私の掛け声と同時に相手方も仕掛けてきたようです。「アフンッ」と短い嬌声が聞こえたかと思えば、ガタンっ!という大きな音が鳴り……不意に身体が宙に浮くような感覚に襲われます。この感覚はフリーフォールのアトラクションに近しいかもしれませんが、そんな暢気な事を考えている暇はなさそうです。
エレベーターは普通、落下事故を防止する為ら複数の安全装置を設置して対策していますが……それがスタンド攻撃により無効化されていたら、 私は眼も当てられない悲惨な死に方をするでしょう。
そうなる前に、私の〈return to that place〉は能力を既に発動しています。私のスタンドが空間を叩き割ると、そこから「明日の世界」の住人を連れてくる事ができるのです。叩き割った空間は夕陽のような橙色の輝きを放ち、中から誰かがやって来ます。
凪沙ちゃんの言ってる事はぐうの音も出ない正論でしょう。大きすぎてエレベーター内では収まりきらない巨大な心臓のビジョンから発する異様なプレッシャーは今なお重苦しくて禍々しく感じます。
腹を決めた私は〈return to that place〉で空間を新たに叩き割り、明日の世界の出入り口を生み出します。
「…行くよreturn to that place!スタンドパワーフルスロットル!」
〈return to that place〉は茜色に輝きだします。いつも出来る訳じゃないけど今ならきっとアレが出来る。叩き割った空間もいつものように橙色に輝いているのではなく、真っ黒な虚空が広がっている。
〈return to that place〉は女性の身体に結合する無数の血管を束ねて掴み、エレベーターの天井を外側に潜んでいる巨大な心臓本体を引きずり下ろします。 心臓本体に直接的なパワーはないらしく、呆気ないくらい無抵抗に明日の世界の入り口に入ってくれましたが……
「ヒィィ、ヒトリイヤァァァ」
「ヒトリハイヤイヤ」
「イッショイッショ」
「ズットイッショ、シヌマデイッショ」
「アアア^ア、アァ〜あ」
「フヒヒヒ、レッツ…」
「F,A,L,L」
そいつは血管で繋がっている女性も道連れにしようとしていますが……私はそれを許可しない。
・・・・・・・・・・
「止めなさい。お前だけが、誰もいない明日の世界においきなさい」
私の〈return to that place〉は私自身も未だに能力を正確に把握仕切れていません。人様に自分の能力を説明するときは便宜上、明日の世界から住人を連れてくると説明していますが、連れてこれる明日の住人は必ずしも今日と地続きの明日から来ているとは言い切れません。様々な可能性が枝分かれする無数の明日の世界から無作為に選んでいるのか、連れてきた人と会話しても少しだけ話が噛み合わない事も珍しくありません。例えば今日起きた事件を解決するために明日の住人を呼び出したとして、私が今日中に事件の経緯を説明しようと考えていても、行動が確定していない限り、明日の世界から来た人が事件の詳細を知らない状態で来る事もあるのです。
話が脱線してしまいましたが、何を言いたいのかというと、無数の可能性で枝分かれする明日の世界の中には、もしかしたら……きっと人類が滅亡した可能性の明日もあり得てしまいます。
〈アレ〉を明日の世界に丸投げするなら、せめて送り出す明日の世界は私が選ばなければならない。未確定な明日の世界の事なんて私も分かるハズがないですが……スタンド能力は精神力の発露、私が強く望めば〈return to that place〉はきっと応えてくれます。