1910

独歩さん
>>1907 のリンクはおそらく例の自称法華講員のサイトで、東氏の画像を転載
したのでしょう。
リンク下のキャッシュからリンク元へたどってみたらページがなくなっていま
した。
おそらく東氏がページを閉じたのではないでしょうか。
したがって、1907のリンクページの記述と目隠しは東氏によるものではなく、
例の自称法華講員によるものと思われます。
直人氏のページでは目隠しはされていませんでした。

1912犀角独歩:2008/01/29(火) 20:59:14

1911 偶ロム偶ログさん

重ねてご教示、有り難うございます。
「例の自称法華講員」というのは、よくわからないのですが、元のサイトでは、画像の加工はなかったということですね。けれど、「東氏」は、日禅授与本尊が原本ではないとした点は動かないでよろしいでしょうか。

1913日の谷:2008/01/30(水) 00:38:10
犀角独歩さま


>法律で言えば、どのような法律に抵触するのでしょうか。
人を犯罪者呼ばわりする以上、この点をまず明確にしていただけませんでしょうか。〔是一〕

御戒壇様は誰が所有し、今現在も管理しているのかと言う事が大前提だと思われます。

その大御本尊様は御歴代の法主上人に受け継がれてきた御本尊様です。

現在の御戒壇様は、御当代88世日如上人猊下が所有され、本山の最重宝として奉安堂にて御安置、管理されている事になります。

今現在は個人所有の御本尊様です。

その所有されている御法主上人の大慈悲によって、と前にも書きましたが、信徒に内拝を許されている状況です。

この中での撮影は許可無く出来るはずは無いと同時に、そのような状況を理解した上での撮影となるので、私は「盗撮」と銘打ちました。

何度も書きますが「盗撮」は犯罪です。

悪意があろうと無かろうと。

その個人所有の御戒壇様の画像、映像を無許可で扱うことは、著作権もまたしかり、その他の法にも触れる事になります。

詳細にここで法の何に触れているのか書くようにおっしゃりますが、ここで記すつもりはありません。
お知り合いの弁護士さまがいらっしゃるようなので、お伺いくださればおわかりになる事と思われます。



>また、所謂、盗みどりには二種類あります。一つはあなたが仰る写真であり、もう一つは録音です。
わたしは大石寺宗務院教学部から、当時、創価学会が盗みどりした会合における録・・・・〔是二〕


なるほど。ほお、そうですか。

あなたさまが創価学会のこのテープに関わり、そして教学部から任を受けたのですね。

それではこのテープがどのような経緯で流出し本山に届いたのか、の経緯もご存知なのでしょう。

では、このお話の前に一つだけ確認させて下さい。

いつ、どこで、どのような経緯で教学部のどなたから(御僧侶とは言え個人名ですのでイニシャルで結構です)依頼されたのでしょうか。


>では、あなたは大石寺が「立派な犯罪」に荷担し、人道的にも、法的にも、許せざる行為に当たると思われますか。〔是三〕



この返答は先の質問にお答えになられてから記すつもりでしたが、これには当たりません、と申しておきます。




>あなたが根拠とされるのは「著作権」ですね。
では、お尋ねしますが、数百年前の作品であるとする所謂「本門戒壇の大御本尊」に著作権があるのでしょうか。〔是四〕


お答えは保留します。


>もし、著作権があれば、それを本人の許可無く書き写すことは著作権の侵害に当たりませんか。
大石寺の本尊には「奉書写之」と書かれています。では、この著作権を日蓮から継承された物的証拠ととはなんでしょうか。〔是五〕


では大聖人様から受け継がれていないとする、物的証拠はあるのでしょうか?

1914日の谷:2008/01/30(水) 00:38:37
>次に「悪意の撮影」とありますが、これは違います。わたしに写真を提供してくださった方は、大石寺の悪意を止めるため“善意”で行ったのです。
悪意とは、偽物である物を本物であると謀って人を騙すことでしょう。
わたしどもの立場からすれば、大石寺こそ、まさに悪意であり、あなたのような被害者を一人でも減らすために、致し方なく、無許可写真も採用し、その事実究明にと努めていると言うことです。



日蓮正宗がなぜ、どのように我々衆生、荒凡夫に、悪意で人を騙さなければならなかったのかの根拠をまず提示してください。

そして、あくまで善意で行った行為と申されるならば、その盗撮者の氏名までは書かなくても、どこの布教区の所属寺院かを記して下さい。

善意であるとするならば、全く問題はないかと思いますがいかがでしょう。




>この質問は、日顕さんが偽物であると断定したかどうかということですね。では、断定していないでしょう。


わかりました。断定していないのですね。

今後、御隠尊日顕上人猊下は、「断定をしていない」とお話下さい。


>むしろ、いまだに偽物を本物と謀って、あなたのような被害者を生み続けている元凶となっています。


私が被害者かどうかは別として、おそらく、こう言った御質問の裏には、数多の新興宗教を初めとした被害状況を表す例が御座いますが、日蓮正宗が現在の日本にいったい何をしたのでしょう。

これこそ犯罪者呼ばわりする以上明確にして下さい。


>宝物展による展示物がレプリカであることは、この開催の場所で、警備に当たっていた青年部員に訊いたことが知るきっかけとなりました。

わかりました。
ですが、その警備とは輸送班ですか?
そのような方が、レプリカと知りながら警備をしていたのですか。

では、犀角さん御自身で御覧になっていらっしゃらないのですね。

まるで全て見てきたかのような表現はおやめになった方がよろしいのでは。
講談師か!と、たか&としにつっこまれますね。


以上です。

1915犀角独歩:2008/01/30(水) 01:29:33

日の谷さん

> 御当代88世日如

68代の間違いです。

> 今現在は個人所有の御本尊

であれば、わたしが提供された写真に基づいて、その検証を述べるに、早瀬さん本人が異議を申し立てるならばいざ知らず、何の関係もないあなたにとやかく言われる筋合いはないことになりますね。

> 何度も書きますが「盗撮」は犯罪…著作権もまたしかり、その他の法にも触れる

著作権に触れるわけですか。では、あの彫刻は過去50年以内の作品ですか。

> 詳細にここで法の何に触れているのか書くようにおっしゃりますが、ここで記すつもりはありません。

つまり、書けないわけですね。

> いつ、どこで、どのような経緯で教学部のどなたから(御僧侶とは言え個人名ですのでイニシャルで結構です)依頼されたのでしょうか。

平成2年以降、教学部、OJさんから、その担当はTDさんでした。
また、内事部『大日蓮』編集室からの依頼は、WKさんが責任者で、担当は、その後、事件を起こし擯斥になったGSでした。
それらテープの入手経路と当事者が誰であるか、盗み録りという性質から明らかにされることなく、渡されました。ただし、これら受け取ったテープはすべてダビングしてあり、かつ、起こした原稿テキストデータ、その支払証拠(通帳への印字)、また、依頼書などは物的証拠は当然、保管してあります。

> これには当たりません、と申しておきます。

なぜですか。わたしが提供を受けた写真について、盗み撮りは「立派な犯罪である」というのに、いっぽう、大石寺は

> 「著作権」…お答えは保留します。

はて、上記では著作権に触れるといい、今度は保留ですか。

> では大聖人様から受け継がれていないとする、物的証拠はあるのでしょうか?

これは答えになっていません。こんな言い方が成り立つのであれば、たとえば、わたしがあの彫刻を受け継がれていない物的証拠をあなたは示すことができるのでしょうか。物的とは存在にかかることですから、ありもしないことを証明することはできません。こうした詭弁を弄せず、ここでは、日蓮から受け継がれた物的証拠を示してください。できないのであれば、「ない」と判断します。

1916犀角独歩:2008/01/30(水) 01:30:02

―1915からつづく―

> 日蓮正宗がなぜ、どのように我々衆生、荒凡夫に、悪意で人を騙さなければならなかったのかの根拠をまず提示してください。

「騙した」当事者でもないわたしが根拠を提示することはできません。できるのは、当事者でしょう。存命の阿部さん、早瀬さんにお聞きになればよろしいでしょう。ここでは、鑑別・検証の結果、それが偽物であると断定でき、それにもかかわらず、「本物」であるといい、人々の信仰と金銭を集めることを「悪意」と言っているのです。ですから、それが悪意ではないというのであれば、彫刻が本物であることを示せばよいわけです。あなたが、彫刻が本物であるというのであれば、その物的証拠をここに示せばよいわけです。どうぞ。

> 盗撮者の氏名までは書かなくても、どこの布教区の所属寺院

これはお答えしません。提供者のプライバシーに抵触します。
そもそも、所有者でもないあなたにお答えする必要はないでしょう。

> 「断定をしていない」とお話下さい。

いえ、そうはいたしません。わたしが行った検証は、あくまで川辺メモの内容に沿って行ったものです。その結果、大部、メモに記されたことと合致しました。そのことからすれば、阿部さんは当然偽物であったことを知っていたと判断できるからです。つまり、阿部さんは、川辺メモ流出以降、たしかに断定はしなかったが、検証の結果と考え合わせるとき、当然、偽物であったことは知っていただろうと断定できるということです。

>> …日蓮正宗が現在の日本にいったい何をしたのでしょう。

繰り返し記しているように後世の捏造物に過ぎない彫刻を日蓮直造の本物であると謀り、具体的には正本堂建立、奉安堂建立などの献金を強いてきた、また、現在も本物であるとし「御開扉」「内拝」と称して、開帳して金銭を徴収しています。偽物であれば犯罪行為でしょう。

※※ もし、本物であるというのであれば、その証拠をここに示してください。

> レプリカと知りながら警備をしていたのですか。

そういう証言を得ています。

> まるで全て見てきたかのような表現はおやめになった方がよろしいのでは。
講談師か!と、たか&としにつっこまれますね。

この言葉は、そのまま、あなたにお返ししましょう。明らかに偽物であるものを本物であるかのように記しているのはあなたですから。

今回の投稿を通読して直ちに了解できることは、あなたは、こちらからの質問には何一つ答えていないということです。
当掲示板では、よく使われてきた言葉ですが、「鰯の頭」でも、信仰するのは個人の信教の自由に属します。しかし、それを他人に「本物である」というのであれば、その証拠を示す義務は、あなたにもあります。あの彫刻が本物である証拠を示してください。

1917犀角独歩:2008/01/30(水) 01:35:10

【1915の訂正】

〔誤〕

> これには当たりません、と申しておきます。

なぜですか。わたしが提供を受けた写真について、盗み撮りは「立派な犯罪である」というのに、いっぽう、大石寺は

〔正〕

> これには当たりません、と申しておきます。

なぜですか。わたしが提供を受けた写真について、盗み撮りは「立派な犯罪である」というのに、いっぽう、大石寺は「当たらない」というのは、どういうことでしょうか。あなたの論法から言えば、立派な犯罪となるでしょう。

このように相手には罪を問い、自分のほうは頬被りを決め込むようでは、公平を欠きます。

1918偶ロム偶ログ:2008/01/30(水) 02:11:15
横レス失礼します。

>今現在は個人所有の御本尊様です。

これは、88世の私有財産である、ということですか。
さきの私のレスにも記しましたが、それでは「一閻浮提総与」ではないという
ことですね。
88世は、87世から所有権の移転をうけて所有している、つまり個人から個人へ
の財産の贈与ということになるわけですが、財産贈与にかかる贈与税は支払わ
れたのでしょうか。
はっきり申し上げますが、板本尊は「個人所有」のものなどではありません。
宗教法人大石寺の什物です。

>その個人所有の御戒壇様の画像、映像を無許可で扱うことは、著作権もまたしかり、その他の法にも触れる事になります。
>詳細にここで法の何に触れているのか書くようにおっしゃりますが、ここで記すつもりはありません。
>お知り合いの弁護士さまがいらっしゃるようなので、お伺いくださればおわかりになる事と思われます。

著作権に触れるということは、著作権者および著作権継承者がいるのですね。
それは誰ですか?
日蓮が書き日法が彫刻したものであれば著作権は700年前に戻り適用されるとで
もいうわけですか?
盗撮は犯罪、犯罪には加害者と被害者がいることになります。
加害者はどのような害を加えたというのですか。
被害者はどのような害を被ったというのですか。
被害者は誰ですか。
あなたが被害者なのですか。
あなたが板本尊の「所有者」だというのなら88世なのですか。
88世が被害を受けたと思っているのであれば、88世が被害届を出せばよろしい。
あなたが88世でないならば、88世に対して越権の無礼を働いていることになり
ますね。

>その他の法にも触れる事になります
>詳細にここで法の何に触れているのか書くようにおっしゃりますが、ここで記すつもりはありません。

法的根拠をなぜ示されないのですか。
法的根拠がないのに「その他の法にも触れる事になります」と断言されること
は、「不実威力行使」の疑いがありますよ。

あなたは独歩さんの質問に対して答えを保留したり、質問で返したりと、不誠
実な対応をされていますが、なにかまともに答えられない理由があるのですか。

1914のあなたのレスも不誠実ですね。
ここであなたが尋ねておられることは、こちらの掲示板の過去ログで幾度とな
く話題になっています。
まず基本的なことをおさえたうえで質問をされてはいかがですか。

>盗撮者の氏名までは書かなくても、どこの布教区の所属寺院かを記して下さい

犯人探しですか。
この質問にどのような意味があるのですか?

展示物のレプリカの話は、私は僧侶から直接聞いたことがありますよ。
その僧侶が嘘をついたんでしょうかねえ。
その僧侶に嘘をつく理由が何かあるんでしょうかねえ。
そんなことよりも、私は>>1901で、次のように書きました。
 独歩さんの前に、私は書き込みにおいて、
 「虫払いでも複製御書を披露している」
 と記しましたが、これについては取り上げておられないようですから、問題
 なしと考えてよろしいですね。
再度うかがいますが、問題ないですね。
面倒なので1手きますが、このことについては、映像があります。
レプリカを真筆として拝観させていることを示す映像です。
レプリカを真筆として拝観させることは、詐欺ではないのですか?
それともあなたは、僧侶からレプリカであることを知らされ、それをありがた
く拝観しているわけですか?

さらに、日蓮正宗は真筆という諌暁八幡抄の末尾に勝手に日蓮花押を書き加え
ているのですが、これは宗祖に対する冒涜行為ではないのですか。
そんな冒涜行為を行なう日蓮正宗や僧侶をあなたは許すのですか。

宗教法人日蓮正宗は、宗祖の教えとはほとんど関係のない宗教です。
まず、盲信をやめることをお勧めします。

1919犀角独歩:2008/01/30(水) 02:21:20

『諫暁八幡抄』の偽造に関しては、かつて松本修明師が指摘し、近くは独学徒さんが物的証拠を挙げられました。この内容を受けて、まとめたのが以下です。

【検証】諫暁八幡抄に切り貼りされた竜門御書の日蓮花押
http://blog.livedoor.jp/saikakudoppo/archives/50957710.html

1920管理者:2008/01/30(水) 06:38:39

日の谷さん

当掲示板には、書き込みのルールが有ります。話し合いを重んじると言うのが、その根幹です。あなたの書き込みを拝見しますと、何か、「荒らし」行為に限りなく近いように判断できます。「書き込みのルール」をお読みいただいて、ルールに則った書込みをお願いいたします。

ルールに抵触すると管理者が判断した場合は、削除や書込み禁止措置がとられますので、念のため申し添えます。


「盗撮は犯罪」と声高に叫んでも、どの法律の、どういう条文に触れるのか指摘出来ないようでは、お粗末としか申し上げようがありません。少なくとも、話し合いを重んじているとはとても思えません。先ずこの点を明らかにされることが必要ですね。それが出来ないのなら、書込みを停止させるべきだと管理者は勧告しておきます。

1921顕正居士:2008/01/30(水) 07:10:17
著作権の存在しない所有物の撮影、複製、出版に関しては以下の判決が有名です。

かえでの木事件 東京地裁 平成14年7月3日判決 棄却
http://www.u-pat.com/h-7.htm

「本件かえでに対する所有権の内容は、有体物としての本件かえでを排他的に支配する
権能にとどまるのであって、本件かえでを撮影した写真を複製したり、複製物を掲載した
書籍を出版したりする排他的権能を包含するものではない。そして、第三者が本件かえで
を撮影した写真を複製したり、複製物を掲載した書籍を出版、販売したとしても、有体物
としての本件かえでを排他的に支配する権能を侵害したということはできない」

1924問答迷人:2008/01/30(水) 08:27:02

盗撮は犯罪、と聞くと、なるほど、と頷いてしまう感覚が大抵の人には有ると思いますが、この場合の「盗撮」というのは、更衣室で着替えているところや、入浴中の女性を隠し撮りして、裏ビデオを作って販売したり、まぁ、そう言った類の行為を指している場合が場合が多いですね。これは刑法に触れますね。軽犯罪法違反です。今回の板本尊撮影は、そういう事ではないので、刑法犯とは考えられないと思います。奉安堂には信徒として許可されて入っているわけですから、不法侵入には当たらない。やはり、顕正居士さんがお示しのような、民事にしかならないと思います。

そして、「かえでの木事件」の判例に拠れば、所有者たる宗教法人日蓮正宗は何らの損害を蒙ったということにはならないので、法に触れない、と考えるのが至当かと思います。

なお、この撮影で、板本尊が贋物で有る事がはっきりして、その為に信徒が減って、宗教法人日蓮正宗の収入が減った、という場合は、又、話は別だろうとは思いますが・・・

1925犀角独歩:2008/01/30(水) 17:57:28

>偶ロム偶ログさん

> レプリカを真筆として拝観させていることを示す映像

これはすごい資料ですね。
宝物展に関して、わたしも繰り返せば、実際にここで展示されていたものが、では、レプリカでなかったとします。しかし、それでもこれらが、本当に石山の言うような代物…、たとえば日興所持数珠、本当に日興が所持していたものである証拠をしめしているわけではなく、この点でも真偽鑑定の証拠を示す義務を石山は果たしていません。この数珠に関して、『宗旨建立と750年の法灯』では「伝日興上人所持」(P27)に格下げされています。この写真集平成15年3月28日の発刊ですが、昭和36年7月3日発刊の『日蓮正宗』(聖教新聞社)には、この日興の数珠は載っていません。宝物展でわたしが観たのは、たしか七百遠忌かなにかのときであったと記憶するのですが、そのとき、展示物に付さた説明文には「伝」の一文字も、「レプリカ」という註もありませんでした。

『日蓮正宗』での目玉は「雨乞いの三具足」ですが、前掲本には、これが載りません。因みにこの作品については英語で説明文が付されています。

The three object used by the Daishonin when He challenged the heretic priest Ryokan of the Ritsu sect in praying for rain.…(P26)

いま原本が手許にありませんが、たしか『日蓮正宗聖典』にもこの写真が載っていました。また、昭和45年9月12日発刊の『日蓮正宗大石寺』(東西哲学書院)にも「祈祷三具足(三つ揃)大聖人所持」(P141)と説明文が付されて写真が掲載されていました。ところが平成15年には掲載すらされなくなっています。先の七宝数珠についても「日興上人御所持」(P142)であったところ、上述したとおり、いまでは「伝日興」と書き換えられています。

このような経年変化のなかに、『諫暁八幡抄』の改竄も、日蓮、日興作を騙る板本尊の問題も並びあるわけです。また、このような資料比較によって、大石寺がいう宝物の真贋の底が透けてみえるわけですね。

1926犀角独歩:2008/01/30(水) 17:58:09

>顕正居士さん

いつもながら適切な資料の提示、有り難うございます。


>問答名人さん

> この撮影で、板本尊が贋物で有る事がはっきりして、その為に信徒が減って、宗教法人日蓮正宗の収入が減った、という場合は、又、話は別

この点ですが、しかし、それ以前の段階で、この偽物を本物と謀って、正本堂では800万人から400億近く、奉安堂では30万人から150億円。そのほか、奉安殿、大化城、大客殿、大講堂等々、さらに創価学会の会館に至るまで、この彫刻を本物と信じさせられた故の「供養」であったわけです。将来の、石山の収入減以前に、この戦後最大の宗教詐欺としか思えない悪事についての責任問題が横たわっています。法的には、もはや時効でしょうが、しかし、信仰信条から許されることであるかどうか、700年前の作だと偽りながら、著作権がどうだというのであれば、つい半世紀前の責任は当然、果たすのは道理ということになります。

それにしても、教学部が、創価学会に疑問を懐く人々がその真偽を決しようと石山に持ち込んだ池田さんの録音テープでここまで種々糾弾を行っておきながら、今度、この彫刻に疑問を懐く人が、その真偽を決しようと持ち込んだ写真は「犯罪」だというアンフェアな態度に、わたしは承伏しかねます。

いずれも、わたしが手がけたものではあるにせよ、録音も撮影も、わたしがしたものではありません。わたしは、それら人々の疑念に応えるために誠心誠意を尽くしているに過ぎません。この道念を、しかし、石山僧俗に届かせる困難を感じます。

1927問答迷人:2008/01/30(水) 19:50:35

犀角独歩さん

>この彫刻に疑問を懐く人が、その真偽を決しようと持ち込んだ写真は「犯罪」だというアンフェアな態度に、わたしは承伏しかねます。

当然の帰結だと思います。

確かに、収入が減ったからという理由で、損害賠償請求は出来るでしょうが、『偽物を暴かれたから』という理由では、裁判所は取り上げないでしょうね。偽物を本物と偽って信徒を欺いてきたことが、公序良俗に反するからです。結局、訴えは棄却されることになるだろうと僕は思います。

1928犀角独歩:2008/01/30(水) 21:11:26

問答名人さん

有り難うございます。
分析、まったく仰るとおりであろうと存じます。

1929富士川一郎:2008/02/12(火) 18:49:05
宗教施設の礼拝物の盗撮云々について、法的にはどうなのかを大学の同期の弁護士に検討させてみました。
但し、大石寺の名前は出さずに、例えば輪王寺の三尊像などを例に出し(これも撮影禁止)検討させました。
結構問答になったのですが、以下の通りです。

①著作権は全く問題になりません。

②但し、戒壇の御本尊様を宗教法人の礼拝物として考えますと、ある法律に引っかかるそうです。
礼拝所不敬罪
第一項 神祠、仏堂、墓所その他の礼拝所に対し、公然と不敬な行為をした者は、六月以下の懲役若しくは禁錮又は十万円以下の罰金に処する。
第二項 説教、礼拝又は葬式を妨害した者は、一年以下の懲役若しくは禁錮又は十万円以下の罰金に処する。

ここでいう“公然と不敬な行為をした”と言う文言に「撮影禁止を知りながら、撮影をした」と言う行為が抵触する可能性があると言う見解でした。

そこで私が『何をもって、「不敬」と言えるかが難しいんでないかい?』
と聞きましたら、
『宗教施設の礼拝物をどのように拝すると正しく(不敬にならず)、どのように拝するのが間違っている(不敬)かは、その施設(宗教)側が定めた形になる。ただし、それは明確に分かる形でなければならない。大概の宗教施設では礼拝物は撮影禁止となっている。つまり撮影自体禁止(撮影は不敬)と明確に定めてある。それに反すれば、不敬罪が成立する。過去に数十の観光施設の寺社などでも立件された例がある。』
だそうです。
さらに『でも寺側が訴えねば関係ないんだろう?』と質問しましたら意外な回答でした。
『本条の保護法益は“公序良俗”であるので、寺院側の感情は基本的に考慮しない。寺側が訴えないとしても、司直がその気になれば立件できる。ただし、基本的には誰かが刑事告発をせねば、そのことを司直が事実を知る事も無いし、今の司直は忙しいので、告発がなければ動かない。』だそうです。

そこで、ここからは危ない問いなのですが
『もしもその礼拝物に真偽の疑いがあった場合はどうなのか?』と一般論で聞きましたら、
『礼拝物を礼拝物となさしめるのは、その真偽では無い。その宗教の教義からであり、何をもって礼拝物とするかは、教団の教義が定めるので真偽などは一切考慮されない。我が国では、日本国憲法にて宗教の自由が保障されており、その中には教義の自由、礼拝物の自由もあり、また逆にそれを礼拝するか否かの自由もあり、その宗教施設に行った以上、そこの作法に従うのが当然であり、もしも嫌なら行かない自由もある。』と言うので
『「礼拝所不敬罪」と言うのは逆に、宗教の自由をおびやかす事にはならんのかね?』
と聞きましたら、
『お前の言っているのは、どこでどのような物をどのように拝そうと宗教の自由だという事だろうが、それはお前の大きな誤解だ。宗教は礼拝物のみを言うのでは無い。礼拝物や教義も含んだ大きな括りを宗教と言うのであり、それを信じようと信じまいと自由であるが、その一部だけ取ってきて、信仰するのは既に、その宗教とは別の物である。もしもお前がそれをしたければ新たに宗教を作って信じることになる。その自由はある。』
等と私に教祖になれと唆しているように感じました(笑)。

結論から言うと、撮影禁止の礼拝物を撮影した場合、礼拝所不敬罪が成立すると言う事でした。もっとも彼もこういった案件を扱った事が無いであろうから、別の結論を出す方もいるかも知れません。

1930犀角独歩:2008/02/12(火) 18:56:55

藤川さん

なかなか参考になるご投稿有り難うございました。

> 別の結論を出す方もいる

わたしの知り合いの弁護士はご承知のとおり、宗教問題を多く扱っている大物が多くいます。仰るとおりで、別の結論ですね(笑)

ついでに「偽物であるとわかって本物であるとし、参拝料を取ることは詐欺に当たる」かどうかも訊いてみてください(笑)

1931富士川一郎:2008/02/12(火) 19:05:32
実は、上記投稿をしたのは、裏の意味があるんです。
私が問答した奴は司法試験講座の講師もやっており、私も奴も理屈っぽいので、学生時代にはこのようなディスカッションをするのが日課でした。
今回の、久しぶりの問答で面白かったのは、次の一文です。

「宗教は礼拝物のみを言うのでは無い。礼拝物や教義も含んだ大きな括りを宗教と言うのであり、それを信じようと信じまいと自由であるが、その一部だけ取ってきて、信仰するのは既に、その宗教とは別の物である。」

これって顕正会ですよね。しかし、これも一つの宗教としては認められるんだなと。
彼はそのような宗教など知らない奴なんですが、自然に一例を出したら顕正会のようになってしまったと言う事でしょうか?

1932犀角独歩:2008/02/12(火) 19:38:11

顕正会ですか。どうでしょうか。

鮮明な所謂「本門戒壇の大御本尊」写真を公開したことで、大石寺は躍起になって撮影者探しをしているとのことでしたね。もう一方、顕正会の浅井氏もずいぶんと腹を立てているようで、先の1月度総幹部で、以下のように発言していました。

「この男は、元学会員だった。ところが、阿部日顕の河辺メモに触発されたのか、以来、狂気のように、キチガイのように、口を極めて戒壇の大御本尊様を誹謗している大謗法者であります。この犀角独歩という男。実は、この男が先月『戒壇の大御本尊の鮮明なる写真を手に入れることができた』として、得意げにこれを公表しておりました。そして、彼は述べているんですね。『提供者のプライバシーを守る為、出所は敢えて公表しないが、この写真は、正面から至近距離で撮影されたものである』などということを自慢気に、書き記しているんです。
 いいですか。このことは、戒壇の大御本尊に敵意を懐く者が、やすやすと奉安堂内に入れることを物語っているでしょ」

「狂気」「キチガイ」、さらに足せば「魑魅魍魎」という侮蔑、さらにことわりもなしに実名を明かしていますが、それらが違法行為であることは言うまでもありません。仮に、わたしが使った写真撮影が富士川さんのご友人の法律判断のようであったところで、撮影者本人ではないですね。そのわたしに対して、宗教信条からして「不敬」であるから、では、こうした悪口雑言をしてよいのか。よいわけはないでしょう。まあ、浅井さんへの鉄槌はこれからどうするかは決めますが、それは置いてさて、本題。

ここで浅井さんは、実はわたしに塩を送っていますよ。何か。この浅井さんの発言は、提供を受けた写真を撮影した場所が奉安堂であり、写っているものが所謂「本門戒壇の大御本尊」であることを、ちゃんと認めているということです。まだ、大石寺は、撮影者探しばかりでこの点を認めていませんが…探しているのは現物だからでしょうが…、顕正会会長がいち早くこれを認めた意義は大きいでしょう(笑)

宗教として認められれば、反対者をどう扱ってもよいことにならない。偽物を本物といってよいことにもなりません。浅井さんは、わたしが使用した写真が彫刻の現物であるというわけですから、この写真に基づいて、どこがどのように本物であるかを示せばよいわけです。

まあ、わたしは真蹟重視ですから使いませんが、『経王殿御返事』の「日蓮がたましひをすみ(墨)にそめながしてかきて候ぞ」から、まず、説明してもらいましょうか。この彫刻のどの当たりに墨が残っているのか。魂を染め流した墨は鉋屑にしちゃまずいですね。以前から、日蓮宗が言う非難の一つです。尤もご意見です。(笑)

尤もと言えば、それ以前に、この文章の前文は「先日のまほり(守)暫時も身をはなさずたもち給へ」が主語ですから、この護本尊のことです。ついでに書かれたのは文永10年ですから、弘安2年作とする彫刻とはまったく無関係でもあるわけでした。

1933顕正居士:2008/02/13(水) 00:29:47
刑法188条にいう公然不敬行為は通念上不敬な行為であり、当該寺社等が宗義上不敬と
みなすか否かは無関係でしょう。でないと写真撮影の許諾や拒否など所有権に含まれない
権能の行使が事実上無制限にできますから。むろん公序良俗に反しない範囲で宗派などが
特定行為を不敬とし、宗規上の処分を行なうことは可能です。
また同条に「説教、礼拝又は葬式を妨害した者は」とありますが、刑法188条の趣旨は墳墓、
陵墓の保護が目的で、宗派の儀式で喧嘩が起っても怪我人がでない限り警察、検察は介入
しないでしょう。

1934犀角独歩:2008/02/13(水) 05:58:49

1933の顕正居士さんの解説は、1929に富士川一郎さんが引用された法律の適用範囲を補填していただいた形ですね。

先に「わたしが撮影したわけではない」と記したのは、撮影者に押しつけて、責任逃れをしようとしたからではありません。的外れだと言ったことです。もし、わたしを法律的に批判しようとするのであれば、提供を受けた写真は不許可撮影をされたことを証明したうえで、写真を公開することはどのような罪になるのかと論じられなければならないということです。

また、「不許可撮影だ」という限り、撮影されたものは所謂「本門戒壇の大御本尊である」ことを認めたことになる伏線があることは十分に承知すべきでしょう。大石寺側の言い逃れは、ここでできるわけです。

「あの写真は、戒壇本尊ではない」
「もしくは加筆修正されたもので実際と違っている」

後者の言い訳は、実際に熊田葦城著『日蓮上人』の彫刻写真に、わたしが日教研で発表した折、富士学林の学生が述べたことです。しかし、今回、提供を受けた写真、また金原本に載る写真と比較した結果、致命的な相違はありませんでした。つまり、この言い逃れはつぶせました。

また「盗撮は犯罪」だと法的根拠を示せないまま難癖をつけっぱなしの投稿もありましたが、こうした形で非難をするのであれば、あの写真が盗撮であることをまず証明する必要があるでしょう。他の可能性もあります。例えば、彫刻の修繕に当たり、業者が大石寺の許可を取って修正した、また、万が一に具えて大石寺が撮影したものであるといった可能性です。この可能性の、有無の返答は大石寺のなすことです。「していない。盗撮だ」と大石寺が言うならば、わたしは、こう問います。「そうですか。では、この写真は彫刻そのものを撮影したものに間違いありませんね」

撮影の事件性を問うということは、まさしくこの写真が所謂「本門戒壇の大御本尊」そのものを撮影したものであることを証明することになる仕組みがここにあります。であれば、この写真を使って行うことは“事実”検証として、さらに意味を有することになります。

富士川さんは、どんなお立場でしたか。奉安堂には入れるお立場ですか。もし、そうでしたら、是非とも、あの写真が所謂「本門戒壇の大御本尊」に相違ないかどうかをご教示ください。お願いしておくことにします。また、写真撮影を云々する石山僧俗の皆さんには、同じくお願いしておくこととします。

1935顕正居士:2008/02/14(木) 05:28:33
板曼荼羅事件(最高裁判決昭和56-4-7)

判決の要旨はこの事件は不当利得返還に関する争訴ではあるが、審判の前提として宗派の
教義の当否を判断する必要があり、裁判所にはそういう能力はないとしたものです。
以下わたしの感想です。

「板曼荼羅の真偽」は「宗派の教義」とは異なる科学的に決定できるものであるというのが
原告の主張であったとして、科学的に決定できるのは古文書学などの学界であって裁判所
ではありません。しかも板曼荼羅に真筆、偽筆は存在せず、真刻、偽刻は存在するが
板曼荼羅の縁起について宗派には明確な主張がありませんから、宗派の教義において
尊ぶ以上の意義を見出すことができない。したがって宗派の教義の問題であり、これを
判断できるのは宗学などの学界であってやはり裁判所ではない。判決はやむを得ないところ
でしょう。「板曼荼羅の真偽」という語法が著しく特殊な語法であり、何を意味するか曖昧模糊
としており、結局、尊いものとおもったがそうでなかったという以上のことがないからです。

1936:2008/02/14(木) 19:27:27
当方は、初心の信徒で、詳しいことは何も語れませんが、
犀角独歩氏という者は、わたしの周りでも非常に話題になっており
到底、同じ日蓮大聖人の信徒として、彼の意見はとうてい受け入れられるものではありません。
客観的に見ても、独歩氏は、誹謗正法者の先鋭を行くものではないでしょうか。
この掲示板でも、上方に独歩氏の書籍を勧めるというのは
富士門流信徒の掲示板として、ふさわしくは無いと考えますが、
皆さんは、どのように考えているのでしょうか。意見を聞かせてください。

1937顕正居士:2008/02/14(木) 19:30:58
板曼荼羅事件についてさらに考えると、裁判は科学的に調査された事実に基づいて
行なわれはする、だから専門家が参考人として呼ばれ、証拠品の鑑定を研究機関に
依頼もする。日蓮の真蹟曼荼羅と称するものを古物商から購入したがこれが偽作で
あったという事件ならこの範囲でありましょう。ただし古物商自身がほんものであると
信じていた場合は詐欺罪を構成しません。
板曼荼羅事件においてはこれを奉安する建築物の造成に寄進を行なうことにより
功徳とか利益(りやく)と称する対価を得る、あるいは宗派の教義上意義ある建築物
であるから名誉を得るというのであって、さきの場合とは全然異なります。
宗派の信者の間だけで通用する価値感ですから、外側からは当否をいえません。
なんらかの物体を尊崇することにより幸福を招来するなどは迷信であるといっても
迷信などの誰も容易に虚構であると看破できる事柄を述べて対価を得ても詐欺罪を
構成しません。

1938:2008/02/14(木) 19:31:36
にがにがしくて責めたくはないですが
独歩氏に反論させていただきます。
「悪人」を「悪人」と言ってはならない
「きちがい」を「きちがい」と言ってはならないとなりますと
日蓮大聖人の他宗批判も成り立ちませんし、日本の法廷も成立しません。
独歩氏は、実名を晒されて、卑しまれるだけの行為をしている
という自覚がないのでしょうか。
また、この掲示板は、与同罪を畏れずに、
彼のようなものも受け入れてしまうのでしょうか。

1939犀角独歩:2008/02/14(木) 19:36:26

1937を拝読させていただいて、思うことは、だからこそ、阿部さんは、河辺メモの内容は自分が語ったとは口が裂けても言えなかったわけですね。
認めれば詐欺罪ということになるわけですね。なるほど。

1940:2008/02/14(木) 19:44:41
独歩氏のブログには、今まで合計で五回ほど、忠言という形で投稿させていただきましたが
案の定といいますか、すべて一日のうちに削除されてしまいました。
彼のブログが、中立性に欠けた偏ったものであるか、冨士派の批判のための批判なのか、を
何も知らない人は留意してほしいと、ここで申し上げておきたいと思います。

1941:2008/02/14(木) 19:52:09
繰り返しに成りますが、独歩氏のブログが、いかに中立性に欠けた偏ったものであるか
いかに冨士派の批判のための批判に終始しているのか、を皆さんに留意してほしいと思います。
冨士派の皆さんは、独歩氏を受け入れてしまうのでしょうか。
もしそうなら、日興上人が最も嫌った謗法容認の行為ではありませんか。

1942犀角独歩:2008/02/14(木) 20:01:31

皆さんの中立のご意見をお聞きするために、敢えて羽さんの投稿にはレスをつけませんでしたが、1940のブログのことは記しておきましょう。

一方的な批判中傷を加えた内容は「荒らし」行為と判断し、削除しました。
ところが、削除したのにもかかわらず、同一文書で5回、投稿をしてきました。
このような態度は、完全な「荒らし」行為ですから、管理人として、IPと投稿名を禁止ワードとして、これに対処しました。すると今度はIPと投稿名を変更し、また同一文書を投稿してきました。(IPと投稿名は、今後、訴えを起こすときの重要な証拠ですので、ここには敢えて曝しません)

内容は以下のとおりです。

「こんばんは。ちまたで話題になっているこちらのブログを拝見させていただいた以上は、日蓮大聖人を信じる一信徒として、犀角独歩氏には、与同罪を免れるために、にがにがしくも強く忠言を申し上げておかなければなりません。犀角独歩氏は、越えてはいけない一線を越えてしまいました。さらに堕地獄への道を突き進んでおられる。なんぞ福を捨てて罪を慕うものがあろうかと、宗祖は仰せられますが、独歩氏の導く結論は、常に福を否定し、悪道に人を誘引しようとするものばかりで、けして見逃すことはできません。仏法が虚妄でなければ、諸天善神は黙ってはいません。「正直捨方便」の経文を仰いで、ただちにこちらのブログを閉鎖してください」

なお、1938の

> 「きちがい」を「きちがい」と言ってはならないとなりますと…

といった文面は、国法、良識に抵触するのみならず、当掲示板の投稿規定にも抵触するでしょう。この点については、おいおい、管理人さんのご判断に委ねるものとします。

1943:2008/02/14(木) 20:08:43
一方的な批判中傷を加えた内容は独歩氏のブログではないでしょうか。
何度も忠言を言上することが「荒し」に該当しますと、
独歩氏の目には日蓮大聖人の折伏も「荒し」に映ってしまうのでしょうか。
もし「きちがい」という文面が、国法、良識に抵触するとなりますと
法華経の経文の「頭破七分」も、独歩氏は忌み嫌うのでしょうか。
管理人さんの良心的かつ信仰心のあるご判断にゆだねるものとします。

1944管理者:2008/02/14(木) 20:29:48

羽さん

ご主張を拝見しますと、犀角独歩氏が、誹法の人である、と断定されていますが、何ら誹法の人である根拠を示しておられません。当掲示板に投稿されるのならば、当掲示板のルールに従って投稿される事をお願いします。
議論に参加されるのであれば、必ず証拠を示してください。

謗法容認とのご発言が有りますが、独歩氏が謗法の人である、という証明は何らされて無いと考えます。よって、まずそれを証明される事が先決です。

当掲示板のTOPに、犀角独歩氏の書籍申し込みへのリンクが設定して有りますが、これは管理者が勝手にそうしている事で、これが、もしふさわしくないとお考えなら、同じくふさわしくない理由、根拠をお示しいただきたく存じます。

その他にも色々申し上げたい事は有りますが、ひとまず、以上の点をよろしくお願いいたします。

1945管理者:2008/02/14(木) 20:38:10

羽さん

補足です

>また、この掲示板は、与同罪を畏れずに、
>彼のようなものも受け入れてしまうのでしょうか。

仮に、犀角独歩氏が日蓮聖人に弓引く大謗法の人であったとしても、当掲示板のルールに従って投稿される限りは、その投稿を制限する事は一切いたしません。これは、当掲示板の書込みルールに明記して有るとおりです。ご確認下さい。このルールが気に入らない、とおっしゃるなら、ルールの変更提案をしていただく事も出来ます。そして、その時のご参加の皆様にお計りをして、変更するかどうか、決めさせていただきます。

1946:2008/02/14(木) 21:13:55
日興上人は、宗祖の聖筆を汚すことを恐れ、
五老僧の大曼荼羅本尊のぞんざいな扱いを厳しく叱責しましたが
犀角独歩氏のブログにおける御本尊の扱いは、けして信仰心のあるものとは拝見できません。
もし管理人さんが、独歩氏の主張を容認するようでしたら
「冨士門流信徒」の名折れではないでしょうか。悲しく思います。

1947管理者:2008/02/14(木) 21:22:51

羽さん

>日興上人は、宗祖の聖筆を汚すことを恐れ、
>五老僧の大曼荼羅本尊のぞんざいな扱いを厳しく叱責しましたが

この主張にも、根拠が示されていません。所謂「五人所破抄」と呼ばれる書物を根拠として言われるのでしょうか。


>犀角独歩氏のブログにおける御本尊の扱い

御文字の比較を言われるのでしょうか。どの点を言われるのか、明確にしていただけませんか。それが議論の入り口だからです。

1948:2008/02/14(木) 21:34:41
一、上の如く一同に此の本尊を忽緒(こっしょ)し奉るの間、或は曼荼羅なりと云ひて死人を覆ふて葬る輩も有り。
 或は又沽却(こきゃく)する族も有り。此くの如く軽賤する間多分は失せ畢んぬ。

 日興が云はく、此の御筆の御本尊は是れ一閻浮提に未だ流布せず。正像末に未だ弘通せざる本尊なり。然れば則ち
 日興門徒の所持の輩に於ては、左右無く子孫等にも譲り弟子等にも付嘱すべからず。同一所に安置し奉り、六人一
 同に守護し奉るべし。是れ偏に広宣流布の時、本化国主御尋ね有らん期(とき)まで深く敬重し奉るべし。

一、日興弟子分の本尊に於ては、一々皆書き付け奉る事、誠に凡筆を以て直に聖筆を黷(けが)す事最も其の恐れ有り
と雖も、或は親には強盛の信心を以て之を賜ふと雖も、子孫等之を捨て、或は師には常随給仕の功に酬いて之を授与
すと雖も弟子等之を捨つ。之に依って或は以て交易(こうえき)し、或は以て他の為に盗まる。此くの如きの類い其の
数多きなり。故に賜はる所の本主の交名(きょうみょう)を書き付くるは後代の高名の為なり。
 
一、御筆の本尊を以て形木に彫み、不信の輩に授与して軽賤する由諸方に其の聞こえ有り、所謂日向・日頂・日春等なり。

日興の弟子分に於ては、在家出家の中に或は身命を捨て或は疵を被り若しは又在所を追ひ放たれて、一分信心の有る
輩に、忝くも書写し奉り之を授与する者なり。 本尊人数等、又追放人等、頸切られ死を致す人等。

日興上人の御文にまかせますと、御本尊を左右無く譲り、付嘱すべからず、とあり
また不信の輩に授与して軽賤することはもってのほかだと、仰せられていることが伺えます。
いわんや、御本尊をネットにアップロードして、不特定多数の人が閲覧する前で、切り貼りすることは
日興上人の叱責する誹謗正法に他ならないのではないのでしょうか。もし管理人さんがこれを容認するようでしたら
富士門流信徒の看板は潔く下ろしていただきたいと思います。

1949管理者:2008/02/14(木) 21:59:05

羽さん

文書を提示される場合は、ここは公開の掲示板ですから、もう少し皆さんに判るように書かれてはいかがですか。

御引用の文書は「富士一跡門徒存知事」のようですね。大石寺平成新編日蓮大聖人御書一八七二頁。

先ず、ご質問です。この書物の真跡は何処に有りますか、又は時代写本は何処に有りますか。この書物が日興上人が認められた物かどうか、証明出来ますか。この内容が本当かどうか、貴方はどうやって知りえたのでしょうか。

>御本尊をネットにアップロードして、不特定多数の人が閲覧する前で、切り貼りすることは

ネットに写真をアップする事が誹謗正法になるという理由は何でしょうか。
切り貼りは曼陀羅の映像です。映像を切り張りしたからといって、被写体の御本尊は何ら切り刻まれる訳では有りません。これが誹謗正法になるという理由は何でしょうか。

以上、ご質問致します。ご回答下さい。

1950:2008/02/14(木) 23:12:58
御抄の真偽は初心の信徒のわたしの及ぶところではありませんので
富士門流信徒として、大石寺の裁定に任します。
写真をアップロードすることがなぜ誹謗正法にあたるのか、という問いですが
およそ顔写真にしても、世間では肖像権というものが存在し、
本人の許しがなければ、アップすることはできません。
管理人さんの理屈を借りますと、
ブログに御本尊を晒す犀角独歩氏は、
顔写真のみならず、本人の全裸をネットに晒されてしまっても
誹謗に当たらないと考えますが、いかがでしょうか。

1951:2008/02/14(木) 23:25:01
追記しておきますと、犀角独歩氏のブログに、何回も、
同じ内容の忠言を投稿をしなくてはいけなかったのは、
犀角独歩氏が、投稿するたびに削除して黙殺なさるからで、
けしてコメント欄を荒らすような意図ではありません。
独歩氏が真面目に信行学を貫いているなら、
なんらかの返事があって当然だと考えますが
彼はあまりにふざけているといわざるを得ません。

1952独学徒:2008/02/14(木) 23:35:50
横レスとなりますがお許しください。
羽さん、犀角独歩さんは、一片もふざけたところなんかありませんよ。
真剣そのものです。すべてをかけてこの問題に取り組んでいるといっても過言ではないでしょう。
そもそも、富士一跡門徒存知之事が、真実日興撰述であったと仮定しても、本門戒壇之大御本尊は「御筆の本尊」では無いので、全く的外れな引用といわざる得ません。

1953独学徒:2008/02/14(木) 23:38:05
追記ですが、本門戒壇之大御本尊は、「御筆の本尊」ではなく「彫刻の本尊」です。

1954管理者:2008/02/15(金) 06:32:59

羽さん

>御抄の真偽は初心の信徒のわたしの及ぶところではありませんので

この書は大石寺も認めている通り、真跡も時代写しも存在しないものです。これが日興上人の著述でなくて、後世の仮託だったら、貴方の主張は、後世の作者に踊らされただけになります。確実な資料を用いて議論すべきだと考えます。当掲示板にご参加の方々は、十分この事を弁えて、真跡があるか、或いは、以前真跡が有った事が確定している書を用いて議論されています。

>富士門流信徒として、大石寺の裁定に任します。

これは、信者としては、それで良いかも知れませんが、このような公開の場での議論としては、全く不十分です。議論の足場がぐら付いていては、議論になりません。もう一度お考え直されては如何ですか。

>およそ顔写真にしても、世間では肖像権というものが存在し、
>本人の許しがなければ、アップすることはできません。

曼陀羅に肖像権が存在するというのは初耳です。もう少し詳しく承りたいと存じます。

1955管理者:2008/02/15(金) 06:38:03

羽さん

ちなみに、肖像権を大辞林で調べてみました。

しょうぞうけん【肖像権】

自分の顔や姿を無断で写真・絵画などに写しとられたり、それを展示されたりすることを拒否する権利。人格権の一部とみなされる。

曼陀羅に肖像権が存する根拠を示してください。

1957管理者:2008/02/15(金) 15:09:41

羽さん

補足質問を致します。

大石寺本門戒壇大御本尊に人格権が有るということは、大石寺本門戒壇大御本尊は『人格を持つ一人の人間」という意味になります。

それでお伺い致しますが、人格であらせられる「大石寺本門戒壇大御本尊」様の、生年月日と国籍、何処に住んでおられるか、住所地、更に、人で有れば、両親がいらっしゃるはずですので、そのご両親の名前を教えていただきたいと存じます。

1958犀角独歩:2008/02/16(土) 07:19:54

管理人さん、独学徒さんには、まず、感謝申し上げます。
羽さんには、少し申し上げましょう。

一つ、わたしのブログへの投稿を削除したのは、何ら論証することもなく、自分が信じていることが正しいという前提で、一方的な誹謗を記したからです。わたしは多くの検証を行っているわけですから、それに批判を加えるのであれば、ちゃんと論を立てて行うべきでしょう。1942に投稿文書は挙げましたが、これは単なる悪口雑言と威嚇に過ぎません。もちろん、忠言などといったものとはとらえようがありません。故に削除しました。

一つ。わたしが一方的な批判中傷を加えたと言うことですが、そのようなことはありません。何故ならば、公開のブログで物的証拠を挙げて論じているからです。もし、この内容に不満があれば、物的証拠を挙げて反証すればよい。それが議論というものです。それを内容が気に入らないから閉鎖しろと言うのは言論弾圧以外の何ものでもありません。

また、不適切語ながら「きちがい」というわたしへの侮蔑は、顕正会の浅井さんの言葉で、これを羽さんは擁護しているようですが、日本国内において、このような行為は断じて許されません。釈文であり、漫荼羅本尊にも記される「頭破七分」は書かれていること自体が法律には抵触しませんが、人に向かって誹謗目的で言えば、法律に抵触します。当然のこととして、「きちがい」といえば、法律に抵触します。もし、羽さんがわたしを指して、そのように言うならば、ここに本名と連絡先を通知してください。わたしはあなたを訴えます。法廷で争いましょう。

一つ。写真をアップすることを肖像権に例えて批判を加えています。このような批判は当たりません。なぜならば、漫荼羅本尊に肖像権を論じる種類のものではないからです。そもそも、肖像権云々以前にもっと重要な問題があります。つまり、所謂「本門戒壇の大御本尊」と称される彫刻は日禅授与本尊を原本とし臨模作為された偽造品です。このようなものを「本門戒壇の大御本尊」などと称して、人々を誑かし、ひいては羽さんのように、本物と信じ込まされたうえ、批判者を憎悪憤慨するように暗示を加えられ、実際に事実を証明し述べる者を攻撃するように操作するこの信仰圏の集団の在り方は、偽造品を本物と謀ること、人心を操作することといった社会悪を形成しています。故に事実を糾明し、かつ操作された人々の憎悪操作を解いていかなければなりません。これがわたしも目的です。

もし、所謂「本門戒壇の大御本尊」が本物であるというのであれば、それを証明すればよいだけのことです。しかし、「難しいことはわからないが」などといって議論を避けたうえで、本物であると信じ込まされたうえで、反対者を誹謗中傷するよう操作されている心象は、凡そ正義からかけ離れた暴挙であることを知るべきです。

所謂「本門戒壇の大御本尊」が本物であれば、写真を公開されようが、百万言の追及を受けようがけっしてこれを損ずることはできません。しかしながら、実際は写真公開をすることを悪事のように心理操作をし、かつ、物証として写真を提示し、その過ちを論及することを悪事であるかのように心理操作し、人心の憎悪を煽り、攻撃を加えさせ、その事実究明を封じ込めようとする在り方は、まずは言論の自由の弾圧であり、かつは「悪人」「きちがい」などといって攻撃すれば、名誉毀損になる人権侵害でもあります。

信者をこうした操作でしか信じ込ましておくことができないのはなぜか、「憎悪」「憤慨」という心理を起こさせ、事実究明から、目を遠ざけさせようとするのは、何故か、その底意を考えてみるべきです。

ここで、もっとも重要な争点は、管理人さんが、そして、独学徒さんが記されたとおり、所謂「本門戒壇の大御本尊」が偽物であるところにあります。
羽さんには、「難しいことはわからない」などといわず、十分にこの彫刻の真偽を検証してみることを奨めます。それでも本物であるというのであれば、では物証、文証をもって、論理的に議論をしましょう。

「初心だから」という言葉もありますが、この時点では、ちょっとした出来事や、興奮した場の雰囲気や、説得力のある発言、権威者の存在などで、「嘘を誠」であると信じ込みやすく、かつ、憎悪をもって批判者を攻撃するように思想改造されやすい心理状況となります。いまなら、引き返すことは間に合うでしょう。所謂「本門戒壇の大御本尊」が本物であるかどうかをしっかりと検証してみることをお薦めします。

このスレッドを、はじめからよく読んでみることもよし、「写真を載せることは悪いことだ」という刷り込まれた固定観念は、まず置いて、わたしがブログで行っている検証を熟読玩味してください。事実を述べることは、けっして悪意ではなく、事実究明は銭から出た行動であることは理解いただけるでしょう。

1959犀角独歩:2008/02/16(土) 07:27:19

【1958の訂正】

誤)事実究明は銭から出た行動
正)事実究明は善意から出た行動

1960きゃからばあ:2008/02/17(日) 22:04:44
羽さん、はじめまして。
提案ですけど、独歩さんのサイトで削除云々というならば、羽さんが独自のサイトを立ち上げたらどうでしょうか?
私は個人的には楽しみにしていますが…。
もちろん真面目に参加させていただきます。

1961大縫 薫:2008/02/17(日) 23:16:47
横レス失礼致します。
まず申し上げたいのはブログや談義所に曼荼羅本尊の写真をアップしたからといって
富士一跡門徒存知事に当てはまるかです。
よく考えて下さい興師は不信の輩と言われてますが、仮にブログや投稿写真を態々製版
なりコピーなりに複製して拝むことを不信の者が護持・拝することを憂いた訳であり学術
的に独歩さんが比較・検証をあえて文面に止まらず視覚に訴えた方が判り易いと判断され
写真を使いアップされているのですよ!

羽さんは、それら曼荼羅の写真を安置する方が出るのが気がかりなのですか?
こちらに書き込みをされていられる方々は、その様な事はまずしませんので・・・・

因みに独歩さんは、富士門流の信仰について誹謗・中傷などブログには一切書かれて
はいませんよ!! 板曼荼羅の彫刻における大石寺圏内の姿勢を糺しているだけであり
信仰観などの内面性をむしろ正しく誰よりも評価しています。

1963:2008/02/18(月) 22:34:05
独歩さんが、自身のブログで羽を黙殺なさるのでしたら
独歩さんも、本山に相手にされない、というのも
仕方がないのではないでしょうか。
「頭破七分」の反論に、法廷を持ち出す、というのも、
彼は法華経より日本の法律を信仰しているようで、
これは大乗を小乗で破す、という良観房の過ちに
非常に通じるものがあるように思います。

1964独学徒:2008/02/18(月) 22:37:24

管理人さん、>>1962の投稿文には、極めて不適切な言葉が入っており、削除を希望します。
読んでいて不愉快になります。

どちらの信徒さんか存じませんが、本門戒壇之大御本尊は、犀角独歩さんが鑑別される前に、御隠尊様が鑑定にかけ偽物と談じていたわけで、今さら誰がどう画像を扱おうが、謗法でも何でもないと思います。
一方的な感情から、不適切語を再度持ち出すところは、単なる狂信としか写りません。

1965管理者:2008/02/18(月) 22:42:55

羽さん

肖像権はどうなりましたか。これは引っ込めたのですか。
引っ込めて、こんどは、諸仏の父母に論点を変えたのですか。

こんなやり方では、どうも貴方は、普通の議論が出来る方とは思えませんね
もう、投稿をお辞めになってはどうですか。恥の上塗りを重ねるだけですよ。

管理者としては、相手の質問に答えず、論点を逸らして、書込みを続ける事は、「話し合いを重んじる」という、当掲示板の基本原則に違背しておられると判断します。
そうでないなら、論点を逸らさずにきちんとお答え下さい。話し合いを重んじないで、勝手に書込みを続けられた場合は、ルールに照らして、以後の書込みを禁止いたしますので、ご承知置きください。

きちんと質問にお答え下さるよう、催告します。

1966管理者:2008/02/18(月) 22:45:24

独学徒さん

了解です。

羽さん

1964は、ルール違反につき、削除します。

1967:2008/02/18(月) 22:50:58
御陰尊とは日顕上人のことでしょうか。
御本尊は偽物などとは全くいわれていません。

邪を破すことが不適切なら、
日蓮大聖人の金言も狂信でしょうか。
怒りは善悪に通じると
むしろ悪を見ては怒らないといけないと
日蓮大聖人は仰せられています。

1968:2008/02/18(月) 22:54:04
管理人さんに反論します。
およそ自分の父母の人格は誰でも認めるものではありませんか。
父母の人格を認めないものは畜生ではないでしょうか。
書き込みは禁止していただいて結構です。
五老僧と決別した日興上人の後を忍びます。

1969独学徒:2008/02/18(月) 23:03:43

>日蓮大聖人の金言も狂信でしょうか。

具体的に文証を出して下さい。

仮に聖人のお言葉でも、現代社会にあって不適切なものは不適切だと主張します。

>御本尊は偽物などとは全くいわれていません。

それは私どもには通用しません。
川辺メモの記述は、私には御陰尊様が教学部長時代に、本門戒壇之大御本尊を鑑定にかけ、偽物と断じていた記述と受け止められます。
現に御陰尊様が教学部長時代に、御本尊研究を行っていたことは、松本佐一郎の遺書『冨士門徒の沿革と教義』のあとがきにて、著者の母親が語っている通りです。

1970:2008/02/18(月) 23:09:54
>具体的に文証を出して下さい。

先に実を以て権を破し、権執を絶して実に入るは、釈迦・多宝の十方の諸仏の常儀なり。
実を以て権を破する者を盲目と為ば、釈尊は盲目の人か、乃至天台・伝教は盲目の人師なるか、如何。
笑ふべし、返す返す。『実相寺御書』

>それは私どもには通用しません。

私どもは信じなくても
御陰尊は本門戒壇の大御本尊を本物と仰せられています。

1971管理者:2008/02/18(月) 23:14:00

羽さん 

>管理人さんに反論します。

反論にもなっていませんよ。

父母の事には管理者は一切言及していません。貴方が、「肖像権」と述べた事に対して、管理者は質問しました。それに対して何ら答えることなく、新しい論点「父母」を持ち出すのは駄目ですよ、ルール違反ですよ、とご注意しているのです。

もう一度だけ、貴方が日本語を理解される事を期待して応答を待ちます。

1972:2008/02/18(月) 23:17:44
人法一箇の大御本尊が曼荼羅本尊ではありませんか。
諸仏の父母と仰ぐなら人格も認めるべきではありませんか。
人格が認められたなら肖像権はあるものでは。また世間ではないと言っても
あるものと拝するのが「富士門流信徒」の掲示板のあり方では。

1973:2008/02/18(月) 23:20:48
管理さんに、御本尊の人格をわかりやすく説明するために
諸仏の父母と言われていることを紹介しました。

1974管理者:2008/02/18(月) 23:23:43

羽さん

それでは、再度質問を繰り返します。

曼陀羅が人ならば、名前は何と言い、その誕生日はいつですか。曼陀羅本尊が人ならば、その両親の名前は何といいますか。お答え下さい。

1975独学徒:2008/02/18(月) 23:24:28
>>1970の文証のどこに、「き○○い」とあるのでしょうか?
貴方こそ聖人の御書を勝手に改竄して、貴方の間違った個人的解釈で聖人の御威徳を汚す、大謗法を犯していますよ。

>御陰尊は本門戒壇の大御本尊を本物と仰せられています。

だったら、世間が納得できるように証明すれば良いこと。
それが出来ない以上、御陰尊様が過去に偽物と断じた事実は消えない。
松本佐一郎の遺書『冨士門徒の沿革と教義』の、あとがきの記述はどうしますか?
かつての宗門の僧籍学者ですよ、松本佐一郎は。

1976管理者:2008/02/18(月) 23:58:11

羽さん

管理者の質問には、当然答える事が不可能であろうと思います。なぜなら、曼陀羅は、人ではないからです。当然、人権も有りません。肖像権も有る筈がありません。

そもそも、肖像権なんぞという、現代の論理を持ち出して、曼陀羅を論ずる事自体がナンセンスなのです。

「曼陀羅は信仰の対象たる尊貴なる存在なので、妄りにその文字を切り刻む事は慎むべきではないか」という意味なら納得です。そして、犀角独歩さんもそんな事は百も承知。敢えて曼陀羅の文字の分析をされたのは、理由あってのこと。妄りに為されている事では決して有りません。それを貴方が理解できないとしても、きちがい呼ばわりすれば、名誉毀損を構成します。当掲示板のルールでは、即刻削除。更に続ければ、書込み禁止になります。もう少し、ご自分の言動を頭を冷やして客観的にご覧になられたら如何でしょうか。

貴方は、顕正会の会員さんでしょうか。浅井さんの言動に振り回されるのは、少しお考えになったらどうですか。貴方は、大石寺戒壇板本尊を拝したことが有るのでしようか・・・・

1977鳥辺野:2008/02/19(火) 00:01:25
皆さんこんばんは
羽さん、
はじめまして、横レス失礼致します。

>彼はあまりにふざけているといわざるを得ません。
お言葉ですが、犀角独歩さんのブログや、こちらの掲示板でのご発言をすべて読まれましたでしょうか?もしすべてお読みになったのであれば、このような答えは出てこないと思いますよ。犀角独歩さんはこの「彫刻問題」命を削っておられます。独学徒さんもおっしゃっておりましたが、いつも真剣です。また五老門を批判されておりますが、蓮祖は日興師を含め6人共、本弟子と認められているではありませんか?それを批判するということは、蓮祖そのものを批判(すなわち、蓮祖の目は節穴と発言)しているのと同じです。あなたのご発言はあなたの言う「父母の人格の否定」そのものだと私は思います。ちなみに大石寺の碩学といわれております、堀日亨師も曼荼羅本尊の写真撮影をされておりますし、書籍に曼荼羅の写真を掲載されておりますよ。日亨師は謗法ですか?

1978外陣:2008/02/19(火) 02:23:03
横っちょから大変失礼かと存じますが…。
一万円札をそのままコピーしてホームページに貼り付けても問題はないでしょうか?
友人の家に大切に飾ってある当人の祖父の御影写真を借りてきて、それをホームページに貼り付けても問題はないでしょうか?
羽さんと名乗る方の義憤…わかる気もします。
あまり多勢でいじめないで、この方のような言い分も聞いてあげてはいかかでしょうか。

1979犀角独歩:2008/02/19(火) 03:13:48

羽さん

一つ。話が少しずれているようなので、1958で記したことを繰り返します。
わたしは、人から「きちがい」と言われる筋合いはありません。
故に、羽さんあなたを訴えます。法廷で堂々と争いましょう。

あなたの実名と連絡先を以下、メールまで連絡してください。
追って、法定代理人である弁護士から連絡をします。

saikakudoppo@rio.odn.ne.jp

一つ。黙殺をするのがいけないそうなので、上記、わたしの訴えを黙殺しないこと。あなたの悪意に満ちた見当外れの文章は、わたしのブログに、あなたの投稿名、IPと共に晒すことにします。

一つ。「法華経より日本の法律を信仰している」との見当外れの言葉がありましたが、では、『瀧泉寺申状』を呈して法律に訴えた日蓮は、法華経より法律を信仰していたのでしょうか。法華経は信仰を、法律は国家における統治(法治)をするもので、その役割が違います。故に日蓮も法華経と法律と両方を使っています。

一つ。「陰尊」とは「隠尊」の間違いですね。こんな間違いをする石山信徒がいるはずはないでしょう。あなたはどこの所属ですか。
また、その「陰尊」が本物であるといったのは、わたしが使用した写真の現物ですか。では、わたしが使用した写真は所謂「本門戒壇の大御本尊」に間違いないのでしょうか。

一つ。「邪を破すことが不適切」と誰が言ったのでしょうか。
邪を破すのは当然のことです。ですから、後世の偽造品に過ぎない彫刻を「本門戒壇の大御本尊」と謀ってあなたを含む人々を騙す邪をわたしは破しています。一方「怒りは善悪に通じる」「悪を見ては怒らないといけない」と、いずれの御書に書いてあるのでしょうか。具体的に挙げてください。

むしろ、日蓮は『開目抄』に「人をあだむことなかれ 眼あらば経文に我身をあわせよ」と言っていませんか。わたしが日蓮作を謀る偽造品の悪を暴くことは、日蓮が仏語を助けるごとく、日蓮を助ける行為です。日蓮に違背するのは日蓮作を謀り、偽造品を人に勧めるあなたのほうでしょう。

以上、法律からも、日蓮からも、わたしは悪などと断定される筋合いはありません。仏語は因果に任し、しかし、人権侵害は法律に任します。速やかに実名と連絡先を通知すること、督促します。

1980管理者:2008/02/19(火) 05:57:50

外陣さん

>一万円札をそのままコピーしてホームページに貼り付けても問題はないでしょうか?
>友人の家に大切に飾ってある当人の祖父の御影写真を借りてきて、それをホームページに貼り付けても問題はないでしょうか?

通貨をコピーすることは、法に触れます。他人の先祖の写真を無断でインターネットに掲載する事は、法に触れるかどうかは別として、道義的に問題になると思います。

>羽さんと名乗る方の義憤…わかる気もします。

羽さんが憤っているのは、良く理解できますよ。
問題は、ただ感情に任せて、犀角独歩さんの名誉を毀損し、質問に答えず、一方的に捲くし立てる行為は、容認すべきではないし、当掲示板のルールにも違反する訳です。

>あまり多勢でいじめないで、この方のような言い分も聞いてあげてはいかかでしょうか。
管理者は羽さんの言い分は全く容認出来ませんが、発見を封じていません。他のご発言の方々も、信念に基づき、ルールに従ってご発言されていると考えています。どこにいじめが有るのでしょうか。ご発言の趣旨が不可解です。

1981管理者:2008/02/19(火) 06:10:24

訂正です。

×管理者は羽さんの言い分は全く容認出来ませんが、発見を封じていません。

○管理者は羽さんの言い分は全く容認出来ませんが、発言を封じていません。

1982外陣:2008/02/19(火) 14:29:20
お返事を賜り嬉しいです。
たしかに羽さんという方の文面にはいささか乱暴で独善的な言い回しが、書き進むなかに見え隠れしています。
信じている対象に刀杖を加えられているような気がして、冷静さを失ってしまうのでしょうか。
信仰というもの、心というものの難しさを感じます。
ただ同じようにいかに冷静で醒めた観点からつづっている文章においてもそれが「いやみ」な「皮肉」めいた
言い方であれば、小生は乱暴な言葉と同じ次元ではないかと感じます。
御掲示板は初期の頃より読ませていただいており、とても勉強になりますし、自身の信仰姿勢に反省をうなが
すことも多々あります。
しかしながら最近の御掲示板での語調といいますかスタンスといいますか、なにか高いところからのおっしゃ
りように感じられるのは小生だけでしょうか。
仏法を学ぶもの同士としてもう少し慈悲のある交流にならないものかと思うのです。

「いじめ」という表現は適切ではなかったですね。謝罪させていただきます。
文意は言語思想の異なる、共通の土台ではない立場の者同士が語り合う場合には、た
とえ真逆の立場の者の発言、少数の意見に対してはなによりも相手を信頼して丁寧に
接することが必要ではないか…多少癖が悪い話し方しか知らぬ人の発言でも堪忍して
あげる優しさが欲しいと。
あやとりがこんがらがってしまっている時に腹を立てたら恥ずかしいだけですよね。
おっかなくて発言しにくい処になってしまったらちょっともったいないと思うのです
よ。池田さんや阿部さんが読んで書き込んでくれるような…そりゃ無理か。

1983富士川一郎:2008/02/19(火) 14:45:55
>>1980
管理者さんへ

>>通貨をコピーすることは、法に触れます。
とありますが

通過をコピーするだけでは法には触れません。
通貨をコピーすることは、一応、通貨偽造罪(刑法148条)に該当しそうですが、犯罪成立要件である「行使の目的」つまり、真正な通貨として流通に置く目的がない場合は、偽造罪などの犯罪となりません。
ネットで公開するのは「真正な通貨として流通に置く目的」には当たりません。

1984管理者:2008/02/19(火) 14:55:25

外陣さん

>「いやみ」な「皮肉」めいた言い方であれば、小生は乱暴な言葉と同じ次元

仰る通りだと思います。管理者は元来、キレやすい性分です。お叱りを頂戴して、反省点多々です。又、お気づきになられた事がありましたら、お教え賜りますれば幸いに存じます。

>最近の御掲示板での語調といいますかスタンスといいますか、なにか高いところからのおっしゃりように感じられるのは小生だけでしょうか。

これは、まだ肩の力が抜けていないというか、力みが有るのでしょうね。ご参加の皆様がそんな感じを持たれるというのは、決して好ましい事ではないと思います。

>おっかなくて発言しにくい処になってしまったらちょっともったいないと思うのです

これはひとえに管理者の不徳の致すところです。心して参ります。

>池田さんや阿部さんが読んで書き込んでくれるような…そりゃ無理か。

そんな時代が来ると嬉しいですね。

富士門各派、殊に大石寺各派は、激越な戦闘状態に今も有ると思います。今後も暫くはこんな状況が続くだろうと思います。そして、その戦闘の硲で、信徒同士が罵り合い、酷いときは暴力沙汰にまで発展することがありました。
そんな、富士門、大石寺門の各派方々が自由に議論できる場を設定するというのが、当掲示板の元来の設置趣旨です。
その為、どうしても、交通整理は不可欠であり、交通ルールが無くては運営は不可能です。必要に応じて強制退去とか、書込み削除とか、行わなくてはなりません。この点はご理解賜りたいと存じます。退去命令は、いつも心を鬼にして出しています。

1985外陣:2008/02/19(火) 14:59:44
続けさせていただきます。
血脈相承、御相伝を固く信じている者にとっては本物であるでしょう。
それを否定する立場の者にとっては坊主憎けりゃ袈裟まで憎しでしょう。
民族紛争、宗教戦争etc.世界中みな同じ混沌の時刻を生きてます。
そんな危険な時代にわたしたち荒凡夫がどう振る舞えばいいか、を教え
てくれたのが釈迦佛であり天台智者であり日蓮大聖人であると小生は信
じているわけです。

あくまで例えばの話。
長い歴史のなかで事故があって燃えてなくなってしまったのかもしれない。
あるいは危険があるので身代わりの本尊を表に出して、大切な宝はどこか
誰にもわからない処に格護してあるのやもしれない。
それやらこれやらのことを決めて采配するのが時の管長の権限でしょう。
偽物とか本物とか詮索する権限権威が小生ら未明のものにありましょうか。
総本山が「これがご本尊様だぞ」「ご本尊様は大聖人様だぞ」と云っている
のであるから、もうそれでいいのじゃないですか。
本物にするか偽物にするかは、小生らのそれこそ「ご信心によるべし」では
ないでしょうか。
そもそもメタ言語の世界がこの信心でしょうから。
こんな考えはだめでしょうか?

1986管理者:2008/02/19(火) 15:02:11

富士川一郎さん

>犯罪成立要件である「行使の目的」つまり、真正な通貨として流通に置く目的がない場合は、偽造罪などの犯罪となりません。

なるほど。警察に目を付けられる程度、という事ですね。有難うございました。

1980レスの「通貨をコピーすることは、法に触れます。」は謹んで訂正致します。


外陣さん 

法律は難しいですね。行使する目的には当たらないので、ホームページに通貨の映像をアップしても犯罪にはならないそうです。

1987外陣:2008/02/19(火) 15:17:38
管理者さま
いつもかわらぬ真摯で誠実な姿勢に合掌させていただきます。
どの方も必死の構えでやっておられる…こんなに純真に真剣にやっておられる
のに、なかなか春風がふきませんなぁ。

申し遅れましたが小生は創価学会→正信会と風に吹かれて現在は大石寺法華講
の席を汚しております。卑怯ながら「中立」の立場で現況を俯瞰させていただ
いている情けない親父であります。
暫くは「外陣」と呼び捨ててください。

1988問答迷人:2008/02/19(火) 15:19:54

外陣さん

管理者としてではなく、掲示板参加者として発言させていただきます。

>それやらこれやらのことを決めて采配するのが時の管長の権限でしょう。
>偽物とか本物とか詮索する権限権威が小生ら未明のものにありましょうか。

このご発言は戴けませんね。

日蓮聖人は時の比叡山の権威に対して、真っ向から戦いを挑まれ、その過ちを糺されました。時の権威に従うのが正しいのなら、命を掛けた聖人の御生涯は一体何だったのでしょうか。どうお考えでしよう。

犀角独歩さんが詮索した結果、偽物である、との河辺メモの内容の裏付けが取れたわけです。詮索は有用であり、それをしないのは、逆に盲信であり、日蓮聖人の教えに逆らうと考えます。

1989外陣:2008/02/19(火) 15:49:20
>法律は難しいですね。行使する目的には当たらないので、ホームページに
通貨の映像をアップしても犯罪にはならないそうです。

なるほどそうなんですか、ちと驚き。富士川一郎さんご教示感謝です。

さてそうしますと、その例えば鮮明な最高級画質でのスキャン画像をウェブ
サイトに掲示したとして、それを誰かがダウンロードする、最高級印刷機で
印刷して裁断し、偽札として使用すると…その犯罪の因はそのサイトとはな
らないのでしょうか。悪因を産みはしないでしょうか。
端的に申しますと、余所さまはともかく大石寺にとっては命よりも重いとし
ているであろう本尊、時の法主にしかその扱いに権限がないであろう本尊を
自己の都合による事情からウェブサイトに掲示いたしては、上述のようにそ
れを印刷して壁に貼って唱題する者も現れましょう。
それでいったいいいのでしょうか。
修行中のものが根本尊敬するものを勝ってしていいものかどうか…。

1990外陣:2008/02/19(火) 16:08:18
>日蓮聖人は時の比叡山の権威に対して、真っ向から戦いを挑まれ、その過ちを糺されました。時の権威に従うのが正しいのなら、命を掛けた聖人の御生涯は一体何だったのでしょうか。どうお考えでしよう。

ううむ。
たしかに…。
その大聖人の姿勢、生きざまに惚れているわけですが…ううむ。

しかしながらそれは佛様だからこそできたことなんじゃないですか。
凡百の学生がやたらに逆らえばいいというわけでもないでしょう。
なんといっても相手は修行して専門職のプロなんでしょうから。
ただ佛のみがそうした行動を起こせるのではないかと思います。
あるいは菩薩戒に登って、自分を捨て他者のためを常に想うような
そうした素地のできた者にしか、そんなだいそれたことはできない
はずであると…こう考えますが、どうでしょう。

1991問答迷人:2008/02/19(火) 16:42:08

外陣さん

>それを印刷して壁に貼って唱題する者も現れましょう。

現にアメリカでは、御本尊集がアップされており、それをプリントアウト・表装し、仏壇に掛けている人たちが多数いるとか。
それが、組織の軋轢から逃れて、心静かに信仰したいという目的ならば、それも又可だと僕は思います。少なくとも聖人のお叱りを受ける事は無いと考えています。

>ただ佛のみがそうした行動を起こせるのではないかと思います。あるいは菩薩戒に登って、自分を捨て他者のためを常に想うようなそうした素地のできた者にしか、そんなだいそれたことはできないはずであると…こう考えますが、どうでしょう。

これは、概ね賛同いたします。但し、宗門のプロの言動が聖人の教えからかけ離れていると感じた場合は、「法を破る者を見て置いて責めずんば」という、「置不呵責」の責を免れるために、大いにその過てるプロ達を責めるべきであると考えます。

1992しゅんかん:2008/02/19(火) 23:07:36
偽物で依然より喧しく問われる物に、偽ブランド品(コピー商品)があります。(ブランドバッグ等)
これを問題にする者(問う側)に製造者と購入者が在りますね。
一、製造者側の論として平たく云えば、利益を損なわれた。
又、ブランドイメージを傷付けられたの類です。
二、購入者側の論は、高価なお金を払って(思ったよりも安価で手に入れた場合も含め)偽物を購入させられた事による精神的苦痛が最も多いのではないでしょうか。
昨今、偽ブランド品で騙された、と苦情を寄せる購入者は依然より少ない様に感じますね、それは売手が偽物として販売し、買い手は偽物と認識して購入している処に起因するのではないでしょうか。

今回、議論に上がっている処がこの問題に似通っていると思われます、二の購入者側に付いて少し記させえて下さい。
ご存知のように、購入者には二通り在り(問う者)と(問わない者)ですね、
(問う者)は真作と思って手に入れたが贋作だった、が最も多い様です。
他方、(問わない者)を大分すると二手に分かれると思われます。
一、贋作と知って手に入れた者
二、未だ真作と思って已まない者
贋作(コピー商品)と知った上で購入した場合、犯罪にあたるのか?
個人で使用する分には罪ではないとあります、詰まり業として行えば犯罪にあたる様です。(専門家によっては見解を異にするかも)
※上記判定は下記HPより
http://www.hou-nattoku.com/consult/634.php

1993しゅんかん:2008/02/19(火) 23:10:22
続き
ブランド品に頓着しない私は騙される事はないので暢気です[貧乏人で良かった(笑)]
ですが、当事者の怒りは理解出来ます。
その商品の購入は、両親への感謝の気持ち・愛する者へのプレゼント等とさまざまでしょう。怒り心頭に発する者在り、または精神的苦痛を伴い人間不信に陥る者も在るでしょう。

人は他者より在る事物を否定された場合、自我が不安定になる為その事を中々受け入れようと致しませんね、仏教用語で云う処の見惑の見取見ですね。
私は宗教活動(信仰)を致しておりません、よって余り大きい事は云えませんが、通一般的に信仰に至る要素として、生老病死・愛別離苦・求不得苦・怨憎会苦・五陰盛苦があげられますね、人間の内なる物を捉え又、訴えているのだと愚考しております。

石山の云われる処の「本門戒壇之大御本尊」が偽物と云われれば信奉者のお方は穏やかではおられませんでしょう。
(コピー商品のバッグとは知らず、外出先で第三者に贋作と指摘された場合の比でない事は理解出来ます)
石山の云われる処の「本門戒壇之大御本尊」が仮に贋作だったとしたら、貴方は苦痛でしょう、であるなら貴方に依って折伏(入信)された方も同じ苦痛を味わうのです。
※「仮に」としましたが私は贋作と信じています。
個人でコピー商品(贋作)のバッグを持っていて「ア〜!騙された」と云うものではございません、石山の信者であれば折伏をしなければ成りません、折伏は先の例で云う処の「業」にあたると考えられます。

1994しゅんかん:2008/02/19(火) 23:11:55
続き
私は独歩さんが本板に於いて記した以下の事を知りませんでした。
No1916
>現在も本物であるとし「御開扉」「内拝」と称して、開帳して金銭を徴収しています。偽物であれば犯罪行為でしょう。

石山の云われる処の「本門戒壇之大御本尊」は、なんでも貫首さんの所有物だそうでね、
そしてその「本門戒壇之大御本尊」は広宣流布の暁迄は秘仏で、信徒のお方は貫首さんの大慈大悲のお心によって秘仏である「本門戒壇之大御本尊」にお目通り出来るそうですが、お目通りするのに金銭を徴収するってどうでしょう?
(本堂への参拝に金銭を徴収する寺院が他に多く在るのでしょうか?
石山は個人所有の本尊やから金銭を徴収するのか?う〜ん納得させられそうや)
本当に贋作だとした時、コピー商品を扱う輩よりも悪徳ですよ、だって信者と云う社員の自我の安定と崩壊を講と云う組織を利用し上手くコントロールして金銭を無限連鎖的に徴収する訳ですかね。

ファッション(異文化、団体等も)が正にそうですが、ブーム真っ只中(又はその世界)の時は如何にもいけてますが、ブームが過ぎ去れば(又、その世界に属していなければ)他人事でも、なんとも恥ずかしく赤面してしまう事在りますよね。
もう一人の自分で自身を見つめて見ては如何でしょうか。

1995しゅんかん:2008/02/19(火) 23:17:41
補足
1992で云う製造者とは知的所有権を有する製造者の事で、
贋作・コピー商品を製造している者を指しません。

1996一字三礼:2008/02/19(火) 23:44:40

〉宗門のプロの言動が聖人の教えからかけ離れている…

大石寺・身延を問わず、坊さんと法華経や法門について話をしたことがある方ならご存知でしょうが、坊さんは本当に何もしりませんよ。

現在では、僧侶というのは怪しい職業のひとつ、というだけでしょう。

坊さんは、家を持ち、妻子を持ち、貯蓄をして、肉を食い、酒を飲み、スポーツカーに乗って、レジャーに出かけて、そして仕事として檀家の前では、経を読み、少欲知足を勧めるのです。

まあ、閻魔様の前で、抜かれることを見こした上で、舌を二枚用意しているのかもしれませんが。

今の僧侶は、法華経や御書を切文して信者を脅し賺し、飯のタネにしている分、一般の在家の仏教徒よりも仏道から遠く、救い難い人と考えるべきでしょう。

1997外陣:2008/02/20(水) 10:17:59
問答迷人さん
>御本尊集がアップされており、それをプリントアウト・表装し、仏壇に掛けている人たちが多数いるとか。

この振る舞いについてはちょっとどうかと、小生は、思います。
そもそもが、いつの頃からか印刷した本尊を大量に下付し始めたこと、そのも
のが間違いの元のような気もしています。大慈大悲からのことと理解するよう
にしてますが、日興聖人がそれをお許しくださっているのかどうか…御開扉に
しても、やたらに許していることにも個人的にはちょっと疑念があります。
嬉しいことは嬉しいのですが。

しゅんかんさん
偽ブランド品のお話、言い得て妙です。たしかに怒り心頭があたりまえです。
そうだったら「ただじゃおかないぞ」です。わかります。
でも言葉を返すようですが、その肝心の「偽」かどうかを誰が判ずることが
できましょうか。偽というのであれば「本物」がなくてはなりますまい。
それではその本物の本尊とはなにか、戒壇本尊として本物はどこか、どれか。
それはどのようなものであり誰が決定するのか…。
このあたりが偽モノと主張する方々から提示されていないので、どうしても
信心のない人の難癖にしか感じられないのです。
民主党のことじゃありませんが、対案を知りたいと思うものです。

一字三礼さん
小生もいつも御僧侶にくってかかって迷惑されているようです。
理屈じゃないよ信心だよ、と諭されて…そのつど寂しい想いです。
能化クラスのお方でも浮世離れしたお話ばかりで、御三祖をしのばせるような
何でも聞いてこいという元気の良いかたにいまだ邂逅せず。我が身の福運のな
さに寂しさを感じてはおります。
でも三宝の僧侶と信じて不敬のないようには気をつけている自分です。
良き僧侶も信者が育てていくという面もありはしませんか。

1998富士川一郎:2008/02/20(水) 13:22:21
>>本堂への参拝に金銭を徴収する寺院が他に多く在るのでしょうか?

一応横レスですが、大石寺の本堂は、御影堂です。
奉安堂は秘仏の藏と言う扱いです。

さて本題ですが、秘仏拝観は寺院により金額の多寡がありますが、ほとんど有料です。
何時でも拝観できる日光東照宮で、一千数百円、京都の寺院などでも、100円〜5000円位まで存在します。
また滅多に拝観できない(善光寺の7年に1度など)で、宿泊費込みで7000円〜10000円までなどです。
また大石寺は入る事自体は入場料がありませんが、他宗寺院では入寺料を取る所もあります。

1999犀角独歩:2008/02/20(水) 18:46:27

問答さんとの議論なので、わたしは参加しませんが、それにしても、

> 本尊を自己の都合による事情からウェブサイトに掲示

て、これはわたしのことでしょうか?
どんな都合でしょうか。「悪人」「謗法」「魑魅魍魎」と悪口雑言される都合でしょうか(大笑)

わたしには何ら個人的な都合などありません。むしろ、隠蔽して見せないほうにこそ、都合があるのではないですか。

また「偽というなら本物がある」、それはあるでしょう。現存が確認されているだけでも130舗近い、日蓮真筆御筆大漫荼羅があります。それと比較して、大石寺板本尊など、一見して、偽物であることは、日蓮の真筆曼陀羅を見慣れている人であれば、一も二もなくすぐわかることです。


富士川さん

他の寺の拝観料の話は、まあ、そのとおりでしょう。
しかし、「広宣流布の暁まで御宝蔵に秘蔵厳護」と言いながら、お金取ったらまずいだろうというのが批判の声でしょう。
まして、誰かが書いていましたが、所謂「本門戒壇の大御本尊」は「時の法主猊下の所有」なんだそうですが、となると、奉安堂の拝観料は、すべてこの人の懐に入ることになりますね。そうなると、これは税法的には個所得と言うことになります。あと、「奉供養」というのがありますが、この所得申告はどうなっているのでしょうか。「仏様以外、供養は受けられない」というのは学会52年度路線を批判した石山の言い分でした。となると「奉供養」を受ける「猊下」は仏であるといっていることになりますね。しかし、僧宝であるというのが、いまの説明。この矛盾は、どんな言い訳によって成り立っているか、レクチャーいただけませんか。

2000しゅんかん:2008/02/20(水) 18:58:09
外陣さん
はじめまして、しゅんかんと申します宜しくお願い致します。

>偽というのであれば「本物」がなくてはなりますまい。
◆蓮祖の本物と云われる本尊は123幅と云われているのではないでしょうか。

>戒壇本尊として本物はどこか、どれか。
◆蓮祖の出世の本懐と云われ、日法師作の戒壇之大御本尊は存在しないのではないでしょうか。
ただ、石山が公言して已まない戒壇之大御本尊は奉安堂に奉懸されているのでしょう。

>それはどのようなものであり誰が決定するのか…。
◆公的機関が判断すべきだと考えています。
他方、折伏・布教活動を一切行なわず個人で思い込んでいる分には、いっこう構わないと考えます。

独学徒さんよりご教示戴いた処の別事例ですが、
日法師作と云われる祖師像が私の知る限り31体ございます。
本門寺や宥清寺の其れは文化庁のお墨付き重文ですね(旧国宝)ただ文化庁のデーターベース解説に日法師の名を見出すことは出来ません。
両寺は文化庁も認めていない事を公言している事となり、これは憂慮すべき事ですね、
祖師像はご存知の如く本尊ではなく、戒壇之大御本尊と云われるのは本尊です、石山の行為を同列に論じる事は出来ず、憂慮すべき事では済まされないと思うものです。

2001しゅんかん:2008/02/20(水) 19:29:57
富士川一郎さん

お久ぶりです。
本堂は御影堂でしたか、勉強に成りました有難うございます。

拝観料の件ですが、京都は観光地ですが京の法華寺院に於いて拝観料を徴収
する寺院は私の知る限りございません(多くには庭園拝観料と云うものがございます)
本堂(本尊)参拝に拝観料を設けている寺院を存じません。
※本堂(本尊)参拝を拒まれる寺院(本圀寺等)はございます。

2002問答迷人:2008/02/20(水) 19:32:28

外堀さん

>偽というのであれば「本物」がなくてはなりますまい。
それではその本物の本尊とはなにか、戒壇本尊として本物はどこか、どれか。

そもそも、戒壇本尊等と言う物は、日蓮聖人のあずかり知らぬ存在だと思います。真跡御書に名すら出てきません。もっと言えば、大石寺版の御書全集において、御書としているものの中にすら、戒壇本尊等という名目すらありません。
没落して、無住の破れ寺になった大石寺。そのときは堂宇は焼け落ち、全ては灰燼に帰していたと思われます。その時に日精師がでっち上げた、人寄せパンダが、戒壇本尊とお肉牙であった・・・

僕はそのように理解しています。もともと日蓮聖人の教えに「戒壇本尊」など無いし、「これこそが出世の本懐の本尊なるぞ」等と鳴り物入りで認めた曼陀羅など無いわけです。日蓮聖人の認めた曼陀羅に優劣など無い。曼陀羅は妙法蓮華経の五文字を受持させるための道具立てであり、優劣の有ろうはずが無い。なぜなら、どの曼陀羅にも等しく妙法蓮華経の五字が認められているでは有りませんか。何の差別があるというのでしょう。
日精師が人寄せに使った戒壇板本尊が、果たして日精師自身が作ったのか、もう少し前の人が作ったのか、これは定かではありませんが、日禅授与本尊を基にして作った事は河辺メモに述べられ、犀角独歩さんが証明された事です。しかも、性質の悪い事に、この日禅授与本尊は真筆とはされていないことです。御本尊集には入れられずに、外された代物です。おそらくは、贋作と思われます。

勿論、贋作でも、妙法蓮華経の五字が認められていますから、信仰の対象足りうると思います。但し、「この本尊だけが日蓮聖人の出世の本懐で、他の真筆本尊には功徳は無く、却って罰が出る」等と大嘘をツキタクッテ、我田引水を図った大石寺及びその一派は、日蓮聖人の教えを踏みにじった、獅子身中の虫、大悪党であると僕は考えています。

2003偶ロム偶ログ:2008/02/20(水) 19:42:51
外陣さま、はじめまして、偶ロム偶ログと申します。

>>1985
>> 血脈相承、御相伝を固く信じている者にとっては本物であるでしょう。

信じているから「本物であると思っている」ということですね。
ところで、この場合の「信じている」は、信ずるに足るだけの理由があっての
ことなのでしょうか、私は、日蓮正宗系はこれまでほとんどと言ってよいほど
「信ずるに足るだけの理由」を説明開示してこなかったのではないかと思って
います。
ただ「信じなければ謗法であり墮地獄は必定」などという脅迫的「指導化導」
だけで信徒を呪縛してきただけではないでしょうか。

>> それを否定する立場の者にとっては坊主憎けりゃ袈裟まで憎しでしょう。

そうですね、私も中学生の頃に身延日蓮宗を信仰する叔父とこの問題で大喧嘩
した記憶があります。

>> 民族紛争、宗教戦争etc.世界中みな同じ混沌の時刻を生きてます。
>> そんな危険な時代にわたしたち荒凡夫がどう振る舞えばいいか、を教え
>> てくれたのが釈迦佛であり天台智者であり日蓮大聖人であると小生は信
>> じているわけです。

信仰とは確かに「振る舞い」「姿勢」「生き方」などの指針となるものですね。

>> あくまで例えばの話。
>> 長い歴史のなかで事故があって燃えてなくなってしまったのかもしれない。
>> あるいは危険があるので身代わりの本尊を表に出して、大切な宝はどこか
>> 誰にもわからない処に格護してあるのやもしれない。

おっしゃるとおりであると思います。
そして、お板についても、おそらく似たようなことが何度もあったと私は思っ
ております。

>> それやらこれやらのことを決めて采配するのが時の管長の権限でしょう。

概ね同感ですが、管長が「決める」際にその基準を蓮祖の御書に求めることが
大前提ですね。
蓮祖以外の発言や記述に依拠したり、それすらなく、「法主の権能」なんても
ので「決める」のでは全く意味をなしませんね。
仮に無くなったものを再造したのであれば、「無くなったので貫首の立場とし
て再造した」と公に述べればよいだけのはなしです。

>> 偽物とか本物とか詮索する権限権威が小生ら未明のものにありましょうか。

あると思います。
もしも、無いとするならば、他宗教に対する「折伏」「破折」も、「権限権威」
のある者にしかできないことになり「越権行為」といえます。

>> 総本山が「これがご本尊様だぞ」「ご本尊様は大聖人様だぞ」と云っている
>> のであるから、もうそれでいいのじゃないですか。

叡山が「顯密兼修だぞ」「ご本尊様はお釈迦様だけではないぞ」と言っている
のだから、蓮祖も法華経を広めようとしなくてもよかった、という論理も成り
立ってしまいます。

>> 本物にするか偽物にするかは、小生らのそれこそ「ご信心によるべし」では
>> ないでしょうか。

気持ち的にはわかりますが、客観的事実が明らかでないかぎり、その「信心」
も、とりようによっては「独りよがり」の誹りを免れないかもしれません。
また、薬か毒かわからないものを他人に飲ませようという行為は一考の必要
があるかとも思います。

>> そもそもメタ言語の世界がこの信心でしょうから。
>> こんな考えはだめでしょうか?

けっして「ダメ」だとは思いません。
私は、お板が後世の作であっても信仰は成立すると考えます。
ただし、そのためにはお板について宗門が説明することが不可欠の条件ではな
いでしょうか。

2004一字三礼:2008/02/20(水) 20:41:09

外陣さん、はじめまして。

〉でも三宝の僧侶と信じて不敬のないようには気をつけている自分です。

ご存知ですか、三宝の「僧」とは、比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷の四衆を指すのですよ。けっして、‘在家と変わらぬ生活をして、坊主頭で袈裟を着ている人達’のみを言うのではありません。
この掲示板に投稿されている、仏教徒の方々も間違いなく‘僧宝’ですから、ことさら「法華経」も読まず、その内容も知らない坊さんを祭り上げる必要はありません。

〉良き僧侶も信者が育てていくという面もありはしませんか。

これは違います。
よく飼い慣らされた、無知な在家信者が、出家でもなく仏法も知らない坊主を、肥え太らせ、増長させているのですよ。

在家信者が、「法華経」と御書をしっかりと読んで理解し、少しでも自分の頭で考えることができるようになれば、日蓮門下も少しはまともになるのではないか、と思います。

2005犀角独歩:2008/02/20(水) 21:10:22

2004のご賢察にわたしは賛同します。

2006臨時:2008/02/20(水) 22:55:46
一字三礼さん

<大石寺・身延を問わず、坊さんと法華経や法門について話をしたことがある
方ならご存知でしょうが、坊さんは本当に何もしりませんよ>


そうでしょうか? 私は時々立正大学の教授でもあり、日蓮宗の寺院住職でも
ある伊藤瑞叡師とお会いして様々なお話をお聞きしておりますが、法華経に対
する知識もさることながら、日蓮仏法に対する大変現代的な課題をお持ちの方
と思っております。

日蓮正宗にも優れた御僧侶がおられるのではないでしょうか、一字三礼さんは
全ての御僧侶とお会いしてお話なさったのでしょうか。

2007一字三礼:2008/02/20(水) 23:17:16

臨時さん。

はじめまして、でよろしかったでしょうか。

〉法華経に対する知識もさることながら、日蓮仏法に対する大変現代的な課題をお持ちの方と思っております。

その方は、法華経に対するどういった知識をお持ちなのですか。

「日蓮仏法に対する大変現代的な課題」を具体的に示してください。

〉日蓮正宗にも優れた御僧侶がおられるのではないでしょうか

日蓮正宗の優れた御僧侶とはどなたを指すのですか。

〉全ての御僧侶とお会いしてお話なさったのでしょうか。

あなたは、日蓮門下全ての僧俗と面談することが可能であるとお考えなのですか。

2008偶ロム偶ログ:2008/02/20(水) 23:43:11
臨時さん
横レス失礼いたします。

伊藤瑞叡教授は確かに日蓮宗の僧籍・自坊を持っておられる日蓮宗の僧侶です。
また、法華経についても日蓮仏法についても真面目に取り組んでおられると思
います。
一字三礼さんがおっしゃったのは、そのような学僧ではなく、一般の僧侶を指
してのことだと理解していますが、おそらく舌足らずになってしまわれたので
しょう。
ただ、伊藤教授については、日蓮宗内でも立正学内でも厳しい評価もあります。

ただ、立正の教員でも専門以外の知識が無い方は多いですよ。
論文執筆のために昭和定本引用しても、化導の言葉が薄っぺらという方もいま
す。
しかしそれでも日蓮宗の僧侶は一般的に教学と宗学の区別くらいはしています。

>>日蓮正宗にも優れた御僧侶がおられるのではないでしょうか

なにをもって優れたとするか、ですね。
御用教学、護教教学、印籠教学などで正宗内部においては評価の高い人もいる
かもしれませんが、仏教学・宗教学・歴史学・などで正宗以外で通用している
正宗僧侶は若干名でしかありません。
二十年前であれば、正宗の所化僧も大学で学ぶことが可能でしたが、阿部氏の
代になってからはそれすらも不可能になってしまいました。
つまり教団外の知識に触れさせない、ということです。
じつは、これは所謂カルトの特徴のひとつでもあります。
僧侶に知識を与えると教団として不都合である、それが外部遮断の最大の理由
なのだと言えるでしょう。

2009外陣:2008/02/20(水) 23:59:39
諸先輩の怒りがどれほどのものか、あらためて感じまして身震いがします。
小生はけっして論を張ろうと書き込みし始めたわけではありませんし、犀角独
歩さんはじめ多くの大先輩がたの骨身を削ってのご研究に対して心底、無学な
頭を垂れております。揶揄する気持ちなどございません。
ただ自分が唱題しながら長いこと学んできた大石寺の日興門流と呼ばれる仏法
からはあまりに異なる話がいくつもいくつも出ていること、あるいは時として
反対意見者に対してなかなか厳しいと申しますか、喧嘩腰といいますか、そん
な雰囲気が残念でもったいないと個人的には思ったものですから、生意気承知
でご寛容願い、推敲もないつたない文面にて御掲示板におそるおそる書き始め
ている次第です。文脈等に誤謬がございましたらお笑い下さい。一所懸命書い
てみますので。

2010臨時:2008/02/21(木) 00:13:30
一字三礼さん

偶ロム偶ログさんは

<一字三礼さんがおっしゃったのは、そのような学僧ではなく、一般の僧侶を
指してのことだと理解していますが、おそらく舌足らずになってしまわれたの
でしょう>

と申されておりますが、そのように私も受け止めてよろしいのでしょうか。
伊藤瑞叡師の法華経理解は私の及ぶところではありませんので、師の著作をご
覧下さい。『法華菩薩道の基礎的研究』『法華経成立論史』等々があります。

日蓮正宗の御僧侶の中でも花野充道師や昔お会いした藁科菅道(字が異なって
いるかもしれません)師は私から見ると優れたお方とお見受けしております。

また、伊藤瑞叡師の日蓮仏法に対する現代的な課題に関しては、私とは異なる
知見でもあり。ここで申し上げることは控えさせていただきます。

偶ロム偶ログさんに対するお答えは明日は仕事なので、金曜日の夜にさせてい
ただく所存です。

2011偶ロム偶ログ:2008/02/21(木) 00:21:31
外陣さん

まあ、掲示板のルールを無視して書き込む人たちに対して、こちらの常連の方た
ちは厳しく対応されます。
礼には礼を、而して無礼にも数度の礼を尽くして、それでも無礼な書き込みには
きついレスが集中することになります。
それは、こちらの掲示板が、長年の間、多くの人たちの真摯な考察で論議を進め
てきたからでしょう。

>>おそるおそる

私などは、ちょっと覗いてちょっと書き込む、体のほとんどはすぐにでも緊急
避難できるようにドアの外でいつでも走る体勢でいます(苦笑)。

これからもよろしくお願い申し上げます。

2012外陣:2008/02/21(木) 00:57:45
諸先輩の怒りがどれほどのものか、あらためて感じまして身震いがします。
小生はけっして論を張ろうと書き込みし始めたわけではありませんし、犀角独
歩さんはじめ多くの大先輩がたの骨身を削ってのご研究に対して心底、無学な
頭を垂れております。ほんとです。揶揄する気持ちなどございません。
ただ自分が唱題しながら長いこと学んできた大石寺の日興門流と呼ばれる仏法
からはあまりに異なる話がいくつもいくつも出ていること、あるいは時として
反対意見者に対してなかなか厳しいと申しますか、喧嘩腰といいますか、そん
な雰囲気が残念でもったいないと個人的には思ったものですから、生意気承知
でご寛容願い、推敲もないつたない文面にて御掲示板におそるおそる書き始め
ている次第です。誤謬がございましたらお笑い下さい。一所懸命書いてみます
ので。

ーーー

犀角独歩さん
>> 本尊を自己の都合による事情からウェブサイトに掲示
>て、これはわたしのことでしょうか?
>どんな都合でしょうか。「悪人」「謗法」「魑魅魍魎」と悪口雑言される都合でしょうか(大笑)

小生がいつ悪人・謗法・魑魅魍魎といいましたでしょうか。
またこの掲示板は貴方個人のものでもありますまい。まるで主人のようなお振る
舞いに感じること多々あります。
恐らく、他の貴方を口汚く攻撃している人たちの眷属と考えられてのことと察し
ますが、小生は一匹狼です。自分の五感で感じたこと以外は申しません。
こうした突然の喧嘩腰の応対が小生から見ておりますと、せっかくの御研究成果
が台無しだと申し上げます。人が馬鹿に見えたらおしまいではないでしょうか。
犀の角のように独り歩まれるならば、もっと虚無的(ニヒル)であって欲しいと
考えます。余計なことですが。お気が短すぎます。
大聖人は相手の話をよく聞いてあげたと思います。
大きなお仕事をなされるのですから、もっと規範を示されては如何か。

御ウエブサイトのコンテンツ内容に関しては、先に書いたとおりの感想です。
ご研究の正邪はさておき、心から大石寺本尊を信じて拝み、日々行じている者も
全国に少なくないでしょう。貴方からみれば無知で化かされている哀れな者に見
えるでしょうが、そのような人間を蔑むような印象を受けるのです。
独歩さんも正宗の法門から仏道に縁をさせていただいたのでしょうから、いくら
なんでも礼儀はわきまえてほしいと思います。裏切り・チックリばやりの恥知ら
ずばかりの世になってまいりました。御受戒を受けた我々ぐらいはもう少し世の
中に手本を示す義務がありませんでしょうか。
育ての親を、長じてから生みの親ではないと知り、言いたい放題の末ぶんなぐり
ますか?
ご本尊を、命が欲しくば踏め、といわれて踏みますか?
貴方のやっていることは理屈がつけば躊躇無く曼荼羅を踏む行為ではないでしょ
うか。
真に日蓮大聖人を尊び、宗門を憂い、正しい組織にしていこうとされているなら
ば、「日蓮」と対等に呼び捨てしたり、本尊をフォトショなどでレイヤー化した
りできるはずはないと考えるのです。
研究者同士ならいざしらず歌舞伎町のどまんなかに本尊を晒しているようで、
顔から火がでます。
ご研究における集中力、その洞察力、精密さなどには敬服して止みません。

酒のせいか言いたい放題になりました。ルールに抵触しましたか?乱文失礼。

2013外陣:2008/02/21(木) 01:14:47
すみません。アップがダブりました。板を汚してしまいすみません。

2014外陣:2008/02/21(木) 01:15:35
問答迷人さん
人寄せパンダ…ひどい仰りようで。
小生も先日のお肉牙関連の行事にはどうにも合点がいかずに夢でウンウンうなさ
れました。
おっしゃるとおり宗門にお世話になっていてもいろいろ合点がいかないこと多く、
悩み苦しんでおります。
一度なんとかして同士討ちの原因になった関係者一同呼び出して、それこそさい
たまアリーナあたりで大法論会を催してですね、白黒はっきりさせたいものです。
いや、冗談抜きで。
波旬数匹のおかげで死人がでてるんですからねいっぱい。いいひとばっかり。

2015外陣:2008/02/21(木) 01:57:04
偶ロム偶ログさん

はじめまして外陣(ゲジン)と申します。宜しく御薫陶くださいませ。
信じる理由について
大石寺三師塔に居並ぶ歴代御正師を信じます。
事実としてあのお方がたが長い間、正宗を厳護されてきたそのご苦労を考えると
き、そう簡単には批判する気になれないのです。ですから一所懸命勉強したいと。

>管長が「決める」際にその基準を蓮祖の御書に求めることが大前提ですね。
まったくもって同感です。応用すら危険ではないかとまで考えます。
それから正直でいてほしいと思います。

それから重要かつ困難な内容を含んだ折伏は、できれば御僧侶にやってほしいと
思います。初心者はお寺やお山にお連れするのが精一杯ではないかと。
上代はそのようではなかったのでしょうか。戸田さんや花野充道師の影響ではあ
りませんが。

>私は、お板が後世の作であっても信仰は成立すると考えます。
>ただし、そのためにはお板について宗門が説明することが不可欠の条件ではな
>いでしょうか。
まったくもって同感であります。そのためになにかしなければと焦燥感を憶えて
おります。

2016外陣:2008/02/21(木) 02:14:50
一字三礼さん

はじめまして外陣と申します。宜しく御薫陶ください。
>三宝の「僧」とは、比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷の四衆を指すのですよ。
はい。了解しております。
自分なりに考えますに、日興聖人の言いつけに「若輩なれども云々」のくだりが
あるかと思いますが、三衣の徳をもって一般衆生よりかは上位に位置するお方で
はないかと思っていまして、小生ちと坊さんフリーク気味かもしれません。
白状しますとたしかに妻帯よし、肉食よしとお許しがあったとしても、正宗の昨
今の風景をみますと天台僧のほうがよほど純粋かと憤慨することもあります。
それは正信会あたりも同じであります。
でも我慢します。信じていきたい想いが強くて…。

2017外陣:2008/02/21(木) 03:43:43
お二人の先輩が大聖人の御筆による真筆本尊が多数存在しており、本物といえば
それだとのお話でした。

ご本尊にも一期一縁の役目のある性質のものもあれば、裏書きしてあるもの無い
もの、様々な目的で図現された各種の性質をもった本尊があると思いますが、一
切衆生を助ける役目の大役を担った本尊、つまり「一閻浮提第一」の大御本尊も
あると思うのです。それの本物偽物のことを指してお尋ねしています。
それだけの役目を帯びた大御本尊ですからそれなりの扱いと取り扱い注意につい
ては秘と密が存在するのではないかとも思います。
御相伝とか血脈とか、門外漢には決して教えることのない秘密、どんなことにな
っても守り抜くという密技の存在も想像できませんか?
ボロン字だの光明点だのと我々は興味津々で詮議したりしてますが、代々の猊下
しか知らない秘法秘術があるんですよきっと。
ちょっと言い方が漫画チックで恐縮ですが。
なんかこんなことを書き散らかすと、四方からお叱りの声が聞こえてきそうです
ね…。
疑わしきは罰せず、とは申しませんが、あまり短慮に偽物と断定しますと、その、
もし惑していた場合の仏罰を考えると。そう考える次第です。

2018犀角独歩:2008/02/21(木) 06:18:09

外陣さん

まず、一つ。質問をしておきますが、1989に「自己の都合による事情からウェブサイトに掲示」とは、誰の、どのような都合を指しているのでしょうか。具体的に記してください。

所謂「本門戒壇の大御本尊」と写真をウエブサイトにアップしているのは、ほかに誰がいますか。ここで、該当するのはわたし一人です。これが誤解であるというのであれば、そのような曖昧な表現で、だれがしかを批判するような書き付けこそ、「喧嘩腰」ではないでしょうか。あなたは、わたしの背はよく見えるようですが、自分の文章のとげが嫌味を帯びていることには気づけませんか。

> 真に日蓮大聖人を尊び、宗門を憂い、正しい組織にしていこうとされているならば、「日蓮」と対等に呼び捨てしたり、本尊をフォトショなどでレイヤー化したりできるはずはないと考えるのです。

この点について、まず、わたしは「日蓮正宗」の宗門を正しい組織にしていこうなどという意図はまったくありません。集団犯罪組織という認識です。解体して当然という認識です。

わたしが何故、尊称を省くか。実はその意図に既にあなたは乗っています。
2004年来ウエブサイトでこの点は説明しています。

「まず情報操作という点について申し上げたい。
 以下の記述では信仰者間で鉄則として遵守される尊称・用語を敢えて一切斥けた。たとえば「大聖人」と呼ぶことが信仰の証と知ることを百も承知で「日蓮」とその尊称を省いた。たぶん、これだけで当文書に腹を立てる信者は多く存するだろう。また、「漫荼羅」とは日蓮自身が認(したた)めるところである。それにも拘わらず、信徒会員は「御本尊様」と呼ばないと何か違和感を懐く。

 しかし、考証論考を記す場合、その尊称を略し、一般的用語を使うことは常套なのであって、不敬を目的にしたことにはならない。それ故、ここでは一般常識に準じた。
 もし、この記述法に不快感、憤慨を湧き出る人があれば、その内心をよくよく観察してみていただきたい。そして、呼称一つで「信心がある。信心がない」と峻別してしまうことが如何なることであるのかを考えてみていただきたい。尊称一つで感情が動くこと、そこに情報操作、心理操作がはたらいている自己分析を踏まえ、以下、読み進んでいただきたいと思う。

 また、一般読者、あるいは他の信仰に属する方々には、「本門戒壇之大御本尊」信奉者の心理構造とは斯くなるものであることを認識していただければ、理解を、さらに助けることになると付言させていただくものである。」
(所謂「本門戒壇之大御本尊」の真偽について
 http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Library/6963/itamandarasingi.html

外陣さんは「日蓮大聖人」と記していますが、日興は「日蓮聖人」と記しています。もし、日興を信じるのであれば、後者を採るのが一般でしょう。また、現在は法華講とのことですが、となれば、真偽・珠玉の混じった大石寺版の御書によるわけですか。このなかに「日蓮御房」(佐渡御書)とありますね。つまり、在世当時は大聖人、聖人といった呼称はなかったことを意味しています。
それにもかかわらず、「日蓮大聖人と呼ばなければいけない」とあなたが思う理由は何か、です。あなたの頭の中で「日蓮大聖人」と呼ばず、日蓮と呼び捨てにすることが悪いというフィルターはどうして構成されたのか、むしろ、わたしは、そこを考えてもらいたいという意図があります。

2019犀角独歩:2008/02/21(木) 06:19:25

―2018からつづく―

> 本尊をフォトショップでレイヤ処理

実際は違うソフトを使用しています。また、わたしは本尊を処理などしていません。本尊の写真を処理しています。ここは重要です。わたしの信仰観において、手書きの本紙は本尊たり得ても、写真にとって複製されたものは、単に写真であり、複写です。わたしはたぶん、あなたより、はるかにこの真筆御筆大漫荼羅に対しては信仰が深いと思いますよ。しかし、本尊写真に信心があったら、事実究明はできないのです。本尊の真実を糾明するためには複写に過ぎない写真を大いに加工してその事実を探るということです。

わたしが50年間、時には創価学会におり、時には「日蓮正宗」大石寺内事部『大日蓮』編集室、同教学部から仕事を依頼されもしてきたこの集団の実態を究明するためには、この集団とその構成員(石山僧侶)への畏敬は不用です。むしろ、事実を正面から見る目を曇らせます。わたしから、あなたの心理状態は、そうした考証以前の段階で右往左往しているように映じます。

わたしは日蓮を尊敬します。しかし、それは集団や、その集団の教義から「日蓮大聖人」と呼ばなければ信仰がないと心理操作された形とは異なっていると言うことです。この相違が理解できず、受け入れられない外陣さんは、既に「日蓮正宗」の心理操作の罠にかかっているとわたしには映じます。

近代における日蓮伝記の最高峰は、二もなく三もなく、故高木豊師の『日蓮』(太田出版)でしょう。このなかで高木師は一貫して「日蓮」と尊称をつけず、記しています。しかし、実像から見た日蓮に対する深い信頼と思いが紙背行間から伝わります。この高木師の気迫を、「日蓮大聖人と呼ばなければ信心がない」と思うように操作された人々には、けして理解することはできないでしょう。

石山僧俗が言う「日蓮大聖人」と、日蓮門下僧俗が言う「日蓮聖人」と、高木師が言う「日蓮」はまるで別の人物です。そして、わたしが追及して止まない実像としての「日蓮」もまた、外陣さんが考える「御本仏」とは似ても似つかない“人物”です。ですから、わたしが敬愛して「日蓮」と呼ぶことで本仏論者から不信心と言われるのであれば、それはそれ、甘受する意識で臨んでいます。


> 人間を蔑むような印象を受ける

これは、わたしはあなたの文章を読んで、わたしを蔑んでいるという印象を受けました。そう自分が映じているという自意識はないでしょう。
しかし、わたしはあなたが感じた印象はわかりますよ。かつて、わたしがいまのわたしのような人物がいたら、そう思っただろうことは、過去の自分に当てはめて想像がつくからです。

> …正宗の法門から仏道に縁をさせていただいたのでしょうから、いくらなんでも礼儀はわきまえてほしい

この表現は、あなたの立場を反映しています。
あなたはわたしを「正宗」の下に置いて考えているでしょう。
礼儀をわきまえるのはお互い様と言うことです。対等な立場ですから。

2020犀角独歩:2008/02/21(木) 06:20:08

―2019からつづく―

> …御受戒を受けた我々ぐらいはもう少し世の中に手本を示す義務がありませんでしょうか。

では、わたしのしていることがそうではないと、何故、決めつけますか。
その決め付けはあなたが信じている信仰観からの視点であり、わたしの信仰観を認めないところから発言になっている仕組みに何故気がつけませんか。

> 貴方のやっていることは理屈がつけば躊躇無く曼荼羅を踏む行為ではないでしょうか。

もちろん、わたしにはそんなつもりはありません。
総括して、ここでは述べて置きますが、この文章は先の「本尊をフォトショップでレイヤ処理」するという言葉に掛かるのでしょう。

では、反対にお聞きしますが、本尊から文字を取るとき、薄紙をあてて書き写します。この行為はまさにレイヤでしょう。こうした作る板本尊の製造過程は本尊を踏みつけることになりますか。まして、信者に対して、最高の本尊であるというものが、他の本尊から取った題目の文字、また違う本尊から取った四大天玉、また加筆した不動愛染、讃文、造立縁起文でパッチワークして作り上げたものであるという行為は、日蓮が本尊を記した意図を土足で踏みつける行為であるとは、あなたは思わないのですか。

日蓮は生涯、ただの一度も本尊を複製していません。それにもかかわらず、写真にとって大量印刷して、それを頒布(大石寺では、本尊下付は3000円以上の「御供養」が必要)することは、日蓮が本尊を書した真意を踏みつける行為ではないですか。富士の伝承に以下の文章があります。

「御筆の本尊を以て形木に彫み、不信の輩に授与して軽賤する由諸方に其の聞こえ有り、所謂日向・日頂・日春等なり。日興の弟子分に於ては、在家出家の中に或は身命を捨て或は疵を被り若しは又在所を追ひ放たれて、一分信心の有る輩に、忝くも書写し奉り之を授与する者なり」

あなたが拝む本尊はこう批判される形木のものではないですか。

「曼荼羅なりと云ひて死人を覆ふて葬る輩も有り、或は又沽却する族も有り」

あなたの所属する宗派では棺桶、骨壺に「本尊」を入れてきたのではないですか。また、大石寺には本尊を焼く専用の焼却炉がありますね。これはどうでしょうか。

「沽却」された本尊、すなわち日禅授与本尊を買い取ったことはこれに与同することではありませんか。

あなたは他人の背は見えても、自分が背は見えていない。

では、どうして見えないのか、その真実の相を映す鏡、たとえば、わたしの文章をあなた固有の信仰から蔑んで否定しているからでしょう。ですから、あなたが真実を見るためには操作する都合によってあなたを振り回す嘘の信仰を取り去る必要があるということです。あなたがいう「正宗の法門」とはまさにそうした類のものであるということです。

わたしは人を蔑んでいませんよ、馬鹿にもしていませんよ、また、気が短いと映じたとする冒頭の文章は、大笑いしながら書いた文章です。鷹揚にかまえているからこそ、問答さんとあなたのやりとりをここ1日2日、口を挟まず、見ていました。誤解です。あなたの信仰が、そう見させているのです。

あなたはまだ気づけないのでしょうが、あなたの信仰は、まったく「世の中に手本」にはならない。むしろ、害毒を流しているものであることを、もうお気づきになってもよいのではないでしょうか。

しかし、こうわたしが記しても「見本」になるというのであれば、どの辺が見本になるのか、これまた具体的に記してください。

以上、出がけの走り書きです。打ち間違い等がありましたら、御判読ください。

2021問答迷人:2008/02/21(木) 08:10:22

外陣さん

>一切衆生を助ける役目の大役を担った本尊、つまり「一閻浮提第一」の大御本尊も
あると思うのです。それの本物偽物のことを指してお尋ねしています。

はて、寡聞にて、そのような曼陀羅の存在は存じ上げません。どこかにそのような曼陀羅を聖人が認められた、という証拠でも有るのでしょうか。少なくとも、聖人の真跡・時代写本には無く、後代の富士門各派に散見されるばかりだと思いますが・・・

2023問答迷人:2008/02/21(木) 08:39:14

外陣さん

>御相伝とか血脈とか、門外漢には決して教えることのない秘密、どんなことになっても守り抜くという密技の存在も想像できませんか?ボロン字だの光明点だのと我々は興味津々で詮議したりしてますが、代々の猊下しか知らない秘法秘術があるんですよきっと。

開目抄下に聖人は次のように仰せです。

「竜樹菩薩の十住毘婆沙(びばしゃ)論に云はく「修多羅(しゅたら)に依らざるは黒論なり、修多羅に依るは白論なり」等云云。天台大師云はく「修多羅と合ふ者は録して之を用(もち)ひ、文無く義無きは信受すべからず」等云云。伝教大師云はく「仏説に依憑(えひょう)して口伝を信ずること莫(なか)れ」等云云。円珍(えんちん)智証大師云はく「文に依って伝ふべし」等云云。上にあぐるところの諸師の釈、皆一分一分、経論に依って勝劣を弁(わきま)ふやうなれども、皆、自宗を堅く信受し、先師の謬義(みょうぎ)をたゞさゞるゆへに曲会私情(きょくえしじょう)の勝劣なり。荘厳己義(しょうごんこぎ)の法門なり。」

口伝によって法門を伝える、という当時の伝統仏教のあり方を、この通り開目抄において日蓮聖人は痛烈に批判されています。この同じ日蓮聖人が門下に対して秘密口伝を行ったとしたら、それこそ二枚舌ですね。そんな謗りを、貴方は日蓮聖人に負わせるおつもりですか。有り得ない事だと思います、後代に、日蓮聖人の心を踏みにじって口伝法門をでっち上げた輩がいただけだと思います。

2024ワラシナ:2008/02/21(木) 11:42:53
雑誌「福田」・衝撃の一行

前回この話題を書いた時肝心な事を省いた。それが標題。

「福田」発刊の意図は表向き形木本尊不正疑惑の提出だったが、これに派生した正本堂安置の板御本尊様偽作論への反撃にもあった。「肝心な事」とは、反福田勢力側から飛び出した「宗門は(板御本尊の真偽について)自信がないんだ」との発言を指す。
「福田」後半の記事はこの発言打消しに躍起になった反論であった。
 ところでその衝撃の発言にはいつ、どこで、誰が、どういう理由でそう言ったのか、根拠が全く欠けていた。それを埋め合わせる為に反福田勢力側が繰り出したものこそ河辺メモだった(と推測した)。

2025外陣:2008/02/21(木) 17:32:58
※応接の順序が逆になることお許しください。

問答迷人さん

これは独歩さんにも尋ねるつもりですが、貴方は三大秘法を否定するわけではな
いのでしょう?
日寛上人や日有上人、また日淳上人や日亨上人までも批判の対象になさっておら
れるのでしょうか?
挙げた御尊師がたは皆様、大石寺の戒壇大御本尊を拝せよと仰せになられていま
すよね。本尊に迷ってはならぬと口をそろえて仰せです。
時として癖のお強い管長がお出になることもありましょうが、また信者の代表に
も大変迷惑なお人も出現することもあるのがこの六道世界です。
であるからこそそのような人間まるだしの人の言動に迷わされないで正宗の原点
を守りたまえと口酸っぱく仰せなのではないですか。
そもそも信じられない管長、でたらめな管長と思われるならばその人たちのヒソ
ヒソ話の内容なんでしょう。河辺メモとかその他も。鑑定やらなんやらも。
それは信じてその内容だけに乗っかるってのはちと調子がよくないですか。
金だかなんだかの宗門内の動乱に乗じて、あることないことまで邪推して曲解し
て、しまいにとうとう御本尊まで権能もないのに勝手に作ってしまうに至っては
池田さん方と同じじゃありませんか。それ絶対変ですよ。何様かと。

2017につきましては
口伝というより唯授一人相承ということです。もちろん六老等しく大徳であり、
直弟子であることは間違いないでしょうが、相承にも総別があることはご存じの
通りであり、別付属として興尊お一人に宗祖がお授けになったものがある。
それはなにも大聖人ばかりではなくお調べになればいくつものそうした事例はあ
りますよね。例せば釈迦牟尼だって誰でも彼でもに最重要の法門を授けたわけで
はないのと一緒でしょう。他の弟子にとっては嫉妬がムラムラだったかもしれま
せんが。その方々が寄せては返す波の如くに定期的に法門流布の邪魔をしかけて
くる、というのが当家の歴史に明らかです。

で、その御相承、御相伝こそがそうは簡単に門外には露出させないのではと。
釈迦御在世の時からすでに学び損ないや一知半解の弟子群がいたであろうし、そ
れは宗開両祖の時にもいたので一種警戒なさっておいでであったと想像します。
ましてや大聖人が自らを末法の佛である、などと声高に云おうものならそれは大
変なことになりましょうから。当時鎌倉と石山では相当の温度差があるわけで、
智解深妙・死身弘法・行戒堅固・智徳絶倫の誉れ高き日興開山聖人のみに別付属
されたその内容を知るすべもないわけです、頭に来るものもそれは出るでしょう
な。しかたがない大聖人の御佛智ゆえですから。

つまり三秘に関しても特別なご配慮で御相伝なすったわけです。本尊抄にしても
開目抄にしても本来は「一読したらしまっておけ」「やたらに浅薄なものに話す
なよ」といった超スペシャルな御妙判ではなかったかと推察します。
まあこれは大石寺興門流であれば周知のことでしょう。
ちょっと昔は我々衆生には御書御妙判だって読むことは難しかったわけで、最近
でしょ、ズブの素人でもこうして法門法義の勉強が独習できるようになったのは。

小生が云わんとしているのは、その御相伝のなかには大御本尊の取り回し
(ちと不敬な言い回しか)について、他のあずかり知らぬものもあるのかなぁ、
そうだとすれば親の心子知らずで安直に偽だ本物だと騒ぎ立てるのはどうかと。

気障な演説になってしまったようですが、とにかくも正法誹謗は怖いと思うので
す。

※文体が見苦しく、喧嘩腰にお感じになったら堪忍してください。
※勝手ながら仕事の都合で、あとは夜に御免下さい。

2026問答迷人:2008/02/21(木) 18:20:32

外陣さん

>貴方は三大秘法を否定するわけではないのでしょう?

真跡遺文に「三つの秘法」と述べられています。日蓮聖人の教えと拝しています。

>日寛上人や日有上人、また日淳上人や日亨上人までも批判の対象になさっておられるのでしょうか?

少なくとも、寛師に対しては批判的に見ています。

>正宗の原点

これは何を指しておられるのでしょうか。戒壇本尊ですか。

>しまいにとうとう御本尊まで権能もないのに勝手に作ってしまうに至っては
池田さん方と同じじゃありませんか。それ絶対変ですよ。何様かと。

これは意味不明です。誰が何時勝手に本尊を作ったのですか。

>口伝というより唯授一人相承ということです。

日興師に唯授一人相承が有ったというなら、それは何か根拠が有るのでしょうか。承りたいと存じます。

>相承にも総別があることはご存じの通りであり、

存知上げません。証拠をお持ちならお示し下さい。

>で、その御相承、御相伝こそがそうは簡単に門外には露出させないのではと。

別付属等と言われるのであれば、先ず証拠をお示し下さい。議論はそれからです。

>小生が云わんとしているのは、その御相伝のなかには大御本尊の取り回し
(ちと不敬な言い回しか)について、他のあずかり知らぬものもあるのかなぁ、
そうだとすれば親の心子知らずで安直に偽だ本物だと騒ぎ立てるのはどうかと。

日達師は、「相伝と言っても、みんな日亨師が表に出してしまわれた。相伝箱の中身は、既に皆が知っている書物なんだよ」(取意)と当時の法華講の三浦教学部長に語られたと聞いています。そんな神秘主義は通用しないと思っています。

外陣さんは、大石寺のアナウンスをそのまま信じておられるようですが、いずれも根拠薄弱だと思います。言わば大石寺の勝手な作り話。日興上人の末流というのもおこがましい姿が今の大石寺の教学だと僕は考えています。動かぬ証拠を以って、論陣を張ってください。期待しております。

2027犀角独歩:2008/02/21(木) 19:18:42

> 管長、でたらめな管長と思われるならばその人たちのヒソヒソ話の内容なんでしょう。河辺メモとかその他も。鑑定やらなんやらも。それは信じてその内容だけに乗っかるってのはちと調子がよくないですか。

だれがその内容を信じたのですか?
信じないからこそ、創価学会は阿部さんを攻撃したのでしょう。わたしは、阿部さんが、この内容を言っていないと言い張ったからこそ、それを信ぜず、その検証をしたわけです。話に乗ったのではなく、逆です。図形の字画判定とは、少し違いますが、同じく文字の鑑別を行った。つまり追検証です。その結果、河辺メモに書かれていることは、ほぼ合っていることを図形として証明したわけです。違うというのであれば、図形をもってその相違を外陣さんは、挙げるだけで十分です。

石山に本尊相伝など、そもそもなかったことは、こちらの掲示板で、れんさん、独学徒さんをはじめとする皆さんの分析で既にはっきりしています。
かいつまんで記せば、もし、そうした相伝があれば、日興已来早瀬さんに至るまで、同じように本尊を書いてしかりです。ところがそうはなっていない。上古のものとされる本尊相伝とも違った書き方になっている。経年変化があるということです。つまり相伝は時代時代で書き換えられ、継ぎ足され、変わっていった。ということは、その相伝自体、日蓮日興にまるで遡源できないということです。
外陣さんの言葉を借りれば、歴代同士のひそひそ話=口伝・相伝は、変化していると言うことです。

御本尊七箇相承「日蓮在御判と嫡々代々と書くべし」(石山本尊のどこにも「嫡々代々」とはどこにも書かれていません)

もう一つ。三師塔という話がありましたが、いったい、どこまで時代を遡れるのでしょうか。後代に成立したものではないでしょうか。そもそも石山は三師の唯受一人血脈相承を言いながら、日蓮の遺骨は偽物、日興の正墓は隣の北山にあり、日目の正墓すらありません。この三師の墓も遺骨もなく、それを補填するために考案されたのが、三師塔でしょう。こんなものが一体、何の証拠になるというのでしょうか。

五人所破抄「一、 身延の群徒猥りに疑難して云はく、富山の重科は専ら当所の離散に有り。縦ひ地頭非例を致すとも先師の遺跡を忍ぶべきに、既に御墓に参詣せず、争でか向背の過罪を遁れんや云云。
 日興が云はく、此の段�H倒の至極なり、言語に及ばずと雖も未聞の輩に仰せて毒鼓の縁を結ばん。夫身延興隆の元由は聖人御座の尊貴に依り、地頭発心の根源は日興教化の力用に非ずや。然るを今下種結縁の最初を忘れて劣謂勝見先の僻案を起こし、師弟有無の新義を構へて理非顕然の諍論を致す。誠に是葉を取って其の根を乾かし、流れを酌んで未だ源を知らざる故か。何に況んや慈覚智証は即ち伝教入室の付弟、叡山住持の祖匠なり。若宮八幡は亦百王鎮護の大神、日域朝廷の本主なり。然りと雖も明神は仏前に於て謗国捨離の願を立て、先聖は慈覚を指して本師違背の仁と称す。若し御廟を守るを正と為さば円仁所破の段頗る高祖の謬誤なり。非例を致して過無くんば、其の国棄捨の誓ひ都て垂迹の不覚か。料り知んぬ、悪鬼外道の災ひを作し宗廟社稷の処を辞す、善神聖人の居は即ち正直正法の頂なり。抑身延一沢の余流未だ法水の清濁を分かたず、強ひて御廟の参否を論ずるは汝等将に砕身の舎利を信ぜんとす。何ぞ法華の持者と号せんや、迷暗尤も甚し。之に准じて知るべし。」(この時点で、砕骨=灰骨は身延に、そして否定していました)

2028犀角独歩:2008/02/21(木) 19:31:08

ワラシナさん

『福田』、懐かしい名前ですね。
わたしのメディアデビュー(といえるかどうか?)は、南条白山に送った手紙を無断で週刊誌に載せられたのは最初でした。

学会の特別御形木本尊水増し制作と、その頒布で得た利益の話。この学会会館から「下付」された本尊をばらしてみたら、中は新聞紙を使ったお粗末な作りを写真入りで週刊誌に摘発したのもこの頃でした。ところが、この話をうやむやにして「ない」と断定したのは、阿部さんでしたね。その前後でしたか、池田さんが法華講総講頭に返り咲いたのは。

この一連の騒動が『河辺メモ』と1本の意図で繋がっていたというご指摘をたいへんに興味深く拝読しました。

2029れん:2008/02/21(木) 19:36:48
横レス失礼します。
外陣さん、はじめまして。外陣さんの投稿を拝読させて頂きましたが、敢えて感想を言いますと、「信者さんの希望的観測」というものでした。
別付属の法躰・本門戒壇本尊なる造語が石山文献に顕れるのは日蓮正宗歴代法主全書などをひもときますと十四世日主の「雑録」が初めてですね。それ以前の歴代にはこの“別付属の法躰”“本門戒壇本尊”なる造語を述べた石山歴代住持は一人もいません。
中世の日興門流の文献を読みますと、いわゆる富士山本門寺本堂に安置する漫荼羅とされていたのは、重須に所蔵されていた本門寺大堂本尊という漫荼羅でした。しかし、これは天正年間に北山と西山の紛争の中で二箇相承等の北山文献とともに紛失しました。で、この北山の本門寺大堂本尊が紛失した直後に、日主が「雑録」を書いて本門戒壇本尊ということを言いだしたわけです。ということは、石山の初代お板を作ったのは、私の感触では大石寺十四世住持の日主が限りなくクロであろうと言うことになります。
異説には石山の初代お板を作ったのは九世日有という説もありますが、この説の根拠とされる「重須日浄記」が不明であることと、小泉久遠寺と大石寺の問答を記した“大石寺久遠寺問答事”に文明十四年九月七日の大石寺本尊堂における小泉久遠寺衆(この時、重須日浄も同席)と石山衆との問答を記していますが、この時代にあれば石山本尊堂に安置されていた筈の石山のお板のことには一切触れていないので、この時代ではまだ石山のお板は成立してなかったと見てよいでしょうね。

2030一字三礼:2008/02/21(木) 21:53:56

臨時さん。

あなたは、挨拶もなし、横レスの断りもなしで話に割り込んでくる人なのですね。

〉伊藤瑞叡師の日蓮仏法に対する現代的な課題に関しては、私とは異なる知見でもあり。ここで申し上げることは控えさせていただきます。

ご自分で伊東さんに言及しておいて、これでは内容がさっぱりわかりません。何が言いたいのですか。

私の質問に答えてください。

①その方は、法華経に対するどういった知識をお持ちなのですか。
②「日蓮仏法に対する大変現代的な課題」を具体的に示してください。
③あなたは、日蓮門下全ての僧俗と面談することが可能であるとお考えなのですか。

〉日蓮正宗の御僧侶の中でも花野充道師や昔お会いした藁科菅道(字が異なっているかもしれません)師は私から見ると優れたお方とお見受けしております。

具体的にどう優れているのかを教えてください。

私の経験を記します。
以前、日蓮宗の坊さん達と立正大の教授との日蓮宗のスローガンである「立正安国・お題目結縁運動」について話をしたことがありました。
この運動は、宗門を挙げてお題目の精神である‘但行礼拝’を社会運動の基幹として展開するものであるとのことでした。

私は‘但行礼拝’は、法華経の中で重要な概念ではないし、日蓮聖人も重視していない、と論拠を挙げて意見を言いました。

その意見の内容を以下に記します。

‘但行礼拝‘は、不軽品に出てくる有名な言葉ですが、この句は、「妙法蓮華経」にのみ、「正法華経」や「梵本法華経」では同様の意味を持つ言葉は出てきません。鳩摩羅什が付け加えた可能性がある言葉のひとつです。
完本の中央アジア系法華経テキストが見つかれば、あるいは‘但行礼拝’の句が見つかるかもしれません。それでもこの一句が、法華経の中では必ずしも必須ではない、ということを覆すほどのことはないでしょう。

‘但行礼拝’とは、自性清浄である‘仏性’を礼拝する、いわゆる「仏性論」の考え方です。しかし、法華経は、‘仏種’を植えることによって‘種・熟・脱’という経過をたどり成道する「仏種論」で成り立つ経典です。
‘但行礼拝’が独り歩きをし、「仏性論」が全面に出てきますと、法華経全体のテーマに反することになります。

また、日蓮自身、真筆御書で一度も‘但行礼拝’に言及しておりません。題目を‘二十四字’と同義とすることはあっても、‘但行礼拝’と同義とすることは一度もありませんでした。
常不軽菩薩の行を日蓮宗では‘但行礼拝’は「仏性論」と捉えていて、日蓮は‘二十四字’の菩薩の行う逆縁の授記、「仏種論」と考えていた。

この大きな違いがスローガンを考えた日蓮宗の坊さん達に理解できなかったようです。

上記の説明をした後で、「法華経にも、日蓮聖人の法門とも違うから、このスローガンを取り下げたらどうか」と提案しましたが、答えを濁されてしまいました。

このような遣り取りを、何度も経験しているので、日蓮宗に人なしと私は考えるのです。

2031外陣:2008/02/22(金) 00:33:34
犀角独歩さん

自己の都合による事情…とはあくまで小生の立場から見た見解であります。
石山根檀家の古い信者さんのなかには”蓮祖の姿を描くだけで大罰があたる”
などと申して、土俗的非科学的ではあっても、なんとも純真な信仰姿勢で信行た
ゆまず生き抜いておられる爺婆もおいででしょう。そんな人々が万一にでも御サ
イトのビジュアルを目にでもしようものなら悶絶ものです。
そんな見地から見ますれば、巷にこの人ありと云われる碩学であっても、一個人
が石山僧俗皆が大切にしている本尊を写真とは云え、ズタズタに弄くりまわした
無惨な御相貌を、公共の場所に晒して批判の糧とする、商業出版する。
これがサイト設計者の都合、事情でなくてなんでしょうや。
イスラム人のムハンマド似顔絵じゃないんですから。
も少し暴言をお許し願えれば、創価学会での責任あるお立場の経験、日蓮正宗で
も重要なお仕事をなさった経験、敬服いたします。貴重なご経験を敬います。
しかしながらそうしたポストにいた方であるからこそ、随分と酷いことをなさる
なと思ったのです。泥臭い手口だなと思ったのです。スマートじゃない。
川澄さんだってそこまでやらなかったし、その他の方々だって一宿一飯の恩義
ということを忘れることなく、私憤一歩手前で刀を納めているのでは。
弁哲さんらをも超えた過去に例を見ない愚行と感じてます。
取り返しのつかぬことは控えていただきたいし、どうしてもやるという高い志で
あるなら、石山前に持ち込んで御隠尊猊下と対決して欲しいです。
そういう意味でした。

2032外陣:2008/02/22(金) 00:34:51
2031から続きです。

>この点について、まず、わたしは「日蓮正宗」の宗門を正しい組織にしていこう
などという意図はまったくありません。集団犯罪組織という認識です。解体して
当然という認識です。

そしてこの言葉を頂きました。
糺すとかなんとかではなく三秘も畑の猊下も堀上人もなにもかも嫌になったんで
すね。それでは最後には興尊すらもお捨てになるのですか…。
浅学非才の小生では独歩さんの辿られていく道を理解するのが難しいです。
勝手に勘違いの小生をお嗤いください。もう少しマシな応接ができるように修行
しますので。

>反対にお聞きしますが、本尊から文字を取るとき、薄紙をあてて書き写します。
この行為はまさにレイヤでしょう。こうした作る板本尊の製造過程は本尊を踏み
つけることになりますか。

少なくとも興門流では権能のあるお方以外は許されない行為と認識してます。
考えても見てください、世界中のみんながそうして偽本尊を量産していったら…
ピースマークじゃあるまいに、勘弁してくださいよ。

>「御筆の本尊を以て形木に彫み、不信の輩に授与して軽賤する由諸方に其の聞
こえ有り、所謂日向・日頂・日春等なり。日興の弟子分に於ては、在家出家の中
に或は身命を捨て或は疵を被り若しは又在所を追ひ放たれて、一分信心の有る輩
に、忝くも書写し奉り之を授与する者なり」
あなたが拝む本尊はこう批判される形木のものではないですか。

仰るとおりまさにそのことで悩みになやんでいます。
宗創問題等数知れない現状を仏罰と読めば、そのあたりに何か原因があるのでは
ないかと勝手推測してるのですが…。

2033外陣:2008/02/22(金) 00:36:00
2032から続きです。

>あなたは他人の背は見えても、自分が背は見えていない。
では、どうして見えないのか、その真実の相を映す鏡、たとえば、わたしの文章
をあなた固有の信仰から蔑んで否定しているからでしょう。ですから、あなたが
真実を見るためには操作する都合によってあなたを振り回す嘘の信仰を取り去る
必要があるということです。あなたがいう「正宗の法門」とはまさにそうした類
のものであるということです。
>あなたはまだ気づけないのでしょうが、あなたの信仰は、まったく「世の中に手
本」にはならない。むしろ、害毒を流しているものであることを、もうお気づき
になってもよいのではないでしょうか。

なにか文殊普賢菩薩様に優しく叱られているように感じます。
出て行った兄貴に諭されているような気がします。
もとより小生の信行学なぞ諸先輩のそれに比ぶれば、虫のそれのようなものです。
ですから広大なネットワークのなかにあって最も真剣に討論され、法味と薫風が
感じられる当掲示板の愛読者?なのですが…。
でも虫の一分?でありまして、はいそうですか、とは云えません。
馬鹿でも正しくなくても、正しい本尊の妙境に接すれば必ず成仏する。
間違った本尊ではたとえ賢く正しい人でも堕地獄まちがいなし。
と教わりました。

大石寺戒壇の御本尊さまの御宝前にて、人には云いにくい表現不能な経験を
しておりまして、それが虚像とは思えない自分がガンとして今も居ります。
「因果倶時不思議の一法」の意味を小生なりに知見しております。
時空を超える体験、総てこのままでいいのだ文句なしなのだ、というようなある
種生死もなにもかもすっ飛んで、過去に起こったことも将来に起こることも全部
同時に其処に在る…みたいな、はがゆい表現しかできないのですが、とにかくと
んでもない光が小生をスキャンしました。泣いたりなんかしてる感覚もなく。
一念三千の当体、なにか思い出すような思い出せないような…。懐かしくて痺れ
る感覚。小生にはリアルなものです。
ごく個人的な神秘主義体験、センチメンタルな感傷でしょうから汎用性はありま
せんから読み捨てて下さいませ。

ともかく見本にはなりませんが、我が一切有なりと思えば酷いことなどできませ
んて人間は。皆最高です。短い人生、なんとか自分を超えて他を愛していけるよ
うになることが一番じゃないでしょうか。

※長くなりまして申し訳ございませんでした。

2034外陣:2008/02/22(金) 00:43:10
追記です。

犀角独歩さん
>そうした相伝があれば、日興已来早瀬さんに至るまで、同じように本尊を書いて
しかりです。ところがそうはなっていない。上古のものとされる本尊相伝とも違っ
た書き方になっている。経年変化があるということです。つまり相伝は時代時代
で書き換えられ、継ぎ足され、変わっていった。

ですからそうしたことも踏まえてなにか想像以上のテクニックがあるかもしれな
い、ということも想像できませんでしょうか。

>三師塔という話がありましたが、いったい、どこまで時代を遡れるのでしょうか。
後代に成立したものではないでしょうか。そもそも石山は三師の唯受一人血脈相
承を言いながら、日蓮の遺骨は偽物、日興の正墓は隣の北山にあり、日目の正墓
すらありません。この三師の墓も遺骨もなく、それを補填するために考案された
のが、三師塔でしょう。こんなものが一体、何の証拠になるというのでしょうか。

正宗は舎利を安んずる宗教ではないですよね。
小生が云いたかったのは、あそこにメモリアルされている66代までの歴代御正
師の信心行動軌跡に対して頭を垂れて敬いたいという話であります。

2035:2008/02/22(金) 01:35:14
しかし今現在は
日蓮大聖人の折伏を拝すると
正宗の他に仏教らしい仏教は
存在しないですね。

日連正宗の本尊まで偽ならば
諸天の正法を万年護るという誓いは嘘となり
宗教界の仏や神の存在は全てが大妄語ということに
なってしまいますね。

独歩氏の導きたい結論は、こういうところでしょうか。

2036外陣:2008/02/22(金) 01:47:55
問答迷人さん

>>正宗の原点
>これは何を指しておられるのでしょうか。戒壇本尊ですか。

三大秘法です。

>>しまいにとうとう御本尊まで権能もないのに勝手に作ってしまうに至っては
>>池田さん方と同じじゃありませんか。それ絶対変ですよ。何様かと。
>これは意味不明です。誰が何時勝手に本尊を作ったのですか。

いや先般のお話のなかにありましたアメリカの人の話とかですが、本尊のことを
ちゃんとしておかないと今後いくらでも創作してしまう者が続出すると思います。
現創価学会でもそうです。亜流本尊の洪水です。

>>口伝というより唯授一人相承ということです。
>日興師に唯授一人相承が有ったというなら、それは何か根拠が有るのでしょうか。
>承りたいと存じます。

引文はあまり好きじゃないのと有名なのでお答えしますが「日蓮一期弘法付属書」
です。特にこの御妙判譲り状の最後、「就中我が門弟等此の状守るべきなり。」
の文は興尊お一人に宛てたのではなく大勢の僧俗に向かってご教示されている明確
な指示書です。

>>相承にも総別があることはご存じの通りであり、
>存知上げません。証拠をお持ちならお示し下さい。

では申し上げます。
総別の二義ということは内典外典に限らず一般の決まり事でもあって、弟子が数人
数十人数百人いても総じての相承と別しての相承があり、その指導者はご自分の
いわば跡継ぎとして一人を選んで深深の法や道を委託するものです。
偉大な指導者ほどその選定において私情や人情に捕らわれることがないそうです。
このあたりの文証や例題であれば山のように散見できます。例えば法華経において
も大聖人の御書においても、です。
釈迦→上行
孔子→曾子
玄奘→慈恩
道ズイ→伝教

※ちと不案内な説明で恐縮ですが時間が押しておりますのでまた。

2037外陣:2008/02/22(金) 02:26:30
れんさん、はじめまして今晩は。宜しくお願いします。

>敢えて感想を言いますと、「信者さんの希望的観測」というものでした。

希望で胸をいっぱいにしているのが凡夫信者の実態ではないでしょうか。
でも無知ゆえに妙なことを口走って諸天に呆れられなければいいのですが。

>別付属の法躰・本門戒壇本尊なる造語が石山文献に顕れるのは日蓮正宗歴代法主
全書などをひもときますと十四世日主の「雑録」が初めてですね。それ以前の歴代
にはこの“別付属の法躰”“本門戒壇本尊”なる造語を述べた石山歴代住持は一人
もいません。

別の言い方、用法での同意語とか内容的に同じ事を云っている箇所などはないの
でしょうか?
小生は暗愚でそのあたりのこと知らないのですが。

>小泉久遠寺と大石寺の問答を記した“大石寺久遠寺問答事”に文明十四年九月七日
の大石寺本尊堂における小泉久遠寺衆(この時、重須日浄も同席)と石山衆との問答
を記していますが、この時代にあれば石山本尊堂に安置されていた筈の石山のお板の
ことには一切触れていないので、この時代ではまだ石山のお板は成立してなかったと
見てよいでしょうね。

とても興味深いお話です。
機会をつくって一度そのあたりを宗門史にお詳しい御僧侶を捜してお尋ねしてみ
ましょうかね。

2038犀角独歩:2008/02/22(金) 05:11:24

外陣さん

わたしのことを商業出版と嗤いましたが、では、当の石山はどうですか。宗教法人の業ではなく、一般企業としての株式会社大日蓮出版を使って営利活動をしています。あなたの言葉を借りれば、これが大石寺の都合でなくて何でしょうか。

まして、信者を集める奉安堂は、信者から集めた金で作り、そして、また、そこに入場するのに金を取り、大量に本尊を複製印刷し、それを3000円以上の金額で頒布する。わたしがやることは商業で、大石寺がやると純粋な信仰になるという口上を、「背中が見えていない」と言っているわけです。

あなたは、自分の頭の中で夢想した「日蓮正宗」を信仰しているんでしょうね。しかし、実際の「日蓮正宗」は、そんなものではない。あなたは、本尊は時の「猊下」1人しか書いていないと思っているのでしょう。ところが、この代筆者がいるのが石山ですよ。それは坊さんなら知っている公然の秘密です。そして、それが現実です。

外陣さんは、わたしが本尊を …わたしの認識ではあくまで写真をですが… 図形処理して鑑別検証し、それをまとめた本を売っていることに腹を立てているのでしょう。しかし、わたしのなしたことは些細なことです。比して、石山はいったいどれだけの「本尊」を印刷し、頒布してきたのですか。旧い学会大幹部から、昭和20年代から30年代にかけては鉄道荷物で地方に送ったと言っていました。膨大な量、1千万単位で製造され、それを金を取って、新入会者に渡してきました。しかし、「信仰」「大石寺」というお品書きがつくとつくと、それが商業ではなく見えてしまう魔術があります。しかしそれは信者の贔屓目に過ぎませんよ。これはれっきとした商売です。

ただし、この印刷物を真剣に拝み、なにがしかの体験を得た人にとって、それはもはやただの印刷ではなくなります。この仕組みはあの彫刻を安置する正本堂、奉安堂という建築内の舞台装置内での体験も同様の効果を有しています。しかし、あそこで「猊下」が語る「無始已来の…」という口上が、実は日蓮宗でも言っている内容を石山風にアレンジしただけのものであることは、日蓮宗を少し散策すれば、やがて気付けることです。

堀日亨さんの話がでましたが、この方は宗内外で態度で語りを使い分けた人でした。
はっきりと所謂「本門戒壇の大御本尊」が構成の作り物であると知っていたでしょう。
『御本尊集』に載る3舗の真筆大漫荼羅写真の提供者は、たぶん、この人でしょう。
稲田海素に彫刻を見せ、そして、「真っ赤な偽物」と酷評されて以来、石山は写真公開は自分たちの商売上、都合が悪いと慌てていまに至っています。石山で頒布される印刷物、ここで本尊と称される品物は、之の彫刻を書写したといいながら、書かれている内容がまるで違うもので、これを指摘されると、内証を写したを詭弁を弄しました。

わたしもかつてそうでしたが、要するに信仰で体験などがあり、それも長々とやっていると、それが嘘であっては困る、だから、おかしいと思ってもそれを信じたいという執着が生じることになります。しかし、これは煩悩なのですね。真実は、そこを超えたところにある。わたしはそこまで歩きました。絶対的な信仰という太い手綱を手放す恐怖は、子どものころ、見知らぬ場所で親の手をギュッと握って離さない感覚に似ています。しかし、子はやがて親から自立していかなければならない。苦しい坂を上りきった瞬間に広漠ある光景を目の当たりにする。そのときにはじめて、自分が見ていた「日蓮正宗」など、小さな、本当に小さな井戸、いや、コップほどの大きさしかない小さなものであったことに気付きます。

2039犀角独歩:2008/02/22(金) 05:12:08

―2039からつづく―

日興は、日蓮とは違う教学と本尊観を形成した人です。そのような形が好きな人は日興に拘るでしょう。しかし、その考えがわかり、さらに日蓮の考えもわかるとき、かつて敬慕して止まなかった日興を卒業することになります。ここではじめて、日興というフィルターを挟まない生身の日蓮と向かい合うことになります。しかし、日蓮は色濃く、神道と真言密教の影響を受けた人だった。順天台を学べば、日蓮もまた、真言化し、神仏習合という特殊性を帯びた当時の仏教の影響を受けた時代の人であったことに気付きます。

では、純天台はどうか。これはまた、華厳教学の影響を強く受け、さらにあろうことか法華経を当時台頭した涅槃経を合わせてしまった。まして、羅什已来影響下にあったのが智邈です。湛然に至っては、智邈も灌頂もけっしてしなかった三千不可思議境を一念三千と実在化してしまった。この影響を日蓮は正面から受けていることに気付けます。
湛然は問題外、智邈の華厳と涅槃の影響を取り去り、羅什の恣意も超え、法華そのものに迫る。そんな位置にいらっしゃるのが、いま、ご投稿をなさっている一字三礼さんであるとわたしは拝しています。

ここではあえて、 Sadharma Pudarika Sutra と梵名で記しましょう。
この経典は西暦前100年から西暦後150年頃までに制作されたものであることがわかっています。ここで経典の編纂活動と平行して、菩薩運動もあったろうとわたしは考えています。この経典を捜索したグループの人々は、自らを地涌菩薩を自称して、迫害に耐えた人々であった。経典を信仰対象とすることは、各地で起きていた聖典信仰の影響もあったと考えられます。末法とは、実はこの法華経が編纂され、菩薩運動をしていたこの時代を指した言葉であることは、 Sadharma Pudarika Sutra を少しばかり学べばやがて理解できます。それを自分に当てはめた智邈も、最澄も、日蓮も、そうした編纂者の認識影響をそこに看取できることになります。

菩薩運動は、イランで発生したミトラ教の影響に拠ったのでしょう。
無疑曰信、以信得入、以信代慧と成句する信仰観は、大乗起信論といった教学姿勢の延長にあるのでしょう。しかし、こうした絶対的な信仰という形態は、実は仏教徒の間にはなかった。それはバカバットギータの影響を受けて生じた教学的な態度であったことが知られています。

こうして仏教2500年の歴史を遡っていくとき、わたしのなかに釈迦牟尼世尊に対する深い憧憬が生じました。ここまで上り詰めて見た日蓮は、それまで、宇宙を圧倒する大きさであったのが、いまでは、小さな存在と映じます。それは冒涜であるとか、批判であるとか、そんな類のことではなく、たぶん、宇宙に飛び出したパイロットが眺めた地球がボールの大きさに見えるのに等しい感覚ではないかと思えます。小さく見えても、美しく、自分が生まれたふるさとであり、大切な存在です。しかし、それは絶対的な存在ではない。この宇宙に無数にある惑星の一つです。わたしたちもガンジスの沙より、もっと多くの衆生の一人に過ぎません。こうした視点から見える「日蓮」は、もはや、本仏を意味して呼称される「日蓮大聖人」ではなく、「日蓮」なのですよ。

2040犀角独歩:2008/02/22(金) 05:25:32

【2038の訂正】

×構成の作り物 ○後世の作り物
×広漠ある光景 ○広漠な光景

【2039の訂正】

×順天台 ○純天台
×経典を捜索した ○経典を創作した

2041問答迷人:2008/02/22(金) 06:25:37

外陣さん

>引文はあまり好きじゃないのと有名なのでお答えしますが「日蓮一期弘法付属書」です。特にこの御妙判譲り状の最後、「就中我が門弟等此の状守るべきなり。」の文は興尊お一人に宛てたのではなく大勢の僧俗に向かってご教示されている明確な指示書です。

一 この書の真跡が現在何処に有るのかご存知ですか。
二 この書を日蓮聖人が書いた事を証明できますか。この書には、偽書の疑いが掛けられています。

以上、お答え下さい。

2043管理者:2008/02/22(金) 09:11:14

羽さん

2042の書込みは、以下の、当掲示板書込み禁止事項に該当しますので、削除します。なお、以後、ルール違反が続く場合は、ご参加をお断りする事になりますので、ご承知置きください。

【禁止事項】
4 根拠を示せないとか、すでに論理が破綻しているとかにもかかわらず、臆面もなく投稿し続けられた場合は、無意味な多重投稿・反復投稿とみなし、削除致します。

2044:2008/02/22(金) 09:21:08
本門の本尊には法と人の面があります。
御本尊を人の面から拝するなら、曼荼羅本尊は
日蓮大聖人の御当体を文字で以て顕されたものです。

2045:2008/02/22(金) 09:26:19
日蓮が魂を墨にそめ流して書きて候ぞ、信じさせ給へ。
仏の御意は法華経なり、日蓮が魂は南無妙法蓮華経に過ぎたるはなし「経王殿御返事」

本尊とは法華経の行者の一身の当体なり。「御義口伝」

日蓮が影、今の大曼荼羅なり。「御本尊七箇之相承」

以上が、本門の本尊の、人本尊の文証になります。

2046管理者:2008/02/22(金) 09:46:26

羽さん

なるほど。曼陀羅は日蓮聖人だと。

それではお聞きします。700年も前になくなった方が、肖像権を主張されるのは無理ですね。
今生きている人のことですよ、肖像権と言うのは。死んだ人にも肖像権が有ると言うのは、死んだ人を写すことは不可能ですから、お話になりませんね。曼陀羅が日蓮聖人であり、今も生きておられるのだ、と信ずるのは勝手ですが、それを以って肖像権を主張することは出来ませんね。

肖像権が死んだ人にも有る、という法律の条文をお示し下さい。

2048一字三礼:2008/02/22(金) 10:04:11

うわっ!
完全に場違いなレスになってしまいますが、臨時さんにもう一言だけ。

ヨーロッパでは、今から約150年前のウェルハウゼンの「イスラエル史序説」以来、歴史学的・思想史的視点で、福音書及びイエスが客観的に研究され、歴史学者や社会学者と聖書学者とが論争によって、切磋琢磨してきました。
一方、日本の仏教学の世界では、犀角独歩さんがご紹介くださいましたように、日蓮宗門や立正大学での学問は所詮、坊さんたちによる護宗的な‘僧学’にすぎません。日蓮宗内の学問的な成果など、日蓮宗学に通じたものからの、暗黙のルールに則った論争には答えられても、歴史学者や思想史家、仏典研究者のような第三者から疑義に耐えうるのもではありません。

日蓮遺文研究の分野で、「平成新脩日蓮聖人遺文集」が出版されたのが平成七年、この遺文集の登場で、ようやく真筆中心の研究が本格化されてきたのですが、それでも最近の今成さんを中心とした摂折論争で明らかになったのは、偽書濃厚の「如説修行抄」などを論拠として、伝統的な宗学にしがみ付く日蓮宗学者が如何に多いかということが明らかになりました。

また、法華経研究の分野においては、立正大学で、「正法華経」を読み易い書き下し文に直す作業プロジェクトが発足したのは戦前のことでした。しかし、60年以上が経過した今でも「正法華経」の読み下しは出来ておりません。法華経研究でも重要部門であろうこの研究でのこの体たらくは、日蓮宗の学者たちが、よほど怠慢であるか、無能であるかのどちらかでしょう。法華経の成立史研究においても、勝呂さんの‘二十七品同時成立’説(法華経の思想と展開)などは、その思考過程には見るべきものがありますが、結論はお粗末で、法華経成立史の研究を布施浩岳さん以前に戻すようなもので、とても批判に耐えうるようなものではありません。

上記のように、日蓮宗の学者たちのレベルは、まだまだ学問と呼べるほどになっていない、ということです。

2049管理者:2008/02/22(金) 10:22:14

羽さん

>すでに死んだとは拝さないです。常住しています。

そういう信仰上の話は、肖像権という事柄になじまないですね。

先ほど示した当掲示板の禁止事項、及び、当掲示板の以下のルールにより、羽さんの、以後の書込みをお断りします。

禁止事項
1 上記の、当掲示板の主旨に明らかに反する書き込みは、理由の如何を問わず削除します。さらに書き込みを続けられた場合は、その方を以後投稿禁止とします。

2054臨時:2008/02/22(金) 19:35:04
偶ロム偶ログさん今晩は、レスありがとうございました。

>伊藤教授については、日蓮宗内でも立正学内でも厳しい評価もあります。

との事ですが、どの様な厳しい評価なのでしょうか、かつても現在もと言うこ
とでしょうか。

私が伊藤先生の著作で最初に出会ったのは『仏教の思想と現代』(初版平成2
年)でした、その頃の私は現代思想に興味を持ち始めて数年たっていましたの
で、本の表題に惹きつけられて買い求めました。

初版本では、第7章「本尊研究の現代的方法」(249ページ)と第8章「曼荼羅
本尊の哲学的意義」(273ページ)に大変興味を抱いて読みました。

平成12年に改訂増補版が出版され、そこでは、第9章「宗教地政学とは何か」
(245ページ)第10章「戦後日本の国家意識と立正安国の実践」(283ページ)
第11章「闘諍堅固の時代と文明の衝突」等が書き加えられていました。

第9章「宗教地政学とは何か」に関しては私には了解できない面が多々ありま
した。最近伊藤先生とお会いした際にも、先生の宗教地政学は私から見ると
非常に右寄りと感じますと申し上げましたら、先生もその事を自認なされて
おり、更に先生はかつて早稲田大学の学生の頃は60年安保闘争の真っ只中で、
左翼運動の闘士でもあったが現在は日本の危機を痛感するが故に右寄りになら
ざるを得ないと申され、西部邁もその一人だと言われたのには驚きました。

付言すれば伊藤先生の宗教地政学と日本の危機は立正安国論の現代的理解にも
つながっている問題意識とも言えましょう。

>なにをもって優れたとするか、ですね。
御用教学、護教教学、印籠教学などで正宗内部においては評価の高い人もいる
かもしれませんが、仏教学・宗教学・歴史学・などで正宗以外で通用している
正宗僧侶は若干名でしかありません。

仏教学・宗教学・歴史学という領域においては学問として常に客観性を要求さ
れますが、いわゆる宗派教学であったり、宗門教学の領域では信仰の増進に寄
与しないものは廃される傾向にあることは否めないと思われます。

しかし、宗教において教義を客観的に語る事と信仰の増進を両立させる事ほど
アンビバレントな事はないとも言えましょう。

2055独学徒:2008/02/22(金) 21:36:43

羽さんの御主張は創価学会と全く同じで、文証として用いるものが蓮祖・興尊の直筆が現存しない、現在は偽書としてほぼ確定しているものばかりですね。

羽さんご引用のものは、全く文証たりえません。
文証とは、蓮祖真蹟現存、興尊真蹟現存以外は、富士門信徒としても受入不可です。

蓮祖真蹟現存の文証はあるのか、興尊真蹟現存の文証はあるのか、よくよくご検討の上投稿いただきたく存じます。
創価学会や日蓮正宗、顕正会、正信会といった、全く同列の宗派・団体にしか通用しない、偽書の引用はご遠慮いただきたく存じます。議論が、いたずらに真実から遠ざかります。

2056外陣:2008/02/22(金) 23:18:13
羽さん今晩は、はじめまして外陣と申します。
貴方ももう少し冷静に誠実に御投稿なさってはいかがですか。
出会い頭にご自分の云いたいことだけを云って最後はののしるように去る、とい
う言動はいただけません。
仰りたいことは小生もよくわかります。
憤慨しておられるのもわかります。
でも共通のルールやマナーあっての公共の場でしょう。自分とは正反対の考えや
信念を持っている人だってたくさんいるのですから、どう云えば相手に伝わるだ
ろうか、どう振る舞えば相手が耳を貸してくれるだろうか、よっく考えて発言さ
れることをお勧めします。なんでも勉強の場ではないですか。
この場はとても貴重で大切で重要な場所であることを御自覚願いたい。
みな精進しようと汗をかいておられる道場だと思います。是々非々。
どこに所属のお方か存じ上げませんが、管理人さんに謝罪して頑張りましょう。

2057外陣:2008/02/22(金) 23:52:01
問答迷人さん

>一 この書の真跡が現在何処に有るのかご存知ですか。
>二 この書を日蓮聖人が書いた事を証明できますか。この書には、偽書の疑いが
>掛けられています。

内容は「総付属書」として曰く
------------------------------------------------------------------------
◆日蓮一期弘法・身延相承書 
日蓮一期の弘法、白蓮阿闍梨日興にこれを付属す。本門弘通の大導師たるべきなり。
国主此の法を立てらるれば、富士山に本門寺の戒壇を建立せらるべきなり。時を待
つべきのみ。事の戒法と云ふは是れなり。就中 我が門弟等此の状を守るべきなり。
弘安五年壬午九月 日  日蓮花押
血脈の次第 日蓮日興
------------------------------------------------------------------------
「別付属書」として曰く
------------------------------------------------------------------------
◆身延山付属書 
釈尊五十年の説法、白蓮阿闍梨日興に相承す。身延山久遠寺の別当たるべきなり。
背く在家出家共の輩は非法の衆たるべきなり。
弘安五年壬午十月十三日
武州池上  日蓮花押
------------------------------------------------------------------------
の二つの日蓮大聖人の御妙判であります。
この譲り状が与えられて後三百年ほどの時、真書は残念ながらご承知のように戦乱
の世に紛失(たぶん消失)しております。
しかしながらその後江戸時代頃に日蓮宗によって編纂された有名な「録内」の後
「録外」十六巻目にもあらためて掲載されているほどの無視できぬ重文です。
偽書云々は心ない者がいつの時代にも現れて難癖をつけているだけです。
非力な小生ゆえここで細かくは申しませんが、よく精査いたせば誰でも納得せざる
おえない天下に正しい跡目相続書であります。

2058犀角独歩:2008/02/23(土) 00:25:11

詳しく問答さんが応えるでしょうが、よくまあ、こんなもんを出してきますね。

この書があったとされるのは、北山本門寺。ここには日興が跡目と定めた日代がいました。この二つの書は、ただの一度も大石寺にあったという話はありません。

北山に日興が定めた日代がおり、その後に日妙があり、そして、この書はずっとここにあったという話で、この書に漢原文で書かれているのは「富士山本門寺」(「富士山に本門寺の」は石山の勝手な読み下し)で、北山本門寺の正式名称は富士山本門寺。

富士山本門寺にずっとあったとされる文書で、富士山本門寺に戒壇を建立という文章ですから、日代、むしろ日妙でしょうが、北山本門寺=富士山本門寺に戒壇建立という書が、なんで、大石寺の文書となるはずがあるのか、少しは真面目に考えてみればよいでしょう。

しかも、この書は真筆も現存しない、大石寺と北山以外は、誰しも偽書と確定した悪書の一つです。

外陣さん、もっと勉強しなさい。

2059犀角独歩:2008/02/23(土) 00:30:06

やや当たり前すぎる議論ですが、外陣さんが本物であると信じている偽書については、過去に語り尽くされています。

身延相承書と池上相承書について
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/364/1060641548/

2060犀角独歩:2008/02/23(土) 00:39:35

外陣さん

独学徒さんがご指摘下さったことですが、以下のようなあなた方法華講の本尊写真にアップです。
法華講はよくて、わたしが駄目だというのは何故でしょうか?

http://myokan-ko.net/menu/te/1.htm

2061臨時:2008/02/23(土) 00:49:33
一字三礼さん今晩は、

>あなたは、挨拶もなし、横レスの断りもなしで話に割り込んでくる人なので
すね。

そうでしたかそれは大変失礼しました。
一字三礼さんとの意見交換は初めてのことでしたか、この掲示板では一字三礼
さんのご意見を時々拝見し、すばらしく知的で識知も並々ならぬものを感じて
おりました。今後はよろしくお付き合いのほどお願い申し上げます。

① その方は、法華経に対するどういった知識をお持ちなのですか。
② 「日蓮仏法に対する大変現代的な課題」を具体的に示してください。
③ あなたは、日蓮門下全ての僧俗と面談することが可能であるとお考えなの
 ですか。

との事ですが、

前にも申し上げましたとおり伊藤先生の法華経に対する知識は、それこそ大変
なものでして私如きにはとても語ることは出来得ませんのでご容赦ください。

ただ、「日蓮仏法に対する現代的な課題」に関しては、少々お答えしてみます。
伊藤先生は、その著作のほとんどが日蓮仏法を現代的課題として受け止められ
ての上で、お書きになっておられると思います。

偶ロム偶ログさんへのレスにも書かせていただきましたが、私が最初に伊藤先
生の著作を拝見したのが、『仏教の思想と現代』でした。そのあとは『日蓮精
神の現代』であり、『新時代の布教精神』『新時代の折伏様式』『新時代の四
大格言』という三部作でした。

このように常に日蓮仏法ないしは日蓮精神を現代という時代の中でどのように
捉え、自分自身の実践的課題と位置付けるかを追及なさってきたものと私は受
け止めています。

しかし、偶ロム偶ログさんへのレスにも書きましたが、伊藤先生は日蓮仏法を
「宗教地政学」という視点で捉えておられますが私にはよく理解できません。

私自身は日蓮仏法を現代社会において如何に言語論的転回が可能であるかどう
かが、現代的課題であろかと考えております。仏法においては仏の悟りの領域
は、本来は言語道断、心行所滅の世界のはずですが、いわゆる俗諦とも言うべ
き人間界においては、八万宝蔵とも云われる言語の海の上で方向も定まらず舵
も執れない状況に仏教界が陥ってしまっていることを、鎌倉新仏教の祖師達は
それぞれの方法で舵を伐ったとも言えると思います。

しかし、現代社会においてはさらにネット情報という情報の海の上で人間は舵
を伐るどころか、右往左往したあげく転覆しかねない状況にあるといって過言
ではないと思います。
この新たな状況に対して日蓮仏法も過去からの言語的あり方(特に宗派という
体制言語)を、時代に合わせて転回する必要があるのではないかと愚考してお
ります。

今日は晩くなりましたので後の問題に関しては、後日お答えしたいと思います。

2062外陣:2008/02/23(土) 01:22:40
犀角独歩さん
2038〜2039までの内容を二度三度と読ませていただいておりました。

>だから、おかしいと思ってもそれを信じたいという執着が生じることになります。
しかし、これは煩悩なのですね。真実は、そこを超えたところにある。わたしはそ
こまで歩きました。絶対的な信仰という太い手綱を手放す恐怖は、子どものころ、
見知らぬ場所で親の手をギュッと握って離さない感覚に似ています。しかし、子は
やがて親から自立していかなければならない。苦しい坂を上りきった瞬間に広漠あ
る光景を目の当たりにする。

胸にくるものがございます。よくよく考えてみます。

※その後のご指摘についてはのちほど。

2063外陣:2008/02/23(土) 01:40:09
犀角独歩さん
>2058
怒らないでくださいよ。小生が今までに教わって信じていることを、尋ねられた
から応えたまでです。
何処にあったかということよりも蓮祖から興尊へ相承があったという文証をだせ
という話題になったので。稚拙な構成でお恥ずかしいですが…。

2064そううそ:2008/02/23(土) 02:01:37
皆さんこんばんは。
ご無沙汰しています。そううそです。

皆さんの御意見は私には難解ですので
243.大御本尊に対する日蓮正宗系(創価学会、顕正会など)の言い分。 - 創価学会の信仰に功徳はあるか?
http://blog.goo.ne.jp/soukagakkai_usotuki/e/7a5bc04fc70058cf4e81ed3c8576a795
こんな感じで纏めたいのですが、引用転載でなくここで知り得た事を
上記の様に箇条書きにするのであれば許可不要でしょうか?
それとも許可が必要でしょうか?>管理人さん

2065外陣:2008/02/23(土) 02:04:51
>独学徒さんがご指摘下さったことですが、以下のようなあなた方法華講の本尊
写真にアップです。法華講はよくて、わたしが駄目だというのは何故でしょうか?

独歩さんの反論は「何処どこでもやっているから」というレトリックが多いですね。
悪いことはどなたがやろうと悪いと小生は考えます。
この件につき小生は近日、理境坊法華講さまへご教示を仰ぐつもりでいますが(他の
サイトでも散見できますのでそれもあわせて)今は貴方様のお話をうかがっており、
僭越とは重々承知の上でいささか意見を云わせていただいています。ご容赦。

2066外陣:2008/02/23(土) 02:31:03
犀角独歩さん

>しかも、この書は真筆も現存しない、大石寺と北山以外は、誰しも偽書と確定した
悪書の一つです。

そちらさまはどうしても偽書とせねば困るでしょうからそう言い張るのでしょうが、
それではお尋ねいたしますが、大聖人はどなたに跡目を相続されたのですか?
小生はごくシンプルにその問題を考えるだけで、やたら衒学的に枝葉末節を根掘り
葉掘りして大聖人の法門を淫するのはそれこそ背だけを見ることになりませんか?
釈迦牟尼を憧憬するのは小生も同じでありますが、仏法には「時」というものが
あるのではないでしょうか。あこがれてもあの佛さまは小生等の佛さまではないの
ではないでしょうか。難信難解であっても困難が降り注いでも、頑張って大聖人を
佛と仰いでいかなくては助からないのではありませんか?
くどいですがもう一度お尋ねいたします。
「蓮祖大聖人は誰にそのすべてをお渡ししたのでしょうか?」

2067犀角独歩:2008/02/23(土) 04:26:40

外陣さん

あなたの文章は、わたしがどのような感情であるかを決めつけて、書くことが多いですね。いつも外れています。やめてください。

> 「何処どこでもやっているから」というレトリックが多い

これまた、別にそんなことはありませんよ。
だいたい、話の筋をすり替えています。

わたしは何度も記しているとおり、本尊を加工したことは一度たりともありません。
わたしが加工したのは写真です。同じようにわたしは印刷物や、写真を本尊であるとは考えません。
ところが、あなたは印刷物や、写真を拝ませる集団の信仰にとらわれているから、本尊を加工したと難癖をつけるわけでしょう。日興は形木を禁じていた。これは厳然たる事実です。売り買いも禁じた。遺体遺骨と埋葬することも禁じた。しかし、こうした日興の禁止を平然とやっている集団で信仰をしながら、なにをかいわんやです。

> 偽書とせねば困るでしょうからそう言い張る

言い張っているのはあなたでしょう。
いいですか。こちらの掲示板では、主張をするのに、証拠を挙げることが義務づけられています。しかし、二箇相承が本物である証拠をあなたは挙げず、本物であると言い張っています。これは明らかにルール違反です。
まあ、こう書けば、「では、偽物の証拠を出せ」と来るでしょうが、偽物の証拠は、他スレ「身延相承書と池上相承書について」で議論し尽くされたとおりです。そもそも、あなたの態度でいちばんいけないのは、過去の議論を無視して、証拠を挙げず、断定的にものを書くことです。

> 大聖人はどなたに跡目を相続されたのですか?

これまた、既に言い尽くされた議論です。
日興の真筆が残る『日蓮聖人御遷化記録』に

「定弟子六人事(不次第)。
蓮華阿闍梨日持、伊予公日頂、佐渡公日向、白蓮阿日興、大国阿日
朗、弁阿日昭。」

明確です。

> 小生はごくシンプルにその問題を考えるだけで、やたら衒学的に枝葉末節を根掘り
葉掘りして大聖人の法門を淫するのはそれこそ背だけを見ることになりませんか?

だから、あなたの文章は、常にこうした嫌味があり、実に無礼です。誰がいったい、衒学的ですか? 誰がいったい、枝葉末節を根掘り葉掘りして大聖人の法門を淫していますか。羽さんにもっとらしい、教訓を垂れるのでしたら、あなたこそ、礼儀をわきまえた文章を書いたらどうでしょうか。相手に対して、怒るなとか、気が短いと言う前に、相手を見下し、こうした不快な書き方をするのは止めたらどうでしょうか。
また、酔っぱらっているのですか。

> 仏法には「時」

どんな時でしょうか。
まさか、釋迦の入滅年代を日蓮が取り違え、鎌倉時代は2000年経っていなかったこと、『大集経』が後世創作されたものであること、また、法華経でいう末の世とは2000年でも、500年でもなく、「50年であった」ことなど、文献的な分析を無視して、大石寺の時代遅れのドグマを繰り返し、証拠を挙げずに記そうというわけではないでしょうね。

> あこがれてもあの佛さまは小生等の佛さまではないのではないでしょうか。

「あこがれる」というのは、わたしが先に書いた「憧憬」ということをとっているのでしょうか。意味を取り違えています。
先にも記しましたが、日蓮が終生、拝んでいたのは釈迦一体仏です。
ほかに何か仏があるのでしょうか。

> 大聖人を佛と仰いでいかなくては助からないのではありませんか?

どこにそんな証拠がありますか。

> くどいですがもう一度お尋ねいたします。
「蓮祖大聖人は誰にそのすべてをお渡ししたのでしょうか?」

先に挙げた御遷化記録とおりでしょう。
あなたは唯受一人血脈相承で、誰か一人にすべてを渡したという思いこみにとりつかれているのでしょう。そんな証拠はどこにもありません。

ただ、大石寺の“レトリック”にはまり、証拠も無しに信じ込んでいるだけです。
ここは、議論の場ですから、挙証も出来ない主張は問題外です。

2068犀角独歩:2008/02/23(土) 06:57:58

まあ、どうでもいいですが、わたしに対する傲慢不遜ないいっぷりに比し、
「理境坊法華講さま」という言い回しはふるっています(笑)

理境坊法華講とは、この坊出来て以来の根檀家を指すのであって、近年の預信徒に過ぎない集団を指すわけではないでしょう。
こうしたところにも、大石寺そのものの理解に誤謬が見受けられます。

2070問答迷人:2008/02/23(土) 08:03:08

外陣さん

犀角独歩さんが、概略、指摘されていますので、補足に留めます。

先ず、御遷化記録は、日興上人の代筆で六通作成され、紙の継ぎ目には、立ち合う事の出来た方々の署名で割り印がされています。正式の文書です。六人それぞれが所持するようになっています。その場にいなかった六老には後日手渡すように設えてある訳です。

日蓮聖人の周到なご配慮がにじみ出ています。

このように六老全員で力を合わせて、後を頼むぞ、と言いながら、日興上人にだけ、こそっと二箇相承をしていたとしたら、日蓮聖人は二枚舌の大嘘つきですね。

日興上人は後日、身延を離山していますが、理由は、学頭に日興上人が任命した日向上人との反目が原因のようです。そして地頭が日向上人に付いた。

もし、この時、このような相承書があったのなら、この時にこそ使うべきであった。日蓮聖人が両舌の謗りをも敢えて恐れず、二箇相承を残したとすれば、このような教団分裂を避けるためとしか考えられませんが、当時の記録には、二箇相承は名前すら出てきません。

日興上人もこのような相承を本当に受けていたのなら、絶対に離山などすべきではなく、日向上人に対して「この相承書が目に入らぬか。無礼者、下がりおれ。」とやらなければ、日蓮聖人のお心を踏みにじることになるわけです。

身延離山という史実が、このような相承書が存在しなかった事を雄弁に語っていますね。

2072管理者:2008/02/23(土) 08:45:50

そううそさん

コピーして、出所を明示せず、張り付けるのは著作権侵害になる可能性が高いので、お断りしていますが、出所を明示して、しかも要約という事であれば、当掲示板のルールに抵触しません。どうぞよろしくお願いいたします。

2073そううそ:2008/02/23(土) 11:58:21
有り難うございます。
助かります。

2074パンナコッタ:2008/02/23(土) 12:47:51
横レス失礼します。
二箇相承なんてものが出てきていますが、文書その物の歴史上初出は
左京阿日教「六人立義廃立抄私記」あたりなのですが、その六人立義では、
身延・池上が現在のとは逆に書かれており致命的です。

 釈尊五十余年之説教、白蓮日興付属之。可為身延山久遠寺別当、背在家出家共輩者可為非法衆。
   弘安五年九月十三日
 血脈次第日蓮日興  甲斐国波木井郷於山中図之
 日蓮一期弘法 白蓮阿闍梨日興付属之可為本門弘通之大導師也。被立国主此法、
 富士可為建立本門寺戒壇也。可待於時耳、事戒法謂是也、付中我門弟等可守此状也。
  弘安五年十月十三日          日蓮在御判
 池上相承書

ですから、本禅寺日求が笑って偽書と指摘し石山門徒が狼狽したんでしょう。
(破石集・日鑑)
ちなみに今では全く無意味なのですが、蜜月時代の学会はこの指摘に対し、
 「古写本に多少の入れ違いがあったのは、むしろ当然であり、その入れ違いがあるゆえに疑難するとは、
 まったく見当はずれの妄難である」(日蓮正宗創価学会批判を破す 創価学会教学部編)
と、これまた見当違いの感情論で批判していましたね。

我田引水的で大変恐縮なのではありますが、宗教の法則5 "聖典は一日にしてならず"そのまんまですね。

2075問答迷人:2008/02/23(土) 13:33:44

パンナコッタさん

宗教の法則、非常に興味深く拝見いたしました。

まぁ、こんな他山の書、しかも偽書の疑いの濃い物を平気で御書全集に載せる大石寺の神経がわからない、と思っていましたが、正しく、聖典は一日にしてならず、ですね。必要に応じて、増幅付加されてゆく様が見て取れます。

有難うございました。大変勉強になりました。

2076外陣:2008/02/23(土) 17:25:54
問答迷人さん

>2070

御推定なさっておられる部分があるので小生にも推定することをお許しください。

相承書などその時代の地頭の権力からすれば問題にしなかったでしょうし力も持た
なかったでしょうね。あくまで御出家間での問題でしょうから。何から何まで世話
になっている地頭が御法門を歪め始めれば、どうしても其処から離れるしか方法は
ないのではなかったのでしょうか。

>先ず、御遷化記録は、日興上人の代筆で六通作成され、紙の継ぎ目には、立ち合う
事の出来た方々の署名で割り印がされています。正式の文書です。六人それぞれが
所持するようになっています。その場にいなかった六老には後日手渡すように設え
てある訳です。

先述していますようにそれが総じての付属ともいえるかもしれません。
なにも興尊だけがお弟子であるなどとは申し上げません。
問題は、例えば社長が引退する時に六人の部下がいたとして、皆間違いなく会社に
貢献してくれた幹部社員であり、自分がいなくなっても後をみんなでで頼むぞと云
うでしょう、それぞれに役割を与えるでしょう、そのなかにあって次の社長を一人
決めるのも普通ではないでしょうか。これも先述しましたように歴史をひもとけば
夥しいほどといいますか、常識になってはおりませんでしょうか。まさか社長の権
能を六つに分けて六人の社長がいるなどという組織は聞いたことがないです。
その際にたとえ年長の者や営業に功績があったりした者がいても、次代の社長とし
て自分の経営上の重大な発明というか秘密を授けているものを自分の替わりとして
社長と任命する。そういうことはどの社会でもあるのではないでしょうか。
それをここでは別付属と呼ばせていただいてるつもりです。
事実、その後本山の管長、別当として興尊をお認めになっていたのではないでしょ
うか他のお弟子さまたちも従っていましたでしょう。
そしてその新社長にだけ与えたのが本尊にまつわる秘密の御相伝でこれは一読した
らば人の目にやたらに触れぬようにしたのが新社長。
はじめは別当としてリーダーとして認めていた他のお弟子さまのなか、あるいは後
年になってその末流の方々のなかに「日興のところではこちらがあずかり知らぬ相
伝を口にしておるぞ」と騒ぎ始めるものもいたでしょうね。

とまあ安っぽい比喩で恐縮ですが、当方の漢字変換ソフトがなかなか云うことを
きかずに苦労しておりますので、誤変換や脱字など、また平易な語り方にてお許し
くださいませ。

2077外陣:2008/02/23(土) 17:26:46
犀角独歩さん

>偽物の証拠は、他スレ「身延相承書と池上相承書について」で議論し尽くされた
とおりです。そもそも、あなたの態度でいちばんいけないのは、過去の議論を無視
して、証拠を挙げず、断定的にものを書くことです。

そうですね、小生も少々断定的、説明の仕方、言葉の選び方が悪いかもしれません。
どうしても丁寧に肩を張ってタイプしておりますと嫌みでトゲのある語り口になっ
てしまっていますね。気をつけます。

”議論され尽くした”とは思えません。正宗側の言い分があまり見あたりませんし
それこそこちらから読ませていただければ一方的な論調論議で、説明する暇もない
隙もない偏った断定ばかりに映るのですよ。全部正宗が悪い、イカサマだ、インチ
キだという予定調和に受け取れてしまうのです。それが証拠にこうして正宗を信じ
ると発言すると侮蔑するかのような論調になってきます。
怒らせるようなことを云ってしまう小生も未熟ですが、それは独歩さんだって同じ
文言をお使いになっているのではないでしょうか。
小生は断定などしておりませんが。
お前はどう認識しているのかと尋ねられるから知っているささやかなことを一所懸
命タイプしてアップすれば「よくもこんなものを」と侮蔑されます。
独歩先生とか独歩師とか独歩さまとかお呼びしたくとも呼称統一というルールに従っ
て誠に冷や汗ながら「さん」で失礼させていただいている次第です。
理境坊さまについては当家の方でありますから「さま」とお呼びしたのがいけませ
んか。
>まあ、どうでもいいですが、わたしに対する傲慢不遜ないいっぷりに比し、
「理境坊法華講さま」という言い回しはふるっています(笑)
対等平等では貴方様に失礼になるのですね。わかりました。それではこれ以上不愉
快にさせたくありませんし、反論は許さないという雰囲気であることにもある種
疲れましたので、今回のお話はここまでとさせていただいても結構です。
独歩学兄から御指南ありました日蓮宗系のお寺でも散策して勉強させていただきま
す。

>> 大聖人はどなたに跡目を相続されたのですか?

>これまた、既に言い尽くされた議論です。日興の真筆が残る『日蓮聖人御遷化記録』

「定弟子六人事(不次第)。
蓮華阿闍梨日持、伊予公日頂、佐渡公日向、白蓮阿日興、大国阿日
朗、弁阿日昭。」
明確です。

六人に御相伝御相承があったなどとは、あまりに戯論です。失礼ながら嗤います。

>先にも記しましたが、日蓮が終生、拝んでいたのは釈迦一体仏です。
ほかに何か仏があるのでしょうか。

どうしたのですか? なにを仰るのかあまりの驚きにお返しする言葉がでません。
御書の何処にそんなことがありましょうや。興尊がいつそのような大聖人を虚仮
にするようなことを云ったのでしょうか。
はて、もしかして独歩さんは日朗門流でありましょうか?

>ここは、議論の場ですから、挙証も出来ない主張は問題外です。

ですから暫時挙証してまいろうかと思案しているのに勝手に問題外と排する独歩
さん、そんな貴方が許せないのですね小生は。”お山の大将俺一人後から来る者
突き落とせ”の新興宗教の親分の臭いがします。まさか一宗一派を立ち上げるご
計画がありはしないでしょうね。跡目は六人平等にするんですか?

ってこういう言い方が非礼なのでしょうが、貴方も相当偏ったところで修羅に堕
ちておられるようですから…お互い様ではないでしょうかね。

2078問答迷人:2008/02/23(土) 17:54:47

外陣さん

>何から何まで世話になっている地頭が御法門を歪め始めれば、どうしても其処から離れるしか方法はないのではなかったのでしょうか。

地頭は日向上人の意向を受けて、日興上人に逆らったのですよ。地頭と日興上人が表に出ていますが、根本は日向上人と日興上人との法門の違いなのですよ。地頭が自ら意思で日興上人に逆らったのでは有りません。二箇相承がもし存在しておれば、少なくとも日向上人は日興上人に従ったはずで、身延離山は有り得ないと考えます。

>次の社長を一人決めるのも普通ではないでしょうか。

だが、日蓮聖人はそうしなかったのです。六老を定めて、「不次第」と明記したのは、筆頭者を決めない、と言う意味ですよ。

2079外陣:2008/02/23(土) 17:59:14
犀角独歩さん
追記しますが、御説の大聖人随身の釈迦立像は修行中の釈迦ですよね。ですから
立ったお姿です。立ち姿の本佛など聞いたことも見たこともございません。
お悟りを表す仏像は皆お座りになっていること、独歩さんほどの知識人ならご存
じありますでしょう。

2080あまちゃん:2008/02/23(土) 18:20:23

飛び入りで申し訳ございません。
本来であればご挨拶を申し上げてから投稿するべきです、資料の提示のみの一回きりの投稿で失礼させていただきます。
法華講に所属しています。

独歩さんは当然この資料をご存知だと思いますが、他のお方はご承知ないと思いますので資料のみ提示させていただきます。
ご参考にしてください。
しかし、ご自身で資料をお調べになられないで投稿される方にはやれやれという感を得ます。

大聖人ご自身の持仏は釈迦一体仏です。

日興上人御自身が書かれた「御遺物配分事」です。
これは大聖人の御形見分けを記した資料です。
法華講内では絶対に信徒には見せない資料だと思います。
私は立正大学の図書館(身分を明かせば入れてもらえます)でこの資料を写し取ってきました。

*****
  注法華経一部十巻 弁阿闍梨。
【御本尊一体 〈釈迦立像〉 大国阿闍梨。】
 御馬一疋、小袖一 佐渡公。
 御太刀一、小袖一、袈裟代五貫文 侍従公〈和田丸〉。
 衣一、小袖一、袈裟一 越前公。
 御馬一疋〈鞍皆具、御足袋一、頭帽子、小袖一〉 白蓮阿闍梨。
 御腹巻、銭三貫文 伊与阿闍梨。
 御馬一疋、小袖一、手鉾 蓮華阿闍梨。
 小袖一 卿公。
 御馬一疋、小袖一、御念珠 筑前公。
 御小袖一、衣一、帷一 治部公。
 御小袖一、頭帽子 摂津公。
 御馬一疋、小袖一 大夫公。
 御小袖一 丹波公。
 御小袖一 和泉公。
 御衣一、銭一貫文 伊賀公。
 貳貫文 淡路公。
 一貫文 寂日房。
 ○○(二貫)文 信乃公。
 一貫文 出羽公。
 一貫文 帥公。
 一貫文 越後公。
 一貫文 但馬公。
 一貫文 下野公。
 一貫文 讃岐公。
 ○(二)貫文〈御布小袖一〉 妙法房。
 ○○○(一貫文)〈馬一疋、鞍皆具〉染物一 富田四郎太郎。
 一貫文 源内三郎。二貫文 椎路四郎。小袖一 四郎二郎。
 小袖一 滝王丸。
 御きぬ一 安房国新大夫入道。
 御きぬ一 かうし後家尼。御小袖一 安房国浄顕房。
 小袖一 同国義成房。御小袖一 同国藤平。

右、配分の次第、件のごとし。
弘安五年十月 日 執筆日興 在判。
日持花押。日興花押。日朗花押。日昭花押。
*****

私は信仰世界と学問世界は明確に切り分けています。

2081外陣:2008/02/23(土) 18:44:13
問答迷人さん
>地頭は日向上人の意向を受けて、日興上人に逆らったのですよ。地頭と日興上人
が表に出ていますが、根本は日向上人と日興上人との法門の違いなのですよ。地頭
が自ら意思で日興上人に逆らったのでは有りません。二箇相承がもし存在しておれば、
少なくとも日向上人は日興上人に従ったはずで、身延離山は有り得ないと考えます。

そうですね、日向師は板本尊も作ったとか聞きます。
例え二箇相承を見せても従うかどうか…。法門観が違っているのでしょうから。

つまりは学頭に迎え入れた日向師がのちに「何かあって」興尊と意見が合わなく
なって権力のある地頭を使って追い出した、ということですね。
その「何か」ということはここでは置かせていただくとして、もし将来「二箇相承」
がもしも出てきたら、無いと力説している方々はそのときどう詫びるのでしょうね。
腹切って詫びはしないでしょう。決して詫びることもなくまたなにか理由を付けて
いくのでしょう。きりもない無限ループですね。信心が根本から異なるのですから。

しかしながら先述のように反対派の日蓮宗でも写本として認めていたこともある
わけでしょう。なぜそれが執拗に執拗に忘れた頃になると出てくるのですかね。
たとえ燃えて失ったとするのであれば、それを出せ、見せろと詰め寄る人の意地の
悪い姿は仏家のものとは思えません。無いものは文証しようがないことを知ってい
て金科玉条のように責め続ける。状況証拠から推測することは可能ではないでしょ
うかね。じゃあ他門にはなにがあるのかとお尋ねしたいくらいです。

2082問答迷人:2008/02/23(土) 18:56:46

外陣さん

>例え二箇相承を見せても従うかどうか…。法門観が違っているのでしょうから。

先ず、見せたかどうかですね。北山の文書には、身延離山についての記述には、二箇相承は出てこないです。そんなに重要な相承書があったとしたら、日向上人に見せもせず、ノコノコと離山したのは可笑しいです。日蓮聖人が本当に二箇相承されたのなら、その相承を自ら日興上人が踏みにじった事になります。この点についてお答え下さい。

>じゃあ他門にはなにがあるのかとお尋ねしたいくらいです。

御遷化記録があり、日蓮聖人の本弟子たる事が記されています。これ程確かな証文はありませんね。

2083問答迷人:2008/02/23(土) 19:13:16

外陣さん

補足です。

>燃えて失ったとするのであれば、それを出せ、見せろと詰め寄る

日興上人の時代に、そのような相承書の存在を示唆する文書が残っておれば、少なくとも傍証にはなります。そして、そのような相承書が存在したのなら、身延離山という日蓮教団にとっての一大事において、なぜ日興上人への相承書が話題にも上らなかったのか。これは全く以って不可解です。もし、そのような相承書を日蓮聖人が残したとすれば、そんな一大事の時の為の準備で有ったはずです。

もし、跡目はお前だ、という遺言書を貰っておいて、跡目争いが起きたときに、それを出さなかったとしたら、日興上人は大馬鹿者と言うことになります。

2084犀角独歩:2008/02/23(土) 19:15:06

あまちゃんさん

有り難うございます。


外陣さん

結局、あなたは、自分が本物であると主張する証拠は何一つ挙げられませんでしたね。
所謂「本門戒壇の大御本尊」が本物の証拠はどうしました。二箇相承が本物の証拠はどうしました。「正宗」側の主張がないならば、あなたが挙げればよいだけです。
挙げて論じたら如何でしょうか。

あなたの書いていることは、議論ではなく、単なる希望的観測の羅列です。ですから、「問題外」です。なんでもかんでも石山が正しいと言った予定調和にはつきあえません。

釈迦一体仏が修行の姿であるという口上は、石山常套句、よく知っていますよ。
しかし、日興直筆の御遷化記録には「御所持仏教の事 御遺言に云はく 仏は釈迦立像」と書かれている以上、動きません。嗤うならば日興を嗤うことになります。
こうした都合の悪い文章を読み飛ばしてしか成り立たないような話は、ここでは通用しません。

> 理境坊さまについては当家の方でありますから「さま」とお呼びしたのがいけませんか。

これは意味が違います。だいたい言い換えています。あなたは「理境坊法華講さま」としていたのに、これを「理境坊さま」にすり替えています。まず、これが違います。
また、わたしが言ったのは、妙観講は理境坊預信徒で、ここの法華講は根檀家を指すので違うということです。

なお、日本の礼法では身内(当方)には尊称をつけないのがその在り方です。ですから、これも違います。これではいけません。

> 跡目は六人平等にするんですか?

そう日興が書き残している証文を挙げました。
違うというのであれば、そうした証拠を挙げればよろしいでしょう。

あなたが大きな勘違いをしていますが、証拠も挙げず、お山の大将をやっているのは、あなたの信仰でしょう。

さて、わたしは本日から地方出張なので、次の返信は火曜日以降とさせていただきます。
外陣さんの彫刻の明確な証拠の提示を楽しみにしております。

2085れん:2008/02/23(土) 19:18:48
横レス失礼します。

あまちゃんさん、初めまして。
御提示の池上所蔵の「御遺物配分事」ですが、立正では同筆の“身延山久遠寺番帳”とともに興師真筆とするものの、写真版を見ますと、この前後の御遷化記録や安国論問答などの確かな興師真筆と筆法が相違してますから、明らかに後世の(といっても室町期までは遡れるかもしれませんが)転写本に、各師の署名花押を加えたものと判断できます。これを一次資料として論ずるのは難しいでしょう。
あと、今の石山ですと、蓮祖のすべての法門は興師が相続したと言いますが、上代の石山歴代の日有や左京日教の文献によりますと、「日目の耳引き法門」と称し、三大秘法ないし、その中の本門本尊の一大事の法門は蓮祖は興師ではなく目師に直授したと主張していますね。
この一事のみとっても、現在の石山が主張する蓮祖から興師への唯授一人血脈相承というものは、かなり後世になって唱えられたことが解りますね。

2087あまちゃん:2008/02/23(土) 19:32:07
れんさん、はじめまして。
一回こっきりの投稿のつもりでしたが、御礼申し上げさせていただきます。

写真による筆法比較ですか。
思いもよりませんでした。
ご教示ありがとうございます。

2088れん:2008/02/23(土) 20:31:32
あまちゃんさん、こちらこそ、失礼いたしました。
ご丁寧にご挨拶戴き有難うございました。
池上蔵の御遺物配分事は難があるのですが、御遺物配分事には蓮祖門弟の日位写本があるので、この写本の日位筆が否定されない限りは、有効であるとは存じます。

2089独学徒:2008/02/23(土) 20:57:24

横レスにて失礼します。

他門には、日蓮大聖人御真筆の伝法曼荼羅が相伝されていますね。(日昭門流)

また堀日亨師が編纂顧問をつとめられた、昭和底本日蓮聖人遺文には、日蓮一期弘法抄とともに日朗御譲状が収録されています。
二箇相承がOKなら、日朗御譲状もOKでしょうね。

また、冨士教学研究会談義所にて、宗祖直弟子で身延山第3世となった、日進師の教示をまとめた日進上人仰之趣の、日興上人に関する部分を紹介していますのでご参照下さい。
日向師・波木井氏そして日興上人との事につき、生き証人でもあった日進師の言葉です。
http://ip1.imgbbs.jp/read3/fujikyougaku/4/14/

2090独学徒:2008/02/23(土) 20:59:11

また誤字がありました。

誤:昭和底本
正:昭和定本

失礼しました。

2091一字三礼:2008/02/23(土) 21:26:31
〉2079
外陣さん、横レス失礼します。

〉立ち姿の本佛など聞いたことも見たこともございません。お悟りを表す仏像は皆お座りになっていること、独歩さんほどの知識人ならご存じありますでしょう。

私は寡聞にしてまったく知らないことでしたが、これはどういう意味でしょうか。

立像の仏尊像なら、いくらでもありますよね。

マトゥラーの施無畏与願釈迦立像、清涼寺の生身の釈迦如来立像、神護寺の薬師如来像、高野山親王院の阿閦如来像、等々。

基本的に、仏の立像は、両足を揃えて直立した‘正立像’が多いようです。

‘お悟りを表す’とは所謂、‘仏形’のことですか。
それとも、‘印相’、‘持物’や‘衣’のことですか。

2092外陣:2008/02/24(日) 12:45:36
犀角独歩さん、問答迷人さん、一字三礼さん そして皆様へ

ご覧になっておられるとおり、小生も聞きかじりのような法門観でいつのまにか
此処に居並ぶそうそうたる御仁方に喧嘩をしかけてしまったような気がしてまい
りました。もとよりそのような気持ちはなく自分自身でも疑問に思っていること
悩んでいることなどを勉強させていただこうという姿勢で書き込むつもりでおり
ました。それぞれの立場は立場として虚心坦懐、是々非々として臨むつもりでお
りました。

なんとか自分なりに申し上げたいことを纏めようと四苦八苦いたしておりますが
準備もせずに重要なる事項について、つい尋ねられるまま安直に書き連ねている
恐れがありますので、まことに勝手なんですが少々休憩をいただきたくお願い申
し上げます。
挙証する資料など纏めまして再度また書き込みさせていただくこともあるかもし
れませんが、例えば「本尊問答抄」と「唱法華題目抄」、佐前佐後の御妙判など
の例をタイプしておりますが、時間もかかりそうなので少しくお待ちいただくこ
とご寛容くださいますよう重ねてお願い申し上げます。外陣拝

※ここ数日の応接でクタクタになりましたですわ。(苦笑)

2093そううそ:2008/02/24(日) 14:07:35
Sub:時既に遅しでしょうか?

外陣さん、羽さん
はじめまして。

創価学会の信仰に功徳はあるか?
http://blog.goo.ne.jp/soukagakkai_usotuki/
創価学会退会者の「そううそ」といいます。
ここで管理人をしている者です。

01.創価学会の信仰に功徳はあるか?を書く前に。 - 創価学会の信仰に功徳はあるか?
http://blog.goo.ne.jp/soukagakkai_usotuki/e/0020f051cd307bdb21de03b7934a1d1c
ここを読んで頂いてルールを守って頂けるのが前提でお願いがあります。

243.大御本尊に対する日蓮正宗系(創価学会、顕正会など)の言い分。 - 創価学会の信仰に功徳はあるか?
http://blog.goo.ne.jp/soukagakkai_usotuki/e/7a5bc04fc70058cf4e81ed3c8576a795

244.大御本尊の教団都合によらない見解(その1) - 創価学会の信仰に功徳はあるか?
http://blog.goo.ne.jp/soukagakkai_usotuki/e/d487e07cf1e3014c53c4ac8fef38fe5d

大御本尊図顕に関して 「いつ」「だれが」「どういう経過で」 という点に絞って記事を纏めてみました。
一部、引用になってしまい引用許可を得るか箇条書きに変えるか未定です。
この為、他にも一部完成していなのですが、議論は可能なレベルにあると思います。下記のURLについて

「具体的に、いつ、どこで、だれが、という事を明確にして文献や証拠はあるのでしょうか?」

信心で仰げ!、とか、謗法!とかの精神論でなくきちんとした証拠をお願いします。
「出来れば」で結構ですので日道の亡くなった 1341年2月26日 以前の証拠をお願いします。

証拠が有っても無くても私一個人は再度考えさせて頂きます。

2095問答迷人:2008/02/24(日) 18:43:23

外陣さん

どうぞ、お考えを纏められて下さい。書込みをお待ちいたしております。

2096龍門:2008/03/22(土) 23:54:13
れんさん 
はじめまして
龍門と申します。横スレ失礼いたします。

>御遺物配分事には蓮祖門弟の日位写本があるので、
>この写本の日位筆が否定されない限りは、有効であるとは存じます。

立正の中尾先生は、日位の筆勢と相違することから、当該文献を蓮華日持のものではないかとの論考があります。
その論文に提示されている写真をみる限り、当該文献を日位筆とは認めがたいとの意見には私も共感いたしました。
当時、当該文献が蔵されている池田本覚寺に問い合わせたところ、
「それはあくまでも中尾先生のお考えです」とのみ返答をいただきました。

いずれにせよ、すでに日位筆ということについて、異論がでている事実があります。

2097れん:2008/04/11(金) 12:34:18
龍門さん、初めまして。
私、先月下旬から病気しておりまして、ご返信が遅れましたこと、先ずお詫び申し上げます。

日蓮が釈尊を本尊としていたのは、真筆の神国王御書に文永八年頃の自身の仏前を「其外小菴には釈尊を本尊とし一切経を安置したりし」と表現していますので、釈尊の仏像を本尊としていたのはこれは動かないですね。弘安二年或いは同三年に係る真筆の盂蘭盆御書にも「あおぐところは釈迦仏、信ずる法は法花経なり」とあります。
ですから、日蓮が釈尊像を本尊としていたのは事実ですので、やや文献的に扱いづらい(第一級史料として扱えない)御遺物配分帳各写本を持ち出さずとも良いと思います。たしか日位本は日蓮宗事典に写真があったと思いますが、その年号の書き方が弘安五壬午年云々で、この書式は戦国時代以降のもので、鎌倉時代の年号書式とはことなるので、その点からも、かなり後世成立の写本と思われ、伝日位本が日持筆というのも有り得ない思います。

2098龍門:2008/04/14(月) 14:48:11
れんさん

私もれんらんの仰るように、伝日位本が日持筆というのはあり得ない話打と思っております。
ですから中尾先生の論攷を見た時にかなりびっくりしました(笑)
いずれにせよ、宗祖御遷化記録には真正なる日興上人の署名御花押が記されており、
対して、御遺物配分事には署名の下に「在判」とある以上日興上人の記された文献でない以上、
これからの上代の教団史を研究していく途上では、後者の内容に関する扱いには十分きをつけなくてはいけないなぁと勝手に思いました。

2099龍門:2008/04/14(月) 14:49:14
>2098

誤植が多くてすいません。

2100:2008/05/08(木) 18:11:41
以前このスレで独歩氏を叱責したものです。
>>1960さんの意見を参考に、稚拙ながら掲示板とブログを新設しました。

法華論議http://bbsss.net/nichi1/
法華講説http://namumyouhourengekyou.blogspot.com/

2101:2008/05/08(木) 18:16:01
>>2093
不信謗法というものが法華経に説かれていますので
御本尊に関しては慎重にするのが信徒の義務と考えます。

2102犀角独歩:2008/05/08(木) 18:16:04

はて、わたしは、叱責をされた記憶もありません。
また、叱責をするのであれば、偽物に拠らず、本物を持ってきてください。

2103犀角独歩:2008/05/08(木) 18:17:34

それと、わたしは、旦さんがいう信徒ではありませんので、言われるような慎重になる理由もありません。

2104:2008/05/08(木) 18:19:07
はて、ここの題目には信徒の掲示板とありますが…

2105犀角独歩:2008/05/08(木) 18:22:06

信徒の掲示板に、信徒でないものが投稿してはいけないというきまりは、ここにはありません。
あるのは、文献を挙げるのであれば、それが真蹟である証拠を示すことです。
「法華講説」HPには、偽書が堂々と載っていますが、これが本物であることを証して、はじめて、議論になります。
こんなページを紹介するのであれば、この書が、日蓮の真筆であることをまず証することです。

2106管理者:2008/05/08(木) 18:25:40

旦さん

掲示板の主旨は以下のとおりです。

2.各所属団体の活動に疑問を持つ方々の心情の吐露の場

4.富士門流の改革を外部から支えてくれる人達の場

信徒に限定しておりませんので、宜しくお願い致します。

2107:2008/05/08(木) 18:30:14
>>2105
一、御抄何れも偽書に擬し当門流を毀謗せん者之有るべし、
若し加様の悪侶出来せば親近すべからざる事。

と日興上人が定め置かれておりますので、いずれも偽書に擬す独歩氏に親近してしまうと
旦の方が遺戒置文の一条を破ってしまい、富士門流信徒でなくなってしまう恐れがあります。
文証が信じられないなら、現証の議論になるかと考えます。

ここでの論議は以前と同じように、管理人さんに発言削除・アク禁される恐れがありますので
何か仰せられたいことがあれば、http://bbsss.net/nichi1/で受け付けています。

2108犀角独歩:2008/05/08(木) 18:36:04

所謂『日興遺誡置文』の一節ですね。
では、この書が日興のものであるという証拠はどこにありますか。

また、わたしが「いずれも偽書に擬す」ということですが、どのような偽書を用いたというのでしょうか。具体的に示してください。

もう一点。『日蓮一期弘法付嘱書』は、明らかな偽書です。こんなものを持ち出すことが、まさに「御抄何れも偽書に擬し当門流を毀謗せん者」とは、旦さん、あなた自身のことでしょう。天に唾する者は己の面に、自らの唾がかかります。

2109管理者:2008/05/08(木) 18:47:24

旦さん

>ここでの論議は以前と同じように、管理人さんに発言削除・アク禁される恐れがありますので

一言申し上げておきます。

以前、投稿禁止になった方が、性懲りも無く、ハンドルを変えて、再投稿されても、ルールを遵守されるのであれば、再投稿を禁止するルールは今の所、ありません。

2110:2008/05/08(木) 19:52:17
>>2108
偽書に擬す、というのは
偽書だと疑うという意味と考えますが
日蓮一期弘法付嘱書を偽書ということが
遺戒置文の禁に当たります。
天に唾うんぬんは独歩さんではないでしょうか。。
旦は何も偽書に擬してはいません。

2111:2008/05/08(木) 19:57:10
>>2109
以前もルールは順守させていただきましたが
また管理者さんの逆鱗に触れてしまうのでしたら
手前味噌ですが、旦が用意した場所で、
論議したいと考えています。

2112犀角独歩:2008/05/08(木) 20:05:05

旦さん

なるほど。
では、以下の文を偽書ということは日興の誡めに当たるわけですね。

譲与
南無妙法蓮華経
末法相応一閻浮提第一立像釈迦仏一体
立正安国論一巻 御免状
右為妙法流布一切利益於法華経中一切功徳者所与大国阿闍梨也。至尽未来際為仏法捨於身命一心可弘通妙法者也。夫迹本雖広不出妙法五字。昔迹今本也。広略要之中取要中要可令弘通一閻浮提。雖撰肝心要豈捨広略哉。迹門実相説者是久成之本也。寿量遠本依迹顕也。今此迹本二門共皆迹仏説也。迹無本者不得顕本。本無迹者依何垂迹。本迹雖殊不思議一也。是此経一部正意也。亦是如来第一実説也。釈尊一代之深理亦日蓮一期之功徳無残所悉所付属日朗也。寿量品云我本立誓願乃至皆令入仏道毎自作是念乃至速成就仏身。
 弘安五年十月三日   日蓮  花押


また、その次の項目である「偽書を造って御書と号」すことへの禁誡はどうなりますか。

2113:2008/05/08(木) 20:28:56
>>2112
いいえ。本迹一致を唱える偽書を作るものを見ましたら
富士門流では師子身中の虫と心得なさいと
日興上人は仰せられます。
よってその偽書の制作者は師子身中の虫となります。

2114犀角独歩:2008/05/08(木) 20:30:48

自分に都合の悪いところはとばしちゃ駄目ですよ(笑)
日朗譲状を偽書に擬してはいけないわけでしょう。
こちらの件は、どうしました。

2115:2008/05/08(木) 20:38:45
おかしいですね。
御抄が偽書になることがあり得ないように
偽書が御抄になることもあり得ないと考えます。
遺戒置文にいう、当門流の当とは、日朗でしょうか。
旦は日興門流のことだと考えます。

2116犀角独歩:2008/05/08(木) 20:41:49

では、「御抄」とは何で、「御書」とは何ですか。

2117:2008/05/08(木) 20:45:47
ゆえに、当門流を誹謗しているのは、
独歩氏ということになります。

2118犀角独歩:2008/05/08(木) 20:46:56

旦さん、2116に応えてください。

2119:2008/05/08(木) 20:52:50
>>2116
どちらも宗祖がしたためられた御文
という意味だと考えます。

2120犀角独歩:2008/05/08(木) 21:07:24

あなたの考えを聞いているわけではありません。日興門流の考えを談じているのではありませんか。

日興の時代には、まだ御書の多くが一堂に集まっていたわけではありません。
故に『富士一跡門徒存知事』のなかには、この「御抄」が何であるかが明示されています。

聖人御書の事。付けたり十一箇条
彼の五人一同の義に云はく、聖人御作の御書釈は之無き者なり。縦令少々之有りと雖も、或は在家の人の為に仮名字を以て仏法の因縁を粗之を示し、若しは俗男俗女の一毫の供養を捧ぐる消息の返札に、施主分を書きて愚癡の者を引摂し給へり。而るに日興は聖人の御書と号して之を談じ之を読む、是先師の恥辱を顕はす云云。故に諸方に散在する処の御筆を或はすきかえ(漉返)しに成し、或は火に焼き畢んぬ。此くの如く先師の跡を破滅する故に具に之を註して後代の亀鏡と為すなり。
一、立正安国論一巻。
  此に両本有り、一本は文応元年の御作、是最明寺殿と要を取って法光寺殿へ奏上の本なり。一本は弘安年中身延山に於て先本に文言を添へたまふ、而して別の旨趣無し、只建治の広本と云ふ。
一、開目抄一巻、今開して上下と為す。
  佐土国の御作、四条金吾頼基に賜ふ。日興所持の本は第二転なり、未だ正本を以て之を校せず。
一、報恩抄一巻、今開して上下と為す。此の中に弘法の面門俄かに開く事。
  身延山に於て本師道善房聖霊の為に作り清澄
寺に送る、日向の許に在りと聞く。日興所持の本は第二転なり、未だ正本を以て之を校せず。
一、撰時抄一巻、今開して上中下と為す。
  駿河国西山由井某に賜ふ。正本は日興に上中二巻之在り、下巻に於ては日昭の許に之在り。
一、下山抄一巻。
  甲斐国下山郷兵庫五郎光基の氏寺平泉寺。直ちに御自筆を以っ
て遣はす。 住僧因幡房日永追ひ出ださるゝ時の述作なり、正本の在所を知らず。
一、観心本尊抄一巻。
一、取要抄一巻。
一、四信五品抄一巻。法門不審の条々申すに付いての御返事なり、仍って彼の進状を奥に之を書く。
  已上三巻は因幡国富城荘の本主今は常忍、下総国五郎入道日常に賜ふ、正本は彼の在所に在るか。
一、本尊問答抄一巻。此の御書は□
一、唱題目抄一巻。
  此の書は最初の御書なり、文応年中常途の天台宗の義分を以て且く爾前と法華の相違を註し給へり、仍って文言義理共に爾なり。
一、御筆抄に御書毎に於て法華本門の四字を加ふ、故に御書に之無しと雖も日興今義に従って之を置く、先例無きに非ざるか。

ここに、旦さんがいう『日蓮一期付嘱書』は入っていません。それにもかかわらず、どうして、この書を「御抄」と言えますか。また、あなたがいう『日蓮一期付嘱書』には「法華本門」の四文字もありません。

あなたの言うことは、当門流に違反しています。

2121:2008/05/08(木) 21:27:54
聖人御書の事。とありますから
やはり聖人がしたためた御文を
御書、あるいは御抄といわれていることが拝せます。
また日興上人は数ある御書から十大部を選出したといわれています。
日蓮一期弘法付嘱書には、「本門弘通」「本門寺」とあることから
本迹一致ではなくて本迹勝劣と拝せます。

2122犀角独歩:2008/05/08(木) 21:37:03

あなたの考えを聞いているわけではありません。
『富士一跡門徒存知事』にあなたの言っていることが違反していると言っているのです。

2123犀角独歩:2008/05/08(木) 21:48:37

もう少し具体的に記しましょうか。
2121の旦さんの記述は、『日興遺誡置文』がいう「御抄」を定める『富士一跡門徒存知事』と違い、つまり、『日興遺誡置文』『富士一跡門徒存知事』と違う、日興門流あらざる考えだと言っているのです。

だいたい本門寺とあればいいのならば、池上本門寺でもよいわけですか。

2124犀角独歩:2008/05/08(木) 22:19:45

旦さん

では、返信がないようなので、本関はこれにて休ませていただきます。
なお、勧めるジャンプを見たところ、顕正会・浅井さんのことが出ていたので、二つ、お聞きしておきます。

(1) 浅井さんは、2010年までに1億人を折伏すると「日蓮大聖人」に誓いましたが、なぜ、これを守らないのでしょうか。
http://blog.livedoor.jp/saikakudoppo/archives/51254826.html

(2) 浅井さんは、日布氏書写本尊は顕正会には1体しかないといっていたのに、全国の会館にあるのは何故でしょうか。
http://blog.livedoor.jp/saikakudoppo/archives/51255783.html

以上2問の解答、以下、スレッドまで解答をお願いします。

顕正会の実態を検証する
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/364/1041207951/

2125犀角独歩:2008/05/08(木) 22:20:28

間違えました。 ×本関 ○本夕

2126:2008/05/08(木) 22:38:12
>>2123
独歩氏の独自な観点からすると
何がどう違うのか、具体的にお願いできますか。

2127犀角独歩:2008/05/09(金) 06:03:59

わたしの独自な観点ではないです。『五人所破抄』の観点です。
『五人所破抄』では『日蓮一期弘法付嘱書』は挙がっていません。何故ですか。

2128犀角独歩:2008/05/09(金) 06:23:53

【2127の訂正】

誤)わたしの独自な観点ではないです。『五人所破抄』の観点です。
『五人所破抄』では『日蓮一期弘法付嘱書』は挙がっていません。何故ですか。

正)
わたしの独自な観点ではないです。『富士一跡門徒存知事』の観点です。
『日蓮一期弘法付嘱書』では『日蓮一期弘法付嘱書』は挙がっていません。何故ですか。

2129:2008/05/09(金) 06:28:24
五人所破抄の十書は十大部といい
日興上人が選出されたものといわれています。
遺戒置文にいう御抄が、十大部しか指さない
という意見は、独歩さんの独自の考えのようですが
少し無理があるように思います。

また五人所破抄の意図するところは
富士山の本門寺や、日興上人のみが後継ということですから
五人所破抄自体が、日蓮一期弘法付嘱書の存在を裏付けていると拝します。

2130:2008/05/09(金) 06:34:25
>>2128五人所破抄ではなく
富士一跡門徒存知事でした。

2131犀角独歩:2008/05/09(金) 06:44:25

旦さん

> 五人所破抄自体が、日蓮一期弘法付嘱書の存在を裏付けている

具体的にお願いします。

2132:2008/05/09(金) 06:50:03
失礼ですが、ここは一スレッドが膨大で
携帯から見ると大変重たいので
続きは先にリンクを張った掲示板で
論じていきたいと考えます。
何か御意見があれば、ぜひ投稿して頂きたいと思います。

2133犀角独歩:2008/05/09(金) 06:53:10

あなたが、リンクを貼った掲示板を利用する意思はありません。
わたしは、自分の発言に責任を負うために、あちらこちらに書き散らさないことにしています。
こちらでお願いいたします。

2321の回答も、顕正会への二つの回答もこちらでお願いします。

2134犀角独歩:2008/05/09(金) 22:31:51

旦さんは、こちらも、結局、応えじまいですか。
要するに、人に難癖をつけて、自分の作った掲示板の宣伝に来たわけですね。
こちらの掲示板に投稿する人々は、顕正会の幼稚な教学に興味を懐くレベルの人は残っていないでしょう。せいぜい、自分で作ったもので、自分に都合のいいことを書くぐらいしかできないでしょう。これもまた、お気の毒な話です。

『富士一跡門徒存知事』は五人と日興の考え方の相違を論じたうえで、日興に正義があることは述べますが、それが直ちに、日興が唯授一人の「本門弘通大導師」とは言っていません。つまり、『日蓮一期弘法付嘱書』と『富士一跡門徒存知事』を結ぶものは何一つありません。

こうしたものをモンタージュして、つなぎあわせて、牽強付会する様は、まるで日興門下の『フランケンシュタイン』物語といった様相を呈しています。日蓮、日興とはまったく無縁で、違うストーリーに仕上がっています。

『日蓮一期弘法書』と呼ばれるものを偽書というのが悪いのではなく、真偽の検定もせず、はなから、本物であると決め込んで、それを偽書とすることを罪悪視するという発想が悪いのです。もっとも、歯にくっついた肉が700年生きているといって憚らないオカルトを信じているのでしょうから、まとも議論は、やはり、できないのは致し方がないことでしょうね。

2135偶ロム偶ログ:2008/05/10(土) 04:29:18
「法華講説」「法華論議」のサイトをざっと拝見したが、法華と冠しているのに、
法華経についての稿が見当たらなかった。
「ご金言」とか「御書」とか「浅井先生」はあるのに・・・。
まあ、偽書を掲載しているのは、顕正会がそれを使用しているからなのだろうが、
底本になにを使用しているのかが全く記されていないのは如何なものか。
これも、おそらくは浅井会長の講義録に掲載されたものをそのまま使っている
のかと思うのだが、そもそも浅井氏の使用している「御書」の本文テキストは
何れの書籍からのものか、これも全く明らかではない。
顕正会が独自に「御書全集」のようなものを編纂し出版しているのであれば、
それをテキストとして使用することも可能だろうが、ずいぶん昔に出版すると
発言してはいたが、いまだに実現していない。
さて、底本は「学会版」「平成新編」「昭和新定」の何れかなのだろうか。
それとも「昭和定本」「行道文庫版」「平成類纂」など他宗のものだろうか。
ぜひとも教えていただきたいものである。

2137偶ロム偶ログ:2008/05/11(日) 02:32:12
>>2136

は?
私は、「日蓮大聖人の御書が法華經について何も言及されてない」などとは記
してはいませんよ。
記してもいないことを仰有るのは幻覚といいます。

日蓮の数ある「御書」の内、法華経について言及していないものはないという
ことなのですか?
私は、日蓮の数ある「御書」の内、法華経について言及しているものについて、
それを一般的に「御妙判」という、そんな初歩レベルの話をしているわけでは
ありません。
もっともあなたはそれすらも承知されていないようですが。

「御書」に法華経についての言及があるのは当たり前ではないですか(笑)。
私は、あなたのサイトに「法華経についての稿が見当たらなかった」と書いて
いるのです。
的外れどころか的すらない難癖をつけるような真似を日蓮はしましたか。
あなたの難癖はあなたが日蓮の弟子ではないことを印象づけているのですよ。
「節穴」云々の前に、私があなたに対して発言したことについて、まづひとつ
ひとつ発言する、それが論議のあり方であって、それを「論議講説」というの
ですよ。
それすら弁えていないあなたが、「法華講説」「法華論議」など片腹痛いどこ
ろか、法華経や日蓮に対して僭越、不敬の極みでしかありません。
廃刀令以前であれば、私はあなたを無礼打ちしますよ。

私はいくつもの疑問をすでに提出しています。
それに対して、節度ある返答がいただけないのであれば、今後あなたの発言に
ついては日本語の理解能力が欠如した唐人の寝言として理解します。

蛇足ですが、あなたが>>2136で書かれた>>2134に対する暴言についても不愉快
きわまりないものです。
あなたは、これまで当掲示板でさまざまな人たちが悩み苦しみながら発言し、
かつ論証してきた内容を読んでもいないのですか。
1、日興上人に正義があるという論拠
2、唯授一人の本門弘通大導師という論拠
これらについて、全く根拠が無いということは、当掲示板ですでに言い尽くされ
てきたことです。
それでもあなたが斯様に主張するのであれば、論議の蒸し返しにならない、新た
な論点と論拠を提出しなければなりません。
このような単純な道理も分らないのであれば、あなたの頭は七つに割れているの
であろうかとの疑いを持たざるをえません。

だいたい、偉そうなことを宣うあなたは、日蓮どおりの勤行をしていますか。
顕正会流の勤行など、日蓮とは全く関係のないものでしかありません。
日蓮どおりの勤行をしていないものが日蓮や法華経をあがめようと無意味です。
これについても当掲示板ですでに論じられています。

2138管理者:2008/05/11(日) 06:32:04

旦さん

>貴殿の目は節穴としか言いようがない。

もう止めませんか。反論に対して、このような侮蔑で応ずるのはルール違反です。

当掲示板の禁止事項を再掲します。

【禁止事項】

2「非礼・無礼、人権侵害、言葉の暴力」等の侮辱表現、侮辱発言は、理由の如何を問わず堅く禁止します。もし、そのような表現や発言が見うけられた場合は、管理者がその都度、御注意申し上げると共に、その該当する表現、発言を含むレス全体を削除致します。なお、管理者の制止を無視して、侮辱表現、侮辱発言を続けられた場合は、以後の投稿をお断りする事になりますので、予め、御承知置き下さい。

このルールにより、あなたのレスは削除します。以前、投稿禁止になったあなたが、臆面も無く、ハンドルを変えて、ルール無視の投稿を続ける事を容認するほど、この掲示板のルールは寛容では有りません。

旦さんを再度投稿禁止にします。

2139れん:2008/05/18(日) 18:44:24
参考までに
1、二箇相承
これは、西暦1400年代に保田と北山の通用により、北山の日浄師から保田の日要師が伝来した北山関係の文書の切り紙の中にあるものと日尊門流の日広師の写本が最古写本ですが、それ以前において確実な文献においては二箇相承の存在を示すものはなく、このことから、二箇相承は、北山の日浄師が、石山や西山との正嫡論争における北山正当論の証拠となる文書として、同寺に所蔵される蓮祖真筆の貞観政要等の筆跡を参考にしつつ作成したものでしょう。また、日要師の写した北山の文書には二箇相承とともに、“本門寺大堂本尊”の“裏書”の写しもあります。北山の日殿師の申状によると、北山では自山を本門の戒壇と規定し、本門寺大堂本尊が三堂の内、本堂(法華本門寺根源)に懸ける漫荼羅としており、当時の北山文書を通読しますと、北山においては、二箇相承に見える“富士山本門寺戒壇”の漫荼羅は“本門寺大堂本尊”であったことが理解出来ます。
このことから分かるように、二箇相承は、あくまで北山で偽作され使用された文献で、石山でいう“唯授一人血脈相承”や石山の“お板”とは何の縁もゆかりもない文献ですね。天正年間の北山と西山の紛争により本門寺大堂本尊と二箇相承が紛失したあと、石山日主が二箇相承と“お板”腰書きの写本を作成していることから、北山の重宝紛失のドサクサに紛れて、日主が日道門流版の“戒壇本尊”を作成し、日道門流の正嫡論を主張したと見るのが至当です。日道門流に於いては、模刻板本尊は日影・日有の時代から見えますが、日道門流に於いて“戒壇本尊”としての漫荼羅(お板)の存在を示す歴代の文献の初見は日主ですので、日道門流における“戒壇本尊”を作成したのは日主でしょうね。

2、日興遺誡置文

これも、日興師の真筆や直弟子による写本は現存せず、確かな最古写本も保田日我師と要法寺日辰師のもので、時代も戦国時代後期まで下るため、日興師真撰説は証明が不可で、寧ろ後世に作成された偽書の可能性が高く、あくまで門流文書として扱うのが普通です。

2140顕正居士:2008/05/18(日) 19:07:26
そもそもこの文書は大石寺との抗争で北山が実物を提出したことがあります。
(以下「素朴な疑問」にずっと前に投稿したものです)

「永正年間大石寺日鎮師は「富士山本門寺なる號は本門戒壇建立以後初めて公称
すべきものなるにも拘はらず重須が本門寺と號するは興師の正意にあらず」と
主張したから重須本門寺日國師は小泉久遠寺日継師と共に之を領主今川氏親に
訴へ、斯くて氏親の前に於て対決となったその時重須方から呈示したのが所謂
二箇の相承である、其時氏親は其等を以て真書として左の判決を下して居る。

従日蓮聖人的々相承並本門寺々號支証明鏡之上領掌無相違者也 仍状如件
永正十二年乙亥(祖滅二三四)六月二十六日 修理大夫 書判 本門寺日國上人」

「富士日興上人身延離山の研究」
(早川一三著、昭和11年刊、同48年再刊ニチレン出版)

*日蓮聖人従(よ)り的々(ちゃくちゃく)相承並に本門寺々號、支証明鏡の
上は領掌相違無き者也、仍(よ)て状(さた)件(くだん)の如し。
*早川一三-後、北山本門寺法主。

2141犀角独歩:2008/05/18(日) 19:18:17

れんさん

『貞観政要』については、上杉師のところにお邪魔した折、お聞きしたことでした。たしか、戦前かに、これを売り出したことがあったということで、そのときの広告のコピーを頂戴した記憶があります。
この『貞観政要』と『二箇相承』の写本は、筆跡で一致しますか。

日主の造立説は、説得性がありますね。腰書きは、ともかく、このときの本体は、何を原本に用いたとお考えになりますか。

2142れん:2008/05/18(日) 21:06:43
顕正居士さん
二箇相承が、北山日国師時代の北山と石山との係争において、北山が使用した実例をお示しくださりありがとうございます。


犀角独歩さん
貞観政要の複製が戦前の北山から刊行されたことは存じ上げております。
二箇相承の正本は天正年間の紛争で紛失してしまったため、筆跡を照合することは不可ですが、二箇相承の日耀写本や日健写本の写真を見る限り、それぞれの筆跡から底本とした二箇相承を忠実に写し取ろうとする意志は伺えるので、それを踏まえて見比べますと、二箇相承写本をみる限り、その底本となった二箇相承は、貞観政要北山本の筆跡を参考にしているのだろうとの印象を受けます。
石山日主が作成した可能性の高い石山版の戒壇本尊については、腰書き写本以上の情報がないので、なにを原本にしたのか、特定は不可能ですが、日鎮・日院・といった日主の先師ならびに日主自身、また日主以後日精辺りまでの歴代の漫荼羅の画像が得られれば、その相貌から、ある程度の当時の彫刻の相貌を推定することは可能かと思われます。そこから、原本を考察出来るかもしれません。

2143犀角独歩:2008/05/18(日) 21:26:06

れんさん

有り難うございました。

「富士山に本門寺…」ではなく、「富士山本門寺」であるとは、かつて顕正居士さんも指摘されたことでしたね。併せて、『貞観政要』からの拾字、もしくは参照したということが立証されれば、さらに二箇相承の実態が闡明になりますね。

日主であれば、安82本尊が、初代彫刻の原本であれば、自然ですね。しかし、そうなると、これをほかの物に何故、取り替えなければならないかの説明がつきません。あの時代に、ほかに戒壇本尊の下図にできるような大幅の本尊が、ほかになにかあったのでしょうかね。

2144れん:2008/05/19(月) 20:23:46
犀角独歩さん

日主の“霊寶虫払い日記”には二通あります。元亀四年八月十九日のものには「御筆之大本尊、一包、同三包」とあり、天正八年七月七日のものには「御正筆御本尊、四包」とあります。これにより、日主の時代には蓮祖真筆として伝来した漫荼羅が四幅あったことが分かります。包の字が鋪の字の当て字ならば、この四幅は紙幅と判断されます。この四幅が現存の石山のどの紙幅の漫荼羅に該当するかは不明ですが、この中には日影・日有の時代からの伝来が確認される安82が必ず入っていると見るのが至当ですから、元亀のモノに見える「御筆之大本尊」は安82と見てよいかもしれません。
犀角独歩さんのご指摘のように、私も石山におけるそもそもの戒壇本尊として用意したのは安82であったろうと思えます。が安82は弘安三年ですから、お板を作成した際は、安82を底本としつつも、例のパッチワーク技術で底本の年月日は使用せず、且つ日興師の漫荼羅を参考に、明星天や龍樹・天親・章安・妙楽を加えて別幅の漫荼羅を作成し、腰書きとの一応の整合性を持たせた可能性も有りと思われます。

2145れん:2008/05/19(月) 21:12:15
なぜ、他のものと取り替えなければならなかったのか、を考えますと、江戸時代に入り、京都要法寺から入寺した貫首あたりの発案でしょうか?安82を紫宸殿御本尊と称するようになってから、別仕立ての“戒壇本尊”が必要になったが故…ということでしょうか。となると、初代彫刻は案外安82のままで(さすがに年号は使わなかったでしょうが)、二代目以降から安82と歴代漫荼羅のパッチワークや、その後入手した漫荼羅を底本として再造が繰り返されたということになると存じます。

2146犀角独歩:2008/05/20(火) 10:45:29

れんさん

重ねてご教示、有り難うございます。
仰る筋、賛同します。

2147彰往考来:2008/05/25(日) 13:45:56

日主師のお虫支払い記録にある御本尊

日主師のお虫支払い記録にある御本尊四幅がどれをさすのかは興味ある点です。
元亀4(1573)年8月19日のお虫払いでは、
「御筆の大本尊一包同く三包」(『富士宗学要集 第8巻』(以下『富要集8巻』と略します)昭和53年、創価学会、43頁)とあり、
天正8(1580)年のお虫払いでは、
「御正筆の本尊四包」(『富要集8巻』44頁)とあります。要はこのころ四幅の宗祖御本尊が富士大石寺にあったという記録内容です。なお、私は“包”は“幅”の略字ではなく、まさしく御本尊が包んであったと解釈しています。「御つゞら(葛篭)」(『富要集8巻』43, 44頁)が出てきますので葛篭に入っていたことは間違いないでしょう。
さて、この四幅の中に弘安3年3月の紫宸殿御本尊(第82番本尊)が含まれるであろうことはこの御本尊が文安2(1445)年に9世日有師により模刻され(『富要集8巻』194頁)、紙幅の御本尊が現在も富士大石寺に蔵されている(『富要集8巻』178頁)ことから疑問はないでしょう。
では、他の三幅がどれであったか推定できる可能性のある資料をみてみましょう。
京都要法寺の日陽師による「祖師伝 同付録」の「釈の日陽」の項(『富要集5巻』59頁)に、
「(元和三(1617)年)四月廿四日大石寺に着く、(中略)御霊宝等残らず頂拝す、中にも日本第一の板御本尊、紫宸殿の大曼荼羅、病即消滅曼荼羅、其の外曼荼羅数幅」
とあります。この記録は元和3(1617)年はお虫払いのあった天正8(1580)年と時期的に極めて近く、かつ御本尊数もほぼ一致するので参考にできます。「紫宸殿御本尊」が記載され、それとともに「病即消滅曼荼羅」が記載されています。この「病即消滅曼荼羅」は、『富要集8巻』177頁に「建治二年太才丙子八月十三日」とある御本尊が該当すると考えます。これは『日蓮正宗大石寺』(昭和45年、東西哲学書院、89頁)に、
「病即消滅不老不死御本尊
建治二年(1276)太歳才丙子八月十三日の大聖人ご真筆の御本尊である。讃文に「病即消滅不老不死」の経文がしたためられてあるので、古来この称がある」
とあることから明らかです。建治二年の「病即消滅曼荼羅」(「病即消滅不老不死御本尊」)が日主師のお虫支払い記録にある御本尊四幅のうちの一幅であることはまず間違いないとみてよいでしょう。四幅のうち二幅が明らかになったと考えます。

2148彰往考来:2008/05/25(日) 13:46:40

2147の続きです。

天正8(1580)年のお虫払いからもう少し時代が下がりますが、文政6(1823)年の富士大石寺44世日量師による「富士大石寺明細誌」(『富要集5巻』335頁)に、
「一、蓮祖真筆大漫荼羅 三枚継    一幅
 弘安三太歳庚辰三月日、紫宸殿の本尊と号す、伝に云ハく広布の時至りて鎮護国家のために禁裏の叡覧に入れ奉るべき本尊なり云云。
一、同本門寺重宝大漫荼羅      一幅
傍書に云ハく弘安三年庚辰十一月、本門寺重宝たるべきなり。
一、同 病即消滅の漫荼羅      一幅
傍書に云ハく建治二年丙子八月十三日、又死活の本尊と号するなり。
一、同 紺紙金泥の漫荼羅     一幅
傍書に云ハく文永元甲子二月十五日。
一、同 漫荼羅          九幅       」
とあります。
ここで日主師のお虫支払いの記録にある御本尊四幅のうちの二幅と思われる「紫宸殿御本尊」と「病即消滅曼荼羅」を含めた四幅の御本尊記載が「富士大石寺明細誌」にあることは興味があるところです。板本尊以外の宗祖御本尊総数は十三幅ですが残り九幅は十把からげです。
「富士大石寺明細誌」にある弘安三年十一月の「本門寺重宝大漫荼羅」と文永元年の「紺紙金泥の漫荼羅」が天正8(1580)年のお虫払い時の残り二幅であると断定はできませんが可能性はあるでしょう。

弘安三年十一月の「本門寺重宝大漫荼羅」は、『富要集8巻』177頁に「弘安二年太才己卯十一月日、俗日増に之を授与す、(開山上人御加筆)本門寺重宝たるべきなり」とある御本尊が該当すると考えます。弘安二年と弘安三年の違いがありますが、これはどちらか判断できません。『日蓮正宗大石寺』(昭和45年、東西哲学書院、89頁)には、
「本門寺重宝御本尊
弘安三年(1280)太歳庚辰十一月 日、俗日増授与の大聖人ご真筆の御本尊である。
「本門寺重宝たるべきなり」との日興上人のご加筆があるので、〝本門寺重宝御本尊〟という。
(丈49センチ 幅41センチ)                   」
とあり、寸法から一紙の小振りの御本尊であることがわかります。
『富要集8巻』では「弘安二年太才己卯」、『日蓮正宗大石寺』では「弘安三年太歳庚辰」と干支(己卯&庚辰)がそれぞれの元号年(弘安二年&弘安三年)に対応して書いてあるのにはあきれます。これでは「二」と「三」の見間違いという単純なものではなく、どちらかが完璧に間違っています。実見できれば相貌だけで弘安二年であるか弘安三年であるかは解かるはずです。
管見に入った日蓮正宗関係の資料ではどう書いてあるか相別してみましょう。

2149彰往考来:2008/05/25(日) 13:47:31

2148の続きです。

<弘安二年とあるもの>
堀日亨編『富士宗学要集 第8巻』昭和53年、創価学会、177頁
山口範道『日蓮正宗史の基礎的研究』1993年、山喜房佛書林、154頁
阿部日顕監修『日蓮大聖人正伝』昭和56年、日蓮正宗総本山大石寺、476頁

<弘安三年とあるもの>
日量「富士大石寺明細誌」(『富要集5巻』335頁)
『日蓮正宗大石寺』昭和45年、東西哲学書院、89頁
『富士年表』昭和56年、富士学林、48頁

といったところです。
これではどちらが正しいのか判断できませんが、私は弘安三年ではないかと思っています。『日蓮正宗史の基礎的研究』は『富要集8巻』の引用みたいですし、意外に誤記があります。『日蓮大聖人正伝』は読んでいても史実感が伝わってきません。
反対に『日蓮正宗大石寺』は『日蓮正宗史の基礎的研究』の誤記箇所が間違っていません。
例えば富士大石寺蔵の日禅授与御本尊について『日蓮正宗史の基礎的研究』では「弘安三年太歳庚辰卯月日」(154頁)としていますが、『日蓮正宗大石寺』では「弘安三年太歳庚辰五月九日」(90頁)としています。また富士大石寺蔵の優婆夷一妙授与御本尊について『日蓮正宗史の基礎的研究』では「優婆塞一妙」となっていますが『日蓮正宗大石寺』では「優婆夷一妙」です。この御本尊は『御本尊集目録』の第116番本尊でここでは「優婆夷一妙」です。
この富士大石寺蔵の優婆夷一妙授与御本尊はなぜか『富要集8巻』に入集していませんが、堀日亨『富士日興上人詳伝』(昭和38年、創価学会、786頁)に「富士宗学要集に脱漏したが脇書は左の如しである。弘安四年太歳辛巳十二月日、優婆塞一妙に之を授与す、(興師加筆)遠江の国相良の小尼に給う本尊なり。(中略)御筆はまったく疑いのない御正筆である」とあって「富士宗学要集に脱漏」とあります。ここで「優婆塞」とありますが、「小尼に給う本尊」であったことから第116番本尊の写真図版と併せやはり優婆夷が正しいと判断します。
『日蓮正宗大石寺』では記載されているすべての御本尊の寸法記載があります。これは何らかの形で実物を調査したか、または調査結果が使用されているためで、その分信憑性があると考えます。
『富士年表』では当該箇所に(8-177)とあり、これは(『富要集8巻』177頁)の意味です。上述のとおり『富要集8巻』177頁では弘安二年との記載がありながら弘安三年の項に記載されているわけで実物調査結果が反映されているためと考えます。
これらのことから弘安三年である可能性が高いと考えたわけです。

2150彰往考来:2008/05/25(日) 13:48:20

2149の続きです。

さて、この日増授与の弘安三年(もしくは弘安二年)十一月の「本門寺重宝大漫荼羅」ですが、これが弘安二年十月十二日の戒壇本尊の原本ではないかという説が木下日順編著『板本尊偽作の研究』(発行年不詳、本門社、40頁)にあります。

木下日順師は「富士大石寺明細誌」と『富要集8巻』の記載を校合して、
「堀日亨の記録と明細誌を校合した場合は、左の三幅である。
一、建治二年八月十三日 死活の曼荼羅
一、 弘安二年十一月 日 日増授与曼荼羅
一、 弘安三年三月 紫宸殿御本尊」
の三幅をピックアップし、
「しからば本門戒柤(引用者注:“戒柤”ではなく“戒壇”ですが原文のママ)の板本尊の模写の原本はと云えば、弘安二年十一月 日『俗日増授与曼荼羅、日興加筆、本門寺重宝たるべきなり』と云う御真筆が、クローズ、アップされる。編者が、日蓮正宗の僧侶なら、問題は今すぐでも解決するのであるが、他派、他門流に属するので、まことに、もどろかしいが、実地調査ができないので、机上の空論を進めて行かねばならない。
(中略)
今、仮に、編者の云う如く、板本尊の十界座配と、弘安二年十一月の、俗日増授与の曼荼羅とサイズがぴたりと合ったら、拍手喝采をお願いします。若し、此の二つのサイズが合はなかったら、編者の浅学と、おゆるしください」
としています。
『富要集8巻』では「弘安二年太才己卯十一月日、俗日増に之を授与す、(開山上人加筆)本門寺重宝たるべきなり」とあり、「富士大石寺明細誌」(『富要集5巻』335頁)では「一、同本門寺重宝大漫荼羅  傍書に云ハく弘安三年庚辰十一月、本門寺重宝たるべきなり」とあって、両資料とも木下師の如き文ではありません。特に「漫荼羅」は「曼荼羅」とは記載されていません。また木下師はこの段階で弘安二年としていますし、文章も『富要集8巻』のほうがどちらかといえば近いので出処は『富要集8巻』でしょうが、「富士大石寺明細誌」に弘安三年とある点について全く触れておらず、「日増」と「俗日増」の用語不統一などもありかなり杜撰です。
日増授与の弘安三年(もしくは弘安二年)十一月の「本門寺重宝大漫荼羅」は写真図版などが公開されていないので最終判断はできませんが、『日蓮正宗大石寺』(89頁)に丈49センチ 幅41センチとありますので、寸法から考えて一紙の小さい御本尊であり戒壇本尊の原本には成り得ないと考えます。

2151彰往考来:2008/05/25(日) 13:49:28
2150の続きです。

次は「富士大石寺明細誌」に、「紺紙金泥の漫荼羅  一幅  傍書に云ハく文永元甲子二月十五日」とある御本尊です。
享保年間(1720年頃)に作成された、日寛上人・抜書雑雑集(『研究教学書第九巻』)
インターネット資料:
http://otarunounga.hp.infoseek.co.jp/nukigaki.htm
にも紺紙金泥の漫荼羅の記載(「当山紺紙の御本尊 文永(甲子)元年也」)があることから、「富士大石寺明細誌」が成立した文政6(1823)年より少なくとも100年はその存在確認を文献上遡ることができますので、文永元年の紺紙金泥の漫荼羅が日主師のお虫支払い記録にある御本尊四幅のうちの一幅である可能性が高くなります。
しかし、この文永元年の紺紙金泥の漫荼羅は『富要集8巻』、『日蓮正宗大石寺』、『富士年表』、『日蓮正宗史の基礎的研究』など主要な資料に入集しておらず、つまりは御真筆として扱われていないのです。それは図顕日が文永元年であること、紺紙金泥であることから後世の偽筆と判断できます。このようなものが戒壇本尊の原本に成り得るとは考え難いと思います。
図顕日については日蓮正宗宗務院発行の『日蓮正宗要義』に「佐渡流謫の直前、相州依智発足の前日の十月九日、初めて楊枝をもって妙法曼荼羅を書き顕わされた」(昭和53年、日蓮正宗宗務院、152頁)とあることから、日蓮正宗でも宗祖の本尊図顕は竜の口の法難以後、文永8年になってからで第1番本尊からということになっています。つまりそれ以前の漫荼羅は怪しいということです。
紺紙金泥について寺尾英智氏は「曼荼羅本尊においても、日蓮より後のものについては紺紙金泥などの実例が豊富に存在しているが、実見した日蓮真蹟には、紺紙や紫紙、黄紙などの染紙が使用されている例はみられなかった。長い年月にわたり香の煙りに燻された結果、本来の紙色が判別つき難い場合もあるが、写真版によっても紺紙などの使用は一幅も見受けられないのであって、日蓮の曼荼羅本尊には基本的に染紙は用いられなかったといえよう」(寺尾英智『日蓮聖人真蹟の形態と伝来』平成9年、雄山閣出版、10頁)と指摘しています。なお同書同箇所の注記5に「身延山にかつて伝わっていた曼荼羅本尊に紺紙金泥のものが一幅存在するが、諸尊の座配に類例がなく、真偽の検討を要する。山中喜八「日蓮聖人漫荼羅図集」(初出は『大崎学報』第一○二号、一九五四年。ここでは同『日蓮聖人真蹟の世界』上<雄山閣出版出版、一九九二年>による)七六頁」(『日蓮聖人真蹟の形態と伝来』20頁)とあります。
山中喜八「日蓮聖人漫荼羅図集」(『日蓮聖人真蹟の世界 上』76頁)には「迹化菩薩のかくの如き配位は、その例を見ない。紺紙金泥もまた他に例がない」とあります。この漫荼羅はC(Ⅱ)3に分類され文永11年に顕されたと推定されていますが、佐渡期に紺紙金泥は確かに不自然です。『日蓮聖人真蹟の世界 上』11頁に「普賢・文殊を上段(所謂仏部)の低位に、薬王・弥勒を中段に配せられたもの(C(Ⅱ)三)但し在疑」とあり、山中氏は明確に“在疑”としています。

以上、日主師のお虫支払い記録にある御本尊四幅について考証しました。考証結果から日主師のお虫支払い記録にある御本尊四幅のうち戒壇本尊の原本となりうるのは紫宸殿の御本尊だけであり、案外日有師が作成したこの御本尊の模刻が初代戒壇の板本尊だったのではないかとも考えられます。
>2144石山におけるそもそもの戒壇本尊として用意したのは安82であったろうと思えます
というれんさんの考えは的を得ていると思います。

by 彰往考来

2152パンナコッタ:2008/05/25(日) 22:57:23
すみません。単純にNO.82と板のサイズを比べると
 NO.82 95.5×50.5    板 144×65(聴聞抄佳跡上サイズ)
たて約150% よこ約130% 大きく、籠抜をそのままにレイアウトをずらしたとしても
文字をかなり拡大しない限り、ちと無理なサイズではないでしょうか。
逆に言えば初代の板サイズは、実は小さかったのではないかなと。

後の時代の峯妙興寺日憲図では、聴聞抄のサイズよりちと大きく章安の勧請が気になりますね。
やはり、彰往考来さんが以前指摘なさっていた火事後の再造、別物なんでしょうね。

時代は下って明治の時代、板サイズの制約(竪五尺弱・横二尺ちょっと)があったがために
NO.82ではなく、売りに出されていたという日禅授与が採用されたのかもしれませんね。

2153:2008/05/29(木) 14:40:12
独歩氏の入手写真、僧侶が撮影したものであるというのは、本当でしょうか。

2154宗麟:2008/06/04(水) 00:53:59
この撮影は確実に信徒が実行。
原画を出さない所に悪意が見えますね。
大石寺を食い物にしている宗教ゴロとのコラボレーションです。

2155犀角独歩:2008/06/04(水) 07:03:51

写真の撮影者が、僧か族かは置きます。

大石寺は煮ても焼いても食えないでしょう。
しかし、大石寺が食い物にしてきたのは、東京都の人口に匹敵した信者でした。
それにもかかわらず、2154のように、自らが騙され、食い物にされることなく、他者攻撃の道具とされていることに気づけないものがいまだにいることを気の毒に思います。

2156犀角独歩:2008/06/04(水) 07:05:02

【2154の訂正】

誤)族 正)俗

2158宗麟:2008/06/05(木) 04:59:28
例えばだが、日蓮正宗が仮に消えてもそれはそれで世界は変わらない。

そんな煮ても焼いても食えないものこそにこだわり続けている姿こそが実に未練がましく人に映る。

まるで創価学会や日蓮正宗のしていることと同じこと。

2159偶ロム偶ログ:2008/06/05(木) 13:20:40
>>2154
>>2158

宗教詐欺というのは良いことではないですよね。
無自覚的にも、かつては加害者であったという忸怩たる思いや、その反省とか償いをふくめ、新たな被害を生まないための行為を何故批判することができるのでしょうか。

>原画を出さない所に悪意が見えますね。

どのように悪意が見えるのでしょうか。
たんなる印象で語ることは「気分のファシズム」への一里塚です。

>大石寺を食い物にしている宗教ゴロとのコラボレーションです

具体的に「宗教ゴロ」の氏名と、何故「宗教ゴロ」であるかの説明をお願いします。

>日蓮正宗が仮に消えてもそれはそれで世界は変わらない

ひとそれぞれの考え方がありますが、悪いものを世の中からなくしたいと思い行動することは無駄ではありませんよ。

>そんな煮ても焼いても食えないものこそにこだわり続けている姿こそが実に未練がましく人に映る

未練という言葉の意味を御存知ですか。
独歩さんのしていることは、正義感からでていることは、ブログを読めばわかりそうなものですが、日本語が理解できないのでしょうか。

>まるで創価学会や日蓮正宗のしていることと同じこと

理由を具体的に挙げてくださいませんか。
宗教団体である創価・正宗・顕正・妙観・正信などは宗教詐欺まがいの教義教学で、会員信徒たちから金銭や時間を収奪していますが、独歩さんはそのようなことをしていませんよ。

独歩さんを中傷するあなたは、創価・正宗・顕正・妙観・正信などの宗教詐欺まがいを、そのまま許して認める立場ということでしょうか。
もし、あなたがなんらかの宗教に入っておられるのであれば、それはどこなのか教えていただけませんか。
そうすれば抽象的な書き込みをしなくてすみます。
私は、現在どの教団にも入ってはいません。

ちなみに、私が書いた、
「宗教団体である創価・正宗・顕正・妙観・正信などは宗教詐欺まがいの教義教学で、会員信徒たちから金銭や時間を収奪しています」
という記述の論拠については、掲示板で過去に多くの方たちにより論議し尽くされていますので、ここで改めて説明する必要もないと思います。

2160犀角独歩:2008/06/05(木) 19:20:30

ここは証憑を課した議論の場です。
ですから、2158のような為にする批判の類は、捨てておくことにします。

なお、一点のみ記せば、何を目的に、宗麟さんは、投稿しているのだが存じませんが、ここに投稿するあなたは、何に未練を懐いて、ここに顔を出しているのでしょうか。あなたの投稿こそ、未練がましく、そして、その投稿スタイルこそ、「まるで創価学会や日蓮正宗のしていることと同じ」ではないでしょうか。

単に批判、悪口を記すことは、当掲示板のルールに抵触します。
繰り返すようであれば、管理人さんに削除依頼をいたします。

以上です。

2161再挑戦者:2008/06/08(日) 22:01:42
2158>,、、煮いても、、焼いても、、>>、自らがだまされ、、、、。

 横からごめんです。  貴方のご意見ですが、ドーモ、シックリとは理解できません。
 ドーモ、周り回っての結論は、、==<<創価・正宗の路線の継続推奨の宣伝のようでもあります、?
 なぜなら、「、エエカゲンな戒壇??さまを吹き込み、その対面功徳を強調した登山会、、など」にはほおかむりのようでしょうか、? 残念ですネ。

2166再挑戦者:2008/07/13(日) 20:34:05
  その後の、検索にて、小生の100%に相当する状況・誤認でした。 改めてお詫び致します。
 貴殿御主張のごとく「、某団体は、今の批判には全く耐えられないニセ、!! 戒壇なる、? 疑惑大だが、」、「ダマシの継続を少しも、、止めめません、!!!」、。これらの団体には「組織犯罪処罰の法律」にて、当該のトップ方らは刑務所にブチ込めないのでしょうか、?!

2167龍門:2008/07/31(木) 15:13:40
最近、大日蓮に金原さんへの反駁文がでてますね。

2168彰往考来:2008/08/02(土) 17:05:01

戒壇の大御本尊誹謗の悪書『日蓮と本尊伝承』を破す

http://homepage3.nifty.com/y-maki/dainitirenn/kinnbara/mokuji.html

まあ、反論になっていないですね。

2169犀角独歩:2008/08/05(火) 11:07:04

水島さんが「…犀角独歩なる者が『大石寺彫刻本尊の鑑別』と題して偽作説を立てている。今回の金原の悪書はこれらの邪説の寄せ集め」と整理していますが、まあ、その“寄せ集められた”一人として感想を述べれば、大石寺のいうことはなんら反論になっておらず、また、そこで使われる言辞から、実に差別的、侮蔑的で、これが本当に僧侶といった世に「聖職」と言われる立場にあるものが書いたものなのかと呆れるばかりの人間性の低さを露呈しています。

この文章を読んで、人々が誘引されるのは、自分たちを批判するものへの憎悪と侮辱、自分たちだけが勝れているという選民意識、間違ったものは人間性を侮辱してもよいという非人間性。これは反論とか、考証といった範疇のことではなく、「大石寺僧侶の人間性」がどのようなものであるのかを示す好見本であるとわたしは観察しました。

水島さんは批判するものを「哀れ」と書いていますが、哀れで、さらに無様なのは自分たちであると、信者以外が読めば、そう思うことを少しは自覚したほうがよいでしょうね。

2170犀角独歩:2009/01/07(水) 11:40:49
私が提供を受けた写真が「捏造」だと GREE やモバゲーで騒ぐ法華講員国分ひろしさんに対する反論を書きました。ご高覧、ご批正をいただければ有り難く存じます。

奉安堂彫刻本尊写真“捏造”に反論する
http://blog.livedoor.jp/saikakudoppo/archives/51481490.html

2171問答迷人:2009/01/07(水) 19:51:37

犀角独歩さん


「日禅授与本尊を基にした捏造写真」とは、面白いことを言うものですね。「戒壇板本尊が偽物だ」と、日顕師の発言として記録された川辺メモの内容と、ほとんど変わらない所まで、到達しているわけですから、その批判者はそれは却って立派な者ですね(笑)。もう少し踏み込んで、独歩さんが提示した写真が捏造なのではなくて、その写真の被写体たる戒壇板本尊が捏造品なんだと気が付けば、100点満点なのに、惜しいですね(笑)。

独歩さんの精緻な論考は残念ながら、今後とも、まともな批判は唯の一つも現れることは無いと思っています。有難う御座いました。

2172犀角独歩:2009/01/07(水) 22:20:12

問答名人さん

いえいえ、戒壇本尊と日禅授与本尊の類似性に一番最初に気づかれたのは、問答さんです。わたしは図形で鑑別して、証明しただけです。

それにしても、この子、可愛いでしょう。あの写真は日禅授与本尊だ、だから偽物だというのです(笑)

そりゃ、そうですよね、あの彫刻、日禅授与が原本なんですから、そのとおり。ところが彫刻、オリジナルだと思っていますから、捏造したのはわたしだというのです。捏造したのが大石寺であるにもかかわらずですよ(爆笑)

さすがに大石寺も、顕正会も、もともと、これが日禅授与が原本であることはわかっていますから、こんなことは言わない。この子が思い詰めた結果の思いつきでしょう。ああ、こんなふうに考えるのかとビックリしました。

それにしても、わたしが提供したとおりの本尊画像を実際に捏造するとしたら、これはかなりたいへんですね。なにせ、熊田(由井)写真とも、金原本とも違う、さらに鮮明なショットなわけですから、画像のプロでも作れませんよね、こんな画像。これだったら、火星人や、UHO写真を作るほうが、ずっと簡単だと思いますね。

ここまで、大石寺を庇う姿を見ると、滑稽と言うより、哀れみを通り超え、慈愛すら覚えますね(笑)

2173宗教はアヘン:2009/01/12(月) 00:29:28
犀角様の説に従えば、戦後日本最大の宗教団体(正宗・創価学会・正信会・顕正会・日蓮実宗など所謂正宗系の合計)
にしてこの有様ということになる。では他に正しい教団はあるのか?私はどれもこれも同じようなものと考える。
結局、唯一正しい宗教団体なんてこの世に存在しないのである。その証拠に第二次世界大戦では日本中の神社・仏閣が戦勝祈願したけれども
結果はアメリカに原爆2個落とされて惨敗。300万人以上が戦死すると共に、
好むと好まざると中国人など敵兵を殺して殺生という罪を犯した人々も多数生み出して
しまった。キリスト信者が多い長崎に原爆を投下したアメリカもアメリカだ。
現在も中東ではイスラエルとパレスチナが殺し合っている。正しい神が存在するなら無駄な殺し合いを
不思議な力で止めるはずだが止まらない。ところで宗教団体は立派な建物を保有しているが
派遣切りにあってホームレスになろうとしている派遣村の人たちをどうして
助けようとしないのか?教団や神社や寺院がホームレスを収容したらよいではないか?
日頃は宗教法人で免税されて優遇されているのだから未曾有の経済危機の
今こそ活躍したらよさそうなものを。生きるか死ぬかの人々を見捨てるとは
随分と冷たい神や仏ですね。布教といっても会費や御供養金を払える人しか
勧誘していない宗教団体は邪教だ。金も家も失ったホームレスをまず救うべきだ。
それをしない教団が世界布教だ、人類救済だと言っても何の説得力もない。
戦後高度成長期やバブル時代は国民は終身雇用だし、給料も定期昇給したし、電化製品や車、マイホームも
持てた。これを宗教団体は「功徳が出た」と宣伝していた。しかしこれからはそうはいかない。
世界経済は益々悪化していく。失業もドンドン増える。犯罪も増えよう。
「功徳」が出にくい世の中になる。宗教はアヘンということが明確になってくるであろう。

2174宗教はアヘン:2009/01/12(月) 11:25:25
創価学会が急速に拡大できたのは、一つは他に類をみない過激な折伏大行進を敢行した事、
二つは高度成長期に田舎から都会へ出てきた労働者たちが心のよりどころとした事。
三つは共産主義が広がるよりマシと判断した国家権力が戦後は弾圧しなかったこと。
いや創価学会だけではない。新興宗教が発展したのは経済成長の恩恵を功徳だと
説明したことであろう。労働者は生活が向上すると功徳だと錯覚したのだ。
創価学会が正本堂を建設した頃は他の宗教団体も相次いで巨大神殿を建設している。
皆が儲かった時代だ。しかし、今は違う。いくら拝んでも悪くなるばかり。
功徳はでない。経済が回復しないかぎりドンドン悪くなる。超高齢化だから
病人も増える。いくら拝んでも病気になる。悪質な教団は「功徳がでないのは
拝み方が足りないから、供養が少ないから」と信者をさらに搾取する。
しかし、無いものはない。いくら金を要求されても出せない。第一、貧乏人にそんなに
金を要求する神仏は神仏ではなく悪魔だ。人里離れた聖地参拝を強要しても
超高齢者は長時間移動は無理。腰や膝も痛いし、小便も近い。少子化で
聖地参拝者も減少の一途で維持できなくなるだろう。

2175犀角独歩:2009/01/14(水) 21:32:28

問答名人さん

熱原三烈士の件、種々ご回答を頂き、有り難うございました。

少しこちらのスレに係ることで、ご賢察を賜りたくお願いいたします。

今回、自称法華講員のつまらぬ悪口を尽くされ、わたしが提供を受けた写真が豪勢だ何だと悪し様に書かれ、その反論をいたしました。

http://blog.livedoor.jp/saikakudoppo/archives/51485358.html

この際、提供写真と、日禅授与本尊を比較したのです。
わたしは、この提供写真の文字は、大石寺所蔵より、むしろ、北山所蔵に似ているという印象を抱いております。

これはあくまで直裁にお感じになる感覚でけっこうなのですが、問答名人さんは如何がお感じなりますか。

2176問答迷人:2009/01/14(水) 21:50:27

犀角独歩さん

>この提供写真の文字は、大石寺所蔵より、むしろ、北山所蔵に似ている

御免なさい、僕は、大石寺所蔵の日禅授与を見たことが有りません。どこかで、それが手に入ったのでしょうか。もし入手されておられるのなら、是非とも拝見したいと存じます。

2177犀角独歩:2009/01/15(木) 07:15:15

問答名人さん

ご返信有り難うございます。
石山所蔵は金原本所載の写真から印象でした。

2178問答迷人:2009/01/15(木) 08:42:51

難しいですね。どれもほとんどそっくりですから。まぁ、敢えて言えば、提供写真は熊田本とは少し感じが異なり、金原本と酷似しているのではないかと思います。蓮字のヒゲのカーブや、華字の下横線の左側の形状が金原本に酷似していると思います。

想像を逞しくすれば、熊田本は奉安殿当時の板で、金原本は正本堂当時の板、今回の提供写真からは、正本堂当時の板が奉安殿に化粧直しをして安置されているのではなかろうか、と思います。つまりは、奉安殿当時の板と、提供写真の板は別の板ではないかと思います。

奉安殿で御開扉を受けたときの印象が、正本堂で御開扉を受けたときに、「色直しをすると随分と印象が変わるものだ」と感じましたが、その時に受けた印象の違いが、こうやってまじまじと比較すると、化粧直しによる違いではなく、板の違いに因るのではなかろうか、と感じるわけです。

2179問答迷人:2009/01/15(木) 08:46:05

訂正です。

× 正本堂当時の板が奉安殿に化粧直しをして
〇 正本堂当時の板が奉安堂に化粧直しをして

2180犀角独歩:2009/01/15(木) 21:48:29

問答名人さん

今回のご投稿を拝見し、わたしとは違う印象をお持ちなので、やはり、人それぞれずいぶんと違うものだと改めて感心しました。

> 提供写真は熊田本とは少し感じが異なり、金原本と酷似している

この点については、既に図形検証を行ってみました。
http://blog.livedoor.jp/saikakudoppo/archives/51203640.html

結果、提供写真と熊田本がほぼ一致。金原本がずれました。
このことから、わたしの類推は、奉安殿(熊田)と正本堂(金原)が違い、奉安堂を立てたときに奉安殿のものをまた戻した(提供)のではないかという類推です。

ただし、これはあくまで憶測に過ぎません。

問答さん、近く新刊が脱稿します。
この校正で、どうしてもしておきたいことがあります。

彫刻と日禅授与本尊の類似性にいち早く、お気づきになり、河辺メモに言及されたのも問答さんでした。この功績は、決してわたしが冠することではありません。この点を記し、今回の彫刻原本の解明の史実を正確に書き留めたいと思っています。そのために、こちらでいくつかご質問をさせていただきたいのですが、如何でしょうか。

2181問答迷人:2009/01/15(木) 22:39:29

犀角独歩さん

>近く新刊が脱稿します。

おめでとう御座います。

>こちらでいくつかご質問

お役に立てることなら、何なりとお申し付け下さい。協力を惜しむ事は有りません。

2182犀角独歩:2009/01/16(金) 17:33:51

問答名人さん

ご快諾有り難うございます。
では、少しずつお聴きしてまいりたいと思います。

まず、最初に河辺メモの信憑性にお気づきになった時期と、あの彫刻への疑惑と、またこの本尊への信仰への変節をお願いできますでしょうか。

2183問答迷人:2009/01/16(金) 18:40:59

【河辺メモの信憑性に気付いた時期】

このメモを見たのは、確か1999年の八月か九月、創価新報の紙面で見たのが最初だったと思います。一読して、このメモは阿部師の肉声を書きとめたものだと直感的に思いました。その後の色々な宗門と学会とのやり取り、とりわけ、宗門の発表と河辺師の釈明を読んで、ますます阿部師の肉声であると確信を深めました。

2184問答迷人:2009/01/16(金) 18:53:53

【板本尊への疑惑】

阿部師の判断が正しいのかどうか、これは判断する材料を一切持ち合わせていませんでしたので、保留というか、宙に浮いたままでしたが、たまたま、北山本門寺のパンフレットに日禅授与曼陀羅の写真が載っていると、当掲示板にご参加の方からお聞きし、その方にパンフレット戴きました。この時期は、手元にある日禅授与曼陀羅のファイルの作成年月日が2002年の9月28日となっていますのでその少し前ではないかと思います。これを見て、不鮮明な画像ながら、中尊の南無妙法蓮華経の文字は、これは本当に良く似ているな、と思いました。そして、恐らくは、阿部師の判断が正しいのだろうと感じました。

2187問答迷人:2009/01/16(金) 19:54:56

【この本尊への信仰への変節】

これは、犀角独歩さんが鑑別した結果を教えてくださった時から、板本尊への盲信は完全になくなり、一体これから先、何を信じて行けば良いのかと、途方に暮れました。やがて、日蓮聖人の本意は何で有ったのか、日蓮聖人の見た世界を追体験したい、という願望に変わりました。この時期は、たしか、記憶に間違いが無ければ、2004年の10月頃ではなかったかと思います。この時期については独歩さんが良くご存知の事と思います。

2188犀角独歩:2009/01/17(土) 07:01:48

問答名人さん

ご返答、有り難うございます。

仰るとおり、わたしがはじめてHPに『所謂「本門戒壇之大御本尊」の真偽について』を載せたのは'04年2月19日のことでした。
http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Library/6963/itamandarasingi.html

既にこの段階で、問答さんがアップされた2つの写真を重ねる図形処理を行い、この彫刻が、日禅授与本尊を原本としたものであることは確認していました。

思い返せば、あれから5年の歳月が流れました。
問答さんと議論をさせていただくようになってから10年が経ちましたね。

大石寺の実像はこの10年の間にずいぶんと闡明にできました。
創価学会と蜜月にあった頃、信徒数は2000万にも届くと豪語していたのに、いまでは数十万。やがて、数万人と減り、さらに減って、静岡県の観光地の一つ程度となっていくことでしょうね。

そうした大石寺凋落の一幕を問答さんたちと、実像解明に一役買ったことになります。

問答さんが今でも熱烈な日蓮を仰いでいることを、むしろ、わたしは嬉しく思います。いまのわたしは再生(輪廻)といったことを信じているわけではありませんが、もし、日蓮がこの様をご覧になっていれば、ご当人の実像を明らかにし、そして、いまでも唱題行を勤める問答さんを賞賛なさることでしょう。

一方、おかしな彫刻を造って、立派な同宇を作り拝観料(御開扉料)を取って商いをなす在り方を厳しく糾弾なさることでしょう。

わたしのように、今となっては一闡提を呼ばれる者をしても、日蓮は、まやかしの商いをなす者より寛恕をしてくださるだろうと思います。

もう少し、心情面と言った細やかな点も含めてお聞かせ願えればと存じます。
また、ご質問させていただきたくお願い申し上げます。

2189問答迷人:2009/01/17(土) 08:18:16

犀角独歩さん

>はじめてHPに『所謂「本門戒壇之大御本尊」の真偽について』を載せたのは'04年2月19日のことでした。

あっ、そうでしたか。それでは、東京駅でお聞きしたのは、そのもう少し前、2002年の1月頃だったのでしょうね。

>もう少し、心情面と言った細やかな点

承知いたしました。よろしくお願い致します。

2190れん:2009/01/20(火) 19:57:15
犀角さんと問答さんの議論の緒を折る様で、申し訳ありません。

閲覧専用板で「本寺の祖廟に謁し戒壇に登る」が石山日有氏の言葉として引用されていたので、帰宅後確認しましたら、堀日亨氏による“註解”つまり解釈文でした。もっとも、日有さんの言葉には「大石は父の寺・重須は母の寺・父の大石は本尊堂・重須は御影堂…彼は所生・此れは能生即本因本果本国土妙の三妙合論の事の戒壇…」というのが残っていますので、これまで議論されてきたように、六代の日時さんから日有さんの間に、初代彫刻が作られ今日の石山流の三大秘法義が確立したのであろうことは想像に難くないですね。

2191管理者:2009/01/20(火) 20:05:59

れんさん

>閲覧専用板で「本寺の祖廟に謁し戒壇に登る」が石山日有氏の言葉として引用されていたので、帰宅後確認しましたら、堀日亨氏による“註解”つまり解釈文でした

誠に有難う御座います。電子版の宗学要集でヒットした為、解釈文と気付かずにいました。今、その点確認しましたので、早速、閲覧専用掲示板の該当部分を訂正いたします。

2192そううそ:2009/01/21(水) 18:48:56
こんばんは
みなさん。

抜粋掲示板にもう一つだけ記載可能かもしれない点が1つ
あるので、皆さんで議論をして頂けないでしょうか?
私にはとても議論は出来ませんので御願いします。

http://blog.livedoor.jp/saikakudoppo/archives/51262446.html

こちらのれんさんのご意見はこちらの皆さんにとって
どれくらい確度の高い内容なのでしょうか?

「お前ン所の本尊をよこせ」だなんて大御本尊がなかった証拠かと。
それと本尊を渡す渡さない感覚にも驚かれます。

2193問答迷人:2009/01/21(水) 20:00:54

そううそ さん

結局、大石寺戒壇板本尊を作ったのは誰か、という議論なんだと思います。これが特定できれば、又、そこから新しい展開が開ける可能性が有りますね。

れんさんの御教示を待ちたいと思います。或いは、既にお示し戴いているのでしたら、再掲をお願いいたしたいと存じます。

2194問答迷人:2009/01/21(水) 20:31:41

犯人探しをする場合、やはり、その第一は動機でしょうか。強い動機を持っていた人物が犯人である可能性が高いのだと思います。

2195れん:2009/01/21(水) 21:18:10
犀角独歩さんのブログで自分の意見を書いた時は、石山十四代の日主さんが、彫刻の腰書きを書写したもの(金原本に写真掲載)が石山歴代の中での彫刻の存在を示す初見であるので、日主さんが作成したのではと思いましたが、日有さんにズバリではありませんが「日有云く、また云く、大石は父の寺・重須は母の寺・父の大石は本尊堂・重須は御影堂・大石は本果妙・重須は本因妙・彼は勅願寺・此は祈願寺・彼は所開・此は能開・彼は所生・此は能生・即本因・本果・本国土妙の三妙合論の事の戒壇なり」(文庫版・富士日興上人詳伝下巻)という、石山を本尊堂・事の戒壇とする意見・主張が見えるので、今、考え直しますと石山を自分のものとした日時さんの時代を上限として日有さんの代には、初代彫刻は作成されていた可能性が高いと考え直しました。つまり、日有さんの代には、初代彫刻を中心とした石山流の三大秘法の教義が確立されていた可能性も十分考えられると思います。

室町時代には、重須でも“本門寺大堂本尊”という宗祖直筆とされていた漫荼羅(天正年間の西山を首謀とする重宝強奪事件で紛失)を戒壇の本尊とすると主張(日殿申状など)しておりましたから、やはり石山が重須等の他の興門寺院に対抗するために、石山を手に入れた日時さんの代を上限に、室町初期から室町中期までに、日道さん門下における戒壇の本尊として、初代彫刻は作られたものと愚考します。

2196れん:2009/01/22(木) 13:08:17
問答名人さん・そううそさん

補足いたしますが、動機という観点から見ますと、石山の戒壇本尊=彫刻の作成者として考えられるのは六世日時師ですね。
日時師は、日郷師門下の所有地だった石山の東坊地を、あの手この手の係争における裁判で勝ち、自身の所有地としますが、日時師を頂点とする日道門下には、安房妙本寺において継承された文永十一年の大本尊・正御影、重須本門寺において継承されていた本門寺大堂本尊(安房妙本寺文書によると、日要師が招来した重須六代日浄師所持の切り紙文書に「本門寺大堂本尊裏書云、日興上人授 此本尊 日蓮大事也 日蓮在判」云々とあり、日興門下上代の文献に見える“上人号授与の漫荼羅”の可能性が高い)・生御影に匹敵するものが無かったことから、日時師は、安房妙本寺や重須本門寺に対抗するために自門用の御影を作成し(現在の石山御影堂安置のもの)、ついで自門流の根本の本尊として、初代彫刻を作成した可能性も高いのではないかと考えます。たとえ日時その人の代の作成ではなくとも、先に引用した日有師の言葉から、日有の代には、日有自らが事の戒壇と規定した石山の根本の本尊として、日有の代には初代の日道門下にとっての戒壇本尊=彫刻の初代が作成されて、やがて石山流の三大秘法の教義の根幹に据えられていったのだろうと愚考します。

2197問答迷人:2009/01/22(木) 13:37:16

れんさん

ご教示、誠に有難う御座います。日時師ですか。

河辺メモの「その他は時師か有師の頃の筆だ。」と比べてしまいました。

もっとも、河辺メモが言うところの戒壇本尊は初代とは考えられず、たしか三代目だったでしょうか。にも関わらず、河辺メモが、その三代目を日時師や日有師の筆だ、というのは不思議ですね。この辺りをどう考えれば良いのでしょうか。

2198そううそ:2009/01/22(木) 23:06:02
れんさん

コメント有り難うございます。

しかしこちらでは「彫刻の初代が作成」とあるように
彫刻が複数ある認識が当たり前になっていますね。

本門戒壇の大御本尊は日蓮真筆、日法彫刻なんて美しい伝説を
信じ込まされたわけですが、一体何をおがんでいるのやら。。。

引き続き議論を御願いします。>みなさんへ

2199れん:2009/01/23(金) 13:41:00
問答名人さん・そううそさん

問答名人さんのご指摘の通り、河辺メモにおける阿部日顕氏の発言「その他は時師か有師の頃」というのは、私も気になるところです。石山の彫刻本尊の場合、諸賢のご指摘の通り、日憲図・完則図・現在の彫刻と、その勧請の十界の記名が異なるので、複数説が指摘されていますが、河辺メモの場合、現在の彫刻の首題・四大天王以外が「時師か有師の頃」という訳ですね。この場合は、現在の彫刻が時師から有師の頃に作られたということで、日顕氏は複数説を否定している訳ですね。日顕氏は本尊研究を能くされたと謂いますから、実見の上の見識ですから、説得力があります。
ただ、この場合、日時師や日有師の時点で、原本である禅師授与大漫荼羅が石山になければならないので、河辺メモの日顕氏の説には、少なからず懐疑的にはなりますね。

但し、日郷師門流の富士久遠寺の所伝(「日蓮宗の本山めぐり」の記事)では、同寺にある板本尊を真似て、石山が彫刻を作成したという伝承があります。富士久遠寺の本寺である安房妙本寺では、日郷師御遷化直後と応永年間に板本尊を造立しており、室町初期の頃、富士久遠寺が建立された時、その本堂安置の本尊として、本寺の先例に倣い、現存の富士久遠寺の板本尊が作成されたと考えられますので、石山における彫刻造立は富士久遠寺の板本尊作成安置の以後のことと思っております。

2200問答迷人:2009/01/23(金) 14:33:11

れんさん

有難う御座います。

以前、日禅授与本尊について、由井小雪によって偽造された曼陀羅ではなかろうか、という議論が有ったと思いますが、それだと、日禅授与本尊は江戸初期の1640年頃に制作されたものと年代が特定できます。
同年代の大石寺歴代を考えると、第十七世日精師が該当します。これがもし三代目の彫刻ならば、この時、日精師が、何らかの理由で、日禅授与曼陀羅と、日時、或いは日有師の曼陀羅の両方からパッチワークしたと考えれば、一応、辻褄は合いますね。真相は果たしてどうなのでしょうか。
ただ、日顕師は、日禅授与曼陀羅をはじめとして、日時、日有の曼陀羅も見ることが出来る立場に有りましたから、僕は、河辺メモが真相を言い当てている可能性が極めて高いと考えています。

2201れん:2009/01/24(土) 19:11:27
問答名人さん

なるほど、由井正雪ですか、由井=由比ならば、西山本門寺の開山日代師の実家の一族でしょうか?日禅授与が由井正雪が作成したものかどうかは、不明であるものの、正雪が西山の関係者ならば、重須の重宝が天正度に一時、西山に納められていたことがあるので、その際に、日禅授与の摸本が作成されたとして、正雪がそれを下書きとして、さらに摸本を複数作成したもの一つが、石山により入手され、それをもとに、日精師の代に十界の筆跡は日時筆に依って彫刻が作成されたとすれば、ご教示の点、なる程それもあり得ると思いました。

2202問答迷人:2009/01/24(土) 19:21:33

れんさん

有難う御座います。由井正雪は由比正雪とも書きますね。もし、そうなら面白い展開ですね。

ところで、北山の重宝に日禅授与本尊、つまりは北山万年救護本尊は、何時頃までその記録が遡れるのでしょうか

2203れん:2009/01/25(日) 21:29:53
問答名人さん

北山の日禅授与本尊が確認出来る初出文献ですが、矢張り、石山日精師の家中抄ではないでしょうか?北山に石山日精師以前の北山の歴代による目録があればそれに載っているかもしれませんね。
石山日精師の“保田妙本寺諸役僧中”に「富士門流御本尊重須に十壹幅、大石寺に六幅、西山に二幅、久遠寺に二幅、貴寺(引用者註・安房妙本寺な事)に八幅」とありますので、日精が挙げた重須の十一幅の中に、日禅授与は入っているでしょうが、家中抄以前の物はそれ以前の北山関係の記録は残念ですが管見に入ってません。

2204問答迷人:2009/01/25(日) 21:50:24

れんさん

有難う御座います。

やはり、日精師が最初ですか。そうすると、北山の日禅授与も大石寺の日禅授与も共に由比曼陀羅の可能性が高まると僕には思えてなりません。由比が二幅作って、北山と大石の両方に売り込んだと。大石寺の日禅授与は板曼陀羅の原本として利用され、用済みになった大石寺日禅授与曼陀羅は、密かに大石寺門流の何処かに隠されてきたが、それが何らかの理由で売りに出されて、それを又法道院が見つけて買取り、最終的に本山に収めたと、こう言う筋書きが一番解り易いストーリーですね。これは現三代目板曼陀羅の製作に関してです。やはり、三代目は日精師が一番疑わしいと思いますが。

2205れん:2009/01/26(月) 20:02:35
問答名人さん


話の緒を折るようで、恐縮ですが、由井正雪が書いた蓮祖大漫荼羅の模写は現存するのでしょうか?
現存する由井漫荼羅と比較しなければ、日禅授与が由井正雪による創作であるとは断定は出来ないと思います。なお、昨年、彰往考来さんが北山の日禅授与を直見されていますので、ご意見を伺えればと存じます。

その他の部分の問答名人さんのご意見は、私も、その可能性は高いものと思います。

2206犀角独歩:2009/01/26(月) 20:43:37

れんさん

金原本でサンプルを得て、北石両山所蔵の日禅授与本尊の比較は既にしてみました。結論として、片方が模写であり、相剥ではないと思われます。
http://blog.livedoor.jp/saikakudoppo/archives/51208577.html

由井贋作の可能性は、仰るとおりの比較して答えを出すべきであると思います。

しかし、わたしは金原さんなどが言うように、石山蔵の日禅授与本尊が真筆である可能性は低いと思います。

いうまでもなく、『御本尊集』には3舗の石山蔵が入集されます。この段階で堀さんが、日禅授与本尊を確認していたかどうか、これは一つの決め手になると思えます。この内外両舌を恣にした日亨さんは、しかし、富士宗学要集第8巻ではこの本尊に取り上げていますね。しかし、雪山坊に写真製版から模を作って執心するほどなのに、日禅授与には関心を示さなかったのは故なきもないと思えます。

堀の眼力は、ほとんど当てになりませんが、しかし、既に堀さんが確認していた石山蔵日禅授与本尊につき、碩学達の雑談に上らなかったこと自体、弥不自然と映じます。『御本尊集』入集の3舗も写真での提供という話もあります。つまりは、真筆として俎上に上った故でしょう。しかし、日禅授与本尊に関しては、その後もさした話題になっていません。つまりは、この本尊、はなから真筆などと思われていなかったのではないでしょうか。

あと、板本尊、また、所謂「本門戒壇の大御本尊」の初代以来の造立を考えるうえで看過できない1体があります。それは日応氏、日達さんも取り上げた日有の身代わり本尊です。この本尊の実態を明らかにすることは非常に意味のあることと思えます。

2207問答迷人:2009/01/26(月) 22:45:11

れんさん

>現存する由井漫荼羅と比較しなければ、日禅授与が由井正雪による創作であるとは断定は出来ないと思います。

仰るとおりです。一つの仮説として考えているに過ぎません。北山日禅授与の由比曼陀羅ではなかろうか、と言うのは、独歩さんもご指摘のように、これが「御本尊集」に入っていないからに外なりません。ですから単なる憶測でしか有りません。

ただ、判らない事について考える場合、いろんな仮説を考えて、一つずつ消してゆく、そして、そこに真相が浮かび上がる。このような事を期待して、仮説を述べているに過ぎないとご理解賜りますれば幸いです。

2208れん:2009/01/27(火) 19:23:40
問答名人さん

おっしゃる旨、了解致しました。現在のものは日禅授与を原本にしてますから、江戸時代に作られたとすれば、日精あたりが入手した模写が原本の可能性も十分あると、私も考えます。



犀角独歩さん

なる程、確かに仰る通りですね。日禅授与が「御本尊集」に掲載されなかったことは決して軽い事柄ではなく、仰る通り、北石のものは共に“御真筆”ではなかったことの証左だと思います。

ご指摘の“身代わり本尊”ですが、これは日有の造立にかかるものですが、以前もどこかで議論の俎上に乗ったとおもいますが、これが二代の可能性はあると思える場合も考えられますね。石山上代で身代わり本尊の原本の“御筆”は日有以前から複数模刻されており、この原本が、日時以降の石山門でかなり重要視されていた印象を受けます。としますと、石山で最初に戒壇本尊として持ち出したのが、身代わり本尊の原本で、続いて日有の代に、石山の本尊堂安置用に身代わり本尊が作成され、その後、例の腰書きの付された、いわゆる戒壇の板本尊が作られたという流れの可能性も考えられるところといった感じでしょうか?

2209犀角独歩:2009/01/27(火) 21:01:46

れんさん

ありがとうございます。ご承知の通り、わたしは、彫刻作成の張本人は日精という考えできたのですが、れんさんの近日のご投稿に揺らがされています(笑)
ご賢察をさらに期待します。

2210彰往考来:2009/01/28(水) 07:55:03

れんさん

>2205 由井正雪が書いた蓮祖大漫荼羅の模写は現存するのでしょうか?・・・彰往考来さんが北山の日禅授与を直見されていますので、ご意見を

以前、由井漫荼羅について調べたことがあるのですが管見に入った限りでは中尾堯氏の「真蹟遺文と肖像からみた日蓮の実像」(『駒澤大學佛教學部論集 第24号』平成5年、駒澤大學佛教學部、62頁)に少しばかりの記載があるのが唯一の資料でした。そこには、
「贋作について、江戸時代前期に由井正雪が反乱を起こすにあたり、日蓮の真蹟を数多く作って高値で売り捌き、軍資金を集めたという伝承がある」とあるのみです。
ここで中尾氏にあえて苦言を呈せば、「日蓮の真蹟を数多く作って」というのは変です。「日蓮の贋作を数多く作って」とか、「日蓮の真蹟と詐称する贋作を数多く作って」というなら解かりますが、「日蓮の真蹟を数多く作って」では言葉足らずでしょう。

由井漫荼羅とはどういうものなのでしょうか。かつて某氏に伺ったところでは、
・ 日蓮宗系の寺院に相当寺宝として所蔵されている
・ 出来はかなりよい。真蹟として扱われているのが相当数ある
・ 日蓮聖人の真蹟御本尊は砧で叩いてあるが、由井漫荼羅は砧で叩いていないのが特徴
ということでした。
由井漫荼羅と称する実物を私は拝見したことがないので、はっきりしたことは言えませんが、由井正雪の伝記などを紐解くと、紀州家の徳川頼宣と関係があったことが解かります。(例えば、進士慶幹『由比正雪』昭和61年新装(初版:昭和36年)、吉川弘文館)
この観点で、『太田区史 資料編 寺社(2)』(昭和58年、東京都大田区)の「伝・日蓮本尊」(1263頁)の項をみてみると、「寄進主 紀州中納言宗直卿」といった紀州家由来の裏書のがある「伝・日蓮本尊」の存在に気が付きます。これら紀州家の裏書のある偽筆本尊が由井漫荼羅である可能性はあるでしょう。ただ、由井正雪が頼宣の印章文書を偽造していた史実がありますので、あるいはこのことが由井漫荼羅伝説になっていった可能性もありよく分かりません。

さて、お尋ねの北山本門寺蔵禅師授与漫荼羅が由井漫荼羅であるかどうかです。
由井漫荼羅と称する偽筆御本尊の実物を見たことがないので比較考証はできないのですが、結論から言って私は北山本門寺蔵禅師授与漫荼羅は由井漫荼羅ではないと考えています。北山本門寺蔵禅師授与漫荼羅は相剥の影本である可能性が高いので砧で叩いてあるかどうかは鑑定の判断基準になり得ませんが、北山本門寺蔵禅師授与漫荼羅の紙質が江戸期のものではなく鎌倉期のものではないかと実見した際に思いました。
つまり紙質から北山本門寺蔵禅師授与漫荼羅は江戸期のものではない(=由井漫荼羅ではない)と判断した次第です。

彰往考来

2211れん:2009/01/29(木) 09:08:28
犀角独歩さん

文献上、かなり詳しく石山中心の歴史を紡いだのが日精ですし、石山歴代で彫刻を最初に自分の著作で宣伝したのも日精ですので、彫刻作成の張本人を日精に比定する犀角独歩さんのお考えも一理も二理もありますね。
先に問答名人さんのご指摘の、彫刻を作成する“動機”という点から考えれば、日時・日有・日主に、それぞれ動機はありますので、日精以前に石山が彫刻を作ったとすれば、この三人に絞られると考えております。
日時は、安房妙本寺との裁判に勝ち、石山境内を全て我が物として、日道門流=富士大石寺門流を形成しますが、元来、日道門下には安房妙本寺や北山本門寺に匹敵する本尊・御影が無いので、日時は自ら願主となって御影を造立しましたし、本尊も用意または作成した可能性があります。日有は石山歴代で初めて、石山=事の戒壇・本尊堂という主張をしておりますので、自らの主張に見合う戒壇本尊を用意または作成した可能性があります。日主の代に、北山本門寺から、西山との出入りにより、北山において信仰の中心とされ戒壇本尊としていた本門寺大堂本尊が紛失するという事件があり(この後北山では生御影信仰が中心に据えられていくことになる)、この機会を捉えて、日主は、石山こそ真の戒壇という類での正統性を主張し、自身の主張に見合う戒壇本尊を用意または作成した可能性があります。

以上、少なくとも日精以前に石山で彫刻またはそれに準ずる漫荼羅の用意または作成するということをやった可能性の高い人物を挙げるとしますと、日時・日有・日主の三人が“動機”の面で浮かび上がるということになりますね。

2212れん:2009/01/29(木) 20:48:00
彰往考来さん


由井漫荼羅と北山の日禅授与漫荼羅についての御教示有難うございました。

実体は分からないものの由井漫荼羅が日蓮系寺院において真筆と“認識”されて所蔵されているとのこと、出来が良すぎるくらいの“偽物”なのですね。
北山の日禅授与漫荼羅は、紙質からは、江戸時代以前のものということで、由井正雪による創作ではないことは分かりました。
ご教示有難うございました。

2213犀角独歩:2009/01/29(木) 23:22:00

れんさん

お立てになった時系列、説得性がありますね。

あと、北山の日禅授与本尊、これは大石寺の日禅授与本尊の相剥でないことは、既に図形鑑別で検証しました。

http://blog.livedoor.jp/saikakudoppo/archives/51208577.html

いちばん問題なのは、北山の本尊が由井の贋作かというより、大石寺日禅授与本尊が日蓮真筆かどうか、これを真筆だといったのは、日亨さんですが、この人の鑑識眼は問題外。最近では金原さんですか。それ以外で、この本尊を真筆だといっている話は聞きませんね。

2214犀角独歩:2009/02/04(水) 17:47:18

日寛書写本尊と完則図につき、ブログに投稿しました。
ご批正を頂戴できれば有り難く存じます。

日寛本尊は、完則図原本の模写か?
http://blog.livedoor.jp/saikakudoppo/archives/51496935.html

2215阿佛棒:2010/01/20(水) 15:36:31
皆さんは大御本尊樣をニセモノだのインチキだのいいますが
本当にそうでしょうか?

あえて大御本尊様を擁護する論陣を張りその功徳で成仏したいですw

今日の歴史学においてブッダの没年は
紀元前383年(中村説)とされ末法は江戸時代に到来したものと考えられます。
そこで、

仮設1
日蓮の秘密の遺言(後に消失)によってこの大御本尊は江戸時代に製作されたもの

仮設2
大御本尊には人格が宿っており江戸時代に富士派の僧侶と佛師をあやつり
自然に世に現れ世の人々を救わんと富士派の僧侶らに超自然の力で語りかけた
かんなぎ説w

もちろん学問的には荒唐無稽ではありますが
信仰とは本来こういうもの。

もし私が正しいなら私には無量の功徳があり
大御本尊を誹謗した諸兄らは阿鼻獄に入らん

ちょっと脅かしてみましたw

2216問答迷人:2010/03/06(土) 12:51:47
このスレッドにて、日顕上人の述べた偽作説について詳しく議論されています。

2217阿佛棒:2010/03/13(土) 17:49:31
それについては存じておりましたが、改めて拝見。

科学的な年代測定を行うのが1番でありましょう。
素材、塗料などからあるていど年代が測定できるものと心得ます。

が、

究極、日蓮が書いたものでなくても本門戒壇であると
末法の本佛とその眷属の使いである創価学会が認めるなら
本門の戒壇となる。

これはもう信仰の問題なわけです。解釈としては末法に相応して出現したと自称する創価学会こそが
宝塔であり、三代秘法そのままなのであると強弁してしまうことも可能

ここまで言い切ってしまうともう日蓮宗の枠におさまらず正に池田教ではないかとの謗りもありましょうが
それくらい突き抜けてしまってもいいのではないかと思う今日この頃

2218阿佛棒:2010/03/13(土) 17:55:56
そして、同じ主張を顕正会や他の法華諸宗教団体が行うことも可能。

ミレニアムを超えた今こそ新たに全創価学会員の発願で
新御本尊を製作するのもまた可でしょう。

と、これは偽作説のスレから外れてしまった話になりました.すみません。

2219ひきこもり:2010/08/28(土) 22:17:37
大御本尊が偽作であるという事が決定したらば、日蓮正宗は全滅ですよ。

2220問答迷人:2010/08/29(日) 05:21:43

ひきこもり さん

僕も同じ意見です。

そもそも日蓮正宗は、日蓮門下の中では異端だと思います。日蓮正宗が全滅して、却って日蓮聖人の教えの全貌が明らかになると僕は考えています。

日蓮聖人の教えでないものを、日蓮聖人の教えだと言って布教するのは如何なものか、という事です。

2224三船敏郎:2010/11/12(金) 11:04:06
創価学会内部改革派憂創同盟 最後の警告 というサイトを立ち上げている元創価学会員です。
日蓮正宗法華講に入っていましたが、犀角独歩さんの論文を読み、日蓮正宗法華講を辞める決心をしました。
そして保田妙本寺に入ろうとしましたが、民衆救済の精神がないことから入るのを辞めることにしました。
今、自分一人です。ヤフーの知恵袋で頑張っています。
創価学会に戻ることを考えています。

2225問答迷人:2010/11/12(金) 13:52:08

三船敏郎さん

どこかの組織に付かないと、日蓮法華信仰は出来ないのでしょうか、そんなことはないと思います。僕は何処かに所属する信仰はもう止めました。

それでも、僕は信仰を捨てたわけでは有りません。日々、生活・人生の糧として日蓮法華信仰に励んでいます。指針は日蓮聖人の真蹟遺文です。

こうした信仰の有りかたは、伝統仏教は認めようとしませんが、伝統仏教の宗派から、インチキ教義とインチキ解釈を刷り込まれた身としては、ずっとずっと晴れ晴れとした信仰だと自負しています。

2226問答迷人:2010/11/13(土) 15:05:38

追伸です。

「伝統仏教の宗派から、インチキ教義」と書きましたが、僕の場合の伝統仏教とは『日蓮正宗』であり、インチキ教義とは、「日蓮大聖人の出世の本懐たる本門戒壇の大御本尊」と「唯授一人の血脈相承」という二つの『我田引水の邪義』です。蛇足ながら申し添えます。

創価学会は、いまだにこの二つの日蓮正宗譲りの邪義に固執しています。まぁ、僕はこんなインチキ団体には近づかないのが良いと考えています。君子危うきに近寄らず、です。

2227ひきこもり:2010/11/28(日) 18:47:00
>>2226
それでは日蓮正宗も創価学会も嘘の宗教であり、終戦後の動乱状態を騙して、
脅迫である罰論や誘惑である功徳論を展開して、信者を集めた団体と言うことになっ
てしまうではありませんか。

僕は中学生の時から、「人は信仰を持たないと何をするか分からない」と言う理由で
入会しましたが、騙されていたのではたまりません。

日蓮正宗も創価学会も嘘の宗教だったら、もう科学で宗教を研究しなければなりませ
ん。しかし自分の体験から戸田先生の「生命論」は間違いありませんよ。体験こそ真
実ですから。

2228問答迷人:2010/11/29(月) 06:51:28

ひきこもりさん

>それでは日蓮正宗も創価学会も嘘の宗教

これは、僕は間違いの無いところだと認識しています。

「日蓮大聖人の出世の本懐たる本門戒壇の大御本尊」と「唯授一人の血脈相承」

この二つの日蓮正宗の根幹教義が史実に基づく教義である事証明する事は不可能だと考えています。

>自分の体験から戸田先生の「生命論」は間違いありませんよ。体験こそ真
実ですから。

戸田師の生命論に、「日蓮大聖人の出世の本懐たる本門戒壇の大御本尊」と「唯授一人の血脈相承」を直接述べた部分は有りましたでしょうか?

戸田師の生命論が間違いないとしても、それで、戒壇本尊や唯授一人の血脈が史実だと証明されるわけではない。日蓮聖人の教えが正しい、というのなら分りますが・・・ここに混同があると思います。

僕は日蓮聖人の教えを深く信奉しています。しかし日蓮正宗の様な、似非日蓮は断固否定しています。

2229ひきこもり:2010/11/29(月) 21:52:32
>>2228
分かりました。御書のどこにも死んでこの世に再生すると言う文言はないですね。
「折伏経典」は戸田先生ではなく、次期会長と目されれていた、石田次男氏が書い
たものと分かりましたが、、戸田先生と石田さんは生命論を知っていましたよね。

2230ひきこもり:2010/11/30(火) 21:05:12
>>2228
問答迷人さん。私は池田先生の「若き日の日記」に「死んで眠りたい永久に」と書かれてあったことに
高校生時代に驚きました。あと柏原ヤス全国婦人部長が電車の中の中吊り広告に「1回だけの人生をど
うするか」と書いてあったのを見て驚きました。また2年ぐらい前の聖教新聞に池田先生が「1回だけ
の人生」を発言していたことが記載されていました。先生は生命論を理解していないのではないかと疑問
に思いました。あとあれだけ反戦平和の公明党が自民党と癒着してから、もう私は神経が参っています。

私が少年時代に良く唱題しに行った池袋の常在寺の前には、いつも黒い車が駐車していて、私の少年時代
とは大変わりになってしまいました。創価学会も日蓮正宗もインチキ宗教だったのならば、損害賠償金を
国に訴えますよ。

2231ひきこもり:2010/11/30(火) 21:23:15
>>2224
三船敏郎さん。僕は創価学会に入会する前までは、気が弱い少年でした。しかし虐めに遭って
創価に入会した後、創価の人達は僕を助けてくれました。勉強嫌いが御書や人間革命をむさぼ
り読むようになり、最高学府まで出ることができました。創価学会なくしては、今の私は無い
と思います。他の宗派はありますが、苦しんでいる人達を救おうとした団体はありません。

今は経済的にも恵まれていて、平穏な毎日を送っています。中学生の時に入会して厳しい指導
を受けてから、猛勉強をしました。

2232問答迷人:2010/12/01(水) 15:28:41

ひきこもり さん

僕は、17才で単身、創価学会に入会し、約10年間信仰に励みました。創価学会の組織には人情があり、助け合いの姿がありますね。特に縦線の時代は、人間関係が豊かだったと思っています。創価学会で学んだものは沢山有ります。また、失ったものも沢山有ります。

その後、板本尊謹刻問題で、創価学会を辞めて、日蓮正宗の末寺に付きました。ここでは学んだものも失ったものもそんなにはありません。まぁ、時間の浪費は有ったと思いますが・・・

そして、戒壇板本尊が偽物だと知って、日蓮正宗を離れました。

最初は、何処かに付かなければ信仰できない、との脅迫観念に苦しみましたが、どの教団も似たようなもので、日蓮聖人の教えが正しく伝えられている訳でもない、と感じましたので、教団探しは止めにしました。

今は、静かに日蓮法華信者として、現当二世を祈る生活を送っています。

何か、内村鑑三の無教会主義を真似ているような感じです。

創価学会や日蓮正宗を恨む気持ちは全然有りません。却って、日蓮法華信仰を教えてくれた恩人の様な捉え方すらあります。かと言って、創価学会や日蓮正宗に戻ろうとは毛頭考えていません。「日蓮法華信者」で有りつつけることは誰からも邪魔されません。これで良いのだろうと考えています。

2233ひきこもり:2010/12/03(金) 21:47:41
>>2232
そうですよね。僕は14歳の時に日蓮正宗の信徒になり、同時に創価学会の会員になりました。
14歳なんて今から思えばまるで子供でしたねw

創価は悪い団体ではありませんよ。真面目な人がほとんどです。

2234常修二番弟子:2013/10/21(月) 18:17:09
下記サイトを見て、本門戒壇の大御本尊が、大聖人の御真筆であること、確信しました。
一度見て下さい!
エイチティティピーコロン、スラッシュスラッシュ
zyoushuin2.web.fc2.com/

2235サム:2015/10/14(水) 14:38:37
私(サム)は、

日蓮聖人漫荼羅一覧
http://homepage3.nifty.com/juhoukai/mandara/mandaraitiran.html

にある他宗門公開の全ての現存大聖人御真筆御本尊と比較して、

『石山(せきざん)本尊の研究』京都要法寺僧侶 柳澤宏道編著
http://www.hachisubunko.com/%E3%81%AF%E3%81%A1%E3%81%99%E6%96%87%E5%BA%AB%E3%81%AE%E5%87%BA%E7%89%88%E7%89%A9/
に紹介されている石山本尊の研究-01.pdf、にある楠板本尊との間に、

決定的な違いを見出したのです。 
(かなりの学会員さんは、既に発見されていたかも知れませんが。)

楠板本尊の座配図を書かれた京都要法寺僧侶の柳澤宏道氏は
「板マンダラの写真は『日蓮聖人』(熊田葦城著・明治44年発行)と『聖教乃正義』(荒木清勇著・大正4年11月11日発行)(二人とも大石寺の信者)の口絵に掲載されたものが全貌を示すものだが、巷間で批難されているがごとく不鮮明なものである。しかし、著者はこの写真から、正確に座配図を読み取るため、マイクロ写真にて「AO版」(畳1枚程の大きさ)まで拡大して検証した結果、既刊の研究書とはかなり異なる結果となった」
と述べており、実際の楠板本尊の相貌に間違いないであろうと推考します。

決定的証拠

①御真筆で図顕年月日が記載されている御本尊は全て「干支」も付記されているが、楠板本尊には「干支」の記載が無い。 干支の無記載は日興上人以降の様式である。
②弘安元年七月以降の御真筆本尊は全て「仏滅度後」との讃文だが、弘安二年十月御図顕とされる楠板本尊は「仏滅後」の表示である。

私が調べた処では①②共に例外はありません。
7月末に某掲示板に発表して現在9月3日に至るまで、法華講員さんの明確な反論は一切ありません。 
今からでも結構ですので、戒壇本尊肯定者や、法華講の方々で、御自分で調査するなり、講役員や宗門関係者にお聞きするなりして、反論・ご意見を募集しております。

反論が無ければ、結局、『本門戒壇本尊とされる楠板本尊は後世の模作だった』と結論します。

今こそ『楠板本尊は、大聖人の出世の本懐ではなく後世の模作である』と創価学会総体が、宣言した時こそ、私は「創価学会の発迹顕本の時」だろう、と信じています。

2236サム:2015/10/14(水) 14:48:41
御図顕或いは御書写の年月日に干支が記載されている御本尊は、

『石山(せきざん)本尊の研究』京都要法寺僧侶 柳澤宏道編著
http://www.hachisubunko.com/%E3%81%AF%E3%81%A1%E3%81%99%E6%96%87%E5%BA%AB%E3%81%AE%E5%87%BA%E7%89%88%E7%89%A9/
に、紹介されている石山本尊の研究-01.pdf、石山本尊の研究-02.pdf、から調査しますと、
(文末の分数は、年月日記載の本尊に対する干支必掲本尊数です。)

開山日興上人では、0/19
3世日目上人では、1/1
26世日寛上人では、2/3
33世日元上人では、1/1
48世日量上人では、1/1
51世日英上人では、1/1
52世日霑上人では、1/1
なお、近代の法主は、全て干支を付記していません。

堀日亨上人の「第三、漫荼羅脇書等」(富要集8巻177頁)に依りますと、

開山日興上人では、6/188
3世日目上人では、0/8
4世日道上人では、2/6
5世日行上人では、0/8
6世日時上人では、26/28
7世日影上人では、1/2 (日亨上人は日影上人を7世としている)
9世日有上人では、4/22
12世日鎮上人では、5/9
13世日院上人では、2/5
14世日主上人では、9/11
15世日昌上人では、7/11
16世日就上人では、1/11

日蓮聖人漫荼羅一覧
http://homepage3.nifty.com/juhoukai/mandara/mandaraitiran.html
では
日蓮大聖人は、104/104

となり、大聖人以外の石山法主の御本尊は、干支を付記したり、しなかったりしているのですよ。

2237通りすがりの人:2019/08/21(水) 17:31:21
管理人さんはお元気なのでしょうか?

2238signifie:2021/04/04(日) 17:42:12
それでは日蓮正宗が「その最後の8年間で出世の本懐である法華経を説かれました。」というのはどうでしょう。これも明らかに間違いです。法華経は釈迦が説いたものでないのはもちろん、誰が書いたのかもいまだにわかっていません。しかも書かれたのは釈迦が死んで少なくとも500年以上経ってからということまではわかっています。日蓮正宗に破門された創価学会でさえ、法華経は釈迦が説いたものではないという史実を認めていますが、日蓮正宗は今もこのように「法華経は釈迦の晩年8年間に解いた究極の教えだ」という立場を崩すことはありません。それもそうでしょう。日蓮正宗は法華経を最高の教えであるということを前提に成り立っているのですから、その法華経が間違ってましたなどと認めるわけにはいかないんでしょうね。いいんです。べつに日蓮正宗を批判しているのではありません。ただ史実とは違うことを言い続けなければならない日蓮正宗は、何を持って「正しい」と言えるのかどうか心配にすらなります。でもいいんです。宗教なんだから。史実がどうあれ、誰に迷惑をかけていないのでれば、信じれる人が信じたらいいんじゃないでしょうか。私はそう思っています。私はとても信じる気にはなれませんけどね。


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