したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | メール | |
レス数が1スレッドの最大レス数(1000件)を超えています。残念ながら投稿することができません。

( ^ω^)ヴィップワースのようです

1以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/07(火) 00:59:11 ID:iULO39J.0

タイトル変更しました(過去ログ元:( ^ω^)達は冒険者のようです)
http://jbbs.livedoor.jp/sports/37256/storage/1297974150.html

無駄に壮大っぽくてよく分からない内に消えていきそうな作品だよ!
最新話の投下の目処は立ったけど、0話(2)〜(5)手直しがまだまだ。
すいこー的ななにがしかが終わり次第順次投下しやす

41以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/08(水) 18:51:57 ID:8708vJ0A0

簡素で、何の飾り気も無い研究室の扉。
その前に立ち、そっと指先で扉の取っ手に触れてみた。

ぽぅっと、ほのかに黄色く発光する指先。
物体に遮られた場所の様子などを調べる為の”探知魔術”だ。

目を瞑り、扉の向こうの様子を探ろうとした所ではっと我に返り、その手を離した。

(´・ω・`)「………全く、僕は何をしているんだ」

ただ単に興味を惹かれた、遊び半分の気持ち。

たったそれだけの事で、同じ屋根の下で寝食を共にしている身内に対して、
侵してはならない領域を、あともう少しで侵してしまうところだった。

一旦冷静になると、自分への嫌悪感さえ押し寄せて来た。
それらを噛み殺しながら、一人自嘲気味に呟く。

(´・ω・`)「本当に、この癖は治さなければね……」

短時間の探知魔術で把握できたのは、モララーは研究室には戻っていないという事だけだ。

手首に血の跡?それが何だ、研究道具か何かで引っかいたり、自分自身の血液を媒体とする術式だってある。
下らない事に頭を突っ込むよりも、いち早く完全なる自分だけの魔術を完成させなければ。

42以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/08(水) 18:58:29 ID:8708vJ0A0

踵を返して、研究室の扉の前から立ち退く。
モララー=マクベインといういち魔術師に対し、申し訳ないと思う気持ちさえ沸いてきた。

だが─────その時。

そこで、ショボンを再び疑念へと駆り立てる要素が芽生える。

(´・ω・`)「(……ッ!?)」

日ごろから頭を使う事ばかりしているせいか、俗世の人間達が好む珍味などの味覚にも疎く、
魔道書の活字ばかり追っている眼は、最近では近づきすぎるとぼやけてはっきりと見えなくなってきた。

だが、自然に群生した葉などを調合したりもする実験柄、嗅覚というものは大事な五感の一つだ。
間違える筈はない。

本当に微かながら、自分の鼻腔を突いたのは─────僅かな、死臭。

(´・ω・`)「(これは……)」

今度は躊躇わなかった。再びの探知魔術によって、扉の向こうに誰も居ないのを
しっかりと確認した後、取っ手をしっかりと掴み、押し開けようと試みた。

だが、扉はうんともすんとも言わない、それどころか、手から伝わってくる感覚に違和感を覚えた。
しっかりと力を加えているはずなのに、少しのあそびもない扉からは、きしむ音すら聞こえない。

43以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/08(水) 19:01:37 ID:8708vJ0A0

(´・ω・`)「(鍵じゃ、ないな……魔術による錠の感じでもない)」

(´・ω・`)「(だとすれば、結界か?)」

(´・ω・`)「(ますます気になるな)」

大きく一歩を後ずさった後、ゆっくりと掌を扉へと向けると、詠唱した。

(´・ω・`) 【 行く手を阻みし魔の効力────打ち消えろ 】

その一言を言い終えると、固く閉じられていたはずの木製の扉は、軽く押すだけで呆気なく開いた。
”解呪の法”、簡潔な呪いの類や、魔術によって張られた障壁などの魔力を中和する魔法だ。

結界によって隔てられていた空間と空間。それが破られると、扉の向こうからは
重苦しいような、息苦しいような、そんな違和感が流れ込んでくるのを、ショボンは肌で感じ取った。

(´・ω・`)「随分と、小奇麗なものだ」

研究室の中へと一歩踏み入っただけで、感じていた重圧がより一層強いものに増した気がした。

同時に、鼻を突く死の臭いも、だ。

きょろきょろと部屋の中を見渡し、私物や研究成果をしたためた書物などに目を配る。
そこで、ギクリとするような題名のある一冊の書物を見つけて、急ぎ手に取った。

(;´・ω・`)「まさか……これは」

44以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/08(水) 19:05:17 ID:8708vJ0A0

”死をくぐる門”

古ぼけた魔道書の題名には、そうあった。
この著書には、多数の人間の死が密接に関わっていると及び聞いている。

今より数十年も昔、ある村で全ての住民が忽然と姿を消してしまうという事件が起こった。
幾度も近隣の騎士団は捜索を試みたが、村中、果ては森狩りをしてまで原因を追究したが、
いくら月日が流れても、手がかりを発見するに事さえ至らなかった。

種明かしをしてしまえば、犯人はこの魔道書を書き綴った人物というのが、三年後に発覚した事実だ。

村の離れにぽつんと建っていたあばら家の地下で、この著者の亡骸と、
村人達の者と思しき異常なほどの量の人骨が発見されたのだという。

一人の魔術師が、夜な夜な”実験材料”として村の人間達を捕らえ、
その命を奪っていたらしい、というのが事の顛末である。

”死霊術の実験”としての大量虐殺、後に騎士団はそう断定した。

だが、実際にはそれを一歩進めた外道にも劣る儀式を行っていたのだという。
その惨い過程を書き綴ったこの著書から明らかとなったのが、5年ほど前だったか。

この世で唯一、死神と同一視さえされる程に強力極まりない悪霊、”レイス”
その霊体を、自らの肉体と数多の人間の死を媒体として、降霊させようとしたのだ。

魔術の道を志す者達には、絶対に破ってはならないタブー。”禁呪”として伝え広められる死霊術。
果たしてレイスを呼び出す事に成功したのか、そのまま取り殺されたのかは誰も知らない。

45以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/08(水) 19:07:19 ID:8708vJ0A0

頁をめくる度に犠牲となった人間の悲鳴すら聞こえてきそうな、この外法の魔術書に数えられる一冊。

今重要なのは────それが、何故この場にあるのかという事だ。

(;´・ω・`)「(何という物を見つけてしまったんだ……しかも、これは)」

死霊術において、死者の魂を捕縛するための道具である、”黒魂石”が傍らに置かれていた。

混じり気のない黒曜石を削りだし、様々な材料を塗した上で7夜を満月の光で照らし続ける。
確か、昔何の気無しに目を通した書物にはそう書いてあった。恐らくこれは、その手順にも忠実だ。

それらが何を示しているのかは、たとえショボン以外の術者であっても、簡単に理解が出来る。

(;´・ω・`)「(バカな………死霊術だと?)」

(;´・ω・`)「(この賢者の塔に出入りする魔術師が、そんな外法を研究していたなど知れれば…)」

肩をわなわなと震わせ、ショボンの心中には様々な感情が交錯していた。
こんな事実が外部に発覚すれば、魔術師ギルド全体、はたまた大陸中の魔術師一人一人の沽券に関わる。

何より、大陸でも指折りの優れた能力を持ちながら、死者を冒涜して人間の尊厳を貶める、
死霊術などという外法に手を染めているのが、一緒に魔術の発展に貢献していこうとしていた筈の
身内に存在している事実に、ショボンは背筋の冷たくなる思いをしていた。

「……おや、そこで何を?」

46以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/08(水) 19:09:51 ID:8708vJ0A0

(´・ω・`)「ッ!!」

瞬時に振り返り、向き直る。

( ・∀・)

いつからそこに居たのか、気づく事が出来なかった。

静かな微笑を浮かべていつの間にか背後に佇んでいたのは、
この研究室を預かる、モララー=マクベイン本人。

今となってはその口元の緩みに、不気味さしか感じる事が出来ない。
この魔道書を持つ理由を聞き出す為、ここは毅然とした態度で振舞わなければならない。

(´・ω・`)「留守中の勝手な入室、非礼をお詫びします………ですが、
      先ほど、袖口のあたりに血の様な痕をつけておられたもので」

( ・∀・)「ふむ……あぁ、これかい?」

(´・ω・`)「えぇ、それが気になりまして」

( ・∀・)「で……たったそれだけの事でわざわざこの僕を追いかけ、
      僕が扉に張っておいた結界まで”たまたま”解呪し、今この場にいるというワケだ?」

(´・ω・`)「………」

( ・∀・)「ハハッ!実に心配性だね、ショボン……ストレートバーボン君、だったか?」

(´・ω・`)「今は、ショボン=アーリータイムズを名乗っています」

47以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/08(水) 19:12:18 ID:8708vJ0A0

( ・∀・)「そうそう…そうだったね、ショボン君」

( ・∀・)「僕の身を案じてくれるのは有難いが、何の事はない、
      ちょっとした実験で手元に跳ねてしまっただけのものさ」

(´・ω・`)「それは、死の臭いを撒き散らす、このような実験ではないのですね?」

( ・∀・)「………」

突きつけた。下手をすれば異端審問は免れられぬ、動かぬ証拠となるであろう一冊の魔道書を。
それと同時に、今まで薄ら笑いを浮かべていたモララーの表情から、口元の笑みはさっと失せる。

互いに目線を逸らすことなく、永きに渡る沈黙がその場を支配した。
ただでさえ息苦しさを感じるこの室内の重圧が、さらに一段増したように感ぜられた。

どれほど無言で見詰め合っていたのか、沈黙は、やがてモララーの方から破られる。

( ・∀・)「………く、くく、プフッ」

(´・ω・`)「何が、面白いのです?」

( ・∀・)「いやいや…失礼ながら、随分と煮詰まっているようだね。ショボン君」

( ・∀・)「他の人間の研究成果を盗み見るなんて、
      同じ魔道を求道する者として恥ずべき行為だ……違うかい?」

(´・ω・`)「(ふん)」

48以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/08(水) 19:12:49 ID:8708vJ0A0

ショボンには、この会話を経て初めて気づいた事がある。

これまで魔術の研究に明け暮れてきた、モララー=マクベインという男の、もう一つの顔。
この上なく残虐で下劣な禁忌の魔術を、この男なら行いかねないという確信に触れた気がした。

(´・ω・`)「一体………なぜです」

( ・∀・)「なぜって、何がだい?」

(#´・ω・`)「質問に答えろッ、モララー=マクベインッ!」

( ・∀・)「………」

柄にも無くショボンは怒気を荒げ、不敵な笑みを浮かべ続けるモララーをキッと睨みつける。
当のモララーは、その言葉に対して返す言葉を考えているのか、虚空の塵を眺めるかのように天井を見上げた。

( ・∀・)「………”なぜ?”それはこの僕が、あの禁じられている
      死霊術に手を染めている、という事実に対してかい?」

(#´・ω・`)「やっぱり、そうなのか……あんたはッ!」

( ・∀・)「なぜなのか…そんな事、これまで考えた事もなかった。
      何せ、一度のめり込んだら止まらない性分なんでね」

( ・∀・)「ショボン=アーリータイムズ君。君だって、そうなんだろう?」

(#´・ω・`)「あなたなんかと同類にされるのは、御免だ」

49以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/08(水) 19:15:08 ID:8708vJ0A0

裏の顔を知ってしまった今、目の前のこの男に対して、ショボンには少なからず畏怖の感情があった。

だが、それにも増して沸いてくるのは、この激情。密かに越えるべきライバルとしてあって欲しかった身内に
魔術師としてあってはならない、このような最悪の形で裏切られた為なのかも知れない。

(´・ω・`)「あなたを…告発します」

( ・∀・)「ほう?」

(´・ω・`)「それでたとえ、この賢者の塔で先人達が積み上げてきた名声が、
      地の底まで落ちようとも───あなたのような膿は、出し切らなければならない」

( ・∀・)「膿……?この、僕が?……クッ、プハハッ!」

(  ∀ )「アハッ、アッハッハ、ハハハハハハハハハハハハハハッ」

( ・∀・)「ハハッ………あ〜、笑った」

堪える事ができない、とばかりに頭に手を当てて、大声で狂ったように笑い声を張り上げるモララー。
対して、ショボンは爪が掌に食い込み皮膚を裂かんばかりに拳を握りこみ、その姿に憎悪を露わにした。

(#´・ω・`)「何が可笑しい?」

ひとしきり笑い終えた後、頭を垂れて俯いていたモララーが再びこちらへと向き直った時、
瞳の奥から冷気さえ感じそうな程に、どこまでも暗く冷たい瞳が、ショボンを戦慄させた。

50以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/08(水) 19:17:34 ID:8708vJ0A0
( ・∀・)「正義漢ぶりやがって………殺してやろうか」

(;´・ω・`)(────ッ!)

先手を打つべきなのか、そう思案に暮れていた時、すでにモララーは動いていた。
こちらへ向けて、両の手で三角形を模ると、なんらかの詠唱を始めた。

( ・∀・) 【 この者の身に宿りて 蝕み 食らい尽くせ 】

( ・∀・) 【 その命の灯火を 絶やす時まで 】

(;´・ω・`)(……まずい)

人目もはばからず、自分を口封じの為にこの場で葬る気か。

目の前で集束してゆく光の束が、今にもこちらへ放たれようと集束してゆく。
だが、身構えるのが少しばかり遅過ぎた。

奇妙な烙印が、束ねられた光弾と共に自分の胸へと直撃sita。

(;´・ω・`)「……ぐぅッ!?」

胸を穿たれたのか、一瞬そう錯覚する程に感じてしまった、鈍い衝撃。

思わずその場で片膝を付いてしまった。身に起きた異変に気づき、胸元のあたりに手をやる。
そこには、先ほど目にした烙印がそのまま焼き付けられたかのように衣服を貫通し、胸板へ刻まれていた。

51以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/08(水) 19:23:06 ID:8708vJ0A0

それを見てすぐに立ち上がり、半ば無意識に反撃の魔法を打ち込むべく、その口は呪文を唱えていた。

(;´・ω・`)「くッ……【 我が前に立ち塞がる敵を 焼き払え 】」

(;´・ω・`) 【 炎の球よ 顕現し─── 】

( ・∀・)「……ふふん」

人一人など簡単に焼き殺せる程の魔法を目の前で詠唱されているにも関わらず、
モララーはこちらを見て鼻を鳴らすほどの余裕さえ見せている。

(;´・ω・`)(何故だ………?)

そんな事を考えている内に、詠唱は突如中断される。

突如として、全身を恐るべき苦痛が這い回ったからだ。

(;´ ω `)「な……ッうぐ!? ぐぁぁッ!」

(;´ ω `)「ガハァッ……ぐ、ぐおぉぉぉぁぁーッ!?」

先ほどモララーによって放たれた魔法、それにつけられた烙印のあたりからだ。
胸を巨大な力で押しつぶされるかの様な苦しみが、体験した事の無いほどの激痛が、
自分の身体を地面でのた打ち回らせる。

(;´-ω・`)「……なんだ、これは。一体、何をした……?」

( ・∀・)「これが───僕なりの解釈で完成をみた、”封魔の法”さ」

52以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/08(水) 19:28:00 ID:8708vJ0A0

(;´・ω・`)「(”口封じの法”の…強化術式といった所か?)」

(;´・ω・`)「(くっ……)」

口封じの法とは、魔術に必要である詠唱を行えぬよう、対象の口から一切の言葉を
発するのを阻害してしまう、対術者用の防衛用魔術の一種である。

まだその程度の魔術であれば、自らに付与された効果を打ち消すアンチスペルもあるにはあるのだ。

だが、恐らくモララーが独自に編み出したであろうこの魔法には、
この急場で対応策を練り上げる事など、どう足掻いても不可能である。

( ・∀・)「魔法なんて二度と使いたくなくなる、ぐらいの痛みだろう?」

(;´・ω・`)(……術者の魔力に反応して、この激痛が襲い来るという仕組みなのか?)

(;´-ω-`)(密室で、この男と二人きり……いかにもまずい状況だ)

未だ立ち上がるのも難しい程に、痛みがショボンの身体を蝕んでいる。
自分を睨みつける視線など気にも留めず、モララーはつかつかと歩くと、
机の上に置かれていた小ぶりのナイフの柄を掴み、ショボンへと向き直った。

( ・∀・)「言っておくが叫んでも無駄だよ。先ほど研究室へ入る際、
      再び結界を張っておいたんだ。ここからの声は、外へは漏れない」

(;´-ω-`)(ならば……この場を離れる手段は……)

53以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/08(水) 19:32:35 ID:8708vJ0A0

( ・∀・)「所で……君は、実に良い素体となってくれそうだね」

( ・∀・)「ほんの少しでいいんだ、一度見せてくれないか?
      君の……その優秀な頭脳を司る、脳髄をさ」

(;´-ω-`)(……間に合ってくれよ)

ナイフを手に、モララーの足音がゆっくりとこちらへと近づいてくるのが解る。
だが、今は必死に外界からの音を遮断して、目を閉じて集中する事が必要だ。

イメージする、ここではないどこか。人目があれば尚いいが、この術は
一度自分が立ち寄り、しっかりとその風景を心の中で形作れるようなものでなければならない。

どうにかして今この場から、モララーの元から離れる為なら、どこでも良い。
この賢者の塔へと招き入れられる以前に、下界からその高みを見上げていたあの場所を選んだ。

モララーは、恐らく既に自分の目の前に立っている。それも、刃物を手にして。
だが、決してイメージに乱れが生じてはならない。しっかりと平静を保ち続ける。

( ・∀・)「……おや?一体、どこへ行こうとしているんだい?」

(;´-ω-`)(………ッ)

そのモララーの無感情な声に。透き通るような冷たい声に、一瞬ゾクリとさせられた。

54以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/08(水) 19:34:50 ID:8708vJ0A0

だが、どうにか間に合ったようだ。
”自己の転移方陣”は────まもなく発動しようとしている。

(;´・ω・`)(───覚えて、いろよ)

心の中で、捨て台詞を吐いた。

( ・∀・)

最後に目を開けた時、ただ黙ってこちらを見下ろしていたモララーと、目が合った。
目の前に異端者が居るというのに逃亡を余儀なくされるこの屈辱を、忘れないよう胸へと刻み込んだ。

やがて、彼自身の肉体と共に、意識は彼方へと飛ばされた───

─────

──────────


───────────────

55以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/08(水) 19:35:20 ID:8708vJ0A0

たった今までそこにいた筈のショボンの姿は、もはや影も形もない。
あとに研究室に残されたのは、モララーただ一人だ。

( ・∀・)「全く…冗談の通じない男だな」

モララー自身も、彼が転移魔術を発動しようとしていたのは気づいていた。
が、わざわざこの場で事を荒立てるよりも最良の結果をもたらすであろう、
ある筋書きが、彼の頭の中で思い描かれていた。

( ・∀・)「でも、まぁ…これはこれで楽しめそうだ」


───────────────


──────────

─────

56以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/08(水) 19:36:17 ID:8708vJ0A0

(;´・ω・`)「ハァッ…ハァッ…」

たどり着いた場所は、頭の中で思い描いていた場所と寸分の誤差もなかった。
賢者の塔の麓…近くには鬱蒼と緑が生い茂り、森林に囲まれた場所である。

詠唱を行わずとも、転移方陣を精神力だけで自動発動し、あの場から逃れた。

事前に魔力を篭めておく事で、場所を記憶する事が出来る”転移石”を用いた。
最初の手順さえ踏んでおけば、魔術の心得の無い人間でも扱う事の出来る道具だ。

無用の長物だと思っていたそれだが、今回は救われた。
ショボンは手の中の小さな石を眺めながら、安堵のため息を漏らす。

(;´・ω・`)「なんという奴だ……同じ魔術師達の目を欺きながら、あんな研究を……」

最後には自分の口を封じようともしていた、モララー=マクベイン。
奴の企みを、白日の下に曝け出す。そうすれば奴の異端審問は避けられない。
何しろ禁術に定められている死霊術を研究しているのだ、

ふと、先ほどモララーによって胸へと刻まれた烙印の事を思い出し、手で触れてみた。

(;´・ω・`)「……詠唱の必要は無い術だ、問題は……なさそうか?」

自分の身体に直接焼き付けられたその烙印自体に、不思議と痛みは感じない。
だが、安心しかけたのもつかの間。一瞬遅れて、それはやって来た。

思わず、息が止まる程の。

57以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/08(水) 19:38:34 ID:8708vJ0A0
(;´ ω `)「!……ぐ、ぐおぉぉぉぉぉッ、あぁぁ、あ、がはッ、かはッ!!」

(;´ ω `)「あ、がぁ、うグぅッ………」

(;´ ω `)(見通しが……甘かった……魔法を使う際の…精神力に感応し…て……!)

爪が肉に食い込み血が出る程の強さで、烙印の刻まれた胸元に指を食い込ませる。
ふらふらと近場の木陰へとたどり着くと、すぐに倒れこみ、そのまま意識を失った。

───────────────


──────────

─────


彼が再び意識を取り戻した時、あたりはもう暗闇に包まれていた。
いつから気を失っていたのかもわからない、が、倒れた時と同じ状態のまま、目を覚ました。

(´・ω・`)「(どれほど眠っていたんだ…僕は)」

(;´-ω-`)「(……つッ)」

よほど襲いかかる苦痛を紛らわせたかったのだろう、
胸の烙印の周りに、無意識で爪に抉られた場所から所々出血している。

58以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/08(水) 19:41:58 ID:8708vJ0A0

(´・ω・`)(確かに、魔法なんて懲り懲りになる程の痛みだ。
       ……下手にもう一度魔法を使えば、本当に死ぬかもな)

この呪いを解呪出来る魔術師が一体賢者の塔に何人いるだろうか、そんな事を考えながら、
少しだけ距離の開いた場所から、賢者の塔の正門入り口へと歩を進める。

荘厳なまでにうず高くそびえる石壁、片手でそれを伝い、逆の手では胸を庇いながら、
やがて正門の前にまで辿り着いた。

日が暮れた今では門は閉ざされ、外部から入るには本来ならば立ち入り許可の羊皮紙が必要だ。
だが、扉の向こうの門兵と言えど自分の顔は覚えている筈だ、それが許可証の代わりになる。

それよりも、この組織の内部に死者の魂を冒涜する輩がいる。
その事実だけは、研究を他の者に任せて普段から日和っているであろうアークメイジを
はじめとしたこの場所の重鎮達に、何が何でも伝えなければならないのだ。

(´・ω・`)「開けて頂けませんか! ……私です、ショボン=アーリータイムズです!」

しばしの沈黙の後、扉の向こうで多数の人間がざわつく気配。
ややあって、扉は開け放たれる。まず自分の前に出てきたのは、法衣に身を包む一人の僧兵。

( ▲)「本当に…ショボン=アーリータイムズだぞ…!」

「本当か!」そう言いながら、彼の背後の僧兵達が浮き足立つのが解る。
怪訝な表情を浮かべながら、疑問を解消するためにショボンは僧兵に尋ねる。

(´・ω・`)「何です?…僕がショボン=アーリータイムズなら、何か問題でも?」

59以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/08(水) 19:44:30 ID:8708vJ0A0

先ほどの出来事もあり、少しでも時間が惜しかった。
無駄な問答をすぐに終わらせる為、苛立ちを込めて言い放った一言。
ざわつく後ろの人間達を背に、正面の僧兵が歩み寄ってきた。

( ▲)「……いや、何も問題などないさ。まさか、お前の方から来てくれるとは思わなかったがな」

(´・ω・`)「……話が、見えませんが」

ショボンの心中そのものであるその呟きに反応して、背後の僧兵達から怒声が飛ばされる。

( ▲)「はぐらかそうとしても無駄だ!ろくでなしのネクロマンサー野郎!」

( ▲) 「この……魔術師の風上にも置けない外道がッ!口を開くな!」

その怒声が、焦燥に支配されていたショボンの思考を正常な物に取り戻した。
そこで、自分に向けて突き刺さって来ている訝しげな視線の原因へと思い当たる。

確かに、冷静に考えればいつもに比べて正門の見張りにこの僧兵の数は多すぎる。

(´・ω・`)(……何、だと……?)

(´・ω・`)「……そちらの方々につかぬ事をお伺いしますが、今、私の事を……何と?」

そう尋ねた所で、目の前に立つ僧兵が部下に声をかけた。
彼に持って来させた一冊の本を受け取ると、それをショボンの目の前へと掲げる。

60以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/08(水) 20:02:09 ID:8708vJ0A0

その、煤けた表紙に見覚えのある、一冊の魔道書。
先ほどまでモララー=マクベインの部屋にあったはずの、”死をくぐる門”だ。

( ▲) 「……一体こんな物、どこから手に入れたのだ?まぁ、それはこれから聞き出すとしようか」

(;´・ω・`)(────計られたか)

それを見て、ようやく確信できた。
自分はあのモララーの策謀に陥れられたのだと。

ショボン本人が居合わせないのであれば、いくらでも偽装のしようはあった。
本人の筆跡に真似て、羊皮紙にモララー自身の知るネクロマンシーの知識を書きとめ、
あたかも死霊術においての研究を進めているかのように装う。

その傍らに、あの死者の魂を捕縛する魔石や、この外道がしたためた原書でも置いておけば、
進んで異端者を糾弾したがる、あの働き者の異端審問評議会にとって納得の判断材料にはなるだろう。

そして、その火の無い所に煙を燻らせたのは、十中八九あのモララーという男だ。

( ▲) 「さぁ、我々と共に来てもらおうか。明日には審問団も到着し、お前の処遇が決められる」

(;´・ω・`)「自分はハメられた……と言った所で、届きませんか?」

( ▲) 「届かんな……我々の耳には。そして、それを判断するのは異端審問評議会だ」

(:´・ω・`)(……解っては、いたさ)

61以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/08(水) 20:03:15 ID:8708vJ0A0

告発により審問が始まる際、確実ではないが処刑が常である程の異端審問において、
”誰かが悪意を持って異端者として陥れようとしている”のでは、という一点だけは
さしもの審問官達も、最初に下調べをするのだという。

そしてその際、必ず魔術師同士の人間関係が洗い出される。
魔術師としての位が低い者からの告発ならば、異端審問評議会も”嫉妬”という部分を疑い、
確たる証拠がなければ処刑されたり、拷問にかけられるような事もない。

だが魔術師の位が高い方の者からの告発ならば、嫌疑にも信憑性も増す。
あとは証拠次第で、名を連ねる場所から除籍されるか、最悪異端認定されるか、だ。

そして、ショボンの今置かれた境遇においては、後者。

確かに期待されて賢者の塔に入ってから半年、まだ新たな魔術を編み出せる気配はない。
兼ねてよりオリジナルの魔術を大陸に広めたい、という思想を比較的親しい同僚には語った事もある。
恐らく、それが今回の異端審問の際において、鍵となるだろう。

自分だけの魔術を駆使する、モララー=マクベインを意識した発言に取られると見て間違いない。
逆に嫉妬してさえいるのは、ショボン=アーリータイムズ本人という事になるはずだ。
「魔術の研究に行き詰まり、その逃げ道として死霊術の研究を行っていた」そんなところか。

多少無茶な理由付けでも、異端審問評議会にとっては認定さえ仕上げられればよいのだ。

(;´・ω・`)(痛くない腹を探られ、臓物まで持っていかれるのは御免だ───!)

62以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/08(水) 20:05:15 ID:8708vJ0A0

ショボンはちら、と背後を覆う暗闇に包まれた木々たちに目をやる。

体力など全く持ち合わせていない自分だが、この森に紛れれば追走は撒けるだろう、と考える。
モララーのように自己を対象とした隠匿魔術を習得しておくべきだった、と一度舌打ちすると、
くるりと踵を返し、佇む僧兵達をその場に置いて、一目散に駆け出した。

「…なっ!?逃げたぞぉぉぉッー!」

「……追えーッ」

「………逃がしてなるかッ!」

(;´・ω・`)「ハァッ……ハァッ……!」

つぶさに方向転換を行いながら、多少遠回りになってでも確実に追走を断つ。
途中から四方八方に散らばりこちらを探していたようだったが、木々を利用して
姿を隠しながら進み、森の反対側へと抜ける頃には、少しずつその声も遠ざかっていた。

これまで作った事など殆ど無かった生傷の痛みに、気を留める余裕もない。
まずは荒々しく乱れた呼吸を取り戻すのに、ややしばらくの時が必要だった。

自分の考えを、整理する時間も。

63以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/08(水) 20:06:40 ID:8708vJ0A0

(´・ω・`)(ふぅ……もう少し、この場所で研究を続けていたかったが……)

(´・ω・`)(……モララー=マクベイン……)

(´・ω・`)(奴には、必ず痛い目を見せてやらなければならない)

(´・ω・`)(……だが、その為には、まずはこいつの解呪か)

胸の烙印をさすりながら、月夜だけが照らす暗い森を抜け出た所で振り返る。
様々な魔術実験の光が窓から漏れ、妖しく光る賢者の塔の上層を、最後に睨みつけておいた。
その光の一つの中で、自分を陥れたモララーが嘲っているような気がしていたからだ。

(´・ω・`)「”魔法を使えない死霊術師”────か。全く、お笑い草だ」

再び賢者の塔を背にすると、ショボンは一歩をゆっくりと踏み出してから、
真っ直ぐに前を見据えて、また歩き始めた。

64以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/08(水) 20:07:30 ID:8708vJ0A0
   ( ^ω^)ヴィップワースのようです

            第0話(2)

         「怒りを胸に刻んで」


             ─了─

65以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/08(水) 23:30:56 ID:i6nA0ZMYO
来てたか乙
どんだけ長引いても俺は完結まで追いつづけるぞ
マイペースに好きなようにやってくれ

66以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/09(木) 01:13:18 ID:eT52VZJ20
>>65
1・2話に手をつけてる最中だけど、これまでの分の投下が終わらないと
集中出来なさそうです。ちろっと直して投下するだけだと思ったけど、なかなかどうして。

67以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/20(月) 03:40:48 ID:aK3TyYNI0


   ( ^ω^)ヴィップワースのようです

           第0話(3)

          「力無きゆえに」

68以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/20(月) 03:41:53 ID:aK3TyYNI0

ヴィップの街から2日ほど東へ歩いた距離にあるのが、ここリュメの町だ。

大きな影響力と多くの信者を持つ聖ラウンジ教会だが、その信仰心はこの場所では
根付く事は無かった。今ではがらんどうの教会は、月に1度か2度よその町から来たラウンジ教の
人間が滞在する程度で、ほとんどは子供の遊び場。もしくは、浮浪者の寝床と化している。

それというのも、この地では岩や砂ばかりが多く荒れ果てた農地の為、作物が殆ど育たない。
生活必需品は行商人から買い上げ、自分達で生産的な行動をしているのはごく一部の人々だ。

だが自分だけの農地や店を持つ人々は裕福な暮らしを築いている一方で、
自分の身で路銀を稼ぐのが難しい老人達は日ごろから貧しい生活を強いられ、
それを見て育ってきた子供達は物心つく前より人から盗みを働いたり、そうでなければ
話術で人を騙して小銭をちょろまかし、生きている子供ばかりが目立つ。

その為、この街では盗賊ギルドが最大勢力として幅を利かせ、治安はよそから見れば悪いとされる。
だが、その分人間同士の横のつながりは多い為、弱者同士、困った時は助け合って生活している現状だ。
また、日々貧しいながらを慎ましく生きている人々にとって、一つの希望もあった。

この街には、”義賊”として有名な、一人の男が住み暮らしているのだ。

爪'ー`)y-「……今日も皆、辛気臭い顔してんなぁ」

グレイ=フォックス。ここリュメを根城とし、盗賊ギルドの次期頭目として目される男だ。

69以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/20(月) 03:42:32 ID:aK3TyYNI0

普段から気の抜けたような顔をして、自由気ままに気の向くまま行動している彼だが、
人心を話術で掌握する術や、卓越したナイフ捌きに、開錠など。様々な技術に長けた彼は
盗賊としてこの街以外でも右に出るものは居ない、というのが身内が口々に囁く言葉だ。

そんな彼だが、一見して親しみ易い雰囲気をまとう為、街をねり歩く道すがら、
娼婦から老人、子供に至るまで、誰もが彼に気軽に声をかける。

”金はある所からしか盗まない”
”殺しはやらない”
”困ってる奴は助ける”

というスタイルを頑なに貫く彼が、生活に困っている人々の元に金や戦利品を仲間に渡させ、
助けを行う”義賊”という一面がある事を、庶民の一部は知っているからだ。

今日もふらふらと街の様子を見渡し、酒場へと行こうとしていた彼の後を追って来ていたのは、
彼の右腕としてこの街で長い付き合いをしている、デルタという男だ。

( "ゞ)「お頭、飲みに行くんで?」

爪'ー`)y-「ん…デルタか。丁度いいや、お前も付き合う?」

( "ゞ)「勿論、お供しますぜ」

爪'ー`)y-「所で、皆さー、いつになく元気無くないか?花売りの
     ティコんとこの婆さんも、寝込んでるんだってさ」

70以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/20(月) 03:43:19 ID:aK3TyYNI0

( "ゞ)「へぇ…何でも、ゴードンとこの酒や食料品がまた値上がりしたって話ですぜ」

爪'ー`)y-「またか…あいつんとこの薄めた葡萄酒に、他所の何倍の値があるってんだ?」

( "ゞ)「ま、また今夜あたり仲間の奴らがあいつの倉庫を狙うって話ですけどね」

爪'ー`)y-「ふぅん。あの業つく狸は溜め込んでるからなぁ…いくらかっぱいでも問題ないだろ」

( "ゞ)「ただ、一つ気になる事がありましてね」

爪'ー`)y-「んー?」

( "ゞ)「よそ者が一人、今この街にいるんです」

爪'ー`)y-「へぇ…?」

そこまで話した所で、行く手の先の酒場から一人で出てきた男の姿に、デルタは一瞬顔色を変えた。
その様子を気にかけ、フォックスも同調してそれに歩調を合わせる。

('A`)

大きな山の一仕事をこなす為に、入念に準備を整えたかのような盗賊の服装に、よく似ている。
深い濃紺に身を包む細身の男。しなやかな身振りから、その外套の下では鍛錬を積んだ肉体を想像させた。

葉巻きを地面に捨てて、足にじり消すフォックス達の横を通る男。
すれ違い間際に、その男の外套の内側にちらりと視線だけ向けた。
そのまま、お互いに何事も無く通り過ぎる。

71以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/20(月) 03:43:56 ID:aK3TyYNI0

爪'ー`)(………ふぅん)

('A`)「………」

すれ違い、互いの背中が遠のいていく中で振り返る事はなかった。
が、何らかの様子を察知したフォックスの横顔に、デルタが小声で囁く。

( "ゞ)「あいつです………お頭」

爪'ー`)y-「ん、あぁ。解るさ、それくらい」

( "ゞ)「同業者、ってとこですかね?」

爪'ー`)y-「さぁな……」

フォックスの眼には、先ほどあの男とすれ違う一瞬で確かに見えていた。
男が外套の内側に、鋭利な刃物らしきものを忍ばせていたのを。

だが、そんな事実を知れば血の気が多い連中も多い盗賊ギルドの面々の中には、
そんなよそ者が自分達の領域に入り込んでいるのを良しとしない者が多いだろう。
ひと悶着になるのを避ける為にも、デルタの疑問を適当にあしらう。

爪'ー`)y-「だけど……ありゃ、人殺しの目つきだな」

( "ゞ)「………関わらないのが一番、ですか」

爪'ー`)y-「さ、物騒な話はさておき……まずは一杯やろうぜ」

爪'ー`)y-「飲み比べだ、デルタ。負けた方が今日の酒代持ちってのはどうだ?」

( "ゞ)「いいでしょう…負けませんぜ、お頭!」

フォックスとデルタは、勇み足で馴染みの酒場である”烏合の酒徒亭”へと入っていた。

72以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/20(月) 03:44:31 ID:aK3TyYNI0

”烏合の酒徒亭”、庶民の歓楽などほとんど無いこの街では、この安いエールを出す酒場が
多くの人間から親しまれる場所であり、またフォックス達の行き付けの店でもあった。
カウンターから、相も変わらない馴染みのマスターの顔が彼らを出迎える。

(# `ハ´)「いらっしゃ……アイヤァー!お前さん方、よくもまぁ店に顔出せたもんアル!」

爪'ー`)y-「いきなり怒鳴るなよ、シナー」

( "ゞ)「(…シナーの親父がこの調子だと、またうちの奴らがツケてやがるみたいですね)」

爪'ー`)y-「(あぁ、それもこの勢いだと5〜6人で飲み明かしでもしたかね……ツケで)」

(# `ハ´)「怒鳴って何が悪いネ!?お前んとこの馬鹿共、
      ウチのお得意さんに出す緋桜を3本も開けやがったアルよ!?」

( "ゞ)「そのお得意さんが…俺らだろ?」

(#`ハ´)「どうせツケだと思って、毎回毎回毎回毎回……
      底無しに飲むお前らなんか、お客な訳ナイよッ!」

せっせと皿洗いやグラス磨きを終えた端から、今度は手練の動作で炒め物をまとめて人数分仕上げる。
異国で20年にも渡る修行をして来たという”烏合の酒徒亭”のマスターの料理は絶品だった。
その為酒以外にも多くの客が押し寄せ、さほど広くない店の中はいつも活気に満ち溢れている。

血眼で鍋を振るいながら怒気を荒げるシナーとは対照的に、フォックス達は淡々としたものだ。
店内に入るとシナーの怒声を右から左へ受け流しつつ、ゆっくりと空いてる席に着く。

爪'ー`)y-「そういうなって。勿論溜まってるツケは面倒見てる俺らが払うさ。
     ……だが、生憎と今日は持ち合わせがない。また今度、だな」

73以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/20(月) 03:45:04 ID:aK3TyYNI0

(#`ハ´)「あぁ……!こっちはこの押し問答してる時間も惜しいアルヨ!」

( "ゞ)「お頭の言う通りだ。今日のところはよろしく頼むぜ、シナーの旦那

───「マスター、注文まだかい?」───

───「おせーぞシナー。さっさと酒だ!」───

(# `ハ´)「もう……こちとら仕事が溜まってるアル!その内毒入りの
      エール飲ませてやるから覚悟しとけアルヨッ!!」

そう言って、カウンターからつかつかと歩み出てくると、フォックス達の卓上に
でん、と大きな音を立ててエールの酒樽を叩きつけ、肩をいからせながらカウンターへと戻っていった。

爪'ー`)y-(扱いやすい親父………)

( "ゞ)(いや、全く)

必死に注文をこなしていく宿のマスター、シナーを傍目に、
そうしてまだ日も高い内から、二人は飲み比べを始める。

─────────

──────

────


会話の合間に一献、またニ献と杯を飲み干していく。
決して調子を乱す事なく、樽から注がれる端からすぐに底を尽く。

74以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/20(月) 03:45:29 ID:aK3TyYNI0

そうして夜の帳が下りる頃には、既に18杯目のエールを同時に飲み干していた。
グラスを置き、赤ら顔になっていたお互いの顔をしばし見つめあった後、またエールを注ぐ。

爪'ー`)y-「プハァッ……そういやさぁ、何年になるかな」

( "ゞ)「ゲフッ……あの貧民窟から、俺らが街に出てきてからですか?」

爪'ー`)y-「あぁ。もう、10年以上にはなるか?」

( "ゞ)「俺もお頭も、あん時はまだ十を過ぎたガキだったから……それぐらいになりますかねぇ」

さすがに酒が回ってきたのか、樽から注がれたエールがすぐに底を尽く事はなかった。
二人ともペースを落とし、昔の事を思い出しながら語らい始める。

爪'ー`)y-「やっぱり、今でも思うんだよ。俺は───」

( "ゞ)「あいつらを置いてけぼりにした事、ですかい?」

爪'ー`)y-「………」


────話は遡る。


─────────

──────

────

75以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/20(月) 03:46:20 ID:aK3TyYNI0

フォックスとデルタは、険しい山間の中腹地点に位置する洞窟、”貧民窟”で生まれ育った。

だが、貧しい家庭が口減らしの為に赤子や老人を捨てて行く事の多いこの場所においては、
フォックス達が本当にここで生まれたかどうか、定かではない。

住む家も無い人間たちが身を寄せ合って暖めあい、野草を摘んでそれを生活の糧として生きる。
当然の事ながら衛生など行き届く訳は無く、住み暮らす洞窟内では絶えず病死や餓死した者達の
悪臭が染み付き、それを嫌って、決して近隣の住民達も近づこうとはしない。

そして、フォックスとデルタもそれらを見て育ってきた。
その彼らが貧民窟を飛び出したのは、12歳を過ぎた時の事だ。

ある日を境に貧民窟内で疫病が発生し、洞窟内の人間はたちどころに病魔に侵された。
多くの者が高熱で動くことも出来ず、寒さにがちがちと歯を鳴らし、互いの顔も薄っすらと
しか見えない暗い洞窟内では、糞尿の悪臭と、苦しむ”育ての親達”の呻き声が木霊していた。

『助けてくれ……デルタや……』

『みず………水を、汲んできてくれ………フォックス』

しかし、助けを求める大人達に、まだ幼い少年二人はどうしてやる事も出来なかった。

生き地獄の様な光景に怯え、気弱な少年デルタは、目に涙を溜めて震えていた。
悔しさに握りこぶしを震わす、聡明な少年フォックスは、親達の死期を悟っていた。

76以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/20(月) 03:47:15 ID:aK3TyYNI0
やがて、フォックスがデルタに呟いた。

『もう……いやだ」

それに、相槌を打つデルタ。

『……うん』

ろくに食料も持たず、ましてや薄布一枚ほどの軽装で、人里まで
辿り着ける根拠など何一つなかった。だが、フォックスはこの時決意していた。

『デルタ……逃げよう、ここから』

涙を拭ってフォックスの横顔を覗き込み、自分達に出来る事は何一つないという事を確信したデルタ、
彼もフォックスの提案に賛同すると、無我夢中の逃避行に同行する事となった。

『………うん』


─────────

──────

────

それから、フォックスとデルタはほの暗い山間部の森を三日三晩駆け抜けて、人里を目指した。
そして辿り着いたこのリュメで力尽き、衰弱していた所を盗賊ギルドの人間に拾われたのだ。

盗みやナイフの技術をギルドの人間から教わると、幼少から聡明な子であったフォックスは
めきめきとその才能を開花させ、その人を惹き付ける”天性”で、多数の人間からも好かれていった。

一方で、心優しいだけでなく、努力家という一面を発揮するようになったデルタもまた、
山間部で培った身体能力をフォックス同様に如何なく発揮し、少しずつ技術を身につけていった。
貧民窟にいた頃から目を患っていた彼だが、暗闇では常人以上に夜目が利き、それが助けとなった。

77以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/20(月) 03:47:56 ID:aK3TyYNI0

自分達を可愛がってくれたギルドの人間は今でこそ次々と現役を退いていったが、
現在は次代の盗賊ギルドの二大巨頭として、フォックスとデルタの二人の存在は、抜きん出ている。

次期頭目最有力であるフォックスが、”グレイ=フォックス”を名乗ったのは、初仕事の後。
この街で圧制を強いている豪族気取り、ゴードンの家屋から200sp相当の金品を盗みだした時からだ。

爪'ー`)y-「あの時……まだ何かしてやれる事はあったんじゃないか、ってな」

( "ゞ)「お頭。酔っ払ってまであいつらを偲ぶのは、無しにしましょうや」

爪'ー`)y-「後悔してる、って訳でもないのさ。ただな…」

( "ゞ)「”俺とお頭はあん時はまだガキで、どうする事もできなかった”」

( "ゞ)「それでいいじゃあ、ないですか」

( "ゞ)「俺だって、あん時お頭について行ってなきゃあ……
    今こうしてられるのは、お頭のおかげなんですから」

爪'ー`)y-「………そう、なのかねぇ」

( "ゞ)「………」

卓上に置いたグラスを握ったまま、じっとフォックスは押し黙る。
酒に酔ってこの昔話になると、時たまフォックスはこうしてナーバスになるのだ。
だから場の雰囲気を変えようと、デルタが話の種を頭の中で模索するのはいつもの事だった。

( "ゞ)「…そうそう!そういやお頭、面白い噂があるんですよ」

78以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/20(月) 03:48:59 ID:aK3TyYNI0

爪'ー`)y-「ん…?」

( "ゞ)「大陸のどこかは知りやせんが、昔々に魔法を使って
    国を治めてたっていうお偉い王様の墓があるって話でね…」

爪'ー`)y-「知ってるさ。確か、”オサム王”とかって奴だろ」

( "ゞ)「そうそう!確かその時に治めてた領地の名前も、そのジジイから
    付けられたそうで、そいつの墓がある”オッサム”っていう村は、今でもあるそうです」

爪'ー`)y-「ふーん………」

( "ゞ)「で、そこにはどうやら…お宝の方もたんまり眠ってるみたいですぜ?
    金銀財宝のたぐいか、はたまた、抜けば玉散る鋭い魔剣か…はたまた」

爪'ー`)y-「………デルタなぁ、俺を焚き付けるのはいいけど、
     どうせ、そいつぁどっかの冒険者が先に見つけるだろうさ」

爪'ー`)y-「俺らは、ほら。この街離れらんないしな」

( "ゞ)「………まぁ、そうなんですけど」

フォックスの言う通り、彼らはこのリュメの街を離れる事など出来ないのだ。

それというのも、3年程前からこの街の商店の大半を金で牛耳り、強欲な市場操作によって
人々に圧制を強いるという、豪族にも近い”ゴードン=ニダーラン”から、貧しき人々を助ける為である。

79以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/20(月) 03:49:35 ID:aK3TyYNI0

彼ら自身は、決して安っぽい正義感に浸ったり、自惚れてなどいない。
今まで、幾度となくゴードンの備蓄倉庫や邸宅に侵入し、一切の足跡を残さず
金品や食物を盗んできては、一部を自分達の酒代に換えると、残りの殆どを貧しさに喘ぐ
人々に分け与え、羨望の眼差しを向ける人々に対して当の本人達はどこ吹く風と飄々としている。

それらの行為がたとえ偽善と言われようとも、彼らはやめるつもりはないだろう。
かつて、貧民窟で寒さに震える夜を周りの人間達と肩を寄せ合い乗り切ってきた、彼らだからこそ───

力無き”弱者”を放っておく事など出来ないのかも知れない。

爪'ー`)y-「冒険者、ねぇ……憧れた事もあったな」

( "ゞ)「あっしもです」

爪'ー`)y-「未開の大陸各地を転々と旅してさー、その内最高の女と恋に落ちちゃったりして。
     一晩の邂逅の後、冒険への情熱が再燃する俺は、再び旅に出ようとしてな……」

( "ゞ)「”どうしても行くというのなら…あたしも連れてって!!”」

爪'ー`)y-「そうそう……で、そこで俺は涙を呑んでこういうのさ」

爪'ー`)y-「”俺の恋人は冒険だけさ。女子供は、邪魔なだけだ”」

( "ゞ)「”そんな……あたしのお腹の中には……あなたの、あなたの子供が──!”」

(# `ハ´)「───うるせぇアル、この馬鹿供ッ!!!」

その力の限りの大声に後ろを振り返った二人の目線の先には、鉄鍋で肩をとんとんと叩いて
厳しい顔でこちらを睨みつける、店主の姿があった。

ゆっくりと周りを見渡すと、烏合の酒徒亭の店内に、すでに二人以外の客は誰もいない。

80以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/20(月) 03:50:29 ID:aK3TyYNI0

爪'ー`)y-「………ありゃ」

( "ゞ)「もう、随分と夜も更けてやしたか」

(# `ハ´)「とっくに看板アルヨ……お前達が帰らないと、店が閉めれないアルッ!!」

( "ゞ)「………わざわざ待っててくれたのかい、シナーの旦那?」

爪'ー`)y-「案外やさしいんだな」

(# `ハ´)「さっきから厨房で何度も怒鳴ってたアルヨ!お代はツケといてやるから、
      今日はさっさと帰りやがれヨロシなッ!!」

( "ゞ)「わーったわーった。んじゃ退散しますか、お頭」

爪'ー`)y-「そうだな……ごっそさん。ツケは近々払いに来るからなー」

(# `ハ´)「こっちとしては二度と来なくてもいいアルがナ……!」

緩慢な動作で席を立つと、シナーに後ろ手を振りながら二人を店を出た。
無駄酒飲み達が去った後、閉められた木扉に対してシナーは一掴みの塩を全力で投げつけていた

自分達の去った後に、シナーが清めの塩を投げつけていた事など露知らず、
デルタから切り出した冒険話に花が咲き、フォックスもまた上機嫌を取り戻していた。

酒場を出てから、あとは夜の街をふらふらと帰路につくだけ。

いつもならそうだ。

だが、普段ならば人っ子一人出歩かないはずの時刻に、
建物の屋根から屋根へと飛び移っている人影に二人は気づいた。

爪'ー`)y-「……ウチの若い衆、だな」

81以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/20(月) 03:51:45 ID:aK3TyYNI0

鋭い観察眼が重要視される盗賊という職業柄、夜目の利く二人はすぐに気づいた。
自分達の部下である3人が、今夜”仕事をする”という話を、昼間に聞いたばかりだ。

( "ゞ)「えぇ、ゴードンとこに行くつもりなんでしょうな」

街の離れ、小高い丘へとそびえるゴードン邸の方角へと向かう人影が3人。
こちらの様子には気づかず、そのまま行ってしまった

爪'ー`)y-「どれ、たまには俺らも見に行くとするかね」

( "ゞ)「へ……?今日の俺らは、酒入ってますぜ?」

爪'ー`)y-「ま、親心ってやつさ。邸宅の外から様子だけでも、な」

( "ゞ)「そりゃまぁ、構いやせんが…」

遠ざかっていった3人の影の後を尾けて、二人は小走りに走り出す。
盗賊ギルドの部下達であろう人影との差が、再び目視で追える距離にまで縮まった。
その辿り着いた先には、予想通りゴードン=ニダーランの邸宅があった。

邸宅の隣に佇むのは、食物や酒などを保存している備蓄倉庫。
敷地内に進入するや、そのまま影たちは倉庫の煙突から、内部へと侵入していったようだった。

その一部始終を、フォックスとデルタの二人は外壁の縁に登り、遠巻きから眺める。
3人が入っていった煙突を注視して、10分が経った頃にデルタが口を開く。

( "ゞ)「遅いな……」

爪'ー`)y-「あぁ」

82以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/20(月) 03:52:29 ID:aK3TyYNI0

盗賊において必要な頭の良さとは、機転の利かせ方だと部下達には教えてある。

ただ、部下と言っても少しだけ歳の離れた”弟分”達は、威厳など微塵も無い自分に対して
必要最低限以外の礼儀など払おうとしない。ましてやこちらも要求したりはしていないのだが、
常々、フォックスはそれでいいと思っていた。

だが、仕事に関しては話は別だ。

自分達は人様の食い扶持を奪い、自らの私腹を肥やす事で暮らしていける。
決して声を大にして触れ回る事の出来ない職業だからこそ、適度に仕事をやるべきなのだ。

”丁度いい”というのは重要で、標的とする人間が身の破滅に至るほどの打撃を与えてはならない。
自分達が足跡さえ残さなければ、上手く行けば標的さえ気づかぬままに、世は事も無しに済む。

だが、一度やり過ぎてしまえば、それは復讐の種をバラ撒く事にしかならない。
様々な人間達を敵に回し、やがては日の当たる場所にいられなくなるだろう。

欲を出して抱えきれない程の戦利品を持ち去ろうとして足が着く、などという
愚鈍な盗賊など、自分の在籍するギルドには一人も存在していない自負がある。
仮に、多少のヘマをしてもとっさの悪知恵で乗り切れるようには、育てていたつもりなのだ。

だからこそ、一軒の家屋に三人がかりで仕事に掛かり、10分以上も離脱してこない事に動揺があった。

爪'ー`)y-「なぁ、デルタ」

( "ゞ)「何ですかい?」

爪'ー`)y-「ゴードンとこ、前回はまだ年が明ける前だったか」

( "ゞ)「えぇ。確かナッシュの奴が一人で息巻いて、たんまり掻っ攫って来た時ですね」

83以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/20(月) 03:53:22 ID:aK3TyYNI0

爪'ー`)y-「ゴードンの親父も、伊達に街で一番でかい家に住んでない。
     心底呆れるほどの馬鹿じゃないだろうさ」

( "ゞ)「………と、言いやすと?」

爪'ー`)y-「あん時、ナッシュは去り際に後姿を見られたって話だよな」

( "ゞ)「ま……言いつけを守れないお子様には、自分からきつくお灸を据えときやしたが」

爪'ー`)y-「奴が何らかの侵入者の存在に気づく。そうなれば、以前からちょくちょく
     品定めさせて頂いてた事ぐらい、帳簿なんかを遡ればさすがに解るだろうぜ」

( "ゞ)「あー、奴が生活用品の値上げをする度に倉庫の商品がかっぱらわれてるのに
    気づく節も無く”ウチの葡萄酒は今日から6spニダ!”とかほざくもんだから、
    てっきり本当の馬鹿だとばかり思ってましたよ」

爪'ー`)y-「まぁ、俺も今までそう思ってたんだけどな、そろそろ様子を見にいくか」

( "ゞ)「お供します」

フォックスのその言葉に頷くデルタの表情も、やや真剣味を帯びつつあった。
これまでこの街の盗賊ギルド全体としては、盗みに入った事実が発覚した事はない。
ヘマを踏んで治安隊に突き出された半端者達もいたが、それでも決して口を割る事はなかった。

しかし、盗賊ギルドの次期頭目として自分達のこの顔は多数の人間に知れ渡っている。
仮に自分がゴードンの家に忍び込んでいた過去の事実が明るみになれば、今まで通り
この街に住み暮らす事は難しくなるだろう。

だが、自分のちっぽけな善意を汲んで、その元に動いてくれている部下達が、
みすみす治安隊に突き出されるのを指を咥えて見送るのもご免なのだ。

84以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/20(月) 03:54:09 ID:aK3TyYNI0

二人は外壁を伝って、手練の動作で素早く倉庫の屋根へと登り切る。

爪'ー`)y-「合図するまで、お前は外で待っててくれ」

万が一の事を考えて、デルタは外に残しておいた。
自分や部下達に何かがあった場合、デルタに助けを呼ばせる為だ。

三人の部下達が消えて行った暗闇が覗く煙突。その縁に手をかけると、
フォックスはそのまま垂直に飛び降りて内部へと侵入した。

───

──────

────────

降りた先の場所は暖炉はもう使われておらず、拓けたただの空間だった。
ごろごろと荷物が置かれた室内には明かりの類が無く、暗闇に等しかった。
封のなされた食料品などには先の部下達がやったのだろうか、物色した痕跡。

爪'ー`)y-(そっちの部屋か)

耳をそばだてると、隣の部屋から時折物音がするのに気づく。
音も無く速やかに物陰へと身を寄せると、中の様子を伺うために僅かに身を乗り出す。

「…くっ、ちく…しょう…」

85以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/20(月) 03:54:44 ID:aK3TyYNI0

携帯用の松明の小さな明かりが、地面に落ちて燃え尽きようとしている。
その明かりに照らされるのは、数人の人影だ。

部下である3人は、地べたへと倒れ伏せていたようだった。

その中心で、周囲の闇に溶け込むようにして佇んでいたその男。

爪'ー`)y-(!!)

程なくしてフォックスの気配に気づき、こちらへ振り返った。

('A`) 「………」

爪'ー`)y-(こいつ……昼間の)

その表情からは、何も感じ取る事が出来ない。
笑っている訳でも驚く様子でもなく、虚ろな瞳でフォックスを見ているばかり。

ただ、無機質な殺気だけを身に纏って。

爪'ー`)y-「あんた……昼間酒場で見た顔だな」

見れば、大怪我さえしてないものの、二人の部下達は床に転がされてのびている。
もう一人は意識があるが、殴り倒されたのか大量の鼻血で上着を濡らしていた。

力自慢の冒険者ほどではないが、それなりに腕っ節を鍛えている3人の男たちを、
たった一人で倒してしまったというのだ。その相手に呑まれる事のないよう、
決して顔に動揺は出さないが、内心では焦っていた。

86以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/20(月) 03:55:22 ID:aK3TyYNI0

爪'ー`)y-「まぁ、こいつは話半分に聞いてくれりゃいいんだが……
      そこの三人、今回は見逃してやっちゃくれないか?」

('A`)「………」

爪'ー`)y-「代わりといってはなんだが、一人につき150spの礼は約束する」

交渉を持ちかける。出来うる限り、後腐れなく、波風を立てない事が一番だ。
いかに自分達が正義を語ろうが、盗みに押し入っているという事実が揺るがない以上、
大儀は向こうにある。今は目の前の男をどうにかしなければ、全員治安隊に突き出される羽目になる。

男がようやく口を開くと、覇気の無い声がフォックスの耳に届いた。

('A`) 「こちらは……”侵入者の排除依頼”さ」

('A`) 「確かに、一人頭150spの謝礼は魅力的だな」

爪'ー`)y-「……手付けとして、まずはここに200spある。なぁに、残りは後日必ず──」

('A`)「……だけどな」

フォックスの言葉を半ば遮るようにして、男が会話を被せた。
今まで無表情だった男の口角が、一瞬釣りあがる。

('A`)「こちらさんの依頼も、侵入者一人につき150spの報酬でね」

('A`)「あんたも入れれば、銀貨600の稼ぎって訳だ……交渉は、決裂だな」

爪'ー`)y-「……ちッ!」

87以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/20(月) 03:55:56 ID:aK3TyYNI0

すぐに腰元からナイフを取り出し、それを片手で前方へと振りかざす。
腰を落とし、体勢を低く保つ。相手の攻撃がどこから来ても対応できる構えだ。

男もまた緩慢な動作で胸元から大きなナイフを取りだすと、逆手に掴んで
刃先をこちらへと突きつけた。鈍色に輝く刃が、大きく湾曲した刃物。
見る者を威圧するようなそれは、凶暴な威容を放つククリナイフだった。

地に落ちて燃え尽きようとしていた松明の明かりの残滓が、
もうすぐのところまで完全な闇が迫っていた室内を、ほのかに照らす。
互いの持つナイフの刃先はその光量を受けてか、輝きを放っていた。

だが、それは互いが殺気を放っている事による錯覚であるのかも知れない。

フォックスら盗賊が得手とする、投擲などの為の投げナイフとは大きく形状が異なる。
太く、重厚で、骨すらも断ち切る事が可能なほどに叩き斬る事、切り裂く事に特化した凶器。

だが、その異質な存在感とは対照的。まるでそこにいるのは幽霊なのではないかというほどに、
濃紺の外套を纏う男は、ただ静かな瞳で逆手でそれを構えている。

('A`)「随分とちんけなナイフだな」

表情を変える事も無く、幽霊がフォックスに言葉を投げかける。
手元にすっぽりと収まるほどの、心もとないナイフを見ての言葉だ。
それに、フォックスが内心に抱いている焦燥が悟られている様子はなかった。

フォックスもまた、完全なるポーカーフェイスを崩さぬままに
落ち着き払った声と、どこか間の抜けた表情で男の問いかけに答える。

爪'ー`)y-「大きければいい…ってもんでも、ないさ」

88以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/20(月) 03:56:27 ID:aK3TyYNI0

一目に、禍々しいとさえ思ったフォックスだが、ぐっと虚勢を張った。
事も無げな顔をしながら、しかし眼ではしっかりと相手の出方を伺う。

所持していたナイフは、2分の1フィートにも満たぬ、投擲用の小さなナイフ。
刃渡りの差は歴然であるが、ことナイフさばきに関しては手足を動かす事と同じぐらいの自信がある。

倒れ付している部下達を介抱し、いち早くここから離脱しなくてはいけない。
倉庫に侵入している事が、家主であるゴードンにまで伝わっているのかまでは解らない。
今すべき事は、ゴードンに雇われたであろうこの男を、どうにかして撃退する事だけだった。

爪'ー`)y-(どうでるか、ね)

('A`)「”大は小を兼ねる”……俺の出身の名言さ」

初撃を繰り出したのは、ククリナイフの方であった。
黒に近い外套に身を包んでいる為か、素人目であれば闇に溶け込んだその刃が
どんな軌道を描いて襲い掛かってくるのか、首元を抉られるまで解らないだろう。

爪'ー`)y-「!……よっと」

だが、暗所で生まれ育ち、また盗賊という職で培ってきたフォックスの夜目には
その急激な軌道の変化も見抜いていた。大きく首を切り裂こうとしたかに見えた一刀は、
ナイフを握る手首を、返しの小さな振りで 敵の目を欺きながら狙う為の攻撃だ。

ナイフが握れなくなってしまえば、その時点で勝負は決まってしまう。
狡賢いやり方ではあるが、確かに効果的だ。しかし、刃物を用いた喧嘩を経験した事が
あるからこそ、前方で浮かせた手を即座に上方へと反応させる事は容易な事だった。

('A`)「へぇ?」

89以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/20(月) 03:57:04 ID:aK3TyYNI0

だが、再びフォックスが構えるよりも早く、男が大きく一歩を踏み込んできていた。
続けざま。防御を意識させない様にわざと視線を全く別の場所へ逸らしながらの攻撃。

初撃とは比べ物にならぬ速度で襲ってきた下方からの激しい一撃が、フォックスの
顔あたりを突き上げる様にして振るわれた。

爪'ー`)y-「……ッ!」

顎ごと身体を目一杯仰け反らせ、辛くも意識外から来た攻撃を避ける。
通過した刃が、顎の先端に僅かな裂傷を走らせた。

爪#'ー`)y-「……らぁッ!!」

('A`)「……あらら」

体勢を崩しかけた所を突きが狙っていたが、即座にナイフを横に薙ぐ。
多少無茶な反撃だったが、怯ませるぐらいの効果は発揮したようだ。

('A`)「たいしたもんだ。この暗い中で、よく俺のナイフをかわせるな」

爪'ー`)y-(これ程の的確なナイフ術……暗殺ギルドの人間か?)

すぐに飛びのいて距離を取り、一度だけ大きく呼吸を整えた後に
再びしっかりと相手を正面に捉えて、視線をぶつけ合う。

だが、このわずか2合の立会いの中ですでにフォックスの顔からは
既にじっとりと冷たい汗が頬を伝っている。

('A`)「どうした、こないのかい?」

爪'ー`)y-「………その気になれば、いつでも殺れるんじゃないのかい」

駆け引きからでの言葉ではなく、こればかりは本心だった。
一方の男はふふん、と鼻を鳴らしてククリナイフを手元で弄んでいるが。

90以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/20(月) 03:57:43 ID:aK3TyYNI0

('A`)「どうだかな……だが、生憎この依頼人は口うるさいんだよ。
   生死如何によっては、報酬半額っていう事情もあってね…」

爪'ー`)y-「はぁ。そいつぁまた、面倒なこったなぁ」

('A`)「だからさ……とっとと大人しくしてくれると、こっちは有難いんだよ」

爪'ー`)y-「そういう訳にもいかないんだよなぁ、これが」

他愛の無い話をしながらも、この状況を看破するために自分ができる行動を、
必死に頭の中で張り巡らしていた。このままいくと、勝機は限りなく薄いだろう。

この男のナイフは、恐らく”仕事”として相当に使いこまれている。
より効率的に、より不可視に、まさしく暗殺などを生業としている者のそれだ。

命を奪う事という一点に絞って磨きぬかれてきた技に、この状況からでは
出し抜きようがなく、こちらが技量だけで上回る事は難しい。

あるとすれば、命を一度捨てる事。
結局、最後の選択肢であるそれにしか至らなかった。

('A`)「じゃあ、続きといこうか?」

爪'ー`)y-「と言いたいところなんだけど……やっぱり、さっきの交渉の続きをしないか?」

('A`)「ほう」

こちらの声に耳を傾ける素振りは見せているものの、身体では決して
隙を見せる事など許してはいない。それどころか、こちらがどうやって
仕掛けるのかを虎視眈々と伺っているようにすら感じる。

91以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/20(月) 03:58:12 ID:aK3TyYNI0

確かに、これはタイミングを見計らう為の時間稼ぎに過ぎない。
だが、どれほど微細であろうとも、僅かでも気を散らせる事が出来れば上等だ。

爪'ー`)y-「人の命よりも金の方が大事…って感じなのか?アンタ」

('A`)「ま、どう受け取ってもらっても構わないが、そんなとこかな」

爪'ー`)y-「守銭奴なんだな。なら俺達4人の首、一人頭200spで売ってやるよ」

一瞬口元を手で覆い隠し、こちらから視線を外してあざける様にほくそ笑んだ。
フォックスが予想していた通り、持ちかけに応じるような返事など返っては来なかったが。

('A`)「はぁ……勘違いするな。さっきは気まぐれで話を聞いてやっただけだ」

爪'ー`)y-「………」

('A`)「実際俺は、仕事に関しては自分の事しか信じないんでね……気を持たせたなら謝ろう」

爪'ー`)y-「いやぁ、気にするなよ」

きっかけを作るとするならば、ここしかない。
少しばかりわざとらしいが、ナイフを手にした方の手で頭を掻く仕草に見せかける。
頭の後ろでナイフの刃先を指で摘んで持ち替えておいた。後は脇を伸ばして、出来る限り溜めを作る。

爪#'ー`)y-「わかっちゃあ……いたけどねぇッ!!」

('A`)「俺もさ」

92以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/20(月) 03:58:44 ID:aK3TyYNI0

男が最後に言った言葉が耳に入るよりも前に、身体全体を弓の弦のようにしならせると、
全力を以ってナイフを前方へと投げ放った。狙いはつける余裕もなかったが、外しはしない。

次の瞬間には、カキン、と固い金属同士がぶつかる破裂音。

('A`)「この程度で……」

そうして投擲したナイフは呆気なく叩き落されていたようだ。
だが、すでに両の足は一直線に男の元へと駆け出している。

('A`)「!」

思ったよりも低い位置から、目の前を横一文字に斬撃の軌道が半月を描いた。
ほぼ同時に、後頭部すれすれをナイフがよぎった感覚。

長い銀髪を後ろで結わえていた紐が、数本の毛髪らとともに背後の空中へと舞った。

勢いのついて止まれない状態で、振りを見てから避けられるかどうかは博打だった。
だが、決して速度を落とさず走りぬけながらも、辛うじて身体を伏してかわす事が出来た。

爪'ー`)y-「へッ!」

勝利を確信した奴ほど、崩れてしまえばもろいものだ。
自分の敗北を、最後の最後まで疑えなければ、そいつはきっと勝利者にはなれない。
たとえ一瞬だろうと、確実にこちらを上回れる技量を持ちながら、侮ったのが運のツキだ。

('A`)「この……ッ!」

爪#'ー`)y-「このフォックス様を、なめんじゃねぇぞッ!」

ククリを手にした右手首をがっしりと掴み、追撃のナイフが振るわれる事はなかった。
そして、それを引き寄せるようにして胸倉を掴むと、走りこんだ勢いそのままに、
肩からぶちかましてそのまま地面へと引きずり倒した。

(;'A`)「ゲッ、フゥッ!」

93以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/20(月) 03:59:15 ID:aK3TyYNI0

転がされた衝撃を受けてもナイフを手放す事は無かったが、手首を左膝で押さえ込んだ。
男の上体へと腰掛けた体勢。反撃する為に必要な、もう片方の手へも腕を伸ばして封じた。
もはや身じろぎする程度しか出来ない程に、完璧に有利な体勢を作る事に成功したのだ。

爪'ー`)y-「知ってるか?殴り合いの喧嘩になったらさぁ、こうやって
     上半身に乗っかかられた時点で、大体勝負は着いてるんだぜ?」

(;'A`)「チッ……」

言って、苦い顔を浮かべた。足を浮かして脱出しようとはするが、どうにもならない。
だが、こちらは男の四肢を封じた上で、自由に使える左腕で顔面を殴りつける事が出来るのだ。

爪'ー`)y-「そういやさ…アンタ。さっき、金が命よりも大事とかなんとか…」

(;'A`)「だったらどうだってん…」

( #)'A)「…ブゴォッ!」

言い終えるより先に、左の頬を拳で殴りつけていた。
顔を庇う事も出来ず、地面を介した衝撃は相当に大きいはずだ。

爪'ー`)y-「俺さー、そういう事言う奴……なーんかいけ好かねーんだわ」

爪'ー`)y-「だから本当は20発も殴ってやりたいところだけど……優しい俺はさ、
     まぁ、なんとか7〜8発ぐらいで気を失わせられりゃあいいや……ってね」

(#'A`)「調子に乗るなよ……」

ここに来て初めて怒りを露わにした男が、口の端から小さく
血を伝わせながらも、フォックスをするどい目つきで睨みつけた。

意に介する事もなく、フォックスは後ろを振り向いて声を投げかける。
つい先ほどこの男にノされてしまった、部下達三人に向けて。

爪'ー`)y-「おーい。お前ら、そろそろ起き上がれよ」

94以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/20(月) 04:00:09 ID:aK3TyYNI0

その声に、やがて一人が反応し、ゆっくりと上体を起こした。
目が合うと、すぐに大きく見開かれる。仰天していたようだった。
続く二人も身を起こすと、同様の反応を示す。

「あ、あれ………」

「な、なんで!」

「……フォ、フォックスのあに──」

爪'ー`)y-「しー、そんなとこで寝てたら風邪引くぞー。とっとと帰るこったな」

男には見えない位置から、指で口をふさぐ真似をした。
”何も言うな”と促すようにして、立ち上がった三人を手で追っ払う。

「………!」

爪'ー`)y-「この通り、この場は俺が何とかしとくからさ。邪魔だよ、帰った帰った……」

目の前で起きている状況が即座には理解出来なかった様子で、全員が動揺している。
何か言いたげな様子をしながらも、侵入してきた煙突のある部屋へと、全員すごすごと退散していった。

そうして部屋には、二人だけが残された。
地面で微かに燻っていた松明も、今はもう完全に燃え尽きた。
暗闇が覆うのみの部屋、互いの呼吸が聞き取れる程の静寂の中で、男がまた口を開く。

('A`)「部下か…何かか。またずいぶんとお優しい事だな」

爪'ー`)y-「だろ?まぁ……今みたいに気苦労が多いのだけが悩みの種だけどな」

('A`)「あぁ、全く麗しい師弟愛だ。吐き気がするよ……」

95以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/20(月) 04:01:23 ID:aK3TyYNI0

( #)'A)「うッぐぅッ!」

再び拳を振り下ろす。今度は、鼻っ柱を叩いた。
久しく人を殴った事などなかった拳には、鈍い痛みが走っている。
だが、殴られたこの男は、それ以上に痛みと屈辱を抱いているはずだ。

爪'ー`)y-「あんたみたいに、殺しが特技みたいな人間に理解してもらおうとも思わないけどな」

(#)'A`)「甘っちょろいんだよ。人の生き死にが尊いもんだとでも思ってるのか?」

爪'ー`)y-「あぁ…尊いね。一生懸命に生きてる人間の命を奪う権利なんてもんは、誰にも無い。
     この街の皆だってそうさ、貧しくても生きていこうと、毎日が死に物狂いだ」

(#)'A`)「…人を殺すのがいけないなんて、聖人気取りの台詞か?欺瞞だな」

もう一発お見舞いしようとしたフォックスだったが、これまでで初めて
真剣な口調で話し始めた男の様子に、思わずその言葉に耳を傾けてしまっていた。
やがて、堰を切ったように、男は饒舌に話し始めた。

ひとまずは握り拳を下ろして、少しだけ熱を帯びたその瞳を、ただ見下ろす。

(#)'A`)「”人を殺せ、出来なければ殺す”、年端もいかない子供がそれを命じられて殺すのは、悪か?」

爪'ー`)y-「………」

(#)'A`)「親しいと言えるだけの相手の家族の命を一度でも奪って、その罪が消える事などあるのか?」

(#)'A`)「そんな虫の良い話………ある訳がない」

爪'ー`)y-「まぁな」

96以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/20(月) 04:02:12 ID:aK3TyYNI0

(#)'A`)「────一度殺してしまえば、二度と日の当たる場所には戻れない。
    例え悔いても、そんなものは罪から逃れたい意識というだけの事だからな」

憎悪に満ちたその瞳を、冷淡な表情でただ見下ろしていた。
別に哀れみという訳ではない、フォックス自身でも共感できる部分がある話なのだから。

凶暴なククリナイフを持った暗殺者の身体に、貧民出の盗賊が上に覆いかぶさり、
過去の身の上話を少しばかり真剣な面持ちで聞いているこの状況───。
傍から見るにはかなり奇妙な光景だが、当の本人達は至って真剣そのものだ。

だがフォックスはくだけた口調で、しばしの沈黙をおいてその男の話に所感を述べた。

爪'ー`)y-「だから、悔いようとも思わない…ってとこか」

(#)'A`)「下らないな」

爪'ー`)y-「なんだかなぁ。”ツイてなかった”……そう思うしかないと思うぜ?多分さ」

(#)'A`)「知ったようなッ───!」

爪'ー`)y-「けど、あんたみたいに腕の立ちそうな男なら、きっと途中で足を洗えてたはずだ」

(#)A )「………」

爪'ー`)y-「それでも省みる事をしなかった、ってーのは、アンタの落ち度じゃない?
     も一度日向に戻ろうとしなかったのは、アンタがどっかで諦めてたからさ」

(#)A )「黙れ……」

爪'ー`)y-「無理やり人殺しさせられる状況だったなら、きっと誰もアンタを攻めないぜ?」
     だから……結局、悔いようとも思わなかったんじゃない。悔いるのが、怖かったのさ」

(#)A ) ブヂィッ

97以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/20(月) 04:04:00 ID:aK3TyYNI0

琴線に触れたか、憎悪に一瞬男の顔が歪んだ。かと思えば、次の瞬間には
跨るフォックスの顔を目掛けて、何かが吹きかけられた。血の飛沫だ。

自ら歯で口の中を切り、貯めた血を目潰しに使ったのだ。

爪;ー)「ぐぁッ!?」

(#'A`)「フゥゥゥッ!!」

左手で顔を庇った一瞬、フォックスによる男への四肢の拘束が緩んだ隙を突き、
上体を起こしながらすぐさま左の拳で顎を上方へと打ち抜かれた。

衝撃に後方へと倒れこんだフォックスを、男は流れるような動作で地面へとそのまま組み伏せる。
脚を使い、足裏と膝で両腕の自由を封じられたフォックス。先ほどまでとはまるで逆───

気づいた時には、頬に冷たい金属が押し当てられていた。

爪;ー)y-(あ……やっべぇなぁ……これ)

( A )「──俺に取って、金は命よりも尊いもんさ」

( A )「本当に、お前を殺すつもりはなかった」

(#'A`)「だがなぁ……相手の命と自分の命、そして、金とプライド」

(#'A`)「天秤にかけてみて、臨機応変に対応させて頂く場合もあるんだぜ」

無機質で冷たいククリナイフの刃先が、つん、と首元の皮膚に触れた。
このままあと少し刃を押し込み、少し横に動かされただけで自分の心臓は止まるだろう。
こうなってしまっては、さすがに諦める事しか出来ない状況だった。

98以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/20(月) 04:06:43 ID:aK3TyYNI0

(#'A`)「報酬なんかどうだっていい───ここで、死ね」

爪;ー)y-「ハッ……フゥッ、フゥッ」

呼吸が上ずり、身体中が縮こまる。
いよいよ、覚悟を決めざるを得ない時が来たようだ。
血糊で塞がれた瞼を、ぎゅっと強く閉じこんだ。

最後の瞬間が訪れるのは、次の瞬間か、はたまた、数十秒後か。
どちらにしても長時間苦しみたくはない、一瞬で終わらせてくれよ、と強く願った。

やがて、胸元をナイフが貫く衝撃が、響いた──────

「死んだな」

確かに、そう思った────

だが、実際にはそうではなかったのだ。

身を強張らせながら、極限まで高まった死への恐怖が、自分の身を刃が刺し貫く感覚を
錯覚させたに過ぎなかった。確かに、精神的には一度死んでしまったのかも知れないが。

それでも”本当の死”は────いつまで経っても、その瞬間が訪れる事はなかった。

99以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/20(月) 04:07:32 ID:aK3TyYNI0

「水臭いですぜ、お頭ぁ」

爪;ー )y-「あれ、もしかして俺……生きてる?」

顔を見る事が出来なくても、その声だけですぐに理解する事が出来た。
旧友の慣れ親しんだ顔がぱっと頭に浮かび、それが死の淵に居た自分の意識を一気に引き戻す。

( "ゞ)「危なかったら一声掛けてくれりゃあいいのに……
    けど、あいつらが話してた状況とはまるっきり間逆じゃないですか?」

そう、デルタだ。結局長時間姿を見せない自分の危機を察してか、
助けに来てくれたのだ。絶対絶命の状況で、この男の存在はこの上無く頼もしかった。

爪;ー )y-「いやぁ〜……死んだと思った」

目を覆っていた血糊を袖で擦り落としながら、ゆっくりと立ち上がる。
ごほごほと咳払いをする音の方へ向き直ると、微かに確保できた視界に
飛び込んで来たのは、男が片腹を押さえてうずくまっていた場面だった。

そして、喉をさすって身体の具合を確かめるフォックスの前に立つのは、ナイフを構えるデルタ。

( "ゞ)「やっぱり昼間の奴か……うさんくせーと思ってたんだよ、お前さん」

爪'ー`)y-「助かったぜ、デルタ」

( "ゞ)「いいって事です」

(#'A`)「……まだ、新手が居たとはな」

100以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/20(月) 04:08:11 ID:aK3TyYNI0

再度ククリナイフを構え、男はゆらりと立ちあがる。
フォックスも先ほど弾き落とされたナイフを拾うと、デルタと共に並び立った。
的を絞らせないようにする事が出来る二対一という状況ならば、十分に渡り合える。

だが、先ほどまでの怒りの色が一瞬で失せると、既に冷静さを取り戻している
男の表情や佇まいには、それでも焦燥は浮かんでいない。こちらとやりあう構えだ。

( "ゞ)「おっかねぇナイフだな……けど、俺達に勝てるつもりか?」

('A`)「素人に舐められて、引き下がれるか」

爪'ー`)y-「そういうお前さんは、きっと暗殺ギルドか何かの人間なんだろうな」

( "ゞ)「確かにそんな感じだな。でも、喧嘩だったら負けねぇぜ?」

('A`)「ハッ…」

互いに、長い膠着状態に入ろうかという所だった。

さすがに容易には踏み込めず、一定の距離を保つのに傾注している様子が伺えた。

だが、それは正しい判断だ。フォックス以上に夜目の利くデルタがいる以上、
暗闇の中でナイフの軌道を見切れるだけのアドバンテージは、もはや向こうだけのものではない。

片方が仕掛けて生まれた隙を、もう片方が突く事だって出来るのだ。
だからこそ、ここで出来る限り相手の戦意を削いでおきたかった。
相打ち覚悟の無謀な博打に出られると、悪くすればどちらかがやられる恐れもあるからだ。

101以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/20(月) 04:08:42 ID:aK3TyYNI0

実質、仕事の依頼などの運営を中心に立って切り盛りしているのはデルタなのだが、
それでもデルタとフォックス、二人のどちらかでも欠けるような事が出てしまえば、
今後のリュメの街での盗賊ギルド全体に、大きな影響が出てしまうだろう。

爪'ー`)y-「俺達のどっちかを殺しても、最終的にあんたは死ぬぜ?」

('A`)「知ったことか………仮にそうなっても、必ず一人は道連れにしてやる」

( "ゞ)「勇ましいこって……」

睨みあいの最中、先に痺れを切らしたか、男は床に口の中の血を吐き捨てると、
ナイフを片手に携えたまま、ゆっくりと二人の下へと近づいてくる。

ろくに構えもしていないが、その不用意さが逆に恐ろしい程だ。
小さいが、手傷を負っているフォックスを庇い立て、デルタが前に出る。

爪'ー`)y-(油断すんなよ、デルタ)

( "ゞ)(解ってやす)

('A`)「2対1でのアドバンテージなんて、俺にとっちゃ無いも同然だ」

強気な発言は動揺を誘っているのか、不気味な無表情を崩さず、なおも男は無造作に距離を詰める。

( "ゞ)「………シィッ!」

102以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/20(月) 04:09:46 ID:aK3TyYNI0

これ以上間合いを詰められては刃渡りで劣るこちらが不利と判断したデルタ。
男の動きを牽制するために、その首元すれすれを目掛けて、先にナイフを振るった。
腕を狙われないよう、あくまで小さく返しの早い振りで、だ。

だが、殺意の篭もらないその一撃は、男に見透かされていたようだった。
牽制に動じる事も無く、首皮を裂く程の近距離で振るわれたナイフの軌道を見切っている。

( "ゞ)(ちゃちな脅しは通用しねぇ、か)

('A`)「見本を見せてやるよ」

やがてデルタの前にまで立つと、そう言って男は突然不可解な行動を始めた。
右から左、左から右へとナイフを投げて持ち手を入れ替えながら、弄んでいる。

('A`)「”本気の殺意”、ってのをな」

( "ゞ)「………?」

男が右手に再びククリナイフを手にした時、その手は上段に構えられていた。

このまま無造作に斬りつけようとしているのか、だが、そんな大振りならば容易に避けられる。
そう考えてしまったデルタは、既に上体を軽く仰け反らして、避ける構えを見せていた。

だが次の瞬間、咄嗟に声を荒げたフォックスの一声に、急転換を余儀なくされる。

爪#'ー`)y-「違う!左からだ、デルタ!」

103以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/20(月) 04:11:04 ID:aK3TyYNI0

(;"ゞ)「……んなッ」

('A`)「………ご名答」

見れば、右手に握られていたはずのククリナイフは、忽然と消えている。
その代わりにデルタの胸元に向けて、逆手に握られた左の一撃が突き立てられようとしていた。

左から右、そしてその逆へと、まるで手品のように持ち手を入れ替えながら攻撃しているのだ。

フォックスの言葉で、それに辛うじて気づくことが出来たデルタだが、左方に仰け反らせた
身体を反転させる間など与えてくれない、あまりに絶妙なタイミング。

もはや運任せとばかりに、ただがむしゃらに自らの小さなナイフで致命打を防ぐ他なかった。

(;"ゞ)(〜〜〜〜〜〜ッ!!)

目の前がぼんやりと真っ白になる程の衝撃と、遅れてやって来た恐怖。
しかし、自らのナイフから伝わってきた確かな感触に、デルタは生を実感する事が出来た。

デルタのナイフの持ち手の合間を縫って穿たれたククリナイフの刃は、
デルタの持つナイフの”柄”により、辛うじて受け止められていた。

('A`)「どうだ……”暗殺の一撃”は?」

───「一瞬でゼロから加速する殺意に、死を連想出来たか?」───

(;"ゞ)「─────野郎ッ!!」

104以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/20(月) 04:11:33 ID:aK3TyYNI0

ナイフの刃と柄を交わした状態で、なおも言葉を紡ごうとしていた男から、
強引にナイフを弾いて大きく飛びのくと、デルタは再び距離を取った。

思わず身に着けているベストから露出した腕をさすり、肌が粟立ちはじめていたのを抑え込む。

爪'ー`)y-(今ので分かったろ、デルタ……こいつ)

(;"ゞ)(えぇ………かなり使いやがる)

気を抜いたらすぐにでも肩で息をしてしまいそうな程の疲労感、それが、
たった1合の立会いで、今デルタの身に一瞬で押し寄せていた。

('A`)「これが殺しの本職の力量……って奴さ」

(;"ゞ)「………褒められたもんじゃあ、ねぇさな」

('A`)「どうでもいい……さてお二人さん。俺の前に、無残な死骸を晒すとするか?」

爪'ー`)y-「………」

やはり、どうあっても引き下がるつもりは無いらしい。
たかだか数ヶ月分の生活費の銀貨の為か、それとも、暗殺者としての矜持か。
そんなものの為に、自分が死ぬのも相手が死ぬのも馬鹿らしい、フォックスはそう感じていた。

( "ゞ)(どうします…?)

だから、最大限にリスクを軽減し、誰もが損をしないようにこの場を収めようと、
再び口を開く。目配せを送ってきたデルタを手で制し、ナイフを持つその手を下ろさせて。

105以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/20(月) 04:12:01 ID:aK3TyYNI0

今度は駆け引きからではない、本日三度目となる交渉を、男に持ちかけた。

爪'ー`)y-「なら……最後に、もう一度だけ交渉をしたい」

('A`)「聞き入れると、思うのか?」

爪'ー`)y-「あんまりな……だけど、今のあんたにとって悪い話じゃないはずさ」

爪'ー`)y-「そして、交渉の前にもう一度だけ言っておくぜ?」

爪'ー`)y-「この最後の交渉が決裂して殺し合いになっても、そりゃ確かに俺達は素人だ、
     あんたの言ってたとおり、どっちかは道連れにされて死ぬかも知れねぇ」

('A`)「………」

爪#'ー`)y-「だがな……例えどちらかがあんたに刺されても、そいつはあんたの動きを止めて、
      もう一人が確実にあんたの喉首を掻っ切る。断言するぜ───これだけは」

('A`)「………ふぅん」

強い意志が込められたフォックスの瞳と、言葉。

しばしその言葉にじっと耳を傾けていた様子の男だったが、
最後にはおどけたように、肩をすくめて見せた。

( "ゞ)「お頭、何を……?」

爪'ー`)y-「いい、デルタ。お前今いくら持ってる?」

106以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/20(月) 04:12:43 ID:aK3TyYNI0

唐突に交渉を打ち出したフォックスの様子に戸惑うデルタをよそに、
その腰元に付けられた銀貨入りの麻袋をひったくると、その中身を確認していた。

爪'ー`)y-「ひぃ、ふぅ…ま、ざっと250spってとこか」

(;"ゞ)「ちょ、お頭?」

('A`)「………?」

さらに、自分の腰元に結び付けられていた銀貨入り袋を取り出すと、
それら二つを束ねて男の方へと投げ渡した。空いた方の手でそれをはし、と掴む。

('A`)「何のつもりだ?」

男の様子を気に掛ける事もせず、フォックスは続けた。

爪'ー`)y-「しめて、450spって所か……そいつを受け取って、ゴードンの所に帰ってくれ」

爪'ー`)y-「そんで、今日ここで見た事は全て忘れるこった」

(;"ゞ)「ちょ、それじゃあ俺の今月の生活が……!」

('A`)「ハッ……臆したか」

爪'ー`)y-「いーや、違うな。仮に俺らと刺し違えたところで、どう上手く事が
     運んでも、安いプライドだけを抱えたまま、あんたはあの世行きだ」

爪'ー`)y-「それなら、何事も無くその450spと追加報酬を持って立ち去った方が利口ってもんだろ?」

('A`)「追加報酬だと?」

107以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/20(月) 04:13:28 ID:aK3TyYNI0

爪'ー`)y-「あぁ、ゴードン=ニダーランの奴にはこう報告すればいい」

爪'ー`)y-「”アンタの家に忍び込んでいたのは、盗賊ギルドのグレイ=フォックスだ。
      ギルドの金だけでは飽き足らず、夜な夜な街の人間の家に忍び込んで、
      金品をせしめていた”────とかかな」

(;"ゞ)「お頭!?何言ってんです、そんな事したらお頭だけじゃなくウチの
    ギルドの奴らも治安隊の奴らにしょっぴかれるんじゃないですかい!」

爪'ー`)y-「なぁに、そこでアンタが一芝居打ってくれりゃあ全て丸く収まるさ。
     俺個人が盗みを働いていたのを目撃して、とり逃がした事にすりゃあいい」

('A`)「……面白い事考えるな、お前」

爪'ー`)y-「んで、翌日には俺がこの街から消えりゃあ、万事オッケーだろ?
     上手くすりゃ、あんたはゴードンの奴からも報酬がもらえるって訳だ」

(;"ゞ)「消えるって……なーに言ってやがんですかいッ!」

つらっとして、淡々と自らが即席で考えた筋書きを語るフォックス。
自分が置き去りにされたまま話は進んでいき、デルタは狼狽するしかない。
そんな中で、手元の銀貨入りの袋をじっと眺めながら、男は考えこんでいる様子だった。

部下三人の身を案じながら、自分一人でこの男と渡り合っていた先ほどならば
要求を呑む事は有り得なかった。だが、部下達を逃がした今となっては、
自分とデルタの二人を倒した所で、300spの報酬しか手に入らないのだ。

──デルタと一緒の今ならば、決して勝てない状況ではない。
たとえどちらかが死んでも、負けはしないという確信めいたものがあるからだ。

108以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/20(月) 04:13:56 ID:aK3TyYNI0

数の上では有利なこちらだが、それでも、臆することなくククリナイフを携えるこの男は、
やはり明らかな凄腕。依然こちらへ牙を向いてくるのも、プロの暗殺者としてのプライドだ。

だからこそ、自分やデルタの命が脅かされるたった僅かなリスクも、見過ごす事は出来ない。
現在の盗賊ギルドの支柱として欠いてはならない存在は、自分よりもデルタの方なのだ。

フォックスやデルタにとって、もはや故郷と言ってもいいこの街の人々。
今は貧しさに身を寄せ合うこの街の皆が、いつか笑って暮らせるようにしたかった。
だからこれから、リュメの盗賊ギルドはより成長し、発展に貢献しなければならない。

豪族気取りのゴードン=ニダーランなんかに今ここで自分達の尻尾が捕まえられて
しまえば、その日々が訪れるのも遠い先の事になってしまうだろう。

いつしか自分達の中に生まれていた、故郷を想うという気持ち。

それは、貧民窟で置き去りにしてしまった親達の姿を、
圧制に苦しむ街の人々に投影していたからなのかも知れない。

男が、やがて長らくつぐんでいた口を開いた。

('A`)「まぁ、悪くない」

内心、聞きたかったその言葉。

しばしの長考の後、男はそう言ってククリナイフをふところへしまった。
リスクとプライド、そして金を天秤に掛けて、納得がいくだけの交渉内容だったようだ。

爪'ー`)y-「ご納得、頂けたかな?」

109以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/20(月) 04:14:21 ID:aK3TyYNI0

('A`)「ま、いいだろう……交渉成立だ」

爪'ー`)y-「そうか。なら確認だ………”俺達はここから無事に逃がしてもらう”」

爪'ー`)y-「そして、”ここで起きた本当の出来事の他言は一切無用”」

(;"ゞ)「………!」

デルタがフォックスの肩をぐっと手で掴み、強い視線を投げかけていた。
だが、フォックスはそれを意図して無視し続ける。

('A`)「ま……いいだろう。こっちもさっきの獲物を取り逃がした損失を埋められるしな」

('A`)「だが、こちらにも条件がある」

('A`)「俺はあと二日間、このリュメで滞在するつもりだ。その間に一度でも
   この街でお前の姿を見かけたなら、確実に殺す……いいか?」

爪'ー`)y-「解ってる、さっきも言っただろ?今夜の内に行方を眩ますさ」

('A`)「それでいい。依頼人に俺が話す言葉と矛盾が生じては、信用も失墜するからな」

('A`)「それと、お前さんに対しての個人的な感情だが」

今まで殺意を向けてきた相手が、一時的に敵では無くなる事への安堵か、
自分の中で張り詰めていた部分を逃がすかのように、フォックスは大きくため息を漏らした。

爪'ー`)y-「これで話は終いだな……さて、どこかへ行ってもらえるか?」

「やれやれ……」と、男もまたため息をつくと、部屋の入り口の脇へと逸れて、
そのまま腕を組みながら壁に背をもたれた。顎を引いて合図を指し示し、通行しろと促す。

110以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/20(月) 04:14:51 ID:aK3TyYNI0

('A`)「背中にナイフを突き立てられたらかなわんからな……先に行け」

爪'ー`)y-「なるほど…でもまぁ、さすがにそんな卑劣なマネはしないけどな」

('A`)「盗人がよく言うぜ…」

何事もなかったように、フォックスは前だけを見て出口へと歩く。
かたやデルタは警戒を完全に取り払う事なく、半身になりながら男の目を睨みつける。

男とすれ違う瞬間、ぼそりと一言だけ呟いた。

('A`)「ドクオ」

爪'ー`)y-「?」

('A`)「俺の名前だ。いつかどこかで会う事があれば、殴られた礼はする」

爪'ー`)y-「───あんた、根に持つタイプだろ」

互いに一言だけ交わすと、視線を合わせる事も無く
正面のドアを押し開け、堂々と外へ出た。

────

────────


────────────

111以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/20(月) 04:15:49 ID:aK3TyYNI0

地面を踏みしめて久々の外気に触れると、火照った生傷の部分に痛みを感じる。
この小さな倉庫の中で繰り広げられた戦闘が嘘のように、外の世界はただ日常だ。

そして、デルタがフォックスへと詰め寄る。

(;"ゞ)「お頭……本気ですかい!?どうするつもりなんです、これから」

爪'ー`)y-「どーするもこーするも、あいつ絶対どっかの暗殺ギルドの奴だぜ?」

爪'ー`)y-「約束守らなきゃ、俺が暗殺されちゃうよ」

(;"ゞ)「って、無茶苦茶言い出したのはお頭じゃないですか!」

( "ゞ)「またなんだって、こんなこと……」

ぶつぶつと文句を垂れるデルタの様子から、やはり相当な不満が見て取れる。

”お前を失えないからさ”そう思ってはいても、おどけて適当にはぐらかす。
言葉を掛けても、かえってデルタ自身に重圧を掛けてしまう事になるだろう。

爪'ー`)y-「まぁ、マイナス450spの思わぬ赤字になっちまったけど…」

(# "ゞ)「お頭……?大半はあっしの金ですからね」

爪'ー`)y-「いやぁ、まぁ、お互いに転機じゃない」

爪'ー`)y-「とりあえず俺は、しばらく旅に出るさ……道すがらで、
     昼間の酒呑み話みたいな事があったら面白ぇなぁとか思いつつ」

112以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/20(月) 04:16:25 ID:aK3TyYNI0

( "ゞ)「ふぅむ、まだ腑に落ちやせんが、当て所ない旅はいいですねぇ。あっしも───」

( "ゞ)「………と、言いたいのはやまやまなんすが、今回みたいな事が無いように、
    ウチの奴らをまだまだしっかり面倒見ないといけやせん」

爪'ー`)y-「解ってんじゃんか、デルタ。自分がギルドにとって必要な人材だって事をさ」

( "ゞ)「………留守の間、街の皆の事はあっしに任せて下さい」

爪'ー`)y-「おう、頼もしいな。ま、ほとぼりの冷めた頃に帰って来るよ」

爪'ー`)y-「ゴードンの親父の土地を店ごと買い上げられるぐらいの金を持って、さ」

爪'ー`)y-「じゃあ、ここでお別れだ」

街の西口で、交易都市ヴィップへと続く道と、ギルドのアジトへと続く道。
枝分かれした岐路で、二人はやがて立ち止まった。

( "ゞ)「ひとまずは、どちらへ?」

爪'ー`)y-「まずはヴィップでも目指すさ」

( "ゞ)「二日の道のりですぜ……文無しでですかい?」

デルタの心配も尤もだ。街へ着いても、野垂れ死んでは元も子も無い。

だが、その心配をよそに、フォックスは胸元からそっと何かを取り出した。
月光を受けて光輝く宝石、それは大粒の翡翠だ。

持っていく所へ持って行けば、200spは下らぬであろう。

113以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/20(月) 04:16:52 ID:aK3TyYNI0

爪'ー`)y-「道中で行商人とでも出くわしたら、こいつを安値で捌くさ」

( "ゞ)「ヘヘッ、抜け目ねぇなあ…」

翡翠を懐へしまい、くるりと背を向けたフォックスは、
ニ、三度後ろ手に手を振ると、深い暗闇が包む森の奥へと消えていく。
その背中が見えなくなるまで、デルタはその場所で見送っていた。

( "ゞ)「……お元気で……!」

最後にその背中に声をかけると、自らもすぐに踵を返し帰路へと着く。
あまりに唐突に、呆気なく訪れた別れ。だが、またいつか会える。
その確信があるから、変に湿っぽい別れ方だけは避けた。

いずれフォックスがリュメに帰ってくる時の為、部下達をまとめ、鍛え上げる。
この時すでに、ギルドと街の繁栄の為に注力しようという意志が固まっていた。

たとえフォックスが居なくても、やっていく。
その決意が、彼の足取りにも現れていた。

────

────────


────────────

114以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/20(月) 04:17:25 ID:aK3TyYNI0

暗い森を往く。
持っている物といえば、一振りのナイフと、大粒の翡翠。

爪'ー`)y-「”冒険者”って響き……悪い気はしないね」

だが、自然とその足取りは軽い。
妙な開放感に期待ばかりが膨らみ、不思議と旅への不安は無かった。

爪'ー`)y-「大陸全土を股にかけて冒険たぁ、ロマンがあって結構結構」

爪'ー`)y-「さぁて。風の向くまま、気の向くまま……ってね」

20と数年の歳月を生きてきて、初めて臨む自分一人だけの冒険の旅路。
フォックスは、今その生まれて初めての経験が生む期待に、心を躍らせていた。

デルタや街の皆としばらく会えない寂しさがあるといえば嘘になる。
だが、それ以上に生まれてからこれまで、貧民窟、そしてリュメの街しか知らない
閉塞的な生活を送ってきた彼にとって────

───街からの一歩を踏み出した風景は、目の前の何もかもが新鮮に彩られていた。

115以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/20(月) 04:19:01 ID:aK3TyYNI0
   ( ^ω^)ヴィップワースのようです

            第0話(3)

          「力無きゆえに」


             ─了─

116以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/20(月) 04:25:44 ID:aK3TyYNI0
再投下ながら途中ちょこちょこ場面を増やしたり加筆したのでageさせて頂きやした。
投下間隔しくったのでPCでもえれぇー読み辛い!

とろとろ作業してっから前投下した分すいこーしてる間に、
下手したら3話ぐらいまで書けちゃうような気がしてきたぞ。

さ、2話の書き溜めに戻りやす……

117以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/20(月) 04:52:00 ID:PxhFSFXwO


118以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/20(月) 21:44:21 ID:oh8KoUuUO

読み応えがある

119以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/20(月) 23:46:53 ID:WOjJ6yoQO
乙!
今から読ませてもらうぜ

120以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/15(金) 03:08:02 ID:cEOPo.UM0
FMVの糞PCが熱暴走でぶっ壊れた。
なので急遽新糞FMVをゲッツ。書き進めていた1話は
外付けHDDに残っていたので、ここ2〜3日ぐらいまた作業を進めとりやす。

手直しを含めてあと1〜2日で1話が投下できると思うので、
とりあえずすいこーなしで0話の残り投下しちゃいますわ。

121以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/15(金) 03:10:18 ID:cEOPo.UM0

この広大な大陸中、至る所で”聖ラウンジ”の教えが伝え広められている。
200年以上もの長きに渡り、依然として最大の宗教派閥として君臨する彼らは、
特別外界の宗教とは交流を持たず、ただただ来る日も来る日もラウンジの神に祈りを捧げ続ける。

いつ報われるとも解らない信仰を持ち続け、やがて神に見初められた者だけが、
聖ラウンジの秘術、飽くなき信仰がもたらす、善なる精神に宿った奇跡の数々を起こすと言われる。

数ある聖ラウンジ教会の建物の中でも一際大きなものは、ここ聖教都市ラウンジの街にあった。
ラウンジ大聖堂。身寄りの無い子供や、身体の不自由な老人などが多く訪れる。

この大聖堂にあって、今は修道女として聖ラウンジの神に仕える子羊である
”ツン=デ=レイン”は、今日も決まった時間、決められた動作で、神に祈りを捧げていた。

ξ-⊿-)ξ 「(聖ラウンジの神よ…我が声に耳を傾け、御言葉をお聞かせ下さい……)」

122以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/15(金) 03:11:06 ID:cEOPo.UM0

「神よ…どうか、この地で苦しむ全ての人々を救いたまえ…」

「我らが信仰をその御力と為し、奇跡を…どうか…」

ツン=デレインの周りでは、彼女と同じように祈りを捧げる一般人の姿も多数ある。
修道士達も同様に、皆、本当に神の存在を心から信じ、口々に教典通りの言葉を囁く。
未だ、誰もその御姿を見た者はいないというのに。

ξ゚⊿゚)ξ「(はぁ…本当に、こんな自分が嫌になる)」

それは、ツン=デ=レインも同様だった。
赤子であった自分が当時の司祭に拾われ、それから今に至るまで、およそ20年の歳月が流れていた。
やがて司教となった育ての親は、結局神の姿を見る事も無くツンが18になると同時にこの世を去る。

棺に収まった司教の姿を見た時には、ツンの目からは確かに涙も流れた。

123以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/15(金) 03:12:22 ID:cEOPo.UM0

「全ての人々には、等しく神の寵愛を受ける権利があるんだよ」

司教が常日頃から言っていたのは、自分を育ててくれたのは、そんな理由。
今にして考えれば恩着せがましいとさえ、ここ最近は思うようになっていた。

そんな邪な考えが邪魔をしているのか。はたまた、父であった司教が
この世を去った事が影響しているというのもあるかも知れない。

彼女の日々が変わる事は何一つ無い、きっと、このまま変化が訪れる事も無いのだろう。
外の世界を知らない彼女にとって、聖堂に訪れる街の人々と話す事が唯一の楽しみだった。

ξ;-⊿-)ξ「(おっと…いけない。仮にも私は聖ラウンジの信徒として
        神に使える身なんだからね。今のはナシ…今のはナシ…)」

ふと、後ろの方からひそひそと話し声が漏れてくる。
祈りの最中だというのに、こちらへ聞こえるのもお構いなしだ。

「ねぇ、ツン様の話…聞いた?」

「えぇ…司教様の遺言では、今年に次期司祭として賜るって話ね」

「ふん…あんな小娘が。捨て子だったくせに」

「ちょ、ちょっと、聞こえるわよ」

ξ゚⊿゚)ξ「………」

124以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/15(金) 03:13:00 ID:cEOPo.UM0
投下し辛いんで一旦ageます

125以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/15(金) 03:14:00 ID:cEOPo.UM0

一通りの礼拝を済ませた後、すぐに二階の父が使っていた部屋へと上がっていった。
今日は一般の礼拝も無い日で、外の世界の話を人々から聞ける楽しみも無かった。

──いつからだろう、祈る事が、こんなにも嫌になってしまったのは。

──どうしてだろう、同じ神を信じる人たちが、こんなにもいがみ合うのは。

窓から外の風景を眺めながら、時間が空いた時にはこうした物思いに耽るようになった。
育ての父を失った事や、時折親の七光りを指差す人々のそうした視線に耐え切れず、
最近では礼拝自体にも嫌気がさす事さえあった。

聖職者として、あってはならない事だ。だが、それでも
いつしか外の世界に飛び出したいという気持ちは、否応無しに膨らんでいった。

司祭の座なんて、本当はツン自身どうだっていい事だ。
祈りを捧げていくだけの毎日、それが、この先の自分に何をもたらすというのか。
いるかどうかもわからない神の御姿を拝見するためか、はたまた、奇跡に触れるためか。

漠然とした不安を抱えたまま、今日も自分の気持ちに正直になり切れない自分に、辟易する。
思った事をそのまま伝えられたら、行動できたらどれほど楽になれるのだろう。

126以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/15(金) 03:14:25 ID:cEOPo.UM0

だが、父が残した十字架の重みは、容赦なく自分の背に圧し掛かってくる。
父のように一生を祈りに捧げていった先──果たして何を得る事が出来るのだろうか。

ξ゚⊿゚)ξ「(……うん?)」

何気なく開いた、木机の引き出しの中から、見慣れない一冊の本が姿を覗かせた。

父が亡くなった時、一度身辺の物は整理したはずだ。
その時には、こんな物はなかった。

あるいは奥の方に入っていた為か、鬱屈していた自分が机の引き出しを
引く動作に、無意識で力がこもっていたのかも知れない。

ぱらぱらと、そのページをめくってみる。

煤けていて、長年に渡って使い込まれた感じの出ているその一冊。
最初の数ページを捲ってみて、すぐに解った。

父親が羊皮紙以外に残した文面は初めて見る。これは、日記だ。

127以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/15(金) 03:14:51 ID:cEOPo.UM0

「○月×日 ぎこちないながらも、ツンはようやく様々な作法が解ってきたようだ。
      飲み込みは良い方ではないが、どこか祈りの仕草にも気品を感じる」

ξ゚⊿゚)ξ「これは……お父様の」

「×月△日 教会に訪れる人々も、皆ツンに親しく接してくれているみたいだ。
      また、ツンもそれを楽しみにしている様で、話を聞いている最中は
      目が爛々と輝いているように感じる……退屈な日常を、私は彼女に
      押し付けてしまっているのかも知れない」

その日記には、ツンが司祭に迎え入れられて、この教会で祈りを捧げるようになった
当初の様子、また教会での日常がほぼ毎日に渡って書き綴られていた。

流行病で呆気なくこの世を去ってしまった父は、まだ53歳という若さだった。
日記の最後の日付が2年半前になっている事から、病を得たのはつい最近だった様だ。

「△月○日 どうやら、ツンを快く思っていない修道士達もいるようだ。
      確かにツンはまだ不慣れで、聖典の内容すらまともに覚えてはいないが…

      それでも私は言ってやりたい。幼くして天涯孤独となった子供たちの
      両親に向けて、心からの祈りを捧げている彼女の無垢な横顔を見ても
      まだそんな事を言えるのか、と」

128以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/15(金) 03:15:15 ID:cEOPo.UM0

ξ ⊿ )ξ「………これも」


「▲月△日 ツンが病を得てしまった。つきっきりで看病したお陰か、はたまた
      彼女自身の若さゆえの回復力だろうか。どうにか全快してくれて何よりだ。
      だが、今度は私が寝込んでしまっている……年は取りたくないものだ」

文面からだけでも、伝わってくる。
父が、神の名の下という、それだけの感情で自分を育てていたのではないのだと。

父である司教は神の名を借り受けた上で、自分を忠実な信徒に育てようとしていた、
そう誤解していたのだと、今頃になって初めて気付かされた。

「○月凹日 本当に、彼女の祈りは人々の荒んだ心を清らかにしてくれるほどに美しい。
      今日も、父上が天に召された娘子が、彼女が祈る聖母のような姿に感動すら覚えていた。
      ──これなら、いずれツンに司祭を任せてもいいかも知れない」

ξ ⊿ )ξ「本当に…私の事を見ていてくれたんだ…お父様」

そう、最初の気持ちはそうだったのだ。
心からの祈り、亡くしてしまった人達が、この世界に何一つ思い残す事なく旅立てるように、と。
心から、精一杯の祈りを捧げる事、本当は、苦だなんて思った事も無かったはずだ。

やはり、父を亡くした時から、自分は少しずつ最初の気持ちというものを忘れてしまっていたのかも知れない。

129以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/15(金) 03:15:34 ID:cEOPo.UM0

失ってしまった今になって到来する、胸をちくりと刺す痛み。
鼻腔の奥がつぅんとしたかと思えば、眼からは自然と、頬へと伝う冷たい雫がこぼれた。

「凹月凸日 どうやら、私は流行病に侵されてしまったようだ。神の忠実なる信徒が、
      その奇跡に触れる事もなくこの世を去ってしまうのは、いかにも恥ずべきか。
      だが、今の私にはそれ以上にツンのこれからの事が気に病んでならない。

      どうか私がこの世を去っても、気を落とさないで欲しいものだ。
      そして人々を思いやる優しい気持ちと、清らかな祈りだけは、忘れないでいて欲しい」

ツンの心中には、この時様々な想いが交錯していた。

たとえ神などいなくても、自分を愛してくれている人がいたという事への、喜び。
そして、父の胸中を理解しようともしなかった自分の愚鈍さへの、後悔。

これから、この自分に出来る事は、一体何なのだろう。
それを考えた時、カーテンを時折はためかせながら自分の顔を撫でるそよ風が、
まるで今初めて体験したものかのように、一層新鮮味のあるものに感じられた。

そして、決断する。

ξ゚⊿゚)ξ「(なんだか、すっきりしたわ)」

130以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/15(金) 03:15:58 ID:cEOPo.UM0

ξ゚⊿゚)ξ「(私達がこんな安全な場所で、安穏と祈りを捧げる日々の中で……
      本当に困っている人たちはこのヴィップの外にいくらでも居る)」

ξ゚⊿゚)ξ「(疫病、飢饉で命を落とした人たち、親を亡くした戦災孤児なんて、
      それこそこの乱れた世の中じゃあ計り知れない)」

ξ゚⊿゚)ξ「(それなのに、私達教会の人間は、主に救いを求めるために祈る……?)」

「…馬鹿らしいわね!」

一人窓の外に向かってそう叫んだ彼女は、すぐに持てるだけの荷物を持って、身支度を始めた。

ξ゚⊿゚)ξ「神様なんて、どっかりとあぐらをかいて私達を見下ろしてるばかり」

ξ゚⊿゚)ξ「それなら、私の方から出て行ってやるわ」

自分が神の信徒として出来る事を、やれるだけやってみたかった。
その一心だけが、今のツンを支える活発な原動力の源だ。

131以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/15(金) 03:16:35 ID:cEOPo.UM0

きっと自分にだって、本当に困った人々の力になれる事だってあるはずだ。
父が言っていた言葉を借りれば、愛情は全ての人に等しく注がれるべき。
自分が、父からそうしてもらっていたように。

なら、親を亡くした子供たちや、孤独に死に逝こうとしている人々は、
誰からその愛情を受け取れるというのか。誰が、彼らの為に祈りを捧げて
くれるというのか。教会で礼拝している自分達は、そんな事に気づく事も無く、
ただただ、誰の為でもなく形式ばった祈りを捧げているだけではないのか。

吹っ切れた今の彼女には、これまでうじうじとしていた過去の自分を
省みる時間すら惜しいほどに、旅立ちへの気持ちが溢れ出しそうな程だった

132以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/15(金) 03:17:38 ID:cEOPo.UM0


   ( ^ω^)ヴィップワースのようです

           第0話(3)

          「誰が為の祈り」

133以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/15(金) 03:18:14 ID:cEOPo.UM0

───旅立ちを決めたあの日から、すでに一週間もの月日が流れていた───


ξ;゚⊿゚)ξ「ぜぇ…はぁ…」

登りの坂道、白を基調とした修道服の裾は、見る影もなく土ぼこりに塗れていた。
手ごろな木の枝を支えのステッキにしながら、険しい山道を登る、昇る、上る。

愚痴をこぼす余裕も無いほどに疲弊し、箱入り娘で培われた自身の体力不足を痛感する。

やがて、勾配のなだらかな頂上付近にまで辿りついた時、木々に囲われた
近くの原っぱを目にして、身体をどっかりと地面へと預けた。

どこまでへも続いている空を見上げて寝そべる。
身体の疲労は非常に深刻なものだが、それ以上に今は心地よい開放感が得られた。

ξ゚⊿゚)ξ「(あ〜…いいわ)」

134以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/15(金) 03:18:36 ID:cEOPo.UM0

目を瞑ると、何だか今まで住み暮らしてきた聖教都市での出来事が、遠い昔の
日々の事のように感じられた。

もちろん、周囲へは多少強引にだが説得を済ませてきた。
引き止める者や仰天する者など反応は様々だったが、口を差し挟ませる余地もなく、
最後には脱兎の如く逃げて来た。今頃、自分を探しているのだろうか。

街を出る前に、毎週礼拝に来ていた家族連れなどには一声を掛けてきた。
そちらの人たちは、旅に出る旨を告げると驚かれこそしたが、自分を激励してくれた。

その激励のおかげで、2日目以降の野宿を乗り切れたようなものだった。
日中であればまだいいが、獣道のような森の中を通り、人里へと通じる道を
外れてしまってうす暗闇に迷いこんでしまった時には、べそをかいて彷徨い歩いたものだ。
・・・・
旅慣れた今ならそんなヘマはしないぞと、少しだけ自信がついている。

ξ゚⊿゚)ξ「あ………」

135以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/15(金) 03:18:58 ID:cEOPo.UM0

もうしばらくこの心地よさを味わっていたかったが、不意に、頬に落ちたのは
冷たい雨粒ひとつ。ふたつ、みっつと続くと、次第にますますその勢いは増した。

こんな山奥で夕立に見舞われるとは思わなかった。

ろくに冒険などしたことの無いツンにとって、明らかに不測の事態である。
ひとまずは雨が止むまで木陰にでも身を寄せるしかないとは思うが、それで
下山するのが明日の明朝以降になってしまっては、道中で野垂れ死ぬかも知れない
怖さがあった。来るまでに街で手に入れてきた食料もあるが、ほんの微々たる量なのだ。

ξ;゚⊿゚)ξ「…どうしよう、かな」

いつになったら止むのか、そんな事は知る由も無い。

先ほどまでかいていた汗が嘘のように引くと、この雨が
周囲を冷やしてしまった。身体をぶるると震わせる。

ξ;-⊿-)ξ「…さむっ」

生憎と暖を取れるような準備など整えてはいない。
過ぎ去るまで、身を縮こまらせて待つしかないのか、と不運を嘆いた。

136以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/15(金) 03:19:17 ID:cEOPo.UM0

が、周囲を見渡したある時、木々に紛れた岩陰にぽっかりと口を開いた
洞穴のようなものがある事に気がついた。

どれだけの奥行きがあるかは解らないが、この中に入れば風雨や
寒さはある程度凌げるだろう。不幸中の幸いに、思わず主の名を口にした。

ξ゚⊿゚)ξ「これぞ神の思し召し…ね」

ξ;゚⊿゚)ξ「(はっ…でも、もし熊とかいたらどうしよう!)」

ξ;゚⊿゚)ξ「(う〜ん…羆に村を襲われた人の話とか聞く限り、
       私みたいにか弱い少女はイチコロだろうし…)」

あれこれと思案する内、木の葉から伝わり落ちる雨の雫が
首元から背中を伝わり落ちて、小さく悲鳴を漏らしてしまった。

ξ;゚⊿゚)ξ「しゃあない、この際背に腹は代えられないか…」

野生動物や、話にしか聞いた事のないゴブリンなどの妖魔が
中に居ないかを警戒しつつ、じりじりと洞窟の中へと歩みを進める。

思ったよりも奥深い。

137以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/15(金) 03:19:37 ID:cEOPo.UM0

次第に入り口から聞こえる雨音は、しんしんと遠いものになっていく。
中は暗いが、獣臭がしたりはしない事に安堵した。

それどころか、かすかに薪を炊いた燃えかすなどがあった事に驚く。

ξ゚⊿゚)ξ「人が……居たの?」

そうとしか思えない痕跡が、少しずつ暗さに慣れてきた視界に次々と映り込む。
火を起こした場所のすぐ近くの壁面には、固い土壁を石か何かで削り文字を刻んだ跡。
どういう規則性になっているのかよくよく見てみると、暦を描いたもののようだった。

ξ゚⊿゚)ξ「(こんな場所に住んでる人なんているのかしら。
      もし帰って来ちゃったら、どうしよう…)」

こんな場所で山賊にでも襲ってこられたら、逃げようも無い。
今度は恐怖から来る寒気が、またツンの身を震わせた。

その折に、不意に人の声とも物音ともつかぬ何かが、奥から聞こえてきた。

ξ;゚⊿゚)ξ「…!!」

慌てて、2、3歩を後ずさり、壁を背にした。
聞こえてきたのは、やはり人の声だったようだ。
少しずつ、こちらにその人影が近づいて来る。

138以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/15(金) 03:20:03 ID:cEOPo.UM0

だが、やがて姿を現したのは、想像よりもずっと危険のなさそうなものだ。
目をこすりながら、うわごとを唱えるかのように喋るそれは、子供だ───

(ノoヽ)「おあ…うああ?」

ξ;゚⊿゚)ξ「(なんで、子供がこんな所に…?)」

目やにだらけで、こちらの姿がおぼろげにしか見えていないのかも知れない。
衣服ともいえないようなぼろの布切れを身体にくくりつけている。

そして、ラウンジでよく見かける、元気に走り回る子供達とは対照的なその姿。

年の頃は同じくらいであろうが、その身体はあばらの骨が浮き出る程に痩せ細り、
顔は煤けていて、ろくに衛生的な暮らしなど出来ていないのだろう。

しかし、驚かされはしたが、山賊や熊なんかよりもずっと可愛らしい。
なぜこんな場所にいるのかを尋ねようとしたが、ある事に気づいた。

(ノoヽ)「うあ…う。おうあぁ」

139以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/15(金) 03:20:25 ID:cEOPo.UM0

ξ;゚⊿゚)ξ「(そうか…聞こえないんだ、私の言葉)」

聾唖なのだ。耳が聞こえないばかりか、それに付随してものを喋る事も出来ない。
その子供が、こんな山深い場所で一体どうやって生きていたのかと、呆然とした。

ξ;゚⊿゚)ξ「……君は一人、なのかな?」

(ノoヽ)「ううんあ。あうおあ」

ξ゚⊿゚)ξ「違う…って?唇の動きで言葉が解るの?」

ツンの問いかけに、子供はツンの衣服の端あたりを掴み、奥へと連れて行こうと
しているようだ。白い衣服は触られた箇所がたちどころに真っ黒く汚れたが、
そんなことを気にかけることもせずに、子供に先導されるまま、ツンは奥へ奥へと歩いていく。

やがて、壁に背を持たれた人影の姿がその先にはあった。
それを指差し、ツンの顔を見ながら子供は飛び跳ねる。

(ノoヽ)「おあう!おあう!」

140以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/15(金) 03:20:45 ID:cEOPo.UM0

ξ;゚⊿゚)ξ「………!」

思わず、悲鳴をあげてしまいそうになった。
子供が指差すそこには、眼を見開いている一人の男の姿。

明らかに、死んでいる。

ξ-⊿-)ξ「(………そうか)」

この子の親なのか、それはわからない。
だが一緒に暮らしていた同居人は、命を落としてしまった。
一人残されて、ずっと亡骸の傍で泣いていた子供の姿を一瞬想像する。

言葉も満足に喋れないこの子にとっては、あまりにも過酷な現実だ。
その無垢な表情を見ているこちらが、悲痛な面持ちを浮かべてしまう程に。

そんな自分が、この子の親にしてやれる事はたった一つしかなかった。




掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板