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国際政治・世界事情
2045
:
チバQ
:2011/02/08(火) 23:04:27
http://www.tokyo-np.co.jp/article/world/news/CK2011020802000176.html
催涙弾対策にオレンジ
2011年2月8日 夕刊
7日、カイロのタハリール広場で、オレンジを手に反大統領派デモに参加する男性=清水俊郎撮影
【カイロ=清水俊郎】エジプトの反大統領派のデモの中心地となっているカイロのタハリール広場で、果物のオレンジがひそかな人気だ。警官隊の催涙弾に見舞われた際、皮を鼻にあててかぐと、目と鼻の激しい痛みを和らげるとの情報が広まっている。
「オレンジの皮のアルカリ成分が催涙ガスの酸性を中和する」と保証するのは、エジプト国立調査センターの化学者ユーセフさん。「タマネギの方が効果は大きいが、オレンジも役立つ」という。
「食料にもなるからね」。七日夕、十数個入りの袋を抱えて広場に入ったのは、徹夜組の通訳業アフマッドさん(33)。
大学生サードさん(24)は「いざという時のために」とポケットに一個入れている。
一連のデモが始まった先月下旬、警官隊が無差別に撃ち込んでくる催涙弾とそのガスから連日逃げ回った。走りながらオレンジの皮をちぎり、周囲の人たちと分け合った。先週末から当局や大統領派との衝突が治まっているが、ツーンとした痛みの記憶が生々しい。
「おそらく紛争の多いパレスチナからインターネットで若者に広まった情報だ」と推測するのは、広場にいた別の男性(37)。カイロ市内の眼科医シリーフさん(45)は「コーラを染み込ませた布も効く」と知人に勧めている。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/world/news/CK2011020802000177.html
エジプト当局 「デモ隊の象徴」解放
2011年2月8日 夕刊
【カイロ=内田康】エジプトで続く大規模な反大統領派デモで、AFP通信は七日、当局に拘束されていたインターネット検索最大手の米グーグル現地責任者のエジプト人男性が解放されたと伝えた。男性は一月二十八日、カイロ中心部タハリール広場で反政府デモに参加中に拘束され、米紙ウォールストリート・ジャーナル(電子版)によると「デモ隊の象徴的存在になっていた」という。
AFPによると、男性は中東・北アフリカ地区営業責任者ワエル・ゴニム氏。解放後、ムバラク大統領(82)の即時退陣を求めるデモが続くタハリール広場へ再び向かった。
本紙の取材に応じたゴニム氏の知人によると、同氏はネットを通じて、一月二十五日に始まった大規模デモへの参加を呼び掛けていた。北部アレクサンドリアで昨年起きた、警察官の一般市民に対する暴行疑惑事件を批判するウェブサイトも運営。米紙はネットを活用した反政府活動で重要な役割を担った可能性を指摘している。
ゴニム氏が一月下旬に行方不明になった際には、グーグルが捜索への協力を求めたほか、国際人権団体アムネスティ・インターナショナルも、拷問を受けている可能性があると警告していた。
一方、エジプト政府は七日に開いた新内閣の初閣議で、公務員給与を四月から15%引き上げることを決めた。
年金拡充のため、約六十五億エジプトポンド(約九百億円)も新たに投入する。エジプトの公務員は労働人口の一割だが、現業部門の給与は民間に比べて著しく低い。貧富の格差への不満を和らげる狙いがある。
2046
:
チバQ
:2011/02/08(火) 23:05:04
http://www.tokyo-np.co.jp/article/world/news/CK2011020802000028.html
エジプト 即時辞任に憲法の壁
2011年2月8日 朝刊
【カイロ=内田康】エジプトの野党勢力が六日、スレイマン副大統領(75)との協議を始めたのは、ムバラク大統領(82)が辞任すると、憲法の制約により次期大統領選までに憲法改正ができず、民主的な選挙が実現しないことも理由だ。政府と野党の協議の争点は事実上、ムバラク大統領本人に憲法改正を発議させるかどうかに移りつつある。
憲法八四条は、辞職や死亡で大統領職が空席になった場合、人民議会(国会)議長が代行し、二カ月以内に新大統領を選ぶと規定。
一方で一八九条は、憲法改正には国会での議論に二カ月を超す期間を求め、国民投票も必要。立候補要件などの規定を改正した上で民主的な大統領選を実施するのは日程上、不可能だ。
憲法改正案を発議できるのは大統領か、与党国民民主党(NDP)が圧倒的多数を占める人民議会。野党からは、発議をスレイマン副大統領に委ねる案が出ている。デモ隊が憎む大統領とNDPから発議権を奪えば、「旧体制は事実上、死んだ」とデモ隊を説得できる、と考えているからだ。
野党側は「大統領は、副大統領の権限を定めることができる」と規定した一三九条を根拠に発議権の副大統領への移譲を訴えるが、ムバラク大統領に民主化を主導する花道を飾らせたい政府は、これを拒否。大統領が病気などで一時的に職務遂行が不可能になった場合に職務を代行する副大統領の権限を定めた八二条が「憲法改正発議はできない」と規定していることが論拠だ。
一方、デモ隊が訴えるムバラク大統領の国外追放によっても、憲法改正を経た民主的な選挙は法的に可能だ。
大統領が身の危険を感じ、辞表を提出しないまま国外脱出した場合、「正式な辞職ではなく一時的な職務不能状態と解される」(カイロ大のダルウィシュ教授=憲法学)。八四条の「二カ月以内の選挙」は必要なく、憲法を改正して九月の任期切れを待てばいい。
ただ憲法改正の発議は、八二条によって副大統領には禁じられている。反大統領派には、信用の置けないNDPが多数を占める議会に発議を委ねざるを得ないジレンマが残る。
2047
:
チバQ
:2011/02/08(火) 23:07:10
http://mainichi.jp/select/world/news/20110208ddm007030193000c.html
エジプト:政府・野党、残る火種 暫定合意、思惑に隔たり
【カイロ樋口直樹】エジプト政府は6日、事実上の最大野党・穏健派イスラム原理主義組織「ムスリム同胞団」を含む野党勢力との初協議を受け、暫定的な「合意点」を発表した。憲法改正委員会の設置など平和的な政権移行に向けた枠組みは決まったものの、政府、野党側それぞれが求める具体像には大きな隔たりがある。
◇憲法改正
憲法改正の最大の焦点は、9月の次期大統領選に向けた立候補条件の見直しだ。
これまでは(1)人民議会(国会、定数518)と諮問評議会(大統領の助言機関、同264)でそれぞれ3%以上の議席を持つ、結党5年以上の政党に所属し、党幹部を1年以上経験した者(2)人民議会、諮問評議会、県議会の議員250人以上の推薦を得た者−−に限られていた。
(1)の条件を満たす政党は、ムバラク大統領率いる巨大与党・国民民主党のみ。無所属の候補希望者が議会でこれほど多数の推薦人を集めることは事実上不可能だ。
こうした立候補要件がムバラク氏の5選を支えてきた。
07年に政党からの立候補条件は緩和されたが、野党側は一層の緩和を求めている。政権側も見直しに応じる姿勢だが、具体的な内容は示されなかった。
大統領への一方的な議会解散権の付与▽裁判官による選挙監視制度の制限▽令状なしでの盗聴などを可能にする反テロ規定−−などの見直しも今後の議論の対象になり得る。
◇非常事態令
81年のサダト大統領暗殺事件で発令され、人権侵害の強権政治を支えた非常事態令について、政権側は「治安状況に応じて解除する」ことを確認した。いわば条件付きの解除で、無条件廃止を求める野党側の要求とは依然隔たりがある。
54年に非合法化されたムスリム同胞団の扱いも注目される。宗教政党の活動は憲法で禁じられているが、政権側は同胞団を無視できない状況に追い込まれているからだ。
政権側から同胞団に対し、政府との協議に応じることを条件に、合法化の可能性が示されたとの情報がある。ただ、米国や他の野党勢力の中にもイスラム勢力の伸長を懸念する声は少なくない。
05年の人民議会選挙で88人の系列候補を当選させながら、昨年の総選挙で惨敗した同胞団は、選挙に不正があったとして裁判所に不服を申し立てている。政権側は裁判所の判断を待って結果の見直しなどに応じる姿勢だが、同胞団側は議会の解散と再選挙の実施を求めている。
◇政権移行
最大の対立点は大統領の処遇。政権側は「ムバラク氏が次期大統領選に出馬しない」ことで合意したと発表したが、野党側は即時辞任を求める構えだ。
次期大統領選までの政権移行を巡っても、スレイマン副大統領を軸に憲法改正などを進めたい政権側に対し、野党側は公正な移行を疑問視。エルバラダイ前国際原子力機関(IAEA)事務局長は、1年の移行期間を設け、委員3人の中立的機関で大統領選に備えるよう提案している。
2048
:
チバQ
:2011/02/08(火) 23:08:15
http://sankei.jp.msn.com/world/news/110208/mds11020800110004-n1.htm
ムスリム同胞団 拭えぬ秘密結社のイメージ
2011.2.8 00:09 (1/2ページ)
6日、カイロで行われたムスリム同胞団を含む野党勢力などとスレイマン副大統領(右端)の協議(AP)
【カイロ=黒沢潤】エジプトのスレイマン副大統領との対話を始めた穏健派イスラム原理主義組織ムスリム同胞団は、今後も反政府デモを継続する姿勢を崩していない。政権との“駆け引き”のほか、政治が変革期に入る中で、政権側との距離の取り方を模索している面もありそうだ。エジプトに根を張る同胞団とは、どんな組織なのか。
同胞団は1928年、イスラム復興を目指す中学教師、ハサン・バンナーによって創設された。教育や医療、福祉などに力を注ぎ、40年代後半にはエジプト最大の政治結社に成長。52年の自由将校団クーデターに至る社会情勢を醸成したが、ナセル大統領への「暗殺未遂事件」を機に54年に非合法化された。
後継のサダト大統領は非合法のまま、政敵の左派に対抗させるため、同胞団の活動を事実上、解禁。ムバラク大統領も踏襲した。インテリや貧困層を中心に広く浸透しているとされ、2005年の人民議会(下院に相当)選では無所属候補を擁立し88人が当選、事実上の最大野党となった。
ただ昨年の前回選では、米国からの民主化圧力が低下したこともあり、政権側は同胞団関係者を大量拘束。これを受け同胞団は決選投票をボイコットした。
「公正な大統領選実施に向けた憲法改正が必要だ」。最高指導者ムハンマド・バディーア氏が今月1日の声明で、自組織の存在感を国民に対して自信を持って訴えたのは、選挙で躍進した05年、結社の自由や、選挙を通じた立憲議会制度実現などの方針を発表、現実路線への転換を内外に強調していたからだ。
同胞団は1950年代までの一時期に行った武装闘争と完全に縁を切ったとしている。ただ、「秘密結社のイメージ」(専門家)が拭えないことや、パレスチナ自治区ガザ地区のイスラム原理主義組織ハマスなど多くの過激派組織の源流であることなどは、今も庶民の「同胞団アレルギー」につながっているのは間違いない。
2007年には、政策綱領案がリークされ、そこに「キリスト教徒や女性は大統領と首相に就任できない」などとする文言があったことが問題視された。同胞団はその後、綱領案を“お蔵入り”させ、昨年の人民議会選ではより穏健さを際立たせた公約集を発表した。
それでも政権側にはなお、綱領案で示された思想が、同胞団の伸長に伴って社会に浸透していくことへの警戒感が強いのが実情だ。
2049
:
チバQ
:2011/02/08(火) 23:12:35
http://www.asahi.com/international/reuters/RTR201102080084.html
焦点:エジプト政局に潮流変化、ムバラク政権は当面延命か2011年2月8日
. [カイロ 7日 ロイター] エジプトのムバラク大統領は、少なくとも当面は窮地を脱したのかもしれない。即時辞任を求めるデモ行動は続いており、今後もさまざまな展開が予想されるエジプト政局だが、とりあえずは威厳ある存在感を何とか保った格好だ。
現在82歳のムバラク大統領は、国民向け演説を2回行ったり新内閣の閣議を開催したりと絶え間なく国営テレビに登場し、権力を掌握している大統領像を繰り返し示している。政府が行ったムスリム同胞団など野党勢力との協議も、ムバラク大統領の巨大な肖像画が見守る中で行われた。
ムバラク大統領は、自身の功績に疑問を持つそぶりさえ見せず自信に満ちあふれており、エジプトの治安と安定を守り国民のために尽くす、優しく疲れ知らずの指導者としてふるまっている。自身が辞任すれば国は大混乱に陥るとも語っている。
過去2週間続く反政府デモは、ムバラク大統領の30年にわたる独裁体制を動かし、前例のない妥協案を引き出させた。しかし、反体制派が根強く要求するムバラク大統領の即時辞任の実現は、まだ先のことになりそうだ。
政府は差し当たり、再び優勢に立っているように見える。変化のペースをコントロールし、エジプトの将来を話し合う協議に野党勢力を招き入れている。政府は、スレイマン副大統領の主導で6日に行った野党勢力との1回目の協議後に声明を発表し、ムバラク大統領の退陣の日程を政府がコントロールする意向をはっきりと示した。
中東問題アナリストのラミ・コウリ氏は「ムバラク大統領は差し迫った嵐をやり過ごした。しかし深い痛手を負っている」と指摘。「依然として権力の座にあるが、弱まっている。政権は倒れてはいないが、間違いなく揺らいだ」とし、向こう数カ月のうちに退陣圧力が抵抗できないほど強まれば、表舞台を去る口実として健康問題が使われる可能性があるとの見方を示した。
<深い傷>
協議にも携わったアルアハラム政治戦略研究所のAmr Elchoubaki氏は「政権は生き残りと存続を図るための措置を講じているが、政治体制の中では大統領がもっと弱い部分だ」と語る。
専門家らは、辞任に追い込まれたチュニジアのベンアリ前大統領とムバラク大統領の違いは、大統領自身の能力ではなく、軍部からの強い支持を確保していることだと指摘する。
ムバラク大統領は9月の次期大統領選への不出馬を明らかにし、30年に及ぶ在任期間中で初めて副大統領を指名。次男のガマル・ムバラク氏も後継候補から外れた。
こうした動きは、これまで反体制派の要求をほぼ黙殺してきた政府の大きな譲歩と言える。強硬的な反体制派はムバラク大統領の居座りを拒んでいるが、一部の現実路線派からは、せめてスレイマン副大統領に権限を委譲するよう求める声も出始めている。
コウリ氏は「反政府デモは体制に重要なメッセージを送り、政権は大幅な譲歩を見せたが、それも統制の範囲内だった。当局は、自分たちが運転席にいられる限り譲歩に前向きであることを示した」としている。
<潮流の変化>
「ナイル革命」ともよばれる今回のエジプト騒乱で情勢に変化が現れたのは、野党勢力が一枚岩ではなく、共通の基盤を持っていないことが一因。ムバラク大統領に対する辞任要求さえ、もはや以前ほど足並みはそろっていない。
また野党勢力の一部からは、硬直化した政治システムを変えるために必要な複雑な憲法改正には、ムバラク大統領の存在が不可欠だとの声も聞かれる。政府との協議は、スレイマン副大統領のもとで自由で公正な選挙ができるかという点で、憲法上すぐに行き詰まる可能性がある。副大統領は権限を委譲されたとしても議会を解散できないなど制限があるからだ。
政府との協議にも関係した政治専門家は、匿名を条件に「今われわれの前にあるのは、1月25日以後のエジプトの新たな現実だ。問題はどれだけ早く選挙に向けて動けるかだ」と指摘。「全員が合意できる大統領選挙を行うため、選挙のためのプロセスとして憲法改正か新憲法が必要だ」と述べた。
しかし、こうした議論は何カ月もかかる可能性があるため、政府側の思うつぼで、ムバラク大統領の9月までの任期を確かなものとする。ムバラク政権が延命すれば、変化を求めるエジプト市民の間には不穏な空気が再び強まり、反政府デモに戻る者が大勢出てくるかもしれない。
(ロイターニュース 原文:Samia Nakhoul、翻訳:宮井 伸明、編集:植竹 知子)
2050
:
チバQ
:2011/02/08(火) 23:15:59
http://sankei.jp.msn.com/world/news/110208/mds11020813470014-n1.htm
ベドウィン系部族、ヨルダン国王に改革要求
2011.2.8 13:44
AP通信によると、ヨルダンの主要なベドウィン系部族の36人が7日、アブドラ国王に書簡を送り、下院の解散や新内閣の任命などを要求、放置しておくと「遅かれ早かれチュニジアやエジプトのような洪水に直面する」と警告した。
ベドウィン系部族は伝統的に国王支持派。イスラム勢力だけでなく、国民の幅広い層が政権に不満を抱いている実態が浮き彫りになった形だ。
書簡は他に、国王派に有利な選挙法を改正することや、国王が首相任免権を放棄することなどの政治改革を要求。また、官僚の間にはびこる汚職に加え、ラニア王妃の浪費癖や政治への口出しにも苦言を呈した。(共同)
2051
:
チバQ
:2011/02/09(水) 22:19:28
>>2044
http://mainichi.jp/select/world/news/20110209dde007030012000c.html
フランス:首相はエジプトから便宜 年末年始に「丸抱え」ナイル観光 野党は辞任要求
【パリ福原直樹】フランスのフィヨン首相がエジプトで年末年始の休暇を取った際、同国政府丸抱えの接待を受けたことが8日分かった。仏では外相も年末にチュニジアで休暇を取った際、1月の政変で国を追われたベンアリ前大統領の関係会社から便宜供与を受けていたことが判明したばかり。アラブ諸国の強権的な体制との「癒着」ともとれる閣僚の行動に、サルコジ政権は大きな打撃を受けている。野党は首相、外相の辞任を求めている。
仏首相府によると、首相とその家族は12月26日〜1月2日、ナイル川沿いの観光地に滞在。宿泊費のほか、付近への小旅行で使った航空機や船舶の代金もエジプト側が負担した。この間、首相はムバラク大統領とも会談している。エジプトまでの往復航空賃は首相が負担したという。
野党第1党・社会党幹部は毎日新聞に「(首相と外相の行動は)政府が腐敗している証拠だ」と批判した。
毎日新聞 2011年2月9日 東京夕刊
2052
:
チバQ
:2011/02/09(水) 22:45:17
http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20110209-OYT1T00945.htm
エジプト大規模デモ「顔」はグーグル地域幹部
. 【カイロ=新居益】ムバラク大統領の辞任要求デモが続くエジプトで、インターネット検索大手グーグル社の中東・北アフリカ地域幹部ワエル・ゴニム氏(30)が、デモの新しい「顔」として注目されている。
カイロのタハリール広場では8日、デモ参加者が数十万人規模に達したが、息切れしつつあるかに見えたデモが再び膨れ上がったのもゴニム氏のテレビインタビューがきっかけだった。
ゴニム氏は1月25日に始まったデモをネット上で呼びかけた一人。27日に当局に拘束され、2月7日に釈放された。釈放直後、エジプトの民間テレビ局の人気報道番組に出演し、約15分間のインタビューに応じた。
ゴニム氏は、デモについて「インターネット世代の若者による革命だ」と言い切り、デモで犠牲になった若者の写真が映し出されると、「息子を失った父や母一人ひとりに言いたい。とても残念だ。しかし、これは我々ではなく、権力にいる者の責任だ」と話し、机に突っ伏して泣いた。
番組は視聴者の共感を呼び、ユーチューブに転載され、数十万人が視聴した。タハリール広場の集会では、参加者の多くがテレビやネットで見たゴニム氏に触発されたと話した。
(2011年2月9日21時54分 読売新聞)
http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPJAPAN-19467520110209
再送:エジプトで解放のグーグル幹部、TVインタビューで涙
2011年 02月 9日 16:26 JST
[カイロ 8日 ロイター] エジプト当局に12日間にわたり身柄を拘束されていた米グーグル(GOOG.O: 株価, 企業情報, レポート)幹部のワエル・ゴニム氏が7日、エジプトでテレビのインタビューに応じた。反政府デモで多数の若者が死亡したことに涙を見せ、デモ参加者は「良心に従って行動しているだけだ」と強調した。
グーグルで中東・北アフリカ地域担当マーケティング部門責任者を務める同氏は、1月27日にカイロで私服姿の男3人によって当局の取り調べを受けるため連行され、7日に解放された。拘束中は目隠しをされており、反政府デモに関する報道の確認や家族への連絡は禁じられていたという。
ゴニム氏は生中継されたインタビューで、拘束中にデモで約300人が死亡したことを聞くと涙を流し、「われわれは何も間違ったことはしていない」と強調。また、言論の自由がない現在のシステムを壊すべきだと語った。活動家らは、ゴニム氏がインタビューで泣く姿は、反省の意を見せないムバラク大統領と対照的だと指摘している。
同氏は8日にタハリール広場で行われた反政府デモに参加した後、ロイターに対し「エジプトでは若者が命を落としている。大統領は市民の要求を受け入れる責任がある」と述べた。
ゴニム氏のインタビュー放映から2時間後、エジプトのウェブサイトMasrawy.comには、「ゴニム氏の涙は何百万人もの国民の心を動かし、彼らの政府に対する考え方を変えた」とのコメントが掲載された。
また、会員制交流サイト「フェイスブック」では、ゴニム氏を支持するユーザーが瞬く間に7万人規模にまで拡大。あるユーザーは「ムバラク支持派も200人ほど知っているが、ワエル・ゴニムのインタビューを見て、国内メディアのうそを知ってしまった今はタハリールに向かうだろう」と書き込んだ。
一方、エジプトの国営メディアは反政府デモ参加者について、首都カイロ中心部のタハリール広場を封鎖し、国内経済に悪影響を与えていると報道。政府側も、一連のデモは経済回復を停滞させていると非難している。
2053
:
チバQ
:2011/02/09(水) 22:47:51
http://sankei.jp.msn.com/world/news/110209/mds11020920520008-n1.htm
改革進めればデモ拡大 ムバラクのジレンマ
2011.2.9 20:51
8日、カイロ市中心部のタハリール広場で、お面をかぶりながらデモに参加する反ムバラク派の市民ら。政権がデモ隊に一定の理解を示したことで、参加自体を楽しむ雰囲気も漂っている(AP)
【カイロ=大内清】エジプトの首都カイロ中心部タハリール広場のデモは8日夕から夜にかけて数十万人が集まり、過去最大規模となった。大きな混乱はなく、今のところ政権へのダメージは小さいとみられるが、数十万人が集結した事実を重くみる米欧などがムバラク大統領への辞任圧力を強める可能性もある。政権側が一定の範囲内でデモを許容する融和姿勢をみせたことが、多くの市民の参加を促した側面もあり、政権はジレンマに陥っている。
なおも夜間外出禁止令が続くカイロ。それでも市民はいま、かつてない「自由」を謳歌(おうか)している。
「タハリールなら好きなことが言えるでしょう」。市内に住む会社員女性(36)はこう声を弾ませる。
8日にスレイマン副大統領自身がテレビ演説で、デモ隊を「犯罪者として扱うことはない」などと述べたことも市民の安心感を後押しし、多くが仕事帰りにタハリール広場に立ち寄っている。
混乱の影響で経済活動がストップした1週間前に比べ、現在のデモが平和的なのは、多くの市民に日常生活を犠牲にはできないとの思いがあるからだ。
一方、デモの“核”となる広場中央には、若者中心のグループ「4月6日運動」や、非合法のイスラム原理主義組織ムスリム同胞団が設置したテントが並び、同胞団の医師による臨時診療所もできた。広場にはデモ隊メンバーが次々と食料を運び込んでいる。
デモを主導する「正義と自由の若者運動」のハーリド・サイエド氏(27)は「ムバラクが辞任しても、(憲法改正や公正な選挙の実現など)すべての要求が受け入れられるまで何カ月でも座り込む」と息巻く。日常生活の合間にデモに参加する市民とは明らかに温度差がある。
だが、こうした「強硬派」の意見はメディアを通じて増幅され、デモ全体を代弁しているかのような印象を作り出しているのも事実だ。
政府が公務員給与引き上げを発表したのを受け、広場では民間労働者による賃上げ要求デモも相次ぎ始めた。
従来の強権的な対応をとることは火に油を注ぐ結果となりかねないだけに、ムバラク氏は現在、徐々にながらも改革を打ち出す姿勢を示してはいる。だが、それによって政府がさらに追い詰められる可能性があることも否定できない。
2054
:
チバQ
:2011/02/09(水) 22:49:30
http://mainichi.jp/select/world/news/20110210k0000m030046000c.html
エジプト:大統領候補は立てず ムスリム同胞団幹部語る
【カイロ和田浩明】エジプトの穏健派イスラム原理主義組織で、非合法ながら事実上の最大野党勢力である「ムスリム同胞団」の幹部ムハンマド・カタニ氏(58)は9日、毎日新聞の電話取材に応じ、次期大統領選挙に候補者を立てず、将来的にも政権に参加しないことを同胞団が組織決定したと明らかにした。6日に始まった政府との対話についても、継続するかどうかを検討中だと述べた。
カタニ氏は同胞団執行部メンバーで、与党国民民主党(NDP)が圧勝し、同胞団が事実上全議席を失った昨年11月の人民議会(国会)選挙まで、議員団の代表を務めた。
大統領選に候補を出さず政権参加しない理由についてカタニ氏は「我々の目的は(選挙で)与党側と戦うことではなく、危機にあるエジプトを改革することだ」と説明した。権力奪取を図っている姿勢を控えることで、政権側の批判をかわす意図もあるとみられる。
立候補要件が厳しい現行の憲法規定では、NDP以外に候補者を出すのは困難とみられる。ただ、政権側は反政府デモ参加者らの強い要求を受けて、要件緩和を含めた改正を受け入れる姿勢を提案。8日に設置された改憲委員会は、3月第1週にも草案を提示する予定だ。
カタニ氏は同委について「我々にも参加する権利がある」と主張し、政権側が一方的に人選を行ったことに不満を表明した。
政権側との対話に参加した理由については、「我々と国民の要求を伝えることが主目的だった」と説明。対話継続の是非について「今後数日間で誠意ある対応が見られるかだ」と述べ、検討中であることを示唆した。
ムバラク大統領に関しては「即時退陣すべきだ」と、これまでの主張を繰り返した。
野党勢力の中で最も高い組織力を持つムスリム同胞団が、大統領選や政権参加に現時点で距離を置くのは、同胞団を弾圧してきた与党の主導で政治プロセスが進むことへの警戒感があり、組織防衛に配慮しているためとみられる。
2055
:
チバQ
:2011/02/10(木) 21:31:17
http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20110210-OYT1T00963.htm
改革迫る米国、「押しつけ」とエジプト反発
中東
【ワシントン支局】ギブス米大統領報道官は9日の記者会見で、エジプトの政権移行に向けた改革努力は「国民が求める最低限に達していない」と批判した。
これに先立ち、エジプトのアブルゲイト外相は同日、米公共放送(PBS)とのインタビューで、米国の改革要求に対し、「押しつけだ」と反発しており、双方の応酬が激しくなっている。
エジプトに対しては8日、バイデン米副大統領が、非常事態の即時解除など4項目の実施を求めていた。アブルゲイト外相はこの後、インタビューに出演し、「我々は既に改革を始めている。徐々に順序を追って行う」と主張、米政権へのいらだちをあらわにした。
一方、ギブス報道官は、改革に進展がなければ「カイロなどで起きている(反体制デモなどの)光景が続くだろう」と指摘した。
(2011年2月10日20時56分 読売新聞)
2056
:
チバQ
:2011/02/11(金) 01:31:11
http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2011021001000980.html
ムバラク大統領、近く辞任か エジプト軍が最高首脳会議
2011年2月11日 00時58分
【カイロ共同】エジプトの与党、国民民主党の幹事長は10日、共同通信に対して、ムバラク大統領が辞任を表明する可能性があると述べた。AP通信は10日、軍や与党幹部の話として、ムバラク大統領が間もなく国民向け演説をすると報じた。中東の衛星テレビ、アルジャジーラによると、エジプト軍は同日、反政府デモへの対応を協議する最高首脳会議を緊急開催した。エジプト情勢は重大局面を迎えた。
エジプト各地で10日、国営企業やバス、医療など幅広い業種で賃金引き上げや待遇改善を求めるストライキやデモが拡大した。首都カイロ中心部のタハリール広場の反政府デモには同日も数万人が結集。11日にはイスラム教の金曜礼拝後に大規模なデモが再び予定されており、緊迫している。
ストが広がれば、社会全体がまひ状態に陥る恐れもある。スレイマン副大統領はこうした動きについて「非常に危険で、容認できない」と強調。政権側は、これまで中立を維持してきた軍が介入し戒厳令を布告、デモを強制排除するなど強硬手段に訴える可能性を警告している。
8日ごろから始まった労働者のストやデモにはこれまで、国際海運の大動脈であるスエズ運河関連企業の労働者も参加。鉄道や国営の電話会社、繊維、鉄鋼会社などに広がってきた。
2057
:
チバQ
:2011/02/13(日) 11:30:37
>>2051
http://mainichi.jp/select/world/news/20110212ddm007030025000c.html
サルコジ仏大統領:「閣僚は海外バカンス禁止」 自分のモロッコ接待棚上げ
【パリ福原直樹】フランスのサルコジ大統領=似顔絵=は9日の閣議で、閣僚に「今後、バカンスは国内で過ごすべきだ」と指示した。昨年末から新年にかけ、フィヨン首相やアリヨマリ外相が、その後政変などに見舞われるエジプトやチュニジアで厚遇を受けたとして、野党から辞任を求める声が強まっていた。
大統領は「今後、外国政府からバカンスで招待を受ける際には、大統領側が精査し、その是非を決める」とも発言した。
フィヨン首相は年末から新年にかけ、エジプトのリゾート地で休暇を過ごした。この際、ムバラク政権が宿舎や航空機、船を提供。またアリヨマリ外相も、年末にチュニジアに滞在した際、今年1月に亡命したベンアリ大統領(当時)と親しい富豪の航空会社からジェット機の無料提供を受けた。サルコジ大統領は、2閣僚への野党の辞任要求をかわす狙いで、閣僚をたしなめた格好だ。
だが、大統領自身も年末のバカンスで、カーラ・ブルーニ夫人と北アフリカのモロッコで、モハメド6世から豪邸の提供を受けた。仏の野党第1党・社会党幹部は毎日新聞に「大統領は自分の行為を棚に上げており、綱紀粛正になっていない」と批判した。
毎日新聞 2011年2月12日 東京朝刊
2058
:
チバQ
:2011/02/13(日) 11:39:58
http://www.cnn.co.jp/world/30001789.html
パキスタン前大統領に逮捕状 ブット元首相暗殺事件めぐり
2011.02.13 Sun posted at: 10:09 JST
(CNN) 2007年12月にパキスタンで起きたブット元首相暗殺事件をめぐり、同国パンジャブ州ラワルピンディの対テロ法廷は12日、ムシャラフ前大統領が事件に関与していた可能性があるとして、同氏に逮捕状を出した。検察当局者が明らかにした。
検察当局によれば、捜査の結果、ムシャラフ氏は当時、適切な警備体制を敷かなかったことに対する責任があることが判明。ムシャラフ氏に事情聴取を求めたが応じなかったため、裁判所が同氏の逮捕状を出したという。
ブット元首相は07年、ムシャラフ氏が対立候補として出馬していた総選挙の選挙活動中、自爆テロにより暗殺された。一部では、ムシャラフ氏の関与を指摘する声も上がっていたが、同氏はこれを否定している。
国連の調査委員会は昨年4月に発表した報告書で、暗殺当日、ムシャラフ政権がブット氏に対する安全対策を怠っていたと指摘。適切な警備体制が取られていれば暗殺を防ぐことができたと結論付けている。また、同国の警察当局が事件の調査を妨害したとも述べている。
ムシャラフ氏の顧問弁護士がCNNに語ったところによれば、逮捕状は根拠のないもので政治的動機によって出されたものであるため、同氏は法廷に出頭しない意向だという。
ムシャラフ氏は08年に大統領を辞任し、以後は英国ロンドンに渡り国外生活を送っている。昨年には政界復帰を目指し、新政党の設立を決定。2013年の総選挙に出馬する考えを示していた。
2059
:
チバQ
:2011/02/13(日) 11:57:56
http://www.47news.jp/CN/201102/CN2011021301000067.html
エジプト、前首相らの出国を禁止 市民生活正常化へ
【カイロ共同】ムバラク前大統領の強権的政権が崩壊したエジプトの国営テレビは12日、多数の死傷者を出した反政府デモ鎮圧や汚職などの捜査のため、検察当局がナジフ前首相、アドリ前内相らの出国を禁止したと報じた。
権力を掌握した軍最高評議会による旧体制側の責任追及が進む一方、評議会を主宰するタンタウィ国防相は同日、シャフィク首相らと市民生活の速やかな正常化に向けた措置を協議。エジプトを含む多くのイスラム教国にとって週明けで最初の就業日となる13日は、デモで大きく混乱した市民生活の復旧がさらに本格化する見通し。
軍最高評議会は11日、シャフィク内閣が、暫定的に政権移行期間の国政運営に当たると発表。夜間外出禁止令を4時間短縮するなど、市民生活の正常化を促す措置を取っていた。
2011/02/13 09:44 【共同通信
http://www.tokyo-np.co.jp/article/world/news/CK2011021302000047.html
指導者なき「革命」 無名の若者 ネット駆使
2011年2月13日 朝刊
「エジプトの土に眠りたい」
そう語っていたムバラク大統領が十一日、辞任した。彼に対する国民の憎悪を考えれば母国で永遠の眠りにつく願いも、果たしてかなうのか怪しい。最初のデモ発生から十八日目。ついに「革命」は成就したと、言っていいのだろう。
九月までの任期まっとうに固執し、野党勢力との協議で事態を打開しようとしたムバラク氏。最後となった十日のテレビ演説でも「対話を通じて−」と強調していた。
だが、対話など、どだい無理な相談だった。チュニジアのベンアリ前大統領を追放したデモと同様に、エジプトでも、時に百万人を超えたデモ隊を統括し、政権側と妥協点を探れる指導者など存在しなかったのだから。
国際原子力機関(IAEA)のエルバラダイ前事務局長(68)も、イスラム原理主義組織ムスリム同胞団も、指揮できるのはカイロ・タハリール広場に陣取るデモ隊のごく一部。多くは、インターネット空間を通じて、政権への怒りを共有した無党派の若者である。
デモの発端の一つになった警察官による若者虐殺疑惑の現場は、北部アレクサンドリアのネットカフェだった。死んだ若者はネット上で、警官の麻薬密売を告発していた。虐殺疑惑を世に伝え、最初のデモを一月二十五日の「警察の日」にやろうと訴えたのも、ネットを駆使する無名の若者たちである。
一九七九年のイラン革命では、宗教界の権威ホメイニ師が亡命先で説教を録音し、側近がテープをイランに運び、音声が大衆を鼓舞したが、昔日の感がある。今の時代、カリスマでなくてもインターネットでメッセージ送信ボタンは押せるのだ。
戦火の絶えない中東。歴史をつくるのは、いつも大国だった。
パレスチナの地で争いが収まらないのは、かつて英国が、ユダヤ人とアラブ人の双方に「ここは、あなた方の土地だ」と二枚舌を使ったことに起因する。今もバグダッドで、子どもの体が爆音とともに吹き飛ばされるのは、米国が根拠もないままに「イラクに大量破壊兵器がある」と、兵士を送ったからだ。大衆はいつも受け身で、損な役回りだった。
エジプトでデモが始まった時、同盟国の米国は「政府、デモ隊双方に自制を求める」と、当たり障りのない言葉しか発しなかった。イスラエルとの関係も良いムバラク体制の崩壊など、望んではいなかった。
政敵を排除して独裁体制を築き、時の大国に追従しても、政権は倒れる。チュニジアとエジプトがそれを証明し、歴史は変わった。 (カイロ・内田康)
2060
:
チバQ
:2011/02/13(日) 11:58:21
http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2011021390071258.html
民主化なお不透明 軍「現内閣が当面存続」
2011年2月13日 07時12分
【カイロ=清水俊郎】エジプトのムバラク政権の崩壊を受け、大統領権限を委譲された軍最高評議会は十二日、「すべての国際条約を順守する」とする声明を出し、隣国イスラエルと一九七九年に結んだ平和条約などを維持する方針を明らかにした。また「平穏な政権移行を目指す」と強調し、次期政権が発足するまでシャフィク首相率いる現内閣が職務を続行すると表明した。
タンタウィ国防相が主宰する最高評議会は十一日の声明で「軍が人々の望む政権に代わることはない」とし、軍政は暫定的な措置と表明していた。ただ今後の具体的な日程は示されておらず、民政移行がスムーズに進むかどうかは不透明だ。
国営テレビによると、最高評議会は十二日、夜間外出禁止令を四時間短縮し、午前零時から午前六時までに緩和した。十八日間の大規模デモと騒乱でまひした社会機能の正常化を目指す。
一方、反大統領派のデモの拠点であるカイロのタハリール広場では十二日、軍が人の流れを制限していたバリケードと有刺鉄線の撤去作業を始めた。広場には同日午後も千人以上がとどまっている。
またAFP通信によると、北部イスマエーレーヤで同日、警官数百人が「デモ隊に発砲を重ねたのは上司たちに強制されたため」と訴えてデモ行進した。一月二十五日に始まった一連のデモでは全国で約三百人の死者が出ており、市民の憎悪や報復を恐れてのアピールとみられる。
AP通信は空港当局者の話として、政府の元高官らが司法当局や軍の許可を得ずに出国することが禁じられたと報じた。
(東京新聞)
2061
:
チバQ
:2011/02/13(日) 11:59:14
http://mainichi.jp/select/world/news/20110213ddm003030119000c.html
クローズアップ2011:エジプト・ムバラク政権崩壊(その1) 辞任拒否が裏目
エジプトのムバラク前大統領は11日、前夜の「退陣拒否」演説から一転、首都カイロを家族と共に脱出し、30年にわたった権力を手放した。この急転直下の辞任劇の舞台裏で、一体何が起きていたのだろうか。そして、誰がムバラク氏の後継としてこの国を率いていくことになるのか。カリスマ指導者なき市民革命がこの国をどこに導くかは、今後の展開次第だ。【カイロ樋口直樹】
◇思惑外れ軍に権力 後継・スレイマン氏、不透明
ムバラク政権崩壊の最後の秒読みは10日夜、ムバラク氏の「不可解」な辞任拒否演説から始まった。
「大統領は辞任するかもしれない」。10日夕、シャフィク首相のこの発言が報じられると、最大与党・国民民主党幹部からも「辞任しても驚かない」との感想が飛び出した。首都カイロのタハリール広場を埋める反大統領派の人々は狂喜乱舞した。だがこの夜、大統領の「辞任表明」を確信し、広場に押しかけた人々を待っていたのは、期待を裏切る「辞任拒否」表明だった。反大統領派の怒りは頂点に達した。人々は靴を脱ぎ、手で振り回しながら叫んだ。「あしたを見ていろ。決着をつけてやる」
アラブで、靴で人をたたくのは最大の侮辱を意味する。難攻不落に見えたムバラク城は、広場からもあふれ出すほどの民衆の熱気と興奮の波に、のみ込まれてしまった。政権崩壊を確実にした辞任拒否演説には、不可解な点も多い。政府高官や与党幹部が相次いで「辞任の可能性」に触れ、それを追認するかのように急きょ同夜、大統領演説が設定されながら、結局、ムバラク氏はスレイマン副大統領への権限移譲を発表するにとどまった。
大統領の側近も最大の同盟国・米国も、大統領の即時辞任は不可避だろうとみていた。大統領が名誉を保ったまま表舞台を去る機会(演説)を大統領周辺が設けたのではないか、との観測もあった。だが、大統領は改めて「即時辞任」を拒否。このため、「大統領は直前に演説内容を変えたのでは」との見方も出た。
ムバラク氏の辞任表明の遅れは、後継者と目されてきたスレイマン副大統領への権力移譲さえもご破算にした可能性がある。11日夜、国営テレビで大統領の辞任を発表する副大統領の顔はこわばっていた。大統領権限は軍部へ渡ったからだ。
ムバラク氏は今年9月の次期大統領選まで、自分の息のかかったスレイマン氏を暫定大統領に据え、憲法改正などを体制側に有利に進める考えだったとみられている。同氏は野党勢力との政治対話を始めたが、抗議行動を続ける民衆は権力の「欺まん」を見抜き、同氏主導の政治プロセスさえも拒絶していた。
他方、草の根的な民衆の抗議運動の中に、「ムバラク後」の政治的混乱を収拾し、民主的な大統領選の実施を導けるだけのリーダーは育っていない。国家機能がまひ状態に陥る中、暫定政権の受け皿になり得たのは、国民の信頼が厚い軍部しかなかった。
ムバラク氏の「1日遅れの辞任表明」は、民衆パワーを侮った読み違えだったのか。または、同氏の進退を巡り内部で見解が分かれていたと言われる軍部の干渉があったのか。真相はやぶの中だが、結果的にムバラク政権早期崩壊につながり、ムバラク氏の思惑に反し軍部へ権力が渡るという皮肉を招いた。
2062
:
チバQ
:2011/02/13(日) 11:59:38
◇民主化プロセス、なお時間 軍も一枚岩とはいえず
ムバラク政権崩壊に伴う混乱の収拾はひとまず軍部に委ねられることになった。当面、軍最高評議会を率いるタンタウィ副首相兼国防相が主導権を握る見通しだが、事実上の軍政の復活を懸念する声もあり、民主化に向けた政治プロセスが動き出すにはまだ時間がかかりそうだ。
政権側が当初描いていた「ムバラク後」の構想は、大統領の辞任表明を受け、腹心のスレイマン副大統領率いる暫定政権に権力を移譲し、次期大統領選の準備に入るというシナリオだった。政権のスムーズな移行や継続性といった観点から、米欧にも受け入れられやすいとみられてきた。
このシナリオがつぶれた今、ムバラク政権で国防相を長年務めた軍最高評議会議長のタンタウィ氏が取って代わった。大統領選の候補者になりうる。
だが、軍部は一枚岩でないと言われる。軍を実質的に差配するアナン参謀総長は、政権に対する民衆の不満に同情的で、デモ隊への実力行使を完全に拒否してきたと言われる。両者の微妙な緊張関係は、今後の民主化プロセスに影響を与える可能性がある。
次期大統領候補には他に、ムバラク氏の最大の「好敵手」と見られてきたアラブ連盟のムーサ事務局長の名前が挙がる。ムバラク政権の外相時代に、イスラエルに対し批判を浴びせ、反イスラエル感情が根強い国民の人気を博した経緯がある。
今回、反大統領派に加わったノーベル平和賞受賞者、エルバラダイ前国際原子力機関(IAEA)事務局長や、野党ガッド党の創設者ヌール氏らの名前も挙がる。事実上の最大野党・穏健派イスラム原理主義組織「ムスリム同胞団」の動向も無視できない。公正な選挙が行われれば、最大政党に躍進する可能性があるとの見方が強いからだ。
ムバラク政権を打倒した草の根的な民衆パワーの中には、若者を中心に既存の政治の枠組みを嫌う傾向も強い。このため、今後、反政府勢力の中から新たなリーダーが出現する可能性もある。
==============
◆エジプト政権崩壊に至った経緯◆
1月14日 チュニジアでベンアリ政権崩壊
25日 カイロやスエズなどで数万人規模の反政府デモ
28日 金曜礼拝後大規模デモ
29日 ムバラク大統領がスレイマン氏を副大統領に任命
2月 1日 「100万人」デモ。ムバラク大統領が次期選挙不出馬を表明
3日 ムバラク大統領、米テレビに対し即時辞任を拒否
10日 ムバラク大統領、テレビ演説で即時辞任を拒否
11日 スレイマン副大統領がムバラク大統領辞任を発表
毎日新聞 2011年2月13日 東京朝刊
2063
:
チバQ
:2011/02/13(日) 12:00:35
http://mainichi.jp/select/world/archive/news/2011/02/13/20110213ddm002030137000c.html
クローズアップ2011:エジプト・ムバラク政権崩壊(その2止) 米も最後に決別
◇市民の反発恐れ 同盟国の抵抗振り切り
【ワシントン草野和彦】オバマ米大統領は11日、「民主的なエジプトは、中東だけでなく世界中で責任ある指導的役割を果たせる」と述べ、新生エジプトへの期待を表明した。アラブの親米独裁国家や同盟国イスラエルの抵抗を受けながらも、“ムバラクのエジプト”との決別を明確に宣言した。
ギブス大統領報道官によると大統領は11日午前、ホワイトハウスで会議中に渡されたメモでムバラク氏辞任を知った。それから約1時間にわたって練られた声明で、ムバラク氏に触れたのは「辞職でエジプト国民の変革への渇望に応えた」の部分だけだった。
米メディアによると、「民主化ドミノ」を恐れるサウジアラビアなど親米国家がムバラク氏との連帯を強め、米国に圧力をかけていただけでなく、イスラエルは、ムバラク氏が退陣すれば自国内の右派勢力が強くなり、中東和平に影響が出ると警告していた。
だが、エジプト国内で退陣への期待がこれまでになく高まった10日、ムバラク氏が演説でなおも大統領の座に固執したことで、米国は完全に見切りをつけたようだ。反米感情が高まらないようにするためにも、国民の側に立つしかないと判断したとみられる。
報道官によると、演説には「誰もが驚いた」という。演説後にオバマ大統領は文書の声明を出したが、ムバラク氏の名前さえ出さず「(改革の)機会をまだとらえていない」と不満をあらわにした。
また大統領は11日の声明で、反政府デモを通じて「創造性やテクノロジーを使いこなせる新世代の出現を見た」と述べ、デモの中心となった若者との今後の連帯を訴えた。
◇日本は不安定化を警戒 「非米欧路線」活用の機会も
エジプトのムバラク大統領辞任を受け、日本政府は「(速やかに)憲法からの逸脱状態が回復されることを期待する」(12日、前原誠司外相談話)として、米国などと連携しながら、安定的な新政権の早期樹立を促していく考えだ。ただ、米国の中東での影響力は今後、低下していくことも予想される。これまで米欧とは異なるスタンスで中東と向き合ってきた経験がある日本だけに、国際社会で新たな役割を求められる可能性もある。
日本の中東政策は必ずしも米欧追随ではなかった。1981年に初来日したパレスチナ自治政府のアラファト議長は、西側先進国の首脳として初めて日本の首相(鈴木善幸氏)と会談した。米同時多発テロ前の01年1月には、河野洋平外相(当時)が「河野イニシアチブ」を発表し、イスラム世界との対話促進を掲げるなど、独自の距離感を取ってきた。
中東地域研究者の板垣雄三・東大名誉教授は「チュニジアのあおりで突然、エジプトで動きが起きたのではなく、30年間の独裁の深まりや、さまざまな市民の運動が前提にある」と指摘。「サウジアラビアでも火種がないわけではなく、これらが連結して中東全体が大きな政治変動に入っている」と見る。そのうえで「非欧米の潜在力を評価し、世界全体の調和を図っていくのが日本の使命ではないか」と強調した。
政府が警戒するのが、エジプト新政権内でイスラム原理主義勢力が台頭すること。外務省幹部は「幅広い支持層や勢力による『一色ではない政府』を期待している」と語った。
また、中東・アフリカ諸国にはエジプト同様、独裁的長期政権や若者の高い失業率など、不安定要素が共通している国が多く、ヨルダンやイエメンでは体制への不満が表面化している。中東全体が不安定化すれば、原油の供給に影響が出ることも懸念され、外務省幹部は「若者の失業率が高いなど要素が共通している国が多い。いつ、どこで、どう火を噴くか、日本としても注目しないといけない」と語った。
外務省によると、エジプトへの邦人観光客はほぼ全員が出国し、現地に残っているのはエジプト人の配偶者や報道関係者ら約450人という。【犬飼直幸】
毎日新聞 2011年2月13日 東京朝刊
2064
:
チバQ
:2011/02/13(日) 12:01:36
http://www.asahi.com/international/update/0213/TKY201102120260.html
エジプト軍、現内閣を暫定維持 対イスラエルは友好路線(1/2ページ)2011年2月13日5時2分
カイロで12日、野宿用の毛布を担いでタハリール広場を去る男性=越田省吾撮影
【カイロ=貫洞欣寛、北川学】ムバラク大統領の辞任に伴い、全権を受け継いだエジプト軍最高評議会は12日、声明を出し、現内閣を暫定内閣として機能させ、すべての国際条約を順守すると発表した。イスラエルなどとの友好関係はこれまで通り維持することを示し、国際社会が抱く中東地域の不安定化への懸念を払拭(ふっしょく)する狙いがあるとみられる。
「第4号」と題した声明で、「現在の内閣と知事は新政府発足まで任務を続ける」とし、シャフィク首相(空軍出身)らを暫定内閣として維持させる考えを示した。ムバラク氏は市民からの辞任要求をかわすため1月末、全閣僚をいったん更迭し現内閣を発足させていた。
ただ、声明は、ムバラク氏から大統領権限を移譲されたスレイマン副大統領の処遇については触れていない。スレイマン氏は軍が全権を掌握したことで、事実上すべての権限を失ったとの見方が出ている。
声明はさらに、「これまでのすべての声明を順守する」とも述べている。軍最高評議会はムバラク氏が辞任した11日夜、「国民が選挙で選ぶ正統な政府の代わりとなるつもりはない」と声明を出し、軍による全権掌握は選挙で選ばれた新政府発足までの一時的な措置との考えを示している。その姿勢を改めて強調することで、軍が政権に居座る考えがないことを国内外に強調する狙いがあるとみられる。
また、治安維持のため、市民に対して警察への信頼回復と協力を求めている。
さらに、声明はすべての国際条約の順守を確約。具体的な言及はないものの、エジプトが1979年にイスラエルと締結した平和条約も含まれるとみられる。親米路線のムバラク政権の崩壊に伴い、米国などはエジプトとイスラエルの関係悪化を懸念していた。
一方、家族とともにシナイ半島の海洋リゾート地シャルムエルシェイクに入ったムバラク氏の動向は、その後伝えられていない。
デモの拠点となったカイロ中心部タハリール広場では12日、参加者が撤収作業を始めた。ムバラク派との衝突の際に使われた石やれんがの破片、泊まり込みのために使った毛布などが運び出され、清掃も行われた。
国営テレビによると、これまで午後8時〜翌朝6時の外出禁止令は、同日から午前0時〜同6時に緩和された。
2065
:
チバQ
:2011/02/13(日) 12:02:58
http://mainichi.jp/select/world/europe/news/20110213k0000m030029000c.html
ムバラク前大統領:「孤独なファラオ」国民に向き合わず
政府系紙「アルアハラム」(中央と右)は、「若者がムバラクを追いだした」と異例の扱いで伝えた=2011年2月12日、鵜塚健撮影 「孤独なファラオ」は、最後まで国民に直接向き合おうとしなかった。古代エジプトの王に擬せられる絶大な権力を約30年にわたりふるったムバラク前大統領(82)。圧制への若者らの怒りがインターネットを触媒に起爆したわずか18日間の「指導者なき革命」に、「王位」を追われた。
◇「救国の英雄」から「孤独なファラオ」に
「ムバラク大統領は辞任する」。衝撃の発表を11日夜に行ったのは右腕のスレイマン副大統領だった。前夜に本人が2度目の辞任拒否演説を行ってからわずか19時間後だった。
第4次中東戦争(73年)で空軍司令官として活躍し「救国の英雄」となり、最高権力者への道筋をつかんだムバラク氏。軍歴を含め60年を超える公務の主目的だったという「国民と国土の保護」の看板は、即時退陣を求める全国的な反政府デモのうねりの前に放棄した形だ。9月の任期切れで「尊厳ある退出」を行うとの希望は、あまりにも民意と乖離(かいり)していた。
ムバラク氏は81年のサダト元大統領暗殺後、副大統領から第4代大統領に選ばれた。中東最大の世俗国家の指導者として基本的に親米路線を維持。91年の湾岸戦争では多国籍軍に参加した。一方、03年のイラク戦争では国内外の反戦論の高まりで米英主導の進攻を批判、サウジアラビアと共同和平提案を行った。
対アラブ世界では、前政権下の79年にイスラエルと和平条約を調印して孤立したエジプトのアラブ連盟への復帰を89年に実現。中東和平では分裂したパレスチナ各派の仲介などを通じ、米主導の和平交渉を支援した。
内政面ではサダト氏暗殺に伴い発令した国家非常事態宣言を約30年にわたり維持し、独裁的な統治体制を強化。95年には訪問先のエチオピアでエジプトのイスラム過激派の暗殺未遂事件に遭遇した。
01年の米同時多発テロ後、ブッシュ米政権の圧力で民主化要求が強まり、05年の大統領選挙では複数候補制を導入したが、圧倒的多数の票を得て5選した。
同年の人民議会選挙では非合法の穏健派イスラム原理主義組織「ムスリム同胞団」が議席を伸ばしたため、民主化要求勢力の抑え込みに転じた。
近年は高齢による健康の衰えから後継問題が浮上しており、次男ガマル氏が今年9月に予定されていた大統領選挙に出馬して「権力世襲」するとの観測も流れていた。(カイロ支局長・和田浩明)
毎日新聞 2011年2月12日 19時38分(最終更新 2月12日 20時40分)
2066
:
チバQ
:2011/02/13(日) 12:04:24
http://www.asahi.com/international/update/0212/TKY201102120088.html
エジプト軍「選挙で新政権」 一時的な権限掌握を強調(1/2ページ)2011年2月12日15時0分
【カイロ=貫洞欣寛】エジプトのムバラク大統領の辞任に伴い、大統領の全権を受け継いだ軍最高評議会は11日夜(日本時間12日未明)、「評議会は国民が選挙で選ぶ正統な政府の代わりとなるつもりはない」とする声明を出した。軍の権限掌握は民主化に向けた一時的な措置との考えを強調しており、新たな政権づくりへの道筋を示せるかが今後の焦点となる。
「声明第3号」と名付けられた声明は、「国民の要望を達成するための諸方策を検討している」として、民政移行のために具体的にどのようなシナリオを描いているのか示していない。また、デモを主導した野党勢力への対応などについても触れていない。
ただ、評議会はムバラク氏の退陣が明らかになる前の11日午前に発表した「声明第2号」で、(1)混乱収束後の非常事態令の解除(2)総選挙の結果に関する不服申し立ての受理(3)憲法改正(4)自由で公正な大統領選挙の実施――を保証。さらに、権力移行が完結するまでは市民の要求に真剣に向き合うとしており、軍が民主化プロセスの後見役を担うとの姿勢を示している。
エジプト憲法では、大統領が辞任した場合は人民議会議長が権限を代行し、議会も解散した場合は憲法裁判所長官が代行する規定となっている。人民議会のスルール議長はムバラク氏の側近で、大統領選の立候補資格制限を発案した一人として国民の批判が強く、暫定大統領となればデモがさらに激しくなりかねない。また、スレイマン副大統領に対しても即時辞任を求める声が強く、ムバラク体制を支えた側近らをどう処遇し、関与させるのかも大きな課題となる。
退役軍人の軍事アナリスト、サフワト・ザイヤード氏は「軍は、スレイマン氏を続投させてデモを続ける国民に銃を向けるか、スレイマン氏らを使わず独自に移行政府をつくるかのどちらかを選ぶことになる。後者を選ぶだろう」との見方を示した。
一方、野党勢力はムバラク氏退陣と軍への全権移譲を歓迎している。最大野党のイスラム組織ムスリム同胞団は「独裁者を取り除いたことを神に感謝したい。軍の権限掌握は、市民社会づくりのための一時的な措置であると確信している」とコメントした。
民主化運動指導者エルバラダイ前国際原子力機関(IAEA)事務局長は「この日を何十年も待っていた。軍と市民が協力し、自由で公正な選挙を準備したい」と話している。
2067
:
チバQ
:2011/02/13(日) 23:02:12
http://sankei.jp.msn.com/world/news/110213/mds11021322160016-n1.htm
政変のチュニジアからイタリア南部の島に大量
AP通信によると、北アフリカのチュニジアの政変を逃れた大量の難民がイタリア南部ランペドゥーザ島にボートで押し寄せ、12日までの3日間で計約3千人となった。イタリア政府は「人道的非常事態」を宣言し、欧州連合(EU)欧州委員会に支援を求めた。
イタリア当局は難民を南部シチリア島などの収容施設に送り、亡命を認めるか強制送還するかを判断する。国連難民高等弁務官事務所によると、チュニジアでベンアリ政権が崩壊した先月半ば以降、漁船などに乗ってイタリアに到着する難民が増加。イタリア政府はテロリストが紛れ込んでいる可能性もあるとして警戒を強めている。(共同)
2068
:
チバQ
:2011/02/13(日) 23:11:25
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110213-00000139-reu-int
アルジェリアでも反政府デモ、当局が多数拘束との情報も
ロイター 2月13日(日)15時10分配信
2月12日、アルジェリアの首都アルジェで、ブーテフリカ大統領の退陣などを求める反政府デモが行われ、多数が拘束されたとの情報も。写真は警官に連行される男性(2011年 ロイター/Zohra Bensemra)
[アルジェ 12日 ロイター] アルジェリアの首都アルジェで12日、ブーテフリカ大統領の退陣などを求める反政府デモが行われた。これに対し、警察は数千人規模の機動隊を動員してデモ隊を鎮圧。約1000人が拘束されたという野党側の情報もある。
市内中心部の広場には反体制派の小規模なグループが集まり、エジプトのムバラク大統領辞任を報じる新聞を手に、「ブーテフリカは退陣しろ」などと叫んだ。その後は市内をデモ行進する予定だったが、機動隊が取り囲んで阻止。一部が警官に物を投げる姿も見られた。
この日のデモは、主要な労働組合や最大野党が支援するものではなく、1990年代に違法化されながら現在も影響力を持つイスラム過激派グループもほとんどが距離を置いている。
ただ、野党からの圧力を受けて、政府はこれまでに雇用創出や住宅改善を約束したほか、19年間続く非常事態宣言の解除を含む民主的改革を進める方針を明らかにしている。
抗議活動を支援した野党の関係者は、デモには7000人から1万人が参加し、約1000人が拘束されたとしているが、内務省は、広場に集まったデモ隊が約250人で、14人を拘束したものの直ちに釈放したとの声明を発表している。
2069
:
チバQ
:2011/02/14(月) 21:37:02
http://www.tokyo-np.co.jp/article/world/news/CK2011021402000030.html?ref=rank
エジプト 憲法停止、議会を解散
2011年2月14日 夕刊
【カイロ=内田康】ムバラク大統領(82)が退陣したエジプトで、大統領権限を委譲された軍最高評議会は十三日、憲法を停止し、人民議会(国会)も解散したと国営テレビを通じて発表した。自由な選挙実現のための憲法改正を検討する専門委員会を設置し、国民投票にはかる方針も表明。今後半年間あるいは大統領選など各選挙を実施するまで、同評議会が大統領権限を維持する意向を示した。
軍最高評議会が民主化に向けたプロセスを発表したのは初めて。ただ、大統領選の具体的な実施時期などは明らかにしていない。
憲法改正は委員会が草案を示し、国民投票によって承認するかどうかを決める。民主化の障害になっていた大統領選立候補要件の緩和などが改正の焦点になる。
人民議会は解散前、ムバラク大統領が率いた与党、国民民主党(NDP)が議席の圧倒的多数を占めていたが、選挙のたびに不正疑惑が浮上していた。
ロイター通信によると、二〇〇五年の大統領選に出馬した野党指導者アイマン・ヌール氏は、軍最高評議会の発表について「革命の勝利だ。反大統領デモ隊を満足させるだろう」と評価した。
また、暫定的な続投が決まったシャフィク首相らは十三日、ムバラク氏退陣後としては初めての閣議を行った。
2070
:
チバQ
:2011/02/14(月) 21:38:20
http://www.asahi.com/international/update/0214/TKY201102130158.html
エジプト、憲法停止 6カ月以内に大統領選と議会選
2011年2月14日10時27分
【カイロ=古谷祐伸】エジプトのムバラク前大統領(82)の退陣で全権を握った軍の最高評議会は13日、評議会による統治期間を今後6カ月か、新政権の発足までとする声明を発表した。この間に憲法改正に関する委員会を設置。憲法改正の国民投票を行った上で大統領選や議会選を実施するなど、民主化に向けた今後の見通しも示した。
国営テレビが伝えた声明によると、民政復帰に向けたプロセスは、憲法の停止▽議会上下院の解散▽憲法改正に向けた委員会の設置▽憲法改正のための国民投票▽大統領選と議会選の実施、との流れになる。大統領選への立候補資格を限定した現行憲法の停止や議会解散には、「ムバラク色」を一掃し、社会を安定させる狙いがあるとみられる。
民政復帰までの間、軍最高評議会議長や国防相を務めるムハンマド・タンタウィ元帥(75)が国家元首を務める。現シャフィク内閣は継続し、イスラエルとの平和条約など国際条約は引き続き順守する。
声明は「我々は民衆の要求を達成する。自由や法の支配、平等、複数政党の参加、社会正義、腐敗の根絶は、今後の国を導く統治の基礎になる」との理念を表明。評議会による統治は民主化のための一時的なものとの立場を改めて示した。
軍部の方針に対し、野党勢力などは前向きだ。2005年の大統領選に野党から出馬し、のちに逮捕されたアイマン・ヌール氏は「革命の勝利だ」。デモを呼びかけた若者グループの幹部もロイター通信に「軍は我々の要求を満たそうとしている」と述べた。
デモ隊が残るカイロ中心部のタハリール広場は、13日朝から軍がテントなどの撤去を始め、平穏が戻りつつある。シャフィク首相は13日の記者会見で「すべては平穏に戻った」と強調。治安の回復を急ぐ考えを示した。当初デモ隊に厳しく対処した警察は国民の信頼を失っており、複数の警察署がデモ隊に焼き打ちされるなど、警察はまだ完全には機能していない。
一方、逮捕された仲間の解放などを求めるデモ隊は、「まだ要求が満たされていない」として、少なくとも毎週金曜日に大集会を開く方針だ。広場に居座りを続ける市民もおり、デモが再燃する可能性もある。
2071
:
チバQ
:2011/02/14(月) 22:20:51
http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20110214-OYT1T00798.htm
デモ激化「お前のせい」ムバラク2世兄弟げんか
【カイロ=新居益】エジプトのムバラク前大統領(82)の息子二人が、前大統領の辞任前日の10日、反体制デモ激化の責任を巡って大げんかをしていたと、13日付の同国紙アル・アクバルが報じた。
前大統領が10日、大統領宮殿内でテレビ演説の収録中、別室で長男アラア氏(49)が次男ガマル氏(47)を「お前が自分の友人を登用し過ぎたから、こうなった」となじった。殴り合いに発展する直前、側近が仲裁に入ったという。
アラア氏は富裕なビジネスマン。一方、ガマル氏は国民民主党で政策委員長を務め、前大統領の後継者とみられていた。ガマル氏は影響力を行使して、多くの友人を同党幹部や内閣に送り込んでいたとされる。
(2011年2月14日19時48分 読売新聞)
2072
:
チバQ
:2011/02/15(火) 00:36:23
http://mainichi.jp/select/world/news/20110215k0000m030086000c.html
エジプト:改憲・選挙、具体策示されず 民政移行残る課題
カイロのタハリール広場で、反政府デモの犠牲者を悼む市民たち=2011年2月13日、伊藤智永撮影 【カイロ樋口直樹】ムバラク政権の崩壊でエジプトの実権を握った軍最高評議会が13日、今後の民主化プロセスを明らかにした。旧政権を支えた人民議会(国会)を解散、憲法を停止するとともに、憲法改正や人民議会選挙、大統領選挙への道筋を示した。反政府デモ参加者や野党はおおむね歓迎している。だが、6カ月の民政移行期間中、改憲案などに民意を反映させるための具体策や選挙日程などはまだ示されておらず、課題は残る。
◇憲法改正◇
「革命の勝利だ」。民主化プロセス発表を受け、05年の前回大統領選でムバラク氏と争った野党「ガッド党」創設者、アイマン・ヌール氏は地元メディアに語った。抗議デモの拠点、カイロのタハリール広場でも「軍と国民は一体だ」とのシュプレヒコールが続いた。
だが、憲法改正の行方を不安視する人は少なくない。連日抗議行動に参加した技術者、エッサムさん(56)は「軍部もムバラク政権の一部だったことに違いはない」と指摘。「憲法改正委のメンバーはまだ分からない。民意は本当に反映されるのか」と不安げな表情を見せた。
憲法改正は、民主的な選挙を行う上で死活的な意味を持つ。最大野党の穏健派イスラム原理主義組織「ムスリム同胞団」は54年に非合法化されたうえ、07年の憲法改正で宗教政党の活動が禁止されたため、憲法や関連法令の改正無しには公正な選挙に臨めない。
同胞団が合法化されれば、議会選挙で大きな勢力を得る可能性が高いが、合法化されない場合、不満が鬱積し政情不安の要因にもなり得る。
一方、5期30年に及ぶムバラク政権を制度的に支えた、大統領選の厳しい立候補条件の緩和や、多選規制も重要課題だ。大政党の後ろ盾が無くても、無所属候補が公正な選挙で戦える制度づくりがカギとなる。
◇選挙日程◇
軍最高評議会は民政移管のスケジュールについて「今後6カ月間、または人民議会選挙、諮問評議会(大統領の助言機関)選挙、大統領選挙が行われるまで暫定的に統治する」と明らかにした。だが、憲法改正案の提示▽国民投票による承認▽両議会選挙▽大統領選挙−−の具体的な日程には触れていない。
こうした民主化プロセスが、ムバラク前大統領時代に発足したシャフィク内閣の下で進められることにも反発がある。タハリール広場に残り続ける人々は「前政権の残滓(ざんし)の一掃」を訴え、「暫定政権」に指名されたシャフィク内閣を拒否している。
現地ジャーナリストの一人は「軍を賛美する国民の声の裏側には、自分たちを裏切らないでほしい、という思いがある」と言い、国民に軍政への一抹の不安があると解説する。
2073
:
チバQ
:2011/02/15(火) 00:41:35
http://www.asahi.com/international/update/0214/TKY201102140342.html
イスラエル参謀総長にガンツ氏就任 軍事戦略見直し急務2011年2月14日21時58分
. 【エルサレム=井上道夫】イスラエル政府は13日、閣議を開き、軍制服組のトップ、アシュケナジ参謀総長の後任としてベニー・ガンツ前副参謀総長(51)の就任を承認した。ガンツ氏は14日に就任した。
同国は、アラブ諸国の中で数少ない友好国、エジプトのムバラク大統領が反政権デモで辞任を余儀なくされたことを懸念。特にエジプトが管理する海上航行の要所スエズ運河や、シナイ半島方面に関する軍事戦略の見直しが急務になっている。
ガンツ氏は1979年に軍士官学校を卒業。2002年に北軍管区司令官に就任。武官として米国勤務の経験があり、米軍とのパイプも太い。
.
2074
:
チバQ
:2011/02/15(火) 00:43:04
http://www.asahi.com/international/update/0214/TKY201102140065.html
カイロのタハリール広場、デモ隊撤収はじめ「観光地化」2011年2月14日13時42分
カイロで13日、市民らにより清掃され、車の通行が再開されたタハリール広場前の大通り=越田省吾撮影
【カイロ=北川学】ムバラク前大統領の即時退陣を求める反政府デモが続いたカイロ中心部のタハリール広場で、デモ隊のテントなどが撤去され、13日午後から車の通行が再開された。占拠していたデモ参加者も相次いで撤収しており、広場は以前の姿を取り戻しつつある。
広場では、デモに参加していた若者たちが率先して路肩のごみを片づけたり、スローガンが書かれた横断幕を取り外したりしていた。革命の「聖地」を見ようと訪れる市民も絶えない。軍の戦車や装甲車をバックに写真を撮る人も多く、まるで新しい観光地のようだ。
その一方、ロータリーの芝生の上で座り込みを続けようとする人もいた。デモに2週間参加し続けた警備員ウード・ムハンマドさん(32)は、「警察に暴行されて腕の骨が折れ、頭もけがした。警察や内務大臣の責任が明らかになるまで、自分は帰らない」と話した。
http://www.asahi.com/international/update/0213/TKY201102130145.html?ref=reca
ツタンカーメン像など18点盗難 エジプト考古学博物館2011年2月13日22時52分
【カイロ=古谷祐伸】エジプト考古省は13日、ムバラク前大統領退陣を求める民衆デモで起きた騒乱の最中に、カイロ中心部のエジプト考古学博物館から収蔵品18点が盗まれていたと発表した。中にはツタンカーメン王の像2点も含まれていたという。考古省は警察と協力して捜査を始めている。
主な盗難品は、博物館2階に展示されていた「女神に運ばれるツタンカーメン王の像」と、「もりをうち込むツタンカーメン王の像」の胴体と腕の部分。いずれの像も金ぱくが施された木製。多神教から一神教へ宗教改革を進めたことで知られるファラオ、アメンホテプ4世(別名アクエンアテン)が供物のトレーを捧げている石灰岩製の立像もなくなっていた。
治安当局とデモ隊の衝突が激化した1月28日夜、泥棒が博物館の天井の窓から内部に侵入した。考古省のザヒ・ハワス大臣は今月6日、収蔵品70点が傷つけられたものの、修復は可能だと発表していたが、盗難被害の有無については触れていなかった。
エジプト考古学博物館は、ツタンカーメン王の黄金のマスクなど10万点以上の収蔵品を誇り、ピラミッドと並ぶエジプト観光の目玉。民衆デモの拠点となったタハリール広場に隣接しており、騒乱の影響で閉館している。再開の日程は決まっていない。
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2075
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:2011/02/15(火) 06:59:05
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チバQ
:2011/02/16(水) 00:10:13
http://sankei.jp.msn.com/world/news/110215/mds11021523450015-n1.htm
軍、若者に結党促す 同胞団“一人勝ち”懸念も
2011.2.15 23:44
【カイロ=大内清、黒沢潤】ムバラク政権が崩壊したエジプトで反政府デモの中核グループの一人だった米ネット検索大手グーグルの地域幹部ワーエル・ゴネイム氏は15日までに、全権を掌握する軍最高評議会が若者グループに政党結成を促したと明らかにした。半年以内をめどに行われる議会選や大統領選に向けた動きが加速している。
ほかにも旧与党・国民民主党(NDP)の若手が14日、「新エジプト青年党」の創設を発表し、非合法のイスラム原理主義組織ムスリム同胞団も、政党・結社の自由が保障されれば結党を検討すると表明した。
軍最高評議会が、若者グループに政党結成を促した背景には、国内外の民主化要求に一定程度応えようという考えのほかに、既存野党が脆弱(ぜいじやく)でNDPも弱体化した現状で選挙を行えば、組織力がある同胞団が“ひとり勝ち”するのではないかとの懸念があるようだ。
「大統領選に候補は立てない。議会での過半数も求めない」。同胞団幹部からは最近、自信の表れとも、票が伸びなかった場合に備えた予防線とも受け取れる発言が相次いでいる。
同胞団が実際にどこまで支持を集めるかは未知数だが、現在のエジプト政界で現実に集票力のある組織は、同胞団だけといってよく、軍には警戒感も強い。同胞団幹部らの発言は、そんな「同胞団脅威論」に配慮したものとみられる。
軍が今回、若者グループに新党結成を呼びかけたのは、デモに大きな役割を果たした若年層を懐柔するとともに、議会選の実施前に若者の不満の受け皿を整備したいとの狙いがある。
一方、汎アラブ紙アッシャルクルアウサトによると、アラブ連盟のムーサ事務局長は大統領選へ準備を開始。2005年の前回選挙でムバラク氏の「対抗馬」として注目を集めた野党ガッド党党首、アイマン・ヌール氏も出馬表明した。出馬に意欲をみせていたエルバラダイ国際原子力機関(IAEA)前事務局長は、ここにきて出馬を否定、「40〜50歳代の大統領が望ましい」と話す。
一方、最高評議会は改憲委員会の委員長に、司法の独立性を強く主張してきたターリク・ビシュリ元判事を起用。10日以内に改憲案をまとめるよう指示した。シャフィク首相は14日、英国のヘイグ外相と電話会談し、来週中にも内閣改造を行い、野党代表者を入閣させる方針を示した。
2077
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チバQ
:2011/02/16(水) 00:23:18
http://www.tokyo-np.co.jp/article/world/news/CK2011021502000032.html
イランで数千人デモ 改革派、警官隊と衝突
2011年2月15日 朝刊
【カイロ=内田康】イランの首都テヘランで十四日、改革派市民による数千人規模の反政府デモが強行された。警官隊はデモ隊に向け催涙弾を使用しており、負傷者が出ている可能性がある。ロイター通信が伝えた。
テヘランのデモは、独裁政権を大規模デモで崩壊させたチュニジアやエジプトの国民に「連帯」を示すため、二〇〇九年六月の大統領選挙に立候補した改革派のムサビ元首相(68)らが治安当局に許可を求めていた。当局はこれを拒否したが、改革派は無許可のままデモを強行した。
英BBCによると、大勢のデモ参加者が逮捕され、インターネットなどの通信手段は遮断されたという。
ロイター通信が伝えた目撃者の情報では、中心部イマーム・ホセイン広場周辺で、治安部隊がデモ隊に向け催涙弾を発射、近くの地下鉄駅の出入り口を閉鎖してデモ参加者の集結を阻止している。ムサビ氏の自宅周辺は当局に封鎖され、デモに参加できない状態だ。また、中部イスファハンでは改革派数百人が街の広場に集まっているとの報道もある。
イランでは、保守強硬派のアハマディネジャド大統領(54)が再選を果たした〇九年六月の大統領選で不正があったとして、改革派による反政府デモが断続的に行われ、死傷者が出た。デモ隊は治安当局によって封じ込められ、〇九年十二月のデモを最後に反政府活動は影を潜めていた。
2078
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チバQ
:2011/02/16(水) 00:29:40
http://www.asahi.com/international/update/0215/TKY201102150670.html
民主化デモ、飛び火 バーレーンで2人死亡2011年2月15日23時45分
【カイロ=貫洞欣寛】チュニジアとエジプトで政権を覆した民主化要求デモが、他の中東諸国でも勢いを増している。シーア派のイスラム教徒が多数を占めながら、支配する王家がスンニ派のバーレーンでは、シーア派の権利拡大を求めるデモが拡大。イエメンでは、長期政権のサレハ大統領の退陣を求めるデモが5日にわたって続いている。
ペルシャ湾岸の産油国バーレーンでは14日、就職差別などを訴えるシーア派の市民が各地で権利拡大や民主化を求めるデモをし、催涙ガス弾やゴム弾を撃つ警官隊と衝突して1人が死亡。15日には、犠牲者の葬儀に集まった群衆と警官隊が衝突し、新たに1人が死亡した。
この事態を受け、議会(定数40)の最大会派で穏健シーア派のイスラム国民統合協会(18議席)が、議会のボイコットを決めた。
シーア派住民はチュニジアやエジプトにならってインターネットの交流サイト、フェイスブックなどで若者らがデモを呼びかけている。これに対し政府は11日に、「国民憲章制定10周年」を名目に全世帯に1千バーレーン・ディナール(約22万円)を配ってなだめようとしたが、デモは収まる気配を見せていない。
イエメンでは、約20年にわたり大統領の座にあり、息子への世襲のうわさもあったサレハ大統領の退陣や民主化を求めるデモが5日にわたり続いている。連日、数千人の反政権デモ隊が出る一方、「政権支持」を主張するグループもデモを行い、緊張した状態が続いている。
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チバQ
:2011/02/16(水) 00:30:24
http://www.asahi.com/international/update/0215/TKY201102150586.html
反米化防げ 米、中東に電話攻勢 エジプト政権崩壊受け(1/2ページ)2011年2月15日22時58分
. 【ワシントン=望月洋嗣】エジプトのムバラク政権崩壊で中東外交の「礎石」を失ったオバマ米政権が、地域の安定化に向けて矢継ぎ早に動いている。関係国の首脳らと精力的に連絡を取る一方、「民主化ドミノ」を恐れる国には高官を派遣。エジプトで「秩序ある民主化」を実現するため、過去の「市民革命」の事例も研究しているという。
ムバラク大統領辞任から一夜明けた12日、オバマ米大統領は英国のキャメロン首相やトルコのエルドアン首相、ヨルダンのアブドラ国王らと相次いで電話会談。バイデン副大統領も13日までにイラク、クウェート、アラブ首長国連邦の首脳らと電話で会談したという。
ホワイトハウスによると、オバマ大統領は各国首脳との会談で「民主主義は中東地域にさらなる安定をもたらす」との考えを示し、エジプトの民主化を支援する意向を表明した。だが一方で、米政府は中東が「民主化ドミノ」で混乱したり、反米政権ができたりすることを強く警戒しており、そうした事態を防ぐための外交努力にも力を入れている格好だ。
エジプトとともに米国の中東外交を支えてきた親米のヨルダンには、バーンズ国務次官と米軍制服組トップのマレン統合参謀本部議長を急きょ派遣。国王や首相、外相らとの会談で、米国がヨルダンの政治、経済改革を支援する意向を伝えたという。反米に傾かないよう、米国が主導権を握りたいとの意思表示だ。
また、クローリー国務次官補は14日、イエメン、アルジェリア、バーレーンの反政府デモの動きを注視していると明らかにした。
一方、米紙ワシントン・ポストによると、ドニロン米大統領補佐官(国家安全保障担当)は、親米的な独裁国家が崩壊した過去の事例の研究を指示した。オバマ政権はエジプトが民主化を経て、イランのような反米イスラム国家になることを警戒している。このため、世界最大のイスラム人口を抱え、1990年代末からの民主化移行後も比較的安定しているインドネシアに注目しているという。
オバマ大統領は小学生時代をインドネシアで過ごした経験があり、ムバラク氏辞任を受けた11日の声明で、エジプトの「市民革命」をインドネシアの民主化運動になぞらえて称賛していた。
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チバQ
:2011/02/16(水) 00:31:00
http://www.asahi.com/international/update/0215/TKY201102150487.html
ベルルスコーニ首相を起訴 未成年者買春罪・職権乱用罪2011年2月15日21時19分
【ローマ=南島信也】イタリアのベルルスコーニ首相(74)の少女買春疑惑で、ミラノ地裁の予審判事は15日、首相を未成年者買春罪と職権乱用罪で起訴した。初公判も4月6日に決まり、主要国首脳会議(G8)メンバー国の首脳の乱れた私生活が、法廷で問われる前代未聞の事態となった。首相のスキャンダル発覚後、国会は空転しており、解散総選挙への流れが強まりそうだ。
首相は昨年2〜5月、ミラノ郊外の首相の自宅や別荘で17歳(当時)のモロッコ人少女を買春したとされる。首相は少女に7千ユーロ(約79万円)を支払ったが、首相、少女とも買春の対価ではないとし、性的関係も否定している。
また首相は、少女が窃盗容疑で逮捕された際に、警察幹部に電話で「少女はエジプトのムバラク大統領の親戚なので、早く釈放するように」と働きかけたとされ、職権乱用の罪にも問われた。
予審判事は、ミラノ地検が提出した782ページにも及ぶ捜査報告書を検討。予備審問を省略した起訴・即時裁判を行うよう求めていた地検の要請について、予審判事は立件に向けた十分な証拠があると認めたものとみられる。
首相はこれまで、贈賄罪などで計106回訴追されてきた。しかし、首相在任中は自らを訴追の対象外とする免責法や、出廷を免除される特権法を成立させるなどして裁判を引き延ばし、そのほとんどで犯罪事実そのものは認定されながら、時効によって無罪判決を受けてきた。
現在も、裁判で偽証する見返りに英国人弁護士に60万ドルの賄賂を渡したとされる贈収賄事件の被告になっている。
首相は公判には出廷しない見通しだが、地検は「首相は相当な数の若い女性を買春した」と主張。また、地検の主任検事は女性で、地裁の判事も3人とも女性という状況の法廷で、首相のプライバシーが赤裸々に明らかにされることになり、大きな政治的打撃を受けるのは必至だ。
首相は15日、チュニジアの難民問題について地元と協議するため南部シチリア島を訪れ、記者会見を行う予定だったが、起訴を受けて予定をキャンセルし、急きょローマに戻った。
2081
:
チバQ
:2011/02/16(水) 00:39:51
http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20110215-OYT1T00308.htm
エジプト各地でスト相次ぐ…不満一気に噴出
【カイロ=田尾茂樹】ムバラク政権が崩壊したエジプト各地で14日、賃上げなどを求める労働者のストライキやデモが相次いだ。
AFP通信などによると、首都カイロでは、交通局の職員約3000人のほか、一部銀行や政府機関でも職員がストを行った。カイロ郊外では、繊維工場の労働者約5000人が待遇改善を求めて座り込みを実施し、救急隊員約500人もストに参加した。北部アレクサンドリアの銀行や工場、病院でもストがあった。
デモやストの参加者は、「幹部職員は前政権との癒着で腐敗している」と主張し、辞任や更迭を求めた。
強権的なムバラク体制下で抑え付けられてきた労働者の不満が政権崩壊を機に噴出した形で、民政移行まで暫定的に国家を統治する軍は、新たな社会不安につながるとして警戒を強めている。軍は14日の声明で、「治安や経済に大きな打撃となる」として、国民に対し、ストをやめて経済復興に協力するよう求めた。
(2011年2月15日11時30分 読売新聞)
2082
:
テレホンセックスしたい人大集合
:2011/02/16(水) 10:03:08
z:I%Uj*$, www.telephonesexbox.com, テレホンセックスしたい人大集合,
http://www.telephonesexbox.com/
2083
:
チバQ
:2011/02/17(木) 00:13:46
http://sankei.jp.msn.com/world/news/110216/mds11021622110008-n1.htm
改憲案の策定始まる 「ムバラク路線」踏襲に懸念
2011.2.16 22:10 (1/2ページ)
15日、反ムバラク派のデモ隊らが姿を消し、交通機関が動き出したカイロ中心部のタハリール広場(AP)
【カイロ=大内清】ムバラク政権が崩壊したエジプトの改憲委員会メンバーが15日、全権を掌握する軍最高評議会によって任命され、改憲案の策定作業が始まった。最高評議会は「10日以内」という日程を示し、早期の民政移行に向けた改憲手続きを進める姿勢を示しているが、その半面、審議時間が少ないことから改正は小幅にとどまらざるを得ないとの見方が強い。抜本的な改革を求める民主化勢力からは「表面的な変化で終わってしまう」と懸念する声も出始めている。
改憲委員会は元判事のビシュリ委員長のほか、7人の法律家で構成され、イスラム原理主義組織、ムスリム同胞団のメンバーも含まれている。最高評議会が指示したのは、(1)大統領選の立候補資格の緩和(2)大統領の再選回数の制限(3)司法による選挙監視(4)非常事態令の解除−などに必要な条文の見直しで、これらは、ムバラク前大統領が辞任前日の10日にテレビ演説で約束したものとほぼ同じだ。
前政権が設置した改憲委に参加した法律家のヤヒヤ・ガマル氏は「まずは民主選挙を可能にする最小限の改正を行い、さらなる改憲は新政権で実現すればいい」と理解を示す。
ただ、「ムバラク路線」の踏襲ともいえる最高評議会の方針に対しては異論も多い。民主化勢力に近い弁護士の一人は「憲法で認められている予算配分などに関する大統領の強大な権限をどう制限するかという議論がない」と指摘、最高評議会が独裁的な支配を可能にする仕組みを温存しようとしているのではないか−との疑念を示している。
委員の人選にも注目が集まる。同胞団幹部のソブヒ・サーレフ弁護士が選出されたほか、ビシュリ委員長も、司法の独立性を主張する硬骨漢として知られる半面、イスラム学者の家系に生まれ「イスラム色が強い」(汎アラブ紙アルハヤート)とされるためだ。
軍としては同胞団の伸長を警戒する一方、事実上の最大野党、同胞団を政治プロセスから排除することは現実的な選択肢でない。前政権末期から顕著となった同胞団をプロセスに取り込みつつ、出方をうかがう動きの一環とみられる。
2084
:
チバQ
:2011/02/17(木) 00:16:45
http://jp.wsj.com/World/Europe/node_184070
ムスリム同胞団が持つ二面性−改革派と守旧派
2011年 2月 16日 20:45 JST
【カイロ】29歳の好青年、モアズ・アブデル・カリムは、カイロで最近のデモを計画した若き活動家の一人だが、ムスリム同胞団の新しい側面の代表と言える。女性の権利、宗教的自由、政治の多元的共存についての彼の考え方は、西側の民主主義的価値と一致する。彼は、エジプトで民主主義と人権を勝ち取ることに取り組んでいる。
ムスリム同胞団が持つもうひとつの顔は、昨年1月に最高指導者に就任した保守派で66歳の獣医、モハメド・バディだ。バディ氏は最近、ムスリム同胞団がユダヤ人に対して「聖戦の御旗を引き続き掲げる」方針を明らかにするとともに、ユダヤ人は同胞団にとって「第一、かつ最大の敵」だと述べている。彼は米国の「帝国主義」に反対し、イスラム国家建設の必要性を唱えている。
1979年のイラン革命以来、この地域で最も劇的となった市民蜂起を受けて、ムバラク大統領が今月11日に辞任。ムスリム同胞団はエジプト政治の重要な役割を担おうとしている。そこで多くの人が抱く疑問は、「誰の同胞なのか」ということだ。
1月25日から始まったデモを組織するうえで重要な役割を演じ、在任期間29年のムバラク大統領を辞任に追い込んだのは、カリム氏と、彼よりもさらに若く寛容な仲間達だ。しかし、依然として、ムスリム同胞団の指導部の大半を占めるのは、保守的で反西側の守旧派だ。
バディ氏は昨年9月、同胞団のウェブサイトの記事の中で、米国についてこう書いている。「モラルと人間の価値を擁護しない国が人類を導くことは不可能だ。アッラーの思し召しによれば、そのような国に富は根付かない」
バディ氏の文章はこう続く。「レジスタンスがユダヤ・米国の尊大と専制に対する唯一の解決だ。アラブとイスラムの人々に必要なことは、レジスタンスの支持である。・・・ガザのムジャヒディン(聖戦士)の兄弟に告ぐ。辛抱し、聖戦を貫け。そうすれば、アッラーとともに生きられるということが分かるだろう」
カリム氏は14日、世俗派数グループの若きリーダーとともに記者会見を行い、エジプトの民主主義移行の進め方について意見を述べ、軍の協力を称賛した。彼らの第一の主張は、広範な野党勢力を含む統一政府の実現だ。
ムスリム同胞団は、12日に自由公正な選挙を求めた同様のメッセージを発表している。同胞団は、同組織の政権奪取に対する懸念を和らげるために、大統領選挙で候補を擁立せず、議席の過半数取得を目指さない方針も示した。
しかしながら、エジプト人も海外も慎重な見方を崩していない。ムスリム同胞団が今後、新たに得る政治的利益をどのように利用するのか、また同組織の穏健派が影響力を維持できるのかが不透明なためだ。
米ケント州立大学の政治学教授で、エジプトで長年ムスリム同胞団の研究を行ったジョシュ・スタシェル氏は、「同胞団の全容は明らかになっていない。大きな集団で、さまざまな意見が存在する。イスラエルを常に非難する者もあれば、イスラエルに関心を示さず、識字率の向上に熱心な向きもある」と述べた。
2085
:
チバQ
:2011/02/17(木) 00:17:23
イスラエルは、ムスリム同胞団に穏健派がいるとするなら(イスラエル政権幹部の多くはこのことに疑問を抱いている)、その穏健派が急進派に駆逐される可能性を懸念している。
ムスリム同胞団の保守派はここ何年も、反イスラエル的なコメントを出し、イスラム原理主義組織ハマスに資金援助を行ってきた。イラク、アフガニスタンの米兵士に対する攻撃を支持する発言も行っている。
米国は、静観する構えのようだ。オバマ大統領はフォックス・ニュースのインタビューで、ムスリム同胞団の反米姿勢は認識しているとしながらも、同胞団はエジプトで大多数の支持を得ておらず、政治プロセスに含まれるべきとの見方を示した。大統領は、この問題を「ムスリム同胞団か、エジプト市民の抑圧かの二者択一にしないことが重要だ」述べている。
非合法のムスリム同胞団は、若年層と年配者、改革派と強硬派の対立を抱えている。エジプト政府が国家の脅威として留意してきたのは強硬派だ。
しかし近年、同胞団の中でも現実路線の陣営が、世俗的な野党活動家と手を結んだ。彼らがムバラク大統領を辞任に追い込んだことで、守旧派との権力争いに有利に働いたもようだ。
1990年代にムスリム同胞団を去り、中道党を結成したエッサム・スルタン氏は、「ムスリム同胞団自体に革命の功績はないが、一部派閥にはそれがある。彼らは総じて近代的な考え方を持っている。このことで、同派閥は高い評価を得るべきだ」と述べた。
一部の派閥が勢いを得たことにより、ムスリム同胞団の穏健派が影響力を不動のものにできるのかどうか、また、彼らの政策は具体的にどのようなものになるのか――はまだわからない。
ムバラク大統領の辞任がまだ不透明だった9日、ムスリム同胞団の指導評議会(Guidance Council、12人で構成)の改革派のひとり、エッサム・エルエリァン氏は声明を発表、同胞団はイスラム国家の創設を求めておらず、男女平等とキリスト教徒を認め、イスラエルとのキャンプデービッド合意を破棄しない方針だと明らかにした。これとは異なる信条を過去に示した者は誤解されており、ムスリム同胞団を代弁していないとエルエリァン氏は述べた。
ムスリム同胞団は、1928年にスエズ運河の町イスマイリアで22歳の学校教師が創設した。同組織は1940年代、英国の占領と闘うために暴力も行使した。
1952年には、青年将校らと協力して国王を追放。ガマール・アブドゥル・ナセル氏を大統領の座に就けたが、その2年後にはナセル大統領暗殺の企てに関与したとされた。ナセル大統領はムスリム同胞団に対して厳しい弾圧を行い、指導部を投獄、党員は国外追放された。
ムスリム同胞団は1972年に正式に暴力を放棄したが、一部は武力的な道に進んだ。一部の元党員は、1981年のサダト大統領暗殺に関与したグループを創設、別のメンバーはアルカイダと組んだ。
1970年代末から1980年代初め、左派の古参メンバーとイスラム学生活動家は、大学を舞台に互いに激しく対立した。この対立などで、エジプトの野党は影響力を失っていった。
しかし、2005年の議会選挙でムスリム同胞団は大勝利を収め、88議席と過去最高の議席を獲得した。同胞団は公式には非合法組織であるものの、無所属として候補者擁立を許された。
政治から距離を置く強硬派と比べ、多くのムスリム同胞団の議員は現実主義だ。他のグループとの交渉に積極的で、譲歩も厭わない。議会で非常事態法の延長に注力したことで、世俗主義の野党指導者から賛同を得た。
2086
:
チバQ
:2011/02/17(木) 00:17:41
また、ムスリム同胞団の議員は、司法の独立を主張し、報道の自由を推進。出版規制もせず、女性にイスラム的な服装を強制することもしなかった。
エジプト政府は、ムスリム同胞団の議会での成功に対して、非情な弾圧で応酬した。強硬派の指導者ではなく、穏健派を弾圧したのである。
逮捕された数百人には、教育や医療改革法案の作成を手掛けた18人のムスリム同胞団議員が含まれていた。指導評議会のメンバー12人のうち、現実主義者のリーダー格も逮捕された。
穏健派の逮捕によって生じた力の空白は、守旧派によってすぐに埋められた。守旧派は2007年、穏健派の主張を大部分なぞった政策要綱を発表した。
要綱は、女性とキリスト教徒に大統領への立候補資格を認めない内容だった。宗教的な評議会が法律の署名を行うことも求めていた。
同胞団の内部では、守旧派と改革派の対立が表面化し始めた。穏健派は、政策要綱は素案に過ぎず、正式に採用されることはないと批判した。
関係筋によると、2008年に行われた指導評議会の選挙は強硬派が圧勝し、改革派の当選は1人にとどまった。
この時期、ネットを通じて他のグループの活動家との関係が構築された、とムスリム同胞団の青年部のカリム氏は言う。「新たなメディアによって、他との連携ができた。人権問題や政治問題など、共通点があるということに気が付いた」とカリム氏は述べた。
従来、ムスリム同胞団と世俗主義政党の連携は、トップダウン型で、政治的な必要性に迫られた短命の性格を帯びていた。しかし現在、ムスリム同胞団と協力関係にある若い活動家は、直近の連携はもっと有機的なものだとしている。
守旧派が指導部で影響力を増すなか、カリム氏と若い幹部の不満は膨らんでいった。カリム氏らは、世俗主義活動家のように民主主義を求めて抗議しなければ、国民の支持を失うと年配者に訴え始めた。
08年11月、ムスリム同胞団の当時の最高指導者マハディ・アキフ氏は、「エジプトでみられる専制」に対抗するため、「全政治勢力および市民社会の結集」を呼びかけた。
アキフ氏からはコメントは得られていないが、内部関係者によると、指導部が若年幹部の離反を招くリスクを認識したことが転換点となった。
2010年2月、野党グループの連携を促すため、エルバラダイ氏がエジプトに戻った時、ムスリム同胞団はエルバラダイ氏を支持、正式に連携を決めた。
1月のチュニジア暴動後、カリム氏を含むムスリム同胞団の青年らは他の青年活動のリーダーと密かに会い、エジプトで同様の蜂起を計画することを決めた。
カリム氏を含む青年リーダー12人は、治安部隊を出し抜くためにはどのようにデモを実施したらよいか、2週間密談を重ねた。
当初、ムスリム同胞団の指導部は、青年達の努力にお墨付きを与えなかった。しかし最終的には、個人参加の扱いでデモを許可。また、過去のムスリム同胞団ならやっていそうな、「イスラムこそが解決手段」といった宗教スローガンを掲げることや、コーランをかざすことを控えることでも合意した。
記者: CHARLES LEVINSON
2087
:
チバQ
:2011/02/17(木) 00:22:52
>>919
とか
http://www.jiji.com/jc/c?g=int_30&k=2011021600486
元主治医、不屈の挑戦=大統領選18日投票−ウガンダ
【ロンドン時事】18日投票の東アフリカ・ウガンダ大統領選で、25年に及ぶ長期支配を続けるムセベニ大統領(66)に元主治医の野党候補キザ・ベシジェ氏(54)が3度目の戦いを挑んでいる。
ベシジェ氏は1980年、当時のオボテ独裁政権と戦ったムセベニ氏率いる反政府勢力、国民抵抗運動(NRM)に軍医として参加。ムセベニ氏の主治医を務め、側近となった。86年のムセベニ政権誕生後も要職を歴任したが、次第に大統領と疎遠になり、99年には公然と政権の汚職体質を批判し始めた。
大統領選にも2001年と06年の2回出馬。28%の得票で69%のムセベニ氏に敗れた01年選挙後には国家反逆容疑で逮捕され、保釈後、南アフリカ共和国などへの亡命を余儀なくされた。
06年の前回大統領選出馬のため帰国した05年には国家反逆に加え強姦(ごうかん)容疑でも逮捕され、獄中でまともな選挙運動はできなかった。それでも37%を得票し、59%のムセベニ氏を脅かした。(2011/02/16-14:23
2088
:
チバQ
:2011/02/17(木) 00:23:33
>>2078
http://www.tokyo-np.co.jp/article/world/news/CK2011021602000189.html
バーレーン 占拠広場で徹夜抗議
2011年2月16日 夕刊
【カイロ=内田康】ペルシャ湾に浮かぶ島国バーレーンの首都マナマで、中心部の「真珠広場」を占拠した反政府デモ隊は十五日夜、広場にテントを設営し、徹夜の抗議活動を始めた。エジプトのムバラク大統領(82)が辞任するまでカイロ中心部のタハリール(解放)広場に陣取ったデモ隊にならった手法。バーレーン情勢は緊迫度を増している。
広場を占拠したデモ隊は十五日夕方(日本時間同日深夜)の段階で数千人規模に膨れあがった。徹夜を始めた人数は明らかでない。現在のところ、広場で治安部隊との衝突は起きていないもようだ。
ロイター通信などによると、デモ隊はイスラム教シーア派の住民が中心。スンニ派の王室など支配層によるシーア派住民への差別解消のため、憲法改正やハリファ首相の辞任などを訴えている。政府の対応が不十分な場合、王制打倒に動く可能性も否定できない。
バーレーンは国民の八割を占めるイスラム教徒のうち、七割がシーア派で、三割がスンニ派。ハマド国王ら支配層はスンニ派で、シーア派は軍や警察に就職できないなどの差別を訴えている。
シーア派は、直接選挙による国民議会の下院(定数四〇)に十八議席を維持するが、首相は国王が任命。諮問評議会(上院、定数四〇)の任命権も国王が握っており、民主化のためには、憲法改正が必要と訴えている。
バーレーンは親米の外交方針を維持。マナマには米海軍第五艦隊司令部がある。
2089
:
チバQ
:2011/02/17(木) 00:28:20
http://www.asahi.com/international/update/0216/TKY201102160487.html
リビアでも反政府デモ、警官隊と衝突 人権派の釈放要求(1/2ページ)2011年2月16日22時58分
【カイロ=貫洞欣寛、前川浩之】リビアからの報道によると、同国東部ベンガジで15日夜、人権活動家の釈放を求めるデモ隊と私服警官隊が衝突した。AFP通信によると38人が負傷した。
リビアでは1969年の王制打倒クーデター以後、カダフィ大佐による独裁が続く。ベンガジは、カダフィ大佐への反発が強い地域とされるが、強権的なカダフィ体制下で公然とデモが起きたことは異例だ。
当局は16日朝までにデモ隊を排除した模様だ。ただし当局は、反政府行動を沈静化させようと、拘束中の活動家ら110人を釈放する方針とも伝えられている。
一方、バーレーンからの報道によると、同国の多数派であるイスラム教シーア派の市民らによる権利拡大や民主化を求めるデモは、首都マナマ中心部の「真珠広場」で16日も続いている。
中東の衛星テレビ局アルジャジーラによると、警官隊との衝突で死亡した犠牲者の葬儀が行われ、数千人の市民が参列した。警官隊との衝突はなかった模様だが、広場には「体制打倒」を叫ぶ若者たちが大勢残っており、デモは勢いを失っていない。
ハマド国王は15日のテレビ演説で、手荒な鎮圧に対しての遺憾の意と社会改革を進める意向を表明し、デモの沈静化を促した。だが、同国の人権活動家ナビール・ラジャブ氏はアルジャジーラに「国王の演説は具体的にどう要求に応えるのか不透明。欲しいのは変革だ」と語り、デモは収束しないとの見方を示した。
デモ鎮圧に抗議して議会をボイコットした最大会派、イスラム国民統合協会(シーア派)の幹事長を務めるアリ・サルマン師は16日、マナマで記者会見し、「(大統領が任命する)首相を選挙で選ぶべきだ」との考えを示した。
同協会所属のフセイン議員も、朝日新聞に「葬儀は平和的だった。エジプトもそうだが、中東の国々にはそれぞれ自分たちで解決すべき問題があり、バーレーンも(首相公選や民主化のための)憲法改正などがそれにあたる」と話した。マッタール議員もアルジャジーラに対し「望んでいるのは、大統領側との対話だ」と語った。
バーレーンは人口約110万人(推定)。シーア派が7割を占めるが、王家はスンニ派で、シーア派住民は差別的待遇の改善などを訴えてきた。石油収入が国家歳入の約7割を占める。湾岸地域の金融センターの役割を果たしているほか、米海軍第5艦隊司令部があり、米国の中東戦略の要でもある。
イエメンでも、サレハ大統領の退陣を求める反政府デモが続く。大統領は2013年の引退と息子への権力継承をしないと表明したが収まらず、当局側は大統領支持派を動員した官製デモ隊を首都の各所に配置、デモの抑え込みを図っているとみられる。
2090
:
チバQ
:2011/02/17(木) 00:28:58
http://www.asahi.com/international/update/0216/TKY201102160165.html
ムバラク前大統領、重体説も 容体悪化と外交筋2011年2月16日15時1分
【カイロ=石合力】エジプトのホスニ・ムバラク前大統領(82)が滞在先の東部シャルムエルシェイクで体調を崩し、容体が悪化している模様だ。当地の複数の外交筋が明らかにした。生死にかかわる事態になっているとの見方もでている。
30年にわたって大統領を務めたムバラク氏は、今月11日に民衆デモで退陣に追い込まれ、家族らとともに首都カイロから脱出した。外交筋によると、シャルムエルシェイク到着後、体調が悪化したが、本人は家族らにあくまでも祖国で死にたいとの意向を漏らし、投薬などの治療や国外での本格的な治療を拒否しているという。ロイター通信は16日、エジプト軍筋の話として「ムバラク氏は呼吸をしている」と語ったが、体調についての具体的な説明はなかったと報じた。
ムバラク氏の動静をめぐっては退陣後、発作を起こして意識不明になったとの重病説やうつ病状態になったとの説が流れ、14日には駐エジプトの米国大使が米NBCテレビに「何らかの健康悪化の可能性」を示唆していた。
ムバラク氏は昨年3月にドイツで胆嚢(たんのう)の手術を受けたことから、退陣前の段階から、治療目的でドイツに渡航するのではないかとの見方も出ていた。
2091
:
チバQ
:2011/02/17(木) 00:38:06
http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20110216-OYT1T00992.htm
イランで改革派と保守派の支持者が衝突
【テヘラン=久保健一】イラン国営テレビによると、首都中心部のテヘラン大学で16日、改革派による14日の反政府デモで死亡した大学生(26)の葬儀が行われたが、この際、改革派支持者と保守派支持者の間で衝突が起きた。死傷者があったかは報じられていない。
この大学生について、保守派系メディアは「革命防衛隊傘下の民兵組織メンバーで、改革派支持者に銃撃された」と報じているが、改革派側は「デモ参加者だ」と主張している。葬儀には、両派の支持者約2000人が出席していた。
一方、イスラム体制を支配する保守派は16日、中部のシーア派聖地コムで、イスラム法学者を集めた反改革派集会を開くなど、保守派内の引き締めに躍起だ。有力イスラム法学者アハマド・ハタミ師は集会で、「暴動の首謀者は第一に米国だ」と述べ、国民の反米感情をあおってデモ沈静化を図る姿勢を示した。
(2011年2月16日22時41分 読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/feature/20081229-507405/news/20110216-OYT1T00321.htm
投げた砂は目に入る…イラン大統領デモ弾圧へ
【テヘラン支局】イランのアフマディネジャド大統領は15日、国営テレビのインタビューで、改革派による反政府デモについて、「目的を達成することはないだろう」と述べ、封じ込めを徹底する考えを示した。
英BBC放送が伝えた。大統領は「彼らが投げた砂は、彼らの目に入るだろう」とし、改革派指導者のミルホセイン・ムサビ元首相らの処分を示唆した。
BBC放送などによると、イラン国会では15日、保守派議員らが「ムサビに死を」などと叫びながら議場を行進し、ムサビ元首相らは死刑に処されるべきだとする声明を出した。
(2011年2月16日10時51分 読売新聞)
2092
:
チバQ
:2011/02/17(木) 00:38:33
http://www.asahi.com/international/update/0216/TKY201102160198.html
イランの反政府デモを支持 米大統領 中東の民主化促す2011年2月16日19時16分
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【ワシントン=望月洋嗣】オバマ米大統領は15日、ホワイトハウスで記者会見し、イランで起きた反政府デモに関して「人々がより大きな自由と国民の代表と言える政府を得たいという願いを表現し続けるよう期待する」と述べ、反アフマディネジャド政権の市民への支持を明確に示した。また、中東諸国について「圧政では権力は維持できない」とし、民主化への取り組みを促した。
イラン当局によるデモの弾圧については「エジプトで起きたことを祝うふりをしながら、平和的に意思表示をした市民に銃撃や殴打で対応したことは皮肉だ」と非難。イランでも表現の自由や民主化要求運動が認められるべきだとし、こうした権利を求める市民に「道徳的な支援を提供する」とした。
エジプト情勢については、同国軍の最高評議会がイスラエルとの和平条約を維持し、野党勢力と会談した点を評価して「これまでの展開は前向きだ」と述べた。米国の対応への批判に対しては「あらゆる節目で歴史の正しい側にいた」と述べ、過度の介入を控えた米国の判断は正しかった、との考えを強調した。
2093
:
チバQ
:2011/02/17(木) 00:39:00
http://mainichi.jp/select/world/news/20110215dde001030008000c.html
反政府デモ:中東、怒りの連鎖 イラン、バーレーン、イエメンで
◇数千人規模、死者も
【カイロ鵜塚健、エルサレム花岡洋二】長期独裁政権を打倒したエジプト政変に触発された反政府デモが14日、周辺の中東諸国に拡大し、現地からの報道によると、イランとバーレーンで参加者1人がそれぞれ死亡した。イランの大規模デモはエジプト政変後初めて。また、イエメンでは4日連続でデモがあり、警官隊と衝突する事態になっている。
イランの首都テヘランでは14日、アフマディネジャド政権に反発する市民ら数千人がデモ行進。ファルス通信によると「扇動者」の発砲で市民1人が死亡、多数が負傷した。治安部隊が催涙弾などでデモ隊に応酬し数十人を拘束している模様だ。市民の死亡を「扇動者」の発砲とすることで、政府は治安部隊側が撃ったのではないと主張したものとみられる。
デモは、保守派のアフマディネジャド大統領に反発する改革派のムサビ元首相やカルビ元国会議長が呼びかけていた。若者らが「独裁者に死を」などのスローガンを掲げてテヘラン市内を行進し、治安部隊が催涙弾を発射したり、棒で殴るなどして抑え込んだ。この日、中部イスファハン、南部シラーズでも同様のデモがあった。ムサビ氏らは「(反政府デモを展開した)エジプトやチュニジア国民を支持する」という名目でデモ許可を治安当局に事前申請していた。これに対し、当局は反政府デモに転化するのを恐れ、この数日間でデモ計画の関係者を相次いで逮捕しムサビ氏を自宅軟禁状態にした。
一方、ペルシャ湾の島国バーレーンの首都マナマと周辺の町村でも大規模な民主化要求デモがあり、1000人以上が参加。警官隊が催涙弾やゴム弾を発砲して強制的に解散させた結果、参加者1人が死亡した。ロイター通信が伝えた。
デモは02年に改正憲法が公布された記念日に合わせ、インターネット交流サイト「フェースブック」などで呼びかけられた。バーレーンは立憲君主制。ハマド国王ら少数のイスラム教スンニ派による支配に、人口の約7割を占めるシーア派住民は不満を募らせている。今回も主にシーア派住民が宗派間の平等や、議会の権限強化などの民主化を要求した。
さらに、イエメンの首都サヌアでは、南北イエメン統一(90年)以来、大統領職にあるサレハ氏の即時退陣を求める4日連続のデモが発生し、学生や弁護士ら数千人が参加した。
2094
:
チバQ
:2011/02/18(金) 00:25:54
http://mainichi.jp/select/world/news/20110218k0000m030098000c.html
米国:中東に「二重基準」 バーレーン政権批判は慎重
【ワシントン草野和彦】中東バーレーンの反政府デモで、治安当局がデモ隊を強制排除し死傷者が出た事件について、カーニー米大統領報道官は16日、政権側とデモ隊の双方に暴力停止を求めた。オバマ大統領が前日、イラン政府のデモ弾圧を厳しく批判したのとは対照的だ。反米政権によるデモ封殺を強く批判しながら、親米国の強硬姿勢についてはあいまいな対応しかできないところに、米外交の「ダブルスタンダード(二重基準)」が表れている。
大統領は15日、「世界は変わっている。立ち遅れてはならない」と語り、中東全域での反政府デモ拡大に懸念を示すと共に、各国指導者に改革促進を求めた。特にイラン政府については「国民を射殺したり、殴ったりしている」と政府の弾圧を明確に批判した。
だが報道官は16日の記者会見でバーレーン、リビア両政府のデモ隊への対応への見解を聞かれ、「(対応は)国ごとに異なる」「(政府とデモ隊の)両方に非暴力を求める」などと述べ、政府批判は慎重に避けた。イラン政府の対応を「弾圧」と批判したのとは明らかな違いだ。
米国にとって、バーレーンは戦略的に極めて重要な国だ。同国にある米海軍第5艦隊司令部は中東有事の際に展開するだけでなく、平時もホルムズ海峡やスエズ運河を警戒し、湾岸諸国の原油を欧米に安定供給する役割を果たしている。04年には湾岸諸国で初めて米国と自由貿易協定(FTA)を締結した。
また人口のうち約6割はイスラム教シーア派で、スンニ派はハマド国王を頂点とする支配層など約3割。政府は90年代から民主化を推進。湾岸諸国で初めて女性の参政権を認めた普通選挙を導入するなど、欧米の評価は高い。
一方でバーレーンは地政学的には微妙な位置にある。ペルシャ湾を挟む東隣のシーア派国家イランが影響力拡大を狙っており、バーレーン国内でスンニ派とシーア派の宗派間対立が深まり、民主化の「優等生」である同国が混乱することを米国は懸念している。
さらに同国の混乱は、西隣の「アラブの盟主」サウジアラビアに何らかの影響を与えないとも限らない。スンニ派国家のサウジだが、バーレーンに近い東部にはシーア派住民もいるためだ。米国はバーレーン指導層を批判することで、サウジ国内のシーア派が勢いづくのを恐れているとみられる。
バーレーンでは1990年代中ごろにもシーア派住民による反政府大規模デモが続発したが、このときも米政府はハマド政権を強く支援し続けた。このため、シーア派住民には米政府への反発もある。
2095
:
チバQ
:2011/02/18(金) 00:31:40
http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20110217-OYT1T01072.htm
リビア4都市で反体制デモ、死者続出の情報も
. 中東
【エルサレム=加藤賢治、マナマ=佐藤昌宏】中東の衛星テレビ「アル・ジャジーラ」などによると、リビアの4都市で17日、反体制派デモが行われた。
反体制派は交流サイト「フェイスブック」などで同日のデモ実施を呼びかけていた。
反体制デモは北東部ベンガジから他の都市にも拡大。AP通信はスイスで活動する反体制活動家の情報として、北東部ベイダで16日に11人、北西部ゼンタンで17日に2人がそれぞれ死亡、北西部リジバンでも1人が死亡したと伝えた。
政権側はデモ封じ込めを狙っている模様で、デモの呼びかけ人が逮捕されたとの情報もある。AFP通信によると、首都トリポリでは17日、最高指導者カダフィ氏の支持集会が計画され、学生がバスで動員された。16日には反体制デモの弾圧を予告するメッセージが携帯電話に発信されたという。
(2011年2月17日23時25分 読売新聞)
http://sankei.jp.msn.com/world/news/110217/mds11021723550015-n1.htm
カダフィ大佐のリビアで大規模デモ 「怒りの日」14人死亡
2011.2.17 23:41 (1/2ページ)
【カイロ=大内清】 チュニジア、エジプトの政権を転覆させた民衆による反政府デモの波が、中東・北アフリカの産油国を揺るがしている。最高指導者カダフィ大佐(68)による独裁が40年以上続くリビアではこれまでに少なくとも14人が、ペルシャ湾岸のバーレーンでも少なくとも5人が死亡、デモが終息に向かうかは不透明だ。両国の不安定化は原油価格に直結するほか、米国の中東政策にも大きな影響を与えるだけに、米欧各国は両国の情勢に懸念を表明している。
リビアでは、反政府デモ発生から3日目の17日、「怒りの日」と銘打たれたデモが複数の都市で行われた。首都トリポリなどでは体制支持派も数千人規模で集会を開いた。
デモの「発火点」となったのは、第2の都市のベンガジ。イスラム主義勢力の地盤で、反政府感情が強いとされる土地だ。
ベンガジでは15日、2006年に起きたイタリア領事館への襲撃に対する取り締まりで殺害された同勢力メンバーの家族が、メンバーを支援する弁護士の釈放を求め座り込みを始めたのを契機にデモが拡大した。
当局はこの要求に応じるなどして沈静化を図ったが、AP通信によると、同市東部ベイダなどでは16日、デモ隊と治安部隊の衝突で少なくとも14人が死亡した。トリポリ南部のゼンタンでも同日、数百人が警察署に放火した。
当局は電話の一部を遮断したり、報道を規制したりしてデモの押さえ込みを図っているもようだ。
カダフィ氏は1969年、隣国エジプトのナセル大統領(当時)のアラブ社会主義に影響を受け、クーデターで実権を掌握。数々のテロを支援する強硬な反米主義者として知られたが、イラクのフセイン政権崩壊後の2003年に大量破壊兵器放棄を宣言、米欧との関係を改善し外資による石油開発を加速させた。
国内的には、豊富な石油収入を背景に多くの国民に一定以上の生活を保障する半面、厳しい言論統制と監視社会を構築した。
一部の国民にはこうした強権姿勢に対する不満も強く、交流サイト「フェースブック」では約1万人が17日のデモに賛同していた。
リビアとの経済関係が深い欧州連合(EU)は16日、リビア政府に国民の言論の自由を認めるよう促す一方、デモ隊と政府双方に自制を呼びかけた。
2096
:
チバQ
:2011/02/18(金) 00:32:36
http://sankei.jp.msn.com/world/news/110217/mds11021723340014-n1.htm
バーレーンで強制排除 約200人死傷 首都の広場に戦車を配備
2011.2.17 23:32 (1/2ページ)
【カイロ=黒沢潤】バーレーンの警官隊は16日夜から17日未明にかけて、首都マナマの中心部「真珠広場」を占拠していたイスラム教シーア派住民など数百人に催涙弾を発射し、強制排除した。この際に住民少なくとも3人が死亡、195人が負傷した。約60人が行方不明になっているとの情報もある。同広場周辺には、戦車や装甲車など50台が配備されるなど、厳戒態勢が敷かれている。
政権側は今回の事態を受けて17日、国会(定数40)を緊急招集する方針。フランス通信(AFP)によれば、シーア派の野党勢力(18議席)は同日、政権に抗議し辞職した。バーレーンやサウジアラビアなど湾岸諸国が加盟する湾岸協力会議(GCC)は同日夜、マナマで緊急外相会議を開き、今後の対応を協議する。
バーレーンで混乱が広がる背景には、ハリファ王家など少数派のイスラム教スンニ派指導層が国家の実権を握り、全体の7割を占める多数派のシーア派住民が住宅、医療、政府への就職などで差別的待遇を受けてきたことがある。
政権は、スンニ派の外国人に積極的に市民権を与えて、宗教人口の比率逆転を狙っており、危機感を抱くシーア派住民の間からは「体制転換」を公然と唱える声も上がり始めている。18日の金曜礼拝後に、大規模デモ実施を呼び掛ける団体も複数出てきた。
バーレーンの動きには、スンニ派王家の隣国、サウジアラビアも神経をとがらせている。同国に住む約15%のシーア派住民を刺激しかねないためだ。
一方、シーア派が多数を占めるイランの保守層は、バーレーンを“イランの14番目の地方”などと呼び、自国側に引き寄せることを狙っている。
バーレーンは、ペルシャ湾やアラビア海などを管轄する米海軍第五艦隊の司令部と、米兵約1300人を抱える米軍の重要拠点だ。同艦隊は計約2万8千人の兵力を擁し、1〜2隻の空母部隊を常時運用する。米中央軍の指揮下で、イラクやアフガニスタン作戦を支えるほか、イラン監視や、ペルシャ湾のシーレーン(海上交通路)確保などの役割も担う。
バーレーンが不安定化した場合、米国の中東戦略に重大な影響を及ぼしかねないため、米国務省のクローリー次官補(広報担当)は声明で「バーレーンのすべての人々は暴力を控えるべきだ」と自制を呼びかけている。
2097
:
チバQ
:2011/02/18(金) 00:33:45
http://mainichi.jp/select/world/news/20110213ddm001030050000c.html
衝撃・連鎖崩壊:中東はどこへ行くのか/上 指導者なき民衆革命
◇独裁政権、なすすべなく
「大統領が辞めたなんて、まだ信じられない」。エジプトのムバラク政権が倒れた11日夜、民衆革命の拠点となったカイロ・タハリール広場から外れた路地のカフェで、カイロ大法学部2年のマフムードさん(20)は、沸き立つ群衆を遠目に半ば放心状態だった。
1月25日に始まった反政府デモに初日から毎日参加。後頭部には警官に警棒で殴られた傷痕が生々しい。動機はいくつもある。生まれる前から大統領が同じで、政府には不正が横行、自由にものが言えず、同世代には失業者があふれている。
18日間で群衆が変化していくのに驚いた。爆発的に膨れあがっただけでなく、初期の暴力状態が消え、最後は家族連れも交じるお祭り状態になった。
一人で広場へ通っていた父親たちが、11日夜は「歴史的な日を子供たちにも見せたい」と、家族と一緒に広場へ押し掛けた。
集まったきっかけは、インターネットや携帯電話など新しい通信手段で得た情報だ。お互い顔も知らず、指導者も政策もない。広場に来てから、標語を掲げるため地面で手書きする人々だ。
スレイマン副大統領が事態を収拾するため対話の相手に選んだ野党指導者らが、広場で演説する姿はほとんど目立たず、既成の政治手法は、広場から排除されていた。当局に拘束されていたインターネット検索最大手グーグル幹部のエジプト人男性、ワエル・ゴニムさん(30)が「英雄」扱いされたのも、一時の現象に終わった。
数も質も、独裁政権の弾圧が使えない新しい形の民衆蜂起が革命として姿を現した。
チュニジア、エジプトと続いた「指導者なき革命」は、周辺国で長期支配を続ける指導者を、戦々恐々とさせているはずだ。
両国の怒りのもとになった若年層の増大とその高失業率は、他の強権国家に共通の課題となっている。王族に富と権力が集中する世界最大の産油国サウジアラビアは、人口の過半数が25歳未満で、若年層の失業率は3割との推計もある。政府は海外留学制度などを強化し若者の不満そらしを図るが、ネットなどで世界の状況を熟知する若者は将来的な民主化要求運動の核になる可能性もある。
イエメンやアルジェリアでも「怒れる若者」が頻発しているデモに多数参加。指導者は今期限りの引退や非常事態令の解除を発表してガス抜きに必死だ。
エジプトなどの革命を、自らが79年に達成した民衆主導のイスラム革命の波及と言いはやすイランでも、「軍事独裁化しつつある」(クリントン米国務長官)強権的体制への若者の不満は根強い。09年6月の大統領選後は反体制派デモが荒れ狂った。これまで置き去りにされてきた民衆を主役に、中東は変革期に入っている。【カイロ伊藤智永、和田浩明】
◇
ムバラク政権崩壊で中東の政治図は大きく塗り替わる可能性がある。周辺国や米国の中東外交への影響を探った。
毎日新聞 2011年2月13日 東京朝刊
2098
:
チバQ
:2011/02/18(金) 00:34:26
http://mainichi.jp/select/world/news/20110215ddm001030040000c.html
衝撃・連鎖崩壊:中東はどこへ行くのか/中 開いた「パンドラの箱」
◇親米維持へ、オバマ政権モデル探し
米ホワイトハウスで国家安全保障担当のドニロン大統領補佐官の机に置かれた15センチの資料ファイル。米紙ワシントン・ポストによると、フィリピン、チリなど過去の独裁政権崩壊例をしらみつぶしにあたった報告書だ。
オバマ政権は今、新生エジプトのモデル探しに躍起だ。しかし、これまでに崩壊した独裁国家の多くは歴史的、地政学的条件がエジプトとは大きく異なる。そんな中、オバマ政権が民主化モデルとして念頭に置き始めたのがインドネシアだ。米政府高官は13日、毎日新聞に「インドネシアはモデルになりうる」と語った。エジプト民衆革命を受けオバマ大統領が読み上げた声明(11日)にも、「街頭デモを繰り広げたインドネシアの学生たち」との言葉があった。
エジプトとインドネシア。確かに類似点はある。ともに大きなイスラム人口を抱え、長期独裁政権がイスラム勢力を抑圧した歴史を持つ。インドネシアは98年のスハルト政権崩壊後、曲折はあったものの安定した民主的親米政権を維持している。
クリントン、ブッシュ両政権でインドネシア政策を担当したカレン・ブルックス氏はエジプト動乱発生以来、オバマ政権に助言を求められてきた。オバマ政権は、エジプトの穏健派イスラム原理主義組織「ムスリム同胞団」への対処で、インドネシアを参考にしたいと考えているようだ。
インドネシア議会でイスラム系政党が占める割合は約3割。ブルックス氏は「13年間の民主化移行の中で、イスラム系政党への支持は限界に達した」と指摘する。歴代大統領は宗教色のない政党出身であることなども含め、同国の成功例は「エジプトの政権移行に希望を与える」と語る。
米外交の伝統である民主化推進も中東に限っては、開けてはならない「パンドラの箱」だった。ブッシュ前政権がイラク戦争開戦後、民主化圧力をかけたことはあったが、狙ったのはあくまで米主導の民主化。イスラエルの安全保障と石油資源確保を中東政策の柱としてきた米国にとって、自由選挙によってイスラム勢力が台頭し、反米・反イスラエル政権が生まれることは許容できなかった。
しかし、民主化の波は「パンドラの箱」を飛び出し、イスラエルとの平和条約を維持し続けたムバラク政権を倒壊させた。世界一の産油国サウジアラビアなど親米国家に影響する可能性もある。
「民主的なエジプトは、中東だけでなく世界中で責任ある指導的立場を果たせる」とオバマ大統領は希望を語るが、米政権が中東で直面しているのは、歴代政権が解決できなかった難題なのだ。
イスラエルと何度も戦火を交えたエジプトを考えるうえで、東南アジアの島国インドネシアをモデルにすることには無理が多い。にもかかわらずインドネシアにモデルを探さざるを得ない姿は、意図せず「パンドラの箱」が開いたエジプトの扱いに翻弄(ほんろう)される米政権の苦悩を映しだしている。【ワシントン草野和彦】
毎日新聞 2011年2月15日 東京朝刊
2099
:
チバQ
:2011/02/18(金) 00:35:19
http://mainichi.jp/select/world/archive/news/2011/02/16/20110216ddm001030009000c.html
衝撃・連鎖崩壊:中東はどこへ行くのか/下 エジプト若者の選択は
◇軍主導かイスラムか第3の道か
憲法停止、議会解散、国防相の国家元首就任−−ムバラク前大統領に代わりエジプトの実権を掌握した軍最高評議会の13日の声明には、刺激的な文言が並ぶ。西側民主主義に慣れた外部の目には「独裁が軍政に変わっただけ」と見えなくもない。
「最大援助国の米国ですら、内部で何が起きているのか知るのは困難」(西側軍事専門家)と言われる秘密主義のエジプト軍。その意図を推し量るのは容易ではない。「居座り」への懸念も残る。
だが、国民に銃口を向けることはなかった一連の騒乱を巡るエジプト軍の対応や実権掌握後の公式声明を見る限り「速やかな民政移行を目指しているように見える」(外交筋)。停止されたとはいえ、憲法は国軍を「国民に属する」(180条)と規定する。ムバラク独裁体制の屋台骨であった軍だが、国民一般の信頼は厚い。「クーデターをやる気なら、もっと早い段階でムバラク氏を追い落としていたはず」(同専門家)という。
中東には、軍主導で民主化を実現したトルコがある。軍が何度もクーデターで実権を握りながら、イスラム政党が大衆化した現在の国家像に結実した。
一方、エジプトで軍部の動向と共に注目されているのが、穏健派イスラム原理主義組織「ムスリム同胞団」だ。親米路線を堅持したムバラク政権が崩壊しただけに、イスラエルや米国は、今後同胞団が台頭して、イランのような宗教指導者が率いる「イスラム国家」になるのではと警戒する。
だが、現段階では同胞団は政治関与に極めて慎重な姿勢で、大統領選への候補擁立や政権参加は行わない意向だ。最高幹部の一人バイユーミ氏(75)は毎日新聞に「我々が目指すのは民主的国家だ」と明言している。
イラン側は、政権打倒を「王政を民衆が倒した79年のイラン・イスラム革命の再来」と歓迎。だが、エジプト国民の反応は冷たく、イラン型を目指す可能性は低い。
トルコの軍主導でも、イランのイスラム型でもない「第3の道」をエジプトは歩むのか。一つの指標は、今回の反政府デモを主導した若者たちだ。インターネットで連絡を取り合い、「独裁者打倒」の旗印の下に、多様な国民をまとめることに成功した。軍部も彼らを重視し、14日には若者の代表と軍関係者が面談、憲法改正のスケジュール案という重要情報を提示した。
ただ、政治経験に乏しいと見られる若者たちからは、明確な新国家像や実現の具体的行程に関する発言は聞こえてこない。エジプトは中東で「第3の道」への挑戦を始めたばかりなのかもしれない。【カイロ和田浩明】
毎日新聞 2011年2月16日 東京朝刊
2100
:
チバQ
:2011/02/19(土) 23:11:42
http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20110219-OYT1T00828.htm
近くて遠い国…英女王、アイルランドを初訪問へ
【ロンドン=大内佐紀】英国のエリザベス女王が今春、アイルランドを初訪問する見通しだ。
実現すれば、英君主の訪問は1911年以来、実に100年ぶり、アイルランドが1937年に英国から独立してからは初めてという歴史的出来事となる。
アイルランド外交筋によると、両国は女王が5月中旬にアイルランドを公式訪問する方向で最終調整に入った。今月25日の総選挙後、首相就任が有力視されている野党第1党・統一アイルランド党のエンダ・ケニー党首も8日、英BBC放送とのインタビューで「女王がいらっしゃれば、アイルランド国民の大半は温かく歓迎する」と述べた。
ダブリンを最後に訪れた英君主は、女王の祖父ジョージ5世。当時、アイルランドはまだ英国領だった。
12世紀から英国の事実上の植民地となり、1800年に併合されたアイルランド国民の一部には反英・反英王室感情が強い上、英領・北アイルランドの帰属問題もあり、両国関係は必ずしも円滑ではなかった。女王の訪問は、「距離的には最も近いのに、遠い」とされる両国関係に新たなページを開くことになりそうだ。
(2011年2月19日23時03分 読売新聞)
2101
:
チバQ
:2011/02/19(土) 23:12:18
http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20110219-OYT1T00702.htm
人気の独国防相に論文盗用疑惑、辞任要求強まる
【ベルリン=三好範英】ドイツで現在最も人気がある政治家で、メルケル首相の後継とも目されているグッテンベルク国防相(39)(キリスト教社会同盟=CSU)の博士論文に盗用と疑われる箇所が多数あることが分かり、野党などからは辞任を求める声が強まっている。
独各メディアによると、盗用疑惑は国防相が2007年にバイロイト大学から博士号を取得した際の論文で持ち上がった。
米国と欧州連合(EU)の憲法の発展をテーマとする475ページの論文の中で、有力紙「フランクフルター・アルゲマイネ」掲載の寄稿論文など計15文献の記述が、脚注などに適切な表示をすることなしに引用されていた。1ページ半にわたりほぼ原文通りに引用されている箇所もあった。
(2011年2月19日21時37分 読売新聞)
2102
:
チバQ
:2011/02/19(土) 23:13:09
http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20110218-OYT1T01000.htm
ベルギーの正式政権不在、世界最長250日に
【パリ=林路郎】少数政党が乱立し連立交渉がまとまらないベルギーで18日、正式政権の不在期間が250日となった。
政治空白の期間は、249日で連立合意に達したイラクを上回り世界最長を記録した。
ベルギー総選挙は昨年6月に行われ、比例代表制下で12党が議席を獲得。北部オランダ語圏と南部フランス語圏の間の根強い地域対立があり、「中央から地方への権限や財源の移譲」をめぐる交渉は難航している。
豊かな北部から国が税収を吸い上げ、貧しい南部へ配分する財政構造への北部の不満は強く、オランダ語圏政党は財政制度改革を政権参加の条件に据えている。
アルベール2世国王は16日、調停役のレインデルス前財務相に「3月1日までにはまとめよ」と命じたが、交渉が進展する気配はなく記録更新が続きそうだ。
(2011年2月18日21時53分 読売新聞)
2104
:
チバQ
:2011/02/19(土) 23:15:21
http://sankei.jp.msn.com/world/news/110219/mds11021922210023-n1.htm
中東民主化 国民分断・流血の第2幕 地域不安定化の懸念も
2011.2.19 22:19 (1/2ページ)
【カイロ=大内清】チュニジア、エジプトのおおむね平和的なデモによる政権転覆で幕を開けた中東民主化デモの連鎖は、バーレーンやリビアで、当局による市民への発砲と大量殺傷という事態に発展した。イエメンでは反大統領派と政権支持派の衝突が続き、泥沼化の様相を呈している。国民の広い政治参加を目指す民主化デモは、「第2幕」となるこれらの国では国民のさらなる分断を生み、地域の不安定化につながりかねないとの懸念も生じている。
バーレーンでデモ隊に発砲した治安部隊の多くは、王族をはじめとする支配層と同じイスラム教スンニ派である南アジア出身の“傭兵(ようへい)”とされる。王室に「シーア派を兵士にしたら反乱を起こすのではないかとの恐怖心がある」(カイロ大のナーデル・ファルゲニ教授)ためだ。
国防や治安を自国民に任せられない国家−。バーレーンが抱える病巣の根深さがここにある。
同国では昨年10月に行われた総選挙でシーア派中心の会派が半数弱の議席を獲得し、警官や兵士を自国民に切り替える動きも出始めたとされる。しかし、デモ隊への発砲はこうした試みをご破算にした。
最高指導者カダフィ大佐が独裁政治を敷くリビア指導部は、現体制を樹立した1969年の「革命の理念」を守るためとして国民に銃口を向けた。イランでも同様の大義名分の下、デモが押さえ込まれた。
90年に南北統合したイエメンでは、旧北イエメン時代を含めるとサレハ大統領が30年以上権力を握り、差別を受けてきたとの意識の強い旧南イエメンでの衝突が激しさを増している。
アラブ諸国の中でも早くから民族主義が芽生えたエジプトでは、52年の軍事クーデター以後中産階級が一定程度育ち、エジプト人としての国民意識の定着も進んだ。こうした事情が、今回の政変で軍が中立を守った要因との指摘は多い。チュニジアでも同様の構図だ。
しかし、国民がなお「支配者」と「被支配者」に分断された国々でも、民主化による政変は起きうるのか。バーレーンなどでの流血は、民主化デモが体制側の目には「脅威」としか映っていないことを如実に示したといえる。
バーレーンでデモ隊が主張する「王制転覆」が現実味を帯びれば、世界最大の産油国の隣国サウジアラビアでも差別待遇を受けるシーア派住民の怒りに火がつく可能性は否定できない。
サウジの不安定化は、原油市場だけでなく、イランの影響力伸長による地域のパワーバランスの変化をも招きかねないだけに、エジプトの外交筋は「サウジはそんなことは決して許容しないだろう」と予測した。
2105
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チバQ
:2011/02/19(土) 23:16:55
http://www.asahi.com/international/update/0219/TKY201102190337.html
バーレーンデモ「打倒王室」に 政府の武力行使に反発2011年2月19日23時0分
【マナマ=古谷祐伸】ペルシャ湾の産油国バーレーンの反政府デモは、政府側の鎮圧により、これまでに6人が死亡、負傷者は200人以上となった。政府側が武力行使に踏み切ったことで、当初、民主化や政治改革を求めていたデモが、「王室打倒」に変化、ハリファ王室の基盤を揺るがす事態となりつつある。
軍は19日午後1時過ぎ、首都マナマ中心部の真珠広場に展開していた数十台の戦車や装甲車を撤退させた。広場は14日からデモ隊が占拠を続けていたが、17日未明に治安当局が催涙弾やゴム弾を使ってデモ隊を一掃した。しかし、さらなる衝突を回避するため、軍は撤退を余儀なくされた形だ。
デモ隊の若者らは軍の撤退に合わせ、徐々に広場に戻りつつあり、再び占拠する構えを見せている。ハマド国王は18日、サルマン皇太子を交渉役に任命し、デモ隊との対話姿勢を示しているが、デモ隊側は拒絶している。市内中心部の占拠が再び長期化すれば、王室・政府の威信は大きく傷つくことになる。
今回のデモをめぐり、背景にあるのはイスラム教スンニ派とシーア派の対立。王家のハリファ家はイスラム教スンニ派で、国内の実権を握っているが、多数派はシーア派。シーア派は就職差別などを受けており、これまでも権利拡大を要求してきた。デモ当初、シーア派住民が主体で、民主化拡大や在任40年に及ぶ王室出身ハリファ首相の更迭、議院内閣制の導入などを訴えてきた。
しかし、政府は17日に戦車などを繰り出して鎮圧に乗り出し、3人が死亡、100人以上が負傷する惨事に発展。さらに、デモに参加して亡くなった市民の葬儀に参列していた数千人の一部が18日、戦車などで封鎖されている真珠広場にさしかかったところ、軍が銃撃し、70人以上が負傷。デモ隊の間には、「王室打倒」の声が一気に高まった。
http://www.asahi.com/international/update/0219/TKY201102190161.html
バーレーンの銃撃、負傷者70人超 デモ隊反発強める2011年2月19日13時28分
【マナマ=古谷祐伸、カイロ=貫洞欣寛】中東ペルシャ湾の産油国バーレーンで18日夕に起きた治安部隊によるデモ隊への発砲で、負傷者は70人以上にのぼった。バーレーン王室は、事態打開のために国民との対話を進める方針を打ち出したが、デモ隊は強く反発しており、緊張はさらに高まっている。
首都マナマ最大のサルマニヤ病院は18日夜、記者会見を開き、7人が重体、66人が重傷で入院したことを明らかにした。大半は銃撃による負傷だという。だが、米CNNテレビは救急隊員の話として少なくとも4人が銃撃で死亡したと伝えるなど、情報は交錯している。
ハマド国王は18日、サルマン皇太子を国民和解の担当者に指名した。サルマン氏は「落ち着いてあらゆる問題を話し合わねばならない」と国営テレビで対話を訴えた。一方、イスラム教シーア派会派のイスラム国民統合協会幹部のイブラヒム氏は衛星テレビ局アルジャジーラに対し「人を殺した責任者の言葉ではない」と話し、対話に応じる姿勢を見せていない。
同国では、シーア派イスラム教徒が国民の過半数を占めるが、王室はスンニ派。シーア派市民が14日から民主化や権利の拡大を訴えてデモを始めたが、政府が鎮圧を図り、17日には3人が死亡した。デモ隊の中には、王室打倒を訴える声が強まっている。
一方、リビアでの反政権デモをめぐり、国際人権団体アムネスティ・インターナショナルは18日、これまでの3日間で銃撃などによって、少なくとも46人が死亡したと発表した。
リビアでは東部ベンガジやベイダなどでデモが続いた。AFP通信などによると、ベンガジでは18日、前日のデモに加わり死亡した14人の葬儀の参列者がデモを行った。警察署やラジオ局などが放火される騒乱状態となったという。住民の一人はアルジャジーラに「人々はカダフィ体制の打倒を叫んでいる」と話した。最高指導者カダフィ氏の息子が同市のデモの鎮圧に当たっているとの情報もある。
ベイダでは、反体制派に一部警察部隊も合流して市内を掌握。これに対して政府側が外国人雇い兵部隊などを増強し、巻き返しを図っているという。一方、首都トリポリでは大規模な反体制デモは起きていないという。
2106
:
チバQ
:2011/02/19(土) 23:22:01
http://www.asahi.com/international/update/0219/TKY201102190259.html
イラン、20日にデモ 改革派が呼びかけ2011年2月19日19時51分
【テヘラン=北川学】イランの野党勢力「改革派」は19日、インターネットの交流サイト「フェイスブック」を通じ、20日に再びデモを行うと呼びかけた。デモが反体制運動に転化することを懸念する当局側が阻止に動くことは確実で、治安部隊と再び衝突する可能性がある。
14日のデモでは大学生2人が死亡したとされる。20日のデモは、2人を追悼することを名目に掲げている。
フェイスブックでの呼びかけに対し、テヘラン大学の学生たちが「独裁者に反対しよう」「我々の団結を示そう」などと書き込んでいる。
当局はフェイスブックへの接続を遮断しているが、多くの人が迂回(うかい)ソフトを使って閲覧。当局は14日以降、ネットの通信速度を極端に落として接続を難しくしている。
一方、当局は改革派指導者のムサビ元首相、キャルビ元国会議長の自宅軟禁を続け、外部との連絡をいっさい遮断している。
2107
:
チバQ
:2011/02/19(土) 23:23:15
http://mainichi.jp/select/world/news/20110219dde035030035000c.html
エジプト:あすにも内閣改造 ムバラク政権色一掃狙う
【カイロ伊藤智永】エジプト軍・政府が、民主化の徹底と加速を催促する市民の要求に追われている。軍は18日夜、1月25日の反政府デモ開始以来閉鎖されていたパレスチナ自治区ガザ地区との境界の町ラファの検問所を再開した。政府は「旧政権の顔ぶれが残留した」と評判の悪い内閣を20〜21日にも一新する方針だ。いずれも18日、カイロ市・タハリール広場の大集会で、若手活動家グループらが要求として掲げていた。
内閣改造と関連してエジプト検察当局は17日、アドリ前内相、マグラビ前住宅相、ガラーナ前観光相の3閣僚と与党・国民民主党(NDP)幹部1人の計4人を逮捕したと発表した。いずれも汚職絡みの容疑だ。政府の腐敗根絶は、反政府デモで、ムバラク氏辞任に次ぐ要求に掲げられ、市民の関心は非常に強い。中でもアドリ氏は、警察に反政府デモの弾圧を命じた責任者として、市民から「殺人」の容疑も指弾されている。
欠員以外にも、NDPと関係の深い閣僚が多く、デモの初期に本部ビルを焼き打ちにするほどNDPを嫌っている市民からは「同じ顔ぶれで民主化などあり得ない」との不信が渦巻いている。デモが終息した後、全土に広がった警察や公共交通機関など公務員のストも、閣僚が残留したことに対する不満が動機の一つだ。
ロイター通信によると、ある政府高官は18日、「早期の内閣改造は、公務員ストや市民デモの職場復帰を促す顔ぶれにしたい」と語ったという。
ラファ検問所は、反政府デモの影響で閉鎖されていた。イスラエルによる「ガザ封鎖」の悪夢を想起させることから、ムバラク前政権のイスラエル偏重外交に不満な市民感情を刺激し、民主化運動の要求項目に「往来の早期再開」が含まれていた。ただエジプト国営放送によると、段階的な運用再開となる見込みで、当面は、市民の不満を和らげる象徴的な再開にとどまりそうだ。
2108
:
チバQ
:2011/02/19(土) 23:24:12
http://www.tokyo-np.co.jp/article/world/news/CK2011021902000186.html
バーレーン、海外メディアを警戒? 空港に記者“軟禁”
2011年2月19日 夕刊
【マナマ=内田康】反政府デモが続く中東バーレーンの首都マナマの空港で十七日から十八日にかけ、日米などの外国人記者十四人にビザが発給されず、空港内で事実上の軟禁状態に置かれた。約十六時間にわたって足止めされた米国記者もいたが、在マナマ米国大使館が抗議し、ようやく入国が許された。バーレーン政府は海外メディアの報道に神経をとがらせている。
十七日夜以降、空港内で足止めされたのは、本紙を含む日本メディア計三社のほか米国、フランスの新聞、テレビ局など。入国審査で記者と分かると、空港内の一角に連行され、十八日午前までに、足止めされた記者は計十四人に上った。
いつビザが発給されるのか説明もないまま時間が過ぎ、前夜九時半から発給を待っていた米紙女性記者は涙を流し始めた。
ところが、十八日正午近くになって、バーレーン政府と緊密な米国の大使館職員が抗議に現れると、空港側は記者団を貴賓室に案内。ちょうネクタイを締めた接客係が飲み物やサンドイッチを配り始めると、政府担当者が現れた。「何でも報道してよい自由な国、バーレーンへようこそ」とあいさつすると、ビザが発給された。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/world/news/CK2011021802000194.html
バーレーンGP危うし デモ激化、下部レース中止
2011年2月18日 夕刊
【カイロ=弓削雅人】反政府デモが激化する中東バーレーンで、来月予定されている自動車レース、F1今季開幕戦バーレーンGPの開催が危ぶまれている。今週末に開催予定だった下部レースのGP2シリーズは十七日、中止が決定された。ロイター通信などが報じた。
F1バーレーンGPは三月十二日に予選が始まる日程だが、主催者側は「来週に入っても状況が変わらなければ、開催は難しい」との見通しを示している。二十二日か二十三日までに開催の可否を決める方針だ。
出場を予定するチームも中止を危惧している。レース前の三月三日からバーレーンでシーズン前のテスト走行が予定されているが、車体などの発送期限は来週末。十八日にスペインでチーム代表者が集まり、対策を協議するという。
バーレーンでは、警官隊によるデモ隊排除で死傷者が出るなど治安上の不安が高まっており、インターネット通信の制限で報道への支障も出ている。
2109
:
チバQ
:2011/02/19(土) 23:24:45
http://mainichi.jp/select/world/news/20110219k0000e030017000c.html
ジブチ:大統領辞任求め数千人デモ クウェートでは遊牧民
【カイロ伊藤智永】東アフリカ・ジブチの首都ジブチで18日、ゲレ大統領(63)の辞任を求める数千人のデモが起きた。反政府デモが続くイエメンと紅海・アデン湾をはさんだ対岸に位置し、中東の一連の動きが波及したとみられる。
与党連合が議会の全議席を独占し、大統領が自らの3選に向けて昨年、憲法を改正したため、野党連合が「3選反対」を掲げて呼び掛けた。エジプトの政権打倒を見習ってデモを続けるという。
ソマリア沖海賊対策で、海上自衛隊が護衛艦の補給拠点に利用した海上航路の要衝。
一方、ロイター通信によると、中東の産油国クウェートの東部ジャハラで18日、無国籍の遊牧民系住民1000人以上が選挙権の付与などを求めるデモを起こした。アラブ諸国での民主化デモに触発された可能性がある。
無国籍の遊牧民系住民はクウェートだけで10万人以上。市民権や無償教育、無償健康保険などクウェート国民と同等の権利を要求しているという。
2110
:
チバQ
:2011/02/19(土) 23:26:29
http://sankei.jp.msn.com/world/news/110219/mds11021911250013-n1.htm
特異な独裁国家リビア
2011.2.19 11:19
18日、トリポリ市内で金曜礼拝終了後に集まったカダフィ大佐の支持者ら(AP)
大規模な反政府デモが起きたリビアは、独自の直接民主主義を採用し、憲法も持たない特異な体制が続いてきた。1969年に無血クーデターで王制を倒した青年将校団から、当時27歳だったカダフィ大佐が革命評議会議長に就任。評議会の廃止後、指導部は全人民会議(議会)総書記局入り。カダフィ氏は79年に書記を辞任したが、最高権力者として事実上の独裁体制を築き上げた。
大佐への批判はタブーで、厳しい言論統制下にある監視社会だ。ここ数年は、大佐の有力後継候補と目される次男のセイフイスラム氏が政治・経済改革を進め、人権擁護を訴えてきた。
大佐自身はセイフイスラム氏の活動をある程度許容しながらも、改革派と保守派のバランスを維持。だが、昨年末からは保守派の影響力が強まり、セイフイスラム氏は政治活動を取りやめると表明している。(共同)
2111
:
チバQ
:2011/02/19(土) 23:29:40
http://mainichi.jp/select/opinion/closeup/news/20110219ddm003030105000c.html
クローズアップ2011:中東・北アフリカ蜂起 「民主化」異なる国情
◇似て非なる東欧革命
強権・独裁体制に反発する激しいデモが続く中東・北アフリカ諸国。チュニジアやエジプトでの民衆蜂起による独裁体制打倒に触発され、抑圧からの解放を求める点は共通するが、発生理由や社会状況などは国によってさまざまだ。そのため、共産政権を倒した東欧革命(89年)のような民主化ドミノ実現については否定的要因も多い。国情を示すキーワードを軸に、イラン、リビア、バーレーン、イエメンの現状と見通しを探った。【カイロ和田浩明、鵜塚健】
◆イラン
◇政治抗争の側面、拡大可能性低く
イランの反体制デモは、国内の保守派と改革派による政治抗争という側面が強いのが特徴だ。今月14日にテヘランで発生した大規模デモを巡っても、保守派国会議員からは、デモを主導した改革派のムサビ元首相やカルビ元国会議長らの訴追を求める声が相次ぎ、政治的対立を象徴した。
イランでは09年6月の大統領選挙で、若者たちが保守派のアフマディネジャド大統領の当選に疑念を持って大規模デモを展開。このとき、選挙で敗北したムサビ、カルビ両氏が運動の象徴となった。デモは結局、治安当局によって弾圧されたが、その後も不満はくすぶり続け今回、エジプト政変に触発される形で、再び爆発した。
デモ参加者の中核は、中間所得者層以上の若者だ。イランでは、言論の自由が制限され、抑圧的な体制への不満は強いが、他の中東諸国に比べれば生活水準は低くない。相次ぐ経済制裁で経済は衰退傾向だが、政府によるばらまき政策により、貧困層や地方での大統領支持は今も根強い。
また、市民には、当局の徹底弾圧への恐怖心も強く、デモへの共感がエジプトのように幅広い層に拡大する可能性は低い。「市民対政権」の構図は、政界内の権力抗争にすり替えられ、問題が見えにくくなっているのが現状だ。
◆リビア
◇独裁体制盤石、強硬な取り締まり
リビアでは最高指導者カダフィ大佐が69年のクーデターで実権を掌握して以来、41年間にわたり強権支配を続けている。指導原理を説く「緑の書」は議会や政党などを「欺まん」と否定し、「人民会議」による直接民主制の実現をうたっているが、実態はカダフィ氏の独裁体制だ。住民は個人崇拝を強要する政権に強い不満を持っている。
カダフィ支持派の国民は「父や兄のよう」(トリポリ市民)と語る。しかし、表現の自由は厳しく制限され「自分の意見を公に言うのは自殺行為」(20代男性)だ。しかも、カダフィ氏の後継者と目されるのは2人の息子で、「権力世襲」が行われると考える専門家が多い。
特に同国東部は、政権から差別的扱いを受けてきたとされ、反体制デモも東部を中心に広がっている。長年蓄積した国民の不満が爆発したものだ。だが、当局側は当初から実弾を使用した強硬な取り締まりを行っている模様で、エジプトのように民衆蜂起で独裁者打倒が成功するかは不透明だ。国際メディアが締め出されているため、民意に押されて国際社会が強い圧力をかける状況も生まれにくい。
リビアは03年以降、核開発計画を放棄し、豊富な原油資源やテロ関連情報の提供をテコに欧米との関係を改善している。これが反体制勢力には逆風となっている。
2112
:
チバQ
:2011/02/19(土) 23:29:52
◆バーレーン
◇「優等生」宗派対立で不安定化
「国が危機的な宗派間対立に陥る瀬戸際だった」。バーレーンのハリド外相は17日夜、首都マナマでデモ隊を強制排除した理由をこう語った。
バーレーンはシーア派が多数派だ。しかし、ハマド国王を頂点とするスンニ派が長く権力を握り続け、人口の約6割を占めるシーア派住民は強い被抑圧感を抱いてきた。このため、シーア派住民による政権への不満は常に社会の不安定要素となってきた。94年から98年にかけては、シーア派住民による民主化要求デモが続き、政府は武力で弾圧した。欧米は基本的に現政権を支持しており、当時のデモ弾圧についても冷淡だった。
その後、バーレーンは段階的に民主化の道を歩んできた。湾岸諸国では民主化の「優等生」とされた同国では、昨年10月の国民議会(定数40)選挙でシーア派野党が18議席を獲得した。それでも本来、多数派であるはずのシーア派住民は、「民意」が反映されているとは感じていない。デモ発生直前にハマド国王は「各家庭に1000ディナール(約22万円)を支給する」と約束したが、こうした懐柔政策は今のところ功を奏していない。
◆イエメン
◇部族社会、政権との関係を維持
アラブで最も部族社会が色濃く残るのがイエメンだ。共和制で野党も存在し、選挙も行われているが、実質的に政治や社会を動かすのは有力部族長だ。09年の米航空機爆破未遂事件に関与したとされる国際テロ組織アルカイダの現地組織「アラビア半島のアルカイダ(AQAP)」のアウラキ幹部は、1月に仏人殺害事件で有罪判決を受けたが、出身部族の保護下にあり政府も手が出せないほどだ。
サレハ大統領は32年間、権力の座を独占。その間「アラブ最貧国」イエメンの経済状況は改善せず、開発の遅れや地域間格差、政府の腐敗に国民の怒りは頂点に達している。
しかし、イエメン政府は▽北部でのイスラム教シーア派の一派ザイド派との交戦▽南部の分離独立派との衝突▽AQAPのテロ−−という「三重苦」に悩みつつ、欧米が懸念する「破綻国家」への転落は避けてきた。「大統領が有力部族長の抱き込みに成功しているため」(地元記者)だ。
サレハ氏は次期大統領選挙への不出馬も表明。部族長が離反しない限り、反政府デモが体制を崩壊させる可能性は低いとの見方が根強い。
==============
■ことば
◇東欧革命
旧ソ連のゴルバチョフ書記長によるペレストロイカ(立て直し)の影響を受け、東欧諸国の市民や労働者らが立ち上がり、共産主義政権を次々に倒した一連の民主化革命。ポーランドで89年6月、自由選挙が実施され自主管理労組「連帯」が勝利、東欧で初めて非共産政権が誕生した。また、ハンガリー領内で89年8月に「汎(はん)ヨーロッパ・ピクニック」と呼ばれる政治集会が開かれ、参加した東ドイツ市民が隣国オーストリアに亡命を図り、民主化要求が勢いづき、▽ハンガリー一党独裁放棄(10月)▽東西ドイツ・ベルリンの壁崩壊(11月)▽チェコスロバキア・ビロード革命(12月)▽ルーマニア・チャウシェスク政権崩壊(同月)−−とドミノ現象が起こった。
2113
:
チバQ
:2011/02/19(土) 23:30:12
http://sankei.jp.msn.com/world/news/110219/mds11021902040005-n1.htm
カダフィ大佐、健在誇示も本音は… 危機感の裏返し
2011.2.19 02:03
【カイロ=大内清】北アフリカの産油国リビアで大規模な反政府デモが伝えられる中、同国に40年以上にわたり君臨する最高権力者、カダフィ大佐(68)は18日、首都トリポリで親体制派の集会に登場した姿を国営テレビに放映させ、健在ぶりをアピールした。同氏らしい派手な演出であるとともに、反政府機運の高まりに対する強い危機感の裏返しともいえそうだ。
ゆっくりと進むリムジンの屋根から上半身を乗り出したカダフィ氏が、数万人の群衆に手を振る。周囲には、握手を求める親カダフィ派の市民がわれ先にと駆け寄る−。リビアの国営テレビが18日、“生中継”だとして放送したとされる映像の一部。カダフィ氏への支持と影響力にかげりがないことを誇示するのが目的であることは明らかだ。
しかし、現実のリビアは大揺れに揺れているとの見方が支配的だ。インターネットの動画投稿サイトには一連のデモ発生以降、デモ隊による政府関連施設への襲撃の様子をとらえたとみられる映像が次々と流れている。治安部隊の発砲で死亡したとみられるデモ隊の映像も多い。
中東の衛星テレビ局アルジャジーラによると、リビア指導部は18日、声明を出し、デモが伝えられる北東部ベンガジなどの市民に対し、「一線を越えた者は、自殺志願者だとみなす」との露骨な表現で徹底鎮圧に乗り出す考えを示した。
1969年に権力を掌握したカダフィ氏は、息子らや親族を政府の要職に起用。多くの国民には、一族支配への反発のほか、豊富な石油収入が生活の改善につながらないことへの不満も鬱積しているとされる。
一方、リビアには政治に対する部族の影響力が強い。政府としては今後、部族の支持をつなぎ止められるかが、デモ拡大阻止のカギとなりそうだ。
2114
:
チバQ
:2011/02/19(土) 23:31:26
http://sankei.jp.msn.com/world/news/110219/mds11021900170001-n1.htm
バーレーン反政府デモでサウジ戦々恐々 同様の対立構造
2011.2.19 00:16 (1/2ページ)
【カイロ=大内清】ペルシャ湾の島国バーレーンでの、イスラム教スンニ派の支配層と多数派であるシーア派住民との対立を背景とする反政府デモは、東部の油田地帯に多くのシーア派住民を抱え、同様の対立構造があるサウジアラビアの不安感をも、かき立てている。
バーレーンでは18世紀後半、アラビア半島から移住したスンニ派のハリファ家が、それまでの支配民族であるシーア派のペルシャ人を駆逐し支配権を確立。19世紀には英保護領となり、その援助で多数派のシーア派への支配を強化した。
こうした経緯から、バーレーン支配層にはシーア派への差別意識が強く、1990年代には待遇改善や民主化を要求するシーア派によるデモが頻発した。
現在のハマド国王は99年の即位以来、男女同権の普通選挙を実現するなど徐々にではあるものの民主化を進め、国民融和に努めてきたとされる。政治的に保守的な国が多い湾岸地域で「民主化の優等生」と呼ばれるゆえんだ。
しかし今回、武力によるデモ鎮圧に踏み切り、多数の死傷者を出したことは、民主化努力を水の泡にし、両宗派の溝を深めた可能性が高い。デモが沈静化しても、今後の政権運営が難しさを増すのは間違いない。
隣国サウジにとってもバーレーンの問題はひとごとではない。2500万人超の人口に占めるシーア派の割合は15%で、そのほとんどはバーレーンに近い東部に集中。スンニ派でも最も厳格なワッハーブ派を奉じるサウジでは異端扱いされ、就業などの面で差別を受けているとされる。
79年には、同年のイラン・イスラム革命に影響されたシーア派住民の大規模デモが発生し、サウジがイランの影響力伸長を安全保障上の脅威ととらえる理由の一つともなっている。
また世界最大のガワール油田などを操業する国営石油大手サウジ・アラムコの従業員の多くはシーア派で、騒乱が飛び火すれば主要な外貨収入源である原油生産にも影響しかねない。
サウジ王室のご意見番的存在で、改革派で知られるタラール王子は16日、英BBC放送で、より広い政治参加を可能とする改革を行わなければ「サウジで何が起きても不思議ではない」と警鐘を鳴らした。
このほか、クウェートやアラブ首長国連邦(UAE)にも15〜30%のシーア派住民がおり、各国はバーレーン騒乱の動向に神経をとがらせている。
2115
:
チバQ
:2011/02/19(土) 23:33:35
http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20110218-OYT1T01205.htm
エジプトお祭りムード…「勝利集会」に数十万人
【カイロ=工藤武人】エジプトの首都カイロのタハリール広場で18日、ムバラク前大統領辞任(11日)から1週間を記念した集会が開かれ、数十万人が参加した。
ムバラク氏辞任を求めるデモを主導した若者グループなどが、休日でもある18日に「革命勝利集会」として参加を呼びかけた。金曜礼拝の後、ムバラク氏辞任を祝い、デモの最中に死亡した365人を悼んだ。広場には、「解放」など政変を祝う横断幕が掲げられた。親子連れでの参加者も多く、お祭りムードに包まれた。
集会は、政変後に全権を掌握した軍に対し、非常事態の解除や政治犯釈放、ムバラク氏に任命された内閣の退陣などの要求も掲げた。ただ、集会参加者の大半は軍への信頼を表明しており、軍も広場と周辺に治安部隊を展開してデモ参加者を誘導するなど、秩序ある集会を認めた。同様の集会は北部アレクサンドリアなど地方都市でも実施された。
(2011年2月18日23時55分 読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/feature/20081229-507405/news/20110218-OYT1T00895.htm
エジプト軍、大統領選に候補擁立せず
【カイロ=田尾茂樹】ロイター通信によると、エジプト軍幹部は17日、半年以内にも実施される予定の大統領選で、軍が立候補者を擁立しない方針を明らかにした。
軍の統治が民政移行までの期間にとどまると強調することで、民主化に取り組む姿勢を示し、国内の安定回復に向けた国民の協力を促す狙いとみられる。
デモを静観した軍に対しては、国民の信頼が厚い一方、反体制派内には、軍が、次期大統領選で軍出身のスレイマン副大統領を推すとの見方も出ている。
軍は、今回の方針発表で、軍が実権を握り続けることに対する国民の警戒感を和らげる思惑とみられるが、軍出身のスレイマン副大統領を擁立するのかどうかは不明。
(2011年2月18日19時15分 読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/feature/20081229-507405/news/20110218-OYT1T00366.htm
エジプト前内相・前観光相ら4人逮捕
. 【カイロ=田尾茂樹】エジプト検察当局は17日、崩壊したムバラク政権の前閣僚ら4人を公金不正流用などの疑いで逮捕した。
半国営中東通信などが伝えた。
逮捕されたのは前内相のハビブ・アドリ、前観光相のゾヘイル・ガラーナ、前住宅相のアハメド・マグラビ、旧与党の国民民主党幹部で、鉄鋼最大手エッズのオーナー、アハメド・エッズの4容疑者。4人は容疑を否定しているという。
検察当局は、4人を含む前閣僚や財界有力者を対象として不正蓄財などの捜査に着手しており、4人は既に海外渡航を禁じられ、資産も凍結されていた。
(2011年2月18日11時05分 読売新聞)
2116
:
チバQ
:2011/02/19(土) 23:34:54
http://www.asahi.com/international/update/0218/TKY201102180428.html
伊首相追い詰めた「鉄の女」 ミラノの検事、捜査16年(1/2ページ)2011年2月19日1時1分
【ローマ=南島信也】イタリアのベルルスコーニ首相(74)が未成年者買春罪と職権乱用罪で起訴された。これまで数々の汚職疑惑などを権力を駆使してかわしてきた首相だが、少女買春という破廉恥な行為は国民を怒らせ、窮地に陥っている。首相をそこに追い詰めたのは、16年にわたって執念の捜査を続けてきた、「鉄の女」と呼ばれるミラノ地検の女性検事だ。
イタリア全土の女性たちがベルルスコーニ氏の女性観に不快感と怒りをたぎらせている。今月13日には全国各地で100万人を超える女性が首相辞任を求める抗議集会を開いた。これらの集会で女性たちが勇気をたたえたのが、イルダ・ボッカシーニ主任検事(61)。
ボッカシーニ氏は南部ナポリ出身で、1979年に検事任官。ミラノ地検で、北イタリアに急速に勢力を拡大していたマフィアの捜査などに取り組んだ。
人生の転機は92年。マフィア捜査の最前線にいたファルコーネ法務省刑事局長ら検事や警察官が爆殺された事件がきっかけだった。ファルコーネ氏は、ボッカシーニ氏が師と仰いでいた人物だった。
ボッカシーニ氏はマフィアと徹底的に戦うことを決意し、シチリアに異動願を出した。そして93年、ファルコーネ氏殺害を命じたマフィア「コーザ・ノストラ」の総帥をついに逮捕した。マフィアのボスに「あの女はトラだ。誰をも恐れない」と言わしめたことが盗聴捜査で明らかになっている。
ボッカシーニ氏は94年、汚職にからむ首相経験者や政財界の大物約3200人を起訴して国民の喝采を浴びたミラノ地検の捜査班「マーニ・プリーテ」(清い手)の指揮をとるためにミラノ地検に戻った。実業家から政界進出したベルルスコーニ氏が首相の座に就いた年だ。
ベルルスコーニ氏はマフィア事件の捜査線上にもしばしば名前が登場していたが、裁判官を買収したり、公判引き延ばしで時効による無罪判決を得たりとあらゆる手を使ってボッカシーニ氏に煮え湯を飲ませ続けてきた。
それから16年。今回のモロッコ人少女買春事件でミラノ地検は、首相在任中は出廷を免れる特権法が失効した瞬間を逃さず強制捜査に踏み切った。買春は密室の犯罪であるため、当事者が口裏を合わせれば立件は難しいとたかをくくっていたのか、首相側の事件対応が遅かったことも幸いした、と地元記者はみる。
ボッカシーニ氏は雑誌で「世界を動かす100人の女性」に選ばれたこともあるが、メディアの取材には一切応じず、実像はベールに包まれている。政治的立場は中立だが、中道右派の首相系メディアは、彼女が赤毛であることから憎しみを込めて「赤いイルダ」と呼び、一般メディアは強固な意志を持つ「鉄の女」と称賛する。
ボッカシーニ氏自身は「私は(捜査に徹する)一兵卒だ」と語る。長年にわたって繰り広げられてきた首相とボッカシーニ氏のバトルは、いよいよ最終段階に入った。
2117
:
チバQ
:2011/02/20(日) 11:38:02
>>2087
http://hochi.yomiuri.co.jp/topics/news/20110219-OHT1T00297.htm
ウガンダのムセベニ大統領、ラップ歌手デビューに乗り気
18日投票の大統領選で4選を目指すアフリカ東部ウガンダのヨウェリ・ムセベニ大統領(67)が投票前日の17日、ラップ歌手としてデビューする仰天プランをぶちあげた。
大統領は選挙戦中の集会で民族の聖歌を2曲披露。味のあるガラガラ声に着目した音楽プロデューサーがラップ調にリミックスしたところ、ラジオ局でヘビーローテーションとなったり、ナイトクラブのBGMに採用されるなど予想外の大ヒット。以前はラップの存在すら知らなかった大統領は「若者たちが古来の音楽を求めていたことが分かって、とてもうれしい。選挙後、あなたたち(国民)はアルバムを手にするかもしれない。他にも曲はある」と宣言した。
北アフリカ、中東諸国で長期政権に対する民衆の反政府運動が相次ぐ中、就任25年を迎えているムセベニ大統領。優勢が伝えられている大統領選は、20日に大勢が判明する。
(2011年2月20日06時01分 スポーツ報知)
2118
:
チバQ
:2011/02/20(日) 11:50:20
http://jp.reuters.com/article/oddlyEnoughNews/idJPJAPAN-19615620110218
ウガンダ大統領のラップが大ヒット、アルバム発表にも意欲
2011年 02月 18日 16:50 JST
[カンパラ 17日 ロイター] 大統領選を18日に控えたウガンダのヨウェリ・ムセベニ大統領(67)が、今後ラップ歌手としてアルバムを発表するかもしれないと語った。
ムセベニ大統領は、過去数カ月間に行った選挙集会で、故郷であるウガンダ西部の伝統的な歌を2曲披露。その後音楽プロデューサーがその曲をヒップホップのリズムに合わせて同大統領の声とミックスしたところ、国内のラジオ局やナイトクラブで大ヒットになった。
「M7」というニックネームまで付けられた大統領は記者会見で、これまではラップについてまったく知識がなかった前置き、選挙集会で披露した歌は植民地時代より以前から伝えられているものだと説明。
その上で「若者から好反応があったことはうれしい。彼らが祖先の音楽に関心があるということだ」と述べた。
曲はほかにもあり、「本業」の大統領選が終了後にはアルバムが制作できるかもしれないと話している。
2119
:
チバQ
:2011/02/20(日) 13:38:48
>>572
http://sankei.jp.msn.com/world/news/110220/mds11022010010009-n1.htm
前大統領、帰国できず マダガスカル、当局が妨害
2011.2.20 10:00
19日、ヨハネスブルグで搭乗を待つマダガスカルの大統領職を追われ、南アフリカに亡命中のラベロマナナ(AP)
アフリカ南東部の島国マダガスカルの大統領職を2009年3月に追われ、南アフリカに亡命したラベロマナナ氏は19日、民間機で帰国しようとしたが、マダガスカル当局の妨害で搭乗できなかったと南アの国際空港で記者団に述べた。複数の海外メディアが報じた。
軍の支持を得て同氏を退陣に追い込んだラジョエリナ氏率いる暫定政府は国際社会から認められず孤立。政情混乱が続いており、17日に帰国を表明したラベロマナナ氏が実際に帰国すれば、混乱に拍車が掛かる恐れが指摘されていた。
同氏によると、当局から飛行機に乗せないよう通知を受けた航空会社から搭乗を拒否されたという。同氏は昨年8月、本人不在のまま終身強制労働刑を言い渡されており、帰国すれば拘束される可能性があるが「帰国方法を探す」としている。(共同)
2120
:
チバQ
:2011/02/20(日) 13:42:13
http://mainichi.jp/select/world/news/20110220ddm002030092000c.html
リビア:体制打倒、厚い壁 厳しいデモ弾圧、支持者に「アメ」
<追跡>
北アフリカ・リビアの東部で、最高指導者カダフィ大佐の退陣を求める反体制デモが激化している。隣国のチュニジア、エジプトの民衆蜂起による独裁者打倒に刺激された動きだが、治安当局側は徹底弾圧の姿勢を崩していない。中東・アフリカで最も長い41年にわたり権力を独占するカダフィ体制は、存続の危機に直面しているのか。行方を探った。【カイロ和田浩明】
在外リビア人団体やリビア在住者によると、デモは19日までに少なくとも国内7都市で発生。反カダフィ派が活発な同国東部ベンガジでは、市外から送り込まれたとみられる治安部隊が実弾射撃で抑え込みを図っている模様だ。
東部は歴史的にキレナイカ地方と呼ばれ、リビアが51年に王制下で独立した際、首都トリポリのある西部トリポリタニア地方などと一緒になった。開発の遅れなどから反カダフィ感情が根強いとされる。デモ隊とされる映像には王制時代の国旗も見られる。
15日に反体制デモが発生してから、カダフィ氏の三男サーディ氏(37)が派遣され、事態収拾に当たっている。18日には演説でベンガジでの開発の遅れを認め、対応を約束したという。「最高指導者の指示」(外交筋)とみられる。弾圧に投入された部隊は別の息子が率いる精鋭の「ハーミス部隊」だとの情報もある。地元住民の間には「アフリカ人雇い兵がいる」との話もある。
混乱する東部に比べ、首都トリポリ周辺は「平穏な状態」(住民)だという。国営テレビは18日、カダフィ氏が街頭で市民から熱狂的に歓迎される様子を放映。「体制は盤石」との印象を演出した。外国企業が開発する油田からの豊富な収入で支持派を優遇する一方、反乱は容赦なく排除する「アメとムチ」で体制維持を図っている。
政権に人権尊重の考え方はほとんどなく、治安当局はデモを容赦なく弾圧できるため、体制打倒は容易ではないとの見方が強い。カダフィ体制が崩壊した場合、「まともに機能する行政機関が存在しない」(西側企業筋)ため、大混乱が生じるのは必至だ。
現在68歳のカダフィ氏が自ら退陣する気配はない。後継者候補としては三男のほか、「開明派」で近年の経済開放策を主導する次男のセイフ・アルイスラム氏(38)や、国家安全保障担当の四男ムアタシム氏らの名が挙がっている。中東に民主化の大波が寄せている今も「権力世襲」で現体制を維持しようとしている。
◇カダフィ氏、69年に政権掌握 「大佐」は呼称
1942年にリビア北部シルトで遊牧民の子に生まれる。中学生のころから「革命」にあこがれ、ナセル・エジプト元大統領(1918〜70年)のアラブ民族主義に傾倒。東部ベンガジの士官学校に進学すると、在学中に民族主義の将校団を組織、英国留学も経験した。69年9月、将校団を率いて無血クーデターを成功させイドリス国王を追放して軍事政権を樹立。27歳の若さで革命指導評議会議長となった。
その後、首相兼国防相や全人民会議書記と肩書を変えながら政権を掌握。79年以降は肩書を持たず事実上の国家元首として君臨している。「カダフィ大佐」と呼ばれるが、「大佐」は呼称。尊敬するナセル元大統領のエジプト革命時の肩書が「大佐」だったことなどからこの呼称を好んでいるとされる。
73年4月からイスラム教の聖典コーランに社会主義思想を合わせた形で文化革命を推進。自らの革命思想を書いた「緑の書」に基づく国家建設を行っている。
たびたび米国と敵対し、レーガン元米大統領には「中東の狂犬」と呼ばれた。86年には米軍がトリポリ、ベンガジの軍施設やカダフィ氏の自宅を空爆。このとき養女を失った。しかし、03年12月に大量破壊兵器計画の放棄を発表し、米欧との協調路線に転換した。
外遊の際には、遊牧民の使うテントを設置して、民族衣装で各国首脳と会談するなどパフォーマンスでも知られる。
==============
■ことば
◇リビア
面積約177万平方キロは日本の5倍。人口約642万人。国土の90%以上が砂漠で、主要資源は石油、天然ガス。1人当たり国民総所得は1万1590ドル(約96万円)。住民の大半はイスラム教スンニ派のアラブ人。1912年にイタリアの支配下に入ったが、51年にイドリス首長を国王に独立、69年に共和制に移行。
◇緑の書
1975年以降に発表されたカダフィ氏の革命思想を記した著書。資本主義でも共産主義でもない独自の理論「世界第三理論」を中核としている。
2121
:
チバQ
:2011/02/20(日) 13:53:32
http://sankei.jp.msn.com/world/news/110220/mds11022009570007-n1.htm
リビアの死者100人に カダフィ大佐、最大の危機
2011.2.20 09:56
18日、リビア・ベンガジで、反政府デモの際に頭を撃たれたとされる男性の映像(ロイター=共同)
リビア第2の都市ベンガジで19日、デモ参加者の葬儀中に治安部隊の銃撃で死亡した参列者は15人、負傷者は数十人に上った。病院当局者がAP通信に語った。ロイター通信によると、犠牲者は「数十人」との情報もある。同国内で反体制デモが本格化してから19日までの4日間で死者は少なくとも約100人に達し、41年以上にわたって君臨してきた最高指導者カダフィ大佐は最大の危機に直面した。
今後は首都トリポリにデモが波及するかどうかが焦点。ベンガジなど同国北東部で連日起きている反体制デモに対し、政権側は精鋭治安部隊を投入、徹底的に弾圧する構えだ。(共同)
2122
:
チバQ
:2011/02/20(日) 13:56:53
http://sankei.jp.msn.com/world/news/110219/mds11021923400025-n1.htm
アラビア半島の「火薬庫」 それはイエメン
2011.2.19 23:40 (1/2ページ)
【カイロ=大内清】アラビア半島の最貧国イエメンでは19日も、反サレハ大統領派と、親政権派が衝突を繰り返した。同国では国際テロ組織アルカーイダ系武装勢力「アラビア半島のアルカーイダ(AQAP)」が拠点を置くほか、サウジアラビア国境付近にはイランとの関係も疑われるイスラム教シーア派の一派、ザイド派の反政府勢力が存在。政権の転覆が地域全体の不安定化につながりかねない「火薬庫」となっている。
30年以上にわたり大統領の座にあるサレハ氏。こわもてのイメージとは裏腹に、その権力は意外なほど微妙なバランスの上に成り立っている。イエメン政治に大きな影響力を持つ有力部族の意向を無視することができないためだ。
サレハ氏は今月初め、反政府デモの高まりを受け、次期大統領選への不出馬を表明したものの、デモは収束する気配をみせていない。こうした事態を受けサレハ氏は連日、首都サヌア周辺の部族長らと会談、支持をつなぎ留めようと懸命になっているとされる。
米国が求めるAQAP掃討も、部族の顔色をうかがいながら進められている。2009年の米機爆破未遂テロに関与したAQAP幹部のアウラキ師は現在、イエメン国内に潜伏中とされるが、部族の庇護(ひご)を受けていることから政府は手出しができない状態だ。
AQAPには隣国サウジでの摘発を逃れた過激派が多数参加し、「反サウジ王室」をも公言している。かろうじて国内の秩序を保っているサレハ政権が崩壊すれば、AQAPの活動が活発化しサウジに“逆流”してくる可能性もある。
現在は表立った活動を控えているザイド派も、混乱に乗じてテロやサウジへの越境攻撃を再開する恐れがある。また、旧南イエメンには、分離独立運動もくすぶる。
「男らしさ」を尊ぶイエメンでは、一般家庭にも小銃が広く普及している。反大統領派と親政権派の衝突がこのままエスカレートすれば、サレハ氏にとってはますます統制が難しくなり、窮地に陥る危険もありそうだ。
2123
:
チバQ
:2011/02/20(日) 21:02:46
http://sankei.jp.msn.com/world/news/110220/mds11022019440013-n1.htm
リビア東部 「虐殺」「統制失う」 カダフィ大佐、特異な革命理論
2011.2.20 19:43 (1/2ページ)
【カイロ=大内清】最高指導者カダフィ大佐が独特の革命理論で41年にわたり君臨してきたリビアの情勢が緊迫の度を増している。激しい弾圧が伝えられる同国東部の住民は「虐殺が起きている」と証言。その一方、在外リビア人ジャーナリストによると、エジプトとの国境地帯では政府が統制を失いつつあるという。特異な政治構造を持つリビアで何が起きているのか。
「食料や医薬品が足りない!」。交流サイト「フェイスブック」に19日、こんなメッセージが流れた。リビアの隣国エジプトに、東部住民への支援を訴えたものだ。エジプト側国境の町サッルームの幹部は産経新聞の電話取材に、「リビアからのトラックの動きが止まっている」と話した。
リビア東部の状況についても徐々にではあるものの、情報が漏れ伝わり始めている。「外国人部隊が投入された」「マシンガンを乱射している」…。リビア政府は報道を厳しく制限しており、騒乱の全体像はなお不明だが、反体制派のニュースサイトは、首都トリポリでも警察車両が燃やされる騒ぎがあり、当局が「デモ隊狩り」を行っているなどと伝えた。
リビアの正式名称は「大リビア社会主義人民ジャマヒリヤ国」。ジャマヒリヤとは、アラビア語で「大衆」と「共和国」を意味する言葉を合成した造語で、代議員によらない国民全員参加の「直接民主制」を実践するとのカダフィ氏の革命理論を表現している。
この理論に従い、リビアには憲法も国家元首も存在しない。建前上、カダフィ氏は地位や肩書を持っておらず、「大佐」はあくまでも呼称だ。私淑するエジプトのナセル元大統領の軍人としての最高位が大佐だったためとされる。
しかし、実際には軍などを通じ独裁体制を構築。最近では自らを「アフリカの王の中の王」と呼ぶ。
一連のデモの起点となった東部ベンガジは、革命以前はトリポリと並ぶ首都と位置づけられていた。しかし、トリポリに首都機能が集中されてからは開発の遅れが目立ち、これが住民の不満の一因になったとの指摘もある。
2124
:
チバQ
:2011/02/20(日) 21:03:36
http://sankei.jp.msn.com/world/news/110217/mds11021723560016-n1.htm
中東最長の独裁支配 カダフィ大佐 世襲もくろむ?
2011.2.17 23:56
【カイロ=大内清】反政府デモが続くリビアを40年以上にわたって“支配”してきたのが、最高指導者カダフィ大佐(68)だ。ムバラク前大統領が30年の治世の末に辞任を余儀なくされた隣国エジプトと同様、後継体制についてははっきりとした態度を示しておらず、息子への世襲をもくろんでいるとの観測が絶えない。
カダフィ大佐は1942年、地中海沿岸の都市シルト近くで生まれた。ベドウィン(遊牧民)出身であることを誇りとしており、外国訪問の際に遊牧民のテントを持参し、そこで寝泊まりをするほどだ。
1969年にクーデターを主導し、27歳の若さで実権を掌握。それ以来、約41年間、最高権力者の座にあるが、後継者を誰にするかについては明言を避けてきた。
有力視されるのが、次男サイフルイスラム氏と、四男ムアタセム氏の2人だ。
ウィーンやロンドンで教育を受けたサイフルイスラム氏は、経済・社会改革に積極的とされ、2003年にはカダフィ氏本人に大量破壊兵器の廃棄を進言し米欧との関係改善に道を開いたといわれる。
一時は最有力後継候補ともいわれたが、昨年、自身が運営にかかわっている新聞が政府批判を行ったなどとして記者が相次いで逮捕されるなど、保守派との対立も取り沙汰されている。
これに対し、近年、注目を集めているのがムアタセム氏だ。09年にはクリントン米国務長官と会談して外交での存在感を誇示したほか、昨年には国家安全保障顧問の要職に就任。自身の軍部隊も持つとされる。
一族による支配を強めてきたカダフィ氏。エジプトの首都カイロのリビア大使館前では17日、「出て行けカダフィ!」と叫ぶ数十人のデモ隊も現れた。
2125
:
チバQ
:2011/02/20(日) 21:48:48
http://sankei.jp.msn.com/world/news/110220/mds11022021010014-n1.htm
根強い反体制感情 旧都ベンガジ、格差に不満
2011.2.20 21:00
反体制派のデモと治安部隊の激しい衝突の中心地となっているリビア第2の都市、北東部ベンガジは1969年の無血クーデター以前の王制時代は首都だった。だが、最高指導者カダフィ大佐の独裁体制下では、首都トリポリに比べ都市開発で差をつけられ、根強い反体制感情がうずまいていた。
「“革命”の中心地トリポリとベンガジはライバル関係。当局はこれまで両者の微妙なバランスを保ち、暴発を抑えてきた」。リビア情勢に詳しい外交筋はベンガジの反カダフィ意識の強さを指摘する。
対イタリア抵抗運動の指導者イドリス国王率いるキレナイカ王国時代、ベンガジは開かれた雰囲気の都会だったことから、指導部はベンガジに「堕落のイメージ」を抱き、インフラ整備で格差をつけた。
これが反体制活動を生み出す要因になり、90年代にはベンガジでカダフィ大佐の暗殺未遂事件も発生。政府はベンガジの反体制活動家やイスラム主義者を徹底的に弾圧してきた。(共同)
2126
:
チバQ
:2011/02/21(月) 12:18:30
http://www.afpbb.com/article/politics/2786512/6845443?utm_source=afpbb&utm_medium=topics&utm_campaign=txt_topics
ウガンダ大統領選、現職のムセベニ氏が再選 野党は不正を主張
2011年02月21日 09:24 発信地:カンパラ/ウガンダ
【2月21日 AFP】アフリカ東部ウガンダで18日に実施された大統領選挙は、現職のヨウェリ・カグタ・ムセベニ(Yoweri Kaguta Museveni)大統領(66)が得票率68.38%の圧勝で再選した。同国の選挙管理委員会が20日、最終開票結果として発表した。
野党連合「政党間協力(IPC)」の指導者でムセベニ大統領の最大のライバルだったキザ・ベシジェ(Kizza Besigye)候補の得票率は26.01%だった。ベシジェ氏が大統領選でムセベニ大統領に敗れたのは3度目。だが、ベシジェ氏は、選挙期間中は投票日やその前後も含めて数々の不正が行われたと主張し、選挙結果の受け入れを拒否している。
ムセベニ大統領が再選で新たに5年の任期を満了すれば、リビアの最高指導者ムアマル・カダフィ(Moamer Kadhafi)大佐、ジンバブエのロバート・ムガベ(Robert Mugabe)大統領らに次いで、アフリカで30年を超えて君臨する国家の長となる。
ムセベニ大統領は、同性愛者に対する厳しい言動や人権侵害が批判されてきた一方、ソマリアでの国際テロ組織アルカイダ(Al-Qaeda)系武装勢力の掃討に4000人を派兵した点は評価を受けている。また、大統領自身も選挙期間中、イディ・アミン(Idi Amin Dada)元大統領の独裁やクーデターで混乱に明け暮れたウガンダ情勢を安定させた手腕を強調している。(c)AFP/Francois Ausseill
2127
:
チバQ
:2011/02/21(月) 12:19:44
http://jp.reuters.com/article/worldNews/idJPJAPAN-19637720110221
メルケル独首相率いるCDU、ハンブルク議会選挙で大敗
2011年 02月 21日 12:09 JST
[ハンブルク 20日 ロイター] ドイツのメルケル首相率いるキリスト教民主同盟(CDU)が、ハンブルク特別市(州に相当)議会選挙で大敗した。メルケル首相の政権運営が困難になる見通しだ。
この戦後最悪の敗北により、CDUは連邦参議院(上院)で3議席を失う。
ARDテレビの予想によると、得票率は20.8%と2008年の前回選挙時の42.6%から半減した。
21.8ポイントの低下は、前回と比べたCDUの得票率の落ち込みとしては過去最大で、世論調査会社の予想よりも約5ポイント悪かった。
ARDテレビによると、野党の社会民主党(SPD)の得票率は49.8%と、08年の34.1%から上昇。SPDは、ハンブルク議会で、絶対多数を3議席上回る64議席を獲得すると予想されている。
SPDの結果は94年以来の良好なものとなった。
ハンブルク議会選挙は今年予定される7つの州議会選挙の最初の選挙。
2128
:
チバQ
:2011/02/21(月) 12:21:00
http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20110221-OYT1T00490.htm
カダフィ氏次男、デモ制圧目指す姿勢…リビア
【カイロ=田尾茂樹】リビアの首都トリポリで20日夜、最高指導者カダフィ氏の独裁体制に抗議するデモが起き、デモ隊が治安部隊と衝突した。
ロイター通信などが伝えた。治安部隊の発砲とみられる銃声も聞こえたという。カタールの衛星テレビ「アル・ジャジーラ」は、数千人のデモ隊がカダフィ氏支持派と衝突したと伝えた。リビア第2の都市、北東部ベンガジで15日に始まった反体制デモは首都に拡大した。
ロイター通信が目撃者の話として伝えたところによると、市内中心部ではカダフィ氏が描かれた看板にデモ隊が投石を続け、治安部隊が催涙弾を発射するなどして鎮圧にあたった。
デモ拡大を受け、カダフィ氏の次男セイフ・イスラム氏は21日未明、国営テレビを通じて演説した。同氏は反体制デモの激化で「リビアは内戦に陥ろうとしている」と警告、「我々は最後の一人になるまで戦う」と述べ、デモ制圧を目指す姿勢を強調した。デモについては、リビアを小規模のイスラム国家群に分断することを目指す「国外分子の企てだ」と非難した。
(2011年2月21日11時36分 読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20110221-OYT1T00308.htm
イランの反政府デモ、テヘランから全国に拡大
【テヘラン=久保健一】イランの改革派による反政府デモは20日、首都テヘランだけでなく、中部イスファハン、南部シラーズ、北西部サナンダジ、北部ラシュトなど全国に拡大した。
改革派ニュースサイトによると、テヘランでは市内各地でデモ行進が行われた。政府は治安部隊を市内に配置して厳戒態勢を敷き、催涙弾などを用いてデモ隊を強制排除、逮捕者も多数出た模様だ。
保守派系ファルス通信によると、治安当局は同日、デモを扇動したとして、ラフサンジャニ元大統領の娘で改革派活動家のファエゼ・ハシェミさんの身柄を一時拘束した。
(2011年2月21日10時28分 読売新聞)
2130
:
チバQ
:2011/02/21(月) 22:46:07
http://www.jiji.com/jc/c?g=int_30&k=2011022100528
バシル大統領、再選求めず=中東の動き影響か−スーダン
【ロンドン時事】ハルツームからの報道によると、スーダン与党・国民会議の幹部は21日、1989年以来軍事独裁体制を敷く同国のバシル大統領(67)が次期大統領選挙に立候補しないと言明した。中東各国で高まる民主化機運の波及を懸念した動きとの見方もある。
大統領選は4年後に行われるが、この幹部は不出馬の理由について、「多くの人に大統領選出馬の機会を与えるため」と述べた上で、「中東各国で起きている変化とは関係ない」と付言した。
野党関係者は「バシル(大統領)は、経済状況がひどく、イスラム教徒に不満がたまっていて現体制が脆弱(ぜいじゃく)なのを理解している」と分析。不出馬は「独裁に反対する津波のような中東諸国の人々の抗議行動と極めて強い関係がある」と指摘した。(2011/02/21-19:33)
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2131
:
チバQ
:2011/02/21(月) 23:03:00
http://www.afpbb.com/article/politics/2786635/6847539?utm_source=afpbb&utm_medium=topics&utm_campaign=txt_topics
スーダン大統領、次期大統領選に立候補せず 与党幹部
2011年02月21日 22:45 発信地:ハルツーム/スーダン
【2月21日 AFP】スーダンの与党・国民会議(National Congress Party)の幹部は21日、オマル・ハッサン・アハメド・バシル(Omar Hassan Ahmed al-Bashir)大統領が次期大統領選に立候補しないと述べた。
国民会議幹部のラビ・アブドゥル・アティ(Rabie Abdul Ati)氏はAFPに対し、「バシル大統領は次期大統領選に立候補しないことを確認する。100%確実だ」と述べ、アラブ諸国で相次いでいる反政府デモの影響ではないと付け加えた。
中東・北アフリカ地域では反政府デモが相次ぎ、チュニジアとエジプトでは大統領が辞任した。現在、スーダンと国境を接するリビアの各地でデモが起きている。
バシル大統領は、1989年にイスラム勢力の支援を得た軍事クーデターで権力を掌握。2010年4月の大統領選挙で再選され、5年間の任期を務めている。一方で、ダルフール問題をめぐる戦争犯罪や人道に対する罪などで国際刑事裁判所(International Criminal Court、ICC)から逮捕状が出ている。(c)AFP/Simon Martelli
2132
:
チバQ
:2011/02/21(月) 23:03:57
http://mainichi.jp/select/world/europe/news/20110222k0000m030088000c.html
リビア:アメリカ、影響力行使の余地少なく 情報不足も
【ワシントン草野和彦】反政府勢力との対決姿勢を鮮明にしたリビア政府に対し、米国は、エジプトやバーレーンなどの親米独裁政権に対するほどの影響力を持たず、当面は「暴力停止」を訴えるほかに有効な手だてはないとみられる。国際社会を巻き込んで国連安保理制裁決議を目指そうにも、内政干渉に極めて敏感な安保理常任理事国の中国やロシアの反発は必至で、打つ手は乏しいのが現状といえる。
クローリー米国務次官補(広報担当)は20日、「リビア情勢に関する憂慮すべき報道や映像があり、重大な懸念を抱いている」との声明を発表した。しかし、国際メディアや人権団体が現地入りできていないため「全体の死者数がどれだけになるかは不明だ」と米国が情報不足に苦慮しているとの認識を示した。
米メディアによると、最高指導者カダフィ大佐の次男セイフ・アルイスラム氏が行ったテレビ演説について、オバマ政権は、有意義な改革の見込みがあるかを分析しつつ、「すべての適切な行動を検討している」という。
米国はエジプトに年間13億ドルの軍事支援をしており、反政府デモが盛り上がった際にもエジプト国軍に暴力の抑制を求め続けることができた。年間約2000万ドルの軍事支援をしているバーレーンについても、軍が首都マナマの「真珠広場」から撤退したのは、米国の意向を受け入れたためとみられる。
だが06年までテロ支援国家に指定していたリビアとは、対エジプト、バーレーンほどの親密な関係はない。内部告発サイト「ウィキリークス」がカダフィ大佐の「変人ぶり」を指摘していた米外交文書を暴露した影響で、クレツ駐リビア米大使が同国を離れており、オバマ政権はカダフィ一家と直接接触できる状況にもないようだ。
暴力停止に向け、リビア政府に圧力をかける手段としては経済制裁が考えられる。だがリビアには米オクシデンタルだけでなく、英BPなど欧州の石油会社も多額の投資をしている。調整に時間がかかり、即効性は期待できそうにない。
2133
:
チバQ
:2011/02/21(月) 23:04:44
http://mainichi.jp/select/world/news/20110221k0000e030014000c.html
EU:対リビアで加盟国に温度差、伊は強硬策に慎重
【ブリュッセル福島良典】欧州連合(EU、加盟27カ国)のアシュトン外務・安全保障政策上級代表(外相)は20日夜、ブリュッセルで開かれたEU外相会議で、リビア当局による反政府デモ隊の武力鎮圧を非難、暴力行為を即時に停止し、「改革を求める国民の正当な願望」に対話で応えるよう呼び掛けた。
だが、リビア政府がEUに「デモを支持する声明を出せば移民問題での協力を凍結する」と脅しをかけていることから、一部の加盟国はリビアの最高指導者、カダフィ大佐との対決姿勢を強く打ち出すことに難色を示すなど、加盟国間で足並みの乱れが露呈した。
DPA通信によると、カダフィ大佐の「友人」であるイタリアのベルルスコーニ首相は19日、記者団に「状況は流動的であり、誰の邪魔もしたくない」と発言。チェコのシュバルツェンベルグ外相もEU外相会議に先立ち「カダフィ大佐が倒れたら世界がより大きな混乱に巻き込まれる」と警告した。
これに対して、アシュトン氏は「脅しや指示が聞こえてくるが、EUは正しいことを行う」と反論。ルクセンブルクのアッセルボルン外相は「人命や民衆の意思を尊重せず、国民に発砲する者は国際刑事裁判所(ICC)で裁かれるべきだ」との考えを示した。
EU外相会議は21日までの2日間の日程。主要議題は北アフリカ・中東諸国に対する支援で、具体策を21日に詰める。
http://mainichi.jp/select/world/europe/news/20110221k0000m030073000c.html
リビア:「これは大量殺人だ。世界に知らせて」医師が訴え
【カイロ和田浩明】「これはジェノサイド(大量殺人)だ。お願いだから、世界に知らせてくれ」。疲れきった声の男性医師は繰り返し懇願した−−。最高指導者カダフィ大佐の退陣を求めるデモ隊に、治安部隊が弾圧を加えるリビア第2の都市ベンガジ。現地の医師が20日、毎日新聞の電話取材に悲惨な実情を証言した。
医師は30代で主要病院の一つに勤務。「ベンガジだけで少なくとも100人、(反体制デモが集中する)東部全体では150〜200人が死亡した」と語った。死者には12歳の子供も含まれているという。
市内の病院には多数の負傷者や死者が運び込まれ、医薬品や輸血用血液の不足が強く懸念されている。
医師は治安部隊側が「機関銃や対空機関銃でデモ隊を撃っている」と証言。19日には弾圧で死亡した市民の葬列にまで発砲したという。
傷は頭部やのどなど上半身に集中し、治安部隊側の「殺意」が垣間見える。医師は「デモは平和的に行われていた。参加者には弁護士や医師などもいた」とも話した。
別の病院に勤務する医師は19日の電話取材に「院内は負傷者や遺体でいっぱいだ。こんなにひどい状況は見たことがない」と泣き崩れた。
15日に反体制デモが始まって以来、当初はナイフなどによる負傷が多かったが、デモが激化した17日以降はほとんどが銃創になった。
複数のベンガジ住民によると、治安部隊は市内の兵舎を拠点にしている模様だ。19日には「市外から市内を戦車が砲撃している」「ヘリコプターが上空を舞い、銃声や爆発音が聞こえる」と話す住民もいた。
「アフリカ系の雇い兵が投入されている」との証言も相次いでいる。ベンガジの東方約200キロの町デルナの男性住民は取材に「拘束した雇い兵が、リビア政府から13万ドル(約1080万円)の報酬を約束されたと告白した」と語った。住民側は自警団を組織して治安部隊を撃退しているという。
市民の中には、抗議活動の様子を撮影し、インターネットを使って世界に発信しようとする動きも出ている。
20日もデモは行われており、流血が続く可能性が高まっている。
2134
:
チバQ
:2011/02/21(月) 23:05:23
http://sankei.jp.msn.com/world/news/110221/mds11022121020022-n1.htm
放火、略奪、緊迫の首都 デモ隊追う雇い兵ら
2011.2.21 20:57
リビアのベンガジで混乱の中、集まって戦車に乗る人たち。AP通信が同国外で入手、撮影日時や場所は不明としている(AP=共同)
「体制が倒れるのはもう疑いがない」。略奪されたテレビ局、放火され炎上する政府施設。リビアの首都トリポリに波及した市民らの反体制デモは21日、41年以上にわたり独裁体制を敷いたカダフィ政権の中枢に迫った。中東の衛星テレビなどは、政権崩壊による混乱を恐れる市民らの不安の声を報じた。
トリポリには有線も携帯でも電話で連絡を取るのが困難な状況。市民の証言を伝えた衛星テレビなどによると、トリポリ市内の大通りでは体制支持派とデモ隊がにらみ合い、裏道では雇い兵らが市民らを追い回しているという。
市内各地で発砲音が響きわたった。市民の一人は「こんなことはかつて起きたことがない」と不安を隠さず、別の市民は「昨晩、近所の人が殺された。外で銃声が響いており、家族は仕事を休んでいる」と語った。(共同)
2135
:
チバQ
:2011/02/21(月) 23:07:18
http://www.tokyo-np.co.jp/article/world/news/CK2011022102000174.html
リビア首都でも衝突 反政府側、東部を制圧か
2011年2月21日 夕刊
カダフィ大佐
【マナマ=有賀信彦】北アフリカのリビア東部で続く反政府デモで、中東の衛星放送アルジャジーラは二十日、東部地区最大の部族がデモ隊に加わったと伝えた。複数の住民は本紙の電話取材に「軍も警察も反政府側に加わり、(東部一帯を)制圧した」と答えた。ロイター通信などは、首都トリポリでもデモが始まり、治安部隊と衝突したと報じた。最高指導者カダフィ大佐が四十一年間支配を続けるリビアの情勢は重大局面を迎えた。
住民の証言によると、東部各地の街では二十日深夜、人々が広場などに繰り出し、反政府側による制圧を祝っているという。
首都トリポリでは同日深夜、デモ隊が数千人規模にふくらみ、治安部隊やカダフィ大佐支持派と衝突。中心部「緑の広場」では治安部隊が鎮圧を狙い、実弾や催涙弾による銃撃を始めた。通りではデモ隊が大佐の顔が印刷された看板に投石し、「おまえ(大佐)はどこだ? 男なら出てこい」と叫び、車も炎上している。
大佐の次男セイフイスラム氏(38)は二十一日未明、国営テレビで演説し「デモは国を内戦状態に陥れ、分断する恐れがある」と警告。デモ隊と徹底抗戦する一方、憲法問題を含む政治改革も早急に進める意向を示した。
ロイター通信によると、東部の中心都市ベンガジでは、二十日だけで五十人以上が死亡。二百人が負傷し、うち百人が重体という。当局との衝突で死亡した犠牲者を悼む数万人の葬列に治安部隊が発砲したとみられる。国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウオッチは、リビア全土の死者が少なくとも計二百三十三人に上るとの推定を発表した。
一方、反体制派デモ隊と治安部隊が二十日衝突したイランの首都テヘランでは、当局がデモに参加したとして拘束したラフサンジャニ元大統領(76)の娘を間もなく解放した。
2136
:
チバQ
:2011/02/21(月) 23:08:28
http://www.asahi.com/international/update/0221/TKY201102210054.html
「内戦か改革か」とカダフィ氏次男 リビア、首都も混乱(1/2ページ)2011年2月21日12時37分
リビア国営テレビを通じて演説するカダフィ大佐の息子、セイフルイスラム氏=ロイター
最近の不穏な状態の中で、リビア東部ベンガジに集まった人々=AP
【カイロ=貫洞欣寛】約40年続くカダフィ大佐の独裁打倒を訴える市民デモが続くリビアで20日、デモが首都トリポリにも波及し、参加者と治安部隊の衝突が起きている模様だ。体制側が追いつめられる中、カダフィ氏の次男で後継者と目されているセイフルイスラム氏(38)が21日未明、国営テレビで演説。「内戦か改革かの分岐点にある。我々は最後まで闘う」と述べた。
中東の衛星テレビ局アルジャジーラやロイター通信などによると20日夜、トリポリ中心部の「緑の広場」など複数の地点で反体制派がデモを始めた。体制支持派や治安部隊との衝突が起きた模様で、銃声が響いているとの情報もある。
トリポリでは、政権側が秘密警察などを通じて反体制派の動きを抑え込み、支持基盤としてきた。今後、首都でのデモが拡大していけば、体制の動揺が広がり、末期的な状態となる可能性が高い。
在リビア日本大使館によると、トリポリ西部にある大使館周辺でも一時、表通りに反政権デモ隊と見られる大勢の人出があり、騒然とした雰囲気となったという。同館が在住邦人約120人の安全確認を進めている。
この状況に、カダフィ氏のスポークスマン役を務めるセイフルイスラム氏は、21日午前1時過ぎに演説を行い、「リビアを分裂させようとする勢力がある。外国メディアが伝える状況は誇張されている」とデモを非難。「リビア人はみんな武器を持っており、このままでは内戦に陥る。朝鮮半島のように家族にも会えない状況になる」とし、改革への協力を訴えた。21日にも改革案を発表するとの考えを示した。
さらに、「ベンガジでの死者は84人で、ベイダでは14人」と述べてリビア当局者として初めて死者の存在を認める一方、軍は最後までカダフィ体制の支持を続けると強調し、デモの鎮圧を予告。「リビアはチュニジアやエジプトとは違う」と繰り返した。
だが、実際には体制内の亀裂は広がっている。リビアのアラブ連盟代表大使が20日、「暴力と抑圧に耐えかねる」として辞任を発表。アルジャジーラによると駐中国リビア大使も辞意を示したという。
一方、治安部隊による反体制派デモ隊への攻撃が続いていた東部の第2の都市ベンガジでは、反体制派が市街を掌握した模様だ。
アルジャジーラなどによると、一部の軍部隊が反体制側に合流し、政権側がデモ鎮圧のため動員した外国人傭兵(ようへい)部隊を攻撃しているという。複数の市民が電話で「ベンガジは解放された。銃声は止まった。今はみんなで祝っている」と述べた。また、ベンガジの病院の医師は20日、AP通信に「この街での死者は200人を超えた」と述べている。
アラブ圏紙シャルクルアウサトは20日付で、複数の軍幹部がカダフィ氏がデモ鎮圧のため外国人傭兵を導入したことに反発し、傭兵鎮圧のためベンガジに向かうと伝えていた。
東部ベイダ、ダルナなどでも反体制派が市街地を掌握しているとみられるほか、首都トリポリの東約200キロのミスラタや西約40キロのザウィヤでもデモが発生。ザウィヤではデモ隊が市街地を占拠し、トリポリに向かったという。
2137
:
チバQ
:2011/02/21(月) 23:10:32
http://mainichi.jp/select/world/news/20110222k0000m030077000c.html
バーレーン:野党側、議院内閣制など条件 正式交渉は未定
【マナマ鵜塚健】ペルシャ湾岸の小国バーレーンの首都マナマで続くイスラム教シーア派住民によるデモで、住民と連携する最大のシーア派野党「イスラム国民統合協会」関係者は21日、毎日新聞に対し、当局との交渉入りの前提として議院内閣制の導入などの条件を挙げていることを明らかにした。一部報道で当局との「対話開始」が伝えられたが、水面下での事前協議の可能性はあるものの正式な交渉は始まっていないという。22日には再び大規模デモが計画されており、政府が大きな変革に踏み切らない限りデモは一層長期化しそうだ。
ハマド国王はサルマン皇太子を通じて野党勢力に対話を要請。同協会の元国民議会議員ジャラル・ファイルーズ氏は、現内閣を即時解散して議院内閣制に移すことや、約300人に上る政治犯の釈放などを対話の前提条件に挙げ、条件の受け入れなしに対話を開始する可能性を否定した。
バーレーンは国民投票を経て02年から立憲君主制に移行したが、首相は国王の指名で決まり、閣僚の大半はスンニ派王族が占める。このためシーア派住民の要求が国政に反映されず不満が高まっている。
http://www.47news.jp/CN/201102/CN2011022101000965.html
バーレーン国王招待に批判 王子挙式で英メディア
【ロンドン共同】4月29日に行われるウィリアム英王子とケイト・ミドルトンさんの結婚式にバーレーンのハマド国王が招待されていることが判明、英メディアから批判が出ている。
21日付の英紙デーリー・テレグラフによると、ハマド国王の招待は数週間前に決まったとみられる。1900人の招待客のうち、外国の王族や皇族は約40人。
さらにサウジアラビアなど中東各国の王族が多く招かれており、今後の状況次第では結婚式が中東情勢の影響を受ける可能性が出てきた。
バーレーンでは17、18日、警察や軍がデモを武力鎮圧し、死傷者が続出。「王制打倒」の声が拡大した。
2138
:
チバQ
:2011/02/21(月) 23:14:32
http://jp.wsj.com/World/Europe/node_185485
モロッコでも改憲要求デモ−王制打倒までは要求せず
2011年 2月 21日 7:51 JST
北アフリカのモロッコで20日、憲法の抜本的改正を求める数千人のデモが行われた。同国は1000年にも上る歴史のある 王制で、民主化もある程度進み、現在中東・北アフリカ全域に広がっている民主化要求はモロッコでは発生しないとみられていたが、こうした見方に反する動きだ。
首都ラバトでは最大1万人の群衆が街頭を行進し、「独裁政治反対」「憲法の改正を」と叫んだ。政府や汚職、国営テレビに反対するスローガンも掲げられた。
モロッコはチュニジアの大統領が追放されて以来、デモが発生した最後の北アフリカ・マグレブ諸国の一つ。モロッコでは反政府運動は発生しないとみるアナリストが少なくなかった。
実際、デモは20日に始まったが、ラバトでは警察官の姿はほとんどなかった。午後4時までに、エジプト、リビア、バーレーン、イランなどで起こったような官憲の実力行使はなかったし、デモの群衆も1000人程度に縮小した。また商店もおおむね平常通りで、デモ隊の国会議事堂への進路であるカフェも開業していた。
スライドショーを見る
Abdelhak Senna/Agence France-Presse/Getty Images
モロッコの首都ラバトでデモに参加する市民
それでも、20日のデモは、エジプトでそうだったようにフェイスブック上のキャンペーンをきっかけに発生したもので、政治的緊張が潜在的には存在することが浮き彫りになった。モロッコは過去10年間、民主化に向けて若干前進しており、2つの選挙も行われ、国際査察団はおおむね自由で公正な選挙だったとお墨付きを与えている。しかし、大半の権力は国王とその任命者にある。
群衆の中にはイスラム原理主義者、チェ・ゲバラの旗を掲げた左翼主義者などもいたが、国王モハメド6世の排除までは要求しなかった。同国王は1999年即位して以降、それまでの政治犯虐待などをやめ、女性などの権利を拡大、国民の間で幅広い人気を得ている。20日にはモロッコの商業都市カサブランカでも同様のデモが実施された。
記者: Marc Champion
2139
:
チバQ
:2011/02/21(月) 23:18:10
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110221-00000120-yom-int
やまぬデモ、いらだつエジプト軍…強制阻止も?
読売新聞 2月21日(月)7時39分配信
【カイロ=工藤武人】ムバラク政権崩壊後のエジプトで実権を握る軍が、国内各地で賃上げや待遇改善などを求める労働者によるストライキやデモが収束しないことにいらだっている。
これまで軍は、民衆の動きを静観してきたが、経済活動の混乱が長引けば、デモやストライキの強制阻止に乗り出す可能性もある。
エジプトでは、週明けにあたる20日、ストの影響で営業を停止していた銀行の業務がほぼ再開された。カイロ中心部ザマレックにある外資系銀行では朝から、小切手や預金の引き出し用紙などを手にした市民ら数十人が窓口前で列を作った。国内銀行の窓口業務再開は1週間ぶりで、営業開始時間前から行列ができた店舗もあった。
2140
:
とはずがたり
:2011/02/22(火) 11:24:10
東欧の民主化ドミノの様な民主化革命がイスラム世界でも起きるといいですなぁ。
リビアのデモ、首都でも 東部都市は反政府勢力が占拠との見方
2011.02.22 Tue posted at: 09:26 JST
http://www.cnn.co.jp/world/30001881.html
(CNN) カダフィ大佐(68)の独裁が約40年間続いているリビアの反政府デモが首都トリポリに拡大している。東部ベンガジは20日に反政府勢力に占拠されたとみられており、リビア政府はトリポリでの取り締まりに躍起になっている模様だ。
こうしたなか、英国のヘイグ外相が、カダフィ大佐は南米ベネズエラに向かっている可能性があると指摘し、大佐の居場所に関し憶測が飛んだ。しかしカダフィ大佐は22日未明、国営テレビで演説し、トリポリにいると言明した。
一方、野党・リビア救国国民戦線は21日、武装ヘリコプターが民衆を攻撃していると伝えた。リビア外交官筋は同国空軍による空爆を否定している。
目撃者などによると、トリポリではデモ隊らが政府の施設に放火するなどしている。また、武装した者が自動車から無差別に発砲する様子を目撃したとの証言や、国営テレビ局や治安本部が攻撃されたとの証言もある。リビアでは政府が通信や取材を厳しく統制しているため、CNNではこうした情報を独自に確認できていない。
リビアのクリナ紙は、トリポリ近郊でアフリカ人傭兵(ようへい)が非武装の市民に発砲していると報じた。クリナ紙はこれまで政府寄りだったが今は態度を変え、デモの様子を伝えている。
さらに同紙によると、リビアのアブドルジャリル法相が非武装のデモ隊に対する暴力に異議を唱えて辞任した。またリビア空軍のパイロット2人が21日、マルタに亡命した。マルタ政府筋によると、2人は市民への空爆を命ぜられていたという。
国際人権団体ヒューマンライツ・ウオッチが病院からの情報を元にまとめたところによると、一連のデモによる死者数は少なくとも233人にのぼるという。
2141
:
とはずがたり
:2011/02/22(火) 11:24:59
カダフィ大佐、退陣拒否=将校団が反乱か−首都で空爆の情報も・リビア
http://www.jiji.com/jc/c?g=int_30&k=2011022200043
【カイロ時事】中東の衛星テレビ局アルアラビアによると、リビアの最高指導者カダフィ大佐は21日深夜、国営テレビに短時間登場し、「私はベネズエラではなく(リビアの首都)トリポリにいる」として、一部で流れた海外逃亡説を否定、反体制デモ激化で混乱が拡大する中、退陣せず、あくまで政権にとどまる意思を強調した。AFP通信によれば、同大佐は「(首都トリポリ中心部にある)『緑の広場』にいる若者たちと話したい」と語り、雨の中、傘をさしながら車に乗り込んだ。
一方、ロイター通信が中東の衛星テレビ局アルジャジーラの報道として同日伝えたところによると、リビア軍の将校団は声明を出し、兵士に対し、カダフィ大佐を排除するため、民衆に合流するよう呼び掛けた。将校団が反乱を起こしたとすれば、カダフィ体制は危機的な状況を迎えることになる。将校団は声明の中で、全軍に首都トリポリに向けて進軍するよう求めた。リビアのダバシ国連次席大使も同日、カダフィ大佐の市民「虐殺」を非難し、早期辞任と弾圧の責任追及を求めるなど、体制内に亀裂が広がっている。
この日、カダフィ大佐が南米ベネズエラに向かったとの情報も流れたが、同国とリビアの当局者がこれを否定。リビアのカイエム外務次官は「指導者(カダフィ大佐)と政府当局者は全員、リビアにいる」と強調していた。
北東部のベンガジなど9都市で反体制側が支配権を握ったとされる中、反体制デモが波及した首都トリポリとその周辺で、反体制派に対する銃撃など激しい弾圧が続いた。トリポリの市民がアルジャジーラに語ったところでは、体制側は戦闘機や武装ヘリコプターで空爆を行っており、犠牲者は多数に上っているとみられる。一方、リビア空軍のパイロット2人が21日、戦闘機2機で同国に近い地中海のマルタに着陸した。2人はベンガジの反体制デモ隊への爆撃を命じられたが拒否し、マルタに逃げてきたと話した。(2011/02/22-10:34)
2142
:
チバQ
:2011/02/22(火) 12:11:36
http://sankei.jp.msn.com/world/news/110222/mds11022211400015-n1.htm
軍将校団、民衆への合流呼び掛け カダフィ氏は健在誇示も崩壊秒読み
2011.2.22 11:40
【カイロ=黒沢潤】中東の衛星テレビ局アルジャジーラによれば、騒乱が続くリビアで、軍の将校団は22日までに声明を発表、最高指導者カダフィ大佐を排除するため、兵士に対し民衆への合流を呼び掛けた。カダフィ政権の基盤は急速に崩壊しつつあるようだ。一方、カダフィ大佐は22日未明、国営テレビで「私は(首都の)トリポリにいる」と健在ぶりを誇示した。
首都トリポリや東郊の街では21日夜から22日未明にかけて、戦闘機が反政府デモ隊を空爆。「動くものは何でも20分置きに」(地元住民)攻撃しているといい、地上でも治安部隊が実弾を発射している。
中東の衛星テレビ局アルアラビーヤは21日の反政府デモ隊と治安部隊との衝突で、160人が死亡したと報道。事実とすれば、これまでの死者数は400人以上に達する。ロイター通信が国際人権団体の話として伝えたところによれば、リビア東部の9都市を住民が支配したという。
エジプトとの国境沿いに駐屯していたリビア軍が移動を始めたとの報道もあるが、その理由は不明。
一方、カダフィ氏の武力鎮圧に抗議し、リビアのポーランド、インドネシア駐在大使ら9人の外交官が辞職した。アブドルジャリル司法書記(法相)も21日までに、政権の「武器の過剰使用」に抗議し辞任した。
フランス通信(AFP)によれば、イスラム教スンニ派に強い影響力を持つイスラム法学者カラダウィ師も21日、「(カダフィ氏を)リビアから排除するため」、リビア軍兵士は大佐を銃撃すべきだとするファトワ(法的見解)を示した。
カダフィ大佐をめぐっては一時、亡命情報が飛び交い、英国のヘイグ外相は21日、南米ベネズエラに向かうことを示す情報があると語った。しかし、ベネズエラ政府は「彼はベネズエラには来ない」と否定した。
アルアラビーヤによれば、地中海マルタの国際空港に21日、リビアの戦闘機2機が到着。操縦士は反政府デモ隊を空爆するよう指示を受けたが拒否、亡命しようとしたという。
2143
:
チバQ
:2011/02/22(火) 12:12:31
http://www.chugoku-np.co.jp/News/Sp201102220116.html
急速に進む内部崩壊 リビア政権、末期の様相 '11/2/22
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【カイロ共同=山口弦二】反体制デモに対する強硬な弾圧を続けるリビアのカダフィ独裁政権が、急速な内部崩壊を始めた。弾圧を命じられた軍兵士の離反に始まり、政権とたもとを分かつ外交官が続出。最高指導者への批判は重大なタブーだったが、公然と非難する声が政権幹部からも出始め、政権末期の様相だ。
「彼は退場すべきだ。さもなければ民衆が彼を蹴り出すだろう」。リビアのダバシ国連次席大使は21日、中東の衛星テレビ局アルジャジーラで、カダフィ大佐への退陣要求を明言した。
内部崩壊の契機は、反体制デモが激化した北東部ベンガジで20日、軍の「稲妻部隊」が実弾を使った弾圧を拒否、大佐に忠実な治安部隊を撃退し、デモ隊に合流したことだった。同日のうちにアラブ連盟担当大使が辞表を提出した。
中国、インド、インドネシア、ポーランド、バングラデシュ…。カダフィ大佐の次男セイフイスラム氏がテレビ演説でデモ弾圧への政権の決意を示した翌日の21日、世界各国に駐在するリビア大使が続々と辞意を表明。アブドルジャリル司法書記(法相)も同日、デモ隊への「過剰な暴力」を理由に辞任した。
カダフィ大佐が実権を掌握した1969年以降、数千人が体制批判をして粛清されたといわれる。しかし先月まで政府報道官を務めた男性は21日、セイフイスラム氏の演説について「暴力の脅しが(国民の)怒りを増幅させた」と指摘、「力による統治」の考え方を改めるよう要求した。
2144
:
チバQ
:2011/02/22(火) 12:13:52
http://www.yomiuri.co.jp/feature/20081229-507405/news/20110221-OYT1T01033.htm?from=nwla
カダフィ氏所在情報交錯…リビア軍機、デモ発砲
反体制デモがあったリビア北東部ベイダで、火をつけられた行政機関の建物。国営テレビが20日放映した(AP) 【カイロ=工藤武人】最高指導者カダフィ氏の独裁体制に対する抗議デモが全土に広がったリビアの首都トリポリで21日、軍の航空機がデモ隊に空から発砲した。
中東の衛星テレビ、アル・ジャジーラが伝えた。ロイター通信によると英国のヘイグ外相は21日、カダフィ氏がベネズエラに向かっていることを示唆する情報があると語った。軍部隊や側近らの離反も加速しており、41年に及ぶカダフィ体制は崩壊の瀬戸際に立たされている。
ヘイグ外相は「カダフィ氏がベネズエラに現在いるという情報はないが、向かっていることを示唆する情報がある」と欧州連合(EU)外相会議の開かれているブリュッセルで語った。これに対し、ベネズエラの政府高官は「そのような情報はない」と語り、情報は交錯している。
(2011年2月22日02時18分 読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/feature/20081229-507405/news/20110222-OYT1T00220.htm
カダフィ氏「私はトリポリにいる」国営TVで
22日、リビアの国営テレビが放映した自宅前で傘を差すカダフィ氏の映像=ロイター 【カイロ=工藤武人】リビア国営テレビは22日未明(日本時間22日午前)、長期独裁体制を続ける同国の最高指導者、ムアマル・カダフィ氏(68)が「私は(首都)トリポリにいる。ベネズエラにはいない」と述べる映像を放送した。
一部で流れた国外逃亡説を否定するとともに、反体制デモが激化し、国内の混乱が拡大する中、同氏が辞任せず、あくまでトップとしてとどまる意思を強調したものだ。
国営テレビは、大衆車の助手席に座ったカダフィ氏が車のドアを開け、雨天の中、大きな傘を差しながら話す22秒間の映像を流した。自宅前からの生中継とされる映像で、同氏は「トリポリにいることを証明したかった」と説明。カダフィ氏がベネズエラに向かっていることを示唆するヘイグ英外相の21日の発言を伝えた外国メディアなどを非難した。
(2011年2月22日12時10分 読売新聞)
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