したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | |

「今の教え」と「本流復活」を考える・信仰/体験板/2

851a hope:2012/11/20(火) 22:40:30 ID:lAQRWvUs
>>849 >>850 神の子復興Gさま

うれしい、コメントをありがとうございます。
バンザ〜イ!


生長の家使徒行法 伝道物語 楠本加美野先生著

○月○日 赤痢のこころは無差別心P12〜

明日から練成がはじまるというのに、道場に赤痢(せきり)が発生した。もちろん練成は中止であるが、連絡の暇はなかった。この時ばかりは、玄関を入ってくる人たちの姿を見ると、内心ゾーッとした。〝近くからの人なら良いが″と思いながら聞いてみる。

「どちらから、いらっしゃいました」

「北海道から参りました」

「北海道ですか、申訳ありません。道場に赤痢患者が発生して、練成は中止になりました…」

「河口湖の練成会に行ったら、どんな病気も治ると聞いて来ましたのに、道場の人が赤痢になられたんですか?」

痛切な責任を感じた私は、生まれて初めて辞職願を書いた。そして、その筆を置いた途端に、ハッと気がついた。

「……汝が何物かに傷つけられたり、黴菌(ばいきん)や悪霊に冒されたりするのは、汝が天地一切のものと和解していない証拠であるから省みて和解せよ……」という神のコトバ(『七つの燈台の点燈者の神示』)が聴こえてきたのである。

朝夕唱えて、耳にタコができるほど馴れ親しんだコトバも、うろたえて右往左往している時には、全く思い浮かばず、全ては己が責任と心をきめた時に初めて聴こえてきたのである。

なすべきことは辞職願を書くことではなく、省みて和解することであった。

「赤痢菌に感謝し、和解しようじゃないか。感謝できるまで神想観しよう」

道場に集まった十数名が徹夜を覚悟の神想観を始めたのが、午後の十時。

「赤痢さん、有難うございます。赤痢さん、有難うございます……」

いくら言葉で唱えてみても、恨みこそあれ、感謝の実感は湧いてこない。真剣だった。懸命に祈りつづけた……ようやく有難くなってきた。心からの感謝が湧いてきて「大調和の歌」で終って時計を見たら、午後ニ時であった。

〝黴菌といえども、神の使いである。その働きはガードレールのようなもの″と訓(おし)えられていたことが、四時間に及んだ祈りの中で実感として解らせて頂いた。そして、伝道の一つの在り方というものを、訓えられたのである。

すなわち、〝誰彼の差別なく触れる人ことごとくに菌を伝えられる赤痢のようでなければならない。伝道の前に、あれこれとみずからを限定し逡巡(しゅんじゅん)することをやめて、触れる限りの人に道を伝えよ″というのが、神の御旨(みこころ)と悟らせて頂いたのである。

翌日から、全員大いに張り切った。日赤の隔離病棟に入った十八人も、生長の家日赤道場と称して、意気揚々と、〝笑いの練習″まで行って、練成会をしているつもりでいる。あまり元気で賑やかなのに、病院側では驚いていたが、もっと驚いたことには、入院した者にも道場に残った者にも、赤痢菌は全く出なかったことである。奇蹟であった。お陰で、道場は本当に素晴らしくなった。

一年後には〝赤痢発生一周年記念″の祝いを行った。その後も毎年つづけて、記念日を祝っている。

(以上、謹写終わり)

感謝 合掌

852a hope:2012/11/20(火) 22:46:54 ID:lAQRWvUs
>>851
(a hope所感)
楠本加美野先生は、河口湖道場に赤痢が発生したとき、辞職願を書かれて責任を取ろうとされた。
でも、本当に責任を取るということは、そういうことではなかったと、「大調和の神示『七つの燈台の点燈者の神示』」に気づかされたとあります。
それは「省みて天地万物に感謝して和解すること」だったのですね!

わたしは、このお話を拝読して、『赤痢菌に和解する』とは、『赤痢菌が人にする「悪さ」(虚説)と和解することではない』のだと思いました。
加美野先生は「どうして今、この道場に赤痢が発生したのか……赤痢菌は神様の使いである、何かを教えて下さっているに違いない」そんな風に自ら省みられ、
真剣に懸命に祈られたからこそ大切なことを悟られて、赤痢菌の存在自体に感謝でき、赤痢菌と和解することができたのだと思います。

今、「生長の家」で起きている全ての問題は、赤痢菌同様、わたしたち信徒一人ひとりに、何か大切なことを教えて下さるために神様が与えて下さったありがたい課題なんだと思います。
だから、今、わたし達「生長の家」の信徒のすべきことは、やはり「天地万物に感謝すること」なのだと思います。
そして、感謝するとは、「省みて和解すること」なのだと思います。

わたしたちが自らを省みることのないまま、相手への真の「感謝」や「愛」や「赦し」の心のないまま、
相手の「虚説」だけを討つことは、生長の家の大神さまの御心そして谷口雅春先生の御心にはかなっていないような気がします。

853うのはな:2012/11/21(水) 01:51:47 ID:e2uGAy0E

  おじさんどうもありがとう (群馬) 新井幸江

 二月七日のことでした。朝、学校の門の近くで少し年をとったおじさんがなにかを
一生懸命配っていました。ところが、皆無視して通るのです。私もはじめは、無視しました。
ところが“理想世界”という文字が目にはいったのです。

 あわてて振り返り「あっ『理想世界』ならいただきます」といっていただいたのです。
二冊くださったので友だちと一冊づつわけました。その日はうれしくて、うれしくて、ひとりでうかれていました。
 家に帰り母に「今日ね、スゴークいいものいただいたの」といって見せると、母も大喜び。
そして「よかったね。その人たちは自分でお金をだして買って、いいことを広めようと思ってくださったんだよ。感謝しなさいね」
といわれました。

 『理想世界』は、幼稚園のときお世話になった先生が時々持ってきてくださるのです。
私はその先生が次のを持ってきてくださるまで毎日毎日お祈りしていました。
ですから、『理想世界』をいただいてとってもうれしいんです。
おじさんどうもありがとうございました。とってもとってもうれしかったです。

『理想世界 ジュニア版』 昭和五十三年六月十五日 (通巻 第一〇一号)六月号
 みんなの広場 より

854うのはな:2012/11/21(水) 01:58:48 ID:mF3gojxg

 11月23日(祝) 桃の實会
『谷口貴康先生特別講演会』(☆谷口雅春先生の秘蔵ビデオ大公開!)

  http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=koumyou&mode=res&log=528

855うのはな:2012/11/22(木) 17:48:35 ID:hdrUUxBw

  二十一日の法語  谷口雅春先生 『生長乃家』誌 昭和五十二年四月号

 この人生は心に描かれたものが顕現する世界なのである。“心に描かれる”といっても、
漠然と空想しているだけでは想念の集中が出来ない、従ってその実現力が稀薄なのである。
“肉体人間”は感覚を媒介として、触れたものに精神が集注し、想念の集中が行なわれて、
その想念に描かれたものが現象界にあらわれることになるのである。

 祭壇を設けて住吉大神を招霊し奉り、それに〝如意宝珠〟としてやがて練成員に授与されるべき
〝霊球〟を献饌して祈りの言葉を述べ、全員合掌瞑目、神想観に入り、〝祈る側〟の指導者は(この時、
谷口が首座になって)練成員たちに、「住吉大神の祝福と浄化の霊波が、今すべての練成員にさんさんと
天降り注がれているのである」と唱え、「わたしたち指導者はその降りそそぐ住吉大神と、今、住吉大神の
浄化祝福の霊波は諸君の上にふり注がれているのである。アーオーウーエーイー」と
言霊の力を用いて、参加せる全員がことごとく自己に住吉大神の祝福浄化の霊波を現に注がれているということ
を如実に想像するように誘導するのである。
想像力は創造力である。練成参加者は自己の想像力によって自己の運命を改造しつつあるのである。

856うのはな:2012/11/22(木) 17:49:53 ID:547s0/J6
> 855

 二十一日 × 二十日 ○

857うのはな:2012/11/22(木) 18:11:50 ID:YWlg/x6w

  二十八日の法語  谷口雅春先生 『生長乃家』誌 昭和五十二年四月号

     無私愛国の聖徒たちの静寂なる神との冥合

 しかし正月三日の錬成会の「祈り合いの神想観」で満堂の練成参加者が嗚咽、号泣の状態に
入ったのは、別に私が、そんな事が起るような暗示の言葉を一言もいっていないのに突然静かなすすり泣きが
こなた彼方に起り、やがてそれが満堂の号泣にまでひろがったのは、たしかに私の暗示力というようなものではなかった。

 たしかにそこには「住吉大神出てまして参列せるすべての人々のいのちを浄め給う奇蹟」が
起ったのであった。しかし、田中忠雄会長を含む全国生政連幹部特別錬成会ではそのような満堂の法悦の号泣というような
ことが起らなかったのは何故であろうか。考えて見れば、これらの幹部諸賢は単に古い信者であるから幹部をしているという
人たちではなく、日本の危機に際して、自己を棄て、今こそ救国のために立ち上がらなければならないという決起挺身していられる
愛国の人々であるから、既に浄めらるべき私的な煩悩や、過去の業因が銷却されてしまっていて、懺悔の涙によって今更、洗い浄めるべき
汚れなどなき人々であったから、あの祈り合いの神想観に於いても愈々深く静寂の境地に入り、そこでたしかに住吉大神より今後の使命の授託を
受けられ、無言のうちに神との融合を体得されたものだと思う。

858復興G:2012/11/24(土) 12:20:47 ID:vWpLkCzM

>>851 ・852:a hopeさま
>>853〜857うのはな様

私は本流対策室板に書き込むため、たくさんの資料を読み返し点検することに集中しながら感慨にふけっていたのと、他の重要行事もありましたので、この聖典引用板を含め、他の板を見ていませんでした。

今はじめてちょっとのぞいてみて、a hopeさまや、うのはな様の素晴らしい投稿を発見しました。
そして、深くいろいろ考えさせられています。

楠本先生の『伝道物語』に書かれてある、河口湖道場で赤痢菌発生の時の対応――赤痢菌に徹底感謝の祈りができたとき、赤痢菌は全く出なくなったという奇蹟的な体験――考えさせられますね。私もそういう境地になりたいと思いました。

うのはな様の書き込みも、感慨深く読ませて頂きました。

ありがとうございました。

859志恩:2012/11/24(土) 14:43:23 ID:.QY5jUA6
復興G様

すごいです。
トキ様情報によりますと、百万運動に関する資料は、
本部では、破棄されてしまったとかで、残っていないとおっしゃってましたが、
復興G様は、個人でこの貴重な資料を全て保存されて、持ってらしたのですね。

この資料は、全幹部の皆様、全信徒の皆様にとりまして、
百万運動を、検証するために、大変重要な資料だと存じます。

ご公開下さいました事、信徒の1人として心から深謝申し上げます。

860うのはな:2012/11/24(土) 14:51:33 ID:3SYZvA6E
>857
今、読み返してみたらまたまた誤字しています。失礼しました。

 錬成会 ×  練成会 ○

 わたしは昔から誤字が多いけど、最近自分が眼病だとわかったので
 週明けにさっそく眼科へ行きます。

861a hope:2012/11/25(日) 10:03:47 ID:lAQRWvUs

生長の家使徒行法 伝道物語 楠本加美野先生著

○月○日 神えらび給う

二十七、八歳いなる酒飲みの男が父親に連れられて来た。その男は河口湖への途中に下車して、練成費全部で酒を呑み、無一文になって家に帰ってしまったので、この日は父親が一緒に送ってきたのであった。
「明日からはじまるのは伝道練成です。この人は伝道される方で、伝道する人ではないでしょう。来月の一般練成に来て下さい」と私はすすめた。
「寝ていても、よいから置いてください」と父親のたっての願いであった。父親の言葉通りに、彼は練成には参加せずに部屋で寝ていた。

練成最後の日、彼は「飽きたので、どこかに連れてって欲しい」と言って、伝道のバスに乗り、降りなかった。バスの中で練成員の法悦に満たされた雰囲気に感化され、今度は「伝道させて欲しい」と言い出した。私は彼に「生長の家は全然知らないのだから、〝祈り″を専門にすること」を約束させて、伝道に参加することを許した。そして伝道のベテラン本多長期練成員をつけて、二人を一組とした。

何件も、何件も、前で話す本多君の後で、彼は祈りつづけた、始めは、後の通行人や家の中の人など周囲が気になって、祈るどころではなかったが、ニ時間も真剣に、神の御名(みな)をよび、相手の幸福を祈っているうちに、自分を忘れていた。こうして最後の家で祈っていると、その旅館の奥さんの言葉が耳に入ってきた。

「宗教は結構です。創価学会も、立正佼成会も、天理教もだめでした。息子が大酒飲みで、好いという事は何でもやりましたが、だめです」〝酒飲み息子でこまっている″との言葉に、彼はびっくりした。そしてそのお母さんの苦情を聞いているうちに、
「私も酒飲みです」と思わず言ってしまった。しかしそれが良かった。その母親は、彼の祈っている姿にうたれたらしい。
「貴方も酒飲みだったのですか、随分、御立派になりましたね」と言ってくれた。

過去にどんな罪があろうとも、ひたすらに神の御名をよび、人の幸福を祈っている姿は、まさに仏の相であった。その母親はいろいろと苦労話を訴えた。彼は祈りながら聞いていたが、目には涙が溢れてきた。その母親の口調は、自分のお袋とおなじであった。彼ははじめて母の愛に目覚めたのだ。今まで〝うるさい、うるさい″と聞いていた、その言葉の奥にある愛を発見したのだ。彼は自分を忘れて、その酒飲みの息子の大八君を救いたいという愛念が起き、自分の本をそのお母様と、大八君とに贈呈した。その家を出て祈っている彼の姿を、そのお母様も拝んでいた。御教えを何も知らない彼にも伝道ができたのであった。

その晩、体験を語る彼の顔は、悦びに輝いていた。私は彼の姿を拝みつつ、彼に懺悔した。この運動が神の起し給いし運動であるとの自覚が、不足していたことを。私は彼の現象のみをみて、彼は伝道者出なく伝道される人であるとして、帰ってもらおうとしたことを。そして信仰のない彼が伝道すると光明化運動に〝マイナス″になるのではないか、と思ったことを。

どんな理由で御教えにふれたにせよ、この偉大なる真理にふれたということは、神より選ばれた霊の選士であった。神の人類光明化運動に必要な人であればこそ、御教えにふれたのであった。だから、伝道しようという気持を起しさえすれば、神は導き給うのである。

〝神よ、私を自由にお使い下さい。神のお役に立たせてください。神の道を宣(の)べ伝えさせて下さい。″とただひたすらに祈れば、神は導き給うのである。
(謹写 終り)

862a hope:2012/11/25(日) 10:07:32 ID:lAQRWvUs
(a hope所感)
このお話は、何度拝読しても涙が出ます。
「生長の家」にふれたわたしたちはみな、神が選んで下さった「霊の選士」なのですね!
今、「生長の家」のこの混乱の中でわたしたち信徒がするべきことは「生命の實相」を真剣に学ぶことなのではないかと思いました。
わたしたち一人一人が自己の魂を磨く努力さえ怠らなければ、「生長の家」も日本国も良くなって行くしかないのだと思います。

863a hope:2012/11/25(日) 10:16:30 ID:lAQRWvUs
>>862訂正
下から10行目

彼は伝道者出なく→彼は伝道者でなく

864a hope:2012/11/25(日) 20:08:40 ID:lAQRWvUs

生長の家使徒行法 伝道物語 楠本加美野先生著

○月○日神は愛なり P20〜

前科七犯と称する男が練成に参加した。
廊下ですれちがいに合掌して「有難うございます」と言っても、何の反応もなかった。
合掌もしないし、〝有難うございます″も言わなかった。
そのうちに変るだろうと思っていたが、練成五日目には、「こんな食事が食えるか!」
と食堂でお膳をひっくり返した。
私が食堂へ行った時は、彼は食堂で大の字に寝ていた。
彼は大きな声を出すけれども、顔色は青ざめやつれていた。

練成八日目、私が図書室にいたらどなりこんできた。
彼の手には、鋭いナイフが光っていた。
彼は興奮してどなりながらナイフをふりかざしているので、
何を言っているのか言葉はわからないが、私には彼の気持がわかった。

「お前は講師面(づら)をして講話では愛の重要性を説きながら、
八日間も苦しんでいるおれの気持ちを考えた事があるか!」と、
その憤懣が爆発したのである。
最近、私は講話をしながら何か自分自身にむなしいものを感じていたので、
すぐそれを汲み取ることが出来た。

私は彼に、「わかった」と言った。彼は私に「何がわかったのだ!」と言う。
私の頬に彼の鉄拳がとんだ。しかし、それは実に弱々しくふれた。
そのうちに松山講師がとめに入った。
彼は、どなりながら図書室を出ていった。
その後、彼と会って合掌すると「わかったか!」とどなるのであった。

翌朝の職員会議の席上、私は道場員一同に話した。

「前科七犯氏は観世音菩薩である。七年前、道場に発生した赤痢菌と同様に、私達に何かを教えんがためにあらわれた〝神の使い″である。
赤痢菌は拝むことによって消えた。彼を拝めば、彼の姿は消えるであろう。
私達は愛が足りなかった。
谷口先生から〝神は愛なり″の御言葉をいただいているのに、いつの間にか忘れていた。
(つづく)

865a hope:2012/11/25(日) 20:12:15 ID:lAQRWvUs
>>864(つづき)

求道者(ぐどうしゃ)は講堂へも出るし、悩みがあれば、個人指導の申込をするので、
行届いた指導もできるけれども、講堂へも出てこないような練成員には、
何の指導もしていない、講堂内だけの練成であった。
練成員の居室までは愛が行き届いていなかった。
つまり病気で寝ている練成員、いやいやながら来ている練成員に、
どんな指導をしたであろうか。これらの人々には、もっと積極的な指導が必要である」

それについて如何にすべきか、いろいろと話し合った。

「昼間は居室へ行ってみても、いない場合が多い。
結局は、朝五時十分からの早朝行事の時間に寝ている人は、病気とか、
何かの悩みのある人であるから、この時間に指導するのが、最もよい」
「その際、寝ている人を責め咎める心を起こしてはならない、ただ実相を礼拝する。
私達は常日頃、伝道で永年礼拝行をしている。未知の人人を一人一人礼拝して歩いている。
その伝道精神で、寝ている人を一人一人拝んで廻ろう。
そして〝どうかしましたか?″と尋ねるようにしよう」
と話が決まった。

このことは、翌朝からさっそく実施することになった。
そして、そのようなことを私達に気づかしてくれた前科七犯氏に心から感謝した。

十日間の練成が終了しても、彼は帰らなかった。そして私に言うのであった。
「俺は金をもっていない。病気がよくならないと帰れない」と。
その言葉を聞いた時、私は思った。〝まだ何か私に教えてくれるものがあるのだ。
それがわからないので、彼は帰らないのだ″と。

私は彼に言った。
「貴方のために真剣に祈る、必ずよくなるから、そしたら帰って下さい」

私は東京の調布市にある飛田給練成道場で行なわれた練成指導員の練成会に参加した。
男子職員全員が参加したので、留守にしている河口湖の道場が気になった。
女子ばかりの中で、彼はどうしているであろうか。彼を観世音菩薩として真剣に祈った。
そのとき、ふと気づいたことは、河口湖道場から大林さんの会社に就職したA氏と
川野さんの会社に就職したB氏のことであった。

二人とも就職後、大酒を呑んで会社に非常に迷惑をかけたのであった。
その時、社長はどんなにか心配したことであろう。
自分がそのような立場にたった今、初めて社長の気持がわかった。
私が二人を推薦したわけではなく、社長がつれて行ったのだから、
それほど責任を感じていなかったが、道場を信用していればこそ雇ってくれたのであった、
と痛切に責任を感じた。
さっそく、私は神想観中に大林さんと川野さんに懺悔した。
前科七犯氏は、そのことを教えてくれたのであった。
私は再び心から彼に感謝した。

その日、すべての費用を支払って、彼は道場から去っていった。

「汝ら天地一切のものと和解せよ。
天地一切の者との和解が成立するとき天地一切のものは汝の見方である」
(『七つの燈台の点燈者の神示』より)

(以上、謹写終り)

感謝 合掌

866a hope:2012/11/25(日) 20:13:54 ID:lAQRWvUs
>>864 >>865
(a hope所感)
この、「生長の家使徒行法 伝道物語」を拝読していると、「生長の家人の祈り方」がだんだん解ってきます。
相手の、実相からはかけ離れたような現象のどんなにひどい姿であっても、
その姿は、神がわたしたちに何かを教えんがために相手を通して伝えて下さっている
ありがたい姿なのだということに気づき、愛と感謝の気持ちで拝むことが大切なのだと思いました。

867復興G:2012/11/25(日) 21:56:06 ID:vWpLkCzM

>>861〜866 :a hope 様

感動しています。861には、私も涙が出ました。

楠本先生のひたむきな姿勢に、感動します。

「伝道物語」を初めて読んだとき、私もこのように生きたい、このような伝道をしたい、と強く思ったことを思い出します。

a hope 様の純粋な信仰を求めておられる姿にも、うれしく、感動しています。

868a hope:2012/11/25(日) 23:02:26 ID:lAQRWvUs
>>876復興Gさま

コメントをありがとうございます。
本当に「伝道物語」は、感動の連続です。
この感動を忘れないためにも、これからもずっと拝読し続けたいと思います。


生長の家使徒行法 伝道物語 楠本加美野先生著

○月○日 愛に満たされた魂こそP23〜

大講堂落慶(らっけい)の記念すべき練成会が近づいてきた。
谷口清超先生にも御越しいただき、御指導を仰ぐことになった。
前科七犯氏が教えてくれた新しい練成を実施すべく希望に燃えた。

十月九日、この日は、道場では忘れることのできない赤痢菌が発生した日である。
毎年、この日を記念して集会をし、当時の決意―赤痢菌の如くに御教えを伝道する―を新たにしてきた。
そして、何と満七年目が大講堂落慶にあたり、こうした立派な講堂ができたのも、
この気持を忘れなかったお蔭であった、と一同感銘した。

翌十日、この日に、聖経連続読誦が七万七千七百七十七回になった。
〝聖経連続読誦″というのは、道場の「聖経の間」において始めた『甘露の法雨』の連続読誦のことである。
たえまなく『甘露の法雨』を誦(あ)げることによって、道場が浄化され、練成員が道場へ入っただけで、
病は癒され、悩みが消えていくように、との切なる願いを込めて、始められたものである。
一回毎に読誦した人の氏名を書きこむための表があるので、回数がわかる。
それがついに、七万七千七百七十七回になったというわけである。

昭和四十年八月三十一日、静岡県焼津(やいづ)のある火葬場で奇蹟がおこった。
千二百度の高熱を出して燃える火葬炉の内から『甘露の法雨』が焼却されずに、原形を残して発見されたのである。
(谷口雅春著『新講「甘露の法雨」解釋』に掲載されています)
そのことを焼津の誌友から、いちはやく聞かされた私は、強烈な感動を覚えた。

〝神は、そんな奇蹟をおこさせてまで『甘露の法雨』の偉大さを教えて下さったのだ″と。

〝その神の御意(みこころ)を体して、道場でも一日中『甘露の法雨』を読誦して道場を浄化しよう″と、
当時一緒にいた川上本部講師と話しあってきめたのが、動機である。
(つづく)

869a hope:2012/11/25(日) 23:03:48 ID:lAQRWvUs
(つづき)
現在の河口湖道場を建設中には、庭で『甘露の法雨』が誦げ続けられた。
四方靖郎光明建設(株)会長は、
「こんな建築は後にも前(さき)にも、初めてであろう」
と言っていた。
このようにして実施され、今日に至るも続けられているのである。

大講堂落慶
赤痢菌発生満七年
『甘露の法雨』連続読誦七万七千七百七十七回
の記念すべき練成会を指導すべく、前科七犯氏があらわれたのである。

十月十一日朝五時、私は練成員の部屋を廻った。
伝道の戸別礼拝行と同様に、一部屋一部屋を祝福礼拝して廻った。
男子は全員が講堂に出席していた。二人の女性が部屋で寝ていた。
一人はノイローゼであった。枕元で神想観をした。
次は病気で寝ている人であった。いろいろと話を聞き、個人指導をし、最後に神想観をした。彼女は感激していた。

毎朝、三人の講師が順番に廻った。こうして十日間が過ぎた。
最後の朝は、練成員全員が講堂に出席していた。練成員全員が心から悦んだ。

道場の目標は、参加者全員「来てよかった」と言って帰ってもらうことである。
とかく参加者が多くなると、その点が難しかった。今回の練成からは、その願いを達成することができた。
これもひとえに、前科七犯氏の指導の賜(たまもの)であると深く感謝している。
「講話ではうまい話をするが、愛に欠けた人よ!」を肝に銘じて、
一生の戒めとすることを心に誓い、あらためて、ここで前科七犯氏に心から感謝します。

「汝の宗教が正しいか否かのテストは知識や智慧ではない。
憎しみにみたされたる無神論者も知識や智慧は持ち得るのであるが、それは真の信仰でも信条でもない。
(中略)真の宗教なりや否やの最後のテストは、彼が愛に満たされた魂を有っているかどうかの問題である。」
(新選谷口雅春法話集10『愛は刑よりも強し』より)

(謹写 終り)

感謝 合掌

870a hope:2012/11/25(日) 23:11:36 ID:lAQRWvUs

生長の家の総裁谷口雅宣先生
雅宣先生は、私たち信徒一人ひとりを愛して下さっていますか?

本流の先輩方
先輩方は、わたしたち信徒一人ひとりを愛して下さっていますか?

もし、答えが「Yes」であるのなら、どうぞもうこれ以上争うことを止めて下さい。
わたしたち信徒のために、日本国のために、世界平和のために、歩みよって和解をしてください。

よろしくお願い致します。

合掌

871志恩:2012/11/27(火) 16:07:39 ID:.QY5jUA6
「今昔物語」より
雅宣総裁が考えられている「世界平和」と、雅春先生が説かれていた「世界平和」の違いについて、他、、、

>>「龍宮住吉本宮鎮座祭祝詞」には、<<・(略)・・>と

明確に【永久の世界平和】のためには、

先ず日本国の實相顕現という具体的な真理国家作りが第一で、それを完成敷衍して始めて世界平和が実現できる、
*******************************************************************************************************
その為にこそ實相宇宙の根本構図である中心帰一理念が天降って地球上に「天皇国日本」として日本国家が現成しているのだと書かれているのであります。
**********************************************************************************************************************************************
この神定国家を先導し鎮護されるのが住吉大神の御使命であると教えて頂いているのであります。
**********************************************************
左翼主義者の“世界平和”は空想的平和でありますが、
*************************************************
開祖・谷口雅春先生の説かれた“世界平和”は具体的な方法論が確立された世界平和であるのであります。
**********************************************************************************************

また、雅宣総裁は不用意にも「天皇主権の日本国家」と表現しておりますが、“天皇主権”と言う言葉は後述の如く完全に間違った表現であります。


④ <天孫降臨の意味・・・「君民同治の神示」(昭和20.12.28)「大和の国の神示」(昭和21.1.6)で・・・人間心理の分析が書かれているのです。

・・・自分たちは神国の民だから、他国や多民族を征服して支配する権利があり、さらには蛮族を支配する義務があるなどと考える人が出てこないわけではない。

戦前の日本には残念ながら、そういう思想が人気をもって拡大した。>と雅宣総裁は言っております。

然し、選民思想はユダヤ教・キリスト教を信ずる西欧民族の方が強くそれがアジア・アフリカの植民地侵略を生んだのであり、

日本民族には西欧流の選民思想や植民地支配思想はなかったのであります。

第一次世界大戦後のパリ国際平和会議に於いて、当時の日本は「人種差別撤廃条項」の採択を提起したのでありますが、西欧諸国がこれを拒否しているのであります。

だから、日本には西欧流の選民思想などはなく、ましてや生長の家信徒には選民思想や他民族支配思想を持っている信徒などはいないのであります。

雅宣総裁は<戦前の日本には残念ながら、そういう思想が人気をもって拡大した。>と書いているが、

そのような行き過ぎた国粋主義思想(日本民族絶対主義)を拡散せしめたのは朝日新聞を筆頭としたマスコミ界であったのであります。

マスコミが世論を作り誘導して行っているのは戦前戦中戦後を通じ同じであり現在に於いても少しも変わっていないのであります。

「聖使命新聞」ですら“お孫さま絶対思想”で信徒を誘導し洗脳して行っているではありませんか!<<

872うのはな:2012/11/27(火) 16:17:12 ID:VoNckZUA
  「日本と切り離しては成り立たない生長の家の根本」

 『理想世界』昭和四十七年九月号に「谷口雅春先生ご夫妻・世界巡錫についてある記(3)
カナダに想う・・われ日本人!」という壽美さまの一文がある。そこには「自分自身、日本の真の
美しさを、膚で感じ取らずに口先だけでしか認識していない怠慢さを強く恥じました」と異国の地で感じた
率直な自省の言葉に続いて、「伊勢神宮の内宮で、又、橿原の御陵の前に坐して、カーンと浸みとおるような
寒さと静けさの中に、生命学園の時に味わった、又錬成会で感じた“日本人”という感激を、この外国の方々が
自国を想う気持ちに比較ならない程、私達日本人は感じる筈だし、そうあるべきなのでした」と書かれている。

 そしてハワイ、ロサンジェルス、バンクーバーなどの生長の家の〝サンデースクール″が次の世代の育成に取り組んでいる
ことに関連して、実に重要な指摘をされている。
「又、その反面、どうしても日本と切り離しては成り立たない生長の家の根本がサンデースクールなど見学すると、少々薄弱に
なっているのが感じとれて気になったのでした。」

「日本と切り離しては成り立たない生長の家の根本」この言葉の中にこそ、今日の生長の家再生の鍵があると思うのは、一人筆者のみではなかろう。
 尊師は、大和の国・日本に生長の家が出現した意義について、「日本民族は『大和』と国を号してすべての国々は皆家族であるとして、一切のものを
一つに調和せしめる使命を持っているのでありますが、その日本の国に生長の家が現れて、一宗一派を立てることなしに、あらゆる宗教は一つでなければならないと
いうことを説いていると云うことは、日本の使命の一つの顕現であると見なければならぬのであります。」
(新版『真理』第3巻二四四頁)と説かれている。

 こうした尊師の御教えを大切に受け継がれている壽美さまなればこそ、オーストラリアにおける布教活動の経験をふまえて次のように書かれている。
「日本人はどう転んでも日本人なのですから、特殊性を持っていて当たり前なのです。『日本人』を隠したり『日本』そのものを軽んじたりすることなしに
外国の方と接し、また文化交流の際には、特殊性のうえに立ってなお人類の普遍性をあわせもつ多くの国の人々と同じように語られるようになりたいものです。」
(前掲書「御教えをいただいて」)

 輝子先生もまた、世界巡錫において〝われ日本人"の気概を強くもたれている。
(『信仰の幾山河』二一五頁「祖国を愛するということ」)

※ 一部抜粋 『谷口雅春先生を学ぶ』 平成十六年五月号 上山義男 先生

873志恩:2012/11/28(水) 07:51:56 ID:.QY5jUA6
[谷口雅春先生を学ぶ]誌 12月号、22〜23頁

元小学校校長 【森田邦三先生】ご講話を一部抜粋して、ご紹介させて頂きます。


  >>本物の信仰に生きる
    「今こそ子供たちのために、日本の誇りを回復する教育を!」


皆さん、今年のロンドン五輪は、何カ国参加したかご存知ですか?
204ヵ国です。

どうして参加国が増えたのか。アジア、アフリカの国々が、独立したからです。
どうしてそうなったかというと、黄色人種で唯一独立国であった日本が、大東亜戦争を戦ったからです。

私は,この事実を堂々と伝えて来ました。こういうと、生徒は、大東亜戦争の意味をよく理解してくれるのです。

私達は、日本の誇りを守るために、「勇気」を持たないと駄目です。

道徳には、正直とか、礼儀とか、いろいろありますが、一番大事なのは、この「勇気」です。

学校の先生方は、この勇気が欠けているために、日本人として大切な伊勢の皇大神宮や靖国神社の参拝を
修学旅行から、はずしたりします。

…私は教頭や校長の時、授業担当の教諭が急に休まれた時、その空き時間を全部貰って,日本の心を育むために
大切な話をして来ました。

まず、この世の中には、人間知ではわからない不思議なことがいっぱいあります。
それを学ぶ事が、子供たちの神仏を礼拝する宗教的な心を育てます。
‥…
…… 
これは、神業としかいいようがない。不可思議な力です。この偉大で不可思議な力が、生徒の中にも同様に宿っているのです。

…誰もがやれば出来るのです。この力をスムーズに引き出すのは、両親への感謝と日本人としての誇りです。

だからこそ私は、天皇陛下の素晴らしさを伝えることに情熱を傾けてきたのです。
天皇陛下は、日本人のいのちの本源です。

  略

今こそ、私達は、勇気と情熱を持って、尊師が指摘されたように、戦後教育を正し、日本の誇りを回復する教育に
立ち上がる時です。<<

874志恩:2012/11/28(水) 09:12:52 ID:.QY5jUA6
左翼のうたい文句である

 「脱原発」 ・ 「世界平和」 なる言葉は

 抽象的言葉であって、具体性がないと、日本の数々の有識者の方々が

 前々から批判している言葉です。

875解説者:2012/11/28(水) 09:35:41 ID:???

祈るたびに左翼が唱える具体性がない抽象的言葉を連想されるならば「世界平和の祈り」もNGですね。

876志恩:2012/11/28(水) 10:13:47 ID:.QY5jUA6
解説者様
そのように、とれるとしたら、私の言い方が、それこそ、抽象的でしたね。

>>871:,で、雅春先生が説かれていた「世界平和」と、雅宣総裁が提唱する「世界平和」の違いについて
  記載させて頂いております。

>>「今昔物語」より
雅宣総裁が考えられている「世界平和」と、雅春先生が説かれていた「世界平和」の違いについて、他、、、


先ず日本国の實相顕現という具体的な真理国家作りが第一で、それを完成敷衍して始めて世界平和が実現できる、
*******************************************************************************************************
その為にこそ實相宇宙の根本構図である中心帰一理念が天降って地球上に「天皇国日本」として日本国家が現成しているのだと書かれているのであります。
**********************************************************************************************************************************************
この神定国家を先導し鎮護されるのが住吉大神の御使命であると教えて頂いているのであります。
**********************************************************
左翼主義者の“世界平和”は空想的平和でありますが、>>

私が,有識者より、抽象的だと前々からいわれていると言った「世界平和」は、
左翼の人がうたい文句にしている「世界平和」です。

生長の家以外の、左翼の人達も、エコとか大自然の破壊について、歌っています。
例えば、生協も左翼が運営していますが、そう言ってます。

「大自然を破壊してきたのは人間であるから、人間は懺悔して、今後は、自然を大事にしていくべし」と
雅宣総裁が言われる「世界平和」運動も、彼らが言っている それに大変よく似ています。


雅春先生は、

>>「世界平和の祈り」

神の無限の愛 吾に流れ入り給いて 愛の霊光燦然と輝き給う。
その光いよいよ輝きを増して全地上を覆い給い 
すべての人々の心に愛と平和と秩序と中心帰一の真理を満たし給う。(聖光録より)<<と、祈りながら、

実際に、具体的に、日本の實相顕現運動も、個人救済運動も、具体的にされていました。

そのような「神の子人間」の個人救済が、具体的な「世界平和」につながる、広がると思います。

足元は、ほっといて、スローガンばかり打ち上げても「世界平和」は、いつまでたっても来ないでしょう。

878a hope:2012/12/01(土) 23:58:21 ID:ueIDSztA
生長の家使徒行法 伝道物語 楠本加美野先生著
○月○日 父の声は神の声

生長の家に献(ささ)げる生活をしたいのだが、家族(両親、夫または妻)の反対があるために、
できにくいという“家庭と使命感”の問題で悩んでいる方のために、私の体験を書かせていただきます。

入信以来十年間位、父は私が生長の家を信じていることを快く思っていなかった。
それは生長の家であるのに、私が父を軽蔑していたからであった。
しかし昭和二十三年十一月の練成をうけることによって、はじめて父母に感謝できるようになった。

十二月の冬休みに家に帰ったのは、親孝行を実践するためであった。
それまで父に反対ばかりしていた私が、何でも「ハイ」と従う決心をしたのである。
途端に、それを試みられるように問題がおきた。
父は、親に感謝できるようになった私と共に、新年を迎えたいというのである。

私は、元旦の零時に飛田給道場の祈りの間で神想観をして、これからの人生の生き方を決めたかった。
つまり、私は飛田給で新年を迎えたかったのである。父に従うか、生長の家に従うべきか?私は迷った。

生長の家では、父の言葉には「ハイ」と従えと教えている。
しかし、そんな気持ちにさせていただいたのは、生長の家のお陰ではないか。
真理か家庭か……。

キリストは母に対して、“我と汝と何のかかわりあらんや”と言った。
釈迦は“出家”と称して、親も妻子をもすてて道に従った。
真理を第一にした時、結局は真の家族の幸福(しあわせ)も成就したのではないか……。
真理を第一にすべきだ、と私の決意が固まりかけたとき、
“神に感謝しても父母に感謝し得ない者は神の心にかなわぬ”という言葉が、心の奥底から強く訴えてきた。
その言葉は、釈迦もキリストもどうすることもできなかった。私は祈る以外に道がなかった。

十二月二十八日の朝、神想観をした。“神よ、御意(みこころ)のままになしたまえ”と切実に祈った。
そのとき“父の声は神の声”と力強くひびいてきた。途端に、寝ているはずの父の声が聞こえた。

「ああ、気持のいい朝だ」と。私はびっくりして後ろを振り向いたとき、
いまだかつて見たことのない父の笑顔を見たのであった。

私は父の声に従う決心をした。そのときを契機として、父は変わった。
つまり、私に協力してくれるようになったわけである。
父の反対は、私の信仰を真物にするための反対であったのである。
すべては、抵抗によって前進する、空気の抵抗があるために、飛行機は前進する、レールの抵抗で汽車は前進する。
私たちの信仰も、抵抗があるので深化されるものなのである。
こうして元旦零時の神想観ができた。その神想観によって、私は生長の家に献げる決心ができ、私の道場生活がはじまったのである。
今日までの三十年に垂(なんな)んとする道場生活は、この神想観のお陰であった。

『釈尊の生活も、キリストの生活も、家庭生活や、実際生活という面では、それを成就したと言うことができません。
だから釈尊の生まれたマカダ国も滅び、イエスの生まれたユダヤも長く独立することができませんでした。
特殊の使命と天才とをもった人のほかには、このような家庭生活や国家破壊の道には、ついて行けないのです。
そこにこれらの教えの足りないところがあると思うのであります。その足りないところを補うために、
そして釈尊の教え、キリストの教えを成就するために出現したのが生長の家であります。
(谷口雅春著・楠本加美野編『信仰の活人剣』)』

と、谷口雅春先生の御言葉にあるように、仏教とキリスト教を成就する偉大な教えにふれた私達の使命もまた偉大であり、
偉大な私達であればこそ、そこに次々と難しい問題が与えられるわけで、それも信仰深化の観世音菩薩のはたらきであります。

(謹写終わり)

感謝 合掌

879a hope:2012/12/02(日) 00:08:56 ID:ueIDSztA
>>878

(A hope 所感)
今、わたしたち「生長の家」信徒の信仰心が試されているのだと思います。

『世の中には「神の子」以外存在しないことを信じきり、すべての人に感謝すること。』
『自力で解決できない問題にぶつかったら、祈り、神に全托すること。』

わたしはこのお話を拝読して、そんな風に「生長の家」を信仰していきたいと思いました。
みなさんは、どう思われましたか?

880a hope:2012/12/02(日) 00:29:37 ID:ueIDSztA
>>878
「○月○日 父の声は神の声」
は、P25〜の謹写です。

881復興G:2012/12/02(日) 22:19:21 ID:vWpLkCzM

>>879>>880 :a hope様。

 「……谷口雅春先生の御言葉にあるように、仏教とキリスト教を成就する偉大な教えにふれた私達の使命もまた偉大であり、偉大な私達であればこそ、そこに次々と難しい問題が与えられるわけで、それも信仰深化の観世音菩薩のはたらきであります」(伝道物語 楠本加美野先生著)

 ――そうなのですね。

>>「今、わたしたち「生長の家」信徒の信仰心が試されているのだと思います。
 『世の中には「神の子」以外存在しないことを信じきり、すべての人に感謝すること。』
 『自力で解決できない問題にぶつかったら、祈り、神に全托すること。』
 わたしはこのお話を拝読して、そんな風に「生長の家」を信仰していきたいと思いました。<<

 ――その通りだと思います。

 「神の愛は近視眼的愛ではなくて遙かに前途を見越して、有終の美を飾る如き結果をわれらに与えたまうのであるから、現在の状態がたとい如何なる状態であっても私たちは神に対する信頼を失うということは絶対にないのである。」(人生の苦難を克服する祈り)

 ということですから、それを信じて明るく前進しましょう。

 ありがとうございます。 感謝 合掌


 あ、ところで、12月のweb誌友会は、「本流対策室」に書いたのですが、

≪第2金曜日なら14日ですが、翌日15日は第3土曜日となり、15〜16日はとても忙しくなります。それで、7日(金)夜21:30から9日(日)夜23:30までにさせていただければと考えています。
皆さまのご賛同がいただければ、と。≫

 ――いかがでしょうか。

882a hope:2012/12/02(日) 22:55:13 ID:ueIDSztA
復興Gさま

いつも、わたしの「伝道物語」への所感に、温かいコメントをくださりありがとうございます。
12月のweb誌友会は、7日(金)夜21:30から9日(日)夜23:30までというとですね。
そうすると、今週末ですね。

実はわが家は今、色々な事情があって、さらに家族が増えています。
と言っても、わたしが出産して増えたわけではありませんが・・・(笑)

とても賑やかなので、いつものように落ちついて参加できないかもしれませんが、
早朝などの静かな時間などを利用して、参加させていただきたいと思います。


復興Gさま、トキさま、さくらさま、みなさま、どうぞよろしくお願いいたします。

883復興G:2012/12/03(月) 09:30:13 ID:vWpLkCzM

>>882 :a hope様

ありがとうございます。

ご家庭の事情、わかりました。

それでは、次回のweb誌友会、開会の祈りなどはどなたかほかの方にお願いした方がよさそうですね。
どなたか、有志の方が出て下さるとありがたく思いますが・・・・

すでに、そういう方がいらっしゃることを信じて、祈りましょう。

884さくら:2012/12/03(月) 09:53:34 ID:KZaB1vfg
>>882
>>883
復興Gさま
a hopeさま

いつも、誌友会に尽力して下さり、ありがとうございます。

週末は、わたしも仕事で、時間前などに準備できなくて、祈りなどの責任を負うことが、できなくて申し訳ありません、

この度も、みなさまが静かに学べるよう、なるべく祈りを多くする側にまわりたいと思っております。



885うのはな:2012/12/03(月) 14:40:43 ID:YPQXcc7s

 みなさんは聖典を読まれてるのですか? 訊け管理人

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 もともと聖典を読もうが読まないでいようが、信徒は信徒として独立してるはずなのに、
 講師会長でも人気或る会社社長でも、誰にでも、あいつは聖典読んでない、
 あなたは「聖典」読んでますかと、いちいち審査対象にしてもらわなくてもいいです。

 信徒同志というのは、どうして知り合ったのか?

 お互いの聖典の読み具合を裁き合うためか?

 神様は何のために『生命の實相』をもたらされたのか。

 わたしには依然として「わかりません」。

886「訊け」管理人:2012/12/14(金) 21:28:36 ID:???
BGM
http://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&amp;v=FcrD_lIWPFk#!

<畏るべし、光明思想>

 冬季賞与ですが我が社では・・・・当初予定の3.3倍増にて、全社員に支給可能となりました(!)。

 ・・・・第一四半期終った頃にはもう、「事業存続、可能なのか」てな不安まであった今期ですが、なんと、こんな日が来ようとは・・・・まさかの「予定の3.3倍増額」です。こんな額で賞与を社員に、支給できるとは正直思っておりませんでした。

 「行き詰るのは〝人間知〟である。神の智慧ならば、行き詰らないのである」――

 ・・・今この言葉を改めて、かみしめております。




追伸

 しかしあらためて思いますに、『生命の實相』ですがこの奇書が、もしも私に入ってきておらなかったら・・・・いったい今頃、どうなっていたことでしょう。考えただけで、恐ろしいことです。
 それにしましてもお蔭さまで、まあ、経営者としての責任を果たせまして一安心の本日であります。それにしても「谷口雅春」先生の光明思想ですが、「偉大」の一言です。雅春先生、ありがとうございます。

887神の子さん:2012/12/14(金) 22:21:55 ID:???
>>886

おめでとうございます!

「生命の実相」は本当に素晴らしいですね。

大和晃三郎氏もがんばっていらっしゃいます。

益々のご精進をお祈りいたします。

888トキ:2012/12/14(金) 22:33:32 ID:uYJlVLoI
>>886

 おめでとうございます。私も拝読して、嬉しく思いました。
今後ともよろしくお願いします。

合掌 ありがとうございます

889さくら:2012/12/14(金) 22:43:39 ID:e8ieIrPA
先日、離れている現教団の方からメールを頂きました。

「どこにいても、どんな立場であっても、生長の家のみ教えに触れたあなたがいるその場所が、神様が働く人類光明化運動の最前線です。

いつも祈っています。」

生長の家にふれた皆様は、すべて、どんな立場の方であれ、人類光明化運動の最前線で、み教えを実践されておられる、尊い同志だったんだな…と気がつかせて頂きました、

ありがとうございます。

愛の深い、偉大なみ教えに触れたことは、わたしにとっても、奇跡です。

いまは、このみ教えに、多くの方がご縁のあることを祈ります。


p.s.

訊け監督様、仕事のますますのご繁栄、祝福いたします。


拝。

890うのはな:2012/12/17(月) 16:21:42 ID:3/RoJ/go
    海外の生長の家

 生長の家ラテン・アメリカ伝道本部の井原日吉理事長より、耳寄りのニュースが海を渡って
本部国際局に届けられた。み教え燃ゆるブラジルならではの話題ではある。
『合掌 ありがとうございます。サンパウロ市の一部とも言える地区にタボン・デ・セーラの市長、
市議長その他高官の多くが、生長の家誌友になっております。そのようなことから、市議会の議決により、
三、七七六平方メートルの土地を生長の家教会用地に寄附して下さることになりました。

 市議会の希望として、第二イビウーナ道場を建設してほしいとのことであります。
ところが、不思議にも、地形も高台であり、イビウーナの道場の地形に小形ながらもよく似ており、その上その
寄附された土地に向う「通り」の名が〝イビウーナ通り”と古くから呼ばれていること、面積の平方メートルが富士山の
高さのメートルに同じなのです。

 さらに特筆すべきは、市議会の好意で、教会用地の二面に接する通りのうち一面は、ブラジル光明化運動の父「松田大二郎先生通り」と
改名され、もう一面は、地元連合会の功労者であり故人である「横山朝次通り」と改名されて寄附して下さったのであります。
その土地の譲渡式と「通り」の命名式が、去る一月十八日午後八時よりタボン・デ・セーラ市議会で行われました。
地図を同封致しますので御覧下さいませ(後略)」

 1977年1月18日 ブラジル・タボン・セーラの町の一角に〝松田大二郎通り”〝横山朝次通り”と、ブラジル生長の家の先駆者の名を
冠した公道が誕生。この日を祝って、当地では行進その他の行事が催されたという。

『生長乃家』 昭和五十二年四月号

891うのはな:2012/12/17(月) 17:07:24 ID:zzNh6pl2
  子供に伝えたい、日本の伝統文化の根底にあるもの

 日本人であることを、もっと意識して生きていくと、生きる力が強くなります。
海外の様々な文化に親しむ機会も多い時代ではありますが、日本の伝統的な茶道、華道、
書道・・・そんな文化に触れると、日本人としてのルーツを感じて、自分の根っこは、ここにあると確認できて、
安心した気持ちにもなれます。

 謙虚で和を重んじるという民族性は、大変な美点です。
たとえば、交渉ごとで、ハッキリと自分の権利を主張するアメリカ式もいいのですが、「そこをなんとか・・・」
とワンクッション置いて、やんわりと気持ちをすり合わせていく日本のやり方は、とてもすばらしいものです。
お互いが、いい思いをするように折り合いをつけていく優しさは、まさしく日本人の持つ「和」の心です。

 こうした日本人のよさをないがしろにすると、大きなひずみが生まれます。
今の若いお母さんの中には、子どもが学校で給食を食べる前に手を合わせて「いただきます」と言うことに対して
「そんな宗教的なことはもってのほかだ!」とクレームをつけることがあるそうです。

 いただきますとは、食物から命をいただくということ。感謝して手を合わせる大切さがわからないのは、由々しきことです。
子どもに、人間としての根本的なことを教えられないのは困ったことです。
“悪いことをしたら。お天道様が見ている”とか、“バチがあたる”といった、これまで当たり前のように教え諭されてきたことが、
今はガタガタに崩れてきてしまっているのです。

 たとえ学校の勉強ができなかったとしても、人間としての根本をきちっと学んだ子は、皆と和して助け合い、結局、将来、幸せな生活が
送れると感じます。

 日本の伝統文化が、日本の犯罪率の低さを保ってきた面もあるのです。

    『縁むすびの本』 豊原末絵 著

892うのはな:2012/12/22(土) 04:43:53 ID:pdwtTUcA
矛盾を当たり前として生きる

「そこがあなたの矛盾しているところです!」そんな風なことを言って、人の矛盾が
許せなくなるときが誰しもあると思います。
 しかし、矛盾のない人がこの世に存在するでしょうか。
 そんな人はどこにもいません。なぜなら生きることそのものが矛盾だからです。

 先述したように、生きることは苦しみだらけです。それなら、なぜ生きたいと思うのでしょう。
まったく矛盾しています。楽になるから、便利だからといって、さまざまなテクノロジーが開発されますが、
かえってそれで時間をとられて忙しくなったり、生活が複雑になってしまっていることは否めません。

 パソコンでも携帯電話でも自動車でも、ちょっと考えてみればそんな一面が見えてきます。
これも矛盾です。日本で一番権力を持っている総理大臣は、それだけ一般人よりも自由にしゃべったり、行動したり
できるでしょうか。そんなことはありません。
 政治家や財界人など、いろいろな人の意見を聞き、話し合って政治的決断をしていかなくてはいけない。
ちょっと漢字が読めないからといっては、みんなから散々文句を言われるし、外に出るときは警護官がついてないといけないし、
まったく自由がありません。権力は日本で一番あるのに日本一不自由の身です。
実に矛盾きわまりない仕事です。

 では動物には矛盾はないかというと、そんなことはありません。
たとえば、野良犬はなぜ子供をたくさんつくるのでしょうか。自分だけでも食べていくのに
大変なのに、それで不安になったりすることはありません。
 タコは岩穴に入って何万という数の卵を産みますが、卵が孵化するまでの間、外敵から守るために
ずっと傍にいるのです。その場所を動かないから、自分の餌もとれない。そのためどんどん衰弱していきます。
数ヶ月もの間、苦労して卵を守っても、最終的には一00個ぐらいしか生き延びません。
それで親のタコは、卵が孵化するころには体力がほとんどなくなって倒れてしまう。
それを魚たちが来て食べてしまうのです。これだって矛盾といえば矛盾だらけです。

 ライオンは一、二週間に一回しか獲物をとれません。それでも頑張って子どもを産む。
飢えていても子どもにお乳をあげなければいけないし、獲物をとりに行くときは子どもが敵に
襲われないよう苦労して隠さないといけない。そんなしんどい思いをしながら、なぜまた子どもを
産むのでしょうか。百獣の王にしても矛盾だらけの存在です。百獣の王といっても、草食動物の後ろを惨めに
追いかけていかなくてはならないのです。草食動物に気づかれないように生活しなくてはいけないのです。

 人も矛盾だらけなら、動物も矛盾だらけなのです。だから「矛盾しているから納得いかない」といって
カッカすることはありません。そう言っているあなた自身、まったく矛盾した存在なのですから。

 小さな「悟り」を積み重ねる アルボムッレ・スマナサーラ著

893元職員:2012/12/22(土) 12:58:47 ID:???
うのはなさん、ありがとうございます。

軽薄な部外者の投稿が入るこの掲示板ですが・・・

うのはなさんの的確な突っ込みとw考えさせられる深い内容の引用文に感謝して今する

895うのはな:2012/12/22(土) 16:59:13 ID:GXI9nTy6
    元職員さま

 コメント頂いていたようで恐縮です。有馬記念は2番だなとか、そんな俗っぽいことに
集中してたので、読みぬけしていました。

 わざわざコメいただいてありがとうございます。
 寒くなると血行が悪くなって、それが万病のもとだといわれます。

 今夜は暖かくして休まれるよう、お願いします。
 いつもありがとうございます。

 感謝 拝。

896うのはな:2012/12/22(土) 17:24:01 ID:yYVygOcQ

 うのはなさんのリクエスト

 元職員さんおれ先生だけでなく、男前はどんどん投稿するように。

 女神からのお願いです。

897うのはな:2012/12/22(土) 19:44:48 ID:WMqYQDyc
若い頃には、親から受ける恩のありがたみを、なかなか気づけないものです。
自分のことで精いっぱいで、そこまで考える心のゆとりが持てないのかもしれません。
 しかしある程度の年齢になって、ゆとりある心でものを考えられるようになると、
しみじみと親のありがたみがわかってきます。

「親から色々なことで助けてもらった。応援してもらった。今の自分があるのは、親のおかげだ。
本当にありがたい」という気持ちが芽生えてきます。
 そして「恩返しのつもりで、これからは親を大切にしていこう。親に喜んでもらえることをたくさんしてあげよう」
という気持ちが出てきます。

 しかし、せっかく親に恩返しをしたいと思うようになった時には、親はもう天国へ逝ってしまっているという場合も多いようです。
ことわざにも、「親孝行したいときには、親はなし」というものがあります。
「親が生きている間には、親のありがたみや、親の苦労に気づかない。それに気づいて親孝行したいと思う頃には、親は既に亡くなっている。
『親が生きている間に親孝行しておけばよかった』と後悔する人も多い」という意味を表しています。

 しかし本書で、私は「『親が生きている間に、親孝行しておけばよかった』と後悔した時から、新しい親孝行が始まる」という趣旨を述べたいと考えています。
つまり天国にいる親へ孝行する方法です。
「そんなことができるのか」と思う人もいるかもそれませんが、天国の親を喜ばせる方法はたくさんあると思います。
その中から39の方法について、本書にまとめました。大切な点が二つあります。
一つには、天国にいる親のことを、いつも心に置いておくこと。忘れないでいること。
そして折々に親の人生を思い出してあげることです。

 それだけでも、天国の親は大いに喜んでくれるでしょう。
もう一つは、親が天国から、この世で生きている我が子の姿を見て、「あの子も立派になったものだ。
誠実で、まじめで、人から感謝される生き方をしている。これで私も安心だ」と感じてくれるような生き方を、
自分自身がすることです。

 親にとっては、我が子が幸せになり、立派に生きてくれることが、何よりも喜ばしいことになのです。
生前の親の人生をたどっていくうちに、人は、自分自身がこれからどう生きていくべきか、色々考えさせられます。
親の人生と照らし合わせる形で、自分の人生と向かい合うのです。そのような機会を得られるのも、「天国の親に孝行する」
良い点です。今、私たちが天国の親にしていることは、せいぜい墓参りぐらいでしょう。

しかし、その他にも、親のことを思い出す色々な方法を試してみることによって、
天国の親への孝行ができるのです。

『天国の親が喜ぶ39の習慣』 植西 聡 著

898うのはな:2012/12/23(日) 22:08:47 ID:pdwtTUcA

ある女性が面白い話をしていました。
彼女は亡くなった母親の写真を身近に置き、毎日母親の顔を見ることを習慣にしているそうです。
同じ写真ですから、そこに映っている母親の表情は変わりません。
 しかし、母親が静かに笑っているように見える日があれば、なんだか悲しそうな表情をしているように
見える日もあります。怒っているように見える日もあれば、思い悩んでいるように見える日もあります。
彼女は、ある日、気づいたそうです。
「お母さんの顔が笑っているように見える日は、私が楽しい気分でいる時だ。お母さんが悲しそうな顔をしているように
見える日は、私自身が悲しい思いでいる時だ。つまりお母さんの顔の表情は、私自身の心の鏡なのだ」と。

 それに気づいてから彼女は、母親の写真に目をやる時には、意識して自分の心を明るくし、またほほ笑みながら写真を見るように
努力しているといいます。亡くなった親の写真を身近に置き、折に触れて写真を眺めることを習慣にするのは、天国の親にとってはうれしい
ことだと思います。きっと天国の親も、子供の顔を見たいと思っています。自分の親の写真へ目をやる時、きっと親も写真を通して自分の顔を
見ているのではないでしょうか。ですから、彼女のように、親の写真へ目をやる時、明るくほほ笑んでいる顔を見せてくれれば、天国の親はもっとうれしい
気持ちになるでしょう。

 江戸時代の人形浄瑠璃のセリフに、「子鳥が鳴けば親鳥も鳴く。これは生き物に共通した特徴なのだ」という言葉があります。
これは、「子鳥が鳴けば親鳥も鳴くように、人間の親子も、子供が悲しい思いをしている時は、親も悲しい思いとなる。子供が落ち込んでいる時には、親も気持ちが
落ち込む。子供がうれしそうにしている時には、親もうれしい気持ちになる。親子はそのように気持ちが通じあっているものなのだ」という意味が表されています。

気持ちが通じあっているのは、天国にいる親であろうと同じことだと思います。
先ほどの女性は、「自分が悲しい気持ちで親の写真を見るから、写真の親も悲しそうな顔をしているように見えてくる」と言っていました。
現実的にはそれが正しいのでしょうが、次のように考えることもできるように思います。
「自分が悲しい思いをしていると、その気持ちが通じて、天国の親も悲しい気持ちになってしまう。写真の悲しいそうな表情は、本当に天国の親の気持ちだ」と。

 天国の親を喜ばせてあげるのも、立派な親孝行になります。
そのためには、いつも自分が前向きで明るい気持ちでいられるように努力するのがいいと思います。
明るく物事を考え、楽観的でいるのがいいのです。

 その気持ちは天国へ通じて、親を明るい気持ちにしてあげられるでしょう。
 そして写真に写る親の顔も、いつも笑っているように見えてくるはずです。

  『天国の親が喜ぶ39の習慣』 植西 聡 著

899a hope:2012/12/26(水) 09:04:09 ID:E6WSUXC.
みなさまお久しぶりですがお元気ですか?

今日26日は、ボクシング・デイ(Boxing Day)です。
みなさま、ボクシング・デイって御存知ですか?
『クリスマスの翌日で、元々は、教会が貧しい人たちのために寄付を募ったクリスマスプレゼントの箱(box)を開ける日であったことから"Boxing Day"と呼ばれる。つまりスポーツのボクシングの意味ではない。
クリスマスも仕事をしなければならなかったバトラー始め使用人達に翌日、家族と過ごさせるための休日で、この日は一家の者達は使用人に頼らず自分で全ての家事をしなければならない。また当日、主人が箱に贈り物を入れて彼らに配った。他、クリスマスにカードやプレゼントを届けてくれた郵便配達員にも、労いの意を込めて26日(当日が日曜日の場合は27日)に箱入りのプレゼント(Christmas box)をする。また、バーゲンセールが行われる。』 (ウィキペディアより)

わたしが海外のホームステイ先でクリスマスを過ごした時には、イブは特別なことをせずに普通にすごし、
25日の当日の朝も静かに明けて、家族それぞれがクリスマスプレゼントを交換して、
その夜のディナーにターキー(七面鳥)の丸焼きやクリスマスプディングなどの御馳走を頂きました。
個人的な感想ですが、ちょうど日本のお正月みたいだな…と思い、
日本でする賑やかなクリスマスパーティとはずいぶん違っていたので、わたしは少しカルチャーショックを受けました。
本来はキリストさまの誕生日をお祝いする日ですから、キリスト教がメインのお国では
クリスマスは家族だけで静かな清らかな気持ちで過ごすのが当たり前なのかもしれませんね。

そして、翌日26日には、親せきや親しい友人などをクリスマスプレゼントを持って訪ねました。
ホストマザーが、「今日は、Boxing Dayだから、Christmas boxを配りに行くのよ!」と言っていたので、
ボクシング・デイとは、ただ単にプレゼントを家族以外の人に配る日だと思っていましたが……
ウィキペディアによるといろいろ由来があるようですね。
でも、このボクシング・デイをスポーツの「ボクシングの日」だって勘違いしてる人っているんでしょうか???

あらためまして、わたしの愛する「生長の家」のみなさま、今日はボクシング・デイ(Boxing Day)です。
a hopeからの提案ですが、みなさま今日一日は周りのすべての人々に『にこにこ笑顔
』のプレゼントをしてみませんか?
わたしたちのよろこびの笑顔が、周囲の人々に直接幸福をわけてあげられるのですから、
こんなに簡単にできて、すばらしい愛行はほかにはありませんよね!

900「訊け」管理人:2012/12/26(水) 10:47:59 ID:???


 生長の家に近いことが書かれてあります。がんを経験された方が医学を勉強(?)され、書かれてあるのかな?(一瞥読解では)。
 現代医学でも「ガン」ですが、好転反応と見られつつあるのですね。雅春先生の言われたところの、自壊作用です。以下、面白い記事なので紹介します。



◆がんを経験したからこそ、医療の危うさを伝えたいのです。
http://blogs.yahoo.co.jp/tiebukurobeya/26261156.html

(上記ブログ記事より)

『がん体質革命』(小澤博樹著)から、引用 ↓

がんは「排毒」の腫瘍である。『排毒』とは、読んで字のとおり毒を排する、つまり、体内に溜め込んだ毒素を体外に出することです。東洋医学的な考え方では、この生体反応があらわれると見ています。たとえば、風邪をひいて、発熱し、発汗し、咳や痰が出、下痢や嘔吐を起こすのは、こうして体内の毒素を体外に排出しようとする『排毒』現象なのです。

がんも同じです。体内の毒素を一カ所に集めて、そこから排毒しようとして腫瘍が形成されるわけです。

ガンは生体を守るために発生している生命維持装置。毒素をコンクリートのように細胞で固めて、全身から隔離して全体を守っているのがガン細胞の正体なのです。

これを三大治療(手術、抗癌剤、放射線)で強制破壊し、全身に拡散しているのです。


癌腫は体がつくりだした「浄血装置」なので、安全弁であるから破壊してはいけないのです。ガンという病気が治ろうとする直前の現象が、腫瘍が大きくなるという現象としてあらわれてくるのです。


現代医療の治療は、この治そうとする治癒現象と逆のことを行って悪化させている。ガン細胞を殺して消そうという発想自体が、根本的に間違い。ガン腫を完全に壊して消滅させても治癒効果はゼロ、目視的、機器診断による現象を追うこと自体に意味がないのです。


ガン腫瘍こそが、ガン患者にとって救いの女神、もしガン腫に溜まっている毒素が全身を巡っていたら、…常に生体の細胞は毒素にさらされ全身はボロボロに・・・ガン腫ができないほうが良いという発想が間違いなのです。


――――――――――――― 終わり――――――――


◆イギリスで行なわれたクジ引臨床実験の結果・・・
抗がん剤を一種類使用した群と、四種類使用した群と、無治療の群との三つに分かれるよう、クジを引いています。その結果、一番長生きしたのは、何もされなかった患者さん達です。抗がん剤を一剤だけ与薬された場合にはそれほどではありません、三種類与薬された患者さん達の生存期間は明らかに短くなっています。

◆抗がん剤治療をすると放置よりも5分の1から10分の1以下に寿命を短縮させている可能性がたかく、ガンを縮小させても延命効果はまったく、西洋医学では、がんは治らないのです。

◆99%のがん患者は、免疫不全・心不全・敗血病で、悪性新生物(がん)が人の命を奪ったのではなく、抗がん剤や放射線が生体を傷付けた結果、薬害・医療過誤で死んで行くのが、現代がん治療の偽らざる実態なのです。


◆昔のがん患者は治療される以前にがんでありながら、何十年も生き延びていました。今は早期がんでも治療されると数年で死んでいるのです。検査して、手術して、抗癌剤やって、放射線かけて、大勢の人が死んでいるのです。


◆悪性新生物(ガン)が人の命を奪ったのではなく、抗癌剤や放射線が体を傷付けた結果、薬害・医療過誤で死んで行くのが、現代の偽らざるがん事情なのです。

●抗癌剤の添付書には、抗がん剤が、新たな病気やがんを発生させることが記載されています。転移の原因は、まぎれもなく抗がん剤なのです。


(了)

901トキ:2012/12/26(水) 22:13:01 ID:yoZpAWv2
>>900

 今日は用事があり、書き込みができませんでした。ごめんなさい。

 たいへん素晴らしい内容ですね。ガンについての興味深い見解だと思います。
ご教示、ありがとうございました。

合掌 ありがとうございます

902神の子0423:2012/12/29(土) 23:11:42 ID:q/mWnJPA
>>900

◆がんを経験したからこそ、医療の危うさを伝えたいのです。

う〜ん、これほどまでに信念が強固に強ければガンになろうとも平常心を保ちますね。

私も、いくら「病気は無い」と唱え信じこんでいるようでも、いざとなるとなんとうろたえる事か。
まだまだ精神修養が未熟かと痛感致します。

でも、「あなたはガンです。それも死亡率 第1位の肺がんです」とは言わないけれど、「肺癌」と
宣言されちゃうと、頭の中までガーン〜となりましたね。

タバコを止めて25年、それなのにあ〜それなのに。なんで肺がんに?
「心の中に病の品を山のように」いつの間にか築きあげていたのだろうか?【癌】

あまり受けたことがない市の定期検診でレントゲン検査で引っかかった。
再検査で約20mmほどの腫瘍が右肺上部に確認された。即入院の手続きが必要とのこと。

入院後、ペット検査のできる別の病院へ検査へ行く(がん細胞が何処まであるか全身を調べる検査)
「普通の方が受けてみようと検査依頼すると1回10万円だそうです」
【太い注射器で点滴のように血液中にある液を入れてMRIのような機器で全身を撮影します。がん細胞が
ある所にはそこに集まるので判るそうです。】

その結果、そのほかの部位にはガンの痕跡がみられない、との診断。(あ〜ありがたや、ありがたや)

ただ、この時の先生が検査後「最初、このレントゲンの所見では、こんなに大きいとたぶん他にも転移があるだろうと
思っていましたが、無くてよかったですね。」と、なんだか嬉しいような怖いような事を言われました。
普通ではこのくらい大きくなると、かなりの確率で転移があるそうです。

ここに言っていますように↓コンクリートのように細胞で固めて守っていたのかもしれないと思う。

>>ガンは生体を守るために発生している生命維持装置。毒素をコンクリートのように細胞で固めて、
全身から隔離して全体を守っているのがガン細胞の正体なのです<<

 その後、良性か悪性かを調べるために生体検査をすることになり、口から喉を通って肺の腫瘍部分に
針のような器具を差し込んで細胞を取ることになった。(いくら喉など麻酔をかけているとはいえとても辛い)
その結果、だいたいこの辺だろうの感覚でしかできないそうで、うまく取れなかったみたいでした。
(もう一度やるとしたら、絶対しません、死んでもするものか) でも取れなかったのが良かったのかもしれない。

>>癌腫は体がつくりだした「浄血装置」なので、安全弁であるから破壊してはいけないのです。ガンという
病気が治ろうとする直前の現象が、腫瘍が大きくなるという現象としてあらわれてくるのです。<<

 もしこの時、針を差して採ったらがん細胞が漏れ出して広がったかもしれないな〜とも思う。

 それから手術して取り出すことになり、手術室へ。
横になって後ろ脇を消毒、麻酔を注射されて酸素マスク。ほどなく眠りの森へ。

気が付いたら集中治療室、酸素マスクをしたまま周りを見たら同じような患者たちが唸っている。
わたしも身動きひとつできない。そのうち麻酔がきれてきたらものすごい痛みが襲ってきた。
喉にタンがたまるので、咳をしようものなら胸が張り裂けんばかりの痛み。

手術する前までは、何処も痛みかゆみもなく健康そのものだったのに、いまは身動きもできず
半分死の世界に入っているような、激痛のなかでもがいている。

妻が取り出しだ肺を先生に見せられて「やはり癌でした」と言われたそうです。

あれから今度の3月が来ると丸5年目になる。
もし、再発したらもう手術はしない。あとはもっともっと雅春大聖史教えの信仰を高めて天命を待つことにした。

903志恩:2012/12/30(日) 07:03:24 ID:.QY5jUA6
神の子0423様

約20mmほどの腫瘍が右肺上部に確認され、肺がんの検査の結果、がんを手術で取り除き、
そのときから、どこへも転移せず、こんどの3月で5年めになるそうで…

これは、貴重な体験をお話下さいまして、ありがとうございました。

肺がんと膵臓がんは、非常に見つかりにくい癌なのだということは、聞いた事あります。

20㎜ほどの極小の時に、見つけてもらえて、しかも、転移してなかったというのは、
不幸中の幸いでしたね。


あのかたがご紹介下さった「がん体質革命」によりますと、

「体内の毒素を一カ所に集めて、そこから排毒しようとして腫瘍が形成されるわけです。

ガンは生体を守るために発生している生命維持装置。毒素をコンクリートのように細胞で固めて、
全身から隔離して全体を守っているのがガン細胞の正体なのです。

これを三大治療(手術、抗癌剤、放射線)で強制破壊し、全身に拡散しているのです。


癌腫は体がつくりだした「浄血装置」なので、安全弁であるから破壊してはいけないのです。
ガンという病気が治ろうとする直前の現象が、腫瘍が大きくなるという現象としてあらわれてくるのです。」

ということだそうですから、

私の場合は、どこにも病気は、ないのですが、
がんにもお役目がある、ということを学ばさせて頂きました。

神の子0423様、ご無事でなによりです。

904「訊け」管理人:2012/12/30(日) 09:10:12 ID:???


>>902神の子さま


 転写したブログ記事が、お役に立った様子でなによりでありました。私も父をガンで亡くしましたので、あのブログ記事ですが、オヤジに見せてやりたかったものなのでありました。(まあオヤジ、私以上の「唯物論者」でしたがwでもあんな説明のされ方ならば、唯物論者も信じるのかもしれませんよね。説得力があると思いました)で突如、雅春先生のお話です。

 『続々甘露の法雨解釈講義』の中で雅春先生が、実にオモシロイお話しをご披露されておられました。営業車中で聴いた際、なんか感動を催した話なんですが、「蚊の話」なんです。

 ・・・・で、この蚊ですが、蚊に指されると皮膚が膨れます。でもあれ、雅春先生曰く「味方の援軍である」と(^^)。いやーこれ、感動ではないですか。

 意味は、こうです。あの、皮膚の膨れですが「あれは、蚊の毒ではないのですよ」と。あの膨れとは「味方が、毒が他に回らないように壁を作ってくれているのですよ」と。なので「味方の援軍なんですから、声援を送らねばナラン」と(^^)。いやーこれ、雅春先生らしい明快なご解説だと感じた次第です。(ついでに「資金繰りの悪化」も、味方からの援軍だと解釋できるように、なった私w)。

 ・・・・・・ガンも同様では、ないでしょうか。いや、「ないでしょうか」は正確ではないですよね。ガンの腫瘍もこれ、「味方の援軍」なんでしょうね。毒が他に行かないようにしてくれている、そんな城壁なんでしょう。

 ですんでこの城壁、もう、感謝せねばならんのでしょうね。「ありがとうございます」と・・・・・ところで話しが飛びますが、この、「ありがとうございます」とは本当に、聖句ですね。経営悪化や売上不振がほとんどすべて、この聖句で解消されます。かつて、聖フランシスは「悪の背後に神をみた」そうですが、ガンの腫瘍の背後にもそんな導きがあるんでしょうね。・・・・まあ、それを知れば自然と、この聖句「ありがとうございます」が、出てきそうな気もします。



追伸

 それにしても、オヤジにも知らせたかった(^^)。谷口雅春先生の、この教えを。

905神の子0423:2012/12/30(日) 23:46:04 ID:q/mWnJPA

志恩さま

お気遣いいただきまして恐縮です。また、ありがとうございます。

ちょうど5年前の今頃ですか年の瀬も迫った頃、再検査の通知が来て 受けてくれと。
年が明けて、こんどは大きな画像でのレントゲン撮影。
(定期検診でのレントゲンフィルムはハガキ大くらいの画像。この大きさでよく見つけるものだと感心しました)

やはり腫瘍があるとの事で癌センターの大きな病院へ紹介され、即入院を勧められました・・・が
なんとか奇跡でも起こせないかと1ヶ月ほど渋っていましたが、信仰心不足かなんの変化もなし。
このままにしておいたら益々大きくなり転移も! との恐怖心も募り、ついに手術を受け入れました。

>>ガンは生体を守るために発生している生命維持装置。毒素をコンクリートのように細胞で固めて、
全身から隔離して全体を守っているのがガン細胞の正体なのです。<<

これを知っていたら恐怖心も克服していたことでしょう。


腫瘍の20mmはセンチに直せば2cmですが、右肺の一枚をそのままそっくり取りました。(右肺は2枚あり上の方の肺は小さい方)
術後リンパ節の合併症を併発。点滴の中に薬を入れてベットの中で360度回転を強要。(これも辛かった)

このような死の確率の高い病気になったのも、わたしにとっては(魂的に)とても意義深い体験になりました。
それまでは志恩様と同じくほとんど病気らしい病気もせず至って健康でしたので。

 生について以前より、もっと深く考えるようにさせられました。


「訊け」管理人さま

貴重な転写ブログ記事、大変ありがとうございました。

お父様をガンで亡くされましたとか、父を亡くすということは何か自分の中にある、一つの支えがなくなるような気がしますね。

突如話は変わりますが、蚊の話で入院中の事を思い出しました。

術後の痛みを救うものはなっんと言っても鎮痛剤ですね。定期的に痛み止めには座薬をしたりしてましたが
我慢ができないほどの時は点滴の中に入れてもらうと、スーと あっという間に痛みが消えました。

その内、わたしの病室は4人部屋でしたが目をあけて天井のほうを見ていたら、蚊がどこからともなく集まってきて
部屋の隅のほうに蚊柱となって群れている。目の前を飛んでいくものある。羽から足までハッキリみえる。

頭の中で「これは何だ? 窓の何処かが開いてて入って来たのか? でも今はまだ桜も咲かない三月だぞ???)
そして、あっこれは幻覚だ。すごい幻覚が見えた。と妙に面白くなりました。その内スッと眠りに入る。

よく、幻聴が聞こよるとか、幻覚を見るとか言う人の話は聞きますが、実際体験すると本当にリアルに見えるものだなぁ〜と
感心してしまった。これは鎮痛剤(モルヒネ?)の副作用なんですね。 もう見たいとは思いませんが。

906志恩:2012/12/31(月) 08:51:32 ID:.QY5jUA6
神の子0423様

2㎝の癌でも、そのように大幅な摘出手術を、するのですね。
でも、今は再発がないようで、なによりです。

人間て、病気すると、実感として、当たり前であることの有り難さを痛切に感じますでしょう。

私は、今は、病気はないのですが、
5年まえに、目が悪くなりまして、白内障の手術を両眼ともしました。

ネットで調べましたら、評判のいい病院で、日帰り手術を
するという病院を見つけましたので、予約しておいて、日帰り手術でやってもらいました。

一度に両眼は出来ませんので、手術は、片目ずつ2回にわけてやりましたが、
1回につき、15分で終わりました。

麻酔の点滴を目にぽちっと たらしてから、やるのですが、
あっというまの出来事でした。全然痛く無かったです。

術後も,痛みは起こりませんでした。

眼帯をとりましたら、あらビックリ、景色が、明るく くっきり と、
見えるではありませんか。
霧がはれたように、、。

他の医術も、そうでしょうけれど、
眼科医術の進歩は,めざましいです。

白内障になったとき、物がかすんで見えていましたので、
私は当たり前が、一番有り難いのだということを、しみじみ自分の
体から教わりました。

(昔、輝子先生も白内障の手術をされたのですよ。日本は現在のように
 眼科医学が発達していない時代でしたので、ハワイでされたと伺っております)

でも、私は、その手術のおかげで、
今は、眼鏡なしで、細かい字も、鮮明に 読めております。

  ”災い転じて福を為す” ですね。

907うのはな:2013/01/06(日) 14:27:50 ID:08rsSsiE

   生長の家社会事業団 厳粛なる歳旦祭
 
  http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=koumyou&amp;mode=res&amp;log=1003

911SAKURA:2013/01/15(火) 12:49:32 ID:P.bDOuWc
トキ様 へ  観覧者の皆様 へ
こんにちは……  ロ−マ字(大文字)の【SAKURA】で〜〜〜す。 【その①】

■■【文章表現…】これは、確かにはるかかなた“永遠”にその時の“心模様…”が残りますかと。
1月9日『故人…義春様』の悲報を知ることになりまして…改めて【言葉=言霊】の意味が……

■【生長の家政治連合と「今の教え」を考える/2】に投稿させて頂いております。閲覧頂ければ…
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/11346/1356262576/125 SAKURA
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/11346/1356262576/126 SAKURA
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/11346/1356262576/127 SAKURA
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/11346/1356262576/128 SAKURA
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/11346/1356262576/130 役行者様
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/11346/1356262576/131 トキ様
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/11346/1356262576/133 SAKURAから役行者様へ

■■尚【教区板…】にも、さらに『故人…義春様の偲ぶ内容投稿』を、しております。…が?

❤〜過去の【ト−キングスティクボ−ド】を見ますと『故人…義春様』の素晴らしい“人格…”に
考えさせられまして、此処で、まだ“閲覧されていらっしゃいません皆様”に対しまして、
既に【奥殿…】に投稿がありますモノで…再度投稿の形を取らせて頂きまして…閲覧して頂きますと
幸いに思います。
当に【生長の家…真理】に至りましては【言葉 =言霊】でしょうかと??

つづく

912SAKURA:2013/01/15(火) 12:52:13 ID:P.bDOuWc
トキ様 へ  観覧者の皆様 へ
こんにちは……  ロ−マ字(大文字)の【SAKURA】で〜〜〜す。【その②】
>>911 投稿の続きです 。

■■【文章表現…】これは、確かにはるかかなた“永遠”にその時の“心模様…”が残りますかと。
1月9日『故人…義春様』の悲報を知ることになりまして…改めて【言葉=言霊】の意味が……
■【生長の家政治連合と「今の教え」を考える/2】に投稿させて頂いております。閲覧頂ければ…
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/11346/1356262576/134 SAKURA
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/11346/1356262576/135 SAKURAからトキ様へ
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/11346/1356262576/137 トキ様からの返事
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/11346/1356262576/138 商人様
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/11346/1356262576/142 SAKURAから役行者様へ

■■尚【教区板…】にも、さらに『故人…義春様の偲ぶ内容投稿』を、しております。…が?【その②】

❤〜過去の【ト−キングスティクボ−ド】を見ますと『故人…義春様』の素晴らしい“人格…”に
考えさせられまして、此処で、まだ“閲覧されていらっしゃいません皆様”に対しまして、
既に【奥殿…】に投稿がありますモノで…再度投稿の形を取らせて頂きまして…閲覧して頂きますと
幸いに思います。
当に!【生長の家】…真理】に至りましては【言葉 =言霊】でしょうかと??

つづく

913SAKURA:2013/01/15(火) 12:55:25 ID:P.bDOuWc
トキ様 へ  観覧者の皆様 へ
こんにちは……  ロ−マ字(大文字)の【SAKURA】で〜〜〜す。【その③】
>>911>>912>> 投稿の続きです

■■【文章表現…】これは、確かにはるかかなた“永遠”にその時の“心模様…”が残りますかと。
1月9日『故人…義春様』の悲報を知ることになりまして…改めて【言葉=言霊】の意味が……

■【生長の家政治連合と「今の教え」を考える/2】に投稿させて頂いております。閲覧頂ければ…
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/11346/1356262576/143 SAKURA
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/11346/1356262576/144 SAKURAからトキ様へ
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/11346/1356262576/147 トキ様
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/11346/1356262576/148 SAKURA からトキ様へ①
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/11346/1356262576/149 SAKURA からトキ様へ②

■■尚【教区板…】にも、さらに『故人…義春様の偲ぶ内容投稿』を、しております。…が?

❤〜過去の【ト−キングスティクボ−ド】を見ますと『故人…義春様』の素晴らしい“人格…”に
考えさせられまして、此処で、まだ“閲覧されていらっしゃいません皆様”に対しまして、
既に【奥殿…】に投稿がありますモノで…再度投稿の形を取らせて頂きまして…閲覧して頂きますと
幸いに思います。
当に!【生長の家…真理】に至りましては【言葉 =言霊】でしょうかと??

つづく

914うのはな:2013/01/16(水) 20:27:06 ID:q1/hjc9I

「ありがとうございます」は感謝の言葉ではありません。
もちろん、感謝の意を表す言葉として使っても、間違いではありませんが、
英語の「Thank You」と日本語の「ありがとうございます」とでは言葉の成り立ちが
まるで違います。

「Thank You」のほうは、本来「 I Thank You 」であり、これは「私はあなた(のしてくれた行為に
対して)に感謝します」という意味です。これに対し、日本語の「ありがとうございます」は「わたしはあなたにありがとうございます」
という言い方は決してしません。

「ありがとうございます」のほうには、主語も目的語も最初からないのです。
なぜなら、日本語の「ありがとうございます」は、最初から「目に見えるもの」「目に見えないもの」すべてを対象にしている言葉だからです。
ですから、主語も目的語もつけようがありません。「ありがとうございます」の語源は、「在り難し」。
つまり、「あり得ないような出来事・現象」という意味です。
それに「御座居(ござい)ます」。つまり、「今ここに確かにいらっしゃる(現れている)」という意味の言葉が加わって、成り立っています。

 ですから、「ありがとうございます」を正しく直訳すると、「あり得ないような奇跡的な現象が今ここに、確かに現れています」となるのです。
その「あり得ないような奇蹟的な現象」を目の当たりにするから、「あぁ、在り難や、在り難や」と手を合わせて、拝むことになるワケです。
つまり、「ありがとうございます」を口にするということは、「今ここに奇跡が起きている!」ととらえる人と、「そんなの当り前....。別にたいしたことではない...。」
と思う人。どちらの人の元に本当の奇蹟が降り注ぐことになると、あなたは思われますか?

 あなたがもし、神様だとしたら、どちらの人を応援したくなるでしょうか?
自らの人生を本気で変えたい....と思うのなら、「ありがとうございます」という言葉のチカラを活用しない手はありません。
イエ、「ありがとうございます」という言葉を使わない限り、あなたの人生が劇的に変化することはあり得ないと言い切ってもいいぐらい...。
それぐらい、素晴らしい価値のある言葉なのです。「ありがとうございます」という言葉は...。

 理屈は抜きにして、とにかく自らの人生にポジティブな変化を起こそうと思うのなら、「ありがとうございます」を声に出して唱えること。
誰かに何かしてもらったときに、「ありがとうございます」と言うのではありません。
それでは人生に劇的な変化を起こすことはできません。

 何も在り難いことがない状況で、先に「ありがとうございます」と口に出して唱えるから、あとから在り難い、奇蹟的現象が降ってくるのです。
「唱えるのが先。現象は後」です。まずはたった今から、「ありがとうございます」を一日最低百回、唱えてみましょう。
それだけであなたの人生は劇的に変化します。大丈夫.....。
 効果のほどは、私が120%の自身をもって保証します。騙されたと思って、ぜひ!

『人生でいちばん大切な自分との約束』 はづき虹映 著

915a hope:2013/01/16(水) 21:03:08 ID:TqpbsVIM
>>914うのはなさま

素晴らしい文章を紹介して下さりありがとうございます。
これ、まさに、「生長の家の教え」ですね!

早速、実行してみます。

感謝 合掌。



うのはなさまって、本当に不思議なお方…。

916読者:2013/01/17(木) 02:08:12 ID:G9Sh6BAc
 ある信者の方が総裁のお誕生日(12月24日)にコメントされています。
「基督さんと御誕生日一緒なんですね。(*^▽^)/★*☆♪凄い おめでとう御座います。」
そして4人が「いいね」と。。。

クリスマスイヴはクリスマスではありませんよ。


総裁もちゃんと訂正してあげてください。

917志恩:2013/01/17(木) 06:06:42 ID:.QY5jUA6
読者様

>>ある信者の方が総裁のお誕生日(12月24日)にコメントされています。
「基督さんと御誕生日一緒なんですね。(*^▽^)/★*☆♪凄い おめでとう御座います。」
そして4人が「いいね」と。。。<<

たしかに!

基督の誕生日は、25日だわ(笑)

私みたいに そそっかしい信者さんが、何人もおられるんですね。

24日は、基督より、サンタが 主役の日。

トナカイのソリを点検して、スタンバイしている日です。

918志恩:2013/01/17(木) 06:22:08 ID:.QY5jUA6
知恵袋でしらべましたが、12月25日は、
基督の誕生日では、ないそうです。

下記には書いていませんが、他のところに、
基督は、実際は夏の9〜10月に生まれた。
12月25日は、母・マリアに懐妊した日という説が多いです。

>>

クリスマスはキリスト教のお祭りです。

「キリストの誕生日」という答えが多いのではと思いますが、惜しいけど違います。
正確には、「キリストが世に来たことを記念する日」なのです。

「誕生日とどう違うんじゃい!」と言われそうですね。

イエス・キリストがマリアから生まれたのが何月何日かはわからないのです。

わからないどころか、聖書の記録を読むとどうも夏の出来事だったようです。
というのも「野宿していた羊飼いたち」が生後すぐのイエス・キリストをおがみに来たと記録されていますからです。

ただでさえ内陸性気候の荒れ野は、夜はひどく冷え込みます。
まして冬には、とても野宿なんかできません。<<

919読者:2013/01/17(木) 09:52:47 ID:Qeg8vm0Q
>918

そうらしいですね。

921うのはな:2013/01/23(水) 22:39:21 ID:dKKqXaLQ
    朝日を浴びて、夕日を眺める

 「無償の愛」という言葉。何の見返りも求めず、ただ溢れ出るままに、愛のエネルギーを注ぎ続けるという
イメージですが、厳しい現実に目を向けると、そんな「無償の愛」など絵空事で、この世に実存するものではないと思うのも
無理はありません。

 しかし、この世の中には「無償の愛」を表現しているものは、案外、たくさんあります。
たとえば太陽。太陽は、常に私たちにエネルギーを与え続けてくれているだけで、それに対して、何の見返りも求めていません。
私たちは太陽から、どれだけ多くの恩恵を受けているか測り知れませんが、太陽からの請求書を受け取った人など、
歴史上、ひとりもいないことだけは確実でしょう。

 太陽の存在自体が、「無償の愛」の証明です。
中でも朝日は「愛」を、夕日は「慈悲」を表すと言われます。
キリスト様は、どんな人でも包み込み、すべてを前から抱きしめる「真実の愛」を説き、
お釈迦様は、その人の陰の部分に寄り添って、後ろからソッと抱きかかえる「慈悲」を
説いたと言われます。

 それはどちらも「無償の愛」の表現方法が変化したもの。ですから、太陽の光を浴びたり、
眺めたりすることで、私たちも自分の中にある「無償の愛」に気づき、そのパワーにスイッチが入る
ことになるのです。

 昇る朝日を浴びると、「真実の愛」にスイッチが入ります。「愛」が溢れ出るように、自分からポジティブな
行動を起こしたくなります。沈みゆく夕日を眺めると、「慈悲」の心にスイッチが入り、自分のネガティブな部分も、
相手のネガティブなところも良い・悪いをつけず、受け入れる慈しみの心が磨かれます。
 本気で新しい自分に変りたいのなら、太陽と仲良くすること。これが必須条件です。

『人生でいちばん大切な自分との約束』 はづき虹映 著

922うのはな:2013/01/26(土) 18:44:13 ID:D0l4ZWVo
   意富加牟豆美命 おおかみむずみのみこと

 私はあなたに深い休息を約束します。どのような経験も土に帰り、新たな実を結ぶ糧
となります。前のことはすっぱり断ち切って...。エネルギーに満ちた未来が待っています。

    神々の言霊

 意富加牟豆美命は霊力を備えた桃の神霊です。宝珠の形をした桃は
 黄泉の国の軍勢を退散させた邪気を祓うスーパーパワーの持ち主。
 また、桃には薬効もあります。
 恨みや自己憐憫といった黄泉のエネルギーをすぱっと断ち切り、みずみずしい
 桃のエネルギーで自分を癒しましょう。あなたの体験は他の人へのすばらしい宝物となり得ます。
 休んだ後は心躍る出来事が待っています。

『日本の神様 言霊ノート』 大野百合子 著

923うのはな:2013/01/26(土) 18:48:27 ID:9TO4H8Ho

 平成25年2月18日(月)
 新教連副理事長『代田健蔵先生』の家庭教育講演会のお知らせ
 桃の實会様より

 http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=koumyou&amp;mode=res&amp;log=1087

924うのはな:2013/02/20(水) 07:30:31 ID:YWcH1hUU
現総裁、レベル低すぎ (6566)
日時:2013年02月18日 (月) 20時15分
名前:アクエリアン

「靖国見真会」参加者様

現総裁の、迷解釈、珍解釈に対する、懇切丁寧な批判ありがとうございます。


>>“私は、谷口雅春先生の「聖経」だけで充分です、「経本」は 読みません”<<

この姿勢こそ、本来の生長の家の信徒のとるべきものだと思うのですが、いまだに、お孫様信仰から、抜け出せない人もおられるようで、はやく目覚めてほしいと願わずにはいられません。

ともかく、現総裁、レベル低すぎ、雅春先生の聖経の解釈、解説など、百年早い、もっともっと、人生修行を積まれてからです、という思いだけです。

生長の家の信徒の方も、雅春先生の教えを学ぶためには、現総裁の、迷解釈、珍解釈など、無視して、直接、雅春先生の教えに参究していただきたいと願っています。

925ona:2013/02/22(金) 01:36:38 ID:Oj1ZYtC6
2012年ニコ生MVP & 重大事件第1位




なかっち 動画
http://www.youtube.com/watch?v=z2qK2lhk9O0s



みんなで選ぶニコ生重大事件 2012
http://vote1.fc2.com/browse/16615334/2/
2012年 ニコ生MVP
http://blog.with2.net/vote/?m=va&amp;id=103374&amp;bm=
2012年ニコ生事件簿ベスト10
http://niconama.doorblog.jp/archives/21097592.html

926SAKURA & NANCY:2013/02/23(土) 17:56:46 ID:A5Imcb1A
トキ様 へ   観覧者の皆様 へ
こんばんは……  ロ−マ字(大文字)の【SAKURA・NANCY】で〜〜〜す。

ここでは【SAKURA】と“パ−トナ−こと【NANCY】…”と一緒に【日本版…霊感のある方?】
の多々なる【霊界模様のお話】を投稿させて頂きます…。その方は【霊媒師…平沢うめさん】と
云う方です。

此の「霊媒師…平沢うめさん」との出会いによりまして【霊 界 模 様】を此の著者は、私どもに
人間の持つ【宿 業…】の事を、此処に記して下さっていますかと。

■その著者が〜〜〜ここで紹介して下さいました

――――――――――【 谷口 雅宣(まさのり) 】――――――――――と云う方です。

                                   再合掌

PS:この書籍を紹介して頂きました【蜻蛉様…】に古物書〜〜〜古物商〜〜〜??とにかく拝読し
ますと、実に“オモシロイ!”のです〜〜〜ョネ!改めまして…「感謝申し上げます。」
尚!此の≪同姓同名≫の書籍を購入するのは……“バカ…”と云いう言葉?を…頂きましたが?
当に私どもも❤【バカになれ〜〜〜♫ にて購入】致しました一人です…。でもアバウト的に拝読し
ますと、やはり最終的には『 心の法則 』になるのかと…思う次第です。…が?

PPS : ここでおことわりですが「現総裁雅宣先生…」とは、一切関係のない人物です。

つづく

927SAKURA & NANCY:2013/02/23(土) 17:59:35 ID:A5Imcb1A
トキ様 へ   観覧者の皆様 へ
こんばんは……  ロ−マ字(大文字)の【SAKURA・NANCY】で〜〜〜す。

>>926 の投稿の続きです…。
この書籍本中で、本来ですと…順次の投稿なのですが〜〜〜特に皆様もご存知の〜〜〜?
怪談……【 ❤〜お岩霊神…… 】此の該当の「第 5 章」から投稿させて頂きます。

■それでは神と霊魂と人間と †††『 因霊の世界 』†††
――― 第 5 章 お岩霊神 むかしは妖怪、いまは霊神 ―――

―†―【 現代のお岩神社 】―†―

“お岩神社”は東京四谷の左門町にあります。道路をはさんで筋向いに田宮家の屋敷があり
ます。この屋敷跡には“田宮霊神”があり、ノボリ旗が立ち並んでいます。今日では、悩み
多い人たちは、このお岩神社に願をかけ、お岩さまの霊に救いを求めています。
 その昔は、ここは“妙行寺”というお寺で、その中にお岩さまのお墓がありました。しか
し、明治42年にお墓ごとそっくり巣鴨に移転されています。 そのときお岩さまが使われ
た「くしや鏡」などが出てきたといわれています。その跡に現在のお岩神社ができたそうで
す。
 
お岩さまの戒名は「得證院妙念日正大姉(とくしょういんみょうねんにっしょうたいし)」と
いいます。最初の戒名は「得證妙念」という簡単なものでしたが、お岩さまの死後、田宮家で
はいろいろと妖怪が絶えないので、享保4年2月22日に戒名を改め、新しい追善供養がおこ
なわれ、現在の戒名になったといわれています。
 
それから田宮家の妖怪は絶えたといわれます。
これを考えてみると、“お岩さま”は、なんと84年間も呪い続けていたことになります。

                             つづく

928うのはな:2013/02/23(土) 18:48:54 ID:YOK2ZUo2
>トキ様 へ   観覧者の皆様 へ
こんばんは……  ロ−マ字(大文字)の【SAKURA・NANCY】で〜〜〜す。

 トキ様や観覧者の皆様以外に、無視者、、無読者もいることを、
 ときどき思い出してください。

929神の子さん:2013/02/23(土) 18:56:32 ID:V8e9/NkU
お岩さんって実在の人物だったんですか?!
知らなかった!

930トキ:2013/02/23(土) 19:13:00 ID:c7/td2dA
 お岩さんは、実在の人物ですね。

931SAKURA & NANCY:2013/02/23(土) 19:30:44 ID:A5Imcb1A
トキ様 へ   観覧者の皆様 へ
こんばんは……  ロ−マ字(大文字)の【SAKURA・NANCY】で〜〜〜す。

>>926>>927 の投稿の続きです…。
■それでは神と霊魂と人間と †††『 因霊の世界 』†††

――― 第 5 章 お岩霊神 むかしは妖怪、いまは霊神 ―――

―†―【 実際の事件だった“四谷怪談” 】―†―

四谷怪談で名高い“お岩さま”のことは、おそらく誰もが知っていることでしょう。なか
には「あれは本当のことですか、芝居ではなかったのですか?」…などと聞く人もいますが、
これは実話なのです。そこで伝説化された“お岩さま”の事件を簡単にお話ししましょう。
 
四谷左門町の一角は、江戸時代、幕府のご家人の組屋敷のあったところで、ご家人であっ
た田宮家もそこにありました。
 お岩の夫となった民谷伊佐衛門は、田宮家に婿入りし、娘のお岩を妻にしました。しかし
田宮家に婿入りしてから、しだいに身を持ち崩すようになり、ことごとに妻を虐待するよう
になりました。見るに見かねたお岩の父親は伊佐衛門に意見をしました。たび重なる義父の
意見に耐えられず、とうとう伊佐衛門は義父をひそかに殺害してしまいました。
 自分の夫が父親を殺しの犯人だとは夢にも知らぬお岩は、夫の加勢で仇討を決意するのでし
た。
 そのころ、お岩は伊佐衛門とのあいだに子どもができました。産後、お岩は体の調子が悪
く、寝ていることが多くなり、伊右衛門は病気がちのお岩に愛想をつかしはじめ、林家の娘
お梅の父親伊藤善兵衛も、伊右衛門へ高家の仕官を条件に、嫁に行きそびれたお梅との結
婚をたのむようになりました。伊右衛門とお梅は二人して、病気のお岩に目にあまる仕打ち
を加えて虐待しはじめました。
 
最後に、お梅の父親も一枚かみ、用意した毒薬を、田宮家の下男小平を使って、お岩に飲
ませました。みるみるうちに顔は変貌し、髪は抜け乱れ、お岩は七転八転の苦しみのすえ、
無残な死をとげました。
 伊右衛門は、“家伝の大事な薬を盗んだ”と下男の小平にいんねんをつけ、さらにお岩と小
平が不義密通をしたと、小平に罪をかぶせ、一刀のもとに惨殺してしまいました。
 そして、問答無用と斬り捨てた小平と、毒殺したお岩の二人を、戸板の表裏に釘づけにし
て、川へしづめてしまったのです。

やがてお梅が嫁入りしますが、お岩の怨念にたたられ、伊右衛門は狂人となり、お梅も父
善兵衛までも斬殺してしまいます。
 伊右衛門は“お岩の怨霊”の恐ろしさから逃がれ、気をはらそうと堀に釣りにでかけまし
た。そこにお岩と小平を釘づけした戸板が浮かび上り、怨念をはらそうとのしかかってきます。
 お岩の怨霊にもだえ苦しむ伊右衛門は、なかば狂人となって仏の加護をもとめますが、そ
の甲斐なく、ついに野垂れ死にしてしまいます。

                            つづく

Ps:「トキ様」「神の子様」「閲覧者の皆様」へ……
「お岩さま〜〜の話」…興味シンシン〜〜〜ですネ!!実は?私も???〜〜〜なのでしたかと。
それでは?〜〜〜引き続き〜〜〜“投稿”させて頂きます。…(微笑)
最終的には、これにも【真理…】が入っています〜〜〜ョネ!最後まで閲覧して頂きますと幸いです。
                                  
再合掌

932SAKURA & NANCY:2013/02/23(土) 19:54:45 ID:A5Imcb1A
トキ様 へ   観覧者の皆様 へ
こんばんは……  ロ−マ字(大文字)の【SAKURA・NANCY】で〜〜〜す。

>>926>>927>>931 の投稿の続きです…。
■それでは神と霊魂と人間と †††『 因霊の世界 』†††

――― 第 5 章 お岩霊神 むかしは妖怪、いまは霊神 ―――

―†―【  線香の絶えることのない“お岩神社” 】―†―

この残虐非道な毒殺行為は、さすがの“お岩さま”も許すことはできなかったのでしょう。
八十四年間も呪って、呪って、呪いつづけましたが、それほど怨み呪っている“霊”でも、
いまは逆に人の悩み、苦しみを助ける神界の身分となり、“霊神”として大活躍しているの
です。
 
これは、当時のお岩さまの死が、あまり残酷なものであり、その不遇を悲しみ同情する気
持ちでお参りする人が多く、それがやがて、あるいは自分の不運も救われるかもしれないと
いう庶民の願いから、江戸中に評判になりました。
 昭和にいたる現在でも、こうした評判は信者から信者へと伝わっています。
 
 特に参拝に見えられる方は女性が多く、離婚問題、色情問題、家庭不和、安産、縁切り、
縁結び、怨霊退散…と、もっぱら女性への功徳は絶大なようです。
 自由恋愛時代にはいった今日では、特に、好ましくない相手に夢中になる若い人の親の参
拝が多く、塔婆を建てて祈願をこめる妙行寺は、線香の煙が絶えることがありません。

                                  つづく
PS: ❤〜次は〜〜〜いよいよ「霊界世界」での〜〜〜“お岩さま”の“様相”についてです。

                                 再合掌

933神の子さん:2013/02/24(日) 09:56:58 ID:???

今度はお岩さんですか・・・・・!

総裁擁護派の書かれることは、ネガティブワールド満載、総裁もお喜びですな!

934SAKURA:2013/02/24(日) 14:05:29 ID:TeNkDr3.
トキ様 へ   観覧者の皆様 へ
こんにちは……  ロ−マ字(大文字)の【SAKURA・NANCY】で〜〜〜す。
>>926>>927>>931>>932 の投稿の続きです…。

■【霊 界 世 界】の多々なる書籍を拝読しますと…
>>933の“言葉”は、それこそ「投稿文章…文字としては?当にネガティブ文字・言葉」ですモノ!

これは、「海外の書籍の数々」・今回の「因縁霊の世界」…etcに於きましても…私どもが、必ず通る
べき世界…【死後の世界…】は〜〜〜『意 識――>相手への通じる言葉(テレパシ−)としては、
良き言葉のみ?しか相手へは伝わらない』…今の現象世界=現実に於いては、この【訓練…】をしな
ければいけないのではないのでしょうかと、思います。

❤当に神の子様も発言されていますのも【 ネガティブ・ワ−ルド 】になりますが??
本部職員の方ですか?もしそうでしたら!!見本を【善玉ワ−ルドの見本】を見せて下さい!ネ!!

「人は習性…」が、常日頃から“ネガティブ・ワ−ルドの言葉”を発している人は〜〜〜
『死後の世界…』次の世界では、ジ〜〜〜ットその暗闇の世界に於きまして、まるで“石…”の様に
その場にいつまでも〜いつまでも〜い続けていますでしょう(詳しくは後に別の形で、投稿しますが)
これこそが『地 獄 界』と同じです〜〜〜ョネ!これが何百年も〜〜〜その様な方が多い見たい
ですかと??特に『仏教…』に於きましては…ですから「雅春先生」が、多々なる指導をなされま
した。そして、更に「雅宣総裁先生…」が引き続き『心の法則…意識』につきまして、順次御指導を
と…このように一信者と致しまして、思っております次第です。
                                再合掌

PS: 尚!…“お岩さま”の話は、特に『歌舞伎での四谷怪談…』は、かなりの誇示した部分があり
ますのでしょうかと??“ビックリ”です。そうしますと…霊界の世界での“お岩さま”も〜?かと。
                          
つづく

935SAKURA & NANCY:2013/02/24(日) 14:11:02 ID:TeNkDr3.
トキ様 へ   観覧者の皆様 へ
こんにちは……  ロ−マ字(大文字)の【SAKURA・NANCY】で〜〜〜す。

>>926>>927>>931>>932>>934 の投稿の続きです…。
■それでは神と霊魂と人間と †††『 因霊の世界 』†††

――― 第 5 章 お岩霊神 むかしは妖怪、いまは霊神 ―――

―†―【  霊界で働くお岩さまの様相 】―†―

 いま“お岩さま”が霊界で、どんな姿で、どんな働きをしているのか?
 私は平沢先生に聞いて見ました。
「白い着物を着ていて、キヌずれの音がしますから白羽二重の着物を着ておられるようです。
帯は二巻きにして“水木結び”で横わきに結んでいるようです。足は見えないので、よくわ
かりませんが、白足袋のように思われます。足をすべらして、上品に歩く様子から素足では
ありません。
 
お岩さまが近づいてくるとすぐわかります。それは匂いです。お岩さまは産後の肥立ちが
悪かったので、たぶんその匂いだろうと思います。
 お岩さまは、私を“わが子”と呼んでくださいますので、私は“お母さん”と呼んでいま
す。ですからいくじのないことをいったり、あさはかなことをいうと、すぐしかられてしま
います。
 お岩さまは、性格的にたいへん気性の激しい方のようで、物事について締めくくりのある
言葉でハッキリと言います。
 ただ言葉はハッキリしていても、その意味がわからないので、私には当惑してしまうことが
たびたびあります。その時は何回でも聞くことにしています。

“はしたくない!”とよく言われますが、私は子どもですのでわかるまで聞くことにしてい
ます。“私は霊界のことは良くわかりませんので、もう少しわかるように教えてください”とお願い
すると、お岩さまは怒って退いてしまうこともありますが、しかし何回も何回もお願いすると、
あきれはてたようにお岩さまは、ふたたび繰り返し教えてくださるのです」

                                  再合掌

                       つづく

PS:
「お岩さま」も新しい〜〜〜世界【霊の世界】にて“世の為!人の為!…自ら『愛行…』を
なさっていらっしゃいますのでしょうかと〜〜〜(微笑)
当に「肉体…はなくとも次なる世界も…魂の向上の為の世界…」なのですかしら〜〜〜ン!
尚の事…【現世に於きまして…“魂の向上…”をすべき】でしょうかと…
改めましての認識感を、頂きました。      ❤〜『感謝…』

936SAKURA & NANCY:2013/02/24(日) 15:57:54 ID:TeNkDr3.
トキ様 へ   観覧者の皆様 へ
こんにちは……  ロ−マ字(大文字)の【SAKURA・NANCY】で〜〜〜す。

>>926>>927>>931>>935 の投稿の続きです…。
■それでは神と霊魂と人間と †††『 因霊の世界 』†††

――― 第 5 章 お岩霊神 むかしは妖怪、いまは霊神 ―――

―†―【  お岩さまが指導霊に  】―†―

平沢先生のお話はなおも続きます。
「いつ、どこで“お岩さま”が、私の指導霊になってくださったのか話わかりませんが、
たぶん、私の記憶では十五、六の頃だと思います。
 その頃、私は叔父さんが病気で、上野の土田病院(精神科)に入院したとき、そのつき添
いで看病に行ったことがあります。
 私の十五歳当時は、ラジオも満足に聞けない時代でしたし、田舎の盛岡にくらべて、やっ
ぱり東京は素晴らしい町でした。
 西も東もわからない私は、それから三カ月ほどたったある日、私はいつの間にか都電に乗
っていました。そして降りて見ると、そこは左門町の停留所でした。降りたとたんに“南無
妙法連華経“を唱える太鼓の音が聞こえてくるのです。私はその音に引かれるようにして近
づいて行くと、“お岩霊神!というノボリ旗が立っていました。私はなんのことかさつぱり
わかりませんでした。
 私はその前まで行くと、なんだか疲れてヘタヘタと倒れそうにな心境でした。私はしゃがん
だり立ったりしながら、三時間もそこにいたのを覚えています。
 その頃の私は、“四谷怪談”の“お岩さま”なんて知る由もありません。またなんのため
に、そこまで行ったのか、その理由などなにもありません。
 それから二日経って、私はお岩神社に行きました。そして一週間に一度、五日に一度と連
続の参拝を続けていると、不思議なことがある日おこりました。
 なにか右肩の方から重い手のかかった感じに、ふとうしろを振り返って見ると、なんと白
い着物を着て、横わきに帯締めをしたきれいな女の人が立っているのです。
 私は、その時“あ、お岩さまに違いない”と思いました。
 それからの“お岩さま”の出逢いは限りないものです。最近では“本当に私は、お岩さま
の子どもだったのだろうか!!“などとかんがえさせられることもあります」

                            つづく

PS:「トキ様」 へ  「観覧者の皆様」 へ
悲惨な死に方をされた“お岩さま”でも「霊界での修行」をされて【魂…】が高くなられまして、
「神社…」も〜〜〜これは「小桜のお話」でも記載されていましたです〜〜〜ョネ!…であります
ように“霊界…”ではやはり【意識の訓練…】が一番でしょうかと?【ポジティブ=善玉意識】!
いかに此処昨今は「唯物論的なる思考=我欲」が多すぎますので【地獄界…】が多いと聞いている
次第です。ネガティブな言葉をかけたり?魂の向上を妨げる発言?は、如何に【地獄…】に行くか
が、分かる次第ですかと???初めて東京に住んで、間もない頃の事です。当時は、相模原の
南橋本ライオンズMに住んでいましたが、その後、転居していきます。…が?当時!相模では、
「2LDKの広さ」の新築でしたが、交通機関が不便との思い出があります。ある時!新宿の不動産
にいく事になり、その頃初めて“四谷周辺”を歩いたのです。そこで、フト!「神社らしき?」ものを、
見た記憶がありますが〜〜〜?もしかしますと…??まさか…??当時はそこはいい“環境”にも
見えました。…が??“パ−トナ−”が上京しました時に、行きたいと?言っておりますが〜〜?

もう一つは、教文社近くの「乃木神社…」を訪れました時に、そこの神社で「神想観・・・」をし
ました時は、やはり、当時の“明治の軍服を着られた乃木大将…”?が見えました。…が?これも
似たようなものでしょうかと。??当時は、【乃木神社…】も何か?何処となく?いい〜〜感じ?に
見受けられましたでしょうか???  

 ❤〜では、、、、“続き投稿…”を閲覧して頂きますと幸いです。

                              再合掌

937うのはな:2013/02/24(日) 19:30:32 ID:lwe/Gduk

外国の映画などを観ていると、「祈り」の場面がたくさん出て来ます。
食事の前に祈り、寝る前に祈り、教会に行っては、また祈り....。
イスラム教では、聖地の方角に向かって、一日に何度も祈りを捧げることが習慣と
されているのは有名ですが、その他の宗教でも、「祈り」は日常的な習慣として定着しており、
生活のあらゆる場面に根ざしているように見えます。

 それに対して、現代の日本はどうかと言うと...。お仏壇や神棚があるお家では、日常的にお祈りを捧げることが
習慣になっているかもしれませんが、それらがなければ、意識的に祈るのは、お墓参りのときと、初詣のときぐらい...
という方も珍しくはないでしょう。世界中で、「祈り」は習慣化されているのに、日本では、「祈り」の習慣があまり定着していない
ように見えるのはどうしてでしょうか?

「祈り」とは、「神聖視する対象になんらかの意思疎通や交信を図ろうとする人間の行動様式である」と定義されています。
日本語の語源からみると、「祈り」とは「意・宣(の)る」。つまり、「自分の意識や思いを口に出して表現すること」という意味であり、
神様と呼ばれるような「大いなる存在」に対して、自らの神聖な思いを表現すること全般が、「祈り」であるといえるかもしれません。

 そういう視点で考えると、もともと日本語そのものが、祈り言葉だと言えるでしょう。
日本語は、口語ではほとんど主語も、目的語もありません。特に「ひらかな」だけで表現される、外国語に翻訳できないような、日本語独特の言い回しは、
文法的に考えると、さっぱり意味がわかりません。

「ありがとう」「おかげさま」「もったいない」「いただきます」「ただいま」「ごめんなさい」などなど....。
これらの言葉には、主語もなければ、目的語もないし、何より動詞だか、形容詞なんだかさえ、はっきりしません。
しかし、ここにこそ、日本語の特徴が隠されているのです。
 これらの言葉は、目の前の相手はもちろん、自分自身を含めた「目に見える存在」、「目に見えない存在」など、
あらゆるものを対象にした、まさしく「祈り言葉」なのです。
 だから、動詞でも、形容詞でも、主語も、目的語もつかなかったのです。

『運命の波にのる 魔法のクセ』 はづき虹映 著

938SAKURA & NANCY:2013/02/24(日) 20:45:20 ID:dGeUHjWM
トキ様 へ   観覧者の皆様 へ
こんばんは……  ロ−マ字(大文字)の【SAKURA・NANCY】で〜〜〜す。

>>926>>927>>931>>935>>936の投稿の続きです…。
■それでは神と霊魂と人間と †††『 因霊の世界 』†††

――― 第 5 章 お岩霊神 むかしは妖怪、いまは霊神 ―――

―†―【 お岩霊神の功徳 】―†―

 お岩霊神から功徳をいただいた人は数え切れないほどです。その中でも特に女性への効力
は大きく、先にお話ししたように安産、縁切り、色情、家庭不和、怨霊退散には、抜群の効
果があるといわれています。そのあれこれをのべてみましょう。

         ❤〜それでは、いよいよ、実際…【功徳…】を頂いた方のお話で〜〜〜す。

                                つづく

PS:
いよいよ〜〜〜ドキドキでしょうかしら〜〜〜ン?“お岩様…功徳”は〜〜〜果たして???

939SAKURA & NANCY:2013/02/24(日) 20:49:59 ID:dGeUHjWM
トキ様 へ   観覧者の皆様 へ
こんばんは……  ロ−マ字(大文字)の【SAKURA・NANCY】で〜〜〜す。

>>926>>927>>931>>935>>936>>938の投稿の続きです…。
■それでは神と霊魂と人間と †††『 因霊の世界 』†††

――― 第 5 章 お岩霊神 むかしは妖怪、いまは霊神 ―――

―†―【 先祖の賽銭泥棒 】―†―

 岩手県一本木の在から約十キロも離れたところに岩手山神社という、小さな神社がありま
す。その??にMさんの家がありますが、そのころ奥さんの眼がソコヒ(眼球内の疾病)となり、
日に日に眼が見えなくなりました。
 手術して治る場合もありますが、手術に失敗すると両眼がつぶれてしまい、メクラになり
かねません。奥さんは、もし信心で治るならばと思い“お岩さま”におうかがいをたてまし
た。
 すると、お岩さまは“毎日写経をしなさい”というのでした。
 すでに眼がかすみかけていた奥さんは、あまりよく見えない眼をこすりこすり“般若心経”
の写経をはじめました。夜となく、昼となく必死になって、三カ月半かかって、二枚の写経
を書き終わりました。
 それを私のところへ持ってきましたが、なんとその字は幼稚園の子どもが書いたものより
まだひどいものでした。字はとんでもない方へ曲がってしまい、大きい字もあれば小さな字
もあり、わからない字もありました。しかし一心不乱に書いた“写経”は生きているのでし
た。
 ちょうどそのときお岩さまが出られて、
「岩手神社に罪深いことを重ねています。すぐお詫びすることです」
こう託意がありました。
「何をしたのでしょう」
とお伺いをたてますと、
「先々代の主がお賽銭を泥棒したのです。七文(もん)を盗んでいます。そのお金を返してお詫びす
ることです」
 といわれたのです。
しかし“七文”といわれても、いま時、そんな金はありませんから、本人は盗んだ先祖の
お詫びのつもりで七千円を神社に奉謝しました。 ところがお岩さまはたいへん怒りました。
「あなたは“七文”というのに対して、どうしてそんなことをするのですか。お金にはかわり
はありませんが、それでは報いはありません。心してあげなさい」
「七文いまありませんし、どのようにしたら?」
「それでは十円銅貨七枚にしてはいかがですか」
こうお岩さまは指導されました。
 その日の七日ごろから、今までかすんでほとんど見えなかった眼が、だんだんと見えるよ
うになり、今では夜でもハッキリと見えるようになったと喜んでおられます。まことに不思
議な実際体験の一つでした。ついでに、神社、仏閣のお賽銭はお礼では何もなりません。
硬貨であげることです。
                                つづく

PS:「トキ様」・「観覧者の皆様」へ
「神社に参拝」致します時…いつも?いつも?個人的ですが〜〜〜“お賽銭”〜〜〜幾らかと?
“パ−トナ−”とその“お金”を…?例えばですが〜〜〜十分御縁…15円?150円?500円?〜
こんな感じで、いつも!いつも!悩んでいましたが??“七…”この数字に“願かけ…”も、
いいのでしょうか??そして〜〜〜【お札…】は??ですかと?(微笑)
更に…「1円…アルミ?」・「5円は銅・鉛?」・「100円は銅・ニッケル」…ツイツイ考え込んで?

PPS: いよいよ〜〜〜次の “お岩様…功徳”は〜〜〜果たして???
                                 再合掌

940goro:2013/02/24(日) 21:02:19 ID:nCo1DokU
>>939
差別用語、人に言われたら腹立てる人だが、自分で言うのは気にならないらしい。

941神の子さん:2013/02/24(日) 23:47:50 ID:???
お賽銭、お札じゃ駄目なのね
地獄の沙汰も金次第では無かったのだ
恐い話は苦手だけど、これは面白い

942SAKURA:2013/02/25(月) 22:11:13 ID:UApijWPw
トキ様 へ   観覧者の皆様 へ
こんばんは……  ロ−マ字(大文字)の【SAKURA・NANCY】で〜〜〜す。

>>926>>927>>931>>935>>936>>938>>939>> の投稿の続きです…。
■それでは神と霊魂と人間と †††『 因霊の世界 』†††

――― 第 5 章 お岩霊神 むかしは妖怪、いまは霊神 ―――

―†―【  女は女を恨む因果  】―†―     ( その1 )

 これは仙台市の駅前で旅館を経営しているD子さんの体験です。
 D子さんの主人は、今から十五年前ほど前に別の女性と家を飛び出し、D子さんは目下別居
中ですが、しかし四人の子供を抱え働かなければならないD子さんは大変なことで、朝早く
から晩おそくまで働きづめで、一人で旅館経営を切り盛りしておりました。
 疲れと苦しみの中で働かなければならないD子さんは、主人を思い出すたびに憎悪で頭が
いっぱいになりました。
「私一人の子でもないのに、なぜ私一人が苦労しなければならないのか。主人は外で女をつ
くり、好き勝手なことをしている。相手の女は、そんなに良い女なのだろうか。どうしたら
相手の女と別れて私の所へもどってくるのだろうか」…こう考えると、自分が惨めな気持ち
になってたまりませんでした。
 こんなことが原因で、旅館は日に日に暇になり、毎日の客が三人か四人といった状態でし
た。従業員に支払う給料までとどこおるようになり、困りはて、銀行借入れの交渉をしても、
うまく断られてしまいます。
 D子さんは、主人を恨み、女を恨み、旅館経営に悩み、子供の問題の悩むようになりまし
た。追いつめられ、せつぱつまって、“神頼み”となったのです。
 私はD子さんから相談を受け、平沢先生にお願いして“お岩さま”におすがりしたのです。
「神の力も、誰の力も限度があります。精進なさい」
「あの、どんな精進をしたらいいのでしょうか?」
「何とあさはかな!」
こういうと、お岩さまは退いてしまったのです。
“精進”というのは、生身の体を“神”に託してお願いすることであり、いわゆる精神にか
けての“神”との約束ごとなのです。
 D子さんはそれを知って、自分の一番好きなお茶を断って、“なにとぞお助けください。得
証院妙念日大姉さま”と、繰り返してお願いしたのです。
 それから一週間目、いままで縁もゆかりもない銀行から突然電話がかかってきました。
「私のお客様からお宅の方に融資してほしいという話がありましたので、ご相談させてい
ただきたいのですが、おこし願いませんでしょうか?」
 という話でした。D子さんは喜びに手足がふるえました。そして銀行から四百万円の融資
を受けるようになりました。
                        つづく

943SAKURA & NANCY:2013/02/25(月) 22:14:30 ID:UApijWPw
トキ様 へ   観覧者の皆様 へ
こんばんは……  ロ−マ字(大文字)の【SAKURA・NANCY】で〜〜〜す。

>>926>>927>>931>>935>>936>>938>>939>>942 の投稿の続きです…。
■それでは神と霊魂と人間と †††『 因霊の世界 』†††

――― 第 5 章 お岩霊神 むかしは妖怪、いまは霊神 ―――

―†―【  女は女を恨む因果  】―†―     ( その2 )

■D子さんはすぐに“お岩さま”にお礼をいいたいと、私のところへ訪ねていらっしゃいま
した。そして主人と女性のこともぜひお願いしたいとのことでした。
お岩さまは、
「それも頂戴しましょう」というのです。
「あの……いただくとは、どういう意味でしょうか?」
「いただくことです。ですから左門町(お岩霊神のこと)にお酒と穀物をお供えしてくださ
い」と答えられたのです。
 さっそく“お岩霊神”のお酒と小豆をお供えして参拝されました。
それから半月後、今まで帰ってきたことのない主人が、帰って来たのです。主人は体裁が
悪いのか、旅館の中を見て廻り、
「こう忙しけりゃ、俺も、少し手伝わにゃいかんだろう!まあ、あっちの方(女性のこと)も
そのうち解決するよ」
 というのでした。
 相手の女性にも子どもがいますので、いっぺんには解決するとは思いませんが、それにし
ても、主人は帰ってくるし、旅館はいつも満員で、宴会などあるときは、お客さまをお断り
しなければならない時もあるという嬉しい悲鳴です、今ではD子さんは顔に一杯の微笑みを
浮かべて頑張っているのです。
 この様子をD子さんに聞いてみますと、
「私は“お岩さま”に救われた果報者です。この感激はいつまでたっても忘れることはでき
ません。ですから、私は、年に何回か東京に行って、“お岩霊神さまにお礼を申し上げなけ
れば“そんな気持ちで、いっぱいです」と言っています。

                                つづく
PS:「トキ様 ・ 観覧者の皆様」 へ
「前回のお話…」にて〜〜♫〜〜「神の子様のコメント…」実は、私も初めて知る事に…!それ
にて、「神社参り…」の“お賽銭”は〜〜〜“硬貨”がいいのでしょうか?と思いつつ…><
更に、思いましたのが〜〜『神社…』お札のお賽銭が〜〜〜もしかしますと?今後は〜〜><
ちょっぴり“不安?フアン?”かと、つい思ってしましましたのです。…が?

PPS:そして、此の方の“想念…”と「お岩様…」との“想念…”がぴったり!でしたのでしょうか?
御本人も【怨み…】という“ネガティブなる感情”を抱かれていましたが〜〜〜><これを、
“ポジティブ感情”に切り替えられましての【精進…】は、さぞ!大変でしたでしょう。よくいわれ
ますが?“悪しきこと…”が一度にこのD子さんの身の上に、おおいかぶさって来たのですネ!
それにしましても〜〜〜“お岩様…”にお願いの“願かけ”して見ましょうかしら〜〜〜ン?
「トキ様」も、なさってみられました事“願かけ…”ありますでしょうか??

■やはり、このお話を聞きまして【人間は魂の向上…】当に【心の訓練…すべては心でつくる世界】
此の事は「雅春先生」「現総裁雅宣先生」も私共に指導されていますモノ〜〜〜❤

                               再合掌


945トキ:2013/02/25(月) 22:17:22 ID:8F4feDRc
>>939

 さい銭ドロボウをしただけで、末代まで祟られるとは・・・・。

こわい話です。

946神の子さん:2013/02/26(火) 09:15:18 ID:???
お岩さんは気難しい方かな
死んでも馬鹿は気難しい治らないと言うけど死んでも優しい人は優しくて難しい人は難しいだろうな

947神の子さん:2013/02/26(火) 09:17:10 ID:???

死んでも馬鹿は治らないというけれど
優しい人は優しくて

に読み替えてください

948SAKURA & NANCY:2013/02/26(火) 21:06:35 ID:1Xv3bE6g
トキ様 へ   観覧者の皆様 へ
こんばんは……  ロ−マ字(大文字)の【SAKURA・NANCY】で〜〜〜す。

>>926>>927>>931>>935>>936>>938>>939>>942>>943の投稿の続きです…。
■それでは神と霊魂と人間と †††『 因霊の世界 』†††

――― 第 5 章 お岩霊神 むかしは妖怪、いまは霊神 ―――

―†―【 私も“お岩さま”に助けられたひとり 】―†―   ―― (その1) ――

私は“お岩さま”から限りないお助けをいただいておりますが、それを全部はお話しでき
ませんので、今回は、人間の常識では考えられない神仏世界の不思議な力と“神と仏”の相
違について、いろいろと体験談をまじえながら、すすめてみたいと思います。
 
まず「神仏は理屈や理論ではない」ということです。
これについては、前にも触れていますので、むずかしいことは省略します。
“神仏の信仰”というのは、“私の悩みを解決して下さい。お願いします。”という、その真の
願いが、信仰であり、理屈や理論で“神仏”に勝てるはずなどありません。それこそ、“神仏”
にソッポを向かれて、人生の終わりになりかねません。
 そこで“神と人間”とのかかわりあい、“人間と霊”とのかかわりあいがわかれば、人間
は自然のままに成仏の境涯になれます。しかし、理屈では、わかっていても、果して、どん
な形で人間を守護しているのか。また先祖霊は、私たち子孫を見護っているというが、どう
いうことなのか。また、“すがる”とは何なのか、私も説明しかねますので、とりあえず、
私の体験談をのべます。
 
私は最近、非常に体がだるく、疲れやすいので、医者にみてもらいました。何でもなけれ
ば良いがと心配しておりましたが、診断の結果“糖尿病”と言われ、かっかりしてしまいま
した。これは入院しなければならないのかと思うと疲れが倍増してくる思いでした。
 その頃私は、この書を完成するにあたって、忙しく、入院する暇もありません。そこで思
い出したのが“お岩さま”だったのです。
「お岩さまなら、何とかしてくださるかもしれない」と、そんな、あさはかな心で、ついつ
い“苦しい時の神頼み”をしてしまい、また、お岩さまに叱られてしまいました。
 ところが、お岩さまの気性は、私が察せられるほどにハッキリしていて、厳しい性格の方
らしいのですが、反面、たのまれるといやと言えない人情もろさもある方のようです。私は
それを何となくわかっておりましたので、知っていながらたのむという悪い方法ではありま
したが、ひたすら、たのみました。
 お岩さまは、叱りながらも、最後に「妙見さまに、御参拝なさることです」と教えてくだ
さいました。あさはかなことではあります
が「ああ、よかった。妙見さまに、お参りすれば病気も治る」と、そんな調子で、さっそく、
秩父の妙見神社にお参りに出かけました。

                     つづく

949SAKURA & NANCY:2013/02/26(火) 21:08:54 ID:1Xv3bE6g
トキ様 へ   観覧者の皆様 へ
こんばんは……  ロ−マ字(大文字)の【SAKURA・NANCY】で〜〜〜す。

>>926>>927>>931>>935>>936>>938>>939>>942>>943>>948の投稿の続きです…。
■それでは神と霊魂と人間と †††『 因霊の世界 』†††

――― 第 5 章 お岩霊神 むかしは妖怪、いまは霊神 ―――

―†―【 私も“お岩さま”に助けられたひとり 】―†―    ――(その2)――

■ちょうど、その日は九月十五日(祭日)でしたので、秩父へ直通運転している電車は超満
員でした。その電車に乗って、秩父まで行きましたが、疲れはてて、しばらく、駅の待合室
の椅子に平沢先生ともども、すわりこんでしまう有様でした。
 それから三十分ぐらいたって、ようやく秩父神社(妙見さま)の境内にたどりつきました。
十歩ぐらい歩いたでしょうか。平沢先生が急に左側の方へ引きずられるように歩き出しまし
た。平沢先生も驚いたらしく「誰だ、わたしを引っぱるのは?」と言いながら、引っぱられ
るままにどんどん左の方へ歩いていかれました。私も、気味が悪いなあと思いながら、後を
ついていくと、そこには“柞稲荷”がありました。

そして、平沢先生に、お稲荷さんが乗り移ってしまったらしく、ゆっくりとしゃべりはじ
めました。

「力がたりない、力がたりない」といいます。私は“力がたりない”という先生の声が、少
しシャクにさわって「力がたりないから、ここまで、お参りに来たのですよ」と腹立ちまぎ
れに答え、「ですから、そんなことを言わずに力を与えてください」と話しかけました。
 すると「ご先祖に対して力がたりない。近くにあるぞ、近くにあるぞ」と言い、先生の声
はプッと断ち切れてしまいました。
私は何のことやら、さっぱりわからず“先祖に対して力がたりない”というのは、多少の
見覚えはありましたが、“近くにある”というのは、さっぱり意味がわかりませんでした。
とにかく“先祖に対しての力不足”というのは、たぶん、次のようなことだろうと思います。  
 
私の先祖代々の菩提は、浄土真宗ですから、総本山は、京都の西本願寺になります。とこ
ろが、私は、日蓮宗の信徒ですから、先祖代々とは、かなり縁遠くなってしまいました。し
かし、それだからといって、先祖を粗末にしてはいませんでしたが、前にも、のべておりま
すように、宗旨宗派によって、菩薩が違ってしまいますから、先祖霊は、成仏の境涯にいる
とはいえません。
 こういうことは、たびたび、指摘されておりましたので、すぐ、わかりましたが、“近く
にある“とは、どういうことなのか一向にわかりません。けれども、先祖が成仏の境涯にい
ないということで、近々、総本山である京都の西本願寺に参拝しようとは思っていましたの
で、そのことではないかなあ、などと、その場はすませました。
 
ところが、そうではなかったのです。「近くにある」という意味は「西本願寺は京都まで
行かなくとも近くの築地にあるではないか」と教えていたのでした。
 そうすると、私の病気は、先祖霊にたのまないと治らないということになりますし、また、
先祖霊の誰かが、“私にすがりついている”ことになり、それを供養しないと“病気は治らな
い“という意味になります。私も、まったく思いあたらないわけではありません。
「そうだったのか?きっと、あのばさんに違いない。寒いから綿入れ半天をくれといわれ
たから、半天も送ったのに、お酒も飲ませているではないか。まったく、何が不足で、私を
病気にするのだろうか、やはり仏供養に欠けているのだろうか?」それにしても、それが、
わかっただけでもよかったと思い、何回もお詫びをして帰ってきました。

                      つづく

950SAKURA & NANCY:2013/02/26(火) 21:18:03 ID:1Xv3bE6g
トキ様 へ   観覧者の皆様 へ
こんばんは……  ロ−マ字(大文字)の【SAKURA・NANCY】で〜〜〜す。

>>926>>927>>931>>935>>936>>938>>939>>942>>943>>948>>949の投稿の続きです…。
■それでは神と霊魂と人間と †††『 因霊の世界 』†††

――― 第 5 章 お岩霊神 むかしは妖怪、いまは霊神 ―――

―†―【 私も“お岩さま”に助けられたひとり 】―†―    ――(その3)――

■翌日、さっそく築地の西本願寺に出向きました。
「さて、先祖代々の霊菩提、ここは京都の総本山西本願寺の別院です。これから、私が精一
杯先祖代々の追善供養をおこないます。みなさん、集まってくださいよ。それと、何代目か前
のわからずやのおばあさん、必ず来てくださいよ」と言いながら、平沢先生は、阿弥陀さま
の正面の椅子に腰をおろしました。
 
ところが、仏さまは一霊も出てきません。

「これは、困った。いったい、どうしたことでしょう。阿弥陀さまの正面だから、出にくい
のかもしれない」と、平沢先生はこんどは太い柱の裏に隠れて椅子にかけられました。する
と、またたくまに、先祖霊がゾクゾク出てきて、何がなんだかさっぱりわかりません。
 そして、うれし涙だろうと思いますが、泣きながら“何無阿弥陀仏”と合掌するのです。
そのうちひとりに「お母さんだね」と聞きますと、涙ながしながら、頭を下げてうなず
きます。「よく来てくれました。成仏してください。きっと近いうち、京都の総本山に一緒
にお参りしましょう」と言うと、ポロポロと涙を流し、母であろうと思われる霊とは、ろく
に話もできず、こちらも、あまりのさまに、もらい泣きをしてしまい、“感無量とはこのこ
とかな“と思っていると「おらも来たよ、おらも来たよ」と太い声が続きます。
 
この太い声は、地獄におちている三代前のおばあさんでした。
「三代前のおばあさんだね」
「―――」
「よく、来てくれました。本当に……。孫と一緒に参拝できることは、うれしいでしょう」
「いま、お経を聞いているから、つべこべ言うな」と一言。
「うれしくないのか?」と聞くと、
「うれしいに決まっているんじゃないか」とそっけないのです。私は、仏の気持ちを害さない
ようにつとめて、
「おばあさん、綿入り半天届いているでしょう。高い半天なのだから、大事に着てください
よ」

返事がありません。……

つづく


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板