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音楽スレ(2021~ )

1korou:2021/01/01(金) 16:34:02
2020年までで938書き込み。
「名曲300選」の途中とはいえ
それは1000書き込みで完結しない見込み。
となれば、年の途中でスレが変わるのもどうかと思うので
新スレをスタート。

422korou:2022/12/11(日) 14:56:47
(クリップス⑧)
シューベルト:交響曲第7(8)番ロ短調 D.759「未完成」
ヨーゼフ・クリップス指揮 ウィーン祝祭管弦楽団 1962年6月3日録音

悪くはないのだが、★満点に近い出来かと言えば、そうではない。
もっと何回か聴かないと、正体が分からない演奏でもある。
そもそもオケが覆面された名称なので、そこからしてミステリアスであるが
妙に巧いところを見せたかと思うと、案外雑な感じの響きになったりするのが
まず不可解。
さらに録音に関していえば、かなりクリアではあるものの
音の所在が左右に揺れるようで不安定な感じがするのも
あまり体験したことのない特異さだ。
なんとも評価し難い妙な演奏で
結局、シューベルトの音楽を味わうまでに至らない。
今、イヤホンを止めてスピーカーで再生してみたが
音量も不安定、左右のバランスもおかしい感じは一緒である。
せっかくクリップスとウイーンのオケという組み合わせなのに
惜しいことである。

423korou:2022/12/12(月) 15:57:19
(クリップス⑨)
ベートーベン:交響曲第6番 ヘ長調 作品68「田園」
クリップス指揮 ロンドン交響楽団 1961年1月録音

第1楽章の出だしの数秒で心を摑まれた。
これほどしっくりくる絶妙な「田園」の始まりは
かつて聴いたことがなかった。
その後も、いろいろな問題を含みながらも
全体として、冒頭の美しさを損なわないまま
終楽章まで一気に聴かせる名演となった。
問題といえば
ロンドン響の響きが一流ではあるけれども
うっとりとするほどの超一流とまでは言い難いこと。
これは、普段なら「さすがロンドン響、上手い!」と拍手を送るところだが
これだけのクリップスの名人芸を耳にすると
ついつい個々の奏者にも要求するところが最上級になってしまうからで
まあこれは仕方ないところ。
それから、やはり録音に雑な面があって
ダイナミックレンジが狭く、弦の音が近くに聴こえ過ぎる点が
最も残念な点なのだが
それは強奏のところだけの話なので
第2楽章などは全然問題なく聴こえる(ここは逆にソロの名人芸を期待するところだが・・・名人芸を要求することは
逆に音量は問題なく、名人芸が不要なところは音量の問題が存在する。厄介だが、決して致命的ではないので救われる)
全体として、細部のリズム、テンポはこれ以上のものはなく
その他の部分でE・クライバーとかモントゥーに軍配が上がるという感じか。
★9つの名演。

424korou:2022/12/13(火) 21:30:23
(クリップス⑩)
ベートーベン:交響曲第2番 ニ長調 作品36
クリップス指揮 ロンドン交響楽団 1961年1月録音

随所にクリップスならではの表現があり
それなりに面白く聴けるのだが
全体に録音のクセが気になるのと
悲愴感が一切ない、純粋に音楽的に美しい演奏なので
ベートーヴェンに対する好みからいけば
残念ながら★9つ以上までには至らない。
しかし、こういうベートーヴェンもありかな、と
徐々に思わせてくれる演奏ではある。

425korou:2022/12/14(水) 14:18:20
(クリップス⑪)
ベートーベン:交響曲第3番 変ホ長調 作品55「英雄」
クリップス指揮 ロンドン交響楽団 1961年1月録音

これも随所にクリップスの個性が認められる好演。
「英雄」もこんな風に聴くことができるのかという驚きがある。
ただし、これも同じことが言えて
録音がうるさ気味なのと
悲愴感の不足は否めず
定番となる演奏ではないのは確か。

426korou:2022/12/15(木) 11:38:25
(クリップス⑫)
ベートーベン:交響曲第5番 ハ短調 「運命」 作品67
クリップス指揮 ロンドン交響楽団 1961年1月録音

あたかもハイドンのシンフォニーを振るが如く
近代の自我など見向きもせず
古典派の交響曲として解釈したら
こうなりましたというような演奏。
さすがに、このアプローチで第1楽章を聴くのは
あまりに拍子抜けの感は拭えなかったが
それでも弱音の部分の表現に思わぬニュアンスが聴き取れたりするのは
クリップス鑑賞のご褒美のようなもの。
第2楽章は堂に入っていて、さすがと思わせるが
やはりここにも近代の自我は込められていたのだと
逆説的に思わせるのは
徐々に物足りなさを感じたからだった。
このあたりはE・クライバーと何かが違うのである。
第3楽章は思ったより巧みにこなしていて
さすがは名匠と感じ入ったものの
第4楽章は想定通りのハイドン流で
全くベートーヴェンを聴いている感じがしないので
(分かってはいるものの)かなりの拍子抜け。
クリップスにとってこの曲などは難題の一つであったに違いない。
そして、恐らく、その師であるワインガルトナーにとっても。
フルトヴェングラーの魔法が恋しくなるような演奏。

427korou:2022/12/17(土) 15:53:40
(クリップス⑬)
ベートーベン:交響曲第7番 イ長調 作品92
クリップス指揮 ロンドン交響楽団 1961年1月録音

第1楽章冒頭の序奏のテンポ、リズムともにピッタリで
気持ちのいい出だし。
そして、そんなベストな演奏なのに
徐々にベートーヴェンの音楽の本来の魅力から離れていってしまうのも
これまでのクリップスのベートーヴェンの演奏と共通だった。

最初は、あまりにスムーズに音楽が流れ過ぎるせいか
後半2楽章の大半で寝てしまい聞き逃してしまう。
後半だけ、もう一度聴き直すハメになる。

第3楽章は、フルトヴェングラーの演奏と好対照で
全くデモーニッシュな感じ、どうしたって起き上がって叫びたくなるような心の底からの感動というものが
全く感じられず、ひたすら音の響きだけ美しいハイドンのような演奏。
このまま第4楽章もこの感じで続くのかと、思いきや
第4楽章はベートーヴェンの音楽の底力が聴こえてきて
クリップスのような手法でもここまでデモーニッシュな感じを出せるのかと
改めて感動した次第。
特に、最後の追い込みのような部分で
音楽的にも美しい上に、さらにベートーヴェンの音楽の本質を突いた感動に至ったところは
本当に感涙するほどだった(クレンペラーの演奏で感じたそれに近い)。
こんな方向から登っていって、ちゃんと目指すべき山頂に到達したという驚き、発見、改めてのベート―ヴェンへの畏敬の念。
クリップスの「第7」は奇跡のフィナーレが印象深い演奏だった。
すべてがここで反転した。
★9つの演奏と評価したい。

428korou:2022/12/22(木) 11:42:20
(クリップス⑭)
ベートーベン:交響曲第9番 ニ短調 「合唱付き」 作品125
クリップス指揮 ロンドン交響楽団 レスリー・ウッドゲート(合唱指揮)BBC合唱団
(S)ジェニファー・ヴィヴィアン (A)シャーリー・ヴァーレット (T)ルドルフ・ペトラーク (Br)ドナルド・ベル 1961

このとことずっとクリップスの指揮による演奏を聴き続けていて
この「第9」を聴いて悟ったことは
これは劇的な演奏スタイルが主流になる以前の演奏スタイルではないかということ。
聴いていて、細部にまで音楽が溢れている素晴らしい演奏なのだが
現代の劇的効果満点の演奏を聴き慣れた耳には
クライマックスでの盛り上がりとか、曲全体の構成を見通した造型とかの点で
いかにも物足りないという印象を受けてしまうわけだ。

でも、今の自分の嗜好で思うと
このスタイルはなかなか聴き心地が良い。
クリップスの良さは、ある程度クラシック音楽に馴染み
なおかつ年齢を重ねないと分からないのではないか。
聴き続けてやっと納得できる部分もあり
全体として(「自分にとって」という限定付きだが)最も好ましいベートーヴェンの演奏の一つ
ということが言える。
劇的要素皆無だと魅力半減する「第3」「第5」を除き
他の交響曲については、最初は★8つと思った演奏もあったが
すべて★9つ、あるいは★満点に修正したい。

429korou:2022/12/23(金) 14:10:47
(クリップス⑮)
ブラームス:ハイドンの主題による変奏曲 変ロ長調 op.56a
ヨーゼフ・クリップス指揮 フィルハーモニア管弦楽団 1963年6月1日録音

まさか、この曲を最後まで聴くとは思いも寄らなかった。
良い演奏に出会うと、いつもは聴き通せない曲でも
こうして聴けるわけだ。
どこがどうということもなく
ちゃんとメリハリが利いていて
必要な音は全部強調されているだけの話なのだが。
曲が曲だけに★9つとはいかないが
この曲に関しては、今のところ、この演奏がNo.1。
(今、これまでの推薦盤だったモントゥー&ロンドン響を聴いたが
 どこにも欠点はない代わりに、クリップスほどの渋い魅力もなかった)

430korou:2022/12/24(土) 15:03:59
(クリップス⑯)
チャイコフスキー:交響曲第5番 ホ短調 作品64
ヨーゼフ・クリップス指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 1958年9月録音

チャイコフスキーはモーツァルトっぽいところがあるので
いくらか期待しつつも
VPOがいまいちノリが悪いのではないかという不安もあり
どうなることかと聴いてみた。
結果は、期待したほどのハマり具合ではなく
特に第1楽章途中からのダレた感じは
VPOの仕業かとも思えたほどだったのだが
それでも第3楽章のワルツの美しさは絶品で
この細やかさで全体を通すには
やはり曲そのものに破たんがあるのでムリだったという
結論に至った。
全体としては★7つの特に高評価もナシということになるが
ところどころにクリップスらしい個性が光る表現があり
そこが聴きどころと言えるだろう。
なお、VPOの録音にしては、抜群に弦の響きが素晴らしく
これなら世界随一のオケの名に恥じない。
珍しくクリアで美しい音質だった。

以上でクリップスは終わり。
ベートーヴェンを過ぎるとクリップスの個性は生きてこなくなる。
しかし、ベートーヴェン以前の音楽で
これだけのニュアンスを途切れなく伝えてくる演奏は
ステレオ録音の時代にといて唯一無二だろうと思えた。

431korou:2022/12/27(火) 11:32:54
(クレンペラー 1)
ハイドン:交響曲第100番 ト長調 Hob.I:100 「軍隊」
オットー・クレンペラー指揮 ニュー・フィルハーモニア管弦楽団 1965年10月録音

立派な演奏である。
退屈せずに聴ける点でクリップスと双璧とも言えるのだが
残念なことは愉しさが足りないということ。
クレンペラーにそれを求めるのは無意味なお願いなのだが
それにしても、あらためてクリップスの何気ないリズムの取り方とか
テンポの設定とか、いかにもウイーン情緒に満ちていて素晴らしかったのだと思う。
多分、ワルターもそうだろうと思うが
この時代に生まれた指揮者は
普通にハイドンの曲を指揮して
この程度のレベルの演奏など普通にできるのだろうと思ったりする。
その意味で、ハイドンはより身近に感じられるようになった。
自分の嗜好の変化もあるのだが。

クレンペラーはオールマイティな指揮者なので
順番に聴くというよりは、その日の気分に合わせて
まとめて聴いていきたいと思っている。

432korou:2022/12/29(木) 18:44:08
やはりクリップスを聴きたくなり、ナクソスで物色。
結局、ロイヤル・コンセルトヘボウ管を指揮したシューベルト「グレイト」を聴く。
音質はまあまあで、ステレオ感には乏しいが、特に問題のないレベル。
演奏はさすがで、クリップス&AC管は無敵の組み合わせだと改めて思った。
この曲には、今のところ決定盤がないので、意外とこの演奏がベストかもしれない(エクセルを修正)

433korou:2023/01/03(火) 18:13:53
1/2 ”定期巡回”に追加した「クラシックCD聴き比べ(以下「聴き比べ」)」で知ったニールセンの交響曲について
まず推薦されていた「交響曲第1番」(トマス・ダウスゴー&シアトル響)を聴く。
グリーク、シベリウスに似た北欧調の風味が味わえたが、案外あっさりとした感じで聴きやすい。

1/3 ユンク氏サイトで、ニールセン作品で唯一アップされている「交響曲第5番」(バーンスタイン&NYP)を聴く。
当方の体調がイマイチなせいもあり、途中で何度も寝てしまい記憶が飛んでしまう。
なかなか難解な曲でもある。

434korou:2023/01/04(水) 16:34:23
本日も「聴き比べ」推薦のニールセン「交響曲第3番」、コリン・デイヴィス指揮ロンドン響の演奏を聴く。
前半はうっかり寝過ごしてしまったが、退屈というより心地よい響きということで。
後半2楽章からしっかり聴いた。
予想通りロンドン響のくすんだ響きが、どことなく北欧の香りが漂うニールセンの音楽にピッタリ合う。

435korou:2023/01/06(金) 21:11:04
(ナクソス)ストラヴィンスキー「火の鳥」 アバド指揮ロンドン響

久々に「火の鳥」を聴く。
やはり曲の細部までいろいろな思いが残っていて胸がいっぱいになる。
アバドの指揮は、いつも通り冷静で客観的。
どこを切ってもアバドの個性は消されていて
ひたすらストラヴィンスキーの音楽だけが迫ってくる。
これはこれで大指揮者の芸風というものだろう。
こういう曲だと、あまり指揮者の個性が強すぎる場合
逆効果になることもあるのだが
アバドにはその心配は一切ない。
再生回数No.1は納得。

436korou:2023/01/07(土) 17:18:30
今回は、「聴き比べ」推薦と同等の演奏でチャイコフスキーとベートーヴェンを聴いた。いずれも「ナクソス」から。

〇チャイコフスキー「交響曲第4番」(スヴェトラーノフ指揮 ソヴィエト国立響)
ムラヴィンスキーは”天才の名演”、スヴェトラーノフは”凡才の名演”と
「聴き比べ」管理人さんが評されていたが
まさにその通りで名言だ(「聴き比べ」で評された演奏そのものではないのだが・・)
出だしからトリッキーなところが一切なく、しかも音色に憂愁がこもり、
いかにもロシアらしい雰囲気が漂うところが素晴らしい。
たしかにムラヴィンスキーのような圧倒的な魅力はないのだが(ゆえにファーストチョイスにはなり難い)
それでも、ずっと聴いていたいという気持ちにさせられる佳演である。
(続く)

437korou:2023/01/07(土) 17:20:10
〇ベートーヴェン「交響曲第3番」(テンシュテット指揮 北ドイツ放送響)
フルトヴェングラーを連想させる東ドイツ出身の奇跡の指揮者と言われたテンシュテット。
1970年代になって西側に亡命し、数年後には米国で圧倒的な成功を収め
いきなり世界有数の名指揮者として名を馳せた。
しかし、1980年代の終り頃から体調不良になり、1998年に死去、つまり
世界的な名声はわずか10年ほどで終わったわけだ、
以上のことは、今、Wikiで調べて知ったが
道理で自分は全くその活躍を知らないわけだ。
NHKFMのクラシック番組でのライブ中継については
ヨーロッパの音楽祭を中心に放送されていたが
Wikiの記述によれば、テンシュテットは欧州のオケとは折り合いが悪かったということなので
その頃にテンシュテットに熱狂した日本のファンは
来日時と、時々発売されるCDを買い求めることにより
その存在を知り、その中から神格視するファンが現れたということなのだろう。
考えてみれば、カルロス・クライバーもその全盛期は短かったし
その意味で70年代後半から80年代にかけての”幻の2大指揮者”と言えるのかもしれない。
この演奏に関しては、さすがにフルトヴェングラーを比較するのはムリだが
音の意味深さ、次第に造型を深くしていくトータルな音楽の大きさなど
確かに、この時期に活躍した指揮者のなかでは、圧倒的に深い演奏をしていたと
認めざるを得ない(「聴き比べ」ではザルツブルク音楽祭での演奏が推薦されていたが、これはその2年前の演奏)。
定評のあるマーラーも聴きたくなってきた。

438korou:2023/01/09(月) 21:22:25
クレンペラーと並行してテンシュテットも継続して聴いてみたくなった。
断るまでもなくすべてナクソスでの視聴。

(テンシュテット②)
・ワーグナー「ニュルンベルグのマイスタージンガー前奏曲」
ロンドン・フィルとの演奏。
フルトヴェングラーと比較するわけにはいかないが
曲が進行するにつれて、確かな音楽の燃焼が聴かれるところは
確かに彷彿とさせるだけのことはある。
ワーグナーにしては健康過ぎるので、思ったほど感銘は受けなかった。

・マーラー「交響曲第6番」第一楽章
ロンドン・フィルとの演奏(最後の録音っぽい)
聴き馴染みがないので断言はできないが
バーンスタインと双璧の中身の詰まったマーラーのように思った。
一つ一つの音に説得力がある。

439korou:2023/01/10(火) 16:10:28
(クレンペラー 2)
・今回は、モーツァルト「ジュピター」、フィルハーモニア管で1962年の録音。

さすがにモーツァルトを晩年のクレンペラーで聴くと、いかにも重たい。
リズムの軽やかさ、爽やかさなど微塵もない。
要するに、モーツァルトを聴く演奏ではなく、クレンペラーを聴く演奏なのだ。
フルトヴェングラーの演奏は、ほぼすべて、すでにそういう意味合いになってきているが
クレンペラーの場合は、ことモーツァルトに関しては
今やそういう意味合いの演奏になってきているということなのだろう。
そう思えば、最初から意味深い音の響きが好ましく聴こえるし
どうしてもモーツァルトを味わいたいときには
残念な演奏ということになってしまう。
それでも、最終楽章だけは
もともと爽やかさとか軽快さなどとは無縁の音楽なので
その重厚な響きには圧倒される。

440korou:2023/01/11(水) 17:18:36
ふとチャイコ「第4」を聴きたくなり、ナクソスで物色。
ザンデルリンクあたりが、いかにもロシア風な音色を醸し出しているのではないかと見当をつけ
1956年にレニングラード・フィルを指揮した演奏を聴く。

出だしから期待通りの仄暗い音色。
それでいて、そこはかとなく哀愁も漂う見事な演奏。
途中で、ユンク氏サイトにも同じものがアップされているのに気付き
そちらでも聴いてみて同じ音質だったので、そちらへチェンジ。

全体としてムラヴィンスキーに調教?された
厳しささえ感じさせる完璧なアンサンブルなのだが
そのなかにさらに気持ちを込めた表現が入り込んでいて
知情意一体となった演奏は
むしろムラヴィンスキーをも凌駕しているのではないかと思えるほど。
ムラヴィンスキーの「第4」は完璧なのだが
非常に細かいところで小さな違和感も感じられ(それは”哀愁”の不足なのだろうか?)
それが、このザンデルリンクの演奏だと、気持ちよく流れていくのである。

チャイコ「第4」はこの曲を推薦盤としたい(ムラヴィンスキーは、やはり残しておいて同格とする)
ユンク氏サイトからのDL候補にもリストしておこう。

441korou:2023/01/12(木) 14:37:34
今日は「聴き比べ」から、モーツァルト「ピアノ協奏曲第17番」を聴く。
いくつか紹介のあったなかから、評価を高くしていたツァハリアスのピアノ、ネヴィル・マリナー&シュトゥットガルト放送響で聴いた。
久々に聴くモーツァルトの「ピアノ協奏曲」だったので、最初は耳に新鮮だった(初めて聴く曲にもかかわらず)。
しかし、第2楽章のゆったりとした流れで思わず眠気に誘われ、第3楽章途中からやっと頭が冴えてくる始末。
演奏はかなり良い部類のように思えたが、肝心の自分にそれを味わう能力がない。
残念!

442korou:2023/01/13(金) 14:09:20
今日は、無性にベートーヴェンの「ピアノ協奏曲第3番」を聴きたくなり
ユンク氏サイトで、バックハウス(P)、イッセルシュテット&VPOという定番にした。
「ハルくん」サイトで推薦されていて、今更ながら再確認。
相変わらずイッセルシュテットの指揮は、表面的な面白さなど一切関知せず
ひたすら真摯で誠実な音を聴かせる。
そこには思わず人を魅了してしまう狂気のようなものが感じられないので
自分の嗜好とはズレがあるのだが
これを立派な演奏と言わずして他に何があるだろうかと言わざるを得ない、
バックハウスは、豪快に弾いても何とかなるはずなのに
極めて繊細に、タッチに十分な注意を払いつつ丁寧そのもので弾いている。
指揮者ともども、いやオケも含めて
プロの演奏の極致のように思える。
好みではないが、認めざるを得ない演奏。
そして、何よりも優れているのは
この演奏がベートーヴェンの音楽そのもので
そういう音楽を聴きたいときに
完璧に満足させてくれることに尽きる。
ここでは、バックハウスもイッセルシュテットもウィーン・フィルも
その存在を消して、ひたすらベートーヴェンの音楽を聴かせてくれている。

443korou:2023/01/14(土) 15:19:15
本日は、ショスタコーヴィチ「交響曲第5番」、当然ながらナクソスで。
「ハルくん」サイトでは、断然ムラヴィンスキーだったので、レニングラード・フィルとの演奏を探すが
これも当然ながら2種類しか音源がない。
片方は1965年のライブ、もう片方は年代不明で、「ハルくん」サイトと照合のしようがない。
音質というか、ダイナミックレンジは圧倒的にライブのほうが優れているので、それを聴くことに。
チャイコフスキー同様、冒頭からロシア臭に染まった完璧な音色で、さすがのムラヴィンスキーだが
細部の仕掛けはオーソドックスで、ある意味安心し過ぎて眠たくなる演奏でもある。
かつて推薦盤にした”ルドルフ・バルシャイ&西ドイツ放送交響楽団(ケルン放送交響楽団)”の演奏は
これと比較してどうだったのか、もう記憶の片りんもないが
また確かめてみるのも一興か。
あまりに立派過ぎる演奏も退屈するという典型だった。

444korou:2023/01/14(土) 15:27:46
「パ」ルシャイではなく「バ」ルシャイでした・・・検索しても出てこないので
どうやって聴いたのか不思議だったが、単なる見間違い(濁点と半濁点はPCだと区別し難い!)。
今さわりだけ聴いて、大人しい丁寧な演奏という印象。
「ハルくん」サイトでは、廉価盤で演奏もオーソドックスなので初心者にオススメとあり
ただしロシア臭は皆無、金管に迫力がなく最後は息切れ気味という評価。
まあ、かつての自分の記述を確認すると
曲自体にあまりに馴染みがあり過ぎ、凝りが出過ぎて、どの演奏が良いのか分からなくなっていたようなので
これはもう一度ちゃんと比較試聴する必要がありそう。

445korou:2023/01/16(月) 15:06:30
本日は、イヤホンによる耳の疲労軽減のため、ヘッドホン使用で視聴。
まず、レヴァインのホルスト「惑星」で音質試しをした後
同じくレヴァインの指揮、メトロポリタン歌劇場管弦楽団による
ストラヴィンスキー「春の祭典」を聴く。

しかし、ヘッドホンでも耳への圧迫感はあって
ある意味熱がこもってしまう悪弊すらあることも判った。
演奏は、良くもなく悪くもなく・・・まあ「春の祭典」でそんな感想になるのだったら
あまり良い演奏でもないのだろう。

やはりイヤホンで節制しながら聴くに限る。

446korou:2023/01/18(水) 13:13:46
今日は、まず、フルトヴェングラーのベートーヴェン「第4」(1943年録音)を聴く。
戦時中の緊迫した雰囲気がそのまま演奏にも表れていて
これこそベート―ヴェンがこの交響曲に込めた”内面的な力”を表現し得た稀有の演奏と言ってよい。
どこにも違和感がなく、「第4」が偶数交響曲という先入観を吹き飛ばす本当の名演だ。

やはり、ベートーヴェンは「第3」「第4」「第5」が異次元で
「第6」から以降は再びハイドンの世界を継承する形に戻ったと考えるべきだろう。
そう思えば、クリップスの「第7」「第9」の快演も、さもありなんということだ。

447korou:2023/01/18(水) 15:26:59
次に、クリップス指揮ロンドン響でベートーヴェン「第5」の前半を聴いた。
思ったよりも違和感なく、ここ最近クリップスの創る音楽性に自分の頭が慣れてきているのが分かる。
ベートーヴェンを全集で聴くならクリップスだろう。

448korou:2023/01/19(木) 15:41:57
・クリップスの「エロイカ」を再聴。
 今度はすんなりと入った。
 もちろんベストチョイスではないが、愛聴盤だ。

449korou:2023/01/26(木) 11:36:24
本日は、「聴き比べ」で推薦のモーツァルトを聴く。

「ピアノ協奏曲第17番」を、ツァハリアスのピアノ、マリナー指揮のシュトゥットガルト放送響の演奏で。
モーツァルト中期の傑作というべきか、たった1年で6曲ものピアノ協奏曲を作曲していて
しかもそのうちの3曲は1カ月以内で書き上げているのだから
何という天才というべきか。
曲調は淡いタッチで、印象はひたすら可愛い感じのピアノ曲。
マリナーにはぴったりな曲調で、ツァハリアスのピアノの軽やかなタッチも曲によく合っている。
全くストレスなくBGMのように聴けた。
若い頃にはこうした軽やかすぎる音楽は避けていたのだが
やはり、この年齢になると、こういう曲も好ましく思えてくる。
演奏がベストなのかどうかなどという詮索もしなくて良いように思える。

450korou:2023/01/28(土) 11:35:15
〇ベートーヴェン「コリオラン序曲」(スピーカーによる鑑賞)

ユンク氏にはフルトヴェングラーの戦時中の録音しかなかったので
ナクソスでよく聴かれる盤を探し、そのなかからテンシュテット&ロンドン響の演奏を聴く。
1992年の時点でこれほど重厚に演奏し得たテンシュテットのタクトには敬意を表さざるを得ない。
これならベートーヴェンの音楽とちゃんと認識できる。

そして、ワルターを探すが、コロンビア響とのあの名演は無かった。
仕方なく戦前の録音を聴いたのだが、これも偶然ながらロンドン響の演奏。
音質は予想通りのレベルだったが、演奏は極めてスピーディで
それでいて音楽の悦びにあふれているのは、さすがワルターだ。
コロンビア響との演奏で感じた真摯さ、真剣さ、誠実さといった要素は
音質の関係で感じることはできないが
それ以上に古き良き時代に巨匠として君臨し得た時代の演奏として
印象深いものがあった。

テンシュテットもワルターも上質な演奏であり
「コリオラン」を味わうのに十分なクオリティだ。

451korou:2023/01/28(土) 13:44:21
〇ベルリオーズ「幻想交響曲」(スピーカー視聴)

マルティノン&フランス放送フィル(ORTF)の演奏を推薦盤にしているのをふと目にして
再び聴いてみることに。
スピーカー視聴ではあったが、弦の分厚い音色、テンポの確かさなど
聴くべき箇所は多かった。
かつてイヤホンで推薦盤にした演奏を
スピーカーで聴き直す作業にとりかかろうかと思い始めている。

452korou:2023/01/28(土) 15:46:44
スピーカーによる再チェック①
・ベートーヴェン「交響曲第1番」 ワルター&コロンビア響
文句なし。スピーカーで聴いても聴きやすい。

・バッハ「管弦楽組曲」「ブランデンブルク協奏曲」 コープマン&アムステルダム・バロック管
バッハは、スピーカーで聴くと実に堅苦しく聴こえる。イヤホンでギリギリ推薦盤か?

453korou:2023/01/29(日) 16:49:27
スピーカーによる再チェック②
・ベート―ヴェン「交響曲第4番」 フルトヴェングラー&VPO
やはり本当のベートーヴェンを味わおうとすれば、この演奏しか考えられない。
どこを切っても血がにじみ出るような生命に溢れた演奏。
今、その直後にクリップスの演奏を流しているが、これはハイドン直系の音楽としての演奏。
クリアで明晰なベートーヴェン。
気分次第で使い分けよう。どちらも名演だ。

454korou:2023/02/09(木) 14:17:48
スピーカーによるチェック①
(ブラームス:交響曲第2番 ニ長調 作品73&大学祝典序曲 ハ短調 作品80
 ヨーゼフ・クリップス指揮 チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団 1960年5月~6月録音)

これは初めて通して聴いたので「再チェック」ではなく「チェック」。
最初のうち、あまりの録音の貧弱さに大いに失望させられるが
次第に慣れてきて、このオケをこの杜撰な録音態勢で聴くのだから仕方ないという気持ちになる。
クリップスの指揮は、決して音を汚く鳴らすことなく、典雅に美しく響かせることに専念していて
いつものごとくテンポの設定にミスがない。
よってどこまでも気持ちよく聴くことができる。
ある特定の曲に飽きたとき
再びその曲を生彩溢れるイメ―ジで聴きたいと願うなら
これ以上のものはないだろう、という趣きの演奏だ。
何度も繰り返し聴く愛聴盤とはならないが
そういう意味では貴重な必須の演奏の一つではある。

455korou:2023/02/10(金) 14:58:17
・ザンデルリンク&ベルリン響 ブラームス「交響曲第1番」 ※音源・・ナクソス、手段・・イヤホン 推薦・・ハルくん

「ハルくんの音楽日記」での推薦盤は、同指揮者のドレスデン・シュターツカペレのもので
今発見したばかりだが、このベルリン響との演奏は、その演奏から10数年後の1990年発売のものらしく
これについては、ドレスデン盤とは比較にもならない残念な演奏という評価になっていた。
そうとは知らず、ドレスデン盤より前の演奏かもしれないと期待を込めて聴き始め
さすがに第1楽章のかなり遅いテンポには驚かされたものの
すぐに慣れて名演奏の予感さえしてきた。
第4楽章になって、主題の提示部の美しさには目を見張るものがあったが
そこから後は案外職人技に徹した淡々とした盛り上げだったので
さすがにベストの演奏とは言えない感じとなった。
そして、今、ベルリン響との演奏を評価したハルくんの文章を目にして
評価としては、推薦盤まで届かずといったところで落ち着く。
ただし、教会での録音状態が素晴らしいというハルくんからの情報には納得。
ベルリン響の特色でもある曇った音色はもちろん
ザンデルリンクの眼力により、その音色に芯の通った強さが加わり
ブラームスに適した美しい響きになっているのが最大の魅力と言える。
ブラームスを音色と落ち着き(遅めのテンポ!)で楽しみたいときに
この演奏は最適と言える。
迫力と言う点で、さすがに職人技だけは処理し切れない「何か」が
この曲には存在しているので
その意味では適していないのだけれど。

456korou:2023/02/13(月) 14:26:28
・クリップス&ロンドン響 ブラームス「交響曲第4番」 ※音源・・ナクソス、手段・・イヤホン

ブラームスの交響曲をいろいろ物色しているうちに
またまたクリップスに落ち着いてしまった。
これも聴きやすい演奏。
1950年録音の割には音はクリアで
クリップスもまだ若い頃なのに
すでに十分渋い。
期待通りの演奏で堪能。
またDLしなければ。

457korou:2023/02/24(金) 14:42:24
・ドボルザーク「交響曲第9番」 アンチェル&チェコ・フィル(多分1961年) ※音源・・ナクソス、手段・・スピーカー

ハルくんサイトで「新世界」のベスト盤を探すと、上記アンチェル盤ということになり
おそらくナクソスのアンチェル盤もそれだろうと推測、さっそく聴いてみた。
全部通して聴いてみて、第1楽章の音量がやや小さめだったので、以降ボリュームを上げて聴くことにした(スピーカー試聴ならでは)。
演奏は、アンチェルらしい端正で厳しさのなかにハッとする静けさを湛えた佳演と言ってよい。
特に第3楽章のメリハリの効いたタクト、ティンパニの美しい張りのある音とか
第2楽章の微妙なテンポの揺らし具合などは、まさに名人の棒さばきだろう。
とはいえ、自分としては、これをもってベスト盤とはし難いのである。
まさに好みの問題で、今はこういう引き締まった筋肉質な演奏はベストではなく
もう少しゆったりとした演奏が好みなので、これは仕方ないところだ。
アンチェルはアンチェル、今までどおり敬意は変わらない。

458korou:2023/02/26(日) 10:35:59
・ベートーヴェン「ピアノ協奏曲第4番」 ケンプ(p)、ライトナー&BPO(1961年) ※音源・・ユンク氏、手段・・スピーカー

たまたま聴いて、ライトナーの安定した指揮とBPOの美しく重厚な音色を堪能しつつ
相変わらずのケンプの無双ぶりに微笑んでしまった。
ケンプは批評なんかできないピアニストなのである。

こういう耳に馴染みのある演奏をスピーカーで聴いてみて
今までイヤホンで作成してきた名盤リストを
この耳に支障をきたしてきているかもしれないこの時期にこそ
スピーカーで聴いた印象で再度名盤リストを作成するという試みを
やってみたら面白いのではないかと思うようになった。
それをあえてレコ芸の「名盤500」のほうでやってみて
それが終わったら
今度は「名盤500」と「名盤300」との差について(つまり「名盤200」)
イヤホンで再チェックということにすれば完璧かもしれない。

というわけで「名盤500」を
すでに500に達しようかとするこのスレでやり始めても中途半端になるので
「名盤500」専用スレを新規に立ち上げることにした。
(それでも収まりきらない可能性は高いが、まあやってみよう)

459korou:2023/03/02(木) 14:57:50
こちらでは、名盤500に関係なく、普通に好きなように聴いて好きなように書くことにする。

チャイコフスキーを聴きたいと思っているところへ
「聴き比べ」サイトがヴァイオリン協奏曲を連載し始めたので
それに従い、まずムローヴァを聴く(ナクソス。サポートは小沢征爾&ボストン響)。
悪くはないが、特徴もない。何よりも感情が伝わってこない。

そこでオイストラフをナクソスで聴く。
が、意外と響いてこない。
チョイスを誤ったのか、ナクソスには良いものがアップされていないのか、それとも自分の耳が・・・

ナクソスにはなぜかハイフエッツの演奏が1つもない。
よって、ユンク氏サイトでハイフエッツの演奏を聴く(ライナー&シカゴ響のあの名盤)。
これには驚いた。昔聴いたときよりはるかに印象が良い。
音量も高めで(スピーカー試聴でも)聴きやすく、もちろん技巧面は最高で
かつ、これだけドライに弾きまくっているのに、どこかしらスラブの香りが漂い
いかにもロシア音楽を聴いている至福に包まれる。
第2楽章のみ、もう少しスラブ臭が欲しいとは思ったが、大した不満でもない。

460korou:2023/03/04(土) 14:53:22
ユンク氏サイトの今日のリスニングルームが
フランソワのベートーヴェン「月光」だったので
興味津々聴いてみた。

フランソワらしい幻想味あふれる怪演。
こういうベートーヴェンも面白い。
フランソワのベートーヴェンなど聴きたくない人には
まさにその通りで聴く必要などさらさらないが
自分のようなフランソワ信者には
最高の演奏のように思われた。

また自分の推薦盤のギレリスとの比較試聴もしてみたい。

461korou:2023/03/31(金) 17:09:31
ロドリーゴの「アランフェス協奏曲」を聴きたくなり(聴き比べサイトの影響?)
ナクソスで再生回数最多のものを検索したら
やはり・・・佳織さんだった。
聴き比べサイトでの評価も高かった2007年盤でもあったので
久々に村治さんの演奏を聴く。

驚くのはオケの優秀さ。
スペインのガリシア交響楽団、指揮はペレスという人で
全然知らないオケと指揮者だが
第2楽章冒頭の木管の響きなど
思わず涙が出るほど上手い。
そんなオケの情感こもった演奏をバックに
佳織さんのギターはほどよく冷静に
かつ上品というか何というか
その美しくカワイイ雰囲気そのままに
軽快な音をかき鳴らしている。
ジャケ買いしたと正直に書いておられる「聴き比べ」管理人さんの心情は
実によく分かるし
そして、そんなミーハーな気持ちさえ裏切られるほどの佳演に
思わず「S」判定する気持ちもよく分かる。

やはり綿矢りささんと村治佳織さんは特別(音楽スレとは思えぬコメント)

462korou:2023/04/02(日) 17:53:37
再び、ロドリーゴ「アランフェス協奏曲」(完全に「聴き比べ」サイトの影響)

バルエコというギタリストの演奏が高評価だったので試聴。
確かに、出だしから独特のしっとり感があり好印象。
それにしても、第2楽章で木管が哀愁を帯びたあのメロディを奏でると
自然に涙腺が溢れてくるのはどういうことか。
以前は美しいメロディだとしか思っていなかったのに。
ドミンゴ指揮のフィルハーモニア管も見事なサポート。
そして、ロンドンのエアー・スタジオという録音ホールも素晴らしい。
これは必聴の名盤だ。

463korou:2023/04/09(日) 16:36:47
よくよく考えると、音楽ブログなんてやっていて歌謡曲っぽいものをいっぱい聴いているのに
その分野についてちょっとだけメモする時などで使えるスレッドが
この掲示板にはないことが判明!
ということで、クラシック音楽以外でもこのスレッドを使います(宣言!)

今回は、週刊ポスト(2023.4.9にチェック)の冒頭特集にあった「80年代シティポップ大特集」から
世界を席巻している楽曲・アルバムをメモ。

八神純子「黄昏のBAY CITY」
南佳孝「モンロー・ウォーク」
竹内まりや「REQUEST」、「プラスティック・ラブ」(竹内)
杏里「悲しみがとまらない」、「Remember Summer Days」(角松)
山下達郎「RIDE ON TIME」(山下)
大貫妙子「Mignonne」、「4:00A.M.」(大貫)
稲垣潤一「ドラマティック・レイン」(秋元・筒美)
松原みき「真夜中のドア〜Stay With Me〜」(三浦・林)
泰葉「フライディ・チャイナタウン」(荒木とよひさ・泰葉)
菊池桃子「Blind Curve」(秋元・林)「Mystical Composer」(佐藤純子・林)
杉山清貴とオメガトライブ「ふたりの夏物語 NEVER ENDING SUMMER」(康珍化・林)
大橋純子「テレフォン・ナンバー」(三浦・佐藤健)
西城秀樹「BEAT STREET」(吉田美奈子・角松)
吉田美奈子「夢で逢えたら」(大瀧)
濱田金吾「街のドルフィン」(及川恒平・濱田金吾)

(アルバム)
寺尾聡「Reflections」
大瀧詠一「A Long Vacation」
南佳孝「SOUTH OF THE BORDER」
大貫妙子「SUNSHOWER」
山下達郎「FOR YOU」

464korou:2023/06/12(月) 10:59:38
ストラヴィンスキー「春の祭典」が聴きたくなり、かつての推薦盤を確認したところ
メータ&(オーストラリアのオケ)なのに、
ナクソスで今確認したら、そのコンビでは抜粋しかアップされていないことが判明。
どういうことか分からないが、実際そうなので
かつてはともかく、現時点ではメータ&ロス・フィルの演奏を推薦盤とせざるを得ない。
ロス・フィルでの演奏も抜群で、メータの良さが十分に発揮できている。
(というわけで、エクセルの表も全部直しました)

465korou:2023/06/16(金) 15:12:52
ブラームス「交響曲第4番」を、ジュリーニ&VPOで聴く。
1989年の最晩年の指揮だけに
ゆったりとしたテンポで堂々とした音が聴かれる。
ハルくんの中では次点クラスの名演だが
自分としては、やはりもう少し力強くあってほしいし
その中に不思議なほど寂寥感も漂うかつてのシカゴ響との演奏のイメージが良いのだが
かといって、その演奏に感動した10代の自分と今の自分とは感性が異なるので
ナクソスでシカゴ響との演奏も少しだけ聴いたが、かつての感動は甦らない。
推薦盤のベーム&VPOにしても、これだけたっぷり聴いた後では
もはや耳がバカになっていて、今日はここまでということで。

466korou:2023/06/19(月) 15:17:28
ブラームス「交響曲第3番」を、ジュリーニ&フィルハーモニア管で聴く。
偶然だが、気の向くまま選んだだけなのに、結果として
同じ指揮者で同じ作曲家の交響曲になっていた。
スピーカー視聴したが
この曲はスピーカー視聴に向いている。
弱音部がほとんどなく聴きやすい。
演奏は、この曲に関してはこれ以上の名演は考えられないほど
自分の嗜好にピッタリである。
イヤホン視聴でも推薦盤だったが
スピーカー視聴も同様ということで
まだまだブラームスまで辿り着くまでどれだけの日々が必要なのか
見当もつかないが、
今のところそういうことになる。

467korou:2023/08/29(火) 17:04:20
2019.10.12〜2020.3.9  ユンク氏サイトによる指揮者総チェック(2020.2.18にとりあえず終了。以降はデータチェック)
2020.4.6〜2021.6.15  「レコ芸300選」による名曲名演奏チェック(2021.2.7にとりあえず終了。以降はデータチェック)
(この空白期間で、これから行う企画「名演奏再確認」と同等の作業を超名曲について行う)
2022.2.9〜2022.11.29  レコ芸推薦盤(1952〜1967)をチェック
2022.11.30〜2023.1.10  名指揮者徹底研究(E・クライバー、クリップス、クレンペラーとテンシュテットの途中で休止)
(この頃、イヤホン視聴に支障をきたすようになり、スピーカー視聴を試みるようになる。そして新企画立ち上げへ)
2023.2.26〜2023.8.29  スピーカー視聴により「レコ芸500選」名曲名演奏チェック
(各スレとの対応)
「音楽スレ」             〜2020.12.31(2021.1.3に再掲記事アップ)
「音楽スレ(2021〜 )」        2021.1.1〜  (このスレ。現在も継続中)
「音楽スレ(2023〜 「名盤500」準拠」  2023.2.26〜  (企画休止によりスレ凍結中)

ということで、「名盤500」準拠スレは休止。
以降は、このスレで、新企画「名演奏再確認」をスタート。

「レコ芸300選」での作業中に作成したExcelの表で「聴き馴染みのある曲」タブ記載の推薦盤について
再度視聴して感想を書くという企画。

初回はバッハからスタート。なお、エクセルの表を「クラシック名盤自選2023」に改名し、今までの500選のタブは未完のまま残し
新たに名演奏再確認タブを追加することとする。

468korou:2023/09/03(日) 15:39:17
バッハ 「管弦楽組曲」「ブランデンブルク協奏曲」「無伴奏チェロ組曲」

バッハについては、自分自身のクラシックギター演奏で身近とはいうものの
いざこうして鑑賞者として考えてみると
思ったよりも遠い距離になる楽曲であることが分かる。
肝心のリヒターの演奏にピンと来ず
ピリオド演奏ももっと縁遠く響き
結局、「管弦楽組曲」では強いていえばメニューヒン指揮の演奏
「ブランデンブルク協奏曲」だとシューリヒト最晩年の演奏(これは新たに知って思わぬ収穫だった)
「無伴奏チェロ組曲」なら、やはりyoutube(しかないのが残念!)で聴けるヨーヨー・マの演奏が
聴いていて一番良いということになるが
それでも、リピートして何度も聴く、日常的に普通にチョイスするというような音楽でないことも事実。

これは元のエクセルの表で「たまに聴く曲」に分類すべきもので
元の表を修正。

次はべートーヴェン。

469korou:2023/09/17(日) 14:43:40
ベートーヴェン「交響曲第1番」

(上記バッハの補足。推薦盤はコープマン指揮の古楽器演奏だったが、それぞれ上記の演奏に変更し、さらに区分も変更)
この演奏では、ワルター指揮コロンビア響を推薦盤としていた。
今回、ワルター、トスカニーニ、フルトヴェングラー、クリップスを比較試聴し
第1楽章については、さらにネルソンス、バーンスタインなども聴いてみた。
結局、細部の有機的な表現を楽しむとしたら
断然フルトヴェングラーなのだが
曲の性質上、常にそうした楽しみ方が可能なわけではないので
そうなるとワルター風の情緒豊かな表現のほうが好ましいわけである。
そして、さらに、誰が指揮してもあまり差が出ない曲調ということで
そうなれば、テンポ、リズムが正確無比で
かつ細部までエレガントに磨かれたクリップスの演奏が
ベストという結論に至った。
安心して聴けて、どんなときでも期待を裏切らないクオリティの確かさこそ
この曲に関しては最大の美点となっている。

470korou:2023/10/26(木) 10:12:51
シューベルト「未完成」(クリップス&VPO)<ナクソス>

「グレイト」の推薦盤がクリップスというのを改めて見て
それならば「未完成」はどうだろう、ベームが推薦盤だがそれとの比較で聴いてみた。

出だしのVPOの響きがたまらなく美しい。
これは掘出物と思って聴き続けたが
やはり強音部が弱くて「未完成」独特の憂愁さが出てこない。
第一楽章は、素晴らしい箇所と物足りない箇所が混在した出来栄え。

しかし、第二楽章にはそういう強音部がないので
安心して聴き続けることができる。
模範的なテンポとリズムで音楽が刻まれ
VPOの美しい響きを的確に抽出するクリップスの棒さばきが
実に見事だ。

というわけで、ベーム以上とはならないが
愛聴盤として聴く価値はある演奏という評価に至る。
まあ、今回は直後にベームを聴き直していないので
本当の比較というわけではないのだが。

471korou:2023/11/05(日) 16:36:01
ベートーヴェン「交響曲第2番」

モントゥー&サンフランシスコ響(1949年録音)で
第1楽章だけ聴く。
ものすごく元気な演奏で
指揮者の年令を思えばウソのような活気だ。

とは言え、聴いていて快活だというのと
何度も聴きたい名演奏というのとは別。
クリップスで同じ箇所を聴き比べしたが
やはりクリップスのほうが
響きに正当性がある(ロンドン響というオケですらそれを実現)
モントゥーの演奏に何の欠点も見出せないのだが
なぜかそういう感想になってしまう。

もう、ベートーヴェンの交響曲は
クリップス一択でもいいくらいだが・・・
それでも「英雄」「第九」あたりは
それ以外の選択もありそうなので
そのへんを聴き直してみようか。

472korou:2023/11/12(日) 17:19:19
今日はナクソスで2曲鑑賞。

モーツァルト「ジュピター」
クリップス&AC管の演奏で聴く。
もう何回も聴いて満足している演奏だが、今日は違って聴こえた。曲の性格上、ベートーヴェンのような鋭さのある響きが聴きたくなるのだが
それはこのコンビに求めても仕方ない。これはこれで完成された大人の演奏。
もう少し心の葛藤が伝わってくる演奏もあるはずで、それを探すのも面白いかも。ワルターは勿論、E・クライバー、クレンペラー、場合に
よってはセルあたりもいい感じなのかもしれない。

ブラームス「交響曲第3番」
ジュリーニ&VPOの演奏で聴く。
出だしのあまりにもゆっくりとしたテンポと、録音がその素晴らしい音質を録りきれていない中途半端なVPOの音色のせいで
今までも何回か聴き始めてすぐに止めてしまった演奏だが、今日は、そのテンポにそれほど違和感を覚えず、そしてオケの音色については
しばらく我慢して聴くことにした。第2楽章の途中、第3楽章などは、我慢したかいがあって、晩年のジュリーニの落ち着いた雰囲気(もと
もと落ち着いているのだが、さらに)が感じられ、この曲の楽想とピッタリな安心感を覚えた。両端の楽章は、その点で中途半端で、その
意味では、やはり晩年のジュリーニは探してまで聴くほどのクオリティでないと判断した。

473korou:2023/11/13(月) 12:20:18
今日はユンク氏サイトで2曲鑑賞。

ベートーヴェン「交響曲第8番」
クリップス&AC管の演奏で聴く。
絶対に良い演奏という記憶しかなく、その記憶の正しさを確かめるための鑑賞。
リズム、テンポの正しさは記憶通り。しかし、この曲の中に、ベートーヴェンの生命力をどこまで感じられるかという点については
「英雄」のときと同様、クリップスにはその意図は全くなく、やはり貴族の音楽のつもりで再現されている。
そこに生命力を見出すことは、無いものねだりであり、でも生命力を聴きたい時もあるので、その意味では、あらゆる意味での名演とは
言えないだろう。とはいえ、名演であることは間違いない。

ベートーヴェン「交響曲第3番」
エーリッヒ・クライバー&AC管の演奏で聴く。
多少録音状態のブレが感じられるが(音が貧弱になる箇所が時々発生)、スピーカー視聴で多少大きめの音で再生すれば問題は少ない。
演奏スタイルは、とにかくきびきびしていてジョージ・セルの演奏に近い。セルよりも管楽器の使い方が地についていて安定しているのが
良い。部分的には、他の指揮者の演奏では聴いたことのない解釈が聴かれ、新鮮であり参考にもなる。その反面、あまりにスラスラ流れ
過ぎるので、やはりフルトヴェングラーのような細部にこだわった演奏も聴きたくなるのも事実である。

474korou:2023/11/15(水) 12:20:59
今日はナクソスで1曲を完全鑑賞。

ブラームス「交響曲第4番」を
チェリビダッケ&ミュンヘン・フィルのライブ演奏で聴いた。
いつも参考にしている「聴き比べ」サイトで”S”評価の演奏を探し
この曲に関してはこの演奏がそうだったので
ナクソスでそれらしいのを見つけて聴いてみた(サイト推奨と同じも演奏かどうかは不明)

チェリビダッケについては
もともと録音嫌いの人なので
音源がライブに限られることから
これまではなかなか聴く機会がなかった。
せっかくナクソスが聴き放題になったのだから
もっと名演を探して聴くべきだったと
この超名演を聴いた後なので後悔している。
これはブラームス「第4」ならではの名演になっている。
細部のニュアンスが絶妙で
そのあたりはジュリーニ、ヨッフムといえどもここまでの丁寧さはない。
他の曲だと、ここまで細かいと曲の推進力を失ってしまう可能性があるが
この曲に関してはそういう心配は無用で
すべてがいい形に結実している。
さらにミュンヘン・フィルの弦、管どちらも素晴らしい。
録音が上質で、その良さを見事にとらえている。
非の打ちどころのない演奏とはこのことか。
終楽章の最後のあたりに金管の抑えの効いた響きが
なんともいえない哀愁を感じさせて
思わず落涙した。

チェリビダッケ、もっと聴き込まねば。

475korou:2023/11/17(金) 23:05:46
混迷の音楽スレ。

原因はイヤホンを長時間使用できなくなった健康面にある。
ということで、今日、ヘッドホンを試したところ、まあまあの感じだったので
以前のような強いガッカリ感はないということで
”ヘッドホンで確かめる名演奏”をテーマに再始動することにした。

原則としてナクソスで確認。
曲目は、原則として今までのリストの中から
その時聴きたい曲から順不同で始めることにして
さらにベストワンを決めるというより
これからも聴き続ける演奏という基準で
同一曲に複数のOK盤があってもよいというルールで
再始動することに決定。

では、明日からスタートだ!

476korou:2023/11/18(土) 10:51:27
新企画第1弾

〇ブラームス「交響曲第4番」
カルロス・クライバー&VPOで聴く。
最初は高弦の響きを薄く感じ、指揮ぶりも職人的でついていけないものを感じそうになったが
第1楽章の再現部あたりから、弦の響きに慣れてきて、またクライバーの指揮も
そのあたりから落ち着いてきて、この曲らしいしっとりとした諦観も出てきて
結局、終楽章まですべて聴き切ることができた。
VPOの録音らしく、全体に響きに鋭さがないのだが
随所にさすがと思わせる音色も入り込むので
そのたびに、おっと思わせるものがあるのはさすがだ。

スタイリッシュにキメた演奏だが(全部で40分を切る演奏時間)
割り算で簡単に割ってしまったような浅い演奏ではなく
細部まで計算と心情が融合した佳演といえよう。
こういう演奏もできるので
なかなか無視できない名匠なのである。

これは何回でも聴ける演奏。推薦盤としたい。

477korou:2023/11/19(日) 16:16:38
〇ストラヴィンスキー「火の鳥」

ナクソスで再生回数No.1のアバド&ロンドン響で試聴。
録音はやや冴えない感じもあるものの、全体として必要な音はキッチリととらえられていて問題ナシ。
肝心の演奏については、どこも悪くない無難な出来だが、逆にどこを聴いても同じテンションで聴きどころが一切ない。
こうした聴かせどころ満載の曲で、この表現はないだろうという不満が残る。
もっとも曲そのものがどういう作りなのかということだけは、きちんと伝わってくる。
いかにもアバドらしいといえばそうなのだが・・・ということで演奏は△評価。
(5曲目の「子守歌」は秀逸。ここだけは気持ちが入っている。でも他が平板なのでやはり△評価)

こういうのを聴くと
最初の推薦盤であるバーンスタインの演奏を確認したくなってきた。
聴く順番を間違えた。
次回からは前回推薦盤から確認することにしよう。

478korou:2023/11/20(月) 11:54:00
〇ショパン「即興曲集」

まず推薦盤にしていたフランソワの演奏で聴く(ユンク氏サイトで)。
演奏はファンタスティックで以前聴いたイメージ通り、録音はこの時点では不満を感じない。

次にナクソスで再生回数トップの藤田真央で聴く。
藤田は「蜜蜂と遠雷」で鈴鹿央士の演奏分を担当した若手ピアニストだが
実に素直な表現でフランソワが弾いた同じ曲とは思えないほど。

次に、その次に再生回数の多いデ・マリアというイタリアの中堅ピアニストの演奏を聴く。
これは、手慣れたテンポルパートで構成がくっきりと分かる演奏だが
意外と感銘度は低い。

それから大家の演奏ということで、アシュケナージの演奏で聴く。
(このあたりから第1番だけで比較試聴)
どこをどうしているのか分からないが実に聴きやすい演奏、不思議。
録音も優れていて、藤田真央とデ・マリアの演奏について録音の差が感銘度の差でもあったが
アシュケナージについては、演奏も録音も優れていた。

ここで、再びフランソワの演奏で、一番有名な「幻想即興曲」を聴く。
こうして聴き直すと、フランソワの演奏の録音はやはり旧時代のこもった感じで
しばらく聴いていると慣れるのだが、これはどう評価すべきか。
もう少し、他のピアニストも聴かなければ分からないが
とりあえず今回は、フランソワとアシュケナージについて
録音と演奏の評価をエクセル表に追記。

479korou:2023/11/21(火) 11:52:50
〇ベートーヴェン「交響曲第7番」

クレンペラーのあの超名演がヘッドホンでも体験できるかどうか
非常に怖いのだが(もしダメだったらと思うと)試してみた。
結果は・・・十分に感動した、また落涙した。

ヘッドホンならではの良さも発見した。
イヤホンだと音が聴こえ過ぎて
主旋律、副旋律あたりで耳が慣れ過ぎて
その2つのリズムに気を取られてしまう・・・そんなことに
今回気付かされた。
イヤホンで聴いていたときには
そこまで気付かなかったのだが
今回、ヘッドホンで聴き始めた途端に
いろいろな音、リズムをベートーヴェンが残してくれたことに気付き
その見事な融合の美しさを知り
思わず作曲者への感謝を思わずにはいられなかった。
例えば、第3楽章のトリオでの高揚感などは
おそらくイヤホンで聴いたほうがより迫ってくるものがあっただろうが
終楽章のコーダ直前のトランペットのクレッシェンドによる感情の爆発は
イヤホンで聴いてもヘッドホンで聴いても伝わるものがあり
また、フィルハーモニア管の面々が敬愛する大指揮者のために
懸命に弾いている情景も
まじまじと浮かんでくるわけで
・・・落涙、当然かも。

というわけで、これは録音も素晴らしく、断然推薦盤で変更なし。

480korou:2023/11/22(水) 12:10:22
〇シューベルト「交響曲第9番”グレート”」

ナクソスで、前回推薦盤のクリップス&AC管の演奏で聴く。
録音は鮮明ではないものの、楽器が醸し出すニュアンスはちゃんととらえていて
特にAC管ならではの低弦の底光りのする音色とかは
聴いていて納得の音質。
ただ、この曲に関しては高弦の鮮明さが欲しかったところ。
演奏は、やはりオーソドックスなテンポとリズムで
いかにもクリップスらしい手堅さ。
多分”グレート”ならこれで十分と思って推薦盤にした(多分ベーム&BPOから差し替えた)はずだが
今回ヘッドホンで通して聴いてみて
この曲には正統派で穏当に解釈しただけでは
全てを表現したことにならないということに
改めて気付かされた。
どこにも不満はないのだが、まさに贅沢な不満。
何がそこにあるのだろうか、自分にはすぐには分からない。

よって録音、演奏ともに
マイナス箇所は皆無だが最上レベルでもないという判定。

481korou:2023/11/23(木) 16:24:37
〇ドヴォルザーク「交響曲第9番”新世界”」

前回推薦盤のフリッチャイ&BPOで聴く、
録音は素晴らしく明快で楽器の音がリアルに響く。
演奏も真摯で晩年のフリッチャイの良さが出ているが・・・夢中にはなれない。物足りない。
何が足りないのか?今日はこの曲を聴く気分でなかったのか?
自分は「新世界」という曲に何を求めているのだろうか?
そんな疑問が湧きたつ。

フリッチャイが重たすぎるように感じたので
名盤ケルテス&VPOなら心地よい軽みがあるかもと思って聴いてみる。
しかし、どうもこの演奏の重心が定まらなさが気になる。
そういえば前回もそんな印象を受けた記憶がある。

民族色?ならばナクソス再生回数1位のアンチェル&チェコ・フィルでどうか。
これは録音があっさりとしていて重厚感が足りない。
アンチェルの残した録音はおおむねそういう欠陥を持つようだ(ヘッドホン視聴だと特にそうなってしまう)。
か細い印象を与える音質の奥底から聴こえてくるアンチェルの表現は
素晴らしいようでもあり、よく分からない感じもありもどかしい。
「ハルくん」のHPからの情報だと、デジタルリマスターの音はイマイチとのこと。
これは諦めるしかないのか(アナログなら素晴らしい音色を味わえるとのこと)。
・・・と思っていたら、ふとユンク氏サイトではどうかと思い
今までナクソスで聴いていたので、そっちに変更して聴いてみたら・・・これが正解だったのですよ!
アナログ盤の録音の良さを体験できました!
「聴き比べ」サイトでも書いてあった”いろいろな音”も聴き分けることができたし
正解!でも今日はちょっと時間がないので、後日全部聴くことに決定。

482korou:2023/11/23(木) 21:32:53
〇ドヴォルザーク「交響曲第9番”新世界”」

アンチェル&チェコ・フィルの演奏。
結局、時間ができたので、今日全部聴くことができた。
結論を言えば、あまりに冷静すぎて感情移入できないということ。
録音はオケの特性を十分に把握できる見事な音質だったし
アンチェルの指揮に不満な点は何一つないのだけど。

もっと凄い演奏があるはず。
そんなことを思ってしまう。
何を聴いても。

483korou:2023/11/24(金) 15:57:15
〇ドヴォルザーク「交響曲第9番”新世界”」

シルヴェストリ&フランス国立放送管('57)の演奏で聴く。
爆裂型の典型という評判だが、確かに振り切った表現で聴かせる演奏だ。
しかし、今はこういう演奏を好む気分ではないことも確か。
途中で眠たくなってくるのも確か。
やはり細部のニュアンスが皆無という演奏はキツい。
録音はモノラルにしては大変鮮明で
同じ組み合わせによるもう1つのステレオ録音盤('59)と比べても
むしろモノラルのほうが演奏の個性をよりとらえているのではないかと思われた。
(ステレオのほうの演奏については評価不能。もうシルヴェストりは十分と思ったので
 第1楽章の最初しか聴いていない)

直後にトスカニーニ&NBC響も聴いてみたが
同じような感じなので
すぐ中止。

クレンペラーが個性的という話だが
ナクソスにあるのかな・・・あるようだが・・・

クレンペラー、ワルターあたりでも満足できなさそう・・・「新世界」を聴くのはもう止めようか?

484korou:2023/11/27(月) 14:30:04
〇ドヴォルザーク「交響曲第9番”新世界”」

ワルター&コロンビア響で聴く。
室内楽のような優しい音楽、いかにも晩年のワルターらしい丁寧な作り。
ただし、この曲をこんな風に演奏されると
さすがに終楽章あたりは
もっと強い音を聴きたくなる(ないものねだり!)
これはこれで完成した音楽、ただし曲想とは随分違う、それだけのこと。
推薦盤にはなり得ないが
愛聴盤ならあり得るかもしれない。

思ったとおりでもあったので
次はクレンペラーかな。

485korou:2023/11/29(水) 20:55:17
〇ドヴォルザーク「交響曲第9番”新世界”」

クレンペラー&フィルハーモニア管で聴く(ナクソス)。
どこにも力が入ってなく、自然体で淡々と音楽が進んでいく。
絶対に飽きない演奏といえるが
常に物足りない感じも否めない。
「新世界」というのは
本当に力感オンリーな曲なのだと改めて思う。
同じ力感でもチャイコフスキーのそれとは違って
クレンペラーの個性が入り込む余地がないというか。
クレンぺラーでもどうしようもない音楽があるのだという発見。

となれば、メータ、シャイー、ムーティ、レヴァインあたりも
面白いのかなあ?
ショルティ、バーンスタイン、ロジンスキー、そして再度トスカニーニ?

486korou:2023/11/30(木) 16:13:59
〇ドヴォルザーク「交響曲第9番”新世界”」

まず、バーンスタイン&NYPで聴く。
これは良い、一聴してそう感じた。
フレージングが的確で、しかも各フレーズに感情がこもっている。
しかし、徐々に、そのこもっていたはずの感情に、心が思ったほど動かされないことにも気付かされる。
何故だろう?
それ以外は、録音も含めて完璧に近いのだが。

次にロジンスキー&ロイヤル・フィルの演奏で聴く。
4年前ほどに聴いて意外なほど感銘を受けた演奏、しかし、それから2、3年経って2回目に聴いたときには
その時の感銘が感じられず、これも不思議だった。
多分「新世界」という曲について、あまりに多くを期待し過ぎたのだろう。
一聴、様々なニュアンスを味わえるようで、実は基本スタイルはトスカニーニ流の
一気呵成のスピーディなイメージをもってこそ、この曲の真骨頂を味わえるのだ。
今回いろいろ聴いてみて、そのことを悟った。
そしてロジンスキーのこの演奏、最高ではないか!
演奏の種類としてはトスカニーニの伝統を受け継ぎ、バーンスタインにも通じることだが
ロジンスキーのフレージングには、
的確さと感情の込め方に加えて、細部の工夫が心憎いばかりで
そのちょっとした音の出し方の微妙さが
バーンスタインの指揮との決定的な差になって現れてきている。
ロジンスキーのこの職人的な巧さによって、各フレーズの最初から心奪われてしまった。
これこそ推薦盤だ。やっと決まった。
録音がモノラルでかつ痩せた音質なので(しかし必要な音はすべて聴こえる、優秀)
万人向けではないが(ステレオなら、やはりバーンスタインかな)
自分にはこれが最高の演奏、満足できる「新世界」だと確信できた。
決定!・・・長い道のりだった。

487korou:2023/12/02(土) 22:34:04
〇ドヴォルザーク「交響曲第8番」

「ハルくん」サイトによると
セル&チェコ・フィルの1969年のライブ盤が最高ということだったので
ナクソスで探すと、1969年のは見当たらず、代わりに1962年のライブ盤がヒットした。
さすがに同じような感じとはいかないかなと思ったが
一応、最初のあたりを聴いて判断するとして聴き始める。

うーむ、これは凄い!
クリーヴランド管と比較するのもアレだが
ここでのチェコフィルの音には温もりがあり気持ちがこもっている。
それでいてアンサンブルにも乱れがない。
何よりもセルの指揮ぶりが
ライブだとこんなに情感たっぷりに振るのかと驚くほど
別人の冴えを見せる。
全体に曲を上回る解釈の深さがあって
途中から曲の深みの無ささえ感じて退屈するくらいで
逆にそのことがこの演奏の弱点になっているという珍しいケースだ。

推薦盤に即決定とするには微妙だが(解釈の深さとのミスマッチ!)
とりあえず暫定候補には十分だ。
他も聴いて、第一楽章だけでも比較してみるかな。

488korou:2023/12/03(日) 13:05:53
〇ドヴォルザーク「交響曲第8番」

まずバルビローリ&ハレ管で聴く。
これはセル&チェコ・フィルとは真反対の演奏で
実に気軽に聴けて、その点は最高に良い。
このくらいの感じで演奏してもらえれば、この曲は最大限に真価を発揮する。
ただし、ヘッドホンで聴く場合、残念なほど音質が劣化する。
イヤホンであれば、この演奏が推薦盤でもいいのだが、実に残念。

そもそも前回の推薦盤はケルテスだったので
それを忘れていて、改めてじっくり聴いてみた。
第1楽章出だしの各パートの音のうねりが素晴らしい。
この曲の最も魅力的な音の響きを実現している。
さらにヘッドホンでも負けない音質の良さも
ユンク氏サイトだと味わえる(ナクソスだと微妙)。
やはり、これが推薦盤だろう。
決定。

489korou:2023/12/04(月) 12:26:34
○ホルスト「惑星」

前回の推薦盤、カラヤン&VPOで聴く。
録音は素晴らしい。当時も話題になったらしいが
今聴いても優れた録音であることが瞬時で分かる。
演奏も見事で、この通俗的なきらいのある楽曲を
数十分もの間、緊張感を失わずに聴き手を魅了していく
その手際には、どんなアンチカラヤン派でも
認めざるを得ないレベルにある。
「惑星」のような曲を通して全部聴くことは
なかなか難しいわけだが
この演奏であれば、何の問題もなく聴き終えることができ
満足感さえある。
数多く他の演奏を聴いているわけでもないが
この演奏(録音も含め)を凌駕する盤は
なかなかないでのないかと思う。
いやー、いい演奏でした。VPOにも拍手。

490korou:2023/12/06(水) 11:16:54
〇ベートーヴェン「交響曲第9番」

突然、フリッチャイの指揮によるこの曲の演奏を聴きたくなり
ユンク氏サイトで試聴。
決してトスカニーニ風のザッハリッヒな感じではなく
かといってたっぷりと感情を込めまくりのデモーニッシュな感じでもなく
ちょうどその中間のイメージで
しっかりと前進していく第1楽章。
再現部でこれほどの高揚感のあるこの曲の第1楽章を聴いたのは初めてで
それだけでこの演奏に信頼がおけるようになった。
第2楽章もスッキリとした、あくまでも明晰な演奏。
第3楽章冒頭の美しさも際立っていて、
ベルリン・フィルの合奏力が最大限に発揮された瞬間だ。
そして、そんな静かで落ち着いた雰囲気から
頑張って立ち上がろうとするかの如くトランペットが咆哮する後半。
咆哮の凄まじさに鳥肌が立つ。
ところが・・・終楽章はどこを切っても平凡、明晰なだけで
その明晰さから迫ってくる内容が何もない。
この落差は何なのか。
第3楽章までは抜群の出来なのに。
惜し過ぎる。
推薦盤とはならず(フリッチャイの個性を知るには最適だが)

491korou:2023/12/08(金) 11:32:14
〇ベートーヴェン「交響曲第9番」

前回推薦盤のヨッフム&バイエルン放送響の演奏を再確認。
やはり溌溂とした演奏だった。
前回試聴の時は、オケもさることながら終楽章での合唱団などの勢いを強く感じたのだが
今回は、やはりこの演奏の中心は
壮年期のヨッフムと、開設間もないバイエルン放送響のメンバーが
それぞれに熱気あふれる解釈、演奏を展開してこその
快演ではないかと強く感じた。

第3楽章まではその勢いと熱気ですべて運んだという印象。
楽想のニュアンスを細部まで徹底して深めていくといった演奏ではなく
ひたすら、この曲を一気に感動シーンまでもっていきたい、
そしてそれは弾いている自分たちも感動している、戦後まもないこの時期に再び演奏できる喜びといったものが
音の端々から溢れ出ているような演奏なのだ。
ゆえにフリッチャイ&BPOの演奏と比較して
何度も味わえるかといえば、そういう類のものではないことは明らか。
第3楽章までだったら、フリッチャイのほうを聴くべきかもしれない。

しかし、終楽章の燃焼度は、もはや他の演奏とは比較し難いほどだ、
特に、初めてあの歓喜の主題が現れて次第に盛り上がっていく箇所では
指揮者とオケが必死になって音楽を創造していく気持ちが
痛いほど伝わってきて、思わず感動してしまう。
今回は、独唱、合唱ともに、前回ほどの感銘は受けなかったが
それ以上に指揮者とオケの一体感が感じられ
それに声楽がぴったりと乗っかっているように思えた。

何度も聴いて発見を新たにするような演奏ではない。
でもこの曲自体が何度も聴くようなものでもないし。
そういう意味では、十分推薦盤の価値ある演奏だと再確認。

492korou:2023/12/10(日) 13:14:47
〇ベートーヴェン「交響曲第9番」

フルトヴェングラー&バイロイト祝祭管他で聴く。
定番中の定番、というか人類の奇蹟のような演奏。
もっとも、ベートーヴェンの音楽が持つデモーニッシュな部分について
もはや聴く側のほうでそれを受容する能力が衰えてしまった時代にあって
この演奏が永遠に不滅かどうかは
別問題。

その観点でいえば、この演奏は
ベートーヴェンが最後にたどり着いた地点をほぼ無視して
その後のワーグナー的ロマン派解釈を最大限極めた極限という性格をもつ
と言えるだろう。
第1楽章は、ベートーヴェンの書いた楽譜のリズムよりも
ハーモニー、メロディ、楽曲構成から醸し出される「戦い」のイメージを優先した表現になっている。
それでも、展開部のフーガの処理が絶妙なので
後半部分は、楽譜にあるリズムを超越した”最も音楽の深い部分に根差すリズム”が聴こえてくるようで
前半部分のリズムを無視した重たさ、硬直さと好対照となっているのはさすが。
いかにも音楽が宇宙の底から動き出したという感動を覚えるわけだ。
しかし、第2楽章はどうにもならない凡庸に終わっている。
オケが超優秀なので、トリオの部分の美しさは絶品だが
それ以外は、この楽章が現実のものにしているはずの抜群のリズム感が
すべて消えている演奏といえる。
フルトヴェングラーの音楽観では
この楽章から最大限の音楽を引き出すことは不可能なのだ。

493korou:2023/12/10(日) 13:24:17
〇ベートーヴェン「交響曲第9番」(フルトヴェングラー&バイロイト祝祭管他) 続き

ところが、第3楽章ともなると事情が一変。
こんな美しい音楽はかつて聴いたことはない。
この楽曲で、かつこの演奏でないと、これだけの深い瞑想感を体験できない。
緩徐楽章というものを、この晩年のこの時期に
あえてベートーヴェンは楽譜に書いた・・・そこには晩年に到達した究極のリズムは皆無。
だから、フルトヴェングラーの個性が最大限に生きるのだ。
いっそのこと、個性が空回りしている第2楽章は飛ばして
第1楽章後半の宇宙の立ち上がりの興奮との対比で
その直後に、この第3楽章の瞑想を聴き続けたいとも思ったりする。
途中の金管の咆哮にしても
この演奏で聴くと
決して終楽章への導入などではないことが分かる。
無理やりに、第1〜第3楽章のなかに、終楽章の予告を感じなくてもいいのである。

そして終楽章。
ここでのフルトヴェングラーは
第1楽章と同様の音楽の熟成を図っている。
序盤の物語のような展開は
この指揮者の独壇場とも言える。
しかし、独唱、合唱が加わると
一変して、きちんとしたリズムで振り始める。
そして、相変わらず重たく、硬直感もあるのだが
歌うほうは、このほうが歌いやすいだろうし
重たいといっても器楽だけのときよりは聴きやすい。
そして、そのままフーガに突入するや否や
第1楽章同様、異次元に入っていくのだ。

494korou:2023/12/10(日) 13:32:12
〇ベートーヴェン「交響曲第9番」(フルトヴェングラー&バイロイト祝祭管他) 続きの続き

終楽章のフーガ以降は
怒涛のオケ、独唱、合唱となる。
そこでは、歌手、合唱団までも
フルトヴェングラーの変幻自在なテンポ、リズムに
懸命に合わせていくことになる。
このあたりの”揺れぐあい”はまさにこの指揮者の神業だ。
最後の最後に、声楽部分が終わるや否や
指揮者とオケ、その場にいた全員を含めて
全身全霊で天上の世界へ駆けあがっていくように聴こえる部分は
もうすでに音楽というものを超えた存在になっている。
この楽章も、見事に振り切っていて
十分に聴き取れる感性さえあれば
やはり人類の奇蹟を感じ取ることはできるだろう。

とはいえ、第2楽章の不毛、第1・第4楽章の前半部分の重たさ、硬直さは
聴くタイミングというものを選ぶレベルにある。
推薦盤として、実に難しい選択ではあるが
やっと、この演奏の正しい評価の入り口に立てたようにも思うので
この演奏は「特」として特別評価の演奏としたい。
いつ聴いても大丈夫という演奏ではないということ。
でも、聴けるだけの準備、余裕があれば、
これ以上の演奏は考えられないということ。

495korou:2023/12/14(木) 16:58:01
○ブルックナー「交響曲第9番」

1950年代前半のヨッフムがバイエルン放送響を指揮している演奏、あのベートーヴェン「第9」で聴くことができた
音楽へのひたむきな気持ち、やっと平和な世の中で何の気兼ねもなく精一杯弾き切ることができる喜びといったものを
また聴きたくなって、ユンク氏サイトで探してみた。
この演奏は1954年で、オケのスタートから数年経っていて、しかも曲目はそうした”ひたむきさ”だけではどうにもならない難曲。
それを承知で聴き始める。

ホッとする。ここでもバイエルンのオケの情熱は健在だった。ヨッフムの揺るぎない意志も。
とにかく音楽は滞りなくひたすら疾走し前進する。ブルックナーは晦渋な音楽だと誰が言ったのか?
第1楽章では夢幻のようにいろいろなイメージを繰り広げ、第2楽章では豪快さと繊細さを合わせ備えた演奏。
第3楽章になると、そうした感情のすべてが敬虔な何かに吸い寄せられるかのように昇華していく様が描かれる。
こんなに一気呵成に描かれたブルックナーは聴いたことがない。
新たな推薦盤とすべきだろう(録音も、この時期としては画期的なほどクリアなモノラル)
1950年代のヨッフム&バイエルン放送響、畏るべし。

496korou:2023/12/16(土) 16:17:54
〇ベートーヴェン「交響曲第9番」

推薦盤のチェック、今回はカラヤン&BPO。
ヘッドホンで聴くと、魅力は半減してしまった。
何よりも、カラヤンの気迫が伝わってこないのである。
そうなると、単にレガートな演奏ということになり
とても推薦盤のレベルには達し得ないわけで
ヘッドホンを恨みたい、というかイヤホンで聴き続けることのできない状況が
悲しい。

なお、過去ログを参照してみると
この「第九」に関しては
1,2年前ほどにも、かなり多くの演奏を
比較試聴していたことが判明。
同じことを何回も繰り返しているのだが
まあ、たっぷりと時間はあるので
新しい知見もいろいろ出てきているということもあり
全く不毛な繰り返しということにはならないと判断。

でも「第九」はもういいかな。

497korou:2023/12/17(日) 12:56:54
〇ベートーヴェン「交響曲第8番」

ワインガルトナー&VPOで聴く。
イヤホンで聴いていた時期には音質の悪さが気になったが
ヘッドホン視聴だと
そこまで気にならないというのは
何と言えばいいのか。
演奏はオーソドックスで
この難曲をここまでスムーズに聴かせてしまうということ自体
賞賛に値する指揮ぶりといえよう。
終楽章の造型がいきなり彫深くなるのには驚かされるが
それ以外は非常に典雅で美しい演奏。
その終楽章の造型も見事。

比較する意味で終楽章だけクリップスの指揮も試聴。
こちらはさらにシンプルで
それでいて音楽の流れはスムーズそのものという魔法。
ワインガルトナーの影響うんぬんというより
この音楽はこういう風に演奏するとスムーズで美しく響きますということが
共通理解になっているような感じ。
こういうのはもう今や聴けない演奏という意味では
両者に共通している。

498korou:2023/12/18(月) 11:32:44
○ブルックナー「交響曲第7番」

レーグナー&ベルリン放送響の演奏で聴く。
長い間、本当に長い間、レーグナーのことを忘れていた。
大学時代から社会人の最初の頃までは
まあまあ聴き続けていた指揮者だったのに。
この掲示板で前のスレを含め検索してみたが
1回もレーグナーのことを書いていないことが分かった。

”聴き比べ”サイトでレーグナーの名前があったので思い出した。
それはブルックナーの「第6番」の演奏の紹介だったが
聴き馴染みのない曲で久々に聴くのもどうかと思い
「第7番」で久々の対面・・・何ということか!凄すぎる。
いや圧倒される凄みとかいうのではなく
とにかくブルックナーの音が鳴っているので感動したのですよ。
この音色、そしてそれを体現させてくれる見事な録音。
東ドイツという辺境な環境のなかで
いつのまにかベリルン・フィルをも凌駕する音色を実現している。
ブルックナーの音楽に内包している管弦楽の法悦、広大な宇宙・・・すべて感じさせてくれている。
レーグナーの指揮は、その音色を実現しているだけでも素晴らしいのに
解釈も見事で、速いテンポでありながらちゃんとブルックナーになっているのは奇跡的。
重たくないブルックナー、というのは通常あり得ない話だが
実はそういうのも聴きたい瞬間があるわけで
その時にはこの演奏がベストチョイスになる。
新たな推薦盤(ネルソンス、朝比奈が推薦盤だが、その経緯は忘れてしまった・・・また聴こう)

499korou:2023/12/24(日) 12:56:15
○リムスキー=コルサコフ「シェエラザード」

多分良い演奏だろうなと期待して聴き始める。
意外と音質が良く、1958年録音にしては各パートの音がクリアに聴こえる。
マタチッチの解釈はオーソドックスでどこにも不自然さはない。
圧倒される名演という類ではなく
安心して聴き続けられる佳演というべきだろう。
美しいメロディを堪能する、プロのオケの上手さを味わう、そういった類。
深い何かがある音楽ではないので
この演奏で十分だ。
録音、演奏ともに○。

500korou:2023/12/25(月) 15:26:23
○ブラームス「交響曲第4番」

まず推薦盤のベーム&VPOから。
なぜベーム?と思ったが、やはり安定感抜群。
VPOの音色もまずまず過不足なくとらえられた録音で
ベームもVPOも実力を発揮した演奏なので
悪いはずがない。
ただ、第2楽章での強奏で、もたれる感じが出てしまうのは
晩年のベームとしては仕方ないところ。
壮年期ならもっと勢いがあったかもしれないが
そのあたりは未確認(ユンク氏サイトにはベームのブラ4はナシ)

続いて、評判の良いザンデルリンクを聴こうと思ったが
ドレスデンとの演奏が無いので、代わりに晩年のベルリン響との演奏を聴く。
悠然たるテンポながら説得力ある感じで進むのが、いかにもザンデルリンク。
ただし、ここまでゆっくりだと、どうしても強奏部にムリが出てしまう。
寂寥感ある第4番とはいえ、フォルテ部分はピシッと決めたいところ。
(ほかにチェリビダッケも聴いたが、ザンデルリンクと同じで、ゆっくり過ぎて今一つ)

半信半疑で、もう1つの推薦盤、ラトル&BPOの演奏を聴いてみた。
うーむ、これは素晴らしい。
ちゃんと寂寥感はあるし、フォルテ部分もスムーズに鳴っている。
なぜラトルなのか不思議なくらいだが
この曲に関しては第一人者と言わざる得ない。
ヨッフムより安定しているかもしれない。

というか、ヨッフムとワルターを再聴しなければ。

501korou:2024/01/04(木) 09:58:10
○ベートーヴェン「交響曲第1番」

前回推薦盤のクリップス&ロンドン響の演奏をヘッドホンで再聴。
第1楽章は実に典雅で美しい、というか正しさそのものの演奏。
だが、第2楽章あたりはもう少し劇的な何かがほしい気もした。
モーツァルトなら別だが、ベートーヴェンなので。
第3楽章は明らかに力が不足している。
これはベートーヴェンが意図した音楽ではないだろう。
クリップスもそれは承知で
あくまでも典雅に演奏しているように見える。
第4楽章はその姿勢がもっと意識的に現れ
もはやベートーヴェンではなくクリップスなのだが
これはこれで20世紀初頭の演奏様式の忠実な再現なのだ。

録音はクリアだが広がりに乏しい。
演奏も上記のような長所と欠点があるのだが
この曲に関して、こういう類の演奏はクリップスにしかできないわけで
しかも正しいテンポと正しいリズムで音楽が刻まれているので
推薦盤であることには変わりない。
二重丸が丸になった程度の評価の変化。

502korou:2024/01/05(金) 14:31:44
〇モーツァルト「交響曲第40番」

前回推薦盤のワルター&コロンビア響で聴こうと思ったが
ふと1952年のVPO盤の存在が目に入り
歴史的名盤というので急きょそっちを聴いてみた。
音質は貧弱でVPOの音色を楽しむにはムリがあるレベル。
ただし出だしの第1主題の入り方には驚かされる。
こんなにポルタメントを効かせる演奏は聴いたことがない。
ワルター以外でこんな極端なことをやったら噴飯モノだが
ワルターだけに思わず意味深さを探してしまう。
そして、それを”悲しみの表現”としたら
この第1楽章全体で
そうしたポルタメントがふさわしい感情豊かな演奏になっていることに気付く。
この第1楽章は絶品である。

第2楽章以下は平凡だ。
(あくまでもワルター&VPOという組み合わせにしてはという意味で)平凡だ。

直後にコロンビア響の演奏も第1楽章の冒頭だけ聴いてみた。
音質の良さにホッとするし
細部の表現も安定していて
その安定が曲全体に続くことも予感できる、
やはり、こちらのほうが推薦盤になるだろう。

503korou:2024/01/06(土) 15:04:41
〇ブルックナー「交響曲第1番」

初めて聴く曲。というか、かつてティントナーの指揮で聴いたはずだが具体的な記憶がない。
今回は、「聴き比べ」サイトでS評価だったヤノフスキ&スイス・ロマンド管の演奏で聴いた。
録音は確かに素晴らしい。
スイス・ロマンド管の音色はアンセルメ以外でじっくり聴くことはないのだが
アンセルメ時代の録音技術は発展途上で
今回のこの演奏で聴くような鮮度の高い音質ではなかった。
ヘッドホンで聴いてもこの明晰さなのだから相当なものだ。
演奏も、ヘッドホンのせいで抜群の迫力とまでは聴き取れないまでも
ちょっとした間の取り方、強音・弱音での集中力などで
見事にオーケストラを率いたハイレベルなものであることが窺える。
初めて聴いたので細かいところまでは把握できていないが
クリアな弦の音色、静寂と強い音の対比の上手さなどから
ブルックナーの交響曲の演奏としては最上な感じがする。

以上、推薦盤として300選外として記載。

504korou:2024/01/07(日) 13:19:41
○ベートーヴェン「交響曲第2番」

前回推薦盤のワルター&コロンビア響で聴く。
録音はやはり素晴らしい。1959年という時期を思えば最高レベル。
いつもこの組み合わせの演奏の録音は最上級。
演奏は、安定のワルターというべきか。
ただし、2024年の現在のイメージで語れば
決して”闘うベートーヴェン”ではないだろう。
やはり解釈の奥底にワルターの円熟と箴言を感じてしまい
苦難を乗り越え真の歓喜に、ということではなくなってしまう。
贅沢な悩みだが、 ベートーヴェンの交響曲だけに
要求するレベルは高くなる。
第3楽章などはその傾向が顕著で
いかにも音楽的に美しいスケルツォなのだが
もっとも深刻なニュアンスも欲しいところ。
まあ、そういうことができるのは20世紀前半に活躍した大指揮者だけだろうから
録音面のことも考慮すれば
推薦盤から外すことまではできない。
以上の欲張りな不満も踏まえての推薦盤ということで
再確認は終了。

505korou:2024/01/11(木) 11:20:25
○ベートーヴェン「交響曲第3番」

実に残念な話、ヘッドホンで聴く限り「英雄」の名演は存在しない。
おそらくフルトヴェングラー&VPOの演奏がベストなはずだが
イヤホンでは聴き取れた細かいニュアンスが
現時点でのヘッドホンではすべて消え去ってしまい
断片的に物凄さを感じる程度の演奏に聴こえてしまうという現実。
「英雄」に関してはイヤホンで聴くべきなのだろう。

強いて言えば
クリップス&ロンドン響の演奏だと
ヘッドホンでも音質の良さが感じられ
刺激のない「英雄」を聴きたいときはこれで十分だろう。
また、シューリヒト指揮のものも
音質を超えた面白さが感じられるのだが
そこまでして「英雄」を聴き通す根気は出てこない。
時間潰しのように聴く音楽ではないので
これは仕方がない。

506korou:2024/01/12(金) 12:07:35
○ベートーヴェン「交響曲第4番」

前回推薦盤のフルトヴェングラー&VPOで聴く。
音質はかなり良く、これならモノ録音でも十分。
演奏のほうは、最晩年の演奏らしくバランスが取れていて
偶数番交響曲らしい穏当な表現になっている。
それでいて、一音一音に魂がこもっているように聴こえるのは
フルトヴェングラーだけが為し得る奇跡のようなものだろう。
いかにもベートーヴェンらしい雰囲気を味わうとしたら
この演奏はやはり推薦盤ということになるだろう。
ただし、こういう熱のこもった演奏は避けたいときもあるわけで
絶対外せない演奏というわけでもないのが
21世紀の今の現実。
ベートーヴェンの音楽の緻密さというのも
味わうべきものになっているからで
それでいて熱の全くない演奏というのも問題なのだが
その点でこの演奏は
少しだけピントがずれていて
でも方向性だけは合っているという
いかにも偶然の名演という類。
緻密さと穏当さの微妙な差異。

507korou:2024/01/13(土) 18:50:07
○ベートーヴェン「交響曲第4番」

もう1つの前回推薦盤、クリップス&ロンドン響を聴いてみた。
このところヘッドホン試聴が不調なので
この演奏もどうかと思ったが
この時期としては抜群の音質の良さで
そんな不安も一気に解消、とにかく録音の良さに驚かされる。
音楽がきっちりと聴こえてくると
この演奏を好むようになった最近の嗜好が明確に蘇り
ヘッドホン試聴だろうがイヤホンだろうが
そんなことは関係なく推薦盤だ。

正しいテンポ、正しいリズム、それだけで名演なのだから
不思議といえば不思議、まさに芸術の深奥を覗く思い。
そして、ベートーヴェン特有の展開部の魂の叫びでさえ
クリップスは全く問題にせず普通に流してしまい
あくまでもハイドン風に演奏する職人技。
クリップスは誰にも認められていないけれど
史上屈指の名指揮者と思っている。

508korou:2024/01/14(日) 11:52:11
○ベートーヴェン「交響曲第5番」

前回推薦盤のカルロス・クライバー&VPOで聴く。
出だしの音質は最高級で、VPOとしては最上の部類。
第1楽章は、リズムの取り方が個性的で
ベートーヴェンを演奏するなら、この視点がベストだと思うので
好感が持てたのだが・・・
第2楽章になると、ここでもリズムに気をつけながら
演奏しているのは分かるのだが
結果としては平凡な出来になってしまった。
これはクライバーの出来不出来というより
曲そのものの難しさに由来するわけで
子クライバーは曲の泥沼にハマってしまっている。
第3楽章はリズムのメリハリに失敗しているように聴こえた。
終楽章になると、再び個性が発揮され活気を取り戻すが
中間楽章の不出来のせいでイマイチ盛り上がれない。
結論としては、推薦盤取り消しということになる。
親クライバーは中間楽章をどう解釈したのだろうか?(気になるところ)

まずは、もう一つの推薦盤、クレンペラーを聴いてからだが。

509korou:2024/01/15(月) 16:54:15
○ベートーヴェン「交響曲第5番」

クレンペラー&フィルハーモニア管で聴く。
第1楽章は、カルロス・クライバーとは全く違う感じで大変な名演。
それこそクレンペラーの魔法とでもいうべきか、
どこをどうしたらそういう響きになるのか全く分からないのだが
一つ一つの響きは細部までベートーヴェンの音楽本来の響きになっていて
満足度はMAXだ。
第2楽章もその響きの正しさは続き
退屈しかねない素朴な曲想を内部から支えていって
音楽が途切れないのは素晴らしい。
第3楽章、第4楽章は
こうしたクレンペラーの重厚なスタイルに合わないのかもしれない。
前半2楽章ほどの感銘は受けなかった。
それに第2楽章を聴き切った”疲労”も出た。
(本当はもう1回聴くべきなのだろうけど)

推薦盤としては完全でない印象になってしまったが
逆に聴く側が完全になる必要がある。
クレンペラーには
聴く側の姿勢を正してくれる堅牢感、質実さがある。

510korou:2024/01/18(木) 14:22:33
〇モーツァルト「交響曲第40番」

セルの伝記本を借りたので、さっそく「訳者あとがき」で推薦のあったこの曲を聴いた。
セル&クリーヴランド管で1967年の演奏。
第1楽章は、意外なほど旋律にタメをつくり、なめらかな表現で驚かされる。
これくらい、じっくりとメロディを歌うこともできるのだ。
まさにモーツァルトの音楽の最上のレベル。
しかし、第2楽章になると、いつものセルに戻ってしまった。
明らかに空気の変わる楽想の切れ目において
何もなかったかのように無愛想に流してしまう。
これでは楽譜を音にしているだけではないか?
その限りにおいては極限まで磨かれているのだけれど
逆にその完成度が空しい。
第3楽章以降も同様だ。
第1楽章のあの楽想のふくらみは何だったのか?
疑問の残る演奏、セルはセル。
今の自分には縁がない指揮者(伝記本は興味深くよむけれど)

511korou:2024/01/20(土) 13:34:50
○ベートーヴェン「交響曲第6番」

前回推薦盤のワルター&コロンビア響で聴く。
どう書いたらいいのか分からないが
実に困った演奏で
超絶素晴らしい瞬間も味わえるのだが
ずっと聴いていると
どうにもならない不満もくすぶってしまうという感想になる。

第1楽章の展開部で曲想が盛り上がっていく部分など
まさに田園風景に感動した瞬間そのものが完璧に再現されていて
聴いていて胸が打ち震えるのをおさえることができないくらい素晴らしいのだが
終楽章まで聴き続けるにつれて
なぜそのような感動の瞬間が、それ以来再度訪れないのかという
贅沢な不満を覚えるという不可思議。

推薦盤であることに変わりはないが(上記感動の瞬間など他の演奏ではなかなか味わえない)
まだまだこれ以上のものを求めたい気持ちも大きい。
多分、ワルターがきっちり仕事ができた時期にステレオ録音が可能だったら
凄い演奏になっていたはず。

512korou:2024/01/21(日) 16:05:16
○ベートーヴェン「交響曲第8番」

推薦盤のシューリヒト&パリ音楽院管で聴く。
正直あまり期待していなくて
シューリヒトに結構イレこんでいた時期のなごりかもしれないとさえ思っていたのだが
聴き終わってビックリというか
やはりシューリヒトはシューリヒト、偉大な指揮者であることを再認識させられた。

出だしは録音の悪さもあって
何が行われているのか明確につかめない感じなのだが
すぐに個々の音の鋭さが感じ取れて
そこから先は天才の所業に凡人が慌てふためくといった体になった。
とにかく、ぼんやりとは聴いていられない。
そして、しっかり聴けば聴くほど
何が行われているのかどんどんハッキリしていくので
しっかりと聴くかいがあって
しっかり聴くことのしんどさなど微塵もないのである。
退屈もせず、心地よい精神の緊張を伴ったまま
終楽章まで到達し一気に終わる感じ。
曲が短めということもあるが
こんなに集中して音楽を聴き続けて
しかも真の意味で愉しいというのは
本当に久々の体験だった。
推薦盤に間違いなし!

513korou:2024/01/24(水) 15:09:33
○ベートーヴェン「交響曲第3番」

ヘッドホンでは、どうしても音量不足になりがちで
今回から、必要に応じて設定音量を調節することにした。
痩せた音質のシューリヒトの場合、通常の「50」ではなく「60」に設定。
その上で、シューリヒト&パリ音楽院管の「英雄」を試聴。

これは曲の外面を鋭く磨いた演奏で
「英雄」という曲が内包する魂の燃焼がイマイチうっとうしくなっている
今の自分にとって最上のスタイルの演奏といえる。
決して”人間ベートーヴェン”を再現した演奏ではないが
「英雄」という曲の持つ美点をいやがうえでも認識させられる職人肌の名演だ。
「英雄」について、他の演奏では何も感じられなくなった自分だが
この演奏だとさすがに心地よく伝わってくる。
新しく推薦盤としよう。

514korou:2024/01/25(木) 12:32:57
○チャイコフスキー「交響曲第4番」

寒くなったこともあり、今回は突然ながらチャイコフスキーを聴きたくなった。
推薦盤としては
スピーカー試聴を試みたときに追加したクーベリック&バイエルン放送響の演奏が面白そうだったので
今回はヘッドホン試聴で聴いてみた。
クーベリックの演奏は、普段あまり聴かないのだが
「ハルくん」サイトで推薦があって聴いてみたという過去の書き込みを確認、
なるほどそうだったのかと思い、とは言えその演奏の様子は全く記憶から消えてしまっているので(たった1年前なのに)
今回も半信半疑(クーベリック?という感じ)で聴き始める。
のっけから明快な音響でホッとする。期待通りのステレオ録音、
ハルくんの記述によると、1969年のライブの録音で
その時期としては最上の部類の録音だということ、そして
ライブで燃えるクーベリックの面目躍如ということだったが
まさにその通りで
これこそチャイコフスキーの交響曲を聴く醍醐味というべきか
音色一つ一つに哀愁と寂しさ、絶望感といった感情がこもっていて
心を動かされる。
ヘッドホンで聴いても素晴らしく
推薦盤であることに間違いはなかった。
録音、演奏ともに超一級品(第4楽章がややもたれるが、まあ小さな傷)

515korou:2024/01/26(金) 12:17:34
○ベートーヴェン「交響曲第3番」

「英雄」についてセルの名盤があることを思い出して
出だしだけ聴いてみたものの
薄っぺらい音質でクリーヴランド管の美点が全く感じられない録音に失望。
セルの演奏スタイル自体が現在の自分には好みでないのだが
それにしてもこの音質だと、それ以前の問題としてどうしようもない。

そんなわけで
オーケストラ演奏の醍醐味を味わいたいと思い
カイルベルトとドイツのオケの演奏はないかと探したところ
うまい具合に「英雄」がユンク氏サイトにアップされていたので
さっそく試聴・・・これが、素晴らしい!
思ったとおりオケがドイツの響きで満足したのはもちろん
カイルベルトの棒が「英雄」の楽譜から多くのニュアンスを引き出していて
久々に、ベート―ヴェンの音楽を聴く喜びを十分堪能。
リズムの処理が抜群で、これは今の自分には最も好ましいアプローチに感じられ
しかも細かい部分で聴きどころが多いのも嬉しい(同じくリズムが厳しいカラヤンには、こうしたニュアンスが乏しいのが惜しい)
録音の音質も1956年とは思えない美しさで
本当にどの楽器の音もクリアに聴こえる。
現時点では断トツNo.1、断然推薦盤となる(ヘッドホン試聴)

516korou:2024/01/27(土) 17:58:32
○ベートーヴェン「交響曲第5番」

「エロイカ」の演奏が印象的だったので
同じカイルベルト&ハンブルク・フィルの組み合わせで
決定盤のない「運命」を聴いてみた。
ユンク氏サイトにはアップされていないので
ナクソスで試聴。
「エロイカ」同様、純ドイツ風の音色に歯切れの良いリズムが刻まれ
出だしは予想通りの好印象。
前半2楽章は文句なしで、迫力の点でクレンペラーさえ上回る感じだったが
クレンペラー同様、後半2楽章の内容の薄さをカヴァーするものがなく
その点は残念な結果に終わった。
この後半2楽章に関しては
録音・実演ともに、かつて80年代に実演で聴いた朝比奈隆&大フィルの演奏を
上回るものに、なかなか出会えない。
その演奏にしても、ほぼ朝比奈の強引なドライブによるものだけに
やはりこの「運命」という曲は駄曲という他ないだろう。
前半2楽章だけ聴いて終わり、というのが今の自分の率直な感想である。
その意味では、クレンペラー同様
現時点で暫定の推薦盤となる。

517korou:2024/01/28(日) 16:32:10
○ベートーヴェン「交響曲第6番」

ちょっと前に
スピーカー試聴ながら
モントゥーの指揮で聴いた「田園」が良さそうに思えたので
再度試聴。今度はヘッドホンで。

結果、思ったより潤いがなかったので残念。
VPOの音は通常よりしっかり響いていて
独墺系の名門オケとしての実力は伝わってくるのだが
モントゥーとしては
それ以上の指示は遠慮しているかのようだった。
VPOといえども、普通に上手く合奏しただけでは
少なくともベートーヴェンの交響曲である以上
名演にはなり得ないという典型例だろう。
誰も悪くはないのだが
普通程度の演奏になってしまった。
VPOの音色を最上として敬意を抱く人にとっては
これでも推薦盤になるのだろうけど。

518korou:2024/01/29(月) 11:53:19
○ベートーヴェン「交響曲第6番」

どうも「田園」には決定機名盤がない。
モントゥーはかなり良い方だが、そしてワルターはそれ以上に良いのだが
それでも決定的ではない。
今回は、まず苦しい時のクリップス頼みということで、クリップス盤を聴いてみた。
さすがにテンポ、リズムは正確無比で素晴らしい。
ダイナミズムまでも気が配られていて素晴らしいのだが
なぜかロンドン響の音に不満が出てしまう。
他の曲でロンドン響の音色に不満を感じたことはないのだが。

そこで、純ドイツ風ということで
カイルベルト&ハンブルク・フィルの演奏を聴いてみたのだが
録音も演奏もなぜか冴えない。
演奏がイマイチだと、もともと録音は貧弱なので聴き続けることができない。

宇野さんの本だとシューリヒトが良いと書いてあるので
シューリヒト&パリ音楽院管で聴いてみる。
これはクリップスと同じで、正確な演奏なのだが
いかんせん音質が貧し過ぎるし、オケの音色にも不満が出る。

再び純ドイツ風ということで、ヨッフム&AC管、アバド&VPOあたりを試してみる。
ヨッフムの指揮は、物凄い重たいテンポで、今の自分の嗜好に合わない。
アバドもVPOだとテンポが遅いのだが、BPO盤もあって
なぜか、こちらはカラヤンばりにテンポが速くスマートだ。
同じ指揮者でなんでここまでテンポが違うのか不思議なくらいだが
BPOのほうが聴きやすい・・・でも何かが足りない。ニュアンス不足?

結局、名盤にたどり着けないし、以上の経過はエクセルに記述するほどでもない。
やはりワルターとモントゥーは特別なのかもしれない。

519korou:2024/01/30(火) 11:45:00
○ベートーヴェン「ピアノ協奏曲第3番」

推薦盤は、ルービンシュタイン(p)、クリップス&シンフォニー・オブ・ジ・エアー。
出だしは、いかにもアメリカの巨大オケらしい力強い音質で
クリップスが紡ぎ出すはずの音楽とは違和感満載だが
しばらく我慢して聴き続ける。
ルービンシュタインも
ホロヴィッツ・ショックからの基礎からのやり直しが完成した直後でもあり
やりたい放題の演奏で
どこまでもベートーヴェンではなく演奏者を感じさせる演奏。
一体どうなることかと思ったが
第1楽章の最後で、ルービンシュタインの弾くカデンツァの出来が素晴らしく
そこから第2楽章の入りに至るまで、オケの音色もクリップス風味がにじみ出てきて
このあたりから両巨匠の芸風がうまくハマり始める。
第2楽章の音楽の濃さ、ルービンシュタインの個性とクリップスの個性の
それぞれの最大の美点が奇跡的に混じり合い
他のどの演奏でも味わえない深い境地の音楽が聴こえるのだ、
第3楽章の速いテンポになっても、その深さは維持されて
こういう感じのベートーヴェンは初めて聴いたような気がする。
第1楽章の大半は違和感だらけでも
後半の充実度は驚嘆すべきもので
それだけでも推薦盤の価値はあると判断した。
本来なら(部分的に優れている場合は)○評価だけど、特別に◎でもいいかな。

520korou:2024/01/31(水) 14:14:57
○ベートーヴェン「ピアノ協奏曲第4番」

推薦盤のケンプ(p)、ケンペン&BPOで聴く。
モノラルながら音質は悪くなく
1953年当時のBPOの硬質で美しい弦の音と
ケンプの慈しむようなキータッチの音色が
ちゃんと伝わってくる。
演奏のほうも
十分に緊張感がありつつ、細かいニュアンスに事欠かない。
推薦盤として申し分ない。
優れた演奏だから、これ以上書くことがない。
これぞベートーヴェン!

521korou:2024/02/01(木) 16:16:02
○ベートーヴェン「ピアノ協奏曲第5番」

推薦盤の1つ、ゼルキン(p)、バーンスタイン&NYPで聴く。
ゼルキンのピアノは真摯で力強く、ベートーヴェンの音楽にはぴったり。
それに対して、この時期のバーンスタインは
情熱的で前のめりで、これまた別の意味でベートーヴェンの音楽に最適。
そうした組み合わせで聴く「皇帝」は
第1楽章あたり、満足できる出来栄えになっている。
問題は、第2楽章からの深みのある曲想になってから。
第1楽章は豪快なニュアンスさえあれば
他のニュアンスが聴こえなくても良いくらいなのだが
第2、第3楽章は、意外なほど
ニュアンスを要求してくる音楽のように思えた。
その意味で、ゼルキンのピアノは実直に過ぎ、
バーンスタインは単調に過ぎるように思えた、
悪い演奏ではないのだが、推薦盤となると
もっとグレイドの高い演奏があるのではと
思いたくなる。

もう1つの推薦盤、ナクソスからグルダ(p)、シュタイン&VPOは
ヘッドホンで聴くと、グルダのピアノの音がおもちゃのピアノのような音に変換されてしまう。
演奏を聴く以前の音質の問題で、これはどうしようもない、

以上、前回の推薦盤2つともに疑義がついた。
次回は、元に戻って(?)、バックハウスなどを聴いてみることにする。


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