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好きな小説を語るんだよ(*`Д´)ノ

1V3:2015/05/12(火) 09:33:12 ID:GO60ug8o
2014/10/09(木) 20:34:42 ID:a1f1bb1b9
タイトル通り、好きな小説をじゃんじゃんバリバリ語りましょう!

3882名無しさん@ベンツ君:2015/05/19(火) 16:48:58 ID:uptaiUQw
     """"""""""  .""""

      ∧_∧ ランダバンウンラダンッ♪
     (´・ω・`)
     .(   oo)))  ,,,,.,.,,,,
..     日 日 日  ミ・д・ミ
     """"""""""  .""""
※小説スレの中身は、1〜2097レスまでです

3883名無しさん@ベンツ君:2015/05/19(火) 16:49:27 ID:uptaiUQw
     """"""""""  .""""

      ∧_∧ トゥンジュカンラァァァァ〜♪
     (´・ω・`)
     ((o   o))   ,,,,.,.,,,,
..     日 日 日  ミ・д・ミ
     """"""""""  .""""
※小説スレの中身は、1〜2097レスまでです

3884名無しさん@ベンツ君:2015/05/19(火) 16:50:54 ID:uptaiUQw
  

      ∧_∧  カサクヤァァァァァン♪
     (´・ω・`)
     (  oo )   ,,,,.,.,,,, 
..     日 日 日  ミ・д・ミ
     """""""""   """"
(こちらはインドネシア語)
※新スレはこちら→http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/news/6195/1431402899/

3885V3:2015/05/21(木) 23:55:57 ID:ZVDjidx6
アルゴス——
見わたすかぎりの草原を、銀色の鎧に身を包んだ騎馬の軍隊が進んでいた。
うしろには早くも遠くかすみかけているマハールの白い町々——そして、風にそよぐ草の中にひとすじ、リボンのようにのびてゆく赤い街道。
「全軍——」
草原の空気をふるわせて、するどい命令がひびくと、たちまた、さっとすべての手綱がひきしぼられる。
「止まれ!」
まるで、魔法の糸にひかれてでもいるように、すべての動きが止まる。
「おお——」
その一軍の先頭で、ゆらり、と一人のきわだって長身の騎士がかたわらをふりかえった。
「それでは、これで——?」
「ベック公」
彼に話しかけられたほうは、黒づくめ、黒いターバンの下から、長い黒髪を背に流し、浅黒い顔にくっきりと傷あとの目立つ、ひときわ目をひく偉丈夫だった。
「ここがアルゴス国境だ。このさきは、草原の民グル族の地——心して行かれるがよい」
「スカールどの、何から何までお世話をかけた」
ベック公は、その黒衣のアルゴスの王太子の手をとり、その上に頭を垂れた。
「エマ女王にも、むろん王陛下にも、くれぐれも——」
「わかっている。早く、行かれるがいい。パロはこの草原につぐ草原、山々といくつもの国境をこえて更にそのむこうだ」
その勇猛さと、何とはない獰猛で荒々しい不吉な印象のために、いつのころからか、アルゴスの黒太子と通称されるスカールは、無造作にうなづくと、ムチで草原の彼方を指し示した。
「お願いした援軍の件——何分……」
「草原の民に二言はない。安心して行かれるがいい。おれはこれからグル族の長をかりあつめ、勇猛な騎馬の民の精鋭をひきいてあとからパロへ向かう」
黒いターバンと黒い胴衣、革のズボン、黒い瞳、髭——まっ白な歯を除いては、何もかも夜のように黒いスカールは、その白い歯をみせて狼のように笑った。


※ベック公とは、パロの大貴族で臣籍に着く王族の一人。勇猛公の異名を持つ。殺された国王の弟の息子で、リンダ、レムス、ナリスとは従兄弟にあたる。ナリスに次ぐ、第四王位継承者。パロからアルゴス王へ嫁いだエマ女王に会う為にパロを留守にしていたところモンゴールにパロは襲撃され、アルゴスにて憂悶の日々を送っていたが、各国に助力を求めながらパロ奪還へと向かう。

グイン・サーガ第七巻『望郷の聖双生児』


梅(*`Д´)ノ♪

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3886V3:2015/05/21(木) 23:56:47 ID:ZVDjidx6
「いくさですか、ご主人」
「おお、大きないくささ」
「でも——」
「何だ、ター・ウォン」
「もし、カウロスやトルースが、参戦しなかったら——?もし、モンゴールにつくといったら——?」
「それは、ベックの腕しだいだ」
そっけなくスカールは云った。
「カウロス、トルース、それに自由開拓民たちは、パロにも、といってゴーラ三国にもとりたててつながりもなければ恩義もない。いかにそれらを動かし、パロ軍をモンゴール軍に立ちむかえるものにするか——下手をすれば、かれらがいまやアルド・ナリスと並びただ二人、その生存のはっきり知れているパロの王族たるベック公をとらえ、モンゴールにつき出すことで、モンゴールに恩を売るが得策だ、と考えてしまうかもしれんしな。いま、パロは事実上壊滅状態で、二人の王子王女も行方知れずだ。それにひきかえゴーラ三国な日の出の勢い——わがアルゴスとて、もし縁つづきという絆がなければ、ベック公をかくまい、力をかすにはやはり考えたろうよ」
「そんなものでございますか、ご主人」

※ゴーラ三国とは、ユラニア、クム、モンゴールという同盟関係を結ぶ三国を指す。
元々ゴーラという一つの大国であったが、分裂し、今に至る。ユラニアに形ばかりとなったゴーラ皇帝を頂くが、ユラニア支配権力は別一族の手にある。

グイン・サーガ第七巻『望郷の聖双生児』


梅(*`Д´)ノ♪

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3887V3:2015/05/21(木) 23:57:42 ID:ZVDjidx6
「風はいいな」
ハン・イーにとも、ター・ウォンにともつかずに云う。
「草原に吹く風が強ければ強いほど、おれはその日がいい日に思える。あとで時間があったら遠乗りにゆくぞ。ゆけたら、カウロス国境ぐらいまでゆきたいな」
「その遠乗りには、わたしも一緒につれてってよ、太子さま」
突然、丈のひくい灌木のしげみの向こうから、明るい声がひびいた。
スカールは少しもおどろかなかった。というよりも、はじめから、そこにその人がいることは、百も承知であったのだ。
「おお、いいとも、リー・ファ」
彼は云った。
「出ておいで」
「ちょっと待ってて。このヴァシャの茂みが、からまっちまって——」
ややあって、一人の娘が、向こうからはずむような足どりであらわれた。すらりと背の高い、東方系の目のつりあがった顔立ちに、黒髪を両側にたばねてとめた、美しい娘である。
色が浅黒く、唇が紅かった。しなやかで敏捷な身ごなしはネコを思わせる。ほっそりとしたからだには、グル族特有の、こまかな刺繍をほどこしたヴェストとブラウス、それにフリンジのついたスカートをつけ、足には革の乗馬靴をはいて、腰から半月形に曲がったグル族の短剣をつるしていた。彼女は、非常に目をひく娘だった——いかにも草原の、いまだに野性を色濃くのこす騎馬の民の娘であると同時に、何かしら、それ以上に非凡で激しい、見るものをはっと一目でひきつける強烈な個性を持っていた。彼女は浅黒い女獅子のように見えたが、とても女らしかったし、それにのびやかで素朴だった。彼女はどことなく、彼女の前に手を腰にあてて立って、大っぴらな賛嘆の目でじろじろと彼女を眺めているスカール自身とも、奇妙に似かよった雰囲気をもっていた。それはたしかに、石と水晶のパロや、ゴーラ三国の女たちの内にも、まず決して見出されぬものだったろう。
「やっと会えたな、リー・ファ」
スカールは微笑して云い、手をさしのべた。娘は奇妙なことをした。その手をとり、もちあげて、自分の額にそっとおしあてたのである。これは、グル族の敬愛のしぐさであった。

グイン・サーガ第七巻『望郷の聖双生児』


梅(*`Д´)ノ♪

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3888V3:2015/05/21(木) 23:58:45 ID:ZVDjidx6
「困りますのは、ケイロニアのアキレウス大帝が、パロ、アルゴスの縁組をかねてから心よく思っておらぬことで」
シンは云った。
「アキレウス大帝は、一説によると皇女シルヴィア姫を、モンゴールのミアイル公子にめあわせてもよい、という意向のようなのですが」
「それは、まずいな。その意向か、密約があって、モンゴールがケイロニア国境からパロへせめこむのを黙認したのだ、とすると、われわれは大国ケイロニアをあいてにせねばならんことになる」
スカールがあごをかいた。
「シルヴィア姫は、いくつになる」
「まだ十三で」
「ふむう、ミアイル公子はやはりそのぐらいなものだな」
スカールは鼻で笑った。
「だから、パロのアルドロス王は、さっさと誰か王子をケイロニアの婿に決めておくべきだったのだ、あの真珠のかたわれ、レムス王子なら年頃もちょうどあったろうし、年が上でもクリスタル公あたりなら、アキレウス大帝もイヤとは云わなかったろう。それを、パロ王家は、聖なる一族の青い血はあまりまぜあわせてはならぬのだ、などと、ばかげた家訓をたてにとって、だから中原で孤立するにいたったのだ」
「パロの王族は、ヤヌスの祭司の家柄ですから」
なだめるように老族長が云う。
「他の血が入りこむと、あの一族に伝わる霊能力がよわめられてしまうのだそうで」
「ふん、霊能力か。いまの文明の世の中に、魔道やあやかし、易卜のたぐいばかりで王国が保てるものか」
疑いぶかい草原の民であるスカールは鼻をならした。
「だから、見ろ。そんな世迷い言は歯牙にもかけぬモンゴールに、あっさりと首都をおとされてしまった。おれの義姉たるエマ女王も、しょっちゅう占い棒や占い盤をいじくったり、交感だ交霊だとさわいでいるが、魔道で敵を滅ぼせるなら、剣や弓矢はいらんわ」

※ここでも設定違いがw ケイロニア皇女シルヴィアは十三とありますが、すぐあとの巻では十八歳に。シルヴィアが本編に登場した時も、十八歳として出て来ます。この辺りはしかし、「情報伝達が不確かな時代だからね」と、生温かく目を瞑れるかなという程度の設定違いw


グイン・サーガ第七巻『望郷の聖双生児』

梅(*`Д´)ノ♪

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3889V3:2015/05/21(木) 23:59:39 ID:ZVDjidx6
「ふーん」
興なげにリー・ファは云った。
「太子さまも、ゆくの」
「ああ、ゆく。おれはどのみち、もうじきパロに出征する。いつ帰ってくるかは、わからん。中原に平和がもどるまでだ」
「わたしも行く」
「来たければ来い。ただし、足手まといにはなるなよ」
「ならない。わたし、グル族の次の女族長だもの」
「そうだな」
二人はしばらく黙りこんでいた。草原に、日はいまおちようとし、壮麗な光をひろびろとした地平にひろげている。あたかもそれは、紅から黄金にいたるあらゆる色あいで築きあげた、何十層もの大理石の宮殿のようにみえる。
「おれは、ときどき、妙な思いにかられることがある」
スカールが夢みるように口をひらいた。その古い傷あとのある横顔も、日に照りはえてあかね色にそまっていた。
「どんな——?」
「いつか、おれは、誰かについてゆくか、誰かを倒しにゆくか——何でもいいが、いつか、おれは、誰かに出会って、そうしてそれきりこの草原には戻らぬのだろう——と。おれは思うことがある、いつもおれはこの草原のすきとおる緑の風を、華麗な落日を、夢にみるだろう、と。おれは、漂泊のさなかで、おれをはぐくんだ草原を、そこを共にウマででかけたお前をずっと夢にみるだろう、と思うのだ」


グイン・サーガ第七巻『望郷の聖双生児』


梅(*`Д´)ノ♪

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3890V3:2015/05/22(金) 00:00:38 ID:qEGe3b9E
昼日中から、ぼんやりと、宿の食堂にすわりこんで、うつろな目つきで窓の外を見つめているような客は、まずいなかったし、いたとしても、うさんくさく、じろじろと見られるばかりで、とうてい歓迎はしてもらえっこない。
そこにすわりこんでいる青年は、それだから、そうしたことすらも知らぬほどひどい世間知らずなのか、それとも、そんなことさえまったくかまってはおられぬほどに、何か手ひどい悩みをかかえて鬱々としているのかと、ひそかに宿の女中たちのうわさのたねになっていた。なぜなら、その青年は、一見していかにも育ちのよいらしく、なかなかハンサムなおもながのきりりとした顔立ちと、武人らしいすらりとのびたたくましいからだつきをもっている上に、見なりや馬具もりっぱな金のかかったものだし、それなのに供ひとりつれずに、これでもう三日の上から何もせずに逗留している。というのが、いかにもはた目にも異常であった。

もとから、あまり、慎重なほうではない。というより、どちらかといえば、衝動にまかせては、つい血気にはやってゆきすぎてしまうゆえに、手柄も多いが、失敗も多い若者である。

しかしアストリアスは、ことさらに、もう戻れない——という思いに自分を追いつめかけていた。
(アムネリスさまが——おれの女神が、むりやり他の男のものになる。それも愛情もなく、なんの希望もなく……大公の野心に道具のようにあやつられて、あの誇り高い姫が、何ものにも屈しない光の女神が——そんなことは、させぬ。アムネリスさまは、父君のご命令ゆえやむなくお受けになった。だが、おれがお助けすればきっとよろこんで下さるにちがいない。内心はどれだけイヤでたまらぬことか——泣いておられることか。マルス伯なりとご存命ならば、きっと姫のために、大公陛下をおいさめして下さったろうに……)
アストリアスの熱した頭の中で、いつのまにか、アムネリスは、父大公の無法なしうちに泣く泣く屈する、いたましい犠牲者、あわれな無力ないけにえ、と、そのようにすりかわってしまっていた。というよりも、彼は、彼が救いの神となる思いに酔うあまり、それにつごうのわるい点は注意ぶかく忘れ去ってしまっていたのである。

グイン・サーガ第七巻『望郷の聖双生児』

梅(*`Д´)ノ♪

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3891V3:2015/05/22(金) 00:14:50 ID:qEGe3b9E
「お若いかた。お若い士官様」
ふいに喧騒の中で、彼の前に立ちはだかったものがいる。
「何だ」
けわしく云いながら顔をあげたアストリアスが見たのは、ほっそりとしたからだつきと、黒いマント、黒い胴着、手に大きなキタラを抱えた、一人の吟遊詩人だった。
お若いかた、とアストリアスに呼びかけたくせに、その男だってけっこう若い。せいぜいいって二十二か三、というところだ。詩人のかぶる三角の革帽子をかぶり、その下からいくぶん茶色がかった黒髪がもしゃもしゃとのびている。ほっそりした顔は女のようにきれいだったが、その目はビーバーのようにくるくるとして、同時にオオカミのようにぬけめなく輝いていた。

「お前は、どうでもいいが、いささかおしゃべりが過ぎるようだな」
アストリアスはしかめつらをして云った。それから少し考え、まわりをみまわし、また少し考えて、
「ともかく、それでは、おれの室へ来てくれぬか。ここではうるさくて、話もできん」
「はいはい、結構でございますとも。このマリウスはたとえどのようなご用でも、たとえ——」
何かからかいかけたが、アストリアスのくそ真面目な目の色と、冗談などうけつけなさそうな一文字の口もとをみて口をつぐみ、そのままへらへらしながらアストリアスについて食堂を出た。

グイン・サーガ第七巻『望郷の聖双生児』


「誰だ、その姫というのは?」
「おおそりゃもちろん、リンダ姫でございますよ!まだ十四ではあるものの、あの方がいずれどんな絶世の美女におなりになるかは火をみるより明らかでございますし、それにあの方はたいへんな予言者におなりになるだろうとも云われております。ナリスさまとなら、いとこどうし、似合いの一対におなりでしょうよ」

「そ——その、ナリス王子には」
アストリアスはいくぶんうろたえぎみに口をひらいた。その少女の、彼をまるで下らぬ虫けらででもあるように見すえていた、きらめくヴァイオレットの瞳を思い出すと、なぜか、彼は必ずおちつかない、そわそわした、胸ぐるしいような不安にかられてしまうのである。
「他に兄弟はいないのか——?ベック公というのは、婚約者があるといったな。いくつなのだ、そのベック公は?ベック公には兄弟はいないのか?パロの王位継承者はそれだけか?他には?」
「ナリス殿下には、一人、弟がおりました——腹ちがいの、侍女を母にもつ、ね」
煙るような瞳でマリウスが云った。
「ひとつ違いで、むろんひとり身で——しかし、その公子は、ずいぶん前にパロを出奔してしまいました。パロにいたところで、クリスタル公にもなれもせず、まして第五王位継承者ではあってなきが如きもの、それよりも自分の手で運を切りひらこうといって、放浪の旅に出ていってしまいまったのです。それ以来、その王子の消息を知るものはありません。ベック公は、ことしたしか三十になられます。フィリス姫と婚約してもう五年で、ようやく姫が十八になられたので、今年、来年には盛大に式をあげるはずでしたが——」
「弟の子供のほうが、年が上なのか」
「さようで。パロ聖王家の先代の三王子の中で、王太子であられたのはまん中のアルドロス殿下——当時はアル・リース王子といっておいででしたが——で、ご長男のアルシス王子はヤヌス神殿の祭司長となられたのです。そして祭司の掟で血族から、腹違いの叔母ミネアさまと結婚されてナリスさまが生まれたのです。末弟のアルディス王子ははやばやとベック公爵となり、臣籍に下っていまのベック公を得られたわけで。ベック公の下は姫君が二人ですよ。上の姫はもう嫁がれて」

※公子なのか王子なのか、気にしたら負けですw もっと問題なのは、ナリスの母親の名前がミネアとありますが、ラーナの間違いです(前巻で既にラーナとして登場し、以後もラーナで統一)。
マリウスがわざと間違いを混ぜたと、無理やり好意的に見る度量が必要かもw


グイン・サーガ第七巻『望郷の聖双生児』

梅(*`Д´)ノ♪

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3892V3:2015/05/22(金) 00:16:10 ID:qEGe3b9E
奇妙な、鳥が鳴いてでもいるような音が流れ出る。ややあって、ヴァシャのとげだらけの茂みの向こうに、ふいにとけるように何か黒いものがあらわれ、それからまたふたつつづいてあらわれた。夜がそこだけ濃くこりかたまったか、というようなその三つの黒いよどみは、やがて星あかりのもとで、異なる空間を通ってあらわれたものがしだいに形をなしてくる、とでもいったように、三人の魔導士特有の黒い長いフードつきマントに身をつつんだ男たちの姿となった。
「お呼びでございましたか」
「うん」
ぼそぼそとした魔導士の声に、低いが若々しいひびきで答えたのは、まぎれもなく、吟遊詩人のマリウスの声である。
「いかがなさいましたか——ディーン様」
「その名を呼ぶなと云ったろう。ぼくは、マリウスだ。いいか」
「申しわけございませぬ」
「この宿屋の二階のつきあたりの室に、一人の旅人が眠っている」
マリウスは気にとめるようすもなく性急に云った。
「黒蓮のエキスを吹きかけて、ぼくが眠らせた。——街道口に入ったところで、苛々しながら誰かを待っている男で、見るからにモンゴールの若い将校、それも貴族の子弟だろうに、町人ふうのこしらえをし、供もつれていない。ようすがいかにも何かありげだったので、あとをつけ、話しかけてかまをかけたら、アストリアスだと名乗った」
「それはそれは。モンゴールの治安長官のせがれで、赤騎士隊長のアストリアス子爵ではございませんか」
「当人らしい。それにどうもわけありらしい。——おまけに、どうやら、真珠のゆくえについて、情報をにぎっているようだ。これからすぐ、運び出し、例のところへつれていってくれ。そこで、喋らせる。急げ」


「いいか、アストリアス。おまえはこれから、ぼくのたずねることに何でも正直に答えるのだぞ。そして、ぼくが術をといたら、ぼくたちに答えたこと、吟遊詩人のマリウスに会ったこともすべて忘れてしまう。いいな」
マリウスがささやきかけた。アストリアスの頭がちょっとゆらゆらしたが、すぐ、こくりとうなづく。
「なんと、暗示にかかりやすい男だな」
「どうだい。一回、暗示をかけただけで、あっさりかかってしまったぞ。よくよく、人間が正直にできているのだろうな」

くすくす笑いながらマリウスは云った。
「どうだ、アルノー。この男、使えそうだとは思わぬか」
「さようで」
「公女に恋いこがれるあまり、大公にそむいて出奔してきた青年貴族——これは、ひとつ、クリスタルに云ってやらねばなるまいな。あの人なら、この男をつかってひと芝居もふた芝居もたくらむだろう。——ところで、アストリアス」
「おまえはたしか云っていたな。パロの真珠——世継のレムス王子と、その姉にして予知者なるリンダ王女のゆくえを、知っているかのようなことを。——云え、それは、ほんとうなのか?」


深く術にかけられたアストリアスはうめいた。
「双児ははじめルードの森にあらわれ——スタフォロス城にとらわれた。グインとともに……スタフォロス城がセム族の奇襲にあって、全、全滅したとき、かれらはケス河よりノスフェラスの砂漠へと逃れ、われら——アルヴォンの駐屯部隊もケス河をわたって、かれらを追った……アムネリスさまは、なぜか——なぜかはじめから、ノスフェラスを目ざしておられた。カル=モル……そうだ、カル=モルだ。そこに双児があらわれて、わがモンゴールの参謀本部は双児が同盟者たるセム——セム族をたよってノスフェラスへ逃げこんだものと判断した」

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3893V3:2015/05/22(金) 00:19:10 ID:qEGe3b9E
アムネリスは、当惑したまなざしを、そっとクリスタル公の方へむけ、あわてて、火傷でもしたかのようにまたその目を伏せた。
アルド・ナリスのこの日のいでたちは、深みのある紫のびろうどのトーガに、銀のぬいとりをしたサッシュを永くたらし、白い細身のズボンがトーガの下からのぞいていた。小さな銀の、ルーン文字をかたどったペンダント、銀の、額にしめたバンド、そして細身の剣だけが、アクセントをつくっている。ナリスに会うまでのアムネリスであったら、男がこのように身なりに気を配ったり、香をたきしめたりするのを、騎士として恥ずべき柔弱さのあらわれ、ととったに違いなかった。
アムネリスは、身づくろいがきちんとできているだろうか、とはばかるように、すばやく自らのなりへ目を走らせた。うすい黄金色の、衿を大きくくったドレスは、パロふうの仕立てになるものだった。きわめて繊細なひだとレースが、黄金の泡のように裾にうずまいている。
「その色の服をつけておられると——」
アムネリスが自らのすがたがどのようにうつるか、そっと点検しているのを、知っているかのように、アルド・ナリスが云った。アムネリスはびくりとした。
「その色の服をつけておられると、まるで、あなたは、光を身にまとっているようですよ、アムネリス姫。そらは、あなたのその素晴らしい髪と同じ色をしている。あなたは、お国で、何という名で呼ばれているのでしたっけ?」
「皆は私を、公女将軍とか、氷の公女、と呼びますわ。私は、氷のように動かしにくいのです」
「氷は、動かしにくくはありませんよ、アムネリス」
ナリスはゆったりと長椅子に腰をおろした。
「氷は、炎の情熱にあえば、たやすくとけてしまう。あなたが氷なら、それはきっと、あなたがまだ炎に出会ったことがないからだ。違いますか?」
「知りませんわ、そんなこと」
「それはそうと、氷の公女、というのは、あなたにはまったくふさわしくないな。私なら、あなたをもっとちがった名で呼ぶでしょう——そう」


「私ならあなたをこう呼びますよ」
ナリスは手をひっこめ、かわりにアムネリスのつややかな金髪を手のひらにうけて、それにさんさんと注ぎこむ陽光をたわむれさせながら云った。
「光の公女——とね。そうだ。あなたはまことに光の公女だ。ごらんなさい、この金色の髪が、日をうけてどんなに輝いているか。まるきり、光そのものだ。あなたはいつも、黄金の光につつまれている。——氷などとはとんでもない」

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3894V3:2015/05/22(金) 00:20:18 ID:qEGe3b9E
「どなたですの、そのもうひとりの少女って」
「わたしのいとこのリンダ。——ご存じですか?顔色がかわりましたよ」
「あら、ちがいますわ——彼女は、あなたの、いいなづけなのでしょう。ちがいます?」
「おお、イラナ、イラナ。いったいだれがそんな考えを、あなたのその黄金色の頭に吹きこんだのです?」
「誰でもありませんわ。彼女を、愛していらっしゃるのではありません?」
「アムネリス。——なぜ、そんなことを?」
「『わたしのいとこのリンダ』とおっしゃったときの声と——そして目の光とで。お顔がかわりましたわ。わたくしをからかうときとはまるでちがう、やさしい、うっとりした光が目にうかびましたわ」
「あなたはまるで戦況を見すかすために小兵を出してみる将軍のようにさぐりを入れるんですね、右府将軍殿!知りたければ教えてあげますが、リンダはまだ十四の、ほんとの少女ですよ。母親ゆずりのすばらしい月光のようなプラチナ・ブロンドの髪と、わたしのように夜の色ではない、たそがれか夜明け前の紫色の瞳をしてね。ふつうの娘ではないのです——それは、パロでは、いつも髪でわかるのですよ。伝説のアルカンドロス大帝の処女姫リンダも、生まれながら雪のような銀髪をしていたそうです。パロの聖王家では、ふつう巫女となる女性はプラチナ・ブロンドの髪をし、男たちは私のように夜の色の髪をしています。そうでないのは、リンダの双児の弟のレムスだけで——なぜ彼が他のパロ王家の男たちのようではないのか、それは七つの塔の博士たちにもわかりませんでした。あるいは彼には何か、他の王子や公子たちとちがう、なさねばならぬなにものかがあり、そのあかしがヤヌスの御手で、彼のその姉と同じ雪の色の髪にしるしとなってあらわれているのかもしれません。パロの聖王家には、いろんな、ふしぎなことがおこるのですよ、アムネリス。——ヤヌスの塔の地下ふかくにかくされている、おどろくべき機械のことを知っていますか?」
「え——ええ。いえ——」
ハッとアムネリスは身をこわばらせた。アルド・ナリスはそのようすを注意深く見守っていた。

グイン・サーガ第七巻『望郷の聖双生児』

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3895V3:2015/05/22(金) 00:21:27 ID:qEGe3b9E
かっとして、アムネリスはいった。また胸をおさえ、その手をはなして、さきにアルド・ナリスのふれた黄金色の髪をすくいとって、いまわしそうに眺めた。
「月光色の白銀の髪!わたしは知っていますとも、やせっぽちの小娘のくせに、ぎらぎらする紫色の目で、私をにくたらしそうににらみつけていたわ」
「アムネリスさま……」
「云っておくれ、フロリー。私は、美しい?」
「まあ、なんてことを——アムネリスさま。女神のようにおきれいですわ」
「私は美しいわ」
アムネリスは傲岸に云った。
「でも——私は未婚の娘だからそういうことがわからないのかもしれない。ねえ、フロリー。私は、女として……その、彫像ではなく、生きた、血のかよった女としてみたとき、どこか——どこか、おかしいのかしら?何か、必要な魅力とか、そんなもので、欠けているものがあるのかしら?フロリー、私が女のドレスをきるのは、やっぱり身ごなしがなれていないから、おかしいのかしら?」


「そうでございますとも!姫さまは、パロのどの姫にも、少しもひけをおとりになったりしませんわ」
「そうでしょう、フロリー。それに私は少なくともモンゴールの——占領者たるモンゴールの公女だわ。だのに——それなのに、なぜあの男は、私のことをあんなふうにかるがるしく扱うの?」


アルド・ナリスからの伝言が届いたのは、その三日後のことだった。
「アムネリス姫おひとりでヤヌスの塔へとのことでございます」
フロリーのことばをきいてアムネリスは唇をかんだ。タイラン以下にきこえれば、たいへんな怒りをかうに決まっている。いまはある程度の自由を与えられているが、ナリスはともかく敵の総大将なのだ。フロリーは彼女を見た。
アムネリスはぐいと頭をふりやった。
「行くわ。ナリス様にお伝えしておくれ」
アムネリスは云った。

グイン・サーガ第七巻『望郷の聖双生児』

梅(*`Д´)ノ♪

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3896V3:2015/05/22(金) 00:22:31 ID:qEGe3b9E
クリスタル・パレスの心臓、その象徴ともいうべきヤヌスの塔は、双子の塔、水晶の塔、ヤーンの塔など、あまたの塔を従え、闇の中に傲然とそびえ立っている。
上層はパロ聖王家歴代の王の遺骸が安置され、下層にゆくに従って、パロの根源的ないくつもの秘密をかくしている、とささやかれる、ほの白く輝くヤヌスの塔は、モンゴールの侵略にも、ほとんどその美しく超然としたすがたを傷つけられはしなかっな。さしものモンゴールのたけだけしい軍勢も、ヤヌスの最高司祭なるパロ聖王家が主神ヤヌスをまつり、その頂にはヤヌスその人すら降臨する、とささやかれる神秘な塔へは、手出しをはばかったのである。アムネリスが立っているのは、そのヤヌスの塔へ通ずる、細い渡り廊下の入口の暗闇だった。


「これはまた、鎧をつけて、細身の剣まで帯びて。モンゴールでは、婚約者と二人きりで、婚礼の前に忍び逢う娘は、そのように勇ましく純潔なイラナの巫女としてやって来るのですか?」
アルド・ナリスは苦笑しながら手をさし出した。アムネリスはこわばった表情でまわりを見まわした。


「まあ——!」
そうとしか、アムネリスは、云うすべを知らなかった。
「これ——これは、何ですの。いったいこの室は……あ、あれは——まあ!」
アムネリスが、おどろきに息をのんでいるようすを、アルド・ナリスはいくぶん残酷な満足をかくして見守っていた。
それはひどく天井の高い、大きな室だった。床も天井も壁も、まわりはすべて同じ光りかがやく物質でできている。
「この室の中はすべて水晶で張ってあるのです。水晶の後ろに鏡が入れてあるので、外からはいっさい見えませんし、よし第三者が入れたところで、まったく中のようすを見ることはできないでしょう。——そして、この水晶は多少特殊な加工がほどこしてあって、この中の機械の作用を、外部から絶縁するようになっているのです。そうしないと、いろいろと不都合なことがおこってしまうのですよ、アムネリス」
「機械?——おお、あれが?」


「こ、これは何ですの」
「これが、あなたの知りたがっていたパロの秘密ですよ」
ナリスは笑い声を立てた。
「まさか、あの——」
「そう、世界じゅうどこへでものぞみどおりの場所へ、一瞬のうちに身を移すことのできる機械。——あのまんなかの管に入って、この台を操作してもらうのです。ここにいると思った次の刹那に、アルゴスへでも、トーラスへでも、あなたはのぞみのままに身をうつすことができる」

グイン・サーガ第七巻『望郷の聖双生児』

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3897V3:2015/05/22(金) 00:23:43 ID:qEGe3b9E
「力でも、知略でも、どうせあなたはわたしにはかなわぬ。私も女あいてにいくさをしようなどとは思いもせぬ。だが、女にだっていくさはできる——人の首でなく、心をとるいくさがな……アムネリス。こちらをごらん」
「私を、だまして、おもちゃにして——いつもまるで私など、眼中にないようにふるまって!あなたなど、嫌いです。憎い。ここを出たらすぐにタイランにいって、あなたなど水牢へ放りこむわ。そうですとも——水牢に入れて、たべものも、飲みものも与えず、あなたがさっきむりやりにわたくしにさせたように、ここから出してくれと哀願させ、わたくしの足もとに這いつくばらせてやる。あなたの泣き顔をみてわたくしは笑ってやる。そして、弱りはてたあなたにわたくしが手ずからムチをふるってやる。ヤヌスに誓って、そうしてやります。あなたなど、あなたなど……」
アムネリスの声は途中でとぎれた。
ナリスの唇が、やさしく、しかし容赦なく、アムネリスの唇をふさぎ、おおいかぶさってきたのである。アムネリスは、もぎはなそうともがいた。
しかし、ナリスの胸をおしのけることもできなかった。屈辱と羞恥にかられて、アムネリスは目に涙をうかべて身もだえた。
が、そのうちに、ふいに彼女のからだから、すべての抵抗の力がぬけた。
「ああ…」


「ま——まあッ!ひ、姫さま!ご無事で、本当に、ご無事で……?」
フロリーはのどをつまらせ、アムネリスにとびついた。が、
「まあ、フロリー、どうしたというの?一体、何をそんなに大げさにさわぐの……無事でないわけがあって?」
笑いながら叫んだアムネリスの声の調子に、なにか、いつもと妙にちがうものを敏感に感じとって、ぎょっとして身をはなした。
「姫さま——?」
不安そうにあいてを見つめる。そして、口に手をあてたが、ややあってその口からもれたのは、
「姫——さま?ど……どうか、あそばしたのでしょうか?」
不安げな、おどおどとしたことばだった。
「いなやフロリー。いったい、なにがどうしたというの。ナリスさまに、何か、わるいお心でもおありだったというの?」
「い、いえ……」
フロリーは奇妙なおどろきにうたれて、女主人を見上げた。
これが、彼女の知っているアムネリス、モンゴールの公女アムネリスそのひとだろうか。
氷のとまで形容された、その神秘なエメラルドいろの瞳は、まるで、そのなかにだれかが火をともしでもしたように、見ちがえるような艶をおびてきらめいていた。
白くなめらかなほほにはぼうっと紅がさし、黄金の髪すらも、しっとりと、まばゆいつやめきをひときわ増したかに思われる。
盛りあがった胸はなやましく息づき、さながらそれは、この上なく美しく玲瓏ではあっても決して艶冶、艶麗、といった要素がそなわっていなかった冷たい石鏃に、とつぜん、神のたわむれによってあついいのちがかよいはじめたさまとでも、云ったらよかっただろうか。
「姫さま……」
おどろき、わけもない不安に胸をつかれながらフロリーは叫んだ。それへアムネリスはにっこりとほほえみかけた。日ごろ、彼女は傲慢できびしい女主人で、気に入りのフロリーにさえ決してそのようにほほえむことなどなかったのに。
「室へ戻ります。少し疲れました」
「姫さま、あの……」
「私がここへ参ったことを、タイランたちには云ってはならぬ」
アムネリスは命じた。それからまたふいに、宙をふむような足どりで歩き出した彼女は立ちどまり、フロリーのとまどった肩をつかんで抱きしめた。
「ああ——どうしよう、フロリー。私、知らなかった。こんな…—こんな思いだとは、夢にも知らなかった。もっとまったく、ちがったように想像していたのよ——もっと」
「姫さま」
フロリーのおびえた顔をみて、アムネリスは甲高く笑いだした。その笑いはさながら小娘のようだった。
「おお、フロリー!私、ナリスさまを愛しているのよ!恋してしまったのよ!」
アムネリスは叫んだ。フロリーはただ呆然としてそんな彼女を見つめるばかりだった。

グイン・サーガ第七巻『望郷の聖双生児』

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3898V3:2015/05/22(金) 00:54:39 ID:qEGe3b9E
「まったく、大したもんだよ」
調子に乗って、イシュトヴァーンがうきうきと云った。
「パロのお姫さまで、なかなかのべっぴんで、勇敢な小戦士にして占い師、しかもこの世の黄金律について考える哲学者と来ちゃあな!しかし、教えてやるがね、おまえさんは、さきゆき旦那をつかまえるときにゃあ、そのしかつめらしい演説はたんすの底にでもしまっとくこったね。男ってものは、理屈をいう女は大嫌いだからな」
「下品なひとね、相かわらず」
リンダは気分をこわされて怒って云った。
「わたしにむかって、旦那をつかまえるとは、なによ!パロの王女は、自分から男の人に求愛したりは決してしないのよ。王女はかしづかれ、守られるだけよ。ねえ、レムス」
弟をふりむいて彼女は応援を求めたのだが、
「ああ……うん、そうだね——何の話?」
ぼんやりと思いふけっていた少年がびっくりして顔をあげるのをみて舌打ちした。
「まあ、この子ったらいつまでもうすぼんやりね。同じ経験をしても、人によって、何を見、何をつかむかは、こうも違うものかしら。——第一このところニ、三日、ずっと特にぼんやりしていたわ。お腹でも、下しているの?」
「そういや、ここんとこ、やけにおとなしいな」
イシュトヴァーンが云った。
「砂漠当たりかもしれんぞ。気をつけるんだな。お前の姉きみたいなトゲの生えた舌をもってりゃあ、砂ヒルだっておっかなくて近づけたもんじゃないが、お前のようにボーッとしたがきは、ワライオオカミに化かされるかもしれん」
「まあ、失礼ね。——レムス、何とか云い返しておやんなさいよ」
「……うん?」
レムスはそれにも、ぼんやりとした笑い顔を向けただけだった。
呆れた姉とイシュトヴァーンがしきりにかれのことを無遠慮に評することばも、レムスの上をエンゼル・ヘアーのように通りすぎてゆくばかりだった。かれはすっかり自分の思いの中にひたりこみ、まわりのこと一切と無縁にただウマの背にゆられているばかりだった。
グインの注意ぶかいまなざしが、そっとそれを見つめているのにも気づかない。——夜営のときに、グインは、そっとレムスを呼んで、どうかしたのかときいた。
が、レムスは、
「ううん——少し、疲れたせいじゃないかな。ごめんなさい、皆を心配させて」


(眠るとまた——あの夢をみてしまう)

グイン・サーガ第七巻『望郷の聖双生児』

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3899V3:2015/05/22(金) 00:56:14 ID:qEGe3b9E
いつの間にかレムスの魂は、からだをぬけ出し、眠っているかれ自身と姉とを高みから見おろしていた。
深い孤独感がかれをつつんでいた。——どんなときにも、ひきはなされない、二つぶの真珠である。
いつもリンダには、ぐずの、のろまの、臆病者の、と手きびしくやっつけられるレムスだが、それでも——いや、むしろ、それゆえに、かれは自分を、リンダとひきはなされたら何ひとつできないし、一日として生きてゆけない、とさえ感じていた。そのリンダが、かれのぬけがらと並んですやすや眠っており、かれがここにこうしていることを知らない、ということが、かれにひどい淋しさと不安、寒いような思いをかれにもたらすのだ。
リンダが起きないかしら、とかれは念じながら、どこへも行かず、じっと下を見おろしていた。
そのとき、誰かの呼ぶ声がした。
レムスはいやいやふりむいた。レムスのすぐうしろに、黒いマントにすっぽり身をつつんだ人影が立っていた。マントのようすから見るに、魔導師であるらしい。
何の用だ、とたずねようとして、レムスはぎくりと息をのんだ。
レムスの方へさしのばした、袖口からあらわれたやせほそった腕のさきには、つよい熱にあいでもして、とけてしまったかのように、手首からさきがなかった。
レムスの感じやすい心に恐怖がつきあげてきた。あわてて、身をひこうとするのへ、あいては、しきりに何か云いたげに、ゆっくりと手の残骸をふり、その顔をあげはじめた。
ふわり、とどこから吹いてきた風邪が、あいてのマントのフードをあおった。
とたんに——
「キャアアアア!」
あらんかぎりの悲鳴をあげて、レムスは恐怖のあまりその場にくずおれてしまった。
青白い月あかりに照らされたその顔は、やけくずれた生ける髑髏だった。

もしレムスがモンゴールの隊長ででもあったら、その夜毎の夢にあらわれる怪人が、他ならぬ、キタイの魔導師——ノスフェラスを生きて横断し、おどろくべき《瘴気の谷》の秘密をもちかえってきたカル=モルその人である、と見知っていただろう。そうでなくとも、それがグインか、イシュトヴァーンの夢にあらわれたのであってさえ、かれらは、その素性は知らなくとも、一目見たら忘られぬ醜貌に、それがノスフェラスの戦いのあと、ラゴンとセムとに踏みにじられたモンゴール軍の死屍るいるいたる中にあった、奇怪な死骸の顔であると思い出したことだろう。
しかしレムスは、そのいずれも知らぬ。
もっとも、知ったところで、ただ謎はいよいよ深まるばかりであったかもしれない。カル=モルの魔道をきわめた魂は、肉体の死ののちにも、ノスフェラスにのこり、彼の知ったおどろくべき謎をなんとかしてたれかに告げしらせようとしているのであった。だが、それがなぜ、レムス王子でなければならなかったのか……。


グイン・サーガ第七巻『望郷の聖双生児』

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3900V3:2015/05/22(金) 00:57:18 ID:qEGe3b9E
カヌーができあがり、それがみごとに水にうかんだそのときが、シバたちセムの小戦士、ドードー以下のラゴンの超戦士たちと、グイン一行との、ほんとうの別れのときであった。
すでに、大がかりな送別の宴は、狗頭山のふもとの村ですませていたし、くりかえし名残りをおしみ、必ずもどってくることを誓いあっていたので、ことさらにくどくどと心をたしかめあうこともなかった。

さいごに、グインたちがきいたのは、河の水音に切れ切れになった、ドードーの、咆哮にも似た別れの叫びであった。
「ラゴンは……待つ民」
それは、かろうじて、そうききとれた。
「俺たちは……待っているぞ。アクラの使者が……戻ってきて約束をはたすときを……!」
河の流れは、どんどん、早さを増して動きはじめ、カヌーを運び去っていった。ノスフェラスとその民が、静かに遠くへ消えてゆく、それはさいごの時間だった。
リンダとスニは、抱きあったまま、シバたちの消えた方向をじっと見やっていた。彼女たちの目には涙があった。
そして、グインもまた——
イシュトヴァーンひとりが、狂気のようにはしゃいでいた。
「さあ、畜生!ドールのやつめ、おれはまんまとやつの裏をかいてのけたぞ!さぞかし、おれをその汚らしい爪にしっかりおさえこんだと思ったろうが、どう致しましてだ。おれは、どうだい、まんまとだまくらかしてのけたぞ。しかも——しかも、あのいまいましいモンゴール傭兵騎士団ともおさらばしてな!ああ、あ、これでこんどこそおれのための舞台みたいなもんだ。何のかの、紅の傭兵だ、魔戦士だ、といったところで、あんなサルどもとウドの大木と、イドと砂ヒルしかいない砂ん中じゃ、イシュトヴァーンさまも《光の公女》をめっけるどころじゃありゃしねえ。ああ、これでようやっと文明国の宿屋にとまり、ちゃんと料理したものをくい、おうサリアよ!べっぴんの女ども、つぼ入りの火酒、それに蒸し風呂ときた!やあれやれ、ヤヌスよ、ヤーンよ!ルアーよ、イラナよ、イリスよ、サリアよ、トートにカシスにドライドンよ!おれはぶじに港についたその日にヤヌス十二神全員に、黒ブタの丸焼きを一匹づつささげることを誓いますよ!てへっ、なんてこったろう。このカヌーは、ダゴンの背にのっかってるみたいにおれをロスへ運んでいくじゃないか!うう、さあ、これからだぜ。何もかも、これからと来たもんだぜ!」

グイン・サーガ第七巻『望郷の聖双生児』

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3901V3:2015/05/22(金) 14:02:36 ID:qEGe3b9E
レムスは、夢ごこちのまま、おちつかぬ思いがつきあげてきてまわりをみまわした。
もっとも、それも夢のなかの出来事なのか、それとも、これはまぎれもない現実なのかは、どうしてもわからないままだった。
そのとき、空が割れた。
(あ……っ)
レムスは目がくらみ、立っていられなくなって、膝をついた。空がまっぷたつに割れ、火の柱が空のまっただなかをつらぬいた。
ふしぎに、音はきこえなかった。しかし、白熱した光の爆発に、目を灼かれるように思い、目をおおってしまったレムスが、顔をあげ、おそるおそる目をひらいてみたとき——
あたりは、まったく異なる世界となりはてていた。


(いったい、これは……)
奇妙な、ぞくぞくする昂奮がかれの身ぬちをつらぬいていた。それは、不可解なものごとに出会ったおどろきばかりではなかった。
むしろ、それとは、まるでかかわりのないようにさえ思える、それまで味わったことのないふしぎなたかぶりの方がつよかった。
(もしかしたら……)
(どうしてそう思えるのかはわからない。でも、もしかしたら——)
(ぼくにはなにか、なすべきことがあるのではなかろうか?それが何かはわからないが、何か、おどろくべき……)
(リンダにはない、ぼくだけの——パロの王子レムスだけの運命が……)

レムスはもう、眠りをおそれていたことすら、忘れてしまったようにみえた。
かれはほほえみさえうかべて目をとじ——たちまち眠りにおちた。
カル=モルの亡霊が告げようとする、そのことばをきくために……
レムスが、はたして何をきいたのかは、だれひとり知るものはなかったが、しかし、翌日、夜明けと共におき出してカヌーの人となったとき、レムスのかわいらしい顔には、奇妙な、これまでは見られなかったものが宿っていた。


「また、ぼんやりして!」
彼女はがみがみ云った。
「そんなことで、ぶじにアルゴスへつけるのかしら?アルゴスへついたところで、ぶじにパロ奪還軍の先頭に立てるつもり?おまえはいまや、即位こそしていないけど、パロの唯一の正しい国王陛下なのよ。ときどき、いっそわたしが男で、あんたが女ならと思うことがあるわ。——それにしても、このところずっとボヤーッと、昼まから夢ばかりみてるような顔をして、具合でもわるいというの?熱は?」
「ないよ」
迷惑そうに弟がいうのを、イシュトヴァーンはおかしそうに見た。
「どうだい、グイン」
口をひんまげて云う。
「あのお姫さまの旦那になるやつあ、さぞかし、尻にしかれるこったろうな、かかあ天下のイラナにかけてな。がみがみ口やかましくあの弟を叱りとばすことったらないぜ」
「いつ、わたしが、レムスを叱りとばしたのよ」
「いつだってさ。まあ、弟だからしようことないし、きいてるが、旦那に同じでんでやってみろ。たちまち、とじ針で口をぬいとじられちまうか、さもなきゃ旦那はどっかへいっちまって、二度とは帰ってこないだろうよ。気をつけるこったね、もしお前さんが、おれよりちっとでも寛大でない旦那をみつけたならね」
「あなたのいうことなんか、ぜんぜん気にしないわよ」
リンダはにくらしげに顔をひんまげた。
「べっぴんが台なしだぜ——しかし、男と女が入れかわってるべきだったってのは、おれも賛成だな。さもなきゃ、この羽根の白いやさしい目の王子さまは、長い髪のかずらをつけて、女装して婿をとるこったな」
「いや」
きいていたグインがおかしそうに云った。
「前にも云ったことだが、もしそう見えるなら、イシュトヴァーン、お前には、卵の中で内から殻をコツコツつついて割ろうとしている竜の子供と、かえらぬまま石になってしまった卵の区別がつかぬのだ。それにどうやら俺には、その卵に走りはじめたひびわれも見えるような気がするぞ。中から、はたしてドライドンの竜王が生まれ出るのか、それともセトーの人面蛇身の狡竜が生まれてくるのか、それは俺にも、知るすべのないことだがな」

グイン・サーガ第七巻『望郷の聖双生児』

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3902V3:2015/05/22(金) 14:04:45 ID:qEGe3b9E
「もう、ここまで来りゃあこっちのもんだ。文字どおり大船に乗ったと思ってくれ」
イシュトヴァーンは、文明都市、物売りの船、海、海をわたる巨船、と、どんどん彼の馴染みの舞台がひらけてくるにつれて、たいへんなはしゃぎようであった。
「ハッ、ヤヌスよ、ドライドンよ!おれは海辺のヴァラキアに生まれて育ち、コーセアの大海を海賊になってわがもの顔に行き来した船乗りだからな。船乗りには船乗りの仁義や侠気もある。もう、これまで、サルと化け物の国じゃ、あんたに世話をかけたがね、グイン、これからは何ひとつ心配しなくていいぜ。これからの面倒はぜんぶ、このイシュトヴァーンがひきうけてやらあ」


「あちこちでおかしな動き、というのは?」
グインがたずねた。
イシュトヴァーンはかんたんに説明した。彼は、宿屋でのほかに、ばくち場にもぐりこんで、さらにくわしい情報を仕入れてきていた。
きくなり、リンダはおどろきと嫌悪の叫び声をあげた。
「うそよ!あのアムネリスと、わたしのいとこのナリスが、結婚するなんて!」

「やめてちょうだい。汚らわしい!」
リンダは激昂した。
「お父さまとお母さまを殺し、美しいパロの国を卑劣なだましうちで踏みにじったモンゴールの公女と、わたしのナリスが恋に、ですって?そんな、そんなこと、耳にするのもいとわしいわ!やつらは毒のあるサソリよ。モンゴールのサソリは、占領軍の無法でもってナリスをとじこめ、力づくでいまわしい婚礼をあげさせ、そのあとただちにナリスを殺してしまうつもりにちがいないわ。そうすれば、あのいやらしい女に、パロの王位継承権ができるというので!そうに決まっている。いまわしいたくらみだわ。おお、グイン、このたくらみを、何とかとめて!ナリスを助けてちょうだい!グイン、お願い」
「リンダ。そんなこと、わけないよ」
レムスが静かに言った。皆——イシュトヴァーンでさえ、ぎょっとしてレムスを見つめた。
「レムス、おまえ——」
「そんなたくらみの裏をかくことはわけはないよ。ぼくは、アルゴスについてすぐ、唯一の正当なパロ王を名乗って即位宣言を出す。そうすれば、仮にそれまでにナリスとモンゴール公女の婚礼がおこなわれてしまったところで、単にモンゴール公女はベック公と並ぶ第四王位継承者になるだけの話だ。まあ、そうなると、モンゴールとしては、ぼく、リンダ、それにナリスを殺そうとやっきになるだろうけれどね。しかしぼくがアルゴスで即位すれば、なまじナリスと公女を結婚させてしまえばモンゴールとパロと婚姻のきずなができてしまう。それからパロ王たるぼくをあいてに、正式の宣戦布告をすればひどく困ったはめになるからね。モンゴールは、もしその結婚が行われてしまえば、かえって自縄自縛におちいるだろうね」
「そいつは面白いや」
イシュトヴァーンがはでにゲラゲラ笑い出した。リンダは弟をにらみつけた。
「レムス、おまえ、本気でいっているの?それじゃ、おまえは、お父さまたちを殺した仇の張本人がナリスと結婚して——ということはわたしたちの近い血縁になったりしてもかまわないというの?汚らわしい!」
「それは、全然別の話だよ、リンダ」

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3903V3:2015/05/22(金) 14:06:32 ID:qEGe3b9E
「あら、どこへゆくの、イシュトヴァーン」
リンダのおどろいたような問いかけに、
「今日は、飯は外で食ってくらあ。それに、今夜は、戻らなくても心配せんで先に休んでいてくれ」
そっけなく云いすてて室をまた出てゆこうとした。
その背に、
「苦労をかけるな、イシュトヴァーン」
重々しくグインが云った。
イシュトヴァーンは足をとめ、何かにびっくりした、というようすでふりむいてグインをまじまじと眺めたが、何か云おうとしたのを思い返し、口の中で気弱げにもごもご云って、そのまま戸をしめた。
宿の廊下はいくつものドアが並んで、つきあたりに階段がおりている。イシュトヴァーンが例によって口の中で何かブツブツと云いながらその階段の上まできたとき、
「イシュトヴァーン」
微かな声がした。
「わッ」
思いもしていなかったところで呼びとめられて、イシュトヴァーンはあやうく、階段の上からころげ落ちそうになったが、
「な、なんだ。レムスじゃねえか。なぜ出てきた。早く部屋へ戻れ、部屋へ。——あまり人目につかれちゃ困ると云っただろう」
「イシュトヴァーン、船員ギルドの集会所にいくといってたね」
レムスは暗い廊下に、壁を背にして立ち、両手をうしろに組んで謎めいた目つきでイシュトヴァーンを見つめていた。
その目にも、態度にも、かつての、姉の影にかくれておとなしい一方だと思われていたときのかれとは、微妙に違うなにかがあらわれてきているのである。
(ちッ、このガキは、このごろ一体どうしたっていうんだろう。こう、妙に迫力が出て来やがったな)

グイン・サーガ第七巻『望郷の聖双生児』

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3904V3:2015/05/22(金) 14:08:04 ID:qEGe3b9E
「ふん」
イシュトヴァーンは口をゆがめ、うさんくさそうにレムスをねめつけた。
「たいそう、うまいことを云うじゃないか、小僧。お前がそんなに弁が立つとは、不覚にして、いまの今まで気がつかなかったぜ。だがな」
恐ろしい表情で、ぐいとレムスの顎に指をかけて持ちあげると、近々とのぞきこみ、
「いいか、どうせ、グインはもう見当はつけてるだろうが、お前の姉貴は、とろいところがあるから、ちっとやそっとじゃ勘づくまい。いいか、リンダに、よけいなことをぬかして見やがれ。てめえのその細っ首を、叩き折るだけじゃすまねえからな」
「わ——わかったよ、イシュトヴァーン」
古馴染みのおどおどと気弱な目つきなったレムスは云った。せっかく、ひそかに育てはじめていた奇妙な自信も、頭ごなしにがんとつぶされたかっこうだ。
「よく、覚えとけ。よけいなことをリンダに云うんじゃねえ」
もう一回、イシュトヴァーンは念をおして、仕上げにいやというほどレムスの首をつかんでゆさぶり、ようやく少年を解放した。
「まったくもう、弱虫のくせに出しゃばって、いらん手間をかけやがる」
ぶつぶつ云いながら、あわただしく出てゆこうとする。
その背に、壁にもたれたままのどをさすっていたレムスが低く云った。
「やっぱり、リンダが好きなの、イシュトヴァーン。だから、強盗をしてる、なんて知られたくないんだね」
「なんだと」
イシュトヴァーンがまた気色ばんでふりかえる。
レムスはあわて気味に身をずらしながら、とどめの一言を吐いた。
「でも、リンダはきっと、あなたの探してる《光の公女》じゃないと思うよ。きっと、そうだ」
「なんだと。なぜだ。なぜそんなことを云う」
イシュトヴァーンの目がけわしくなった。
「だって、ぼくたちは《パロの真珠》と呼ばれていたんだよ」
レムスは逃げ腰で云いついだ。
「真珠は美しくてもそんなに光を放ちはしないと思うけど」
「小わっぱめ。小ざかしいことを」


(リンダは光の公女じゃないだと——?ハッ、あの小僧はリンダと違って、予知者でも霊能者でも何でもないんだ。なぜそんなことがやつにわかる。ただのいいかげんなごたくに決まっていらあ)


イシュトヴァーンの目が、ふっとやわらいだ。奇妙な、夢のような輝きをおびた。
(あの娘はいまにきっとたいした美人になるにちがいない。あの銀髪——まるで、月の光のしずくから作ったようだ。それにあの、けむるような目——紫水晶の大きな目……あのきつい、ひとを真正面から見る——そうとも。一体、どこが、そうじゃないというんだ?あの娘こそ、まさしく、光とかがやきでつくられた光の公女そのものじゃないか……あんな娘、見たこともねえ……まだほんの子どものくせに、国を追われ、父母を殺され、四方八方から命をねらわれ、おれとグインしか守ってくれるものもない、というのに、あの娘は、いつもあの頭をぴんとまっすぐに立て、王宮のまん中で絹につつまれてでもいるように、王女の誇りを一瞬として忘れたことがない。同じ顔、同じ銀色の髪をしていても、あの臆病者の弟とは大ちがいだ。あのガキ——変に見すかすような目をする……だが、あの娘はちがう。きつい娘だ。たしかに、きつい娘だ。おれは、きつい女が好きなんだ。一から十まで男の言うなり、右を向けといわれりゃあ、一日でも二日でも向きっぱなしになってるような人形には、用はねえ。おれは、このおれに向かってつっかかって来るような、気骨のある、威勢のいい女の方がいい。ただやかましくがみがみ云うやつじゃない。ちゃんと、おれの野望の力になってくれ、いざとなればおれの左で共に剣をとって戦ってくれることのできる女、決して邪魔や足手まといにならん女、むろん、べっぴんで……そう、イラナだ。イラナのような、光りかがやく娘、光の公女、おれの……)
いつのまにか、イシュトヴァーンの顔から、レムスによってかきたてられた翳りの雲は、吹き払われていた。

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3905V3:2015/05/22(金) 14:09:39 ID:qEGe3b9E
「船は見つけたよ」
イシュトヴァーンは簡単に云った。
「おお、イシュトヴァーン!」
「さあ、そんなことはらあとだ。見な。グインもレムスも支度ができちまったのに、お前だけ、そこにそうして毛皮をかぶったまますわってるんだぜ」
「いま、するわ」
リンダは手早く身支度にかかった。
「宿の支払いは、イシュトヴァーン?」
「すませて来たよ。さあ、早く——明日の前にこっそりぬけ出そうとしてる、とばれるとこれまた怪しまれるからな。宿のものには少しつかませたが、いつまでもつか……」
「何から何まで、すまんな」
「何を云ってる。——急げよ」
リンダは記録的な早さで見仕舞をととのえた。
「その銀髪を、これでかくせ、二人とも」
イシュトヴァーンは黒い革の、ぴったりした帽子を放ってよこした。それをかぶり、短いマントと、それに長ぐつとズボンと胴着をつけた双児は、そっくりな二人の少年のように手をとりあって立っていた。
「いいか、万一、港につく前に誰何されたら、おれは遊んできて船にもどる船乗り。双児は少年水夫ふたりだ。スニは、少しつらいが袋に入ってもらい、グインが背負う。グインは少しはなれて、病気の乞食——といっても、この図体でそれが通用すればだがね——のつもりでついて来てくれ。万々一見とがめられ、怪しまれたら、おれが何とか血路をひらくからあとは見ずに埠頭へつっ走れ。そこに小舟が待っていて沖の船までつれていってくれる。わけがあってこの船もモンゴール軍に見つからぬよう夜中じゅうにロスを出港したがっている。遅れたら、おいていくぞ。——船の名を、小舟の船頭に云うんだ。船の名は、《ガルムの首》号」
「ガルムって、地獄の入口を守る、三つの首のある魔の犬の名じゃない」
リンダはあきれ顔だった。
「ずいぶん不吉な名前を、船の名につけたものね」
「さあ、どうでもいい。いくぞ。少し、間をあけて歩けよ」


「イ——イシュトヴァーン」
「しゃべるなと云ったろう」
「手を……手をゆるめて、少しだけ。いたいわ」
「せめて、男声をつくってしゃべれよ」
イシュトヴァーンはおそろしい目つきになっていた。レムスが、リンダにきこえぬよう、のびあがって、イシュトヴァーンの耳に口をよせ、低くささやいた。
「グインが自分で切りぬけられなかったら、おいてゆくんだね。それしかないよ」
「ああ」
イシュトヴァーンは、再び、何がなしにぎょっとしながらパロの王子のかわいらしい顔を月あかりにすかして見た。

グイン・サーガ第七巻『望郷の聖双生児』

梅(*`Д´)ノ♪

※小説スレの中身は、1〜2097レスまでです

3906V3:2015/05/22(金) 14:11:18 ID:qEGe3b9E
「それにしても——せっかく、のせてもらっておいて、文句は云えないけど、すごいへやねえ、ここは」
ロス脱出の気疲れで、船倉の一画を区切ってつくられたらしいその船室に入るやいなや、泥のように眠りこんでしまった子供たちだったが、明るくなり、まわりのようすがよく見えてくるとともに、リンダの目は、大きく見張られ、その可愛い鼻にしわをよせて彼女はぶつぶつ云った。
「まったく、お前さんときたら、おれのすることなすこと全部にけちをつけるんだな。金打ち毛皮張りの内装で、竜頭は金無垢の、ご座船でも用意してもらえると思ってたのかい、あのくそ忙しいときにさ」
わけてもらった朝食を盆にのせて入ってきたイシュトヴァーンがききつけて、口をゆがめた。
「あら。そういうわけじゃないわ」
リンダは少し赤くなって言いわけをした。
「そんなことは全然云ってないじゃない。ただ……」


もうリンダたちにもきこえるおそれのないところまで来てから、こっそりとイシュトヴァーンはつぶやいた。
(なあ。どいつもこいつも、船長から水夫まで、うさん臭さをぷんぷんさせてやがる。おれはこれで、けっこう鼻がきくんだが、海賊はもとかく海賊として、同じ海賊にも、質のいいのと、悪いのと、ぴんからきりまであるもんだ。こいつは、悪い方だよ——それもかけねなし、まがうかたなしの、海賊なかまでも同じ海賊と呼ばれるのをイヤがるような……えものとみりゃあ見さかいなしにくらいつき、その運のわるい船にのらあわせたやつらは赤児から犬からネズミまでみな殺し、樽の底まで略奪してゆくってやつだろう。おお、そうとも——そうでなけりゃ、なんぼ海賊船であれ、うしろ暗いところがあれ、ロス港が封鎖されるときいて、ああまであわてふためいて逃げ出したがるこたあねえだろうよ。世の中にゃ、うわさにだけきく海賊王シグルドのように、海賊というのはれっきとした商売だ、と主張し、あまつさえそれで国を富ませているやつだっているんだからな——)


「——絶対何かあるぜ。そいつはもう、はなから知れているが」
ロハスのにごった声がきこえてきた。
「とにかくあのでかいのは病気なんかじゃねえ。わけあって、面を見られちゃあまずいんだ。てえことは、必定、正体は誰かかどこかに追われている奴で、高く売れるに違いねえ。あの出港のときのあわてよう——こんな船と知っていながらとびついて来やがった。たぶん、追われているのはモンゴールにだ。それに、あの二人の男の子……男と云いつくろい、顔もなるべくかくしちゃいるが、ありゃあ、骨の細さ、肌の色、たぶん二人とも、あるいは少なくともどっちか一人が女の子だ。それもどうやらなかなかのべっぴんだ。高く売れるぜ——男の子でも、あのちらちら見えるとおりの美形なら、よろこんで、体重と同じ重さの銀をつむ金持ちはごまんといらあ。なあ、船長」
「云うな、ロハス。はなから知れてるこった。そうだろうが」
「そう来こなくっちゃ。そうと決まりゃ、早い方がいい」
「ただ、あの図体——たぶんあの顔をかくした男が、たいへんな戦士だってのは、まちがいねえ。それにあの若いのもけっこう度胸もあり、腕も立ちそうだ。となると……」
「いつものとおりさね。料理番のケンじじいに、酒に眠り薬をまぜさせよう」
「今夜だ。皆にふれをまわしとけ。今夜は特別のおおばんぶるまいをしてやるからとな。狙いはむろん、二人の子どもと——それから例の男の素顔をたしかめ……」
「おらああの若いのの、色男づらを切りきざんでやるのがええ」
くっくっとロハスが笑うのがきこえた。
「あの若えのはおれにくれ」
「おめえは、美男というと、切りさいなみたがるからなあ」

グイン・サーガ第七巻『望郷の聖双生児』

梅(*`Д´)ノ♪

※小説スレの中身は、1〜2097レスまでです

3907V3:2015/05/22(金) 14:12:52 ID:qEGe3b9E
「そ、その傷が——血が……そ、それじゃお前のその豹頭は、まさか——」
「きさま!」
ようやく、まず気をとり直したのは大男のイザイだった。
「化物め!きさま、一体何物だ!」
「シレノスだ——シレノスだ」
「判ったあッ!こ、この嵐は、あの化物のたたりにちげえねえぞ!」
一体、誰の口からもれた叫びだったかわからない。
しかし、それを耳にしたとたんに、きわめて迷信深い船乗りたちの顔に、電撃でもうけたような激しい動揺がつきぬけていった。
イシュトヴァーンもまた、ハッとたじろいで、グインにぴたりとよりそい、大声をあげた。
「ち、ちがう。そうじゃない。きいてくれ、みんな……」
「見たか。ちくしょう、やつらはうろたえてるぞ」

イシュトヴァーンは、グインを庇うようにしながら、一歩、一歩、とおされてさがった。しかし、背がメインマストにつきあたると、もはやそれ以上さがることもできなかった。
「待ってくれ——待て」
イシュトヴァーンは、懸命に頭をしぼりながら、なおもむなしく、さいごの収拾をこころみた。彼はいきなり、むこうみずにも、唯一の武器の剣をがしゃんと投げすてた。
「わかったよ——わかった、降伏する。……だから、剣をひいてくれ。この男が病気だといったのは嘘だ。この男は、わけあってこんな仮面をかぶっているが、実はさる国の身をかくしている王なんだ。な?高い身の代金がとれるぞ。だから……」


「やむを得ん」
静かに、彼は云った。
「イシュトヴァーン、あの子らを頼む。俺がいなければ、何とかこの場はおさまるだろう。うまく、切りぬけてくれ。頼む」
イシュトヴァーンの、いつもの不敵な輝きを失って、たよりない子どものようにおののいている黒い目を、一瞬のぞきこむと、ゆっくりうなづいてグインは海賊のまんなかに進み出た。空に雷鳴がはためいた。


そのとき、それがあらわれたのである。
「ああっ……」
はためく雷鳴、とどろく波と風のうなりのなかで、もはやおどろくことをさえ忘れた船乗りたちの口から、かすかな叫び声がもれていた。
「あ、あれは……」
おお——
「光の船だ!」
その船にある、すべての人間——グインも、イシュトヴァーンも、ラノスも、イザイも……全員が、金縛りにあったように動きもならず、ただ茫然と見守るなかで——
その船は、この世に知られているどのような船にも考えられない、ほとんど風そのままの速さでもって、まっしぐらに《ガルムの首》めがけて近づいてきた。
どこからどこまで、白く、そして光を放っているかのような、みごとな流線形の細くうつくしい姿——
その船首には、まるでいましめられてでもいるかのように、両腕のかわりに肩から生えている双の翼をうしろへのばし、長い光りかがやく髪を垂らしてゆたかな胸をそらした、世にも美しい純白の女の半身像が、さながらこの光の船を守る守護女神その自体ともみえて、ありありと輝いてみえる。

グイン・サーガ第七巻『望郷の聖双生児』

梅(*`Д´)ノ♪

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3908V3:2015/05/22(金) 14:14:29 ID:qEGe3b9E
「グインが波にさらわれた!」
イシュトヴァーンは、咽喉もさけよと絶叫した。そして、波に再び足をさらわれる危険も忘れ、グインがいたはずの手すりにまろびながらかけよった。
「グイン——グインー!」
すさまじい波のうねり、白く砕けちる波頭だけが、地獄の大渦さながらに、舷側の下に吠えたける。
「グインが海におちた!」
イシュトヴァーンはすすり泣いた。恥ずかしいとも思わなかった。
「お願いだ。船をとめてくれ、頼む。グインが海におちたあッ!」
「化物が海にさらわれたと!」
はっとしてイシュトヴァーンは、激しくかしいでる手すりをうしろ手にふりかえった。目を血走らせ、すさまじい形相になったラノスがすぐうしろまで迫っていた。
「そいつあヤヌスのお導きだ。ついでに、きさまも、ドールの地獄に失せやがれ!」
ラノスは歯をむき出し、両手ににぎりしめた大剣を、頭の上までふりあげた。
イシュトヴァーンは剣をさぐった。さきほど、投げすててしまった剣ののこりのさやしか手にふれなかった。
イシュトヴァーンの目が、絶体絶命の恐怖に大きく見ひらかれた。その目は勝ち誇っていまやまさに彼の胸に剣をふりおろそうとするラノスを見つめ、若い彼のすべての生命が、不当なむごたらしい突然の死にさからって悲鳴をあげていた。
そんなばかなことがあるはずない——その思いが、ふいに、仰向けに船の手すりにはりつけられるかたちでのけぞった、イシュトヴァーンの脳裏につきあげた。
(おれは、ヴァラキアのイシュトヴァーンだ。《紅の傭兵》なんだ。おれは王になるはずなのに——こんなところで、こんな海の上で、嵐の中で、こんな下司の手にかかって死ぬわけがない——おれはまだ何もしてないんだ。光の公女を愛してもいない。この手に王冠を得ても……何ひとつ、何ひとつ……)
ラノスが哄笑しながら大剣をふりおろしかけた。
イシュトヴァーンの意識がふっとうすれていった。さいごに彼の目にやきついたのは、かくれ家にして、決してそこから出てくるなとかたく言いつけておいた、救命ボートのなかから、むこうみずにも綱をつたって這いおり、甲板を、彼めがけて、手をさしのべて走ってくるリンダと、そのうしろから半身をのり出し、リンダをとめようと手をのばしているレムスのすがただった。リンダの顔は紙より白く、そしてその顔は悲痛にゆがみ、生命にも比すべきものを失おうとしている恋する少女の狂おしい希望と絶望をこめて、リンダは彼の名を、絶叫した。
「イシュトヴァーン!おお、イシュトヴァーン、死んではいや!」
イシュトヴァーンの唇にかすかな笑みのようなものがうかんだ。
そのとき——
天地がまっぷたつに裂けた!


グイン・サーガ第七巻『望郷の聖双生児』

梅(*`Д´)ノ♪

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3909:2015/05/22(金) 17:22:38 ID:OZiw2mRg
グイン・サーガ、懐かしいな〜♪
私、何巻まで読んだんだっけ…。

梅(*`Д´)ノ♪

※小説スレの中身は、1〜2097レスまでです

3910V3:2015/05/22(金) 18:04:54 ID:qEGe3b9E
わ〜お!
桃さんまで読者でしたか(*`Д´)ノ♪

ケイロニア編が終わるまでは、抜群に面白いんですよね♪
(言い切った!w)
イシュトの出世物語に入ると色々ゲフンゲフンw

梅(*`Д´)ノ♪

※小説スレの中身は、1〜2097レスまでです

3911名無しさん@ベンツ君:2015/05/24(日) 19:14:08 ID:KKn5NuUY

    ∧_∧ ♪
   (´-ω-`)  ♪  
   ( つ つ     もぉも くりぃぃ さぁんねん♪
 (( (⌒ __) ))      かき はぁぁぁぁちぃねん♪♪
    し' っ

※小説スレの中身は、1〜2097レスまでです

3912名無しさん@ベンツ君:2015/05/24(日) 19:15:02 ID:KKn5NuUY
 ♪
♪♪♬♬∧_∧
    ∩´-ω・`)
    ヽ  ⊂ノ       ゆずは くねんで なりさがぁぁる♪
    (( (  ⌒)  ))
      c し'

※小説スレの中身は、1〜2097レスまでです

3913名無しさん@ベンツ君:2015/05/24(日) 19:15:39 ID:KKn5NuUY

       ∧_∧
      ∩´・ω・)  なしのぉぉぉぉぉぉ♪
       l'    )
       ゝ  y' ♪
 ( ((  (_ゝ__)

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3914名無しさん@ベンツ君:2015/05/24(日) 19:16:10 ID:KKn5NuUY

            ∧_∧   ♪
           (・ω・`∩  ばかめがぁぁぁぁぁっぁ♪
            (   ノ   
       ♪     'y  ノ 
             (__ノ_)  )) )

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3915名無しさん@ベンツ君:2015/05/24(日) 19:16:50 ID:KKn5NuUY

    ∧,_∧ ♪
  (( (    )        じゅうはぁぁぁぁぁちぃねぇぇぇぇん♪
♪   /    ) )) ♪
 (( (  (  〈
    (_)^ヽ__)

※小説スレの中身は、1〜2097レスまでです

3916名無しさん@ベンツ君:2015/05/24(日) 19:26:28 ID:KKn5NuUY
   ∧_∧ ♪
   (´-ω-`)  ♪  
   ( つ つ     あぁぁぁぁいのぉぉぉぉみぃのぉりぃはぁぁぁぁ♪
 (( (⌒ __) ))      うみのぉぉぉぉぉぉそぉこぉぉぉぉ♪♪
    し' っ

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3917名無しさん@ベンツ君:2015/05/24(日) 19:27:06 ID:KKn5NuUY
 ♪
♪♪♬♬∧_∧
    ∩´-ω・`)
    ヽ  ⊂ノ       そらのためいき ほしぃくずぅがぁぁぁっぁ♪
    (( (  ⌒)  ))
      c し'

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3918名無しさん@ベンツ君:2015/05/24(日) 19:27:42 ID:KKn5NuUY

       ∧_∧
      ∩´・ω・)  ひとでとぉぉぉぉぉぉ♪
       l'    )
       ゝ  y' ♪
 ( ((  (_ゝ__)

※小説スレの中身は、1〜2097レスまでです

3919名無しさん@ベンツ君:2015/05/24(日) 19:28:13 ID:KKn5NuUY

            ∧_∧   ♪
           (・ω・`∩  であぁぁってぇぇぇぇぇぇ♪
            (   ノ   
       ♪     'y  ノ 
             (__ノ_)  )) )

※小説スレの中身は、1〜2097レスまでです

3920名無しさん@ベンツ君:2015/05/24(日) 19:28:45 ID:KKn5NuUY


    ∧,_∧ ♪
  (( (    )        おくまぁぁぁぁぁん ねぇぇぇぇん♪
♪   /    ) )) ♪
 (( (  (  〈
    (_)^ヽ__)

※小説スレの中身は、1〜2097レスまでです

3921V3:2015/05/25(月) 15:21:51 ID:/zBeKZh6
梅グイン、仕込み中ですが、ここから暫くは好きな場面、筋として外せない場面がてんこ盛りで大変です(;^_^A

ことにイシュトヴァーンは、この後々大いに変貌して行くため、この辺りが一番可愛いというか、純な所が迸っていて、感慨深い箇所です

次巻を投下したら、ぽちぽち個人的考察を書いてみようかな、とw

梅(*`Д´)ノ♪

※小説スレの中身は、1〜2097レスまでです

3922名無しさん@ベンツ君:2015/05/26(火) 01:07:01 ID:CVksTP8M
記念カキコ!!!

書けるようになったんだよ(* `д´)ノ!!!


(=・(エ)・)ノ 梅♪

3923常時苦労人@???:2015/05/26(火) 15:15:29 ID:CVksTP8M
☆ +
 +   ._  ☆
☆ へ ./〜ヽへ+
+ノ从`(。・(エ)・)从丶
ノ从从( つ(⌒⌒)丶    まじ天使ですww
"""""ノ ノ ノ\/"""
+ ☆し"J + ☆
 +  ☆  +


褒められたので調子コイて♪

|=・(エ)・)ノ梅♪

3924常時苦労人@???:2015/05/26(火) 15:43:22 ID:CVksTP8M
☆ +
 +   ._  ☆
☆ へ ./〜ヽへ+
+ノ从`(。・(エ)・)从丶
ノ从从( つ(⌒⌒)丶    まじ天使ですww
"""""ノ ノ ノ\/"""
+ ☆し"J + ☆
 +  ☆  +


調子コイて梅♪

3925V3:2015/05/26(火) 17:42:01 ID:4OHw4zuw
クマーさん、オメ(*`Д´)ノ!!!


梅(*`Д´)ノ♪

※小説スレの中身は、1〜2097レスまでです

3926名無しさん@ベンツ君:2015/05/26(火) 20:37:01 ID:CVksTP8M
ありがとうございます!(*`д´)ノ!!!

(*`д´)ノ!!!梅♪

3927V3:2015/05/26(火) 22:45:33 ID:AOkKRM4Y
グインの主役の一人、イシュトヴァーンについての考察

初登場の時から、中々油断のならない、陽気な小悪党といった様子のイシュトヴァーンですが、グインやリンダ達に出逢い、行動を共にすることによって、様々な面を見せるようになって行きます
口ではああだこうだ言いつつも、内心ではとても強くグインを慕っていた事が、海賊船での騒動で暴露されました
嵐の中、波にさらわれたグインを取り戻そうと、子供のように大泣きしている所がソレです
普段のシニカルさなどかなぐり捨てて、まるで、父親が死んでしまう、助けて!と泣き叫ぶ息子のようです

これは、彼の育ちにも大きな要因があるのです

3928V3:2015/05/26(火) 22:46:01 ID:AOkKRM4Y

では、続けます
イシュトヴァーンは、当人も言っているように、酒場女の父無し子として生まれ、父親という存在を知りません
その母親と幼い姉も、イシュトヴァーンが物心つくかつかないかの時分に流行病で亡くなり、彼は孤児として育っております
海辺の雑多な下町で、どうやら色々な人々に面倒を見て貰いながら育ったようですが、養子としてきちんと面倒を見るほどには責任を負う大人はおらず、故に彼は、幼い頃から自分で食い扶持を稼がねばならない身の上でした

しかし、当人の人懐っこさからみても、どうしてどうして、彼は、持続的とは言えなくとも、温かな情愛で育まれて来たと言えるのではないでしょうか?
これは、かなり先の巻で、グインも言及していることです

3929V3:2015/05/26(火) 22:46:33 ID:AOkKRM4Y
ぶっちゃけた話、ロクでもない育ちにしては、彼の情動は非常に真っ当です
優しくしてくれた人間には優しさを返すという、ごく当たり前な人間らしさが彼にはちゃんとあるのです
なので、幼い彼に愛を与えた人々は少なくなかったのだろうと、推察出来ます


そんな彼が、それでも淋しさを抱えていたのは、当然のように、自分を守り愛してくれる両親という存在が無かったからです
辛い気分の時には、恐らくは、理想の父親像や母親像を夢想して、自分を慰めていたのではないでしょうか?

そして彼は、グインと出会う前の少年時代に、理想の父親像に近い人物と出会い、その人物から寵愛されております
その人物こそ、後々、王となるイシュトヴァーンを助けるべく故郷ヴァラキアを捨てて彼の下へ馳せ参じるカメロン船長です

3930V3:2015/05/26(火) 22:47:04 ID:AOkKRM4Y
カメロンは、本編でもそのうち出て来ますが、少年イシュトヴァーンが主役の外伝『幽霊船』で、その人柄がよく表されております
サクッと言えば、すこぶるつきのいい男ですww
色々問題だらけの、グイン・サーガ男性陣の中でも、群を抜いていい男だと私は個人的に思います
調子に乗って白状しますが、私がリアルで出逢い慕っている実在男性が、このカメロンそのもののような方でしてww
見かけは紳士ですが、深く話をしてみると、どうしてどうして、相当な反骨心と冒険心で生きて来られたのだと理解出来る、素晴らしい男性ですw

カメロンというのも、女性にもモテるのでしょうが、それよりも、「男が惚れる男」として、船員達に心酔されており、彼の為なら自分の命も惜しくないといった男達が多勢いるような、そうした男性として描かれており、イシュトヴァーンも彼を慕っております

3931V3:2015/05/26(火) 22:47:36 ID:AOkKRM4Y
ところが、イシュトヴァーンは、中々素直にカメロンへの慕情を表しません
思春期真っ盛り、生意気盛りなせいか、斜に構えた態度で、カメロンに見込まれても、本音では嬉しい癖に、「俺は王になる器なのだから、これ位のことは当然だ」みたいな態度で、本編登場時よりももっとクールでシニカルだったりします

ま、要は、色々なモノが邪魔をして素直になれなかっただけなのですが、それでもイシュトヴァーンにとっては、カメロンは理想の父親に一番近い存在でした

しかし、グインに出会ってしまった
イシュトヴァーンが夢見ていたような、本当にすごい男というものを、グインに見てしまう訳ですね
見た目がアレなので、イシュトヴァーンにも自覚は無いようですが、グインの体格、剣技、知力、胆力、政治力など、戦場という極限の場で、何もかもが桁外れのグインのすごさを、イシュトヴァーンはまざまざと見せつけられた訳です

これはもう、ヤられちゃいますよ、ええw

3932V3:2015/05/26(火) 22:48:00 ID:AOkKRM4Y
という訳で、イシュトヴァーンはグインにとても強く惹かれた訳です
ノスフェラスでグインは、自分の身を呈してイシュトヴァーンを守ったりもしたので、だからこそ、グインが命じたモンゴール軍への潜入という危険な任務も、イシュトヴァーンは渋々引き受けた訳です
彼は、自分に何も与えない人間には非常にシビアな態度で切り捨てますが、自分に恩恵を与えてくれる人間の意向には沿うという人間味があるからです

という次第で、様々な苦難を共に乗り越えたこともあいまって、イシュトヴァーンにとってグインとは、「理想の父親像」となったのではないでしょうか?
カメロンがどれほどいい男で、イシュトヴァーンもそれを認めていたところで、カメロンは人間の男に過ぎません

イシュトヴァーンは、辛い幼少期、少年期を、「俺は王になるんだ!」と歯を食いしばって生き抜いて来た、言わば途方もない夢想家だったので、「夢でしかみたことのないような、凄い人間」という存在にとても弱いのです
大概、その手の人間に出会うと、コロリとヤられてますw

3933V3:2015/05/26(火) 22:48:41 ID:AOkKRM4Y
さて、話はイシュトヴァーンにとってのリンダへと移ります

グインに理想の父親を見たイシュトヴァーンは、同時に、リンダに理想の母親を見たのではないかと、私は思っております
リンダは年下の美少女ですので、感情としては恋愛感情になりますし、イシュトヴァーンに自覚は全くなく、作中でもこのようには言及はされておりません

しかし、海賊船でイシュトヴァーンが殺されかけたときに、イシュトヴァーンを救おうと飛び出して来るリンダの姿に、イシュトヴァーンは内心ずっと欲しかった理想の母親の、無償の愛を見たのだと私は思いました
そしてそれは、イシュトヴァーンにとって宗教に近いものとなったのではないだろうかと思います

作者が意図していたのか、はたまた無意識だったのかは定かではありませんが、初登場時からイシュトヴァーンの口癖として、様々な神の名を口にしております
「ヤーンの黄ばんだヒゲにかけて!」とかですね
ロクな育ちではない彼ですが、傭兵や海賊などをして生きて来た身として、己が身の幸運を願う、原始的な宗教観の現れだと思います

そしてこの口癖は、リンダへの恋を自覚して移行、殆んど口にしなくなるのです
(次に投下する梅グイン『クリスタルの陰謀』で、リンダへの誓いの場面では出てきますが)
そして、その後様々な危難に遭った彼は、瀕死の時に必ず意識に上らせるのが、ヤヌスでなくルアーでなく、リンダなのです
北での冒険行で、化け物に崖から放り投げ落とされた時、落下の最中に彼が祈るのはリンダなのですよ
剣で斬られ、高熱を出し、死にかけている最中にも、彼はリンダと呻くのです

これはもう、純愛というより、刷り込みや宗教に近いものだと私は思いました

3934V3:2015/05/26(火) 22:49:16 ID:AOkKRM4Y
リンダのレムスに対するお節介や叱咤なども、イシュトヴァーンの目には「口煩い母親みたいだ」と苦笑しつつ、母性の片鱗を見ていたのではないでしょうか?

その母性の持ち主が、自分に対して、火を吹くように激しい愛を捧げたのです
イシュトヴァーンがリンダに額づく信者のようになるのも、当然のような気がします

今後、様々な変化が二人に訪れますが、イシュトヴァーンのリンダに対する宗教めいた思いは変わらず存在しているようです
リンダが成長し、中原一の美女となった姿を見てからは、拍車がかかったかもしれません

二人の行く末は、作者逝去により永遠の謎となってしまいましたが、イシュトヴァーンからリンダに対する思いが剥がれることは無いような気がします
せめて、薄めてくれるような女性に出会えたら良いのですが、「凄い人間」にしか惹かれない性質のイシュトヴァーンが、安らぎを与えられたところで、宗教までは手放さないだろうなあと

3935V3:2015/05/26(火) 22:49:41 ID:AOkKRM4Y
イシュトヴァーンについては、取り敢えず以上ですm(_ _)m

お目汚し、失礼しましたm(_ _)m

3936V3:2015/06/05(金) 15:22:40 ID:7OJ5CH4o
MERS騒動の渦中にある韓国について、前々から感じていた事をここでボソリ

グイン読者にしか通じない話ですが、私はもう朝鮮半島自体が《グル・ヌー(瘴気の谷)》だと認識してます
そして、朝鮮人は全員カル=モルだとも思ってます
その言葉に耳を傾けるだけで、どれほど頑健な人間でも消耗しますし、引き摺られかねません

故・宜保愛子氏が半島に赴く事を嫌がったのは、伊達じゃないと思います
古くは、素戔嗚尊が逃げ帰って来たとの記述があるような土地柄でもありますし
昨日今日の話ではなく、古代より、日本人が足を踏み入れてはならぬ土地なのだと、私は肝に銘じてます

3937V3:2015/06/08(月) 21:08:02 ID:3z4GG4Kk
ポタリ……
冷たい水滴が、顔を打った。
また一滴。
それが、そこによこたわり、気を失っていたものの、かすかな意識を——同時にやけつくようなのどのかわきと、激しいからだのいたみとを、やにわに目ざめさせた。
「あ……」
ひくい呻き声がもれる。
次の瞬間、その男は、あらゆるからだの衰弱も、のどのひりつくかわきも、そしてまだぼんやりしたままの頭も、すべて忘れはてたように、がばっと身をおこしていた。
弱ってはいるが、それでも敏捷で、しなやかな動きである。
「ああ……」
いったん、がくりと膝をついたが、すぐにその、黒い髪と黒い目の、船乗りの服装に身をかためた若い男は、はじけるように立ち直って、そしてこんどこそにわかにはっきりと自分のおかれた情況を意識したかに見えた。
「水……」
ひびわれたくちびるをむなしくなめながら、彼はうめいた。その目が、甲板のくぼみにたまった雨水の上にとまる。
いきなり、獣の勢いで彼はかけより、ぺたりと顔をくぼみによせると、ぺちゃぺちゃと犬のように雨水をなめ、手ですくいとって飲み、顔をひたし、狂おしくかわきをいやした。
ようやくそれで人心地がついたらしい。彼は我にかえって右手をうごかし、からだのあちこちにふれてみた。
「ふん。——どこにも傷はねえ。生きていたらしいな」
つぶやいたのは、むろん、ヴァラキアのイシュトヴァーンである。
「しかし、一体何が起こりやがったんだ。くそ——甲板で、グインが……そうだ、グインが海におちて——おもわずかけよろうとしたとき、あのくそったれ船長が……それから、あの——一体、何だったんだ?天が裂けたかと思った。おう!そうだ、リンダ……」

「おお」
イシュトヴァーンはゆっくりとヤヌスの印を切ってつぶやいた。
「何てこった。雷だ。——マストか何かに、落雷したんだ。それも、とびきりでかいやつが。…—雷のダゴンよ、これもあんたのしわざとすりゃあ、おれはあんたに黒ブタの丸焼きをささげたものか、ドールの呪いを送ったものか、どっちなんだろうな?もっとも、あの雷がなかったとしたら、おれは、あのイヤったらしい船長にやられっちまってただろうし—…とりあえずは、あんたに礼を云っとくことにしようか」
「あッ!」
イシュトヴァーンは、被害のようすを見ながら歩いていた。その足をぴたりととめた。
そこには、ふた目と見られぬものがよこたわっていた。《ガルムの首》号の船長ラノスは、両手にたかだかと剣をふりあげたすがたを横倒しにした姿勢で、二度と物云わぬありさまになっていたのだが、しかしイシュトヴァーンは、それが船長であることをあわや見ちがえるところだった。なぜなら、ラノスは、まるでかまどからとり出した木切れのように、頭から足のさきまで、むざんにも黒い目こげの死体となっていたからである。
「ドールの炎の舌よ!」
さしも物に動ぜぬイシュトヴァーンも、ぞっとしてあとずさりながらつぶやいた。
「雷は、こいつの剣におちたんだ!」

グイン・サーガ第八巻『クリスタルの陰謀』


梅(*`Д´)ノ♪

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3938V3:2015/06/08(月) 21:09:21 ID:3z4GG4Kk
「ヤヌスよ」
そっとイシュトヴァーンはささやいた。
「波にさらわれはしなかったんだな。やれやれ!」
二十歳の今日まで、わが身ひとつを武器に暗黒の世を生きぬいて、やさしい思いやりや、優雅な云いまわしなど、ひとつも知らぬかれである。
しかし、そのぶっきらぼうなひとりごとには、胸につきささるような安堵といとしさがこもっていた。
「おい、しっかりしろ。まさか、くたばっちまったんじゃねえだろうな。——いつでもヤヌスに守られてるんだと云ってたのは、あいつはホラかよ。ええ」
ぶつぶつ云いながら彼はせっせと、帆布や板きれをとりのけた。

「おい、リンダ。——お姫さま。おてんば姫……やられちまったのか。あの雷に、あたったわけじゃないだろう——ええ?」
イシュトヴァーンは、こわれものをあつかうように、リンダのからだをゆすぶった。
「水——そうだ、待ってろ」
すばやく、リンダをおろしてかけおり、水を口に含んかけ戻ってくる。その肩をかかえて抱きおこし、唇をかさねて口うつしに飲ませてやろうと顔を近よせて、ふいに、イシュトヴァーンはためらった。
その黒い、いたずら小僧のようにも、ずるがしこい蛇のようにもなる生き生きした双眸に、何か、かつて見たことのない奇妙な、畏れるような、とまどうような光がうかび出た。
彼はふいに、嵐のさなかでいなづまにひきさかれ、雷に打たれ、何もかも暗転するせつなの情景を、はっきりと心によみがえらせていたのである。


剣がたかだかとふりかぶられ、いまやイシュトヴァーンの若い心臓めがけてふりおろされようとしたせつなに、彼は、永劫をかいま見る一瞬の中で、その声をきき、安全なかくれ家をあえてとび出してこちらへ走ってくる銀髪の少女のすがたを見たのだ。
「イシュトヴァーン!おお、イシュトヴァーン、死んではいや!」
リンダのきゃしゃな姿は暗黒の海と空のまんなかで、必死に闇に立ちむかうほっそりしたローソクのように輝き、その神秘的な銀髪は激しい風に吹きなびいていた。その女王の誇りと予言者の高貴に近づきがたかったけむるようなヴァイオレットの瞳は、涙をたたえ、大きく見ひらかれ、ただ彼を——イシュトヴァーンだけを見つめて炎よりもあらあらしく燃えていた。
まったくそれはなんという少女だったことだろう!——ひと目、そうしたときの彼女を見たものは、誰ひとりとして、彼女こそ地上のイリス、炎と光と熱とからつくられた青白い聖天使であることをうたがうものもなく、誰ひとりとして、この少女のために生命をかけることをこばむものもいなかっただろう。
彼女は危難の中にあればあるほど、いよいよ至純の、熾烈の炎をふきあげる光の魂をもっていた。彼女はまだおさなく、その魂はほとんど子どものそれでしかなかったが、すでに彼女はその人を思い、また人をにくむ熱情の激烈さでは、比すべきものもなかった。
それをまっこうからむけられる男がもし、そのいちずさとひたむきさをうけとめるだけの勇気とつよさを持ってさえいれば、彼女の愛は、それを得る男にとって、全世界とすらひきかえることのできぬものになるのだった。
イシュトヴァーンの浅黒い顔に、ふしぎな厳粛な表情が浮かんでいたのもむりはなかった。——それから、彼は、思い切ったように顔をふせ、リンダの少しひらいたくちびるに唇をかさねると、やさしく水を流しこんでやった。
「う……」
リンダがうめいて、身じろぎした。
イシュトヴァーンは、そっとその髪を手にすくいとった。たくましい掌のなかで、銀色の絹糸は、キラキラと輝きわたる。
「光の公女——おれの……」

グイン・サーガ第八巻『クリスタルの陰謀』


梅(*`Д´)ノ♪

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3939V3:2015/06/08(月) 21:13:08 ID:3z4GG4Kk
「ねえ、イシュトヴァーン。グインは、どこなの?わたし、救命艇の中にかくれて見ていたのよ。グインが波にさらわれて、あのいやな船長があなたを——イシュトヴァーン!」
リンダは青ざめ、よろめいた。
「おい、おい。どこか、いたむのか」
「まさか、グイン——あのまま、海へ……」
リンダは息苦しいようにやにわにのどを両手でつかんで立ちあがり、手すりにかけよった。
とろりと青く海はもはや平穏そのものだ。
「違うでしょ?グインは、船にのぼってきたんでしょ?そうなんでしょ、イシュトヴァーン」
「いや——」
かくしだてしたところではじまらない、と気づいて、イシュトヴァーンは不機嫌に云った。
「あれきり——」
「イヤよ!」
リンダの声はつんざく悲鳴に似ていた。
「そんなのない!ウソよ、グインが——そんなこと、ウソよ!イシュトヴァーン、船を戻して。グインをさがして。あたしのグインが海で溺れたりするわけないわ。あのひとはふつうの人間じゃないんだもの。あのひとは、一日どころか何日だって、泳ぎながら助けの来るのを待ってられるわ。ね、早く!グインを助けてよ。イシュトヴァーン、ねえ、早く!」
「リンダ」
イシュトヴァーンは、いよいよ怒ったような声になった。
「あれからどのらくらい気を失ってたのか、半日か、一日か、二日か、誰にもわからないんだ。どのくらい、どっちへむけて船がおし流されたのかもわからない。それに……」
「イシュトヴァーン!」
「このへんの海には、でかい《人食い》がいるんだ。おちたりしたら、まず——」
「いやああッ!」
リンダは絶叫した。そして、耳に両手をあててうずくまってしまった。


「あんときゃ、必ずしも一から十までグインがお前さんたちを助けたという覚えはないんだがね」
しようのないイシュトヴァーンが云った。さきほどの神聖な思いはそれとして、リンダがグインにあまり頼ったり、慕ったりするようなことを云うと、彼はどうしても、そう云わざるをえない心境になってしまうのだった。
「このおれが、お前さんたちと当のグインを助けてやったことも、グインが間にあわなくて、おれがモンゴール軍に忍びこんで、お前らを助けだしてやったこともあったと思うんだがねお姫さま。どうも、お前さんは、グインに関しちゃむやみと記憶力がよくて、よすぎるくらいで、おれについてはどういうわけかやたらとつごうよく忘れっぽくなるようだな。なんか、わけでもあるのかい。ええ?少し、不公平なのとちがうかね。おれについてだけ、そうやけに恩知らずでいい、と決めたのはどういうわけなのか、ひとつ教えてもらいたいもんだな」
「いい加減にしてよ、ヴァラキアのイシュトヴァーン」
リンダは涙にぬれた顔をあげ、一瞬、グインが海におちて行方不明になった、という全身の力がぬけてゆくような絶望すら忘れて怒った。
「そんなわけないじゃない、とこないだから百ぺんも云っているじゃないの。それでもね、イシュトヴァーンさん、グインはひとことごとに、あれをしてやった、これをしてやった、助けてやった、なんて恩にきせてまわったりしませんからね。いつだってグインは、そんなことは何でもない、というようすをして、最も崇高な自己犠牲をわたしたちのためにしてくれるんだわ。そりゃあなたがいなかったらどうなってたかもよくわかってるけど、あなたはいつだって、それを全部、こうしてやった、こうしてやった、と云いつづけるんだもの。感謝していたって、そう云う気力がなくなってしまうわ」


リンダはなおも何か云いつのろうとする。それをうんざりしたようすでひょいと顔をめぐらしたイシュトヴァーンは、ふいにぎょっとしたような顔をした。
レムスが、胸に腕を組んで、マストの残骸にもたれかかるようにしながら、おもしろそうにこちらを見おろしていたのである。


グイン・サーガ第八巻『クリスタルの陰謀』


梅(*`Д´)ノ♪

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3940V3:2015/06/08(月) 21:15:01 ID:3z4GG4Kk
「あら、レムス——何よ、ひとをびっくりさせて」
リンダが叫んだ。
「気がついてたのなら、早く来なさいよ、ぐずね——なによ、変な目つき。どうかしたの?」
「いや、別にどうもしないよ」
レムスは云って、ひらりと身軽にマストの台座からとびおりてきた。
「変ねえ。あんたって、さっきみたいた顔つきしてると、ひどくナリスに似てるわ。これまでそんなこと、思ったことなかったんだけど——光のかげんかしら」
「そう?」
興味なさそうにレムスは云った。
「それどころじゃないわ——レムス、たいへんよ。グインが……」
リンダがふいに思い出したようにせきこんだ。
「知ってる。でも、いまは、そんなことをいってるときじゃないよ」
「まあ!おまえまで、そんなこと、だなんていうの!みんなグインのことなんかどうでもいいのね。いいわ、わかったわ。じゃわたし一人ででもグインを助けてみせるからいいわ——」
「どうでもいい、と云ったんじゃない」
レムスはしごく冷静に云った。
「いまはそれどころじゃない、と云ったんだよ。うしろをみてごらん、リンダ。船のみなさんが、目をさましてこの船にふりかかった災難は、ぼくらのせいだ、と決めたらしいよ」
「え——?」
リンダはふりむき、そして青ざめた。
かれらのいる上甲板のすぐ下まで、二、三十人の幽鬼のように髪をふり乱した全員どもがいつのまにか、こっそりと忍び寄っていたのである。
「ふん、さっそく、水入りのつづきをしたいってのか」
イシュトヴァーンがすらりと剣をぬきはなった。
「へえ。お前もやるかい」
おもしろそうにレムスを見ていう。レムスはすでに長剣を手にしていた。
「どうだい、お前の弟も、なかなか育ってきたじゃないか。……どれ、お手並み拝見といくかな」
イシュトヴァーンがニヤリと笑った。


「きゃあ!」
リンダが悲鳴を——何ひとつまともにききとれぬ叫喚と、そしてひとかたまりになった死闘のなかで、激しい悲鳴にも似た声で呼びつづけていた。
「イシュトヴァーン——イシュトヴァーン!ああ、グイン、グイン!グインさえいてくれれば……グイン、助けて、イシュトヴァーンを助けてえ!」
さすがに、一人対十人である。
イシュトヴァーンは三人までも切りふせたものの、前後左右に敵をうけて、もはや少年少女たちをかえりみることもできなくなっていた。
彼の肩からも、足からも、頬からも、ポタポタと血がしたたりおちていたが、彼は手傷をおっていることに気づきすらしなかった。彼は狼のようにもぐり、とびかかり、とびさすり、息もつかずに縦横に剣をふるいつづけていた。


「リンダ!」
イシュトヴァーンはあえいだ。
「畜生、レムスのばか!何をしてやがる、あれほどリンダのそばからはなれるなと云ったのに!」
巨大な、頭がつるつるの黒人が、もがくリンダの肩をつかみ、そののどに半月刀をさしつけていた。
「刀をすてろ、小僧」
大男がわめいた。
イシュトヴァーンはぐっと息をつめた。
「うまいぞ、ダボ」
「娘を殺されてもいいのか」
「ドールのまわし者め!」
イシュトヴァーンはののしりながら、リンダの目を見た。
リンダは黒人の、黒光りする太い腕に口をふさがれたまま、必死な目でイシュトヴァーンを見つめていた。その目にぶつかったとたん、イシュトヴァーンは、がっくりと力をぬいた。
「わかったよ、畜生ッ」
叫ぶと、からりと剣を投げ出す。


「殺すなよ、てめえら。まだ、手を出すな。仲間の敵、船に凶運をもたらしたやつだ。ゆっくり、面白え趣向を考えてやらなきゃ気がすまねえからな」
「おおさ、ひっくくれ」
「縛りあげろ」
「ハッ」
イシュトヴァーンは、自らのへまをあざ笑うかのように唾を吐きすてた。こうなっても、なおも、彼は少しも絶望などしていなかったし、戦意を失ってもいなかった。彼はただ、反撃の機会をねらうために、云うなりになっていたのだ。
「レムスのばかやろうめ」
口の中でイシュトヴァーンはののしり、わざと悲鳴をあげるほどにきつく逆手にねじあげられて帆網にくくりつけられはじめても、声ひとつ立てなかった。


グイン・サーガ第八巻『クリスタルの陰謀』


梅(*`Д´)ノ♪

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3941V3:2015/06/08(月) 21:18:36 ID:3z4GG4Kk
「さあ、この娘は、おらのもんだぞ」
黒人のダボが有頂天になってわめいた。
「見ろや、大したべっぴんだぜ。この髪の毛ときたら、ほんとの銀みてえだ」
「おや?」
ふいに誰かが眉をしかめた。
「あのもう一匹のガキは——それからあのサルみてえなちびが……」
「どっかにもぐりこんでふるえてやがるのさ」
勝ちほこった海賊が云ったときだ。
「ヒャッ」
「な、なんだ」
いきなり、かれらは首をすくめて上をふりあおいだ。
「雨かよ」
「いや、それにしちゃ、ヌルヌルしやがるぜ」
「妙な匂いが——うわッ、ガキめ、あんなところに!」
誰かが大声をあげて、上を指さした。
イシュトヴァーンとリンダも思わずつられて上を見——
そして息をのんだ。
「レムス!」
主な三本の帆柱のうち、折れのこった一本——
そのかなり高いところに、レムスがいつのぼったのか、しっかりと枝木をふまえて立っているのだ。
そのからだは、ナワでマストにくくりつけられ、その手には、ひとつのツボをもっている。レムスはまた、そのツボをさかさにし、すると下へむかって、黄色っぽいどろどろした液体がぬるぬると流れた。
「わッ」
「こ、こりゃ油だ」

グイン・サーガ第八巻『クリスタルの陰謀』


梅(*`Д´)ノ♪

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3942V3:2015/06/08(月) 21:21:10 ID:3z4GG4Kk
スニはスルスルとマストをのぼりつめると、レムスにもってきたツボを手わたした。それをまた、レムスは勢いよく、船めがけてふりまいた。人々の頭も、からだも、甲板も油でまみれた。
と見てから、レムスは、静かにかくしから火打石をとり出し、ほくちのぬのをとり出した。
かち、かち、とスニに布をもたせて火をつけはじめる。
「わああーッ!」
「あ、悪魔みてえなガキだ!」
「火をつける気か。油をまいて——」
たちまち、海賊は、リンダとイシュトヴァーンをはなしてマストに殺到した。
スニがスルスルと途中までおりた。ぱっととり出したのは、セム族の吹き矢だった。みるみる、毒矢に目や顔を射られて、マストによじのぼろうとした数人がギャーッと叫びながらおちていった。
「きさま、やめんかーッ」
「そんなことをしたら、きさまも一緒に火あぶりだぞ」
「きさまの仲間どもも焼け死ぬんだぞ」
下では手のほどこしようもなく、じだんだをふんでわめきたてる。
それへ、
「そうとも!」
「ぼくたちも死ぬ。しかし、お前たちも、この船もろとも、全員いっしょに焼け死ぬんだ。ぼくたちだけがつかまってなぶり殺しになるよりは、みんな一蓮托生で、あっさり火のなかで全滅したほうが、ぼくとしては満足だからね!」
「やれるものなら——」
云いかけた瞬間に、レムスはほくちを下へおとした。
ぎゃあッ、とすさまじい海賊どもの絶叫がおこる。かれらはてんでに逃げ出そうとし、中には海へ早てまわしに身を投じるものすらあったのである。
しかし、火はたちまち燃えひろがりはしなかった。レムスはにやにやしながら、長くしてあったほくちをたぐってひきもどし、その勢いで消えたそれに、ていねいに火をつけ直した。

「降伏しろ」
レムスの容赦ない声がなおもひびく。
「降伏するんだ。ぼくたちに決して危害を加えぬ。ぶじに目的地まで運べるよう、もとの航路をさがす、とドライドンにかけて誓え。そうすれば火を消してやる。——ぼくも約束しよう。お前たちは、われわれを人質にとったり、売りとばすより、われわれの味方につき、われわれに協力した方が、はるかに安全と——そして、財宝を手に入れられることになる。ぼくたちを期日どおりライゴールへ運んだら、そのとき、お前たちに新しい船一隻と——そしてお前たちひとりひとりに百ランの報酬を約束しよう。イヤというなら、これまでだ。ここでぼくもお前たちもろとも、火だるまになって、この船をわれわれ全員の燃える墓にするまでだ。選べ!」
「くそっ」
イシュトヴァーンは、海賊たちの注意がレムスの方へそれたその瞬間に、たちまちナワを切ってぬけ出し、リンダをとりもどして、船首へとびこんでいた。思わずかれはヒュッと口笛をふいて呟いた。
「これが、あの、白い羽根を生やしてると思ってたパロのひよこか。ルアーの黄金の剣にかけて、大した玉だぜ。いやまったく、アレクサンドロス、イアソンもびっくりの知恵者だぜ。なんてえ大ばくちだ——それになんて度胸だ」
「レムスったら……」
リンダはうめくように云った。あまりにもめまぐるしい展開に、おどろくことさえも忘れているようで、彼女は自分がイシュトヴァーンにとりかえされて、そのたくましい腕の中に、しっかりと抱きしめられていることさえ、なかば無意識のままだった。
「やっぱりグインが正しかったのかもしれねえな。あいつはひょっとしたら、いい国王陛下になるかもしれん」
イシュトヴァーンは呟く。その黒い目には、しぶしぶながらの感嘆の色がうかんでいた。

「ふうっ」
思わず、イシュトヴァーンも、剣を手にしたまま、深い息をつく。
「まずは、やれやれだ」
「だ、だって——」
「いや。おれはレントの海賊船に乗ってたからよく知ってる。ドライドンへの誓いは、船乗りにとってヤヌスの誓いより神聖だ。最悪の連中でも、この誓いだけは決して破れない。少なくとも、海の上ではな」
イシュトヴァーンはにやりと笑ってみせた。
「とりあえず助かったぞ。あんたの弟に、礼を云いなよ。姉貴風を吹かすのはやめてさ」

グイン・サーガ第八巻『クリスタルの陰謀』


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3943V3:2015/06/08(月) 21:24:16 ID:3z4GG4Kk
「下のようすはどうだ」
イシュトヴァーンは、何やら奇妙なものをせっせとつくる手は休めぬまま、きいた。
「また、何やら、集ってわるだくみをしているようか」
「いいえ——いまのところ、それは大丈夫だと思うわ。ダボたちは、船室で、ずっとばくちをしているわ」
「レムスは」
「かれらと一緒なの。あれ、どういうのかしら」
リンダは不服そうに、眉をしかめた。
「こないだのことでは、少し見直したまではよかったんだけど——あの子ったら、変に、海賊たちに気に入られてしまったらしいのよ。度胸がある、とか何とかいって。その上、あの子まで、何のつもりなんだか、あの不潔な連中あいてに、いろいろ話しこんだり、ばくちを教えてもらったり、船のことをあれこれきいたりしているの。あんな、下等な連中と気のあうような、そんなところのある子だと思わなかったわ。いやあねえ、スニ」
「そう云ったもんでもないさ」
イシュトヴァーンはしきりに小刀で木切れのはしをけずりながら、上の空の返答をした。
「いずれ国王にもなる身なら、かっこうの、しもじもの事情に通じる勉強ってものさ。おれなら、あの子は、したいようにやらせとくね。あいつにゃ、自分の考えってものがあるんだろうよ」
「それが、気にくわないんだわ」
双子の姉は、腹立たしげに云い、日にやけたひざをそろえてイシュトヴァーンのかたわらにすわりこむと、可愛い口をとがらせた。スニが、リンダのとなりにちょこんとすわる。
「その、自分の考え、なんてものを、いつの間にあの子がふりまわすようになったのかと思うと。——いつだって、あの子、わたしのあとをくっついてまわって、わたしのうしろにかくれて、ちょっと何かからかわれたり、いじめられたりするとすぐにぴいぴい泣いたものよ。双児に生まれて——パロのふたつぶの真珠、と呼ばれて。わたしたちが生まれたとき、一人はパロの偉大な王となり、一人は偉大な予言者となる、と占い師たちは占ったわ。いつでも——そうよ、ほんとにいつでも一緒で、一ザンとはなれていたことはなくて。何かわけがあってひきはなされると、わたしたち、赤ん坊のころから、わあわあ泣いて、一緒になるまではどうしても泣きやまなかった、とお母さまが話して下さったわ」
リンダは淋しそうに、スニの小さな頭を、そっとなでながら続けた。


グイン・サーガ第八巻『クリスタルの陰謀』


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3944V3:2015/06/08(月) 21:26:22 ID:3z4GG4Kk
「ところで、グインのことだが——このごろ、何も云わなくなったが、とうとうあいつはもうダメだとあきらめたのかい?」
「そうじゃないわ」
リンダのくちびるがふるえた。スニがイシュトヴァーンを怒ってにらみつける。
イシュトヴァーンは目をそらしたが、一瞬その黒い目の中に、何か複雑な光がうかんだ。
リンダはうつむいてくちびるをかんだ。その彼女は、いつもの彼女らしくなく、ひどくたよりなく、かよわい、庇護を必要とする小さな見すてられた子どものように見えた。
しかし、彼女は、ぐいと頭をふりやって、心をふるいおこした。リンダはぎゅっとスニの肩を抱きしめながら、海面へ目をやり、きっぱりとした声で云った。
「その反対だわ。わたし、考えたのよ。グインはやっぱり特別なんだわ。だから、グインが、死んだり、わたしたちの前からいなくなることなんか、決してあるわけがない。前にも——グインがラゴンの援軍を頼みにいったときも、わたしたちがもうダメだと思ったさいごの瞬間に、グインは風穴の中からあらわれて来た。わたしね、イシュトヴァーン。わたしたちとグインの運命って、きっと何か、ふしぎな、ヤーンのみのしろしめす糸でかたくよりあわされている、という気がしてならないの。わたしの予言の力は知ってるでしょ——そのわたしが、グインともう二度と会えない、という気がしない以上、グインは死んでやしない。グインは死ぬことなんて、ないのかもしれない。そして、グインは生きているかぎり必ず、わたしたちがほんとに追いつめられれば、わたしたちを救いにあらわれてくる、という気がするの。だって、グインはわたしたちの守護神なのだもの。だから——そう考えたから、わたし、いたずらにさわいだり、泣いたりするのをやめたのよ。グインを信じ、じっと待っていることにしたの。そうすれば、絶対にグインはわたしのもとにかえってくるわ。——ねえ、イシュトヴァーン。覚えてるでしょ、ノスフェラスをたつとき、海路アルゴスへというコースを占ったら、それはすなわちグインに多くの危難がふりかかる、と出たわね。そしてほんとにこれまでのところ、グインひとりが、旅のいちばんつらい部分を身にひきうけてるような気がする。でも、あの占いには、わたしたちとグインとの別れの星は出ていなかったもの。わたし、信じるわ——グインを。わたしの占いを。わたしとグインの運命がひとつだってことを」
リンダはまばたきをして、健気に涙をみなもとへおしもどした。
イシュトヴァーンはひどく奇妙なよこ目づかいでリンダを見た。これまでしたことのない、複雑な目つきだった。
(わたしとグインとの運命がひとつ、だと?)
彼はこっそりひとりごちた。
(それじゃおれの立場はどうなるんだ。くそ、この問題は、やつがくたばってりゃいざ知らず、やつが生きてたとしたら、いずれかたをつけなくちゃならんな。——というのも、たしかにこの娘っ子のいうとおり、このおれの人並すぐれた第六感でも、ヤーンの黄ばんだひげにかけて、グインのやつがくたばった、という気は、どうしてもして来ないからな!)

グイン・サーガ第八巻『クリスタルの陰謀』


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3945V3:2015/06/08(月) 21:27:48 ID:3z4GG4Kk
さっきからイシュトヴァーンがせっせと作っていたものは、ようやくできあがりかけていた。それは、木切れの弓づるをつなぎあわせた輪になっていて、何かのワナか、捕り網のように見えた。
「ふん、こいつは、ヤーンの尻尾をつかまえるためのワナなんだよ」
イシュトヴァーンはそっけなく云って、網の奥に、羽根と布でつくった白いフワフワしたものをくくりつけた。それはどうやら鳥のように見えた。
「まあかわいい。それなに」
「これは、おとりさ。これをこう——よし、できた」
イシュトヴァーンは、スニにおさえていたつるの端をはなさせた。パシーンと音をたてて、空中高く、そのかご状のものが舞いあがる。長いつるがそのかごを、マストの残骸にくくりつけている。
イシュトヴァーンは、手もとにのこしてあった細いほうのつるをひっぱった。
「まあ」
リンダとスニは目を丸くして見上げた。青い空に、そのかごに結びつけられたまがいものの鳥が、そのつくりもののつばさをひろげ、イシュトヴァーンがつるをひくと、パタパタとつばさをはばたくのである。
「すてき。でも、これ一体どうするつもりなの?かざりもの?」


「よーし。あざやかだろう」
イシュトヴァーンは得意顔で、スルスルとワナをひきおろし、ばたばたもがく鳥を気をつけてつかんだ。
「おい、どうする。こいつ、用がすんだら食っちまうか。首をひねった方が、話が早いんだが。まずいもんじゃねえぞ」
「いやよ、やめて」
リンダは顔をおおった。
「こんなきれいな鳥じゃない。せずにすむなら殺したりしないで、あとで放してあげて。——でも、それで、どうしようっていうの?」
「うん、だからさ。こいつを調べて、どっちの方角にどのくらい行けば陸地があるか、推理してやろうというのさ」
「そんなこと、できるの?まるで、判じものみたいね」
「できるさ。それもお前さんの占いよりゃ、ずっと理に叶ってるとおれは思うがね。ヴァラキアの船乗りにゃ、昔から伝わってきたやりかただし」


「でも、そうしたら、あの人たちが……」
「あいつらにゃ、あいつらのしたいようにさせときゃいい。いいか、レムスにもこっそりそう云っとけ、時期をみて、この船からぬけ出すから、そのつもりでいろ、とな。そのときになってもたもたしてたら、お前でもレムスでも容赦なく置いていくぞ。第一あの海賊どものこった。たとえドライドンの神聖な誓いをたてて、いまのところはなんとか何ごともなくおさまっているといっても、それはドライドンの領土なる海の上では、誓いをやぶってかいじんの怒りを招いてはならぬ、というだけの理由だ。一歩でも陸に上がりゃ、その瞬間に、もうドライドンの誓いを守る理由はない、とばかりおれたちにおそいかかって来るだろう。だから、こっちも、とにかくまずはどこかに上陸しわそれから別の船をさがすなりしてライゴールを目指すのが上策さ」
「わ——わかったわ」
リンダは心細そうに胸を両手で抱きしめた。


グイン・サーガ第八巻『クリスタルの陰謀』


梅(*`Д´)ノ♪

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3946V3:2015/06/08(月) 21:29:00 ID:3z4GG4Kk
リンダはリンダで、レムスがずっと海賊どもの方へ入りびたっているので、つれづれなるままに、上甲板でスニをあいてに、あれこれとおしゃべりをしてすごしていた。彼女はスニに中原の風習を教えたり、ことばを教えたりしていた。もう、スニは、相当にこみいったことまで、いくぶん発音に難のある、リンダでないとわかりにくいような云いかたでではあったが、すらすらとしゃべることができるようになっていたし、リンダの長いつややかな髪をくしけずったり、それを編むこともおぼえていた。

「ねえ、スニ。ずっと前、スタフォロス城で、はじめてスニとわたしが会ったときのこと、覚えている?」
「はじめて——アーイ、姫さまがトルクから助けてくれた。こわい人が出た」
「そう、そのときよ……ね、スニ。あなた、あのとき、わたしがグインの話をして、グインが自分の名前と《アウラ》ということばしか覚えてない、といったら、ひどくこわがったわね。あれは、どうしてだったの?」
スニはびくんとした。
「わたし、そんなことしないよ」
「したわよ。セムのことばで何か云って、とてもおどろいていたわ。——《アウラ》って何だか、知っていたんでしょう、スニ?それを、わたしに教えてちょうだい」
「スニ、知らない。アウラなんて、知らないよ」
「まあ、スニ」

その夜である。
「シッ——音をたてるな」
忍びやかな声が、ともでささやきかわされていた。

「みんな、乗ったか——よし、レムス、そっちを漕げ。はじめは、静かに櫂を水にいれろよ——綱を切るから、つかまってろ」

リンダはスニを抱きしめ、じっと迫ってくる黒いかたまりを見上げていた。
(イヤだわ)
彼女はそっとささやいた。
(この島は、よくない予感がする。できたら、上陸したくないわ——でももう、そんなことを云っていられる状態じゃないのだから、しかたないけれど……でも、この島には、何かがあるわ。不吉よ——わたしには、わかるのよ)
沈黙の内に時が流れ——
やがて、ザッ、と音をたてて、ボートのへさきが、砂浜につきささった。
かれらは、ロスを出て十何日ぶりかの、固い大地を足の下に踏みしめたのである。

グイン・サーガ第八巻『クリスタルの陰謀』


梅(*`Д´)ノ♪

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3947V3:2015/06/08(月) 21:30:49 ID:3z4GG4Kk
「どうした。寝られないのか」
彼は云った。
「いまのうちに、じゅうぶん体力をたくわえておけと云ったろう」
「ええ。——でも、疲れていないのよ、わたし」
「そうか。——じゃ、ここへ来て、すわって海でも見たらどうだ」
リンダは、ためらいがちに、イシュトヴァーンのかたわらの少し低いところに腰をおろした。
そこは高くなっていて、目の下の崖の向こうに、夜光虫の輝く海が美しく見わたせた。

「とても——きれいだわ」
リンダはしばらく黙っていたが、吐息のような声で、この圧倒的な静寂を破ることをおそれはばかるようにささやいた。
「きれい——などということばでは似合わないくらい。あまりにも、神々しくて、何かをかくしていて、そして何かを告げていて、大きくて——怖いくらい」
「美しい——ときたね」
イシュトヴァーンはそっけなく云った。
「おれは、残念ながら、これからどうやってここを切りぬけるか——この海をどうやって乗りきってお前さんたちをアルゴスにおくりとどけられるのか、それで頭がいっぱいで、とうていそんなのんびりと海をながめてるわけにゃいかないね」
「……ごめんなさい」
リンダは、しばらくの沈黙のあと、小さく云った。
イシュトヴァーンは、びっくりしたようすで、リンダを見た。
「わたし、いつでも、考えなしなことばかり—…自分勝手なことばかり、云ったりして、あなたにもグインにも迷惑ばかりかけているのね。わたしはきっと、あのクリスタルの宮殿の中で、何でもわたしのいうことをきき、いちばんにわたしをちやほやしてくれる人ばかりにかこまれて育ったので、何かがきっと欠けおちた人間になってしまったのだわ。それで、自分ではそんなつもりもないのに、何か云うたびに、あなたを怒らせたり、いやな思いをさせたりしてしまうのね。なんだかわたしはほんとうにあなたのじゃまばかりして、重荷になってばかりいるようで、もうほんとうにイヤになってしまったわ。あなたがわたしのことをきらいだったり、バカな娘だと思ってもふしぎはないわね」
「何をいってるんだ——ばかな」
イシュトヴァーンは、何かしらひどく当惑したような、あわてたような声を出した。
しばらくだまっていたが、
「一体なぜまた、おれがあんたのことを、きらいだなんて思うんだ?」
彼は、奇妙な、こもったような云い方でつぶやいた。
まるで、自らの口にすることを、自分できくのがこわいとでもいうようだった。
リンダはなさけなさそうに云った。
「あなたは、わたしが、自分の欠点を、自分で少しも知らないし、そんなものはないと思っている、と思っているのでしょ。でも、そんなことはないのよ——ほんとうは。ただ、わたし……きっと、すなおでないだけなの」
「リンダ——」
イシュトヴァーンは、ますます、リンダから顔をそむけ、意地になりでもしたように、彼女をみまいとした。
「おれは、少しばかり口はわるいが——しかしそれは、いつもカッとなったとき思わずいうことで、心からそんなふうにあんたのことを思ってなんか、決していやしないよ」
「まあ——」
リンダのつぶやきは、低かったが、ひどく雄弁だった。

グイン・サーガ第八巻『クリスタルの陰謀』


梅(*`Д´)ノ♪

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3948V3:2015/06/08(月) 21:34:11 ID:3z4GG4Kk
イシュトヴァーンの息づかいが、わずかに早まった。しばらくの間、どちらも何も云わず、あたかもどちらか先にこの沈黙を破った人間が、このたたかいに似たはりつめた緊張のとばりをあけ、その結果を身にひきうけねばならぬとおそれてでもいるかのようだった。
二人は、強情にたがいを見まいと顔をそむけつづけていた。しかし、その重苦しい時間を、ふいに破ったのは、イシュトヴァーンのほうだった。
「そのう——おれはつまらんことを考えていたよ。前にはおれはたしか、おれが生まれたときに予言された《光の公女》についてあんたやグインにしゃべったと思うが……」
「ええ」
リンダはどことなくほっとしたように云った。
「覚えているわ」
「そのう、つまり——おれは、いまじゃ、あんなことをあんたに云うんじゃなかったなと思ってるんだよ」
「なぜ?」
リンダのいらえは、あまりにもすばやかった。
「つまりさ——」
イシュトヴァーンはそっとくちびるをなめた。
「だから、おれは心配したのさ。あんなことをいったので、だから、リンダ、あんたがおれのことを、そのう……あんたが王女だから、だから、その——」
「わたし、国を追われた王女だわ」
リンダは下唇を吸いこみ、激しく云った。
「わたしはもう何も持っていない。たとえアルゴスへぶじについたとしても、おばの助けをこい、そのあわれみにすがって、軍隊をかりてパロへせめのぼる、なんてことが、ほんとうにできるかどうかわからない。アルゴスの民は草原の人々で、かれらはとても情誼にあついけれど、でもかれらだってたかが血が少しばかり混じりあっているというだけで、他の国の無力な子どもたちのために国のすべてをかけてまで戦ってくれはしないでしょう。たとえそれにおばの口添えで、パロ奪還の軍をおこすことができても、モンゴールをうちまかす望みは少なく、そして国をとりもどせばこんどはそのためにうけたアルゴスの恩恵がわたしたちの負債になる。わたしたちは幼くて、何の力ももっていないから、どんなことをでももうたしかだと信じるわけにはいかないの。聖なる王家の聖なる血をひいているというだけでは、そのへんで平和にくらしている漁師の子どもよりもさえ、多くをもっていることになどなりはしないわ。あなたやグインがかしてくれている力にだって、はたして、ふさわしい約束どおりの報酬どころか、何を払えるのかわからない。わたしが——わたしとレムスがいま、たしかに持っていると云えるのはもう、このからだのいのちだけよ。それもあなたが守ってくれなければ、いつ失ってしまうかわからない。——わたしたちは、そんなものになってしまったのよ。父もなく、母もなく、財宝もない。それでも王女などと云えるかしら?ただの孤児、そうよ、わたしたちはあなたがいなくては何もできない無力な孤児にすぎないのよ!」
「お前さんが、そんなことを考えていようなんて、真実の守り神なるヤヌスにかけて、おれは考えてもみなかったよ」
思わず口から出た、とでもいったように、イシュトヴァーンは云いかけた。
が、リンダがいきなりわっと泣き出したので、あわてふためいた。
リンダは長いこと忘れていた涙がようやく流れ出すすべをとりもどした、とでもいうかのように、手放しで、王女の誇りも気丈さも投げすてて泣いていた。彼女は結局のところ十四歳にしかすぎなかったのであり、年齢と、それまでの境遇のわりに、あまりにも苛酷なたてつづけの試練に、あまりにも長いあいださらされつづけて、一刻として心の安まるいとまさえなかったいたいけな少女なのだった。彼女の若さと生来の情ごわさとが、これまで辛うじて彼女を支えていたけれども、いまはその牙城はくずれおちた。彼女は、ひどく小さく、かよわく見え、そして恥ずかしさも忘れてしゃくりあげた。


グイン・サーガ第八巻『クリスタルの陰謀』


梅(*`Д´)ノ♪

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3949V3:2015/06/08(月) 21:35:17 ID:3z4GG4Kk
イシュトヴァーンは狼狽した。
「悪かった」
ふだんの彼らしくもなく、ほとんどおろおろして、彼は口走った。
「悪かった。つまらんことを云っちまったよ——悪気でいったんじゃない。本当だ、ヤヌスにかけて、サリアにかけて、イリスにかけて誓うよ。だから泣かないでくれよ。リンダ——なあ、リンダ……」
彼は、当惑しながら手をのばし、なおもしゃくりあげている少女の肩にそのぶこつな手をおき、何とか少女の心をなだめ、やわらげようとした。
が、その手がリンダの、うすい服一枚につつまれた、やせたきゃしゃな肩にふれたとたん、彼はびくっと、まっかにおこっている炭火にでもふれたように手をはなした。
リンダもはっと身をかたくした。彼女のすすり泣きは止まっていた。
リンダは両手を口にあて、泣き腫らした瞳で、息をつめて、じっとしていた。それから彼女は、まるでそこに何を見出すのか、それを少しも知らない、とでもいうような、おどろきと、そしてわななきにみちた目で、ゆっくりと頭をまわし、イシュトヴァーンの方をみた。
彼女の長い睫毛が激しくまばたき、そしてその、夜明けのスミレ色の大きな眼は、なにか、云い知れぬ激情と、期待と、そしてやさしい思い——そう、女らしくやさしいあふれる思いをたたえて、ゆるやかに大きく見はられた。
「イシュトヴァーン——?」
彼女は、どこか甘やかな、かすれた声でささやいた。
「リンダ」
イシュトヴァーンは唾をのみこんだ。

グイン・サーガ第八巻『クリスタルの陰謀』


梅(*`Д´)ノ♪

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3950V3:2015/06/08(月) 21:38:32 ID:3z4GG4Kk
「リンダ——」
彼は、ためらい——
それから、少女をぐいと抱きよせた。
リンダはさからわなかった。彼女は目をとじて、顔を仰向けた。その小さなあごを彼はこわれもののように指で支え、そして、まるで生まれてはじめて世界を見る子供のように、ふるえながらくちびるをよせていった。
「イシュトヴァーン……」
ようやく、彼がくちびるをはなすと、リンダは、目をとじたまま、夢みるようにささやいた。
「イシュトヴァーン——わたしを愛している?」
「サリアにかけて、おれの心臓はトートの愛の矢にふれられちまったらしい」
イシュトヴァーンはリンダの耳もとでささやいた。
「あんたがパロの王女だからでもない。おれが光の公女をさがしているからでもない——リンダ、おまえはきれいだ。どこの誰より美しいよ」
「おお——イシュトヴァーン」
としか、リンダは云えなかった。
彼女の目には、再び涙がこみあげてきた。しかしそれはさっきのような、労苦と忍耐とに疲れ、うみはてた、辛い、苦い涙ではなかった。その涙は甘く、リンダのかたくこわばった心をやわらかくときほぐしていった。
「お前が、あのとき——《ガルムの首》の上であのやくざな船長がおれの上に剣をふりかぶったとき、『イシュトヴァーン、死んではいや』と叫んで、かくれ場所からとび出してきただろう?」
イシュトヴァーンは、いとしくてならぬような目でリンダを見おろしながら、その頬を両手で囲んでささやいた。
「あのとき、おれは、もうこれがさいごかもしれない思いの中で、嬉しかった——トートにかけて、あのとき、おれは、はじめて知ったんだ……これまでおれがずっと、いつもあんたのことで苛々したり、腹を立てたり、かんしゃくをおこしたりしていたのが、どうしてだったのか——どうしてあんなにいつでもあんたのことが気にかかり、あんたがおれをどう思っているのかが、なぜそうもおれを不安にさせたのか……」
「おお、イシュトヴァーン——わたしたちは生きてるわ!」
リンダの声は、誇らしいひびきをはらんでいた。


グイン・サーガ第八巻『クリスタルの陰謀』


梅(*`Д´)ノ♪

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3951V3:2015/06/08(月) 21:39:51 ID:3z4GG4Kk
「わたしたちはここにいて、そうして、一緒にいるわ」
「ああ」
「イシュトヴァーン——わたしが、もう決して国をとりもどすことがなくなっても、紫と黄金に包まれることがない、ひとりぼっちの孤児だ、ということがはっきりしても、それでもやっぱりわたしのことを可愛いと思ってくれる?」
返事のかわりに、イシュトヴァーンは、しっかりとリンダのほっそりとしたからだを抱きしめた。
「ずっとわたしと一緒にいてくれる?わたしを守って——そうして、わたしがどこへいって、どんな運命があるときにも、かわらずそばにいてくれる?」
「ああ」
イシュトヴァーンは、陽気な黒いきらめく目に、厳粛な表情をうかべ、皮肉な微笑をたたえていた口もとを、ぎゅっとひきしめた。
「誓う。おれの名誉にかけて——何よりも神聖なおれの唯一の神ヤヌスにかけて、おれはお前のそばにいる。決してはなれない、お前を守る」
「わたしがどうなろうとも?」
「ああ、どうなろうとも」
彼は、足もとに、ベルトからぬいてよこたえてあった細身の剣をとった。
そして、それをすらりとひきぬくと、リンダの前に立ち、腕をまっすぐにのばして、自分にむけて剣を持ち、その柄を、リンダの方にさしだした。
「おれの生命はお前のものだ、リンダ。疑うなら、いますぐその柄を押して、おれの生命をとるがいい」
「聖なるヤヌスの名において」
リンダは答えた。そして、彼女は、おごそかなしぐさでその剣を彼の手からとりあげ、柄にくちびるをあて、横にして彼に返した。
「おれは生まれて二十年、おれ自身のほかの誰にもこの剣を捧げたことはない」
彼は云った。
「他の誰にも、二度と捧げない」
リンダは何も云わず、ただじっとイシュトヴァーンを見つめた。
「お前たちはおれが必ず無事にアルゴスへ届けてやる。これまでにも、何度も云ったが——そして、アルゴスについたら、おれは……」
「もしわたしたちが、パロをとりもどせたら——」
リンダはうっとりとささやいた。
「もうずっと前に約束したわね……わたしたちをアルゴスにつれていってくれたら、あなたを聖騎士侯に任命するのがその報酬だって——そうしたら、あなたは云ったのよ。それならパロをとりかえしたら、おれをクリスタル公にして、わたしの左にすわらせてくれるかって……」
「もし——」
イシュトヴァーンは何か云いかけた。が、ふいに口をつぐみ、リンダをひきよせ、その唇を荒々しく唇でおおい、リンダが力つきたようにその胸にすっかり身をあずけるまで、はなそうとしなかった。
「おれは、クリスタル公にしてほしくて、お前に聖なる誓いをしたんじゃない。それを、忘れないでくれ」
彼はいくぶん、荒々しい云いかたをした。リンダは笑った——……どこかに勝利のひびきをおびた、十四の少女でも成熟した女と同じようにすでにその中に知っている、女性特有のきわどい叡智と自信にみちた笑い。
「わかっているわ、イシュトヴァーン」
彼女は云い、イシュトヴァーンの唇を細い指でなぞった。

グイン・サーガ第八巻『クリスタルの陰謀』


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3952V3:2015/06/08(月) 21:43:36 ID:3z4GG4Kk
グイン、16巻までアニメ化されてます

で、リンダとイシュトヴァーンの健気で可愛いラブシーンの場面がこちら♪

http://blogs.yahoo.co.jp/chihaya1023/GALLERY/show_image.html?id=http%3A%2F%2Fblogs.c.yimg.jp%2Fres%2Fblog-c2-ee%2Fchihaya1023%2Ffolder%2F620740%2F65%2F41421465%2Fimg_1%3F1248265086


大分簡略化されてるので、私的には不満もあるのですが、まあ及第点ではあるかなと(*`Д´)ノw


梅(*`Д´)ノ♪

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3953V3:2015/06/08(月) 21:47:18 ID:3z4GG4Kk
ありゃ、リンク切れのようです(;^_^A

すみません、ご興味持たれた方は、アニメのグインで感想ブログをググって見て下さい
ブロガー次第で、印象的なシーンなどを色々アップされておりますので

3954V3:2015/06/08(月) 21:51:57 ID:3z4GG4Kk
因みにこちらがグインアニメの公式HP

各キャラクターがどんなアニメキャラ化してるのか、ご参考まで


主要キャラには違和感を持ちませんでしたので、絵面としては個人的には合格点をあげたいと思います

3955V3:2015/06/08(月) 22:01:46 ID:3z4GG4Kk
因みにって、アドレス貼り忘れてるorz

http://www.guinsaga.net/


梅(*`Д´)ノ♪

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3956V3:2015/06/08(月) 22:04:06 ID:3z4GG4Kk
「ち、畜生っ」
イシュトヴァーンの口からうめき声がもれる。
「待ち伏せしやがったな」
「おお、待ちかねたぜ、ウサギども!」
「ドライドンの神聖な誓いを裏切りやがって」
「それは、どっちの云うことだ、この悪党ども」
イシュトヴァーンは応酬しながら、すばやく、あいての人数をかぞえていた。
(十五人はいるな——ということは、森に十人はいる。半分だけ上ったとして……弓が五人……オノが二人、棍棒が一人、あとは剣)
「ひとを、売りとばすの、やっつけるの、腹黒いたくらみをしやがって。ほんとなら、てめえらこそドライドンの怒りにふれて、いかづちに打たれて船が沈んじまってるところだぜ」

「ケス河の大口よりもでけえ口をたたくヴァラキアのイシュトヴァーンよ。おれたちが何人いるのか、てめえにゃ数も数えられねえのか」
「数えたところでもぐらの毛の数と同じことだ。てめえらなぞ、何百匹いやがったところで屁でもねえ」
「ほざきやがったな」
海賊どもがニタニタ笑い出した。
イシュトヴァーンはすらりと剣をぬきはなち、うしろにリンダをかばいながらささやいた。
「おい、うしろ、何人いる」
「まだ、森から出て来たのは五、六人かしら」
「そいつを何とかかわして、森の中にとびこんで逃げろ。レムスがおくれているらしいから、あいつでもいねえよりゃマシだ。いいか、おれがやつらの方はひきうける」
「イヤよ!」
リンダの叫びは、自分でも思いがけぬほどつよかった。
「もう、誰かと別れ別れになるのはイヤ。もう——もうあなたとはなれているのはイヤよ、イシュトヴァーン!」
「リンダ、そんなことを云ってるときじゃない」
イシュトヴァーンは苛立った。
「やつらのあのいやらしい笑いが見えねえのか」
「おれたちゃ、いやらしかねえよ」
アイがゲラゲラと笑った。
「てめえ一人でいい思いしようっていう、おめえの方がよっぽどいやらしいや。——おい、みんな、あまっ子にゃ、傷つけんなよ。黒丸はこのあんちゃんだけだ。あまっ子は、おらたちにやさしくしてくれるんだからな」

「そんなことだと思った」
木の上にかくれたレムスの方は、森にまわっていた追手がすっかり森の外へ出た、とみてとって、木をすべりおりはじめていた。
「あのくらいのことに予想がつかないようじゃ、イシュトヴァーンも、戦略家としては大したことないな。——リンダの予知もだけど」
その冷静な濃むらさきの瞳がするどく光って、何かを計算していたが、
「よーし、やはり、それしかないだろう。少し時間がかかるし、危ないけど——そのくらいなら、あいてはたかが自己流の剣しかできぬ海賊どもだし、イシュトヴァーンもなんとかもちこたえるだろう。まだ、船からののこりの奴が上陸してくる途中かもしれないし、それがいちばんいい。——目のまえのサソリから逃げようとして、うわばみをつつき出す、とアレクサンドロスにあったけど、それは、そのときのことだ」

ようやく黒一色にみえていた洞窟の内部の暗さに目が馴れて来た。案外、せまいようだ。しかし、天井はひくいし幅もせまいけれども、ずっと奥まで細くのびているようにみえた。

レムスはくちびるをかみ、剣をもちかえると右手をたかくさしあげ——そして呪文をとなえはじめた。
むろん、王家の女性のそれとは比べものにはならぬけれども、《魔道師の王国》パロでは、王族なら誰しも、最もかんたんな魔道の手妻は、子供のころから教えこまれる。
それはもうひとつのものと並んで、レムスにできる、二つだけの手妻だった。レムスのたかくさしのべた手のまわりが、青白くかがやきはじめ——やがて、ボッとともった鬼火の、青白い冷たい光が、深い闇を冒涜するかのようにぼんやりと照らし出した——
途端!
「ああッ!こ、これは!」

グイン・サーガ第八巻『クリスタルの陰謀』


梅(*`Д´)ノ♪

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3957V3:2015/06/08(月) 22:45:58 ID:3z4GG4Kk
「きゃあ——イシュトヴァーン!」
いきなり、リンダの肩は、うしろから、がっきとつかまれ、軽々ともちあげられた。
「見ろ——見ろ!あまっ子をつかまえたぞ」
すさまじいあかがみた悪臭がリンダの胸をつまらせた。リンダは宙にかかえあげられたまま、バタバタと手足をもがき、その手の短剣でうしろをつき刺そうとしたが、たやすく、手刀でうちおとされた。
そののどにぐいと、ギラギラ光る半月刀がつきつけられる。
「どうだ、兄ちゃん、剣をすてな」
「あのばか。——」
イシュトヴァーンは歯がみをした。が、そのたくましい手につかまれ、ウサギのように怯えた目を見開いているリンダを見たとき、ひくい呻き声をあげてぽいと剣を放り出した。
「よーし、やっちまえ」
「ああ!やめて、やめて、やめて!」

海賊どもの円陣がくずれ、そのまん中に倒れているイシュトヴァーンのからだから、返り血でない、新鮮なまっかな血が流れ出すのが見えた、と思ったとき、ふいにリンダの視野はおぼろげにかすんだ。
(ああ——)
リンダは奇妙な、ほとんどうっとりとした夢心地のうちに思った。
(だめ。——わたしは、気をうしなってしまう。……いえ、もう、気を失ってしまったのよ——だって、ほら、わたしは幻をみているもの……何の音もしなくなって、森の中から——おお、グインが、グインのなつかしい姿があらわれて——おお、わたしのグイン……グインはなんて強いのかしら。イシュトヴァーンにひどいことをしている人たちを、つぎつぎに、文字どおりつかみ上げて、叩きつけてゆくわ。ひとり、ふたり、三人——イシュトヴァーン、ああ、どうしたの、死んではイヤよ——動かない。血を流して……イシュトヴァーン、愛してるわ——グイン、グインさえ来てくれれば、なんてきれいなんだろう。緑と森と草のなかで、黄色と黒の毛皮がとてもきれい——おかしいわ。豹をきれいなんて——でもきれいなのだもの。ほらもうみんな片付けてしまった。グインひとりさえいれば何も怖くない、何も恐れることはない、何も、何も……)
暗黒が彼女を訪れた。

グイン・サーガ第八巻『クリスタルの陰謀』

梅(*`Д´)ノ♪

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3958V3:2015/06/08(月) 22:54:23 ID:3z4GG4Kk
「グ——グイン」
「そうなんだ。たまげたことにな」
云ったのはグインのうしろに立っていたイシュトヴァーンだった。
「おれもどうやら、この旦那はまさしくシレノスその人にちがいないと信ずる方に決めはじめたぜ。どうだ、ええ?ヤーンその人にだってこうはできない時の氏神じゃないか、ヤーンの山羊のひづめにかけてさ!」

「あ——あなた、どうして……どうして——」
「さあ、それが、俺にもよくはわからんのだ」
グインは安心させるようにリンダの肩にそっと手をおいた。
「あのとき、俺はあのふしぎな光の船を見たあと海におち——波にのまれて、息もできず、これで本当にさいごだと覚悟した。気がとおくなり——ところが、気を失う寸前に、俺は見たのだ。あの船が、海中を、まるで水上と同様にすべり進んで来たかと思うと、その甲板におちてくる俺をうけとめた。次の瞬間、出入口があき、全身光につつまれているような男か女かもわからぬ姿の人間があらわれ——そして俺はその人間が俺をかかえ上げながらたしかにこういうのを聞いたのだ。
『アウラ・カーの名において』
——俺はききかえそうとした。が、そのときはもう俺の意識は失われかけていた」
「アウラ——カー?」
思わず、反射的にリンダはスニを見——そして、スニが、ビクッと身をちぢめて、アルフェットゥの名を呟くのを見た。その目にはたしかに、恐怖の色がうかんでいた。


「それはそうと、真珠のもう一方のかたわれが見えんようだな」
グインが云った。
「あ——」
気づいて、リンダは愕然とした顔になる。
「レムス——ど、どうしたのかしら」
「やつらにとっつかまったかな」
「そ、そんな……」
「冗談だよ。なかなかどうして、あのガキは、そんなめにあうほど、抜けちゃいないよ、姉貴と違ってさ」
「また……」
「あいた。このじゃじゃ馬、そんなにつよく縛ったら歩けねえよ」
「ほほう」
グインは何かおかしそうにイシュトヴァーンを見た。
「おまえの、レムスへの評価は、ちょっとの間にずいぶん変わって来たらしいな」

「おお、レムス、お前か。ぶじだったか」
緊張をといてふりかえる。
岩かげからあらわれた、レムスの顔は青かった。

「どっちみちここにこうしているわけにはいかないし——あの中で見たものについて説明するよりも、ひと目じっさいに見てもらう方が早いんじゃないかな。それに、もしぼくの考えにまちがいがなければ、ぼくたちは全員、あともういくらもたたぬうちにこの島を出られるはずだ。いや——出ないことには、死ぬほかないと思う。——この島はもうじき噴火するよ」

グイン・サーガ第八巻『クリスタルの陰謀』


梅(*`Д´)ノ♪

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3959V3:2015/06/08(月) 23:02:25 ID:3z4GG4Kk
パロ、クリスタルの都——

「そこの旅行者。止まれ!」
「止まれといったら、止まらぬか。どこから来た、どこへ行く、手形をみせろ」
「呼んだのはおれのことか?」

旅のマントのフードをふかくかたむけていた長身の旅人は、ちょっとためらうふうをした。
が、肩をすくめると、手をあげてパチンと止め金をはずし、顔の下半分をおおっていた止め布をとって、フードをうしろにはねた。
あらわれたのは、まだ若い、気品のある顔だった。おもながな、端正な、いちずな——モンゴール赤騎士隊長、アストリアス子爵の顔である。

「怪しい奴め。剣をすてろ、小屋の中でとりしらべる。きさま、本当にフェルドリック卿の知りあいなのか」
「卿を、暗殺しようとでもいう、クムかユラニアのまわし者だろう」
「な、何だと、無礼な」
アストリアスの激しやすい顔が、たちまち真っ赤にそまった。
「おれが、ユラニアのまわし者だと。いやしい虫けらめ、それは誰に向かって云うことばだ。いやしくも大公殿下の赤騎士隊長、ゴーラの赤い獅子といわれたこのアストリアスにむかって——」
ハッとして、アストリアスは口をつぐんだ。
が、もうおそかった。
「ゴーラの赤い獅子——!」
「アストリアス!そ、そうか、どこかで見た顔だと思ったが、あの似顔絵の」
「おい、シン、おたずね者のアストリアスだぞ」
「おおっ、思わぬ大手柄だ」
「き、きさまら。ふざけるな、きさまらなどにこのおれが——」
(こうなったらしかたがない)
切りふせて、血路をひらき、クリスタル市内へまぎれこむばかりだ—切りそう、アストリアスが決意のほぞを固めたときだ。
「おや、おや、おや」
うしろからふいに、びっくりしたような叫び声がきこえてきた。

「おれの名はヴァレリウス」
ヴァレリウスはニッと笑った。
「あんたのことはマリウスからきいたんだよ。そう、マリウスからな」
「マリウス」と、ことさらにつよめた発音で、ヴァレリウスは云った。
とたんに、ふしぎなことがおこった。
「マリ……ウ……ス——」
「そうだとも。心配するな、あんたの身は、このヴァレリウスがひきうけたんだ。マリウスさまの友達は、このヴァレリウスにも友達だ、そうだろうが?」
ヴァレリウスの含み声を、ほとんどアストリアスはきいていなかった。
頭の中にふいに、ひとつの圧倒的な、抗うことなど思いつきもせぬような命令——
(アストリアス。この男についてゆくのだ。この男を信頼し、何もかもうちあけ、その云うとおりにしろ)
誰のかわからぬ、黒い輝く双の眸が、いまにも彼をのみこむかのように迫ってきて、彼にきっぱりとそう命じはじめたのだった。
それが、ユノで、マリウスと魔導士たちにかけられた、のちにキイ・ワードをきけばたちまちよみがえる後催眠であることを、アストリアスは夢にも知らぬ。

グイン・サーガ第八巻『クリスタルの陰謀』

梅(*`Д´)ノ♪

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3960V3:2015/06/08(月) 23:04:36 ID:3z4GG4Kk
「——お客様でございます」
小姓のシモンが云いに来た。アルド・ナリスは机にむかって書きものをしていた手を一瞬やすめた。
その美しい眉宇に、ほんの一刹那、かすかな翳りに似たものがよぎる。
が、羽根ペンをおいてふりかえったとき、かれの顔は晴れやかになっていた。

「リギア!」
かれは、信じがたいものでも見たかのようにつぶやいた。
「リギア、よく無事で……」
「わたくしこそ——ナリスさまの、ごぶじなお姿を拝見して、何もかも……」
「リギア。手をあげて下さい。この椅子へ」
「いいえ、わたくしはここでよろしゅうございます」
「リギア——」
ナリスは、静かに、リギアに近づき、その足もとにひざまづき、その手をとった。
「私の——女騎士」

「これまで、一体、何を?いや、むろん云いたくなければ、云わなくてもよいが」
「これもちょうどよい機会と存じ、そのまま奴隷娘に化けて、モンゴールの兵舎に入りこんで探っておりました」
この豪胆なルナンの娘は云った。
「ちょうど、さいわいなことに、わたくしを捕らえたのが、黒騎士隊長カースロンの下の隊だったので、うまく位が上のものの目をひいてそちらへはべらされるようにして、結局カースロンはむりでしたが、その右腕の、小隊長ダラスのそばづきになるのに成功いたしました。そして、いろいろと面白いことを——ここは、よろしゅうございますか?」
「大丈夫。これだけ明け放ってあれば、立ちぎきもできぬ。その扉をあけておいてくれ——そばへ、リギア」

ナリスはふいに、子どものように無邪気な、ほとんどはしゃいでいるといいたいようなようすになって、リギアの手をつかんだ。
「まったく、わたしの乳きょうだいは、なんというイラナなんだろう!——ねえ、リギア、あなたに何かしてあげなくてはいけないね。あんなに大きな犠牲を私のために払ってくれたのだから——云って下さい、何がほしい?愛用の剣、ドレス、舞踏会の女王の座、それとも宝石類、私のくちづけ、この髪?昔もよく云ったけれど——どうしたらいいの、リギア、って?」
「何も」
「しかし、それでは——」


リギアは、かぶとを深くかぶったまま、アムネリスを通すためにドアの横で待ち、それから一礼して、男のような歩き方で出ていった。アムネリスは、フロリーが扉をしめるあいだ、ふしぎそうにふりかえっていたが、
「ご家来ですの——男の方?それとも女騎士?」
ときいた。
「目が早いことだ」
ナリスはひとりごちた。恋人にむかって、迎える手をさしのべながら、
「むろん、男ですよ。どうしてです——おお、あなたは今日も光の公女そのものだ」
「この髪型、お気に召しまして?」
「むろん気づいていましたとも。——光の塔のようだ。アマルスの発表した新しい髪ですね。おお、宝石をちりばめて——これでまた、クリスタル・パレスじゅうの姫君が、嫉ましさにまっさおになって、廊下のすみでこっそりあなたの髪のかたちを書きうつすんですよ。ところで、何をお飲みに——その服をみれば、決まっている。ヴァシャの赤い酒ですね。シモン!」
アムネリスは、すきとおるような緋色の絹を、ゆたかに波立たせた、パロふうのドレスの裾を嬉しそうにもちあげた。アムネリアの花の精でつくった香水の香が、持ち去られたアムネリアよりもっとつよい、その花の匂いで室をみたした。
(きつい香りだ。くらくらする)
ナリスはつぶやいた。アムネリスが不安そうにのぞきこむ。
「え?——どうなさいましたの?」
「何でもない。ただ、あなたが光というより、炎そのもののようにあまりに熱すぎるので、そばへ寄ったら焼かれてしまいはせぬかとおじけていたのですよ。そう、ルアーの火にとけたあの小っぽけな霜の乙女のように。でもこちらへおいで、アムネリス。あなたなら焼かれてもかまわないから」
「では心の底まで焼きつくしてあげるわ」
アムネリスは恋に酔う娘の勝ち誇った声で叫んだ。そして彼女はナリスの腕に身を投げこんだ。

グイン・サーガ第八巻『クリスタルの陰謀』

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3961V3:2015/06/08(月) 23:07:32 ID:3z4GG4Kk
「ナリス様——」
「おお、リーナス。ダーヴァルスとルナンも」
アムネリスがひきとってから、サンルームに入って来たのは、それとはうってかわった武張った訪問者であった。

「例のものが手に入りましてございます」
「例のものが。やはり、クリスタルにか」
「はい。ディーン様のおかげにて、こちらの意のままで」
「ふむ、まあ、使い途はヴァレリウスにまかせよう。ずいぶん面白い使い途をさがし出してくれようさ」


アムネリスは幸福だった。
彼女は愛する人との婚礼をまちかに控えた十八の乙女だった。たびたび、占い師たちのわけのわからぬ託宣のおかげで、その日どりはのびのびになっていたが、ついに、正式にそれは紫の月の十日、『サリアの日』と決められた。

「私は知らなかったのだわ」
ありとあらゆる男まさりの評判にもかかわらず、しんはとても女らしいアムネリスは、ナリスの肩にもたれ、かれのやさしい手に愛撫されている甘やかな夕べのひとときに、ナリスに云うのだった。
「私は前に、女はドレスのすそでもひいて、舞踏会で敵の首をとるがいい、とある人から云われたことがありましたわ。そのときは、私はそれを、ひどい侮辱だととって、それを云った男を一生憎むだろうと思ったけれど、でも、こうしてあなたのおそばにいると、何だか他のことはすべてどうでもよくなって、ただいつまでもこうしていたい、それが女として生まれることのできた、いちばんの幸せなのだ、という気がしてきて……」
「そう、アムネリス?私たちはもっともっと、いくらでも幸せになれるよ。私は永遠に、私のイラナの足元に膝まづくだろうし、あなたが私を愛してくれる限り——こんな幸運を信じられないのは、私の方ですよ——私の生命はあなたのその白いやさしい手の中だしね。もう少し、クリスタルの町がおちついたら、二人で遠乗りに出かけよう。私は、私のこんな美しい妻を、人に見せびらかす機会を逃すなどということはできないよ、イラナ」
そう——
たしかに、アムネリスは幸福の絶頂にいたのである。
もし、ときどき彼女の心をおそう、わけのわからぬかげり、憂鬱、不安のきざしのようなもの、それさえなかったならば、たぶん、アムネリスほど幸福なものはこの世にいないとさえいってもよかっただろう。


グイン・サーガ第八巻『クリスタルの陰謀』

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3962V3:2015/06/08(月) 23:09:01 ID:3z4GG4Kk
「なにごとだ、タイラン」あわただしく夜着の上に豪奢な部屋着をはおっただけのアムネリスは、あくびをかみころしながらきいた。
「あとせめて、二ザンも待てぬほどに?」
「たったいま、夜に日をついでかけとおした使者が到着いたしまして。すぐお耳に入れねばと思いまして」
「ゆうべは、少し、おそかったかしら」
アムネリスはうっとりと、昨夜のナリスの、彼女の為に作ってくれたすばらしい詩のことを思い出しながらいった。
「お起こし致しまして、申しわけございませぬが、ことはいささか急を要するので」
「それはもうわかった」
アムネリスは云った。
「いったいどこからの使者だ?トーラスか、それとも——」
「カウロス公国よりの使者で」
「カウロス——ずいぶんとまた、遠くから……」
「はい、姫さま、わるい知らせでございます。ついに、アルゴスが起ち、国をあげて、縁つづきたるパロを救えと軍をおこしましてございます。トルースや、アルゴス周辺の騎馬民族も参戦したもようで、アルゴスから兵をかりてパロへと立った、アルゴス滞在中であったベック公を、草原の町リャガのあたりで討たんとしたカウロスの軍勢は、かえってアルゴス、トルース連合軍に包囲され、敗北を喫しました。そのまま、連合軍はベック公を救出し、着々と騎馬民族の軍団の参加をえて数をふやしながら、一気にカウロスをうちやぶるべく北進をつづけているとのことでございます。——カウロスが破られれば、あとはパロの南辺をふせぐものは、ただの自由開拓民の村だけで——」
「トーラスへは?」
「カウロス公国のジラール公は、モンゴールの援軍を要請しておられます。で、ただちにひきついだ早馬がトーラスへたちましたが、トーラスからの軍勢をまっていては、カウロスに手おくれになるやもしれず——それより前に、このクリスタルに駐屯中の部隊を、ただちにさしむけては、と——」
「ガユスは?」
「ただいま、占っております」
「では、ガユスの云うようにすればよい。どのみち、クリスタルは平和なのだし」
アムネリスは面倒くさそうにいった。
「タイランにまかせる。好きにするように。——おお、いまクリスタルの軍をうごかしてしまったら——」
「は——?」
「婚礼のときの、閲兵式が見すぼらしくなるわ。父上の軍が間にあえばよいけど——杞憂ではないの、タイラン?カウロスは勇猛でなる草原の民の国。アルゴスもトルースも小国だし、それに草原は何万モータッドもひろがっている。かれらがそれをこえて、クリスタルへ到達するとは必ずしも考えられない。——もう少しようすをみては?そのうち、カウロスから、鎮圧したという知らせが来るかもしれないし」

グイン・サーガ第八巻『クリスタルの陰謀』


梅(*`Д´)ノ♪

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3963V3:2015/06/08(月) 23:12:18 ID:3z4GG4Kk
草原——
いっぽう、はるかなアルゴスでは、クリスタル・パレスへの報告にあったとおり、いまやまさに、カウロス公国と、ベック公、アルゴス、それにトルースの戦いの幕が切っておとされようとしていたのである。

「誰かおらんのか。衛兵——衛兵!」
マハールの白亜宮、アルゴスの主都たるその白い宮殿の正門前で、大声でどなっているのは、《アルゴスの黒太子》スカールだった。
「開門!おれだ、スカールだ!」

「兄上。——兄上」
遠慮を知らぬ野人のスカールが、とりつぎも乞わず、ずかずかと入っていったのは、兄であるアルゴス国王スタックの謁見室だった。

「スカール、少しはつつしめ。こちらは、クリスタルよりの使者ヤルーどのだ」
「ふん」
スカールは鼻息を噴いた。ひと目みてそれとわかる魔導士の黒い服、あやしい、この明るく白い白亜宮にそぐわぬ暗い雰囲気——おおむね、例の「とじた空間」と称する黒魔術をでもつかって、つい先ほどクリスタルからついたのにちがいない。
「どうも無骨なやつで——これが弟の、王太子スカールです」
「存じあげております」
「兄上。こんな、のんべんだらりと社交ごっこをしている場合ではないぞ。俺は国境からハン・イーをとばしてきた」
いっこうにとんちゃくせぬスカールが云った。
「兄上。ベック公が危ない。すぐ兵を出す。命令を出してくれ」
「何と云う」
「ベック公はリャガの近くで足どめをくっている。カウロスはついにベック公をうつことにした。すでに公国軍二万が国境を出ている。ベック公はトルースで一万かりて二万に達するはずだった。しかしカウロスに足どめされてトルースに入れない。このままでは、俺が騎馬の民をあつめ終わるよりさきに、ベック公がカウロスの手におちる」
「リャガで?」
スタック王が立ちあがった。
同じ父から生まれているということが、信じがたいほどに、この兄弟は似ていない。英明で、名君の名もたかいが、むしろ哲学者肌とでもいいたい、物腰のおだやかなスタック王と、荒々しく悍馬のようなスカール。——スタック王はパロの姫を母にもち、自らもパロのエマ王女を妃にむかえ、一方スカールは、グル族の女を母にもっている。
「騎馬の民はいまちょうど移動の季節で、ふれをまわしたが集まりおえるにはまだ最低一両日はかかる。それからリャガへたっては間にあわぬ。アルゴス正規軍をつれていますぐ発つ」
「スカール」
困惑した表情で、スタック王がヤルーとスカールを見くらべた。「兄上、一刻を争う」
「スカール、ヤルーどのは、クリスタル・パレスから来たのだ」
「アルド・ナリス?」
ヤルーは両袖をあわせて魔導士ふうに手をくんだまま、そうだともちがうとも、何も云わなかった。
「何のおもむきだ」
「それはな、スカール——」
「陛下。私から王太子殿下にご説明申しあげましょう」
魔導士ヤルーはゆっくりと、スカールに向き直る。
「私はアルゴスに、六万の兵をおかりしに参った使いでございます」
「六万だと。いま動かせるほとんど全部じゃないか」
「さようで——それをさらに二つにわけ三万を海路ロスからモンゴールの背後へ入らせてトーラスをつかせわ三万を、陸路からケイロニア—パロ間に出現させます。そしてベック公とトルースの連合軍を、パロ南辺にすすめ、相呼応してパロ国内の反乱軍がすべての宿を掌握し、トーラスとパロ駐留モンゴール軍の連絡をたちきるという——かようの作戦の手はずをととのえまして——」
「ふん。海と、ケイロニアのおさえ、パロ南辺でカウロスをおさえ、そしてモンゴールをいたるところで孤立させる。——みごとな作戦だが、そのまえにベック公がたかだかリャガあたりでカウロスの手におちては何にもなるまい。しばらく——そうだな、五日待て、ヤルーとやら。俺がアルゴス軍をひきい、ベック公を救い出して、また戻ってくるのに五日あればじゅうぶんだ」

グイン・サーガ第八巻『クリスタルの陰謀』

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3964V3:2015/06/08(月) 23:14:59 ID:3z4GG4Kk
「太子さま——」
ヤルーがゆっくりと口をひらく。彼がしゃべりはじめると、明るい草の色と空の色、白と緑の光あふれる草原の国アルゴスに、にわかに黒雲が一点わき出すようにさえ思える。
「お耳を」
「何だ。勿体ぶりおって」
スカールは魔導士も、それのまきちらすあやしげな雰囲気も——また、占いや託宣、黒魔術もみな好まなかった。彼は黒くふとい眉を一直線になるほどしかめながら、ヤルーの口もとへ耳を近づけた。
「……」
ヤルーは、このアルゴスの誇る白亜の宮殿の中でさえ、大声を出してはこころもとない、とでもいうように、ひそやかに語りはじめる。
「何だと……」
ひとこと、ふたことをきいただけで、スカールの顔色がかわり、くちびるがぐいとひき結ばれた。

「そのようなたくらみ、俺は好かぬ」
スカールはヤルーをにらみすえたまま、よくひびく声でつづけた。
「それがだれの考えたことかは知らぬが——そしてまた、それは俺の口をさしはさむことでもないが、俺はそんな、けがらわしい作戦の片棒をかつぐ気はないぞ。——よいわ、勝手にしろ。兄上が、それに応じて兵を出すというなら出すがいい。アルゴス国王は兄上だ。俺ではない。が、俺は俺のやりたいようにやる。誰のさしずもうけぬ。五十万モータッドもはなれたところにいるたれかに、ボッカの駒のひとつのように、思いのままに動かされたりはせんぞ」

「俺はベック公を助けにリャガへゆく」
「おい、スカール。兵は——」
「アルゴス正規軍などいらぬ。好きにしろ、パロへおくるなり、モンゴールの背後をつくなり——煮て食おうが、焼いて食おうが。そんなもの、なしでも俺は一向かまわん。俺は黒太子スカールだ」

グイン・サーガ第八巻『クリスタルの陰謀』

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3965V3:2015/06/08(月) 23:17:15 ID:3z4GG4Kk
「危ない!」
ヒュンッとするどい音をたてて、たったいままでベック公の頭のあった空間を矢がとびすぎた。
ベック公は、ウマの首にとっさに上体をふせながらどなった。
「卑怯者め!正々堂々と、しょうめんから戦いをいどむことはできんのか。卑劣なモンゴールの盟邦ともなると、下っ端まで卑怯者だわ」
「公、少し、うしろにおさがり下さい」
うろたえて叫んでいるのは、ベック公の右腕の、テルシデス伯爵だった。
「うしろへさがれだと。こんな、たかが、牛飼いばらを相手にうしろへなどひいたら、このベック、末代までの笑い者だわ」


一万の兵をかりて、一足さきにマハールを発った、パロの勇将ベック公の心づもりでは、街道ぞいにまっすぐリャガをめざし、リャガでまたあるていどの傭兵をつのって、リャガをアルゴスの味方につけたうえ、あらためて道をトルースへとり、トルースの都トルフィアでトルース軍と合流して大軍勢となる、という予定であった。トルースは小国ながらその民は勇猛をきわめ、その上に、「トルースの忠誠」とことわざになるほどに、その民は誠実、一途である。
リャガをおさえ、トルースと合流したとなれば、その軍勢は大国カウロスといえどあなどるわけにゆかぬ数にふくれあがる。ベック公にとって、目ざすはパロ、クリスタルの都以外でなかったから、かれは草原地方をおしとおる前にカウロスとまっこうからぶつかることを賢しとしなかった。
それはまた、ベック公とつねに行動をつねに共にするテルシデス伯、軍師たる魔導士ランズのとるところでもなかった。二人の意見は、むしろリャガを避け、直接にトルースをめざしては、というものであったが、しかしその場合、万一リャガがカウロスにくみすれば、ベック公の一行は、再びトルースから、パロへの赤い街道に出るためには、いやおうなしにリャガを征服するか、さもなくば、次の宿場チュグルまでを、街道を避け、草原をおしわけて何千モータッドも進軍してゆかねばならない。
草原には、砂漠のようにあからさまな遭難の危機こそひそんでいなかったが、そのかわり、いつ、どのようなかたちで、草原にすむ気の荒い少数民族——その全ての実態は、アルゴスの王宮にさえ把握されていないのである——の攻撃、あるいはカウロスの奇襲、を受けるかわからぬおそれがあった。
それゆえ、ベック公のリャガ経由説を、ランズもテルシデス伯も、さまで強硬に反対はしなかったのである。

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3966V3:2015/06/08(月) 23:18:40 ID:3z4GG4Kk
「敵だあッ!」
ベック公にかしあたえられた一万は、アルゴス正規軍——もとより、いくたびも国境をめぐる確執をくりかえして、カウロス公国の旗じるし、いでたちは知りぬいている。
ベック公の下知を待つまでもなく、たちまちかれらはかぶとの面頬をおろし、手綱を左手にうつして、右手に半月刀をひきぬく。ウマのたかぶりをしずめながら、散開の指示を待つ。
「先まわりしおったな」
ベック公は、呪いのことばを吐きすてた。
「くそ——リャガは、カウロスに寝返ったか。ランズ!」
「は!」
「戦うか。退くか」
「戦いを」
魔導士はためらわずに云った。ベック公はテルシデスを見た。伯爵もまた、力づよくうなづいている。
「退くすべはすでに断たれております、公」

グイン・サーガ第八巻『クリスタルの陰謀』

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3967V3:2015/06/08(月) 23:21:56 ID:3z4GG4Kk
「おお——きこえる」
「きこえるぞ!」
「やって来る——こっちへ来る!」

「スカール参上!」
陽気なよくひびくわめき声もろとも、黒太子スカールを先頭に、グル族の勇猛果敢な戦士たちがわあっと戦場へなだれこんでくると、士官たちの方がさきにたじろいだ。
「殺せ!」
スカールは、まさしく、大地を割ってあらわれ出た、凶猛な黒い狼の長とも見えた。
その手にたかだかと、大きな半月刀がさしあげられ、なかば鞍から身をうかせて、右手の刀が一閃すると、たちまち着実にあいてを切りふせてゆく。
その、髪も目も皮膚の色も、いでたちもすべて闇の黒につつまれたなかに、むき出しにした白い歯だけがあざやかに輝いてみえる。
「グル・シン!」
「ウラーッ!」
スカールの左手があがったとたん、グル・シンひきいる一隊が、スカールの本隊からわかれ、リャガめがけてつっこんでゆく。
スカールの左には、いつもぴったりとつき従う小柄な女戦士のすがたがあった。
「おお、これはすごい」
うっとりとベック公は見つめながらつぶやく。さながら猛虎に見とれる心地だ。
「これはすごい。ききしにまさる——おう、何という戦いぶりだ。まるで狼だ。それにこのグル族の、一糸乱れぬこと——わがパロの聖騎士団にもひけをとらぬ。おお、それにあの女戦士——」
思わずみとれて嘆声をもらしたが、ふいに我にかえり、
「おれとしたことがそんなことを云っている場合ではなかった。いまだ、一気に敵を踏みつぶせ」
あわてて鞍つぼをたたき、レイピアをふりかざしてとびあがる。
「テルシデス!ゆくぞ、スカールどのの、側面援護だ」

「やあ、ベック公!」
風のように、ウマをよせてきたスカールは、歯をむいてニヤリと笑った。
「遅れて、すまなかった」
「なんの、スカールどの、あいてはたかがカウロスの雑兵ばらだ」
「こんなことだろうと、グル族に、リャガ国境地帯を見張らせていたのでな。しかし、こちらも、あれやこれやで約束の援軍がおくれ、いまもグル族とウィムト雑兵だけをひきつれて、とりあえずさけつけたばかり——さぞ気がもめるだろう。すまぬな」
「いや、いや——」
ベック公はふと、スカールのうしろにぴったりとつき従っている、さっきも目についたスカールの小さな影のような一騎をみて、そして小さく感嘆の息をついた。
きっちりと長い髪をまいてとめたリー・ファは、そのかわいい、山猫のような顔にぬけめなく光るつりあがった目で、じっと太子のうしろにひかえている。野性の匂いのする美貌と、人馴れぬネコのようなようすとは、パロの女性になじんだベック公には、まったく異国めいて見なれぬものにうつった。


グイン・サーガ第八巻『クリスタルの陰謀』

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3968V3:2015/06/08(月) 23:23:27 ID:3z4GG4Kk
「損害は?」
「われわれは、ほとんどありません、太子さま。カウロスが、およそ五千」
「わが隊はいささかこうむりました。いま並べさせてみたところ、二、三千やられています」
カイル隊長が報告する。
スカールはうなづき、何か考えるふうで、ゆっくりとそのへんを小さい輪を描いてハン・イーにまわらせていたが、ふいに顔をあげた。
「おお、のろしだ。見ろ、リャガの城塞を」
あわててみな空をふりあおぐ。
くっきりと晴れた空に、リャガの白い城壁の上からゆらゆらとひとすじの煙が立ちのぼったかと思うと、いきなりスルスルと糸がひかれて、きのうの夜までカウロスの国旗をはためかせていた旗台に、アルゴスの星月旗がのぼっていった。
つよい風にはたはたとはためいている星月旗をみあげて、アルゴス軍の口からわあっと歓声があがる。
「なんと」
ベック公はテルシデスに、あきれ顔でささやいた。
「どうやらあの城塞の中には、あつも各国の旗が用意してあるらしいな」
「驚かれたろう、ベック公」
ききつけてスカールが大声で笑い出す。
「だがまだおどろくのは早い。これからさ」
スカールがまだ云いおわらぬうちだった。
ぴったりととざされていた城門の内側で、たかだかと笛のふきならされるのがきこえ、そして、やにわに、城門が左右へきしみながらひらきはじめた。
ルアンの湖水の、せまくなったところへかかる、はね橋が、しずしずとおりてくる。
「こりゃまたみごとなものだ」
ベック公は口笛を吹いた。
「もしここでまた、カウロスの大軍があらわれたら、どうなるのです、スカールどの」
「そりゃ、もちろん、すぐにはね橋をあげ、旗をおろしてようすを見るだけだな。もし、きゃつらがアルゴスの旗をおろさなければ、われわれの方がつよいとふんでいることになる」
「いっそそこまでゆけば見事としか云えませんな」
「グル・シンがうまくやったらしい」
それにはこたえずに、スカールはリー・ファに云った。
「グル族を整列させろ。カイル、われわれのあとから入れ。——今夜はリャガだ」


「公、今夜もういちどはかるが、おれの考えでは、このままリャガをぬけて、一路トルースに入り、トルフィアで兵をあつめたなりまっしぐらに東進することを考えた方がいいと思う。——まことにすまぬ話だが、アルゴス正規軍はひきつれて来られぬことになった。いや、むろん、公におかしするのがいやだというのじゃない。実は出がけにヤルーとかいうクリスタルからの使者が来て、アルゴス正規軍六万を、二つにわけてモンゴールのおさえに出せとの催促なのだ」
「ヤルーが?」
ベック公のほおがひきしまった。かたわらのランズ魔導士をかえり見る。
ランズは黙って、いくぶん頭を下げた。
「そこでわれわれとしては、トルース軍と合流したあと、カウロスが背後をついてアルゴスをおそうのを阻むか、いっそカウロス本国をついて一気におとすか——それにはちと、人数が足りんな。あるいはトルースに背後をまかせ、おれとベック公は海路からモンゴールをおそう隊か、陸路ケイロニアのおさえに北上する隊か、いずれかに合流するか。ベック公にまかせよう」
「これは、なかなか、考えてみないことには——」
「まあな。——いずれにせよ、どうやらこれでわれわれも、今度こそ中原、草原すべてをまきこむ大きないくさの渦中には居ることになったというわけだ。ベック公、このいくさは、なかなか小ぜりあいではおわりそうもないな」
「うむ——それにしても……」
「パロ=アルゴス連合がふっとぶか、モンゴールという国がこの地上に存在せぬようになるか、いずれにしても、これは、おそらく、長く——きわめて長くつづきそうな気がするぞ。あんたがたの好きな、例の予感、霊感ではないがな」

グイン・サーガ第八巻『クリスタルの陰謀』

梅(*`Д´)ノ♪

※小説スレの中身は、1〜2097レスまでです

3969V3:2015/06/08(月) 23:33:21 ID:3z4GG4Kk
第八巻『クリスタルの陰謀』は、これにて終了
沢山の人間達が入り乱れて、物語が複雑化して行くので面倒臭いったらありゃしない(*`Д´)ノw


で、ここまでの雑感というかツッコミ所なんですが、モンゴールの奇襲に遭うまで長く平和を保っていた筈のパロに、なんで『勇猛公』なる尊称が付く公爵が存在してるんでしょうかw
14歳になるリンダやレムスだけでなく、25歳になるナリスですら戦乱を経験していないパロなのに、どうして戦争での功績でしか与えられない尊称を持つ30歳の公爵が存在してるのよ〜w

国境の小競り合い程度ではわざわざ公爵当人が出向くとは思われず、また、赴き競り勝った所で、与えられるのは勇猛というより、無謀公の陰口ではと(;^_^A

3970V3:2015/06/08(月) 23:50:17 ID:3z4GG4Kk
思うにこれは、グインが書かれた時代の、日本のインテリ達の限界だったかなと

グインの第一巻が書かれたのは、昭和五十八年、西暦で言えば1983年です
この当時の日本は、左翼思想が社会全体を覆っており、ことに、自分を「自由でありたい、進歩的な人間でありたい」と願ってたような、当時のインテリゲンチァ達に取って、軍事だ戦争だの実感、体感は、遠い話だったのだと思います


「戦争も経験していないのに、勇猛公が存在してるのはおかしくないか?」

早稲田の文学部卒で、在学中に中島梓名義で評論家賞を授賞するような早熟な才女の作者ですら、この当たり前の疑問が湧かなかったのは、ひとえに世相の影響かとw
あと、当初からの担当編集者で、後に栗本薫と結婚した今岡清にも、同じ疑問が湧かなかったのか、はたまた湧いた所で、人気作家に物申す事が出来なかったのかw


戦争で功績を立てた訳でもない人物に対して、戦時での尊称を与えるって、安重根を将軍呼ばわりする韓国人と変わらなくないか?と思ったことは内緒にしとこうw

3971アイナメ:2015/06/09(火) 08:33:56 ID:DQhbUjr2
V3さん。(*´ω`*)お疲れ様でした。面白かったよー!

書きたい事いっぱーいの御大!!仕込みのネタもあっちこっちに散りばめられて…
これって全部回収できんのかいなと…σ^_^;
案の定、御大の悪い癖が出て伸びる延びるーーW
出だしは、ツッコミ箇所が一杯w。V3さんも指摘してましたが、弟と2人で、なんでやーね〜ぞ
これは〜と、あははは(^◇^;)思い出しました。

3972V3:2015/06/09(火) 13:09:57 ID:YO7cDlik
アイナメさん、こんにちわ( ´ ▽ ` )ノ

ツッコミ所、満載だと気付いたのは大人になってからw
後に明らかになるケイロニアの内情とアキレウス皇帝の性格ですが、あの国が何でモンゴールと手を結んだのかと小一時間(;^_^A
まあ、グインには全ての謎を回答出来る奥の手がゲフンゲフンw

ところで、本スレでちょっと面白いレスが


559 :O.チキチキ(っ´ω`c)◆cxxSdZRnyHzR :2015/06/09(火)07:48:55 ID:eu0 ×
日本の天変地異を年表で記したサイトより。
http://www.nagai-bunko.com/shuushien/tenpen/ihen00.htm

http://imgur.com/txauzOX.jpg


1650(慶安 3)年
3月23日 関東地方で大地震。家屋に被害、死者多数。日光でも被害。翌日も地震。
6月20日 江戸で大地震。城櫓倒壊。大名町家も破損。1日に4、50回も揺れる。
7月16日 江戸で地震。
7月27日 淀川決壊し、大坂洪水。大坂城に被害。
8月 7日 秩父で氷降。鳥多く打殺される。
8月29日 唐津で長雨により洪水。25000石損。城・民家などに被害。
12月 7日 京で地震。
この年、毛が降る。
 
こ の 年 毛 が 降 る
 
こ  の  年  毛  が  降  る

560 :名無し :2015/06/09(火)07:50:13 ID:2EN ×

こ の 年 毛 が 降 る

グラスウールみたいなもんかな。ちょっと夢がないけどw




いや、それは「エンゼル・ヘアーだ!」と、グインファンとして叫んでおこう(*`Д´)ノww

3973アイナメ:2015/06/09(火) 13:39:08 ID:DQhbUjr2
いや、それは「エンゼル・ヘアーだ!」と、グインファンとして叫んでおこう(*`Д´)ノww

そうか、じゃあとは(*`Д´)ノ!!!「イド!!」の出現を待つばかりなり〜w

関東平野一杯の…くず湯………w

3974V3:2015/06/09(火) 13:52:17 ID:YO7cDlik
ところで、こっそりとアニメの愚痴をw

イシュトヴァーンの考察モドキにも書いた、「何故イシュトヴァーンは、リンダに固執するか」という点について私が一番の決定打だと思っている場面、嵐の最中、海賊船長に斬り殺されそうになったイシュトヴァーンを助けるべくリンダが飛び出してくる場面が、アニメではカットされてしまってました…(~_~;)

まあ、アニメは全般的にアムネリスをメインヒロインとして扱ってましたから、致し方ないのでしょうが

因みにアムネリスは、原作よりアニメの方が魅力的です
ある意味アストリアスも、アニメの方がキャラ立ちしてて、印象深いww

原作には無い設定の、イシュトヴァーンのムチ使いというのも良かったと思います
プロレスラーみたいな戦士や海賊達を相手に細身のイシュトヴァーンが負けない為の説得力を補強してました

リンダは…、まあ、言わぬが花w
私はリンダに思い入れが強過ぎるので、多分一番口煩いタイプのファンでしょうから(;^_^A

3975:2015/06/09(火) 13:53:30 ID:1begOuGQ
何だかそのサイト、面白いですね♪
こんなのも♪

979(天元 2)年4月21日
備中国より言上あり、去1日、都宇郡撫河郷箕島村に、形も味も飯の如き物が降り、人民これを食す。(日本紀略 7)

1141(永治 1)年9月25日
名称不明の物体が京中を飛び交う。形は胡麻の如し。(百錬抄 6)


梅(*`Д´)ノ♪

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3976V3:2015/06/09(火) 14:01:37 ID:YO7cDlik
桃さん、こんにちわ♪

これは、アフラマズダさんの出番なのでしょうね(*`Д´)ノ

梅(*`Д´)ノ♪

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3977アイナメ:2015/06/09(火) 14:03:56 ID:DQhbUjr2
アニメは。(*´ω`*)色々考えて、見ませんでした…
キャラの設定ラフ画の時点で、間違いなくテレビを壊すなと(笑)
まあまあの評価がついているですようですな…
リンダをもうちょっと大事しても〜と思ったけどね。
…御大の愛は別なキャラのようだったけどねw

3978V3:2015/06/09(火) 14:40:24 ID:YO7cDlik
アニメはアニメで、中々良かったですよ
グインがとても「グインらしかった」です
イシュトヴァーンは、声優さんのお陰か演出のせいか、二枚目成分多目で、愛嬌成分は殆んど無かったのが残念ですね
砂ヒルを食べさせられた場面もカットされてたようなw
リンダは、声優さんが余り良くなかったし、神秘的な雰囲気が皆無に近かった(;^_^A

男性にはウケていたようですが、戦乱やバトル場面が、アニメ的オーバーアクションになってて、苦笑せざるを得ませんでしたw
グイン、人間を地面に埋めるな(*`Д´)ノw
イシュト、岩を剣で切るな(*`Д´)ノw
ナリス、そんな高い所から落ちたのなら大人しく死んでろ(*`Д´)ノw
ヴァレリウス、二枚目過ぎる(*`Д´)ノw
リギア、デカいおばちゃんやん(*`Д´)ノw
アムネリス、いい人補正掛けられて贔屓され過ぎ(*`Д´)ノw

セム族、村の地面を舗装する知能なんて持ってたら、普通に人類として扱われてるっつーの(*`Д´)ノw
ラゴンがまんまインディアンで、下手したら問題視されるぞコレ(*`Д´)ノw

端役にしか過ぎない女達が美形過ぎ(*`Д´)ノw
悲運の酒場女ミリアですらリギアより全然綺麗とか、スタッフは力の入れ所がおかしい(*`Д´)ノw

マリウス、歌が下手(*`Д´)ノw
しかも全てメロディ同じって、プロとして食べて行けないでしょソレ(*`Д´)ノww


あ、いや、面白かったですよ?
ホントに(;^_^A

梅(*`Д´)ノ♪

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3979アイナメ:2015/06/09(火) 14:55:26 ID:DQhbUjr2
wwwwwwwwwwww大草原だわwwwwwwwww
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3980V3:2015/06/09(火) 14:55:55 ID:YO7cDlik
でも、エンディング曲の
「Saga〜This is my road」
作詞・作曲・編曲・歌 - カノン

これは文句無く最高の出来(*`Д´)ノ!
グインから離れて一つの楽曲としても素晴らしいし、歌詞がグインの世界観というか、リンダの世界観をとても上手に表現してて、これ以外に無いだろうと唸らせる出来(*`Д´)ノ♪♪♪
カノンという女性歌手の声も素晴らしく美しい
この歌手が作詞作曲を手掛けたそうですが、本編を読んだ上で作詞したのか、はたまたスタッフから筋の説明だけ聞いて書いたのかは知りませんが、本当に秀逸な歌詞です

一人の大人として、哀愁を持って共感出来る、そんな歌です


梅(*`Д´)ノ♪

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3981V3:2015/06/09(火) 15:04:38 ID:YO7cDlik
アイナメさん、原作読者なら、ネタとしてアニメをご覧になられても宜しいのでは?

「ええっ!?そんな改変しちゃうの!?うおっ、そう来たか!?」みたいな、原作ファンを色々驚愕させてくれるアニメでした(*`Д´)ノw

リンダとイシュトヴァーンのLOVEシーンは全般的に簡略化されてて、「イシュトヴァーンの今後に大きな影響を与える出来事なのにな〜。二期目とか余り考えてないんだろうなあ〜」と、個人的にはぶちぶち思ってましたが(;^_^A


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