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好きな小説を語るんだよ(*`Д´)ノ
3948
:
V3
:2015/06/08(月) 21:34:11 ID:3z4GG4Kk
イシュトヴァーンの息づかいが、わずかに早まった。しばらくの間、どちらも何も云わず、あたかもどちらか先にこの沈黙を破った人間が、このたたかいに似たはりつめた緊張のとばりをあけ、その結果を身にひきうけねばならぬとおそれてでもいるかのようだった。
二人は、強情にたがいを見まいと顔をそむけつづけていた。しかし、その重苦しい時間を、ふいに破ったのは、イシュトヴァーンのほうだった。
「そのう——おれはつまらんことを考えていたよ。前にはおれはたしか、おれが生まれたときに予言された《光の公女》についてあんたやグインにしゃべったと思うが……」
「ええ」
リンダはどことなくほっとしたように云った。
「覚えているわ」
「そのう、つまり——おれは、いまじゃ、あんなことをあんたに云うんじゃなかったなと思ってるんだよ」
「なぜ?」
リンダのいらえは、あまりにもすばやかった。
「つまりさ——」
イシュトヴァーンはそっとくちびるをなめた。
「だから、おれは心配したのさ。あんなことをいったので、だから、リンダ、あんたがおれのことを、そのう……あんたが王女だから、だから、その——」
「わたし、国を追われた王女だわ」
リンダは下唇を吸いこみ、激しく云った。
「わたしはもう何も持っていない。たとえアルゴスへぶじについたとしても、おばの助けをこい、そのあわれみにすがって、軍隊をかりてパロへせめのぼる、なんてことが、ほんとうにできるかどうかわからない。アルゴスの民は草原の人々で、かれらはとても情誼にあついけれど、でもかれらだってたかが血が少しばかり混じりあっているというだけで、他の国の無力な子どもたちのために国のすべてをかけてまで戦ってくれはしないでしょう。たとえそれにおばの口添えで、パロ奪還の軍をおこすことができても、モンゴールをうちまかす望みは少なく、そして国をとりもどせばこんどはそのためにうけたアルゴスの恩恵がわたしたちの負債になる。わたしたちは幼くて、何の力ももっていないから、どんなことをでももうたしかだと信じるわけにはいかないの。聖なる王家の聖なる血をひいているというだけでは、そのへんで平和にくらしている漁師の子どもよりもさえ、多くをもっていることになどなりはしないわ。あなたやグインがかしてくれている力にだって、はたして、ふさわしい約束どおりの報酬どころか、何を払えるのかわからない。わたしが——わたしとレムスがいま、たしかに持っていると云えるのはもう、このからだのいのちだけよ。それもあなたが守ってくれなければ、いつ失ってしまうかわからない。——わたしたちは、そんなものになってしまったのよ。父もなく、母もなく、財宝もない。それでも王女などと云えるかしら?ただの孤児、そうよ、わたしたちはあなたがいなくては何もできない無力な孤児にすぎないのよ!」
「お前さんが、そんなことを考えていようなんて、真実の守り神なるヤヌスにかけて、おれは考えてもみなかったよ」
思わず口から出た、とでもいったように、イシュトヴァーンは云いかけた。
が、リンダがいきなりわっと泣き出したので、あわてふためいた。
リンダは長いこと忘れていた涙がようやく流れ出すすべをとりもどした、とでもいうかのように、手放しで、王女の誇りも気丈さも投げすてて泣いていた。彼女は結局のところ十四歳にしかすぎなかったのであり、年齢と、それまでの境遇のわりに、あまりにも苛酷なたてつづけの試練に、あまりにも長いあいださらされつづけて、一刻として心の安まるいとまさえなかったいたいけな少女なのだった。彼女の若さと生来の情ごわさとが、これまで辛うじて彼女を支えていたけれども、いまはその牙城はくずれおちた。彼女は、ひどく小さく、かよわく見え、そして恥ずかしさも忘れてしゃくりあげた。
グイン・サーガ第八巻『クリスタルの陰謀』
梅(*`Д´)ノ♪
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