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情報スレッド
1
:
若鷹の掲示板 管理人
:2009/01/09(金) 17:39:51
日顕宗や顕正会の動向や情報、フェイク、石山だより、勝ち戦、同盟通信、新改革通信などの情報。
有志の皆様、宜しくお願い致します。
201
:
一ロム者
:2009/08/15(土) 10:31:15
富士宮のオオイシデラの集いと甲子園の高校野球を一緒にはできないと思います。
甲子園には我が子が試合に出るから、我が学校の試合だから、後輩が出るから、・・・高校野球が好きだから等
応援にやって来る場所です。
しかし、富士宮のオオイシデラの集いには末寺からの参加結集目標が掲げられ、総本山側の御開扉のご供養金等
の目標もある。全然違いますねw
202
:
武
◆4cVqan2W..
:2009/08/15(土) 17:32:46
仮に進んで参加しているとしても、だ。
登山すると供養があるとか、坊主に供養するといいことがあるとか、皆単に騙されているに過ぎない。(笑)
203
:
一ロム者
:2009/08/15(土) 19:38:42
先日、某TV番組で派遣の坊さんたちがいることを知りました。
檀家の数だけでは暮らしていかれないので派遣会社に登録し、
要請(葬儀・墓所に出向く)を待ち自ら現地に足を運ぶというもの。
オオイシデラでは、団体登山方式がおいしくて笑いが止まらないのでしょう。
204
:
検証会議
:2009/08/17(月) 12:41:29
勝ち戦 第139号
2009年8月17日(月)
大総会、役僧寺院が相次ぎ敗北宣言!
水島公正は虚偽報告を指示!
本行寺、前代未聞の粉飾工作も虚しく未達!
「七万五千総会」。七万八千名が結集という本山の大本営発表とは裏腹に、末寺では
敗北宣言が相次いでいる。
中部布教区支院長で玉泉寺(名古屋市)住職の佐々木慈啓は、八月一日の会合で、
「我が支部も、先般の登山には残念ながら目標を割ってしまってね、残念でした・・・」
と、意気消沈した面持ちで敗北を宣言。
佐々木は、六月二七日の中部布教区広布推進会では「来月の今日は皆で乾杯!
う〜ん、たぶん私は飲むと思いますよ。間違いなく」と、大見栄を切ってはしゃいで
いたが、蓋を開ければキャンセル続出で大幅未達。こんな口先だけのふざけた支院長は
クビにした方がよい。佐々木は今後、どの面下げて布教区に顔向けするつもりなのか、
注目だ。
能化の高野日海が住職を務める本行寺(墨田区)も、結集目標未達で惨敗に終った。
八月九日の御講で高野は、敗北のショックからか憔悴しきった様子で現れ、壇上に
上るにも足下を一歩一歩確かめるようなフラフラした足取りだった。説法中も
「ゲホッ!オエッ!」と何度もゲロを吐くような仕草を見せるなど、よほど体調が悪い
ようだ。今年に入り能化がバタバタ病死しているだけに、高野も他人事ではなく、
「明日は我が身」と用心すべきだ。
本行寺は結集目標一一八九名に対し、結果は一一二五名。目標に六四名不足した。
目標は途中で上乗せされたが、当初の目標にも四名足りず、いずれにしても敗北だ。
しかも、その内の二名はなんと、住職の高野と高野の女房が数として含まれている。
六月二八日の会合で講頭の丸山は、「一昨日、御能化様よりお電話を頂いて、
『ご自分と奥様の分もカウントに入れてほしい。登山費はどのように払ったらよいか』
とのお話がありました」と、切羽詰った住職が、自ら掟破りの粉飾に走った経緯を暴露
している。こんなことは前代未聞のことだろう(笑)。
埼玉布教区支院長の藤本信恭は六月の広布推進会で、「ご承知の通り、この戦いは
一支部でも完遂出来なければ、これまでの戦いは負けとなってしまうのであります」と
明言している通り、目標未達の寺が続出している以上、「大結集は敗北」と素直に
認めなければならない。事実、七万五千名の結集にすら遠く及ばなかったことは、全国
の末寺住職はもとより、講頭以下全信徒の実感だ。
未達を素直に認める寺もあれば、教学部長の水島公正が住職の能安寺(所沢市)の
ように、当日のキャンセルが続出し、目標より大幅な未達になったにもかかわらず、
申込者数を結集数として虚偽報告をさせた上、宗門が作った薄っぺらな総会の写真集を
一冊二百円で信者に売りつけ、「勝った!勝った!これを持って学会員を折伏しろ」と
号令をかけている悪質な寺もある。大半の信者が虚偽報告の事実を知っており、
こうした住職のインチキ体質が信者の寺離れを加速させているのだ。
今回の「大結集?」とやらで、日顕宗の限界点が明らかになった。所詮、日月を
わらう蛍火、華山を下す蟻塚だ!
編集部(転載可)
205
:
一参加者
:2009/08/17(月) 20:34:23
あの総会をこの様なくだらない文章で批判する。だから創価学会は世間から馬鹿にされるのですよ。自分達だけだよ。素晴らしい団体なんて言っているのは。社会を見なさい。あなた方、世間に向かって自分が学会員だなんて、恥ずかしくて言えないだろう。
206
:
一ロム者
:2009/08/17(月) 22:52:26
この盛儀には、御法主日如上人猊下・御隠尊日顕上人猊下が御臨席あそばされ、記念局委員長の総監・八木日照御尊能化、同副委員長の重役・藤本日潤御尊能化をはじめ、
山内・全国・海外の御僧侶方が列席された。
また、記念局副委員長で法華講総講頭の柳沢委員長をはじめとする地涌の使命を持った法華講の精鋭が全国から集った。(インターネット大白法)
僧が上、俗は下。僧にも階級があるようですねw
207
:
一ロム者
:2009/08/17(月) 23:00:12
御法主・御隠尊=御臨席あそばされ
一般僧侶=列席された
講頭・講員=集った
坊さんてそんなに偉いわけ?w
208
:
講員A
:2009/08/18(火) 22:42:24
池田名誉会長=集った
学会首脳部=集った
一般会員=集った
とはならないでしょ
常識の範囲ではないですか
揶揄する事に必死がゆえに足下が見えてないのでは
それよりも暑い中、お盆明けの忙しい中、選挙運動ご苦労様です。
創価学会の活動における矛盾点を克服できればいいですね。
209
:
一ロム者
:2009/08/18(火) 23:52:42
通常すべて「出席した」ですね。
海外からの会員にはいつも「ようこそお越しくださいました。」と会長が声をかけますよ。
「ご臨席を賜る」と表記する場合は、来賓(学会員以外)に対してになるでしょう。
私は坊さんより信徒さんたちの方が偉いと思います。坊さんを養ってあげているのですから。
210
:
うず
:2009/08/19(水) 00:00:11
講員A氏の書き込みは笑える。
常識の範囲って……
坊主がそんなに偉いのか(゜▽゜=)ノ彡☆ギャハハ!!
そんなに権力悪が好きなのであるのならば、民主からでも出馬すればいいのに・・;
211
:
講員A
:2009/08/19(水) 10:04:15
貴方も常識お分かりなんですね。
七万五千総会は法華講連合会主催ですから御僧侶方はすべて来賓としてお迎えいたしました。
貴方のおっしゃった通りの言葉遣いで正解ですね。
池田氏はじめ学会首脳、本部職員などは一般会員が養っているから一般会員より下なんですね。
師弟子を正す法門なり
師に対しては礼をつくすものですよ
上とか下とかの発想は何処からくるのか理解出来ないですね。
そういったなんでもかんでも平等みたいな考え方が今の日本に蔓延し下剋上のていをなしているのですよ。
212
:
一ロム者
:2009/08/19(水) 12:38:39
僧と法華講は一体ではないのですか?どちらかが日蓮正宗ではないのですか?
結集の大号令はどこから出たのですか?あの方なんでしょう?(笑)
苦し過ぎますw
教えて差し上げましょう。
宗門関係者以外の方々をご招待しご出席頂いた場合に来賓と称するものですよ。
213
:
検証会議
:2009/08/19(水) 12:52:15
越 洋
平成21年8月20日
立正安国論に「旅客来たりて嘆いて曰く近年より近日に至るまで天変地夭・飢饉疫癘
・遍く天下に満ち広く地上に迸る」と記されている。まさに「立正安国論」記念の
大結集総会を7月26日に決行してからというもの日本を始め全世界に天変地異が
起こっている。
8月11日午前5時7分ごろ、駿河湾を震源とする強い地震があり、静岡県伊豆市、
焼津市などで震度6弱を観測した。その時の地震で東名高速の牧之原サービスエリア
(静岡県牧之原市)の東約5キロ付近で、上り線の路肩ののり面が約40メートルに
わたり崩落したほか複数の場所で亀裂や陥没が見つかった。このため、一部区間で
通行止めとなり、復旧作業が続いた。東海道新幹線も運休し、お盆を前に交通機関に
大きな影響を与えた。
また、海外に目を向けると宗門の寺が6ヶ寺もある台湾では、台風8号により甚大な
被害を受けた。台湾の防災当局は8月12日、台湾中南部での台風8号による大雨被害
が、死者103人、行方不明者61人になったと発表した。いくつもの場所で土石流が発生。
高雄県甲仙郷小林村や、その南約20キロの新発村が埋まったが、避難民の救出を優先
しているため、死者・行方不明者の確認が遅れている。屏東県など他の山間部で救助を
待つ被災者も多数おり、家を失った被災者は1万500人に上るとされる。台風の被害は、
その後も更なる拡大をしている。
更に、『インドネシア』でもまた8月16日午後2時38分(日本時間同4時38分)
ごろ、インドネシア・スマトラ島の西方沖でマグニチュード6.7の強い地震があった。
心ある法華講員からは、"大聖人の仏法をねじ曲げバカな総会を行った宗門に諸天が
怒っている"と語っていた。
そもそも『立正安国論の御精神』とは、どこまでも民衆の苦悩を我が悩みとし、
その人々を悩ます魔性に対して徹底して言論の力で戦い抜く闘争の行動の中にこそある。
ただ炎天下に7万8千人?を集め40分の総会をしただけで、立正安国の御精神など
微塵も見受けられない。どこまでも民衆の中に入り一対一の対話を通して同苦し、
世界192カ国まで大聖人の仏法を広めた学会の中にこそ『立正安国の御精神』が脈々と
受け継がれている。「如かず彼の万祈を修せんよりは此の一凶を禁ぜんには」と。
此の一凶こそ日顕と日顕宗なのである。
214
:
検証会議
:2009/08/20(木) 18:36:58
顕正会短信
2009.08.19
「謀略」と喚く顕正会幹部の作文を破す
顕正会は、5月6日に仙台市体育館で行った「女子部幹部大会」以降、総幹部会や
各地の集会で狂ったように「謀略」という登壇を連発させ、会員らの意識誘導に必死
だ。いずれも隊長・区長・総班長という幹部クラスが声を荒げ目を吊り上げ「謀略、
謀略」と喚く様は既に正気の沙汰を超えている。
例えば顕正新聞8月5日号に掲載された秋田の女子部区長の登壇では、女子部幹部
大会に登壇した組長に嫌がらせが多発し、全治十日の怪我まで追わされたため、現場を
抑えるべく張りこみ、車で逃げる謀略実行犯をカーチェイスさながら追いかけたという
ことだが、「謀略」としてビラ撒きや脅し、ストーカーなど数々の「行為」を挙げて
いながら最初から警察に相談しないのはなぜか。しかも預かる後輩が「全治十日の怪我
をさせられた」というなら、なぜその段階で警察に捜査を依頼しなかったのか。まさか
これらの「謀略」が起きていたことをを全く知らなかったというのか。これでは区長と
して失格だ。
更に「謀略実行犯の逃げる様子を携帯で実況中継」「犯人は大通りをノーブレーキで
横断」などと述べているが、よく「猛スピードで逃げる車」を実況中継しながら
追いかけられるものだ。事実なら、区長も同様の危険運転をしていたことになる。
また、「機動隊も出動」と書かれていたが、これだけの事件になると間違いなく
新聞沙汰だが、報じられた形跡もない。そもそも顕正新聞紙上に日付を特定できる表現
が一切見当たらない。いきなり「この日」で話が切りだされるのだから、ウラを
取られる事を恐れてワザとぼかしているのだ。そして、どの登壇でも必ずと言っていい
ほど付け加えられる「学会の仕業ですね」と警察官が述べるくだりは、完全なウソで
ある。現場で警察官がそのようなことを言うことは有り得ない。これすべて、学会側が
反論してこないことを見越した「作文」なのである。一刻も早く学会が法的措置を
取り、被告として浅井を法廷に引きずり出すことを願う。
ところで、肝心なことを見落としてはいないだろうか。犯人が顕正会員であるという
可能性も排除できないのだ。掲載されていたビラをもって「学会の謀略」と断定できる
証拠はない。むしろ文面からは「妬み」「嫉み」「やっかみ」のような印象を受ける。
ちょっと注目された人物に対する嫌がらせという「仮説」を排除するわけにはいかない
だろう。「学会員を装った電話や脅迫文作成」など、顕正会員にだって簡単にできるの
である。「自分たちは絶対正しいからそういうことをする人間なんていない」というの
は勝手な思いこみに過ぎない。
そうそう、「謀略」と騒ぐ顕正会だが、自分たちが勧誘対象者を呼びだしたあと、
わざとらしく幹部が同席して勧誘する手口を「謀略」と言わずして何というのだ?
215
:
検証会議
:2009/08/20(木) 18:37:27
大石寺短信 第467号
平成21年8月13日(木)
日顕宗の動き
1.新たな折伏目標の押しつけに白ける講頭たち
去る2日、大石寺で講頭・副講頭会が行われた。この会合の目的は、7万5千総会で
発表された「12年後の平成33年までに法華講を80万人に」「6年後の27年までに各寺が
講員数50%増」という二つの目標の徹底を図ることだという。
しかし開催前から、7月15日の大法要、26日の結集総会に続いて本山へ呼び出される
講頭・副講頭の間からは、「結集総会の時にまとめてやってもらいたい」「半月間で
3回も登山するのは大変だ」といった不満の声があがっていた。そして果たして、その
内容のお粗末さが彼らの怒りを増幅させた。
庶務部長の阿部信彰は、竜の口の法難や熱原の法難を引き合いに出して、「身命を
なげうって実戦することが大事」と力説。総監の八木も「結果を出さなければ
日蓮大聖人に申し訳ない」と言い放った。
しかし、毎年、折伏目標の2、3割程度しか達成できない寺の坊主たちが、役僧の権威
を笠に着てこんな大見得を切ったなら、「自分で結果を出してから言え」と言われるの
が落ちである。
信彰、八木に続いて登壇した日如も、謗法の恐ろしさを延々と強調するだけで、今回
の新たな目標の意義などについては一切言及なし。そして最後は、法華講委員長・柳沢
のいつもの支離滅裂の与太話。参加者が「この程度なら、わざわざ集めるな」「交通費
を返せ」と怒ったとしても致し方あるまい。
「80万」だの「50%増」だの、夢のような目標をたてたところで、本年まで掲げて
きた「折伏倍増」が大失敗、結集も大惨敗、今まで何から何まで達成したためしがない
のだから、聞く方は白けるばかりだ。
12年後には、信者が増えないまま、「80万登山」なる途方もない「ご命題」のもと、
一人が年間、何十回も登山させられる羽目になることは必至だ。
2.講頭会の帰りに講頭が交通事故死
今月3日午前6時ごろ、岩手県宮古市の日顕宗寺院・妙応院で法華講講頭を務める
橘勝氏(60)の乗用車が、大型トラックと正面衝突し、間もなく橘氏は外傷性ショック
などで死亡した。
現場は片側1車線の左カーブで、宮古署によると橘氏の乗用車が対向車線にはみ出し、
大型トラックと正面衝突したとみられている。
橘氏は2日に本山で行われた講頭・副講頭会からの帰りだった。事故の目撃者に
よれば、橘氏の車は蛇行運転を繰り返しており、やがて対向車線のトラックに
突っ込んでいったという。橘氏が居眠り運転をしていた可能性もある。
7月15日の大法要、26日の7万5千総会への参加に続いて、本山に集められた講頭・
副講頭たち。相当、疲れがたまっているはずだ。開催前から、宗内関係者も「あまりの
過密日程。死人が出るのではないか」とささやいていたというが、その心配は現実の
ものとなった。
7月26日の7万5千総会でも、真夏の過酷な行程が強いられる中、多くの病人、事故者
が出た。信者のことなど全く考慮しない日顕宗の冷酷、無慈悲な体質がますます
浮き彫りになっている。
216
:
検証会議
:2009/08/20(木) 18:38:19
フェイク 第1053号
(発行=09.08.20)
宗門が顕正会のインチキ勧誘を模倣
正副講頭会を開き、人数で競う方式に変更
本尊下付を軽視、増えるのは幽霊講員だけ
日顕宗では「誓願成就」の掛け声も虚しく「地涌倍増」の命題をリピーター登山者数
五十万の数字合わせで誤魔化している最中だが、折伏が一向に進まない状況は深刻だ。
これまで八木日照、阿部信彰、柳沢喜惣次らが僧俗指導会で檄を飛ばして回っていたが
全て不発。入信者より脱講・行方不明者や死者の方が多く、講員は減少の一途を辿って
いる。
そこで去る二日、第八回講頭・副講頭指導会を学会寄進の大講堂で開き、折伏成果の
変更を発表。「折伏成果は御本尊下付数ではなく、人数で掌握していく」と改変した。
席上、日如、八木、信彰、水島公正、柳沢が異口同音に「六年後の平成二十七年まで
に全支部が講員数の五十%増、十二年後の平成三十三年までに講員八十万人の達成」を
強調。しかし、自分が率先して実践すると発言した者は一人もいなかった。このうち
水島は「確認すべきことは、講員人数の五十%でありまして、世帯数の五十%では
ない」と力説。「従来は御本尊下付の世帯数をもって主な成果としてきたが、今後は
講員になった人数を重視する」旨を述べた。
では、御本尊下付を軽視し、人数で掌握する真意は何か? これは顕正会と同じ
インチキ方式で、いくらでも講員数を水増しできる。
というのは、あの邪教・顕正会は会員が殆ど増えなかった。そのため会員勧誘の
百万達成を平成八年迄、同十年迄、同十四年迄というように次々と延期した。
浅井昭衛は百万を達成しなければ世界の破局に間に合わない、と戯言を語っていた。
だが、顕正会の百万達成ができなくても、当然のことながら、世界の破局はなかった。
浅井は何度も目標達成の時を延ばしたが、なかなか進まないため、平成七年六月、
入会手続きを改悪した。
もともと顕正会には下付する本尊は存在しないが、入会に際しては本人の署名、捺印
も不要と決め、会員が騙して呼び出した人の氏名を勝手に報告書に書いて提出するだけ
で新入会員になるというデタラメな仕組みに変えたのである。
だから本人が知らないうちに顕正会員になっているケースも多い。そのことを察知
して拒めば暴力沙汰になる。こうして顕正会には名簿上だけの会員が誕生している。
現在、顕正会は百三十万と公称しているが、実質はその五%程度に過ぎず、退会者も
後を絶たない。
顕正会が高校生などの若者を親に隠れて入会させているのに対し、そのインチキ方式
を真似る日顕宗は本尊を拝めない乳幼児や認知症の高齢者に御授戒だけを受けさせて
「講員が増えた」と宣伝する魂胆のようだ。
困り慌てる妙観講
今回の変更で一番困るのが、講員数二万人超を詐称してきた妙観講である。
なにしろ六年間で一万人以上も増やさなくてはならないからだ。小川只道が嘆いて
いたように『暁鐘』発行部数はここ何十年も二千部余りで低迷。幽霊講員を既に
一万八千人以上も作ってきたのに、更に一万人以上もこしらえなければならない。
妙観講の大草一男は、鳩山の「故人献金」ならぬ、「故人入講」でも始めるのでは
なかろうか。呵々。
217
:
質問
:2009/08/20(木) 21:02:41
本部より指導
君達も気をつけたまえ
218
:
検証会議
:2009/08/21(金) 00:34:59
顕正会短信
2009.08.20
「謀略」を作文せねば生き残れぬ崖っぷち幹部
前号では「謀略」「謀略」と喚く顕正会幹部の姿を、秋田の女子部区長の「作文」を
例に取り上げた。
何としても「謀略」と主張したい余り、「ホンマかいな」と首をひねりたくなる
ような、かなり無理の有る事柄まで書きこんだ、派手な作文であり、大概の人は読めば
その内容の衝撃性に驚き、一時的には信じ込んでしまうかも知れないが、所詮は
「作文」であり、客観的に真実性を見出せるようなものではない。
よく読めばわかるのだが、ほとんどの顕正会員の作文に共通しているのは、
「いつ」「どこで」という文章の真実性の証明の根幹を為す条件が欠落している点だ。
もっとも師匠と呼ばれる浅井昭衛自体が、従前より「いつ」という条件を提示した
予言をしてもことごとく外しているから会員らがそうあっても無理はない。
そして、わざわざそう書くのは、内容が検証されることを恐れているからであること
は言うまでもない。かつて大阪の男子部員が、日蓮正宗の僧侶であった実父が僧侶を
辞めた話を持ち出して誹謗したことがあるが、内容を詳しく書きすぎたことから
法華講員らが調査したところ、この男子部員の数々のウソや疑問点が暴かれ、以降
この話題が二度と活字になることはなかった。この出来事を教訓にしたのだろう。
さて、同じ顕正新聞には、新潟県で男子部隊長をしている佐藤某の登壇内容が掲載
されている。ご多分に漏れず「謀略」話を展開しているのだが、この内容も非常に
胡散臭い。なんでも「五人の謀略部隊が脱会工作をしたが、そのうちの一人が学会の
会館前でもう一人の車に引き逃げされ死んだ」そうだが、やはりこの作文にも「いつ」
「どこで」がない。
そもそも、この佐藤某自身も「〜というのであります」という「伝聞」形式で作文
している。つまり、自身で何の裏付けも取っていないのである。杜撰極まりない。
これが新潟男子部トップたる輩の程度である。情けない限りだ。
新潟男子部は2年連続で逮捕者を出している。もはや背水の陣だ。今度何かあったら
トップたる佐藤某は責任を取らされてクビは間違いないはずだが、そういう危機感が
有るのだろう。
降格と昇格を繰り返し、ようやく現在の地位にたどり着いた佐藤だが、一度降格した
者が再び昇格するというのは、早い話が「他に人材がいないから仕方なく再登用」と
いう証明だ。
この人物については、「号令ばかり」「自分でやらない」という地元会員からの怨磋
の声も聞こえてくる。そういう姿勢に愛想をつかして離れていく者の多いこと多い
こと。いまや新潟男子部を称した「男子第十部」の勧誘成績は常にビリかブービーだ。
自身の求心力を高めようと「謀略」話を作文すればするほど、新潟男子部が失速して
いくことに気付かないのは愚かだ。
219
:
検証会議
:2009/08/21(金) 00:35:27
顕正会短信
2009.08.21
「あと十有余年で三百万」?
8月23日の「男子3万結集」の席上、浅井昭衛が新たな号令をかけるのではないか
と言う観測が流れている。「3年後の顕正会発足55周年(実際には妙信講再建)に
男子5万結集を」とでもいうのだろうか。全国の壮年部はもとより婦人部所属の壮年
まで、性別が「男性」であれば誰でも連れてきてようやく“達成”される「3万」も
終わらないうちに新たな勧誘地獄への出発が宣言されるのか。哀れでならない。
ところで、浅井が2004年8月の「幹部大会」で「三百万を十年以内に
成し遂げる」と宣言し、場内から11分間もの拍手を浴びて悦に入っていたのは記憶に
新しいが、あれから5年が過ぎ、三百万達成期限まで残り半分となった現時点の
公称会員数は135万。
一年半で約10万の増加となっているようだが、このペースであと5年経っても
およそ170万にしか達しない。仮に1年で10万増加しても180万にしかならず、
この時点で浅井の大ホラが満天下に明るみになる。もっともそこまで生きているか
どうかわからないが、実は、当の浅井は「三百万をあと十年で」と威勢良く格好つけて
宣言し長い拍手を浴びる中で「万一、十年でできなくても大丈夫」とほくそえんでいた
のだ。
その布石は、前述の「三百万」発言の直前に打たれていた。それは「あと十有余年」
というキーワードだ。浅井の講演によると「日蓮から預かった、本格的な他国侵逼まで
残された時間」のことらしく、立正安国論の意を歪曲した軍事ヲタクの浅井らしい発想
だが、盲信・思考停止の会員らは当然その意識でいることだろう。
しかしこの「十有余年」というのはかなり曖昧なもので、最長で「19年」まで
当てはめることができる。ちなみに2004年の19年後は2023年。
今年から数えてあと14年先になる。実は浅井はこれを狙っているのだ。
「幹部大会」以来5年が過ぎても、最高幹部から末端までが「あと十有余年」と
鸚鵡返しのように口にするが、この刷り込みこそ浅井にとって好都合なのだ。
浅井が目論むのは、「大聖人様から頂いた時間はあと十有余年しかない」と繰り返し
言うことで、「三百万を“あと十有余年”」「他国侵逼までに三百万」という“目標”
を植えつけることなのだ。
試算だが、仮に現在のペースで入信報告書の枚数が増えたとして、2023年には
230万。もう少しペースを上げて、年10万枚増えたとしても275万。
どうやっても三百万には届かないが、数字などいくらでも水増しが可能だ。
ましてや、騙し脅し賺しで書かせた入信報告書が何枚積み上げられても実態は泥舟。
浅井も今年の11月で齢78歳。仮に生きていれば2023年には92歳だが、
いつまで泥舟の船頭でいられるか見届けよう。
220
:
講員A
:2009/08/21(金) 08:35:19
日蓮正宗と法華講は異体同心で全く別の組織ですよ。
来賓としてお迎えするのは常識です。
話は違いますけど、フェイクやら短信などの出所不明の文書を真偽も確認しないまま【情報】として認識することを危ういとは思わないのでしょうか?
ここに張り付けてる方も、真偽を確認してるわけではなく責任を取る訳でもないですよね
すべてが事実なら、聖教新聞に堂々と載せればいいのに。
だから所詮、怪文書なのですよ。
221
:
検証会議
:2009/08/21(金) 12:19:57
>>220
>来賓としてお迎えするのは常識です。
ほっほ〜。法華講って「来賓」に会場の敷地を提供させたり、
「来賓」に結集の号令をかけさせたりするナサケナイ組織なんだね(爆)
>フェイクやら短信などの出所不明の文書を真偽も確認しないまま【情報】として
>認識することを危ういとは思わないのでしょうか?
>ここに張り付けてる方も、真偽を確認してるわけではなく責任を取る訳でもない
>ですよね
法的責任の追及でしたら、関係者が法的手続を踏んで行えばいい話でしょう。
で、「どの記事」「どの内容」が「違法性を有する」のでしょうかね?(笑)
>所詮、怪文書なのですよ。
出所が明らかでも、情報の精度で「怪文書」にも負けてる「慧妙」って
機関紙は、たしか、宗門まで「法的連帯責任」を負う羽目になった「前科」が
あったような(笑)
222
:
質問
:2009/08/21(金) 12:34:11
前回もそうだが、
今回も、
法華よりヘアサロンの店主だと噂されている
阿部日君の逆恨みと判明したので
通知する。
223
:
検証会議
:2009/08/21(金) 22:55:35
顕正会短信
2009.08.22
顕正会本部は3万結集不可能を自覚している!
夏になると資金繰りが苦しくなるのか、毎年のように浅井昭衛の講演や「誤書講義」
を再編集した単行本を出す顕正会が、今年も、3年前の「男子部臨時幹部会」と昨年の
「男子部幹部会」の二つの講演に加筆修正を加え一冊にまとめた単行本を売り出した。
「自虐史観を捨てよ、仏法史観に立て」などという、仰々しい見出しが付いている
が、内容は「諸君」「WILL」「SAPIO」などの雑誌と相違無い。90ページ、
五百円だがぼったくりだ。書き下ろしではなく焼き直しなので浅井に労力はほとんど
かかってないはずだ。
当時の顕正新聞を持っていれば金を出して買う物でもない。そして細かい修正が至る
ところになされているが紙面の都合、一つだけ姑息な修正を取り上げておく。3年前の
講演から「東洋一のスーパーアリーナで(3万人の幹部会を)」という部分を削除して
いるが、きっと3年前の新聞掲載の講演を読んでいない新会員から
「なぜスーパーアリーナで行わないのか」という質問が出ることを恐れたからだろう。
スーパーアリーナなら3万以上集めることも可能なことに気付いた者が
「エムウェーブの方が小さいやん」と言い出すことに脅え、ワザと削除したのだ。
エムウェーブに3万人収容すること自体が消防法に抵触するはずだが、貸し手も
借り手もその辺は暗黙のうちに行なうのだから双方共に確信犯だ。
さて、厚生労働省は去る19日、これまで収束方向にあったと思われていた
新型インフルエンザが日本においても「本格的な流行がすでに始まっている可能性が
ある」と発表した。現在のところ、社会生活や日常活動を制限自粛する必要には
迫られていないようだが、遮蔽した屋内などでの大規模かつ不特定多数による集会・
行事などでの感染の拡大も当然、懸念されている。
そんな社会的不安をよそに、顕正会は長野エムウェーブという屋内施設を使って全国
から公称3万人を集めて「男子部3万結集」なる大会を行なう。顕正会のことだから
事前や入場時に参加者全員の健康チェックなど行なうはずもなく、中には感染している
ことに気付かずにいる者も参加する可能性もあり、もしこの集会で感染が広がったら、
全国に爆発的に広がるのは避けられない。顕正会は、いろいろな意味で社会の不安を
増長するような集会をやめるべきだ。
ここまで書いて衝撃的な情報が飛び込んできた。法華講員の「あっつあ」氏のブログ
によると、顕正会本部は長野市の行政、防災、交通機関に「集会参加者は2万3千人」
と報告しているというのだ。事実なら「3万結集」は宣言できないことになる。何も
知らない会員に対し「3万達成」と大本営発表することは可能だろうが敢えて警告
する。エムウェーブの最大収容は2万5千なので「3万達成」は「消防法違反して
います」という宣言だ。
224
:
眺め人
:2009/08/22(土) 11:32:38
池田名誉会長も、「御法主日達上人猊下のご臨席を賜り、感激至極であります。」とか、「本日の大結集を猊下に御照覧頂けたことの…」とか発言していた件には触れないで置こう。
225
:
一ロム者
:2009/08/22(土) 20:56:44
日達上人におかれましては、血脈相承に失敗され大変お気の毒でしたねwww
226
:
指導
:2009/08/22(土) 21:43:39
池田先生。教えて差し上げましょう。
宗門関係者以外の方を招待し、来てくださった方を来賓扱いにするのですよ。
【ご臨席を賜り】などと言ってはいけません(笑)
227
:
一ロム者
:2009/08/22(土) 23:56:24
言う必要がなくなって良かったのです♪ ここだけの話(笑)
228
:
陪審員
:2009/08/23(日) 01:06:37
一ロム者さん
苦し過ぎますWWW
ご苦労様でした。
229
:
一ロム者
:2009/08/23(日) 21:18:47
ハッキリ言って…
希望の船出、バンザイ!でしたね♪
お目通り・・・あ、もしかして、まだ江戸時代のままですか?www
230
:
検証会議
:2009/08/24(月) 21:07:41
顕正会短信
2009.08.23
3万達成は大嘘!親子漫才に拍手する顕正会員
本日長野エムウェーブで行われた顕正会「男子部大会」は、昨日夕方に飛び込んで
きた「顕正会本部発表、参加者2万3千人」という情報の通り、会場内には空席が
目立った。
中には、まとめて椅子が撤去されていた区画もあったと聞く。ビデオ撮影担当者も
さぞ、空席を目だたないようにするかなど撮影には神経を使ったろう。
集会の詳細については顕正新聞の報道を待って検証するとして、この号では、
男子部長の浅井城衛が父親である浅井昭衛の前で「本日、男子部で3万の結集が遂に
成し遂げられた事をここに先生に御報告申し上げます」と宣言したという、聞き捨てる
ことのできない親子漫才の「ボケ」について「ツッコミ」を入れておく。
何度も書くが、長野エムウェーブの最大収容人員は2万5千といわれている。
どうやって「3万結集」を宣言できるのだ。
まさか城衛は「会場に入りきれない男子精鋭が、先生のご講演を待ち望んで
おりました」とでも言ったのか。もしそうだとしたら日本野鳥の会にでも頼んで
集まった会員をカウントしてもらったのか。そんなわけがない。
「顕正会本部は2万3千」と報告しているのだから、どうやって3万と確認したのか。
それとも「本日、多数の精鋭が残念ながら都合によりこの会場に参集することは
叶いませんでしたが」とでも説明したのか。あり得ない。いっそのこと、隊別の
参加者数を公開すれば城衛の嘘が判明する。
入場券で確認すれば一発だ。人出が足りないなら手伝おうか。
その前にまずは城衛以下、班長より高位の役職者全員の「誓願」を公開せよ。
そもそも、昨年夏の男子部幹部会で城衛自身が「男子部全班長の自発請願の総数は
6万余」と発言していたのは何だったのか。
顕正会では「誓願」は達成しなくてはならない大事なもので、達成すれば
エムウェーブでは当然収まりきらないことぐらいわかっていたはずだ。しかし今年1月
に昭衛が「エムウェーブに変更」と発表した段階で、「会場が小さすぎます」
「請願達成で6万集まります」などと昭衛に申し入れしたなどという話は一切なかった。
つまり、城衛自身が「誓願」が達成できるなどとは耳垢ほども思っていなかった
のだ。これほどいい加減な話はない。また「全班長の自発誓願」というが、班長より
上の役職者、つまり総班副長や総班長、支隊副長、支隊長、果ては隊長個人の「請願」
はどうなっていたのか公開せよ。
それらも全部含んで「全班長」と表現するのはあまりにも誇大な表現だ。顕正会は
幹部が胡坐をかく組織だ。常に部下を報告でがんじがらめにし、中間幹部より上はその
報告をまとめるだけ。現場で苦労している組長や班長を「数字製造機」程度にしか見て
いないから、皆愛想を尽かして退転していく。こんな体たらくで「あと12年で男子
10万を断じて」とは片腹痛い話だ。
231
:
検証会議
:2009/08/26(水) 23:33:36
顕正会短信
2009.08.26
多くの会員が「三百万をあと十年で」を憶えているぞ
顕正会会長・浅井昭衛が去る8月23日に長野・エムウェーブで行なった
「男子部大会」で、我々顕正会ウォッチャーの期待を裏切らずに、また
「誓願の先延ばし」をやってくれた。
今度は「顕正会三百万と男子十万を12年後(平成33年)に」とのことだが、
この集会まで生活破綻や家庭崩壊をものともせずに必死になって勧誘に狂奔してきた
顕正会員には、実際にはできてもいない男子三万を「達成できました」と浅井城衛が
親爺の前で仰々しく宣言したことで、「次は男子十万を12年後」という部分だけが
強調されて刷りこまれたことだろう。それが浅井の狙いなのだ。
ご存知の通り、浅井昭衛は平成16年8月23日に横浜国際会議場で行なわれた
「幹部大会」の席上、平成10年9月に東京国際フォーラムで行なった「還御を祝し
奉る」なる集会で固く誓った「一千万をあと15年(平成25年)で」という発言を
反故にし、「三百万をあと10年(平成26年)で」と言いだしたのだが、この発言に
多くの会員が驚き失望し、遂には活動を停止する者や、法華講に移籍する者が続出した
ことは記憶に新しい。
もともと浅井昭衛の「誓願破り」は今にはじまったことではない。浅井は昭和61年
に行なわれた「大総会」の席上、「百万を最初の10年(平成8年)で、一千万を
次の7年(平成15年)で、一億をそのあとの7年(平成22年)で」として、
「三段階増毛法」ならぬ「増員法」をブチあげ、更には「あと25年(平成19年)で
広宣流布できなければ核戦争で世界は滅ぶ」という歴史に残る大予言をしたのだが、
平成21年現在、核戦争で世界が滅びたと言うニュースはどこからも伝わってきて
いない。所詮そんなものだ。
結局「百万達成」は昭和60年、平成8年、平成10年、平成14年と4回に
わたって誓願破りとなった。そして平成13年12月総幹部会になって、逆算でメドが
ついたのか、「平成15年11月に百万は必ず成る」とブチ上げたのだが、昭和の時代
から浅井の側に仕えてきた横田、加藤、小峰など最高幹部らは、これら一連の浅井の
「誓願破りの遍歴」をどう思ってきたのだろうか。
ところで今回、なぜ浅井は三百万の期限を誓願後わずか5年で12年も延長したのか。
もはや自身の存命中に三百万を達成できるかすら怪しくなってきたので、後事を城衛
に託そうという腹づもりなのだろう。しかし託される城衛こそ大迷惑だろう。できも
しない数字に縛られた挙句、昭衛の死後は「顕正会を崩壊させた主犯のボンボン」と
して未来永劫まで宗教界の笑いものになってしまうからだ。
232
:
検証会議
:2009/08/26(水) 23:33:55
顕正会短信
2009.08.27
浅井昭衛の過去の誓願破りの記録を留む
顕正会会長・浅井昭衛の誓願破りの記録をまとめたのでご一読を。既に期限が到来
したものだけを記載した。
【百万達成の期限】
昭和40年7月総幹部会 昭和60年迄に百万
昭和61年4月大総会 平成8年迄に百万
平成2年7月第26回総会 平成10年迄に百万
平成7年5月第26回総会 平成14年迄に百万
結果はいずれも達成できず。
【一千万達成の期限】
昭和61年4月大総会 平成15年迄に一千万
平成3年2月特別講習会 平成20年迄に一千万
結果はいずれも達成できず
これらの「請願」が行われる際に、浅井は必ずといっていいほど「日蓮大聖人様の
御力用により必ずできる」「御本仏(日蓮)の御守護を頂ければ必ず成し遂げられる」
などと付け加えているのだが、いままで達成できなければものには日蓮の守護が
なかったとでもいうのか。
そういえば浅井はかつて「広宣流布は大聖人様の御力を以って必ずできる。私たちは
その手伝いをさせていただいているのである」と発言したことがあるが、日蓮の力で
できるなら、顕正会が手伝う必要も無いだろう。さっさと解散せよ。
その浅井、平成9年8月総幹部会で「大聖人様に誓い奉るということがどれほど重い
ことか。もし口先だけの戯れ言であるならば、かえって大聖人様を蔑り奉ることに
なる。この重大さを、誰よりも私は知っております」と発言しているが、この発言の前
に2回、そして現在までに6回も誓願を破りまくった浅井がこの重大さを自覚している
とは思えない。
わずか5年前に言い出した三百万の期限すら、男子十万の添え物的な扱いにして、
会員の追求を逸らすかのように工作してこっそりと12年先延ばしの平成33年にする
のだから、もはや「病的な嘘つき」だ。あと5年もするとまた先延ばしをするはずだ。
自分の発言が活字になって残っているにも関わらず、そ知らぬ顔で誓願先延ばしを
繰り返す浅井昭衛は「日蓮を蔑む口舌の徒」だ。
ちなみに浅井は平成6年10月総幹部会で「残された時間はあと20年」と発言して
いる。つまり平成26年がその期限だったわけだが今回、残された時間も7年延びた
ことになる。浅井はどうやら自分を、自由自在に終末の期限を延ばすことができる
「神」だと思い込んでいるようだ。
233
:
検証会議
:2009/08/28(金) 22:39:57
顕正会短信
2009.08.29
次は選挙?目立ちたい浅井の次なる野望
顕正会の今年最大のイベントであった「男子部大会」は様々な方面から指摘が有る
ように「大失敗」で終わった。
そもそもこの「男子部大会」、純然たる男子部所属会員だけで行なわれたものでは
ない。全国の壮年部に一年も前から「馳せ参じよ」と激を飛ばし、会場も謀略と監視
渦巻く首都圏から、顕正会に理解を示しているエムウェーブの社長に甘えて長野へ
変更。
周囲を多数の衛護隊で固めれば万全。あとは「3万宣言すれば秋の勧誘が勢いづく」
とほくそえんでいた浅井昭衛・城衛だったが、その目論見は8月21日夕方、長野から
寄せられた驚愕の情報によって木っ葉微塵に吹き飛んだ。
顕正会本部が長野市の行政・防災・交通機関などに報告した参加者数は3万人では
なく「2万3千人」だったのだ。この情報はインターネット上でも広く流布され、当日
には大会参加者がリアルタイムで場内の様子を掲示板やブログで逐一報告するほど
だった。
それらの情報を総合すると、どうやら参加者は2万程度だったようだ。満席で
2万3千程のはずだが、空席もあったらしく、ビデオや写真撮影のためにわざわざ
詰めさせていたようだが、壇上向かって左側や壇上裏手の席は誰も座っていなかった
ことが確認されている。
大会では城衛が親爺に「3万達成」と猿芝居をしていたが、満席でも3万には
7千足りないだろう。算数もできないのか。そして浅井が発表した「300万と
男子10万をあと12年で」という呼びかけも、期限を5年残して更に12年延長する
など、事実上の敗北宣言で終わった。9月1日に行なわれる8月総幹で浅井がこの
「後退」をどう言い訳するか楽しみだ。
話は変わるが、今年は幸福の科学が「幸福実現党」を作って政治の世界に本格的に
参戦したが、目的は大川隆法の著作の宣伝だと指摘されている。浅井もこの大川の
やり方を参考にして、次回の「諌暁書」出版の際には「顕正党」や「国立戒壇党」と
いう名前で政治団体の届出をした上で選挙に出て、「マニフェスト」と称して
「諌暁書」を売るかもしれない。雑誌「諸君」と間違えて買う人がいるかも。
かつて浅井は「宗教法人格は必要ない」「政治には永久に出ない」と言ったことが
あるが、平成9年に突如法人格を取得したことは記憶に新しい。いとも簡単に前言を
翻す浅井だ。自らが候補者でなくとも「政治に出ない」という保証はない。
だがやれば得票数、つまり顕正会員の実数が満天下に晒されるわけで、諸刃の剣と
なる。恥をかいても儲けを取るか、儲けを捨てても恥を隠すか。もっとも4年後の
衆院選まで顕正会が存続しているかどうかも怪しいが。
234
:
検証会議
:2009/08/30(日) 00:28:08
顕正会短信
2009.08.30
他人の不幸を勧誘拒否の罰と狂喜する顕正会員
いままで機会が無かったが、どうしても書き留めておきたかった記事がある。
「顕正会を信じるとここまでおかしくなるのか」と実感させられる実例である。
顕正新聞平成13年6月5日号に掲載された「地元で起きた武富士放火事件
賞罰厳然に全員が身震い」と言う記事を、その異常さを示す最たるものとして紹介して
おきたい。
発言者である当時顕正会女子部第1区総班長だった小田川某は、同年5月8日に
弘前市で起きた消費者金融放火殺人事件で亡くなった女性が「勧誘を断った罰で
死んだ」との暴言を吐き、その事件を利用して勧誘が進んでいるのを「日蓮の守護」と
うそぶき、事件で亡くなった女性への哀悼の言葉も無く、「罰」と決めつける異常さを
見せつけた。その登壇から一部を紹介する。
「驚いたことに、死亡した22歳の女性は、渋谷班長と同じファストフード店に3月
まで勤めていた同僚でした。(中略)実は彼女を折伏しようと総班の班長たちが何度も
呼びだしておりましたが、このファストフード店には我が総班の他にも男子部員が
勤務し、折伏が進められており、顕正会の存在は有名で、逆縁の者と退転者による
怨嫉グループが存在し、亡くなった彼女も噂を聞いていたためか、4月法戦最終日に
連絡をとった時にも、約束を断わられ折伏することが叶いませんでした。
さらに彼女の母親もこのファストフード店に勤務しておりましたが、顕正会に付いて
は怨嫉し、渋谷班長が顕正会で信心していることを同僚に言いふらしたり、悪口中傷を
しておりました。(中略)その数ヵ月後、あまりに突然な大事件の被害者になった
こと、全ては大聖人様に背き続けた罰による現証と思わずにはいられず、仏法の賞罰
歴然に身震いを禁じえなかったものであります。(中略)中でも間山班長は、葬儀の
ため遠方より駆けつけた友人を次々に折伏いたしました。」
まったく理解し難い。「顕正会の勧誘に背いたから焼死した」という話には根拠も
何もない。狂信的カルトと断じてもよいだろう。更に葬儀に駆けつけた友人にまで
「彼女は私たちの勧誘を断りつづけたから罰で焼け死んだ。断ると同じような目に
遭うよ」とでも言って勧誘したのだろうか。常軌を逸している。「証拠」を獲るため
なら人の死をも材料にする、顕正会員の発する言葉の裏には常に「証拠(勧誘成果の
こと)」の二文字が隠されていることは明白だ。
さてこの小田切某、「日蓮が罰の現証として放火事件を起こしてくださった」とでも
言いたいのだろうか。恐ろしい。顕正会こそが日蓮の評判を乏しめている元凶なのだ。
235
:
検証会議
:2009/08/31(月) 21:45:49
顕正会短信
2009.08.31
浅井克衛も礼賛の「外部ジャーナリスト」は顕正会員
手元に一冊の本がある。題名は「富士大石寺顕正会」。今では絶版になっているが
たまにネットオークションに出品されているのを見かける。
「日新報道」平成10年7月発行。著者は「下山正恕」。肩書には「ジャーナリスト
現・日蓮正宗法華講所属」とあり、発売当時、「法華講所属のジャーナリストが
顕正会について書く」という意外性に驚いて購入したのだが、読んでみると、学会と
宗門をメッタ切りにする反面、浅井昭衛の著作の丸写しかの如き内容に違和感を覚えた
もので、「こいつ顕正会員じゃないか」と疑っていたのだが、案の定、
昭和57年10月の妙信講第23回総会で「学会より正義にめざめて」と題した登壇を
している顕正会員であることが判明したのである。
この本にはなぜか「日蓮大聖人」と「日蓮聖人」の二つの表現が存在するが、
顕正会員であることがばれないよう、浅井の著作や講演の丸写し部分以外はわざと
「日蓮聖人」と書いたのだろう。しかし偽装は露呈する。本当に法華講に所属している
なら「日蓮聖人」とは言わない。
説明によると、学会を除名されたあと昭和54年頃、「勧められてある末寺の法華講
に所属した」と書いている。しかし第23回総会の時には妙信講に所属しており、それ
でいて平成10年当時は「現・法華講所属」と嘯いて顕正会擁護本を出しているの
だから、よくもまぁ悪質な偽装工作をしているものだ。
この本の「はじめに」には「私は五年後・七年後に、顕正会が日本に及ぼす影響は、
かつての創価学会のそれどころではないと思っている」と書かれているが、確かに
平成16年頃から「特異集団」として公安調査庁がマークするようになり、逮捕者が
17年以降毎年のように発生して社会治安にとっての「悪影響」となったことは確かだ。
また、巻末の「参考文献」欄では「顕正会発行の書籍は一般書店では入手しにくい
ので問い合わせることを薦める」として、当時の常盤台本部の住所と電話番号まで
書いてあるのだ。問い合わせればどうなるかぐらい容易に想像がつく。顕正会への
勧誘取次も請け負ったのだろうか。
ところで出版当時、浅井克衛が「外部のジャーナリストが素晴らしい本を出した」
などと各地の集会で盛んにアピールしていた。「外部の物書きも浅井先生を絶賛して
いる」と言わんばかりの猿芝居に騙された婦人部も多かったと聞くが、その罰かは
たまた自分の身から出た錆か、その後克衛は表舞台から消え、彼の話題はタブーと
なっている。そして、この本の売れ行きは芳しくなかったようで、後日在庫の引取りを
巡って顕正会と日新報道の間でトラブルとなり、最終的に顕正会が全部引き取る形と
なったようだが、その日新報道から今年6月、「迷走する顕正会を斬る」が出版された
のは皮肉か、それとも意趣返しか。
236
:
検証会議
:2009/09/01(火) 21:37:52
勝ち戦 第140号
2009年8月31日(月)
水島、総会敗北で「現罰下る」と信者を恫喝
「地涌倍増」は曖昧と日顕を批判!
信者に「邪魔者」「淘汰される」「消される」と大暴言
七万五千結集で、申込者数を結集数として虚偽報告をした、教学部長で能安寺
(所沢市)住職の水島公正は、八月二日の会合で、敗北の責任をサークル長に押し付け、
「現罰が下る」と恫喝した。
「サークルの中で予定の人数を下回った或いは大分欠席者が出たようであります、
二六日ね。十分反省してもらいたい。敗北したわけだから。約束を破った場合は、
厳しい現罰が下るっていうのは仏法の決まりだ!」
水島自身が証言している通り、能安寺は「大分欠席者が出て敗北」したことは、
全講員も認識している事実だ。講員に八つ当たりする前に、まず水島が己のメンツの
ために虚偽報告した数値を修正申告した上で、全国の住職に謝罪せねばなるまい。
水島は総会当日の天候について、「天候は実に摩訶不思議で、大石寺の周辺だけが
ポッカリと雨雲が取り払われて、総会の時には陽が当たった」と、諸天の計らいだと
大騒ぎ。だが、冬場の陽光ならともかく、真夏の殺人的灼熱の陽射しだ。諸天の怒りが
大石寺をピンポイントで突き刺したのだろう。その証拠に参加者が熱射病等でバタバタ
倒れて救急車で搬送されている。(下掲写真参照)
玉泉寺(名古屋市)講頭の舟橋は、「会場では雨が降らなくていいなぁと思ってたの
ですが、御僧侶方がお出ましになるとカンカン照りになりまして」と、坊主の入場に
合わせてカンカン照りになったと証言している(爆)。
水島は、画餅に終った『地涌倍増』についても、「御隠尊日顕上人が御指南された
倍増という言葉が、二倍なのか、一・五倍なのか、よく分からない節があった。倍増と
いってもはっきりした目標は設定されていなかった」と、言い出しっぺの日顕に
責任転嫁する始末だ。そして、今後の折伏成果については、「内得信仰者も成果に
入れてよろしい」と、一向に進まない本尊流布を諦め、放棄する方針を打ち出した。
更に、折伏が進まないことについて、信者には耳を疑うような卑劣な大暴言を
放った。「折伏できない法華講員は、これからバッタバッタと倒れていく。役立たずは
いらない。それを『淘汰』っていうんだ。邪魔者は全部消えていく。消されないように
頑張って下さい」
水島のように坊主のくせに折伏もできず、信者を奴隷のように扱い、馬鹿にする
破仏法の輩こそ、真っ先に淘汰され、消されるものと知れ!
「功徳善根だ」と誑かされて登山して帰ってくれば、「現罰が下る!」と脅され、
「成果ではない、寺に参詣し折伏を行じることが尊い」と言われて参詣すれば、
「バッタバッタと倒れる!邪魔者!淘汰され消されるぞ!」と恫喝される。
行くも地獄、行かぬも地獄、これを邪教というのだ!(転載可)
http://8004.teacup.com/cyeokunoken/bbs?M=FDL&CID=753&ID=1
237
:
検証会議
:2009/09/02(水) 01:04:26
顕正会短信
2009.09.02
会館に関する「小ネタ」でひと休みさせてください
グーグルの「ストリートビュー」をご存知だろうか。カメラを積んだ車やバイクが
撮影した画像をドライバー目線で楽しむことができるもので、自宅にいながらにして
知らない土地の風景や町並みを眺めることができ、気分転換などには重宝するツール
ではないかと思う。
そこで、読者諸兄に「グーグルストリートビューで見る顕正会館」を紹介しよう。
グーグルマップで見たい顕正会の会館・事務所の住所を打ちこめばその周辺が地図
あるいは航空地図で表示されるので、ストリートビューモードに切り替えるのだ。
詳しい切り替え方などはご自分でトライしてみて欲しい。
確認したところ、新青年会館建設中の本部会館、旧青年会館北側、浅井昭衛宅、
加藤礼子宅、常盤台の芙蓉会館、典礼院、札幌事務所、改築前の仙台会館、改築前の
千葉会館、現在の相模会館、そして台北会館の入っている雑居ビルの建物を見ることが
できるので、他の建物と比較しての大きさや広さなどを楽しんでみてはどうか。
なお、このストリートビューは首都圏・近畿圏・中京圏以外の地方都市では、
県庁所在地でもほとんど登録されていないので、残念ながら九州や新潟など大半の会館
については眺めることはできない。そして大都市であっても狭い路地はあまり登録
されていないので、大阪会館などのように大通りから一本入ったような場所に有る会館
の画像はない。
また画像が古く、未だに新青年会館建設の工事のため正面を白い布で覆っている
昨年秋の頃の画像が使われていたりするので、過度の期待はしないよう。また、
画像撮影の際のシャッタータイミングによっては、目的の建物を真正面から眺められる
とは限らないので、こちらも承知のほど。
会館と言えば、看板もいまだに二種類のものが掲げられている。平成11年から
16年頃に建てられた会館にはクリーム色地に茶色の丸ゴチックで「冨士大石寺顕正会
○○会館」という看板が取り付けられているが、それ以降に新設、増改築された会館に
は、白地に黒の隷書体と思われる文字で「冨士大石寺 顕正会○○会館」という看板が
取り付けられている。いずれはすべて隷書体のものに架け替えられるのだろう。
ところで顕正新聞8月15、25合併号1面に、札幌、山形、鹿児島の各会館の写真
が掲載された。札幌は出来上がって9月13日の日曜に浅井出席で入仏式が行われる。
山形、鹿児島はこれから内装工事に取り掛かって山形は10月、鹿児島は11月に
それぞれ入仏式の予定。だが、会館ができてもすぐに閑古鳥が鳴くことになるのは
必定だ。
238
:
検証会議
:2009/09/02(水) 20:02:27
石山だより
平成二十一年九月二日
一、去る二十八日午後一時すぎ、大石寺の駐車場で車両火災が発生した。消防車が
出動し、警察が実況検分するなど大騒ぎになり、テレビや地元紙などでも報道された。
火災現場は宗務院近くの裏門南側の駐車場で、最初に大きな爆発音と共に車両一台が
炎上。近くに駐車していた他の車両も激しい炎に包まれて計十台が炎上した。消防車が
出動して消火活動を続けたが、火災発生から三十分以上経っても燃え続け、タイヤの
ゴムが焼け焦げて強烈な悪臭が地域一帯に広がった。モウモウと黒煙が舞い上がり、
近隣の人々にも多大な迷惑を及ぼしていた。最初に炎上した車の運転者は、清涼寺檀徒
のI嬢だった。
一、この日は大石寺で前日から恒例の教師講習会が行われていたが、火災の状況を
知った講習会参加者らは騒然となった。
塔中の関快道(大石寺執事)や妙蓮寺住職の漆畑行雄(海外部長)らが講習会参加者
と一緒に現場に行って火災の様子を傍観していた。大石寺は昔から火災が多い。因みに
大石寺の過去の大火を一覧にして紹介する。
過去の火災一覧
寛永八(一六三一)年十月十二日 大石寺諸堂焼失(石文)
寛永十二(一六三五)年 本堂、山門、坊舎残らず焼失(古文書)
文化四(一八〇七)年五月十二日 塔中・理境坊焼失(棟札)
万延元(一八六〇)年二月二十五日 石之坊より出火、富士見庵・寿命坊・遠信坊・
学寮焼失(本尊裏書)
元治二(一八六五)年二月二十八日 客殿・六壺・大坊焼失(霑伝)
慶応元(一八六五)年十二月二十三日 蓮葉庵焼失(霑伝)
明治四十二(一九〇九)年六月八日 塔中百貫坊焼失(白蓮華四―六)
大正十三(一九二四)年十月三十一日 塔中本境坊焼失(院二二五)
昭和五(一九三〇)年六月四日 塔中本境坊焼失(院二七五)
昭和八(一九三三)年十月二十三日 蓮葉庵焼失(宗報A三七)
昭和二十(一九四五)年六月十七日 大坊(対面所・大奥・書院・六壺)・
客殿等五百余坪焼失(寺誌)。
日恭法主が焼死。
(御遺誡に悉く違背した大石寺が福徳さえも失った現証である。と共にこれから
何か起こる予兆ではないかと思う大坊鼠)
239
:
検証会議
:2009/09/02(水) 20:15:15
越 洋
平成21年9月3日
大石寺の駐車場で8月28日午後1時すぎ、車両火災が発生し、テレビおよび地元紙
などで報道された。SBS放送、静岡新聞および地元の岳南朝日、岳陽新聞によると、
千葉県千葉市花見川区幕張の女性会社員(37歳)が運転して登山した乗用車から
出火し、付近に止めてあった車にも延焼したということである(下の写真を参照)。
富士宮警察署の調べでは、出火した車を含む4台が全焼し、6台が半焼ないし
部分焼。法事のために大石寺を訪れた女性が普通乗用車(ステーションワゴン)を
駐車場に止めたところ、エンジン付近から火が出たとのことである。
運転してきた女性は「アクセルを踏んでも加速しなくなるという異常が発生して
いた」と語る。駐車場に入れたところ車体の底の部分から出火して車体に燃え移った
らしい。車はイタリア製ワンボックスカーだったという。この女性は、満山供養に来て
いたそうだ。
大石寺では7月26日の大結集総会のため、桜をはじめ杉、松の木を次々と大量に
伐採し、700年に1度しか使用しない26ヶ所の駐車場を作った。ところが、皮肉な
ことに、これが火災事故の現場になったのである。
http://8004.teacup.com/cyeokunoken/img/bbs/0000755.jpg
240
:
質問ですよ
:2009/09/04(金) 23:20:47
めくそはなくそだと思います。
241
:
検証会議
:2009/09/05(土) 00:59:10
フェイク 第1054号
(発行=09.09.05)
また一人、忘恩の叛逆者が逝く
原島嵩、山崎正友に続いて福井の田賀一成も
被害者の会の幹事、「赤旗」で支援団体を批判
関西における叛逆者の中心的存在であった田賀一成(元福井県議)が九月三日、
福井市内の県立病院で前立腺ガンのため死去した。享年七十九歳。田賀は平成四年
二月十六日付で脱会届けを学会本部に、離党届けを公明党本部に送り、三月二日には
福井県庁で記者会見して、その旨を公表した。
以来、日顕宗・本縁寺(福井市内)の法華講に所属して幹事、講頭、総代を歴任し、
平成十六年四月に法華講連合会北近畿地方部の理事兼監事になっていた。
なかでも平成六年十一月には山崎正友(昨年十二月二十九日に急死)の策謀で結成した
「被害者の会」の発足に参画し、竜年光や桑原春蔵(いずれも故人)らと共に幹事に
就任して、大恩ある支援団体を攻撃するという悪逆非道の行為を続けた。
この「被害者の会」とは、山崎正友や妙観講の講頭・大草一男が陰で操る謀略
グループで、平成六年十月九日には大石寺の理境坊(住職・小川只道)に竜や鹿児島県
の山口優らと共に退転者約三十人が集って密議。この場で「被害者の会」の具体的な案
を練り上げた。
平成七年には「民主政治を考える会」と名乗る者達が内藤国夫と共謀して支援団体を
誹謗する「紙つぶて」を全国に一千五百万枚も配布した。これも田賀が幹事を務めて
いた「被害者の会」の連中の仕業であったことが分かっており、むしろ「加害者の会」
というべきだ。
同会の事務所は新宿区砂土原町のビルに置いていたが、家賃も払えなくなって、
平成十四年五月末に撤退。「被害者の会」は今では壊滅状態である。
田賀は脱会した直後から共産党の機関紙「赤旗」のインタビュー記事に登場したのを
はじめ、週刊新潮、アエラ、フライデー、週刊ポスト、週刊現代、週刊実話、選択、
週刊文春、諸君、現代仏教、文化評論、慧妙など多くの三流誌紙で支援団体に対する
激しい批判を繰り返した。
そういう面では恩知らずの裏切り者である矢野絢也と酷似しており、政治家としての
倫理、社会正義に照らしても田賀の行動は許せない背信行為であったと言わざるを
得ない。
党員、支持者を裏切った忘恩の人生
田賀は退会した当時、その理由として「宗門から破門処分をうけた学会に見切りを
つけた」等々と語っていた。だが、信仰上の問題だけではなく、その行動基準は
損得勘定だとも言われていた。
つまり、公明党には議員定年制があり、田賀が離党した時は六十一歳で、任期満了後
は次の選挙に出ることができない立場にあった。そこで信仰上の問題を奇貨として
離党・脱会の好機とみて行動を起こしたのではないか、との見方である。
田賀が市議、県議になれたのも党員や支持者の方々のお陰であり、裏切られた党員、
多くの支持者が実に気の毒でならない。
裏切り者の石田次男、福島源次郎、桑原春蔵、信平醇浩、竜年光、原島嵩、山崎正友
らは次々に他界した。
知恩・報恩こそが仏法を信仰する者の道であるが、田賀自身は市議五期、県議二期を
勤めながら不知恩の人生で終わった。合掌。
242
:
検証会議
:2009/09/10(木) 23:17:14
顕正会短信
2009.09.11
姑息な浅井はわざと「男子十万」ばかりを強調した
三百万先延ばしの事実を顕正会員に知らしめよう
8月23日、長野エムウェーブで行われた「男子部大会」で顕正会会長・浅井昭衛
は、「顕正会三百万と男子精鋭十万をあと12年のちの平成33年までに、断じて
これを成し遂げたい」と言い出した。
顕正新聞9月5日号の一面では小見出しでこの浅井の発言が「広布最終段階の
大路線決定」だという。笑わせるな、このペテン野郎!口舌の徒が!
大体、浅井は平成16年8月22日、横浜国際会議場での「幹部大会」で「三百万を
あと10年で」と誓願し、全国から集められた7千の会員に11分もの長い拍手を
させるという拷問を行ったではないか。
あれからはや5年。期限の平成26年までちょうど半分を過ぎた今年、浅井は自ら
誓願破りという大失態の姿を晒したのだ。これで浅井のいう「御馬前の大法戦場」から
の後退は何度目だろうか。浅井に日蓮の加護などないことがまた証明されたわけだが、
別に浅井は日蓮を信じているわけではない。
浅井にとって「謹んで誓い奉る」などという言葉は、会員を新たな勧誘地獄に
送りだすための「進軍ラッパ」でしかなく、顕正新聞代や広布供養などを会員に
出させるための号令でしかないのだ。このような輩を「無二の師匠」と言わされる
顕正会員が哀れでならない。
顕正会員の皆さん。忘れたか、平成16年の幹部大会を。浅井が「三百万をなんと
してもあと十年以内に成し遂げ」と誓願したとき、あなたはどう思ったのか。
そして今、その誓願が12年も先延ばしになったことに何も疑問を感じないのか。
「なんとしても」という浅井の決意がいとも簡単に反故にされてしまって、浅井の弟子
であろうあなたは日蓮に対して、師匠がこのような体たらくで恥ずかしくないのか。
浅井は学会や日蓮正宗など他団体のことをどうこう言える立場には無いのだ。相手に
されていないのをいいことに罵詈雑言をほざいているようだが、天に唾を吐けば自分の
ツラにその唾が落ちてくることも知らないか。
試算によれば、三百万を平成33年に達成することは不可能だ。最大でも
書類250万枚程度にしかならない。入信報告書を35万枚増やすのに6年もかかって
いるのだ。このペースであと165万枚増やすなら30年はかかるだろう。
基となる会員数が増えれば勧誘数も増えると思い込んでいる顕正会員もいるだろう
が、いつまでたっても5万人の大総会すらできない顕正会の実働数はどう考えても
5万未満だろう。それを否定するなら11月にでも四者合同で構わないから十万結集を
やってみせるがいい。どうだ?
243
:
検証会議
:2009/09/12(土) 15:41:15
大石寺短信 第468号
平成21年9月11日(金)
日顕宗の動き
1.「布教部長」の指名に戦々恐々の候補者たち
このほど、宗務院に「布教部」が設置されることになった。先ごろ行われた臨時宗会
で決定したもので、今後、宗規の変更を文部科学省に届け出、認証された後に人事が
行われる。これで、宗務院は「庶務部」「教学部」「渉外部」「海外部」「財務部」
に「布教部」を加えた6部体制となる。
7月の結集総会の席上、法主・日如より「平成27年・二祖日興上人御生誕770年の佳節
までに、すべての法華講支部が現在の講員数を50%増加すること」「平成33年・
宗祖日蓮大聖人御聖誕800年の佳節までに、法華講80万人の体勢を築くこと」という
新たな命題が発表された。いずれも荒唐無稽な空念仏にしか聞こえないが、布教部の
設置は、この命題に向けて現場の士気を高めることが狙いのようだ。
宗内文書によれば、布教部の役割は「布教のための企画・会議の主催」「坊主・信徒
への布教指導」「布教のための文書作成」「法華講の指導」となっている。興味深いの
は、先ごろ宗会議員9人が執行部に宛てて出した「質問主意書」における指摘・提案
(「布教のための指導会などの企画」「文書布教の必要性」「法華講の指導育成」等)
がそっくりそのまま加味されていることだ。この質問主意書は、世間体を気にする日顕
の強権によって撤回させられたが、結局、質問主意書の内容が正鵠を射ていたゆえ、
執行部はそれらを採用せざるをえなかったというわけだ。
毎年毎年、折伏の大号令をかけながらも惨敗続きの日顕宗。既存の「布教師会」に毛
が生えたような「布教部」を作ったところで結果は目に見えているが、特筆すべきは
布教部の設置によって、折伏の出来・不出来の責任の所在が明確になったということ。
つまり、折伏が進む、進まないはすべて布教部長の責任というわけだ。布教部長の人選
にあたっては、数名の名前が挙がっているというが、候補者にしてみれば「自分の寺
のみならず、全末寺の成果の責任を負う布教部長なんか、まっぴらごめん」というのが
本音だろう。
2."でしゃばり日顕"、今年も教師講習会で講義
去る8月27・28の両日、本山で行われた教師講習会で、またまた隠尊・日顕が講義を
行った。題材は自著の『百六箇種脱対見拝述記』。日顕は、4年前に日如が登座して
以降、毎年、教師講習会にしゃしゃり出てきては講義を行っている。一方、日如は、
簡単なあいさつでおしまい。おかげで日如は「講義ができない無能法主」「しょせんは
次の法主が登座するまでの"中継ぎ法主"」といったレッテルを貼られ、小馬鹿にされて
いる。
日如周辺の坊主からは、「これでは猊下のメンツが立たない」「『隠尊』の『隠』は
『かくれる』の意。隠尊はいい加減、身の程をわきまえて引退すべきだ」と言った声が
聞こえてくる。
宗内関係者によると、「最近、公の場でも、御隠尊(日顕)と御法主上人猊下
(日如)の間によそよそしい空気が漂っている」という。時々刻々、両者間の亀裂は
大きくなるばかりだ。
3.9月の予定
12日(土) 御難会(本山)
13日(日) 御講(末寺)
18日(金)、19日(土) 寛師会(本山)
23日(水) 秋季彼岸会(本山、末寺)
244
:
検証会議
:2009/09/13(日) 23:57:51
フェイク 第1055号
(発行=09.09.12)
「土下座して謝れ」と被害者が激怒
ビラ男・小川頼宣の破滅と反逆の惨めな人生
退転者に共通の金銭・異性問題で堕落
騙した相手から「土下座して謝れ」と迫られている極悪人が最近、妙観講が作る
「慧妙」などで小多仁伯(本名は古谷博)と一緒に戯言を述べている。退転した
小川頼宣である。この二人のうち、古谷に関しては、本紙第八八三・八八四・八八五号
で詳しく取り上げたので、本号では小川について述べることにする。
この小川は昨年、学会が著作権を有する写真を無断で複製し、そのうえ改変を加えて
悪質ビラに掲載して、これを販売し、また東京都の北区や足立区、大阪府堺市など各地
で配布していた。
更に、インターネットのウェブサイトでも悪質ビラの電子データを公表し、
ダウンロード可能な状態にしていたことがある。
これに対して東京地裁は、小川に対し①ビラの販売・配布の禁止②ビラを執行官に
保管させる③ビラをインターネットで送信可能な状態にすることの禁止を命じる決定を
下した。
それでも小川は、性懲りもなく今年になって写真をイラストに変えて配布するなどの
悪事を重ねている。
小川は広報室の元副部長、元九州青年部長の肩書を悪用しているが、以前から
自己顕示欲が強いうえに、酒グセも悪かった。
九州にいた頃は、退転した福島源次郎に付き従っていた。この福島はムンクの
「叫び」に似た堕地獄の相で既に死んだが、第四代会長の座を狙って失敗し、反逆した
愚劣な奴である。
その弟分の小川は「酒」「女」「金」という退転者に共通する三つの醜聞を抱えた
堕落男なのである。
なかでも金銭問題では、小川に騙された被害者が数多くいて、複数の裁判で被告に
なっていた。
例えば、いかがわしい団体を作り、組織を利用して学会員を事務員にしていたが、
給料を払っていなかった。不誠実な小川は、被害者から未払い賃金の支払いを求めて
訴えられたのである。この裁判で昭和六十一年十一月、小川は二百万円を支払うことに
なったが、それを履行したという話は今も聞かない。
また、別の男性には、言葉巧みに「輸出の仕事をしよう」と持ちかけて一千二百万円
もの大金を拠出させ、騙し取ったこともある。
この他、約七百万円の借金を踏み倒すなど、問題だらけの男である。「慧妙」などで
偉そうに御託を並べる前に借金を返済するべきだ。被害者からは「お前のために人生を
狂わされた全被害者に対し、土下座して謝罪せよ」と糾弾されている。更に、小川には
不倫の噂もあった。こんな小川の盟友が、あの軽薄な福島源次郎だった。
日興上人気取りの福島源次郎と同罪
福島は、第一次宗門事件が収束に向かおうとしていた時、それをブチ壊したのは周知
の事実だが、この福島の狂気を物語るエピソードがある。それは福島が、日興上人を
気取っていたことだ。副会長が福島を含めて六人だった当時、「他の五人は退転する
だろう」と語ったことがある。まるで先任の五人の副会長を五老僧のように中傷して
いた。
だが、退転・反逆したのは福島一人。同様に小川も広布の団体を誹謗して、堕地獄へ
の道を急いでいる。
245
:
検証会議
:2009/09/17(木) 20:09:26
石山だより
平成二十一年九月十四日
一、大石寺には、学会からの長年の御供養が埋蔵金として貯えられている。日顕は、
愚かな嫉妬から正本堂・大客殿を破壊したが、その費用五十五億以上の供養をムダに
使った罰当たり者なのである。あげくに正本堂、大客殿の基礎は、あまりにも
堅固だったので、壊せなかった。
その基礎の上に客殿も奉安堂も建っている。要するに日顕が建てたように言って
いるが、全て学会の御供養によって成り立っているのである。
一、八月二日、講頭・副講頭指導会が行われたが、今まで交通費など出したことなど
ないのに、全員に支給した。締めて一億。信者に交通費を払ったのは初めて、それと、
五十万総登山の全登山者に一人八百五十円の弁当が出ている。合計五億になる。こんな
事が出来るのも過去に学会からの供養があったお陰なのである。
今も本山には、潤沢な金がある。しかし、日顕一人の狂乱により、今や末寺では、
子女の教育費さえままならない。布教部が出来たそうだが少子高齢化のご時世で、
全国末寺では、塔婆の数もガク減り、金のことしか頭にない所に布教が進むわけがない。
一、日顕は、大学者の第五十九世日亨上人を「あの方は学者だから」とバカにして
いたが、亨師は聖僧、日顕は遊蕩坊主、月とスッポン程の差がある。
今日、淫尊の身で二人の教師と二人の女性従業員を使い、世田谷と蓮葉庵を本山の
公用車(ベンツ)にふんぞり返って行き来している。不義密通の子彦坂君は五歳まで入籍
してもらえず、青年時代は修業を怠り、供養を遊興に使い、年を重ねるにつれて堕落の
度を増し、大謗法を重ねてきた。
本行寺時代は向島芸者に入れあげ、京都・平安寺へ移動後は祇園の舞妓、熱海の芸者
を相手に遊びまくった。こんな極道坊主だから海外初の出張御授戒で売春婦と交わり、
料金でもめ、事件を起こしたのだ。
こんな男が六十七世だったなんて、誰に語れるのだ!
(亨師は木綿の衣、生活は質素、常に令法久住を思考されていた。破壊僧日顕よ
恥を知れ! 本山無任所鼠)
246
:
検証会議
:2009/09/17(木) 20:09:55
石山だより
平成二十一年九月十七日
一、皆さんご存知の通り、大石寺の駐車場で八月二十八日、何とも不思議な現象が
見られた。駐車した車が突然、発火して炎上したのである。毎日新聞などでは次のよう
に報じていた。
「二十八日午後一時ごろ、富士宮市上条、大石(たいせき)寺の駐車場で、千葉市
花見川区幕張本郷3、会社員、飯岡澄子さん(三七)運転のワンボックス車が炎上、
全焼した。火は近くに駐車していた普通乗用車など8台にも燃え移り、このうち二台が
全焼した」
一、この日は奇しくも大石寺内で死亡した所化の三十三回忌満山(満山法要)の日で
あった。亡くなったのは飯岡道真君で当時、上野中学三年生、年分得度の十五期生で、
享年十五歳。戒名は「道真日命小比丘」。この日、炎上した車を運転してきたのは、
実は、この所化の妹さんなのである。満山に参列するための登山だった。暴力とヤクザ
まがいの徒弟制度、どんな素直な子供でも卑屈で偏屈な人間に変わってしまう。飯岡君
はその犠牲者なのだ。当時を知る関係者の一人は「死後三十二年を経た今でも、飯岡君
の悲しみは癒えることはなく、怒りの炎となって車九台を焼いたような感じがする」と
語る。別の関係者は「飯岡君が亡くなった頃、大坊西寮が火事になったことがあった。
その時、駒井に叱られてフテ寝していた所化が焼死した。あの痛ましい事件を
思い出した」と話していた。
一、飯岡道真君が亡くなったのは昭和五十二年九月二十一日午前七時十分、死因は
心不全と発表されたが、真相は急性アルコール中毒だった。所化イジめで知られる
駒井専道に暴行を加えられた飯岡君はヤケ酒を呷(あお)った。当時を知る坊さんの話
によるとサントリーレッドを一本、飲み干したという。これでは急性アルコール中毒に
なるのもムリはないが、それ程までに悔しかったのだろう。駒専は今、北海道士別市の
安立寺にいるが、所化を死に追い込んだ罪は深くて重い。
一、日顕が説法すると「妙の字は若い女の乱れ髪、結う(言う)に結われず、解く
(説く)に解かれず」「赤ん坊を抱いた女の幽霊が出た」等々、直ぐに脱線するのが常
である。セクハラ説法、怪談だけではなく、因縁話が好きな日顕は、この所化の急死、
満山の日の自然発火の因縁について、どう説明するのだろうか。
(大石寺では、積もり積もった謗法の数々、ウソとゴマカシばかりの宗門に、
これから大事件が起こると危惧する大坊鼠)
247
:
おいで^^
:2009/09/24(木) 23:01:49
すごく好評のブログw
ちょっとHでどんどん読んじゃうよ。
更新もしてるからきてみてね^^
ttp://stay23meet.web.fc2.com/has/
248
:
検証会議
:2009/09/25(金) 03:50:52
顕正会短信
2009.09.22
顕正会のバイブル「折伏理論解説書」再改訂?
顕正会のバイブルともいえる書物に「折伏理論解説書 日蓮大聖人の仏法」がある。
初版発行は平成元年6月28日。顕正会は当時まだ「日蓮正宗」の冠を謳っていたが、
平成9年11月の法人格取得・自称「冨士大石寺顕正会」への改称を皮切りに、
平成11年5月の「本部指導会」における浅井の「66世・67世相承断絶」指導で、
日蓮正宗と決別した「在家路線」への転換を加速。その直後の同年11月、浅井は同著
を「改訂」とし、大幅に加筆して販売した。
初版当時は、翌平成2年の「開創七百年」を機に大石寺が「本門寺」に改称されると
いう浅井の脳内妄想が最高潮に膨らんでいた時期で、「誑惑完結の陰謀を打ち砕き」
などと自分に酔いしれている様子が書かれているが、それから10年近く経ち、
「本門寺改称」など起きもせず、平成10年4月に「不思議の還御」が実現し、
「御遺命守護」が完結したはずなのに一向に大石寺には相手にされず、
「御遺命守護完結で宗門復帰できる」と信じ込んできた古参会員らの離反を
招きかねないと案じた浅井が行ったのが「第九章 日蓮大聖人の御遺命」
「第十章 御遺命守護の戦い」なる2章の加筆による改訂だ。
「御遺命守護の戦いの顛末」なる約120頁に及ぶ文章を追加しているが、その内容
たるや、まず「第八章 日蓮正宗の歴史」という章を「冨士大石寺の歴史」と改題し、
いかにも自称「冨士大石寺顕正会」こそが正系門下唯一の正統だと思わしめようとした。
また、追加された2章も何のことは無い、平成2年から3年にかけて一般書店でも
販売された浅井の2書物の焼き直しで、改訂版283頁にはあの有名な
「一千万を平成25年までに成し遂げる」という誓願を載せている。現在では
「一千万」は顕正会のタブーなのだが。
ところが、浅井が平成16年に「三百万を平成26年までに」と誓願を改定した後も
「一千万」が掲載されたままになっていたこのバイブル、今年8月の男子部大会で
「三百万を平成33年までに」と大幅な誓願後退を発表したのを機に再改訂される
ようだ。
「一千万の誓願」「三百万を平成26年までに」を顕正会の歴史から抹消し、浅井の
息子や娘など一族が音頭をとって先導する「広布最終段階の大路線・三百万をあと
12年で」なる誓願に置き換えようとしているのだろうが、いくら取り繕っても
昔の資料に誓願破りの証拠は残っている。それを否定するならもはや浅井に過去の
学会・宗門の書物や言動を用いた誹謗・中傷をする資格はないが、耄碌はそれも既に
わからぬ末期症状か。
249
:
検証会議
:2009/09/25(金) 21:54:19
同盟通信 No.136
2009.9.18
=何をやっても成果が上がらない中、宗務院に布教部を新設し、六部長体制にする。
この布教部は、これまでの庶務部を分割するもので、布教に関して教師・法華講に
対して徹底した指導にあたるという。部長には、庶務部長だった阿部信彰を更迭し、
これにあてるもよう。後任の庶務部長に同副部長の斉藤栄順を昇格させる意向の
ようだ。
これにあわせて、日如による命題達成のかちどきを徹底させるため、明年四月までに
これまでの全国布教区をこまかく分解し、七〜八箇所を一布教区とする体制にする。
大量の支院長・副支院長をつくるのは、若手を宗務行政にたずさわらせておくことで、
不平不満の声を封じ込む考えだ。=
日如はこれまで、日顕による地涌倍増の命題をかかげさせていたが、その最後年と
なる本年、とうてい達成は不可能となっていた。このため、先の七万五千名大結集総会
で新たに平成二十七年に講員数五十%増、平成三十三年には議員八十万人の目標を
ぶち上げ、日顕の命題不達成の色あいをもみけした。
あわせて日如による命題を掲げさせることで「日顕の御命題達成」という、これまで
の日顕色を払拭するとともに、登座から数えて平成三十三年の十六年間は、日如が法主
にして管長猊下であり続ける旨を宣言した総会でもあった。この在位十六年という年数
の宣言は、日達上人の二十年、日顕二十六年と比較しても、かなり遠慮ぎみといえる。
ただ、日如による命題達成の行進が新たに始まったとはいえ、布教部長に阿部信彰を
すえることに早くも命題達成は不可能との声が広がっている。信彰は、自分で折伏する
という成果を一世帯としてあげていないし、なによりも恫喝の固まりのような僧で
ある。これまで、住職や法華講を担当する役目を利用して、実際には怒鳴りつけ、
追及し、命令するしか能がなく、愛をもって慰撫し、身銭をきって面倒をみることも
ない。このことから、布教部が恫喝部になりかねない、というのだ。
しかも、信彰には教学力がない。理解できていないのに知ったかぶりをして、しかも
難解に説いて悦に入る。その親(日顕)の血をしっかりと引いている。悪いことに、
サル並みの反省心しかなく、仏道修行者として必須の懺悔心を持ち合わせていない。
恫喝の罪障で心はまっ黒に固められている。
すでに信彰は「目標達成が困難な寺院には、個別に宗務院(布教部)が入り込んで指導
にあたる」と、恫喝部長らしく公言している。こういう輩に入られたら、疲弊し切って
いる各講はどうなることやら。援助寺院を責めたてるばかりで、大寺院の住職に対して
爆発的折伏をするよう指導し、大寺院を分割して新寺を建立させる方向へと持って
いけない。なによりも、万年目標未達成の重役にして富士学林長の肩書を持つ
藤本日潤能化の常泉寺をどうするのか。それら、大都会という恵まれた立地にいる住職
でありながら、折伏成果を一向に上げていない寺院に住職をさしおいて個別に指導に
入る勇気があるのだろうか、と危うんでいる。しかも、信彰の妙国寺が情けない
折伏成果に甘んじている。何をか言わんや、といったところだろう。
日如としては、庶務部を事務部化して元の常識を持ち合わせた部長に戻しておくこと
の方が肝要だと踏んでいるようだ。布教部が意味をなさないことになったとしても、
もともと折伏弘教は全宗門として取り組んでいく以上、たいした影響はないという判断
が働いているのではないか、との見方が強い。
信彰はこれまでの査問の際、あらかじめ「お前は、目通り叶わぬ身である。ここでの
話が終わったら、まっすぐ自坊へ帰るように」と押しつけ、その日、日如に目通りする
ことを勝手に禁じている。査問の際の不都合を日如に知られないようにするためだと
いう。いまだ里内問題は解決していない。いずれにせよ、布教部の新設は、このさい
査問に名を借りて暴言・暴行をほしいままにする恫喝の庶務部という印象を対外的にも
払拭するというのが狙いのようだ。
(憂宗護法同盟員より)
250
:
検証会議
:2009/09/26(土) 02:45:35
大石寺短信 第469号
平成21年9月24日(木)
日顕宗の動き
1.日顕宗の明年の支部総登山の概要が発表
明年の法華講支部総登山の概要が発表された。宗内文書によると、「全講員参加を
達成するため、1年に複数回(3回以内)に分けて支部総登山を計画してよい。但し、
2回乃至3回に分けて行う場合は、各回が平坦にならないよう、中心となる支部総登山を
決めて実施する」とのことだ。要するに、"全講員参加というノルマのため、これまでの
ように活動家が2回も3回も登山して数合わせをしないよう、メーンとなる登山を開催
して、そこにより多くの人数を結集しろ"というわけである。
最近、「7月の結集総会の大勝利によって大歓喜の生命力が得られた」と喧伝している
日顕宗。しかしこれが事実なら、わざわざこのような断りを入れなくても、多くの
法華講員が喜々として登山してくるはずではないか。7月の結集総会で「平成27年までに
法華講員50%増」「平成33年までに法華講員80万人体勢」という無謀な命題を
打ち出した日如執行部は、わざわざ総会の写真をあしらったポスターを信徒に配布し、
折伏のハッパをかけているが、今後、折伏先に困った法華講員が学会員を狙ってくる
ことが予想される。十分警戒していきたい。
2.「布教部長」は信彰?「同盟通信」報じる
前号で紹介した、宗務院に新設される「布教部」の部長人事について、憂宗護法同盟
発行の「同盟通信」が報じている。これによると、布教部の部長には現庶務部長の
阿部信彰をあて、後任の庶務部長には現副部長の斎藤栄順を昇格させるもようだ。
「平成27年までに法華講員50%増」「平成33年までに法華講員80万人体勢」との
新たな命題を発表した日顕宗。同通信は、「日如による命題達成の行進が始まったとは
いえ、布教部長に阿部信彰をすえることに早くも命題達成は不可能との声が広がって
いる」としている。確かに、この信彰という男、自分で折伏をしたことがないどころ
か、自身の寺(東京・妙国寺)は毎年、情けない折伏成果に甘んじている。一方で、
父親ゆずりの"瞬間湯沸かし器"の信彰は、これまで、住職や法華講員を担当する
庶務部長として、ことあるごとに彼らを怒鳴りつけ、抑えつけてきた。ゆえに、信彰に
深い恨みを抱いている末寺坊主、法華講員は少なくない。
その上で同通信は、信彰の布教部長への横すべり人事を「更迭」としている。
いわく、「日如としては、庶務部を事務部化して元の常識を持ち合わせた部長に戻して
おくことの方が肝要だと踏んでいるようだ」「布教部が意味をなさないことになったと
しても、もともと折伏弘教は全宗門として取り組んでいく以上、たいした影響はないと
いう判断が働いているのではないか、との見方が強い」と。さらに、「布教部の新設
は、このさい査問に名を借りて暴言・暴行をほしいままにする恫喝の庶務部という印象
を対外的にも払拭するということが狙い」と分析している。
最近、前法主・日顕との間に微妙なすきま風が吹いていると言われている日如だが、
いよいよ、日顕一派に対する反転攻勢を仕掛けてきたということだろうか。
3.10月の予定
1日(木) 御会式(末寺〜11月末)
4日(日) 広布唱題会(本山、末寺)
11日(日) 御講(末寺)
251
:
検証会議
:2009/09/29(火) 07:25:34
越 洋
平成21年9月26日
宗門の僧俗みんなが疑問に思っていることがある。それは、隠尊日顕の女房政子の
2億円もする赤坂の超高級マンションのことだ。発覚以来、何の説明もなくダンマリ、
まずいことがあると殻に閉じこもり、ほとぼりが冷めるまでジッと沈黙している。
宗門の前法主の女房なのだから、世間を騒がせた責任は重い。何らかの説明責任が
ある。ダンマリでは世間様に通用しない。
そろそろ1年半になるので、ほとぼりが冷めたと思ったのか、娘の百合子が麹町の
マンションを売りに出していた。やっと売れたらしい。時価約8000万とのこと。
それで百合子が赤坂の政子のマンションに移ったようだ。
末寺の生活状況は破産寸前。子弟の教育費はおろか、生活費さえ逼迫している。
このままでは働きに出なければ食っていけない状況だそうだ。本山に収める上納金は
更に生活を困窮させている。
それに比べて、隠尊ファミリーは超贅沢な極楽生活の毎日だ。百合子は「人生お金が
全てよ!」と言ってはばからない。
隠尊日顕は公金を湯水の如く使い公私混同。この男は人間としての苦労をしていない
ので、今年12月には87歳になるというのに精神的には3歳児ぐらいのわがまま
放題。人の言う事なんて聞かないやんちゃ坊主だ。死ぬまで、愚かな幼児性は
変わらない。
やりたい放題で、二十六箇条の遺誡に全て背き続けた大増上慢であり、大謗法の
奪命者なのである。自分と政子、百合子、信彰ら一族だけが贅沢出来れば、他人様の
ことなんか関係なさそうだ。
252
:
検証会議
:2009/10/01(木) 04:56:47
新改革通信 第103号
平成二十一年九月三十日発行
"死ぬに死ねない"日顕の事情(六)
日如の巧妙な罠か?
庶務部長からはずされた信彰の次期法主の可能性は消え、遂に早瀬ファミリーが
宗門を牛耳る!
すでに「同盟通信」が報じているが、宗務院に新たに「布教部」というものが設置
されるようだ。そして、庶務部長であった阿部信彰が、その任を解かれ、布教部の部長
に就任する予定であるという。「同盟通信」はこの信彰の処遇を「更迭」と書いている。
庶務部は宗務院の中枢と言って良い。日如は元庶務部長で、日達法主もそうで
あった。日如は、怒鳴るだけしか能がない信彰に庶務部長などつとまるはずがないと
思っていたに違いない。
現に、信彰が庶務部長になってから、庶務部は機能しなくなった。その典型的な
例が、信彰が得成寺の里内を査問した際に暴力を振るった事件である。
この問題は宗内外で話題になり、信彰がどのような処分を受けるかに注目が
集まった。ところが信彰は、自分の処分を自分で宗内に知らせるという異常な手段を
使い、宗内をあきれさせた。常識では考えられないことである。
そして今回、信彰は新設の「布教部」に移るという。誰の目にも、庶務部から
追い出されたも同然と映る。なぜなら、「同盟通信」が分析しているように、折伏は
宗門全体で取り組むもので、布教部は、大勢に影響はない名前だけの部署だ。
当然、日顕は不服である。なぜなら、得体の知れない「布教部長」が次期法主になる
可能性は低いからだ。しかし、信彰は暴力事件のことがあるから、ここは黙るしか
ない。そういう意味では、日如の作戦勝ちである。
しかし、日如の狙いはもう一つあると言われている。信彰が布教部長になれば、
学習能力のない信彰のことだから、どうせ末寺住職を恫喝するに決まっている。
第二・第三の里内が生まれ、大きな問題になる可能性が大きい。
もし、信彰が大きな問題を起こせば、次期法主の道は完全に絶たれ、阿部一族の
宗内支配の終焉となる。巧妙に仕掛けられた罠というわけだ。
主任理事の佐藤は自分の女房の弟、新庶務部長には自分が庶務部長時代からの子飼い
である斉藤が就く予定だという。これで日如は内事部と宗務院という宗門の二大柱を
手中に収め、完全に宗門を支配できる。あとは、信彰が問題を起こすのを待つだけで
ある。死ぬに死ねない日顕にとって、一段と前途が暗くなった。今までにないつらい
秋冬となろう。
(編集部)
253
:
検証会議
:2009/10/01(木) 04:57:11
フェイク 第1056号
(発行=09.09.29)
「日如の模写本尊は拝む気がしない」
二人のニセ法主・日如、日顕の邪義を粉砕 ①
許し難い、寛尊の御本尊を誹謗する日顕宗僧俗
日顕宗のニセ法主二世・早瀬日如が九月度の広布唱題会(本山客殿)の席で、学会が
授与している日寛上人御書写の御形木御本尊を「ニセ本尊」呼ばわりして、こんな戯言
を述べていた。
「間違った信仰、例えば池田創価学会のように『ニセ御本尊』を拝んでいたのでは、
幸せになれる道理はなく、『ニセ御本尊』こそ不幸の根源であり、血脈正統の本宗の
御本尊以外に私達が幸せになる途(みち)は絶対にない」
こんな日如の妄言を真に受けた法華講員らが各地で「脇書きを削っている」
「開眼がない」「法主の許可がない」などと暴言を吐いて非難している。
この「ニセ本尊」という批判に対し、これまで繰り返し粉砕してきたが、改めて、
日寛上人の御形木御本尊に対する日如ら日顕宗僧俗の誹謗に対して、
①相貌(そうみょう)②授与書き、③開眼、④許可、の四つの視点から破折を加える。
その前に、日如が模写した本尊について簡単に触れることにする。
日如が模写した御守本尊(左上の写真を参照)が法華講に出回り始めた一昨年一月、
著名な書道家(B展審査員)が、その本尊について次のように酷評した。
「これは文字がオドオドしているし、たどたどしい筆跡だ。まるで小学一年生が
初めて筆を持ったみたいで、おっかな、ビックリで書いているから、こんな幼稚な文字
になる。字が上手い、下手というより、人生七十年も生きていると、文字にもそれなり
の風格が出てくるものだが、この本尊の文字からは、それがまったく感じられない。
所化小僧が住職に隠れてイタズラ書きしたような文字で到底、褒められたものではない」
また、本尊の相貌などについても幾つかの難点がある。
更に「余りにも下手な字で到底、拝む気にならない」と言う法華講員もいる。
こんな粗末な模写しかできない日如が寛尊の御本尊を誹謗した妄言を粉砕する。
学会こそが広宣流布を目指す唯一の「信心の血脈を受け継ぐ仏意仏勅の和合僧団」で
あり、「僧宝」の意義の上から平成五年九月、授与を決議した日寛上人書写の
御形木御本尊は、同上人が享保五年(一七二〇年)に認(したた)められて、
開基約七百年の古刹である淨圓寺(栃木県小山市)の寺宝として所蔵されてきた由緒
ある御本尊である。
「六巻抄」や数々の「文段」を残され、その中でも特に「我等この本尊を信受し、
南無妙法蓮華経と唱え奉れば、我が身即ち一念三千の本尊、蓮祖聖人なり」
(観心本尊抄文段)等と大聖人直結の信心を強調された。
また大石寺内に「常唱堂」を建立するなど大聖人直結、御本尊・唱題根本で広宣流布
に邁進されたのが日寛上人であった。
(つづく)
http://8004.teacup.com/cyeokunoken/img/bbs/0000763.jpg
254
:
検証会議
:2009/10/02(金) 20:01:00
越 洋
平成21年10月3日
7万5千名結集総会の記事や写真を『大白法』や『大日蓮』等に載せて「大成功」と、
大仰な宣伝を繰り返している。"7万8千423名もの大結集"と発表しているが、この
発表は、役員とか信心していない運営関係の業者の数も入っている、と内情を関係者が
知らせてくれた。観光目的で登山した未入信の家族も含まれており、その内実たるや、
宗門の宣伝とはかけ離れているのが現状である。
オマケに、御開扉の際、一人が2〜3枚の御開扉券を出し、受け取る方も気付かない
ふりをして黙認。実に、いい加減な参加数の実態なのだ。
総会終了後、坊さん連中が集まって、派手に慰労会をやっていた。そこでは"毛ガニ"
などの豪勢なご馳走に舌鼓を打ちまくっていたそうだ。坊さんは、信者が長時間バスに
揺られ、ヘトヘトになって参加していることなんか"ソンナの関係ナイ"そうだ。
総会当日、"新たな御命題"と称して『①平成33年宗祖日蓮大聖人御聖誕800年に
おける80万法華講の達成 ②平成27年日興上人御生誕770年における法華講員の
50パーセント増』と発表した。世帯数ではなく人数でのカウントになったことで、
法華講員は今後、登山のノルマと折伏のノルマを更に課せられることになった。
折伏・弘教の活動が嫌で寺に移った脱会者にとっては何よりの苦痛。"折伏・折伏"と
寺側が檄を飛ばせば飛ばすほど、更なる寺離れが加速することは間違いない。
できもしない目標は坊さんの誇大妄想の産物。"その時、俺達はあの世だ。この世には
いないから関係ない"と70歳のオジサンが苦笑していた。
http://8004.teacup.com/cyeokunoken/img/bbs/0000764.jpg
255
:
質問ですよ
:2009/10/02(金) 21:58:08
めくそはなくそだと思います。
256
:
検証会議
:2009/10/03(土) 05:55:54
>>255
めくそはなくそ=現法主と前法主 だよね(笑)
257
:
質問ですよ
:2009/10/03(土) 08:49:24
>>256
えっ?大丈夫ですか(笑)
258
:
検証会議
:2009/10/03(土) 17:36:54
大石寺短信 第470号
平成21年10月1日(木)
日顕宗の動き
1.「御会式」への勧誘に注意を
日顕宗の各末寺では、10月から11月にかけて「御会式」が行われる。
大聖人御入滅の日(10月13日)にちなみ、「御本仏の滅不滅を祝し、仏恩報謝と
広宣流布を誓う」とされる御会式は、末寺にとって年間の最重要行事であり、
供養集めの絶好の機会でもあることから、どの寺も結集に血眼になっている。
坊主たちは、布教区内でローテーションを組み、互いの寺の御会式を回っていく
など、協力態勢が敷かれる。
7月の結集総会で「平成27年までに法華講員50%増」「平成33年までに法華講員
80万人体勢」といった新たな命題が打ち出されて以降、法華講機関紙「大白法」
(9月16日号)は日如の「時を移さず折伏戦に入り、まずは本年度の折伏誓願を必ず
達成すること」との言葉を紹介して、「講組織を挙げて大折伏戦を展開し(中略)
創価学会員を一刻も早く救い出そう」と呼び掛けており、最近、法華講員が学会員宅に
電話をかけてきて、執拗に勧誘するケースが各地で多く見られる。今後、この御会式を
折伏推進の足がかりにしようとしてくるだろう。
これまでも、「(御会式で飾る紙製の)お花を一緒に作りませんか」「一年で
一番大事なお寺の行事に参加しましょう」などと言葉巧みに誘いをかけてきた例が
あったが、今回もなりふり構わぬ勧誘に出てくることが予想される。十分に警戒して
まいりたい。
2.明年の登山計画に末寺から早くもブーイング
前号で紹介した明年の支部総登山の計画の概要について、各地の末寺からブーイング
が起こっている。明年の支部総登山の概要は、"全講員を参加させろ""必ずメーンとなる
登山会を開催し、そこにより多くの人数を結集しろ"というもの。
この、「本山により多くの信者を」という有無を言わせぬ打ち出しに末寺坊主は
怒っているのだ。と言うのも、信者は「登山したら多くの供養を包まなければ
ならない」という強迫観念にとらわれている。つまり、信者が本山に登山すればする
ほど、末寺への実入りが減ってしまうというわけだ。本年は7月の結集総会に加えて、
数合わせの50万登山が行われてきた。本山は丸々と肥え、末寺はやせ細る一方である。
ほとほとまいった末寺坊主たちの「本山は末寺をつぶす気か」という嘆きも納得できる。
昔から本山と末寺の関係は「親」と「子」にたとえられてきたが、末寺坊主の間から
は、「子どものことを考えるのが親。子どものカネをむしり取る親がどこにいるか」と
いった辛らつな怒りの声も聞こえてくる。
259
:
検証会議
:2009/10/04(日) 02:31:06
顕正会短信
2009.10.04
珍しく発行日前に顕正新聞が届いた
雑感
顕正新聞といえば、毎月3回、5のつく日(5日、15日、25日)に発行される
「はずの」顕正会機関紙であるが、発行日を一週間過ぎても届かないこともあるなど、
その杜撰さは各方面から非難を浴びている。年間購読料は毎年5月に一括納入で
8500円なのだが当然郵送料込みで、しかも毎号6頁か8頁のくせに一部200円。
月に3回発行で年に36回。計算すると新聞本体にかかるのは年7200円となるの
だからボッたくりもいいところである。
ところでその郵送料だが「月3回以上発行する新聞」という位置付けの第三種郵便物
なので、帯封を巻いた「一部」を50グラム以下とした場合で一通40円となる
だろう。二部以上の発送の場合については煩雑なので割愛するが、36回発行されたと
して年間送料は1440円となるので、8500円の購読料では一通あたり
年間140円の赤字となってしまう。これではボランティア・慈善事業嫌いの浅井も
やってられないだろう。そこで顕正新聞を年に2〜3回、「合併号」として発行して
いるのだが、昨年は2回あったので発送は計34回。これを元に年間の郵送料を計算
すると1360円で、新聞本体と合わせてもまだ60円の赤字が出る。顕正新聞の
発行部数は非公式ながら、昨年秋に顕正会敗訴で確定した名誉毀損裁判の過程で
小峰編集人が20万部と証言しており、これに基づいた計算では年間の赤字は
1200万となる。「一千万」は達成された(笑)ことになるがそれでは浅井の儲けは
無い。
そこで編集部が着目したのは、日本郵便の「大口・法人向け料金」の割引率の
最大活用だ。例えば顕正会本部・配送センターのあるさいたま市の場合、5千部以上の
発送物を郵便番号別に分けてさいたま新都心郵便局の窓口に持ち込めば11%の割引に
なる。さらに、配達に3日から7日の余裕を承諾すればプラス4〜6%割り引かれ、
最大17%の割引が得られるのだ。顕正新聞の第三種郵便物としての料金を一部40円
として計算すると切り上げて7円の割引となる。年34回発送されたとして、購読部数
が1部の者への発送では年238円浮かすことができる。それが20万部となると一年
で4760万円の節約となる。もちろん複数部購読者もいるだろうが、圧倒的に
帯封購読者(一部か二部)が多いはずなので、節約額が大幅に減ることは考えにくい。
仮にこの通りであれば赤字どころか相当儲かっていることになる。こうやって捻出した
儲けが積もり積もって数十年の結果か、浅井は地方会館すらスッポリ入る広さの敷地に
建つ豪邸で一族ぬくぬくと暮らせるのだ。
260
:
検証会議
:2009/10/04(日) 21:16:53
フェイク 第1057号
(発行=09.10.02)
慢心の日顕が日寛・日亨上人を侮辱
二人のニセ法主・日如、日顕の邪義を粉砕 ②
学会授与の御本尊は草創期に受けたのと同じ相貌
日寛上人は、前号で述べた通り日蓮大聖人直結、御本尊と唱題根本で広宣流布に邁進
された中興の祖である。その意味で、世界広布に邁進する創価学会の信心と合致して
いる。
この点、教学が苦手で御書も読めず、講義も出来ず、題目はあげない、朝夕の勤行も
殆どしない、折伏も出来ない無能で信仰心の欠片もない日如とは正反対である。その
日如が、日寛上人の御本尊をニセ呼ばわりするとは増上慢も甚だしい。
日如は法門に関する知識は「所化並み」と言われており、日寛上人の御形木御本尊を
「ニセ本尊」と言うだけで、その理由には一切、言及していない。
ところが、ニセ法主元祖の日顕が平成九年八月二十八日の「八時間説法」で、
日寛上人の御本尊の相貎に難癖をつけて「日寛上人の御本尊様は……戒壇の御本尊様の
十界をお書きになった御本尊様が一幅もないんです。全部、略本尊なんです」
「こんなこと言うと、まあちょっと、悪いかもしれないけどね」と中興の祖を侮辱して
いた。
この他にも日顕は、日亨上人とか歴代法主を小馬鹿にする発言が目立つ。特に、
平成四年八月、全国教師講習会の際、碩学の日亨上人を批判した事実を忘れては
ならない。
日顕は「堀上人がね、チョットわけ分かんないようなこと仰っている」と非難。
活字では雰囲気が伝わらないが、侮辱した口調だった。
日顕は言葉を続け「堀上人はね、学者だから……だから、あんまり会通がないんです」
日顕が言う、日亨上人の「わけ分かんないこと」とは、謗法坊主の日精について
生涯、造仏読誦論者であったと日亨上人が批判されたことを指す。「わけ分かんない
こと」を口走ったのは日顕の方なのである。
この慢心の日顕は、日寛上人の書写の作法にも言及。「八時間説法」の小冊子では、
都合の悪い個所は削除しているが、日寛上人の御本尊の相貎まで云々した大増上慢で
ある。
また「二乗が欠けているから二乗作仏の意義が…」と言いかけた時、場内の異様な
反応に気付き、慌てて「略本尊も正本尊も、悉く尊い御本尊であり、一切唱題の功徳に
相違はありません」と取り繕った。
これは当然で、日興・日目上人書写の御本尊にも十界の代表しか挙げられていないの
がある。特に、学会が現在、授与している御本尊は、草創期に流布した日寛上人の
享保三年の御本尊と全く同じ相貌なのである。
学会員は、その御本尊を信受し、何百万もの人々が厳然たる功徳の実証を示したので
あった。
こうした過去の経緯があるため、日顕も、日寛上人の御本尊の相貌にケチを
つけながらも「略本尊だからニセ本尊」とは言い切れず、「授与書きの削除」
「法主による開眼がない」「法主の許可がない」と文句を言うしかなかった。
だが、これも日顕の邪見である。御本尊の本義、宗門の歴史から見ても、すぐに化け
の皮がはがれる難癖でしかない。(つづく)
261
:
検証会議
:2009/10/05(月) 23:27:45
顕正会短信
2009.10.06
顕正会の“鬼門”、四国で男女大幹部が失脚
発行日より前に届いた顕正新聞10月5日号の1面はなかなか面白い。まず目に
付いたのは男子部人事で、男子第5部長の小沼貴寛が男子31隊の隊長に就任した
ことだ。第31隊といえば、かつては高知を拠点に四国全域をまとめていた組織で、
前隊長の桑原圭一は同じ名字からして夫婦と察せられる、前第9女子部長の桑原緑子と
共に「四国を牛耳っていた」のだが、今回の交替で消息がわからなくなった。
桑原緑子も7月総幹で第9女子部長と高知会館管理主任の職を解かれた後の消息が
わかっていない。揃って脱会した可能性もあろう。なぜなら四国には壮年部組織が無い
からだ。12月5日号に掲載される「成果発表」に名前があるかどうか注視したい。
さて、新31隊長の小沼貴寛だが、他にも第41隊長、本部幹事、そして衛護隊副長
という役職を掛け持っているのだが、埼玉在住でありながら担当地域は九州と四国、
そして仙台とまぁ広いこと遠いこと。その上に衛護や本部幹事もやらねばならないの
だから、どれも中途半端になることは必定だ。早晩疲れ果てて消えていなくなる
だろう。女子部にしても四国の第9女子部で区長の交代が数件発生しており、やはり
桑原緑子絡みでなにかあったのだろう。
顕正会にとって四国、とりわけ高知は鬼門だ。平成元年当時、顕正会の地方会館は
高知にしかなかった。情報によれば高知会館の須弥壇は本部会館のそれに勝るとも
劣らないものだったと聞く。
そんな高知に平成2年、当時の高知支部長など多数が脱会する事態が発生し、
一時壊滅状態となった。平成14年には元地区部長が交際中の婦人部員親娘を殺傷し
逮捕、懲役15年の実刑が下った。顕正会員の殺人事件はいままでこの高知の一件だけ
である。
そして平成17年には高知会館安置の本尊が会員によって「不敬」されている。
破られたのか汚されたのかは不明だが、いつしかこの体たらくだ。ついでに言えば、
四国壮年部はまったく成果が出なかったので男子部に編入されてしまった。子供や孫の
ような年代の若造から勧誘のゲキを飛ばされるようではさすがに愛想をつかすだろう。
要介護や身寄り無しなどで行き場の無い者だけがしがみついて残らざるを得ないのが
実情だ。
そういえば同じ1面では中国紙が掲載した「新中国に影響を与えた日本人5人」の
話題を取り上げていたようだが、日頃中国を口汚く誹謗しているくせにこういうネタは
取り上げる節操の無い編集だ。このネタについては次号でカラクリを紹介し、浅井らの
知らない事実を明らかにする。
262
:
検証会議
:2009/10/05(月) 23:28:13
フェイク 第1058号
(発行=09.10.04)
「御本尊を信じられず苦しい」と日顕
二人のニセ法主・日如、日顕の邪義を粉砕 ③
日寛上人の御心に適う世界の人々への授与
日寛上人書写の御本尊を誹謗する日顕は絶大な妙法の力用を疑っているのである。
事実、東京・八王子の平山広篤(広妙寺)が昭和六十一年六月十三日、御講で、日顕の
不信謗法を暴露した。
「(日顕に)私が『信心してきて一番苦しんだことは何ですか?』と質問した。
すると『なかなか御本尊を信ずることができなかったことだ。今でも本当に信ずる
ことができないでいる』と仰せられた」
この平山の話を聞いた婦人は強い衝撃を受けて日記に記していた。
この一事が日顕の正体を物語る。御本尊の仏力、法力を信じていないからこそ、
日寛上人の御本尊に平気で難癖をつける。その難癖の一つが授与書きについての
言い掛かりである。
日寛上人から授与を受けた本證房日證師への授与書きが御形木御本尊にはない点を
挙げて「日證師の心を踏みにじる」「功徳がない」と愚かなことを言う。
御本尊の余白に記された氏名は日興上人が「所賜の本主の交名(きょうみょう)を
書き付くるは後代の高名の為なり」(富士一跡門徒存知の事)と述べられているよう
に、授与を受けた人の功績を称え、証明する意義がある。
しかし、その名前は御本尊の本体に属するものではなく、授与書きの有無は、力用
とは何ら関係がない。また、書写した法主及び授与された人の心を踏みにじるとか、
その意志を傷付けることにもならない。
日顕自身、説法の中で弘安以降に書かれた大聖人の御真筆の御本尊でも授与者の名前
のない例が二割近くある事実を認めていた。つまり、授与書きが御本尊の本体には
属さないことを自らが明かしていたのである。
また、日顕らは「日證師個人に授与された御本尊を世界に流布するのは罰がある、
功徳はない」との邪見を得意気に言うが、厳然たる功徳があることは世界のメンバーが
証明している。
板本尊の脇書きを削っていた日顕宗
日寛上人が御本尊を書写された御心は広宣流布にある。その御本尊を寺の倉庫に保存
しておくのではなく、世界の人々に授与することこそ、日寛上人並びに日證師の心に
最も適(かな)っているのである。
更に、付言すると、学会が授与している御形木御本尊は、日顕宗の輩が騒ぐような
「授与書きを削った」わけではない。正しくは「御本尊の本体の部分だけを
御形木御本尊にした」のである。淨圓寺に所蔵されていた御真筆の御本尊の授与書き
には、何一つ手は加えられてはいない。
因みに、学会草創期に授与された日寛上人の御形木御本尊も、近年の御形木専用に
書写された御本尊と違って、左上に「授与之」という文字が記されていない。
ということは現在、学会授与の御本尊と同じように、御本尊の本体の部分だけを
御形木にして印刷したものであったことが明白である。
この脇書きに関しては、日顕宗こそが寺の本堂の板御本尊の脇書きに刻まれた、
かつての総講頭の願主名を削り、或いは漆で塗り潰して見えなくするなど、その御本尊
を書写した日達法主らの心を踏みにじっていたではないか。
(つづく)
263
:
検証会議
:2009/10/07(水) 19:30:23
顕正会短信
2009.10.07
「お祭り」に踊る阿呆は節操なし
顕正新聞10月5日号1面の下のほうに囲み記事が掲載されている。何かと思えば、
浅井が嫌ってるはずの中国共産党の機関紙「人民日報」傘下の新聞「環球時報」が、
中華人民共和国成立60年にちなんで行った「中国に影響を与えたが外国人60人」
なる「世論調査」を取り上げ、日本人では田中角栄、松下幸之助、小泉純一郎、
高倉健、渡辺武(順不同・敬称略)の5人が選ばれたが、創価学会の池田名誉会長が
選出されなかった、と小バカにしたものだ。
敵対する学会をこき下ろすためには、たとえ今最も力を入れて誹謗中傷している
中国共産党の機関紙の内容でも「そんなの関係ねぇ」とばかりに取り上げるあたり、
浅井の節操の無さをアピールしていることに気づかない愚かさだ。
所詮、浅井が宗門を誹謗中傷するに当たっても、創価新報などが報じた内容を
あたかも自分だけが知っているとばかりにさぞもったいぶって話す体たらくだから性質
が悪い。こういうのを「他力本願」というのである。
ところで、浅井が有難がって用いたこの「新中国に影響を与えた外国人」という
企画、東京新聞などの報道によれば、「インターネット投票」に加えて中国社会科学院
などが意見を加えて発表されたものとされ、中にはマイケルジャクソン、
マイケルジョーダン、果てはカーネルサンダースまで選ばれているのだから真面目に
選んだのかどうかすら不明だ。
実はこれは政治的主導で行われた「官製世論調査」であり、新中国建国60周年を
祝う「提灯記事」なのだ。渡辺武・元アジア開発銀行総裁が「対中援助の先駆者」とは
日本人でもなかなか知る人は少ないだろう。
つまり、中国政府の側から見た「対中国実利貢献度」も大きな選考要因なのだ。
ちなみに池田名誉会長は中国では「思想家」「教育家」という位置付けであり、思想家
の類はルソーやニュートンなど200年以上も前の人物ばかりで生存者は選ばれて
いない。存命であるため掲載されていないと見るのが妥当だ。また、中国は学会を
政治的に利用していないのだ。
ちなみに、中国社会科学院日本研究所は2003年、
「中日関係30年重要歴史人物及び友好人士」という研究を行い同ホームページで内容
を公開しているが、中国人7人、日本人10人の中に池田名誉会長の名前と略歴も
記されている。厳然たる事実であるが、日本のメディアがこれを報じることは決して
無いだろうから、情報収集能力の無い顕正新聞編集部には知る由も無いだろう。
他国侵逼の相手と位置づける中国の「お祭りネタ」に踊らされてはしゃぐ幼稚な愚かさ
に付けるクスリはもはやない。
264
:
おいで^^
:2009/10/12(月) 11:10:43
すごく好評のブログw
ちょっとHでどんどん読んじゃうよ。
更新もしてるからきてみてね^^
ttp://stay23meet.web.fc2.com/has/
265
:
検証会議
:2009/10/12(月) 15:11:27
越 洋
平成21年10月9日
10月12日は弘安2年に日蓮大聖人が一閻浮提総与の御本尊を御図顕されてから730年の
佳節にあたる。末法万年尽未来際の一切衆生を救済するために残された御本尊であり、
坊主の専有物ではない。大聖人は「大願とは法華弘通なり」「広宣流布は大地を的と
するなるべし」と広宣流布の方途を示されたが、日蓮正宗は日顕という大謗法の奪命者
の出現によって、現在、信徒数は僅か数万という体たらくである。立正安国論750年の
佳節にも拘わらず、7万5千名の結集さえもままならない。50万総登山と謳いながら、
その実態は一人が何回も登山させられ、インチキ極まりないゴマカシの実情だ。
平成27年に現状の50パ−セント増、平成33年には80万人達成などと吹聴しているが、
出来もしない夢物語である。この頃、日顕も日如も、この世には存在しないから無責任
な目標を打ち出すのだ。
一方、平成3年11月28日、無慈悲な一片の紙切れの郵送で破門された学会ではあるが、
SGI会長のもと異体同心の鉄の団結で、今や世界192ヶ国・地域に世界広布が進展して
いる。仏意仏勅に叶ったSGIは大聖人直結、御本尊と御書根本で、各国のメンバ−は
喜々として、世界平和と其の国の繁栄のために貢献している。大聖人の御遺命の通りの
見事な実証である。
あの世紀の大殿堂・正本堂は8百万信徒の血と涙と汗の赤誠で建立された。建物は
法滅坊主によって破壊されても、御供養に参加した歓喜の思い出と正本堂の雄姿は、
一人一人の生命に燦然と輝いている。誰人もその思いを消すことは出来ない。
11年前の平成10年6月23日、奪命坊主の日顕が正本堂を破壊し始めた。破壊の理由を
地震や赤さびのせいにして屁理屈を言っていたが、本山に金が貯まって慢心になり、
学会への嫉妬心から破壊したのである。正本堂は世界の建築家からも千年以上は絶対に
持つと証言されていた。平成10年9月28日、正本堂円融閣の最後に残っていた5本目の
大円柱が倒されたが、同じ日に日顕自身も倒れて都内のK病院に一ヶ月間、入院した。
御本仏の怒りに触れた厳しい現証だった。日顕が犯した悪行の数々は、除歴は当然、
後世の歴史の上で裁かれることは間違いない。破壊坊主・日顕の蛮行を許した宗門の
側近達も、必ずや、その大罪を問われることだろう。
266
:
検証会議
:2009/10/12(月) 23:56:04
フェイク 第1059号
(発行=09.10.11)
開眼は不要、世界の友が功徳満喫
二人のニセ法主・日如、日顕の邪義を粉砕 ④
日顕の妄言、御本尊の功力は特定の人に限定?
日顕は、今でも御本尊を信じていないため、日寛上人書写の御本尊に暴言を
浴びせる。日寛上人が日證師に与えられた「一機一縁」の本尊だから、御形木にして
他の人が拝んでも功徳はない旨、バカなことも言っていた。まるで、御本尊の功徳が
特定の人に限定されるかのような妄言である。
「一機一縁」とは大聖人が門下に授与された御本尊について使われる言葉で、
出世の本懐たる「一閻浮提総与」の大御本尊と区別する意味で用いられる。
つまり、「一機一縁」の御本尊とは、本来は大聖人ご在世当時、門下に与えられた
御真筆の御本尊のことを指す。日淳上人も大聖人御在世の弟子や信徒を導くために授与
された御本尊を「一機一縁の御本尊」だと明示されている。
こんな初歩的なことも知らないで、日寛上人の御本尊について「功徳がない」とは
大謗法の発言である。
厳然と功徳があることは世界の友が実証している。
次に、日顕は御本尊には法主による開眼が必要であるとして「以前から今日に至る
まで、あらゆる御本尊は、下附のために総本山から離れる前に、丑寅勤行において法主
が祈念をしている」とも語っていた。
この日顕の話は真っ赤なウソである。本山での法主の開眼など御形木御本尊について
は行われていない。
日顕は「以前から」とか「古来」という言葉を使って、昔から法主が開眼した御本尊
を授与していたかのように誤魔化すが、学会の出現以前は日蓮正宗に入信する人は殆ど
皆無に等しい状況だった。
だから、御本尊を下付する必要もなかったのである。時折、入信する人が現れた
場合、それぞれの末寺が勝手に御本尊を授与していた。
当然、法主がその都度、開眼するとこともなかった。たとえば、東京の妙光寺が
下山日布(五十五世)、法道院が大石日応(五十六世)、常在寺が阿部日正
(五十七世)と、それぞれ有縁の法主の御形木を持っていて、勝手に印刷・表装し、
授与していたのである。
淨圓寺が離脱の時、「しまった」と日顕
また、香川の讃岐本門寺では過去に、塔中坊に安置されていた日興上人の御本尊を
御形木にして多くの檀家に下付していた。
更に、学会員が草創期に授与を受けていた日寛上人の享保三年の御形木御本尊は池袋
の法道院で印刷し、各末寺は本山を経ずに直接、法道院から受け取っていた。
即ち、学会草創期に流布した享保三年の日寛上人の御形木御本尊は、相貌も、
授与書きがない点も、法主による開眼などがなかったという点までも、現在の学会授与
の享保五年の日寛上人の御形木御本尊と全く同じなのである。
こうした事実を知っている日顕は、平成四年十一月十二日、淨圓寺の成田宣道住職が
邪宗門から離脱した時、周囲の者に「しまった、あの寺には日寛上人の御本尊が
あったな」と悔しそうに呟いた。
それは以前の妙光寺、法道院、常在寺と同様に今度は浄圓寺の申し出によって、
日寛上人の御形木御本尊が下付されるようになると、それを阻止する正当な理由がない
からだ。(つづく)
267
:
検証会議
:2009/10/12(月) 23:56:30
フェイク 第1060号
(発行=09.10.12)
ワシントンDCの妙宣寺が焼失
日蓮正宗の寺で大火災、被害は八十万ドル
二百二十人が集った「お会式」の時に炎上
日蓮正宗では、大御本尊御図顕の日の前日、アメリカで大事件が発生した。
アメリカ国内に六ケ寺ある寺の一つ、ワシントンDCの妙宣寺(住職・村田雄瑞)が
火災で焼失したのだ。火の手が上がったのは十月十一日午後零時二十分頃。寺の中
には「お会式」のために、約二百二十人の法華講員が集っていた時、寺の倉庫から出火
した。
初めのうち、女性信徒の一人は「いつもより煙の多いお香を使用していると思った」
と言い、別の信徒は「他の建物の火事だと思っていた」と言う。ところが、自分達の寺
が燃えていると知って、慌てて逃げ出したため、死傷者はいなかったようである。
通報を受けた消防署では百人近い消防士が出動し、懸命に消火に当たった。道路は
ロレーヌ通り、デニス通りなど双方向とも数時間にわたって閉鎖され、大渋滞を
引き起こした。
捜査関係者によると火災はお香と灰を格納するのに使用されているクロゼット内で
起きたという。
また、火災救急当局のオスカー・ガルシア署長は「寺側の儀式用具の火の消し方が
不適切で、クロゼット内の他の物に燃え移った」と指摘。火事が引き起こした損害は、
概算で八十万ドルにものぼると言明した。
年に一度の「お会式」の日に、大火災を起こすとは、信心の弛緩としか言いようが
ない。この妙宣寺の火災は「ワシントンポスト」でも写真入りで報道された。
火災といえば去る八月二十八日午後一時過ぎ、大石寺の駐車場で千葉市から登山した
女性講員が乗ってきた普通乗用車から出火、十台の車が焼けたばかりだ。昭和五十二年
には所化が焼死した大火もあった。寺は少ないが、火災が多いのも宗門の特徴の一つで
ある。
妙宣寺の火災の残骸を取り除く消防士(「ワシントンポスト」より)
http://8004.teacup.com/cyeokunoken/img/bbs/0000768.jpg
268
:
検証会議
:2009/10/16(金) 13:39:32
大石寺短信 第471号
平成21年10月15日(木)
日顕宗の動き
1.日顕宗の明年は「広布前進の年」
明年の日顕宗の年間方針が「広布前進の年」に決まった。また、年間実践テーマは
「勤行・唱題で広布へ前進」「折伏実践で講員増加」「全講員で支部総登山」の3項目
だという。
毎年毎年、失敗を繰り返しながら、威勢の良いスローガンを次から次へと繰り出す
だけでは何も改善されまい。そもそも、大失敗に終わった平成21年までの倍増計画の
総括は行われたのか。
今回の末寺住職向けの宗内文書に並ぶのは、「『折伏せよ』との一点に尽きます」
「広布達成のその日まで死身弘法の御聖訓を奉戴して、指導教師が率先垂範し、不断の
折伏を」「指導教師の広布にかける情熱と意気込み、僧侶としての慈悲と指導性、
言行一致の振る舞いがそのまま講中活動に反映されます」と、相変わらずの
"上から目線"のハッパばかり。
しかし、この文書を発信している執行部の役僧の寺の実態はどうか。昨年、折伏目標
を達成したのは1カ寺だけ。いつも鬼の形相で坊主達を締め上げる庶務部長・阿部信彰
の妙国寺も惨敗。海外部長・漆畑もダメ。渉外部長・秋元もペケ。財務部長・長倉の寺
も散々。総監・八木の法道院に至っては、目標の2割台しかできていないのだ。
これでは、煽れば煽るほど、末寺住職の怒りの炎に燃料を注ぐだけ。
来年の年間方針は、いっそのこと、「執行部・率先垂範の年」にでもしたらどうか。
2.アメリカの妙宣寺で法要中、火災
アメリカの首都・ワシントンDCの妙宣寺(住職・村田雄瑞)で11日正午ごろ
(日本時間12日午前2時ごろ)、火災が発生した。火災が起こった当時、寺では
「御会式」が行われていた。御会式とは、「御本仏の滅不滅を祝し、仏恩報謝と
広宣流布を誓う」とされる、末寺にとって年間の最重要行事である。出火原因は、香や
灰を格納する物置での火の不始末とのこと。
参加していた法華講員にケガはなかったというが、消火作業などのため、約100人の
消防隊員が駆り出され、近隣の大通りは約600メートルにわたって数時間も封鎖された
ため、交通渋滞が発生し、街は大混乱に陥った。火事を報じたワシントンポスト紙に
よれば、現地当局は、この火災による損害総額を約80万ドル(約7千200万円)と算定
しているという。住職の村田はこの件の責任を取って近々クビになる、という情報も
伝わってきている。
日顕宗は7月の「7万5千総会」の折も、無計画、無謀な結集を行ったがために、
周辺住民、関係者の顰蹙を買ったばかり。これが日本だけの話かと思えば、日顕宗は海
を越えた地でも地域の人々を困らせているのだ。
火災といえば、8月28日には、大石寺の駐車場で登山者の車から火が出て、10台もの
車が焼けたばかり。かつては、本山・大坊の寮が焼けて所化が亡くなったことも
あった。日顕宗では常々「此の五字の大曼荼羅を身に帯し心に存せば(中略)後生の
大火炎を脱るべしと仏記しをかせ給いぬ」(御書906ページ)との御文を引き、
"御本尊を受持すれば災難を逃れることができる"と宣伝しているが、"「登山すれば
功徳格別」のはずの総本山で車が丸焼け""宗祖への報恩感謝の法要中に寺が燃えた"
−−こうした厳しい現実を引き合いに出すまでもなく、御本尊を受持したところで罰の
現証だらけ。言うまでもなく、日顕宗の信心が間違っているという証左にほかならない。
269
:
検証会議
:2009/10/16(金) 13:39:56
新改革通信 第104号
平成二十一年十月十三日
時が経てば経つほど、浮き彫りになる正本堂破壊の"狂気"
信徒の供養で建てられた堂宇を自ら破壊した僧は、仏教の歴史の中で、
日顕ただ一人!
昭和四十二年十月十二日、正本堂建立発願式
昭和四十三年十月十二日、着工大法要
昭和四十四年十月十二日、定礎式
昭和四十五年十月十二日、上棟式
昭和四十六年十月十二日、躯体完成式
昭和四十七年十月十二日、正本堂完成奉告大法要
このように、正本堂の建立は世紀の大イベントであった。完成奉告大法要の
ビデオを見た者は正本堂の威容と厳かな式典の模様に息を呑む。
ところが、平成十年六月二十三日、池田名誉会長に対する嫉妬の感情に支配された
日顕の命により、突然、正本堂の破壊が始まった。この暴挙に対して、設計者の横山氏
や建築家など多くの人々が反対を唱えたが、日顕はその声に一切、耳を貸さず、破壊を
断行した。
解体に際して、多くの一流建設業者は、その依頼を断った。当たり前である。
社会的にも、人道的にも許されることではない。
正本堂は普通の堂宇とは訳が違う。八百万信徒の浄財で建立された世紀の大殿堂で
ある。これだけの大殿堂を正当な理由もなく破壊した事件は仏教史に存在しない。
ましてや僧が信徒の浄財で建てられた堂宇を破壊するなど、絶対にあり得ないことで
ある。すなわち、日顕の名前は"反仏教の魔僧"として永遠に刻印されるのだ。
日顕は"信徒の浄財を破壊する"という、僧として決して許されない大罪を犯した。
まさに"狂気"のなせる業である。現法主の日如には絶対に出来なかったことであろう。
しかし、日顕が犯した罪は、それだけではない。
正本堂は単なる建物ではない。世界八百万信徒の真心の供養であると同時に、大聖人
の御遺命である広宣流布のために戦った、師弟不二の信心の結晶である。
すなわち、日顕は、宗祖以来の魂である師弟不二の信心に、自ら矢を向け、
極楽寺良観と同じように、日蓮門下を迫害する側に回ったのだ。
この"狂気の蛮行"は、時が経てば経つほど、浮き彫りになっている。いずれ宗門は
日顕を歴代法主からはずすしかない。不幸にも、日顕一人のために、日蓮正宗そのもの
が"反仏教・反大聖人の団体"となり下がっている。刑期執行と同じで、結論は出ている。
あとは時間の問題である。
(編集部)
270
:
検証会議
:2009/10/18(日) 07:07:01
フェイク 第1061号
(発行=09.10.14)
組織を乱した原島精子(嵩の母)
「慧妙」に掲載した原島昭の駄文を一蹴する
派閥を作り役職解任、謹慎させられた悪女
原島昭(故・嵩の実兄)が「慧妙」の十月一日付に「私が見た創価学会」と題し、
我田引水の駄文を書き殴っている。戸田第二代会長のもとで広布勝利の道を拓いた
池田名誉会長の若き日の戦いの足跡に泥を塗り、原島家のことを自画自賛。知らない人
が読むと、昭や反逆者・嵩の母である原島精子が学会の基礎を築いたかのように錯覚
させられるデタラメな記事である。
「昭和十三年、私の二つ違いの弟・嵩が生まれ、私が三歳、弟が一歳を過ぎた頃、
母が、創価学会を通じて日蓮正宗に入信しました。その翌年には、父も母に説得されて
入信しました。入信してからの両親の布教活動は、子供の眼から見ても驚くべきもの
で、蒲田支部の基礎を作っていった」といった具合で、以下は略す。
幼児が驚く布教活動とは一体、どんな活動か?
雉も鳴かずば撃たれまい――昭クンが必要以上に母親を宣揚し、他人の功績を愚弄
するから、ここに真相を記す。実際は、原島精子は蒲田支部の基礎を作るどころか、
学会内に派閥を作ろうとしていた。そのため、草創期の諸先輩の原島精子に対する評価
は厳しい。
「戸田先生の法華経講義を受講せず、先生の指導を軽視し『私が御書講義をして
やる』と学会員を自分に付けようとした」「原島派を作ろうとした」「二乗根性が
強くて実にイヤな女だった」「陰湿な性格で好きになれなかった」「言葉は巧み
だったが、日頃の態度、行動を見て、信用できないと思っていた」等々と異口同音に
語る。ある婦人は「原島精子は戸田先生を避けていた。自分の周囲に仲間を集め、組織
を乱す元凶だった」と指弾する。
事実、昭和二十七年二月十日付の聖教新聞には注目すべき記事がある。それは
「監査部指令」として文京婦人部長の原島精子に対して「辞任を命ず。会長より許可
あるまで謹慎する事。又その支部員は今後その指導及び意見に依存して行動した場合は
同じく監査の対象とする」と記されている。
(左の記事を参照)
当時、監査部があって、組織を乱したり、学会精神に反する者を対象に監査して
不適任者には辞任を求めたのだ。原島が辞任を命じられた理由は派閥作りであった。
「派閥を断じて作るな」というのが戸田会長の厳命で、精子を「信用できない」と
叱責。派閥が生まれると、そこから信心の澱(よど)みをもたらす。そんな事があって
はならないというのが学会指導である。
謹慎していた精子が、当時の文京支部幹事の口添えによって学会復帰が許されたのは
約半年後の九月二十五日のことであった。
反逆した嵩も教学部長の頃、後輩に対し「俺に付け」と迫り、己の一派を作ろうと
画策していたが、誰も相手にしなかった。
精子と嵩の母子は、二人揃って学会の組織を攪乱。昭クンは仕事もできず、給与だけ
を貰っていたようだ。忘恩は人間の最大の恥だ!
http://8004.teacup.com/cyeokunoken/img/bbs/0000770.jpg
271
:
真理子
:2009/10/20(火) 19:37:28
私のアソコを見てください…
http://apple.110ero.com/k77/
272
:
検証会議
:2009/10/22(木) 17:33:30
石山だより
平成二十一年十月十九日
早いもので、「正義顕揚の年」も後二ヶ月半余りとなった。一年を振り返るにはまだ
少し早いが、顕チャンの言いなりになって来た能化と大講頭が、堕獄の露払いとして
悲惨な生涯を閉じた。奪命者・顕チャンの犠牲者であり、気の毒なことだ。その
顕チャンも随分、弱ってきた。山の蓮葉庵にいることが多く、世田谷の豪邸に帰ること
が少ない。留守番の小僧は大喜び。
一、大村日統(五月十一日寂 七五歳、元教学部長、脳腫瘍)は健康にだけは充分に
気を遣い、最高級医療クラブのメンバーになって定期検診を受けていたが、因果応報
には為す術がなかった。得意だったのは盗作技術、ゴルフの腕前、それにカラオケ道場
で鍛えた歌唱力。十八番は「愛の讃歌」「マイ・ウエイ」など。ところが、仏法・芸術
・文化には疎く「ガーター勲章はキリストの十字架」「第九の『歓喜の歌』は
外道礼賛だ」と見当違いの暴言を吐いて赤っ恥をかいた。
葬儀のお別れの際、遺体を見た方々が「黄疸で顔も体も真っ黄色、とても人には
見せられない」と漏らしていた。
一、尾林日至(五月十三日寂 七一歳、元海外部長、パーキンソン病)は顕チャンの
手先となって檀徒作りに世界中を狂奔。悪行は数々あるが、特筆すべきはシアトル事件
の隠蔽工作、御本尊不敬、杜撰(ずさん)な納骨など。得度した長男を奇病のため
三十一歳の若さで亡くす苦渋も味わう。告別式のお別れは身内だけだった。参列者には
一切見せなかったが、見た者が、まさに「ムンクの叫び」の相だったとのこと。
一、河原昭太郎(四月十四日 寂八〇歳、元大講頭、糖尿病)は顕チャンに四十年
以上にわたって奉仕した。それと、三人のめかけに貢いだ。糖尿病の悪化で歩行困難に
なり、心臓手術で足の動脈を心臓のバイパスとして移植したが腎臓も機能しない状態に
なった。大村・尾林・河原の三人に共通するのは、顕チャンに面従腹背ながらも
尽くしたことだ。
そして、この三人の死相は、成仏の相とは全くかけ離れた、目を背けたくなる堕獄の
相だった。恐るべし、恐るべし。
(顕チャンは平成二十一年までに「倍増」と掛け声だけかけて、何もやらず、
六十七世を辞めちゃった。でもやっぱり、七月十六日と七月二十六日は、自分で
やってみたかったそうだ。再登座なんていわないで、自分で建てた白山寺の墓碑へ
早く帰ったほうがよさそうだ。大坊鼠)
273
:
検証会議
:2009/10/22(木) 23:50:22
フェイク 第1062号
(発行=09.10.21)
狂った宗門見解 御本尊に賞味期限?
二人のニセ法主・日如、日顕の邪義を粉砕 ⑤
「法魂」の説明もできない日顕、マネする小僧共
日寛上人の御形木御本尊を誹謗する日顕宗の悪僧共は「法魂」とやらを持ち出す。
十月十六日付「大白法」の「異流義破折」(九三)の中でも、性懲りもなく「法魂」説
を唱えている。
この「法魂」という言葉は御書には記されておらず、日顕の妄言である。それを
真似て「大白法」では「歴代各上人の御本尊のすべては、もぬけられて本尊の法魂は
現法主の承るところにあり……」「御法主上人は御本尊の法魂を所持あそばされるので
あり……」等とヒステリックに繰り返している。また、「御火中」と称して返納御本尊
を焼却することで、その法魂が「大聖人のもとに還御遊ばされる」という
「法魂帰還説」なる邪義を唱えたこともあった。これらは全て日顕宗の「捏造法門」
なのである。
「大白法」の記事を書いている無任所小僧共よ、「法魂」とは何か説明できるのか?
大聖人の霊魂のことか?無我を説いた釈尊は真っ先に霊魂の存在を否定したでは
ないか。お前達は、それでも仏教徒なのか?
日顕宗が御形木御本尊の開眼を全くしていないことは本紙でも再三、述べたが、
一つの法魂が印刷する度に何千、何万の法魂へと増殖し、分裂するとでも言うのか?
「法魂」と言い出した日顕自身、その意味を問うても回答できない。
小僧共も意味不明のまま、日顕の口真似をして誤魔化しているに過ぎない。
本号では「大白法」の小僧共に、自分達が判りもしない言葉を使って御託を並べる
な、と釘を刺しておく。
日顕が日寛上人に嫉妬
最後に、日顕宗側の難癖に「法主の許可がない」というのがある。本紙一〇五九号で
述べた通り、学会草創期に流布した享保三年の御本尊と現在の学会授与の御本尊が、
その実態において全く同じという事実を日顕も知っている。故に「八時間説法」でも
二つの御形木の違いは、法主の允可の有無だと述べていた。
御書には「一念三千を識らざる者には仏・大慈悲を起し五字の内に此の珠を
裹(つつ)み末代幼稚の頚に懸けさしめ給う」と記されている。御本尊は大聖人が
末法万年の全人類のために御図顕されたのである。
その大慈悲こそ御本尊授与の根幹であり、坊主が独占すべきものでも、許可する
云々と、言うべき筋合いもない。日顕は御本尊の功徳は信じていないが、己の模写した
本尊を拝ませたいという野心が強い。難癖の根底には、世界に流布する御本尊を書写
された日寛上人への嫉妬心があるのだ。
日顕らは自分らの都合で御本尊に「功徳がある」と言ったり「謗法になる」と
言ったり、コロコロ変わる。
滑稽なのは平成九年十一月三十日までに脱会しないと「宗門の信徒資格を失う」と
戯言を述べていた時の総監・藤本の談話で「日蓮正宗より下付された御本尊では
あっても、これら謗法者宅の仏壇に安置されている本尊に合掌礼拝をすることは
謗法行為となる」云々と、学会員が受持する御本尊は日達法主、或いは日顕が書いた
本尊でも平成九年十二月一日からは「謗法だ」と発表したことがあった。
まるで、御本尊に賞味期限があるかのような狂った妄言である。
(つづく)
274
:
検証会議
:2009/10/25(日) 22:01:25
フェイク 第1063号
(発行=09.10.24)
日如が模写した本尊に誤字!
二人のニセ法主・日如、日顕の邪義を粉砕 ⑥
「南」「写」の二字が間違い、猛練習の効果なし
日顕宗ニセ法主二世・早瀬日如が模写した御守御本尊に誤字がある、と書道家、
中堅僧が指摘する。「奉書写之」(これを書写し奉る)の「写」を「字」と
書き間違っているというのである(下の写真を参照)。
確かに指摘の通りである。この「奉書写之」は大抵、終わり近くになって書くもの
だから、日如もここまで緊張して書いて、つい気が緩んで三画目が突き抜けてしまった
のだろう。
これでは「これを書写し奉る」ではなく「これを書き字し奉る」となってしまい、
意味不明だ。
日如は「誤字ではない」と弁解するかも知れないが、「ワ冠」が「ウ冠」になって
いて、明らかに誤字に違いない。正確な文字も知らないうえ、相承を受けていない
ニセ法主二世だから、本尊の書き方も出鱈目なのである。こんな間違いの粗末な模写
しか出来ないニセ法主が、中興の祖・日寛上人の御本尊を「ニセ」と誹謗するとは
笑止千万!
埼玉在住の著名な書道家は、その日如自身の筆遣いについて「論評の埒外、お粗末の
一言に尽きる。筆ペンかサインペンの字で、書になっていない。太細肥痩の変化が
なく、起筆と終筆がだらしない。筆遣いの基本ができていません。前法主(日顕)の
字は弘法大師(空海)を真似たイヤらしさが感じられたが、この(日如の)字は論外
です」と酷評する。こんな下手な字を書く坊主も珍しい。
加えて、日如が模写した本尊の「南無」は「南」の九画の縦棒が上に突き抜けて
いる。これも間違いだ。
前出の僧も書道家も「御本尊のこんな首題は見たことがない」と言う。この「南」は
今号では敢えて写真を提示しないが、宗門の僧俗は現物を見て確認せよ。下手な弁解を
すれば、いつでも写真を提示する。
この点でも日顕と日如がニセ法主であることが明白だ。もともと、日達法主が日顕に
相伝していないから、日顕も日如に相承できなかったのである。
また、中堅僧は「多分、登座後に猛練習したのでしょうが、他にも幾つかの難点が
ある」と指摘する。
その一つは「日如」と花押が離れすぎている感がある(上の写真を参照)という。
日蓮大聖人の弘安年間の御本尊がそうだが、大半の歴代の御本尊では法主の花押は自署
を包むように書かれている。ところが日如の場合は分離しすぎている。花押の書き方も
学んだ形跡がない。お粗末の極みだ。
http://8004.teacup.com/cyeokunoken/img/bbs/0000773.jpg
276
:
検証会議
:2009/10/29(木) 09:07:49
フェイク 第1064号
(発行=09.10.27)
ブクロの寛ちゃんに書写は無理
二人のニセ法主・日如、日顕の邪義を粉砕 ⑦
「日如の本尊の誤字」に反論不能の宗門
ニセ法主2世・早瀬日如が模写した御守本尊に誤字がある――「奉書写之」と
書くべきところを「奉書字之」と書いているため意味不明だと、本紙一〇六三号で
指摘した。写真を付けて指摘したので宗門側の関係者は弁解も反論も出来ず、屁理屈や
逃げ口上も言えずに沈黙している。
ところが、南無妙法蓮華経の「南」の終画が突き抜けている旨、記しておいたことに
対する釈明として、日顕宗の者が他宗の寺に保存されている御本尊の写真を持ち出し
「大聖人の直筆の中にも同じような御本尊があった」と鬼の首でも取ったように狂喜
している。
なんともバカな者共だ。そんなことは既に百も承知している。
本紙ではニセ法主が本尊を書くのを「模写」と呼んでいる。だが、日顕は生意気
にも「書写」と称し、日如は「書字」というらしい。
いずれにしろ、書き写すのは「戒壇の御本尊」である筈だ。日蓮正宗の最後の法主・
細井日達師も「戒壇の御本尊様を書写し奉る」と言い、この種の表現は
「日達上人全集」を開くと枚挙に暇がない、山ほどある。
更に「この御本尊は本山正本堂に安置し奉るところの戒壇の大御本尊を書写し奉り、
ここに安置奉ったのでございます」(昭和四十九年の慈法寺落慶入仏式)、
「末法の人々に総与の本尊がすなわち戒壇の御本尊であります。この御本尊を
本山正本堂に安置し奉って、その御本尊のお写を、ここに今、安置し奉ったので
ございます」(昭和五十二年の得法寺落慶入仏式)と明言。繰り返すが、書写するのは
戒壇の大御本尊である。
この歴代法主が書写し奉る「戒壇の御本尊」の「南」は突き抜けていないのである。
したがって、日顕宗の僧俗が「邪宗」と蔑んでいる寺の本尊を「学術資料」等と
持ち出して弁明しても、何の意味もない。
こんな簡単な論理も理解できないほど狂っているのが日顕宗の坊主であり、法華講員
である。
日顕のマネで大失敗
大聖人の直筆の中で「南」の九画目が突き抜けているのは、現存する百二十数幅の
うち約一割。判読できないのもあるので断定は出来ないが、京都・本圀寺、要法寺、
小泉・久遠寺などに保存されている十四ないし十五幅にすぎない。
因みに、日興上人、日寛上人をはじめ三十三世日元、四十八世日量、五十一世日英、
六十世日開、六十二世日恭、六十四世日昇、六十六世日達の各法主の書いた本尊も
突き抜けていない。
ところが、ニセ法主元祖の日顕の本尊だけは上に突き抜けているものも
見受けられる。「登座後、暫くは先代の書写のスタイル、書風に似せる」と某僧が
語っていたが、御本仏気取りの日顕は、先代の日達法主のマネをしないで、戒壇の
御本尊を鑑定して「ニセモノ」と断じ、邪宗の寺の御本尊を真似て書いたのであろう。
そこには自分に相承しなかった日達法主への恨みもあると思われる。
そして愚かな日如が、先代の日顕のデタラメな本尊をマネして、オドオドしながら
書いて失敗したというのが真相だろう。それにしても下手な字だ。ブクロの寛ちゃんに
書写は無理だ。
277
:
検証会議
:2009/10/30(金) 20:01:37
石山だより
平成二十一年十月二十七日
一、立正安国論750年後の今日、やれプレ大会だ、50万総登山だ、7万5千の
結集だと会合形式の催しにうつつを抜かしている。民衆の苦しみには目も向けず、
大聖人の民衆救済の御精神を実践に移そうともしない。それが今の宗門の実態だ。
法華講に檄を飛ばして苦しめ、自分達は僧侶主導で葬儀・儀式をやって折伏の中の摂受
をしているから、折伏はしなくてもいいという変な屁理屈を並べて、何の苦労も努力・
精進もしない。大聖人の御在世だったら、即刻「破門」だろう。
一、百年に一度という世界的不況、新型インフルエンザの世界的広がりに社会的不安
が増している。アフリカなどでの幼児の飢餓による死は目を覆うばかりだ。
地球温暖化、異常気象、環境問題等々、難問が山積している今こそ、立正安国論の
御精神を世界に向けて実践する時ではないのか。その精神が欠落した今の宗門は、
本山駐車場では車の火災事故、ワシントン・妙宣寺ではお会式の最中に大火災、大坊の
高・中生には新型インフルエンザの発症者が相次ぐなど不祥事や不幸が続く。
樹齢約五百年といわれる銀杏の大木が台風で倒れた。まさに「大謗法の一凶・日顕」が
斃れる予兆ではなかろうか。
一、日顕だけが一族主義と思っていた。ニセ法主二号の日如さんになってソンナコト
はしないだろうと思っていたが、やっぱり日顕に習って一族主義のニセ二世だった。
十一月二十三日(月)、千葉市に出来る妙聰寺(新寺院)の住職に女房の弟の長男を
するようだ。それは本山・主任理事の佐藤慈暢の長男・佐藤信暢である。現在、
岩手県大船渡市・本寿寺住職(四十歳)。信暢は大のパチンコ狂いが高じて、法教院
(大学科)始まって以来、初めての留年をした経歴の持ち主である。その時は大願寺に
在勤していた。
(いつ住職になれるのか?一族でもない、希望も持てない、期待も持てない一匹狼の
無任所鼠)
278
:
検証会議
:2009/10/30(金) 23:45:57
大石寺短信 第472号
平成21年10月29日(木)
日顕宗の動き
1.折伏あおる「大白法」
日顕宗は今年7月26日までは「7万5千総会」一色で進んできた。それは機関紙
「大白法」(月2回刊)の紙面に明らかで、総会直前の7月16日付けまでの各号の
1面トップ記事に「7万5千」の文字がない号は虫払いを報じた4月16日付けだけだった。
それが総会が終わるや、今度は「折伏」だとばかりに、毎号1面トップを飾る記事の
見出しに「折伏」の文字が踊っている。10月16日付けでは「今年も早々に誓願(目標)
を達成した支部(寺)が続出している」と書いているが、これは全くの大嘘で、目標を
達成した寺はいまだ1割に遠く及ばない。また、「折伏」と言いつつ、その内実は信徒
泥棒にすぎないのが実態だ。
昨年は目標が達成した寺名を「大白法」に記載し、坊主と法華講をあおりたてたが、
今年もなんらかの手段を講じて締め付けを図っていくにちがいない。念には念を入れ、
警戒を怠るまい。
2.またまた“ファミリー優遇”新寺院住職に日如の甥
千葉市に新寺「妙聡寺」ができ、11月23日に入仏式が行われる予定である。この寺に
住職として入るのは、大石寺主任理事・佐藤慈暢(本山・百貫坊)の息子で、岩手・
本寿寺住職の佐藤信暢(39)。主任理事・佐藤は日如の女房の弟。つまり佐藤の息子・
信暢は日如の甥にあたる。宗内では「いつものファミリー人事だ」との不満の声が
あがっている。
確かに身内優遇は露骨だ。本年5月には日如の息子・早瀬道寧が、並み居るベテラン
坊主たちを飛び越えて神奈川の大寺院・応顕寺に入ったばかり。2007年には、東京・
世田谷の一等地に立つ善福寺に日顕の孫娘の婿で当時38歳の木村信龍が入り、2000年
には、静岡・宣正寺に日顕の孫娘の婿で当時31歳の今野信圓が入り、千葉・正願寺には
やはり日顕の孫娘の婿で当時29歳の鈴木信福が入った。法主の代は替わっても、いい目
に遭うのは、いつもファミリーばかりというわけだ。
こうした理不尽な現実を、赴任する寺もなく、住職の死亡、更迭をひたすら
待ち続けるだけの250人を超える無任所坊主たちは、ただ指をくわえて見ていなければ
ならないのだから、哀れこの上ない。
ちなみに岩手・本寿寺の後任住職には、本山・大坊内の後城良謙(32)が入る。
3.11月の予定
1日(日) 広布唱題会(本山、末寺)
8日(日) 御講(末寺)
20日(金)、21日(土) 御大会(本山)
279
:
検証会議
:2009/10/31(土) 14:16:56
越 洋
平成21年10月30日
【宗祖大聖人に違背し、中興の祖・日寛上人を誹謗する誤写三人組】
日開、日顕、日如の三人は"御本尊誤写"という誤りを犯した。しかも日顕と日如は
偉大な中興の祖・日寛上人お認めの御本尊を"ニセ"と誹謗するが、相伝のない大謗法を
犯した者共に言う資格はない。おこがましい。
かつて故・大橋正淳・大照寺住職が信徒の家の常住御本尊の讃文が途中までしか
書かれていないことを日顕にソッと告げたが、日顕は「願主が気付いていないなら、
そのまま知らん顔しとけ」と言い放ったことは有名である。また「十羅刹女」
「阿闍世王」「大龍王」をゴッソリ書き忘れ、さらに「奉書写之」を抜かすなど、
考えられないミスを連発していた。常住御本尊の「願主」の名前を間違ったことも
あった。こんな日顕の父親・日開が"御本尊誤写"の元祖である。
昭和三年六月に登座した日開は「仏滅度後二千二百三十余年」と書くべき讃文を
「仏滅度後二千二百二十余年」と書写した。その誤写が発覚した直後、僧俗から早急に
訂正するよう詰め寄られたが、日開は「タダ漫然之ヲ認タメ、何トモ恐懼(きょうく)
ニ堪(た)ヘヌ」と陳謝した。日開が「漫然と誤写」した御本尊は数十幅とも言われて
いる。日開は一応、陳謝はしたものの、それらの誤写本尊を回収して訂正することは
しなかった。
この度は日如の"御本尊誤写"事件が浮上した。日顕に相承はなく、当然、日如にも
ない。御本尊書写の権能はないのだが、それを裏付ける誤写事件である。「フェイク」
1063号が、『ニセ法主二世・早瀬日如が模写した御守御本尊に誤字がある』と指摘
したのは「奉書写之」(これを書写し奉る)の「写」を「字」と書き間違っていると
いう事実である。確かにそうだ。
かつて日顕が「相伝の何たるかも知らない者共が″間違いだ″などと言うこと自体が
おこがましい」と「二十余年」と書写した父・日開をかばっていたが、日如のミスを
黙認し、御本尊様に対する姿勢が実にいい加減な宗門は与同罪を恐れよ。宗門の言う
法主の開眼も、允可(いんか)も不要。日寛上人は大聖人の正義を宣揚され、宗門の
興隆に多大な貢献をされた。極悪の日開、日顕、日如の誤写三人組と日寛上人とでは
「信心と人間の質」が全然、違うのである。
http://8004.teacup.com/cyeokunoken/img/bbs/0000776.jpg
280
:
検証会議
:2009/10/31(土) 14:17:19
フェイク 第1065号
(発行=09.10.30)
誤写した「手抜き本尊」で金儲け
二人のニセ法主・日如、日顕の邪義を粉砕 ⑧
宗門坊主は「法華経の行者」でなく「法華経の業者」
日如が模写した本尊の南無の「南」に注目!
日如の御守本尊に誤字があると指摘した本紙一〇六三・一〇六四号に対し日顕宗の
者共は反論不能である。B展審査員の著名な書道家は「書の大家でも最後の落款で意に
沿わない場合は最初から書き直すものです。法主と称するからには御本尊を認めて
『書写』か『書字』か、判読に迷う文字は当然、最初から書き直すべきです。それを
しないとは、『手抜き本尊』と言われても仕方ありません」と厳しく指摘した。
日顕が讃文の「未曾有の大曼荼羅なり」などを書き忘れた事実は有名だ。日如も
同様、誰も気付かないだろうと甘く見ていたのか、文字を知らないから自分では間違い
と思っていないのか? 或いは御本尊を大聖人の御当体ではなく、単なる文字だと
思っているから「書字」と書いたのかも知れない。
日如も日顕も、御本尊に対する姿勢が実にいい加減である。本尊書写も金儲けの手段
に過ぎない。これが「法華経の行者」ではなく「法華経の業者」と揶揄される所以で
ある。
さて、本号では南無妙法蓮華経の「南」について再度、指摘する。日如が模写した
首題の「南無」の「南」は、九画目の縦棒が上に突き抜けている(上段に写真)。日如は
国書刊行会の「御本尊の書き方」(有賀要延・編著者)を見て猛練習したということ
だが、その甲斐もなく、お粗末な模写である。因みに左が「御本尊の書き方」の手本で
ある。
「富士宗学要集」(堀日亨上人編)に収められている本尊の首題を見ても「南」
(左を参照)の九画目の縦棒は当然、突き抜けていない。
「御本尊の書き方」には書写の心得として「斎戒沐浴して」と記されている。
日顕のようにステテコ姿で落語を聞きながら書くのは言語道断。また首題の筆法は
「筆は軸を立てて用い、鋒先の弾力性を充分に活用する」とある。日如みたいに拳法に
熱中しヌンチャクを振り回していた手に筆を持つと余計な力が入りすぎ、柔らかい
筆遣いができない。
しかも、七十歳を過ぎてからでは猛練習も手遅れである。日顕があと十年早く退座
していれば、日如も少しはマシな本尊の模写ができたのに、残念だったな。
以後は寛尊の御本尊を誹謗するのを止めることだ。
http://8004.teacup.com/cyeokunoken/img/bbs/0000777.jpg
281
:
矢野殉也
:2009/11/02(月) 02:34:07
こたびの選挙大勝利おめでとうございます。
282
:
検証会議
:2009/11/04(水) 12:12:02
フェイク 第1066号
(発行=09.11.02)
「今の登山会は極めて危険だ!」
諸天善神が見捨てた邪宗・大石寺の寸描
相次ぐ災害、新型インフルエンザも蔓延
諸天善神に見捨てられた最近の大石寺の惨めな様子を簡単に紹介する。
【新型インフルエンザ】
新型インフルエンザが全国規模で本格的な流行となってきている。十一月一日には
盛岡市の二歳の女児が死亡し、京都市右京区の三十代女性と伊丹市の八歳の女児も死亡
した。いずれも基礎疾患はなかったとのことである。これにより、国内の死亡者は疑い
例も含めて計四十三人になった。
このように感染拡大が憂慮されている折り、日蓮正宗大石寺の大坊に居住する中学生
と高校生の所化の間に新型インフルエンザの発症が見られ、拡大していると伝えられて
いる。
先月は上野の中学校で学級閉鎖になったほか、地元の小・中学校は共に全校生徒に
マスクの着用を徹底。登下校の際、ほとんどの生徒がマスクを着けている。
更に、地元の高校に通う大坊の生徒六人もインフルエンザで学校を休んでいると
いう。このように本山内に新型インフルエンザが蔓延している時に登山すると、感染
する危険性が大であり、「今は登山しない」と語る法華講員もいる。
【台風十八号が直撃】
台風十八号が十月八日、大石寺を直撃。二天門の東側にあった樹齢数百年の銀杏の
巨木が根元から折れて倒れ、その根が剥き出しになっていた。また、桜や杉の大木も
横倒しになっていた(下の写真参照)。この倒れた巨木は切り刻まれて撤去された。
このように謗法と化した大石寺は数々の災害に見舞われる。
平成十八年八月には境内の杉の巨木を雷が直撃。「慧妙」は、この落雷を「功徳だ」
と詭弁を弄していたが、この杉は古来「逆さ杉」と呼ばれ、樹齢五百年ともいわれて
いた。
この由緒ある「逆さ杉」は真っ黒に焦げ、今はこれも撤去されて、大石寺には由緒
ある大木は全て無くなってしまった。
【不気味なカラスの群れ】
夕刻になると、奉安堂周辺にはカラスの大群が飛び交う。カラスは廃墟になる場所を
本能的に感じて集まると言われている。境内を群れ飛ぶカラスは、やがて大石寺が廃墟
になることを感じているようだ。
【客殿に日顕用の手すり】
日顕が良く使う客殿の東側の階段に手すりが取り付けられた。どうやら足腰が
めっきり弱って本山と世田谷の豪邸を往復するのも辛くなっている日顕のために設置
したらしい。
http://8004.teacup.com/cyeokunoken/img/bbs/0000778.jpg
283
:
あーあ
:2009/11/04(水) 23:08:01
ここは終わった。
閉鎖がよろしかろ
284
:
検証会議
:2009/11/05(木) 21:40:04
フェイク 第1067号
(発行=09.11.06)
日顕の弟子が身延僧の導師で読経
日蓮正宗の坊主は「謗法同座」の感覚がマヒ
長倉信祐、花野充道が池上本門寺で研究発表
日蓮正宗の現役坊主と元坊主による「謗法同座」の実態が露見した。この現役坊主
とは宗務院財務部長・長倉教明(札幌市の日正寺)の長男の長倉信祐(写真下)で、
元坊主とは僧籍を失った花野充道(写真上)である。
長倉と花野の二人は、去る十月二十三日、日蓮宗身延派が主催する池上本門寺での
「日蓮宗教学研究発表大会」に顔を出し、身延派僧に混じって得意満面で研究発表を
していた。
大会の総裁は日蓮宗管長の酒井日慈、大会会長は日蓮宗・宗務総長の小松浄慎、
実行委員長は日蓮宗宗務院伝道局教務部長の酒井光雄で、他にも身延派坊主が役員と
して名前を連ねている。
花野充道の研究テーマは「日蓮聖人の教判論」。本来は「大聖人」とすべきだが、
身延派に迎合して「聖人」としている。長倉信祐は「天英院照姫と大石寺信仰」が
テーマであった。
発表会に先立ち、花野と長倉は「法味言上」と称して身延派の本尊に向かって、
身延派僧の導師で自我偈の読経・唱題もした。この衝撃的な謗法行為は今後、宗内で
物議を醸すことだろう。
花野は冒頭から「今年三月、早稲田大学から学位を授与されたことにより、七月には
日蓮正宗の僧籍を失った」と、身延の坊主らに日顕の非道を訴えていた。
今は隠居している日顕は、かつて立正大学に在学中、繰り上げ卒業で海軍に入隊。
今も学歴コンプレックスが強く、所化が大学院に進むのを極端に嫌って「日蓮正宗の僧
に博士号など不要」が持論である。そんな複雑な裏事情を知らない聴衆は、花野の変な
恨み節に、怪訝な表情を見せていた。
片や、長倉は日顕が作った法教院ではなく大正大学へ行って博士号を取得したことで
日顕に睨まれている。
日顕や日如のファミリーが若くして住職になっているのに対し、長倉は四十歳に
なっても寒村の住職にもなれず、今も父親の寺に居候の身。研究発表では身延派に
対する破折もせず、常泉寺の由緒・格式ばかりを自慢し、現代の三位房とも言うべき
醜態を晒していた。
長倉が学位を取得したのは妙楽の研究だったが、天台の研究では身延派僧に遠く
及ばない。それを自覚しているから「天英院照姫」をテーマに選んだのだろう。
宗内で嫌われている「慧妙」は、学会の辻武寿・森田一哉両氏が、かつて中外日報の
祝賀会に出席したのを「謗法同座」だと見当違いの批判をしていたが、身延派僧の導師
で自我偈の読経・唱題をした花野と長倉を「慧妙」は糾弾すべきだ。同時に、信祐の
父親・長倉教明は、その管理責任が厳しく問われねばならない。
ところで、学位取得後は一年以内に博士論文を出版する規定があるが、花野と長倉は
目途も立っていない。因みに改革同盟の松岡雄茂氏は、近代日本の日蓮信仰を論じた
博士論文を学位取得の翌年、権威ある東京大学出版会から発刊している。
http://8004.teacup.com/cyeokunoken/img/bbs/0000779.jpg
285
:
質問でした
:2009/11/05(木) 23:11:49
やっぱりめくそはなくそ(笑)
人を呪わば穴二つ掘れ・・・。
双頭の蛇、尾っぽは一本(笑)
出所が一緒なんだから、仲良く自滅すりゃいいんだよ。
286
:
検証会議
:2009/11/06(金) 01:32:51
>やっぱりめくそはなくそ(笑)
今度は身延と日顕宗のことか?(笑)
>双頭の蛇、尾っぽは一本(笑)
>出所が一緒なんだから、仲良く自滅すりゃいいんだよ。
前法主が立正大学で身延の坊主と親近したと言う意味では
「尾っぽは一本」「出所が一緒」ってことで(笑)
287
:
検証会議
:2009/11/06(金) 22:15:48
石山だより
平成二十一年十一月六日
一、都合のいい時は、早急に宗務広報を出すのに、ワシントン・妙宣寺の火災に
ついては、十一月一日、二十一日遅れで渋々通知を出した。
本当は、出さずにいたかったが、ワシントンポストを始めインターネットによって
世界中に知れ渡ってしまったので、ほとぼりが冷めるまで待って、通知したということ
だろう。
宗務院の坊さんのやることはいつもズルクてコスイ、それこそ世間知らずの
思い上がりだ。「正直」ではない。
一、妙宣寺の法華講員は、当日、「外で予定されていたバーベキューの煙だったと
思った」また、「近くの建物が燃えていると思った」「お会式の最中に火災になる
なんて考えられない」まさに、自分達がバーベキューになるところだったと語っていた
そうだ。
大聖人は「されば大果報の人をば大火はやかざるなり」(王舎城事)と仰せである。
宗門は禍いばかりだ。福徳が切れ諸天に見放されている所以ではないか。
一、エーまたか?末寺住職が嘆く登山・折伏。一つは、登山。来年も三回支部登山を
やれ!その一回を全体登山とせよ健常者はみんな連れてこい。それ以外に、夏期講習会
登山をやる。二つは、折伏。平成二十七年までに50%増をせよ。その達成計画を十二月
一日までに出せ。折伏成果の上がらない寺には、ゴマスリ坊さんが派遣されて指導に
行くそうだ。
たまったもんじゃない。成果が上がっていると言っていた寺だって、その後、報道
されたことがない。だいたいインチキだし、実態のないものばかりだ。
信彰が言っていたが、新入信の五割が行方不明や死亡で実在しない状況じゃ五十%増
なんて夢のまた夢の数字だ。来年は“広布前進の年"と発表された。
本山では贅沢に経費を使っているが、末寺は疲弊している。塔婆は、ガタ減り、
講員は寺に来ない。葬儀だって年に一度あるかないかだ。
そんな実態は、本山にいて苦労を知らない者に、分かるはずがない。
(十二月パリからフランスの講員に嫌われた守銭奴毛利博道が帰国する。韓国、台湾で
講員から金を集めまくって、何に使ったのか?頭を丁重に下げる裏に魂胆有り。
根っからの悪党だ。一族主義に志が消えてしまった無任所鼠)
288
:
太田
:2009/11/07(土) 02:46:41
選挙大勝利万歳!
289
:
質問です
:2009/11/08(日) 12:48:28
>>286
鏡をご覧下さい(笑)
相手を醜くみる、もっと醜い二つの穴が空いてます。
290
:
検証会議
:2009/11/08(日) 13:13:31
>>289
あんたが見えてる醜い穴は、あんた自身の脳味噌に巣食ってる醜い穴だよ(笑)
291
:
質問です
:2009/11/08(日) 21:27:06
他人を嘲り、悪し様に罵るあんた達は腐る脳みそもないよ(笑)
それが宗教だなんて笑わせるのもいい加減にしろ!キチガイが(笑)
見苦しいにも程がある。
292
:
検証会議
:2009/11/09(月) 02:32:14
>>291
「事実に基づく批判的意見表明」を見て「嘲り」「悪し様に罵る」と
「脳内変換」されるクソミソ一緒のあんたのノーミソにつけるクスリは
東大医学部教授でもつくるのは難しいだろね(笑)
293
:
質問です
:2009/11/09(月) 09:38:26
その言葉がそっくりそのまま自分に当て嵌まる事に気付かないのかな(笑)
自分は言いたい放題で、同じ事を自分がされたら罵倒する。
大したもんだ(笑)
自らに降り懸かった火の粉を払わないで
放火して回ってるのと同じだね(笑)
他者への批判は内輪には通じるが、全く知らない外部には
嫌悪感しか与えない事を勉強なさったほうがいいよ。
294
:
教えてください
:2009/11/09(月) 23:18:32
211 :名無しさん@八周年[]:2008/04/19(土) 11:04:06 ID:pZd/Kg980
>>184
>記念日に手を出してもノーベル平和賞まではまだまだ遠いよな。
失礼ですが、あなたは池田先生がノーベル平和賞をご辞退されたのを知らないのですか?
もう、かなり昔の話で、たしか「”米・ソ”冷戦終結への道すじを開いた」というのが
受賞の理由だったと思います。ですから、1990年代のことだったと記憶しています。
かのノーベル賞もかつてノーベル文学賞を哲学者サルトルが辞退した先例があるので、
受賞前に内々に打診があるのですが、池田先生はその打診の段階で、
「私はいまのわたし自身だけで、充分です。ノーベル平和賞をもらってしまっては
”庶民とともにある指導者”という立場に障害ができてしまう。
なんのへだたりもなく、ともに庶民の中で生きてゆきたい。」と
おっしゃられて辞退の意思を伝えられて以来、
ノーベル平和賞の選考からはずされたと聞いています。
やはりノーベル賞選考委員会も、一度辞退の意思を示した人間は同一の分野では、
再度の選考の対象として扱わないことになっているので、
今後、池田先生がノーベル平和賞を受賞されることはないとのことです。
ただ、「人間革命」や「仏法と宇宙」などの先生のお書きになった著書・論文が
ノーベル文学賞・物理学賞の対象に挙がっているということは聞いたことがありますので、
あるいはノーベル文学賞・ノーベル物理学賞ならば、
違った選考委員会にかけられるので受賞の可能性はあると思います。
たいへんな方ですね。
ノーベル平和賞とノーベル文学賞の
三つのノーベル賞の授与の可能性がある、あるいはあった方だとは…
本当にこころからご尊敬します。
あなたもこれくらいの常識は持っておられたほうがいいですよ。
これって本当の話ですか?
全く聞いた事もないし、そもそも候補にもなれば、報道されるはずだとおもうのですが・・・。
295
:
検証会議
:2009/11/10(火) 12:24:51
>>293
>全く知らない外部には嫌悪感しか与えない
「認識せずして評価せず」なんて言葉もあるが、
「全く知らない外部」の名を借りて「偏見」の穴に落ちている
己の姿を晒すマネだけはヤメタ方がよいぞ(笑)
296
:
検証会議
:2009/11/10(火) 12:27:23
フェイク 第1068号
(発行=09.11.08)
故・原島嵩の一族は虚言症だ!
原島昭の駄文で虚報の「慧妙」が恥の上塗り
「ルビー」の編集は坊主になった矢島周平だった
退転して昨年、地獄に堕ちた原島嵩の実兄・昭が十一月一日付「慧妙」に再び
デタラメな記事を書いている。昭の母親・精子は派閥を作ろうとして役職解任のうえ、
謹慎させられたが、その処分を下した戸田二代会長を逆恨みして蔑み、更に、若き日の
池田三代会長の輝かしい軌跡に泥を塗ろうと躍起になっている。
特に、第三代会長は日本正学館で青年編集長として『冒険少年』のちの『少年日本』
(写真)の編集に情熱を注いだが、昭は、若き日の池田編集長を愚弄するため
「ポルノ雑誌『ルビー』」の見出しを付けて、こんな御託を並べている。
「戸田氏は少年向け雑誌『冒険少年』、次いで成人向け雑誌『ルビー』を創刊し…」
「当時は雑誌が一冊二、三十円くらいの値段で、一冊売るごとに一円ずつの謝礼が
原島家に入る、という取り決めだった」「『冒険少年』も『ルビー』も、あまり
売れませんでした」「『ルビー』を何気なく手に取り、ぱらりと開いて見て
驚きました。グラビアの写真と本文の始めから終わりまでの挿絵の殆ど全てが
ヌード写真で占められていた」「その後一年もたたないうちに池田氏編集の二雑誌は
廃刊になりました」
この昭の文は虚実を織り交ぜ、読者に間違った認識を与えようとの悪意がある。
池田編集長が『冒険少年』とポルノ雑誌『ルビー』の「二雑誌」を編集していたように
錯覚させようとの陰湿な魂胆が垣間見える。
池田編集長が編集していたのは『冒険少年』だ。
創刊号は昭和二十三年の新年号で、昭和二十四年十月号から『少年日本』に改題
された。「面白くて、ためになる」というのが『冒険少年』『少年日本』のモットー
で、いずれの号にも山岡荘八氏、野村胡堂氏、西條八十氏、そしてイラストの大家・
小松崎茂画伯、絵物語の大御所・山川惣治氏、山口将吉郎画伯など当時を代表する
作家、挿絵画家が名前を連ねていた。
だが、不況の荒波にのまれ、同年十二月号で廃刊になった。
一方、『ルビー』は左に添付した奥付に明記されている通り、これは後に坊主に
なり下がり学会批判をするようになった矢島周平が編集していた。「ヌード写真で
占められていた」はウソ。昭の駄文は定価も出版社も違う。邪推と妄想と勘違いを
混同して書いており、死んだ嵩と同じ虚言症だ。
http://8004.teacup.com/cyeokunoken/img/bbs/0000781.jpg
297
:
質問です
:2009/11/10(火) 22:51:25
>>295
だからさぁ、鏡を見なさいよ(笑)
自分が見えないにも程があるよ(笑)
298
:
検証会議
:2009/11/10(火) 23:51:19
↑ついには「なんとかのひとつ覚え」みたいに「無限ループ」ですかぁ(笑)
299
:
質問です
:2009/11/11(水) 12:02:52
中身がない相手にループしても、返ってくる答えは決まってます(笑)
と言うより、答えすら出せずにはぐらかししかしないじゃないですか(笑)
300
:
検証会議
:2009/11/11(水) 15:21:46
>>299
>中身がない相手にループしても、返ってくる答えは決まってます(笑)
ちなみに、黒川某(れいな)という人は、某氏との対論において、
最後は「お前は地獄行きだ!」の繰り返しで、彼らしく
「無限ループ状態」になったそうです(笑)
>答えすら出せずにはぐらかししかしない
「質問です」のハンネを使ったところで「質問」がない相手に対して
当方は「答え」る義務も責任もありません(笑)
ま、コンピュータにおける「無限ループ」対策は「強制終了」ということで、
あとはあんたひとりで「勝手に無限ループ」やってていいよ(笑)
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