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好きな小説を語るんだよ(*`Д´)ノ
3938
:
V3
:2015/06/08(月) 21:09:21 ID:3z4GG4Kk
「ヤヌスよ」
そっとイシュトヴァーンはささやいた。
「波にさらわれはしなかったんだな。やれやれ!」
二十歳の今日まで、わが身ひとつを武器に暗黒の世を生きぬいて、やさしい思いやりや、優雅な云いまわしなど、ひとつも知らぬかれである。
しかし、そのぶっきらぼうなひとりごとには、胸につきささるような安堵といとしさがこもっていた。
「おい、しっかりしろ。まさか、くたばっちまったんじゃねえだろうな。——いつでもヤヌスに守られてるんだと云ってたのは、あいつはホラかよ。ええ」
ぶつぶつ云いながら彼はせっせと、帆布や板きれをとりのけた。
「おい、リンダ。——お姫さま。おてんば姫……やられちまったのか。あの雷に、あたったわけじゃないだろう——ええ?」
イシュトヴァーンは、こわれものをあつかうように、リンダのからだをゆすぶった。
「水——そうだ、待ってろ」
すばやく、リンダをおろしてかけおり、水を口に含んかけ戻ってくる。その肩をかかえて抱きおこし、唇をかさねて口うつしに飲ませてやろうと顔を近よせて、ふいに、イシュトヴァーンはためらった。
その黒い、いたずら小僧のようにも、ずるがしこい蛇のようにもなる生き生きした双眸に、何か、かつて見たことのない奇妙な、畏れるような、とまどうような光がうかび出た。
彼はふいに、嵐のさなかでいなづまにひきさかれ、雷に打たれ、何もかも暗転するせつなの情景を、はっきりと心によみがえらせていたのである。
剣がたかだかとふりかぶられ、いまやイシュトヴァーンの若い心臓めがけてふりおろされようとしたせつなに、彼は、永劫をかいま見る一瞬の中で、その声をきき、安全なかくれ家をあえてとび出してこちらへ走ってくる銀髪の少女のすがたを見たのだ。
「イシュトヴァーン!おお、イシュトヴァーン、死んではいや!」
リンダのきゃしゃな姿は暗黒の海と空のまんなかで、必死に闇に立ちむかうほっそりしたローソクのように輝き、その神秘的な銀髪は激しい風に吹きなびいていた。その女王の誇りと予言者の高貴に近づきがたかったけむるようなヴァイオレットの瞳は、涙をたたえ、大きく見ひらかれ、ただ彼を——イシュトヴァーンだけを見つめて炎よりもあらあらしく燃えていた。
まったくそれはなんという少女だったことだろう!——ひと目、そうしたときの彼女を見たものは、誰ひとりとして、彼女こそ地上のイリス、炎と光と熱とからつくられた青白い聖天使であることをうたがうものもなく、誰ひとりとして、この少女のために生命をかけることをこばむものもいなかっただろう。
彼女は危難の中にあればあるほど、いよいよ至純の、熾烈の炎をふきあげる光の魂をもっていた。彼女はまだおさなく、その魂はほとんど子どものそれでしかなかったが、すでに彼女はその人を思い、また人をにくむ熱情の激烈さでは、比すべきものもなかった。
それをまっこうからむけられる男がもし、そのいちずさとひたむきさをうけとめるだけの勇気とつよさを持ってさえいれば、彼女の愛は、それを得る男にとって、全世界とすらひきかえることのできぬものになるのだった。
イシュトヴァーンの浅黒い顔に、ふしぎな厳粛な表情が浮かんでいたのもむりはなかった。——それから、彼は、思い切ったように顔をふせ、リンダの少しひらいたくちびるに唇をかさねると、やさしく水を流しこんでやった。
「う……」
リンダがうめいて、身じろぎした。
イシュトヴァーンは、そっとその髪を手にすくいとった。たくましい掌のなかで、銀色の絹糸は、キラキラと輝きわたる。
「光の公女——おれの……」
グイン・サーガ第八巻『クリスタルの陰謀』
梅(*`Д´)ノ♪
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