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情報スレッド
296
:
検証会議
:2009/11/10(火) 12:27:23
フェイク 第1068号
(発行=09.11.08)
故・原島嵩の一族は虚言症だ!
原島昭の駄文で虚報の「慧妙」が恥の上塗り
「ルビー」の編集は坊主になった矢島周平だった
退転して昨年、地獄に堕ちた原島嵩の実兄・昭が十一月一日付「慧妙」に再び
デタラメな記事を書いている。昭の母親・精子は派閥を作ろうとして役職解任のうえ、
謹慎させられたが、その処分を下した戸田二代会長を逆恨みして蔑み、更に、若き日の
池田三代会長の輝かしい軌跡に泥を塗ろうと躍起になっている。
特に、第三代会長は日本正学館で青年編集長として『冒険少年』のちの『少年日本』
(写真)の編集に情熱を注いだが、昭は、若き日の池田編集長を愚弄するため
「ポルノ雑誌『ルビー』」の見出しを付けて、こんな御託を並べている。
「戸田氏は少年向け雑誌『冒険少年』、次いで成人向け雑誌『ルビー』を創刊し…」
「当時は雑誌が一冊二、三十円くらいの値段で、一冊売るごとに一円ずつの謝礼が
原島家に入る、という取り決めだった」「『冒険少年』も『ルビー』も、あまり
売れませんでした」「『ルビー』を何気なく手に取り、ぱらりと開いて見て
驚きました。グラビアの写真と本文の始めから終わりまでの挿絵の殆ど全てが
ヌード写真で占められていた」「その後一年もたたないうちに池田氏編集の二雑誌は
廃刊になりました」
この昭の文は虚実を織り交ぜ、読者に間違った認識を与えようとの悪意がある。
池田編集長が『冒険少年』とポルノ雑誌『ルビー』の「二雑誌」を編集していたように
錯覚させようとの陰湿な魂胆が垣間見える。
池田編集長が編集していたのは『冒険少年』だ。
創刊号は昭和二十三年の新年号で、昭和二十四年十月号から『少年日本』に改題
された。「面白くて、ためになる」というのが『冒険少年』『少年日本』のモットー
で、いずれの号にも山岡荘八氏、野村胡堂氏、西條八十氏、そしてイラストの大家・
小松崎茂画伯、絵物語の大御所・山川惣治氏、山口将吉郎画伯など当時を代表する
作家、挿絵画家が名前を連ねていた。
だが、不況の荒波にのまれ、同年十二月号で廃刊になった。
一方、『ルビー』は左に添付した奥付に明記されている通り、これは後に坊主に
なり下がり学会批判をするようになった矢島周平が編集していた。「ヌード写真で
占められていた」はウソ。昭の駄文は定価も出版社も違う。邪推と妄想と勘違いを
混同して書いており、死んだ嵩と同じ虚言症だ。
http://8004.teacup.com/cyeokunoken/img/bbs/0000781.jpg
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