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長年、悟り系真理探求してきた者だが質問あります?
577
:
幸せな名無しさん
:2025/12/13(土) 13:44:40 ID:vIPg5gpQ0
難しい話じゃなくて、脳が自動的に決めてるから自由意思がなくてロボットと同じ
植物みたいに脳がなくても勝手に成長するみたいなものもいるし、自分なんて幻想
578
:
り改め りょうせい
:2025/12/13(土) 14:06:05 ID:wk0W2ILY0
>>571
>前のレスでこれを書いた直後に、矛盾した変なこと言ってんなと思いました。
>「エゴが抵抗する」は錯覚、心の反応が起こってるのに気づいてるだけと腑に落ちたはずなのに、コロッと忘れてしまう。
→あなたに起きてくることは、「思い出す速度が早くなる」ことです。
あなたと私は純粋意識という共通項をもとにこうして会話が起きているから、比較的、以心伝心がスムーズですが、普通は人生体験を通して少しずつ観照の力、気づきの力が育っていきます。あなたの場合書いた直後に気づけたのだから、それで全然問題ないんです。
>畏るべき創造の幻力、マーヤーですね。笑
→そうですね。笑
意識はいつまでも存在したい、存在愛、自己愛がとめどないからね。
歴代の聖者たちはしっかりとマーヤへの対応のコツを伝えてくれました。
「右頬をなぐられたら左頬も差し出せ」
つまり、幻想は本来非存在ですから、
嫌う、戦う、どうにかしようとする、排除しようとする、こういう扱いは幻想を活発化させるだけです。そのため、純粋意識にとどまる。
あなたに必要なことは、それだけです。
なんてシンプルなんでしょうか。笑
>無知な状態から真実を思い出していくプロセスを味わうことがリーラの醍醐味とはいえ、
完全な絶望、虚無の方がましとさえ思えるおぞましい領域に触れた時は、気が狂うかと思いました、ほんとに。よく耐えられたと思います。
→これもしつこく繰り返し説明しますが、
完全な絶望は、完全な希望です。
完全な虚無は、全部・すべてを包容しています。
エゴが1ミリでも偽主体として生き残っていると、完全性なのにもかかわらず、
不完全性としての錯覚が可能になるんです。
それもある意味で奇跡なんですがね。
この奇跡が成り立つこと自体、マーヤの驚くべき魔術・イリュージョンです。
>でも、そうした体験があるから決着したときの喜びは大きいのかなとは思う。
目覚めた人は、その無上の喜びについて多くを語りません。言葉にできない領域のものとは思いますが…。
→そうです。言葉は概知であり、二元性だから、
つまり決着自体を、対象としてとらえてしまいます。
しかし、決着とは真の主体側そのものであって、
「対象としての一時的な現象である→エゴ」
からしたら純粋意識や、それも超えた真我は未知なんです。
未知のものを言葉にしても誤解を招くだけだから控えめにせざるを得ないんです。
先入観が、真理探求者にとっての概念的障害になるから、そういう意味合いからの配慮もあるでしょうし。あとここが、潜在意識板だからってのも大いにあります。笑
>秘められた不思議だからこそ価値があり、探求者を惹きつけるんだろうと勝手に想像してます。
→それが他でもない、真のあなただから、決着するまでは、惹きつけられ続け、吸引され続けるのです。
>なるほど、学生気分がずっと続いてる感じはあるかなあ。笑 いつまでも気が若いと思います。死ぬまで学びだからでしょうね。
→真理探求とは、帰還なんですね。
物心つく前の記憶の残り香があるからこそ、
帰還しようと思う。
真理探求者のみなさんは根が純粋で気質が若い方が多いんじゃないかと思います。笑
>最終的に起こるであろう、切望モードと落ち着きの共存。無力感の中で起こる深い祈りと、必ず応えてくれるという安心の落ち着き。
これの更に深いレベルが、意識としての私の中で同時に起こっている感じかと想像しました。
純粋意識へ安定していくプロセスと、意識が超越に向かうプロセスは似ていると仰ったのは、このことでしょうかね?
→まず、個の私という催眠から目覚めて、
純粋意識の私を思い出す。
それから、純粋意識の安定と深まりが、
エゴとの同一化を燃やし尽くします。
そして、純粋意識として、全体意識の私を思い出す。これが不二一元論の方面だと、
アートマンとブラフマンは同一である、の智慧ですね。そして、最後はあらゆる時間と空間のすべての夢から、卒業していくんです。同時に、それがすでに不変で不滅の唯一のあなたですから。
579
:
り改め りょうせい
:2025/12/13(土) 14:24:53 ID:rsGiH.Sc0
>>573
イキイキやワクワクってのは、いくつかの条件が重なったりあるいは偶然によって、ただ起こる時に起こるものなんですね。
真理探求の道は、思考や心、感情をコントロールしてどうにかする方向ではなく、何があっても変わらない私を探し、見つけ出す方向です。
真の私とは一体なんだろう?
自分や世界って、そもそも何なんだろう?
なぜ人生という体験が起きているんだろう?
こうした問いが内側から止まらなくて、なぜか自然と探求してしまう。そんなタイプの人向けの話なんですね。もちろんこれは、どっちが正しい間違い、良い悪いじゃなくて。
580
:
幸せな名無しさん
:2025/12/13(土) 17:55:40 ID:C0d3vikQ0
>>567
>>568
返信ありがとうございます。
人生に行き詰まりを感じ真理探究を始めてから、元来のネガティブ気質がさらに悪化しました。
過緊張、イライラ、反芻思考、自責、他者との比較…常に交感神経優位で生きている感じでした(今思えば)
セドナメソッドなどの観念浄化ワーク、思考停止、瞑想、ネドじゅんさんのエレベーター呼吸など何をやっても変化なく。
ですが、丹田呼吸や丹田歩行、スワイショウなどを始めたところみるみる気力が湧いてきました。
(瞑想やエレベーター呼吸が効かなかったのは、みぞおち辺りが緊張していたせいかも?)
自己否定的な思考や虚しさが静まり、徐々に世界との分離感が消えてきてワンネスを感じられるような出来事が起きてきました。
あくまで独学による実践なので合っているか分からないけど、身体が緊張して気が弱かったから生きづらさや分離を感じていたのかな?と思うくらい、身体を変えることで諸々変化を感じています。
質問というより感想になってしまいましたが、「身体が変わる⇔心が変わる→世界(反映?)が変わる」ということなのでしょうか?
581
:
幸せな名無しさん
:2025/12/13(土) 18:23:10 ID:ydeowj7U0
うーん、なんというか
このスレは真理探求の先に何か甘いものがあるようなワードが並んでるね
非二元はそこに幻想を抱きやすいなと思う
私も昔は甘い幻想を抱いていたし、実際甘かった期間もある
しかしそこにどっぷりハマった後に突然放り出される
そこからが真の探求になるよね
582
:
幸せな名無しさん
:2025/12/13(土) 19:14:21 ID:qgYFmglE0
その甘いものが人間として手に入れられるものだと思ってたなら単なる幻想でしかないよね
手にすることは決して出来ないから放り出されてしまう
真の探求は何かを得る道ではなくて偽物を手放していく道だから
より良い人生を追求したい人には縁のないが真理探求
583
:
幸せな名無しさん
:2025/12/13(土) 23:00:36 ID:d7oBHYv20
>>580
>丹田呼吸や丹田歩行、スワイショウなどを始めたところみるみる気力が湧いてきました。
へー、面白いですね。私はそういう気功もやりましたが大して効果なかったです、瞑想ばかりでした
意識の深いところに問題があり瞑想的な方法が適していたのだと思います
貴方がやっている気功は「動功」といって肉体を物理的に健康にするやり方です
虚弱な人には特に効果があるでしょう。逆に霊障とか霊的因縁には効きません
>真理探究を始めてから、元来のネガティブ気質がさらに悪化しました。
浄化は基本きついもんで、私もそういうもんはバンバン出てきます
精神だけでなく体調も悪化します、気は消費されるものだから
邪気を消費するなら、その分の何かが確実に発生します
もしくは単純にあってなくて「そっちの方向へ行くな」という警告かもしれないですね
私のケースだと気や霊的成長をすると浄化で非常にきつくなる
浄化がストップしてると凄く調子よくなるけど、それは困る
貴方のケースは単に真理探究があってないだけか、やめると浄化が止まって気功で気を高めるから調子いいのか、ちょっと判断できない
浄化はやりたくなくても(私の場合は)勝手に発生するんで
調子よくなる事をやり続けても具合悪くなってきたらそれは浄化かもしれないです
>「身体が変わる⇔心が変わる→世界(反映?)が変わる」ということなのでしょうか?
それは勿論そうです、心が変わる時、肉体も変わっている筈です
584
:
幸せな名無しさん
:2025/12/13(土) 23:02:16 ID:7InUHdy.0
願望実現を目指すスレは他にいくらでもあるしね
585
:
幸せな名無しさん
:2025/12/14(日) 02:23:22 ID:3NbR9RUM0
>>570
いつもありがとうございます。心を静めて、ガイドさんの本体に意識を向けて
「ただ想う」のをやってみたのですが、気付きが有りました。
ただ想う時は、好きor嫌い、時間、場所を超えている感じがしました。
胸の辺りでただ想うに集中した時、透明な言語化できない感じに気付いた後
そのまま居たら、エゴが起動した為か、かすかな淡い恋心みたいなものが湧いて、はじけて
少しくすぐったいような感覚の心地良さと、甘い花の香りに包まれました。
(そんな香りの物は実際には無いのですが、本当にすごくいい匂いが感じられたんです。)
そしてこれを書いていると、子供時代の私が、やだやだ恥ずかしい!って
ずっと言ってる感じがするんですよね。ああ、やっぱりあなた、そうだったんだね。
自分の中にこっそり居たのを見付けちゃいました。
素直になって大丈夫だからね。今の私がしっかり受けとめて抱きしめてあげるから。
そして自愛の本質がこの「今の私がしっかり受けとめて抱きしめてあげる」である事にも気付きました。
ガイドさんの導きが凄くてあの人の本体がガイドである事を認めざるを得ません。(チクショー!笑)
でもガイドさんの本体も実は本当の私と同一なんですよね。何故あの人の中にそれを見つけたんだろう?
やっぱり腑に落ちないけど恩寵のみぞ知る何かなのかも知れません。
癒しが起きたことや気付きの事を書いてしまったので、話がそれてしまいましたが
ただ想うは無色透明でつかむ事の出来ないものでした。言語化も出来ません。
エゴが言語化すれば「好き」になるとは思うのですが、実際それじゃない感じです。
言語化すると決めつけや制限や浅くなってズレてしまう気がしました。
そして胸の真ん中あたりの部分が重要な気がしました。
この辺が「お家」ですね、きっと。ここに意識を向けると良いような気がしました。
お家というか、休憩スペースというか、椅子というか…玉座?
本当の私の為の場所?
今回の恩寵のシャワーはとても心地いいものでした。無条件の愛の方だと思います。
抵抗しなければ心地良いシャワー、抵抗が強いと痛くてしみるのか、今回はたまたま心地よかっただけか。
しかし気付きから時間を空けて書いていると(ちび私が恥ずかしがるので書けなかった笑)
何だか全部夢みたいに感じられます。何もないのにある夢。あるけどない。不思議な気持ちです。
味わって満足すると消えてしまうのかな?これもただ起きただけ、なのかも。
グルやガイドの言葉の説明や、千と千尋の注目ポイントも教えて下さり、ありがとうございました。
今回もまた頂いたレスをじっくりゆっくり読ませて頂こうと思います。
本当の私として観る。←この言葉から今回の癒しが起きました。まさに恩寵です。
いつもありがとうございます。
586
:
幸せな名無しさん
:2025/12/14(日) 08:03:38 ID:cwqFHUSU0
真理に到達することが願望になっている人たちのためのスレかと
自分の場合は、現世利益的な願望と真理の両方だけど
587
:
幸せな名無しさん
:2025/12/14(日) 08:13:55 ID:C.MVuQik0
結局真理を得た者の願望は叶うのか叶わないのか。どっちなんだい?
この願望というのは個の視点での願望です。
意識レベルで既にあるのは分かってる。
588
:
幸せな名無しさん
:2025/12/14(日) 08:42:22 ID:pe/XYxOQ0
>>579
ありがとうございました。
もやもやしていたものがちょっと晴れました。
悟りを開くことと、生き生き、ワクワク生きることは必ずしも両立しないということですね。
前から何となく感じていましたが、それをはっきり言っていただいて良かったです。
いわゆる悟りを開いた、と言われる方々を見ると、あるいは話を聞いてみると、正直、例えば子どもが将来なりたいものの対象になるかというと、少し違うと思っていました。
もっとハッキリ言うと、悟りを開いた方々は、必ずしも現実的に「幸せ」になっていない。
ただ、「平和」にはなっていらっしゃると思います。
悟りというのは夢の実現により幸せになるためのツールではなく、苦しみに対処するためのツール、というか対処できるようになった状態をいうのかもしれません。
ただ私個人的には、人間に快と不快という感覚が備わったことには意味があると思っていて、快や不快を超越して涅槃の状態に入ったら人間として生きている意味って何なのかなとも思う。
願望実現=快というプログラムが人間に設定されている以上、快を追求するのが自然の理。
ポイントはむしろ、その快の本質(私はどうしたら心の底から嬉しいのか)に気づいて、願望を間違えないこと、適切な願望を持つことじゃないかと思いました。
私の場合、究極の快は「自分に満足すること」でした。理想の自分に程遠い現状に鬱っぽくなり、無気力にもなりました。おそらくここで、理想の自分になれない自分を許したり、理想の自分にこだわる自分を手放す、という悟りのプロセスが一つの有効な手段なのだと分かっているのですが、それも難しく、どっちつかずになって結局、不幸になっているのかもしれません。
すみません、一人語りで話がだいぶズレましたが、ここまで辿り着いたのもりょうせいさんとの対話のおかげです。ありがとうございました。
589
:
幸せな名無しさん
:2025/12/14(日) 10:40:24 ID:3NbR9RUM0
>>570
585です。一晩眠って「本当の私として観る」が掴めたかも知れません。
例えば子供向け作品は「子供騙しな内容だと人気が出ない」とか言われているんですけど
彼らは本当の私として心の目で観ているからなんでしょうね。ただ本当の私として
心の目で世界を見ながら生きていると成長と共に不自由が生じてくるから封印しちゃう。
以前友人に「大人になってもトトロが見えるような心でありたかった」と言ったのを思い出しました。
探求はそれを目指していく道なのかも知れません。
590
:
幸せな名無しさん
:2025/12/14(日) 10:43:42 ID:cwqFHUSU0
>>556
こちらこそ、ありがとうございます!
この潜在意識関連界隈でも時々起こることですが、疑似「宗教の教祖と信者の関係」、つまり
教祖=わかっている人
信者=わかっていない人、信じる人
となりがち。
本当にわかっている人なら、自らを権威化・絶対化せず、その方法を独占しないで公開し、人々が自分と同じ認識を独力でできるようにすべきだろう。
また、本当に真理を探求している者なら、誰かを絶対化したり依存したりして信じるという立場にならず、その誰かと同じ認識に立つことを目指し、自分がその認識に到達するまでは正しいと信頼している人のいうことであってもあくまで参考にし、自分で実際に認識に到達してから、その正誤判断をするという姿勢をもつべきだろうと思っていて
このスレも、りょうせいさんに頼って質問ばかりして・・・
なんてことを少し前まで感じていました。
そして「私は在る」という方法を提示してもらったのに、なぜ質問が起こるのだろうと思っている部分がありました。
しかし、「私が在る」を観想し始めて時が経つにつれてそうした想い、感じも消えていきました。
私が在る。何も引かない、何も足さない。
591
:
幸せな名無しさん
:2025/12/14(日) 12:48:00 ID:Uzt0YJgc0
>>583
ありがとうございます。
>へー、面白いですね。私はそういう気功もやりましたが大して効果なかったです、瞑想ばかりでした
そうなんですね。私は瞑想するとかえって反芻思考が止まらなくなっていたのですが、丹田呼吸などを始めてから瞑想もできるようになりました。
なんかもうほんとに頭がガチガチだったのかも。
>浄化はやりたくなくても(私の場合は)勝手に発生するんで
私は真理探究や観念浄化で生きづらさを解消したいという下心ギラギラでした。
霊的成長というのも体感したことはないです。
何か勉強のように、目的を持って意欲的努力的にやっていたような気がします(^^;
身体が変わってきたら、真理探究に関しての興味も薄れてきました。
(と言いながらここに来たのは、初めの頃にりょうせいさんと数回やりとりして、スレの雰囲気がいいなあと感じたから)
緊張が解れるとともにコントロール欲求などエゴに気づきやすくなり、思考がどんなに分析や不幸を選択しても、身体は自然と幸せに向かうというか幸せであるように感じました。
作為をやめて受動であればあるほど気が入ってくる、起こってくる体感があります。
592
:
り改め りょうせい
:2025/12/14(日) 13:26:39 ID:JDjWrsVc0
>>580
>質問というより感想になってしまいましたが、「身体が変わる⇔心が変わる→世界(反映?)が変わる」ということなのでしょうか?
(長くなったので、2回にわけます)
→身体へのアプローチは、とても大切だと思います。真理探求の世界では、ときどき
「身体はエゴとの同一化の最も根深い部分だから、切り捨てるべきものだ」
というような、やや苦行的な方向へ進む方もいます。むろんそれ自体が最適に起きていて、真理に還ろうとする情熱の結晶化であるなら、否定されるものではありません。
ただ、これはもう何世代も真理探求を重ねてきたような、いわばベテラン向けの道だと考えてください。笑
多くの人にとっては、むしろ逆が自然です。
ご自身に合った食事を、常識の範囲でバランスよく摂る。身体に入る栄養は、心の潜在的な傾向や、想念の向きにも確実に影響します。
個人的には、この点は過剰に神経質になる必要はなく、「普通に大切にする」くらいで十分だと思っています。
また、根深い感情やトラウマが、身体感覚として詰まることもよくあります。あなたが書かれていた、様々な感情解放や呼吸法のアプローチ。
これは、人によって実際に効果が出る、とても優れたアプローチだと思います。
少し整理して言うと、
個も含めて、世界は「想念」として現れています。本来、想念の理想的な状態というのは、
流れが滞りなく、ただスムーズに起き続けることです。子供の頃誰もがそうだったように。
ところが、エゴの同一化システムが強固になっていくと、「エゴ=私のもの」として確立したいがために、流れを掴もうとしたり、何度も取り出したり、拡大しようとしたりします。
つまり、「ただ起きる」「ただ起き続ける」
この流れ・フローに対して、
「全部、私のものだから私も参加させろ」
と爪痕を残そうとするわけですね。笑
そのために、明け渡し、手放し、というアプローチが生まれます。これは真理探求的な壮大な明け渡し、手放しじゃないにしても、
日常的なアプローチとしても、全然活用されてますよね。
一般会話でもあると思います。
「やることはやった」「あとは、もう天に任せよう」このような会話がね。
593
:
り改め りょうせい
:2025/12/14(日) 13:28:24 ID:JDjWrsVc0
>>580
>質問というより感想になってしまいましたが、「身体が変わる⇔心が変わる→世界(反映?)が変わる」ということなのでしょうか?
→真理の視点から言うなら、想念をあえて「物質」だと仮定してみてください。
粗大で、大きくて、硬い想念。
中くらいの、感情や感覚としての想念。
微細で、日常生活に必要な思考やマインドとしての想念。
身体は、かなり粗大な想念です。
感情や感覚は、中くらいの想念です。
思考は、より微細な想念です。
世界も、同じ構造で成り立っています。
つまり、世界も想念です。
だからこそ、以前書いたように、
祈りやマントラ、日常の呟きの意図は、
「すべてが至福に包まれますように」
「すべてに幸あれ」
「世界全体が光に満たされますように」
と、世界全体(人生全体)の想念をやわらげる方向に向かいます。世界全体の中に個の過去・現在・未来も含まれていますので。
これだけで、基本的には成り立ちます。
時間はかかるかもしれませんが、とてもシンプルです。
潜在意識の分野、たとえばマーフィーの教えなどでも、結局は、
「淡々と、シンプルなことを、継続する」
という話に行き着きますよね。
(私の潜在意識の知識は、ほぼマーフィー由来です!笑)
分離的な思考に入ると、何年も構造分析に没頭することもできます。でも、アプローチやメソッドを頭で分析するより、シンプルなことを淡々と続ける。
もしくは、メソッドも辛いなら、
「ただ在る」「存在にとどまる」
これを深めたほうが、許しや、自己愛も含めて、体感的な理解は早まります。
あるいは、明け渡し、手放し、すべてを「真の主体」に返していく。これも、想念との同一化を、想念が放出される以前の静寂へと戻す行為です。
なので、かなりシンプルに言えば、
不幸せ系・破壊系の想念をリピートする癖があるなら、
幸せ全体系(平和全体系)をリピートする癖へ、
少しずつ移行していく、というだけの話です。
ただし、これらすべても「ただ起きている」
そうでしたね?
おすすめは、幸せ全体系の想念をリピートすることですが、すべての流れそのものは、
自然に起きてしまいます。止められません。
行為も思考も癖も起きてしまいますから。
やれるかどうかも、ただ起こるか起きないかのどちらかです。
だからこそ・・
祈りが起きる。
こうしたいのに、それすらできない。
行為も思考も継続するかどうかも、100%コントロールできない。
逆説的ですが、どうしようもないからこそ、
祈りが起きます。
祈りは、大きな慈しみであり、
同時に大きな大悲です。
ネガティブ気質が悪なのではなく、どうしようもなくネガティブ気質が起きてしまう。
起きることは起きるから。
それに反応してしまうことさえ、どうしようもなく、止められない。
だからこそ、祈りが起きる。あまりにも、何もかもコントロールできないから。
そのため、祈りは個が「する/やる」メソッドではなく、個を超えた深いところからただ起きてしまう、非個人的ところから発動する、
なにかなんですね。
だからこそ、はからずとも個の根深い想念との同一化を溶かしていきます。
そして、そんな中で、ふと、ある時から
世界が少しずつ微笑みを見せるようになっていく、かもしれません。
つまり、すべては結果論なんですね。
個が「狙い通りやってやった!!」
ではなく、はからずとも、
あれ?・・前の自分(地獄期・モヤモヤ期)
どんなんだっけ?みたいなね。笑
「あなた最近なにか良いことあった?」
「え、そうかな?まあ、言われてみれば・・」
こんな感じなんです。
594
:
り改め りょうせい
:2025/12/14(日) 14:17:19 ID:JDjWrsVc0
>>581
ご意見ありがとうございます。
私個人の視点では、ある種の人は、真理探求する流れのようなものから「呼ばれてしまう」ことがあるように感じています。
そのタイミングやきっかけ、形は本当に人それぞれですけど。
また、あなたの言う通り、真理探求はプロセスが進むにつれて、決して甘い道ではなくなる場合も多々あります。
ただ一方で、その反動として、度を超えた苦行的な方向へ振れてしまうことも起こりやすい。
(私のケースがそうだったように)
なので、「苦しむことそのもの」をどう扱うかは、少し慎重になる必要があると思っています。真理実現が目的であって、その過程の苦しみは、あくまでも過程ですから。
また、甘いか、苦いか、その配分も、個の気質や人生の流れによって本当に様々です。
それと、人生体験として、いわゆる願望実現的な領域をある程度やり尽くし、未練が少ない状態の方が、結果的に真理探求へ集中しやすくなる場合があります。
(これも、私が真理探求に入る前にそうだったからです)
そういう意味で、私は誰にでも真理探求を勧める立場ではありませんが、どうしても発心が止められないタイプの人、あるいは今後そうした流れが自然に起こり得る人に向けて、なにかしらの「種」としてこの場があればいい、なので、興味があればご意見や質問をしてくださいというスタンスですね。
また、プロセスの進み方や、向いている修練法、起こる出来事は本当に人それぞれなので、
「必ずこういう流れになる」と前もって断言することもしません。
ただ正直なところ、できるなら、個の私自身が通ってきたような遠回りのプロセスや、
いわゆる地獄・煉獄のような段階は、
少しでも短縮できたらいいな、という意図や気持ちは少なからずありますが、
最終的にはそれぞれの流れ次第ですし、
私も言葉を通してのやり取りですから、もちろんこれが完璧なレスや返信だとも思っていません。
ただ、真理実現とは。
エゴは恐れるが、決して怖いものでもない、という部分と、真理実現自体の真の動機は、
幸・不幸を超えた、至福に還るためのものだと思っています。
なので、「幸せになりたい」「だから本当の私に還りたい」という欲があること自体が、間違っているとも言えません。
そして、恩寵というか、真理実現に向けての流れそのものは最適に進み、起こることはどうあれ、最適だと何度もお伝えしているだけです。
595
:
幸せな名無しさん
:2025/12/14(日) 14:20:35 ID:/Y17.50s0
>>578
>「思い出す速度が早くなる」ことです
これは、なるほどと思いました。忘れてしまったことより思い出したことに焦点を当てると、前向きになれます。
完全な絶望、完全な虚無はエゴの反応で錯覚でしかない。実際は純粋意識に触れていたのにエゴが起こした錯覚により拒絶していただけなんですかね。
あの猛烈な拒否反応はエゴが消滅を恐れるほどに追い詰められていた証拠なわけですか。
一方で、好ましい体験として与えられる霊的啓示は、プロセスが順調に進んでること示してくれるし願ってもないご褒美でもある。
いや、もっと深い意味が隠されてるかもしれない?
今こうして俯瞰する側にいると、この二元の世界で起こっている夢物語はつくづく不思議で見事で感心します。笑
語れないものを語ってしまうと、誤解を招くし要らぬ執着を呼び起こす。これは理解しています。
ここでは話をしたい衝動がありますけど、私の修練は基本的に沈黙(在るだけ)で十分、他に何も要りません。読むことも喋ることも聞くこともすごく少ないです。
>意識はいつまでも存在したい
そうなんです、存在していたいんです。それで、リーラを鑑賞していたい。
その物語は錯覚(エゴ)があってこそなのに、目覚めたいと思い、ただ在ればいいとなる。
訳が分かりません。何か変なこと言ってますかね?自分で言っててよくわからない。笑
う〜ん、やはり純粋意識から先の話は分からないので、言われたことは心に留めておくだけにしておきます。笑
アートマンとブラフマンについては違うのか同じなのか、そもそも区別する境界があるのか、本当に分からないので…。
エゴから純粋意識へのシフトのような明確な違いがあるのでしょうか?
個人的には、なんかゴチャゴチャ言われてるみたいだけど分ける必要あんの?と勝手に思ってスッキリしています。笑
596
:
り改め りょうせい
:2025/12/14(日) 14:22:23 ID:JDjWrsVc0
>>582
それはそうですね。
ただし、真理探求者の流れや運命によっては、
一般的な生活を続けながら探求が進んでいくタイプもいれば、いわゆる世俗を放棄するような流れになるタイプもいます。
また、元大悪党のような人生を歩んできた人もいれば、元々博愛主義的な気質の人もいます。
思想や宗教、身分や立場とは関係なく、
純粋意識そのものは誰もが共有しているものですし、超越という現象も、因果関係に基づく努力とは別の次元で、誰にでも、ただ起こる可能性があります。
真理実現者の中でも、その後の生き方や現れ方は本当に様々です。だからこそ、真理そのものの在り方は、とてもシンプルで誰に対しても開かれた可能性として存在しているんですね。
結局のところ、興味や関心があるか、ないか。
それだけとも言えます。笑
597
:
幸せな名無しさん
:2025/12/14(日) 14:26:19 ID:cwqFHUSU0
>>590
誤記訂正です。すみません。
「私が在る」→「私は在る」
598
:
り改め りょうせい
:2025/12/14(日) 15:01:23 ID:JDjWrsVc0
>>589
>一晩眠って「本当の私として観る」が掴めたかも知れません。探求はそれを目指していく道なのかも知れません。
→はい。「本当の私として観る」と「本当の私として在る」は、次第にイコールになっていきます。というのも、「在る」というのは、
ただ存在しているという意味ではなく、
存在・気づき・認識をすでに備えた在り方だからです。そのため、いわゆる本当の私から個へと流れてくるインスピレーションや叡智的なものは考えを介さず、瞬時に伝達されます。
いわば第六感的な理解ですね。
ただしここで注意があって、個の私が「もっとインスピレーションを得たい」「何かを受け取りたい」
という目的を第一にして本当の私にとどまろうとすると、逆に、個の私が想念をぐるぐると弄ぶ形になりやすいんです。お分かりでしょう?
あなたも、少しずつその感覚が浸透してきていると思います。笑
こうした直接的な理解というのは、
起こるときには自然に、最適なタイミングで起こります。
だから、「起こそう」と構えすぎず
そういうスタンスで捉えておくといいでしょう。
基本的には、慌てず、強迫観念的に探求せず、
日常を第一に生きていくこと。
気づいたらプロセスも進行していて、
結果的に、しずかーに少しずつ本当の私が立ち上がってきて、深まってくる。
あなたの場合そういった線で、個の日常の癒しも忘れずに深めていかれるといいですよ。
599
:
り改め りょうせい
:2025/12/14(日) 16:11:09 ID:JDjWrsVc0
>>590
この話は、いわゆる悟った人・覚者と呼ばれる存在についての理解が関係していると思います。
(私の言う悟った人とは、純粋意識を体現した個人のことです。)
この段階では、その人は「ただの個人」ではなく、意識として在る人、という立ち位置になります。だからこそ、「純粋意識とは何か」を伝える者として機能すること自体は、構造的には可能になります。
というのも、その個人は、原因と結果のプロセスを経て、いわゆる長い探求や修練の結果として、悟りに至ったわけですから、
「教える者/教えられる者」という関係性として世界で機能すること自体は、必ずしも間違いとは言えないんですね。そこで信者や信奉者が増える、増えないもただの現象の現れ方の違いなだけです。
もちろん、ここには別の問題もあります。
体現したとエゴが偽るケース、
エゴが肥大し、妄想や魔境に落ちた状態で教えてしまうケース、
スピリチュアルエゴによる共依存構造、
また霊感商法など、
そういったものとは、まったく別の話です。
(これはいつの時代でも起きてきたことで、同時に、その失敗や違和感がきっかけとなって、最終的に「内なるグル」を信頼する流れに戻っていく探求者も多いですね)
ただ、そうした問題を除いた上で、
純粋に「悟った者が、人々に悟りを伝えようとする」こと自体は、世界の中での一つの役割として、正しく機能している側面もあります。
実は私自身も、かつては同じように私は悟った。覚者になったのだ。と考えていた時期がありました。たしかにその頃は、知人たちに対して、積極的にそうした話をしていたこともあります。笑
悟りを教えて、悟りに興味を持ってもらうために、ですね。
ただし、超越というのは、最終的に
「個が悟った」というストーリーそのものを消滅させてしまいます。超越という真の立場は、夢が一度も起きていない領域だからです。
つまり、原因と結果が完全に成立しない領域なんですね。
そのため、その地点から見ると、
「教える/教えられる」という構造自体が成立しなくなります。悟った者も、迷いの者も、どちらも消滅しているからです。
だから私は、興味のある方に対して、
「世界の大枠の流れ」や「エゴ・個の構造は、構造的にはこうなっているよ」
という説明はしますが、
「これをやれば間違いない」
「それは間違っている」
「あなたも悟るべきだ、悟りましょう!」
といった強い断言や方法論は、ごくシンプルなものしか提示していません。そして最終的には、すべてをお相手の恩寵の流れと、内なるグルに委ねています。あなたの言う通り、仮に一時的に依存が起きたとしても、目覚めさせる叡智があるのは恩寵や内なるグルであって、
個としてのりょうせいは、伴走者として話を聞き、ただその場で起きる必要なことを伝えるだけ、笑
という立場です。
また、
「私は在る」
「純粋意識にとどまる」
「真の私に明け渡す」
といったことは、直接的に体験してもらうための、もっともシンプルな提示ですが、
人によっては、非常に難解に感じられる場合も多いです。これは本当にそうなんです。
そのため、繰り返しの質疑応答が起こるのも自然なことだと考えていますし、
何度も聞かなくていいように、
純粋意識とは何かを、さまざまな視点から説明するブログ記事を、少しずつまとめてはいます。
ただ、扱っているテーマがテーマだけに、
正直かなり手こずっていて、時間もかかっています。それに、私は人の何倍もネット関係に弱いのでどれくらいかかるかもわかりません。笑
なので、そういう意味でも、
ここでの質問はとても参考になっていますし、
「個」や「世界」という領域から、
どうすれば純粋意識が比較的、理解されやすいのか、そのヒントとしてありがたく受け取っています。
その意味で、書き込んでくれるそ方々には感謝しています。
・・とはいえ、突然質問が大量に湧き上がると、私も少し困りますが。笑
今のペースの流れくらいなら、ちょうどよく、また雑談やこのテーマのやり取りはみなさんどうぞどうぞって感じです。
>しかし、「私が在る」を観想し始めて時が経つにつれてそうした想い、感じも消えていきました。私が在る。何も引かない、何も足さない。
→色々書きましたが、まさにそれに尽きます。それが、全過程を内包し、深めるための、すべてです。
600
:
り改め りょうせい
:2025/12/14(日) 17:28:06 ID:JDjWrsVc0
>>595
(2回にわけました)
>完全な絶望、完全な虚無はエゴの反応で錯覚でしかない。実際は純粋意識に触れていたのにエゴが起こした錯覚により拒絶していただけなんですかね。
→はい。完全な絶望、完全な虚無は「熟睡そのもの」のようなもの。つまり、「完全な絶望、完全な虚無」であるがゆえに、それを認識する側、認識者そのものも完全に消滅している状態です。
>あの猛烈な拒否反応はエゴが消滅を恐れるほどに追い詰められていた証拠なわけですか。
→エゴからしたらエゴの生き残り大作戦としての、ある意味でごく正常なリアクションです。
>一方で、好ましい体験として与えられる霊的啓示は、プロセスが順調に進んでること示してくれるし願ってもないご褒美でもある。
→そうですね。笑 エゴの本音は、消えたいけど、消えたくない。消えることが最高に祝福で、素晴らしいことだと、どこかでは分かっている。しかし、消えたらその最高のものを認識・体験・所有できなくなる。という矛盾を抱えています。
そのため、最後にはエゴではない何かが、ふと引っ張る。それは謎です。
意識は、いつまでも存在したい。
なのに、です。笑
木の枝は、この果実をいつまでもぶら下げておきたい。なのに、ある時なぜか、果実がポトっと落ちる。ただ、落ちるんです。
>いや、もっと深い意味が隠されてるかもしれない?今こうして俯瞰する側にいると、この二元の世界で起こっている夢物語はつくづく不思議で見事で感心します。笑
→そうです。偉大な夢物語です。
だからこそ、実現者たちの中でも
「さて、実現したけど、次は何をしよう?」
と、楽しみが尽きない場合が多いわけです。笑
それも流れ次第ですが。
>語れないものを語ってしまうと、誤解を招くし要らぬ執着を呼び起こす。これは理解しています。
→そうですね。ここでのやり取りの意味の、
全ポイントは、エゴの隙を出し抜くことです。
本や聖典を読めば、真理の答え自体は書かれています。今の時代ネットでいくらでも知識は取り寄せられる。
ただ、エゴのガードや防衛、力みが入ることで、いくら正しいことが書かれていても、読んでも、スムーズに浸透しないことが多い。
また、純粋意識が深まると、本を読むにしても、必要な箇所だけを必要な分だけ確認する、あなたの言うようにそんな感じの読み方になっていくと思います。
601
:
り改め りょうせい
:2025/12/14(日) 17:29:20 ID:JDjWrsVc0
>>595
>ここでは話をしたい衝動がありますけど、私の修練は基本的に沈黙(在るだけ)で十分、他に何も要りません。読むことも喋ることも聞くこともすごく少ないです。
→まさにそういうことです。沈黙のパワーが、あらゆる疑問や偽りの同一化を溶かしていきます。このやり取りは、あくまでただ起きてる会話です。
>意識はいつまでも存在したい
そうなんです、存在していたいんです。それで、リーラを鑑賞していたい。
→そうですね。
>その物語は錯覚(エゴ)があってこそなのに、目覚めたいと思い、ただ在ればいいとなる。訳が分かりません。
→不動であると同時に、あらゆる動きでもある、ということです。アドヴァイタでよく使われる、金のネックレスの例です。
金であると同時に、金でできたネックレスでもある。
>何か変なこと言ってますかね?自分で言っててよくわからない。笑
→純粋意識で在るあなたは、無言で在るだけです。笑
>う〜ん、やはり純粋意識から先の話は分からないので、言われたことは心に留めておくだけにしておきます。笑
→あなたは、ただ在る純粋意識でありながら、
あらゆる想念や現象が起きていますね?
それは純粋意識とは別の「非純粋意識」なのか。
それとも実は、それさえも純粋意識なのか。
この線で、暇なとき静かに調査してみてください。
>アートマンとブラフマンについては違うのか同じなのか、そもそも区別する境界があるのか、本当に分からないので…。
→いいですよ、それで。
純粋意識には小さい・大きい。
位置・境界。そういったものが本当にあるのか、という問いですね。それらを成立させているのは、あくまでも想念や概念です。
>エゴから純粋意識へのシフトのような明確な違いがあるのでしょうか?
→明確な違いや変化が起きる場合もあります。
ただし、少しずつ気づいたらそうなっていた、ということも多い。いずれにせよ、それも馴染んでくると、「普通にそうだよね」という当たり前感になります。
そして、「分からなくて探求していた記憶」
そのものが、だんだん薄くなっていく。
だって、真のあなたは一度も動いたことも、
探求したことすらないんですから。
>個人的には、なんかゴチャゴチャ言われてるみたいだけど分ける必要あんの?と勝手に思ってスッキリしています。笑
→純粋意識から全体意識へと開かれていく過程は、真理探求では重要なポイントです。
ただ、無理に分けなくても自然と深まります。
あとから「ああ、なるほど。これが言いたかったのか」と腑に落ちる。
多くの教えでも三位一体の流れがありますが、
分かれているようで一体。
なので、あなたの言わんとする感覚もよく分かります。笑
602
:
幸せな名無しさん
:2025/12/15(月) 01:11:24 ID:FyuEY5HQ0
具体的な実践としては、この板だとやっぱり自己観察スレで書かれていることが真理探究になるのかな?
あと自愛や完璧認定もそんな感じがする
603
:
幸せな名無しさん
:2025/12/15(月) 05:02:17 ID:bnE96sE60
もう知識は既にいろんなとこに書いてある
604
:
幸せな名無しさん
:2025/12/15(月) 05:35:26 ID:pUwE53VA0
確かに知識は、様々なところに書かれているが、りょうせいさんの解釈は参考になる
605
:
幸せな名無しさん
:2025/12/15(月) 08:02:26 ID:f9d1QJ9E0
これね、探求という形を取らずに実践していた時と全然違う。
自動的に課題が投げ込まれて途中で向き合うのを放棄しようとすると
駄目だよって引き戻される。
一つ向き合いの課題が出たら向き合って浄化するまで浄化の風呂場から出られない。
探求という形を取らずに自愛していた時と全然違う。
606
:
幸せな名無しさん
:2025/12/15(月) 08:08:39 ID:f9d1QJ9E0
あ、課題と言っても自分の場合は内面の課題です。
まだ向き合っていない癒されていない部分の掘り出しをさせられる感じ。
607
:
幸せな名無しさん
:2025/12/15(月) 08:30:29 ID:f9d1QJ9E0
最初に大きな私ちゃんが個の私に激甘だったのは信頼関係を築く為だったのではないかと思った。
探求を進めていく為の準備運動みたいな。気持ちが折れてしまわないように。
じわじわと指導が厳しくなってきてる。じわじわと。
探求の流れが起きていない人は無理はしない方が良いと思いました。
正直、けっこう苦しい。でも痛気持ちいい。笑
608
:
り改め りょうせい
:2025/12/15(月) 11:56:02 ID:PAYSkAa60
>>587
これについては、正直に言うと
真理実現者によって本当に様々です。
ただ、この問いがややこしくなる理由は1つしかなくて、「願望が1種類しかない」と思われていることだということです。
真理探求がある程度進んでくると、
自然と「気づきの力」や「識別(しきべつ)の力」が育ってきます。識別って難しい話じゃなくて、真の私と、偽の私を見分ける力、それだけです。
これはあくまで私の見解だけど、なぜ願望実現や潜在意識の分野に、真理探求の話やメソッドが混ざってきたのか。
また、一見まったく別物に見えるこの二つに、
なぜ共通点が多いのか。
ここ、みなさんも興味あるところだと思います。笑
その理由は、この「識別」と「全体性の視点」にあると思っています。
で、この視点から見ると、
願望って最初から2種類あることが分かってきます。それは、
・真の私からの願望
・偽の私からの願望
ここをごちゃ混ぜにするから、
「叶うのか?叶わないのか?」という問いが迷子になる。迷走する。
たとえば、分かりやすい例として
誰もが知ってる、イエスや仏陀を挙げてみます。
イエスの真の願望は「救済」でしたよね。
個の視点、世俗的な目で見れば、
どう考えても大不幸な人生です。
でも、彼の願望はどうでしょう。
今もなお、聖書は世界中で読まれ続けています。
仏陀も同じです。
楽で快適な人生とは、とても言えない。
それでも、彼の願望通り、仏教は今も残り続けています。
ここから見えてくるのは、
真の願望は、必ずしも楽で幸せな形で現れるとは限らないということです。
ただし、真の願望にははっきりした特徴があります。
・どうしようもなく、やらずにはいられない
・やらない方が、むしろ苦しい
・その方向へ動き出した瞬間から、
少しずつ、世界や全体性の流れと自然に噛み合い始める
これはなぜか?
なぜなら、真の私は、個であると同時に、全体性でもあるから。つまり、その願望は「個の願い」であると同時に、「世界の願望」でもあるということです。
だから、やらないという選択は、自分を誤魔化すことになってしまう。
すると、内側だけでなく、世界の流れそのものが噛み合わなくなり、出来事を通して、同じところを何度も突かれる。それが、苦しさとして現れる。
一方で、偽の私からの願望はどうかというと、
一時的には楽だし、満たされた感じもします。
でも、必ずどこかに虚しさが残る。
なぜなら、偽の私は、どれだけ満たしても本当には存在していないからです。
この意味で言えば、真理実現者は「願望が成立しない立場」とも言えます。
そこには、行為者としての私も、思考としての私も、意図としての私もいない。
ただ、世界の流れが起きているだけです。
そしてこの世界という動きの領域は、
幸せと不幸が入れ替わり続ける場です。
永遠の至福が、出来事として固定されることは決してありません。
だからこそ、私個人としておすすめするのは、
(真理探求という概念すら知らない一般の知人や友人に対してアドバイスするなら)
願望実現に取り組むなら、
・魂の願望
・魂の義務
・魂の天命
呼び方は何でもいいけど、
偽の声じゃなく、本当の私からの声に耳を傾けること。そして、個としての人生を「真の願望に取り組む場」として生きることをおすすめしてます。
真理探求も同じで、どうしようもなくスイッチが入るなら起きるし、入らないなら、無理にやる必要はないです。
そして、真の願望に沿って生きているなら、
もちろん時にしんどいかもしれない、けど、
叶うか叶わないか以前に、その過程そのものに、説明できない魂的な満足感が伴う。
私は、それで十分だと思っています。
609
:
幸せな名無しさん
:2025/12/15(月) 15:22:45 ID:lJvh71.E0
じゃあ、私、夢を追いかけていいんですか。
夢を叶えて大勢を楽しませたい、そのための準備や作品作りが楽しくて楽しくて仕方がない。
願望実現がしたいだけだったのに、だんだん疑問ばかりが増えていく。
「そもそも私の夢は全体からの恩恵?」
「個の偽の願望は、じゃあ叶っても虚しいの?」
「今はものすごく楽しいし作品作りが生き甲斐なのに、この楽しさはエゴ視点でしかないの?」
……いや、書いてて思いました。
結局エゴが「早く叶えたい」って叫んでるだけですね。
早く叶えて楽しく生きたくてもっともっと私も大切な人も幸せにできるよう金やらなんやら全部ほしい。
でも自愛の心地よさや真理の「全体=個」の探求も苦しいのに何故か惹かれてこのスレをずーっと毎日読み返してる。
これでいいのかな。
もうなんかわからなくなってきた。とりあえず夢のためにひたすら作るしかない、楽しいし。現実が苦しい。
610
:
幸せな名無しさん
:2025/12/15(月) 16:22:49 ID:f9d1QJ9E0
横ですが、作品作りが楽しいって一番大切な事だと思いますよ。
>今はものすごく楽しいし作品作りが生き甲斐
↑これ多分どこか準備が整った段階で一気に叶う方へ動くんじゃないかなと思いました。
作り手が楽しみながら制作した作品って心にすごく伝わります。
私も楽しく描きたかったなぁ、まだ線一本引く事すら出来ないので
心から楽しみながら作品作りをされている方には夢をかなえて欲しいなって思います。
611
:
幸せな名無しさん
:2025/12/15(月) 16:26:18 ID:f9d1QJ9E0
あれ、書き込み時間がおかしい。時空を超えた?笑
612
:
り改め りょうせい
:2025/12/15(月) 17:10:23 ID:e.WCek.M0
>>609
(2回にわけます)
>じゃあ、私、夢を追いかけていいんですか。
→もちろん、いいんですよ。
というか、今すでに追いかけ始めてますよね。
その時点で、答えはもう出てます。笑
>夢を叶えて大勢を楽しませたい、そのための準備や作品作りが楽しくて楽しくて仕方がない。
→ぜひ、そのまま夢を追いかけてください。
大勢を楽しませたい、作品を作るのが楽しい。
それ自体が、すでに一つの「流れ」です。
ただ、ここで一つだけ静かに見てみてほしいことがあります。
その夢は、本当にあなたが「選んだ」ものでしょうか。その魅力を感じたこと、楽しいと感じたこと、それを人生でやろうと思ったこと。
それらを、あなたは完全にコントロールできましたか。
たとえば、渋谷で1000人に「あなたの夢は?」と聞いたら、1000通りの答えが返ってくるでしょう。なぜ、その中であなたには「それ」が魅力として立ち上がり、「それ」をやりたいと感じ、「それ」を良いものだと認識したのか。
ここは、個のあなた一人で決めたというより、
世界全体の流れの中で、あなたという個がそう動いている。そう捉える方が自然ですね。
そして、ここが一つ目のポイントなんだけど、
楽しいという感覚は、真の願望か偽の願望かの判定材料じゃないです。
楽しい/しんどい それは、ただの生命の流れです。
じゃあ何がエゴ的かというと、楽しいかどうかではなく、そこに「握り」があるかどうかです。
握りっていうのは、「早く・確実に・認められたい・失敗したくない・これがないと終わる」
みたいな締め付けです。楽しいのに苦しいのは、夢が偽物だからじゃなくて、夢を「安心の条件」にしてしまっているから苦しいんです。
>願望実現がしたいだけだったのに、だんだん疑問ばかりが増えていく。
→それも、自然なことです。疑問が増えるのは、間違った方向に進んでいるからではなく、視点が一段広がり始めているサインでもあります。ただし、ここには落とし穴も。
疑問が増えた人は、答えを増やして解決しようとしがちです。でも本当は逆で、疑問が増えたなら、握り・同一化を減らすタイミングです。
>「そもそも私の夢は全体からの恩恵?」
→全体とあなたは、切り離せません。
もともと、個の動きは、常に全体と連動しています。だからこれは個の夢か、全体の夢かと思考で判断して分けきろうとすると、かえって迷子になりやすくなります。
613
:
り改め りょうせい
:2025/12/15(月) 17:11:01 ID:e.WCek.M0
>>610
ここが二つ目のポイントです。全体って、「これは全体の意志ですか?」って判断できるものじゃないんです。全体は、考えて選ぶものじゃなく、気づいたら始まってるものです。つまり、作りたいが起きてるならそれがもう全体の現れです。
>「個の偽の願望は、じゃあ叶っても虚しいの?」
→ここは、少し整理しましょう。
叶って虚しいのは、願望が偽物だからというより、叶った結果で「私を完成させよう」とする時に、虚しさが出ます。
偽の願望って、内容の下品さじゃない。握りの強さです。逆に言うと、願望がどれだけ俗っぽく見えてもそれが誰かの苦を減らし、あなたの心を育て作品が世界に届くならそれはもう十分に真の流れです。
ただし、とても大事なことがあります。
真の願望も、偽の願望も、実際には「起きてしまう」
個の私たちは、真の願望100%、偽の願望0%
で生きられる存在ではありません。
だからこそ、恩寵、浄化、祈り、明け渡しという言葉が出てくるんです。
コントロールできないからです。
>「今はものすごく楽しいし作品作りが生き甲斐なのに、この楽しさはエゴ視点でしかないの?」
→楽しさは、楽しさです。
それ以上でも以下でもありません。
そして、ここが三つ目のポイント。楽しさを疑ってるのは、あなたが純粋だからです。でも、疑いの方向が少しズレてる。
楽しさは疑わなくていい。疑うべきはこの楽しさを失ったら私は終わるという恐怖の握りです。
楽しさは流れ。握りは同一化、別物です。
ぜひ、どんどん楽しんで作品をお作りください。
>……いや、書いてて思いました。
>結局エゴが「早く叶えたい」って叫んでるだけですね。
→そう感じる瞬間があるなら、
それもちゃんと見えています。笑
早く叶えたい!という声が起きている。
そして、あなたはそれに気づいている。
この時点で、もう同一化は弱まってます。
だから、ここで無理にエゴを排除しなくていい。
早く叶えたいが出てもいいんです。
大切なのは、ただ握らないってことです。
>これでいいのかな。
>もうなんかわからなくなってきた。
→分からなくなっているときは、無理に答えを出さなくていいです。今できるのは、とてもシンプルです。楽しいなら作る。しんどいなら休む。惹かれるなら探求する。離れたくなったら離れる。それだけです。
夢を追いかけることと、真理に惹かれることは、
必ずしも対立しません。むしろ、両方が同時に起きる人も多いです。
最後に、超シンプルな判定法を一つだけ置いておきます。
作ったあと、心が少しでも広がる。呼吸が自然になる。人に優しくなれる。
この方向なら、それは真の流れです。
逆に、成果が出ないと自分を罰する。
他人を呪う。息が詰まって常に比較する。
この方向に入ったら、夢が悪いんじゃなくて、
握りが強くなってるだけです。
だから夢を捨てよう、
じゃなくて、握りを捨てよう、です。笑
あなたの夢が、あなた自身と、周りの人にとってやさしい方向で育って幸福を実現していかれることを願っています。
614
:
り改め りょうせい
:2025/12/15(月) 17:14:03 ID:e.WCek.M0
613の2個目のレスは610さんではなく、
609さん宛てでした!
615
:
り改め りょうせい
:2025/12/15(月) 17:18:43 ID:e.WCek.M0
>>611
本当だ。時空超えましたね。笑
616
:
幸せな名無しさん
:2025/12/15(月) 20:05:21 ID:wnvtlxY.0
>>608
なるほどねぇ、相変わらず言語化が難しい部分を解説するのが上手い
私が昔参考にしていた悟りブロガーさんは、その欲求を「本心」と呼んでいて本心に目覚める事が悟りだと言っていた
ただ本心に目覚める事は必ずしも幸福ではない、でも自覚してしまったらもはやどうにもならない
617
:
幸せな名無しさん
:2025/12/15(月) 22:48:15 ID:f9d1QJ9E0
>>598
いつもありがとうございます。とうとう描かされました。探求が始まっている中で
「描けない」なんて思ったらどうなるか。本当の私に背中を蹴られて「描け」って言われました。
「向き合え、認めろ、デモデモダッテは許さない。」だそうです。
デモデモダッテが許されていたのは探求が始まっていなかったからなんだなと思いました。
まるで校則違反をチェックする先生のごとく「はい、そこ!」みたいな感じで
本心にそぐわない部分を見つけては指導が入るチェックマシーンのようです。
ある程度の枚数描かないと許してもらえないかもしれない…。
「描かないと次の課題あげない」とも言われたし。
ちょうど1年前にパソコンが壊れて以降、ソフトやペンが以前の物より使いにくいのも
描きたくなかった理由の1つかも知れないです。道具にも原因が。
本当の私として観る。心で見る。これ胸の中央に目があるようなイメージで見るようにしています、が
時々「詰まり」を感じます。詰まったら課題が来る。課題に従わないと喉がヒリヒリしてくる。
先日「目詰まり」という言葉の意味を検索した所、まるでエゴを表しているようなイメージでした。
詰まっていると心の目で見えなくなる気がします。
>「もっとインスピレーションを得たい」「何かを受け取りたい」
↑と思わなくても自動で課題が投げ込まれる形になってきました。しかも厳しい。
609さんへの返信も、すごく心に響く内容でした。横からですがありがとうございます。
とりあえず1枚描いてネット上に出してきました。温かい気持ちになったので「真の流れ」だと思います。
描く事は、思っていたほど怖くはないのかもしれません。
でもまだ喉がヒリヒリする感じがする。やっぱり1枚じゃ全然足りないのかもしれない…。
618
:
幸せな名無しさん
:2025/12/15(月) 23:14:17 ID:wnvtlxY.0
あっ616は横からの感想です。616≠587これ書かないとわからないですね
619
:
幸せな名無しさん
:2025/12/16(火) 00:08:24 ID:Xgy3hhGI0
617追記 自分で書いてて気付いたけど、怖かったんだ…。
これ完全に無自覚でした。怖くて動けなくなってたみたいです。
この気付きで今回の課題クリアとなるか…?
620
:
り改め りょうせい
:2025/12/16(火) 08:56:06 ID:4eiE2/zc0
>>616
ありがとうございます。笑
「本心」
その表現も、まさに同じで、つまりそういうことですね。エゴというのは、突き詰めると
自分を守るための防衛システムです。
もう少し具体的に言うと、エゴは「すでに知っていること(知っていると思っていること)」に囲まれていたい。
私は分かっている、私は把握している、という安全圏が欲しいんですね。
そのために、無意識のうちに
・未知
・やったらどうなるか分からないこと
・想像がつかないこと
こういったものを避けようとします。
そして必要とあらば、自分で自分の気持ち、本心に嘘をつく。それも、本人は気づかない形で。
これが進んでくると、個は
「あれ?自分の気持ちが分からない」という状態になります。感覚としては「グワァー」とか「モヤモヤー」とか何かは確実にある。
でも、言語化できない。
どの方向に進めばいいのか分からない。
結果として、動けなくなってしまう。
だから、すごくシンプルに言えば、
真の私の願望、本心、本音、そして、悟りとか覚醒と呼ばれるものも含めて、
結局は「本心(本当のこと)から目を背けなくなる」という、ただそれだけのことなんだと思います。願望実現にしても、真理実現にしても、
本当の自分が、個の自分を救おうとする
偉大な自己愛のラブストーリーなんですよね。
なので、少しずつ
・自分の本当の欲求
・本当の衝動
・ずっと見ないふりをしてきた声
こういったものに、気づいてしまう。気づかされていく。そして一度気づいてしまうと、もう「なかったこと」にはできない。笑
あなたが言うように、
>「ただ本心に目覚める事は必ずしも幸福ではない、でも自覚してしまったらもはやどうにもならない」
という点ですが、これは前提として、また「恩寵」の話に戻るのですが、恩寵は、個が予想できるような形の幸せのために働いているわけではありません。
恩寵は、意識としての立場の「本当の私」に還るために、二元世界のあらゆる現象を使って働きます。最終的にはそれが、一番の自己愛であり、個にとっても最大の幸福実現であり、
苦の消滅、つまり救済になるからです。
そのため、二元の光も闇も快も不快も成功も失敗もすべてが必要な過程、必要なレッスンの素材として使われます。
そして、個として二元世界を長く、深く体験すればするほど、たくさんの立場、感情、物語を経験することになる。
すると最終的に、
「あれ?立場や個性は違うけど、みんな同じじゃないか」という理解に近づいていきます。
姿・形・動き方・性質・気質はバラバラに見えても、結局みんな、
・幸福を求め
・苦を避けようとし
・できれば永遠に存在し続けたい
・この世界の物語を味わいたい
・なんだかんだで意識を愛しているw
これを、何度も何度も、手を替え品を替え、形を変えてやっているだけなんですね。
だから、本心に生きるということは、
二元の光と闇をより高い濃度で味わうということでもあります。
恋愛に例えると分かりやすいです。
「この世界で、この人しかいない」
と心底惹かれる相手と恋愛するのか。
それとも「嫌いじゃないし、まあいいか」
という相手と、ほどほどに付き合うのか。
どちらが正しい、という話ではありません。
ただ、体験の濃度がまったく違う。
前者は、喜びも深いけれど、同時に苦しさや試練も大きい。
だから、本心で生きている人は、側から見ると
「なんか、″生きてる″なあ」
「なんか人生が濃いなあ」と映ることが多い。
でも本人は当然、その分、揺さぶられる回数も多い。
一方で、本心から少し距離を取り、ほどほどに生きる。ほどほどに体験する。
これも、別に間違いではありません。気質や好みの違いもあるし、運命の違いもあります。
私も、普通に生きている人に「本心で生きろ!」とは言いません。
これやろうかどうか悩んでいる、と聞かれたら、
「後悔しないように、本当にやりたいことやりなー」と言うだけです。
何より、最終的にはすべては、
起こるか、起こらないか、それだけなので。笑
そんな感じですかね。
621
:
り改め りょうせい
:2025/12/16(火) 08:58:16 ID:4eiE2/zc0
>>617
おめでとうございます。それは、偉大なステップですね。
以下の話はあくまで私のおすすめなので、参考程度に聞き流してください。
まず、真理探求にせよ、願望実現にせよ、
あるいは個を整えること、恩寵や浄化を体験的に深めていくことにせよ、なんであれ共通して言えることがあります。
一歩でも進んだら。たとえ、なんてことない一歩でも、そこに流れが起こり、変化が起こり、
少しでも良い方向に動いたなら、必ず、多めに喜んであげてください。やや大袈裟でも構いません。
そして、個の私を褒めてあげてください。
必要であれば、自分にご褒美をあげてもいい。
(※もちろんこれは、人の前で「私すごいでしょ、偉いでしょ、ドヤ!」と表現することではありません。あくまでも、自分の中での話です。笑)
なぜ、これが大切なのか。
あなたはアニメや映画が好きだから、きっと分かると思いますが、
どんな物語でも、主人公にとって重要な展開が進んだあとには、必ず一時的に、ゆるーいシーンが入りますよね。ジャンプ系の作品でも、
冒険ものでも、恋愛ものでも、
ずっと連続して挑戦ばかりが続くことはありません。必ず、箸休めのような場面が挟まります。
もしこれがなく、ずっとハラハラドキドキが続いたら、なにより視聴者のほうが疲れてしまいます。
ところがエゴというのは、なぜかこういうタイミングになると、
「いや、1ミリしか進んでないし、喜ぶなんておかしい。大きな変化なら喜ぶけど」
とか、
「自分のことを褒める?たった1ミリなのに?こんなの普通じゃん。それに私は、エゴを調子に乗らせないように自分を厳しく見張り、なにより謙虚さを忘れたくない」
など、さまざまな理由を並べて、
決して自分を褒めない方向へ持っていきます。笑
その結果、「あー、やっぱダメだった。だよね」と、あとから撤退しやすい状態をあらかじめ作っておくわけです。笑
だって、そこで自分を褒めたり、多めに喜んでしまったら、いざ撤退しようとしたときに
強い矛盾や後悔を感じてしまうし、後ろ髪を引かれて、撤退しづらくなるからです。笑
さて、この話はここまでにして。
あなたは最近、いろいろな気づきも起きているようで、なによりだと思います。
これからも慌てず、ときどき休みながら、
ゆっくり腰を据えて、起きてくることを信頼しつつ、流れていってくださいね。
622
:
幸せな名無しさん
:2025/12/16(火) 21:53:25 ID:J0Q6gClc0
我々は神のど、れいなのか?
623
:
幸せな名無しさん
:2025/12/16(火) 22:09:30 ID:cY5i0bR60
私は生きてていいのか!?ずっとその事を考えている!!!乱文失礼!
624
:
幸せな名無しさん
:2025/12/17(水) 00:52:46 ID:iH3zCifY0
609です。
ご返答ありがとうございます。
夢を叶えることが「安心の条件」になっていたと、ハッと一旦空を見ました。
散々にエゴに振り回されないようしてきたつもりが、必死に作業をしていくうちに「これが失敗したらどうしよう」と不安にとりつかれていました。
夢をやろうと決めたのも確かに「私の意思でコントロールし、そうなったモノ」ではありません。
昔は夢なんて最初から潰して見て見ぬフリして、けれど結局は夢を叶える作業をしている間だけが唯一安心できる時間でした。
よく考えれば、夢を見て見ぬフリして、本心を押し殺して生きてきた時期に学んだことは、全て私が作る作品に直結する知識です。
そういえばある願望実現を叶えたとき、ついでのようにあまり働かなくてもよくなりました。
夢を叶えるための作業時間が大幅に増え。
夢を叶えるための環境、知識が整っている。
夢を叶えることを「安心する材料」にして不安が発生したけれど、結局はその夢(個の願望)のための「安心できる世界」が少しずつ作られている。
これが恩恵? 不安でもなにがあっても大丈夫、これが世界の流れというヤツ??
りょうせいさんの『作ったあと、心が少しでも広がる。呼吸が自然になる。人に優しくなれる』かどうか。
これの答えはあります。
作った後は心は達成感に包まれます。おそらく心が広がる、という言葉が私には達成感に感じます。呼吸は落ち着きますし「あ〜楽しい!」としばらく放心状態になります。
「じゃあ次はこれやろう」
「じゃあ次はこういうのやろう」
アイデアがずっと止まりません。というより、運転中でもいつでも考えていしまいます(もちろん安全には気を付けながら)。
『逆に、成果が出ないと自分を罰する。
他人を呪う。息が詰まって常に比較する』
ここは正直あります。
ふとした時に度々発生します。
「成果を出さないと」
「早く金銭的に何か得ないと」
きっと多くの人間が私のような焦りを抱いて願望へ手を伸ばすのでしょう。
ではどうするのか?
りょうせいさんA.「握りを手放す」
この簡潔で率直な答えに「それだ!!」となりました。
本当にありがとうございます。
ここは私の解釈ですが。
握りを手放すというのは、たぶん、ここで散々話されている「全の私」に「んじゃ適当(※本来の意味)によろしく!」することなのではと。
結局は夢を抱いた理由も現実も結果もコントロールできないのだから、お任せするしかないのではと。
ここが一番難しいですね!!
でもきっとこのままエゴを見て、観察して、自愛して、日常生活を楽しんでいればそのうち握った拳の力を離せるのでしょう。それすらも「適当(本来の意味)にお任せ」なのでしょう。
……合ってるのか?
いや、たぶん、今の私のこの「答えを求める」これこそが今の課題なのかもしれない。
一旦俯瞰して見て、同一化をゆっくり解除していくのが課題なのかもしれない。
625
:
幸せな名無しさん
:2025/12/17(水) 03:33:49 ID:WRAfOE1Y0
>>621
ありがとうございます!おすすめのアドバイスも頂けて嬉しいです。
たった1ミリ等のセリフ、私の脳内エゴちゃんがよく言いがちです。笑
脳内思考回路がバレてしまっている…。笑
>あとから撤退しやすい状態をあらかじめ作っておくわけです。
↑そんな理由が隠れていたんですね!
最初からダメを想定していたら、そりゃあダメになりますよね、確かに。笑
>一歩でも進んだら。たとえ、なんてことない一歩でも、そこに流れが起こり、変化が起こり、
>少しでも良い方向に動いたなら、必ず、多めに喜んであげてください。やや大袈裟でも構いません。
↑これはとても大切な事かもしれないと思いました。一歩でも進めば全く変化がないと言う事は
無いですもんね。変化が無いと言っているのはエゴであり真実ではない。
素直に喜んでいきたいなって思いました。
ゆるーいシーン良いですね、日常回ギャグ回好きです。笑
そういえば、数日前に見つけたインチャが統合出来ないの何でだろう、と思っていたら
実はこれは自分のある部分についての根底を覆す大事件だったんですよね。
「恋愛?何それ美味しいの?やっぱり分からない。誰かを好きになるなんて私には無理。」
ずっとそう思い込んでいたこれが嘘だったって暴かれちゃったんですよね。
この噓を信じたまま生きていても特に問題は生じていなかったはずなのに。(←それも嘘の可能性…)
しかし、どうしてそうなってしまったか、には複数色々なものが絡まっている気がするので
そこはやっぱり解きほぐして行きたいなと思いました。
タイミングが来たらまた恩寵の風呂場へ連行される…。笑
そして恩寵からの新しい課題は、その辺の部分に絡んだもので
「さて、あの時の私は本当はどんな気持ちだったでしょうか?涙が出たら正解です。」
こんなテストをされました。とりあえず1問は正解したけど、きついですね〜。笑
どう考えても時効な事で心をえぐられちゃうのが探求なのかっ!?とも思ったりしますが
古傷もきれいに治していかなきゃですよねぇ…。泣き笑い。
蓋をしたままでも問題ないならそれでも良いはずなのに
自分はやっぱりキレイに浄化される事を望んでいるんだろうなと思いました。
探求の流れも必然で起きたのだと思います。
いつもアドバイス下さり、ありがとうございます。
それにしても以前メソッドとして行っていたはずの、心と会話する方法を使って
恩寵から厳しい指導を次々と受ける事になるとは想定外でした。笑
しかし出題がハイペースだ…。
626
:
幸せな名無しさん
:2025/12/17(水) 03:46:37 ID:WFnzNBE20
仕事したくない
専業主婦になりたい
これを思い続けてても叶ってない
どうしたら叶う?
627
:
幸せな名無しさん
:2025/12/17(水) 08:45:50 ID:Xgy3hhGI0
625です追記 この浄化作業は一体何の為?と思いながら寝たら答えが来ました。
潜在意識の実践を始めて以降、日常生活で物事のタイミングが良くなったり
小さな幸運が良く起きるようになりました。でも何かがスッキリしない。
ずっと心にもやがかかった感じ。体は生きてるけど心が死んでるみたいな感じ。
何がしたいのか、何が好きなのか、今買ってきたグッズは本当に欲しかったのか、
今見ている作品は本当に好きなのか。そしてそんな状態になっている事さえ気づかないふり。
自分で自分に嘘をついているんじゃないかな?とは思っていたけど
想像を超えるかなりの嘘つきさんかも知れないです。探求を進めることで奥にある物も全部
洗い出しされていく気がしました。むしろどんどん洗ってくれって感じです。
日常の方にも少しだけ不穏な動きが出てきたようなそうでもないような。
恩寵を信じて進みます。
628
:
幸せな名無しさん
:2025/12/17(水) 08:50:54 ID:Xgy3hhGI0
このスレだけ時々時空が狂うのね?みんなタイムトラベラーなのね??笑
629
:
幸せな名無しさん
:2025/12/17(水) 12:19:03 ID:jgBhM9Sg0
>>593
返信ありがとうございます。
潜在意識の知識がマーフィー由来というのは私もです!笑
>分離的な思考に入ると、何年も構造分析に没頭することもできます。
>でも、アプローチやメソッドを頭で分析するより、シンプルなことを淡々と続ける。
>もしくは、メソッドもつらいなら、「ただ在る」「存在にとどまる」
>これを深めたほうが、許しや自己愛も含めて、体感的な理解は早まります。
>あるいは、明け渡し、手放し、すべてを「真の主体」に還していく。
>これも、想念との同一化を想念が放出される以前の静寂へと戻す行為です。
「想念が放出される以前の静寂へと戻る」のに、私の場合は身体への働きかけが合っていたようです。
働きかけといってもそれで何かをコントロールして得よう!というより、作為をやめるための作為みたいな感じです(伝わるでしょうか…)
この界隈でよく耳にしていて???だった「ただ在る」も、マインドがざわつき始めたときにそのパワーや素晴らしさを実感しました。
りょうせいさんに「私は小さい頃こうでああで、今こういう状態で…(だからどうにかしなきゃ)」って話してきましたけど、
今は、私という一人の人間を見つめすぎて考えすぎて没頭しすぎた結果、同化してしまったように感じます。
本当の私はそのストーリーを生み出している大元のような存在であるという感覚になりました。
大元のほうが自分であることを忘れ、一人、世界に対峙してジタバタ頑張っていたような。
うーん、言語化が難しいです笑。伝わってくれたらうれしいです。
630
:
り改め りょうせい
:2025/12/17(水) 16:51:30 ID:sRniCWyo0
>>622
>我々は神のどれいなのか?
→これは、文脈によります。
たとえば、「個としての私」という立場から
「神とは何か?」と問うなら、私の答えはこうなります。
一なる神は、真のあなたです。
多数の神は、あらゆるすべてです。
個のあなたが、
一なる神を愛すならば、その神は、非常に愛に満ちたイメージとして現れるでしょう。
一なる神を憎み、恐れれば、その神は、非常に恐ろしく、畏怖に満ちたイメージとして現れるでしょう。
同じことが、多数の神にも言えます。
多数の神とは、あらゆる存在、あらゆる出来事、あらゆる現象そのものです。
それらを愛すなら、世界は鏡のように、
愛に満ちたイメージとして、個のあなたに映ります。
それらを憎み、恐れれば、世界はその通りのイメージとして、個のあなたに映るでしょう。
(要するに、朱に交われば赤くなるというわけですね。)
つまり、意識である真のあなたが、最適に、完璧なダンス(運動)を踊っている。
個のあなたのリアクション、感想、思考、疑問、行為。それらすべてが、神の表現です。
そして、その神の表現の流れの中で、あなたの内に「個の私は神のどれいなのか?」
という問いが、自然に立ち上がった。わき起こった。ただそれだけのことです。
また、「どれい」という表現自体が必ずしも悪いとは限りません。
もし主人が不完全で、無慈悲で、気まぐれなら、「どれい」は不幸でしょう。
しかし、もし主人が最適で、完璧で、全知全能で、しかも慈悲深い存在だとしたら、それはもはや、私たちが想像する「どれい」とは
まったく別の感覚や表現になるかもしれません。
では、「え?じゃあ、シンプルに神を愛したほうが得じゃないか?」
あなたが、素直にこのように思ったとしましょう。
さて、そうだとしても、
それを、「個が継続的に信念として思い続けられるかどうか」これさえコントロールできません。
そのため、それもまた、起きるときは起きるし、起きないときは、この話は最適に、
記憶から忘れ去られるでしょう。笑
つまり、何を聞いても知っても、それを受け入れるか、拒否するか、それを実際的に活かすかどうかさえ。起こるか、起こらないか。
究極的にはそれだけです。
※「愛/恐れ」だと、どうも抽象的でイメージしづらい方は、愛=善きもの 恐れ=悪しきもので構いません。
あなたにとって、しっくりくるイメージに置き換えてください。
631
:
り改め りょうせい
:2025/12/17(水) 16:54:58 ID:sRniCWyo0
>>623
>私は生きてていいのか!?ずっとその事を考えている!!!乱文失礼!
→ もちろん、YESです!
なぜなら、あなたはすでに「事実として」生きているからです。
それ自体が、意識である、本当のあなたから出ている答えです。
「生きていいのか?」
と問えていることそのものが、
すでに生きている証であり、否定ではなく、確認が起きている状態です。
だから、許可を出す必要すらありません。生きている。それが、もう答えです。
632
:
り改め りょうせい
:2025/12/17(水) 18:09:13 ID:sRniCWyo0
>>624
>昔は夢なんて最初から潰して見て見ぬフリしていた。
→振り返ってみると、その「見て見ぬフリ」をしていた期間も、実はとても重要でしたね。
これは後からでないと分からない、結果論としての理解ですね。
>けれど結局は夢を叶える作業をしている間だけが唯一安心できる時間でした。
→その時間が唯一安心できたのは、あなたにとって、その瞬間「内側の本当のあなた」と繋がれていたからです。
これは、純粋意識にとどまるアプローチと本質的に同じです。何度も何度もそこに会いに行くことで、だんだん「戻る」ことが自然になっていきます。ぜひその作業を大切にしてください。
>よく考えれば、夢を見て見ぬフリして、本心を押し殺して生きてきた時期に学んだことは、全て私が作る作品に直結する知識です。
→その通りです。過去・現在・未来という枠を超えて、それらは最適なタイミングで使われていきます。つまり、全体としては「うまくできている」ということですね。
>そういえばある願望実現を叶えたとき、ついでのようにあまり働かなくてもよくなりました〜これが恩恵? 不安でもなにがあっても大丈夫、これが世界の流れというヤツ??
→そうです。恐れは、やがて疑いに変わり、
疑いは半信半疑に変わり、少しずつ「信頼する力」が回復していきます。その信頼は自己信頼へ、そして最終的には、世界そのものへの信頼へと広がっていきます。
>『作ったあと、心が少しでも広がる。呼吸が自然になる。人に優しくなれる』かどうか〜
>きっと多くの人間が私のような焦りを抱いて願望へ手を伸ばすのでしょう。
→ここで、これだけは覚えていってください。
意識が生み出すこの世界は、時空の制約を受けています。だから、プロセスは必ず「ゆっくり」「のろのろと」進みます。ただし、それは止まっているのではありません。
土の中で芽が育つように、水面下では確実に進んでいます。あるタイミングで、アスファルトを突き破る。それが「飛躍」です。飛躍の前は、必ず地味なプロセスが続きます。
急がば回れ、ローマは一日にして成らず、ですね。同じことを繰り返しているように見えても、螺旋階段のように、ちゃんと上へ進んでいます。
そして、個のあなたが静かに平和へ戻っていくための、とてもシンプルな方法があります。
もし覚えていたら参考にしてみてくださいね。
それはこれです↓
・夢を叶えて、大勢を楽しませたいと願っている世界中の人
・その夢のために、今まさに準備を続けている人
・作品を作ることが楽しくて、楽しくて仕方がない人
・そしてすでにそれを形にし、必要な分のお金を受け取り、周りの人や環境にも自然と幸せを循環させている人
こうした人たちを、ひとまとめに思い浮かべてください。そして「この人たちが、みんな幸せでありますように」と、定期的に祈ってみてください。力を入れる必要はありません。
感情を盛り上げる必要もありません。
淡々と、静かで良し。そのあとは、普段どおり、あなたがやるべき作業を、ただ淡々と続けてください。祈りは「操作」ではありません。
未来をコントロールするための道具でもありません。
それは、世界(人生)に向けて蒔く種のようなものです。芽が出るタイミングも、どんな形で返ってくるかも、個のあなたが決める必要はありません。ただ確実なのは、その祈りの種は、巡り巡って、必ずあなた自身の平和として戻ってくる、ということです。
>握りを手放すというのは、たぶん、ここで散々話されている「全の私」に「んじゃ適当(※本来の意味)によろしく!」することなのではと。結局は夢を抱いた理由も現実も結果もコントロールできないのだから、お任せするしかないのではと。
→ポイントは、実は最初からそうなっている、ということです。コントロールできているか、できていないか。そのどちらであっても、すべては全自動で進んでいます。
機会があれば、夜眠る前に、朝からその日一日がどう流れてきたかを振り返ってみてください。ドミノが倒れていくのを後から眺めるように。最初の一枚が倒れた瞬間から、次の動きはもう止めようがなかった。
自分で選んだと思っていた行動も、すでに倒れ始めていた流れの一部だったと見えてくるかもしれません。
>ここが一番難しいですね!!でもきっとこのまま〜
>一旦俯瞰して見て、同一化をゆっくり解除していくのが課題なのかもしれない。
→それらの思考や試行錯誤も、起こるなら起こる、それだけです。
あなたはA地点から電車に乗りました。
電車はB地点へ向かっています。
あなたは大きなバッグを持っています。
・バッグを荷物棚に置いて、座って景色を楽しむのもよし。
・バッグを抱えたまま、立ち続けるのもよし。
なんであれ、どれを選んでも、
電車は走り続け、必ずB地点に到着します。
あなたの夢の実現お祈りします。
633
:
幸せな名無しさん
:2025/12/18(木) 02:06:03 ID:1Fm2t3lk0
「起こる」が解ったかもしれない。
私は(627です)ある瞬間、確かに探求のスイッチが押されて、それが起こった。
引力が働いてベルトコンベアに載せられて動き出すような感じが確かにあった。
自力で探求の流れを起こそうとしていた時とは明らかに違っていた。この感じか…!
恩寵からの精神面での課題の影響で気持ちが落ちているのに
メルカリで欲しい物が売り切れてて更にどん底気分になった時に気付いた。
気持ちは落ちる所まで落ちたら、次は少しだけ上がるみたい。
以前、神社とかでお祈りする時に「みんな幸せになりますように」ってお願いしていたはずなんだけど
そういえばずっと忘れていた。みんなの中に自分も入っているんですよね。
横レスですが、気付きをありがとうございます。
634
:
幸せな名無しさん
:2025/12/18(木) 03:36:07 ID:BStvz1Mo0
りょうせいさんには、夢がありますか?
どんな夢が叶いましたか?
635
:
幸せな名無しさん
:2025/12/18(木) 08:50:08 ID:1Fm2t3lk0
起こる を言い換えると 発動する じゃないか。言葉の意味そのまま。
何で気付かなかったんだろう。何か一歩でも進めたらそこには確かに 動 があるし。
部屋が倉庫化したのも何か発動しちゃったよねコレ、とか思ってた。気付いたら巨大化してる。
あの部屋が気付きに繋がるとは予想外。片付けを発生させなきゃだけど、まあそれはそれとして…。笑
1つずつ進めていく事が大切という言葉の真意に気付けた気がした。
実は私だけが気付いていなくて、もうみんな既に知っているのかもしれない気もするけど…。笑
636
:
幸せな名無しさん
:2025/12/18(木) 09:17:42 ID:1Fm2t3lk0
世界では常にどこかで何かが、どこにでも大小さまざま発生・発動し続けている。
そういう視点で過ごしていると面白いのかもしれない。
もしかしたらそれが「ただ在る」なのかもしれない。
そしてこの気付きもすぐ忘れてしまうのかもしれない。笑
637
:
幸せな名無しさん
:2025/12/18(木) 09:38:18 ID:JJ9g2C.c0
エゴすらも神が創ったものであるからエゴに支配されることすら完璧ということですか?
638
:
幸せな名無しさん
:2025/12/18(木) 11:57:43 ID:4xdNxMQY0
世界が完璧であるならばエゴも完壁であり好きなことをすれば良いということでしょうか
639
:
幸せな名無しさん
:2025/12/18(木) 17:23:47 ID:1Fm2t3lk0
朝に気付きが起きても1日普通に過ごすとエゴ目線になってしまいますなぁ。笑
昨日完全に一度エゴが撃沈したけどもう復活してしまっている。笑
640
:
幸せな名無しさん
:2025/12/18(木) 20:03:59 ID:1Fm2t3lk0
深刻さは無いですけどね、幻術師エゴちゃんにやられてしまいましたわ…みたいな感じ。
恩寵からのお題は一時休止なのかな。今のうちに休んでおこう。笑
641
:
幸せな名無しさん
:2025/12/19(金) 02:07:30 ID:l6uaRd.s0
640追記
今ふと「エゴに惑わされていても惑わされていなくても私は私だ」と思いました。
642
:
幸せな名無しさん
:2025/12/19(金) 12:06:09 ID:l6uaRd.s0
違う方向から揺さぶりがかかった。小さな事ではあるけれども
「本質とズレた事を強いられて嫌だけど従うしかなかった」ので
エゴ着火!となる所だったけど某アニメきしめんさん回だったのでエゴが鎮火した。笑
そしてふと気付いた。対象は何でも良いんだけど
純粋に「大好き」な気持ちに浸る事がとても大切なのではないかと。
大好きは真の私からのものだと思うから。温かくて優しい気持ちになれるから。
アニメ好き・可愛いもの好きで良かった。大好きな対象いっぱいある。笑
643
:
幸せな名無しさん
:2025/12/19(金) 12:48:43 ID:l6uaRd.s0
否、そうじゃなくて、好き嫌いを超えた所に本当の平穏がある、気がする。
平穏にはそもそも好き嫌いなんて存在しない。
「魂のルフラン」の歌詞を見ていると何か掴めそうな気がするんだけれども
掴もうとすると指の間からすり抜けて行っちゃうんだよね…。
「心よ原始に戻れ」という歌も有るのかー。
エヴァ詳しくないけど地元ローカル局で再放送されてて少し気になってる。
644
:
幸せな名無しさん
:2025/12/19(金) 13:40:40 ID:l6uaRd.s0
やっぱり641で書いた「エゴに惑わされていても惑わされていなくても私は私だ」
これでいいことにする。恩寵からの課題が来ないので探求の流れは止まったかも。
考えていても答えは出ない。答えは自分じゃない所から来るから。
645
:
り改め りょうせい
:2025/12/19(金) 14:51:53 ID:1DHEjB4.0
>>629
潜在意識の知識がマーフィー由来というのは私もです!笑
→おぉー、そうでしたか。
あくまで私個人の理解というか見解ですが、
マーフィーの思想的背景には、エマソン的な新思考運動や、ユング的な無意識観、
さらにその奥には、聖書、とくに福音書的な構造が重なっているように感じています。
つまり、潜在意識や引き寄せの話の根底には、
福音書に見られる「蒔いた種が、そのまま実を結ぶ」という構造が流れている、というシンプルな理解です。
ただし、ここで言う聖典とは、
個の現世利益のために説かれたわけでも、
個を満足させるための成功法則としての聖典、という意味ではありません。
もともと福音とは、個という錯覚や眠りから目覚めるための「知らせ」という側面を強く持っていた。つまり、個という大きな誤解をほどくための福音だった、という見方もできると思っています。
心の強力な潜在的傾向や習慣は、
催眠のように個を覆い、多くの人は、無自覚なままそこに巻き込まれて生きています。
そういう意味で、聖書が今も世界で最も読まれている、というのは象徴的だな、と感じます。
>「想念が放出される以前の静寂へと戻る」のに、私の場合は身体への働きかけが合っていたようです。
→人によっては、身体へのアプローチはとても重要です。合っていると感じるなら、ぜひ続けてください。実際に効果があるでしょう。
>働きかけといってもそれで何かをコントロールして得よう!というより、作為をやめるための作為みたいな感じです(伝わるでしょうか…)この界隈でよく耳にしていて???だった「ただ在る」も、マインドがざわつき始めたときにそのパワーや素晴らしさを実感しました。
→伝わっています。とてもいい表現です。
「作為/無作為」という二元を超えるために、
まず第一に、そもそも「ただ在る」ことこそが主体だった、という事実に気づく必要があります。あなたが言うように、そのパワーや素晴らしさは、言語で説明できる類のものではありません。
静寂、サイレント。それ自体が、すでに完結している事実です。
>今は、私という一人の人間を見つめすぎて考えすぎて没頭しすぎた結果、同化してしまったように感じます。
本当の私はそのストーリーを生み出している大元のような存在であるという感覚になりました。大元のほうが自分であることを忘れ、一人、世界に対峙してジタバタ頑張っていたような。
→素晴らしい。まさに、その通りです。
大元が突然現れ、身体と、私は個であるという想念と重なりました。
入口に戻ると、まず「大元であるあなた」が、
静寂・サイレントを通して、すべての想念(物語)が強烈な催眠だったことを、静かにゆっくりと明かしていってくれます。
例えるなら、友達と一緒に寝て、朝起きたら、
その友達が寝ぼけまなこで、
さっきまで見ていた夢の内容を、
やけに真剣な口調で語り始めるようなものです。
「こんな主人公で、こんな名前で、こんな世界で、こんな人たちが現れて、こんな展開になって、それで〜」
あなたにできるのは、相手が少し冷静に静まったタイミングを見計らい、
「そうなんだ。大変だったね。でも、それは夢だよ」と伝えることです。
あなたは「そんな!!ふざけないで。人の気も知らないで!ひどい」と責められるか、
「・・あ、そうだったわ。ありがとう」と静かに感謝されるかどちらかでしょう。笑
646
:
り改め りょうせい
:2025/12/19(金) 15:08:57 ID:1DHEjB4.0
>>634
この質問ですが、仮にもしあなたに夢があって、叶えたくて仕方ないってことでしたら、
それはぜひ、叶えるために進んでくださいね。
そのうえで、少し視点を分けて答えますね。
まず、あなたが「個」として世界を見ている立場からなら、
りょうせいがいて、あなたがいて、
主体としてのあなたが質問し、
対象としてのりょうせいが答える。
そういう構図になりますよね。
それが、いわゆる二元の世界です。
その前提で物語として語るなら、
個の私(りょうせい)の人生の流れはこうでした。
真理探求が本格的に起こる前、
私はとにかく無我夢中で、
自分のやりたいことや欲望に忠実なタイプでした。マズローで言えば、承認欲求と自己実現をかなり徹底的にやったと思います。
主観的には、
「もうこれ以上はないな」
というところまで行った感覚はありました。
あるとき、まるでタイミングを見計らったように、個や人生の前提をひっくり返すような出来事が起き、そこから本格的に、真理実現だけが関心になる流れに入っていきました。(後から振り返れば、それ以前から実は探求は始まっていたことを知るのですが)
なので人生全体としては、
〇〇編 → 〇〇編 → 〇〇編と、大きくモードが切り替わってきた感覚ですね。
だから私は、真理探求のスイッチがまだ入っていない人に対しては、本格的に始める前によく考えてほしいと思っています。
特に、「個としての世界に対しての夢や、あるいは未練」が強く残っている場合は、無理にやる必要はない。これは、かなり強くそう思っています。
では、今の私に「夢はありますか?目標はありますか?」と聞かれると、正直とても答えにくいです。(沈黙で返信したいくらいです。笑)
なぜかというと、「あなたは今、どんな立場ですか?」と問われたとき、私=真のあなたの立場から見ると、
世界も、個も、意識も、対象としては認識できず、言葉や概念として成立しないからです。
たとえば、あなたも熟睡しているときに、
「どんな夢がありますか?」
「どんな記憶がありますか?」
「どんな人生でしたか?」
と聞かれても、答えがないどころか、質問自体が成立しないですよね。
ブラックホールの中で、あらゆるものが消えてしまう感覚に近い。
なので、「夢があるか/ないか」
「どんな夢が叶ったか」という問いは、
個の視点では成立しますが、
立場が変わると、夢から覚めたあとにその夢自体が消えてしまうように、問いごと溶けてしまいます。それは、主体と対象が完全に消えてしまうからです。
それを踏まえたうえで、
あえて個の視点に沿って答えるなら、
シンプルに、世界次第ですね。
個のりょうせいは、個の傾向のまま、ただ流れが起きているだけです。
真理探求というフィルターが完全に抜け落ちるだけで、動きそのものや、喜怒哀楽、好み、
生活や趣味などは、別に他の人と何か特別に違うわけではありません。
仮に違いがあるとしても、それはあくまで、もともとの個性や気質、趣味嗜好、あるいは運命の違い、というだけの話です。
(ただ、本当のことを言えば、その「個」自体は意識が見せている夢なんです)
そんな感じですね。
647
:
り改め りょうせい
:2025/12/19(金) 15:14:01 ID:1DHEjB4.0
>>637
エゴすらも神が創ったものであるなら、エゴに支配されている状態さえ、実相のレベルでは「良い/悪い」「正しい/間違い」といった評価の対象にはなりません。
その文脈で言えば、実相として存在しているのは、ただ「神」だけです。
エゴ、
創った/創られた、
支配/どれい
完璧/不完璧
これらはすべて、二元的な想念として現れている区別であって、実相そのものには存在していません。
ただしこれは、個の視点や立場で「どう生きるべきか」「何を選ぶべきか」という話とは、次元の違う視点のお話です。
648
:
り改め りょうせい
:2025/12/19(金) 15:16:45 ID:1DHEjB4.0
>>638
「好きなことをしていいかどうか?」
という質問であれば、ぜひ好きなことをしてください。
私は、「やりたいことがある」と言う知人や友人に対しては、「いいじゃん。犯罪以外なら、好きなことやるべし」と普通に勧めています。笑
ただし、ここで言っている「完璧」とは、
究極のそれそのものを、個や世界の側から指し示したときの表現です。
それそのものは、
「完璧である」とすら知りません。
なぜなら、そこには完璧を知る主体も、不完璧と区別する対象も、そもそも存在していないからです。
なので私は、「世界そのものや個が完璧である」とは言っていません。
夢の中に、最初から最後まで一切の欠けも揺れもない完璧な夢は成立しません。
夢とは、起承転結そのものだからです。
もし、ずっと完璧だけが続いていたら、
物語は成立しません。あるとしたら、それは
夢の開始前、そして夢の終わりの後にしかありません。
それにもかかわらず、その「完璧(言葉で指すしかないそれ)」があるからこそ、
夢は放出され、動き回り、展開していく。
また、夢の中でも、一時的に熟睡のような状態に入ったり、何かを達成して追い回すことが止まり、ただ存在している瞬間には、完璧に近い満たされた平和を感じることはあるでしょう。
なぜ、そのように感じられるのか。
それは、実際に完璧なそれそのものは、常に在るからです。
分厚い雲が薄くなったときに、太陽が現れたように見えるのと同じ仕組みですね。
649
:
り改め りょうせい
:2025/12/19(金) 15:19:27 ID:1DHEjB4.0
>>633
>以前、神社とかでお祈りする時に「みんな幸せになりますように」ってお願いしていたはずなんだけど
→それは素晴らしいですね。これは道徳的に立派だ、という話というより、自己愛なんです。
そして、その自己愛こそが本当のあなたの立場でもあります。
>そういえばずっと忘れていた。みんなの中に自分も入っているんですよね。
→そうです。
真の自分の中に、個のあなたも、個のみんなも入っている、ということですね。
あなたはとてもハイペースで吸収しようとする姿勢や意欲があって、それ自体は本当に素晴らしいです。ただ、その分だけ、消化の時間も必ず取ってください。ここで言う消化とは、
探求的な想念から一度離れる時間のことです。
意識的に「考えない」「追わない」時間を挟んだほうが、結果的に遠回りせずに済みます。
休み時間は、身も、心も、マインドものんびりさせてくださいね♪
650
:
幸せな名無しさん
:2025/12/20(土) 03:01:16 ID:iECPWFe60
私は恋人ができたことがないのですが、これは人生の流れとして起きてきたことなのでしょうか?
651
:
幸せな名無しさん
:2025/12/20(土) 03:27:00 ID:S1fy1ZEg0
>>649
いつもありがとうございます。一時休止かと思っていたら課題出てました。じわじわと圧を
掛けられ無力感凄くてああ私は空っぽだと思った時、ん?空っぽ?偽りの私の中身は無いって事?
と気付いて課題クリアでした。恩寵が休ませてくれないです、何故か。笑
>自己愛
皆幸せになる→皆優しい気持ちになる→私も優しい世界を生きられる
と考えると、確かに自己愛かも!と思いました。
そして絵の事をお願いした神社に描けましたとお礼に行きました。
>真の自分の中に、個のあなたも、個のみんなも入っている
これはまだよくピンと来ないです。以前はよく真の私が個の私を包んでくれていましたが
実は個の私だけを包んでいたのではなく、全てを包んでいたという感じでしょうか。
最近は包まれ感をあまり感じられないのですが、これについては
真の私と個の私は常に一緒に居るので、抱いてと言っても既に抱かれているので
これ以上抱きようがないから感触を感じないのかなと思いました。じゃあもういっその事
もっともっとぎゅーっとくっついたらどうなるか。全身全霊で真の私と抱擁を交わしたら。
そうしていたらある時ヒュッと吸い込まれそうになったんですよね。
びっくりしてイメージの中で突き放してしまった。チャンスを逃してしまったのかも。
イメージの中で個の私を自我が芽生える前の赤ちゃんにして
はいどうぞと真の私に手渡した事も有ったんですけど
その後プチ体調不良になったので手渡した赤ちゃん返してもらいました。笑
心に聞くが出来なくなってしまったなぁと思っていたら「絵を描くならネタ提供するよ」と
返答が有りました。なぁんだ通話出来るじゃないか。という事で
「探求の指導はお手柔らかにお願いします」「えーどうしよっかなー」
「もし探求を止めたいと言ったら?」「いいよ」この時心の苦しさが和らいだので
やはり探求用として精神に圧を掛けられているという事が解りました。
「やっぱり止めない」「おけ」で再び圧が掛かりました。笑
しかし個の私が違うここじゃない還りたい還りたいと言い続けているし課題は出続けるしで
もう祈ることにしました。大きな私をただ想う、ただ祈る。をしていたら
「もう両手上げて降参して私がそれでしたって認めるだけ」と返答が来て
えっそれだけ!?とその時は思ったけど後から考えるとよく解らない。
自分のバージョンが高い時と低い時があって、高い時に気付いた事って低い時には理解不能。
高い時にそれが出来たら行けるのかなぁと思ったりしています。
でも何で答えを教えたんだろう。「大きな私ちゃん、祈られると弱い?」「うん」
そうなのね!?じゃあ祈るし想うわ〜!
そして課題が止まったタイミングで休憩もしっかり入れていきたいと思います。
652
:
幸せな名無しさん
:2025/12/20(土) 10:22:39 ID:S1fy1ZEg0
真の私への祈りが、そのまま私に沁み込んで来る
653
:
幸せな名無しさん
:2025/12/20(土) 11:37:23 ID:S1fy1ZEg0
私への祈りになっちゃったみたい
654
:
り改め りょうせい
:2025/12/20(土) 13:40:31 ID:FiWzNaRE0
>>650
あなたがこれまでに恋人ができたことがないのなら、それは確かに「流れとして」起きてきました。そしてその流れは、これから変わるかもしれないし、変わらないかもしれません。
どちらも、この時点では正解でも不正解でもありません。
まず整理しましょう。
そもそも、恋人とは何でしょうか。
人生で一度だけすれ違う通行人は、恋人ではありませんね。知り合いですらありません。
けれど、その通行人を認識し、挨拶を交わし、
会話をし、時間を共有し、あなたの意識の中で相手の登場回数が増えていくと、それは知り合いになります。
さらに、会話やコミュニケーションの濃度が増し、感情が動き、関心が向き合うようになると、その関係が恋人と呼ばれるものになります。
つまり、恋人とは突然どこかから現れる存在ではなく、関係が育った結果として立ち上がるものです。
ここで、ひとつ現実的なたとえを出しますね。
あなたが職業紹介所に行き、
「仕事を探しています。まだ一度も働いたことがありません」と伝えたとしましょう。
紹介担当者は「それなら、今ご案内できるのはこの仕事ですね」と言います。
あなたが「もっと条件のいい仕事はありませんか?」と聞くと、
「それにはスキルや経験が必要です。今はこの条件になります」と、こう返される。
このとき、あなたの選択肢は二つです。
・まず、できる仕事から始めて、経験を積み、ステップアップする
・紹介は断って、自力で仕事を探す
これは、恋愛で言えば、
「付き合えれば誰でもいいのか」それとも
「自分の理想の相手じゃないと付き合いたくないのか」という選択と、ほぼ同じ構造です。
もし後者を選ぶなら、自分で相手と出会い、
関係を作り、ときに断られ、傷つきながらも挑戦を重ねる必要があります。
恋愛も、構造はほぼ同じです。
ここで、多くの人が一番しんどくなるポイントがあります。それは、どちらも選ばないまま、時間だけが過ぎていくこと。理想じゃないから動かない。でも、自力で探す覚悟も持たない。
これは、
・できる仕事を断り
・フリーで探す努力もしない
のと、まったく同じです。
何も選んでいないのに、人生だけは確実に進んでいくわけです。
恋人ができなかった理由は、あなたに価値がないからでも、魅力がないからでもありません。
ただ一つ、これだけです。選択に伴う代償を、まだ引き受けていなかった。
だからといって、いきなり「たった一人の恋人」を探す必要はありません。
まずは、
「この人と知り合いたい」
「この人と話してみたい」
そう思われる状態を、少しずつ増やしていきましょう。たとえば10人くらいに、「一緒にいてもいいな」と思ってもらえる在り方を育てる。
そのモードに入ると、恋人が生まれる可能性は自然に広がります。
そして、何より大切なのは、ここです。
まず、「自分が自分と一緒に存在していること自体に、″価値があるという感覚″を、少しずつ思い出すこと。」
自分の価値を否定するクセを、いきなり消そうとしなくていいです。ただ、少しずつ減らしていく。
あなたは、自分に価値がないから恋人ができないのではありません。
「自分には価値がない」という強烈な誤った催眠があるために、その催眠を壊しかねない出来事、つまり、恋人ができる流れそのものを、
無意識のレベルで避けているというケースが本当に多いのです。
だから、恋人と恋愛する前に、
「恋人と恋愛している日常」に向かう種を蒔く。そして同時に、「自分には価値がない」という種まきを、徐々にやめていく。
最後に、ひとつだけ大事な話をします。
「私には価値がある」
「私には価値がない」
この二つは、どちらも、まったくの幻想です。
真理そのものは不変だから、変えられません。
だけど、幻想は幻想だからこそ、変えられます。恋人ができるかどうかは、単に「起こるか・起こらないか」だけの話ではありません。
あなたは恋人が欲しい。そうですよね?
これをどれだけ真剣に望んでいるかは、
その願いのためにどれだけ「これがなくなったら困る自分」を失う(捨てる)覚悟があるかで決まります。
・孤独に慣れること
・期待しないふり
・どうせ無理という保険
・傷つかないための距離
それらを残したままの「恋人が欲しい」という願いは、願いではなく、願望の形をした安全装置です。
実際には、本当のあなたの価値は、誰にも証明できず、誰からも与えられません。
それは、ただ在ります。思い出されるか、忘れられたままか。違いは、それだけです
あなたに、必要な出会いと流れが訪れることを祈っています。
655
:
幸せな名無しさん
:2025/12/20(土) 18:01:37 ID:DkS3bHB20
>>654
私はこの質問をした者ではないですが強烈に腹が立ってしまいました。
全ては流れである、起こることは起こるけれど起こらないことは起こらないと言いながらあなたが選択するのを怖がってるから先延ばしになってるだけだってどういうことですか??
広い目で見たら全ては恩寵によって動かされている、けれど寄って見たら自分が選ぶことが出来るって事ですか?それってどういう事ですか?
エゴ(?)には一生分からないんですか?私のエゴの理解度が低いんですか?でもその理論って本当に新興宗教の教えと同じロジックじゃないですか?
あなたにはまだ分からないから意見を言う資格がないんだって言われてしまえば、もう誰も何も言えないし、だったらネットに書き込む意味も分かりません。
そもそも恋人が欲しいと思う事も、だけど人と一緒にいたくないと思う事も、人と一緒にいたくないという思いが浮かぶ過程も、全部自分で選んだことじゃないですよね?
私は少なくともそう思います。怠惰だと言われようと、潜在意識なんか調べようとする奴なんか頭おかしいことなんて分かっていても、それでも調べざるを得なかったんです。それくらい追い込まれたのはそれまでの人生で、努力して、挑戦して、選択して、苦労して、傷ついて傷ついて、もう動くのが怖くなるほど弱って追い詰められたからです。
ふわふわと風水を信じるように潜在意識の世界に迷い込んで、それで何となく願望が叶ったり真理(?)に到達するタイプもいるでしょうが、そうじゃない人だってたくさんいます。
自分には価値があるという事も価値がないと思う事も等価だというのは、まあ頭ではそうだろうと思いますが、それを納得したいが為にみんな願望を持って、それを叶えるために苦しんでるんじゃないですか?
幸も不幸も広い目で見れば同じだというのは、例えば日本で戦争が起こって徴兵されて酷い死に方をしようが、億万長者になって人に愛されて何不自由なく暮らそうが、それは一緒だって事ですか?
だとしてもそれを納得できる日なんて一生来ないと思います。
656
:
幸せな名無しさん
:2025/12/20(土) 20:29:57 ID:jqCZZtvA0
何AI回答に怒ってるの?けつあつがあがるよ。私なんてAIに高倉犬って名前つけてるからいつも高倉健になりきった犬が回答するわ。けつあつはさげろ。
657
:
幸せな名無しさん
:2025/12/20(土) 21:32:16 ID:DkS3bHB20
>>656
もうちょっと建設的な返答とか出来ない?
別に見当違いな反論してるつもりないんだけど。
怒るな、だけ?
658
:
幸せな名無しさん
:2025/12/20(土) 22:34:16 ID:yPS1/bqk0
>>655
ヨコですが、全く同感。
659
:
幸せな名無しさん
:2025/12/21(日) 01:20:31 ID:c4z8wOKk0
やっぱり回答AIかー
長いから読んでなかったけど
660
:
幸せな名無しさん
:2025/12/21(日) 06:54:13 ID:cl0SeREc0
>>654
好きな人に勇気を出して連絡したけど拒否されました。自分はやっぱり人間向いてないんだなって思いました。
661
:
幸せな名無しさん
:2025/12/21(日) 06:56:20 ID:cl0SeREc0
そもそも人間不信させたこの世界が悪いだろ。だから自分はこんな人間に生まれたわけであって
662
:
幸せな名無しさん
:2025/12/21(日) 07:19:43 ID:cl0SeREc0
aiだったのか。なんか納得した
663
:
幸せな名無しさん
:2025/12/21(日) 10:43:05 ID:EeoJbpKo0
仮にAI(生成AI?)だったとしても、りょうせいさんと何回かやりとりさせていただいて、私個人は学ぶことがあったのでよかったと思います。
ちなみに、ChatGPTとやりとりしたことがありますが、りょうせいさんとのようなやりとりほどのやりとりはできませんでした。ほとんど学ぶべきことはありませんでした。
664
:
幸せな名無しさん
:2025/12/21(日) 11:12:16 ID:LnEzloGw0
毎回凄い情報量の書き込みをして下さるので、もしかしたらAIも活用されながら
ご自身の体験等を織り交ぜてお話しして下さっているのかなとも思っていました。
りょうせいさんとレスのやり取りをさせて頂く中で探求を進めて行く事が出来ているので
本当に大感謝なのですが、それを個のりょうせいさんにお伝えしても
「恩寵ですね」とだけ返答されそうな気はしています。笑 確かに間違いなく恩寵です。
665
:
幸せな名無しさん
:2025/12/21(日) 11:38:05 ID:EeoJbpKo0
>>232
で、りょうせいさんは
>また、早く文字打つとどうしても文が乱れるので、誤字脱字チェック用のAIアプリは噛ませています(彼らはほんと、咀嚼が早い)。
と書いています。
内容、立論はご自身でされて、誤字脱字チェックだけでのAI利用ではないでしょうか。
666
:
幸せな名無しさん
:2025/12/21(日) 11:52:40 ID:Drs7VvPw0
達人さんはAIだったのさ
〜完〜
667
:
幸せな名無しさん
:2025/12/21(日) 11:58:47 ID:EeoJbpKo0
>>664
>毎回凄い情報量の書き込みをして下さるので
自分は生成AI登場前に、仕事で部下に指示出ししたり質問の受け答えをしたりしながら、書類やメールをものすごいスピードで入力し、誤りなく次から次へと仕上げていく人を見たことがあるので、その人の情報処理量に比べるとまだ少ない(失礼!)ので、素であり得るだろうと思っていました。
668
:
幸せな名無しさん
:2025/12/21(日) 12:28:07 ID:LnEzloGw0
>>667
確かに!物事の処理スピードが尋常じゃなく早いし質も高い
超人みたいな方って実際にいらっしゃいますよね。
りょうせいさんもその方々と同じなのかも知れないなと思いました。
自分の処理スピードが亀さん過ぎるので気付けませんでした。笑
ありがとうございます!
669
:
幸せな名無しさん
:2025/12/21(日) 13:01:43 ID:LnEzloGw0
りょうせいさんに質問しちゃいますです。
真の私に祈るとそれが自分の胸に届く感覚はあります。
祈りが大切なのは解りましたが、用事をこなしながら隙間時間にずっと祈っていたら
何に対して何を祈っているのかが解らなくなりました。
大きな私ちゃんに質問しても「恍惚…!」と言う返答が来て意味不明です。
この状態は一体何なのでしょうか。
670
:
り改め りょうせい
:2025/12/21(日) 15:25:46 ID:h3zprBpo0
>>660
>好きな人に勇気を出して連絡したけど拒否されました。
→それは素晴らしい勇気ですね。ナイスです。
個の私たちは、どれほど悪夢を見ようとも、
悪夢が消える瞬間、つまり、飛躍が起きると、
喉元過ぎれば熱さを忘れるように、
また、オセロでたくさんの黒が白に反転するように、
「はぁ、本当に良かったw 悪夢?なんだったっけ?」と嘘のようにトンネルから解放されます。(つまり、ほんとに嘘だったわけです。笑)なので、以前の流れはまったく関係ありません。
これからのあなたは、素晴らしい恋愛をすること、また恋人を作ることを強く望んでしまうのだとしたら、その可能性をすでに所有しているのです。
そして、その一歩の起こりが偉大なんです。
結果はどうあれ、理想の恋人とお付き合いした際、付き合いを長く継続させていく過程で、
その過去の小さな一歩の勇気は必ず活かされます。
今は、段階的に少しずつ、モヤモヤ(恋人実現は困難だという世界観)を晴らしていかれるのがいいかと思います。
>自分はやっぱり人間向いてないんだなって思いました。
→真のあなたは、人間であり、同時に想像を超えた最も偉大な存在です。これはどうかお忘れなく。
これはあくまで個のりょうせいの物語ですが、若いとき恋愛系の学びが多かったので、これまで片想い系からグレーゾーン系の恋愛wまで、恋愛系の悩みを聞く機会が多かったんですね。
男女問わずあらゆる物語にたくさん触れてきましたが、恋愛の構造。また、実現のために大切なことはほんとにシンプルです。
1.個の精神的傾向を少しずつ恋愛成功体質に整え、数多く恋愛につながる、恋愛運の流れを少しずつ上げていく。
2.できる範囲で異性にアプローチする流れの種を蒔き続ける。
3.そして、疲れたら休む。(これが重要)
時に周りの人に励ましてもらいながら勇気を燃やし続ける。笑 回復したらまた動く。
※注意ポイントは、他人の恋愛の成功に否定的になりすぎないことです。
このサイクルが、進めば進むほど、
あなたには当たり前に愛される価値がすでに備わっていることを、少しずつ思い出していかれると思います。
もちろん、ここは掲示板ですし、個の物語や気質・性質に沿った、段階的な返信には限界がありますが、大枠の構造の描写はそんな感じです。
私から起きる表現も、ほとんどが、
エゴ、心とはどう動くか?の大枠な構造描写や力学の説明なので、個のあなたの気質に合致しているかどうかはなんともいえません。
少しでも参考になるなら良いですが、真理探求のレイヤーの話とはまったく方向違いのテーマなので、こういった個人的な私の意見は聞き流し程度で構いません。笑
671
:
り改め りょうせい
:2025/12/21(日) 15:35:00 ID:h3zprBpo0
>>665
私、一気にドーンと出てくるので、
誤字脱字の校正通さないと、
ほんとに誤字脱字が多いんですよ。笑
一応質問をコピー&メモ帳にペーストして、
書いたあと、読み直しチェックはしていますが、出先や、時間ない時はAIに校正チェックさせています。
ずいぶん前に書いたレスを覚えててくれてありがとうございます。はい、ちゃんと個が書いてます。笑
672
:
幸せな名無しさん
:2025/12/21(日) 15:52:46 ID:5yFTUvT20
りょうせいさん、655さんの質問にもこたえてあげて。
ここは非常に重要な点。
結局、あなたは個人の意思や行動が必要だと考えているのか、それともそれとは関係なく、「起こることは起きるし、起きないことは起きない」と考えているのか。
673
:
り改め りょうせい
:2025/12/21(日) 15:54:34 ID:h3zprBpo0
>>669
真の祈りとは、「私は私で在る」という、
常に変わらぬ、生まれてからこれまで、
一切変わらない、真の自己として在るということです。
つまり、祈る主体・祈られる対象、これが一つに合一(合体)している状態の描写説明なんですね。
なので、あなたの日常で祈りが起こる。
それは、初めは個が″やること″かもしれない。
それでも、段々と深まっていくと、「私は私である」(もちろん、これは個の私ではなく、真の私です。)
という、意識そのものの立場が増えてくるわけです。
ポイントは、この回数が増えていくことです。
それを時間をかけて、何度も何度も起こしていくわけです。つまり、この思い出すことの頻度のアップが、「私は在る」が深まる段階です。
「私は在る」つまり、本当の私として在るという立場は、個が、「私は理解した」「私は知識を手に入れた」というレイヤーではありません。
「私は在る」から、概念や想念が流出され動き回ります。
それでも、「私は在る」は依然として「私は在る」としてあり続けています。
恍惚が起きた。それはそれで起きたこととして否定する必要はまったくありませんが、
ポイントは、恍惚が起こる以前、また、その最中、また、それ以後も、真のあなたは、真のあなたとしてただ在り続けています。
その描写は常に動き回る個や世界からしたら、
「静寂」「サイレント」「平和」(他にも様々ありますね)として描写されています。
674
:
り改め りょうせい
:2025/12/21(日) 16:53:37 ID:h3zprBpo0
>>672
お答えします。結論から言うと、両方です。
個と世界のレイヤーでは人は意思を持ち、
考え、行動し、選択して生きています。
このレイヤーでは、行動しなければ何も起きません。これは責めでも指示でもなく、単なる構造の話です
一方で、意識・全体性のレイヤーから見ると、
その選択や行動そのものも含めて、すべては流れとして起きています。どちらかが正しく、どちらかが間違いなのではありません。
視点の立場(レイヤー)が違うだけです。
このスレでは、質問の内容や温度に応じて、
どのレイヤーから答えるかが自然に変わります。
そのため、第三者から見ると表現が揺れて見えることがありますが、それは矛盾ではなく、
前提としている視点が違うだけです。
675
:
幸せな名無しさん
:2025/12/21(日) 18:51:48 ID:5B9Zuu/o0
前世の記憶があって、それをもとに、生まれてきた環境、親、自分の性質などが、「内面の投影」として現れているのでしょうか。
「生まれる前に計画を立ててきた」というようなことを、よく聞くと思うのですが、それは、意識・全体性のレイヤーから、「それぞれの個の私」に対して計画を立てた、ということでしょうか。よろしくお願い致します。
676
:
幸せな名無しさん
:2025/12/21(日) 20:03:19 ID:KeoEvVYw0
>>674
ということは、結局「個」の立場から三次元的な願望を叶えるには行動が必要ということですね。それは起きるから起きるのではなく、個の私が起こさないといけないということですね。
677
:
幸せな名無しさん
:2025/12/21(日) 20:55:46 ID:zdBUybAA0
全体=個ってことでしょ
個が頑張ろうと行動を起こすのは、全からの流れでもある
678
:
幸せな名無しさん
:2025/12/21(日) 21:25:01 ID:KeoEvVYw0
>>677
そこは否定したつもりはないです。問題は、願望実現のためには個の意思や頑張りが「必要」かどうかというかところじゃないでしょうか。
679
:
幸せな名無しさん
:2025/12/21(日) 22:30:33 ID:InwRFH3w0
>>675
りょうせいさんがどう答えるかはわかりませんが「前世」というレイヤーがあります
この世界にレイヤーは無数にあります
>>678
それは議論の余地あるかな?既にわかっているように見える
680
:
幸せな名無しさん
:2025/12/21(日) 22:55:53 ID:EeoJbpKo0
自分の感覚での話ですが
意識が個に同一化している視点、エゴ視点では世界で起こった出来事に対してエゴが解釈して決断して行動している。
意識が個に同一化していない視点、在るの視点では世界で現象が起こり、それに対して個の反応が起こっているだけに見える。
前者のように感じることが多く、後者のように感じることは数少ないですが、そんな2つの状態があります。
また、同時に2つの視点というか感じ方が併存していることもありました。
681
:
幸せな名無しさん
:2025/12/21(日) 23:45:13 ID:zu9TMgBQ0
655さんも言ってるけど、都合によって個の立場から回答したり、全体の立場から回答したり、普通の人から見たらダブルスタンダードに見えることが問題なんでしょ。
このスレは願望実現したい人向けではなく、願望から解放されたい、あるいは気にならなくしたい人向け、とりょうせいさんが明確に交通整理してくれればこのような混乱がなくなるでしょう。
この点はこれまでの達人さんもあまりはっきりとさせてこなかった論点で、引き寄せ難民が生まれる原因の一つになっていると思う。
682
:
幸せな名無しさん
:2025/12/22(月) 00:17:14 ID:ET.kjoBU0
全体の立場説明だと「そのまま」としか言いようがないよね
個の立場からすれば全部恩寵なんで、迷うなら迷う、やるならやる、これも「そのまま」だw
683
:
幸せな名無しさん
:2025/12/22(月) 01:33:35 ID:lt7L/8ZI0
>>673
真の祈りについて教えて下さり、ありがとうございます。
頭で理解しようとしても出来ないので、頂いたレスを読み返しながら
実践に活かしていきたいと思います。
前世の話題が少し出ているので、以前から疑問に思っていた事を思い切ってお聞きしてみます。
「ツインレイ」というものは本当に有りますか?
人生の中で(年齢・性別を問わず、親しい・親しくないを問わず)普通に日常の中で
相当な人数と出会ってきていると思うのですが、あそこまで強烈な懐かしさを覚えたのは
ただ1人だけなんです。疑問に思ったので友人に「絶対に初対面なのに誰かに対して
強烈な懐かしさを感じたこと有る?」と聞いたのですが「普通に昔会ったことあるんじゃないの?」と
言われただけでした。当時11歳だったので昔なんてあんまり無いし、引っ越しも有ったし
以前会ったとするならば前世か?などと思っていました。好みのタイプだからビビッと来たとかでは
絶対にないです。なので1年後位に自覚したどうしても惹かれてしまう理由も全く解りませんでした。
質問したい内容としては
・前世の記憶により初対面の誰かを懐かしく感じる事はありますか?
・ツインレイというものは本当に存在しますか?
あってもなくてもどちらでも良いのですが、もし本当にあるとしたら個人的に思うのは
ネット上にあるツイン関連の情報は商売に利用されて恋愛面が強調されて
何かちょっと違うような、やや歪んでいるような気がするなとは感じています。
684
:
幸せな名無しさん
:2025/12/22(月) 02:17:17 ID:lt7L/8ZI0
肝心な情報が抜けていました。
勉強室みたいな場所で他にも席が空いているのに真ん前に座って来たり
(机の下で時々膝が当たってしまう位の至近距離で互いに無言のまま30分ほど)
特に珍しい名前でもないのに良い名前だなと褒められたり等あったので
両片思いの可能性は有ったと思います。ものっっっすごい悪態もつかれまくりましたが。
685
:
幸せな名無しさん
:2025/12/22(月) 02:20:16 ID:JM03Ay8g0
>>674
横から失礼します。
読ませていただきながら、自分が、ある人(妻)に告白して付き合って結婚に至ったときのことを思い出しました。
振り返ってみると告白したのは、自分の意志(意思というより意志と今は表現したい)とも言えるし、同時に自動的にそれが起こったとも確かに言えます。
勇気を持って覚悟を決めて告白したとも言えるし、自分ではどうにもできない力により、同時に自然な流れにより告白したとも言えます。
個と世界のレイヤーの視点から言えば、相手と付き合うことになったら結婚することを決めて勇気をもって告白したと言えるし、意識・全体性のレイヤーの視点から見るとすべては流れとして必然みたいに起こったと言えます。
個と世界のレイヤーの視点で見て、彼女と付き合って結婚するにはどうしたらよかったかというと、勇気を持って覚悟を決めて告白しろということになり、意識・全体性のレイヤーの視点で見ると、流れに任せろ、必然に従え、みたいな感じになるのでしょうか。
個と世界のレイヤー視点と意識・全体性のレイヤー視点の行動・出来事が同時に起こったように、今思い返してみると見えます。
686
:
幸せな名無しさん
:2025/12/22(月) 03:05:15 ID:JM03Ay8g0
>>685
の続き
では、それ以前の別の異性との間でうまくいかなかったときのことを振り返ってみるとどうなのか。
個と世界のレイヤーの視点で見ると、それでは相手とうまくいかないだろうということを繰り返していたことになる。
意識・全体性のレイヤーの視点で見ると、流れに任せていなかったということになるように思います。
トータルで振り返ってみると、こうした失敗も当時の自分としては苦しんだけれど、ある一時的な体験をしたときには、成功も失敗もすべての場合を経験したうえでの自分自身の選択で完璧だったという確信が生じたことがありました。今は、その確信まではないですが、そうなのかもという程度です。
今はただ、思考停止やその他の方法を実践して脱同一化を意図したり、「私は在る」を観想したりしながら、そうしていると何らかの認識に至るかもしれないと思っていたはずなのですが、今これを書いている時点では、どうでもいい感じです。明日、目が覚めるとまた違うことになっているかもしれませんが。
687
:
幸せな名無しさん
:2025/12/22(月) 11:08:21 ID:3FFuMSfg0
全体としては勝手に起きてますが、個人の視点からしたら自分がやってるように感じるだけで、それすらも全体の起こりで例外はないんだと思います。
もし、個人の選択に自由意志があるなら、今自分が不幸なのも過去の自分の選択のせいになるので、原因を突き詰めて行ったら生まれたこと自体が間違いになるので
688
:
幸せな名無しさん
:2025/12/22(月) 14:53:04 ID:QIvyDO.I0
>>629
です。返信ありがとうございます。
>もともと福音とは、個という錯覚や眠りから目覚めるための「知らせ」という側面を強く持っていた。つまり、個という大きな誤解をほどくための福音だった、という見方もできると思っています。
久しぶりにマーフィーの本を読み返したところ、エマソンの引用がいくつかありました。
福音書は読んだことがありませんが、「個という錯覚や眠りから目覚めさせる」という側面があるのが興味深いです。
ある女性が著書の中で、人間本来の姿を「無位の真人」と表現した臨済に言及し、「すべての不幸な出来事も、トラブルや問題も、起こりうるすべてのことが、私たちをこの『人間本来の姿』に気づかせるために起きているのかもしれません」と書いていたのを思い出しました。
そして私自身も今それを体感しています。苦しかった出来事はまさに恩寵だったのだと。(でもこの体感も起きただけですね)
>「作為/無作為」という二元を超えるために、まず第一に、そもそも「ただ在る」ことこそが主体だった、という事実に気づく必要があります。
>あなたにできるのは、相手が少し冷静に静まったタイミングを見計らい、「そうなんだ。大変だったね。でも、それは夢だよ」と伝えることです。
そうですね、「ただ在る」が主体。
個として今振り返ると、エゴをどうにかしたいと思う一見正当な存在もエゴだと気づけたことが大きいです。
689
:
幸せな名無しさん
:2025/12/22(月) 15:07:01 ID:foM3MR120
>>688
は
>>645
のりょうせいさん宛てです。
失礼しました。
690
:
幸せな名無しさん
:2025/12/22(月) 17:25:27 ID:Q5qTjKPM0
>>679
お返事をいただきまして、ありがとうございます。
>「前世」というレイヤーがあります
この世界にレイヤーは無数にあります
無数にあるレイヤー(層・階層)の中の一つに、「前世」というものがある、ということなのですね。「個の私」からは、「前世」や「生まれる前に立てた計画」のことは、わからない状態ですが、とても興味深く、たまに気になるときがあります。ありがとうございます。
691
:
り改め りょうせい
:2025/12/22(月) 20:43:25 ID:.s/kZ7zU0
>>675
前世がある/ないというより、
これをざっくり記憶としてしまいましょう。
たとえば、過去の記憶が起きます。
また、未来の想像も起きます。
これがあるから二元の世界が成り立つわけですね。記憶がなければ、時間の概念も、物語の概念も成立しないし、あなたは誰とも共通認識としての会話も成立しないわけです。
>記憶があって、それをもとに、生まれてきた環境、親、自分の性質などが、「内面の投影」として現れているのでしょうか。
→個・心の潜在的な傾向というのはあなたの言うとおり本当に様々です。
まず初め「私」という、自我が芽生える前に、
実はあなたは意識そのものとして存在していました。ある瞬間に意識は肉体・マインドと同一化しました。
>「生まれる前に計画を立ててきた」
夢の中を思い出してください。
ある夢が始まった時点で、夢は全体でありながらも、その進行中には「主人公と/主人公以外」の分離はすでにあり、どんな内容であれ主人公の物語が進行していきます。
主人公の視点から見れば、その夢の開始時点で、その夢の過去も未来も、前提として存在する概念システムに組み込まれているわけです。
全体は全体の流れとして、意識や全体が私であったとあとから気づかれていく流れが、
全体の現れそのものとして起き続けています。
しかし、それは、誰かが意図して悟らせようとしている、という話ではありません。
ただ、夢が放出されたということ自体が、
その夢がいずれ終わる可能性を、はじめから含んでいるというだけの話です。
呼吸のように、吐いたら、いずれ、吸いこむ。
そこに計画や目的があるわけではなく、
ただ、そういう構造になっている、ということです。
はっきり言うと、多くの個は、たとえどれほど側から見て幸せそうに見えても、意識の繰り広げる夢に苦を感じています。ただ同時に、夢から覚める可能性も、構造として最初から含まれているという話です。
私は、その可能性が最初から含まれていること自体を、恩寵と呼んでいます。
前世や来世の話は、夢の中でだけ成立する概念として、「生まれる前に計画を立ててきた」というアイデアが夢の中だけで存在するという話です。
692
:
り改め りょうせい
:2025/12/22(月) 21:24:27 ID:.s/kZ7zU0
>>676
まず、願望とは何か?をあらためて見てみましょうか。
たとえば、ある人が知らない町で迷子になり駅を探しているとします。
スマホは電源切れで、地図も見られない。
なんとなく直感で、(次の角を曲がったら駅がある気がする)そう感じて、実際に角を曲がったら駅があった。
さて、ここで
「願望が叶った」「願望実現をした!」
という思考が湧き、喜びが起きたとしたら、
願望という概念と願望が実現したという概念が、あとから物語の中で信念として成立します。
一方で、
「ようやく駅を見つけた。まったく、迷子になるなんて最悪だ」という思考が湧き、怒りが起きたとしたら、災難という概念と災難が実現したという概念が、同じ出来事から成立するわけです。
これを踏まえて構造を見ると、どんな個であっても、物語は常に起き続けています。
そして、どんな個であっても、誰かから
「なぜ、あなたにそれが起きたんですか?」
「何をしたから、それが起きたんですか?」
と本音で聞かれたら、だいたいこう答えるでしょう。
私はこんなふうに考えて、これをした。
そのあと、あれをして、そしたら◯◯が起きた。
さらに突っ込まれたら、こう続きます。
「なぜ、そう考えたんですか?」
「なぜ、その選択をしたんですか?」
「なぜ、途中で諦めなかったんですか?」
「どうやって◯◯を起こしたんですか?」
すると、こう答えるでしょう。
「あの時は他にも選択肢はあったけど、それらを選んだ。なぜか、そうしたんだ」
では次に、
「◯◯を起こしたいと思っている人に、あなたが言えることは?」と聞かれたら、こうなるはずです。
「私は◯◯が起きた。それは、起きる可能性があるということだ。私にも起きたんだから。だから、◯◯を起こしたいと思っている人にも、起こる可能性はある。それだけだ」
だいたい、こんな感じなんです。
願望実現について、世界があなたに伝えてくるのは、「これさえやれば100%叶う」という話ではありません。
ただ、可能性を上げていくために、やれることがあるならやってみるといい、それくらいの話です。
行動というのは、外側の動きだけではありません。意図や熱意、ときに休む(充電する)のも含めて行動です。潜在意識板でメソッドを学ぶのもその人なりの行動です。
つまり、プラスになりそうだと感じることは、なんであれやってみる。マイナスになりそうだと感じることは、控えてみる。
ただし、それが本当にプラスだったのか、マイナスだったのかは、実現したあとにしか分かりません。
だから、基本は暗中模索の試行錯誤の繰り返しです。誰にとっても、そこは同じだと思います。
693
:
り改め りょうせい
:2025/12/22(月) 22:21:46 ID:.s/kZ7zU0
>>681
私自身は、意識の視点からただ返信することが起きている、そう捉えています。
ただ、その起きた返信が、読み手にとって、意識の視点に見える時もあれば、個と世界の視点に見える時もある。
また、ときに読み手からすれば、そのズレがダブルスタンダードに見えることがあるのも理解しています。
私としては、真理探求者には、目覚めの流れが進みますように。
本当の自分に還っていく方向が、自然に起きますようにと思っています。
個と世界には、真理探求の流れに入る可能性が開かれますように。
そういう意図があり、スレを立てたのも、結果的にはそういう理由でした。
ただ、それを潜在意識板で立てたのは流れです。私としては、いい経験をさせてもらいました。
>このスレは願望実現したい人向けではなく、願望から解放されたい、あるいは気にならなくしたい人向け、とりょうせいさんが明確に交通整理してくれればこのような混乱がなくなるでしょう。
なるほど。たしかにここは、誤解されやすいところなので、あらためて整理して書いてみます。
あえて分けると、
潜在意識という概念自体を知らない一般の人
潜在意識という概念を知っている人
真理探求者
実はこの全員、「願望実現したい人」です。
ただし、真理探求者の願望は、
方向性の違う願望実現です。
一般の人や、潜在意識を扱う人は、夢の中で、より理想的な夢に変えていく方向。
一方、真理探求者の願望は、夢から完全に目覚めること。つまり、夢そのものから脱出する願望の実現です。
一般の人は、願望実現のために、
エネルギーや時間や感情を代償として捧げます。
潜在意識を扱う人は、願望実現のために、
メソッドを学び、実践し続けることにエネルギーを捧げます。
真理探求者は、真理実現のために、
エゴ(私・個としての偽主体)そのものを、意識に差し出していきます。
これは優劣の話ではなく、どこにエネルギーが向いているかの違い。このスレは基本的に、夢から目覚める方向を持っています。
ただ、今はまだ目覚める気がまったくない人でも、ウェルカムですよ、というスタンスです。
そして正直に言えば、夢から目覚める方向に1%も関心がない人は、ここでのやり取り自体に、そもそも興味が湧かないと思います。
また、自分が何を求めているのか、まだはっきり分からない人でも、私としてはウェルカムです。
夢とは何か。夢の構造とは何か。エゴとは何か。本当の私とは何か。
そのあたりの構造に興味があるなら、何かしら参考になる部分はあるかもしれません。
ただし、私は願望実現の達人ではありません。
こうやれば絶対に叶う、という方法も持っていません。
このスレを読んで、
目覚めの方向に流れが進むことはあるかもしれません。ただ、夢が叶う、現世利益がある、
それが必ず起きるとも、絶対に起きないとも、
私は言えません。正直、5秒後に何が起きるかなんて、誰にも分かりませんから。
そして、夢から目覚める方向に進む人の多くは、個として生きることや、世界の無常な仕組みに、どこかで言いようのない強い苦しさを感じています。
意識の繰り広げるマーヤを一つの国だとしたら、脱国したいタイプが多い、という感じです。
それが良い悪いではなく、ただ、そういう方向性があるかどうか。なぜなら、それがなければ、マーヤは超えられません。
また、一言で言えば、真理探求と潜在意識板では、カラーがかなり違います。
このスレは、潜在意識を使って願望を叶えよう、というテーマではない以上、
板の性質上、違和感が出るのも自然だと思っています。その意味では、流れとして、そろそろこのやり取り自体が一区切りになっても不思議ではありませんし、無理に続ける必要もないのですが、スレが進むうちはスレが終わるまで質問があれば返信する。そういう感じです。
694
:
幸せな名無しさん
:2025/12/22(月) 23:33:38 ID:JM03Ay8g0
私個人は、現世利益的な願望実現と真理探求的な願望実現の両方を求めているので、りょうせいさんのこちらのスレは本当に助かっています。
695
:
り改め りょうせい
:2025/12/22(月) 23:57:22 ID:usZxbUwg0
>>683
意識の見せる夢というのは、構造として無限の可能性を秘めています。目覚めるという流れは、生きとし生けるものすべてに、常に招待状として差し出され続けています。
ただ同時に、意識はその夢のリアリティを保つために、それが作り物であるということを、
あらゆる手を変え品を変え、「夢こそが真実である」という魔法で覆い隠します。
個と世界の観点から見れば、
前世・来世、ツインレイ、妖精、ドラゴン、
水の上を歩く、山を動かす、空を飛ぶ、
超能力、宇宙人、神が現れる、臨死体験、
タイムリープ、構造的可能性としては、なんでも起き得て不思議じゃありません。笑
簡単に言えば、あなたにツインレイ的な物語が起きるなら、起きるでしょう。
それは良い悪いの話ではなく、物語のルートとして書かれていたら、起き得る、というだけです。
そうなると、運命はあるのか?カルマはあるのか?前世・来世の構造は?
と話は広がっていくでしょうが、
夢から目覚めれば、それらすべて、
想念的な物語だった、とも言えます。
また、前世であれ、昔の思い出であれ、
過去の記憶が消えていくのは、私は「恩寵の配慮」だと捉えています。
無数の記憶や想念をすべて保持したままでは、
個のマインドは正気を保てず、とても耐えられないからです。そのため、不必要なものは、
自然と忘れ去られていきます。
また、夢から目覚めればすべては想念的物語だと言えますが、それがその人の人生に強く刻まれる体験だった、という事実まで消えるわけではありません。
個を否定したり、無感覚や虚無になって生きろ、というお話ではない、ということだけは補足しておきます。
696
:
幸せな名無しさん
:2025/12/23(火) 00:42:19 ID:KE9u7nmQ0
>>691
お答えいただきまして、ありがとうございます。
>ある瞬間に意識は肉体・マインドと同一化
>概念システムに組み込まれている
>夢から覚める可能性も、構造として最初から含まれている
>夢の中でだけ成立する概念として、
何となくですが、わかりそうな気がしています。
夢の中だけでの概念や、お話だったのですね。
記憶や計画のことは、もうあまり考えないようにしたいと思います。
いずれは、意識や全体が私であったことに気づける、夢から覚めることができる、少しでも早くに! と思いながら、内側の静けさに寄り添っていたいと思います。ありがとうございます。
697
:
り改め りょうせい
:2025/12/23(火) 01:03:59 ID:xam35uTI0
>>696
>夢の中だけでの概念や、お話だったのですね。
→そうです。真相は起きていないのに、表面的に起きているように現れ、表現され、動き回ります。
>記憶や計画のことは、もうあまり考えないようにしたいと思います。
→これは、記憶や、先のことの想像、
計画する/計画しない、
も、起こる時は起こるということです。
思考にも二種類あり、受動的に記憶や感想や判断が起こり続ける思考と、能動的に何かを考え、研究したり、計画したり、どうするかを練る思考があります。
後者は生きるために必要ですし、否定しなくても大丈夫です。
ただし、あとから振り返ると、どちらも起きていたというだけの話です。
>いずれは、意識や全体が私であったことに気づける、夢から覚めることができる、少しでも早くに!と思いながら、内側の静けさに寄り添っていたいと思います。
素晴らしい意欲です。
内側の静けさが、あなたの本性です。
そのお気持ちを大切にしてください。
ここで、逆説的なパラドックスを挟みますが、
なのにもかかわらず、真相的には、すでに真のあなたはその立場です。たった今も。まさに。(真相的には)
こちらこそ、ありがとうございます。
698
:
り改め りょうせい
:2025/12/23(火) 01:05:22 ID:xam35uTI0
>>680
>>682
>>685
>>687
解説・説明の書き込みありがとうございます。読んでる方の参考になるかと思います。
>>688
こちらこそ。いいですね。ナイス気づき。
無位の真人、純粋意識、私は在る、本来の面目。ほんとに表現は様々です。笑
>>694
ありがとうございます。それはなによりです♪
>>全員へ
ちょっと用事でバタバタします。返信遅れます
少し早いけど、
みなさん良いクリスマスをお過ごしください。
一応聖なる日なので。笑 ではでは
699
:
幸せな名無しさん
:2025/12/23(火) 08:12:19 ID:KE9u7nmQ0
>>697
>どちらも起きていたというだけ
>真相的には、すでに真のあなたはその立場です。
受動的であっても、能動的であっても、起きてきますものね。
内側の静けさを捉えることはできても、なかなかその先が上手くいきませんが、焦らずに進んでいきたいと思います。
どうもありがとうございました。
りょうせいさんも、素敵なクリスマスをお過ごしくださいね。
700
:
幸せな名無しさん
:2025/12/26(金) 03:55:01 ID:xzI76Vmw0
わたしはりょうせいさんが潜在意識掲示板でこのスレを立ててくださること、とてもありがたいです。
全体性からの視点と、そこから切り離されたように感じている個人の視点はルビンの壺のようなものだと思っています。つまり、壺に見えているときは壺にしか見えないし、顔に見えるときは顔にしか見えない。だけど実際は常に同時にそこにある。
私自身全体からの視点を垣間見たことはありますが、個人の視点しか見えなくなっているときは「全体」からは当たり前だったことが、ほんとに感覚としてわからなくなってしまう。
そのどちらの視点も同時に見られるりょうせいさんの言葉はとてもありがたいです。
メリークリスマス。
701
:
幸せな名無しさん
:2025/12/28(日) 13:57:23 ID:kq1sq2rw0
>>693
りょうせいさん、横から失礼します。
>私自身は、意識の視点からただ返信することが起きている、そう捉えています。
ただ、その起きた返信が、読み手にとって、意識の視点に見える時もあれば、個と世界の視点に見える時もある。
また、ときに読み手からすれば、そのズレがダブルスタンダードに見えることがあるのも理解しています。
そうなんだろうと思いますが、りょうせいさんの
>>654
の投稿は、 第1段落以外はほぼ、読み手にとって、個と世界の視点に見えるというものではなく、個と世界の視点で書かれているように思います。
702
:
幸せな名無しさん
:2025/12/28(日) 16:18:49 ID:SPtljlFc0
意識の視点からただ返信することが起きている=常に意識の視点で書いている、ではなくて
この場合は、意識の視点から《質問者の立ち位置(個と世界の視点)に合わせた返信》が起きたんじゃない?
703
:
幸せな名無しさん
:2025/12/29(月) 07:00:24 ID:itAIa0JQ0
占いで好きな人の気持ちがよくない結果でした。私が勘違いして暴走してると。
とてもそんな風には感じないけど、これは信じず、好きな人を好きでいて付き合える?
704
:
幸せな名無しさん
:2025/12/31(水) 08:44:31 ID:TrMpLZY.0
最近外のカップルを見ると殺意が湧いてくるけど、エゴが暴走してるな。こういう時は願望の実現が近づいてる証拠らしいからポジティブに捉えとく。まだ恋人できたことないけど
705
:
り改め りょうせい
:2026/01/04(日) 10:21:31 ID:Edj/68Xw0
あけましておめでとうございます。
今年みなさんにとって良い年になりますように。
706
:
り改め りょうせい
:2026/01/04(日) 10:33:10 ID:Edj/68Xw0
>>700
>全体性からの視点と、そこから切り離されたように感じている個人の視点はルビンの壺のようなものだと思っています。つまり、壺に見えているときは壺にしか見えないし、顔に見えるときは顔にしか見えない。だけど実際は常に同時にそこにある。
素晴らしい例えですね。全体性、つまり、一なる意識だけがある。それでも蜃気楼は表面的に浮かんで動いているように振る舞います。
180分の映画が展開し続けていても、
本当はスクリーンしかありません。
そして、スクリーンと映画は本当は分かれていません。映画は変化し続けて平和はつかの間にしか見出されません。それと違い、スクリーンは常に不変の平和です。
>私自身全体からの視点を垣間見たことはありますが、個人の視点しか見えなくなっているときは「全体」からは当たり前だったことが、ほんとに感覚としてわからなくなってしまう。
心が静まれば、個人も他人も静まります。
″私″が静まれば、心も世界も静まります。
「いつか感覚としてわかるようになる。」
のではなく、わかろうと、掴もうとする探求者が静まって、常に、永遠に、消滅しているところ、その領域が、初めから終わりまで真のあなたです。
707
:
り改め りょうせい
:2026/01/04(日) 10:38:24 ID:Edj/68Xw0
>>701
そうですね。全体性は、「存在性」として在る。
在ることで、=それであることが成立します。
何かを喋ったり、心が1ミリでも動いた時点で、個としての表現に(見かけ上は)なります。それにもかかわらず実態は常に全体性なのです。
まるで、夢と同じシステムですね。笑
708
:
り改め りょうせい
:2026/01/04(日) 10:44:35 ID:Edj/68Xw0
>>703
そうかもしれないし、そうじゃないかもしれません。
つまり、答えは神のみぞ知るってことでw
意識はただ動きます。ただ運動をします。
心や想念がその動きを判断したり、想像することも、意識の中でただ動きます。
そのため、それを神と表現するなら、
神の意志が起き続けます。
てことで、以上。ってことですね。
709
:
り改め りょうせい
:2026/01/04(日) 10:50:09 ID:Edj/68Xw0
>>704
エゴが暴走していることに気づいているのがエゴですよ。「″私″は◯◯だ。だけど◯◯だから◯◯だと捉えとく」といった文脈の、
その″私″が、エゴの根源ですよ。
恋人できるといいですね。
あなたに素晴らしいことが起きるように祈ります。
710
:
幸せな名無しさん
:2026/01/04(日) 11:12:55 ID:39CVhtiw0
>>695
夢で夢を溶かすような優しいご返信を有難う御座います。
自分の中に在るものは大切にしながらも、型に嵌めない方が良いなと気付けました。
昨日「合一してしまったらもう大きな私ちゃんに抱きしめてもらえない」と
寂しくて寂しくて泣けちゃって仕方なくなりました。
そんな中でも、ああ、エゴはこう来たかと静かに分析。
以前、自分の中に「常に溢れ続けている決して枯れる事のない愛の泉みたいなもの」がある事に気付いて
泉は常に在るんだろうけど感じられなくなってあの泉はどこぉ〜泣。ってなった事があったのですが
ふとそれを思い出して、大きな私ちゃんの正体はあの泉なのでは?と思ったら涙が引っ込んだ。
感覚としては泉は胸の奥にあったので、そこに意識を集中。大きな私ちゃんが胸の奥に居ると思って集中。
そこには泉ではなく静けさが在りました。そうだ本来はとても静かなものだったはず。
そして胸の奥に意識を集中させていたはずが、それが全身に広がっていく感じがしました。
ああ大きな私ちゃんは私の中の全てを満たしていたのね。包まれ感よりこっちの方が100倍暖かい。
あ〜いいわぁ、この安心感いいわぁ〜本当にあったかぁ〜い、なんて思っているんですけど
いつもの流れで行くとこの感覚もまたすぐに分からなくなってしまうと思われます。
711
:
幸せな名無しさん
:2026/01/04(日) 11:57:05 ID:CfQNfj820
りょうせいさん、みなさん、明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。
また質問させていただきますね。
「全てはプログラム通り、全自動」ということを、よく聞くと思うのですが、それで、自分の言ったことや行いを、必要以上に後悔しなくて良くなり、楽になれたりしました。
「内側を変えると、外側も変わる」」というのは、何かに関しての自分の考え方を変える時期が来て、変えたことで体験する現実が変わった、という流れが、自分の意思とは関係なく、プログラム通りに起きている、ということでしょうか。
それとも、ループから抜け出る、再配達を終わらせる、望む現実を体験する、これらの方法を知って実践することで、「プログラムを変えることができる」ということでしょうか。よろしくお願いいたします。
712
:
り改め りょうせい
:2026/01/04(日) 12:00:21 ID:Edj/68Xw0
>>710
夢で夢を溶かすような優しいご返信を有難う御座います。
>自分の中に在るものは大切にしながらも、型に嵌めない方が良いなと気付けました。
そうですね。それが真理についてのお話なら、
真理ってのはなんの型もない「 」なのですよ。
型があり、型を認識する者も、そのこと(あるとかないとか)を知る″者″という型すら無いんです。だからこそ、あなたは熟睡中、なんのドラマもないのに、(また、なんのドラマもないからこそ、幸せも不幸も超えて)至福で平和なんですね。
>昨日「合一してしまったらもう大きな私ちゃんに抱きしめてもらえない」と
寂しくて寂しくて泣けちゃって仕方なくなりました。
そんな中でも、ああ、エゴはこう来たかと静かに分析。
合一したら、あなたは平和と静寂として、
それだけ、としてただ在るのみです。
大きな私ちゃんに抱きしめてもらったら、
あなたは安らいで、静かになるでしょう。
しかし、それには小さな私の、
「辛かったけど、抱きしめられて今は安心だ」
という時間軸の、物語、変化上のドラマを通してですよね。ドラマは必ず、不安→安心。
安心→不安。不安→安心。を繰り返します。
変化しないドラマは、そもそも″ドラマ″として成り立ちませんから。
大きな私はそのドラマが安心だろうが、不安だろうが、ずっと「不安⇔安心」という動きを知らない存在として、不動で、ただ在ります。
目に見えないだけです。ずっとあなたとして在ります。
>以前、自分の中に「常に溢れ続けている決して枯れる事のない愛の泉みたいなもの」がある事に気付いて
泉は常に在るんだろうけど感じられなくなってあの泉はどこぉ〜泣。ってなった事があったのですが
ふとそれを思い出して、大きな私ちゃんの正体はあの泉なのでは?と思ったら涙が引っ込んだ。
感覚としては泉は胸の奥にあったので、そこに意識を集中。大きな私ちゃんが胸の奥に居ると思って集中。
そこには泉ではなく静けさが在りました。そうだ本来はとても静かなものだったはず。
そして胸の奥に意識を集中させていたはずが、それが全身に広がっていく感じがしました。
ああ大きな私ちゃんは私の中の全てを満たしていたのね。包まれ感よりこっちの方が100倍暖かい。
あ〜いいわぁ、この安心感いいわぁ〜本当にあったかぁ〜い、なんて思っているんですけど
いつもの流れで行くとこの感覚もまたすぐに分からなくなってしまうと思われます。
あなたは安心そのものであり、静けさそのものです。
それがあなたなんだから、
本当は、
それを探さす必要もないし、それを無くすことも不可能なんですよ。
問題は、それが「見つかった」「消えた」と
動いている心が、(それが蜃気楼だとしても)消滅すること。それが探求(探究)の終わりです。
必要なのは、疑いを取り除いて捨てる・放棄するだけです。
それは捨てたあとも蜃気楼として現れるかもしれません。しかし、あなたはそれじゃないんです。蜃気楼を探って、触れてみてください。
掴もう、見つけようと、取り出そうと、探ってみてください。
絶対に触れられず、見つけられないから。
それが、エンドレスループの終わりです。
713
:
り改め りょうせい
:2026/01/04(日) 12:59:39 ID:Edj/68Xw0
>>711
明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
>「全てはプログラム通り、全自動」ということを、よく聞くと思うのですが、それで、自分の言ったことや行いを、必要以上に後悔しなくて良くなり、楽になれたりしました。
はい、あなたのおっしゃるその″全て″(全体性)というのは、「思考や、考え、想像」これらを使った時点で、この″全て″は絶対的に掴めないということを見てみてください。
少しでも心が動いたり、掴もうとしたら、
″全て″の中での小さな揺らぎ、全ての中の一部に区分けされてしまいますよね?
これが、″全て″から「分離の揺らぎ」なんです。てことで、全ては、「全て」ってことでもう完結していて、完成しています。
それは思考でそう思うことではなく、
完成されているんです。その中で思考が揺らぎます。それでも、思考が起きようが起きなかろうが、ずっと完成されているんです。
話を進めると、個のあなたが以前と比べて、
後悔しなくなったり、楽になれたことは、
たしかに非常に喜ばしいことですが、
その話をあえて、もっと突っ込むと、
真のあなた(個人のあなたじゃないですよ)
つまり、全てのあなたの中で、
今後またある時に後悔がわいて起きても、
苦しみがわいて起きたとしても、
全てのあなたは一切不変で、全てとして完全性(完璧性)のままなんです。
個人のあなたが楽になった。
これはなりよりで、私も嬉しいですが、
もし仮に苦しくなったとしても、
(その後再び楽になったとしても)
真のあなたは変化なく、平和しか知りません。平和という言葉も概念ですが、なにも問題ありません。なぜなら物語を超えていますから。
動きという、物語の及ばないところに苦も楽も成立しないのです。
二元的な「苦⇔楽」ではなく、
「苦⇔楽」がないから、平和″感″というより、
「 」としての平和・安息なんです。
平和があるんじゃなく、苦が無いんです。
「 」に、平和・安息・愛・至福など色々概念的な表現を世界側からされるだけで、
「 」は「 」ですがね。ずっと。
>「内側を変えると、外側も変わる」」というのは、何かに関しての自分の考え方を変える時期が来て、変えたことで体験する現実が変わった、という流れが、自分の意思とは関係なく、プログラム通りに起きている、ということでしょうか。それとも、ループから抜け出る、再配達を終わらせる、望む現実を体験する、これらの方法を知って実践することで、「プログラムを変えることができる」ということでしょうか。よろしくお願いいたします。
これらも、同じです。
「私、個人、エゴ、」というのは、
その個の「個性」を通して形成された信念に向かって動きます。つまり、個としての自分が感じる苦を避けようとし、また、個としての自分が幸福だと信じれる道を進みます。
それでですね。
不幸感や幸せ感というのは、
実は願望叶う、叶わない問題というより、
幸せを感じることが起こるか、それとは違う重たい感じが起こるかの問題なんですね。
つまり、10億あっても幸せ感を感じれない人もいれば、一流芸能人や一流CEO、誰もが羨む恋人や家族がいても、不幸感を感じることはできても、幸せ感を感じにくい人もいるわけです。
これはなぜか?
◯◯感は絶対コントロールできないからってのが一つ。もう一つは、探すからです。
そうはいっても、
この″私″とは、「探すことをやめることを探してしまう」もの。
そのため、真理探求は、
探しているその主体。個の私。
つまり、探求者。
これがまさにエゴなんですが、この動き回るこのエゴとは何か?エゴ、心、想念、これらを発現させている″私″を探っていく、その私、
つまり、自己、これを探求する道なんですね。
自己探究とはよくいったもので。
そして、このエゴが何によって成り立っているか?というと、じつは真のあなたなんです。
真のあなたから、真ではない、偽りの主体が、
「生み出されている風に見える」
「動き続けている風に見える」
という錯覚が表面的に起こっているわけなんです。
714
:
幸せな名無しさん
:2026/01/04(日) 18:40:37 ID:W7MeQN3w0
>>705
>>688
です。あけましておめでとうございます。
昨年12月の気づきとりょうせいさんのアドバイスによる深まりによって、憑き物が落ちたように穏やかなお正月を過ごせました。何年ぶりでしょうか笑
りょうせいさん&皆さまにとって素敵な一年になりますように。
715
:
り改め りょうせい
:2026/01/04(日) 19:58:31 ID:hObDYKf20
>>714
あけましておめでとうございます。
憑き物。あー、ナイスな表現ですね。笑
ありがとうございます。
714さんも素敵な一年をお過ごしください♪
716
:
幸せな名無しさん
:2026/01/04(日) 22:10:26 ID:CfQNfj820
>>713
お答えいただきまして、ありがとうございます。
>″全て″から「分離の揺らぎ」なんです。
>ずっと完成されているんです。
分離の思考をすることで、完成されている全体性が見えなくなってしまう、ということですね。思考が揺らいでも、そのままにして、「完成されている」ことを、なんとなくでも感じるようにしてみたいと思いました。
>真のあなたは変化なく、平和しか知りません。平和という言葉も概念ですが、なにも問題ありません。なぜなら物語を超えていますから。
個の私にとって苦しみがわいて起きても、真の私には苦が無く、平和で安息、でもそれも概念で、「 」は「 」とは、無であり空っぽ、という感じでしょうか。ハーディングの受容能力というのが、こちらでしょうか。
>◯◯感は絶対コントロールできない
このことについて、もう少しお話を伺っていいですか。
>この動き回るこのエゴとは何か?エゴ、心、想念、これらを発現させている″私″を探っていく、
>真のあなたから、真ではない、偽りの主体が、「生み出されている風に見える」「動き続けている風に見える」という錯覚が表面的に起こっているわけなんです。
個の私というものが居る感覚になっていますが、はっと今に戻って、不動や静寂などの内的感覚に意識を向けるように、心がけてみたいと思いました。
体が勝手に動いている、ということを、少しずつわかるようになってきたので、行為者でなく、鑑賞者の視点でいる時間を長くして、「私」を探っていきたいと思いました。
文章がへたで、うまく書けなくて、すみません。教えていただいたことを、頭でも、感覚としても、わかりたいと思っています。何度か繰り返し読ませていただきたいと思います。ありがとうございます。
717
:
幸せな名無しさん
:2026/01/04(日) 22:51:58 ID:39CVhtiw0
あれっ、そういえばお正月の挨拶しないまま書き込んでいる!?(あほー)
大変失礼致しましたm(_ _)m 遅くなりましたが
明けましておめでとうございます!
皆様にとって健やかで穏やかな幸多き1年でありますように!
>>712
ありがとうございます。実はすっかり忘れていましたがこのスレ初期頃の自分の書き込みで
「 」は「 」ですよね!みたいな事を書いていたんです。本当は気付いているみたいなんです。
でも全然納得できない。エンドレスループにしたい理由があるみたい。それは何だろう。
そしてやっぱり寂しくて寂しくて仕方がない。大きな私ちゃんに必死になって縋り続けなくてはいけないレベルの
このものすごい寂しさ何だろうと思ったら「自愛が全然足りていない」でした。
物心ついた頃から長い間自己否定を続けてきたのに自愛を10年した位では全然ダメ足りないみたいで。
どれだけ寂しさとか本当の気持ちを無かった事にしてきたのかって事みたいです。
それを全て明らかにして受容するまで個の私は納得しないし、やってみたいようです。
あーじゃあ仕方ないよね、って感じですが、「浄化されたい」と願ってしまうと
恩寵が浄化する動きになってきつくなるからそこは願わずにお任せしようとは思いました。
恩寵に願うとしたら「本当の自分に戻りたい、全て受容したい」です。
無条件の愛で自分を癒すとかそんな感じです。
でもこれきついのかなー、きついのは嫌だなー、とも思ってはいます。
そして各種実践中に(特に自愛)高確率で起きてしまう事、現実で身近な人からの風当たりが
きつくなったり否定される事を言われる事が増えるのもきつい一因です。
なんで夢なら静かにしていればいいのに、わざわざややこしくしたがるかなーとは
自分でも思ってはいるのですが…。笑
探求でゴールを迎えたとしても個として生きていく事に変わりはないから
どうしても偽りではない本来の個を知りたい・戻りたいようです。
718
:
り改め りょうせい
:2026/01/05(月) 21:08:56 ID:K9YXuXog0
>>716
>分離の思考をすることで、完成されている全体性が見えなくなってしまう、ということですね。思考が揺らいでも、そのままにして、「完成されている」ことを、なんとなくでも感じるようにしてみたいと思いました。
そうです。もっと正確にいうと、
「分離の思考」が発生した時点で、
「主体(見ている者)」─「分離の思考(見られているもの)」と、実は分かれています。
そのため分離の思考を認識している主体(思考者)も、実は思考なんです。
はい、なんとなく感じてみてください。
>個の私にとって苦しみがわいて起きても、真の私には苦が無く、平和で安息、でもそれも概念で、「 」は「 」とは、無であり空っぽ、という感じでしょうか。ハーディングの受容能力というのが、こちらでしょうか。
「 」とは、熟睡のときのあなたです。
それは常に在り続けています。
あなたにとって、無くすことのできない、もっとも親しいものです。
無、空っぽというためには、知っている者がいなくてはなりませんが、「 」だけの時、
主体も対象も世界も心も消滅しています。
それでも、「 」があるから、宇宙や世界や心が映し出されて動いています。無、空っぽと表現されることもありますが、それは同時に無限の潜在的可能性を秘めています。
ダグラスハーティングの顔のない人間でしたっけ?昔、一度本を読んだことがある程度なので、おそらくですがあの実験や、アプローチは「私は在る(意識としての私として在る)」
「純粋意識で在る」
それとして在るアプローチとおおむね同じだと思います。
>◯◯感は絶対コントロールできない
このことについて、もう少しお話を伺っていいですか。
これは、個のあなたが、とある感情を狙って出そうと思っても出せませんよね?という話です。感情は何かに反応して独自に湧いてくるものだからです。
赤ちゃんとか、そうですよね?
喜怒哀楽がそのまま流れて、やがて消えていきます。
大人になると、エゴは行為者として確立していきますから、感情さえも″やろう″、″どうにかしよう″とします。なので、感情をコントロールしようとします。
それで抑えたり、抑圧することはできたとしても、それらもいずれは流れて、やがて消えていきます。思考も感情も″やり手″″掴む者″が邪魔をしなければ、流れて消えていくものです。
抑圧が沢山ある場合、時間がかかる場合もありますが、いずれは流れていくものです。
また、感情だけじゃなく、身体感覚に置き換えてもおなじことです。
>個の私というものが居る感覚になっていますが、はっと今に戻って、不動や静寂などの内的感覚に意識を向けるように、心がけてみたいと思いました。
いいですね。ぜひぜひ。
心や世界を見渡して、観察して、
ほんとに変化し続けているのか?
ほんとに無常なのか?を改めて調査してみてください。心や世界は、ずっと休まずに動き続けているのか、それとも、そうじゃない時もあるのか。
そして、動き回る中で、変化しないもの。
どれだけ騒がしい場でも、静寂なもの。
それを見つけ出して、それでいる、それである時間を作ってください。もちろん、気が向いた時でいいですが。
>鑑賞者の視点でいる時間を長くして、「私」を探っていきたいと思いました。
これは大切なので、それも同時に行ってください。
鑑賞者というのは、非個人・無努力性の気づきのことです。(鑑賞者・観照者、または目撃者とも言われています)
それは本当は個が″やること″ではなく、
鑑賞者としてのあなた(個ではないあなた)は、エゴ・個の様々な動きや光景を、一部始終、ずっと見せつけられているのです。笑
意識とは、「存在・気づき」です。
存在であると同時に=気づき(真の認識者)
なので、存在していながら、同時に気づいているんです。
>文章がへたで、うまく書けなくて、すみません。教えていただいたことを、頭でも、感覚としても、わかりたいと思っています。何度か繰り返し読ませていただきたいと思います。ありがとうございます。
いえ、少なくとも私には伝わってますよ。
これはお互いだと思いますが、テーマがテーマだけに文章化はなかなか難易度高いですよね。概念を超えたものについて、概念を使って書くという作業ですから・・口で喋った方が話が早くてスムーズかもしれないと感じることも多いです。
そうですね。頭の理解から→感覚的、直接理解が起こることをお祈りします。
こちらこそありがとうございました。
719
:
幸せな名無しさん
:2026/01/05(月) 21:41:40 ID:g00I/Ylw0
結局すべてどうでもいいってことでしょ
ここの長文コメントも「」ができてない人達ってことね
それにしても「」の中身が長文エゴすぎるだろ
720
:
り改め りょうせい
:2026/01/05(月) 21:43:00 ID:K9YXuXog0
>>717
あけましておめでとうございます。
717さんにとっても幸の多い1年でありますように。
あらためて真理探求のスイッチの話しですが、
真理への道を進むときって、
理由が成立しないんです、
なぜかわからないけど、そういう流れになってしまうんです。
「〇〇のために、真理探求します」
「〇〇を手に入れるために真理探求します」
仮に、表面的にこのような流れが起きたとしても、本来はそういうことじゃないんですね。
どちらかといえば、
「真理に惹かれてしょうがないから、真理探求してしまいます」
「やめたいのに、やめられない」
まるでこんな感じかもしれません。
真理の知識が直接的に深まると、
〜のために、〜を手に入れる、と言っている
その当事者の個(私)が解体されていく方向ですから。真理そのものになるという偉大な実現の代償としては、どうしても個が溶けなければなりません。
個は溶けることを最も恐れ、同時に、最も望んでいます。
なぜなら願望実現や人生の幸せ実現も、
結局なんの目的のためにしてるかというと、
願望や幸せが実現したら、
やっと、静かになれるからです。
静かになっている個は、そのとき溶けているんです。笑
そのため、あなたは素直で正直だからこそ、
無理して、そっちに行きたくない、
個を整えたい。このように素直に言える個は幸いです。
それでいいんです。
これは皮肉ではなく、本当にそれでいいんです。むしろ、自分の気持ちに嘘つかず、自己欺瞞に陥らないあなたは偉いです。笑
やりたいことをやりたいと思えるなら、
やってください。
また、本当はやらなくても、
愛はすでにあり、それが真のあなたである。
という言葉を、頭の隅っこに置いておくだけじゅうぶんです。忘れてもらって構いません。
恩寵の流れは最適です。
浄化の苦しみは、必ず、後から振り返れば偉大な宝に変わります。
この話は、プロセスの構造としてそう出来ているって話であって、信じる信じない論の話じゃありませんが。
721
:
幸せな名無しさん
:2026/01/05(月) 23:18:37 ID:ejZVv4lo0
いつも学びたっぷりの書き込みをありがとうございます
参考になります
りょうせいさんが以前おっしゃった通り、あらゆる二元論を乗り越えていくのが私達の定めなのでしょうが、そこで湧いてくる疑問があります
言葉という道具自体が二元論を前提として成り立っていますよね
言葉というものを使い続ける限り二元論から抜け出すことは難しそうですが、あらゆる二元論を手放した人間は、言葉というものにどのように接しているのでしょうか
気になるところです
722
:
幸せな名無しさん
:2026/01/06(火) 00:19:40 ID:5pPcqNic0
>>718
とてもわかりやすく、説明をしていただいて、ありがとうございます。
お忙しい中、お時間をいただいて、すみません。
>「分離の思考」が発生した時点で、
「主体(見ている者)」─「分離の思考(見られているもの)」と、実は分かれています。
主体と対象について、よくわからなかったのですが、今、頭での理解ですが、わかりました!「主体(思考を見ている者)」と「対象(見られている思考)」とに分かれる、ということだったのですね!分離の思考を発生した時点で分かれてしまったけれども、本来は分かれていなくて、完成されている全体性だった、ということですね。
「主体(人や物や出来事を見ている者)」と「対象(見られている人や物や出来事)」こちらの場合も同じこと、という認識で、あっていますか。
>分離の思考を認識している主体(思考者)も、実は思考なんです。
>>98
>探求者が気づきに気づかれます。
>>116
>主体─対象─存在─気づき。全てが一つの意識の運動だったということです。
このことに気づきたいものです。静かになって、集中して探ってみたいと思います。
>「 」だけの時、主体も対象も世界も心も消滅しています。それでも、「 」があるから、宇宙や世界や心が映し出されて動いています。
消滅しているほうは、わかるような気がするのですが、映し出されて動いているほうは、気づきが起きてから、きっとわかるようになるのですね。
実験は、動画で何度か見ていて、たまに見たくなる時があります。
>思考も感情も″やり手″″掴む者″が邪魔をしなければ、流れて消えていくものです。
繰り返しわき起こる、不快な思考や感情を、うまく流せるようになれば、いずれは消えていくもので、そのことがある程度できてこないと、やはり解放は起こりづらいものですかね。
>それを見つけ出して、それでいる、それである時間を作ってください。
はい、やってみます! 調査してみます。
>存在していながら、同時に気づいているんです。
「観照者」でしたね!すみません!送信してから気づいてしまいました 汗
それに、観照を個が”やること”ではない、気づきのことですね。変な文章になってしまっていました 汗
一日のうちに、思考が止まって、意識でいる時間が以前よりも増えてきて、たとえ一分でも、その時は楽で心地よい感じがします。
>頭の理解から→感覚的、直接理解が起こることをお祈りします。
頭の理解も遅いですが、自分なりに集中しておこなっていきたいと思います。ありがとうございます。
723
:
り改め りょうせい
:2026/01/08(木) 18:31:55 ID:rHKRXBEo0
>>719
ここで話してるポイントは決してすべてどうでもいいと思い込むことじゃありません。
どうでもいいと思い込もうとする態度は、
実のところ明け渡しや放棄したフリにすぎません。その内側には、何かを得たい、より良くなりたいという期待が薄く残っています。
結果を気にする誰かがそこにいる限り、
それは完全な明け渡しや放棄ではなく戦略的放棄なんです。
「 」そのものは、意味づけや感想や判断がありません。
だから動き回る心からすると虚無や空虚、退屈や無意味さと誤解されがちですが、
みんな熟睡時に動き回る心が消え、
満たされて至福です。
あらゆる誤解も悩みも束縛も問題も言葉も消えています。
心が「 」を想像すると、
心からしてみれば「消えてたまるものか!」と激しく抵抗するのは一般的です。
それで「 」とは、きっと恐ろしく悪しきものに違いないと想像しますが。
「 」は=「心と世界」でもあるんです。
「 」は在るだけで、書けないし話せません。
書き込みも読むことも、それぞれの心に浮かぶ思いやイメージを通して、自然とただ起きているだけなんです。
つまり、誰かがやっているように見えても、実際にはただ、それぞれの内側にある精神の傾向や質に従って身体が動いているだけなんです。
短文か長文かは、ただ短文か長文かってだけの話です。
724
:
り改め りょうせい
:2026/01/08(木) 18:36:27 ID:rHKRXBEo0
>>721
ありがとうございます。
シンプルかつなかなか深い質問ですね。笑
言葉とは、概念、レッテル、指し示すもの、
などなど色々表現があります。
思考や想念も言葉と言ってもいいかもしれませんね。
また、相対的な世界では、
言霊、「あ」は「あ」の音の、「い」は「い」の音のエネルギー的な意味があります。
そのためマントラや、言葉を繰り返し唱えるアプローチは実際に効果もあります。
そして、はじめに言葉ありきというように、
言葉があるから、概念や、意味が生まれ、
観念、信念、時間や空間、相対的な物語やドラマが生まれます。小説も文字がなきゃ、
なにも物語は成立しませんからね。
はじめ、「私」という言葉が純粋な意識の中で起こりました。これが自我意識の誕生というやつです。それが身体と心に結びついて、
「私」として同一化しました。
さて、「真理探求〜真理実現」とはなにか?
まず探求者は、頭の理解、知識から取り入れます。それが「言葉の必要性」です。
概念を使って、概念を落としていきます。
概念を使って偽りを指し示し、真実を指し示します。
トゲを使って、刺さっているトゲを引っこ抜くため。あるいは、川を渡るために船を使い、渡ったら船の役割はおしまいですが、探究するための優れた思索力や捜索力や、モチベーションは必要不可欠です。
さらに進んでいくと、
言葉ではない領域で、伝達されていきます。
それは目に見えない伝達です。
ハート的な、静寂的な、エネルギー的な、
それそのものとしての、非言語の類のものです。
あなたはAさんと会っただけで話さずとも元気になったり、Bさんと会っただけで話さずとも気が悪くなることがあるでしょう?
場所のエネルギーなども同じで、不思議と、直接感じる″なにか″のようなものです。
そして、段々と言葉ではなく、″それであること″を通して直接的理解が深まっていきます。
あなたの言う通り、最後には言葉、概念は余計なものになります。
探求者が、″それ″として確信するレベルまでは言葉は必要になる場合が多いという話です。
疑いを取り除くためには、何度も何度も、落としていく必要があるからです。
本当に問いが消滅するときは、それは意識さえも超えた領域です。
疑問が消え、言葉が完全に必要でなくなることは簡単ではないということです。
本当は超絶簡単なのですが、やはり、
強烈に簡単ではないんです。
マーヤ(心)の魅せるトリックは沢山の層に重なり、無数の糸が絡まっています。
なので、この世に沢山の修練方法があるわけです。
725
:
り改め りょうせい
:2026/01/08(木) 18:43:39 ID:rHKRXBEo0
>>722
(遅れてすみません。長くなったんで2回にわけました)
>「主体(思考を見ている者)」と「対象(見られている思考)」とに分かれる、ということだったのですね!
そうです。分かれているから分離と呼ばれています。どんな状況やどんなことでも、認識できた時点で、「認識者と|認識されるもの」として分離が起きてるわけです。
>思考を発生した時点で分かれてしまったけれども、本来は分かれていなくて、完成されている全体性だった、ということですね。>「主体(人や物や出来事を見ている者)」と「対象(見られている人や物や出来事)」こちらの場合も同じこと、という認識で、あっていますか。
はい。(表面的に)分かれても、(全体的には)分かれていない。分かれることを可能にするためにはその「下地、背景」が必要なはずです。
たとえばあなたが絵を描くためには画用紙が必要です。その画用紙が全体性(意識・存在性)です。海の中で魚が必死になって海水を探しています。魚が動いても止まっても、海は海として在り続けています。
「思考者」も「思考」もともに意識の中の波です。
>このことに気づきたいものです。静かになって、集中して探ってみたいと思います。
はい、″私″、を探してみて、それで在ってください。私という想念が個と世界、つまり全体性を成り立たせている根源の想念です。
真の私は、私という意識なく個と世界や全体性に気づかずただ在ります。なのに同時に、
その真の私の中で幻想が起きている錯覚があるのです。しかし、真の私は一度も幻想に気づいていません。ぜひ調査してみてください。
心が動いているときの私。
心が動いていないときの私。
それとは一切関係なく、
変化せず、常に在る、私とは何でしょうか?
すべての不幸も苦しみも心が作り出しています。その心の流動の中で「想像された私」は常に変化しています。私(主体)という心がどこから現れるか?現れることを可能にしている何かがあるはずです。それは言葉で名付けられないものです。便宜上、「意識」とか「在る」とか「神」などと呼ばれています。今もまさに、世界の中で経験し体験し変化し続ける私(主体)とは別の「不変の自己」がいるはずです。
その″自己感覚″を探してみてください。
それが自己探究、真理探究です。
>消滅しているほうは、わかるような気がするのですが、映し出されて動いているほうは、気づきが起きてから、きっとわかるようになるのですね。
はい。「在る」が=気づきです。「在る」=叡智があり、叡智を通して直接的理解、直接的気づきが降りてきます。
726
:
り改め りょうせい
:2026/01/08(木) 18:44:18 ID:rHKRXBEo0
>>722
>実験は、動画で何度か見ていて、たまに見たくなる時があります。
ハーティングの動画みてみましたが、
なかなかいいですね。笑 あれも合うならやられると良いと思います◎
>繰り返しわき起こる、不快な思考や感情を、うまく流せるようになれば、いずれは消えていくもので、そのことがある程度できてこないと、やはり解放は起こりづらいものですかね。
ハーティングや他の聖者や賢者たちが言うように、本当のあなたは思考や感情でもないし肉体でもありません。永遠で不滅の何かです。
ただし、これは真相的な事実の描写であって、
同時に相対的世界ではすべてがあなたです。
対象を、私以外の別の何かに見えたとしても、
本当は真のあなたの本質と別のものはありません。見かけは相違や好き|嫌いは自然に起こりますが、本質は同じ意識です。
これはパラドックスですが二つの事実どちらも必要です。思考はAかBしか掴めません。
AでもありBでもあることを悟るには、それとして在ること、同時にそれらすらもを超えているもの。だけです。般若心経で言われているとおり、色は=空であり、空は=色であります。
そして、究極的な「それ」は、空や色という二極さえも超越しています。
>それに、観照を個が”やること”ではない、気づきのことですね。
はい。これまたパラドックスですが、
それでも個がやること、アプローチ、修練は必要です。なぜなら個の別名は、「探し求め、動き続ける」だから。想念は動き続けることしかできません。ストップしたら想念とは呼べません。
なので強い探求心は必要不可欠で、
やがて探求者そのものが溶解するまで行われるべきです。
>一日のうちに、思考が止まって、意識でいる時間が以前よりも増えてきて、たとえ一分でも、その時は楽で心地よい感じがします。
いいですね。たとえ一分でも、その一分が偉大です。100回の体験の中に、99回は価値がなく、1個だけ価値のある本物の体験が紛れているとしましょう。
たとえわずかな体験であっても価値のある本物の体験は、やがて99個の偽りを燃やしつくす流れに繋がります。
それと大切なポイントは思考を止める|止めないではなく、自分は誰なのか?ってことです。
「思考者|思考の内容(多い、静止)」に関わらずは、意識であるあなたは「騒音|無音」どんなときでも存在しているからです。
>頭の理解も遅いですが、自分なりに集中しておこなっていきたいと思います。ありがとうございます。
頭で分からなくて結構です。それでも心の奥(ハート)、内側に浸透しています。
よく分からない、知れない掴めない未知でオッケー。これは、掴もうとするエゴを出し抜いて浸透が行われているからオッケーなんです。
頭で知ることではなく直接的に「それ」としての深まりのプロセスは、エゴにとっては今どのようなプロセスが進行されているか決して分からない。しかし、螺旋階段を一段上に上がると、一段下の過程を振り返った時に絵(構図)が見えてくるんです。そのたびに少しずつ個もマインドも自分を成り立たせている神自身に心を開いていくのです。
ありがとうございました。
727
:
幸せな名無しさん
:2026/01/09(金) 00:22:37 ID:HxeyALBI0
>>720
ありがとうございます。愛あるお優しいご返信に個が心地良く溶けておりました。笑
探求はもしかしたら幼少期から始まっていたのかも知れません。個が幼稚園に入園する前迄は
積極的・声が大きい・少し意地悪。そんな性格だったそうです。人間として生きるには
好都合な性格だと思いますが恩寵はそれを良しとせず5歳で修練をスタートさせた。
その代わりピンチの時には必ず助けが入るという絶対的に守られている感じは常にありました。
真の私にも一度会っていました。あれは何だったんだろうとずっと思っていたのだけれど
間違いなく大きな私ちゃんです。同じです。ずっと見守ってくれていました。
>愛はすでにあり、それが真のあなたである。
↑ありがとうございます。何かをしなければ愛されないという条件があると
それを無意識的にでも採用してしまっていると、不自然でとても苦しく感じます。
やりたいこと…どうなんだろう、と思う事はあります。思っている時点でもしかしたら
やってもやらなくてもいい事なのかも知れません。あるいは何か無理をしているのか。
自分にとっての本当を知っていきたいです。
あっ!小さな事でもやりたいと思った事をやらずに居るとイライラする事はあります。
これはやった方が良いですね、やらないままでいるのはエゴだ。
そういえば内側から大きな私ちゃんの愛に満たされている時、何だかくすぐったい感じがしました。
心地良いです。ゆるんで何だかくすっと笑ってしまうような心地良さがありました。
そして真の私を内側で感じられた事でこれは全員共通のものだと実感出来ました。
例えるなら大きな大きな鏡餅。それが小分けにされて皆の中にも入っている。
誰かに対して違和感を感じた時にはその人の背景に在る「 」に意識を向けたら良いのかもと思いました。
それでも不快ならその不快も許す自愛をしていきたいと思います。
それから大きな私に内側を満たされて内側が空洞に感じられる事が起きました。
皮膚を隔てて自分の中と外が同一に感じられたので目を閉じて同一感に浸っていると
ここは何処か、今は何時かが分からなくなり、鳩時計の音も聞こえず
眠っていないのに意識が落ちて時間が30分ほど経過していました。
「 」を感じられたのかもと思ったのですが、またいつもの通りすぐにこの感覚も消えました。
認識の変更も、実感しては戻りを大袈裟ではなくもう100回以上は繰り返し続けています。
簡単に理解されては不都合なのだと思います。しっかり浄化してもらいたいのです。
なのでループしてしまう事を許す事にしました。
ループから脱するタイミングは恩寵が知っている筈。お任せしようと思いました。
>個を整えたい。このように素直に言える個は幸いです。
↑ありがとうございます。やっと素直になれたのかもと嬉しいです。笑
自分に噓をつくのは苦しいです。
実は本当の所、大きな願いを叶えたいとかは無いのだと思います。
中学生の時、卒業時の冊子の一人一言欄で「何気ない日々の中でも幸せ探して生きてゆく」
なんて事を書いたのを覚えています。何と地味な中学生なのでしょうか。笑
でもこれが個の本心なのだと思います。
ふと、大きな私ちゃんは個の私の中の女性性に対しては彼氏役を
男性性に対しては彼女役を演じてくれているのかなと思いました。
だからあんなに可愛らしくて魅力的なのか、そうかそうかとひとりで納得。笑
あと真の私は本当はかなり高次元の存在で個に合わせてレベルを下げて会話してくれているのかなと。
以前、真の私から届いた「みんな既に愛されている、みんな既に赦されている」このメッセージは
まだ個には段階が早すぎるのか、解るけど解らないような感じです。
そして偉大な存在ならば大きな私ちゃんなんて呼び方は良くないのかなぁ、なんて思ったら
「えーそんなのさみしいよぉ、ずうっと大きな私ちゃんって呼んで(はぁと)」と返ってきたので
あ、はい。じゃあそうさせてもらいます。と思いました。笑
>浄化の苦しみは、必ず、後から振り返れば偉大な宝に変わります。
↑ありがとうございます。これは、本当にそう思います。恩寵からの愛ですよね。
これは余談というか独り言ですが、大きな私と個の私の探求のテーマソングとしては
ClariSさんの「ルミナス」が最適なのかも、なんて思っていました。
歌詞の中の「包まれた瞬間すべての想いは君へ巡る」なんてもう共感しかない。笑
728
:
幸せな名無しさん
:2026/01/09(金) 22:16:05 ID:P0iQOmAU0
>>725
りょうせいさん、いつもご丁寧に教えていただき、ありがとうございます。
たくさんのお時間を頂いて、本当にすみません。今回もよろしくお願いいたします。
>「思考者」も「思考」もともに意識の中の波です。
>その真の私の中で幻想が起きている錯覚があるのです。
>その″自己感覚″を探してみてください。
「心が動いていないときの私」、その時に感じられる純粋な意識は、わかると思うのですが、叡智を通しての直接的理解、直接的気づきは、降りてくるまでは、わからないですものね。でも、意識でいることが徐々に増えてくるにつれ、精神的にも、現実的にも、穏やかで、幸せな感じが増えてくるようですので、まずは、そこを目指したいものです。
>ハーティングの動画みてみました
見ていただいたのですね!ありがとうございます。公的と私的。何度か見てみたのですが、私にはまだ、気づきにならなくて、また別の機会に見てみたいと思っています。
頭や顔の辺りに意識がいきますが、よく、ハートに意識を向けるようにと聞くと思うのですが、また違ったアプローチ、ということですかね。
「私」というのがどの部分か、というのはないと思うのですが、感覚としは、目の辺りに感じられるような気がしています。
>永遠で不滅の何かです。>同時に相対的世界ではすべてがあなたです。
>究極的な「それ」は、空や色という二極さえも超越しています。
そうなんだなと頭ではわかるのですが、どうしても対象を、私とは別の何か、と見てしまいます。だから苦が生じるのですよね。
>なので強い探求心は必要不可欠で、やがて探求者そのものが溶解するまで行われるべきです。
そうですね!進みは遅くても、学ぶことが楽しくて、探求し続けています。気づきが起きてからも、ずっとこのことに触れ続けて、学んでいきたいと思っています。
>自分は誰なのか?ってことです。
意識であることを、度々感じられるようになってから、思考や感情にハマっている状態に、たまにですが気づけるようになってきました。意識・存在であるほうを選びたいです。
>心の奥(ハート)、内側に浸透しています。
>そのたびに少しずつ個もマインドも自分を成り立たせている神自身に心を開いていくのです。
内側に浸透していると思うと、嬉しく思います。教えていただいていることを、いつもありがたく浸透させていただいています。読ませていただいている時に、心が清まるような感じがしています。意識であることに、意識・心を向けていたい感じになります。
>叡智を通して直接的理解、直接的気づきが降りてきます。
インドのサットサンの動画を見ていると、グルのお話を聞いている最中に、気づきが起きて、笑い出したり、泣き出したりする場面を見ますが、その方の準備ができていたことで、直接的な理解が起こった、ということですよね。その説法の内容が気になって、もう一度、注意深く聞きいてみても、私には気づきは起きないです。気づきのタイミングは、人によりますものね。
りょうせいさんの、以前の探求の様子や、気づきが起こる少し前は、どのような感じでしたか。
729
:
り改め りょうせい
:2026/01/11(日) 23:00:15 ID:yX3dy9m60
>>727
>探求はもしかしたら幼少期から〜
始まっていたのかも知れません。
はい。
そうじゃなきゃ、個の私がなぜこのような話に興味を持てるでしょうか。笑
>愛はすでにあり、それが真のあなたである。
↑ありがとうございます。何かをしなければ〜
>自分にとっての本当を知っていきたいです。
あなたに課題を出します。これはあなたの気質だけに合う漢方のようなものだと気楽に捉えてくださいね。
これは個のあなたのプロセス(神との合一)にとって重要なメタファー(たとえ話)です。
時間をかけて、ゆっくりこの話の真意を考察し消化して行ってください。これは頭で答えを出すというより、この話を頭の片隅に置いておくこと自体が、重要な叡智に繋がります。
・マタイの福音書 21章12節
・ヨハネの福音書 2章13〜16節
※解説者や説教者の説明は無視して構いません。
翻訳で書いてある文字の意味だけで結構。
>そして真の私を内側で感じられた事でこれは全員共通のものだと実感出来ました〜
いいですね。そうです、賢者は映画を鑑賞していてもスクリーンの存在を忘れていません。
映画の現れを無理矢理スクリーンだと思い込むというより、スクリーンがなければ映画も現れも映し出されないことを常に忘れていません。
>それから大きな私に内側を満たされて〜またいつもの通りすぐにこの感覚も消えました。
ナイスです。
>簡単に理解されては不都合なのだと思います。
すでに理解は起き続けてると思って過ごしましましょう。理解を求めている探してる演技が表面的に起きているように見えるだけです。それは錯覚です。構わず心身の動きが流れていっていることを観ましょう。
>でもこれが個の本心なのだと思います。
大きな私であること。それは永遠の至福です。正確にいえば、永遠の至福に誰もが常にいますがマーヤ、幻想という心の抵抗によってそこから離れることが高頻度で起き続けているだけです。
真理探究者は、個というキャラから目覚めるチャンスの流れであり、そのため大きな枠組みの流れの視点でみれば、探求者というだけでチャンスに恵まれて偉大な価値のある人生なのです。真理は誰もが興味を持つテーマじゃありません。
>ふと、大きな私ちゃんは個の私の中の女性性に対しては彼氏役を
男性性に対しては彼女役を演じてくれているのかなと思いました。
なるほど。
いわんとすることわかります。そうですね。笑
>あと真の私は本当はかなり高次元の存在で個に合わせてレベルを下げて会話してくれているのかなと。
かなりどころか唯一の至高者です。
個を心としてもいいでしょう。
心をたとえばひとつの国としましょう、
国民たちの中でも、真の私支持派と、
個の私支持派と派閥争いの戦争があるわけです。
なので、心にとって「恩寵と浄化」のように感じるけど、心の内面の善玉菌と悪玉菌のバトルのようなものです。笑
レベルの違いや、あなたがあるときは賢者であったり、あるときは迷子になるのもこうした理由から。
不快は快楽の記憶であり、快楽は不幸の記憶です。迷子が起きるのは記憶との同一化が根強いから。そのため時間という幻の概念を越えること。そしてそれが直接「真の私を愛すること」に繋がり、それが本当の自愛です。
すでに自愛はあります。それを防ぐことが心の活動です。
そして、直接理解は同時に個を整えることにも繋がります。一石二鳥以上の総合治療薬です。
私はここであえて真の私、神、いちなるものに対する、素晴らしさや褒め讃えや偉大さをあまり伝えていません。いかに素晴らしいか、また、個にとってそれはどれほど素晴らしいことに繋がるのか、どれほど最高の結果なのかをほぼ伝えていません。
「◯◯をしたら◯◯となる。だから◯◯をやりましょう」このような、餌となる表現は意図的に抑えています。それを言うと心、エゴのシステム上、ますますそれから遠ざかるからです。
それに探求者の心は常に動いて疲れています。これ以上心を疲れさせる必要はなく、ほんとは何かを求める必要さえなく、真のあなたはただ存在してるだけでいいんです。この基本的概要を基に、疑いや苦しみとの同一化を取り除くために探究しましょう。
だから私はあなたにも、〇〇のために、真の私、神を愛しなさいとは言いません。
言うなれば、真の私を愛するがゆえに、真の私を愛しなさい。です。
あなたがたとえば、自分のツインレイが現れて「◯◯が欲しいから、その目的として、あなたといたい。その目的を叶えられる手段として、あなたを愛している!」と言われるよりも、
「あなたといたい。あなたを愛している。
なぜなら、あなたといたくて、あなたを愛しているからだ!」と言われた方が良いはずです。笑
真の私との合一も同じです。ただ愛しましょう。
それができたらそれが強烈な明け渡しになります。
追伸 ルミナスいい曲でしたー⭐︎
730
:
り改め りょうせい
:2026/01/11(日) 23:01:34 ID:yX3dy9m60
>>728
>「心が動いていないときの私」、その時に〜感じられる純粋な意識は、わかると思うのですが、叡智を通しての直接的理解、直接的気づきは、降りてくるまでは、わからないですものね。
>でも、意識でいることが徐々に増えてくるにつれ、精神的にも、現実的にも、穏やかで、幸せな感じが増えてくるようですので、まずは、そこを目指したいものです。
意識があなたの本質です。意識自体は過去、現在、未来ずっと変わらない存在です。
しかし、個がそれを完全に忘却している状態と、
仮にそれを知ったとしても外側の遠い彼方にあるに違いないと思い込むのと、常にこの瞬間あると知るのでは、たしかに個の精神面にも違いが出てくるでしょうね。
自己知識が深まるにつれて結果的に自然とそうなることはあり得ますが、それは目指すべきものというより結果としてなんです。なぜかといえば深まると、たとえ精神的にも、現実的にも、不安で不幸せな感じが起きたとしても、それが幻想だと自然と見抜かれるからです。
また二元世界(相対的世界)の視点でいうと、二元世界はあなたがどの概念と同一化をしているか?をレッスンとして指し示していきます。心やカルマの振る舞いがどうあれ、忍耐強く意識で在りつづけることでそれらの想念たちのマーヤ的振る舞いとの同一化を溶かすことができます。
>頭や顔の辺りに意識がいきますが、よく、ハートに意識を向けるようにと聞くと思うのですが、また違ったアプローチ、ということですかね。「私」というのがどの部分か、というのはないと思うのですが、感覚としは、目の辺りに感じられるような気がしています。
いいですね。その部分が、どの場所であってもその私感覚を観照しているということがポイントです。
本当にそれ(私感覚)が真の私ならば、
決して「その対象である私」に気づくことはできません。
私感覚を目撃できた時点で、それを目撃している目撃者と私感覚はあきらかに違うわけです。
「私感覚は常に永続する真の私ではない」ということです。なぜならあなたの本質は感覚ではなく、″在る″だからです。
>そうなんだなと頭ではわかるのですが、どうしても対象を、私とは別の何か、と見てしまいます。だから苦が生じるのですよね。
相対的世界での、違いの感覚は形や性質が違うし、接触すると物語も起こるので別の何かと見えて自然です。それはそれで消そうとしなくていいんです。それでも在るがあるからそれらが成立します。どちらも正解です。
木を見てください、葉っぱは木なのか?
そうとも言えるし、そうではないとも言えます。
でも葉っぱが葉っぱでいられるのは、根があるから。見える姿の奥に、見えない全体がある。
その全体があるから部分が現れます。
>そうですね!進みは遅くても、学ぶことが楽しくて、探求し続けています。気づきが起きてからも、ずっとこのことに触れ続けて、学んでいきたいと思っています。
わかります。自己知識を学ぶことは相対的な楽しさとはまた一味違った好奇心というか、ときめきがありますね。笑
>意識であることを、度々感じられるようになってから〜意識・存在であるほうを選びたいです。
>意識であることに、意識・心を向けていたい感じになります。
はい、螺旋階段を登っていってください。
>インドのサットサンの動画を見ていると、グルのお話を聞いている最中に、気づきが起きて、笑い出したり、泣き出したりする場面を見ますが、その方の準備ができていたことで、直接的な理解が起こった、ということですよね。
プンジャジのやつですかね?笑
色々なことが起こり得ます!
それは起こるなら自然と起こります。止められません。
個の私(りょうせい)の場合、そういう体験が起きてから本格的に真理探究が始まりました。
>りょうせいさんの、以前の探求の様子や、気づきが起こる少し前は、どのような感じでしたか。
これは長くなるので機会があればどこかで書きます。ひとつ言えるのは何度も何度も聖なるイベントは起き得ます。だけど最後まで進まなくてはいけません。そのため聖なるイベントを必ずも求めたり目指す必要はありません。
そして最後の最後は皆同じところに行きますが、それまでの過程や流れは十人十色です。
731
:
幸せな名無しさん
:2026/01/13(火) 16:31:40 ID:gLgxfm2c0
v8氏お元気そうで
732
:
幸せな名無しさん
:2026/01/13(火) 22:24:14 ID:RKlATSt60
>>730
ご返信いただき、ありがとうございます。
>それが幻想だと自然と見抜かれるからです。
>忍耐強く意識で在りつづけることで〜
>「私感覚は常に永続する真の私ではない」
>それまでの過程や流れは十人十色です。
シンプルにわかりやすく、何度も説明をしていただいたことで、大分、頭の中が整理されてきました。実践していき、気づきを深めていきたいと思います。
本当にありがとうございました。
733
:
り改め りょうせい
:2026/01/15(木) 10:49:06 ID:a2zkOywY0
>>732
ありがとうございました♪
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