したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | |

仮投下スレ

1 ◆ME3hstri..:2009/04/05(日) 21:43:33 ID:5UembPjM0
何らかの事情で本スレ投下が出来なかったり、本スレ投下の前に作品を仮投下するためのスレです。

1041JUDAS ◆JvezCBil8U:2011/01/04(火) 16:30:55 ID:m04NK6xM0
「君たちの感知できない所で人材を調達したならば、動かせるのはそれ程多くないはずだ。
 ビーストのせいで実行を前倒ししたと言っていた以上は尚のことさ。
 逆転の目は十分残っているよ、だからこそ今は大人しくし、情報収集に徹すべきだ」

あたかもコーヒーブレイクの最中の噂話のように。
声のトーンは恐ろしいまでに落ち着いて。

「何故そんな事を言えるのです?」

……かすかな不信さえ心の内に湧き出すのを抑え、渋面を浮かべながら傲慢な少年は言葉を繰り出す。
盲目であることを、自ら望む。

「そもそもが、こうして反逆の可能性を留めたまま利用するくらいなら、そんな回りくどいことをせずとも君に洗脳装置を取り付けてしまえばいい。
 それさえ出来ずに技術者を闇に葬ったという事は、おそらく彼女自身が反抗したという事だろうね。
 心の機微に敏い彼女のことだ、相当早い段階で反逆の可能性に気付いたんだろう。
 だから、彼らの総人数は実際大したことはない。そして、これ以上の拡充もありえない。
 自信満々なようで内心は相当に張り詰めているよ、彼はね」

「……私を洗脳せずとも問題ないという余裕の表れでは?
 私以外のセイバーのうち、戦闘力の高いアノンはともかく■■■■は……」

……あれ。
今、自分は誰のことを挙げようとしたのだろうか。
疑問に固まる少年の様子さえ瑣末事と、一拍も置かずに青年は言葉を挟む。
少年が己のペースを取り戻さぬように。

「それはないだろうね。
 彼ら、いや彼の行動したタイミングを考えればすぐに分かる」

「あ……」

目を閉じ、俯き、思索に沈む。

「……そうか。彼らが決行に移ったのは、貴方が王族の庭城から戻ってきた直後だった。
 ですが、だとするならばタイミングがおかしい。
 反逆を決行するのであれば、それこそ貴方があの庭城にいる間にこそすべきでした。
 貴方がいなかった間こそが、命令系統の混乱を狙う意味で千載一遇の好機なのですから」

「そう、だが彼はその好機に行動しなかった。おそらく手足が足りなかったのだろうね。
 ……けれど結局、彼は私の帰還と同時に動いた。人員はまだまだ少ないだろうに。
 バックス自身が言っていたろう? 計画を前倒ししたと、ね。
 それをせざるを得ない“何か”が起こったのさ」

だから、11thの手足はこの期に至っても多くない。
そう断じてから、続く言葉は問いかけを。
誘導する。必然たる唯一解に至らせるために。
その言葉の奥を、悟らせぬために。

「では、どうして私が戻った後のこのタイミングなのだろうね?
 “何か”があったのは放送直後の定時連絡以前――場合によっては数時間前のはずなのにね」

何故、目の前の青年がその時間帯に“何か”があったことを確信しているのか。
その事に思い至ることなく、言葉を受けてプライドは濃密なる論理に耽溺する。

1042JUDAS ◆JvezCBil8U:2011/01/04(火) 16:31:22 ID:m04NK6xM0

「……分かりました。龍脈の調整だけは確かに終了させねばならなかったからですね。
 反乱にあたって最優先とされたのは、“セイバー”最大戦力にして最右翼の危険分子アノンの排除、
 そして“ウォッチャー”の監視能力の無力化。
 ですが、アノンを殺すことは貴方が王族の庭城にいる間に行うことはできなかった。
 それは……」

「そう、アノンが紅水陣を維持する事で、会場への龍脈の乱れの影響を留めていたからだ。
 催事を完遂させたい彼ら、いや、11thとしても龍脈の乱れを無視しておく理由はないのさ、むしろノウハウがない分だけ一層危険視しているんだろうね。
 だから私が龍脈の調整を終え、アノンが紅水陣を解除する直後まで待っていた、ということさ」

「……なるほど。ザジの不在に私達が気づくまでの猶予を考えれば、あまりにタイトすぎるスケジュールです」

合格だ、と言わんばかりに頷く青年を見つめる瞳にもはや疑念の色はなく――、
信仰という丸太が確かに、目を曇らせていた。

「もういいのですかな? そんな協議で大丈夫か?」

禿頭の男の問いが、現実を揺り動かす。
また、転がり落ち始める。

どんな形状の鉢であろうと、水を落とせば必ず一つ所に落ちていく。

「大丈夫だ、問題ない。
 それで、さっきの質問についてだが……」

あなたの処遇ですか、と。
どこか嘘にも似た含み笑いを伴い告げる禿頭は、

「なるほど、あなたは確かに誰にも殺せないでしょうな。
 アノンやビーストを屠った手段でさえ通用しない。
 否……、その手段を試そうとすると、何故かその段階に至るまでに悉く妨害が入り失敗に終わる」

チッチッチと指を振り。

「あなたの脅威は三つの力を持っていることですな。
 あなた自身のあまりにも強固な運命。
 デウスより受け継いだ、時間と因果を操る座。
 そしてデウスにさえ不可能だったはずの、魂さえも自在に操る技術を仙人の世界より学んだ。
 だが、それでも完璧ではない。
 こうして捉える事ができるのですからな」

そこで高らかに、高らかに。
自信と余裕に満ち溢れる様を、確認するかの如く哄笑する。
どこか不安など何もないと、自らに言い聞かせるように。

「……そう、これ程の力を持ち合わせておきながら、あなたは強すぎる自分の運命を、自分だけを思うように制御できないのですよ。
 デウスが、己の寿命をどうすることもできなかったように。
 あなたですら真なる神ではなく、こうして付け入る隙さえできている。
 だからこそ、この催事を開いたのでしょう?」

答えはない。
応えはない。

1043JUDAS ◆JvezCBil8U:2011/01/04(火) 16:31:54 ID:m04NK6xM0
「そういう事ですよ。ただあなたはここにいるだけでいい。
 全ての終わりまで、見ているだけで構わんのですよ」

静謐が其処に満ち満ちて、会談の終わりを無言が告げる。
青年は少年を見やると、こくりと頷き顎だけで扉の向こうを差し向ける。

意味するところを理解して、少年はのろのろと魂を抜かれたように立ち上がった。
服の裾を翻し、外へと向かう禿頭を追う。

部屋を出ようとしたその時に、微かに届く呟きひとつ。

「……安心したまえ」

「え?」

「なにも問題はない。小石一つとて、私の道の上には転がっていないよ」

……背筋が凍りついたような気がした。

まさか。
この男は、自分が運営の場から王族の庭城へ赴く理由を作るために、わざと参加者たちに龍脈を乱させたのだろうか。
ジョン・バックスに反乱を、今この時に誘発させるために。
……そして、■■■■の決死行を、その機に乗じて行わせるために。

それこそ、馬鹿げた話だ。
参加者の因果を直接書き換えれば運営に支障が出る。
読み通りというならば、初期配置からそれを見据えて駒を置かねばならないのだ。
そして、11thの愚行が後戻りできないまでに熟成する時節さえ見通していなければならないのだ。

しかしプライドには、間違いなくこの青年が自らの意志で以て“そう”したのだと思えてならなかった。


……故に。
後ろの青年を気にするあまり、幾度も幾度も振り返る。
だからそのことに気付かない。
前を行く男の表情と、震える握り拳の在り様に。

分かっていても、望まずとも、そう踊らされ続けるのだと。
枷を嵌められ懸糸傀儡に貶められた男の苦悩を、まだ。


あるいはその、最期まで。


**********


まだ底があるというのか。

男は自問し自答し自嘲する。
然り、然り。
腐肉と血反吐の汚泥の沼に果てなど終などあるはずもない。

1044JUDAS ◆JvezCBil8U:2011/01/04(火) 16:32:18 ID:m04NK6xM0
文字の通りに男は堕ちる。無垢な童を携えて。
暗い昏い闇の底からおぞましき白に煙る宙へと投げ出され。

……本の蔵から這い出でて、足を運んだその先の。
旅籠の郭に寝所を求め、纏うべき衣を拾わんと。
湧き出る泉に暖を取り、疲労を置いては追想す。

白い雪が全てを覆い隠すというのなら。
その成り損ないには何ができて何をもたらすのか。
過去を、目の届かぬほどに埋め尽くすことは叶わない。

気づけば娘の影は見当たらず。
半ば砕けた館に残る痕跡を追うより先に、この手からすり抜けた何かによく似たそれを、見出さんと動き出す。

……その折だった。
娘が居着いたその先に。
かつては、この湯治場を司ったと思わしきその一角から、零れ落ちたのは。

大穴だった。
どこへ続くとも知れぬ大穴が、其処にはあった。

穴の向こうは見通せない。
それでいて、闇に満ち満つふうでもない。

擦り硝子で鏡を作ったならば、斯の如くに見えるのだろうか。
鳥の目で見下ろす光景が、ぼんやりと霞んでいるかのようで。

それはまさしくその通り。
娘が穴に落っこちる。茶碗を手から滑らせたかのごとく、つるりと。ぬるりと。

――手を伸ばす。左の手。ぬくもりのない鋼の手。

考えるまでもなく、思うでもなく。

こぼれたものに届き届かせるように手を伸ばす。失われたもので。

「……あー」

とっくに掠れて風化したはずの何かを、諦めきれないから。

「う?」

そして男は、堕ちていく。
いつか穴の底を掬えるのだと、忘れられずに。

取り戻せないままの手を、伸ばす。


**********


畜生。
この高さじゃ……死ぬな。
神様々よ、訳の分かんねえ仕掛けを作りやがって。

みっともねぇ。
こんなくだらねぇ終わりかよ、この俺が。

1045JUDAS ◆JvezCBil8U:2011/01/04(火) 16:33:00 ID:m04NK6xM0
……お似合いかもしれねえな。
もう、復讐は永遠に完遂できねえ。
本当に守りたい女もここにはいねえ、そいつの紛いモンみてぇなガキがいるだけだ。
あの栗頭の妖精も……死んだとよ。
てめえとの旅も、嫌とは思わなかったぜ、パック。

何もやることが見つからねぇ。
ならよ。
ここで誰にも分からねぇようなミンチになっちまっても……まあ、悪くねえ末路だ。

……冗談。
復讐を取り上げて、あいつを、あいつらを奪った奴らにゃこの鉄塊をブチ込んでやりたいさ。確かにな。
腕の中のこのガキを、いるべき場所に放り出して来なくちゃあならなくもある。

煮えたぎる怒りは、確かに俺の中で黒く燻ってやがる。
こんな茶番を作り出した、全てにな。

だがよ。
……何か、俺の中で壊れちまったみてぇだ。

俺の復讐を奪った奴。俺の仲間を殺した奴。
そいつらを殺したくて仕方がねぇ。
今目の前に現れたら、全てを投げ打ってでも粉微塵に砕き潰してやるのは間違いねえ。

だってのに、不思議とそいつらを探そうって気が起きねぇ。
……自分から、何かをしたいと思えねえ。

   そいつは仕方ないだろ?
   いくら火種だけでかく燃え盛ってようが、導火線がぷっちり千切られてちゃ爆発はしないっての。
   ま……、爆薬がシケってなきゃあなんとかなるさ。
   
どうしろってんだ。
このままじゃあ地べたで潰れてお釈迦だぜ。

   は、こいつは特別サービスだ。
   本当はこんなことしてやる義理はないけれど、まあ、神をぶち殺すってんなら協力はしてやるわよ。
   だけどまあ、ほんの少しだけだ。あとはてめえで何とかしな。
   私もまだ目立ちたくはないし、それ以上に力自体がそんなに強くないんでね。

……やれやれ。
幻聴か、幽霊か。
つくづく得体の知らねえモンに好かれるな、クソッタレ。

   ……クソッタレ? 言いたいのは私の方よ。
   どういう理由か知らねえが、一番嫌ってたはずのこんなモンになっちまうなんてね、ったく。
   おい、てめえの左手に仕込んだそいつを地面に向かって突き出しとけ。
   他の補正だけはこっちでやってやる。

……まだまだ、死ねねぇ、か。
ここまでくたばり損い続けると笑えてくるな。

   ……だったら最後まであがき続けろよ、あんたはまだ生きてんだ。私と違ってな。
   も一つ土産だ。落ちた先辺りにいる女は、あんたの仇の一人だよ、色んな意味でね。
   じゃあな、自称死神。


**********

1046JUDAS ◆JvezCBil8U:2011/01/04(火) 16:33:25 ID:m04NK6xM0
星が二つ、天から落ちる。
金の光と黒の影。

重なる二つは軌跡を描き、傍目に溶けて一つの線に。

それを見つめる眼が二つ。
暗闇の中で爛々と。ぎらぎらと。

「人……? 空から、か。
 ……鳴海歩の共犯者のアイツ? まだ生きてたの?」

いかなる因果か。
黒の剣士は、光の鷹と間違われ。

――少女は、名を知らない。
自ら落とした光の鷹の、その栄光も。
彼の翼に絡めとられた、黒の剣士の因縁も。

少しばかり考えて、流星の落ちたその場所へ。
大切なもの、雪輝日記。
手にするための人質ならば、危険も危害も度外に能う。

それでなくてもすべきは単純。
隠れた雪輝に近づかせぬよう、いらぬ相手は排して除する。
ひとつ消しては雪輝のため。ふたつ消しては二人のために。


――因果は回る。

すべての発端の思惑さえ、もはや歯車ひとつに過ぎなくなろうとも。

組み上げられるは機械仕掛けの神。

その姿を知るのは、たった一人の男だけ。


【C-02東/市街地/夜】


【ガッツ@ベルセルク】
[状態]:健康
[服装]:上半身裸
[装備]:衝撃貝(インパクトダイアル)@ONE PIECE、ドラゴンころし@ベルセルク
[道具]:支給品一式、炸裂弾×1@ベルセルク、折れたキリバチ@ONE PIECE、
    妖精の燐粉(残り25%)@ベルセルク、蝉のナイフ@魔王 JUVENILE REMIX
[思考]
基本:グリフィスと、“神”に鉄塊をぶち込む。
0:衝撃貝を用いて落下の衝撃を吸収する。
1:運命に反逆する。
2:死んでいたとしてもグリフィスを殺すのを諦めない。
3:グリフィスの部下の使徒どもも殺す。
4:なぜヤツが関わっている?
5:工場に向かうのはひとまず保留。
6:競技場方面に向かう?
7:ナイブズとその同行者に微かな羨望。
8:落下中に聞こえた声は一体――?

1047JUDAS ◆JvezCBil8U:2011/01/04(火) 16:33:58 ID:m04NK6xM0
[備考]
※原作32巻、ゾッドと共にガニシュカを撃退した後からの参戦です。
※左手の義手に仕込まれた火砲と矢、身に着けていた狂戦士の甲冑は没収されています。
※紅煉を使徒ではないかと思っています。
※妙と、簡単な情報交換をしました。
※左手の義手に衝撃貝が仕込まれています。
※鈴子からロベルト関係以外の様々な情報を得ました。

【ウィンリィ・ロックベル@鋼の錬金術師】
[状態]:記憶退行
[服装]:黒のジャンパーコート
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]
0:???
1:うー?
[備考]
※参戦時期は傷の男と合流後(18巻終了後)以降です。
※記憶を幼児まで後退させられています。


【C-01南東/市街地/夜】

【我妻由乃@未来日記】
[状態]:健康
[服装]:やまぶき高校女子制服@ひだまりスケッチ 点々と血の飛沫
[装備]:飛刀@封神演義
[道具]:支給品一式×8、パニッシャー(機関銃 100% ロケットランチャー 1/1)(外装剥離) @トライガン・マキシマム、
機関銃弾倉×1、
無差別日記@未来日記、ダブルファング(残弾0%・0%、0%・0%)@トライガン・マキシマム
ダブルファングのマガジン×8(全て残弾100%)、首輪に関するレポート、
違法改造エアガン@スパイラル〜推理の絆〜、鉛弾0発、ハリセン、
研究所のカードキー(研究棟)×2、鳴海歩のピアノ曲の楽譜@スパイラル〜推理の絆〜、
閃光弾×2・発煙弾×3・手榴弾×3@鋼の錬金術師、不明支給品×3(一つはグリード=リンが確認済み、一つは武器ではない)
[思考]
基本:天野雪輝を生き残らせる。
0:空から墜落した鳴海歩の関係者の可能性のある人物を確認する。接触するかは様子見。
1:天野雪輝を捜す。神社か灯台に行ってみたい。
2:雪輝日記を取り返すため鳴海歩の関係者に接触し、弱点を握りたい。
  人質とする、あるいは場合によっては殺害。
3:雪輝日記を取り返したら、鳴海歩は隙を見て殺す。
4:ユッキーの生存を最優先に考える。役に立たない人間と馴れ合うつもりはない。
5:邪魔な人間は機会を見て排除。『ユッキーを守れるのは自分だけ』という意識が根底にある。
6:『まだ』積極的に他人と殺し合うつもりはないが、当然殺人に抵抗はない。
[備考]
※原作6巻26話「増殖倶楽部」終了後より参戦。
※安藤(兄)と潤也との血縁関係を兄弟だとほぼ断定しました。
※秋瀬或と鳴海歩の繋がりに気付いています。
※飛刀は普通の剣のふりをしています。
※病院の天野雪輝の死体を雪輝ではないと判断しました。
 本物の天野雪輝が『どこか』にいると考えています。
※無差別日記は由乃自身が入力していますが、
 本人は気づいていません(記憶の改竄)


**********

1048JUDAS ◆JvezCBil8U:2011/01/04(火) 16:34:51 ID:m04NK6xM0
王族の庭城は、誰にその威容を汚されることもなく佇み続ける。
城門の豪奢な彫刻の、鋭い瞳が見下ろす下に佇む影一つ。

金の巻き毛のドレスの少女は、何一つ告げることなく沈黙に沈む。

と。

「……あら。勘のよろしいことですわね。
 いいえ、それとも私の事も見続けておられたのですか?
 はしたないですわね、淑女に取るべき態度ではありませんわ」

振り向けばそこに、銀の髪の少年一人。
幻想の光を抱く庭の向こうに霞み佇み揺れている。

少年の言葉は単刀直入、挨拶無視して核心へ。

「英霊、か。
 なるほど、確かにその通りだ。お前も含め、誰も嘘などついてはいないな。
 だからこそ、隠れ続けていられたわけか。
 そう言えばデウスとやらの力には記憶を移植する力もあったはずだな」

――無言。沈黙。少女は答えを返さない。
そして、呟くように不敵な笑みを。

「……仰っておられることが、よく飲み込めませんわね」

「大した変装術だ。警察に潜り込めるだけはある。
 だが、俺の前で取り繕うな。
 ……お前を動かす英霊は、今や黄金に溺れた王じゃない。そうだろう?」

「…………」

「お前はそういう役割の駒だ。一度死に、神の権能の一部だけを植え付けられた者。
 加えて――、自分が駒と分かっていても、それでもなお反逆を試みずにはいられない者。
 ……そうだろう? ミネルウァ――アテナの名を冠する再演者」

問いに問いが重ねられる。
花弁を舞い散らす風が吹く。

「気づいているんだろう?
 貴様は、貴様の本来の有り様を――誰かの手のひらの上で、予定に違わず繰り返しているにすぎないのだ、と。
 もっとも、見立てと再演は、この催事において多用される様式ではあるが……」

「そうだとして。
 私に、何を求めるつもりですの?」

塗りたくられた笑みは微動だにせず。
今か今かと言葉待つ。

「――流れに乗りながらも、逆らうことだ」

……上品な笑みが、とうとう歪んだ。
吊り上がった哄笑に。


**********

1049JUDAS ◆JvezCBil8U:2011/01/04(火) 16:35:16 ID:m04NK6xM0
豪奢で狭いその部屋に。
虚空に呟く男が一人。

幻の枷を嵌められて。
偽りの囚人は、ただ口ずさむ。
朗じるように、気楽に、無難に。

「部族の数になぞらえ選ばれた十二人は、実は十三人であったことを知っているかい?」

十三。
それは、デウスのゲームに参加したプレイヤーの、本当の数。

「あまり知られてはいないのだけどね。
 銀貨三十枚を受け取った者が己の首を括ったのち、数合わせで加えられた一人がいるんだよ」

接吻すべきは誰か。
裏切り者は誰か。

「……もっとも。新たに加わった一人も含め、十三人のうち実に十一人の結末は殉教だったのだけれどね。
 先に荒縄で自身の命を絶った者も含めれば、十三人のうち天寿を全うできたのはたった一人だけ。
 黙示の書を――神の国の到来を預り綴ったたった一人だけなんだよ」

残るべきはただ一人。
上も下も、ただ一人。

オブジェクトの数は、十二と一。
四つはすでに消え去った。

――主の下に集うは十三人の十二使徒。
主の復活の伝道師。

「……さて。
 君たち十三人の中で、この書(神様のレシピ)を預かるのは誰だろうね?」

扉の向こうで耳欹てる、観測者へと届かせて。

1050 ◆JvezCBil8U:2011/01/04(火) 16:35:54 ID:m04NK6xM0
以上で投下終了です。
問題点等ございましたらご指摘お願いしたく思います。

1051名無しさん:2011/01/04(火) 17:19:54 ID:VsRw4vaw0
さるさんです。状態表以降お願いします。

1052 ◆JvezCBil8U:2011/01/04(火) 23:23:26 ID:m04NK6xM0
代理投下確認いたしました。
実行してくださった方々に心底の感謝を。本当にありがとうございます。

1053 ◆L62I.UGyuw:2011/02/11(金) 23:46:38 ID:ctsJ.fF60
全回線規制中のためこちらに投下します。
すみませんがどなたか代理投下をお願いします。

1054A Embryo In The Abyss ◆L62I.UGyuw:2011/02/11(金) 23:47:29 ID:ctsJ.fF60
最初の放送とは違い、あからさまなアクシデントが発生した訳ではない。
壮大なピアノの調べと共に滞りなく放送は始まり、以前の二回と同じく事務的な連絡と若干の挑発染みた発言があり、そして何事もなく終わった。
しかし、気付く者は気付く。

以前の二度の放送で流れたピアノの旋律は、音楽について嗜み以上のものを持たない聞仲にも判るほどに天才的な美を孕んでいた。
だが先程、三度目の放送で流れたピアノは、至極平凡な演奏だった。
微妙な違いだ。平時ならまだしも、この極限状態においては大抵の者は気付かないだろう。
しかしそれだけのことから、聞仲は『神』の陣営に生じた更なる不和を感じ取っていた。
この些細な異常が意味するところは、素直に考えればピアニストの不在だ。
名も知らぬピアニストは殺されたか、逃げ延びたか。

この事態を好機と捉えるべきだろうか。
それは違う、と聞仲は考える。

一日と経たずに、およそ三割まで減った人数。
ゲームの破壊を目指す者なら、誰もが焦りを隠せない状況。
そこに『神』の陣営に亀裂が入ったという推測が得られる。それも容易には気付かない手掛かりによって。

これは思わず縋りたくなる希望だ。
そして希望に縋る者こそが最も操り易い。
解っていても、人は希望を捨てられないものだから。

おそらく『神』にとっては、不和を感知されることすら織り込み済みなのだ。
でなければ、王天君に関する顛末の説明が付かない。

王天君は、聞仲とうしおの目の前で、まるで見せ付けるように処刑された。
王天君のあの表情。何度も目にしたことのあるあの表情。
嵌められたことを悟ったときに、誰もが見せるあの表情。
あれは断じて演技などではない。
自ら口走った通り、彼もまた駒の一つに過ぎなかったのだろう。

『神』は王天君を――いや、聞仲や妲己すらも手玉に取る悪魔的な能力を持っている。
そう仮定すべきであり、ここまでの全ては『神』の思惑通りであると考えるべきだ。

思惑通り。
混迷を極めるこの事態が。
大軍と大軍の衝突とは違う、個々人がそれぞれの思惑で動くこの状況が。
果たしてそんなことが可能だろうか?

1055A Embryo In The Abyss ◆L62I.UGyuw:2011/02/11(金) 23:48:27 ID:ctsJ.fF60
可能なのだ。聞仲はそれをよく知っている。
もっと大雑把かつ単純とはいえ、聞仲自身も似たようなことを考え実行したことがあるのだから。

つまりこの場で起こっていることは、ホッブズ的混沌が招いた殺戮ではない。
無臭ではあるが――いや無臭であるが故に、却ってある種の者には嗅ぎ取れる、そんな計画性を孕んだ殺戮だ。

不自由な選択肢を次々と与えることで、思考を限定し、行動を操作する。
単純な一つ一つの思考と行動は、他者の選択に干渉し必然として次の選択肢を創り上げる。
かくして一見混沌そのものにしか見えない状況は、高度に複雑精緻なチェス・プロブレムの様相を呈する。
盤面の駒はただ自らの能力に従って動くのみである。
どう足掻いたところでビショップは直進出来ないし、白のポーンが昇格するには黒のバックランクに到達しなければならない。
達成すべき解答条件も含めて全容を把握出来るのは、全てを俯瞰する者だけ。

さて――かつての聞仲は、最短手順による全ての駒の排除を解答条件として設定した。
では一体、『神』はいかなる解答条件を設定しているのか――。


***************


「聞仲さん、何処行くんだよ。そっちは――」

背後から戸惑ったうしおの声が聞こえる。
聞仲は病院へ行きたいと言ううしおの意思を確認すると、すぐさま診療所の中へと向かった。

「病院への近道がある。おそらくはな」

待合室を横切って非常口の扉を開く。
後ろから付いて来ていたうしおが目を丸くした。

「ここは……」

本来なら外部へと繋がっているはずの扉の向こうには、地下へと延びる暗い階段があった。
冷やりとした空気が流れ出す。

「放送の前に少々調べた。罠がないとも限らないため、深入りは避けたが」

1056A Embryo In The Abyss ◆L62I.UGyuw:2011/02/11(金) 23:49:02 ID:ctsJ.fF60
でもこれがどうして近道、とうしおが言いかけたところで、聞仲はコンパスを取り出した。

「これを見ながら付いてくるといい」

頭に疑問符を浮かべるうしおにコンパスを見せながら、ゆっくりと階段を下りていく。
すると、コンパスは徐々に、しかし不自然に回転していった。
階段の終わりまで下りると、聞仲はコンパスを仕舞って短く言った。

「――こういうことだ」
「……え……っと……ごめん、よく解んねえや」

しゅんとなるうしお。
聞仲は教師の笑みを作ると、うしおに問いかけた。

「ふむ、そうだな。ではコンパスとはどういう道具だ?」

急に訊かれて、うしおは首を捻った。
少し考えて、自信無げに答える。

「えっと、それは……方角を知るための道具、だよな」
「そうだな、正解だ。正確に言えばその場の磁力線の向きを感知する道具なのだが――それがこの扉を境に大きく変化している。
 簡単に言えば、この扉を境に『北の向きが変わっている』のだ」
「そんなこと……あり得るのか?」
「現にある、としか言えないな。付け加えるなら、診療所の外には非常口の扉は存在しなかった」
「え? どういうことさ、そりゃ?」
「こう考えるしかあるまい。非常口の扉の内外は全く別の場所だ、とな。そしてもう一点」

少し進んでから立ち止まり、通路の半ばの壁にあった金属製プレートを撫でる。
プレートには、前方を指した矢印と、『開発棟』という文字が彫り込まれていた。

「地図にある施設の内、開発棟などというものがあるのは研究所くらいだろう。
 もしこの通路が研究所に繋がっているなら、病院までの道のりをかなり短縮出来る。
 万が一違ったとしても、診療所以上に病院から離れた場所はそうはない。
 故に、一刻も早く病院へ向かうなら、まずこの先へ進むのは悪い選択ではないと考えられよう」

そう簡潔に説明すると、聞仲は再び歩き始めた。
ぽかんとしていたうしおだったが、数秒後に慌てて聞仲に従って歩き出した。

1057A Embryo In The Abyss ◆L62I.UGyuw:2011/02/11(金) 23:49:42 ID:ctsJ.fF60
しばらく進み、突き当たりの扉を開くと、診療所の敷地程度はありそうな部屋に出た。
天井に明かりはあるが薄暗い。化学薬品がいくつか混じり合ったような独特の臭いが鼻を突く。
通常の工具と共に、何に使うのか判らない機材がそこかしこに積まれている。
左手の壁に案内図を見付け、聞仲は近付いて確認する。

「……どうやらここは研究所で間違いないようだな。出口は向こうだ」

聞仲は次の部屋へと続く金属扉に顔を向ける。

「う〜〜〜〜ん……」

ふと見ると、難しい顔でうしおが唸っていた。

「何があった?」
「うん、その、やっぱり聞仲さんは凄えなあ、と思ってさ。オレなんかじゃ、とてもこんな上手いこといかねえよ。
 早く病院に行かねえと、って気ばっかり急いでてさ」

聞仲は微笑した。

「そう自分を卑下するものではない。私も若い頃はよく焦って失敗したものだ」
「焦って失敗する聞仲さんかァ……」

想像出来ねえなあ、とうしおはまた唸る。

「若い頃は皆そんなものだ。恥じる必要はない。
 ただ――いいか、うしお。どんなときでも浮き足立ぬよう心掛けろ。冷静に、よく考える癖を付けることだ。
 そうすれば、自分の能力を間違った方向に使うことだけは防げるようになる。
 それでも足りない部分は、先人に助けて貰いながら一つずつ身に着けていけばいい。
 さあ、先へ進むぞ」

そう――常に冷静を心がけねばならない。聞仲はうしおよりもむしろ自分自身に言い聞かせていた。
これからきっとピアノ線よりも細く蜘蛛の糸よりも複雑に捩じくれた死線の上を走り抜けることになる。
それは確信に近い予感であり、ならば最悪の場合において『たったひとつの冴えたやりかた』を選び取ることが彼の責務である。
たとえそれがうしおの望まないことであったとしても。

かつ、かつと二人の足音が開発棟を移動する。

1058A Embryo In The Abyss ◆L62I.UGyuw:2011/02/11(金) 23:50:32 ID:ctsJ.fF60
『神』の目論見を打ち破れる者がいるとするならば、それは自分ではないと聞仲は思う。
力を武器とする者はより大きな力に呑み込まれ、理を武器とする者はより強固な理に制される。
これは古来より不変の、ありとあらゆる戦の掟である。
だが、仙人界を滅ぼす寸前で、最大の力と最強の理を兼ね備えた聞仲を止めたのは、それらとは異なるものだった。
『神』にすら届く、力とも理とも異なるものを生み出すには、聞仲はきっと老い過ぎている。
うしおのような者こそが必要なのだ。

しかし。
しかし、その考えもまた――打算という理だろうか。



かつり、と一際高い音を最後に、背後の足音が止まった。

「どうした?」

聞仲も次の部屋に繋がる扉の前で立ち止まり、訝しげに振り返る。
うしおは応えない。疑問と驚愕と、そして若干の恐怖を顔に貼り付けて、視線を壁際の暗がりに注いでいる。
釣られるように、聞仲の視線も壁に移動する。
壁に並ぶ物は夥しい数のガラス容器。
その中身を認識して、聞仲は眉を顰めた。

「これは……」

ここは『開発棟』。
当然、何かを開発する施設であるはずだ。
ここで開発されていたらしきもの。
それは。

「……っぱり、白面が? でも、何で――」

掠れた声が響く。
ずらりと並んだ容器にゆらゆらと浮かぶ物。
四角いガラスの向こうに。
まるで展示物のように。
夥しい数の――人間の、赤ん坊が。
出来損ないの、赤ん坊が。
ゆらゆらと。

「何で――何でこいつがッ……こんなトコにあるんだよッッ!」

1059A Embryo In The Abyss ◆L62I.UGyuw:2011/02/11(金) 23:51:20 ID:ctsJ.fF60
それは山上の廃病院、『囁く者達の家』でうしおが目にしたもの。
西洋の魔術に魅せられ白面に弄ばれた天才僧、引狭が遺した研究、その一つ。
『マテリア』と呼ばれる究極の法力人間を生み出す魔術の結晶。

ただ。
ただ一つ、うしおの記憶との違いがあった。
それは名前。
囁く者達の家で誕生した者の名はキリオ。
だが今、うしおと聞仲の前にある全ての容器の下には、こう記されていた。



『ユノ』――と。


【F-5/研究所(開発棟)/夜】

【蒼月潮@うしおととら】
[状態]:精神的疲労(中)、左肋骨1本骨折
[服装]:上半身裸
[装備]:獣の槍@うしおととら
[道具]:エドの練成した槍@鋼の錬金術師
[思考]
基本:殺し合いをぶち壊して主催を倒し、みんなで元の世界に帰る。
0:何でこんな物が?
1:殺し合いを行う参加者がいたら、ぶん殴ってでも止める。
2:仲間を集める。
3:とらと合流したい。とにかく速攻で病院へ行く
4:蝉の『自分を信じて、対決する』という言葉を忘れない。
5:流を止める。
6:聞仲に尊敬の念。
7:金光聖母を探す。
8:字伏(潤也)の存在にショック。止めたいが……。
9:白面を倒す。
10:キンブリーに留意。いい人でもなければ悪い人でもないっぽいけど……
11:余裕があるのなら小学校に行ってもいい。
[備考]
※参戦時期は31巻で獣の槍破壊された後〜32巻で獣の槍が復活する前です。とらや獣の槍に見放されたと思っています。
 とらの過去を知っているかどうかは後の方にお任せします。
※黒幕が白面であるという流の言動を信じ込んでいます。

1060A Embryo In The Abyss ◆L62I.UGyuw:2011/02/11(金) 23:51:48 ID:ctsJ.fF60
【聞仲@封神演義】
[状態]:右肋骨2本骨折(回復中)、背に火傷(小)
[服装]:仙界大戦時の服
[装備]:ニセ禁鞭@封神演義、花狐貂(耐久力40%低下)@封神演義
[道具]:支給品一式(メモを大量消費)、不明支給品×1、首輪×4(ブラックジャック、妙、妲己、雪路)、
    胡喜媚の羽、診療所の集合写真
[思考]
基本:うしおの理想を実現する。ただし、手段は聞仲自身の判断による。
1:妲己の不在を危険視。何処にいるかを探す。
2:金光聖母を探して可能ならば説得する。
3:2のために趙公明を探す。見つからなかったら競技場へ行く。
4:うしおの仲間を集める。特にエドと合流したい。
5:流に強い共感。流を自分が倒す。
6:エドの術に興味。
7:幽世の存在に疑問。封神台があると仮定し、その存在意義について考える。
8:獣の槍を危険視。
9:キンブリーを警戒。
10:ここまでの出来事は『神』の思惑通りと推測。
[備考]
※黒麒麟死亡と太公望戦との間からの参戦です
※亮子とエドの世界や人間関係の情報を得ました。
※会場の何処かに金光聖母が潜んでいると考えています。
※妲己から下記の情報を得ました。
 爆薬(プラスチック爆薬)についての情報。
 首輪は宝貝合金製だが未来の技術も使われており、獣の槍や太極図が解除に使える可能性があること。
※幽世の存在を認識しました。幽世の住人は参加者や支給品に付帯していた魂魄の成れの果てと推測しています。
 また、強者の魂は封神台に向かったのではないかと考えました。

1061 ◆L62I.UGyuw:2011/02/11(金) 23:54:12 ID:ctsJ.fF60
以上で投下終了です。

それと大したことはないのですが、腕を怪我してしまいました。
そのため修正その他の対応が遅れる可能性がありますが予めご了承下さい。

1062喪失花《ワスレバナ》 (上) ◆Yue55yrOlY:2011/05/14(土) 16:49:49 ID:9Kvq5J5A0
誰もが、絶望の坩堝の中で足掻いている。





ガッツという男の話をしよう。

男は、ただ自分の居場所が欲しいだけだった。

関係性の構築。
認めて欲しい相手に、友情や、愛情や、信頼を持って認めて貰う。
それが個人と社会との結びつきとなり、人は自分の居場所をそこに定める。

それは連綿と受け継がれてきたヒトの営みであり、
誰もがよりよい形を渇望して止まない社会的欲求だ。

だが、ガッツは何も国の頂点を目指すなどといった、類稀な夢を抱いていたわけではない。
誰もが当たり前に持っているような、そんな普通の絆が欲しかっただけだ。

たとえば、親子だとか。
たとえば、恋人だとか。
たとえば、友人だとか。

だが、そんな欲求の充足を得た事は一度もなかった。
手に入ったかと思えば、それは簡単にガッツの掌から零れ落ちて行った。

ガンビーノには、銀貨三枚で売られた。
キャスカは、もはやガッツを受け入れてはくれない。
そして――グリフィス。
向き合う事すら出来ぬまま、彼はガッツの前から消えてしまった。

復讐すらも、彼の掌からは零れ落ちて行く。
何も掴み取る事が出来ずとも――なおも彼は、剣を振るい続ける事が出来るのだろうか。





「ここは……」

夜の街並みを明るく照らすのは、ライトと呼ばれる科学の光だ。
ガッツはその事を、この地での最初の同行者であるブラック・ジャックから学んでいる。
その光に照らし出された街並みには、見覚えがあった。
落下している最中、ブラックジャックたちと別れた巨大な建物が見えたのである。

「結局、何も出来ずに戻って来ちまったな……」

岩石を削って出来たような巨躯が、肩を落として小さく俯いていた。
頼りなく伸びた己の影を見詰めながら、ガッツはここまでの道のりを思い返していた。

グリフィスを追ってブラック・ジャックたちの元を飛び出してきたというのに、彼の影すら踏む事が出来なかった。
こんな結果になる事が判っていたのであれば、彼らの元に留まっているべきだったのだろうか。
そうすれば、昼の放送で彼ら四人の訃報を纏めて聞くような事もなかったかもしれない。
大方、忠告も虚しく胡喜媚なる少女のなりをした化け物にやられたのだろうが、彼女もまた先の放送で呼ばれていた。
もはや仇を取ってやる事も出来はしない。

1063喪失花《ワスレバナ》 (上) ◆Yue55yrOlY:2011/05/14(土) 16:51:06 ID:9Kvq5J5A0
しかし、あの医師は復讐という行為に対して、達観した境地を持っていた。
そんな事をしても、喜びはしないだろう。
妙という女も、増田を殺した化け物を恨むより、殺し合いその物に立ち向かう事を考えていたように思う。
たった一人の弟の訃報を聞いた時も、復讐に走るような言動はついぞ聞かなかった。
二人の少女については、その人となりを知る時間すら持たなかったが……。

  『復讐を否定はせんよ。そうしなければ、前に進めないという事もある。
   だが、それ以外の方法でも過去は精算出来る。
   おまえさんの目の前には、常に別の道もあるということだけは忘れずにいてくれ』

「オレにはわからねーよ。《黒ずくめ》先生よ……」

復讐は叶わずに終わった。
青天の霹靂とも言える、グリフィスの訃報。
あれほど憎んだ男が死んだのだから、自らの手で成し遂げた事ではないとはいえ、少しは晴れやかな気分になるはずだ。
あの過去を乗り越え、これからの事を考えられるはずだ。

しかし、ガッツの胸を穿ったのは、極度の喪失感だけだった。
それは、自分の手で直接グリフィスに鉄塊を喰らわせる機会を失った痛みなのか。
それとも、自分の真の望みは、グリフィスの『死』ではなかったとでも言うのか。

……ともかく、ガッツに判ったのは、グリフィスの『死』では過去を清算出来そうもない、という事だけだった。


建物のひさしの下に佇むガッツの頭に、横風に乗って吹き付けるみぞれが付着する。
水気をたっぷり吸収した、綿のようなそれを振り落とす事もせず、ガッツはこの一日の追憶を続ける。

昼の放送で聞いた名は、彼ら四人だけではない。
あのデパートで共に戦った卑怯者コンビと、そして敵対した妲己や剛力番長(白雪宮拳)。
名は判らないが、自分が殺した少年もその中には含まれていたはずだ。

あの戦場で多くの人間が散っていき、そして自分だけがなぜか生き残った。
あの蝕で、自分だけが生き残ったように……。
それは、こんな結末を自分に見せる為だったのだろうか。
ガッツは生身の右手を強く握り締める。

(そんな訳がねぇ……こんな未来を見る為に……オレは剣を振るってきた訳じゃ……)

その後も、ガッツを取り巻く環境は変わらなかった。

鈴子・ジェラード。
自爆した少女。
最後に見せたあの儚い微笑みは、誰に向けられたものだったのか。

ナイブズと、その連れの女。
少しだけシンパシーを感じた、乾いた男。
ヴァッシュという男を探し求めていたようだったが、その男の名が呼ばれた事を奴は今、どう感じているのだろうか。

頼みもしないのに様々な人間がガッツに関わってきて、そして去って行った。
だが結局、誰とも手を結ぶこともなかったし、あるいは自らの手でその機会を振りほどいて来た。
グリフィスと並び立てる男になろうと、鷹の団を飛び出した時と一緒だ。
そこに出来ていたかも知れないささやかな居場所を蹴って、ただグリフィスに並び立とうと我武者羅だったあの時と。
それは、こんな結末を迎える為か?
復讐の炎が容赦なく消された時、ガッツの元には何も残っていなかった。


――こんな事なら。
――こんな事なら。あの時。

1064喪失花《ワスレバナ》 (上) ◆Yue55yrOlY:2011/05/14(土) 16:51:45 ID:9Kvq5J5A0
降り積もる後悔は、雪のように。
有り得たかも知れない可能性は、その可能性の分だけ後悔の念を深くする。
結局、ガッツに残されたものは――。


「うー?」

鋼鉄の義手に、細い少女の腕が絡み付く。
名も知らぬ、金髪の少女。
せっかく温泉で暖めた身体を、カタカタと寒そうに震わせている。
寒さを凌ぐような知恵は、この路地裏で拾った少女からは喪われている。
あそこでガッツが手を引いてやらねば、何も分からないまま野垂れ死にをしていただろう。

――あるいは、そんな死に方も、そう悪いものでは無かったのかも知れないが。
湿り気を帯びた金髪を、掌で撫でつけてやりながらガッツは思う。

この少女が、こんな風になってしまったのには、相応の出来事があったはずだ。
その壮絶で、凄惨であろう記憶を取り戻してまで生きていく。
そんな生き方を強いる事は誰にも出来ないし、かといってこの状態のまま生きていく事も不可能だ。
特に、こんな場所では。
だから全てを忘却したまま、眠るように死んでいけたなら、それは神の与えたせめてもの慈悲とも言えるのかも知れない。

しかし、ガッツはその頼りなげな命を、拾ってしまった。
ガッツの内に芽生えたつまらない感傷が、彼女を見捨てる事を許さなかった。
女を守りながら、グリフィスを追う。
そんな器用な真似は、自分だけでは出来ないと判っていたのに。

「だぁー、だぁー」

そんな事をガッツが考えている事もおかまいなしに、少女はガッツの義手をべたべたと触る。
どうもこの少女は、普通の人間なら怖がるこの鋼鉄の腕がお気に入りらしく、触っていると上機嫌になるのだ。
少し興奮しているのか、生まれたばかりのように柔らかそうな頬っぺたが、うっすらと桃色に染まっている。

「チッ、止めろって。こいつは危ねぇんだ」

しかし、先程までならともかく、今のこの義手にはとんでもないエネルギーが吸収されている。
自分と少女と剣、合計で数百キロを超えるだろう重量が、空の上から落ちて来た時の衝撃の全てを、
この腕に仕込まれた衝撃貝は呑みこんでいるのだ。
そんなものを解放してしまったら、その衝撃はあの『番長』の攻撃力を解放した時よりも凄まじい事になるだろう。
学のないガッツでも、その程度の事は想像出来る。

だからやんわりと振りほどこうとしたのだが、意外と力のある少女はガッツの義手を抱き締めるようにして離れようとしない。
少女の身体ごと持ち上げて、振り回してもだ。
その内、ガッツの腕に振り回される事自体が楽しくなってきたのか、少女はあどけない笑顔でうー、うーと唸る。

「……テメェ、は・な・せってのっ……遊んでやってる訳じゃねーんだよ」

腕を持ち上げ、顔を突き合わせてメンチを切る。
一瞬、きょとんとしたような少女であったが、牙を剥いたガッツの顔が可笑しかったのか再び破顔一笑。
そんなのれんに腕押しをするような少女の反応に、根負けしたように顔を背けるガッツであったが、なんの邪気もない笑顔を見て
つい、ガッツの頬も綻んでしまう。

笑顔。
それはガッツが、キャスカに与えてやりたいと思っても、一度も与えてやれなかったものだった。

(ったく、あいつの代わりなんかじゃねぇんだぞ……)

自分への欺瞞だと判ってはいるが、今となってはこの少女を守ってやる事だけが、ガッツに残されたたった一つの責務だった。
死すべき運命だった少女の手を、自ら引き上げたからには最後まで面倒を見る責任がある。
少女一人分の身体の重みが、今のガッツに僅かながらの活力を与えていた。

1065喪失花《ワスレバナ》 (上) ◆Yue55yrOlY:2011/05/14(土) 16:52:29 ID:9Kvq5J5A0


――否。やらねばならない事は、もう一つだけあった。

サクサク、ぴちゃぴちゃと、まだ見えぬ闇の向こうから、雪と水でぐちゃぐちゃの道を駆けて来る足音が聞こえてくる。

「おいでなすったか……」

一人ごちるように呟きを漏らすと、ガッツは音の響く方向に視線を向けた。
先程の幻聴じみた、不思議な会話を思いだしながら。





それは天から墜落している際に聞いた、夢か幻のような声だった。

   も一つ土産だ。落ちた先辺りにいる女は、あんたの仇の一人だよ、色んな意味でね。
   じゃあな、自称死神。

  「……待ちやがれっ! 仇、だと――?」

ガッツにとって、仇と言えばグリフィスただ一人だ。
この島でのしがらみはガッツにとっての仇を数多く増やしているが、わざわざこうして言ってくるからには
自分にとって縁の深い相手だろう。

パックを殺った奴か……? それとも――。

脳裏に浮かんだ小さくて陽気な妖精の顔は、しかし一瞬の後にグリフィスの大きすぎる姿に上書きされてしまう。
それも鷹の団の時代の、自分に轡を並べて笑いかけて来るグリフィスの姿でだ。
思いだしたくもない事を思い出してしまい、思わずガッツは舌打ちを漏らす。

冗談。アイツの仇をオレが討つ、だと?
それは仇討ちなんかじゃねェ。
アイツを殺った奴をぶちのめすってんなら、それはただの八つ当たりだ。
オレから復讐を奪いやがったからブチ殺す。ただ、それだけの事だ。

    はい――、どっ――も構わねーよ。ともかく――つが――えの……

ノイズが酷い。
地表が近付くにつれ、声は聞き取りにくくなっていく。

   「おい……、おい!」

    そい――名――――ユノ――――

ユノ。なんとか聞き取れた音は、人の名のようにガッツの耳に響く。

   「ユノ――その女が、アイツを殺ったってのか!?」

応えはない。
もはや地表は視界を覆い尽くさんばかりに広がっていき、ガッツは腕の中の少女を強く抱き締める。
そして――。




1066喪失花《ワスレバナ》 (上) ◆Yue55yrOlY:2011/05/14(土) 16:53:24 ID:9Kvq5J5A0
あの声が言っていた事が本当なのかどうか、ガッツには判らない。
魔女が持っているような、不可思議な力。恐らくあの声の主は、この殺し合いに関わる者たちの一人なのだろう。
ならば、自分たちにとって都合のいいように、ガッツを動かそうとしている可能性だってある。
常のガッツならば、こう言い放っていたかもしれない。


うるせェ、ほっときやがれ。
と。


いくら助けられたと言っても、姿も現わさない怪しげな女の言葉など、素直に信じるガッツではない。
それをこうして、声の導きのままに行動してみる気持ちになったのは。

グリフィスを追うという指針を失っていた事もあったが、腹の底に溜まったうっ屈した気分。
それを吹き飛ばせるような相手が現れるのを、望んでいたのかもしれない。
あのグリフィスを、殺したかも知れない女。それはきっと、全身の血が沸騰するほど強い相手のはずだ。
それはあのデパート前で会った妲己のような妖女か、はたまた剛力無双を誇った、あの『番長』の如き鉄の女か。
ガッツは、闇の向こうを見据えながら、その女をじっと待つ。


どちらでもなかった。
みぞれの降る中、闇から抜け出てきた少女の顔立ちは、下手をしたらガッツの腕にしがみつく金髪の少女よりも幼いかもしれない。
我妻由乃。
長く伸ばされた髪の毛は、可愛らしく二つに括られている。
全身ずぶぬれの臙脂の服装には、見覚えがあった。

そう、あれは確か、オキタの知り合いの銀髪の男と一緒にいた、眼鏡の少女が着ていた服だ。
同一の仕立てで縫製された制式の服を着ているという事は、同じ組織に所属する人間である事を意味している。
あの眼鏡の少女は、どこからどう見ても普通の小娘だった。
だとすれば、この少女もごく普通の人間なのだろうか。

「テメェが……ユノ、なのか?」

うっ屈を晴らすような、派手な戦を期待していたガッツの心が、困惑と失意。そして落胆に揺れる。
しかし、それはガッツの一方的な思い込みからきた落胆だと言えるだろう。

あの声の主は思わせぶりな発言に終始して、ユノがグリフィスの仇だと明言したわけではない。
あるいは、パックの仇かもしれないのだ。
パックならば、普通の少女だろうと殺す事は難しい話ではない。
むしろあの人のいい妖精は、普通の少女にこそ無警戒に近寄っていって、殺されてしまいそうなイメージがある。

ただ、ガッツの心情として、普通の小娘などと戦いたくはなかった。
いくらパックの仇だとしても、このくそったれの殺し合いの中で、やりたくもない殺しに手を染めたのだとすれば、それは――。


しかし、そんな動揺に乗ずるように、制服の少女は手にしていた奇妙な形状の物体をガッツに向ける。
その物体の正体を識別するよりも早く、全身を突き刺すような殺気に反応したガッツの肉体は防衛反応を示した。
鉄塊の如き巨剣ドラゴンころし。
攻撃においても、防御においても、もっとも信頼する大剣を身体の前面にかざして盾としたのだ。

そして分厚い鉄の塊に、重たい衝撃が連続して叩きつけられる。
やや遅れて、耳をつんざくような硬質の砲音が、それまでの静寂を引き裂いた。
ここに来てガッツが初めて体験する近代兵器。
二丁の機関銃ダブルファングによる銃撃であった。

「私の名を――やっぱり、あの男の仲間か!? お前なんかにユッキーはやらせない!!」
「あの男……だと!?」

1067喪失花《ワスレバナ》 (上) ◆Yue55yrOlY:2011/05/14(土) 16:54:09 ID:9Kvq5J5A0
耳が痛くなるような凄まじい銃撃音と、それを弾く鋼のシンフォニー。
一瞬にして街角に立ちこめる硝煙の臭い。
そんな中でも詰問するかのような、少女の甲高い叫びはよく通る。
攻撃の正体を見極めるべく、大剣の影に隠れていたガッツが、隻眼を見開いた。

あの男の仲間と、そう言ったか。
それはもしや、グリフィスの事か。
オレがアイツの仲間だと、そう思っているのか?
……いいぜ、いきなり仕掛けて来るような、分かりやすい奴は嫌いじゃねェ。
テメェにも牙があるってんなら……遠慮は抜きだ!

ガッツの中で、漆黒の獣が頭をもたげる。
解放される時を待ち焦がれていたかのように、それはガッツの意識に一瞬で同調して――


「うー?」


無垢な少女の声によって、引き戻される。
突然の轟音に身をすくませた少女は、周囲で何事が起きているのかを確かめようとガッツの身体の影から頭を出していたのだ。

「バカ野郎ッ! テメェなにしてやがる!!」

怒鳴って、慌てて少女の顔の前にかざした義手に衝撃が走る。
飛んできた銃弾が小手の曲面を少し削って、明後日の方向へと弾かれていた。

ガッツはすぐさま少女の金髪を義手の指に絡め取り、地面へと引き倒す。
生身の腕は生命線である大剣を握って離せないし、鋼鉄の腕は少女を優しく扱えるようには出来ていない。
叩き付けられるような勢いで、少女の身体はアスファルトの上に倒れ伏す。

「あうっ」

痛みに顔を顰めた少女が、ガッツを恐れたような眼で見やる。
自身も少女を庇うように窮屈に身をかがめながら、ガッツは心の中で怒鳴っていた。

マヌケ! またか。またオレは――。

図書館で、ゾッドを相手取った時の反省がまるで生かせていなかった。
戦いになると分かっていたのなら、少女をどこか安全な所に隠しておくべきだったのだ。
それを、何を呆けていたのか、漫然と時を過ごしてしまった。
いくら悔やんでも、今更どうにもならない痛恨のミス。

そうしてガッツの心に又一つ、緩やかに、深々と雪が降り積もる。
後悔という名のそれは、重々しく圧し掛かるぼたん雪のようで。
たった一人でそれを支えるガッツの膝は、崩れそうになってしまう。

しかし、そんな後悔に沈む間もなく、敵の攻撃は続く。
大剣の守りに業を煮やしたのか、我妻由乃はその剣の反対側に落ちるように、手榴弾を投げ入れたのである。
その、防御の手薄な所へと投げ込む小さな道具の運用法に、覚えがあった。

「――炸裂弾か!?」

ガッツは、折り曲げた義手の指を、少女の外套の襟にひっかけて逃げる体勢を取る。

しかし、その場を一歩も動けないまま――次の瞬間ガッツの傍に落ちた手榴弾は爆発していた。




1068喪失花《ワスレバナ》 (上) ◆Yue55yrOlY:2011/05/14(土) 16:54:51 ID:9Kvq5J5A0
ここで少し視点を変えて、我妻由乃という少女の話をしよう。

少女は、ただ自分の居場所が欲しいだけだった。

酷い折檻を加えてくる鬱病のママに、優しくして欲しかった。
家庭を顧みず、仕事から帰ってこないパパに、助けてほしかった。
孤児だった由乃を家族に迎え入れてくれた二人と、いつかは分かり合いたかった。

いや、二人に限らずとも、自分を迎え入れて必要としてくれる人間なら、誰でも良かったのかもしれない。
自分と同じように家族の問題を抱えた少年と、子どもみたいな結婚の約束をした事もあった。
大人になったら、お嫁さんになってあげる、と。

だが、少女と少年は、世界の命運を決める戦いのプレイヤーに選ばれてしまった。
それはたった一人しか生き残る事が出来ず、それを拒めば世界は滅亡するという過酷な戦いだった。

抗った。
戦って、殺しまくって、恋人すらも騙し抜いて。

最後に得たのは、絶望だけだった。
手に入れた、神の力ですらも由乃の願いを叶えてはくれなかった。
神でさえも、絶望の螺旋からは逃れられない――。

その宿命を知った後でも、由乃は抗った。
因果律を紡ぐ神の力を、自身が選んだ代行者に委ねてまで。



今度こそ、雪輝との幸せな未来が手に入ると思っていた。
再び、雪輝ともども戦いの運命に巻き込まれるとは思っていなかった。

デウスの代行者は、既に在るのだ。
新たな神を決める戦いは、二度と起こる事はない。
あの男が勝手な事をしないようにと、目付役の使い魔もつけてある。

ならば、こんな戦いが起こるはずがないと、少女は自分の記憶を改竄した。
自らのミスを認めず、これは未だデウスを決める戦いの途中で巻き込まれた戦いなのだと思いこもうとした。
まだ自分は失敗してなどいない。
全ては、これからなのだと。

だが、もはや世界を繰り返す円環の理は、由乃を新たな世界に導いてはくれない。
全てをやり直すには、デウスの代行者たるあの男を倒し、再び力を取り戻すほかはない。

そんな事すら忘れたまま――なおも少女は、運命に抗い続ける事が出来るのだろうか。





天空から墜ちる流星。
鳴海歩と共にいた、あの空舞う鷹が再び現れたかと、由乃はその光が墜ちた場所まで走っていく。

降りしきるみぞれを、気にも留めず。
我妻由乃が気に懸けるのは、天野雪輝の身の安全だけだ。

鳴海歩に奪われたままの雪輝日記であったが、実はこれを破壊される事を由乃はさほど恐れてはいない。
別に死ぬのが怖くないわけではない。
日記所有者に死のペナルティが課されるのは、未来日記を破壊される事で、所有者の未来をも破壊されてしまった時。
それを考えると、由乃には裏技とも言えるアドバンテージがあるからだ。

1069喪失花《ワスレバナ》 (上) ◆Yue55yrOlY:2011/05/14(土) 16:55:46 ID:9Kvq5J5A0
一周目の世界と、二周目の世界。
二つの世界を繰り返して、二つの雪輝日記を手に入れた我妻由乃は、どちらか片方だけなら破壊されても死ぬ事はないのだ。
どちらも由乃の未来を記述する、由乃の日記である事に変わりはないのだから。
もし、鳴海歩がそのペナルティを当てにした作戦をとってくるのであれば、由乃はそれを逆手にとって鳴海歩を倒すつもりだった。
もっとも、もう一つの雪輝日記が手元にないのだから、100%安全とは言い切れないのだが。


しかし、雪輝日記の、その本来の力を利用されては打つ手なしだ。
雪輝本人の事を予知出来ない無差別日記に対し、雪輝日記は天敵とも言える日記だ。
鳴海歩がもしその力を使って、雪輝を襲撃してきたなら防ぐ事は難しいだろう。

それに今、なぜか雪輝は由乃と別行動を取っている。
もし、あの鷹が降りた所に雪輝がいたのなら……。

「待っててユッキー! 今行くから!」

駆ける双脚は軽やかに。
しかし目的地付近の街灯に照らされる二人組を発見して、その勢いは緩む。
雪輝がその場にいない事は、一瞬で分かった。

一人は前髪が一房だけ白髪になっている、半裸の男。
鳴海歩や、あの鷹の男とは似ても似つかない強面の大男だ。
こちらを隻眼で睨むその顔付きは、見るからに強そうではあったが、由乃にとってはどうでもいい事だ。

そしてもう一人。こちらにはかなり問題がある。
年頃の少女でありながら、その身なりは外套を素肌の上に羽織っているだけなのだ。
だらしなく適当に合わせられた黒い襟元から覗くのは、白く瑞々しい若い肌だ。
そんな格好をした金髪の少女が、男のごつい鋼鉄の義手に甘えるように腕を絡ませ、そのたわわに実った胸の果実を歪ませている。

「いやらしい女……」

ぼそりと呟く。
あの大男に媚を売るだけなら別にいいが、きっとこの売女は雪輝にも色目を使うに違いない。
なにせ、雪輝はカッコイイから女性にモテモテなのだ。
そう考えて頭に血を昇らせていた由乃に、大男――ガッツが声をかけて来た。

「テメェが……ユノ、なのか?」

見知らぬ男に突然名を呼ばれて、由乃の心に僅かな驚愕が走る。
装填を済ませたダブルファングの銃把を、我知らず強く握り締めた。
しかし、その瞬間に由乃の身体を駆け巡ったものは、驚愕だけではない。
鬱積していた疑念を全て払拭するような、素晴らしい『正解』を、由乃はその僅かなヒントから得たのである。


「私の名を――やっぱり、あの男の仲間か!? お前なんかにユッキーはやらせない!!」
「あの男……だと!?」

由乃は両手に持つ異形の銃を、フルオートで撃ちまくりながら叫ぶ。
猛烈な轟音を響かせながら高速で弾丸が射出され、雪輝への刺客である二人組のいる場所が蜂の巣のように変わった。


そう、やはり鳴海歩は雪輝日記を使い、彼に刺客を放ってきたのだ。
見知らぬ男が、一度も会った事のない自分の名を知っていたのは、鳴海歩か秋瀬或に教えられていたからに他ならない。

そしてここが大事な所なのだが。
どうやら雪輝は、その鳴海歩の行動を読み切った上で、自分と別行動を取っていたようなのだ。

(凄い……ユッキーは、やっぱり凄い!!)

1070喪失花《ワスレバナ》 (上) ◆Yue55yrOlY:2011/05/14(土) 16:56:25 ID:9Kvq5J5A0
夢見るような由乃の瞳が感激に潤み、雪輝の知略の深さに思わず憧憬の吐息を漏らしてしまう。
雪輝の考えた作戦とはこうだ。

確かに無差別日記では、雪輝本人についての予知が出来ない。
しかし『雪輝を刺客から守る』という意思を持って、由乃が行動を開始すれば――
いくつものifを。どこそこで刺客を見つけるという由乃の未来を、無差別日記は読み切る事が出来るのだ。
結果、刺客は雪輝の元に辿りつく前に、彼を守る由乃に仕留められるという寸法だ。

そして雪輝と別行動を取っている限り、雪輝日記を持つ鳴海歩にも、その由乃の行動が知られる事はない。
何もしていないはずの雪輝の元に、いつまで経っても刺客が辿りつかない事に焦れて、自らやって来た時が鳴海歩の最後の時となるだろう。

自分達は、そういう作戦で動いていたのだ。

と、そのように由乃は今の状況を『理解』する。

「アハハハハ、アハ、アハハハハハハハハハ!!」

全て話に筋が通り、由乃の気分は最高にハイになる。
頬を紅潮させ、笑い声を響かせながらダブルファングを乱射する。

しかし硝煙漂う闇の中を、よく目を凝らして見てみれば、男はなんと巨大な鉄塊の如き剣を盾として
銃弾の直撃を防いでいるではないか。

「しゃらくさい!」

二丁のダブルファングを足元に投げ捨て、自由になった腕で手榴弾を手に取り、ピンを引き抜いて投擲する。
ねらいたがわず、男の大剣の向こう側へと放りこまれた手榴弾であったが、そこで男は目を疑うような行動に出た。
しゃがみ込んだ姿勢のまま、あの信じられないほど巨大な剣を振るったのだ。

その剣は地面をえぐり取るかのように、手榴弾が乗ったままのアスファルトへと沈み込み――
まるでスプーンでティラミスの一層でも掬い取るような気軽さで、道路の表面を持ち上げた。

そうやって、自分と手榴弾との間に無理矢理壁を作る事で、男と少女は爆発をやり過ごしたのだ。

――信じられない。

無理、無茶、無軌道が売りの由乃を持ってしても、そう思わせる常識外の戦闘理論。
思わず唖然としてしまった由乃であったが、男が少女を連れて駆けだした事で我を取り戻し、足元の銃を拾う。

そして銃撃を再開したのだが、一瞬対応が遅れた事が仇となったか、既に男はトップスピードに乗っている。
でかい図体の癖に、信じられないほど素早かった。
結局、足を止める事も出来ずに、男と少女の姿は街並みの中に消えてしまった。
気が付けば、手に持ったダブルファングは、全ての弾丸を撃ち尽くしている。

「ユッキーの所に向かうつもりかっ」

後を追おうと駆けだした由乃の視界が、一瞬だけ翳る。
頭上を照らす明かりが、何かに遮られたのだ。
見上げると、そこには禍々しささえ感じるほど近くに見える月。
そしてそれを背景に、悠々と飛ぶ化物の姿があった。
それは病院で安藤潤也が転じた、巨大な肉食獣のような姿であった。

「あいつは……もしかして、あいつもユッキーを狙って……」

由乃は、荷物の中から愛する雪輝の無差別日記を取り出すと、大切そうに抱き締める。
それには、由乃がどこにいけばあいつらと出会えるか、どうやれば勝てるのかが、予知されているはずだった。

「ユッキー。大丈夫だよ。私が絶対、守ってあげるからね……」

1071喪失花《ワスレバナ》 (上) ◆Yue55yrOlY:2011/05/14(土) 16:57:04 ID:9Kvq5J5A0



何の前触れもなく吹き抜けた颶風が、街路樹の葉に積もった新雪を散らす。
その姿すら霞んで見えるほどの突風の正体は、路地を全力で奔る黒の剣士であった。
外套の襟首を掴まれて、引っ張られている少女の足は宙に浮いている。
それほどの勢いを持って、ガッツは全力で我妻由乃の前から撤退していた。

表通りから大分離れたせいか、路地に沿って並ぶ街灯の数はまばらとなっている。
月と星とに照らされた夜本来の暗がりの中で、ガッツはようやく足を止めて周囲の様子を窺う。


「――カハッ。なんてェ武器だよ……このだんびらがなかったら、凌げなかったぜ……」

『番長』から死ぬほどの思いをしてまで奪い返した巨大な剣。
鍛冶屋ゴドーによって鍛えられたドラゴンころしは、此度もガッツの助けとなった。

だが、何事にも完全という事はない。
ガッツの脇腹には、一発の弾丸によって穿たれた貫通射創が開いていた。
はらわたをも喰いちぎるほどの、痛烈な衝撃波を伴う一撃。
それを受けてなお、ガッツはここまで全力疾走を続けてきたのである。

ズボンのポケットから、残り少なくなったパックの燐粉を取ろうとしながら、ガッツは少女の様子を見やる。
空中浮遊しながらの逃走から解放された金髪の少女は、ぺたんと道路に尻をついて痙攣するように震えている。

「……」

乱暴に掴んで散々街中を振り回したせいか、適当に留めておいてやっていた外套のボタンがいくつか外れている。
それに気付いたガッツは自分の手当てを後にして、服の乱れを直してやろうと手を伸ばす。しかし――
ビクリと、弾けるように少女の身体が縮こまる。
そんな少女の反応に、ガッツの手もピタリと止まる。

この震えは恐らく、先程までの寒さから来るものではない。
何も知らなかった無垢な少女は、初めての痛みを知る事で恐怖の感情を学習したのだろう。

「……チッ」

キャスカとの旅で何度も味わってきた、ほろ苦い感情が再び胸の中に湧きおこる。
この様子では、どこかに隠して来ても逃げたり、騒いだりするかもしれない。
彼女を一人にしておくなら、そうは出来ないように縛っておく必要があるだろう。

少女は、きっと怯えるだろう。
だが守る為だ。他に方法はない。
綺麗事だけでは、やっていけないのだ。

止まった手を、再び伸ばして少女の腕を掴む。
上目遣いに自分に向けられた碧い瞳の中に、ガッツは化物の姿を見た。
それはまるで、自分の心の中に棲む怪物を――

いや、そうではない。
少女の瞳孔に映し出された化物は、実際にそこに佇んでいる。
少女の正面。ガッツの後方。
月光に照らされて、いなびかりを纏って。

「奴は……ッ!!」

1072喪失花《ワスレバナ》 (上) ◆Yue55yrOlY:2011/05/14(土) 16:57:44 ID:9Kvq5J5A0
剣を、大地に突き刺す。
その姿を知っていた。
黒炎と、雷の化身。
仔細は異なれど、形状は同じ。
ならば同種の力を持っているのだろう。
剣から離れ、少女をその背中に庇った瞬間。


夜の闇を切り裂く、万雷の輝きに世界は白く染まった。




1073喪失花《ワスレバナ》 (下) ◆Yue55yrOlY:2011/05/14(土) 16:58:56 ID:9Kvq5J5A0


寸前で剣を避雷針とした事で、なんとか直撃こそ避けたものの、その余波だけでもガッツの全身を痺れさせるには充分であった。
ガニシュカ大帝との戦いの中でも何度か雷を浴びた事はあったが、到底慣れるものではない。

大地に倒れ伏したガッツと少女の元に、重々しい足音が近づいて来る。
霞む視界の中でそれを睨み付けるガッツの前で、その姿は溶けるように人型へと変わっていく。
ガッツの体躯に倍する肉体が、凝縮するように溶け崩れて、一人の細身の少年の姿へと。

「テメェ、は……」

そっちの顔にも、見覚えがあった。
あのデパートの前でブルッていた少年。
安藤潤也と呼ばれていた、確率を操る能力者だ。
だが、その名は確かに先の放送で呼ばれていたはず。

「うふん、御久し振りねぇん」
「……テメェ、は」

誰何の声を繰り返す。
違う。これは安藤潤也ではない。
この雰囲気と口調はむしろ、あの妲己と呼ばれていた女のものだ。
だがしかし、これは如何なることか。
確かに尋常ならざる雰囲気を持つ女ではあったが、これは本当にあの妲己なのだろうか。
しかも、あの女の名前だって、放送で呼ばれているのだ。

震える膝に鞭を打ち、なんとか立ちあがったガッツがドラゴンころしに手を伸ばす。
しかし、その手が剣の柄にかかる寸前で、伸ばされた少年の右手がガッツの頭を鷲掴みにした。
凄まじい握力に、ガッツの頭蓋骨が軋み声をあげる。
そしてそのまま、片腕の力だけで自分より大きなガッツの身体を持ち上げていく。

絵面だけ見れば、それは異常な光景だ。
その細身の肉体の、どこにそのような膂力があると言うのか。
だが、別に不思議な話ではない。
どのようなからくりを経たのかは知らないが、今のこの少年は、まぎれもない化物なのだから。

「ぐぅ……」
「確か貴方はあの時、喜媚の事を知ってたわよねぇん。
 もしかして、喜媚を殺したのは貴方なのかしらん? でもでもおかしいわぁん。
 貴方が喜媚の事を知ったのは午前よりも前の筈。
 わらわたちと戦った後、喜媚の所に舞い戻って殺したのぉん?
 それはちょっと効率が悪いわぁん。
 これは一体どういう事なのかしらぁん」

ぶつぶつと、一人で問答しているかのように呟く。
その瞳はガッツを映してはいない。
少年のなりで気味の悪い言葉遣いをしている事もあいまって、気でも触れてしまったかのような、危うい雰囲気。

「……ぶっ殺してやりてェとは思ったがな。
 生憎、仲間に止められちまって、あのチビジャリを殺る機会を逃しちまった。返す返すも残念でならねェぜ」

にぃ、と笑って、挑発してみる。
頭部を掴まれている上に、身体は痺れて身動きが取れない。そんな状況で少年を怒らせるのは自殺行為だ。
しかし、今はこの少年の興味を惹き続けている事が肝心だと、ガッツは思った。
なぜなら、後ろではぺたんこ座りしたままの金髪の少女が、怯えたような声を漏らしながらガッツたちを見上げているからだ。
電撃は喰らっていないので、動けるはず。
とっとと逃げろと、ガッツは念を送る。

「で、あんたの正体は、あの妲己って女でいいんだよな?」
「妲己? そう、わらわは妲己。 妲己妲己妲己そう、わらわは妲己」

1074喪失花《ワスレバナ》 (下) ◆Yue55yrOlY:2011/05/14(土) 17:00:39 ID:9Kvq5J5A0

自分の名を連呼する少年の目が、ぐりんと動いて初めてガッツの顔を見る。
そして、急に手首を返してガッツの頭を捻った。
鍛えこまれたガッツの首でなければ、頸椎が折れていたかもしれない。

「そう、わらわはこれに惹かれて、ここにやってきたのねぇん。
 あの時から思ってたけど、とっても面白い印だわぁん。
 まるでコレは自分の獲物だって、主張してるみたいじゃないん?
 わらわ、そういうのって許せないと思うのぉん。
 こぉんなに素敵な憎悪の持ち主なんですものぉん。みんなで美味しく頂くべきだと思わないん?
 それに、もう持ち主もいないみたいだしぃん……。
 そおだ、わらわが貴方に新しい印をあげるわぁん。
 どう? 遠慮しなくてもいいのよぉん」

ガッツの首に在る烙印を熱心に見詰めながら、妲己だと名乗る少年は勝手な提案を行う。
そして了承も得ぬままに、腕を化物のそれに変質させると、ガッツの胸にずぶりと爪を埋め込んでいった。

「ぐっ! が……ぁ……」

そしてゆっくりと、ゆっくりとガッツの反応を見ながら、爪を動かしていく。
じっくりと痛みを引き出すのが愉しいのか、ぼとぼとと噴きこぼれた熱い血を浴びながら、とても嬉しそうに嗤っている。

「ああん……なんて美味しい前菜なのぉん……。全部ここで食べちゃいたいくらいだわぁん!!」

顔の周りに付着した真っ赤な血を舐めまわすと、我慢の限界といったようにガッツの腹部にむしゃぶりつく。
そして胸から腹にかけて刻まれた、四本の爪跡を舌で執拗に舐めまわしてから、妲己はガッツを投げ捨てる。
血塗れとなった中性的な少年の顔立ちが、恍惚に歪む。
異形の両手で頭を抱えながら、妲己は細い腰をしならせて一際強くブルリと震えた。

「あはっ……ぁん……」

甘い吐息を漏らすと、酔いが回ったかのように蕩けた瞳が、地面に座り込んだままの金髪の少女の姿を捉えた。
身動き出来ないまま倒れているガッツの隻眼に、スローモーションのように妲己の動きが映り込む。

「あぁん……こっちの子も……美味しそう……」
「や、め……ろォッ!!」
「アーーッ! アゥアーー!!」

妲己が長い爪を振るうと、外套の留め金が全て弾き飛ばされ、少女の白磁の肌が露わになった。
ここに至って、ようやく後ずさりながら逃げようとした少女の肩を、少年が押し倒して地面に縫い付ける。
僅かな抵抗をいなしながら、少女のなだらかな腹部に凶悪な爪をあてがうと、張りのある瑞々しい肌がひきつるように捩れる。
そしてそこに一珠の赤い雫が浮かんだかと思うと、それは一気に柔肉の中に潜り込んでいく。

「アギャアアアアァァッッッーーーーーーー!!」

白い皮膚が乱暴にめくれかえる。
桃色をした筋肉が引き裂かれる。
頭を振り乱し、涙を散らす。
爪が僅かに進む度に、少女の背中が痙攣して、喉の奥から血を吐くような苦汁の叫びが絞り出されていた。

何も出来ないまま、そんな光景を見ていたガッツが思い出してしまうのは、キャスカがグリフィスに凌辱されるのを、
ただ見ている事しか出来なかったあの時の事だ。

「止めろ……」

地面の上に広がった金の髪が、赤いまだら模様に染め変わる。
泣き濡れた碧い瞳が、助けを求めるように見開かれていた。
ゆっくりと腹部を蹂躙した爪が、少女の右の乳房に差しかかる。

「止めろ……っ!」

1075喪失花《ワスレバナ》 (下) ◆Yue55yrOlY:2011/05/14(土) 17:01:25 ID:9Kvq5J5A0
悲しげに啼く少女の声が、ガッツの鼓膜を打った。
少女の肉体に自らの印を刻みつける少年の姿を、ガッツは己が網膜に焼き付けた。
その姿があの時のグリフィスとダブリ、ガッツの意識が灼熱の怒りと憎しみに染まっていく。

こんな痛みと痺れで、寝ている場合じゃねぇ。
今、動かなきゃ、あの時と同じ思いを味わう事になるぞ。
また、全てを失いたいのか。
黒い獣が、ガッツに囁く。
――委ねよ。と。



「ガッ、ガアアアアアアアアアッッッ!!」

咆哮一声。
猛り狂う戦士の魂が肉体のくびきを凌駕する時、そこにヒトの領域を外れる狂戦士が誕生する。
痺れも痛みも全てを忘れ、這いつくばった姿勢から、一気にクラウチングスタートへと移行。
爆発的な推力を得て、己が愛剣を地面から解き放ったガッツが、そのまま抜き打ちで少年の胴を薙ぎ払う。

しかし妲己はまるで後ろに目が付いているかのようにガッツの復活を察知すると、猿のような俊敏さで、
少女の上から飛び跳ねてそれをかわす。
更に大上段からの一刀、そして刃を返しての跳ね上げをも避けると、妲己は更に後方へと大きく逃れた。

ガッツは、それを追撃しなかった。
なぜだと、問いかける声がする。
反撃の暇を与えるな。このまま押し切る事こそ、勝利への道だ。
あの化物を許しておくなと、ドロドロに煮えたぎったマグマのような感情が、ガッツの足を前に進ませようとする。

だが、そうではない。
ガッツは己が戦う理由を、剣に問う。
戦うのか。守るのか。
今が正に分水嶺。
二者択一の、その答えは。

「守るって決めたんだ。一度決めた事は、やり通す。もう後悔はしたくねェ」

その為ならば狂気くらい、いくらでも飼い慣らしてみせる。
瞳に戻るのは、理性の光。
ガッツは跪くと、真紅に染まった少女の傷の様子を素早く診る。
むせ返る様な、二人分の血臭が漂う。
四本の爪跡が左わき腹から右乳房までを走っている。傷は幸い、内蔵までは達していない。
殺害が目的ではなく、いたぶる事を目的として付けられた傷だ。ガッツ自身の胸の傷と同じくして。

しかし痛みとショックのせいか、ばたつかせていた手足は力なく投げ出され、気道を通り抜ける荒い息だけが
少女の示す反応の全てとなっている。
時折調子外れの、あーという声が漏れる。
ガッツはポケットから妖精の燐粉を一つまみだけ取り出すと、傷の上に振りかけた。
今はとりあえず血止めだけだ。ゆっくりと治療している暇はない。
立ちあがって、剣を構える。


「どうしたのぉん? もっとわらわに、その素敵な憎悪を頂戴ん?」

轟々と、吐き出す息すら熱風に変えて。
妲己は、再び字伏と呼ばれる化物の姿へと変化していた。
周囲を漂う輝く粒子が収束して、その鼻先に巨大な雷神の槍を顕現させている。

そんな二人が向き合う場面に。

1076喪失花《ワスレバナ》 (下) ◆Yue55yrOlY:2011/05/14(土) 17:01:56 ID:9Kvq5J5A0
「見つけた!! 死ねェ!!」

突如として現れた我妻由乃が、奇襲攻撃を仕掛けたのであった。





無差別日記の導きによって(と、由乃は思っているが、実際には由乃が無意識の内に発見していたガッツの血痕や臭い、物音、
そして由乃独自の超絶的な勘によって、この場を発見したのである。)現れた由乃は、その場にいた三人を纏めて倒すべく、
所有する幾多の武装の中でも最大級の破壊力を持つ、パニッシャーのロケット弾を撃ち出した。

それはもちろん『無差別日記によって予知された』必勝を約束された攻撃である。
殲滅戦に向いたその『日記に書いてあった』武器のチョイスは決して悪いものではなかったが、しかしそれは、
音速を優に超える弾丸による射撃と比べれば、如何にも発射速度が遅かった。
少なくとも、その場にいた三者の内、ガッツと字伏にとっては。

彼らはそれぞれその攻撃に反応を示し、まずはガッツが駆け出した。
自分たち目掛けて撃ち出されたロケット弾に対し、ガッツはその正面へと走り込む。
鉄靴でアスファルトを削って急制動をかけると、大剣の腹を使って全力でアッパースイング。
鈍い音が響いて凡フライのように打ち上がったロケット弾は、空中でドでかい火炎の球となった。

そして、そのタイミングで今度は字伏が一直線上に並ぶガッツと由乃に対し、雷神の槍を射出したのであるが、
なんとこれは上空の炎の球へと、その進路を変えてしまった。
雷とは本来、電離した空気の通り道を進むもの。
ならば、一瞬にして数千度の熱を吐き出し、電荷した空気を生み出し続ける火球の元へと槍が引き寄せられるのは当然の理。




ここに三者がそれぞれ用意していた攻撃手段が破れ、一瞬の均衡状態が生まれる。
その均衡を破って攻撃を再開したのは、やはり最初に攻撃を仕掛けた我妻由乃だ。
積極果敢な彼女の辞書に、様子見などという文字はない。

ただちに『先程の攻撃は、現在の状況を生みだす為の前振りだった』という脳内補正が行われ、
『無差別日記に書かれた通りに』次の攻撃プランを実行に移した。

ロケット弾を撃ち終えたパニッシャーをその場に投げ出し、背中に吊るした飛刀を抜く。
その彼女が突撃する相手は、全力全霊を籠めたフルスイングの後で、隙だらけとなっているガッツである。
由乃が振りかぶった滑らかな鏡の如き刀身が、月の光を受けて淡く輝く。
それを迎撃せんとする姿勢を取るガッツであったが、その動きはどこかぎこちない。

この長刀が持つ不思議な力の事など由乃は何も知らなかったが、なにせ彼女は勘がいいし、観察力だって人並み異常だ。
(誤字にあらず)
それゆえ、あのレガートを倒した時の現象が、今再びガッツの身の上で再現されている事を少女は確信していた。
これこそ雪輝の無差別日記が示した、完全勝利への方程式。
雪輝への絶対の信頼を胸に、由乃は躊躇いなくガッツの頭部へと長刀を繰り出す。



「ちょろいっ」


そう、由乃の予感は間違えてはいない。
この時、ガッツの意識はあの日に舞い戻っていたのだ。
王都ウインダムを出て、鷹の団を抜けた、あの雪の日の朝に。




1077喪失花《ワスレバナ》 (下) ◆Yue55yrOlY:2011/05/14(土) 17:02:54 ID:9Kvq5J5A0

――目の前に、グリフィスがいる。

不思議と、凪いだ心でガッツは目前の男を受け入れている。
なぜなら今はまだ、あの蝕が起こる一年前。
振り返れば毎日が祭りのようだった、あの黄金時代の最後の一日だ。
懐かしさに、胸が締めつけられる。

辺りは一面の白の世界。
裸の木々が、まばらに立っている。
王都を一望出来る、小高い丘の上に彼らはいた。

ジュドーがいた。コルカスがいた。ピピンがいた。リッケルトがいた。
そして、在りし日のキャスカが、そこにいた。
鷹の団の、気の置けない戦友たちが、みんな揃っていた。
彼らが見守る中、ガッツとグリフィスは、互いに譲れぬ物を賭けて向かい合っていた。

――グリフィスが動く。

離れた間合いを一足で飛び越え、ガッツの間合いの中へと潜り込んで来る。
その狙いは明確だ。
ガッツの剣を撃ち落とし、その肩口に一撃を叩きこもうというのだ。
殺してでも止めてやるという、グリフィスの覚悟が籠った執念の一刀。


だが、そんなグリフィスの覚悟は、ガッツの剣によって断ち切られる。
それがこの決闘の、本来の結末。
グリフィスの夢の中に埋もれる事を拒否し、一人夢の中から出て行ったガッツが選択した未来。

……だが、もしこの時、この一撃を受け入れていたのなら。

あの時、鷹の団を出て行く事を思いとどまっていたのなら、こんな全てを失う結末を迎える事はなかったのかも知れない。

想像してみる。

部下としてグリフィスを支え、アイツに王位を掴み取らせ、自分は国の将軍様だ。
きらびやかな王宮に居並ぶのは、信頼出来る朋友たち。
全てが上手く行った世界で、グリフィスは自分に笑いかける。
もはや血反吐を吐いて転げ回らずとも生きていける、問答無用のハッピーエンド。

ああ、そんな未来もあったのかも知れない。

この一撃を、受け入れていたなら。



けどな。



それでも、オレは――。




1078喪失花《ワスレバナ》 (下) ◆Yue55yrOlY:2011/05/14(土) 17:04:36 ID:9Kvq5J5A0
「ちょろいっ」

光る白刃が、ガッツの頭上に迫る。
その長い刀身を黙って受け入れるが如く、ガッツの肉体は彫像のように動かない。
しかし、その時。

「――けられねェ……」
「っ!?」

ガッツの唇から、うわごとのような言葉が漏れた。
由乃にとっては気に留める必要もないはずの、死にゆく者の最後の言葉。
だが、その言葉を口に出したガッツの目に生気が戻っていくのを由乃は見た。

由乃の動きに、遅れる事コンマ一秒。
近接戦闘において致命的な遅れを取りながらも、ようやく動き出したガッツが、雪の積もった大地を力強く踏みしめる。
一歩前へと踏み込んだ身体は、それだけ由乃の刃へと――、死の一歩手前へと近付いていく。

しかし、その踏み込みが齎すものは、それだけではない。
重々しい震脚は、鍛えこまれた上半身に力の流れを伝え、その力の流れは上腕二頭筋に蓄えられ、そこで圧縮された力は
手首を撓らせる爆発力となって、ガッツの持つ巨大な剣を極限まで加速させていく。
正面に立つ由乃には、相対していたガッツの肉体が、急激に膨張したようにも見えたはずだ。

「それでも、負けられねェんだっ! テメェだけには!」

吼えるように、ガッツが叫ぶ。
あと僅かな所で男の頭蓋骨を叩き割っていたはずの飛刀がドラゴンころしに受け止められ、そしてそのまま押し負けていく。
圧倒的な膂力の差に初動の差は打ち破られ、ガッツの頭上にまで届いていた刃は叩き落とされ、逆に由乃の頭上に巨大な鉄塊が振り下ろされる。

「――――ッ!?」

しかし、その鉄塊は由乃の頭を爆ぜ割る一歩手前で止められた。
その爆風の如き剣風に、波打つように由乃の髪が煽られる。

ガッツが由乃に、そのような手加減をする理由などない。
理由は単純。
彼は別に、飛刀が見せた幻を、幻だと見抜いたわけではなかった。
ただ記憶の中で、再びグリフィスとの決闘に勝利しただけだったのだ。
――その先にある、絶望的な未来を知りながらも。

そして、そこに至ってようやくガッツの隻眼に目前の由乃の姿が映る。
刃が欠けた刀身は、幻を見せる能力が低下してしまっていた。

『イッッッッッッテェーーーーー!!』

漏れ出た悲鳴が、刀の精のものだとは、誰が信じられようか。
幻を刀身に浮かべながらも、激痛に曲がりくねる飛刀。
その一方で由乃は、つきつけられた現実を受け止めきれずにいた。
喋る刀の事など、どうだっていい。
由乃が信じられないのは『日記に書かれていた未来』が、現実にならない事だ。
ノイズなど、聞こえなかったというのに。

「有り得ない……ッ、お前はここで死ねっ!」

痺れる右手で、それでも飛刀を振るった。
しかし、常の鋭さを失っている一撃は、ガッツの左の義手によって容易く受け止められる。

「テメェか……懐かしいモン、見せてくれやがったのは……。
 こいつは礼だ……ぶち砕けろ――衝撃貝(インパクト・ダイヤル)ッ!!」
『や、やめてくれェー、旦那ァァァ!!』
「――――ユッ……」

1079喪失花《ワスレバナ》 (下) ◆Yue55yrOlY:2011/05/14(土) 17:05:42 ID:9Kvq5J5A0
底冷えする声で宣言すると、ガッツの義手に仕込まれた衝撃貝が解放される。
凄まじい量のエネルギーを溜め込んだ貝の解放は、ヒビが入っていた飛刀の刀身を粉々に砕き、更にはそれを持っていた
由乃の身体を、大砲の弾丸のように遥か彼方にまで吹き飛ばす。

そんな威力のエネルギーを解放して、もちろんガッツとてただで済むはずがない。
衝撃貝を仕込んでいた鋼鉄製の義手はバラバラとなり、左肩は脱臼し、その肉体は反動で後方へと吹き飛ばされる。
そしてそこに待ち構えていたのは、宙に浮かぶ字伏が吐き出す炎の息だ。

人間の肉体など、骨まで溶かしてしまいそうな、その地獄の業火の中へと飛び込んでいくガッツの身体。
もはや、その勢いを止める術など、どこにもない。
しかしガッツが空中でその大剣を振るうと、その身体は勢いと遠心力によって縦に回転し始める。

「オオオオオオオオ!!!」

剣風一閃。
切り裂かれていく。
魔性の炎が、鉄の塊によって。
それはただの鉄が為せる業ではない。
魔を斬り続けてきたが故に、その大剣には魔を斬り伏せる業が備わっていたのだ。

「コノ……ニンゲン、がァ!!」
「オオッ!!」

だから字伏には、その旋風のキャノンボールと化したガッツをどうする事も出来なかった。
頭を逸らして、首輪を守る。
本能が命じた命令を実行するだけで、精一杯だった。
肩口から又下までを、綺麗に両断されて。
宙に浮いていた字伏の肉体は、まっぷたつに切り分けられた勢いで旋回しながら大地に墜ちる。

そして両断された化物の向こう側から飛び出してきたガッツが、剣を振り下ろした姿勢のまま大地に着陸した。
胸の傷から、霧のように血が噴き出す。
二の腕から先を失った左肩が、ぶらぶらと揺れていた。
三半規管が無茶苦茶に揺さぶられて前後が分からず、しばらくは動く事すら出来そうにない。
勝利者とも思えないほどの、ボロボロの姿であった。

「が……ぁ……」

しかし、それでもこの場において最後まで立っていたのはガッツだった。
リッケルトに貰った義手は壊れた。
パックが最後に遺した秘薬も、恐らくこれで使いきってしまうだろう。
これからも、きっと失い続けて、なにもかもをも失って絶望の中でのたうちまわって。
それでも立ちあがってしまうのが、ガッツという男。
そして、人間という生き物なのだろう。

「グ、リフィ、ス……」

その胸に去来するのは、先程の輝かしい夢の欠片。
アイツと剣を合わせた手応えが、未だ手の中に残っていた。

再び取った選択に、後悔がないと言えば嘘になる。
生きている限り、ガッツはその選択を悔やみ続けるだろう。しかし――。

「グリフィスッ!」

夜天に吼える。
いなくなってしまった男に、自らの答えを伝えるように。
例え百万回、同じ選択肢を選ばされたとしても、ガッツが欲しかったものは変わりはしない。


「グリフィス――オレは、テメェの――…………」

1080喪失花《ワスレバナ》 (下) ◆Yue55yrOlY:2011/05/14(土) 17:07:27 ID:9Kvq5J5A0


虚空に轟いた咆哮(こえ)は、雪の中にかき消える。

降り積もる雪の中、ガッツは一人、いつまでも立ちつくしていた。


【D-02/市街地/夜中】


【ガッツ@ベルセルク】
[状態]:疲労(極大)胸から腹にかけて四本爪の傷跡、脇腹に貫通射創、左肩脱臼、左腕の義手喪失
[服装]:上半身裸
[装備]:ドラゴンころし@ベルセルク
[道具]:支給品一式、炸裂弾×1@ベルセルク、折れたキリバチ@ONE PIECE、
    妖精の燐粉(残り22%)@ベルセルク、蝉のナイフ@魔王 JUVENILE REMIX
[思考]
基本:グリフィスと、“神”に鉄塊をぶち込む。
1:運命に反逆する。
2:女を守る。
3:グリフィスの部下の使徒どもも殺す。
4:なぜヤツが関わっている?
5:工場に向かうのはひとまず保留。
6:競技場方面に向かう?
7:ナイブズとその同行者に微かな羨望。
8:落下中に聞こえた声は一体――?
[備考]
※原作32巻、ゾッドと共にガニシュカを撃退した後からの参戦です。
※左手の義手に仕込まれた火砲と矢、身に着けていた狂戦士の甲冑は没収されています。
※紅煉を使徒ではないかと思っています。
※妙と、簡単な情報交換をしました。
※鈴子からロベルト関係以外の様々な情報を得ました。

※バラバラになった義手の残骸と、衝撃貝@ONE PIECE、パニッシャー(機関銃 100% ロケットランチャー 0/1)(外装剥離) @トライガン・マキシマム、砕けた飛刀の欠片がD-02の路上に転がっています。

【ウィンリィ・ロックベル@鋼の錬金術師】
[状態]:放心中 記憶退行 腹部から乳房にかけて四本爪の傷跡(とりあえずの血止めはしてある)
[服装]:黒のジャンパーコート
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]
0:???
[備考]
※参戦時期は傷の男と合流後(18巻終了後)以降です。
※記憶を幼児まで後退させられています。




1081喪失花《ワスレバナ》 (下) ◆Yue55yrOlY:2011/05/14(土) 17:08:16 ID:9Kvq5J5A0
ガッツの放った衝撃貝の力によって吹き飛ばされた由乃は、まるで水面を跳ねる小石のように何度も大地に叩きつけられて、
いくつもの建物に弾かれて、最後に一本の電柱に叩きつけられると、そこでようやく止まった。

即死しなかったのが奇跡とも思えるほどの、圧倒的な衝撃だった。
飛刀を握っていた右手など、インパクトの瞬間に骨が微塵になっていた。

喉から込み上げてきたものを吐き出す。
天地も分からぬほどに意識が朦朧として、由乃は少し休みたかったのだが、周囲の状況がそれを許さなかった。

『貴方は進入禁止エリアに入り込んでいるわ。
 この警告が終了してから一分以内に当地区から退避しないと、首輪が爆発してしまう。
 至急、退避してちょうだい』

既に死んだはずの死者の声が、賢しげに生者に忠告するという滑稽な構図。
しかし、それを笑いもせずに由乃は立ちあがって逃げようとする。
死にたくはなかったから。
まだ、死ぬわけにはいかなかったから。

しかし、立ちあがろうとした由乃の身体が、クラゲのように崩れ落ちる。
痛む全身を叱咤して、再び立ちあがろうとしてもやはり駄目。

「たふけて……ユッヒー……」

思わず呟いた声は、上手く発音出来なかった。
口の周りが麻酔を打ったように痺れていた。

「うう……」

なんとか動く左腕で、デイパックの中を探る。
棒状の何かを探り当てると、それを杖にして由乃は進み始める。

あと40秒。
逃げるべき方向が判らない。
起き上がった時、正面だった方向に向けて、由乃は無心で這いずって進む。

あと30秒。
逃げるべき範囲が分からない。
どこまで行けば脱出出来るのか。
それすらわからないまま、由乃は這いずる。

あと20秒。
本当にこっちでいいのか、不安になる。
意外と横道に逸れれば、警告は止まるのではないか。
遅々として足が進まない事に苛立ちを覚えながら、由乃は這いずる。

あと10秒。
これでは本当に死んでしまう。
自分が死んでしまっては、■周■の世界もなにもあったものではない。
由乃は、自ら封じていた■の力を解放しようとして――



そこで首輪からの警告が止まっている事に気が付いた。

「――しゅー……しゅー……」

息をつく。
今のは危なかった。
未来日記の予知に従っていたというのに、なぜこのような事になってしまったのか。
由乃は制服のポケットに入れておいた無差別日記を取り出すと、それを開いた。

1082喪失花《ワスレバナ》 (下) ◆Yue55yrOlY:2011/05/14(土) 17:09:54 ID:9Kvq5J5A0

画面は、まっくろのままだった。
ヒンジが壊れてしまったらしく、手の中から下のパーツが滑り落ちる。
由乃は手の中に残ったひび割れた液晶を見て、

――なんだ、これ、ユッキーの無差別日記じゃなかったんだ。

と、思った。
未来日記によく似せたレプリカだったから負けたのだと。
狂った思考は、どこまでも自分に都合のいい妄想を捏造しようとして――。


そこで変えようもない、おぞましい事実を突きつけられてしまう。

自ら光を発しない液晶画面は、まるで鏡のようにそれを覗きこんだ人間の顔を映し出す。
由乃が覗きこんだ、そのまっくろの液晶画面に映り込んだ人物の顔には――。


唇がなかった。


おろし金ですりおろしたかのように、何度も雪輝とのキスをかわした可憐な唇が、きれいさっぱりなくなっていた。
血の滴るピンクの粘膜と、剥き出しになった白い骨と、何本も欠けて血に染まった歯。
それだけが、今の由乃の顔にある全てだった。
顎を伝って零れ落ちた血塗れの体液が、手元の液晶にぼたぼたと落ちる。


「ウア――アアア、ア――ウアアアアアアアーーーーー!!!!」


人の声とも思えない絶叫が、夜空に響く。
これが人を蹴落としてまで幸せを求めた罰なのだろうか。
全ての元凶である少女の運命は、既に――。


【E-02エリアを出たどこか/市街地/夜中】

【我妻由乃@未来日記】
[状態]:右腕粉砕骨折、左大腿骨開放骨折、右足首剥離骨折、左足伸筋腱断裂、肋骨骨折、全身(特に顔面下部)に擦過傷(中)etc.
[服装]:やまぶき高校女子制服@ひだまりスケッチ ところどころ破れている
[装備]:妖刀「紅桜」@銀魂
[道具]:支給品一式×8、、
機関銃弾倉×1、壊れた無差別日記@未来日記、ダブルファング(残弾100%・100%、100%・100%)@トライガン・マキシマム
首輪に関するレポート、違法改造エアガン(残弾0発)@スパイラル〜推理の絆〜、ハリセン、
研究所のカードキー(研究棟)×2、鳴海歩のピアノ曲の楽譜@スパイラル〜推理の絆〜、
閃光弾×2・発煙弾×3・手榴弾×2@鋼の錬金術師、不明支給品×2(一つはグリード=リンが確認済み、一つは武器ではない)
[思考]
基本:天野雪輝を生き残らせる。
0:顔……が。
1:天野雪輝を守る。
2:天野雪輝を守るため敵対する鳴海歩の関係者を殺す。
  現在認識している鳴海歩の関係者は、安藤、グリフィス、ヴァッシュ、秋瀬或、ガッツ、ウィンリィ、妲己
3:鳴海歩が現れたら殺す。雪輝日記は出来れば取り戻したいが、最悪、破壊されてもよい。
4:ユッキーの生存を最優先に考える。役に立たない人間と馴れ合うつもりはない。
5:邪魔な人間は機会を見て排除。『ユッキーを守れるのは自分だけ』という意識が根底にある。
6:『まだ』積極的に他人と殺し合うつもりはないが、当然殺人に抵抗はない。
[備考]
※原作6巻26話「増殖倶楽部」終了後より参戦。
※安藤(兄)と潤也との血縁関係を兄弟だとほぼ断定しました。
※秋瀬或と鳴海歩の繋がりに気付いています。

1083喪失花《ワスレバナ》 (下) ◆Yue55yrOlY:2011/05/14(土) 17:10:31 ID:9Kvq5J5A0
※病院の天野雪輝の死体を雪輝ではないと判断しました。
 本物の天野雪輝が『どこか』にいると考えています。

【妖刀「紅桜」@銀魂】
鍛冶屋、村田鉄矢が鍛え上げた刀と機械兵器を融合させた刀。
人工知能を持ち、使用者に寄生して戦闘データを蓄積し進化する悪魔の兵器。





字伏は生きていた。
体をまっぷたつにされて、それでもなお。

いたい にくい こわい

いたい にくい こわい

いたい にくい こわい

字伏の再生力を持ってしても二つに分けられた肉体はどうやっても繋がらず、字伏の意識は苦痛と絶望にのたうち回る。
あまりにも斬られた所が痛いので、字伏は切断面を隠してしまえるように、二つにちょん斬られた体をドロドロに溶かした。

そうして明るい市街地から、より暗い所へと逃れるために、地の脈動に乗って移動した。
今、字伏がいるのは、夜の暗い森の中だ。
月の光すら恐れるように、字伏は闇の中に隠れ潜んでいる。

にくしや烙印の男

おそろしや鉄の剣


世界の卵はいまだ孵らない。
■までは、まだ時を待たねばならない。
だがこの闇の中でじっとその時を待っているだけで、果たして全てを滅ぼせるだけの存在に生まれ変われるのだろうか。

――たりない


捧げるものが、まったく足りない。

主采はともかくとして、前菜もスープもデザートも何もかもが足りない。

このまま待っているだけでは、再び一つに戻る事すら覚束ない!!


準備が必要だった。
あの烙印の男のように、あの金髪の少女のように、魔に好まれそうな食材に印を刻みつけなければならない。
そのためには――。

どろどろの肉の塊が、動きやすい形になろうと蠢きはじめる。
もう一仕事が出来るだけの、エネルギッシュな肉体を字伏は欲する。
分断された肉体では、歩くことさえ出来はしない。


そうして、闇の中から生み出されたものは、一対の男女の姿を持っていた。
妲己と呼ばれていた美しい女性の姿と、安藤潤也と呼ばれていた少年の姿。
より上手く事が運ぶように、記憶の欠片を再構成して疑似的な自我を付与し、自律的な行動が取れるようにする。
もっともその行動原理は以前のものではなく、字伏の本能に過ぎないのだが。

1084喪失花《ワスレバナ》 (下) ◆Yue55yrOlY:2011/05/14(土) 17:11:20 ID:9Kvq5J5A0

かつての姿こそが、もっとも狩りには効率的であろうと字伏は考えたのだ。

さぁ。餌となるべきニンゲンどもを狩りだそう。

憎悪と恐怖とを糧として、『神』をも超える存在に生まれ変わろう。

「いくわよぉん、『右』の」
「あいよ、『左』の」


約束の刻限は近い。
世界の歯車は加速してゆく――。


【字伏@封神演義&うしおととら&魔王 JUVENILE REMIX 分裂】

【E-03/森/夜中】

【字伏左半身(妲己)@封神演義&うしおととら&魔王 JUVENILE REMIX】
[状態]:字伏の肉体(白面化70%)
[服装]:ゴージャスな服装
[装備]:エンフィールドNO.2(1/6)@現実
[道具]:支給品一式×3(メモを一部消費、名簿+1)、趙公明の映像宝貝、大量の酒、工具類、真紅のベヘリット
[思考]
0:……大切な者を……
1:贄を見つけて印を付ける
2:ドラゴンころし、獣の槍に恐怖感。
[備考]
※妲己・潤也の自我の疑似的な自我が付与されました。
それぞれの記憶の切れ端から再構成されているので、生前の目的や恐怖・怨恨を多少引きずっています。
※潤也の能力が使用できるかどうかは不明です。

【字伏右半身(安藤潤也)@封神演義&うしおととら&魔王 JUVENILE REMIX】
[状態]:字伏の肉体(白面化70%)
[服装]:ボロボロの英字プリントTシャツ
[装備]:首輪@銀魂(鎖は途中で切れている)


※字伏右半身(安藤潤也)は九尾の尻尾のような化身であり、本体は首輪の嵌まった左半身のほうです。
※一体ずつの力は弱まっています。

1085名無しさん:2011/05/14(土) 17:11:48 ID:9Kvq5J5A0
以上です

1086名無しさん:2011/05/14(土) 22:36:25 ID:MGSopPLU0
すみませんもう代理投下無理です……
誰かにバトンタッチします。感想は(下)が投下終わったら書き込みます。
でもとりあえず、◆Yue55yrOlYさん一年ぶりにおかえりなさい

1087 ◆Yue55yrOlY:2011/05/25(水) 17:18:06 ID:9Kvq5J5A0
すいませんやっぱり代理お願いします

1088 ◆Yue55yrOlY:2011/05/25(水) 17:19:35 ID:9Kvq5J5A0
キンブリーに返された問いかけを受け、ゾッドも再びグリフィスへと思いを馳せる。

確かにゾッドは、一度はグリフィスを見逃した。
グリフィスが、あの夢で見たような圧倒的存在となれば、再び相まみえたいとも思った。
神の手の者がその光景を見て、ゾッドがグリフィスを《ゴッドハンド》とする因果律の成就を望んでいるのだと考えるのも無理はない。

しかし、ゾッドにとって、それは必ずしもグリフィスでなければならぬという事はないのだ。
わざわざ時を逆流させてまで因果律を乱しておいて、あの《蝕》が素直に再現されると思うほどゾッドは単純ではない。
神の仕組んだ、新たなる因果律。
誰がその因果律に選ばれようが、その者が強大であれば、それでよい。

むしろゾッドが拘っているのは――。

瞳を閉じて浮かぶのは、鈍くひかりし鉄(くろがね)の、決して止まらぬ剣舞なり。

抜けだす事叶わぬはずの汚泥の中から、必死にもがき出でる愚直なまでの前進。
この舞台の上でも、まるで変わる事のなかったあの男が、これから神の掌の上でいかなる生き様を見せてくれるのか。
それを再び観る事が出来るのが、ゾッドは嬉しくてならなかった。


そしてそれっきり黙り込んだ男が口元に浮かべた笑みを見て、紅蓮の錬金術師は思わず目を瞠る。
それはこの異形の男には似つかわしくないほど、人間臭い穏やかな笑みで――。

(どうやら口ぶりほど単純な方でもなさそうですね)

この男も、どうやら《使徒》の中の異端者。
簡単に使い潰せる男でもなさそうだと、認識を新たにする。





日は完全に沈み落ち、森の闇が深まる。
氷雪の大地にあかあかと燈った熾火が、夕闇に沈んだ森の中を仄かに照らしていた。
その炭火で焙られた石の上に置いた、分厚い獣肉を木箸でひっくり返しながら、キンブリーは神の陣営の動きについて考える。

ゾッドを復帰させた件もそうだが、神の手の者の動きはどうにもチグハグだ。
ゾッドをつかわし、ウィンリィを復帰させ、しかもそれについての告知もしない。
放送の上では四十九名が既に死に絶え、現時点での残りは二十一名の筈だが、どうやらそれも疑わしい。

キンブリーが知る限りでも二名もの復帰者がいるのだ。
この分では他にも何名かの『出戻り』が居てもおかしくはない。

確かに最初に聞かされた放送のルールは、死んでしまった参加者の名を読み上げるというものであり、蘇らせた上で
戦場に復帰した参加者がいたとしても、告知するなどとは一言も言われてない。
従ってルール違反とは言えないのだが、この事実を知った参加者は一様に神の陣営への不信感を抱くであろう。
せっかく数を減らしたと思っても、それが神の陣営によって秘かに復活して舞い戻っているのだ。
優勝狙いの人間にとっては、これほど腹立たしい裏切りもあるまい。
キンブリーが口を噤んでいたとしても、隠し通せる事ではない。
なぜ、神の陣営は最初に定めた勝利条件『最後の一人になるまで戦い抜け』と言う命題を真っ向から否定するかの如き行為に走ったのか。

それを説明出来る仮説は、一つだけある。
第一放送の時から、その兆しがあった神の陣営の亀裂。
それが遂に、崩壊を迎えたのだとすれば。
現在の運営を、初期とは別の人材――《神》への反逆者たちが担っているとするなら説明は付く。


神の陣営が信頼出来ないとなれば、参加者たちは結束し、その思考が神の打倒、あるいは脱出へと傾くのが当然の帰結だ。
現在運営を担っている反逆者たちは、その参加者たちの動きをも利用して《神》を弑逆しようとしているのではなかろうか。

1089 ◆Yue55yrOlY:2011/05/25(水) 17:20:57 ID:9Kvq5J5A0
この仮定に沿って考えるのであれば、ウィンリィ・ロックベルが『戻された』事にも説明が付く。
彼女は、鋼の錬金術師への貢物……メッセンジャーガールなのだ。
どうやら正気を失っていたようだが、それも事の成就の際には元に戻してやると言う含みを持たせての事だろう。

更にそこから推論するに、鋼の錬金術師は既に神への反逆が可能な何らかの手段を講じている可能性が高い。
少なくとも参加者の中で、もっとも《神》に手の届く位置にいるのは確かのはずだ。
そうでなければ、ウィンリィ・ロックベルを戻すという人選は有り得ない……。

(ふむ、流石ですね……。やはり彼とは連絡を取っておくべきでしょうか……)

キンブリーの目的は、己が特性を存分に振るい、この生き残りを賭けた闘争に勝ち残る事。
その為ならば、スタンスの変更とてやぶさかではない。


――しかし。
全てを疑い抜けという、螺旋楽譜の管理人の言葉が頭にちらつく。
自分のこの推論も《神》に用意された筋書きに沿っているのだとすれば――。
神の陣営の内輪揉めを利用しての反撃すら《神》の台本通りだとしたら――。

そこに待つのは、優勝を狙おうが、反逆を考えようが、勝利条件そのものが存在しないという絶望に塗り潰された未来だけだ。

(やれやれ、本当に意地が悪い……となれば判断の鍵を握るのは《神》の使わしたジョーカーである趙公明か……)

だとしても、それまでに打てる手は打っておいた方がいいだろう。
先程の潤也の兄への一手もその為の布石。
ネット上の書き込みだけで、交換日記のID:mIKami7Aiをキンブリーと特定出来たのは、恐らく身近に鋼の錬金術師がついていたからだろう。
潤也をめぐってのやり取りで、キンブリーへの不信感を持っているであろう彼と鋼のが一緒にいられると、いささかやりにくいのだ。
混乱を極めるであろう今後のスケジュールを考えると、不確定要素は少ない方がいい。
故に、穏便に別行動を取ってもらうべく打った手が先程のメールである。

そしてある程度の時間を置き、潤也の兄が行動に移ったであろう頃合いを見計らい、キンブリーは掲示板に書き込みを行った。

----


1:【生きている人】尋ね人・待ち合わせ総合スレ【いますか】(Res:14)
 1 名前:Madoka★ 投稿日:1日目・早朝 ID:vIpdeYArE
 スレタイ通り、人探しや待ち合わせの呼びかけをするためのスレです。
 どこで敵の目が光っているか分からないので、利用する際にはくれぐれも気をつけて!

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

14 名前:ロワ充している名無しさん 投稿日:1日目・夜 ID:mIKami7Ai
 お気付きの方もいらっしゃると思いますが、どうやら放送の内容はあまり信用しないほうが良さそうです。
 既に退場されたはずの方が、何人か会場へと舞い戻って来ているようです。
 私の書き込みを信じない方もいらっしゃるでしょうが、いずれは判る事なのでお知らせしておきます。

 この期に及んでも偽名を使っている方も、もしかしたらそんな出戻り組なのでは?
 神の陣営について何か御存じなら、ぜひとも情報の提供をお願いしたいですね。


----

そして、続けて掲示板から得た鋼の錬金術師のアドレスにメールを送る。
----


Sub:掲示板の書き込みを見ていただけたでしょうか?

1090 ◆Yue55yrOlY:2011/05/25(水) 17:22:54 ID:9Kvq5J5A0
こんばんは。
こうして連絡を取るのは初めてですね。
ゾルフ・J・キンブリーです。

掲示板に書き込んだ通り、私は何人か死んだはずの参加者がこの会場へと戻っているのを目撃しました。
その事と合わせて、是非貴方とこの催事について意見を交換してみたい。
このメールを読んだら、C.公明からの招待状に従い、競技場へと来ていただけないでしょうか。
《神》の情報を手に入れ、共にこの戦いの行く末を考えようではありませんか。


P.S.ウィンリィさんも誘っておきました。
すっぽかされたとしても、彼女は私が保護いたしますのでご安心を。
ただ――万全を期されるのであれば、やはり貴方自身が彼女を守ってあげたほうがよろしいかと。


----


もし、分断策が上手くいかなかったとしても不信感を持たれないように、正直に、それでいて注意深く文面を仕上げた。
潤也の兄に会いに小学校へと行けなくなったのは、競技場へと足を運ばなければならなくなった為。
趙公明との同盟関係も知られないように、ネットの書き込みを見て――という風に装った。
どうせ頭のイカれた錬金術師『爆弾狂のキンブリー』の言う事なのだから、爆心地への誘いもさほど奇異な物でもあるまい。
そして鋼の錬金術師への止めは、ウィンリィ・ロックベルの名前が果たしてくれるだろう。

あの図書館で出合った剣士が、ちゃんと彼女を連れて来てくれるかどうかは判らないが、自分の考え通りならば
神の手の者が上手く誘導してくれるはずだ。そして――

「おい」

思考にふけるキンブリーに、不意に声が掛けられる。
その声の主はもちろん、対面に立つ不死のゾッドである。
見やれば、彼は手に持つ木箸を動かして、石に敷かれた肉を指し示す。

「そこ、焼けておるぞ」
「おぉ……」

指摘されてみれば、確かに肉がいい具合に焼けていた。
肉から流れ落ちた脂が炭火に溶ける。
鼻腔に吸い込まれたかぐわしい香りに、キンブリーはたまらずに肉に齧り付く。
熱い。
そして、美味。
圧倒的な野生の味が口中に広がり、噛み千切った肉片が、溢れる肉汁と共に喉を下る。
腹の奥底が、熱い溶鉱炉にでもなったかのようだった。
そこから湧きだすエネルギーが、全身の細胞に隈なく染み渡る。
くはぁ。
熱い吐息をもらしながら、もう一口。
美味し。美味し。
うむ、こっちは……レバーか。
くぅ、これは堪えられん。
白皙の額に汗しながら、キンブリーはゾッドと共にしばし無心で肉の宴を楽しむ。

「おい……食い終わったら、こいつの牙を剣にしてくれ」
「はふっはふっ、いいでしょう。錬金術の基本は等価交換……。ですが、今は……」
「うむ、存分にやれ!」

激しくなるであろう、今後の戦いへの備えに余念なし。
専心を持って一事に当たる二人を祝福するかのように、焼肉の煙が天高く昇る。
それは今宵始まるであろう開戦の狼煙のようでもあった。

1091 ◆Yue55yrOlY:2011/05/25(水) 17:24:26 ID:9Kvq5J5A0
【G-6/森/1日目/夜】

【ゾッド@ベルセルク】
[状態]:全身に火傷などのダメージ(小、回復中)
[服装]:裸
[装備]:
[道具]:
[思考]
基本:例え『何か』の掌の上だとしても、強者との戦いを楽しむ。
0:肉を喰う。
1:出会った者全てに戦いを挑み、強者ならばその者との戦いを楽しむ。
2:金色の獣(とら)と決着をつける。
3:趙公明の頼みを聞く気はないでもない。武道会に興味。
4:キンブリーに猪の牙と骨で大剣を作ってもらう。
[備考]
※未知の異能に対し、警戒と期待をしています。
※趙公明に感嘆。

【ゾルフ・J・キンブリー@鋼の錬金術師】
[状態]:健康
[服装]:白いスーツ
[装備]:交換日記“愛”(現所有者名:キンブリー)@未来日記
[道具]:支給品一式×2(名簿は一つ)、ヒロの首輪、キャンディ爆弾の袋@金剛番長(1/4程消費)、ティーセット、小説数冊、
   錬金術関連の本、学術書多数、悪魔の実百科、宝貝辞典、未来日記カタログ、職能力図鑑、その他辞典多数、AED
[思考]
基本:勝ち残る。
0:肉を喰う。
1:趙公明に協力。
2:パソコンと携帯電話から“ネット”を利用して火種を撒く。
3:首輪を調べたい。
4:安藤やゆのが火種として働いてくれる事に期待。
5:神の陣営の動きに注意
6:エドワード・エルリックに接触する。
7:神の陣営への不信感(不快感?)条件次第では反逆も考慮する。
8:未来日記の信頼性に疑問。
9:白兵戦対策を練る。
10:うしおの性格に興味。使い道がないか考える。
11:西沢さんに嫉妬?
[備考]
※剛力番長に伝えた蘇生の情報はすべてデマカセです。
※剛力番長に伝えた人がバケモノに変えられる情報もデマカセです。
※制限により錬金術の性能が落ちています。
※趙公明から電話の内容を聞いてはいますが、どの程度まで知らされたのかは不明です。
※ゴルゴ13を警戒しています。


※ゾッドが捕獲した猪は、ワンピースの女ヶ島で出てきたような奴です。


以上です

1092Small Two of Pieces〜JUNO〜 ◆L62I.UGyuw:2011/06/04(土) 22:32:39 ID:wRSE/Ack0
愛し共に歩めずとも、憎まぬくらいなら出来るかもしれない――。



歩の言葉が蘇った。

ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐると。
彼女の時間はもう幾度となく同じところを繰り返し、そして繰り返す度に心が鑢でごりごりと削られていく。
まるで呪いだ。

ぱしゃり、ぱしゃりと水溜りを踏みながら、ゆのは氷雨の街を北上する。
月明かりは今はない。時折光る雷雲が、辺りを照らすほとんど唯一の光源だ。
左手に見える墨の凝ったような海から、地鳴りのような波音が低く長く轟いている。
水平線は闇に溶け、空と一つになって今にも街を押し潰してしまいそうだ。
怖い。思わず叫び出したくなるくらいに。
ゆのの地元に海はなかったし、泳げない彼女が積極的に海に行くことも勿論なかったから、夜の海がこれほど怖いものだとは知らなかったのだ。

しかし怖いからといって海を離れる訳にもいかない。何故なら進入禁止エリアに引っかかる危険があるからだ。
趙公明が派手に去った後、ゆののいた邸宅の建つエリアが進入禁止エリアになる可能性に思い至り、慌ててそこを飛び出したのが十九時二十分。
その後はとにかく海を目指し、海に辿り着いてからはずっと海岸沿いの道を歩いている。
何の訓練も受けていないゆのが、この暗闇の中で自身の位置やエリアの境を正確に把握出来るはずもない。
ただ彼女に判るのは、海沿いを歩けば進入禁止エリアに足を踏み入れることはないという、その程度のことである。

故にゆのは海を見て歩く。ただ歩く。
自らの罪から、そして呪いから逃げるように。
胸の内に渦巻く感情から目を逸らしながら。



寒さで身体が震え始め、海に対する恐怖も麻痺し始めたとき、ゆのは道の先に人影を見た。
そのとき、ゆのの頭にまず浮かんだのは、誰だろう、という何とも平凡な疑問。
客観的に、冷静に状況を判断するなら、当然ながらそんな悠長なことを考えている場合ではない。
敵に道端でばったり、などというのは、まともな戦闘経験のない彼女にとっては最悪の事態である。
よーいドンで殺し合ったら、相手が誰であれ彼女が無事に勝利を収める見込みは小さい。
だから本当なら即座に尻尾を巻いて逃げるべきだったし、無理にでも殺すつもりなら有無を言わさず襲いかかるべきだったのだ。
ゆのがそのどちらもせず棒のように立ち尽くしてしまったのは、相手の服装が原因だった。

1093Small Two of Pieces〜JUNO〜 ◆L62I.UGyuw:2011/06/04(土) 22:33:40 ID:wRSE/Ack0
見覚えのある服だった。
特徴的なダブルタイプの赤いベスト。
あれは、そう。やまぶき高校の制服。
今のゆのにとっては、幾千万の宝石よりも眩しく輝く日常の象徴だ。

もしかすると、沙英ではないか。そうも思った。
その瞬間、足が竦んだ。沙英だったとしたら、一体どんな顔で会えばいいのか。
この期に及んでそんなことを考える自分が厭になる。
酷く分裂している。
人を、殺しておいて。

幸か不幸か、人影が沙英でないことはすぐに判った。明らかに沙英よりも髪が長い。
安堵と更なる不安が同時に押し寄せ、ゆのは若干混乱しながら目を凝らし、そして相手の様子が妙であることに気付く。
動きがおかしい。油の切れたロボットを思わせるぎこちない動き。
左足を引き摺り、杖のようなものを突いてようやく歩いているようだ。
よく見ると、やまぶきの制服も汚れ、破れている。

空が光る。

絶句した。
漠然とした恐怖は、稲光に浮かび上がった鮮烈なそれに塗り潰された。

それは辛うじて人のようだった。しかし本当に辛うじて、だ。
左脚は奇妙に捻じ曲がり、太腿からは骨が突き出して夥しい量の血が流れ出ている。
制服の赤もどこまでが元々の色でどこからが血の色なのか判然としない。首輪すら血の色に染まっている。
何より異様なのはその首輪の上、顔だ。
鼻は半分削げ落ち、所々欠けた歯が顎の骨まで剥き出しになっている。
本来見えないはずの奥歯までもがずらりと並んで見える。
まるで都市伝説の「口裂け女」である。
そんなモノと夜の街で遭遇してしまったのだから、これはもうホラー以外の何物でもない。

あまりの事態に、ゆのは金縛りに遭ったように動けない。
出来ることはせいぜい口をぱくぱくと開閉するくらいである。
その場で卒倒しなかったのは奇跡かもしれない。
そうしている間にも、口裂け女が杖のようなもの――恐ろしいことに日本刀だ――を支えにじわりじわりと迫ってくる。
そして少し離れた場所で立ち止まった。口裂け女の視線はゆのをずっと捉え続けている。
頭の中で警報が最大音量で鳴り響くが、ゆのは逃げるどころか声すら出せない。
口裂け女はしばらく黙っていたが、やがてその大きな口をゆっくりと開いた。

「なに、ぉはえは――」

ゆのはまだ動けない。

1094Small Two of Pieces〜JUNO〜 ◆L62I.UGyuw:2011/06/04(土) 22:34:35 ID:wRSE/Ack0
***************


視界が霞む。身体中が熱い。なのにドライアイスを呑み込んだかのように身体の真ん中は冷え切っている。
左手の棒に体重を預け、全く言うことを聞かない左脚を引き摺り、痛む右脚を無理矢理動かして進む。
四肢が鉛のように重い。呼吸の度に、胸の奥に激痛が走る。肉体の至る所から悲鳴の大合唱が聴こえる。
しかしそれでも由乃は止まらない。こんな所で休んでなどいられないのだから。

無差別日記のレプリカはとっくに踏み砕いた。
許し難い。よりにもよって雪輝の日記――命の贋物など。
決して、見たくもないものを映し出してくれた腹いせなどではない。
ともかく、一刻も早く本物の無差別日記を捜さなければ。
でもどこに。一体どこですり換えられたというのか。
日記の表示は間違いなく本物で。

――ああ。
あいつ。鳴海歩。あいつだ。あの小賢しい男。あいつに決まっている。
贋物の携帯電話を用意して細工を。表示もあいつが操って。でもあんな短時間でどうやって。
いや、そんなことはどうでもいい。推理ゴッコなどは探偵にでもやらせておけばいいのだ。
畜生。

頭がガンガン痛む。吐き気がする。寒気がする。考えが纏まらない。思考が断片化する。
空が光った。

そもそも日記を取り戻した後は?
ユッキーと合流?
この怪我でこの先どうする?
こんな顔になって、ユッキーは私を――。
あ、ユッキーはもう死。

遮断する。

大丈夫。大丈夫。
ユッキーは私を愛してくれてるから。
ユッキーはこれからもずっと私を愛してくれるから。
ユッキーは絶対に外見に惑わされたりなんかしないから。
大丈夫。大丈夫だから。

1095Small Two of Pieces〜JUNO〜 ◆L62I.UGyuw:2011/06/04(土) 22:35:11 ID:wRSE/Ack0
ぱしゃり、と小さな音がした。
はっとして顔を上げる。
由乃のすぐ前方、ほんの十メートルの場所に何者かが立っている。

気付くのが遅れた。
宵闇にみぞれという悪条件が重なっているとはいえ、普段の彼女では絶対にあり得ない失態だ。
胸の内で舌打ちをして、錆び付いた全身に緊張を行き渡らせつつ相手を観察する。

女だ。怯えた顔をしている。
由乃がこれまで出遭った者達と比べれば、特徴という程の特徴はない。
暗闇から編み上げたような漆黒のドレスを纏い、何故かバレーボールに似た球体を大切そうに抱えている。
大人びた格好ではあるが、由乃とそう変わらない歳であるように見える。

油断せずじっと睨み続けるが、相手が動く気配は感じられない。ただこちらを見ているだけだ。
しばらく睨み合った後、痺れを切らした由乃が先に口を開いた。

「なに、ぉはえは――」

不明瞭な言葉が漏れる。上手く話せない。まるで自分の声ではないかのようだ。
苛立ちが募る。
少女は怯えた顔で口を閉じたり開いたりしているだけで、やはり何か行動を起こす気配はない。
放置しておいても大した害はなさそうに思える。興味もない。こんなどうでもいい女にかかずらっている暇はないのだ。
由乃はとても冷静にそう判断し、少女から目を逸らす。脇を通り抜けようとまた一歩踏み出し、

「や……オ、オバ、ケ――」

その一言が、自分では完璧に制御しているつもりで、その実ギリギリのバランスで繋ぎ止められていた由乃の理性の糸をあっさりと寸断した。

「はれが……オわケらッッ!!」

ぐるりと首を奇妙な角度で捻じ曲げ、射殺さんばかりの視線をぶつける。

――そんなふざけたドレスで。
――お前こそ、ユッキーを誘惑するバケモノだろう。

そう叫んだつもりで、しかし実際には言語にならない喚き声を発した由乃は、少女に更ににじり寄っていく。
少女はこの上ない恐怖を全身で表すのみ。それが由乃の神経を一層逆撫でする。

1096Small Two of Pieces〜JUNO〜 ◆L62I.UGyuw:2011/06/04(土) 22:35:57 ID:wRSE/Ack0
そうだ。
きっと図星だったのだ。
こいつは雪輝を誘惑しようとしているのだ。間違いない。
うん、殺そう――殺さなきゃ――――斬らなきゃ――斬って――。
――――斬る?

そこでようやく、杖代わりに使っていた物が日本刀だったことに由乃は気付いた。
都合がいい。

「ひネ……ッ!」

刀の存在に気付くよりも先に斬るという思考に到ったことを疑問に思う余裕もなく、ただ怒りを発散させるべく刀を振り上げる。
月もないのに、刀身が妖しく煌いた。

「わあぁぁぁぁぁぁぁっ!」

ようやく金縛りが解けたのか、少女は悲鳴を上げ、身を護るように手に持っていた白い球体を掲げた。
関係ない。そのボールごと真っ二つだ。
刀に操られるように、腕だけで振るったとは思えない鋭い斬撃を繰り出す。
甲高い音。
バレーボールのようなその球体は、しかし意外な硬度をもって刀を阻んだ。

「――――ッ!?」

手首に予想外の衝撃が走り、その拍子に刀を取り落とす。手が痺れる。
しかし相手のボールも手中から転がり落ちたようだ。
転がるボールを縋り付くような眼で追う少女。

馬鹿め。

由乃は落とした刀に目もくれず、ドレスの胸元をショールごと鷲掴みにして、相手の体を引き寄せた。
驚愕の貼り付いた少女の顔が急接近する。

「ふらえッ!」

そしてそのまま、自らの頭蓋を相手の顔面に激しく叩き付けた。
鼻骨の潰れる感触と共に、額に軽い痺れが走る。
少女が呻き、顔を歪めながら鼻を押さえた。
ドレスを捻り上げ、更にもう一発。間髪入れずドレスを放して突き飛ばす。
少女が仰向けに倒れていく。
しかしその途中で、苦し紛れに伸ばした手が、由乃の砕け垂れ下がった右腕をひっ掴んだ。

1097Small Two of Pieces〜JUNO〜 ◆L62I.UGyuw:2011/06/04(土) 22:36:44 ID:wRSE/Ack0
「ッッッがァァァァァァァア!!」

激痛と呼ぶのも生温いパルスが神経を伝って由乃の脳髄を掻き乱す。
視界が白く灼け、天地が引っ繰り返る。
衝撃。
獣の咆哮を上げながら、ほとんど無意識に右腕を掴む手の甲に爪を立て、抉った。
今度は相手が悲鳴を上げ、右腕が開放される。
目の前で水滴の冠が弾け、由乃はそこでようやく自分が水溜りに突っ伏していることに気付く。
次の瞬間、頭を横殴りの衝撃が襲った。暴れる少女の膝が側頭部を強打したのだ。
由乃も必死だが相手も必死だ。
何とか逃れようと足掻く少女は、喚きながら闇雲に蹴りを放つ。
その一発が由乃の顔面を直撃した。
しかし由乃は怯むどころか足首を掴み、全力で引っ張った。
何とか立ち上がろうとしていた少女が再び引っ繰り返る。
スカートが大きく捲れた。
少女は下着を着けていなかった。

ああ。
要するに自分の勘は勿論今回も完璧で、この女はやはり雪輝を誘惑しようとしていたのだ、と由乃は完全に確信する。
逃がさない。ここで殺す。絶対に、絶対に雪輝に会わせる訳にはいかない。
必死の抵抗を続ける少女に全力で飛びかかり、鳩尾に体重を乗せた肘を落とす。
薄い腹筋は緩衝材の役割をほとんど果たさず、少女は蛙の潰れたような声を発して動きを止めた。
その隙を逃さず襲いかかり、馬乗りになる。

「げ、ほっ、や、やめっ――」

顔面のど真ん中に落とした拳が、懇願の言葉を叩き潰した。
拳を握り締め、更に顔に何度も振り下ろす。
一発。鼻を押さえていた手に阻まれる。
二発。左目に直撃。
三発。前歯を叩き折る。
拳が命中する度に、後頭部がアスファルトと衝突して鈍い音を立てる。

ユッキーを誘惑しようとした罰だ。
誰だか判らなくなるまでこのまま滅茶苦茶に壊してやる。

四発。五発。六発。

背中を蹴られているようだがどうでもいい。
血に塗れた拳を機械的に振り下ろす。

1098Small Two of Pieces〜JUNO〜 ◆L62I.UGyuw:2011/06/04(土) 22:37:20 ID:wRSE/Ack0
七。八。九。

それにしてもヒトの頭は硬い。

十。十一。

唐突に、がくりと視界が傾いだ。
十二発目の拳は、狙いが外れてしたたかにアスファルトを叩いた。
髪を引っ張られたのだ。自慢の長い髪を。
そう気付いた一瞬の空白に、下から少女が死に物狂いでむしゃぶりついてきた。
振り払おうとするものの、満足に動く部位が左腕だけでは如何ともし難い。
数秒揉み合った末、今度は逆に由乃が組み敷かれてしまった。

唸り声なのか悲鳴なのか判らない不安定な声を上げながら、少女は由乃の首を絞め上げ始める。
大した力ではない。大した力ではないが、とはいえこのまま首を絞め続けられればやはり死んでしまう。
ただの力業で人間一人を撥ね退けるだけの能力は、今の由乃にはない。

「ぅ……ひっ……ひっ」

しゃくり上げる声。手の震えが喉の奥まで伝わってくる。
苛立たしい。常ならばこんな奴に梃子摺るはずはないのに。
どう脱出するか。窮地にあっても、いやむしろ窮地にあるからこそ由乃の脳は冷静に冷徹に打開策を模索する。

腰から下の感覚がない。
右腕は自由だが、そもそも骨が粉々になっていて役に立たない。
左の二の腕には相手の膝が乗っている。持ち上げられない。
肘から先は動くが、殴るには体勢が悪過ぎる。
刀。見当たらない。
武器の詰まったデイパックは背中で潰れている。
手詰まり――だろうか。いや、そんなことはない。
左腕が動くのなら、まだ。

肘を曲げる。手探りでゆっくりと後ろからスカートに手を差し入れる。軽く尻の肉を抓む。
一拍。
そして肉を引き千切らんばかりの勢いで、力の限り抓り上げた。
この手の痛覚に訴える攻撃は、ほとんどの格闘技において禁じ手となっている。
裏返せばそれは手軽かつ強力な攻撃手段であることを示していて、当然ながら並の人間ではまず耐えられるものではない――本来ならば。

1099Small Two of Pieces〜JUNO〜 ◆L62I.UGyuw:2011/06/04(土) 22:38:20 ID:wRSE/Ack0
血で指が滑った。酸素が足りないのか、指先が思うように動かない。
少女は僅かに身じろいだが、それだけだった。
もう一度場所を変えて抓るが結果は同じ。
もう一度。結果は同じ。
苦し紛れに爪を立てる。効く様子はない。

時間が粘り付く。
喉がひゅうと奇妙な音を立てる。
視界が赤黒くなっていく。
雨音が遠ざかっていく。
意識が霞みがかっていく。
こんな。
こんなところで。
こんな雑魚に。

――ふざけるなッ!

抓るのをやめ、指先で尾骨を素早く探り当てる。
そこから下へと指を滑らせ、人差し指と中指を纏めて肛門に捻じ込んだ。

「――――――――っぁ!!!!」

少女が声にならない叫びを上げた。
首にかかる圧力が弱まり、新鮮な酸素が肺に供給される。
すかさず脳天までぶち抜くつもりで一息に指を押し込む。
ぶちりと肉の裂ける感触。
たまらず少女の腰が浮いた。
由乃の行動を阻止しようとして、左手が首から離れる。
決定的な隙。
ほとんどスクラップ同然の右腕を肩の動きだけで振るい、残った相手の右手を払い飛ばす。
同時に。
由乃は腹筋に全ての力を集約し、バネのように上体を跳ね起こした。

「シャアァァァァァァァッッッ!!」

喉笛に喰らい付く。
剥き出しの歯が柔らかな肉に沈む。
鉄の味。
勝った。
頚動脈。
これで。
ユッキー。
星が。
力を、

1100Small Two of Pieces〜JUNO〜 ◆L62I.UGyuw:2011/06/04(土) 22:38:55 ID:wRSE/Ack0
***************


最期の瞬間がいつまで経っても訪れないことに疑問を抱いたゆのは、固く閉じていた目を恐る恐る開いた。
喉に噛み付き喰い千切る寸前の姿勢を保ったまま、口裂け女は何故か微動だにしない。
頭に疑問符を浮かべながら、震える両の手を首に持っていく。ぬめぬめぶよぶよと生暖かく嫌な感触のものが指に触れた。
何とか我慢して手に力を込めると、首に食い込んだ歯が粘着いた音を立てて抜けた。
手を離す。
ご、と口裂け女の頭がアスファルトに落ちた。
見えない星を見るように、目を大きく見開いた彼女は、もはや全く動かない。
雨音が耳朶を打つ。

死んでいる――たっぷり十秒は考えた後、ゆのの脳はようやくその事実を認識した。
そもそも現れたときからゾンビさながらの姿だったのだ。
本来、生きている方が不自然な状態だったのだろう。

空が光った。

血の味が充満する口の中に、ふと違和感を覚えて吐き捨てる。
赤と白の混じりものがアスファルトに落ちた。
鏡を見るまでもなく、顔が酷い有様になっているのは間違いないと判る。
しかし不思議と痛みを感じない。付け加えれば寒さも。
代わりに全身を不気味な倦怠感が包んでいる。

少し躊躇った後、スカートに手を入れ肛門にみっちりと詰まった指を一本ずつ引き抜く。

「っ――……なんで、こんな」

馬乗りで何回か顔を殴られた辺りから記憶が曖昧になっている。
何をして、何をされたのか、正確に思い出せない。
しかし最後の最後、蛇のように大口を開けて自分に襲いかかる刹那の口裂け女の顔だけは、はっきりと瞼の裏に焼き付いている。
たとえ百年経っても忘れることはないだろう。
表面的な憎悪のもっと奥にあった、三千世界の全てを呪い殺さんとする深海よりも暗い情念。
死に物狂いのゆのにさえ、その片鱗だけで死を覚悟させた情念の源は、果たして何だったのか。
ゆのには見当も付かないし、仮に千言万語を費やして語られたところで理解出来るとも思えない。
しかし解らないままに、その黒々とした欠片がゆのの心に突き刺さったことだけは確かだった。



愛し共に歩めずとも、憎まぬくらいなら出来るかもしれない――。



そんな。
そんなことは。
そんなことは、

「無理に、決まってるよ」

1101Small Two of Pieces〜JUNO〜 ◆L62I.UGyuw:2011/06/04(土) 22:39:41 ID:wRSE/Ack0
【我妻由乃@未来日記 死亡】


【E-1/海岸付近/一日目/夜中】

【ゆの@ひだまりスケッチ】
[状態]:疲労(極大)、失血性貧血、顔と頭部に大量の打撲や裂傷、首に絞められた跡と噛まれた跡、左手の甲に傷、肛門裂傷、倫理観崩壊気味、精神不安定(大)
[服装]:真っ黒なドレス、ショール、髪留め紛失
[装備]:
[道具]:
支給品一式×11(一食分とペットボトル一本消費)、イエニカエリタクナール@未来日記、制服と下着(濡れ)、
機関銃弾倉×1、ダブルファング(残弾100%・100%、100%・100%)@トライガン・マキシマム
首輪に関するレポート、違法改造エアガン(残弾0発)@スパイラル〜推理の絆〜、ハリセン、
研究所のカードキー(研究棟)×2、鳴海歩のピアノ曲の楽譜@スパイラル〜推理の絆〜、
パックの死体(ワンピースに包まれている)、エタノールの入った一斗缶×2、閃光弾×2・発煙弾×3・手榴弾×2@鋼の錬金術師、
首輪×5(胡喜媚・高町亮子・浅月香介・竹内理緒・宮子)、不明支給品×1(グリード=リンが確認済み)
[思考]
基本:死にたくない。
1:人を殺してでも生き延びる。
2:『特別ゲスト』として闘技場へ向かう。
3:壊れてもいいと思ったら、注射を……。
4:西沢さんの人間性に恐怖。また彼女に羨望と嫉妬。
[備考]
※二人の男(ゴルゴ13と安藤(兄))を殺したと思っています。またグリフィスにも大怪我を負わせたと思っています。
※切断された右腕は繋がりました。パックの鱗粉により感覚も治癒しています。
※ロビンの能力で常に監視されていると思っています。
※イエニカエリタクナールを麻薬か劇薬の類だと思っています。

※混元珠@封神演義、妖刀「紅桜」@銀魂はゆのの近くに落ちています。

1102 ◆L62I.UGyuw:2011/06/04(土) 22:43:16 ID:wRSE/Ack0
以上で投下終了です。
不明支給品が一つ減ってますが、本来この個数で合っているはずです。

1103 ◆L62I.UGyuw:2011/06/04(土) 22:44:59 ID:wRSE/Ack0
あ、ミスです。
>不明支給品×1(グリード=リンが確認済み)
ではなく
不明支給品×1(武器ではない)
でないと辻褄が合わないですね。

1104名無しさん:2011/06/05(日) 00:29:57 ID:dm1HuAhYO
さるさんです
>1099から次お願いします

一時まで誰もいないようならまた代理します

1105 ◆JvezCBil8U:2011/07/25(月) 16:23:11 ID:NxHj/da.0
さるさんorz……。
こちらに仮投下します。

1106 ◆JvezCBil8U:2011/07/25(月) 16:23:34 ID:NxHj/da.0
「……っ!?」

場の空気が凍る中で、支配者は存分に余裕を持って語らうのだ。

「錬金術、について。
 ――知っていることを、全て教えて頂きましょうか。
 代わりに、“神”に立ち向かうための知る限りの全てを伝えましょう」

「……目的はなんだ?」

苦虫を噛み潰したかのようなエドワードに、秋瀬或は禁忌を大胆綽々に詠う。


「全ては雪輝君の、蘇生のために」


**********


秋瀬或は、命を弄ぶ気でいる。
その意味を知る自分には、到底許しがたいことだ。
……しかし。今はそれ以上に、打倒せねばならぬものがいる。

「鳴海、清隆……か」

……全ての元凶。そうでなくとも、今この状況を作り上げた人物の名を、エドワードは噛みしめるように反芻する。

「鳴海の予想が最悪の方向で当たった……って事か」

隣の安藤が一人ごちた誰かの名前。
その意味の裏側にあるものを思い浮かべるも、エドは首を振る。
残り少ない人員の中、不用意に人を疑えば集団は瓦解するだけだ。
あまりにもあからさま過ぎるこの“配置”はむしろ疑ってくれと言わんばかりで、踊らされるわけにはいかないと心に誓う。

……が。

「それとも……、鳴海自身も、黒幕の一味?」

――面識のある安藤自身こそが、そんな爆弾を静かにぼそりと呟いた。
安藤は気付いているのだろうか。
場に身を置くものが皆、その言葉の一言一句を聞き届けていたことに。

「思えば、あいつはいつもそうだった。
 自分を全く頼りにしてるようには見えないのに変に堂々としてて……。
 そうだ、絶対に奪えない、安全この上ない支えがいつもあいつをそんな態度にさせてたように見える。
 もしかして何か後ろ盾でもあったからじゃ……。
 考えろ、考えろ、考えろ、考えろ、考えろ、考えろ、考えろ、考えろ」

ボソリ。ボソボソ。
ボソボソボソボソ、ボソボソボソリ。
ブツリ。ブツブツ。
ブツブツブツブツ、ブツブツブツリ。

割れた額を押さえつつ、目血走らせて淡々と。

1107消灯ですよ ◆JvezCBil8U:2011/07/25(月) 16:24:36 ID:NxHj/da.0
別に、不自然な思考でもないし、それに思い至って動揺するのも理解できる事だ。
ことに、弟の死を告げられてから情緒が不安定気味な安藤のこと。
こうなってしまったとしても、おかしいことではない。そのはずだ。

……けれど。
どうしてかエドワードは、いや、秋瀬或でさえ。
目の前の弱弱しい少年から発される威圧感に動く事が出来なかった。

結局。

「それが“神”鳴海清隆だというのがお前の推測か?」

事態を動かすには、最も実戦経験豊富たる東郷に頼らざるを得なかった。

「い、いや……。そう断定した訳じゃないし、したくもないよ。
 ただ、鳴海が仲間だって思考停止してたら、本当に大切な何かを取りこぼして、救えなくなるんじゃないかって。
 あいつ自身もそんな事を言ってたしな」

まるで、何かに取り憑かれていたかのようだ。安藤の表情が柔らかいものに崩れる。
いつの間にか止めていた息を気付かれぬようにゆっくりと吐き出すと、どちらからともなくエドと或は互いを見据え、頷き合う。

「興味深い話ですが、ひとまず置いておきましょう。
 少なくとも彼を今疑っても得るものはありません。
 それより、僕はこちらについて詰めたいですね」

くるくると秋瀬或が掌で弄ぶのは、彼自身の体験に基づく考察に加え、エドワードから聞き出した錬金術やこの島についての考察さえ記したメモ帳だ。
分かりやすく要点を押さえ、しかし過不足なくエドの言質をまとめたそれは、錬金術の解説書として優れているだけでなく、この島や催事について調べるものなら誰でも欲しがるレベルのものだろう。

秋瀬或は、巧みだった。
こちらが秘しておかねばと匿っていた情報さえ根こそぎ持っていく有様で、
こと交渉という点においてはエドワードの数段上の手練手管を持っている。
おかげで伏せておきたい情報まで話さざるを得なかったが、しかしこの少年の視点から自分の意見を
検証した時に何が得られるか、それを話し合ってみるのは興味深かった。

しかし、その直前。

「……ちょっと、いいか?」

だいぶ赤く染まってきたタオルを取り替えようとしながら、安藤がエドワードたちの方を向く。
額を切ったからか傷の割に出血量が多いのだろう。
一旦タオルを膝の上において、怪訝な目線を向けるエドワード達と目を合わせた。

「えっと……、今の話で思い出したんだけど。
 すっかり忘れちまってたけど、鳴海が来ていないか確認したいんだ。
 俺が転んじまったせいでこっちまで来たけど、元々は放送頃に集合って話だったんだよ。
 ……もし鳥居の辺りで待たせちゃってたら、なんて思ってさ」

「……そういや、そんな話だったか」

一人頷くエドワード。
なるほど、確かにこの神社に来たのはそのためだった。
安藤の滑落による手当や秋瀬或との邂逅と、目の前にある事の処理ばかりに気を取られていたが、
鳴海歩を一人放置しておくのはいささか危ない。

1108消灯ですよ ◆JvezCBil8U:2011/07/25(月) 16:25:04 ID:NxHj/da.0
「ことこの事態に至っては、彼は間違いなくキーパーソンですしね。
 やれやれ、もう少し偽装を続けたくはあったんですが……仕方ありませんか。
 それに、彼の頭脳は類稀なる武器なのも確かです」

偽装? と少しだけかわいらしく首をかしげる安藤の疑問に答えず、秋瀬或は一人勝手に納得する。

「この中で彼と直接面識があるのは安藤さんと東郷さん、お二人でしたね。
 僕が行ってもいいのですが、顔を知られているあなた方が迎えに行くのが余計なトラブルも生まないでしょう」

そのまま或が視線だけを東郷、次いで安藤へと順繰りに回すと、頷き応える影一つ。

「……わかった、行ってくる」

ゆっくりと曲げていた膝を伸ばし、立ち上がろうとする安藤。
が、しかし。

「お、おいアンドウ!」

かくりと、力なく膝が折れた。
ここで一息ついたからだろうか、どうやら力がだいぶ抜けてしまってるらしい。
面目なさそうな苦笑を浮かべるも立ち眩みを起こしているようで、すぐにうつむき頭を押さえたまま動かない。
駆け寄ったエドワードを手で制したままのポーズで固まる安藤に向け、無言で待っていた東郷が一人声かけた。

「……俺が行こう。
 放送以後のお前はまともに集中できていない。不慮の事態にはとても対応できないだろう。
 秋瀬或も、エドワード・エルリックを逃すつもりがないようだ。
 鳴海歩と今後の依頼についての話もしておきたいのでな」

返事を待たず木戸の向こうへと身を翻らせる東郷。
はっと顔を上げ、その背を追いかけようとして安藤はしかし、尻もちを衝く。
本当に申し訳なさそうな顔を形作り、曰く。

「……分かりました。お願いしま……ぶっ」

頷いた拍子にたらりと一筋、安藤の頭から血が流れて口元へと入り込んだ。
俯いていた間に溜まったのだろう、抑えた手の間から血糊でも仕込んでたのかと思うほどに多くの量の血が顔全体を濡らしていく。
鉄臭い味に思わずむせて、

「えっほ、げほっ! ……ぺっ、ぺっ!」

タオルを持った手を口元に当てる。
咳き込みながらも口の中の血を吐きだすそのさまはどことなく滑稽で愛嬌があって。

「まったく……なにやってんだ」

はは、と小さな笑いが部屋に満ちる。
……と。
引き戸の前で手を伸ばした状態で、東郷が一言何かつぶやいた。

「…………き」

「……ん?」

何か、大切なことだろうか。
いぶかしむ表情でエドワードが様子を伺えば。
聞いたこともない声量で、東郷が思いきり叫びを挙げた。

「巨乳大好き!」

1109消灯ですよ ◆JvezCBil8U:2011/07/25(月) 16:25:31 ID:NxHj/da.0
途端。

咲いた。

「……は?」

何だ。
何が咲いたというのだ。
主語がないし、脈絡もない。ないない尽くしの破綻した文章である。
だがしかし、それがこの場にある唯一にして純然たる真実だ。

エドの天地がひっくり返った。
頭蓋に爽快に痛快に衝撃が走る。
床に思いっきり打ちつけたのだと気付いたのは、秋瀬或が自分の上に圧し掛かっていると理解した後だった。
先ほどまでの余裕の笑みは、とうにその顔から消え失せている。

そしてまた、咲いた。
真っ赤な花びらが舞っている。

今度は笑みどころか顔半分が消え失せた。
下顎が吹っ飛んだ。
自分の上からもんどりうって転がって、体が一息に軽くなった。

ようやく音が耳に届く。
理解はさらにその後で。

――目の前で東郷が死んだ。
秋瀬或も虫の息。

銃声が響いている。
それが東郷の脳天と或の顎をフッ飛ばしたのだと頭に入ってきたのは、
訳の分からない東郷の叫びから僅かに10秒後の事だった。

そして、その10秒で十分だった。

何もかも。

……何もかも。


**********


外へとエドワード達が駆けて行く。
それでいい。
銃撃が止んだとはいえ、あの正確無比な“壁越し”の奇襲が次に来れば、逃げる手段はない。
このままでは攻撃のタイミングも全く読めず、襲撃者を特定することも不可能なのだから。

自分とした事が、と思う。
集団のリスクマネジメントを気にするあまり、己自身への対処が遅れるとは。

1110消灯ですよ ◆JvezCBil8U:2011/07/25(月) 16:25:53 ID:NxHj/da.0
見届けたと同時、意識が混濁するのを秋瀬或は自覚する。
顎が吹っ飛んで数秒後、胴体部がごっそり抉られた。まるでチーズみたいに穴ぼこだらけ。
自分の一部だったタンパク質が血煙となって、鉄の匂いが室内に充満する。
不思議と、痛みは感じない。
ただ力が入らず――地面とお友達になっているだけ。

『何故なら秋瀬君、君は数奇な運命の元に生まれた因果律の申し子だからだ。
 君だけが不確定因子を持っていたからだ。
 だがやはりそうはならなかったらしい。
 運命の歯車は全てを轢き潰す。機会はいつだって一度きり。
 箱の中の猫は観測された』

機会はいつだって一度きり。
ああ、そうかと秋瀬或は自覚する。

『僕にとっての勝利とは……何だ?』

そんな事はもう、考えるだけ無駄だったのだ。
自分の役割はあの時既に終わっていたのだから。

最終部は近く、己の退場を以ってまた一つ幕が上がる。
もはやカーテンコールまで、この場で演ずる理由はない。

でも、けれど。

……まだ生きているのだ。
まだできる事があるのだ。
まだ成せることがあるはずなのだ。

現況を分析し、事態を考察せよ。
後に繋がるものを残せ。
それが探偵の義務であるのだから。

幸い、被弾個所は顎部と消化器系のみ。
失血死は免れ得ないが、即座の生命活動停止には繋がらない。
遅々として死が訪れるのを待つというのは恐怖ではあり、一般人ならすぐに死ねないという不幸にしかならないが――、

「今の僕にとっては、何よりの幸運だ」

そう呟きたくても、その為の器官は既に存在していない。
苦笑しようとして、やはりそれも不可能な事に気がついた。


――銃声がまた、耳に届いた気がした。


**********


秋瀬或に庇われた。
あそこで体当たりを食らっていなかったら、自分が間違いなく死んでいた。

「ちくしょう、ふざけんな……。ふざけんなっ!」

「エド……」

すぐ後ろに安藤の駆ける足音が付いてきているのに安堵して、しかし目尻が熱くなる。

1111消灯ですよ ◆JvezCBil8U:2011/07/25(月) 16:26:24 ID:NxHj/da.0
……相容れないと、そう思った。
自分の命すら駒として、掛け金として、まるでゲームの商品のように雪輝とやらを生き返らせようとする。
情報を得る為に手は組んでも、仲間とは到底思えない――そうだったはずだ。

感情論だ。分かってる。
向こうは庇ったつもりなどおそらくはないだろう。
あの、まったく隙というもののなかった東郷の突然の死。
それに呆けて動けなかった自分。
そのままでは的になるだけだったのを、とっさに地面に引き倒して被弾面積を低下させた。
次に自分がそれをしようとして不幸にも命中した――向こうからしてみればそんな辺りだろう。

偶々自分がそこにいただけだ。

だがそれでも――許せなかった。
自分が、そして達観したような秋瀬或の瞳が、まるでまた会いましょうと、来世を確信しているかのように思えて。

グッと拳を握る。
煮えたぎるような感情が体の中に満ちていて、まともに考える頭が今はない。
だからその悔しさをバネに変えて、今はただ走る。
走って、走って、走って。

――山の中腹あたり、だろうか。
森の中にぽっかと浮かんだ、月辺りに照らされる空間。
水の流れる音だけが唯一響く――川辺だ。
そこまでたどり着いたその時に、膝ががくりと崩れた。

「……ちくしょう……」

倒れた拍子に、地面を殴る。
込み上げてくる何かを力に変えて、何度も、何度も。

繰り返すエドの傍に、少し遅れて追い付いた安藤が静かに近づいた。
痛ましげな目を向けて、今にも泣きたそうな本気の表情で声を絞り出す。

「エドの……せいじゃない。あれは、誰にも防げない。
 運命だったんだ」

苦しみに彩られながら、それでもエドを労わるのが伝わる優しい言葉。
だが、エドはそれを受け付けない。受け入れられない。

「運命、だって?」

視線だけで猛獣すら殺せそうな瞳だった。
そんなものは認められない。認めてはいけない。
運命なんてものに責任を押し付けるのは唯の逃避だと、エドワード・エルリックは知っている。
びくりと安藤が震え、のけぞる。
一歩後ろに足を退き、しかし安藤は踏ん張った。
息を吸い、目と目を合わせ、エドに思い悩んでほしくないとそれだけを伝える意思で以って。

「…………。ああ、俺とおまえだけが助かるって、運命だ」

それを口にした瞬間だった、
安藤が、ゴブリと血を吐いた。

1112消灯ですよ ◆JvezCBil8U:2011/07/25(月) 16:26:54 ID:NxHj/da.0
「…………! アンドウ!」

――肝が冷えた。
またか、またなのか。
自分の手から零れていくものはどれ程多く、守れるものはどれ程少ないというのか。

「……大丈夫だ。あの銃には……一発も当たってないよ」

駆け寄るエドを手で制すると、袖で口元を拭いながら安藤が虚ろな笑みを浮かべる。

「ただ……、ちょっと、無理しただけだ」

元々体調不良を訴えていたのに加えて、弟を喪失した精神的ダメージと滑落による負傷。
加えて目の前での惨劇だ。
一般人も同然の安藤には、あまりにも過酷すぎたのだろう。
けれど安藤は、空っぽであっても笑みを浮かべる。
そんな状態にあってなお自分を気遣う彼の今の心境を推し量ることは、エドには不可能だった。

歯を噛みしめ、言いたかったことをすべて飲み込む。
そのまま音を立てて地面に座り込むと、静寂だけが辺りを満たす。

「お前だけでも……助かってよかった」

呟きですら、やたらに大きく。
……そこは静かで、寒かった。

ぽっかとあいた林冠の隙間からは、禍々しいほどに黄色い月が自己主張をしている。
月蝕は、近い。

「……ごめんな、どうやら診療所まで向かってる余裕は無さそうだ。
 ここからなら、病院の方が近い。そこで簡単な治療でもできないか試してみよう」

立てた予定はあまりにもあっさりと、全て瓦解した。
ただでさえ秋瀬或との邂逅で時間を費やしたのだ。
東郷が死んだ以上、旅館やデパートを調査するには残された人も時も余りにも心許ない。
こうなれば、ぶっつけ本番でCの企みに介入するしかない。

その意見に、安藤も頷いてくれた。
ただ、少しだけエドの思惑とは違った形で、だったが。

「妙な儀式で……この島の全てがおかしなことに使われるかもしれないんだろ?
 そいつを利用できないか?」

「どういう事だ?」

危うい笑いだった。
なにか、そう。
……大切なものを掛け違えてしまったものの見せる笑みだった。
たった今起こったばかりの事が、安藤を決定的に変えてしまったかのようで。

1113消灯ですよ ◆JvezCBil8U:2011/07/25(月) 16:27:35 ID:NxHj/da.0
「……お前の錬金術で、その儀式を逆に……俺達の仲間の蘇生に使ったり、とか。
 東郷さんや秋瀬、潤也……他にも俺たちに協力してくれる仲間を増やすにはそれが一番だ。
 こんなくだらない理不尽な企みで命を落とした人や、大切な人を失った人……、その悔しさや、悲しみを、癒すことだってできる。
 いや、誰かが誰かを殺したこと全てをなかったことにして、水に流すことだってできる!
 賢者の石みたいな増幅器があれば、お前ならできるんじゃないか?」
 
「お前……、自分が何を言ってるのか、分かってるのか?」

「……秋瀬だって、言ってたじゃないか。
 大切な奴を生き返らせる……って。
 その思いや願いは絶対に無駄にしちゃいけない。
 誰かを大切に思う事がいけないだなんて、そんな事は絶対間違ってる。だろ?」

笑っている様にも無表情にも見えるその顔は、月明かりに照らされても口元しか見えない。
どんな目でこんな狂ったことを語っているのか、エドワードは想像したくもなかった。

だから。

「なあ、そんな簡単に生き返らすとか、殺すとか……、そんな風に気易くいっていいことじゃねえんだよ。
 正気に戻れよ、自分がどれだけおかしいこと言ってんのか……ちゃんと気付けよ。
 これまでに俺たちが背負ってきたものを、全部、全部だ!」

有無を言わせず歩み寄り、そして。

「全部投げ捨てる様な事を……言ってんじゃ、ねぇーッ!」

全力で、安藤の横っ面をひっぱたく。
いい音がした。

失ってなおその身に付いたままの、生身の左手で。
相手が病人だなんて、関係ない。
ただ、虚勢を張って強がって、それでももう二度と過たせないために。

茫然と、茫洋と、茫々と。
頬を押さえて安藤がエドワードを見上げている。

……悔しかった。
この少年に、こんな思考をさせてしまうに至った自分の無力さが。
だからこそ、その怒りを全て元凶へ向かう憤怒と変える。

「どいつもこいつも簡単に死にやがったり生き返りやがったり!
 挙句の果てには、お前やアキセたちまで甦らすだの、馬鹿な事をほざきやがる!
 こんなに簡単に人の魂を……弄びやがって!」

1114消灯ですよ ◆JvezCBil8U:2011/07/25(月) 16:27:56 ID:NxHj/da.0
命が、軽い。
命とは……こんなものだったろうか。

「いいか? 返事はいらない! 届かなくたっていい、刻みこんでやる!
 この場所にいる全員にも、雲の上から俺達を眺めて楽しんる奴らにもだ!
 命を……ッ、たった一つしかない命を! かけがえのない、受け継がれてきたものを! 人の尊厳を!
 一体なんだと……思ってやがる……っ!」

           とぅるるるるるるる。

そりゃあ、もちろん。

           たぁん。

「え……?」

こういうものだと思っている。

「……あ、れ?」

世界が、傾く。
尻もちを吐いた。
腹に手を当てる。
ぬるりと、暖かい感触がした。


「エドォォォオオオオオォォォォっ!」


安藤の叫びが、やけに頭に響いた。
痛いほどに。

1115ギャシュリークラムのちびっ子たち ◆JvezCBil8U:2011/07/25(月) 16:28:43 ID:NxHj/da.0
**********


――暗闇に満ちた視界に、一筋の切れ間が走る。
頬が、冷たい。
体の感覚が失せている中で、その冷たさが最初に感じた現世とのよすがだった。

平衡感覚がおかしいと気付いたのは、次第に体に血が巡ってくるのを理解してからだった。
何故頬が冷たいのか。
ずっと地面に触れてれば、熱を吸われるのは道理だろう。
要は自分は地面に突っ伏しているのだと、やっと分かった。

意識して息を吸うと、咳き込んだ。
喉にドロリとした粘性の高い唾が溜まっている。
吐き捨て、痛めないようゆっくりと気道を確保する。

どうやら長いこと倒れていたらしい、立ち眩みを起こさないよう少しずつ四肢を動かして、硬まった体を馴染ませていく。
首を動かすと、頸椎が痛いくらいにごきりと鳴った。

「……づ、……っ」

意を決し、ゆっくりと体を立ち上げていく。
腰から上を起こしたところで静止。
……思ったより視界がぶれる。
落ち着くまでは、このままでいた方がいいだろう。

頭を押さえながら、ようやく周囲の様子を全く伺っていない事に気付き、戦慄。
無防備な自分に呆れ果てる。
辺りを探るも、物音や気配は何処にもない。

……どうやら、自分は一人だけのようだ。
そう、辺りには誰もいない。
たった一人でここにいる。
当然だ。
――仲間はもう、いないのだから。

込み上げてくる何かをこらえ、歯を食いしばる。
今成すべきことは、鋼の意思持て前に進むこと。それだけだ。

最後に覚えている感覚は、腹部への激痛だ。
銃撃してきたのは誰だったかは、あまりに唐突過ぎて確認する暇もなかった。
間違いなくあれのおかげでこんなところで寝る羽目になったのだろう。
放送の後だった事だけは、色々な意味で助かった。

理解できないのは、何故自分が生きているのか。
止めを刺さずに襲撃者が去った。
……何故だ?
考えるも、情報が足りな過ぎて現状では何とも言えない。
そんなことにすら頭が回らないくらい今の自分は思考能力が低下している。
不味い傾向だ、と思う。

とりあえず、ここにこのままじっとしている訳にはいかないだろう。
軽く体を探る。
……腹部に軽く手当てをすれば、どうにか動くだけなら問題ないと判断。
必要な分だけ、必要な事を。

1116ギャシュリークラムのちびっ子たち ◆JvezCBil8U:2011/07/25(月) 16:29:08 ID:NxHj/da.0
向かうべきはと思いを馳せれば、神社だと記憶は告げている。
手短にインターネットで現況を確認すれば、もはやここで出来ることもなく。
ここでどれだけ時間を浪費したのかは、分からない。
ネットを見る限り、C・公明こと趙公明とやらが何かを企んでいるのが見て取れた。
そちらを確認しに行きたいというのが本音ではある。
……けれど、あれから何も連絡を入れていないのだ。
たとえ、もう誰もいないのだとしても、行く義務が自分にはあるだろう。

もし誰かいるならば、色々なことを伝えなくてはいけない。
その一念で体を動かして森の中をひた進む。
幸いなことに神社は近い。
労せずして、そこに辿り着くに至った。

「……これは」

悲劇にして喜劇の、現場に。
全てが終わった夢の痕が転がる中、残されたモノを受け取る影一つ。


――そして彼は、鳴海歩は、思索に沈む。
この場で何が起こったのかを。


**********


やあ、こんにちは。……もうこんばんはになるのかな?
愚弟がここを探っている間、少し話でもしようじゃないか。
ああ、この着ぐるみは気にしないでいい、ただの趣味だよ。

いや待ってくれ、行かないでくれないかな。
私も軟禁されているとこう、退屈なんだ。
何かしていないとどうにも持て余すんだよ。
持て余すのが何か、聞きたそうな顔をしているね。

……そりゃ、残念。
とは言え、君も知りたくはないかい?
何故こんな事態になってしまったのか、裏では何が起きていたのか。
私ならすべて語ることができる。
ふふふ、聞きたくないのなら帰ってもらっても構わな――、

本当に帰らないでくれ。
全くノリが悪いね。人生を少しでも楽しもうとする気概を持たなきゃ。

うん、こうしよう。
君にはここに至るまで起こった出来事のうち、いくつか断片を見てもらおう。
ただし、それは断片だ。起こったことの全てを語る訳ではない。
無論、少し考えれば何が起こったかは十分に分かるはずではあるけどね。
それを考える楽しみ、というのは、中々乙なものだと思わないかな?


**********

1117ギャシュリークラムのちびっ子たち ◆JvezCBil8U:2011/07/25(月) 16:30:10 ID:NxHj/da.0
Fragment Ⅰ -The root-

【A-3/水族館/1日目/午後】

『簡単なことですよ。無い物は――作ってしまえば良いのです。それこそが、我々錬金術師の本分なのですから』

受話器向こうの男の嘯きが、一人の男の耳朶を打つ。

「現実には、お前も鋼の錬金術師も賢者の石の作成には至っていないはずだ……」

――ゴルゴ13、東郷。
彼の投げかけた言葉はしかし、相手を追求するためのものではなかった。
そこに込められた意図は、確かなる道程を確保するためのハーケンだ。
何のためか?

……無論、神とやらを屠るための。

そして――、

【しかし、護衛任務とは己の持つ技能の全てを護衛対象に見られる事である。
 そしてゴルゴ13は己の手の内を知る人間を、決して生かしてはおかない。
 つまり、“護衛対象”の脅威となる外敵が全て排除され、契約自体が無効化されたその時、“護衛対象”はゴルゴ自身の手によって排除される。
 いずれ殺す人間を、全力を持って守る。
 この矛盾に満ちたゴルゴの行為は、あるいは神の調和を覆すためにゴルゴ自身があえて作りだした“破局点なのだろうか。 】

そして、彼自身が彼自身であるための。

『ええ、そうですね。実際に作るには、当然ながら十分な設備が必要です。それと、材料も。
 そして鋼のでは――性格上、賢者の石を作ることは不可能でしょう。
 まあ設備の方は賢者の石が一つ手に入れば楽に造れるのですが』

おあつらえ向きと言わんばかりに、それさえ今は彼の手にある。
これは作為か、偶合か。

……作為だろう。
しかし、賢者の石の作成による状況の打破はエドワード・エルリックには不可能と、ゾルフ・J・キンブリーは断ずる。
果たして、どうしてか?
……大凡の予想はつく。しかし、不確実な情報には頼らない。
話を促す。

『それでまあ、折角ですので、貴方には材料の確保をお願いしたいのです。無論、無理にとは言いませんが……。
 何、こうして私に連絡を取ったということは、貴方も完全な独力での事態の解決が可能だとは考えていないのでしょう?
 それなら、私の依頼は貴方の行動の妨げにはならないと思いますよ』

「……材料とは何だ?」

キンブリーが明々白々に事態を悪化させる人物であるのは承知の上。
しかし、鳴海歩やエドワード・エルリックのような善人とは違い、誰よりも具体的なプラン、そしてその為の何らかの絶対的な根拠を備えているのは確実である。
ならば、選ぶべき道は如何か。
向こうの要望にて、それを決する。

1118ギャシュリークラムのちびっ子たち ◆JvezCBil8U:2011/07/25(月) 16:30:35 ID:NxHj/da.0
『賢者の石の材料は――』

程なく、全ては合点のままに。

『――生きた人間です』

内心、頷く。
エドワード・エルリックの行動に全て説明が出来た。
なるほど、それでは迂闊に動く事は出来まい。

そして、キンブリーが嘘を吐く理由もない。
もともとこちらから持ちかけた交渉だ、それを鑑みれば向こうもこちらとの取引を望んでいるという事だろう。
ならば、取るべきはシンプルだ。
キンブリーとの協調をメインプランとしつつ、スペアとして鋼の錬金術師を確保しておくのが望ましい。

……だが、今となっては大きな枷が一つある。
当初としては鳴海歩とのラインとして大きな価値があったものの、“あれ”はもはや自分の行動を制限するだけのものだ。
鳴海歩から提供された情報分の働きはしたと自負している。
腹話術とやらのリスクも鑑みれば、これ以上の依頼継続は自分に益をもたらしはすまい。
幸い、次の放送時には鳴海歩との邂逅が叶う。
その時点で契約の更新を確認し、十分な対価がなければ依頼を完了させれば良いだろう。

……尤も、だ。
鳴海歩の死亡などで契約の終了を決着できねば、どうするべきか?
いや、それについてはそもそもの契約内容に違わねば、それで良い。

『この、安藤の殺害を試みる何者かが存在する場合、そいつの戦闘手段を始末してくれ』

鳴海歩の依頼内容は、これだけだ。
即ち、相手から戦闘する手段さえ奪えば後はどうなっても構わない。
それ以前に、あれの生死さえ問われていない。
あれは護衛と受け取っていたようだが――、実質、そんなお優しい代物では全くないのだ。

つまり。
つまりだ。

“戦闘を目的としていない何らかの手段で、【結果的に】死亡したとしても契約内容には全く違反しない”のだ。
たとえどれ程、死亡の確率が高くとも。

そしてキンブリーは“生きた人間”を必要としている。
その目的たる“賢者の石の錬成は、誰がどう考えても戦闘のための手段とは言えない”。

新たに別の人間を掻っ攫うよりも、手間も時間もかからない。
一挙両得の解決法がそこにはある。


「――その依頼を引き受けよう」


そしてこの事が、彼の進む道を決定づけた。
ただし――この時点ではまだ、事態は流動的だった。


**********

1119ギャシュリークラムのちびっ子たち ◆JvezCBil8U:2011/07/25(月) 16:31:20 ID:NxHj/da.0
Fragment Ⅱ -The fatality-

【F-5/神社入口/一日目/夜】

LEDの人工的な光が一人の少年の顔を照らし出す。
その顔が青白く染まっているのは、何もその光の色でも不健康さからでもない。
自らの運命が致命的にどうしようもないという絶望。
それがただ明文化されただけでこうも恐ろしいとは思わなかった。
……長くないという事など、分かり切っていたはずなのに。

「DEAD、END……」

石段の一番下に突っ伏したまま、安藤は“その文面”の、最後の一文だけを読み上げた。
読み上げて、しばらくは空を見上げて、動かなかった。

月が掴めそうだと、状況にそぐわないロマンチックな詞が浮かぶ。
そんな事を思っていないと――押し潰されそうだった。

駄目だ、と思う。
もう、どうしようもない。

大切な弟の死に、このままでは駄目だと痛感した。
……許せなかった。
弟を助けるどころか死に目に駆けつけてやれない自分が情けなくて、悔しくて。
今もまた、ただ圧し迫る制限時間に怯えるだけで、短い命を刻一刻とすり減らしていく。
全力を持って事態を打開する、せめて自分の今できる事で皆の助けとなる。
そうしなければ、弟に示しがつかないと思った。

だから、何でもしようと誓った。
偶然とはいえあの2人から少しでも離れたこの期を最大に活かして、禁忌の道具に命を吹き込む。
殺人という名を冠した、否定されるべき、忌むべきものでも躊躇わない。
己の命というリスクなど、とっくに背負っている。
どんな卑劣な手でも、使おうと思ったのに。

なのに、この様だ。

……すぐ傍にいる人間が、敵だと知った故。
そして、その人間を強く知るが故。
絶望の二重螺旋は、ただひたすらに安藤を打ちのめす。

それでも、諦める訳にはいかないのだ。
勇気を出す。
……このまま、みすみす殺される訳にはいかない。
むしろ、こうして知る事が出来たのは唯一といっていい幸運である。
通常、この“殺人日記”による予知では自分自身に関する予知は不可能だ。
だがたった一つだけ、その例外がある。
――DEAD END。
死の直前の状況だけは、自分の周囲が分かるのだ。

1120ギャシュリークラムのちびっ子たち ◆JvezCBil8U:2011/07/25(月) 16:31:42 ID:NxHj/da.0
……あの男が明確な敵である“奴”と手を組んだと判明した今、放置しておくわけにはいかない。
手が、震える。
ガチガチと歯の根が噛み合わず、涙がボロボロ零れてくる。
みっともない。
人殺しという、最低な手段に既に手を染めているのに。
だから絶対に、躊躇いなんて許されないはずなのに。

それでも――無理だった。

ぽろりと、掌から携帯電話が零れ落ちる。

自分は、命を助けてもらったこともある人間を殺そうとしている。
たったそれだけの楔が心に食い込んで、あんまりにも痛かった。

未来に裏切るのは相手だ、と、己を納得させようとする。
けれど、『まだ』彼は裏切ってないじゃないかと、現在の事実が妥協を許さない。

そして、先に裏切る重みに、安藤は耐えられない。
それは人の正しい在り方として、あんまりにも当然のこと。
そうまでして自分が助かる価値はあるのかと、安藤の劣等感は運命の甘受さえ認めつつあった。


そう、この時までは。
この囁きが、耳に届くまでは。


虫が飛ぶような音が聞こえた。
びくりと震え、顔を上げる。
……携帯電話が、振動していた。

のろのろと手を伸ばし、液晶を開いて確認する。
そこには。

「……メール?」

ぱかりと開くと、着信を示すアイコンが点灯している。
特に何も考えず反射で操作し、中身を表示。

「え……?」

記された内容と、送り主の名を見て硬直。

……ああ、この男は。この名前は。

決して、決して許してはならないのだと。妥協してはならないのだと。
この男と、それと手を組むことを選んだかつての同志を葬る事に躊躇をしてはならないのだと。

ただそれだけが、折れた心に浸透していく。
ぽっかりと開いた空洞に入り込んで、代わりの柱となっていく。

触れてはならない場所に踏み込んだ報いを。

1121ギャシュリークラムのちびっ子たち ◆JvezCBil8U:2011/07/25(月) 16:32:06 ID:NxHj/da.0
――カチャカチャと。
まるで、雑然としていたパズルが4隅を見つけた途端一気に組み上がっていくように。
思考そのものが一気に整然としていくのを感じ取る。

それは飛躍。それは超越。
あるいは、覚醒という陳腐な表現を使ってもいいかもしれない。

何か大切なものが終わり、そして何か恐ろしいものが始まったのだと、自覚する。

やらねばならない事は、シンプルだ。
その為に考えろ考えろ、マクガイバー。
ヒーローは悪を許さない、子供だって知っているとてもシンプルな絶対の真理。

神殺しの刃が、血に浸って錆びていく。
……否。
血を吸い練り込み、魔剣と化す。


実に頭の中がクリアだ。
爽快ささえ感じる。
まるで因果そのものを俯瞰しているかのようだ。

無表情で、高速に携帯電話を打鍵する。
手っ取り早い自己保存の手段は即ち、裏切り者の始末。
つい数十秒前まであれほど重く、動かなかった指先は軽快にリズミカルに。
一切合財の躊躇いなく、蛇口を捻って水を出すこと並みにあっさりと。

あの殺し屋への、完璧なる殺害計画書が提示された。

……だが。

「駄目みたい、だな」

それでもDEAD ENDは変わらない。
裏切り者は始末する。裏で手を組んでいるはずの錬金術師と邂逅する未来はない。
なのに、だ。

何故か?

『安藤――は正体不明の襲撃者に心臓を狙撃され、死亡する。DEAD END』

……一応、あの男はボディガードとしての役割を果たすつもりではあったようだ。
おそらく、裏切りに気付かない振りをしていればこの謎の襲撃者とやらからは本来は身を守ってくれたのだろう。

ボディガードを始末しても、始末しなくても訪れる不可避の死。
正体不明の何物かが自分たちをこれから襲撃するという、暗澹たる未来。
八方塞がり、どん詰まりの四面楚歌だ。
本来なら、回避したと思った未来が結局手詰まりであったことに打ちひしがれるべき状況。
だと、いうのに。

「…………」

顔色一つ変えず、安藤は淡々と打鍵を再開する。
頭の回転が速くなったのは、何かをごっそりと落っことしたからなのかもしれない。
そんな事を心の片隅で思う。

1122ギャシュリークラムのちびっ子たち ◆JvezCBil8U:2011/07/25(月) 16:33:11 ID:NxHj/da.0
次に試したのは、あの錬金術師の殺害計画だ。
が。

『安藤――は趙公明の攻撃による全身圧壊で死亡する。DEAD END』

「…………」

どういう事だ、と疑問に思うが、答えはきっとシンプルだ。
あの錬金術師と趙公明――神の一派は、手を組んでいる。
ぞくりと、体が震えた。

……繋がった。
なるほど、あの掲示板への書き込みやボディーガードの裏切りの理由、全てに合点がいった。
神に繋がる直接的なラインが存在したのだ。絶対的な後ろ盾が、存在するのだ。
一気に、視界が広がった気がした。
これだ。
これを追っていけば、全てを解決することが出来る。
……そんな錯覚さえ、抱く。

だが駄目だ、まだ自分の死は回避できていない。
この運命を覆さなければ、この情報も全て無駄になる。

目が、血走った。ギラギラと輝きを増す。

戦力を整えていない状態でのキンブリー一派との接触は駄目だ。
殺人日記に『一人しか殺害対象に指定できない』という制限がある以上、同時に多人数を相手にするのは詰みとなる。
現状であの錬金術師には最低でも趙公明と裏切り者という二人が付いている以上、各個撃破せねばならないのだ。

即ち、裏切り者があの錬金術士と直接接触する前に、始末をつけねばならない。
だが、そのままでは正体不明の襲撃者とやらから身を守る術がない。

どうする?
……どうする?

この夜闇の中、精確に心臓を貫く狙撃の腕前。
この謎の襲撃者とやらは、どうやら相当腕が立つと推測できる。
殺人日記でこの襲撃者の始末が出来ればいいのだが――、
肝心要の名前が分からない。

ならば、と名簿を引っ張り出して片っ端から殺人計画を立てようと考える。
もう残り人数は少ない。生存者に総当たりすれば確実に未来が変わるはずだ。
変えられたはずだ。

……しかし。
支給品一式を失った今、それを叶えることはできない。

怯えに呑み込まれそうなのを、ぐっとこらえる。

考えろ考えろマクガイバー。

1123ギャシュリークラムのちびっ子たち ◆JvezCBil8U:2011/07/25(月) 16:33:55 ID:NxHj/da.0
そうだ、足掻け。
出来る全ての試みを尽くし、決して最後まで諦めるな。
未来の情報は少しずつでも、確実に手に入れている。
それは自分だけの、エドワード・エルリックや鳴海歩でさえ手に入らない大いなる武器だ。
掻き集められるもの全てひとしなみに掻き集めろ。
偽名と分かっている関口伊万里以外の、知っている生存者全てについて殺害を試みる。
たとえそれが、己を仲間と呼んだ人物であっても。

実際に殺す訳ではない。
ただ、仮に殺すことになった場合、どんな状況であるのか。
その上で自分が死んだ時、どんな環境に置かれているのか。
それを調べる、ただそれだけだ。


そして、事態は動きだす。
ある人物の名前を指定した時、殺人日記が吐き出した情報が。

エドワード・エルリックでもリン・ヤオでも我妻由乃でも秋瀬或でも、誰を指定しても未来は変わらない。
あの男に裏切られて錬金術師に殺される、DEAD ENDの文字の前にはいつもそれだけが浮かんでいる。
けれど、けれど。
たった一人だけ、ノイズと共に文面が変わった。
死の運命は覆らない。けれど――、


『安藤――は仲間と共に麻酔銃で動きを封じられ、カノン・ヒルベルトに銃殺される。DEAD END』


「……カノン・ヒルベルト」


かすれた声で、その名前を読み上げる。
これまで予知した未来で全く関与しなかった、新たなる登場人物が、今ここに。

そして、その死がカノン・ヒルベルトを舞台に上がらせる為の鍵となる、最重要の登場人物は。

「鳴海、歩……」

思い出す。
それは、鳴海歩が名乗った偽名のひとつ。
何故だ?
何故、そんなものがここに来て浮上する?

このことから推測できる事は、2つ。
カノン・ヒルベルトという人物は、鳴海歩の知己である。
彼の事情に深く踏み込んだ人物なら、おそらくは――ブレード・チルドレンとやらの関係者か。
鳴海歩が語ったブレード・チルドレンそのものであるなら、なるほど、危険な存在であっても不思議ではない。

そして、だ。
鳴海歩が死んだ途端に姿を現すという事は。
この人物が、どこかからか自分達を――或いは、鳴海歩を監視しているのだ。
きっと、今もまさに。

1124ギャシュリークラムのちびっ子たち ◆JvezCBil8U:2011/07/25(月) 16:34:24 ID:NxHj/da.0
唾を呑み込む。

鳴海歩の構図の話が本当なら、絶対に殺せないはずの鳴海歩を殺した場合、興味を持って接触してくるのは道理ではある。

そして。
残り人数が少なくなってきた中で、自分たちか鳴海歩か――おそらく後者――を悠長に監視している参加者がそう何人もいるとは思えない。
十中八九、狙撃で自分を殺す謎の襲撃者とやらはこの人物だろう。
自分達と鳴海歩は、もうすぐ合流する。監視されているのがどちらであろうと、関係ない。
その上でボディガードを始末した場合、残る自分が消されるという寸法だ。

……口の端が、上がるのを自覚した。
名前さえ分かれば後は怖くない。
カノン・ヒルベルトの殺害計画を――、

そこまで考え、しかしふと思い止まる。

……駄目だ。
あのボディガードやカノンの始末だけなら簡単だ。殺人日記の殺害計画を頼りにすればいい。
だが、それではエドワードの信頼は勝ち取れない。
自分がエドワードに疑われることがあってはならない。
何故なら、エドワードに全く咎めるところはないからだ。
そして、その力は自分にはない、代わりのないものなのである。

事態の打破が見えたところで、ようやく周囲の事まで気を配る余裕が出てきた、と苦笑する。
……ただ、その場その場を乗り切ればいいというものではない。

そして、気を配るのはエドワードだけではない。鳴海歩も同様だ。
このまま鳴海歩と呑気に合流する訳にもいかないだろう、どうにかして彼の行動を妨害する必要がある。
ただし連絡手段が今はない。
ならば、どうする?

もっともっと自然な形でこの状況をどうにかせねば。
そして、自分がそこに関与していることを、悟られてはならない。
もっと言うなら、殺人日記の使用さえ見られてはならないのだ。
アドリブでの計画の変更は許されない。
偶然ではあるがようやく手に入れた、誰からも邪魔の入らない単独行動、それが今だ。
だからこそ、この機で始まりから終わりまでを見通さなくては。
あまり遅くまで時間をかけては、上のエドワードたちも様子を見に来るだろう。
全てを迅速に練り上げる。

考えろ、考えろ、考えろ。
考える、考える、考える。

……そして、閃いた。
そう、まさしく古典的な漫画のように、電球の灯りを灯すように一瞬で。

1125ギャシュリークラムのちびっ子たち ◆JvezCBil8U:2011/07/25(月) 16:34:47 ID:NxHj/da.0
そうだ、何も二人ともを始末する必要はない。
むしろ利用してやればいいのだ。戦力は限られている。有効に使えるならそれが一番だ。

殺害対象にカノン・ヒルベルトを指定。
――鳴海歩を交えた邂逅から、交渉による戦闘の回避。
そしてその後に、単独での呼び出しから殺害までの、一挙手一投足が事細かに表示される。
だが、その大部分はどうでもいい情報だ。
肝心なのはほんの一部分――呼び出し、ただそれだけ。

そこには、未来にて最初の邂逅で得るはずの、簡潔なメールアドレスが表示されている。

――ある世界、ある一点で、天野雪輝が未来から銀行の金庫の暗証番号を拾ってきたように。
安藤はカノン・ヒルベルトのメールアドレスについてそれを行った。

さて。
カノン・ヒルベルトは麻酔銃を持っているらしい。
鳴海歩には死んでほしくない、しかしこのまま合流してもらうのも少々不味い。
ならば、最初に依頼したいことは1つだ。

カノン・ヒルベルトが思った通りに動いてくれるかどうかが心配だ、と思ったが、大した問題でもない。
手先で携帯電話を操作し、対象をあの男へと再度戻す。
そこには、カノン・ヒルベルトも交えた上での新たなる殺害計画書が事細かに記されていた。
なにせ、『完全なる殺害計画書』だ。共犯者とどう交渉すべきかさえ、しっかりと記載してくれている。

熟読する。
……エドワードと合流する以上、これからしばらく殺人日記を確認することはできない。
後はぶっつけ本番だ。

煌々たる月明かりの下――、

安藤はそして、送信ボタンを静かに押した。
指先は震えながら、しかし淀みは全くなく。


たったひとつの冴えたやりかた、と信じたら、何があろうと貫き通す。
ありとあらゆる現実を踏み越え、傷つき、軋もうと、一歩一歩を踏みしめて。
この道の先の困難を知っていても、それでもいつか、望む先へと手を届けよう、と。


**********

1126ギャシュリークラムのちびっ子たち ◆JvezCBil8U:2011/07/25(月) 16:35:06 ID:NxHj/da.0
Fragment Ⅲ -The downfall-

【F-5/研究所/1日目/夜】


硬質な反響音と蛍光灯の白光が、その空間を定義する。
カツカツ、コツコツ、カツ、コツコツ。
人工的で精緻な建造物の暗がりは、誰か通れば勝手に気ままに姿消す。

――浮かび上がる影一つ、病的にさえ思わせる青白さで照らし出される。

「……さて。これで侵入できる場所は――全て確認できたかな」

かつてのカノン・ヒルベルトの残骸は、ふ、と人の好きそうな笑みを掲げて独りごちた。
この研究所の地理、構造、そして設備については、ほぼ把握したと言っても良いだろう。
いざとなれば籠城にさえ使えるかもしれない。
とはいえ、手元にある研究棟のカードキーで入れる領域に限ってではあるのだが。

「一番の収穫はこれ、かな?」

手元に持った一枚のペラ紙を弾くと、虚ろな笑みを強くする。
それはいつか秋瀬或が島中にばら蒔いたFAXであり、即ち、この殺人機械がインターネットという凶器に接触してしまった事への証左であった。

――殺人機械は情報の海に接触し得た知識を反芻し、必要な情報のみを抽出する。
Blogから得た鳴海歩のスタンスや掲示板の管理人と思われる結崎ひよのの事などを解析しつつ、しかし最優先とした知識はそのどちらでもない。
“探偵日記”を名乗るものにより得た、携帯電話の有用性だ。

拍子抜けするほど簡単に見つかった銀色のそれは、現在カノンの胸ポケットで沈黙を守りながらも確かに鎮座している。

「なるほどね。こんなものがあったなら、集団行動のメリットは薄いか……。
 歩君があの死にかけとだけ行動を共にしていた理由が分かったよ。
 ……集団自体が形成されないなら僕自身が集団を内部崩壊させるプランは修正する必要があるね」

口調だけは嫌々そうだ。が、しかし声色も表情も、まったくもって平坦なもの。
薄ら笑いのままに、無垢ささえ伴って首を傾げる殺人機械。

「さて、どうする?」

その時だった。
“未だ誰も番号どころか存在さえ知らないはずの”その胸の携帯電話が振動した瞬間は。


**********

1127ギャシュリークラムのちびっ子たち ◆JvezCBil8U:2011/07/25(月) 16:35:47 ID:NxHj/da.0
Fragment Ⅳ -The legacy-

【F-5/神社/1日目/夜】


探偵、秋瀬或は最後まで己であり続ける。

動かない体で這いずりながら、漸進する。
顎に食らった一発は平衡感覚をかき乱し、一歩の距離がまるで千里の砂漠のようだ。
明滅する視界は切れかけた電球のように次第に弱々しく灯りを落としていく。
躙る。
躙る。
……躙る。
手を伸ばし届いたモノを引き寄せ確認する。
安堵。

……取り落としたこのメモ帳は被弾もしていないし、血に濡れてもいない。
これを使えば、受け取るべきものへと繋げるはずだ。

気になるのは、と脳内で前置きし、思索する。

攻撃が正確すぎたこと。

東郷の訳の分からない叫びはこの際置いておく。
理屈の分からない事を考えるのには残された時間はあまりに少ない。
ただ、とにかく、あれが攻撃の合図だったのは間違いないだろう。

……しかし、だ。
窓さえ完全に目張りし、外部からは内部の状態が把握できないこの社務所の壁越しに、どうやって正確な銃撃が可能だったのだ?

何らかの手段――そう、たとえば首輪探知機の様なものがあったとして、それで場所を把握した?
否だ。
だとするなら、あまりにもタイミングが良過ぎる。
ならばそもそも、東郷の叫びと言う合図すら必要ないのだ。
偶然の一致と片付けるには余りにも馬鹿馬鹿しい。
……目張りをした以上は、この建物に自分たちがいる事は夜闇の中ではまず分からない。
そして、ここに入る時にも誰かに見つかるようなヘマはしなかった。
自分が一人外に出た時もまた同じくだ。
となると、自分とエドワードが交渉をしていた最中に、襲撃者は確信に基づいてここに近づいたことになる。
自分たちがここにいるという、確信を。

更に言うなら、襲撃者の攻撃手段がそもそもおかしいのだ。
壁越しの銃撃、などというこちらの正確な所在を知った上でもまともに命中するかも分からない方法だ。
そんな事をするよりもこの社務所の入口の見える位置に陣取って、こちらが出てきた時に攻撃を加えればいい。逃げ道をほぼ塞ぐことができる。
にもかかわらず、襲撃者は確信を以ってこちらを攻撃したのだ。
自分たちがここにいるという、確信を。

1128ギャシュリークラムのちびっ子たち ◆JvezCBil8U:2011/07/25(月) 16:36:25 ID:NxHj/da.0
……確信とは、どういうものか。
それは、絶対に正しい情報があるからこそ成り立つものだ。

絶対に正しい情報とは、何か?
“必ず実現する”情報を手に入れる手段を、秋瀬或は知っている。
この島に生き残っている、誰よりも。

……この襲撃を実行するには、“内部の状況を把握できる”何某かが外の誰かに合図する必要がある。
そして、襲撃者が壁越しの銃撃などという胡乱な攻撃手段をとったのは、『それしかできなかった』からしか考えられない。
何故、壁越しの銃撃しかできなかったのか?
単純だ。
“それしか与えられた情報がなかった”からだ。
……正確な情報をすべて伝えれば、“自分ごと殲滅される”可能性もある。
しかしこの手段ならば、“襲撃者と何某かが互いに顔を知られることなく”事を済ませることができる。
お互いのリスクを低減した上で、メリットを共有することが可能なのだ。

自分を消した理由は――おそらく、こうした推測が可能だからだろう。
手引きをしたという事実を特定される訳にはいかないからこそ、ついでとばかりに葬ったのだ。

――これができる人物は、そしてそれを可能とする手段は。

……頭が、ぼんやりと霞がかってくる。

伝えねばならない。

伝えねば。


伝えねば――、


そして、出来れば。
自分の愛する者が、幸福な人生を再度送れるよう――取り計らってもらいたい。
それだけが心に残る最後の、


**********


さて、こんなところかな。
後は君たちのお察しの通りだ。
私の暇つぶしに付き合ってくれてありがとう。

全ての種は放送の前に全て撒かれていたという事さ。
破綻は必然だった。
こういう形でなくとも、いずれは……ね。

ほら、そろそろ現在も動き出す頃合だ。
知りたいのだろう? 果たして、彼らは今どうなっているのかをね。
行ってきたまえ、そして見届けるといい。

ああ、また私の暇つぶしに付き合いたいと思ったなら、いつでも来てほしいな。
歓迎するよ。


**********

1129この病は死に至らず ◆JvezCBil8U:2011/07/25(月) 16:37:11 ID:NxHj/da.0
座り込んでいることさえできなかった。
力が入らず、勢いよく上半身が地面に倒れ込む。
エドワードの体から抜け出ていくのは、きっと、目に見えるものだけではない。

薄れていく意識の中で、安藤が何かを言いながら駆け寄ってくるのが見えた。
心配するな、と言おうとして、胃の奥からこみ上げてきた血がごぼりと口から洩れる。

「やべぇな……、死ぬかも」

そんな呟きすら、溢れる血は許さなかった。
体そのものが冷えていく。
痛みさえいつの間にか消えていた。

色々なものが眼前をよぎっていく。
昔の記憶、今の記憶。
ずっと隣を歩いていた弟。
取り戻したかった母。如何とも形容しがたい、父。
師匠からの虐待の日々や、旅の中で出会った人々。
敵として戦った人も、人でなくとも人らしかったものも、己の中にしっかりといる。
遡る時間の中には、特に忘れがたい思い出が焼き付いている。
禁忌の日。燃え盛る家。決意の朝。
踏み出した足と手は鋼に包まれていた。

虚ろな目で、視線を動かす。
……ああ、そうだ。
この足と手で、ずっとこの道を歩んできた。
この足と手が、ずっとこの背を支えてくれた。

金色の髪が、目の前でなびいた気がした。
その笑顔を救わなければならない。

終わる訳にはいかないと、酩酊する頭でそれだけを形を確かにする。
けれどこのままでは助かるまい。
きっとこの体の死は免れ得まい。

さあ、どうするエドワード・エルリック。

損傷した肉体というハードが、まともな思考を許してくれない。
……だが、それがどうした?
答えは既に己の内にある。

この島は、ありとあらゆる物質的なモノと数多の魂で編み上げられた巨大な錬成陣だ。
安藤はそこに、三次元の座標という新たな視点を組み込んでくれた。

……だが、本当にこの錬成陣はそれだけか?
形あるものに、囚われ過ぎていたのではないか?

錬成陣の本質とは、情報の配置だ。
何処に何があるか、それを以って意味を形作る事でこの世の真理を教え説いているものだ。

……ならば。
形など、物質的な場所など、それに代わる媒体があれば、意味をなさないのではないか。
覚束ない手で、ゆっくりと懐に手を入れ、取り出す。
大丈夫だ。
幸いこれは、壊れていない。
携帯電話を手にエドワードは、咳き込まぬようゆっくりと息を吐く。

1130この病は死に至らず ◆JvezCBil8U:2011/07/25(月) 16:37:46 ID:NxHj/da.0
思い当って然るべきだった。
情報だけで構築された、情報の為のネットワーク。
……それは、物質を描いて作った錬成陣などよりも遥かに純度も密度も高い錬成陣となりえるのではないか。
参加者達の使用する掲示板やら何やらは全てカモフラージュだ。
本当に必要なのは、高密度の情報体そのもの。
インターネットこそ、この島の文字通りのライフライン。

アルフォンスは血を媒介にした錬成陣で魂を鉄の鎧に定着させることで、現世に居続けることが出来た。
携帯電話、そしてパソコン。自らの知らない鉄の技術。
それを応用して、この島のネットワークに魂を定着させることはできるだろうか?

……代価として、“扉”を開ける。
肉体など、いくら持っていかれてもかまわない。
元々首輪を外す手段として試みるつもりでいたのだ。
これを機に試してみるのは――悪くない、と思う。

それに、仮に、の話ではあるが。
もし誰かが錬金術を行使してくれれば、またこの体を持って戻ってくることが出来るかもしれない。

のろのろと両手を動かし、パン、と打ち鳴らす。
鋼の手と肉の手、二つが一つになり、ゆっくりと離れて行った。

そのまま両手は、携帯電話に。


――押し当てる。


光に融けていくのが、最後の感覚だった。


【エドワード・エルリック@鋼の錬金術師 消息不明】


**********


現場検証を始めてすぐ、鳴海歩はそれに気付く。

「……これは」

東郷の死体のすぐ傍に転がっていた、もう一つの死体。
年端もいかない少年のそれは、見覚えのあるものを握っていた。

「コピー日記……。なんで、これが?」

我妻由乃との邂逅で失ったはずのコピー日記。
それを、この少年が持っているのは、どうしてか。

「……やられた、か?」

無論、あの時学校に置いてきたのをたまたまこの少年が回収したのだろうと考えることもできる。
勿論そんな偶然を信じるつもりはない。
何故なら、コピー日記は一見単なる携帯電話にしか見えない。
当然、この道具の真の価値を知っている者だからこそ、あのどさくさに紛れて持って行ったと考えるべきか。

1131この病は死に至らず ◆JvezCBil8U:2011/07/25(月) 16:38:17 ID:NxHj/da.0
そうなると、だ。

「こいつが秋瀬或……か」

あの場にいたはずの関係者で、雪輝でも由乃でもないなら、それしか考えられないだろう。
放送の情報があてにならないというのは、掲示板にも書かれている。
あるいは何らかの手段で自分達を誤魔化して、死んだことにしたのかもしれない。
いずれにせよ、この少年はずっとこそこそ裏で動いていたのだ、きっと。

電話越しのやり取りを思い出す。
……警戒すべき相手だし、実際に言葉という矛を交えたこともある。
だが――嫌いにはなれなかった。

「…………」

黙祷を捧げる。
今できるのは、後はこの少年の遺志を継ぐこと。それくらいだ。

そして、東郷。
この男もまた、最後まで実直に在り続けたのだろう。
……まさか死ぬなどとは思えなかった。
理性ではなく感情の面で、想像が出来なかったのだ。

「……あんたが死ぬなんて、一体何があったんだ?」

目を閉じ、やはり同じようにする。
目的のために手段を選ばない男だった。
善でもなく、悪でもなく、ただ自分であろうとする存在。
……ある意味、自分が見てきた中で一番完成された人間だったのかもしれない。
だからこそその力を頼り、危険性を封じる為に、安藤と同行させたのだが。

……そう、安藤だ。安藤が、ここにはいない。
そのことにうすら寒いものを感じる。

彼の安否はどうなったか。それとも、彼自身がこれを引き起こしたのか。
物言わぬ躯と語らうことで、その片鱗でも拾えればいいのだが。

東郷の死体を見やる。
あんまりにも綺麗に、脳天が撃ち抜かれている。
だが、状況があまりに不自然だ。抵抗の様子が全く見られない。

この狭い部屋の中で、この男が何もできずこうまで圧倒された?
……有り得ない。これほど用心深い偉丈夫が、室内戦で後れを取るはずがない。
何らかの理由で全く抵抗が出来なかったと考える方が妥当だ。

……そう。
例えば、相手の意識を完全に奪う異能の様な。

しかし、しかしだ。
東郷の死因は、間違いなくこの銃痕だ。
そして自分の知る限り、あの能力はこの口径の銃と同時に扱う事は不可能なはずだ。
と、なると――最低でも一人、共犯者がいることになる。
思い当るのは、やはり先刻の狙撃手だ。

1132この病は死に至らず ◆JvezCBil8U:2011/07/25(月) 16:38:45 ID:NxHj/da.0
「…………」

知人を疑う自分に、嫌気がさす。
だが、思考を止めることはしない。
それが自分に出来ることだと知っている。

たったひとつの冴えたやりかた、などと、何かを妄信するつもりはない。
ありとあらゆる可能性を試し、足掻き、藻掻き、進んで退いてを繰り返し。
この道の先を知らぬ人間でも、それでもいつか、どこかに手が届くのだ、と。

――それが鳴海歩なのだから。

頭を振り、検証を続ける。
まだ、あの少年が犯人だと決まった訳ではない。

……しかしだ。
やはりこの室内は綺麗すぎる。
秋瀬或と、東郷。最低二人はいたはずなのに、どちらか一方すら犯人と争った形跡がないのはやはり妙だ。

「…………?」

視線の先に、弾痕が止まる。
壁にぽっかと開いたそれは、一見流れ弾による産物のようにも見える。
が。

「……血液の飛び散り方と、射線軸が一致するな」

――壁越しに攻撃した、とでもいうのか?

馬鹿な、と自分の考えを否定する。
完全な盲射ではないか、と。
謎の狙撃手の仕業だとしても馬鹿馬鹿しい。

……だが、もしそうなら東郷さえ手も足も出なかった理由に説明がつく。
流石に壁越しに正確な攻撃を脳天に食らう、などというのは想像すらできないだろう。

異能による意識の喪失と、壁越しの奇襲。
これらが同時に発生したならば、流石の東郷でもどうにもなるまい。

……もし、壁越しに攻撃したとして。
予めそこに撃ち込めばこの結果がもたらされると確信していたが如く、
こうも正確に脳天を撃ち抜く――その手段はなんだ?

「…………」

結論ありきで考えている。それは分かっている。
――誰かに意識を誘導されているのかもしれない。
踊るのは慣れている。……この感覚は、身に染みている。
だが、それでも。自分にはこれしかないのだ。

大きく、ゆっくりと、時間をかけて溜息を。
酸素を取り込み、掻き乱された頭を整調する。

1133この病は死に至らず ◆JvezCBil8U:2011/07/25(月) 16:39:07 ID:NxHj/da.0
時間が惜しい。
一つの疑問点にかかずらってはいられない。

東郷の躯から、秋瀬或と思しき死体にまた視線を戻す。

「ん……?」

よくよく見ると、握っているモノはコピー日記だけではない。
もう片方の手には、メモ帳が握られていた。
それもわざわざ、自分の血に濡れないように。

「これは……」

――感嘆する。
そこには数々の、秋瀬或の得た情報や、そこから導いた考察が詰まっていた。
特に最後の方には、錬金術とその視点から見たこの島について詳しく書かれている。
エドワード・エルリックより聴取、と、小さく脇に記されていた。
几帳面なことに、この情報を聞いた時刻までしっかりと。

「エドワード・エルリック……か」

……この男は、何処にいる?
記された時間からして、まだ遠くには行っていないはずだ。
この惨劇が発生してからの時間は、きっと思うより遅くない。
おそらくは東郷や、安藤とも共にいたはず。

「探してみる価値は……あるな」

書かれている内容は錬金術を不完全とはいえ齧った自分には興味深いものばかりだが、
後で読み返すことにして一旦置いておく。

……自分の兄の名前が記されていたことも、今は保留だ。

懐に手帳をしまい、次に手を伸ばしたのはコピー日記だ。
これもまた、血に濡れないように気遣われていた。

「……懇切丁寧だな」

苦笑する。
……この男は、そういう男だ。
僅かなやり取りではあったが、十分に理解させられた。
もしかしたら最初から自分に遺すつもりでこうしていたのかもしれない。
神社で合流というのは、おそらく東郷達から聞いていたのだろうから。

「……っと」

ひらりと、二つ折りのコピー日記の隙間から紙が零れ落ちる。

「なんだ……?」

畳まれたそれを開いてみる。
――名簿だった。
一部の名前が赤に染まった、名簿。

「……っ!」

1134この病は死に至らず ◆JvezCBil8U:2011/07/25(月) 16:39:36 ID:NxHj/da.0
不自然なことではない。名簿に記された死人の名前は、赤く染まる。
だが、その中で一つだけ。
染まった方法が、明らかに違うものがあった。

「安藤……!?」

その名前が、真っ赤に染まっている。
この名簿の機能ではない、秋瀬或自身の、血によって。

――秋瀬或は、探偵だ。
こんな名簿をわざわざ、コピー日記に挟んでおいた、その意図は。

歩の中で、何かがカチリと填まる。
そう、コピー日記だ。
あの秋瀬或が、単に自分が秋瀬或だと自分に伝える為だけに、こんな回りくどいことをした?
否だ。

待て。
待て、待て。自分は先ほど何と考えた?

『予めそこに撃ち込めばこの結果がもたらされると確信していたが如く、
 こうも正確に脳天を撃ち抜く――その手段はなんだ?』

――そうか、と歩はしっかりと、秋瀬或のバトンを受け取った。


「未来日記。……安藤、お前は」


【ゴルゴ13@ゴルゴ13 死亡】
【秋瀬或@未来日記 死亡】

【F-5/神社/1日目/夜中】

【鳴海歩@スパイラル〜推理の絆〜】
[状態]:疲労(中)、腹部裂傷(小)、貧血、左肩に深い刺創(応急手当済み)、両腕に複数の裂傷
[服装]:上半身裸
[装備]:秋瀬或のメモ帳、小型キルリアン振動機“チェシャキャット”(バッテリー残量100%)@うしおととら、コピー日記@未来日記、風火輪@封神演義
[道具]:支給品一式×3、医療棟カードキー、破魔矢×1、社務所の売り物(詳細不明)×0〜3、錬丹術関連の書籍、
    手錠@現実×2、警棒@現実×2、警察車両のキー 、詳細不明調達品(警察署)×0〜2(治癒効果はない)、
    No.11ラズロのコイン@トライガン・マキシマム、居合番長の刀@金剛番長、月臣学園男子制服(濡れ+血染め)、雪輝日記@未来日記
[思考]
基本:主催者と戦い、殺し合いを止める。
0:未来日記を得た安藤と狙撃手の協調への強い疑い。
1:放送の内容やネット情報、秋瀬或のメモについて考察したい。
2:競技場に向かい、趙公明の動向を探る。並行してエドワード・エルリックの捜索。
3:結崎ひよのに連絡を取り、今後の相談をしたい。
4:島内ネットを用いて情報収集。
5:首輪を外す手段を探しつつ、殺し合いに乗っていない仲間を集める。
6:カノン・ヒルベルトの動向には警戒。
7:『砂漠の星の兄弟(姉妹?)』に留意。
8:『うしおととら』と、彼らへの言伝について考える。
9:神社の本殿の封印が気になる。

1135この病は死に至らず ◆JvezCBil8U:2011/07/25(月) 16:40:02 ID:NxHj/da.0
[備考]
※第66話終了後からの参戦です。自分が清隆のクローンであるという仮説に至っています。
 また時系列上、結崎ひよのが清隆の最後の一手である可能性にも思い至っています。
※主催者側に鳴海清隆がいる確信を得ました。
 また、主催者側にアイズ・ラザフォードがいる可能性に気付きました。
※会場内での言語疎通の謎についての知識を得ました。
※錬金術や鋼の錬金術師及びONE PIECEの世界についての概要を聞きましたが、情報源となった人物については情報を得られていません。
※錬丹術(及び錬金術)についてある程度の知識を得ました。
※安藤の交友関係について知識を得ました。また、腹話術について正確な能力を把握しました。
※未来日記について、11人+1組の所有者同士で殺し合いが行われた事、未来日記が主観情報を反映する事、
 未来日記の破壊が死に繋がる事、未来日記に示される未来が可変である事を知りました。
※考察に関しては、第91話【盤上の駒】を参照。
※秋瀬或のメモ帳には、或が収集した情報とエドワードの錬金術についての知見、それらに基づく考察が記されています。



※神社の石段手前に中型トラックが停められています。
※ゴルゴ13の死体はブラックジャックのメス(8/10)@ブラックジャック、ジャスタウェイ(4/5)@銀魂、携帯電話(白)を身につけています。
※秋瀬或の死体はクリマ・タクト@ONE PIECE、ニューナンブM60(4/5)@現実を身につけています。
※ゴルゴ13の死体の傍にデイパック(支給品一式、賢者の石@鋼の錬金術師、包丁、不明支給品×1(武器ではない)、熱湯入りの魔法瓶×2、ロープ
 携帯電話(黒)、安物の折り畳み式双眼鏡、腕時計、ライターなどの小物、キンブリーの電話番号が書かれたメモ用紙)が落ちています。
※秋瀬或の死体の傍にデイパック(支給品一式、各種医療品、 天野雪輝と我妻由乃の思い出の写真、ニューナンブM60(5/5)@現実、.38スペシャル弾@現実×20、
 警棒@現実×2、手錠@現実×2、携帯電話、A3サイズの偽杜綱モンタージュポスター×10、A3サイズのレガートモンタージュポスター×10
 永久指針(エターナルポース)@ONE PIECE)が落ちています。


**********


目の前で、エドワードが撃たれた。
たったそれだけで、安藤は混乱の極みに陥った。

何故?
どうして?
誰が?
何処から?

今すぐここから逃げる、という選択肢さえ、考える余裕はなかった。

こんな筈ではない。
こんなの予定にない。

妄信は依存を生み、依存は安寧を育てる。
然らば、依存を失った安寧は淪落するが道理というものだ。

「そんなっ! なんで……!?
 駄目だ、こんなの駄目だ! エド、エド!」

半狂乱。
かろうじて理性がアトラスのように自我を支えているだけで、安藤は己の体調をも顧みずエドワードに縋りつく。
捨て去ったと思っていた罪悪感はちっともそんなことなく整然と心に積み上げられていて、あたかも図書館の本棚の如く自分の周りに聳え立っている。
……ただ整理をつけて、動き回るのに支障はないようにしただけ。
どこまで行っても安藤は、その心は、どこにでもいる普通の人のものなのだから。

1136この病は死に至らず ◆JvezCBil8U:2011/07/25(月) 16:40:24 ID:NxHj/da.0
「エド、駄目だ! あんなこと言っといて死ぬなよ!
 お前……っ、ウィンリィさんを守るんだろ! 救うんだろ!?
 俺とおんなじで、弟がいなくなって、辛いんだろ?
 だったら駄目だ! ちゃんと最後まで生き抜いて、あいつを――死んだあいつらを救わなきゃ!」

喚き散らす。
涙と鼻水と血が顔面をぐちゃぐちゃに汚し、ついた膝は泥塗れ。
尊厳とか誇りとか、そんなものとはこの世で一番程遠い姿である。
実に惨めったらしい。

けれど、エドワードはそんなことはお構いなしで。
目の前でごそごそ何かを取り出すと。

「……エ、ド?」

呼び掛けは虚空へ。
エドワードは自分を見てなどいないのだと、脳漿に氷柱をぶっ刺されたように急速に理解した。
これ以上一人相撲を続けることはできず、けれどこのまま黙って何もしない訳にもいかず。

硬直した僅かな間のその隙に、安藤の出来ることは全て終わっていた。

唐突にまばゆい光が目の前で起こり、焼かれないよう一瞬目を閉じる。
とっさに掲げた腕がその動きを止める頃には、事態はとっくに終わっていたのが間抜けな光景ではある。
ちかちかとする視界を無理にこじ開け、目を眇めながらすぐ先のエドワードを確かめる。

「エド?」

返事はない。
急に辺りが冷え込んだように、感じた。


「……え、あ?」

そこに動く影は、もはや安藤一つしか存在しなかった。
エドワードがいた場所には、首輪と、服と、彼の荷物が転がっている。ただそれだけ。
どういうしかけか、機械鎧はそこにはない。
ベージュとハートの携帯電話が、やけに月明かりに輝いていた。

「え……、何、が」

理解できない。
銃で撃たれた、それだけなら理解はできる。
たとえ取り乱してもちゃんと筋道立てて考えられる。

……もう、安藤の頭は飽和状態だ。故に完全な思考停止に陥る。
倒れた。光った。消えた。
安藤に分かるのはそれだけ、因果も何も見えては来ない。

何も分からず、何もできず、ただそこに立ち尽くしていた。
たった一人で。

……一人? いや、違う。

1137この病は死に至らず ◆JvezCBil8U:2011/07/25(月) 16:40:51 ID:NxHj/da.0
ざり、という音が、安藤のすぐ傍から届く。
はっとして顔を挙げる。

佇む影が、静かににじり寄っていた。
まるで幽鬼のように音もなく、しかし、おぞましいほどの笑みをその顔に浮かべて。

「電話をかけてみて正解だったね。
 どっちが僕に連絡を入れてきたのか分からなかったから、試しただけなんだけど。
 こんなに簡単に君を特定できるとは思わなかったよ」

言葉が出ない。
ああ、神様。それとも悪魔?
この出会いで、何を自分に求めているのです?

「やあ……」

たった今殺戮を行ったばかりのその手を柔らかに伸ばし、人好きのする表情で。
それは、告げた。


「初めまして、僕はカノン。カノン・ヒルベルトだ」



【D-4/川辺/1日目/夜中】

【カノン・ヒルベルト@スパイラル〜推理の絆〜】
[状態]:疲労(小)、全身にかすり傷、手首に青痣と創傷、掌に火傷、“スイッチ”ON
[服装]:月臣学園男子制服
[装備]:M16A2(12/30)@ゴルゴ13、理緒手製麻酔銃@スパイラル〜推理の絆〜、麻酔弾×15、携帯電話(シルバー)
[道具]:支給品一式×4、M16の予備弾装@ゴルゴ13×3、パールの盾@ONE PIECE、
    大量の森あいの眼鏡@うえきの法則、研究所の研究棟のカードキー、
    五光石@封神演義、マシン番長の部品、秋葉流のモンタージュ
    不明支給品×1
[思考]
基本:全人類抹殺
1:鳴海歩と合流は保留。通信ネットワークの存在下における最適な殲滅方法を再定義。
2:安藤(兄)への興味。
3:十分なアドバンテージを確保した状態であれば、狙撃による人類の排除。
[備考]
※アイズ・ラザフォードを刺してから彼が目覚める前のどこかからの参戦です。
※剛力番長から死者蘇生の話を聞きました。内容自体には半信半疑です。
※みねねのトラップフィールドの存在を把握しました。(竹内理緒によるものと推測、根拠はなし)
 戦術を考慮する際に利用する可能性があります。
※森あいの友好関係と、キンブリーの危険性を把握しました。

1138この病は死に至らず ◆JvezCBil8U:2011/07/25(月) 16:41:11 ID:NxHj/da.0
【安藤(兄)@魔王 JUVENILE REMIX】
[状態]:全身打ち身(中)、頭部裂傷(小)、腹話術の副作用(大)、魔王覚醒、風邪気味
[服装]:飼育員用のツナギ
[装備]:殺人日記@未来日記(機能解放)
[道具]:イルカさんウエストポーチ、菓子数個、筆記用具(以上全て土産物)、土産品数個(詳細不明)
    水族館パンフレットの島の地図ページ、携帯電話(古い機種)
[思考]
基本:脱出の糸口を探す。主催者と戦う。危険人物は可能な限り利用した上で同士討ちを狙う。
0:エドワードの消滅とカノン・ヒルベルトの意図に混乱。
1:首輪を外す手段と脱出、潤也の蘇生の手掛かりを探る。
2:闘技場に向かい、C・公明の企みに介入する。可能ならば病院で治療も。
3:殺し合いに乗っていない仲間を集める。利用できるなら殺し合いに乗っていても使う。
4:歩本人へ強い劣等感。黒幕の一味との疑い。
5:エドの機械鎧に対し、恐怖。本人に対して劣等感。
6:リンからの敵意に不快感と怯え。
7:関口伊万里にやりどころのない苛立ち(逆恨みと自覚済み)。
8:今後の体調が不安。『時間』がないかもしれない。
[備考]
※第12話にて、蝉との戦いで気絶した直後からの参戦です。
※鳴海歩から、スパイラルの世界や人物について彼が確証を持つ情報をかなり細かく聞きました。
※会場内での言語疎通の謎についての知識を得ました。
※錬金術や鋼の錬金術師及びONE PIECEの世界についての概要を聞きましたが、情報源となった人物については

情報を得られていません。
※我妻由乃の声とプロファイル、天野雪輝、秋瀬或のプロファイルを確認しました。由乃を警戒しています。
※未来日記の世界と道具「未来日記」の特徴についての情報を聞きました。
※探偵日記のアドレスと、記された情報を得ました。
※【鳴海歩の考察】の、1、3、4について聞いています。
  詳細は鳴海歩の状態表を参照。
※掲示板の情報により、ゆのを一級危険人物として認識しました。
※腹話術の副作用が発生。能力制限で、原作よりもハイスピードで病状が悪化しています。
※九兵衛の手記を把握しました。
※月食が"何か"を引き起こしかねないという考察をエドに聞いています。
※秋瀬或から彼自身の考察や鳴海清隆についての話をある程度聞いています。
※エドワードと秋瀬或の交渉の中で、エドワードの考察をある程度聞いています。
※キンブリーと趙公明の繋がりを把握しています。




※携帯電話(ベージュ+ハート)、エドワードの首輪、エドワードのコートと服、バロンのナイフ@うえきの法則、
 デイパック(支給品一式(二食消費)、かどまツリー@ひだまりスケッチ、柳生九兵衛の手記、食糧1人半分、割れた鏡一枚、土産品数個(詳細不明))が安藤の目の前に落ちています。

1139 ◆JvezCBil8U:2011/07/25(月) 16:42:01 ID:NxHj/da.0
以上で仮投下終了です。
もし可能であれば、どなたかが代理投下してくだされば助かります。

1140名無しさん:2011/07/25(月) 17:36:40 ID:rj6690XA0
俺もさるさんだ
誰か代わりを


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板