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「今の教え」と「本流復活」を考える・信仰/体験板/2

936SAKURA & NANCY:2013/02/24(日) 15:57:54 ID:TeNkDr3.
トキ様 へ   観覧者の皆様 へ
こんにちは……  ロ−マ字(大文字)の【SAKURA・NANCY】で〜〜〜す。

>>926>>927>>931>>935 の投稿の続きです…。
■それでは神と霊魂と人間と †††『 因霊の世界 』†††

――― 第 5 章 お岩霊神 むかしは妖怪、いまは霊神 ―――

―†―【  お岩さまが指導霊に  】―†―

平沢先生のお話はなおも続きます。
「いつ、どこで“お岩さま”が、私の指導霊になってくださったのか話わかりませんが、
たぶん、私の記憶では十五、六の頃だと思います。
 その頃、私は叔父さんが病気で、上野の土田病院(精神科)に入院したとき、そのつき添
いで看病に行ったことがあります。
 私の十五歳当時は、ラジオも満足に聞けない時代でしたし、田舎の盛岡にくらべて、やっ
ぱり東京は素晴らしい町でした。
 西も東もわからない私は、それから三カ月ほどたったある日、私はいつの間にか都電に乗
っていました。そして降りて見ると、そこは左門町の停留所でした。降りたとたんに“南無
妙法連華経“を唱える太鼓の音が聞こえてくるのです。私はその音に引かれるようにして近
づいて行くと、“お岩霊神!というノボリ旗が立っていました。私はなんのことかさつぱり
わかりませんでした。
 私はその前まで行くと、なんだか疲れてヘタヘタと倒れそうにな心境でした。私はしゃがん
だり立ったりしながら、三時間もそこにいたのを覚えています。
 その頃の私は、“四谷怪談”の“お岩さま”なんて知る由もありません。またなんのため
に、そこまで行ったのか、その理由などなにもありません。
 それから二日経って、私はお岩神社に行きました。そして一週間に一度、五日に一度と連
続の参拝を続けていると、不思議なことがある日おこりました。
 なにか右肩の方から重い手のかかった感じに、ふとうしろを振り返って見ると、なんと白
い着物を着て、横わきに帯締めをしたきれいな女の人が立っているのです。
 私は、その時“あ、お岩さまに違いない”と思いました。
 それからの“お岩さま”の出逢いは限りないものです。最近では“本当に私は、お岩さま
の子どもだったのだろうか!!“などとかんがえさせられることもあります」

                            つづく

PS:「トキ様」 へ  「観覧者の皆様」 へ
悲惨な死に方をされた“お岩さま”でも「霊界での修行」をされて【魂…】が高くなられまして、
「神社…」も〜〜〜これは「小桜のお話」でも記載されていましたです〜〜〜ョネ!…であります
ように“霊界…”ではやはり【意識の訓練…】が一番でしょうかと?【ポジティブ=善玉意識】!
いかに此処昨今は「唯物論的なる思考=我欲」が多すぎますので【地獄界…】が多いと聞いている
次第です。ネガティブな言葉をかけたり?魂の向上を妨げる発言?は、如何に【地獄…】に行くか
が、分かる次第ですかと???初めて東京に住んで、間もない頃の事です。当時は、相模原の
南橋本ライオンズMに住んでいましたが、その後、転居していきます。…が?当時!相模では、
「2LDKの広さ」の新築でしたが、交通機関が不便との思い出があります。ある時!新宿の不動産
にいく事になり、その頃初めて“四谷周辺”を歩いたのです。そこで、フト!「神社らしき?」ものを、
見た記憶がありますが〜〜〜?もしかしますと…??まさか…??当時はそこはいい“環境”にも
見えました。…が??“パ−トナ−”が上京しました時に、行きたいと?言っておりますが〜〜?

もう一つは、教文社近くの「乃木神社…」を訪れました時に、そこの神社で「神想観・・・」をし
ました時は、やはり、当時の“明治の軍服を着られた乃木大将…”?が見えました。…が?これも
似たようなものでしょうかと。??当時は、【乃木神社…】も何か?何処となく?いい〜〜感じ?に
見受けられましたでしょうか???  

 ❤〜では、、、、“続き投稿…”を閲覧して頂きますと幸いです。

                              再合掌


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