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【失敗】廃棄小説投下スレッド【放棄】

154ロシアン・シュー </b><font color=#FF0000>(dkDoE4AQ)</font><b>:2005/03/20(日) 13:44:55
「樅兄の考えはよく分かり…」
「待てよ、おーむ」
 大村の言葉の語尾にかぶせるようにして、いつの間にか顔を上げた藤田が手
を差し出して「ストップ」と表す。その目は、どこか怒ったように尖り、大村
は思わず口を噤んだ。
「ねぇ樅兄」
「…何?」
「俺の今日のカッコ、イケてます?」
「ん?…いや、おまえその格好で家から来たんか、て思うけど」
「…おかしい」
 常に無い、真剣な声色。大村が尋ね返す代わりに眉をひそめると、藤田は苛
ついた様子で居酒屋のテーブルをひとつ叩いた。周囲の客が一瞬こちらを注視
したが、すぐに興味を失った様子でそれぞれの会話に集中を戻した。彼らのそ
の動きはどこか不自然で、もしかしたら石の能力の中には他人の自分への興味
を失わせる、そんなものもあるのかもしれないと大村は頭の片隅で考える。
「…どうしたんだよ藤田」
「まず根本的なところがおかしいんだよ」
「…だから何がだね」
「今の樅兄が、石を持ってるはずがねぇ」
 石を持っているのは芸人だけのはずと聞いているから。
 これまで石を持っていたとしても、つい最近、樅野は石を手放していると考
えてもいいはずだ。彼の肩書きは、『作家』ではないか。
「…でもよ、石を手放すってのもすぐにはいかねぇだろ。少しくらい、猶予が
あるのかも」
「それより、この樅兄も幻覚だって考えた方がしっくりこないか?」
 藤田が、テーブル上にあった割り箸を大村の肩越しに投げる。大村は振り返
らなかったが、背後の樅野から声が上がった様子はない。普通、箸を投げつけ
られたら「わぁ」だとか「何すんだ」とか、とにかく声を上げるはずだ。
「…マジか…」
 …そう考えれば、さっき周囲の客がこちらを見てすぐに興味を失ったのもな
んとなく分かる。大村が一切振り向かなかったこともあって、傍から見れば、
自分たちは“二対一で揉めてる集団”ではなく“ただの二人連れ”なのだ。二
対一の状況なら多少目を引いただろうが、ツレ同士にしか見えない藤田と大村
だけなら、さして注目することもあるまい。
 ライブ前、大村が“一人で”何かと対峙していたように、実は「一人足りな
い」。言い換えれば、一人は幻覚。
 大村が鋭く振り返る。そこには誰も居なかった。
「…幻覚の樅兄さ、ちょっとだけ笑って、フッて居なくなった」
 ずっと樅野(幻覚)が立っていたのを見ていた藤田が、ぽつりと呟く。それ
を口に出してみると、ひどく象徴的な言葉になってしまったことに、藤田自身
が驚いた。驚いたけれど、そのことが藤田にある核心を抱かせた。
「居るんでしょう?」
「藤田?…誰に話し掛けてる?」
 さっきから、藤田は千里眼でも持ったかのように大村の思考の先を行く。大
村にとってみれば、いつもおちょくっている藤田の言動に驚くやら少しムカつ
くやらといったところだ。
「居んの、分かってんすよ」
「藤田ぁ」
 俺にも分かるように言いたまえ。
 大村がそう言おうとした矢先だった。

155ロシアン・シュー </b><font color=#FF0000>(dkDoE4AQ)</font><b>:2005/03/20(日) 13:45:28
「…大村じゃなくて藤田に見破られんの、ちょっと悔しいな」
 聞き覚えのある、標準語と交じり合って柔らかな響きの関西弁。
 今、背後に立つ人物が、山崎・樅野、二人の幻覚を大村に見せたのであり。
 そして、振り返る前から分かった。その声は聞き間違えようもなく、
「や…まもと、さん?」
 樅野の相方だった、山本のもの。
「ライブ、実はこっそり見てたよ。よかった」
「…マジで山本さん?」
「大村は、びっくりしてるなぁ。…藤田は、いつから分かってたん?」
 穏やかな顔に、多少剣呑な表情を浮かべて、山本が藤田に向けて顎をしゃく
ってみせた。
「樅兄が出てきたところ」
 山本の問いに、藤田はお気に入りのおもちゃを取られた子供のような顔で答
える。
「なんで分かった?」
「樅兄がこんなことすんのおかしいって思った。下手したら俺らが石使って抵
抗してくっかもしれないのに、しらっと出てきて、無防備過ぎんなぁって。幻
覚って考えれば説明がつくでしょう。幻覚に俺らが反撃したって、本体は傷付
かない」
 それに、と言いさして、藤田は自分のスウェットを見下ろす。
「決定打はこのスウェット。樅兄は俺が今日なんでスウェット履いてんのか知
ってるんですよ。おーむの悪戯のせいで途中で履き替えたんであって、この格
好は家からじゃねぇってことも」
 あちゃあ、と山本の茶化したような声がした。たいしてダメージは負ってい
ない。
「…それで、その幻覚の本体が俺やって、なんで分かったん?」
「…手放した石を、樅兄がどうしたか考えたんです。あんまり考えたくはなか
ったけど、もし俺が樅兄と同じ状況ならどうするかってことも考えた」
「それで?」
「俺なら…」
 藤田はそこで一度言葉を切り、対面に座る大村に視線を合わせた。
「持たなくなった石は、きっと大村に預けます」
 山本の返事はない。おそらく、藤田の推察は的を射たものだったのだろう。
樅野はもう自分で持たなくなった(持てなくなった?)石を、元相方に預けた。
「石は、芸人じゃないと持たない。石は、俺らがコンビだったって証にもなる
でしょ。だから俺ならきっと大村に預けます。…同じように樅兄も山本さんに
預けたんじゃねぇかなって」
 樅野が何を考えて、石を山本に預けたのかは知らない。山本にすら分からな
い。
 しかし、藤田の言葉は拙いながらもある種の説得力を持っていた。芸人にな
らなくては持つことのなかった石。自分の笑いへの情熱に反応しているような
石。それを『自分が芸人である間となりに居た男』に託したとしても、驚くこ
とではない。
「…おまえらを、試しただけや」
 拗ねたようにそう呟いて、山本が二人に背を向けた。くちびる噛んで黙って
いた大村が、先輩の背中に声を掛ける。

156ロシアン・シュー </b><font color=#FF0000>(dkDoE4AQ)</font><b>:2005/03/20(日) 13:45:54
「ねぇ山本さん。俺の石はすげぇ弱っちくて、ひとりで戦ったりとか出来っこ
ねぇんですけど、でもそれでも藤田がホンモノかどうかぐらいは見破れるんで
す。俺はそれが出来ればまぁ十分かなって思ってます」
 その場に立ち尽くしたまま、山本は動かない。テーブルの傍らで立ち尽くす
男を、店の客が胡散臭げに見上げている。この山本は確実に幻覚ではないらし
い。
「俺がホンモノかどうか、このモジャが分かんのかどうかアヤシイもんですけ
ど、でもやっぱりちゃんと見破るんじゃねぇかなって、変に信じてる部分もあ
るんですよね」
 大村の言葉に、藤田が怒ったり照れたりしているのが見えたが、今は構って
いる場合ではない。
 山本は、彼らにじっと背を向けたまま黙っている。彼の傍らのテーブルの客
が、立ち上がって、店を出て行った。そのくらいの時間をじっとしたまま待っ
て、それから山本はゆっくりと藤田と大村を振り返って。
「…相方のことが分かる、ゆうんか」
「そうですね」
「今日は俺が相手やったからそれも出来たかもしれん。せやけど、似たような
能力の石を持ったやつが、俺よりもっと周到に相方のニセモン送り込んでくる
かもしれへん。しかも、その日がいつ来るかもしれん」
「もし、ホンモノ藤田の中に一日だけニセモノが混じってたとしても、俺はイ
ヤでも気付いちまうんだと思いますよ」
「ロシアンルーレットみたいだな」
 大村の今日の悪戯を思い出して、藤田が呟く。彼のジーパンをベットリとよ
ごした、辛子入りのシュークリームが脳裏をよぎったのだろう。
「俺の石の能力があれば、山盛りのシュークリームの中から辛子入りを選び出
すことだって可能だからな」
 大村が、ニヤリと笑って藤田を見る。藤田は、これから先ロシアンシューの
罰ゲームをすることがあれば、自分は必ず「アタリ」を引いてしまうのだろう、
と悲壮な覚悟を決めた。
「…お気楽なヤツら」
 山本が呟く。けれどその声音は十分に笑いを含んだもので、二人は安心する。
「それでですね。何が言いてぇかっていうとですね。…俺も藤田も、白でも黒
でもぶっちゃけどっちでもいいんですけど、でも…白に入って石を封印できん
のなら」
「そんで、それが“いろんな人”の希みだってんなら」
 藤田の言う「いろんな人」には、大好きだった先輩も含まれるのであろう。
そして、自覚の無いまま「元相方」の思いを汲み取ってトータルテンボスを白
にいざなおうとしていた、目のまえの山本のことも。
「俺らは、白に入ってもいいと思います」
「困ったことに、俺も大村とおんなじ意見でっす」
 アフロを揺らして、藤田が明るく挙手して賛同する。
 一瞬、あっけに取られた顔をした山本が、次の瞬間、泣きそうな顔をして、
すぐにそれから弾かれるように笑い声を上げた。大きな笑い声はしかし、居酒
屋の中では埋没する。
 ひとしきり笑った後で、目じりを濡らすわずかな涙を指先で拭って、山本は
ウンとひとつ肯いた。
「頼むわ。俺はもうしばらくは、石使う気はないし」
「俺に任せてください」
「藤田に任すんは、ちょっとな」
「なんですかそれ!」
 笑い合い、居酒屋の喧騒の渦に飲み込まれていく感覚を味わいながら、藤田
は思った。
 俺は今晩のことをずっと忘れないだろう。事あるごとに思い出すんだ。…辛
子入りシュークリームを見た時なんか、特に。

157ロシアン・シュー </b><font color=#FF0000>(dkDoE4AQ)</font><b>:2005/03/20(日) 13:46:19
「じゃあ、俺は帰る。またルミネで会おう」
 朝もやの中、カラスの鳴く居酒屋前の路地で。
 目のまえの先輩は至極さっぱりとした顔で大村と藤田を見て、続ける。
「今日のこと、“あのひと”には内緒な」
 その指示語が誰を指しているのかはすぐに知れたので、二人も問い返したり
はしない。
 その代わり、藤田がすこし躊躇って切り出す。
「山本さん」
「何、あらたまった顔で」
「山本さんの石の能力は」
「知った人の幻覚を作り出すこと。その人のことを知ってれば知ってるほど、
リアルな幻覚が作れる」
 大村が見た山崎の幻覚が奇妙なほど笑顔だったのは、山本のイメージの中の
存在だったからなのだろう。
「まぁ幻覚ゆうか…正確には“蜃気楼”みたいなもんやな。人によって見れた
り見られへんかったりするようにも出来るから、正式な蜃気楼とはちがうけ
ど」
「なんで蜃気楼でしょうね?…蜃気楼ったら砂漠?山本さんがラクダに似てる
から?」
「さぁ」
 山本が気を悪くした様子も無いので、藤田は思い切る。
「あの、山本さん。…樅兄の幻覚、もう一回作ってくださいよ」
「え?」
「俺、最後に、チャイルドマシーンの揃い踏みが見てェっす」
 もじもじすんじゃねぇ、と笑って背中を叩いて、藤田をツッコんでやろうか
と大村は思ったが、相方のデカイ体の向こうに見える山本が泣きそうに瞳をゆ
がめたので、何も言えなかった。
「…悪い、藤田。俺、今日もう打ち止め」
「…」
「1日に2人も幻覚作ったん初めてで、わりとへろへろ」
 それは言い訳ではなく、真実なのだろう。石を使った人にしか分からない疲
労感は確かにある。しかもあれだけリアルに喋る幻覚を作ることが、何度も何
度も出来るとは考えにくい。
 そっすか…とすっかりしょげかえった藤田の背中を、今度こそ大村がドスン
と重たく叩く。
「…藤田、気付け。おまえの石の出番じゃねぇの?」
 大村の助け舟に、アフロの下の藤田の曇り顔が一気にパッと晴れ渡った。そ
して「どういうこと?」と山本が問い直すより早く、
「山本さん、ハンパねぇっ!」
 早朝の空に、高らかに藤田の声が響いた。驚く山本だが、すぐに藤田のポケ
ットの中が薄い碧色に光るのが服の上からも見えたので、その意を察する。
「藤田、おまえの能力って」
 その問いには、藤田ではなく大村が応える。
「余力無い石を、ハンパねぇ状態に回復させる。ま、ゆったらタダで満タンに
してくれるガソリンスタンドみてぇなもんです」
「ちょ、それヒドくねぇ?」
 「ホントのことだろう」「だとしてもヒデェ」などと二人がちょっとした小
競り合いを始める。それを見ていた山本の隣の空気が、ちょうど人の大きさぐ
らいに、きゅぅっと密度を高めた。色はないが、透明なレンズを置いたかのよ
うな。
 …藤田の石・翡翠(ジェイド)の能力のおかげで、幻覚を作り出すことが出
来そうだ。しかし、本格的な口喧嘩になり始めた藤田と大村は、その瞬間を見
ていない。
「フザケんなよおめー!」
「やろうってのかよ。おまえのことなんざ金輪際もう知らねェ。ダチでもなき
ゃ相方でもねぇ」
「上等だ!このすっとこどっこい!」
 つい数時間前に「俺は相方を信じてる」ようなことを言っていた二人とは思
えない罵詈雑言が、薄水色の朝空の下を飛び交う。苦笑していた山本が、何か
念じるかのように、一瞬目をきつく瞑った。ペンダント式なのだろうか。石が
あるらしい山本の胸元が、淡い光を放つ。
 隣の“密な空気”が、中央からゆっくりと色を生していく。ゆらりゆらりと
揺らいで危うかったそれは、ある一瞬からしっかりと質感を持って目に映る。
 石が何かまでは明かさないが、今まさに山本は蜃気楼で人を一人出現させん
としている。

158ロシアン・シュー </b><font color=#FF0000>(dkDoE4AQ)</font><b>:2005/03/20(日) 13:46:44
「…藤田」
「なんだね、今更すいませんでしたは聞かねぇぞ」
「おまえになど謝るかバカモノ。…いや、そうじゃなくて」
 大村がゆっくりとかざした手は、ピンと伸ばされたその人差し指で、一点を
指している。
 その先を急いで追った藤田の目に映ったのは、ゆっくりと去ってゆく先輩の
背中。
 肩越しにバイバイまたな、と手を振ってみせているのは山本。
 そしてそのとなりで一緒に歩み去りながら、一瞬こちらを振り返って、口の
かたちだけで「喧嘩すんなよ」と言っているのは、樅野。…いや、樅野の幻覚。
幻覚と分かっていても驚くほど、すごくリアルだ。
 そしてそうやって二人の並ぶすがたは、あまりに当たり前に思えるほど自然
で。
 立ち去る先輩二人を見送りながら、いつしかさっきまでの喧嘩を忘れて、ぼ
んやりと藤田と大村は立ち尽くしている。
「…なぁ、おーむ」
「…あ?」
「別に俺らはバンドん時、ふつうに樅兄に会えるんだけどさ。たぶんルミネで
あの二人に会う確率だって高いんだろうけどさ」
 目が潤んでくるのは何故だろう。
「なんか…二人並んでっと、すげぇあの背中がでっかく見えんな」
「…」
 くせぇ、と笑いもせずに、大村は真顔のまま踵を返す。山本とは真逆の方向
に歩みを進め始める。
「なぁ、大村ってば」
 その背中を追う藤田だが、顔はチラチラと反対方向に歩み去る先輩二人を見
ている。それを横目で確認して、大村は突然足を止めて。
「藤田、俺に“ハンパねぇ”かけてくれ」
「は?」
「いいからかけろよ。俺も、もう燃料切れ寸前だっつの」
「…大村、ハンパねぇ」
 藤田が気の乗らぬまま呟く。これで大村の石も全快とはいかないが、それで
もあと一回使うぐらいは出来るだろう。手元に石を引き寄せて、握りこみ、胸
にくっつける。藤田が見よう見まねの様子で同じ体勢を取る。
「“ハイライト”やんぞ」
「え?え?」
「“ハイライト”だよ。いいな?せぇの」
 一瞬先に、大村の石が淡いヒヨコ色の光を放った。『打ち合わせなしでも藤
田とのハイライト詠唱がハズれないように』成功率を上げたのだ。
 そして、二人は声をそろえて、背後の山本に聞こえる程度の声量で。
「チャ・チャ・チャイルドマシーンの、ハイライトっ」
 薄い緑と黄色の光に包まれながらそう言い放つと、脱兎のごとくその場を走
り去った。

 あとに残された山本たちが、観客のカラス相手に、いったいどんなハイライ
トシーンを見せたのか、藤田たちに知る術はないが、それは山本だけが知って
いればいいことだと思って気にも留めなかった。

 石の能力を最大限に使った疲労感を、飲み過ぎの二日酔いだということにす
り替えて、朝日に向かって二人は歩く。
「なぁ大村」
「なんだね」
 差し当たっての藤田の関心事は、白のユニットにどうやって入ればいいのか
とか、黒のユニットにはどんな人がいるんだっけ、とかそういうことよりも。
「頼むからさ、ロシアンシューで俺がアタリ引くように石使うの、ヤメね
ぇ?」
 大村が大きな声で笑い出してしまうようなそんなこと。

 何があっても自分たちが自分たちでいられれば、それでいいと思った。


End.

159oct </b><font color=#FF0000>(dkDoE4AQ)</font><b>:2005/03/20(日) 13:51:35
以上です。お目汚し失礼しました。ありがとうございます。
トータルテンボス個々人の能力は、文中にある通りです。
コンビ技は、以前石の能力スレで書いていたものから少し外して、

「○○のハイライト」と叫ぶことで、様々な事象のハイライトシーンを出現させることが出来る
ただしどんなハイライトになるかは選べない…といったものになっています。

160名無しさん:2005/03/20(日) 18:47:56
乙です!
すごくよかったです!私は戦いのない小説というのも好きなので楽しく読めました!
チャイルドマシーン・・・泣けてきます・・・でもすごくいい話でした。

161名無しさん:2005/03/21(月) 00:26:32
良かったです。優しい感じの話で、なんとなく読んだ後にほっこりしました。
此処に投稿するのがもったいないくらいのお話でしたよ。

162名無しさん:2005/03/21(月) 14:18:14
とっても良かったです。思わず泣きそうになりました。

163名無しさん:2005/03/23(水) 23:12:16
これだけよかったら、本スレに投稿しても良いんじゃないですか?

16419 </b><font color=#FF0000>(Ps/NPPJo)</font><b>:2005/03/24(木) 11:20:31
乙です!
すごくじんわりしました。
>>163さんの意見に賛成で、本スレ投下して欲しい作品です。


以前書いてた物の続き投下させてもらいます。

16519 </b><font color=#FF0000>(Ps/NPPJo)</font><b>:2005/03/24(木) 11:21:53
128−131の続き


澄み渡るような青空が茜色へと侵食される頃、小沢はメモが告げた倉庫の前に来ていた。
さきほど居たテレビ局からはそう遠くはないのだが、わき腹の痣から来る激痛に邪魔されてなかなか前に進むことが出来なかった。おまけに小沢は東京の地理に明るくない。のろのろと歩いているうちに日が暮れれば、その分方向感覚も狂ってしまう。
そうしてこのまま倉庫の中で待ち構えているであろう相手と長時間戦えば、その分帰り道でも迷う確率が上がってしまう。
(だからね…)
小沢は開け放たれている扉の前に立ち、倉庫の中へ足を踏み入れる。
「早く終わらせて帰んなきゃなんだよ」

倉庫の中は、開け放たれている扉と、一定の間隔で存在する窓から差し込む光でそこそこ明るかった。
その中、ちょうど倉庫の中央に小沢より背の高い男が立っていた。
(どっかで見たことあるっけな…?)
小沢は自分の記憶を探るように目を細めたが、思い出したからといって大して状況は変わらないことに気付き、思い出すのをやめた。代わりにその男に声を掛ける。
「ADにメモを渡すように頼んだの君?」
「はい。他に渡す良い方法がなくて」
小沢の質問に、気安さを交えて応えると男は言う。
「すみません、こんなところまで呼び出して」
「まったくだよ。おかげで仕事さぼっちゃったよ」
小沢も気安さを込めて、相手に応えた。
互いにワザとらしく軽口を叩く。しかし心の中では、いつ動くかどう動くか、いつでも相手との距離を図っている。
「ごめんね、来るの遅くなって」
「いいえ、大して待ってませんし、こちらこそ突然呼び出しちゃって。地図、分かりました?」
「まぁ、そこそこ」
本当は地理に疎いため地図を読むのにも苦心したのだが、そこは隠しておく。
「でもよくこんな倉庫見つけたね〜」
辺りを見渡しながら、小沢は男に話し掛けた。
倉庫はどうやら今は使われていないのか、倉庫内は物も少なく閑散としている。窓がいくつかあるが、高いところにあるのでなにか踏み台でもなければ開けることすら出来ないだろう。床に釘などの危ない物が落ちている様子もない。

16619 </b><font color=#FF0000>(Ps/NPPJo)</font><b>:2005/03/24(木) 11:22:59
(どっか隠れる場所あるかな…)考えながら、また小沢は男と距離を測るためになにげなく右にずれる。
小沢と一緒に視線を廻らせながら、男は応える。
「僕、探し物とか得意なんですよ」
「そう」
小沢は興味のない顔をつくり、ポケットの中のアパタイトを握り締めた。
戦闘準備は出来た。後は相手次第だ。
しかし肝心のその相手は、小沢の様子を気にする様子もなく淡々と話し続ける。
「昨日も路地裏でぶっ倒れてた相方、探し出しましたし」
「…昨日の!」
なんでもないことのように告げる男とは対照的に、突然の告白に小沢は驚きを隠しきれなく思わず声を大きくした。昨日のことが一気に頭の中に浮かんでくる。
昨日小沢は、一人の男に街中で襲われた。奇襲だったためわき腹にダメージを食らったが、頭に血の上っていた相手では冷静さを失わなかった小沢が負けるはずはなかった。
小沢はその男をどこかの路地裏で倒して石を封印すると、そのまま放って帰ってしまったのだ。

(あー、コンビなのに一人しか居なかったから、昨日は誰だか分かんなかったんだ)
妙に納得すると、昨日放って帰ってしまった男の様子が気になった。
確か顔面に衝撃波を食らっていた。血は出てなかったし命に別状はないとは思うが、今頃は自分のように痣に悩まされているだろう。
「怪我とか、大丈夫だった?あの人」
「大丈夫です。医者に連れてったら骨が折れてるわけでもなし、1週間ほどで消える痣って言われましたから。
まぁ固形食が食べれなくて本人は辛そうでしたけど」
「記憶は?」
「見事に吹っ飛んでました。医者は衝撃による記憶喪失、どっかの壁に誤って激突した事故ってことで片付けてくれました。」
その言葉に小沢は胸を撫で下ろした。想像したよりも大した事にはなっていないようだ。
男は少し息を吸うと、
「ありがとうございました」
と小沢に深く頭を下げた。
「なに?俺、なんかした?」
「相方を殺さないで居てくれた。おまけに黒から一番いい方法で抜けさせてくれた」
そう言うと男は顔を上げた。姿勢を正すと、小沢と真正面から向き合う。
「…君たちはなんで黒にいるの?」
「それを言うなら、小沢さんだってなんで白に?」
小沢は応えない。
男はそんな小沢に対して軽く肩を竦めると、言うことは言いました、と呟いた。
「手加減はしませんよ?」
「俺もしないよ?」

16719 </b><font color=#FF0000>(Ps/NPPJo)</font><b>:2005/03/24(木) 11:23:37


二人の間に心地の悪い緊張感が走る。その緊張感に悪酔いした小沢は相手との距離を測り損ねそうになるが、辛うじて踏みとどまる。
計ったように二人そろって息を吐き出すと、同時に声を張り上げた。
「もういいよ!」
男が怒鳴ると空気が収縮され、それは一気に小沢へと向かって放たれる。
「君って俺にも地球にも優しいんだね!」
男の放った衝撃波は小沢が指を鳴らすと共に、やわらかい風へと変わった。
小沢は男が自分で放った衝撃波に気を捕らえているうちに、右に向くとすみやかにさきほどから目をつけていた沢山と積んであるドラム缶の後ろに隠れる。
相変わらずわき腹の痣が存在を主張してくるが、あいにくとそれ構っている余裕は小沢にはない。痣のせいで少しの運動でも揚がってしまった息を整えると、小沢は状況の整理に取り掛かる。
(ここまでで分かったこと。あの男は突っ込みだ…じゃなくて、声量の分だけ衝撃波になる)
自分でボケと突っ込みを入れると、(今度はこっちから仕掛けないとね)とドラム缶から顔を出し、「そんなことより踊らない!?」 指を鳴らす。
と、小沢の能力により作られた小沢の虚像が、男に向かって走り出す。
それに虚を突かれた男は、「困る!」ともつれた声で叫んだ。
男の放った衝撃波は小沢の虚像をすり抜けて壁に激突した。
激突された壁は力をコントロール出来なかったのか、広範囲にへこんでいる。首を伸ばしてそれを確認すると、
(突っ込みさんの力は、ボケと似てんだな。ボケは集めた光を、突っ込みは声量の分だけを衝撃波に変える。コンビで似てんだろうなぁ…どっちにしても厄介だよ)
今の攻撃で分かったことをまとめると、小沢は困った。
「これが噂の八方塞りってわけね…」

16819 </b><font color=#FF0000>(Ps/NPPJo)</font><b>:2005/03/24(木) 11:24:13



男はため息を吐いた。標的である小沢が出てこなければ、一定の方向へしか衝撃波を飛ばせない自分の能力も空回りするだけだ。
「小沢さーん、聞こえます?」
声を掛けると、ドラム缶の向こうから「聞こえるよ〜」という小沢のくぐもった声が返ってきた。
「僕だって体力のこととかありますし、小沢さんだって時間ないんでしょ?このまま長期戦じゃ困ります。
僕の力は、ただただ声のでかさだけが衝撃の大きさにかわるだけです。
そんな単調な能力、恐れる理由になりますか?」
しかし男による説得を、小沢は強い調子で否定する。
「なるよ!当たったら痛いじゃん」
「…そりゃそうだ」
小沢の言葉に納得させられると、男は小沢の隠れているドラム缶とはかなりの距離を置いて置かれている木箱の後ろに隠れるように腰を下ろした。
「こりゃ長期戦になるなぁ」
疲れるの嫌だなぁ、と先ほどと同じようにもう一度ため息を吐くと、諦めたように石を握り締めた。



男は長期戦に持ち込む気になったようだ。
男の気配が小沢から離れるのを確認すると、小沢は詰めていた息を吐き出した。
暑くもないのに額からひきりなしに流れる汗を服の袖で拭うと、小沢はドラム缶に寄りかかった。
なんとなく、井戸田の顔が浮かぶ。
訳の分からない内に石と力を手に入れ、本人の望まないうちに非日常に放り出された小沢にとって、仕事とはいえいつも傍にいる井戸田に会うことは自分がまだ日常に居ることを確認することが出来る手段の一つだった。
井戸田に怪我のことも石のことも何もかもを黙ってきたのもそれが理由の一つであるし、芸人の間で密かに広まりつつある石の噂も出来る範囲内で自分たちの日常の中から排除するように、耳に入れないようにしてきたのだ。

井戸田は今、自分を探しているかもしれないしスタッフに謝って回っているかもしれない。
しかし井戸田という日常は、あの控え室で自分を待っている。

「早く帰りたいよ…」


呟いた言葉は空気中に溶け、開け放たれている扉から吹くかすかな風に攫われていった。

16919 </b><font color=#FF0000>(Ps/NPPJo)</font><b>:2005/03/24(木) 11:26:21
今日はここまでです。



石:シリマナイト(効能:危機回避)
能力:声量が衝撃波に変わる。
条件:マイクや拡声器、反響音は衝撃波には変わらない。あくまでも自分の出した分の声量にしか能力は発動しない。
衝撃波の方向を自分でコントロールすることが出来るが、一定の方向へしか向かわせることが出来ない。方向を拡散させることが出来ない。
力を使った分だけ喉を傷つけるため、使いすぎると声が枯れる=能力が使えなくなる。

170名無しさん:2005/03/24(木) 19:55:52
19さんの新作だ!!待ってました!!
いつもいつも描写が細かくて素敵です!!

171oct </b><font color=#FF0000>(dkDoE4AQ)</font><b>:2005/03/26(土) 01:10:22
ロシアン・シュー(トータルテンボス中心)を書いた者です。
皆様、あたたかいコメントを、ありがとうございます。
おことばに甘えて、近いうちに本スレ投下させていただこうと思います。

>19さん
乙です。この先どうなるのか、わくわくします!

172</b><font color=#FF0000>(4t9xw7Nw)</font><b>:2005/03/28(月) 03:34:57
進行会議スレで話したはねる編番外編投下します。

Inner Shade



――――パチン

「王手」
とあるテレビ局の片隅で。
控え室の長机の上に折り畳み式の将棋盤を広げ向かい合っている二人――――鈴木と山本だ。
一部のコント以外では出番が極端に少ない山本と、ほとんどのコントでエキストラ同然の扱いになっている鈴木は、時折待ち時間にこうやって将棋などをして暇を潰す事がある。
もちろんモニターで自分や他のメンバーの演技をチェックしたりもするのだが、それでも時間が余るという事は多々あるのだ。
今日の収録も終わりに差し掛かり、一足先に全ての出番を撮り終えた2人は既にエンディングの衣装に着替えていた。

「・・・・・・・・・・・・参りました」
数十秒後、真剣な表情で考え込んでいた鈴木が溜息と共に両手を挙げて降参の意を示すと、山本は少し心配そうな顔をしながら駒を初期配置に戻し始めた。
「鈴木さん、今日は調子悪いですね。何かありました?」
先程の対局は、山本の圧勝だった。手も足も出ない、という表現がピッタリな程の一方的な展開。
いつもならばここまで酷い負け方をする事はほとんどないのだが、今日はどうにも上手く盤面に集中する事が出来なかったのだ。
どうしても、部屋から出ていくメンバーの後ろ姿や聞こえてくる話し声に意識が向いてしまう。
「いや・・・・・・別に何かあったわけじゃないんだけどさ」
口ではそう言うものの、理由は明白だった。
最近、はねるのトびらのメンバーが相次いで手に入れたもの――――芸人達の間に広まっている、強大な力を持った石だ。
他の十人より先に石を手に入れていたドランクドラゴンの二人は、石の力を巡る争いについてある程度の知識を持っている。
悪意を持って石を扱う芸人の事や、『黒』と『白』の争いの事。
そして、それを知っている二人は他のメンバーが石を手に入れた事で自分達の関係にヒビが入る事を恐れ、石の持つ力について知っているにも関わらずつい数日前までその事を言い出せずにいた。
本当の事を言ってしまってよかったのだろうか、その事が事態を悪い方向へ向かわせてしまうのではないか――――
一度考え始めれば思考の迷路に迷い込むのが分かり切っているので出来るだけ考えないようにしているのだが、いくら考えないようにしても不安が消える事はない。
収録を進めているうちに確かな変化に気付いてしまったから、尚更。

皆の様子が少し変わった事に、鈍感な部類に入る鈴木もようやく気付いていた。
のけ者にされたわけではないだろうが、相方がそれを教えてくれなかった事に腹が立つ。
事実を早めに理解していれば自分にだって何か出来る事があるはずなのに。
信用のおける相手でも全てをさらけ出せるとは限らないと、分かってはいるけれど。
じっと耐えるしかないのだろうか。何かが足りないような気がする。
てのひらからいつの間にか零れ落ちてしまったそれを見つけられない、不安。
るつぼで溶かした鉱物のように、様々な感情が入り混じり溶け合って心を波立たせる。

――――でも、それでも俺は――――

本音が伝われば、と思う。本当は口に出して言いたい、偽りのない思い。
その言葉を口に出さなかった事を鈴木が心の底から後悔するのは、もう少し後の事になるのだけれど。

(大体、何で塚っちゃん何も言ってくんなかったんだよ・・・・・・絶対俺より早く気付いてたはずじゃんか)
収録も終わりに差し掛かってから気付く自分の鈍感さにも腹が立つが、相方が自分に何も教えてくれなかった事の方がもっと嫌だ。
もちろん、他のメンバーが居る前でその事を言うわけにはいかないのだが。
(絶対後で文句言ってやる・・・・・・)
「・・・・・・鈴木さん? 大丈夫ですか?」
「えっ?」
どうやら、いつの間にか眉間に皺を寄せて黙り込んでいたらしい。
「・・・・・・ごめん、ちょっとボーっとしてた」
心配そうな山本の声で我に返った鈴木は、眼鏡を押し上げるついでにすっかり疲れた眉間を人差し指で押さえ、深く溜息をついた。

173</b><font color=#FF0000>(4t9xw7Nw)</font><b>:2005/03/28(月) 03:35:44
待ち時間が長い者同士、のんびりした性格がどことなく似ているという事もあってか、メンバーの中では山本と一番仲が良い。
こうやって一緒に待ち時間の暇潰しをする事もあるし、収録の帰りに山本を車で自宅まで送ったりする事もある。
けれど、どこか様子が変わった彼を見ているうちに、ふと不安になる。
自分は彼の事を、そして相方や仲間達の事をどれくらい知っているというのだろうか。
「・・・・・・あのさぁ、山本君」
「何ですか?」
「・・・・・・・いや、何でもないや。・・・・・・・あ、今度は将棋崩しする? 俺、そっちの方が得意なんだよね。ガキっぽい遊び方かもしんねぇけど」
ごまかすように笑いながら言うと、つられたように山本も笑みを零す。
盤上に駒を積み上げて山にしながら、鈴木はチラリと山本に視線を向けた。
番組特製のTシャツから伸びる腕は、折れそうな程に細い。
細いと言えば鈴木や板倉もそうなのだが、ジムに通って鍛えている鈴木や、自身の病弱さを自覚しているからかそれなりに鍛えるよう努力しているらしい板倉とは違い、山本の痩せ方は必要な部分も不要な部分も全部一緒くたにして削ぎ落としてしまったような印象を受けるものだ。
それでも以前よりは太ったらしいが、悩み事でもあるのか最近はむしろ昔よりやつれているように見える。
不健康そうな痩せ方だよなぁ、と余り血色の良くないその顔を見ながら心の中で呟いた鈴木は、視線を自分の足元にやった。

右足を少し動かすと、それまでジーンズの裾に隠れていた銀色のチェーンが顔を出す。
既に石を加工していたメンバーを除いて、お揃いで作ったアンクレット。
自分のアンクレットにはまっているのは、茶色や緑、赤など様々な色が交じり合った不思議な色合いの石だ。
太陽のエネルギーと共鳴して力を得ると言われている――――そして、重力を自在に操る異能の力を持った石。
銀色に輝くチェーンに視線を落としながら、鈴木はこの石の力を仲間との争いに使う日が来ない事を切に願った。



同時刻、スタジオで慌しく準備に追われるスタッフ達を見ながら、塚地は軽く溜息をついた。
次のコントを撮り終われば、後はエンディングを残すのみだ。
ただ、今塚地が気にしているのは撮影の終わりではない。

今日、スタジオにやってきてすぐの時点で、塚地は他のメンバーの様子が少しおかしい事に気付いていた。
それぞれ、何か悩んでいる様子だったり、なぜか疲れていたり、隠し切れない困惑が表情に浮かんでいたり。
その原因が石である事は、ほぼ間違いない。
だから、今彼が気にしているのは撮影の終わりではなく、石を手に入れた彼らがこれから一体どうしていくか――――『白』か、中立か、それとも――――という事だった。

そして、塚地がメンバーの変化にすぐ気付いたにも関わらず鈴木にそれを教えなかったのは――――出来れば気付いて欲しくなかったからだ。
苛々させられる事も多々あるけれど、石の力を巡る熾烈な争いの中で、呆れる程に純粋な鈴木の存在が救いになっている事も確かだったから。
信頼しているメンバーの変化に鈴木が傷付くかもしれない事が、少し恐かった。
(でも、いくらあいつでもそろそろ気付いてるか・・・・・・)
黙っていた事で文句を言われそうだが、仕方がないだろう。
沈黙で繕える程、この変化は穏やかなものではなかった。

そして、きっといつか――――

静かな、それでいて確かな予感に、塚地は酷く哀しげに眉を寄せた。



鈴木が一つ不思議な事に気付いたのは、積み上げられた駒の山に手を伸ばそうとしたその時だった。
(そういえば、今日は山本君が秋山君達と喋ってるとこ見てないな)
いつもならば必ず一度は楽しげに話しているところを見掛けるのだが。
(・・・・・・もしかして、ケンカでもしたのかな?)
いつもの三人の仲の良さを見ていると、そう簡単に仲違いするとは思えない。
ただ――――企画で秋山と馬場の故郷を訪れた時、ほんの少しだけ寂しげな表情で佇む山本の姿を見た事がある鈴木は、それがありえない事だとは言い切れなかった。
どんなに仲が良くても、ふとした瞬間に自分1人だけ幼馴染ではないという事実を痛感させられてしまうのだろうか。
秋山達が付き合いの長さに関係なく山本の事を大事だと思っているのは傍から見ても分かるし、もちろん山本自身もそれをよく分かっているはずなのだけれど。

174</b><font color=#FF0000>(4t9xw7Nw)</font><b>:2005/03/28(月) 03:36:04

――――カタン。
「・・・・・・あ」
考え事をしていたせいで力加減を誤ったのか、積み上げられた山から軽い音を立てて駒が一つ零れ落ちる。
その微かな音になぜか酷く不吉なものを感じて、鈴木は無意識の内に拳を握り締めていた。

強大な力は、普段ならばすぐに忘れてしまうようなほんの少しの不安、不信、不満・・・・・・そして心の奥底に僅かに潜んだ疎外感でさえ、心の歪みへと変えてしまう事がある。
そして、本人さえ気付かないその歪みはやがて大きな崩壊を引き起こすのだ。

もしこの時鈴木がしっかり山本の表情を観察していたら、気付く事が出来たのかもしれない。
将棋崩しの方が得意じゃなかったんですか?とからかうように言ってきた山本の、その笑顔の裏に潜むもの。
相方達の故郷を訪れたあの時よりも更に深く暗い、孤独に。

175</b><font color=#FF0000>(4t9xw7Nw)</font><b>:2005/03/28(月) 03:54:24
以上、はねる番外編でした。

>>ブレス様
ちなみにこの日博が秋山達と一度も話さなかった理由はどうとでも受け取れるので(本当にケンカしてたか、『黒』絡みで何かあったか)
そちらの展開に合わせる事も出来ると思います。
色々勝手に設定創っちゃってますが、何か問題があったら本スレ投下は見合わせますので。

176ブレス </b><font color=#FF0000>(F5eVqJ9w)</font><b>:2005/03/28(月) 08:10:56
>>172-175
はねる番外編拝見させていただきました。
こちらから話を繋げられそうな感じなので是非とも本スレ投下してください。
物凄く楽しませていただきました。

177名無しさん:2005/04/03(日) 23:49:23
『此方追跡者。ターゲットが建物に入って行った。この倉庫の規模を知りたい。
 空からの情報を教えてくれ僕の天使―』

『此方天使。この建物は今は使われていない模様。天井が剥げ落ちてボロボロです。
 屋根に降りて偵察を続けます。ストーカー、其方はどうで―』

『だからさ〜しずちゃん。俺はストーカーじゃなくって追跡者なんだってばー』

『だって山ちゃん自分でもストーカーだって認めてるやん』

『顔だけでしょ〜?見た目だけで人を判断しちゃいけないなぁ〜しずちゃん』

『あー…携帯の電源切れそう』

『え?嘘でしょ?ちょっと待ってよ、それじゃ尾行続けらんないじゃん』

『さっきあったコンビニで充電してくるわ』

『あとちょっとなのにもー!!待ってよしずちゃーん』

石の能力スレで出て南海キャンディーズの能力で何となく思いついた会話。
今日テレビ出てたので思いつきで適当に…

178名無しさん:2005/04/04(月) 03:04:06
>177
とても面白いです!二人の声が聞こえてきそうなリアルさw
この二人が出てくると、どんな状況でも笑いになりそうで良いですね。
ぜひ本スレでも南キャン登場に期待したいです。

179</b><font color=#FF0000>(4t9xw7Nw)</font><b>:2005/04/27(水) 01:19:30
書き始めたもののどうしても続きが書けずに放置してた南キャン話(結構暗め)一応書けてるとこまでここに投下してもいいかな、と呟いてみるテス(ry

180名無しさん:2005/04/27(水) 16:09:54
是非落として欲しいなと言ってみるテスト

181名無しさん:2005/04/27(水) 17:36:35
物凄く読みたいが石の能力スレにも
南キャン書いてるのがいるなと言ってみるテスト。

182名無しさん:2005/04/27(水) 18:02:19
>>181
>>179をよく読め。「続きが書けずに〜」って言ってるだろ。
それに能力スレのヤシはM-1絡みの話を書くらしいから大丈夫だとオモ。
バトロワみたいに芸人によって書き手が決まってる訳でもないしな。

183名無しさん:2005/04/27(水) 21:46:57
見てみたいです!

184名無しさん:2005/04/30(土) 00:54:29
>179
ぜひぜひ!楽しみにしてます。

185</b><font color=#FF0000>(4t9xw7Nw)</font><b>:2005/05/03(火) 23:31:20
〈Snow&Dark〉

〜ふゆのはじまり〜



――あるひのことです。
あくまたちが、ひとつの かがみを つくりました。
うつくしいすがたは みにくく、わらいがおは なきがおに うつる、あべこべかがみ でした――



「――しずちゃん俺の事嫌いでしょ」

きっかけは、よく憶えていない。
相方が「もうすっかり冬だねぇ」とかそういう事を話していたのは憶えているのだけれど、上の空で相槌を打つだけだったせいで、どういう話の流れでそんな言葉が出たのかは思い出せなかった。
相方がどんな声音でその言葉を口にしたのかさえ、定かではない。
真面目な口調だったのか、半分ふざけていたのか、それとも苦笑混じりだったのか。
――だから。
「……まぁ好きでない事だけは確かやな」
「ひでぇ…嘘でもいいから『そんな事ない』とか言って欲しかったんだけどな」
悪目立ちする赤い眼鏡を外し、しかめっ面で右目を擦っている山里が、やけに大袈裟な口調で呟く。どうやら目に何かゴミが入ったらしい。
その言葉を華麗に無視しつつ、隣に座る相方をジロリと一瞥して山崎は溜め息をついた。
(ここまで落差があるとある意味怖いな……)
眼鏡を外した山里は、少々殺し屋じみた目をしている事を除けば案外普通の顔立ちだ。
普段彼がキモいだの何だのと言われる原因の五割以上はその眼鏡にある――ついでに言うと、残り五割の大半はその髪型が占めている――と、山崎は思っていた。
もう一度隣の相方の様子を窺ってみると、結局目のゴミは取れないままなのか、眼鏡は掛けたものの釈然としない顔だ。
ついでに壁に掛けてある時計で時刻を確認して、あと5分ぐらいでスタッフが呼びに来るだろうか、と予想する。
この街独特のせっかちさとは無縁の緩やかな空気が流れる中、首に巻いた赤いスカーフを何とはなしに触りながら、山崎はふと窓の外に視線を向けた。
強い風に吹かれ、葉を落としていく街路樹が見える。

――冬は、まだまだこれからだ。

186</b><font color=#FF0000>(4t9xw7Nw)</font><b>:2005/05/03(火) 23:37:52
>>179の南キャン話、序章だけですがとりあえず投下。
一番最初の文、分かる人には思いっきりこのあとの展開のネタバレなんですが、とりあえず気付かない振りをしてくださいorz
とりあえず一区切り出来るところまでは書けてるので、少し手直して投下します。

187名無しさん:2005/05/05(木) 12:33:24
すごく面白いです!こういう南キャンもいいですね。
次回楽しみにしてます。

188名無しさん:2005/05/07(土) 10:53:01
その最初のとこ分かる人的には次どうなるか気になります。









・・・山ちゃんは氷の女王に誘k(ry

189</b><font color=#FF0000>(4t9xw7Nw)</font><b>:2005/05/20(金) 04:49:08
〜ふぶきのよかん〜

時間が流れるのは早いとよく言うけれど、ここ最近の自分の周りは特にそうだった気がする。
冬の始まりがつい先日のように思い出せるのに、もう寒さの一番厳しい時期だ。
木々はすっかり葉を落とし、枝を冷たい風に晒している。
年が明けて一月余り経ち、すっかり普段に戻った街並を、山崎は楽屋の窓からほんやりと眺めていた。
年末の一大イベントで上位に喰い込んで以来、大阪での仕事だけでなく東京での仕事も大幅に増えている。
それは勿論喜ばしい事なのだが、急に――仕事だけが原因ではなく――慌しくなった日々には大きな戸惑いを感じていた。
抗えない大きな流れに否応なく流されていく事に、柄もになく焦りと苛立ちが募っていく。
「…………」
楽屋には、先程から長い沈黙が訪れていた。
普段なら山里が――ほぼ一方的に――喋り掛けてきたりするのだが、今日は手元の雑誌に視線を落としたまま何も言わない。
最近不意に流れるようになった沈黙の時間。ほんの微かに感じる、違和感。
延々と沈黙が続く楽屋は余り居心地が良いとは言えないのだが、かといってこちらから沈黙を破るのも憚られた。
チラリと壁掛け時計を見てみると本番まではまだ時間がある。
何となくじっとしているのが辛くなった山崎は、零れ掛けた溜息を押し込めるようにわざと音を立てて椅子から立ち上がった。
そのまま部屋から出ようとして、無言のまま出て行くのは悪いと思い振り返る。
「……ちょぉ出掛けてくるわ」
「行ってらっしゃ〜い」
山里は振り返らず頭の横でひらひらと右手を振った。
どこか気障ったらしくも見えるその仕草は、いかにも彼らしい……と思えるのだが。

――刺さって抜けない棘のように、何かが引っ掛かっている――

190</b><font color=#FF0000>(4t9xw7Nw)</font><b>:2005/05/20(金) 04:53:07



――カツン。
厚めの靴底が、少し大きめの足音を立てる。
他の出演者たちはそれぞれ楽屋で寛いでいるのか、広い廊下には人通りがほとんどない。
のんびりとした足取りで数メートルほど歩いた山崎は、ふと立ち止まると押し込めていた深い溜息を零し、俯いた。
(……右を向いても左を向いても諍いだらけ、ってのがこんなに辛いとは思わんかったわ)
ここ最近芸人の間で繰り広げられている、異能の力を持つ石を巡る争い。
『白』や『黒』に大した興味はないのに、周りが放っておいてはくれない。
石を狙う『黒』の人間に襲われた事も何度かあるし、他の芸人が争っているところに遭遇した事もある。
興味がないからといって、どちらにも付かない今の自分達が宙ぶらりんのとても不安定な状態である事を
理解していないわけではないけれど――『白』や『黒』、そしてそもそもの原因である『石』に関する知識が
足りない状態でどちらに付くか決める事も、余りに危険な賭けとしか思えなかった。
いや、それは言い訳にすぎないのかもしれない。巻き込まれたくないから、自分たちのペースを乱されたくないから、
逃げているだけなのかもしれない。

――でも、もう少しだけ。もう少しだけでいい、このままで居る事を許して欲しい。

191</b><font color=#FF0000>(4t9xw7Nw)</font><b>:2005/05/20(金) 05:15:01

そう誰にともなく許しを請うたあと、ふと随分長い間立ち止まっていた事に気付いて、山崎は顔を上げた。
何かを振り払うようにゆるゆると頭を振って、再び歩き出す。
(……全快にはまだまだ程遠いな……)
今日は朝からそうなのだが、時折薄い靄が掛かったように思考力が鈍る。
気を抜くと、ぼんやりしてしまったり取り留めのない考えに浸ってしまう。
理性を失って暴走する程ではないが、限界まで石の力を使った副作用だ。
無意識に、首のスカーフ――正確に言うと、その内側にあるペンダントのチェーン――に触れ、その存在を確かめる。
この短い期間で、すっかり癖になってしまった仕草だ。
天使の翼を模したペンダントヘッドの中央には、赤味がかった褐色の石が填まっている。
嘘のような話だが、ファイアアゲートという名前の高価なものらしいこの石
――その時はまだ、流線型にカットされただけの加工前のものだった――は、偶然拾った財布を交番に届けた時、
偶然その交番に来ていた持ち主がその場でお礼にとくれたものだった。
遠慮したにも関わらず半ば強引に渡され、仕方なく受け取った石だったが……この石が自分に与えた力を思えば、
もしかしたらそれは必然と呼べるものだったのかもしれない。
(普通の宝石やった方が、まだ素直に喜べたかもしれんのにな……)
光を当てると水の波紋のような文様が浮かび虹色に煌く美しい石は、自分の心の中にあった、ちょっとした願望を
叶えてくれる能力を持っている。
だたそれだけなら、自分は得体の知れない力を気味悪がりつつも大いに喜んだだろう。
だが、望まぬ争いに巻き込まれた今は傍迷惑だという思いの方が強かった。

エレベーターホールに着きパネルの表示を見てみると、二機のエレベーターは二つとも一階に停まっている。
一瞬の逡巡のあと、山崎はエレベーターで降りる事を諦め階段の方へと向かう事にした。
このままエレベーターを待つより階段で目的の階まで降りた方が早いだろう、という判断もあったが、それ以上に、
軽い運動でもして少しでも苛立ちと頭に掛かる靄を晴らしたかった。
自分の中だけで抑え切る自信がないわけではないが、万が一相方に八つ当たりして本気で怪我でもさせてしまったら洒落にならない。
そう考えながら廊下から階段の踊り場に足を踏み入れ、一段目に足を踏み出そうとした、その瞬間。

192</b><font color=#FF0000>(4t9xw7Nw)</font><b>:2005/05/20(金) 05:16:11

――トン。

不意に背中に感じた、誰かの手の感触と軽い衝撃。
ぐらりと身体が前に傾いで、踏み出した足が空を切った。
「っ!」
慌てて手摺りを掴もうとしたが、間に合わない。
咄嗟に石の力を発動させた山崎は段に右手を突き、その腕を軸にくるりと一回転して着地した。
だが充分に勢いを殺し切れず前にのめり、そのまま最後の三段程を滑り落ちる。
小さく、鈍い音がした。
「いった……」
「だ、大丈夫ですか!?」
滑り落ちた所にちょうと通りかかったスタッフが、慌てて駆け寄ってくる。
一瞬ギクリとするが、一回転して着地した時点ではまだこのスタッフの姿は見えていなかったようだから、
石の力を使った場面はギリギリで目撃されていないだろう。
そこまで考えを廻らせると、まだ充分に回復していない状態で能力を使ったせいだろう、
ほんの少し気が抜けた途端頭にかかった靄が密度を増した。
滑り落ちた際に強打した右の膝を押さえながらも、心配そうな視線を向けてくるスタッフにとりあえず大丈夫だと答える。
深い靄が掛かったように更に思考が曖昧になる中、山崎はどこかで不穏な予感を感じ取っていた。

――やがて吹き荒れる、強い吹雪の予感を。

193</b><font color=#FF0000>(4t9xw7Nw)</font><b>:2005/05/20(金) 05:25:26
南海キャンディーズ編(一応)第1話投下です。
このあとに続く部分での致命的なミスに気付いて大幅に書き直した為すっかり遅れてしまいました……
そして細切れだったシーンを繋ぎ合わせてみると予想以上に長かったのでまだまだ終わりませんorz

194</b><font color=#FF0000>(4t9xw7Nw)</font><b>:2005/05/20(金) 05:51:04
あと、しずちゃんの能力は「(翼を出さず)運動能力強化のみでも発動可能」という設定にしてしまったのですが、番外編ですので大目にみていただけると……

195名無しさん:2005/05/20(金) 23:33:00
乙です!
楽しかったです。続き気になります。
頑張ってください!!

196眠り犬 ◆1CYdcqmM8c:2005/05/21(土) 11:34:02
乙です!
面白くて、一気に小説の中に入り込めました!
自分の話なんかが本編で良いのだろうかと思ってしまいます…。
続編、楽しみにしているので頑張って下さい!

197眠り犬 ◆1CYdcqmM8c:2005/05/21(土) 11:35:46
あれ、なんかトリップが変だ…。

198 ◆8Y4t9xw7Nw:2005/05/28(土) 03:22:03
〜ゆきぐもにおおわれたそら〜

楽屋のドアを開けると、相方は数十分前の自分のようにぼんやりした様子で窓の外を眺めているようだった。
どうやら雑誌を読み終わって時間を持て余しているらしい。
「ただいま」
「あ、しずちゃんおかえり〜」
出て行く時とは違い、山里は口元に笑みを浮かべて振り向いた。

(――あぁ、またや)

微かな違和感。ちくりと刺さる、小さな棘のような。
「随分長かったね〜。…何かあったの?」
無意識に、首元に手をやる。
「……ううん、何も」
先程の出来事を話そうかどうか一瞬迷ったあと、そう答えて楽屋に足を踏み入れた。なぜか、話しづらいと感じたのだ。
返答までに少し不自然な間が出来てしまったが、山里は大して気にも留めなかったらしい。
椅子に腰を下ろすと、山崎は隣に座る相方に気付かれないよう、こっそりと右膝に手を当てた。ズボンに隠れていて見えないが、
先程階段から滑り落ちた時に強打した膝には、湿布が貼られている。
足を引き摺ってしまう程の重傷ではないが、何しろ打撲傷というのは地味でありながらやたらと痛い。
だが今日の仕事はこれで終わりのはずだ。我慢出来ない程の怪我ではないのだから、泣き言ばかり言っていられない。
壁掛け時計を見てあと少しでスタッフが呼びに来る時間である事を確認し、山崎はそっと小さな溜息をついた。

199 ◆8Y4t9xw7Nw:2005/05/28(土) 03:22:52



「どぉも〜南海キャンディーズで〜す!」
「………ばぁん」
いつもと変わらない、変わるはずのない時間。
だが――分厚い雪雲は、いつの間にか青い空を覆い尽くす。



「……あれ?」
収録が終わり、スタジオから出ようと扉の前までやってきた山崎は、我に返ったようにふと立ち止まった。
先程まで隣に居たはずの相方の姿が見えない。
慌てて振り返ってみると、数メートル先で何やらスタッフと話している山里の姿。
石の副作用でぼんやりしていたとはいえ、あれだけ存在感のある相方が離れていくのを見落とした事に
思わず苦笑しながら、話し込む二人の様子を目を凝らして見てみる。
「……あ」
山里と話しているスタッフの顔には、見覚えがあった。
間違いない、自分が階段から落ちた時に駆け寄ってきた、あのスタッフだ。
スタッフの話を聞いている山里の表情から話の内容に何となく想像がつき、山崎は顔を曇らせる。
「山ちゃん」
少し離れた相方の耳に届くよう少し大きな声で名前を呼ぶと、山里はこちらを振り返った。
見慣れた、やけに目立つ立ち姿。
だが――次の瞬間弾けるように心に浮かんだのは、あの微かな違和感だった。
深く深く刺さる、小さな棘。
「ごめんごめん、ちょっと話し込んじゃって」
話を打ち切って駆け寄ってきた山里が、不思議そうな視線を向けてくる。
「……どうかした?」
「何でもないよ……行こか」
ふとした瞬間に感じる微かな違和感が、日に日に回数を増やしていく。

――許されないのだろうか、もう少しこのままで居る事は。例え逃げだとしても、留まり続ける事は。

200 ◆8Y4t9xw7Nw:2005/05/28(土) 03:23:28



「――あのさ、さっき収録のあとスタッフに聞いたんだけど」
そう、躊躇いがちに山里が切り出したのは、それぞれ私服に着替え帰り支度に取り掛かった時だった。
私服が舞台衣装とほとんど変わらない――流行の服を着ているところなど想像したくないが、この格好で街中を歩いているとそれはそれで変質者としか思えない――相方にいつも通り冷めた目線を一瞬向け、返事を返す。
「何?」
「……階段から突き落とされたってホント?」
先程あのスタッフと話し込んでいたのはその話だったのだろう、ある程度予想していた言葉ではあったが、一瞬返答に詰まる。
この違和感の正体は一体何なのだろう。
「……うん」
「大丈夫だったの? 怪我とかは?」
「ちょっと膝打っただけ。……大体、それなりの怪我してたらあんたが真っ先に気付くやろ?」
矢継ぎ早に浴びせられる質問に呆れたような溜息をついて答えると、一瞬の沈黙のあと、そっか、とポツリと呟く声がした。
「よかったぁ、大した事なくて。スタッフから話聞かされた時なんか、もう俺動揺しちゃってさ〜」
俯き、机の上に散らばった荷物を鞄に仕舞いながら言うその声音は、いつもと変わらない明るいものだ。
だが、前髪の影と眼鏡のレンズの反射に邪魔されて、その表情は読みにくい。
視線を戻し、靄の掛かった頭でここ最近感じる違和感の正体について考えを廻らせながら、机の上に転がったボールペンを取ろうと――伸ばしたその手が、凍り付いたように止まった。
(――――)
一瞬、頭が真っ白になる。
悲鳴になり損なった掠れた吐息が、無意識に口から零れ落ちた。

――すとん、と何かが落ちてきたかのように。……呆れる程簡単に、浮かんできた答え。

なぜか、思い浮かんだその答えが間違っている可能性は全く思い付かなかった。
暖房が充分効いているはずなのに、身体が足元からすっと冷えていくような気がする。
両手に余る程の鉛を呑まされたらこうなるんじゃないか、と理由もなく思う。
染み出す重い毒に、じわじわと蝕まれていくような。

「……山ちゃん」

――一度気付いてしまったら、もう目を逸らす事など出来ない。逸らしてはいけない、絶対に。

「ん、何?」
何気なくこちらを向いた山里と、真正面から視線がぶつかる。
いつもと同じ、胡散臭い程に陽気な笑顔。
突き刺さった小さな棘に、手が触れた気がした。

「――何であたしが『突き落とされた』って知っとるん?」

201 ◆8Y4t9xw7Nw:2005/05/28(土) 03:32:49
投下してから「マズい!」と思った箇所が数箇所orz

色々な意味でマズい方向に向かいつつあるような気がする南キャン編ですが、予定ではあと2回で終わるはずです。
……だが予定は未て(ry
もうしばらくお付き合いください。

202名無しさん:2005/05/28(土) 16:03:34
乙です!
なんかすごく気になるところで終わってますね〜!!すごく面白いです。
サスペンスですね〜幽霊と過とは違う感じの恐怖でゾクゾクしました。
続きよろしくお願いします!

203名無しさん:2005/05/29(日) 02:47:32
乙です!二人のほのぼの口調がリアルなだけに、ストーリーの緊迫感が
際立ってて更にかっこいいですね。
次回も楽しみにしております!

204 ◆0K1u7zVO5w:2005/06/02(木) 17:35:35
現在本スレで職人さんが書かれている「笑い飯VS千鳥&ダイアン」話と、これまでに職人さんが書かれている麒麟話を読んで、触発されて書いてみました。が、時間軸の設定がよくわからないのと初ということで、こちらに投下させて頂きます。

笑い飯哲夫、番外編です。

205 ◆0K1u7zVO5w:2005/06/02(木) 17:39:57
※麒麟の二人が石の能力に目覚めて、笑い飯が黒ユニットにスカウトされた直後ぐらいの設定でおねがいします。



「おはようございます」
すれ違いざまに口の中で低く呟いて、川島は足早に去って行った。
声をかける間もなく、その背中を見送って、笑い飯の西田と哲夫は顔を見合わせた。

「何なんあいつ、今日暗ない?」
「いや、いつもあんなんやって」
「そうかぁ?」
「あれや。便秘ちゃうの?」
「便秘なん?」
「いや知らんけど」

関西某TV局の楽屋前の廊下で、早めに楽屋入りをすませた西田と哲夫は、何をするでもなく立ち話をしていた。 

「川島といえば、何か言うとったなぁあの人ら。川島の本質がどーのこーのって」
「あー言うとった」

――おかしな石を拾ったことから、おかしな能力を身につけて、「黒」とかいう
おかしな集団に入ることになったのが、少し前のこと。
平凡や普通とはかけ離れた日常に、しかし思いのほか二人は馴染んでいた。
現実ばなれした能力も、いったん慣れてしまえば生まれたときから持っていたものの
ような気がしてくるから不思議だ。
現に哲夫は、自分の能力を日常生活において上手くコントロールするすべを学んでいた。

哲夫の能力は、物体を粒子状の原子レベルまで分解して、再構築できることだった。
原子。あらゆる物質を構成する、一番小さな単位。
空気の素。水の素。土の素。すべての素。
学生時代に化学などまともに勉強しなかった人間が、物体を原子単位で分解して、
更にそれを組み立てなおすことができる能力を身につけてしまうなんて、なんだか皮肉な話だ。

(原子とか言われても、いっこもわからんねんけどな)

だが、理屈はわからなくても、使い方がわかればそれでいい。
割れたコップも元どおり。
今川焼きをたい焼きに変身させることだってできる。
シャツに染みがついたら、いったんシャツごと分解して染みだけ分離して、
5秒でシミとりクリーニング。
ポテトサラダからキュウリだけ抜くことだって、一瞬でできてしまう。 
何て便利な能力だろう。
もちろん、日常生活以外の場面でも充分に能力を生かすことができる。 
というよりも、その「日常生活以外の場面」が、だんだん日常の一部になりつつあるのだ。
自分の能力を使って誰かから石を奪うのも、物騒でおよそ現実離れしたケンカをするのも、
哲夫にとっては割れたコップを元に戻すのと、同じ感覚でしかない。
おそらく西田も同じだろう。
むきになることなどないのだ、皆。
こんなのは日常のよくある風景の一部に過ぎないのだから。

哲夫がぼんやりとそんな事を考えていると、話題の主の片割れが来るのが見えた。
田村だ。
相変わらず玄米みたいに黒い顔色をしている。

206 ◆0K1u7zVO5w:2005/06/02(木) 17:44:17
「おはようございます」
「おはよお」

田村の様子は、どこかぎこちない。
こちらの目を見ようとせず、そわそわしていて、落ち着きがない。
本人は隠しているつもりでも、こちらに対して隠し事や猜疑心があるのが丸わかりだ。

(まぁこんな誰が敵か味方かわからんような状況やったら、人のこと疑うんも当然か)

哲夫は心の中で呟いた。
だが、疑うにしても田村のそれはあまりにもあからさまで、
その拙い様子がかえって憎む気になれない。
実際、田村という男に、猜疑心や隠し事という言葉は似つかわしくなかった。
実直、素直、単純、あほ。田村にはそういう言葉が似合う気がする。

「川島もう来とったで」
「あ、はい」

そそくさと楽屋に向かおうとする田村を見て、哲夫の心に、意地の悪い感情がわきあがってくる。
試してやろうか。
カマをかけておどかしてやろうか。

「たむらー、たむらー」
「はい?」

振り返った田村に、哲夫は手のひらを差し出した。

「落としもん」

哲夫の手のひらの中のものを見て、田村は全身を硬直させた。
開いた哲夫の手のひらの上には、白っぽい小さなかたまりが乗っていた。
小さなかたまり。白い、石のような。自分が持っている、あの石のような。

207 ◆0K1u7zVO5w:2005/06/02(木) 17:46:59
「えっ!うそや?!」

慌ててポケットをまさぐる田村を見て、哲夫は半ば呆れて心の中で呟いた。
ばればれや。こいつあほちゃう。

カマかけに見事に引っかかりおった。
敵も味方もわからんこの状況で、そんな正直なリアクションしてどうすんねん。
とぼけるとか、シラをきるとかいうことが出来んのかお前は。
西田を見ると、同じ事を思ったのだろう、憮然としたような、それでいてどこか
間の抜けた顔をしていた。

田村はしばらく胸ポケットをまさぐっていたが、そこに石の感触を認めたのだろう、
安堵の息をついて、それから、西田と哲夫の顔を交互に見比べた。
顔にはありありと戸惑いの色が浮かんでいる。

――石はちゃんと、ここにある。
じゃあ、哲夫さんが持ってんのは、いったい何や?

「これ、落としてんで」

哲夫はかまわず、手のひらの中のものを田村におしつけた。
田村がじっくりと目をこらしてそれを見る。
白っぽい水晶に見えたそれは、淡いミルク色をした楕円形の飴玉だった。

「えっ、何ですかこれ?」
「何ですかって、飴ちゃんやん」
「・・・・・・俺こんなん落としてませんよ?」

戸惑ったような声のトーンから、田村が哲夫の真意を計りかねている様子が伝わってくる。

ただの偶然?いたずらか?それとも何かのメッセージなのか?
何の?信用したい。この人らを疑いたくない。
これ以上仲間の芸人が傷つけたり、傷つけられたりするのを見たくない。
だけど、自分の相方が傷つけられるのは、もっと見たくない。
どうしたらいい?ふたりは敵か?味方か?黒か?白か?

「あ、そうなん? ええから取っときーや」

 哲夫が半ば強引に飴玉を田村の手のひらににおしつける。
 田村しばし、自分の手に収まった飴玉と、哲夫の顔を見比べていたが、
 やがてひとつ礼をすると、楽屋のほうへ消えていった。

208 ◆0K1u7zVO5w:2005/06/02(木) 17:55:11
哲夫はしばらく田村の去った方を見るともなしに見ていたが、不意に
西田と目が合うと、二人は憮然として眉をしかめた。

「・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・」

『わかりやすぅ!!』
 狭い廊下に二人の声が響き渡る。


「あいっつわかりやすいわぁ〜〜〜〜」
「びっくりするなあのわかりやすさは」
「あいつ「黒」とか「白」のこと知らんのちゃう?何も知らなさそーな顔しとったで」
「川島の奴なんも言ってへんのちゃうん。最近あいつ一人で動いてるっぽいしなぁ」
「田村あほやしなぁ。事情説明しても、なぁ」
「まぁなぁ」
「大丈夫なんか麒麟」
「なぁ」

他人事のように話しながら、哲夫は「あの人ら」が言った事を思い出していた。
――川島の本質。川島を「黒」の陣営に引き込むための、布石、策略。そして、田村の存在。

川島の本質なんて知った事ではないが、川島に、やや内向的で自意識の強い面が
あることは知っている。
そういう川島が、田村と一緒にいることによって、救われている部分があることも。
「黒」の連中がもし川島を仲間にひきずりこもうとするなら、徹底的に彼のプライドと
コンプレックスを刺激するやり方をとるだろう。
そして、それを成功させるには、田村という存在は邪魔だとみなされるだろう。

「ややこし」
哲夫はぽつりと呟いた。

209 ◆0K1u7zVO5w:2005/06/02(木) 17:57:23
「何よ?」

西田が聞き返す。

「いや、ほんま かなんわぁ」

哲夫は口の中で小さく答えた。
黒も白も、川島も田村も知った事か。
こんなんケンカやん。ケンカやるんやったらケンカやったらええやん。
何をこそこそ動く必要がある。
何を怯える必要がある。
何を騒ぐ必要がある。
ただ、流れのままに日常を生きていく。
石を持つことも、黒の陣営に属することも、すべて日常の一部だ。
それだけの事なのに、皆何を大騒ぎしているのか。

黒に白。石。欠片。奪い合い。疑ぐり合い。物騒な。ただのケンカ。
むきになることなどないのだ、皆。こんなのは日常の風景の一部なのだから。


おわり。

210 ◆0K1u7zVO5w:2005/06/02(木) 20:26:47
sage忘れてました…。すいません。

211名無しさん:2005/06/02(木) 21:00:29
乙です!
すごく面白かったです。ってゆうか田村解りやすすぎ・・・(笑)
笑い飯の流れるような考え方好きです。

212 ◆8Y4t9xw7Nw:2005/06/04(土) 02:48:33
〜ふきあれるふぶき〜



あの時――山崎が階段から落ちたところをただ一人目撃したスタッフは、山崎が誰かに背中を押されてバランスを崩したその瞬間は見ていない。
だから、彼女が「誰かに突き落とされた」事を知っているのは、本人と――

山崎の一言で、自分の犯した失態を悟ったのだろう。
山里の顔から、笑みが消えた。

なぜ気付かなかったのだろう。
今思い返してみれば、階段から突き落とされたあと、楽屋に戻ってきた時、相方の姿がやけに目立って――
周りから浮いているように見えはしなかっただろうか。
相方の能力も、その代償も、誰より理解していたはずなのに。
「動揺してる、ってのはあながち嘘でもないみたいやね? こんな単純なミス……」
次の瞬間頭に浮かんだ余りに場違いな言葉に、思わず苦笑が漏れそうになる。
だが、一度浮かんだ言葉は打ち消すより先に無意識に口から零れていた。
「……あんたらしく、ない」
本当に単純なミスだ。あのスタッフが言ったであろう言葉通り、「階段から落ちたんだって?」と問えば済む話だったのだから。
スタッフから「相方が階段から落ちた」と聞かされて一切心配しないのも疑われると思ったのだろうが――
思わず口を滑らせてしまったのは、相方を突き落とした事で少なからず動揺していたという事だろう。
「……俺らしくない、か……」
いつもより、ほんの少しトーンの低い声。
背筋を這い上がってきた悪寒に唆されるように、思わず一歩後退る。
「かもしんないね」
その口元には微かな苦笑が浮かんでいて、まるで感情が込もっていない無表情、というわけではない。
ただ――その表情の乏しさは、【黒い瞳のイタリア人】を自称する普段の彼から、余りに懸け離れているように思えた。
例え笑っている時でもその目が笑っていないように見える事には、慣れていたつもりだったのだが――今は、目の前に居るこの男が心底怖い。

213 ◆8Y4t9xw7Nw:2005/06/04(土) 02:49:22
「………どうして」
その言葉を口にした瞬間、一瞬だけ山里の口元に浮かんだ笑みが深まったような気がした。
浮かびかけたのは苦笑か、それとも嘲笑だったのだろうか。
「……言っても多分分かんないと思うよ? ほら、俺嫌われちゃってるみたいだし」
少しおどけた口調。まるで笑い話だとでも言うように。
ふとその目に痛々しい程の諦念を見た気がして、思わず視線を逸らす。
「……答えになってないと思うんやけど」
「そうかな。でもさ、もうどうでもいいじゃない? 所詮言葉なんてその程度、って言ったら色んな人に失礼かもしんないけど。
どこまでいったって…伝わんない事の方が、多いような気がするんだよね」
少し芝居がかった言い回し。
悲愴さを漂わせていたわけでも、声を荒げたわけでもなかったけれど。

――もしかしたらそれは、悲鳴だったのかもしれない。

「だから、さ。自分の気持ちに正直に行動する事にしてみたんだ。馬鹿だと思うかもしんないけど」
「……あぁ」
ホンマに阿呆や、と続ける事は出来なかった。
次の瞬間、一気に間合いを詰め迷わず鳩尾を狙ってきた山里の拳を、山崎は咄嗟に左手で受け止め弾いた。
それを見るや否や素早く後ろに下がった山里は、右手を軽く振りながら小さく感嘆の溜息を漏らす。
「――まさか左手一本であっさり止められるとは思わなかったな……ホントに凄いね、しずちゃんは」
「……ドMのあんたと違って殴られるのは好きやないからな」

214 ◆8Y4t9xw7Nw:2005/06/04(土) 02:50:25
普段より抑揚に乏しい山里の言葉にそう返しつつも、山崎にそれ程余裕があったわけではない。
咄嗟に拳を受け止めた左手は、衝撃に痺れている。
一般的な男女の力差を考えればそれ程不思議な事でもないのだが――誰かを殴る、という行為から余りに縁遠い相方を
見てきたせいだろうか、その拳は予想外に重く感じる。
「……何がおかしい?」
不意に笑みを深め俯いた相方に眉を顰め、山崎は思わず低い声で問い掛ける。
「いや……しずちゃんに殴られたり突き飛ばされたりした事なら山程あるけど、殴る側に回った事ってなかったよなぁと思って」
返ってきたのは、気が抜けるような台詞。だが、その目は相変わらず氷のように冷たく、山崎は喉に突っ掛かる言葉を無理矢理搾り出した。
「……気持ち悪い事、言わんといてくれる? ただでさえキモいんやから」
「ひっど、そっちから訊いたんじゃん」
緊張感のない会話に聞こえるが、その場に流れる空気は、気弱な人間なら泣いて逃げ出したくなるほどピンと張り詰めていた。
じわり、と背中に冷や汗が滲む。
「大体、グーで殴るのは卑怯やろ……『女の子はシャボン玉』、なんやで?」
「……シャボン玉浮いてんの見てるとさ、割りたくなんない?」
ネタ中の台詞を使って揶揄するような言葉を投げ掛けた山崎に、山里は目の笑わない笑みを向けたまま答える。
そして、次の瞬間――数メートル先でリノリウム張りの床を蹴る微かな音が聞こえたのと、
直ぐ目の前で振り被られた拳を認識したのが、ほぼ同時だった。
(っ!?)
尋常なスピードの踏み込みではない。何かの力によって、人の枷を緩めた者にしか出せないような速さだ。
普段の反応速度では防ぐ事が出来ないと無意識的に察知し、ほんの僅かに残った石の力を、理性が吹き飛ぶ境界線ギリギリまで解放する。
そして、眼前に迫るその拳を防ごうと右手を上げた、その瞬間。
視界に映った【それ】を認識して、山崎の目が驚愕に見開かれた。
間近に見える、様々な感情がない交ぜになって混沌としたその瞳の――左目と違い黒目の輪郭がぼんやり滲んだように見える、その右目。

――不吉な黒い影に光彩を覆われた、闇色の瞳。

その右目に視線を奪われたのは、動きが止まったのは、コンマ一秒にも満たないほんの一瞬。
だが、その一瞬が決定的な隙となった。

そのあとの事を、山崎はよく覚えていない。
ただ――こめかみに、重い衝撃。

215 ◆8Y4t9xw7Nw:2005/06/04(土) 02:55:40
なんか本人達のキャラからどんどん外れてってる気がorz
というわけで南キャン編の続きです。
関東在住なので関西の人程南キャンには詳しくないのですが、
続きが書けずに止まった部分(……とりあえず続きを書いてみようかな、とは思ってます。)
まであと一回、出来る限り頑張ります。

216名無しさん:2005/06/04(土) 21:03:37
乙です
すごい展開ですね〜・・・えー山ちゃんどうしたんですか・・・
めちゃめちゃ続き気になります。
頑張ってください!

217名無しさん:2005/06/05(日) 00:18:12
シャボン玉のくだり、まさに本人が言いそうなセリフで良いですね。
ものすごく楽しみにしてます!できれば完結編まで読ませて頂けると嬉しいです。

218 ◆1En86u0G2k:2005/06/08(水) 15:48:55
なんとなく思い付いたアメザリ平井さんの話を投下します。
展開とか色々無責任なので番外編ということでどうぞよろしくお願いします。

219 ◆1En86u0G2k:2005/06/08(水) 15:50:16
その日は気温が高いくせに一日中曇りのすっきりしない空模様だった。
珍しく自分ひとりの取材があったので事務所に出向いた平井は、
インタビューを済ませた部屋でそのまま携帯を手にしていた。
メール相手は柳原。話題はこのあとのネタ合わせをどこでするか。
結局いつも使っているファミレスに落ち着き、よろしくと最後に送って携帯を閉じる。
「平井」
振り返るとそこにいつのまにか立っていた、長身の先輩。
平井はびっくりしたあ、と笑い、とっさに張った緊張の糸を切ってその男の方に向き直る。
「気配消して後ろ取るのやめてくださいよ」
「別に消してんちゃうわ。悪かったな影薄くて」
「いやいやいや、そういうつもりちゃいますけど」
けど。どないしはったんですか、そんな真面目な顔して。
できるだけ何気ないことのように振る舞ったから、相手もそれに乗って来たらしかった。
「いや別に。…なんや大変らしいって聞いたからな」
それが仕事やなんかの話でないことはすぐにわかった。非日常が日常になってしまったのはもうお互い様だ。
「そっちもなんや面倒やって話じゃないすか」
「ぇえ?や、面倒ちゅうか…、うん、まあ色々やな」
曖昧に答えて窓の外を見たので目線を追う。重たく垂れ込めた雲から今に雨が降ってきそうだった。
傘は持っていない。とりあえず自分が帰るまで持ちこたえてくれればいい。
「お前はなんで白に行こうと思ったん」
唐突に振られた問いに焦点を戻すと窓ガラス上で目線がかち合った。平井はうーん、と唸りながら鼻を擦る。
「なんで、て………やっぱりこんなんに振り回されるのは嫌やったし」
「うん」
「あと…あいつがなんや責任感に燃えてしまってですね」
『早よ止めなあかん!俺らにできることやっていこ!』
2人揃って手に入れた石。降り掛かるピンチを回避しているうちに知った黒と呼ばれる人々の策略。
甲高い声で宣言してそれから、こちらを真剣な眼差しで見つめてきた柳原。
あの時自らの石の能力が攻撃にも防御にも頼れないものだと知っていたはずなのに。
真実を絶対的に手に入れることが逆にひどい重荷になるということも予想できたはずなのに。
「だから僕もね、一緒にいてやらんと。危ないでしょ、」
笑う言葉のはしっこでもう一度自分も確認していた。
そう、守る為だ。

220 ◆1En86u0G2k:2005/06/08(水) 15:52:23
「柳原は無茶しよるからなあ」
そう言って笑う声の方を向いた時、一瞬だけここにやってきた時のような表情が浮かんだのを見た。
「俺はよう知らんけどさ、今どんどん話がでっかくなっとるやろ。
やから自分の一番最初の目的とか目標とか、ちゃんと忘れんようにしといた方がええと思うねん」
普段は自分の内面や考えをめったに吐露しないはずのその人の言葉に、平井は珍しいこともあるもんやなあと思いながら黙って耳を傾けていた。
「…少なくとも俺はあいつを守りたいし、守らなあかんと思っとるし、それだけ考えるようにしてる」
ああ、と平井は頷いてその男を思い浮かべた。
年令はそう違わないが芸暦でいえば結構な先輩であり、それでいて生来の純粋さや素直さが最強のネタにもなっている彼。
そんな男を守っていくにはきっと苦労も多いのだろうと思い、小さく笑った。
笑い事ちゃうで、と顔をしかめられたが、あの人を全力で守れるのもきっと彼だけだろうと思った。
「人操れても物壊せても、結局みんなお笑い芸人やのにな」
彼がぽつりと呟いた言葉の裏には様々な感情が渦を巻いている気がしたが、その源はあえて聞かなかった。
どんな状況に陥っても漫画みたいな展開に巻き込まれても、本来の仕事の時だけは皆今までのように人を笑わせようとしているのがある種救いだった。
平井にしても彼にしても、そして白も黒も。
でもそれならなぜ争わなければならないのだろう?考えてみてもわからないので平井はまた外を眺めた。
今は目の前のものを見ているだけで精一杯だ。

降りてきた沈黙を破ったのは自分のものではない携帯が鳴らす無闇にあかるい電子音だった。
「もしもし…ああ、うん、わかった。え?そうなん?…ん、はい。今戻る」
「仕事ですか」
「うん、長引きそうやって話でなー、キツいねん」
うーん、と背伸びをした途端に見事にコキっと背中かどこかが鳴る音がしておかしかった。
お疲れ様ですーと間延びした挨拶で彼を見送る。自分もそろそろ相方のところへ行く時間だ。
まだ雨は降り出していないだろうか。確認するためにもう一度窓を見た平井の背中に声が投げられる。
「迷惑かけたらすまんな」
「…え、」
振り向いた時はもう黒髪も曖昧な表情もそこになく、代わりにドアがパタンと閉まる音。
髪の毛をがしがしと左手でかき混ぜて平井は苦笑した。
そういえば結局あの人思わせぶりに登場しといて大事な部分はなんも話さなかったなあ。
でもわかるけど。なんとなく。
数年の同居生活は伊達ではない。変わらない表情の下にあったものの推測はおそらく間違っていない。

ついに窓ガラスにぽつぽつ水滴が落ちはじめ、ますます暗くなった空を横目に平井はキャップを深く被る。
彼が簡単に乗るとは思えないが、きっとそうも言っていられない状況にあるのだろう。
どんどん複雑に面倒になっていく展開にため息をひとつこぼし、ドアを開ける。

「有野さんとやるんはしんどいなあ…」

周りには誰もいなかったからそのぼやきはすぐに消えてしまった。

221 ◆1En86u0G2k:2005/06/08(水) 15:57:06
以上になります。
アメザリは本編の流れ通り白に、よゐこは98(ikNix9Dk)さんのお話を参考にしています。
(大変遅レスになりますが98さんのよゐこ話が2人の雰囲気が伝わってきてすごく好きでした)
それではお騒がせしました。

222名無しさん:2005/06/08(水) 21:07:26
乙です。
すごくいい話です!二人のキャラが良くわかって楽しめました!

223名無しさん:2005/06/19(日) 22:28:04
〜しろいゆめ、つきささるいたみ〜



――ざぁぁぁぁぁ……

一面の、白。舞い散る、真っ白な欠片。強い、風。
白い欠片――雪が視界を埋め尽くしている。
寒さは感じない。美しい白銀に埋め尽くされた景色を、山崎はただぼんやりと眺めていた。
微かな風の音以外に何も聞こえない。綺麗だけれど、どこか恐怖すら感じる白。

ふと、一色に埋め尽くされていた視界に白以外の色が映った。
すぐ近くに見える、黒い――人影。
(!)
ほんの一瞬、吹雪の隙間に見えたその人影が誰なのかすぐに思い当たり、山崎は思わず声を上げた――いや、上げようとした。
(っ!?)
声が、出ない。影の方へ駆け寄ろうとしても、そこに自分の足があるという感覚がない。
ようやく、山崎はそこに自分の身体というものが存在しない事に気付いた。
視界を埋め尽くす吹雪が、僅かに勢いを弱める。
視界が少し晴れ、人影の正体がはっきりと見えるようになった。
悪目立ちする真っ赤なフレームの眼鏡、緩やかなカーブを描いてきっちり切り揃えられたマッシュルームカット、『イタリアの伊達男』をイメージしているらしい、過剰に洒落たその格好――間違いなく見慣れた相方の姿だ。
足首の辺りまで雪に埋もれているにも関わらず、彼の周りだけはまるで凪のようにピタリと風が止んでいるようだった。その証拠に、服の裾が少しも靡いていない。
そしてその視線が、意識だけしか存在していないはずの山崎の方へ、しっかりと向いた。
眩しいものでも見るように僅かに目を細め、口を開いて何かを言い掛けたあと――結局何も言わず山里は微かに苦笑を浮かべた。
全てを諦めた、痛い程に静かな笑み。

224名無しさん:2005/06/19(日) 22:28:39

『言っても多分分かんないと思うよ?』

ふと思い出したその言葉が、まるで託宣のように脳裏に響く。
再び、吹雪が強さを増した。全てが白に掻き消されていく。
待てと叫ぶ喉も、引き止める為に伸ばす腕も、駆け寄る足もない。
もう、叩き付けるように降る雪しか見えない。

――ざぁぁぁぁぁ……

こんな景色は知らない。見た事もない。
だから――
これは夢だ。
わるい、わるい、ゆめ――

225名無しさん:2005/06/19(日) 22:29:48
「!…いっ……」
目を開けた途端飛び込んできた白い床を夢の続きと錯覚し、慌てて起き上がろうとした山崎は、襲ってきた頭の痛みに思わず低く呻いた。
床に倒れたままこめかみを左手で押さえ、歯を食い縛る。
じっと痛みを遣り過ごしていると、少しづつ、先程までの記憶が蘇ってきた。どうやら頭を殴り付けられて気を失っていたらしい。
頭の芯まで響くような鈍い痛みに耐えながら何とか上体を起こすと、楽屋に相方の姿はなかった。荷物もなくなっているから、先に帰ったのだろう。
チラリと時計に目を向けると、気を失っていたのはほんの二・三分だったようだ。
背後の壁に背中を預けた山崎は、軽く舌打ちした。
まだ立ち上がる事は出来ない。座り込んだまま、じっと痛みが引くのを待つしかなかった。
石を巡る争いの中多くの芸人がそうしているように、彼らも何かと理由を付けてはマネージャーと離れて行動している。
あと数分程度ならここに座り込んでいても大丈夫だろう。
「……?」
ふと、手元に四つ折りされた紙切れが落ちているのに気付いて、拾い上げる。
綺麗に折り畳まれたそれは、掌程の大きさのメモだった。
(あ……)
開いてみると、黒いボールペンで書かれた、見慣れた字が並んでいる。
何を書こうか迷った様子が窺える小さな点のあと、たった一言。
『また明日』
そして、少し間を空けて小さな文字で書き足された言葉。
『P.S
明日の仕事が全部終わるまでに、心の準備ぐらいはしておいて。……殺されたくなかったらの話だけど。
手加減なんてしてあげないから』
何の乱れもなく、あくまでいつも通りに――殺意を告げる文字。

『ほら、俺嫌われちゃってるみたいだし』

不意に思い出したその言葉。
それに引き摺られるように、記憶の奥深くから、二ヶ月程前のあの日の場景が浮かび上がってくる。

『しずちゃん俺の事嫌いでしょ』

(――ぁんの阿呆!)
山崎は思わず手にしていたメモをぐしゃりと握り潰し、握り締めた拳ごと壁に叩き付けた。
鈍い音がして手が痺れたが、知った事ではない。
「好きではない」と「嫌い」が場合によっては同義語ではないという事ぐらい、それなりに頭の回転が速い山里ならすぐに分かっていたはずなのに。
(――なんて偶然や……)
山里の右目に見えた黒い影。あの日、ゴミが入った右目を頻りに気にしていた彼の姿。
点のように散らばっていた事実が、繋がって一本の線になる。
いっそ笑い出したくなる程の偶然だ。あのゴミさえなかったら。
いや、あのゴミが――黒い欠片でさえ、なかったら。

226名無しさん:2005/06/19(日) 22:32:24

『……まぁ、好きでない事だけは確かやな』

けれど、最終的に引金を引いたのは間違いなく自分の一言なのだ。
もう一度壁を殴ろうと振り上げた手が、力なく下ろされた。
(阿呆なのはあたしも一緒、か……)
あの答えにはそれ程深い意味があったわけではなくて。
ちょっとした意地悪。ちょっとした悪い冗談。
本気で哀しませるつもりなんてなかった。傷付ける、つもりなんて。
ネタ中では【硝子のハート】を自称する事もあったけれど、山崎の知る相方はその言葉から受けるイメージよりはもっとずっと強かだったから。
だから、いつも通り冗談半分に返した。山里もいつものように笑って済ますだろうと、笑って済ましたのだと、疑いもしなかった。
「……いったぁ……」
無意識に、ぽつんと呟く。
痛い。どこが痛いのかはよく分からないのだけれど、痛かった。
打撲した膝か、殴られたこめかみか、壁に叩き付けた手なのか、それとも――傷付けられた心、なのか。
握り締めた手に、強く力を込める。

女の自分より女々しいだとか、笑っていても目が笑ってないような気がするだとか、案外腹黒いだとか、嫌いなところなら山程あるし、特別に仲が良いわけでもない。
ただ――のんびりと二人で過ごす待ち時間に居心地の良さを感じていたのも、確かで。
(いったいな、ホンマに……)
認めるもんか。絶対に認めてやるもんか。

――本当は……裏切られた事に泣きたくなる程信頼してた、なんて。

そう思っている時点でもう認めてしまっているのだと、気付いていたけれど。
(……帰ろう)
まだ鈍く痛む頭を押さえて、ゆっくりと立ち上がる。
部屋の暖房は充分に効いていたが、心は凍えそうに寒かった。

――ざぁぁぁぁぁ……

夢の中で聞いた風の音が、耳の奥に蘇る。

――春は、まだ遠い。

227 ◆8Y4t9xw7Nw:2005/06/19(日) 22:35:36
しまった、トリップ付け忘れちゃいました……
というわけで、「続きが書けなくなった所まであと1話で終わります」と言いつつ終わりませんでした(ニガワラ
お詫びといってはなんですが、きちんと完結させる目処が立ったのでお知らせします。
もう少しお付き合いいただけたら幸いです。

228名無しさん:2005/06/20(月) 21:58:25
乙です!
すごく良かったです〜!ゴミが欠片とは・・・
続き、楽しみにしてます!

229名無しさん:2005/06/21(火) 03:05:42
乙です!先週Qさまの解散どっきりで絆の深さを改めて見せてくれた二人なだけに、
心のすれ違いが続く展開の切なさがリアルに感じられます。しずちゃん格好いいですね。
ぜひぜひ完結まで読みたいです!続きも楽しみにしております。

230名無しさん:2005/06/25(土) 00:44:19
〜ひびわれたこころ〜



真冬の風は、服を着込んでいても染み入ってくるような気がする程に、冷たい。
赤信号の交差点で足を止め、山里はその風の冷たさに微かに身震いした。
深夜に近い時間だが、山里と同じように信号待ちをしている人間は決して少なくはない。
俯き、レンズに触れないよう気を付けながら、右目をそっと掌で覆う。
完全に黒い欠片に覆われたわけではないにも関わらず、その右目はもう何も映さなくなっていた。
なぜあの場所に黒い欠片の断片が落ちていたか――恐らくは、以前あの楽屋を使った芸人の中に『黒』の人間が居たのだろう。
急激に侵食してくる影に気付いたのがほんの二週間程前の事だった事を考えれば、目に入った小さな欠片はすぐに人に影響を及ぼす程の力は持たず、
自分が抱いた小さな負の感情を養分としながら少しづつ力を蓄えていったのだろうか。

空に映える真っ白な翼はいつだって余りに綺麗で、強く。
届かないと、追い付けないと思い知らされた。
余りに眩しくて。遠すぎて。

目に巣食った黒い欠片のせいでそう思ってしまったのか、それともその暗い感情が欠片を育ててしまったのか、それは分からないけれど。
負の感情を充分に吸い込んだ欠片は一気に育ち、視界――そして心――を覆い尽くした。

――美しい姿は醜く、笑い顔は泣き顔に映る、あべこべ鏡。

ふと脳裏に浮かんだその言葉。一瞬考えて、それが【雪の女王】に出てくる悪魔の作った鏡の事だと思い出す。
目に悪魔の作った鏡の破片が刺さってしまった少年・カイと、そのせいで人が変わり雪の女王に連れ去られてしまったカイを追う、幼馴染の少女・ゲルダの物語。
小さい頃に見た、随分と懐かしい童話だ。
あの話の結末はどうだっただろう。確か、ハッピーエンドだったと思うのだが。
(……あんな威圧感のある【ゲルダ】に迎えに来てもらうのは流石に遠慮したいなぁ……)
そう無意識に考えを廻らせてからカイとゲルダに自分たちを重ねている事に気付き、我ながらくだらない事を考えているな、と山里は心の中で苦笑した。
ただ――くだらない事と承知で例えるならば、この欠片は悪魔の鏡の破片と雪の女王、その両方の役割を持っているのだろう。
自分の心を変え、冷たい闇に引き寄せる負の力。

231 ◆8Y4t9xw7Nw:2005/06/25(土) 00:46:14
目を覆っていた右手を下ろすと、その指先を一瞬小さな闇色のオーラが包んだ。
今まで必死に抑え込んでいた力の奔流が、ほんの僅かに溢れ出る。
人を殺す事も容易に出来る、強力な破壊の力。
この黒い欠片というものの予想外の万能さには驚かされるが、その力を使いたくないと思う程度の良心はまだ残っている。
ただ、段々と自制が難しくなってきているのも事実だ。
もう隠し通すのも限界にきていた。その証拠に、今日は沸き上がる激情を完全に抑える事が出来ず、手加減なしで――しかも思い切り頭を狙って――殴り付けてしまったのだから。
気絶した彼女にとどめ止めを刺さなかったのが奇跡的にすら思える。
壊すのは、殺すのは、守る事よりも遥かに簡単だ。

――壊したい? それとも守りたい?

不意にそんな問いが脳裏に浮かんだが、一度目をきつく閉じて思考の外に追い出した。
考えたところで、まともな答えを出せそうにない。

何も気付くな、と思っていた。
早く気付いてくれ、とも。
壊したい、と。守りたい、と。
感情を持て余している聞き分けのない子供のようだと、心のどこかでは認めていて。
別のどこかでは、認める事を拒んでいる。
思わず口を滑らせたのも、山崎を気絶させながら止めを刺さなかったのも、まだ自分の心の中に迷いが残っているからだ。
思考は常に混沌と矛盾。あと少しで、境界線を踏み越えてしまいそうな。
そこを越えて衝動に身を任せてしまえばもう自分ではなくなると――そして、その方が余程楽だという事も――分かっていた。
一歩足を踏み出せば、あるいは一歩足を引けば、それで事足りる。

232 ◆8Y4t9xw7Nw:2005/06/25(土) 00:47:56

今青になっている歩行者用の信号が、点滅し始めた。もう少しでこちら側の信号が青になるだろう。
顔を上げてそれを確認した山里は、ふっと溜息をつき軽く右の拳を握り締めた。
手加減なしで殴り付けたせいだろう、骨は折れていないようだが、拳は赤くなりズキズキと痛んでいる。
だが、今の自分にはその痛みさえどこか遠かった。
冷たさに麻痺した指先で何かに触れた時のように、今は自分自身の感情が酷く曖昧にしか感じられない。
そして――そんな冷え切った心の中で一番はっきりと感じられるのは、ドロドロとした負の感情だ。
怒り、嫉妬、憎しみ――殺意。

――だから、早く。……君を殺してしまう前に。

心の奥底で呟いた本音は余りにも小さく弱く、山里自身も気付かない。
明日には、もう手加減も出来なくなっているだろう。だから明日にはきっと、何かしらの決着が付く。
例え、その結果境界線を踏み越える事になるとしても。
自動車用の信号が黄色から赤に変わるのを目を細めて見ながら、山里はズボンのポケットから出ている携帯電話のストラップに、手を触れた。
元々は白いハウライトを青く染めて作られる、トルコ石を模した石。
余りに鮮やかすぎる、偽りの青。
街の明かりを反射して微かに輝くそれを、指でいらう。――祈るように。あるいは、何かを探すように。
そして、山里は微かに唇の端を上げた。微かだけれど、作り笑いではない自然な笑み。

大丈夫。大丈夫。
まだ笑える。――まだ、嗤える。

口元に浮かんでいた笑みが、無意識のうちに嘲るように歪んでいく。
信号が、青に変わった。止まっていた人の流れが、再び動き出す。
再び心の闇に呑まれていく彼の姿が、雑踏に紛れて消えていった。



雪が降る。音もなく、深々と降り積もる。
全てを掻き消すように、全てを凍て付かせるように。
誰かの心に――雪が、降る。

233 ◆8Y4t9xw7Nw:2005/06/25(土) 01:06:37
すいません、またトリップ付け忘れ……orz
暗い話ですいません。書き始めたときに書いてたのはここまででした。
これから完結まで書く予定なので、もしよければ待っていただけたらと思います。

234 ◆8Y4t9xw7Nw:2005/06/25(土) 01:09:07
追伸
本スレの方、ちょっと過疎化しちゃってますよね。
完結まで書いてから本スレ投下を考えてみます。

235名無しさん:2005/06/25(土) 16:37:43
乙です!決戦前夜の山ちゃんの今後が気になりますね。こんな南キャンも素敵ですよ〜
完結編も楽しみにしてます!

236名無しさん:2005/06/26(日) 01:18:09
乙です。
完結編があるんですね!楽しみです。
頑張ってください!

237 ◆EI0jXP4Qlc:2005/06/29(水) 21:31:31
こんばんは。下に三拍子についてちょろっと出ていましたが、
それとは別に自分なりに、そして本編とは全く別物で、気ままに書いてみました。
途中までです。続きはできていません。

238 ◆EI0jXP4Qlc:2005/06/29(水) 21:33:30
昔、川原で見つけた綺麗な石を持ち帰ろうとして、止められたことがあった。
理由を聞いたところ、「こういう所にある石というのには魂が込められているから、
不用意に持ち帰ることはできないのだ」との事。
私は子どもながらに、普通に「汚いから持って帰るな」とでもいえば良いのに、と思ったものだ。
しかし、今になってその意味を知った気がする。
例えそれが、川原でなく、
ある日突然自分の目の前にあったものだったと、しても。


【ある冬虫夏草の話】[Will you marry me?]


 「へぇ、彼女できたんだ……」
 と、唐突な高倉の一言。独り言のようにも聞こえるが、
 「な、何でお前知ってるのっ?!」
久保をビビらせるには十分だったようだ。高倉は答えることもせず、手の中にある石に見入っていた。
 「ああ! また俺の過去勝手に見ただろ?!」
 「うん」
 「『うん』って……、やめろよなぁっマジで」
 「どうして」
 「どうしてって、プライバシーの侵害だからだよ」
 「大丈夫、なんか、調子悪いみたいだから……」
 「へぇ……お前でもそんなことあるんだね」
 「うん……」
 「って、それで納得すると思ったのかぁ?!」
 高倉は勢いよく掴みかかる久保をひらりとかわしつつも、石を凝視し続ける。器用な男だ。
 「うーん……」
 実際、高倉の石は調子が宜しくないようだった。いつもなら鮮明に見える映像が、今日はなんだか乱れている。音声も途切れ途切れ。
 「諦めろ。見るなという天のお告げだ」
 久保が無駄に殊勝な笑みを浮かべる。そんな彼に高倉は表情一つ変えずにこう尋ねる。
 「久保には天のお告げが聞こえるんだ?」
 「いや、聞こえないけど」
 「嘘はよくないぞ?」
 「お前なぁ……」
 久保は何かを諦めた。
 「久保、お前の石の調子はどうなんだ……って、お前は持ってなかったんだな」
 「うん、まぁ、な」
 「……ふーん」
 高倉は再び手の中の石を凝視する。未だに調子が悪いようだった。その様子を見た久保が声を上げる。
 「おまっ、俺が嘘付いてないかどうか過去をさかのぼろうとしてるな?!」
 「すごいなぁ、分かるもんなんだね。でも大丈夫。やっぱり、調子悪いみたい」
 「……」
 久保は何かを諦めた。本日二度目。
 「彼女、どんな人なの」
 高倉のその質問に、久保の顔が緩む。

239 ◆EI0jXP4Qlc:2005/06/29(水) 21:34:10
 「へへ、すっごく、かわいい」
 「……世も末だな」
 「なんだとぉ?」
 「いや、深い意味は……」
 「お前なぁ? 俺の彼女見たらほんっっっとに羨ましがるんだからなっ」
 「じゃあ、見せてよ」
 高倉は右手を差し出す。すると、久保は少し表情を曇らせた。
 「別に良いけど……」
と言ったまま、続きを話し出そうとしない。高倉は怪訝に思った。
 「どうした? いいよ、今すぐじゃなくても」
 「実は……」
するとここで、久保は持参した大きなバックを振り返る。高倉もそれを追うように見る。
 久保は言った。
 「今日、来てるんだ」
 「……え?」
 久保は立ち上がるなり、バックの元へと行く。
 「高倉、来いよ」
 言われるがまま、高倉もバックの元へと行く。行こうとするのだが、
 「久保、ごめん。なんか、それに近づきたくない」
 そのバックはどこにでも売っているような、非常に大きい、ナイロン製のバック。
 「……そっか」
 久保はなぜか素直に納得し、その大きなバックに手を掛ける。
 その場に少しずつ、静かに積もっていくまがまがしい雰囲気。
 「……久保。彼女の名前、なんて言うんだ」
 高倉は、勤めて自然にそう言った。
 久保は、『それ』を取り出すのと同時に、答えてくれた。
 「あやめ、って言うんだ。ね、あやめちゃん」
 バックから出てきたあやめちゃん。その姿を見た高倉は思わず口を押さえた。

 多分、それはファンの子から貰ったテディベアだったと、久保が言っていたのを高倉は覚えている。俺にそっくりだろう、と自慢していた。
 「あやめちゃん、このテディベアが気に入ったらしくてさ、俺、おもわずあげちゃったよ」
 そのテディベアの腹部から頭部を劇的に突き破るようにして、
『黄色い半透明の身体をした30センチぐらいの女』が、静かに『生えている』。

 その姿はまるで、冬虫夏草。
 屍骸を糧にすくすくと育った、冬虫夏草。

 久保は本当に大事そうにあやめちゃんを抱えていた。高倉は問う。
 「久保、それは、『何だ』?」
 「……俺の彼女だよ」
 高倉は、右手の石が冷えていくのを感じた。
 「質問を変えよう。久保、『その石をどこで手に入れた』?」
 久保の表情が豹変した。
 「石なんかじゃない! あやめちゃんはあやめちゃんだ!!」
 高倉には分かっていた。あやめちゃんが最近芸人たちの間に広まっている不思議な能力を持った「石」だということ。
 そして、久保が持っているその石が、とてつもなく嫌な物だということも。
 だからこそ、『あやめちゃんの持ち主である久保の過去を見ることが、拒絶されたのだ』ということも。
 もっと早く気づくべきだったのだと、高倉は少しだけ後悔した。
 「それにしても……」
 高倉が、めずらしく感情を吐露する。
 「なんなんだ、この急激な話の展開は」
 非常に、イライラしているようだった。

240 ◆EI0jXP4Qlc:2005/06/29(水) 21:39:00
以上です。

○三拍子にした理由
一、高倉の雰囲気と能力。
二、久保の能力が決まっていない。

てだけの理由です。いまいち二人の性格や口調は把握していないので、
違和感を感じられたファンの皆様、ごめんなさい。
オンバトやはなまるマーケットの記憶を頼りに作っています。
ついでに、この話が続くかどうかは、謎です。

ここまで読んで下さった方、どうもありがとうございました。

241名無しさん:2005/06/30(木) 23:14:13
乙です!
あやめちゃん怖っ!っていうか久保さんよ・・・
お二人に違和感はなかったですよ〜性格口調に関してのみ(笑)
続きすごく気になります。出来れば書いていただきたいです〜

242名無しさん:2005/07/17(日) 23:54:49
そう遠くはない未来、ついに『白』と『黒』の全面戦争が始まった!!
 設楽「『白』を潰せ。」
 渡部「戦う時期が来たってことだろ?」
戦いの火蓋が切られてすぐに、隠された『黒』の力が明かされる!!
 柴田「残念だったなぁ!!」
 柳原「今まで封印してきた石が…復活してるっちゅうんか?」
悲痛な叫びも空しく、戦いは加速していく。
繰り返される戦いに、傷付き倒れていく仲間達…
 田村「ふざけんなっ…!!こんな戦い…何になるっちゅうねん!!」
 徳井「二匹の蛇がお互いの尻尾を飲み込んでるようなもんや。どちらかが滅びるまで、戦いは終わらん。」
裏切り、犠牲、憎しみの後に最後に生き残るのは誰だ!?
そして、残された彼らが見るものとは…?
 小沢「俺の石の…宝石言葉を知っているか?」
そして、最強の石「ブラックダイアモンド」とは!?


劇場版「もしも芸人に不思議な力があったら」
coming soon!





暇だからやった。今は反省している。

…本当にごめんなさいorz

243名無しさん:2005/07/19(火) 09:38:31
笑いで言うところの「ムチャ振り」ってヤツだなwww
漏れは嫌いじゃないwwwwww(`∀´)

244 ◆8Y4t9xw7Nw:2005/07/20(水) 22:47:46
〜ひとかけらのきぼうをしんじて〜



その夜の夢見は最悪だった。
よく覚えてはいないけれど、身体の芯から凍り付きそうな寒さだけがやけにはっきりと記憶に残っている。

――まるで、吹雪の中に放り込まれたような。

「――しずちゃん?」
一瞬の間のあと呼ばれた事に気付き、慌てて顔を上げる。
本日最初の仕事の、楽屋。悪夢しか見なかった眠りは疲れを癒してはくれず、どうやらいつの間にかぼんやりしていたらしい。
「……え、あ、何?」
顔を上げてからその言葉を発するまでの一瞬の間があったのは、自分を呼ぶその声が昨日までと違う響きを持っているような気がしたからた。
「もうそろそろお呼びが掛かると思うんだけど……何ボーっとしてんの?」
掠れ気味で少し高いその声は、すっかり聞き慣れたものなのだけれど――。
(――違う)
考えるより先に、そう思った。
呼ぶ声は一緒なのに、違う。声も、やけに凝った言葉の選び方も、人差し指で眼鏡を押し上げる些細な仕草さえ、変わらない――けれど、違うのだ。
昨夜の出来事があったせいでそう感じるのか、それとも、全てを知られた今となっては意味がないと山里の方が普段通り装う事を止めたのか。
恐らくは両方なのだろうが――山崎の知る相方がお世辞にも芝居が上手いとは言えない事を考えれば、認めたくはないが前者の割合の方が高い――、
度を越した違和感に鈍い頭痛さえ感じてくる。
「ごめん……ちょっと考え事してたわ」
ぎこちなく笑みを浮かべ、酷く冷たい相方の目を、真正面から見返す。
目を逸らしてはいけない。
今目を背けてしまったら、その事が自分達の間にあるものを本当に全て、壊してしまうと――ギターの弦が
ぶつんと切れるように呆気なく、何もかもを断ち切ってしまうのだと、それだけはなぜかはっきりと分かった。
無意識に、拳を握り締める。暖房が効いているはずの楽屋は、なぜか寒かった。

245 ◆8Y4t9xw7Nw:2005/07/20(水) 22:48:56




――重苦しい灰色の雲が漂う空に、細く欠けた月が微かに輝いている。

人通りのない寂れた道を歩いていた山崎は、ふと立ち止まり夜空を見上げた。
今日の仕事はもう全て終わっており、普段ならあとは帰るだけだ――普段なら。
視線を星の見えない夜空から右手に持っていたメモに移し、再び歩き出す。
それからしばらく歩いたあと、十五階はありそうなテナントビルの前で立ち止まった山崎は、手元のメモと目の前のビル――正確には、玄関横に
取り付けられたビル名が刻まれたプレート――とを見比べ、ポツリと呟いた。
「……ここ、か……」

今日最後の仕事が終わったあと山里に渡された四つ折りのメモに書かれていたのは、ビルの名前と住所、そして時刻と『屋上で待ってる』の一言だけだった。
やはり綺麗とは言い難い、見慣れた字。命令されているようで気分が悪かったのだが、まさか逃げ出すわけにもいかないだろう。
(それにしても……方向音痴やったら間違いなく迷うな、この寂れ方やと)
テレビ局から比較的近く地名も聞き覚えはあるが、山崎はこの辺りまでやってくるのは初めてなのだ。誰かに聞かれるのを警戒したのかもしれないが、
例えば道に迷うとか、そういう事は考えなかったのだろうか。
「……ま、どうでもええか」
もし迷いでもして時間を過ぎても来なければ、携帯電話に連絡を入れて誘導するつもりだったのかもしれない――それはそれで
間抜けな光景だと思うが――と結論付けた山崎は、右手ごとメモをパーカーのポケットに突っ込んだ。
この時間、勿論玄関が開いているはずはないので、ビルの横に回り込む。
昨日の夜にでも下調べでもしておいたのだろうか。確かにこの様子なら派手に暴れても人に見つかる心配はないだろうが――。
(覚悟はしてたけど……屋上までこれで行け、と?)
どこか古めかしい外付けの非常階段を見て思わず溜息をつき、山崎は長い階段をゆっくりと上り始めた。

246 ◆8Y4t9xw7Nw:2005/07/20(水) 22:50:52
街の雑多な音も遠くにしか聞こえない、静かな非常階段に、ただ足音だけが響いている。
両手をパーカーのポケットに突っ込んだまま黙々と階段を上り続けていた山崎は、十二階の踊り場までやってきたところで立ち止まった。
先程地上から見たときの目測が正しければあと少しで屋上に着くはずだが、長く続く階段をひたすら上っていると気が滅入ってくる。
石の力で飛んでしまえば楽なのだが、こんなところで無駄遣いするわけにもいかないのが辛い。
絞首台の十三階段を上るのもこんな気持ちなのだろうか、と一瞬考えて、とりあえず鉄扉に寄り掛かった山崎は思わず唇の端に苦笑を浮かべた。

――大人しく殺されてやるつもりなど、欠片程もない癖に。

少なくとも自分は、他人の為に死んでもいいと真顔で言えるような自己犠牲の塊ではない。
ただし、だからと言って絶対に死なないかと問われれば答える事は出来ないのだが――いや。本当のところ、状況は絶望的だった。
自由に飛び回れる屋外は昼間なら有利な場所なのだが、山崎の能力は発動中極端に夜目が利かなくなる為、夜は少々分が悪くなる。
しかも今日の空は雲が多く、月も半分以上欠け、黒い布に出来た裂け目のように細く頼りない。少しでも視界を良くしてくれるのは、遠くに見える街明かりのみだ。
それでも、自分はたった一人でこの場所に来た。正々堂々などという言葉は無視して浄化の力を持った誰かを呼んでしまえば楽に勝てると、呼ばなければ負ける――もっと
具体的に言えば殺される――かもしれないと、そう知りながら。
誰かを呼んでしまえば彼の意思を裏切る事になると、裏切りたくないと、そう思ったのだ。
弱々しく闇を照らす古びた蛍光灯に視線を向けながら、唇の端に浮かんだ苦笑を深める。
自分を殺そうとする相手に対して『裏切りたくない』などど思った事が酷く愚かで、滑稽で――それでいて、何より大切な事だとも思えた。
寄り掛かっていた鉄の扉から離れ、首元に手をやって服の上からペンダントを握り締める。仕事の合間の時間ひたすら回復――つまりは精神集中――に努めていたおかげで、
万全とは言い難いが昨日よりはかなりマシな状態になっていた。合わせて十分程度なら全力を出せるだろう。
気ぃ失う程度にシバいて浄化の力持った奴のところまで連れていく、という大雑把かつ穏やかでない努力目標を再確認し、山崎は再び階段を上り始めた。

(やっと着いたか……)
十五階の踊り場までやってきたところで、視界が開けた。
階段の先、左手には屋上のフェンスと扉が見えている。
足を止め、目を細めてその扉を数秒見つめると、山崎は一段一段踏み締めるようにゆっくりと再び階段を上り始めた。
あと、十段。
まだ石の力は解放していないが、鋭く研ぎ澄ませた神経はすぐ傍の冷たい気配を感じ取っている。
あと、五段。
それでも歩みは止めない。逃げ出す事も目を背ける事もしてはいけないと、痛い程分かっていた。
昨日の夜、痛々しい程の諦念を含んだ目に一瞬でも視線を逸らしてしまった事が、今は酷く腹立たしい。
あと、一段。
真っ直ぐ前を向いたまま最後の一段を上り切り、ゆっくりと左を向く。

屋上と非常階段を隔てている、金網の扉の向こう――街明かりと微かな月光に照らされ、見慣れたシルエットが見えた。

247 ◆8Y4t9xw7Nw:2005/07/20(水) 22:52:59
なんか石が全然出てこなくて申し訳ないんですが、今日はここまでです。
次回はちゃんとバトルに入れると思いますので……

本スレが余りに過疎化してるので、もしよければ投下したいのですが……意見をもらえたら嬉しいです。

248名無しさん:2005/07/20(水) 23:41:16
乙です!
うわ〜すごくいいです!続き気になります!
本スレ投下希望です。

249名無しさん:2005/07/21(木) 05:39:08
乙です!
カンニング編といい、8Yさんの作品は、登場人物の行動・考え方や細かい仕草等が
すごく本人たちのイメージを大切にしている感じがあって大好きです。
今回だと「人差し指で眼鏡を押し上げる仕草」の記述に"やるやる"と感心でしたw
本スレ投下もぜひお願いします。

250 ◆EI0jXP4Qlc:2005/07/27(水) 22:28:35
ども。
>>238-239に三拍子の「ある冬虫夏草の話」という文を投下した物です。
完成したので、一応ここに置いときます。
死ネタというほどの死ネタでもないのですが、それが絡んでくるので、ご注意ください。
読んで頂ければ、幸いです。そこそこ、長いですよ。

251 ◆EI0jXP4Qlc:2005/07/27(水) 22:33:25
title 「ある冬虫夏草の話【Will you merry me?】」
>>238-239の続き

****************



 ストップ。
 リヴァースアンドプレビュー。


 不法投棄。久保はたまたまその現場を目撃することとなる。そんな13日前の午後。
 曇天、それなのに明るい。不吉なことが起こりそうな、打って付けの天気。
 久保は、誰もいなくなったのを確認した後、そっとゴミの山に近づいた。
 普段、こんなシーンに遭遇することも無かったし、ゴミ自体に興味を持っているわけでもなかった。
 それでも、近づいた。もしかすると久保は、
 運命を信じたのかもしれない。ああ、それと、
 諦めを。
 
 まぁ、それはいい。

 久保は、予定通りにゴミの中に運命の人を見つけた。それが、あやめちゃん。
 あやめちゃんというのは、誰が決めたのかは分からない。
 あやめちゃん自身がそう言ったのか、久保が勝手につけたのか、そんなことは知る由もない。
 私は思う。きっとあやめちゃんという字は
 「殺」か「危」と書くのだと。とりあえず嫌な感じ。それが、私が最初にあやめちゃんに抱いた印象。


 プレイバック。


 「……見えたか」
 高倉はそう呟き、石の意思の意志でも変わったのかと、ややこしく解釈した。
 そして再び久保とあやめちゃんを睨みつける。迫力満点。しかし久保がひるむ様子はなかった。あやめちゃんは論外。
 久保にそっくりなテディベアが、あやめちゃんに食べられてしまった。
 次は久保孝真が食われるのかしら、と、高倉はそこはかとなく思った。それに追加するように、
 「それは不味い」
と、ぼやく。しかし、過去が見える力を持っただけの高倉に、あやめちゃん自体をどうにかする力は皆無だ。
 ――あの人なら何とかなるのか? だが、久保が聞く耳を持っているのか? それ以前に、あやめちゃんの耳は聞こえるのか。
 あふれ出るように不毛な思考が働く。久保と高倉がお互いに睨み合ったまま、ただただ時間が過ぎる。高倉には、久保があやめちゃんを守らんとしていること以外には、何も分からなかった。
 とりあえず、自分に何が出来るのか、高倉はそれを考えることに専念しようとする。

 ……ところが。

252 ◆EI0jXP4Qlc:2005/07/27(水) 22:34:36
 「失礼します」
 ノックの後に開かれる背後の扉。返事はせず、久保と高倉は開かれた扉を見る。
 二人が知らない男が1人。比較的整った容姿だったが、誰なのかさっぱり見当がつかなかった。久保はとっさにあやめちゃんを隠すように抱く。
 「どちら様で……」
 スタッフではないことは明白だった。また、知り合いの芸人でないことから、高倉はそう尋ねた。
 「名前ですか。そんなものはありませんよ」
 知らない男はそう答えた。
 「はぁ、『そんなものはありませんよ』さん、ですか。どこまでが苗字でどこからが名前なのでしょうか」
 高倉はまじめにそう言った。いつもなら久保が突っ込むのだが、久保は何も言わず、知らない男を睨んでいた。
 知らない男は言う。
 「ぼく自身のことは放って置いてください。そんなことより、そちらの小太りの方。貴方が持っているものに、大変重要な用事があります」
 知らない男の口調は非常に事務的だった。しかし、不穏な空気が漂っていることは、確かなのだ。
 だから、久保も高倉も、警戒した。
 「貴方の用件は分かりましたが、俺の相方が持っているソレ、非常に厄介な物なんですよね……。それに大変重要な用事があるということは……、貴方自体、厄介な物なんでしょうね」
 知らない男は高倉を見据える。
 「ぼく自身のことは放って置いてくださいといったでしょう」
 「そう言う訳にも行きません。せめて身分を明かしてください」
 「それはできませんね」

253 ◆EI0jXP4Qlc:2005/07/27(水) 22:35:48
 即答だった。あまりにも断言的だったので、一瞬面食らったが、高倉は気を取り直す。
 「それでは尋ねます。貴方は久保の石に何の用事があるんですか」
 高倉は、もしかするとあやめちゃんのことを石といえば久保か知らない男が何かしら反論すると踏んだ。しかし、久保が何か言うことはなかった。今は知らない男に視線を合わせているので、久保のほうを見ることができない。久保も様子を伺っているのだろうか。
 知らない男は、勤めて事務的口調で答えた。
 「それは、ぼくのものです。ずっと探していました。そしてやっと今日、見つけることができたのです。お願いですから、『彼女』を、返してください」
 後半は久保に行っていたような感じだった。しかし、一つ聞き捨てなら無いことがあった。
 「……『彼女』?」
 久保と高倉は、ほぼ同時に尋ね返す。
 「そうです。『彼女』は私の恋人です」
 高倉は再び苛立ちを感じた。久保と同じ事を、この知らない男まで言うのだ。高倉は言葉を選ぼうとした。しかし、
 「あやめちゃんが何でお前の彼女なんだ?」
先に久保が口火を切った。
 「あやめちゃん……? 『彼女』のことですか」
 「そうだ」
 「あやめちゃんではありません。『彼女』は」


 ストップ。
 

 一瞬だけ、見えた。
 先ほどの不法投棄現場。そこにあやめちゃんを捨てていった男。
 この、知らない男が、その男。


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