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Ammo→Re!!のようです

1名も無きAAのようです:2015/02/08(日) 19:35:24 ID:F94asbco0
前スレ
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/13029/1369565073/

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                            配給

【Low Tech Boon】→ttp://lowtechboon.web.fc2.com/ammore/ammore.html

【Boon Bunmaru】→ttp://boonbunmaru.web.fc2.com/rensai/ammore/ammore.htm

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351名も無きAAのようです:2016/03/06(日) 21:35:23 ID:mqrjXlVo0
>>350
ありがと、Twitterのほうフォローしに行かせて貰ったよ

352名も無きAAのようです:2016/03/13(日) 19:06:39 ID:mXu4kPQ.0
投下はまだまだ先になりそうですので、もうしばらくお待ちください
お詫びにζ(゚ー゚*ζの20禁画像を貼っておきますね

ttp://boonpict.run.buttobi.net/up/log/boonpic2_1978.jpg

353名も無きAAのようです:2016/03/13(日) 19:21:49 ID:ZkMqmzqc0
一緒に晩酌したい……

354名も無きAAのようです:2016/07/19(火) 22:04:42 ID:UI6LGDkQ0
http://boonpict.run.buttobi.net/up/log/boonpic2_2164.jpg

355名も無きAAのようです:2016/07/19(火) 22:41:16 ID:QNtIi25Q0
おひゅっ?

356名も無きAAのようです:2016/07/20(水) 00:13:45 ID:NCvVC/Yc0
これはこれは

357名も無きAAのようです:2016/07/20(水) 01:15:59 ID:/hY/e7Yo0
>>355
ホントにこんな声が出た

358名も無きAAのようです:2016/08/05(金) 20:37:13 ID:4UkDNAn60
明日VIPにてお会いしましょう

359名も無きAAのようです:2016/08/05(金) 22:19:03 ID:4fkJIyKo0
mjd

360名も無きAAのようです:2016/08/06(土) 02:06:44 ID:BCVuyd7k0
待ってる

361名も無きAAのようです:2016/08/06(土) 10:54:16 ID:fQxgD1Uw0
本物か?

362名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 17:00:08 ID:eFiZr2lo0
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金で解決出来る事があれば金を使えばいい。
ただし、忘れるな。
その時、お前は努力と困難を失うのだ。

本物の努力と困難は、金では決して買えない物だというのに。

                                          ――リッチー家家訓

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八月七日は、静かな夏の空気が漂う穏やかな夜明けだった。
空は黒から紫へ、紫から瑠璃色へ、瑠璃色から群青へ、そして徐々に白に近づくグラデーションで彩られている。
千切れた黒い雲はやがて夜の名残である星と共に消え、それが存在したことを微塵も感じさせないだろう。
その海域では、見事な夏の夜明けをどこからでも見ることが出来た。

吸い込まれそうな瑠璃色の空には紫色の雲が浮かび、海鳥が羽を広げて風に漂っている。
夜の色がまだ残る水平線の彼方には夏らしく、純白の入道雲が浮かんでいる。
そして背後に消え失せる夜の名残。
涼しげな風の中に香る夏の匂いに、耳を澄ませば蝉の声も聞こえてきそうだった。

波浪は穏やかだった。
白波もなく、微風の吹く中を巨大な船が優雅に航行している。
船の名はオアシズ。
世界最大の豪華客船であり、世界最大の船上都市だった。

その船を束ねる市長、リッチー・マニーは生きて朝日を眺めたことでようやく窮地を脱したことを実感し、心底安心した。
昨夜の“答え合わせ”は、彼の人生での中でも最も疲れた長い夜だった。

¥・∀・¥「ふぅ……」

363名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 17:00:48 ID:eFiZr2lo0
久しぶりにまともな食事を食べる気になったのは、これまで船を操っていた部下達が大勢死に、船の指揮系統の復旧に体力が必要だからだった。
マニーは無理をするタイミングを心得ており、それは正に昨夜であり、今であった。
今無理をしなければ、後にどれだけの犠牲を払っても取り返しのつかないことになるだろう。
彼が無理をすることで、部下達に安心して仕事をさせなければならない。

それが上司の仕事であると、彼は父から教わっていたし、その通りだと思っていた。
部下が欲するのはとどのつまり、安心なのだ。
安心を手に入れるためには上司がその背中で多くの危険を受け止め、部下達に被害が及ばないようにしなければならない。
彼が無理をすることで部下が安心して仕事をすることが、やがてはこの街全体の治安と信頼の回復に至るのだ。

船内にあるフードコートに秘書を向かわせ、巨大なハンバーガーと並々とタンブラーに注いだコーヒーを持って来るよう指示を出してから十五分が経過していた。
それが到着するまでの間、マニーは昔、両親に言われた言葉を噛みしめていた。
何度も言い聞かされたその言葉は、リッチー家の家訓だった。
“金で解決できない問題に直面し、努力する機会と困難を得られたことは大金に勝る”とは、親子何世代にも渡って語られてきた言葉だ。

成程確かに、これほどの困難は大金を積んででも迎え入れたくはない。
それを解決出来たなら、彼は大金に勝る経験を得たことになる。
だがそれは、自力で解決出来た場合の話だ。
彼は、他者の力を借りてようやく解決することが出来た。

もしも偶然、この船に彼の知人が乗り合わせていなければ、この船は最悪の事態を迎えていた事だろう。
彼は、自分の非力さを嘆いていた。
“オアシズの厄日”と呼ばれる一連の殺人事件は、彼ではなく、偶然乗り合わせた彼の知り合いが全て解決したと言っても過言ではない。
彼は、それが悔しくて仕方がなかった。

彼は規格外の金持ちの家に生まれたが故に、常に誰よりも努力をしてきた。
そうしなければ、彼の努力も何もかもが、金で作られたものになってしまうからだ。
これだけは、金では買えない物なのに。
なのに、今回は何も出来なかった。

自分で成し得たものが金のおかげと誤解されるのは、この上なく悲しいことだ。
幼少期に何度も経験してきたそれは、決して、心地いいものではなかった。
己の努力が金に持っていかれるのだ。
それはまるで、神に縋る無能共が己の力で得た結果を神の手柄にするような、胸糞の悪い話だ。

失った物を数えても仕方がないと彼の祖父が口癖のように口にしていたが、その言葉が真に意味するのは損失を無視するという事ではない。
損失に対して途方に暮れる暇があるのならば、その失った物を整理し、如何に取り戻すかが大切という事を意味していた。
だから彼の祖父は経営に成功し、オアシズを発展させ続けて来られたのだ。
船上都市という極めて特異な街が反映し続けているのも、そうした考えが脈々と受け継がれているからに他ならない。

それは何故か。
何故、祖父は成功し得たのか。
秀でた能力があったのか。
全てを自力で解決できるほど、才能豊かな人間だったのか。

364名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 17:02:44 ID:eFiZr2lo0
では父はどうだ。
知る限り、父はそこまで才能に恵まれていなかったはずだ。
それでも父はオアシズを統治し、皆に惜しまれながら死んだ。
祖父と父にあって、マニーにない物。

それは、驚くほど簡単なものだった。
優れた才能でもなく、能力でもない。
捨て去る力だった。
無意味な矜持を捨て、自分にはない力を持つ人間を頼り、その人間の力を正しく行使する力だ。

頼るという才能。
頼るという努力。
頼るという力。
己の無力を受け入れ、それを他力で補うという選択。

今のマニーには、優秀な部下と友人がいる。
彼らの力を借り、この街を再興するのだ。

¥・∀・¥「……よし」

今度はマニーの番が己の力を用い、この街を取り戻す順番だった。
彼が失った中で最も価値が高いのは人員だった。
経験値を積み、信頼を築いてきた人間を補充するのは容易ではない。
これまでの雇用形態を見直すことも視野に入れつつ求人し、大切に育てるしか方法はなかった。

そして次に信頼だった。
金で買える信頼は希薄な物であり、実質的には意味がない物だ。
信頼は時間と対応でのみ回復が出来る。
焦ったところで、こればかりはどうしようもない。

家宝の一つとしてリッチー家に受け継がれてきた強化外骨格を失ったことは、特に気にしなくてもよかった。
あんなものは、それこそ金で解決できるものなのだから。
ノックの音が、マニーの意識を現実に戻した。

(-゚ぺ-)「お待たせしました、お食事をお持ちいたしました」

¥・∀・¥「あぁ、ご苦労。
      君も後で朝食を摂るといい、今日は忙しくなるぞ」

(-゚ぺ-)「はい、そうさせていただきます」

一礼して秘書は部屋を出て行った。
彼との付き合いも長い物で、何年になるのか忘れてしまうほどだ。
いつか、彼の努力に報いる何かをしなければと思い、何年が過ぎただろうか。

¥・∀・¥「……すまないな」

365名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 17:07:56 ID:eFiZr2lo0
秘書が持ってきた食事を受け取り、マニーは一人で早目の朝食を始めた。
紙に包まれたハンバーガーを取り出し、豪快にかぶりつく。
瑞々しいレタス、肉汁が滴る肉、カリカリに焼いたベーコン、ピクルス――マニーの好みで大量に入れてある――、甘い玉ねぎ、そして蕩けたチェダーチーズ。
シンプルな材料だが、ケチャップとマヨネーズがそれらを丁寧に包み込み、有無を言わせぬ美味さを演出している。

マニーの持論として、ハンバーガーの味は単純であることに限る。
複雑な味を堪能したいのならハンバーガー以外の何かで補えばいい。
口の周りにケチャップをつけながら、それを胃袋に入れていく。
肉と野菜、そして炭水化物が摂取できるからハンバーガーは好きだった。

食べ終えてから口元を拭い、程よい温かさのコーヒーを飲む。
温かい飲み物は精神的に人を落ち着けさせる効果がある。
胃に沁み渡るコーヒーの温かさがありがたい。
一時間で何度目になるか分からない溜息を吐き、マニーは自分に言い聞かせる。

今の自分に出来る事は何でもする。
何が出来るのか。
何をするべきなのか。
それを考えるべきなのだと、自分に何度も言って聞かせた。

¥・∀・¥「頑張れよ、俺……」

まずは各ブロック長の才能を引き出せる仕事を見つけ出し、それを解決させる。
彼らブロック長は優秀な人間であり、オアシズのために全力を出してくれることだろう。
勿論、ブロック長だけではない。
このオアシズで商いをする人間達の力も借りなければならない。

その力を借り、適切なところで最大限に発揮させるのがマニーの仕事だ。
不意に、ふわりと甘い香りが彼の鼻孔に届き、視線を上げるとそこにはマニーにとっての救世主がいた。
彼女こそがオアシズの窮地を救い、マニーに足りない多くの力を持つ絶対の存在だった。

ζ(゚ー゚*ζ「何か悩み事かしら、マニー?」

黄金の髪と碧眼を持つ旅人は、慈母の笑みでマニーに微笑みかけた。

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              //∨|八i |  | ヒ|乂 /// イ弐示く |    :j: : : . '.
              ///: : i: : : :i i  │∠ : イ//   弋少 刈   //: : :八: :\
              /{:八: : :i/: :八: ∨|八|  |/ :j         `` /    /: : :/ ハ :  \
            /   /: :\ \ \ : : \\     〈| .       /   / : :  / } : | 、ヽ
             / : : : : \ \ \: :从⌒            ∠/ ///: / ノ.: :リ 〉: 〉
       /   人 : : :  -=ニ二 ̄}川 >、  `''=こ=一   ∠ -匕 /´The Ammo→Re!!
       {   { 厂      . : { /⌒\   ー     原作【Ammo→Re!!のようです】
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366名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 17:08:40 ID:eFiZr2lo0
窓の外で水平線から陽が昇る様子を、ヒート・オロラ・レッドウィングはベッドの上から物憂げな表情で眺めていた。
昨夜は女三人で酒を飲み、日付が変わるまで飲み明かしたが、その影響ではなかった。
彼女は昨夜の話の中で、ある疑問を膨らませながらも、それを口に出せなかった。
その疑問はとても些細な物だったが、一度気にし始めたらもう止められなかった。

ノパ⊿゚)「……」

世界には多くの人間がいる。
様々な人種、価値観、宗教観などを持った人間がいる。
勿論、ヒートも多分に漏れず自分で構築した価値観に基づいて行動をしている人間だ。
ヒートにとって一つの疑問だったのが、彼女の命の恩人であり、友人でもある女性の存在だ。

彼女は美しく、強く、そしてあまりにも賢すぎる。
同性すら魅了する、人間離れした美しさは自然が作り出した奇跡の一つとして受け入れられる。
その強さは、ヒートのこれまで見てきたどの人間よりも圧倒的だった。
対強化外骨格用の弾を使っているとは言え、生身の人間が平気で強化外骨格――棺桶――と渡り合い、圧倒するのは非現実的な光景だった。

しかし、その強さと賢さもさほどの問題ではない。
世界は広い、それで十分だ。
彼女の強さのおかげで、ヒートはこうして生きていられるのだ。
それに、彼女の人間性も非常に気に入っている。

正直、ヒートは彼女の事が大好きだった。
時には姉として。
時には母として。
常に彼女はヒート達を導いてくれる。

人間性や強さなどは旅をする中で理解できるが、どうしても分からないのが、彼女のこれまでの足跡だ。
知らずとも問題はないが、彼女の育ちや生い立ちなど、ヒートは何一つ知らない。
知っているのは、理不尽なまでの強さと世界の全てを知っているかのような頭脳の持ち主であり、ヒート達の仲間ということだけ。
彼女がいなければオアシズは沈み、多くの乗客が嵐の中に消えて行ったかもしれない。

その前のポートエレン、ニクラメン、フォレスタ、オセアンでもそうだ。
追随を許さないその強さと知恵があったからこそ、旅の同行者であるヒートはこうしていられる。
感謝してもしきれない関係にあるのは、間違いない。
間違いないが、それでも、気になって仕方がない事もあるのだ。

――デレシア。

367名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 17:10:50 ID:eFiZr2lo0
彼女は何者なのか。
本名は。
出身地は。
これまでに何を見て、何をしてきたのか。

ヒートは何も知らない。
世界最強の街、イルトリアの人間とも深い交流を持つ彼女。
これまでに何を経験し、何を見て来たのか。
彼女について知っていることなど、ほとんどない。

まるで世界の秘密そのもの。
彼女のスカイブルーの瞳に見据えられると、世界そのものに見透かされているような錯覚に陥る時がある。
あらゆる隠し事はその意味を失い、真実が見抜かれ、気を抜けば膝を突いて屈しそうになってしまう。
全ての生命は彼女に平伏し、首を垂れるのが摂理にさえ思える。

だがそれは些細な――とは言い難いが――問題だ。
彼女との旅は楽しいし、何より安心していられる。
不思議なことに、彼女が秘密の固まりだと分かったところで、何一つ不安になることはなかった。
短い付き合いだが、決して、希薄な付き合いではない。

ヒートは人を見る目が少なからずあると思っており、その目で見れば、デレシアは悪人には見えなかった。
それでも気になることは気になるが、今はまだ訊く時期ではない。
過去は誰にでもある。
ヒートも例外ではない。

デレシアが過去について深く追及することをしないことは、ヒートにとっては幸いだった。
人に進んで話せるような過去ではなく、血濡れた暗い過去がヒートにはあった。
いつか機会があれば、その話をすることがあるのかもしれない。
今はまだ、その時ではない。

ノパー゚)「……らしくねぇな、おい」

少し考えすぎているのだと思い、ヒートは瞼を降ろして眠りにつくことにした。
ヒートがデレシアと旅を続ける大きな理由は、別にあった。
デレシアが連れている、小さな旅人。
その少年の行く末が見てみたいという気持ちが強く、彼がどう成長し、どう変わるのかを最前列で見守りたかった。

その気持ちがあるからこそ、ヒートはデレシアと共に旅を続けることを楽しんでいた。
だから、その旅人が海に落ちた時は自分の半身を失ったような喪失感があり、無事だと分かった時は本当に安堵した。
今のヒートの生きる目的は、彼の成長を見続けることだけだと言っても過言ではない。
小さな体に刻まれた無数の傷跡は、彼の悲惨な歴史だ。

彼がこれまでに受けてきた処遇を考えると、今の彼はかなり変わったのだと思う。
奴隷として売られた彼の生い立ちは分からないが、それがどれだけ悲惨な人生だったのかは想像できる。
少年はただの人間ではなく、“耳付き”と呼ばれる獣の耳と尾を持つ人間なのだ。
耳付きは総じて人間として扱われず、道具として扱われ、虐げられる。

368名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 17:26:03 ID:eFiZr2lo0
そうして一生を終える。
それが一般的な耳付きの生涯だ。
多くの人間が耳付きを忌み嫌うのも、一般的な話だ。
だが、少年はデレシアの手を借りて自由を手にし、多くを学んでいる最中だ。

きっと彼なら、海綿のように多くを学んで成長していく事だろう。
かつて自分が出来なかった事を、ヒートは彼に教えていくつもりだ。
彼にはもっとたくさんの事を学び、育っていってもらいたい。
良くも悪くも人を惹きつける彼ならば、どんな人間にでもなれるだろう。

その気持ちは、デレシア、そしてイルトリア人であるロウガ・ウォルフスキンの思惑と一致した。
女三人で行った昨夜の酒盛りは素晴らしい時間だった。
同じ気持ち、同じ意見の人間同士で飲む酒程美味い物はなく、共通の話題で語り合うのはとても貴い時間だ。
月を肴に酒を飲み、少年のこれからについて語り合い、そうして時間が過ぎ、ヒートは悟った。

いつかきっと、ブーンは――

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【Low Tech Boon】
【Boon Bunmaru】

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少年は朝早くに起床し、作り立ての朝食をがつがつと食べていた。
卵を三つ使った目玉焼きとたっぷりのベーコン、山盛りのコールスロー、そしてバターの添えられた厚切りのトーストを三枚。
それに加えて、デザート代わりの香り高いバナナが添えられていた。
出された食事の一つ一つをしっかりと味わい、堪能する姿は、少年の年頃にしては珍しい。

目玉焼きは半熟で、ナイフで切れ目を入れたらすぐに黄身が溢れ出た。
フォークとナイフで溢れ出た黄身とベーコン、そして白身を合わせてフォークに突き刺し、口に運ぶ。
濃厚な甘みを持つ黄身と、香ばしいベーコンの塩味が体に沁み渡る。
カリカリに焼かれた熟成ベーコンは、少年のお気に入りだった。

まだ上手に使いこなせないが、最初の頃に比べればフォークとナイフを大分使えるようになってきた。
たどたどしく握るフォークでコールスローを口に運び、咀嚼し、リンゴジュースを飲む。
皿に残った黄身をトーストで綺麗に拭い取り、最後にバナナを食べた、
芳醇な甘さのバナナに舌鼓を打ち、満足の内に朝食を終えた。

パンの甘みも、卵の新鮮さも、リンゴジュースの鮮度も、全て味わいつくした少年の表情は幸せそのものだ。

(∪*´ω`)「ふひゅー……」

369名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 17:27:55 ID:eFiZr2lo0
幸せそうに溜息を吐いた少年の名は、ブーン。
かつて奴隷として生き、今はデレシア、ヒートと共に旅をする少年だった。
少年には獣の耳と尾があったが、同席する二人の人間はそれを気にも留めていなかった。
人間に耳があるのと同じように、少年にも形は違うがそれがある、といった認識だった。

ブーンが朝食を美味しそうに食べる様子を見て、同席者は微笑ましくその光景を見ていた。
同席者の一人、若い女性にも獣の耳と尾があった。
だがそれはブーンの物とは違い、ブーンが犬のそれなら、女性の耳と尾は狼のそれだった。
狼の耳を持つ女性、ロウガ・ウォルフスキンは音一つ立てずにナイフとフォークを操って食事をしている。

彼女の深紅色の瞳は、保護者のようにブーンに向けられていた。
仔犬を見守る様な、静かな視線だった。

リi、゚ー ゚イ`!

イルトリアという街の人間である彼女は、ブーンと同じく、耳付きと呼ばれる人種だった。
しかしながら、イルトリアは世界でも珍しく、耳付きを差別する人間がほとんどいない。
それは耳付きが持つ身体能力の高さと優秀さを知っているからだ。
現に彼女は人間離れした戦闘能力によって職を得て、耳付きでない人間よりも高い給料を得ている。

人間離れした身体能力を持つ人種である彼女は、その力を活かして護衛の仕事を生業としていた。
強力無比な力を持つ彼女は要人を守り、姦計を企てた者を殲滅した。
そしていつしか、彼女を知る人々は“讐狼”と呼んで恐れるようになった。
必ず復讐を果たす彼女の執念は、正に狼のそれだった。

ロウガの視線に気づいたブーンは、自分が何かしたのかと焦るが、彼女は無言のまま人差し指で口の端を指して、そこが汚れていることを教えた。
布のナプキンを使い、ブーンは慌てて口元を拭う。

リi、゚ー ゚イ`!「それでいい」

(∪´ω`)「ありがとうございますお、ししょー」

ロウガはブーンに師匠と呼ばせ、ブーンは彼女の事を師匠と呼んだ。
二人の間には奇妙な師弟関係が出来上がっていたが、更に奇妙な関係がその場にはあった。

( ФωФ)「ブーン、バナナは好きか?」

(∪´ω`)「すきですおー」

( ФωФ)「バナナは体にいいんだ、もっと食うといい。
       ほれ、吾輩の分をやろう」

熟したバナナを受け取り、ブーンは満面の笑みを浮かべた。

(∪*´ω`)「おー」

370名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 17:30:29 ID:eFiZr2lo0
ロウガの隣に座る、黒髪をオールバックにした男性。
宝石のような黄金瞳を持ち、眉から頬まで走る深い傷跡と彼自身が放つ凄みは人間離れした何か別の生物を彷彿とさせる。
齢80を越えてもなお、前イルトリア市長ロマネスク・O・スモークジャンパーは衰えを知らない獣だった。
ロマネスクは“ビーストマスター”の渾名でいくつもの街を恐怖の底に落とし、恐怖の代名詞として世界の権力者たちが恐れをなした存在だ。

そんな彼の背景を全く知らないブーンは、ロマネスクと友人の関係にあった。
周囲から見たら孫と祖父ほど年齢が離れているが、それでも、二人は間違いなく対等な友人だった。
バナナを頬張り、その甘さに目を細めて喜ぶブーンをロマネスクは目を細めて見ていた。
さりげなく二人を交互に見てから、ロウガはブーンの頭を撫でて言った。

リi、゚ー ゚イ`!「よし、腹ごしらえが済んだら稽古の準備だ。
      少し休んでから着替えるといい。
      皿洗いは後だ」

ブーンは頷き、寝室へと向かった。
寝室の扉が閉まったのを確認してから、コーヒーを飲みつつ、ロマネスクはロウガに訊いた。

( ФωФ)「今日はずっと稽古か?」

リi、゚ー ゚イ`!「はい、主。
       徒手訓練をした後、ヒートを交えて射撃訓練をしようかと。
       彼女はかの“レオン”だとのことで、少し興味があります」

レオン、という言葉を聞いた時にロマネスクは興味深そうに眉を上げた。
凄腕の殺し屋レオンの名はイルトリアにまで響き渡っている。
ある日突然現れ、いくつものマフィアを壊滅させた末に突然消えた謎の殺し屋の正体が、よもやあの若い女性だとは誰も思うまい。
武人の都の人間としては、非常に興味のある人間だった。

果たして、その実力はどれほどのものなのだろうか。

( ФωФ)「ほほぅ、案外世界は狭い物なのだな。
       だがあのデレシアが共に旅をするのだから、よほどいい人間なのだろうよ。
       吾輩は別の事をさせてもらおう。
       デレシアに頼まれてな、ちとやらんとならんことがある」

リi、゚ー ゚イ`!「かしこまりました、主。
      私に何か出来る事はございますか?」

( ФωФ)「そうさな、昼飯はブーンの好きな物を食わせてやってくれ。
       だが稽古は手を抜くなよ。
       仔犬にも牙はあるのだ」

ロマネスクはそう言って、コーヒーを飲み干した。
深く頷き、ロウガは賛同の意味で笑みを浮かべた。

371名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 17:32:43 ID:eFiZr2lo0
リi、゚ー ゚イ`!「ブーンには才能が有ります。
       彼は正に海綿、教えた分だけ吸収する。
       こちらも教え甲斐というものがあります。
       昨日は本番で教えを発揮する胆力も見せましたが、あれが出来る者はイルトリアでも稀でしょう。

       私の見立てだと、潜在能力で言えば“右の大斧”に匹敵するかと。
       如何せん、彼は優しすぎます。
       この世界で生きるには、あまりにも」

( ФωФ)「デレシアがあいつを気に入るのも分かる
       ……可哀想に、あいつは良くも悪くも人を惹く。
       これまでの経緯を想像するのは易い話だ」

空になったコーヒーカップに、ロウガがコーヒーを注ぐ。
角砂糖を二つ入れ、スプーンで混ぜた物をロマネスクが一口飲む。

( ФωФ)「ティンカーベルといえば“デイジー紛争”の地、おまけに時期も近いな。
       ブーンは知っているのか?
       奴の恩師がそこで戦ったことを」

リi、゚ー ゚イ`!「おそらくは知らないかと。
       話した方がよろしいですか?」

( ФωФ)「いや、その必要はまだない。
       “先生”の話は、奴が知りたいと思った時に話せばいい」

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     ヽ:::、:::、 \ヽじ リ    |:::/  '′|´:::::::::::::::::::::::::: 脚本・監督・総指揮・原案【ID:KrI9Lnn70】
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ソファに腰かけ、デレシアとマニーは対面して話をしていた。
話と言うよりも、マニーの相談にデレシアが乗っているという図だった。
マニーは胸の内を全て吐き出し、この先どうするべきか、意見を求めた。
デレシアは短くそれに応じた。

ζ(゚ー゚*ζ「堂々としていなさい、マニー。
      貴方は市長。
      胸を張って命令し、胸を張って助けを求めればいいわ」

¥・∀・¥「ですが、私に出来るでしょうか……
      リーダーらしい姿を見せることが……」

372名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 17:34:06 ID:eFiZr2lo0
ζ(゚ー゚*ζ「リーダーだからこうするべき、じゃなくてリッチー・マニーならどうするのか。
      皆が期待しているのはそれよ」

これまでの人生で、マニーは何度も挫折を味わってきた。
金にものを言わせれば解決できるようなことも、進んで手を出して解決してきた。
それは人望を獲得するための努力だった。
幼少期より、マニーは金持ちであることを理由に差別に近い扱いを受けてきた。

金持ちが成功しても、それは金の力だと思われてきたのだ。
代々オアシズを動かしてきたリッチー家の人間は、同じ扱いを受け続けてきた事だろう。
その中でマニーが学んだのは、行動に勝る証明はないという事だった。
金以外の力で努力していることを示し続ければ、やがて、それは人望になる。

それに気付かせてくれたのは、彼がまだ幼い頃にオアシズで出会った一人の旅人だった。
父、そして祖父の共通の友人であるその旅人は今、マニーに最後の一歩を踏み出す勇気を与えてくれた。
そうだ。
周囲がどうであれ、マニーはマニーなのだ。

彼にしか出来ない方法がある。
昔からそうだったように、彼のやり方で人々に見せてやればいい。
金に頼らない金持ちの在り方を見せたように、困難に直面したオアシズ市長がどう立ち振る舞うかを。
自信を持って挑み、自信を持って失敗すればいい。

マニーならばそうする。
このリッチー・マニーならば、そうする。

ζ(゚ー゚*ζ「さ、見せつけてあげましょう。
      オアシズ市長、リッチー・マニーの実力を」

¥・∀・¥「……えぇ!!
      やってやりますよ!!」

目を輝かせて、マニーは立ち上がる。
歳をとるにつれて、大人と言う生き物は褒められる機会や慰められる機会が減ってくる。
どうしようもない困難に直面した時、逃げるか、それとも立ち向かうか。
自力での解決を試みて失敗し、鬱状態に陥る人間は後を絶たない。

だが、誰かが力を貸してくれるだけで、人は強くなれる。
たった一言。
デレシアがマニーに向けた一言がそうであるように。
その一言が、人を救うのだ。

電話を手にし、マニーは受話器の向こうにいる秘書に向けて、短い命令を下した。

¥・∀・¥「全責任者に通達しろ、我々の楽園(オアシズ)を取り戻すと!!」

373名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 17:41:01 ID:eFiZr2lo0
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        {::.::.//  {::l::.!: ./V   {{ィfトイV㍉、, }::.::}::.://厶}ノ.::}::.::}::.「´
       メァイ/    Vヘト、{    、__゙f竺シ_,  '_ノ_:./.:厶广/.::.::/.::/.::/
      /{ {/.:{ __   ヽ. ヽ.      ̄ ̄`   ノイL} ゙V.::.::.イ::.//
.    /   Vハ/  }  / \ ヽ            マAmmo→Re!!のようです
.  _/     ,イ弋/、 {  Ammo for Reknit!!編 序章【concentration-集結-】
´ /      弋. く ヽ. \!   { {、  /ーー`、_、_ / ,/
 {          ヽ ヽ. 丶、 ヽ. \{     l:::/ .イ/
        ト、 __ _ヽ ヽ.  丶、 ヽ. \   }/ /゙{
        | }_} }ム ヽ. ヽ   丶、ヽ \´/
        └; 〈 レ′ 〉 〉    >ー } 
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まずは情報の整理から取り掛かることになった。
五人のブロック長はそれぞれのブロックで出た被害状況を仔細漏らさず集約し、まとめあげた。
簡単なように思われる作業だが、実際には非常に繊細で神経をすり減らす作業だった。
被害状況の把握をするだけでも大掛かりな作業となり、一時間も経たずに会議室の隅に書類の山が出来上がった。

こうして集められた情報を精査し、重要な物を優先して処理出来るよう、ランク分けをした。
ランク分けを任されたのは第二ブロック長、オットー・リロースミス。
膨大な情報を前に、ロミスは挽きたてのコーヒーを飲みながら優雅に仕事をこなしていた。
余裕の表れではなく、彼なりの精神集中方法だった。

£°ゞ°)「……うん、いいコーヒーだ」

コーヒーを片手で飲みつつ、付箋を貼りつける手は止まらない。
色分けされた付箋はその書類のランクを意味している。
ミスの許されない作業をこなすロミスの顔は、だがしかし、色の異なる紙を仕分けているかのように涼しげだった。

マト#>Д<)メ「ロミスさんが挽いたんですか?」

£°ゞ°)「あぁ、それぐらい当然じゃないか」

彼は山と化した書類を驚くべき速度で選別し、瞬く間に山の背が縮んでいく。
そして分けられた書類の中から、最も重要なランクの物に目を通すのは第五ブロック長マトリクス・マトリョーシカ。
彼女は最重要書類を読み、次に必要な対処方法を大きめの付箋に書いて書類に貼り付けた。
分厚いマニュアルに基づいて下されるその対処方法は、彼女の頭の中にしっかりと記憶されており、彼女はマニュアルを読まずにそれを書き記すことが出来た。

ノリパ .゚)「では、飲食店については説明した通りの対応をしてください」

こうして処理方法が判明した書類と電話を手にするのは、第三ブロック長ノリハ・サークルコンマだ。
各ブロックにいる責任者達に連絡し、即座に対応させる。
その指示を受けた人間は部下を引き連れ、処理に走った。
ロミス、マトリクス、ノリハが最初に処理するべきだと判断した仕事は、掃除だった。

374名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 17:42:21 ID:eFiZr2lo0
臨時で追加の船内清掃係を雇い、徹底した衛生管理と景観の復旧を急がせた。
昨夜はお祭りのような騒ぎで盛り上がりを見せていたが、その盛り上がりを殺さない内に急いで掃除をしなければならない。
視覚情報は非常に重要で、特に、争いの痕跡の一切を消し去ることを徹底させた。
弾痕、僅かに焦げた椅子や床も元通りに掃除をさせ、最優先にして最速の仕事を要求した。

現場では清掃係は軽んじられるが、マニーが直々に清掃係の全員に向けて激励の言葉を送った。

¥・∀・¥『乗客全員――勿論、君達も含めて――があの悪夢を少しでも忘れ、最高の時間を取り戻すためにはどうしても君たちの協力が必要だ。
      このリッチー・マニー、諸君らの実力を見込んでお願いする。
      賊に汚されたオアシズを、君たちの手で美しい姿に戻してほしい。
      ……この通りだ』

多くの清掃員はそれまで、あまり自分の仕事に誇りを持っていなかった。
だが、マニーの言葉で彼らはその考えを改めた。
彼らが担っているのは乗客の日常。
清掃員は気を引き締め、マニーの言葉に鼓舞されて清掃を行った。

後に乗客が撮影した写真が話題を呼ぶのだが、彼らは船尾から一ブロックずつ徹底して清掃と修理点検を行い、所要時間は合計で五時間足らずだった。
一切のミスもなく、無駄もなく、彼らはマニーの言葉に感化されて仕事を完遂したのだ。
ノリハはそれとほぼ同列で、船内の警備態勢を強化させた。
そして、警備員たちにマニーが送った言葉は、後にこのオアシズの警備員の標語となった。

¥・∀・¥『君たちはこの船の安全そのものだ。
      君たちは笑顔を絶やさず、注意を怠らず、そして愛想を忘れることなく職務にあたってほしい。
      そうすれば、武力ではなく君たちの魅力で乗客が安心するんだ。
      頼む、どうか乗客達を安心させてやってほしい。

      彼らに日常を取り戻させるのは、君たちにしか出来ないんだ』

その言葉を聞いた警備員たちは、二人一組で行動し、乗客を見つけては笑顔で挨拶をした。
挨拶は日常の行為であると同時に、敵意がない事を示す有効の証だ。
船のあちらこちらで挨拶が交わされ、乗客たちは事件がなかった時のように船旅を楽しみ始めた。
それを見て、警備員たちは自分達の行いが間違っていなかったことに深く感動し、更に徹底して挨拶を行った。

('゚l'゚)「擦過傷はっと……」

二人のブロック長の後ろで、第一ブロック長ライトン・ブリックマンは被害者の正確な状況の把握を行っていた。
負傷者、死傷者、行方不明者。
それらをリスト化し、治療の状況、保証金額を明確にしていく。
これは金で解決できるものと、そうでない二種類に分けられる。

医者の手配が必要な人間はティンカーベルに到着したら搬送し、そうでない人間は船内で治療を受けてもらう。
発生する費用の大まかな金額をはじき出し、それを経理担当者に伝えなければならない。
正式な第一ブロック長として急遽任命されたライトンは、それでも自分に出来る精いっぱいの事をしていた。
彼の計算は素早く、そして精確だった。

('゚l'゚)「……むむ」

375名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 17:43:46 ID:eFiZr2lo0
電卓とリストとを見比べる彼の正面には、そこで出された負傷者と乗客のリストを照らし合わせるクサギコ・フォースカインドがいた。
負傷した人間がどこの誰なのか、今回の事件の場合はそれがかなり複雑化していた。
途中で現れた特殊部隊ゲイツの人間なのか、それとも一般人なのか。
書類の山にジュスティア軍人の名前が埋もれないよう、クサギコは信じがたい正確さで書類を見比べる。

ジュスティア警察の人間も数名混ざっており、それを見失わないよう、そして速度を落とさないように仕事をこなす。

W,,゚Д゚W「えーっと、こいつは……」

('゚l'゚)「クサギコさん、ちょっとこれについて訊いてもいいですか?」

W,,゚Д゚W「おう、どれだ」

クサギコは複数同時の仕事を処理することに関しては、この五人の中でも最高の能力を持っていた。
不慣れなライトンのサポートを引き受けたのも、彼が自分自身の能力に対して自信を持っているからだった。
その自信は的確な物差しで測られ、評価されていた。
彼はライトンへの指示を考えつつ、自分の仕事の処理も考えていた。

W,,゚Д゚W「それはな、こっちの保険を適応するんだ」

元々彼らブロック長は選び抜かれた精鋭であり、優れた能力を見込まれて今の地位にいる。
名前だけではなく、彼らは実力のある責任者だった。
新任のライトンもまた、“メモいらず”と称されるほどに記憶力と応用力があった。
そして全員が、マニーから受け取った言葉に少なからず影響を受けていた。

¥・∀・¥『私の、ではない。
      我々のオアシズを取り戻すんだ』

そして彼らの知らないところで、マニーは船内にある全ての店の責任者に対して言葉を送っていた。
全てのレストラン。
全ての物品店。
一つの例外もなく、一店の抜かりもなく、マニーの言葉は彼らの耳に届けられた。

¥・∀・¥『美味い食事、素晴らしい商品、最高の定員。
      これらは君たちにしか演出することが出来ない最高のエンタテインメントだ。
      日常を、非日常を、その全てを君たちが演出するんだ。
      オアシズという街を支えるのは、そんな君たちが客に与える幸福感なのだ。

      さぁ、見せてやろうじゃないか。
      ここは海上の楽園、ここは船内の理想郷。
      我々のオアシズはテロリストや海賊如きでは揺るがないという強さを!!』

376名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 17:44:30 ID:eFiZr2lo0
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     総合プロデューサー・アソシエイトプロデューサー・制作担当【ID:KrI9Lnn70】
       r.--ヽ. _..-'''' ̄ヽ=r.._  ミ     i
      .r'' ̄`ヽ=. <(::)>ノ  ~"'-._y   i
      i <(:)丿/ヽ.____,,..r'"    i i~ヽ.-...i
      ヽ__.r'(   '';;        i r'"(~''ヽ
      「   ヽ-⌒-'        \i > ) /
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生き残った人間がいた。
最悪の状況下に於いて、最高の運に恵まれた人間がいた。
それはマティアス・ノルダールとリリー・リトホルムの二人だった。
彼らはオアシズに於ける一連の事件のバックアップとして配置され、当初の予定で在れば何もすることなく、その役割を終えるただの観光客のはずだった。

だが、転機は訪れてしまった。
計画が破綻し、彼らの所属する秘密結社の重要人物が警察に捕まってしまったのだ。
何としても彼女、ワタナベ・ビルケンシュトックを解放し、この船から逃げなければならない。
ティンカーベルに到着する前に、この船を去らなければ同志との合流は叶わない。

同志と合流が出来れば、結社内の彼らの地位は間違いなく上がる事だろう。
生きて帰る。
生きて連れ帰る。
それが、彼らの任務。

焦ってはならない。
時期を待ち、確実に彼女を解放できる瞬間を待たなければならない。
彼らは黄金の大樹。
待ち続けている悲願の日々を考えれば、数時間待つことは苦ではない。

最も苦痛なのは、彼らの夢を阻害する人間の存在だ。
刑事を殺してでもワタナベを奪還し、同じ夢を追う彼女を救い出し、共に夢を追うのだ。
世界を変える夢を見る彼らが所属するのは黄金の大樹を掲げ、世界中にその根を張り巡らせる“ティンバーランド”。
同じ大樹の一人として、誰か一人を目の前で見捨てるなど、決してできない。

世界が黄金の大樹となるためならば、この船が沈むことになろうとも、良心は痛まない。

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           編集・録音・テキストエフェクトデザイン【ID:KrI9Lnn70】
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377名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 17:46:13 ID:eFiZr2lo0
黄金の髪と青空色の瞳を持つ旅人、デレシアはオアシズの屋上に一人立っていた。
屋上は人払いがされ、彼女以外の人影はなく、聞き耳を立てる者もいない。
正面から吹いてくる風が、軽くウェーブした彼女の髪をまるで梳くように撫で、ローブの裾をたなびかせる。
潮の香りで肺を満たし、手摺に肘を乗せ、デレシアは青空の下に広がる大海原を眺めている。

ζ(゚ー゚*ζ「……」

彼女の視線は大海原の果て、船の進行方向の遥か彼方。
水平線の向こうに浮かぶ入道雲の下に向けられていた。
普通の人間であればその入道雲を目視することは出来ない程の距離だが、デレシアの瞳は確かにその雲を捉えていた。
彼女の表情はいつもと変わらず、ブーン達に向けられる笑顔のままだったが、瞳の奥にある深淵は何を考えているのかを誰にも悟らせない。

デレシアは瞼を降ろし、静かに呼吸を整えた。
遠い昔に思いを馳せるようにしたのは、ほんの一瞬の間だけ。
次の瞬間には瞼を開き、何事もなかったかのように再び水平線の向こうを見つめた。
風の音とローブの布擦れするような音だけが、屋上に響いている。

他に聞こえるのは波の音と、上空を飛ぶ海鳥の鳴き声だけ。

ζ(゚ー゚*ζ「悪いわね、せっかくの旅行中に」

( ФωФ)「なぁに、他ならぬお主の誘いだ。
       それで、何があった?」

いつの間にか屋上に現れたロマネスク・O・スモークジャンパーを振り返り、デレシアは驚いた様子も見せずに声をかけた。
対するロマネスクも、跫音一つ、扉を開く音さえ立てなかった自分に気付いたデレシアに対して驚くことはなかった。
海を背にし、デレシアは旧友の様な親密さで元イルトリア市長に話しかける。

ζ(゚ー゚*ζ「ここ最近、あの大馬鹿達の動きが目立ってきているわ。
      大樹と言うよりも雑草ね、あれは」

( ФωФ)「ティンバーランドか。
       聞いてはいたが、このような形で実際に相手にするとはな」

忌々しげな声で、ロマネスクはその名を口にした。
心なしか、次に出てきたデレシアの声にも不愉快そうな色が見え隠れしていた。

ζ(゚ー゚*ζ「ただ、船の中にいる奴らはもう少し泳がせようと思うの。
       今回はかなり大規模な事を考えているらしいから、何を考えているのかとても楽しみでね。
       その方が潰し甲斐があるものね」

ぞっとするような優しげな声のデレシアの言葉に、ロマネスクは冷笑した。
それは相手に対する同情と言うよりも、怒らせてはならない人間を怒らせた輩が当然迎えるべき結末を知る者の笑いだった。
これまでに彼女を怒らせた人間がどうなったのか、ロマネスクは良く知っている。

( ФωФ)「ほほぅ。
       次の停泊先があの島なのは偶然か必然か、いずれにしても興味深い事だ」

ζ(゚ー゚*ζ「おそらくは偶然だけど、おもしろい話よね。
       ティンカーベルで私達にちょっかいをかけてくるのは間違いないでしょうね」

378名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 17:47:10 ID:eFiZr2lo0
オアシズが次に停泊するのは、“鐘の音街”ティンカーベル。
それはデレシア達の目的地であり、ロマネスク達イルトリア人にとっては深い意味を持つ土地だった。
一世紀以上前、その地でイルトリアとジュスティアの戦争があった。
その戦争は“デイジー紛争”と呼ばれ、両軍に大きな被害を出し、島に爪痕を残した。

デイジー紛争の影にティンバーランドという秘密結社の存在があると分かったのは、戦争終結後しばらく後の事だった。
その秘密結社の存在を知っている者からすれば、ティンカーベルはティンバーランドとは切っても切れない関係のある場所だ。
ティンバーランドがデイジー紛争に関わりさえしなければ、イルトリアだけでなく、ジュスティアの兵士も死なずに済んだのだ。
だがそのことを知る者は少ない。

戦争終結の際、ジュスティアとイルトリアとの取り決めにより、いくつかの歴史が“作られた”。
戦争の発端。
戦争の内容とその結末が考えられ、耳障りのいい物へと変わった。
こうして歴史にデイジー紛争が記録され、今日まで語り継がれている。

勿論、その事実を知るのは歴代の市長と一部関係者だけである。

( ФωФ)「手を貸すか?」

ζ(゚ー゚*ζ「えぇ、是非お願いしたいわ。
       私達は島に行くから、その間この船にいてほしいの」

ロマネスクの提案をデレシアは受け、そう声をかけてくれることを予期して用意していた言葉を送った。
その言葉を聞いたロマネスクは僅かに考え、口を開く。

( ФωФ)「マニー坊やのお守りか」

ζ(゚ー゚*ζ「えぇ、今この時があの子にとってはとても大切な時間なの。
       誰にも邪魔させたくないのよ。
       この船を任せてもいいかしら?」

彼女の考えを理解したロマネスクはそれを快諾した。

( ФωФ)「いいだろう。
       ところで、ブーンについて訊きたいことがある」

ζ(゚ー゚*ζ「何かしら?」

突風が吹き付け、その言葉を二人だけの秘密にしてしまう。

( ФωФ)「―――」

ζ(゚ー゚*ζ「―――、―――――」

(´ФωФ)「――」

ζ(゚ー゚*ζ「――――――」

風が止み、最後にロマネスクは嬉しそうに言った。

379名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 17:50:39 ID:eFiZr2lo0
( ФωФ)「イルトリアに来る時には、必ず連絡をするのだぞ。
       最高のリンゴを用意しておく」

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     | 撮影監督・美術監督・美術設定・ビジュアルコーディネート【ID:KrI9Lnn70】
     |   :::: ::/::::::::::::::::::::::: ィワ\::: :::::  |/: :'´>:\::::: |:: |
     |  :::::::/:ヽ、,::、::::::イ_ 代ノ´\:: :::::::  |: :/´ ::::::ヽ::::::::|: |
     |  :::::::/:|:t巧ッ.|    `.:::::::  ヽ:::::::::::: |:.:|   ::: |:::::: |: .ヽ
     | :::::::/:::::| ´` |          \:::::::: |:::|::   :::':::::::  |  |
     .| ::::::/:::::/:|  .| 、         .ヽ:|::  |::::`:::/::|::::::  |  ヽ
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船に入ってくる無線処理の担当者デジアイ・トーロがそれを捉えたのは、偶然ではなかった。
音楽大学を首席で卒業し、微細な音の変化に関する論文と収音機の発明により、彼はいくつもの特許を持っている。
音の天才である彼が高価な無線傍受装置をこよなく愛し、高価な機器を堂々と常時稼働させることに対して許可を得ていたのは、偶然ではないのだ。
それまで隠れていた彼の優秀さを聞きつけたマニーが無線に関する全ての権限を与え、飛び交う全ての無線を記録するよう命じていたのだ。

彼はヘッドフォンを耳に押し当て、送られてくる微弱な信号を聞き取った。
不規則な感覚で聞こえてくるその音は、間違いなく暗号だった。
ノイズの少なさから、このオアシズに向けて直接送られている物に間違いない。
しかし、通常の無線ではなく、特殊な無線信号を使っていた。

発信元を特定するため、周波数とノイズの特徴を手元のノートに書かれたリスト――彼の自作――と照会する。
彼の指はジュスティア海軍のところで止まり、数字を二度見直し、それが海軍の発信する電子音である事が確認された。
何かオアシズに秘密で伝えたい事があるのだろうかと思い、送られてくる暗号を紙に書き留める。
聴力に特別な才能を持つデジアイは一言一句違わずに書き留め、それを暗号表と見比べた。

だが。

(HнH)「……あれ?」

どの暗号表とも一致しなかった。
緊急用の暗号とも異なるそれは、彼の推測だが、ジュスティア海軍が独自に使用する暗号文の可能性が高かった。
という事は、この船にいる全軍人に向けて発信された暗号文であると考えられる。
ジュスティアが何の相談もなしにこのような事をしてくるという事は、かなり重大な事態に違いない。

1から26の数字で構成された文章。
もしくは、特定の法則性を持つモールス信号の類。
重要な暗号だと察した彼は、メモに取った暗号を専用の封筒に入れ、厳重に封をした。

(HнH)「これを市長のところに持って行ってくれ」

何もなければいいのだが、と思うデジアイだったが、彼の願いは叶う事はなかった。
彼が受け取った暗号はその数十分後、別の人間の手によって解読され、上司達の間で共有された。
そして、結果的にトラギコ・マウンテンライトの元から一人の犯罪者を逃がすことに繋がってしまったのだが、それは彼のせいではなかった。

380名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 17:55:06 ID:eFiZr2lo0
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     総作画監督・脳内キャラクターデザイン・グラフィックデザイン【ID:KrI9Lnn70】
                 (\        ___      / :|
                    〕ヽ``丶、/ '⌒ヽ _ ノ| >'" ノi:|
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                   :  | .:|:/`、:. .  \:. . . . . . . . . . --<
               __,.ノ.:i  | .:|__`、:\:. {\:.斗‐:. :. :. :. :./
              \:. . . .八 :从:lx===ミ \:. :.:ィf丐 》i:. :.| 、 ̄\___
            {\     7<ヽ :八 vソ ヽ \ vシ  |:. |:. >    /
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ロープを張ったリングの上に、二人の女性が相対する形で立っていた。
その両手には本革製の分厚いグローブがはめられ、ヘッドギアを装着して万全の状態だった。
動きやすいよう、二人はタンクトップとスパッツ姿で、拳を守るために綿が詰められたグローブの具合を確かめている。
癖の強い黒髪を持ち、深紅の切れ長の瞳を持つロウガ・ウォルフスキンは正面に立つヒート・オロラ・レッドウィングに挑戦的な笑みを向けた。

リi、゚ー ゚イ`!「……」

ノパ⊿゚)「……」

それを受け、ヒートは瑠璃の様な碧眼で彼女を睨んだ。
互いに恨みはないが、ヒートのリハビリも兼ね、ブーンに近接戦闘時の動きを見せるいい機会を作れるとあり、ロウガの提案に乗ることにしたのだ。
彼女の提案は非常にシンプルだった。
模擬戦闘を行い、その戦闘方法をブーンに視覚的に教えるという物だった。

要するに、戦闘を行い、ブーンはそこから何かを学び取るというわけだ。
尤もらしく聞こえるし、実際、言葉ではなく動きを模倣することで得られるものもある。
だが彼女の本音が別にもう一つある事にヒートは気付いていた。
確かにブーンの学習という目的もあるのだろうが、大きな目的はヒートと手合わせをすることに違いない。

彼らイルトリア人は戦いに生き甲斐を見出し、戦いの中で喜びを感じ取る人間が多い。
ロウガも多分に漏れず、その類の人間なのだろう。
戦闘に対する貪欲な姿勢は、彼らイルトリア人の強さの根底にある物だ。
彼らは武人として教育され、武人になるのだ。

イルトリア人と戦うのは初めてではない。
元イルトリア軍の男がマフィアの用心棒として働いており、その男を殺す時に随分と苦戦させられた記憶がある。
彼らはその肉体も強靭だが、武器全般に精通し、強化外骨格の扱いも一流だ。
しかし、相手は前市長のボディーガード。

前とは違い、楽に勝ちを取れる人間ではないだろう。
相手は人間以上の身体能力を持つ耳付きであり、その戦闘力は未知数だ。
リハビリがてら、ヒートは自分の力がどこまで通用するのか試す機会を得たことに感謝した。
ヒートは怪我を理由に休んでいられる性格をしていない。

381名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 17:56:50 ID:eFiZr2lo0
これからの旅先では、間違いなく戦いが待っている。
強化外骨格ばかりに頼った戦いをしていれば、遅かれ早かれ倒れ伏すことになる。
まずは体の調子を取り戻し、技術を身につけ、次に備えるのだ。
グローブの下で拳を握り固め、ヒートは覚悟を決めた。

これはスポーツではない。
これは殺し合いではない。
これは互いに互いを試すための場。
ブーンに手本を見せる場、試合なのだ。

ノパ⊿゚)「いつでもいいぞ」

リi、゚ー ゚イ`!「こちらも、同じく」

リングの下では、ブーンが丸椅子に座って二人の戦いを見守っている。
彼は気付くだろうか。
一歩も動いていない段階ですでに戦いが始まり、相手の動きを予測し終えた段階で行動に移るという事に。

ノパ⊿゚)「……」

リi、゚ー ゚イ`!「……」

流石はイルトリア人。
一部の隙も無く、仮に隙が見えたとしたら、それは巧妙な罠なのがよく分かる。
恐らく、ロウガは隙を見せないだろう。
こちらが気を抜き、知らぬ間に隙を生みだすのを待っているのかもしれない。

時間による体力の消耗を待つよりも先に、ヒートは動くことにした。
静よりも動。
動の中に活路がある。
相手の胸の動きで呼吸を読み取り、息を吸い込み始めた瞬間にヒートは先手を打った。

必殺の右ストレート。
狙いは胸部の強打による呼吸停止――

ノパ⊿゚)「しっ!」

リi、゚ー ゚イ`!「……」

――その裏に巧妙に隠した、胴を狙った左の一撃。
レバーブローによって相手の動きが僅かにでも鈍ればと考えた一発は、だがしかし、ヒートの目論見通りにはならなかった。

リi、゚ー ゚イ`!「ほう、いいフェイントだ」

右肘でレバーブローを防ぎ、左のグローブで胸への一撃を防いだロウガの口からは感嘆した様な声が漏れ出た。
バックステップで下がろうとしたヒートは、自分の右手が掴まれていることに気が付いたが、もう遅かった。
急いでプランを練り直し、相手の動きを予期して左腕で腹部を防御する。
その予想は当たった。

382名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 17:57:31 ID:eFiZr2lo0
ノハ;゚⊿゚)「っあが!!」

だが、想像していた威力と実際に訪れた痛みは次元が違った。
ロウガの繰り出した蹴りは、十分な加速すらさせずともヒートの左腕を痺れさせる威力があった。
それは手加減を加えられた一撃だった。
これが実戦だったら、ヒートの腕は折られていたはずだ。

リi、゚ー ゚イ`!「いい勘をしている。
      流石は“レオン”。
      正直触れられてやるつもりはなかったが、まさか、私にガードをさせるとは。
      噂に違わないセンスだ」

その言葉はヒートの耳に届いていなかった。
一瞬で沸点に達したヒートはロウガの動きを分析し、次の手を考えていた。
彼女は拳ではなく、足技が得意に違いない。
蹴りは拳よりも距離があり、威力があるが、速度がない。

ノパー゚)「褒めてもらって光栄だ……!!」

リi、゚ー ゚イ`!「謙遜する必要はない。
      さぁ、次の一手はどうする?」

ノパ⊿゚)「慌てるなよ、いい女は待つもんなんだよ」

リi、゚ー ゚イ`!「ほぅ、ではどう――」

より近距離で戦いを挑めば、蹴り技は使えなくなる。
退くのではなく、進むのだ。
掴まれた拳を引き寄せ、ヒートは頭突きを放ち――

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        。   .   。  . 撮影・演出・音響・衣装・演技指導・編集【ID:KrI9Lnn70】
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八月八日。
その日の夜は、雲が晴れて綺麗な月と星が見える、幻想的で静かな夜だった。
だが、オアシズにある市長室に集まった二人の女性の表情は晴れやかとは言い難かった。
デレシアとヒートは極秘裏に呼ばれ、マニーの話を聞いて呆れと驚きの溜息をほぼ同時に吐いた。

383名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 17:58:32 ID:eFiZr2lo0
二人が溜息を吐いた理由は二つある。
一つは、トラギコ・マウンテンライトが捕えていたティンバーランドの一人が非常用脱出艇を使って逃げた――これは想定済み――という事。
そして二つ目は、オアシズの厄日を引き起こし、船から逃げ遂せたショボン・パドローネ達がまた事件を起こしたという事だった。
オアシズから逃げ去ってからあまり時間も開いていないのに、彼はすぐに新たな問題を起こした。

舞台はティンカーベルのジェイル島。
オアシズに負の歴史を残したように、彼はティンカーベルに負の歴史を残した。

¥;・∀・¥「情報の出所と精度は確かです。
      ジェイル島から脱獄者が二名出ました。
      ユリシーズ、ガーディナのカスタム機も破壊されたそうです」

ショボン達は難攻不落、脱獄不可能の代名詞であるセカンドロック刑務所を強襲し、そこに収監されていた二人の死刑囚を脱獄させたのだ。
彼も強化外骨格を使う人間――棺桶持ち――だったことは意外でも何でもなかったが、ジュスティア軍人の駆る強化外骨格に勝るとは驚きだった。
デレシアの知る限り、ジェイル島に派遣される棺桶持ちは実戦経験豊富な者が選ばれるため、素人相手に後れを取るはずはない。
まして、慢心から来る油断をすることは絶対に有り得ない。

彼らはジュスティア軍人。
戦いに無意味な正義感を持ち込むことはあるが、任務に支障をきたすような人間ではない。
襲撃者の中にショボンがいたことは疑いようのない事だが、彼が戦いに参加したかどうかが気になった。

ζ(゚、゚*ζ「襲撃者の数は分かる?」

¥・∀・¥「正確な数は不明ですが、棺桶が二機使用されたそうです。
      申し訳ありません、この情報を流した人間も全てを知っている訳ではないそうで……」

マニーは有事に備え、世界中に幾つものつながりを持っている。
例えば船が難破したり沈没したりした際、すぐに助けを求められるようにリッチー家が脈々と築き上げてきた繋がりの中には、金銭による繋がりも多くあった。
その内の一つにジュスティア人の繋がりがあり、偶然にもその人間はジェイル島に派遣されていたのだ。
ジュスティア人の中にも稀に金で動く人間がいるが、探すのは非常に難しい。

マニーは逐一オアシズに関係のありそうな情報を収集し、それを踏まえて航海をしてきた。
どれだけ些細な情報でも必ず金を払って収集し、協力者が常に新鮮な情報をマニーにもたらすように習慣づけていた。
その習慣が実を結び、今回の情報をもたらした。

¥・∀・¥「ただ、脱獄者の名前は分かっています。
      シュール・ディンケラッカーとデミタス・エドワードグリーンです」

反応したのはヒートだった。
裏の世界に深くかかわっていた経歴を持つ彼女は、その二人の名に聞き覚えがあった。

ノパ⊿゚)「愉快な面子とは言えねぇな。
     シュールって言えば“バンダースナッチ”だろ?
     子供を誘拐して売り捌いて、臓器売買もやってたらしいじゃねぇか。
     おまけにデミタスは“ザ・サード”。

     その二人だけ脱獄させた理由が気になるな。
     殺しをやらせるんなら別の連中を選んでもよさそうだけどな」

384名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 17:59:45 ID:eFiZr2lo0
ζ(゚、゚*ζ「……何かを奪うつもりね、私達から」

デレシアの言葉にヒートが訊き返した。

ノパ⊿゚)「奪う?」

ζ(゚、゚*ζ「シュールは子供を誘拐することが得意で、デミタスは物を盗むことが得意。
      どっちも奪い取ることを得意としているわ。
      島の中で仕掛けてくるのか、それとも船の中なのかは分からないけどね」

¥;・∀・¥「またこの船が……」

オアシズで大量殺人をされたマニーとしては、もう二度と彼らを船に乗せたくないはずだ。
一度だけでなく二度も同一人物に船の安全を脅かされたとなれば、オアシズは街として死んでしまう。
せめて準備するだけの時間があればいいのだが、終息から二日しか経っていない海上で新たな従業員や資材を仕入れることは不可能だ。
あまりにも急すぎる展開に頭を抱えるマニーだが、デレシアが力強く言い放った一言が、彼の表情から不安を消し去った。

ζ(゚ー゚*ζ「大丈夫、そうはさせないわ。
      私達が島に行けば、あいつらはこの船にこないはずよ」

ショボン達の狙いがデレシア達であれば、彼女達が島に上陸した方が互いにとって何かと都合がいい。
デレシア達は降りかかる火の粉を払いのけられるし、オアシズは無意味に被害を拡大せずに済む。

¥・∀・¥「助かります、デレシアさん……」

ζ(゚ー゚*ζ「その代り、ちょっと協力してもらう事があるわ」

¥・∀・¥「私に出来る事であれば」

ζ(゚ー゚*ζ「狙撃用のライフルとバイク、それと幾つか道具を用意してほしいんだけど、いいかしら?」

¥・∀・¥「どちらもご用意できますが、品物についてはご希望の種類があるかどうか……」

オアシズには武器保管室があり、ライフルや弾薬を用意することが出来る。
中には銃を扱っている店もあるため、物に困ることはないだろう。
問題なのはバイクだ。
輸送コンテナに入っているバイクの種類は人気の車種が主で、デレシアの希望に添える物があるかは分からない。

ζ(゚ー゚*ζ「ライフルは何でもいいわ。
      ただ、バイクはアイディールを借りたいの。
      “サンダーボルト”が使っていたやつよ」

そのバイクの名前を聞いて、マニーはデレシアの意図が理解できたかのように頷いた。

¥・∀・¥「それであれば、万全の状態でお貸しできます。
      メンテナンスは一日たりとも怠っておりません」

ノパ⊿゚)「アイディール?
    バイクは結構知ってるつもりだけど、そんなバイク聞いたことねぇな」

385名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 18:06:36 ID:eFiZr2lo0
ζ(゚ー゚*ζ「すごく珍しいバイクなの。
      ジャネーゼっていう場所にあった四つの会社が共同で開発したバイクで、私の知る限り、最高のバイクよ」

ヒートが知らないのも無理のない話だ。
現存するだけで僅かに30台。
発掘された設計図やパーツを基に復元され、製造されたそれはその名の通り、バイク製造にかかわる人間とバイクを愛する人間にとっての理想形だった。
高性能な電子制御システムによってあらゆる環境下で最適な走りを可能にし、まるで生き物のように乗り手の好みを学習する人工知能が搭載されている。

乗ってきた人間によって性格を変えることから、アイディールは生きたバイクとして大勢のバイク乗りの憧れとしての地位を確立している。
だが、あまりにも希少なバイクであるが故に、それを見てもその価値に気付かない人間がほとんどだ。
残ったアイディールのほとんどが金持ちのコレクションとしてガラスケースの中に収められているか、外部の目に触れたり知られたりしないようにして保管されている。
マニーの所有する一台も遺品整理のオークション会場で偶然見つけた物を彼の祖父が買い取り、コレクションの一つとして所有している物だった。

¥・∀・¥「よろしければ、後で試乗されますか?」

ノパ⊿゚)「あぁ、是非」

ヒートは頷き、デレシアも絶賛するバイクの正体と性能を早く知りたい気持ちが表に出ないよう、どうにか抑えた。
だが、デレシアには見破られていた。

ζ(゚ー゚*ζ「ふふ、後で一緒に乗りましょ。
      ヒートは何か必要なものはあるかしら?」

ノパ⊿゚)「あたしは9ミリの弾でももらおうかな。
    強化外骨格が相手になるだろうから、それ用の徹甲弾もあると嬉しい」

¥・∀・¥「勿論ご用意可能です。
      弾倉に入れた状態でお渡しいたします」

ノパ⊿゚)「あぁ、そうしてくれると助かる。
    ところで、“サンダーボルト”って誰だ?」

ζ(゚ー゚*ζ「ジュスティアにいた狙撃手よ。
      といっても、昔の人だけどね」

ノパ⊿゚)「ふーん。どんな奴だったんだ?」

ζ(゚ー゚*ζ「さぁ、私はあまり関わらなかったからよくは知らないわ。
      でも、ペニと仲が良かったのは知ってるから、面白い人だったんでしょうね」

デレシアが口にしたペニサス・ノースフェイスの名を聞き、ヒートはその人物に少しの興味を持った。
“魔女”と呼ばれた天才狙撃手であるペニサスは、フォレスタでその身を挺してブーン達を守り、死んだ。
彼女はブーンにとっての先生、ヒートにとっての恩人、そしてデレシアにとっては友人だった。
一体彼女がどのような経緯でジュスティアの軍人と交流を持ったのか、気になるところだ。

デレシアも知らないというペニサスの過去。
それを知る術は、もうどこにもない。

ζ(゚ー゚*ζ「それと、マニー。
       明日お願いしたいことがあるの」

386名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 18:09:22 ID:eFiZr2lo0
¥・∀・¥「何でしょうか?」

ζ(゚ー゚*ζ「虎をあの島に上陸させる手助けをしてほしいのよ」

¥・∀・¥「トラギコ様をですか?
      しかし、ジュスティア軍だけでなく、警察にまで例の暗号が発信されています。
      我々にもトラギコ様にこの事を知られないよう協力するようにと、連絡がありました。
      どうやら、あの方をジュスティアに連れ帰りたいそうです。

      もちろん、我々としてもトラギコ様が島への上陸を望んでいる事を把握しておりますし、その願いを叶えたいと考えております。
      島に行けば間違いなく追われますが、いいのですか?」

ζ(゚ー゚*ζ「あの刑事さんならどうにかするはずよ。
      ジェイル島の事も教えてあげてね。
      そうすれば、絶対に動くから」

ノパ⊿゚)「何で動くって分かるんだ?
     あの刑事、言っちゃあれだけどあんたに夢中だろ」

間違いなく、トラギコはデレシアを追っている。
恐らくは、オセアンで起こった事件の重要参考人として目星をつけ、確固たる証拠を手に入れようとしているのだ。
だが捕まるつもりも、尻尾を見せるつもりもない。
彼にはまだ別の事で働いてもらいたいというのが、デレシアの考えだった。

ζ(゚ー゚*ζ「優秀な刑事なら、何を先に処理するべきか分かるはずだもの。
      現に一人、貴重な証人を逃がした上に、ジュスティア軍と警察に追われていると知ったら、オアシズに留まるはずがないわ。
      彼が動けば、島にいるジュスティアの人間も動く。
      そうすれば私達の道が見えてくるって寸法よ」

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八月九日の午前九時、オアシズの正面にティンカーベルの姿が見えてきた。
予定通りマニーはトラギコに情報を流し、彼はそれに食いついた。
デレシアの予想した通り、トラギコは島に上陸するとの事だった。
全てがデレシアの予定通りになった事もあり、彼女の部屋にいる三人は荷造りに取り掛かっていた。

387名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 18:10:57 ID:eFiZr2lo0
ζ(゚ー゚*ζ「脱獄犯がどうにかなるまでは、オアシズはここに停泊するそうよ」

マニーが船内にある店を使い、デレシアのために揃えられた道具がカンバス地のザックに詰めて渡され、デレシアは中身を確認しながらそう言った。
同じくマニーから弾を受け取ったヒートは弾倉をザックに詰め、自分自身の装備を最終点検している。
両脇のホルスターには彼女の愛銃であるM93Rが納められ、後ろ腰の鞘には大ぶりのナイフがあった。
オリーブドライのローブを被り、装備が引っかからないかを確認した。

ノパ⊿゚)「となると、ティンカーベルの後はまたオアシズに戻るのか?」

ζ(゚ー゚*ζ「結末次第ね。
       私達の当初の目的はニューソクを不能にすることだったから、まずはそれを処理しないとね」

(∪´ω`)「にゅーそくってなんですかお?」

ベッドの上でザックを抱えるようにして座るブーンの質問に、デレシアが答えた。

ζ(゚ー゚*ζ「発電機の一つよ。
      小型で安全で、効率よく発電できる装置よ」

(∪´ω`)「おー?」

ブーンはよく分かっていない様子だった。
装備の確認を終えたヒートは、デレシアの方を向いた。

ノパ⊿゚)「でもデレシアはどうしてそんなのがこの島にあるって知ってるんだ?
    あいつらも知らないんだろ?」

ζ(゚ー゚*ζ「この島に何度か来たことがあるから、たまたま知ってただけ。
      かなり分かりにくい形で保管されているから、あいつらも気付けなかっただけよ」

ローブを頭から被り、デレシアも準備を終えた。
ベッドの上に置いてあったライフルケースを開き、そこから一挺の狙撃銃が現れた。

ζ(゚ー゚*ζ「私達が出かけるまでにはまだ時間があるから、少し銃の練習をしましょうか。
      ブーンちゃん、ロウガとの練習でライフルは撃った?」

(∪´ω`)「おー、ありますお」

ロウガとの試合後、三人は射撃練習を行った。
ヒートはM93Rの具合を確かめ、ブーンは彼でも問題なく使える銃を探すことを主に行ったが、まだ見つかっていない。
銃を撃つ機会が増えれば、自ずと見つけられるだろう。

ノパ⊿゚)「確かレミントンを使ってたな」

ζ(゚ー゚*ζ「なら、こっちも使えるはずよ。
      これはね、WA2000っていうライフルよ」

デレシアが掲げたのは、木と鉄が融合したライフルだった。
セミオートマチック狙撃銃であるワルサーWA2000は非常に高価な銃で、民間に出回っているのはその廉価版の方だ。
ボルトアクションに引けを取らない射撃精度に加えて、オートマチックならではの連射力を兼ね備えたこの銃は、確かに初心者には最適な銃とも言える。

388名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 18:13:11 ID:eFiZr2lo0
ノハ;゚⊿゚)「って、何を撃つつもりなんだ?」

ζ(゚ー゚*ζ「トラギコがちゃんと生きて島に上陸できるよう、手を貸すだけよ」

弾倉を抜いたそれをブーンに持たせ、その重さを実感させた。

(∪´ω`)「まえにつかったのより、おもいですお」

ζ(゚ー゚*ζ「そう、重い分扱いやすくなってるのよ。
      さ、屋上に行きましょうか」

荷物を置いて、三人は部屋を出た。
船内には放送が流れ、島に上陸することはまだ認められていないという連絡が繰り返されている。
必要備品があれば船員が買い出しに行くとの旨が告知され、その費用はオアシズが全額負担するという捕捉もされた。
今や、ティンカーベルは新たな人間を受け入れることも、外に出すことも許されていない状態だ。

複数の島で構成されているティンカーベルにも、島と島の行き来が禁止され、ジュスティアは完全に犯人たちを島に閉じ込める作戦に出たのだ。
かつてこの島であったデイジー紛争の時を彷彿とさせる動きに、デレシアはジュスティアの徹底主義が時代を経ても変わらないことに安心すると同時に、呆れた。
こうして封鎖状態を作ることで逃げ道を失うのは自分達も同様なのだ。
恐らく、彼らとしてはその昔とは状況が違う事を踏まえた作戦なのかもしれない。

ティンカーベルはジュスティアの支配下にある街だ。
どこの街よりも早く増援を送り込めるため、優位にあると考えるのも無理もない。
あの時代はまだこの島に駐屯していたのはイルトリア軍で、迂闊に手出しが出来ない状態だった。
今はもうそれを気にしないで作戦を展開できるという事は、確かに、ジュスティア警察にとっては有利だろう。

元ジュスティア警察官であるショボンに悟られないよう、どのような作戦を展開するのか、興味に絶えない。
未だ封鎖中の屋上へと上がり、三人は太陽の下で改めてティンカーベルの姿を見た。

(∪*´ω`)「おー! でっかいおー!」

ζ(゚ー゚*ζ「島の真ん中に塔が見えるかしら?」

(∪´ω`)「お、みえますお!」

ζ(゚ー゚*ζ「あれがグレート・ベル。
      ティンカーベルの象徴よ」

(∪´ω`)「ぐれーと、べる」

ノパー゚)「偉大な鐘、ってことさ。
    島に行った時に見に行こうな」

ヒートの目にもグレート・ベルは見えているが、ぼんやりとした白い何かが浮かんでいるだけだ。
ブーンの目に見えるそれはきっと、もっとはっきりとした形をしているのだろう。

(∪´ω`)「お!」

ζ(゚ー゚*ζ「ヒート、ちょっとスコープで波止場の方を見てもらってもいい?」

389名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 18:15:01 ID:eFiZr2lo0
ノパ⊿゚)「おう」

観測手用の高倍率な単眼鏡を受け取り、倍率を上げてその先を見る。
小さな船が一隻、波止場とグルーバー島を繋ぐ橋の傍に浮かんでいる。

ノパ⊿゚)「船が出てるな……」

ζ(゚ー゚*ζ「やっぱりね。
      その船、間違いなくジュスティアの船よ」

ノパ⊿゚)「根拠は?」

ζ(゚ー゚*ζ「犯人が真っ先に逃走経路に選びそうな船の出航を許すわけないもの。
      哨戒艇の類でしょうね」

ノパ⊿゚)「なるほど、確かに。
    ってことはよ、トラギコの事を待ってる連中かね?」

ζ(゚ー゚*ζ「きっとそうでしょうね。
      ジュスティアも流石に分かってるわね、あの刑事が大人しくしているはずがないって。
      船の中で付け回してたし、本人も分かってるでしょ」

船が近付くにつれ、島全体が大きく見えてくる。
緑豊かな三つの島。
西からバンブー島、グルーバー島、そしてオバドラ島。
鐘の音街の象徴であるグレート・ベルはグルーバー島にあり、船はその手前にある波止場に停泊する予定だ。

美しい自然が見どころの街だが、非常に閉鎖的な街であることはガイドブックには書かれていない。
ティンカーベルの人間が外部の人間と接する姿勢は、非常にビジネスライクだ。
観光客に対しては驚くほど友好的に接するが、観光客が困っている時には一切の手助けをしない。
彼らは観光客を金と面倒を持ち込む存在としか考えておらず、それは外の街から島に越してきた人間に対しても同じような接し方がされる。

何十年と時間をかけてようやく受け入れられた時には、その人間もいつしか他の島民と同じように外部の人間に接するようになっている。
負の連鎖は、決してなくならない。
それは四方を海に囲まれた小さな街が生き延びるための工夫であり、生き方なのだ。
事実、島の中で決められている掟さえ守ればよほどのことは起こらない。

彼らが異なった価値観を持つ人間を恐れ、忌み嫌うのはその掟を破る存在だからだ。
当然、異質な存在も彼らにとっては排除するべき対象だ。
例えば、島で障害児が生まれた時、彼らはその赤子を海に捨てる。
島の平和を護るためであり、そうした方が赤子のためでもあるというのが彼らの言い分だ。

ましてや、耳付きとなると災厄の運び手としか見ない。
耳付きが生まれた場合、その場で即座に殺され、母親は島の外に逃げざるを得なくなる。
そのため、ブーンを連れていくためには帽子が不可欠になる。
彼の正体に気付いて何かをしてくる人間がいれば、デレシアとヒートがそれを排除するだけだが、揉め事はニューソクを見つけてからの方がいい。

390名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 18:18:02 ID:eFiZr2lo0
目立つことでショボン達に居場所を知られ、邪魔される確率が高くなってしまう。
まずはトラギコが島に上陸し、それからデレシア達が上陸すれば、いくらかの露払いをしてくれることだろう。

ζ(゚ー゚*ζ「だから、私達が手を貸して上げれば上陸しやすくなるでしょう」

やがて、オアシズはその巨大な船体をゆっくりと止め、小さな波止場に接岸した。
甲板から綱が投げられ、すぐに係留柱に結び付けられる。
また、巨大な錨が海中に落とされ、船をその場にしっかりと留めさせる。
その光景を、三人は屋上から見下ろし、それからその場に伏せた。

ζ(゚ー゚*ζ「じゃあ、ライフルの使い方実践編よ。
      ブーンちゃん、沖に船が見える?」

(∪´ω`)「はい、みえますお」

ζ(゚ー゚*ζ「何が乗っているか見えるかしら?」

(∪´ω`)「えーっと……じゅうをもったおとこのひとがいますお」

ノハ;゚⊿゚)「……この距離でそこまで見えるのか」

ブーンが人間離れした身体能力の持ち主であることは知っているが、ヒートの目算で海に浮かぶ船までの距離は軽く一マイルはある。
白い小さな点にしか見えないが、ブーンの目には人間とその武器が見えるらしい。
橋までの距離も同じく一マイルほどあり、一見すれば無害な船に思えなくもない。

ζ(゚ー゚*ζ「って言う事は、あの船はトラギコの邪魔をするつもりってことね」

デレシアはWA2000にサプレッサーを取り付けてからバイポットを降ろし、屋上の縁から船に向けて銃を構えた。

ノパ⊿゚)「当てられるのかよ、一マイルはあるぞ。
     サプレッサーなんて付けたら射程が縮むぞ」

ζ(゚ー゚*ζ「面倒事は避けたいから、仕方ないわよ。
      さて、ブーンちゃん、よく見ているのよ。
      まずは風向きを見ましょう。
      ヒートは波止場の方で動きがあったら教えて」

ヒートは船の左手側へと移動し、単眼鏡を覗いた。

ノパ⊿゚)「準備オッケーだ」

船倉から輸出品を詰めたコンテナがトラックに乗せられ、そのトラックはジュスティア軍の人間が厳重に調査し、そして軍人の手で島内に運び込まれることになっていた。
マニーの話によれば、トラギコはコンテナが降ろされる瞬間を狙って動くとの事だ。

ノパ⊿゚)「おっ、トラギコだ……
     っておい、さっそくなんか絡まれてるぞ」

ζ(゚ー゚*ζ「人気者の宿命よ」

そして次の瞬間、デレシアとブーンが同時に反応した。

391名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 18:18:55 ID:eFiZr2lo0
(∪´ω`)「おっ」

ζ(゚、゚*ζ「あら」

その意味をヒートは遅れて理解した。
眼下でバイクに乗り、今まさに逃げ出そうとしていたトラギコが吹き飛んだのだ。
不自然極まりない転倒の仕方は、前輪に何かが起きたことを示していた。

ζ(゚、゚*ζ「撃ったわね、あの船から」

ノハ;゚⊿゚)「船上からこの距離を?
     しかも相手はバイクだぞ!」

ζ(゚ー゚*ζ「へぇ……面白いことするわね」

ヒートの視線の先で、トラギコが走り出した。
だがバイクに弾を当てられる人間がいるのならば、人間がいくら走ったところで逃げ切れるはずもない。
デレシアの手元でくぐもった銃声が鳴った。
しかし、ヒートの視線の先でトラギコは足を撃たれて転倒している。

ノハ;゚⊿゚)「おいおい、当たって――」

再びデレシアが発砲する。
すると、トラギコが掲げていたコンテナが衝撃を受けたのように彼の手を離れた。
やがてトラギコは黒塗りのSUVに乗せられ、その車はグルーバー島へと猛スピードで走って行った。

ζ(゚ー゚*ζ「これでよし」

ノハ;゚⊿゚)「どういうことだ?」

ζ(゚ー゚*ζ「弾道を変えたのよ。
      だから、最初の一発は足に当たったし、次の一発はケースに当たったでしょ」

ノハ;゚⊿゚)「……はぁ?!」

ζ(゚ー゚*ζ「飛んできた弾に当てて、致命傷を外させたのよ。
       たぶん、狙撃した方は何かのミスだって思うでしょうね」

ノハ;゚⊿゚)「マジかよ……」

飛来する弾に弾を当てる。
それは曲芸の一つとして実際に可能な技だが、距離と条件が違う。
曲芸として見せる技はタイミングが決められ、距離は非常に近く、方向は限定されている。
だが今回、デレシアがやったという狙撃は一マイル離れた距離から狙撃された弾丸を狙い撃つという物。

正面から弾を受け止めるのではなく、上方から相手の弾道に侵入させ、僅かに擦り当てることで狙いだけを変えるという行為は偶然や運の要素があったとしても、狙えるものではない。
理論上は可能だろうが、ヒートには想像も出来ない技だ。
見えない物に当てるだけでなく、そのタイミングを予期しなければ決して出来ない。
デレシアに対する疑問が一つ増えたが、次に彼女の口から出てきた言葉に、ヒートは流石に押し黙るしかできなかった。

392名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 18:21:13 ID:eFiZr2lo0
ζ(゚ー゚*ζ「ペニならもっと上手にやれたわ」

ライフルケースと薬莢を回収し、デレシア達は屋上を後にする。
部屋に戻った三人は用意しておいたそれぞれの荷物を持ち、船倉へと向かうことにした。
道中、ブーンは幾つかの質問をした。

(∪´ω`)「ペニおばーちゃん、デレシアさんよりもすごかったんですか?」

ζ(゚ー゚*ζ「えぇ、ペニおばーちゃん以上に狙撃が上手い人間はそうそういないわ」

(∪´ω`)「おー、ペニおばーちゃんすごいおー!」

ζ(゚ー゚*ζ「ふふふ。もし機会があれば、おばーちゃんのお話をしてあげるわね」

(∪*´ω`)゛「おねがいしますお」

そして次の質問は、ホットドッグの屋台を見つけた時にぽつりと彼の口から出てきた。

(∪´ω`)「……シナーさん、どこいっちゃったんだろ」

ヒートはその答えを知っていた。
ブーンに優しく接した餃子屋の店主は、オアシズの厄日の際、トゥエンティ―・フォーを使ってヒートと対峙した。
結果としては分厚い装甲に幾つもの穴を空けたが、中の人間には当たらないよう、巧妙に攻撃を受け止められていた。
そしてショボンが逃げるのとほぼ同時に、彼自身も逃げ遂せたのだ。

彼はデレシア達の敵だった。
本音を言えば敵として出会いたくない、出会わなければよかったと思う人間だった。
ブーンの成長に少なからず関与した人間が敵という事実は、出来れば彼には伝えたくない。

ζ(゚ー゚*ζ「忙しい人だから、また別のところで餃子を売りに行っているわよ」

(∪´ω`)「おー、つぎにあったら、もっとおはなししたい……ですお……」

ノパ⊿゚)「大丈夫、その内会えるさ。
     こういうのを縁、って言うんだ」

(∪´ω`)「えん?」

ノパ⊿゚)「あたし達が出会ったようなものさ」

(∪´ω`)「お、じゃあまたあえますかお?」

ノパー゚)「……あぁ、きっとな」

どのような形で出会うかは、言う必要はないだろう。
次に会う時はおそらく、完全な時として殺し合う関係で出会う事だろう。
船倉に到着し、コンテナの前で三人を出迎えたのは市長と五人のブロック長達だった。

ζ(゚ー゚*ζ「あら、随分と大げさね」

393名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 18:24:58 ID:eFiZr2lo0
¥・∀・¥「デレシア様、どうかお気を付けください。
      円卓十二騎士も脱獄犯を捕まえるために派遣され、正直、島はあまり快適な状態とは言えません」

ジュスティアが誇る十二人の騎士。
彼らはジュスティアを守る騎士としてその実力と忠誠心を認められた正真正銘、正義の都の最高戦力である。
その名が出ても、デレシアは表情一つ曇らせなかった。

ζ(゚ー゚*ζ「大丈夫よ。 ちょっとお散歩するような物だから」

¥・∀・¥「何かあれば、これを使ってください。
      逆探知防止機能の付いた携帯電話です。
      常に出られる状態にしておきますので、何なりとお申し付けください」

ただの携帯電話だけでも相当な価値があるが、逆探知防止機能が付いた物になると、市民の平均生涯年収にまで達する。
デレシアは黒い携帯電話を受け取り、微笑んだ。

ζ(゚ー゚*ζ「ありがとう、マニー。
       とても助かるわ」

¥・∀・¥「ジュスティア軍と警察に、特例としてアイディールが島に上陸する旨は伝えてあるので引き留められることはないはずです。
      それと、アイディールはデレシア様にお譲りいたします。
      それは私の様な海の人間には無用の長物。
      世界を旅される方にこそふさわしい乗り物です。

      その方が、祖父もバイクも喜ぶはずです」

ζ(゚ー゚*ζ「ありがたくいただくわ。
       ブロック長の皆さんも、忙しいところありがとう」

マニーの背後に一列で整列し、腕を前に組むのは五人のブロック長。
ずい、と前に一歩踏み出したのはノリハ・サークルコンマだった。

ノリパ .゚)「はい、オアシズの恩人が発たれるというのに何もしないようでは、我々ブロック長の沽券にかかわります。
     いえ、それだけではありません」

マト#>Д<)メ「我々のオアシズを救って下さった方に、この程度しか出来ない不甲斐なさ……
       もし我々に出来る事があれば、いつでも、何でもお力になります」

W,,゚Д゚W「ジュスティアの無線の傍受はすでに信頼できる部下達に行わせております。
     何か大きな動きがあれば、逐一ご連絡いたします」

('゚l'゚)「このご恩、我々は決して忘れません」

最後に歩み出たのは、オットー・リロースミスだった。
彼は恥じ入るかのように首を垂れ、デレシアに非礼を詫びるとともに、バイクのキーをデレシアに手渡した。

£°ゞ°)「数々のご無礼、ご容赦ください。
      僭越ながら、アイディールにパニアを装着させていただきました。
      全て防弾仕様で、9ミリ弾までは耐えられます」

394名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 18:26:10 ID:eFiZr2lo0
ζ(゚ー゚*ζ「ありがとう、ロミス。
      貴方が自分の行いを過ちだと思うのならば、その過ちを次に活かしてね。
      貴方達ならオアシズをより良い街に出来るはずよ。
      ……じゃあ、私達は行くわね」

コンテナに積まれていた一台のバイク。
それは、全てのバイク乗りの羨望の的であり、理想の形。
車体の半分は蒼いカウルに包まれ、本来は後輪を挟む位置にあるはずの大口径二本出しのマフラーが後部座席の下に収まっており、前の乗り手が改造したのだと分かった。
フロントライトの下には鳥の嘴を彷彿とさせるカウルがあり、三つの鋭い形のライトが伝説に登場する猛禽類の目を彷彿とさせる。

ナックルガードは鉄芯が入っており、転倒したとしても破損することは間違ってもあり得ない。
エンジンガードとアンダーカウルには傷や錆もなく、大切に扱われてきたことを如実に物語っていた。
フルパニアを装備したバイクは埃一つ積もっておらず、つい先日まで乗り回されていたかのような生気があった。
柔らかいシートの上には一組のライディンググローブが用意されていた。

グローブを付けてからシートに跨り、デレシアはスイッチを操作し始めた。
エンジンの位置が地面から僅かに離れ、アドベンチャータイプの様な姿へと変わる。
これがアイディールの最大の特徴。
電子制御による車種の変更だ。

エンジンの位置を高くすることも、低くすることも、全て電子制御装置が行ってくれる。
更に、走行中にもその可変機能を使用することが出来るため、路面状況の変化に即応できるよう設計されていた。
セルフスターターとキックスターターを両方供えた実用性重視のアイディールは、あらゆる需要に応え、あらゆる供給をすると絶賛された車種だ。

ζ(゚ー゚*ζ「……いい子ね」

一言そっとそうつぶやき、デレシアはタンクを優しく撫でた。
セルスイッチを押すと、低く、そして静かなエンジンが始動した。
ギアをファーストに入れ、クラッチを軽く握りながらアクセルを回す。
コンテナからバイクを出したデレシアはギアをニュートラルに入れてから、ブーンを自分の前に乗せ、ヒートをその後ろに乗せた。

£°ゞ°)「ご要望通りのヘルメットです」

ζ(゚ー゚*ζ「ありがとう、ロミス」

デレシアとヒートはジェットヘルメットを、ブーンはゴーグルの付いたハーフヘルメットを用意させた。
ブーンだけヘルメットの種類が異なるのは、彼が人とは異なる耳を持ち、それを上手く隠せるのがハーフヘルメットだったからだ。
デレシアは目の前に座るブーンにヘルメットを被せ、ストラップを首の下で止めると彼の垂れた耳が丁度隠れた。
ヘルメットの感触を確かめるように、ブーンが両手でヘルメットを触る。

395名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 18:27:02 ID:eFiZr2lo0
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                         , へ、
                   /.:.:.二≧、
                 /.:.:.:.:.:.:.:.:.;二>――‐- 、
                 /_.:.:.:.:.:.:.:ノ________\   /|
                  /.:.:.:.:.:\:.〃  ̄ ̄八i:i八 ̄ ̄ `Yi:iV L....,
              ∨ ̄`ヽ:.:/i{___,,.≦Y⌒Yi≧: __,}:i{:}ハ  く
                /    ,:/{i:i:i:i:i:i:i:i:i/__\i:i:i:i:i:i:i:i入iハ/  おっ
               /      ||i:i≧=-‐ ≦、: :ノ : |l ,≧ ‐-=≦ドi:,
              /       ||i:{,xく: :/⌒/} : :八⌒\}l : ヽ| |l
           {     V ∨ }}: : :,x:=ミイ/ ,x:=ミ、从 : : | ||
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(∪´ω`)「おー」

ζ(゚ー゚*ζ「あら、やっぱり似合うわね」

ノパー゚)「あぁ、ばっちりだ」

(∪*´ω`)「おー」

準備が整い、デレシアとヒートはバイザーを降ろし、デレシアはブーンのゴーグルをかけてやった。
コンテナがクレーンで動かされ、鉄の軋む音が船倉に木霊する。
その中でも、デレシアの声は見送りに来た六人の耳に明瞭に聞こえた。

ζ(゚ー゚*ζ「それじゃあ、行ってくるわ。
      また会いましょう」

エンジン音を残し、デレシア達三人はオアシズを出てティンカーベルへと向かった。
その姿は小さくなり、やがて、消えて行った。
斯くして、この日。
様々な思惑を持つ人間達が、一つの島に集結することになる。

これは――

396名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 18:28:51 ID:eFiZr2lo0
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               これは、力が世界を動かす時代の物語
      This is the story about the world where the force can change everything...

                 そして、新たな旅の始まりである
              And it is the beginning of new Ammo→Re!!

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Ammo→Re!!のようです Ammo for Reknit!!編
序章【concentration-集結-】 了

397名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 18:30:05 ID:eFiZr2lo0
長らくお待たせいたしました
第一章は今月中に投下したいと思います

これにてReknit!!編の序章はおしまいです
何か質問・指摘・感想などあればお気軽に

398名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 21:24:20 ID:XvxH0X3w0
乙乙

399名も無きAAのようです:2016/08/08(月) 00:07:06 ID:KcW95vd.0

トラギコが大怪我した裏で化物みたいな技巧が披露されてて笑った

400名も無きAAのようです:2016/08/08(月) 19:23:17 ID:7VdMkyIg0
にしてもギコ空気だな

401名も無きAAのようです:2016/08/27(土) 17:17:21 ID:Byl/w/Yg0
明日、VIPにてお会いしましょう

402名も無きAAのようです:2016/08/27(土) 18:08:54 ID:B5qmOFYE0
全裸待機

403名も無きAAのようです:2016/08/27(土) 21:15:15 ID:I.yGHkmk0
待ってるよ

404名も無きAAのようです:2016/08/29(月) 21:36:35 ID:7ME1XqpU0
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貴方が走る道。
貴方と走る道。
貴方と過ごした全ての時間を、覚えている。

                   I d e a l
――こ れ が 、 バ イ ク の “ 理 想 形 ”


                                 ――“アイディール”のキャッチコピー

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橋の上は風が強く、東から西に抜ける横殴りの風が吹いていた。
長い橋は小さな波止場から島に続く唯一の道で、そこを走るのはたった一台のバイクだった。
蒼いハーフカウルを纏うそのバイクは、車高がやや高めで、ちょっとした悪路でも問題なく走れる姿をしていた。
楯のように備え付けられたウィンドスクリーンは、搭乗者の上半身を風から守るために、高く設計されている。

三つのライツを眼のように光らせ、風に押し流されることなくゆったりとし走る姿は、架空の獣の様でさえある。
アイディールと呼ばれるそのバイクを運転するのは、癖の強く豪奢な金髪を持つ碧眼の女性だった。
空を閉じ込めた様な美しい瞳は、まっすぐ正面に向けられている。
そこにあるのは豊かな自然の象徴である山であり、白い鐘楼が聳え立つ“鐘の音街”、ティンカーベル。

ζ(゚ー゚*ζ

どこか愁い影が見え隠れする笑みを浮かべ、バイクを駆る女性の名前はデレシア。
二十代の若々しく、そして整った顔立ちとは裏腹に彼女のカーキ色のローブの下には大型自動拳銃と水平二連式ショットガンがそれぞれ二挺隠されていた。
力が全てを変え得る現代に於いて、銃は老若男女、身体的な障害を除けば全ての力を拮抗させる最高の道具だ。
銃爪を引き絞る力と狙える力さえあれば、赤子でも人を殺せる。

デレシアの後ろには、もう一人、若い女性が座っていた。
こちらは赤い茶色の髪が外側に向けて跳ね、大きな瞳は深い青色をしている。
海原を連想させる青い瞳は、島ではなく、海の方に向けられていた。
ティンカーベルの澄んだ海は陽光を浴び、キラキラと輝いている。

こちらの女性も、デレシアと同じローブを身につけ、その下に銃を隠し持っていた。
彼女の銃は二挺の自動拳銃だが、デレシアのそれと比べて口径は小さく、連射速度と装弾数で勝っていた。
雑兵を相手にするのであれば、こちらの装備の方が理に適っているが、状況によってはデレシアの装備が力を発揮する時もある。
それは、赤毛の女性の背負うコンテナが答えだった。

軍用第三世代強化外骨格、通称、“棺桶”と呼ばれる兵器が関係していた。
棺桶は使用者を強化し、人間離れした力を与える軍事発明品の究極系だった。
堅牢な装甲と強力な武装で、対人は言うまでもなく、対戦車戦闘までも可能にする
デレシアの持つ自動拳銃と専用の弾であれば、大抵の装甲を撃ち抜き、使用者――棺桶持ち――を殺傷せしめる。

ノパ⊿゚)

405名も無きAAのようです:2016/08/29(月) 21:50:29 ID:7ME1XqpU0
勿論、赤毛の女性、ヒート・オロラ・レッドウィングも強化外骨格と戦う術を持っている。
彼女の背負う棺桶こそが、正にそのための道具だ。
“レオン”という開発名を持つ彼女の棺桶は、コンセプト・シリーズと呼ばれる単一の目的に特化して設計された物で、非常に希少な物だった。
ヒートの使用する棺桶は、対強化外骨格用強化外骨格。

つまり、棺桶を破壊するための棺桶なのだ。
対人でも、対空でもなく、棺桶同士の戦闘でその真価を発揮する。
AからCの記号で大きさを分類する棺桶の中で、レオンは最小・軽量に該当するAクラスの棺桶だが、その力は大きさでは測れない。
巨躯を誇る人間が小さな銃弾で殺されるのと同じように、大きさは単純な力を示しはしない。

デレシアの存在が、それを何よりも雄弁に物語っている。
彼女はその身一つで棺桶相手に大立ち回りを披露し、圧倒する力を持っている。
謎の多いデレシアがどのように生きて来たのか、ヒートは知らない。
デレシアもまた、ヒートがどのように生きて来たのかを知らない。

デレシアの前に座り、タンクに両手を乗せる少年がいた。
過ぎ去る景色に目を細め、喜びを露わにする少年。
その少年もまた、二人と同じローブを着ていた。
違うのは、少年は銃器だけでなく、一切の武器を身につけていない事だった。

幼さの固まりとも言える少年だが、その深海色の瞳の奥には、深い悲しみの色が見え隠れしている。
かつて奴隷として売られ、奴隷として生き、物のように扱われてきた過去を持つ少年は、同年代の子供たちよりも多くの事を経験してきていた。
あらゆる理不尽、暴力、差別を経験した少年の体には沢山の傷が刻まれている。
彼がそのような境遇になったのは、彼の容姿が原因だった。

(∪*´ω`)

ヘルメットの下に隠れている犬の耳と、服の下にある犬の尾。
普通の人間とは明らかに異なる、獣と人間が融合した姿はこの世界では嫌悪と差別の対象だった。
耳付き、と呼ばれる人種である少年は生まれながらにして理不尽な世界で生きざるを得なかった。
だが、その日々は終わりを告げた。

デレシアが彼に救いの手を差し伸べ、共に旅をすることで彼は世界を見知る事となる。
人と出会い、人と別れ、少年は少しずつ成長していった。
少年の名は、ブーン。
名も無き少年にデレシアが与えた、彼の名前だった。

三人を乗せたアイディールの人工知能は、デレシアの運転の癖を学習し、同乗者の体重移動を記憶容量に保存した。
人工知能は三人の名前を記録し、その身長・体重も覚えた。
これで、誰が乗ってもすぐに搭乗者の好みに合わせた走行が出来る。
だがアイディールは己の能力をひけらかすことも、言葉を発することもない。

空を飛ぶ海鳥の鳴き声。
蝉の合唱。
潮の香り。
そして、風を切る音。

406名も無きAAのようです:2016/08/29(月) 21:52:41 ID:7ME1XqpU0
多くの情報が人工知能に蓄積され、更新され、自己学習機能の向上に役立てられた。
やがて人工知能は、今走っている場所がティンカーベルであることを結論付けた。
この地は前の所有者が何度も訪れ場所であるため、その時のデータを呼び出し、地形ごとに最適な走行情報を用意した。
だがアイディールは何も語らない。

八月九日、三人の旅人と一台のバイクはティンカーベルのグルーバー島に上陸した。

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Ammo→Re!!のようです
Ammo for Reknit!!編
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                                          第一章【rider-騎手-】

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バンブー島、グルーバー島、オバドラ島と小さな島々で構成されるティンカーベルの歴史は古く、島に残る多くの建造物が築一世紀以上の物ばかりだ。
長年風雨に晒され続けてきた家屋は、薄汚れているというよりも、経年変化によってその魅力を高めた革製品の様な上品な佇まいをしている。
デレシア一行を乗せたバイクは、その街並みを横目に、山に向けて疾走していた。
傾斜に合わせ、デレシアはギアを一速落とし、アクセルを捻る。

トルクのあるアイディールは、急斜面であろうとも、最低限のギア操作だけでも十分に登り切れるだけの力を持っていた。
道中、すれ違う車輌はごく少数だった。
バイクに乗る人間がすれ違う際、どちらともなく左手を挙げ、軽い挨拶を交わした。
起源については諸説あるが、互いの安全と旅の無事を願うこの行為は“ヤエー”と呼ばれているバイク乗り特有の挨拶だった。

(∪´ω`)「いまのひと、しっているひとなんですか?」

ヘルメットに内蔵された骨伝導スピーカーから、ブーンの声が聞こえてきた。

ζ(゚ー゚*ζ「いいえ、全く知らない人よ。
      だけどバイクに乗っている人同士の挨拶はそういうものなのよ」

始まりはデレシアが生まれるよりも昔にあった習慣だ。
当時は廃れつつあったこの挨拶も、今では大分定着している。
方法については特に形が定まっているわけではなく、自由の効く左手で思い思いに挨拶をする。
例えばデレシアが行った様に手を挙げるだけの挨拶もあれば、ピースサインで挨拶をする場合もある。

事故を起こせば大怪我をする可能性のあるバイクに乗る人間同士、互いの無事を願うのは同じ危険を承知でいる人間だと分かるからだ。

(∪´ω`)゛「なるほどー」

ζ(゚ー゚*ζ「次はブーンちゃんもやってみる?」

407名も無きAAのようです:2016/08/29(月) 21:53:39 ID:7ME1XqpU0
(∪´ω`)「おー、やってみますお」

車道を覆うようにしてその手を伸ばす木々が作り出す緑のトンネルに差し掛かる。
夏の日差しを忘れさせる木陰が万華鏡のように輝き、三人と一台はその中に入っていった。
自然のトンネルの中は夏とは思えない程涼しく、肌寒さすら覚える程だった。
この時期、ティンカーベルの気候は避暑地に相応しく、夏を忘れさせるほどの気温の低さだった。

一世紀ほど前は今ほどの涼しさはなかったが、ある時期から急激に気温が下がった事でティンカーベルは避暑地として有名を馳せている。
普段であれば観光客の運転する車やバイクで賑わいを見せる時期だが、今は非常事態という事もあり、外出をする人間は少なくなっている。
セカンドロックを破られ、脱獄を許した分かれば、更に外出者は減るはずだ。
こうして平和に挨拶を交わせるということは、島の人間に島が封鎖されている本当の理由は告げられていないだろう。

ジュスティアが持つティンカーベルへの影響力は、他のどの組織よりも強い。
島を束ねる人間よりもジュスティアの影響力が強い理由は、言わずもがな、軍や警察の派遣が迅速に行えることにある。
言い換えれば、ティンカーベルはジュスティアに決して逆らえない。
迂闊にジュスティアの機嫌を損ねれば軍が島を占拠し、ジュスティアの一部として吸収されないとも言い切れない。

現に、今こうして島全体を封鎖しているのはジュスティアなのだ。

ζ(゚ー゚*ζ「ほら、来たわよ」

デレシアが言った通り、対向車線にヘッドライトの明かりが見えてきた。
丸いライトが複数連なって現れ、集団でツーリングをしている人間だと分かった。
距離が縮まり、デレシアが左手でピースサインを出す。
その後ろでは、ヒートが右手を振る。

そして、やや躊躇いがちにブーンも手を振った。
返ってきたのは、壮観な光景だった。
先頭を走る人間は手を振り、その後ろでは両手を挙げ、更に後続車は立ち上がって手を振り、終盤は立ち上がりつつ両手を挙げるライダー達の返礼。
十数台のバイク集団からの挨拶を受け、ブーンはやや興奮気味に――本人の意思とは無関係に――その尾を振った。

(∪*´ω`)゛「おー!」

振り返り、ブーンは喜びを露わにする。

ζ(゚ー゚*ζ「気に入った?」

(∪*´ω`)゛「おっ!」

これまで、一般人からまともな扱いを受けたことがほとんどなかったブーンにとって、差別とは別次元のこの行為はいい刺激になりそうだった。
人という生き物は、外見から判断するものだ。
ブーンが差別を受けるのも、その耳と尾を見て判断をした結果だが、それが隠れていれば、誰も彼を差別しない。
差別の材料が視界に入らない限り、彼はただの少年でしかないのだ。

408名も無きAAのようです:2016/08/29(月) 21:54:38 ID:7ME1XqpU0
特に同族意識の強いバイク乗りにとって、子供と女性は貴重な存在であり、その両方から挨拶をされれば答えないはずがない。
そしてデレシアの目論見通り、ブーンは自分を忌避していた人間との交流を果たせた。
これで彼はデレシア達以外の人間にも心を開きやすくなり、これから先の旅で彼の成長の機会を得やすくなる。

ノパー゚)「やっぱりいいな、この挨拶ってのは」

ヘルメットから聞こえてきたヒートの声に、デレシアは同意した。

ζ(゚ー゚*ζ「えぇ、本当にそうね」

挨拶と言う行為は人間と動物を隔てる一つの要素でもある。
相手に敵意がない事の表現としての挨拶を、人間は幾種類も持ち、使い分ける。
それは言語を介して、時には非言語で行われる行為で、ここまで高度に発達したコミュニケーション手段を持つのは人間だけだ。

ノパ⊿゚)「それで、まず何をどうするんだ?」

ζ(゚ー゚*ζ「まずは拠点の確保ね。
       島がどうなっているのか、それを探るのはそれからにしましょう」

ノパ⊿゚)「拠点、ねぇ」

ヒートはあまりその提案に納得していない様子だった。
それもそうだ。
この島はもともと部外者に対して排他的で、今は神経も尖っている状態。
いつにもましてデレシア達は歓迎されないだろう。

拠点を手に入れるとしても、宿泊施設を探さなければならない。
歓迎されない状態で借りる宿泊設備となると、あまりいい気分で泊まることは出来ない。

ζ(゚ー゚*ζ「今日は、キャンプをしましょう」

(∪´ω`)「きゃんぷ?」

ζ(゚ー゚*ζ「そう、キャンプ。
      建物じゃなくて、自然の中で寝泊まりするの」

(∪*´ω`)「……たのしそうですお」

そのための道具はすでに用意してある。
足りないのは食糧ぐらいだった。

ノパー゚)「そりゃあいい。
    飯はどうする?」

ζ(゚ー゚*ζ「後で買いに行きましょう。
      まずはキャンプサイトに行って、そこでテントを張りましょう」

脇道を曲がり、細い坂道を登って行く。
舗装されていた道が途中から砂利道になるが、アイディールのセンサーが変化を感知し、サスペンションの調整を行った。
そのため、砂利が立てる音さえなければ路面が変わったことに気付けない程の快適な走行に、ヒートが感嘆の声を上げた。

409名も無きAAのようです:2016/08/29(月) 21:55:46 ID:7ME1XqpU0
ノパ⊿゚)「すげぇな、このアイディールってのは。
    電子制御サスか?」

ζ(゚ー゚*ζ「そうよ。 この子は路面変化を感知してサスペンションを自動で最適化してくれるのよ。
       それ以外にも自動で切り替えてくれるから、あまり細かい操作はしないでいいの」

ノパ⊿゚)「ほほう」

ζ(゚ー゚*ζ「それに、一度走った道は記録されるから二度目、三度目の時はもっと快適になるわ。
      この子は何度もこの島に来たことがあるみたいだから、もう結構最適化されているわね」

アイディールの優れているのは、自己学習機能を備えた人工知能が搭載されている点だ。
路面情報、走行情報、運転情報などを考慮してすぐにサスペンションなどを最適化させるのだが、常に学習を続けるため乗り手とその土地に合わせた設定を導き出し、細かな不満点をも解消してくれる。
長く乗り続けることによってアイディールは学び続け、乗り手に合った唯一無二の存在と化すのだ。

(∪*´ω`)「すごいおー」

ζ(゚ー゚*ζ「えぇ、そう。 この子は凄いのよ。
      そうだ、せっかくだし、名前を付けてあげましょうか」

物に名前を付けるという行為は、愛着を強めることになる。
物であれ人間であれ、名前を与えられたものは特別な存在として名付けた人間に認識される。

(∪´ω`)「お?」

ζ(゚ー゚*ζ「そうね、ブーンちゃん。
      このバイク、何て名前がいいかしら?」

(∪;´ω`)「ぼくが、かんがえるんですか?」

困惑するのも無理のない話だ。
名前と言う概念は、ブーンにとってはまだ新しい物。
彼はデレシアに名前を与えられた存在であり、それまで名前は別次元の存在だった。
つい最近与えられたものを、別の物に与えるというのは、ブーンにとっては未体験のこと。

デレシアが彼に経験させたいのは、正にその“未体験”そのものなのだ。
彼が名付けることを経験すれば、彼は更に別の事を経験することになる。
得る事と、失う事。

ζ(゚ー゚*ζ「そうよ。これから一緒に旅をするんですもの。
      この子はきっと、私達と仲良くなれるわ」

(∪´ω`)「おー…… えっと……
      あいでぃーる、だから……」

アイディールは悪路による速度低下を懸念し、自動的に両輪走行モードに切り替えた。
タイヤが力強く地面を蹴り、速度が落ちることはない。
キャンプ場まで残り500ヤードと表記された看板を通り過ぎ、ようやく、ブーンが答えを出した。

(∪´ω`)「……ディ?」

410名も無きAAのようです:2016/08/30(火) 02:32:34 ID:IIxgPy7c0
あれ?

411名も無きAAのようです:2016/08/30(火) 06:53:53 ID:MK6lQA6.0
したらばが調子悪くてやめた?

412名も無きAAのようです:2016/08/30(火) 16:22:35 ID:/3kRZ8SI0
結局続きは?

413昨日したらばが動かなくてorz:2016/08/30(火) 20:25:20 ID:t6mV4x2M0
出てきた名前は、非常にシンプルだった。
それ故に呼びやすく、ブーンなりに考えたものだとよく分かる名前だった。

ζ(゚ー゚*ζ「いい名前ね。
      じゃあ、この子は今日からディちゃんね」

ノパー゚)「あぁ、呼びやすくていい名前だ」

(∪*´ω`)「ディ……!」

心なしかエンジン音が嬉しそうに高く響いた気がしたが、デレシアは何も言わなかった。
ほどなくして三人と一台はキャンプ場に到着した。
開けた場所には背の低い草原が広がり、小さな炊事小屋が一つと少し離れた場所に仮設トイレがあるだけの、非常にシンプルなキャンプ場だった。
利用者は少なく、設営されているテントは五張りだけ。

ディでテントサイトに乗り込み、他所のテントから離れた場所に停めた。
エンジンを切り、ヒート、デレシア、そして最後にブーンが下りた。
キーを抜いたデレシアがタンクを撫で、ディに労いの言葉を小さくかける。

ζ(゚ー゚*ζ「お疲れ様、ディ」

それを見ていたブーンも、真似をしてタンクを撫でた。

(∪´ω`)「おつかれさま……」

ノパー゚)「いやしかし、ほんといいバイクだな」

ヒートも同じように、ディのシートを撫でる。
三人はヘルメットを外し、それをシートの上に乗せた。
デレシアは手櫛でブーンの髪の乱れを直し、ニット帽を被せた。

ζ(゚ー゚*ζ「さ、テントを張りましょう」

パニアからテントと野営道具一式を取り出し、準備に取り掛かる。
四人用のドームテントはヒートとデレシアが広げ、ブーンは折りたたみ椅子を開いてディの傍に置いた。
他に自分が何をすればいいのかデレシア達に訊こうとした時、ブーンは足を止めてディを見た。

(∪´ω`)「……」

「……」

エンジンを切ったバイクが話すはずもなく、当然、何らかの反応を示すこともない。
だがブーンは、ディのエンジンから何かが聞こえているかのように、そこに視線を注いでいた。

(∪´ω`)「……お」

無意識の内に、ブーンの手がタンクに伸ばされる。
蒼い光沢を放つ金属製のタンクは滑らかな触り心地で、生物とは明らかに異なる質感をしていた。
明らかに無機物。
しかし、ブーンが注ぐ視線は無機物に対してではなく、生物に対して向けられるものだった。

414名も無きAAのようです:2016/08/30(火) 20:26:54 ID:t6mV4x2M0
デレシアはそれに気付き、内心で少し驚いた。

ζ(゚ー゚*ζ「どうしたの?」

テントを組み立てながら、デレシアがブーンに声をかける。

(∪´ω`)「ディは、おんなのこなんですか?」

その発言は、デレシアにとって意外そのものだった。
船乗りはやバイク乗りは船やバイクの事を彼女、と呼ぶことがある。
愛着を持つために乗り物に性別を与える行為は乗り物を愛する人間の間ではよくある行為だが、ブーンがそれを知っているはずがない。
思わず作業の手を止め、ブーンの言葉の真意を聞き出そうとした。

ζ(゚ー゚*ζ「どうしてそう思うの?」

(∪´ω`)「なんとなく……です……」

エンジンが入っている状態ならばまだしも、エンジンを切っている状態で人工知能と接触出来るはずがない。
ならば、乗車中に人工知能と何らかの接触をしたのだろうか。
そうだとすれば、このアイディールの人工知能の性別が女性に設定されていることを知る事が出来る。
彼は、本当に“なんとなく”でそれを当てたのか。

ノパ⊿゚)「おーい、タープ張るのを手伝ってくれよ」

テントのペグを地面に打ち込んでいたヒートが、二人に声をかけた。
彼女の足元にはタープの入ったバッグが置かれている。
ドームテントと違って、タープは人数がいた方がすぐに出来上がる。

(∪´ω`)「お!」

ζ(゚ー゚*ζ「そうね、ちゃちゃっと建てちゃいましょう」

タープをバッグから取り出し、ブーンは説明を受けながら三人でそれを組み立てて行く。
ほどなくしてテントの前にタープが建ち、気持ちのいい日影が出来た。
ブーンは椅子をそこに運び込み、デレシアはディを移動させた。
テントの中に調理器具などを入れていくと、パニアケースの中に空きスペースが出来た。

ζ(゚ー゚*ζ「はい、完成。
      これが私達の拠点よ」

どちらも森林迷彩柄をしているのは、オアシズでテントとタープを取り扱っていた店で最も丈夫で信頼性のある品が、これしかなかったからだ。
その分実用性は高く、どちらの素材もそう簡単に破れそうにない。

ノパ⊿゚)「いい感じだ。
    で、この後はどうする?」

ζ(゚ー゚*ζ「そうねぇ…… 温泉でも行きましょうか」

(∪´ω`)「おんせん?」

415名も無きAAのようです:2016/08/30(火) 20:27:49 ID:t6mV4x2M0
ζ(゚ー゚*ζ「大きなお風呂よ」

夏の温泉はいいものだ。
ティンカーベルは涼しいが、それでもジワリと汗をかいている。
ブーンは子供であるため、体温が高く、やはり汗もかきやすい。

ノハ;゚⊿゚)「まぁそうだけどさ……
     でも、大丈夫なのか? その、よ」

ヒートが危惧していることは分かっている。
彼女は、ブーンの事を心配しているのだ。
温泉となれば、ブーンはニット帽を取らざるを得ないし、ローブも脱がなければならない。
そうなれば、獣の耳と尾が露見し、それを目撃した人間から心無い言葉や暴力を受けかねない。

ζ(゚ー゚*ζ「大丈夫よ。地元の人も知らない場所だもの」

ノパ⊿゚)「そんな場所よく知ってるな」

ζ(゚ー゚*ζ「ペニが随分昔に見つけて教えてくれたの。
      何度か使ったけど、誰も来ないわよ」

ティンカーベルには多くの温泉施設があるが、地元客と観光客で賑わう場所ばかりだ。
人が来ない施設は、ブーンにとっては非常にありがたい。

ノパ⊿゚)「へぇ…… ん?
    誰も来ないって、そこは温泉施設じゃないのか?」

ζ(゚ー゚*ζ「露天風呂よ。 ある意味天然で、ある意味人工のね」

(∪´ω`)「ろてん、ぶろ?」

ζ(゚ー゚*ζ「そうよ。自然の中にあるお風呂の事よ」

ノハ;゚⊿゚)「いろいろと難易度高けぇなおい……」

ζ(゚ー゚*ζ「でも気持ちいいわよ」

装備を整え、三人は再びディに跨った。
エンジンキーを回すと、五連メーターに淡いピンク色の明かりが灯った。

ζ(゚ー゚*ζ「あら……」

オアシズで乗った時、メーターを照らす明かりは青白いはずだった。
設定を変更した記憶はなかったが、おそらく、デレシア達の言動が人工知能に影響を与えたようだ。

ζ(゚ー゚*ζ「ブーンちゃん、ディが喜んでるわよ」

(∪´ω`)「お?」

ζ(゚ー゚*ζ「名前を貰って、嬉しいみたいね」

416名も無きAAのようです:2016/08/30(火) 20:29:28 ID:t6mV4x2M0
(∪*´ω`)「おっ……」

両脚の下にあるタンクを見て、ブーンは両手でそれを撫でた。

(∪*´ω`)「おー」

デレシアの記憶が正しければ、このアイディールは自らの状態を色で表示することが出来るはずだった。
色鮮やかな光で警告や報告を行う機能があり、ピンク色は車両が最高の状態である事を示す色だった。
気候などが関係しているのかもしれないが、おそらくは、別の要因が大きいだろう。
エンジンを始動し、デレシアはキャンプサイトを後にした。

再び林道へと戻り、そのまま山の北西の方に向かう。
山道を下り、道なき道を進んでゆく。
腐葉土の上を駆け、林の間をすり抜け、小川を走り抜ける。

ノハ;゚⊿゚)「確かにこりゃ、人が来るにはきついな」

ディの車高は最大となり、サスペンションもその効力を最大限に発揮しているため、快適な走行は保たれたままだ。
オフローダーでもこうはいかないだろう。
デレシアの腰にしっかりと両手を回し、ヒートは落ちないようにそこに力を込めた。

ζ(゚ー゚*ζ「そろそろ着くわよ」

その言葉通り、三人の耳に水音が聞こえてきた。
川の音に似ているが、しかし、微妙に異なる。
林の間から見えてきたのは、青みを帯びた水で満ちた瓢箪型の池だった。
否、池のようにも見えるが、それは地下から湧き出る湯が作り出した天然温泉だった。

陽の光は生い茂る木々の枝葉によって遮られ、光の筋となって降り注いでいる。
光の筋が照らすのは、温泉から立ち上る湯気だ。

ζ(゚ー゚*ζ「はい、到着」

ノハ*゚⊿゚)「おぉー!」

(∪*´ω`)「おー」

その温泉は林に囲まれる形で存在し、人の手が加えられた様子は微塵もなかった。
正に天然温泉。
人の気配など、全くない。

ζ(゚ー゚*ζ「ね? 人は来ないでしょ?」

ノパ⊿゚)「あぁ、こりゃあいい温泉だ。
    だけど、どうしてここに来ないんだろうな」

ζ(゚ー゚*ζ「存在そのものが新しいからね。
      それに、ティンカーベルには漁師はいても猟師はほとんどいないの。
      ここまで来る人間は自殺志願者か遭難者ぐらいね」

417名も無きAAのようです:2016/08/30(火) 20:30:53 ID:t6mV4x2M0
バイクから降り、三人は温泉へと近寄る。
澄んだ色をした湯を眺めて、ブーンが尾を振る。

(∪*´ω`)「いいにおいですおー」

ノパー゚)「硫黄っぽくないのはありがたいな」

湯の下には簀子が敷かれていた。
温泉を見つけた人間が手を加えた唯一の物だった。

ζ(゚ー゚*ζ「気に入ってもらえればなにより。
      さ、体を洗って入りましょう」

デレシアの提案に二人は同意し、すぐに一糸纏わぬ姿となった。
ブーンは以前に二人と風呂に入ったこともあり、特に抵抗なく服を脱いだ。
ヒートは僅かだが上着を脱ぐ際に躊躇しかけたが、それはほんの一瞬の事だった。
裸になったデレシアの体を見て、ヒートが目を丸くする。

ノハ;゚⊿゚)「……すげぇ」

主にその視線はデレシアの胸に注がれ、次いで均整の取れたシミや傷の無い全身に向けられる。
自然の中に溶け込みつつも、異常なまでの美しさは明らかに浮き出ている。
悠久の時間を経て形成された究極的な美は同性ですら魅了し、自然と調和をすることを、ヒートは改めて理解した。
衣類を手ごろな岩に乗せ、ブーンの背中を押した。

ノパ⊿゚)「じゃあ体を洗うぞ、ブーン」

(∪´ω`)「おっ」

ヒートはその背中に大きな火傷の跡を残していた。
一生消えることも、消すこともない傷。
その傷は彼女の人生を変えた傷。
彼女が“レオン”として生きることになった理由は、その傷が無くても一日たりとも忘れたことはない。

湯で体を濡らしてから、タオルで汚れを落とす。
すでに一度朝方に体を洗っているため、そこまで神経質にならなくてもいいだろう。
ヒートはブーンの体温が高く、汗をよくかく事を知っていたため、彼が体を洗う様子を注意深く見ていた。

ノパ⊿゚)「どうだ、背中に手は届くか?」

(∪´ω`)「はい、とどきますお」

ノパ⊿゚)「……洗い方がぬるいぞ。
    あたしが洗ってやるから、こっちに背中を向けろ」

(∪´ω`)「おっ」

418名も無きAAのようです:2016/08/30(火) 20:32:20 ID:t6mV4x2M0
小さなブーンの体には無数の傷がついており、その全てが彼を痛めつけるためだけに付いた物であることは、簡単に推測が出来る。
彼は耳付き。
奴隷として売買された人間は、道具以下の存在でしかない。
道具に八つ当たりをしようとも、誰も咎めないし、良心も痛まないのだ。

傷だらけの背中を、ヒートはタオルで擦る前にそっと触れた。
酷い物だった。
彼の背中は、誰かを守るために傷ついたのではなく、ましてや、自分を守るために付いたのでもない。
ある種の欲望を一方的に吐き出され続けた結果の傷だった。

この歳の子供が背負うべき傷ではない。
獣の耳と尾が何だというのだ。
そんなものは、人間の本質を隔てる要素には成り得ない。
心の奥にしまい込んでいた古傷から、憤りが染み出してきたことに気づき、ヒートはそれを紛らわせるためにブーンの背中を洗った。

ζ(゚ー゚*ζ「……」

その様子を、デレシアは微笑ましく見守っていた。
ヒートが過去を押し隠し、ブーンに接しているのは初めて会った時から分かっていた。
彼女がブーンを見る目は、姉が弟を見る慈愛に満ちた目であり、深い悲しみを癒すために何かに縋る者の目をしている。
理由はどうあれ、彼女がブーンの味方である事実に変わりはない。

それでいい。
それで十分だ。
ブーンには手本となる味方が必要なのだ。
体を洗い終えた三人は、湯気の立つ温泉に静かに身を沈めた。

爪先から伝わる湯の温度は四十度弱と、他の温泉と比べると低めだ。
肩まで浸かり、たまらず溜息が漏れ出た。

ζ(゚ー゚*ζ「ふぅ……」

ノハ*゚⊿゚)=3「ほっ……」

(∪*´ω`)=3「おー……」

涼しい風が吹く中で熱い湯に身を浸す感覚に、三人は揃って目を細めた。
表現し難い気持ちよさが爪先から頭に走り、体の緊張が一気に解けだす。
並んで空を見上げ、ゆったりとする。

(∪*´ω`)「きもちいいですおー」

ノパー゚)「あぁ、いいなぁ……」

ζ(゚ー゚*ζ「夏の温泉もいいものよね。
       こういうのをね、風流っていうのよ」

(∪*´ω`)「ふーりゅー?」

419名も無きAAのようです:2016/08/30(火) 20:33:44 ID:t6mV4x2M0
ζ(゚ー゚*ζ「そう。風流。
      冬の満月を背に飛ぶ渡り鳥、朝焼けを背にする桜の木、水平線の向こうに浮かぶ入道雲、黄昏時の銀杏並木。
      いいな、と思ったものが風流なのよ」

ブーンにはまだ少し早い言葉だったが、覚えておいても損はないだろう。

ノパ⊿゚)「しっかし、この温泉を他の人間が知らないってのは不思議な話だな。
    噂にもならないのか?」

ζ(゚ー゚*ζ「デイジー紛争で出来たばかりの温泉だし、狼も多いからね。
       誰もこっちの方まで来ないし、調べないのよ」

ヒートがぎょっとした表情でデレシアを見た。

ノハ;゚⊿゚)「……おい、狼って言ったのか?」

ζ(゚ー゚*ζ「そうよ、狼。
      何か問題でもあるの?」

ノハ;゚⊿゚)「いや、問題も何も、大丈夫なのか?」

ζ(゚ー゚*ζ「大丈夫よ。 ここの狼は人に慣れていないから」

人に慣れた獣は厄介だ。
人を恐れず、人を危険な生き物と認識しないで攻撃してくる。
しかし、野生に生きる生き物であれば相手の力が分からないのに攻撃をすることはない。
じっくりと出方を窺い、必要最小限の動きで相手の戦力を分析し、それから判断を下す。

狼は群れを成す生き物で、その群れの統率者が優れた判断力を持っていれば、決してデレシア達には手出しをしない。

ζ(゚ー゚*ζ「狼が来たら、私が追い払ってあげるから」

獣が相手であれば、双方の力量の差を理解して無意味な争いを回避するだろう。
目の前にある木の隙間から、潮風が吹きつけてくる。
葉擦れの音に混じって潮騒の音も聞こえてくる。
平穏そのものの光景に、三人は静かにその身を委ねた。

鳥の鳴き声。
虫の声。
静かな風の音。
言葉は、もう必要なかった。

(∪*´ω`)

ノハ*´⊿`)

ζ(´、`*ζ

420名も無きAAのようです:2016/08/30(火) 20:34:38 ID:t6mV4x2M0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
August 9th
                    _イニl__ / ̄ヽ_。
                 _,,-ィi三=ー─-、L_Y_ノ,─、
                 Oo='' _,,-──-、ri>`l l   |
                   _,,-':::::::::::::::::i::ト :|=\ ノ __
      r──-、_      /:::::::::::::::::::ノ::ノ,-、:|_二i::l、l_)
    /ニヽ::::://::::::`-、__/:::::::::_,,-──'l l' l.l :トーフ :|
 > ̄::::::::::::: ̄\:::::::::::::::_,,-┴─< r─, `l=_))フ/ l :|ー|| l :|___
 ll_ノ7 ̄ ̄`-、_>ー'' ̄-、=<_,-l、_/_/`-、 //;;/ .l :| ||_,-'::::::::::::::::::>-
  /::::;-─-_,-',-' l、  ) / ゚l、彡 |ー''/ミ-、//7-、 イ`レ::::::::;-─' ̄:::::::::`-、
 /:::::/ミ_,,-'_,l |=、l、_/-、 l彡三Vミミ/-、/ /;;;/   > L,-'ヾV |//7-、:::::::`-、
r-i-'`_,-'-、<l:::::レ-'_,-─',─、__|ミミ/ ////;;;;/   |::::l ::|ミ | ∧//|/,-、::::::::::l、
`┬-、__/___,-'_// l   Y  .V ,-'-/ /;;;/   .|:::|:| l ::|  |X|//,-'/_l、::::::::l、
AM09:45
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

三台のネイキッドバイクがグルーバー島の山中深くにある車道で停まっていた。
バイクに乗る三人は同じデザインの黒い皮製のジャケットを着込み、ヘルメットは被っていない。

( ''づ)「くっそ、見失った……!」

先頭の一台に跨る男が忌々しげに声を荒げた。
その後ろにいる男は首を横に振り、サングラスを外した。

(,,'゚ω'゚)「この先はオフローダーしか行けないぞ」

三人の前で舗装路は終わり、狭い砂利道が暗い森の中に続いている。

从´_ゝ从「くそ……」

彼らの乗るネイキッドタイプのバイクでは、悪戯に車体を傷つけるだけだ。
タイヤも舗装路を走るのに最適な物であり、砂利道や泥道でのグリップ力は期待できない。
転倒すれば彼らの愛車が傷つく上に、そうまでした結果、追跡対象の居場所を把握できるとは限らない。

( ''づ)「どうする?」

(,,'゚ω'゚)「ドジェならまだしも、俺らのじゃ無理だ。
     キャンプ場所は分かってるんだ、装備を整えて夜にやればいい」

( ''づ)「そうするか。他の連中も呼んでやっちまおう」

三人はUターンし、山から街へと向かった。

421名も無きAAのようです:2016/08/30(火) 20:36:01 ID:t6mV4x2M0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
August 9th
;;;。;";;';;;:;ヾ ゞゞ"”;"”";;';:;";;;:;ヾ ゞゞ'      . . . .. . . . . . . ..  . : .
ノソ:;";;';:;";;;:;ヾ ゞゞ;:;ヾ;ゞゞ;ゞ ヾ;ゞゞ;ゞ                 ノヽ人从ハヘ ノミゝ人
;;;;;(;li/::;;;;ゞゞ:;ゞy”:;ゞゞ;ゞi/:;";;ゞゞ:; ミゞ;;ミゞ             彡::ソ:ヽミゞヾゞ:;ノミヾ::
;;;⌒";ゞゞ;ゞ ヾ:::::"`";;';"”";;';"” ”";;';"”              ノノキ;;ゞilノミ彡个ヽミ爻ゞ
;;;;;ヾノソ";;';"”/ ::,;;ヾノソ";;'ミゞ;;ソゝミゞ;;   ' "''' .':'''' " " '"' "'''. '::: "' "'':::'"''::'':::':'''':::'"''::':'"''
ノ:、\ゞ;ゞ ヾ;li":; / " `;:;";;';:;"”:; ..:i;i;!;!;!i;;..i;i;...;!;i;i;.i;i;,, ..i;ii ,,..'.;'":;. :..''"'"    "''' '''.'
::';" ;;;";;'//;" ;;:。,ゞゞ;ゞ ヾ”:;;  : .:.  .:   *。 .:  .:.:.:.:.';''"'"'i;i;il;l;";!;!i;i;i;;'"'  "'''."''' '''.'"'''.
'ミゞ\” ;:; ::, ;;;;(;;;:`;:;ヾ ゞゞ  :.:.::: :.:.:. :: :: :: :::。: :: :.:. :.:.: ::: : : : ';i;i;i;''!;!;i;:' "'''.  。.. ,、
.:.:.;;:。,,;'ヾ;ヽ ;ミi!/;';"y”” ::::::::::.:.::::. : : : : : :.:.:.:. :.:. : : : : : : : : : :-:::;!;!;!;!;i;:."'''、::::::'''.'"
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,, ;''.'''"':.i' ;;,;ミi|、 ,, ;''.'''"'ヽヾiツィ "'''ヽ ,、 ':,、,ヾi ,、  。.. ,、 ':,、,、::::::。.. ::":::
.:.:.:.::.:.,.,i' ;:,,;,ミ'i,, :,ミ'i,,'.':,、,、:::. "::::::''"'"' "'''':,、,、::::::。.. ::"::::::''
::::'''.''.:wijヘ;;vkWゞ::::::'''.''.':,、,、:::. ':,、,、::::::。.. ::"::::::''
"::::::''、:::.'.''.''."'''AM10:30
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

温泉から上がった三人は服を着て、温まった体を潮風で冷やしていた。
流石にローブを纏う事はせず、ヒートは薄手のジャケットを羽織り、ブーンはローブを腰に巻いた。
上気した体が風で冷やされ、今の季節を忘れさせる。

ノパ⊿゚)「いやー、いいもんだな、夏の温泉」

(∪´ω`)「おー、きもちよかったですお」

ζ(゚ー゚*ζ「それは何より。
       さて、実はまだ続きがあるの。
       はい、どうぞ」

デレシアはパニアから瓶に入ったコーヒー牛乳を取り出し、ブーンとヒートに渡した。
まだ冷えた状態を保つそれは、オアシズでマニーに用意させた一級品だ。

ζ(゚ー゚*ζ「これがなくっちゃね」

ノパ⊿゚)「おいおい、キンキンに冷えてるじゃないか!」
 つ凵

(∪´ω`)「きんきん!」
  っ凵

ヒートは腰に手を当て、喉を鳴らしながら瓶の中身を一気に飲み干した。

ノパー゚)「美味い!」

それを見たブーンも、両手で瓶を持ってコーヒー牛乳を飲んだ。
ヒートのように一気に飲むことは出来なかったが、時間をかけて一瓶を飲み切った。

(∪´ω`)「ぷふぁー」

422名も無きAAのようです:2016/08/30(火) 20:37:06 ID:t6mV4x2M0
口の周りに付いたコーヒー牛乳をデレシアが指で拭ってやる。

ζ(゚ー゚*ζ「温泉とこれはセットの様なものね。
      どう? 気に入った?」

(∪*´ω`)「おっ!」

尻尾を振りながら、ブーンは嬉しそうに頷いた。
頭を撫で、デレシアは微笑む。
二人から空き瓶を受け取ってパニアに戻し、ディに跨った。
小さく嘶くようにしてディのエンジンがかかる。

ζ(゚ー゚*ζ「さ、次は街に行きましょう。
      お昼ご飯を食べてからお買い物ね」

そのついでに、街の様子を観察する、という言葉は言う必要がなかった。
再度三人を乗せたディは、少しも力を衰えさせることなく山道を登り始めた。
来た時とは違う道を使って舗装路に戻り、島の北側から時計回りに進んで南にある街に向かうことにした。
道中、左手の視界が開け、大海原と青空が現れた。

白い雲が夏の真っ青な空に気持ちよさそうに浮かび、空よりもずっと深い青色をした海が宝石のように煌めく。
自然豊かな街の景色は、絵葉書としても人気のある風景だ。
長い緩やかな坂道を走り、再び、自然の作り出した緑のトンネルを通過する。
風呂上がりの体を撫でる風は三人の体を優しく冷やした。

やがて島の北へと戻った三人だが、エラルテ記念病院の前を通りかかった時、デレシアは病棟を見上げた。
そこには今頃、緊急手術を終えたトラギコ・マウンテンライトが入院しているはずだった。
彼の体力がその渾名通り“虎”並ならば、今日にでも退院したいと暴れるに違いない。
優秀な警察官である彼ならば、デレシアの期待を裏切らずにこの島に逃げ込んだ逃亡犯を追いつつ、デレシア達を探すことだろう。

いや、彼がどこまでの警察官なのかは予想でしかない。
ひょっとしたら、最初から逃亡犯に興味はなく、デレシア達を追い続けるかもしれない。
それだとしても、この島に潜む愚か者共の思惑を邪魔する嵐として動いてくれるのは間違いなさそうだ。
時々いるのだ。

生きているだけで周囲に多大な影響を及ぼす人間が。
多くの場合、そういった人間――今回の逃亡犯の様な人間――は犯罪者として世の中に災厄と混乱を撒き散らした末に死に絶えるのだが、警察官として働く場合も稀にある。
トラギコは間違いなくそういう人間だ。
犯罪者にとっては災厄の象徴であり、嵐を伴って現れる獣。

彼は出来るだけ近くにいた方がよさそうだった。
追いつかれず、見失わない絶妙な距離。
その距離を保てば、トラギコはデレシア達に近づく虫を払いのけてくれるはずだ。
彼が望むと望まざるとに関わらず、トラギコは自分の獲物として認識しているデレシア達を横取りされるのを黙って見ていられる人間ではない。

グレート・ベルが見えてくると、ブーンは興奮した様子だった。
周囲の建物と比べてあの鐘楼は背が高く、どこからでも見上げることが出来る。
どこからでも見上げられるという事は、どこからでも見下ろされるという事でもある。
鐘の音街と呼ばれる所以として、相応しい姿だ。

423名も無きAAのようです:2016/08/30(火) 20:38:34 ID:t6mV4x2M0
昔ながらの姿を保ったままの市街地には多くの飲食店がある。
地元の魚を使った店などが観光客には人気だが、デレシアはそういった店を今回選ばなかった。
彼女が探したのは世界各地に店を構えるレストランだった。
そういった系列店は内外の人間の区別を付けないし、何より、過干渉ではない。

マニュアル通りに対応する人間はある意味で貴重だ。
マニュアル外の行動をする人間は緊急時には敵にさえなり得る。
特に、今は非常時。
デレシア達を追う人間の中には身分を偽ることに長けている者が数名おり、民間人に扮して彼女達を襲ってこないとも限らない。

むしろ、それが相手の狙いだろう。
この島に逃げ込んだ脱獄犯がデレシア達を襲うには、この混乱に乗じるのが定石。
人目に付く場所は彼らにとって絶好の狩場となる。
彼らがそこに現れると分かれば、デレシアも対応がしやすくなる。

こうして選ばれたのは、全国に店舗を構える大型のファミリーレストランだった。
駐車場にはほとんど車がなかった。
バイクを降り、三人は店の中に入っていった。
案内されるまでもなく、空いた席に進んでいく。

選んだのは、非常口に最も近く、窓から離れ、尚且つ店全体を見渡すことの出来る奥の席だ。
万が一強盗に扮した人間が店に押し入って来ても、余裕を持った対処が出来る。
銃だけでなく、ヒートは強化外骨格という頼もしい兵器を持ち歩いている。
小型・軽量の部類になるAクラスの棺桶を納める運搬用コンテナは、見方によっては楽器ケースに見えないこともない。

ローブで覆い、その全貌を見えないようにして壁際に立てかけているヒートは、流石に手馴れているようだ。
一般人の前でコンテナを見せびらかすことの危険性と、それを携帯しないことによる危険性の両方を理解している。
棺桶には棺桶を持ち出すのが最も理に適った行動だ。
ヒートの持つ“レオン”は強化外骨格との戦闘にのみ特化したもので、それさえあれば、ほぼ全ての強化外骨格との戦闘を制することが出来る。

それを傍らに置き、ヒートは濡れた手拭きで両手を拭いながら、ラミネート加工されたメニューを眺めている。
通路側に座るデレシアの隣ではブーンがヒートの真似をして手を拭い、コップの水を飲んだ。

ノパ⊿゚)「何食うよ?」

腕時計で時間を確認し、ヒートは今の時間が昼食には少し早いことを暗に指摘した。

ζ(゚ー゚*ζ「お茶でも飲みましょうか。
      ご飯はその後でも頼めるわ」

ノパ⊿゚)「そうだな。
    なら、あたしはハーブディーでももらおうか」

デレシアもメニューを開き、リンゴジュースとアイスティーを注文した。
運ばれてきた物を手にしたとき、デレシアは店に一人の顔見知りが入ってくるのをガラスのコップに反射した像で見咎めた。
最後に会ったのは何年前だったか、よく思い出せないが、その顔はよく覚えている。
特徴的な太い眉毛の下に垂れた鳶色の瞳、白髪交じりの茶髪は手入れがされておらず、まるで鳥の巣だ。

初めて会った時から大分老けこんでいるが、放つ雰囲気は熟成され、そこに刺々しさも付加されている。

424名も無きAAのようです:2016/08/30(火) 20:39:46 ID:t6mV4x2M0
  _
( ゚∀゚)

ジョルジュ・マグナーニ。
ジュスティア警察でその腕を振るい、多くの事件を解決してきた凄腕の刑事だ。
今のトラギコと似た部分が多々あり、特に似ているのがデレシアを追ってくる点だ。
かつてジョルジュも、デレシアを追ってどこにでも現れた。

理由は分からないが、彼が警察を去ったと風の噂で聞いてからは、それも止んだのだが。
それが今こうして現れたのは、決して偶然の類ではないだろう。
用心深く対処しなければならない。
彼は今世紀でも五指に入る程の優秀な警察官だったのだ。

運よく入り口に背を向ける位置に座っていた事と、背の高いソファだったことが幸いした。
デレシアに気付いていれば、すぐにでも行動を起こしてくるはずだ。
デレシアは卓上に置かれていた紙ナプキンとボールペンを取り、ナプキンに指示を書いた。
ヒートにそれを見せると、彼女は無言で頷いた。

指示は単純に、注文の類を全てヒートが行い、デレシア、という名前を出さない事だった。

ノパー゚)「……ブーン、あたしとゲームをしよう」

(∪´ω`)「おっ?」

ノパ⊿゚)「マルバツゲームだ」

ボールペンと紙ナプキンを使い、ヒートは上下左右に二本ずつの線を引いた。

ノパ⊿゚)「で、この枠のところに三つ揃えれば勝ちだ」

丸とバツを交互に書き、三つ揃った個所に直線を引く。
陣取りゲームの一種で、幼い子供も簡単に出来る。
しかし、その本質は戦略を考え出すことにあり、短い勝負の中でいかに効率よく勝利を手に出来るかが重要だ。
この三目並べは人の性格がよく反映するゲーム。

ブーンの性格がどのようなものか、ヒートは少し試したい気持ちになった。

(∪´ω`)「おー?」

ノパ⊿゚)「まずはやってみようか」

そう言って、二人はゲームを始めた。
三度目でブーンは容量を掴み、どうすれば勝てるのかを考えられるようになってきた。
次第に勝敗が付かないようになり、線の数が増え、ルールの一部が変更された。
それに伴って勝負が決するまでの時間が長くなり、思考する時間が増えた。

ブーンはヒートに一勝も出来ていないが、応用が出来るようになってきていた。
横でその様子を見ながら、デレシアはグラスに反射させたジョルジュの姿が店から出て行くのを確認した。

(∪*´ω`)「おー、おもしろいですお」

425名も無きAAのようです:2016/08/30(火) 20:41:57 ID:t6mV4x2M0
ノパー゚)「そりゃよかった。
    頭の体操にちょうどいいから、今度また時間がある時にやろうな」

ζ(゚ー゚*ζ「ねぇ、ヒート。
      あたしとやってみない?」

ノパ⊿゚)「その言葉を待ってたよ、デレシア」

引かれた線は八本。
通常の二倍。
勝利条件は印を六つ揃える事。
戦闘は、ヒートの第一手から始まった。

ヒートが選んだのは定石と言える、図の中央。
要を押さえたヒートに対し、デレシアはそれを楽しむかのように図上の端に印をつけた。
それに応じてヒートが印をつけ、静かに勝負が続く。
その攻防をブーンは黙って見続け、三分後の決着後も、紙上の印を見ていた。

ノハ;゚⊿゚)「やっぱり強いなぁ……」

ζ(゚ー゚*ζ「偶然よ。ブーンちゃん、どう? 何か分かった事はあるかしら?」

(∪´ω`)「おー……」

少し考え込み、ブーンは首を横に振った。

(∪´ω`)「よく、わかりません……お。
      どうして、デレシアさん、さいしょにここにかいたんですか?」

ζ(゚ー゚*ζ「それはね、ここに書いておけば相手の狙いが分かるからよ」

(∪´ω`)「お?」

ζ(゚ー゚*ζ「様子を探るために、こうしたの。
       相手が深く考えてくれるおかげで、相手の狙いがよく見えるのよ」

ノハ;゚⊿゚)「……やっぱりか。
     おかしいとは思ったんだよ、そんなところに書くなんて。
     深読みしすぎちまったか……」

ζ(゚ー゚*ζ「悪くはないわよ。
       ヒートの性格がよく出た勝負だったわね」

(∪´ω`)「……デレシアさん、ぼくと、やってくれませんか?」

その申し出を待っていたデレシアは、喜びを隠すことなく、満面の笑みを浮かべた。
新たな紙を取り、線を引く。
先手はブーンに譲った。

(∪´ω`)φ″

426名も無きAAのようです:2016/08/30(火) 20:43:35 ID:t6mV4x2M0
ブーンが最初に選んだのは、ヒートと同じく、図の中央。
その初手に、ヒートとデレシアは揃って軽く驚いた。
前の勝負で使われた手を選ぶのは、何故なのか。
デレシアはヒートの時とは異なり、ブーンの印の斜め隣に印を置いた。

やがて、そこから攻防が始まった。
奇妙な攻防だった。
一進一退の攻防ではなく、すぐに決着をつけようとしない戦いだった。
最初、ヒートはデレシアが手加減しているのだと思ったが、すぐにそれが誤りだと気付いた。

ブーンの印のつけ方はヒートのそれに酷似しているが、デレシアの手法にも似ている。
デレシアが行っているのは、ブーンがどのような手を選んでくるか、その見極めだった。
例えば、Aの場所に書くのが定石だとしたら、ブーンはCを選ぶ。
Cに対してDが有効な対処であれば、デレシアはKの場所を選んだ。

こうして勝負が決した時には、ほぼ全ての場所に印が書かれていた。

ζ(゚ー゚*ζ「惜しかったわね」

(∪´ω`)「おー、ざんねんですお……」

ブーンは気付いていないだろうが、彼はこの短時間でヒートの攻めとデレシアの搦め手を取り入れてそれを使っていた。
やはり、ブーンには優れた才能がある。
1を知れば10を理解するのではなく、1を知れば10を吸収する才能。
その正体を理解できないため、彼自身は気付くことが出来ないが、実践の場では大いに力が発揮される種類の才能だ。

(∪´ω`)「……お」

ブーンがおずおずと、遠慮がちにヒートを見上げた。

ノパー゚)「あたしともう一回やってみるか?」

(∪*´ω`)「おっ!」

こうして、ヒートとブーンは第二戦を始めた。
ヒートの思った通り、ブーンは人の技を吸収しているというのがよく分かった。
最初の頃とは違い、ヒートと同じ様に好戦的な位置に印を書いていた。
彼女の考えでは、このゲームは防戦した者は負けるか、勝機を逃すかの二択だった。

攻撃こそ最大の防御であり、最善の策だ。
炎には炎を。
ブーンもその考え方を己の一つとして吸収してくれるのであれば、この上なく喜ばしいことだ。
彼の中に自分の考えが根付き、彼を形成していくのは子を育てる喜びに近い。

もっとも、ヒートにとってブーンは子と言うよりも弟としての認識が強かった。
それでも喜びは同じだ。
それはデレシアも同じだった。
彼女もまた、ブーンが多くを吸収する姿を見て喜び、感心していた。

ノパー゚)「残念、あたしの勝ちだ」

427名も無きAAのようです:2016/08/30(火) 20:45:20 ID:t6mV4x2M0
そして二人の勝敗を決したのは、年季の差だった。
ヒートは戦いながら、いくつもの道を用意していた。
それに対してブーンは、ヒートの攻める姿勢を学んだがために、その道に気付けなかった。
デレシアの搦め手を用いても、ヒートは一方的に攻め続け、ブーンの策略を打破した。

彼はまだ、策略を策略として使いこなせていない。
だがそれは経験の問題だ。
この紙上で行ったゲームで分かったのは、ブーンにはもっと多くの経験を積ませる必要があり、それが彼の力になる事だ。
吸収した物を理解し、それを応用できれば、間違いなく今以上の速度で成長できるはずだ。

全ての勝負で負けたが、ブーンは満足そうだった。

(∪*´ω`)「おー、ありがとうございました……」

敗北を引きずるのではなく、そこから学ぶ姿勢がブーンにはある。
それがある限り、彼は全ての事象から学び続ける事だろう。
すっかり時間も過ぎ、昼時となったのを機に、三人は昼食を摂ることにした。
メニューを開き、デレシアはピザを、ヒートとブーンはローストビーフサンド、そしてアイスカフェオレを三つ注文した。

注文した品は驚くような速さで提供された。
回転率を重視する店ではよくあるように、この店でも冷凍食品を解凍し、淡々と盛り付けて調理するだけの料理が出される。
それで栄養価が下がるという者もいるが、そのような些細な問題を気にしていたら、この世の中で生きることは出来ない。

ζ(゚ー゚*ζ
ノパー゚)  『いただきます』
(∪*´ω`)

三人は声をそろえてそう言ってから、目の前の食事を食べ始めた。
デレシアの注文したピザはトマトソースの上にモッツアレラチーズ、そしてバジルの葉を乗せただけのものだった。
しかし、デレシアは複雑さが料理の上手さに直結しない事を知っていた。
このピザはある意味で完成系の一つであり、これ以上余計な物を乗せる必要もないのだ。

八分の一に切り分けられた内の一切れを食べ、期待を一切裏切らない味に、満足そうに笑みをこぼした。
モッツアレラチーズとトマトの組み合わせが至高の一つに数え上げられるように、それの添え物として最適なのはバジルだ。
甘みの中に溢れ出る旨みを堪能し、瞬く間に一切れが胃袋に消えた。

(∪´ω`)「んあー」
  つ□⊂

ブーンは、その口には大きすぎるローストビーフサンドに齧り付いているところだった。
見るところ、三枚の白いパンに挟まっているのはクレソンとローストビーフ、それとサニーレタスの様だ。
一口食べる度、レタスが千切れる子気味の良い音が鳴る。
頬張り、咀嚼し、飲み下す。

その一連の動作が年相応の子供らしくあり、デレシアは食事を忘れてその姿を見ていた。
向かいのヒートもまた、ブーンと同じようにして齧り付いている。
それが彼女の配慮なのだと、デレシアは気付いていた。
ブーンには食事のマナーを教えるよりも、食事を楽しい物だと認識させなければならない。

428名も無きAAのようです:2016/08/30(火) 20:46:40 ID:t6mV4x2M0
彼はこれまで、今では想像も出来ない程の環境にいたのだ。
生ごみの食事を与えられ、暴力の挨拶で一日が始まり、罵倒の言葉を浴びせられて過ごしてきたのだ。
今では人の目を見て話が出来るようになり、言葉にも最初の頃の様なたどたどしさはなくなっている。
道中に出会った人間の影響というのは大きく、ブーンは日に日に多くの言葉を学んでいる。

未だに発音はぎこちないが、完璧に発音できる単語が一語だけあることに、デレシアは気付いていた。
“餃子”である。
オアシズ内の露店で販売されていたそれを食べたブーンは、本来発音の難しいとされるその言葉を素直に覚えた。
それ以外の言葉についても同じようにして吸収できるかと思われたが、今のところ、餃子の一語だけである。

ノパー゚)「うん、美味いな」

(∪´ω`)「おー」

こうして見ていると、ブーンはヒートによく懐いているのが分かる。
彼女と同じメニューを頼んだのもそうだが、ヒートが無意識の内にする仕草を、ブーンも真似る時がある。
例えば美味だと感じたものを食べた後、小さく唸るところ。
例えば、紙ナプキンで口を拭う仕草。

ブーンはヒートを手本に、多くを学んでいた。
それが嬉しかった。
デレシアだけに頼るのではなく、ブーンは他の人間を信頼し、その動きを取り入れる事が出来ている。
徐々に人間らしさを取り戻す彼の姿に、デレシアの胸が温かくなった。

食事を終えた三人はレストランを後に、腹ごなしも兼ねてスーパーマーケットへと徒歩で移動した。
輸入品の全てが停止した状態とはいえ、まだその初日だけに打撃は少なそうだった。
店頭に並ぶ生鮮食料品の数が減ってくるのも時間の問題だろう。
この緊急時に漁が許されるとは思えないため、まず真っ先に店頭から消えるのは魚だ。

ティンカーベル近海の魚は豊かな自然に育まれ、実にいい味をしている。
カツオのたたきを食べたかったのだが、デレシアは別の機会にすることにした。
別の場所でもそれを食べることは可能だ。
夕食に必要な食材の前に、まずは献立を考えなければならない。

ζ(゚ー゚*ζ「何か食べたいものはある?」

買い物かごを押すブーンとヒートに、ブーンは後ろからそう尋ねた。

ノパ⊿゚)「使える調理器具を考えると、そうさな……」

(∪´ω`)「……」

ノパ⊿゚)「ん? どうした、ブーン?」

(∪´ω`)「あの、えっと……」

ζ(゚ー゚*ζ「遠慮しなくていいのよ、ブーンちゃん」

(∪´ω`)「……ヒートさんのおりょうり、たべてたい……です……お」

429名も無きAAのようです:2016/08/30(火) 20:48:42 ID:t6mV4x2M0
ノパ⊿゚)「……あたしの?」

全く予想していなかった言葉に面食らったヒートは、カートを押す手を止めてブーンを見下ろした。
以前にブーンが食べたヒートの食事は、ペペロンチーノだけだった。
それは二人が最初に会った日の夜の食事。
思い出のメニューだ。

(∪´ω`)「だめ……ですか?」

ノパ⊿゚)「いいけどよ、何であたしなんだ?」

(∪´ω`)「えっと……その……」

助けを求めるような目でデレシアを見るが、デレシアは微笑んだまま、ブーンに自力で想いを口にするよう促した。
しばらくそうして葛藤し、ブーンは頬を赤らめながら、勇気を出して言った。

(∪*´ω`)「ぼく……ヒートさんとおりょうり……すきで……
       それで……いっしょに、つくってみたくて……」

間があった。
そして、感情の爆発があった。
カートから手を離し、ヒートはブーンを抱き上げた。

ノハ*^ー^)「嬉しい事言ってくれるじゃないか、えぇ、ブーン!!
      よし、あたしと一緒に料理しよう!」

(∪*´ω`)「やたー」

ローブの腰の辺りが揺れているのは、ブーンの尾が喜びで反応している証だった。
左手でブーンを抱き上げたまま、ヒートは右手でカートを押し始めた。
その背中に背負う棺桶の重量を考えれば、彼女の膂力は大したものだ。
並の男よりも鍛え上げられた筋肉と無駄をそぎ落とした体は、彼女がその体を手に入れるために血の滲むような努力を費やしたことを如実に物語る。

仲のいい姉弟のように、二人は売り場を見て食品を手に取ってはヒートがブーンにそれについて教えた。

ζ(゚、゚*ζ

デレシアは慈母の目で二人を見ていた視線を店の片隅に転じさせると、途端に冷酷なそれに代わった。
科学者が実験動物を見るように、化学反応を見守るようにしてそこに立つ買い物客を睨む。
腰を曲げた老人。
熟練の探偵が注意深く観察してみても、老人の挙動にしか見えないだろう。

だがデレシアは、その老人がこちらに注意を払っていることに気付いていた。
恐らくは、ティンバーランドに属する人間だろう。
今すぐに撃ち殺すことは勿論の事、誰にも気づかれずに縊り殺すことも出来る。
その選択は後でも選べるし、今は、相手に情報を与えておいても問題はない。

430名も無きAAのようです:2016/08/30(火) 20:49:24 ID:t6mV4x2M0
むしろ、こちらが与えた情報を基に動いた方がこちらも予想がしやすい。
さて、これで相手はこちらがこの島に上陸したことを把握したことだろう。
これによって、相手がとる行動を制限する事が出来る。
実に不便で哀れな連中だ。

こ ち ら の 位 置 が 分 か る た め に 、 行 動 が 制 限 さ れ る と い う 事 は 。

ノパー゚)

ヒートもその視線に気づいており、デレシアに視線を向けた。
彼女も同じように、相手の監視をそのままにしておく方が得策だと判断したようだ。

(∪´ω`)「ヒートさん、これはなんですか?」

ノパー゚)「それは鮪っていうんだ」

(∪´ω`)「まぐろ」

ノパー゚)「そう、鮪だ」

ブーンはその視線に気づいた様子がなく、買い物と語学学習に夢中だった。
海鮮コーナーを見終えた二人は、すでにいくつかの食品をかごに入れていた。
今日の献立はヒートが考える流れになっている。
ならばデレシアは、二人が無事に買い物を済ませ、料理を作れるように見守る役割を担えばいい。

次々と買い物かごに入れられる食品から、デレシアは献立がゴーヤーを使ったチャンプルーと呼ばれる料理であることを見抜いた。
必要なのは豆腐、ゴーヤー、そして豚肉。
細かな調味料の類を除けば、全て揃っている。
バラ肉が用意できなかったため、ヒートはベーコンを代用するようだ。

デレシアは米を炊くのは時間と手間がかかることから、ロールパンを一袋手に取った。
パニアにはすでにいくつもの道具が詰まっており、そこまで広い空きスペースはない。
買い溜めは野営に向かない。
カゴにロールパンを入れ、デレシアは周囲にさりげなく視線を巡らせた。

会計を済ませてからも、三人を監視する視線は消える気配がなかった。
買い物袋をブーンと一緒に持つヒートは、デレシアに目配せした。
その目はこの後どう動くのかを訊いている目だった。
デレシアはそれに、何も気にする必要はないと微笑み返した。

恐らく、彼らは夜に騒ぎを起こすはずだ。
ジュスティアが駐屯している今、この昼間に事を起こすはずがない。
そこまでの下地を整える余裕はなかっただろう。
仮にあったとしても、彼らの性格を熟知しているデレシアは、昼間の襲撃はまだ先の事だと分かっていた。

荷物をバイクに詰め込みつつ、デレシアは一計を案じることにした。

ζ(゚ー゚*ζ「ちょっと、どこかの宿に行きましょうか」

431名も無きAAのようです:2016/08/30(火) 20:50:18 ID:t6mV4x2M0
そう言って、デレシアは二人を乗せてグレート・ベルの傍らにある宿を目指してディを走らせた。
石畳の道を通り、グレート・ベルの姿が大きくなってくる。
やがてある建物の看板を見つけたデレシアは速度を落とし、他の二人に声をかけた。

ζ(゚ー゚*ζ「……あそこにしましょう」

それは古びた石造りの三階建ての建物で、看板が無ければ民宿とは分からない。
申し訳なさ程度の看板も木で作られ、遥か昔にその塗装がはげ落ち、朽ちたものだ。
営業しているのかどうかも危うい。
トタンの屋根が付いた駐車場にディを停めて、木製の扉を前にした。

ノハ;゚⊿゚)「えらく味のある宿だな、おい」

ζ(゚ー゚*ζ「ここは基本的に無人だからね」

ノパ⊿゚)「無人の宿?」

ζ(゚ー゚*ζ「ずーっと昔にあったシステムなんだけどね。
       最低限の人間だけでやりくりするために、掃除担当の人間ぐらいしかいないのよ」

ノパ⊿゚)「それでやってけるのか?」

無人宿泊施設。
その仕組みが確立されたのは遥か昔で、費用をかけずに観光客を大勢招き入れるために生み出されたのが始まりだ。
ここでは無人のフロントで部屋の鍵を販売機で購入すれば、誰でも部屋を使うことが出来る。
料理は一切なく、ただの宿泊施設としての機能を備えたそれは、効率を徹底して求めた末に辿り着いた一つの到達点。

扉を押し開くと、そこには販売機だけが佇むだけで、人の気配はまるでない。
埃っぽい建物の床は木で作られ、歩くたびに軋む音がした。
ブーンの体重でも床は軋んだが、それは警報にもなる事を意味している。
滞在日数に応じた銅貨を販売機に入れ、空き部屋の鍵を手に入れる。

デレシアは鍵を持って三階まで上がり、殺風景な部屋に入るとすぐにカーテンを閉めた。
ヒートは部屋の鍵とチェーンをかけた。

ζ(゚ー゚*ζ「さて、今の状態について確認しましょう」

ノパ⊿゚)「スーパーからここに来るまでに一人、つけてたな」

ブーンをベッドの上に乗せて、ヒートは言った。
デレシアもヒートと同じ意見だったが、別の点で言えば、その数字は異なる。

ζ(゚ー゚*ζ「尾行は一人、でも、観察者は複数いたわ」

ノパ⊿゚)「っていうと?」

ζ(゚ー゚*ζ「一人はグレート・ベルの上から。
      もう一人は建物の上から見ていたわ」

432名も無きAAのようです:2016/08/30(火) 20:53:28 ID:t6mV4x2M0
カーテンを引いた窓の外に目を向け、デレシアはそう言った。
向けられていた視線は二種類。
一つは狙撃手のそれ、そしてもう一つは、捕食者のそれだ。

ζ(゚ー゚*ζ「さ、これから忙しくなってくるわよ」

そして、デレシアとヒートはこれからの動きについて話を始めた。
ブーンもその話を聞きながら、自分がこれからどう動いていくべきなのかを理解しようと努めた。
計画は単純だった。
そもそもの目的はニューソクの無力化にあり、ショボン一行の排除ではない。

彼らが襲ってくるのであればそれを叩き落とすだけで、攻め入るような真似は必要ないのだ。
備え付けのキッチンで湯を沸かして、デレシアは紅茶を三人分用意した。
ブーンのそれには、砂糖をたっぷりと入れた。
それは、このホテルに置かれている唯一の飲食物と言ってもいい。

ζ(゚ー゚*ζ「まずは私達を狙ってる人間がいる事を前提に、ニューソクを無力化しないとね」

ノパ⊿゚)「で、どこにあるんだ、そのニューソクは」

ζ(゚ー゚*ζ「ティンカーベルに幾つも島があるのは知っているわね?」

ノパ⊿゚)「あぁ、詳しい数は知らないけどな」

(∪´ω`)スズッ……
  つ凵

ζ(゚ー゚*ζ「その島の一つに、グリグリ島っていうのがあるの。
       島の地下にニューソクがあるわ。
       と言っても、一度も稼働したことがないから、動くかどうかは元から分からないけどね」

ティンカーベルを代表するのはバンブー島、グルーバー島、オバドラ島だが、それ以外にもジェイル島などの小さな島が多く存在する。
グリグリ島もまた、そう言った小さな島の一つ。
特長と呼べる特徴もなく、住んでいる人間もいない。

ζ(゚ー゚*ζ「そこに行くには、グルーバー島から船を出さないといけないの。
      周囲は人工と天然の岩礁で木製の船からあっという間に沈んじゃうわ」

ノパ⊿゚)「なら、どうするんだ?」

ζ(゚ー゚*ζ「海が駄目なら地下を使えばいいのよ」

ノパ⊿゚)「……連絡用トンネルでもあるってのか?」

ζ(゚ー゚*ζ「その通り。 作業員用のトンネルがあるの。
      ただ、そのトンネルの入り口がちょっと面倒なのよ」

433名も無きAAのようです:2016/08/30(火) 20:54:25 ID:t6mV4x2M0
小さなメモ帳に、デレシアは島の地図を描いた。
島の南側。
そこに、とある施設がある。
正確には、施設の跡地が。

ζ(゚ー゚*ζ「元イルトリアの駐屯基地があるの。
       そこに入り口があるの」

ノパ⊿゚)「元、ってことは、今はどうなってんだ?」

ζ(゚ー゚*ζ「ジュスティアの駐屯基地よ」

そう。
島の有事に備えてジュスティアは駐屯用の基地をティンカーベルに用意しており、今はその有事の時だった。
基地には武器を持った兵隊たちが屯し、派遣された警察官たちも大勢いる事だろう。

ζ(゚、゚*ζ「ね、面倒でしょ?」

ノパ⊿゚)「確かに、面倒だな。
    だがよ、そこを使わないといけないんだろ?」

ζ(゚、゚*ζ「行こうと思えばやれるんだけど、あんまり好きじゃないのよね。
      円卓十二騎士も来てるし、面倒を増やしたくないの」

ノパ⊿゚)「円卓十二騎士って、そこまで厄介な相手なのか?」

ζ(゚、゚*ζ「そうねぇ…… 厄介と言えば厄介ね。
      ジュスティアの最高戦力で、おまけに所属に関係なく独立して動けるのよ。
      だからある意味、トラギコと同じぐらい厄介ね」

ジュスティアの最高戦力ともなればトラギコとは違って多くの組織を自由に動かせる権限を持ち、一度恨みを買って追いかけまわされれば、旅自体に支障が出てしまう。

ノパ⊿゚)「そりゃヤだな」

ζ(゚、゚*ζ「もう一つあるわ」

他にも円卓十二騎士が厄介な点がある。
彼らの大好きな言葉は正義であり、不正を決して許さない。
犯罪者を前にすれば、警察官以上の正義感で仕事を果たそうとしてくる。
ヒートが殺し屋の“レオン”だと分かれば、例え緊急時だとしても見逃すことはない。

その点に注意をするようデレシアが伝えると、彼女は返事をする代わりに紅茶を啜った。

434名も無きAAのようです:2016/08/30(火) 20:56:07 ID:t6mV4x2M0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
August 9th
                            厶 --====ミ
     /三三三三三ミト、      __,. -===   ̄ ̄ ̄ ̄/
     .∨         `ヾヽ  ,. 彡 ´           /
      :∨            \Y/             /
      : r∨          | |              /
      入∨             | |           ,.  ´ ̄}
     :〈  ) )           | |          (_,..  ´ ̄}
PM07:21
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

それに最初に気付いたのは、ブーンだった。
夕食の時間を過ぎてからも文句一つ言わず、オアシズでもらったスウドクの本を黙々と解いていた手を止め、窓の外に目を向けた。

(∪´ω`)「お?」

次に気付いたのは、デレシアだった。
僅かに遅れて、ヒートも気付いた。
何やら、街が騒がしい。

ζ(゚、゚*ζ「……何かしら」

(∪´ω`)「かじ……?」

答えを出したのはまたもやブーンだった。
彼の耳は人間のそれよりも遥かに発達しており、外の声を聞き取ることなど造作もない。

ζ(゚、゚*ζ「ブーンちゃん、ヒート! 耳を塞ぎなさい!」

(∩´ω`)「お」

ノ∩゚⊿゚)「ん?」

その判断の正しさが、窓を震わせる大音量の鐘の音によって証明された。
デレシアはこのタイミングで起きた二つの動きを関連付け、それがティンバーランドの人間が仕掛けた物だと結論付けた。
この鐘の音は何かを隠すための物で、火事は鐘の音を鳴らすための物だ。
なりふり構っていられないという事なのだろう。

ティンバーランドの人間は、よほどデレシアに強い恨みを抱いたのだろう。
それでこそ、潰し甲斐があるというものだ。

ζ(゚、゚*ζ「建物を出るわよ!」

相手の次の動きを読み、デレシアは建物から出ることを選んだ。
二人に窓から離れるように指示を出す。
鐘の音が声による意思疎通を完全に遮断していた。
しかし、ヒートにならばデレシアの意図は伝えられるはずだ。

435名も無きAAのようです:2016/08/30(火) 20:56:48 ID:t6mV4x2M0
身振りでこれからカーテンを開くが、そのタイミングで部屋の明かりを消すように伝える。
ヒートはそれを理解し、デレシアが動くのを待った。
デレシアの見立てではグレート・ベルに狙撃手が一人いるが、大した脅威にはならない。
こちらが窓から飛び出しでもしない限り、角度と言う最大の問題がある。

高所から遠距離を狙う狙撃手は、その性質上、足元が死角となってしまう。
今回デレシアが鐘の音を我慢してでもこの宿を選んだのは、狙撃の目を摘むためでもあった。
本気でこちらを殺そうと思っているのならば、狙撃手だけでなく、別の部隊も来ているだろう。
しかし、グレート・ベルに狙撃手がいるというのも、別働隊も全てはデレシアの推測にすぎない。

そこで、狙撃手に一発撃たせることで、その位置と存在を確かめようと誘うことにした。
デレシアは窓の前に立ち、カーテンに手をかける。
合図をして、一気にカーテンを引いた。
部屋の電気が消え、デレシアがその身を軽やかに翻した瞬間、窓ガラスが割れた。

だが銃声は鐘の音のせいで一切聞こえず、床に開いた小さな穴だけが銃撃が確かにあった事を物語っている。
角度を見て取っていたデレシアは、それが間違いなくグレート・ベルから放たれた物だと察した。
となると、当初の予定ではやはり狙撃によってデレシア達を亡き者にしようとしていたのだろう。
この宿にデレシア達がやって来た時点で計画は破たんしたと判断するべきだろうが、おそらく、別の目的もあって火事を起こしたのだろう。

ならば別の人間達がデレシア達を追うべく配置されているはずだ。
手を空けるため、二人にヘルメットを被るよう指示をする。
これで多少の音は防げる。
また、顔も隠せるため、万一の襲撃者がいたとしても時間を稼げるだろう。

デレシアは左手でデザートイーグルを抜き、それを構えて部屋の扉を蹴り破った。
蝶番ごと吹き飛んだ扉は向かいの壁にぶつかって砕け、細かな木片が散った。
鐘が鳴るたび、床板も床に散った木片も振動していた。
デレシアが先行し、その後にブーン、そしてヒートが続く。

彼女の手にはすでに銃が握られていた。
難なく一階まで降りて来たデレシアは、胸のどこかにあった違和感の正体に気付いた。
これはテストなのだ。
デレシア達がどう動くのか、どのような人間なのかをシュール・ディンケラッカーとデミタス・エドワードグリーンに見せるための試験。

出方を窺うためのから騒ぎなのだ。
本気ならば、部屋の前にクレイモアを仕掛けたり、建物を爆破したりすればいい。
成程。
前回の反省を生かすという点で言えば、相手も少しは成長したようだ。

デレシアは駐車場に向かい、ディに跨る。
視線が、夜空をオレンジ色に染め上げる方角に向けられた。
間違いなく、エラルテ記念病院の方角だった。
そこはトラギコが入院しているはずの病院で、そこが燃やされている可能性は高かった。

ζ(゚、゚*ζ「……」

436名も無きAAのようです:2016/08/30(火) 20:59:27 ID:t6mV4x2M0
憤りを抑え、デレシアはバイクを山に向けて走らせた。
最初の予定通り、キャンプサイトを拠点として使えばいい。
もっとも、そのキャンプ場さえ特定されている可能性の方が高いだろうが。
夕食を摂る時間ぐらいは得たいものだ。

尾行者がいない事を確認しながら、デレシアはアクセルを捻った。
すっかり日の暮れた山道は、当然だが、午前とは違う表情を見せていた。
迷い込む者を歓迎する、夜の口腔。
獣の潜む魔城。

街灯などと言う気の利いた物はなく、月と星だけが頭上から彼女達を照らしていた。
ディはすでに記憶された道を走っていることを理解しており、デレシアの運転と路面に合わせて最適な走行状態を選んでいる。
悪路はただの路として三人の前に広がり、ディは難なくそれを走破した。
宿を出てから三十分後、三人はキャンプサイトに到着した。

タープの下にディを停め――キーは差したまま――、パニアから食材を取り出した。
ヒートはテントからランタンを取り出し、そのスイッチを入れてタープから吊るした。
鐘の音はまだ響き続け、消火活動のために走る消防車のサイレンも合わさった。
山から見下ろすと、やはり、燃えているのはエラルテ記念病院の様だった。

だが森に住む生物たちは何事もなかったかのように、各々の歌を歌い、蠢いている。

ノパ⊿゚)「やっぱり来やがったな」

ζ(゚ー゚*ζ「そうね、でもあれは様子見のための動きね。
      本命は別のタイミングにあるはずよ」

ノパ⊿゚)「様子見だったら、あれはあたし達がどう反応するかっていうのを見るのが目的だったってことか?」

ζ(゚ー゚*ζ「その通り。そしておそらく次は、戦闘方法を盗み見ようとするはずよ。
       それでデータは揃うはずだから」

襲撃の際に知っておきたいのは、相手の行動パターンだ。
攻撃と逃走。
この二種類の行動さえ見ることが出来れば、襲撃方法を考案することが出来る。

ノパ⊿゚)「なら、その前に飯を食わなきゃな。
    ブーン、腹減ったろ?」

(∪´ω`)「……お」

ノパー゚)「遠慮すんなって。
    今からちゃっちゃと作るから、手伝ってくれるんだろ?」

ナイフとアウトドア用のまな板――把手が付いている――を手に、ヒートが緊張や苛立ちを感じさせない優しげな声でブーンに話しかけた。
その笑顔と声に感化されたのか、ブーンは不安そうだった表情を綻ばせた。
早速調理を始め、ブーンは野菜の下ごしらえをすることになった。
デレシアはナイフの使い方をブーンに教え、手本としてゴーヤーを切った。

ζ(゚ー゚*ζ「中の種は綺麗に取ってあげるのよ」

437名も無きAAのようです:2016/08/30(火) 21:01:49 ID:t6mV4x2M0
(∪´ω`)「お!」

街で起きている喧騒をものともせず、三人は和気藹々と食事を作り始めた。
バーナーに火を灯し、クッカーを乗せてそこでベーコンを焼く。
ベーコンから染み出した油を利用し、切り分けたゴーヤーと豆腐を混ぜ、塩コショウで味を調える。
炒め終えたチャンプルーを皿に取り分け、主食となるロールパンと共に食べる事となった。

ブーンは調理中、ヒートが手際よく食材を切り、それを炒める様子をじっと見ていた。
その目は好奇で嬉々として輝き、ヒートの動きは魔法のように見えたことだろう。
瞬く間に調理を終えた料理を前にして、ブーンの尻尾は終始揺れ続けていた。

ノパー゚)「さ、何はともあれ飯だ、飯!」

(∪*´ω`)゛「おー!」

ζ(゚ー゚*ζ「美味しそうね」

ノパー゚)「ちょっと薄味だが、口に合えばいいんだけどな」

ヒートが何故薄味にしたのか、考えるまでもない。
ブーンのためを思っての事だ。
彼は聴覚や視覚、嗅覚だけでなく味覚も人間よりも発達している。
濃い味付けの物は彼にとって毒に成り得る。

ζ(゚ー゚*ζ「いただきます」

ノパー゚)「いただきます」

(∪´ω`)「いただきますお」

三人は口を揃えてそう言ってから、皿に盛られた食事を食べ始めた。
ブーンが幸せそうにチャンプルーを口に運ぶ姿を見て、ヒートは嬉しそうに微笑んでいた。

ノパー゚)「どうだ? 美味いか?」

(∪*´ω`)「はい!」

ζ(゚ー゚*ζ「お世辞抜きに美味しいわ」

デレシアもこの味付けが気に入った。
ゴーヤーの苦みと塩味が絶妙に合わさり、夏の味を感じさせる。
豆腐とベーコンもいい仕事をしており、味に物足りなさを感じるという事もない。
練り込まれたバターの味がするロールパンとの相性も良く、この夕食は先ほどまでの緊張状態を和らげてくれた。

ノハ*^ー^)「そりゃ良かった」

ヒートの笑みはデレシアとブーンの言葉に向けての反応だったが、本当は、ブーンの言葉と反応が彼女を笑顔にしたのだと分かる。
日に日にブーンとヒートの距離は近いものになり、歳の離れた姉弟そのものへと変わっている。
実に喜ばしく、良い事だ。
調理したチャンプルーを全て平らげたブーンは、パンをちぎってそれで皿を拭った。

438名も無きAAのようです:2016/08/30(火) 21:02:57 ID:t6mV4x2M0
ζ(゚ー゚*ζ「あら、偉いじゃない!」

(∪´ω`)「お?」

ζ(゚ー゚*ζ「パンでお皿を拭うの、偉いわ」

(∪´ω`)「えっと…… ししょーが、こうしたほうがいいって……」

ブーンにとっての師匠とは、ロウガ・ウォルフスキンの事である。
イルトリアの軍人であり、前市長の護衛。
狼の耳と尾を持つ耳付きの彼女の実力はヒートをも凌駕し、棺桶を使っての戦闘でも引けを取らない事だろう。
“レオン”の能力が如何に優れていても、使い手の経験値が低ければ意味がない。

ロウガの経験値は、殺し屋として生きてきたヒートを遥かに凌ぐ。
彼女は生粋の戦闘家。
キャリアが違う。
オアシズで訓練がてら手合わせをしてヒートが負けたのは、必然としか言えない。

それでも、ヒートはまだ強くなるだけの余地がある。
ロマネスク・O・スモークジャンパーとロウガの意見と同じように、彼女のこれからに期待できる。
食事を終えた三人はそれぞれの食器を持って炊事場に向かい、それを丹念に洗った。
洗い終えた食器を持ってテントに戻る途中、デレシアは二人に提案をした。

ζ(゚ー゚*ζ「この後、せっかくだからテントでゆっくりと寝ましょうか」

ノハ;゚⊿゚)「……マジか?」

ζ(゚ー゚*ζ「休める時に休むものよ、人間はね」

確かに、この非常時に眠るのは敵に無防備な姿を晒すことになりかねない。
だが、休まないのも相手の思惑にはまることになる。
休息を怠った人間が普段では決してはまることのない罠にはまり、取り返しのつかない事態に発展するのは珍しい話ではない。
デレシアは休息の重要性を理解していた。

相手がこちらの力量、反応を調べる段階にあるのだとすれば、本命を投入してくることは考えられない。
使うとしたら、雑兵だ。
雑兵で計測を終えた後、本命として手元に置いているシュールとデミタスを動かすだろう。
ならば今は休む時だ。

この島で動くには、ジュスティアとティンバーランドの二つの勢力の目を掻い潜らなければならない。
一人ならば造作もないが、二人も同行者がいれば、そう容易に事は運べない。
だからこそ、休むのだ。
休息し、これからに備える。

それが最も理想的なこちらの対抗策だ。
攻め入る者と、それを受ける者。
有利に働くのは数で勝る方だ。
相手の戦力が読めない以上デレシアにとっての立場は後者、つまり、攻撃を受ける側という事になる。

439名も無きAAのようです:2016/08/30(火) 21:04:43 ID:t6mV4x2M0
こちらにとって生命線になるのは言わずもがな、相手の情報だ。
知る限りではショボンが関わり、それ以外の人間については現地で雇った雑兵ぐらい。
正確な数を知らないこちらが不利なのは言うまでもない。
ショボンと言う男は、それを知った上で、二人の人間を脱獄させたのだろう。

脱獄犯であれば情報は少なく、かつ、即戦力になるからだ。
彼らへの情報提供を兼ねて、今回の計画を練ったと考えれば、次もまた、有象無象の捨て駒を使ってくるはずだ。
それも、時間を空けて。

(∪´ω`)「あの……」

ζ(゚ー゚*ζ「ん? どうしたの?」

(∪´ω`)「ディは、何も食べなくていいんですか?」

補給、という単語を知らなかったのか、ブーンは食べるという単語を使った。
それがある意味で的確なため、デレシアは訂正することはしなかった。

ζ(゚ー゚*ζ「そうね、せっかくだからここのお水をあげましょうか」

ディはバッテリー、そして水を動力源として動く。
バッテリーも水もまだ十分にあるが、ブーンは自ら名付けたバイクに何かをしたくて仕方がないのだ。

(∪*´ω`)゛「おっ」

自分にも何かが出来ると分かったブーンは、その日で一番の笑顔を浮かべた。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
August 10th
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AM00:58
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

それは、火事の騒ぎも静まり、キャンプサイト全体も虫の鳴き声しかしなくなった深夜の事だった。
川の字になって寝ていたデレシア一行は、静まり返っていた山に響いたエンジン音で目を覚ました。
高いエンジン音が複数。

ζ(゚ー゚*ζ「お客さんよ」

ノパ⊿゚)「……リハビリがてらだ、あたしがやるよ。
     運転を頼む」

ζ(゚ー゚*ζ「よろしく、ヒート」

440名も無きAAのようです:2016/08/30(火) 21:06:32 ID:t6mV4x2M0
二人はヘルメットを被る。
すでに戦闘準備は整っていた。

(∪うω`)「お……」

まだ寝ぼけているブーンを抱えて、デレシアはディに乗った。
起きている状態ならまだしも、眠っている状態でバイクにそのまま乗せるのは危険だ。
ブーンを後ろに座らせ、ローブを使って彼とデレシアをしっかりと結び付けた。
その後ろにヒートが乗り、同じようにしてデレシアと自分をローブで固定させ、それからブーンにヘルメットを被せた。

ノパ⊿゚)「よっしゃ、いいぞ!」

ζ(゚ー゚*ζ「ちょっと激しいドライブになるけど、しっかりね」

ノパ⊿゚)「任せな」

キャンプサイトの入り口に、一つ目のライトが浮かんだ。
そして、続々と現れたのはバイクのヘッドライト。
総勢で十台以上はいるだろう。
深夜という事を完全に無視した爆音を響かせて現れたバイクは、友好的な人間が乗っているとは思い難い。

各々が掲げるのは銃身の短いショットガンやアサルトライフル。
モーターサイクル・ギャングの特徴とも言える黒い皮のジャケットを着た彼らは、ライトに照らし出された蒼いバイクを見た時、反応が追いつかなかった。
ヒートが右手に持つベレッタM93Rの瞬きは、半数以上の男達の命を一瞬の内に奪い去った。
彼女のM93Rはフルオート射撃が可能なように改造されており、律儀にも自らの頭部の位置を示す格好で現れたのが仇となった。

デレシアはディを一気に加速させ、山道に入り込んだ。
遅れて銃声が数発響くが、すでにその射線上にデレシア達の姿はない。
慌てて後に続くオフローダータイプのバイクは三台のみ。
最後尾に4WDのランドクルーザーが続く。

ノパ⊿゚)「……っ!」

山道を登る四台のバイク。
性能の差は、瞬く間に現れた。
銃を構えるヒートはその照準が思った以上に揺れないことに驚いていたが、後続の三台はヘッドライトが上下に激しく動いている。
狙い撃つのは難しそうだが、やってやれないことはない。

狙いをヘッドライトよりわずかに上に向ける。
そこに胴体が必ずあるからだ。
そして銃爪を引き、一台が転倒した。
続く二台目は、それを踏みつけて追跡を続行する。

大した努力だが、とヒートは嘲笑した。
三発を連続で発砲し、二台目のバイクに乗っていた人間がバイクから落ち、しばらくの間オフローダーは無人のまま走ってから倒れた。
残りはオフローダーが一台と、車輌が一台だけ。

ノパ⊿゚)「しつこい連中だ!」

ζ(゚、゚*ζ「下り道になるから気を付けて」

441名も無きAAのようです:2016/08/30(火) 21:09:27 ID:t6mV4x2M0
ノパ⊿゚)「あいよ!」

デレシアの宣言通り、バイクは峠を越えたかのように急な下り道を走り始めた。
ブーンに背中を預け、ヒートはバイクが現れるのを待った。
飛ぶように現れたバイクに向けて、ヒートは弾倉を使い切るまで銃爪を引き続けた。
銃弾の当たり所が良かったのか、そのバイクは爆発を起こし、花火のようにばらばらになった。

残るは車輌。
だが、今ヒート達が走っている道には入ってこれないことは分かっていた。
となると、先回りされている可能性が考えられる。
弾倉を交換し、ヒートはデレシアの腰に手を回した。

ζ(゚、゚*ζ「飛ぶわよ!」

ノハ;゚⊿゚)「おっ!!」

反射的に、ヒートはデレシアの腰に回した腕に力を込め、ブーンが万が一にも落ちないように気を付けた。
そして、浮遊感。
舗装された車道に飛び降りた衝撃のほとんどはディのサスペンションが吸収し、無効化した。
速度と路面の変化を感じ取ったディはすぐに走行スタイルを変更させ、デレシアはそれに応じてギアを上げて速度も上げた。

すぐ後ろにはセダンが走っており、更にその後ろには追跡者であるランドクルーザーがいた。
バックミラーに映る二台の車両の内、敵勢力はランドクルーザーだけと判断したデレシアは、更に速度を上げて二台をミラーの点に変えた。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
August 10th
      '(ヽ(:::::::   ) ソノ  ))) /ヽ     ||  ((ヘ) (::::: (::::::::    \  へ  )
       ヽ(::::::::   )ノ ノ/|| /  \       |:|   (:::: ( (:::::::::: ⌒      )
        `ヽ从人/ノ::::: ))  || /    \     |:|   ヽ从ヽ(::::::::::   ソ    )'
           |;;:::: |'ヽ,、,、ノ   /        \         |l| (::::::      ) ソ )
           |;;:::: |/|::|  /           \         |l| 〃(::::::: ノ )ノ)
           |;;:::: |  |::|  /             \       |l|  ( ノ人从ノ)ノ))
           |;;:::: |  |::| ./             \       .ゝ|:::::::: |ノ
         /|;;:::: |  |::|/                   \       |:::::::: |
       /  |;;:::: |   /                      \      |:::::::: |
AM01:23
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

それに気付いたのはヒートだった。

ノパ⊿゚)「……何か来るぞ」

音が接近してくるのもそうだったが、小さな明かりが近付いてきていた。
車でも、バイクでも有り得ない程の速度。
カーブをものともせずにやって来るそれは、こちらを追っているのだと分かる。
そうでなければ、あれほどの速度で走る必要がないからだ。

デレシアはミラーに一瞬だけ目を向け、答えを出した。

442名も無きAAのようです:2016/08/30(火) 21:10:07 ID:t6mV4x2M0
ζ(゚、゚*ζ「……あぁ、やっぱり。
      さっきのセダンに乗ってたの、ライダル・ヅーだったのね」

ノハ;゚⊿゚)「……あの、ライダル・ヅーか?」

ジュスティア市長の秘書である彼女の事を、ヒートは聞いたことがある。
幾度も死刑判決を言い渡し、死神とさえ呼ばれる彼女は、ジュスティアの体現者の一人だ。
一度掴まり、彼女が事件を担当した時には死を覚悟しなければならないと言われるほどの冷酷さ。
その女性がこの島にいるのは、ジュスティアがよほど事態を深刻に見ているからに他ならない。

ζ(゚ー゚*ζ「ま、イージー・ライダーだから大丈夫よ。
      顔を向けないように気を付けてね」

ノハ;゚⊿゚)「何がどう大丈夫なのか分からないんだが……」

鬼火の様な光が接近してくるのを見て、ヒートはそれが人型である事に気づき、驚愕した。
コンセプト・シリーズの棺桶だ。
高速で走るディに追いつけるほどの速度で迫るそれに、ヒートは銃を向けようとしたが、諦めた。
この弾丸では、装甲を破ることは出来ない。

(::[ ◎])『そこのバイク、止まりなさい!』

バイクを転倒させられたら、こちらは間違いなく死ぬ。
追いつかせるわけにもいかないため、ヒートは背負っている棺桶を使おうか逡巡した。
だがそれは必要なかった。

ζ(^ー^*ζ「ディの方が優秀ってことよ」

その言葉の意味を理解したのは、デレシアが突如として進路を山中に向けた時だった。
未知の変化を察知したディはオフロードタイプに切り替わり、悪路をものともせずに走るが、後ろにいた棺桶は車道からついて来ようとしなかった。
否、ついてこれないのだ。
急斜面と悪路を前に恐れをなして、その足を止めたのだ。

ζ(゚ー゚*ζ「舗装路でしかあの速さを発揮できないのよ、あの棺桶は」

その一言は、ヒートの中にある疑問を更に増長させた。
強化外骨格は非常に多くの種類があるが、コンセプト・シリーズの棺桶はそれ一種類しか存在しない。
量産機ではないのだ。
だから、その名前と能力を一致させるためには古い文献――イルトリアに保管されているとされる書物―――か、実際に戦闘をしなければならない。

デレシアは先ほどの棺桶の名前だけでなく、弱点まで知っていた。
果たして、彼女はこの世界の何を知っているというのだろうか。
いや、逆だ。

443名も無きAAのようです:2016/08/30(火) 21:11:34 ID:t6mV4x2M0
.





彼 女 の 知 ら な い 物 は 、 こ の 世 界 に あ る の だ ろ う か。






Ammo→Re!!のようです Ammo for Reknit!!編
第一章【rider-騎手-】 了

444名も無きAAのようです:2016/08/30(火) 21:12:15 ID:t6mV4x2M0
ちょっと途中で止まってしまいましたが、これで第一章は終了です。

何か質問、指摘、感想などあれば幸いです。

445名も無きAAのようです:2016/08/30(火) 22:07:06 ID:cEh5Oss20
乙乙
Vipでも読んだけど面白い。
出てきた新キャラの中で1番気になっているのが、ジョルジュ・マグナーニなのでこのあとデレシアとどう関わっていくのか気になりますね。
差し支えなければでいいんですけど、ジョルジュ・マグナーニのモデルはダーティハリーの警部さん?

446名も無きAAのようです:2016/08/30(火) 22:11:29 ID:t6mV4x2M0
>>445
おっ!
その通りです!
彼の持っている棺桶も起動コードもまんまあの人です!

447名も無きAAのようです:2016/08/30(火) 22:19:17 ID:cEh5Oss20
>>446
あっ、やっぱりそうなんですね。
ということはジェイソン・ステイサムがモデルのキャラが出て来る可能性もあるな。トランスポーターとかメカニックとか。
質問に答えてくれてありがとうございます。

448名も無きAAのようです:2016/08/31(水) 16:57:52 ID:QXA/Bgv20
>>442
未知の変化→道の変化?
未知の道ってかけてる?

449名も無きAAのようです:2016/08/31(水) 21:03:49 ID:DYpp8EZc0
>>447
(=゚д゚)「……」
https://www.youtube.com/watch?v=VSB79jprKow


>>448
誤字で……ございまする……

450名も無きAAのようです:2016/08/31(水) 22:23:12 ID:YTeS0Z0g0
>>449
トラギコさんすいませんでした。orz


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