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負ケ戌共 −マケイヌドモ−
1
:
ムツ
:2013/01/01(火) 19:49:32 HOST:softbank220024115211.bbtec.net
どうも、こんにちはぁ〜……。知らない方の方は極端に多いムツです。
今回、第一作品も終わってないけど、第二作品目に手を伸ばしましたぁ(´▽`)
二つも頑張れるかなぁ〜……と内心不安ですが、頑張って両方完結にまで持っていこうと思います!
応援、アドバイス、いろんなものを待っているのでコメ宜しくです!!
2
:
ムツ
:2013/01/01(火) 21:09:49 HOST:softbank220024115211.bbtec.net
負ケ戌共 −マケイヌドモ− 【壱】
とある村に‘負け戌’と蔑まされた化け物少年が存在した。
名を捨て、瞳から輝きを失い、心を無くしたその少年は村の者から、‘負け戌’と呼ばれていた。
その名は、全てに負け人生を生きて終えたことを表している。
「………ふ〜ん…。…っで、そいつがこの村にいんのか?」
とある晴れた日。時代さえにも名が無かったほど昔。
ある村に三人の侍が訪れていた。
その三人は村の一服屋に立ち寄り、団子を頬張りながら店の娘に話を聞いていた。
「はい……。男が集まっても手が付けられない不良者でして…村人全員困っております……」
茶色と黒が混じった長い髪を三つ編みにしている男に困った顔つきで娘は告げた。
「ふぅ〜ん……じゃぁ、俺らが呼ばれたのはそいつのお守りってことなのかな……」
「…ですが若。行ってみないと分かりませんよ…。一服はしまいにして早く参りましょう…」
一服屋の外椅子に腰掛けていた三人の内の一人が立ち上がり、三つ編みの男に話しかける。
「あぁ……。おぉ〜い、偉三郎(いさぶろう)そろそろ行くぞぉ……」
「らってくらさい。あとすこしれたへおわるんれ…!!!(待って下さい。あと少しで食べ終わるんで…!!」
「偉三郎ッ…!愚言を放つ時間があるならば、さっさと勘定(かんじょう)だけ置いて行くぞ……!」
先に立ち上がった、黒い短髪の男はまだ椅子に座って団子を食いほおる男に怒鳴った。
「……ゴクン!…御馳走様でしたっ!」
「よし、もう行くぞ…。姉ちゃん。勘定ここに置いてくからなぁ…」
三つ編み男は立ち上がると、そう言って自分が座っていた所に六枚ほどの環(かん)をおいて前の道に進み始めた。
3
:
ムツ
:2013/01/01(火) 22:19:55 HOST:softbank220024115211.bbtec.net
負ケ戌共 −マケイヌドモ− 【弐】
三人の侍。三つ編みの男が、幸代−鋼獅郎(ゆきしろ−こうしろう)。『影祓い屋(かげばらいや)』という一般的に言う、何でも屋の若頭である。
次に、黒髪で短髪の男は鋼獅郎の御付き者をしている、間宮−清玄(まみや−せいげん)。刀に自信があり、鋼獅郎からも一目置かれているが、口うるさいところが嫌われている…。
そして、最後。団子屋で最後まで団子を頬張っていた男が、清玄の次のお付き人、雲棲−偉三郎(うんせい−いさぶろう)。茶色の短い髪は今の時代では珍しいとされている。
そんな三人が、今回とある村に来たのは、村の村長に依頼があると連絡を受けたからだ。鋼獅郎らは手紙で依頼されたので、一様お付き人を連れてこの村にやって来た。
三人は村の者に村長の家を聞き、一つの大きな一軒家に向かった。
外見的に大きく立派な家の前に着くと、鋼獅郎は家の門に向かって「すいませーん!」と声をかけた。
数秒もすると、門は内側に開き、家の中から数人の女性が出迎いに出てきた。
「…あの、影祓い屋の者ですけどぉ」
「はい。お待ちしておりました。ささ…どうぞお上がり下さい…」
一人の女性が深々と頭を下げ丁寧に言うと、三人は一礼して、誘われるがまま屋敷に入っていった。
三人が女性に案内されて屋敷の一室につくと、室内には太った年配の男が上品な着物を着て座っていた。
「…どうも。遅れてしまって申し訳ない……」
「いえいえ…。こちらこそ突然お呼びだてしてしまって申し訳ありません…」
男はにこやかな笑顔で、頭を下げる三人に敷かれている座布団を進めた。
4
:
ムツ
:2013/01/01(火) 22:51:49 HOST:softbank220024115211.bbtec.net
負ケ戌共 −マケイヌドモ− 【参】
村長の依頼というものは、鋼獅郎の思ったとおり‘負け戌’と、村で化け物扱いされている少年をどうにかしてもらえないかというものだった。
「…村長さんよぉ〜。どうにかってのは具体的にどんなもんなんだい?大人しくされる為にお仕置き喰らわせるのか…一生大人しくさせる為に――」
――殺すのか…。
偉三郎が目をぎらりと鈍く光らせて聞くと、
「そもそも、その‘負け戌’と言う者は村にどのような損害を与えたのですか…?それによって、罰し方を考えなくてはなりません……」
清玄が食らいつくような目で言った。
「…………………」
「……村長さんよぉ…。話してもらわねぇと、俺らも手の打ち様がないんだよ……。頼む…。話してくれねぇか…」
黙り込む村長に幸獅郎が頼み込むように言うと、村長は重たい口を開いた。
「……あの者は……‘負け戌’は……三月(みつき)ほど前…一人の村民を帰らぬ者としたんです……――」
村長の話では、その‘負け戌’に殺されたのは次期村長と労れていた青年らしい。殺されたと聞いて村民は全員、犯人は‘負け戌’と考えたらしい。何故なら、‘負け戌’の少年にその屈辱ともいえる二つ名を授けたのはその青年だったからだ。
「‘負け戌’はどこかで手に入れた刀を四本も所持して、あの森に住んでいます……。出来れば即急に解決して頂けたら良いのですが……」
村長がそう言いかけると、いち早く鋼獅郎は立ち上がり床に横になった赤い鞘の肩に手を起き、持ち上げた。
「………行くぞ。清玄、偉三郎……。村民の方々にご迷惑かけてる悪牙鬼(あくがき)をブン殴りに行くぞ……」
部屋の麩に手をかけ、音を立てずに開けた。そして横顔を二人に向け、無表情な顔立ちでそう言うのだった。
5
:
ムツ
:2013/01/01(火) 23:25:04 HOST:softbank220024115211.bbtec.net
負ケ戌共 −マケイヌドモ− 【四】
三人は大半の事情を聴き終えると、すぐに村長の家の近くにある山に脚を運んだ。
まだ昼。今すぐにでもその少年を見つけて、しっぺ返すつもりなのだ。
「……しかし…」
森の中腹ほどにまで来たところで、清玄は口を開いた。「ん?どうした…?」と聞き返す鋼獅郎に、少し恐縮しながらも続ける清玄。
「…次期村長を殺めた時…。なぜ、今の村長も殺めなかったのかと思いまして……。…若もそこに引っかかりはしませんでしたか?」
清玄の言うとおり、鋼獅郎もそこには引っかかった。だが、名付けた者に恨みがあるなら今の村長に何の恨みもないだろう。
「…っま……」
足元に倒れているコケの生えた巨木をジャンプしながら通り越す鋼獅郎。
「…詳しいことは、その‘負け戌’本人様に聞けばいいじゃねぇか……。…………丁度…」
途中まで足を進めたところで、幸獅郎は足を止め、腰に下げられた刀の柄に手を置いた。
「本人のご登場みたいらしいしな……」
清玄、偉三郎も鋼獅郎の目線方向を見て刀の柄を握った。
ボロく今にも崩れそうな神社に背を預けて座っている、四本の刀を肩に立て掛けさせた、白い長髪のまるで死んでいるように光の無くなった瞳。
誰の物かもわからない血のついた黒い着物。白い肌にたれ流れている紅蓮色の血。
――…間違えない……――
「テメェが……――」
――負け戌…っかぁ……
6
:
ムツ
:2013/01/02(水) 12:52:12 HOST:softbank220024115211.bbtec.net
負ケ戌共 −マケイヌドモ− 【五】
目の前にいるのは今にも崩れそうな神社に背をあずけている細い体の少年。
白く長い綺麗な髪を雑な結び方で三つ編みにしているその少年は虚ろとも云える瞳で三人を睨んでいる。片目は長い前髪で隠されているせいで、よく見えない。
「……………………」
「……テメェが‘負け戌’…って、呼ばれてる逸れ者かぁ……?……俺は、影祓い屋って言う何でも屋の若頭を」
「何しに来たの…………」
鋼獅郎の話を遮り少年はつぶやいた。赤く濁り返っている瞳が静かに三人を捉える。
「………お兄さんたちは何をしに来たの……」
少年は三人から目を離さない。まるで押しつぶされそうな悪寒が三人を重く包み込む。
「…テメェを殺傷しに来た…。悪いが死ぬ前に捕まってくれねぇか……」
優しい口調でそういうものの、鋼獅郎は確実に刀を鞘の中から取り出していた。
「若…油断はしないで下さいね。あんな子供と言え、刀を四本も所持しているのですよ……」
清玄が冷静に言うが、その手にも鞘から取り出された刀が握られていた。
「良いじゃん清玄…。卑怯だけど俺たちは三人、あっちは一人…。少なくとも負けはしないっしょ……?」
呑気な口調で偉三郎が言うと、それに怒ったように清玄が「不抜けたことを抜かすなぁっ!!」と少しムキになりながら怒鳴った。
「……刀を抜けや、‘負け戌’野郎………」
挑発半分で鋼獅郎が笑いながら言うと、少年は静かに立ち上がり刀を二本づつ腰の白い紐に差し掛ける。
――……来い……
「‘負け戌’野郎」
7
:
ムツ
:2013/01/02(水) 13:17:35 HOST:softbank220024115211.bbtec.net
負ケ戌共 −マケイヌドモ− 【六】
木と木を通り過ぎる風の音だけがその場に立ち込める。
カチャンッ…。少年がゆっくり一本の刀の柄に手を添え、スゥ――と鞘から引き出す。
三人はそれぞれに自分の刀の柄を力強く握り、構え直す。
少年の髪が風に流され、両目が見えたかと思うと――
『…!!?』
――少年は、一秒と数える間も無くその場から消えた。
鋼獅郎が気付くと、少年はいつの間にか自分の後ろに身をかがめて刀を構えていた。鋼獅郎の後ろにいる、清玄、偉三郎の二名も少年には気付いていなかった様子で、一瞬で自分たちの足元にいる少年に刀を振り下ろすこともできなかった。
少年は素早く刀の柄尻に手を添えそのまま、上に引き上げた――…
『――……ギィィンッ!!』
鋼獅郎は即座に刀を背に向け、少年の一撃を防ぐ。「……テメッ――」ハッと我に帰った偉三郎は刀を少年の頭に向かって振り下ろす。手加減として刃を逆にして振り下ろしている。死なせないつもりなのだ。っが――
『ガギィィンッ!!』
素早く、もう一本の刀を引き抜き頭の上にかざしてその攻撃さえもあっさり防ぐ少年。今でも二対一だというのに、全く遅れをとっていない。だが、鋼獅郎たちは二人ではなく‘三人’。
「油断をするなっ…――!!」
清玄はそう言って刀の刃を逆にし、もう一度少年の頭めがけて振り落とした――。
8
:
ムツ
:2013/01/02(水) 14:02:04 HOST:softbank220024115211.bbtec.net
負ケ戌共 −マケイヌドモ− 【七】
『ダンッ…―――!!』
清玄の刀が少年の頭部に直撃する、その寸前。少年は鋼獅郎と偉三郎の刀を這いのけ、そのまま空中に飛んだ。
少年は空中で体制を整えて、刀を一本鞘にしまう。
手に持った一本の刀を両手で強く握り締めると、地面に着地しそのまま鋼獅郎に襲いかかった。
また『ギィィンッ!!』というひどい音が響くが、今度は鋼獅郎と少年の刀ではなく、鋼獅郎を庇ってかざされた清玄の刀と少年の刀。
「……ッゥ―――…。貴様只者ではないな………ッ!……一体何者だ………!?」
そう言うと清玄は刀を振るい少年と距離を置く。
『ザザザァッ!!』
音を立てて少年が離れると、三人は一箇所に固まる。
スっと低い腰を起こして、少年は三人を睨む。何か言いたげな顔つきをしているが、その口は開くことさえない。
(……あの身の乗りこなし…。あの野郎只者じゃねぇ……一体どんな鍛錬をしてんだ……ッ!?)
額に汗がたれ流れるのを感じる。今まで、五万という悪たれ共を相手にしてきたが、こんな悪たれは見たことがない。
世界の広さに、鋼獅郎は只々苦笑するしかなかった。
『…………………………』
その場に沈黙が走る。風もやみ、静かなその場には何の音も香りもない。
「…フゥ―――――…」
来るのか。少年は深く息を吐き捨てる。三人は腰を少しかがめ刀を握り直す。だが、
『ドンッ!!』
少年は何をするでもなく、ただ息を荒々しくさせてその場に勢いよく倒れこんだ。
9
:
ムツ
:2013/01/02(水) 15:34:56 HOST:softbank220024115211.bbtec.net
負ケ戌共 −マケイヌドモ− 【八】
『パチッ』
少年が目を開けると、見覚えのない天井が見えた。
横に首を動かすと麩の間から、緋色の光が部屋に入っていた。
体が暖かい。よく見ると、誰のかわからない布団の上で横になっている。
少年は上半身を上げて辺りを探索する。っが
「ッ――――……!!」
腹部に激痛が走った。身に覚えもない、白い着物の掛け衿を開き、腹に目を落とす。
腹には白い包帯がグルグルに巻かれていた。気付くと顔や腕、怪我をしていたところには、包帯や絆創膏が張り付いていた。
「…………一体……此処は…――」
「っお!起きたか少年っ!」
少年が驚きながら立ち上がろうとすると、閉じられていた麩が開き、白い着物を着た鋼獅郎が少年に笑いながら言った。
「怪我はだいたい処置したんだが、まだ少し痛むだろ?もう少し寝てろ…」
鋼獅郎はそう言って、少年の方に手を置く。だが、
「に…――」
「ん?」
聞こえるか聞こえないかの小さな声で囁かれ、聞き取れなかった鋼獅郎は少年に聞き返す。すると、ッガと勢い良く鋼獅郎は腕を掴まれものすごい力で――
『僕に触るなぁぁぁぁァァぁぁああああぁァァあ!!!!?(怒)』
背負い投げを受け、麩ごと吹っ飛ばされた…。
10
:
ムツ
:2013/01/02(水) 15:57:05 HOST:softbank220024115211.bbtec.net
負ケ戌共 −マケイヌドモ− 【九】
「……………イテテテッ……」
鋼獅郎は頭をさすりながらそう呟いた。
目の前には野獣のように目を鈍く光らせこちらを睨んでくる少年がいる。
はっきり言って屈辱だった。つい先ほどは三対一でも、押されていた相手だとはいえ、あの細い体で自分が吹き飛ばされるなんて。
吹き飛ばされて、外の庭池に頭から飛び込んで、ほとんど失神状態で、何事かと清玄らが駆け付けてくれなかったら…――。考えるだけで恐ろしい…。
「…あのねぇ、少年……。助けてくれた相手にあの恩返しはないんじゃないの?もうちょっとコウ…優し気のある…」
「僕に近寄るな触れるな、話しかけるなァ!!!」
すぐ後ろに壁を控えて、少年は叫ぶ。
少なくとも、助けてくれた者たちにこの態度はないだろう。
先ほど、行き成り倒れた少年に近寄ってみれば腹から血を出してるは、息は荒いは、あちこち怪我はしてるは…。
怪我を手当するため、三人はすぐに自分たちの宿に向い応急処置だけはして寝かしてあった。
「…貴様。若に何たる無礼を……。その命で償っても償いきれん」
『だから、僕に近寄るなァァァァァァァァあああアアアアアアあああ!!?』
刀で少年に一歩近づいた清玄も、少年の手によって背負い投げを真正面から喰らい、また麩を壊して外に投げられた。
11
:
ムツ
:2013/01/02(水) 16:29:15 HOST:softbank220024115211.bbtec.net
負ケ戌共 −マケイヌドモ− 【十】
被害者第二号が出たところで、まだ被害の受けていない偉三郎がそれなりの距離をとって少年と話し始めた。
「テメェ、なんで村長次期候補なんて殺したんだよ…。…つか、そんな恐怖症抱えてるてめぇがどうやって殺したんだよ……」
偉三郎が少しムキになりながら問いかけた。屈辱とも言える名をつけられたことを動機として、殺めたのか。それとも他の理由があるのか。そもそも、さっきまでなんの不信も抱かず自分たちと刀を交わしていたのはなぜか。この変化はなんなのか。偉三郎はそれが気がかりで仕方なかった。
少年は『人間恐怖症』(偉三郎命名)のことには特に答えず、次期村長候補の者のことだけ話そうとした。だが、帰ってきた言葉は…――
「村長次期候補?…一体誰だそいつは……」
だった。
それを聞いた偉三郎はつい「あ?」と聞き返してしまった。なんせその物言いでは、まるで…
「まさかだが…。てめぇ、村長次期候補を殺してねぇってんじゃ…」
そう言っているようなものだからだ。
意味がわからないような顔をしているが、少年は眉をハの字にしてコクンと一度頷く。
「ちょっと、待て…。それじゃァ、俺らは…」
「無駄足だったってこったな…」
偉三郎の言葉に付け加えるように、背後で鋼獅郎が口を開いた。
「では、村長を含め村人全員は、勘違いをしていたと…そういう事でしょうか……」
頭をさすりながら清玄が言うと「そうかもなぁ〜」と鋼獅郎は言い放った。
深くため息を落とす三人を前にして、少年は一人、何の事か分からず頭をひねらすことしか出来なかった。
12
:
ムツ
:2013/01/02(水) 16:58:22 HOST:softbank220024115211.bbtec.net
負ケ戌共 −マケイヌドモ− 【十一】
「……んぁ〜〜〜……――。…まぁ、あれだ…。少年。名前は?」
少しうなだれる鋼獅郎。少年はそう問われ、どう答えるか迷ったような顔をした。
「名前は……その…………無い……」
‘親はもう死にました’とでも言ったような雰囲気になる。
再び少年が黙り込むと、鋼獅郎は「はぁー…」とため息をついた。そして、清玄と偉三郎に「こっち来い」と言わんばかりに指を曲げて呼び込む。
「―――……いや、だから俺的には光る的な…――」
「―――…だからこそ、これは捨てられません……―――!」
「――いや、なら間をとって…こんなんは…――?」
『―――…どこが間取られてるんだよッ……――!?』
三人はコソコソと話し始めている。何をしているのかわからないが、これは良いチャンスだ。
少年は音を立てないように素早く壊れた麩の方に近寄っていく。案の定三人は輪になったままで自分には気づいていない。今なら逃げられる。
自分の刀は今この場にはない。取られた感じで少し尺だが仕方ない。少年は自分にそう言い聞かせると、音を立てずに部屋から出て、宿の廊下を進む。
途中、他の人の部屋も通ったが、気付かれることは無かった。
外に出て空を見上げると、月明かりだけだその場に立ち込めていた。辺りは家のロウソクで明るいが月に勝る程ではない。
「………………………………」
少年が月を睨むように見つめていると、背後に変な気を感じ咄嗟に振り返った。だが。
『バシッ!!』
鈍い音と共に、少年は目眩を感じその場に倒れこんだ。
そしてその場に集まってくる数人の男たち。その男たちの中心にいるのは、不気味な笑いを浮かべる村長だった。
13
:
ムツ
:2013/01/02(水) 17:27:14 HOST:softbank220024115211.bbtec.net
負ケ戌共 −マケイヌドモ− 【十二】
「…ヨシ、決定ッ!もう変えないからなッ!絶対変えないからなッ!これ決定だからなッ!変えようとか思ったら死刑だからなッ!良いよなッ!」
少年のいない、その部屋に鋼獅郎の子供みたいな言い分が広がる。
立ち上がった鋼獅郎の足元で、清玄と偉三郎は腕組をしながら「男に二言はないッ!」というような顔で鋼獅郎を見る。鋼獅郎は勝ち誇ったような顔で振り返り誰もいないところに指さす。
「良いか、少年!テメェは今日から……って、あれ…?」
ヨクヨク見ると(ヨク見なくても)自分が笑顔で話していた相手は一体どこにいるのか。鋼獅郎の指を指している先にはただ壁があるだけで誰もいない。
「………………………」
沈黙だけがその場を包んだ。自分は壁に話して壁に恥さらしたってか…?そう思うと、悲しいんだか虚しいんだかよくわからない感情が心を埋める。
「……あ…あの………。わ……若…?……あの童(わっぱ)………いません……けど……」
清玄が戸惑いを隠せない口調で訪ねるが、返答はない。偉三郎も清玄と同じような感情らしく、顔に冷や汗を浮かべて「ど、ど、ど、ど、どこに行ったんすかねェ〜…?!あの牙鬼!」と気を紛らわそうとした。
「…………………清玄…偉三郎………」
『ハイッ!?』二人は半分泣きかけだった。ヤバイ。何がヤバイかと言うと…。鋼獅郎は、人が頑張ってるところでその苦労も知らずどこぞに行く奴が許せないのだ。
「…………あの、‘負け戌’って…―――……何回ブン殴ったら血反吐履くかなぁ〜……?」
鋼獅郎は顔だけを二人に向け、不気味の三言がピッタリの笑みを浮かべるのだった。
14
:
ムツ
:2013/01/02(水) 18:22:01 HOST:softbank220024115211.bbtec.net
負ケ戌共 −マケイヌドモ− 【十三】
目を開けて周りを見ると、そこは黒一色の地味な世界だった。
一体此処はどこなのか。何度もそう考えていたが、頭がクラクラして思考が回らない。
少年は、どうしてこうなったのか必死に思い出そうとした。
確か、鋼獅郎らの宿から抜け出して、外で月を眺めていたら、誰かに首を叩かれて―――…そこまでしか思い出せない。
そして、何より。今の状況は何だ?
両手両足を丈夫な枷で拘束され、周りには人っ子一人いない。ガチャガチャと枷を鳴らして必死に外そうとするが、全然外れる気がしない。何より頭が変なふうにクラクラして、上手く力が入らない。
(ここは一体……。…僕はどうしたんだ………?)
少年がそんなことを考えていると、その部屋の麩が開き一人の小太り男が入ってきた。この村の村長だ。
「やっと、お目覚めですか?‘負け戌’殿よぉ〜…」
村長は後ろに数人の男を連れて部屋の中に入ってきた。不気味な笑で嫌味の様な事を抜かす村長を少年は必死に睨んだ。
「誰だお前……!」少年がクラクラする頭を上げて問うと、村長の後ろにいた男たちが腰の刀を持って少年の周りに固まった。
「……!!!?」
「悪いねェ…。…‘負け戌’殿……。君には、次期村長候補の殺害犯を被ってもらわなくては……」
村長のその言い分に、少年は理解した。こいつが、その次期村長候補を殺したんだと。
「……ッフ…………」
―― 殺れ……。
村長がそう言った瞬間、少年の周りに集まった男たちが全員、刀を少年向かって振り落とした。
15
:
ムツ
:2013/01/02(水) 19:09:06 HOST:softbank220024115211.bbtec.net
負ケ戌共 −マケイヌドモ− 【十四】
男たちが自分に近付き刀を降り下ろそうとする。
少年は殺されるという恐怖よりも、自分に濡れ衣を着せようとしている村長への恨みよりも、違う感情が心を左右していた。
「………僕に……―――」
少年は顔を踞せて、囁くように呟いた。
「近付くなぁぁぁぁぁぁアアアアぁアアアアああぁ!!!!?」
『ガギゴンッ!!!』
少年の叫びと鋼が引きちぎられる音が一瞬重なった。力尽くで手足の枷を壊した少年はグンと力尽くで立ち上がり、村長を睨んだ。
それと同時に『ドグシャッ!!!』という麩を破る音も聞こえ、皆もそっちに目をやった。そこには刀を四本抱えている鋼獅郎と、その横で刀を構えている清玄、偉三郎が麩を蹴りで破っている光景が見えた。
「…受け取れ!糞牙鬼ィ!!」
鋼獅郎はそう叫んで布で一つにまとまった刀の束を少年向かって投げ放った。少年はそれを受け取ると直ぐ様、鞘から一本刀を引き抜き構える。
「き、貴様はっ…!!?」
「村長さんよぉ〜…。俺たち影祓い屋を冤罪の立板にするたぁ物凄いことヤってくれるじゃねェか……」
「………我々、影祓い屋は悪善問わずなんでも致しましょう…。ですが……」
「他人に濡れ衣を着せるってのは依頼になかったからなぁ……」
狭いその一室で、男たちと少年、影祓い屋の持つ刀が月明りで光る。
『テメェにゃ、村民の前で謝罪していただきマース…』
三人は不気味な笑顔で言うと、刀を構え直した。
16
:
ムツ
:2013/01/02(水) 22:12:13 HOST:softbank220024115211.bbtec.net
負ケ戌共 −マケイヌドモ− 【十五】
月明かりが優しく輝くさなか、村の村長家で鋼と鋼がこすり合う音が高々しく響いた。
荒々しい息遣いと、人を切り裂く無残な音が生々しくその家に立ち込める。
「お兄さんよぉぉぉ!!!!?」
襲いかかってくる男たちを振り払いながら少年は叫んだ。「あぁ゛!?」荒い息のままぶっきらぼうに返す。
「人ってもんは、どうしてこうなのかなぁ!!!?」
左右前後から男が少年向かって襲いかかってくる。それをしゃがんで避ける。同士打ちのように四人がそれぞれの刀に刺され倒れる。その四人をすり抜けて、少年は立ち上がる。
「浴に駆られて、人を殺して、それを他人のせいにして…!!!?……何でそんな…――」
――メンドクサイ生き物なのかな!!?
襲いかかってくる男の刀をよけて、そのまま背を切って鋼獅郎は「知らねぇ!!」と激怒するように言い返した。
「童(わっぱ)ぁぁ!!我々の人生とは大体そんな物だろう?!!」
一人の男の腹に刀を突き刺し、返り血を浴びながら清玄は嘲笑う。
「何が‘負け戌’だドンチキショォォォ!!俺ら人間生きてりゃぁ、‘負け戌’だっつぅの!!そんなの今更恥じたトコロで意味ないじゃん!!!」
男たちの足に切り込みを入れて偉三郎が叫ぶ。そして偉三郎のその言い分に『同感だぁ!!』と三人の声が重なった。
最後に怯えきった村長と鋼獅郎ら、そして少年だけが立つという結果になると、四人は息を上げて一人ただずむ村長を睨んだ。「許してくれぇ!」と許しを請う村長に少年は刀を振り上げた。
『ズザァァァァンッ!!!』
その音が響くと明るくその村を照らしていた月が薄暗い雲に覆われていった。
17
:
ムツ
:2013/01/03(木) 13:20:29 HOST:softbank220024115211.bbtec.net
負ケ戌共 −マケイヌドモ− 【十六】
『僕に触るな、近寄るなぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!!!!?』
「どワァああァああアアアアアアアアあアァァァぁ?!!!」
朝日が部屋に立ち込める中、偉三郎の悲劇的な声がその場に響いた。
それに重なり麩が破れる音もあった。
「………ィッタァ――……。巫山戯んなよテメェ!!この俺様が折角看病してやるってんのに!?」
「そんなの頼んでない!そもそも、お兄さんたちに看病される筋合いも無いっ!」
少年は偉三郎と距離を取りながら怒鳴り合っていた。人間恐怖症は治っていないらしい。
「いい加減にしないか、貴様。なまくらで大飯食らいで使い物にならない、その偉三郎が折角、看病をしてくれているのだぞ…。家でもコンぐらい積極的だったら困らぬものを………ッチ……」
「おい、コラテメェ!ッチってなんだよ?!聞こえてんだよ!むしろ聞こえて下さいみたいな声で、ッチ、とか言うなよ!悲しくなるから言うなよ!?」
廊下で腕を組みながら清玄が少年を咎めると、その言葉に偉三郎は反発した。
「大体、僕は何でお兄さんたちに看病されなきゃいけないんだ!?僕は看病してくれなんてコレポッチも頼んでないっ!!」
怒鳴り声を響かせる少年を呆れ返った見つめる偉三郎と清玄はあまりに無力だった。
すると、少年の頭に白い包帯の塊が飛んできた。「イテッ…」そう言いながら少年は落ちかけた包帯を両手でキャッチして、包帯が投げられた方に目をやった。
そこには首の裏に手をおいて大欠伸をしている鋼獅郎が眠たそうに立っていた。
18
:
ムツ
:2013/01/03(木) 14:36:22 HOST:softbank220024115211.bbtec.net
負ケ戌共 −マケイヌドモ− 【十七】
偉三郎が吹き飛ばされて壊れてしまった宿の麩は後にして…
鋼獅郎は自分の後ろに清玄と偉三郎を座らせ、目の前に頑張って自分で自分の体に包帯を巻く少年を座らせた。この座り方の方が何かと便利なのだ。
「…………ぁ〜……っで、何か用でもあるんですか、お兄さん?」
もう体に包帯を巻くのがめんどくさくなったので、途中でやめると少年は鋼獅郎と向き合った。
「……テメェに二つ聞きたいことがある。まず一つ。テメェは、これからも意味無くその人斬り包丁を持ってるつもりか…?」
胡座をかいて頬杖をした状態で座りながら聞くと、少年は自分の横に置いてある刀に目を落とした。
「………………これは僕が物心着いた時から身に付けてる必需品だ…。捨てられないよ……」
少年の真面目な物言いに鋼獅郎は微笑みながら「そうか…」と呟いた。
「…んじゃ、二つ目……」
鋼獅郎の顔が楽しそうな笑顔になる。
「俺たちと一緒に、俺たちを待ってる亰(みやこ)に行かねぇか?」
鋼獅郎の嘲笑うような顔つきに、少年の目が見開かれる。「何で…――」
「今回の一件で、テメェの才能にゃぁ感服した。そして何より、テメェは村長を殺さなかった。………俺はそんなテメェと一緒に歩んでみたい。どうだ?乗る気はねぇか?」
少年は考えた。
そして、その間。少年の頭には昨日の光景が浮かんでいた。
19
:
ムツ
:2013/01/03(木) 15:24:44 HOST:softbank220024115211.bbtec.net
負ケ戌共 −マケイヌドモ− 【十八】
村長の頭部に向かって勢い良く振り落とされた少年の一太刀。
だが。あと少しで、刀が村長の頭部にぶつかろうとしたその瞬間。
少年は手を止めた。それも刀の刃が頭についているか微妙な所で。
少年は少しの間、刀を村長の頭につけていたが突然何の前触れもなく刀を離した。
「……良いのか?」そう聞いてくる鋼獅郎に何も返さず少年は床に落ちた鞘を拾い上げ、その中に刀をしまう。
そして、三人に背を向けたまま「そいつは…腐ってもこの村の村長だ。殺すかどうかは村民が決めるべきだよ」と言い捨てて、屋敷を出ようとした。
そして、廊下に出た瞬間失神状態になり、また三人の宿に来るハメになった。
「…どうだ?一緒に来ないか?」
何分ほど考え込んだだろうか。少年はハッと我に帰り、鋼獅郎と目を合わせた。
「………あの……僕…。人見知り……半端ない……です…っよ………?……いつ…切り掛るか……分かんない…っし……それに…」
「人見知り?テメェのはそんなもんじゃねぇだろ?」
「それは僕を侮辱してるの?お兄さん……」
少年の押しつぶされそうな目つきに鋼獅郎は苦笑しながら黙り込んだ。
「………っで、どうすんだよ、テメェ……来ないんだったらキッチリ来ないって言えよ」
鋼獅郎が黙り込んだせいで、偉三郎がぶっきらぼうに訊く。
「……僕は………別に……行きたい…訳じゃ…………………っぅ―――」
言葉が詰まる。同時に頭の中に走馬灯のよなものが浮かんできた。
名前も瞳の光も無かった自分に振り落とされる無責任な大人たちの大きな手。その度に泣きじゃくったわけでも、悲しかったわけでもない。ただ、強くなりたいと思っていた自分。
「ぁ―――…もう……!行かねぇんだな!?行かねぇんだろ!だったらハッキリ言えよ!」
ムキになって怒鳴る偉三郎を清玄は静かに制す。「やめろ」そう言われて眉をハの字にして偉三郎は座った。
いつまでたっても返ってこない返答に、鋼獅郎は苛立ちを覚えもしたかもしれない。だが、何も言わず、ずっと黙っていた。
そして、とうとう立ち上がり「来ないなら、頑張って生きろよ?」と言った時、少年は「待って下さい」と呟いた。
20
:
ピーチ
:2013/01/03(木) 15:36:49 HOST:nptka206.pcsitebrowser.ne.jp
ムツ〉〉
二作目だー!
え、これって平安の話?
面白いよー!
21
:
ムツ
:2013/01/03(木) 15:45:39 HOST:softbank220024115211.bbtec.net
負ケ戌共 −マケイヌドモ− 【十九】
「…あの……。その…。僕を……、亰……?に………連れてって……下さい……………」
戸惑い最後に到達したその返答を聞いて鋼獅郎は、得意気に笑った。
「よぉ〜く、言ったなッショウね〜んっ!!」
「おっわ…!?」
鋼獅郎は咄嗟に少年に飛びつき、その頬に自分の頬を擦らせた。それを見て清玄は拙いと言わんばかりの顔になる。
「……………に………」
「ん?」
『僕に触るなぁぁあアアアあアアアアアあァァぁ!!!!!?』
「ドゥワぁぁああああぁァぁアアアぁあああ?!!!!」
鋼獅郎は着物の掛け衿を少年に強く引っ張られそのまま勢い良く、宿の屋外にまで吹っ飛ばされた。
その後は清玄の「若ぁぁぁ?!」と言う叫び声や、偉三郎の少年に対しての「テメェ、なんってこと…?!」といった声と、「僕に近寄るなぁぁぁぁぁぁ!」と言う少年の叫びだけがその場に響いた。
22
:
ムツ
:2013/01/03(木) 15:50:03 HOST:softbank220024115211.bbtec.net
ピーチ》
初コメ、サンキュ―――!!(*≧m≦*)
うん、そうだねェ〜…
平安かそこらへんの時代設定かな今のところ!
侍系(及び戦い系)大好きだから書いてみたんだけど…
どうよ、率直な感想は(◎-◎;)!!
23
:
ムツ
:2013/01/03(木) 16:49:01 HOST:softbank220024115211.bbtec.net
負ケ戌共 −マケイヌドモ− 【二十】
鋼獅郎たちが、村で騒ぎを起こしていた頃。
影祓い屋の拠点がある亰で、不穏な動きがあった。
亰の中で最も大きく最も美しいとされている城の中。
何畳もの広さがあるその城の一室で、厳しい顔をした年配の男と愉快気に笑いながら向き合っている白髪の若い男。
「………それでは、影祓い屋があの童(わっぱ)を手に取ったと?そう申すのか、虎狛(こはく)よぉ…」
普通の床に比べて、一段ほど高さがある場所に座っている男が白髪の男に向かって険しく話す。
「はいィ〜、殿上様ぁ〜。この僕の忠実なる駒が調べ上げた情報ですので、多分大丈夫ですよぉ〜〜!」
袖の長い着物を横に揺らしながら男は返す。その気の軽さに、年配の男は内心イラッときているがそれを口にはしない。
「虎狛。それを一体どう対処するつもりだ……。あの童(わっぱ)は只の小僧ではないのだろう……。そんな軽腰で…」
「大丈夫ですってェ〜…!僕は運だけはいい男なので〜。拙くなることはないですよぉ〜?タブン〜…!」
狐みたいに笑っている男を見つめる年配男の目は鋭い。
「……儂とこの亰に何かあれば……。…その時は虎狛よ……己で腹を切ってもらうぞ……」
強迫のようにそう言うと、白髪の少年は笑いながら「分かってますよぉ〜!」と返答したのだった。
24
:
ムツ
:2013/01/03(木) 17:18:09 HOST:softbank220024115211.bbtec.net
負ケ戌共 −マケイヌドモ− 【二十一】
鋼獅郎、清玄、偉三郎、そして大きな布を頭から被った少年が亰の門に訪れていた。
その門のところで、鋼獅郎は役人の男と話している。
今の日本の中心を作る亰に入るには、それなりの手続きがいるのだ。
少しばかり鋼獅郎が役人と話していると、布を被った少年はずっと足元に転がる小石を転がしていた。
「………分かりました。では、お通り下さい」
役人の了解が取れたところで、四人は門をくぐり抜けて亰の中にはいる。
「……………ぁ…………………」
門をくぐり抜けた時、少年は不意に小さくそう囁いた。
目の前にいるたくさんの人々。立ち並ぶ屋台。
「ほら…。布とってよく見ろよ…」
鋼獅郎は少年の横に出て、そっと頭にかぶせてあった布を後ろにする。
「…………………………」
「どうだ!率直な感想っ!」そう言いながら顔を少年の顔の前に出すと、少年の口が少し和らぐ。「ん?」はてな顔で聞き返すと、いつもどおり掛け袖を引っ張られ、
『僕に触るなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』
と叫ばれながら吹っ飛ばされた。
25
:
ムツ
:2013/01/03(木) 19:34:13 HOST:softbank220024115211.bbtec.net
負ケ戌共 −マケイヌドモ− 【二十二】
少年は鋼獅郎に、距離を取りながら、ある屋敷に連れて来られた。
玄関のある道場から入ると、大きな屋敷の道場で竹刀を振っていた者たちが鋼獅郎らに気付いて近寄ってきた。
「おかえんなさい、若頭、清玄殿。偉三郎!」
「お疲れ様ですっ!」
「若頭がいない間にまーたひと悶着ありましたよぉ〜?」
「若頭のいない間にまた数件の依頼がありました」
「清玄殿。稽古をお願いします」
「偉三郎ぉ〜、お前二人の足引っ張らなっかだろうなァ〜?」
どんどん鋼獅郎らの周りに男たちが集まってきて、行く道が阻まれる。
その間少年はずっと怯えきった様子で、玄関の壁に張り付いていた。
皆が愉快に喋っていると、一人の男が少年に気付き鋼獅郎の耳元で「誰ですか?」耳打ちした。
「ん?あぁ、アイツは今回の依頼先で知りあった奴でな。ほら、こっち来い!」
鋼獅郎が笑いながら手をチョイチョイとするが、少年は必死に首を振るだけで一向に来ようとしない。
困ったような顔で、鋼獅郎は少年に近付き「こっち、来いよっ!」と少年の腕を掴んだ。いや、掴んでしまった。
「ッヒ―――!…ぅぁ………僕に……」
少年がそこまで言ったところで、鋼獅郎はやっと気付いた。飛ばされる…
『触るなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!?』
「オわぁぁああぁァァァアアァ?!!!!」
……案の定。鋼獅郎は腕を逆に取られて、そのまま吹き飛ばされた。
26
:
ムツ
:2013/01/03(木) 20:42:36 HOST:softbank220024115211.bbtec.net
負ケ戌共 −マケイヌドモ− 【二十三】
「…えぇー……コイツァ…今回の依頼で知りあった…奴だ……。腕は確かだからよ……まァ、人間恐怖症だから、近寄ると俺みたいに吹っ飛ばされるから気を付けろぉ〜……」
笑いながら言っているが、その目には涙が溜まっている。
「ゴメンナサイ…ホントウ、ゴメンナサイ………モウ、ホントウ、ゴメンナサイ……ナゲトバシテ、ホントウニ、ゴメンナサイ………」
その横で、少年は手に顔をうずめて囁いている。白髪の髪が上下に揺れているのが何だか可笑しい。
「っで。ソイツァ、名前なんて言うですか?」
突発的にそんな質問が発言された。まぁ、来るだろうと鋼獅郎は考えていた。
少年が手と手の間から目を覗かせて、戸惑ったような顔をしていると鋼獅郎が笑いながら口を開いた。
「東(ひがし)と書いて、東(あずま)だ。皆仲良くしてやってくれよ!」
……っえ?
初耳だ。名前なんて一度も呼ばれたことがない少年が驚きのあまり口を少し開けながら隣の若頭を見つめる。
「………あの一体……」
「良いんだよ、別に。お前を拾ったのは俺なんだから別にいじゃねぇか、名前つけるくらい!ほら、皆稽古戻れっ!!」
驚く少年だったが鋼獅郎の気軽さに押されてか、そのまま口ごもってしまった。
……‘東’…それが自分に付けられた自分の名前。そう思うと、嬉しくてつい笑みが溢れてしまった。
27
:
ムツ
:2013/01/03(木) 21:23:04 HOST:softbank220024115211.bbtec.net
負ケ戌共 −マケイヌドモ− 【二十四】
少年、改め、‘東’が壁に凭れながら道場の中を眺めていると、不意に「東っ!」と呼ばれた。
最初は自分のことだと自覚がなかったが、何度も自分に向かって言われるので要約、我に返って其方に顔を向ける。
そこには東の四本刀を持った清玄が静かに立っていた。血で汚れた刀を洗ってくれていたのだ。
「…何ですか?」壁から背を離して東が訊くと、ポイッと刀を投げられた。
「…っあ」重い刀の塊をキャッチすると、それに続いて一本の竹刀も投げられた。それもキャッチすると、何?と言いたげな顔で清玄を見つめる。
「我々に劣らない腕を持っているからといっても、腕を磨かねば足でまといだ。しっかり稽古しろ…」
稽古…。そんなことを言われても、稽古なんて今まで一度もしたことがない。
「……稽古って言っても…どうやって……」
怯えた子供のような言い方に、内心イライラしている清玄。そしてスっと稽古している者たちに人差し指を向ける。
まるで「あんな風にしろ」と言いたげなものだ。それを察した東は少し不安気に稽古している者たちを見本する。
「……………貴様。人間恐怖症と言っても、勝負をしている時は別なのだろう?なら早くしてこい………」
確かに東は勝負と通常な時とでは性格が違い過ぎる。
それは、東自身理解できていることだ。
少し、考えたあとに東は困った顔になりながらも、皆が稽古をしている方に歩み寄っていった。
28
:
ムツ
:2013/01/03(木) 21:55:15 HOST:softbank220024115211.bbtec.net
負ケ戌共 −マケイヌドモ− 【二十五】
稽古をしている者たちに近付いて行く東。だったが、稽古中の男が東に気付き「一緒にするか?」と言われた瞬間体の動きがぴたりと止まった。
(やっぱ無理です――――、お兄さんんんん!!!?)
(耐えろ、耐えてこそ男だろ…)
弱音を吐く東を必死に食い止める清玄。
「何だやらないのか?」男が汗を着物で拭いながら訊くと、東は戸惑いを隠さないまま「ヤリマス…」と言うしかなかった。
男は東と少しの距離を置いて向き合う。二人ともそれぞれに竹刀を構え、相手を睨む。
今まで稽古をしていた者たちは、二人の稽古が見えるところまで移動して一旦中断ということになった。
「…………二人とも良いな……」
――……始めっ!!
清玄のその一言で稽古が開始する。
最初に掛かって来たのは男のほうだった。竹刀の切先を東に向けて突き出すように走り出す。
それが東の顔近くにまで来ると、スっと顔を横にそらしその攻撃を受け流す。
そして次に男は竹刀を横に振るって、第二の攻撃に移る。東はそれを察したのか、その攻撃をしゃがんで受け流した。
そこまでして、東は男から数歩距離を取る。
「避けてばかりじゃ、俺は倒せねェぞ?!」
しゃがんで体制を整えている東に即近づき、男は竹刀を振り上げた。
29
:
ムツ
:2013/01/03(木) 23:10:44 HOST:softbank220024115211.bbtec.net
負ケ戌共 −マケイヌドモ− 【二十六】
『バチィィィィィンッ!!!』
『!!!?』
竹刀の床を叩く高々しい音と皆の驚いた反応がいっぺんに重なる。
驚いて誰も声が出なかった。
何故なら。男の竹刀が東の頭に降り下ろされるその瞬間、間一髪なのか計算通りなのか、東は道場の空宙に飛んだ。
空中で柔らかい体を丸めて、男の頭上を飛び越えると東は即座に竹刀を男の後頭部目掛けて突き放った。
「―――…しまっ……!」
驚いた時にはもう遅く、その時には既に竹刀は男の頭部ギリギリまで来ていた。当たる…、そう思った時だ――
――竹刀は振り返った男の顔面寸前で停まった。
それにも驚いたが、まず今の竹刀の位置とさっきまでの勢いから止められたことに驚きがあった。
「………っな…ぁ…」
「……フゥ――――」
深く息を吐いて竹刀を下ろすと、東はすぐに体制を整える。
「………こんな感じ……お兄さ」
『ウオォォォォォォォォォ!!!?(熱』
「へ?」
息を整えて東が清玄に顔を向けると、見物人たちが歓声の声を上げた。
驚いて東が目を‘・(てん)’にしていると、周りに次々と人たちが集まってきた。
「すごいな新入りぃ!!」
「次手合わせしてくれ!」
「誰に稽古して貰ったんだよ?!」
「何なんだよその身のこなし!!」
集まってきた者たちが口々に東を質問攻めする。驚きと焦りと気持ち悪さから立ち眩みさえしてくる。
人見知り、ではなく、人間恐怖症の東がこれ程の人に囲まれるのは、まさにヤバイ。
何がヤバイか。もし、ここにいる者が一人でも東の肩などに当たってみろ…。
しかし、その最悪のケースは起こった。一人の男が何気にポンと東の肩に手を置いてしまった。
そして、東はその男の腕を取りそのままお馴染みの
『僕に触るなぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!?』
と激怒しながら男を投げ飛ばした。
30
:
ムツ
:2013/01/03(木) 23:26:58 HOST:softbank220024115211.bbtec.net
負ケ戌共 −マケイヌドモ− 【二十七】
ヤってしまったぁ――…
影祓い屋屋敷の廊下で、縁側の庭にある池向かってため息をこぼした東。
ヤってしまったぁ――…
道場でヤってしまった。一人投げ飛ばすと、それは伝染病のように広がっていき、最終的に全員投げ飛ばしてしまった。
……ヤってしまったぁ――…
もう、ため息しか出ない。自分の人見知りに嫌気が差してくる。
背中を丸めて体操座りになれば、虚しさが込み上げてきた。
「ハァ―――…」ため息をこぼしてすぐ目の前にある池に目を落とす。
その中にいるコイは優雅に水の中で羽を伸ばしている。それを見てまたため息をこぼしかけた時。
『ドンッ!』
何かに押されて、東は勢い良く池の中に身を乗り出して落ちた。
ブクブクと音を立てたあとに、東は必死こいて体を上げた。手をバタバタさせていたが、池が思った以上に低いことからこれは意味のないことになる。
そして、自分の目の前に小さな人影があることに気づくとそこに目をやった。
すると、そこには一人。背は小さいけれど、何十年もの人生を歩んだというような顔つきの老人がそこに立っていた。
31
:
ムツ
:2013/01/04(金) 10:49:14 HOST:softbank220024115211.bbtec.net
負ケ戌共 −マケイヌドモ− 【二十八】
その老人は、池の中から無理矢理東を引っこ抜くと、水で濡れたベタベタの体でその場に立たせる。
「誰?」と言いたげな顔で東が老人を見下ろしていると、上目遣いで老人はにっと笑い出した。
「また派手にヤったらしいのォ〜、新入ぃ〜…」
廊下に座って、縁側を眺めながら老人は高笑いする。「ウウ…ゴメンナサイ……」半泣き状態で東が言うと老人は「何故、謝るゥ〜」と返してきた。
「………大の男たるもの、こんな小童にヤられる様ではこの先見えん!何よりまだ新入りの、童にヤられる時点でそれは童の勝ちじゃ……。誇らんかい!」
ポンと咄嗟に背中を叩かれ、体を弾ませる東。それを見て、驚いたような顔でまた高笑いする老人。
「……鋼獅郎に訊いちょるぞ………。童……人間恐怖症らしいな………ん?儂も投げ飛ばしそうか?」
そう言いながら東の手に重なってくる老人の小さな手。東が驚いてスグに老人を見ると、白い綺麗な歯を見せて老人は笑っていた。
「儂も飛ばしそうか?ん?」
笑いながら言う老人の発言に東は首を横に振る。何故だろうか。この人には全く恐怖が沸かない。
東が老人の暖かい小さな手に触れていると、老人は東の額をコツンと啄いた。
「なぁに、焦るこたぁない。儂に触れたんじゃ、他んモンにもきっと触れられるようになる……。安心しちょれ、儂が保証する!」
ドンッ、老人は勢いよく自分の胸を叩いた。
名前も知らない老人だが、妙に頼りがいのある優しい人だと東は感じた。
32
:
ムツ
:2013/01/04(金) 11:15:18 HOST:softbank220024115211.bbtec.net
負ケ戌共 −マケイヌドモ− 【二十九】
老人が東と話している間、鋼獅郎は近くに部屋に身を潜めてその話を聞いていた。
特に隠さないきゃいけない理由があるわけではないが、体が咄嗟にそうした。
聞いていて、東と老人の話は他愛もない話だったが、どこかで話に聞き入ってしまった。
「童はなんで四本も刀持っちょるや?」
「その白髪うっとおしくないんか?」
「どっから来たんや?」
など。ほとんど、老人の一人喋りだったが、東はその質問に適切な答えを返していた。
それを聞いていた方の、鋼獅郎としては何で東をベタベタのままにしているのだと、半キレ状態。
「…………そう言えば……。お爺ちゃん誰?」
やっと東の方から聞いたかと思うと、聞くのが突発的に遅い話題。
「ん?儂か?…儂は鋼獅郎……あの黒と茶色のめっぽう変わった髪色の長髪頭のお爺ちゃんじゃ……。童もお爺ちゃんと読んでエエぞ?」
腕を組んでそう言うと、東は「ふ〜ん…」と鼻で返す。
そこからは沈黙の嵐しがその場を被った。その光景にも鋼獅郎はメンドクセェと内心イラついていた。
最終的にため息を零しながら、部屋から出て二人が並ぶ所にまで行き、老人に声をかけると「シィ――!」と老人が自分の口に人差し指を立てて鋼獅郎を制した。
「何だ?」そう思って、東を見ると…寝ていた。
「スゥ――…スゥ――…」と整った寝息を立てて眠る東を鋼獅郎と老人は苦笑しながら見つめた。
33
:
ムツ
:2013/01/04(金) 16:02:20 HOST:softbank220024115211.bbtec.net
負ケ戌共 −マケイヌドモ− 【三十】
青白い光が道場に差し込む中。一人の青年が竹刀を上下に降っていた。所謂(いわゆる)自主錬という物だ。
長いツヤのある黒髪を一つに結んだ、肌白の青年。
頬に垂れる汗は大粒になって床に垂れる。
青年しかいない、道場に「ブンッ、ブンッ」という音だけが連呼する。
何回か素振り終えると、青年は竹刀を下ろし、どこか遠くを見るような目になる。
「………一体、一人で隠れて何をしている」
青年が凛とした声で言うと、屋敷に行く扉の方から偉三郎が笑いながら出てきた。「やっぱ、バレてた?」両手を曲げて、後頭部にくっつけて言うと青年は汗を着物の袖で拭き取る。
「……一体何をしていたんだと聞いている。答えないならさっさと部屋に戻れ……」
「釣れないなぁ〜……。良いじゃねぇかよ、別にぃ〜…!人の稽古は見ちゃいけないってか?」
トコトコと青年に近付いてくる偉三郎。それを厳しい目で睨む青年。
「……用がないなら、失せろ…。殺すぞ……」
青年が目を鈍らせて言うと、偉三郎は手を肩の位置まで上げて「おぉ〜、怖ッ!」とわざとらしく発言する。
「一架(いっか)さぁ〜…新入の東の事、嫌いだろ?」
青年の瞳が月明かりに反射して先ほどよりも倍に鈍く光る。「………俺は男女問わず好きじゃない。…だが、あの白髪は……」青年は偉三郎から目をそらす。
「………今まで見てきた奴以上に嫌いってか?…かぁ〜、コレだから人間恐怖症人第一号は……」
大げさに言う偉三郎に、青年はピクリと目を引きつらされる。「俺とあの愚物者を同等で見るな。殺すぞ」顔を向けて青年がそう言うと、偉三郎はもう一度「おぉ〜、怖」を口にする。
「……そんなにアイツが嫌いなら…勝負してみればぁ〜?若頭側近第二号のお前ならアイツといい勝負かもよ?」
何気に言ったその言葉に、青年の眉がハの字になる。それを見逃さなかったのか、偉三郎は追い打ちを掛けるようにクスッと笑ってみせる。
「明日、楽しみにしてるよぉ〜!一架くぅ〜ん…」
手を振って去っていく偉三郎の背を青年は怪訝な顔で睨みつけた。
34
:
ムツ
:2013/01/05(土) 15:26:55 HOST:softbank220024115211.bbtec.net
負ケ戌共 −マケイヌドモ− 【三十一】
麩から、朝の日差しが部屋に差し込む。
暖かいその日差しは鋼獅郎の目元を照らして朝を知らす。
「ん…っ」かすかな声を上げて目を開けると、瞳を照らす光がより強いものになる。
「……んぁ〜………朝か……」
そんなことをボヤいて体を上げると、不意に自分の横に目線が行った。そして息を呑んだ…。
知ってる奴だけど、有り得ない奴が自分の横にいる。
「……………何で東が此処っに………?」
自分の横で身を丸めて眠っている白い塊。じゃ、なかった…。自分の横で身を丸めて眠る東。
何だコイツ。何でコイツ?人間恐怖症のコイツが何で?
頭が大混乱に陥っていると、昨日の記憶が蘇ってきた。
爺さんの肩で東が寝出して、濡れてるしこのままじゃ風邪ひくし……
そう思って、東を風呂に入れて、部屋に連れてこうとしたらコイツの部屋まだ無いじゃんということに気づいて…
仕方なく部屋が開くまで自分の部屋に置いておこうかなって思って、布団に寝かしてたら自分も眠くなって………
そこまで思い出すと鋼獅郎は自分の顔に手を当てた。
起きる前にどっかやらないと俺死ぬわ……。そう思って、東の顔を覗き込むと……――
――起きてた……。
「………っあ…」
『…………僕に近寄るなぁぁぁぁぁぁあぁぁァァァァアアアぁ!!!!』
35
:
ムツ
:2013/01/05(土) 16:57:31 HOST:softbank220024115211.bbtec.net
負ケ戌共 −マケイヌドモ− 【三十二】
朝一に。道場に脚を運ぶと、流石に誰も居なかった。
鋼獅郎は先ほど東に飛ばされせいで、地面にぶつけ、たんこぶを作ってしまった頭をさする。
「……あぁ〜、イってぇー……」
そんな愚痴を零したところで誰が聞いている訳でもない。独り言というよりは只の憂さ晴らしのような音量で愚痴を零す。
玄関まで行って木の引き戸を横に引くと、先程よりも倍の暖かく眩しい日差しが自分を照らす。
そこで大きく伸びをすると、一日が始まったと自覚が湧いてくる。
踵を返して道場を通り、屋敷の方に戻る間、今日はあぁしてこうして、と自然に予定が思い浮かばれてきた。
面倒臭いなぁ。そう思って道場を抜けた時。
「………っお……」
目の前に一人の青年が竹刀を片手に立っていることに気付く。
自分と同じく長い髪を一つ結びにしている、気品の高い青年。その白肌にはきっちり記憶がある。
「どうしたんだよ、一架。…こんな時間から稽古か?少しは休めよぉ〜…?」
一架と呼ばれた青年は愛想笑いを自分に向ける若頭を楽に受け流して道場に進む。
「…ッタク……こっちは心配してやってるっつゥのに…」
そんなことを思って一架の背中を見ると、既に素振りを始めていた。
36
:
ムツ
:2013/01/05(土) 17:48:41 HOST:softbank220024115211.bbtec.net
負ケ戌共 −マケイヌドモ− 【三十三】
東は鋼獅郎の部屋の隣にある、鋼獅郎の祖父、幸代−源流(ゆきしろ−げんりゅう)の部屋に訪れていた。否、退散していた。
部屋には源流一人しか居ないことにホッと息をつく。
「まぁ〜た、今日も派手にヤったみたいじゃなぁ〜…」
東が部屋に入るなり、源流はまずそのことに話を当てた。
きっと、先程の鋼獅郎を投げ飛ばした件だろう。
「………ゴメンナサイ……………」
聞こえるか聞こえないかの微妙な声の謝罪に源流は「何を言うかぁ〜…」と笑い返す。
「あぁ見えて鋼獅郎は童に飛ばされるの、好いとるやもしれんぞ?」
そう言う源流を「えっ?」と言いたげな顔で東は見つめる。
「アイツは心と顔だけは広いんじゃぁ…良い様に思っとらんでも、嫌じゃとは思っとらん…!」
腕組をして笑う源流の前に東は腰を下ろす。半開きの目で畳の床を見ていると、額をまた「コツンッ」とつつかれた。
顔を上げるとそこには歯を剥き出しにして、笑っている源流の顔が見える。
「人なんぞ気に入らんかったら投げ飛ばしてしまって良いんじゃよ…。無理に重ねる我慢こそ、吹き出たら厄介なもんじゃ…」
源流はそう言いながら、東の額をつついた手を頭の上にのっけ撫で回す。
頬を少し赤らめると、東は少しほくそ笑んでコクンと頷いた。
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