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第三外典:無限聖杯戦争『冬木』

1名無しさん:2018/11/14(水) 22:54:34

                          人斬り              真柄無双           偽なる聖剣     
                              大逆の魔槍

                        聖槍                 
                                           輝ける/狂えるガラティーン


                                    無限聖杯戦争『冬木』


                      鋼鉄の航海者                    オルタナティブ・フィクション
                                          無名
                    序列五十九番

                                アーサー・オリジン

2名無しさん:2018/11/14(水) 22:54:59

そこには幾つもの棺が並び、彼方には既に聖杯の姿が見えていた。

けれども、籠目琉花という少女の身体は既に半身を崩壊させ、最早立ち上がることすら出来ずに、その戦いを虚ろに見上げているのみであった。
セイバーの身体が翻り、その英霊へと立ち向かっていった。幾つもの剣閃が煌めいて、無数の触手が尽く斬り落とされて、サーヴァントへと肉薄する。
その聖剣が振り下ろされるが、純白の槍がそれと打ち合った。幾度も幾度も剣と槍を重ね合わせ、斬り結び、それでもその刃が届くことはなかった。
最後に叩き付けられた穂先がセイバーの腹部を叩き、その身体が叩き付けられる。ヒツギをいくつも破壊しながら、その身体が転がっていき、それでも尚白銀の騎士が立ち上がる。

「……もう、いいんだ、セイバー。十分頑張ったと、思うんだ。私の終わりとしては、十分だから。君は、もう」

既に、敗北と消滅は確定している。ここまで崩壊してしまえば、霊子崩壊は逃れられない。
ここに至るまで、幾つもの命を踏み越えてきた。何度だって覚悟を決めてきた。その喉元に刃を突き立ててきた。その最後が、こうだというのは。
少し寂しく、少し悔しかった。セイバーにも申し訳ないと思っても、その少女に最早歯を食い縛る力すらも残されていないのだから、最早どうしようもない。
セイバーとの繋がりも薄くなっていくのを肌で感じとっている。見上げる先、聖杯の前に立ちはだかる、触手の怪物は……醜く、恐ろしい姿をしていた。

「数える程、六五五三五回目。今回も、ハズレか」

棺の上、そこに胡乱に座り込む神父服の男が、その光景を眺めてそう呟いた。
幾度も、幾度も、幾度も、繰り返された聖杯戦争の最果て。その最果ては、こんなものか――――何のために。何故、こんなことを起こし続けた。
ムーンセルは何時から狂い始めたのか。聖杯戦争はいつからこの形になったのか。この男の目的は……いや、そもそも。本当に、狂っているのか?
思考が結果に結びつきそうな感覚。けれども、どうしても、時間が足りない。最後の最後に至ってまで、自分の至らなさを呪いながら。

「……終わりでもいい、最後でも良い。ルカ。私は、貴女の戦いの証を……せめて、こんな終わりを認めないために!!

――――最後の令呪を。貴女の命を、私にください」

最後に一つ、残された令呪。月の聖杯戦争の生存権。これを失えば、ここに生きることすらも、叶わなくなるが。
このまま沈みゆくばかりなのであれば。彼女の言う通り……欠片ばかりの意味を、残す。そのくらいの我儘は、きっと許される。
それに。セイバーと共に歩んできた、色んな命を踏み躙ってここにいる自分が、最後の最後にすべて投げ出して終わるなんて、そんなことは……確かに、許したくない。
その手を掲げた、今は届かないその中枢へ。その聖杯へ。令呪が紅く光り輝いて、燃えるような感覚が自分を包み込んでいく。


「――――令呪を以て命じる。セイバー。この、聖杯戦争を――――」


この次の、もしかしたら次の次の、いや、次の次の次かもしれない。繰り返される聖杯戦争の最果てに、至ろうとする誰かが。
この世界の理を崩し、この世界の危機を崩し、そしてその聖杯を手に入れることができるように。その願いが、どんなものであれ、戦いの果てに叶えられるように。
霊子が虚数へと分解される。籠目琉花という存在が壊れていく。最後の最後、セイバーのその勇姿を見ることは終ぞ出来なかったけれど。その温かい手が触れていることは分かった。


そうして、自分は月の海へと溶けていく。余りにも広大な、そのリソースの中の一つへと。

3名無しさん:2018/11/14(水) 22:55:28







――――スタート、確認しました。

お帰りなさいませ。

ようこそ。こんにちは。うェるカム。

いつものように、たいへん長らくお待ちしておりました、マスター。

ここは霊子虚構世界 SERIAL PHANTASM――――略称 SE.RA.PHに造られた仮想空間、月海原学園です。

失礼ですが、規則ですので。アナタの価値をスキャンします。

ラベル:編入生

カテゴリ:有・測定拒否権につき免除

クオリティ:E-

確認しました。

それでは、表側の記録を読み込みます。

申し訳ございません。記録の読み込みに失敗しました。

本人確認が必要です。

本人確認が必要です。

本人確認が必要です。

恐縮ですが、もう一度、アナタのお名前と性別、契約サーヴァントを入力してください。

――――確認しました。

お待ちしておりました、■■■■様。

おはようございます。

それでは、行ってらっしゃいませ。

4名無しさん:2018/11/14(水) 22:56:06









              無限聖杯戦争『冬木』






                                              .

5名無しさん:2018/11/14(水) 22:56:29






「斯くして、泥濘の日常が幕を開く」

「その懐に握り締める刃の煌めきをすら忘却すれば、そこに在るのは」

「悪意を忘れ、過去を忘れ、絶望を忘れ、ただ日常の日差しに微睡む、至幸の終点だ」


「だが、忘れるな。君達は――――その生命の輝きを刃として、此処にやって来たのだから」

6名無しさん:2018/11/26(月) 22:41:22

気持ちよく晴れた朝の通学路。急ぎ足のクラスメート。くだらないお喋りで笑い合う声。
何時も通りの登校風景かと思いきや、生徒たちが呼び止められているらしい。校門を取り巻くように人垣ができている。
何かあったのだろうか。ひょいとその向こう側を覗き込んで見るならば、白い制服を身に纏った背の高い少女が、その中心に立っていた。

「やぁ、火々里ちゃん、おはよう! 今日も気持ちのいい朝だね!!」

中性的な顔立ちを笑みの形に向けながら、こちらへと爽やかに笑いかけて、こちらへと近付いてくる。

「今日も元気いいですね、一之瀬先輩」

見知った顔に、少しだけ皮肉交じりにそう返した。
月海原学園風紀委員会、一之瀬。月海原学園二年生。生徒たちの風紀を守る側の立場でありながら、色々と緩すぎる部分がある先輩だ。


『それはムーンセル・オートマトンが産み出した上級AIの内の一体。聖杯戦争参加者達を取り締まるために設定されたNPC』
『ムーンセルが記録する数多の平行世界の中から再現された、かつて生きていた何者かを基にして作成されている』


……ノイズが奔ったかのように、一瞬だけ眼の前が真っ暗になったような。意識が飛んでいたような。
視界はすぐに取り戻された。目の前には、自身のよく知る先輩の姿が見えている。……やたらと距離が近いのは、彼女に限ってはいつも通り。

「今日は、何かあったんですか?」

「何って、服装検査だよ。服装の乱れは心の乱れ。風紀委員として、きっちりと取り締まっていかないとね。
 別に、合法的に女の子をジロジロ見ても何とも思われないから役得だ、とか思ってないよ。あ、火々里ちゃんは合格ね」

相変わらずの発言に、思わずため息を付いてしまう。これでよく風紀委員としての仕事が務まるものだと逆に感心する。
悪い人間ではないし、仕事自体は真っ当にこなしている……のだろうか。兎も角、了承を得たならばわざわざ朝のホームルームに遅れるようなこともない。

「……今の、如月先生に言いつけますよ?」

「えっ……それだけは勘弁! あ、ちょっと、ほんとに勘弁してよ!?」

そろそろ彼女には、いい加減にしてほしい。万感の思いを込めて、チクリと弱点を刺しながら、校門を超えて教室へと向かう。

7名無しさん:2018/11/26(月) 22:41:46



 
教室に入れば、なんだか今日はいつもより教室が静かな気がした。
周りの学友に軽い挨拶をしながら自身の机に……いつもは女子達が囲んでいて騒がしい後ろの席が、どうにも今日は静かであった。
席の主はそこに不機嫌そうに頬杖をついて座っていた。間桐凱音。途方もない自信家で、少々難のある性格を覆す程度に顔が良い。
個人的にあまり好くタイプの人間ではないのだが、いつの間にやら腐れ縁を築いていた、一応……友人、と言える間柄だろうか。
……基本的に一方的に話しかけられるだけではあるが。

「なんだよ、服装検査ってさぁ! 髪を切れだのボタンを留めろだの、鬱陶しんだよ、なぁ赤霧!」

「ちゃんとしてないほうが悪いと思うけど……ふっ」

確かに彼の姿は、いつも着崩したそれとは違って、きっちりとボタンを留められていた。
捻くれた顔立ちにその姿は何ともアンバランス。無表情に対応しようかと思っていたが、思わず笑いが口の端から漏れ出てしまっていた。

「な、何だよお前まで!! ……ったく、ほんとガキばっかりで嫌になるよ、やっぱりさぁ、乳臭いガキどもじゃなくて如月先生みたいな……」

つらつらと語り出した間桐を尻目に、ぐるりと教室を見渡した。
今日、この教室だけだろうか。校門前はあんなに賑わっていたというのに、空席が目立つようだった。まだ教室にいない生徒もいるだろうが。
それにしたって、おかしい。隣の席には、いつも一緒にいたはずの……友達……ではなくて。

「……あれ、私の隣って、誰だっけ」

「はぁ? お前の隣はずっと空席だったろ」

思わず漏れ出た呟きに、バカを見る瞳で間桐がこちらを見据える。それはいつもことなので、やはりスルーしておくとして。
……そうだっただろうか。言われてみるとそんな気もしてきた。……だが、やはりそこにはどうしても忘れてはいけない何かがあった気がしてならない。
記憶を手繰ろうとするが、ホームルーム開始の時間を告げるチャイムが鳴り響いてそれを遮断した。結構長い間、自分はそうしていたらしい。

「……大丈夫か、お前?」

珍しく、間桐の心配する声が背中からかけられた。

8名無しさん:2018/11/26(月) 22:42:00




「はーい、みんなー。ホームルームの時間よぉー。連絡事項はぁ……」

鳴り響いたチャイムにほんの少しだけ遅れて、教室の扉がガラリと開いた。
何故かメイド服を着用している彼女は、このクラスの担任教師。その美貌と素晴らしいスタイル、色香で学園中の男子を虜にしているのだが。
既にコブ付き、という事実によって幾人が落胆していったことか。


『それはムーンセル・オートマトンが産み出した上級AIの内の一体。聖杯戦争の運営用NPCであり、健康管理を担当する』
『この個体もまた同様に地上に嘗て存在した人物のデータを基に再現されている。ただし、やはりAIに違いはない』


――――まただ。また、“目眩がした”。

今自分が何を考えていたか分からない。すっぽりと抜け落ちている。その瞬間だけ、自分は眠ってでもいたかのように。
……体調が悪いわけではない、というのが少し困る。寝不足だったりするのだろうか。昨日は……自分は、いったい何をしていたっけ。

「はい、じゃあ今日のホームルームは終わるわねぇ。皆から連絡事項はありますか?」

既にホームルームは終わりかけている、時間が消し飛んだようだ。……まあ、周りの生徒達を見れば大したこともなかったのは分かるのだが。
ただ、やはり違和感が凄まじい。モヤモヤとした気持ち、それを八つ当たり……でまあ、いいだろう。担任の問いかけに対して、片手を勢いよく上げる。

「先生、一之瀬先輩が今朝身体検査のフリして私にセクハラしてきました」

「はい、有力な情報をありがとう火々里ちゃん」

この後あの先輩がどうなるか。考えれば、少しだけ愉快な気持ちになった。さぁ、今日も退屈な授業の時間。

9名無しさん:2018/11/26(月) 22:42:13




「1933年、アドルフ・ヒトラーはドイツ国首相に……あっ、もう時間ですね」

自分達と大差ないように見えるほどに幼く見える姿と、常に着けている猫耳猫尻尾が印象的な先生。
新任教師の月代明日架は、鳴り響いたチャイムに顔を上げた後、チョークを置いて生徒たちを見渡した。気付けば既に六限目も終わりだ。
こうなれば後はもう、ホームルームを終えて下校するだけだ……今日も長い一日が終わった。ふわぁ、と欠伸をした。何だか今日は、いつもより退屈だったような。

「最近はとても物騒で……通り魔事件なんてのもありますし。皆は日が暮れる前に、できるだけ早く帰ってくださいね?」

通り魔……そう言えばそんな話もあったなぁ、とぼんやり思い出す。
確か、鎌を凶器にした通り魔事件。生徒が犠牲になったことはないが、既に死人も出ていて、この学校も休校を検討しているという噂がある。
まともに生きている人間からすれば、ひたすらに迷惑極まりない話だ。さっさと犯人が捕まれば良いのに……そう思いながら、立ち上がる。
終礼を終えたのならば、入れ替わりに担任の教師が教室にやってくる。その表情は朝見たときよりも、何処か輝いている気がするのは気の所為だろう。

「それじゃあ、ホームルームを終わりまーす。みんな、気をつけて帰るのよぉ」

先に聞いた言葉のリピートのような連絡事項を聞き流したならば、鞄を片手に立ち上がった。
そうしたところで、片手を叩く感覚……名前を呼ばれて振り返ったのならば、間桐凱音……と、その隣にはもう一人少年が立っている。
薄暗い緑色の頭髪の、何処と無く呆れたような色をその瞳に宿した彼……ルーク・カートライトは、肩を竦めてそこに立っていた。

「おい赤霧、屋上の吸血鬼の噂、知ってるか?」

口を切ったのは間桐の方。ルークとその視線が重なったならば、お互いに抱えている感情は同じようで――――やれやれ、と首を振った。


「……“ナンセンス”だ」


ルークのその呟きは、そこから起きる全てを引っ括めて言い表すのに十二分だった。

10名無しさん:2018/11/26(月) 22:42:28

第一話 無限聖杯戦争『冬木』 第一節

11名無しさん:2018/12/17(月) 22:01:21

「これは、『無』だ」

白く。白く広大な空間。その中心には、ピアノが一台立ち竦む。
その鍵盤を叩くのは、或いは一人の少女。或いは一人の少年。或いは一人の老人。或いは一人の女性。或いは一人の獣人。或いは一人の形容し難いなにか。
それは一心不乱にピアノを引き続ける。不協和音は、相変わらずその空間を満たし続けている。

「人理焼却をすら塗り潰す、ただただ只管に絶望的な『無』。
 無数の平行世界を観測するムーンセル・オートマトンをすらも『無』に還す。いやはや――――何とも、絶対的な力だ」

見えない椅子に座り込み、足を組んでいるのは一人の神父服の男だった。
その傍らには、右腕と左脚を失った、ヘレネ・ザルヴァートル・ノイスシュタインがなにもない空間に、乱暴に腰を下ろして座り込んでいる。
男の語りを、彼女はつまらなさそうに聞いていた。胡座をかいた足の上に膝を置いて、頬杖を突き、彼の方へと目を向けることすらしなかった。

「そして我らは、言うなれば再生者(リジェネーター)――――この世界を再編する為の"機会"を得た唯一無二の存在。
 誰がその力を手にするか。その権利を手にするか。さて……ノイスシュタイン公。君はどうする?」

「……五月蝿ぇ。奴らは必ず私が屈服させる。黙ってろ。"現在"が駄目でも。それ以外なら……きっと……!!!!」

白の回廊より、ヘレネの姿が掻き消えた。その姿を見送ったのであれば、清宮天蓋もまた立ち上がる。
ただただ、只管に狂った音律を演奏し続けるその姿を見下ろしたのであれば……それに背を向けて、彼もまた歩き出す。


「さぁ。ムーンセル・オートマトン――――――――その解答を、私に見せてくれ」

12名無しさん:2018/12/17(月) 22:01:41







「何だよ、ルークのやつ。気取っちゃってさぁ! なぁ、赤霧」

屋上への階段を、間桐凱音と共に歩いていく。
ルーク・カートライトは、用事があると強引に話を切り上げて去っていった。残されたのは二人で、自分もと言い出そうとしたが。
凱音はしっかりと自分の肩を掴んで離さず、有無を言わさず連れて行った。危うくセクハラで訴えるところだったし、実際にその頬には綺麗な紅葉の痕があったが。

「もしかして、あいつ女でも出来たか……? 洒落臭ぇ……」

ショウジキナイワー、とでも言いたくなるくらいの現状。口には出さないまでも、肩を竦めてため息を吐く。
屋上の吸血鬼。夕暮れ時に、沈む太陽に紛れ現れる。金髪灼眼、白いドレスを身に纏い踊る――――アニメや漫画に影響されすぎている。
そも、吸血鬼ならば動くのは夜だろう。何故夕暮れなのか……そう思っている内に、屋上の扉の前へと辿り着いた。
向こう側には、特に気配は感じない。それもそうだろう。殆どの生徒は下校に夢中。わざわざ噂話を尋ねる為に、やってくるような幼稚さを持つのは中々いない。
いるのは、目の前の彼ぐらいか。

「――――じゃ、行くぜ」

目を輝かせながら、扉を開く彼を、呆れ気味に見送る。ガチャリ、と余りに軽快に回ったドアノブ、キィと甲高い音を立てて開く鉄の扉。
冷たい冬の香りとともに、夕焼けに覆われた空が、飛び込んできて――――そこには。

13名無しさん:2018/12/17(月) 22:02:02

「……嘘、でしょ」

確かに。そこには噂通りの誰かがいた。
金の糸を冬風に揺らし、双眸を薄く細め、その奥には燃え上がるような赤い瞳。その肢体を華美な白いドレスで覆い、片手には杖を握り締める。
宛ら、外国の御伽噺のような光景に、思わずそんなふうに言葉が漏れた。此処にやって来た二人の少年少女に対して、彼女は静かに見据えていた。
ふと、凱音へと視線をやった。その顔貌は、蒼く染め上げられていた。自分で連れてきたくせに、そうまで思考は至ったが、然し、そうではない。

「……嘘だ、嘘だ、お前」

「――――おや、貴方は」

それは、恐怖であることに変わりはない。だが、未知に出会ったそれではない。寧ろその逆、間桐凱音にとって、その出会いは既知であったように見える。
その眼の前にいる彼女が、どれだけ恐ろしく、どれほど強大か、どういう存在か、理解しているようであった。後退りをして、脚をもつれさせて倒れ込んだ彼は。
その瞳を大きく見開いて、目の前の『屋上の吸血鬼』を、弱々しく睨みつけ、その人差し指を上げた。

「なんで、なんでお前がここにいるんだよ! 俺は、俺は月海原学園のただの生徒で、生徒であって、ああ、でも、知ってる、知ってるんだ。
 やめろ、やめろ、やめろやめろやめろ、やめてくれ――――違う。違うんだ、俺はただ、桜のが……!!!」

かつり、かつり、という音がする。ハイヒールが鳴り響く音は、ゆっくりと倒れ込む凱音の下へと向かい、そこで立ち止まった。
頭を抱え、爪を立てて掻き毟る彼の姿を見下ろす彼女が、ゆっくりとその右手を差し出した。朱色に染まる屋上に、人差し指の影が映り込んで……凱音を覆う。
遮ろうにも、身体が動かない。宛ら、蛇に睨まれた蛙のように……下手に動けば、きっと容易にこの首が飛ぶ。それは恐怖とはまた別の感情。いわば、本能。
人類種の天敵。例えばそういう物に、相対しているような。

14名無しさん:2018/12/17(月) 22:02:18

「久しぶりですね、間桐凱音。……こう言ってしまってはなんですが。"また逢えてよかった"」

「ああ、やめろ、やめろ……もういやだ。俺はもう、死にたく――――――――」

やはり二人には面識がある。何故、何の? まともなものであるとは到底思えない。
問い質すよりも前に。急速にそこに、夜の帳が落ちていく……月に光すらも覆い尽くすかのように、そこを闇が覆い隠し、包んでしまったのであれば。
すっかりと、二人の姿もまた夜闇に消えて。脅える声も、遠ざかっていく。

「昔の好です。お手伝いを、してあげましょう」

「やめろ――――やめろやめろやめろやめろやめろォォ――――――――」



――――声が消え失せて、闇が晴れた。その中に、間桐凱音の姿はなく、そこには吸血鬼が唯一人、残されていた。
ぞっとするほどに、紅く燃え盛るその瞳を向けながら、自身へと微笑みかけた。敵意はなくとも、背筋が凍る思いであった……ハイヒールの音が、また響き渡る。
通りすがりざま。耳元で、小さく囁かれる。


「あの子の友達でいてくれて。有難う」


その音が立ち消えた時、ようやく緊張の糸が切れた、ぷつりと解けたそれは、支えるものを失って屋上にへたり込む。
夕焼けの空を見上げる。下校のチャイムが鳴り響くのを彼方に聞き――――意識を手放した。

15名無しさん:2018/12/17(月) 22:02:29





ホームルームのチャイムが鳴り響く。後ろの席は、ぽっかりと空いていた。果たして、ここは――――ここは、誰の席、だっただろう。

16名無しさん:2018/12/17(月) 22:02:48
第一話 無限聖杯戦争『冬木』 第二節

17名無しさん:2019/01/21(月) 22:12:51

夕焼け色に染まる街を、ルーク・カートライトは走り続ける。

違う。此処は知っている。だが知らない。この冬木という街を、確かに自分は知っている。当然だ。確かにボクはこの街の住民だ。そういう"役割"だ。
役割とはなんだ。分からない。何が疑問なんだ。分からない。だが、違う。何が違う。分からない。だが、確かにこの現状は違うのだと言い切れる。
叫びたいが、叫んだところでどうにもならないことは分かっている。ならば何故走り続けているのか。それも分からない。ただ、何かを探しているのは分かる。
何処に向かっているのか。分からないが、身体が勝手に動き出している。ただ間違いなく自分が確信しているのは、何かがおかしい、なんていう曖昧な不安と不満だけ。

『そうか、では、行くがいい。数多、夥しいまでの無名と、そしてそのマスター』

頭の中をズタズタに引き裂こうとするかのような、何者かも分からない声が響いている。それこそ内側から、張り裂けそうだった。
聞き覚えはある。だけれどどうしても思い出せない。これは、これは一体、何の声だった。

『俺の死体を踏み越えて、行軍を続ければいい。目の前にある、やるべき事を、無数にこなせ』

これはきっと、俺だけに向けたものじゃない。じゃあ、後は誰のために向けられたものだろう。
これは、これだけは忘れてはいけないことだと本能が叫んでいる。頭が張り裂けたって、指先から自分の体が解けたって、無数のデータに分解されたって。
忘れちゃいけない。いや、最初から忘れていない、のだろうか。

『怨讐に終わりは無い。燃え尽きるまで狂うがいい。何時か――――――"終わりが来るまで"』

それは呪いのように身体の内側に、内側に、浸透していく。一人で抱え切るには、余りにも重圧が過ぎる。
それは確かに自分の記憶の中から湧き出るものだというのに、それが自分を内側から潰そうとしているのがよく分かった、それを振り払う為に走り続けていた。
きっと正しいと、そう思っていた。

18名無しさん:2019/01/21(月) 22:13:06



『”ああ─────さようなら”』



また、誰かの声が聞こえた。幾つもの声が重なって、それが誰か、と特定することすら出来なかった。
けれど、それは余りにも、誰よりも、力強く、そして綺麗な物だということを、自分だけが知っていた。ルーク・カートライトという自分だけが、理解出来ている。


『そして────────”ありがとう”。』


どれだけの"無名"に塗り潰されたって、その姿を、その名前を、忘れるわけがなかった。そうだ、忘れる筈がないんだ。
この言葉は、きっと呪いなんかじゃない。それは確かに条件であって、泥濘んで引きずり込まんと錯覚するほどだけれど、きっとそんなものじゃない。


『あばよ“ルーク”』『ま、長い人生肩肘張らず“気張って”生きていけや』


それはきっと、こうして重なった――――――――自分が生きた、証明何だと思う。

19名無しさん:2019/01/21(月) 22:13:24


「――――――――清宮、天蓋ぃッ!!!!!!!」


協会の扉を破るかのように、そこに飛び込んだ。
そこには確かに、見覚えのある神父服の男が立っていた。相変わらずの胡散臭い笑みを浮かべながら、まるで分かっていたかのようにそこに立っている。
もう一度、この男と相対するとは思わなかった。全身の血が熱く滾っていくのを感じる。もう一度この男を打倒しろと、騒いでいるのが手を取るように分かる。


「おめでとう、ルーク・カートライト。予選は突破、聖杯戦争本戦への出場を――――――――祝福しよう」


その姿を見た、神父服の男は、まるで"システムであるかのようにそう告げた"。
パチ、パチ、パチ、と三回。拍手の音が響き渡った。四回目に追いつく前に、瞬きをして――――同じ瞬間に、それが開くことはなかった。

20名無しさん:2019/01/21(月) 22:13:44




夕暮れの帰り道は、真っ赤に染まっていた。
どこか遠くに、チャイムの音が鳴り響いた。それを追い掛けるかのように、少女はゆっくりと顔を上げた。肉を斬り裂いた鎌の刃先から、赤い血潮が滴った。
その音を聞くたびに、少女は焦燥に駆られた。何か自分が置き去りにされてしまう錯覚に絡め取られてしまう。それを紛れさせるために、こうしていた。


「ちひろは、ちひろは――――――――どうしよう」

どうすればいいか分からない。ただ、そうしていると無性に寂しかった。
こうして気を紛らわすための行為すらも虚しく感じられた。寧ろより一層に、寂しさを掻き立てられた。
この世界には、もっと色んな色があった気がするけれど――――――――今はただ、夕焼けの色だけに染め上げられていて。それが、ただ、冷たく感じた。


「――――――――こっちよ、ちひろ」


どこかから、声が響いた。不思議な声だった。幼い声。聞いたことはない――――いや、夢の中で、聞いたことが在るような。

「……だぁれ?」

思わず問いかけた。
疑問はあったが、然し怖くはなかった。そこには何もいなくて、夕焼けすらも塗り潰す黒色が路地裏へと続いていた。
暗闇は恐ろしくなかった、寧ろ慣れ、親しんでいた。そこに足を踏み入れるのに、欠片の躊躇もありはしなかった。

21名無しさん:2019/01/21(月) 22:14:06

「私はアリス。そう、私は――――ただのアリス。貴女のお友達」


その声に聞き覚えは無かったけれど、ふらりふらりと、吸い寄せられるように、桃色の少女は歩き出していた。きっとこの声は、お迎えなのだと思った。
この夕焼けから、自分を連れ出してくれる……楽しい世界が、きっとそこに在るのだと。焦燥にも似た興奮を、小さな体に抱えながら。
銀や、青や、黄や、紫。色んな色に、きっとそれは連れてってくれるのだろうという確信があった。そこにいるのは――――――――



「さぁ、一緒に遊びましょう」


その手を、暗闇へと伸ばした。そしてその手を握り返すのは、自分の手と大差ない、幼い少女のそれだった。
思えば、自分より大きな掌に包まれたことは何度もあったけれど、自分と同じ小さな手を握ったことは無かった。
自分の手はいつも――――血に、塗れていて。誰かの手を握り返すことなんて出来なかった。けれどその少女の手は、自分と同じくらいに、血に塗れていたから。


「――――――――うん、遊ぼう」


暗闇の中に少女は消えて、後に残された血の色も、全て全て夕焼けに塗り潰されて消えていく。
暗闇はどこかに続いてる。きっとその先には――――苛烈な生存競争が、待っているのだろう。

22名無しさん:2019/01/21(月) 22:14:17




ホームルームのチャイムが鳴り響く。また一つ、席は空いていた。果たして、ここは――――ここは、誰の席、だっただろう。

23名無しさん:2019/02/04(月) 22:50:52
第一話 無限聖杯戦争『冬木』 第三節

24名無しさん:2019/02/04(月) 22:51:07
「交差する想い。連鎖する悲劇。舞台にすら立てず、消えていく無数の願い」

「それでも君達は、願いを抱えて此処に居る。全てを踏み躙ってでも、叶えたい願いを持っている」

「だからこそ、此処に選ばれた。幾数年の人類史の中から、選び出されて此処に来た」

「故に、そう、君達は――――途方も無く不幸で、ほんの少しだけ幸運だ」

25名無しさん:2019/02/04(月) 22:51:23




終礼の鐘が鳴り響いて、下校時刻を迎える。
どうやらいつの間にか居眠りをしていたらしい。幕が降りた舞台のように、教室は閑散としていた。その中で一人、赤霧火々里という少女は帰り支度を進めていた。
ノートをまとめ、プリントを整理し、教科書を鞄の中に詰め込んでいく。あまりにも何時も通りの、何気ない光景であった。

茜色に染まる教室。不意に扉が開いた――――そちらへと視線を送れば、見慣れた先輩の姿がそこにある。

「もうそろそろ下校時刻だよ、火々里ちゃん」

「あっ……すみません、先輩。お疲れ様です」

風紀委員の最後の見回りだろう、教室もそろそろ締める頃合いか。ひらひらと片手を緩やかに振りながら此方へと近付いてくる彼女へと合わせて立ち上がる。
一之瀬侑李は、彼女の机へとゆっくりと腰を下ろして火々里へと微笑んだ。その表情が、何処か寂しげに見えたのは……この夕焼けのせいだろうか。

「またサボりですか、一之瀬先輩」

目を細めながら、火々里が咎めるようにそういった。
バツが悪そうに侑李は笑うと、ふと窓の外へと視線を送った。それに釣られて、火々里もそちらへと目を向ける。
夕焼けに染まるグラウンド。静まり返って、今はただ静かに眠るように。
きっと明日も、同じ風景がそこにあるだろう。何度も何度も、この当たり前を繰り返す。それはなんて平凡で、平穏で、平坦で、どこまでも幸福な――――

26名無しさん:2019/02/04(月) 22:51:47

「続くと思うかい。こんな時間が」

「……え?」

見透かされたような気分だった。質問の意図も意味も分からず、火々里はただ目を丸くしながら彼女を見つめた。
ふっ、と肩を落としながら、侑李は立ち上がる。困惑する火々里へと向けて、答えを出すでもなければ、導くこともなく……きっといつもの遊びなのだろうと思った。
だから明日も、きっと。きっとこんな時間が続くと、信じている。


「なんでもないよ。じゃあ、暗くなる前に帰るんだよ」


教室の扉が閉じる。その姿を見送った。
その問いかけの答えを求めるように、もう一度、窓の外を見た。そこに映るのは、先程と何ら変わることもなく……ゆっくりと、その手を伸ばした。



――――ふと、鏡に何かが映り込んだ気がした。

27名無しさん:2019/02/04(月) 22:52:01


戻ってきた先輩が、悪戯をしにきたのかと振り向いた――――居た。そこには確かに、"何者か"が立っていた。
息を呑んだ。だってこんな生徒は"知らない"。それはそうだろう、まさか……白銀の鎧と、太陽のように輝く剣を持った、ファンタジーじみた格好の生徒など居るはずもない。
まるで夢でも見ているかのようだ、と思った。それを裏付けるように、その姿には時折"ノイズ"のようなものが乱れた。何度も不安定に乱れて、ズレたり、黒い穴が空いたりをしていた。

だから、これは夢だ。そう断じたかった。


「お初にお目に掛かります。私の名は、"セイバー"、真名を――――――――"ガウェイン"」


その剣先が、此方へと向けられる。
夢だと断じるには、あまりにも明確が過ぎる冷たい刃の感覚。仮に今が夢であるとするならば――――いったい、何時から、夢を見ていたというのだろうか。
それを思考するには、あまりにも遅すぎた――――振り上げられた刃が、陽光に煌めいて、正しく太陽を奪われたかの如く。


「我がマスターのオーダーにより。貴女の命を頂きます、御覚悟を」


振り下ろされた刃が、火々里の身体を斬り裂いた。血飛沫が噴き上がる様を、まるで他人事のように、窓ガラスが映し出していた。

28名無しさん:2019/02/04(月) 22:52:22
第一話 無限聖杯戦争『冬木』 第四節 終

29名無しさん:2019/03/12(火) 23:02:45

「ふん、少々浅かったか」

右手に握り締めた輝く剣は、朱く染め抜かれていた。瞬きとともにその光に焼かれて、煙となって消えていった。
その刃を見下ろし、撫でる。
あの男は、自分を仕留め損なったことを確かに認識しているようであった。ならば、この僅かな時間の生存など、誤差でしか無いのだろう。

「如何に私の霊基と、令呪による強制力があれども、ムーンセルの拘束力には抗えない……」

流れ続ける鮮血を抑えながら、ゆっくりと這っていく。伝えないと、助けてもらわないと、近くには先輩がきっといるはずだ。
叫んで助けを求めたいが、そうしたならばきっと倒れ込んでしまうだろう。身体の真正面を、縦断するように刻まれた傷跡は、きっとそれに耐えられない。
這ってでも、廊下に出なければならない。死にたくない、死にたくない。そう思う一心で、教室の扉へと手を伸ばして――――


「――――とは言え、小娘一人を殺すなど訳無いが」


ずく、と。その腹を貫いて、串刺しにする剣。
一際大きく体が震えて、血を吐き出した。意識が遠退いていく。何が何だか分からない。誰も助けてくれる人はいない――――当然か。
いや、なぜ当然だと断言できる。それすらも分からない。記憶は靄のかかったように覆われていて、それすらも血飛沫に塗りつぶされていく。

30名無しさん:2019/03/12(火) 23:03:05

――――――――ならば、諦めるか?



誰かの声が聞こえてくる。聞いたことのない声だ。男とも、女ともとれない……一つだけ言えるのは、その声が。
嘲笑と、失望に塗れていることであった。明らかにこちらを見下して、馬鹿にして、落胆している。そんな様相のそれだった。
諦めるか……諦めたくない。自分が何者で、自分が何なのか、それすらも分からないけれど、ただ。ただ、赤霧火々里という人間は、未だ。


何も、成し遂げていないじゃないか。


瞬間、その声とともに現れた気配が消え去って。眼の前が光り輝いているように見える。
この世界がどういう風に構成されていて、どういうルールで動いているかなんて、分かったことじゃない。今目の前に在る現実すらも、定かではない。
だけど、もしも、もしも抗える手段があるのならば、抗えるだけの――――ただ、生きたい、というだけの、ちっぽけな願いをすら汲み取ってくれる誰かがいるならば。





「ああ。聞き届けたぞ」




光が瞬いた。それは嘲笑のそれではなく、ただ凛と響く肯定の音だった。
閉ざされようとしている世界が、ゆっくりと開いていくのを感じた。それにただ身を任せるままに、その瞳を開けたのであれば。

31名無しさん:2019/03/12(火) 23:03:31





眼の前に、一人の騎士が立っていた。
美しい金色の長髪、青い瞳に、正しく騎士然とした鎧と、その手に握り締める剣は……たった今、自分を斬り刻んだそれに勝るとも劣らない輝きを放つ。
何よりそこにあるのは、圧倒的な存在感だった――――言うならば、カリスマとも言えるだろう。そこに立つだけで人々を魅了する、その立ち姿。
それを垣間見た、白銀の騎士は――――

「ああ、ああ、そんなまさか。まさか、貴方が、ここに現れようなど」

酷く狼狽していた。歯を食いしばって、表情を歪め。恨みがましいとすら言えるほどの視線を、金髪の騎士へと送っていた。
明確に異常であった。そしてその姿は、その感情に呼応するかのように黒いノイズの領域を増していく。
その視線を受け止めた金髪の騎士は、一度その瞳を伏せたならば……そこに確かな意思を灯して、再度青い瞳を開き、真っ直ぐにその姿を見据えた。

「――――――――騎士王、アーサー・ペンドラゴンの御前である。その剣を振るう無礼に応じる必要はあるか、ガウェイン卿」

それが起点となったのか。一度、見るからに膨れ上がり、そのまま爆ぜるかのごとく見えた、白銀の騎士の表情は。
然しそこで、一度不自然なまでに"凪いだ"。そしてその口元に、僅かに笑みを浮かべたならば、剣を鞘へと納め……そして、その右手が、自身の顔を覆った。

32名無しさん:2019/03/12(火) 23:05:32


「くく、く、くくく……アーサー・ペンドラゴン」

それは憎悪とも歓喜ともつかない。様々に感情を混ぜ合わせ、ようやく漏れ出た音、であるかのようにすら聞こえるものだった。
歪んでいる、と言っても差し支えないのかもしれない。ただ。こちらもまた、明確に……強固な意思があって、そうしていると理解は出来た。


「私の主は、今は最早、貴方ではない……。主従の関係など、最早過去のもの。
 今この場に在るのは、貴方の騎士ではなく。今、この先に横たわるのは――――ただ、苛烈極まりない生存競争。命を対価に、願いを賭ける。

 皆、そのためにここに在る。私も、我が主も。これは、そう――――"戦争"だ」

そう告げて。その姿がノイズと掻き消えていく。どうやら、自分の視界が霞み切って、何も見えなくなったというわけではないらしい。
とは言えそれも時間の問題で、ごとりとその意識は完全に手放されようとしていた――――何者かが自身の体を抱き上げる感覚は、あったのだけれども。
恐らくは、先程の騎士のそれだろう。冷たい金属の感触の中、然し手遅れになっていく身体をどうすることも出来ない……今は最早。


「いいや。君は未だ、ここで死ぬべきではない」


声が聞こえる凛と澄み渡る声。威厳と風格に満ちたもの。
今は、それだけを背に――――誰かが看取ってくれる。それだけでも幸運だったのかもしれない。ああ、でも、どうせならば……贅沢な願いかもしれないけれど。
■■に……誰だろう。誰の名を口走ろうとしたのか。その名が自分にとってどんな意味を成すのか。わからないまま。闇の中へと、沈み込んでいく。

33名無しさん:2019/03/12(火) 23:05:45



「……申し訳、ありません。我がマスター」

暗い部屋の中。膝をつく白銀の騎士に背を向けて、何処か感情を欠落させたような……それとも、意図的のそれを圧し殺しているのか。
何処か虚ろな瞳で夕焼けを見上げる。そこに映し出されているのは――――今は何かを落としてしまった、少女の亡骸と言っても良いのだろう。
憤怒するわけでも、失望を見せるでもなかった。ただただ、無感情……事実を、ただ事実として受け止め、そこに何の感情も伴わないよう尽力するばかりであった。



「気にせんでええよ。やっぱりウチが直接殺るのが、筋ってもんなんやろ」

34名無しさん:2019/03/12(火) 23:06:02
第一話 無限聖杯戦争『冬木』 第五節 終

35名無しさん:2019/03/18(月) 23:09:15


――――差し込む朝の日差しに、ゆっくりと目を開けた。

ぼやけた視界が、定まっていくにつれて、現実の鮮明さと比べて、思考の不理解は加速していくばかりであった。
高い場所に備えられた窓から入り込んだ光が、その正体だったらしい。校舎ではないことは確かだった。清潔な白い壁に、辺りを……
今、自分が座っているのは長い木製の椅子だ。大勢の人々が、所狭しと椅子に座って……真正面を見ていたり、俯いていたり、何かを待っているようであった。
自分の体を見下ろしてみれば、すっかりと傷は消えていた。学校の制服も元通りになっていて、痛みすら感じることはない……どう考えても、何かがおかしい状況だ。

「あの……」

隣りにいる青年に声を掛けようとする。彼とはあまり関わり合うことはなかったが、然し同じ学校の教壇に立っている先生であることは知っている。
名前を、ケイ・ミルカストラ――――と言ったか。そう話しかけようとしたところで、前方からガチャリと扉が開く音がした。
掛けた声に対する反応は返ってくることはなかった。大勢の視線は、皆そちら側へと向けられている――――壇上の脇より現れたのは。
何人かの役職を持った生徒や教師。自分が知っている――――先輩の一之瀬侑李や、担任の如月陽炎を始めとして……数人ほどが並ぶと、最後に一人。
男が歩み入る。見知らぬ男だった。学校でも見たことがない。カソックを身に纏った……文字通り、キリスト教的な神父と呼んで差し支えないのだろう。

「き、き、"清宮天蓋"ィ!!!!」

後方で大きな声がした。そこに視線を向けたならば、間桐凱音の姿があった。
立ち上がり、指を突きつけて、彼へと向けて……そこには震えをすらも伴って、何かを訴えているようであった。
神父服の男は、それになにか行動を起こすこともなく、片手をゆっくりと持ち上げて、静止のジェスチャーを、余裕を以て成立させるのであった。

36名無しさん:2019/03/18(月) 23:09:34

「――――静粛に」


よく通る声だった。年齢は高過ぎるということは無いのに、低く伸し掛かるようであった。
背後の……白い制服の風紀委員達が、凱音へと注意を集めた。それも相まって、たじろいだ彼は、なにか言いたげにしながらも、教会の椅子へと座り直す。
"和を乱してはいけない"……彼という存在がこの場における絶対条件なのであろうことは理解できた。

「参加者総勢128名、パーソナルデータは既に確認済みだ。私の姿を知るものもいようが……今ここに居る私は、ムーンセルより役割を与えられた」
「言うなればただのコピー。監督役としての役割のみを持つ、ただ"聖杯戦争"の運営のためのシステムであることは承知願いたい――――」

彼の言う言葉。コピー、システム、そういう言葉をすんなりと受け入れている自分に少々困惑しながらも、注目したい単語がある。
"聖杯戦争"。先にであった、ガウェインと名乗る男も言っていた。"戦争"……と。
嫌な単語だ。それが何を意味するか……少なくとも、先の時点で、自分は思い知らされている。

「――――それでは。ようこそ、選ばれしマスター諸君。幸運なる128名。改めて、自己紹介をさせてもらおう。
 ムーンセル・オートマトンより派遣された"月の聖杯戦争"の監督役、清宮天蓋だ。今後私が主だった進行を担当する、宜しく頼もう」

恭しく頭を下げるそれには、機械的でありながら、どことなく白々しさが在る。
その正体が何なのかはわからない。考える余裕すらない、彼の言葉の一つ一つが、赤霧火々里にとって、全くと言っていいほど理解が及ばない。

37名無しさん:2019/03/18(月) 23:09:45

「さて、此処に居る皆は、記憶を取り戻しているなら、"ルール"については既に聞いているだろうが」

「え、ちょっと……」

正確には、理解できているような気はするのだが。ともあれ、そのまま話を進めるというのならば、何もかも理解できていないこの現状。
そのままそうしてもらう訳にはいかないとして、思わず声を上げかけるが……神父より投げ掛けられた視線に、射止められる気分でそこに竦む。

「再確認は必要か。もう一度、説明させてもらおう」

……ともあれ、何とか胸を撫で下ろす。
そもそもこの現状に対してすら、納得いっていないのが現状だ。よく分からないものに参加させられかけている現状、このまま流される訳にはいかない。
今はとりあえず、大人しく聞いておこう。気になることは山ほどあるが、だからこそ、目の前のことを一つずつ。


「これより行なわれるは、"聖杯戦争"。君たちが"願望機"と見上げる、万能演算装置、"ムーンセル・オートマトン"を巡る戦いである」
「勝者は、この中からただ一人――――生き残るのは、ただ一人。願いを叶えるは、ただ一人」


「――――――――賭けるのは君達の命。"相応しき強者を選別する、生存競争である"」

38名無しさん:2019/03/18(月) 23:10:02


第二話 EXTRA/over the FULLMOON 一節 終

39名無しさん:2019/04/22(月) 01:14:06

――――小さくはない動揺が広がっていく。

当然だろう。彼がたった今、言い放ったのは"殺し合い"の宣言だ。
万能の願望機……"聖杯"。手に入れれば、汎ゆる願いが叶うとされる聖なる杯。それを手に入れるたった一人を決めるために行われる生存競争。
即ち、"聖杯戦争"。……理解が及ばないのは、当然のことだと思いたい。この場に広がる動揺こそが、その肯定である……誰かが声を上げる筈だ。そう思った。

「……ふむ、ここまではよいか」

だが、それは起こらなかった。非難の声も、拒絶の声も。
右を見ても、左を見ても、そういう気配はなかった。たった今起きたざわめきは……動揺のそれではなかった、ということになるのであろうか。
それでは、ここに居る人間は、皆――――あの男の言う通りに、全て理解している?

「各々、既に契約している"サーヴァント"――――英雄の影法師、それが君達の剣となり、盾となり、栄光への道を切り拓くものだ。
 それを用い、こちら側の用意したルールに則り。勝者を決める」

話は矢継ぎ早に進んでいく。サーヴァント……先の騎士達と同じものだろうか。確か、アーサー・ペンドラゴン、と名乗っていたような。
有名なイギリスの……円卓の騎士、だっただろうか。先のガウェインと名乗った騎士もその一部であったような。
歴史上、或いは伝承上の人物。それを……自分と同様に、ここに居る人々は、ひとつずつ持っている、ということか。

40名無しさん:2019/04/22(月) 01:14:20

「先ず最初に。対戦カードを発表させてもらう。その3日後。このムーンセルに再現された仮想戦闘空間"冬木"を戦場とし――――」

神父服の男、清宮天蓋が指を鳴らす。
それと同時、何処かの教会に窮屈に納められていたのが、唐突に……その景色が、そして空気感が変わった。
自分は……自分達は、何処かの"大きな寺"の中に立っている。見たことも――――聞いたことも、恐らくは無い、そのはずだ。

「―――――決戦とする。勝者は二回戦、三回戦と上がり……敗者は。当然、"脱落"する」

脱落、その言葉が本当に"死"なのかどうか。直接的な表現を、あの男はしない……が、分かる。
きっと、行われるのはそれに等しいものだ。先ほどの邂逅でそれはよく分かった。

「尚、それまでの私闘には制限が設けている。場合によってはペナルティを科せられることもある。頭に入れておきたまえ。では……」

聖杯戦争の全貌は、何となく分かった。不可解な点も幾つかあるが――――それは今は、どうでも良かった。
問題なのは。これに流されるまま、参加する訳にはいかないということだ。当然だろう、自分は、"殺し合いなんて望んではいない"。
棄権しよう。誰かを踏み躙ってまで手に入れたい願いなんて自分にはない。人の波を掻き分けて、前へ前へと進んでいき、彼らの前に辿り着き。

41名無しさん:2019/04/22(月) 01:14:41

「あ、あの―――――」


――――――――本当に、それでいいのか。

今正しく、目の前では殺し合いが繰り広げられようとしている。本当に、自分はそれでいいのか。
いや、それでいい。それでいいのだ。自分はただ、日常に帰ればいい。帰るべき場所が、自分にはある――――それは何処に。
それは、どういうものだった。記憶は穴が空いたように抜け落ちたまま。何処に帰ればいいのか。それとも、最初からそんなものは、存在などしていなかったのか。

退路がないのならば、どう在るべきか。


「ふむ……?」


神父服の男が、訝しげに目を細める。
その横で、如月先生が……空中になにか、半透明の、液晶のようなものを展開して、それを指で叩いている。
一之瀬先輩、と呼んでいた少女が、一歩前に踏み出した。自分を牽制するかのように……その様に。何処か、胸が痛むようであった。
彼女を見上げたならば、その瞳はひどく冷たいものであった。そこには、感情など存在していないかのように――――

42名無しさん:2019/04/22(月) 01:15:02

「……神父。パーソナルデータの照合が……あれ、あれ? ええっと、なんでもないわ、出てきたもの、あれぇ……?」

なんのやり取り家はわからないが、何かの受け渡しがあった、のだろうか。
ほんの僅かな沈黙の後。清宮神父は、自分を見下ろした。不快感が在ったわけではなかった、が。
なにか、好気なものを見ているかのような視線だった。それが少し嫌だった……し、何より、要件を言おうにも、タイミングを外してしまった感覚がある。
何より、胸の中につかえるこの感覚が。一言を、紡がせようとしない。

「霊子構成の乱れによるものだろう。何らかの異常も、恐らくは時間経過が解決するだろう。さて――――」

その言葉は、ほとんど自分を見ていないように思えた。全く事務的なもので、然しそれに自分は流されるままだった。なにか、本能的な物に作用する感覚だった。
清宮神父の視線はすぐに、自分を含めた、参加者達へ向けたものに戻る。

43名無しさん:2019/04/22(月) 01:15:16

「詳細なルールは各々確認するように。対戦カードは君達のマイルームにて発表させてもらう。
 こちらからの説明は以上とする。それでは、皆――――美く戦い給え」


再度、その光景が目まぐるしく変わる――――次に、辿り着いたのは。
夕暮れの教室。そこは静まり返っていて、自分以外に誰一人としていなかった。その沈黙は、異質であれども……実感を伴わせない。
……顔を上げた瞬間、空中に……先程見たように、ARのように画面が展開される。そこに描き出される文字列を見て、ようやく、それを自覚する。



殺し合いが始まる。

44名無しさん:2019/04/22(月) 01:15:46




NEXT 『間桐 凱音』













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45名無しさん:2019/04/22(月) 01:16:16
第二話 EXTRA/over the FULLMOON 二節 終

46名無しさん:2019/05/06(月) 23:16:11


間桐凱音の一生は、幸運とは懸け離れた位置にあった。

魔術の大家、間桐の家に生まれながら出奔した男。彼の血を引いた凱音は、あろうことか……"いとこ"である娘に恋をした。
怪異に魅入られ、愛される女。ある意味魔性であると言ってもいいだろう――――その少女を助けるために、人生の全てを擲つつもりであった。
幸運なことに、凱音には魔術の才能があった。父の失敗を知った後、より慎重に、自身にそれだけの力があると確信できるまで練り上げ、その上で戦いを仕掛けるつもりだった。
間桐の娘を、その邪悪から救い出すことに、文字通り己の人生の全てを賭した。然しその賢明が、その一生の意味を奪った。


"間桐の娘は、救われた"。


とある神父によって告げられた言葉に、凱音は崩れ落ちた。
彼女には"ヒーロー"がいた。誰のためでもない、彼女のためのヒーローが。それは確かに彼女を闇の中から掬い上げて、そして……間桐凱音には、その資格がなかった。
皆、幸福の道を歩むことになった。彼一人を置き去りにして。それを邪魔する資格など持ち合わせるはずもなく、彼女の幸福のみを願うだけの賢明さもまた持ち合わせていた。

彼は、置き去りにされた間抜けものだ。だからこそ、丁度良かった――――――――聖杯戦争監督役、清宮天蓋は、人形遣い、"九条峰巴"と共謀。
その死骸を絡繰人形として作り変え、徹底的に利用し尽くした。それが、間桐凱音という少年が辿った一生だ。



彼という存在は、全く以て、無意味だった。

47名無しさん:2019/05/06(月) 23:16:32




「……まずは予選突破おめでとう、と言ったところだろうか」

「うわっ!?」

夕暮れの教室。呆けそうになっていたところを、突如背後から掛けられた声に現実に引き戻される。
ばっ、と振り返ったのならば、そこに立っているのは青い鎧の騎士……確か、名前を。

「アーサー、ペンドラゴン……」

恐らくは、多くの人々が一度くらいは耳にしたことがあるだろう。アニメや漫画、ゲームと言ったものに触れる人間ならば、なおさらだ。
アーサー王物語の中心人物。聖剣エクスカリバーを手に、ブリテンと円卓の騎士の頂点に立った……というのが、自分の知識の中のアーサー王だ。
サーヴァント……従者。英雄の影法師と言っただろうか。それが事実であるならば……とんでもない大物を、自分は引き当てたのではないか?

「おっと……今はその名ではなく、"セイバー"と呼んで頂きたい。サーヴァントとは、真名を隠すものでね」

はぁ、と間抜けな返答を返す。
揺れる金髪は陽光の如く、顔立ちは控えめに言って整っている。何とも俗な言い方をすればイケメンなのだろう。……それ以上の感情は特に無し。
それよりも、なぜ、名前を隠すのかどうかが気になる。なにか、聞かれると不都合なことでもあるのだろうか?

「その様子だと、本当に何も分かっていないのか。困ったな……説明とか、苦手なんだがなぁ」

「……スミマセン」

何故か自分が悪い気になる。確かに、この現状で何も分からないというのは致命的なのは分かる。
分かるが、それは自分が悪いことなのか……何となく理不尽を感じる。

48名無しさん:2019/05/06(月) 23:16:46

「まあ、俺が説明するよりもNPCに聞いたほうが早いか。……図書室にでも行くか」

「……えっ、そ、それは待って!?」

――――ここから一歩でも外に出れば。いや、ここですらも。
安全なのかどうか分からない。下手をすれば、そこですぐに敵と鉢合わせて殺し合い、という可能性すらも……そうなれば、生き残れる自信は欠片もない。
何の用意もなく外に出るのは、少々不安が過ぎる……と。さっさと教室から出ていこうとするセイバーを止める。

「この外には、敵の……マスターとサーヴァント、がいるんでしょう? 何の対策もなく出ていっても、私、戦えないんだけど……!!」

「安心しろ。この教室……マイルームは他のマスターが入ることのできないようにムーンセルが設定しているし、学校の敷地内では戦闘行為は禁止されてる。それにだ」

呆れた様子を見せることもなく、セイバーは振り返った。
ここが安全地帯であることは分かった。外側が戦闘禁止区域であることも。だが、敵がルール違反をしないとも限らない……私は、普通の学生だ。
命の危機にさらされたことなんて無い。それでも、不安は拭えなかったが。


「アーサー・ペンドラゴンの名を戴くこの俺が。そう容易く主君を傷付けさせるものか」


―――――その言葉には、何処か惹かれるものがあった。勿論、人間として……例えば、こういうのを。カリスマ、とでも言うのだろう。
一度立ち止まって、考えた。だが、そうまで言うのならば……どうせ、今後は背中を預けなければいけない仲なのだ、いっそそのまま委ねてしまおうと。
教室の扉へと、歩き出した。

49名無しさん:2019/05/06(月) 23:17:03






「あれ、赤霧じゃん」

――――――――壱歩、教室の外へと出た途端。耳を擽るのは、何処か嘲るかのような声色の男性の声。
これに関しては、聞き覚えがある。少なくとも……少し前までは、"腐れ縁"であった級友のものだ。今はあまり……聞きたくないものではあるが。
それでも、視線を合わせざるを得なかった。どういう相手であれ、この場においては無視することのできない存在だった。

「なんだ、怖気づいて棄権したんじゃないのかよ。わざわざ死にに来るとか、物好きだよねぇ、ほんと」

……間桐凱音。少しばかり……いや、大分、良いとは言えない性格の少年であることは、今正に、彼が言った言葉からも読み取ることが出来るだろう。
彼も記憶を取り戻し、役割から外れて、聖杯戦争の正式な参加者となったのだろう……サーヴァントの姿は見えないが、今セイバーがそうしているように、"霊体化"とやらで消しているか。
ヘラヘラと、意地の悪い笑いを浮かべながら……予選の時と変わらず、あまり好ましい相手とは思えなかった。

「それにしても運が無いよね。一回戦の対戦相手が俺なんてさ。今からでも遅くないし、棄権したら?
 俺だって弱いものいじめがしたくて参加してるわけじゃないしさぁ。勝ち、譲れよ、俺に」

徹底的にこちらを見下して、威圧的に接する凱音――――こちらを苛つかせるのが目的なのだろう。それは分かっている、分かっているが。
それでも、こうまでされれば腹が立つ。確かに自分は無力で弱い。未だに何も分かっていないかもしれないし、戦う意味だって見いだせていない、が。
そんな風にまで言われて、浅ましく、情けなく、勝ちを譲るほどに弱いつもりはない。そう在りたくない――――!!!

50名無しさん:2019/05/06(月) 23:17:19

「結構よ。自信がないのは分かったけれど、それで私に当たるのは止めてくれない?」

「なっ――――!!」

鳩が豆鉄砲を食ったかのような顔。思い切り顔を歪めて、凱音は言葉を詰まらせてこちらを困惑と共に睨みつけた。
してやったり、だ。馬鹿にされっぱなしは勘弁……青筋を立ててこちらをにらみつける凱音へと向けて、ふん、と鼻を鳴らして追い打ちをかけてやる。

「……い、言うじゃん……赤霧のくせに……」

「お生憎、私は言われっぱなしの案山子じゃないのよ。少なくとも、貴方みたいな情けない奴には……」

正しく状況は一触即発。あれだけ恐れていた他のマスターとの戦闘が、恐怖はあれども……そうなれば、やってやる、と思える程度になっているのは。
自分の過去に関係があるものだろうか。暫しの睨み合いの末――――――――先に動いたのは、向こう側だった。


「――――――――いやぁ、これは主殿の負けであろうよ」


突如として、凱音の背後に巨大な人影が出現する。
背丈は二メートルを遥かに超える、ボサボサの髪の大男。その身体は日本の鎧に身を包んで、その背中にはその背丈以上に大きな刀が背負われている。
セイバーのそれとはまた違う、視覚にも分かりやすいくらいのド迫力……これがサーヴァントであることは、素人であろうとも一目で分かる。
彼は凱音の肩に手を置くと、にぃ、とその口元に笑みを浮かべてこちらを見下ろしている―――――流石に恐ろしく思って、後退りする。

51名無しさん:2019/05/06(月) 23:17:33

「なっ、お前……勝手に出てくるなって言っただろ!?」

「いやいや、主殿が恥を重ねる前に止めるのもまた仕える者の役目であろうよ。全く、仕掛けるのであれば、せめてドンと構えてもらいたいものだ」

セイバーは、その言葉に対して沈黙を貫く。霊体化したまま、出てくる素振りも見せなかった。
凱音と鎧武者のサーヴァントは、何やら言い争っている……とすらもいい難い、一方的に凱音が食って掛かり、それを笑いながら受け流すのを繰り返しているが。
それを暫くした後、鎧武者はその首根っこを引っ掴んで、背を向ける。


「いやはや、失礼をした。娘殿に、そのさぁばんと……聴けば御二人、次の対戦相手と聞く。であれば、未熟者の身ではあるが――――――――


 ――――――――必ず、戦場で垣間見るであろう。その時は、宜しく頼もうか。では、また」


「おい、勝手に話を進めんなよバカ!! ふざけんな、あっ、ちょ、く、くるし……」


ズルズルと引き摺られる凱音と、引きずっていく鎧武者のサーヴァント……その二人の背中が、廊下の向こう、更に階段へと向かっていき、見えなくなったとき。
ようやく、体が動いた……とは言っても、ただ腰が抜けて、そこにへたりこんでしまっただけなのだが。


「……あれが、サーヴァント」


これから、殺し合うことになる"敵"。果たして、自分は……"生き残れる"のか?

52名無しさん:2019/05/06(月) 23:17:53
第二話 EXTRA/over the FULLMOON 三節 終

53名無しさん:2019/05/20(月) 20:16:24

――――――――ともあれ、情報は入手するに越したことはない。

妙な接触はあったものの、とりあえず廊下を歩くことにする。
「聞くならば運営側の上級AIがいい」。セイバーがそう言っていた通りに探す……ぱっと思いつくのは、一之瀬先輩だった。
つい先日まで『先輩と後輩』という関係性……を、与えられていたと言えばいいのだろうか。ならば説明のときの、どこか冷たく感じる感覚は、役目から解き放たれたからこそか。
……正直、あれを思い出すと少々憚られるが、それでも思いつくのは彼女と、もうひとり、担任教師という設定だった如月先生くらいだ。
あの二人ならば、保健室にいると、そこらにいたNPCに聞いて、こうして教室の前にやってきたわけだが……。

「あーーーーーー!! 痛い痛い痛い、違うんです陽炎さん!! 私はただ女の子に紳士的に対応しただけで!」

「うふふふ、それ毎回言ってないかしら? 今日という今日は許しません!」

保健室の扉の奥からは、断末魔とミシミシという妙な音が聞こえてくる。
……上級AIともなると、やはり挙動というのは人間に近くなるのだろうか。ともあれこうなると、どうにもこの扉を開きにくい……運営としてどうなんだ。
赤霧火々里は微妙に元先輩への評価を落としながらも、困った顔をする……どれか他の上級AIに聞くのが得策か。そう考えていたところに。


「ん、なんだ。今は取込中かな?」


背後から掛けられた声に振り向いた。
そこに立っているのは、一人の男だった。黒い髪に、ヘーゼルの瞳を持った……純粋な外国人と言うよりは、亜細亜との混血だろうか。
予選では見たことがないか、覚えがないか……どちらだっただろうか。記憶は混濁しているが、少なくともあまり関わりはなかった、と思う。

54名無しさん:2019/05/20(月) 20:16:48

「まあいいか。ここは後回しでも……大体のことは把握できた。実地調査は大事だって先生も言ってたし」

……把握できた、ということは、彼もまたここに至るまでの様々な事情を調査していたということだろうか。
そうなれば彼もまた参加者だ。いずれは敵となる相手ではあった。だが――――

「……ち、ちょっと待ってください」

立ち去ろうとするその背に声を掛けると、ぴたりとその足を止める。
振り向いたその表情には、疑問符が浮かんでいた。

「……あれ、君は……NPCじゃないのか?」

「違います、それよりも……」

どうやら彼は、赤霧火々里を"NPC"の一人として認識していたようであった……それに関しては引っかかるものがあったが、今は重要ではない。
彼の前へと一歩、進む。その進路に立ち塞がるようにというべきか、影を踏むように、とでも言うべきか。

「私に、この聖杯戦争について教えてもらえませんか?」

「……は?」

彼は正しく面食らった表情で、赤霧火々里を見下ろした。

「……いや、君、分かってるのかい。これは聖杯戦争で、生き残るのは唯一人。僕とは敵同士なんだけどな」

「いや、まぁ、はい……」

そして紡がれる声色は、呆れたことを隠そうともしていない。
それは分かっている。だが、どうしても情報は必要だ……何より、これは直感ではあるのだが、彼ならば教えてくれる気がするのだ。
本当に何となく、恐らく理由はないのだろうが。腕を組んで、保健室の扉に凭れ掛かりながら、彼は少しの間思考した後。

55名無しさん:2019/05/20(月) 20:17:10

「このまま君を突き放すのは簡単だけど……何となく、君は放っておけないな。いいよ、分かった」

「……あ、ありがとうございます!」

「その代わり。条件が一つ」

これにて一件落着……と思っていたところに、そう言われる、それはそうだろう。このままでは彼に得がない。
立てられた人差し指を視線が追いかける。

「君のサーヴァントと、そのクラス、そして"真名"を教えてくれ。君の為に時間を割くんだ、これくらいの情報アドバンテージはもらおう」

サーヴァントの姿と、クラス、真名。何れもこの戦いでは貴重な情報であり、特に真名は……あまり言ってはいけないと、セイバーも言っていたが。

「……分かりました」

背に腹は代えられない――――そう頷いた同時に、セイバーが実体化する。
その蒼色の瞳を訝しげに細めながら、彼のことを見据えていた。それから何か言いたげに、こちらへちらりと視線をやったが、やがて堪忍したように。

「サーヴァント、セイバー。真名を、アーサー・ペンドラゴン」

「……アーサー、あの"騎士王"か!? ……とんでもない強運だな、君は」

面食らった様子で、思わずそう声を上げていた。セイバーはやはり不満気に、その人差し指を口元に立てて、声が大きいと示す。
謝罪のジェスチャーと共に、その強運を讃えられる。自分でも知っているくらいに有名な英雄だ、やはりというべきか、当たり、ということで合っているのだろうか。

「僕はケイ・ミルカストラ。一応魔術師だ、君の名は?」

「赤霧火々里です。よろしくお願いします!」

それから、彼、改めケイ・ミルカストラは、廊下を一度きょろきょろと見渡すと、少しだけ考え込むような素振りを見せた後。

「……とりあえず、図書室にでも行こうか。ここじゃ少し落ち着かない」

「ですね」

気づけば扉の向こう側から聞こえてくる声が、性質の違うものに変わっていた。
お互いに顔を見合わせると、どうやらそれに対して抱く感情は同じようで――――肩を落としながら、歩き出した。


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