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仮投下スレ

1 ◆ME3hstri..:2009/04/05(日) 21:43:33 ID:5UembPjM0
何らかの事情で本スレ投下が出来なかったり、本スレ投下の前に作品を仮投下するためのスレです。

1141 ◆JvezCBil8U:2011/07/25(月) 18:41:32 ID:NxHj/da.0
代理投下してくださった方々へお礼を、非常に助かりました。
長い話なのにほんとうにありがとうございます。

1142 ◆RLphhZZi3Y:2011/09/15(木) 11:19:20 ID:8hW82z.c0
こちらへ投下します

1143ロシアンルーレット・マイライフ:2011/09/15(木) 11:20:07 ID:8hW82z.c0


――逃げよう。



その結論に至った。
ナイブズはいない。
足手纏いの小娘もいない。
レガートもいない。
敵対するような人の気配もない。
ナイブズから、深夜の宴から逃れられる好機は今しかない。

全ての物事には好機があり、十分か不十分かを判断して乗るかを決める。
ミッドバレイが生きていられたのは、見せかけの好機に結果的に乗らなかったのが大きかった。

今目の前を通り過ぎようとしているのは、見せかけでもデコイでもない、正真正銘好機(チャンス)の神だった。
自分自身のためにフューネラルマーチを演奏せずに済む、これ一度きりの機会。
死の恐怖から逃れられる。



趙公明に突き付けられた招待状など、犬にでも食わせて無視を決め込みたかった。
GUNG-HO-GUNSも人外甚だしい集団だが、あれは雷電らどころの騒ぎではない。
とんだバーサーカーな上、戦闘を楽しめるのならば手段を選ばないタイプだ。
その趙公明に、別の参加者に快楽を取られないようにナイブズ共々唾をつけられた。

競技場には恐らく、空中で戦闘をしていた、拳銃でも音を支配しても殺す一手にすら届かない獣も来る。
小娘を人質にとったようにまだ餌を拾っていたのなら、ガサイ・ユノと再会する可能性も捨てきれない。
そもそも既に残り人数が二割程度にまで減っているのだ。
生き残りは相当な猛者だ。
少年探偵や小娘のように保護下に置かれている者、命果報の強運の持ち主が若干名いそうだが、それは数に入れない。

強者同士が相討ちになって欲しい願いはある。
だがそれこそが、自分ではもう口に出せない、出してはいけない二文字。
『希望』だ。
絶望は毒、希望はもっと毒だ。
死線へ飛び込んだらその結末は、自分が死ぬか、すがりついたなけなしの希望をぶち壊されるかのどちらかである。


それでも、少しでも長く生きることに、死を先伸ばしすることに執着がある。
……執着して何が悪いのだ。
行けば確実な死、戻ってもどのみち死。
どちらかのデッドエンドを選ばざるを得ないのならば、好機に乗ってみるのも抵抗として良いものなのかもしれない。

葉巻を噛みすぎ、先端にくっきりと歯形がついた。
地面に落として火を揉み消す。その足は震えていた。

わかっている。これは完全なる一人相撲なのだ。

1144ロシアンルーレット・マイライフ:2011/09/15(木) 11:20:37 ID:8hW82z.c0

『何故おめおめとしているミッドバレイ。
 もう二度と好機は現れないぞ』


天使か悪魔か、それともヴァッシュに憎悪を抱いていたGUNG-HO-GUNSの忠告か。
残り短い命を秤の片側に乗せても、恐怖という分銅が置かれた皿は下がったままだった。

早くナイブズの手が届かない、競技場とは真逆へと向かおうと気が急く。

葉巻を懐へ忍ばせ、キーは車に差したまま離れる。
発車の音でナイブズに気づかれないようにしたかった。

この選択が自分を生かすか殺すか。
相手のいないロシアンルーレットをしているも同然だ。

車から三十メートルほど離れたところで、音界の覇者たる耳が、絶望の音を捉える。
ナイブズとは違うベクトルの、髪の毛すら逆立ち弥立つ恐怖が降ってきた。

白濁の風が、今しがたまでいた場所に刺さる。
垂直落下し奇襲をかけてきた黒い巨体を避けられたのは、鋭敏な耳の賢明な判断によるものだった。
咄嗟に避けてから、趙公明が両断した男と同じ道を辿るところだったのだと思考が追い付いた。
もうもうと土煙が立つはずの地面はみぞれで湿っており、巨体の姿を隠してはくれなかった。

「……楽しめる人間ではあるようだな……」

死神の如き剣を抱えたソレは、ミッドバレイから一切の希望を奪い去った化物そのものだった。
寒夜のせいで化物からは湯気が沸き立ち、好戦的な殺気と共に放っていた。

「来ないのであればオレから――」

化物の言葉など最後まで聞かなかった。
勝ち目など、頭の隅にもない。
ただ真っ先に、最も適当だと思われる行動を取っていた。

サックスのマウスピースをくわえ、肺腑に空気を溜める。
後退、すなわち車へ向かいながら、金管へ息を吹き込んだ。

ミッドバレイと化物を中心に、無音地帯が広がる。
化物の言葉が途中から途切れた。
声が通らないことに多少の驚きを隠せなかったのか、マイクのテストでもしているように喉を振るわせていた。
おおかた「あーーー」とでも言って無音状態を試していたのだろうが、化物の姿では読み取れなかった。

そして、奴は笑った。
笑ったように見えた。
化物はミッドバレイに、戦闘する価値を見出だしたのだ。
音を武器とする者は多くないと踏み、化物にとっては未知の力であろう無音を作り出し時間稼ぎに使った。
音で攻撃するより無音にした方が、状況理解に時間がかかり少しでも長く足止めできるだろう。

読みは的中したのだが、ミッドバレイがした行為は、手袋を投げることによく似ていた。

サックスを吹きながら車へ一散走る。
呼吸の乱れを無音空間の揺らぎにしないように、走る姿とは裏腹に恐ろしく繊細に奏でる。
焦燥と恐怖に駆られながらも、ナイブズからの逃亡には理由ができたといらぬ考えがよぎった。

車の更に先に、工場から出てきたもう一つ影があった。
闇夜で確認しづらいが、まだ少年の域を出ない年の若い男だ。
そいつも何かから追われるように走っている。ナイブズとでも一悶着あったのだろう。


だが。
辞めろ。
来るな。

遂にマウスピースから口を離し、大声で叫んでしまった。



「車を……取るなああああああぁぁっっ!!!!」



ミッドバレイとまだ子供にしか見えない男は同時に車へ着いた。
しかし車の鼻先が工場側に向いていたのが災いした。
運転席へ座ったのは子供の方で、ミッドバレイが助手席のドアを開けて子供を突き飛ばそうとした時には、既にエンジンがかかりアクセルが思いっきり踏まれていた。

1145ロシアンルーレット・マイライフ:2011/09/15(木) 11:21:03 ID:8hW82z.c0







「何だよあの獣ハ!!?」
「知るか!!!」

工場を出た途端に獣が襲撃する場に出くわしてしまったリンと、突然駆けてきた正体不明の子供に操縦権を奪われたミッドバレイ。
狭い車内で二人の混乱が錯綜する。

運転席へ乗ったはいいものの、リンは運転などした試しは無い。
車を運転する様子を見たことは何度かあった。
それだけだ。
キーを回しギアを動かしてペダルを踏めば動く。
あとは全然わからない。
リンの運転の知識はその程度だった。

この車は現代日本ではありふれたオートマ車だった。
床に密着するほどアクセルが踏まれていたが、車は動かない。
サイドブレーキが上がったままなのだ。
負荷がかかり、引き絞ったアクセルのせいでエンジンが妙な回転音をしている。

ミッドバレイはすぐにでも子供を殺して運転席を開けさせたかったが、死骸を外に出して運転席へ座る暇も残されてなかった。
ゾッドはもう追い付く。
獣の巨体が車内の視野から消える。
真上には刃の気配。




「――ッ、南無三!」

好機も何もない。
もはや運否天賦。
ミッドバレイは助手席から、サイドブレーキを降ろした。

ゾッドの攻撃の寸前で、車は急発進する。

前輪が上がっているのではないかと不安になる発車スピードだった。
自身が車を動かしているにも関わらず、リンは"信じられない物に乗ってしまった"と目を丸く見開いていた。

サイドミラーを頼りに、ミッドバレイは無駄だと知りつつもベレッタを放つ。

的は大きいが、弾は掠めただけのようだった。
舌打ちし、ベレッタを腰のベルトへ挟み込む。

スピードメーターはどんどん上がるが、進行方向先には工場が聳えていた。
ハンドルをほとんど切っていない。
エイトの介護ジェットの体当たりで吹っ飛ばした扉へ一直線に突進する。
ゾッドは追ってくる。

「ブレーキを踏め! ぶつかる気か!」
「このまま工場内を突っ切ル! というか、ブレーキってどこだヨ!?」
「アクセルの横だ!」
「アクセルとブレーキ一緒に踏んだらどうなるんダ!?」
「壊れるに決まっている……もういい、どけ!」
「もう遅イ!」

焦りと興奮で、ニヒリストのミッドバレイが珍しく怒鳴り散らす。
売り言葉に買い言葉と、リンも声を荒らげる。
押し問答を繰り返している間に、車は工場へ乗り上げた。

すっとんだ扉は車が充分通れるだけの広さはあった。
火花を散らして工場内の次の扉を抜ける。
運転席側のサイドミラーが扉の枠にぶつかって遥か後ろへ飛んでいった。

ゾッドはまだ来ている。
血の海を横目に、折れて飛んでいったサイドミラーをあの剣で両断して追ってきた。

1146ロシアンルーレット・マイライフ:2011/09/15(木) 11:23:12 ID:8hW82z.c0
――ゾッドは闘いに飢えていた。
  ガッツと趙公明との戦闘はメインディッシュとして後へとっておいた。
  キンブリーはまだ一応手を出さないでおく。
  腹は満たされ、武器も調達した今、やることは決まっている。
  音を支配し、見慣れぬ鉄の車と鉛の飛び道具を操り反撃してくる。
  闘うに値する興味深い相手が見つかった幸運を嬉しく思っていた――





いくら通路が広いとはいえ、車が往来できるように設計されているはずがない。
アクセルと、教わったばかりのブレーキを何とか操る。
側面が早くもボコボコになった車が工場を駆け抜ける。
パラパラと、工場が崩壊の予兆を見せ始めた。

今まで通路は直線だったが、リンは一瞬ハンドルから片手を放し左を指差した。

「あそこ曲がりたいんダ!」

ミッドバレイが見たのは、車が直角にでも曲がらなければ通れないT字の通路だった。
ただでさえ通るのがギリギリな通路で左に曲がりたいと無茶苦茶を言う子供に、
そして追ってくる化物に、ミッドバレイは心底恨みの念を募らせた。

白濁の剣はすぐ後部まで近づいている。

……今日はどれだけ他人に妥協と迎合をしてきたのだろう。
現状はその選択の余地すら許さない。

「……限界までアクセルを踏んでから、すぐにブレーキを共に踏め」
「壊れんじゃなかったのカ!?」

答えないミッドバレイに、リンは自分の言った無茶がどれだけ大事なのかを知る。

角の手前でリンはシートベルトを今更締める。
アクセルを踏みつける。
そして高い所から飛び降りたように、両足でペダルをダンッと押し付けた。



   バルルルルルルルルッ!!



とんでもない吹かし音が出てきた。

アクセルとブレーキを同時に踏むと、安全面の問題でブレーキが優先される。
しかし急に止まる訳ではない。

助手席を抱えフロントガラスとの衝突を避けながら、ミッドバレイはギアをバックに入れる。
次の瞬間、リンの手をはたき落とし、ハンドルを目一杯左へ回した。
タイヤが甲高い悲鳴を上げる。
更にサイドブレーキを引く。
車は一気に横を向き、トランクルームが今まで通っていた通路の右壁にぶつかる。
即座にサイドブレーキを降ろす。

後部はぐしゃぐしゃになったが、ボンネットはリンが指した通路へ突っ込んでいた。
運転席側の壁には右前輪が三十センチぐらい乗り上げている。
素早くギアをドライブへ叩き入れ、

「アクセルを踏め!」

リンはその通りに思いっきりアクセルを踏みつけた。
ミッドバレイはハンドルを右に切る。
ガリガリとホイールキャップが削れていく。
さっきサイドミラーが取れなければ、引っ掛かって進めなかった。
それほどギリギリの運転をかましたのだ。
バウンドして車は水平に戻った。

1147ロシアンルーレット・マイライフ:2011/09/15(木) 11:23:36 ID:8hW82z.c0
「――進行方向、シャッターが閉まってるぞ!」
「ここをブチ抜きに来たんダ!!」

直進へと直したハンドルをリンはまた握る。
シャッターが鎮座している袋小路へ、ミサイルのような勢いで突進する。

ミッドバレイは足を突っ張る。
リンに至っては、運転手にあるまじき目瞑り運転をしていた。

全てがスローに感じた。

まずナンバープレートがシャッターと対決し、あっさりとぶっとんでいった。
しかし次鋒のバンパーが小さくも穿つ。
一度穴が空いたシャッターは、ボンネットにより破られた。
普段なら耐えられるよう作られたシャッターも、度重なる戦闘により傷んでいたらしい。
ボンネットをくぐらせたシャッターは、フロントガラスを引っ掻き傷だらけにする。
リンが未だに目を瞑っている間に、ミッドバレイは座席を倒し、後部座席へ移る。

シャッターに空いた穴の縁が車の屋根を舐め、遂に突破した。

その先には、工場とはかけ離れた景色が待っていた。
寒色で塗り固められている。
大量の水がボコボコ循環する、巨大な水槽が立ち並んでいた。
観光地である水族館の通路は、工場とは比較にならないほど広かった。
しかし巨大な追っ手にも好都合でもある。

非常口のワープ空間の奇妙な気配をリンは感じており、どうにかシャッターを片付けられないか画策はしていた。
こんな形で破るとは想定外だったが。
そしてワープ先が水族館なのも嫌な意味で想定外だった。
周りは大量の水の壁。
何かの弾みでガラスが割れでもしたら、悪魔の実の能力者になってしまった身体では不都合である。


後部座席に青色の光が落ちる。
ミッドバレイがサンルーフを開けたのだ。

シャッターの穴からゾッドが追ってくるのが見え隠れする。
まだ逃走劇は終わっていない。

銃器だけは種類を持っている。
ミッドバレイがディバッグから出したのは、第一放送前に三人を葬ったイガラッパだった。
愛用のサックスの弾を残しておくためイガラッパを構える。

あの巨体がポップコーンのように弾をはじく、嫌なイメージが浮かぶ。
散弾銃ゆえ、一撃必殺の用途ではない。
人間ならまだしもあの獣に対しては、期待できないほど威力が弱いだろう。

ミッドバレイは運転席の座席を後ろから蹴り上げる。

「目を開けろ……死にたいのか」
「細目で悪かったナ、もう開けてル!」

1148ロシアンルーレット・マイライフ:2011/09/15(木) 11:24:11 ID:8hW82z.c0
早く化物を車から引き離し、運転席の子供を殺処分して、より遠くへ逃げなければならない。

刃が大穴の空いた鉄製シャッターを、剃刀が紙でも切るように横一文字に寸断した。

「集中しろっ……」

移動する車での演奏など、ドップラー効果の影響をもろに受けるシチュエーションだ。
キャラバンの音楽隊でもやらない。
こんな悪条件、今後は御免蒙る。

風を、吸い込む。



     ――――ッ……



途絶える。
エンジン音、水音、銃声、破壊音、全てが消える。
どこまでも静寂である。

神経が倍磨り減ったとはいえ、五線譜にも載っていない音色は、通常と遜色ない働きで相殺していた。

二度目の無音に寸時反応した化物。
その一瞬に貴重な散弾銃を懸けて引き金を引く。



     ッ!
     ッッッッッ!
     ッッッッッッッッ!!!!!



作用反作用で身体が振動する。
今――あの時勝てる見込みなどないと絶望させた化物に――弾をくれている。
歯の根が噛み合わないのを抑えなければ、微細な隙ができてしまう。
恐怖がマウスピースに伝わってしまった時が今際となる。

化物の、筋肉の鎧へ一斉に弾が向かう。

蠅を払うように、剣の面で一蹴される。

それでも散弾銃は散弾銃だ。
剣の軌道よりもずっと広く弾は拡散する。

皮膚に穴が空く。
血液が噴出する。
角は削れていく。

化物の追う勢いは止まらない。
ただ多少、本当に多少。
化物にもダメージを負わせられるのだと、銃器の殊能性に安堵する。

相変わらずリンは、車に運転をさせられているような、危なっかしい操縦をしていた。
突然音の消えた世界に白黒していたが、いかんせん前だけを向いていなければならない。
柱形の水槽を避けながら、広いフロアを突っ走っていた。
バックミラーと、音がせずとも皮膚にビリビリと伝わる銃撃の衝撃波で、男がどうにか武器で立ち回っているのがやっとわかった。

ミッドバレイは残り弾数半分のイガラッパを全弾撃ち尽くした。

迫る化物は、とても満身創痍には見えなかった。

必要のなくなったイガラッパをぶん投げる。
サイドミラーより大きなイガラッパも、剣で金属片の輪切りへと変貌した。
剣の餌食となれば、自分もこうなるのだ。

1149ロシアンルーレット・マイライフ:2011/09/15(木) 11:24:52 ID:8hW82z.c0
急いでミッドバレイはサックスを手繰り寄せる。
片足は後部座席へ、もう片足は運転席の背凭れへ。
背中をサンルーフの角に固定する。
冷や汗が風で乾いていく。
もう一度。
肺が破裂する限界まで息を吸い続ける。
化物が無音の世界に身構えるのがわかった。
もう無音にするのは効果がないだろう。



     ――――ウァァンッ!!



何とも形容し難い、そしてあらん限りの大きな音が辺りを包む。
耳が揺らぐ。
空気が波打つ。
酸欠になり目が霞む。
息を長く吐き続ける。

一度の息継ぎでまた大量の空気を吸い込み、サックスへ流す。
小さな亀裂音にて、音界の覇者の、全身全霊のソロパートがフィナーレを告げた。

分厚い水槽のガラスにヒビが入る。
厚さ十数センチはあろう強化ガラスが、破裂した。
ミッドバレイはガラスと共鳴する音を奏でていた。
ガラスは破壊しても鼓膜は破れない、信じられない技術技巧だった。

水槽から、怒涛の勢いで水が暴走する。
上下左右、車が通り過ぎた片っ端から水が溢れ出す。
車の形をしたハリケーンでも走っていくかのようだ。
数トンはあろうかという水の固まりがゾッドを襲う。


「――面白いじゃないか」


ミッドバレイの一挙一動が、ゾッドを好奇で震え立たせ、更なる戦闘へ駆り立てている。
足掻けば足掻くほどに悪循環を辿っていたのだ。




車はフードコートの机を撥ね飛ばし、土産コーナーをあらかたぶっ壊し、
にこやかに『またきてね〜♪』と合成音で笑うイルカのモチーフを大破させてやっと屋外へ脱出した。

後ろにゾッドは着いてきていなかった。
月だけが笑っている。
街路樹がさざめいている。

水族館前の通りを爆走させる。
一刻でも早くゾッドから離れなければ――



     カシン。



小さな金属音が重なる。
後部座席からミッドバレイが、腰から抜いたベレッタをリンの脳天に定めている。
引き金に掛かる指が動かないのは、宙に浮いた左腕が包丁を持ち、ミッドバレイの首に切っ先を当てていたからだった。

リンはサイドミラー越しに睨みつける。

時速は六十キロ。
今リンを殺したら、やはり死体を片付けるまでに車は大事故を起こす。
車を止めさせるための脅しだ。
牽制するように、隠し持っていた包丁を突きつけたが、ミッドバレイが死んだらゾッドに対抗する手段がない。

運転席にいるリンが何とか主導権を握っている。
アクセルを踏み続けている限り殺されはしないのだが、逆にガソリンが尽きたらリンの命はそこで終わる。
それを考えたらミッドバレイに有利とも言える。
どんどん加速し続ける車内で、二人は膠着状態になる。

1150ロシアンルーレット・マイライフ:2011/09/15(木) 11:25:23 ID:8hW82z.c0
ミッドバレイは浮いた左腕を忌々しく睥睨する。

「……人を食ったような手品だな」
「そりゃドーモ。
 立場柄、殺気には鋭くてネ」

月の光が通りを照らし――嫌な形の影が車上に落ちる。
開けっ放しだったサンルーフが突然光を遮られる。



「……う、え、カァァァァッ!!!!?」

リンが叫ぶ。
ミッドバレイからは、月の逆光で真っ黒になった影が凄まじい勢いで大きくなっていくのが見えた。

アクセルをベタ踏みする。
低速ギアに切り替わる。
時速九十キロをみるまにぶっちぎる。

工場の発車時とは比にならない急加速で、猛烈なGが二人をシートに押しつける。

いる。
化物が来ている。
振り切ってなどいなかった。



水のアタックは確かに効いていた。
だがゾッドは水が溢れる水槽へ、逆に飛び込んでいた。
巨大な水槽は、水上部分が屋外へ通じているタイプだった。
屋外イルカショーが開催される水族館では、ありふれた設計だ。
そのまま中空へ飛び抜け、空から車が出てくるのをてぐすねひいて待っていたのだ。

「這個混帳東西!」

えげつない罵声を母語で漏らし、リンは思わずハンドルを左に切る。
完全なる初心者の失敗をおかした。

「馬鹿野郎!」

みぞれも溶けきらない道での急な方向転換に、車は酷いスピンがかかった。
車内はミキサーのようにぐわんぐわんとかき混ぜられる。
左回転だったため、遠心力で二人して右のドアに叩きつけられる。
大通りであったことが功を奏して、電柱にぶつからずに回転が弱まる。
これ幸いにと、くらむ頭を堪えて再びリンは車を走らせる。

どうも一回転強、回ったらしい。
さっきの進行方向の丁度九十度左を向いているようだった。
海に向かう方面である。

細い路地が行く手に伸びる。
彼方には墨汁でも湛えたようなどす黒い海が見える。
体勢を立て直せない。

「くそッ……儘ヨ!!」

1151ロシアンルーレット・マイライフ:2011/09/15(木) 11:26:40 ID:8hW82z.c0
Uターンで引き返せない路地をひた走る。
右腕だけで車の尻を振る不安定な走行を繰り返す。

だがふと……リンは一つ、気味の悪いことに気づいた。
無茶苦茶に走らせていたつもりだったが、よく考えてみれば……

車で通ってきた道は龍脈に沿っていた。
ワープの空間が何となくわかるように、無意識に龍脈の上を通ってきている。

むしろ龍脈を通りさえすれば、例え狭い道だろうが通路だろうが、行き止まりや道に迷うことはなかった。
今も龍脈の道しるべに沿っている。
次は右、今度は左と、嫌にナビゲートのように続いているのだ。
ちらりと横を見やれば、細い路地からまた更に枝分かれしている路地はほとんどが袋小路である。

山の奥に入れば入るほどもやがかかっていた感覚も、山を下りたら鮮明になってきている。

『いつもより霞がかっているのは変わっていないが、磨りガラスを一、二枚取っ払った程度に感覚を取り戻している。
島に身体が慣れたのか、それともバラバラ人間になった副作用なのか。』


違う。
龍脈の乱れが正されている。
鍵を開けたように、誰かが解放したのだ。

誰が。
なぜ。
このタイミングで。

だが今はこの破天荒なドライブをどう終わらせるか考える方が優先だ。
どう龍脈から読み取っても、次の角を過ぎた途端にカーブが待ち構えている。

発車時より随分と速度は落ちているが、このスピードでは曲がりきれるかどうかわからない。

「……なぜ道がわかる」

盛大な舌打ちでミッドバレイは運転席の座席ごと右腕を回し、ベレッタをリンのこめかみに突きつけた。
歯噛みしてリンも首に包丁を押し付ける。

ミッドバレイも、小道を猛然と走り続けられる不自然さには疑問を抱いていた。

「オレにはナビゲート能力があるんだヨ!」

大嘘。

「次の角で死ぬカモ」

これは大体合っている。

「なら……ナビになれ」

1152ロシアンルーレット・マイライフ:2011/09/15(木) 11:27:24 ID:8hW82z.c0




車を正面から見た者がいたら、状況が理解できないだろう。
ミッドバレイがギアとサイドブレーキ、ハンドルの三点を、後部座席から腕を伸ばして操ろうとしている。
カバーしきれないハンドル動作をリンが右手で補完する。

何より、互いの凶器は互いを向いたままだった。
ハンドルやギアを握る手が震えていても、凶器を持つ手にはブレも迷いもなかった。

「右へ曲がる大きいS字カーブ、そのすぐ後にまた右に折れル連続コーナーダ!」

これを抜かないと、確実にゾッドに追い付かれる。

「今の速度は」
「八十キロダ!」
「左へ切れ!」

すかさずリンはハンドルを回す。
が、素人の手前、回し過ぎる。
回し過ぎるのを見越して、ミッドバレイはハンドルを必要以上に回転させるのを食い止める。

軌道をふくらませ、左のガードレールに擦り寄るほど近づく。
直ぐに右へ切り返す。
止まることなく、カーブの外側から内側へ真っ直ぐ突き抜く。
ちょうどS字の中心部を真っ直ぐつっ走る状態だった。
最初のカーブをクリアする。


短い直線路が次のカーブへ入る前に伸びている。

「フルパワーで加速しろ!」

カーブを抜けるためではない。
ゾッドを少しでも振り切ろうとの足掻きだった。

エンジンが咳を吐いている。
アクセルのレスポンスが悪い。
車の寿命が短くなっている。
ガソリンの有無に関わらず、ベレッタの弾がリンの頭蓋骨を貫く時が近づいている。

二つ目のカーブへ飛び込む。
カーブの内側へ車を引き寄せていたが、恐ろしい悪路だった。
みぞれどころか、雪がまだ溶けきっていない。



     ギャギャギャキキィーッ!



ハンドルを左へ回した。
左へ曲がれるように車の右半身が浮かせられたのはいいが、肝心の左のタイヤ二つが横滑りする。

1153ロシアンルーレット・マイライフ:2011/09/15(木) 11:27:47 ID:8hW82z.c0

水と雪が飛沫になり、轍を残す。
二人はまた右のドアに体当たりをすることになった。

ミッドバレイはサイドブレーキを引き上げた。
後輪にブレーキが掛かる。
地面に触れている左後輪を軸に、前車体もほんの数センチか浮く。
左回転のドリフトの余韻を受け、コンパスが回るように車体が向きを変える。

ドスンと機体が落ちた頃には、車の鼻先が進みたい方向へ向いていた。

サイドブレーキを戻し進ませる。

最後のカーブへ差し掛かる。

――が、道路中央に突然白い柱が立った。

化物が持っていた白濁の剣だった。

二人の進行方向へ投擲のように剣を投げたのだと認識した瞬間。
逃亡してきた全てが台無しになった。

リンが剣を避けようと必要以上にハンドルを切り、それがガードレールに接触する結果となった。
ギアもサイドブレーキも動かしていられなかった。
車はきりもんでガードレール外へ弾き出される。

ドアが飛ぶ。
ライトが飛ぶ。
フロントガラスが砕け散る。
血が流れる。
銃声が轟く。






全開のままのサンルーフから、ミッドバレイが先に放り出される。

宙に投げられている中で見たものは、バラバラになって車外へ脱出したリンと、未だきりもみ回転し続ける車だった。
リンの左手と左二の腕には大穴が空いている。
急ハンドル切りでベレッタはこめかみから外してしまったが、浮いた左手に押しつけることはできた。
跳弾覚悟で手のひらど真ん中を吹き飛ばしたのだ。
どこをどう通ったのか、跳弾はリンの二の腕を貫通させていた。

左肩からは掠めた包丁による血が吹き出し、右肩は二度に渡るドアへの強打のせいでひどく痺れている。
横腹からコンクリートに落下した。
ごきりと肋骨から嫌な音がする。
傷みを感じる間もなくバウンドし、次は背中が擦れていく。
背広に穴が空き、シャツが剥き出しになったところでまた跳ねる。
それでも目はリンを追う。
最適な道を選ぶ能力を持つと言う子供が左半身を真っ赤に染めながら向かったのは、
確かに安全であろう、化物では入れない大きさの地下下水道出口だった。

1154ロシアンルーレット・マイライフ:2011/09/15(木) 11:28:17 ID:8hW82z.c0







銀時と沙英がデパートから安全に離れる時に使ったような、妙に、いや不自然にきれいな下水道だった。
嗅覚を通りて過ぎて眼球や舌を刺激する、腹の底からむせかえる臭いがしない。
下水道らしいのは、汚水の流れに所々ゴミが引っ掛かっている点ぐらいだ。
光のない下水道を、リンは壁に手を当て頼りにしながらひた走る。
その壁にすらぬめりがない。異様なまでにきれいだった。

下水道は何キロも伸びていた。
真っ暗闇を下水道が続くだけ走る。

遠くへ。
とにかく遠くへ。
早く水辺を離れなければ。
早く化物から離れなければ。
その一心だった。


音が反響するコンクリート造りの下水道で、足音が途絶える。


走れど走れどするはずの音がしない。
地面を踏みしめているのかが曖昧になる。
光が無い、音が無い、声が出せない。
闇の果てに置き去りにされたようだった。
左腕の傷みだけが正気を保たせる。

今はどこを走っているのだ。
自分は何をしているのだ。
どうしてこんなことになっているのだ。

狙われている。
狙われている。
狙われている!



「    ッ!」



ちくしょウッ! そう叫んだつもりだった。
右足に灼熱を感じた。
穴が空いたと直感的に思い、その次の瞬間には大切な大切な部分が欠けていた。

べちょり。

そう聞こえた気がしただけで、血が飛び散り、桃色の肉が落ちる音は消し去られた。
見えすらしなかった。


眼前にリンの知らない、幻の皇帝の背中が見える。
年をとったランファンに似た女が仕えている。
シンの民族を束ね、正しい政治を治める。
理想の皇帝の姿。

1155ロシアンルーレット・マイライフ:2011/09/15(木) 11:28:45 ID:8hW82z.c0

これは、誰なんだ。

そこはオレの席だ。

どいてくれ。

振り返った皇帝の顔は。

そこで頭にノイズが走る。



何がいけなかった。
どうしてこうなれなかった。

『オレの役目は皇帝ニ――』









ああ。

仲間というルールを。

破った時点で。

皇帝になる運命は。

否定されて。

新しい因果が。

決まってしまったのか。





エドワード。

フー。

ランファン。

グリード。

『……オレが本当に欲しかったのは……何だったんダ?』







最後に。
さぁ力を振り絞れ。
狙撃者は近いぞ。
あの男は自分の身体をどうするか。
予想しろ。予測しろ。
腕を伸ばせ。
そして掴め。
強く掴め。
死んでも離すな。

人の道から外れたなら外れたなりに。
やることがあるだろう?








暗闇から、更なる暗闇へ落ちていった。





1156ロシアンルーレット・マイライフ:2011/09/15(木) 11:29:06 ID:8hW82z.c0
服がズタズタでも。
右半身が腫れても。
首の傷が痛んでも。
肋骨が骨折しても。


「……生きているな……」


その一言に尽きる。
分厚い土とコンクリートの壁に阻まれ、化物は下水道に入って来られなかった。
逃げられたのだ。
化物から、そしてナイブズから。

目の前には、蜂の巣になった名前も知らない子供が転がる。

もはや用済みの人間だった。
ベレッタを残り弾数全てぶちこみ、その殆どを食らった子供は当然のように事切れていた。
蹴り上げ、死体を下水道へ落とす。
浮きもせず、汚泥にまみれて沈み流されていった。

ランタンをかざし、辺りを確認する。
よく見るとすぐ真上に、下水道からマンホールに繋がるかぎ梯子が伸びていた。
下水道に入ってから痛む身体をどうにか動かし、しばらく移動し続けていた。
ここは今どの辺りにあたるのだろうか。
このまま歩いて立ち入り禁止区域に知らずに入りたくはない。

とにかくここを上がっておきたい。
梯子に軋む手を掛ける。



----
----
----



     ――――――ザザザザザザ
     ―――――ザザザザザザ
     ――――ザザザザザザ



     プツッ

1157人生は大車輪:2011/09/15(木) 11:29:53 ID:8hW82z.c0
ナイブズが耳をすませたところで、もう声も音も聞こえなかった。

「……これが最後の記録か」

ボイスレコーダー――正義日記――は、工場に入ってから奇妙な形でミッドバレイと再会するまでの出来事を辿っていた。

ザザザ――と耳障りなノイズで再生が始まり、やはりノイズで再生が終わった。

不要の品を隠れ蓑に、正義日記をONにしたままミッドバレイに押しつけていた。
日記とするぐらいだ。容量は半端なく大きい。
デイバッグの中で、ミッドバレイと子供がどういった行動を取っていたのかが全て記録されていた。

元々はミッドバレイを見張るだけに入れたのだが、騒乱がまるでブラックボックスのように克明に残されている。



「普通は死人に口無しと言うだろうが……ホーンフリーク」



今ナイブズは、かぎ梯子を降り下水道にいる。

カンテラで照し、目の前で首を折って死んでいるミッドバレイへ、ナイブズは語りかける。





全ての因果を知るには、リンが工場を飛び出した時間まで遡らなければならない。

1158人生は大車輪:2011/09/15(木) 11:30:16 ID:8hW82z.c0


#####



車の吹かしと破壊音が地上から唸って聞こえた。

地下室に散らばっている"彼女"を一人だけ引き上げ確認する。
鼓動は確かに感じられる。
しかし"彼女ら"は、ナイブズの知る同胞、プラントとは別物になってしまったように思えてならなかった。
しっかり形が残っているのだが、生産の能力は失われていた。
それぞれの意思すら、ない。人間でいうなら、脳死のような状態に陥っている。
意思が未知の生命エネルギーにより内部から壊されていた。
融合をしたら取り返しのつかない事態に発展すると、本能的に悟った。
皆既月食について考えたからこそ、手出しが出来ない。

子供がプラントの一部を持っていったのに手出ししなかった理由はこれが大きい。
融合は……無理だと判断した。
無言の助け声に、謝罪を述べる。

プラントドームに『01』と数字が振られている。
まだどこかにプラントドームが『02』『03』などと割り振られ存在する証だった。

同時に、生産ラインの動力源して同胞を結びつけた者と、同胞を内部レベルで書き替えてしまったエネルギーに、やり場のない怒りを抱く。
工場は生産を止め、エネルギーの主は自爆しているというのだから尚更だ。
報復も、エネルギーの解析も出来ない。
怒りの矛先は《神》へ向けられる。


だが失望だけしているのではない。

地下室を横切り、通路が通じている。
片側の扉は緩んでいる。
あの子供が開けてみようとしたか、何かしらでこじ開けようとした跡は残されていた。

エレザールの鎌を僅かに開いた隙間に入れ、力任せに破壊する。
鎌の柄はもげ、扉は歪んだ。
鎌を捨てた途端、爆破解体のように、建築物破壊が目的だとありありとわかる爆発が起きた。
地下室まで潰れはしなかったが、瓦礫の崩落音に階段を見ると、崩れたコンクリートで塞がれていた。
薄々予感はしていたが、やはり退路は断たれた。


「……ここしかないのか」




出力を最低限まで抑え、目では見えない刃を出現させる。
扉だけを一刀両断する。
この程度の出力であれば、貴重なエンジェルアームの限界値を削ることもないだろう。

この工場は巨大な墓標。
死んだのは人間だけではないと、プラントも被害者なのだと、この墓標に刻んだ。


「またここに来る。
 ……《神》の首を持ってな」


なじられたプラントを背に、そう誓う。

1159人生は大車輪:2011/09/15(木) 11:30:39 ID:8hW82z.c0
工場を抜けるついでに、この通路の先を確かめるのも悪い話ではない。
方角や通路の造りから考えると、研究所へ続いているのだろう。

進んだところでいくつかの部屋と、通路をまた塞ぐ扉が並んでいた。
一つドアを開けるとそこは部屋ではなく、外へつながる螺旋階段がそびえていた。



神社の付近だと思われる、コンクリート舗装された道の傍らに出口があった。
遥か遠くの月が森を照らす。
見上げれば木々は逆光で黒い影になり、見事なまでに切り絵そっくりの形となっていた。
灯台が一定の間隔を空けて、夜空をビームのように貫く。
いやに清爽な、胸をすり抜ける風が吹いている。
嵐の前の静けさ、その言葉がよく似合う。

ざわざわと騒ぐ森に異色な、地下から何かを打ち付ける音がした。

十数メートル先のマンホールが、よろよろと開いた。



#####

1160人生は大車輪:2011/09/15(木) 11:31:00 ID:8hW82z.c0


ようやく、ようやく逃れ解放されたのだと安堵した。

だがなぜだ。

なぜ。

ナイブズが真っ赤なマントをたなびかせてそこにいる。

工場にいるのではなかったのか。

偶然にしては出来すぎだ。

追ってきていたのか。

何もかも見抜いていたのか。



正しい選択など、最初から存在しなかった。
好機など、ミッドバレイの人生には、最初から存在しなかった。
反抗も、逃亡も、何一つ利をもたらさない。

微かな希望を叩き折るような絶望。
逃亡の決意は霧散した。
目の前の男と会うことは、確約された死と対峙することだった。

歯の根が合わず、指に汗が溜まる。

時間が今度こそ止まった気がした。

創痍の身でやっと掴んだ地上の光が、目に届かなかった。

1161人生は大車輪:2011/09/15(木) 11:31:23 ID:8hW82z.c0




ナイブズの訝しげな視線が、ミッドバレイからその後ろへ移される。

振り向くと、背負ったデイバッグの取っ手に、

右腕が、ぶら下がっていた。


息を飲んだ途端に、腕が凄まじい力で下に引っ張った。
デイバッグの上部を捕まれていたせいで、上体が仰け反る。
マンホールの縁で、後頭部を強打した。
ナイブズとの邂逅で緩んでいた手がかぎ梯子から離れる。
その無理な体勢で、頭がねじ曲がったまま落ちる。
マンホールの壁にまた首が当たり、



     ゴキリ。










音界の覇者が最期に聞いたものは、離れて先に落ちていった腕が、流されていった死体を追うように下水道へ飛び込んでいった音だった。



#####

1162人生は大車輪:2011/09/15(木) 11:32:30 ID:8hW82z.c0
工場を爆破させたキンブリーは、ゾッドの帰りを待っていた。
旋回するように戻ってきたゾッドは、デイバッグを一つ抱えていた。

「楽しめましたか?」
「あれでは物足りんな」

びちょびちょに濡れたデイバッグをキンブリーに放って寄越した。

下水道から流れてきた死体から荷物を回収することが元々の目的だった。
趙公明とメールのやり取りから、『賢者の石の材料のような物が手に入る未来』は、ゾッドが工場を襲来すれば、やってくるとのことだった。
ゾッドは荷物を持って帰ってきてくれると、そう予知されているらしい。

ゾッドは戦闘を楽しめる。
キンブリーは『材料のような物』が手に入る。

ゾッドに回収を依頼する代わりに、また武器を作ると約束を交わす。
これで利害は一致した。



デイバッグには点火装置や燃料、意味のわからないヒーローのメモが入っていた。中身は濡れていない。

そして――


「……何ですか、これは」


さしものキンブリーも驚く。
これは生きているのか、死んでいるのか、人間なのか、天使なのか、合成獣なのか――



【ミッドバレイ・ザ・ホーンフリーク@トライガン・マキシマム 死亡】
【リン・ヤオ@鋼の錬金術師 死亡】

1163人生は大車輪:2011/09/15(木) 11:33:46 ID:8hW82z.c0
【E-6/工場脇/1日目/夜中】

【ゾッド@ベルセルク】
[状態]:全身に火傷や弾創などのダメージ(小、回復中)
[服装]:裸
[装備]:
[道具]:キンブリーの錬成した剣
[思考]
基本:例え『何か』の掌の上だとしても、強者との戦いを楽しむ。
1:出会った者全てに戦いを挑み、強者ならばその者との戦いを楽しむ。
2:金色の獣(とら)と決着をつける。
3:趙公明の頼みを聞く気はないでもない。武道会に興味。
[備考]
※未知の異能に対し、警戒と期待をしています。
※趙公明に感嘆。
※ゾッドの剣は神器『快刀乱麻』の形をしています。

【ゾルフ・J・キンブリー@鋼の錬金術師】
[状態]:健康
[服装]:白いスーツ
[装備]:交換日記“愛”(現所有者名:キンブリー)@未来日記
[道具]:支給品一式×3(名簿は2つ)、ヒロの首輪、キャンディ爆弾の袋@金剛番長(1/3程消費)、ティーセット、小説数冊、
    錬金術関連の本、学術書多数、悪魔の実百科、宝貝辞典、未来日記カタログ、職能力図鑑、その他辞典多数、改造AED
    浴衣、刺身包丁×2、安藤(兄)の日記、食糧3人分程度、固形燃料×8、チャッカマン(燃料1/3)、降魔杵@封神演義、プラントの一部
[思考]
基本:勝ち残る。
0:何ですか、これは。
1:趙公明に協力。
2:パソコンと携帯電話から“ネット”を利用して火種を撒く。
3:首輪を調べたい。
4:安藤やゆのや潮が火種として働いてくれる事に期待。
5:神の陣営の動きに注意
6:エドワード・エルリックに接触する。
7:神の陣営への不信感(不快感?)条件次第では反逆も考慮する。
8:未来日記の信頼性に疑問。
9:白兵戦対策を練る。
10:西沢さんに嫉妬??
[備考]
※剛力番長に伝えた蘇生の情報はすべてデマカセです。
※剛力番長に伝えた人がバケモノに変えられる情報もデマカセです。
※制限により錬金術の性能が落ちています。
※趙公明から電話の内容を聞いてはいますが、どの程度まで知らされたのかは不明です。
※ゴルゴ13を警戒しています。
※赤くなる名簿は復帰した者を隠匿するためだと考えました。

1164人生は大車輪:2011/09/15(木) 11:34:24 ID:8hW82z.c0

【E-5/下水道/1日目/夜中】

【ミリオンズ・ナイブズ@トライガン・マキシマム】
[状態]:融合、黒髪化進行、手に火傷、【首輪なし】
[服装]:真紅のコート@トライガン・マキシマム
[装備]:青雲剣@封神演義
[道具]:支給品一式×14、不明支給品×1(治癒効果はない)、パニッシャー(機関銃:90% ロケットランチャー0/2)@トライガン・マキシマム、
    手製の遁甲盤、筆と絵の具一式多数、スケッチブック多数、薬や包帯多数、調理室の食塩、四不象(石化)@封神演義、
    正義日記@未来日記(ミッドバレイとリンの逃亡を記録)、携帯電話(研究所にて調達)、秋葉流のモンタージュ入りファックス、
    折れた金糸雀@金剛番長、ヴァッシュのサングラス@トライガン・マキシマム、リヴィオの帽子@トライガン・マキシマム、ガッツの甲冑@ベルセルク、
    ヴァッシュ・ザ・スタンピードの銃(3/6、予備弾23)@トライガン・マキシマム、ダーツ×1@未来日記、
    ニューナンブM60(5/5)@現実、.38スペシャル弾@現実×20
          不明支給品×2(一つは武器ではない)、ノートパソコン@現実、
          特製スタンガン@スパイラル 〜推理の絆〜、木刀正宗@ハヤテのごとく!、イングラムM10(13/32)@現実、
          トルコ葉のトレンド@ゴルゴ13(3/5本)、首輪@銀魂(鎖のみ)、旅館のパンフレット、サンジの上着、
          各種医療品、安楽死用の毒薬(注射器)、カセットテープ(前半に第一回放送、後半に演歌が収録)、
          或謹製の人相書き、アルフォンスの残骸×3、工具数種)          ミッドバレイのサックス(100%)@トライガン・マキシマム、サックスのマガジン×2@トライガン・マキシマム、
          ベレッタM92F(0/15)@ゴルゴ13、ベレッタM92Fのマガジン(9mmパラベラム弾)x3、
          銀時の木刀@銀魂、ヒューズの投げナイフ(7/10)@鋼の錬金術師、ビニールプール@ひだまりスケッチ
          月臣学園女子制服(生乾き)、肺炎の薬、医学書、
          No.7ミッドバレイのコイン@トライガン・マキシマム 、No.10リヴィオのコイン@トライガン・マキシマム
[思考]
基本:神を名乗る道化どもを嬲り殺す。その為に邪魔な者は排除。そうでない者は――?
0:レガートと彼を殺した相手に対し形容し難い思い。逃げたミッドバレイに複雑な思い。
1:趙公明を追う。
2:ヴァッシュの分まで生き抜く。
3:搾取されている同胞を解放する。
4:エンジェル・アームの使用を可能な限り抑えつつ、厄介な相手は殺す。
5:自分の名を騙った者、あるいはその偽情報を広めた者を粛正する。
6:交渉材料を手に入れたならば螺旋楽譜の管理人や錬金術師と接触。仮説を検証する。
7:結果的にプラントを踏みにじった《神》に激しい怒り。
[備考]
※原作の最終登場シーン直後の参戦です。
※会場内の何処かにいる、あるいは支給品扱いのプラントの存在を感じ取っています。
※ヴァッシュとの融合により、エンジェル・アームの使用回数が増えました。ラスト・ラン(最後の大生産)を除き約5回(残り約5回)が限界です。
 出力次第で回数は更に減少しますが、身体を再生させるアイテムや能力の効果、またはプラントとの融合で回数を増加させられる可能性があります。
※錬金術についての一定の知識を得ました。
※夜時点での探偵日記及び螺旋楽譜、みんなのしたら場に書かれた情報を得ました。
※“神”が並行世界移動か蘇生、あるいは両方の力を持っていると考えています。
 また、“神”が“全宇宙の記録(アカシックレコード)”を掌握しただけの存在ではないと仮定しています。
※“神”の目的が、“全宇宙の記録(アカシックレコード)”にも存在しない何かを生み出すことと推測しました。
 しかしそれ以外に何かがあるとも想定しています。
※天候操作の目的が、地下にある何かの囮ではないかと思考しました。
※自分の記憶や意識が恣意的に操作されている可能性に思い当たっています。
※ミッドバレイから情報を得ました。
※"皆既月食"が別の何かを引き出すための方便ではないかと考えました。
 また本物の"皆既月食"が起こる可能性には懐疑的です。



※龍脈の一部は道路の下を辿っています。
※工場が全壊しました。
※工場地下室の扉の片方は破壊されました。研究所に繋がっています。

1165人生は大車輪:2011/09/15(木) 11:35:15 ID:8hW82z.c0



#####



「ほんたうにそんなことはない
 かへつてここはなつののはらの
 ちいさな白い花の匂でいつぱいだから」

夜が刻々と近づき、ひどく重い空が島を包んでいる。
それを鑑みるかのように、犬養は先ほどから青空を吹き抜ける風を思わせる詩を吟っている。
じわじわと迫りくる死に対面する当事者と、不安に包まれながらも見守る者を対比している。
陰鬱ながらどこか清々しい。そんな詩だった。
宮沢賢治が妹を看取ったときに作られたものである。

挑発に似た視先を、犬養はいつの間にやらそこにいた娘へと向けた。
女神を冠する娘には動揺の欠片もない。

「さっきから吟っているそれは、誰へのメッセージのつもりかしら、観測者様?
 それともただの檄文?」

息継ぎを柔らかく繰返し、紡ぎ出した詩を"アテネ"が遮る。
一切不快のなさそうな、アテネの質問を待ち構えていた顔で犬養が返答する。

「僕達のこれからをよく明示した詩だと思わないかい?」
「『これから』の未来に彼も含んでいるんだろうな」

無論だ、とたった今帰ってきた観測者の片割れにうなずいた。
犬養は整然と二人へ向き直り、続きを述べた。

「運命が死ねと言えばそれまでなんだよ。
 いつ逝く側になるか、見送る側になるか、それこそ神様のレシピ次第だ」
「そうは言いながらも、あなた方は運命の流れに対して、乗りながらも逆らっているように見えますわ」

ミダスの王は触れるもの全てを黄金に変えた。
その輝きを湛えたような、強欲なまでに明るい金髪が薄暗闇に溶け混じる。
娘は仮の姿を騙るがままの動作で貫く。身体と魂で、知恵の女神の名前を分け合った。
上品な笑みは絶やさず、不適につり上がる目は貪欲にきらめく。
白眉の男二人を交互に眺める。
矢のような視線をまた矢で弾き返す勢いで、犬養は瞬く。

「……ウォッチャーが瓦解した」

そこが街頭演説であれば一斉に辺りが静まりかえる、人に訴えかけるのに適した声だった。
客観的事実を言い上げただけで、言外に匂わせる真意はまるでなかった。
ただし他人事だとは思わせない迫力はあった。

「セイバーもだ。
 "彼"は囚われたよ。バックスの謀反でね。
 半ば人質に取られた形でプライド君はバックスに逆らえなくなっている」

バックスが明確に反意を示したあの時、犬養は始終を扉を挟んで聞いていた。
介入もせず、助けもせず、逃げもせず。

しん、と静まる。
それほど動きらしい動きがなかった部屋が、更に冷え冷えとする。
立ち込めるのは苛立ちや焦りではない。
不穏な気配が漂い高まり、決壊しつつある。
嵐の前にはいつだって高殿いっぱいに風が吹き込む。
それと同じだ。

1166人生は大車輪:2011/09/15(木) 11:36:09 ID:8hW82z.c0
「覗き見は観測者のステータスですの?
 残念なたしなみですこと」
「はは、その言葉は心に留めておくよ」

残念かどうかはともかく、アテネは観測者を皮肉った。
少しだけ張り詰めたものが和らぐ。
そのままの流れで、アテネは話の引導を手にする。

「観測者もまた謀反を起こし――彼に代わって神になるおつもりですの?」
「観測者は観測者だ。神にはならない」

剣呑な言葉が混ざる。
アイズの答えはあくまで冷ややかだった。
それ以上でもそれ以下でもないと、暗に言い切る。

しかし。
アテネに接触を試みたアイズと、形だけでも清隆を助けに向かうことができたのにそれをしなかった犬養。
観測者はノゾキ魔扱いできるほど、既に独自探索を始めている。
神の座を奪うためのものではないとはいえ、深刻な状況に対応する具体的な手筈を
備え整えているのは明らかだった。

「ですが、」

二人の観測者を見据え、否定を口にする。
ごねてすがりつくような、安っぽい接続詞ではない。
明確に意志を感じられる、強い力を含んでいた。



「神にはならない、けれども
 "観測者"が因果律に、意図的に干渉しているのならどうかしら」



語尾を上げず、疑問文にしていない。
断定と質問が混じった、意地の悪い推測を投げ掛けた。
かの探偵のように……そう付け足す。

「観測者の存在意義が、他と比べて曖昧ですわ。極めて異物的です。
 観測対象の投入だけが目的とは思えません」

ウォッチャー・ハンター・セイバーは目的がはっきりしている。
一言で表すなら、『祭事の進行補助』だ。
観測者が独立してまで成し遂げたい目的は『祭事の進行補助』ではない。
まずそれが異質だと言う。

独立しても、進行の妨げにならなかったとき――少なくとも、ゾッドを返したとき――までは、
ある程度ウォッチャーに行動を黙認されていた。
陣営に害を与える存在ではないと見なされていたのだ。
その証拠に、ウォッチャーのバックスも、同じウォッチャーから独立した直後の観測者には不干渉だった。
反乱を画策している途中だったことを差し引いても、反応が薄い。
そのまま何もしなければ、目の上のたんこぶとは思われなかった。

1167人生は大車輪:2011/09/15(木) 11:36:29 ID:8hW82z.c0

観測者はそれを裏切る。
ウィンリィは島にいる趙公明たちとは別の"ハンター"たちから取り上げ調達した。
当然他の仕事を妨害している。
邪魔になると判断されれば殺されるリスクが高まるというのに、
手に入れられるのはゾッドとウィンリィを観測目標に使った時の結果だけだ。

「答えないのであれば、こちらから言いましょう。
 あなた方が何時間も前に起こした行動が、少しずつ作用してきています」

アテネはきっぱりと断言した。
詮索、投入、考察、全ては過程に過ぎないのだと。
二人から返答はない。



時計は容赦なく針を回す。
例えそれが恐ろしくゆっくりだったとしても、動きは不可逆だった。
かの嫉妬深いヘラを型どった神でも、跳躍できたのは時系列の違う平行世界の範囲内だけだ。
後退もやり直しもない。
一寸の光陰軽んずべからず。
時間を無駄にしないように、観測者は動いているらしい。

「黙秘のままですか。
 それもいいでしょう、いつかわかることですから。
 いずれにせよ、予定されているであろう運命(シナリオ)に大した違いはないでしょう。
 それでもやはりあなた方の行動は未来を意図的に変えている節があります。
 どんな日記であっても改変されるかされないかの、取るに足らないささやかな未来ですが……
 これをどう説明するのです?」

観測者の領域へ足を踏み入れる。
女神の名に恥じない、堂々とした発言だった。
落ち着き払った犬養がそれを真摯に受け止める。


「未来は変わる。変えられるさ」


アテネは目を据える。

「運命はあらかじめ決まっている一本道だ。
 けれど未来は一本道だとは限らない。
 同じ結末に辿り着くにしても、未来は細分化している。
 運命≒未来だ。
 決定論なのに未来は可変性があって、予測は不可能。
 だから観測する必要がある。
 細かい差異は『観測者効果』が起こっているだけだ」

真意のとれない説明は、足元が冷えきるような不気味さがあった。

「結局誰もがシステムの一部なんだ」

それにしても、とアイズは思い返す。
数時間前、観測者は依頼を承っていた。
その時と同じことを犬養はアテネに話している。

1168人生は大車輪:2011/09/15(木) 11:36:52 ID:8hW82z.c0


#####



少し間を置き、アイズは尋ねた。

「お前はここに何しに来た。ただ『観測者』の行動を確かめるためだけに来た訳じゃないだろう。
 招集でもかかったのか」
「ああ、そうだった。
 次の放送について、"彼"から連絡があるらしいよ」

ところでと前置きし、アノンは運命は何かと問いかけた。
正反対の運命論を同時に発し、皮肉を投げ合う観測者に呆れかえる。

「煮ても焼いても食えないよ。

 それにしたって、演奏を代わってほしいなんて。
 僕は彼の演奏が好きなのにさ」

神に盲信しつつも不満げに、連絡については愚痴を漏らした。

「彼にも考えがある、それだけだ」
「君が世界的なピアニストだからっていうのは聞いてる。
 でも、だからといって降りることはない。
 しかも『凡庸に弾け』って注文つきで」
「何かが起きるのを予想、いや……期待しているんじゃないかな。
 彼は千里眼は持ってないにせよ、先見性は誰よりもある」
「先手を読むのではなく、チェックメイトの手から組み立てるチェスのように」

混じることのない白と黒の盤を、アイズは撫でる。
城も兵士も女王様も、決まった方向にしか動けない。
さて、手駒が必死に守っている王様は果たして盤上にいるのだろうか。
転がる駒をくるくると指さし、犬養はこの祭儀の"打ち手"を思う。

「彼のレシピには、多くの材料が並んでいて贅沢だ。
 沢山の駒(材料)がどう動くかも、レシピの一部になっているのだろうね」
「……未来が分かるのと、神様であることとは、似ているのに」

見た目幼いセイバーのもとへ帰ろうと、うっすらと興奮をしたアノンが、会話を締める。

「まさか」

アイズが否定する。
先ほど『運命は変えられない』と、犬養と見解の違いで対立していたのに、
どういった風の吹き回しだとアノンは訝る。

「未来は無確定だが……運命は、作られている。
 彼は解りきった運命を少しでも楽しくしようとして警察にいる節がある。
 運命を見ているのであって、未来を見通しているんじゃない」
「運命は一本道だ。
 けれど未来は一本道じゃない――」

アイズに続いて、犬養もさらさらと運命の持論を説く。
にっこり笑って、付け足した。

「――だから観測する必要がある。
 独立した理由は、それで納得してもらえないかな?」

1169人生は大車輪:2011/09/15(木) 11:37:21 ID:8hW82z.c0


#####



「疎まれている以上、当面バックスとは疎遠になるね」

しばらくの間はバックスと直接戦うことはない。
目下のところ、バックスは観測者以上にタイトなスケジュールだ。
配下を持っているとはいえ、数が限られている。
清隆に心酔しているプライドとは違い、観測者は人質やモノ質を取られていない。
にも関わらず、殺されもしなければマインド・スナッチャーを取りつけられてもいない。
観測者を放置しておく理由がバックスにもあるはずだ。

「まったく、内ゲバだらけですわね、この組織は。
 どこの学生運動ですか」
「内ゲバね。
 きっとこれからどんどん加速していくよ。
 皆にはそれぞれ別の目的があるだろうしね。
 一回しかない人生をひとつの命をかけて歩いているんだ。これと決めた自分だけの目的ぐらいないと面白くない。
 君だって……そうだろう、天王洲君?」

闘争を認めるような素振りで、取って付けたように犬養が笑う。

「ああ、天王洲君の推測は間違いではないけど、あの娘を運命の指針にしたのは事実だ。
 それもひとつの目的だよ?
 何も時間短縮だけにリスクをかける程僕らもバカじゃないさ」
「"アテネ"から継いだのは身体だけではないか……記憶の一部も移植されたな。
 英霊、いや"ミネルヴァ"」
「さぁ、どうかしら。
 この身体の主がどこまで知り得ているのかは定かではありませんわ」

人差し指を口に当て、秘密だと示す。
背景にゆらりと浮かぶのは、テロリストの頭蓋。女神の成れの果て。

犬養は詩の最後を唱えた。
大正生まれの夭逝詩人は最後にこう綴っている。



#####



 ただわたくしはそれをいま言へないのだ
 (わたくしは修羅をあるいてゐるのだから)
 わたくしのかなしさうな眼をしてゐるのは
 わたくしのふたつのこころをみつめてゐるためだ
 ああそんなに
 かなしく眼をそらしてはいけない


                 宮沢賢治『無声慟哭』

1170 ◆RLphhZZi3Y:2011/09/15(木) 11:38:32 ID:8hW82z.c0
以上で投下終了です。

代理投下をしていただけるとありがたいです。

1171名無しさん:2011/09/15(木) 13:44:10 ID:QvRESNeUO
代理投下をしていた者ですが、規制されました
どなたか代理の代理投下をしていただけるとありがたいです

1172 ◆RLphhZZi3Y:2011/09/15(木) 19:44:05 ID:LkOmKOlMO
おわ、本スレ抜けてた
本スレ>>132>>133の間には仮投下>>1161が入ります

ミッドバレイ、最期まで済まなかった

1173 ◆L62I.UGyuw:2011/11/10(木) 19:28:35 ID:5OgotkG.0
さるさん食らったので続きをこちらに投下します。
どなたか代理投下して頂けると有難いです。

1174 ◆L62I.UGyuw:2011/11/10(木) 19:29:18 ID:5OgotkG.0
しばらく歩くと、若干広い区画に出た。
前方にランタンのものとは異なる光が見える。
上階への階段。その途中にある非常灯だ。
どうやら無事に脱出出来そうである。

ひよのの足を止めたのは、小さな違和感だった。
見られている。そう感じた。だがここに至るまでに似たような感覚には何度も陥っている。
また錯覚だろうとは思いつつ、視線を感じた方に目を遣る。

妙なものが見えた。訝って、目を凝らす。
錯覚ではない。のっぺりとした白っぽい影が、切り絵のように闇に貼り付いている。
誰かがいる、と思った途端にぬらりと闇が揺れ、影が色彩を得て妙齢の女性に変じた。
それを見て、ひよのは、怯んだ。

女はやたら派手で、妖艶だった。
頭には王冠といっても通じる煌びやかな四角い冠。
露出の多いレオタードにガーターベルトを付け、色とりどりの刺繍と宝飾が施された豪華な外套を纏っている。
何より、彼女自身の長く艶やかな髪、ぞっとするほどの美貌、完璧に均整の取れた官能的な肉体。
それら全てが相まって、この世に在らざる色香を彼女に与えている。
首に光る鈍色の輪すらも倒錯した美を構成する要素にしかならない。

「――妲己」

知らずその名が唇から漏れた。直感だった。『これ』がそうなのだ。
傾国の美女――国を傾ける美貌。それがいかに狂気染みたものなのか、ひよのは理解した。
太公望や銀時に聞かされた通りの容姿であることは、後付けの判断材料に過ぎなかった。

「だっき……妲己。わたし――わらわはそう、妲己」

揺らぐ声。
極上の月琴を鋸で掻き鳴らすような、とても厭な響きだった。

女がすらりと長い脚を前に出した。赤いドレスシューズが水面を滑り、しかし全く濡れることはない。
当たり前に水面を歩くその姿が、彼女がこの世の法理から外れた存在であることを端的に表していた。
死者の中に妲己の名があったことをようやく思い出す。つまり彼女も『戻ってきた』のか。

喉が鳴る。

倒す――というのは現実的でない。
デイパックに強力な武器は入っているが、それを取り出すまで待って貰えるはずもなく、そもそも太公望の言を信じるなら妲己はただの人間が敵う相手ではない。
少なくとも、こうやって向き合ってしまった時点で既に後手に回ってしまっているのだ。正面から戦うのは無謀に過ぎる。

1175 ◆L62I.UGyuw:2011/11/10(木) 19:30:17 ID:5OgotkG.0
今のところ殺意は感じないが――というか、女がひよのを殺す気ならもう殺されているだろうが――危険な相手であることには変わりがない。
穏便に済ませることが出来ればそれが一番良いのだが。

「何か――私に御用ですか?」
「そうねぇん。用っていう訳じゃないんだけどぉん……折角出会ったのに挨拶しないのは悪いと思わないかしらん♪」
「はぁ」

ちらりと右方に視線を走らせる。暗くて距離感が掴み辛いが、階段まで二、三十メートルといったところだろう。
逃げられるかは微妙なところだ。

女が一歩前に出て、ひよのは一歩下がる。

「ここで何を」

女は白磁の指で下を指した。

「ここの下の方から、とってもとっても素敵な力を感じるんだけどぉん……貴女、何か知らないかしらぁん?」

ひよのの瞳が毛筋ほど揺らいだ。
下の方。思い当たるものはある。魔子宮――のようなもの――だ。
ここに来る前に博物館で解説文を確認してみたので、その概要は把握している。
曰く、人を人にあらざるものに変じさせる『転生器』であると。

教えてはいけない気がした。

「いえ、知りませんよ」
「そう……それなら、仕方ないわねぇん」

いきなり背に強烈な衝撃が加わった。
前のめりに転んで水に突っ込む。取り落としたランタンが水中に沈む。
急な暗闇。何も見えない。一体何が。
立とうとして、何者かの気配がすぐ横にあることに気付く。
次の瞬間、棒のような物がひよのの胸を狙って振り上げられた。
咄嗟に両腕を交差して胸を庇う。
巨大なハンマーでぶん殴られたような衝撃。体が大きく浮く。
殺し切れなかった力が、乳房を潰し、肋骨を軋ませ、肺の空気を絞り出して背中へ抜ける。
呻き声が漏れ、尻から水に落ちる。
立たなければと思った瞬間、右脚に強く引っ張る力を感じ、ぐるりと重力が逆転した。



要するに、もう一人いた。ただそれだけだ。
女のあまりに異質な存在感に気を取られて他への注意が疎かになっていた。
痛恨のミスだ。ひよのは逆さに吊られながら歯噛みする。

1176 ◆L62I.UGyuw:2011/11/10(木) 19:31:22 ID:5OgotkG.0
呼吸が酷く苦しい。
胸に食らった一撃のせいで、上半身全体がろくに言うことを聞かない。
垂れ下がった両腕に至っては、鉛の塊にでもなってしまったかのようだ。
抵抗のしようもなかった。

「ははは、捕まえた」

まだ若い、少年と思しき声。
吊られたまま上に眼を向けると、おぼろげに人影が見えた。割と小柄だ。
だが少年は、片腕の力だけで軽々とひよのの身体を持ち上げ、宙吊りにしている。
俄かには信じられない怪力だ。

女が悠々と歩み寄ってくる、そんな気配がする。

「じゃあ、任せるよ」

大きく育った大根を手渡すような感じで、少年は女にひよのの身を預けた。
人間扱いされている気はしない。

「私を――どうするおつもりで?」

女は怖気の走る声で哂った。
そしていきなり、股間に鋭い熱が生まれた。反射的に腰を引こうとするが、脚をがっちりと押さえられていて動かせない。
熱は下腹部から臍に向かってじわりじわりと移動していく。

「さあ、どうしようかしらん♪」

女の眼が闇の中に爛々と輝いている。
くるくると動く猫のような瞳が、酷く邪に感じられた。


***************


水面に顔を出した銀時は、代わり映えのしない景色にうんざりした表情を浮かべた。

「オーイ。さ〜えちゃ〜〜ん、い〜まりさ〜〜〜ん。ど〜こで〜すか〜〜」

1177 ◆L62I.UGyuw:2011/11/10(木) 19:31:55 ID:5OgotkG.0
暗く単調な通路に気だるげな声が響く。
声に諦めの色が混じっているのはこれが最初の呼びかけではないからで、実のところ既に十度目の呼びかけだからなのだが、案の定返事はない。
大量の水によって細かく分断された地下階層では、声が遠くまで届かないのだ。
水を掻き分けながら進んでいた銀時は、分岐路で立ち止まって濡れた白髪をわしゃわしゃと掻き回す。

「んだよオイちょっとマジでそろそろ出てきて下さいよっつーの。つーかここどこよ。なんか不安になってきたんですけど。
 もしかして俺無視して外出てんじゃねーよな。……イヤイヤこんな頼りになる銀さん置いてなんてそんなまさかそんな。
 …………オ――――――――イ! もう誰でもいーから出てこいやァァァァァァァァ!」

残響が闇に溶けて空しく消える。
溜息。
ぶつくさと呟きながらも、また歩き始める。
行き止まりに突き当たっては引き返し、水没した通路を潜って抜け、水の迷宮を探索していく。
何度目かの水路を抜け、何度目かの分かれ道を通り、そして銀時は何度目かの行き止まりにぶつかった。
金属製の扉だ。鍵が掛かっている。ここに来るまでにも似たような扉は何度か見た。
これまでなら諦めて引き返すところだったが、いい加減イラついていた銀時は、おもむろに腰の刀を抜き、

「うるァァァァァァァァァァァァァ!!」

気合一閃。八つ当たり気味に扉をぶった斬った。

「へっ、ハナっからこーやって進めば……えっ、アレッ、ちょっっ」

少し考えれば解ることだが、扉の両側で水位が等しいとは限らない。
どばんと、扉の斬り口を抉じ開け、水が勢いよく溢れ出た。
当然ながら、銀時はそれを全身でもろに食らうことになる。

「あばっばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばば!!」

なす術なく押し流され、銀時は無様に転がっていった。

少しの間、土左衛門の如くぷかり、ぷかりと浮かんでいた。
散々である。クソったれな神様は、どうやら本格的に自分を嫌っているらしい。

ざぱんと派手な音を立てて立ち上がり、鞘に溜まった水を出して刀を納める。
そしておもむろに振り向いて、誰もいない十字路を見透かすようにした。

「つーか、そこのオメーはさっきから何やってんだコラ。みせもんじゃねーぞ」
「いえ、面白かったもので、つい」

1178 ◆L62I.UGyuw:2011/11/10(木) 19:32:36 ID:5OgotkG.0
聞き覚えのある声と共に、十字路の左側からひょこっと顔だけが現れた。

「おう、何だ伊万里じゃねーか。無事だったか」
「ええ、まあ、どうにか。そちらも無事で何よりです」
「……そんだけ?」
「……何がですか?」
「いや、まーいいや。で、何で壁に隠れてんの?」
「えーと」

言い淀んで、ひよのがゆっくりと全身を現した。うお、と銀時が小さく驚きの声を上げる。
彼女は水着姿だった。
そのこと自体はさして驚くべきことではなかったが、しかしその水着が数箇所大きく切り裂かれて肌が露出し、血が滲んでいることは見逃せない。

「おい、大丈夫か」
「怪我は大したことありません。ただまあ、ちょっと色々ありましてですね。
 何があったかは後で説明しますから、取り敢えず何でもいいので服を頂けませんか?
 荷物も失くしちゃって困ってるんですよ」

言われるままに、銀時はデイパックの中から適当に服一式を選んで手渡した。

「感謝します。それじゃ、ちゃっちゃと着替えますんで、ちょっと後ろ向いてて下さい」

へいへい、と言って銀時が後ろを向く。
白刃が閃いた。



まずひよのの爪が長く、鋭く、伸びた。無言で替えの服を背後に放った。
目を細めて軽く身を屈め、ひよのは小さな水音だけを残して床を蹴った。勢いを乗せて腕を振るった。
白い軌跡を引いて、ひよのの爪は銀時の背中の中央、心臓の位置に吸い込まれる。
硬い音が響いた。

ひよのの顔が歪んだ。
銀時の背を貫く直前で、爪は鞘から半分抜かれた刀に阻まれていた。

「ヘ〜イ、ちっとばかし爪伸び過ぎじゃねーか? 俺が切ってやんよ、ソレ」

首だけで振り向いて、銀時が意地の悪い笑みを浮かべる。
舌打ちをして、ひよのを騙る女は素早く後ろに跳んだ。
が、更に上をいく勢いで銀時が鋭く踏み込み、刀を一気に抜き放つ。
女の右脇腹に刀身がめり込んだ。肉の潰れる音。
細い喉からひしゃげた音を漏らし、女の体が宙で一回転して激しく水面に叩き付けられる。

1179 ◆L62I.UGyuw:2011/11/10(木) 19:33:13 ID:5OgotkG.0
「フン、まァ峰打ちだから多分死んじゃいねーと思――ってうおったァ!?」

女が水飛沫を上げて跳ね起き、指先から電光を放った。銀時は慌ててしゃがんで避ける。
その隙に、女は銀時から大きく距離を取った。

「てめっ、平気なツラしやがって。どーゆー体してやがんだコラ」
「いいや、結構効いたぜ。それよりテメェこそどういう鍛え方してやがんだよ、一体。本当に人間か?
 下手なバケモンより馬鹿力じゃねえか、クソ」

ごきごきと、その姿に全くそぐわない粗野な仕草で首を鳴らす。

「まァ、いいか。ところでよ――どうしてニセモンだと判った?」
「は? 勘だよバーカ」

半分は嘘だ。最初から何か変だと直観していたのは事実だが、偽者だと看破していた訳ではない。
しかし彼女が沙英のことを尋ねるどころか全く気にかけていない様子だったのは明らかに不自然であり、だからわざと隙を作ってやったらあっさり乗ってきたというだけだ。

「は、はは、ははははははははははは」

正体不明の女が、瘧にかかったように、震え始めた。
口が三日月のように裂け、赤い舌がべろりと覗いた。
身体が見る間に一回り、二回りと大きくなり、水着は繊維にばらけて金色の獣毛に変わる。
それにつれて、笑い声も少女のそれから野太く野獣染みたものへと変化していく。
そして現れたのは、獅子の変化とでもいうべき、金色の怪物。

「げははははははははははははァ! ざァんねん。お前さん、マヌケっぽいから引っ掛かるかと思ったんだがねェ。
 ま、仕方ねえな。次の機会を窺うとするか」
「オイオイ、次の機会なんざあるとでも思ってんのか? 逃がさねーよ」

刃を返し、じりと銀時が一歩前に出る。

「ところでオメー、アイツに会ったのか?」
「ん? あァ、さっきの姿の女のことか。ククッ、まァな。何だ、あいつがどうなったのか知りてえのか?
 そうだな、条件次第で話してやらんことも――」
「あ、もういいもういい。どーせ話す気なんかねーんだろ。
 テメーをボコってからじっくり吐かせてやらァ――ってなッ!」

銀時の瞳に力が籠った。
腰を一気に落とし、怪物の脛を狙って水面ぎりぎりの一閃。
それを怪物は獣らしい俊敏さで跳躍してかわす。
互いの足元から生じた波紋同士がぶつかり合うよりも早く、銀時は刀の軌道を鋭角に変化させて斬り上げた。怪物は身体を丸めて縦に回転しつつ爪を振り下ろす。
両者の間に激しく火花が散る。

1180 ◆L62I.UGyuw:2011/11/10(木) 19:34:21 ID:5OgotkG.0
「チィィ、てめえやっぱ人間じゃねえだろ」
「大人しくボコられとけって。今なら八分の七殺しで済ませてやっから」
「ほとんど死んでるじゃねえか、そいつはよ」

軽口を叩きつつ、体勢を整え互いに間合いを測る。
と、怪物が顔の前に右手を翳した。雷光を警戒して、銀時は動きを止める。
怪物はにまりと笑って言った。

「まァ、慌てんなって。いいこと教えてやるからよ」
「あァ?」
「上の色んなとこによ、面白ェモンがあったぜ。――コレよ。こんな四角いのが、そこら中にな。何だと思う?」

いつの間にか怪物の左手には分厚いウエハース状の物体が握られている。
一瞥して、しかし知るかボケと言い捨てて間合いを詰める銀時。

「おいおい、待てっつってんだろ。仕方ねえな、答えを教えてやるよ。こいつは時限爆弾ってヤツだ。
 ま、どこのどいつが仕掛けていったのかまでは知らねェがな。傍迷惑なヤロウもいたもんだぜ。
 あァ、ついでにもう一つ教えておくがな――そろそろ爆発する頃だぜ、こいつ」

んだと、と銀時が言ったその途端、怪物がウエハースを放り投げた。


***************


戻ってきた。
周囲を何度も見回し、今いる場所が間違いなく元いた水族館であることを確認して、沙英はほっと肩の力を抜いた。

工場地下を抜けるのは沙英にとっては非常に――向こう十年は夢に見るであろうくらいに――恐ろしい体験だったのだが、しかしともかく自力で元の場所まで戻ってこれたことに安堵する。

体力よりも気力が尽きかけた辺りで階段を発見し、それを上ってみると、自動車が乱暴に通ったと思しきタイヤの跡があった。
そしてそのタイヤ跡を辿っていったところ、水族館に繋がる非常口まで簡単に辿り着いた。
拍子抜けしたが、苦労を求めている訳ではないので素直に喜んでおくことにする。
それはいいとして。

「うわ……」

思わず声が出てしまう。それほどに目の前の光景は惨憺たる有様だった。
見渡す限りの全ての水槽が壊れて、見るも無残な姿を晒している。
水の循環装置なども軒並み停止したらしく、機械音も聞こえない。水槽の照明も全て落ちている。
しかし電気系統が別なのか、フロアの照明はまだ生きていた。暗所に慣れた目には眩し過ぎるくらい明るい。

1181 ◆L62I.UGyuw:2011/11/10(木) 19:35:07 ID:5OgotkG.0
銀時と伊万里はどこにも見当たらなかった。彼らの名を呼んでみても返事はない。
非常口から見える範囲をうろうろしながら、どうしたものか、迷う。
この場で銀時達を待つべきだろうか。
ピンポイントで合流しようと思ったら思い付くのはここくらいしかない。

しかし、もしもいくら待っても二人とも戻って来なかったら――。

「きっと大丈夫――だよね。私だって大丈夫だったんだし……うん」

大丈夫のはずだ。
自分に言い聞かせるように呟いて、非常口の方へ戻ろうとする。
不意に視界の端で何かが動き、沙英はぎくりと固まった。

「え? だっ――」

誰、と言おうとして、気付く。
そこには誰かがいる訳ではなく、壊れた大きめの水槽が一つあるだけだった。
ただ、右側半分はガラスが割れずに残っており、中が暗いためにガラスの表面に沙英の全身がはっきりと映り込んでいる。
自分を驚かせたものは自分自身の像だったという訳だ。
ほっとして警戒を解き、しかしすぐに今度は別の要因で固まる。
意識していなかったが――というより、そんな余裕はなかったのだが――今の格好は長袖のシャツに下はパンツのみというお世辞にもまともとはいえないものだ。
おまけにシャツは沙英の痩身にぴたりと貼り付いて透けている。
誰もいないと解っていても、思わず周囲を確認してしまう。とても他人に見せられる格好ではない。
銀時がいなくて良かった、と思う。

「いや、良い訳ないんだけど。う……それにしても――」

寒い。ずぶ濡れなのだから当然だ。ぶるりと全身に震えが走り、沙英は両腕で身体を抱える。
女性として、という点を抜きにしても、やはり現在の状態には問題がある。今の内に着替えておきたい。
事態がどう転んでも、濡鼠のまま行動する必要はあるまい。幸い着替えは十分な持ち合わせがある。

流石にこの場で着替えるのは躊躇われるので、適当な場所を探すことにする。
近くにあったトイレを覗いたところ、中は水浸しで滅茶苦茶に壊れていた。一階はどこも似たような状態だろう。
仕方なく二階に上がり、階段脇にあったトイレに入った。
ここもやはり壁や床は水に濡れているし、洗面台の鏡には罅が入っている。しかし一階に比べれば大分ましだ。
個室のドアが歪んでいたが、内側から無理矢理閉めて鍵を掛ける。

腹の底に響く轟音が建物を伝わってきた。


***************

1182 ◆L62I.UGyuw:2011/11/10(木) 19:35:52 ID:5OgotkG.0
女は明らかに、獲物を甚振って愉しんでいた。

女の爪が腹に突き立てられ、ひよのは力なく呻いた。
既にひよのの胸に、腹に、脚に、長い切り傷がいくつも走っているが、どの傷も致命傷には程遠く、ひよのに苦痛を与える目的で付けられたものであることが見て取れる。
着ている水着はズタズタで、既に原型を留めていない。

しかしひよのはまだ諦めてはいなかった。
自らの血に塗れながらも、努めて冷静に状況を確認する。

少し前に少年の方は何故かどこかへ行ってしまった。
去り際の、近くにまだいるね、という台詞が気になったが、現状の危機の方が遥かに深刻なので取り敢えずその意味は考えないことにする。
敵が一人になったことで多少は生き延びる目も出てきた――と言いたいところだが、そうはいかない。
状況は変わらず絶望的だ。

デイパックの中には強力過ぎるほどの武器や、詳細は不明だが明らかなオーバーテクノロジーの産物と思われる道具もあった。
それらを使えれば勝つ目も出てくるだろう。
しかしデイパックは最初の背中への不意打ちで破壊され、中身は全てそこらに散らばり、手の届かない位置に落ちている。
そして徒手空拳では逆立ちしても――今まさに逆立ちしているのだが――勝てはしない。

それでもまだ諦めるには早い。ただ一つだけ、まだ可能性がある。
首輪だ。
『ゲーム』のルールを信じるなら、首輪を爆発させれば装着者は例外なく死ぬ。

記憶を探る。最初のあの場所。ムルムルの説明。
首輪を無理に外そうとすれば爆発すると、確かにそう言っていた。
隙を突いて女の首輪を思い切り引っ張ることが出来れば、もしかしたら首輪が起爆するかもしれない。
無論、引っ張った腕は無事では済まないだろうが――このまま嬲り殺しにされるよりはマシだ。

両腕全体に意識を回して状態を確かめる。痛みはあるものの、腕の痺れは大分取れてきた。
手に神経を集中し、女に悟られないよう慎重に指先を動かしてみる。右手、そして左手。
問題なく動く。腕の機能はほぼ回復しているようだ。

しかし、焦って行動してはならない。
成功する可能性があるとしたらそれは不意打ちの一撃しかあり得ず、二度目はない。失敗すれば完全に打つ手がなくなる。
隙が欲しい。一瞬でいい。隙があれば。

だが――自力でその隙を作る方法が思い付かない。

せめて何か一つ、『予想外の出来事』が起こらないとこのまま嬲り殺しにされる。
起こるかは判らない。いや、起こらない可能性の方が遥かに高いだろう。
しかしそれでも、その瞬間のために、神経を研ぎ澄ませておく。それが今唯一ひよのが出来ることだった。

1183 ◆L62I.UGyuw:2011/11/10(木) 19:36:27 ID:5OgotkG.0
ひよのの身体に赤い線を刻んでいた女の爪が、右腿に差しかかったところで止まった。
傷を付けるのをやめ、おもむろに腿を手で掴む。
女が舌なめずりをしたのを、ひよのは見た。

「少しくらい、いいわよねぇん」

何が、という疑問が口に出る直前、ぶちりという音がして、焼き鏝を押し付けられたように腿が灼熱した。

「――っ!!」

喰われた。
肉体のほんの一部ではあるが、喰われた。
覚悟していなかった訳ではないが、それは途轍もなく恐ろしかった。
絶対的な捕食者に対する恐怖が心に滑り込んでくる。

「あらぁん、貴女、もう少し肥ってる方が魅力的よん♪」
「生憎、ダイエット中なもので」

強がりなのは明らかで、もしかすると声が震えていたかもしれない。
それでも何か言い返さないと勇気が萎んでしまいそうだった。限界が近かった。
女は血に染まった凄惨な笑みを浮かべ、再び容赦なく鋭い爪をひよのの身体に突き立てようとする。

突如、凄まじい爆音が空気を震わせた。
工場全体が大きく揺れる。そこら中から建材が捻れ、折れ、砕ける音が響いてくる。
壁に亀裂が入り、天井から瓦礫がばらばらと落下する。
その一つが女の頭目掛けて落ちてきた。女は上を向いて手で瓦礫を打ち払おうとする。

来た。千載一遇の好機。ひよのから注意が逸れたその刹那に、猛然と身体を持ち上げ腕を伸ばす。

光が奔った。
首輪まであと数センチメートルのところで腕に衝撃が走り、動きが止められた。
女が放った、電撃だ。

「残念だったわねぇん」

女の顔がこちらを向いた。
その表情を見て、理解する。
女は敢えて抵抗の余地を残していただけだ。獲物に決定的な恐怖と絶望を与えるために。
おそらくはこの揺れも、起こると知っていたのだ。
最初から全て、女の掌の上で弄ばれていただけだったのだ。

「その顔――悪くないわよぉん♪」

1184 ◆L62I.UGyuw:2011/11/10(木) 19:37:13 ID:5OgotkG.0
愉しそうに、本当に愉しそうに、女は言った。
最悪だ。
どうやら自分は、女の期待通りに踊っただけだったらしい。
突き付けられた黒々とした銃口が、全ての希望を呑み込んでいく。
女が焦らすようにゆっくりと引き金を絞っていく。
これは、本当に終わりだ。ひよのはついに目を瞑った。
そして、炸裂音が、響いた。



建物の振動が続いている。

まだ意識がある。死んでいない。
何が起こったのか解らなかった。
瞼を上げる。

「……あらぁん?」

女は胡乱気に手元を見ている。
西洋彫刻のような彼女の手が、見る影もなく破壊されていた。

気付く。
静謐な青い光。

太極符印。水面にちょこんと頭を出したそれが起動している。
女が撃った拳銃、エンフィールドNo.2。それはミッドバレイ・ザ・ホーンフリークが最初に太公望を襲ったときに用いたもの。
太極符印はその攻撃パターンを記憶しており、そのため放たれた銃弾に対して自動迎撃を行ったのだ。
勿論、ひよのにそこまでは解らない。
しかし起こった事象は正確には解らずとも、太極符印が、太公望が、致命的な一撃を防いでくれたことだけは理解した。

「――太公望さん」

思わずひよのの口から漏れる命の恩人の名前。
そして、その名に、女は思いがけず過剰な反応を示した。

「たい、こうぼう」

ずたずたになった手を見て、徐々に光が弱まる太極符印を眺め、そして女はもう一度、たいこうぼう、と反芻する。
ゆらりと女の頭が揺れ、ひよのの腿を掴む力が緩んだ。
何が起こったのかを考えるよりも先に、全力で女の胸を蹴り飛ばす。
女の爪が腿を浅く裂いて、そしてどぼんとひよのの体が水に落ちる。

1185 ◆L62I.UGyuw:2011/11/10(木) 19:37:45 ID:5OgotkG.0
拘束が外れた。
喜ぶ余裕もなく周囲に視線を走らせる。
見付けた。
光を失う寸前の太極符印。その隣に沈んでいる物。
ひよのの身の丈を超える巨大な十字架――パニッシャーだ。

パニッシャーに跳び付いて引き起こし、十字の交差部に手をかける。ろくに狙いも付けずに引き金を引いた。
連なる爆音。それに伴う反動。ひよのは全体重をもってパニッシャーを押さえ付ける。
凶悪な鋼の弾が容赦なく女の肉体を削り取って血煙に変えていく様子を、ストロボに似たマズルフラッシュが余す所なく照らし出している。

やがて、カシンと乾いた音がして、十字架は蓄えられていた銃弾の全てを吐き出したことを知らせた。
再び暗闇が戻り、銃声の残響も僅かな余韻を残して霧散する。

鉄錆の臭いがする。
女の全身は、昔の漫画に登場するチーズに似た惨状を呈していることだろう。

だが、その穴だらけのヒトの形が、立ち上る煙の向こうで、動いた。

夢中だった。
十字架の長い部分を下に向け立ち上げる。
発射。
着弾。
予想を上回る規模の爆発が発生し、爆風で後ろに吹き飛ばされる。
爆炎が消えた後には、床に開いた大穴の他に残っているものは何もなかった。

ひよのは、太極符印とその近くにあった首輪だけを回収して、逃げ出した。

1186 ◆L62I.UGyuw:2011/11/10(木) 19:38:26 ID:5OgotkG.0
【A-3/水族館/1日目/夜中】

【沙英@ひだまりスケッチ】
[状態]:疲労(中)、腰に打撲、ツッコミの才?
[服装]:長袖のシャツ(濡れ)
[装備]:九竜神火罩@封神演義
[道具]:支給品一式、ネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲@銀魂、大量の食糧
    輸血用血液パック、やまぶき高校の制服、着替え数点
[思考]
1:何の音?
2:二人と協力して、ゆのを保護する。
3:銀さんが気になる?
4:ヒロの復讐……?
[備考]
※グリフィスからガッツとゾッドの情報を聞きました。
※会場を囲む壁を認識しました。
※宝貝の使い方のコツを掴んだ?
※ワープ空間の存在を知りました。

【E-6/工場(崩壊中)/1日目/夜中】

【坂田銀時@銀魂】
[状態]:疲労(中)
[服装]:いつもの服装に黒革のジャケット(濡れ)
[装備]:和道一文字@ONE PIECE
[道具]:支給品一式、大量のエロ本、太乙万能義手@封神演義、大量の甘味
    大量の女物の服、スクーター
[思考]
1:二人を探す。
2:ゆのを探しに行く。
3:伊万里のボケに対し、対抗心
[備考]
※参戦時期は柳生編以降です。
※グリフィスからガッツとゾッドの情報を聞きました。
※会場を囲む壁を認識しました。
※デパートの中で起こった騒動に気付いているかは不明です。
※流を危険視。しばらく警戒をとくつもりはありません。

1187 ◆L62I.UGyuw:2011/11/10(木) 19:39:18 ID:5OgotkG.0
【結崎ひよの@スパイラル 〜推理の絆〜】
[状態]:全身に切り傷、腿に噛み傷。
[服装]:ズタズタの水着
[装備]:太極符印@封神演義、柳生九兵衛の首輪
[道具]:
[思考]
基本:『結崎ひよの』として、鳴海歩を信頼しサポートする。蘇生に関する情報を得る。
1:鳴海歩と合流したい。
2:エドワード・エルリックと連絡を取ってなんとしてでも合流しておきたい。場合によっては他の人間を撒いてでも確保。
3:あらゆる情報を得る為に多くの人と会う。出来れば危険人物とは関わらない。
4:安全な保障があるならば封神計画関係者に接触。
5:復活の玉ほか、クローン体の治療の可能性について調査。
6:ネット上でのキンブリーの言動を警戒。場合によってはアク禁などを行う。
7:安藤(兄)の内心に不信感。
8:できる限り多くの携帯電話を確保して、危険人物の意見を封じつつ歩の陣営が有利になるよう
   掲示板上の情報操作を行いたい。
[備考]
※清隆にピアスを渡してから、歩に真実を語るまでのどこかから参戦。
※手作りの人物表には、今のところミッドバレイ、太公望、エド、リン、安藤(兄)、銀時、沙英の外見、会話から読み取れた簡単な性格が記されています。
※太公望の考察と、殷王朝滅亡時点で太公望の知る封神計画や、それに関わる人々の情報を大まかに知っています。
 ハヤテが太公望に話した情報も又聞きしています。
※超常現象の存在を認めました。封神計画が今ロワに関係しているのではないかと推測しています。
※モンタージュの男(秋葉流)が高町亮子を殺したと思っています。警戒を最大に引き上げました。
※太極符印にはミッドバレイの攻撃パターン(エンフィールドとイガラッパ)が記録されており、これらを自動迎撃します。
 また、太公望が何らかの条件により発動するプログラムを組み込みました。詳細は不明です。
 結崎ひよのは太極符印の使用法を知りません。
※フィールド内のインターネットは、外界から隔絶されたローカルネットワークであると思っています。
※九兵衛の手記を把握しました。
※錬金術についての詳しい情報を知りました。
 また、リンの気配探知については会話内容から察していますが、安藤の腹話術については何も知りません。
※プラントドームと練成陣(?)の存在を知りました。魔子宮に関係があると推測しています。
※島・それぞれがいた世界の他に第三のパラレル世界があるかもしれないと考えています。
※旅館の浴場とボイラー室のワープトラップの奇妙な関係に気づきました。

【字伏右半身(安藤潤也)@封神演義&うしおととら&魔王 JUVENILE REMIX】
[状態]:字伏の肉体(白面化80%)
[服装]:不明
[装備]:

※妲己とひよのの荷物の一部が工場のどこかに落ちています。
 妲己の荷物(支給品一式×3(メモを一部消費、名簿+1)、エンフィールドNO.2(0/6)@現実、趙公明の映像宝貝、大量の酒、工具類、真紅のベヘリット)
 ひよのの荷物(支給品一式×3、綾崎ハヤテの携帯電話@ハヤテのごとく!、手作りの人物表、太極符印@封神演義、柳生九兵衛の首輪、改造トゲバット@金剛番長
    番天印@封神演義、乾坤圏@封神演義、パニッシャー(機関銃:0% ロケットランチャー0/2)@トライガン・マキシマム
    若の成長記録@銀魂、ヴァッシュ・ザ・スタンピードの手配書×2@トライガン・マキシマム、ロビンの似顔絵
    秋葉流のモンタージュ入りファックス、水族館のパンフレット、自転車、着替え数点、エイトのレプリカのパーツ数個)


***************

1188 ◆L62I.UGyuw:2011/11/10(木) 19:39:51 ID:5OgotkG.0
堆く積み積み積まれた死の底で、魔を孕む胎に堕ち揺蕩う魔が一つ。



三界の狂人は狂を知らず。
四生の盲者は盲を識らず。
生れ生れ生れ生れて生の始めに暗く、
死に死に死に死んで死の終りに冥し。



――――――おぎゃぁぁあああぁぁぁ。



【E-6/工場(崩壊中)/1日目/夜中】

【字伏左半身(妲己)@封神演義&うしおととら&魔王 JUVENILE REMIX】
[状態]:???

1189 ◆L62I.UGyuw:2011/11/10(木) 19:41:50 ID:5OgotkG.0
以上で投下終了です。
タイトルを入れ忘れてましたが、こちらに投下した分は「不可逆の螺旋軌道」です。

1190代理:2011/11/10(木) 20:39:30 ID:yHufBvFY0
さるった
>>1184から誰かお願いします


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