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アメリカ軍がファンタジー世界に召喚されますたNo.15

174外パラサイト:2017/01/23(月) 19:30:26 ID:lbvRe/9E0
投下終了

ttp://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=61077160

175名無し三等陸士@F世界:2017/01/23(月) 21:33:04 ID:ZszJvMjg0
外伝超乙
いい話であった

176ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2017/01/28(土) 01:05:07 ID:X3jR6OQc0
>>167-168氏 国の上層部が視野狭窄に陥ると、本当にろくな事にならんものです

>>169-174
遅ればせながら、外伝氏投稿お疲れ様です!
こちらこそ、あけましておめでとうございます。

ただでさえアレなドシュダムがより進化(退k…げふんげふん)しているのがなんとも
そして、劣勢な状況下でも必死に目標にかじりついて行く様勇敢ですが、せっかくのベテランがまた
消えていくのは何とも悲しいところです

そして……ニポラ達が分からず屋共にアレやらナニやらが行われている最中に無罪放免になりましたが、
その時の妄想が捗りますn(検閲されますた

177名無し三等陸士@F世界:2017/01/28(土) 02:17:47 ID:9R7ffzTs0
色々投下乙

>>157
ヨーロッパで一番強いのはアメリカ軍なんて話もありますが
冷戦当時からそうだったのかな

>>163
Hoi2で星はたの世界をとりあえず表示しようと色々やってうまくいかなかったんですよね
持ってるバージョンが一番厄介な手法が必要なやつだったぽいので
もう少し粘ってみるか別のバージョン買って試してみようかな

シホールアンル上層部は国家総力戦が初体験だからね
色々あるのは仕方ないねと
国が消えるならどうせとヤケになるのが一番怖いという

>>170
ドシュダムのT-34化が激しい
モスキートなんて目じゃない紙製の奇跡(悪い意味で)かな?
橋を狙って壊すのは難しいですからねWW2の誘導爆弾AZONなんかも橋に向けて使われたし
ベトナム戦争では無駄に頑丈に作った橋(タンホア鉄橋とロンビエン鉄橋)がハリネズミと化して大変な被害を与えたりと

現代のアメリカ空母なんかは女性兵士も乗っていることもあり航海の途中で妊婦になるなんてことがありますが
妊娠して戦線離脱を狙う人も出てきたりして、そして子どもたちが戦後のシホールアンルを支えていきます
しかし現実世界ではソ連で兵士が死にすぎて人口ピラミッドおかしくなったけど
女性兵士が多いと将来的にどれ位影響が出たものか

178名無し三等陸士@F世界:2017/01/28(土) 19:17:50 ID:hWFIE.hw0
乙でした
新型ドシュダム、魔法で強化してあるとはいえ金属フレームに紙張りとは…うーむ
史実では似たような構造(紙じゃなく布ですが)のハリケーンやウェリントンなんかがWWⅡを戦い抜いてましたが
彼らは途中から新型に役目を譲って第二線に下がることができた
でもドシュダムはケルフェラクとともにこの戦争の最後まで第一線で戦わなければならないことはほぼ確実…
過酷な扱いを受け続け、挙句の果てにそんな機体に乗せられて戦わせられるうら若きパイロットたちの苦労はいかばかりか
そしてカレアント軍、あんたらどんだけ37ミリ機関砲が好きなんだ(呆れ)
この調子だと前線の航空隊がビーラーから23ミリを取っ払って37ミリを無理やり取り付けた魔改造機なんかを作ってそうだ

179 ◆3KN/U8aBAs:2017/01/29(日) 12:43:14 ID:m2j84wJc0
>>170
新型機はエンジン付きのモックアップだ、というジョークが生まれそうですね・・・
個人的にはドシュダムの新型よりスチュアートとP-39の合体技SPAAGのほうが気になります

>>177
参考
ttps://togetter.com/li/317542
戦いは数だよ兄貴!と言わんばかりの圧倒的戦力差。少なくとも当時のNATO軍の戦術が「核ありき」だったのはこのためです。
あと地味に(西ドイツ戦域内では)戦車やヘリの数では西ドイツがアメリカと拮抗し、火砲の数では優越しています。
ただし装備の質や予備戦力考えるとやはりアメリカに軍配が上がるかと。

結論:ソ連最強(ちがうそうじゃない)

180名無し三等陸士@F世界:2017/02/17(金) 22:39:56 ID:9R7ffzTs0
>>179
やっぱりヨーロッパ最強軍(西側)は昔からアメリカなのか
本土から戦線までの距離を考えると陸戦はソ連が有利な感じがあるし
とりあえず航空戦力を使って陸上戦力をまとめて叩き潰そうとすると核だらけになるのはわかるけど

冷戦が冷戦のまま終わってくれてほんとに良かった

全面核戦争を避けるために段階的抑止で最初は通常戦力でなんとかしようっていう戦略もあったけど
あんなとこで戦火が飛び交ったらもう停められないの前提の核にも見えるし

181名無し三等陸士@F世界:2017/02/19(日) 19:15:43 ID:XiyVDv5E0
35:54

10:40
ttps://www.youtube.com/watch?v=WTdY7h129Mk

ttps://www.youtube.com/watch?v=8R0luOy8ce8

182ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2017/02/21(火) 16:50:37 ID:VAFeLvik0
皆様お待たせいたしました。これよりSSを投下いたします。

183ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2017/02/21(火) 16:51:10 ID:VAFeLvik0
第283話 海上交通路遮断作戦(前編)

1486年(1946年)1月1日 午前0時5分 シェルフィクル沖南西390マイル地点

「ハッピーニューイヤー!」
「イェア!めでたい年明けだ!!」

狭い艦内のあちこちで、新年を迎えた事に歓声を上げる声が響き渡る。
配置についていた強面の兵曹が、淹れたてのコーヒーの入ったカップを部下に手渡し、はにかみながら新年の挨拶をしていく光景は、
なんとも微笑ましい。
潜水艦キャッスル・アリス(S-431)の艦長であるレイナッド・ベルンハルト中佐は心中でそう思い、横目でその光景を見つめながら
クスリと笑った。

「皆も、無事に新年を迎えられた事を喜んでいるようですな」

ベルンハルト艦長の隣にいた、副長のリウイー・ニルソン少佐が話しかけてくる。

「そりゃそうだ。乗員の中には、万が一にも撃沈されたら……と考える奴もいる。それだけに、生きて新年を迎えられる事は実に喜ばしいもんだ」
「艦長の言う通りです」

ニルソン副長は相槌を打ってから、右手を差し出す。

「コーヒーのおかわりを頼みますか?」
「うむ、頼むよ」

ベルンハルト艦長は頷きながら、空のコーヒーカップをニルソン副長に手渡した。
ベルンハルト艦長は、ドイツから移民した父と母の間に生まれたドイツ系アメリカ人である。
頭の金髪は短く刈り揃えられており、顔つきは堀がやや深い物の、理知的ながら、柔和な雰囲気を醸し出している。
今年で35歳になるベルンハルト艦長は、開戦時には潜水艦学校の教官として後進の育成に当たっていたが、1942年4月からはガトー級潜水艦
2番艦であるグリーンリンクの艦長に任命され、43年初旬まで大西洋方面の哨戒任務に従事し、43年初旬から44年12月までは太平洋方面で
哨戒任務に当たった。

184ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2017/02/21(火) 16:52:15 ID:VAFeLvik0
この間、ベルンハルト艦長のグリーンリンクは5隻の艦艇を撃沈している他、敵駆逐艦の攻撃を何度も受けたが、その度に生き延びてきた。
44年12月からは、本土で休養を取った後、翌年1月には最新鋭の潜水艦であるアイレックス級5番艦、キャッスル・アリスの初代艦長に任命され、
それから4カ月の完熟訓練を経て、艦の特性や、その独特の癖を掴む事ができた。
キャッスル・アリスの第1回哨戒任務は1945年7月より始まり、それ以降は3度の哨戒任務に就いている。
12月初旬の第2次レビリンイクル沖海戦時には、キャッスル・アリスはリーシウィルムの浮きドックにて機関部の修理を行っていたため、
この大海戦に参加する事はできなかった。
12月14日に修理を終えたキャッスル・アリスは、2日間の試験公開の後、所属部隊である第64任務部隊司令部より、シホールアンル帝国北西海岸から、
ルキィント、ノア・エルカ列島間の哨戒任務を命ぜられ、各種消耗品を慌ただしく積み込んだ後に、未だ足を踏み入れた事のない新海域へと向けて出撃した。
そして、出撃から2週間が経った今日……ベルンハルト艦長と、彼の指揮するキャッスル・アリスのクルー達は無事、1946年を迎えるに至った。
(この世界では1486年であるが)

「艦長、コーヒーです」

部下の水兵が淹れたコーヒーを、ニルソン副長が受け取り、それをベルンハルト艦長に渡す。

「ありがとう」

ベルンハルトはにこやかに笑みを浮かべてから、カップを手に取り、ミルクコーヒーを一口啜る。
片手にカップを持ったまま、彼は後ろの海図台で海図を見据えながら部下と話す航海長の背後に近付いた。

「やあレニー」
「これは艦長。あけましておめでとうございます」
「おめでとう。去年は何とかくたばらずに済んだな」
「はは。今年も去年と同様、無事に生き残りたいものです」

キャッスル・アリス航海長を務めるレニー・ボールドウィン大尉は、伸びた無精ひげを撫でながらベルンハルトに答えた。

「今はどの辺だ?」
「この辺りですな」

ボールドウィンは、海図の一点をコンパスで指す。

185ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2017/02/21(火) 16:53:03 ID:VAFeLvik0
キャッスル・アリスは、シェルフィクル沖を通り過ぎ、西に向かって航行しつつある。
位置はシェルフィクルより方位260度、南西390マイル。
目標海域であるポイントDまでは、あと400マイル(640キロ)はある。
キャッスル・アリスは、昼間は潜行し、夜間は浮上しながら航行しているため、一日に平均200キロ。調子の良い時には、300キロほどは移動している。
このまま何事もなく進み続ければ、早くて明後日。遅くても4日以内には作戦海域に到達できるであろう。

「シホットの連中は、主力部隊が壊滅したとはいえ、警戒用の哨戒艦や駆逐艦はたんまり残っているようで哨戒網は未だに厚いですが、シェルフィクルを
過ぎた辺りからは警戒も手薄になっていますな」
「敵はどうやら、シェルフィクルから東側付近を重点的に警戒しとるようだ。哨戒艦の数からして、第5艦隊所属の空母機動部隊への警戒か、あるいは、
俺達潜水艦部隊に対する対潜哨戒だろう。沿岸航路は是が非でも守り通さんと行かんからな」
「とはいえ、敵さんも遠洋哨戒を行うほど余裕が無いのか……沿岸から300マイル近く離れた沖には哨戒艦がおりませんね」
「情報によると、シホールアンル海軍は少なからぬ数の哨戒艦艇を北方航路沿いに東海岸へ向けて回航したとあった。沖まで哨戒網を張ろうにも、
艦艇不足で満足に哨戒出来ない事は、確かにあり得る話だ」
「出航前に伝えられた敵状報告では、12月15日から16日未明にかけて、駆逐艦を主体とした小型艦多数がシェルフィクル沖を通過し、シュヴィウィルグ運河へ
向けて航行中とあります。シホールアンル海軍の意図は不明ではありますが、敵はその数日前に、第3艦隊所属の空母機動部隊によってシギアル港所属の艦艇に
多大な損害を受けているため、その補填として本土領西岸部に駐留する海軍部隊の一部を、東海岸防衛に転用した事は容易に想像できますな」

ボールドウィン航海長が言うと、ベルンハルト艦長も無言で頭を頷かせた。

「とは言え、油断は禁物だ。今まで通り、警戒を厳としつつ、目的地に向かうぞ」

ベルンハルトが自分を戒めるかのようにそう言った時、背後から別の士官に声を掛けられた。

「これは艦長。明けましておめでとうございます」
「やあ飛行長。無事に新年を迎える事ができたな」

振り向いたベルンハルトは、キャッスル・アリスの飛行長を務めるウェイグ・ローリンソン大尉にそう返した。

「機体の調子はどうだね?」
「今の所、異常はありません。パイロット達も無事に年を越す事ができて喜んでおりますよ」
「ふむ。意気軒高といったところか」

186ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2017/02/21(火) 16:53:55 ID:VAFeLvik0
ベルンハルトはローリンソン大尉に返事を送りつつ、2名の艦載機搭乗員の顔を思い出した。
キャッスル・アリスが搭載するSO3Aシーラビットを操る2名のクルーはいずれも若く、実戦経験も豊富だ。
今度の哨戒作戦では、キャッスル・アリスと、同型艦であるシー・ダンプティの艦載機が重要な役割を担う事になる。
作戦開始時期が近い事もあって、次第に士気も高まりつつあるようだ。

「遅くても、明後日には作戦海域に達するだろう。その時には、よろしく頼むぞ」
「承知しております。うちのクルーは必ず成し遂げますよ」

ローリンソン大尉は自信満々に答えた。

「飛行長がああ言うのならば、次の作戦は楽勝でしょうな」
「そうなるといいんだがね」

ベルンハルトがそう言うと、ローリンソンとボールドウィンは互いに顔を見合わせて苦笑し合った。

「潜水艦乗りは常に慎重に……だ。何しろ、防御力に関しては最も脆いからな。慎重に過ぎる事はないさ」
「その通りですな」

艦長の戒めの言葉に対し、ボールドウィンが相槌を打った。

「おっと…年始早々無駄に緊張させてすまんな。そういえば、飛行長の所の部下達は今どうしてるかね?」
「飛行科員は総出で新年の祝いをやっとる所です。耳をすませば聞こえてきますよ」

ローリンソンは、耳を傾ける仕草を交えながらベルンハルトに答えた。

「皆、概ね楽しんどるようだな」
「酒が飲めん事に関して、少しばかり不満を言っていましたが、それ以外は充分に満足しているようです」
「そこは仕方ないさ。合衆国海軍は禁酒だからな。今ある物で我慢してもらおう」

ベルンハルトはそう言うと、海図台から離れた。

「ひとまず、飛行科員の宴席に顔を出してみるか」

彼はニヤリと笑みを浮かべつつ、飛行科員のいる居住区画に向けて足を進めていった。

187ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2017/02/21(火) 16:54:39 ID:VAFeLvik0
1月3日 午前9時40分 ノア・エルカ列島ロアルカ島沖東方60マイル地点

第109駆逐隊の属する駆逐艦フロイクリは、同じ隊に所属する僚艦3隻と、輸送船30隻、他の護衛艦8隻と共に
帝国本土西岸部にあるホーントゥレア港に向けて8リンル(16ノット)の速力で航行していた。
フロイクリ艦長ルシド・フェヴェンナ中佐は艦長席に座って、副長と会話を交わしていた。

「今の所、本土西岸部は天候不順のままのようですな」
「こっちとしては好都合の状況と、言いたいではあるが……空母機動部隊に襲われなくても、海中の敵潜水艦からの
攻撃は十二分に考えられる。私としては、もっと多くの護衛艦が必要だと思うのだがな」
「やはり、12隻では足りませんか?」

副長のロンド・ネルス少佐は眉をひそめながら聞いてくる。

「足りんな。アメリカ軍の潜水艦は、同盟国の魔法技術のお陰で隠密性に優れている。その影響でこちらの生命反応探知装置が
役立たずになってしまった。そうなると、護衛艦を増やして海の見張りを強化する必要がある。30隻の輸送船を護衛するなら……
せめて、護衛艦は16隻。欲を言って20隻は欲しいところだ」
「本国では、新式の金属探知魔法の開発に成功し、順次実戦配備が予定されているようですが」
「前線に行き渡るには、最低でもあと半年か1年は必要と言われているぞ。急場には間に合わんよ」
「半年か1年ですか……」
「とにかく、俺達は今ある物でやっていくしかない。出航前にも言ったが、特に対潜警戒は厳となせ」
「はっ。重ねて通達いたします」

副長はそう答えてからフェヴェンナの傍を離れた。

「それにしても……レーミア湾海戦から今日に至るまで、よく生き残れたと思ったが……こうして見ると、生き残れた事が
良かったかどうか分からなくなるな」

188ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2017/02/21(火) 16:55:16 ID:VAFeLvik0
駆逐艦フロイクリは、1483年12月にスルイグラム級駆逐艦の14番艦として竣工し、以降は竜母機動部隊の護衛に従事した後
、昨年1月のレーミア湾海戦では第109駆逐隊の一員として米駆逐艦部隊と激しい砲撃戦を行った後、撤退中の味方戦艦部隊の
援護を行い、追撃するアイオワ級戦艦2隻を相手に、僚艦と共にシホールアンル海軍初となる水上艦による統制雷撃を行い、魚雷を
複数命中させて2隻とも大破させるという戦果を挙げた。
その後は再編に取り掛かった第4機動艦隊の護衛艦として任務をこなし続けたが、第2次レビリンイクル沖海戦が始まる前、機動部隊と
共に出航する直前になって機関不調となり、フロイクリは修理のため港に留まった。
その後、第4機動艦隊はアメリカ第5艦隊との決戦に敗北し、港には傷ついた竜母や護衛艦群が帰ってきた。
12月16日に、機関の修理が完了したフロイクリは、僚艦と共にノア・エルカ列島-本土西岸の航路護衛の任を受け、一路ロアルカ島に
向けて出港した。
同駆逐隊は12月20日にロアルカ島のリヴァントナ港に入港した後、護衛対象である輸送艦がロアルカ島に集結し、同島にて生産された
各種物資を積み込むまで洋上にて訓練を行った。
第109駆逐隊は、第2時レビリンイクル沖海戦で壊滅した同部隊を再建したものであり、元々は最新鋭のスルイグラム級で構成されていたが、
海戦後はガテ級駆逐艦やマブナル級駆逐艦といった比較的旧式の駆逐艦と共に隊を編成しているため、文字通り寄せ集めの部隊となっている。
このため、艦隊運動に関しては幾分不安が残っており、敵の攻撃を受けた場合、効果的に迎撃できるか分からなかった。
とはいえ、各艦とも就役してから数年は経ち、実戦経験も積んでいるため、連携さえ取れれば何とか任務をこなせると考える者も居る。
第109駆逐隊の旗艦である駆逐艦メリヌグラムに座乗するタパリ・ラーブス大佐はそう確信しているが、フェヴェンナ中佐はそれでも
不安を拭えなかった。

「しかし、敵さんは今後、この航路にも多数の潜水艦を派遣するかもしれませんな」
「ラーブス司令は出港前の会議で、敵潜水艦の襲撃は、少なくとも1月中旬までは行われないであろうから、それまでは気楽に護衛任務を
こなせられるが、それ以降は気を引き締めてかかろうと言われていた」

ネルス副長に対して、フェヴェンナ艦長は眉間に皴を寄せながら言う。

「だが、司令は楽観的過ぎると私は思っとるよ」
「そういえば、司令は今回がこの戦争での初の実戦でしたな……」
「一応、実戦経験が無い訳ではないのだが、それも北大陸統一戦の頃の経験だ。ラーブス司令はアメリカが戦争に加わる直前になって本国の
地上勤務に転属され、それが昨年の12月中旬までずっと続いていた。対米戦に関して言えばただの新米に等しい。着任前には色々と資料を
見て勉強したようだが、私からしてみれば全く足りんと思うな」

フェヴェンナ艦長はそう言うと、深く溜息を吐く。

189ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2017/02/21(火) 16:56:25 ID:VAFeLvik0
「既に海軍の主力部隊を失った帝国は北岸以外、すべての制海権を敵に奪取されたに等しい。それはつまり、敵はいつでも、各地の航路を
襲撃できる態勢を整えたという事だ。この航路だって、敵の潜水艦部隊が進出を終えて俺達を待ち伏せているかもしれんぞ」

ネルス副長は艦長の言葉を聞いた後、しばし黙考してから口を開く。

「確かにそうでしょうが……潜水艦の襲撃だけで済みますかね」
「………済まんだろうな」

フェヴェンナは自虐めいた笑みを浮かべながら、副長に返した。
帝国本土西岸部の制海権を失った以上、潜水艦の襲撃のみで済むはずがない。
むしろ、潜水艦の襲撃は破局の手始めに過ぎず、その後は、主力部隊を葬った敵の高速機動部隊が周辺海域に跳梁し、航路を往来する護送船団を
片端から食らい尽くしていくであろう。

「せめて……残りの竜母が使えればな」
「第4機動艦隊の残存竜母に戦闘ワイバーンを満載してくれれば、せめて防衛だけは出来そうなものですが。上層部はいったい何をしているんですかね」

ネルス副長は眉をひそめながら不平を言うが、フェヴェンナは頭を振りながらそれを否定する。

「竜母はあっても、使えるワイバーンと竜騎士が絶対的に足りんのだ」

フェヴェンナは人差し指を上げながら言う。

「12月の決戦前、第4機動艦隊のワイバーンは960騎あったが、海戦後は270騎にまで減らされている。その損失を首都や後方に
待機していた予備部隊で補う筈だったが、その予備の一部が首都攻防戦でほぼ壊滅して、第4機動艦隊のワイバーン戦力は400騎しかおらん。
そして、海軍全体で保有しているワイバーンは、育成中の個体も含めて800騎にも満たない。そして何より……」

彼は人差し指を収めた後、両腕でバツ印を描いた。

「練度が圧倒的に足りない。今や、海軍ワイバーン隊はその大半が素人で、玄人なんかほんの一握りしか残っておらん。腕のいい奴は、
大半が戦死したか、再起不能にされてしまったよ」

190ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2017/02/21(火) 16:58:45 ID:VAFeLvik0
「と言う事は……出したくても出せないという訳ですな」
「そういう事さ」

フェヴェンナは諦観の念を表しながらそう返す。

「それに、残存竜母が総力出撃し、全力で護衛してくれたとしても……強大なアメリカ機動部隊の事だ。圧倒的な艦載機数でもって味方竜母を
全滅させようとし、現に全滅するだろう」
「……負け戦ここに極まれり、ですか」
「認めたくないが、そうなってしまっているな。でなきゃ、艦隊型駆逐艦として作られたフロイクリが、輸送艦の護衛に付くはずがない。
船団護衛には哨戒艦で事足りる事だ」

フェヴェンナは再びため息を吐きながら、ネルスにそう語った。

「とはいえ……任務はこうして与えられた訳だ。敵はこうしている間にも、手ぐすね引いて待っているかもしれん。愚痴を言っている場合ではなさそうだ」
「確かに……あ、そう言えば」

ネルスは何かを思い出した。

「航海長が今後の道程について意見を申し述べたいと言っておりました」
「ふむ……航海長はいつもの場所か?」
「はい」
「よろしい。会って話をするか」

フェヴェンナは艦長席から立つと、航海艦橋に向かった。
程なくして、彼は海図台の上で航路を確認する航海長に声を掛けた。

「航海長」
「艦長……副長からお話は聞いたようですな」

駆逐艦フロイクリ航海長を務めるハヴァクノ・ホインツァム大尉はあっけらかんとした表情でフェヴェンナの顔を見据えた。
ホインツァム大尉は今年で29歳になる海軍士官だ。
顔は年齢の割に皴が多く、目が細くて小さいため、傍目では常に目を閉じていると思われている。

191ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2017/02/21(火) 16:59:24 ID:VAFeLvik0
しかし、実際には柔和な表情を浮かべる事が多く、実戦経験も豊富なため、とても頼りになる士官でもある。

「今後の事で相談があるようだな」
「ええ。そうです」

ホインツァム航海長は、ずれた略帽を直しながら、海図上にペン先を向けた。

「現在、我が船団は帝国本土西岸部にあるホーントゥレア港に向けて8リンル(16ノット)の速度でジグザグ航行をしております。
現在の速度で行くなら、予定では4日後の1月7日夜半にホーントゥレア港に到達できます。ただし、それは……敵潜水艦の妨害を
受ける事無く、順調に進んだ場合の話です」

ホィンツアム航海長は、無言でペン先を右に走らせる。
そして、航路の中間海域で止め、そこに大きな丸い円を描いた。

「もし敵の潜水艦が進出した場合、恐らくは、この辺りの海域まで進出し、網を張っている可能性があります」
「…この辺までか。となると、明日の夜半頃からは対潜警戒を厳にして備えるべきか」

フェヴェンナはそう言いつつ、顔をホィンツアム航海長に向ける。

「それで、君は私に意見を申し述べたいそうだな。となると、私に艦隊の針路を変えるよう、意見具申を行うようにと言いたいのかね?」
「いえ、私が懸念しておりますのは、もっと別の問題です」
「別の問題……それはどういう事だね?」

ホィンツアムは目線を海図に移しながら質問に答え始める。

「我々は、海の中だけではなく、空も警戒するべきではないでしょうか」
「空……だと?」
「艦長は出港前におっしゃられていましたな。アメリカ海軍は、偵察機を搭載した新型潜水艦を就役させたと海軍情報部から前線部隊に
通達があった……と」
「ああ……確かにそう言ったが」

192ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2017/02/21(火) 17:00:11 ID:VAFeLvik0
フェヴェンナは、ロアルカ島の西方方面艦隊司令部で行われた出港前の会議で、司令部の魔道参謀より米海軍の動向や敵新型艦の
配備状況などを一通り聞かされた。
その中に、

「米海軍は航空機搭載の新型潜水艦を複数就役させ、完熟訓練を行っている模様」

と、素っ気ない一文が混ざっていた。
それをフェヴェンナは艦の主要幹部らにも伝えたが、フェヴェンナ自身は通達しただけで、その未知の新型艦の存在をすっかり忘れていた。

「だが、例の新型艦は前線で発見されたという報告が上がっていないと聞く。それに、新型艦は完熟訓練の真っ最中のようだから、俺達が
その艦の心配をする必要はないと思うが」
「本当にそう思われているのですか……正直申しまして、私はその情報を真に受ける事はできませんな」

ホィンツアムは険しい表情を浮かべながら、艦長の言葉を否定した。

「海軍情報部は時折、情報分析が満足にできていない事があります。艦長も知っとるでしょう?リプライザルショックの事を」
「それなら無論知っているよ。エセックス級のガワだけ大きくしたと思われていた新型空母が、実際はガワだけではなく、戦艦顔負けの
驚異的な防御力を有していた事。そして、それを知った竜騎士の一部が出撃を拒否した事もな」
「表には出ていませんが、竜騎士達の衝撃と憤慨ぶりは凄まじい物だったと聞き及んでおります。そんな情報部がもたらした情報を完璧に
信じ込むのは危ないのではありませんか?」
「しかしだな、航海長。情報部も常に間違った情報を伝えている訳ではないのだ。そう目くじらを立てる事もあるまい」
「……確かに、そうでしょうな」

ホィンツアムは顔を頷かせてそう返すが、尚も言葉を続ける。

「ですが、その新型艦が前線に出ていないとしても……そういった類の新型艦は存在するのです。航空掩護の無い護送船団にとって、
これは非常にきつい事だと思いませんか?」
「……言われてみれば。確かに」

フェヴェンナは、ホィンツアムの言わんとしている事を理解し始めた。

193ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2017/02/21(火) 17:00:50 ID:VAFeLvik0
「元々、護送船団を監視する潜水艦は、海中からこちら側の陣容を確認しているようですが、それは潜水艦が襲撃地点に到達するやや前の海域で
行われる事。それはつまり、直前までこちらの数は把握できていないという事です。ですが……航空偵察が事前に行われてしまえばどうなります?
敵は襲撃を行う遥か前から、航空偵察によって船団の艦数をほぼ正確に突き止める事が可能になり、それによってある船団は駆逐艦が多いから
襲わなくていい。ある船団は護衛が少ないから襲撃に最適……と言う事を予め判断できるのです。これは大事ですよ」
「ああ……よくよく考えてみたら、とんでもない事になるな」
「しかも、これは敵が制空権を持っていない海域でも、こちら側に航空掩護が全く無ければ、その新型艦1隻混じるだけで、先ほど言った事が
間違いなく可能になります。今日のように、複数の護衛艦を付けて船団を形成する事を、我が帝国は毎時のようにできる訳ではありません。
時には護送船団を送り出す傍ら、輸送艦数隻だけで同時に外洋へ送り出す事もありますから……」

ホィンツアムは無意識のうちに頭を抱えていた。

「下手すると、敵機動部隊が暴れ込むまでもなく、輸送艦は片端から沈められてしまう恐れがあります」

彼はそう言いながら、持っていたペンの後ろで海図を数度叩く。

「この航路は、敵の新型艦の性能を試すには最適な航路と言っても過言ではありません。もし敵が新型艦を実戦投入していた場合、我が軍の
対潜作戦はより厳しい物になります」
「潜水艦に偵察機を搭載……か。まったく、とんでもない国と戦争をおっぱじめやがったもんだ」

フェヴェンナは渋面を浮かべたまま、顔を海図に近付ける。

「……航海長。もし、敵が新型潜水艦を投入していた場合、我が艦隊はどの辺りから対空警戒を行った方がいいかね?」
「すぐに行うべきです。今から1分後……いや、1秒後にでも」

ホィンツァムは、海図上に書き込んだ敵潜水艦の予想位置を中心に、コンパスで円を描いた。

「敵潜水艦が搭載している艦載機の性能は判明しておりませんが、機体の形状からして敵機動部隊が搭載しているアベンジャーやヘルダイバーを
ベースにして作られていた場合、航続距離もそれと同等か、やや劣る程度と考えた方がよろしいでしょう。となりますと……この円の中範囲内が
敵偵察機の行動半径内であると推定できます」
「半径250ゼルド(700キロ)……護送船団は、間もなく敵の索敵範囲内に入る、と言う事か」
「そうなります。私が即座に対空警戒を行うべきと申したのも、こういう推測に基づいているからです。艦長……」

194ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2017/02/21(火) 17:01:36 ID:VAFeLvik0
ホィンツァムはフェヴェンナの横顔をまじまじと見つめる。

「ラーブス司令に意見具申を」
「しかしだな、航海長。君の意見も理解できる。だが、敵新型潜水艦は前線に投入されたという情報は入っておらんのだ。もしかしたら、
この情報は敵の欺瞞工作であり、見えぬ新型艦の情報を流して我が方を混乱させることを考えているかもしれない」
「情報部が新型潜水艦の実戦投入に気付けていない可能性もあり得ますぞ」

フェヴェンナはホィンツアムに翻意を促そうとするが、ホィンツアムは頑として譲らない。

「我々は満足に敵状把握を行えず、煮え湯を飲まされ続けてきています。そして、それは今も続いているかもしれないのですぞ。恐れながら……
司令に意見具申を行い、全艦に対空警戒を促す事が、これから予想される敵潜水艦部隊の襲撃を回避、あるいは、損害軽減に繋がるかと、私は思います」
「………」

ホィンツアムの口調は異様に鋭い。
フェヴェンナはしばしの間黙考する。

(ホィンツアムは、開戦以来、アメリカ海軍と戦い続けた数少ない猛者の1人だ。これまでの経験でホィンツアムの培った勘が、この護送船団に
危機が迫っていると確信させているのだろう。最も、多少怯えすぎのようにも思えるが……)

「艦長……意見具申はできませんか?」

フェヴェンナは、ホィンツアムの怜悧な声で思考を止めた。

「そこまで言うのであれば、いいだろう」
「では……」

ホィンツアムの引きつり気味であった表情がやや緩んだ。

「ラーブス司令に、私の名で意見具申を行おう」
「ありがとうございます!」

195ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2017/02/21(火) 17:02:37 ID:VAFeLvik0
フェヴェンナが了承すると、ホィンツアムは張りのある声音で礼を言った。
だが、そこでフェヴェンナは右手を上げた。

「ただし……司令が私の具申を聞き入れてくれるかは分からんぞ。もしかしたら、その必要はなしとして一蹴されるかもしれん。私もやれるだけ
やって見るが」
「聞き入れてくれないのならば、致し方ありません。そこは覚悟の上です」
「よろしい。それでは、私は旗艦に意見具申を行う事にする。あとは任せろ。引き続き頼むぞ」
「はっ!」

フェヴェンナはホィンツアムの肩を軽く叩き、ホィンツアムも短く返事をしてから、元の任務に戻った。


魔導士に自ら起草した通信文を送らせた後、フェヴェンナは艦橋に戻りながら、航海長が海図に記した円を思い出していた。

「敵の潜水艦部隊が航路の中間地点に居座った場合……例の新型潜水艦……航空潜水艦と呼ぶのが正しいだろうが、そいつが同行していれば、
半径250ゼルドの範囲が敵索敵期の範囲内に収まる。それはつまり、450ゼルドに渡る本土との連絡線、その半分以上が敵航空機の監視下に
置かれるという事か……」

フェヴェンナは、その冷徹な現実の前に、本気で憂鬱になりかけていた。
海中の潜水艦部隊も恐ろしい。
そして、圧倒的な破壊力を有する敵機動部隊は更に恐ろしい。
だが……一番恐ろしいのは、数少ない安寧の航路さえも、たった1機の偵察機で白日の下に曝け出す例の新型潜水艦ではないのだろうか。
安全海域だと思い、安心して航行していた輸送船は、唐突に表れた偵察機にその素性を調べられ、その情報を基に、敵潜水艦部隊は、より自由に活動できる。
そして、敵潜水艦の魔の手は、いずれは北岸付近にも及んでしまうかもしれない。
彼はそう思うと、背筋が凍り付いてしまった。

「それでも……それでも続けねばならんのか。この戦争を…」

フェヴェンナの諦観の混じった声は、艦体に吹き上がった波しぶきの音で搔き消された。

196ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2017/02/21(火) 17:03:42 ID:VAFeLvik0
1月5日 午前6時30分 ノア・エルカ列島東方600マイル地点

ベルンハルト艦長は、潜望鏡で周囲の海域を慎重に眺め回していた。
やがて、周囲に敵影が無い事を確認すると、ベルンハルトは頷きながら潜望鏡を収めさせた。

「浮上する!メインタンク・ブロー!」
「メインタンク・ブロー、アイ・サー!」

ベルンハルトの指示の下、クルーが手慣れた動きで各種機器を操作し、キャッスル・アリスの艦体を海面へと誘っていく。
海面に長い艦首が現れると、そこから瞬く間に艦体が波飛沫を受けながら洋上に姿を現す。
キャッスル・アリスはその黒い船体を完全に浮かび上がらせると、10ノットの速度で洋上を走り始めた。
艦橋に装備されている対空レーダーと対水上レーダーはひっきりなしに電波を飛ばし、視認範囲外に脅威となる物が居ないか探る。
甲板には我先にと見張り員が躍り出て、艦橋や甲板に陣取って索敵を始めた。

「艦長。対空レーダー、対水上レーダー、共に敵の姿は映っておりません」

報告を聞いたベルンハルト艦長は、微かに頷く。

「よし。索敵機を出そう。飛行科員は直ちに発艦準備にかかれ!」

ベルンハルトが命令を下すと、飛行科員が待ってましたとばかりに、航空機格納庫に取り付く。
程無くして、格納庫の扉が左右に開け放たれ、中から折り畳まれた水上機が、カタパルトの上に押し出された。
小振りながらも、ほっそりとした機体に、5名の機付き整備員が機体の各所を点検していく。
点検が一通り終わると、ある者は燃料タンクに燃料を入れ、ある者は機銃弾を装填していく。
操縦席に座った整備員はエンジンを始動し、暖機運転を始めた。
アイレックス級潜水艦の艦載機であるSO3Aシーラビットは、胴体の燃料だけで最大1800キロの飛行が可能だが、今回は両翼に2個の
増槽タンクを取り付けている。
増槽を取り付けて飛行した場合、航続距離は2400キロまで伸びるため、パイロットは余裕をもって索敵に専念できる。
浮上から2分後に、艦橋に上がったベルンハルトは、空と洋上の波を交互に見て満足そうな表情を浮かべた。

197ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2017/02/21(火) 17:04:59 ID:VAFeLvik0
「ほほう、これは絶好の索敵日和ですなぁ」

すぐ後ろに付いてきたローリンソン飛行長が、顔に満面の笑みを表しながらベルンハルトに言った。

「多少は荒れた天気が続くかと思っていたが、素晴らしいほどの冬晴れだ。空気がかなり冷たい事を除けば、満点の天気と言えるだろう」
「これなら、索敵もやりやすいでしょう。お、来たか」

ローリンソン大尉は、艦橋のハッチから上がってきた2人の飛行服姿の部下に顔を向ける。
部下2人は、ベルンハルト艦長とローリンソン飛行長に対して敬礼を行う。

「うむ、ご苦労」

ベルンハルトは、短くそう返してから答礼する。

「ロージア少尉、クライトン兵曹長。待ちに待った出番だ。今日はしっかり働いてもらうぞ」
「「はい!」」

キャッスル・アリス搭載機の機長を務めるニュール・ロージア少尉と、パイロットを務めるトリーシャ・クレイトン兵曹長は、気合いの
籠った口調で返事をする。

「先ほど、僚艦であるシー・ダンプティも艦載機の発艦準備を終えつつあると通信が入った。諸君らは、先の打ち合わせ通り、母艦から
西方300マイル(480キロ)まで進出し、洋上を航行していると思しきシホールアンル軍輸送船団を発見し、その詳細を母艦に伝えて
貰いたい。万が一、敵船団に竜母が居た場合、または、機位を見失った場合は即座に索敵を中止し、母艦へ戻って貰う。機体に何らかの
トラブルが発生し、索敵に支障が来す場合も同様である。いいか……必ず帰還するんだ。決して、変な気は起こすなよ?」
「無論です!何しろ、このロージアが指揮しますからな。飛行長……そして艦長。必ずや、敵船団を発見し、母艦へ戻ります」
「私も、機長と同じであります」

ローリンソンから出撃前の訓示を受けた2人の搭乗員は、自信に満ちた口調でローリンソンとベルンハルトに強く誓った。

「よろしい。では、かかれ!」

198ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2017/02/21(火) 17:05:50 ID:VAFeLvik0
2人は無言で敬礼を行うと、足早に艦橋を下り、整備員に取り囲まれた愛機に向かっていった。
整備員から機体の状況を確認したロージア少尉とクレイトン兵曹長は、何度か顔を頷かせてから機体に乗り込んでいく。
ロージア少尉は偵察員席に、クレイトン兵曹長は操縦席に座ると、機付き整備員が一斉に離れ、整備班長がローリンソンに合図を送った。
カタパルト上のシーラビットが、エンジン音をがなり立てる。
整備の行き届いた機首の1350馬力エンジンは快調な音を鳴らしていた。

「いやぁ、遂に発艦ですか」

唐突に、後ろから別の声が聞こえてきた。
振り返ると、フード帽を被った臙脂色の服を着た男性士官が立っていた。

「やぁロイノー少尉。君も艦載機の発艦を見に来たのかね?」
「それだけならまだ良かったんですが」

ロイノー少尉は頭のフード帽を取る。すると、そこから白い犬耳が湧き出てきた。
フィリト・ロイノー少尉は、カレアント海軍から送られてきた魔導士で、相棒のサーバルト・フェリンスク少尉と共にキャッスル・アリスに
搭載されている生命反応探知妨害装置の管理と操作を任されている。
年は22歳と若く、その長い白髪とカレアント人特有の獣耳はキャッスル・アリス乗員にとってある種の癒しとなっているが、本人はいたって
生真面目であり、暇な時は他の乗員の手伝いもするため、頼りになる居候という地位も確立していた。
ベルンハルトは、ロイノー少尉の含みある言葉が気になり、すぐに問い質そうとしたが、

「艦長、発艦準備完了しました!」

飛行長の報告で、ロイノー少尉との会話が途切れてしまった。

「OK。風も良し、波も良し。発艦に必要な条件は全て揃ったな」

ベルンハルトは、周囲を見回しながらそう呟く。
キャッスル・アリスの艦首に波が飛び散り、前部甲板が濡れるが、波はさほど高くなく、揺れも許容範囲内だ。

199ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2017/02/21(火) 17:06:31 ID:VAFeLvik0
「索敵機、発艦せよ!」

ベルンハルトは命令を下した。
甲板にいた飛行科員がフラッグを振る。その次の瞬間、小さな爆発音と共にカタパルト上のシーラビットが前部甲板を駆け抜ける。
一瞬のうちにシーラビットは大空に舞い上がり、機体を載せていた滑車台が甲板前縁部よりやや離れた位置に落下して水しぶきを上げた。
発艦を終えたシーラビットは、キャッスル・アリスの上空をゆっくりと旋回する。
両翼の下と、胴体下部に付けられた大小3つのフロートが、シーラビットの飛行する姿をより一層、優雅な物へと引き立たせていた。

「これはまた……気持ちよさそうに飛びますねぇ」

発艦風景を見つめていたロイノー少尉は思わず感嘆し、無意識のうち尻尾を左右に振っていた。

「いいだろう、飛行機ってモンは」

ローリンソン飛行長が、ロイノー少尉に向けて自慢気に語り掛けた。

「飛行長の言われる通りですよ。自分もまた乗ってみたいものです」
「お、そう言えばロイノー君」

ふと、先ほどの含みある言葉を思い出したベルンハルトが、ロイノー少尉に顔を向けながら問い質す。

「ここには、発艦風景を見守る目的で来た訳ではないだろう?」
「ああ、そうでした。危うく忘れる所だった……」

彼はすまなさそうに頭を下げてから、ベルンハルトに話し始めた。

200ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2017/02/21(火) 17:09:59 ID:VAFeLvik0
SS投下終了です

最近はそこそこ面白いアニメ、ドラマがあってちょいちょい楽しめてます。

毎週ケモノフレンズ→幼女戦記→バイプレイヤーズの順で見れるので、なかなかいいもんです。

てか、よく考えたらこの作品も地味にケモノ成分がありますなぁ・・・
最も、ここのケモノさん達は機関銃や戦闘機等を使いこなすおっかない方々ですが

201名無し三等陸士@F世界:2017/02/21(火) 21:06:54 ID:AgTU8Bps0
ケモナー系なのは最近少ないですからね。
狐とかは前はよくあったような・・

それにしても日本の潜水空母のことを指してるのか、弾道ミサイル搭載型の潜水艦を指してるのか楽しみですねw
現実的に潜水空母を運用させるには原子力潜水艦でせめて1万5千トンの排水量でオスプレイやアパッチぐらいじゃないと大量に搭載は不可能ですよね・・それはそれでフルメタルパニックのあれですねw

202名無し三等陸士@F世界:2017/02/21(火) 22:34:00 ID:S16I66PE0
投稿お疲れ様です。
海上護衛戦は地味ですが、ハラハラしてとても楽しめます。

ところで作中の1946年現在ではマオンド共和国では軍事裁判は行われているのでしょうか?

203名無し三等陸士@F世界:2017/02/22(水) 10:31:15 ID:CUVgi81g0
おおお・・・・・潜水艦物・・・これはこれでまた良いですな・・・

204名無しさん:2017/02/22(水) 14:02:14 ID:.95/zsvg0
お疲れ様です
まるで1944年の日本商船団を見ている感じがします
まだ駆逐艦などの護衛戦力はある程度あるものの、空戦力は枯渇状態
しかし、本当に酷い有様ですね、本土防空すら覚束ないじゃないですか
防御力が満足でないまま、魔の海域にさしかかる船団……BGMはジョーズのテーマでしょうか


>前線に行き渡るには、最低でもあと半年か1年は必要と言われているぞ

その頃になって、搭載出来る戦闘艦がどれほど残ってるんでしょうかね……(震え声

205名無し三等陸士@F世界:2017/02/22(水) 20:02:05 ID:hWFIE.hw0
ヨークタウン氏乙です

ファンタジー潜水艦ことアイレックス級、またまた登場
今度はどんな戦果を挙げるのだろうか
その艦載偵察機の機長、ニュールということはもしかしてあの後席員のニュール君?
そしてロイノー少尉の言おうとしたこととは?

続き、待ってます!

206名無し三等陸士@F世界:2017/02/23(木) 01:33:28 ID:9R7ffzTs0
投下乙です

大型機が存在しないシホールアンルは陸からの哨戒線があまり伸びないだろうからこれから大変なことになりそうだ
対潜哨戒能力不足と撃沈されたあとの救助がほぼ不可能という意味で
なんとか空母を護衛につけても空母につける護衛も必要だしむしろ機動部隊を呼んでしまう餌になりかねない状況
この時期だとレーダーの発達で夜間に雷撃してくることもあるだろうしなぁ

>海軍全体で保有しているワイバーンは、育成中の個体も含めて800騎にも満たない。
そういえば米海軍ってどのぐらいパイロット居たのか気になって調べたら
1945年8月時点で6万人いたとか恐ろしいものを見た
空母勤務の人数まではわからなかったけど
五大湖に浮かんでた練習空母の2隻で1万人以上が着艦資格を得たらしいとの情報もあるので
とてもいっぱいいることはわかった

207名無し三等陸士@F世界:2017/02/23(木) 19:39:53 ID:Wkj.POYs0
 第四機動艦隊は壊滅し、首都近郊の第6艦隊は壊滅…
現状のシホールアンル海軍の残存戦力ってどれ位残ってるんですかねぇ?

208外パラサイト:2017/02/25(土) 22:36:45 ID:uyohS25I0
空母が無ければ商船に飛行機を積めばいいじゃない

ttp://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=61635576

なおパイロットが水着なのは一度発進したら最後は着水するしかないから(完璧だ)

209ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2017/02/28(火) 20:15:49 ID:VAFeLvik0
皆様レスありがとうございます。

>>201 弾道ミサイル潜水艦ルートか、潜水空母ルートかはこの時点でまだわかりませんが、なんとなく弾道ミサイル潜水艦ルート
に進みそうな予感

>フルメタルパニック
あれはあれでヤバイですなw

>>202氏 海上護衛潜は通常の海戦と違ってじわじわとした恐怖感や緊張の連続ですからね。

>マオンドでの軍事裁判
まだ行われてないですね。今はまだその準備中になります。

>>203氏 シホールアンル護送船団が酷い目に遭う予定です。
これも戦争故、致し方なし……

>>204氏 陸軍の残存航空兵力はまだ多いのですが、それも連合国空軍の数の前では雀の涙程度……
特に、B-36が参加してからは、シホールアンル側は一方的に爆撃されるだけになりましたね。

>防御力が満足でないまま、魔の海域にさしかかる船団……BGMはジョーズのテーマでしょうか
恐らくはそうでしょうなぁ。嗚呼、シホールアンル船団の行方は如何に

>>205氏 >その艦載偵察機の機長、ニュールということはもしかしてあの後席員のニュール君?
そう、あのニュール君です。
操縦員も歴戦の搭乗員ですから、とても頼りになる存在と言えるでしょう。

>>206氏 艦隊に対する夜間攻撃は第2時レビリンイクル沖海戦で本格的に行い、まずまずの戦果を挙げていますから、
護送船団が空襲を受ければ大損害は必至でしょうな

>米海軍のパイロット数
この世界で前線にいる米海軍母艦航空隊のパイロットだけでも、シホールアンル海軍のワイバーン数より遥かに多いです。
戦力格差を考えたらホント、頭おかしくなりますね…

>>207 シホールアンル海軍は、主力艦は正規竜母1隻、小型竜母6隻(うち3隻は修理中、2隻は就役したばかりのヴィルニ・レグ級)
戦艦3隻、他、巡洋艦、駆逐艦多数と言ったところですが、巡洋艦、駆逐艦も修理中な物が多いですね。
あとは旧式駆逐艦改造の護衛艦や哨戒艦といった雑艦が総計で500隻ほどいますが、戦力としては当てになりません。
この補助艦艇500隻も首都近郊と本土西岸に別れている状況なので、アメリカ海軍が圧倒している事には変わらないでしょう。

>>208氏 支援イラスト感謝です!
あの……その水着着用は夏、または、暖かい海限定ですよね!?(現在の戦闘海域は殆ど北方&季節冬=極寒)
冬場では流石にそれはない……と信じたい(願望

210名無し三等陸士@F世界:2017/03/24(金) 19:38:46 ID:VCi5cZtk0
どうかんがえてもシホールアンル輸送船団が潜水艦で撃沈されまくりで旧日本帝国と同じ運命を歩むような気がしてならない。
軍や人口の規模が大きいと飢餓作戦はいちばん堪えますよねえ。

211名無しさん:2017/04/01(土) 11:59:13 ID:.95/zsvg0
>>210
ガトー級(機雷敷設タイプ)B29「港湾封鎖は任せろー(ジャブジャブ」
シホールアンル「やめてっ」

212名無し三等陸士@F世界:2017/04/03(月) 01:11:26 ID:4Ewy13lk0
資源地帯とのシーレーンがハルゼー台風で文字通り消滅した上に陸運が弱く沿岸航路の壊滅が致命的だった日本に比べれば、国内でもある程度資源が賄えて鉄道を始めとした陸路もあり、国土の縦深もあるシホールアンルはまだまだ戦えてしまいそう…

213名無し三等陸士@F世界:2017/04/08(土) 21:19:47 ID:VCi5cZtk0
陸路は空爆で鉄道や工場など重要施設などの戦略目標たたかれて 海は潜水艦が海上交通網破壊で麻痺 どうみても詰んでるなあ。
もう作戦は神風作戦かゲリラ抵抗しか選択ないよね。

214名無し三等陸士@F世界:2017/04/08(土) 23:17:08 ID:9R7ffzTs0
シホールアンルの南部を分断した部隊は事が進めばウェルバンルの包囲作戦に出るはずだったから
大陸に引きこもって徹底抗戦するならすぐにでも首都を移転する勢いじゃないと

しかし生命探知で潜水艦が見つけられなくなった以上
レーダーの逆探知機すらないシホールアンルはある意味日本より辛いかもしれん
・・・・・こんな状況で航跡ない電池魚雷とか使われたらシホールアンル司令部はどんな反応するんだろ

215名無し三等陸士@F世界:2017/04/24(月) 21:12:40 ID:fvyoHNpY0
機雷はお嫌いですか?

じゃなくって、機雷で沿岸航路封鎖されたらいよいよ物流がやばくなりそうだな

216名無し三等陸士@F世界:2017/05/04(木) 22:03:07 ID:uEA.LVEY0
やはりGW中に更新は厳しいか・・・

217名無し三等陸士@F世界:2017/06/04(日) 21:49:12 ID:SElSZ.AA0
シホールアンルの国の形状見ると北部が東西に長いから
南部に農業が集中してそうな形してるよね
分断された北部では食料配給制になったりしたりして
ケルフェラクの生産が遅れるのは工業地帯壊滅で遅れるのが目に見えてるけど
食料供給が減った場合ワイバーンやら軍馬の維持が難しくなりそう
シューティングスターのような輝かしい新兵器もありますが
橋を落とすためのAZON爆弾や命中率を5倍引き上げたK―14ジャイロ式照準器
小型でどこにでも落とせる焼夷カードなど新兵器は種類盛り沢山

島に取り残されたシホールアンル国民を本土に連れ帰るため難民船をやろうものなら沈められ
島に残る物なら食料不足の危機
行くも地獄帰るも地獄ですな
オールフェスじゃなくてリリスティが先に辛い決断をすることになるかも?

218ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2017/07/03(月) 19:50:41 ID:PM3/LMsM0
レスお返しいたします。

>>210氏 ルキィント、ノア・エルカ列島からの兵力転用も阻止したい米海軍としては、航路上にある船は全て標的ですから
軍民問わず沈めまくるでしょう。

>軍や人口の規模が大きいと飢餓作戦はいちばん堪えますよねえ
シホールアンルにもガッツリ効きますね。ほっとくと、餓死者が大量に出てエライ事になるでしょうね……

>>211氏 トドメを刺すのは当然ですよね(暗黒微笑

>>212氏 >>213氏も言われておりますが、まだ健在そうな陸上輸送路も、これからはアメリカ側が内陸部のインフラにも
徹底した爆撃を加えるでしょうから、遅かれ早かれ、陸上交通路も各所で寸断されるでしょう
そしてどんどんやせ細っていくシホールアンル軍……負け戦が込むと悲惨な物です

>>214氏 南部攻略は、連合側が持てる航空兵力をほぼ全力でつぎ込むでしょうから、3月半ばまでには片が付きそうです。
ただ、首都移転しても、加速度的に悪化するシホールアンルの国内状況を考えると、あまり効果が無いでしょうな

>>215氏 沿岸部から疎開する一般市民が激増するでしょうね。制海権もほぼ連合軍の手中にあるため、シホールアンル側は
連合側がいつでも上陸作戦を行う事ができると判断しており、戦々恐々としております
なんらかのアクションが加われば、沿岸部住民への避難命令も発せられる事でしょう。

>>216 更新できなくすみませんでした。今週中には行いますので、しばしお待ちを

>>217氏 大体そんな感じですが、農業地域は南部だけではなく、北西部や東部の辺り……大まかに言うと、南部地域に隣接していた
南寄りの地域が主な農業地帯です。
そして、その辺りは、近々戦火に巻き込まれるので……まぁ、食料自給率はこの年以降、大幅に下がる事になるでしょう

>オールフェスじゃなくてリリスティが先に辛い決断をすることになるかも?
最悪の場合
「降伏しても……構わんですか?」
というような判断が、現地司令官の権限で下されるかもしれないですね。

あと、掲示板のトップを見て驚いたのですが……
本家のスレができてて思わず幻を見ているのかと思いました。
どうしてまた…

219名無し三等陸士@F世界:2017/07/04(火) 22:29:51 ID:1cB0piDI0
返信乙です

シホールアンルはもういっぱいいっぱいですな(汗

220ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2017/07/04(火) 23:07:00 ID:PM3/LMsM0
こんばんは〜。これよりSSを投下いたします

>>219氏 それでも抗うシホールアンル。もっと痛めつけなければなりません

221ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2017/07/04(火) 23:09:14 ID:PM3/LMsM0
第284話 海上交通路遮断作戦(中編)

1486年(1946年)1月5日午前7時40分 ノア・エルカ列島東方540マイル地点

潜水艦キャッスル・アリスより発艦したSO-3Aシーラビットは、高度4000メートル付近を時速200マイルの
巡航速度で順調に飛行を続けていた。

「機長!機上レーダーの調子はどんな感じですか?」

キャッスル・アリス搭載機の機長を務めるニュール・ロージア少尉は、機体の左側下方の海域に目を凝らしていた所を、
ペアであるトリーシャ・クレイトン兵曹長に声を掛けられた。
ロージア少尉は顔をレーダースコープに向ける。

「バッチリ作動している。故障の心配は無いぞ」
「いいですね。このまま作動し続けて欲しいもんです」

クレイトン兵曹長の言葉に無言で頷いたロージア少尉は、レーダー範囲内に艦船の反応が無いか確認する。
彼らの機に搭載されている機上レーダーはAN-APS7と呼ばれる物で、米海軍の索敵機には標準装備となっている。
探知範囲は、水上目標なら最大で40キロ、航空目標なら最大で14キロとなっており、索敵範囲は前方160度方向に定められている。
ロージア機の任務は、機上レーダーも用いて、水上を航行しているであろう、シホールアンル軍護送船団を視認し、敵船団の編成を確認する事である。
敵船団索敵には、キャッスル・アリスの北方300マイルに位置するシー・ダンプティから発艦したシーラビットも参加しており、2機の索敵機が
南北から同時に獲物を探し求めている形になっている。
索敵範囲はキャッスル・アリスより方位230度方向の南西部を300マイルほど飛行した後、方位0度方向に反転し、100マイル北上。
その後、キャッスル・アリスが待機している元の海域まで飛行する。
総計700マイル(1260キロ)の長い索敵行であり、発艦から帰還に至るまでの経過時間は、最短でも3時間半、長ければ5時間はかかる予定だ。
とはいえ、これまでの経験でそれ以上の飛行時間を経験している2人には、慣れた索敵行であった。

「それにしても機長……2機のシーラビットで本当に敵の船団は見つけられますかね?」
「さあなぁ……俺としては、空振りに終わるように思える」

クレイトンの質問に、ロージアはさり気ない口調で答えていく。

222ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2017/07/04(火) 23:10:02 ID:PM3/LMsM0
「俺もお前も、このシーラビットに乗る前は母艦航空隊で経験を積んできているが、空母機動部隊が一度に放つ索敵機の数は、少なくとも10機以上だ。
ある時は、一度の索敵線に2機の索敵機を同時に飛ばして敵艦隊を探すこともあった。だが、時には索敵に失敗する事もある。10機以上の索敵機が
30隻以上の大艦隊を発見できん時もあるんだぜ?それを2機でやれと言うんだから、無茶にも程があるよ」
「機長の言う通りですね」

クレイトンは苦笑交じりの声でそう答えた。

「その索敵線の少なさを補うために、本国ではアイレックス級の同型艦が複数建造中と聞いています」
「今の所、公式には10隻のアイレックス級を揃える予定と言われているが……俺の知り合いから聞いた話だと、それより多い数の同型艦が
追加発注されたらしい」
「追加発注ですか……どれぐらいの数ですか?」
「さあ、正確にはわからんよ。知り合いも、同じく分からんと言って来たよ。だが……」

ニュールは頬を掻きながら言葉を続ける。

「俺達の国の事だ。最低でも20隻……いや、40隻作れと言っていても驚かんね」
「40隻ですか……アイレックス級はこれまでの潜水艦と違って建造工程が幾分複雑化してて、量産向きではないと聞いてますけど」
「それでも、量産しちまうのがこのアメリカだよ。エセックス級しかり、キトカン・ベイ級しかりだ」
「はぁ……」

クレイトンは生返事を返しつつ、実際にやりそうだと心中で思った。

「まぁ、実際に量産化されれば、潜水艦部隊の索敵範囲もぐんと広まりますし、作戦の幅も広がりそうですね」
「理にかなってはいるな。おっと、知り合いからはこんな話も聞いたな……なんでも、新型の巡洋艦が発注されたとか」
「えぇ……新しい戦闘艦がもう開発されるんですか?」
「ああ。なんでも、ウースター級をより強化した巡洋艦のようだな。手こずっていた新式主砲の開発が完了したから、それを主兵装にする
巡洋艦を早くも建造するらしい。」
「もしかして……デモイン級より強い巡洋艦ですか?」
「いや、主砲のパンチ力はデモイン級以下、それでいてウースター級以上とあるから、軽巡だとは思うがな」
「ふむ……あと、ウースターって、あの頭のいかれた対空艦ですよね。それの後継艦がもう……?」
「我が合衆国海軍は、先を読んでいるのかもしれんな」

223ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2017/07/04(火) 23:11:18 ID:PM3/LMsM0
ニュールの言葉を聞いたクレイトンは頭を捻りながら言葉を返す。

「先を読むにしても…わざわざ新しい軍艦を作る必要はあるんですかね」
「その辺りはお偉方しか分からん。造船所は船を作れと言われたら作り、俺たちのような下っ端は命令があれば、それらの兵器を操る。
それぐらいしか出来んさ」
「なにせ軍人だから……という事ですね」
「お、こいつ!俺の決め台詞をパクりやがって!」

ニュールは拳を振り上げて、目の前の防弾版を小突いた。
その音を聞いたクレイトンは笑い声をあげて、内心でしてやったりと喝采を上げていた。
取り留めのない会話を交わす2人だが、その間、彼らの目線は盛んに周囲に向けられる。
雑談を交わしつつも、2人は決して気を緩める事などはせず、針路上の敵護送船団を探し求めていた。


午前11時45分 ノア・エルカ列島東方540マイル地点

洋上に停止していた潜水艦キャッスル・アリスは、艦の右舷側に回り込んだ艦載機の着水を待っていた。
キャッスル・アリス艦長レイナッド・ベルンハルト中佐は、飛行長のウェイグ・ローリンソン大尉を隣に従えながらシーラビットの着水をじっと見守る。
シーラビットは充分に速度を落とすと、緩やかにフロートを海水に付け、1度は軽くバウンドするが、そのまま白波を蹴立てながらするすると減速していく。
やがて、シーラビットはキャッスル・アリスの右舷艦首側5メートルほどまで近づいてから洋上に停止した。

「何度見ても見事な着水だ」
「クレイトンは優秀な搭乗員ですからな。いつ見ても安心できますよ」

ベルンハルト艦長がそう評価すると、ローリンソンも幾分誇らしげな口調で相槌を打つ。
一見、愉快そうな口調で話す彼らだが、心の中ではやや不満足に感じていた。

「収容急げ!」

ローリンソン飛行長が指示を飛ばし、飛行科員がそれに従い、艦の乗員と共に艦載機の収容作業に取り掛かった。
格納庫から収容クレーンが出され、接舷したシーラビットを吊り上げるべく、機体の指定された箇所にワイヤーを括りつけていく。

224ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2017/07/04(火) 23:12:53 ID:PM3/LMsM0
準備が終わると、シーラビットはクレーンに吊り上げられ、慎重な動作でカタパルトの台座上へと運ばれて行った。


午後0時30分 キャッスル・アリス艦内

「ご苦労だった。下がっていいぞ」

ローリンソンはクレイトン兵曹長とロージア少尉から一通り報告を聞いた後、2人を下がらせた。

「飛行長、どう思うかね?」

ローリンソンは右隣に立っていたベルンハルトに声を掛けられると、溜息を吐きながら首を横に振った。

「予定された事ではあります。とはいえ……こうもあっさり空振りに終わると、ちと悔しい物がありますな」

ローリンソンは、海図台に置かれた海図を見据えながらベルンハルトにそう答えた。

「飛ばせる飛行機の数が多ければ、索敵の効率も上がるのですが」
「ま、案の定と言った所だな。それに、最初から敵船団が見つかる訳ではない。戦争をしているんだ……これも、結果の一つとして受け入れんと行かんさ」
「確かに」

ローリンソンはそう返しつつ、心中ではやれやれと呟いていた。

キャッスル・アリスとシー・ダンプティが行った航空偵察は、目標としていた敵護送船団を発見する事無く幕を閉じた。
2機のシーラビットは予定の航路を飛行したものの、目標は発見できぬまま母艦に戻ってきたのである。

「しかし……シー・ダンプティの艦載機が途中、機上レーダーの故障を起こしたのは痛いですな。おまけに、シー・ダンプティ機の針路上には
予想していなかった多量の雲が続いていたとも聞いています。もしかしたら」
「君の言いたい気持ちは分かる。だが、シー・ダンプティの艦載機は途中から雲の下まで高度を下げて偵察している。しかし、目標はそれでも
見つからなかった。やるべき事はやっているさ。だが……第1次索敵は誰が見ても失敗だよ」
「……索敵線を変更致しましょうか?」
「変更か……どれぐらいかね」

225ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2017/07/04(火) 23:13:35 ID:PM3/LMsM0
ベルンハルトが聞き返すと、ローリンソンは海図上に書かれた索敵線をやや北にずらした。

「第1段索敵ではこの針路上に敵影は見つかりませんでした。なので、北に50マイルほどずらし、第2段索敵でこの針路上を索敵してはどうでしょうか」
「ふむ……悪くない考えではある。だが、シー・ダンプティ機の索敵範囲はどうなるんだ?」
「シー・ダンプティ機は、偵察高度を変えて先程とほぼ同じ範囲を偵察させてはどうでしょうか。シー・ダンプティ機が飛行高度を変えたのは偵察行の
半ばを過ぎてからです。針路上の天候が先程と同様ならば、雲の下を飛ばして偵察させればよいと思います」
「そうは言うがな……シー・ダンプティの飛行科将校の考えもあるし、第一、こっちは命令する側ではない。出来るとすれば、君の言った案を伝えることぐらいだな」
「……では、シー・ダンプティ機の第2段索敵の飛行計画がどのようになっているか問い質してみましょう。無論、こちらの索敵計画も伝えてからですが」
「それがいいだろう。早速打ち合わせに入るとしようか……俺達の背後にいる僚艦8隻に任務をこなして貰う為にもな」

2人はそう決めると、通信員を呼んで索敵計画の打ち合わせに入った。


午後1時20分 キャッスル・アリス艦内

打ち合わせが一段落した後、ベルンハルトは通信室の近くにあるこじんまりとした一室を訪ねた。
室内の小さなテーブルの上に置かれた魔法石を前に、険しい表情を浮かべながら会話を交わす2人のカレアント人士官は、ベルンハルトを見るなり
席から立ち上がった。

「これは艦長」
「ああ、そのままでいい……して、どうだね。魔法石の具合は?」

ベルンハルトが問うと、右側の白い犬耳の魔導士官……カレアント海軍所属の魔導将校であるフィリト・ロイノー少尉が口を開いた。

「魔法石の出力は、ひとまず安定の数値を出しているのですが、唐突に出力が不安定になる事が多くなっています。一応、このまま使うのならば、
2時間の連続使用には耐えられるでしょうが……」
「一応、持ってきた予備の魔法石が1つありますので、それを代わりに使う事も考えましたが、機能停止状態の魔法石は、活性化するまでに1日半の
時間を要すと、ミスリアル側から説明されています」

ロイノー少尉の隣にいる、茶色と黒が混じったまだら模様の長い猫耳のカレアント人士官、サーバルト・フェリンスク少尉も会話に加わった。

226ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2017/07/04(火) 23:14:20 ID:PM3/LMsM0
「恐れながら……小官としましては、不安要素を取り除くには、不具合のある魔法石は使用せず、予備の魔法石に取り換えてから作戦を継続するのが
よろしいのではないかと思いますが」
「……ロイノー少尉も同じ意見かね?」

ベルンハルトは真顔でロイノー少尉を見つめる。

「私も同じです。先ほどお話を聞きましたが、まだシホールアンル軍護送船団は発見できていないようですな。僭越ながら申し上げます。ここは
フェリンスク少尉の言う通り、魔法石を変えて、万全な体制で臨まれた方が良いと、私も思います」
「……参ったな」

ベルンハルトは渋面を浮かべ、左手で自らの後頭部を掻いた。

敵船団襲撃は、2隻のアイレックス級潜水艦と16隻の通常型潜水艦と共同して行う予定だが、事前の打ち合わせでは、シー・ダンプティを基幹とする
第1群とキャッスル・アリスを基幹とする第2群、それぞれ9隻に別れており、個別で敵船団を攻撃する事になっている。
この2個潜水艦隊は南北に300マイル離れており、群旗艦を務める司令潜水艦が定期的に連絡を取り合っていた。
キャッスル・アリスは、第2群の目として航空偵察を行い、敵船団を発見した場合は後方40マイルに展開している潜水艦8隻を付近に呼び寄せ、敵船団を
視認範囲内まで近づけた後は、キャッスル・アリスがまず敵船団に雷撃を行い、敵護衛艦の注意を引き付けたうえで、第2群本隊8隻で波状雷撃を掛けて
敵船団の漸減を図るという計画が立てられていた。

なぜこのような計画が立てられたのか。
それは、生命反応探知妨害装置の不足に起因していた。
ミスリアル側から貸与された生命反応探知妨害装置は、敵対潜艦の追尾を振り切れる画期的な魔法兵器であるが、生産数が少ないのと、魔法石の各種調整には
同盟国の魔導士が共に乗り組む必要があるため、一部の潜水艦にしか配備されていなかった。
アイレックス級は全艦が、同盟国の支援の甲斐あって探知妨害装置を搭載する事ができたため、同級に属するシー・ダンプティとキャッスル・アリスは、
今回の作戦では敵船団攻撃後に、護衛艦を一部なりとも誘引して本隊の負担を軽減する事が求められていた。
しかし、それを完璧にこなす為には、探知妨害装置が入力された魔法石が、予定通りに探知妨害魔法を発し続ける事が求められる。
もし、敵の生命反応探知魔法を妨害できなければ、キャッスル・アリスは複数の敵護衛艦に追い回され、最悪の場合撃沈されるであろう。

「魔法石がしっかり働いてくれないとまずいんだがなぁ……何しろ、この辺りの水深は何故か、あまり深くないから、深深度に潜って攻撃を回避する事も難しい。
魚雷も本隊の搭載している電池魚雷と違って、従来の尾を引きまくる奴を使っているからな……どうしたものか」

2人のカレアント軍士官は、目の前で渋面を浮かべ、喉を唸らせながら苦悩しているベルンハルトを見て、自然と悪い事をしてしまったと、心中で感じていた。

227ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2017/07/04(火) 23:15:09 ID:PM3/LMsM0
「……艦長、我らが付いていながらこのような様になってしまい、深く……お詫び申し上げます」

ロイノーはそう言いながら、相棒のフェリンスクと共に頭を下げる。
それを見たベルンハルトは、さり気ない動作で右手を振った。

「いや、別に貴官らが悪い訳ではあるまい。貴官らはよくやってくれているよ。普段から魔法石のチェックも欠かさず行い、本分を尽くしているばかりか、
うちの手伝いまでやってくれているからな。別段、謝る必要は無いぞ」

ベルンハルトは、快活さを感じさせる口調でひとしきり言った後、少しばかり表情を歪めながら魔法石を指差した。

「責があるとすれば、こんな危なっかしいモノを手渡したミスリアル側の責任者だろうな。これで事が起きたら、そいつをうちの艦に呼んでから、
魚雷発射管に詰め込んでやるさ」
「エルフを魚雷発射管に詰め込むのですか……それはまた……怖いですなぁ」

さらりと言ってのけたベルンハルトに対し、2人は顔をやや引き攣らせた。

「おっと……ここは笑う所だぞ?」

ベルンハルトが苦笑しながら言うと、2人も表情を和ませた。

「ひとまず、魔法石の状況は掴めた。引き続き、魔法石の監視と調整を行ってくれ」
「はっ。何かありましたら、すぐにお伝えします」

フェリンスクがベルンハルトにそう返答し、隣のロイノーはベルンハルトの顔を見ながら無言で頷いた。


同日 午後2時 キャッスル・アリス艦内

「飛行長、機体の状況はどうなっている?第2段索敵は出来そうか」

ベルンハルトは海図台の側で航海長とひとしきり話し合った後、目の前に現れたローリンソンを見るなり、おもむろに声を掛けた。

「機体の状況は万全です。帰還後に整備を行いましたからな。燃料補給も間もなく終わります」

228ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2017/07/04(火) 23:16:06 ID:PM3/LMsM0
「そうか。本日2回目の航空偵察は準備を終えつつあるな」

ベルンハルトは満足気に頷く。

「ところで艦長。群司令からは何か言われましたか?」
「ああ、魔法石の話か……」

ベルンハルトは、魔法石の状況を確認した後に、後方の潜水艦ベクーナに座乗する第2群司令ローレンス・ダスビット大佐に一連の報告と、
今後の動向についての指示を仰いでいた。

「司令からは、魔法石の動作が完全に停止する恐れが無いのならば、作戦を続行せよと命じられたよ。つまり、魔法石の交換はやらずに任務に当たれという事さ」
「それはまた……大丈夫でしょうか?」
「不安しか感じんが……まぁ、やってやれん事はないだろう」

ベルンハルトは腕組しながら、ローリンソンに言う。

「それに、万が一魔法石が使えなくなったとしても、戦えん訳ではない。あの便利な兵器が出る前は、もっと悪い環境で敵と戦った事もある。
その時の経験を活かして立ち回るだけさ」
「……いやはや、艦長は慎重なのか、大胆なのか分かりませんなぁ」

あっけらかんとした口調で言うベルンハルトに対し、ローリンソンは唖然としながらそう言い放った。

「まぁ……私の親戚がUボート乗りだったからな。爆雷攻撃に遭遇しやすい血筋を受け継いでいるのかもしれん」
「うちらクルーからしてみれば最悪な血筋かもしれませんな。潜水艦乗りにとって、爆雷攻撃を食らう事は死の一歩手前か……その先に直結するかの、
2つに1つですから」

傍で聞いていたボールドウィン航海長が、毒のある言葉で返した。

「言いたい事を言える部下を持てて幸せだよ」

ベルンハルトは苦笑交じりに、ボールドウィンへそう言った。

「艦長……時間ですな」

229ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2017/07/04(火) 23:18:06 ID:PM3/LMsM0
ローリンソンは腕時計を確認してから、艦載機発艦の時間が迫っている事を伝える。

「もうそんな時間か。よし、上がろう」

ベルンハルトは頷くと、ローリンソンと共に艦橋に上がっていった。
彼らが艦橋に上がるまでの間、キャッスル・アリスの甲板上では、早朝と同じように整備と燃料の補給を終えた艦載機がカタパルト上に引き出され、
暖機運転を開始していた。
艦橋に上がったベルンハルトは、上空を見渡してから、顔に渋面を浮かべた。
キャッスル・アリスの上空には雲が張っており、所々切れ間が見えてはいるのだが、航空偵察にはあまり不向きな天候に思えた。

「飛行長、どう思うね?」

彼は、空に指差しながらローリンソンに聞く。

「雲の量が多くなってますなぁ……朝と比べると、状況は幾分悪くなってます」
「……わが合衆国海軍気象部の予報官によれば、この海域の天候は2月辺りまで良好の見込みと言っていたが」
「この異世界の天候予測なんぞ、はなから当てにしとりませんぜ。何しろ、気象データの蓄積がまだまだ足りん上に、前にいた世界よりも天候の
変わり具合が異様ですから」

それを聞いたベルンハルトは、苦笑しながら肩を竦めた。

「ああ、まさにそれだ。晴れ間が見える分、天候は良好…と、言えなくもないがね」
「まぁ……そうとも取れますな」

ローリンソンも苦笑いしながら空を見上げた。
心なしか、風もやや強くなっているようであり、艦首方向からふぶく風の音も幾分大きくなっているように思えた。
程無くして、しばしの休息を終えた2名の搭乗員が艦橋に上がってきた。

「飛行長!」
「おう、ご苦労」

ローリンソンとロージア少尉、クレイトン兵曹長が互いに敬礼をする。

「これから第2段索敵に行ってもらうが、索敵の手順、飛行経路は先ほど話した通りだ。無事に帰還する事を祈っているぞ。艦長からも何かありますか?」

ローリンソンはベルンハルトに顔を向け直して言う。

「いや、私からは特にないが……私も飛行長と同じく、諸君らが無事に帰還する事を祈っている。よろしく、頼む」
「無論であります。それでは、行ってまいります」

ロージア少尉は、さり気ない口調でベルンハルトにそう返すと、敬礼を送ってから甲板に降りた。
そして、クレイトン兵曹長と共に艦載機に乗り、朝と同じようにカタパルトから射出された。
シーラビットはキャッスル・アリスの周囲を旋回した後、未だに見ぬ敵護送船団を求めて、一路、西方へ向かっていった。

230ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2017/07/04(火) 23:19:58 ID:PM3/LMsM0
同日 午後2時20分 ノア・エルカ列島東方沖150ゼルド(280マイル)地点

小休止のため、艦内の食堂に下がっていたネルス少佐は、小走りで艦橋に上がり、艦長席に座っていた駆逐艦フロイクリ艦長、ルシド・フェヴェンナ中佐に
やんわりと声を掛けた。

「艦長、今戻りました」
「やや遅めの昼飯は美味かったかな?」

フェヴェンナ中佐は、微かに笑みを浮かべながらネルス副長に聞く。

「ええ、美味でしたよ。空きっ腹には程よく効きましたな。本当なら、もう少し早い時間に昼食を済ませていたはずですが……」
「いきなり来たからな。ヤツが」

フェヴェンナ艦長は、右手の親指を上に向けながら言った。


今から5時間前……午前9時頃の出来事であった。
それまで、護送船団は5リンル(10ノット)の速力で東に向けて航行していた。
対潜警戒を行いながらの航海であるから、どの艦も一定の緊張を保ちながら航行を続けていたが、この海域にはまだ米潜水艦が跳梁していない事もあって、
ある程度のんびりとした雰囲気がどの艦でも流れていた。
しかし、その軽やかな空気は、船団の一番北側を航行していた第51駆逐隊の駆逐艦ギョナスチの緊急信によって瞬時に吹き飛んだ。

「緊急!船団の北東方面の空域に敵機らしきものを確認せり!敵機は現在、雲の中に隠れた模様!」

全艦に飛び込んだこの緊急信によって、護送船団の空気は一気に張り詰めたものとなった。
駆逐艦ギョナスチからは、更に

「敵機らしき物、再度視認!距離、10000グレル!(2万メートル)」

という通信が入り、その後も2度、敵機視認の報告が飛び込んできた。
最初の通信が伝えられてから5分後、護送船団旗艦から速力を12リンル(24ノット)に上げ、南東方面に一斉回頭せよとの命令が伝わり、
船団は針路を南東寄りに変えた。
最初の敵機視認の報が伝えられてから15分後、ギョナスチからの追加報告は入らなくなった。
この時点で、敵機と思しき機影は、東の彼方に向けて飛び去っており、船団の視認範囲内にはいないと判断された。

231ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2017/07/04(火) 23:20:28 ID:PM3/LMsM0
それから5時間ほどが経った今……護送船団の各艦艇では、殆どの乗員が緊張に顔を引きつらせており、このフロイクリの艦内でもピリピリとした
空気に包まれていた。

「副長。やはり、みんな緊張しとるな」

フェヴェンナは眉間にしわを寄せながら、ネルスに話しかける。

「無理もありません。我が艦隊は敵機に発見されたのですから」
「発見か……」

フェヴェンナは顎を撫でながら、喉を唸らせる。

「……どうも腑に落ちんな」
「と、言われますと……?」

艦長の発した意外な言葉を聞いたネルスが、すかさず問い質す。

「なぜ、敵機は船団の上空で旋回しなかったのだ?」
「旋回……ですか」
「そうだ。偵察機は、目標を見つけた時は、その目標の詳細をなるべく正確に母艦に伝える必要がある。そのためには、まずは船団にもっと接近し、
必要とあれば上空を旋回して規模と編成を確認するはずだ」
「そういえば……これまでに会った米軍の偵察機は、よく雲の外に出て、我が方の編成を調べていましたな」

ネルスは過去の経験を思い出しながら、艦長にそう返した。
竜母機動部隊の護衛艦として活動した時期が長いフロイクリは、よく輪形陣の外郭に配備されており、そこから米軍の艦上偵察機が偵察飛行を行う様子を
幾度となく視認している。
敵の偵察機は、護衛のワイバーンが迎撃に向かえばすぐに退散していったが、いずれもが雲の外に出て、念入りに艦隊の編成を調べていた。
偵察機がすぐ逃げるのは、長居すれば護衛のワイバーンに撃墜されるからであり、別の戦域では、護衛機を持たない船団が敵の偵察機に四六時中
張り付かれたという情報もある。

「敵が船団を見つけていれば、必ず雲の外に出て来ただろう。何しろ……丸裸なのだからな。でも……敵機は雲の外から出てこなかった」

232ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2017/07/04(火) 23:21:14 ID:PM3/LMsM0
「もしかして……敵機は船団を発見していない……と?」
「過去の経験から照らし合わせれば、必然とそうなる」

フェヴェンナは空を見据えた。

「ギョナスチから伝えられた情報では、雲と雲の間を飛行していた敵機をたまたま視認し、それがあたかも、船団が敵機に見つかったという誤解を
生んでいるのかもしれん」
「しかし艦長……こちらが敵機を見つけたのならば、敵機もこちらを見つけたのではないでしょうか?」
「雲と雲の間を飛行しているだけで、船団の詳細が分かる筈がない。ましてや、敵機と船団の距離は、10000グレル(2万メートル)を割った
事が無く、最後の報告では15000グレル(3万メートル)まで離れていたと伝えられている」

フェヴェンナは顔をネルスに向けた。

「これは、“獲物を見つけた狩人”の動きではない」
「では……船団の存在は敵にまだ知られていない、という事ですか」
「そうなるな」

ネルスに対し、フェヴェンナはそう断言した。

「とはいえ、敵が第2の索敵を行う可能性もある。もしそうなれば、現針路を航行していたままの船団は、敵の第2次索敵で発見されてしまうだろう。
旗艦から命じられた進路変更は正しい判断だ」
「なるほど……では、船団は難を逃れたという訳ですな」

ネルスは安堵の表情を浮かべながらそう言ったが、フェヴェンナは真顔のまま言葉を返す。

「そうであると、いいのだがな」

233ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2017/07/04(火) 23:22:05 ID:PM3/LMsM0
午後4時 ノア・エルカ列島東方沖300マイル地点

キャッスル・アリスから発艦したシーラビットは、洋上に雲が多い事を考慮し、高度2500メートル付近を飛行していたが、目標である護送船団を
発見できぬまま往路の偵察行を終え、反転して母艦に引き返しつつあった。

「……まだ見つからんか」

後部席でレーダーに視線を送ったロージアは、依然として船らしき反応を捉えない事にやや苛立っていた。

「機長、やはり見つかりませんか?」
「ああ。レーダーにも反応が無い」

クレイトンにそう返したロージアは、無意識のうちに舌打ちする。

「母艦まであと240マイルか……あと1時間半以下の距離だな」

ロージアはそう言いながら、チャートに印を入れていく。
第2次索敵は、第1次索敵のよりも北側へ索敵範囲をずらして行われている。
これは、第1次索敵で機器の故障などにより、予定通りの索敵を行えなかったシー・ダンプティ機の補填として計画され、実行したものだが、
今の所、キャッスル・アリス機はこの範囲内で敵らしき船を発見できていない。

「参ったな……」

ロージアは眉間に皴を寄せながらも、目線は周囲を見回していく。
雲の下を飛行している水上機は、周囲に海を見渡せる事ができる。
だが、その四方には未だに、敵らしき船の影すらない。
今しも無線機から、シー・ダンプティ機が敵を発見したという朗報が入るかと期待するが、その期待が叶う事は、未だに無いままだ。
クレイトンとロージアが、悶々とした気分に苛まれながらも、時間は無情にも過ぎていく。
2人の搭乗員は、それでも完璧な動作で索敵を続ける。
しばらく時間が経ち、ロージアはレーダーから目を離し、目視で周囲の索敵を行っていく。
一通り、辺りを見回してから、レーダーに目線を移す。
機上レーダーには、依然として反応は映らない。

234ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2017/07/04(火) 23:22:43 ID:PM3/LMsM0
「機長。母艦まであと200マイルです」

耳元のレシーバーに、クレイトンの定時報告が入る。
チャートに目を移し、手書きで機位を記していく。

「あと1時間か……こりゃ、第2次索敵も空振りに終わるかもしれんな」

記入を終えると、彼はレーダーに目を移す。
レーダースコープには相変わらず影も形もなく、端にシミのような物が映った時には、目線を機の左側に向けており、そこから後方、右側と
視線を巡らせていく。

「機長、やはり……索敵は失敗ですかね」
「ああ。失敗だな。やはり……偵察機は多く揃えんと効率が悪いな」

クレイトンの質問に、ロージアは溜息混じりの声で答える。
ロージアは気持ちを改めるため、深呼吸をしてから索敵を続けようとした。
その時、彼の脳裏に先ほどの光景が思い起こされた。
レーダーから目を離した時……スコープが端に着いた時、一瞬だけシミのような光点が見えていた。
その後、ロージアは周囲を索敵した後に再度レーダーを見たが、反応は無かった。

(そう……“シミ”すら無かった……!?)

ロージアは心中でそう呟いた直後、急に目を見開き、機の左側……北の方角に顔を向ける。
北側の海域は一瞬、何も見えないように思えるが、よく目を凝らしてみると、その方角には、雲がより一層低く垂れ込んでいる。
周囲の雲は、大体3000メートルから4000メートルの間に浮いているが、その方角の雲は3000メートルから2000メートル付近まで降りているように見える。

「……クレイトン!燃料はあとどれぐらいだ?」
「いつも通り、増槽タンクのみならず、胴体の燃料タンクも満タンで出撃しましたから、あと500マイル(800キロ)は飛行できますが……どうかしましたか?」
「すまんが、北に針路を変えてくれ。方位は340度。急げ!」
「……!アイ・サー!」

235ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2017/07/04(火) 23:23:23 ID:PM3/LMsM0
先ほどから打って変わったロージアの口調に、何かを察したクレイトンは、言われるがままに機首を北に向けた。

「もしかしたら、目の錯覚かもしれん。だが……今まではあの微かな“シミ”すら無かった。燃料にはまだ余裕がある。例え何も無かったとしても、
母艦に帰れるだけの燃料は残る筈だ」

ロージアはそう呟きつつも、期待に胸を膨らませながら、その時が来るのを待った。




それから10分ほどが経った。

午後4時30分、機上レーダーが明確な反応を映し始めた。

「捉えたぞ。方位335度、距離25マイル!」
「機長、こっちも視認しました!雲の下に隠れてますぜ!」

高度2000メートルまで降下したキャッスル・アリス機は、前方の洋上を行く敵護送船団の姿を目視で確認していた。

「敵の数は……3隻ほど見えます!」
「レーダーの反応は既に10隻ほど捉えている。もっと近付くぞ!」

ロージアの指示に従い、クレイトンは速度を上げて、敵護送船団との距離を詰めていく。
敵船団との距離を詰める中、ロージアは敵船団発見の報告を母艦に伝え始めていた。
それからしばらくして、キャッスル・アリス機は敵船団の全容が明らかになる位置まで接近を果たした。

「機長、護衛艦が発砲してきました!」
「近付きすぎるな!撃ち落とされるぞ!」

ロージアは切迫した声でクレイトンに注意を促した。
敵弾はキャッスル・アリス機から300メートル離れた右側下方で炸裂し、黒煙が沸いた。

236ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2017/07/04(火) 23:24:13 ID:PM3/LMsM0
距離は敵船団の外周から13000メートルほどを開けているが、念のため、15000メートル付近まで下がる事にした。
敵艦は盛んに対空砲弾を放ってくるが、キャッスル・アリス機の至近で炸裂する弾は1発も無かった。
クレイトンは、敵船団との距離を保ちながら、ゆっくりと外周を回っていく。
最初は敵竜母が護衛に付いていると思われたが、見た所、敵船団には護衛艦と輸送艦しかいないため、敵ワイバーンの存在を気にする事無く、
敵船団の詳細を確認する事ができた。

「敵船団は駆逐艦、輸送艦総計40隻前後。そのうち、護衛艦は12隻、残りは輸送艦の模様。母艦との距離は200マイル、方位300度。
速力は約20ノット。敵船団は同針路を依然として航行中なり」

ロージアは、敵船団の編成と針路、推定速度を事細かく報告していく。
程無くして、報告を終えたキャッスル・アリス機は船団の上空を1周してから帰途に就こうとした。

「機長、やりましたね!」
「ああ。ビンゴだ。失敗に終わるかと思ったが……どうやら、運に見放されていなかったようだ」
「報告も終わりましたし、帰還しますか?」
「ああ……少し待て」

ロージアは即答しようとしたが、この時、頭の中で何かが閃いた。
しばし考えてから、彼はクレイトンに次の指示を飛ばし始めた。


午後4時50分 ノア・エルカ列島沖東方170ゼルド(318マイル)地点

「敵機、北東方面に遠ざかります」

駆逐艦フロイクリの艦橋では、フェヴェンナ艦長とネルス副長は、緊張に顔を強張らせながら顔を向け合った。

「副長、最悪の事態だな」
「ええ……旗艦からはまだ何もいって来んようですが」

フェヴェンナは眉を顰めながら、旗艦のいる方角に顔を向ける。

「なるべく早く命令を出して欲しい所だが……まぁ、司令も心中穏やかではないのだろう。昨今の経験が浅いのなら、今の心理状態で素早く
命令を下すのは、容易な事ではあるまい」

237ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2017/07/04(火) 23:25:00 ID:PM3/LMsM0
フェヴェンナは憮然とした表情のままネルスにそう返した。
この時、魔導士官が艦橋に入室してきた。

「艦長!旗艦より通信であります!」

フェヴェンナは手渡された紙を一読してから、複雑そうな表情を浮かべた。

「艦長、旗艦の司令は何と言われているのです?」
「全艦、別命あるまで現在の針路、並びに、速度を維持せよ、との命令だ」
「それは……」

ネルスもまた、眉間に皴を寄せつつ、艦長から差し出された通信文を手に取った。

「恐らく、敵の偵察機は水上機だ。そして、水上機という事は……例の航空機搭載の潜水艦がいるに違いない。これが敵の空母なら、偵察機の
下腹にあんなアシが付いている筈がない」
「船団の針路や航行速度を変更するように意見具申してはどうでしょうか?今のままだと、敵に先回りされる危険が大いにあるかと」
「一応、私もそうするつもりだ。だが……敵の偵察機は北東方面に向けて帰還していった。それはつまり、午前中に遭遇した同じ偵察機が
索敵範囲を変えて、こちらを追って来たという事になる。とはいえ、距離からして、敵もあまり近くにいるとは思えない」
「では……船団は……?」
「司令は北東に居る敵潜水艦部隊の追跡を逃れるため、1日程は南下を続けるかもしれんな」

フェヴェンナはネルスにそう言った後、一呼吸おいてから言葉を付け加えた。

「高速輸送艦様々と言った所ではある。偽装対空艦の元となった船体だ。こういった所で速さが生かせるのは流石だな」
「最高速力は13リンル(26ノット)まで出ますからね。おまけに量産向きの船体ですから数も多い」
「80隻の高速輸送艦は、この海上交通路維持には欠かせない存在と言える。最も……」

フェヴェンナは真顔のまま前方を見据える。

「敵にとってはただの餌にしか見えんだろうな」
「ひとまず、南下を続ければ敵潜水艦は振り切れそうですな」

238ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2017/07/04(火) 23:26:07 ID:PM3/LMsM0
「速度はこっちが速いからね」

ネルスにそう返答した後、フェヴェンナは艦長席を立ち、ゆっくりとした足取りで左舷側の張り出し通路に歩み出た。
通路には、冬の冷たい海風が強く吹いており、防寒着を着ているとはいえ、体が少しばかり震えた。
上空の太陽は、現在の時刻が夕方に近いとあって早くも傾きつつある。

「今日の日没は午後5時30分となっています」
「ふむ……それにしても、今日の夜も冷えそうだな」

後ろから声を掛けてきたネルスに、フェヴェンナは単調な声音で答えた。

「しかし、このまま現針路を維持してもいいのでしょうか。敵は潜水艦部隊のみではないような気がします」
「エセックス級空母を擁する敵機動部隊が近くにいるかもしれない、と思っているのだな?」
「このような大船団を一気に叩き潰すのであれば、空母機動部隊で殴り込む方が、効率が良いですからな」

それを聞いたフェヴェンナは頭を2度、横に振った。

「ま、成るように成れ、さ」


その後、船団は南下し続けたが、午後6時には偽装針路を取るため、一路南東方面に転舵し、10リンル(20ノット)の速力で航行し続けた。


午後6時20分 ノア・エルカ列島沖東方530マイル地点

護送船団を発見したキャッスル・アリス機は、一時北東方面に離脱したが、離脱から40分後には針路を母艦へ向けていた。
その頃には日が落ち、辺りは真っ暗闇となった。
母艦であるキャッスル・アリスは、艦載機を誘導するために電波を発信したため、クレイトンとロージアの乗る偵察機は、誘導電波に沿って母艦へ戻る事ができた。
午後6時には、機上レーダーがキャッスル・アリスを探知し、クレイトンはその艦影を目標に飛行を続けた。

「機長、前方下方に明かりが見えます!母艦です!」
「OK。こっちからも見えたぞ」

239ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2017/07/04(火) 23:26:49 ID:PM3/LMsM0
クレイトンが喜びの声を上げるのを耳で聞きつつ、ロージアは平静さを保ちながら次の指示を下していく。

「夜間着水になる。訓練通りに、慎重にやってくれよ」
「勿論です。では、行きますよ!」

クレイトンの掛け声とともに、機体が母艦の近くに向けて速度を上げていく。
程無くして、母艦上空に到達すると、クレイトンは愛機の速度を緩めつつ、上空を旋回する。
2度、3度と旋回を繰り返すうちに、速度は更に緩まり、クレイトンは慎重に期待を操りながら、着水準備に入った。
エンジンのスロットルを絞り、機体を水平に保ちながら、ゆっくりと下降していく。
着水の瞬間は最も緊張する時だ。
着水事故が起きた時のために、2人は風防ガラスを開ける。
外から冬の冷たい風が容赦なく吹き込み、2人の体が急速に冷えていく。

「今回も、上手く行ってくれよ」

ロージアは寒さに震えつつも、小声で着水成功を願う。
空母に乗っていた時は、着艦時に着艦フックがワイヤーを捉えてくれれば、強制的に減速する事ができた。
しかし、水上機は、常にうねりを伴い、安定しているとは言えない海上に降りなければならないため、着水は非常に難しい。
訓練中に、僚機が着水に失敗して全損事故を起こしたのを見ているロージアは、空母艦載機とは違った難しさがある事を、真に理解していた。
機体の右手に、母艦が見えてきた。
真っ暗闇の中にサーチライトで位置を知らせるキャッスル・アリスの姿は、心の底から頼もしいように思えた。

「着水します!」

クレイトンからそう伝えられると、ロージアは万が一の時に備えて、体を身構えた。
唐突に機体下部から突き上げるような衝撃が伝わる。周囲からは、フロートが海水を切り裂く音が響いて来る。
ドスンという衝撃が伝わると、次は機体が一瞬だけ浮いて軽やかな浮遊感を感じたが、すぐにまた下部から衝撃が伝わり、そこからこすり続けるような音と
振動が機体を震わせ続ける。

240ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2017/07/04(火) 23:27:35 ID:PM3/LMsM0
フロートから水しぶきが上がり、海水の一部は操縦席や後部席にまで振りかかってきた。
着水からそう間を置かぬ内に、2人の機体はキャッスル・アリスのほぼ右真横の位置で停止した。

シーラビットが艦の右側20メートルの位置に停止すると、ベルンハルト艦長が矢継ぎ早に指示を飛ばし始めた。

「艦載機収容急げ!見張り員、周囲の警戒を怠るな!ここで敵に襲われたらあっという間にやられるぞ!」

ベルンハルトの指示に急き立てられるかのように、艦載機の収容は順調に行われ、程無くして、シーラビットは艦内に収容された。
収容作業を見守ったベルンハルトは、艦橋から司令塔に降りた所で、通信員から1枚の紙を手渡された。

「艦長、群司令より命令であります」
「ご苦労」

ベルンハルトは、紙面に書かれた命令文を見た後、深く頷いた。

「さて、遂に本番か……この先どうなる事かな」

彼は、そうぽつりと呟いた後、艦内放送を行うため、マイクを手に取った。

241ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2017/07/04(火) 23:28:10 ID:PM3/LMsM0
SS投下終了です

242名無し三等陸士@F世界:2017/07/05(水) 16:49:27 ID:brS9mKss0
うおー待ってた甲斐があった
作者超乙

243名無し三等陸士@F世界:2017/07/05(水) 21:08:29 ID:dr5pgCdc0
大雨特別警報
num.to/814977904859

244名無し三等陸士@F世界:2017/07/06(木) 20:45:24 ID:3pTbBygo0
投下乙です
護送船団、一度は運が味方したが二度はなかったか
あと魔法石がらみの問題、後々キャッスル・アリスにとって命取りになりそうな…さてどうなる?

245名無し三等陸士@F世界:2017/07/07(金) 23:48:22 ID:Nr8Xppbo0
投下乙です

26ノットまで出る優秀船
これあれだ単船全速力航行したほうが潜水艦による被害が減る船だ
せっかくワイバーンという垂直離着陸できる装備があるのに
戦力予備がなくて船団に持ってこれないのは末期ならでは
この時点でシホールアンル商船はどのぐらい被害を受けてるのだろうか?
もしかしたら潜水艦でもなく空母でもなく巡洋艦あたりが殴り込んでくる可能性も

リバティー船「量産が効くと聞いて」
シホット「数おかしい」
ちなみにリバティー船以外にも作った貨物船も含めると
5000を余裕で超えるとかおかしい

246名無し三等陸士@F世界:2017/07/08(土) 13:25:35 ID:1cB0piDI0
うぽつです
発見された輸送船団、はてどうなるか…

247名無し三等陸士@F世界:2017/07/09(日) 12:47:04 ID:aBBY4nQI0
多くの犠牲のを出して、必死に潜水艦から守り抜いた輸送船も、あとちょっとのところで航空部隊に沈められてしまう未来が見えるのですが...

248名無し三等陸士@F世界:2017/07/09(日) 15:19:48 ID:iGUq2.lEO
元世界のシャルンホルスト&グナイゼナウみたいに、アラスカ級巡戦を主体に襲撃部隊編成して護送船団を叩くのも良さそうかな?

249名無し三等陸士@F世界:2017/07/25(火) 13:26:36 ID:P7Va0zYs0
>>247

ボロボロになりながらも入港して接岸し、軍港の責任者と敬礼を交わしている時に空襲警報が……

250ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2017/09/09(土) 22:48:00 ID:V47gl7Ss0
大分遅れてしまい申し訳ございません。今現在、色々と悩みながらもなんとか制作を続けております。
最悪でも、9月中までには更新したい所です。

ひとまず、レス返しをば…

>>242氏 ありがとうございます!
しかし、また間が空いてしまいましたね……
我ながら情けない限りです

>>243氏 運命の女神は米側に味方してしまいましたね。
ですが、キャッスル・アリスも地味に不安抱えているので、この先、無事に攻撃できるかどうか……

>>245氏 シホールアンル帝国は、開戦前には1300隻の商船を保有し、開戦後には500隻を建造しております。
ですが、米側の攻撃の影響で、1486年(1946年)1月時の保有数は700隻を下回っています。

>潜水艦でもなく空母でもなく巡洋艦あたりが殴り込んでくる可能性も
巡洋艦主体の打撃部隊の方が船団襲撃には向いてそうですね。特に、シホールアンル海軍の主力が壊滅した現在は
本当にやりたい放題です。

>>246氏 潜水艦部隊の襲撃されて、どえらい目に遭う事はほぼ確実ですね……

>>247氏 >>249氏が言われる通り、米艦載機に蹂躙されまくって何もかもが台無しになってしまうでしょうな…

>>248氏 第5艦隊所属のアラスカ級巡戦は、2隻とも損傷大なので、今現在は本国のドックで修理中ですね
どんなに早くても、今年の4月までは前線に出られないかもしれません
とはいえ、アラスカ級がいなくても、デモイン級を始めとする優秀な巡洋艦部隊で、船団襲撃は充分に行えるかと思います

まぁ、敵にもなけなしの戦艦がいて、そいつらが加わる時もありそうですが、遭遇した時はジャブの連打で(wows脳

251名無し三等陸士@F世界:2017/09/10(日) 17:44:15 ID:Z7mT7VDw0
>なけなしの戦艦

なぜだろう…信濃ってワードがふっと…w

252名無し三等陸士@F世界:2017/09/11(月) 15:30:10 ID:P7Va0zYs0
「シホットの戦艦か……駆逐艦のエスコートもたった数隻。やるぞ。雷撃戦用意!」

253名無し三等陸士@F世界:2017/09/12(火) 11:33:58 ID:7n9rWn1s0
 フリンデルト帝国に本土から2400㎞先のルキィント列島、ノア・エルカ列島に対して侵攻する能力がある辺り一応列強国の範疇に入ってるんですね。
使者の口ぶりからして侵攻軍は編成準備段階に入ってる様ですが、アメリカ側はフリンデルト帝国の海軍力については把握しているんでしょうか?

254ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2017/09/29(金) 17:04:28 ID:13KWRoLo0
>>251-252氏 
大物食いは潜水艦乗りのロマンですからな。
そして、それが果たせるだけの実力は充分にあるので、戦果は出せるでしょう

>>253
フリンデルドもマオンドにやや劣るぐらいで、十分な列強国です。
保有する海軍力も強力で、軍艦の性能的にはマオンドに迫る程です。
米海軍情報部は、マオンド海軍は竜母こそ保有していない物の、超弩級戦艦クラスの主力艦
8隻を含むかなりの規模の海軍力を有しているとの報告を、海軍首脳部に伝えています。
それに加えて、フリンデルドは急速な技術開発を進めており、国力自体も順調に成長し続けています。

戦後は、対フリンデルドを見越した戦略を立てる事は、ほぼ間違いないでしょう。

255名無し三等陸士@F世界:2017/10/06(金) 21:39:17 ID:PWWuALII0
>なけなしの戦艦
現時点でなんとか動けそうなシホールアンル帝国の戦艦って第二次レビリンイクル沖海戦に参加して生き残った
ケルグラストとクロレク、そして竣工したばかりのロェリーネルスくらいだな
あとオールクレイやレンベラードは結構前から動向不明だが、どうなったんだろ

そして調べてる最中に気がついた
クロレク、トアレ岬沖海戦でアラスカに沈められたんじゃなかったっけ…

256 ◆3KN/U8aBAs:2017/10/07(土) 00:21:12 ID:mllP.FRo0
ご無沙汰してます。
> ヨークタウン氏
毎度毎度楽しませていただいております。
通商破壊ってやってる側は楽しいですよね。何もしなくても敵が弱るから。
しかし商船隊の損失も船体の大きい外航船が主体でしょうし実際の海運力は額面の数字以上に厳しいでしょうね。

NATO軍ネタ小説を書いておりましたが、
どうも国家間の戦争よりも戦後の話のほうがたくさんネタが膨らんでる状態です。
細かい世界観がまだ固まってない状態ですが先にそっちから消火しようか悩み中です。

257名無し三等陸士@F世界:2017/10/07(土) 09:54:45 ID:P7Va0zYs0
>なけなしの戦艦

「ドックに入れて中を埋めて、不沈砲台にしよう(白目」

258ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2017/10/07(土) 11:04:27 ID:13KWRoLo0
レスありがとうございます

>>255
これ、言うの忘れてたんですが…クロレクが喪失したのを、自分が記憶違いでそのまま生還した
事にしてましたね…
そのクロレクに入る枠は、実はレンベラードの予定でした
更新の間隔開けると碌なことにならんですな……本当に申し訳ないです

>>◆3KN/U8aBAs氏 お久しぶりです。
通商破壊は、やられてる方はストレスマッハですから、そのうち、色々と壊れそうですな

>NATO軍ネタ
ご自分のペースで書かれてもよろしいでしょうな。
なお、当方は本来のペースが崩れまくってアカン模様(大馬鹿

>>257氏 沈まないけど、無力化は出来るので結局は……

259 ◆3KN/U8aBAs:2017/10/10(火) 20:38:54 ID:99azSPfg0
一回SSの書き方を鍛えなおすために戦後OR後方ネタで一本書こうと思います。
いくつかネタがあるので一部を投下。参考までに読みたいネタを選んで頂ければ。(13日に一旦〆)
A. 「かぜ」が吹くとき
B. ゼロから始める土建屋万歳計画
C. 覇権国家の「総括」

260ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2017/10/11(水) 13:13:27 ID:13KWRoLo0
どれも甲乙つけがたいものですが……特に選ぶとしたら、自分はCを読みたいですかな

261undefined:2017/10/11(水) 18:29:10 ID:09HlkyNU0
俺もCで

262名無し三等陸士@F世界:2017/10/11(水) 20:39:56 ID:V3J1W.ao0
C

263 ◆3KN/U8aBAs:2017/10/14(土) 23:55:06 ID:cWlnjSDo0
ご無沙汰です。Cの希望しかなかったのでCで進めさせていただきます。
短いですがプロローグを投下します。

様々な樹木が周囲を覆い隠し、茂みが前に走った車のわだち以外を走ること拒否するかのように生い茂る。
そしてその間を針で通すかのように引かれた道をハンヴィーはひた走る。最近舗装されたらしいが、砂利道での乗り心地はフリーウェイに比べれば曲乗りに近い。
ドライバーは気さくな人ではあったが今は無言だ。彼曰くこの森はたびたび盗賊が出没するそうだ。
私は今、ある地方都市に駐留する部隊への補給を行う車列の中にいる。そこで私は地元の住民と兵士たちの交流を取材するつもりだ。
ハンヴィーが止まった。無線機が淡々とした言葉を発している。肝心なところはわからないが、どうやら前に何かあるらしい。
「おい、カメラマン、仕事だ。しばらく作業を待っててもらうから撮影してこい。オレッド、ルイス、彼に同行しろ。」
ドライバーのマルツ軍曹の「ご厚意」で兵士たちの作業を撮影することになった。同行する二人の兵士も車から降りている。
「ここにおける大事な仕事だからな。しっかりと焼き付けておけよ。」
私が車から降りるときの軍曹の顔はどこか思わせぶりな表情をしていた。

「とりあえずこれをつけておけ。」
車列の前へ向かう途中、ルイスと呼ばれた黒人伍長は私にマスクを押し付けた。風に乗ってすえたにおいが鼻を衝く。

車列の前にあったのは破壊された荷車とその持ち主の哀れな姿だった。ハエがたかっているところを見るとそれなりに時間がたっていることは容易に推察できる。
持ち主の体には刀傷が生々しく残り、彼のものと思われる馬には矢が何本も刺さっていた。彼の言っていた盗賊にあやめられたのだろう。
私がカメラを向けたのを見ると、荷車に集まったマスクをつけた兵士たちは二手に分かれて行動し始めた。
一組は道路のわきの木々の薄いところにスコップで穴を掘り始め、もう一組は荷車から馬を切り離そうとしていた。
「どいてどいて。」後ろから声をかけられて道を譲ると兵士たちが大きな袋を担いで掘りかけの穴の近くへ走っていく。
もう少し詳しく撮影しようと近づこうとしたが、ルイスに止められた。
その時、私は作業をしている彼らが手袋と作業着をテープでつないでいることに気づいた。
しばらくすると、穴が掘り終わり、同じころに人で運べるレベルまで荷車が解体されていた。
穴の底に車列から運んできた袋から白い粉をまんべんなく振りかけると、兵士たちは穴に死体と荷車の残骸を投げ込み、
その上にまた袋の白い粉をかけて掘った土を埋め戻し始めた。兵士たちの動きはどこか慣れが入っていて、無駄な動きや戸惑うそぶりはみられなかった。

「これが、この世界の現実だよ。」
ルイスは隣で私にそう言った。戦争でこの世界の支配体制が崩れたために、こういった盗賊の被害が増えているのだろう。
国家と国家の戦争は終わったが、それが必ずしも平和を意味するとは限らないのだ。

なお、このテープがアメリカ本土のデスクや茶の間に流されることはなかった。異世界の門をくぐる前に検閲で削除されたようである。

264名無し三等陸士@F世界:2017/10/15(日) 20:08:45 ID:goCvEF.k0
ヨークタウンさん
お預けがそろそろ辛いです。

265ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2017/10/16(月) 12:07:48 ID:13KWRoLo0
>> ◆3KN/U8aBAs氏
大国が潰れたら潰れたで、その後の厄介ごとが生まれるのは、ある意味必然ですな…

>>264
納得いく文ができないので辛いです……筆力をお持ちでいらっしゃるのならば、自分に
恵んで頂けませんか(爆

266名無し三等陸士@F世界:2017/10/16(月) 22:00:13 ID:/z.kbFnY0
>>263
投下乙
国は倒したけど厄介事が残る
中東でよく見るあれ状態になってしまうのも仕方ないというか
なんというか

>開戦前には1300隻の商船を保有し、開戦後には500隻を建造しております。
>ですが、米側の攻撃の影響で、1486年(1946年)1月時の保有数は700隻を下回っています。

ブリテンとか日本に比べれば被害は少ないな(白目
なお離島や船主へのダメージ
ついでに国民から海軍への評価が(ry
海軍陸軍トップのメンツは仲良くできそうだけど
現場レベルだともうヤバそう
海軍が壊滅した今陸軍への負担がうなぎのぼりだし

ヨークタウン氏の投下が待ちきれない人は
ttp://www.eukleia.co.jp/eushully/an003.html
をやろうか

267名無し三等陸士@F世界:2017/10/17(火) 06:26:54 ID:tVE0sPfQ0
男がプレイするならこっちだ!
面白いよ
Rule the waves
ttps://simulationian.com/2017/02/rulethewaves/

268名無し三等陸士@F世界:2017/10/17(火) 06:34:55 ID:tVE0sPfQ0
あとこんなのも
原始的なSAMで米帝機を鴨打ちしよう(無理
SAM Simulator
ttps://sites.google.com/site/samsimulator1972/home
スレ違い失礼致しました

269名無し三等陸士@F世界:2017/10/28(土) 10:38:36 ID:RIJGGSMU0
SSを書くだけの気力がなかなか溜まらないので繋ぎのやっつけイラスト

ttps://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=65625606

270 ◆3KN/U8aBAs:2017/12/02(土) 10:58:34 ID:wXRzNQb.0
ご無沙汰してます。
練習用小説の続きとなります。

ナイフルはある地方の中心都市である。中央の丘を利用した城塞とそれに近接する寺院を中心に城壁に囲まれた旧市街とその外側の新市街に大別される。
以前、城塞はこの地方の軍隊の拠点として利用されていたが、NATO軍に占領されてからは城門を閉鎖して半ば放置に近い状況であった。
補給物資の車列はNATO軍の拠点となっている郊外のFOBに入った。
ほかの地域でもそうだが基本的にNATO軍は主要な補給路の近くに基地を作り、そこを起点に治安維持や軍政業務を行う。
新しく作るため土地の収用が必要ななるが、この世界では自動車やヘリコプターなどないので基本的にすべて一から作るしかないのだという。

「ルイスは私の代わりに到着の報告をしてきてくれ。残りは荷下ろしを手伝え。こっちだ、カメラマン。」
ハンヴィーから降ろされて、軍曹に案内されるまま基地内を移動する。後ろでは兵士たちがトラックから荷を下ろしていた。
その数台後ろではフォークリフトが大きなコンテナを持ち上げている。しばらく歩き、補給所とは別の区画に入ると、腕組をした強面の兵士が立つ一角に案内された。
「マルツ。こいつが俺のところの新入りか。銃は撃てるんだろうな?」
「銃で射撃はできないが、カメラで撮影はできるぞハイド。お前が銃を使うんだ。スティーブ、こいつはハイド。この地域で君を案内してくれる。ハイド、こちらはスティーブ、本国のジャーナリストだ。」
「はじめまして。ニュース・エコーのスティーブンソンです。」
「ブラボー中隊、第1小隊、ハイド曹長だ。お会いできて光栄だ。今後は我々の小隊の指示に従ってもらう。小隊長は今本部にいるので後で紹介しよう。」
「この面だが、気さくないいやつだ。何も心配することはない。」
「余計なことが言う暇があったら自分の部下のところへ戻ったらどうだ、『軍曹』?」
へーへーわかりましたよ、と聞こえるようにつぶやきながら軍曹は戻っていった。

「この基地を案内しよう。まずは射撃練習場だ。面白いものが見れるぞ。検閲官が通してくれるかは別だがな。」
そう言われながら案内されたが、射撃練習場へと近づいても銃声は聞こえてこなかった。代わりに誰かの大きな声が聞こえる。
「よーし、スティーブンソン、シャッターチャンスだ存分に撮れ。検閲官に没収されるだろうがな。」
『〜〜〜〜!これは〜〜〜〜〜!だから〜〜〜〜』
射撃練習場では、アメリカ兵が現地の言葉を大声で上げていた。
異世界の言葉は勉強していたものの、軍隊の用語は学ばなかったのですべてを直接聞きとることはできなかったが、それでも大体の意味を察することはできる。
ここが射撃訓練場で、彼の手元にマガジンのないAKライフルとチェコ製拳銃があれば何をしているかは想像に難くない。
ただし、ここが東欧と違うのは、学生たちが『ヒトではない』ということだろう。

「あいつらは現地の民兵隊だ。戦争でこの地域の支配階級が死ぬか逃げ去ってしまってな。民生や治安維持の組織を一から作らなければならなくなったんだ。他の地域も似たようなものだよ。」

指導役の兵士が傍らに立つ中、我々に比べ長い耳をした男性が拳銃を的に向けて構えている。その後ろには狼男や羽を背負った男性が並んでいた。この地方の中心であったため、距離、種族や年齢を問わず多彩な人々が生活しているようだ。ただし、その中で、「我々によく似た」人間の姿は数えるほどしかいない。

異世界で軍隊が統治を行っていることは、それがたとえ一時的なものであるとはいえ、メディア、あるいは議会などでの政治的議題に載るものであった。
私も、この地方に来る前に、異世界でのNATO軍総司令部での取材で、民生担当の将校に同様のことを質問した。
「我々は、異世界の『人種差別的な』政権とは違う。我々の軍法、および現地のルールにのっとって、可能な限り、すべての民衆に平等に接するように努力している。
それがたとえかつて敵であった者であったとしても、最低限守られるべき権利はある。」
確かに総司令部では、各地の有力者を集めて勉強会が行われていた場面を見学させてもらえた(ただしカメラは禁止された)し、各地では今行われているような自警組織の編成も行われている。
我々によく似た「ヒト」が自警組織に参加できているところから見て、かつて敵であったからという理由でこういった組織に参画する機会を奪われているわけではないようだ。

NATOの基地で東側の銃声が鳴り響く。

271名無し三等陸士@F世界:2017/12/02(土) 19:41:46 ID:ZqrZSx6Q0
もしも検索 ⇒ bit.ly/2kJFRlx

272名無し三等陸士@F世界:2017/12/02(土) 20:35:03 ID:ZGTTPISs0
乙です
銃で武装したエルフ兵は狙撃がエグイことになりそう

この世界に民主主義(に加えて共産主義)という恐るべき劇薬が広まるのか...
この世界の「ヒト」はいくら酷似していても事実上地球人とは別種族でしょうから、
そういった意味でもエルフ?や狼男といった種族との区別もつけないのでしょうな

273名無し三等陸士@F世界:2017/12/06(水) 19:00:35 ID:ltLdW.lY0
乙です

なんかエルフってあんまり君主制を引いてるイメージがないな
長老会とかがやんわり統治してるって感じ
あるいは原始共産主義的な集落が森ごとに合って、それらの緩やかな連合体的な感じ

274 ◆3KN/U8aBAs:2017/12/16(土) 00:33:07 ID:Em0zPSLA0
某所でWorld in Conflictというゲームが一時期無料配布されてましたね。
おかげで筆が進みましたので>>270の続きを投下。

小隊長のバノン少尉や基地の他の隊員の協力のもと、最初の数週間はこの地域の風習などを学びつつ、現地民兵の訓練を取材させてもらった。

訓練は基本的にアメリカやイギリスのそれを元とし、検問の設置や不審物の捜索など治安維持任務の分量を多めに配している。
その代わり、大砲や戦車などを用いた訓練は全く行われなかった。
大きな機材を使うと言えば、適性があると判断された隊員に自動車の教習を行ったことか、
アメリカやヨーロッパの町中で売られているピックアップトラックに乗せたことぐらいだろうか。
民兵たちの使う武器も初日に見かけた東側(チェコスロバキア)製の小銃や拳銃のみで、ピックアップに搭載したものを除けば、
機関銃すら用いることはなかった。(テクニカルの機銃も東側製である。)こ
の世界では銃や大砲といった火薬を用いる道具が発達しなかったこと(魔法で同様の現象を作り出すことは可能なそうだが)、
治安維持に大砲や戦車は必要ないとの判断から、装備を限定したらしい。確かに、市街地ならば重い機関銃より拳銃のほうが優位かもしれないが、
都市部以外、例えば先に通った森などでは機関銃のほうが効果的なように感じる。

訓練を観察していると、あることに気づいた。ある一定の身体的特徴を有している者に、一定した適性が存在することである。
例えば長い耳を持つ人ならば、射撃訓練で他の人よりも早く教官を満足させることができたし、
手足の短い人は各種装備が入って重くなったバックパックを簡単に担ぎ上げる。狼男は不審物の捜索で非常に高い成績を上げた。
こちらに来てから早い段階で教えられたことだが、この世界には我々の世界における「ヒト」によく似た生物が複数存在し、
お互いを「種族」と呼んで区別している。いわゆる小説や映画に出てくるような存在が(本にあるような形で)実在するわけである。
こういった形質の違いについて、主に遺伝学的なアプローチが本国で行われているが、いまだに結論は発表されていない。何か見つかっても発表されるかは疑わしいが。

なぜこの点に気づけたのかというと、訓練の手法が基本的に我々のやり方で行われるからである。
訓練、およびその前の編成の決定は当人の希望や出自にかかわらず、教官や基地司令が多少調整するがランダムに決めることになっている。
そのため、基本的に種族や出身地がバラバラのチーム(6名)編成が出来上がる。
これは第一次世界大戦で郷里、出身ごとに部隊を編成し、そのまま壊滅して地域コミュニティの存続に支障をきたしたことの対策であるのだが、
この世界では個人(種族)の身体的差異をよりいっそう強調することになってしまっている。
さらに、以前の統治の名残からか種族間の仲は険悪で(そうでもしなければ反乱になるからであろう)この訓練と編制手法は当の訓練兵たちには非常に不評であった。
我々の世界のやり方が、必ずしもこの世界になじまないこと、ましてや優越することがない場合があることを示す典型的な例である。
しかし、軍隊はこの方法を継続していた。多少無理やりな方法でも、種族間の軋轢を緩和することができると考えていたこと、
そしてなにより「そのほうが効率的である」とかたくなに考えていたからである。彼らは自らが「支配者」と思われつつあることに今のところ気づいてはいなかった。

投下終了。これでこの話はいったん区切りとします。
次は「ネット小説らしく」会話文重視で書いてみたいなと。

275名無し三等陸士@F世界:2017/12/16(土) 18:54:21 ID:xcVmLF4g0
乙です
様々な種族で構成された六人一組のチーム、ですか……それ何てウィザードリィ?
あと作中でチェコ製の銃器が使用されてますが、統一で要らない子になったであろう旧東ドイツ製銃器も結構使われてそうだ

276 ◆3KN/U8aBAs:2017/12/23(土) 21:11:08 ID:gMExFQgE0
見切り発車で書き始めましたけど意外と話が展開していったものです。
以下コメ返し
>>265 266
戦争によって空白ができるとそこから不安定化が起こるのは東南アジアやイラクで見られましたからね。

>>272
> 銃で武装したエルフ兵は狙撃がエグイことになりそう
じゃけん狙撃銃を供与しましょうね〜

>>275
ウィザードリィを意識したわけではないんですが、結果的にそうなっていることは否定できませんね。
また現地兵の訓練には東側の銃を用いています。東欧各国への経済援助の一環として大量に買い込んでいる設定です。「購入代金」なので使い道は完全に各国政府にゆだねられています。
構造も単純ですし、西側の武器とは規格が違いますからね(ここ重要)

277名無し三等陸士@F世界:2018/01/01(月) 02:49:00 ID:cj58Jmoo0
結構経つだけど、ヨークタウン様の作品の更新って絶望的?
せめて月1でいいから今月更新できるできないとか生存報告がてらの報告あれば嬉しいのに

278名無し三等陸士@F世界:2018/01/01(月) 13:13:40 ID:xcVmLF4g0
A happy new year!
今年もこのスレが(そして他のスレも)盛り上がりますように…

>>277
ツイッター見なされ
ttps://twitter.com/USSCV5bigyorky

279sage:2018/01/28(日) 09:48:40 ID:B8RxRp8k0
>構造も単純ですし
ここ地味に重要だけれどもこちら側からすれば単純な構造の小銃ですら、
異世界では再現が困難である事を前提とした供与であるとも言えます。
ごく少数の小銃を手作りで作るというのは技術的には一応可能です。
ベテラン工がフライス盤を駆使して削りだし、ライフリング用の
ブローチ盤も手作りで作っていたとすれば可能ではあります。
しかし、数は揃えられません。
三十年戦争以前の欧州や日本の戦国時代では初期の先込め式マスケット
ですら一万の兵に千丁もあれば大軍と見做されていました。
異世界でもこれぐらいまでの銃器の配備までなら可能でしょうがこれ
以上の数は揃えられません、規格の問題も大きいですが大量生産が
可能になるのは地球世界でも産業革命(工業化)以降です。
産業革命以前は旋盤を動かす安定した動力がなかったのが最大のネック
で職人を完全な使い捨て、使い潰しで働かせたとしても数は揃えられ
無いのです(奴隷労働させたらサボタージュの危険性も出ます)。
工作機械(これを自作するにも多大な技術力を要しますが)などは整備さえ
していれば、人間が疲れ果ててしまうような作業でも延々と製造できます
からね。
産業革命以前に旋盤の動力として使われていたのは馬でした。

パキスタンやアフガン、フィリピンのゲリラは今でも手作りでAK作って
るだろとか言う人も居ますが、AKはシリーズや製造国が違っても
大部分の部品に互換性があるから何丁かあれば共食いで再生(リストア)
出来るというだけで異世界で自給自足出来るのは精々、木製銃床とか
ネジくらいのもんでしょうな。
銃身は使えば使うほど摩耗し、必ず交換命数が来てしまいます。
銃器を供与されていても交換部品の供給を止められてしまえばそれまで
です。
バレルを削り出せる特殊旋盤まである工場は地球世界のゲリラの持って
いるような場所にはそうそうありませんので。
尚、調整もなしに部品が交換出来るのは、日本だと第二次世界大戦以降
(JIS規格制定後でも出来ている分野は少なかった)、これは枢軸内での
工業先進国のドイツでも同様でルガーP-08などは、部品に共通のシリアル
Noが振ってありました。

280名無し三等陸士@F世界:2018/02/15(木) 09:08:45 ID:WDM44Um20
昔、何かの映像でゲリラっぽい人?が工作機械で削り出しで銃を作ってるところは見たことある。
技術援助で、工作機械自体は提供されてる。 もっとも、工作機械の摩耗する部品を入手できるかは知らない。
 日本の商社は知ってて、融通してそうだけど。その辺りの感覚がゆるいし。

281名無し三等陸士@F世界:2018/02/15(木) 22:54:41 ID:B8RxRp8k0
>>280
>何かの映像でゲリラっぽい人?が工作機械で削り出しで銃を作ってる
いや、だからそれが279で言ってた「手作りでAK」なんですってば。
一応通常兵器関連であっても外為法の関係で商社であろうがどうだろうが
持ち出せないものは決まってますよ。

282ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/16(土) 09:05:58 ID:4r/3PIrQ0
>>265氏 被害が少ない(甚大であることには変わりない
という事ですね、分かります
その他諸々への影響も大きくなりつつあるので、シホールアンルは非常に辛いです

あと、>>267氏や>>268氏も紹介してくれましたが、色々なゲームがあるもんですなぁ
少しばかり興味がわいてきましたね

>>269 外伝氏、応援イラストありがとうございます!
シホールアンルの兵器ショーな感じでいいですね。
しかし、この女騎士さんもいいっすなぁ。1人ぐらい持ち帰ってもバレないでs(ry

>>◆3KN/U8aBAs氏 SS投稿お疲れ様です。
今回も良い物を読ませていただきました。占領地域の現地種族を教育して仕立て上げるのはなかなか難儀な事でしょうが、
練成に成功すれば、なかなかに頼れそうな武装組織になりそうですな。

>>277氏 長い間お待たせして申し訳ありませんでした。今日あたりに投下しますので、しばしお待ちを
あと、>>278氏の言われる通り、ツイッターで情報発信しておりますので、そこを見るのも良いかと思われます。

それでは、お待たせ致しました。
これよりSSを投下いたします

283ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/16(土) 09:06:40 ID:4r/3PIrQ0
第285話 海上交通路遮断作戦(後編)

1486年(1946年)1月6日 午前3時 ノア・エルカ列島沖東方500マイル地点

潜水艦キャッスル・アリスの艦長を務めるレイナッド・ベルンハルト中佐は、艦長室で仮眠に入ってから、1時間足らずで部下に起こされた。

「艦長、起きて下さい」
「……む、来たか?」

ベルンハルトが目の前にいる部下に聞くと、部下はすぐに顔を頷かせた。

「よろしい。仕事の時間だな」

ベルンハルトはそう独語しつつ、ベッドから起き上がり、ハンガーにかけていた制帽を頭に被りながら、発令所に向けて歩いて行った。
急ぎ足で発令所に辿り着くと、平静な声音で副長に尋ねた。

「敵かね?」
「はい。2分ほど前に、水上レーダーが敵らしき反応を捉えました」

副長のリウイー・ニルソン少佐は、台の上に広げている海図に、持っていた赤鉛筆の先をなぞらせて、ある一点で止める。

「位置は本艦より北西、方位278度、距離は約20マイルです」
「速力は?」
「現在、16ノットで東に向かっております」

ベルンハルトは、海図上の自艦の位置と敵と思しき反応の位置を交互に見つめる。
敵の針路は、キャッスル・アリスの位置からちょうど北の辺りを通り過ぎる形になっていた。
キャッスル・アリスが幾らか北に進めば、敵を捕捉し、雷撃を敢行する事ができる。

「艦長、レーダー員から続報です。反応は今も増え続けており、スコープ上には6隻の艦影が映っているとの事です」

284ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/16(土) 09:07:18 ID:4r/3PIrQ0
航海長のレニー・ボールドウィン大尉がベルンハルト艦長にそう伝える。

「6隻か……つまり、この反応はアタリという事だな」

彼はそう言うと、満足そうな笑みを浮かべてから両手を叩いた。

「通信長!旗艦に報告だ!」
「はっ!」

ベルンハルトから幾らか離れた場所にいた通信長が、返事をしながら体を振り向けた。

「我、敵船団をレーダーで探知せり。位置は本艦より北西、方位278度方向、距離は約20マイル。本艦はこれより、計画通り敵船団襲撃に向かう、
以上だ。すぐに送ってくれ」
「アイ・サー!」

通信長は、ベルンハルトから指示を受け取ると、すぐさま部下の通信員に、先ほどの報告文を送るように命じた。

「これより潜行する!」
「アイ・サー。潜行用意!甲板の見張り員は至急、艦内に戻れ!」

ボールドウィン航海長の声が艦内と甲板上に響き、甲板で見張りに当たっていたクルーは、大急ぎで艦内に戻っていく。
最後のクルーがハッチから艦内に入ると、いつも通りにハッチを固く閉め、それからハシゴを伝って艦内に降りてきた。

「急速潜行!深度40!」

ベルンハルトは次の命令を下し、艦のクルー達はそれに従って機敏に動いていく。
艦内に轟音が響き渡り、キャッスル・アリスは艦首を傾けつつ、急速に海面下に没していく。
艦の両舷から夥しい泡が立ち上がり、夜目にもわかる黒い艦隊が、波間に消えてゆく。
最初は艦首が没し、次に艦橋、そして、最後に艦尾部分がするすると、海面下に没していった。

285ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/16(土) 09:07:51 ID:4r/3PIrQ0
潜行を開始してから20分後、キャッスル・アリスは潜望鏡深度まで浮上しつつあった。

「浮上停止、針路・速度そのまま」

潜望鏡深度である10メートルに達した事を確認すると、ベルンハルトは新たな指示を次々と飛ばし始めた。

「魚雷戦用意!生命反応探知妨害装置始動!始動確認後、潜望鏡を上げる」

ベルンハルトの指示はすぐさま、ロイノー少尉に伝わる。
探知妨害魔法装置の置かれた部屋で、2人の魔導士が魔法石に入力された術式を起動し、程無くして、キャッスル・アリスの周囲にうっすらと、
青い膜のような物が展開された。

「艦長!術式展開完了。探知妨害魔法は正常に起動しております」
「よろしい。潜望鏡上げ!」

ロイノー少尉の報告を受け取ったベルンハルトは、次の命令を下した。
駆動音と共に潜望鏡が海面に上げられていく。
程無くして、潜望鏡が上げ終わると、ベルンハルトはペリスコープに張り付いた。
周囲をゆっくりと見回していく。
洋上は、上空の月明かりのお陰で夜間にもかかわらず、思いの外明るいように思える。
うっすらと視界の上隅に見える二つ月の月光が、洋上を照らしているようだ。

「……お、居たぞ」

ベルンハルトは、夜闇にうごめく何かを見つけた。
闇の中で、月光に照らされている艦影は、はっきりとは見えない。
だが、その特徴的な艦影を見分ける分には苦労しなかった。

「先導駆逐艦を視認。距離……5000。速力14ないし、16ノット。敵の針路は北東、方位55度」

286ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/16(土) 09:09:24 ID:4r/3PIrQ0
ベルンハルトは、駆逐艦の速力と針路を目測で確認してから、一旦は潜望鏡を下げさせる。
その後、水上レーダーを洋上に上げて最終確認を行った。

「こちらレーダー手。洋上の反応を再度確認しました。紛れもない敵護送船団です!」

ベルンハルトはレーダー手の側に駆け寄り、レーダースコープの反応をその目で確認した。
PPIスコープには、くっきりと敵護送船団の姿が浮かび上がっている。
外周には小型艦の反応があり、それらが輸送艦の周囲を取り囲んでいた。
敵船団は、キャッスル・アリスの前方を通過しつつある。
攻撃のチャンスは今であった。

「レーダーを下げ、潜望鏡を再び上げる。目標は、船団の外周にいる駆逐艦だ」

ベルンハルトは、再び潜望鏡を上げさせる。
海面上に潜望鏡が上がると、彼はペリスコープに取り付いて、目標の確認を行う。

「よし……いたぞ。敵駆逐艦が1……2……3……やはり多いな」

キャッスル・アリスから、距離5000から3000ほどの間にいる駆逐艦の数は意外と多いように思える。
敵は今、キャッスル・アリスに横腹を晒して航行しているが、駆逐艦は潜水艦の天敵だ。
何かの拍子でこちらが見つかれば、この駆逐艦群はすぐさま殺到し、キャッスル・アリスに爆雷の雨を降らせてくるだろう。
ベルンハルトは、胸の鼓動が幾分早くなるのを感じたが、平静な口調のまま指示を出し続ける。

「目標、船団先頭側の敵駆逐艦2隻。1番艦は距離4000。2番艦は距離3000。最初に1番艦を狙う……」

彼は、月明りに浮かぶ艦影を睨み据える。

「的速16ノット……距離4000。1番、3番、5番、発射用意!」

287ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/16(土) 09:09:57 ID:4r/3PIrQ0
魚雷発射管室では、水雷科員が21インチ魚雷を慎重に動かしながら、発射管に魚雷を装填する。
重さが1トン以上もある魚雷の装填作業は、非常に難儀な物であるが、水雷科員の動作は、慎重ながらもキレを感じさせる物がある。

「水雷長より艦長へ、魚雷発射準備完了!2番、4番、6番発射管も装填完了!」
「了解!」

ベルンハルトは水雷長からの報告を聞いた後、最初の目標である敵1番艦へ狙いを定めていく。

「目標、敵1番艦。1、3、5番……発射!」

彼の命令が艦内に響き渡る。
直後、前部の魚雷発射管から魚雷が発射された。
1番、3番、5番と、魚雷が順繰りに海中へ躍り出る。
ベルンハルトは息つく暇もなく、次の目標に狙いを付ける。

「続いて敵2番艦をやる。的速16ノット……距離3000!2番、4番、6番、発射用意!」


駆逐艦フロイクリは、輪形陣右側外輪部の3番艦として、前方の2番艦タリマの後方500メートルを8リンル(16ノット)の速力で航行していた。

「輸送艦1隻が機関の故障を起こした影響で、船団の船足が遅いままですな」

艦橋で薄暗い洋上を見据えていたフロイクリ艦長ルシド・フェヴェンナ中佐は、後ろで報告書を1枚1枚読みながら、状況報告書を書いている
ロンド・ネルス副長のぼやきを聞いていた。

「船足が早いとは言え、民間船用の質の悪い魔法石じゃ無理からぬことですね。全く、これだから足手まといの船は」
「副長。あの輸送船とて、今は海軍に編入され、乗員も我が海軍の将兵で固めた立派な海軍所属艦だ。あまり悪く言わんでも良かろうが」
「恐れながら……当方は事実を申したまでです」

288ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/16(土) 09:10:39 ID:4r/3PIrQ0
副長の容赦ない口調に、フロイクリは小さく溜息を吐いたが、その言葉は嘘ではない。

民間船に動力機関として搭載される魔法石は、軍用の物と比べて幾分質が落ちる。
その質も、アメリカがこの異世界に召喚され、本土が戦略爆撃を受けるまでは、幾らか手荒く扱っても故障を起こす事は少なかった。
しかし、84年以降から始まった、米軍の帝国本土空襲によって本土内の魔法石精錬工場や魔法石鉱山が次々と狙い撃ちされてからは、状況は
大きく変わってしまった。
今護衛している輸送艦は、民間の造船所が帝国中枢の命を受けて1484年9月頃から建造を開始し、1485年10月以降に本土北海岸の各造船所にて
就役した新しい船である。
排水量15000ラッグ(10000トン)という比較的大型の船体に、最高速力13リンル(26ノット)という性能は、物資の高速輸送にはまさに
うってつけであり、竣工した船は片端から海軍に編入され、主にルィキント、ノア・エルカ列島からの生産物資・補給品輸送に用いられた。
だが、この高速輸送艦が就役した時期は、ちょうど、米軍の所属するB-29による戦略爆撃が苛烈を極めている時期と重なっていた事もあり、当初は
輸送船に搭載される筈の魔法石は、南部領産の良質な物であったが、同地が度重なる戦略爆撃によって荒廃したため、急遽、帝国北部付近の魔法石鉱山より
精錬した魔法石が、この輸送船の動力源として使用される事になった。
だが、北部産の魔法石は、一部の鉱山を除いて良質とは言えない代物ばかりであった。
8リンルほどの巡航速度で航行するのならば、輸送艦は故障を起こすことなく航海を行う事ができるのだが、機関を全力発揮した場合、高確率で故障を起こしてしまう。
最大速力が発揮できなくなるのはまだマシな部類であり、12月初旬の輸送中には、機関停止を起こして、船団から落伍した船も現れる始末である。
これらの事から、輸送艦の艦長は、造船所の担当官から「機関に過度な負荷をかける事は極力避けるように」と、きつく言われる有様であった。
この事は、輸送艦を護衛する水上部隊の将兵にも伝わっており、副長のような口さがない将兵が、輸送艦を足手まといとののしる事は日常茶飯事だった。

「言いたい事は言っても、戦争は終わらんぞ。今は引き続き、対潜警戒を怠らんようにする事だ」
「は……乗員には改めて、そのようにお伝えします。しかし艦長……敵の潜水艦は北にいる筈です。この海域にはいないのではありませんか」
「いないと思った時に来るのが連中だぞ。ウェルバンルの例を見ても明らかだと思うが……?」

フェヴェンナは、言下に戒めの言葉を潜ませながら、くるりと顔を向けた。

「念には念を……と、言う事ですな」
「当然だ。しっかり警戒しておけ」

彼は副長にそう言ってから、顔を再び前方に向け直した。

その刹那、旗艦より緊急信が飛び込んできた。

289ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/16(土) 09:11:20 ID:4r/3PIrQ0
「旗艦より通信!敵魚雷接近!」

直後、前方から白い閃光が煌めいた。

「……!?」

この瞬間、フェヴェンナは意識を切り替えた。
見えた閃光はすぐに消えたが、そのすぐ後に、腹に応えるような轟音が海上に轟いた。

「旗艦、魚雷を受けましたー!あ、2番艦タリマ、急速転舵!」

フェヴェンナは、月明りにうっすらと照らされた僚艦が、急回頭する様子を見て即座に反応した。

「面舵一杯!急げ!魚雷が来るぞ!!」

フェヴェンナは大音声で命令を発した。
彼の号令を受け取った航海員が操舵手に指示を下し、操舵手は素早く舵輪を回した。
フロイクリの小柄の艦体が右に曲がり始める。
その瞬間、前方のタリマが、右舷側から水柱を噴き上げた。

「タリマ被雷!」

見張りの絶叫めいた報告が艦橋内に響いてきた。
この時、タリマは右舷側後部付近に被雷し、艦後部の推進基軸室と後部兵員室を破壊され、そこで待機していた8名の応急要員は全員戦死した。
タリマの被雷はこれだけに留まらず、右舷側第1砲塔横にも魚雷が命中した。
魚雷の弾頭は、駆逐艦の薄い腹を串刺しにし、第1砲塔弾薬庫付近にまで達してから炸裂。
この瞬間、砲塔弾薬庫に収められていた大量の砲弾が誘爆し、タリマは艦首第1砲塔付近から火柱を噴き上げた。

「タリマ、大爆発を起こしました!弾薬庫の誘爆を起こした模様!」

その知らせを聞いたフェヴェンナは、悔しさの余り歯噛みする。

290ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/16(土) 09:11:57 ID:4r/3PIrQ0
(タリマは致命傷負ってしまったか……!)

彼は心中でそう呟きつつ、伝声管越しに通信員へ向けて指示を飛ばした。

「通信士!旗艦との交信を行え!連絡がつき次第、敵潜水艦の追撃許可を取り付けよ!」
「了解!」

通信室の魔導士官は彼の命令を受け取るや、すぐさま旗艦へ魔法通信を飛ばす。
だが、旗艦メリヌグラムは被雷の影響で通信員に何らかの影響が出ているのか、返事はなかなか来なかった。
3分ほど待っても返事が来ない事に業を煮やしたフェヴェンナは、独断で動く事に決めた。

「事態は急を要する。第109駆逐隊の指揮は、ただ今より、このフェヴェンナが執る!通信士!第51駆逐隊旗艦に、我、第109駆逐隊の指揮を
継承せり。これより対潜先頭に入ると送れ!その後、僚艦キガルアに対潜戦闘、我に続けと送信せよ!」
「了解!」

フェヴェンナは通信士にそう送らせた後、返事を待つまでもなく、対潜戦闘に移った。

「対潜戦闘用意!機関全速!爆雷班、配置に付け!」


潜水艦キャッスル・アリスのソナー員であるリネロ・ウェルシュ1等兵曹は、ソナーから敵駆逐艦の物と思しき推進音が徐々に近づいて来る事に気が付いた。

「敵駆逐艦、近付きます!距離2800!」
「深度80まで潜行を続けろ」

その知らせに対し、ベルンハルトは驚く事も無く、冷たい口調で指示を下す。

「現在、深度30……32……34……」

291ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/16(土) 09:12:35 ID:4r/3PIrQ0
計測員が艦の深度を刻々と伝える。

「魔法石はしっかり発動していると聞いている。ならば、敵はこちらの正確な位置を把握できんはずだ」

ベルンハルトは、心中で魔法石のおかげだと付け加える。
現在、キャッスル・アリスは敵船団の針路から反対方向へ抜ける形で避退しようとしているが、魚雷の流れた方向から大まかな位置を掴んだ
シホールアンル駆逐艦が、海中に潜むキャッスル・アリスを討ち果たさんと、船団から離れて急行しつつある。
敵駆逐艦の発する生命探知魔法の効用範囲は、深度によって範囲が狭まって来るが、平均的な性能として、水深20メートル付近の探知範囲は、自艦から
半径2000メートルとなっており、そこから深くなるにつれて狭くなる。
最大探知深度である160メートルでは、探知範囲は半径800メートルに狭まるため、魚雷発射からどれだけ深く潜れるかによって、生存性が大きく変わって来る。

「敵駆逐艦、なお近付きます!速力、約30ノット。距離、2200!」
「毎度ながら思うが、敵側は音を直に聞くのではなく、魔法石の反応を“目視”しながら潜水艦を探すのだから、どれだけ速力を飛ばそうが探知に
支障を来さない。魚雷攻撃を受けてから迅速に反撃に移れる点で言えば、我が米海軍より優れていると言えるな」

ベルンハルトが半ば感嘆するように言うと、ボールドウィン航海長が頷く。

「まったくです。その点、我が合衆国海軍の駆逐艦は、音を聞かんといかんですから、あんな高速で走りまくるのはできません。いつもながら……
足が速いというのは羨ましいものですよ」
「この戦争が開始されてから、我が潜水艦部隊の損失が相次いだのは、それを知らなかった事にもある。色々と、シホット共の事を馬鹿に関する輩が
おるが……対潜能力に関しては、うちらと遜色ないだろうな」

彼はそう言いつつ、顔を上向かせた。

「ま、それも…探す相手が見つかればの話だ」
「敵駆逐艦、我が艦の後方を通り過ぎます!」

ソナー員の報告が発令所内に響く。

292ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/16(土) 09:13:23 ID:4r/3PIrQ0
敵艦はキャッスル・アリスの後方600メートルの位置を、約30ノットほどの速力で突っ走って行った。
その直後、ソナーは別の音を捉えた。

「海面付近に着水音らしき物、複数!」
「爆雷だな」

ベルンハルトはぽつりと呟く。
しばし間を置いて、くぐもったような爆発音と、振動が艦に伝わって来た。

「敵艦は本艦の位置を掴んでいないためか、見当はずれの所に爆雷を落としていますな」

ボールドウィンがそう言うと、ベルンハルトも頷いてから言葉を返す。

「探知されぬという事は、実に素晴らしいものだ。あの探知妨害装置を全ての潜水艦に設置すれば、敵の水上部隊は何もできんようになるぞ」

彼は心の底から、探知妨害装置のありがたみを感じた。
爆雷の炸裂音は、20を数えた所で一旦鳴りやみ、その10秒後に再び炸裂音が響き始めた。
キャッスル・アリスには、2隻の敵駆逐艦が対応しているようだが、敵艦は闇雲に爆雷を叩き込んでいるだけだ。

「深度50……55……60……」

キャッスル・アリスは、潜行を続けながらも、敵船団との距離を徐々に離しつつある。
艦の後方から、未だに爆雷の炸裂音が響いているが、キャッスル・アリスの乗員達は、奇襲を受けた敵艦がパニックになって、デタラメに爆雷を
落としているのだと言ってせせら笑っていた。

「深度65……70……」
「艦長、敵艦1隻が針路を変えました。こちらに近付きつつあります!」

ソナー員からその報告を聞いた時、ベルンハルトは特に警戒もしていなかった。

293ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/16(土) 09:13:57 ID:4r/3PIrQ0
「敵は、1隻ずつに別れて本艦の捜索に当たっているようだな」
「対潜水艦の索敵においては、悪くない判断かと思われます」

ボールドウィンは、敵側の判断を素直に評価した。

「敵艦、高速で後方より接近!」

ソナー員の報告が逐一艦内に響く。
各所で配置につく乗員達は、上空からうっすらと聞こえるスクリュー音に耳を傾けているが、誰一人として不安に思う物は居ない。
ある乗員などは、頭上付近を通過していく敵艦に中指を立てたり、挑発するような言動を発するほどだ。


通信室の隣に設置された臨時の魔法石監視室では、フィリト・ロイノー少尉とサーバルト・フェリンスク少尉が共に魔法石の作動状況を注視していた。

「始動から15分ほどが経ちますが、今の所異常見られませんね」

フェリンスク少尉は、その特徴ある長い耳をひくひくと動かしながら、笑顔でロイノー少尉に言う。

「まだ安心するな。今は作戦中だぞ」

楽観口調なフェリンスク少尉に対し、ロイノー少尉は憮然とした口調のまま、戒めの言葉を発する。

「昼間に確認された不具合の原因はまだ掴めていないんだ。今の所、この魔法石は仕事を果たしてくれているが、いつ、何時異常を発するかわからん。
何らかの兆候が現れるかもしれんから、魔法石から絶対に目を離すな」
「はっ!」

フェリンスク少尉は短く返答して、より一層注視する物の、内心ではそう肩肘張らなくてもいいじゃないか、とも思っていた。
敵の駆逐艦は、2人の乗る潜水艦の位置を全く掴めず、海上をうろうろするしかないようだ。
今しも、爆雷の炸裂音と思しきものが複数聞こえてくるが、音は離れており、艦には微かな振動しか伝わって来ない。

294ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/16(土) 09:14:50 ID:4r/3PIrQ0
「先輩……潜水艦に乗ってて、爆雷攻撃を受けた事はありますか?」
「いや、俺が乗ってる時は、幸運にも敵艦から爆雷を食らう事は無かったな」

2人は、妖しい光を発する魔法石を眺めながら会話を交わしていく。

「ただ、艦の乗員からは、恐ろしい物だと聞かされてはいる。なんでも、凄まじい衝撃なので、体を艦内のあちこちにぶつけたりしてエライ目に遭うようだ」
「私が聞いた話では、爆雷攻撃後の浸水対策も過酷であると聞いていますが……」
「実際、過酷らしいな」

ロイノーは頷きながら言う。

「特に、この辺の海は非常に冷たい。浸水でもすれば、氷点下にまで冷やされた海水を浴びなければ行かんから、下手をすれば凍傷に
なりかねんようだな」
「ただでさえ寒いのに……更に寒い海水を浴びながら浸水対策か……そんな事にはなって欲しくない物です」
「安心しろ。こいつが動いている限り、敵は俺達に指一本触れる事すらできんさ」

不安気になるフェリンスクを励ますように、ロイノーは不敵な笑みを浮かべながらそう返した。
ふと、艦の上から遠ざかっていたスクリュー音が再び近づいて来るのが聞こえた。

「……なんか、また近寄ってきますね」
「しかし、よく聞こえるもんだな」

ロイノーは、犬耳をかざしながらフェリンスクのずば抜けた聴覚に感心する。

「俺の種族も聴覚はいい方なんだが……ここからじゃさっぱりだな」
「サーバル族のウリですからな。最も、この艦に搭載されているソナーには大きく劣りますが」

フェリンスクは内心誇らしげに思いつつも、控えめな笑みを浮かべる。
彼の耳は時折ピクピクと動き、その大まかな進行方向を推測する事ができる。
この動作は、キャッスル・アリスの乗員からはなぜか人気があり、艦にカメラを持ち込んでいた兵からは、なぜか記念写真をせがまれた程である。

295ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/16(土) 09:15:34 ID:4r/3PIrQ0
「まぁしかし、今回の話はなかなかの土産話になりそうだな。特に、君の兄思いの妹さんは目を輝かせて聞き入りそうだ」
「カリーナですか……あいつの過剰とも言えるようなはしゃぎっぷりには、毎度辟易とさせられてますよ。まぁ、喜びを表現するのは
いい事なんですが……」

フェリンスクは、カリーナと呼ばれた2つ年下の妹の顔を思い出し、苦笑しながらそう答える。
どちらかというと、普段は物静かなサーバルトであるが、彼の妹は太陽のように明るいと言われるほどの性格の持ち主であり、所構わず
はしゃぎ回るのが難点でもある。
だが、そんな天真爛漫な妹も、彼が戦地に行く前日には、涙ながらに彼の生還を望んできている。

「たまには、あいつが放つ「凄いよー!」が恋しくなったりもしますな」
「帰ったら、たっぷりと言わせてやればいい」
「はは、そうしますかな」

2人は互いに微笑みながら、心中ではこの作戦を終えた後の予定に思いを馳せていた。
頭上のスクリュー音が一際大きくなった時、唐突にロイノー少尉が立ち上がった

「フェリンスク……すまんが、俺は便所行って来る。すぐに戻るぞ」
「了解です」

彼は、ロイノーに小声でそう返すと、ロイノーは小さく頷いてから、速足で監視室を抜け出した。
フェリンスクは言われた通り、魔法石の監視を続けた。
ミスリアル製の魔法石は、薄い水色の光を発し続けている。
その妖しい光が、この艦の存在を敵から隠し通しているのだが、今の所は、昼間に危惧したような兆候は全く見られない。
艦の上方から聞こえてくるスクリュー音は、いつの間にか小さくなっており、敵艦も間もなく遠ざかっていくであろう。
ふと、腕時計に視線を送る。

「午前4時10分か……今日の朝飯は美味い物が出るかな」

彼は幾らかのんびりとした口調で呟く。

296ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/16(土) 09:16:19 ID:4r/3PIrQ0
それから、先輩のトイレが思いの外長い事に気付き、フェリンスクは顔を出入り口に向けた。

「遅いな……さては、小便ではないのかな」

あの先輩でも緊張するんだなぁと、彼は心中で思い、顔を魔法石に振り向ける。


魔法石からは、一切の光が発せられていなかった。


「敵艦、更に遠ざかります。距離800……」
「付近にいる敵艦は1隻だけか。もう1隻はまだ、別の海域を探しているようだな」

ソナー員の報告を聞きながら、ベルンハルトは事務的な口調で呟いた。
キャッスル・アリスの周辺をうろつく敵駆逐艦は、相変わらず高速を維持したまま艦を離れつつある。
その一方で、上の敵艦の相方は、ここから3000メートル離れた海域でキャッスル・アリスを探し回っているようだが、肝心のキャッスル・アリスが
探知妨害魔法の効果で敵の探知から逃れているため、無駄な行動となっていた。

「敵船団は依然、16ノットのスピードで航行中か。あとは、本隊がどれだけ敵さんを沈めてくれるかだな」
「本艦の仕事はこれで終わりになりますかな?」

ボールドウィンの問いに、ベルンハルトは頷いた。

「ああ。探知妨害魔法に守られているとはいえ、長居は無用だ。手筈通り、一旦南方へ離脱する」

ベルンハルトはそう言ってから、新たなる命令を下そうとした。
その矢先に、ロイノー少尉が血相を変えて発令所に飛び込んできた。

「艦長!一大事です!!」
「何だ?」

297ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/16(土) 09:17:06 ID:4r/3PIrQ0
ベルンハルトは相変わらず、平静な口調で尋ねたが、ロイノー少尉の発するただならぬ気配を感じ取った彼は、心中で魔法石絡みの事で
トラブルが起きたかと確信した。

「魔法石が……動作を停止しました!」
「な……何ぃ!?」

仰天したボールドウィンが思わず声を上げてしまった。
ベルンハルトは無言のまま発令所から出ると、速足で通信室の隣に設けた魔法石監視室に向かった。
室内に入ると……そこには、ただの透明な水晶球が台の上に置かれていた。
本来ならば、その水晶からは光が発せられ、水晶自体が放つ探知妨害魔法はキャッスル・アリスを覆い、敵の生命反応探知魔法から位置を
隠してくれるはずである。
だが……その水晶は一切の光を発せず、ただの小綺麗な置物が台の上に載っているだけである。

「この艦は……普通の潜水艦となんら変わらん状態になっている、という事か」

ベルンハルトは、渋面を浮かべながらそう言うと、すぐさま発令所に戻っていった。

「限界深度まで潜行!」

彼は発令所に戻るなり、即座に命じた。

「艦長、限界深度までですか?」

ぎょっとなったボールドウィンが聞き返す。

「そうだ。今すぐにやれ!敵はすぐに戻って来るぞ!」
「アイ・サー!」

ベルンハルトの命令を聞いたクルー達がにわかに動き出した。
一度は深度80で維持していたキャッスル・アリスは、敵駆逐艦の再攻撃に備えて潜行を始める。

「艦長。魔法石が故障したタイミングですが、その時はちょうど、敵艦の有する探知魔法の限界範囲をギリギリで抜け出ていた可能性があります。
もしかすると……」

298ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/16(土) 09:17:53 ID:4r/3PIrQ0
「敵はこちらを探知しとらんかもしれんな」

ベルンハルトは、楽観論を口にするボールドウィンにそう相槌を打つ。

「心の底から、そうあって貰いたいと祈るものだが……」

彼はため息交じりの口調で言いながら、頭上を見上げる。
そこにソナー員の切迫した声音が響いてきた。

「艦長!艦の左舷後方より推進音!近付きつつあります!」
「どうやら……敵さんの探知範囲内に引っ掛かっていたようだな」

顔を青くするボールドウィンに向けて、ベルンハルトは無機質な声音でそう言い放った。


駆逐艦フロイクリの艦橋に新たな報告が伝声管越しに伝えられた。

「こちら探知室!前方生命反応探知!距離360グレル(720メートル)、深度45グレル(90メートル)!」
「了解!奴を追い詰めるぞ。爆雷班、正念場だ!気合を入れて掛かれ!」

フェヴェンナ艦長は語調を強めながら、各部署に新たな指示を下していく。
それまで13レリンク(26ノット)のスピードで航行していたフロイクリが更に速度を上げる。

「敵艦、尚も潜行中。深度50グレル!」
「50グレルか・・・探知装置の限界探知深度は80グレル(160メートル)だから、そのまま素通りしていたら逃げられていたな」


その反応は、今から10分ほど前に確認された。
フロイクリは、僚艦2隻を瞬時に撃沈破した小癪な敵潜水艦を討ち取るため、続航してきた僚艦と共に二手に別れつつ、威嚇がてらに爆雷投射を
行いながら索敵していたが、敵艦は一向に探知できなかった。

299ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/16(土) 09:18:39 ID:4r/3PIrQ0
敵の探知に失敗したと確信したフェヴェンナ艦長は、僚艦と共に船団の護衛に戻ろうとしたその矢先……
探知範囲内ギリギリのところで、何がしかの反応を捉えたのだ。
その報せを聞いたフェヴェンナは即座に反転を命じ、それから程なくして、フロイクリは待望の敵潜水艦を探知するに至った。
艦首が海水を掻き分け、艦首甲板に冷たい水飛沫が振りかかる。
艦の動揺もそこそこ大きいが、フロイクリは15レリンク(30ノット)の高速で爆雷投下点へと近付いていく。
艦尾付近に待機する爆雷班は、既に投下準備を終えており、その時を今か今かと、手ぐすね引いて待っていた。

「艦長!敵潜水艦の魔上に到達しました!深度55グレル!(120メートル)」
「爆雷班!敵艦の深度55グレル!爆雷投下開始!」

フェヴェンナは即座に爆雷投下を命じた。
爆雷班の班長は大音声で投下を命じ、フロイクリの艦尾から2個ずつ爆雷が投下されて行った。


「海面に着水音!爆雷です!!」

ソナー員の報告を聞くや、ベルンハルトは渋面を張り付かせたまま口を開いた。

「爆雷が来るぞ!衝撃に備えろ!」

彼の発した言葉は、スピーカー越しにすぐさま全艦に伝わった。
艦内の各所で乗員達が壁に手を置いて踏ん張ったり、台にしがみついて衝撃に備えようとする。
ロイノーとフェリンスクも、手近にある固定されたテーブルに手をかけ、来たる衝撃に備えた。

「先輩……うちらは無事に生きて帰れますよね…?」

フェリンスクは顔を青ざめさせながらも、比較的軽い口調で先輩に話しかける。

「なーに、心配するな。この艦の乗員達もプロさ。任務を終えれば、のんびりとくつろぐ事もできる」

300ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/16(土) 09:19:24 ID:4r/3PIrQ0
ロイノーはそう言ってから、フェリンスクの肩を軽く叩いた。

「心配は無用だ」

彼は自信ありげな口調で、部下に返答する。
その直後、艦の後方から爆発音と共に衝撃が伝わって来た。
腹に応える轟音が耳の奥にねじ込まれる。

「っ……!?」

フェリンスクは耳の奥に届く不快な音に、思わず顔を顰める。
衝撃で室内が揺れ、体がその揺れに流されようとするが、踏ん張って耐える。

「最初から爆発の位置が近い……」

ロイノーは敵艦の正確な狙いに感心を覚えつつも、心中では撃沈される恐怖感が徐々に大きくなり始めるのを感じていた。
次の爆発音が鳴るや、艦はさらに激しく揺れた。
まるで、樽の中に籠った時に、外から棍棒でぶん殴られているような衝撃だ。
2人の体は衝撃で更に揺さぶられ、テーブルにかけた手に痛みが走る。
更に爆雷が炸裂すると、その衝撃が2倍増しで襲って来た。
体の横から、飛んできた壁にぶち当たったような強い衝撃が伝わり、フェリンスクはそれに耐えきれず、テーブルから手を放してしまった。

(ま……まずい!)

彼は慌ててテーブルを掴もうとするが、新たな衝撃が艦を刺し貫く。
衝撃の余波をもろに受けたフェリンスクは、勢い良く弾き飛ばされ、室内の腰掛に真正面から飛び込んでしまった。
胸や腹に猛烈な痛みが走り、直後に体の右側から床に転倒し、更に右腕や肩にも激痛が走った。

「あ……がぁ…!!」

フェリンスクは体に伝わる痛みに悲痛な声を漏らし、思わず目を瞑ってしまった。

301ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/16(土) 09:20:00 ID:4r/3PIrQ0
体に走る痛みは、これまでに体験した事のない物だった。

(体が……もしかしたら、骨が何本かやられたかもしれん……)

彼は自分が負傷した事を自覚するが、同時に先輩であるロイノーの状態も気になった。

(はっ…せ、先輩は……先輩は無事だろうか……?)

フェリンスクはそう思うと、閉じていた目を開け、体の痛みに耐えながら先輩に目を向けようとした。
そこに新たな衝撃が走り、艦が大きく揺れ動く。
だが、先ほどの衝撃と比べると、それは小さく感じた。

「爆発の位置が遠ざかっているのか……」

フェリンスクは小声で呟きつつ、顔を動かしてロイノーを探し始めた。

「先……輩……あぁ……先輩!!!!」

ロイノーは、フェリンスクのすぐ傍に倒れていた。
彼は頭から血を流し、顔を血で真っ赤に染めていた。
うつ伏せになる形で倒れているロイノーは意識を失っており、顔の辺りにはうっすらと血だまりが出来つつある。

「先輩!しっかりしてください!」

フェリンスクはロイノーを揺り動かすが、反応はない。

「おいどうした!?」

唐突に、フェリンスクの背後から声がかかった。
振り向くと、そこにはニルソン副長が、顔を引き攣らせながら立っていた。

302ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/16(土) 09:20:41 ID:4r/3PIrQ0
「先輩が負傷したんです!早く手当てしなければ……!」
「待て!ここではロクな治療ができん。医務室に運ぶぞ!」
「わ、わかりました」

フェリンスクは言われる通りにロイノーを運ぶため、体を起こして立ち上がろうとしたが、胸や腹から伝わる痛みに顔を歪めた。

「うっ…!?」
「おい……お前も負傷していないか?顔色が悪いぞ」
「自分はまだ大丈夫です……!それよりも」

フェリンスクは無理やり笑顔を作りながら、ニルソンにロイノーの脇を支えるように促す。

「ああ、わかった。俺は左側を持つ。そっちは右側を持ってくれ」

ニルソンはそう言ってから頷くと、フェリンスクと共にロイノー少尉を医務室に運んで行った。


「前部兵員室の浸水止まりません!応援をよこしてください!」
「了解!すぐに寄越すから待っていろ!」

ベルンハルトは艦内電話越しに報告を受けてから、ニルソンに早口で命令を伝える。

「副長!あと5人ほどかき集めて後部兵員室に送れ!」
「アイ・サー!」

ニルソンは発令所から飛び出し、応援の兵をかき集めてから前部兵員室に駆け込んでいった。
それから5分ほどたってから、ニルソンが発令所に駆け戻って来た。

「艦長!ロイノー少尉とフェリンスク少尉が負傷しました!」
「なに?あの2人が!?」

303ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/16(土) 09:21:18 ID:4r/3PIrQ0
それまで平静さを装って来たベルンハルトだが、この予想外の報告には面喰ってしまった。

「はい。爆雷炸裂の衝撃で転倒したようです。ロイノー少尉は頭から血を流し、フェリンスク少尉は胸や腕を強打しとるようです」
「畜生!不良品を艦に持ち込んだのみでは飽き足らず、負傷して医務室に担ぎ込まれるとは。なんて奴らだ……!」

ボールドウィンが思わず罵声を放ちかけるが、ベルンハルトは片手を上げて制した。

「おっと、これ以上は文句言わんでも良かろう」
「し、しかし艦長」
「ここは戦場だ。予想外の事が起こるのは致し方ない。今は味方の文句を言うより、俺達ができる事をしよう」
「は……」

ボールドウィンは罰の悪そうな顔を浮かべつつ、艦長の指示に従った。

「航海長。海底まではあと何メートルだ?」
「この辺は水深が比較的浅いので、あと50メートル潜れば海底に辿り着きます」

ベルンハルトは、艦が生き残る最善の方法を脳裏で考えていく。

「深度140!」

深度計を読み上げる声が発令所に響き渡る。
艦内にミシ、ミシ、という艦体が軋む音が響き渡り、それが今の実情と相俟ってより不快に感じさせる。
艦内電話のベルが鳴り、ベルンハルトはすかさず受話器を取る。

「こちら艦長!」
「こちらA班。前部兵員室の浸水止まりました!」
「OK!至急別の浸水箇所の対応に回れ!」
「アイ・サー!」

304ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/16(土) 09:21:54 ID:4r/3PIrQ0
受話器を置くと、またもやベルが鳴る。
彼はすぐに受話器を取って、報告を聞いた。

「艦長!こちらB班です!後部機械室前の浸水収まりました!機器の損傷は今のところありません!」
「了解!」

ベルンハルトは素早い防水作業に満足気だったが、不安の種は尽きない。

「ソナー員より報告!海上の敵艦が反転して接近します!右舷前方、距離2500!」
「チッ!また来るぞ……!」

ボールドウィンが忌々しげに呟く中、ベルンハルトは無言のまま思案を続ける。

「艦長!別の敵艦が現れました!2隻目です!左舷後方、距離3000!」

ソナー員の新たな報告が伝わる。
1隻目の敵艦は、反転してキャッスル・アリスの右舷側前方から接近しつつあり、2隻目は艦の左舷側後方より迫りつつある。
キャッスル・アリスは完全に挟み撃ちにされつつあるのだ。

「深度150!」

その声が響くと同時に、艦体の軋み音がより大きく発せられる。
キャッスル・アリスは、無理をすれば深度200までは潜れる事ができるが、それは理論上の数値であり、実際はその手前で圧壊する可能性もある。
しかし、今は敵の駆逐艦2隻に追われ、執拗な攻撃を受け続けている。
情報部の分析によると、敵駆逐艦の搭載している生命反応探知装置は、効用範囲が深度160メートルである事が判明しており、最低でも170メートルは
潜らなければ安全とは言えない。

「水圧にやられるか、爆雷で叩きのめされるか……二つに一つと言いたいが、欲深い俺は、そこに三つ目を追加する事にするぞ」

ベルンハルトが小声でつぶやく。それを聞いたボールドウィンが、小声でベルンハルトに問う。

305ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/16(土) 09:22:43 ID:4r/3PIrQ0
「その三つ目とは……?」
「このくそったれな危機を脱して、生きて帰る事さ」

ベルンハルトは、汗にまみれた顔に不敵な笑みを作りながら、ボールドウィンにそう答えた。

「右舷前方の敵艦、間もなく本艦直上に到達!あ、海上に着水音多数!」

ソナー員の報告が伝えられると、艦内に再び緊張が走る。

「シホットの連中、ここぞとばかりにばら撒いてやがる」

誰かが発した忌々し気な声がベルンハルトの耳に入り、彼も心中で同感だと答える。
海上より聞こえるスクリュー音が小さくなり始める。

「深度160!」

計測員が、震度計を読み上げると同時に、爆雷の炸裂音と振動がキャッスル・アリスを震わせる。
最初の爆雷は艦の前方遠くで炸裂したため、振動はさほど大きくない。
2度目の爆発も大したことないように感じられるが、振動は若干大きい。
3度目の爆発で艦の振動が大きくなり、誰もが足元を揺さぶられる。
4度目の爆発が起きた直後、キャッスル・アリスの艦体は衝撃に叩かれ、艦内の乗員は爆音に耳を打たれ、衝撃に体を揺り動かされた。

「!……シホットの糞ったれ共め!」

ベルンハルトの耳にボールドウィンの放つ罵声が飛び込んでくる。
彼もつられて罵声を放ちそうになるが、そこに5発目の爆雷が炸裂し、キャッスル・アリスの艦体が大きく揺り動かされた。
6発目、7発目、8発目と、他の爆雷もキャッスル・アリスの至近で次々と炸裂し、衝撃が艦を叩きのめす。
艦内の乗員は全員が衝撃に翻弄され、ある者は壁を背中に打ち付けて気絶し、ある者は頭を強打し、血を流しながら昏倒する。
テーブルに置いていたコーヒーカップが衝撃で床に落ち、音を立てて砕け散る。

306ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/16(土) 09:23:31 ID:4r/3PIrQ0
計器のカバーガラスが耳障りな音を発して割れる。
9発目の爆雷も、衝撃波が艦体を叩いたが、振動の大きさは小さくなっているように感じられた。
それ以降は爆音も徐々に小さくなり、振動もさほどではなくなったが、危機はまだ去っていなかった。
艦の後方に遠ざかって行ったはずの炸裂音が、今度は後方より近付いてきた。

(2隻目の爆雷攻撃だな……!)

ベルンハルトが心中でそう呟いた直後、真上から強烈な炸裂音が響き渡った。
艦体が、真上から巨大なバットに叩かれたらさもありなん、といった様相で強く揺さぶられる。
5回、6回、7回と、多数の爆雷が艦の上方で炸裂し、衝撃波がダメージを受けたキャッスル・アリスに更なる追い打ちを掛けていく。
艦の乗員は、誰もが引き攣った表情でこれに耐えているが、不思議にも、この爆雷攻撃は先の物より幾分マシなように思えた。
振動と爆音がひとしきり収まった後、発令所に各部署から報告が舞い込んできた。

「前部兵員室より報告!浸水あり!」
「機関室に浸水!現在防水中、各電池の損傷無し!」
「艦載機格納庫に浸水警報!」
「後部魚雷発射室に浸水!現在防水中です!」

損傷個所が先の爆雷攻撃より多い。
また、各部署からも負傷者が出ており、今報告に上がっただけでも10名の乗員が負傷したという。
敵駆逐艦はキャッスル・アリスに相当のダメージを与える事に成功したようだ。

「クソ!腹立たしいが、いい腕だ……」

ベルンハルトは、苛立ち紛れに呟きつつ、敵駆逐艦の腕前の良さに感心した。
キャッスル・アリスの受けた損傷は浅くは無く、手空きの乗員は総出で、予備のダメコン班と共に各浸水箇所の応援に向かった。

307ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/16(土) 09:24:13 ID:4r/3PIrQ0
「現在の深度、175!」

計測員の報告が耳に入るが、先の声とは違う。
後ろを振り返ると、意識を失った水兵が同僚に医務室へ運ばれていく様が見える。
今まで艦の深度を伝えて来た計測員は、先の爆雷攻撃で体のどこかを打ち付けて負傷したため、交代要員が配置されたようだ。

「艦長!右舷燃料タンクの残量に異変が!」
「残量だと……?」

ベルンハルトは、すぐさまその水兵の所へ移動し、燃料タンクの残量計を見つめる。

「……まずいな。タンクの燃料が漏れているぞ」

残量計の指している値は、ゆっくりとだが減少しつつあった。
これは、キャッスル・アリスの艦体に穴が開き、そこから燃料が漏れているという事を示している。
現在、キャッスル・アリスは深度180メートル付近を潜行中で、尚も潜行を続けているが、艦体に穴が開いた状態ではこれ以上の潜行は無理であり、
また、漏れた燃料を敵が発見すれば、そこを目印に好き放題爆雷を叩き込める。
キャッスル・アリスは、自らの位置を敵に教えながら潜行を続けているのである。
潜水艦乗りにとっては、今の状況は最悪とも言えた。


ひとしきり強い衝撃が続いたが、それは程無く収まっていた。

「た、助かった……?」

医務室で手当てを受け、横に寝かされていたサーバルト・フェリンスク少尉は、恐る恐る目を開けた後、一言そう呟いた。

「酷い攻撃だ。これじゃ思うように怪我人を見れん!」

308ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/16(土) 09:24:48 ID:4r/3PIrQ0
医務室の主であるリドロー・スコークス軍医大尉は、しかめっ面を浮かべながら忌々し気に叫んだ。
彼は起き上がろうとするフェリンスクを見ると、片手を上げて制した。

「おっと!肋骨にヒビが入っている。大人しくしておけ」
「は、はぁ……」

フェリンスクはスコークス軍医長の言われる通りに、そのまま横になろうとした。
彼は胸の辺りに白い包帯をきつく巻かれている。
先の爆雷攻撃で転倒した際、胸を強打したが、スコークス軍医大尉の診察によると、肋骨にヒビが入ったようだ。

(このまま動き回っても、ケガを悪化させるだけだ。悔しいが、ここは……)

彼は心中でそう呟きながら、体を床に横たえた。
その時だった。
彼の特徴である長い縞模様の耳は、どこからともなく聞こえてくる声と音を捉える。

(……助けてくれ……?)

男の声と、水が流れるような音。
フェリンスクは自分が今いる場所を眺め回すと、即座に体を起こした。

「お、おい!寝ていろと言っているだろう!」

スコークス軍医長は、負傷者の血に染まった右手をフェリンスクに向けて指すが、フェリンスクは気に留める事無く、顔に苦悶を表しながらも、
勢い良く立ち上がった。

「誰かが助けを呼んでいます!自分は負傷しましたが、体はこの通り動きます!」

彼はそう言うなり、胸を押さえながら医務室を飛び出していった。

309ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/16(土) 09:26:26 ID:4r/3PIrQ0
「馬鹿野郎!貴様は怪我人なんだぞ!いいから戻るんだ!」

スコークス軍医長は尚も制止したが、フェリンスクはそれを無視して後部兵員室の辺りに向かっていった。
フェリンスクは通路に出てから、後部兵員室の前までたどり着いたが、その途中で艦の乗員が見当たらなかった。
なぜ見当たらなかったかは大方予想が付いたが、現場に着くや否や、フェリンスクはその光景を見るなり、思わず目を見開いてしまった。
兵員室の前には、1人の水兵が噴き出す海水を止めようと、必死の形相で分厚い布を浸水箇所に押し当てていた。
その水兵の周囲には、3名の同僚が壁にもたれかかったり、床で仰向けになって倒れている。
何が起きたかは明白だった。

「助けを呼んだのは君か!?」

フェリンスクはその水兵に近寄りながら尋ねた。

「あ、あんたは……」
「フェリンスクだ!」
「ああ、カレアントから来た助っ人さんか!丁度いい、その厚い木板と棒を取ってくれ!」

水兵は、片足をばたつかせて木板と棒の位置を示す。

「これか!」

フェリンスクは木板と棒を取ると、水兵の顔の前に掲げた。

「ああ、そうだ!今からこの布の上に木板を被せる。その後、木板を棒で抑えて他の奴が来るまで待つ!」
「他の奴って……ここの浸水報告はまだやってないのか?」
「そんな暇なかったんだ!とにかくこの木板を当ててくれ!」

フェリンスクは水兵の必死の訴えに応えるべく、浸水箇所である布のかかったパイプに木板を当てていく。

310ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/16(土) 09:27:07 ID:4r/3PIrQ0
パイプから噴き出す海水の量は多く、フェリンスクはその水兵同様、あっという間に全身ずぶ濡れとなってしまった。
しかも、真冬の海水を全身に浴びているため、体が急激に冷えてガタガタと震え始める。
フェリンスクは木板を投げ出したい気持ちに駆られたが、それを心の中で抑えて、布の上に木板を当てた。

「当てたぞ!」
「OK!俺が棒で抑える。あんたも一緒に抑えてくれ!」

フェリンスクは水兵と共に浸水箇所の抑えにかかった。
パイプからの浸水は幾らか弱まったように思える。
しかし、体は冷たい海水を浴びて震えており、先ほど負傷した胸の辺りからも、鈍い痛みが伝わって非常に苦しくなる。

「畜生!こいつらがまともに動けてりゃ、もっと楽になったのに……!」
「今倒れている仲間は、先の爆雷攻撃でやられたのか?」

フェリンスクの質問に、水兵は浸水箇所を見据えながら答える。

「そうだ。別の浸水箇所の応援に向かっていたら、いきなりシホット共の爆雷が降って来てな。それでこの辺で踏ん張って耐えようとしたら、
衝撃であちこちに叩きつけられてね。それで、この様さ」

水兵は、半ば自虐めいた口調でフェリンスクに語った。
よく見ると、水兵は頭から血を流しており、顔の右半分が赤く染まっていた。

「君……怪我をして……」
「ああ。痛いよ!だが、今は俺の怪我の心配をしている場合じゃない。ここの浸水箇所を放置したら取り返しのつかない事になる。あんたは知らん
だろうが、最初はとんでもない量の海水がここから噴き出してきやがったんだ。それを必死で抑えてたところに、あんたが来てくれた」

水兵は寒さで声を半ば震わせつつも、フェリンスクに顔を向けた。

「これで、俺達が生還できる確率は、5%上がったなと思ったね」
「5%か……なにも役に立たんよりはマシって事かな」

311ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/16(土) 09:30:07 ID:4r/3PIrQ0
フェリンスクは水兵にそう返す。
それを聞いた水兵が、半ば顔を顰めながらも、微笑みを見せた。
この時、フェリンスクは更なる痛みを感じた。

「っ……ふ…!」
「おい、どうした!」
「いや……俺もドジを踏んでしまってね。肋骨の辺りをやってしまったんだ」
「ワオワオ……そんじゃ、今ここに居るのは手負いばかりって事か!」
「その通り。状況は良くないね」

フェリンスクは自嘲気味な口調でそう付け加えた。
体に鈍い痛みを感じ続けているせいか、両手で抑えている木板が鋼鉄の重しのように思い始めていた。
彼は力を振り絞り、木板を抑え続けるも、冷たい海水を浴び続けているせいもあってか、今度は両手の感覚が薄れ始めていた。

「手が……」

フェリンスクは悲痛めいた声を漏らす。

「なあ、あんた魔法使いなんだろ!?何か魔法を使ってこの状況を打開してくれ!」

水兵がそう要求するが、フェリンスクは首を左右に振る。

「無茶言わんでくれ……それ以前に、俺の両手はコイツを抑えるので精いっぱいだ!」
「ファック……このまま待ち続けるしかねえのか!」

水兵は罵声を漏らしながら、震える両手で木板を押し続ける。
他の浸水箇所で防水の目処が付けば、ここにも人手が回るのは確実だ。
だが、この個所の浸水報告はまだ行っておらず、更に、目処が付くまでにどれだけの時間がかかるのか見当もつかない。
今や、1秒は10分にも等しく、1分は1時間にも等しいと思えるほど、2人の体力は摩耗しきっていた。

312ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/16(土) 09:30:58 ID:4r/3PIrQ0
そのまま時間は過ぎていく。

何分経ったか分からないが、フェリンスクはふと、抑えている木板がパイプの側から徐々に押されているように感じた。

「く……なんか、向こう側から押されている気が……」

彼はその違和感に負けじとばかりに、震える手で木板を抑え続けるが、冷たい海水を浴び続けて両手の感覚はとうに失われていた。
いや、両手どころか、体中が濡れているため、感覚が麻痺している。
そのため、2人は同じタイミングで浸水箇所の抑えを緩めてしまった。
その瞬間、抑えが無くなった浸水箇所から噴水のように海水が噴き出し、木板に強い圧力がかかった。

「あ…しまった!」

フェリンスクは、水圧に押しのけられ、背後に転倒しようとしている中で自らの失態を悟った。
同時に、これだけの噴出を、フェリンスクはたった1人で抑えていた水兵の努力と根性に感心もしたが、疲労困憊した2人がこの浸水を抑える事は、
もはや絶望的に思えた。

そして、そのまま背中から壁にぶつかろうとしていたフェリンスクは、不意に別の何かに受け止められると同時に、目の前に現れた2人の水兵が、
木板と棒を持って浸水箇所の抑えに掛かっていた。



その報せを聞いた時、ベルンハルトは半ば仰天してしまった。

「何?そこでも浸水が発生したのか!」
「はい。幸い、ダメコン班のブランチ一等水兵と、フェリンスク少尉が浸水を抑えていたお陰で、大事には至らなかったようです」
「フェリンスク少尉だと……どうして彼が?」

彼は首をかしげながら、報告を伝えて来たニルソンに質問を続ける。

313ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/16(土) 09:31:36 ID:4r/3PIrQ0
「ブランチ一等水兵の話によりますと、彼の班は艦載機格納庫の浸水防止の応援に向かっていた所に爆雷攻撃を受けて人事不省に陥り、
必死に助けを呼びながら防水に努めていたところ、それを聞きつけたフェリンスク少尉が現れて作業に協力してくれたとの事です。
それから15分間、2人は浸水の拡大を最小限に抑え、力尽きてしまいましたが……そこに艦載機格納庫の浸水を止めて、様子を見に来た
兵員が現場に到着し、防水に当たったとの事です」
「後部兵員室前の浸水箇所は、浸水発生の報告が上がっていなかった。もしフェリンスク少尉がそこに来ていなかったら……」
「そのフェリンスク少尉ですが、ブランチ一等水兵は確かに助けを呼んだのですが、彼曰く、必死の防水に努めていたため、
あまり大きな声は出せず、せめて、近場に居る仲間が気付ければよいと思っていたそうです。そこにフェリンスク少尉の登場と相成った訳ですが、
フェリンスク少尉は医務室から後部兵員室前に来ています。医務室は発令所寄りの位置にあり、現場から離れているため、声は聞き辛い。ですが、
フェリンスク少尉はその声を聞いて、現場に駆け付けたと言っています」

ニルソンの説明を聞いたベルンハルトは、フェリンスクの体の特徴を思い出してから言葉を返し始めた。

「……もしかしたら、フェリンスク少尉は殊更耳が良かったのかもしれん」
「と、言いますと……?」
「フェリンスク少尉は恐らく、猫科系の獣人だ。しかも、あの耳の模様は、うちらの世界にいたサーバルキャットの柄とほぼ似ている。俺は以前、
アフリカに生息する猫科系の生態を調べていたんだが、サーバルキャットは耳が良くてな。遠くの異音でもすぐに聞きつけて行動を起こし、
ある時は地中に居る獲物を察知して捕らえる事もあるという。可愛らしい姿の生き物だが、根は立派なハンターさ」
「艦長……では……?」

ニルソンがベルンハルトに聞くと、彼は苦笑しながら自らの頭を指差した。

「俺達は、助っ人の耳に救われたのかもしれんな」

ベルンハルトは苦笑しながら、副長にそう言い放った。

「艦長。燃料の流出が止まりません」

そこに、燃料計を注視していた部下から再び報せが入る。
ベルンハルトは予め決めていたのか、即座に指示を下した。

314ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/16(土) 09:32:52 ID:4r/3PIrQ0
「右舷側の燃料を放出しろ」
「え……放出でありますか?」

部下の兵曹は一瞬、ギョッとなった表情を浮かべて聞き返した。

「何度も言わせるな。右舷側燃料放出!急げ!!」
「あ、アイサー!」

兵曹はベルンハルトに促されて、部下に命令を伝えた。
彼の判断は、ニルソンとボールドウィンも驚かせていた。

「艦長、よろしいのですか?燃料を捨てれば、今後の哨戒活動に支障が出ますが……」

ボールドウィンは訝し気な表情を張り付かせながらベルンハルトに言うが、それに対して、ベルンハルトはあっさりとした口調で返す。

「目印を与えているのなら、消してしまうまでだ。生き残るのならば仕方かなかろう?」
「は、はぁ……」
「なに、命あっての元種だ。慎重でかつ、狡賢く……サブマリナーの基本だ」

その一言を聞いたニルソンが、何かを思い立ったのか、手を上げた。

「艦長、ひとつ提案したいのですが」
「何か妙案を思いついたようだな……聞こう」
「妙案かどうかは分かりません。ある意味、だましの基本のような物で、敵に見破られる可能性もありますが」
「生死がかかっとるんだ。試せる事は何でもやろう」

ベルンハルトは不敵な笑みを浮かべながら、副長に発言を促した。

315ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/16(土) 09:33:30 ID:4r/3PIrQ0
駆逐艦フロイクリの艦橋からは、右舷側400グレル(800メートル)を反航する僚艦キガルアが見えていたが、その僚艦が突然、爆雷を投下し始めた。
唐突に、キガルアの後方から水柱が立ち上がった。

「キガルア爆雷攻撃開始!」
「なに?敵艦を探知したのか!?」

フェヴェンナ艦長は、キガルアが生命反応を捉えたのかと思ったが、頭の中ですぐに否定する。
敵潜水艦は既に、生命反応探知装置の索敵範囲内から脱しており、フロイクリとキガルアはあてどもなく、海上を彷徨うしかなかった。
敵艦が探知外に逃れる寸前に行った爆雷攻撃は、位置的に見て相当の打撃を与えたと確信しているが、どの程度の損害を与えたかははっきりとしておらず、
フェヴェンナは敵艦を逃がしたと思っていた。
そこに、キガルアが突然の爆雷攻撃を開始したのである。

「通信士!キガルアに状況を知らせよと伝えろ!」

フェヴェンナはそう指示を伝えながらも、頭の中ではキガルア艦長の判断が本当に正しいのか疑問に感じていた。
キガルアの艦長は、まだ29歳の若手艦長であり、勇猛果敢ではあるものの経験が不足している。
出港前にキガルア艦長とはひとしきり会話を交わしたが、正直、頼りにならないとフェヴェンナは確信していた。
キガルアからの返信はすぐに届いた。

「キガルアより返信!我、敵艦より流出した物と思しき黒い油を発見。目下、追撃中!」
「黒い油……敵艦の燃料か」

フェヴェンナはそう呟いてから、先の爆雷攻撃は敵艦の外郭に損傷を与えと確信した。
だが、最も気がかりな情報がその中には含まれていなかった。

「敵艦は探知したのか……正確な位置は分かっているのか……?」

彼は、キガルアが“黒い油のみ”を見つけて、そこに爆雷を叩き込んでいる事が非常に気になった。
キガルアは洋上に光を照らしながら、尚も爆雷攻撃を続けているが、よく見ると、油が見つかったと思しき場所をぐるぐると回っているだけだ。
それに加え、報告には油がどの方角に繋がっているかと言う情報も全く見受けられない。

316ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/16(土) 09:35:24 ID:4r/3PIrQ0
「ええい、くそ!通信士!もう一度問い合わせろ!敵の油膜はどの方角に繋がっているか。敵艦の生命反応は探知しているのか。急ぎ送れ!!」

フェヴェンナはそう指示を下しながら、胸の内で不安を感じ続けている。
そもそも、彼ら護衛駆逐艦の役目は船団を守る事である。
今はこうして、敵の潜水艦を追い回しているが、本来ならばすぐに切り上げて、船団の護衛に戻らなければならない。
先の魚雷攻撃で僚艦2隻が撃沈され、1隻が乗員の救助に当たり、2隻が潜水艦の掃討に当たっているため、船団の護衛艦は現時点で7隻に減ってしまっている。
そろそろ頃合いだとフェヴェンナは思っているのだが、僚艦キガルアは敵の追撃に夢中になってしまい、全力で爆雷攻撃を敢行中だ。

「艦長、キガルアより返信。敵の位置は把握せり、心配ご無用なり……以上です」
「たったそれだけか!?あの若僧が、しっかり報告せんか!!」

フェヴェンナは苛立ちを募らせる。
キガルアの行動は、完全に頭に血が上った野獣の如しである。

「完全に視野が狭くなってますな……」

ネルス副長も半ば呆れながらフェヴェンナに言う。

「あんな様子じゃ、早死にするだけだ」
「艦長、そろそろ船団の護衛に戻らなければ……」
「俺もそうしたいが……キガルアを置いてはいけない。あいつは単艦にすると、すぐにやられるぞ」

フェヴェンナはそう返したが、内心ではキガルアを放置して戻りたい気持ちで一杯であった。
しかし、それは寸での所で彼は抑えている。
シホールアンル海軍の駆逐艦は、敵潜水艦の掃討に当たる時は、最低でも2隻1組で当たるように厳命されている。
なぜそのような命令が発せられたというと、実際に1隻のみで対潜掃討に当たると、複数展開している思われる米潜水艦群に返り討ちに遭い易い為だ。
そのため、フェヴェンナの率いるフロイクリはキガルアを置いて、船団護衛に戻れずにいた。
キガルアと共に戻るには、フェヴェンナがキガルアの艦長を説得するか、キガルアが敵潜水艦を撃沈するか……二つに一つだ。

317ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/16(土) 09:36:30 ID:4r/3PIrQ0
フェヴェンナは、躊躇いなく前者を選んだ。

「通信士!キガルアに追申だ!」
「艦長、キガルアに何と……?」
「敵潜水艦の追撃を中止し、直ちに船団へ合流すべし、と送れ」
「え……キガルアは今、対潜戦闘中ですぞ!」

副長は仰天してしまった。戦闘中のキガルアにそれは無茶だと言わんばかりの口調だ。

「さっきから大雑把な位置をぐるぐると回って爆雷落としているだけの連中が、敵の潜水艦を沈められるとは思えん。ここで無駄に時間を使うよりは、
船団に戻って輸送艦群を護衛したほうがいい」
「は、はぁ……」

副長はフェヴェンナの断固とした口調に口を閉ざした。
フェヴェンナの指示は、キガルアに届いたが、その返答はフェヴェンナの苛立ちをさらに募らせた。

「フェヴェンナより返信!我、目下敵潜水艦を追撃中。船団への合流は貴艦のみで行われて結構である……」
「気違いめ!今、船団がどれだけ危うい状況なのか分らんのか……!」

彼は歯軋りしながら、指示に従わないキガルアに怒りを感じていた。

「重ねて指示する!至急、船団へ合流されたし!また、単艦行動は上層部より厳に戒められているため、貴艦の申し出は受け入れられず。今は損傷し、
姿を隠した敵潜水艦を追撃するよりも、船団の護衛に注力した方が良いと、当艦は確信する物なり!以上、送れ!」

フェヴェンナが怒りを交えた口調で、送信文を魔導士に伝えた時、見張り員が新たな報告を艦橋に伝えた。

「艦長、キガルアが爆雷攻撃を停止しました!」
「ほほう……艦長の指示に従うのですかな」

318ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/16(土) 09:37:14 ID:4r/3PIrQ0
ネルス副長が感心したように言うが、フェヴェンナは首を左右に振った。

「それは分からん。まぁ、いずれにしろ、あちらも何か報告を伝えてくるだろう」

フェヴェンナがそう言ってから2分後……彼の言う通り、キガルアから報告が伝えられた。

「キガルアより通信。敵潜水艦のより流出した黒い油を更に発見。その量、極めて多し……また、油以外の多数の浮遊物も視認せり、であります」
「……撃沈したようですな」
「その多数の浮遊物とは一体なんだ?キガルアに問いかけろ」

ネルスの言葉を肯定する事無く、フェヴェンナは魔法通信で浮遊物の詳細を問おうとした。
そこに新たな通信が入る。

「キガルアより通信。浮遊物の中に敵が使用したと思しき書類や木の板、衣類など多数を視認。当艦は敵潜水艦の撃沈を確認せり」
「死体は?敵艦乗員の死体は見つからんのか?」
「……死体発見という文面はありませんが、衣類など多数とありますから、恐らくは」
「恐らくは、ではない。敵の潜水艦が撃沈されれば、必ず死体が上がってくるはずだ。キガルアに敵兵の死体の有無を確認させろ!」
「は……直ちに」
「艦長!船団より緊急信です!」

フェヴェンナが、最も肝心な事を問い質そうとした矢先に、別の魔導士が切迫した声音を張り上げながら報告を伝えて来た。

「別の敵潜水艦が護送船団に雷撃を敢行。輸送艦2被雷、大破との事です!」

この瞬間、フェヴェンナは護衛失敗を確信したのであった。

319ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/16(土) 09:37:59 ID:4r/3PIrQ0
午前4時30分 帝国本土向け護送船団

輸送艦511号は、先頭を行く1番艦と2番艦が相次いで被雷し、急速に速度を落とす様子を目の当たりにしていた。
511号艦長であるラヴネ・ハイクォコ中佐は、即座に面舵を切って、前方の2番艦との衝突を回避した。

「魚雷警報―!見張り員は魚雷警戒を厳にせよ!」

ハイクォコ艦長は大音声でそう命じながら、心中では突然起きた魚雷攻撃に、ある不審な点を感じていた。

「副長!戦闘の輸送艦からは雷跡発見の報は入らなかったのか!?」
「先もお伝えした通り、魚雷発見の報告は伝わっておりません。いきなり水柱が立ち上がりましたから……」
「何だそれは……!」

ハイクォコ艦長は、今までに経験した事のない雷撃に困惑していた。
彼は今まで、3度ほど敵潜水艦の襲撃を経験した事があるが、いずれも魚雷の航跡を見張りが確認していた。
だが、今回はその報せも伝えられぬまま、いきなり僚艦が被雷したのである。

「艦長!」

困惑するハイクォコ艦長の背後から、野太い声が響いてきた。
振り返ると、そこには赤と緑の装飾で彩られた特性のローブに包んだ、小太り気味の魔導士が立っていた。

「いきなり別の船が魚雷攻撃を受けて沈んでおったが、この船団は今敵の攻撃を受けておるのか!?」
「その通りです、トミアヴォ導師」

ハイクォコ艦長は素直に答えると、トミアヴォと呼ばれた中年の魔導士は不快げに顔を歪めた。

「この船には重要物資を積んでおるのだ!何としてでも敵の攻撃を避けて貰いたい!!」
「無論、努力はいたします。重要機密品に指定されている物資を積んでいるとあっては、我々もできうる限りの事はします」

320ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/16(土) 09:38:38 ID:4r/3PIrQ0
ハイクォコ艦長はそう言ってから、恭しげに頭を下げた。
トミアヴォ導師は、シホールアンルの中でも優秀な大貴族であるウリスト侯爵と、繋がりの深い魔導士の1人である。
昔から優秀で、腕の立つ魔導士として広く知られているが、性格は悪く、横暴であり、権力に物を言わせて物事を強引に解決する人物としても知られている。
トミアヴォはこの511号輸送艦に搭乗する際も、その身勝手なふるまいで乗員を多いに悩ませており、積荷に関しても重要機密品と伝えるだけで
詳細は知らせてくれず、物資を梱包した幾つもの木箱の周辺には、トミアヴォが共に連れて来たウリスト家の私兵が、厳重に張り付いて警戒し、
艦の乗員すら近づけない状態だ。
彼らの傲慢な態度は、乗員達を大いに怒らせていたが、ハイクォコ艦長は重要機密品を護衛しているのだから我慢しろと言い聞かせていた。
その責任者であるトミアヴォが、血相を変えてハイクォコ艦長のもとに現れたのである。

「艦長、このままでは他の輸送艦と一緒に狙われてしまう。ここはひとつ、船団から離脱して、独航で港に向かってはどうか?」
「導師。それはできません。ここで隊列を離れれば、それこそ敵の思う壺です」

ハイクォコ艦長はトミアヴォの提案をすぐに否定する。
すると、トミアヴォは怒りで顔を真っ赤に染め上げた。

「何を言っておる!貴官はこの船に重要物資を搭載している事を忘れたのか!?帝国の行く末がこの船に積んだ物資に掛かっておるのだぞ!?」
「導師の言う事はごもっともでしょう。ですが、そのお言葉には従えません」

ハイクォコがそう言うと、トミアヴォは更に怒声を上げかけた。
その瞬間、衝撃と共に大音響が鳴り響き、右舷側中砲部から高々と水柱が吹き上がる。
右舷側から伝わった強烈な衝撃のため、艦橋内の誰もが床を這わされ、ある者は壁に体を打ち付けて重傷を負う事となった。



潜水艦ベクーナに座乗する第2群司令ローレンス・ダスビット大佐は、艦内に伝わる爆発音を聞くなり、ベクーナ艦長を務める
フリン・クォール中佐と共に顔を見合わせた。

「新たな爆発音を感知。魚雷命中、まだ続きます」
「司令、敵は今頃、大慌てでしょう」

クォール艦長は小さな声でダスビットに言うと、彼は満足気な表情を見せた。

「敵の左右に展開した、潜水艦8隻の全力攻撃だ。しかも、こっちが撃った魚雷は新型のMk-20。今頃、敵の船団指揮官は
航跡の見えない魚雷を食らって大いに目を回してるに違いない」

321ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/16(土) 09:39:24 ID:4r/3PIrQ0
Mk-20とは、アメリカ海軍が開発した新型の潜水艦搭載用魚雷である。
この魚雷は、今までの標準魚雷であったMk-14を元に再度設計されたもので、その大きな特徴は、電動推進式である事だ。

電動推進の魚雷は、1943年にMk-18がアメリカ海軍で最初の電動推進式の魚雷として開発されたが、開発当初は実用性に
乏しかったため実戦には投入されなかった。
ただ、その経験は後の開発に生かされることになり、1945年10月にMk-20魚雷が開発され、順次量産される事となった。
Mk-20は電動推進式であるため、通常の魚雷と違って速度が遅いという欠点があり、速力36ノットで4800メートル、
18ノットで7200メートルと、射程距離も短くなっている。
しかし、Mk-20は、これまでの燃料推進魚雷と違って、電動推進式で魚雷から排出する空気が非常に少ない為、航跡がほぼ出にくく、
夜間訓練時においては、敵役を担った艦が魚雷を視認できないため、ロクな回避運動を行えぬまま被雷判定を受けるなど、静粛性に極めて優れていた。
今回の作戦では、本隊を担うバラオ級、ガトー級潜水艦にこのMk-20が初めて搭載され、先の攻撃で使用されたが、その結果は大いに
満足できるものであった。



「魚雷命中音止まりました。確認できた爆発音は10回です」
「敵の護衛艦はどうなっている?こちらに向かってきているか?」

クォール艦長は、即座にソナー員へ聞き返す。
ベクーナを始めとする第2群の潜水艦8隻は、魚雷発射後、即座に現場海域から離脱を図っている。

「今の所、こちらに向かう敵艦らしき音は探知できません」
「命中音からして、少なくとも、5、6隻は食えたか」

ダスビット大佐が言うと、ベクーナ艦長は顔に笑みを見せた。

「不発魚雷もほぼ無いようです」
「うむ、素晴らしい事だ。それに、Mk-20の弾頭には300キロのトルペックス火薬が搭載されている。被雷した輸送艦は例外なく沈むかもしれん」
「これでまた、撃沈トン数を稼ぐ事ができますな」

クォール艦長が言うと、ダスビット大佐は深く頷いた。

「とは言え、この雷撃が成功したのは、一重にキャッスル・アリスが敵の護衛艦を複数誘引出来たお陰でもある。今の所、連絡が途絶えているが、
連絡が回復したら、連中にねぎらいの言葉をかけてやらねばな」

322ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/16(土) 09:40:17 ID:4r/3PIrQ0
1486年(1946年)1月10日 シホールアンル帝国西部 ホーントゥレア港

駆逐艦フロイクリは、生き残った輸送艦と共にホーントゥレア港に入港した後、艦に収容した損傷艦の乗員を下艦させ、その作業をようやく終えていた。

「艦長、収容した乗員の下艦が終わりました」
「ご苦労だった……」

フェヴェンナ艦長は、いつも通りの平静な声音で返すと、制帽を取り、自らの頭をひとしきり掻いた。
目線を艦の右側に移す。
フロイクリの右側にある桟橋には、ロアルカ島から共に付いてきた輸送艦が、搭載した物資の荷下ろしをしているが、ロアルカ島出港時には30隻を
数えた輸送艦も、ホーントゥレア港到着時には12隻に減っていた。
残りの18隻は全て、敵潜水艦の雷撃によって撃沈された。
また、12隻居た護衛駆逐艦も、ホーントゥレア港に到達したのは8隻だけである。
4隻の駆逐艦もまた、敵艦の雷撃に撃沈されたのだ。
これに対し、シホールアンル側の戦果は、血気に逸ったキアルガが敵潜水艦を追い回した末に、米潜水艦1隻の撃沈を報告したのみだ。
いや、キアルガの通信には、敵艦乗員の死体を確認したという文面が入っていなかったため、取り逃がした可能性が高かった。

「完敗……だな」

フェヴェンナはポツリと呟く。
それを聞いた副長が、これまた小声で彼に問いかけて来た。

「艦長。ルィキント列島とノア・エルカ列島は今後、どうなるでしょうか」
「敵潜水艦が跳梁し始めたとあっては……早晩、維持されていた連絡線も遮断される。そうなれば、ルィキント、ノア・エルカは確実に孤立するだろう」
「孤立……ですか」
「なに。俺達は今まで同様、やれることをやるだけだ」

フェヴェンナはネルスにそう返すと、彼の左肩をポンと叩いてから、艦橋を後にした。

323ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/16(土) 09:40:53 ID:4r/3PIrQ0
1486年(1946年)1月11日 午前8時 レビリンイクル沖西方220マイル地点

サーバルト・フェリンスク少尉は、久方ぶりに浮上した艦の後部で、彼方まで続く水平線をじっと見つめていた。
空は青く晴れており、時折冷たい風が吹く物の、気持ちの良い天気と言えた。

「やあ少尉、体の具合はどうだね?」

ふと、横合いから声を掛けられた。
フェリンスクは右横を振り返る。

「これはベルンハルト艦長」
「その様子だと、具合は良さそうだが」
「いえ、まだ胸が痛みます。軍医殿の診察によりますと、肋骨が折れているようですが……あとは打撲傷のみで、肋骨以外は大したことないと。
歩くぐらいなら何とか大丈夫です」
「ほう。何とか重傷で済んだか」

ベルンハルトは微笑みながらそう言うと、懐からタバコを2本取り出し、1本を差し出した。

「タバコは吸った事あるかね?」
「タバコですか……」

フェリンスクの反応を見たベルンハルトは、彼がまだタバコを吸ってないなと確信した。
ベルンハルトは時折、ロイノーとフェリンスクに声かけたが、2人ともタバコは吸わなかった。
理由としては、あまり好みじゃない匂いが付くと困る、との事だ。

「艦内で吸うと匂いがこもるが、ここで吸うなら匂いもすぐ晴れる。生き残れた記念にどうだい?」
「はぁ……」

フェリンスクは何故か、バツの悪そうな顔を浮かべていた。

324ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/16(土) 09:42:08 ID:4r/3PIrQ0
「ふむ……やはり匂いが気に入らないか。普通の人と比べて、嗅覚の鋭い獣人だと、タバコはきついかね」
「実は」

ベルンハルトは、フェリンスクが懐からタバコを取り出すのを見て、一瞬顔が固まる。
その後、勢い良く背中を叩いた。

「こいつぁ驚いた!君も隅に置けんな!」
「いててて、艦長、痛いですよ」
「お、おお……傷に響いたか。これは失敬」

ベルンハルトは慌てて謝ったが、気を取り直して、胸ポケットからジッポライターを取り出す。
自分のタバコに火をつけると、フェリンスクに火を向けた。

「火を付けよう」
「あ、ありがとうございます」

フェリンスクは、半ばぎこちない動きでベルンハルトから火を貰った。
タバコに火が付くと、彼らはタバコを吸いこみ、紫煙を吐き出した。

「ふぅ……生きている味だな」
「ええ。こういうのも悪くないです」

ベルンハルトはフェリンスクの声を聞いて微笑み、タバコを咥えながら質問した。

「少尉、いつからタバコを吸うようになった?」
「はぁ……事が一通り収まり、艦が一旦浮上してからです。その時、軍医殿が差し出したタバコを貰いまして……それからちょくちょく吸っています」

フェリンスクはベルンハルトの質問に答えてから、タバコを口にくわえ、ゆっくりと紫煙を吐き出す。

325ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/16(土) 09:43:22 ID:4r/3PIrQ0
心の底からリラックスしているのか、彼は和やかな表情を見せていた。

「いい吸いっぷりだ。その分なら、他の連中と一緒に喫煙場の会話を楽しめそうだな」
「そうかもしれませんが……問題もあります」
「ふむ。問題と言うと……?」

ベルンハルトが聞くと、フェリンスクは苦笑しながら答える。

「家族に文句を言われる事です。特に妹は、慣れないタバコの匂いに素っ頓狂な声を上げるでしょうな」
「くさーい!!とでも言われるのかね?」
「ええ、それとほぼ同じ口調で言われますよ」

フェリンスクがそう返すと、ベルンハルトは大きな声で笑った。

「まぁしかし……ロイノー少尉の怪我も大事に至らずに済んだし、乗員に死者が出なかったのは不幸中の幸いだった。探知妨害装置が故障した時は
どうなるかと思ったが……幸運の女神は、俺達に微笑んでくれたようだ。もっとも、艦はドック入り確実だがな」
「その点に関しては、非常に申し訳なく思っております……」
「いや、君らは悪くないさ。悪いのは、不良品を押し付けたミスリアルの連中だな」

ベルンハルトの笑みが、不自然に爽やかな物へと変わった。

「帰還した後は、連中の責任者を呼び出して、親睦を深めることにするよ」
「は……はぁ」

フェリンスクは、その爽やかな笑みの内には、烈火の如き怒りが渦巻いている事を、密かに感じ取ったのであった。

326ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/16(土) 09:44:09 ID:4r/3PIrQ0
SS投下終了です。

327名無し三等陸士@F世界:2018/06/16(土) 18:40:50 ID:xcVmLF4g0
投下乙でした
船団襲撃作戦は成功、魔法石の件で一時はピンチだったアリスも乗組員たちの奮闘で無事生還
一方シホールアンル側は輸送船にも護衛艦にも大きな損害を出し、とどめに重要物資が海の藻屑
勝負あり、というところでしょうか
あとはこの一件のおかげで『あの計画』が遅れるかご破算になってくれれば…

328 ◆3KN/U8aBAs:2018/06/16(土) 23:08:05 ID:GP..ZAwg0
投下乙でした。
魔法による探査は聴音に比べて正確に場所がわかる反面、妨害されると何も見えないのはネックですねえ
ギアリング以降の駆逐艦は魔法と聴音の併用になるんでしょうかね?

私も持ちネタがあるのでがんばらなければ…

329名無し三等陸士@F世界:2018/06/17(日) 13:52:36 ID:ejuH1mMM0
待ってました!投下乙であります!
まさかフレンズネタをぶっこんでくるとはw
あとP-80の初陣もそろそろですかね?
次回も楽しみに待ってます!

330外パラサイト:2018/06/18(月) 06:26:01 ID:nmm8AZlQ0
ありがてえ
ありがてえ

ttps://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=69287072

331名無し三等陸士@F世界:2018/06/18(月) 22:42:15 ID:Z7mT7VDw0
投下乙です!
シホットの状況は加速度的に悪化してますな

航跡の見えない電池魚雷…潜水艦本体のマジックステルスと合わさると
本格的に海の暗殺者と化しそう

332名無し三等陸士@F世界:2018/06/19(火) 22:09:29 ID:L0pI.utk0
WW2のアメリカじゃなく、現代のアメリカだったら開戦から3ヶ月ぐらいで終わってただろうな・・。

333名無し三等陸士@F世界:2018/06/26(火) 13:32:11 ID:0vcrc6Fg0
ものすごく今更な疑問だけど、この世界で言葉が通じるのって

1.異世界人も英語を話している。
2.違う言語を話しているけど、自分達の言語に自動変換されて聞こえる。
3.違う言語を話していて音もそのまま聞こえてるけど、その言葉の意味は自然と理解できる。

の内のどれなんだろう?

ヨークタウンさん曰く、劇中のアメリカ人は汚いスラング言いまくってるみたいだけど、異世界人にはどんな風に聞こえてるのか気になるわぁ。

334名無し三等陸士@F世界:2018/06/27(水) 21:14:44 ID:JOEwZRH.0
投下乙です

航跡の出ない魚雷探知不能の潜水艦
WW初期でイギリスが経験した恐怖を味わう番がシホットに来ましたね
報告を受けたリリスティはどうなりますかね()

>排水量15000ラッグ(10000トン)という比較的大型の船体に、最高速力13リンル(26ノット)という性能
これ多分船団組むよりも単体全力航行したほうが被害減る船だこれ
できれば、の話ですが
護衛船団は地獄やで

>>332
冷戦時代のアメリカならシホールアンル位置特定次第ICBMをぶっ放しそう

335ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 00:31:30 ID:pfN/LKiE0
皆様レスありがとうございます!

>>327氏 ヒヤリとする場面があった物の、結果的にはアメリカ側の思惑通りに進みましたね。
そして、密かに例の計画に使用する筈だった物資も、届く事はかなわぬまま海底送りですから、
例の人は今頃、頭を抱えているでしょう。

>>◆3KN/U8aBAs氏
ありがとうございます。
魔法と聴音の併用に関しては、今現在研究中となっています。

>持ちネタ
自分も期待して待っておりますぞ

>>329氏 この話を書き始めた時期が、例のフレンズアニメが始まった時ですので、自然とそれに便乗
する形になってしまいましたね
まぁしかし、いいアニメでしたな……

>>外伝氏 ありがとうございます!
全裸待機しながら待たれていたようなので、今回の投稿でご期待に添えたかなと思っております。

>>331氏 最後の聖域とも言えるルィキント、ノア・エルカ列島の航路にまで米潜水艦部隊が本格的に
跳梁し始めておりますから、もはや絶望を通り越しているかもしれません。

>>332氏 核使えば一瞬ですぞ!(鬼

>>333氏 アメリカ側から見れば1で、異世界側から見れば2に当たりますね。
耳に聞こえる言葉は分かっても、手書き文字などは千差万別ですので。

>劇中のアメリカ人は汚いスラング言いまくってるみたいだけど、異世界人にはどんな風に聞こえてるのか気になるわぁ。
普通に汚い内容が耳に入って来るので、異世界人の中にはアメリカ人が会話を交わすと、耳を塞ぎたくなると思う者も
ちらほらと出てきていますね。

>>334氏 リリスティさんは早速頭を抱え込んでいますね。信じて送り出した高速船団がドエライ事になってしまいましたから……

>単独行動
対応策としては出てはいます。
ただ、一部の米潜水艦には偵察機が積まれているので、結局は発見されてしまうから意味は無いという意見も多々あるので、
有効な手立ては思いつかないのが現状です。

それでは、続きを書かねば……

336ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 19:35:53 ID:pfN/LKiE0
こんばんは〜、これよりSSを投稿いたします
今回は、刺激が大分強いので、食事中の際には見ないことをお勧めいたします。

337ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 19:36:36 ID:pfN/LKiE0
第286話 決意の向こうに

1486年(1946年)1月22日 午前6時 クロートンカ近郊

森の中をゆっくりと歩く中、ふと上を振り向く。
まだ夜が明けきらぬ、ほの暗い空から雪が降って来た。

「………」

穴開き手袋を外し、掌を返して見ると、降って来た雪が手に付き、冷たい感触が伝わる。

「……まだ、感覚は残っているんだね……」

その人物は、そうぽつりと呟くと、前方に顔を向ける。
森の木々の間から、少し離れた街の灯りが見えている。
目的地であるクロートンカだ。

「住人共が戻って、敵に宿を開放しているという話は本当だったか」

白い外套に身を包んだその人物は、単調ながらも、その内には憎しみを込めた口調で言う。
本当ならば、このクロートンカに来る予定は無く、ここから遠く離れた森林地帯でゲリラ戦を続ける筈だった。
だが、2日前に、このクロートンカに向かうミスリアル軍の車列に混じっていたヤツを見てからは、復讐心に
駆られるままこの地に向かい続けて来た。

「仲間を皆殺しにした、あのエルフの将校……ヤツを殺すまでは、決して……!!」

口を震わせながらそう呟くと、部隊のただ1人となったその生き残りは、沸き起こる憎悪に身を任せ、再び白い森の中を歩き始めた。

338ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 19:37:11 ID:pfN/LKiE0
午前8時30分 クロートンカ中心街

連合軍に解放されたクロートンカは、12月中旬には解放を聞きつけて舞い戻った住人によって復興が始まり、今では連合軍部隊の休息地として、
かつてない賑わいを見せていた。
第3海兵師団A戦闘団の指揮官であるヨアヒム・パイパー中佐は、従軍記者であるアーニー・パイルと共にこの地を訪れていた。

「よし!この辺でいいぞ」

パイパーは通りの右側にジープを止めさせると、その場で下車した。
ただ、場所がまずかったのか、交通整理をしていたMPに声を掛けられた。

「中佐殿!ここでは停車しないでください!」
「おお、すまん!今すぐどかせるぞ」

パイパーはMPに謝ると、ジープのボンネットを叩いて行っていいと合図を送る。

「それじゃ、また後で!」

運転兵はパイパーにそう返すと、ジープを発進させて、混雑する通りの向こうに消えていった。

「いやーしかし、賑わってるねぇ」

パイパーと共に下車したパイルは、通りや歩道を歩く人の群れを見つめながら、感嘆の言葉を漏らした。

「元々、ここは大きな町で、戦前は30万の人口を有していたらしい。戦闘中は、住民はほぼ逃げ出してゴーストタウンと化していたが、
戦闘が終わると、どこぞで隠れていた住民達が戻って、この賑わいを見せているようだ」
「前線も遠くに離れたし、後方の休息地として最適の町になった訳か」

パイルは首に下げていたカメラを構え、3枚ほど写真を撮影した。

339ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 19:37:46 ID:pfN/LKiE0
「今日も熱心に撮影するね」
「私はカメラマンだからね。いい物が撮れそうなときは、撮るに限る」

パイパーは彼の職人気質に心中で感心した。

「パイルさん、ここだ」

3分ほど歩いてから、2人は目的の場所に到達した。
そこは、2階建ての細長い建物で、看板には分かり易い女の絵と、英語で大衆酒場と言う言葉が大きく書かれていた。

「これが、パイパー中佐の言ってた酒場か」
「噂によると、店主がフットワークの良い人でな。アメリカの酒も大量に仕入れて客に出しているらしい」
「ほう、それは楽しみだ」

パイルは破顔すると、パイパーに促されながら酒場に入って行った。
中には、7名ほどの先客がおり、カウンターやテーブル席に座って雑談を交わしていた。
この時、カウンター席の客1人が、パイパーらに顔を向けた。

「む……パイパー中佐じゃないか」

パイパーは、その顔に見覚えがあった。
また、7名の先客は共通の軍服を着ているが、その軍服はグレンキア軍の物だった。
カウンター席から立ち上がったその客は、パイパーに近付きながら顔に笑みを張り付かせた。
パイルはパイパーの顔を見ると、彼もまた、照れ臭そうな笑みを浮かべている。
2人の士官は、互いに握手を交わしていた。

「ポリースト中佐か!しばらくだな!」
「ああ。お互い、運良く生き残れたな」

340ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 19:38:17 ID:pfN/LKiE0
2人は握手をひとしきり交わした後、笑顔を浮かべたまま話を続けた。

「しかし、ここで会えるとは……偶然だ」
「それはこっちのセリフだよ。てっきり、グレンキア装甲軍団はもっと後方に移動したと思っていたが」
「部隊の位置はここから南に20マイルほど離れているから、前線から近くは無い……パイパー中佐、そちらの方は?」

ポリースト中佐はパイルに目を向けてから、パイパーに聞いた。

「ああ、紹介が遅れたな。こちらは従軍記者のアーニー・パイル氏だ」
「アーニー・パイルです」

パイルはポリースト中佐に右手を差し出すと、ポリースト中佐もまた、快く応じた。

「私はグレンキア陸軍第12装甲擲弾兵師団に所属します、ウェロース・ポリースト中佐と申します。以後、お見知りおきを」

互いに握手を交わした後、ポリーストはパイパーに向き直った。

「今日は休暇でここに来たのか?」
「ああ。一段落したので、外出許可を得てここに来たんだ」
「それは良かった。ささ、こっちが空いているから座って」

パイルとパイパーは、ポリーストに勧められて、カウンター席に座った。

「いらっしゃい!ご注文は何にします?」

カウンターの中にいる、口ひげを生やした色白の恰幅の良い店主がパイパーとパイルに注文を聞いてきた。

「ビール……あるかな?」
「ええ。勿論ありますよ!」
「それじゃあ、2本くれ」

341ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 19:38:49 ID:pfN/LKiE0
パイパーはビールを2本注文した。
店主は声音の良い返事をしてから、すぐにビールを手渡した。

「ありがとう」

パイパーは礼を言ってから、代金を店主に払う。

「おぉ……アメリカ産のバドワイザーだ。大将、よくバドワイザーを仕入れたね」

パイルは半ば感嘆したような口調で店主に言う。

「へい。アメリカ軍のある将校さんがこれまたいい人でしてね。その方のお陰で、ちょいと……」
「その名の知らぬ将校に感謝だな」

パイパーは、見知らぬ将校に感謝しつつ、ビール瓶を掲げた。

「では……ポリースト中佐。乾杯と行くか」
「うむ。生き残れた事と……義務を果たした戦友たちに……乾杯!」

ポリースト中佐が音頭を取り、3人はビール瓶を合わせる。そして、ビールを喉に流し込んだ。
寒い真冬とはいえ、気持ちの良い室内で飲む冷えたビールは格別の味であった。

「ふぅ……やはり、酒はリラックスしながら飲むに限る」
「戦闘直後に酒を飲んでも、緊張と興奮であまり美味く感じないからな」

パイルとポリーストは、互いに微笑みながら、休日のビールに舌鼓を打った。

「しかし、先の戦闘は酷い物だった。うちの師団は4割以上の損害を出してしばらくは前線で戦えそうにないよ」

342ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 19:39:19 ID:pfN/LKiE0
ポリーストは、先とは打って変わり、やや陰鬱めいた口調で話し始める。

「俺の連隊も消耗が嵩んで、今は休養と補充に専念している」
「それは海兵隊も同じだ。敵は散々に叩きのめしたが、こっちもダメージを受けすぎてフラフラしている」
「お互い、難儀な役目を押し付けられたからね。勝利したとはいえ、もう少し被害を減らせなかったのかと、今でも思ってしまうよ」

ポリーストの言葉に、パイパーは無言で頷きながらビールを飲む。
先の攻防戦に勝利した連合軍は、その後も包囲網の北に逃れたシホールアンル軍相手に戦闘を続け、現在の戦線は、シホールアンル帝国国境を
10マイル越えた所で止まっている。
その後、損害を受けた海兵軍団とグレンキア装甲軍団は、クヴェンキンベヌを守備していた空挺軍団と機甲師団と共に、後方より送られてきた
友軍部隊に前線を任せ、1月初旬までには戦線を離れ、クロートンカ周辺で休養と補充に当たる事となった。

「ポリースト中佐は、本国に家族はおりますか?」

パイルがビールを飲むポリーストに、何家ない口調で聞いてみた。

「いますよ。妻と子供が2人。子供は男で、17歳と14歳……まだ学生ですな」

ポリーストはビールが空になった事に気付き、店主に追加注文を行った。
ビールを手渡されると、ポリーストは再び話し始める。

「長男は軍に志願したいと言っていますが、自分は反対してます」
「どうして反対するんだ?息子さんも国の為を思って軍に志願しようとしてる筈だが」
「気持ちは分からんでもない。だがね……」

ポリーストは右手を額に乗せ、複雑そうな表情を浮かべる。

「俺が育てて来た息子が戦場で屍を晒す光景を思い浮かべると、どうしても賛成する気にならんのだ。戦場の悲惨さは君も見ているだろう?」
「ああ。酷い物だよ」

343ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 19:39:51 ID:pfN/LKiE0
パイパーは陰鬱めいた口調でそう返した。
先の作戦でも、パイパーは多くの将兵の死を見てきた。
作戦開始前、自信満々に敵を討ち取ると宣言していた海兵隊員が、敵弾を受け、苦しみにのたうち回りながら、口には母の助けを叫んで息絶えていく。
それまで敵部隊を散々に打ちのめしていた味方戦車が一瞬にして被弾炎上し、脱出者が1人も居ないまま燃え盛っていく。
それは見慣れた光景だったが、悲惨な光景である事には変わり無い。
ポリーストもまた、その目で戦場の現実と言う物を嫌と言うほど見てきている。
そこに、自分の愛した息子が飛び込んでいく……
それを最大級の誇りと見るのが、軍人の父として当たり前の出来事なのであろう。
だが、ポリーストはとてもそんな気分にはなれなかった。

「俺は……息子達には勉学に努めて、知識を身につけてから、本国で大いに働いて貰いたいと思っている。決して、戦場に出したくないんだ」
「戦場を知るが故に、子には平和なままで暮らして欲しい。そう言う事だな」

パイパーがそう言うと、ポリーストは無言で大きく頷いた。

「ポリースト家で血に汚れる役目を担うのは、俺一人で充分だ」
「この話……人によっては違う意見が出るでしょうが、私は中佐の言われる事は素晴らしい物だと思います。戦争に誰もが飛び込むわけでは
無いですからね」
「パイルさん、良く分かってるじゃないか。流石は従軍記者さんと言った所か」

パイルの言葉を聞いたポリーストは、微笑みながらそう返答する。

「しかし、シホールアンルが有するヒーレリ領も、あとは北西部の辺りだけになった。このままだと、2月中には残ったヒーレリ領も
解放されるかもしれんな」

パイパーは話を変えた。

「ヒーレリが1つの国家として蘇るのも、遠い先の話では無くなってきたという事だね」

344ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 19:40:24 ID:pfN/LKiE0
パイルは感慨深げな口調でパイパーに言ったが、ポリーストは不安げな表情を浮かべる。

「でも、まだ問題はある。まだ降伏していない、シホールアンル軍の残党が暴れている事もあるし、悩みは尽きないのが現状です」
「シホールアンルのゲリラか……確かに、連中はしぶといようだな」

パイパーも渋面を浮かべつつ、ビールを少し口に含んだ。
カイトロスク会戦の結果、シホールアンル陸軍の主力反撃部隊は包囲殲滅されたのだが、一部の部隊はゲリラ化し、各所で連合軍の補給部隊を
襲撃して大いに悩ませていた。
このクロートンカ近郊でも、移動中の部隊が幾度か、敵のゲリラに襲撃されて損害を出している。

「情報部の知り合いから聞いた話では、敵反撃部隊は元々、後方での攪乱や暗殺等と言った、裏仕事をメインでやっていた連中を前線向けに
鍛え直して編成されたようだ」
「つまり……ゲリラ化した奴らにとっては、好都合の展開になったという訳か」
「そういう事さ」

パイパーが苦笑しながら言うと、ポリーストもつられて苦笑いを浮かべた。

「それじゃあ、下手したら……敵のアサシンがクロートンカとかで休息中の高級将校を狙いに来る、という事もあり得るのかな?」
「パイルさん、無きにしも非ず、と言った所だな」

パイパーはそう言いつつ、タバコを咥えて火を付けようとするが、ライターに火がなかなかつかない。

「火の着きが悪いようだね」

パイルは言いながら、持っていたジッポライターに火を付け、パイパーの口元に差し出した。
パイパーは有難そうにタバコに火を付けると、口元から紫煙を吐き出した。

「恩に着るよ。しかし、どうして火が付かんのかな……オイル切れちまったか」

345ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 19:40:55 ID:pfN/LKiE0
「少しばかり話を戻すが、さっき出て来た敵のゲリラだが……今は粗方掃討されて、活動も下火になったようだ」
「その話は俺も聞いている」

パイパーは頷きながらポリーストに言葉を返す。

「なんでも、後方より増援として送られたミスリアル軍が上手い具合に掃討してくれたようだ」
「そのミスリアル軍だが……先のゲリラの掃討ではかなり手荒い事をしたらしい」
「手荒い事だって?何かやったのか?」
「一部のミスリアル軍部隊が、投降してきた敵兵を容赦なく殺害したようだ。そう、無抵抗の敵兵を……」

ポリーストの口から出たその言葉に、パイパーは思わず耳を疑った。

「ちょっと待て……ミスリアル軍が無抵抗の敵兵を殺害だと?まさか」

パイパーは、ポリーストが嘘を言っているのかと思った。

「ミスリアル軍は、敵兵の扱いに関してはまともだぞ。そんな事起きる筈が無いだろう」
「だが、その捕虜虐殺に関わったあるミスリアル兵が、酒の席でグレンキア軍の兵士に漏らしたそうなんだ。この件は何故か、噂扱いで
あまり表沙汰になっていないようだが……」
「表沙汰にはなっていないが、噂としては広まっている、という事か」

パイパーはそう言った後、しばしの間思考してから言葉を紡いだ。

「噂は噂、ではないのかな?ミスリアル兵とは言え、人の子だ。そんなドエライ事をやらかしたのに、表沙汰になっていないという事は、
それが兵士の口から出たデマカセという事も考えられる。それが噂として広まっているのだろう」
「ふーむ……君が言うのなら、そうかも知れんなぁ」
「そう言った事は、どの仕事でもある物です。私も特ダネを追っている時に、ガセネタを掴まされて苦労した事がありますから」

パイルが自虐気味に言うと、それを聞いたパイパーとポリーストが小さく笑った。

346ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 19:41:42 ID:pfN/LKiE0
「ポリースト、もうビール瓶が空だな。店主!あられもない噂に惑わされたこの将校様にビールの追加を頼む!」
「おいおい」

ポリーストは苦笑しつつも、追加されたビールを取って、少しばかり口に流し込む。
唐突に、ドアが開かれる音が店内に響いた。
パイパーとポリーストは会話に熱中しているため無関心だったが、パイルだけはその音のする方向に顔を向けた。
店の入り口には、赤いベレー帽を被ったエルフの女性士官が立っていた。

(ほほう……これはまた美人さんだな)

パイルは、そのミスリアル軍将校の顔と体を見るなり、素直にそう思った。
顔は典型的なエルフらしい整った形をしており、体つきも出る所はしっかり出て、引っ込むところはしっかりと引っ込んでいる。
緑を基調とした戦闘服に身を包んでいるためか、幾分がっしりとしたようにも見えるが、体全体のバランスは崩れておらず、むしろ
引き立たせているようにも見える。
また、腰の右側に装飾の入った長剣を携えている事で、その将校の威厳さも醸し出されているように思えた。
パイルは、そのミスリアル軍将校と目が合ったが、この将校の右頬に、二つの細長い傷跡が付いている事に気付いた。

「すまないが……隣に座ってもよろしいかな?」

ミスリアル軍将校は、特徴のある気の張った口調でパイルに尋ねた。

「あ、ああ。空いていますよ」
「そうか。では、お邪魔する」

ミスリアル軍将校は無表情のままそう答え、頭のベレー帽を取りながらパイルの左隣に座る。
ベレー帽の中からは、ポニーテール状に止められた亜麻色の長髪が現れた。
彼女はパイルの右隣にいるパイパーとポリーストを見るや、彼らにも声を掛けた。

347ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 19:42:15 ID:pfN/LKiE0
「失礼ですが、あなた方はアメリカ軍とグレンキア軍の将校ですか?」
「如何にも。私はグレンキア陸軍所属のウェロース・ポリースト中佐で、こちらはアメリカ海兵隊のヨアヒム・パイパー中佐だ」
「パイパーです。よろしく」

紹介を受けたパイパーは、にこやかな笑みを浮かべて挨拶を送った。
だが、ミスリアル軍将校は何故か笑みを返さず、表情を変えぬまま挨拶を返す。

「私はリヴェア・ヘミートゥルと申します。ミスリアル陸軍所属で、階級は少佐です」
「よろしく、ヘミートゥル少佐」

ポリーストは持っていたビール瓶を掲げて、改めて挨拶を送った。
ヘミートゥル少佐は、それに無言で頷いてから何かを頼もうとしたが、彼女はパイルが気になり、視線を彼に向けた。

「貴方は軍人……では、なさそうだが」
「ああ、紹介が遅れましたね。私はアーニー・パイル。従軍記者です」
「ふむ……従軍記者ね……」

ヘミートゥル少佐は、無表情のままそう呟いた。
そして、興味を失ったと言わんばかりに、彼女はパイルから視線を離した。

(なんだこのエルフの女は……あまりいい感じがしないな)

パイルはヘミートゥル少佐の振舞いに、心中でそう呟く。
彼はパイパーに顔を合わせると、パイパーもまた苦笑しながら、大きく肩を竦めた。

「店主。果実酒はあるか?」
「ええ。ありますよ。あとお客さん、最近はビールが大量に入って来たんですが、どうです?おススメですよ」

店主は営業スマイルを張り付かせながら言う。

348ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 19:42:50 ID:pfN/LKiE0
だが

「ビールは味が気に入らなくてね。出さないで欲しい。それよりも、飲みやすい果実酒をお願いしたい」

ヘミートゥル少佐はばっさりとした口調で、その勧めを断ってしまった。
それを受けた店主の動きがピタリと止まったが、すぐに意識を切り替えて果実酒を差し出した。

「ありがとう」

彼女は素っ気ない口調で返してから、果実酒を飲み始めた。

「ヘミートゥル少佐……差し支えなければ幾つか質問してもよろしいですか?」

パイルは吸っていたタバコを灰皿に押し付けつつ、左隣の彼女に質問してみた。

「質問か……私を誘って、寝台の共にできるかどうかを聞きたいのかな?」
「いえ、そっち方面の質問ではありません」
「ほう……では、別の事か。私の所属とか、ここでやった任務の事とか」
「そうですね。答えられる範囲で良いですよ」

パイルがそう言うと、ヘミートゥルはしばし間を置いた後、2度ほど小さく頷いた。

「従軍記者の取材とやらを受けてみるか」
「ありがとうございます。それではまず……少佐の所属部隊は?」
「第8機械化歩兵師団だ。ミスリアル陸軍の中でも歴戦の部隊さ」
「ほう、第8機械化師団か……その部隊の勇猛さは俺も聞いているよ」

ヘミートゥルの答えを聞いたポリーストが、半ば感嘆した口調で口を開いた。

349ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 19:43:22 ID:pfN/LKiE0
「なんでも、名誉称号を与えられた程の部隊だとか」
「つい先日の事です。称号の名はヴィーレンス。本国の命によって、第12機械化師団と同時に称号が与えられました。なので、
これからは陸軍第8「ヴィーレンス」機械化歩兵師団と名乗る事になります」
「ヴィーレンスという名の由来は?」
「わがミスリアルの中で、建国に貢献した10英雄の中の1人、ポエリエ・ヴィーレンスに因んで付けられています。ちなみに、同僚部隊である
第12師団には、「レイヴァーン」と言う称号が付けられていて、この師団も今後は第12「レイヴァーン」機械化歩兵師団となります」
「歴戦の部隊に送られる名誉称号……凄いもんだな」

パイパーは、どこか羨望を滲ませる口調で呟いた。

「パイパー中佐は確か、第3海兵師団に属しておりましたね?」

唐突に、ヘミートゥルがパイパーに質問を飛ばした。

「そう、第3海兵師団だ。今は戦闘団を率いている」
「パイパー中佐の噂は、私共の方でも良く聞いています。ポリースト中佐の方に関しては、前線ではあまりお話を伺っておりませんが」
「俺達の師団は出来て日が浅いから、これといった武勇伝はまだないんだ」
「グレンキア軍の歩兵部隊所属でしたか?」
「いや、君らと同じ機械化師団だ。部隊名は第12装甲擲弾兵師団。先日のカイトロスク攻防戦で、彼の第3海兵師団と一緒に敵の主力を
包囲する役目を担っていた。戦闘に関しては、勝つべくして勝ったと言えるが……こっちも痛手を受けてしまってな」

ポリーストは両手を広げながら言葉を続ける。

「今はこうして、部隊の補充と再編を行いつつ、つかの間の休息を楽しんでいる」
「グレンキア軍師団の戦いぶりも、我が軍の中では語り草となっています。特に、自軍以上の戦力を有する敵を相手にして、一歩も退かずに
戦い抜いたグレンキア軍は、遅れて戦場に到着した我が軍の中では、羨望の眼差しを向けられていますよ」
「それはありがたい話だ」

無表情ながらも、どこか熱を感じさせる口調で言う彼女に対して、ポリーストはまんざらでもない口ぶりで言葉を返した。

350ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 19:43:56 ID:pfN/LKiE0
「散々打ち据えられた甲斐はあったようだな」
「これといった武勇伝は無いとおっしゃられましたが……中佐殿も謙遜が過ぎますな」

ヘミートゥルは何気ない口調で言ったが、それがパイパーの笑いを誘った。

「さて……パイル氏。次の質問は?」
「少佐が最近行われていた任務についてお聞きしたいのですが、お答えしたくないのなら別の質問に移ります」
「最近……行われていた任務……か」

ヘミートゥルは小声で反芻する。
この時、パイパーはヘミートゥルの雰囲気が変わったような気がした。

「簡単に言うと、害虫駆除と言った所かな」

彼女は相変わらず、素っ気ない口調で返した。
だが、パイパーはその言下に憎悪が含まれている事に気付く。

「アメリカ軍とグレンキア軍が包囲外の敵を追撃していた間、第8機械化師団はゲリラ化した敵の残党を掃討していた。手を焼きはしたが……
狩りとしては充分に楽しめた。特に、好き勝手していた敵の士官が撃ち殺される瞬間は、何とも言えない快感だったなぁ……」

ヘミートゥルの口調は最初と変わらない。
しかし、その口から発せられる内容は思いの外衝撃的で、パイルは彼女の内面が様変わりしたと、心中で思った。

「故郷を汚した連中が惨めに死んでいく光景は、何度見ても心が躍る」
「話を聞く限りでは、シホールアンル軍に相当な恨みを抱いているように思えますが」
「ああ。恨んでいるとも」

ヘミートゥルはそう言ってから、パイルに顔を向ける。

351ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 19:44:43 ID:pfN/LKiE0
彼女の顔には笑いが浮かんでいた。

「心の底から……ね」
「……」

パイルは言葉を口に出す事ができなかったが、ヘミートゥルは構わずに続ける。

「昔……私はミスリアル本国で任務に当たっていた。任地は東のカレアント国境に近い場所。そこは、わたしの生まれ故郷の村があった場所でも
あった。だが、故郷の村は、私が見ている前で敵に焼かれ、村人は殆どが敵に殺されるか慰み者にされてしまった……その場を生き残った私は、
ある決意をしたんだ……」

ヘミートゥルの口角が更に上がる。

「いつか……シホールアンルの屑共を皆殺しにしてやる……と」

彼女は一旦言葉を止め、果実酒を口に含み、喉に流し込んでから再び口を開く。

「今までは、上の命令に従って捕虜もしっかり取った。こみあげる感情を抑えながらね。だけど……先の掃討戦で、その抑えも効かなくなった。
正直、もう容赦する必要はないと、私は思う」
「ヘミートゥル少佐。貴官の敵を憎む気持ちは良く分かる。だが、本当にそれでいいのかね?」

今まで黙っていたパイパーが、眉間に皴を寄せながら詰問口調で聞いて来る。

「憎しみの連鎖は、やられたらやり返すという行動がより過激化して歯止めが効かなくなることで起こる。連合軍はこれから、シホールアンル本土の
奥深くに突き進むことになるが、そのような行いを続ければ、敵からの恨みを買い易くなってしまう」
「それはつまり……捕虜には優しくしろ……と?」

ヘミートゥルは笑みを消し、パイパーを半ば睨みつけながら聞き返した。

352ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 19:45:17 ID:pfN/LKiE0
「そうだ。捕虜たちはやれるべき事をやったんだ。それ以上、痛めつけたり、殺すことも無いと思うがな」
「………ランフック空襲で一般市民を大量に殺したアメリカ軍将校から、まさか、そんな大甘な言葉が出てくるとは。思っても見ませんでした」
「少佐!口が過ぎるぞ!」

溜まりかねたポリーストが声を荒げて、彼女の発言を制しようとする。
しかし、ヘミートゥルは止まらなかった。

「いえ、言わせて頂きます!貴方達は、自分の目の前で生まれ育った村を焼かれた事がありますか?家族や知人を殺された事はありますか?」
「それは……」

ヘミートゥルの問いに、ポリーストは口ごもってしまった。
無いと言えばいいだけなのだが、何故か、その言葉を軽々しく出してはいけないような気がした。

「私は、それを目の前でやられたのです……!今でもあの光景が夢に出ます。燃える家々、泣き叫びながら助けを求める友人……気丈に振舞い
ながら、次々と凶刃に倒れていく父や母……!」

ヘミートゥルは徐々に声音を大きくしながら、彼らに話していく。
唐突に、彼女は再び笑みを浮かべる。

「だから、決意したんです。奴らの本国で、同じ事をしてやる。その前準備を、先の掃討戦でやったまでです」

その闇を感じさせる笑みは、パイルらを凍り付かせてしまった。

「ふ……ふふ。気晴らしに飲みに来たら、こんなザマになってしまうとは。パイルさん、期待通りの答えを聞かせられなくて申し訳なかった。
それから……」

ヘミートゥルはパイルに謝罪してから、ポリーストとパイパーに向き直った。

「せっかくの場なのに、不快な気持ちにさせてしまい、深くお詫び申し上げます。ですが……私は、あの時決意した事は、決して曲げぬ所存です。
それでは」

353ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 19:45:51 ID:pfN/LKiE0
彼女は、ほぼ一方的にそう言い放つと、残った果実酒を全部飲み干し、代金を払って店を出て行った。
しばし間を置いて、パイパーは重々しく口調を開いた。

「長くはないかもしれんな」
「え、何がだい?」

パイルは怪訝な表情を浮かべて聞いて来る。

「彼女の人生さ。あの顔は、既に業を背負いすぎている軍人の顔だよ」
「もしかしたら、あの噂の正体は」

ポリーストは、彼女がこの酒場に来る前に3人で話していた、例の噂を思い出す。

「彼女の部隊がやったかもしれない、という事か」

パイパーが言うと、ポリーストは頷いた。

「階級は少佐だし、普通なら1個大隊を率いていてもおかしくない。そして、彼女の口から出た掃討戦と言う言葉。彼女がやったという確証は
持てないが、少なくとも、第8機械化師団が例の噂の出所であるという事は、これでハッキリしたかもしれない」
「根は生真面目そうな性格のようだが、その気真面目さ故に、溜まっていたのが一気に噴出したのだろう」

ポリーストはそう言ってから、深く溜息を吐いた。

「パイルさん。これも戦争の闇の一つさ」
「はぁ……俺個人としては、彼女にはまだ望みがあると思うんだが」
「自分の寿命を長くするか、または短くするかは本人次第だ」

パイパーはきっぱりとした口調で言う。

354ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 19:46:31 ID:pfN/LKiE0
「だが、業が深すぎる奴は、寿命は得てして長くない。行動を起こした後、その撒いた種に命を奪われる事もあるからね」
「……もしかして、少佐は種を撒いてしまったのだろうか」
「あの口調じゃ、既に行動を起こしてしまっているだろう。何かしらの種は撒いたかもしれん。そして、例え撒いていないとしても……近い内に、
その厄災を振り撒くだろうな」

ポリーストの不安げな言葉に対し、パイパーは意味ありげな口調で答えてから、ビールを飲み干した。


酒場を後にしたヘミートゥルは、昨日から泊まっている酒場から近い寂れた宿屋に入ると、カウンターの店員に部屋の鍵を受け取り、速足で階段を上っていく。
2階の一番奥側の部屋の前に立つと、鍵を開けてから中に入った。

「はぁ……らしくないな」

彼女は頭を振りながら、ポツリと言葉を漏らす。

「私とした事が……あんなにムキになって言い返してしまうとは」

ヘミートゥルは、あの酒場で同盟軍の士官に胸の内を明かしたが、この時、彼女は意地を張って言い返してしまった。
思えば、あの場では適当にはぐらかしながら、質問に答えて行けばよかったかもしれない。

「とは言え、あの人達は、あたしの気持なんか分かりやしない。何が捕虜に優しくしろだ……!」

ヘミートゥルは内心苛立ちを感じた。
彼女は荒々しく上着を脱ぐと、ベッドの上に叩きつけるように置いた。

「苛立つ時には休むに限る」

ヘミートゥルはそう言いつつ、白いシャツのボタンを上から外しつつ、窓辺に向かった。
部屋の中は2人用で異様に広かったが、閉め切っていた事もあって中の空気は濁っていた。

355ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 19:47:02 ID:pfN/LKiE0
「その前に、空気を入れ替えなければ」

窓辺に立ち、窓に手を触れようとしたその時……
不意に、ドアをノックする音が室内に響き渡る。

「すいませーん。宿の者ですが、ベッドシーツの交換に参りました」

ドアの外から、宿の従業員が声を掛けて来た。
声からして女だ。

「シーツの交換か……」

ヘミートゥルは間の悪い時に来たなと、心中で思った。
ふと、鏡に自分の姿が映る。
シャツは腹の上辺りまで開けられており、開かれた胸元から豊満な胸の谷間が曝け出されている。
また、胸の下には引き締まった腹も見えており、腹筋のラインが浮き上がっていた。

「この格好はまずいかな……でも、ドアの向こうにいるのは男ではないし。このまま行くか」

乱れた格好にやや顔を赤らめつつも、ヘミートゥルはそのまま応対する事にした。
腰には、外す予定だった長剣も付いたままだが、外すのも面倒なので、これも付けたままにした。
そそくさとドアの前に移動すると、ヘミートゥルはドアを開けて従業員に声を掛けようとした。

「遅くなって済まない。申し訳ないが、今は…!?」

この時、ドアの前に居たのは、茶色の薄汚れた外套をつけた不審者だった。
そして、その不審者は、外套の中から長剣を構えて、ヘミートゥルに突っ込んできた。

356ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 19:47:51 ID:pfN/LKiE0
「うっ!」

不審者と体がぶつかり、ヘミートゥルは部屋の中に押し倒され、直後に後ろに体を回して起き上がった。

「チッ!その腹を串刺しにできたかと思ったのに!」

不審者は忌々し気に言いながら、部屋のドアを閉めた。
ヘミートゥルは咄嗟に体を捻ったため、相手の刺突をかわす事ができたが、相手の体を避ける事は出来なかったため、後ろに転ばされる事になった。
だが、彼女は態勢を素早く立て直し、相手と間合いを開け、腰の長剣を抜いて威嚇した。

「何者だ!」

不審者はそれに答える事無く、小声で何かを呟くと、空いていた左手を大仰に振り回す。
その直後、部屋の中に薄い緑色の幕のような物が現れ、それが部屋全体を覆った。

「これで……外には音が漏れない」
「な……防音効果の魔法か……!」

ヘミートゥルは、不審者が部屋の中で魔法を展開した事に気付く。

「命……貰うよ!」

不審者は、穴開き手袋を被った手で着ていた外套を掴み、それを勢い良く脱ぐと、ヘミートゥルに向けて投げた。
ヘミートゥルの視界が、相手の投げた外套に覆われる。
彼女の反応は素早かった。
咄嗟に体を踏み込み、剣を下に向けて振り下ろす。
すると、突進して逆袈裟に切り込もうとしていた不審者の剣先に当たり、金属音と共に火花が散った。
そのまま剣と剣が幾度となく打ち合わされる。

357ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 19:48:38 ID:pfN/LKiE0
ヘミートゥルが顔を切り裂こうとすれば、相手は刃先を当てて塞ぎ、逆に相手が肩口から切り下げようとすると、ヘミートゥルは受け流して、
攻撃を空振りに終わらせる。
そして、ヘミートゥルが相手の右わき腹を蹴り飛ばし、ベッドの上に転がす。
その無防備な体に剣を刺そうと、両手で構え直して刺突する。
間一髪、相手は右に転がってその刺突を交わした。
今度は、隙のできたヘミートゥルに、不審者がその背中めがけて切りかかるが、ヘミートゥルは左腰に隠し持っていたナイフを投げた。
意表を突かれた相手は、咄嗟に剣の腹先で投げナイフを弾いたが、そこに剣をベッドから引き抜いたヘミートゥルが襲い掛かり、腹めがけて
斬撃を放つ。
それを間一髪受け流し、ヘミートゥルに隙が生じたのを見計らって、不審者も脇腹に蹴りを放つが、それはヘミートゥルが腹を後ろに反らした
事でかわされてしまった。
銀髪の不審者はヘミートゥルの繰り出す一撃を受け止め、更に右横から撫でるように斬りかけるが、それも受け止められ、剣を下側に弾かれる。
バランスが崩れ、上半身が無防備になった時、ヘミートゥルはその銀髪めがけて剣を振り下ろした。
銀髪の若い女性は間一髪のところで、それを受け止めた。

今までにない金属音が室内に響き渡る。
不審者とヘミートゥルは、互いに剣を合わせたまま、鍔迫り合いを演じていた。

「く……あんた、強いな!」

銀髪の若い女性は、感心したようにヘミートゥルに言う。その浅黒い肌の顔には笑みを浮かべていた。

「当たり前だ!8年も軍に努めているからな!」

ヘミートゥルは相手を睨みつけ、吠えるような声音が返される。
その直後、相手の顔が大きくなったかと思うと、額に鈍い衝撃が伝わった。

(な……)

358ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 19:49:43 ID:pfN/LKiE0
ヘミートゥルはその衝撃で後ろに大きく仰け反り、合わせていた剣が外れてしまう。

「これで終わりだ!」

不審者は早いスピードで剣を振りかぶった。
その狙う先は……ヘミートゥルの首であった。
不審者の脳裏に、剣が仇であるエルフの首に食い込み、そのまま切り裂かれて反対側に抜け、血飛沫と共にその首が胴体から離れる光景が思い浮かぶ。

(もらった!)

手応えを確信した不審者は、邪悪な笑みを浮かべた。
繰り出した斬撃は、予想通り、ヘミートゥルの首を跳ね飛ばす事は無かった。
首があった場所に、最初からそれが無かったのだ。

「なっ」

手応えが全くない事に笑みが凍り付くが、その直後に、剣を持っていた右手が、凄まじい衝撃を受けて大きく上に跳ね上がった。

「!?」

不審者は態勢を大きく崩しながら、後ろに下がった。

「なるほど……そう言う事か!」

不審者は、目の前で足を大きく上に振り上げてから、後転して態勢を立て直したのを見て、状況を理解できた。

それは簡単な話だった。
ヘミートゥルは、上半身を大きく仰け反らせて、紙一重の所で首の斬撃を交わし、その勢いに乗じて左足を素早く蹴り上げ、斬撃を繰り出した
不審者の右手を跳ね飛ばしたのだ。

359ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 19:50:16 ID:pfN/LKiE0
「チッ……その右手を蹴り砕く筈だったが」
「あいにくと、私の体はそうヤワじゃないんでね!」

不審者は気丈に返しつつ、乱れた息を徐々に整えていく。
一方のヘミートゥルも、激しい動きで乱れに乱れた息を、ゆっくりと整え始めるが、ヘミートゥルの方が、不審者よりも息が上がっていた。
両者とも激しい運動で汗をかいているが、態勢を立て直したのは不審者の方が早かった。

「どうした?ミスリアルのエルフ戦士さんよ。息が上がったままだ」

彼女は余裕すら感じらせる口調でヘミートゥルを挑発する。

「若作りもいいけど、体力作りも怠っちゃ駄目だぜ?」
「ほざくな!」

ヘミートゥルは気丈に返すが、この時、彼女は追い詰められていた。
背後には壁があり、あと3、4歩も歩けばすぐにぶつかる。
相手の攻撃をいつまでもかわし切る事は出来なかった。

「そうか、じゃあ……!」

不審者は口角を吊り上げ、勢い良く斬撃を繰り出してきた。
右下から切り上げる鋭い斬撃だが、それをヘミートゥルは剣で弾き飛ばした。
思いの外大きな衝撃に、不審者は一瞬体を反らしてしまうが、すぐに次の攻撃移ろうとする。
直後、ヘミートゥルは背後を向けた。

(は!こんな時に背中を向けるとは、血迷ったか!!)

不審者は心中でヘミートゥルをあざ笑ったが、次の瞬間、彼女は目を疑った。

360ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 19:50:50 ID:pfN/LKiE0
ヘミートゥルは壁に体を振り向けたと思いきや、素早い動作で壁の右側を蹴り上がり、次いで正面の壁も蹴り上がる。
そして、勢い良く体が不審者に向き直ると、右足で不審者の顔を蹴り飛ばした筈だったが、相手は咄嗟に左腕を顔の前に上げて防ごうとした。

左腕に勢い良く放たれた蹴りが食い込む。
鈍い音が響き、不審者はそのまま右斜め後ろに勢いよく飛ばされ、壁に掛けられていた鏡に右半身を叩きつけられた。
けたたましい音と共にガラス片が飛び散る。

「ぐ……はぁ……!」

余りの衝撃に不審者は顔を歪め、苦痛の声を漏らしたが、そこにヘミートゥルが追撃に入る。
不審者は痛みを感じる間もなく、素早く反応して、真下から繰り出されるヘミートゥルの斬撃を、体を反らす事でかわそうとする。
剣の刃先が服に引っ掛かって、胸元まで切り裂かれるが、体は無事のままで、そのまま後ろに一回転してから間合いを取る。
そして、最初と同じく、右手に剣を構えながらヘミートゥルと対峙するが、整えていた息も、今では大きく乱れた。
鏡の破片で傷ついたのか、短い銀髪からうっすらと血が流れ、彼女の右目は血の流入を防ぐため、閉じられていた。

「はぁ…はぁ……はぁ……」
「ふー……いい動きだ。敵にしておくには惜しい」
「うるさい!」

ヘミートゥルが不審者の腕前に感心の言葉を漏らすが、相手はそれを挑発と取ったのか、罵声を上げる。

「余裕そうな事を言う割には、大分動きが雑になってるじゃないか!」
「それはお互い様だと思うが」
「フン!あたしはあんたより素早いさ!あんたはその胸にぶら下がっているモノがでかいから、割かし動き辛そうだ」
「ほう……」

ヘミートゥルは、不審者にそう言われて何も思わなかったが、彼女は彼女で不審者の体つきをまじまじと観察していた。

361ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 19:51:29 ID:pfN/LKiE0
最初は外套に覆われて分からなかったが、今は不審者の詳細がわかる。
この銀髪の不審者は、なかなかに端正な顔立ちをしており、体つきも悪くなく、むしろ良い。
ヘミートゥルの豊満な胸を馬鹿にした不審者だが、この不審者もまた、その胸に立派な物を下げている。
身につけている長袖の水色の上着は、腹の辺りから胸元まで切り裂かれているが、それはヘミートゥルの斬撃によってできたものだ。
そこから割れた腹筋と、豊満な胸元が露わになっており、体つきに関してはヘミートゥルと比べても全く遜色ない程である。
むしろ、腹筋が割れている分、ヘミートゥルより勝っているかもしれない。
銀色の髪は長くなく、首元までしかないが、髪はサラサラであり、褐色の肌と相俟って、より戦士然とした物となっている。
男物の服を着れば、女とは分からない程であり、ボーイッシュな女性とはこの事かと思うほどだ。

「そう言う貴様こそ、非常に恵まれた体つきをしているようだが。戦場ではその色気を活かして敵を調略したのか?ん?」
「あんたよりは男にモテる。それは確かさ!」

不審者は、口元まで流れて来た血を舌で舐めると、ヘミートゥルに攻撃を仕掛けた。
再び激しい剣の打ち合いが繰り広げられ、時折蹴りや、拳が繰り出される。
しばしの間、応酬が続くが、ヘミートゥルが不審者の剣を弾き、間合いが開いた所で互いに動きが止まった。

「はぁ……はぁ……その腕前からして、貴様、ただの物取りじゃないな……」
「なんだと……思う……?」

お互いに剣を構えつつ、息を切らせながら言葉を交わす。

「一般兵では……無い。だが、貴様の目つきからして、何が何でも、私を殺したいという意思は感じられる。どこかで、貴様の恨みを買ったか?」
「けっ!あんたは覚えてないのか?1週間前に、あんたの部隊がやった事を!」

銀髪の女性兵は、言葉に怒気を滲ませる。
それを聞いたヘミートゥルは、不意に不気味な笑みを浮かべた。

「ああ……思い出した。あの害虫達か!てことは、貴様はコソコソと隠れていた害虫共の生き残りという事だな。ハハ!惨めな姿だな!!」
「ほざけえぇ!!」

362ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 19:52:31 ID:pfN/LKiE0
怒りに任せて、ヘミートゥルに突進し、斬撃を繰り出す。
それをヘミートゥルは受け流し、逆に右足を踏み込んで刺突を加えようとするが、それを相手はかわして間合いを取る。

「私は昔、貴様らの軍に生まれ故郷の村を焼かれ、家族を殺された!その時に誓ってやったのだ!いつの日か、追い詰めた敵をじわじわと
嬲り殺しにしてやるとな!」

それまで、澄ました表情を維持していたヘミートゥルが憎悪に歪み、口角を上げながら敵に斬りかかる。
それまでとは打って変わったヘミートゥルの攻撃に、不審者は防戦一方となった。

「あの害虫達は確かに勇敢だった。死を目前にしても、私に屈さなかった。だが……その死に様はなんとも惨めだったぞ!」
「!!」

ヘミートゥルの斬撃を弾き、一瞬の隙が生じ来たのを見計らって、彼女の右腕に斬りかかるが、それも避けられ、逆に顔に拳を当てられて間合いを開けられる。

「……ん?もしかして、貴様は……レニエスという名前か?」

ヘミートゥルの口から出た唐突の質問。
だが、銀髪の不審者はそれを聞くなり、表情を凍り付かせた。

「な……なんで、あたしの名を!?」
「ああ、そうか。なるほどな……」

ヘミートゥルは不気味な笑みを浮かべたまま言葉を続ける。

「あの時、首を跳ねた敵の指揮官が、最後に名前を出していたが……」

363ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 19:53:21 ID:pfN/LKiE0
辺り一面、真っ白な雪に覆われ、周囲の木々には雪化粧が施されていたあの日。
いつになく寒く、残り少なくなった薪を拾いに部隊から離れたあの日。

レニエス・モルクノヌ軍曹は、信頼し、そして、恋人でもあった上官を失った。

レニエスの部隊は、元々シホールアンル軍第6親衛石甲師団のキリラルブス部隊や、石甲化歩兵連隊に所属していたが、部隊が壊滅してからは、
生き残りの兵が集結してゲリラ活動に転じ、広大な森林地帯を根城として連合軍相手にゲリラ戦を展開していた。
レニエスのゲリラ部隊の指揮官は、所属の石甲部隊の指揮官を務めていた人物で、レニエス自身とは7年以上の付き合いだった。
そして、個人的な付き合いも深く、いつしか、レニエスと指揮官は恋人同士となっていた。
だが、あの日……レニエスのゲリラ部隊は、ミスリアル軍に急襲を受け、奮戦空しく壊滅した。
レニエスはこの時、薪を拾いに部隊を離れていたため、巻き添えを受けなかったが、彼女はすぐに来た道を戻り、敵に気付かれない所まで
接近した時……彼女は自分の目を疑った。
ミスリアル軍は、部隊の生き残りを集めるや、隊長と思しき将校が指揮官を始めとする仲間達を罵倒していた。
その罵倒に、周りのミスリアル兵も加わり、捕虜に暴行を加えた。
レニエスは、今にも飛び出して、周囲の敵を皆殺しにしたかったが、周りに戦車を含む重火器部隊が展開している中では、動くに動けなかった。
そして、その時はやって来た。

「聞け!シホールアンル兵達よ!貴様らは味方の降伏勧告に応じることも無く、しつこく戦い抜いた。今はこうして降伏しているが……貴様らの
害虫の如き鬱陶しさは閉口する。しかし、そのしぶとさだけは褒めてやる。そして、それに敬意を表して……」

将校は、腰に携えていた長剣を抜くや、捕虜の一人の首に刃先を当てた。

「私自身が、引導を渡してやろう。私の大切な人達が殺された同じ方法で……」

将校はそう言い放つと、有無を言わさずに捕虜の首を切り落とした。
生き残っていた7人の捕虜は、次々と首を跳ねられていき、首を失った胴体が力なく倒れ伏していく。
そして、最後の一人……指揮官の出番がやって来た。

364ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 19:54:09 ID:pfN/LKiE0
将校は素早く首を跳ねようとするが、何を思ったのか、一瞬だけ動きを止めた。
無表情だった将校の顔が、この時、初めて笑みを浮かべた。
それも、悪魔の如き邪悪な笑顔を。

「心配するな!そいつも、じきに貴様の後を追わせてやる!」

将校は、あからさまに大きな声を上げると、剣を振り下ろし……指揮官の首を切断した。
この瞬間、レニエスの脳裏に、指揮官と付き合った素晴らしき日々が奔流となって、頭の中を駆け抜けた。
彼女は、無我夢中でその場から走り出した。

初の軍務で、頼りない自分を支えてくれたのは彼であった。
初めて負傷した時も、介抱してくれたのは指揮官であった。
連合軍のランフック大空襲で、家族を失った彼女を必死に慰め、立ち直らせてくれたのも彼だった。
そして、初めてを捧げたあの夜で、素晴らしき言葉を発してくれたのも、彼だった。
その彼が、殺された。


(目の前の……エルフに……!!)
レニエスは再び剣を繰り出し、ヘミートゥルを討ち取ろうとする。

「その名前の主と会えてどんな気分だ!?」

彼女は叫びながら、ヘミートゥルの剣と再び打ち合い、鍔迫り合いが起こる。

「決意を抱いた素晴らしき敵と、直に出会えた!そう思ったさ!」

互いに剣を押し合うが、力はほぼ互角であるため、膠着状態に陥る。

「そう、あたしはあの時決意したさ。仇であるお前を殺すってな!」

365ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 19:55:06 ID:pfN/LKiE0
レニエスは叫びながら、ヘミートゥルの腹を蹴り、後ろに弾き飛ばす。
彼女は一瞬、構絵が崩れ、そのまま転倒すると思われた。
そこにレニエスは、空いた左手にナイフを握り、ヘミートゥルを刺そうとするが、ヘミートゥルはそのまま一回転してナイフを掠らせ、
起き上がって態勢を立て直した。
彼女は右の足に微かな痛みを感じたが、それは、レニエスがナイフで刺そうとしたのを避け損なったためだ。

「しぶといエルフの女だ!あのまま串刺しにされていればいい物を!」

ヘミートゥルはその言葉を無視し、剣を構えてレニエスへの攻撃に移ろうとする。
しかし、この時……ヘミートゥルは体に痺れを感じ始めた。

(な……何だこの感覚は……)

「でも……痺れ薬が効き始めた状態で、いつまで持つかな?」

レニエスは不敵な笑みを浮かべながら、持っていたナイフを腰に収め、両手で剣を構える。

「……毒か……薄汚いシホールアンル人らしいな」
「へ、抜かせ!」

レニエスはニヤリと笑いつつ、剣を振ってヘミートゥルに斬りかかる。
それをヘミートゥルは防ぐが、先程と比べて明らかに動きが鈍くなっていた。

「く!」
「どうしたどうした!手元がふら付いているぜ!」

レニエスの剣裁きにヘミートゥルは押され始める。
そして、生じた隙を見て、レニエスが素早く刺突に入る。

366ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 19:55:40 ID:pfN/LKiE0
だが、

「甘い!」

ヘミートゥルは体を捻ってそれを交わし、レニエスの付き出した右腕を掴む。
そして、あろう事か、レニエスはそのまま投げ飛ばされ、2台目のベッドの上に背中から叩きつけられた。

「うっぐ……ぅ!」

柔らかいマットレスがクッションの役目を果たすが、衝撃は完全に殺し切れず、背中が圧迫されて息が一瞬止まった。

(体が毒に冒されているのに、まだこんな事が!)

レニエスはヘミートゥルの粘りの前に舌を巻いた。
チャンスとばかりに、ヘミートゥルが剣を顔めがけて振り下ろす。

(やられる!)

彼女は死を覚悟した。
しかし、粘り強いのはレニエスも同じだった。
その意思とは裏腹に、体は素早く反応して横に転がる。
左頬に鋭い痛みが走るが、この時にはベッドから床に落ち、すかさず剣を構える。
ヘミートゥルは、ベッドを串刺しにしたが、剣先が床に刺さったままとなってしまった。
レニエスの反応は早かった。

(チャンスだ!)

彼女は刺突を繰り出す。一瞬遅れて、ヘミートゥルは剣をベッドから引き抜き、刺突を防ごうとした。

367ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 19:56:37 ID:pfN/LKiE0
それはごく短い隙だったが、その一瞬の隙が、明暗を分けた。
その次の瞬間、レニエスの体はヘミートゥルの胴体にぶつかった。
ヘミートゥルは、腹から何かが食い込み、背中から飛び出す感触に驚愕の表情を浮かべる。
レニエスの刺突は、ヘミートゥルの腹に決まっていた。
その剣はヘミートゥルの臍からやや上の部分に刺さると、根元まで食い込み、刃先はやや斜め上を向いた状態で背中から飛び出した。
レニエスは確かな手ごたえに満足したが、すぐに剣を引き抜いて後ろに飛び退く。
一瞬前まで顔があった所に、ヘミートゥルの剣が振られて空を切った。

「く……は……」

ヘミートゥルは串刺しにされた腹から血を流し、苦痛に顔を歪める。
しかし、それでも諦めていないのか、両手で剣を握り、レニエスに向け直した。

「本当……しぶといよねぇ……」

レニエスは、瀕死の重傷を負っても尚、戦おうとするヘミートゥルに半ば呆れたように言う。

「なら……久しぶりに、とっておきの奴を使ってあんたにトドメを刺してやる」

レニエスが再び不敵な笑みを浮かべながら、頭の中で術式を発動させる。
彼女は目をヘミートゥルに向けながら、意識を剣に集中させる。
すると、剣が青白い光に包まれ、剣先から徐々に赤く染まり始めた。

「それは……念導術……!」

ヘミートゥルが再び驚愕する。

「まさか……念導術は習得の難しい魔法の筈……何故……貴様が!」
「なんでだって?習得したから、だよ!」

368ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 19:57:38 ID:pfN/LKiE0
レニエスが吠えるように答えた直後、前方に大きく右足を踏み込み、赤く染まった剣をヘミートゥルの真下から振り上げた。
ヘミートゥルは咄嗟に剣を構え、剣の腹でその斬撃を食い止めようとする。

(傷を負っている割には、素早い動きだ!)

腹を串刺しにされても尚、並み以上の速さで防御に入る姿を見て、レニエスはヘミートゥルというエルフが余程の猛者である事を思い知らされる。
レニエスの剣は、勢い良くヘミートゥルの剣に当たり、金属音が鳴り響くかと思われた。

(でも、既に手遅れだよ)

心中でそう呟いた時、ヘミートゥルの剣がレニエスの剣をするりと抜けた。
そして、レニエスの剣がヘミートゥルの股間に素早く食い込んだと思うと……


気が付くと、ヘミートゥルは股間からせり上がって来た衝撃に顔を仰け反らされてしまった。

「ぐがっ……は」

視線が天井を向く。視界には、レニエスの剣が一瞬だけ見えるものの、すぐに前を向く。
目の前には、半ばしゃがみ込み、剣を持った右手を大きく上に振り上げたレニエスがいる。
右足を前に出し、左足の膝を床に付けたレニエスは隙だらけであり、どうぞ攻撃してくださいと言わんばかりの態勢である。

(舐めた真似を……!)

ヘミートゥルは腹の激痛に顔を歪めつつも、最後の力を振り絞って剣を向けようとした。
だが……体は直立したまま、何故か動かない。

369ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 19:58:13 ID:pfN/LKiE0
この時、剣が3分の2辺りの位置で折れてしまい、室内に固い金属が落ちる音が響いた。
そして、どういう訳か、身につけていたズボンのベルトとシャツが真ん中から切れ、ポニーテール状に結んでいた髪は、結んでいた紐が切れて、
髪がはらりと解かれて、腰のあたりまで髪が垂れてしまった。

(な……なん……で……体に、力……が……)

急に体の力が入らなくなった。
腰まで下げた両手は上に上げる事ができず、体は微かに痙攣を始め、立つ事すら困難になって来た。

「へっ……久しぶりにやったが、決まると気持ちが良いもんだ!」

レニエスは満足気に言っているが、ヘミートゥルは自分の体に何が起こっているのか、全く理解できなかった。

「どうだ?体が思うように動かないだろう?」

彼女はヘミートゥルを嘲笑しながら聞いて来る。
ヘミートゥルは尚も、レニエスを睨みつけるが、体に感じる脱力感は更に増していく。
そして、立つ事も出来なくなったヘミートゥルは、遂に両膝を床に付けた。
真ん中から切れていたシャツがはだけて、左右の乳房が露わになり、ズボンは履いていた下着諸共、膝の上までずり下がり、股間の辺りが
丸出しとなっていた。

「教えて上げてもいいけど……もう、時間が無いな」
「………」

レニエスに向けて、ヘミートゥルは気丈に言い返そうとしたが、言葉すら出せなくなっていた。
次の瞬間、股間から頭頂部を貫くような鋭い痛みが全身に走った。
ヘミートゥルはそれが何なのか気付かぬまま、不意に視界が左右に開いたような気がした。
そして、そのまま……意識が暗転し、永遠の暗闇に覆われた。

370ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 19:59:00 ID:pfN/LKiE0
レニエスは、ヘミートゥルの体が左右に別れ始め、そのまま後ろに倒れるまでの一部始終を、満足気な笑顔を浮かべながら見つめ続けていた。
鈍い音と共に倒れた2つの肉塊は、左右の断面から臓物と血を吐き出し、その周辺には急速に血の海が形成されつつあった。

「念導術で剣の切れ味を増し、一気に両断する……これがあたしの得意なやり方さ」

レニエスは、縦真っ二つに切断された物言わぬ死体に向けて、自慢気にそう言い放った。

念導術とは、口での詠唱を行ず、心中で詠唱しながら術式を発動させる魔法である。
この念導術は声を出しての呪文詠唱よりも術式の発動が難しく、適性のある者でも習得には長い年月を費やすという。
だが、レニエスは若干24歳という年齢でこの念導術を使いこなす事ができ、過去に担当した裏仕事では、この念導術を用いた剣術で
敵を圧倒してきた。
また、レニエスが使っている剣も特殊な物で、帝国租借地であるロアルカ島産の希少な魔法石を基に作られているため、魔力付加がし易く、
剣の耐性を思うように上げられるという利点がある。
彼女はこの利点を最大限に活かし、ヘミートゥルを討ち取ったのである。

「へ……へへ……ざまあねえな」

レニエスが下卑た笑いを浮かべる。
同時に、部隊の仲間や恋人に死を与えた憎き仇を、ようやく討ち取った喜びが沸々と湧き上がってくる。
だが、別の想いも抱いていた。
討ち取ったとはいえ、ヘミートゥルは予想以上の手練れであり、過去に訓練施設を経て、特務戦技兵旅団で経験を積んだレニエスに対して
上手く立ち回り、幾度か死を覚悟した場面もあった。
一歩間違えていれば、レニエスが血の海に沈んでいたかもしれないのだ。
どう見ても、ヘミートゥルは強敵であった。

「本当、良く勝てたよな……」

レニエスは小声でそう漏らした。
この時、体に強い疲労感が襲い掛かって来た。

371ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 20:01:30 ID:pfN/LKiE0
「う……はぁ……はぁ……体が…重いな」

彼女は顔を顰めながらも、剣に付いた血をベッドのシーツで拭い、鞘に納めた。
ふと、彼女はある事に気付いた。

「やば……防音魔法が展開されていない……!」

いつの間にか、部屋を覆っていた防音魔法が解除されていた。
そして、ドアの向こうから慌ただしく走り寄る音が聞こえたかと思うと、それはドアを激しく叩く音に代わった。
レニエスとヘミートゥルの剣戟は、中盤までは全く気付かれなかったものの、後半近くになってからは、剣戟の音や
彼女らの声が外に漏れており、不審に思った店員や宿泊客が近場のMPを呼び付けていた。

「開けてください!MPです!何かありましたか!?」
「く……アメリカ軍!?」

レニエスは、思いの外早い敵の登場に仰天し、すぐさま窓辺に走り寄った。
鍵のかかっていたドアが蹴破られると、MPの腕章を付けた3人のアメリカ兵が室内になだれ込んだ。

「畜生、なんだこれは!?」
「あいつだ!あいつが犯人だぞ!撃ち殺せ!!」

レニエスは素早く腰のナイフを抜き、目も止まらぬ速さでアメリカ兵に投げた。
1人の右肩に命中して悲鳴を上がる。

「ファック!」

2人の米兵は、グリースガンをレニエスに向けた。
この瞬間、レニエスは両手で顔を覆い、窓めがけて飛び込んだ。

372ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 20:02:54 ID:pfN/LKiE0
けたたましい音と共に窓ガラスが砕け散る。
ほぼ同時にアメリカ兵がグリースガンを乱射し、窓枠や壁に弾が着弾して無数の破片が飛び散った。
レニエスは2階の窓から、ちょうど下にあったゴミ箱に落下していた。
程よく、柔らかいゴミ袋などが詰まっていたゴミ箱は、落下の衝撃を和らげてくれた。
彼女はヘミートゥルを襲撃する前、部屋の窓辺の下にゴミ箱があるのを確認しており、もし不利となったら、窓から脱出して逃亡する予定だった。
今回は、襲撃前の周囲の下見が無事に活かされたようだ。
レニエスは、ヘミートゥルとの戦闘で疲労した体を無理やり動かし、ゴミ箱から出て通りに向けて走り去ろうとする。
そこに、窓辺から顔を出した米兵がサブマシンガンを向けて発砲してきた。

「くそ!流石に銃相手じゃ逃げるしかない!」

レニエスは悔し気に言いながら、通りに出て脱出を図る。
通りには人がまだ居たが、先程と比べて行き交う人は少ない。

「おい!止まれ!」

不意に、背後から声がかかる。
先の米兵の仲間が外にも居たらしい。
レニエスは振り返らぬまま、そのまま通りを走り去ろうとした。

(西に行けば、出口がある。そこまで行ければ後は……!?)

彼女は頭の中で脱出路の確認をしていたが、それは唐突に打ち切られた。
眼前には、ハーフトラックを先頭に、戦車も含む完全武装のアメリカ軍部隊が走っていた。
距離はあまり遠くない。

「おぉーい!その着崩した女はシホットのゲリラ兵だ!」

ハーフトラックから顔を出した米兵がMPの声につられ、レニエスに顔を向けた。

「そこの女!止まれ!!」
「!?」

373ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 20:03:37 ID:pfN/LKiE0
ハーフトラックのM2重機関銃を構えていた米兵がそう叫びながら、機銃を向けた。
レニエスの周囲にいた人々が、巻き添えを避けるためにあっという間に離れる。
彼女は自分が窮地に陥った事を悟った。
ふと、左斜め後ろに路地がある事に気付き、咄嗟にそこへ入っていく。
レニエスが逃げると見るや、機銃手が引き金を引いた。
路地の入口に12.7ミリ機銃弾が着弾し、壁や地面に煙が吹き上がり、大穴が開いた。

「馬鹿野郎!市街地で重機を撃つ奴があるか!!」

後ろから怒声が聞こえるが、レニエスはそれに構わず路地を抜けようとする。
だが……そこから先は行き止まりであった。

「な……あ……」

レニエスは自らの失態を悟った。
彼女は袋小路に入ってしまったのだ。
無意識のうちに腰の鞘から長剣を引き抜き、路地の入口に向き直る。
その先には、M2重機を向けるハーフトラックと、無数のアメリカ兵が銃を構えてレニエスの前に立ち塞がっていた。


パイパーはその銃声を耳にするや、ポリーストとパイルに向けていた笑みを一瞬にして打ち消した。

「銃声!?」

パイルが素っ頓狂な声を上げる。
外から聞こえた銃声は複数であり、連なって聞こえた事からサブマシンガンの類が撃たれたと、パイパーは心中で確信していた。

「一体、外で何が……!?」

374ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 20:04:24 ID:pfN/LKiE0
ポリーストが眉を顰めながら言うと、またもや銃声が響いた。
そして、外に視線を向けると、店の前で何かが走り抜け、それをMPが追いかける姿が目に入った。
パイルはカメラを携えながら、すかさず席を立ち、店の外に出た。

「お、おい、パイルさん!ああ、もう!」

突然動き始めたパイルを追う為、パイパーは慌ただしく代金を払って後に続き、ポリーストもパイパーの後ろについて、店を後にする。
すると、店から30メートル離れた場所で、急に人だかりが一瞬にして散らばり、ある区画でただ一人だけ取り残された。
水色の長袖に茶褐色のズボンを付けた人物が居るが、どうやらそれが、今回の騒動を引き起こした張本人のようだ。

「そこの女!止まれ!!」

不審人物から40メートル程離れた手前には、ハーフトラックに先導されたアメリカ軍の車列が止まっている。
その機銃手がM2重機関銃を不審者に向けていた。
だが、不審者はそれに応じる事無く、やや後ろの路地に飛び込んで姿を消す。
そこに逃さぬとばかりに、射手が容赦なく機銃弾を数発撃ち込んだ。
路地の入口に白煙が立ち上がり、一瞬だけ煙幕に包まれた状態になる。
ハーフトラックは急発進し、路地の入口にM2重機を向けながら、出入り口を遮るように停止し、その周囲に下車した歩兵がライフルや
カービン銃、30口径機銃等を構えて展開し、逃げ道を塞いだ。
その集団に走り寄ったパイパーは、開口一番に怒声を放っていた。

「馬鹿野郎!市街地で重機を撃つ奴があるか!!」
「あ、これはパイパー中佐!」

指揮官と思しき大尉が、慌てて敬礼する。
よく見ると、その車列はパイパーの所属部隊である第3海兵師団の物であり、彼らはB戦闘団の将兵であった。

「自分はB戦闘団のウェルター大尉であります」
「敬礼はいい!それよりも、どうしてここに居る?」

375ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 20:04:56 ID:pfN/LKiE0
「自分らはクロートンカ南の演習地に向けて移動するため、基地を出発したのですが、ちょうどこの町の道路が目的地までの近道になりますので、
ココを通り過ぎようとした時に、その憲兵に協力を求められたのです」
「おい憲兵、この騒ぎはなんだ?」

パイパーは、不審者を追っていたMPに状況の説明を求めた。

「は、中佐殿!自分達はミスリアル軍将校殺害の容疑者を追っておりまして、ちょうどこの路地に追い詰めた所です。容疑者はシホールアンル軍
特殊部隊出身の兵のようで、我が方も1名が敵の攻撃で負傷しております」
「ミスリアル軍将校の殺害だと……?その将校の名は?」
「今確認中であります」

パイパーは、久方ぶりの休みをぶち壊しにした下手人の顔を見るべく、ハーフトラックの後ろに回り込んで路地の奥をこっそりと見る。
路地は、入り口から15メートル程の所で行き止まりとなっており、その壁の前に、着崩した銀髪の女性が片手に剣を持ったまま、
その場で立っていた。
水色の長袖は、腹の辺りから大きく左右に開かれており、胸の谷間が露出し、鎖骨もはっきりと見て取れる。
肌は褐色で、両腕や顔の右半分と左の頬からは、何かしらの原因で負傷したのか、うっすらと血を流している。
ボーイッシュ然とした格好だが、剣を握る手は、穴開きの黒い手袋で覆われており、その手袋もどこかボロボロに見える。
銀髪の女性は既に息も絶え絶え、肩で大きく息をしていたが、その双眸は鋭く、その気があれば今にも襲い掛かって来そうな予感がした。

「おい、一体何だありゃ。彼氏とSEXしようとしたらフラれて怒りが爆発したのか?」
「そんなの知らんよ。というか、あれは欲求不満で単に暴れたかっただけじゃねえのか」
「そんなに欲求不満なら、俺のアソコを突っ込んで満足させてやりたいね。あの格好見ろよ、どう見てもヤリ手だぜ」
「ああ。ありゃビッチだな。俺たち全員で相手してやれば、奴さんも満足するかもしれんぞ」

パイパーの後ろで警戒に当たる別の海兵隊員が、好き勝手な事を言っては笑い声を上げて、事態の推移を見守っている。

(まるで野次馬気分だな)

それを聞いた彼は、苦々しい気分になった。
この時、パイパーはパイルの事が気になった。

376ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 20:05:37 ID:pfN/LKiE0
「そう言えば、パイルさんはどこにいるんだ?」

彼はパイルを探したが、ちょうど、路地の左側の壁を構成する鏡屋に入っていくパイルの姿が目に留まった。

パイルは鏡屋に入ると、店にいる初老の店主に声を掛けた。

「親父さん、少し頼みがあるんだが、いいかね?」
「頼みを聞くのはいいんだが、外では一体何が起こってるんだ!?見てくれ、あんたらの撃った武器のお陰で、壁に穴が開いちまったぞ!」

初老の店主は、外で起きた事件にすっかり狼狽しつつ、50口径弾によって開けられた穴を指差してパイルに怒鳴り散らした。

「そ、その事に関しては、外にいる兵隊さんに言ってくれ。それはともかく、店の奥に縦長の窓があると思うんだが、そこから見える物を
コイツで収めたい」

パイルは、両手に持つカメラを店主に掲げた。

「なので、その窓がどこにあるか教えて欲しいんだが」
「あんた、もしかして噂に聞くカメラマンとか言う奴かい?」
「ああ。その通りだ。正確には従軍記者だけどね」

店主はまじまじと、パイルの全身を見回していく。

「カメラマンさん、こっちだ」

店主は右手を店の奥にかざしながら、パイルを案内する。
店の中には、商品である様々な鏡が置いてあり、足の行き場がその鏡のせいで狭くなっているため、歩くのになかなか苦労させられる。

「気を付けてくれよ。割ったら弁償させるからね!」
「OKOK。充分に気を付けてるよ」

377ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 20:06:25 ID:pfN/LKiE0
店の中を慎重に歩きつつ、パイルはやっとの事で、目当ての窓辺に辿り着いた。
2つある窓のうち、奥の窓の外には、長剣を片手にアメリカ兵と対峙する銀髪の女性が立っている。
位置的には、女性の左斜めから見る形になるが、距離は思いの外近く、パイルは女性に見つかったらまずいと思い、慌てて物陰に隠れた。

「ヒヒヒ……カメラマンさん。その心配は無いよ」
「え?心配は無いって……どういう事だ?」
「あれはね……ちょっと特殊な作りの窓でね。騙し鏡を使ってるんだ」
「騙し鏡……なんだそれは」

店主はニヤニヤしながら窓辺により、女性に向けて手を振る。
しかし、相手は全く気が付かなかった。

「ちょっとした魔力付加がかかっていて、この鏡は向こう側から見えない作りになっとるんだ。この騙し鏡のお陰で、今までにいいモノが
幾つも見れてきた物さ」


店主はそう言うと、下卑た笑いを浮かべた。

「カメラマンさん、ここからなら存分に写真とやらが撮れるだろう?わしはこの場を提供して、あんたに協力するよ」
「協力、感謝しますぜ」

店主はパイパーに手を振ってから、店のカウンターに戻って行った。

「しかし騙し鏡か……あまり深く考えん方がいいか」

パイルは色々思う所があったが、今は従軍カメラマンとして、その役割をこなす事に集中しようと考えた。

378ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 20:07:03 ID:pfN/LKiE0
レニエスが追い詰められ、止む無く剣を抜き放ってアメリカ兵達と対峙してから1分程経つと、ハーフトラックに指揮官らしき将校が上がり、
彼女に向けて話しかけた。

「そこのシホールアンル兵!降伏しろ!」

張りのある声音が路地に響く。

「私はこの部隊を指揮するウェルター大尉だ。今降伏すれば、名誉ある捕虜として君を遇する。武器を捨て、我々に投降しろ!」

その凛とした声音に、レニエスはいい声だと心中で感心しつつ、不敵な笑みを浮かべ、ウェルター大尉を見据えた。

「投降だと?ふざけるな!!」

レニエスは右手の剣をアメリカ兵達に向ける。

「中隊長、撃ちますよ!」
「待て!」

逸る兵が発砲しようとするが、ウェルターは制止した。

「繰り返す。直ちに降伏しろ!大人しくすれば、君の命は取らない!」
「ふ……フフフ……」

ウェルターは尚も説得を試みるが、レニエスはそれに応じず、ひたすら不気味な笑みを浮かべる。

(前に居るのは、あの憎きアメリカ軍か……復讐も果たし、もはや、あたしのやる事は無くなった。いっそ突入して敵を何人か道連れに……は、
できないか)

将校は幾度となく降伏を要求する中、レニエスは心中で考えを巡らせる。

379ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 20:07:38 ID:pfN/LKiE0
(目の前のアメリカ兵達に、最も効果のある嫌がらせは何だろうか……ああ、そうか。ふむ……どうせ、生きる気力も無くなった。ならば……ヤルだけだね)

レニエスは、心中でそう決めると、浮かべていた笑みを消して、アメリカ兵達を睨み据えた。

「聞け!アメリカ兵達よ!」

彼女は、女性らしからぬ肝の据わった大きな声を響かせた。

「私はレニエス・モルクノヌ軍曹だ。ここではっきりと言おう……私は、貴様らに攻撃は仕掛けない。喜べ!」

彼女が発した予想外の言葉に、米兵達は唖然となった。

「では、降伏するか」
「降伏はしない!」

ウェルターの要求を、レニエスはつっぱねた。

「では、何故その剣を下ろさん!」

ウェルターは逆に聞き返すが、レニエスはそれに答えなかった。

「……私の家族は、ランフックに居た。本当の両親では無かったが、彼らは私を実の子のように愛し、育ててくれた。そして、2人の弟も、
一番上の私を実の姉のように慕ってくれた。そんな、何の罪もない家族を……お前たちは爆弾で皆殺しにした!」

彼女は怒気を孕んだ声音で、アメリカ兵達に語り掛けていく。

「アメリカは自由を標榜し、過度な暴力を禁じた近代的な国家であり、蛮族とは一線を画すと聞いていた。だが……ランフックでやった事は、
一体なんだ?帝国本土で行っている事は、一体なんだ?」

380ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 20:08:20 ID:pfN/LKiE0
レニエスの双眸が更に鋭くなり、その舌鋒にも切れが増していく。

「お前たちの味方は、何の罪も無い無辜の市民を業火で焼き尽くしたんだ!何が近代的な国家だ……貴様らは格好がいいだけで、中身は何も
できない民を嬲って楽しむ、ただの蛮族だ!!」

レニエスの独白に、アメリカ兵達は半ば圧倒されていた。

「そんな汚らわしい蛮族共に、私は決して、降伏などしない!」

いつの間にか、彼女の持っていた剣が青白い光に包まれ、剣先から徐々に赤く染まり始めていた。

「いいか、良く聞け!たとえ、このシホールアンル帝国を下したとしても、貴様らアメリカを狙う国は決して無くなりはしない!なぜなら……
頂点に立つ者は、常にその座を狙われる物だからだ!」

剣先の赤身は徐々に濃ゆくなり、剣の真ん中あたりまで赤く染まる。

「そして、このシホールアンルも……これから先、貴様らの進軍に立ち向かい続けるだろう!帝国が落ち目になろうとも、我が軍の将兵は、
その秘めた決意と共に戦い抜く!」

剣は全体がほぼ赤く染まった。
口上を述べている間に、念導術を発して剣に魔力付加を行ったのだ。
彼女の武器は、その最大の威力を発揮できる状態に仕上がっていた。

「中隊長!奴の剣が……!」

M2重機を構える兵が、機銃を発射しようとする。

「まさか、あいつは剣から何か魔法を出そうとしているのか……!」

ウェルター大尉は、瞬時に自らの失態を悟った。

381ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 20:09:22 ID:pfN/LKiE0
敵は自らの剣で何かの魔法を出そうとしている!
今までの演説は、その魔法を使える状態にするまでの時間稼ぎだったのだ。
レニエスの顔に、笑みが浮かんだが、ウェルターはその笑みを見て心臓が跳ね上がるような気がした。

(なんて凄みのある顔だ!)

「これは、私の決意だ。アメリカ兵達よ、しかと見届けろ!!」

レニエスは大音声で叫ぶと、剣を両手に持ち替え、素早く上に振り上げた。

(仕方ない!)

大尉は全員に射撃を命じようとした。

「全員、撃ち方」

と言う言葉が出たと同時に、レニエスの腹に、彼女が持っていた剣が深々と突き刺さった。
路地に異様な音が響きわたる。

「うぐ……ぅ……!」
「……え?」

ウェルターは、予想外の光景に体が凍り付いてしまった。
いや、ウェルターのみならず、その場でレニエスの一挙一動に注視していた全員が、時が止まったかのような感覚に見舞われていた。

レニエスの腹には、赤い剣が根元まで突き刺さり、その剣先は背中を突き破り、斜め上に向けて飛び出した血染めの剣が、背後に赤い飛沫を撒き散らした。
刺さった位置は、奇しくもヘミートゥルと同じく、臍のやや上の辺りであった。
刺突の瞬間、レニエスは体中を伝わる激痛に気を失いかけが、寸での所で意識を保つ事ができた。
彼女は、刺した位置に目を向ける事無く、ただひたすら、アメリカ兵達を睨みつける。

382ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 20:10:20 ID:pfN/LKiE0
(ま……まだ……だ!)

苦痛に見悶えながらも、両足を踏ん張り、柄の辺りまで刺さった剣を強く握り締め、上に押し上げていく。
腹と、背中の傷口が上に斬り広げられ、内臓が体内で剣の刃先に振れ、しばし持ち上げられてからブツブルと切断され、固い腹の筋肉も、剣の刃によって、
薄い木板を切り裂くような感触と共に裂けていく。

「うく……ぐ……っ!」

レニエスは歯噛みしつつ、悲痛めいた声を漏らすが、両手は更に剣をせり上げ、傷口は上に、上にと広がり続ける。
鍛え抜かれた腹筋が、赤い剣によって左右に斬り広げられ、そこから血がドクドクと流れ出ていく。
そして、そこからは血だけではなく、両断された内容物までもが、湯気を放ちながらはみ出て来た。

窓辺の側でそれを見ていたパイルは、レニエスと名乗ったその女性兵の狂気に満ちた行動を目の当たりにして、心中で何故降伏せずに
自殺を選んだのかと叫んでいた。
しかし、従軍記者としての本能が体を無意識のうちに手を動かし、カメラのシャッターを切り続ける。

(なんでそうなる運命を選んだ……死のうとする勇気があるなら、もっと別の事ができる筈なのに!)

目の前のボーイッシュ然とした女性兵士は、自らの体を刺しただけでは飽き足らず、刺した剣で体を更に切り裂いているのだ。
見るに堪えぬ光景だが、パイルは、迫り来る衝撃に屈する事無く、無我夢中でカメラを構え続けていた。


体の中の剣は、胃を切断して更に上がった所で、固い何かに当たって止まる。
それは、自らの胸骨だった。
度重なる激痛で、彼女の全身は痙攣し、意識も途絶えかけていたが、不思議にも、体は望む通りに動き続けていた。
レニエスは、淀む意識の中で、アメリカ兵達が目を見開き、驚きの表情を浮かべるのを見て内心満足した。

「さ……て……これで……仕上げ……だ……!」

レニエスは歯を食いしばり、鳩尾の辺りまで上がった剣に力を籠める。
そして、最後の力を振り絞り、剣を上にせり上げた。
胸骨が刃にあっさりと切れ込まれた直後、圧力に屈して音を立てて砕け、胸の真ん中の皮膚が、胸板の下辺りまで左右に切り裂かれた。
そして、心臓が縦に両断される感触が伝わると、レニエスは顔を上に仰け反らせた。

383ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 20:10:55 ID:pfN/LKiE0
「か……は……ぁ」

血を吐いた彼女は、胸の谷間までせり上がった剣から手を放し、両脇にだらんとぶら下げる。
そして、顔をガクりとうな垂れさせ、自分の血で濡れた地面に、両膝を付ける。
意識が急速に薄れ、視界が暗くなる。
彼女はふと、好きだった恋人の顔を脳裏に思い描いた。

(いま……そっちに行くから……ね……)

心の中で呟くと、レニエスは半目になり、体の右半身から地面に倒れていった。


ウェルター大尉はハーフトラックから降りると、路地に向けて歩いていく。

「おい。衛生兵!」

彼は、味方が負傷した場合に備えて待機していた衛生兵を呼ぶと、共にレニエスの元へ近付いていった。
大尉は携えていたトミーガンを構えながら、1歩1歩、ゆっくりと近付く。
程無くして、レニエスの傍まで歩み寄った。
辺りには、咽ぶような血の匂いが充満している。
右肩から地面に倒れたレニエスは、自らの血の海に沈んでいた。
大尉はその体にトミーガンを向けていたが、彼女の様子を見てその必要はないと判断し、構えを解いた。
衛生兵が無言で彼女の体を診るが、その酷さに顔をしかめる。
水色の長袖服から露わになった豊満な乳房の間には、剣が柄の辺りまで深々と刺さり、それは腹の傷口と繋がっている。
背中からは剣が飛び出し、背骨に沿う形で一条の傷口が開かれ、そこから流血している。
腹からは、血と臓物が零れ落ち、凄惨な様相を呈している。
体つきを見る限り、女性らしいラインを保ちながらも、兵士として必要な筋肉を身につけているようだ。
恐らく、軍務の合間を縫って体を鍛えて来たのだろう。
女としても、その魅力は充分にあり、平時は男の視線を誘った事は想像に難くない。
だが、彼女は自ら、自らの人生に終止符を打ったのだ。
衛生兵はレニエスの首元に手を当てた後、顔を左右に振り、半目になっていた目を、手でそっと閉じた。
それを見たウェルターは、後ろに振り返り、両手で大きく手を振ってから言った。

「担架とポンチョを持って来い!」

384ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 20:11:34 ID:pfN/LKiE0
迷彩柄のポンチョ(雨合羽)に包まれた担架が路地裏から運ばれると、配置についていた兵達が再び乗車し始めた。

「凄まじい光景だったな」

遠回しに事件の一部始終を眺めていたポリーストは、気晴らしにタバコを吸うパイパーに話しかけた。

「ヤケクソで攻撃を仕掛けると思ったら、まさかの自害とは」
「酷い光景だよ。せっかくの休日が台なしだ」

パイパーは顔を顰めながらそう答える。
この時、鏡屋からパイルが出て来た。

「パイルさん。何か撮れたかい?」

パイパーは徐に声を掛ける。パイルは渋い表情のまま、彼と同様、タバコを咥えて火を付けた。

「何とか写真は撮った。だが、あそこでハラキリを見せられるとは、まったく思っても見なかった。正直、クレイジーだな」
「この事は記事にするつもりかい?」
「……そこはまだ考え中だ。余りにも衝撃的だったからな」

パイルは肩を竦めながら答える。

「しかし、ジャーナリストは真実を伝えるのが仕事だ。個人的には、この事件の詳細を本国に伝えたいとは思う。だが、その一方で、
彼女の事を考えると、記事にしても良いのだろうか?という思いもある。彼女は彼女で、大分苦しんだ末の行動のようだからね……
まぁ、もう少し考えてから決めるさ」

彼はそう言うと、深く溜息を吐いた。

385ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 20:12:09 ID:pfN/LKiE0
「パイパー中佐でありますか?」

ふと、パイパーは背後から声を掛けられた。
振り向くと、MPの腕章を付けた中尉が、いかつい顔を上げて尋ねていた。

「ああ。そうだが」
「宿屋で死亡したミスリアル軍将校と、あそこの酒場で会話を交わしたという証言を聞きました。中佐殿、我々にご協力願いたいのですが」
「いいだろう。パイルさんとポリースト中佐も一緒に連れて行くかね?」
「はい。そこのお二方も、我々とご同行願います」

パイルとポリーストは互いに目を合わせてから、仕方なしに頷いた。

「やれやれ……せっかくの休日が台なしだ」

パイパーは忌々し気にそう吐き捨てると、吸っていたタバコを地面に落とし、靴で火を踏み消した。

後に、アーニー・パイルはこの事件の詳細を記事にし、本国で大きく報道された。
1947年には、レニエスの写真はピューリッツァー賞に選ばれ、そのキャプションには「ゲリラ兵の決意」と付けられた。
この写真は、第2次世界大戦を代表する写真の一つとなり、戦後、多くの人の記憶に残る事になる。

386ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 20:13:17 ID:pfN/LKiE0
1486年(1946年)1月29日 午後1時 ヒーレリ領オスヴァルス

アメリカ太平洋艦隊司令長官を務めるチェスター・ニミッツ元帥は、オスヴァルスにいるアメリカ北大陸派遣軍司令官
ドワイト・アイゼンハワー大将を訪ねていた。
2人は会談の後に昼食を終え、今は食後のティータームを楽しみながら雑談を交わしている。
彼らの表情は、先日に起きたある事件が話題に上ると、次第に暗くなり始めていた。

「……現場ではそのような事があったのですね」
「ホーランド・スミス司令官の報告を見る限りは、凄惨な光景が広がっていたようです。しかし、クロートンカ事件は、本国でも大きな
話題となっています。一般市民の中には、シホールアンルの断固たる決意を垣間見た気がした、という者も現れ始めているようです」

アイゼンハワーは溜息混じりにそう答えながら、本国から送られてきたニューヨークタイムズの新聞に視線を向けた。
クロートンカ事件とは、1月22日に解放の成ったクロートンカで発生した事件で、クロートンカに潜入したシホールアンル軍ゲリラ兵が
ミスリアル軍将校を殺害した後、逃走中にアメリカ軍部隊に追い詰められ、降伏勧告を無視して自殺している。
この25日付けの新聞には、追い詰められた女性兵が、自らの腹に剣を刺し、苦痛に顔を歪めながらも前を睨み据えている写真が一面で掲載され、
見出しには

「シホールアンルゲリラ兵、独白の後の一突き」

という文字が大きく書かれていた。
この報道は、アメリカ本国で大きな話題となり、新聞に書かれた事件の詳細を知った国民の間で議論が巻き起こっていた。
その中には、

「軍が敵の捕虜を追い詰めすぎて、ハラキリを強要させたのだ!」

という軍を批判する声も上がり始めており、軍上層部はその対応に追われているという。
だが、国民の多くは、追い詰めても降伏せず、自らの命を絶った敵兵に背筋を凍り付かせると同時に、覚悟を決めたシホールアンルが、予想される
帝国本土侵攻で死に物狂いの抵抗を行いかねない事態に、憂鬱めいたものを感じ始めていた。

387ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 20:14:08 ID:pfN/LKiE0
「本国では色々と議論が沸き起こっておりますが、私としては、この事件は様々な要因が重なって起きたと思います」
「と、言いますと?」

ニミッツは怪訝な表情を浮かべながら、発言を促す。

「この事件は、我々連合国が行った行為が原因で起こった物かもしれないのです。まず第一に考えられるのは、現在実施中のシホールアンル本土に対する
戦略爆撃です。自殺したレニエスと言う名のシホールアンル兵は、あの場所で、我が軍の行為を糾弾したと言われています。そして、次に考えられるのが、
同盟国軍将兵が抱える、心の闇です」
「心の闇……ですか?」

アイゼンハワーは頷いてから、言葉を続ける。

「合衆国も加入している南大陸連合は、既に8年以上もシホールアンルと戦っています。この北大陸にいる同盟軍将兵の中には、緒戦から戦い抜いた者も
多数在籍していると聞きます。歴戦の将兵というと、頼りになる印象がありますが、一方では、それは……戦場の闇を多く見てきたという事にもなります」

アイゼンハワーは新聞にある顔写真に視線を向ける。

「クロートンカ事件で殺害されたリヴェア・ヘミートゥル少佐は、ミスリアル軍の中でも歴戦の第8機械化歩兵師団で大隊長を務める程の優秀な軍人で、
ラルブレイト閣下(マルスキ・ラルブレイト大将。ミスリアル軍派遣軍司令官)とも面識があり、彼曰く、優秀なミスリアル軍軍人を具現化したかのような
人物と言われていました。ですが……」

アイゼンハワーは語調を重くしながら、言葉を続ける。

「彼女は、4年近く前のミスリアル本土決戦で、故郷を焼かれ、家族を失ったという辛い過去がありました。その後も、ヘミートゥル少佐は軍に在籍し、
赫々たる戦果を収め続けていたようですが、彼女の部隊は、先月の中旬に行われたシホールアンル軍残党の掃討で、捕虜殺害の残虐行為を行っていた事が
明らかになりました」
「捕虜殺害……」

ニミッツは表情を曇らせる。

388ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 20:14:49 ID:pfN/LKiE0
「ヘミートゥル少佐は真面目であったが故に、その内心には、敵に対する憎しみを溜め込んでいたかもしれません。それが、先の掃討戦で一気に
溢れ出した可能性が高い……と、私はラルブレイト閣下から、そうお聞きしました」
「もし、そのヘミートゥル少佐が捕虜殺害を命じていなければ、助かった可能性はあると思われますか?」
「ゲリラ兵がどのような動機でヘミートゥル少佐を害したかは不明ですが……もし、ゲリラ兵がその部隊の所属していたのならば、自暴自棄の
復讐に走る可能性はあるでしょう。ですがもし、捕虜として遇していれば……」

アイゼンハワーは、右手の人差し指で、新聞を3度ほど小突いた。

「本国で、このような新聞記事が出る事は無かったと、私は思います」

彼はそう言ってから、新聞を脇に避けた。

「さて、重要なのはここからです。この一件で、同盟国軍内でも同様の問題を抱えている、または、問題が起きつつあるという事が考えられる
ようになりました。今後は、帝国本土での戦いとなり、周囲にいるのは純然たるシホールアンル帝国の臣民ばかりになります。既に、先の
戦略爆撃でシホールアンルの一般市民に多数の犠牲が出ている事は、誠に痛ましい事ですが、逆を言えば、外れ弾の多い爆撃だからこそ、
ある意味仕方ないという諦めも生まれます。ですが……これからは爆撃機のみならず、地上部隊が大挙して敵国本土に押し寄せます。
そこで更なる残虐行為を我が連合軍が行ってしまえば……敵側をより焚き付ける事になり、それは戦線にも多大な影響を及ぼします」

アイゼンハワーは一旦言葉を止め、コーヒーを少し飲んでから続ける。

「そこで、私は連合国派遣軍の司令官をもう一度集め、派遣軍将兵に対する心のケアを重視するように提案するつもりです。要するに、
カウンセリングや、戦闘後のサポートを強化させるのです」
「なるほど……我が海軍も、その面に関しては抜かりのないよう心がけているつもりです。ですが、同盟軍は元々、そう言った考えが
根付いていないのが現状ですからな。それに、我が合衆国軍も努力しているとはいえ、問題は山積みのままです」

ニミッツは腕組をしつつ、渋い表情を張り付かせたままアイゼンハワーに言う。

「とはいえ、不確定要素を減らすためには、必ずやるべき事だと思います。心の闇は必ず取り払うべきであり、それが完全に出来ぬとしても、
せめて和らげるべきです。骨は折れますが、幸いにして、派遣軍の将星達は皆、聡明な方ばかりです」

389ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 20:15:30 ID:pfN/LKiE0
「そこが救いですな」

ニミッツは微笑みながら、相槌を打った。

連合国派遣軍の司令官達は、それぞれの本国内では一癖も二癖もある軍人として知られているが、実際は聡明であり、アイゼンハワーの
提案にも良く応じてくれていた。
無論、彼らは彼らなりに物事を考え、異論を挟むことも決して少なくない。
だが、アイゼンハワーは、この小さな事件で明らかとなった、連合軍将兵の心に潜む闇を顕在化させないためにも、根気よく彼らに提案し、
説得して行こう……と、心中でそう決意していた。

「私は、戦争終結後に連合軍がシホールアンルと同じになる事は決して望みません。ですが、このまま何もしなければ、他の侵略軍と一緒と
罵倒されるのは必定……となるでしょう」
「その為の改革、という訳ですな」

ニミッツが言うと、アイゼンハワーは深く頷く。

「戦争に勝者と敗者と言う間柄は必ず出る。しかし、勝者だからと言って敗者に対してやりたい放題とは限らない……その考えが広まれば、
後の占領政策も円滑に進むと、私は確信しております」


1486年(1946年)1月30日 午前7時 ヒーレリ領リーシウィルム港

リーシウィルム港には、幾多もの艦船が沖に艦首を向け、煙突から排煙を上げて今しも出港しようとしていた。

「出港用意!」

アメリカ太平洋艦隊所属の第5艦隊旗艦である戦艦ミズーリの艦橋では、第5艦隊司令用長官を務めるフランク・フレッチャー大将が、
周囲の僚艦を双眼鏡で眺め回しながら、出港用意の報告を聞いていた。

390ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 20:16:24 ID:pfN/LKiE0
「長官、そろそろです」

第5艦隊参謀長であるアーチスト・デイビス少将の声に、フレッチャーは無言で頷いた。
第5艦隊の主力である第58任務部隊は、先の第2次レビリンイクル沖海戦で大きく損耗したが、それ以降は損傷艦の修理と戦力の補充に努めた為、
TF58に在籍する各母艦航空隊はフル編成で出撃が可能となった。
第58任務部隊は現在、正規空母9隻、軽空母7隻を有している。
3日前までは正規空母8隻、軽空母7隻であったが、先の海戦で損傷したリプライザル級空母のキティーホークが、修理を終えて戦列復帰したため、
母艦戦力は16隻に増えた。
TF58はこれらの空母を4つの任務群に分けている。

TG58.1は、正規空母リプライザル、ランドルフ、ヴァリー・フォージ、軽空母ラングレーを主力に据えており、この空母群を戦艦ミズーリと、
重巡ヴィンセンス、軽巡ビロクシー、モントピーリア、サンディエゴと、駆逐艦24隻が護衛する。

TG58.2は正規空母レンジャー、グラーズレット・シー、軽空母タラハシー、ノーフォークを主軸に据え、これを戦艦アラバマ、重巡セントポール、
ノーザンプトン、軽巡フェアバンクス、フレモント、デンバーに加えて、駆逐艦24隻が周囲を固めている。

TG58.3は正規空母サラトガ、モントレイ、軽空母ロング・アイランド、ライトを主力とし、重巡デ・モイン、軽巡ウースター、ロアノーク、
ウィルクスバール、メーコンの他、駆逐艦26隻で構成される。

TG58.4は正規空母キティーホーク、ゲティスバーグ、軽空母サンジャシント、プリンストンを主力としており、この4空母を戦艦ウィスコンシン、
重巡カンバーランド、ボイス、軽巡サヴァンナ、スポケーン、メンフィス、駆逐艦24隻が護衛する。

正規空母9隻のうち、3隻は最新鋭のリプライザル級航空母艦であり、残り6隻も、未だに新鋭艦に部類されるエセックス級空母ばかりである。
航空戦力は総計で1400機にも上り、今回の作戦でも、その威力を大いに発揮するであろう。
双眼鏡を洋上に向けると、既に出港を終えたTG58.2の空母群が、陣形を整えながら沖へ向かいつつある。

「それにしても、久方ぶりの出撃ですな」

デイビス参謀長がようやくと言いたげに、フレッチャーに話しかける。

391ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 20:17:09 ID:pfN/LKiE0
「陸軍も連合軍と共同で、ヒーレリ領からシホールアンル軍を完全に叩き出したと言います。我々も、これに乗じて暴れ回りたいものです」
「参謀長の言う通りだが、肝心のシホールアンル海軍は既に戦力を消耗している。残りの敵竜母が決意を決めてこっちに向かってくれば、
こっちも多少楽にはなるが」
「決意と言えば……先日のクロートンカ事件の記事を思い出しますな。全く、追い詰められたとはいえ、言いたい放題言ってくれたものです」

参謀長の言葉を聞いたフレッチャーは、苦笑しながら返答する。

「だが、当たっている所もある。我々も油断していたら、敵に痛いしっぺ返しを食らわされるぞ」

フレッチャーは戒めの言葉を発した。

クロートンカ事件の顛末は、第5艦隊内にも伝わっており、将兵の中には、自害したゲリラ兵をクレイジーだと罵倒する者も現れたが、
フレッチャーのように、油断せぬように改めて気を引き締める者も、少なからずいる。
現に第5艦隊は、これまでに敵の主力艦隊と死闘を繰り広げており、多数の僚艦を失っている。
クロートンカ事件の顛末を、戒めとして捉える雰囲気が艦隊内で醸成されつつあった。

「先導駆逐艦、出港します!」

見張りの声が艦橋に響き、フレッチャーは双眼鏡をミズーリの艦首方向に向ける。
先導役のアレン・M・サムナー級駆逐艦4隻が、発行信号を放ちながら外界へと向かっていく。
それにニューオリンズ級重巡のヴィンセンスが続き、僚艦のクリーブランド級軽巡ビロクシー、モントピーリア、アトランタ級軽巡のサンディエゴが後を追う。
ミズーリの発する機関音が徐々に大きくなり、程無くして、艦体がゆっくりと前進を始めた。
艦前部に据えられている2基の48口径17インチ3連装砲は、仰角をやや上げ、砲身は空を睨んでいる。
長い艦首は海水を掻き分け、先導した駆逐艦、巡洋艦の後を追っていく。

「リプライザル、出港開始!」
「ランドルフ、ヴァリー・フォージ、出港開始しました!」

見張り員から僚艦出港の報せが次々と艦橋に伝えられる。

392ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 20:17:42 ID:pfN/LKiE0
リプライザル級航空母艦のネームシップであるリプライザルは、ミズーリの後に続いて、その巨体を前進させていく。
重量的には、満載時に6万トン以上の重量を誇るミズーリに分があるが、全体的にはリプライザルが大きい。
特に、飛行甲板も含めた艦の長さは295メートルと、リプライザルの方が長い。
その威容は、合衆国海軍の期待を担った新鋭艦に相応しい物であった。
後に続くエセックス級空母のランドルフとヴァリー・フォージも、体のでかい後輩に負けじとばかりに、誇らしげに洋上を航行する。
後続するインディペンデンス級軽空母ラングレーは、それらに追随する従者と言った感があるが、1943年に初陣を飾って以来、幾つもの大海戦に
参加した歴戦の軽空母だ。
乗員から「ラッキー・ラングレー」というあだ名を頂戴した軽空母は、今回もまた、その任を十二分に果たすべく、威風堂々と出港しつつあった。

ミズーリはリーシウィルム港を出港した後、時速12ノットで所属する僚艦と共に輪形陣を組みながら航行を続ける。

「長官。今回は敵の本土西岸部の拠点を順次攻撃する予定ですが……昨日の会議で、状況次第ではルィキント列島ならびに、ノア・エルカ列島の爆撃も
考慮すると言われていましたな」

デイビス参謀長の問いに、フレッチャーは頷いてから答える。

「同地点には、現在、潜水艦部隊が進出して海上交通路の寸断に当たっているが、敵が何らかの対応策を行った際、通商破壊に支障を来す可能性がある。
例えば、針路を大きく北に大回りさせ、本土と列島の直通路は使わない……と言った感じに」

フレッチャーは、右手で大きく半円を描いた。

「だが、元を叩いてしまえば、そんな事をする余裕は無くなる。聖地であった辺境の島にまで空母機動部隊が襲撃してくる……敵からしてみれば、
溜まったものじゃないぞ」
「まさに、悪夢と言えますな」

デイビス参謀長は、唯一の聖地すら、高速空母部隊の射程に捉えられたシホールアンルに対して、ある種の同情すら感じていた。

「とはいえ、ルィキント列島とノア・エルカ列島の攻撃はまだ決めてはいない。まずは、沿岸部を叩いて、そこから天気と相談してから決める事だな」

フレッチャーはそう言ってから、視線を空に向ける。
空は久しぶりに晴れ渡っていた。
本来なら、第58任務部隊は1月22日に出港をする筈であったが、進出予定の現場海域が予想以上に荒れ続けていたため、出港日は延期となった。
陸軍が地上戦で活躍を続けている間、待機を続けていた艦隊の将兵は切歯扼腕の想いで天候の回復を待っていたが、今日、それがようやく叶う事となった。
また、出港日が繰り延べになった事で、キティーホークという強力な援軍を迎え入れる事も出来た。
キティーホークは先の海戦で、思わぬ損傷を追って戦線を離脱したが、本国での修理を終えて前線復帰を果たしたのだ。
今日の好天は、戦力を再編したTF58の出港を祝っているかのようであった。

「さて……今度はこちらの決意を見せる時だな」

フレッチャーはミズーリの動揺に身を任せつつ、小声でそう呟いていた。

393ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 20:18:33 ID:pfN/LKiE0
SS投下終了です。

394名無し三等陸士@F世界:2018/06/29(金) 22:24:18 ID:7GZKSXek0
乙です。
レニエスの言い分はわからんでもないが、一応仕掛けてきたのはお前達シホット側なんだぜ?
それとも情報は末端兵のレニエス達には伝わってなかったのか?
情報統制敷かれてた場合は一番惨めだろうな。

ただシホットの執念というべきものを理解したとしても、彼らが敗戦後にまってるのは地獄しかないだろうな。
生き残ってる働ける層の若者達の人数を考えると執念でなんとかなるとはもう思えないな。

395名無し三等陸士@F世界:2018/06/29(金) 22:48:20 ID:xcVmLF4g0
乙でした
二人の復讐者(アヴェンジャー)、どちらも真っ当な死に方は出来なかった(しなかった)か
だがそれが復讐者という存在が均しく背負う運命なのかも知れない…

しかしこの一件、メディアに取り上げられた結果これほどまでの影響を及ぼすとは
ペンは剣よりも強し(この場合はカメラですが)とはまさにこのことか

396名無し三等陸士@F世界:2018/07/03(火) 07:21:24 ID:QFrqX0M20
あ、あれ?
更新されてる。。。。

なんだこれ、神か?

397名無しさん:2018/07/08(日) 21:01:23 ID:bwOFyX2Q0
全く、さっさと殺しておけばよかったのに

ならば、二度と立ち上がらないように徹底的に叩き潰すのみだ

398名無し三等陸士@F世界:2018/07/08(日) 21:13:25 ID:Jc/oq3m20
彼らも我々と同じように祖国を愛し、家族を愛している。だから彼らに最高の敬意を払い、細心の注意をもって…皆殺しにしろ…  師団長ヴァンデグリフト少将(ジパング)

この言葉はいいよな

399名無し三等陸士@F世界:2018/07/12(木) 00:24:50 ID:Z7mT7VDw0
投稿乙

ある意味恨みつらみが浅い、新参者の米軍が侵攻軍の中心だから
この程度で済んでる。って感じなんだよな。

もしソビエトポジの国がこの世界にあったら今頃犠牲者数一桁多かったろうな…

400名無し三等陸士@F世界:2018/07/13(金) 00:58:03 ID:Z7mT7VDw0
戦後には『非人道的魔法兵器全面禁止条約』とかできそうとかふと

401ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/07/13(金) 18:23:13 ID:ATfagNLg0
皆様レスありがとうございます!

>>394氏 特殊部隊出身とはいえ、彼女は末端兵ですから上から伝えられる情報も多くは無かったですね
開戦の理由などは都合よく伝えられているだけですので

>敗戦後
罪深き先人達の愚挙として糾弾される事もあり得そうです
国土は開戦前と比べても、既に荒れまくっておりますから、もう悲惨な物です

>>395氏 >しかしこの一件、メディアに取り上げられた結果これほどまでの影響を及ぼすとは
内容からしても非常にショッキングでしたからね。ただ、連合軍側での綱紀粛正も進むでしょうから、
ある意味ではいいタイミングで起きた事件とも言えるでしょう。

>>396氏 お待たせいたしました。ごゆるりとお楽しみください

>>397氏 石器時代に戻してあげましょう(鬼畜

>>398氏 その言葉、自分も好きですね。海兵隊らしさが前面に押し出されている感じが特にいいです。

>>399氏 >もしソビエトポジの国がこの世界にあったら今頃犠牲者数一桁多かったろうな…
そんな国があったら、戦場のみならず、普通の市街地でももっと悲惨な状況になってましたね。
占領地での略奪暴行なんかは当たり前でしょうし。

>>400氏 フェイレに施されたような戦略級魔法は、間違いなく禁止にされるでしょうな。

402ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/07/13(金) 18:37:14 ID:ATfagNLg0
それでは、これよりSSを投下いたします

403ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/07/13(金) 18:38:17 ID:ATfagNLg0
第287話 狭間の国の使者

1486年(1946年)2月1日 午前8時 シホールアンル帝国首都ウェルバンル

シホールアンル帝国首都ウェルバンルの北1ゼルドのホメヴィラと言う集落に差し掛かった馬車は、そこで首都方面より
出てくる避難民の群れに巻き込まれた。
それまで快調に進んでいた馬車は急に速度を緩め始め、程無くして止まってしまった。

「特使殿!申し訳ありませんが、しばらく通りの流れが悪くなります!」

御者台に座る男が、内装の施された車内に向けてそう伝える。
馬車に乗る2人の男は、それを聞いても特に気にする様子は無かった。

「相分かった。道を行く民に気を付けながら動かしてくだされ」

黒い三角状の帽子を被った2人の男の内、茶色を基調とした、特徴のある服装をした男が顔に笑みを交えながら、御者にそう返す。

「了解いたしました」

返事を聞いた御者は、そのまま前に向き直った。
もう1人の男は、一旦窓に顔を向け、複雑そうな表情を浮かべてから、仕えている彼に顔を向ける。

「若殿、見て下さい。シホールアンルの民が大勢、家財道具を抱えて都から逃れております……ウェルバンルは、シホールアンル随一の都の筈ですが」
「うむ……やはり、見通しが暗いのであろうな」

若殿と呼ばれた男は、鼻の下に整えた髭を触りつつ、付き人である彼に言う。
若殿……もとい、イズリィホン将国特別使節であるホークセル・ソルスクェノは、特に何も感じていないような口調で部下に言いはしたが、
彼も内心では、世界一の超大国であるシホールアンルで見るこの光景に、心の中で驚きを抱いていた。

404ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/07/13(金) 18:38:51 ID:ATfagNLg0
「となると……幕府上層部はやはり、この国を」
「クォリノよ。ここはこれぞ……?」

彼は、クォリノと言う名の付き人に対し、自らの口の前に人差し指を置いた。
特別使節補佐兼、ソルスクェノの付き人であるクォリノ・ハーストリは、それを見て軽く咳ばらいをした。

「は、少し口が過ぎましたな」
「とはいえ、そちがそう思うのも無理からぬ事だ。幕府の言う事も、ようわかる」

ソルスクェノは、先日受け取った本国からの通信を思い出し、頷きながらそう言う。

「しかし、これでイズリィホンに戻れますな。実に6年ぶりでございますか……大殿や奥方様も、今頃は首を長くして待っておられる事でしょう」
「おいおい、気の早い奴よ」

ハーストリの言葉に、ソルスクェノは思わず苦笑してしまった。
2人は雑談をかわして暇を潰していくのだが、馬車は避難民の列に引っ掛かったまま、思うように進まなかった。
そのまま10分程過ぎた時、それは唐突に始まった。
馬車の外から、急に異様な音が響き始めた。

「これは……」
「若殿!」

ハーストリは、血相を変えてソルスクェノと目を合わせた。

「くそ!こんな時に空襲警報か!!」

御者台にいた国外相の男が苛立ち紛れに叫びながら、馬車を道の脇に止める。
そして、慌ただしく御者台から降り、馬車のドアの向こうから避難を促した。

405ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/07/13(金) 18:39:26 ID:ATfagNLg0
「特使殿!空襲警報が発令されました!これより最寄りの退避所まで走りますので、馬車から出て下さい!」

2人は、互いに目を合わせたまま頷くと、ハーストリが先に立って、ドアを開いた。
周囲にいた人だかりは、突然の空襲警報にパニック状態に陥っていた。
そこに現れた2人は、一瞬ながらも周囲の注目を集めた。
視線が集中するのを感じた2人は、半ば恥ずかしい気持ちになるが、それも空襲警報のサイレンと共にすぐに消えうせた。

「さあ、こちらへ来てください!」

2人は、御者の男に先導されながら、待避所まで走った。
程無くして、官憲隊が開放してくれた半地下式の防空待避所の傍まで走り寄った。

「来たぞ、あれだ!」

官憲隊の若い男が、空を指差しながら叫んだ。
ハーストリとソルスクェノは、男の言う方向に目を向ける。
冬晴れと言える心地の良い青空には、南の方角から無数の白い線が伸びつつあり、それはウェルバンル方面に向かいつつあった。
彼らは知らなかったが、この時、南方より出現したB-36爆撃機40機が、首都周辺に残存する戦略目標を叩く為、
飛行高度14000を保ちながら目標に接近しつつあった。

「あれが、音に聞こえるアメリカと言う国の……」
「特使殿!まもなく敵の爆撃が始まります。急いで中に!」
「う、うむ!」

ソルスクェノは、御者に勧められるがまま中に入ろうとしたが、何かを思い出し、その場に踏み止まった。

「クォリノ!例の物は持っているか!?」
「若殿!抜かりなく!」

406ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/07/13(金) 18:40:04 ID:ATfagNLg0
ハーストリは、背中に抱いた貢ぎ物をソルスクェノに見せた。

「よろしい!中に入るぞ!」

空襲警報のサイレンを聞きながら、2人は待避所の中に入っていった。
内部には、既に避難してきた住民が溢れんばかりに入っており、2人は御者と共に、窮屈な中で爆撃が収まるのを待ち続けた。

どれほど待ったのかは判然としなかったが、唐突に大地が揺れ動き、次いで、轟音が響くと、ソルスクェノは自らの鼓動が急に
高まるのを感じた。
伝わって来る衝撃は大きく、待避所の内部が揺れ動くたびに、天井の埃が上から落ちてくる。

(これが、空襲という物か……なんて恐ろしい物じゃ)

ソルスクェノは心中で、恐怖を感じていた。
祖国イズリィホンでは、名のある武家の後継ぎとして多くの事を学び、その中でも武芸の類は小さい頃から習得に励んできた事も
あって、どのような状況においても冷静になれるとの自負があった。
だが、今……ソルスクェノは、異界の国が作った、戦略爆撃機の空襲から逃れ、どこかで炸裂する爆弾の振動や衝撃に体を小さく
して堪えるだけだ。
昨年12月のウェルバンル空襲も、彼は自らの目で見、計り知れない衝撃を受けたが、あの時は遠巻きに見ているだけであり、
危険範囲内にはいなかった。
しかし、今は違う。
今日体験する爆撃は、自分達も巻き添えを受けた物だった。
唐突に、一際大きな爆発音が響き、待避所内がこれまで以上に大きく揺れた。
中では悲鳴が起こり、赤子の鳴き声も響く。

(爆撃という物は、やたらに外れ弾が出るとも聞いている。という事は、わしが隠れているここに爆弾が落ちるという事も……)

ソルスクェノはそう思うと、背筋が凍り付いた。
実際、過去の爆撃では、防空壕や待避所に爆弾が直撃し、多数の民間人が死亡した事例も発生している。
彼は、爆弾炸裂に伴う揺れが続く中、ただひたすら、自分達が生き残る事を祈り続けた。

407ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/07/13(金) 18:40:47 ID:ATfagNLg0
それから20分後……
真冬であるにもかかわらず、大勢の人で詰まった待避所の内部は暑苦しかった。
しかし、空襲警報解除の報せが伝えられると、2人はようやく外に出る事ができた。

「ふぅ……全く、肝を冷やしますな」

ハーストリは、額の汗を拭いながらそう言うが、隣のソルスクェノは、ある方角を見たまま立ち止まってしまった。

「……若殿。如何なされました?」
「クォリノよ……武士という者は、死を恐れてはならぬと古来より教えられている物じゃが……」

彼は目を細めながらクォリノに言いつつ、北の方角に右手を伸ばした。
その方角からは、幾つもの黒煙が立ち上っている。

「手も足も出ぬまま、空から一方的に狙われるのは恐ろしい物だ。見よ、あの惨状を」
「確か……そこにはさほど大きくはないとはいえ、この国の工場が幾つか建てられておりましたな」
「高空から来た爆撃機とやらは、どうやら、あの工場を叩いたそうじゃな。クォリノよ……この惨状を見て、そちはどう思う?」
「は………幕府上層部のご指示は、正しかったと思われます。あの煙の下には、工場だけではなく、民の暮らす家々も数多にあったはず……
恐らくは、上方も、我々が巻き添えを食らう事を恐れて」
「ふむ……わしは、もっと見たかったのだが……この国の行く末を……のう」

彼は、懐から扇を取り出すと、それを広げて自らの顔に向けて仰ぐ。

「特使殿!敵の爆撃機は退避行動に移りました。国外相へ移動を再開いたします故、馬車へお乗りください」
「うむ、それでは」

御者に勧められると、ソルスクェノはパチンという小さな音と共に扇を閉じ、袴の内懐に収めた。
程無くして、馬車に戻ると、御者が扉を開けて2人を招き入れた。

408ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/07/13(金) 18:41:30 ID:ATfagNLg0
御者は扉を閉めながらも、上空に顔を向け、苛立ったような表情を見せた。
高空には、無数の白いコントレイル(飛行機雲)がまだ残っており、そのやや下では、高射砲の炸裂した黒煙が見える。
その下の空域には、迎撃に向かった10機前後のケルフェラクが編隊を維持しながら、魔道機関特有の爆音を響かせて飛行していた。

「畜生!届かない高射砲を撃ちまくって、敵の高度に辿り着けない飛空艇は遊覧飛行をするだけか……!」

御者は苛立ち紛れにそう吐き捨てながら、御者台に座って馬を前進させた。


午前8時45分 首都ウェルバンル 国外省

国外相の正面前まで辿り着いた一行は、職員の案内を受けながら、館内の応接室前まで歩いた。
2人は、袴に頭に付けた烏帽子といった、シホールアンル国内では滅多にお目に掛かれないイズリィホン国武士が身につける服装のため、
国内省の面々からは道中、注目を集めていた。
応接室前まで到達した2人は、ふと、部屋の内部から荒々しい声が響いているのに気付いた。

「ん……?若殿」
「ああ、何やら聞こえるが……」

2人は小声で言い、互いに頷き合うと、そのままの態勢で室内に聞き耳を立てる。

「敵機動部隊がまた首都方面に接近しつつあるだと!?それで、また退避命令か!」
「前回のように、官庁街に敵の艦載機が向かってくる可能性もあります。ここは軍の指示通りにされるのが良策かと」
「く……仕方ない。私はこれから大事な客人と合わなければならん。今は軍の指示通りに動く事にし、後に詳細を詰める事にする」
「了解いたしました」

部屋の中から聞こえる会話はそれで終わり、程無くしてドアが開かれた。
中から、職員と思しき男が会釈しながら退出し、かわって、2人に付き添っていた職員が手をかざして入室を促した。

409ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/07/13(金) 18:42:11 ID:ATfagNLg0
「お待たせいたしました。どうぞこちらへ……」

2人は入室すると、居住まいを正したグルレント・フレル国外相が満面の笑顔を浮かべて出迎えた。

「これはこれは、ソルスクェノ特使!お久しぶりでございます」
「国外相閣下、お久しゅうございます。国外相閣下におかれましては、お変りも無く」

ソルスクェノとフレルは、挨拶を行いつつ、固い握手を交わした。

「ささ、どうぞこちらへ」

フレルは、室内のやや奥に置かれた2つのソファーの内の1つに2人を座らせると、彼はその対面に座った。

「いやはや、こうしてお顔を合わせるのは、実に2年ぶりになりますかな」
「は。その通りです。それがしも、あの日からもう2年経ったのかと、いささか驚いております」
「もう2年……短いようで長い。しかし、長いようで短いのか……まぁそれはともかく、敵爆撃機の襲来もあるこの情勢の中、
使節館より足を運ばれて頂いた事に、心から感謝しております」

フレルは感謝の言葉を述べてから、本題に入った。

「さて、本日お二方にお越し頂きましたが、あなた方から直接、私にお話ししたい事があると聞き及んでおります。そのお話したい事とは、
一体何でしょうか?」
「は……先日、幕府外務所より命令を承りました。その命令でありますが……それがしは使節館の共を率い、此度の任期満了を待たずして
イズリィホンに帰還せよ、との命令をお受けいたしました」

ソルスクェノは懐から、白い包みを取り出し、それをフレルに手渡した。
フレルは、それを両手で取ると、包みを開き、その中にある折り畳まれた白い紙を開いて、黒い墨で書かれた文字をゆっくりと呼んでいく。
書かれた文字はシホールアンル語である。

410ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/07/13(金) 18:42:53 ID:ATfagNLg0
「なるほど。つまり、離任の挨拶に参られた、という事ですな……」

文を読み終えたフレルは、しばし黙考する。

「貴国外務所の判断は正しいと、私も思います」

彼は顔を上げてから、ソルスクェノにそう言った。

「我がシホールアンル帝国は、不本意ながらも、南大陸連合軍相手に不利な戦を強いられています。貴方達も、昨年12月に起きた首都空襲や、
断続的に行われている、首都近郊の戦略爆撃は目にしておられる筈です。その現状を知った貴国上層部が帰還命令を出すのは当然の事であると、
私は思います」
「国外相閣下。我が祖国イズリィホンとシホールアンルは300年の間、友好国として関係を深めてまいりました。いずれは、軍事同盟を結び、
戦の際は迷う事無く陣に赴き、ともに轡を並べて、雄々しく戦場を駆け抜ける事を夢見ておりました。ですが、それも叶わず……終いにはこのような
事に至り、面目次第もござりません」

ソルスクェノは、沈痛な面持ちで謝罪の言葉を述べる。
だが、フレルは頭を左右に振りながら口を開いた。

「いえ、それは違いますぞ、特使殿。この度の現状は……いわば、シホールアンルに対する罰なのです。そう……業を背負いすぎた偉大なる帝国が
受ける罰です。ですが、友好国の使節の方々にまで、我が国はその罰の巻き添えを負わそうとしている。特使殿、あなた方は悪くありません。
むしろ、悪いのは……このシホールアンルなのです」

彼は深く溜息を吐く。

「思えば、シホールアンルは北大陸を統一した時点で、歩みを止めるべきだったのかもしれません。ですが、それだけでは満足できずに、更にその
先へと足を運んだ。そして、行きつく先がこの現状となるのです。貴国上層部の判断は正しい。私は……その判断を尊重いたします」
「国外相閣下……」

ソルスクェノは顔を上げて、フレルを見つめる。

411ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/07/13(金) 18:43:24 ID:ATfagNLg0
柔和な笑みを浮かべるフレルには、前回会った時に感じた刺々しさは完全に失せており、今では顔全体に疲れが滲んでいるように見える。
傍から見ても、フレルが内心苦悩している事が容易に想像できた。

「……わがイズリィホンが、貴国との友好関係を結んだのは今から300年前。きっかけは、沖合で難破した貴国の船の乗員を、イズリィホンの民が
救助した事でございました。以来、イズリィホンとシホールアンルの関係は深まり、様々な面でご支援を賜ってまいりました。それがしも、この国に
来てから多くの事を見て学び、各所で見聞を広めてまいりましたが、ただただ、シホールアンルと言う国の大きさに圧倒されるばかりでした。
そのシホールアンルが、異世界から来たアメリカと言う名の国に追い詰められつつある……それがしは、今もその事が夢のようであると思うております」
「若殿……」

ソルスクェノの言葉に含まれていたある部分に、ハーストリは血相を変えた。
彼は慌てて何かを言おうとしたが、それを察したフレルが片手を上げて制した。

「ハーストリ殿。大丈夫ですぞ」
「国外相閣下……!」

フレルは、何故か清々しい表情を浮かべていた。

「さすがは、イズリィホンの中でも有数の武家であるソルスクェノ氏のご子息だ。次期棟梁と呼ばれるだけあり、やはり聡明なお方ですな。
南大陸軍が実質的に、アメリカ軍が主導している事もご存じのようで」
「は……それがしの知識は、風の噂を聞き続けた程度ではござりますが……その噂の中でも、アメリカという国に関する噂は興味が尽きませぬ。
あれほど、烏合の衆とまで呼ばれた南大陸連合の軍勢が、何故、再び息を吹き返し、この北大陸に押し掛けて来たのか。そして、その軍勢に多くの
戦道具を与えながらも、自らの軍にも十分な武具を揃える事ができる、その力……!」

ソルスクェノは次第に語調を強めていく。

「それがしは、その果てしない力を持つアメリカを知りたいと、心の底から思うております。狭間にあるイズリィホンの将来の為にも」
「なるほど……しかし、イズリィホンは尚武の国。これまでに、フリンデルドを始めとする諸外国の侵攻を全て阻止した実績があります。
貴国の軍は強く、数も多いと聞く」

412ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/07/13(金) 18:44:03 ID:ATfagNLg0
「軍は確かに強い。されど、過去のそれは、島国という特徴を活かした事で得た勝利でもあります。兵の扱う武器は依然として、旧態依然とした
ままでございます。もし、イズリィホンがアメリカと戦を行えば……」

ソルスクェノは、しばし間を置いてから言葉を続ける。

「国は一月と持たずに、アメリカに攻め滅ぼされる事になりましょう」

その言葉を聞いたフレルは、ソルスクェノに半ば感心の想いを抱く。
同時に、あの時……シホールアンルにも彼のような冷静さと、探求心があればという、強い後悔の念が沸き起こった。

「今の所、イズリィホンは貴国のみならず、200年前は敵であったフリンデルドとも国交を結び、よしみを深めてまいりました。しかし、
国際情勢という物は移り変わりがある物でございます。今こうしている間にも、イズリィホンを取り巻く環境は変わりつつあると、考えております」
「……正直申しまして、特使殿の考えはよく理解できます。思えば、私も特使殿のように、よく考え、良く判断できれば……と思う物です」

フレルが言い終えると、ソルスクェノは無言で頭を下げた。
顔を上げた彼は、改まった表情を浮かべながら口を開く。

「幾ばくかお話が長くなり、申し訳ございませぬ。さて、此度の儀につきましては、ご多忙の中お会いして頂き、感謝に耐えませぬ」
「いえ。こちらこそ、空襲警報が鳴る中、郊外より端を運んで頂いた事には、深く感謝しております。特使殿、この離任の挨拶の後ですが、国を
離れるのはいつ頃になられますかな?」
「準備が出来次第、早急に移動するように言われております故、さほどを間を置かぬ内にお国を離れるかと思います」
「それがよろしいでしょう」

フレルは顔を頷かせながら相槌を打つ。

「軍の情報によりますと、敵の機動部隊がシギアル沖に向かっているようです。昨年12月のような大空襲も予想されますので、なるべく早い内に、
首都を離れられた方がよろしいでしょう……それから、お国の帰還船はどちらから出られますかな」

413ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/07/13(金) 18:44:49 ID:ATfagNLg0
「予定では、北西部の一番北にあるミロティヌ港で船に乗り、祖国へ向かう事になっております。万が一の場合を避けるため、ルィキント、
ノア・エルカ列島付近は大きく北に迂回する航路を取る予定になっております」

一瞬、フレルは眉を顰めたが、すぐに真顔になって頷く。

「アメリカ海軍は北西部沿岸部のみならず、同列島の中間地点にも潜水艦を差し向けておりますからな。妥当な判断と言えるでしょう」
「は……それでは国外相閣下。それがしはこれにて帰国いたしまするが、最後にお渡ししたい物がございます」

ソルスクェノは隣のハーストリに目配せする。
ハーストリは傍らに置いてあった、紫色の棒状の包みを手に取ると、それを両手でソルスクェノに渡す。
ソルスクェノも両手で受け取ると、ゆっくりとした動作で、フレルに差し出した。

「これは……?」
「貢ぎ物でございます」

フレルは困惑しながらも、恐る恐ると手に取った。
包みを取ると、中には剣が入っていた。
剣は、柄に質素ながらも、白と茶色の模様が付いており、それは半ば湾曲していた。
イズリィホンの特徴である湾曲した剣は、イズリィホン軍の将兵の主要武器として採用されており、その切れ味は他に類を見ないと言われている。
鞘から剣を抜くと、銀色の刃が現れる。
剣は光に反射して美しく光り、その滑らかな刃は、長い時間見つめても飽きを感じさせないような気がした。

「これを、私に……?」

フレルの言葉に、ソルスクェノは無言で頷く。
噂では聞いていたイズリィホンの太刀を、初めて間近で見たフレルは、その美しさに見とれていたが、程無くして我に返り、剣を鞘に納めた。

「よろしいのですか?このような、立派な剣を……」

414ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/07/13(金) 18:45:31 ID:ATfagNLg0
「構いませぬ」

ソルスクェノは微笑みながら言葉を返す。

「その剣は……太平の剣と呼ばれた物でございます。わがソルスクェノ家伝来の剣で、父上から餞別として譲り受けたものですが……その剣が
作られたのは、今から300年程前でございます。作られた当時、ソルスクェノ家は田舎の小さな一豪族にしか過ぎませんでしたが、それ以降、
我が一族は幾つかの戦乱を経て、今日のように幕府の要職を任されられる程の大名にまでなりました。その時の流れを、代々の当主と共に経て来た
この剣ですが……実を言いますと、この剣は人を斬った事が一度もないのです」
「なんと……」

その信じられない事実に、フレルは目を丸くしてしまった。

「し、しかし……この剣は当主に代々受け継がれてきた物だと……」
「それがしはそう申しました。ですが、この剣は不思議と、戦場において抜かれる事がなかったのでございます。ある時は、敵の軍勢が逃げてしまい、
戦が終わった。ある時は、戦が始まる前に敵を調略して戦わずに済んでしまった。また、ある時は、剣を一時的に紛失してしまい、代わりの剣で
戦場に臨んだ等々……不思議な事に、人を斬る機会を逸し続けたのでございます。そして、先代当主においては、この剣を持つと何かしらの不幸が
起きると決めつけ、別の剣を刀匠に鍛えさせた末に、この剣を、蔵に押し込んでしまったのです」

それまで、淡々と話していたソルスクェノは、途端に表情を暗くしてしまう。
だが、彼は何事も無かったかのように、表情を明るくして言葉を続ける。

「しかしながら、現当主である父は、それがしがシホールアンルに赴任する前に、「この剣は、遥か昔に鍛えられて以来、一度も人を斬る事は無かった。
何故、斬れなかったか分かるか?それは……この剣が戦を嫌う、太平の剣であるからだ」と、それがしに申したのでございます。父がこの剣を渡したのは、
未だに戦を行うシホールアンルで、それがしが災いに巻き込まれないで欲しい……と、願ったからではないのかと思うのです」
「……」

フレルは、無言のまま剣を見つめ続ける。
そのフレルに向けて、ソルスクェノは言葉を続けた。

415ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/07/13(金) 18:46:06 ID:ATfagNLg0
「今、貴国は文字通り、民草をも挙げての大戦を行われております。国外相閣下も、いつ果てるとも知らぬと思われている事でしょう。
しかしながら……始まりがある物には、必ずや、終わりが来る物でございます。それ故に……」

ソルスクェノは、一度は剣に視線を送る。
そして、再びフレルと目を合わせた。

「それがしは、大戦の終わりを切に願いたく思い……この太平の剣をお渡ししたのでございます」
「そう……でしたか……」

フレルは、思わず言葉が震えた。
しばし呼吸を置くと、フレルは語調を改めて、ソルスクェノに返答する。

「この貢ぎ物。謹んでお受けいたします」

フレルは、太平の剣を両手で掲げながら、感謝の言葉を送った。
彼の言葉を聞いた2人も、深々と頭を下げた。

「それでは、我らはこれで」

2人は立ち上がると、室内から退出しようとした。
ソルスクェノが部屋から出かけたその時、フレルは彼を呼び止めた。

「特使殿!」
「……は。国外相閣下」

ソルスクェノは振り返り、フレルと目を合わせた。

「シホールアンルとイズリィホンの関係が今後も続く事を、私は心から願っております。例え……帝国でなくなったとしても」

ソルスクェノは数秒ほど黙考してから、言葉を返した。

「それがしも、貴殿と同じ思いでございます」

416ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/07/13(金) 18:46:50 ID:ATfagNLg0
国外相本部施設を出たソルスクェノらは、午前10時30分には北に5ぜルド離れた町にある、イズィリホン将国使節館に戻っていた。
馬車から降り、地味なレンガ造りの使節館に入った彼は、一室にハーストリと共に入室し、室内にある椅子に腰を下ろした。

「若殿、帰国準備は順調に進んでおるようです。この分なら、一両日中には出立できるかと思われます」
「うむ。いよいよ、この地から離れるのだな……」

ソルスクェノは感慨深げな口調で返しながら、脳裏にはこの国で見てきた事が次々と浮かんでいた。
初めて目にする大きな軍艦や、イズィリホンとは違った街並みには心を大きく揺り動かされた。
シホールアンルで見る物全てが、イズィリホンには無い物であり、超大国とはこうである物かと、何度も思い知らされてきた。
だが、ソルスクェノは、シホールアンルと言う国の在り方や、文化を見て学んだだけでは無かった。
彼は、シホールアンルが指揮する対米戦を直接見た訳ではなく、目にした物と言えば、アメリカ軍機の爆撃を受ける街並みぐらいだ。
だが、彼は戦のやり方が従来の物と比べて、大きく変わったという事を肌に感じていた。
それに初めて気づいたのは、昨年12月に、首都周辺を散策していた時に遭遇したあの空襲を見てからだ。

「クォリノよ。わしは、国に帰ったら……この国で見た事を全て話すつもりじゃ。国に帰れば、執権を始めとする幕府のお歴々と会見し、
そして、父上とも話し合うであろう。そこで、わしははっきりと申し上げる」
「若殿……それがしは、大殿はまだしも……幕府の上方が話の内容を完全に理解できるとは思えませぬ。逆に、幕府上層部から、法螺を
吹聴するなと言われるかもしれませぬぞ?」
「何故じゃ。わしは見てきた事、わしの心で感じた事を、包み隠さず話すだけじゃ」
「しかしながら、幕府は若殿の話を理解できましょうか……幕府の猜疑心は強い。今まで、謀反の疑いを掛けられ、族滅の憂き目にあった
御家人や、大名は少なからずおります。若殿が、このシホールアンルでの出来事を執拗に公言しようとすれば、国の不安を煽るものと見なされ、
最悪の場合は謀反を起こし、幕府を揺るがそうとする!と、捉えかねませぬが……?」
「幕府の名誉を選ぶか……わしの命……いや、ひいては、ソルスクェノ一門の命、いずれかを選ぶという事になる。そちはそう言いたいのだな?」
「御意にござります」

ハーストリは深々と頭を下げた。

417ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/07/13(金) 18:48:00 ID:ATfagNLg0
「……祖父は一門を救うために、自ら命を絶たれた。謀反の疑いを晴らすために……確かに、ソルスクェノ一門の運命は、父や、わしに掛かっている
とも言える」

ホークセルは顔を俯かせるが、すぐに上げて、ハーストリを見つめる。

「だが、今の情勢は……幕府だの、一門だのと言っている場合ではない。イズィリホンは文字通り、大国の狭間と言える国じゃ。北には、急速に
発展しつつあるフリンデルドに、東にはシホールアンルがおる。いや……おったのじゃ。敵であったフリンデルドがイズィリホンとの関係を良好に
したのは、シホールアンルの機嫌を伺っての事。しかしながら、機嫌を伺ったシホールアンルは、もはやこの有様じゃ」

彼は、頭の中で浮かぶ地図の一部分に、大きく斜線を引いた。

「幕府の名誉や、一門の名誉にこだわる事は、もはや小さき事に過ぎぬ。これからは……イズィリホンという国家の事を考えなければならぬのだ。
そうしなければ、遠からぬうちに、イズリィホンは選択を誤る。そちも見たであろう?あの地獄の如き光景を」
「は。今も夢の中に出る程、心の奥底に刻み込まれております」
「わしは国に帰った時、この経験を問う者に対して……例外なくこう申していく。決して、アメリカという国だけは敵に回してはならぬ。
そうでなければ、この国のようになる……と」
(むしろ、アメリカは味方にした方が良いかもしれぬ)

彼は、最後の一言は国出さず、胸中で呟いた。





後に、イズリィホンは様々な困難を経て、米国も含む東側陣営国の一角として、大戦後の世界でその役割を果たす事になる。
ホークセルは、新生イズィリホン民主共和国の初代国家主席として辣腕を振るう事になるが、それは遠い未来の話である。

418ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/07/13(金) 18:48:32 ID:ATfagNLg0
1486年(1946年)2月2日 午前8時 カリフォルニア州サンディエゴ

アメリカ太平洋艦隊情報主任参謀のエドウィン・レイトン少将は、サンディエゴの太平洋艦隊司令部に出勤するや否や、司令部の地下室より現れた
ロシュフォート大佐に引き留められた。

「おはようございます、主任参謀。出勤早々で何ですが……お付き合い頂いてもよろしいでしょうか?」
「どうしたロシュフォート。私は司令部で会議に出席しなければならんのだが……それに、君。体が匂うぞ」
「はは。ここ数日、風呂に入る暇もありませんでしたので。ささ、まずはこちらへ!」

ロシュフォートは小躍りしかねない歩調で先導し、司令部の地下施設へレイトンを案内した。
地下室には、太平洋艦隊司令部で傍受した魔法通信を分析するための特別室が設けられており、そこでは南大陸より派遣された各国の分析官や補助官が、
海軍情報部の将兵と共に入手した情報の解析に当たっていた。

「カーリアン少佐、新しい文言は傍受できたかね?」
「いえ、今の所は入っておりません。傍受できるのは、確認された言葉だけです」
「よし!これで決まりだな!」

バルランド海軍より派遣されたヴェルプ・カーリアン少佐から伝えられると、ロシュフォートは掌を叩いて喜びを表した。

「ロシュフォート。何か進展があったようだが……私をここに呼んだのは、それを伝えるためかね?」
「その通りです」

彼はそう答えつつ、壁一面に張られた言葉の羅列を見回した。

「暗号通信の中で、最も気を付ける事は何だと思われますか?」
「暗号のパターンを見破られる事だろう」
「正解です。ですが、それだけでは、完璧とは言い難いですな」

ロシュフォートはレイトンに体を振り向ける。

419ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/07/13(金) 18:49:10 ID:ATfagNLg0
「気を付ける事は、他にもあります。それは……使っている暗号を“変えない事”です」

この時、レイトンは、ロシュフォートが何を言おうとしているのか、瞬時に理解する事ができた。

「通常、暗号文を使用する時に、文字のパターンや使用のタイミングも重要ですが、それ以上に気を付ける事は……暗号に使う文を固定しない事です。
それを防ぐために、暗号帳を定期的に更新して解読を避けようとします。こちらをご覧ください」

ロシュフォートは、黒板や壁に掛かれた文字の羅列に手をかざす。
それぞれの文字は、貴族や地名、罵声等、様々な種類に分類され、その下に今までに記録した名や文字が書かれている。

「これらの文字の数々は、我々が今までに記録した文字の全てです。我々は、この合同調査機関が設立されて以来、読み取れる文字を記録し続けて
きましたが、この記録の更新が、昨日夜以降……終了したのです」

ロシュフォートは右手の人差し指を伸ばした。

「記録が終了したという事は……敵側は、これまで通りの暗号帳を使用したまま、暗号文を流している事になります。そう、敵は暗号帳を更新していないのです」
「つまり……敵は暗号を使用して日が浅い為、我々が常識としていた、暗号帳を更新するという事を知らない、と言いたいのだな?」
「そうです」

ロシュフォートは頷きながら答えた。

「戦時であれば、暗号帳の更新は3カ月に1回。早ければ2カ月に1回の割合で行います。しかし、シホールアンル側は、暗号を使い始めて2カ月以上
経つにもかかわらず、同一系列の暗号を使い続けています」

彼はニヤリと笑みを浮かべた。

「そして、敵は未だに、ミスを犯した事に気付いてはおりません」
「なるほど……それはビッグニュースだ」

420ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/07/13(金) 18:49:55 ID:ATfagNLg0
レイトンは満足気に頷く。

「して……解読はできそうかね?」
「努力しておりますが、解読に至るまでは、いましばらく時間が必要です」
「ふむ……」

未だに解読不能という事実に、レイトンは幾分落胆の表情を見せた。

「ですが、敵が暗号帳の更新を行っていない事が判明した今、解読までの道は幾ばくか見え始めたと言えます」
「横から失礼いたしますが……私達が見る限り、この暗号書は何かの文を参考にしながら、作られている可能性が高いと思っております」

口を閉じていたカーリアンが、付け加えるように説明を始める。

「文面の綴りや、名前からして、恐らくは……何らかの本の内容を当てはめて、暗号通信を行っている可能性があります」
「何らかの本とは……これまた信じがたい物だが」
「しかし、内容を繋げてみれば、納得できるつづりも幾つか発見されています。これは間違いなく、何らかの本……有り体に言えば、小説の類や、
物語の内容を当てはめているのではないかと」
「……我々の世界では考えられん事だ」
「通常は、乱数表や数字をメインに暗号を作りますからな。ある意味、この世界の暗号は文学派と言えます」

ロシュフォートは皮肉交じりの口調でそう言った。

「よろしい。この事は、今日の会議が始まる前に長官に報告しよう。ロシュフォート、よくやってくれた。引き続き、解読作業に当たってくれ」

レイトンは彼の右肩を叩いてから、地下室から退出しようとしたが、彼は再び引き留められた。

「主任参謀、もう少しだけお待ち下さい」
「なんだ。まだ何かあるのか……?」
「は………このまま解読作業を行っても、我々は無事に暗号を解読する自信があります。ですが、今は戦争中であるため、何らかの大事件が発生し、
友軍に思わぬ損害が生じる事も考えられます。昨年行なわれた、カイトロスク会戦のような事も……」
「ふむ。今は非常時だ。敵も死に物狂いで抵抗を試みているからな」
「それを防ぐためにも、あらゆる手段を使って、暗号の解読を速める必要があります。そこでですが……」

ロシュフォートは一旦言葉を止め、タバコを咥えて火を付ける。

「少しばかり動いて、敵をせっつかせて見ましょう。そうですな……陸軍のB-36も動いて欲しいと、私は思います」

彼は紫煙を吐きながら、レイトンに説明を始めた。

421ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/07/13(金) 18:50:31 ID:ATfagNLg0
SS投下終了です

422名無し三等陸士@F世界:2018/07/13(金) 20:54:04 ID:QFrqX0M20
いい話だった!
作者超乙!

423名無し三等陸士@F世界:2018/07/13(金) 21:08:54 ID:xcVmLF4g0
投下乙でした
また新勢力登場ですか
フリンデルド帝国、ウディンヒエヌ魔教国、ヲリスラ深海同盟、そしてこのイズィリホン将国
これまで触れられた内容からするといずれの国も興味深い存在ですが、今回の戦争では出番ないんでしょうなぁ…残念
そしてフレル国外相の変わりよう…最初の頃とはもはや別人状態だ
まあ自分の軽はずみな言動のせいで自国が滅亡の瀬戸際に追い詰められてるともなればこうなるのも当然か

424名無し三等陸士@F世界:2018/07/13(金) 22:20:28 ID:stF6nFig0
乙です。
東側陣営国だ・・・と!?

つまり、戦後アメリカと明確に敵対する超大国が率いる西側陣営国ができるというわけか・・
どの国だろうか?

425名無し三等陸士@F世界:2018/07/14(土) 22:13:48 ID:EqI2eCk20
気がついたら2話投稿されてるヤッター!
投下乙です!
>第286話
>「アメリカは自由を標榜し、過度な暴力を禁じた近代的な国家であり、蛮族とは一線を画すと聞いていた。だが……ランフックでやった事は、
一体なんだ?帝国本土で行っている事は、一体なんだ?」
>「お前たちの味方は、何の罪も無い無辜の市民を業火で焼き尽くしたんだ!何が近代的な国家だ……貴様らは格好がいいだけで、中身は何も
できない民を嬲って楽しむ、ただの蛮族だ!!」

アメリカ合衆国憲法「自由と平和と正義はアメリカ国民に対して保証するのが目的なのでアメリカ以外ではセーフ」
ハーグ陸戦条約「シホールアンルは条約に加盟してないので明確に禁じられてないのでセーフ」

戦争が終わったら酷い目にあった人たちと捕虜で比較的温かい扱いを受けた人で
国内に対立構造ができれば戦後としては勝ちだからね
情報統制が都合よく解ける戦後にどこまで情報が浸透するのか
アメリカがシホールアンル国内の戦後復興も支援し始めたら一体何を思うことやら
戦争写真関連だとベトナム戦争で撮影された「サイゴンでの処刑」がいろいろと過酷なものです
ペンは剣よりも強しのペンが戦後アメリカ合衆国が握るとあとは(ry

>>400
戦後アメリカが核兵器を開発したあとに一言
「魔法じゃないのでセーフ」
IFでシホールアンルとアメリカが膠着状態で講話した後の核時代のSSなんても書いてみたいなぁ
オールフェスの苦悩がとんでもないことになりそうだけど

>第287話
ここに来てすごい和風の国が第三者視点から見たシホールアンルの惨状が続きますね
でも中身としてはトルコに近い感じかな?
エルトゥールル号遭難事件っぽい話もあるし
もはや時代が変わったのを肌で感じ取り戦後の新構造に向かって行く各国

そして色んな意味で悟りつつあるフレル
首都への爆撃定期便
迎撃できないシホールアンル軍

暗号解読はまさか「AFは水が不足している」をやるのかな?
エニグマ暗号を解読できることを知られないよういろいろやってたイギリスとかも面白かった

426名無し三等陸士@F世界:2018/07/15(日) 13:05:50 ID:Z7mT7VDw0
投稿乙ですー

フレル国外相、大丈夫か?
主戦派帰属に聞かれたら粛清されそうなこと言っちゃってるけど?
何気に心折れてる?

427名無し三等陸士@F世界:2018/07/15(日) 14:11:21 ID:JnIo5dbc0
イズリィホン殿・・・
これからジェット機の時代へとなっていくのに、それを見ずして帰国ですか・・・残念

428名無し三等陸士@F世界:2018/07/15(日) 19:43:08 ID:C2/f9OHQ0
投稿乙です。

まとめの方に上げましたが、ナンバリングミスで一つ削除をお願いしたいのですが…。
ttps://www26.atwiki.jp/jfsdf/pages/1617.html

429名無し三等陸士@F世界:2018/07/15(日) 21:55:05 ID:EDnbw3UE0
イズリィホンのモデルって、もしかして、鎌倉時代末期から南北朝時代の日本だったりして
して、作中の米さんは今後、冷戦に入るから……
まさか、南北朝戦乱+ベトナム戦争みたいになるのか……

430名無し三等陸士@F世界:2018/07/15(日) 22:11:03 ID:iZKiRALk0
>>429
さすがにそこまで作者様はやるとは思えないな。
そもそも現在の対シホールアンルを考えたら
それ終わった後は現代戦へと進んでいくんだから
作者様の大好きなWW2のアメリカから外れてしまうため、多分シホールアンル戦役で終わらせて
後日談的にちらっと描写して完結って流れのほうが現実的だな。

431名無し三等陸士@F世界:2018/07/16(月) 18:41:53 ID:F8sqVas.0
>>424
実は西側にはソ連が召喚されていてな・・・なんてね

432名無し三等陸士@F世界:2018/07/17(火) 17:16:46 ID:3SNTDbVY0
投下乙です。
以前少し話題に出てた日本みたいな島国がついに登場しましたね。
西洋ファンタジーが大半を占める異世界モノに、イズリィホンみたいな東洋ファンタジーの国が出てくると何か新鮮でいいですね!
今後アメリカとイズリィホンが接触した場合、アメリカ側の交渉役は日本出身の野村元大使が担当したりするんですかね?

433名無し三等陸士@F世界:2018/07/23(月) 22:36:59 ID:pfN/LKiE0
皆様レスありがとうございます!

>>422氏 ありがとうございます。
嫌われ物のシホールアンルとはいえ、それでも友好を保つ国が居る。
イズリィホンはその典型とも言える国ですので、今回登場させて良かったと思っています。

>>423氏 はい。また新しい国が出てきました。
この話で出ていない国はまだまだあり、戦後はこの国々をも巻き込んだ、様々な出来事が起こります。

ですが、今回の戦争では、良くて名前だけが出るぐらいで、この太平洋戦史においてはなんら役割を果たす事も無いまま
蚊帳の外に置かれる形になりますね。

>フレル国外相の変わりよう…最初の頃とはもはや別人状態だ
やらかした後に、今の祖国の現状ですからね……むしろ、発狂していない分まだマシと言えるでしょう

>>424氏 西側陣営国ですが、それは後の年表で明らかになりますので、それまでしばしお待ちを……
とはいえ、大方予想は付くと思います

>>425氏 恥ずかしながら、またまた舞い戻って来ました。

>アメリカ合衆国憲法「自由と平和と正義はアメリカ国民に対して保証するのが目的なのでアメリカ以外ではセーフ」
ハーグ陸戦条約「シホールアンルは条約に加盟してないので明確に禁じられてないのでセーフ」

レニエス「」

って事になりそうですね

>戦争写真関連
第286話を作るきっかけとなったピューリッツァー賞受賞の写真も、非常にえぐい物がちらほらとありますが、その分色々と
考えさせられてしまいますな。
ツイッターの方でも言いましたが、この話を作るきっかけとなったのが、ピューリッツァー賞関連の写真を見てからですので、
作成中は良い勉強になりました。

>IFでシホールアンルとアメリカが膠着状態で講話した後の核時代のSSなんても書いてみたいなぁ
オールフェスが精神に変調来たして指導者交代……という場面も見れそうな予感

>ここに来てすごい和風の国が第三者視点から見たシホールアンルの惨状が続きますね
下の方が仰られていますが、どちらかというと、鎌倉時代末期から南北朝期の日本がモデルとなっていますね
その時代の資料や、大河ドラマ太平記等を見れば、すぐに合点が付くと思います

さて、このイズリィホンですが……彼らは遠からぬ未来に、様々な困難に立ち向かう事になります
このイズリィホンは文字通り狭間の国……今後出てくる武器は弓矢、魔法だけではありませんので
非常に苦労しながらも、時代の流れを突き進む事になるでしょう

434ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/07/23(月) 22:37:35 ID:pfN/LKiE0
>>426氏 バッキバキに折れまくっています。
ですが、正気を失わずに国外相としての地位を投げ出さないだけ、まだ根性があると言えます

>>427氏 ジェット機は見れずじまいでしたが、米高速空母部隊の空襲や、B-36の戦略爆撃を体験しているので、それだけでも
大きな経験と言えるでしょう。

>>428氏 纏めに上げて頂きありがとうございます。いつもながら、非常に感謝しております。
修正に関しては誰かがやって下さるかと……

>>429氏 いやーなかなか……
ここで、ある言葉をお贈り致しましょう
「あなたのような感の良い読者様はとても(MPに逮捕されますた

>>430氏 はい。自分はシホールアンル戦役だけで終わる予定です。
戦後の世界の動きは、ズラッと年表に記す形で掲載しようと考えております。

>>431氏 残念!ソ連は元の世界に残ったままでございます。
まぁ、とある平行世界では転移先で大いに暴れておるようですが(ヤメイ

それにしても、昔は自分のアメリカSSとソ連SSがこの版で掲載されて、勝手に米ソ召喚の時代じゃ!と小躍りした物ですが……
時の流れは速い物です

>>432氏 今回の話で、イズリィホンは歴史の表舞台に姿を現し始めました。
東洋風のファンタジー国家は自分も出したいと思っていましたが、この太平洋戦史での出番はこれだけになりそうです

>アメリカとイズリィホンが接触した場合、アメリカ側の交渉役は日本出身の野村元大使が担当したりするんですかね?
野村元大使は米本土で市民権を得て、一般市民として悠々自適の生活を送っているだけで、歴史の表舞台からは姿を消しております。
交渉はアメリカ国務省や、政府官僚が行う事になるでしょう。

個人的にはキッシンジャーとソルスクェノが秘密会談を行って、米国の容赦ない工作にソルスクェノが引く姿を想像していたりしますね。

435名無し三等陸士@F世界:2018/08/21(火) 17:16:52 ID:bjezr75g0
フリンデルドとイズリィホンの位置関係ってどんな感じなんだろ?
ロシアと日本的な位置関係なのか、中国と日本的な位置関係なのか…?

436名無し三等陸士@F世界:2018/08/24(金) 19:14:29 ID:5.4QAROI0
>>435

>ロシアと日本的な位置関係なのか、中国と日本的な位置関係なのか…?

大雑把に言えば、後者の位置関係になります

437名無し三等陸士@F世界:2018/09/06(木) 23:08:32 ID:B8RxRp8k0
ここまで来るとオールフェスは独ソ戦末期のヒトラーのごとき疫病神に
なってきてますね。
政治体制そのものが近世のそれなので情報統制さえしていればある程度は
反乱や国民の不満を抑えられるとは言え、反省すらしないようでは寝首を
掻かれる前に国民の1割くらいが戦禍で消えそうです。

438ヨークタウン ◆b.dHcowXAI:2018/11/03(土) 10:20:05 ID:T.Wu/A/c0
>>437氏 オールフェスの精神状態は加速度的に悪化しつつあります
下手すれば、もっと消えそうですね……

439ヨークタウン@cv79yorktown:2019/01/31(木) 23:09:07 ID:m8U/qgi.0
こんばんは。これよりSSを投下いたします

440ヨークタウン ◆qGl8aTYr6.:2019/01/31(木) 23:11:16 ID:m8U/qgi.0
第288話 天空を翔ける流星

1486年(1946年)2月2日 午前8時30分 シホールアンル帝国領ドムスクル
シホールアンル帝国領ドムスクルは、ヒーレリ領北部とシホールアンル本国領の境界から、北に60マイル離れた位置にある
小さな町である。
連合軍は来たる大攻勢の前準備として、各地で小規模な攻勢を継続しており、2月1日には、米軍の先鋒部隊がドムスクルから
南20マイルの位置に到達した。
これと呼応する形で、アメリカ軍航空部隊がシホールアンル帝国領中部地区に向けて盛んに航空作戦を展開しており、防戦準備
にあたるシホールアンル軍地上部隊に対して、断続的に空襲を仕掛けていた。
事態を重く見たシホールアンル側は、前々より温存し、未だ戦場となっていない本国北部地域より徐々にかき集めつつあった
航空戦力を、本国領中部地域に投入することを決め、2月2日より連合軍航空部隊に対して、迎撃戦闘を挑む事となった。

シホールアンル軍第78空中騎士隊に所属する38騎のワイバーンは、同僚部隊である第66空中騎士隊の29騎と共に、ドムスクル方面
へ向けて進撃中の敵戦爆連合編隊を迎撃すべく、猛スピードで敵の推定位置に向かいつつあった。
第78空中騎士隊第2中隊長を務めるウルグリン・ネヴォイド大尉は、指揮官騎より発せられた敵発見の魔法通信を受けるや、
指示された方向に顔を向けた。

「いたぞ……アメリカ軍の戦爆連合編隊だ」

ネヴォイド大尉は恨めし気に呟きながら、右手で顔の左頬を撫でた。
彼の左頬には、横に引っ掛かれたような傷跡がある。

「昨年の1月に負傷して以来、苦心惨憺しながらもようやく回復できた。復帰したからには、以前よりも増して、多くの敵を撃ち抜き、
連中を血祭りにあげてやる!」

彼は顔を憎悪に歪めながらも、自らの士気を大いに奮い立たせた。
ネヴォイド大尉は、対米戦では南大陸戦から戦い続けてきたベテランであり、これまでに21機の米軍機を撃墜している。
個人の技量も優秀でありながら、媚態の掌握術も巧みであり、ネヴォイド大尉の指揮する中隊はどのような戦況にあろうとも一定の
戦果を挙げ続けてきた。
だが、その栄光は長く続かなかった。
昨年1月下旬に起きたアメリカ機動部隊のヒーレリ領沿岸の事前空襲で、ネヴォイド大尉の属していたワイバーン基地は米艦載機の
奇襲を受け、所属のワイバーン隊はその大半が、飛び立つ事もままならぬまま、地上で次々と撃破されてしまった。

441ヨークタウン ◆qGl8aTYr6.:2019/01/31(木) 23:11:53 ID:m8U/qgi.0
ネヴォイド大尉はその巻き添えを受けて瀕死の重傷を負い、前線から離脱せざるを得なくなった。
それからと言う物の、ネヴォイド大尉は本国送還となり、首都ウェルバンル近郊の陸軍病院で治療を受けたが、医師からは竜騎士へ
の復帰は絶望的であると伝えられた。
だが、ネヴォイド大尉は決死の覚悟で回復に励んだ。
その様は、復帰は出来ぬと判断した医師を大いに驚かせるほどであった。
懸命のリハビリの甲斐あってか、12月初めには無事退院し、12月5日には、シホールアンル西北部にあるワイバーン隊予備訓練所で
完熟訓練にあたり、そこでも抜群の成績を収めて前線復帰を果たすことができた。
そして今日……彼は待望の循環を迎えたのである。

「前方に敵編隊視認!距離、6000グレル!(12000メートル)

指揮官騎から新たな魔法通信が飛び込んできた。
言われた通りに、前方に目を凝らすと、確かに敵編隊と思しき多数の黒い物体が見受けられる。
位置的に敵を見下ろす形になっているため、高度差の有利はこちら側に取れているようだ。

「第1、第2中隊は敵の護衛機!第3、第4中隊は敵の爆撃機を攻撃せよ!」
「了解!」

ネヴォイド大尉は魔法通信でそう返してから、指揮下にある第2中隊の部下に命令を伝達する。

「第2中隊の目標は敵の護衛戦闘機!繰り返す、目標は敵の護衛戦闘機だ!訓練通り、2騎一組となって敵と戦え!」

彼が命令を伝え終わると同時に、指揮官騎直率の第1中隊が増速し始めた。
ネヴォイド大尉の第2中隊や、第3、第4中隊も負けじとばかりにスピードを上げる。
程なくして、敵側もワイバーン群の接近に対応し始めた。
爆撃機の周囲に張り付いていた戦闘機と思しき機影が多数離れ、ワイバーンに向けて上昇しつつある。
第1、第2中隊のワイバーンはそれを下降しながら向き合う形となっていた。

「敵はマスタングか」

ネヴォイド大尉は、うっすらと見え始めた敵影の機種を言い当てる。
細長い機首に涙滴型の風防ガラス、胴体化にある細長い穴……

442ヨークタウン ◆qGl8aTYr6.:2019/01/31(木) 23:12:49 ID:m8U/qgi.0
アメリカ軍の主力戦闘機であるP-51マスタングだ。
機体の格闘性能はワイバーンに劣るものの、機体自体のスピードが速く、上昇性能や下降性能が高い。
それに加え、近年は性能を幾らか向上したマスタング(P-51H。P-51Dと比べて最大速度と運動性能が向上している)が
前線に出始めているため、非常に厄介な敵の1つとなっている。
マスタングに対等に近い形で渡り合えるのはケルフェラクぐらいだが、この場には居ない。
ワイバーンのみで、目の前の難敵と渡り合うしかなかった。
眼前のマスタングは、3000グレル程の距離に近づくと、両翼からポロポロと、何かを投下し始めた。
ネヴォイドは、そこからマスタングがやにわに増速したように思えた。
戦闘態勢に入る敵戦闘機の後方には、箱形の密集隊形を組んでいる爆撃機群が見える。
おぼろげではあるが、その特徴のある2つの垂直尾翼や、上方向に反った主翼の根本がはっきりと見て取れた。

「ミッチェルだな」

ネヴォイドは、南大陸戦初期から見慣れた爆撃機の機種名を呟いた。
B-25ミッチェル双発爆撃機。古強者となった彼から見れば、ある意味馴染み深い敵と言える。
だが、その馴染み深い敵は、南大陸から、この神聖なる帝国本土上空にまでその姿を見せつけてきた。
祖国の空を侵した以上は、生かして帰すべきではない。
しかし、ネヴォイド達の任務は、そのミッチェルを護衛するマスタングを引き付ける事だ。
その間に、第3、第4中隊が容赦なくミッチェルを叩き落としてくれる事を期待するしかなかった。

先頭を行く第1中隊が敵との距離を急速に詰め、程なくして互いに頃合い良しと判断した距離で攻撃が開始される。
ワイバーンの光弾とマスタングの機銃弾が発射されるのは、ほぼ同時であった。
下方から競り上がるマスタングに光弾が降り注ぎ、上方目掛けて駆け上がるワイバーンに機銃弾が撃ち上げられる。
ワイバーン群の何騎かが被弾し、その周辺に防御魔法起動の光が明滅した。
第1中隊は防御魔法のお陰で脱落騎を出す事なく、マスタングの集団と瞬時にすれ違った。
一方のマスタング側は数機が被弾し、うち1機が発動機付近から濃い煙を吹き出して編隊から脱落し始めた。
マスタングはそのまま第2中隊目掛けて突っ込んで来る。
ネヴォイドは、隊長機と思しき先頭のマスタングに狙いを定めた。
マスタングも、ワイバーンも互いに250レリンク(500メートル)以上の高速で接近しているため、あっという間に距離が縮まる。
彼は、目標が距離200レリンク(400メートル)に迫った瞬間、相棒に光弾発射を命じる。

443ヨークタウン ◆qGl8aTYr6.:2019/01/31(木) 23:13:50 ID:m8U/qgi.0
竜騎士とワイバーン、互いの魔術回路を繋げ上で発された命令は即座にワイバーンに伝わり、大きく開かれた顎から
光弾が複数初連射された。
対して、マスタングも両翼から発射炎を明滅させる。
主翼の下から多量の薬莢を吐き出すのが見え、それ同時に、真一文字に向かってくる6条の火箭がネヴォイド騎に向かってくると思われた。
ネヴォイドは一瞬だけ身を屈めたが、機銃弾はネヴォイド騎の左側に外れていった。
ネヴォイドは、マスタングに光弾が命中する事を期待したが、マスタングは特有の発動機音をがなり立てながら、あっという間に
すれ違っていった。

「散会!2騎ずつに別れて戦え!」

第2中隊のワイバーンは、2騎単位で別れると、それぞれの目標に向かい始める。

「カンプト!離れるなよ!」
「了解!」

ネヴォイドは、僚騎を務めるカンプト少尉にそう念を押しつつ、新たなマスタング目掛けてワイバーンを進ませる。
そのマスタング2機は、右に反転しようとしている。
距離は800レリンク(1600メートル)程だが、全速力で突っ込むワイバーン2騎は、即座に距離を詰めていく。
マスタングはネヴォイドのペアに気付くや、機首を向けて増速し始める。

「一旦下降だ!」

ネヴォイドはそう叫び、ワイバーンが急に下降を始める。
2騎のワイバーンは下降したが、その時、彼我の距離は300レリンク程にまで縮まっていた。
マスタング側からすれば、狙いをワイバーンに定め始めたところに、そのワイバーンが目の前から消えた格好になる。
数秒ほど下降したネヴォイドは、今度は急上昇を命じ、相棒がそれに応えて体をくねらせ、瞬時に上昇をへと移る。

(相手がベテランなら、この方法はすぐに見破られる。さて、どうなるか!)

彼は心中で呟き、急上昇の圧力に顔を歪めながらも、マスタングに視線を向ける。
目標のマスタングは思いのほか動きが鈍く、ようやく機体を左に旋回下降させようとしていた。

「フン!相手はヒヨッコだな!」

444ヨークタウン ◆qGl8aTYr6.:2019/01/31(木) 23:14:22 ID:m8U/qgi.0
ネヴォイドの口角が吊り上がる。
マスタングのパイロットがネヴォイド達に顔を向けるのが見えたが、その頃には、ワイバーン2騎は射撃位置についていた。
ワイバーンは、マスタングの左側面に光弾を撃ち込む形となった。
マスタングが不意に機体の角度を傾けた事もあり、光弾は被弾面積を増大させた敵機に容赦なく突き刺さった。
敵機の両主翼や胴体に次々と命中し、特に左主翼部分には多数の光弾が叩き込まれた。
防弾装備の充実した米軍機とはいえ、一定箇所に光弾を受け続けて耐えられる筈がなかった。
左主翼から紅蓮の炎が噴き出したマスタングは、断末魔の様相を呈しながら急激に高度を下げていく。

「1機撃墜!次だ!」

ネヴォイドは次の目標を、マスタングの2番機に定め、即座に光弾を放つ。
しかし、2番機は1番機と比べて幾分反応が速かった。
ワイバーン2騎が放つ光弾の弾幕を、機首を急激に下げることで回避しようとした。
全部をかわすことは出来ず、数発が胴体や右主翼に突き刺さったように見えるが、マスタングは気にすることなく急降下に移った。

「クソ!」

ネヴォイドは舌打ちしながら、逃げに入ったマスタングを睨み付ける。
米軍機が急降下に入れば、追撃することはほぼ不可能である。
ワイバーンの急降下性能では米軍機に追いつけないからだ。
ネヴォイドの操る85年型汎用ワイバーンは、開戦時のワイバーンと比べて速度性能は大幅に改良されているが、それでもマスタングやサンダーボルト
といった米軍機の急降下性能には及ばない。
追撃が全く出来ないわけではないが、敵機は350グレル(700キロ)ほどの速度で下っていくため、ワイバーンでは追いつくどころか、
徐々に離されていくのが現状だ。

「不毛な事はやらん。次の目標を探すぞ!」

ネヴォイドは逃げ散る敵は放っておき、次の敵を探す事にした。

第1中隊10騎、第2中隊12騎のワイバーン群に対し、向かってきたマスタングは38機にも上ったが、第1、第2中隊の各騎は数の差に怯む事無く
空中戦を続けた。
最初の正面攻撃を終えた後は、彼我入り乱れての乱戦となる。

445ヨークタウン ◆qGl8aTYr6.:2019/01/31(木) 23:14:55 ID:m8U/qgi.0
反転したワイバーンが飛び去ったマスタングに追い縋る。
上手い具合に背後を取ったワイバーンのあるペアは、不覚を取ったマスタングの背後目掛けて光弾のつるべ撃ちを放った。
たちまち胴体や主翼に被弾し、痛々しい弾痕を穿たれたマスタングが黒煙を吐きながら墜落する。
その横合いに別のマスタングが突っかかり、ワイバーンのペアに12.7ミリ弾のシャワーを浴びせた。
防御魔法が起動し、殺到する機銃弾を悉く弾き飛ばすが、2番騎の防御魔法が耐用限界を迎えたため、一際大きな輝きを発した。
直後、横合いから複数の機銃弾に貫かれ、竜騎士共々射殺された。
撃墜された2番騎を悼む暇もなく、1番騎は別のマスタングの攻撃をかわし、隙あらば背後を取って光弾を浴びせる。
しかし、1騎のワイバーンに対し、4機のマスタングが断続的に攻撃を行ったため、しまいには下方からマスタングが放った機銃弾をまともに
受け、致命傷を負って真っ逆さまに墜落していく。
第1、第2中隊は数の差に幾分押され気味になりつつあったが、その事は想定内であった。

「第3、第4中隊、爆撃機群に取り付きます!」

新たなマスタングと格闘戦を行うネヴォイドは、その最中に入ってきた魔法通信を聞くなり、緊張で張り付いた表情を微かに緩ませた。

「いいぞ!計画通りだ!」

この時、第3中隊、第4中隊のワイバーン16騎は、敵爆撃機群の右上方より接近していた。
爆撃機の周囲についていた10機ほどのマスタングがワイバーンに立ち向かい、空戦に引きずり込もうとする。
だが、16騎のワイバーンはマスタングと短い正面攻撃を行っただけで、あとは猛然と爆撃機群に迫った。
ミッチェルの胴体上方と側面部に取り付けられた機銃が銃身をワイバーンに向けられ、機銃弾が放たれる。
ワイバーンは体をくねらせ、または横滑りさせる等して機銃弾をかわしていく。
48機のミッチェルが放つ弾幕は、なかなかに凄まじい物があるが、ワイバーンが常用している防御結界は、それが無駄な努力と嘲笑するかのように、
明滅しながら機銃弾を弾き飛ばし、瞬時に射点へ辿り着いた。
ワイバーンの光弾が、編隊の一番外側を飛行するミッチェルに叩き込まれる。
光弾が主翼の外板に突き刺さり、キラキラと光る破片が大空に吹き荒ぶ。
カモとされたミッチェルに1番騎、2番騎、3番騎と、光弾が次々と注がれ、被弾数が増していくが、流石は防御力に定評のあるミッチェルだ。
多量の光弾を叩き込まれても墜落する気配がない。
だが、操縦席に光弾が注がれてからは、状況が一変する。
直後、ミッチェルが大きく動揺し、右に機体を傾けながら編隊から離れ始めた。

446ヨークタウン ◆qGl8aTYr6.:2019/01/31(木) 23:15:45 ID:m8U/qgi.0
第7航空軍第451爆撃航空師団第621爆撃航空団に属する第601爆撃航空群のB-25H48機は、横合いからワイバーンの襲撃に遭い、今しも1機のB-25が
撃墜されようとしていた。

「81飛行隊の5番機が被弾!墜落していきます!」
「クソ!マスタングの連中は何やってやがる!」

第601爆撃航空群第92飛行隊の指揮官であるカディス・ヘンリー少佐は、不甲斐ない味方戦闘機を呪った。

「アリューシャンからこの前線に転戦して、最初の戦闘でこの有様とはな!」

ヘンリー少佐は怒りの余り、操縦桿を思い切り握り締めた。
第7航空軍は、元々はアリューシャン列島防衛の戦力として、1943年2月からアリューシャン列島ならびに、アラスカ島に主戦力を常駐させていたが、
1945年9月には北大陸戦線への異動が決まり、新設された第9航空軍と交代する形でアリューシャン、アラスカ島から離れた。
第7航空軍の前線到着は昨年の12月末であったが、既に敵の反攻が失敗に終わり、大勢も決した事もあって、第7航空軍の出番はなかった。
それから今日までは、ひたすら訓練に明け暮れていた。
他の味方航空部隊が前線で次々と戦果を挙げる中、第7航空軍の将兵は悶々とした日々を過ごしたが、今日の作戦が伝えられると、彼らの士気は高まった。
ヘンリー少佐は、必ずや敵の前線陣地に爆弾を叩き込み、搭載してきた機銃弾や75ミリ砲弾を1発残らず撃ち込んでやると意気込んだが、その初戦で
味方はまずい戦をしつつあった。

「マスタングの連中、半分以上が経験未熟なパイロットですからな。なんとなく予想はしてましたが、まさか当たるとはねぇ」

副操縦士のコリアン系アメリカ人であるブン・ジョントゥル中尉が苦り切った口調でヘンリー少佐に言う。
ヘンリー少佐もジョンケイド中尉も、第7航空軍に属するまでは別の部隊でB-25に乗り続けてきた猛者である。
出撃前、マスタングのパイロットたちをひとしきり見回したが、前線で戦い通した熟練者と比べると、明らかに不安があった。
601BG(爆撃航空群)の護衛には60機のP-51が当たり、その半数以上が制空隊として敵ワイバーンと戦い、残りが爆撃機の周囲に張り付いて
突破してくるワイバーンを食い止めるはずであったが、それが失敗した事は明白だ。
B-25への攻撃を終え、一旦距離を置くワイバーンに他のP-51が追い縋るが、そこの空域に護衛機は居なくなり、がら空きとなる。
そこを別のワイバーンが衝いて、猛スピードで爆撃機に肉薄し、光弾を叩き込んでいく。
コンバットボックスを組んだ爆撃機編隊も弾幕射撃で対抗するが、B-25はB-24やB-17のように多くの機銃を搭載してはいないため、打ち出す弾の数はどうしても
少なくなる。

447ヨークタウン ◆qGl8aTYr6.:2019/01/31(木) 23:16:15 ID:m8U/qgi.0
「81飛行隊3番機被弾!編隊から落伍します!」
「191飛行隊に向けて新たなワイバーンが接近!新手です!」
「あ、護衛機が1機やられたぞ!」

レシーバーに刻々と戦況が伝えられて来るが、どれもこれもが凶報であるため、ヘンリー少佐は心の底から不快であった。

「ええい!何かいい報告はないのか!?」
「味方戦闘機、新手のワイバーンに向かいます!敵騎の数、約20!」
「指揮官騎より各機に告ぐ!編隊を密にせよ!繰り返す、編隊を密にせよ!」

601BGの指揮官騎より、所属する3飛行隊各機に命令が下される。

「そんな事は分かってるわ!それより、味方のマスタングは何をしてるんだ!?」
「敵ワイバーンを追い掛けてますな」

ジョントゥル中尉が眉を顰めながら、機首の右側に向けて顎をしゃくった。
先に攻撃してきたワイバーンと、マスタングが空戦をしている様が見て取れる。
格闘戦に誘い込もうとするワイバーンに対し、マスタングは本国で教えられた通り、一撃離脱戦法に徹して空戦を進めているようだ。
だが、それは同時に、与えられていた護衛任務をすっぽかして敵を落とす事のみに集中している証だ。

「ヒヨッコ共が!頭に血が上って護衛任務のやり方を忘れてやがる!帰ったら連中を一人残らずぶん殴ってやるぞ!」
「一応、全部のマスタングが編隊から離れている訳では無いですな」

ジョントゥル中尉は、B-25の付近に展開したまま、ジグザグ飛行を続ける5,6機のP-51を指さした。

「いい奴らだ。これからも上手くやって行けるだろうさ」

ヘンリーは微かに笑みを浮かべ、命令を遵守したマスタングに心中で感謝の言葉を贈る。

「敵ワイバーン、191飛行隊に突っ込みます!数は10騎!」
「了解!」

448ヨークタウン ◆qGl8aTYr6.:2019/01/31(木) 23:17:01 ID:m8U/qgi.0
新たな報告を耳にしたヘンリーは、一言だけ返してから現在地を確認する。
現在、601BGは目標であるドムスクルまで40マイルの地点に到達しつつあった。
今は200マイル(320キロ)の速度で飛行しているため、30分以内には目標である敵の野戦陣地を攻撃できるであろう。
しかし、敵ワイバーンの迎撃は熾烈だ。
昨年の一連の戦闘で、シホールアンル帝国軍は正面の航空戦力を大量に損失した他、後方地域にあった予備航空戦力も、海軍が首都近郊へ不意打ちを
掛けたため保有数が払底し、航空戦力は壊滅した思われていた。
このため、今日の出撃では、シホールアンル航空部隊の反撃は少ないであろうと予測がされていた。
ところが、現実はこの有様だ。
敵は後方地域から残っていた航空戦力をかき集め、惜しげもなく前線に投入してきている。
負け戦にあっても、一歩も引こうとしない敵航空部隊の信念は、敵ながら見上げた物だと、ヘンリーは素直に評価していた。

「191飛行隊に被弾機あり!あっ、指揮官機です!指揮官機被弾!!」
「なんだって……指揮官機がやられただと!?」

ヘンリーは思わずギョッとなり、191飛行隊が飛んでいるであろう、左側の空域に顔を向ける。
ヘンリー機からはうっすらとだが、191飛行隊の先頭を行くB-25が、左右のエンジンから紅蓮の炎と黒煙を吹きながら、機首を下に墜落していく様子が
見て取れた。

「くそ、ゼルゲイ……!」

ヘンリーは歯噛みしながら、指揮官騎を操縦していたパイロットの名前を呟いた。
191飛行隊の指揮官であるヒョードル・ゼルゲイ少佐は、ロシア系アメリカ人の出であり、ロシア人らしい濃い顎髭と堂々たる巨躯、それに似合わず、繊細な
飛行を行うことで有名なベテランパイロットであった。
ゼルゲイ少佐とは大して面識が無かったが、年末の宴会で話したときはその人懐っこい性格から、ヘンリーも付き合っていて面白いパイロットであると思った。
年末のパーティーでゼルゲイと意気投合したヘンリーは、楽し気に会話を交わした物だったが……

「ホント、いい奴から居なくなっちまう」

ヘンリーは幾分意気消沈したが、任務中という事もあり、すぐに我に返る。

「護衛のマスタングより緊急信!新たな敵編隊接近中!敵編隊の一部にはケルフェラクも含む模様!」
「畜生!連中総出で殴りに来たぞ……!」

449ヨークタウン ◆qGl8aTYr6.:2019/01/31(木) 23:17:31 ID:m8U/qgi.0
彼は忌々し気に愚痴を吐いた。
直後、レシーバーに切迫した声が響いた。

「右上方より敵ワイバーン4騎!こっちに向かってきます!!」

それは、胴体上方の旋回機銃手の声だった。

「こっちにだと!?機銃手、野郎をぶち落とせ!」
「言われなくてもやりますぜ!」

レシーバーに威勢の良い返事が響く。
胴体上部機銃を任されているウィジー・コルスト軍曹は、12.7ミリ連装機銃を下降しつつあるワイバーンに向けた。
敵は緩降下しながら急速に向かいつつある。
彼はワイバーンの1番騎に照準を合わせ、距離800で機銃を発射した。
2本の銃身から機銃弾が放たれ、曳光弾が敵ワイバーンに注がれていく。
ワイバーンは体をくねらせたり、ロールを行いながら機銃弾をかわそうとする。
そのトリッキーな機動は、米軍機では絶対に真似できない代物だ。

「いつもながら、気持ち悪い動きを見せやがるぜ!このゴキブリが!!」

コルストはワイバーンに罵声を放ちつつも、敵の未来位置を予測して機銃を発射し続ける。
だが、敵の細かい動きに対応しきれず、弾が当たらない。

「ファック!この機にもB-29に積まれている遠隔機銃が付いていれば、少しはマシになると言うのに!」

B-25に搭載されている旋回機銃は、目視照準で敵に狙いを定めて発砲を行うが、B-29には遠隔装置式で、照準器に敵の未来位置を予測して
射撃を行える新型の機銃が搭載されている。
この新開発の機銃は、従来の旋回機銃と比べて格段に操作性が良い上に、複雑な動きをするワイバーン相手でも命中弾が出やすく、経験の未熟な機銃手でも
1ヶ月半ほどの訓練を積めばそれなりに扱うことができるため、故障が多い事を除けば敵の迎撃がやりやすい傑作機銃と言えた。
このため、B-29や、最新鋭のB-36以外の爆撃機は、肉眼で敵を見据えながら、難しいワイバーン迎撃をこなすしかなかった。

450ヨークタウン ◆qGl8aTYr6.:2019/01/31(木) 23:18:09 ID:m8U/qgi.0
敵1番騎との距離はあっという間に縮まり、距離200メートルまで迫ると、ワイバーンが大きな口を開いた。
コルストは、その口に機銃弾を食らわせようとし、12.7ミリ弾を発射し続ける。
ワイバーンも光弾を発射し、緑色の輝く光弾が機体目掛けて降り注いできた。
けたたましい機銃の発射音と共に、足元に太い50口径弾の薬莢が断続的に落下して金属的な音が鳴り響く。
その直後、機体に光弾が突き刺さり、不快気な音と共に機体が振動で揺れ動く。
コルストは、1番騎に注いだ機銃弾が外れ、1番騎が下方に飛び去って行くのを横目で見つつ、新たに2番騎へ機銃を向けて、発砲を再開する。
2番騎に夥しい数の機銃弾が注がれるが、2番騎もまた、トリッキーな機動で機銃弾をかわす。
だが、その未来位置を見計らったかのように、右側法の銃座から放たれた射弾が、上手い具合にワイバーンの横腹を抉った。
短時間で多数の機銃弾を横腹に受けたワイバーンは、断末魔の叫びを発し、横腹から出血しながら、真っ逆さまになって墜落していった。

「ハッ!思い知ったかクソが!!」

コルストは、撃墜されたワイバーンに悪態をつきながら、続けて突進してくる3,4番騎に機銃を向け、発砲を開始した。
ワイバーン3,4番騎に対して、多数の機銃弾が注がれるが、この敵ワイバーンは怖気づいたのか、400メートルから300程の距離でひとしきり光弾を撃ちまくると、
そそくさと下方に向けて飛び去って行った。
この射弾も敵の狙いが甘かった事もあり、2発が胴体部に命中しただけで大半は機体を逸れていった。

ヘンリー機は10発ほどの敵弾を受けたが、当たり所が良かったせいもあり、機体は快調に動き続けていたが、状況は悪くなる一方だ。

「敵の新手、更に接近中!」
「制空隊は何している!敵のワイバーンを殲滅できんのか!?」
「は……何騎かは撃墜したようですが、敵も今だに士気旺盛で、依然として制空隊と空戦中の模様です」
「ええい、こっちの増援はどうしたんだ?」
「その点に関しては、まだ何とも……」
「チッ!第一波の俺達が貧乏くじを引かされる形になるか……!」

ヘンリーは、護衛のP-51隊の指揮官に忌々し気にそう吐き捨ててから、一旦通信を終える。

「今日だけで、第7航空軍500機以上の攻撃隊を差し向けるが、敵の出方からして、第一波の俺たちはまだまだ叩かれ続けることになりそうだ」
「代わりに、第二波、第三波の連中は悠々と敵陣を爆撃できるって事ですかな」
「そうなるかもしれん」

451ヨークタウン ◆qGl8aTYr6.:2019/01/31(木) 23:18:42 ID:m8U/qgi.0
ジョントゥルの皮肉気な言葉に、ヘンリーは自嘲めいた声音で相槌を打った。

状況は悪い。
601BGのB-25のうち、一体何機が、復仇の念に燃える敵の猛攻の前に生き残れるのか。
次は燃えるのは自分か。
はたまた、隣を飛行する僚機なのか……
そんな憂鬱めいた空気がB-25編隊の中に流れ、唐突の味方編隊出現の方を聞いた時は、誰もが無反応なままであった。

戦場に到達した時、先行していた味方の戦爆連合編隊は、敵航空部隊の予想を超える抵抗の前に苦戦を強いられており、その状況は、
高度8000を行く彼らからも把握する事ができた。

「こちらホワイトスターリーダー。爆撃機編隊の指揮官騎へ。聞こえたら返事をしてくれ。応援に来たぞ!」

彼は、無線機越しにB-25編隊の指揮官騎を呼び出した。

「こちら601BGの指揮官、ラパス・ホルストン大佐だ。応援に来てくれたか!感謝するぞ!!」
「遅れて申し訳ありません。今から援護に向かいます!」
「君達は今どこにいる……あぁ……そんな所にいたのか……!」
「そちらの周囲に張り付いているワイバーンは、P-51がどうにか食い止めているようですが、貴編隊10時方向より敵の密集編隊が
迫りつつあります。我々はそちらを叩きたいが、大佐はどこを叩いてもらいたいと思われますか?」

無線機の向こうにいるホルストン大佐はしばし黙考したが、強い口調で決断を下した。

「10時方向の新手を迎撃してくれ!こっちに取り付いている敵ワイバーンはこちらで何とかしよう」
「了解!敵の新手に向かいます!」

彼はそう告げると、指揮下の各飛行隊に命令を下す。

「よく聞け!これより、B-25編隊に向かいつつある敵の新手に向かう!この機体に乗っての初の実戦だ。ヘマするなよ!」
「「了解!!」」
「よし、各機、俺に続け!」

452ヨークタウン ◆qGl8aTYr6.:2019/01/31(木) 23:19:22 ID:m8U/qgi.0
彼……第74戦闘航空師団第712戦闘航空団所属の第551戦闘航空群指揮官を務めるリチャード・ボング中佐は、愛機を緩やかに
左旋回させ、目標となる敵編隊の上方に付こうとしていた。
ボング中佐は、新しい愛機の発する強烈なエンジン音にこれまでに無い頼もしさを感じる。

「この機種には一度、事故で殺されかけたが……手懐ければこれほど凄い奴は居ないな」

ボング中佐は、本国勤務時に起きた出来事を思い出しつつも、自信ありげな表情を浮かべた。
愛機の速度計は600キロどころか、700キロを軽く超え、800キロに迫ろうとしている。
今までのアメリカ軍機ではあり得ない速度だ。
だが、彼が乗る機体なら、これぐらいの速度は軽々と出す事が出来る。
いや、800キロどころか、それ以上のスピードを出す事も可能である。

程なくして、ボング中佐の指揮する戦闘機隊は、敵編隊の上方に到達し、機体の右下から敵編隊を見下ろす形になった。

「全機、ドロップタンクを投棄。突っ込むぞ!」

ボング中佐は短くそう言うと、両翼についていた予備の燃料タンクを投棄し、愛機を右旋回させつつ急降下に入った。
プロペラ機とは全く異なる、金切り音を強くしたようなエンジン音が更に高くなり、スピード計は更に上昇を始める。
800キロすらも優に超えてしまうどころか、900キロ台にすら到達し、そして更にスピードが上がる。
急降下のGで体がシートに押さえつけられてしまうが、ボングはそれを気にすることなく、眼前の敵編隊に視線を集中する。
敵との距離は、文字通り、あっという間に縮まってしまった。
彼は短いながらも、敵編隊の最先頭を行くワイバーンに照準を合わせた。
ワイバーン編隊は反応は、何故か鈍い。

(フッ。それも当然だな!)

彼は心中でそう思い、いまだに相対できないままのワイバーンに向けて、機首に搭載されたの12.7ミリ機銃を猛然と撃ち放った。
機首に集中して6門配備されている為か、機銃の曳光弾はまるで、一本の太い棒のように見えた。
射撃の機会は2秒ほどしかなく、すぐに敵機の姿が後方へと消えてしまう。
10秒ほど下降してから、ボングは操縦桿をゆっくりと引いて旋回上昇に入る。

「各機、最初の攻撃が終わった後はペアに別れて動け!良い狩りを期待する!」

453ヨークタウン ◆qGl8aTYr6.:2019/01/31(木) 23:20:01 ID:m8U/qgi.0
ボングは970キロから、700キロ程に速度を落としながら旋回上昇を続ける。
各機に指示を伝えつつ、今しがた攻撃した敵編隊を見据え続けた。

敵編隊は、ボングの率いる戦闘機隊が攻撃したため、大きく隊形を崩し、墜落し始めている敵も5、6騎ほど確認できた。

「ようし!P-80の最初の攻撃は成功したようだな!」

ボングは最初の攻撃で敵を撃墜した事に、心の底から満足感を覚えた。


ボング中佐の操る戦闘機の名は、P-80Aシューティングスター。


アメリカが開発した、合衆国軍最新鋭にして、世界初のジェット戦闘機である。

P-80シューティングスターは、アメリカのロッキード社で開発された。
初飛行は1944年9月25日に行われ、その日から各種のテストと量産型へ向けた更なる開発がすすめられた。
前線部隊への配備は1945年11月に、アリューシャン・アラスカから前線に移動中であった第7航空軍の部隊に組み込まれる形で
進められ、45年12月末には、48機のP-80が配備を終え、今日まで出撃の機会を待ち続けていた。
P-80シューティングスターの性能は、従来のプロペラ戦闘機と比べて速度や高空性能が格段に向上した等、様々な面で特徴付けられている。
機体の性能は、全長10.5メートル、全幅11.81メートル、機体重量は無装備状態で約4トン、燃料や弾薬を搭載した場合は7.6トンとなっている。
同じ陸軍航空隊に属しているP-51と比較すると、サイズは若干大きいぐらいだが、重量自体はP-51よりも幾分重く、重戦闘機であるP-47と遜色ない重さだ。
この重い機体を、アリソン社製のJ33-A-35ターボジェットエンジンが動かし、その最大速力は970キロにも上る。

機体の外観は流線形を多用した事もあり、全体的にスッキリと引き絞られたような形をしている。
F6FやP-47等の武骨なフォルムが、米軍機のイメージとして浮かびやすいとされているが、P-80はどことなく、P-51のような優美さを連想させる
姿となっている。
この機体に搭載される武装は、12.7ミリ機銃が機首に6丁集中配備されており、機銃を発射する時は敵に対して、点を穿つような格好になるため、
射撃スタイルはP-38を思わせる形となっている。
この他にも、外装として1トンまでの爆弾、またはロケット弾が10発、あるいは12発搭載でき、地上攻撃にも対応できるよう設計されている。
P-80の性能はまさに、新時代の戦闘機と言っても過言ではない物であるが、P-80もまた、新兵器に付き物である各種の不具合に悩まされている。
特に、P-80を最も特徴付けているアリソン社製のターボジェットエンジンは故障が多く、配備直前までは四苦八苦しながら問題解決に当たっていた。

454ヨークタウン ◆qGl8aTYr6.:2019/01/31(木) 23:20:37 ID:m8U/qgi.0
551FG(戦闘航空群)を束ねるボング中佐も、テストパイロットとしてP-80を操縦中にエンジントラブルに見舞われ、九死に一生を得たほどだ。
とはいえ、前線部隊に配備後は、ターボジェットエンジンの不具合も改善されつつあり、稼働率は高いレベルを維持し続けている。
今回は初の実戦参加という事もあって、整備員達の努力の甲斐もあり、全機が戦場に向けて出撃できた。

アメリカ陸軍航空隊の期待を背負って出撃したP-80は、その期待に応えるべく、圧倒的な速度差を活かしてシホールアンル軍のワイバーンを
次々と撃墜したのである。

ボングは次の目標を、編隊の最後尾を行く3機編隊に定めた。

「敵はワイバーンの他に、ケルフェラクも引き連れていたか」

彼は幾分、苦みの混じった口調で呟く。
前線でP-38に乗っていた時は、ワイバーンよりもケルフェラクの方に何度も煮え湯を飲まされていた。
一撃離脱戦法をメインとするP-38は、ワイバーンを襲った後にそのまま急降下してしまえば、敵は追いつけずに諦めていくので楽だった。
だが、ケルフェラクは機体自体の性能もよく、頑丈であるため、一度離脱に掛かろうとしても追い縋ってくるのだ。
急降下性能も優秀なケルフェラクは、P-38に追いつく事も多々あるため、逃げ切れずに光弾を浴びせられ、撃墜された機は多い。
ボングも過去に、ケルフェラクとの空戦中に死にかけた事があるため、ケルフェラクに対する敵愾心は強かった。

「次の目標は、2時方向上方にいるケルフェラクだ。ついて来い!」

ボングは、僚機にそう命じると、増速してケルフェラクに向かった。
エンジンの出力が再び上がり、甲高い金属音が唸りをあげてスピードが増していく。
ケルフェラクとの距離は急速に縮まり、距離500で機銃の発射を行おうとした。
だが、ケルフェラクはP-80の接近に気付き、すぐさま散会して狙いを外した。

「チッ!勘のいい奴だ!」

ボングを舌打ちしつつ、ケルフェラクの下方を通過した。
ケルフェラクは、背後を見せたP-80に光弾を放ってきたが、コクピットからは、右側に大きく光弾が外れていくのが見えた。
P-80は800キロ以上の猛速で離脱していたため、狙いがつけ辛かったのだろう。
ボングはスピードを落とさぬまま、左旋回しながら次の射撃の機会を待つ。

455ヨークタウン ◆qGl8aTYr6.:2019/01/31(木) 23:21:51 ID:m8U/qgi.0
従来機と比べて、速度が速い分、旋回半径は大きい。
速度が速く、旋回性能も悪いとされるP-38ですら、P-80のように大回りする事はない。
だが、スピードが付いている為か、旋回を始めて回り切るまでの時間は思いのほか早かった。
ケルフェラクの方を見ると、ケルフェラクもまた旋回して背後を取ろうとしているのが見える。

「上昇するぞ!」

ボングは僚機に指示を飛ばすと同時に、愛機を猛スピードで上昇させた。
エンジン出力を最大にしたP-80は、900キロ以上の猛速で大空を駆け上がっていく。
高度計は5000、6000、7000、8000と、目まぐるしく変化する。
8500で上昇を止め、一旦水平飛行に移った。
ボングは右斜め後方に目を向けるが、目標としたケルフェラクは雲の向こうにいるため、姿を確認できない。

「あっさりと振り切ってしまって申し訳ない限りだ」

彼は愉快そうに呟きつつ、機体を左旋回させ、ついでに降下に入った。
雲を突っ切ると、先程攻撃を加えたケルフェラクが飛行しているのが見えた。
散会したため、1機ずつバラバラに動いている。
ボングは、一番右側を行くケルフェラクに向けて突進した。
高度8000から一気に降下したP-80は、目標までの距離を瞬時に詰めていく。
ケルフェラクは、一度見失ったP-80が左上方に迫っていたことに気付き、慌てて右旋回に入ろうとした。
しかし、その時には、ケルフェラクの未来位置を予測したP-80が射弾を送り込んでいた。
2機のP-80が放った機銃弾は、過たずケルフェラクを撃ち抜き、致命傷を負ってしまった。
ケルフェラクが被弾し、機首から白煙を噴き上げると同時に、P-80は瞬時に下方に飛び去って行く。
まさに、電光石火の如き早業である。

「1機撃墜!やりました!」

僚機の弾んだ声がボングのレシーバーに響いた。

456ヨークタウン ◆qGl8aTYr6.:2019/01/31(木) 23:29:07 ID:m8U/qgi.0
「了解!獲物はまだまだいる。燃料の続く限り攻撃するぞ!」

ボングは快活の良い口調で返しつつ、燃料計に視線を送る。
燃料は7割ほど残っていた。
P-80は、燃料消費がプロペラ機と比べて激しい。
航続距離は1900キロ程となっているのだが、空戦ともなると、ターボジェットエンジンは燃料をぐいぐいと消費してしまうため
実際の航続性能はカタログスペックよりも短い。
今のまま空戦を続けていれば、あと10分ほどで燃料は半分以下になってしまうだろう。
しかし、現在地は基地より200マイル(320キロ)しか離れていないため、余裕が無い訳ではない。

(まだまだやれる……)

ボングはそう確信し、次の獲物に向かうべく、愛機を増速させた。



ネヴォイド大尉は、唐突に表れた未知の戦闘機を見るなり、思考が完全に停止してしまった。

「な……何だ、あの早さは!?」

突然現れた6機の新手は、高空から飛行機雲を引いて悠々と飛んでいると思いきや、見た事のない猛スピードで空を駆け下り、
あっという間に2騎のワイバーンを撃墜したのだ。
P-51との戦闘で7騎に減っていた第1中隊のワイバーンは、この短い攻撃で更に2騎を失ってしまった。
別のワイバーンが下降して追い縋ろうとしたが、その頃には、未知の敵機は遥か下方にまで下ってしまい、追撃すらできなかった。
それに加え、未知の新型機は今までに聞いた事のない音を轟かせている。
遠雷の如き轟音に誰もが度肝を抜かされた。

「早い、早すぎる……!それに、なんて爆音だ!」

ネヴォイドは敵の非常識とも思える早さと、耳の奥に捻じ込まれるような強烈な爆音に、自分が夢を見ているのではないかと疑った。
しかし、部下の報告を聞くと、彼は、今の光景が夢ではないと確信する。

457ヨークタウン ◆qGl8aTYr6.:2019/01/31(木) 23:30:12 ID:m8U/qgi.0
「隊長!あの敵機の速度が速すぎます……あ、今度は下から来ます!こっちに来ます!!」
「迎撃しろ!体を敵に向けるんだ!」

ネヴォイドはすかさず指示を飛ばし、狙われている部下の小隊に迎撃するように伝える。

部下の率いる3騎のワイバーンは、急ターンで敵機に正面を向けるが、その直後に敵機から機銃弾が飛んできた。
ワイバーンは光弾を放つ直前に、敵に先手を打たれたのだ。
ワイバーンもまた光弾を放ったが、直後に小隊長騎が被弾し、次に3番騎も被弾する。
正面から竜騎士共々、致命傷を受けた2騎のワイバーンは、頭を下に高度を下げ始めるが、そこを敵機が猛速ですれ違っていく。
まるで、銀色の巨大な剣が、2騎のワイバーンに斬撃を与えたような光景であった。

「ああああ……なんて事だ……!」

ネヴォイドは、部下のあっけない死に様を見て、声を震わせる。
そして、悲報はさらに続く。

「あぐ……やられた……!誰か、第1中隊の指揮を……!」

魔法通信に悲鳴じみた甲高い声が鳴り響く。
未知の新型機は、あの6機以外にもいたのだ。

(第1、第2中隊はマスタングに加え、12機もの未知の新型機に襲われている!)

この瞬間、ネヴォイドは決断した。

「これより、このネヴォイド大尉が第1中隊の指揮を執る!第1、第2中隊はこれより撤退し、戦場を離脱する!第3、第4中隊も順次
空戦域より撤退されたし!」

458ヨークタウン ◆qGl8aTYr6.:2019/01/31(木) 23:31:43 ID:m8U/qgi.0
午前9時20分 ドムスクル近郊上空

ドムスクルへの銃爆撃を終えた601BGは、編隊を組み直しながら帰還の途についていた。

「味方機が上空を通過中。帰還する模様です」

コ・パイのジョントゥル中尉がヘンリー少佐にそう伝える。
上空を見つめると、高度7000で編隊を組んだP-80が南に向かっている様子が見て取れた。

「帰りも慌ただしい連中だな」
「しかし、P-80の参戦には驚きましたな。奴さん、まるで水を得た魚のように敵を落としまくってましたよ」
「初実戦だったから大暴れしたかったんだろう。俺としては、一方的にやられまくるシホット共に、半ば同情してしまったぞ」
「速度差があり過ぎますからね。あんだけ動き回れれば、後手後手になるのは致し方ない事です」

ジョントゥルの言葉に、ヘンリーは無言でうなずいた。

「しかし、あれが新時代の戦闘機の戦い方か……もはや、P-51やP-47も……いや、プロペラ機自体が時代遅れになってしまったな」

彼はそう呟くと同時に、どこか寂しいような思いも感じた。


この日の戦闘で、アメリカ軍は戦闘機、爆撃機合わせて29機の損失を出した。
29機のうち、戦闘機15機、爆撃機8機が空戦で失われ、爆撃機3機が対空砲火に撃墜され、残り3機は基地に帰還後、修復不能として廃棄処分された。

それに対して、シホールアンル側はワイバーン32騎、ケルフェラク12騎を喪失。
このうち、ワイバーン13騎とケルフェラク12騎は、P-80に撃墜されていた。
その一方で、P-80は1機が被弾し他のみで、被撃墜機はおろか、損失機すら無かった。

シホールアンル軍がようやく生み出した余剰戦力を投入して挑んだ航空反撃は、P-80シューティングスターという新型機の登場によって、初日から
大苦戦を強いられる結果となった。

459ヨークタウン ◆qGl8aTYr6.:2019/01/31(木) 23:32:35 ID:m8U/qgi.0
SS投下終了です。今回はちと短めになってしまいました。

460名無し三等陸士@F世界:2019/02/01(金) 23:04:56 ID:Jxa7EpIk0
いつも投稿ありがとうございます!
今回も楽しく拝読致しました
いよいよ航空戦も末期戦状態ですね
落としどころがどうなるかに期待です

ところで>>439でトリップが割れてしまいましたので、新しいのをつけ直されることをおすすめいたします

461 ◆3KN/U8aBAs:2019/02/01(金) 23:18:28 ID:GP..ZAwg0
投稿お疲れ様です!
ジェットが登場して航空機も一気に変革の時ですなあ
40年もするとジェットのみになるんですがね

462名無し三等陸士@F世界:2019/02/02(土) 09:36:11 ID:z3hhesvo0
おおおおおお新作きたあああああああ
まってたああああああ

463名無し三等陸士@F世界:2019/02/02(土) 17:24:17 ID:bGF34tbQ0
なんか予感がして久しぶりに来てみたら新作投下きてた(*'ω'*)更新乙かれさまっす

464HF/DF ◆e1YVADEXuk:2019/02/02(土) 19:47:43 ID:/1e016WM0
ヨークタウン氏乙です
貴重な航空戦力を投入した迎撃作戦、予想外の敵の登場で初手より躓く、といった感じでしょうか
しかもこの敵、例によって倍々ゲームじみた勢いで増えるのはほぼ確定
シホールアンル空中騎士団の、そしてシホールアンル帝国の終わりは近い…

ところで良い機会ですのでこちらも久々に外伝投下したいのですが、よろしいでしょうか?

465名無し三等陸士@F世界:2019/02/02(土) 21:07:40 ID:o3rpl5oY0
うおおおおお、今年初の最新話ktkr
ヨークタウンさん、いまさらですが
あけおめことよろ〜!

>>464
期待wktk

466HF/DF ◆e1YVADEXuk:2019/02/02(土) 21:52:30 ID:/1e016WM0
では久々に投下行きます(確か前回投下したのは3年か4年前だった)

タイトルは『害虫と呼ばれた男』
それではしばしのお付き合いを…

467HF/DF ◆e1YVADEXuk:2019/02/02(土) 21:54:18 ID:/1e016WM0
南大陸 バルランド王国首都オールレイング

南大陸きっての大国であるバルランド王国、その中心であるこの都市は南大陸有数の歓楽街があることでも知られており、そこでは戦時下であるにもかかわらず演劇や音楽といった様々な娯楽や高級な酒と料理が提供されてきた。
さらにアメリカ合衆国がこの世界に召喚され、南大陸諸国と同盟を結んでからは映画やジャズ、バーボンウイスキーといったアメリカから輸入された娯楽や物品がラインナップに加わり、訪れる人々を楽しませている。
そして今夜もまた、歓楽街に幾つもある劇場の一つで多くの人々がそういった娯楽を楽しんでいた。

だが、その楽しい時間は招かざる来客によって破られる。

「全員動くな! 合衆国陸軍憲兵隊だ!」

その叫びとともに店内に雪崩れ込んでくるアメリカ兵たち、誰もが『MP』と印刷された腕章を腕に巻き、銃を手にしている。
表玄関、裏口、その他の様々な出入り口から現れた彼らは劇場のすべての部屋を瞬く間に制圧し、居合わせた人々をその銃口で威圧した。
老いも若きも、男も女も分け隔てはしないその強硬な態度に誰もがおびえ、言葉を失う。

先程の喧騒が嘘のように静まり返る劇場の大広間。その入り口に将校に率いられたMPの一隊が現れると立ち尽くす人々をかき分けて進み、一段高い特等席で先ほどまで高級料理に舌鼓を打っていた一人のアメリカ人客を取り囲んだ。
進み出たまだ歳若い指揮官の中尉が精一杯の威厳を示しつつ、言い放つ。

「ジョゼフ・ホーランドことベンジャミン・シーゲルだな、お前を逮捕する!」

彼の一声に場の緊張が大きく高まる。だが当の本人は席を立つこともなく、整ったその顔に不敵な微笑を浮かべながら目の前の将校を見上げていた。


ベンジャミン・シーゲル、人呼んで"バグジー"(害虫)。
アメリカ合衆国の裏社会を支配する暗黒街の顔役たち、その紳士録に名を連ねるこの男はブルックリンの片隅で貧乏なユダヤ系移民の家庭に生まれ、少年時代から似たような連中と徒党を組んで様々な悪事に手を染めてきた。
窃盗、強盗、殺人、脅迫、密輸、違法賭博……決断の早さと腕っ節、そして度胸のおかげで彼は暗黒街の過酷な生存競争を勝ち抜き、ついには当時の暗黒街の超大物、チャールズ・"ラッキー"・ルチアーノなどと共に暗黒街の顔役の一人に数えられるようになり、かの悪名高い犯罪組織"マーダー・インク"(別名『殺人株式会社』、暗黒街における暗殺ビジネスを一手に担った組織として知られる)の設立にも関与、暗黒街にその名を轟かせることとなる。
だがそんな彼に転機が訪れた、派手にやり過ぎたがゆえに敵が増え過ぎたのだ。彼に恨みを持つ同業者、東部各州の州警察、FBIの捜査官たち。彼らのある者は夜昼となく彼をつけ狙い、またある者は彼を刑務所送りにすべく身辺を嗅ぎまわった。暗黒街の実力者となった彼はこれを恐れることはなかったが、彼の『商売仲間』たちは違った。

468HF/DF ◆e1YVADEXuk:2019/02/02(土) 21:55:51 ID:/1e016WM0
「アイツが出来るのはわかるが、さすがにこれはやり過ぎだ」
「では彼を罰するか? それは短慮だと私は思うがね」
「それじゃ理由を付けて奴を厄介払いするのはどうだ? 幸い西海岸っていうおあつらえ向きの土地もある」
「ふむ……悪くないな」

かくして彼は新天地である西海岸のカリフォルニア州へと拠点を移し、そこでも生まれながらの悪党としての才能を存分に発揮して地元のギャングたちを束ね瞬く間に勢力を拡大、己の影響力を様々なところに及ぼすことに成功する(驚くべきことに彼の影響力はハリウッドにまで及んでいた)。
だがそこに降りかかったのが合衆国の異世界召喚という大事件である。

この事件により全米の犯罪組織が多かれ少なかれ打撃を受けたが、その中には彼のブルックリン時代からの旧友にしてルチアーノの腹心でもあるマイヤー・ランスキー(シーゲルと同じユダヤ系で、イタリア系が幅を利かせる暗黒街における彼の数少ない味方)もいた。
フロリダやニューオーリンズに地盤を持つ彼は1930年代後半からキューバで大規模なカジノ事業を営んでいたが、これが失われたことで彼の組織は大打撃をこうむり、ルチアーノ帝国での彼の地位もまた、揺らいでいたのだ。
そんな旧友の元を訪れたシーゲル、開口一番

「俺と一緒に南大陸でカジノを始めようぜ。キューバ同様FBIの連中は手が出せないし、俺が直接乗り込めばあんな野蛮な連中を抱き込むなんて造作も無いさ」

と切り出し、ランスキーを仰天させる。
当然だろう、暗黒街の大物の一人であるシーゲル自らが未知の土地へと乗り込むというのだ。若かりし頃から行動を共にし、相棒の人となり、とりわけ決断の早さとずば抜けた行動力を良く知っていた彼ではあったが、これには流石に驚いた。
だがそんな彼をシーゲルは説得する。

「俺のカリフォルニアでの仕事っぷりは知ってるだろう? それに困ってる親友を見捨てたら最後、俺は孤立無援だ」
「そう心配するなよマイヤー、相手は電気もラジオも知らない連中だぜ? まあ噂じゃ連中の魔法はヤバいシロモノだって話も聞くが、その時は鉛弾にモノを言わせるだけさ」
「ありがとう、持つべきものは友だな。あと頼みがある、俺の留守の間縄張りを見ててくれないかな? 俺の手下だけじゃ正直不安でね。ああそうだ、例のラスベガスの件は俺が帰ってくるまで待ってくれないか? いい考えがあるんだ」

そんなこんなで旧友の協力を取り付けた彼は他の暗黒街の実力者たちに己の南大陸行きを承認させ、当時犯罪組織の影響下にあった港湾労働者組合や彼自身が持つ様々な方面へのコネ、さらには旧友ランスキーの協力も得て巧みに官憲の目を欺き、見事南大陸入りに成功するのであった。

469HF/DF ◆e1YVADEXuk:2019/02/02(土) 21:57:21 ID:/1e016WM0
めでたく南大陸入りに成功し、異世界の土地で行動を始めたシーゲルが目をつけたのはバルランド王国であった。これはエルフの国であるミスリアル、獣人の国であるカレアントと違い『人間の国』であり、そしていい具合に『腐って』いたからだ。
彼はまず表向きの身分である貿易商の肩書を用いてこの国の大商人たちと会食を繰り返す一方で怪しげな店にも足繁く通い、表立った商売のみならず『陰商売』つまり売春や賭博、人身売買などの非合法ビジネスに関わる者達の情報を収集する。
店で景気良く金(もちろん『汚い金』である)を使う彼のもとには瞬く間にその手の情報が集まり、程なくして彼はこの国の裏社会の実情を詳細に把握する。
だがその姿は高度に組織化された犯罪組織というものを見慣れた彼にとってあまりにも古臭いものだった。

「なんとまあ……どいつもこいつも人種に民族、身分だの何だので寄り集まってやがる。おまけにしきたりがどうの、伝統がどうのって……こんなオツムにカビが生えた連中を相手にするだけ時間の無駄だな」

アメリカ合衆国の犯罪組織は"パブリック・エネミー"ジョン・ディリンジャーや"スカーフェイス"アル・カポネといったギャングたちが幅を利かせた禁酒法時代以降も犯罪組織同士で、そして彼らの敵である法執行機関――FBI、州警察、そして"アンタッチャブルズ"の別名で知られる財務省酒類取締局――と戦いを繰り広げ、その中で成長と進化を続けてきた。
特にシーゲルと親しい間柄である"ラッキー"ルチアーノに至っては犯罪を純粋にビジネスとして捉え、優秀な人材であれば生まれや人種に囚われず取り立てて己の組織を全米有数の犯罪組織に成長させ、その力を背景に全米の犯罪組織をまとめ上げている。
それを目の当たりにしてきたシーゲルから見れば、南大陸の犯罪組織の有り様はあまりにも古色蒼然としたものだった。
だが、そんな彼の目に留まったものがある。

「『兄弟団』ね……。生まれも人種も関係ない、ひとたび兄弟の誓いを交わせば仲間同士、皆で力を合わせて助け合え、か」

それはシホールアンル帝国の一連の侵略戦争の結果生まれた組織だった。
シホールアンル帝国に征服された様々な土地で日の当たるところを歩けない稼業を営んでた人々、その中でもとりわけ若い世代の連中の中で自然発生的に生まれた組織の連合体。巨大ではあるが自衛のために全体を束ねる特定の指導者を持たない形態をとっていたが故に『頭のない怪物』と呼ばれていた存在。
彼らはかの悪名高い帝国内務省の密偵――またの名を『ジェクラの飼い犬』、あるいは『陰険男の手先』――と暗闘を繰り広げつつ帝国内務省の働きにより既存の『裏稼業』の多くが壊滅した北大陸において勢力を拡大。ついにはここ南大陸にもじわじわと力を及ぼしてきていた。

470HF/DF ◆e1YVADEXuk:2019/02/02(土) 21:58:34 ID:/1e016WM0
「頭のない怪物、とは上手く名づけたもんだ。しっかししち面倒くさいことやってるもんだが、ナチの秘密警察みたいな連中がのさばってる土地じゃそっちの方が何かと都合がいいってことなんだろうな」

興味と苦々しさが半々のつぶやき、後者はユダヤ系であるが故のものだ。事実彼のナチ嫌いは相当なものであり、ナチ高官の暗殺を目論んだことすらある。
その時の記憶を反芻する彼の脳裏で二つの『帝国』を称する国、シホールアンルとナチス・ドイツが重ねあわされ、ゆっくりとイコールで結び付けられていった。

「よし……こいつに決めた。こいつらなら当てにできる」


そして一月後、彼はついにバルランド国内における『兄弟団』最大の勢力と接触することに成功する。
『オールレイング兄弟団』(兄弟団はマフィアと違い組織の名にボスの名を冠さない、これも組織防衛の一環である)。首都の半ばと周辺一帯を勢力化に収めている彼らは誕生してから数年しか経ってない新興勢力ではあったが、有能な指導者と命知らずの部下に恵まれたため旧来の勢力を次々と駆逐し急成長、今やバルランド王国の裏社会においていっぱしの存在となっていた。

そんな連中と接触するため少なからぬ資金をばら撒き、手間暇をかけて『つなぎ』を付けることに成功したシーゲル。だが彼の苦労はまだ終わらない。
実際接触出来たからといってすんなりボスに会える筈もなく、さらに数週間かけて彼らの信用を得るべくあれこれと動き回り、様々な手管を弄する。
世辞を振り撒き、時には脅す。金品の類で相手の歓心を買う。もちろん情報収集の手は片時も休めない。
その甲斐あってついにシーゲルはオールレイングの歓楽街の一角にある料理屋(もちろんただの料理屋ではない、『筋者御用達』の店である)にてかの組織のリーダー、ラティ・ベルフェスと初めて対面する。

「へぇ、アメリカの商人さん、ねえ……俺たち相手に何を商おうっていうんだい?」

開口一番そう言い放つと口を閉じ、今度は値踏みするような視線でシーゲルを射竦めるベルフェス。若々しさを漲らせた青い両目は瞬かず、ぴたりと彼に狙いを付けている。
シーゲルに負けず劣らず整った顔立ち、だがその顔に先程まで浮かべていた笑みは欠片も見て取れない。
無論そんな態度に怯むシーゲルではない。余裕たっぷりの態度で卓上のグラスに手を伸ばし、気取った手つきでそれを手にする。そのままゆっくりとグラスを弄び、時折口元に近づけては中の果実酒の香りを愉しむとおもむろに口を開く。

「あんたがたが欲しいもの、さね。商人ってのはそういうものさ」
「そうかい、じゃあ注文だ。まずはあんたの本当の名前と正体を頼むぜ」

471HF/DF ◆e1YVADEXuk:2019/02/02(土) 21:59:48 ID:/1e016WM0
出会い頭に顔面目掛けての全力ストレート、とでも表現すべき発言、あるいは『お前のチンケな誤魔化しなぞとっくにお見通しだ』という恫喝。
当のシーゲルはそれを敢えていなさず、正面から受け止めた

「ベンジャミン・シーゲル、あんたらの同業者さ」
「……俺たちのシマを奪いにアメリカからわざわざ出張ってきた、ってわけじゃない。だろ?」
「話が早くて助かるぜ」

ほぼ同時に笑みを浮かべる両者。だからといって警戒を解くような真似はしない。今の二人にとってこれはある意味『戦い』なのだ。
心中で相手の意図と人となりを推し量り、言葉という武器で探りを入れ、相手の発言の端々を捕えてはまた推測を巡らせる。旨い料理と酒を愉しみつつ、二人の筋者は静かな戦いを繰り広げた。

(この世界の連中を古臭い田舎者と思ってたが、こんな奴もいるんだな。もしこいつがアメリカにいたなら今頃はいっぱしのギャングになってたに違いない。手強いぞ、こいつ。)
(手下も連れず身一つで他人の縄張りに乗り込んでくる、最初はただの向こう見ずかと思ったがどうやら違ったようだ。度胸といい行動力といい、こいつ相当なものだぞ)

言葉を重ねるうち両者は眼前の相手がどのような人物かを把握し、それまで抱いていた認識を改めた。
油断ならぬ相手、敵に回せばさぞ手ごわいだろう。だがもし味方に出来たなら大きなプラスになる。
二人の男が心中で出した結論は偶然としては出来すぎなほど一致していた。

やがて卓上に並んだ皿があらかた空になり、果実酒の瓶も空っぽになる頃。

「どうやら今夜はお開きだな、ミスター・シーゲル」
「正直飲み足りんし喋り足りんがね。雰囲気はいいし料理は旨い、実にいい店なんだが」

ベルフェスの問いかけに笑みを浮かべて返答するシーゲル。その一言に得たりとばかりにベルフェスは話を持ちかける。

「じゃあ次回は俺があんたを招待するってのはどうかな? ミスター・シーゲル」

探るような、値踏みするような視線。だが当のシーゲルは破顔一笑、まるで旧来の友人からの申し出でも受けるかのような態度でそれに応えた。

「いいねぇ、あんたのような『大物』のもてなしなら大歓迎さ。俺の宿は知ってるんだろう? 用意が出来たらあんたの所の若い衆でも寄越してくれよ。楽しみにしてるぜ」

かくして異世界の同業者からの招待を受けたシーゲル。冷静に考えればまともな判断とは到底言えない行為だろう。
友人や部下であっても全幅の信頼を置くな、本当に信じられるのは己だけ。それが暗黒街に生きる者たちの暗黙の、そして絶対のルールなのだ。ましてや一度会っただけの相手の招待を受け、身一つで相手の根城に赴く。明らかな自殺行為であった。
だが彼は怯まない。
これこそ、最大のチャンス。これをものにすることが出来れば『勝てる』。ブルックリンの路上で悪事を重ねていた頃からの経験に培われた勘がそう告げていた。

472HF/DF ◆e1YVADEXuk:2019/02/02(土) 22:00:51 ID:/1e016WM0
そして十日後、オールレイング郊外にある邸宅の一つにシーゲルの姿があった。
この世界の建築様式で建てられた広壮な屋敷、ただし巡らされた塀は高く、敷地のそこここには武器を携えた屈強な男たちの姿が見て取れる。建物の出来といい警備の厳重さといい、この国の貴族たちの屋敷に備わってるそれと比較しても遜色ない。
その屋敷の中でシーゲルはベルフェスと共に様々なものを娯しんだ。
広々としたテーブルに上に並べられた豪勢な料理、傍らには選りすぐりの美人が美酒の瓶を携え、合図ひとつで手にした器に酌をする。
部屋の一隅では楽団がこの世界の音楽を奏で、臨時に設えられた舞台の上では煌びやかな衣装を纏った若い娘たちが音楽に合わせて踊り、歌う。
彼が仲間たちや『同業者』と何度も楽しんだパーティーとはいささか毛色が違ったが、シーゲルはこの場の様々なものを楽しみ、同時に他の列席者をそれとなく観察し、時にはバルコニーから広々とした庭を眺めたりもした。

(人一人もてなすのにこれだけのものを用意するとは、はったり混じりだとしても大したもんだぜ。だが本番はこれからだろうな。さて、何が出る?)

程なくして彼の予想は的中する。ベルフェスの合図と共に楽団が、女たちが次々に部屋を去り、入れ替わりに入ってきた召使たちが無言で酒や料理を片付け、立ち去る。部屋に残ったのは主人であるベルフェスとその取り巻きたち、そして唯一の客人であるシーゲルだけだ。
静けさを取り戻した室内、料理が片付けられたテーブルの一端に据えられた立派な拵えの椅子にベルフェスが腰を下ろすのをきっかけに一部の男たちが次々に着座し始める。他の者は壁際に退き、整列して命令を待つ兵士のように控えた。
シーゲルもまた着席を勧められ、ちょうどベルフェスと向かい合う位置に席を占める。

「では"ビジネス"の話と行こうじゃないか、ミスター・シーゲル。それとも"バグジー"って二つ名の方がいいのかな?」
「…………そう呼んでいいのは俺と本当に親しいごく一部の者だけだ。そこまで調べ上げたのなら当然知ってるだろう?」

低い、ドスをきかせた声、だが当のベルフェスは怯んだ様子など毛ほども見せず、逆に思い切った提案をする。

「俺はあんたとそういう間柄になりたいんだが、駄目かい?」
「…………」

ある意味不躾な質問に沈黙で応えるシーゲル。ただし相手を観察し続けるのは止めてない。

(手間隙かけて俺のことを調べ上げた上にこの言葉、ずいぶんと高く買われたもんだな。まあこの国の裏社会を牛耳るための後ろ盾が欲しい、そんなところか)

いや、違う、こいつはそんな奴じゃない、その程度で満足する男じゃない。目を見れば分かる。
こいつはもっとデカいことを企んでる、それに俺を引っ張り込むつもりだ。

シーゲルの予想は当たっていた。

473HF/DF ◆e1YVADEXuk:2019/02/02(土) 22:02:30 ID:/1e016WM0
「なああんた、この国のことどう思う?」
「……身内じゃなくよそ者の俺の意見が聞きたいって事か。そうさな……」

問われるままにバルランド王国についての意見を述べるシーゲル。相手の意図を掴みきれていないため慎重に言葉を選びつつ話すのだが、その内容はかなり辛い。
貴族たちの腐敗、軍隊の後進性、硬直した社会体制ゆえ活用されてない有能な人材……この国を心から愛する者なら時に同意し、時には激怒するような内容だ。
だが当のベルフェスは彼の話を熱心に聞き、同席する男たちも黙って耳を傾ける。

「……まあ、俺が言えるのはこれくらいだな」

漸く喋り終えると背もたれに体を預け、大きく息をつくシーゲル。相変わらず警戒は解いてない。一方ベルフェスを初めとする他の男たちは口を開くことなく、ただ両の目でシーゲルを注視し続けていた。
重い、重い沈黙。だがそれをこの館の主人の一声が破る。

「貴重な意見、感謝するぜ、ミスター・シーゲル。礼といっては何だが、こいつを見てくれ……おいウェイネル、『アイツ』を持ってこい。両方ともだ」

ベルフェスの声に応じて壁際に立っていた男たちの一人が動く。
無言で部屋の奥にあるドアから出て行ったその男の方をちらりと見遣り、もの問いたげな顔のシーゲルに目配せをするベルフェス。やがて屈強な男が二人、それぞれ大きな木箱を抱えて部屋に入ってくる。最後に先ほどウェイネルと呼ばれた男が入ってくるとドアを閉じ。運び込まれた木箱を無言で開けるとその中身をベルフェスへと手渡す。

「こいつは俺の『兄弟たち』が手に入れてきた戦利品だよ。あんたにゃ見慣れたシロモノだろうが、まあ見てくれ」
「ほぉ……こいつぁ」

渡されたものを手に席を立ち、シーゲルの側へと歩み寄るベルフェス。
彼の手にあるのは彼がかつて幾度も目にし、また愛用もしたトンプソン・サブマシンガン、それも今のアメリカ軍で使用されている大量生産向けに簡略化されたM1ではなく、手の込んだ造りで知られるM1928だった。
だが、このようなものを彼はこれまで目にしたことがなかった。

フォアグリップとピストルグリップ、ショルダーストックは焦げ茶色の見たこともない木材で作られ、滑り止めのためのきめ細かなチェッカリングが刻まれている。一方銃身や機関部、弾倉といった金属部分は鈍い銀色に輝いており、所々に赤や青の宝石がはめ込まれていた。
手渡された銃の美しさに思わず感嘆のため息を漏らすシーゲル、だがベルフェスは顔をしかめ、吐き捨てるような口調で話し続ける。

「この国の貴族様の中にゃわざわざこんなシロモノを拵えさせて喜んでるバカもいるのさ。そして仲間内で集まってやくたいもない的当てごっこをやっては喜んでやがる。全くろくでもない奴らだよ」

474HF/DF ◆e1YVADEXuk:2019/02/02(土) 22:03:27 ID:/1e016WM0
言い終えると同意を求めるような視線を向けるベルフェス。そんな彼にシーゲルはわかってるよ、と言いたげな表情を作って応じる。
再び降りた沈黙、それをベルフェスが破る。今度はことさらに明るい声で喋りつつ、部下がもう一つの木箱から取り出したものをシーゲルへと見せた。

「今度はこっちを見てくれ。俺たちのとっておきの武器でね、こいつらがあったからこそ今の俺たちがあるのさ」

こちらの銃は無骨で実用一点張り、しかもかなり荒い造りだった。短めの銃身は幾つも穴の空いた被筒で覆われ、そのすぐ後ろの機関部からは四角い弾倉が下向きに突き出し、さらにその後ろには引き金とピストルグリップが配置されている。一方機関部上部には大きめの排莢孔があり、そこから指掛け穴を開けられた遊底が見て取れた。無骨な機関部の後尾には簡素な造りの金属製銃床が蝶番を介して取り付けられている。
どうやら高価なM1の代わりに配備が進められつつあるM3サブマシンガンを独自に改造したもののようだが、使い勝手より生産性を重視したオリジナルと比べて細かなところに改善点が見て取れた。

「俺の『兄弟たち』が拵えたシロモノさ。貴族さまのお高いおもちゃにゃ見てくれでは勝てねえが、あいつ一挺拵える時にかかる金と手間でこいつがざっと十挺は揃えられる計算だ」

そう言って手にした銃を壁際にいる男たちの一人に抛るベルフェス。その男は危なげなく銃を掴みとると手慣れた様子で銃床を伸ばして射撃姿勢を取り、遠くの的を狙い撃つ仕草をしてみせた。

「あんたらの国ではこいつを"シカゴ・タイプライター"って呼ぶそうだが、それに倣えばあの銃はさしずめ"バルランド・タイプライター"ってとこだな」

ことさらに冗談めかした口調、だが彼の青い両目は笑っていない。

「この国は腐ってる。ろくでもない貴族共がのさばって、政治に戦争、その他諸々の事に毎度毎度口出しをしてやがるんだ。そのせいでこの国は滅びる一歩手前まで行ったんだぜ。あんたたちの国がこの世界に召喚されてなけりゃ今頃この国は滅んでいたさ」

強い口調で祖国のありよう、とりわけ貴族たちを批判するベルフェス。その整った顔には内心の怒りがありありと浮かんでいる。

「だがあんたたちの国は違う。威張り散らす貴族はいないし、やる気と才能さえありゃのし上がれる。俺はあんたの国には行ったことがないが、聞こえてくる噂を話半分に聞いてもほんとうに素晴らしい国だよ」

今度は笑みを浮かべ、アメリカという国に対する尊敬と憧れを口にする。

475HF/DF ◆e1YVADEXuk:2019/02/02(土) 22:04:31 ID:/1e016WM0
両目を輝かせ、熱の籠もった口調で語り続ける相手の姿に内心驚きつつ、外見上は平静を保とうとするシーゲル。だが次の発言にはさしもの彼も度肝を抜かれた。

「だから俺は常々こう思ってるんだ。この国を俺たちの力でアメリカみたいに出来ないか、ってね。そんなところにアメリカ人のあんたがやってきた。俺たちと組んでこの国で一商売するためにね」

思わぬ方向に転がり始めた話題。内心の驚きを押し隠すシーゲルの前でベルフェスは熱弁をふるい続ける。

「俺がこの国の権力を握ったら、まずはあのろくでなし共をまとめて吹き飛ばすね。王様は立派な人だから大統領になって貰って、俺と兄弟たちがこの国を動かすのさ。俺は国務長官兼陸軍長官あたりになって、まずはあんたらと一緒にあのシホットをとっちめてやる……おいみんな、お前らはどの長官がいい?」

ウェイネルのその言葉に室内にいた手下たちが「俺は財務長官だ!」「それじゃ俺は商務長官で」「親分が陸軍長官ならあっしは海軍長官を貰いまさぁ」などと口々に答える。


こいつはバカだ。それもありきたりのバカじゃない、知恵と力を持った桁外れのバカで、おまけに極め付けにいかれてる。
俺もいかれた奴と呼ばれたことが何度もあるが、こいつのいかれっぷりは俺以上なのは間違いない。ああ、間違いない。
こんな奴と付き合った日には命が幾らあっても足りない。が、こいつの行動力は大したものだし、見た感じじゃ独力でかなりの規模の組織を作り上げ、そして維持している。組織の影響力はかなり広い範囲に及んでいそうだし、命知らずの部下もかなりいそうだ。
こいつを上手いこと手懐けてこちら側に抱き込めば、俺の計画は九割方成功したも同然だろう。
ならばこの俺の取るべき道は――


場面は再び劇場、MPたちに制圧され、逃げ出す隙など一切ないその場所でシーゲルは未だ余裕ある態度を崩さない。

「やあやあ皆様方、とっておきのニュースがあるんですが聞きたくありませんかね?それともあっしを問答無用で箱詰めにして本土に送り返しますかね?あっしとしてはどちらでもいいんですが、皆様の経歴に傷が付くんじゃないかとそれがし、ひそかに気にかけているんですがね」

満面の笑みを浮かべ、怪しげなボストン訛りで話しだすシーゲル。話し終えると胸に留めた赤いカーネーションの造花を手に取り、香りを嗅ぐ仕草をしてみせる。自分を取り巻くMPの集団を前にたじろぐどころか観客を前にした舞台俳優のようにきざったらしく振る舞う彼、MPたちの指揮を執っていた中尉の顔がみるみるうちに赤みを帯びる。

「たかがギャング風情が何を偉そうに――」

476HF/DF ◆e1YVADEXuk:2019/02/02(土) 22:05:31 ID:/1e016WM0
怒りに任せて怒鳴り散らそうとする中尉、だが彼の声は尻すぼみとなる。MPの列をかき分けていつの間にか現れた数名の将校、その先頭に立つ少佐の階級章をつけた男が彼の肩に手をかけたのだ。その男は予想もしない出来事に驚く彼を押しのけてシーゲルに近づくとその青い目でシーゲルを値踏みするように眺める。

「その『とっておきのニュース』とやらについて詳しく聞かせてもらえないかな、ミスター・シーゲル。君の態度から察するに、それは我々にとって実に有益な情報であると私は推測しているのだが?」

氷のような声。だがシーゲルの笑みはいっそう大きくなった。その笑みを崩さないまま彼は席を立ち、目の前の男に歩み寄る。

「もちろんですとも。あっしはこれでも『愛国者』なんですぜ。ところで勇敢なアメリカ軍の皆様方は売国奴ならともかく、愛国者をとっ捕まえて牢屋に放り込むのがお仕事なんですかい?」
「………………」

『愛国者』という言葉をわざとらしく強調して言うとちらりと中尉に視線を遣り、相手を小馬鹿にするような笑みを浮かべるシーゲル。相手の顔色が視界の隅で彼が胸に留めているカーネーションよりも赤くなるのを見て取ると、視線を再び目の前の男に戻す。
その顔には相手を嘲るような感情はなく、本気の勝負に出ている男特有の真剣さがあった。

無論、彼は何の考えもなしにこんな態度をとったわけではない。
あの邸宅での一時、目の前で途方もないことを言い出したウェイネルに彼は入れ知恵をしたのだ。

「あんたは力ずくでこの国を変えようとしてる。でもそれはあのクソッタレなシホット共と同じことをやらかすってことだぜ」
「あんた、俺のやり方にケチをつけるってのかい?」
「まあそう熱くなりなさんな」

色をなすベルフェスと不穏な態度を示した部下たちを落ち着かせ、話し出すシーゲル。その後のシーゲルの発言を要約すればこうなる。

「力ずくでなくても世の中は変えられるのさ。まずはあんたが持ってる金を元手に真っ当な商売をしてたんまりと稼いで、その金をあちこちにばら撒くのさ。金に汚い貴族様にその日暮らしの貧乏人、そのうちみんな金をばら撒くあんたをありがたがるようになる」

腰を浮かしかけてた男たちが元通りに着座し、彼の言葉に声を傾け始める。

「もちろん金をばら撒くだけじゃないぜ、あんたの『兄弟たち』に頑張ってもらって目障りな奴らの弱みを探りだすんだ。どんな奴にでも秘密にしておきたいことの一つや二つはある。そいつを押さえちまえばもうこっちのもんさ」

わが意を得たりとばかりに次々と頷く男たち、どうやら情報収集の重要性と手に入れた情報の活用法についてはきっちり理解してるようだ。

477HF/DF ◆e1YVADEXuk:2019/02/02(土) 22:06:28 ID:/1e016WM0
「時には力ずくで行かなきゃならない時もあるさ、でもそういう時は喧嘩を売られて嫌々受けたって体裁にするんだ。仕掛けてきたのは奴らで、俺達は身を守るために仕方なく戦っただけだってな。で、仕上げに『連中は最後まで戦うのを止めなかったから、結局相手を叩き潰すしかなかった』って一言を付け加えておく。そうすりゃお偉いさんはケチが付けられねえし、あんたに好意的な連中は拍手喝采、あんたをヒーローにまつりあげてくれるぜ」
「まだるっこしいな、そういうのは」
「手順を踏むのは大事だぜ、女を口説く時なんか特にそうだ。要は相手を満足させながら自分の望むように動かすのさ。あんたもやったことがあるだろ?」

口を挟んだ相手にそう切り返すとニヤリと笑い、目くばせをする。
相手が一呼吸遅れて笑みを浮かべるのを見て内心胸をなでおろす。

(やれやれ、こんな思いをしたのは始めてだぜ。異世界ってのはとんでもない奴がいる所なんだな)

そんな内心など知るはずもないベルフェスは再びシーゲルへと向き直り、身を乗り出して今度は頼みごとをする。

「なあ、ミスター・シーゲル、いや、ここは"バグジーの兄貴"って呼ばせてくれ。俺たちにアメリカン・ギャングの流儀ってやつを教えてくれないか? あんたみたいな大物なら、さぞかし凄いことを知ってるんだろ?」
「いいとも、だが無料じゃあないぜ」
「分かってるさ、俺はあんたの『事業』を手伝い、あんたはその見返りに俺たちにギャングの流儀を教える、そうだろ?」
「……契約成立、だな」

手を差し出すシーゲルとその手を両手で握り返すベルフェス。異なる世界のならず者同士が手を取り合った最初の例であった。

その後シーゲルは数日にわたってこの館に逗留しつつ、彼の計画していた『事業』――カジノを中心とした大規模な歓楽街の建設――をベルフェスたちに語る一方で、この国の有力者、特に貴族たちの情報収集を依頼する。
そして瞬く間に集まる情報、その大半は人には話せない趣味や不行跡といったものだが、中には敵国であるシホールアンルに通じていること、現国王に対する反逆を企んでいることを匂わせるようなものすらも存在した。

これこそがシーゲルの言う『とっておきのニュース』の正体であった。

478HF/DF ◆e1YVADEXuk:2019/02/02(土) 22:07:30 ID:/1e016WM0
そしてこの劇場の一件から丸一週間後の朝、オールレイング市内にあるシーゲルの宿の前に一台の立派な馬車が停まっていた。
周囲には幾つもの人影、取りまきを連れたベルフェスと旅装を調えたシーゲル。この日彼はオールレイングを発ち、貿易商の『ジョゼフ・ホーランド』としてこの国を去るのだ。

「色々と世話になっちまったな。しかも帰りの足まで用意してくれるとはありがたいぜ」
「大したことじゃないさ、あんたが教えてくれたあれこれのおかげで俺たちはバカをやらずに済んだんだからな」
「いやいや、礼を言うのはこっちさ。あんたの『兄弟たち』が集めてくれた情報がなけりゃ、俺はここにはいなかった」

シーゲルが『とっておきのニュース』として軍関係者に売り込んだバルランド貴族たちの裏情報、それはアメリカという国がこの世界における外交戦で優位に立つために喉から手が出るほど欲していたものでもあった。彼はそれを提供することにより、大手を振って帰国することができる身分を手に入れたのだ(実際はこれに加えて旧友ランスキーの口ぞえ――彼はシホールアンル工作員の国内潜入を警戒する海軍情報部と密かに協力関係を築いていた――もあったのだが、今のシーゲルはそのことを知らない)。

「おかげで面倒な連中に目を付けられちまったけどな」

ため息混じりにそう言うと、通りの向こう側でこれ見よがしに屯してる男たち――民間人を装った軍情報部の連中――を恨めしく睨むベルフェス。
彼らは相当前からシーゲルを秘密裏に監視していたのだが(かの少佐曰く『君の動向はかなり前から掴んでいたのだが、思惑がはっきりするまで泳がせていた。残念ながら思慮の浅い連中のせいでああいった結果になったがな』とのこと)これからは大っぴらな監視に切り替えることでベルフェスたちの行動を掣肘するつもりらしい。
そんな彼をシーゲルは励ます。

「なあに、商売相手が増えたと思えよ。それと遠くないうちに俺の友人が使いを寄越すはずだから、その時は良くしてやってくれ」
「マイヤー・ランスキー、だったな。任せておけよ、お前さんの昔からのダチをがっかりさせるようなことはしないさ」

別れの握手を交わす両者、馬車に乗り込んだシーゲルは名残惜しそうな顔でベルフェスに声をかける。

「それじゃそろそろお別れだ。この戦争が終わったらまた会おうぜ」
「ああ、その時はまた盛大にもてなさせてもらうよ、期待していてくれ」

馬蹄の音と共に馬車が走り出し、通りの角を回る。
こうして再会を約して別れた二人であるが、彼らが再び会うことはなかった。

479HF/DF ◆e1YVADEXuk:2019/02/02(土) 22:08:22 ID:/1e016WM0
ラティ・ベルフェスはその後裏稼業で蓄えた資金を元手に合法的な事業を開始、戦争景気の波に上手く乗れたこともあり事業は瞬く間に成長、この結果彼は短期間でバルランドでも有数の金持ちにのし上がる。
続いて彼はその財産の一部で慈善事業を開始、多くの戦災孤児や戦争難民を救済し、更生した裏社会の顔役としてバルランド王国のみならず南大陸各国、さらにアメリカ合衆国にまでその名を知られることとなる。

しかし終戦よりおよそ10ヶ月後、彼は国内に幾つかある別荘の一つにいたところをアメリカ軍の支援を受けたバルランド王国軍の一部隊に包囲され、武器密造と禁制品の密輸、違法賭博の容疑で出頭を命じられるがこれを拒否。その場に居合わせた部下たちと別荘に隠匿していた銃器で抵抗するも射殺される。そして生きて捕らえられた仲間たちの自白と国内各地のアジトから押収された様々な物品と書類などから彼の一味がアメリカの犯罪組織と連携しつつ金と暴力でこの国を裏から牛耳ろうとしていたことが明らかになると、それまでの更生した裏社会の顔役というイメージから一転、稀代の大悪党としてその名を歴史に刻むこととなった。
ただ彼の一味が営んでいた表稼業――貿易商、製造業、そして就職斡旋業――は他人の手に渡り、バルランド王国の近代化において大きな役割を果たしてゆく。
後世の歴史家はこのバルランド近代化の原動力となった存在をこう呼んだ。
ラティ・ベルフェスの遺産(レガシー)、と。

一方ベンジャミン・シーゲルは帰国後、旧友ランスキーと共に以前から計画していたネバダ州でのカジノ事業に着手、暗黒街の同業者たちから集められた資金を手に当時は荒野の中の田舎町であったラスベガスの開発を開始する。莫大な資金を注ぎ込んだことにより開発は順調に進み、ついにはラスベガス初のホテル兼カジノである『フラミンゴ』の開業までこぎつけたシーゲル。
しかし終戦による不況のため膨大な赤字を出したうえ、出資者であるギャング仲間から資金横領の疑いまでかけられる。幸いランスキーの懸命な弁護のお陰で最悪の事態こそ免れるが、以前から低下しつつあった暗黒街での彼の声望は地に落ちた。
それでも彼はラスベガスの開発を諦めず、また『フラミンゴ』も手放すことはなかった。やがて彼の努力により『フラミンゴ』の経営状態は少しずつ好転してきたが、その時には全てが手遅れだった。

終戦一年後、シーゲルはカリフォルニアにある愛人の別荘にいたところを狙撃され、頭部に銃弾を受けて死亡する。彼と対立していた犯罪組織の仕業とも、彼を目障りに感じた軍情報部の仕業とも言われるが、確かなことは今もなおわかっていない。そして彼の死後『フラミンゴ』は他のギャングの手を転々としつつ、所有者たちに利益をもたらし続ける。
これを見た他のギャングたちもラスベガスでのカジノ事業へ次々と参入、ここにシーゲルの夢見たカジノの街ラスベガスは完成する。

ベルフェスの遺産という巨大な事業はバルランドの歴史を大きく推し進め、この世界におけるかの国の地位を大きく高めることとなった。
そしてラスベガス。一人の大物ギャングが荒野の真ん中に作った娯楽の街。その街は彼の死後も発展を続け、この街からギャングが一掃された今もこの世界の人々を魅了し続けている。

『害虫と呼ばれた男』 完

480HF/DF ◆e1YVADEXuk:2019/02/02(土) 22:14:59 ID:/1e016WM0
投下終了
当時世界トップクラス、と言ってもおかしくないほど組織化されていたアメリカの犯罪組織
彼らは史実でもアメリカ軍の勝利に陰で貢献していたとか…

あとこの世界のラスベガスにはケモ耳生やした美人カジノディーラーがいるんでしょうなあ…

481名無し三等陸士@F世界:2019/02/02(土) 22:56:06 ID:o3rpl5oY0
更新乙です!
こんな嬉しい日々が起こるとは夢のようだ。と感じてしまうほど
久々な感じです。

あの世界のアメリカにおいての人種問題で亜人達が白人側にとって好意的に受け入れられればいいが
そうすればケモ耳の美人が主体でカジノが稼動してれば満員御礼の毎日でしょうね・・・

ただ、ギャングがあの世界での活動はメキシコ以上にすごいことになりそう。

482名無し三等陸士@F世界:2019/02/03(日) 21:20:09 ID:jHo95bcg0
ヨークタウン氏も外伝氏も投下乙!

ついにジェット戦闘機の到来
P-51より安くて強い!とりあえず5000機発注の化物
しかし朝鮮戦争やらベトナム戦争でジェットの撃墜記録はあるとはいえ
今のシホットにそんな技量が残っているかどうか
オールフェスとリリスティ周囲は情報を聞きたくなさそう
リリスティ「海軍に似たような機体が出たらどうしよう」

483ヨークタウン ◆qGl8aTYr6.:2019/02/03(日) 22:33:42 ID:m8U/qgi.0
皆様レスありがとうございます!

>>460氏 ありがとうございます。修正しないままやってしまいましたが、ご期待に添えられたようで良かったです。

P-80の登場によって、シホールアンル軍の劣勢ぶりが今まで以上に顕在化されたので、本国上層部も頭が痛い限りです。
トリップに関しては、既に対策済みなので大丈夫です。

>>461氏 ありがとうございます!P-80の登場は、戦争の更なる変化をもたらす事になるでしょう。
ひとまず、シホールアンル軍は今後、加速度的に増殖するP-80にあれよこれよとヤられて行く事になります。

>>462-463氏 ありがとうございます!お待たせして申し訳ない限りです。

>>464氏 ありがとうございます。最初の航空反撃は、P-80によって文字通り粉砕された形になりますね。
シホールアンル航空部隊の幕引きは、本国の命運と共に加速度的に迫りつつあります。

そしてSSを拝読いたしましたが、いやぁ……素晴らしいクライムストーリーですね。
アメリカのギャング映画も割と好きな身としては表情に楽しむことが出来ました。
機を掴んで異世界に乗り込むシーゲルと、それに対するベルフェスの息詰まるようでいて、気心の通じる痛快なシーンは
何とも言えないですね!

そして、その最期が切ないようでいて、太く短い人生を全うした彼らの遺産が、後世に有効活用されている点も
またいい物だと感じた次第です。
次回の投稿も首を長くしてお待ちしております!

>>465氏 ありがとうございます!お待たせしました。
こちらこそ、あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

>>481氏 ありがとうございます。ようやく更新が果たせて、自分もようやく仕事が出来た気分です。

>>482氏 ありがとうございます。
とりあえず、5000機ポンッと発注するアメリカさんは本当えげつないもんです。

あと、シホールアンル側の技量に関してですが……何とも言えないでしょうなぁ
相当上手くやれば出来るでしょうが、ジェット機を操るアメリカ軍パイロットは、隊長のリチャード・ボング中佐を始めとして
P-38出身の熟練搭乗員多数が機種転換で配置されていますから……無理そうですね(残酷

あと、海軍のジェット戦闘機は、まだ母艦航空隊に配備されておりませんので、リリスティは安心できますね!
なお、47年には初飛行の目途が付いている模様

484ヨークタウン ◆qGl8aTYr6.:2019/02/03(日) 22:38:10 ID:m8U/qgi.0
おっと、少し間違っておりました
米海軍のジェット艦上機ですが、FH-1ファントムの量産型が順次生産され、飛行隊の訓練も
初夏までに完了するため、遅くても夏までには母艦航空隊に配備されるでしょう
残念、リリスティ!

485名無し三等陸士@F世界:2019/02/04(月) 19:58:44 ID:USuBzXpI0
おお、いつの間にか更新されてる!お二人とも投下乙です。
ボング中佐、史実ではテスト飛行中に事故死したけど、この世界では一命を取りとめてたんですね…。
ボング中佐以外にもルーズベルトやキッド提督、それにアーニー・パイルも未だ健在だけど、サリバン兄弟も全員無事生き残ってるのかな?
あとジェット艦載機は配備前に戦争終わりそうですね。
そして外伝氏、転移後の世界でもやっぱり裏社会の人間が色々暗躍してたんですね…。
『兄弟たち』その他異世界の裏社会に目をつけたハリウッドが近い将来異世界版ゴッドファーザーなんかを制作する可能性が微レ存…?

486名無し三等陸士@F世界:2019/02/05(火) 09:09:49 ID:SsL0ljeU0
外伝もよかったなぁ 読み応えありましたわ

487名無し三等陸士@F世界:2019/02/05(火) 19:39:39 ID:Q7pG7f7o0
コンカラーの発動機がジェットエンジンになったらどうなるんだろう〜(棒)

488 ◆3KN/U8aBAs:2019/02/09(土) 23:27:52 ID:GP..ZAwg0
外伝投下おつかれさまです!
犯罪ネタだと温めてるネタがあるんですが
外伝方式で投下してもいいんでしょうか?

489名無し三等陸士@F世界:2019/02/10(日) 01:02:04 ID:m8U/qgi.0
いいと思いますよ

490フェデジオ ◆3KN/U8aBAs:2019/02/22(金) 10:52:55 ID:GP..ZAwg0
コテハンつけることにしました。フェデジオ(フェデラルジオグラフィック)です。

星がはためくときの外伝作品として以下投下いたします。
テーマは「アメリカの本土防衛」

491フェデジオ ◆3KN/U8aBAs:2019/02/22(金) 10:53:25 ID:GP..ZAwg0
海を越えた先の大陸において我が軍は進撃を続けている。
しかし、戦場で勝つことだけが戦争の勝利ではない。

戦場となっていない本土の安全を確保することは、戦場で勝つこと以上に重要なことである。
なぜなら故郷が危険ならば前線の兵士たちは家族のことを考えなければならなくなるし、
なによりも兵士たちが戦いを続けられるのは我々の本土の工業力であるからだ。
敵国のスパイが我が国を混乱に陥れるためにスパイを送り込むかもしれないし、
国内外の犯罪組織が「好まれざるモノ」を本土に送り込むかもしれない。
どうやってこれらの脅威を排除し本土の平穏を維持するのだろうか?
このフィルムでは本土防衛(Homeland Security)を紹介する。

アメリカ大陸(U.S. Continent)は軍や警察をはじめとした連邦・州の様々な政府組織よって守られている。
各組織は連携して大きく4つの防衛線を張っている。空、海、海岸そして内陸である。
それぞれの防衛線は本土防衛という共通の目的のために別々の役割を担っている。

第一線は空を飛ぶ航空機である。これらは主に陸軍と海軍によって行われている。
空中から本土に接近する他国の船を発見し監視することが目的である。
もし目標と接触した場合は、その情報を第二線へ通報し、監視を継続する。

第二線は海上の船である。海軍と沿岸警備隊が担当している。
航空機からの通報または自らが発見した他国船に接近し、その正体を明らかにすることが目的である。
連邦政府の許可を受けている船ならば案内のためエスコ-トとして目的地まで同行する。
許可を受けていない他国の船はアメリカ領海内に入れないため、水兵たちはその場で進路を変更するように伝える。
目標の船がその指示に従わない場合、または不審な動きを行った場合は臨検が行われることもある。
臨検の結果密航や密輸と言った犯罪等が発覚した場合、乗組員は被疑者として拘束され船は証拠品として差し押さえられる。
乗組員と船は取り調べののち、司法による裁定が下されるまでアメリカ本土の安全な施設に留置される。

第三線は港湾での検査である。これは沿岸警備隊・国境警備隊・税関と言った様々な組織がかかわっている。
第一線と第二線ではアメリカの船によって行われる違法行為を発見することはできない。
そのため入港した船舶に対する抜き打ち検査が不定期に実施される。
その中で発覚した犯罪行為には厳重な処分が下されることもある。それは船員に対しても例外ではない。

第四線はFBI・警察による取り締まりである。
これはすでに本土に侵入した物体や人間を厳密な捜査によって探し出し、
客観的な証拠と公正な令状に基づいて取り締まりを行うことで、本土防衛を完全なものとするのである。

各種の政府機関と複数の防衛線により、今日の本土防衛は堅固なものとなっている。
だから、街中で他国の人間や道具を見かけたとしても、通報をしたり不安になる必要もない。
彼らは連邦政府の厳格な審査の結果アメリカに入ることをを許可されたからだ。
我々の健全で秩序だった生活を維持し続けることは、国家の安定をもたらすとともに、
兵士たちが本土の家族を心配する必要をなくし、彼らを戦いだけに集中させることができる。

国家の安定と兵士たちの安心は、戦争の勝利へ今日も貢献するのである。

ニュース映画「Homeland Security」
制作:OWI(Office of War Infomation)

492フェデジオ ◆3KN/U8aBAs:2019/02/22(金) 10:54:50 ID:GP..ZAwg0
投下終了
映画館のニュース映画はそれほど長くないので短めにまとめました。
宣伝映画の独特の言い回しを意識してみましたがどうでしょうか?

493名無し三等陸士@F世界:2019/02/23(土) 21:21:36 ID:ba2Z62z.0
投下乙です
短いけれど独特の言い回し、実にいい感じですね
これを英訳してつべにあるWWⅡの記録映像編集したものに字幕として載せたら本物と勘違いする人が出たりする、かも?

494ヨークタウン ◆qGl8aTYr6.:2019/02/26(火) 23:34:04 ID:6V4KV3Qk0
>>485氏 ありがとうございます。
ボング中佐はP-80のテスト中に亡くなられていますが、この世界ではそれを乗り越えてP-80の初陣を飾る事が出来ましたね。

>サリバン兄弟
彼らに関してですが、残念ながら……3人しか生き残っておりません
乗艦だったジュノーは第1次レビリンイクル沖海戦でシホールアンル軍のケルフェラクに撃沈され、三男と四男が戦死、
長男と五男も瀕死の重傷を負い、後に軍務続行不可と判断されて除隊となり、次男だけが海軍の水兵として軽巡洋艦クリーブランドに
乗艦しております。

>>487氏 今よりも更に早くなりそうです

>>フェデジオ氏 作品投稿お疲れ様であります!
これぞ宣伝!といった内容で良かったですなぁ
実際に見た宣伝動画を見ている良いうな気分でした
この世界では、各所の映画館でニュース映画の一つとして国民に公開されている事でしょうな

495名無し三等陸士@F世界:2019/07/23(火) 18:01:40 ID:WsPbLyg20
B-36で影が薄くなってるけど、B-47 ストラトジェットが今度は実験飛行場でエンジン温めていそうな…
F-86 セイバーを思い出すと、ここでのP-80はどんなデザインなんかな?とか
まぁ、この大戦中にMiG-15をシホットが出してこない限りセイバーは戦後かな。
仮に、MiG-15を飛ばせても、ドイツのMe262みたいにやられそうな…うーん末期

陸だとM46パットンへの更新もしくはM26E2の改造型や本土攻略用のT95もしくはT29見たいなヤベー奴歩兵もスーパー・バズーカ背負い始めたり
朝鮮戦争世代が混ざり始めるのにドイツの技術接収や東西対立がまだ起きてないのでブレイクスルーはどうなるのかな?
米軍の設計したT-44-100みたいなのが頭をよぎりつつ、そろそろ戦車砲弾もAPDS、HESH、HEAT-FSが出てくる頃合いですよね。
本当にキルラルブス可愛そう。
1話から追いついたので長くなりました。

496ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2019/10/01(火) 00:47:17 ID:Ju5lS.5c0
>>495

遅ればせながら、1話から読んで頂きありがとうございます。
大分長ったらしい誤字脱字だらけのSSを最後まで読まれるとは……根性が凄いです(やめい

P-80のデザインは史実通りのままですね。あと、ジェット戦闘機のような物は、理論はシホールアンルや、
その他列強国などでも確立されたり、実験がすすめられております

>ブレイクスルー
実を言いますと……(検閲

不定期投稿になってしまいましたが、最後までお付き合い頂けると幸いであります。

497外パラサイト:2019/11/02(土) 22:40:26 ID:LZmtvjdU0
最近まったくSSを書いていないのでお詫びのイラスト支援

ttps://www.pixiv.net/artworks/77617583

498名無し三等陸士@F世界:2019/11/04(月) 11:38:06 ID:5jIEUXDU0
したばらが不安定化してるけど、ヨークタウン様の作品が仮に
スレで掲載ができない環境になったらwikiに直接更新してくれるんだろうか?ブログに掲載するんだろうか?

499名無し三等陸士@F世界:2019/11/04(月) 22:44:37 ID:Dj8V2ZTo0
いいぞ外伝もっとやれ

500ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2019/11/05(火) 00:33:58 ID:Ju5lS.5c0
>>外伝氏 いつもありがとうございます。良い励みになりますね!

>>498氏 したらばが亡くなった場合、wikiに直接更新しようかと思っております

501名無し三等陸士@F世界:2019/11/09(土) 13:23:50 ID:0jp0/UI20
>>500
レスありがとうございます。
シホールアンルよりも早く敗北な予感がまさかあるとはと・・予想外です。
時代の流れですね

>>497
遅くなりましたが外伝乙です!

502ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2019/12/23(月) 23:48:36 ID:9E2YatiQ0
こんばんは。これよりSSを投稿いたします。

503ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2019/12/23(月) 23:49:37 ID:9E2YatiQ0
第289話 帝国領総戦線

1486年(1946年)2月3日 午後4時 シホールアンル帝国首都ウェルバンル

帝都ウェルバンルの空は曇りに覆われていた。
未だに冬のままのウェルバンルは、前日に降り積もった雪があちこちに残っており、晴れない空模様は人口の減少した
ウェルバンルをより一層、殺風景な物にしていた。

「冴えない光景に冴えない戦況、そして、冴えないあたしの心境……いいところが無いわね」

シホールアンル帝国海軍総司令官を務めるリリスティ・モルクンレル元帥は、1月下旬より設置された陸海軍合同司令部のベランダから
首都を一望しながらそう独語する。
彼女がいる陸海軍合同司令部は、陸軍総司令部と海軍総司令部の中間にある5階建ての古い施設を改修して設置されている。
これまで、陸軍総司令官と海軍総司令官が共に協議を行う場合は、いずれかの総司令部に出向いて話し合っていた。
ただ、会談を行う頻度はあまり多くなく、平時は年に3度ほど。戦況がひっ迫し始めた84年から85年でも5度しかなく、大体の作戦案は
陸軍、または海軍内でのみ作成され、組織のトップが頻繁に顔を合わせて作戦のすり合わせ等を行う事は少なかった。
だが、戦況が極度に悪化した現在においては、前線の状況は目まぐるしく変化するため、陸海軍の連絡も密にする必要がある。
そこで、陸軍総司令官のルィキム・エルグマド元帥はリリスティに陸海軍合同司令部設置を提案し、リリスティもこれに快諾した。
この陸海軍合同司令部には、陸軍、海軍双方の総司令部より連絡員のみならず、本総司令部の参謀達も多く配置されており、
来たるべき連合軍地上部隊の大攻勢や、米海軍の活動に即応できる態勢が整えられていた。
また、陸海軍首脳部で協議を行う際は、この合同司令部で話し合う事も決められ、今日は合同司令部設置後、初の陸海軍首脳の協議が
行われる予定であった。

本日の協議では、昨日までの戦況の確認と敵軍の最新情報の公開や、作戦のすり合わせ等が行われる。
だが、海軍側が用意した情報の内容は、非常に厳しい物ばかりである。

「提督。協議前なのに、そんな浮かぬ顔されるのはあまりよろしくない事かと」

背後から肩を落とすリリスティを気遣う部下が、心配そうな言葉を発するが、その口調はややおどけていた。

「この状況で晴れた顔つきで居ろというのかい?魔道参謀ー?」

リリスティは力のこもらぬ声で返しつつ、のっそりとした動きで後ろに振り返った。
総司令部魔道参謀を務めるヴィルリエ・フレギル少将は、地味にだらしない上司を見て苦笑してしまった。

「皇帝陛下がそのお姿を見たらなんと思われるでしょうか……恐らく、激怒して最前線に送られてしまうでしょうな」
「そん時ぁヤツも前線に道連れよ」

ひねくれ気味にそう発するリリスティを見かねたヴィルリエは、微笑みを浮かべて上司の両頬を両手でつまんだ。

「い、いた!何すんの!?」
「まーだ?まーだ目が覚めないの?んじゃこうして」
「ちょちょ、痛い!やめてったら!」

つまんだ皮膚を更に伸ばそうとするヴィルリエの手を、リリスティは強引に離した。

「こんのバカ!上官暴行罪で憲兵隊に突き出すわよ!」
「いやはや、これは失礼をば。それより……目は覚めたみたいね」

504ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2019/12/23(月) 23:50:17 ID:9E2YatiQ0
ヴィルリエはやれやれと言いたげな態度で、自らの目を指さしながら彼女に言う。

「まぁ……そうだ……ね」

リリスティは両頬をさすりながら、先程まで感じていた眠気が晴れた事に気付く。
彼女は多忙の為、一昨日からロクに睡眠が取れておらず、今や疲労困憊であった。

「眠気のせいでバカな事を口走ってたから、眠気覚ましのおまじないをかけてやったけど、効果はあったみたいね」

ヴィルリエはそう言ってから、気持ちよさげに笑い声をあげる。

「おまじないって……ただ頬をつねっただけじゃん」

リリスティはジト目を浮かべつつ、ぼそりと呟く。
彼女は軽く咳ばらいをしてから、改まった口調でヴィルリエに聞いた。

「さて。そろそろ来るんだね。ヴィル?」
「ええ。陸軍総司令部からエルグマド閣下がこちらに向かわれているとの知らせよ。リリィ、そろそろ会議室に戻らないと」
「言われなくてもそうするよ」

リリスティは凛とした顔つきでそう返し、ヴィルリエの肩を軽く叩きながら会議室に向かい始めた。

午後4時10分になると、合同司令部3階に設けられた会議室にエルグマド元帥とその一行が入室してきた。
席に座っていたリリスティは参謀達と共に立ち上がり、一行を出迎えた。

「お待ちしておりました、エルグマド閣下」
「すまぬの、諸君。ヒーレリ国境線と南部領戦線の対応で手を焼いておってな」

エルグマド元帥はにこやかに笑ってから、海軍側の向かい側に置かれた席まで歩み寄った。
彼はリリスティの真向かいまで歩いてから、軽くうなずく。

「それでは、早速始めるとしようか」

リリスティは無言で頷くと、陸海軍双方の参加者たちはひとまず、席に着いた。

「諸君らもご存知の事であろうが、前線の状況は……加速度的に悪化しておる。まずは、陸海軍双方の状況確認を行う事にする。
手始めに陸軍から最新情報の公開等を行いたいが、よろしいかな?」

エルグマドの問いに、リリスティは無言で頷いた。
彼は左隣に座る参謀長に目配せし、参謀長は小さく頷いてから作戦参謀と共に席を立った。

「総司令官閣下の申されました通り、陸軍部隊は各地で苦戦を余儀なくされております」

陸軍総司令部参謀長を務めるスタヴ・エフェヴィク中将は、壁の前に掛けられていた指示棒を手に取り、壁に貼り付けられた
地図を棒の先で指し始めた。
エフェヴィク中将は昨年8月まで第12飛空艇軍を率いていた歴戦の指揮官である。
元々は陸軍の歩兵畑の軍人であったが、30代中盤からワイバーン部隊の指揮を執り始め、着実に実績を重ねてきている。

505ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2019/12/23(月) 23:50:55 ID:9E2YatiQ0
昨年7月末のリーシウィルム沖航空戦では、アメリカ海軍の高速機動部隊に対して最後まで戦闘を完遂しなかった事を咎め
られ、8月初旬に第12飛空艇軍司令官を解任され、9月からは北方の第77予備軍の司令官という閑職に回されていた。

エルグマドが陸軍総司令官に任命されてからは、元々、エフェヴィク中将の経験と見識の広さに目を付けていた彼が直々に
任地である北東海岸の基地に赴き、しばしの間帝国の現状と、エルグマド自らが抱く心境を打ち明けた後、

「国家危急存亡の折、陸軍総司令部の参謀連中を束ねられるのは……エフェヴィク。君を置いて他には居ない。是が非でも、首都の
総司令部に赴き、その経験と、君の見識を生かして貰いたい」

と、真剣な眼差しを向けながらエフェヴィクに語り掛けた。

僻地に左遷され、内心腐っていたエフェヴィクは最初、やんわり断ろうとしていたが、陸軍総司令官であるエルグマドに直々に懇請されては
それが出来る筈もなく、1月初旬には後任の司令官と交代し、陸軍総司令部の参謀長として首都ウェルバンルに赴任する事となった。

「特に包囲された南部領付近の攻勢は激しく、包囲下の部隊は後退を続けております。また、帝国本土領においても、敵は適宜攻勢をかけて
おり、我が方は防戦一方です。既に……」

エフェヴィクは帝国のヒーレリ領北西部……いや、“旧帝国領ヒーレリ北西部”の辺りを指示棒の先で撫で回していく。

「ヒーレリ領は帝国領にあらず、帝国軍を撃退した連合軍は国境付近で進撃を止めつつも、戦力の補充と部隊の増援を計りながら、旧ヒーレリ
北西部国境付近からの帝国領侵攻を伺っているおります」

エフェヴィクは更に、指示棒の先で旧ヒーレリ領北西部、西武付近、帝国本土中部、重囲下にある南部領を順番に叩いた。

「陸軍は主に、この4方面において連合軍と交戦していることになります。今のところ、帝国北部に分散していた予備の師団や、急編成の部隊を
順次前線に投入し、または本土西部の部隊を幾つか移動させ、旧ヒーレリ領北西部や西武付近等の戦線に投入する事も計画しておりますが……
如何せん、兵力が足りません」

彼は指示棒の先で、帝国本土領……南部を除く範囲を大きく撫で回した。

「紙面上の兵力だけでも170万しかおりません。そして、実際の兵力は……大甘に見積もってもその8割。7割あれば御の字と言った所です」

エフェヴィクは、棒の先で南部領を叩く。

「この南部領に囚われた150万。そう……失われつつある150万が、本土領にいれば、幾らかは兵力の融通も利きましたが、現状は非常に
厳しく、本土領へ侵攻中、または、進行予定の敵軍兵力は、包囲網を攻撃中の部隊を除いても我が軍より多いと判断しております」

彼は手を休める事なく、指示棒の先を地図の右側……アリューシャン列島へと向けた。

「そして、敵軍はこのアリューシャ列島から、帝国本土東海岸にいつでも地上部隊を投入可能となっております。いわば……帝国軍は実に、
5つの戦線を抱えていると言ってもおかしくないのです」

エフェヴィクはアリューシャ列島のウラナスカ島を棒の先で叩く。

「東海岸戦線においては、特にこの地に展開する敵機動部隊が重要な役割を担っております。昨日も敵空母より発艦した艦載機によって
東海岸の海軍基地、物資集積所のある港が幾つか爆撃されており、この爆撃が集中的に続く場合、東海岸方面からの敵の上陸作戦が実行
される事は確実であると、我々は判断しております」

506ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2019/12/23(月) 23:51:41 ID:9E2YatiQ0
エフェヴィクはその後も、淡々とした口調で話を続けた。
やがて、エフェヴィクにかわり、作戦参謀のトルスタ・ウェブリク大佐が対応策の説明を始めた。
ウェブリク大佐は、エルグマドが首都に赴任するまでは総司令部作戦副参謀だったが先の空襲で作戦参謀が戦死したため、繰り上げで
作戦参謀を務める事になった。

「次に、これらの敵部隊に対する我が軍の迎撃ですが……参謀長も申しました通り、現状は敵との兵力差はもとより、装備や練度に対しても
敵に大きく劣ります。このため、迎撃作戦の主体は首都防衛を重点とせざるを得ず、首都より遠方の地方に関しては、遅滞戦闘を主体とした
作戦を行うのが現実的かと思われます」

ウェブリク大佐は一同に顔を向ける。
彼は平静さを装っていたが、その口調は重々しかった。

「ただし、その遅滞戦闘ですら、現状では困難と言えます。敵の航空戦力は日増しに増大するばかりか、その質においても、我が方のそれを
遥かに上回っている有様です」

彼はそう言いながら、懐から折り畳まれた紙を一枚取り出し、それを広げて壁に貼り付けた。

「ご存知とは思いますが、これは敵が新たに前線へ投入した新型機です。この新型機の名称は……シューティングスター」

ウェブリク大佐は、簡単ながらも、紙に描かれた新型機に指示棒をあて、そして一同に顔を向ける。

「我が軍が撃墜困難……いや、不可能となっている超高速新型戦闘機であります」

シューティングスターという名を耳にした一同は、ほぼ例外なく表情を曇らせるか、または眉を顰めていた。

昨日、突如として前線に現れたシューティングスターは、ワイバーン隊やケルフェラク隊相手に一方的な戦闘を展開し、
連合軍航空部隊の迎撃に従事していたシホールアンル側は、事前の予想を超える大損害を受けてしまった。
このため、シホールアンル軍は中部地区に展開していたワイバーン隊、飛空艇隊の航空作戦を全て中止。
帝国本土中部地区の制空権は、僅か1日ほどで連合軍に奪われてしまった。

前線部隊より入手した情報によると、シューティングスターはこれまでの常識では考えられぬほどの高速で飛行が可能であり、
推測ながら、その最大速度は400レリンク(800キロ)を軽く超えるとされている。


帝国軍に、400レリンクを出せるワイバーンやケルフェラクは無い。


空中戦で大事なのは、1にも2にも、速度だ。
どれだけ驚異的な機動力を有していようが、戦う相手より遅ければ、常に不利な体勢で戦う事を余儀なくされる。
放たれる弾をかわせば、相手の攻撃は無に帰すが、追いつけなければ、相手の弾切れを待つのみとなってしまう。

実際、シューティングスターに襲われたワイバーン隊やケルフェラク隊の生き残りは、敵があまりにも早すぎる為、
防御一辺倒の戦闘に終始し、背後に回って反撃しようとすれば、敵は高速で瞬時に離脱してしまい、光弾を放つ事すら
かなわなかったという証言が非常に多かった。

「今のところ、シューティングスターの目撃例はこの一件のみとなっており、他戦線では確認できておりません。ですが……」

ウェブリク大佐は若干顔を俯かせつつ、言葉を続ける。

507ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2019/12/23(月) 23:52:33 ID:9E2YatiQ0
「これまでの経験からして、アメリカ軍はこの新兵器を大量配備しつつある事は明らかと言えるでしょう。マスタング、サンダーボルト、スーパーフォートレス。
これらの兵器も、戦場に顔を見せ始めたと思いきや、半年足らずで大量に配備され、我が方を圧迫しております」
「要するに……帝国本土上空は、そのシューティングスターという超高速飛空艇で埋め尽くされるのも時間の問題、という事か。おぞましい物だ」

腕を組みながら聞いていたエルグマドが、不快気な口調で漏らした。

「シューティングスター……空の脅威も当然ではありますが、海からの脅威にも目を光らせなければいけません」

それまで黙って話を聞いていたリリスティが、重い口を開く。

「昨年の戦闘で、我が方は帝国本土東海岸と南海岸部の制海権を失っています。このため、敵は好き放題に活動しており、3日前にも東海岸に接近した
敵の機動部隊が東海岸の軍事施設を攻撃しています。これと同じことは、南海岸にも起こりえる事で、復旧作業中のリーシウィルムや、まだ無傷の
軍港が敵機動部隊に狙われる可能性があります」

リリスティは内心、決戦に惨敗した事を非常に悔しがっていたが、それを表には出さずに言葉を続けていく。

「今のところ、各軍港に分散配置した、残存の竜母や戦艦といった主力艦艇群はすべて、シュヴィウィルグ運河を通って北海岸に避退、または避退中では
ありますが」

ここで、唐突にドアがノックされる音が室内に響いた。

「失礼します!」
「何事か!?」

入室してきた陸軍の連絡官を見て、ウェブリク大佐が問いかける。

「リーシウィルムの西部軍集団司令部より緊急信であります!」

連絡官は早口でまくし立てるように答える。
それと同時に、海軍の制服を着た連絡官が現れ、足早にヴィルリエのもとに歩み寄った。

「総司令官。シュヴィウィルグから……いや、シュヴィウィルグとリーシウィルム、それから……」

ヴィルリエから小声で報告を聞いたリリスティは、無意識に眉を顰めてしまった。

「本当、敵機動部隊は我が物顔で暴れているわね」
「どうやら、海軍側でも敵機動部隊襲来の報告を受けたようだな?」

聞き耳を立てていたエルグマドが苦笑しながら、リリスティに聞く。

508ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2019/12/23(月) 23:53:07 ID:9E2YatiQ0
「はい。陸軍と海軍の連絡官は、ほぼ同時に似た報告を受けたようです」


今しがた伝えられた報告によると、現在、帝国領南海岸の4つの拠点……リーシウィルム、シュヴィウィルグ、トリヲストル、カレノスクナの地点に
敵機動部隊から発艦した艦載機が襲来し、攻撃中という物だった。
攻撃は現在も続いている為、被害状況の詳細は分からないが、シュヴィウィルグでは、運河を通って避退しつつあった竜母クリヴェライカと
戦艦ケルグラストが敵艦載機に攻撃され、防戦中という情報も入っている。

「モルクンレル提督は海からの脅威にも目を光らせるべきと言われたが、まさにその通りであるな」
「この一連の攻撃が敵の上陸作戦の前触れであるかは判断できませんが、もし上陸作戦が開始されれば、陸軍の計画も修正を余儀なくされるかと
思われます」

ウェブリクがそう言うと、エルグマドは無言のまま大きく頷いた。

陸軍は、旧ヒーレリ領境付近を除き、本土西部の沿岸部近くに12個師団を配備しており、その内陸部には6個師団。そして、編成を終えたばかりの
新師団が4個師団配備されている。
陸軍の計画では、このうち、半数近くに当たる10個師団を順次本土中部、並びに首都防衛線に近い東部付近に増援として送る手筈となっており、
既に第1陣である歩兵2個師団が鉄道を使って、大きく北から迂回する形で東部戦線に送られつつある。
第2陣である1個歩兵師団と2個石甲師団は3月始めに鉄道輸送される予定で、6月までに10個師団全てを各戦線の前線、またはやや後方に予備部隊
として配置する予定だ。

だが、その計画も、連合軍が帝国西部付近に上陸作戦を開始すれば、自然と狂ってしまう。
これまでの経験からして、連合軍は一度に1個軍(6〜8個師団相当)を上陸させて強引に戦線を形成し、帝国軍を単一の戦線に戦力を集中させずに
複数の正面で戦闘を強要させる傾向にある。

旧ジャスオ領や旧レスタン領、旧ヒーレリ領の戦いはまさにその典型であり、帝国軍は唐突に2正面戦闘を強いられて敗走を続けた。
それと同じ事を実行する可能性は、極めて高いと言えた。

もし、連合軍が西部付近の着上陸作戦を実行すれば、10個師団の他戦線の移動は不可能となり、少なく見積もっても4個師団は残存して敵の上陸に
備えなければならないだろう。

「敵が上陸作戦を伴っているか否かは、ワイバーン隊の洋上偵察を実施すれば明らかになります。それよりも、今後の防戦計画について話を続けていく
べきかと思われますが……陸軍からは続きはありますでしょうか?」

ヴィルリエがそう言うと、エルグマドはそうであったな、と一言発してから、ウェブリク大佐に説明を続けさせた。

509ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2019/12/23(月) 23:55:46 ID:9E2YatiQ0
1486年(1946年)2月8日 午前7時 ロアルカ島

昨日深夜に護衛任務を終えて、ロアルカ島の軍港に入港した駆逐艦フロイクリは、古ぼけた桟橋の側に艦を係留させ、短い休息を満喫していた。
フロイクリ艦長ルシド・フェヴェンナ中佐は、艦橋に上がるなり、やや遠くに浮かぶ見慣れない船にしばし注目した。

「ほう……珍しい船がいるな」

彼は、航海士官とやり取りをかわしていた副長のロンド・ネルス少佐に声をかけた。

「おはようございます艦長。珍しい船とは、あの木造船の事ですな?」
「ああ。今時は珍しい赤と黒の大きい船体か。どこの国の船だ?」
「最初は自分らも分からんかったんですが、聞いた所によると……イズリィホン将国の船のようです」
「イズリィホンか………戦争ではやたらめったに強いという、あの噂の……」

フェヴェンナはそう言いながら、ふと、イズリィホン船に何らかの異常が起きている事に気が付いた。
綺麗に塗装されたと思しき船体は、あちこちが傷付いており、特に船体後部には何人もの船員が張り付いて修復作業にあたっている。
特に目を引くのが、3本あるマストのうち、真ん中のマストが中ほどから折れてしまい、その上部がそっくり無くなっている事だ。
前、後部のマストには白い帆が畳まれているが、よく見ると、その帆にも小さな穴が開いている事が確認される。

「やたらに傷付いているようだが……」
「ノア・エルカ列島の西方沖で嵐に巻き込まれたそうです。あのイズリィホン船は何とか耐え抜いたとの事ですが、船体の損傷は大きいようですな」
「しかし、メインのマストがあの様では全速力は出せんだろう。あの船の船長は、ここでメインマストの修理をするだろうな」
「魔法石機関の無いイズリィホン船では妥当な判断と言えますね」

2人がその調子で会話を交わしていると、気を利かせた従兵が香茶入りのカップを持ってきてくれた。

「艦長、副長。淹れたての香茶であります」
「おう。気が利くな」

フェヴェンナは従兵に礼の言葉を述べつつ、カップを取って茶を啜った。

「明日の出港は朝の4時だったな」
「はい。僚艦3隻と別の駆逐隊4隻合同で、12隻の輸送艦を本土に護送する予定です。」
「往路は珍しく、一隻の損失も無く辿り着けたが……帰りは何隻残るかな」

フェヴェンナは自嘲めいた口調で、ネルス副長に言うが、副長は無言のまま肩をすくめた。

午前7時 イズリィホン船サルシ号

サルシ号の船頭を務めるヲムホ・ダバウドは、自ら指揮する乗船の状況を眉を顰めながら見回していた。

「イズリィホン水軍随一の大型軍船も、大嵐の前では小舟も同然じゃのう……」

ダバウドはしわくちゃの小烏帽子(略帽のような物)に手を置きながらそう嘆いた。
サルシ号はイズリィホン将国水軍で最新鋭の大型軍船で、全長は30グレル(60メートル)、全幅22メートル(44メートル)で、
排水量は800ラッグ(1200トン)になる。

510ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2019/12/23(月) 23:56:52 ID:9E2YatiQ0
イズリィホンがこれまでに建造した軍船の中では最大の船だ。
サルシ号は従来の軍船と比べて格段に大型化したにもかかわらず、船の操作性はこれまでの船と比べて向上していると言われている。
この船を建造したのは、イズリィホン内でも有数の規模を誇るオルミ領の造船所で、長年イズリィホンの軍船を建造し続けてきた名門であった。
オルミ国の守護大名はこの船を見るなり、どんな海でも悠々と渡ることが出来ると太鼓判を押し、幕府の中枢もこの船に大きな期待を抱いた。

しかし、自然はこの優秀な軍船を容赦なく振り回し、しまいには無視できぬ損害を与えてしまった。
特に、真ん中の帆棒(マストを表す)を失った事は大きな痛手である。

「早く修復せんと、シホールアンルにいる特使殿を待たせてしまう……ひとまず、ここは……」

ダバウドは髭で覆われた顎を右手でさすりながら、仏頂面で考え事を続ける。
その背後に快活の良い声音がかけられた。

「やあやあ!良い天気だのう!」

声の主はそう言いながらダバウドの両肩を叩いてから、するりと彼の前に歩み出た。

「これは団長殿。相変わらず元気溌剌でございまするな……」
「当たり前だろう!見よ、この見事な晴れ。わしらの前途を示しているとは思わぬか?」

ダバウドが被る烏帽子とは違う、手入れの行き届いた張りのある烏帽子を被る男は、満面の笑みを浮かべながら聞いてきた。

「一昨日は酷い目に遭われたのに。団長殿は相変わらず豪胆なお方ですなぁ」
「これでもオルミ国の守護を任されておる身じゃ。領内の民や国人衆を率いるからには、どんな場に遭うても行く筋は明るい!と、言わねばならぬからの」

オルミ国守護を務める男……ルォードリア・キサスはダバウドにそう言ってから、豪快に笑い声をあげた。

彼は若干28歳にして、キサス家の当主を務めている。
キサス家は数あるイズリィホン武家の中でも強い勢力を誇り、元々は由緒ある家柄から派生した中規模の勢力程度の武家であるのだが、先々代、先代の
キサス家当主が手練手管を用いて中枢に取り入り、先代当主も従軍した乱鎮圧の功がきっかけでイズリィホン国内でも有力な大名として勢力を拡大。
ルォードリアが18歳でキサス家の家督を継ぎ、その4年後、倒幕運動鎮圧の功もあり、キサス家は名実ともに国内で10位内に入る程の領地を
手に入れ、押しも押されぬ有力大名として国中に知られる事となった。
ただ、キサス家の躍進は、長年分家筋として見ていた本家、ルィナクト家の勢力圏を半ば毟り取る格好で行われていたため、ルィナクト家の者達からは
目の敵にされているのが現状だ。

そんな彼の性格は豪放磊落で、新しい物好きという面も持ち合わせている。
また、自分の思うままに物事を進めようとする面もあり、自分勝手な守護様と、陰口をたたく者も少なくない。

その彼が、一国の守護を務めていながら、なぜサルシ号に乗っているのか?

出港前に突如乗船してきた彼に、ダバウドは問いかけたが、キサスは

511ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2019/12/23(月) 23:57:39 ID:9E2YatiQ0
「これは、わしの領地で作った船じゃ。幕府水軍の所属とは言う物の、造船所の船大工は長年、キサス家が育ててあげてきた。言うなれば、この軍船は
わしの赤子のような物じゃと思う。その赤子を送り出した主が、この旅路に同道するのは至極当然!と、思うのじゃが……違うかの?」

真剣な口調で逆に聞き返していた。
答えに窮したダバウドに、キサスは更に述べる。

「それに、この旅路で何か新しい物が見れると思うのだ。ソルスクェノ殿に再会したい気持ちも強いが……一番の目的は、イズリィホンには無い新しい物を、
この目で見る事じゃ。シホールアンルには、それがある」

それを聞いたダバウドは、なんと自由奔放なお方なのかと、心中で思った。
しかし、辺境といえるこのロアルカ島を見ても、イズリィホンには無い物が多く見受けられる。

特に、帆も貼らずに高速で進むシホールアンル海軍の高速艦艇には度肝を抜かされた。
小型に部類されているシホールアンル駆逐艦でさえ、イズリィホン“最大”の軍船であるダバウド号より大きいのだ。
造船技術だけを取ってみても、イズリィホンとシホールアンルの差は非常に大きいという事がよくわかる一例だ。

「あの戦船を見るだけでも、多くの事を感じることが出来るのう」

キサスは、眼前の駆逐艦に指を差しながらダバウトに言った。

「そう言えば、シホールアンルの代官殿がそろそろ来船される頃でございますな」
「ほう。もうそんな時間であるか」

ダバウドがそう言うと、キサスは昨日の夜半にダバウドを始めとする代表者数名を上陸させ、シホールアンル側に船の修理ができる
ドックと資材があるのか調べさせた事を思い出した。

ダバウドらの報告によると、唐突の来訪にであるにも関わらず、シホールアンル側の対応は紳士的であり、彼らの話を聞いてくれた。
相手側の話では、修理用船渠はちょうど空きがあるのでなんとか手配できるとの回答を得られている。
資材に関してだが、はっきりとした回答は得られなかったものの、夜が明けてから担当士官を船に向かわせ、被害状況を確認したいと言われた。

「噂をすればその姿あり、という奴じゃの」

キサスは、おもむろに左舷側を見た後、ダバウドの肩を叩きながらそう言う。
桟橋から小型艇が離れ、徐々にサルシ号に近付きつつある。

「シホールアンル籍の帆船もちらほら見るが、ああいう小型艇にも帆が付いておらぬとは……不思議な物でございますな」
「うむ。見る物全てがわしらを驚かせてくれる。退屈せんわい」

キサスはどこか満足気な口調でダバウドに返した。

程無くして、小型艇がサルシ号に接舷し、シホールアンル海軍の担当士官が部下2名を引き連れて船内に入ってきた。

キサスとダバウドは第3甲板の乗降口で担当士官らを出迎えた。

512ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2019/12/23(月) 23:58:47 ID:9E2YatiQ0
「日々ご多忙の中、軍船サルシへの視察にお越し頂き、誠に感謝いたしまする。改めまして、それがしはサルシの船頭を務めまするヲホム・ダバウドと
申します」

ダバウドは恐縮しつつ、恭しい仕草で頭を下げた。

「それがしは、ルォードリア・キサスと申しまする。特使殿の出迎えのため、遠くイズリィホンより馳せ参じました。見ての通り、貴国の船を比べる
べくも無い船ではございますが、不幸にも嵐に見舞われたため、かような事態に立ち至りました。我らは異国の地にて任を終えた同胞を出迎える事が
勤めでありますが、船は傷付き、先行きは怪しい……我が同胞のためにも、ここは友邦国のお歴々のお骨折りを頂きたく、伏して、お願いを申し上げる
所存でございます」

キサスは通りの良い、張りのある声音で担当士官らに願いを申し述べた。

「私はシホールアンル海軍西方辺境隊に所属するヴォリオ・ブレウィンドル少佐と申します。辺境隊司令官よりあなた方の話はお聞きしております。
遠い異国の地に赴任する同胞を想う思いは、私にもよく理解できます。私自身、兄がフリンデルド本土の公使館員として働いております。戦況悪化の折、
あなた方の望んだ通りの支援が出来るかは正直……確約できぬところがあります」

ブレウィンドル少佐は一旦言葉を止め、痩せた面長の顔を右や左に振り向ける。

「しかしながら、出来る限りの事はやらせて頂きます。そのために、まずはこの船の被害状況をこの目で確認させて頂きます」
「おお。心強い限りじゃ……」

キサスは、ブレウィンドル少佐の内に秘めた誠実さを感じた後、無意識のうちに感嘆の言葉を漏らしていた。

「頼みますぞ!ダバウド、お歴々を案内つかまつれ」
「は。これよりはそれがしがご案内仕ります。まずはこちらへ……」

ダバウドは担当士官ら案内すべく、先頭に立って甲板へ上がり始めた。
キサスは彼らの後ろ型を流し見しつつ、そのまま視線をシホールアンル駆逐艦を向けた。

「しかし……何度見ても凄い船じゃが……この国ではあれ程の大船でさえ、小さいというのだ。大きい奴はどれほどのものになる事か……
ここにいるだけでも、わしらの国の伝統や、常識が何であったのか……心の中で揺れ動いてしまうわ。誠に、バサラよのぅ」

彼はそうぼやいてから、高々と笑い声を上げた。

異変は、損傷個所の確認を行っている最中に起きた。

キサスの耳に、遠くからけたたましい警笛のような物が飛び込んできた。

「む……なんじゃこの音は?」

513ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2019/12/23(月) 23:59:28 ID:9E2YatiQ0
第58任務部隊第1任務群は、午前4時30分にはロアルカ島より南東250マイルの沖合に到達し、午前5時までには第1次攻撃隊130機が
発艦し、ロアルカ島攻撃に向かった。

第1次攻撃隊がロアルカ島に迫ったのは、午前7時を過ぎてからであった。

第1次攻撃隊指揮官兼空母リプライザル攻撃隊指揮官を務めるヨシュア・パターソン中佐は、眼前に広がるノア・エルカ列島の中心拠点である
ロアルカ島を見据えながら、指揮下の各母艦航空隊に向けて、マイク越しに指示を下し始めた。

「攻撃隊指揮官騎より、各隊へ。目標地点に到達、これより攻撃を開始する。リプライザル隊は港湾南側の停泊地、並びに地上施設。ランドルフ隊は島中央部
の停泊地、並びに付近を航行中の艦船。ヴァリー・フォージ隊は港湾北側の停泊地を攻撃せよ!」

パターソン中佐の指示を受けた各隊は、それぞれの目標に向けて行動を開始する。

第1次攻撃隊の内訳は、リプライザルからF8F12機、AD-1A36機。
ランドルフからF8F12機、AD-1A24機。
ヴァリー・フォージからF6F16機、SB2C18機、TBF12機となっている。

出撃前のブリーフィングによると、ロアルカ島の港湾施設は島の中央部に集中しており、大きく3つに分けられると言われている。
また、捕虜から得た情報では、ロアルカ島付近には航空部隊が配備されておらず、対空火器も比較的少ない事が判明している。
このため、同島に向かわせる攻撃隊は護衛機の比率を下げ、攻撃機を多く加える事で、ロアルカ島の敵艦船、並びに、敵施設への攻撃を重点的に
行う事となった。

空母ごとに別れた3つの梯団が別々の動きを見せ始め、更に高度を上げる機体があれば、逆に高度を下げて行く機体もある。
リプライザル隊は真っ先に戦場に到達したため、敵の対空砲火は自然とリプライザル隊に集中する事となった。
敵の迎撃が全くないため、護衛のF8Fが敵の対空砲火を制圧するため、まっしぐらに敵へ突っ込んで行く。
ロアルカ島の大きな入り江には、慌てて出港したと思しき艦艇が多数見受けられ、そのうちの半分から対空砲火が撃ち上げられた。
F8Fは、高射砲弾の炸裂をものともせず、光弾に絡め取られる事もないまま、敵陣に接近して両翼の20ミリ弾を叩き込んだ。
F8Fに狙われたのは、地上の軍事施設の周囲に配置された対空陣地であった。
長方形型の兵舎と思われる5つの施設の周囲には、8個程の対空陣地が置かれており、それらが対空射撃を行うのだが、猛速で飛行する
F8Fの動きに付いていけず、光弾はF8Fの残像を貫くばかりであった。
20ミリ機銃の集中射を受けたある対空陣地が瞬時に沈黙し、それを見たシホールアンル兵は驚愕の表情を見せたあと、半狂乱になりながら防空壕に
飛び込んでいく。
別の対空陣地は果敢に反撃しようと、銃座の指揮官が声を張り上げて指示を飛ばすが、魔道銃を構えた兵士は、F8Fの機首が自分たちに向けられるや、
すぐに魔道銃を放棄してしまった。
指揮官は激怒し、長剣を抜きながら兵士を追いかけようとするが、そこに20ミリ弾がしこたま撃ち込まれ、指揮官は銃座ごと体を粉砕された。
ロアルカ島守備隊の駐屯地上空には、F8Fの機首から発せられる大馬力エンジンが盛んに唸り声を響かせており、それは平和を維持する地に現れた
破壊者そのものの雄叫びと言っても過言ではなかった。

サルシ号の船上から見たそれは、イズリィホン人である彼らから見たら、まるで夢現の中の出来事のように思えていた。
だが……それは夢現の中の出来事ではなかった。

「敵機動部隊だ!」

514ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2019/12/24(火) 00:00:09 ID:9E2YatiQ0
キサスは、上甲板に上がった瞬間、ブレウィンドル少佐の発した金切り声を耳にしていた。

「敵機動部隊ですと?となると……あれが、シホールアンルが戦っている敵であると。そう申されるのですな?」
「その通りです!しかし、こんな辺境の島にまで奴らが襲撃してくるとは……!」

キサスは、それまで澄ました表情を見せていたブレウィンドル少佐が、明らかに狼狽している事に気付いた。

「これは、視察どころではない!一刻も早く陸地に戻らねば」

ブレウィンドル少佐は目を血走らせながら、慌てて小艇に移乗しようとするが、そこにキサスが待ったをかけた。

「お待ち下され!今陸地に戻るのは危ういのではありませぬか?」

彼は片手を周囲に巡らせた。
キサス号の付近に停泊していた駆逐艦や哨戒艇が大慌てで出港し、広い湾内に展開しようとしている。
今この状況で陸地に戻ろうとしたら、小艇はこれらの艦と衝突する可能性があった。

「た、確かに……」
「今は事が収まるまで、この船に留まられるのが宜しいかと思われますが」

キサスの提案を受けたブレウィンドル少佐は、半ば困惑しながらも、顔を頷かせた。

(この者、生の戦を経験しておらぬな?)

同時に、キサスはブレウィンドル少佐が、前線を経験していない事にも気付き始めた。

「しかし、なぜこの僻地にまで、敵の機動部隊が……」
「ブレウィンドル殿。それがしは疑問に思うたのですが、この地には精強無比と強いと謡われておられる筈のワイバーンが見えぬのですの。
ワイバーンはあれらを迎え撃たぬので?」
「ワイバーン隊は……おりません」

ブレウィンドルは、半ば絶望めいた口調でキサスに答える。

「敵が来ない僻地にワイバーン隊を置いて、ただ遊ばせる訳にはいかんと上層部が判断したのです」
「ううむ……となると、これはしてやられたという事になりますのぅ」

キサスは同情の言葉を述べるが、ブレウィンドルはそれに返答せず、無言のまま拳を握り締めていた。
この間にも、アメリカ軍機の空襲は続いていく。

陸の地上施設に第一弾を投下した米艦載機は、港湾施設や在泊艦船にも襲い掛かる。
キサスは、遠方ながらも、初めて目の当たりにする米軍機の攻撃を食い入るように見つめ続けた。

幾つもの小さな影は、ワイバーンと違って左右の翼を振らないのだが、それでいてワイバーンよりも動きが良いように思える。
特に直進時の速さはこれまでに見たワイバーンや、国の妖族、怪異共のそれと比べ物にならないぐらい早い。

515ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2019/12/24(火) 00:01:26 ID:9E2YatiQ0
それでいて、小さな影からは聞いた事もない轟音が響き渡り、音だけで敵を殺傷しようとしているのかと思わんばかりだ。

「なんとも耳障りの音じゃ。しかし、よくよく聞いて見ると、これはこれで力強いようにも思えてしまう……」

キサスは、上空に木霊するライトR-3350エンジンや、P&W製R2800エンジンの音に対し、素直な感想を述べた。

アメリカ軍艦載機は、高空から降下して目標を攻撃する機や、超低空から目標に忍び寄ろうとする機、そして、高速で先行して
目標に牽制攻撃を仕掛ける等、役割に応じて目標を襲撃している事が、おぼろげながらもわかり始めた。

これらの攻撃は凄まじく、停泊中の大船はもとより、抜錨して湾内で動き回っていた船ですら、アメリカ軍機の攻撃の前に次々と
討ち取られつつある。
しかし、対する友邦国の軍も決してめげることなく、地上からは絶えず導術兵器の反撃(イズリィホンではそう呼んでいる)を行い、
湾内の艦艇は、国旗と戦闘旗を雄々しくはためかせながら光弾を吐き続けている。
絶対的な劣勢下にありながらも、猛々しく戦う姿は、世界一の強国シホールアンルの意地を表しているかのようだ。

「アメリカ軍とやらの攻撃も恐ろしい物じゃが、それに立ち向かう貴国軍の戦船も負けず劣らず、天晴れなものですな」
「ええ。確かに果敢です。ですが……!」

ブレウィンドルは唐突に言葉を失ってしまった。
今しも、懸命の対空戦闘を続けていた一隻の駆逐艦が、スカイレイダーから放たれた爆弾を全弾回避し、生還の望みを掴んだ筈であったが、
低空から接近してきた別のスカイレイダーの雷撃を受けてしまった。
2機のスカイレイダーは、両翼から2本ずつの魚雷を投下し、計4本の魚雷が駆逐艦の艦体に迫った。
駆逐艦は急転舵で回避を試みたが、全て避ける事は叶わなかった。
駆逐艦の左舷側中央部に1本の巨大な水柱が立ち上がると、駆逐艦は急速に速度を落とし始めた。

「今のはなんじゃ!?あの喧しい飛び物が、海の中に細長い棒状の物体を捨てたはずじゃったが……」
「今のは魚雷という兵器によって行われた対艦攻撃です。私も実際に見るのは初めてではありますが、敵は艦船を撃沈する際に、
飛空艇の腹や、翼の下に魚雷を抱かせ、至近距離まで接近して目標に魚雷を当てに行くのです。その際、魚雷は海中に潜り込み、
目標は海の中にある下腹を、あの棒状の物体によって串刺しされてしまい、そして……中に仕込んだ火薬を爆発させて大打撃を
与えていくと、私はそう聞き及んでおります」
「なんと……となると、魚雷という名の得物は恐ろしい威力を持っておるのですな」

キサスは驚愕の表情を浮かべながら、傾斜を深めていく駆逐艦を見つめ続けた。

(あの戦船の中にもまた、シホールアンルの水士達が大勢乗っておる。船の傾きが異様に早いとなると……)

乗員の多くが死ぬ。それも、短時間の内で……100名単位で……

516ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2019/12/24(火) 00:02:13 ID:9E2YatiQ0
「次元が……わしらの知る戦とは、何もかもが違い過ぎる。人が討ち取られていく数と、それに立ち至る時の流れまでもが」
「キサス殿の船は、不用意に動かず、このままじっとしておかれた方がよろしいでしょう」
「無論、そのつもりでございまする。ましてや、イズリィホンはこの戦に関しておりますぬからな。戦ともなれば、大旗を掲げて」

その瞬間、キサスは体の動きを止めた。

(旗……わしらの旗は……!)

彼はハッとなり、心中で呟きながらマストに顔を振り向けた。
サルシ号は嵐に見舞われ、メインマストを損傷してしまっている。その際、イズリィホンの国章が描かれた旗も無くしてしまった。
その後、サルシ号はシホールアンル側の警戒艦に不審船として止められた後、臨検させてイズリィホン船籍の船である事を説明した
後に、ロアルカ島への停泊を許されている。
つまり、サルシ号は、一目にイズリィホン船籍の船と識別できない状態にあるのだ。

それは即ち……

「あ……殿ぉ!空から何かが向かって来ますぞ!」

サルシ号が米艦載機に、シホールアンル船籍……つまり、敵艦船として認識される事を意味していた。

空母ヴァリー・フォージから発艦したSB2Cヘルダイバー艦爆16機は、TBFアベンジャー艦攻12機と共に、目標と定めた
港湾地区上空に達していた。

「眼下には桟橋から出港したての大型の輸送艦2隻に……あれは木造の輸送船か。それが1隻。あとは出港して湾内に展開しつつある小型艦3隻。
ちょこまかと動き回る駆逐艦は無視して、輸送艦を狙うか」

ヴァリー・フォージ艦爆隊指揮官であるデニス・ホートン少佐は、自隊の主目標を輸送船3隻に絞る事に決めた。

「デニス!聞こえるか!?そっちは何を狙うんだ?」

唐突に、レシーバー越しに艦攻隊指揮官の声が響く。

「ジェイソンか。こっちは輸送艦を叩く予定だ。そちらの目標はどれだ?」
「こっちは駆逐艦を狙う。何機かはまだ雷撃に不慣れだから、輸送艦を狙わせたいと思っているが」
「ふむ。いいだろう。相手からの反撃は少ない。のんびりと行かせてもらうよ」
「位置的にそっちの方が先だな。いい戦果を期待しているぞ。グッドラック!」

ホートン少佐は同僚の声に苦笑しながら、レシーバーを切った。

(不慣れなクルーがいるのはこっちも同じだな。16機中、8機のクルーは初陣だ。緊張で上手くやれんかもしれんだろうが……
訓練通りにやってくれることを祈るばかりかな)

517ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2019/12/24(火) 00:02:54 ID:9E2YatiQ0
彼は部下の練度に不安を感じながらも、各機に指示を下し始めた。
第1、第2小隊は輸送艦1、2番艦。第3、第4小隊は木造の輸送艦を目標に定め、各々攻撃を開始した。


サルシ号の上空に、これまた聞いた事のない轟音が鳴り始めた。

「な、なんだこの金切り音は!?」
「あ奴はもののけか!?」

部下の護衛兵が耳を押さえたり、上空に指を向けながら、迫り来るある物を凝視する。
キサスは釣られるように空を見上げた。
サルシ号の右舷上方から、何かが急角度で降下を始めていた。
その姿は最初小さかったが、みるみるうちに大きくなっていく。

「と、殿!あ奴はこっちに落ちてきますぞ!」
「いや!落ちておるのではない!あれが、あの者達のやり方なのじゃ!」

キサスは、先程目撃したシホールアンル艦に対するスカイレイダーの急降下爆撃を思い出し、サルシ号も同じ方法で攻撃を受けているのだと
心中でそう確信していた。

「ヘルダイバーだ!もう助からないぞ!!」

唐突に、傍らのブレウィンドルが叫び声をあげた。

「ヘルダイバー?それがあ奴の名でございまするか!?」

キサスはブレウィンドルに聞き、彼も答えたが、この時には、ヘルダイバーから発する甲高い轟音が地上に鳴り響いていたため、その声を
聞き取ることが出来なかった。

(なんという音じゃ!これでは、何も聴き取れぬ!!)

彼は無意識のうちに両手で耳を塞いでしまった。
だが、ヘルダイバーの発する轟音は、耳を掌で覆っても消える事はなく、むしろ大きくなる始末であった。
キサスは、徐々に機体を大きくするヘルダイバーを睨み付ける。
栄えあるイズィリホン武士団の一棟梁としての矜持が、この未知なる物体から逃れようとする自分をこの場に押し留めていた。
その矜持がいつまで保たれるかを試すかのように、米艦爆はサルシ号に向けて急速に接近していく。
サルシ号には3機の艦爆が向かっており、先頭はサルシ号まで高度2000メートルを切っていた。
キサスは緊張しながらも、ヘルダイバーと呼ばれるもののけの特徴を頭の中にじっくりと刻みつつあった。

(これまでに、妖族や天狗族、鬼族と言った異形とも呼ばれる者どもをわしは目の当たりにしてきたが……これこそ、正真正銘の異形と
言うべきかもしれぬ)

518ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2019/12/24(火) 00:03:49 ID:9E2YatiQ0
彼は、翼の根元を膨らませながら、急降下して来るヘルダイバーに対してそのような印象を抱いた。
その時、ヘルダイバーの目前に複数の花のような物がが咲いた。


駆逐艦フロイクリは緊急出港を行った後、敵の空襲を受けたが、必死の対空戦闘を甲斐あって損傷は軽微で済んだ。
艦上で対空戦闘の指揮を執っていたフェヴェンナ艦長は、見張り員の報告を聞くなり、ぎょっとなった表情でキサス号の上空に
顔を振り向けた。

「まずいぞ!アメリカ人共はイズィリホン船を爆撃しようとしている!」

フロイクリは今しがた、急回頭で敵の航空雷撃を回避したところだ。
彼は、輸送艦を爆撃して避退しようとする敵機を目標に定めようとしていたが、急遽目標を変更する事にした。

「目標、イズィリホン船上空の敵機!急ぎ撃て!」

フロイクリの4ネルリ(10.28センチ)連装両用砲が右舷側に指向され、6門の主砲が急降下しつつある米艦爆に照準を合わせる。
命令から10秒経過したところで、仰角を上げた連装砲塔が火を噴いた。
高射砲弾はヘルダイバーのやや前方で炸裂し、6つの黒い花がイズィリホン船の上空に咲いた。
ヘルダイバーには砲弾の鋭い破片が突き刺さったはずだが、臆した様子を見せることばく、強引に黒煙を突っ切った。

「魔道銃発射!」

砲術長が号令し、直後にフロイクリの対空魔道銃が射撃を開始する。
右舷に指向できる8丁の魔道銃から放たれた光弾が、ヘルダイバーへの横槍となって注がれていくが、なかなか命中しない。
だが、それがきっかけとなったのか、ヘルダイバーは高度1000メートルを切らぬうちに胴体から爆弾を投下した。

「敵機爆弾投下!」

(くそ!落とせなかったか!)

フェヴェンナは敵を落とせなかった事を悔やんだが、すぐに別の指示を下した。

「2番機を狙え!まだ爆弾を持っているぞ!」

フロイクリの照準は、その後ろを降下する2番機に向けられる。
6門の砲と8丁の魔道銃が矢継ぎ早に射弾を繰り出す。
他の僚艦は対空戦闘を続けるか、被弾して大破状態にあるため、フロイクリ1隻のみの対空砲火では思うような弾幕がはれない。
それでも、フロイクリの対空射撃は一定の効果があった。
長い間戦場を渡り歩いた歴戦艦だけあって、乗員の腕は確かであり、射撃の精度は良好であった。
それに加えて、ヘルダイバーは乗員が未熟な事もあって、1番機と同様、高度1000を切った直後に爆弾投下という、及び腰の攻撃を行わせる
という効果もあった。

「1番機の爆弾が着弾!イズィリホン船の左舷側海面に外れました!」
「3番機、本艦右舷上空より接近!突っ込んできます!」

519ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2019/12/24(火) 00:04:25 ID:9E2YatiQ0
上空より響き渡るダイブブレーキの轟音に負けじとばかりに、大音声で報告が艦橋に飛び込んできた。

「こっちが狙われたか!」

フェヴェンナは表情を険しくするが、ヘルダイバーの矛先を引き付ける事も出来た。
彼はある種の達成感を感じながら、操艦に集中し続けた。



サルシ号に向かっていた米艦爆の腹から何かが放たれた。

「伏せて!爆弾です!!」

ブレウィンドル少佐が叫び、両手で頭を押さえながら甲板に突っ伏した。
直後に、キサスらもそれに倣って体を伏せた。

頭の上でまた変わった轟音が響き渡り、音だけでサルシ号を潰そうとしているように思えた。
直後、強烈な爆裂音と共に左舷側から猛烈な振動が伝わった。

「ぬ、ぬおぉ!」

キサスは船体に伝わる衝撃に体を転がされ、仰向けの形で体が止まった。
その眼前には、甲高い叫び声を上げながら真一文字に突っ込みつつある米軍機がいた。
先と同様、翼の根本を膨らませながら迫りつつある。
その周囲に黒い花が咲き、更には色鮮やかなつぶてが横合いから吹き荒んでいる。

(あ奴はシホールアンルの戦船から攻撃を受けておるな!)

キサスは、先程までシホールアンル艦の対空戦闘を見学していたため、この機がどこかにいるシホールアンル艦から
対空射撃を受けているのがわかった。
しかし、友邦国海軍の戦船はサルシ号を狙う機を落とすことが出来ぬまま、新たな攻撃を許してしまった。
胴体からまた黒い何かが吐き出された。
そして、両翼から閃光のような物が断続的に見えたと思いきや、礫のような物がサルシ号に降り注ぎ、船体の各所で雨垂れのような異音が鳴り響いた。

米艦爆は機銃を放った後、エンジン音をがなり立てながら、サルシ号の上空50メートルを飛行していった。

黒い物は丸い円となってサルシ号に落下しつつある。
それを見たキサスは、即座に死を覚悟した。

(わしは逝くのか……志半ばにして……)

ならば、その瞬間が来るまで決して目は閉じぬ。

520ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2019/12/24(火) 00:06:38 ID:9E2YatiQ0
大の字になりながら、迫り来る黒い物体がサルシ号に着弾するまで、キサスは目をつぶらないことにした。
イズィリホン武士の誇りが、彼にそうさせた。

しかし……

黒い物体は、丸い真円から若干細長い棒のように見えた。
その直後、物体はサルシ号の右舷側海面に落下していった。
右舷側から轟音と共に強い振動が伝わり、仰向けとなっていたキサスは、左舷側に転がされてしまった。
背中を左舷側の壁に打ち付けたキサスは、低いうめき声をあげたが、激痛を振り払うように勢いをつけて起き上がった。

「ええい!やりたい放題やりおって!!」

キサスは忌々し気に騒いだ。
更に3機目の爆音が鳴り響いたが、3機目は狙いを変えたのだろう、シホールアンル駆逐艦に向けて突入していった。

「もしや……あの船がわしらを手助けしてくれたのか。ありがたや……」

彼は、対空戦闘を繰り広げながら、回避運動を行う駆逐艦に向けて感謝の言葉を贈った。

「さりながら……状況は未だに良いとは言えぬ。アメリカとやらの軍勢はまたもや、こちらに手を掛けてくるであろう。それを防ぐためには……」

キサスはそう独語しながら、折れたメインマストに目を向ける。
サルシ号には、所属を示す記しが無い。
戦場と化したこの場で、それが致命的であるという事は、今しがた証明されたところだ。
国から掲げてきた記しは、今や海の底である。

(記しはもはや無き物になった。さりながら……あの姿までは、無き物となったわけではない……!)

彼はあることを思いつき、供廻りの衆に指示を下そうとした。
だが……

「おのれぇ!やりおったな!!」
「不埒な輩めら!成敗してくれるわ!!」

キサスが振り向くと、そこには、本格的に武装した部下達が口角泡を飛ばしながら迎撃の準備を整えていた。
船内に一時避難しながらも、爆撃を受けて怒りが爆発し、予め用意されていた弓矢を引っ提げて甲板に上がって来たのだろう。

521ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2019/12/24(火) 00:07:38 ID:9E2YatiQ0
(いかん!)

キサスは素早く動き、部下たちの前に躍り出た。

「ならん!ならんぞ!!」
「な…殿!?」
「如何なされた!?」

部下達は困惑の表情を浮かべる。

「イズリィホンは、アメリカという国とは戦をしておらん!」
「戦をしておらぬですと!?殿!あ奴らは我らに炸裂弾を投げつけ、一網打尽にしようとしたではありませんか!」
「返り討ちにしてやりましょうぞ!」
「如何にも!不遜な輩は討つべし!」

部下達は興奮のあまり、弓矢を掲げながら周囲を飛行する米軍機に反撃しようとしている。
だが、キサスは供廻り衆の感情に流されてはいなかった。

「この大たわけめが!今しがたの攻撃を見てもわからぬのか!?あんな速さで飛ぶあ奴らに、弓矢で射ても当たりはせぬわ!
それ以前に、わしらが攻撃されたのは、ただの事故じゃ!」

彼は大声で叱責しつつ、メインマストを指差した。

「記しが備わっておれば、あのような攻撃は受けなかったかもしれぬ!」
「あの記しはもはやありません!そのため、敵の攻撃を受けておるのですぞ!」
「だから敵ではないのだ!わしらは、それを示さなければならん!」
「示すですと?旗はとうの昔に失われてしまいましたぞ!」
「うむ。確かに失われておるの。じゃが……」

キサスはニタリと笑みを浮かべると、左手で自らの頭を叩いた。

「ここの中にある記しまでは、失っておらん。そち達もあの模様を覚えておるであろう?」
「た、確かに……」
「殿。もしや、殿は記しを作ると言われるのですか?」
「そうじゃ。作る!材料は船倉の中にあるだろう?とびきり質の良い奴がの」

彼がそう言うと、供廻り衆は仰天してしまった。

「殿!あれは幕府が用意したシホールアンルへの献上品でございますぞ!どれもこれも、イズィリホンでは最高級の品ばかり」
「さりながら、あれはここで使うしかあるまい。白い布に色とりどりの染料。記し作りには持って来いじゃ」
「な、なんと……」

522ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2019/12/24(火) 00:09:37 ID:9E2YatiQ0
部下達は絶句してしまった。
キサスらは、出港前に幕府よりシホールアンルへの献上品として幾つかの貢ぎ物を渡されていた。
なかでも白い布は、特殊な工程を経て作られた最高級の一品であり、シホールアンル側は数ある献上品の中でも、特にこの高級布を
好んでいた。
シホールアンル首都ウェルバンルにある帝国宮殿内で飾られている絵画の中では、3割ほどがこのイズィリホン製の白布を使用して制作されて
おり、市井においても高い値が付くほどだ。
イズィリホンの下級武士層ではまず手が届かず、有力大名でさえもおいそれと手出しできぬと言われるほど、白布の質は高かった。
キサスは、その献上品を使って記し……国旗を作ろうと言い出したのだ。
部下達が絶句するのも無理からぬことであった。

「なりませぬとは言わせん。さもなければ、ここで粉微塵に打ち砕かれるだけぞ!」

キサスは有無を言わせぬ口調で部下達に言う。
対空砲火の喧騒と、上空を乱舞する米軍機の爆音が常に鳴り響いているため、口から出る声も常に大きい。
心なしか、喉が痛んできたが、キサスはここが耐えどころと確信し、あえて痛みを無視した。

「心配無用!幕府のお歴々が咎めれば、嵐に遭うた時に波にさらわれたと言えば良いわ。さあ!急いでここに持って参れ!早急にじゃ!」
「ぎょ、御意!」

複数の部下が慌てて下に駆け下りていった。
その間、キサスは右舷方向に目を向ける。

シホールアンル駆逐艦は今しがた、米艦爆の急降下爆撃を間一髪のところで回避していた。
そのやや遠方を、複数の小さな点が、ゆっくりと海上に降下していくところに彼は気付く。
横一列に3つならんだ黒い点は、海面からやや離れた上空にまで降下した後、這い寄るかのように進みつつある。
その先には……

(一難去ってまた一難、であるか……!)

「殿!献上品をお持ち致しました!」
「染料は!?」
「こちらに!」

部下達が黒い艶のある箱を持って甲板に上がってきた。
キサスは、部下が持っていた細長い箱をひったくると、中にあった白い布を取り出し、それを甲板に広げた。

523ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2019/12/24(火) 00:10:22 ID:9E2YatiQ0
ヴァリー・フォージより発艦した12機のTBFアベンジャーのうち、3機は未だに手付かずで残されていた木造の輸送船を的に定め、
高度を下げながら的の右舷側より接近しつつあった。

「高度40メートルまで下げろ!前方の駆逐艦は無視だ。今の状態じゃ当てられん!」

アベンジャー隊第3小隊長のギりー・エメリッヒ中尉は2番機、3番機に指示を送りながら、目標を見据える。
現在、目標までの距離は約6000メートルほど。
輸送船の右舷側2000メートルに展開する駆逐艦は今しがた、ヘルダイバーの爆撃を回避し、対空戦闘を続けながら高速で直進に移っている。
本音を言うと、エメリッヒ中尉はあの駆逐艦を攻撃したかったが、彼が率いる小隊は、2番機、3番機のクルーが初陣であるため、高速で動き
回る駆逐艦に魚雷を当てるのは難しいだろうと考えた。
そこで、彼は当てるのが難しい駆逐艦よりも、停泊している輸送船を雷撃して、確実に戦果を挙げる事にした。
攻撃が命中すれば、初陣のクルーも自信を付けるであろう。

「敵の木造輸送艦まであと5000!各機、雷撃準備!」

エメリッヒ中尉は無線で指示を下しつつ、胴体の爆弾倉をあける。
胴体下面の外板が左右に別れ、その内部に格納されている航空魚雷が姿を現す。
母艦航空隊の必需品の一つであるMk13魚雷だ。

「駆逐艦が対空砲火を撃ち上げているが、気にするな!1隻のみの射撃では、アベンジャーは容易く落ちん!」

エメリッヒ中尉は無線機越しに2番機、3番機のクルーらを勇気づける。

「2番機が若干フラフラしています!」

エメリッヒ機の無線手が報告してきた。
現在は高度40メートルだが、新米パイロットにとってはきつい高度だ。
緊張で操縦桿を握る手に力が入り過ぎているのだろう。

「2番機!力み過ぎるな!機体がフラフラしていたら、当たるものも当たらん!落ち着いて操縦しろ!」
「了解!」

彼は喝を入れながら、目標を見据え続ける。

524ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2019/12/24(火) 00:11:15 ID:9E2YatiQ0
駆逐艦は高射砲弾を連射し、編隊の周囲で断続的に砲弾が炸裂する。
時折、近くで黒煙が沸いて破片が当たる音がするものの、グラマンワークス(実際はGM社製だが)の作った機体は打撃に耐え続けた。
編隊のスピードは、魚雷投下を考慮しているため、200マイル(320キロ)程しか出していないが、それでも目標との距離は急速に
縮まり、駆逐艦の上空を通り過ぎた後は、木造船まであと一息という所まで迫った。

「目標に接近!距離500で魚雷を投下する!」

エメリッヒは各機にそう伝えつつ、雷撃針路を維持する。
エメリッヒ機を先頭に右斜め単横陣の形で接近するアベンジャー3機は、敵船の右舷側に接近しつつある。
距離は尚も詰まり、今は1700メートルを切った。

(あの小型の木造船相手に、航空魚雷3本は過剰過ぎるだろうが……あの船の積み荷は敵の戦略物資だ。悪いが、俺達は仕事を果たさせて貰う)

彼は幾ばくかの同情の念を抱いたが、それに構わず沈める事にした。
それと同時に、認識票にも載っていない初見山の木造船に対して、遂にシホールアンルも使い古しの船を使わねばならなくなったのか、とも思った。

(俺達を恨むなよ。戦争を引き起こした上層部を恨んでくれ)

エメリッヒは心中でそう呟きつつ、魚雷投下レバーを握った。
距離は1000を切り、間もなく魚雷を投下する。
だが、ここで彼は、思わぬ光景を目の当たりにした。

距離が1000を切る頃には、うっすらとだが、甲板上の様子が見てわかる事がある。
パイロットは基本的に、視力が良くないとなれないが、エメリッヒは入隊前にアラスカで漁師として働いていた事もあり、視力は2.0はある。
その2つの目には、甲板上で盛んに旗を振り回す一団が映っていた。

(旗?)

彼は怪訝な表情を浮かべつつ、なぜ彼らが旗を振っているのかが気になった。
この時、距離は900メートル。
急に、彼の心中で疑問が沸き起こった。

目標は軍用船なのか?
いや、……あの船はシホールアンル船なのか?

それ以前に、あの船は攻撃してはいけないものではないか?

525ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2019/12/24(火) 00:12:15 ID:9E2YatiQ0
900メートルが過ぎ、700メートル台に接近した。
エメリッヒの双眸には、相変わらず旗を振り回す一団が見えていたが、距離が詰まることによって、得られる情報も多くなった。
独特な民族衣装を着た一団は、多くが手を振り回していたが、一部はしきりに、振り回す旗を見ろと言わんばかりに指を向けていた。
旗の模様はシホールアンル国籍の物ではなく、全く違う模様が見えていた。

(敵じゃないぞ!!)

この瞬間、エメリッヒは全身後が凍り付いたような感覚に見舞われた。
体の反応は、自分が思っていた以上に素早かった。

「各機へ!攻撃中止!攻撃中止だ!!あれはシホールアンル船ではない!!」

エメリッヒは無線機越しに叫ぶように命じた。
その直後に、胴体の爆弾層を閉じ、機体を左右にバンクさせた。
アベンジャー3機は魚雷を投下せぬまま、高度40メートルで国籍不明船の上空を通過していった。

青と赤が横半分に分けられ、中央に赤紫色の丸が手描きで描かれたシンプルな記し……イズィリホン将国の国旗を、部下と2名と共に
力強くはためかせていたキサスは、爆音を上げながらフライパスした米軍機を見送ったあと、急に体の力が抜けたように感じた。
彼は思わず、その場で屈んでしまった。

「お……おぉ。分かってくれたようじゃ……のぅ」
「殿!如何されました!?」
「殿!」

供廻り衆がキサスの周りに集まり、彼を気遣う。

「いや、大丈夫じゃ。ただ幾ばくか疲れただけじゃ」

キサスはそう言って、微笑みを浮かべる。
それからしばらくして、空襲警報が鳴りやんだ。

5分後、一旦落ち着きを取り戻したキサス号では、乗員が被害個所の確認を行う傍ら、破損したメインマストに急ごしらえの国旗を掲げていた。

「これがイズィリホンの国旗ですか」

ブレウィンドルは、文献以外でしか見た事が無かったイズィリホンの国旗をまじまじと見つめた。

526ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2019/12/24(火) 00:13:41 ID:9E2YatiQ0
「これこそ。我らが誇るイズィリホンの記しでございまする。さりながら……それがしには少々足りぬものがあると思いましてな」
「足りぬですと?何かの紋章を書き忘れたのでしょうか?」
「いや、荒々しいではありますが、記しはこの通りの様相で差し支えありませぬ」
「元の通りに描けた、という事ですな。なのに、なぜ足りぬと?」
「それはですの……まぁ、それがしの言葉のあやという物でござります」

キサスはそう言ってから、高笑いを上げる。
ふと、ブレウィンドルは、このキサスという男が野心家ではないかと思ってしまった。

(この方は、何か大きな事をやりそうな予感がするな。こう、歴史的な事を)

ブレウィンドルは心中でそう呟いた。

のんびりと物思いに耽る時間は、そう長くはなかった。
先の空襲から20分足らずで、再び空襲警報が鳴ったからである。

「ま、また空襲警報だ!」
「殿!」

シホールアンルの担当官と、供廻り衆から再び悲鳴のような声が上がった。
それを聞いたキサスは、どういう訳か苦笑いを浮かべた。

「偉大なる帝国は、土地という土地、島という島、隅々まで総戦場になりけり、という事かの」


午前8時 ルィキント列島南南西220マイル地点

人間の生活習慣という物は、ある程度の期間が過ぎると常態化していくものである。
それは、社会においても同じであり、朝の仕事準備、業務、休憩、業務、帰宅と言った流れでほぼ進んでいく。
軍隊においても、それは同じだ。

早朝の偵察機発艦からの周辺海域索敵は、最大のライバルでもあったシホールアンル機動部隊が壊滅した今でも続行されている。
それは、アメリカ機動部隊のルーチンワークの一つでもあった。
そんな何気ない動作と化した索敵行は、ある物を彼らに見せつける事となった。

空母ランドルフより発艦したS1Aハイライダーは、暇で単調な索敵行を半ば終えようとしたときに、それを見つけた。
いや、後世の歴史家の中では、見つけてしまった、という表現を時々用いられるほど、この索敵行は歴史上の大事件であった。

「機長!あれは間違いありません!誰が見ても竜母です!」
「ああ、確かにそうだ!だが、なぜこんな所に?」

527ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2019/12/24(火) 00:14:26 ID:9E2YatiQ0
機長は7、8隻の護衛艦に過去まれた中央の大型艦を見るなり、疑問に思うばかりであった。
海軍情報部では、シホールアンル海軍の大型艦は全て、本国沿岸の安全地帯に避退していると判断しているという。
先日のシュヴィウィルグ運河攻撃の際、同地で遭遇した敵竜母部隊は、攻撃を担当したTG58.3が攻撃を加えたが、ある程度の打撃を与えただけで
撃沈には至らなかったという。
そもそも、TG58.1はこの地に有力なシホールアンル海軍艦艇が存在しているとは考えてはおらず、この日の索敵行は、どちらかというと初見の
海域の調査を目的とした物であった。
このため、早朝に発艦したハイライダーは4機ほどで、通常よりも少なく、哨戒ラインの密度も薄い。
それに加えて、ハイライダー各機は海域の情報収集と、長距離飛行を念頭に置かれたため、ドロップタンクを装備している。
飛行距離は往復で1000(1600キロ)マイルもあり、通常の索敵行と比べても明らかに長い。
機長は、長い遊覧飛行だと心中で思っていたほどだ。

だが、のんびりと飛行を楽しむ時間は、唐突に打ち切られてしまった。

「ランドルフに報告だ!」
「了解!」

機長は後席の無線手に指示を伝えるが、そこで新たなものを見つけた。
ハイライダーより5000メートル離れた空域に、別の飛行物体を確認した。
その小さな物体は、大きく翻ってから頭をこちらに向けた。
その物体に、これまでに見慣れた、敵の“生き物らしい動作”は全く見受けられなかった。

(危険だ!)

言いようの無い恐怖感に襲われた機長は、咄嗟に機首を反転させ、この海域からの離脱を図った。

「未確認飛行物体を視認!離脱するぞ!」

反転したハイライダーは再び水平飛行に戻ると、離脱の為、エンジンを全開にした。
その頃には、向かっていた飛行物体は急速に距離を詰めつつあった。

「国籍不明機接近してきます!」
「わかってる!飛ばすぞ!」

ハイライダーは持ち前の加速性能を発揮し始めた。
不審機も加速したのか、しばしの間距離が離れなかったが、時速600キロメートル以上になると徐々に離れ始め、650キロを超える頃には
その姿は急速に小さくなり始め、700キロに達した時には、不審機の姿も、未知の母艦を伴った機動部隊も見えなくなっていた。

528ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2019/12/24(火) 00:14:58 ID:9E2YatiQ0
午前10時 ロアルカ島南東250マイル地点

第5艦隊司令長官を務めるフランク・フレッチャー大将は、旗艦である戦艦ミズーリのCICで戦果報告を聞いていた。

「先程、第2次攻撃隊の艦載機が母艦に帰投致しました。第2次の戦果報告は現在集計中ですが、第1次攻撃隊は艦船10隻撃沈、6隻撃破、
複数の地上施設並びに、魔法石鉱山の爆撃し、多大な損害を与えております。こちら側の損害は、4機が現地で撃墜されたほか、被弾12機、
着艦事故で3機が失われました」

通信参謀のアラン・レイバック中佐が淡々とした口調で報告していく。

「第2次攻撃隊の戦果に関しては、先にも申しました通り集計中ですが、暫定ながらも地上施設と港湾施設に甚大な被害を与えたとの報告が
入っております」
「事前の予想通り、攻撃は成功だという訳だな」

フレッチャーはそう言いつつも、表情は険しかった。

「だが、現地では予想していなかった事態も発生したと聞いている。諸君らも聞いておるだろうが」

彼は言葉を区切り、溜息を吐いてからゆっくりとした口調で続ける。

「第1次攻撃隊は、攻撃の途中でシホールアンル帝国とは別の国に所属していると思しき、国籍不明の木造船を発見したと伝えてきた。
そして……その木造船を誤爆したという報告も、入っている。一連の報告は、既に太平洋艦隊司令部に向けて送ってはいるが……」
「国籍不明船を誤爆したパイロットからの報告では、乗員が未知の国旗のような物を振っていたとあります。また、木造船自体もシホールアンル船
と比べて年代的に数世代あとの物である事が判明しております。木造船を狙った爆弾は外れており、雷撃を敢行したアベンジャー隊も
寸前で国籍不明船と気付いたため、同船舶が撃沈に至る程の損害は与えてはおりませぬが……」
「ヘルダイバーは爆弾投下後に機銃掃射を行い、ある程度の機銃弾が同船舶に命中したとの報告も入っている。不明船の所属国の調査は、
後に行われる事になるだろう」
「この後、第3次攻撃隊の準備が予定されておりますが。どうされますか?」

参謀長のアーチスト・デイビス少将の問いに、フレッチャーは即答した。

「第3次攻撃は、この際中止にする。元々、ノア・エルカ列島はシホールアンルの辺境地帯だ。同地を訪れている、非交戦国の独航船や
輸送船が停泊している可能性は1隻だけはないだろう。もし、別の国籍不明船を誤爆すれば、合衆国は世界中から非難される事になる。
参謀長!」

フレッチャーは改めて命令を下した。

529ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2019/12/24(火) 00:15:35 ID:9E2YatiQ0
「TG58.1司令部に伝えよ。第3次攻撃中止。TG58.1は偵察機を収容後、直ちに作戦海域から離れるべし、以上だ」
「はっ!」

参謀長はフレッチャーの命令を受け取ると、通信参謀にその命令をTG58.1司令部に伝達するよう、指示を下した。

(しかし、まさかの誤爆事件発生となってしまったが……この他にも、問題はある)

フレッチャーは、やや陰鬱そうな表情を浮かべつつ、紙束の中に挟まっていた、一枚の紙を手に取り、その内容を黙読した。



「ルィキント列島より南南西220マイルの沖合にて、未知の母艦らしき物を伴う艦隊を発見せり。艦隊には艦載機と思しき飛行物体
も帯同し、偵察機を追撃する動きを見せるものなり。同飛行物体はワイバーンにあらず」

530ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2019/12/24(火) 00:16:22 ID:9E2YatiQ0
SS投下終了です

531HF/DF ◆e1YVADEXuk:2019/12/24(火) 19:16:42 ID:rWhpEeEQ0
投下乙、粋なクリスマスプレゼントですな!
誤爆事件、最悪の展開こそ避けられたがこれからどうなることやら
あと最後に出てきた未知の艦隊、一体どこの勢力のものなのか…

532名無し三等陸士@F世界:2019/12/25(水) 11:06:32 ID:Meu0lnu.0
 状況や時期を考えればオールフェスと諸島返還を求めていた「あの国」なんだろうけど、
時期的にまだ返還期限じゃない筈なんだが偵察にでも来たのかな?

533名無し三等陸士@F世界:2019/12/26(木) 17:51:51 ID:/WZS.Q/E0
おおおお ここに来て新たな展開か!
作者やりおるなあ

534名無し三等陸士@F世界:2019/12/31(火) 11:21:50 ID:f7RAahgA0
 竜母艦載用飛空艇はシホールアンル帝国ではついぞ実用化されませんでしたから
未知の艦隊が所属する勢力も中々の技術力を持っているみたいですね。

535ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2019/12/31(火) 22:41:34 ID:EEBr8sA20
皆様レスありがとうございます。

>>531氏 偶然クリスマスと重なってしまいました。

>誤爆 やられた側の所属国が分からんので、まずは情報収集からですね
アメリカとしては、当該国は怒り狂っていると思っておりますので、謝罪はもちろんの事、賠償金を用意する事も考えております。

その国はどこなのか、まだ明かせませんが……なかなかのやり手ですね

>>532氏 ちなみに、発見された側は米艦載機の遭遇は予想外の事なので、非常に焦っておりますね。

>>533氏 未知の機動部隊発見は、アメリカにとっては青天の霹靂とも言えますね。
シホールアンル、マオンドを倒せば平和になると思っていた矢先に、最悪、シホールアンルと同等の国力を持つ国との対峙を
想定しなければいけないですから

>>534氏 米国側もかなりの危機感を持っています。史実同様、東西冷戦は確実に到来する事でしょう。

本年中は投稿数が少なく、寂しい物になりましたが、拙作をご愛顧いただき、誠にありがとうございました。
来年こそは完結を目指して邁進していきたいと思います。

それでは皆様、良いお年を。

536HF/DF ◆e1YVADEXuk:2020/10/26(月) 20:55:08 ID:xzg.VGas0
待機

537ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2020/10/26(月) 21:00:03 ID:XDQ6yAnU0
こんばんは〜。これよりSSを投下いたします

538ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2020/10/26(月) 21:00:52 ID:XDQ6yAnU0
第290話 異国の使者


2月10日 午前8時

レンベルリカ連邦共和国領 カイクネシナ

マオンド共和国が対米戦に敗退後、正式にレーフェイル大陸の一国家として建国されたレンベルリカ連邦共和国は、アメリカの支援のもとで
徐々に回復しつつあった。
アメリカは同国に民間レベルのみならず、軍事レベルにおいても支援を行うため、同地に陸軍部隊2個師団を含む7万を駐留させながら、
今後の展開に対応するため、レンベルリカ国内にいくつか基地を建設し、そこにも陸海軍部隊を配置していた。

レンベルリカ駐在アメリカ大使であるジョセフ・グルーがそのカイクネシナに到着したのは、その日の午前8時を過ぎてからであった。

「どうぞ、お通りください」

基地のゲート前で、警備兵がグルー大使に目配せしてから進入を促した。
運転手はゆっくりと車を前進させ、カイクネシナ基地に入っていく。

「……会うのは2回目になるが。今回はどのような会合になるだろうか」

グルー大使は、カイクネシナ基地にて待っているであろう、ある人物の顔を思い出しつつ、小声でつぶやいた。
今日、グルー大使は、フリンデルド帝国より派遣された使者と会談を行う予定となっている。
フリンデルド帝国は、昨年12月中旬にアメリカ行きの使者を派遣し、その途中にレーフェイル大陸にあるレンベルリカ連邦を訪れている。
フリンデルド側としては、アメリカに行く前にまずレンベルリカを訪問し、同国の誕生を祝すと共に今後の国家間の交流を前提とした会談を
行いつつ、航海に必要な各種消耗品の補給を行う事を考えた。
レンベルリカ政府側との最初の交流は上手くいき、食料等の消耗品の補給も無事に終えることが出来た。
だが、アメリカ行きだけは叶わなかった。

いや……叶わないようにさせられた。

使者のアメリカ行きストップを命じたのは紛れもなくアメリカ本国首脳部であり、それを使者に伝えたのが、このグルー大使であった。

それから幾日が過ぎ……
レンベルリカ側はアメリカと相談を行いつつ、フリンデルド側に嫌悪感を抱かれぬように、かの国からの幾つかの提案を受け入れた。
その一つが、レンベルリカ国内にフリンデルド側の公使館を置く事だった。
公使館の設置は1月までには完了し、その責任者は工事完了直後から公使館に着任し、レンベルリカ側やアメリカ側との国交樹立に向けた交渉を行っている。
事務レベルでの交渉が緩やかに進み、次はレーフェイル各国使者との顔合わせに移ろうとしたその矢先に、海軍がシホールアンル租借領でフリンデルド側
施設を誤爆したのみならず、他の友邦国船舶をも誤爆したという情報が伝えられた。

アメリカ国務省は即座に、グルー大使にフリンデルド側行使に向けて、ひとまずの謝罪を行う事を命じ、グルーは本国から追加の電文を受け取った後、
公使館から大使館の中間地点に位置するカイクネシナ海軍基地に会談の場所を設け、直ちに急行したのである。

目的の施設に辿り着くまでにしばしの間があった。
グルーは胸中でこれから言う言葉を反芻しつつ、車内から軍港内の艦艇を見つめていく。
軍港内には、海軍の哨戒用の小艦艇や護衛駆逐艦、護衛空母が複数係留されている。
グルーは1か月前にこの基地を訪れているが、その時も哨戒艇や護衛駆逐艦といった警戒用の艦艇ばかりが目に付いていた。

539ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2020/10/26(月) 21:01:35 ID:XDQ6yAnU0
大西洋方面では、大西洋艦隊所属の第7艦隊がレーフェイル大陸周辺の警備を請け負っており、大型艦は3隻のニューメキシコ級戦艦以外在籍しておらず、
その主力は10隻の護衛空母と多数の護衛駆逐艦、哨戒艇などで占められている。

それだけに、警備専門の護衛艦群の中に突然現れた巨大な浮きドッグと、その内部に鎮座するエセックス級正規空母の姿は、とてつもない存在感を醸し出していた。

「なに……?」

グルーはその大型空母を視認するなり、思考を瞬時に停止させてしまった。

車が目的の施設に到着すると、そこには意外な人物が待っていた。

カーキ色の軍服に略帽を付けた将校が車のドアを開けると、目の前の将官がグルーに向けて敬礼をしてきた。

「お待ちしておりました。グルー大使」
「これはキンケイド提督……どうしてこちらに?」

グルーはやや驚きながら、車から降りていく。
第7艦隊司令長官を務めるトーマス・キンケイド大将は、言葉を紡ぎながら右手を差し出した。

「先方は既に到着し、中で待たれています」
「なんと……予定の時間よりまだ10分ほどありますぞ」

グルーは当惑しつつも、キンケイド大将と握手を交わした。
下車したグルー大使は、左手に手提げカバンを持ちながら、キンケイド大将と共にコンクリート造りの施設の中に入って行った。

「大使。公使閣下はこちらの部屋で待たれております」
「は…ご案内ありがとうございます」

キンケイドがドアの前で立っていた兵士に目配せすると、兵士は無言の指示に従い、ドアを開けた。

「ロルカノイ公使閣下。お待たせいたしました」
「これはこれは大使閣下。お久しぶりでございます」

ソファーに座っていた銀髪で長身の紳士は、グルーが入室するなり慇懃な口調で挨拶した。

ピシウス・ロルカノイ公使は、フリンデルド帝国外交省より派遣された使節である。
年は若くないが、その面長の顔は幾つもの難事を乗り越えてきた、歴戦の戦士を思わせる凄みがあった。
事実、ロルカイノ公使は元軍人であり、大佐で軍を退役した後に外交官となっている。
体つきも程良くがっしりとしており、身長も190センチ以上と背丈も大きく、かなりの偉丈夫だ。

2人は挨拶と同時に握手を交わした後、そそくさと席に着いた。

「本来ならば、私が直接出向くべきでありましたが」
「何をおっしゃられますか。大使閣下」

ロルカイノ公使は張りのある声音でグルーに言う。

「私こそが大使閣下の官邸に向かうべきでした。ですが、貴方方からレンベルリカ国内の治安状況が些か不安定な事を考慮し、アメリカ大使館と
フリンデルド公使館のほぼ中間地点にあるここを会談場所としたいと申された時、私は即座に理解いたしましたぞ」

540ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2020/10/26(月) 21:02:15 ID:XDQ6yAnU0
ロルカイノは半ば微笑みながら、グルーに感謝の言葉を贈る。

「アメリカ側の手厚き配慮には心の底から感謝しております。ここなら、追剥ぎや旧マオンド脱走兵、それに危険な悪獣共の襲撃を受けずに
済みます」

彼はグルーに対してそう言ってから、声のトーンを一段と下げた。

「それでは、早速本題に入りましょう」

ロルカイノは携えていた鞄から一枚の紙を取り出し、それを机の上に置く。

「先日、ロアルカ島で貴国の艦隊より発進した艦載機が、同島のシホールアンル軍艦船や軍関連施設と攻撃しましたが、その一部は我が国の
連絡事務所や、我が国とも関係のある友好国船舶にもおよび、幾ばくかの損害を受けました」

グルーは内心で来たかと呟いた。

ロルカイノの言う通り、海軍がシホールアンル帝国の僻地であるノア・エルカ列島の敵施設を攻撃中に中立国の船舶や施設を誤爆したという
情報は国務省からも届けられていた。
その詳細はまだ不明ではあるが、中立国船舶や関連施設に銃爆撃を加えて損害を生じさせた事は確かであると伝えられており、フリンデルド側
からは、レンベルリカ政府を経由して抗議文も送られている。
この事件の詳細は、予定されていた今日の会談でフリンデルド側から話されると共に、使者はアメリカ側に対して、本国からの伝言として米側に
それ相応の対応を希望する事を伝える、とのみ告げられていた。

アメリカ側へのフリンデルドに対する希望……という、どこか曖昧な表現は、その中身が明らかにされていないだけに、どこか不気味な物を
グルーに強く感じさせていた。

「貴国の攻撃で生じた損害ですが、ロアルカ島の連絡事務所は爆弾と光弾らしき物を受けて半壊し、40名の人員のうち、29名が重軽傷を負って
人事不省に陥り、交代要員が来るまで連絡事務所の業務は停止を余儀なくされております。ただ、不幸中の幸いとして、死者は出ておりません」

ロルカイノは、フリンデルド語で書かれた文書の一文をなぞりながら説明する。

(死者はいないのか……)

グルーはロルカイノの口から人員が死亡していないと告げられた時、内心で胸を撫でおろした。
だが、表には出さずとも、幾らか安堵したグルーに向けて、ロルカイノはより重たい口調で言葉を続けた。

「正直に申しますが……これは明らかな戦争行為です」

ロルカイノは若干前のめりになった。

「アメリカ側は、我が帝国の臣民を爆撃で傷つけたのです。今、貴方は死者は出ていないではないかと思われておられるでしょうが、
死者が出たかどうかの問題ではないのです。我が国の臣民と、租借地内とはいえ、領土たる施設を傷つけられた事が問題なのです」
「ロルカイノ公使の言われる通りです。事の重大さは本国でも認識されており、今も国務省内では、賠償金の支払い等の対応策を
協議しております。我が国もフリンデルド側と問題を起こすつもりはありません……私個人としても、そう願っております」
「グルー閣下としては、確かにそう思われているのでしょう」

グルーの言葉を聞いたロルカイノは、その剣呑な表情をより露わにしながら自らの胸の内を明かしていく。

541ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2020/10/26(月) 21:02:57 ID:XDQ6yAnU0
「私自身、フリンデルドとアメリカが事を構えるのは是が非でも避けたいと感じています。ですが……先の屈辱的な襲撃を知った
本国はそう収まりそうにありません」
「と……言われますと……?」

グルーの質問に、ロルカイノは重い口調で返答する。

「軍の上層部からは開戦止む無し、という言葉も上がり始めているようです」
「開戦ですと?それは……穏やかではありませんな」
「確かに。しかしながら、フリンデルド帝国はリーダスク大陸一の強国として、そして、かつてはシホールアンル帝国とも
覇を競い合った事もある、知勇兼ね備えた由緒ある国家です。その強国に、事故とはいえ牙を剥かれ、噛みつれたとあっては……
穏やかに済まそうとは思いますまい?」
「なるほど。貴国の上層部は先の事件で我が国に手厳しい対応を検討しておられるのですな」

グルーはそう断言した。

「大使閣下の言われる通りです。また、先の事件では我が国の施設のみならず、我が国とも友好関係を結ぶイズリィホン将国の船が
攻撃を受け、被害を受けております。この事に関しても、わが国では貴国の常軌を逸した、見境の無い攻撃に強い非難の声が次々と
上がっております」
「かなり手厳しいお言葉ですが……貴国としましては、既に我が国に対する要求などはありますでしょうか?」
「本国より私宛に伝えられた案があります。この案はグルー閣下の言われる、ロアルカ島事件に対するフリンデルド帝国の要求であります
が……フリンデルド帝国はアメリカ合衆国に対して、賠償金を請求しません」

ロルカイノの口から、意外な答えが返ってきた。

(まさか……合衆国を怒らせまいと考えたか?)

グルーは内心そう呟いた。
フリンデルド帝国も、シホールアンル経由でアメリカ軍の実力は知っている筈だ。
事件を引き起こしたのは、フリンデルドと同等か、それ以上の力を有していたマオンドを屈服させ、シホールアンルさえも追い詰めつつある
アメリカだから、ここは表面的に怒っていると見せつつ、実際は穏便に済まそうと考えているのではないか。

と、心中で思ったが……ロルカイノの口からは言葉が続いていた。

「その代わり、対シホールアンル戦終結後、シホールアンル領より得られる各種資源の1年分、金銀、宝石類2年分を賠償金の代わりとして
請求する……と」
「各種資源と金銀宝石類ですと……」

ロルカイノの答えを聞いたグルーは、思わず目がくらみそうになった。

シホールアンル本土内の各種資源採掘場や鉱山は、B-29やB-36等の戦略爆撃機によって片っ端から猛爆を受けており、戦略航空軍の報告では、
既にシホールアンル帝国内の資源採掘場は、全体の4割、特に金銀類、宝石採掘場は重点的に狙われており、主だった鉱山は既に壊滅
状態にあると言われている。

フリンデルドはシホールアンルから各種情報の提供を定期的に受けているようだが、シホールアンルも超大国としての面子があるのか、
都合の悪い情報は隠している可能性が高かった。
そのため、フリンデルド側は未だに、シホールアンル国内の各種鉱山が健在だと思っているのであろう。

542ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2020/10/26(月) 21:03:56 ID:XDQ6yAnU0
(フリンデルド側が要求する資源の量は膨大な上に実現が難しい。それ以前に、今では北大陸に展開する戦略爆撃機の恰好の目標となって
次々と爆撃を受けている有様だ。ここで資源の譲渡は無理と返せば………)



この異世界に転移後、アメリカは同盟国の協力を得て、シホールアンル帝国に関する調査を進めてきたが、1946年現在では、
シホールアンル帝国本土内だけで出土する資源や、金銀類の採掘で得られる国家収入を簡易ながらも推定する事が出来ている。

その推定額は、実に15憶ドル以上にも上ると言われており、これは大国の国家予算に匹敵する。

フリンデルドが資源を譲渡できないと知れば、賠償金を要求するかもしれない。
それほどの膨大な量の賠償金を、アメリカは払おうとはしないだろう。

現実問題として、払えない金額ではない。
だが、実際に払うとなると、様々な問題が沸き起こってくる。
第一、互いの通貨の違いもある上に、その価値も違いがある。
貨幣が使えない場合は、合衆国が保有する金を、賠償金代わりに要求する可能性もある。

(いや、賠償金等よりも、場合によってはそれ以上に価値のある物を指定するかもしれぬ。そう……北大陸のシホールアンル領を)

グルーは、心中で更なる懸念を抱いた。

賠償金も駄目。資源と金銀宝石類も駄目となれば……それを生み出す領土を要求する。
過大な要求だが、この世界ではこれまでの常識が全く通用しない事は、嫌というほど思い知らされている。
当然にのように、領土を要求すると言い放ってもなんら不思議では無いと、グルーは心中でそう断言していた。

「貴国の要求ですが……誠に残念ではありますが、それに応えられるだけの各種資源は集まらぬかと思われます」
「と、申しますと?」

ロルカイノは怪訝な表情を浮かべながらグルーに質問する。

「貴国は、我が国の要求は受け入れられぬ、と申されますかな?」
「受け入れられるのなら、すぐにでも頭を縦に振りましょう。しかしながら、現状ではそれが出来ぬ状況にあるのです」
「シホールアンルは世界有数の資源産出国です。戦後、シホールアンルを下すであろうアメリカは、その膨大な資源を
独り占めにしたい、と申されるのですな」
「いえ、それ自体が出来ぬのです。主だった資源採掘場や精錬工場等は、我が空軍が手あたり次第に爆弾を叩き込んでおりますので」

グルーの答えを聞いたロルカイノは、瞬時に表情を凍り付かせた。
それを見たグルーは、

(なるほど。シホールアンルからは都合の良い情報しか与えられていないのか)

と、心中でそう確信した。

「私は外交官であり、爆撃作戦の詳細は知らされておりませんが、それでも、空軍からは主要な魔法石鉱山や金銀宝石採掘場は
最重要目標として爆撃を行い、目的は達成しつつあると聞かされております。どのような損害を与えたかはわかりません。
しかしながら、やる時は徹底して仕事を果たすのが空軍です。こうしてあなたとお話を交わしている間にも、戦略爆撃機は目標へ
向けて爆弾の雨を降らせている事でしょう」

543ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2020/10/26(月) 21:10:22 ID:XDQ6yAnU0
「シホールアンルからは、アメリカの大型飛空艇が頻々と来襲するも、その都度被害を与えて撃退に成功しているとしか話されて
おりませんでしたが……しかしながら、貴国はシホールアンルの有する莫大な資源を手中に収めようとせず、そればかりか山ごと
吹き飛ばそうとするとは、我々からしてみれば、貴国のやり方は常軌を逸しておりますぞ?」
「常軌を逸しておりますか……なるほど、貴国から見ればそうでしょうな。ですが……」

グルーは一呼吸置きつつ、ロルカイノの目をじっと見据えた。

「敵対国の継戦能力を割くには、これが有効なのです。これもまた……戦争に勝つためです」
「……」

グルーは、最初と変わらず、低めで単調な声音でロルカイノに言う。
その何気なく聞こえた一言が、ロルカイノの背筋を凍り付かせた。

「そういう状況でありますので、各種資源を賠償金代わりに帰国を譲渡するのは非常に困難。いや……」

グルーは咳払いしてから最後の言葉を放つ。

「無理と言えますな」
「無理という言葉は、こちらの要求を拒絶するという答であると……受け取ってよろしいのですな?」
「いえ、この方法でなら無理という話であり、賠償自体は無理であるとは申しておりません」
「その他に代替するものを希望すると?我が国としてはそれが最善であると考えております。いや」

ロルカイノは表面上は平静さを維持しながら交渉を続ける。

「我が国のみではありません。友好国イズリィホンへの賠償も行っていただきます。かの国の船も貴国の誤爆によって損害を受け、
寄港地から今なお動けぬ状態にあります。また、船員多数が負傷したとの知らせが入っており、一部の船員は今も生死の境を
彷徨うか、または死亡したらしいとの未確認情報も受けております」
「その話は本当でございますか?」

グルーはすかさず質問を飛ばすが、なぜか、ロルカイノは即答しなかった。

「友好国イズリィホンは、我が国のように長距離航海が可能な船舶を複数有しておりません。このため、イズリィホンを収める
幕府首脳部には、我が国がイズリィホンへの補償も同時に受け取り、後に幕府側へ引き渡す事が決定しております」
「友好国への賠償も貴国へ支払いせよと?」
「預かるだけです。無論、賠償をお受けした後は、可及的速やかにイズリィホン側へお渡しします」
「賠償の内訳ですが、先に提示した資源量は貴国と、貴国の友好国イズリィホンの分を足した物でございますか?」
「いえ、あれは我が国のみの量となっております」

それを聞いたグルーは、内心で何か怪しいと思った。

「イズリィホンはイズリィホンで決める量があります。まぁ、先程、貴国は提示した資源量は譲渡できぬときっぱりと言っておられましたから……
資源が無理であるのならば、本国は貴国の保有する純金を賠償金代わりとして要求するでしょう。貴国の通貨単位であるドル紙幣でしたかな?
そちらは要求致しませんが、純金の量は、貴国の金保有量や我がフリンデルドや、イズリィホンの要求する量を記した文書をお渡します。
そちらを拝見後に、別で協議を重ねる事になるでしょうな」

(金を要求してきたか……先程は賠償金を要求しないと言っていたのに、結局は要求しているではないか!)

544ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2020/10/26(月) 21:11:17 ID:XDQ6yAnU0
グルーは矛盾するロルカイノに内心で腹を立てたが、同時に予想通りの展開になったと呟いた。
現在、アメリカは23憶ドル相当の金塊を保有している。
先程も述べた通り、シホールアンル本土で採掘される各種資源量は膨大であり、その価格は15億ドル以上に上ると推測されている。

要するに、フリンデルド側は資源を貰えなければ、合衆国が保有する金塊のうち、15億ドル相当の金塊を要求しようとしているのだ。
実際にはフリンデルド側とイズリィホン側の実情を把握してから賠償請求を行うであろうから、要求する量は幾分下がるかもしれない。
とはいえ、相手はシホールアンルと同様の覇権国だ。
相当量の賠償を行う事は目に見えていた。

(したたかな国かもしれんな、フリンデルドは。物怖じせずに話を通そうとするその姿勢はなかなか見上げた物だ)

グルーは小さくため息を吐きつつ、顔を俯かせ、右手で両目の瞼を揉んだ。

「アメリカ側には、我が国と、友好国イズリィホンへの、確かな誠意を見せて頂けることを強く……希望しておりますぞ」

ロルカイノは、余裕すら感じさせる笑みを顔に張り付かせながら、グルーをじっと見据えた。
ふと、グルーには、一瞬だけロルカイノが見せた異変を見ることが出来た。

ロルカイノは一瞬だけ、顔を引きつらせていた。

(ふむ……フリンデルドはかつて、シホールアンルと覇を競い合い、争った事もあると言う紛れもない大国だ。国土も広いと聞くから、
懐の深い国でもあるのだろう。だが……そのシホールアンルを圧倒しつつあるのは、合衆国。そう……)

グルーは、俯かせていた顔をロルカイノに向け直した。

(私の祖国だ)

「貴国のお怒りはごもとっともです。そして、友邦国にも気を掛けるその気配りさ……感服いたしました」
「畏れ多いお言葉、感謝いたします」
「しかしながら」

グルーは唐突に、声を張り上げた。

「貴国の提示した条件は、恐らく受け入れられぬかと思われます。無論、可及的速やかに本国へ連絡し、確認をとりますが」
「……何故ですかな?」
「私なりの所見を幾つか申し述べますが、まずは、事の発端となった誤爆事件の事について」

彼はロルカイノに伝わりやすいように、若干ゆっくりとした口調で説明を始める。

「先の誤爆は誠に痛ましい事件でありました。ですが、後に海軍側から聞いた話によると……貴国の有していた施設は、誤爆を受けても致し方ない状況にあったと
言われています」
「なんですと!?」

グルーの口から飛び出した意外な言葉に、ロルカイノは目を丸くして叫んでしまった。
彼は色めき立つロルカイノを無視するかのように言葉を続ける。

「当時、爆撃を行ったパイロットの証言によりますと、貴国の施設の付近にはシホールアンル側の対空火器と軍事施設が隣接されており、対空部隊は付近に広く配備されていた
ようです。また、パイロットは誤爆した貴国の施設も、シホールアンル側の軍事施設と似たような作りになっており、誤爆に気付いたのは施設の屋上に掲げられていた、小さな旗を見た
後だったと」

545ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2020/10/26(月) 21:11:50 ID:XDQ6yAnU0
「それが誤爆を招いしてしまったと、言われるのですな……?」

ロルカイノの問いに、グルーは頷く。

「馬鹿な!操る飛空士は視力が良い筈ですぞ!」
「確かにその通りですが……先も申した通り、誤爆は戦闘中に起こった出来事です。つまり、これは非常時に起きてしまった不幸な出来事であると言えます」
「何を言われますか!?そもそも、ロアルカ島は辺境の後方地域であり、それまでの戦闘では無縁の島でした。そこを戦火の渦に巻き込んだのは貴国では
ありませんか。貴国の部隊が功を焦ったのかどうかは分かりませんが、とにかく……誤爆のきっかけを作ったのは貴国の艦隊にありますぞ」
「いえ、きっかけは我が艦隊ではありません。お言葉ですが……そもそもの原因は、ロアルカ島が重要な資源地帯であり、その資源や戦略物資はシホールアンル
の戦力増強、戦線維持に活用されているからであります」

感情的になりがちなロルカイノに対し、グルーは平静な声音で説明を続ける。

「魔法石や希少鉱物の産地だから、艦隊が狙ったと言われるのですか……」
「そうです。我々が狙うのは、敵の戦力だけではありません。その戦力の源となるものは全て叩く……これが、我がアメリカが行う戦争です」
「し、しかし……そのような戦争を行うにしても……いや、それ以前に!同地の資源地帯は、後にシホールアンルから我が帝国に返還される予定であり、
以前お話した時は、我が方からルィキント、ノア・エルカ地方への攻撃はなるべく避けて頂きたいと要請した筈ですぞ」
「私は無論、善処するように本国へお伝えしております。しかしながら、軍の作戦は機密事項であり、決定済みの作戦行動を制限することなどはとても」

グルーは眉を顰めながら、ロルカイノをじっと見据える。

「ましてや、未だに敵国、シホールアンルを支えている資源地帯を放置するのはあり得ない事です。貴国は同地方の資源地帯が自らの物であると思われて
いるようですが……我が方はそうは見ておりません」
「な……」
「彼の地の資源地帯は、未だに”シホールアンル帝国が所有”しておるのです。シホールアンル帝国の所有する軍部隊や戦略拠点であるのならば、全力を
尽くして叩く。そうしなければ……この戦争には勝てません」
「なんと……しかしながら、魔法石鉱山や精錬工場を主とした関連施設への攻撃は、是が非でも止めて頂きたい。そして、誤爆の犠牲となった者の賠償も
必ずや行う事を確約していただきたい」

ロルカイノは感情を押し殺しながらグルーにそう伝える。

「……先程も申しましたが、この一連の件については、本国へお伝えしてからになります。私は確かに全権を委任されておりますが、現時点では貴国への
要求を確認するだけしか、すべき事はありません」

グルーもまた、変わらぬ口調で返答していく。

「ぅ……無論、そうでありましょうな。ですが、我が帝国も貴国に、納得の行く判断を求めておるのです。また、本国は何も純金のみを要求しているのでは
ありません。対シホールアンル戦終結後に、貴国が得られるであろう同地の資源を、一定量お譲りして頂けるだけでも良いのです。シホールアンル本土は
資源量が豊富です」
「その資源についても、私から所見述べましょう」

グルーはロルカイノの言葉を遮るように口をはさむ。

「シホールアンル帝国はやはり、貴国に対して都合の良い情報ばかりをお送りしているようですな」
「なんですと?」
「シホールアンルの主だった魔法石鉱山や金銀鉱山を始めとする資源採掘量は、そう遠くない内に急速に低下し、各種資源の生産量も落ち込むする事でしょう」
「……まさか

546ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2020/10/26(月) 21:13:29 ID:XDQ6yAnU0
グルーの返答を聞いたロルカイノは、瞬時に先ほどの言葉を思い出した。

(シホールアンルの有する戦略拠点は、全力を尽くして叩く)

「貴国はシホールアンル本土の各種鉱山をも狙い撃ちにしておるのですか?」
「はい。主だった魔法石鉱山や各種鉱山は、隣接する精錬工場や関連施設も含めて、戦略爆撃の主目標となっており、現時点でかなりの数の目標が、
我が軍の戦略爆撃機によって猛爆を受けたとの事です。恐らく、シホールアンル経済は加速度的に悪化し、頼みの綱となる各種資源も、鉱山ごと
埋められるか、関連施設ごと灰燼に帰している事でしょう」
「そんな筈はない!そんな筈は……」

急にロルカイノは声を荒げたが、すぐに萎んだ口調になってしまった。
彼は内心、賠償を拒否したいアメリカ側が嘘をついているのではないかと疑った。
だが、グルーのこれまでの説明を加味して改めて考えてみると、とても嘘には思えなかった。

それ以前に、フリンデルド側がシホールアンル側から入手する正式な情報の他に、別ルートからの情報も入手し、国の上層部や
一部外交官にも秘密裏に伝えていた。
別ルートで入手する情報はどれも断片的であり、正確な物も少なかったが、それでもシホールアンルに派遣された特使からもたらされた
情報には、

「シホールアンルは連日の空襲を受けて損害が累積しつつある」
「アメリカ側がシホールアンル有数の大都市であるランフック市に大空襲を行い、何十万名という市民が一夜にして犠牲になった」

といった物も含まれていた。
本国上層部では、不明瞭ながらも事の重大さを認識しており、今回の一見、高圧的にも思える賠償案の提示も、実際は大国としての
意地を見せるだけに出した物であり、米側が払わぬと言うのであればそれで良いと判断し、米側の態度が硬化する場合は要求を即座に
取り下げる予定であった。

とはいえ、フリンデルド帝国も列強として名を馳せてきた。
可能か不可能かはともかく、まずは帝国首脳部の意志を伝えなければならなかった。

言葉を途切れさせたロルカイノに対して、グルーは片手を上げながら首を横に振った。

「大使閣下。まずは落ち着いてください。興奮されるお気持ちも十分にわかりますが……」
「は……これは失礼いたしました…」
「いえ……胸中お察しいたします。しかしながら、情報開示が満足に行われていない事は、戦局が思わしくない国にはありがちの事です。
貴国も列強ですが、シホールアンルも軍の質はともかくとして、規模に関してはまだまだ列強として恥じぬ物を有しております。
列強としてのプライドも……」

グルーは浅くため息を吐きながら言葉を続けていく。

「強いプライドを持つが故に、弱気は見せたくないと思う物です。窮地に陥った状況に置いても……」
「列強のプライド……か」

ロルカイノは小声で、その言葉を反芻した。

「閣下。私が申した所見は以上になります。私は今確認した貴国の要求をすぐさま、本国にお伝えしたいのですが、フリンデルド側の要求は、
先述した物以外に何かございますか?」

547ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2020/10/26(月) 21:14:03 ID:XDQ6yAnU0
「いえ。本国から伝えられた要求は以上になります。賠償を純金でお支払いされる場合に関しましては、先述した通り、こちらの文書を
お渡しいたしますので、ご参考までに」
「ありがとうございます。謹んでお受けいたします」

ロルカイノから差し出された封筒を、グルーは受け取った。

「それでは、私から最後に確認したいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
「私が答えられる範囲であれば、なんなりと」

ロルカイノがそう答えると、グルーは軽く咳払いしてから質問を投げかけた。

「イズリィホン将国の位置を教えて頂きたい。賠償金の支払いの是非については本国が判断致しますが、イズリィホンには恐らく、合衆国から
直接使者が出向く可能性が高いと思われます。賠償金支払いが国別となった場合には、使者からイズリィホン政府首脳部にお渡しする事はほぼ確実と言えます。
その時に備えて、イズリィホンの位置を出来る限り早く、我が国に教えて頂きたいのですが、よろしいでしょうか?」
「何をいきなり……」

ロルカイノはあからさまに不快気な表情を浮かびかけた。
その直前に、脳裏にある光景が思い浮かぶ。
その光景は、この会合場所に向かう直前に見たある物であった。

見た事も無い巨大な箱。
それは、港の中にあり、海の上に浮いていた。
それは巨大な船だった。
そして、中には真っ平らな甲板を敷いた、幾分小さな船が鎮座している

一見不可思議な光景だったが、共について来た海軍士官が、その建造物を見つめながらくぐもった声で次の言葉を発した。

「あれがエセックス級空母と呼ばれる艦なのか……同盟国シホールアンルの大海軍を散々に痛めつけたという、あのエセックス級……」

「……お安い御用です。今ここでお教えいたしましょう」

ロルカイノは平静さを装いながら、グルーにそう答えた。

しばしの時間が過ぎ、グルーはイズリィホン将国の正確な位置をフリンデルド側から伝えられた。

「迅速なご対応に、心から感謝いたします。それでは、貴国からお伝え頂いた要望をすぐに本国へお伝えいたします」
「色よい返事がもらえる事を、心よりご期待いたしますぞ」

彼は笑みを浮かべながら、席から立ちあがり、右手を差し出した。
グルーも立ち上がって握手を交わした。

「今日はこれでお開きに致しましょう。ロルカイノ閣下、また近いうちにお会いいたしましょう」
「無論です。その時は……」

ロルカイノは、グルーの手を一際強く握りしめた。

「アメリカ、いや……東側諸国のご判断をお聞きする時になるでしょう。どのような回答が来ようとも、互いに良い関係を歩めることを
切に願っておりますぞ」

548ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2020/10/26(月) 21:14:51 ID:XDQ6yAnU0
ロルカイノ大使が退出した後、グルーは体にどっと疲れが押し寄せるような疲労感を感じた。
ゆっくりと席に腰おろしたところで、閉められていたドアが開かれる。

「グルー大使。具合がよろしくないのですか?」

キンケイド提督がグルーの随員と共に入室してきた。

「いや。別に何ともありません」

グルーは苦笑しながら右手を振ったが、額には冷や汗が滲んでいた。
彼はポケットのハンカチを取り出し、汗を拭う。

「先方はやや浮かぬ顔つきでここから立ち去って行きましたが、何かございましたか?」
「いや、特にはありません。ただ、フリンデルド側もプライドが強い事がわかりました。かの国も列強と呼ばれるだけあって、
相当の国力を有しているようですな」

グルーは深呼吸を数度繰り返してから、席を立ち上がった。
部屋から出た後、ふと、ある事を思い出した。

「そう言えば。外の港に停泊しているあれですが」
「浮きドッグですかな?」
「ええ……正確には、その中にある艦です」
「フランクリンの事ですな」

キンケイドは何気ない口調で答えていく。

「先日、本国より第7艦隊にも高速機動部隊を編成し、配備する旨が伝えられましてね。フランクリンは駆逐艦4隻と共にその第一陣として3日前に
入港しましたが、フランクリンは第2次レビリンイクル沖海戦で受けた損傷が完全ではないので、あの浮きドッグで修理の続きを行っておるのです。
また、近いうちに別の正規空母も第7艦隊に配備される予定で、3月以降はフランクリンと共に大西洋で任務にあたる予定ですな」
「そうでしたか」

グルーはそう相槌を打ったが、同時に疑問が沸き起こった。

(なぜ大西洋に正規空母を?フリンデルドは列強とはいえ、シホールアンルやマオンドのような現代海軍を有していないはずだ。
それ以前に、修理の成っていない正規空母をなぜこの地に派遣したのだろうか……)

彼は本国が起こした、不可解な行動に納得がいかなかった。
レーフェイル大陸周辺の制海権は既に合衆国海軍の物であり、現状の戦力だけでも十分に事足りている筈だ。
そこに正規空母2隻を追加するのは過剰ではないだろうか?

そのような疑問も胸中で沸き起こったが、グルーは建物を出ると、別の事に意識を切り替え、公用車に乗って海軍基地を去って行った。

549ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2020/10/26(月) 21:18:33 ID:XDQ6yAnU0
1946年2月11日 午前7時 アメリカ合衆国ワシントンDC

ホワイトハウスの大統領執務室内では、執務机に座る主の前に5人の軍幹部と政府閣僚が報告と説明を行っていた。

「ふむ。フリンデルド帝国は我が国に賠償金を支払えという事だな。しかも、友好国の分も含めて」

ホワイトハウスの主である、アメリカ合衆国大統領フランクリン・ルーズベルトは、コーデル・ハル国務長官から報告を聞かされた後、訝し気な表情を浮かべながら
そう言い放った。

「駐レンベルリカ大使の報告を読む限りは、そう取れます」
「フリンデルドは確かに、現金での賠償金は要求しなかった。ドル基準ではないから当然と言えば当然ではあるが、我が国が保有する純金を代わりに欲しいと言って
きている。相手方の要求内容が矛盾しているが、それはさておき。純金が用意できなければ、シホールアンル本土より産出される資源一年分を要求か」
「フリンデルド帝国が要求する資源量が、シホールアンルが産出していた最盛期の量を要求するのならば、それは無理な話です」

統合参謀本部議長のウィリアム・リーヒ元帥が、首を振りながらルーズベルトに進言する。

「陸軍航空隊は、シホールアンルの資源地帯に対しても積極的な戦略爆撃を行っております。既に多大な損害を与えたという報告を受けて
おりますから、例え資源を渡すとしても、フリンデルド帝国が希望する量よりも遥かに少ない物になるかと」
「純金を用意するにしても、我々が用意しようとしている量はアメリカ人成年男子が5年から10年稼げる金額分を負傷した人数分になります
から、金額分にすれば、100名分と仮定して大体200万から300万ドル相当です」

財務長官のヘンリー・モーゲンソーはルーズベルトを直視しながら説明していく。

「ですが、フリンデルド側から手渡された資料によれば、希望する純金の量は1億ドル相当。我々が想定している分よりも遥かに多額の純金を要求
しております。これはフリンデルド側のみの希望量であり、イズリィホン国の物も含めると、2億ドル近くに上ります。これはかなりの量です」
「いやはや……フリンデルド側は相当怒り狂っているようだ」

モーゲンソー財務長官の説明を聞いたルーズベルトは、困り顔で呟いた。

「フリンデルド側は純金での支払いが困難であれば、先にも申しました通り、資源の引き渡しで応ずる事も可能とありますが、資源の引き渡しで
応じた場合、ドルに換算すると10憶ドル以上の支出に相当します。これはこれでかなり法外な量と言えますな」
「相手がどのような国なのか、深く考えぬのはシホールアンルもフリンデルドも同じという事でしょうかな?」

リーヒ提督と共に同席していたアーネスト・キング海軍作戦部長が皮肉を込めた口調でモーゲンソーに言う。
それをジョージ・マーシャル陸軍参謀総長否定した。

「それはどうかと私は思う。シホールアンルは唐突に合衆国を併合するかのような文言を吐いたが、フリンデルド側は、あくまで“提案”に終始
しているように思える。そうですな、ハル長官?」
「はい。グルーの報告を見る限り、フリンデルド側は強硬姿勢を見せつつも、同時に、合衆国側にそれは可能なのかと提案し、お伺いを立てている事がよくわかり
ます。少なくとも、かの国は内心、合衆国と事を構えるのを避けているように思えます」
「つまり……フリンデルド側は駄目元でこの提案をしてきたという訳か」

ルーズベルトはそう確信した。

「シホールアンルとの戦争も満4年を過ぎております。合衆国や同盟国を除いた外国にも現在遂行中の大戦の情報は行き届いており、それはこれらの
国々の国民までもが、時には脚色を交えたりして伝えているらしいとの情報も入っており、人によっては、太平洋の戦いは古代の神話時代の戦争よりも
激しい戦争であると断言する者も、少なからず現れているようです」

550ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2020/10/26(月) 21:19:09 ID:XDQ6yAnU0
ハルがそう言うと、ルーズベルトは意外だと言わんばかりの表情を浮かべた。

「それはまた……特に最後の神話時代よりも激しいと言うのはかなり大袈裟な物だな。我々は怪物などではないぞ?」
「ですが、合衆国軍がこれまでに戦った戦闘での軍の規模や被害の規模等が、外国では前代未聞であると言われているようです。昨年のレーミア湾海戦や
第2次レビリンイクル沖海戦も、諸外国は世界史上空前の大海戦として広く知れ渡っており、陸軍が主導で行ったジャスオ領の大規模上陸作戦や
カイトロスク会戦も、前例の無い大規模戦闘として諸外国の注目を浴びていると聞きます」

リーヒ提督は単調な声音でルーズベルトに返答する。
それに対して、ルーズベルトは幾分不快気な表情を浮かべた。

「それでは、まるで合衆国が見世物小屋の野生動物みたいではないか。この戦争は一方的に仕掛けられた末に、嫌々行っている物だ。
必死に生存権を得ようとしている時に、外野はジュースと菓子を味わいながら観戦を楽しんでいるという事かね」
「それを否定しない国もいる事でしょう。ですが、諸外国はむしろ、羨ましがっているかもしれません。大国1つを叩き潰し、更にもう1つを追い詰め
ている合衆国の国力を」

キング提督がそう言うと、ルーズベルトもなるほどと呟いた。

「フリンデルドも同じでしょう。そして、恐れてもいる事は、先の“提案”を行う事からして明らかです」

ハルがフリンデルド側の真意を断言すると、ルーズベルトは即座に判断を下した。

「ふむ……提案であれば、その通りにする必要も無いという事だな」
「その通りです」
「ならば、この提案は受け入れられぬな」

ルーズベルトがそう言うと、ハルは僅かに頷いた。

「フリンデルド側には、賠償金の支払いの意志はあるが、貴国側の要求通りには受け入れられない旨を伝えるとしよう。
そして、合衆国側から先の事件に謝罪するとともに、被害者数に応じた量を合衆国で精査し、支払いを行う事も同時に伝える」

ルーズベルトはそこまで言ってから、更にもう1つ付け加えた。

「それから、フリンデルド側への賠償金支払いは、フリンデルド側のみの分を直接支払う。イズリィホン国への支払いは、後日イズリィホン本国に
合衆国が直接出向き、首脳部に誤爆の謝罪と被害者への賠償金を支払う、と付け加えよう」
「わかりました。良い判断であると思われます、大統領閣下」

ハルがそう言うと、ルーズベルトは満足気に頷いた。

「フリンデルドはシホールアンルと違って賢いと私は思っている。かの国なら、必ず分かってくれるはずだ」
(現在、世界最強の軍事力を有している国は、少なくとも……フリンデルドではないからな)

最後の一言を、彼は誇らしげに胸中で呟いた。

「閣下。ハル長官も言われていましたが、相手が形ばかりの強がりを発しているのならば、今のところは脅威ではないでしょう。
しかしながら……それを行うという事は、それなりの軍事力を有している証拠でもあります」

リーヒ提督は、手提げ鞄から封筒を取り出し、それをルーズベルトに差し出した。

551ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2020/10/26(月) 21:19:58 ID:XDQ6yAnU0
無言で受け取ったルーズベルトは封筒を開け、中身を取り出した。
封筒の中から、数枚の写真が出され、その1枚1枚をルーズベルトはじっくり見つめていく。

「……なるほど」

写真を全て見終わったルーズベルトは、小声でつぶやきながら小さく頷く。

「写真2枚は、第5艦隊の偵察機が捉えた物です。1枚目に移っている写真では、目標物は偵察機から距離が離れており、不明瞭ではありますが」

キング提督はよどみない口調でルーズベルトに言った。

「これは明らかに空母です。そして、その空母は……シホールアンルの物ではありません」

更に、キングは執務机に置かれたもう1枚の写真を指差した。

「また、この飛行物体はワイバーンではなく、合衆国軍が保有する航空機の類と全く同じ物であると確信しております。ワイバーなら、
上下に翼を動かしますが、この飛行物体は、左右の翼が真っ直ぐに伸びております。また、速力も遅くはありません」

キングは身振り手振りを交えながら説明を続けていく。

「合衆国海軍の主力偵察機であるS1Aハイライダーは、改良も進んでいて時速700キロ以上のスピードを出せますが、この未確認機は
スピードを上げ始めたハイライダーとの距離を幾分縮めたほか、スピードが乗り始めた時もしばらくは追随しており、640キロに
達した頃から徐々に引き離すことが出来たと伝えられています」
「キング提督は、その報告を信じるのかね?」

ルーズベルトがすかさず聞いてきたが、キングは顔を頷かせた。

「無論であります。国家の規模としては最大ではないにしろ、フリンデルドの技術は侮れない物があります」
「キング作戦部長の言う通りです」

ジョージ・マーシャル陸軍参謀総長も同調した。

「情報部が入手したある情報によりますと、シホールアンルの主要技術の大元は、殆どが外国より取り入れた物であることが、捕虜となった
敵の技術将校やシホールアンル民間人の尋問の結果明らかになっています。シホールアンル自慢の高速飛空艇は、シホールアンル側が30年の
歳月をかけて作り上げた航空技術の結晶とも言えますが、そもそもはフリンデルドが研究していた、非生物型飛行体の基礎を参考にして
作り上げた物であると判明しました」
「なんだと。飛空艇はシホールアンルが独力で作り上げたものではないのかね?」
「いえ。シホールアンルが純粋に独学で研究開発した物ではなかったのです。シホールアンルは過去に、フリンデルドに戦勝した際に、
賠償として多くの技術供与を得ており、その中にワイバーンを用いぬ飛行隊の研究資料が含まれていたのです」

ルーズベルトは憂鬱そうな表情を浮かべた。
マーシャル元帥の言葉は、ひとつひとつが鋭いナイフとなってルーズベルトの内心に突き刺さっていく。

「フリンデルドの非生物型飛行体研究は、50年以上前には既に開始されたようであり、これは、我が国のライト兄弟が初めて飛行機を飛ばし、
合衆国の技術者や企業が血の滲む研究開発を経て、進化させていった月日よりも長い事になります」
「問題は他にもあります」

キングは別の2枚の写真を交互に指差した。

552ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2020/10/26(月) 21:20:38 ID:XDQ6yAnU0
「こちらは、去る2月2日。南大陸西岸部沖を定期哨戒していた、ミスリアル軍のPBMマリナーが捉えた物です。この2枚の写真に写っている物は、海中に
潜航中の潜水艦でありますが……当時、この海域には我が軍の潜水艦は1隻も存在せず、例え存在したとしても」

彼はルーズベルトの顔を注視しながら説明を続ける。

「このように、慌てて潜航するような事はありません」
「この未確認艦の所属はどこなのかね?」
「所属は判明しておりませんが……南大陸の南西3000マイル(4800キロ)には、幾つもの列島で構成された列強国、ヲリスラ深海同盟と呼ばれる
大国が存在します。同盟国からの情報によりますと、人口1億を越え、この他にも幾つかの属国を従える強力な国家であるとの事す。その詳細は
秘密のベールに包まれており、同盟国も分からないままとなっておりましたが」
「シホールアンルが開発した潜水艦ではないのかね?」
「それはあり得ません。シホールアンルも開発は進めていたようですが、頓挫したとの事です。ですが」

キングは更に、衝撃的な事実をルーズベルトに話していく。

「シホールアンルの潜水艦開発計画は、20年前にヲリスラから得た技術を基にして進められた、という情報を入手しております」
「なんと……方や空母を保有し、方や潜水艦を運用できる。いずれの艦も、開発には相当の技術力と、国力を必要とする。それを開発、運用できるだけの
国力があるのならば、当然ながら軍事力も相当な規模を誇るはずだ。なのに、なぜこの2国は……この大戦に参加しなかったのだ」
「詳細は無論、不明であります」

リーヒ提督はルーズベルトの問いに答えた。

「ですが、推測は出来ます。かの2国は、純粋に国力が足りなかったかもしれません」

リーヒに続いて、ハルもルーズベルトに言う。

「ヲリスラはシホールアンルとは同盟関係にないため、参戦義務は生じませんが、フリンデルドは同盟を結んでおり、その限りで張りません。
しかしながら、フリンデルドは長年の不況や内乱の鎮定に当たっていたため国力が無く、現在はようやく、国力の増強を成しつつある段階
です。要するに、この2国は参加したくても出来なかった……という事になるのでしょう」
「ヲリスラとフリンデルドは、過去にシホールアンルとの戦争で敗戦したという共通点もあります。戦後は同盟を結び、または国交を
結んで交流を進めていたりもしたようですが、裏では世界最強となったシホールアンルの消耗を狙った可能性もあります」

マーシャルも続けるように発言する。

「なるほど。フリンデルドの租借地返還要求は、まさに漁夫の利を狙った行動とも取れるな。しかし、国力が低いとはいえ、これら2国の
技術力は、シホールアンルにとっても脅威となり得ただろう。私が皇帝なら、大陸統一戦争開始時に、近代兵器を未だに持たぬ北大陸諸国や
南大陸を襲うより、フリンデルドかヲリスラに軍を進めようと思う物だが」

ルーズベルトは疑問に思った。
シホールアンルが北大陸統一を実行に移した当初、北大陸各国の軍事力はシホールアンルに比べて隔絶していた。
北大陸第2位のヒーレリですら、その装備では遅れを取っていたと言われている。

それに対して、フリンデルドやヲリスラは、空母と潜水艦を有する程の技術力を持った強国だ。
それは必然的に、保有する陸軍力もそれ相応に強力であると容易に推測できる。

だが、シホールアンルは、同盟国たるフリンデルドに助力を要請する事も無く、ヲリスラに軍を進める事も無く、ただ一国のみで真っ先に
大陸の統一事業に乗り出した。

553ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2020/10/26(月) 21:21:20 ID:XDQ6yAnU0
シホールアンルが当時、世界最強の軍事力を有していたから助力は必要なかった事もあり得るだろうが、とはいえ、かの2国の軍事力も並みの
規模ではなかったはずだ。
同盟国を一切頼らず、潜在的敵性国をほぼ無視するかのように、軍を自由に動かすと言うのは、常識的には幾分考えられない事でもあった。

会議室は、しばしの間沈黙に包まれた。

沈黙を破ったのは、ハルの一言であった。

「能ある鷹は、爪を隠す……という諺があります」

ハルの一言を聞いた一同は、ハッとなった。

「そうか……つまり、2国は自国の兵器を秘匿していた、という訳だな」
「大統領閣下のおっしゃる通りかと思われます」

ルーズベルトがそう言うと、ハルも頷きながら答えた。

「それどころか、軍の秘匿のみならず、国内の発展を意図的に遅らせていた可能性もあります。シホールアンル側はフリンデルドやヲリスラ軍の
装備はマオンド並みかそれ以下で、国の規模は大きい物の、国内はまだ発展していない、という見方が常にあったようです」
「国内の発展には資源が必要です。フリンデルドが膨大な資源量を要求したのも、急拡大しようとしている国内の需要を賄うためであると考えれば、
納得がいきますな」

それまで黙って話を聞いていたモーゲンソーも口を開く。

「とはいえ、2国の真の実情をシホールアンルは掴めなかったとなると、彼らは早々以上に厳重な秘匿行為を行っていたという訳か」
「ですが、宿敵と定めていたシホールアンルの弱体化は、その真の姿を我が合衆国が掴むきっかけにもなりました」

リーヒが、幾分安堵の表情を浮かべながら言う。

「もし2か国が尻尾を出していなければ、我々は無警戒のまま、この世界で過ごそうとしていましたな」
「フリンデルド、ヲリスラを警戒する場合、それはそれであまりよろしくない未来が待っています」

モーゲンソーが幾分沈んだ表情で発言する。

「財務長官の言う通りです。グルーの報告の中には、東側諸国という言葉が出てきています」
「東側諸国だと?それはどこを指しているのだね?」

ルーズベルトが思わず頓狂な声音を上げた。

「……合衆国です。正確には合衆国と、南大陸諸国を含む連合国を指しているかと思われます」

ハルの言葉を聞いた3人の軍首脳は、一様に表情を強張らせた。

「なぜ我が連合国を東側と呼ぶのかね」
「これは推測ですが……フリンデルドは常に、東のシホールアンルを注視してきたと思われます。そこを、合衆国は諸外国と連合を組んで
猛攻を加えています。フリンデルドから見れば、シホールアンルの立ち位置を連合国が取って代わろうとしているように思えるのでしょう
東の位置に居座る新たなる脅威と、フリンデルド側は捉えている節があります」
「であるが故に、我々を東側諸国と呼ぶか」

554ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2020/10/26(月) 21:22:09 ID:XDQ6yAnU0
ルーズベルトは、納得したようにそう言い放った。

「そして、我が方を注視するのは、専制主義を標榜する西側陣営……という構図が、戦後に出来上がるのかもしれません」

ハルの一言は、大統領執務室内に大きく響いたように思えた。

「諸君らの言う事はよくわかった。ひまずは、賠償金の支払い額のすり合わせをフリンデルド側と行い、その反応を見て決め得ると言う事で
良いだろう。軍部の報告に関しても、私は深く感謝している。情報の有無は今後の国政に大きく影響するという事を、改めて痛感したと私は
思うよ。ところで……」

ルーズベルトはハルに視線を向け直した。

「もうひとつの賠償先であるイズリィホン将国だが……正確な位置は分かっているのかね?」
「フリンデルド側から位置情報を入手しております。叩き台ではありますが、簡単な地図も作成しております」

ハルは地図を手渡す前に、一言付け加えた。

「イズリィホン国の形ですが、大統領閣下も最初は驚くかと思われます」
「ん?それはどういう事だね」

ルーズベルトはすかさず問い質したが、ハルはそれに答えず、紙を手渡した。
ルーズベルトは一瞬見ただけで、ハルの言わんとしている事が分かった。

「この形は……正確には違う部分も多く、向きも逆に思えるだが」

フリンデルドと書かれた大きな大陸の下に、ポツンとたたずむ様に、斜め横に細長い地形があった。

「外見的には前世界で我々とも関係が深かった、あのサムライの国を思い出すな」
「私もそう思いました。違いは大きいですが」

ルーズベルトは、日本を彷彿させる地形に驚いたが、その次には、イズリィホン国の位置に新たな驚きを感じていた。

「諸君。これがイズリィホン国だ。国の形を見れば驚くだろうが、真に驚くのは、その位置だ」

ルーズベルトは、彼らにそう言いながらイズリィホンとフリンデルドの間を交互になぞった。

「どうだ。絶妙の位置にあるとは思わんかね?距離的にも、悪く無い位置にあると、私は思うが」

555ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2020/10/26(月) 21:22:54 ID:XDQ6yAnU0
その後、しばらくの間話し合いが続いたが、ひとまずはフリンデルド側への回答と、次回以降の会談で賠償金の支払う金額をフリンデルド側と
協議しつつ、対シホールアンル戦後の軍縮計画の一部見直しをする事を決定し、緊急会議を終えた。

キングは、自然と一番最後に大統領執務室を退出する形となり、今しも室外に足を運ぼうとしていた。

「キング提督。最後に少しいいかね?」

ルーズベルトは微笑みながら、キングを執務机の前に手招きした。

「は。何でしょうか、大統領閣下」
「フリンデルドを始めとする諸外国は、我が国を注視している事は、君も知っているだろう?」
「無論、存じております」

キングは即答する。

「彼らは、合衆国の一挙手一投足を、今もじっくりと見据えている。対シホールアンル戦が片付けば、それはさらに強くなる。
連合国以外の各国は、鵜の目鷹の目で我が方を監視するに違いない」
「東西対立確定的になれば、避けられぬ事ですな」
「うむ。時には、嘘を掴ませることも重要になる」

ルーズベルトはそう言うと、体を前のめりにしてキングの目を見つめた。

「嘘を掴ませれば、ハメた方は多少なりとも楽になる。それを合衆国もやりたいと思うのだ」
「それは良い事です。戦後は化かし合いが主体になるでしょう。最も海軍は軍縮の煽りを受け、戦中と違って小さな規模になるでしょう
特に、戦艦部隊は旧式艦を始めとして、大多数が退役し、解体され、以降は空母機動部隊と潜水艦を中心とした艦隊編成になるかと
思われます」
「かつて、大海を制したアルマダが小さくなることは悲しくなることだが、致し方あるまいな。ところで……」

ルーズベルトは、一際声の調子を高めながら言った。

「建造計画中止が予定されている艦の名前は何と言ったかな……確か、ジョージアだったかね?」

556ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2020/10/26(月) 21:25:13 ID:XDQ6yAnU0
1486年(1946年)2月18日 午前8時

アメリカ合衆国 カリフォルニア州サンフランシスコ

「出港!両舷前進微速!」
「両舷前進微速!アイ・サー!」

戦艦イリノイの艦橋内で、イリノイ艦長を務めるフレデリック・モースブラッガー大佐は命令を下した。
航海科士官が命令を復唱し、すぐさま艦内の関連部署に伝達されていく。
カルフォルニア州サンフランシスコ海軍基地を出港した戦艦イリノイは、第2次レビリンイクル沖海戦で受けた損傷の修理を終えたあと、
上層部からの命令を受け、今日の出港を迎えた。
出港からしばらくの間は、タグボートのサポートを受けながらゆっくりと航行していたが、湾内の広い箇所に到達しあとは自力で航行を始めた。

イリノイの前方500メートル先には、ボルチモア級重巡洋艦のピッツバーグが陣取り、イリノイと同じように時速8ノットで航行している。
モースブラッガー艦長は艦橋からゆっくりと前方を見渡していく。

「前方にゴールデンゲートブリッジ」
「後方よりオリスカニーが続行します。続けてガルベストンが湾内に到達、オリスカニーに続きます」

見張り員からの報告が艦橋に伝えられて来る。
モースブラッガー艦長は小声で了解と返しつつ、前方を見渡し続ける。

フレデリック・モースブラッガー大佐は元々、駆逐艦部隊の指揮官として太平洋戦線に従軍していたが、昨年5月よりアイオワ級戦艦6番艦として竣工
したイリノイの初代艦長として任命され、第2次レビリンイクル沖海戦ではウィリス・リー提督指揮下の戦艦部隊の一艦艇として敵戦艦と殴り合った。
同海戦でイリノイは損傷を受け、海戦後にサンフランシスコ海軍工廠で修理を受けている。
イリノイの損傷は中破レベルと判断されていたが、ドッグに入渠後の調査では思った以上に損傷のレベルは軽く、2ヵ月近く集中して修理を行えば
前線復帰は可能と判断され、12月19日よりドッグ内で修理を施された。
修理自体は2月13日に完了し、2月15日にはドッグから出されて修理後の公試運転と訓練に励んでいた。
モースブラッガー艦長は、イリノイは近いうちに、第5艦隊の高速機動部隊に再び編入されるだろうと、心中で確信していたが……

「艦長。サンフランシスコとはこれでお別れになってしまいますな」

イリノイの副長を務めるケネス・フリンク中佐が名残惜しそうな口調でモースブラッガーに言う。

「仕方ないさ。命令とあらば任地に行く。それが仕事という物だ」

モースブラッガーはそう言ってから、フリンク副長に顔を向けた。

「そう言えば……副長はサンフランシスコの出身だったな」
「はい。いい町ですよ」
「となると、久しぶりに故郷で休暇を取れたという訳だな」

彼がそう言うと、フリンク副長は満足気な笑顔を見せた。
イリノイはゆっくりとした速度を維持したまま、ゴールデンゲートブリッジ(金門橋)の真下を通過していく。
モースブラッガーは艦橋からサンフランシスコ名物の橋をじっくりと見つめた。
その特徴的な朱色の橋は転移前の前世界で世界一を誇り、それはこの世界に来ても維持されている。
また、この橋はいつ見ても美しく、初めて目にするものは誰しもが心を奪われているという。

557ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2020/10/26(月) 21:25:44 ID:XDQ6yAnU0
金門橋の全景は異世界人たちにも人気があり、ある吟遊詩人はこの橋を題材にした歌で人気が高まり、とある絵師は
渡米後にこの橋をモデルに絵を描いた所、その絵が故郷の貴族に高値で売れて財を成せたという話もある。

だが、金門橋はその美しい全景とは裏腹に、自殺の名所という顔も持ち合わせており、37年に完成して以来、複数の人がここから
身を投げ出している。
つい先日の新聞でも、戦死者の遺族が金門橋から投身自殺を図ったという報道があったばかりだ。
ゴールデンゲートブリッジは、アメリカの光と影を顕在化している橋と言っても過言ではなかった。

「この美しい橋から身を投げるような事は、是が非でも避けたい物だ」

モースブラッガーは小声で独語しつつ、この橋で身を投げた者たちの冥福を祈った。

ゴールデンゲート海峡を抜けたイリノイは、外海に出た後に変針を命じた。

「艦長より操舵室。これより変針する。面舵一杯、針路350度」
「面舵一杯、針路350度、アイ・サー」

モースブラッガーが新たな命令を下し、イリノイの航海科員がそれに従って艦を操作する。
しばらくしてから、イリノイの巨体が若干左に傾き、舳先が右に回っていく。
基準排水量57000トン、満載時には70000トンに達する大型戦艦が回頭を行う様子はまさに圧巻である。
しかしながら、モースブラッガーの脳裏は、イリノイの雄姿を思い浮かべていなかった。

(なぜ、第5艦隊ではなく、第7艦隊の指揮下に入れと言われたのだろうか……)

彼は心中でそう呟く。
上層部からは何の説明も無く、ただ大西洋艦隊所属の第7艦隊編入を命ぜられたうえに、同艦隊の指揮下で作戦行動に当たれとしか伝えられていなかった。
イリノイと共にサンフランシスコを出港した艦は、正規空母オリスカニーと重巡洋艦ピッツバーグに、軽巡洋艦ガルベストン、そして8隻のギアリング級
駆逐艦である。
正規空母オリスカニーには、クリフトン・スプレイグ少将が座乗しており、現在はスプレイグ提督の指示に従って艦を動かしている状態だ。
スプレイグ提督は、後に第7艦隊所属の第77任務部隊第1任務群の指揮官に任ぜられることが内定しており、イリノイもその指揮下で行動する事になるだろう。
現在、第7艦隊は大西洋戦線で活躍したオーブリー・フィッチ大将にかわり、トーマス・キンケイド中将が司令長官に任命され、レーフェイル大陸沖合の
警備に当たっている。
同艦隊に配属された高速正規空母と高速戦艦は、マオンド共和国降伏後に全て太平洋艦隊に移動となり、現在はニューメキシコ級戦艦3隻の他に、
護衛空母、駆逐艦、護衛駆逐艦を主力として活動していた。
レーフェイル大陸方面では、主に陸地でのトラブル……危険動物の跳梁や、ゲリラ化した反政府勢力の対応がメインであるが、海軍の出番はあまり無い
のが現状であり、時折別大陸から来た海賊船の取り締まりや、有害な海洋生物の駆逐、交易船への臨検等を行うぐらいだ。
つい先日、そのレーフェイル方面には、正規空母フランクリンが駆逐艦4隻と共に配備されており、現在は同地に常駐浮きドッグで整備を受けているようだ。

太平洋方面と比べれば、レーフェイル方面は比較的平穏と言える。
そこに、正規空母を含んだ高速機動部隊を送り込もうというのだ。

「バーでのんびりとしている所に、剣呑な保安官が突如現れるようなものだな」

モースブラッガーは、オリスカニー、イリノイのレーフェイル大陸派遣に対して、そのような印象を抱いていた。

558ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2020/10/26(月) 21:26:35 ID:XDQ6yAnU0
SS投下終了であります。今回も色々とお見苦しい点がありますが、そこはご愛敬で(ヤメイ

559HF/DF ◆e1YVADEXuk:2020/10/26(月) 21:37:35 ID:xzg.VGas0
乙です
やはり一筋縄でいくような相手ではなかったフリンデルド&ヲリスラ
『絶妙な』位置にあるイズリィホンへの今後の対応
謎の第7艦隊増強

さて、これからどうなることやら

560名無し三等陸士@F世界:2020/10/26(月) 21:39:26 ID:cGUFp6uA0
乙です。
待ってました!

561名無し三等陸士@F世界:2020/10/27(火) 20:25:16 ID:ApBk/7xA0
待ってましたぁ!
あああああ良かったぁ諦めずに巡回してて!

562名無し三等陸士@F世界:2020/10/27(火) 21:37:58 ID:CHwVxgvg0
投下乙です
グルー大使は元の世界に置いてけぼりを食らってなかったんですね
そして空母+艦載機(しかも航空機開発の歴史はこっちの世界より長い)や潜水艦を保有するフリンデルド&ヲリスラ恐るべしですね
当然魔法関連の技術力も相当高いでしょうから、下手したら総合的な技術力はアメリカを凌駕してる可能性も…?
あとライト兄弟の話題がちらっと出てきましたけど、1946年の時点で弟のオーヴィル・ライトはまだ存命中なんですよね
こっちの世界で初めて飛行機で空を飛んだ男は、異世界の飛行機を見て何を思う…?
あとイズリィホンの存在を知った日系人や在米日本人の反応なんかも気になりますね

563名無し三等陸士@F世界:2020/10/27(火) 21:48:10 ID:ENrM7zA60
乙です
つまり、あの時代のアメリカに対応できるだけの大国が出てきたというわけですか
シューティングスターなど登場して

作中のアメリカでも
ノーチラス型原潜とか
世界の警察として進んでいく兵器がどんどん登場しそう

564ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2020/11/02(月) 22:11:48 ID:XDQ6yAnU0
皆様レスありがとうございます!

>>559

ひとまずは、シホールアンルを屈服させなければなりません
アメリカとしては出来る限り早い内に……せめて46年中までには屈服させたいところです

>>560-561
ありがとうございます!
長い間お待たせしてすいませんでした(土下座

>>562
グルーさんはちょうど本国へ帰られていたので難を逃れることが出来ました。

>フリンデルド&ヲリスラ
最初は大した事ない国かと思いきや、実際はシホールアンルに匹敵しかねない強国であると知ってアメリカも
頭を抱えていますね
ただ、現時点では大した国力を持っておらず、フリンデルド&ヲリスラ側も米側に手を出したら自殺行為と考えているので
まだまだ大人しいです

>オーヴィル・ライト
シホールアンルのケルフェラクには興味津々と言ったご様子で、いつかは生で見たいと公言しているとか

>イズリィホン
かなりおったまげると思いますね。あと、イズリィホンには人種以外の亜人族もいるようです

>>563氏 蓋を開けてみたら結構厄介な国々が出てきてしまいましたね……
この世界のアメリカも史実同様、色々と頑張らねばならないようです

565名無し三等陸士@F世界:2021/01/11(月) 05:20:53 ID:kyENLakI0
はぇ��すっごい重厚…書籍化書き起こしかと錯覚するクオリティですね
架空戦記モノは紺碧シリーズしか知りませんが、司令クラスのおっさんや首相大臣参謀クラスの爺さん方がメインで活躍するシナリオは熱い

566ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2021/01/14(木) 00:50:37 ID:YlxGjURY0
>>565氏 ありがとうございます!
前線で無双する若手の話もいいですが、将官や参謀達が悩み、議論を重ねて作戦を立てていく話も
書いてて楽しい物があります。

ここ数年は更新ペースがかなり遅くなってしまっていますが、今年こそは完結を目指して頑張りたいところです

567ヨークタウン ◆aYqkzralRA:2021/03/29(月) 20:40:36 ID:dsr7J.GU0
こんばんは
これよりSSを投下いたします

568ヨークタウン ◆aYqkzralRA:2021/03/29(月) 20:42:57 ID:dsr7J.GU0
第291話 探究者達

1486年(1946年)2月11日 午後3時 帝国本土西海岸沖100マイル地点

「ぎょ、魚雷だ!」

半ば憂鬱な気持ちで甲板上の寒風に当たってしばしの時間が経った後、それは唐突に起こった。

「え……魚雷?」

トミアヴォ家より派遣された魔道士のフリンス・ベールトィは、小声でそう呟きながら、声が聞こえた左舷側に顔を向ける。
彼は、ロアルカ島から採取された貴重資源を運び出す際に、魔法石の純度や魔力を確かめるために本国から派遣された。
魔法石の採取は現地の作業員を動員して行われており、魔法石を必要量採取した後は、2月7日までに手配した6隻の輸送艦に積込み、ベールトィはその中の一隻に乗り組んだが、彼の船は万が一の場合を考えて単独で出港している。
出港後は北に大きく回り込む航路を進み、帝国本土に向かっていたが、その道中で、ロアルカ島が、いつの間にか島の近海に進出したアメリカ機動部隊の攻撃を受け、後続する筈であった別の輸送艦が貴重な資源ごと撃沈されたとの凶報が入った。
これを聞いたベールトィは、同僚らの身を案じると同時に、難を逃れた事を心の底から喜んだ。
しかし、必要な貴重資源は、敵機動部隊の来襲という予想外の事態に到ったため、その大半が失われてしまった。
彼は、自らが携わっているとある計画にこの事が大きく影響するであろうと考え、ここ最近はずっと憂鬱な気持ちになっていた。
だが、彼の乗る船は、超人化計画の遅延云々などはつゆ知らずとばかりに、帝国本土へ向けて順調に航行していた。
そして、後2日ほどで、輸送艦は本土の港に到達する筈であった。

「駄目だ!避けられない!!」

569ヨークタウン ◆aYqkzralRA:2021/03/29(月) 20:45:22 ID:dsr7J.GU0
船員の発した絶望の叫びと、直後に襲った猛烈な衝撃は、順調に航行していた輸送艦を容赦なく揺さぶった。
輸送艦の左舷に高々と立ち上がった2本の水柱は、巡洋艦並みの大きさ程もある、さほど小さく無い船体をいとも簡単に海面から飛び上がらせたように思えた。
ベールトィの体は衝撃で浮き上がり、次の瞬間には、体は舷側を飛び越えて海の上に落ちようとしていた。

「か、体が」

彼は唖然とした表情を浮かべた後、足裏に感じていた甲板上の感覚が無くなり、異様な浮遊感を感じた事で表情が凍り付いた。
耳を覆いたくなるような轟音が響くと同時に、ベールトィは海面に落下した。
その瞬間、別の強い衝撃が体全体に伝わり、直後には強烈な冷気が鋭い刃物と化したかのように体中に突き刺さったかのような感覚に見舞われる。

(!?)

あまりの冷たさに、ベールトィは目を見開いた。
冬の冷たい海は、彼の体から容赦なく体温を奪い始めていた。

(何だこれは!?体中に針でも刺さっているのか!?)

ベールトィは心中で絶叫しながら、想像を絶する寒さで体中が固まったと思ってしまったが、それにめげる事なく、必死の思いで手足をばたつかせようとした。
幸運にも、彼の四肢は意思通りに動いてくれた。
手足をこれでもかとばかりに激しく動かし、すぐに海面へ上がろうとする。
体は海面に向かいつつあるが、極寒の海中にいるためか、手足の動きに勢いがなくなりつつあるように思えた。

570ヨークタウン ◆aYqkzralRA:2021/03/29(月) 20:46:47 ID:dsr7J.GU0
自分の体がこれほどまでに重かったのかと思うほど、その進みは重く感じられる。
僅か1秒が永遠に感じられるほど、体中の感覚が鈍くなるように思われたが、彼の体は着実に海面へと向かい、着水から30秒ほどで海面に到達した。

「ぶはぁ!」

彼は口から勢いよく海水を吐き出した。
しばしの間咳き込んだ後、彼は手足を動かしながら周囲を見回していく。
不意に、彼の右側で大きな水音が響いた。
振り向くと、そこには緊急用の簡易筏が浮かんでいた。
これは、輸送艦の左右舷側に多数括り付けられていたものだ。
ベールトィは、筏から伸びる紐を掴んで筏を自分の側に手繰り寄せると、冷たい水を吸って重たくなった体をなんとか海面から上げ、筏に乗り込んだ。
彼は筏に体を滑り込ませた後、出港前に輸送艦の乗員が話していた筏の説明を思い出していた。
筏には、万が一の場合に備えて内部に少ないながらも、保存食や火起こしの道具などが詰め込まれた箱が取り付けられており、この箱の中にある緊急用具を使えば、4人の人間が3日間は何とか耐えられ、救助に備える事ができると言われていた。
彼は震える体を無理矢理動かし、筏に括り付けられていた木箱を取り出そうとしたが、ふと、彼の目線は今まで乗り組んでいた輸送艦に注がれた。
輸送艦は既に左舷側にほぼ横倒しになっており、ベールトィに向けて船腹を晒していた。
彼はふと、自分以外にも海に投げ出された者がいるのでは無いかと思った。

「おーい!誰かいるかー!?」

寒さのあまり、声が震えてしまうが、それでも、あらん限りの力を振り絞って周囲に呼びかける。

571ヨークタウン ◆aYqkzralRA:2021/03/29(月) 20:47:46 ID:dsr7J.GU0
だが、沈みく輸送艦は、けたたましい音を響かせているため、ベールトィの声はほぼかき消されてしまった。
輸送艦は急速に海中へと沈んでいき、あっという間に浮かんでいた船腹までもが、海の中に消え去ってしまった。
彼は知らなかったが、輸送艦は被雷から僅か5分ほどで海の中に没していた。
文字通りの轟沈であった。

「くそ……船が……誰かいるかー!?ここに生存者がいるぞー!!」

ベールトィは、沸き起こる絶望感を払拭したいがために、めげずに生存者を探し続けた。
しかし、いくら呼べども、彼の声に応える者は現れなかった。
また、極寒の海中から上がったばかりの濡れ鼠と化した体で幾度も声を張り上げたため、ただでさえ消耗していた体力をさらに消耗してしまった。
このため、彼もまた疲労の極にあった。
体の震えはより一層酷くなり、ベールトィは体を丸めて体温の低下を防ごうとした。
このままでは、近いうちに凍死する事は明らかであった。

米潜水艦テンチの艦長を務める、メイヤー・バフェット中佐は、潜望鏡越しに沈みゆく輸送艦を眺めていた。

「今敵艦の船体が海面に消えた。撃沈確実だ」
「命中から5分ほどですから、ほぼ轟沈ですな」

副長を務めるマイク・トラウド少佐が無表情のまま相槌を打った。

572ヨークタウン ◆aYqkzralRA:2021/03/29(月) 20:49:20 ID:dsr7J.GU0
「これでまた、幾人かのシホット共が波間に消え去った事になります」
「奴さんは単独でのんびりと航行しとったが、俺達の前に現れたのが運の尽きとなった訳だ」

バフェット中佐はそう言ってから、潜望鏡のハンドルをパチンと折り畳んだ。
潜望鏡は駆動音と共に艦内に引き込まれていく。

「艦長、そろそろ浮上しなければ。バッテリーの充電と艦内空気の入れ替えを行いましょう」
「そういえば、そうだったな」

副長の進言を聞き入れたバフェット艦長は、軽く頷いてから次の指示を出した。

「浮上する!メインタンクブロー!」
「メインタンクブロー、アイアイサー!」

彼の指示が伝わると、部下の水兵達が慌ただしく動き、テンチの艦体を浮上させようとする。
大きな排水音と共にテンチの艦体は艦首から浮き上がり始めた。
程なくして、テンチは艦首から白波を蹴立てながら海面に浮上した。
テンチの艦体は海面上に浮き上がった後、12ノットの速力で航行し始めた。
艦橋上の対水上レーダーと対空レーダーが作動し、周囲を警戒する。
艦橋のハッチが開け放たれると、中から防寒着を着込んだバフェット艦長と6人の乗員が姿を現し、バフェットと、哨戒長以外はそれぞれが艦首や艦尾付近などに見張りとして配置についた。
テンチはちょうど、撃沈した敵艦の方へ向かいつつあった。

「前方に漂流物多数。敵艦の物と思われます」

見張りからの報告を聞きながら、バフェット艦長は双眼鏡越しに前方の海面を眺めた。
敵艦はテンチから発射した4本の魚雷のうち、2本を左舷に受けた後、艦体から大爆発を起こして轟沈している。
その際に多数の漂流物が流出し、広範囲にそれが散らばっていた。

573ヨークタウン ◆aYqkzralRA:2021/03/29(月) 20:51:05 ID:dsr7J.GU0
「艦長、あれを…」

バフェットは、隣に立っていた哨戒長からとある方向を見るように促された。
左舷艦首側の海面に漂う漂流物の中に、見慣れた形の物が複数混じっている。

「人……か…」

彼は、敵艦の乗員と思しき遺体を見るなり、思わず眉を顰めてしまった。

「俺達の手でやったとはいえ、あまりいい気はせんものだな」

彼は小声でそう呟きながら、内心では不運な敵兵の冥福を祈っていた。

漂流物は幾つもの種類があったが、その中でもとりわけ多く見受けられたものが、小型の救命筏と思しき物体だ。
テンチは漂流物の群れをかき分けながら進んでいるが、見張り員の中には、筏に生存者が取り付いて居ないか、殊更注目していたが、今のところは、中身が空の筏ばかりしか現れなかった。

「簡易用のゴムボートらしき物が多いですな」
「確かに。緊急時には、あの筏を使って救援を待つ予定だったのかもしれない。だが、それを使う事はついになかった、という訳だ」
「今は戦争をしとりますからな、致し方無い事です」

バフェットはその言葉に頷きつつも、艦の周囲を漂う漂流物の一つ一つに視線を送っていく。
ゴムボートに似た筏はまだ幾つかが見えており、幾分遠くに流された筏も複数散見される。
やや遠くにある筏は、輸送艦が被雷し、爆沈した際に爆発エネルギーによって遠くに吹き飛ばされた物であろう。

「遺体は幾つか浮いているが、生存者はいなさそうだな。このまま速度を上げてここから離れるか」

574ヨークタウン ◆aYqkzralRA:2021/03/29(月) 20:55:46 ID:dsr7J.GU0
バフェットはそう言って、艦の速度を上げるよう命令を下そうとした。
そこに意外な報告が飛び込んできた。

「艦長!右舷前方の筏に人が乗っています!あ、体を起こしました!」

艦首側に張り付いていた見張りが、生存者と思しき物を発見したのだ。
バフェットはすぐさま双眼鏡を向けて、その筏を探した。
筏はすぐに見つかった。
距離はさほど離れておらず、よく見ると、黒い人影が上半身を起こしてこちらを見ているようにも思われた。
その人影が、こちらに向けて片手を上げた。

「こんな寒い海でよく生き残れた物だな」
「艦長、どうされます?救助しますか?」

隣の見張り長が聞いてきた。
バフェットは即答する。

「無論だ。ここまで来て見殺しにするのは酷だろう。それに貴重な捕虜だ。何か情報が得られるかもしれんぞ」

朦朧とする意識の中、視界内に現れた船を見るや、ベールトィは無意識の内に蹲っていた体を起こし、弱々しくも手を振っていた。
手を振りながら声も出そうとしたが、冷水で濡れたままであるため、体中が震えてしまって空いた口から声が出なかった。
見慣れぬ船の上に、うっすらとだが人影らしきものが複数見えており、それらは次第に船首の辺りに集まっているように見えた。

575ヨークタウン ◆aYqkzralRA:2021/03/29(月) 20:57:21 ID:dsr7J.GU0
(どこの船だろうか……味方か?それとも、敵か?)

ベールトィはふとそう思った。
敵艦なら、そのまま見捨てられるか、あるいは殺されるかもしれない。
見捨てられて、寒さに震えながら死ぬよりは、いっそのこと一息に殺してくれた方が楽だと心中で思った。
彼は尚も手を降ろうとしたが、体力の低下は思ったよりも激しく、右手がほんの少し上がっただけで左右に振ることが出来ず、それどころか、上体を起こす事も叶わぬ状態だった。
仰向けに倒れたベールトィは、体の震えが余計に大きくなったように感じられた。
極寒の中で死ぬときは、眠るように死ねるからある意味は最も楽な死に方だと、出張前に上司が言っていたことを思い出した。
しかし、現実には楽に死ねるどころか、体中に刺すような冷たい痛みが伝わり、息は苦しく、体の動きが全く取れないという有り様だ。
上司の言葉は大嘘だと、ベールトィは確信していた。
初めて聞く異様な騒音が聞こえてきたが、既に体力の限界に達したベールトィは、その音の正体を確かめる気力すらなく、猛烈な眠気に身を任せつつあった。

(ああ……こんな所で死ぬのか…寒さに凍えながら、幻覚を見つつ惨めに俺は死んでいくんだ)

彼は絶望の思いでそう呟き、両目をゆっくりと閉じた。
程なくして、体が浮き上がるような感覚に見舞われたが、彼は自らの魂が体から離れた感覚なのだなと、どこか他人事のようにそう思っていた。

576ヨークタウン ◆aYqkzralRA:2021/03/29(月) 20:59:08 ID:dsr7J.GU0
テンチの乗員が筏にフックを引っ掛け、引き寄せると、中の生存者は仰向けに倒れていた。
テンチは既に速度を落とし、筏の側にたどり着いた時には、完全に停止していた。

「艦長!生存者が倒れています。意識を失った模様」
「それはここからでも見えている。とにかく引き上げさせろ。それから軍医を呼べ」
「アイ・サー」

バフェットの命令を受け、見張り長は艦内放送で軍医に甲板にあがるように知らせた。
水兵が4人がかりで、接舷した筏から生存者を引っ張り上げると、素早く甲板に寝かせた。

「艦長、お呼びですか!」

艦橋に上がってきた軍医は、吹き荒ぶ寒風に身を縮こませながらバフェットに声をかける。

「ドク、今しがた敵艦の生存者を救助した所だ。奴さんは意識を失ってあそこで倒れている。ちょいとばかし診てくれんか?」
「お、アレですな……」

軍医は甲板上に横たわる生存者を眺めると、そそくさと艦橋を降りていった。
バフェットもその後に続く。
軍医は生存者の周囲を取り囲む水兵を退かせて、膝をついてその状態を確かめた。
一通り脈や体温のなどを確かめている所に、バフェットも歩み寄ってきた。

「目立った外傷は見えませんが、体温の低下が著しい。典型的な低体温症です。すぐに処置を行わなければ確実に死亡します」
「それはまずいな。よし!すぐに中へ入れろ。せっかく助けたんだ。せめて何がしかの情報は手に入れたい」

バフェットはそう決めると、水兵に生存者を艦内に収容するように命じた。

577ヨークタウン ◆aYqkzralRA:2021/03/29(月) 21:02:21 ID:dsr7J.GU0
「魔法への探求は生涯続けていきたい」

首都ウェルバンルの魔法学校を卒業した時、ベールトィは自信に溢れながら友人や知人達にそう公言していた。
やがて軍に入隊し、3年ほど従軍した後、彼はウリスト家お抱えの魔道士であるオルヴォコ・ホーウィロ導師に気に入られ、彼の直属の魔導士集団に迎え入れられた。
2年ほどはホーウィロ魔導団の一員として経験を積んだ。
彼は様々な魔法と出会い、思う存分に研究に励んだ。
しかし、3年目で彼は、ウリスト家の所有する某所に連れてこられ、そこで秘密の研究に携わることとなった。
異動当初は、それまでと同様に仕事をしながら自身の追い求めていた、魔法への探究に没頭することができたが、それも徐々にできなくなり、いつしか強化兵士を作り上げる人体実験に関わることとなった。
実験はいずれもが想像を絶する物ばかりであり、時には薬を投与した人間を捕獲した猛獣相手に戦わせてどこまで生き延びれるか試したり、ある時は凶悪犯罪者を内部に作った闘技場に放り込み、そこで強化兵士に仕立てられた志願兵と戦わせたりなど…

しかし、中でもここ数ヶ月の実験は特に壮絶であり、大量の捕虜と強化兵士を戦わせて全滅させるまでの時間を競い合わせたり、過酷な実験に耐えきれなくなった被験者を仲間に腕試しがてらに戦わせて処分させるなど、明らかに常軌を逸するものばかりであった。

ある日、施設長のナリョキル・ロスヴナは浮かぬ顔つきを見せるベールトィに向けてこう言った。

「若い君には、ここでの仕事は辛かろう。だが、君は優秀な魔導士だ。ここはどうか耐えてもらいたい。こういった事を行うのも、魔法に対する探究の一つでもある。そう……これは君の好きな探求の一つなのだ。そう思って仕事に打ち込めば、心も幾分は晴れると思うぞ」

578ヨークタウン ◆aYqkzralRA:2021/03/29(月) 21:04:42 ID:dsr7J.GU0
ロスヴナはそう言って、ベールトィの肩を軽く叩き、高笑いを浮かべながら去っていった。

それから程なくして、彼は実験に使う魔法石の移送立ち合いのため、他の魔道士と共に辺境の島であるロアルカ島に趣き、そこで採取した魔法石の調査と各種調整を行いながら、一足先にロアルカ島を離れた。

自分が目指していた魔法への探求と、実際にやる探求……と称した残酷な何か
理想と現実の狭間に悩み、苦しんでいた時に、それはやってきた。

真っ白な世界が目の前に現れた。

「………ここ……は……?」

ベールトィは、その白い世界を見るなり、弱々しく言い放った。
自分の発する声音が、異常に小さく、遠くから聞こえたように感じる。
彼は即座に、ここが死後の世界であると確信した。

「そうか………死んだんだな」

彼は、自分があの極寒の海で力尽き、魂だけの存在になったような感触を覚えていた。
重く、筏の床に沈み込んだ体がフワリと浮かぶ感触は、初めて経験するものだったが、同時に異様に気持ち良いようにも思えた。
死を迎えるまでは異常に辛く、無意識のうちに激しく震える体は同時に、彼の呼吸も困難な物にしていた。
死を迎えるまでは、地獄のような苦しみを味わったが、その後は苦しみから解放されたのだ。あの感触はまさにそれであった。

だが、そう思った直後、眼前の世界は一変した。

579ヨークタウン ◆aYqkzralRA:2021/03/29(月) 21:06:23 ID:dsr7J.GU0
突然、目の前の白い世界が一瞬のうちに暗くなったのだ。

「よかった。意識を取り戻したぞ」

耳に響いたその声は、異常にはっきりしているように思え、ベールトィは思わず仰天して体を大きく跳ね上げてしまった。

「うわぁ!?」
「うぉ!?」

ベールトィが驚くと同時に、白い世界を黒く染めた物……眼前の軍医もまた、驚いて声を上げてしまった。

「ドク!大丈夫ですか!」

後方から鋭い声音が響いた。
眼鏡を掛けた人物は、ゆっくりと後ろを振り向き、次いで、慌てるように両手を交互に振った。

「大丈夫だ!心配しなくていい。捕虜が目を覚ましただけだ。だからその銃を下ろしてくれ」

眼鏡姿の男は、誰かと喋っていた。
ベールトィは顔を上げると、見慣れぬ部屋の出入り口に、殺気立った男がこちらに何かを向けていることに気づいた。
それと同時に、彼は手足の自由が利かない事もわかった。

「艦長をここに呼んでくれ」

ドクと呼ばれた男は、もう1人の男にそう指示を送った。
アイ・サーと返事した男が部屋から離れると、ドクと呼ばれた男はこちらに振り向いた。

「こ……ここは、どこだ?地獄か?」

580ヨークタウン ◆aYqkzralRA:2021/03/29(月) 21:07:30 ID:dsr7J.GU0
ベールトィは戸惑いながら、ドクと呼ばれた眼鏡姿の男に質問を飛ばした。

「ここは潜水艦テンチ。アメリカ合衆国海軍所属の軍艦の中だ。私はこのテンチで軍医として働く、アドニア・ベレンスキー大尉だ。以後、よろしく頼む」
「せ、潜水艦の中!?」

ベールトィは頓狂な声をあげてしまった。

「そうだ。潜水艦の中だ。君は運よく助かったのさ」

ベレンスキー大尉がそう答えた直後、医務室にバフェット艦長が現れた。

「ほう……ようやく起きたか」
「あ、あんたは?」
「私はバフェット中佐だ。この潜水艦テンチの艦長をしている」
「艦長殿でありますか……あなたの艦が、私の乗船を撃沈したのですね」
「そうだ。そして、生存者は君一人だった」

その言葉を聞いた瞬間、ベールトィは表情を凍り付かせた。
輸送艦には、ベールトィを含めて、182人の乗員と同乗者が乗り組んでいた。
その中で、生き残ったのは、ベールトィのみ。

「魚雷が命中した後、君の乗艦は中央部から大爆発を起こして転覆し、被雷から5分足らずで沈没した……轟沈だった」
「そんな………」

ベールトィは、その一言を発しただけで絶句してしまった。
182人のうち、181人の命が、たったの5分足らずで失われてしまったのである。
彼はショックのあまり、言葉が出なくなった。

581ヨークタウン ◆aYqkzralRA:2021/03/29(月) 21:08:59 ID:dsr7J.GU0
「これから君は、我が合衆国海軍の捕虜として遇する事になる。今はこの通り、手足を縛っているが、いずれは個室に移動し、その時に拘束を解く予定だ。何か気になる点や、欲しい物などがあれば言うように」
「………」

バフェットは、塞ぎ込むベールトィにそう言ってから、そそくさと医務室を退出していった。

「艦長」

医務室から出て、発令所でコーヒーを啜っていたバフェットは、ベレンスキー軍医に声をかけられた。

「おう、どうした?」
「尋問があると言う事は伝えないのですか?」
「ん?ああ、もちろん伝える。だが、それは今やらんでもいいだろう」

バフェットは、空になったコーヒーカップを従兵に渡し、ズレた制帽を整えてから続きを言う。

「奴さんは今、かなりのショック状態にある。まぁ無理もなかろう……いきなり乗艦を撃沈されて、極寒の海を死亡寸前になるまで泳がされた挙句、自分以外全員死亡したと伝えられたんだ。誰しもがああなる」

彼は軽くため息を吐いた。

「今はそっとしておくのがいいだろう。尋問がどうのこうのと言っても、頭に入らんだろうしな。それに、大した地位のある奴ではないだろうから、重要な情報を持っている可能性は低い。奴さんの体力回復を見込んで、明日か明後日あたりに尋問を始めても、別に遅くはないさ」

バフェットはそう苦笑しながら、ベレンスキー軍医にそう言った。

582ヨークタウン ◆aYqkzralRA:2021/03/29(月) 21:11:32 ID:dsr7J.GU0
人間の血よりも、とても鉄臭いように感じられる

それもそうか、何しろ、体だけが大きい獣なのだから……


ふふふ………動きは大した事がなかったけど、図体が大きくて人より頑丈だから、いたぶりながら殺す事が出来た

獣でも、私を充分に楽しめる事ができたんだぁ


あは

あははははは

でも












人を殺す方が、やっぱり楽しぃなぁ!!!!!!

583ヨークタウン ◆aYqkzralRA:2021/03/29(月) 21:12:53 ID:dsr7J.GU0
ふふふふ

ふふ


ふふふ













いいなぁ……
今日は、いつものように変な気分にならない

とっても

とっっっっっっっ




ても



気持ちいい……

584ヨークタウン ◆aYqkzralRA:2021/03/29(月) 21:15:28 ID:dsr7J.GU0
これなら、施設長さんの機嫌も悪くならないかな〜


あれっ


機嫌が、良くなさそう

なんで?

人を用意できなかったからなのかな?

それとも、調子が良くても、機嫌が悪くならないのかな?


あ……行っちゃった
なんですか?


どうして?叫んでるのかな〜?








「魔法石採取に向かわせた輸送隊と手配船が、敵機動部隊と潜水艦にやられて全滅だとぉ!?」

585ヨークタウン ◆aYqkzralRA:2021/03/29(月) 21:18:22 ID:dsr7J.GU0
施設長のナリョキル・ロスヴナは、部下から伝えられたその報告を聞くなり、金切声をあげてしまった。

「はい」
「はいじゃないが!と、というか……少なくない数の魔道士をここから出したのだぞ…しかも、戦闘地域ではないノア・エルカ列島へ。そこに敵機動部隊と潜水艦が来襲して……」

ロスヴナは思わず、その場にへたり込みそうになった。
彼は、現在推進中の超人化兵士計画を促進させるため、希少度の高い魔法石が採掘されているノア・エルカ列島のロアルカ島に魔道士と施設関係者など、60人を送り込んで、現地で使えそうな魔法石の選定と、採取に当たらせた。
2月初めの報告では、計画に最適と思われる魔法石が見つかり、この魔法石を使えば強化兵士は遅くても、今年の3月中には実用化できると現地から伝えられていた。
ロスヴナは計画の推進者であり、主導者でもあるウリスト侯爵に報告すると、即座に魔法石を持ち帰り、計画完遂へ向けて動くべしとの指示を受け、ロアルカ島の派遣隊に魔法石の輸送を命じた。
ウリスト侯爵の計らいもあって、海軍から複数の輸送艦を貸してもらったため、派遣隊は一度で大量の魔法石を輸送する事ができた。
輸送に成功すれば、計画に進捗度は大幅に上がることは確実であった。
それだけに、ウリスト侯爵はもとより、現場責任者であるロスヴナは、この魔法石の輸送に大きな期待をかけていた。
だが……

その期待していた魔法石は、唐突に現れたアメリカ高速空母部隊によって輸送艦ごと悉く撃ち沈められ、運良く難を逃れた輸送艦も、敵潜水艦の魚雷攻撃を受けるとの緊急信を発した後、所属不明となり、後に発進した基地航空隊の偵察ワイバーンが輸送艦の搭載していた漂流物を発見したことで、撃沈されたことが明らかになった。

586ヨークタウン ◆aYqkzralRA:2021/03/29(月) 21:20:46 ID:dsr7J.GU0
「ウリスト侯爵からは、計画の遅延はどれぐらいになるか調査し、報告せよと」
「無論、可及的速やかに調査する。関係各所と連絡を密にし、計画完遂までにかかる期間を再度計算せねば」

ロスヴナはそう言ってから、各部署の代表に送る命令書の作成に取り掛かろうとした。
それと同時に、彼は彼なりの探究心を傷つけた敵をひどく恨んでいた。

(おのれぇ!アメリカ人どもめ!!私の探究の結果がもう少しで観れると言う所でとんでもない事をしでかしてくれたな!見ておれ……強化兵士が完成した暁には、貴様らの軍にぶつけて血の雨を降らしてくれようぞ!!!)

ロスヴナは心中で叫ぶ。
実は、今日の実験も、本来ならば捕虜を用いて行う予定であったが、出発予定地で待機していた輸送列車や、線路を含むインフラが米軍の猛爆によって完膚なきまでに破壊されてしまったため、実験材料の搬入が困難になってしまった。
その代用として、付近で捕獲した害獣種を使って実験を行い、結果はほぼ満足できる内容であった物の、人間を使った実験と比べると幾分劣る物でしかなかった。
また、捕虜以外にも、実験に使う魔法石以外の材料も、徐々に入手が難しくなって来ており、例えば、今日搬入された実験器具の補充品などは、本来であれば2月初めに搬入が完了している筈であった。
だが、米軍の戦略爆撃の影響で補充品の搬入が遅れてしまい、幾つかの実験は開始日を後日に延期しなければならなかった。

587ヨークタウン ◆aYqkzralRA:2021/03/29(月) 21:21:28 ID:dsr7J.GU0
「ウリスト侯爵からは、計画の遅延はどれぐらいになるか調査し、報告せよと」
「無論、可及的速やかに調査する。関係各所と連絡を密にし、計画完遂までにかかる期間を再度計算せねば」

ロスヴナはそう言ってから、各部署の代表に送る命令書の作成に取り掛かろうとした。
それと同時に、彼は彼なりの探究心を傷つけた敵をひどく恨んでいた。

(おのれぇ!アメリカ人どもめ!!私の探究の結果がもう少しで観れると言う所でとんでもない事をしでかしてくれたな!見ておれ……強化兵士が完成した暁には、貴様らの軍にぶつけて血の雨を降らしてくれようぞ!!!)

ロスヴナは心中で叫ぶ。
実は、今日の実験も、本来ならば捕虜を用いて行う予定であったが、出発予定地で待機していた輸送列車や、線路を含むインフラが米軍の猛爆によって完膚なきまでに破壊されてしまったため、実験材料の搬入が困難になってしまった。
その代用として、付近で捕獲した害獣種を使って実験を行い、結果はほぼ満足できる内容であった物の、人間を使った実験と比べると幾分劣る物でしかなかった。
また、捕虜以外にも、実験に使う魔法石以外の材料も、徐々に入手が難しくなって来ており、例えば、今日搬入された実験器具の補充品などは、本来であれば2月初めに搬入が完了している筈であった。
だが、米軍の戦略爆撃の影響で補充品の搬入が遅れてしまい、幾つかの実験は開始日を後日に延期しなければならなかった。

588ヨークタウン ◆aYqkzralRA:2021/03/29(月) 21:22:47 ID:dsr7J.GU0
はーうんち!
やらかしたんじゃ……

まぁいいや。続き!

589ヨークタウン ◆aYqkzralRA:2021/03/29(月) 21:27:45 ID:dsr7J.GU0
ロスヴナは今でも帝国の勝利を信じて疑わないが、敵の戦略爆撃や、敵潜水艦の跳梁は予想以上に激しい上に、敵機動部隊までもが通商破壊で暴れ始めた影響は大きく、超人化兵士計画の進捗に支障をきたすに至った現状を鑑みるに、帝国の未来に不安を感じずには居られなかった。

(先行きに不安を感じない筈は無い。だが……私が見たいのは、帝国が勝利する未来。それも、私の探究心がもたらした物が導く勝利として、だ。人によっては、歪んだ道を歩く狂人と蔑む輩もいるようだが、そんなこと知った事ではないわ!)

ロスヴナは廊下を歩きながら、徐々に不気味な笑みを浮かび始めた。

(戦争をしているのだから、予想外の事が起きるのは致し方なし!ならば、乗り越えよう。そして、乗り越えた先の未来を見て、大いに喜ぼうではないか!)

彼はその表情を浮かべたまま、小さく笑い声を上げた。

「施設長。今日より魔法通信の文が変わります。通信隊の備えは既に整っております」

部下からそう告げられると、ロスヴナは黙ったまま、軽く頷いた。

590ヨークタウン ◆aYqkzralRA:2021/03/29(月) 21:28:25 ID:dsr7J.GU0
ロスヴナは今でも帝国の勝利を信じて疑わないが、敵の戦略爆撃や、敵潜水艦の跳梁は予想以上に激しい上に、敵機動部隊までもが通商破壊で暴れ始めた影響は大きく、超人化兵士計画の進捗に支障をきたすに至った現状を鑑みるに、帝国の未来に不安を感じずには居られなかった。

(先行きに不安を感じない筈は無い。だが……私が見たいのは、帝国が勝利する未来。それも、私の探究心がもたらした物が導く勝利として、だ。人によっては、歪んだ道を歩く狂人と蔑む輩もいるようだが、そんなこと知った事ではないわ!)

ロスヴナは廊下を歩きながら、徐々に不気味な笑みを浮かび始めた。

(戦争をしているのだから、予想外の事が起きるのは致し方なし!ならば、乗り越えよう。そして、乗り越えた先の未来を見て、大いに喜ぼうではないか!)

彼はその表情を浮かべたまま、小さく笑い声を上げた。

「施設長。今日より魔法通信の文が変わります。通信隊の備えは既に整っております」

部下からそう告げられると、ロスヴナは黙ったまま、軽く頷いた。

591ヨークタウン ◆aYqkzralRA:2021/03/29(月) 21:29:00 ID:dsr7J.GU0
1486年(1946年)2月13日 午後6時 カリフォルニア州サンディエゴ

アメリカ太平洋艦隊情報参謀を務めるエドウィン・レイトン少将は、暗号解読班の責任者であるジョセフ・ロシュフォート大佐に急ぎ解読室に来るように呼ばれ、慌ただしい足取りで暗号解読室にやって来た。

「お忙しい中、お呼び出しして申し訳ありません」

カーキ色の軍服の上からガウンを羽織ると言う、素っ頓狂な格好をしたロシュフォートを、レイトンは一瞬咎めようとしたが、それ以上に彼を呼び出した動機の方が気になって仕方がなかった。

「一体何事だ?敵の暗号を解読できたのかね?」

レイトンの質問に、ロシュフォートは無反応のまま右腕を前方に差し出し、そのまま早足で歩き始めた。
解読室では、職員や協力者達が忙しなく働いている。
ロシュフォートは、差し出したままの右腕を、黒板に向けた。

「あれが起きました」
「あれとは…?それに、あそこに張り出された文言は全て出し切り、似たような文言しか出ていないと」

レイトンはそこまで言ってから異変に気付いた。
黒板の大きさが以前よりも変わっていた。
そして、貼られている文言も以前より増えている。

592ヨークタウン ◆aYqkzralRA:2021/03/29(月) 21:30:07 ID:dsr7J.GU0
レイトンは、しばし長さが変わった黒板と、貼られている文言の数を見比べた後、愕然とした表情を浮かべた。

「お気づきになられましたな」
「ああ。たった今わかったぞ」

レイトンとロシュフォートは、互いに顔を見合わせた。

「敵は使える文言の数を増やした、と、最初は思いました。ですが、単純に文言の数が増えた訳ではありません」

ロシュフォートは、黒板に歩み寄り、新しく張り出した紙の群れを、掌で上から下になぞった。

「敵はこの辺りの文言しか使っておりません。つまりは……こう言う事です」

ロシュフォートは、決定的な事実を言い放った。

「敵は、暗号を変えたのです」

彼の言葉を聞くや、レイトンはめまいを起こしそうになった。
ロシュフォートの後ろを、早足で獣耳姿の協力者が過ぎて行き、手に持っていた紙の束を、空いているスペースに貼っていった。

「1時間で300枚増えました。文言の数はいまも尚、増え続けています」
「なんと言う事だ。第1次レビリンイクル海戦の敗報を聞いた時よりもショックだぞ」

レイトンは頭を抱えたくなった。
暗号の解読は、徐々にだが進んでいた。

593ヨークタウン ◆aYqkzralRA:2021/03/29(月) 21:32:39 ID:dsr7J.GU0
新しい文言が出なくなった後は、それぞれの文が何を指しているのかが判明し始めていた。
例えば、貴族の名前が出るときは、友軍航空部隊の空襲や、通過を表している事がほぼ判明していた。
また、女性名らしきものが出る時は敵部隊の移動を指している他、文のある動詞には部隊の交代を指している等、少しずつ分かり始めていた。

前世界の数字を用いた複雑な暗号と比べて、シホールアンル軍の暗号はただの当て字に過ぎないため、種明かしさえすれば、遅かれ早かれ敵の情報は筒抜けになる。
レイトンはここ最近、そう確信していたのだが……

ロシュフォートらの努力は、敵が暗号を変えた事で水泡に帰したのだ。

「非常に厄介な事態です」

ロシュフォートは眉に皺を寄せながら、レイトンに言う。

「敵もやはり馬鹿ではありませんな」
「これからどうするのだね?」

レイトンは険しい表情を浮かべながら、ロシュフォートに聞いた。

「どうするも何も……今まで通りの作業を行うだけです」
「なんだと、それだけかね?」
「それだけです」

レイトンは不快だと言わんばかりに口を開こうとしたが、ロシュフォートが右手を上げて制した。

「先に言いますが、現状ではこれが最適解です」

594ヨークタウン ◆aYqkzralRA:2021/03/29(月) 21:33:47 ID:dsr7J.GU0
「しかしだな、君」
「しかしも何もありませんよ。連中、暗号を変えたのは確かに素晴らしい判断です。ですが……」

ロシュフォートが苦笑しながら言葉を紡いでいく。

「それだけです。出てくる文言は、言葉こそ変わっておりますが、それだけです。簡単に言えば、ABCDEとしか言っていなかったのを、ZYXWVと言っている様なものです」
「だが、敵は暗号を変えたのだろう?ならば、そのやり方すら変える可能性もあるはずだ」
「ええ……問題はそこですな」

レイトンの指摘を受けたロシュフォートは、腕組みしながら喉を唸らせた。

「まぁ、それはともかく。君としてはこれからも情報の収集に専念すると言う訳だな」
「無論その通りであります」
「ならば話は早い。私は、今すぐにニミッツ長官に報告してくる」

レイトンはそう言って、解読室を後にしようとしたが

「お待ちください」
「ん?どうしたのかね」

唐突に、ロシュフォートに呼び止められ、レイトンは体を向け直した。

「お呼び出ししたのは、この報告だけではありません。他にお願いしたい事がありまして……」
「なんだ?人員を増やしたいのかね?」
「いえ、そうではありません」

ロシュフォートはそう否定してから、要望を伝えた。

「もう一度、帝国東海岸付近に偵察機を飛ばして欲しいのです。いや、それだけではありません。第3艦隊にも動いて頂きたい」
「ふむ…情報をより多く仕入れようとしているのだな。しかし、やるのはいいが、その後がまた大変だぞ。関係各所から大量の報告書や電文等を取り寄せねばならん。君らの作業も膨大な物になる」
「構いません。でなければ、この探求の果てを見る事ができませんからな」

ロシュフォートは事もなげにそう言ってのけた。

595ヨークタウン ◆aYqkzralRA:2021/03/29(月) 21:34:21 ID:dsr7J.GU0
SS投下終了です

596名無し三等陸士@F世界:2021/03/29(月) 21:43:12 ID:uGInP/zg0
投下乙です!
鉄の鯨が凍れる海で拾った捕虜は恐るべき計画を知っていた
だが拾い上げた者たちはそれをまだ知らない…さて、どうなる?

あとロシュフォート大佐、一体何を考えているのか…

597ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2021/04/06(火) 20:04:43 ID:dsr7J.GU0
>>596氏 ありがとうございます。

捕虜は遅かれ早かれ、知っている情報を喋ってしまうでしょうが、それがいつになるかは
まだ不明です。

ロシュフォート大佐としては、とにもかくも情報を集めたいと思っているだけですね

598名無し三等陸士@F世界:2021/04/08(木) 23:39:16 ID:Zcyd7hwI0
投下乙です
末期戦にありがちな超兵器製造での逆転を企む一方
米本土で進む暗号解読
ドンパチもいいものですが裏方の仕事も熱いものです

暗号といえばエニグマですが
米軍のSIGABAは一応解読されたことがないという代物だったりする

599ヨークタウン ◆UDTfE/miUo:2021/04/13(火) 20:03:03 ID:dsr7J.GU0
>>598氏 ありがとうございます。
劣勢下にあるシホールアンルは勿論ですが、アメリカ側も不安要素を排除すべく、全力を尽くしております。
今のところ、シホールアンルの奇策で暗号解読がやり辛くなっていますが、米側も何とか解読しようと
あの手この手で尻尾をつかもうとしていますが、結果は如何に。

>SIGABA
この世界の米軍も使っていますね。
軍中枢のある方は、暗号なぞ無い世界で我が軍が暗号を使い続けるのは如何な物かと言っていましたが、
結局は継続して使い続けております。

600名無し三等陸士@F世界:2021/05/20(木) 18:45:03 ID:Yrrl6rek0
作者乙
がんばれー
楽しみにしてるからゆっくりでもいいので頼むぜ

601ヨークタウン ◆jFpk2yHa0E:2021/06/06(日) 23:45:44 ID:ChKdS7Ww0
>>600氏 遅ればせながらありがとうございます!
その声援に是が非でも応えられるよう努力いたします。

602名無し三等陸士@F世界:2022/10/02(日) 14:23:35 ID:oJs/mvhM0
ここも、もう一年か

603ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2022/11/18(金) 20:54:07 ID:rwYjnxGc0
こんばんは。9時よりSSを投下いたします

604ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2022/11/18(金) 21:00:18 ID:rwYjnxGc0
第292話 蛙飛び作戦

1486年(1946年)2月某日 午後1時 レスタン・ヒーレリ北部国境

この日の天候は、1月末より続く天候不順の影響もあって空は雪雲に覆われており、大地は降りしきる雪のため、真っ白に染まっていた。
木材の卸売りを生業としているドヴィクロ・ミハルクは、馬車の御者台に座り、隣の少年と雑談を交わしながら雪中の平原を走っていた。

「シホールアンルの連中が北に逃げて、ようやく本業に復帰できた訳だが……こうも天気が悪いとやり難くていかんな」
「ですが親方、雪の量はまだ多くないですよ」

ミハルクは確かにそうだなと返しつつ、腕時計に目を向けた。

「……本当、羨ましいですよ」
「まーた同じ事をいいやがる。そんなに時計が欲しいか?」
「だってカッコイイじゃないですか。それに、時間を管理できるとなんか、偉くなったみたいでいいじゃないですか!」

少年は目を輝かせながらミハルクに言う。
それを彼はまあまあと小声で呟きながら、両手を上げて制した。

「まぁしかし、知り合いになったアメリカ兵から酔った勢いで貰ったコイツだが、確かに便利だな。時間が管理できるようになったおかげで、仕事もより計画的にできるようになったし。しかも名前まで付いているとはね」
「ロレックスと言ってましたっけ?」
「ああ、確かそんな名前だったな。アメリカ兵からは、前にいた世界では結構高価な代物だったと聞いている。そんな物をポンとくれるとはね、相当に気前が良かったな」

ミハルクは数ヵ月前の酒席での出来事を思い出していたが、それは少年が彼の肩を叩いた所で唐突に中断された。

「親方、例の場所です」
「おっと。あと少しで踏切か」

ミハルクは、真っ白に彩られた地面の中で、若干高めに吹き上がった白線のような物を見つめた。
その線の上には、鉄の棒が置かれており、それは左右に広がっている。

「あっ、丁度向かって来ましたよ」

少年はある方向……南側を指差した。
それに触発されたかのように、指を指した方角からけたたましい音が響き渡ってきた。

「チッ、しばらくは踏切の前で待たんといかんな」

605ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2022/11/18(金) 21:01:01 ID:rwYjnxGc0
ミハルクはタイミング的に踏切を渡れないと思い、雪で見え辛くなった境界線の前まで、そのままの歩調でゆっくりと馬車を進ませていく。
境界線に着くまでに、アメリカ製の列車は警笛を鳴らしながら踏切を通過し始めた。
先頭を機関車と呼ばれた動力車が、白煙を吐きながら独特の轟音と共に走り去り、窓の付いた有蓋列車が機関車に引っ張られていく。
有蓋列車は6両ほど続いた後、無蓋貨車に変わっていく。

「戦車が1、2、3、4……毎度毎度、とんでもない数だな」

ミハルクは、貨車の上に搭載された戦車の数を10まで数えたが、その後も続いたため、数えるのをやめた。

「アメリカさんの軍用列車……最近やたらに多いと思いませんか?」
「ああ。妙に多いな」

ミハルクは少年にそう答えつつ、目の前を通り過ぎる列車を見つめ続ける。
レスタン民主共和国には、シホールアンルが敷設した鉄道が残っており、昨年初春にレスタンが連合国に占領されてからは、戦闘で破壊された鉄道をアメリカ軍が修理して復旧させ、夏の終わり頃から物資の輸送に使っている。

鉄道の使用量は普段から多いが、ここ1週間程前からは、軍用列車の通過本数がかなり増えていた。
特に南から北へ向かう列車が多く、その多くは戦車や軍用車両を搭載していた。
今回は戦車の他に、布で覆われている物の、細長い棒状のような物。
明らかに野砲と思しきものが多数積載されていた。

「戦車に大砲に、トラックと……北でまた何かやるのかな」
「親方、俺はあの貨車に乗っているトラックが欲しいですね」

少年の声を聴いたミハルクは、思わず眉を顰めた。

「また言うか……俺達がトラックを持てる訳ないだろう。あれはアメリカ軍しか使えんぞ」
「でも、あれが使えれば俺たちの仕事は結構楽になると思いませんか?」
「そりゃ楽になるさ。でも、今は使えんよ」

ミハルクは物憂げな口調で少年に言ったが、少年は物欲しそうな表情で軍用列車を見つめ続ける。

「……いつか、トラックやジープを買えるようになりたいなぁ」
(いや、買えるだけじゃなくて、俺達が車が作れるようになれば、レスタンはもっと楽になるかな)

少年は心の中でふとそう思った。
軍用列車の列は思いのほか長く、永遠に続いているようにも思えた。

606ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2022/11/18(金) 21:01:45 ID:rwYjnxGc0
2月16日 午前10時

ヒーレリ共和国 リーシウィルム沖 第5艦隊旗艦 戦艦ミズーリ

「第5艦隊の指揮を、お渡しいたします」

フランク・フレッチャー海軍大将は、テーブルを挟んで立つ将官に向けて、事務的な口調でそう告げる。

「第5艦隊の指揮を継承いたします」

第5艦隊司令長官に任命されたレイモンド・スプルーアンス大将は、幾分小さな声音でそう返した後、互いに席に座った。

「さて、これで私の役目は終わったな」

ホッとしたような表情を浮かべながら、フレッチャー提督はそう言い放つ。

「昨年9月から半年間か。長い間ご苦労だった」

スプルーアンス提督はやや微笑みながら、ねぎらいの言葉をかけた。

「いやはや……長いようで短い。それでいて、短いようで長い半年だった気がする。それに酷く疲れてしまった」
「敵の主力艦隊を、犠牲を払いながらも完膚なきまでに壊滅させた上に、更に何ヶ月もの間、作戦行動を行って来たのだ。疲れない方がおかしい」
「うむ、それもそうだ」

フレッチャーは苦笑しながらそう返しつつ、顔を顰めながら自らの肩を揉んだ。

「敵の機動部隊や水上部隊を叩きのめした後はやや気が楽になったが、人間、少しだけの休みを取っただけでは疲れを取り切れん物だな」
「しかし、シホールアンル海軍はこれで主力の海上打撃部隊の大半を一挙に失った。太平洋戦線でも第3艦隊が敵水上部隊を軍港ごと壊滅させている。海上作戦に関してはこれまで以上に良い環境になったと言えるだろう。その一端を担った貴官は、堂々たる凱旋になる訳だ」
「なに、私は大した事はしておらんさ」

フレッチャーは頭を振りながらそう言い放つ。

「第5艦隊の司令部スタッフや、各母艦航空隊や艦の将兵達が優秀だっただけだ。あの大勝利は彼等の努力のお陰さ」
「なるほど……しかし、それは貴官の指揮無くして果たせなかった事でもある。だから、あの大勝利は貴官の功績でもある。あまり過度な謙遜はやらぬ方が良いだろうな」
「確かに。肝に銘じておこう」

フレッチャーは苦笑を浮かべながら、スプルーアンスの指摘を受け入れた。

607ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2022/11/18(金) 21:02:20 ID:rwYjnxGc0
「ところで、ニミッツ長官がレスタン共和国の首都で主立った連合軍将官と合同会議をやっているそうだな」
「うむ。今後の合衆国陸海軍、連合国軍の作戦行動の確認といった所だ」

フレッチャーの問いに、スプルーアンスは答えながらも、数日前に見たニミッツの顰めっ面を思い出していた。

「今頃はファルヴエイノの一室で陸軍の将星達と話し合っておるんだろうが……ニミッツ長官は今どんな気持ちで会議に参加しているんだろうな…」
「ん?ニミッツ長官に何かあったのかね?」

スプルーアンスが眉を顰めるのを見たフレッチャーは、すかさず問いかけて来る。

「いや、特に何も無い……という事は無いな。貴官は聞いているかね?本国で新しい艦の建造が決まった事を」
「ジャクソンヴィル級軽巡の事か?あの艦の建造なら既に決まっていた事だ。それで別にニミッツ長官が気に止むことでは無いと思うが」
「ジャクソンヴィル級だけならそうであったさ。だが、本国ではもっと大きい艦の建造が決まって、近日中に報道される手筈になっている」
「もっと大きい艦だと?リプライザル級を量産するのかね?」

大型空母なぞこれ以上必要ないだろうが、と、フレッチャーは心中で付け加えた。
しかし、スプルーアンスは即座に否定した。

「いや、空母ではない。戦艦だ」
「戦艦だと!?なぜ今更……!」

フレッチャーは困惑した。

「本国にいた時、名前の決まっていない設計中の大型戦艦が一応計画されていると聞いておったが、まさか、建造が決まった戦艦というのはそれかね?」
「そうだ。1番艦東海岸のドックで近々起工式が始まる予定だ。名前も既に決まっていて、1番艦ジョージアと付けられるそうだ。建造数はあくまで予定だが、最低でも4隻は作るらしい」

それを聞いたフレッチャーは、ますます困惑した顔を浮かべる。

「今は空母の時代だ。確かに、アイオワ級を始めとする新鋭戦艦群はよく任務をこなし、強大な敵水上部隊を破り、地上部隊の支援に大きく活用されてきたが、空母機動部隊が全盛となったこの時期に、新たに4隻の新鋭戦艦を作るとは……非効率極まりない事かと思うが」

フレッチャーは静かながらも、ハッキリとした口調で指摘する。

608ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2022/11/18(金) 21:03:01 ID:rwYjnxGc0
新造戦艦……もとい、ジョージア級と呼ばれたこの戦艦は、まさに合衆国海軍最大最強の戦艦と言えた。

全長は285メートル、全幅は37.2メートルとなっており、武装は48口径17インチ3連装砲4基12門に5インチ連装両用砲10基20門を有し、この他に3インチ連装両用砲や40ミリ4連装機銃、20ミリ機銃といった多数の対空火器も搭載する予定である。
装甲部は舷側で450ミリ、甲板で190ミリ、主砲防盾は520ミリで、司令塔は550ミリを予定している。
基準排水量は空荷状態でも63000トンで、通常時70000トン、満載時には80000トンを超える想定である。

大きさ、武装、重量共に、前級のアイオワ級を凌いでおり、対空火力もかなりの物だ。

ただ、これだけの巨大戦艦となると、大幅な速力減となる事が想定されるが、ジョージア級戦艦に搭載される機関もまた進化している。
艦の深部には、バブコック&ウィルコックス式重油専焼ボイラー8基、GE式蒸気ギヤードタービンが4基4軸搭載される。
エンジン部分の表面だけを見ればアイオワ級と大差ないように思えるが、中身は1945年以降に作られる最新の機関部であり、予定では240000馬力の出力を発揮し、満載ともなれば80000トンの大台に達するジョージアを時速28ノットから30ノットのスピードで航行させる事が可能と言われている。
これには、艦首下部に装着されるバルバスバウの効果も見込まれており、実現すれば、アイオワ級を凌ぎながらも、ほぼ同等の快速を得る大型戦艦が登場するという事になる。

だが、フレッチャーから見れば、ジョージア級のような大型戦艦は、時代遅れの産物にしか見えなかった。

「仮に、今在籍している旧式戦艦群を全艦退役させるにしても、アイオワ級も含めて11隻の大型戦艦を有し、サウスダコタ級やアラスカ級といった戦艦、巡戦も加えると、計17隻もの戦艦を抱える事になる。ただでさえ、多数の正規空母を始めとする膨大な数の艦艇が海軍籍に編入されているのだ。戦後は、この大海軍が財政を大きく圧迫する事は火を見るよりも明らか。それなのに、使い勝手の良い空母ではなく、戦艦を4隻も新造するのは……ニミッツ長官はもとより、キング提督も重々承知し取ったはずだ。それなのに何故?」
「どうやら、大統領閣下が関わっているらしい」
「大統領閣下が………ううむ、訳が分からんぞこれは。まだジャクソンヴィル級やデモイン級を幾らか増産した方が現実的だと言うのに」

フレッチャーは半ば頭を抱えたい気分に陥っていた。

ちなみに、先に出てきたジャクソンヴィル級軽巡洋艦は、老朽化したオマハ級軽巡の代替艦として計画された物である。
武装は6インチ連装両用砲6基12門を艦の前甲板、並びに、後部甲板に3基ずつ配置する予定で、対空火器として3インチ連装砲を8基16門、近接火器に20ミリ機銃を配置した設計となっている。

ジャクソンヴィル級軽巡洋艦は、形状的には準ウースター級として見られているが、5インチ砲24門搭載という常識外れの装備を誇るウースター級に比べ、対空火力に関して大きく見劣りするように感じられる。

609ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2022/11/18(金) 21:03:32 ID:rwYjnxGc0
だが、新設計の6インチ連装両用砲は5インチ砲よりも対空戦闘時の危害半径が大きく広がっているほか、3インチ両用砲を前級の4基8門から、8基16門に増やしている。
また、6インチ連装砲を採用した事により、水上打撃部隊への編入もし易いと言う利点も出てきている。
前級のウースターは、5インチ砲を採用した事で、艦隊の防空戦闘で神懸かり的とも言える奮闘を見せた物の、水上部隊への戦闘では、逆に、その“豆鉄砲”がネックとなって巡洋艦以上の敵艦には有効打を与え難い事が容易に想像されたため、対空戦にしか使えぬ単能艦という声も方々から上がっていた。
しかし、ウースター級以上の強力な防空艦のみならず、6インチ砲を搭載した事により、水上砲戦にもある程度対応できるジャクソン・ヴィル級は空母機動部隊の護衛艦は当然ながら、水上打撃部隊の一翼を担う万能艦として期待できた。
今後の予定では10隻が建造されるようだ。

「決まってしまった物は致し方がない。私としても戦艦4隻新造は非常に不満に思う所ではあるが、事は動いてしまっている以上、後は任せるしかあるまい」

スプルーアンスは半ば諦めた口調でフレッチャーに言った。

「それに、状況次第では建造自体も取りやめる事もあるだろう。場合によっては、レキシントンやサラトガのように途中で大型正規空母に変更される可能性も無きにしも非ずだ」
「……戦後の事も考えるのならば、膨大な金のかかる戦艦の建造は控えるべきであろうが、この際はもう仕方あるまいな」

スプルーアンスの言葉を聞いたフレッチャーは、そう言いながらこの話題を終える事にした。

「さて!私はもうこの艦隊を指揮する立場では無くなった。ここで長居しては君らに迷惑をかける事になるから、おいとまする事にしよう」

フレッチャーは最後に右手を差し出した。
それを、スプルーアンスは力強く握った。

「スプルーアンス、第5艦隊をよろしく頼むぞ」
「無論だ。このまま、最後の総仕上げに入らせて貰おう」

610ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2022/11/18(金) 21:04:05 ID:rwYjnxGc0
2月17日 午前8時 リーシウィルム沖 第5艦隊旗艦 重巡洋艦インディアナポリス

第5艦隊司令長官レイモンド・スプルーアンス大将は久方ぶりに艦上でのウォーキングを終えた後、汗で濡れた服を着替えて艦橋に上がった。
それから2時間後の午前10時には、スプルーアンスは艦隊参謀長のカール・ムーア少将をはじめとする主要な司令部スタッフと共にリーシウィルム市内にある施設に向かっていた。
内火艇を降りたスプルーアンスは、ムーアと共に会議が開かれる施設に向かう車に乗り込む。
車の後部座席に乗り込み、車が発進した所でムーアが口を開いた。

「それにしても、急な会議となりましたな」
「うむ。全くだ」

スプルーアンスは頷きながら言葉を返す。

「とはいえ、合同会議を終えたミニッツ長官がすぐに私と会議を行いたいと言うからには、何かしらの作戦を伝えようとしているのかもしれん」
「何かしらの作戦……でありますか」
「どのような作戦かはまだ何も分からんが……リーシウィルム港には港内と港外、それに近隣の大小の港に各種の輸送船や輸送艦が待機している。また、ここは一大補給地点でもある。君も知っているだろうが、この港には、今後予想される各種作戦に備えて大量の物資が集積されている。1個軍ほどの部隊が行う大規模な上陸作戦はすぐにでも行えるほどだ」
「確かに……」
「ただ、先ほども言った通り、ニミッツ長官が何を話されるのかはまだ分からん。機動部隊で従来通り沿岸部分を荒らし回りつつ、シュヴィウィルグ運河の完全破壊命令を伝えに来たか……はたまた、上陸作戦絡みの作戦行動を取るように命じるか……いずれにせよ、あと10分少々でわかる事だ」
「そう言えば、ニミッツ長官は陸軍からも何人かが同行するとおっしゃられておりましたな。まだ名前はわかっておりませんが」
「陸軍の将校か……その将校の所属部隊次第といった所だな」

スプルーアンスは意味深な言葉を吐いた。


15分ほど走った後、車はリーシウィルム港から5キロほど離れた飛行場横の建物の側に到着した。
スプルーアンスら一行は、陸軍の兵士に案内され、コンクリート造りの2階建て倉庫のような施設に入った後、1階の広い室内に入室した。
そこには、既に長テーブルが2列、向き合う形で、その2列の右側の間に別の長テーブルが配置されている。
直角で隙間のあるCの字型のような物だ。
Cの字型に配置されたテーブルの向こう側には、黒板が設置されていた。

611ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2022/11/18(金) 21:04:37 ID:rwYjnxGc0
(あそこに何か書くか、紙を貼り付けて説明するつもりだな)

スプルーアンスは心中でそう呟いた。
彼は、真ん中の縦に配置されたテーブルから最も近い席に座った。
程なくして、ニミッツ長官と同行の陸軍軍人一行が到着したと聞き、スプルーアンスらは席を立って彼らの入室を待った。
1分ほど立って待っていると、ドアが開かれた。
案内役の兵に促されて、太平洋艦隊司令長官を務めるチェスター・ニミッツ元帥が入室してきた。

「やあレイ。久しぶりだな」
「ニミッツ長官。こちらこそ、お久しぶりです」

ニミッツは悠々とした足取りでスプルーアンスに近づき、にこやかな表情でスプルーアンスと握手を交わした。
一足遅れて入室した太平洋艦隊参謀長のフォレスト・シャーマン中将も軽く挨拶をしてからスプルーアンスと握手をする。
スプルーアンスは、その直後に入室してきた陸軍軍人に視線を向けた。

「レイ、紹介しよう。こちらは第2軍集団司令官のマーク・クラーク大将だ」
「初めまして。クラークです」

クラーク大将は、硬さの残る笑顔でスプルーアンスに微笑みかけながら、握手を求めた。
それに応えつつ、スプルーアンスは心中で何か大掛かりな作戦があるのではないかと思い始めた。
マーク・クラーク大将は、以前は第5軍司令官として第2軍集団隷下にあり、1月末まで同部隊の指揮していたが、第2軍集団の前司令官であるドワイト・ブローニング大将が航空機事故で重傷を負ったため、急遽本国に後送されてしまった。
ワシントンのジョージ・マーシャル参謀総長は、唐突な第2軍集団司令官負傷という異常事態に幾分戸惑ったものの、以前より第2軍集団内では堅実な指揮で知られる第5軍の存在を知っていた事もあり、クラーク大将ならば後任として最適と判断した。
事故から翌日の2月1日には、早速クラーク大将が軍集団司令官へ任命され、2日からは早くも旧ヒーレリ領北西部の攻略作戦を指揮している。
2月の中旬からは自由ヒーレリ軍団も戦闘に参加しており、旧ヒーレリ領の完全制圧は間近に迫っていると言われている。
スプルーアンスは、クラーク大将と軽く握手を交わしつつ、更に入室してきた2人の陸軍将官に目を向けた。

「それからは、こちらは第2軍集団参謀長のコンスタンティン・ロコソフスキー中将と、第15軍司令官のヴァルター・モーデル中将だ」
「初めまして」

ロコソフスキー参謀長はほぼ無表情のままスプルーアンスと挨拶する。

612ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2022/11/18(金) 21:05:17 ID:rwYjnxGc0
それに対して、モーデル第15軍司令官はロコソフスキーとは対象的であった。

「これはスプルーアンス提督ではありませんか!初めてお目にかかります。私が来たからにはこの度の作戦は成功間違いなしですぞ」

モーデル中将は自信に満ちた口調でスプルーアンスと熱く握手を交わした。

「頼もしい限りだ。と言われても、私はまだ何も聞かされておりませんが」

スプルーアンスは平静な声音で言い返すと、ニミッツが苦笑しながら謝った。

「それに関しては申し訳ないことをした。君にはまだ何も伝えておらんかったからな」

ニミッツはそう言ってから、陸軍側の将官達をスプルーアンスらの反対側に面したテーブルに座らせた。
ニミッツは第5艦隊側と陸軍側の真ん中左側に設置されたテーブルに座った。
ニミッツの左隣にはシャーマン太平洋艦隊参謀長、そして、そのまた左隣にクラーク第2軍集団長が座った。
ニミッツら一同の真ん前(第5艦隊側からは右前、陸軍側からは左前)に設置された黒板には、随行してきた陸軍兵らが何枚もの地図を貼り付けている。
程なくして、地図の貼り付けが終わると、ニミッツは徐に立ち上がった。

「それでは、これより新作戦について会議を行いたいと思う。本題に入る前にまず、先日の合同会議で決まった陸軍主体の冬季攻勢についての説明をお願いしたい」

ニミッツはそう言ってから、クラークに顔を向けた。
クラークは顔を頷かせてから口を開いた。

「先日、レスタン共和国首都ファルブエイノで合同会議が開かれました。合同会議には各国派遣軍の首脳部と主立った軍司令官、アメリカ海軍からはニミッツ提督とシャーマン参謀長も参加されました。その会議では、近日中に始まる冬季攻勢においての各軍の進行目標の確認や、航空隊の担当割り当て、配置などの確認等が行われました。この冬季攻勢において主力となるのは、パットン大将の第1軍集団であり、我が第2軍集団は助攻として行動する事になりました」

(第1軍集団が主体で動くとなると……狙いは敵の首都か)

613ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2022/11/18(金) 21:05:56 ID:rwYjnxGc0
スプルーアンスはクラークの説明を聞いた後、黒板に貼られた大きな地図を見ながらそう確信した。
地図には、東から連合軍の各部隊が青い凸印の形で順繰りに配置されており、東の一際大きな凸印は第1軍集団を記している。
この第1軍集団は、猛将と知られるジョージ・パットン大将が指揮する部隊であり、昨年12月より始まったカイトロスク会戦では、第2軍集団と共同でシホールアンル南部に布陣する敵主力150万の包囲を成功させている。
その後、敵軍包囲部隊は解囲攻勢に失敗して戦力を消耗し、防御に転換した。
敵包囲部隊には、敵本土南部の南に布陣した第3軍集団と同盟国軍、更に、アメリカ本国より新たに送られてきた2個軍で対応可能となったため、第1軍集団は包囲作戦に参加していた隷下部隊を再び北に前進させ、シホールアンル領の更に北に全部隊が食い込んだところで、一旦は前進をストップさせている状況だ。
第1軍集団は現在、第1軍、第3軍、第4軍、第28軍の4個軍を有しており、戦闘で消耗してはいるが、いまだに50万以上の将兵を有している。
その消耗も補充兵の到着で回復しつつあるため、攻勢開始時には56万の将兵が敵陣に向かっていく事になる。
第1軍集団の現在地からシホールアンル北東部にある首都ウェルバンルまでは、直線距離にして800キロ程になるが、ウェルバンル近辺までの地形は平野部が続くらしいと言われているため、防御に当たるシホールアンル軍はかなり厳しい状況にあるようだ。

「この冬季攻勢の目標としては、第1軍集団は夏頃に開始する首都攻勢の準備をしつつ、泥濘期までに敵本土中東部の要であるロイストヴァルノまで進軍。第2軍集団はポルストヴィンまで進出。第3軍集団は引き続き敵包囲部隊の対処に当たる予定です」

クラークの説明を聞きながら、スプルーアンスは地図上に書かれた、各軍集団の凸印より伸びる青い矢印を見つめる。
第2軍集団から伸びる矢印はさほど大きく無い事に対して、第1軍集団が伸ばす矢印はかなり大きい。

「第1軍集団の航空支援は、第15、第8航空軍が担当します」

クラークは一瞬険しい表情になりつつも、平静な言葉のまま説明を続ける。

「第1軍集団の正面には、敵3個軍、推定で20〜30万前後の兵力が配置されているようです。我が第2軍集団はシホールアンル軍2ないし3個軍、20万前後の兵力が配置され、防御を固めているとの事です」

クラークは言葉を終えると、ニミッツに目配せした。

「陸軍部隊は3月末から4月初めにかけて一気に前線を押し上げる予定だ。この間、我が太平洋艦隊だが……」

ニミッツは一際声を張り上げながら言った。

「第5艦隊を中心に、敵国本土西部沿岸を引き続き叩き、沿岸部に配置されている敵地上部隊を牽制する予定となっている」

614ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2022/11/18(金) 21:06:26 ID:rwYjnxGc0
スプルーアンスの隣に座るムーア参謀長は幾分不満気に思ったが、スプルーアンスは心中で妥当な案ではあるなと思っていた。
今度の作戦では、主役は間違いなく陸軍部隊だ。
陸軍部隊の役目は、他の連合軍地上部隊と共同で支配地域を広げ、将来的には敵国首都ウェルバンルを制圧する事を目的としている。
それに対して、海軍の役目は、主立った敵艦隊が壊滅した今となっては、敵本土沿岸部を艦載機などで攻撃するしかやる事がない。
つまり、ただの脇役にしかすぎないという訳だ。
しかしながら、宿敵と言えたシホールアンル帝国海軍がほぼ壊滅状態となった今では、致し方ないと言える。
その点、スプルーアンスは重々承知していた。

「牽制とはいえ、敵を動けなくさせるという点については重要な作戦と言えるだろう。第5艦隊には、思う存分敵の沿岸部を荒らし回って貰おうと思っている」

その言葉を聞いたスプルーアンスは、無表情のまま軽く頷いた。

「ただ、それだけでは色々と足りぬかもしれん。特に、クラーク将軍はそう考えておられる」

そこで出てきたニミッツの言葉に、スプルーアンスは一瞬真顔になった。
「足りぬ……と?」

(どの辺りが足りぬというのだろうか)

スプルーアンスは、先ほどの説明を心中で反芻しながら疑問に思った。
第1軍集団は練度も申し分なく、補充も順調に受けており、戦闘力は抜群と言っていい。
それに加えて、2個航空軍の航空支援も受けられ、後方の補給体制も盤石な物にしている。
シホールアンル軍の前線を突破し、目標地点へ到達することは十分に可能な筈だ。
また、第1軍集団の司令官は勇将と知られるジョージ・パットン大将であり、麾下の軍部隊も優秀である。
不安な点は無い筈であった。

「それについては、私が現状の説明をしたいと思います。よろしいでしょうか?」
「参謀長、よろしく頼む」

ロコソフスキー参謀長が手を上げて状況説明を提言すると、クラークは頷きながら許可した。

「それでは……不躾ながら、私めが現状説明を始めたいと思います」

ロコソフスキーは立ち上がると、指示棒を片手に持ちながら複数の地図を貼り付けた黒板の前まで歩み寄った。

615ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2022/11/18(金) 21:07:03 ID:rwYjnxGc0
「まず、クラーク司令官もお話しされた通り、第1軍集団はロイストヴァルノ、第2軍集団はポルストヴィンまで前進して前線を200〜400キロ以上押し上げる事を目標にしております。特に第1軍集団の目的地ロイストヴァルノは、攻撃発起地点から実に420キロも離れております。距離としてはかなりの物がありますが、1週間前まではロイストヴァルノまでの土地はほぼ平原で、途中幾つかある複数の地方都市を除けば妨げる物は無いと判断されていました」

ロコソフスキーは待機していた兵に例の物を、と一言告げると、兵士は複数の大判の写真を取り出し、それを黒板の空いているスペースに貼っていった。

「こちらの写真は、5日前に第1軍集団より譲って頂いたロイストヴァルノに至る複数の地点の航空写真です。こちらは攻勢発起地点より60キロ離れたテペンスタビ地区の写真ですが、見ての通り平原です。しかしながら、その平原の中に明らかに塹壕と思しき物が存在しております。また、こちらの写真は…」

ロコソフスキーは次の写真に指示棒を向ける。

「テペンスタビ北方30キロ離れたウィンテオと呼ばれる地区ですが、こちらは以前の情報では無かった……いや、未だ把握できていなかった広大な森林地帯が広がっております」

ロコソフスキーは更に別の写真に指示棒を当てる。

「そして、ウィンテオ北方50キロには、広大な森林地帯に加え、丘陵地帯と思しき地形が広がっている事も確認されており、この地に陣地構築と思しき作業を行う一団の存在も確認されています」

ロコソフスキーは体を一同に向け直してから説明を続ける。

「このような地形は、この3地区のみならず、ロイストヴァルノに至る道中で頻繁に見られています。今はこの場にありませんが、更に険しい地形の地区や、明らかに広い湿地帯と思しき地形もありました」

彼は一呼吸置いてから、冷徹な言葉を言い放った。

「これらの地形で電撃戦を行う事は無理だと、小官は判断しております」

一瞬、室内の空気が凍り付いたように思えた。

「しかしながら、戦争とは相手がある事ですが、同時にそれまでの流れに沿って動く物でもあります。どのような有利な地形に籠っていようが、事前の戦闘や決戦で敗北し、負け癖がついた軍隊は、侵攻する敵対軍の進撃を阻む事は難しい。特に支援態勢に差のある我が軍と敵とでは、それが顕著に出ると思われるでしょう」

ロコソフスキーはここで、声の調子をより重い物に変えた。

「ですが、敵に何らかの変化……徹底した意識改革や、こちらの予想だにしていなかった兵力展開などが生じた場合、戦局に影響を与える可能性も出てくるでしょう」

616ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2022/11/18(金) 21:07:36 ID:rwYjnxGc0
ロコソフスキーは再び黒板の地図に指示棒の先を当てた。
指示棒は敵国の首都、ウェルバンルを指していた。

「私は既に、何らかの変化が起きていると確信しております。その一つが、ここです」
「敵国の首都?」

スプルーアンスは小声で呟く。

「現在、ウェルバンルの敵陸軍の総司令官は昨年末に交代しており、現在の陸軍総司令官は、ルィキム・エルグマド元帥が就任したとの情報が入っております。エルグマド元帥は、スプルーアンス提督も参加された、マーケット・ガーデン作戦でレスタン領侵攻作戦の際、同地の陸軍部隊を指揮しておりますが、甚大な損害を受けながらも我が軍の攻勢に耐え、戦線を崩壊させぬまま後退を成し遂げております」

(あの時の陸軍部隊司令官か……)

スプルーアンスは心中でそう呟きながら、今から一年前に行われた激戦に思いを馳せる。

マーケット・ガーデン作戦は、主戦線の連合軍主力部隊の攻勢と、主戦線を迂回して側面に別動隊を上陸させ、新たな戦線を形成する事でシホールアンル軍に勝利した戦いだったが、敵に大損害を与えてレスタン解放を成し遂げた代償は余りにも大きかった。
迂回部隊を指揮したスプルーアンスの第5艦隊だけを見ても、レーミア湾を巡る戦いで主力の第58任務部隊が9隻の空母を撃沈破された上、敵水上部隊との砲戦で更に戦艦2隻を始めとする多数の艦艇を失い、後の上陸部隊の援護にも支障を来たしかねない状況に陥った。
スプルーアンスは、同海戦を辛勝という形で乗り切った後、敵機動部隊の追撃を放棄して上陸部隊の援護に集中する形で作戦の完遂に努めたが、これが本国で敵主力艦隊の逃亡を招き、決定的な勝利を逃したという意見を出す事にもなり、スプルーアンスにとっては事後も後味の悪い戦いとなった。
海軍部隊が青息吐息で任務をこなしたと同時に、主戦線の陸軍部隊や迂回部隊の海兵隊、同盟軍部隊も地上戦で優位に立ちながら少なからぬ損害を受けており、レスタン戦終結時には、地上部隊の損害は死傷20万名にも上る膨大なものとなっていた。
陸軍としても、レスタン領攻防戦は苦味の含んだ勝利と言っても過言ではなかった。

その時対峙した敵の指揮官が、今では帝国陸軍全軍を自由に動かせる立場にいるのである。
当然、戦い方もこれまでの物と比べて変わっていた。

「これまで、敵軍は好機あれば攻勢を仕掛けて来ました。先のカイトロスク会戦の折、包囲下に陥った敵部隊が盛んに解囲攻勢を挑んだり、北上中の軍部隊の頭を押さえんばかりに機を制して攻勢を行った事もありました。この結果、前線の敵軍は急速に戦力を消耗し、帝国本土領や旧ヒーレリ領の敵部隊は後退を重ねざるを得ませんでした。しかし、エルグマド元帥が陸軍総司令官に就任すると、敵の反撃はパタリと鳴りを顰め、今では各地で防戦のみに努めている状態です」

ロコソフスキーは指示棒で第1軍集団の作戦予定区域をなぞった。

617ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2022/11/18(金) 21:08:10 ID:rwYjnxGc0
「偵察機の報告では、既に敵は幾重もの防御陣地を構築中であり、中には市街地を中心とした防御陣地も着々と構築しつつあることが確認されています」

彼は攻勢発起地点から到達目標地点までの間を、指示棒の先で何度も円を描く。
その動きは、まるで、パットン軍の目標到達は不可能であると言い放っているかのようであった。

「そして、ここからが、新たな変化の一つになります」

ロコソフスキーは指示棒の先を、帝国首都付近に近い帝国本土東部から、西部付近までなぞった。

「1月中旬頃まで、我が軍が攻勢に当たるにつれて、シホールアンル軍は西部付近に点在する予備の師団を東部への増援として送るであろうと推測しておりました。これを妨害するため、前線に近い我が陸軍航空隊を始めとする連合軍航空部隊は、東部から西部にかけて点在する鉄道施設や道路、橋などの通行インフラを徹底的に叩き、相当数の戦果を挙げました。これによって、敵増援部隊の東部戦線の派遣は困難になり、我が軍の攻勢開始時には、敵はせいぜい1、2個師団程度しか前線に送れぬであろうと思われておりました」

彼は無言で指示棒の先を、第1軍集団の攻勢発起地点であるマルツスティに向けた。

「話は過去に戻ります。去る2月7日、第1軍集団指揮下にある第4軍が総力を上げて攻撃していたマルツスティを占領しました。同地は1月末に攻撃が始まり、1週間に渡る激戦の結果、我が軍が手に入れましたが……当初の予定では、ここは2月2日までに占領が完了する予定でした」

それを聞いたスプルーアンスは、ロコソフスキーが言わんとしている事に気が付いた。

「しかし、予定は遅れ、2月7日に占領しております。この原因は、敵部隊の戦力が予想以上に多かった事あります。攻撃前の偵察では、マルツスティには消耗した敵3個師団、戦力では2万から3万弱の敵部隊が薄く配置に付いていると想定されており、対して、我が方は第4軍の6個師団が総力を上げて攻撃に当たり、機甲師団が側面に回って包囲を行う事も計画されておりました。しかしながら、蓋を開けてみれば、敵部隊は4ないし5個師団が配置についており、機甲師団の包囲機動は対応してきた敵の石甲部隊に阻まれ、丸1週間激戦を繰り広げた末、敵は整然と後退していきました」

ロコソフスキーは顔を一同に向ける。

「第4軍はこの一連の攻防戦で死傷1万2千名にも上る大損害を受けました。同時に、敵も相当数の損害を受け、捕虜も少なくありません。その捕虜ですが……複数の兵士が」
ロコソフスキーはすぐに顔を地図に向け直し、帝国本土西部に指示棒を向けた。
「この西部地域から鉄道輸送されて来たと、尋問官に証言していたと、私は第1軍集団の情報参謀から聞きました。しかも、ここには石甲部隊を含む2個師団が西部から急送された…と」

彼がそう言うと、会議室はにわかにザワついた。

618ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2022/11/18(金) 21:08:41 ID:rwYjnxGc0
すかさず、スプルーアンスが質問を投げかけた。

「ロコソフスキー将軍。陸軍航空隊や連合軍航空部隊は、盛んに敵のインフラを叩き、部隊移動を困難にさせたと先ほど言われていたが、今の話を聞く限りでは、敵の部隊移動は完全には阻めていないように思えるが、その点については何か思い当たる節はおありか?」
「はい」

彼は即答し、シホールアンル本土の地図を大きく撫で回した。

「原因は明らかにここ……東部戦線から西部付近に延々と伸びる、広大な森林地帯です。昨今の偵察で判明した事ですが、シホールアンルは、国土のかなりの部分を森林地帯で覆われております。特に大陸北部から、この南に位置する西部から東部……シュヴィウルグ運河の西方から起点とするこの地域からは森林地帯の密度が濃く、途中の開けた土地や都市部を除けば、ほぼ緑のカーペットが敷かれているといっても過言ではありません」
「捕虜はどのようなルートを通って来たのかね?ルートさえ掴めれば、いかな森林に隠れた道であろうが、特定して爆撃できるはずだが」
「私もすかさず問いただしましたが、敵兵は窓を木の板で覆われて外が見えぬ状態で移送されたと証言しているため、ルートの特定はできませんでした」
「徹底しているな……」

スプルーアンスは、敵側の徹底した秘匿に感心の念を抱いた。

「このように、東部戦線は既に、予想外の敵部隊増援が確認されております。無論、我が軍が負ける事はあり得ぬかと思われますが、敵の防衛体制が急速に整いつつある現状では、以前のように機甲部隊で敵前線の奥深くへ電撃的に突破する事は難しくなりつつあると言えるでしょう」
「制空権はこちら側にあります。航空支援の手厚い我が部隊なら、敵の増援がいくら現れようと、思う存分に叩いて敵戦線の崩壊を狙えるかと思われますが」

カール・ムーア少将が指摘した。

「確かにその通り……しかしながら、ここ最近は再び天候不良の日が続くと見込まれており、攻勢開始日までに天候が回復する事はほぼ無く、第1軍集団はしばらくの間、薄い航空支援を受けるだけになると予測されている」
「航空支援が薄ければ、敵はさほど戦力を削がれぬまま、ほぼ健在な状態で我が軍を迎え撃つことができる。第1軍集団は合衆国陸軍の最精鋭で士気も高い、が……」

スプルーアンスはそう言いつつ、目を細めながらロコソフスキーの背後にある地図。
シホールアンル帝国本土の全体図を眺めながら言葉を続ける。

「士気が高いのは敵も同じ。敵にとっては、祖国防衛の本土決戦でもある。それに加え、地の利は敵にある」
「スプルーアンス提督のおっしゃる通りです」

ロコソフスキーはそう言いながら頷いた。

619ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2022/11/18(金) 21:09:24 ID:rwYjnxGc0
「また、これは情報部の推測ですが、敵の予備役動員、錬成スピードは当初の予定よりも早くなっており、敵軍の勢力は今年の中旬までには約100万近く増勢される可能性があるとも言われております」
「100万!?それはたまた多いですな」

ムーアは驚きの声を上げる。それにスプルーアンスが答えた。

「彼が先程言っただろう。これは、敵にとっての本土決戦だ。危ないと分かれば取れる選択肢は全部使う。戦争とはそういう物でしょう?」

スプルーアンスはニミッツに問いを投げかける。

「その通りだ。国家の存亡がかかっている時に、わざわざ縛りを付けながら戦う国は無い。それをやったら愚かだ」
「問題は、この100万でも、シホールアンルの人口的には、現在前線で戦闘中の全軍を合わせても未だに部分動員レベルに留まるという点です。敵がもし、総動員令をかければ……人口1億の規模を誇るシホールアンルの事です。500万……いや、1000万……女性兵も積極的に採用するシホールアンル軍の事です。2000万以上の軍を編成する事も可能になります」
「シホールアンルは、それをやりかねない国です。そうなれば、更なる長期化は必至」

ロコソフスキーの発言に、クラークも付け加える。

「1年、2年どころか、10年単位で続く事もあり得ますな」
「いくら合衆国とはいえ、そこまでやるには経済が持たん」

ニミッツは憂鬱めいた口調でそう呟いた。

「話を元に戻します。先程申しました、2つの変化点ですが、更なる変化が2月より見られています。その変化が、航空戦力の運用です」

ロコソフスキーが片手で指を三本立てながら説明を続ける。

「敵部隊は先月、大規模な航空反撃を実行しましたが、我が軍の最新鋭戦闘機、P-80シューティングスターに敵航空部隊が粉砕されて以降、敵側の地上部隊に対する航空攻撃や、我が航空部隊に対する迎撃戦闘は、前線付近では非常にまばらになりました。しかし……全くの不活発に陥った訳ではありません」

彼は前線一体を大きく指示棒の先で撫で回した。

「敵航空部隊は明らかに出撃回数を減らしましたが、これは、我が軍の戦闘機……特にP-80を警戒しての行動である事が判明しています。敵はこちらの戦闘機との接触は可能な限り避け、逆に、戦闘機の護衛が薄い場合や我が方の地上部隊の航空援護が薄い場合はすかさず地上攻撃に入り、少なからぬ打撃を与えております」
「要するに……前線の敵航空戦力がほぼゲリラ戦に近い動きを示している、という事か」

スプルーアンスがそう言うと、ロコソフスキーも深く頷いた。

620ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2022/11/18(金) 21:10:03 ID:rwYjnxGc0
「敵側の航空戦力は、総数で2000機前後との情報を聞いております。連合軍航空部隊の総数に比べれば余りにも少なすぎる。正面切って決戦を挑めば、自殺するのに等しい。それが嫌なら、こうする……敵ながら、いい戦い方ですな」

そこで、初めてモーデルが口を開いた。

「勝つ事はできんが、逆に負ける事もない。敵の総大将は狡猾だ」

彼はしたり顔でスプルーアンスを見つめた。

「それに加え、敵は未だに、航空部隊の再建を目指して、こちらの手の届かない後方地域でワイバーンや航空機の訓練に励んでいるそうですな。確実な劣勢下に置かれても、やるべき事はしっかりやれておるようです」
「陸軍航空隊にはB-36が配備され、シホールアンル本土の大半が爆撃範囲に入ったと聞く。そのB-36で後方の訓練拠点は叩けぬものかね?」

スプルーアンスはモーデルを見つめ返しながら、ロコソフスキーに問いかけた。

「無論、陸軍航空隊は2月の初めに、敵本土北西部にあるワイバーン養成所を叩きましたが。しかしながら、高高度での爆撃のため、戦果は今一つだったとの事です。その上、敵のワイバーン養成所は1箇所のみではなく、未だに未確認の養成所が複数あり、それが大陸中に分散しております。現在は各所に偵察用のB-36を飛ばして所在の確認に努めているところですが、範囲が広く、また天候に優れない事もあって、如何ともし難い状況にあると……」
「ふむ。では、敵航空戦力の策源地を数ヶ月以内に全滅させることは困難、であると」
「こういった敵には、何がしかの餌が必要になりますな」

モーデルがモノクルを取って、ハンカチで拭きながら言う。

「ただし、どのような餌がいいのか……そこの所は小官もまだわかりかねますが」
「いずれにせよ、判断を誤れば戦争の更なる長期化を招きかねない。その発端となりかねないのが、第1軍集団の行動だ」

クラークはそう言いつつ、ロコソフスキーに視線を向ける。

「無論、第2軍集団は可能な限り行動する。だが、現状の作戦では、既に前線へ移動しつつある敵増援の牽制や、我が戦線への敵戦力誘引はやり辛い。そこで……」

クラークの声音が変わった。

ここからが本題といった口調である。

「ここは……太平洋艦隊にひとつ、お願いを申し上げたい」

クラークはニミッツに体を向けた。

621ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2022/11/18(金) 21:10:49 ID:rwYjnxGc0
「率直に申し上げます。第2軍集団所属の部隊を、帝国本土西部沿岸に上陸できるよう、援護をお願い致します」
「西部沿岸への……上陸作戦か」

スプルーアンスは小声で呟く。

「ワシントンのキング作戦部長は、この件について何かお知らせされておりますか?」
「キング提督には全て伝えてある。返事としては、まずは実行可能かどうか、第5艦隊側に聞くように……と」

(キング提督は西部沿岸の上陸に乗り気のようだ)

スプルーアンスは心中でそう確信していた。

「実行可能かどうかと聞かれれば、できると言えるでしょう。既に敵主力の残存部隊は大陸の北岸に退避し、第5艦隊の向かうところ、敵無しです」

彼はそう言いながら、ロコソフスキーに聞いた。

「どこに上陸を予定されておられるのか、そこをお聞きしたい」
「は。我々としては……ここ。ヒレリイスルィの東10マイルにあるトヴァリシルィと呼ばれる地区を予定しております」

ロコソフスキーが説明する間、陸軍兵が黒板に航空写真の写しを黒板に貼り付けていく。

「ここは未開の地ではありますが、上陸に最適な浜辺が広がっております。また、1キロほど離れた内陸部は平野であり、ここに飛行場を建設する事も可能でしょう」

彼は、貼り付けられた航空写真を指示棒の先で指しながら説明していく。

「上陸は、モーデル将軍の第15軍に行ってもらう予定です」
「同地の敵軍の配備状況はつかめているのかね?」
「トヴァリシルィには、航空偵察の分析の結果として、1個師団弱の敵部隊が配備されていると推測されています。防御陣地も構築されていますが、今の所、軽微な物に止まっているとの事です」

ロコソフスキーはスプルーアンスの質問にすかさず答える。

「第15軍は6個師団を有しているから、事前の砲爆撃さえしっかりしておれば、上陸作戦は成功するか」

622ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2022/11/18(金) 21:11:28 ID:rwYjnxGc0
「ただし、捕虜の尋問によりますと、ヒレリイスルィやその周辺には、推定で8個師団が配備されているとの事です。うち2個師団は先のマルツスティ攻防戦に投入されておりますから、同地には5ないし6個師団が駐留していると推測されます。上陸作戦に手こずった場合、敵はヒレリイスルィから大規模な増援を行うでしょう」
「となると、上陸前に一工夫せねばなるまいな」

スプルーアンスはロコソフスキーにそう返しつつ、腕を組みながら作戦を練り始めた。

「上陸作戦は、我が第15軍が行う事は決まっているが、私は指揮下の部隊をどこまで前進させれば良いのかまだ聞いていない。第2軍集団司令部としては、第15軍の進出範囲はどの辺りまで予想しているかな?」

モーデルは気掛かりとなっていた点を質問してみた。

「進出範囲は、上陸地点から半径20マイルまでと予想している。そこから先は戦況次第だが、できる限り過度な進出は控えてもらいたい」
「20マイルか……飛行場の安全さえ確保できれば良いと言うことかね?」

モーデルの問いに、ロコソフスキーは深く頷いた。

「本作戦の目標は、主に2つです。一つは、ここに有力な部隊を上陸させた後、可及的速やかに飛行場を建設。そして……」

ロコソフスキーはトヴァリシルィから北300マイル……ちょうど、西部の主要都市であるオールレイング市にまで指示棒の先をなぞり、その周囲一体に大きな円を描いてから叩いた。

「敵戦力移動の拠点であるこの一帯の鉄道、橋、練兵施設等の各軍事拠点、並びに交通インフラを、進出した基地航空隊で持って一気に叩きます」
「進出予定の航空部隊は、どの舞台になるかな?」
「第7航空軍を予定しております」

ロコソフスキーは澱みなく答えた。

第7航空軍は、開戦から1年後に米本土で編成された航空隊であり、編成当初から45年の中頃までは、主にアリューシャン列島の防衛を陸軍の地上部隊と共に担当していた。
1943年中盤に発生したアムチトカ島沖海戦では、ウナラスカ島ダッチハーバーを空襲したあとも、近海を行動中であったシホールアンル機動部隊に対して、海軍の空母機動部隊や海兵隊航空隊と共に航空攻撃し、撃退した実績を持っている。
45年中盤からは、レーミア湾海戦で敵主力艦隊の戦力が削がれ、敵海軍の脅威が大幅に減少した事もあって順次アリューシャン列島から北大陸戦線に送られた。
46年1月からは第8航空軍と入れ替わりで第2軍集団の担当区域に編入され、今は消耗した機材やパイロットの補充に当たっていたところであった。

「第7航空軍の使用機材は、P-47サンダーボルトにP -51マスタング、A-26インベーダー、B-25ミッチェル軽爆撃機がメインとなっております」

(ほう……インフラ等を叩くには最適な機種ばかりだ。なるほど、敵からしてみれば非常に厄介な構成と言える。作戦の立案者はいい判断をしたと言えるな)

623ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2022/11/18(金) 21:12:09 ID:rwYjnxGc0
スプルーアンスは第2軍集団が選定した航空部隊に対して、素直にそう評価した。
陸軍航空隊は現在、大型の爆撃機としてB-17、B-24、B-29、B-36を、中型の爆撃機としてB-25、B-26、A-26を運用している。
このうち、鉄道や道路、橋といったインフラ施設の爆撃には主にB-25、B-26、A-26が割り当てられ、この他にP-47やP-51もロケット弾や爆弾を抱いて参加する事もある。
これらの機種によるインフラ爆撃は一定の成果を上げており、シホールアンル軍の前線部隊は補給面で常に懸念を抱える事となっている。
だが、懸念は米側も抱いていた。
その最大の懸念事項は、航続距離であった。
インフラ爆撃に最適な軽爆撃機や戦闘爆撃機は、大型の重爆よりも機動性が高く、狭隘な場所も条件次第で爆撃が可能であったりするが、手近な目標は全て叩いた上、新たな主目標となる西部付近は、一番近い西部ヒーレリ地区の前線飛行場からでも最低で700キロ以上も離れている。
軽爆撃機の航続距離は2000キロ程であるから充分に往復可能と思われる距離だが、武装をフル搭載した状態だと、航続距離はカタログスペックよりも落ちる上、天候の状態によっても燃料消費の度合いが変わってくる。
また、行きは良くても、燃料タンクに被弾すれば飛行場に帰還できる可能性は劇的に減ってしまう。
現状の戦線では、目標までの距離は最適と言えないのだ。
それなら重爆隊……B-17やB-24ならば可能となりそうだが、これらの重爆は高度3000から7000メートルからの水平爆撃が基本であるため、目標の完全破壊には必然的に時間がかかってしまう。
その間、敵が拠点の移動や防御体制の強化などの対応を取れば、こちら側の損害も累積し、結局は中途半端な結果を残すだけとなってしまう。
だが、トヴァリシルィを奪取し、ここに航空基地を建設して軽爆撃機隊や戦闘爆撃機を駐留させれば、敵インフラの破壊は効率よく進む。
その結果、東部戦線への増派は非常にやり辛くなる。

「そしてもう1つですが、それは、現地に駐留する敵地上部隊の戦力誘引です」

ロコソフスキーは、第15軍の部隊が展開する20マイル範囲内を指示棒の先でなぞっていく。

「第15軍はこの範囲内まで進みますが、敵の大規模な増援が送り込まれた場合は、一歩下がって、17〜18マイル付近に防衛線を敷いて防御に移ります」
「ほう……ちょうど丘陵地帯や森林地帯に位置するラインだな。そして、後方は幾分開けていて、いざと言う場合には部隊を融通しやすい」

モーデルは地図と、大判の航空写真を交互に見つめながら頼もしそうに呟いた。

「この配置なら、敵が6個師団……いや、10個師団ほど攻めて来ても充分に耐えられる。そして、耐えている間に、第7航空軍が敵の兵站路をズタズタに引き裂いていくと。うむ、実に嫌らしい作戦だ」

モーデルが楽しげにそう言っている側で、スプルーアンスが口を開く。

「ふむ。敵海軍の主力が壊滅した今だからこそ、実行できる作戦だな。制海権を失った敵にこれを止める術は無い。ちなみに、この作戦は誰が立案したのかね?」

624ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2022/11/18(金) 21:12:48 ID:rwYjnxGc0
「最初に言い出したのは私であります」

モーデルが幾分誇らしげな口調でスプルーアンスに言った。

「私の提言を基に、ロコソフスキー参謀長が手を加えて作りました。まぁ、この作戦のきっかけは、マッカーサー閣下のある言葉を思い出したことにありますが」
「マッカーサー閣下と言うと、今はレーフェイル大陸で戦後処理にあたっている、あのダグラス・マッカーサー大将か?」

スプルーアンスの問いに、モーデルは頷く。

「私はレーフェイル大陸から去る前に、マッカーサー閣下と小話をしましてね。その終わりに少しばかりアドバイスを貰いまして……」


それは、モーデルがレーフェイル大陸を離れ、太平洋戦線に転戦する前の事だった。
別れ際に、マッカーサーの執務室を離れようとしたモーデルは、最後にあるアドバイスをもらっていた。

「そうだ、モーデル将軍。一つだけアドバイスがある」
「アドバイス、と、申しますと……?」

唐突なアドバイスに、モーデルは怪訝な表情になりながらも、それを聞く事にした。

「まぁ、あまり多くの言葉は使わんが……兵の犠牲を少なくしたいのなら、戦線を蛙飛びするかのように飛び越して良い。レーフェイル戦線ではそのような事は起きなかったが、敵の強力な太平洋戦線なら、蛙飛びのように沿岸伝いで迂回する必要もあろう。例え迂回する敵地が重要拠点であっても、迂回先にそれ以上の重要拠点を作ってしまえば良い。要するに、敵に嫌がらせをして、場合によっては拠点ごと飢えさせてしまえば良いのだ。合衆国軍は、それができる軍隊だ。向こうで使えそうな機会があれば、迷わず提案すれば良いだろう」
「なるほど……言いたい事はわかりました。しかし、その機会は巡って来ますかな?」
「それは、太平洋戦線での頑張り次第だ。武運を祈る」


あの時、モーデルは半信半疑で聞いていたが、現在の状況は、まさにマッカーサーのアドバイスの通りの状況になっていた。
ファルヴエイノで開かれる合同会議の前に、モーデルはロコソフスキーを呼び、マッカーサーから得たアドバイスをもとに、即興ながら今回の西部沿岸の上陸作戦を披露した。
その前に、第1軍集団の攻撃が予想以上に困難な物になりつつあると確信し、半ば悶々としていたロコソフスキーはすぐにモーデルの提案に乗り、第2軍集団司令部にもこれを上げてより細かい作戦の立案に当たった。
合同会議終了後には、太平洋艦隊司令長官であるニミッツ元帥も招いて同作戦の提案を行っている。
ニミッツ元帥の反応は上々であり、すぐさまワシントンにも報告された。
その結果、モーデルの提案は第2軍集団の正式な作戦として、太平洋艦隊の主力である第5艦隊も動かせる段階にまで迫っていた。

625ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2022/11/18(金) 21:13:24 ID:rwYjnxGc0
「良い提案だ。ニミッツ長官……私は此度の作戦実行に賛成いたします。敵が硬ければ、柔らかいところを衝く。作戦の常道に沿った堅実的な案であると判断いたします」
「うむ。幾ら部分動員を掛け、部隊を編成したところで、その輸送路が破壊されてしまえば兵隊も移動できなくなる。無論、動員は西部だけではなく、東部でも行われるだろうが……100万の増勢と50万の増勢では、話が大きく違ってくる」

ニミッツの言葉に、一同は深く頷く。

「この作戦で西部付近の敵残存兵力を拘束し、同地のインフラを根こそぎ破壊すれば、敵本土西部は分断状態に陥る事は確実と言えるでしょう」

クラークも付け加えるように言った。

「とすると、現地の攻撃を担当する機動部隊と、上陸部隊を運ぶ輸送船団の手配を行わねばなりませんな。上陸部隊の輸送に関しては、リーシウィルムとレスタン共和国沿岸で待機している各種輸送船や輸送艦を使えば問題なく行えます。次に、先鋒を務める機動部隊と輸送船団の護衛部隊ですが」

スプルーアンスは、脳裏に各任務部隊の編成図を浮かべながら説明を続けていく。

「第58任務部隊は現在、リーシウィルム港に戻り、艦上機の補充と艦の整備にあたっており、2週間以内に次の作戦行動が可能になります。TF58は正規空母9隻、軽空母7隻を4つの任務群に分けて従来と同様に運用する予定です。輸送船団護衛部隊には、第54任務部隊と第56任務部隊を当てます」

第54任務部隊とは、旧式戦艦を中心に編成された船団護衛、上陸援護が主任務の水上打撃部隊である。
戦力は、最近戦線復帰したばかりの戦艦アリゾナを始めとして戦艦7隻、巡洋艦4隻、駆逐艦20隻で編成されている。
元々は戦艦8隻であったが、アリゾナの姉妹艦であるペンシルヴァニアが、リーシウィルム沖海戦で敵戦艦との砲撃戦の末に撃沈されたため(同海戦では共に行動したアリゾナも撃沈寸前まで追い込まれた)、戦艦戦力は減ったままとなっている。
同任務部隊の指揮官には、本国召喚後に第7艦隊司令長官に任命されたトーマス・キンケイド中将に代わって、ダニエル・キャラガン中将が任命され、2月より指揮を取っている。
第56任務部隊は複数の護衛空母部隊をまとめた艦隊であり、6つの護衛空母部隊で構成されている。
1つの護衛空母部隊には、5隻、または6隻の護衛空母を中心にし、それを16隻の護衛駆逐艦が護衛している。
任務部隊指揮官にはトーマス・ブランディ中将が任命され、キャラガン中将と共に2月より指揮を取り始めた。
これらに護衛されるのが、計1500隻の各種輸送船、輸送艦群であり、輸送部隊は第53任務部隊として構成され、これをノーマン・スコット中将が指揮する。
モーデルの第15軍6個師団、計14万の輸送は滞りなく実行できる布陣だ。

「上陸部隊の輸送態勢は万全であると断言いたします」
「よろしい。敵に主立った脅威が存在しない以上、上陸作戦は間違いなく成功すると言って良いな」
「私もそう思いますが……しかしながら、不安がないと言うわけではありません」

ニミッツが幾分楽観的な発言をした所に、スプルーアンスはすかさず懸念点を申し述べる。

626ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2022/11/18(金) 21:14:03 ID:rwYjnxGc0
「上陸作戦は、天気との付き合い如何で成功すると言っても過言ではありません。仮に、予報で晴れと言われても、当日が嵐の場合は目も当てられません」
「なるほど……最大の敵は天気、と言うことか」
「それから、敵航空戦力の動きも気になります」

スプルーアンスとしては最も気掛かりであった、敵航空部隊の対応についても懸念点を述べる。

「ロコソフスキー参謀長は、敵はゲリラ的に航空部隊を運用していると言われていたが、それでも2000機ほどの航空戦力が残っているという点は、私としても気掛かりです。先にも言われていた通り、これは敵の本土決戦であり、地の利は敵にあります。我が軍が強大な敵軍を連戦連勝とも言える形で次々と打ち破って来たのは、敵の占領地での戦い……つまり、元々は外地であり、時にはその地の住民の全面協力を得ながら、敵と比べて比較的優位に我が軍が戦えた事にあると思います。ですが、今度は我々が、敵本国で戦う……つまり、敵にとっての侵略者になります。当然、住民に協力は望めず、場合によってはこちらの状況が筒抜けになるかもしれません。そこに敵が航空戦力を結集して地上部隊を攻撃した場合、上陸作戦に影響を及ぼす可能性も出てくるでしょう」
「第5艦隊は相当数の航空戦力を有していますが、完璧に敵航空部隊の攻撃を防ぐ事はできませんか?」

ロコソフスキーが聞くが、スプルーアンスは即答した。

「完全に防ぐのは無理だ。穴は必ず生じる」
「提督のおっしゃる通りです。特に空母部隊の艦載機は天候に左右されやすいから、その懸念も常に付きまとう。第7航空軍が建設した航空基地に配備されれば、敵航空部隊にも陸軍独力で対応できるようになりますが、それまでがこの作戦の正念場といえますな」

モーデルも眉に皺を寄せながら、スプルーアンスの懸念に同調する。

「航空基地には、最初に第7航空軍の部隊のみならず、海兵隊航空隊の戦闘機も配備しては如何でしょうか。作戦予備の第1海兵航空団は実戦経験豊富です」

これまで発言していなかった、第5艦隊作戦参謀のジュスタス・フォレステル大佐もそう進言した。

「それは良いな。ぜひ編成に加えよう」
「それから長官、ひとつ妙案を考えたのですが……説明をしても宜しいでしょうか?」
「許可しよう」

フォレステル大佐はスプルーアンスから許可を得ると、すぐさま説明を始めた。

「先ほど申されておりました、敵航空戦力の懸念点についてですが……要は、上陸前に敵の航空戦力の減殺すれば宜しいのですね?」
「理想としてはそうなる。貴官はその点について考えがあるようだが……」
「はい。少々お待ちを」

627ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2022/11/18(金) 21:15:02 ID:rwYjnxGc0
フォレステルは立ち上がり、ロコソフスキーから指示棒を借り受けた。

「敵航空部隊は総出でゲリラ戦に転換し、こちらの大部隊の攻撃は避けて、狙いやすい目標を攻撃する傾向があると言われておりました。話は戻りますが」

フォレステルは指示棒を西部沿岸付近と、先月襲撃したノア・エルカ列島に向ける。

「つい最近まで、我が第5艦隊は敵西部沿岸付近と、この辺境の島々に航空攻撃を仕掛けておりますが、この際、各任務群に分かれて、ほぼ同時に攻撃を行なっております。我が任務群は、それぞれが正規空母、軽空母5隻程を有する有力な艦隊ですが……これは同時に、戦力を分散している状況になります。言うなれば、古来の兵法より禁忌とされている戦力分散をあえて用いている事になります」
「それは、自軍艦隊の不備を指摘されているのかな?」

ロコソフスキーはすぐにそう尋ねたが、フォレステルは首を縦に振らなかった。

「そう言われればそうでしょうが、現状の圧倒的戦力差を鑑みれば、効率の点から見て妥当の判断です」

フォレステルは幾分、張り上げた声音で言葉を続ける。

「それと同じ事を、事前空襲で繰り返すのです。それも、敵に仄かに見せつけるように」

その瞬間、モーデルがハッとなった表情でフォレステルを見つめた。

「大佐……もしや、貴官は餌を作り上げようとしているのかね?それも、空母機動部隊という極上の囮を」
「そうなります」

一瞬だけ、場の空気が固まったように感じた。
それに構わず、フォレステルは続ける。

「分散状態にある空母機動部隊は、長年苦しまれてきたシホールアンル軍から見れば格好の標的であり、しかも……機動部隊には“ジェット戦闘機は配備されていない”!言うなれば、それなりに通用する相手と、敵は必ず見るはずです。そして、相次ぐ敗報でパッとしたい戦果をあげたいと考える敵は、もしかしたらここに目をつけるかもしれません」

フォレステルは指示棒の先を西部沿岸沖に叩きつけた。

「軍艦は沈むからわかり易い!舐めた敵を叩いて一泡吹かせる!と、敵が思い付き、ゲリラ戦から一時的に、本来の戦いへと戻る。そこで我が機動部隊は、なけなしの部隊をかき集めて、悠々と出撃して来た敵航空戦力相手に航空決戦を挑み、一気に雌雄を決する!それが……私の考えた作戦であります」

628ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2022/11/18(金) 21:15:45 ID:rwYjnxGc0
「……いいだろう。流石はミスターフォレステルだ。出て来んのなら誘い込んで叩く。それで行こう」
「スプルーアンス提督……作戦の骨子は理解できました。ですが……攻撃を受ける艦隊に犠牲が出るのではありませんか?」

ロコソフスキーは、彼には珍しく、躊躇いがちな口調で聞いてきた。
陸軍が手こずっている敵航空部隊を、海軍に対応させる形になり、負い目を感じているのだ。

「犠牲は出るだろう。だが、攻撃を受けるのは慣れている。合衆国海軍が戦ってきた海戦はいつもそうだった」

スプルーアンスは静かだが、確信めいた口調で返答する。

「そして、今回も受けて立ち、乗り越える。それだけの事だ」
「長官……」

隣にいるムーア参謀長は、スプルーアンスの固い決意を感じ取っていた。

「第5艦隊は、ハルゼーの第3艦隊に勝るとも劣らぬ優秀な艦隊だ。天候次第だが、第15軍は気兼ねなく、敵地の上陸を行ってもらいたい」

スプルーアンスはそう言った後、ロコソフスキーとモーデルの顔を交互に見る。

「それでは、席に戻ります」

フォレステルはロコソフスキーに言ってから、席に戻った。

「さて、改めて聞くが…クラーク将軍としては、この作戦の実行に異論は無いかね?」
「異論はありません。むしろ、すぐにでも実行して、敵の度肝を抜きたいぐらいです。皇帝陛下はさぞ驚くでしょうな」

ニミッツの質問に対して、クラークの口から出てきたその一言に、室内の一同からどっと笑い声が上がった。
ひとしきり笑い声が響いた後、唐突にムーア参謀長が手を上げた。

「ムーア参謀長。如何した?」
「いや……今し方思い浮かんだのですが……長官、発言しても宜しいでしょうか?」
「いいだろう。言ってくれ」

スプルーアンスに発言を促されたムーアは、幾分緊張した面持ちで話し始めた。

「常連の部隊を使う予定はありませんか?蛙飛びのように行くなら、あの辺りにも……」






翌日、シホールアンル帝国西部沿岸上陸作戦が立案され、作戦案は本国に提出された。
その2日後、統合作戦本部は帝国西部上陸作戦の実施が可能と判断し、太平洋艦隊司令部並びに、第2軍集団司令部に向けて、正式に作戦準備命令が伝えられた。
上陸作戦実施予定日は3月15日となり、蛙飛び作戦と名付けられた一大作戦は、こうして幕を上げる事となった。

629ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2022/11/18(金) 21:16:18 ID:rwYjnxGc0
SS投下終了です

630名無し三等陸士@F世界:2022/11/19(土) 09:05:49 ID:YDQzWVbg0
作者乙
シホールアンスを詰みに追い込むまでにもう二転三転有りそうですね

631名無し三等陸士@F世界:2022/11/19(土) 18:48:45 ID:lgXqotqs0
投下乙です。
久方ぶりの大規模作戦キタ!
フォレステル大佐の意味深なセリフ、もしやFH-1登場フラグ…?
そして史実のモンタナ級を超えるのバケモノ戦艦が4隻就役予定ですか…。個人的には2〜4番艦のうちどれか1隻に旧世界のイギリス戦艦の名前をつけてジョンブル戦隊に配備してほしいですね〜。

632ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2022/11/19(土) 20:10:29 ID:rwYjnxGc0
>>630氏 ありがとうございます
劣勢ですが、兵力がない訳でも無いし、防御を徹底すれば連合軍の進撃も鈍りますからね
指揮官が有能だと、やはり厄介です

>>631
>フォレステル大佐の発言
さて、どのような策なのか……ひとまずは、敵が食い付く事を願うばかりです

>バケモノ戦艦4隻
海軍の実戦部隊からは、一部を除いてなんだこの戦艦は!?という驚きと嘆きの声ばかりが上がっております

633HF/DF ◆e1YVADEXuk:2022/12/09(金) 19:48:16 ID:b1.cyCyo0
ヨークタウン氏の投下に刺激され、某所で見かけたネタを下敷きに書き始めたのがやっと形になりました
というわけで久々に外伝投下行きます

タイトルは「陸上艦という幻想(ファンタジー)」
それではしばしのお付き合いを…

634HF/DF ◆e1YVADEXuk:2022/12/09(金) 19:49:25 ID:b1.cyCyo0
「陸上艦という幻想(ファンタジー)」

アメリカ合衆国、メリーランド州アバディーン試験場

第1次大戦中の1917年に開設されたこの陸軍兵器試験場では、これまで様々な試作兵器がテストされてきた。
火砲、銃器、車両、その他諸々……。そして今日もまた、ある試作兵器が軍人や技術者たちの見守る中、何度目かの実地試験を行っている。
起伏が多い草原の上をゆっくりと走る奇妙なもの。元々は鉄道用の無蓋貨車だったそれはあちこちが改造され、貨物の代わりに奇妙な装置とその操作要員が載せられている。
だが貨車に本来備えられているはずのもの、いや、地の上を走るものなら大抵備えているはずのものである車輪は一切存在しない。
ではどうやって走っているのか?

それは、地面の上を『浮かんで』走っていた。

「今回は大丈夫そうですな」「今のところはですがね」
「久しぶりの実地試験ですが、現状では安定しているようです」
「今回は無事に終わってほしいものだな。前回の時ときたら……」「あれは酷かったな。半年以上前のことなのにいまだに夢に見るよ」

『浮上貨車』とでも呼ぶべき車両がゆっくり走る姿を眺めながら言葉を交わす軍人と技術者たち。誰もがこの車両の開発計画に数年前から携わっている。
だがその立場はありていに言って弱く、低い。当然割り当てられる予算も少なく、施設や設備を使用する際の優先順位もまた低い。
こんな奇妙なものの開発に携わってる以上仕方のないことではあるが、彼らがそれを気にすることはない。むしろ「いずれこの計画を成功させて馬鹿にしていた連中を見返してやる」と考えている者すらいた。
もちろんこんな場末の奇妙な計画にも正式な呼称はある。
『汎用浮上車両開発計画』もっとも口さがのない者たちはこの計画を様々なあだ名で呼んだ。

『アメリカ製魔法のじゅうたん製作計画』
『魔法の空飛ぶ車製造計画』
そして『アメリカ製陸上戦艦開発計画』

一番最後の誇大妄想じみた、今テストを行っている試作兵器とはあまりにもかけ離れた名称。だがこれこそがこの計画の元々の姿であり、今の姿は紆余曲折の結果たどり着いた結末、あるいは成れの果てでしかない(気の強い連中の中には『一時の雌伏』と呼ぶ者もいた)。
それと同時にこの計画の発端が、敵国であるシホールアンル帝国が開発し実戦投入した『ある兵器』から受けた衝撃によるものであることをはっきりと示していた。

635HF/DF ◆e1YVADEXuk:2022/12/09(金) 19:50:38 ID:b1.cyCyo0
1484年1月12日。アメリカ合衆国がこの世界に召喚されてからおよそ2年3か月が過ぎたこの日、アメリカと南大陸各国の連合軍は敵国シホールアンル帝国の北ウェンステル領への上陸作戦を開始した。いわゆる『ウォッチタワー』作戦である。
昨年末に占領した南ウェンステル各地の港に集結した艦隊と上陸船団は大陸を南北に分断するマルヒナス運河を横断、陸海軍航空隊の航空機により徹底的な爆撃を受けた北ウェンステル領の南西部、マルヒナス運河の西端にある港湾と近隣の砂漠地帯へと上陸を開始。戦艦と重巡洋艦の徹底的な艦砲射撃によりシホールアンル側が設置した障害が破壊された後に上陸部隊が接岸、第一陣の兵士たちが続々と北大陸の大地に一歩を印す。
上陸地点では伏兵などによる抵抗もなく部隊の揚陸は順調に進み、誰もが作戦は何一つ問題なく進んでるように思っていた。
だが、それを木っ端みじんに打ち砕くものが現れる。

レドルムンガ級陸上装甲艦。シホールアンル帝国が秘密裏に建造、完成させていた『陸上を走る軍艦』である。
この奇想天外な軍艦は本来6隻が建造される予定であったが、建造に必要なウェンステル産の魔法石の精錬工場がアメリカ陸軍航空隊の行った精錬工場爆撃作戦『ストレートショック』により機能を喪失したため。ネームシップのレドルムンガ、2番艦バログドガ、3番艦のアソルケバのみが完成。残りの3隻は建造を中止され解体されている。
シホールアンル側はそのすべてをこの地域に投入。 確保した橋頭保から北上を開始した米第4機甲師団の先鋒部隊をその巨体に搭載された大口径砲の圧倒的な火力と長射程により一方的に蹂躙し撃退。その後アメリカ陸海軍航空隊の激しい爆撃にさらされるも搭載された魔法防御により全く損害を受けることなく戦闘行動を続行。そして夜の到来とともにアメリカ側の橋頭保を蹂躙するべく南下し、ついには『陸上からの艦砲射撃』という非常識極まりない攻撃により橋頭保を蹂躙し始めるに至る。
だがその一方的なまでの暴れぶりもそこまでだった。

上陸部隊を指揮する米第4軍司令部からの要請を受けて投入された米巡洋艦部隊との夜戦。当初は魔法防御の存在により一方的に損害を与えていた陸上装甲艦であったが、昼間の激しい空襲とハイペースで浴びせられる砲弾のため魔法防御の要である魔法石に不具合が発生、戦闘半ばにして魔法防御喪失という緊急事態に陥る。
その後も続いた戦闘はアメリカ側の有利へと傾き、最終的には陸上装甲艦全ての撃沈という結末となった。

かくして去った橋頭保蹂躙、陥落の危機。その後戦列を整えなおした第4軍は北上を再開。後続の船団も次々に部隊と物資を揚陸し、北大陸での攻勢を開始する。
だがその影で目の色を変える者たちがいた。
合衆国の様々な分野の技術者と南大陸各国の魔導士たち。彼らの視線は北ウェンステルの砂浜に擱座する3つの巨大な残骸に釘付けになっていた。

シホールアンル帝国が秘密裏に建造した超兵器
魔法という未知の力で宙に浮かび、大地の上を走る軍艦
爆弾も砲弾も通用しない魔法防御

彼らはそれぞれ魔法と技術という異なる世界の住人ではあったが、これを目の前にして目の色を変えぬ者は誰一人いなかった。
そんな彼らの心中には様々な思いが駆け巡る。

魔法により物体を浮かべる、それはどのようにして行われるのか?
これほどの巨体をどうやって浮かべ、走らせたのだ?
浮上して走る艦からの砲撃と射撃統制、一体どうやったのだ?
多数の砲弾、爆弾に耐える魔法防御とはいかなるものなのか? それはわが軍の艦にも搭載可能なものなのか?

636HF/DF ◆e1YVADEXuk:2022/12/09(金) 19:51:50 ID:b1.cyCyo0
心に抱いた興味と関心は程なくして情熱へと変じ、男たちを突き動かした。彼らは抱いた情熱に突き動かされるまま、様々な人々を巻き込んで行動を開始する。
ある者は装甲艦の残骸が未だ鎮座している北ウェンステルの浜辺を目指そうと試み、またある者は捕虜となった装甲艦の乗組員から自ら情報を聞き出すべく、自国の軍へと掛け合いを始める。
このような流れには無論軍側も快く応じた。
現地で交戦した陸海軍部隊、彼らから報告を受け取った軍や政府の上層部、誰もが心の底に程度の差はあれ恐れという感情を抱いていたからだ。

あの怪物はあの3隻だけなのか?
まだいるのではないか? 次に姿を現すのはどこだ?
陸上だけではなく海上でも行動できるのではないか?
遠からず改良型が現れるのではないか?

情熱と恐怖、その他もろもろの感情と思惑が複雑に絡み合い、アメリカと南大陸双方の人々の間を飛び回る。
そしてひと月後には連合国軍内部に『陸上装甲艦調査委員会』なる組織が誕生し、各国から送り込まれた多くの専門家たちがある時はウェンステルの浜辺で、またある時は南大陸の捕虜収容所で、またある時は占領間もない北ウェンステルの魔法石鉱山で『仕事』に取り組んだ。
そして彼らの情熱と献身により、連合国側には様々な情報(ただし断片的であり、不正確であり、間違いだらけでもある)がもたらされることになる。

浮上能力はウェンステル領ルベンゲーブ産の特殊な魔法石によるもの。これ以外のもので同様の能力を持つ魔法石は存在しない。
(捕虜からの情報。実際はシホールアンル帝国本土の魔法石鉱山で浮遊する魔法石が発見され、採掘が進められていた)

建造されたのは6隻、完成したのは3隻、残り3隻は魔法石の都合がつかなくなったので解体された。ただし他の場所で似たような艦が建造されているという噂を耳にしたことがある。
(捕虜からの情報。実際はこの計画のみ。ただし後に明らかになったシホールアンル空中艦隊の建造計画であるとの誤解の原因となった)

本国からの移動の際に渡河を行ったことがある。海上での行動はしたことが無い。ただし艦の構造は水上艦を基にしており、乗員もほとんどが海軍出身である以上、海上での行動も可能であるようだ。
(捕虜からの情報と残骸の調査結果より。ただし憶測を含むものであり、実際に可能であったかの裏付けはとれていない)

魔法防御用の魔法石もウェンステル領で産するもの。これを複数艦内に設置し、強固な魔法防御を実現した。ただし戦闘では司令官が無理に強度を上げさせたため不具合が生じ、戦闘中に魔法防御が失われた。もし強度を上げなかったなら我々が勝っていた。
(捕虜からの情報と残骸の調査結果より。ただし捕虜の発言は願望が多分に含まれるものであった)

陸上装甲艦の魔法防御は優秀ではあったがそれに頼るあまり艦そのものの構造や防御はさして強固なものではない。事実2番艦は命中した8インチ砲弾により弾薬庫が爆発し、艦体が二つに千切れている。
(交戦記録と残骸の調査結果より。かなり正確な情報である)

これらの情報は政府や軍の上層部に対して様々な影響をもたらした。
陸軍航空隊のある将官(ルベンゲーブ爆撃作戦を推進した者たちの一人だった)は己の判断の正しさを確信し、以後も魔法石工場への爆撃を重点的に行うべしとことあるごとに主張するようになる。また同じ陸軍でもOSS(戦略情報局)に身を置くある佐官は同様の秘密兵器開発計画が帝国各地で行われている可能性を指摘し、同盟国と協力しての帝国本土への潜入作戦をより大規模に行うべきだ、という趣旨の報告書を関係各部署へ上げた。

637HF/DF ◆e1YVADEXuk:2022/12/09(金) 19:53:07 ID:b1.cyCyo0
投げ込まれた情報という石が組織という水面に波紋を広げてゆく。ただ実際の波紋と違うのは、この波紋がやがてさざ波に、小さな波となり、場所によっては大波にすらなるということ。
そして波の中でももっとも大きなものは…………

「わがアメリカ軍でも同様の兵器を開発、運用すべきだ。魔法というものが実際に存在するこの異世界では今後も想像を絶する兵器の登場が予想される。それに備えるために我々も魔法について研究し、既存の兵器体系に取り入れなければならない。これはその第一歩だ」

戦時、それも総力戦という非常時に行われる提案としてはあまりにも問題のあるものだった。
国家の総力を挙げての戦争の最中に、魔法という未知の技術体系(正確には技術ではないのだが)に立脚した兵器を開発し導入する。南大陸諸国の手助けがあったとしても、実現には相当な費用と労力、時間が必要なのは火を見るよりも明らかだった。
しかも開発しようとしているのは陸上艦というあまりにも非常識な存在。

それより既存の兵器体系の充実と強化に予算を投入すべきでは?
そちらにリソースを割くことで戦争遂行計画に遅れが出るのでは?
今から取り掛かっても実現する頃にはこの戦争の決着が付いているのでは?
開発できたとしても使いどころはあるのか?

あちこちから呈される疑念と否定の意見。だがそれらを明確な現実が沈黙させた。

「この世界では魔法の存在と使用は常識となっている。わが国だけがそうではない」
「彼らが当たり前に出来ること、知っていることを我々は何一つ知らず、出来ない。これは大いに問題である」
「この状況を改善せず放置することは望んで敗北を招き寄せるようなものだ」

かくして合衆国はそれまで南大陸諸国との協力のもと行われていた魔法の研究と軍への導入、そして魔法体系を導入した兵器の開発を一段と加速させることとなる。
それはやがて様々な兵器、例えば魔法通信を傍受、解読可能な無線機や生命反応探知妨害装置といった形で結実、合衆国とその同盟国の勝利に大いに貢献することとなった。

だが、そういった兵器たちのリストから漏れた存在もいる。
その一つが、アメリカ版陸上装甲艦の開発計画であった。

638HF/DF ◆e1YVADEXuk:2022/12/09(金) 19:54:16 ID:b1.cyCyo0
北ウェンステルの戦場に突如登場し、その常識外れぶりと圧倒的強さから米陸軍将兵の心に大きな衝撃と消えない傷を残した異形の怪物。それを今度は自分たちの手で現実のものとしようという計画。だがそれは初手から躓いていた。
ウォッチタワー作戦開始後から数か月後、北ウェンステルの魔法石鉱山や精錬工場といった関連施設をあらかた占領、制圧したアメリカ軍。だが敵手たるシホールアンル軍は撤退の際にこれらの施設を徹底的に破壊、重要資料をことごとく持ち去っていた。結果手に入ったのは無意味な情報とがれきの山、そして復旧困難な鉱山ばかり。当初これらの施設から情報や資料の入手を目論んでいたアメリカ側関係者の当ては完全に外れることとなる。
(念入りなことにアメリカ側が2度にわたって爆撃したルベンゲーブの工場施設の残骸ですら破壊していた)
せめて何か一つでも役に立ちそうなものを、との願いから行われた再調査でも手に入ったのは断片的とすら呼べないレベルの情報とまともな知識があるものなら目もくれないようなクズ魔石のみ。
それでも、彼らはあきらめなかった。

大破擱座した陸上装甲艦の艦内から得られた設備と資料(どれも戦闘で破損し、焼け焦げていた)、捕虜の尋問から得られた情報(断片的かつ信頼性に欠けるものばかり)、そしてウェンステル各地から届いたがらくた(名前はともかく実質的にはそうだった)の山、そういったものをひねくり回し、鉛から黄金を作り出そうとした古の錬金術師もかくやの試行錯誤を繰り返す。
だがそれはあまりにも多くの予算と資材を浪費し、結果周囲から向けられる視線は日に日に冷ややかさを増していった。
そしてある日、ついに彼らの努力の成果が公開されることとなる。

アバディーンの試験場の一角に引っ張り出されたのはなんの変哲もない中型軍用トラック。広い荷台にはかき集めたクズ魔石を用い、試行錯誤を繰り返して製作された試作浮上装置がしっかりと取り付けられている。傍には制御と操作を担当する魔導士たち(当然のことながら皆南大陸各国の出身者である)の姿。運転席には念のため運転手が乗ってはいるが、この試験では基本的に彼の出番はない。
軍や政府の高官たちが黙して見守る中、荷台の魔導士たちの手により浮上装置が作動するとトラックの6つのタイヤは大地を離れ、オリーブドラブに塗られた車体が空中をゆっくりと進みだした。
本来地上を走るトラックが空中に浮いて進んでいる上、本来あるべきエンジン音が皆無だという非現実的な光景が高官たちの視線をくぎ付けにする。一方トラックはそのままテストコースを一周し、元居た場所に停止するとゆっくりと着地、浮上装置を停止させたところで公開試験は終了した。
その後の点検では浮上装置にもトラックの車体にも異常は見られず、ここに試験内容は無事終了。関係者一同は努力が実ったと喜んだが、現実はそんな彼らに対し冷酷なまでの現実を突きつける。

「あれだけの予算と時間をかけて出来上がったのはこれだけかね?」
「普通に走ったほうが速いな」
「他国の魔導士がいなければ動かない、動かせない。こんなものをどうしろと?」
「色々と障害が多かったのは分かっている。だがこれではな」

居並ぶ高官たちから飛び出した言葉はどれも否定的、かつ容赦のないものばかり。言葉を浴びた開発スタッフたちは何とか平静を保とうと試みるも、こらえきれずに顔が強張り、両手は知らず知らずのうちに拳を固く握る。
やがて言葉が途絶え、あたりを固い沈黙が支配すると今回の公開試験を取り仕切る陸軍中佐が宣告を下す。

今回の公開試験はこれまでとする。今後の予定、計画などについては後日あらためて連絡する。以上だ。

あたりさわりのない紋切り型の口上、だがそれを聞かされる開発スタッフはそれがどのような意味を持つのかわかっていた。
自分たちは貴重なチャンスを活かせなかった。試合に負けたのだ。
そしてこれから人員と予算削減の大鉈が何度も、何度も振るわれるのだ、と。

639HF/DF ◆e1YVADEXuk:2022/12/09(金) 19:55:27 ID:b1.cyCyo0
去り行く高官たちを見送ったあと肩を落とし、俯きながら後始末をすると試験場を機材とともに後にする開発スタッフ一同。借り受けた数両のトラックに分乗し、これから軍に前もって指定された最寄りの貨物駅を目指す。そこで鉄道に乗り換えて開発拠点があるロスアラモスへと戻るのだ。
人員輸送用に割り当てられたトラックの中、スタッフの一人が重い口を開いた。

「あれじゃ駄目だというのか。だが現状であれ以上のものを見せろなんて到底無理だぞ……」
「あまりにも問題が多すぎる。せめて陸上装甲艦かルベンゲーブあたりからまともな機材の一つでも手に入っていたならなあ」
「無いものねだりだぞ、それは」「わかっていますよ。でも正直こんな状況じゃあれ以上のことなんてとてもとても……」

それをきっかけにぽつりぽつりと会話が始まり、やがて幌を掛けられた荷台の中が飛び交う言葉で満たされる。
誰もが走るトラックのエンジン音と車体の風切り音に負けまいと声を高め、溜め込んでいたものをここぞとばかりに吐き出した。

不満、願望、計画、構想。様々な思いが言葉となって宙を飛び交う。

「お偉いさんはどんなやつだったら満足したんでしょうね?」「あの装置をじゅうたんに載せて飛んで見せれば満足したかもな」
「アラビアン・ナイトに出てくる空飛ぶ魔法のじゅうたんってわけですかい。まあ別の意味で受けそうだ」
「そういった視点から見れば今回は無難なものを選んでしまったわけか。確かに問題ありだったな」

「真面目な話、本気で陸上戦艦建造ってのは正直無理があるとは思ってるんですがね」「おいおい…………」
「だって軍艦だってでかくなって喫水深くなるとうかつに岸に近寄れなくなるし、入れる港にも制約が出るでしょう?」
「となると今後大型化するにしても取り回しのいいサイズを念頭に置かなきゃならんな」「やっぱり巡洋艦サイズが最適なんですかね?」

「次があればどんなことをやりたい?」「今度はもっとでかいやつ、そう、鉄道貨車あたりを浮かばせてみたいですね」
「大物浮かばせるってのには賛成だな。ただ陸のものじゃなく海のもの、例えば魚雷艇あたりでやったほうがインパクトがあるんじゃないか?」
「魚雷艇は装置の設置場所に苦労しそうですし、やはり揚陸艇、LCVPかLCMあたりが妥当では?」

「君は実用化するとしたら陸上軍艦というより移動砲台的なものがベストだって主張してたが、今もそのつもりかい?」
「ええ、だって動かすのは十中八九陸軍の連中でしょう。だったら軍艦という形にこだわるべきじゃない」
「その気になれば沿岸砲や列車砲クラスのものを浮かべて動かせる。線路を敷く必要はもちろんないし陣地転換も格段に早くなる。いいことづくめだな」

640HF/DF ◆e1YVADEXuk:2022/12/09(金) 19:56:42 ID:b1.cyCyo0
「こいつって浮かんで走れるでしょう。履帯でも通行困難な湿地や沼地を突破するにはうってつけなんですよ」
「敵の防御が手薄な方面から奇襲を仕掛けて本隊の攻撃を側面から援護。あるいは存在をアピールすることにより敵にその方面に戦力を割かせるわけか」
「ええ、こいつが戦力化できれば反攻作戦は格段にやりやすくなるはずなんです。それなのに…………」

「魔法防御、こいつをものに出来れば色々と革命が起こると思うんですよ」「維持さえできればどんな攻撃も無効にできるからな。常識がひっくり返る」
「極端な話、重たい装甲を全廃してこいつ一本に絞るってことが可能になるわけだな」「でも保守的な連中はそこまで思い切れないでしょう」
「どでかい砲を載せたほぼ非装甲の軍艦、話に聞く英海軍のハッシュ・ハッシュ・クルーザーがそんな具合だったな」「魔法防御はありませんでしたけどね」

数時間前の落胆が嘘のように彼らはしゃべり続ける。それまで沈滞していた空気が次第に熱せられ、それどころか文字通りの熱気すら車内に満ち始めた。
同時に心の中で消えかけていた情熱と探求心、そして決意が再び確固とした姿となり、男たちの表情もまたそれに見合った精気溢れるものへと変わってゆく。

荷台から熱気と言葉の奔流を流しながらひた走るトラック。一方運転台ではにわかに騒々しくなった後ろの客たちに困惑する二人の男がいた。
彼らは開発チームではなく試験場の所属であり、この日のデモンストレーションのため遠路はるばるやってきた『お客様』たちの送り迎えという半端仕事を命ぜられたただの下士官と兵士である。

「お客さんたち、乗り込むときは揃いも揃って親の葬式にでも行くような顔してたのに、今じゃ宴会でもやってるように騒ぎ立ててますね」
「陸の上で軍艦走らせようとしてる連中だ、俺たち下っ端には到底理解できん思考回路の持ち主なんだろうさ」

運転席でハンドルを握る上等兵があきれ顔でぼやいた言葉に訳知り顔で応じる軍曹。どちらも至って常識人であるがゆえに、後ろの客たちと彼らのやろうとしていることについてはさして好意的ではない。
彼らの頭にあることはこの厄介な仕事を無事終わらせること、明日も命じられるさまざまな仕事を上手いとこさばいて大過なく一日を終えること。そして次の外出日に街へと繰り出し、行きつけの店で何か旨いものを食べたあと地元の美人を上手い具合に引っかけて楽しい一夜を過ごすこと。
要はそういった男としてありきたりで当たり前な感情と欲望、そしてささやかな願いのみ。

そんな二人の常識人と十数人の非常識人を乗せてトラックはひた走る。目指すは最寄りの鉄道駅、そこで『お客様』と『荷物』はあらかじめ軍が手配していた列車に積み込まれ、トラックと運転手たちは元来た道を引き返すのだ。

「今度送り迎えする連中はもっとまともな神経の持ち主だといいですね」「そう願いたいな」

そうぼやきながら空のトラックを走らせ、駅舎を後にする二人。一方駅のプラットフォームに停車する列車の中では開発チームが未だ冷めやらぬ熱気を漂わせながら言葉を交わしていた。

「これから長い汽車の旅か、今のうちに考えをまとめておくかな」「書き物をするのなら乗り物酔いには気を付けてくださいね」
「帰ったらあれこれと理由をつけて予算を削られるわけか」「黙って削られるつもりはありませんよ」
「引っ越しもあるだろうな」「なあに、どこであろうとやり遂げるだけですよ」

やがて汽笛とともに列車は動き出し、遠いアリゾナ目指して走り出す。
小市民的な発想の無名の兵士たち、常軌を逸した計画に携わる技術者たち。戦争という巨大な流れの中で彼らの航路は再び交わることになるのだが、どちらもただの人間である彼らがそれを知ることは…………ない。

641HF/DF ◆e1YVADEXuk:2022/12/09(金) 20:02:35 ID:b1.cyCyo0
投下終了
某所で陸上戦艦の話題を目にして「そういえば北ウェンステルで撃破されたレドルムンガ級はその後どうなったんだろう?」と思ったのがこの外伝の始まりだったりします
しかし自分で書いておいてなんですが、アメリカ軍がこの手の軍艦を自国の兵器体系に組み入れる可能性、正直言って限りなく低いような…うーむ……

642ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2022/12/09(金) 23:13:09 ID:rwYjnxGc0
>HF/ FD氏 お久しぶりです!
久方の外伝、楽しく読ませていただきました。

米巡洋艦群の速射(大体ブルックリン、クリーブランド級のせい)で押し負けた悲運の陸上装甲艦の後日談的な話とは、自分としてもそこから来たか!
と思いながら読んでおりましたが、確かに陸上艦の威力を見せつけられた米軍、南大陸側としては、大いに興味を持ちますね。

南大陸側の魔道士たちも、シホールアンルの機密を探るべく、本当に限られた証拠品や情報の中で懸命に働きましたな
その中ではベストを尽くした彼らですが、米軍のお偉方からは非情な……しかしながら当然とも言える反応しか出てこなかったと言うのもまた……

しかしながら、転んでもタダで起きそうにない彼ら開発スタッフは、戦後もそれぞれの分野で大活躍しそうとも思いました

>アメリカ軍がこの手の軍艦を自国の兵器体系に組み入れる可能性、正直言って限りなく低いような…うーむ……
現状の兵器体系のままでヨシ!とされそうな予感しかしないですね…

643名無し三等陸士@F世界:2022/12/23(金) 21:30:57 ID:pHU8Z2AY0
粗品ですが

ttps://www.pixiv.net/artworks/103837668

644ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2022/12/25(日) 23:07:12 ID:rwYjnxGc0
ありがとうございます!
しかし、この娘さんはこの後……

ただ、以降はそこから坂道を転げ落ちるようになりますので、その犠牲も報われたのかなと思ったり

645ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/09/11(月) 20:27:29 ID:Y.8tkphw0
こんばんは。これよりSSを投稿いたします

646ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/09/11(月) 20:28:25 ID:Y.8tkphw0
第293話 解放の凱歌

1486年(1946年)2月19日 午後1時 旧ヒーレリ領(現ヒーレリ共和国)ペリシヴァ
ヒーレリ暫定政府軍所属の第1機甲師団は、同僚部隊である第1機械化歩兵師団と第2機械化歩兵師団と共にヒーレリ共和国北西部……旧シホールアンル帝国ヒーレリ領北西部にある最後の拠点、ペリシヴァへあと5マイル(8キロ)の地点まで進出していた。

「ペリシヴァ市街地までもう少しだが、ここからがまた大変だぞ……」

第1機甲師団の師団長を務めるアルトファ・トゥラスク少将は、苦い口調で呟きながら、双眼鏡越しにペリシヴァ市街地前面に構築されたシホールアンル軍の防御陣地を眺め回していた。
トゥラスク少将は、昨年の夏の目覚め作戦終了後までは第1自由ヒーレリ機甲師団第12戦車連隊の指揮官であった。
だが、作戦終了後にヒーレリ領がシホールアンル帝国領から一方的に独立宣言(敵側のプロパガンダによればそう呼ばれていた)を行なって独立を果たしたあと、自由ヒーレリ機甲師団は自由ヒーレリ歩兵師団と共に、急拵えで設立されたヒーレリ暫定政府軍に編入された。
この際、元の第1機甲師団長は昇進して軍団司令官となり、その後任としてヒーレリ解放時に功績を上げたトゥラスク大佐が少将に昇進して同師団の指揮官となった。
元々、この2個師団で構成されていた自由ヒーレリ軍団は、ヒーレリ領が独立した後は同地の新しい正規軍として米軍の指揮下から離れる事になっていた。
シホールアンル領であったヒーレリは経済が壊滅状態にあり、アメリカの援助と指導の元で新ヒーレリ共和国として再建を行う事が既に決まっていたため、自由ヒーレリ軍団は動員を解除して師団の構成に必要な最小限の人員を残し、残った国民と共に国土の復興にあたる筈であった。
事実上、自由ヒーレリ軍団の戦争はここで終わる予定であった。
だが、自由ヒーレリ軍団の将兵達は

「未だに我らの国土に敵が居座っているのに、友人達だけを前に押し立てて戦わせる事なぞできるか!最低でも、ヒーレリの大地からシホールアンルを叩き出すまで、俺達は戦友と共に戦い続けるぞ!!」

と、誰もが意気高々に戦闘の継続を望んだ。
こうして、自由ヒーレリ軍団はヒーレリ暫定政府軍として正式に、米軍と共に肩を並べて戦う事ができるようになった。
ただ、夏の目覚め作戦以降の自由ヒーレリ軍団は、激戦に次ぐ激戦の結果、消耗を重ねた事もあって各師団の損耗率は4割近くにまで迫っていた。
兵器の補充に関しては、アメリカはすぐにでも送り届けると約束してくれたが、人員の損耗だけは自国内だけで賄わなければならない。
ただ、長い間シホールアンル支配下にあって疲弊したヒーレリ国民に動員令を発する事はできない上に、志願を募ってもどれほどの数が集まるかは全くわからなかった。

647ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/09/11(月) 20:30:20 ID:Y.8tkphw0
とはいえ、連合軍の一員として戦うと決めた以上、休養と同時に幾らかだけでも人員の補充は行いたい為、暫定政権発足から早3日後には、支配下にあるヒーレリ中部や南部でヒーレリ正規軍への募集のビラをあちこちの街や村の掲示板などに貼り付けた。

第1機甲師団と第1自動車化歩兵師団の充足数は、共に16000から19000前後であり、募集開始直後は8000から11000程にまで兵員数は減少していた。
軽傷者が戻ればある程度回復するが、それでも師団の充足率は7割強まで行くかどうかであった。
この人員募集は師団の充足率を8割から9割前後までに増やすだけの目的で行うため、目標数は5000人に定められていた。
この5000人という数字も少ないが、ヒーレリ正規軍首脳部は、その半分も集まらないであろうと予測していた。
募集事務所もヒーレリ国内にこじんまりとした獣小屋もかくやと言わんばかりの、粗末な家のような物が3箇所のみと少なく、さほど期待はしていなかった。
だが、その期待は大幅に裏切られてしまった。

志願兵募集の告知が出され、募兵事務所が開設されるや否や、多数のヒーレリ国民が、たったの3箇所しかない獣小屋に殺到してきたのだ。
ヒーレリ正規軍首脳の予想とは違い、ヒーレリ国民の士気は非常に高かった。
もとより、ヒーレリ国民は長年のシホールアンルの圧政に我慢を重ねてきた。
その我慢が北部の地方都市オルボエイトで爆発し、シホールアンル軍がその大反乱を鎮圧しようとしたが、そこに連合軍が現れ、ヒーレリの国土を次々と解放して行ったが、ヒーレリ北部や西部の広い範囲がまだ敵の制圧下にある。
その上、首都解放を果たした自国の軍隊が志願兵を募ってきた。

”連合軍の猛攻に尻尾を巻いて逃げていった仇敵が、未だに自国領に居座っているとあっては腹の虫が治らない!
とりあえず、憂さ晴らしに敵を叩き出す!“

という考えを持つ者は、衝動的とも言える速さで募兵事務所に向かった。
余りにも多くの国民が殺到したため、3箇所の募兵事務所には長蛇の列ができてしまった他、村の役場や町の庁舎にまでヒーレリ正規軍への志願者で溢れかえった。
募集期間は一ヶ月程を予定していたが、僅か2日間で推定10万人(実際はもっと多かったとも言われている)の国民が募兵事務所や臨時政府の地方庁舎などに押しかけたため、開始から2日目で募集を慌ただしく打ち切る羽目になった。
募兵に応じようとした者は老若男女様々であり、ある老人は使い古しの剣を携えながら事務所に意気揚々と乗り込んできた。
とある中年の女性は、過去にシホールアンル兵に畑を全滅させられた恨みを晴らしたいがために、戦車隊に入れろと事務所の徴兵官に詰め寄ってきた。
また、10代中盤を迎えたばかりのある少年は、とにかく衣食住を確保してくれる点に目を付けて、とにかく軍に入れてくれとだけ徴兵官に懇願し続けた。
徴兵官らにとって、それはまさに混沌そのものであった。
しかし、この事態に一番驚いたのは、政府首脳部である。

648ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/09/11(月) 20:33:19 ID:Y.8tkphw0
募集人員5000名に対して、推定でも10万……もしくは、数十万以上もの国民が押し寄せたのだ。
倍率にして20倍以上という恐ろしい競争率である。

後日、政府の徴兵官が調べたところ、募兵に対して即座に行動を起こした者は100万以上に達する事がわかり、募兵には応じない(または応じれない)ものの、政府の募兵を支持すると答えた者が全国民の9割以上に達した。
祖国奪還に燃える勇ましい国民の多さに感動する以前に、それは恐怖感すら覚えた。
国民の異常な士気の高さに度肝を抜かれる中、政府は別の問題に直面していた。
ヒーレリ暫定政府はまだ出来立てであり、金がない。
いや、資金自体はアメリカ政府から支援されるので無い訳ではないが、軍の装備や訓練役の教官などが非常に少ない。
特に訓練要員の少なさは深刻で、現在の規模(2個師団)の軍しか持たないヒーレリ暫定政府では、10万以上の志願兵に訓練を施すなど無理な話である。
ひと昔ならば、志願兵にお座なり程度の訓練を施して戦線に放り込む事もあったであろうが、互いに強力な火砲で叩き合い、快速の機動集団同士の戦いが頻発する現代戦では、訓練未了のまま志願兵を送り出すことは、そのまま死んで来いと言うのと同じ事である。
10万以上の志願者をそっくり全員採用する訳には行かないが、名乗りを上げた以上、5000名だけ選んで残りは不採用とするのも躊躇われる。
政府首脳部らにはなかなか辛い選択であった。
ひとまず、採用の通知は一旦は保留にし、政府首脳部はアメリカ側に事の詳細を説明し、どのような対応をすれば良いかアドバイスを求めた。

1週間ほど協議した結果、アメリカ側から連合国と共同で訓練教官を派遣する事と、10万以上の志願者のうち、厳正な選考を行った後に、4万名に戦闘訓練を施して補充を行いつつ、新たな戦闘部隊を編成することが決まった。
また、残りの志願者に関しては、1万は予備兵として戦闘訓練を施し、残りは戦闘には直接関わらない兵站部門への配属や、後方の基地建設の作業員、兵器修理などを担う技術者といった、後方支援体制の拡充に当てられた。
また、別枠として新生ヒーレリ空軍創設も同時並行で行うことが決まったため、元ワイバーン部隊の竜騎士経験者を始めとして新たに1万名が追加で採用された。
新生ヒーレリ政府軍は、首都解放から僅か2週間ほどで総計12万以上の軍を保有する事が決まった。
採用された国民は戦闘部隊、後方支援部隊問わず正規軍の一員となり、これらの装備一式はアメリカの全面協力のもと、段階的に配備されていった。
夏の目覚め作戦が終息した8月末には、ヒーレリ暫定政府も新たにトレンド法(物資、武器交換法)の採用国の一つとなり、ヒーレリ中部や南部で採掘される鉄鉱石、希少鉱物(ボーキサイトに相当)、香辛料などの資源を代金として大量の武器弾薬、各種装甲車両や航空機等々を受け取れる事ができた。

649ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/09/11(月) 20:33:57 ID:Y.8tkphw0
志願兵の訓練は9月初旬には早速、ヒーレリ南部で始まり、年を跨いだ1月中旬には各種訓練が完了。
志願兵は第1機甲師団と第1機械化歩兵師団の欠員補充に当てられると同時に、新たに第2機械化歩兵師団、第3機械化歩兵師団、独立混成第16旅団が編成されている。
第2機械化歩兵師団、第3機械化歩兵師団はM4戦車1個連隊にM3ハーフトラックを装備した2個機械化歩兵連隊と自走砲、または野砲大隊を始めとする各種支援部隊で構成され、独立混成第16旅団はM4戦車1個大隊にハーフトラック、またはトラック装備の1個自動車化歩兵連隊と各種支援部隊を加えた形で編成された。
この4個師団、1個旅団で構成されたヒーレリ暫定政府軍第1軍は、1月下旬からヒーレリ領北西部の戦線に投入され、同地に展開するシホールアンル軍部隊と交戦を重ねて来た。
交戦開始当初は、復讐心ばかりで現代戦に慣れていない志願兵達が満足に戦えるのか不安であったが、志願兵は訓練通りによく働き、時には機転を効かせて敵軍の横合いを叩き、一気に後退させるなど、目覚ましい活躍ぶりを見せた。
特に第3機械化師団と独混第16旅団(独立混成第16旅団)の攻撃は激しく、2月初めのペリシヴァ西30キロ地点で行われたペソンシク攻防戦では、航空支援を受けながら敵3個師団を猛攻して激戦を繰り広げ、遂には北方のシホールアンル本国に押し戻してしまった。
第1機甲師団、第1機械化師団と第2機械化師団も負けじとばかりにペリシヴァ正面の戦区で猛攻を加え、シホールアンル軍を押しに押し続けた。
しかしながら、シホールアンル側の抵抗も激しく、部隊の損耗も次第に嵩んでいった。
特に激しかったのが、2日前のペリシヴァ郊外……ちょうど今、第1機甲師団が制圧しようとしている敵陣での戦闘であった。
この日は、勢いに乗る第3機械化師団と独混第16旅団が敵陣に猛攻を加え、(第1機甲師団、第1、第2機械化師団は兵員の休息のため、一時後方待機)一時は戦車中隊が歩兵と共に前線を突破してペリシヴァ市街地に突入を図ろうとしていた。
だが、敵の予備隊が今まで未確認であった、ある兵器を投入した事で攻勢は頓挫し、ヒーレリ暫定政府軍は後退せざるを得なかった。
この攻撃で、1000名以上の死傷者を出し、戦車18両と30両の車両を失い、少なからぬ装甲車両を損失したヒーレリ軍は、損耗の大きい第3機械化師団と独混第16旅団を後方に下げ、ちょうど1日ほどの休息を終えた3個師団を前線に戻して攻撃を再開させた。

砲兵隊の事前砲撃を終え、前進を始めたトゥラスク師団の戦車隊からは、戦闘で荒れた前線の様子が、次第にはっきり見えるようになってきた。
トゥラスクは、戦車隊に後続する指揮車両から、双眼鏡越しに前線を見渡していたが、所々に撃破され、擱座した味方戦車や車両を見るたびに険しい表情を浮かべる。
その残骸の数は、最前列の塹壕を超えた辺りから急激に数を増していく。
その周辺には、幾つかの小さな蛸壺や盛り土が点在している。それらの大半には、艤装網らしき物がかかっていた。

「敵の歩兵に注意しろ!例の奴を使ってくるかもしれん!」

トゥラスクは無線機越しに、前進する戦車大隊に向けて注意を促す。
先日の攻撃では、第3機械化師団と独混第16旅団が敵の歩兵部隊の反撃で撃退されているのだが、報告書を見る限り、敵の編成はほぼ歩兵主体だった筈なのだが、その歩兵が持っていた携行兵器が想像以上に強力な物であり、味方部隊は思わぬ損害を出したと伝えられている。
特に独混第16旅団の損害は大きく、攻撃に参加した戦車中隊の過半が撃破、または損傷し、ハーフトラックも多数損耗したと言われている。
トゥラスクは最初、その報告に対して半信半疑であったが、実際に敵前線に打ち捨てられた、多数の擱座車両を見ると、報告は正しかったと認識せざるを得なかった。

650ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/09/11(月) 20:35:06 ID:Y.8tkphw0
降りしきる雪に覆われ、車体に白い雪化粧を施されたそれらの残骸が、祖国の完全解放を前にして散華した将兵の悲哀を、より強く感じさせているようであった。
先頭大隊は、荒れた第一線を乗り越え、更に味方車両の残骸の側を通り過ぎ、未だに破られていない敵の第二線……市街地から5キロ離れた最後の防衛ラインにゆっくりと到達しつつあった。
報告では、この防衛線で最も激しい戦闘が繰り広げられ、擱座車両の数も多数見受けられている。
遠目で見ても、戦車、ハーフトラック等を合わせて20両程が撃破され、残骸となっている。
その一方で敵の陣地も手酷く荒れており、砲弾が着弾した穴や、所々踏み荒らされた跡が残る陣地も多い。
また、第一線では見られなかった、敵の輸送型キリラルブスの残骸や、破壊された対戦車砲も複数見受けられる。
戦闘報告書には、敵は1個連隊相当の兵力を損失するほどの損害を受けたと書かれていた。
荒れ果てた第一線陣地や、維持したとはいえ、所々に深い爪痕が残り、擱座した輸送型ゴーレムなどを見る限り、その報告は正しかったようだ。

「敵側も相当な損害を負ったのは間違いないようだな」

トゥラスクは、独混16旅団が敵の反撃を受けながらも、敵を猛追して多くの損害を与えた事に幾らか誇らしげな気持ちになった。
この時から、彼はある種の違和感を抱き始めていた。

「………妙に静かだな」

既に、前進部隊は敵の陣地に到達している。
だが、敵の迎撃が一切無いのだ。
慎重に前進を続ける戦車に、敵の砲弾はおろか、光弾すら放たれていない。
つい先日の激戦とは、打って変わって静かすぎる状況である。

「師団長!こちらピルヴォンです!」

第12戦車連隊の指揮官であるピルヴォン大佐から無線通信が入った。

「敵の塹壕から一切の抵抗がありません!」
「こちらからも見ているが、嫌に静かなようだな……」
「歩兵を展開させて周囲を捜索させます」
「罠かもしれん、慎重に行け!」

トゥラスクは指示を出しながらも、心中では敵が後退したのでは無いかと思った。

651ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/09/11(月) 20:36:02 ID:Y.8tkphw0
(まさか、敵はペリシヴァ市街に逃げたのだろうか)

それは非常に厄介であると、トゥラスクは思った。
事前の情報によると、ペリシヴァ市街には、未だに2万から5万人ほどの住民が残っていると伝えられている。
敵が郊外の陣地を放棄し、より守り易い市街地に立て籠もって抗戦を続ければ、ヒーレリ軍は苦戦を強いられる上に、住民を巻き込んだ悲惨な市街戦に発展するであろう。

(ここは、市街地に敵が逃げ込んだと見ていいかもしれない。ならば、ペリシヴァを包囲して、じっくりと……)

トゥラスクの思案は、無線機越しに飛び込んできた声によって唐突に打ち切られた。

「師団長!こちらピルヴォンです!一大事です!!」
「どうした?敵の増援が来たか!?」

ピルヴォン大佐の平静さを欠いた声音を聞いた彼は、新たな敵軍を見つけたのかと思い、一瞬体を身構える。
だが、一瞬高まった緊張は、次の瞬間には消え去る事となった。

「人です!前方から人が来ます!」
「人?敵か?」
「今確認させます」

ピルヴォン大佐からの通信が一旦途絶えた。
トゥラスクは指揮車の天蓋から顔を出し、双眼鏡で前進部隊のいる方向を見つめる。
前進部隊がいる位置は、トゥラスクから2キロほど離れているため、ハッキリとはわからなかったが、それでもハーフトラックから降りた兵士が、前方から歩いてくる少人数の集団に銃を向けながら、ゆっくりと近づいていく様が見て取れた。
4、5人ほどの集団は、遠目ながらも明らかに軍人ではない出立ちであり、その先頭の人物は、旗を掲げていた。
その旗を見たトゥラスクは、一瞬体が固まった。

「こちらピルヴォンです。師団長聞こえますか!」
「……あ、ああ……今聞こえる」

652ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/09/11(月) 20:37:57 ID:Y.8tkphw0
思わぬ衝撃から立ち直ったトゥラスクは、努めて平静な声音でピルヴォンに答えた。
「どうやら敵ではありません。彼らはヒーレリ人、ペリシヴァの住民達です!」
「ペリシヴァの住民達だと!?という事は……」
トゥラスクは、半ば困惑気味になりながらも、それまで抱いていた疑問が瞬時に氷海したような気がした。

それから20分後……
第12戦車連隊は、旗を掲げた5人ほどの集団に先導されながら、ペリシヴァ市街地に入りつつあった。

「ペリシヴァだ……」

第12戦車連隊を指揮するクオト・ピルヴォン大佐は、眼前に広がるペリシヴァの街並みを見つめながら、感慨深げな口調で呟いた。

「みんなー!起きてくれ!!遂にやって来たぞ!」

5人の先導者のうちの一人、粗末な黒い防寒着を身に纏い、手にはかつてのヒーレリ王国の国旗を持つ若い男は、大声を発しながら道沿いの建物に向かって叫び続けている。

「味方だ!ヒーレリ軍がこの街に帰ってきたぜ!!俺たちと一緒に英雄達の帰還を祝おう!!」
「もう隠れる必要はない!さあ!通りに出て歓迎しよう!!」
「解放だ!解放が成ったぞ!俺達の国軍が戻ってきた!」

リーダー格の男に習うように、他の若者達もあらん限りの声を発して街中で叫んだ。
その呼び掛けに答えるかのように、最初は1軒、また1軒と、恐る恐るといった形でドアがゆっくりと開かれ、住民が戸惑いがちに出てくる。
最初はヒーレリ軍の戦車やハーフトラックをただ黙って見つめるままだが、次第に状況が理解できた住民は、やがて歓喜に叫び、または嬉し涙を流しながら若者達に加わる。
最初はまばらだった歓喜の声は、次第に大きくなっていく。
若者達に加わった住民は、未だに閉ざされていた家や商店の戸を叩き、嫌々ながら出てきた家人に町の解放が成った事を伝える。
誰もが最初は疑うが、目を通りに向けた後は、例外なく歓喜し、または感涙する。
歓喜の波は、瞬く間に大きくなっていった。

「おいおいおい、これは……」
「こんなに住人が残っていたとは、聞いてなかったぞ!」

兵士達は、あっという間に通りを埋め尽くさんばかりに出てきた、多くの住民達を前にいささか戸惑いを見せた。
だが、戸惑いはすぐに喜びへと変わる。

653ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/09/11(月) 20:39:36 ID:Y.8tkphw0
「ヒーレリ万歳!」
「連合軍万歳!!国軍万歳!!」
群衆は、誰しもが満面の笑みを浮かべ、ある者はどこぞから引っ張り出してきた、旧ヒーレリ王国の国旗を盛んに振りかざす。
通りに飛び出してきた老夫婦が、両手に持てるだけの食料を抱え、通りを進むヒーレリ軍の兵士達に配っていく。

「よう!遅い帰りだったのう!」
「さあ!腹が減っただろう!?みんな持って行っておくれ!」

老夫婦の勧めを兵士達は快く受け取り、果物や保存食、酒瓶を手に取っていく。
群衆の熱狂的な歓迎は留まるところを知らない。
ある若い町娘はヒーレリ軍のハーフトラックに乗り、そこから「祖国万歳!解放軍万歳!!」を叫びながら、ヒーレリ国旗を力の限り振り回した。
歓喜の叫びは、上空を友軍機がフライパスした事で最高潮に達した。
上空に現れた友軍機……ヒーレリ軍の航空支援を行うために出撃したF4Uコルセアの編隊がペリシヴァ上空の戦闘哨戒に入り、その一部は低空で編隊飛行を行った。
町の解放を祝うかのように行われた友軍機の低空飛行は、ヒーレリ軍将兵の士気を高まらせるだけに留まらず、ペリシヴァ市民を更に歓喜させた。
コルセアの小編隊が轟音を響かせながら上空を飛び去った後、市民達は拳を振り上げ、または口笛を鳴らし、旗を振り回して祝いの叫び声をあげていた。

ペリシヴァ市民の大歓迎を受けながら、トゥラスクは指揮下の部隊と共に、町の通りをゆっくりと走行していたが、このような状況下でも彼は警戒を緩めていなかった。

「こちらヒーレリ暫定政府軍第1機甲師団の指揮官トゥラスクだ。航空部隊の指揮官へ、聞こえるか?」
「こちらミスリアル空軍独立第14飛行旅団のフェイ・ベンディル中佐です。無線機の感度は良好、バッチリと聞こえます」

無線機越しに凛とした若い女性パイロットの声が聞こえてきた。

654ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/09/11(月) 20:40:32 ID:Y.8tkphw0
「応答感謝する。敵はおそらく、ペリシヴァ北にある森林地帯に潜伏し、砲兵を展開させている可能性が高い。もし敵が砲撃を行ってきたら、全力で叩いて貰いたい」
「了解です。こんな事もあろうかと、全機ロケット弾、ナパーム装備で上空待機させています」

その返事を聞いたトゥラスクは、思わず頬を緩ませた。

「頼もしい限りだ。その時が来たら、よろしく頼む!」
「ご用があれば何なりと」

ミスリアル空軍の指揮官と無線機越しに短いやり取りを終えた後、トゥラスクは歓喜に沸く市民で覆い尽くされたペリシヴァ市街を眺め回す。
過去にも、他の地方都市の解放に居合わせてきたが、敵は敗北した腹いせのように、砲兵を展開させて市街地に砲撃する事があった。
その度に解放を祝福したばかりの市民が犠牲になった。
敵は嫌がらせの砲撃を行った後、すぐに撤退していくが、大半は怒り狂った味方航空部隊に滅多撃ちにされて、逃げるまもなく撃滅されるのが常であった。
ただ、似たようなケースは頻発していたため、このペリシヴァでも敵が腹立ち紛れに砲撃を加えてくる事は予想されていた。
このため、前進部隊を支援する自走榴弾砲や多連装ロケット砲隊は市街地の外で待機させており、市街地の北にあるヒーレリ、シホールアンル国境の森林地帯に照準を合わせ、砲撃があればすぐに対砲兵射撃ができるようにし、反撃態勢を整えている。
更に、上空には友軍の航空部隊が待機しているため、敵が砲撃を行えば即座に砲爆撃で敵砲兵を叩き潰せるだろう。
しかし、その場合、敵弾がペリシヴァ市街に着弾して被害が出てしまう。
トゥラスクとしては、市民に犠牲が出る事は避けたいと思っていた。

(せめて、敵が砲撃を諦めて、更に北へ撤退してくれれば……この歓喜の渦をかき消さないでくれ)

彼は、心の中でそう強く祈った。

655ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/09/11(月) 20:42:23 ID:Y.8tkphw0
2月20日 午前9時 シホールアンル帝国首都ウェルバンル

「親父さんおはよう!」

ウェルバンル東地区の市場で商店を経営するカルファサ・アクバウノは、いつも通り陳列棚に品物を補充している最中に、買い物客から声をかけられた。

「はい!いらっしゃい!って、おお!あんたは!」

カルファサは振り向き様に返事をした後、相手の顔を見るなり顔に満面の笑みを浮かべた。

「問屋のヴィンさんじゃないか!久しぶりだなぁ!」

彼は細身で頭が禿げ上がった男性の名前を呼びながら、その傍に歩み寄った。
カルファサがヴィンさんと呼ぶ男……ヴィン・ホゥソトナは、彼が15年前から懇意にしている卸売業者であり、1ヶ月に1度の割合で仕入れた商品を運び込んでくれている。
1年に1回はこうして顔を出し、カルファサの家で一泊して酒を飲み交わすのが恒例となっていた。
ただ、対米戦争が始まってからは、ヴィンは顔を出さなくなり、こうして顔を合わせたのは実に3年ぶりであった。

「アクさん、相変わらず元気にやっとるようだね」
「まーなんとかね。というか、この情勢だと、無理矢理に元気にならんと先に進めんよ」
「ああ、違いない」

ヴィンは苦笑を浮かべつつ、カルファサと固く握手を交わした。

「ヴィンさんこそ、調子はどうだい?」
「調子か。うーむ……命拾いしただけで儲け物と言った感じだな。ランフックの家はもう無くなっちまったし。今はランフックの北にある小さな町に移り住んで、そこで仕事を続けてるよ」
「そうか……そりゃ大変だな」

カルファサはヴィンの飄々とした口調の中に、幾ばくかの辛さが滲んでいるように感じ取れた。

656ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/09/11(月) 20:43:28 ID:Y.8tkphw0
「でも、主な取引先は何とか生き残ってる。首都のアクさんとも、こうして繋がりがあるし、まだまだやって行けるよ」
「俺もヴィンさんと仕入れルートを維持できていて本当助かってるよ。南部の仕入れ先は今はもう使えんし、ヴィンさんとの繋がりもなくなっていたら、今頃はどうなっていたか」
「ハハハ!頼りになるというのは実に気持ちが良いもんだ!」

ヴィンは笑い声を上げ、乗ってきた馬車の荷台に足を向けた。
途中、御者台に座るヴィンの従業員とひとしきり言葉を交わした後、荷台に積んだ荷物の中身を確認し、それをカルファサの店に搬入していく。
途中、カルファサはある商品が無い事に気付いた。

「ヴィンさん。注文したアレが入ってないようだけど。ほら、ロアルカ産の貝殻と魚の干物」
「あ!そう言えば最初で伝えるの忘れていたな……」

ヴィンはバツの悪そうな表情を浮かべた。

「実を言うとね、アクさんの注文したロアルカ産の品物だが、交通路が敵に遮断されて物品の往来ができなくなって、本土側に搬入できなくなったんだ」
「え、交通路が遮断されたって!?なぜ……」

カルファサは行天してしまった。
ロアルカ島はノア・エルカ列島にある辺境の島だ。
戦場から遠く離れたこの島からは、本土には無い美しい貝殻や、現地の魚で作った干物をヴィンの問屋を介して仕入れており、商品は毎回短期間で完売になる程の人気があった。
今回もまた、少なくない金額を投入してロアルカ産の商品を仕入れたのだが……

「大雑把に聞いた話だと、ロアルカ島に敵機動部隊が殴り込んで相当やられたらしい。それまでにも、列島側と本土側の海上交通路に敵の潜水艦が侵入してかなり手こずったようだが、敵の機動部隊が暴れ込んできた事がトドメとなって往来ができなくなったようだ」

(敵の機動部隊だと!?)

カルファサは内心ショックを受けてしまった。

657ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/09/11(月) 20:44:11 ID:Y.8tkphw0
アメリカ機動部隊が大暴れすれば、どれだけの惨事になるかは、2ヶ月前の首都空襲でまざまざと見せつけられている。
それと似たような惨状がロアルカ島で繰り広げられた事は、容易に想像できる。
ウェルバンル大空襲は数百万もの首都住民を脱出させるきっかけとなり、首都からは活気が失われた。
ロアルカ島の空襲では、更に現地の仕入れ品の輸出が止められてしまい、それはカルファサの仕入れにも影響を及ぼす事になったのだ。

「くそ!アメリカ人の奴ら、首都を叩いただけでは飽き足らず、辺境の島とかも見境無く全部叩いてしまおうって腹か!」
「帝国憎けりゃその土まで憎たらしく感じる、って奴なんだろうな」

カルファサとヴィンは、しばしの間恨み言を言いながらも、荷台の品物を取り出し、店内に搬入していく。
途中から、他の従業員も加わって搬入を行ったため、作業は比較的早い時間で終わった。

「ふぅ……お疲れさん!どうだい?これからゆっくりと」

カルファサは手でグラスを形作り、口の前でぐいっと傾けた。

「いつもすまないねぇ。では、恒例のお疲れ会と行こうか。積もる話もあるし」

ヴィンは御者台の部下に馬車を指定の場所に止めて来るように指示した後、首にかけた布で汗を拭きながら店内に入ってきた。
まだ冬とはいえ、肉体労働をすれば汗をかいてしまう。

「お、そう言えば……」

ヴィンは店内をひとしきり眺め回してから、ずっと気になっていた事をカルファサに問い質してみた。

「今日は姿が見えないね。いつもこの辺で黙々と仕事していた……ほら、赤毛で顔に古傷のある」
「ああ、あいつか」

カルファサはヴィンが気にしていた人物の事を思い出した。

「あいつは居ないぜ」

658ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/09/11(月) 20:47:41 ID:Y.8tkphw0
「居ないってなると、今日は休みか?」
「いや、店にもう居ないんだよ」

カルファサは何気ない口調で答える。

「店にもう居ない?もしかして、辞めちまったのかい」
「まぁ……そうなるな。正確に言えば、古巣に戻ったと言うのかな」
「古巣って……陸軍にか?」
「そうだ。何でも、以前世話になった上官に是が非でも戻って貰いたいと頼まれて、仕方なく復帰する事になったそうだ。それで、俺はあいつに暇を出したのさ」
「おいおいおい……退役した軍人にすら、戻れと懇願するとは。俺達の帝国は本当どうしちまったんだ」

ヴィンは帝国軍のあまりの窮状ぶりに思わず、嘆きの言葉をあげてしまった。

(まぁ、あいつの上司はとんでもない方だったが……あまり詳しく言うのもアレだな)

カルファサは心中でつぶやいた後、気を取り直しながらヴィンを店の奥に案内した。


2月21日 午後6時 首都ウェルバンル

ウェルバンルにある陸海軍合同司令部では、夕方も過ぎ、夜にもなろうとしている時間帯から陸海軍首脳部の合同会議が開かれようとしていた。
シホールアンル帝国海軍総司令官を務めるリリスティ・モルクンレル元帥は、会議が開始される5分ほど前から入室して、会議が開かれるのを待っていたが、彼女は陸軍側の席に座る幾人かの将校の中に、初めて目にする顔を見つけていた。

「ねぇ、ヴィル……あの中佐の階級章をつけた将校だけど、見たことある?」

リリスティはヒソヒソ声で、隣に座る総司令部魔道参謀のヴィルリエ・フレギル少将に問いかけた。

「いえ、ご存知ありませんが……」

公の場であるため、形式ばった口調で答えたが、フレギル少将もまた、その男性将校を今日初めて目にするため、幾分困惑していた。
ただ、最近は陸軍内からある噂が流れていた。

659ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/09/11(月) 20:48:30 ID:Y.8tkphw0
その噂によると、年末よりエルグマド元帥の肝入りで抜擢された将校が陸軍の作戦指導に加わった事によって、陸軍部隊の動きが大きく変わり、2月初旬の帝国東部マルツスティの戦いにおいては、圧倒的優勢を誇るアメリカ機械化軍団相手に石甲部隊も含んだ機動防御を行い、一時は戦線を押し戻して敵の前進を遅らせた事があったが、ある将校の進言が基になり、急遽その戦力を抽出し、迅速に送らせた……と言うものである。
マルツスティは結果的に陥落し、陸軍部隊の損害は大きかったものの、米軍部隊にも甚大な損害を負わせてマルツスティ以北の進軍を止めた事によって、落ち込んでいた陸軍の士気が上がりつつあると言われている。
その影の功労者とも言われるその将校が、もしかしたら、目の前にいる初見参の男性将校かもしれないのだ。
最前線の部隊から抜擢されたのか、その赤毛の顔に切り傷のある将校はどことなく、歴戦の強者といった雰囲気を醸し出していた。

「一体、何者なんだろうねぇ」

リリスティがぼそっと呟くと、会議室に陸軍総司令官であるルィキム・エルグマド元帥が入室してきた。

「やあ諸君、遅れてすまん」

エルグマドは悠々とした歩調で歩きつつ、リリスティの真向かいの席に腰を下ろした。

「それでは、陸海軍合同会議を始める。まず最初に報告がある……諸君らも知っているだろうが、ヒーレリ領のペリシヴァが昨日、ヒーレリ軍の攻撃によって陥落した」

エルグマドの声が室内に響く。
それに反応する者はいないが、空気は一瞬にして変わった。

「これにより、ヒーレリ領最後の帝国の拠点が失われ、帝国がこの戦争で得た領土は全て失った。これからは、帝国本土内……つまり、本土決戦を戦い抜いていく事に全力を集中する。そのために、あらゆる困難に立ち向かい、乗り越えていかなければならぬ」

エルグマドは、視線を陸軍側の将校……初見参の中佐に向けた。

「さて、最初はこのぐらいにしておいて……ここで、陸軍から新しい参謀将校を紹介したい。中佐」
「はっ」

660ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/09/11(月) 20:49:16 ID:Y.8tkphw0
初見参の将校は小さく答えてから、席を立った。

「初めまして。私はベルヴィク・ハルクモム中佐と申します。総司令部内では主に作戦参謀を務めます。以後、お見知り置きを」
「ハルクモム中佐は出戻り組でな。訳あって一時軍籍を離れていたが、それでも軍歴は10年以上のベテランだ。今はこの戦争に馴染むために猛勉強をしとる所だ。まぁ、わしが感じた限りでは、その能力は未だに建材といった所だが……何はともあれ、皆もこのハルクモム中佐をよろしく頼む」

新入りとなったハルクモム中佐の紹介が終わると、会議は淡々とした調子で進んで行った。
会議の流れとしては、近日中に始まると予想されている連合軍の新たな大攻勢とそれの対処、次にワイバーン部隊養成所に勤める員数外要員の一部復帰とそれに付随する問題、敵海軍の今後の行動予想や、レビリンイクル列島に駐留するレビリンイクル軍団の回収可否などが話し合われた。

合同会議は1時間ほどで終了となり、一同は会議室を退出し、海軍総司令部に戻ろうとしたが、リリスティはここ連日の激務のせいで体調がやや思わしくなかった。

「うーむ……なんか妙に疲れすぎたなぁ」

リリスティは軽い頭痛と、異様に足取りが重い事が気になった。

「リリィ、大丈夫?」

前を歩いていたヴィルリエが彼女の異変を察し、傍に寄って聞いてくる。

「大丈夫じゃ、なさそうかな。ここ2日ほど寝れなかったのが効いているのかも」
「それはそうよ。西部視察から戻ってきたばかりと言うものあるし、ここらで少し休んだほうがいいかもしれない」
「確かに……」

リリスティは浮かぬ顔つきのまま視線を落とす。
ふと、ヴィルリエの目に休憩室が目に入った。

「あそこで少し休憩する?」
「あー……そうだね。ちょっとだけ何か飲みながら休むか。ごめんだけど、他の幕僚には少
し遅れると言ってくれないかな?」
「わかった。今から伝えてくるわ」

リリスティは苦笑しながら、足早に出口に向かっていくヴィルリエの背中にごめんと呟き、務めて平静そうな表情を浮かべてから休憩室へと向かった。
休憩室の前まで来ると、誰かが話し合っている会話が聞こえた。

661ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/09/11(月) 20:50:03 ID:Y.8tkphw0
(誰かが中にいるのかな?それにこの声は)

リリスティは、聞き覚えのある声に吊られるような足取りで休憩室に入って行った。

「あ、エルグマド閣下」

彼女のその声を聞いたエルグマドは、入り口に顔を向けるなり表情を緩ませた。

「おぉ、これはモルクンレル提督」

彼がどこか呑気さを感じさせる口調でリリスティに返す傍ら、隣に座っていた部下の参謀は慌てて立ち上がった。
その参謀は、会議が始まる前からリリスティが密かに注目していた、出戻り組のハルクモム中佐であった。

「し、失礼しました」
「あ、楽にしてていいよ。私はただ、少しばかりの休息を取りに来ただけだから」
「中佐、そのまま座ってて良いぞ。彼女はああ見えて、大袈裟な事が嫌いでな」
「は、はぁ……」

ハルクモム中佐は毒気が抜かれたような表情を見せながらも、エルグマドの言われる通り椅子に座った。

「さてと、お邪魔しますねー」
「どうぞどうぞ」

エルグマドの促す声を聞きつつ、リリスティは彼の向かい側に座った。
そこに、ヴィルリエ・フレギル少将も入室してきた。

「ああ、居ましたね。他の幕僚は先に戻らせましたよ」
「あ、今度はフレギル提督!」

ハルクモム中佐は慌てて立ち上がったが、

「中佐殿、楽にしてていいですよ」

フレギル少将もまた、毒のない表情でそう返してきた。
彼は半ば困惑しながらも腰を下ろす。

662ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/09/11(月) 20:51:12 ID:Y.8tkphw0
「どうだ?海軍の誇る美女さんがたを前にして心が躍るであろう?」
「い、いや、決してそのような事は」

エルグマドはニカっと笑いながらハルクモム中佐に聞くが、彼は幾分顔を赤くしながら否定する。
そこに何を思ったのか、リリスティがハルクモムに向けて前のめりになって来た。

「あらー?あたし達を前にして心が踊らないのー?悲しーなー」
「え、えぇ!?な、なんか先の会議とは様子が」

リリスティの扇情的な声音に戸惑うハルクモム。
だが、彼女は更に聞いてくる。

「この部下と、私……どっちが好みかなー?」
「総司令官閣下、それは酷いですよ?そちらの中佐は絶対私の方が好みと思いますが……ね
ぇ?中佐……」

なぜかヴィルリエまでもが、扇情的な眼差しのままハルクモムに絡んでくる。
片手はその豊満な膨らみを握りながら、ずいずいと前のめりになって来た。

「あ、あの!エルグマド閣下!この方達は一体どうされたのですか!?」
「ハッハッハッハッ!お二方そろそろやめられよ。わしの可愛い部下が戸惑っておるではないか」

エルグマドの快活そうな声が響くと、リリスティとヴィルリエはスイッチが切れたかのように引き下がった。

「あーごめんなさいねー!最近妙に疲れがたまってたからちと憂さ晴らしにねー」
「こらこら総司令官閣下、陸軍側の将校殿にウザ絡みするのは良くないですよ。まぁやってる方は面白いですけど」

2人は細目になりながら、これまたのんびりそうな口調で言い合った。

663ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/09/11(月) 20:51:49 ID:Y.8tkphw0
会議中の2人は、今の2人とは明らかに違っていた。

リリスティは凛とした表情のまま、威厳のある口調で状況を話し、ヴィルリエは理知的な表情を常に張り付かせ、有無を言わさぬ口調でリリスティを補佐し、打開策を皆に披露した。
ハルクモフもレビリンイクル軍団の回収が可能か否かと話す際、ワイバーン部隊と飛空挺隊と合同で、洋上を遊弋するアメリカ機動部隊相手に、陽動目的で攻撃する案はどうかと提案した時も、

「中佐の提案は実に正しいが、現状では非常に困難と私は感じている。大体、西部地域の海軍部隊にそのようなワイバーン部隊を置く事自体、危険であると思われるが」

と、即座に彼の提案にリリスティは異を唱え、

「私も同様と感じます。第一、沿岸の航空隊は陸軍にしろ、海軍にしろ、強大な敵機動部隊相手に正面から立ち向かえる戦力を残していない。今の各地に分散したワイバーン隊や飛空挺隊では、エセックス級ないし、リプライザル級大型空母を複数有するアメリカ海軍に対して出来る行動は索敵と、限定的な防空戦闘のみ。それ以外の事をすれば、部隊は消滅するだけですから、今のまま、嫌がらせ程度に航空隊を動かすだけで良いかと」

といった強かな調子で、2人はハルクモフと議論を重ねた。
短い時間であったが、彼はリリスティとヴィルリエに対して畏敬の念を抱くことになった。


ところが、今の2人からは、そのような冷徹さがすっかり消え失せてしまい、逆に妖艶な雰囲気に満ち満ちていると思いきや、それも引っ込んでしまっている。
その辺の気前のいい、お調子者の若い女が、面白げに遊んでいるような雰囲気になっていた。

「………エルグマド閣下。私は今、精神的に参ってしまいましたが」
「なんだ、これぐらいで参るとは情けないの。退役前は前線でブイブイ言わしとった癖に。のうお二方、こいつはなかなか出来る奴じゃぞ。度胸もある」
「閣下、それ以上はちょっと……」

ハルクモムはオロオロと、気弱そうな表情でエルグマドの発言を制止しようとする。

「なんだ?別にいいではないか。貴公の武勇伝の一つであるぞ」

664ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/09/11(月) 20:52:37 ID:Y.8tkphw0
「いや、武勇伝と言われるほどでは」
「何を言うか!師団長と連隊長を殴り倒したそのクソ度胸は幾らでも誇れるぞ」
「うわわわわ!もういいです!いいですから!」

中佐が両手を振って懇願したため、エルグマドは彼の言う通り大人しくする事にした。

「あー、と言うことは、出戻り組とはそういう……」

何かを察したヴィルリエは、これ以上は彼に突っ込まないと決めた。
しかし、彼女の上司はそれで止まらなかった。

「なぜ殴ったの?まさか……性格が気に入らなかったから命令違反したとか?剣でぶっ殺そうとは思わなかったの!?」
「い、いや……それは……」

ハルクモム中佐は、過去、自分が軍を退役させられたある事件を話そうとしたが、そうなると口が異常に重くなった。

「………」
「中佐?」

唐突に沈黙するハルクモムに対し、リリスティは何かまずい事を聞いてしまったかと思い、心中で後悔し始めたが

「まぁ、要するにだ。こやつは根が優しかったんだ。そうだろう?」
「は、はあ……そうなります」

エルグマドが肩を叩きながらそう言い、ハルクモムも躊躇いがちに返事する。

「今から7年前……ウェンステル戦役での事だ。中佐はこの戦争が始まって以来、常に最前線で戦ってきたが、その日はいつもと違う任務に当たっていた。その任務というのがな、捕虜とは名ばかりの、敵地の一般市民を指定の場所まで護送する事だった」
「確か、私の大隊は1000人の一般市民を護送しておりました。私の大隊は、今まで敵と戦ったあとは、決まって後方に移動し、戦力の再編や再訓練に当たっていました。私は大隊指揮官として出来る限りの事はしました。水や食料を分けて与え、最前線から3ゼルド離れた収容所建設予定地まで護送したあとは、交代の部隊に引き継いで任務を終えたのですが……」

665ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/09/11(月) 20:54:41 ID:Y.8tkphw0
ハルクモムは一瞬、言葉に詰まった。

「……2日後、師団の作戦会議に出席したあと、連隊長から護送した捕虜は国内省の特別隊と共に処分したと伝えられました。反帝国思想の疑惑のある敵を匿い、支援した罪で……!」
「処分って、まさか」

リリスティはふと、自分の背中が凍り付いたように感じた。

「リリィ……帝国はな。この戦争で数え切れない過ちを犯してしまった。その一つが、今、彼が話している捕虜虐殺事件だ。全く、愚かしい事をしてしまったものだ……」
「私は、処分は仕方なかったという師団の幹部達を罵倒した末に、殴り倒したのです。その直後、私は憲兵に逮捕され、上官反抗と反逆の罪を被せられて本国で処刑される予定でした。しかし、そこをエルグマド閣下に助けて頂いたのです」
「わしはただ、当然の事をしたまでだ。どうして、罪の無い人間を殺めた馬鹿を咎める人間を処刑する必要があるのだ?それをするのは、ただの気違いである。と、わしは思っておるがの」

エルグマドはしたり顔でそう断言した。

「ただ、それがお上の逆鱗に触れてしまってのぅ。わしまで左遷されてしまったわ」

彼は苦笑しながら言うが、どことなく自慢しているようにも思われた。

「しかし、今では閣下が全陸軍を指揮する立場になられておられます。小官は、閣下の下で奉公できる事を嬉しく思う次第です」
「またまた、慇懃な口調でいいおってからに。貴官は最初、わしの頼みを断ったではないか」
「あ、あれはいきなり……その……まさか、前の職場で働いている時に、唐突に閣下が現れた物ですからつい……」

リリスティとヴィルリエは思わず顔を見合わせた。

「彼、なんの仕事やってたの?」
「さぁ、あたしには分かりませんが……」

リリスティの問いに、ヴィルリエは幾分困惑気味に答えたが、そこにエルグマドが入ってきた。

「中佐は帝都の商店で、一臣民として働いておったのだ。確か6年であったかな?」
「7年になります」
「7年も……」

666ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/09/11(月) 20:55:15 ID:Y.8tkphw0
リリスティはこれ以上言葉が出なかった。
彼女が艦隊を率いて死闘を繰り広げている間、ハルクモム中佐は軍人から平民に身をやつしてもなお、帝都で商店の店員として働いていたのだ。

「リリィは今不思議に思っておるだろう。なぜ退役した元将校を是が非でも復帰させたのか?と」
「あ、はい!その通りです!」

リリスティは自分の心を見透かされたと思いながらも、素直に答えた。

「それは単純に、中佐の戦略眼が優れていると言う事だ。中佐が退役する前に、わしは何度か直にあって色々と話し合いをしたり、時には簡易ながらも図上演習をして時間を潰したりもしたんだが、その時、わしはこの将校は天才だと確信した」
「いや、天才などとは……私はただ、誰も思いつかないような戦法を即興で実行したり、遊んでいる部隊を適切に配置転換しただけで」
「そこがいいのだよ!正確には、その判断力が鋭い点にわしが惚れ込んだと言う事だ」
「そのような将校が7年間も、帝都の商店で働いていたと……」

リリスティは腕組みしながら呟くと、エルグマドは両手を叩いて付け加えた。

「実にもったいない!だから、わしが情報部に探らせて所在を見つけたのだ!報告を受け取るや、わしはすぐに司令部を飛び出したな」
「それにしても、いくら優秀とはいえ、7年の空白はとても大きすぎたのではありませんか?対アメリカ戦前の帝国軍と、今の帝国軍は大きく異なり、戦争の仕組みも目まぐるしく変わっています」
「そこの所は重々承知しており、昨年12月下旬に復帰してから今もなお、一室をお借りして、日々猛勉強しております」
ハルクモムは、幾分声音を下げながらヴィルリエに答えた。
「会議に参加するようになったのは、ここ最近からですか?」
「最近といえば最近だが……ただ部屋に引き篭もらせていただけではない。復帰して3ヶ月足らずだが、こ奴は既に十分な成果を挙げておる」
「い、いや、あれは成果と言える物では!ただ、私は提言しただけで……」
「その提言のおかげで、我が陸軍は久方ぶりにまともに戦えたではないか」

エルグマドの言葉を聞いたリリスティは、会議の開始前に聞いた影の功労者の話を思い出した。

「あ、エルグマド閣下!失礼ながら……マルツスティの影の功労者とは、そちらのハルクモム中佐の事でしょうか?」
「その通りだ!」

エルグマドは、我が意を得たりとばかりに断言した。

「影の功労者とは、そんな大袈裟すぎますぞ……」

667ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/09/11(月) 20:55:52 ID:Y.8tkphw0
「何を言うか!1ヶ月前の会議で、マルツスティの増援を1個師団ではなく、3個師団……それも、貴重とも言える石甲師団主体にすべきと強硬に発言したのは貴官ではないか。それに加えて、新兵器の携行式爆裂光弾の実戦投入を促したのも貴官だったな。そのおかげで、当初はたった1日も持たないと言われていたマルツスティで7日も競り合えた。後方の陣地強化もそのお陰でだいぶ進んでおる」
「そりゃ大手柄だわ……」

リリスティは感嘆の声を漏らした。

「こやつの手柄はこれだけではないぞ。新式の携行式爆裂光弾だが、当初はマルツスティ方面のみに集中配備する筈だったが、中佐はマルツスティのみならず、唯一残る外地のペリシヴァ方面にも配置するべきと申したのだ。無論、これにはわしも違うぞと言ったが、中佐は頑として配置すべきと申しおった。何故そうなのかと問いただした所、ペリシヴァはある意味、マルツスティよりも脆弱な戦線であり、ここで戦線崩壊すれば、敵は勢いに乗って北進し、最悪はここでも帝国領奥深くに入り込まれ、戦力の融通がより困難になりかねない。それを防ぐ為に、この新兵器を配置するべきだと申したのだ。ペリシヴァは結果的に落ちたが、敵はそれ以上前進することはなかった」
「要するに……敵に新兵器の恐怖を植え付けようとした……と」
「恐れながら、そうなります」
リリスティに対して、ハルクモム幾分はっきりとした声で答えた。

ペリシヴァ攻防戦の詳細は、会議中に他の幕僚から述べられたが、ペリシヴァ地方を守備していた陸軍5個師団は、連合軍機械化軍団の猛攻に押され通しとなっていたが、敵部隊も新式の携行式爆裂光弾の反撃や、一部部隊の必死の抵抗によって大損害を負ったため、攻勢は1日ほど停止、しばしの間空白期間が生まれた。
その間、ペリシヴァ方面軍は一瞬の隙を縫う形で素早く撤退し、後方より後送されてきた部隊と合流しつつ、国境沿いに新たな防衛線を構築する事ができた。
その後、旧帝国領となったペリシヴァには、連合軍と帝国軍が睨み合う形で対峙している。

戦闘後に判明した事だが、敵は新編のヒーレリ政府軍が主力であり、祖国完全解放に燃える敵軍の士気は非常に高く、その攻撃力は凄まじい物があったものの、急造部隊であるためか、練度不足が伺える場面がいくらか見受けられる事があった。
帝国軍は、その敵の隙をつく形で反撃を行ったり、歩兵と戦車隊の連携不足をついて携行式爆裂光弾で戦車や装甲車を攻撃し、その後歩兵と戦闘を繰り広げることで敵の攻勢速度を低下、または撃退し、少なからぬ戦果をあげている。
とある中隊の戦況報告では、対戦車壕でまごつく敵戦車と装甲車を10台以上撃破し、敵兵200名前後を死傷させて撃退させたとある事から、この戦いもまた、従来の戦いと比べて比較的まともに戦えた戦闘であると言われていた。

「中佐の提言がなければ、今頃はどうなっておったかな」

668ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/09/11(月) 20:57:09 ID:Y.8tkphw0
「しかしながら、我が方の損害も甚大です。マルツスティでは少なくとも死傷者2万、ペリシヴァでは3万以上……計5万もの損害が生じ、キリラルブスといった戦闘ゴーレムや支援隊の被害も馬鹿になりません。編成上では1個軍団が溶けて無くなったようなものですぞ」
「うむ、中佐よ。その点はわしも重々承知しておる……まったく、むごい戦争になってしまった」

エルグマドが最後に放った一言が、室内に大きく響いたような気がした。
それを聞いた一同は、重く沈み込んでしまったが……

「……だがな。負けは負けだが……大負けはしなかった。圧倒的に優勢な敵に、これだけの戦いが出来たことは、ある意味大きな成果とも言えるだろう」

深い沈黙を打ち破るのもまた、エルグマドであった。

「さて、わしはこれにて失礼する事にしよう」
「それでは、私も」

エルグマド元帥とハルクモム中佐は同時に立ち上がると、リリスティとヴィルリエに敬礼してから休憩室を退出していった。


その3分後には、ヴィルリエとリリスティも休憩室から退出していた。

「さて、総司令部に帰るとするか。それにしても、陸軍はこの狭い建物によく本部機能を移転する気になったねぇ。合同司令部とは名ばかりで、陸軍総司令部みたいになっちゃってる」
「仕方ないんじゃないですか。陸軍さんは海軍と違って、新しい総司令部の建物が見つからなかったんですから。一応、郊外に穴を掘って地下司令部を作ってるようですし、それまでの仮住まいでしょう」
「地下司令部か……海軍も陸軍に倣って地下司令部にした方がいいかもしれないわね」

リリスティは物憂げな表情でそう呟いた。
彼女が陸軍人事部と案内図が書かれた角をまっすぐ通り過ぎようとした瞬間、その角から不意に陸軍の将校と出くわしてしまった。

「う、うわっ!?」
「あぶな!」

リリスティと陸軍士官はぶつかりそうになったが、咄嗟に避ける事ができた。

669ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/09/11(月) 20:58:45 ID:Y.8tkphw0
「どこ見てんだ馬鹿野郎!」

その将校は、腹立ち紛れに罵声を放った。

「は?誰に物言ってんだ貴様……?」

その瞬間、リリスティは唸るように言いながらこめかみに青筋を浮立たせ、半目で将校を睨みつける。
だが、その将校もさるもので、即座に謝らなかったが……

「貴様だぁ?テメェ、海軍の将校か!一体どういう了見……え?」

将校はリリスティの階級章に目線を送るなり、固まってしまった。

「げ、元帥閣下でありましたか!これはとんだご無礼を!!」

将校は慌てた動作で敬礼する。
相手が元帥であり、しかも罵声を放ってしまった。
驚きと自分の不甲斐なさを感じるあまり、両目を瞑りながら敬礼を続けた。

「全く、大佐ともあろう方が、そんな乱暴な口の聞き方ではなぁ。エルグマド閣下は一体どういう教育をしてるのだろうか」

怒り心頭のリリスティは、震える将校に対して値踏みするかのような口調で言いつつ、その将校の体つきや顔をまじまじと見つめていく。
見たところ、その女性将校はリリスティのような褐色肌であり、体のスタイルはとても良いと言える。
肩までしかないショートヘアは、彼女の右頬の切り傷と、外見でもわかるほどに程よく鍛えられただろう筋肉質な体つきと相まって歴戦の兵士といった風体を強く表している。
それでいて顔つきは十分に美しいと言えるが、残念ながら、その表情は不手際を起こした自分を恥じているせいか、ひどく情け無いものになっていた。
ふと、リリスティは心中で昔馴染みの顔と背格好を思い出し始めていたが、そこにヴィルリエが割って入ってきた。

「ねぇリリィ、この将校って…」
「え、リリィ?」

ヴィルリエが躊躇いがちな口調でリリスティを問いただそうしたが、リリィと聞いた将校がそれに強く反応し、閉じていた両目を開く。
その瞬間、リリスティもまた彼女の名前を思い出していた。

670ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/09/11(月) 20:59:20 ID:Y.8tkphw0
「まさか、ミリィア!?」
「え、そうだけど!?てかリリィじゃん!なんでここに!?」

褐色肌の将校は、驚きのあまり声を張り上げてしまった。

「馬鹿!声が大きい!そうよ、リリィよ。てか、なんであんたこっちにいるの?」
「異動命令を受けたから辞令を受け取りに来たんだよ。てか、あなたヴィルリエじゃない!久しぶりすぎる!つか何その服!?少将に元帥って……」

ミリィアはしばしの間言葉に詰まった。それを見たリリスティとヴィルリエは互いに顔を見合わせる。

「階級で抜かされたから絶望しちゃったかなー?」
「かもね」

2人は小声でミリィアの心中を予想しあった。
その答えは早々に吐き出された。

「遂に階級詐称までやらかすとは!軍の恥!!」
「ふざけんなコラ!」
「広報紙読め!!」

頓珍漢な答えを吐き出した陸軍大佐に、2人の海軍将官はすかさず頭を叩いた。

「そっかー。もう8年ぶりか……」

帰り道、ミリィア・フリヴィテス陸軍大佐は、苦笑しながらリリスティにそう返した。

「昔は楽しかったな。3人でオールフェスらと共に武者修行と称した外国巡り……死にかけた事もあったけど、今思うとそれなりに充実してたねぇ」
「2年かけて5カ国巡るのはしんどかった……なんであんな狂った事ができたんだろうか」

ミリィアが楽しげに喋り、ヴィルリエは幾分憂鬱そうな口調で答える。

「若いからじゃない?16歳から18歳の2年間は、ホント無敵だったねぇ。オールフェスの無茶っぷりはヤバ過ぎて今思い出しても引くわね……」
「イズリィホンの鬼族に世話になった時が一番キツくて、心躍ったかな。あの時の戦いで私自身、結構身になったと思ったよ」
「結構身になったつーか……うーん……身の中にも入ったというか、プスーとなったような」

671ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/09/11(月) 21:00:28 ID:Y.8tkphw0
ヴィルリエは、過去の恐ろしい光景を一瞬思い出し、それを瞬時に振り払った。

「棟梁のおかげで何とかなったし!」
「というかあれはあれでいい経験になったしな!」

対して、ミリィアとリリスティは軽い口調で言い合った後、豪快に笑い飛ばしていた。
ミリィアはリリスティと昔馴染みの間柄であり、オールフェスとも昔から深い付き合いがある。
戦争中は後方勤務と前線勤務を半々の割合でこなしており、対米戦開始時は首都の陸軍総司令部で勤務していた。
1483年12月からは砲兵中佐として前線で戦い、85年1月のレスタン戦で負傷してからは、戦線を離脱して治療に専念してきた。
体の傷が癒えた所で、待命状態から前線勤務の命を受け、辞令交付のために陸軍総司令部へ趣き、その帰り道にリリスティらと再会を果たしたのである。

「しかし、負傷して戦線離脱とは、あんたも運が無かったね」
「気がついた頃には敵が後ろに回り込んでてね、あれこれしている内に腹をぶち抜かれて死亡寸前になっちゃった。一応、意識を飛ばしながら味方の戦線まで歩いたおかげで、命を失わずに済んだ。部下は全滅しちまったけど……」
「貴方の部下の事に関しては、非常に残念に思う。負傷しても生還できたってなると……過去の経験が活きたって事かな」

リリスティは自らの腹を幾度か拳で小突きながら、ミリィアに言う。

「太さは昔の奴のが全然あったけど、痛みはむしろあれが上だった気がする。我ながらよう生き残れた物で……」
「普通は死んでるんだけどね」

しみじみとしながら言うミリィアに、ヴィルリエは勤めて平静な声音で付け加えた。
リリスティはクスッと微笑んでから話題を変えた。

「そういえばミリィ、任地には今すぐ向かうのかな?」
「いや、明日の朝一番に列車に乗って向かう予定。ヒーレリ国境沿いの寂れた町に布陣指定る第119師団の砲兵隊を指揮する事になってる」
「そうか。じゃあ今日はどこかに泊まってから向かうつもりかな」
「その予定だけど、どこかにいい宿ある?陸軍の官舎はちょうど、別の異動組のせいで一杯になっちゃってさ」
「いいとこねー……あ、ミリィ」

リリスティはミリィアの前に歩み出て、彼女の宿先となる場所を教えた。

672ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/09/11(月) 21:01:38 ID:Y.8tkphw0
「宿なんだけど、あたしの家はどうかな?」
「まさか、リリィの家ってこと?」
「そう!」

リリスティが即答すると、ミリィアは躊躇ってしまった。

「いやー、リリィの家はちょっとねぇ……平民出のあたしにはこう……」

しどろもどろになるミリィアだが、リリスティは更に食い込んできた。

「大丈夫よ!昔馴染みじゃない。それにね」

リリスティは右手の握り拳を掲げて、ミリィアに見せる。

「久しぶりにちょっとヤらない?強き者は拳で語るって奴!」
「リリィさん、明日から師団勤務に励もうとする方に、格闘勝負を挑もうとするのはどうかと思いますよ?」

ヴィルリエは眼鏡をクイッと上げながら上司に翻意を促す。

「うるさい!元帥命令じゃ!」
「あたしゃ陸軍でございますよ、提督殿」

理不尽で横暴な文言を吐く海軍元帥に、呆れたような口調で陸軍大佐は所属の違いを言い表した。

「……まぁ、久しぶりに五体満足な状態で会えたんですし、モルクンレル提督のお誘いをお受けする事にいたします」
「えぇ…誘いに乗っちゃうんだ……」

誘いに乗ったミリィアに、ヴィルリエは引いてしまった。

「なーんか、あたしも火がついちゃったね。確か、勝負はまだついてなかったっけ?」
「5勝5敗6引き分け、魔族に操られて死ぬ寸前まで戦った奴も含めたら違うけど、あれは数に含んでないわね」
「やめて、またトラウマが」

673ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/09/11(月) 21:03:13 ID:Y.8tkphw0
さらりと言うリリスティに、ヴィルリエが額を抑えながら発言を制止しようとした。
その瞬間、首都ウェルバンル中に空襲警報のサイレンが響き渡った。

「空襲……!」

先ほどまで活き活きとしていたリリスティの表情が、急に険しくなった。
本日昼頃に入った情報の中に、海軍ワイバーン隊の偵察騎がシギアル方面から東方200ゼルド(600キロ)沖を航行するアメリカ機動部隊を発見したと報告されていた。
敵機動部隊は、昨年12月に首都方面を猛爆した敵艦隊と同じである事は間違いなく、今度もまた帝国本土西岸部の拠点に空襲を仕掛けようとしているのだ。
その目標がどこなのかは定かでは無かったが、こうして空襲警報が鳴っていると言う事は、ウェルバンルやシギアル方面に敵機動部隊より発艦した艦載機集団が、首都近郊に向かいつつあるのだろう。

「リリィ、ミリィ、すぐに防空壕に向かおう!」

ヴィルリエの提案を聞いた2人は即座に頷き、大急ぎで付近の防空壕へ向かった。


2月22日 午後1時 クナリカ民公国

マオンド共和国より分離独立を果たしたクナリカ民公国では、クナリカ臨時政府の協力の下、駐留アメリカ陸海軍基地や飛行場の造成が急ピッチで進み、今年1月末には、クナリカ西海岸に近い港町、オルクヴォント郊外に2本の4000メートル級滑走路を有する飛行場が完成した。
完成後は海軍や海兵隊航空隊の哨戒機や戦闘機が駐留し、クナリカ西岸沖の哨戒活動に従事していたが、2月21日の午後1時になると、海軍のPB4Y、PBM哨戒機とは桁外れと思えるほどの巨人機が、辺鄙な港町であるオルクヴォントの上空に姿を現した。

オーク族出身の若者であるヴィピン・クロシーヴは、その巨人機が飛来するや否や、知り合いの米兵から譲り受けた眼鏡を思わず取ってしまった。
「なんだあの大きな飛行機は!ほ、本当に空を飛んでいるのか」
驚愕の表情を見せるクロシーヴを尻目に、左右に6発のエンジンを有する銀色の巨人機は、轟音を上げながら航空基地のフェンスを飛び越し、優雅とも言える姿勢のまま舗装された滑走路上に着陸した。

674ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/09/11(月) 21:04:51 ID:Y.8tkphw0
「なんて音だ……まるで無数の危険獣が底なしの気力で叫びまくっているようだ」

クロシーヴは、耳を両手で塞いでもねじ込まれるようにして響く轟音にすっかり縮み上がってしまった。
巨人機は1機だけでは無かった。
最初の1機がきっかけ出会ったかのように、新たな1機が姿を現しては、飛行場に足を下ろしていき、しばし間を置くと、更に別の1機が轟音をがなり立てながら着陸していく。
巨人機が次々と現れて滑走路に着陸していく中、クロシーヴは永遠に両手で耳を塞ぎ続けなければならないのかと錯覚した。
同じような機体が10機目を数え、スルスルと滑走路に着陸した時、周囲に響き渡っていた轟音は大きく和らいでいた。

「はぁ……はぁ……はぁ……終わった…のか」

初見参の大型機の飛来に興奮していたクロシーヴは、盛んに周囲を見回し、上空に飛行機が一機もいない事を確認してから、耳から手を離した。
冬にも関わらず、体からは汗が流れており、額もしきりに汗が吹き出していた。
彼は持っていた布で額を拭うと、背中に背負っていた鞄を掛け直してから、飛行場から離れ始めた。

「あれが米兵さんが言っていたコンカラーと言う奴か。10機現れただけであの威圧感なのに、遥かに多くの数が集まり、しきりに攻撃を受けているとい
うシホールアンルの惨状は、一体どれだけの物になっているのだろうか……」

クロシーヴは、巨人機の大編隊に襲われ続けているシホールアンルの惨禍を想像し、身体中の毛が逆立つ感覚に見舞われた。
それと同時に、次に出す自作小説の題材にも使えるのではないか、と思い始めていた。

「あの巨人機をネタに何か書けるかもしれないな。それこそ、前書いた物語よりも、ありとあらゆる意味で深い物が」

675ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/09/11(月) 21:05:52 ID:Y.8tkphw0
ヒーレリ陸軍編成図

ヒーレリ陸軍第1機甲師団

第12戦車連隊
第13戦車連隊
第6機械化歩兵連隊
第1自走砲兵大隊
第2自走砲兵大隊
師団司令部直轄中隊
野戦医療大隊
野戦補給大隊


ヒーレリ第1機械化歩兵師団(第2、第3師団も編成を準拠)

第1機械化歩兵連隊
第2機械化歩兵連隊
第4戦車連隊
第3砲兵大隊
第4砲兵大隊
師団司令部直轄中隊
野戦医療大隊
野戦補給大隊


ヒーレリ第16独立混成旅団

第10混成連隊
第12戦車大隊
第13砲兵大隊
第14多連装ロケット砲大隊
旅団司令部直轄中隊
野戦医療大隊
野戦補給大隊


676ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/09/11(月) 21:06:22 ID:Y.8tkphw0
SS投下終了です

677HF/DF ◆e1YVADEXuk:2023/09/11(月) 21:55:17 ID:Y/RT8JtI0
投下乙です
今回も色々と盛りだくさん、あれもこれも気になって仕方がありません
個人的には携行式爆裂光弾がシホット・パンツァーファウスト(あるいはファウストパトローネ)なのか、それともシホット・パンツァーシュレックなのかが気になるところ(シホット・パンツァーヴルフミーネという可能性も?)

外伝?
勘弁してください(北国なのに猛暑日&真夏日連発で死にかけ、どうなってるんだ今年の夏は…)

678ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/09/11(月) 22:42:29 ID:Y.8tkphw0
>>HF/DF氏 ありがとうございます。
携行式爆裂光弾はアメリカのバズーカ砲を参考にしておりますね。
これまでの戦闘で、バズーカ砲に手痛い打撃を受けまくった前線部隊からの強い要望で開発された物になります。

そして、色々と頑張ろうとしているシホールアンル側をよそに、ちらほらと漏れ聞こえる米TFの活動ぶり

しかし、この暑さは早く終わって欲しい物です

679名無し三等陸士@F世界:2023/09/17(日) 19:22:35 ID:hEuzQwi60
更新お疲れ様です
ついにB-36投入ですか。恐ろしや

680ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/09/17(日) 23:45:50 ID:Y.8tkphw0
>>679氏 ありがとうございます!
シホールアンル本土は既に幾度もB-36の空襲を受けていますね
そして、その他の地域にも徐々にですが、増えていくB-36……
シホールアンル以外の怪しげな国対策にも使われ始めておりますね

681ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/11/20(月) 23:35:57 ID:1mMwwpvE0
ツイッターでも書きましたがこちらでも告知を
もしかしたら11月中にまた更新できそうです。
更新できなかった場合は多忙のためという事で……

682ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/08(金) 18:00:29 ID:fEdVvrd.0
お久しぶりです。これよりSSを投下いたします

683ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/08(金) 18:01:03 ID:fEdVvrd.0
第294話 竜騎士の矜持

1486年(1946年)2月23日 午後9時 シホールアンル領西岸沖250マイル地点

ウィリアム・ハルゼー大将率いる第3艦隊は、指揮下の第38任務部隊を用いて2月21日夜半からシホールアンル帝国首都近郊並びに、
シギアル港から北にある帝国軍拠点に対して、艦載機を用いた空襲を行っていた。
攻撃目標は、シホールアンル帝国首都圏に含まれるシギアル港と、同地区から北方200マイルに位置する要衝、クガベザム。
クガベザムには、シホールアンル海軍の基地やワイバーン基地などが置かれており、首都圏の主だった航空基地や軍港が壊滅状態に
陥った現在、クガベザムの重要性は飛躍的に増していた。
シホールアンル軍は北海岸より増援と思しき艦艇をクガベザムに集結させており、既に一部の工作艦を含む有力な艦隊がクガベザムを
経由してシギアルに到達し、閉塞艦の除去に当たっていると言われている。
第3艦隊司令長官であるウィリアム・ハルゼー大将は、偵察機と潜水艦よりもたらされた一連の報告を分析し、敵側がシギアル港の復旧を
本格化させるための前準備を行っていると判断した。
ハルゼー大将はこれらの行動を妨害するため、2月17日に第38任務部隊第1任務群と第3任務群をダッチハーバーより出撃させた。
今回は、第2任務群は艦艇の整備と修理、休養のためにダッチハーバーで待機しているが、第1、第3任務群だけでも正規空母6隻、
軽空母1隻を主力とする大所帯であるため、敵側に相当の被害を与えられるものと期待された。
事実、2月21日夜半に行われたシギアルに対する夜間攻撃では、閉塞艦除去に当たっていた工作艦1隻を大破させ、小型艦2隻を撃沈破し、
シギアル港の地上施設にも損害を与えた。
翌22日の早朝から行われた計3波、戦爆連合400機以上による攻撃では、他の地上施設や、復旧したばかりの航空基地を破壊し、
迎撃機30機以上を撃墜するなど、更なる戦果を上げた。
ハルゼー機動部隊は、被撃墜14機、帰還時の着艦事故や修理不能機8機の損害を受けたが、敵航空部隊の反撃が艦隊に行われなかったため、
損害はそれだけで抑えられた。
その後、北方に移動したハルゼー部隊は、23日夜半にクガベザム攻撃のため、TG38.1所属の空母ヨークタウン、エンタープライズから
夜戦経験を持つベテランのみで選抜したA-1DNスカイレイダー24機を発艦させた。


午後9時、クガベザム攻撃を終えた攻撃隊は、TG38.1に帰投しつつあった。

TG38.1旗艦エンタープライズを中心とした機動部隊は、風上に向けて一斉回頭していく。
エンタープライズ、ヨークタウン、ワスプ、軽空母フェイトを主力とし、周囲を囲む護衛の戦艦、巡洋艦、駆逐艦群、早計30隻もの大艦隊が、
一糸乱れぬ動作で回頭を行う様は、この機動部隊の練度が限り無く高い事を如実に表していた。
 エンタープライズ、ヨークタウンの飛行甲板には、夜間着艦用の着艦誘導灯が点灯し始める。
飛行甲板後部左右舷側に設置された鮮やかな色の灯が、どこか幻想的な世界を思い起こさせてしまう。

684ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/08(金) 18:01:46 ID:fEdVvrd.0
飛行甲板の左舷後部で涼みに来ていた、エンタープライズ料理班主任のブリック・サムナー一等兵曹は、機銃座の横で待機していた機銃座指揮官の
ウィリー・ティンプル少尉と雑談を交わしながら着艦風景を見つめていた。

「来たぜ、英雄達のお出ましだ」

サムナー一等兵曹はティンプル少尉に肩を叩かれ、艦尾側から爆音をあげて飛来する艦載機を指差した。
真っ暗闇の中から、翼端灯を光らせながら徐々に高度を下げる艦載機が、おぼろげながらも見て取れた。
艦上機パイロットにとって、母艦への夜間着艦は非常に難易度が高い動作だ。
着艦誘導灯があるとはいえ、艦の動揺や風の有無を気にしつつ、機体を慎重に操作しながら母艦へ近付くのだ。
帰還した艦上機……A-1D-Nスカイレイダーは、傍目から見ても難しさを感じさせぬ、鮮やかな動作でエンタープライズの飛行甲板に降り立った。
後部付近に張り巡らされたワイヤーに着艦フックが引っかかり、帰還機に急制動がかかってたちまち停止した。

「上手い!」

サムナー兵曹は感嘆の声を発した。
飛行甲板左右に待機していた甲板要員がスカイレイダーの周囲に素早く群がり、機体に異常がないか確かめていく。
それを素早く終えると、誘導員が身振り手振りでパイロットに指示を伝えつつ、甲板中央の第2エレベーターに手早く誘導していく。
1機目が無事エレベーターに乗せられ、格納甲板に下ろされていくと同時に、2機目のスカイレイダーが飛行甲板に滑り込んできた。
これもまた見事な動きで着艦に成功する。
この他にも、攻撃隊の参加機は次々と帰還していくが、どの機も着艦の動作は危なげが無く、見ていて不安を全く感じさせない物ばかりであった。
ただ、敵地攻撃を行ったとあって、被弾した機体も幾つか見受けられた。
特に、9番目に着艦した機は胴体に複数の被弾の跡が見受けられた他、右主翼の翼端が千切れ、尾翼に握り拳の2倍ほどもある穴を開けられていた。
それでも、そのスカイレイダーは無事に帰還できていた。
着艦作業に見惚れていると、不意に後ろから声をかけられた。

「お、これは珍しいですな。サムナーチーフ」

サムナー兵曹は、その聞き覚えのある声に内心ニヤリとしながら、後ろを振り返った。

「やはりレイノルズ大尉でしたか」

685ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/08(金) 18:02:21 ID:fEdVvrd.0
空母エンタープライズ戦闘機中隊の指揮官を務めるリンゲ・レイノルズ大尉は、微笑みながらその通り、と呟き返した。

「エンタープライズの至宝とも言える名料理人が、また珍しい事をしているじゃないか」
「はは。艦内に籠ってばかり居ても仕方ないと思いましてね。冬の夜風に当たって気分をスッキリさせようと思ったら、丁度いいタイミングで
攻撃隊の帰還風景を見る事ができました」

サムナー兵曹は満足気な表情を浮かべながら、リンゲにそう言い返した。

「どうだねチーフ。うちの飛行隊の練度は?」
「何度も見てきましたが、改めて練度が高いと思いますね。今日の夜間攻撃も無難にこなしたのか、損失0で全機帰還してきたと聞いてます」
「俺も話は聞いたが、敵の基地を吹き飛ばして損失0は完勝、と言いたいところだな」

リンゲは幾分匂わせ気味な口調で言う。
サムナーは一瞬怪訝な表情になったが、すぐに11番機が着艦してきた。
スカイレイダーの機首から発せられる大馬力エンジンの轟音が艦上に響き渡る。
その余りの力強さに、轟音は250マイル離れた敵地にすら聞こえているのかもしれないと思わせる程だ。

「ふむ……被弾の跡が目立つな」

リンゲは眉を顰めながら、ポツリと呟く。
騒音にかき消されがちな声音だが、すぐ近場にいたサムナー兵曹は微かに聞き取れた。
甲板要員が機体のあちこちに穿たれた弾痕にしきりに目を向けつつ、飛行甲板中央の第2エレベーターに誘導していく。
そして、最後の12機目が着艦しようとした時、待機していた甲板要員達がざわつき始めた。
リンゲはハッとなって艦尾方向に目をむける。
暗闇の中に朧げながら見えるスカイレイダーのシルエットは、教本通りの理想的な形でエンタープライズに近づきつつあったが、
そのシルエットは、ある部分が大きく欠けていた。

「まずい……脚が出てねえぞ!」

リンゲは、12機目のスカイレイダーが、被弾がもとで着陸装置が故障したのではないかと思った。

686ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/08(金) 18:02:59 ID:fEdVvrd.0
甲板要員達の動きが急に慌ただしくなった。
ある甲板要員は飛行甲板中央に緊急用のバリアーを展開する。
別の甲板要員は、帰還機が胴体着陸を試みると、艦尾両舷にいる機銃座付きのクルーに走りながら言い伝えていく。
そのすぐ後に、艦内放送でも着艦事故に備えるようにアナウンスが響いた。
12機目の帰還機はその間にもエンタープライズに接近しつつある。
エンジン部分にも被弾したのか、うっすらと白煙も吐いている帰還機は、それでも手練れを思わせる動作でするすると飛行甲板後部に
滑り込もうとしている。
機体の動きに乱れは無いように思え、脚さえ出ていれば完璧な着艦風景が見れたであろう。
しかし、着陸脚の出ていない状況では、そのような風景が見れることはまず無い。
スカイレイダーは殊更ゆっくりとしたスピードで艦尾を飛び越えた後、急にエンジン音が消えた。

「よし!無事にエンジンを止めた!上手いぞ!」

リンゲは無意識の内に拳を力強く握っていた。
サムナー兵曹も寒風の中、手に汗握りながらその着艦風景を見守る。
その瞬間、耳障りな金属音と共にスカイレイダーが飛行甲板に胴体を接触させた。
12番機は機体を右に傾け、夥しい破片を撒き散らしながら飛行甲板を滑って行くが、艦橋から30メートルほど手前、右舷側に寄り進む形で停止した。
そこは丁度、リンゲとサムナー兵曹の位置から若干通り過ぎた場所であった。

「おい!急げ!機体から火が出てるぞ!」
「パイロットがやられてる!おい担架だ!担架を持って来い!!」

待機していた甲板要員達が急いで機体の周囲に駆け寄っていく。
12番機の損傷はかなり酷く、機体の全体に被弾痕が付き、風防ガラスも大きく破れ、コクピットの中には血飛沫が飛び散っている。
機首から発せられていた白煙は黒煙に代わり、火災炎が見え始めていた。
パイロットが開かれたコクピットから大急ぎで飛び出してきたが、負傷したのか、片腕をだらんと下げ、機体からやや離れた位置で
力尽きたように座り込んでしまう。
そこに担架を持った兵が大急ぎで駆け付け、パイロットを仰向けに乗せて艦内に運び込んでいく。
機体には、複数の甲板要員が消火器を使い、火を消そうと試みている。
幸いにも、機体から発せられた火はすぐに消し止められそうであったが、機体の損傷は傍目から見ても酷く、再度の飛行任務には
耐えられないだろうと思われた。

687ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/08(金) 18:03:39 ID:fEdVvrd.0
「パイロットは何とか生きていましたな」
「ああ。あの機体のお陰で助かったんだろう」

サムナーの言葉に対し、リンゲは消火剤まみれになった機体を指差しながら返答する。

「あとは……美味い飯を食ったお陰で、いつもよりも体力が持ったのかもしれない」

リンゲはサムナーを見つめながらそう言い放った。

「今日の夕飯のカレーのお陰かな」
「いやぁ、それは……」

サムナーは別にそんな事は無いと言いたかったが、まんざらでも無い様子であった。

「ところで……君はカレー作りが得意と聞いてるが、あれの作り方は、名も知らぬ教会のシスターから学んだと聞いたが、なぜシスターが
カレーを作ってたんだ?」
「いや……自分もあまり覚えてはいないのですが、とにかく、そのシスターの作られるカレーに強い興味を抱き、いつの間にか意気投合
して伝授して頂いた、と言う訳なのですが。とにかく名前を名乗ってくれませんでした。それに、あのシスター服も、よく考えたら見覚え
のある物ではなかったし……とにかく不思議な感じでした」
「ふむ……俺も不思議に感じてしまうが。だが、あのカレーライスは不思議な味ではないぞ」

リンゲはそう断言する。

「最も、あの見た目だけは今でもいただけんなと思ってしまうが」
「まぁ……匂いも不思議ですが、見た目は完全に大きい方のアレですからね」

サムナーは苦笑しつつ、自分の尻から何かが出る動作を交えながらリンゲに答えた。

「だが、味は最高だ。今じゃ艦ごとにバリエーションが出てきてもっと楽しめるようになってる。カレーライスは、合衆国海軍を
支えるメニューの一つと言っても過言ではないよ」

リンゲはサムナーにそう言いながら、同時に尊敬の念も強く込めていた。

688ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/08(金) 18:04:18 ID:fEdVvrd.0
「合衆国海軍勝利の原動力となったカレーを与えたてくれたシスターと、それを広めた君に感謝だ」
「感謝ですか……大統領に食べさせて、好評を貰えたら名誉勲章を貰えますかね?」
「メシを食べさせて名誉勲章は聞いた事が無いぞ。ま、民間に大きく広めれば得をするかもしれんがね」

リンゲはニヤリとしながら、右手の親指と人差し指で丸い輪を作った。

「それはそれで美味しい限りです。もっとも、生き残れればの話ですが……」

サムナーはやや翳りの滲ませる語調でリンゲに返した。
そこに新たな金属音が響き渡ってきた。
リンゲとサムナーは飛行甲板に顔を振り向けた。
多くの甲板要員が着艦した12番機の周囲に群がり、撤去作業を始めていた。
機体の周囲には甲板要員のみならず、格納甲板から上がってきた整備兵も含まれており、手早く機体を艦尾方向に移動しようとしている。
整備に使うジャッキや牽引車等も用いて行われる撤去作業は迅速に行われていき、やがて、擱座したスカイレイダーは艦尾から海に投棄された。

「あぁ……せっかく帰還できたのに」
「あれだけ壊れていりゃ直せやしない。良くて部品取りぐらいだ。それに、飛行甲板をいつまでも塞ぐ訳にはいかないからな」

リンゲは仕方ないとばかりに、両肩を竦めながらサムナーに言う。

「やはり、機体は消耗品、と言う訳ですね」
「まっ……そう言う事だな」


第3艦隊司令長官を務めるウィリアム・ハルゼー大将は、エンタープライズ艦橋の張り出し通路から、損傷機が投棄されるまでの
一部始終を見つめた後、渋々と言った表情のまま艦橋内に戻ってきた。

「これで、また1機失った訳か。とはいえ、ヨークタウンの攻撃機も全機帰還しているのだから、まずは良しとするべきか」
「パイロットも全員生還しておりますから、完勝と言ってもよろしいでしょう」

航空参謀のホレスト・モルン大佐が誇らしげな口調で言うと、ハルゼーはその通りだと付け加えた。

689ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/08(金) 18:04:52 ID:fEdVvrd.0
「ただ……損傷機が思いのほか多いのが気になります」
「ん?どうした航空参謀。いきなり沈んだ口調になるとは。被弾した機が航空機が多いのかね」
「はい。攻撃隊指揮官機からは奇襲に成功せりとの報を受けていますが、敵の対空砲火も熾烈を極めたとの報告も上がっております。
今は集計中でありますが、エンタープライズだけでも12機中7機が被弾しており、そのうち1機は修理不能と判断され、既に放棄されております」
「となると……ヨークタウン隊の参加機からも複数の被弾機と使用不能となった機が出てくるかもしれん、と言うわけか。シホット共も
なかなか、楽に仕事をさせてくれんな」

ハルゼーは目を瞑りながら、モルン大佐に返答する。
そこに通信兵が艦橋内に入り、紙をモルン大佐に手渡した。

「長官、ヨークタウンより報告が届きました。攻撃隊に参加した12機中、6機が被弾。うち、2機が損傷大により使用不能との事です」
「ふむ……これで、3機を失った訳か。24機参加して3機損失……奇襲で損耗率10%越えと言う数字は、少なくない数字だが……
なかなか悩ましい物だ」
「スカイレイダー自体も安い機体ではありませんからな」
「高性能機ですらも、当然のように損耗する、か……とはいえ、敵に与えた損害は遥かに大きい筈だ。それに、パイロットが全員生還なら完勝だ。失った機体は、ダッチハーバーに保管している新品で補充してやろう」
「はい。その通りですな」

モルン航空参謀の相槌にハルゼーは無言で顔を頷かせた。

事が起きたのは、それから5分後の事であった。

午後9時35分、艦橋から退出しようとしていたハルゼーのもとに、モルン航空参謀が緊迫した表情を浮かべながら駆け寄ってきた。

「長官!空母フェイトより緊急信です!」
「何事だ?」

ハルゼーはそう返しながら、モルン大佐が持っていた紙に視線を移し、読めとばかりに手を振った。
ハルゼーの意図を察したモルン大佐は紙に書かれた内容を読んでいく。

「艦隊より北西30マイル付近を哨戒中であった早期警戒機が、艦隊の北西、方位315度方向より接近中の敵らしき編隊をレーダーで
探知したとの緊急信です!」

690ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/08(金) 18:05:37 ID:fEdVvrd.0
「敵編隊だと?シホット共はまさか、航空反撃を試みているのか?」
「フェイトより伝えられた第2報では、早期警戒機から多数の未確認反応を探知とありますので、恐らくは……」
「クソ!12月の攻撃で敵の航空戦力を粗方一掃した筈だったんだがな」

ハルゼーは歯噛みしながらモルン大佐に言う。

「早期警戒機からの続報は?」
「今、母艦フェイトが確認中との事ですが……当該機との通信は2分前より途絶えておるようです」
「何だと…?」

ハルゼーは急に強烈な不安感に襲われた。
早期警戒機として活動しているのは、軽空母フェイトに搭載されている4機のTBFアベンジャーのうちの1機である。
正確には、自動車企業のゼネラルモータースによって製造された機体であるため、TBMアベンジャーと呼んだ方が正しいが、それはともかく……
この機体には夜間哨戒も可能なように機上レーダーを搭載しており、高高度の監視は機動部隊各艦に搭載されている艦載レーダーに任せつつ、
低高度はアベンジャー艦攻が見張る事で死界をなるべく減らすようにしていた。

アベンジャーは高度1000メートルから500メートルを上下しつつ哨戒中であったが、本来の目的は単機侵入を図る敵偵察機の発見、捕捉と、
攻撃隊の落伍機が墜落した場合の救助支援であった。
だが、アベンジャーは機上レーダーに見慣れぬ敵編隊を探知したのだ。
当然IFF(敵味方識別装置)の反応は無かった。

「まずったな……夜間戦闘機の交代がまだ用意できていない」

ハルゼーは舌打ちしながら呟くが、そこに凶報が舞い込んで来た。

「長官!母艦フェイトより追信です。当該機は敵に撃墜された模様です」
「全艦対空戦闘用意!敵との距離は艦隊から30マイルを切っているぞ!」

ハルゼーの判断は早かった。
この時、全艦の対空レーダーに敵機の反応が映し出された。

「長官、レーダーに反応です!艦隊より北西、方位315度より接近しつつある飛行物体の反応を探知。現在高度500で尚も上昇中であり、
機数は約20前後。距離27マイル。IFFに反応は無く、敵と判断します!」
「北西か……奴ら、俺達のケツにかじりつこうとしてやがるな」
「長官、TG38.3より夜間戦闘機隊が緊急発進し、我が部隊に向かいつつあるようです」
「今からじゃ間に合わん!F8Fが来る頃には、敵はTG38.1を盛大に叩きまくっている頃だ」

691ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/08(金) 18:06:13 ID:fEdVvrd.0
モルン大佐からの報告がもたらされるが、ハルゼーは無駄だとばかりに頭を横に振りながら言葉を返す。

「ここはTG38.1各艦の対空砲で対応するしかない」

ハルゼーは忌々しげに呟いた。
現在、TG38.1の各艦艇は南南東に向かって時速20ノットで南下している。
敵編隊はちょうど、ハルゼー機動部隊の後方から急速に接近している状態だ。

「全艦に通達。各艦、針路070に向けて回頭せよ!回頭時刻は2142!」
「アイ・サー!」

ハルゼーの命令は、即座に各艦へ伝えられた。
命令通達から3分後の午後9時42分には、各艦が一斉回頭を行った。
これで、TG38.1は敵に真横を向ける形で相対する事となった。

「各艦に向けて重ねて通達!上昇中の敵編隊の他に、低空侵入を図る敵編隊が存在する可能性、極めて大なり。各艦、低空侵入への警戒も厳にせよ!」

更なる命令が伝えられ、TG38.1各艦の5インチ両用砲や40ミリ機銃座、20ミリ機銃座に砲弾や機銃弾が矢継ぎ早に装填されていく。
レーダー員は敵編隊の位置情報を、刻々と伝えていき、それは砲術長を始めとした砲術科指揮官や、砲員らに伝わっていく。
程無くして、輪形陣外輪部の駆逐艦部隊が発砲を開始した。
狙われたのは、高度を上げて輪形陣の突破を図る20機前後の敵編隊だ。
5インチ砲の連続射撃が加えられ、敵編隊の周囲に砲弾が次々と炸裂していく。

「長官!CICへ移動しましょう!」

ハルゼーの側にいたカーニー参謀長が切迫した表情で言ってきた。
敵の狙いは空母……エンタープライズを初めとする正規空母群である事に間違いはない。
もし敵弾が脆弱な艦橋部分に命中すれば、戦死は確実だ。
ハルゼーはカーニーの提案を拒否しようとした。
だが、彼はこの時、異様な不安感に見舞われていた。
その不安感が、カーニーの提案を受け入れさせた。

「……そうだな。後は、艦長に任せるとしよう」

ハルゼーは頷きながら言うと、長官席から立ち上がり、CICへ向かい始めた。

692ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/08(金) 18:06:52 ID:fEdVvrd.0
そこに新たな一報が飛び込んできた。

「駆逐艦群より通信!低高度より侵入する新たな敵編隊を探知!機数約30前後、ワイバーンと認む!」
「ほう……案の定、戦力を二手に分けていやがったか」

ハルゼーはそう呟きつつ、内心で敵もやり手かもしれんと思っていた。
エンタープライズも対空射撃を開始したのだろう、艦内に5インチ砲発射の砲声がけたたましく鳴り響き、その振動に巨体をしきりに揺らし始めた。
輪形陣左舷側には、空母エンタープライズにワスプ、左舷側前方には戦艦アイオワ、左舷側側面に重巡洋艦クインシー、軽巡洋艦アトランタ、
ブルックリンが守りを固めている。
その更に外側を守るのは10隻の駆逐艦だ。
これらの艦艇には、昨年12月のシギアル港空襲で敵弾を受けて損傷した艦もあったが、その後ダッチハーバーで修理を受けていた。
敵編隊は、機動部隊各艦から最大火力を受けながら進撃する事になるため、空母群に辿り着くまでに大幅に戦力を削られる筈である。
百戦錬磨の各艦に任せれば安心な筈であったが、ハルゼーは未だに強い不安を感じ続けていた。

(なんだこの胸騒ぎは……敵の数はそこそこでしかない筈なのに……)

彼は不安のあまり、胸の辺りをしきりに撫で回してしまう。

「TG38.3司令部より夜間戦闘機12機が急行中。現在は距離20マイル付近まで接近しております」
「夜間戦闘機……いつもながら少ない機数だが」

ある程度はやれる筈、と心中で思ったが、その直後、彼は直感的に命令を下した。

「航空参謀!夜間戦闘機隊に引き返せと伝えろ!」
「引き返せですと!?長官、迎撃に間に合わずとも、攻撃後に落とせば敵の戦力を」
「それぐらい言われんでも分かっとる!だが、今回は妙に嫌な予感がする……」
「長官……?」

モルン航空参謀は不安な面持ちで、ハルゼーの緊迫した表情を見つめ続ける。

「何度も言わせるな。引き返させろ!」
「あ、アイ・サー!」

ハルゼーの命令はすぐさまTG38.3司令部に伝えられた。
ハルゼーら一行がCICに到達した時には、駆逐艦群は機銃射撃も用いた激しい対空戦闘を繰り広げていた。
この時になって、第3艦隊魔道参謀を務めるラウス・クレーゲル少佐がCICに飛び込んで来た。

693ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/08(金) 18:07:28 ID:fEdVvrd.0
「提督!ここにいましたか」
「ラウスか。まずいタイミングで敵が反撃してきやがった。連中、予備の航空戦力を使い果たして引き篭もるだけと思っていたが」
「敵は反撃戦力を繰り出してきましたね。それに、敵から強い魔力を感じます。今までにないエグい性格の魔力です」
「エグい性格の魔力だと?何だそれは」

ハルゼーが怪訝な表情を浮かべて聞くが、ラウスは首を横にふる。

「正確にはわかりません。ただ……敵から伝わる魔力量が多いのは確かです」

ラウスは緊張した声音で答える。
いつもはのんびりしている彼にしては珍しかった。

「低空侵入のワイバーン群が駆逐艦の防衛ラインを突破!撃墜せる敵は4騎!」

CIC内に戦況報告が伝わるが、ハルゼーは撃墜したワイバーンの少なさに一瞬首を傾げた。
「4騎だと?7、8騎は落とせる筈だぞ」
「敵ワイバーン群は急激な機動を行うのみならず、姿を分裂させながら対空砲火の突破を図ったとの報告が入っております!」
「何だそれは!?」

ハルゼーは一瞬戸惑ってしまった。
急激な機動を行うと言うのは分かる。
ワイバーンは航空機に対して圧倒的な機動力を有しているため、爆弾や魚雷を搭載した時でもそこそこ良い動きを見せることがある。
ただ、姿が分裂したという点では理解が追いつかなかった。
だが、その疑問も、隣のラウスが瞬時に解いてしまった。

「あいつら……幻影魔法を使ってやがるな」
「幻影魔法だと?ラウス、それは一体……」
「簡単な話です。奴ら、対空防御用の防御魔法と一緒に幻影魔法の亜種を発動させているんです。それで機銃座の照準を狂わせているんです!」

694ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/08(金) 18:08:14 ID:fEdVvrd.0
戦艦アイオワの左舷側では、今しも駆逐艦群の防衛ラインを突破してきた20機前後のワイバーンを迎え撃とうとしていた。

「先に低空侵入の敵編隊が突っ込んできたか!」

アイオワの左舷側40ミリ機銃座の一つを指揮するベドリオ・リクトリス兵曹長はそう叫びつつ、ヘルメットに組み込まれたヘッドフォンから
指示を受け取る。

「機銃座目標、低空の敵ワイバーン群!両用砲は引き続き中高度の敵を狙え!」
「機銃座目標、低空侵入のワイバーン群!撃ち方始めぇ!」

リクトリス兵曹長が大音声でそう命じた直後、ボフォース40ミリ4連装機銃が太く、長い銃身から轟音と共に火を噴き始めた。
戦艦アイオワの左舷側には5インチ連装両用砲5基10門、40ミリ4連装機銃10基40丁、20ミリ単装機銃34丁が装備されている。
そのうち、5インチ砲は中高度より接近しつつある敵の対応に当てられ、残った大小74丁の機銃が低空侵入の敵ワイバーン群に向けられる。
現在、敵ワイバーン群との距離は、射撃管制レーダーの情報をもとにした結果、2500メートルほど離れているため、ひとまずは40ミリ機銃が
先に射撃を開始する形となった。
敵が2000メートルを切れば20ミリ機銃も加わって、圧倒的な対空弾幕を形成して侵入する敵の撃墜、または撃退に務める事になる。
40ミリ弾は、口径的にはもはや、戦前の戦車砲弾と同じ大口径弾であるため、1発でも当たれば、いくら頑丈なワイバーンと言えど撃墜されてしまう。
輪形陣外輪部の駆逐艦群も、1隻辺りの装備数は少ないとはいえ、同じ20ミリ機銃や40ミリ機銃を有しており、全力で対空射撃を行ったはずだ。
だが、駆逐艦群を突破してきた敵ワイバーン群は、予想よりも多い数で高度100メートル以下の低空で急速に接近しつつあった。
その敵機群に、巡洋艦、戦艦の対空射撃が襲いかかった。
戦艦アイオワに狙われた5,6騎ほどのワイバーンに多量の40ミリ弾が注がれ、距離が2000を切ると20ミリ機銃も全力射撃を行う。
多数の曳光弾がワイバーン編隊を覆い尽くしていく。
誰もが敵ワイバーン群はばたばたと叩き落とされるであろうと確信していたが……

「敵1騎撃墜!」
「敵ワイバーンに防御バリアの反応!」
「敵1騎被弾するも、尚も飛行続行!」

予想に反して、敵撃墜のペースがこれまでと比べて異常に遅い。
敵との距離は既に1300メートルに迫っていたが、アイオワが撃墜できたワイバーンは僅か2機に留まっていた。

「おかしい……敵ワイバーンの数が思ったよりも減らんぞ!弾が当たっている筈なのに!?」

リクトリス兵曹長は現状が理解し難かった。
そこに高角砲弾炸裂の閃光が一瞬ながら海面を照らし出す。

695ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/08(金) 18:08:55 ID:fEdVvrd.0
これまでも砲弾炸裂の閃光は断続的に海面を照らしていたのだが、そこに映るワイバーンの姿は不明瞭であったため、そこで何が起きているのか
分からなかった。
だが、距離が近づいた今、彼は敵ワイバーンの姿に度肝を抜かれてしまった。

「な……分裂しやがったぞ!」

閃光に照らし出されたワイバーンの姿は、4、5騎から10騎程に増えていた。
しかも今までに見た事の無い激しい機動を見せていた。
砲弾の閃光でワイバーンの姿が明滅するが、目にするワイバーンはその度に位置を変えているように見え、機銃員座の射手に幻惑させていた。

「チーフ!敵が分裂して狙いが定りません!」
「構わん!撃って撃って撃ちまくれ!弾幕の中に包み込めばいずれぶち落とせるぞ!」

混乱する部下に対し、リクトリスはけしかけるように指示を飛ばし続けた。
4発ずつの重いクリップを担いだ水兵が、装填手である銃座の同僚に40ミリ弾を手渡し、装填手は40ミリ機銃の装填口に食い込ませていく。
太い銃身は休む事なく火を噴き、図太い曳光弾が奇怪な動きをしながら接近するワイバーンに向かっていく。
ワイバーンの高度は100メートルから20メートル前後の超低空にまで下がっており、海面は外れた40ミリ弾や20ミリ弾の着弾で激しく沸き立った。

敵編隊の狙いは輪形陣中央の空母ではなく、アイオワ自身であった。
敵ワイバーンは、時折防御魔法発動の閃光を発しつつ、その姿を右や左と、盛んに分裂を繰り返しながら距離を詰めつつある。
それに対してアイオワは尚も、機銃弾の全力射撃で応えるが、思ったほど成果が上がり難い。
ここで、ようやく敵ワイバーン1騎に40ミリ弾が命中した。
敵ワイバーンは防御魔法発動の閃光を発した直後に、40ミリ弾の集中射が命中し、瞬時に砕け散った。
前世界のスウェーデンが作り上げた傑作機関銃は、姑息な動きを見せる敵ワイバーンに対しても容赦無く、その威力を発揮した瞬間であった。
唐突に、敵ワイバーンの周囲に高角砲弾が炸裂した。
リクトリスは知らなかったが、アイオワ艦長ブルース・メイヤー大佐が一部の両用砲に命令変更を伝え、苦戦する機銃群を支援したのだ。
計4つの砲弾は、分裂を繰り返すワイバーン群を覆い隠すように炸裂した。
VT信管付きの5インチ砲弾が敵ワイバーンの反応を探知し、効果を発揮した瞬間である。

「やったか!?」

リクトリスは、一瞬、姿が見えなくなったワイバーン群が全滅したと思った。
だが、その煙を突き破ってワイバーン群が姿を表した。

696ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/08(金) 18:10:06 ID:fEdVvrd.0
「くそ!しぶとい奴らだ!!」

彼は罵声を放ったが、この時、分裂していたワイバーンの姿は明らかに目減りしていた。
計4機程に減ったワイバーンに機銃弾が注がれる。
20ミリ弾を受けた1騎のワイバーンは、魔法防御の効果が切れたのか、一連射を受けただけであっさりと叩き落とされた。
どうやら、両用砲弾の炸裂は切れかけていた敵ワイバーンの魔法防御を根こそぎにしたようだ。
これなら行ける!と思った矢先……敵ワイバーン群は両翼から次々と何かを発射した。

「爆裂光弾だ!来るぞ!!」

リクトリスはそう叫びながら、機銃座の狙いを爆裂光弾に向けさせる。
シホールアンル軍の保有する対艦爆裂光弾は、生命反応探知式の誘導弾である。
距離600メートルを切った場所から放たれた爆裂光弾は、乗員の生命反応を捉え、急速にアイオワに迫ってきたが、アイオワも負けじと
ばかりに機銃座のみならず、両用砲までもが狙いを変更して迎撃当たった。
高角砲弾の炸裂で1発が400メートルの距離で爆発する。
20ミリ弾、40ミリ弾に捉えられた1発は350メートルまで迫った所で撃墜され、別の2発が200メートルと150メートル先で爆発した。
残った2発がアイオワの左舷側中央甲板と左舷側後部主砲に命中し、ド派手に爆炎を吹き上げた。

「アイオワに爆裂光弾が命中!火災発生の模様!」
「アトランタに爆弾命中!死傷者あり!」
「ブルックリンに爆弾3発落下するもいずれも至近弾!若干の浸水が発生!」
「クインシー、敵弾を全て回避した模様!」

エンタープライズのCICに報告が次々に舞い込んできた。

「先行した低空侵入組は巡洋艦、戦艦を叩きました。対空砲火網に穴を開けようとしたようです」

隣のカーニー参謀長がハルゼーに言う。
ハルゼーは無言のまま頷いた。
戦闘は未だに続いている。

697ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/08(金) 18:10:39 ID:fEdVvrd.0
TG38.1には、高度1000付近まで上昇した敵ワイバーン編隊と、2分前から新たに探知された別のワイバーン編隊が北方向から接近しつつある。
この新たな敵編隊は、輪形陣の右斜側から迫っており、その進路には僚艦ヨークタウンが航行している。
現在、艦隊は時速30ノットで航行中であり、北方向の敵編隊に自ら接近する形となっている。
北方向から接近中の敵に対しては、既に戦艦ニュージャージーを始めとする護衛艦群が対空射撃を開始した。
TG38.1は2方向から敵の攻撃を受けつつあった。

「俺達はシホット共を侮っていたな……」

ハルゼーは小声で後悔の念を吐き出したが、それはエンタープライズの発する砲声で掻き消された。
エンタープライズの目標は、1000メートル前後の高度に上昇し、急速に接近しつつあるワイバーン群だ。
敵の数は、対空射撃で減り続けているようだが、それでも20騎ほどは残っている。
低空侵入の敵騎群と比べると、撃墜率は上のようだが、それでも数は多い。

「対空砲火の撃墜率がいまいちだ。さては、敵のワイバーンは防御力を強化した新型かもしれんぞ」

彼は内心そう確信する。
この時、艦内に伝わる発砲音に新たな音が加わった。
40ミリ機銃が一斉に射撃を開始した音だった。

低空侵入の敵編隊が撤退するや、各艦の主目標はやや高い高度を飛行する敵ワイバーン群に移った。
両用砲のみならず、40ミリ機銃、20ミリ機銃を含めた弾幕がワイバーン群を覆っていく。
だが、その時には、敵は高度を下げながら目標に向かい始めていた。
敵ワイバーンは輪形陣中央に位置する正規空母……エンタープライズとワスプに突撃を敢行。
緩降下爆撃の要領で急速に距離を詰めていく。
低空侵入のワイバーン群と同様、このワイバーンもまた、しきりに姿を分裂させ始める。
ラウスの懸念していた通り、幻影魔法を用いながら突進するワイバーン群は、機銃員の照準を狂わせてしまった。
だが、この時は先ほどと違って幾分勝手が違っていた。
敵がここぞとばかりに仕掛けて来た分裂幻影魔法は、圧倒的な対空弾幕の前には効果が限定的であった。
特に両用砲の放つVT信管付きの高角砲弾は、幻には惑わされなかった。

「敵騎2騎撃墜!続けて3騎撃墜!!」

CICに敵撃墜の報告が次第に多く上がり始めた。

698ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/08(金) 18:11:23 ID:fEdVvrd.0
「よし!いい調子だぞ!」

ハルゼーは先程とは打って変わった対空砲陣の快調ぶりに喝采を叫んだ。
護衛艦群の対空射撃はいつもながら凄まじかった。
特に軽巡アトランタは、防空軽巡としての役割を果たさんとばかりに所狭しと並べられた5インチ連装砲と40ミリ、20ミリ機銃を猛然と撃ちまくる。
先の被弾で左舷側の20ミリ機銃座3機を破壊され、乗員に戦死傷者が出ているが、逆に手傷を負って怒り狂った猛獣を思わせるかのような、
凄まじいばかりの対空射撃を展開していた。
しかし、敵のスピードは思った以上に早く、エンタープライズが更に1機を撃墜した所で凶報が飛び込んできた。

「敵騎爆弾投下!」

敵ワイバーンがエンタープライズから高度100メートル、距離600に迫った所で爆弾を投下したのだ。
左舷側から緩降下する形で突進した敵ワイバーンは、対空砲火の弾幕を紙一重で交わしながら急速に離脱していく。
唐突にエンタープライズが、左舷側に急回頭し始めた。
いつの間にか、艦長が回頭を命じていたのだろう。

(頼む!かわしてくれよ!!)

ハルゼーは祈るようにそう思いつつ、歯噛みしながらその場で踏ん張った。
強烈な轟音と共に、右舷側から突き上げるかのような強い振動が伝わった。

「よし!最初は上手くかわしたな」

ハルゼーはその振動から、敵弾はエンタープライズの右舷側海面に至近弾として落下したとわかった。
続いて2度目の衝撃が左舷側後部付近から伝わる。
この振動も至近弾だ。
この時、エンタープライズの右舷側と左舷側には、敵の爆弾が海面に突き刺さり、爆発を起こした事で高々と水柱が上がっていた。
更に3発目が右舷艦首側海面に落下し、これまた天を着かんばかりの水柱が吹き上がった。
エンタープライズの左舷側を航行する重巡洋艦クインシー艦上からは、高々と吹き上がる水柱を急速回頭する旗艦の姿がまじまじと見て取れた。
エンタープライズの動きに合わせて、クインシー、アトランタ、ブルックリンが対空射撃を行いつつ、左舷側に急回頭していく。

「敵弾回避中!今の所命中弾なし!」

エンタープライズ艦内では、スピーカー越しに艦長から敵弾回避中の報せが伝わる。
敵の攻撃がまだ収まっていないにもかかわらず、各部署で奮闘する乗員を勇気づけようとしたのだろう。

(そうだ!栄光のビッグEにシホット共の爆弾なんぞが当たるか!)

699ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/08(金) 18:12:18 ID:fEdVvrd.0
ハルゼーは心中でそう叫びながら、獰猛な笑みを浮かべた。
だが、不本意な報せは意外な所から届いた。

「見張より報告!ヨークタウンに爆弾命中!!」
「何!?ヨークタウンがやられただと!?

ハルゼーは思わず声をあげてしまった。

(そう言えば、輪形陣の斜右からも新手の敵編隊が接近中だった。まさか、そいつらが)

彼の思考は唐突に停止させられた。
いきなり、エンタープライズに強烈な炸裂音と共に強い衝撃が伝わった。
ハルゼーはこの瞬間、エンタープライズにも爆弾が命中したと確信した。
あまりにも強い衝撃にCIC内の照明があちこちで明滅し、中には何かが割れた音やクルーの悲鳴なども響いてきた。

(こっちもやられちまったか…!)

ハルゼーは舌打ちしながら心中で呟く。
その直後、更なる衝撃が艦全体を揺さぶった。
今やエセックス級、リプライザル級に比べてサイズが小さいとはいえ、基準排水量は2万トン近いエンタープライズの巨体が頼りなさを
感じさせる程の、強烈な揺れであった。

「くそったれ!シホット共が!!」

ハルゼーは罵声を放ちながら、揺れが収まるのを待った。
エンタープライズの揺れが収まると同時に、CIC内に報告が飛び込んできた。

「飛行甲板前部と後部付近に被弾!火災発生ー!」

艦内には警報音がけたたましく鳴り響く。
衛生兵を呼ぶ声や、故障した機器の復旧に臨もうとする者の声が、未だに続く対空射撃の音と共に響いてくる。

700ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/08(金) 18:13:14 ID:fEdVvrd.0
エンタープライズは、爆弾2発を被弾していた。
1発は飛行甲板前部付近であり、前部第1エレベーターから10メートル程離れた場所に着弾していた。
2発目は後部付近に命中し、中央部第2エレベーターと後部第3エレベーターのほぼ真ん中付近に穴を開けていた。
爆発によって格納甲板の艦載機が損害を受け、艦内にあった少なからぬ数の艦載機が炎上、または損傷を受けていた。
被弾箇所には、早くもダメージコントロールチームが駆け付け、依然激しい対空戦闘が展開されているにも関わらず、火災発生箇所の消火にあたった。
敵側は2発爆弾を浴びせただけに止まらず、更に2騎が激しい対空砲火を潜り抜けて爆弾を放ってきた。
だが、この2騎の爆弾は、それぞれエンタープライズの右舷側と左舷側に着弾して、虚しく水柱を噴き上げるだけに止まった。

どれほどの時間が経過したかわからなかったが、外から聞こえる射撃音は完全に鳴り止んでいた。

「長官、我が艦隊の被害報告ですが……エンタープライズは爆弾2発を受け飛行甲板を損傷し、発着艦不能に陥りました。また、ヨークタウンも
爆弾1発を被弾し、こちらも発着不能です」
「エンタープライズはまだしも、ヨークタウンは1発で発着不能とは。当り所が悪かったのか?」

ハルゼーは、被害報告を伝えるカーニー参謀長に質問を投げかける。

「はい。ヨークタウン艦長からは、敵弾は第2エレベーターを避ける形で着弾するも、着弾位置はエレベーターから5メートル程しか離れて
いないため、爆発の影響を受けてエレベーターがやや下降した状態で故障し、昇降が出来ない状況にあるとの事です」
「くそ!シホット共も上手い事やりやがる……!」

ハルゼーは悔しさの余り、側にある小物入れを蹴飛ばそうとしたが、寸手の所で感情を抑え込んだ。

「他に被害を受けた艦は?」
「戦艦アイオワと軽巡アトランタに敵弾が命中し、アイオワは40ミリ機銃座を、アトランタは20ミリ機銃座を破壊され、死傷者が出ましたが、
艦自体の損害は軽微との事です。それから、重巡クインシーと軽巡ブルックリンは至近弾のみ。空母ワスプにも敵騎が襲いかかりましたが、
ワスプは敵の爆弾を全弾回避に成功し、至近弾による軽度な浸水のみに被害を抑えれました」
「そうか……ワスプは上手くやってのけたか」

終始しかめっ面のハルゼーだったが、ここでようやく頬を緩ませた。

「軽空母フェイトには敵は見向きもしませんでしたが、フェイトはワスプに援護射撃を行って敵の撃退に貢献したようです」
「うむ。実に素晴らしい働きだ。だが……」

701ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/08(金) 18:13:48 ID:fEdVvrd.0
ハルゼーはそこまで言ってから、肩を落とした。

「主力空母2隻が艦載機の発着不能に陥れられると、今後の作戦が非常にしんどくなるな」
「それ以上に、敵側が我が機動部隊に対して、反撃できるまでに航空戦力を回復できた現状を重く認識しなければなりません。つい先日までは、
敵は防御戦闘のみしか行えず、我が方のみが、今後も一方的に攻撃を行えると思った矢先の出来事です」

モルン航空参謀の一言が、戦闘後のCIC内に重く響き渡る。

「もしかしたら、シホット共は思わぬ所に予備戦力を蓄えていたのかも知れんな。ただ、それをどうやって持って来たのかが、非常に気になる
所だが……」
「提督、問題は他にもあります」

それまで黙って話を聞いていたラウスが口を開く。

「シホールアンル軍は今までにない戦法……恐らくは、幻影魔法を応用した戦術魔法を用いて攻撃を仕掛けてます。報告を見ると、各艦の機銃手は
敵ワイバーンが分裂しながら突っ込んで来たとありますね。姿形を惑わしながら攻撃する手は昔からありましたが、こう言った戦法は術者の負担も
大きくなるため、次第に廃れていきました。ですが、敵はその廃れた筈の魔法を駆使して攻撃を仕掛けてきた……もしかしたら、敵はこれから、
こういった戦法を主にして、更なる反撃を企てる可能性があります」
「この新戦法の対策は、早急に立てたほうが良さそうだ。まずは機銃員のみならず、レーダー員からもその時の様子を聞き取らねばならん」
「射撃管制レーダーにどう映っていたのかが気になりますな」

ハルゼーの言葉に、カーニー参謀長も気がかりな点を付け加えた。

「それにしても……シホットも嫌な手を思い付いて来やがる」

彼は忌々しげに呟いた後、無言のまま、CICをひとしきり眺め回した。


午後9時45分 TG38.3旗艦エセックス

第38任務部隊第3任務群司令官であるドナルド・ダンカン少将は、艦橋内で本隊の状況報告を受け取っていた。

「エンタープライズ、ヨークタウンが被弾し、現時点で発着不能。戦艦アイオワ、軽巡アトランタも被弾損傷か……とはいえ、艦隊司令部は
ハルゼー長官を始めとして、全員無事なのは不幸中の幸いだ」

ダンカン少将はそう言いつつも、内心複雑であった。

702ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/08(金) 18:14:23 ID:fEdVvrd.0
現在、TG38.3は、正規空母エセックス、イントレピッドの他に、昨年12月に大破して戦線離脱したボクサーの代わりに、TG38.2から
正規空母ベニントンを譲り受けて、元の空母3隻態勢で任務に従事している。
TG38.3は本隊の南側40マイル付近を航行していたため、敵に発見される事なく難を逃れたのだが、本隊が敵の攻撃を一身に受ける形と
なった現状に、ダンカン少将は心苦しさを感じていた。

「ハルゼー長官の判断は、今後、如何なる物になるでしょうか」
「さて、それは俺にはわからん。まだ、ビッグEに乗る長官から指示が無いからね」

航空参謀の質問に、ダンカンは肩をすくめながら応えた。

「恐らく、私の部隊に敵地を攻撃せよと言うかもしれんが……さて、どう出るかな」
「そう言えば、本隊の上空には、未だに敵騎が少数飛んでおる様です。我が部隊のレーダーが、高度2000付近で飛行する敵ワイバーンを追跡中です」
「戦果確認かもしれんな。夜戦では戦果の確認が困難だ。念入りに調べて報告しとるんだろう」
「我が部隊の夜間戦闘機隊が現場に到着していれば、好き勝手させなかった物ですが……どうしてハルゼー長官は引き返せと命じたのでしょうか」
「その点も、俺には分かりかねるが……」
ダンカンと航空参謀は、共に納得し難いとばかりに喉を唸らせた。

それから3分後、TG38.3は本隊から命令を受け取った。

「司令、本隊から早期警戒機を収容後、全艦、速やかに針路080に変針せよとの命令です」
「080……ダッチハーバーに引き返すのか」

ダンカンは内心おかしいと思った。
エンタープライズとヨークタウンが損傷したとはいえ、被弾数を見れば応急修理で復帰できる可能性は十二分にある。
両艦のダメコン班の練度は限り無く高く、半日もあれば飛行甲板を修理して再び攻撃に参加できるだろう。

「当たり所が悪かったのかも知れません。例えば、エレベーターを破壊されたとか」
「ふむ……それなら、母港に戻って工作艦の手助けを受ける必要があるな。エレベーターもやられたとなると、ダメコン班の手に余るからな」

ダンカンはそれで納得しかけたが、もう一つ気掛かりな点があった。

「TG38.1はそれで良いとしても、TG38.3はまだ無傷だ。我々も本隊に続こうとするのは如何な物かと思うが……」
「確かに……ですが、敵側は予想外の戦法を駆使して、本隊を攻撃したとの情報も入っています。幻影魔法という物がどういう物なのか……
まだこの目で見ていないため、何とも言えませんが、少なくとも……飛行甲板の爆弾を叩き込めたという事実は、重く受け止めるべきかも
知れません」

703ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/08(金) 18:15:04 ID:fEdVvrd.0
「となると……敵側は同じような部隊をあと1つか2つ用意し、こちらに向けて飛ばしている可能性もあるという訳か……」

ダンカンはそう呟いた後、すぐさまTG38.3指揮下の各艦に先の命令を伝えた。

午後11時45分 クガベザム北10マイル地点

「くそったれぇ!馬鹿みたいに落とされまくってるじゃねえか!!」

クガベザム北方10マイルの森の中に、臨時に建設された簡易飛行場の指揮所で、あらん限りの大音声で罵声が放たれた。
シホールアンル陸軍第921空中騎士隊の指揮官を務めるルフェイヴィ・グヴォン大佐は、味方騎の喪失が予想を遥かに超えてしまった事に
激怒していた。

「事前の予想では、幻影魔法を使用すれば、敵を幻惑して対空砲の命中率が大幅に下がるから、被撃墜騎は10騎前後に収まるとあの魔導士は
言ってたぞ!それなのに、実際には出撃した87騎中30騎も失いやがった!」
「生き残ったワイバーンも大なり小なり手傷を負っています。85年型ワイバーンを更に改良してより頑丈にした優良種なんですが……」

グヴォン大佐は部下の第3中隊長の言葉を聞くと、露骨に失望の色を見せた。

「敵の迎撃があそこまで激しいとは想像できなかったぜ……一応、上から提供された情報は全て見て、予想した筈だったんだが」
「生ける伝説と呼ばれ、ワイバーン乗りの憧れとも言われた大佐殿から、その様な言葉を聞かされるとは」

第3中隊長は心底驚いていた。

「馬鹿野郎!俺は確かに腕は全竜騎士の中で一番で、天才だと自負している。だがな……あんな地獄を見せられたとなると……俺も揺らいじまうし、
久しぶりに恐怖を感じている。あんな地獄が前からずっと続いているんなら、そりゃ、ワイバーンも竜騎士も大量に死んじまう訳だ」

グヴォン大佐は腹立ち紛れに被っていた飛行眼鏡を勢い良く脱ぎ捨てた。

ルフェイヴィ・グヴォン大佐は、シホールアンル軍竜騎士の中では知らぬ者は居らず、対米戦前までシホールアンル陸軍ワイバーン隊の
名指揮官として名を馳せていた。
年齢は今年で42歳とそこそこ若く、顔立ちはやや細いながらも、峻険さを感じさせる容貌は見る人を震え上がらせる程だ。

20歳でウェルバンル軍魔導士官学校を卒業したグヴォンは、その直後に第1希望であったワイバーン部隊に配属された後、めきめきと頭角を
現し始めた。

704ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/08(金) 18:15:51 ID:fEdVvrd.0
初の実戦となったレスタン戦線では、レスタン軍のワイバーン部隊相手に圧倒的な勝利を収め、続く北大陸統一戦争でも名指揮官として活躍した。
対米戦が始まる直前の1481年9月になると、後方特別指導要員に任命され、後方でワイバーン部隊の育成にあたった。
グヴォンの才能は後進の育成においても遺憾無く発揮され、多くの竜騎士達が彼の教えを受け、戦場に赴いて行った。
そんなグヴォンは、教育者であり続けるだけの人物ではなかった。
気性は激しいと言われる時もあれば、人格者とも言われる時もあり、冷血漢と言われる時もある等……人によって彼の性格は様々だったが、
最後は誰もが一致した言葉を放っていた。

「グヴォンこそ、世界一のワイバーン乗りである」
と……

そして、グヴォンもまた、シホールアンル帝国軍ワイバーン部隊は世界一と、常に公言していた。
だが……対米戦が始まると、精強無比たる帝国軍ワイバーン部隊は、次々と敗走を重ね続けた。
グヴォンの教え子達も、多くが命を落として行った。
彼は願っていた…
教え子達の仇討ちを……そして、教え子達が体験していた、その戦場の現実を自らに肌で感じ取る事を……

そして、後方で燻り、未だに前線に出してもらえない1500名の後方特別指導要員達に、良き働き場所に趣いてもらう為にも、今回の戦闘は
非常に重要な物になる筈だった。
ワイバーンも、敵の空襲前に養成所から出荷できた最新鋭の85年型ワイバーン改……世が世なら、86年型汎用ワイバーンとして採用された
世界最強のワイバーンを譲り受け、1486年1月始めの部隊編成以来、猛訓練を続けて練度を限りなく上げ、満を持して挑んだ戦いだったが……

「期待した分、結果がとんでもなく悪すぎる……一体、アメリカ機動部隊の対空防御はどうなってやがる!」

グヴォン大佐は、あまりの惨さに愕然としていた。

「ですが、空母2隻は大破炎上し、その後、敵機動部隊は撤退したと戦果確認のワイバーンより報告が入っています。空母の他にも、戦艦2隻、
巡洋艦3隻を撃破したとも言われています」
「戦果報告についてはあまり当てにできんぜ。夜間の戦闘では戦果報告も過大になりやすい。ただ、敵が東に引き返したという情報を見る限り、
相当数の打撃は与えたと言ってもいいかもしれん……が」

グヴォン大佐は第3中隊長の目をまじまじと見つめた。

705ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/08(金) 18:16:31 ID:fEdVvrd.0
「第2中隊長と第4中隊長も含めて、損失30騎は多すぎる!視界の無い夜間でこんだけやられたんだぜ……アメリカ人共は暗視魔法の名手を
雇って迎撃戦闘を指揮させたと思えるほどだ」
「報告書にあった、レーダー……という名の魔法でしょうか」
「そう!そのレーダーとやらが、視界不良の夜間でもあれだけ戦える様にしているんだろう。そうに違いない」
「アメリカ人共は軍艦一隻に、どれだけの魔導士を載せているんでしょうか……」
「それは分からんが、とにかく、この状態じゃあ夜間攻撃を行っても大戦果を挙げるのは難しいな……全く、反則だぜ」

グヴォンは、初めて体験する米機動部隊の対空迎撃にすっかり動揺してしまった。

(ワイバーン女帝なら、どうやって敵機動部隊に攻撃したかな)

彼は不意に、過去に短期間ながらも、共にワイバーン乗りとして腕を競い合ったかの人物……
今はシホールアンル帝国海軍総司令官を務める、リリスティ・モルクンレル元帥の顔を思い浮かべる。

遠い過去の話だったが、陸海軍合同演習で出会ったリリスティの天真爛漫っぷりと意志の強さ、そして、ワイバーン乗りとしての腕の良さは、
今でも強く記憶に残っている。
もしリリスティなら、敵の空母を撃沈できたでろうか……
今や、遠い存在となった彼女に思いを馳せていると、第3中隊長がグヴォンに声をかけてきた。

「そう言えば、予想されていた敵戦闘機の迎撃がありませんでしたね」
「確かに……君らは敵戦闘機の捕捉、殲滅を予定していたな」
「対艦攻撃も予期して爆弾を搭載していましたが、敵戦闘機が現れ次第、爆弾を投棄して敵戦闘機を狩り尽くす予定でした。最も、敵戦闘機が
一向に現れなかったので、対艦攻撃に加わりましたが」

第3中隊長は苦笑しつつ、自らの相棒が収められた格納棟に目を向けた。

「敵戦闘機は確かに恐ろしいですが、この新型ワイバーンなら、噂のベアキャットとやらと戦っても確実に勝てる可能性がありました。ただ、
敵機動部隊との戦闘で、我が中隊は16騎中7騎をやられてしまいました……」
「数が少ない貴重な最新型ワイバーンを、一気に失い過ぎたな」
「ひとまず、基地司令に報告しましょう。一応、敵機動部隊の撃退という戦果は挙げられましたから……」

グヴォンは不承不承といった面持ちで、第3中隊長と共に指揮所に向かって行った。

その後、グヴォンの指揮するワイバーン部隊は、現地のドシュダム装備の簡易戦闘飛行艇隊のスペースを間借りする形で、しばし休息する事となった。

706ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/08(金) 18:17:08 ID:fEdVvrd.0
だが、それから僅か数時間しか経たぬ内に……

「移動だ!移動するぞ!」

唐突に、グヴォン大佐は飛行場の滑走路に踊り出ながら声高に喚き散らした。

「大佐殿!如何されましたか!?」

不寝番を務めていた衛兵がすぐさま走り寄り、彼に困惑した顔を浮かべながら聞いてきた。

「如何されたかと?今から俺のワイバーン部隊を移動するんだ」
「移動ですと?時間はまだ午前6時ですぞ。夜明けまでにはまだ時間がある上に、ここは森林地帯に覆われた秘密飛行場です。敵もこの位置は
把握できておらんと思われますが」
「私は君のように、普段から楽観的じゃねえんだ。俺の長年の勘が疼いているんだ。危ないとな!」
「えぇ……いくらなんでも」
「どけ!俺は部下を起こすのに忙しいんだよ!!」

グヴォンは衛兵を跳ね除けると、部下達が寝泊まりする宿舎に駆け込んでいく。
程なくして、第921空中騎士隊の竜騎士達が慌ただしく外に出て来た。
竜騎士用の飛行服を走りながら身につけた彼らは、格納棟からこれまた慌ただしくワイバーンを引っ張り出す。

「急げ!何が来るか分からんが、とにかく急いで準備しろ!」

グヴォンは負傷したワイバーンの治癒もそこそこに、とにかく移動を開始しようとした。
その時、グヴォンは何かを感じ取った。

「……まさか」

彼はそう呟くと、ある方角に顔を向けた。
その方角からある種の音が聞こえ始めたのは、その時であった。

「爆音?」
「おい、なんだあの音は?」

707ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/08(金) 18:17:47 ID:fEdVvrd.0
基地周辺で警戒していた衛兵達が不審な音に気付き始めた。
また、基地の指揮所に敵偵察機が近隣の村や港湾に出現したという複数の情報がもたらされたのも、この直後であった。
南の方角から聞こえ始めた爆音は、瞬く間に基地の上空に迫ってきた。

「おい!上がるぞ!!」

グヴォンは愛騎の側に付いていた兵にそう叫んで兵を退かせると、彼は即座に上昇しようとした。
その真上を、高速で迫った米軍機が轟音と共に飛び去り、直後に基地上空で眩いばかりの光が煌めいた。

「照明弾だ!」

誰かがそう叫び、グヴォンも右手を顔にかざして覆う。

「舐めやがって!!」

グヴォンは腹立ち紛れに叫びながら、精神魔法を繋げて相棒に飛べと命じた。
彼のワイバーンはすぐに応え、一気に上空に踊り上がった。
85年型ワイバーン改は、速力350レリンク(700キロ)の最大速度を発揮でき、これは未改良の85年型ワイバーンの最大速力329レリンク
(658キロ)を大きく上回る。
更に機動性も上がっており、現在アメリカ軍の有する最新鋭戦闘機にも充分に対抗でき、爆弾や魚雷を搭載した際の機動性も向上している。
ただし、それらの性能と引き換えに、最大航続距離は680ゼルド(2040キロ)まで落ちた。
86年度からは、これらの新型ワイバーンが主力となる筈であったが、このワイバーンを生産、育成した後方の養成所がB-36の戦略爆撃で
壊滅したため、現在は500騎のワイバーンが成長し、育成できただけで、生産復帰の目処は立っていない。
ワイバーンの生産、育成は未改良の85年型ワイバーンで行っているのが現状である。

グヴォンは、そんな暗い現状なぞ知った事ではないとばかりに、相棒の速度を上げて、上空を通過して米軍機に追いつこうとした。
照明弾を投下した米軍機は、今しも旋回を終えて水平飛行に入っていた。
グヴォンと米軍機との距離はちょうど2000メートルほどであり、位置的にスピードを早めれば、米軍機の頭を抑えられそうであった。

「逃さねえぞ糞が!」

彼は絶叫しながら、相棒の速力を更に早める。
敵機の機種はすぐに判別できた。
その姿、形状からして、アメリカ海軍が保有するハイライダーという名の高速偵察機だ。

708ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/08(金) 18:18:27 ID:fEdVvrd.0
情報によれば、速度は最大で300から310レリンク以上も出せ、一度逃げられれば追い付くのは難しく、運次第で撃墜できると言われている。
ただ、グヴォンとハイライダーの位置は、ハイライダーにとってまずく、グヴォンにとっては理想的とも言えた。

「その細い横っ腹をぶち切ってやる!」

彼の相棒は更にスピードを上げた。
程なくして、敵機に近づいた愛機は、光弾の一連射を浴びせて容易に撃墜できると確信し、狙いをつけた。
そして、あっという間に敵機に接近し、光弾を発射しかけたが……
狙われたハイライダーもやはり、一筋縄では行かなかった。

「なっ!?う、撃てぇ!」

グヴォンは敵機の予想外の加速に戸惑いつつ、相棒に光弾を発射させた。
光弾は敵機に殺到したが、僅かの位置でハイライダーの後方を虚しく掠めたに過ぎなかった。
光弾を加速で交わした敵機が、そのままスピードを上げながら南の位置に向けて遁走を図った。

「畜生!ならば追い付いて叩き落とす!」

グヴォン騎は逃げる敵機の後方につく。
距離的には600メートルから700メートルの位置についたが、ワイバーンの光弾を浴びせるにはいささか遠い気がした。
更に距離を詰めてから追撃の光弾を放とうとした。
だが、どういう訳か……

「おかしい……このワイバーンが、追いつけないだと!?」

グヴォンは愕然とした。
敵機は、速度性能は幾分この改良型ワイバーンに劣ると言われていた筈だ。
だが、目の前の敵は、このグヴォンの愛騎をみるみる離していく。

「敵機の速度は350レリンクどころじゃないぞ!」

709ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/08(金) 18:19:13 ID:fEdVvrd.0
グヴォンは、敵機の速力が予想以上であると確信していた。
愛騎が350レリンクで精一杯な所を、敵機はぐいぐいと距離を開けていくのだ。
彼は知らなかったが、この時、難を逃れたハイライダーはS1A-2と呼ばれる最新型であった。
S1A-2は主な特徴として機上レーダーを装備し、索敵能力を大幅に向上させた点にあるが、ハイライダーの売りの一つである高速性能もまた、
初期型と比べて格段に向上していた。
この時の機体は、S1A-2の中でもエンジン出力を2200馬力に向上させた最新型であり、最大速力は水メタノール噴射時に730キロを発揮できる。
グヴォンにとって、まさに不運としか言いようがなかった。
「まさか……奴も改良型だったのか」
彼は敵がまた、このワイバーン同様に改良された機体である事を理解すると、追撃を諦めて基地に引き返して行った。

2月24日 午前7時10分 第3艦隊旗艦 空母エンタープライズ

「TG38.3旗艦エセックスより、クガベザム郊外の敵秘密飛行場を発見、爆撃に成功せりとの報告が入りました。この爆撃による被撃墜機は
無しとの事です」

カーニー参謀長からこの報告を聞いたハルゼー大将は、思わずニヤリと笑みを浮かべた。

「思い知ったか!シホット共め」
「ただし、敵飛行場には、既に我が部隊を攻撃した敵ワイバーン隊はおらず、攻撃隊は敵飛行場の他に敵戦闘飛空挺を6機ほど地上撃破した
のみに留まった模様です」
「大漁とまでは行かんかったか……」

ハルゼーは幾分不満気な表情になったが、すぐに意識を切り替えた。

「とは言え、敵を後方に退かせたという点に置いては、無駄ではなかったという訳か」
「陸軍航空隊が提供してくれた航空写真も、攻撃に役立てましたな」

モルン航空参謀が言うと、ハルゼーも深く頷いた。

昨夜の攻撃の後、ハルゼーはTG38.3に対して、敵偵察騎が対空レーダーで敵地に向けて引き返すギリギリのタイミングを見計らって偵察機の
発艦を命じた。
偵察には、TG38.3が用意していた4機のハイライダーを使用した。
ハイライダー各機には、事前にクガベザム周辺の目標となり得そうなポイントを指示していたが、その中の1機……空母イントレピッド所属機には
クガベザムの北10マイル郊外に位置する、中途半端に開墾されていた空き地に向けて飛行するように命令されていた。
この空き地は、先日、B-36が空中偵察を行った際に撮られたもので、その写真が第3艦隊にも回されていた。
写真のキャプションには空き地として記されていたが、分析したところ、空き地の四方に複数の馬車やテントと思しき物が点在していた事が判明した。
これらの馬車やテントには、不明瞭ながらも何らかの細い資材なども写っており、分析官はこの空き地には何らかの基地が作られている可能性があると
判断していた。

710ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/08(金) 18:19:53 ID:fEdVvrd.0
ただ、昨日までは、この空き地の正体が何であるか判明しなかったが、昨晩の空襲後、周辺付近の航空写真には飛行場と思しき物は存在しなかった
にも関わらず、100騎近い敵大編隊が陸地から襲撃するのは不可能であり、それを可能とするのならば、何らかの急造飛行場から飛び立った公算が
大であると判断された。
そこで浮上したのが、航空写真に映った不審な空き地であった。
この空き地は、他の戦線でも見られた、シホールアンル軍工兵隊がよく飛行場やワイバーン基地を建設する際の初期段階に、常々散見される特徴が
幾つも映っていた。
ただ、そこから飛行場が必ずしも建設される訳では無く、ある物は後方支援部隊用の宿舎であったり、物資保管所であったりと様々なパターンが
推測されるため、すぐに飛行場と断定する訳にはいかなかった。
それを確かめるために、ハルゼーは敵偵察騎を追跡させたのだが……
ブル(猛牛)とあだ名されたハルゼーが、ただの偵察だけで満足する筈がなかった。
ハルゼーは、偵察機発進を命じると同時に、敵基地攻撃を行うために艦載機による航空攻撃も命じたのである。

午前5時前には、空母エセックス、イントレピッドからF8F24機、A-1D36機が発艦し、その30分後には、空母ベニントンからF8F12機、
A-1D12機が発艦して、クガベザム攻撃に向かった。
そして、第1次攻撃隊の戦果報告が、今しがた届けられたのである。
また、第3艦隊は敵に報復を行うだけではなく、ある種のおこぼれも頂戴していた。

「長官、軽巡クリーブランドから捕虜に関しての続報が入りました」
「ほう、捕虜から何か情報を得たのかな」

カーニーは、通信員から手渡された紙面の内容をハルゼーに報告する。
TG38.1は、敵の空襲後、護衛の軽巡洋艦クリーブランドが、海面に漂っていた敵の竜騎士1名を救助し、捕虜にする事に成功していた。
敵竜騎士は女性将校で、来ていた飛行服を見る限り将校であり、ある程度のワイバーン群を任されていたと推測されている。
今の所、官姓名は聞けていないが、何らかの情報を持っている事は確実とされている。

「詳細はまだ聞けておらず、断片的にしか判明しておりませんが……シホールアンル陸軍所属の竜騎士中尉で、名前はジェミア・レティセと
呼ぶようです」
「クリーブランドは輪形陣の右側に位置していたから……この中尉殿はヨークタウンを爆撃したワイバーンを操っていた事になるな」
「左腕と右脇腹に断片を受け、重傷を負っておりますが、幸い命に別条はないと言う事です」
「他に情報は?」

ハルゼーはカーニーに聞くが、捕虜から得られた情報はそれだけであった。

「参謀長。クガベザム攻撃隊が帰還したら、ダッチハーバーに帰ろう。ビッグEとヨークタウンの修理をせねばならん」

711ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/08(金) 18:20:31 ID:fEdVvrd.0
1946年 2月27日 午後8時 クナリカ民公国オルクヴォント

スティーブ・ハーヴェイ海軍中佐は、陸軍オルクヴォント飛行場の基地司令であるヘンリー・スタークス陸軍大佐と共に、オルクヴォント飛行場の
外にあるレストラン「バーモント」にディナーを楽しむため、雑談を交わしながら来店した。

「ここは現地のスタッフに運営を任せているんだが、なかなかスタッフの手際が素晴らしくてね。特にここの店のステーキは絶品だぞ」
「それはまた楽しみですなぁ。しかし、現地スタッフの運営とは、これまた思い切った事をしますね。マオンド共和国や旧領であった大陸各国では、
旧王党派やそれに唆された武装勢力が度々騒ぎを起こしているようですが、この辺は大丈夫なんでしょうか」
「その点は心配ない。この辺は特に警備も厳重にして治安も良い。まっ、辛気臭い話はここまでにしよう」

スタークス大佐はレストランのドアを開け、ハーヴェイ中佐と共に中に入って行った。
レストラン内はカウンター席とテーブル席に別れており、内装は典型的なアメリカンスタイルだったが、店内のスタッフはスタークスの言う通り、
現地出身のシェフやウェイターが忙しく立ち回っていた。
店内はほぼ満員であり、内部には基地所属の米兵はもとより、多くの現地民も来店して料理に舌鼓を打っていた。

「これは大分賑やかだな」
「カウンター席の端が空いてます。あそこに行きますか」

ハーヴェイ中佐が店の奥にあたるカウンター席の端を指すと、スタークス大佐も仕方ないなと返し、2人は空いていた末席に座った。

「おお大佐殿!よくお越しくださいましたな」

レストラン「ヴァーモント」の店長であるオーク族出身の男が満面の笑みを浮かべて歓迎して来た。

「よう店長。儲かってるようだね」
「いやぁ、お陰様で!開店から半年経ちましが、今では毎日が大忙しでさあ」

店長は豪快に笑い飛ばした後、2人に注文を尋ねた。

「それで、ご注文は何にします?」
「ビールを2つ。あと、ステーキを2つ頼む」
「あいよ!少々お待ちください!」

注文を受けた店長は、厨房に指示を飛ばしてから、冷蔵庫から注文のビールを取り出した。

712ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/08(金) 18:21:07 ID:fEdVvrd.0
「ご注文のビールです!」
「ありがとう。さて、一仕事の後の乾杯と行こうか」

2人は乾杯の掛け声と共に互いにビール瓶を合わせ、仕事後の一服を楽しんだ。
程なくして、ステーキが彼らの前に運ばれて来た。
2人はステーキを食べながら、あらゆる話題を口にして行く。
話題はレーフェイル大陸の内情のみならず、最前線である太平洋戦線にも及んだ。

太平洋戦線では、北大陸で遂に陸軍主体の一大攻勢作戦が開始されたが、その直前、海軍と陸軍で敵の思わぬ反撃によってひと騒動が起きた件に
ついても話し合われた。

海軍は先日に行われた帝国東海岸沿岸部の攻撃で、敵ワイバーン部隊の反撃を受けて空母2隻が損傷し、艦隊がダッチハーバーに撤退した事が
話された。

陸軍は攻勢開始前日、米軍が占領したシホールアンル本土領の前線航空基地に陸軍航空隊が初めて進出し、航空作戦を展開中であったが……
一部の航空隊が、早朝に敵軍航空部隊による予想外の奇襲攻撃を受けてしまい、最新鋭戦闘機である10機のP-80を含む50機以上の戦闘機、
爆撃機が地上撃破された事が話された。

「陸軍はパットン将軍の第1軍集団が派手に前進しているようですが、その直前に起こった、この2つの事件はちと、不気味に思いますな」
「情報将校として、何か引っ掛かるのかね?」
「引っ掛かるも何も……シホールアンル軍は昨年末から今まで、全くと言っていいほど、大規模な航空反撃を行いませんでした。それが、急に
前線で攻撃用の航空部隊を繰り出して、我が軍に打撃を与えているんです。もしかして……シホールアンル側の航空戦力は、本当は回復しつつ
あるのではないかと」
「ふむ……そう言われてみれば」

スタークス大佐は顎を撫でながら唸る。

「だが、シホールアンル軍の航空戦力が回復しようとしているとはいえ、現状では焼石に水ではないのかね。既に、北大陸には1万機を超える
連合軍航空部隊が展開している。敵がどんなに頑張ろうと、大勢には影響あるまいさ」

彼は楽観的に言うと、ビールを口に含んだ。
店内の喧騒は全く止む事は無く、誰もが楽しげにメニューを楽しみ、酒を飲んで愉快に過ごしていた。

713ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/08(金) 18:22:19 ID:fEdVvrd.0
そんな中、店長が2人に躊躇いがちな口調で聞いてきた。

「すみません、少しお願いがあるんですがね……その席にお客さんを座らせてもいいですかね?空いている席がそこだけなので」

店長は、ハーヴェイ中佐の隣に指を向けた。

「ええ、いいですよ」

ハーヴェイ中佐は何の躊躇いもなく了承すると、店長は店の入り口で立っていた客を手招きしてその席に座らせた。

「ど、どうも……少しばかりお邪魔します」

オーク族出身の男性と思しき客は、すまなさそうに言いながら席についた。
ハーヴェイ中佐は、最初、そのオーク族の若者が眼鏡をかけている事に驚き、そのついでに、彼が背負っているパンパンに詰められた袋を見て
更に驚いてしまった。

「これはまた驚いたもんだ。あんたどこかで旅をしていたのかい?」

ハーヴェイ中佐は、思わず声を裏返しながら聞いてしまった。

「いえ、別にあちこち旅をしていた訳ではありませんが……まぁ似たような物なんですかねぇ」
「お客さん!それを後ろに置いといた方がいいですぜ。メシ食う時に邪魔になるよ」

店長がそう言うと、眼鏡姿のオーク族男性は背負っていた袋を下ろし、スタークス大佐の後ろに置いた。

「お兄さん、その眼鏡はどこで買ったんだね?」

スタークス大佐が気になって彼に聞いてきた。

「はい。そこの基地に勤務されている、知り合いのアメリカ兵に譲って頂きました。自分は今まで目が悪く、趣味の書き物もやり辛かったんですが、
この眼鏡のお陰で最近、その趣味も再開できました」

714ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/08(金) 18:23:19 ID:fEdVvrd.0
「お兄さん物書きなのかい。これは凄い!」

スタークス大佐は興奮気味に喋ってしまった。

「おっと、つい興奮してしまった」
「大佐は読書が好きでね。小説を書く人は尊敬していると常々言っておられるんだよ。そうですな?」
「ああその通りだ。最近はトルストイの書いた戦争と平和という本を読んでいるが、なかなか考えさせられる内容だ。お兄さんも一度はトルストイの
本を読んだ方がいいぞ」

スタークス大佐は早口で捲し立てたが、言われたオーク族の若者は首を傾げてしまった。

「い、いやぁ……大佐殿が言われている本は、おそらく異世界の物でしょうから、読んだ事のない自分には、何を言われているのかさっぱり……」
「おっと、そうだったな。申し訳ない」

スタークスは軽く若者に謝った。
そのタイミングを見計らったかのように、店長が若者にメニューを見せて注文を聞いた。
若者はオレンジジュースとハンバーガーを頼み、しばし待った後に注文したジュースとハンバーガーが彼の前に出された。

しばらくの間、若者と2人のアメリカ軍人はここで出会ったのも縁とばかりに楽しく話し合った。
互いに自己紹介も交わし合った。

今年で25歳になるヴィピン・クロシーヴと言う名のオーク族出身の若者は、戦争中は旧マオンド陸軍に徴兵され、地元であるクナリカ駐留軍の
後方部隊で勤務している間に終戦を迎えたという。
部隊勤務では、力仕事ばかり任されるオーク族出身者にしては珍しく、事務方の仕事を任されていたようだ。
徴兵前は集落で古ぼけた安い一室を買い取って、独学で言語を勉強し、それと並行して物書きもしていたが、軍に徴兵されてからは事務方の仕事に
朝早くから深夜まで勤務する事が多くなり、この過酷な勤務の影響で視力が低下してしまったと言う。
マオンドが降伏し、クナリカが分離独立を果たした後は地方を転々としつつ、4ヶ月前からはオルクヴォントのあちこちで日雇いで働く内に、
基地周辺に安い家を借りて住み始めたと、クロシーヴはそう説明した。
話は彼の身の上話からスタークス大佐とハーヴェイ中佐の思い出話や、スタークス大佐とクロシーヴの物書きに関する話に移った。

「そう言えば、自分は徴兵前に本も出した事があるんです。当時は、オークごときが本を出すとはけしからんと言われましたもんですが、ちょうど
物好きな印刷屋の主人が作品を気に入ってくれましてね。資金の関係で片手で数える程度の、少ない部数でしか出せませんでしたが……」

彼は過去に作った自信作を2人に見せるべく、パンパンに詰まった袋に手を入れた。
そして、袋から取り出したのは、3つの立派に製本された厚みのある本であった。
彼をそれをカウンターに置いて2人に見せた。
ハーヴェストは特段気にも留めようとも思わなかったが、一目で見ても綺麗に装飾が成されていると思った。
隣のスタークス大佐は食い入るように見つめつつ、クロシーヴに問い質した。

715ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/08(金) 18:24:01 ID:fEdVvrd.0
「立派な本じゃないか……これはマオンド語かね?」
「はい。題名は善人クポンと悪人クトインルです」

その瞬間、ハーヴェストの耳から、周囲の喧騒が消え去ったように思えた。
同時に、背筋に芯が打ち込まれたかのように体が固まってしまった。

「物語は、村で平凡ながらも、善人と呼ばれた青年クポンが、ある事件をきっかけに悪人でありながら、教団の大幹部を務め、地方領主でも
あるクトインル猊下を巡る物で」
クロシーヴは作品の内容を意気揚々と説明していく。

(なんてこった……)

ハーヴェストはクロシーヴから話の内容を聞いていく中で、心の中でそう呟いた。
話の内容はともかく、クロシーヴの言う作品の登場人物などは……既にハーヴェスト自身も“聞き覚えのある物ばかり”だった。
脳裏に、1ヶ月前に太平洋艦隊情報部傘下にあったあの暗号解読室が思い出される。

ハーヴェストは、元々は太平洋艦隊に所属していた事があり、主な所属部署は情報部であった。
今年の初めに、大西洋艦隊勤務を命じられたハーヴェストは、オルクヴォント陸軍飛行場を拠点に海軍側の連絡要員として軍務に当たっていた。
勤務中は、前の所属部署の上司であるレイトン提督や、ロシュフォート大佐はどうしているかと、時折思いを馳せつつ、彼らの奮闘を願っていた。
そんな中、あの壮大な謎解きに途中から離脱してしまった事の悔しさも、時々感じる事があった。
ロシュフォート大佐は、当て字のような暗号だから解読も時間の問題であると強気な発言を連発していたが、ハーヴェストが太平洋艦隊から
離れる当日も、解読に手こずっている様子だった。
(もし、あの暗号を解読できる瞬間に立ち会えていたら、俺はどれほどの達成感を味わえただろうか)
彼は、そんな悔しさを時折感じ、大作戦に貢献できない自分が空しいとさえ思う時もあった。
今ではそんな気持ちもすっかり消え失せ、目の前の軍務に集中する毎日であったが……

(日本の諺に、残り物には福がある、と言うのがあったな)

ハーヴェストは心中でそう呟くと、唐突に声を張り上げた。

「店長!ビールをあと3本頼みたい!」

いきなり声を上げたハーヴェストを、クロシーヴとスタークスは驚きの眼差しで見つめた。

「おいおい……いきなり大声を上げて、一体どうしたんだ?」
「いや、なんだか気分がこの上なく良くなりましたので」

ハーヴェストは満足気にスタークスへ言ってから、顔をクロシーヴに向けた。

「ミスタークロシーヴ。君の作品は非常に素晴らしい!その傑作とも言えるこの作品を、是非アメリカで見せたい方がいるんだが……
君、私と一緒にアメリカに来ないかね?」
「へ………自分がですか?」

クロシーヴは思わず聞き返したが、彼はハーヴェストの唐突な提案に、すっかり混乱状態となった。

716ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/08(金) 18:24:36 ID:fEdVvrd.0
SS投下終了です

717名無し三等陸士@F世界:2023/12/09(土) 19:10:24 ID:uwQdrfbM0
投下乙です!
ここにきてシホールアンルがアメリカにとっては未知の幻影魔法を実戦で使ってくるとは…。
今は視覚効果のみっぽいですが、もしこの魔法が今後改良されてレーダーやVT信管にも作用するとなるといよいよアメリカも危うくなってきますね。
現実世界ではなるべくレーダーに映らないようステルス性重視で兵器が進化していきましたが、この世界では逆に何もない場所にあえて何かあると思わせて相手を撹乱する方向に兵器や戦術が進歩していったりしそうですね。

718ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/09(土) 21:02:47 ID:uXSbfSCk0
>>717氏 ご感想ありがとうございます!
幻影魔法に関しては、開戦時に米軍首脳部にもこう言う物もあるけど今は使われていないと伝えられ、実際使用されている現場は
ありませんまでした
そのある意味枯れた技術を大々的に使用され、ここまでやられた事に、米軍首脳部は少なからぬショックを受けております

>今後改良されてレーダーやVT信管にも作用するとなると……
米軍としては非常に厄介です。レーダーありきで築き上げてきた優位性が崩されかねないですね
その対策としては、素早くシホールアンル帝国を打ち倒す事が一番の対策でしょうが……オールフェスがいきなり泣いて謝らない限り、
早期の戦争終結は不可能と言えます

>何もない場所にあえて何かあると思わせて相手を撹乱する方向に兵器や戦術が進歩していったりしそうですね。
それはそれで非常に面白そうです
電子ダミーとか何かでやるのも効果は大きそうです

719HF/DF ◆e1YVADEXuk:2023/12/23(土) 19:11:38 ID:lUDG0KFQ0
遅ればせながら投下乙です
暗号の件、意外なところで鍵が見つかるとは…本を手にしたレイトン、ロシュフォート両人の反応が気になりますね
あと潜水艦が拾った捕虜の件もありますし、この件、これから一気に動きそうだ

そしてシホールアンル軍航空戦力の気になる動き…これから行われるであろう蛙飛び作戦は無事成功するのか、それとも…

720名無し三等陸士@F世界:2023/12/23(土) 22:16:04 ID:R7BORdwY0
>HF/DF氏 ありがとうございます
どこから出た暗号かと悩んでいるうちに、別の国の若者が書いた物語を基にしたという予想外の出方ですから、
太平洋艦隊情報部も狂喜するでしょうし、捕虜の尋問も始まりますから、強化人間は秘密基地ごと叩かれてしまいそうです

>シホールアンル軍航空戦力
防衛的な動きのみに徹していたシホールアンル軍がいきなり反撃を仕掛けてきましたから、米軍にとっては予想外過ぎてしまいました
ですが、蛙飛び作戦は敵航空戦力の増強如何に関わらず、恐らく強行されるでしょう

721ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/23(土) 22:18:20 ID:R7BORdwY0
おっと、名前を入れるのを忘れてしまいました
これだけ書くのも何ですので、お知らせもお伝えいたします

12月中にはもう1本更新できそうです
そして、来年辺りから物語は一気に動き出すと思われます
今後とも、拙作を宜しくお願い致します

722ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/31(日) 22:29:33 ID:R7BORdwY0
こんばんは。これよりSSを投下いたします

723ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/31(日) 22:30:13 ID:R7BORdwY0
第295話 艱難辛苦

1486年(1946年)2月28日 午後5時

ああ……今日も1日が終わった
つまらないつまらない1日が……終わった

ある時から、うるさい大きな肉を潰すだけの日々
潰す潰す潰す……

今日は牙を剥き出しにしてきた毛むくじゃらのうるさい肉を潰した
昨日はすばしっこく動く肉を潰した
一昨日は 地べたを這いずり回る、長い気色の悪い肉を潰した

肉と潰す度に、私は血まみれになって、自分の部屋に帰ってくる

獣臭い、血のむせかえるような匂い
動きは前より良くなった

でも、前よりつまらなくなった

人を潰したい
泣き叫ぶ人を潰したい……

もう、私の前に、必死に立ち向かってくる人間がいない

なぜ?


なぜ?


なぜ?

724ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/31(日) 22:30:45 ID:R7BORdwY0



つまらない

………………


ああ、なんか……私達を世話してくれる人達の機嫌が酷い
特に、あの人の機嫌がすこぶる悪い

「きっと、あの人もつまらない日常を送っているんだね」

ふふふふ

そう思うと、結構気が晴れたかなぁ?

ほら、今も部下に当たり散らしている

「何ぃ!?捕虜輸送隊の馬車が敵機動部隊の艦載機にやられて全滅だとぉ!?」

………
敵機動部隊という言葉は、最近何度も耳にする
一体、私のつまらなさを解消できる、肉の名前なのかなぁ……

あ………
でも、なぜかこの名前には、肉という名称だけでは似つかわしくない気がする

無性に、何がしかの不安を感じてしまうのは、気のせいなのだろうか……?

725ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/31(日) 22:31:23 ID:R7BORdwY0
この日、秘密魔法施設最高責任者であるオルヴォコ・ホーウィロ導師は、被験者収容棟内で怒りの余り喚き散らした。

「鉄道施設が爆破されて、直接受け取りに向かわせたら、その馬車隊も空襲の巻き添えを受けて全滅とは、一体どうした事だ!」
「さ……さぁ……ただ、運が悪かったとしか」
「運が悪いで済まされるか!」

部下の言葉を聞いたホーウィロは、頭に青筋を立てて怒鳴り散らす。

「ええい、害獣を捕獲し続けて、餌を与え続けるしか無い!」
「実戦投入は予定通りに行かれるのでしょうか?」
「……予定通りとはならんかもしれん」

ホーウィロは沈んだ声音で部下に返す。

「現状では仕上がりがイマイチだ。人間相手の訓練だからこそ、訓練の進捗も早かったが、獣相手ではな。わしが奴らに求めているのは、
敵を完全に害虫同然に思わせ、圧倒的な力で敵地上部隊を殲滅させ得る能力だ。それが成功すれば、帝国は勝機を見出せるはずだ」
「我らもそれを望んでおります。しかしながら……敵軍の勢いは止まる所を知りません。前線ではアメリカ軍が大攻勢をかけておるようですし」
「全く気に入らん展開だ!だが……わしとしてはの、軍は敵の攻勢を上手く受けれるのではと思っておるのだ」

ホーウィロの発した意外な言葉を聞いた部下が、思わず間の抜けた声を漏らしてしまった。

「へ……導師。それはいくら何でも」
「楽観すぎである、と貴公は思っておるようだが。陸軍首脳部はあのエルグマド元帥に代わっておる。わしはあの方の性格や非占領民住民の
扱い方は大嫌いだが、戦い方は非常に素晴らしい物があると見ておる。何といっても、相手のやり方に合わせるという特徴が素晴らしい。
あの方法で何度敵軍を下して来たか……」
「しかしながら、エルグマド閣下はレスタン戦で連合軍の攻勢を受け止められず、敗走に敗走を重ねられた過去がありますが」
「あの時はそうするしかなかったのだよ。それに加えて、あの場合、一戦域司令官に過ぎぬのでは、やる事は限られておる。それが、
今や全陸軍を支配下に置いておるのだ。つまり、やりたい放題した後に、アメリカ軍を迎えておるのだ。何がしかの成果は必ず上がると、
わしは信じておる」
「はぁ……」
ホーウィロの言葉を信じきれない部下は、ただただ生返事するしか無かったが、過去にエルグマドの指揮する部隊に、間接的だが
携わった経験を持つホーウィロは、エルグマドの能力を高く買っていた。
陸軍内にいる知り合いからは時折情報を寄越してくれるが、陸軍部隊はアメリカ軍の首都侵攻に備えて幾重もの防御線を同時に構築しており、
防御線の構築には多数の民間人も志願してこれまでにない規模の防衛ラインが築かれたという。
残念ながら、資材不足の影響で敵の大攻勢開始までには完成と至らなかったが、主要な拠点は、その大半が強化されているため、米軍は
従来よりも難しい戦闘を強いられると自慢していた。

「そこに、強化兵部隊を送り込むことが出来れば、敵の攻勢なぞ即座に失敗させ、逆にこちら側から打って出て、失地回復も成し遂げられる
事が出来よう」
ホーウィロは誇らしげにそう断言したが、それでも尚、彼の胸中には、思い通りに行かない現状への不満が残り続けた。

726ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/31(日) 22:32:10 ID:R7BORdwY0
1486年(1946年)3月1日 午前8時 シホールアンル帝国首都 ウェルバンル

首都ウェルバンルにある陸海軍合同司令部では、この日も陸海軍両首脳部を集めた合同会議が行われた。

「現在、マルツスティ付近で開始された敵軍の攻勢は尚も続いており、昨日はテペンスタビ近郊で激戦が展開されております。今の所、
テペンスタビの我が地上部隊は2日ほど敵軍の前進を食い止めております」

陸軍総司令部参謀長が、室内に居る一同に向けて説明する中、海軍総司令官のリリスティ・モルクンレル元帥は内心、意外と陸軍が
戦えている事にやや驚いていた。
当初の予想では、敵は1週間足らずでテペンスタビどころか、その更に後方へ雪崩れ込んでいるだろうと思われており、防衛計画も
それに沿って制作されていた。
ただ、事前の計画とは違い、テペンスタビ以南の陣地帯は予想よりも防御力を強化できており、その最たる物が地雷の敷設数である。
陸軍部隊では、使用する地雷を単純な爆裂式魔道地雷一本のみに絞っている事も幸いして、一昔前よりも多数の地雷を戦線に敷設する事が
可能となっていた。
これらの地雷は、その大半が米軍の猛砲撃の前に粉砕されていたが、残っていた地雷は米軍前進部隊の戦車や装甲車を上手く足止めし、
そこを隠匿していた砲兵隊が狙い撃つ事で大出血を強いる事ができた。
このため、敵の前進速度は大幅に低下し、遂にはテペンスタビで完全に足止めに成功したのである。
敵の主攻勢を受けている部隊が、比較的経験豊富な第76軍であった事も幸いしているようだ。

「ただし、敵軍の圧力は非常に強く、主戦線の維持はあと2日……保って3日であると予想されます」
「後退できる土地はまだある。ここは無理せず、じわじわと引いて敵に損害を強いるだけじゃな」

陸軍総司令官のルィキム・エルグマド元帥が付け加える。
更に、作戦参謀のベルヴィク・ハルクモム中佐も発言し始めた。
「陸軍の方針としては、エルグマド閣下の言われる通り、遅滞戦闘を主に据えて作戦行動を継続していく所存です。それを可能に
するためには、砲兵隊の有無が戦況に大きく左右致しますが……今の所、主戦線後方の森林地帯に布陣した各師団の砲兵隊は敵の
爆撃を受けつつも、入念に偽装を施した甲斐があり、未だに健在であります。ただし……それもいつまで有効であるかは、定かではありません」
「砲兵隊については、適宜場所を移動して敵の逆襲に備えるほかなかろう。難しい事ではあるが」
「主戦線に関しては、今の所計画通りに動いている、という事でよろしいのですね?」

海軍側の情報参謀であるヴィルリエ・フレギル少将が聞くと、エルグマド元帥が深く頷いた。

727ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/31(日) 22:33:02 ID:R7BORdwY0
「ただ、依然として敵の攻撃は激しい。第76軍の奮闘ばかりではなく、他部隊の頑張りにも期待したい所だが……今はともかく、
戦線に増援を効率よく派遣できるように整えなければならん」
「南部戦線で包囲されている部隊が使えれば、幾分やりやすかったのですが……」

参謀長が悔しげな口ぶりで呟く。
南部戦線に包囲されている部隊は、連合軍部隊から繰り出される攻撃の前にじわじわと後退を重ねており、兵員数も包囲時の150万から
100万前後にまで激減している。
それでも尚、抗戦を続けているのだが、航空支援もない南部戦線では陸空一体作戦を取る連合軍相手に絶望的な戦いを強いられている。
また、南部領に取り残されていた一般臣民も多数が戦闘の巻き添えで死傷しており、推定では、200万はいた臣民のうち、50万以上が
死傷するという恐ろしい事態に陥っている。
だが、現状の帝国軍の力では、南部戦線の味方部隊と一般臣民を救出する事は不可能になっている。

「現地部隊司令官からは、未だに抗戦継続は可能であり、軍民一丸となって敵の吸収に努める、との報が改めて伝えられております……」
「そうか………」

エルグマドは複雑な表情を浮かべ、言葉に詰まってしまった。

「閣下、南部戦線も問題ではありますが、懸念点は他にもあります」

ハルクモム中佐は別の議題……ある意味、今日の議題の中でも最も懸念している、ある決定について話を始めた。

「2月末、皇帝陛下から直々に、陸海軍に向けて後方特別指導要員の前線投入が命ぜられました。後方特別指導要員……陸海軍合わせて
1500名にも上るワイバーン、飛空挺隊の飛行教官は、特例を除き、前線には加えないという条件のもと、後方でワイバーン搭乗の
竜騎士や飛空挺隊搭乗員の訓練に専念しておりました。しかし、これらの員数外要員も根こそぎ前線に投入すれば、一時的に航空戦力は
増えますが、後進の育成が成り立たなくなり、ただでさえ払底している予備の竜騎士や飛空挺隊搭乗員の育成が全く不可能になります。
そうなれば、帝国の空の守りは完全に消耗しつくされ、以後は敵航空部隊の自由となります」
「やはり、一部の教官連中が騒いだ事が仇になってしまったか」

エルグマドは憂鬱そうに、ハルクモム中佐に返答した。

シホールアンル帝国皇帝、オールフェス・リリスレイ帝は、2月23日に発生したワイバーン部隊と米機動部隊で行われた戦闘と、
その翌日に発生したシホールアンル軍ワイバーン部隊と飛空挺隊共同で行われた、アメリカ軍前線飛行場襲撃作戦の結果を受け、
後方特別指導要員の前線動員を命じた。

728ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/31(日) 22:33:47 ID:R7BORdwY0
後方特別指導要員は、戦闘序列には加えない事を条件に後進の育成を図る事を主任務としていたが、一部の訓練教官が熱烈に前線復帰を
懇願したため、軍首脳部はやむ無く復帰を許可し、新たに航空部隊を編成させて部隊の錬成に務めていた。
だが、この錬成部隊が、エルグマドやリリスティの就任以来、陸海共同で発表されたある命令……原則として航空反撃は厳禁とするも、
好機あれば敵大部隊相手に攻撃する事も差し支えなし、という命令を拡大解釈し、リリスティやエルグマドから見れば暴走同然の航空反撃を
実施したのである。
航空攻撃は2箇所で実施された。
1箇所は、帝国本土東岸にあるクガベザム沖で行われた。
このクガベザム沖の戦闘では、既に首都圏を空襲し、更にクガベザムにあった在来のワイバーン基地に夜間爆撃を行ったアメリカ機動部隊を、
クガベザム郊外に新設したばかりの簡易飛行場に、訓練で訪れていた陸軍第921空中騎士隊が襲撃した事で、大規模な航空戦に発展した。
この攻撃で、第921空中騎士隊は空母2隻撃破、護衛艦4、5隻に損傷を負わせて撃退したと、攻撃直後に司令部に報告したが、
第921空中騎士隊も敵機動部隊の猛烈な対空砲火の前に、出撃した87騎中30騎を失うという大損害を被った。
その後、第921空中騎士隊は、騎士隊指揮官の直感的判断でクガベザムを離脱し、その直後に撤退したと思われる敵機動部隊からお返しの
航空攻撃を受けて、簡易飛行場は壊滅し、飛行場付近にあった鉄道施設や、休憩中の輸送隊も爆撃を受けて甚大な損害を受けた。
この敵機動部隊に対する反撃は、結果的に出撃拠点となった簡易飛行場を撃破されるなど、完全な藪蛇となってしまった上に、攻撃部隊
そのものの被害も大きいため、結果的には失敗と判断された。

それとは別の、もう1箇所の航空攻撃は、敵に占領された帝国領マルツスティから南10ゼルドにある、ピマスティと呼ばれる地域に向けて行われた。
ピマスティは昨年12月から米軍に占領されており、過去にはヒーレリ侵攻の兵站拠点として活用され、交通の要衝でもある重要な地域だ。
米軍はこのピマスティに前線飛行場を建設し、早くも1月中旬から大規模な航空部隊を展開させて、絶え間ない航空支援を行っていた。
そんなピマスティ飛行場に対して、これまた後方特別指導要員を指揮官に据えたワイバーン部隊や飛空挺隊が奇襲攻撃を敢行したのである。
ピマスティ飛行場の周辺には、現地住民から潜伏中の工作員に届けられた飛行場の米軍機の同行や警戒体制など、様々な情報が伝えられ、
それは中央にも届けられていた。
だが、中央の司令部首脳は、ピマスティ襲撃は余りにもリスクが大きすぎるとし、前線付近に展開する現地の各ワイバーン隊や飛空挺隊には、
引き続き防衛戦闘のみに従事せよと命令が伝えられた。
だが、2月中旬に新編の1個ワイバーン部隊と1個飛空挺隊が布陣してからは状況が変わった。
この航空部隊の指揮官らは、現在のピマスティ基地の警備態勢ならば奇襲は成功すると確信しており、特に現地からもたらされた、
敵夜間戦闘機隊の削減と、後方地域への移動はまたとない好機と取られた。

729ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/31(日) 22:34:24 ID:R7BORdwY0
そして2月24日深夜に、ワイバーン、ケルフェラク合同の奇襲部隊は隠匿された前線基地から出撃。
攻撃部隊は、事前情報で得た、対空レーダー対策として超低空で終始飛行を行い、早朝前に現地へ到達すると、一斉に襲いかかった。
この攻撃では、推定で50機以上の敵戦闘機と爆撃機を地上撃破し、同数に損害を与えたと言われているが、特にあの忌まわしき
最新鋭戦闘機であるシューティングスターを、少なくとも10機ほど地上撃破できた事は、報告を聞いた誰もが溜飲を下げた。
攻撃隊の損害は、参加したワイバーン24騎、ケルフェラク30機のうち、対空砲火によってワイバーン4騎とケルフェラク5機を失い、
少ない損失とは言い難かったが、敵航空機多数を地上撃破させ、基地施設にも損害を与えたため、攻撃は大成功と言えた。
だが、これらの攻撃もまた、前述の敵機動部隊攻撃と同じく、現地指揮官の独断専行で行われたものであり、これを聞いた
エルグマドは激怒したほどであった。
ただ、広報誌には、これらの航空反撃が大々的に取り上げられて発表されており、長い間敗北続きで意気消沈していた軍部隊はもとより、
一般臣民の士気をも大きくあげる事となった。
そして2月28日には、オールフェス・リリスレイ帝から陸海軍総司令官に対して、直々に後方指導要員の総動員と部隊編成が命ぜられ、
これによってシホールアンル陸海軍部隊は、員数外としていたワイバーンや飛空挺、そして少なからぬ搭乗員を戦力に加えることが可能となった。
しかしながら、この戦力増は後進の育成を完全に諦め、全滅するまで敵と戦うという事に他ならなかった。
また、オールフェスは臣民の士気を更にあげるためにも、確実に仕留めやすい目標に向けて、これらの航空予備戦力を全力で投入するように
重ねて命じたため、陸海軍首脳部は、その命令を実行に移さざるを得ない状況に陥ってしまっていた。
一部の教官達が前線復帰を望み、戦果を挙げたことが、帝国にとって大きな仇となりつつあるのだ。
ようやく、劣勢下にある戦況でそれなりのペースを掴みかけていたと確信していた陸海軍首脳部にとって、一連の出来事は、まさに青天の霹靂と言えた。

「モルクンレル提督。貴官はこの件についてどう思うかね?」
「余りにも短絡的で、最低な判断であると……私は思います」

リリスティは無表情のまま、この後方指導要員総動員を一言の下に酷評した。

「一時的に戦力は増え、一時的に行う作戦の幅も広がり、望む戦果も挙げられるかもしれない。ですが、その後はどうなるのです?空の戦士が皆死に
絶えた後、敵航空部隊は今以上に大暴れし、味方地上部隊は好き放題に叩かれ放題となります。エルグマド閣下は、それをお望みなのでしょうか?」
「望むわけがなかろう」

エルグマドは首を振りながら、リリスティに向けてそう断言した。

730ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/31(日) 22:34:57 ID:R7BORdwY0
「命令は命令だが……するにしても、何かしらの重大事案が起きれば、それに向けて対応せざるを得ない。そして……」

エルグマドは、自らの背後に書かれた黒板の内容を指差した。

「事案は既に起きておる」
黒板の内容は、今話している後方指導要員とは別の事案の物であった。

この会議が開かれるちょうど1日前に当たる2月27日。
この日、シホールアンル帝国中部地区にある中規模の工業都市、レルヴィスに対してアメリカ軍はP-51戦闘機100機、B-29爆撃機200機を含めた
戦爆連合編隊を差し向けた。
それは、今まで行われた工業地域に対する高高度戦略爆撃の筈であった。
この戦爆連合編隊に対し、シホールアンル軍は隣接地域からの増援も含めて、計70機の飛空挺、ワイバーンが迎撃に上がった。
70機のうち、50機は飛空挺であるケルフェラクであり、敵編隊は真昼間に堂々と侵入してきた為、ケルフェラク隊は高度1万メートル以上へ
向けて駆け上がった。
ケルフェラクは護衛のP-51隊と激戦を繰り広げつつ、B-29へと襲い掛かろうとした。
だがこの日……B-29編隊はいつものように、高度1万の高みに上がっていなかった。
皮肉にも、高高度でケルフェラク隊の戦いを指を咥えて見ているだけしかなかったワイバーン隊が真っ先にB-29編隊との戦闘に突入羽目になった。
20騎のワイバーン隊は、高度3000メートルという普段とは余りにも低い高度を悠々と飛行する重爆編隊に臆する事なく突入したが、猛烈な
防御砲火の前に大苦戦を強いられた。
ケルフェラク隊の指揮官が米重爆隊の意図を察知した頃には、ワイバーン隊の迎撃を蹴散らしたB-29群が高射砲弾の迎撃を受けつつも、
腹に抱えた大量の爆弾をレルヴィスの街へ向けて、盛大にばら撒いていた。

第20航空軍司令官であるカーティス・ルメイ少将は、この日出撃する爆撃隊に対して、従来とは大きく違った、高度3000〜5000メートル付近
を飛行し、多少の危険は織り込み済みで行う大規模絨毯爆撃を命じていた。
従来の高度1万以上からの高高度爆撃では、目標への着弾率が大きく低下する上に、既にこちら側のやり口を知った敵迎撃部隊の激しい迎撃に晒される
為、爆撃隊の損害率も一向に低下し辛いというデメリットがあった。
今年に入ってからルメイを含むアメリカ軍戦略爆撃機部隊は、シホールアンル本土に対して激しい戦略爆撃を行うも、敵も各所で果敢な迎撃戦闘を
展開するため、撃墜されたB-29は今年だけでも59機、損傷し、帰還後に破棄された機も含めると、実に120機を失っていた。
B-36だけは敵機の迎撃を受けない、高度1万4千から1万5千メートル付近を飛行するため、被撃墜機は0に留まっている。
なお、帰還中の事故などで6機が失われているものの、B-29と比べれば、B-36こそが無敵の重爆撃機と言える。
だが、B-36の数はまだ少ないため、B-29が遠距離の戦略爆撃の主役となっている今では、度重なる損失の連鎖は止めなければならなかった。

731ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/31(日) 22:35:42 ID:R7BORdwY0
そんな中、ルメイは思い切ってB-29を高度1万から高度3000〜5000メートル前後の中高度を飛行させ、敵の意図を欺きつつ、爆撃の精度を
上げて、目標の破壊効率を改善させようと試みた。
無論、各爆撃機は可能な限り爆弾、焼夷弾を多く積むため、できるだけ機銃を多く取り外して搭載量を増やそうとした。
ルメイの考えは、当然の事ながら各所から猛反対され、反対者の中には「自殺行為だ!!」と叫ぶ者も居た。
だが、ルメイはこれらの反対意見を抑え込み、この日の中高度爆撃作戦を敢行したのである。
鉄のロバとあだ名されるルメイの頑固さが発揮された瞬間であったが、この日の爆撃作戦は、まさにルメイの望んだ通りとなった。

「敵のレルヴィス爆撃では、死傷者7万人、罹災者42万人の大惨事となりましたが、敵側は主力の爆撃機編隊を従来とは違って、低高度から飛行させて
我が方の迎撃を殆どかわす形で爆撃を行いました。敵が低高度付近に降りてきたのならば、より多くのワイバーンや飛空挺を投入して迎撃を行う必要があ
ります」

ハルクモム中佐がそう言うと、室内の一同は深く頷いた。

「そこで、都市防衛に増援を送ると言うことになるのだが……その前に、皇帝陛下は眼に見える戦果……それも、我が本土の沿岸部を遊弋する敵機動部隊の殲滅を希望しておられる」
「敵機動部隊の殲滅は、増援部隊を用いたとしても非常に困難です」

リリスティがキッパリと言い放つ。

「先日の敵機動部隊攻撃も、ほぼ不意打ちに近い形で攻撃できたにも関わらず、こちら側の損耗も激しかった。今度ばかりは敵も備えて来る事は
ほぼ確実でしょう。そうなれば、犠牲だけが多く、成果は不十分な物になる可能性が極めて高いかと」
「ふむ……では、陛下の命令は完全には成し遂げられぬと」

エルグマドは最初から分かっていたと言わんばかりにリリスティにそう言い放った。

「ただし……これは敵機動部隊の全力と正面から向き合えば、の話です」

海軍側の魔道参謀であるヴィルリエ・フレギル少将がすかさず間に入った。

「ここ最近のアメリカ海軍は、複数ある空母群をそれぞれの目標に向けて分散させて行動しているという報告が頻繁に見られています。先日の
クガベザム沖の米機動部隊も、1個空母群が単独行動している所を見計らって味方ワイバーン部隊が反撃を行っています」

732ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/31(日) 22:36:40 ID:R7BORdwY0
「つまり、敵機動部隊が複数の空母群纏めている所に攻撃すれば、まともに反撃を受けて攻撃の成果が上がり難くなるものの、単独の空母群だけを
叩くのならば……”勝ち逃げ“も可能になる……と言う事です」

リリスティもヴィルリエに続いてそう言い放つと、陸軍側の面々もなるほどとばかりに顔を頷かせた。

「一昨年の第1次レビリンイクル沖海戦の再現を狙われるのですね」

ハルクモム中佐が言うと、リリスティも流石とばかりに頬を緩ませた。

「資料をよく見られているようね。そう、あの海戦の再現を狙う。陛下の命令通りに事を起こすには、それしかない」
「しかしながら、それをやるのと、敵側がこちらの理想通りに動いてくれるかは別問題であるかと思われます」

ハルクモムが幾分強い口調で指摘して来た。

「我がワイバーン部隊と飛空挺隊は、結果の差異はあれども、敵側の不意をついて戦果を挙げる事ができました。ですが、敵が今度も、艦隊を
分散させて行動するとは限らないかと。敵も先の戦いで改めて学んでいる可能性も考慮しなければなりません」
「無論、そのつもりであろう」

エルグマドも口を開く。

「海軍側としても、まずは敵の今後の出方を見てから行動を起こす事を考えておるかな?」
「はい。復帰した竜騎士の再訓練も必要ですし」
「海軍総司令官もそう言われるのならば、陸軍としても増員の竜騎士、搭乗員を受け取った後はしばし再訓練と戦力の再編に専念する事にしよう。
それから……」
エルグマドはしばし間を開けてから言葉を続ける。
「既存の航空戦力と、増援の航空戦力を全て敵機動部隊攻撃に差し向ける訳にもいかん。敵は海の上だけではなく、地上と、空からも迫って来ておる。
陛下は敵機動部隊の殲滅をご所望だが、集められるだけの戦力で持って、と言っておられるのであって、全てを投入せよととは聞いておらんからな」

エルグマドは無表情のままそう告げたが、この時、リリスティはエルグマドの意図を見抜いていた。

(なるほど……昔から狡猾と言われて来ただけはある)

「また、敵に航空戦力増強を悟られてもならないだろう。海軍側としては、もし敵機動部隊攻撃を実行する場合、航空戦力をどのように運用した方が
良いと考えるかね?」

733ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/31(日) 22:37:17 ID:R7BORdwY0
「貴重な航空戦力を攻撃用として、大々的に使用する事自体……私は反対です。ですが、陛下の命令が出た以上は致し方ない事。であるならば……
攻撃実行までは従来通りの運用で問題ないかと思います。そして、実行までの間に再訓練、再編を済ませ、攻撃直前に現在、各地で建設が進んで
いる秘匿基地へ移動し、目標と定めた敵機動部隊を攻撃すべきと考えます」
「ふむ、私も同じ事を考えておった。しかし、建設中の秘匿基地は、一撃離脱戦法を主戦法に据えた我がワイバーン隊が退避用に使う目的で
あちこちに作っている物なんだが、これが攻撃に役立ちそうになるとはのぅ」

エルグマドは顎をさすりながら、意外そうな口調でリリスティに言う。
元々、陸海軍ワイバーン部隊や飛空挺隊は、攻勢的な航空作戦は例外を除いて一切禁止するという新しい基本方針を打ち立て、米軍のジェット戦闘機隊が
暴れるようになってからはより一層防御的な作戦行動のみを行うようになっていた。
主な任務と言えば、守りの薄い敵爆撃機編隊を狙って迎撃するか、一撃離脱に徹して敵戦爆連合編隊の隙を突いて通り魔的に襲撃、または、地上部隊の
上空援護がない一瞬を狙って地上爆撃する。
そして、比較的纏まった機数を集めて、主導的に行動できるのが敵戦略爆撃機編隊の迎撃など、殆どの任務が守り一辺倒の物ばかりとなった。
防御一辺倒のシホールアンル航空部隊は、敵ジェット戦闘機隊の出現直後は甚大な損害を出して惨敗したものの、12月末から2月下旬のワイバーン、
飛空挺損失数は382、損傷は290と、圧倒的多数の連合軍航空部隊を相手にし続けている割には比較的損害を抑えられていた。
逆にシホールアンル軍はワイバーン、飛空挺隊と地上軍の防空部隊共同で連合軍機500機を撃墜し、200機前後に損傷を与えており
(戦果判定は過大と言われているが)無理な航空攻勢を控えた結果が如実に現れていた。
現在、シホールアンル航空部隊は、陸軍がワイバーン698騎に、飛空挺312機、海軍がワイバーン698騎を保有しており、これに特別指導要員とは
別に、従来から補充が予定されていた正規の補充ワイバーンと竜騎士が陸軍に70騎、海軍に50騎加わる。
また、生産が容易な簡易飛空挺のドシュダムが月産100機を維持しており、これらもまた補充としてドシュダム装備部隊に送られていた。
そこに総動員された特別指導要員が1500名……ワイバーン1000騎、飛空挺500機が加わる事となる。
これらの航空部隊を運用する上で必要なのが、シホールアンル全土で建設中の簡易飛行場であり、今現在、実に100以上の飛行場が動員された
帝国臣民の協力のもと、急ピッチで建設中である。
これまで通り防御一辺倒ならば、1年以上は敵航空部隊や敵地上部隊を脅かし続ける事ができたであろう。
だが……航空攻勢を行うともなると、その損耗率は甚大な物となり、損失数も爆発的に増える事は間違いない。
しかも、既に後進を育成し、細々とながらも補充できる手段を絶ってしまっているのだ。
何かしらの手を打たなければ、シホールアンル航空部隊は短期間で全滅するであろう。
だが……

(ねぇリリィ)

リリスティと同じ考えに至ったのか、隣のヴィルリエがヒソヒソと話しかけてくる。

734ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/31(日) 22:38:22 ID:R7BORdwY0
(どうやら、エルグマド閣下は何かを思いついたようだね)
(えぇ、そのようね)

エルグマドが別の議題に向けて話を進める中、リリスティもその横で小声で返す。

(攻撃に数が必要なのは当然。でも、防御に使うのも、数はいる……エルグマド閣下は、爆撃機編隊への備えを理由に、温存策を思いついたようね)
(はは、本当狡猾だねぇ……ただ、防空部隊への配慮が必要なのも確かな事だし、陛下から何か言われても、それで押し通すつもりだね)
(あー……あのカス……じゃなくて、皇帝陛下がエルグマド閣下を叱責されるようなら、あたしはエルグマド閣下に助け舟を出すよ)

リリスティはそう呟き返してから、どこか凄みを帯びた微笑みを浮かべた。
話はエルグマドとハルクモムが中心に進めている。
会議の議題は帝国南西部……先日占領された旧ヒーレリ領最後の都市ペリシヴァより開始された、別の連合軍部隊の攻勢に移っていた。
話を聞く限り、ペリシヴァを占領した連合軍部隊は、2月26日には早くも攻勢を開始しており、現地を守備するシホールアンル陸軍は敵に押され
通しとなっている。
28日には、国境から9ゼルド(27キロ)北にあるポトクリィマ市まで迫っており、敵部隊はこのまま同市を制圧する勢いで進撃を続けていたが、
新たに投入された第218師団が市街地手前で敵の進撃を停止させ、現在は市街地に誘導する形でジリジリと後退しつつ、市街戦の準備を進めている
という話だった。
ポトクリィマ市は昔から城塞都市として使われており、古来から防衛拠点として大昔から何度も攻防戦が行われた歴史ある都市でもある。
ポトクリィマ市が防衛拠点として使われてきたが、ちょうど都市の左右に湿地帯が広がる地域に建てられた事もあって、攻撃を受ける側からすれば
ちょうど守りやすい位置にあるため、非常に戦いやすい。
だが、守りやすいという理由がある反面、過去に何度も敵の攻撃で壊滅的な打撃を受けてきた都市でもあるため、幾度も荒廃と復興を繰り返して
きた都市でもある。
今回、新編成の第218師団は旧ヒーレリ領より進軍してきたミスリアル軍3個師団を相手に果敢な迎撃戦闘を繰り広げており、その戦いぶりは
エルグマドも賞賛するほどであった。

「予定では、2日後にポトクリィマ市に後退し、師団砲兵を後方に展開させつつ、市街戦で敵の進軍を食い止めるようです」

ハルクモムも淡々とした口調で報告しつつも、218師団の戦闘ぶりに感嘆を受けているようであった。

「それにしても、218師団は26日に師団長含む師団司令部が空襲で全滅したにも関わらず、よくこれだけの動きができる物だな」
「新たに任命された臨時昇進の新師団長が上手く指揮を取られておるようです」

話を聞いていたリリスティは、陸軍側がメインの話のため、半ば他人事のような気分で話を聞いていく。
内心では、陸軍にもまだまだ勇者はいるもんだなと、心の中で感心していた。
そこに参謀長も幾分興奮気味の口調で話に加わる。

735ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/31(日) 22:38:54 ID:R7BORdwY0
「新師団長は砲兵出身で野砲の扱いが上手く、ミスリアル軍部隊の前進に対して適切に砲兵支援を行っておるようですが、それだけには留まらず、
最前線にも出て陣頭指揮を取る豪の者でもあるようですな」
「最前線で指揮を取るのは流石にやりすぎではあるが……敗色濃い今の状況では明るい話ではあるな」

エルグマドは向こう見ずと言いたげではある物の、その新師団長の働きぶりには感嘆の念を抱いていた。

「新師団長の名前ですが……少々お待ちを」

いつもは準備の良いハルクモムにしては珍しく、机に置いてあった紙を何枚かめくって噂の英雄の名前を確認しようとしていた。

「ありました。218師団はミリィア・フリヴィテス大佐……26日に昇進されておりますから、フリヴィテス少将が指揮を取り、ミスリアル軍
3個師団の進撃を今の所釘付けにしております」
「え……ミリィア!?」

リリスティは思わず叫ぶと同時に、勢い良く席から立ち上がった。

「どうした、モルクンレル提督?」

リリスティが見せた予想外の反応に、エルグマドは困惑した顔で彼女の顔を見上げた。

「……取り乱してしまい、申し訳ありません。ただ……私の親友の名前が今、耳に飛び込んできてしまった物ですから」
「フリヴィテス将軍が提督のお知り合い……いや、親友でありましたとは」
「彼女とは昔から付き合いがあり、色々と一緒にやり合った仲です。数日前に偶然再会し、旧交を温めながら、戦地に赴く所を見送りました。
任地までは知りませんでしたが……」

リリスティは途端に強い動悸に見舞われた。

「く……!」
「総司令官、お気を確かに」

ヴィルリエが冷静な口調でリリスティの動揺を抑えにかかる。

「今は、将軍の奮闘を祈るばかりです。我々は我々で、できる事をやらねば」
「そう……だな。うん、確かに」

736ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/31(日) 22:39:28 ID:R7BORdwY0
リリスティは小さい声でそう返すと、深呼吸してから自らを落ち着かせる。

「失礼いたしました。私には構わず、どうか続きを」

彼女は落ち着いた声音でそう言うと、先とは打って変わって静かに腰を下ろした。

「まぁ落ち着きたまえ、提督。218師団は今の所、損耗率1割程度で重火器の損耗も少なく、上手くやれているそうだ。それに、聞いた限りでは
彼女は運が良い。提督が心配する必要はなかろう」
「は……お気遣い、感謝いたします」
リリスティが感謝の言葉を述べると、エルグマドは無言で小さく頷いてから、話を続けた。
「218師団の属する69軍団は、334師団と164師団が市街地の北に後退を完了しており、218師団を支援できるようになっておりますが、
この2個師団は218師団と交代する直前までミスリアル軍3個師団に散々叩かれておりますので、戦力として期待はできません」
「69軍団は第36軍が指揮していたが、36軍から増援は遅れんのかね?」
「36軍は別の地域で米軍の攻勢に対応中のため、69軍団への増援の見込みは今の所、ありません。あと、問題は他にもありまして……
ポトクリィマ戦線から北に離れた地域で東部戦線への鉄道輸送を予定していた部隊が、米軍の補給戦爆撃の影響で急遽輸送できなくなり、
現在は駅周辺の森林地帯で偽装しつつ待機中です」
「参謀長、それは本当かね?」
「はい。2個石甲師団を含む4個師団が足止めを受けている状態ですな。北部で編成を完了し、東部戦線の主陣地へ輸送途中でしたが……」
「参ったものだ。敵も嫌らしいことをするもんだのぅ」

エルグマドは苦々しげに参謀長に返したが、リリスティは、まさかの激戦地に投入され、圧倒的な劣勢下で戦う親友の事で頭が一杯であった。

1486年(1946年)3月2日 午後3時 ミスリアル王国レマンナ

ミスリアル王国レマンナ魔導学院の学院長を務めるラムベリ・ラプトは、頬杖を付いた状態で細目になりながら、本のページを1枚ずつめくっていた。

「ふむふむ……もちっと小さめがいいか。でかいのも悪くないが、如何せん小回りも必要になる」

やや気の抜けた口調でぼやきつつも、彼は本のページをめくり続ける。

「やはり速さがいいな。小さくても遅すぎるのダメだ」

ページを捲るたびに、ラプトはページの内容や絵を批評しつつ、ゆっくりと読み進めていく。

737ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/31(日) 22:40:25 ID:R7BORdwY0
彼の外見は、傍目から見ればどこにでもいるダークエルフ族出身の若い青年であり、どこか気弱そうな長い銀髪がその気怠げな雰囲気をより
醸し出している。
だが、若そうな年齢が想像できる割には、口調は妙に重々しい。
まるで、歳を食った年配者のような感覚に見舞われるのだが、それは間違いではなかった。
ラプトは御歳80歳を超える。
アメリカ的に言えば高齢者に入る年齢だが、不老長寿種の1つであるエルフ族の彼には、その外見的な老いというものが存在しなかった。
だが、内面的には行きた年数だけの経験が反映されている事もあって、若い世代の部下達とたまに雑談などを交わしていると、会話が微妙に
噛み合わなく場合もある。
最近知ったアメリカの言葉には、世代間ギャップという物があり、自分は時折、そのギャップに苦しめられているのだと、ラプトは時折
口にするようになった。
そんな彼は、ミスリアル王国の中で有数の氏族でもあるエスパレイヴァーン族の族長であり、王国中枢との繋がりも深い事で知られている。
それに加えて、王国内でもこれまた有数の魔導学園であるレマンナ学院の学院長も務めており、過去の経験を生かした魔導研究はもとより、
教壇に立って授業を行う事もある。
魔法戦士から研究者……そして、教育者という幾つもの顔を持つラプトは、今やミスリアル魔法研究の権威として魔法学会のトップに君臨する
大人物とも言えた。
そんな大物である彼は、本を見ながら来客を今か今かと待ち続けていた。

「もう3時か。あいつめ、大先輩を待たせるとはいい度胸だ」

ラプトは舌打ちしつつ、本から目を離して、隣に置いてあった報告書に目を通す。

「しっかし、レイリーに渡した水晶が派手に砕け散るとはな。ハヴィエナは禁呪指定を受けただけもあって、発動体の水晶は強度自体かなり
高いはずだったが……」

彼は目を細めながら、水晶が割れた原因を考え始めた。
そこにドアが勢い良く開かれ、待望の客が彼の部屋に入室してきた。

「族長!お久しぶりです!!」

余りにも大きな声に、ラプトは思わず体をビクンと跳ね上げてしまった。

「お、おい!なんだその声は!それにドアを勢い良く開けるんじゃない!あとここでは族長と呼ぶな、学院長と呼べ!」

738ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/31(日) 22:43:36 ID:R7BORdwY0
「この間お会いした時は族長と呼べと仰られたでありませんか」

客人はムスッとした表情のまま、ラプトに言い返した。
そのダークエルフ出身の青年は、2年前に採用されたミスリアル海軍専用の紺色の軍服と制帽を身につけていた。

「その都度場を見て呼べと言ってるんだよ。わかりませんかな、メヴィルゼ提督?」
「あなたが幾つもの肩書きを持つからじゃありませんか」

メヴィルゼと呼ばれた青年は、そのままの口調で答えた。
ラプトの部屋を訪れた青年……クリスパン・メヴィルゼ海軍大将は、ミスリアル海軍総司令官を務める海軍軍人である。
年齢は62歳であり、16歳の頃に軍に入隊してから46年間軍人をやってきた彼であるが、実は異色の海軍軍人でもある。
元々は、陸軍の軽装兵旅団所属から軍歴が始まった彼だが、アメリカが転移する前にシホールアンル軍によって海軍が全滅して一から
作る羽目に陥ったため、陸軍河川部隊を指揮していたという経験を持つ彼が海軍総司令官に就任するという目茶苦茶な展開になった。
メヴィルゼは当然任官を拒否したが、ラプトの説得を受けて嫌々ながら海軍のTOPになってしまった。
だが、元々海軍を再建をほぼ諦めていた当時のミスリアル王国は、名目上の海軍部隊を有するだけで、実際はわずかに生き残った水兵が
海軍歩兵旅団として地上戦を戦うだけに過ぎず、メヴィルゼは海軍軍人なのに結局は陸上戦闘を指揮するという訳の分からない状態になっていた。
海軍総司令官就任2年目……1482年には、ミスリアル本土にシホールアンル軍の大規模な侵攻を受け、あわや亡国一歩手前まで行くものの、
そこを救ったのが……異界より召喚された、アメリカ合衆国所属のアメリカ海軍であった。
亡国の危機を脱したミスリアルは、43年初頭から軍の近代化を本格化させると同時に、陸軍のみならず、海軍の再建と空軍の創設も視野に入れ始めた。
この時から、メヴィルゼは門外漢ながらも、ミスリアル海軍再建へ向けて身を粉にする勢いで働いた。
44年中旬にはミスリアル海軍水兵をアメリカ本土で訓練を受けさせる事が正式に決定し、44年末からはミスリアル海軍の水兵が少数ながらも、
順次米本土に旅立っていった。
また、アメリカ海軍が戦った数々の海戦の記録を取り寄せるべく、メヴィルゼも自らアメリカ本土に趣いた。
米本土では、アメリカ海軍作戦部長のアーネスト・キング元帥や海軍長官フランク・ノックス長官と直談判する事で、多くの資料(文書の写し)を
ミスリアル本土に持ち込む事ができた。
45年末には、艦隊再建計画も本格化し、46年から駆逐艦、巡洋艦を主力とする軽快艦隊を手始めとし、段階的に艦隊規模を拡充しつつ、
将来的には空母を含む機動部隊の保有も視野に入れる事が決まった。
だが、先日米本土でキング提督と会談したメヴィルゼは、すっかり身についていた自信を打ち砕くような出来事に見舞われた。

「族長!貴方達が開発した支援兵器の件で、キング提督からこっ酷く叱られましたぞ!」
「なにぃー?私達は使い物にならんクズを提供した覚えはないぞ」

739ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/31(日) 22:44:12 ID:R7BORdwY0
ラプトは眉を吊り上げ、半ば睨みつけながら反論する。

「最初は使えておりましたが、途中で駄目になった奴があると言われましたぞ。私はキング提督になんと言われたかわかりますか?命懸けで
戦っている将兵に、そのような不良品を送りつける国の海軍が順調に成長できるとは思えん、軍艦を与えてもすぐに駄目にするかもしれん……
と言われたんですぞ!!」
「おいおい、そりゃ酷い言われようだな。それで、具体的にはどの件で怒られたんだ?」
「……昨年12月のウェルバンル・シギアル攻撃と、今年1月にアメリカ潜水艦の件です。共に貴方達が主導で開発、提供した物が機能不全に陥った
事で、重大な危機を招いたと、キング提督から伝えられています」
「ふむ……それはすまない事をした」

ラプトはすぐに頭を下げた。

「実のところ、君が来るまでその件について原因を探っていたところだ。いずれは、私自身から直接、アメリカ側に謝罪しようと思っている」
「なるほど……それなら、私もこれ以上言う事はありません。ただ、あと一つ付け加えるのであれば、支援兵器の信頼性はもう少し上げるべきと
考えております。戦場で戦う将兵にとって、途中で使い物にならなくなる兵器ほど、恐ろしい物はありませんからな」
「重々承知している。私もまだまだだ」

神妙な面持ちで、彼は反省の意を示した。

「さて!反省もほどほどに」

唐突に、彼はケロリとした表情でメヴィルゼに顔を向けた。

「あの……もう少し反省してくれても良かったんですが」
「いつまでもクヨクヨしてはつまらんだろう!今は戦時だ、ささっと切り替えんとな。ところで……その手に持っているのは、例のアレかね?」
「いやはや、相変わらずですな。その性格には毎度ながら感心しますよ」

メヴィルゼはやや呆れながらも、ずっと片手に持っていた紙袋を机の上に置いた。
それは、つい最近ミスリアル王国に初進出したばかりである、アメリカのファーストフード店、A&Wの紙袋であった。
紙袋を差し出すと、ラプトは目にも止まらぬ速さで奪い取り、紙袋の中に入っていた食べ物を取り出す。

「おお……これがアメリカの国民食……A&Wのチーズバーガーか!」
「その通りです。族長が来る前にこれを買ってから来いと言うもんですから、私は行列に混じってから苦労しつつ、やっと買えましたよ」

740ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/31(日) 22:47:51 ID:R7BORdwY0
1946年1月から、南大陸各国では、アメリカ発のファーストフード店であるA&Wが相次いで出店し、計30店舗がめでたく開店となった。
ミスリアル国内には、5箇所のA&W支店が開店したが、その1つはレマンナ学院から5キロほど離れた町に出来ており、開店から1ヶ月
経った今でも、店内はほぼ満員となり、カウンター前には常に行列が出来ていた。
メヴィルゼは、ある者は初のアメリカ食に胸を躍らせ、ある者はその味にハマって病み付きになるなど、多くのミスリアル国民がその味を
楽しむゆえに作られた、長い行列の中を30分ほど歩いた末に購入できた。

「2個入っているな。全部私のだな!」
「いやいや、1個は自分のですよ。あと、このポテトとケチャップも忘れないでください。セットで食べると、もっと美味いですよ。あっ、今の
うちに自分の分は取っておきます」
「なんだ、全部くれないのか!ケチな海軍大将だな」

ラプトは紙袋からチーズバーガーとポテト、ケチャップを取り出すメヴィルゼに文句をつけるが、気を取り直して、初めてチーズバーガーを齧った。

「お、大きく行きましたね」

メヴィルゼは、大きく頬張るラプトを見つめつつ、その反応を待った。

「ほほぉ……素晴らしい味だ。アメリカ人はこんな物を毎日食ってるのか」

ラプトは興奮気味に喋りつつ、2口目、3口目と齧り付いていく。
半分ほど食べると、彼はポテトにケチャップを付けて、それを口の中に放り込んだ。

「ふむ!こういう感じになるのか。なかなかいい相棒じゃないか……」

ラプトは、今までに感じた事のない恍惚感を味わった。

メヴィルゼがチーズバーガーを半分食べた頃には、ラプトは自分の分をすっかり食べ終わっていた。

「完食!今までに食べた飯の中で一番美味かったぞ」
「いやぁ、夢中で食べとりましたな」
「こんな美味い飯を作るアメリカは最高だ。それに比べてシホールアンル人共から奪い取ったあの糧食はただのゴミだったな!」
「まぁまぁ、落ち着いて」

興奮気味に早口で捲し立てるラプトを、メヴィルゼは両手を使って宥めすかした。

741ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/31(日) 22:48:27 ID:R7BORdwY0
「まーしかし……美味すぎる飯という物はいい素材をたっぷり使っているから美味い訳だが、食べている途中で何かしらの問題点も感じ取れたな」
「何かしらの問題点、ですか?」
「ああ。それはつまり、美味すぎる飯を比較的短時間で多く取れる。いや、取れてしまうという事にある」

ラプトはそう言うと、自らの腹を3度ほど叩いた。

「この飯は腹によく収まるが、恒常的に食べると、ここら辺に変化が出る。そう……太るんだ」

彼は席を立ち上がって、室内をゆっくりと歩きながら説明していく。

「近頃、授業中に気づいた事があってな。幾人かの生徒の体型が明らかに大きくなっていた。そう、肥満してやがったんだ。彼らはあの店が出来てから、
毎日のように通ってハンバーガーとかを食べていたが、その結果、肥満になってしまった。それから必死に体型を戻そうとしているが、思った以上に苦労
している。メヴィルゼ、アメリカ人にも、この辺が……まぁ、言い方を変えて、いい感じに成長している奴が多いだろう?」

ラプトは腹の辺りを両手で大きく半円を描きながら質問した。

「ええ。貴方の言われる通りです。中にはこんなにも……ええと、成長が著しい方がいるのかと。ある意味戦艦みたいなもんだなと感じた次第です」
「戦艦に例えるのはどうかと思うぞ。私から見れば、戦艦は筋肉質で体型の素晴らしい戦士みたいなもんだと思うが、まぁそれはともかく……
アメリカ人はいい飯を食い、豊かな生活を送っているが、良い物でも取り過ぎれば体を害する場合もある。特にあのチーズバーガーは、それの
典型であると、私は思ってしまったよ」
「はぁ……確かにそうでしょうな。しかしながら、それもアメリカの良さであるかと、自分は思います。我々の世界では、例えば肥満は恥であるという
考えが主流ですが、アメリカではそうではありません。まぁ、アメリカ内でも肥満は自己管理能力の欠如であると言われているようですが、それでも
我々の世界のように叩きまくると言うような事はありません。言うなれば、アメリカはそれぞれの違いがはっきりと見え、意見も真剣に言い合い、
それなりに尊重する動きが見えるのです。違いが見えれば即処断し、意見の相違なぞ無視か排除する……我らが世界との差はそれかと……」
「それが、自由の国アメリカである、と言う訳かね?」

ラプトは真剣な眼差しでメヴィルゼを見据える。

「そうです。だからこそ、アメリカは戦争でも強いと、私は確信しています」

メヴィルゼは目を逸らさず、真っ直ぐ見つめたままそう断言した。

「そうか……あの戦場で初々しかった若き戦士も、立派に成長したものだ」
「何年前の話をしているんですか。まぁでも、貴方も以前に仰られたでしょう、エルフ族は年月と共に強く、賢くなる、と」
「いやはや、恐れ入った」

ラプトは満足気に言うと、メヴィルゼから目を離し、自らの席に戻った。

742ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/31(日) 22:49:27 ID:R7BORdwY0
「さて……腹も膨れたし、食後の読書でも楽しむとしよう」

彼はそう言いながら、メヴィルゼの目の前で鼻歌まじりに読書を始めた。
残ったチーズバーガーを食べ始めたメヴィルゼは、無言のまま食事を進めていく。
しばしの間、狭く、古い本や研究資料で満たされた室内は静寂に包まれた。

全てのポテトを食べ終わったメヴィルゼは、徐にラプトの読む本に目を向けた。
それと同時に、ラプトが口を開く。

「思い出した……そう言えば、また実戦で使えそうな魔法が間も無く完成するんだが」
「実戦で使えそうな魔法ですか……効果はどのような物です?」
「まぁ、言うなればお助け系かな」
「お助け系ですか……MB弾のような失敗作はやめてくださいよ。2年以上前のカレアント反攻で使用された際、使い辛いから不採用となった
過去がありますが」
「そんな物とは違う。アメリカさんが最も欲しかった物だよ。ただね……実験を行うにも、私達が持っている備品では流石に足りなくてね……」
「そこで、海軍大将であるこのメヴィルゼの出番、という訳ですな?」
「おー、話が早くて助かるね」

ラプトは微笑みながら返すと、本のあるページに目が止まり、指先をゆっくりとなぞる。

「要は、アメリカさんにもまた、協力して欲しいと言う訳だ。勿論、私は先の件について謝罪する。その次に、実験への協力をお願いしたい」

彼はメヴィルゼにそう言いながら、指先をある所で止め、その部分の文字列を横になぞって行く。

「謝罪は直接出向かれてから行かれるのですか?」
「そう考えてはいるが、如何せん、ここでの仕事も忙しい物でね。それに、実験も行うとなると、より一層ここから離れられない。ひとまずは、
謝罪文を送ることで、アメリカ側へ謝意を表したい」
「……なるほど。それなら、私の方で貴方の謝罪文をお渡しいたしましょう」
「うむ。そのあとで、実験の話も進めてもらいたい。この実験はアメリカ側にとっても悪い話ではないはずだ」

彼はそう言いながら、ある英語の文字列をもう一度、指先でなぞって行った。
その文字列には、

USS Des Moines-class Hevy cruiser

と、特徴的なシルエットの上に書かれていた。

743ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/31(日) 22:50:09 ID:R7BORdwY0
SS投下終了であります

それでは皆さま、良いお年を!

744HF/DF ◆e1YVADEXuk:2023/12/31(日) 23:32:37 ID:lUDG0KFQ0
投下乙です、ちょっと早いお年玉ですかな?
シホールアンル、教官やってたベテランを投入とは…これはまずい展開だ(しかも独断専行までやらかすというおまけつき)
あとデ・モイン級重巡で行われる実験とは何なのだろう…

そしてジャンクフードかっ喰らった挙句太るエルフという色々とぶち壊しなネタ…メタボなエルフ、かあ(頭を抱える)

745ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2024/01/01(月) 13:02:46 ID:R7BORdwY0
>HF/DF氏 ありがとうございます。ちょっとした年末進行的な投下になりました

>デ・モイン級で行われる
まぁ、ちょっとした実験です

>ジャンクフード好きエルフさん
エルフさんは痩せられない1940年代verがあちこちで見かけられると言う、ちょっと残念だけど、
見てる側からしたら面白い状況になっちゃってますね

746ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2024/01/29(月) 20:39:17 ID:Zo.OeHzY0
ツイッターXでも書きましたがここでもご報告を
明後日の夜辺りには更新できるかもしれません。
恐らく夜6時から8時の間になりそうです

747ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2024/01/31(水) 20:42:28 ID:Zo.OeHzY0
こんばんは。SSを投稿いたします

748ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2024/01/31(水) 20:44:31 ID:Zo.OeHzY0
第296話 西方へ

1486年(1946年) 3月4日 午後3時 シホールアンル帝国テペンスタビ

シホールアンル帝国陸軍第515歩兵師団は、今まさにアメリカ軍前進部隊の猛攻撃を受けつつあった。

「敵戦車!前方800グレル!撃てぇ!」

第515師団第1213連隊に属する砲兵大隊では、野砲を水平にして敵戦車を迎撃し、今しも1両を擱座させた。

「敵戦車が動きを止めました!片脚をやられた模様!」

砲兵小隊長が鉄帽の中に滲む汗を拭う中、部下の砲兵が弾んだ声で叫ぶ。
砲弾は敵の履帯部分……右のキャタピラに命中した。
白煙の向こうから損傷箇所が見えるが、損傷の具合は思ったよりも酷くない。
だが、片方の履帯は完全に切断され、敵戦車は気付かぬうちに右側へ転回しようとしている。

「とどめを刺せ!あいつはまだ生きてる。その場を回りながらあちこちに弾をぶち込んで来るぞ!」
「分かってますぜ!」

部下は小隊長にそう返しながら、次の砲弾を備砲に装填した。

「装填よし!」
「撃て!!」

腹に応える砲声が響き渡り、砲弾は過たず米軍戦車に突き刺さった。
弾はまたもや履帯部分に命中したが、今度は先程よりも大きく破損して、爆炎と共に足回りの部品や破片が大量に飛散した。
先程よりも濃い白煙に包まれた敵戦車が完全に動きを止めた。
その直後、敵戦車のハッチが勢い良く開かれ、乗員が大急ぎで飛び出してきた。
別の陣地で魔導銃を構えていた兵員が逃さぬとばかりに光弾を乱射し、憎き戦車兵に追い打ちをかけていくが、残念な事に
敵戦車兵を捉えるには至らなかった。
魔道銃座の兵は尚も光弾を撃ちまくったが、その至近に砲弾が着弾し、大量の土砂が舞い上がった。
間一髪直撃を免れた銃座の兵は、大慌てで頭を塹壕内に引っ込める。
アメリカ軍機械化師団の攻撃は激しく続いており、今も戦車群に率いられたハーフトラックの群れが陣地内への突入を続けている。
数両のハーフトラックが、戦車が踏み潰した塹壕の近くに停止し、そこから下車した米兵が陣地の制圧にかかろうとする。
だが、先導役の戦車はこの時気付いていなかったが、その真横の蛸壺陣地に潜んでいたシホールアンル兵が、肩に太い筒のような物を
乗せて戦車の側面に狙いを定めた。

749ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2024/01/31(水) 20:45:01 ID:Zo.OeHzY0
米兵はそれに気づくと、

「バズーカだ!撃ち殺せ!!」

と絶叫し、数名の兵がM1ガーランドやBAR等を向けて一斉に射撃を始めたが、ほぼ同時にシホールアンル兵が、肩にかけていた筒から何かを発射した。
鮮やかな緑色の発光体が筒先から放たれると、ちょうど100メートル離れたパーシング戦車の側面に突き刺さった。
戦車の車体右側面から爆炎が吹き上がり、その次に夥しい量の白煙が車体を包み込んだ。
シホールアンル兵は戦果を確認する前に体を銃弾に貫かれて戦死したが、戦車は足を止め、ハッチから戦車兵がよろめきながら脱出してきた。
陣地制圧にかかるアメリカ軍歩兵も、塹壕側にいるシホールアンル兵との熾烈な銃撃戦に巻き込まれる。
互いに光弾や銃弾を激しく撃ち合い、時には手榴弾を叩き込み、爆発と同時に進もうとするのだが、決定打に欠けるため、米兵側もなかなか制圧が捗らない。
その次に、アメリカ兵側は火炎放射器を使いながら制圧を図る。
これは効果があり、シホールアンル兵を次々と火達磨にしつつあったが、そこに敵側が砲兵射撃を用いて、米兵達を次々と叩き始めた。
戦闘は激戦の様相を呈しており、アメリカ軍、シホールアンル軍共に大量の兵力を投入し続けている。
全体的には、圧倒的な火力を有し、豊富に航空戦力を投入する米軍が優勢に見えるのだが、既にここ数日の激戦で荒れ果てたシホールアンル軍陣地を
なかなか突破できないままだ。
今日こそはとばかりに、米軍はパーシング重戦車を主力とした戦車隊を支援に機械化歩兵部隊を大規模に投入して押しに推しているのだが、
シホールアンル軍も予備隊を次々に投入し続けている。
しかしながら、シホールアンル軍部隊の損耗も大きく、今日こそ後退命令が下るかと誰もが思ったのだが……
いつの間にか、アメリカ軍部隊は攻撃を中止し、残存部隊を纏めて後退に入って行った。

第1213連隊第3砲兵大隊の臨時指揮官であるトヴォン・セヴィグ少佐は、戦闘を終えたばかりの前線を見るなり、顔を顰めずにはいられなかった。

「くそ……かなりやられたな」
「貼り付けの第3歩兵大隊は半分やられました。それに加え、第2砲兵大隊は敵砲兵に3分の1の砲を破壊されて大隊長が戦死。連隊の支援に
付いていた、なけなしのキリラルブス9台は全てやられました」
「連隊の損耗率も5割近くに達していると聞いた。師団全体でもだいぶやられたらしい。まぁ、敵さんも少なくない打撃を負ったようだが」

セヴィグ少佐は、視線を荒れ果てた味方の塹壕陣地からその前方に向けていく。
彼らのいる陣地は、小高い丘の頂上に占位しているが、そこから少し遠く離れた先には森林地帯があり、米軍部隊はその森の中を走る幾つもの
歩道を進むようにして進撃してきた。

750ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2024/01/31(水) 20:45:50 ID:Zo.OeHzY0
森は敵味方双方の砲撃ですっかり吹き飛ばされ、遮蔽になりそうな物は少なかった。
その森の入り口から陣地前まで、少なからぬ数の米軍車両が骸を晒していた。
戦闘終了から間も無い事もあり、ハーフトラックと呼ばれる車両の多くが、真っ黒な煙を噴き上げて炎上している。
そして、遺棄車両の中には戦車も含まれており、これらの大半はハーフトラックのように燃えている物は少なく、ほぼ原型を留めた形で擱座していた。

「戦車が10台以上か……ほぼパーシングのみだな。本当、よくあれだけのパーシングの攻撃を撃退できたものだ」
「後方の師団司令部直轄の砲兵隊も、全力で支援してくれましたからね。あと、携行型爆裂光弾の威力も凄まじかった」

部下の砲兵小隊長が言うと、セヴィグは確かにと頷いた。
1月からシホールアンル軍歩兵部隊には、携行式の爆裂光弾が徐々に配備され始めた。
この携行型爆裂光弾は、アメリカ軍のM1バズーカを参考に作られた対車両用の肩掛け式発射装置で、射程は75グレル(150メートル)となっており、
主に待ち伏せに使用されている。
このテペンスタビ攻防戦でも大々的に使用され、アメリカ軍機械化部隊の損耗率は、従来よりも効率的に運用された阻止砲撃と合わせて鰻登りとなった。
その反面、味方歩兵部隊の損害も大きく、携行式爆裂光弾を使用する兵は、5人中3人が必ず死傷すると言われるほどだ。
だが、この新兵器の活躍のおかげで、今やシホールアンル軍地上部隊の士気は以前と比べて高くなっている。
とはいえ、押し寄せる敵軍をいつまでも食い止め続ける事は不可能だ。
いずれは押し切られる……
セヴィグ少佐のみならず、最前線で戦う誰もが同じような結論に至っていた。

「昨日戦死した先任の大隊長も言っていたが、程良いところで下がらないと、敵の圧倒的火力差でいたずらに戦力を失いまくる。敵をほどほどに
叩いて下がらせた所で潔く後退すべきだな」
「大隊長の言われる通りです」
「ま、俺は昨日までは第1中隊長だったんだがな」

セヴィグは部下に向けて、疲れの滲んだ表情のまま冗談口調で返した。

「俺が師団長なら、今がその時だと判断するけどね」
「そもそもうちらの所属する第76軍自体が、敵の攻勢をまともに食らいすぎてて、指揮下の軍団や師団とかは大体酷い事になってるようです。
さっきの攻撃が来た時も、こりゃ戦線崩壊は確定かと思ったもんですが……正直、耐え切っちまった、と言うしか無いですね」
「味方のワイバーン部隊が援護してくれりゃ、もっとマシな戦いができるんだがな」

セヴィグはそう言った後に、腹立たしげに唾を吐いた。

751ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2024/01/31(水) 20:46:35 ID:Zo.OeHzY0
「味方ワイバーンとかもうアテにできませんよ。たまに敵の爆撃機を襲いに飛んでいくのを見かけますけど、それ以外はずっと引っ込んだままですし」
「その分、敵の航空支援は手厚いから、こっちから見ると羨ましい限りだ。最も、今日はずっと曇りだから敵さんの航空部隊も不活発だったが」
「そう言えば、個人的に一つ気になった事があるんですが」
「ん?何が気になったんだ?」

部下が話題を切り替えると、セヴィグはすかさず問い質した。

「撃破された敵車両が多い割に……アメリカ兵の死体が少ないように思いますね。確か、敵は連隊規模の攻撃を仕掛けてきて、それが撃退されて、目に見えるだけでも30台以上の戦車や装甲車が擱座してます。その割には……」

部下は戦場を見据え、首を傾げながらセヴィグに言う。

「ああ、その事だがな。どうやらアメリカ軍は戦場で負傷兵は当然だが、戦死した戦友の遺体もなるべく持ち帰るようにしているそうだぞ」
「戦死した戦友の遺体も持ち帰るんですか?戦闘後ならまだしも、あんな激しく撃ち合ってる中でも?」
「そうだ。無論、全部の遺体を持ち帰る事は到底無理だ。だが、敵はできる限り持ち帰ろうと普段から努力しているようだ。だから、敵兵の遺体は
どこの戦場に行っても意外と少ないんだそうだ。まぁ……木っ端微塵にぶっ飛んでいる物も多少あるだろうがね」
「へぇ……帝国軍では戦闘中の戦死者回収なんてやらずに、戦闘後に回収してたもんですが。一応、帝国軍も疫病対策で放置しっぱなしは無いとは聞いてます」
「だが、敵軍……特にアメリカ軍は、戦友は遺体になっても、万難を廃して持ち帰ろうとしている。全く、火力も装備もある上に、限りなく士気の
高い敵と戦わされるなんて、これは地獄の中の地獄だぞ」

そんな敵を撃退し続けている今の状況は、まさに奇跡でしかない…と、彼は心中でそう断言した。

「大隊長、師団命令であります!」

そこに、魔導士官が走り寄り、通信紙を彼に手渡した。

「ご苦労!さて……ふむ。やっとか」
「大隊長、命令はどのような物ですか?それと、師団命令とは一体?連隊本部からの通信では無いのですか?」
「ああ。師団命令によると、515師団は現陣地を放棄し、1ゼルド後方の予備陣地に後退。その後、516師団と後退し、戦力の補充と再編にあたるそうだ」

セヴィグはそこで言葉を終えようとしたが、まだ伝えていない文がある事に気づき、付け加えた。

「それと、連隊本部は敵の多連装光弾の直撃を受けて壊滅。連隊長は戦死したとのことだ」

752ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2024/01/31(水) 20:47:28 ID:Zo.OeHzY0
1486年(1946年) 3月5日 アリューシャン列島ウラナスカ島

「ああ、なんてこったい。愛しの旗艦が未だにドックに入院中とは……」

第3艦隊司令長官を務めるウィリアム・ハルゼー大将は、ちょうど短期間の洋上射撃訓練を終えて帰投して来た旗艦の艦橋上から、浮きドックに
乗せられて修理中のエンタープライズ見るなり、悲嘆に暮れていた。
ダッチハーバーには2つの浮きドックが他の工作艦群と共に本土から回航されており、その1つにエンタープライズが鎮座し、もう1つには
同じ第38任務部隊第1任務群に所属する僚艦、ヨークタウンが乗せられている。
エンタープライズとヨークタウンは、先月下旬のクガベザム攻撃の際、敵ワイバーン群の反撃を受けて飛行甲板を損傷している。
損傷の規模は、エンタープライズで中破、ヨークタウンなら小破レベルであろうと思われ、被弾から半日後には両艦とも、応急修理で飛行甲板の穴を塞いでいる。
ただ、正規空母2隻が手傷を受け、その影響が残っている(エンタープライズは至近弾多数を受けた影響で速力が29ノットに低下し、ヨークタウンは第2エレベーターが停止してしまった)上に、敵航空部隊の増援がクガベザム近郊に到着し、大規模な航空反撃を受けた場合、TG38.1と、エセックス級正規空母3隻を主体としたTG38.3では荷が重いため、大事をとってダッチハーバーへ帰還した。
第3艦隊は、3月2日にはウラナスカ島ダッチハーバーに帰還し、エンタープライズとヨークタウンは、念の為浮きドックに入渠して本格的な修理を行う事となった。
ハルゼーはドック入りしたエンタープライズに代わって、別の艦を旗艦に定めて艦隊の指揮に当たったが、その翌日は、臨時の旗艦が整備後の
射撃訓練を行うため、短いながらも複数の僚艦を引き連れて、射撃訓練も兼ねた訓練航海に臨んだ。
それを終えた帰りに、ドック上のエンタープライズとヨークタウンを見るなり、嘆きの言葉を発したのである。

「長官がそう言われると、私共としては少々複雑になりますな」

艦長がそう言うと、艦橋内にいた一同から笑い声が上がった。
それを聞いたハルゼーはハッとなって、慌てて笑顔を取り繕った。

「いや、無論この艦も素晴らしいぞ。色々と勉強になったなと思った点もある」
「それはそれは、お褒めのお言葉を頂き、感謝いたします」

戦艦プリンス・オブ・ウェールズ艦長、ジョン・リーチ大佐は満面の笑みを浮かべて感謝の言葉を述べた。

「ですが、長官としてはやはり、空母に対する愛情がお強いようですな。本官としては、そのハルゼー長官に一時的ながらも、旗艦としてお使いに
なられた事を誇りに思います」
「ブリティッシュジョークを交えながら言われるのもちとアレだが……まぁ、良い体験をさせて頂き、俺も深く感謝しているぞ。それに、俺も
前々からプリンス・オブ・ウェールズには乗艦したいと思っていたんだ。何しろ、大西洋ではマイリー(マオンド軍)相手に派手に暴れ回り、
太平洋ではシホット共に14インチ弾を撃ち込んでやったんだ。ガッツに満ち溢れた戦艦に乗って、その腕前を直に見れた事は非常に満足している」
「乗員達のガッツがあったからこそ、このプリンス・オブ・ウェールズが戦争の開始から今まで生き残れたのでしょう。あとは、合衆国海軍に編入
してくれたのも、この艦が生き残れたきっかけになったのだと、私は思っております」

753ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2024/01/31(水) 20:48:03 ID:Zo.OeHzY0
ハルゼーがなぜプリンス・オブ・ウェールズを臨時の旗艦に選んだのか。
それはただ単に、今まで乗る機会の無かった、イギリス製最新鋭戦艦に一度乗ってみたいと思った事もあるが、それとは別に、大西洋所狭しと
暴れ回った上に、第3艦隊の護衛艦としても活躍し、今や百戦錬磨の精鋭艦として、練度面では合衆国海軍最新鋭のアイオワ級戦艦にも勝るとも
劣らぬと言われる同艦乗員の練度を、この目で確かめたいと感じた事にもある。
実際に乗艦し、訓練に立ち会ったハルゼーは、プリンス・オブ・ウェールズ乗員の練度の高さに感嘆の念すら浮かべていた。
艦の操艦は当然ながら、射撃訓練の精度も、その特徴ある14インチ4連装主砲を巧みに使いこなし、常に良好な成績を挙げていた。
ハルゼー個人としては、この艦の卓越した技量を直に見れたため、非常に実りのある訓練航海となった。

「長官、少しばかりよろしいでしょうか?」

話に一区切り付いたタイミングで、第3艦隊参謀長のロバート・カーニー中将がハルゼーに声をかける。

「いいぞ。何かあったか?」
「先日のクガベザム沖の航空戦で判明した事がありますので、そのご報告をお伝えしたく」

カーニー参謀長の背後には、航空参謀のホレスト・モルン大佐も居る。

「ほう、何かわかったようだな」
「航空参謀、よろしく頼む」

カーニー参謀長はモルン航空参謀に説明を促した。

「まず、当日の戦闘の際に判明した事が2つあります。まず1つですが……敵ワイバーン隊が見せたあの奇怪な急機動、もとい、分裂の事です。
クレーゲル魔道参謀の推測を一通り聞いたあと、当日に敵ワイバーン隊をレーダー画面で監視していたレーダー員から聞き取りを行いましたが……
クレーゲル魔道参謀の推測通り、敵ワイバーンは物理的に分裂し続けた訳ではなく、分裂した姿だけを見せ、それを機動でごまかして我が方の
機銃員の照準を狂わせたようです。実際、レーダー員は敵ワイバーンは今までに見た事の無い動きを見せてはいる物の、レーダー反応自体はずっと、
そのワイバーンのみが捉えられていたようです」
「やはりか!」

ハルゼーはしたり顔で反応する。
あの日、敵編隊は今まで見た事のない急機動と、幻影魔法をセットで使う事で機動部隊への接近を果たしたが、当時は敵ワイバーンが物理的に
分裂し、偽物を囮役にして弾を吸収させる事で被弾する確率を低下させようとしているのでは、という意見も多数見受けられた。
だが、同時に敵ワイバーンを狙うのではなく、敵ワイバーンのいる空域ごと狙って射撃すれば敵は被弾し、射撃の効果が出たと言う声が対空要員……
特に5インチ砲の砲員から少なからず挙げられていた。

754ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2024/01/31(水) 20:49:11 ID:Zo.OeHzY0
「要するに、幻影魔法とやらを使うシホット共にはVT信管付きの砲弾をたっぷりと浴びせてやればいいのだな」
「その通りになります……ですが、VT信管にも弱点があります。特に、海面スレスレを行く敵に対しては、VT信管が海面の反応を捉えて通常よりも
過敏に反応し、早爆してしまうため、思ったよりも敵にダメージを与え難いようです」
「低空の敵は機銃座で対応するしかないという事か」
「ただし……ウースター級防空軽巡なら理想的な働きを見せるかもしれません」

モルン大佐がそう言うと、途端にハルゼーは不機嫌そうな顔つきになった。

「我が艦隊にウースター級はいないぞ。アトランタ級はいるが、シホット共に突破されて爆弾を食らってる」
「長官、もしもの話です。それに、従来の艦隊であっても、あの敵編隊を削れるという事は既にわかっております。なので、対空戦闘に関しては、
これまで通りに行うしか手はないかと」
「ふむ……それでは敵にもいい目を見せる事になるじゃねえか。俺としては味方艦がやられるのは面白くない!」
「長官、それを防ぐためにも、幾らかやり方を改めるしかないでしょう。あと、敵航空部隊を防ぐ一番効率的な防御は、こちら側も戦闘機を多く
飛ばして迎撃する……そう、昼間の航空作戦で一気に敵戦力を削り取る事です」
「それはつまり……夜間の敵地爆撃はなるべく控え、日中に堂々と大編隊を組んで敵地を攻撃するのみに徹する、という事かね?」

ハルゼーの問いに対し、モルンは深く頷いた。

「小官としては、それが最も効率良く、敵航空部隊にダメージを与えられる方法であると確信致しております。夜間だと、少数の夜間戦闘機のみしか、
航空戦力は使えませんので」

モルンはそう断言した。
彼の言う事はハルゼーもすぐに理解できた。
TF38の3個空母群を付近に纏めて行動させれば、例え敵編隊が大規模な航空部隊を差し向けても撃退できるであろう。
そして、シホールアンル軍のワイバーン部隊は戦力を失い、今度こそ敵は空を米軍によって好き放題されてしまうだろう。
だが、これまでの敵の動きからして……

「大戦力で突っ込めばそりゃぁ、敵を散々に打ち破れる。だがな……それじゃシホット共は出て来んぞ」

ハルゼーは仏頂面で反論した。

755ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2024/01/31(水) 20:50:15 ID:Zo.OeHzY0
「陸軍から伝わった情報も見る限り、シホットの航空部隊はゲリラ戦のような動きしかしておらん。クガベザムでエンタープライズ、ヨークタウンが
被弾したのは、そもそもが”TG38.1単独“でいると見なされたのが原因だ。もしTG38.1のみならず、他の2個空母群と共に行動している所を
発見されていたら、連中は攻撃して来なかったはずだ」

ハルゼーは、浮きドッグで体を休める2空母を交互に見つめ、視線をそのままで言葉を続ける。

「大軍で威風堂々と現れる事自体、奴らのペースに乗せられているのかもしれんぞ」
「では長官……敵航空戦力を効果的に減殺するには、何かしらの策が必要になるかと思われますが」
「策……ねぇ」

ハルゼーは眉間に皺を寄せつつ、顎を摩った。

「レイ辺りなら、何かいい案を思いつくかな」

彼は苦笑しながら、モルンに言った。


しばらくして、上空に航空機の爆音が響き始めた。
最初は然程でもなかったが、すぐに地を圧っするかのような轟音に変わった。
ハルゼーは艦橋の窓から飛行場の方へ顔を向ける。

「B-36か」
「シホールアンル本土への爆撃へ向かうのでしょうか」

カーニー参謀長が口を開く。

「恐らくはそうだろうな」
「出港前に、飛行場に30機ほどのB-36が集結しているのが見えましたから、近々大陸戦線へ赴任する記念の爆撃行へ出撃するのかと思っておりましたが」
「あの様子だと、その予想は当たっていたようだ。しかし、行きがけの駄賃とばかりに、高度15000前後まで上がられて爆弾の雨を降らされるんじゃ、
シホット共の先は暗いままだな。いずれは、ワイバーンも飛空挺も戦略爆撃の影響で疲弊し切ってしまうだろう」

ハルゼーはそう言いながらも、内心は戦略爆撃で疲弊し切る前の敵航空部隊との決戦を望んでいたが、同時に敵が今のような、ゲリラ的航空作戦を
続ける以上、そのような戦いは起きないとも思っていた。
次々と飛行場から発進するB-36を眺めていたハルゼーだが、この時、2月末にもB-36が飛行場から発進していた事を思い出した。

(そう言えば、2月の終わりにもB-36が飛び立っていたな。あの時は3機ほどが飛び立ったが、珍しく南西方面……合衆国本土に向かっていた。
あれは本土で何かしらの整備を受けようとしていたのかな)

756ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2024/01/31(水) 20:51:07 ID:Zo.OeHzY0
3月6日 ワシントンDC 午後2時

アメリカ合衆国大統領フランクリン・ルーズベルトは、大統領執務室でコーヒーを啜りながら、アメリカ陸軍航空軍司令官を務めるヘンリー・アーノルド大将の説明を受けていた。

「閣下、北大陸戦線につきましては、これで以上になります」
「ふむ……ミスターアーノルド、帝国軍の頑張りには私としても頭が下がる思いだが、だからと言って、数の優位が揺らぐ事はない。ここは我が方も、
粛々と事を進めるしかあるまいな。遅かれ早かれ、敵は息切れする。そこを狙って、我々は余力を持って敵航空部隊を虱潰しにするまでだ」
「ご最もでございます。閣下、話は変わりますが……かねてより準備を進めておりました、レーフェイル大陸東方沖に点在する未確認国家に対する
航空偵察が、間も無く開始されます」
「ほう。遂に始まるか」

今まで顰めっ面で報告を聞いていたルーズベルトであったが、ここで固かった表情が幾分明るくなった。

「クナリカとレンベルリカの飛行場からB-36を2機ずつ、計4機を発進させます。最初に偵察する目標はフリンデルドとイズリィホンを予定しております」
「うむ、大変結構」
「しかしながら、懸念もありますぞ」

室内で同席していたコーデル・ハル国務長官がすかさず指摘する。

「フリンデルド、イズリィホンはいずれも独立国であり、その国土の近辺を航空偵察する事は、相手国に非難される恐れがあります。また、領土の
上空に侵入すれば、前世界で言われる領空侵犯を行った事になり、激しい反発が予想されます」
「その点は重々承知している。それを分かった上で実行するのだ」

ルーズベルトは既に決定事項だ、と言わんばかりにそう断言する。

「偵察機には沿岸部のみを飛行するように厳命します。国務長官の言われるような、当該国のど真ん中を突っ切るような飛行は一切行いません。
そもそも、この偵察飛行はレーフェイル大陸から東にある未確認国家を確かめる事を目標に定めた、観測飛行であります」
「観測飛行に戦略爆撃機を……しかも、敵対国を攻撃し続けているまさにその当該機を送り込むと言うのは、如何なものかと」
「B-36以外にこの長距離飛行をこなせる機体が居ないためだ。往復8000マイル(12800キロ)の偵察飛行だ。その他の機体を仕立てようにも、
今から作っては年単位の時間がかかってしまう」
「だからこそ、B-36を使うのです。機体の性能も最高であり、万が一の事態にも備えられるかと」
「万が一の事態とは……もしや、戦闘機の迎撃を考慮してのことですかな?」
「ミスターハル、万が一の事態とは、何も迎撃を受けるだけという事ではなかろう。高度15000前後を飛行できるのであれば、雲の殆どない成層圏を
ずっと飛行できる。無論、下界の天候が悪ければ、満足に偵察が出来なくなるが、それでも別に良い。我々としては、現在伝えられているレーフェイル
大陸と当該国との距離が正確か否か。そして、本当の距離はどれぐらいなのかと確かめる事に主眼を置いておる。場合によっては、この2カ国の領土ギリ
ギリまで飛行して引き返すだけでも良い」

757ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2024/01/31(水) 20:52:26 ID:Zo.OeHzY0
「むしろ、それだけなら往復3,4000マイル程度で済みますから、パイロットの負担もかなり楽になるでしょう」
「私個人としては、それだけで済むよう願うばかりです」

無表情のままそう発言するハルに対して、ルーズベルトは微笑みながら言葉を返す。

「心配は無用だ。B-36はアメリカの航空技術の粋を極めた機体だ。そう、言うなれば合衆国一……いや、世界一の飛行機とも言える。ただ往復するにし
ろ、ぐるりと沿岸部を一周するにしろ、B-36にとっては造作もない事だ。数日後にはコーヒー片手に報告書を読んでおるよ」

オペレーションハイウォッチ……それは、昨年末より新たに存在が噂されていた2カ国……フリンデルド帝国と、イズリィホン皇国……
通称イズリィホン将国と呼ばれている国家と、その他の陸地を航空偵察で確認される事を目的とした長距離偵察作戦の名称である。
フリンデルド帝国とイズリィホン将国は、それぞれがレーフェイル大陸から約3000マイル(4800キロ)前後離れていると伝えられていたが、
正確な距離は未だ分からなかった。
その他に分かった事と言えば、フリンデルド帝国は大陸にある複数国家の中の一国であり、レーフェイル大陸から東北東の方角に行けば辿り着ける。
イズリィホン将国は、その未知の大陸から南に推定500マイル(640キロ)前後離れた南方にあり、前世界の日本列島に似た細長い土地を、上下逆に
なった姿形で存在していると言われている。
この他にも、この2カ国とは別にレーフェイル大陸と3分の2ほどの大きさの大陸に近い島国や、幾つかの列島が集まった比較的大きな島らしき物の
存在も伝えられており、これらもまた後日偵察する事が決まっている。
偵察作戦は3月から4月初めにかけて行われる予定であり、この航空偵察で各地域の正確な位置や、距離などの情報を集める予定である。
この異世界に召喚され、まだまだ知らない事の多いアメリカにとって、この偵察作戦の意義は大きい物になると、アーノルドは勿論のこと、ルーズベルトもまたこの作戦の実行に乗り気であった。
だが、ここで先ほどのような強い懸念を示したのが国務省である。
アメリカとの国交を望む国は、1946年1月現在で、南大陸の同盟国や、レーフェイル大陸の支援国や統治下にあるマオンドを除き、実に10カ国に及んでいる。
これらの国は、レーフェイル大陸に設置したアメリカ国務省の連絡事務所に使者を派遣し、アメリカの外交官と既に接触を果たしている。
これらの国々の中には、今話に出てきたフリンデルド帝国と、イズリィホン将国も含まれていた。
アメリカとしては、これらの国の内情を精査しつつ、希望が叶えば国交を結ぶ事も考えていたのだが、そこに軍部が突然、軍用機……
しかも、今現役で実戦投入中の戦略爆撃機を用いて航空偵察を行うと発表したのだ。
国務省としては、将来的には海軍の援護を受けつつも、民間の調査船等を派遣してこれらの地域の調査を行うべきであると考えていた。
だが、未だに国交を結んでいない国に軍用機、しかも戦略爆撃機を飛ばすというのだ。
前世界であれば明らかに威嚇行為であり、重大な外交問題に発展しかねない。
無論、前世界とは違う、この異世界では事情は異なるかもしれない。
国によっては、爆撃機そのものを見た事がない地域もある筈だ。

758ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2024/01/31(水) 20:52:56 ID:Zo.OeHzY0
ただ……ハルが聞いた話では、各国の使者は例外なく、アメリカが大量の軍用機を用いて大きな都市を攻撃し、一夜で破壊したという話の真偽を、形の差異はあれど、外交官に尋ねてきたというのだ。
それはつまり……各国は曲がりなりにも、戦略爆撃の恐ろしさをおぼろげながらにも知っている事になる。
情報の出所は間違いなくシホールアンルであり、そして、同国に存在する各国の大使館から伝わり、それが各国にも知れ渡っているのである。
使者の中には、途中からかなり怯えた様子でランフック空襲の事を外交官が聞かれた(その国の使者の話では、ランフック爆撃で100万人以上の死者が
出て、都市が瞬時に壊滅したと伝えられていた)との情報もある。
そのような状況で、戦略爆撃機を飛ばせばどのような批判を浴びるか。
このような懸念は、陸海軍内部でも上がっており、特にキング元帥からは、

「この偵察作戦は性急すぎる。もっと手順を踏み、機種を爆撃機以外の物に選定し直してから行うべきである」

と言う声も上がった。
だが、ルーズベルト大統領はアーノルドの提案に大乗り気であり、遂に実行されるに至ったのである。

ハルの不安をよそに、ルーズベルトは機嫌の良さそうな表情を浮かべつつ、アーノルドに聞いた。

「出発はいつになるかね?」
「現地時間ですが、3月7日の深夜に発進する予定です。選抜した機体には特製の偵察カメラを搭載し、クルーも歴戦のベテランや、先日の
シホールアンル東海岸偵察作戦に参加した者を優先して乗せております」
「よろしい。報告が楽しみだ」

アーノルドの報告に満足気に頷いたルーズベルトは、カップのコーヒーを美味そうに飲み干した。

1946年3月7日 午前10時 ヒーレリ共和国リーシウィルム

リーシウィルム港には、第5艦隊の主力である第58任務部隊所属の各艦が、分散配置先のレスタン沿岸部やジャスオ沖から続々と集結しつつある中、
本国で修理を終えた艦も1隻、また1隻と前線復帰しつつあった。
第5艦隊の旗艦である、重巡洋艦インディアナポリスの艦橋から、リーシウィルム港内を見つめていた第5艦隊司令長官レイモンド・スプルーアンス大将
は、今しも前線復帰を果たしたばかりの1隻が、港内にゆっくりと進入している所をじっと見つめ続けていた。
その艦は、今やすっかり見慣れたエセックス級正規空母の同型艦であり、飛行甲板にはびっしりと艦載機を並べていた。

「長官、あれはキアサージです」

第5艦隊参謀長のカール・ムーア少将が、キアサージを指差しながらスプルーアンスに言う。

759ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2024/01/31(水) 20:54:06 ID:Zo.OeHzY0
「昨年12月の海戦では魚雷2本と対艦爆裂光弾を受けて大破しましたが、本国帰還後に突貫工事で修理を行ったため、予想よりも早く前線復帰を
果たせたようです」
「本来の修理期間はどれぐらいなのかね?」
「予定では3月中旬まで修理を行い、修理後のテストに1週間ほどかけて、4月には復帰予定でしたが、修理が2月下旬には終わったため、予定を
繰り上げて復帰が叶ったとの事です」
「そうか。大したものだ」

スプルーアンスは無表情ながらも、感心の言葉を漏らした。
ゆっくりと入港してきたキアサージは、同じエセックス級正規空母レンジャーⅡの左舷500メートル離れた位置で停止した。

「ここから見ると、ちょうどエセックス級正規空母が5隻並んでいるな。そして、そのやや前方にはインディペンデンス級軽空母とリプライザル級空母が並んでいる。こうして艦隊が集結する姿を見るのも、随分と久しぶりだ」
「リーシウィルム港は広いですが、全部は入りきれないので、1個任務群は別の港で停泊を余儀なくされております」
「だが、港内にいるこの艦隊だけでも、今のシホールアンル海軍に対して圧倒的に優勢となっている。沿岸部を荒らし回るだけでも、敵に強い
圧力をかけ続けられるな」
(だからこそ、海軍の出番は沿岸を“荒らし回るだけ”になってしまったが)

スプルーアンスは、最後は言葉に出さず、心中で呟くだけに留めた。

「しかし、空母は前の海戦で損傷した6隻のうち、レイク・シャンプレインを除く5隻がほぼ復帰したのに対し、戦艦部隊は7隻中、まだ2隻……
モンタナとイリノイしか復帰できておらんな」
「敵戦艦部隊との砲撃戦で意外と深い傷を負ったようですな。今のところ、ケンタッキーは間も無く修理が完了するようですが、残りのサウスダコタ、
巡戦トライデント、コンスティチューションはまだドッグの上で修理を続けております。5月までには修理後の慣熟航行を終えて艦隊に復帰する
見込みのようです」
「復帰が叶うのなら大いに結構だが……艦の扱いに手慣れた乗員が多いベテラン艦は、これから実行する作戦においては1隻でも欲しいところだ。
同じ事は巡洋艦や駆逐艦にも言える事だが、やはり、敵水上部隊と戦った部隊は、その復帰にも時間がかかるものだ」

スプルーアンスは眉を顰めながら、ムーア参謀長にそう嘆く。

760ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2024/01/31(水) 20:54:49 ID:Zo.OeHzY0
前回の海戦で、敵水上部隊と戦ったTG58.6とTG58.7所属艦は、必然的に損傷艦が多く、その復帰に時間がかかっていた。
戦艦のみならず、巡洋艦部隊でも修理中の艦がおり、特に被雷損傷した軽巡ヘレナ、サンアントニオはまだドッグで修理を受けている最中だ。
ただ、太平洋艦隊司令部も離脱艦の穴を開けたままにしておく事はなく、海戦後は、比較的補充が容易な駆逐艦を手始めとして、段階的に慣熟訓練を
終えた最新鋭のギアリング級駆逐艦や、改クリーブランド級軽巡洋艦であるバッファロー級軽巡のチャタヌーガ、サンファンⅡ(撃沈されたアトランタ級
防空巡洋艦サンファンから襲名)、ヴァレーオが艦隊に加わっている。
ただ、これらの最新鋭艦は、在来のベテラン艦と比べて練度に幾らか不安があり、スプルーアンスは、特に防空戦闘において艦隊に影響を及ぼす事を
懸念していた。
この懸念は、先日、ハルゼー指揮下の第3艦隊で起きた防空戦闘の戦闘詳報を見てから、ますます強くなっていた。

「損傷艦の前線復帰が遅れている事は致し方ないでしょう。とはいえ、戦力は揃っております。あとは出港し、次のステップに進めばよろしいかと」
「うむ。君の言う通りだな」

スプルーアンスはそう返しつつ、心中に残る不安感を打ち消しながら次の話題に進んだ。

「出港は確か、明日だったな」
「はい。第1任務群が早朝から出港を開始し、第4任務群が夕方辺りにリーシウィルム港より出港いたします。輸送船団と護衛空母、上陸部隊援護の
戦艦部隊は分散配置したヒーレリ各地の港から、明日の早朝から順次出港の予定です」
「作戦開始は3月11日……敵が食いつくのがその翌日か、はたまた2日後か……」
(果たして、敵は上手く食いついてくるかな)

スプルーアンスは再び、内なる不安感を感じつつも、それとは別に、大規模な海上航空戦は、これで最後になるだろうと、強く確信していた。

761ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2024/01/31(水) 20:55:28 ID:Zo.OeHzY0
SS投下終了です

762名無し三等陸士@F世界:2024/02/02(金) 21:38:05 ID:uwQdrfbM0
投下乙です
久方ぶりのジョンブル戦隊キタ!今度はどんな活躍を見せてくれるのかwktk
そして爆撃機を使った第三世界への偵察作戦、絶対アカン方向に事が進むのしか考えられないんですがそれは…。何でも力技で解決しようとするアメリカの悪い癖が出ちゃったか…
あとこの世界の改クリーブランド級はファーゴ級じゃなくてバッファロー級なんですね。先のアイレックス級や今後登場するであろうバケモノ戦艦のジョージア級もそうですけど、ここに来て後継艦の艦名が史実と大分ズレてきましたね

763ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2024/02/02(金) 22:22:49 ID:Zo.OeHzY0
>>762氏 ありがとうございます!
>ジョンブル戦隊 今回はプリンスオブウェールズがチラッと顔出しした程度ですが、その存在感を示せたかと思います。

>爆撃機での偵察
確かに長距離偵察にはもってこいですが、ハル国務長官の懸念の通り、他国が威嚇行為と捉えかねないので、非常に先行きが
不安ですね

>艦名
スペックは同じですが、名前が大分変わりつつありますね。もしかしたら、聞いた事の無い名の空母とかも出てくるかもしれません

764ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2024/03/31(日) 22:00:16 ID:87tTo.PM0
今までお世話になりました

765名無し三等陸士@F世界:2024/04/28(日) 22:56:13 ID:0HSJkUCE0
あれ?もうここでは投稿しないのかな?


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