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仮投下スレ

1165人生は大車輪:2011/09/15(木) 11:35:15 ID:8hW82z.c0



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「ほんたうにそんなことはない
 かへつてここはなつののはらの
 ちいさな白い花の匂でいつぱいだから」

夜が刻々と近づき、ひどく重い空が島を包んでいる。
それを鑑みるかのように、犬養は先ほどから青空を吹き抜ける風を思わせる詩を吟っている。
じわじわと迫りくる死に対面する当事者と、不安に包まれながらも見守る者を対比している。
陰鬱ながらどこか清々しい。そんな詩だった。
宮沢賢治が妹を看取ったときに作られたものである。

挑発に似た視先を、犬養はいつの間にやらそこにいた娘へと向けた。
女神を冠する娘には動揺の欠片もない。

「さっきから吟っているそれは、誰へのメッセージのつもりかしら、観測者様?
 それともただの檄文?」

息継ぎを柔らかく繰返し、紡ぎ出した詩を"アテネ"が遮る。
一切不快のなさそうな、アテネの質問を待ち構えていた顔で犬養が返答する。

「僕達のこれからをよく明示した詩だと思わないかい?」
「『これから』の未来に彼も含んでいるんだろうな」

無論だ、とたった今帰ってきた観測者の片割れにうなずいた。
犬養は整然と二人へ向き直り、続きを述べた。

「運命が死ねと言えばそれまでなんだよ。
 いつ逝く側になるか、見送る側になるか、それこそ神様のレシピ次第だ」
「そうは言いながらも、あなた方は運命の流れに対して、乗りながらも逆らっているように見えますわ」

ミダスの王は触れるもの全てを黄金に変えた。
その輝きを湛えたような、強欲なまでに明るい金髪が薄暗闇に溶け混じる。
娘は仮の姿を騙るがままの動作で貫く。身体と魂で、知恵の女神の名前を分け合った。
上品な笑みは絶やさず、不適につり上がる目は貪欲にきらめく。
白眉の男二人を交互に眺める。
矢のような視線をまた矢で弾き返す勢いで、犬養は瞬く。

「……ウォッチャーが瓦解した」

そこが街頭演説であれば一斉に辺りが静まりかえる、人に訴えかけるのに適した声だった。
客観的事実を言い上げただけで、言外に匂わせる真意はまるでなかった。
ただし他人事だとは思わせない迫力はあった。

「セイバーもだ。
 "彼"は囚われたよ。バックスの謀反でね。
 半ば人質に取られた形でプライド君はバックスに逆らえなくなっている」

バックスが明確に反意を示したあの時、犬養は始終を扉を挟んで聞いていた。
介入もせず、助けもせず、逃げもせず。

しん、と静まる。
それほど動きらしい動きがなかった部屋が、更に冷え冷えとする。
立ち込めるのは苛立ちや焦りではない。
不穏な気配が漂い高まり、決壊しつつある。
嵐の前にはいつだって高殿いっぱいに風が吹き込む。
それと同じだ。


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