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仮投下スレ
1174
:
◆L62I.UGyuw
:2011/11/10(木) 19:29:18 ID:5OgotkG.0
しばらく歩くと、若干広い区画に出た。
前方にランタンのものとは異なる光が見える。
上階への階段。その途中にある非常灯だ。
どうやら無事に脱出出来そうである。
ひよのの足を止めたのは、小さな違和感だった。
見られている。そう感じた。だがここに至るまでに似たような感覚には何度も陥っている。
また錯覚だろうとは思いつつ、視線を感じた方に目を遣る。
妙なものが見えた。訝って、目を凝らす。
錯覚ではない。のっぺりとした白っぽい影が、切り絵のように闇に貼り付いている。
誰かがいる、と思った途端にぬらりと闇が揺れ、影が色彩を得て妙齢の女性に変じた。
それを見て、ひよのは、怯んだ。
女はやたら派手で、妖艶だった。
頭には王冠といっても通じる煌びやかな四角い冠。
露出の多いレオタードにガーターベルトを付け、色とりどりの刺繍と宝飾が施された豪華な外套を纏っている。
何より、彼女自身の長く艶やかな髪、ぞっとするほどの美貌、完璧に均整の取れた官能的な肉体。
それら全てが相まって、この世に在らざる色香を彼女に与えている。
首に光る鈍色の輪すらも倒錯した美を構成する要素にしかならない。
「――妲己」
知らずその名が唇から漏れた。直感だった。『これ』がそうなのだ。
傾国の美女――国を傾ける美貌。それがいかに狂気染みたものなのか、ひよのは理解した。
太公望や銀時に聞かされた通りの容姿であることは、後付けの判断材料に過ぎなかった。
「だっき……妲己。わたし――わらわはそう、妲己」
揺らぐ声。
極上の月琴を鋸で掻き鳴らすような、とても厭な響きだった。
女がすらりと長い脚を前に出した。赤いドレスシューズが水面を滑り、しかし全く濡れることはない。
当たり前に水面を歩くその姿が、彼女がこの世の法理から外れた存在であることを端的に表していた。
死者の中に妲己の名があったことをようやく思い出す。つまり彼女も『戻ってきた』のか。
喉が鳴る。
倒す――というのは現実的でない。
デイパックに強力な武器は入っているが、それを取り出すまで待って貰えるはずもなく、そもそも太公望の言を信じるなら妲己はただの人間が敵う相手ではない。
少なくとも、こうやって向き合ってしまった時点で既に後手に回ってしまっているのだ。正面から戦うのは無謀に過ぎる。
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