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('、`*川魔女の指先のようです

1名無しさん:2017/12/15(金) 21:32:14 ID:oTITfu5c0
はじまるよー

161名無しさん:2017/12/25(月) 23:24:34 ID:ZLy5QeVs0
ペニーはすぐにライフルを構え、浮かび上がった白い人影に向けて発砲した。
銃弾が当たる直前、敵は木の陰に隠れて事なきを得た。

この高低差がある環境はペニーにとっては有利だが、生い茂る木々が邪魔だ。
応援を呼ばれでもしたら、今度こそペニーはおしまいだ。
早急にこの狙撃戦を制し、次の動きに移らなければならない。

長い夜は、ここで終わらせる。

______________________∧,、___
  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄V`´ ̄ ̄

ヒッキーは正直、自分の目で見た状況が理解出来ないでいた。
強化外骨格は力の化身であり、それが生身の人間によって負けるというのは、あり得ない話だった。
遠距離から対物ライフルで頭部を撃ち抜かれたのならばまだ理解が出来るが、あれだけの近距離で射殺されたというのは、未だに信じがたい光景だった。

相手は化け物かそれに準じる何かであると、ヒッキーは恐怖を感じざるを得なかった。
それでも彼は恐怖を押し殺す術を心得ていた。
機械として機能するよう訓練を受け、指先が部品の一つであるかのように動くことが出来る。

中距離での狙撃手同士の撃ち合いは初めての経験ではない。
中距離での撃ち合いは狙いを定め、銃爪を引くまでの速度が肝心となる。
L96はボルトアクションライフルであるため、どれだけ急いでも次弾装填の際に時間がかかり、隙が出来てしまう。
それは相手も同じだろう。

相手の使う銃の種類は分からないが、狙撃手であれば、精度の高いボルトアクションライフルを使うはずだ。

一射目は外してしまったが、スコープを調節して挑めば二射目で仕留められるかもしれない。
立ち位置はこちらが不利だが、それを言い訳に負けるつもりはない。
しかしそれは相手も同じだろう。
スポッターもいない中での撃ち合いを制するためには、相手よりも先んじた思考が必要になる。
先を読み、それに合わせて動く。

木の影から軽く身を出し、相手の動きを窺う。
これで撃ってくるようならば相手の技量も知れたものだが、銃弾は飛んでこない。
ライフルを肩にかけ、腰のホルスターからベレッタを抜く。
状況が不利ならば狙撃戦に持ち込まなくてもいいと考えたヒッキーは、暗視ゴーグルをかけた。

視界に映るのは温度の差を示す鮮やかな映像だ。
視野が狭くなるという点に目を瞑れば、相手よりも優位に立てる。
強い風が吹き、木々のざわめく音が森中に広がる。

今一度、今度は反対側から相手の位置を探るために顔を影から出す。
すると、視界いっぱいに広がった赤と白の映像がヒッキーを待っていた。

(;-_-)「なぁっ?!」

強烈な痛みが腹部に訪れ、次いで、拳銃を持つ手を激痛が襲った。
たまらず拳銃を手放したヒッキーの体は次の瞬間、まるで冗談か何かのように宙を舞い、背中から地面に叩きつけられた。
幸いにして土と落ち葉の地面だったため、そこまでのダメージはなかったが一瞬だけ呼吸が止まる。

162名無しさん:2017/12/25(月) 23:25:49 ID:ZLy5QeVs0
すかさず馬乗りにされ、暗視装置が取り外された。

目の前にいたのは、黒く長い髪の若い女性だった。
頭上に輝く月明りが幻想的な雰囲気を彼女に纏わせ、逆光の中輝きを放つ鳶色の瞳は宝石の様だった。
その手にはグロックが握られ、銃腔はヒッキーの頭を捉えている。
指はいつでも発砲が出来るよう銃爪にかけられ、数グラムの力を込めるだけでヒッキーの命は土に吸い込まれることになる。

('、`*川「いくつか質問をするから答えてもらえますか?」

丁寧な問いだったが、その声には有無を言わせぬ力強さがあった。

(;-_-)「答えたら俺はどうなるんだ?」

('、`*川「綺麗な状態で殺してあげます。
     死体も動物に食べられないよう配慮します」

残酷な返答にヒッキーは息をのんだ。
目の前の女性は本気だ。
本気でヒッキーを殺す気でいて、殺した後の処理も考えている。

(;-_-)「何を訊きたい?」

('、`*川「イルトリアの基地を襲った人間とその理由を知っていれば、全て話してください」

(;-_-)「復讐でもするつもりか。
     そんな無意味な」

言葉の途中で、女のグロックが火を噴いた。
いつの間にか銃腔はヒッキーの右肩に狙いが移り、その付け根に鉛弾を送り込んできた。
肉が爆ぜ、骨が砕けた。
悲鳴を上げるヒッキーの首を女の繊手が襲い、空気の道を塞ぐ。

('、`*川「静かにしてください。
     質問の答えだけを口にすればいいんです」

(;-_-)「くっ……糞女がっ!」

('、`*川「弾がある限り貴方の死体が醜くなるだけですよ?」

(;-_-)「俺だよ!俺とさっきあんたが殺した二人だけだよ!」

どれだけ酷いことになろうが、仲間は決して裏切らない。
それがジュスティア軍だ。

('、`*川「嘘ですね」

次は左肩の付け根に銃弾が撃ち込まれた。
筆舌に尽くしがたい激痛がヒッキーの体を駆け巡る。
標本にされた虫がもがくのを見るかのような冷たい視線が、まっすぐにヒッキーの目を射抜く。
失血からではなく、ヒッキーは恐怖によって全身が凍る思いだった。

163名無しさん:2017/12/25(月) 23:26:31 ID:ZLy5QeVs0
('、`*川「この辺りには狼がいます。
     生きたまま食い殺されたいのですか?」

(;-_-)「……っ」

('、`*川「大丈夫です。
     貴方が喋った事は誰にも分かりませんから」

苦痛に屈したのはヒッキーの精神ではなく、体だった。
どれだけ意志が強くても、体の痛みに逆らう事は出来なかった。
それでも彼は、仲間を裏切るのではなく、せめてこのイルトリア人に真実を探す協力をさせようと試みることにした。
それが彼の精いっぱいの抵抗だった。

(;-_-)「……命令があったんだ。
    イルトリア軍が発砲して来たら撃ち返せと」

('、`*川「イルトリア側からは発砲をしていません。
     つまり、貴方方が独断で攻撃を仕掛けたと?」

(;-_-)「違う!それについては俺達も混乱しているんだ。
     別の誰かが勝手に攻撃を始めたんだ。
     それを見た俺達は、てっきりイルトリアが攻撃をしてきたものだと思って……」

('、`*川「もう少し状況を詳しく話してください」

(;-_-)「詳しくも何も、俺達が基地を監視していたらいきなり基地の人間が警戒を始めたんだ。
    そして、さっき言った通りだ……」

('、`*川「俺達、ということは他の人間がいるのですね。
     その名前と特徴は?」

(;-_-)「それは話せない!あんたもイルトリア人なら分かるだろ、ジュスティア人がどういう人間か!」

その一言を聞いた女は、ゆっくりと頷いた。
因縁の深い二つの街の軍人は、互いの気質をよく分かっている。
ヒッキーは仲間の数や名前だけは、決して口外しないと心に固く決めた。
再び撃たれるのならば舌を噛んででも阻止する覚悟を決め、女を睨む。

('、`*川「えぇ、分かります。
     では、何か家族に言い残すことがあればメモで残しておきますが?」

(;-_-)「上着のポケットに入っているから必要ない」

狙撃兵に限らず、兵士の多くは戦地に足を踏み入れる前に遺書を用意しておく。
恋人に宛てた手紙だったり、家族に宛てた手紙だったりするが、内容は大差ない。
それでも、それが後に遺された人間達の心の救いになる事をヒッキーは知っており、常に手紙を肌身離さず持っていた。
その手紙と同じものは、基地の自分の荷物の中にも入っている。
仮にこの女がヒッキーの手紙を焼き捨てたとしても、手紙はヒッキーの家族に届けられる。

('、`*川「宗教上の祈りの文言でもあれば構いませんよ」

164名無しさん:2017/12/25(月) 23:27:21 ID:ZLy5QeVs0
(;-_-)「いいや、必要ない」

('、`*川「そうですか。
     では、さようなら」






悪態を吐く間もなく、光がヒッキーの視界を覆い、彼は生涯最後に白い世界を見た。
彼の長い夜は、そこで終わった。







第四章 了

165名無しさん:2017/12/26(火) 19:17:09 ID:t9wRBDQg0


166名無しさん:2018/01/04(木) 08:53:57 ID:OtvUkrhE0
今晩VIPにてお会いしましょう

167名無しさん:2018/01/04(木) 19:10:48 ID:OtvUkrhE0
('、`*川魔女の指先のようです
http://hebi.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1515060272/

投下中でございます

168名無しさん:2018/01/05(金) 19:43:00 ID:/I1FvFmQ0
('、`*川魔女の指先のようです
http://hebi.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1515148288/

投下中でござい

169名無しさん:2018/01/07(日) 14:02:13 ID:9ft78oqo0
今晩VIPでの投下でお終いとなります
よろしければ是非お越しください

170名無しさん:2018/01/07(日) 14:58:58 ID:U26BMP/E0
いよいよラストか
楽しみにしてるぜ

171名無しさん:2018/01/07(日) 14:59:12 ID:7JJOIBvg0
待ってる
むしろ舞ってる

172名無しさん:2018/01/07(日) 18:22:39 ID:9ft78oqo0
('、`*川魔女の指先のようです
http://hebi.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1515316439/

投下中です

173名無しさん:2018/01/07(日) 20:29:15 ID:9ft78oqo0
第五章 【嵐の夜】


八月十日。
狙撃手達の長い夜が明け、新たに五人の名前がジュスティア軍の戦死者名簿に載ることになった。
その結果がジュスティア本土に伝わり、早急に会議が行われた。

イルトリア人の生き残りが単独でここまで多くの死者を生み出すことになるとは、誰が予想出来ただろうか。
敵が殺したのはいずれも多くの戦場を生き延びた実力者で、相手が何者であっても決して油断することはない者だった。
子供相手にも銃爪を引くことの出来る彼らの経験値は、言い換えれば自信であり信頼だった。

誰よりも彼らの実力を信じていた市長フォックス・クレイドウィッチは机の上で拳を作り、それをどうにか振り下ろさないように自制し、普段はあまり吸うことの無い葉巻を口に咥えていた。
葉巻から吐き出す紫煙が部屋に霞のように広がり、彼の感情と同様に他者にも広まっていた。

正義の執行者たるジュスティアの市長に就任して以来、これほどまでに激怒したことはなかった。
激怒と言う言葉すら生ぬるいと感じる程の怒り。
憤りはフォックスの氷のような精神に沁み込み、自制心を犯した。
負けるはずのない、負ける要素のない兵士達がなす術もなく殺された。
軍人としての経験があるフォックスには、その異常さがよく分かる。
大胆不敵な行動で次々と兵士を殺し、未だにその正体が分かっていない。

陸軍が入手した情報によれば相手は凄腕の狙撃手という事が分かっているが、それ以外については謎のままだ。
回収された薬莢は拳銃の物だけで、狙撃銃から発射された薬莢はジュスティアの物しか見つかっていない。
一切の手がかりのない亡霊が相手の場合、軍隊は太刀打ちが出来ない。
あれだけの過酷な訓練を経た軍人がろくな抵抗すら出来ずに一方的に翻弄された事実は、受け止めなければならない。

爪'ー`)「テックスから連絡は?」

(´・_ゝ・`)「未だにありません」

海軍大将デミタス・ステイコヴィッチが頭を横に振る。
フォックスは葉巻の煙を肺に送り込んで、静かに吐き出す。

爪'ー`)y‐「狙撃手の正体だけでも分からないのか」

要は狙撃手の正体が分かっていないから手古摺るのだ。
正体さえ分かってしまえば、島のどこに隠れていようが島民の目撃情報を元に居場所を突き止め、殺すことが出来る。

(´・_ゝ・`)「死体から見つかったライフル弾を調べたところ、7.62㎜弾が使用されていました。
      これはモシンナガンなどに使われている弾です。
      しかし、イルトリアでは――」

爪'ー`)y‐「要点だけを言えばいい」

妙にもったいぶった言い方をするデミタスに、フォックスは苛立ちを辛うじて抑え込んだ声で強調した。
余計な言葉は時間の無駄であり、思考の邪魔になる。

(´・_ゝ・`)「はっ、失礼いたしました。
      イルトリア軍では使用されていない弾種です。
      一人を除いて」

174名無しさん:2018/01/07(日) 20:29:47 ID:9ft78oqo0
爪'ー`)y‐「誰だ、その一人というのは」

もったいぶっている、というよりもそれは言い淀んでいると言った方がいい口調だった。
デミタスはその事実を認めたくない立場にあり、それを報告したくないようだ。

(´・_ゝ・`)「本名は分かりませんが、〝魔女〟と呼ばれる狙撃兵です。
      分かっていることは使用するライフルがドラグノフであるという事と、女であるという事だけです」

爪'ー`)「……女一人に殺されたのか、あの勇者達は」

〝魔女〟という狙撃手に聞き覚えのないフォックスは、デミタスの言わんとすることが分からなかった。
狙撃手は時には一人でも脅威になるが、女の狙撃手ごときに後れを取るジュスティア軍人ではないはずだ。

(´・_ゝ・`)「お言葉ですが、イマルデスの戦闘を覚えておいでですか?」

爪'ー`)「知っている。
    イルトリア軍との代理戦争だ。
    忘れるはずがない」

三年前に起きたイマルデスという街を二分する内戦にイルトリア軍が軍事介入し、ジュスティアが支援する指導者との間で激しい戦闘があった。
その際、渓谷にイルトリア軍を追い込んだはずの部隊が猛烈な待ち伏せにあい、壊滅状態となった。
三日三晩に及ぶ戦闘は多数の死傷者を出し、兵士達にトラウマを植えつけた。
イマルデスの戦闘は深追いすることの危険性と、イルトリアとの直接戦闘は危険だという事を強く認識させる教訓となった。

(´・_ゝ・`)「では、撤収を援護していた801大隊が全滅した時も覚えておいでのはずです。
      あれが、その〝魔女〟の仕業なのです」

爪'ー`)「どういう意味だ?」

当初は優勢と思われた追撃部隊が渓谷で猛攻にあって壊滅状態に陥り、すぐさま即応部隊(QRF)が編成されて派遣された。
死体を含めて誰一人として戦場に置き去りにはしないという信念の下、ジュスティア軍は自軍兵の救出を行った。
その際、いくつかの部隊が文字通り全滅する事態が発生し、救出作戦は泥沼化したのである。

(´・_ゝ・`)「言葉通りの意味です。
      エンジンを一発で撃ち抜き、車輌を全てその場に足止めにしました。
      そしてそれから、指揮官を正確に選び抜いて撃ち、指揮系統を乱しました。
      そして民兵が部隊に追いつき、後は無残な結果となりました。

      殺された指揮官とハンヴィーのエンジンルームからは7.62㎜弾が見つかっています。
      その銃を使うイルトリア人は一人しかいません。
      イマルデスの戦闘で捉えた捕虜の口から狙撃手についての情報が入り、狙撃手が女であることが分かりました。
      それ以降、我々はその女狙撃手を〝魔女〟と呼んでいます」

爪'ー`)y‐「私の耳にその人間の話は届いていないぞ」

(´・_ゝ・`)「兵士一人の名前をお伝えするまでもないので。
      我々の知る限り、この女は最高の狙撃能力を持った人間です」

爪'ー`)y‐「それが今回の生き残りだと?」

175名無しさん:2018/01/07(日) 20:30:16 ID:9ft78oqo0
(´・_ゝ・`)「おそらくは。
      使用された弾の線条痕を今分析中です。
      イマルデスの戦闘で使用された物と一致すれば、間違いなく〝魔女〟の仕業です」

爪'ー`)「分かったところで何がどうなる?人相も分からないのならば意味がない」

(´・_ゝ・`)「人相よりも手法が分かれば次の手が読めます」

爪'ー`)「そんな悠長なことをしていられる状況ではない。
      クックル、君の意見はどうだ」

番犬のように静かに腕を組んでいた海軍中将クックル・フェルナンドは即答した。

( ゚∋゚)「街中を探すのが確実です。
     次の手を打たせないよう、グルーバー島を完全に封鎖します。
     オバドラ島、バンブー島に通じる橋を即時封鎖、あらゆる車両の通行を止め、船舶の往来も禁止にします。
     ですが、兵士の数が不足しています」

(´・_・`)「クックル、これ以上兵士の数を増やすつもりか?イルトリアを非難していた我々がそんな事をしてみろ、それこそ話がややこしくなる」

目頭を押さえながら、海兵隊大将ショーン・ブルーノが反論した。
報告が入ってからすでに一〇杯以上のコーヒーを飲み、カフェインの力を借りて会議を冷静に続けてきた彼も、クックルの提案には声を荒げざるを得なかった。
しかし、上官の激昂ぶりを見てもクックルは引き下がる様子を見せなかった。

( ゚∋゚)「ですがショーン大将、これ以上奴を野放しにしておけば更に被害が出ます。
     生身の人間が〝棺桶〟を拳銃で負かしたんです。
     奴の技量は異常です」

(´・_・`)「それについて会議の最初の方で話したが、やはり撤収させるのが一番だ。
     これ以上被害が出てみろ、世界中に恥を晒すことになるぞ」

(´・_ゝ・`)「だがな、ショーン。
      すでに死者が出ているんだ。
      今さら退いたところで恥をかいた事実に変わりはない」

落ち着かせるような口調でデミタスがショーンを諭す。

(´・_・`)「数を悪戯に増やしても相手の思うつぼだぞ。
     相手が死ぬまでにこちらの死体袋が増える。
     それも将兵のが、だ」

兵士の命は平等ではない。
階級、社会的な地位によってそれは変化する。
一般兵と中尉が人質となった場合、優先するのは中尉の命だ。
それは経験値と部下を持つ人間を生かしておいた方が得だから、という考えだが、表向きには命は平等として取り扱っている。
しかし、派遣される部隊の質と時間は圧倒的なまでの差があるのが事実である。
現に、武装地帯で捕えられた一般兵は見殺しにされているのに対し、将兵はすぐに救出部隊が編成されて現地に送り込まれているのである。

176名無しさん:2018/01/07(日) 20:30:58 ID:9ft78oqo0
今回ショーンが危惧していることを、フォックスはよく分かっていた。
すでに派兵された人間は経験値が高く、一朝一夕で作り上げられる存在ではない。
一人として欠かしたくない人間達ばかりだった。
上に立つ人間は時として大胆な提案と決定をしなければならない時がある。
それが今だと、フォックスは意を決した。

長い深呼吸をし、気持ちを落ち着けてからフォックスは短い提案をした。

爪'ー`)「なら、武器を送ろう」

(´・_・`)「武器?ライフルがグレードアップしても、撃つ人間が変わらなければ意味がありません」

爪'ー`)「戦車と迫撃砲を使えば爆殺出来る。
    戦車隊と砲兵隊を派遣する」

ショーンは目を見開き、市長を見た。
彼の正気を疑う素振りを隠そうともせず、ショーンは掴みかかる勢いで身を乗り出す。

(´・_・`)「それは兵器です!戦争をするつもりですか!」

その言葉に、市長は首を横に振った。

爪'ー`)「いいや、兵士が使う道具である以上武器だ。
    それにこれは紛争だ」

(´・_・`)「言葉遊びをしているのではありません!お言葉ですが、私はイルトリアの強さを知っています。
     奴らとはまだやりあうべきではありません!残念ながらジュスティア軍はまだイルトリア軍と戦えるだけの力がありません!」

爪'ー`)「イルトリアの動きを見てみたまえ、ショーン大将。
     奴らは増援も出していない。
     つまり、狙撃手は見捨てられたんだ。
     街対街の争いではない。
     個人対街の問題だ。
     いわば治安活動の一環だ」

市長の物言いに言葉を失ったショーンは、他の人間達を見た。
部下のハルーシオ・マイトビー中将、リリプット・グランドオーダー少将も同様に驚いた表情で市長とショーンを見比べている。
しかし、陸軍のマタンキ・グラスホッパー中将とミルナ・バレスティ少将はショーンの事を軽蔑の眼差しで見つめている。

陸軍と海兵隊との間には長年の軋轢がある。
決して埋めることの出来ないその溝は、軍隊の設立時代からある化石のような物だ。
このタイミングでそれが出てくることにショーンはどうしようもない憤りを覚えた。
今はプライドを捨ててでも一つにならなければならない時期なのだ。

冷静に考えても見れば、こうしてジュスティア軍が翻弄されているのはたった一人の狙撃手によるもので、それ自体が異常であると認識し、垣根を越えて問題解決に取り組むべきだったのだ。
それが、陸軍のマタンキが熱烈な好戦派であることが分かり、彼が白熱した言葉を並べたために今の事態に発展したと言っても過言ではなかった。
本来であればもっと穏便に――それこそ、机上の話し合いで――解決出来たはずだった。

177名無しさん:2018/01/07(日) 20:31:50 ID:9ft78oqo0
(;´・_・`)「治安維持で戦車と迫撃砲を使うなんて言語道断です!
     むしろそれが生み出す社会的混乱を考えても見てください!
     戦争狂のイルトリアでさえ一線を越えなかったのに我々がその一線を越えるのですよ!
     市長、これが歴史の教科書に載ってもいいのですか!」

歴史的大罪を犯した人間、もしくは勢力は例外なく教科書に載る。
太古の話ならばまだしも、現代の場合は徹底的に掘り下げ、そして第三者の立場にある人間が偏りなく記載する物事が史実として永久に残るのだ。
偽造が可能な昔ならばいざ知らず、現代においてそれを書き換えるなど不可能と言っていい。
複数のメディアがそれをすかさず流し、それが真実として民衆に知れ渡ってしまう。
汚点となって永久に語り継がれる。

爪'ー`)「我々は正義を完遂する。
     いいか、女一人にここまでコケにされて黙っている方が問題なのだ。
     我々が狙うのは軍人ではなくテロリストだ。
     テロリスト相手に遠慮するのか?」

無論、市長である自分の発言が如何に暴言なのかは理解している。
どれほどの効果を後の世にもたらすのかも予想は出来ていた。
しかしながら、今ここで何もしないでいるのはジュスティア人ではない。
正義を世に見せつけるために、動かなければならない。

(´・_・`)「市長!私は断固反対です!」

爪'ー`)「テロリストには屈しない、それは常識だ」

(;´・_・`)「何故ですか市長!何故もっと慎重にならないのですか!」

頑なに反対の意思を示すショーンに、フォックスもまた、断固とした態度で答える。

爪'ー`)「棺桶を生身で倒した人間を捕まえるのに、またどれだけの人間が死ねば君は満足するんだ?
     私はもう、これ以上ジュスティア人の死体を増やしたくない。
     そのためなら、世の中の評価など知った事ではない」

(;´・_・`)「言わんとすることは分かります、ですが!」

(´・_ゝ・`)「ショーン、落ち着け。
     市長、私ももう少し慎重に動くべきだと思います。
     この事がきっかけでイルトリアと戦争にならないとは断言出来ません」

大将二人が同じ意見を並べてきたが、フォックスの意志は揺らがなかった。
慎重に事を行うべきだという事も、撤退するのが被害を最低限に収められることも分かっている。
しかし、それでもフォックスはリスクの管理者としてではなく、一人の人間として、正義の都を束ねる市長としての意見を口にした。

爪'ー`)「今引き返すことは、我々が生んだ犠牲の全てに対する冒涜になるからだ。
     兵士が無意味に死んだとは思いたくないんだよ、私は。
     奪われた命とその家族に報いるためには、正義を執行するしかない!分かるか!
     奪われた者達の無念を晴らせるのは我々しかいないんだ!ならば怒りに震える拳で叩き潰してやればいい!
     イルトリアが何だ!正義の代行者が巨悪を前に臆するのか?冗談ではない!イルトリアが挑んでくるのならば返り討ちにすればいい!」

178名無しさん:2018/01/07(日) 20:34:27 ID:9ft78oqo0
感情を露わにした市長を前に、今度は誰も反論をしなかった。
そして、そうなるように仕組んだ人間は内心でほくそえんでいた。

______________________∧,、___
  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄V`´ ̄ ̄

陽が頭上で輝き、青々とした夏の空が広がる。
白い綿のような雲が流れ、海鳥が気持ちよさそうに風に乗って飛翔する。
銃撃戦から一夜明けたティンカーベルは、いつもと変わらない様子の穏やかな風が流れていた。

しかし、噂話は夜明け直後から街中に広まっていた。
山で響いた銃声。
それも、バンブー島とグルーバー島の二か所でそれが聞こえたというのだから、軍属でない人間にはいささか刺激の強いニュースだ。
イルトリア軍がジュスティア軍に撃滅され、銃声は止むものと思われたが、結局のところ銃声は続き、死者は増えるばかりだった。

中にはジュスティア軍が無能なだけなのではと噂する者もいたが、関心事はすぐに別の方向に移った。
この後どうなるのか、ジュスティア軍はどう出るのか。
ある種のゴシップネタとして人々は重大な事件に捉えず、ほとぼりが冷めるのを待つことにした。
連日の銃声と死者のニュースが、島民の神経を麻痺させていた。

漁師の反応は少しだけ違っていた。
密猟者を懲らしめたイルトリア軍を排除したジュスティア軍が何者と争っているのか、その正体に興味があった。
一部の漁師がイルトリア軍の生き残りがジュスティア軍に対して反抗しているのだという情報を入手し、それは瞬く間に島中に広まり、正午には全島民に知れ渡るところとなった。

午後一時。
狙撃手を追い詰めるはずだった作戦に失敗し、悪戯に兵を失ったジュスティア軍は一度基地に戻り、上層部からの指示を待っていた。
出し抜かれたことに対して憤る兵士も入れば、司令官と仲間を失ったことに対してショックを受ける兵士もいた。
戦意は高いとは言えず、いつどこから狙われているのかも分からない不安にストレスを感じた兵士の中には、早くもこの場から故郷に帰りたいと思う者もいた。

哨戒が増え、厳戒態勢となった基地の片隅では普段よりも遠い距離の標的を狙い撃つ射撃訓練が行われていた。
それが狙撃手と中距離で遭遇した際の訓練であることは、今さら説明の必要もなかった。
隊狙撃手用の訓練以外に、兵士達は不安を解消するかのように体力トレーニングにも精を出していた。
それが絶好の標的となると分かっていても、彼らは日課であるトレーニングを行う事で精神を安定させようと試みていた。

人は日常が継続すればそれだけで安心する生き物だ。
精神的に不安定な場合、取り分けプレッシャーやストレスに押し潰されそうな時に日常的行動を行えばリラックスすることが出来るのは科学的にも証明されている。
優れた運動選手達は試合直前やここぞという時に日常的に行っているある種のまじない的な行動をすることで、精神を安定させるという。

一方で、兵舎の中で休憩をする者もいた。
昨夜の捜索活動で山を登り、探し、下り、そして再び見つかった死体とその近辺の捜索に参加したことにより、二四時間以上起きている者がほとんどだった。
疲労の色はまだ顔には出ていないが、精神的な疲労は戦闘経験豊富な人間にも見えていた。
狙撃手がもたらした被害は、死体袋の数以上に深刻だった。

割り当てられた部屋に集まる海軍狙撃チームの三人は海兵隊のそれと同じく自由行動の権限を与えられていたが、
必要な出撃はしばらく後だろうという事で、粗末な食事を摂った後に各々のやり方で休憩していた。
精神的な緊張や疲労はあるが、同じ狙撃手としてその動きは見習うべきだし、次の機会には必ずや返り討ちにするという決意があった。

ベッドの上に寝転がり、ペーパーバックの短編小説を読むのはスクイッド・マリナー。
ブロック食糧を食べながらコーヒーを啜り、机の上に広げたティンカーベルの地図を睨むのはハインリッヒ・サブミットだ。
ジョルジュ・ロングディスタンスはベッドの上でライフルの分解整備を行い、ガンオイルを染み込ませた布で部品を磨き上げている。

179名無しさん:2018/01/07(日) 20:36:58 ID:9ft78oqo0
三人はパレンティ・シーカーヘッドら陸軍の狙撃チームが全滅したことにショックを受けていた。
彼らはそう簡単に殺される人間ではなかった。
何度も修羅場を潜り抜け、戦場を生き抜いてきた本物の兵士だった。
パレンティは強化外骨格を使用したにも関わらず、弱点と呼ぶにはあまりにも小さすぎるカメラを狙い撃ちにされて死亡した。

それは、ジョン・ドゥの性能をよく理解しているだけでなく、豪胆な人間である証拠だった。
敵は、人間離れした人間だった。
対戦車砲を手に戦車に立ち向かうのが可愛く見える程の無謀としか言いようがない。

強化外骨格は人の力を上げることはあるが、下げることは絶対にない。
全身を覆い隠す装甲を持つ種類の強化外骨格であれば、生身の人間が銃を持ったところで太刀打ちするのは不可能だ。
ジョン・ドゥはその拳足だけで人を殺せる。
銃で武装しようが、当たらなければ意味がない。

ジョン・ドゥはオーソドックスな強化外骨格だが、それ故に使われ続けてきた理由がある。
汎用性の高い設計もそうだが、何より無駄がないのだ。
人を殺すこと、相手の兵器を破壊することに長け、持ち運びにも問題がない。
仮にジョン・ドゥの弱点を知る人間がいたとしても、近距離でそれを実行に移せと言われても――仮にジュスティア人であろうとも――断固として拒否するだろう。

また、パレンティの死は全体の指揮官を失うのに等しい打撃だった。
これで真実を追うチームが二つとなっただけでなく、指揮をする人間が失われたことにより全体の士気に多少なりとも影響が出てしまう。
自由に行動する権限も今の状況では期待できず、誰がイルトリア軍との戦争を誘発したのかを追う人数が減ってしまったため、しばらくは行動を控えざるを得ない。
  _
( ゚∀゚)「どうする?」

声を出したのはその部屋で最も階級の高いジョルジュだった。
相変わらずライフルの整備は続けたまま、その声は二人に投げかけられ、返答は確実に求められていた。

从 ゚∀从「情報が少なすぎます。
     迂闊な行動は出来ません」

地図に線を引いていたハインリッヒがその手を止めて答えたのに合わせ、スクイッドは本から目を離して答えた。

「ハインリッヒ曹長と同意見です。
まだ動くのは危ないと思います」
  _
( ゚∀゚)「だが、俺の意見は違う。
    イルトリアと戦争をさせようとしている人間なら、今このタイミングで何か行動を起こすはずだ。
    スクイッド、無線の傍受が得意だったよな?」

ジョルジュにはある考えがあった。
ジュスティア軍内部に裏切り者がいたとしても、それは決して一人ではない。
外部にいる人間と連携し、タイミングを合わせて行動しているに違いなかった。
これだけの規模の事を考えるとなると、単独犯では有り得ない。

外部の人間と確実に連絡を取る方法は無線を使った通信。
そして、事態が大きく動いた時にこそ連絡は行われるものだ。
流石に名指しで呼ばれたスクイッドは本を閉じて起き上がり、傾聴する姿勢を取った。
  _
( ゚∀゚)「今から二四時間体制でこの基地周辺の無線を全て傍受して、怪しそうな周波数を見つけるんだ」

180名無しさん:2018/01/07(日) 20:37:47 ID:9ft78oqo0
「……分かりました、何とかやってみます」
  _
( ゚∀゚)「それとハインリッヒは、街に出て狙撃手を探してくれ」

意表を突かれたハインリッヒは、少し躊躇いがちに、だが力強い口調で答えた。

从 ゚∀从「ですが、狙撃手の特徴が何も分からないまま捜索に出かけても、これまでと何も変わりません」
  _
( ゚∀゚)「そうだそれでいい。
狙撃手の位置ではなく、狙撃手の次の行動を読んで動いてほしい。
幸いにも狙撃チームは自由行動が出来る。
二人がどう動いても、不自然さはない」

後は海兵隊側の狙撃チームとの連携を考慮に入れるか否かの選択に迫られるが、ジョルジュの答えは否だった。
連携に力を入れれば、それはかならず明るみに出ることになる。
それが察知される事態は避けなければならない。

ここは別行動を取るべきであり、互いにその行動を知らない方がいい。
目的の根幹さえ同じであれば、結果はいずれにしても同じになる。
それに、余計な人間に知られる恐れもない。

ジョルジュは決して口にはしないが、裏切り者は狙撃チームの中にいる可能性さえあるのだ。
狙撃に長けた知識と技術、作戦内容を知っているという点を考えると十分に容疑者として数えられる。
むしろ、十分すぎるぐらいの存在だ。
だがそれを口にしないのは、それを言えばジョルジュも容疑者の一人になってしまう上に、真の裏切り者の思惑通りになってしまうからである。
  _
( ゚∀゚)「善は急げ、だ。
二人ともすぐに動き始めろ。
名目はイルトリアの狙撃手探しで統一だ。
海兵隊にもそう伝える」

______________________∧,、___
  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄V`´ ̄ ̄

隣の部屋では、海兵隊の三人が黙々と食事を口に運んでいた。
六枚切りの食パンにレタスとハムとチーズを挟み、マヨネーズで味の統一化を図っただけの簡素なサンドイッチ。
泥のように濃いコーヒーでそれを胃に落とし込み、部屋にはその音だけが漂っていた。

普段は饒舌なタカラ・ブルックリンも冗談を口にする余裕すらなく、ただ、次の機会に備えて万全の状態であるために栄養を補給している。
同じ階級であるギコ・コメットは五杯目になるコーヒーを啜り、部屋の壁を遠い目をして見つめていた。
ボルジョア・オーバーシーズはまるでそれが敵であるかのようにサンドイッチを口に押し込み、咀嚼し、嚥下した。

何かをしなければならないというのは分かっていた。
ボルジョアは生き残った狙撃チームの中で最も階級が高く、必然的に指揮を執る立場にあった。

陸軍の狙撃チームが強化外骨格と共に全滅したのは大きな打撃となり、今や、
軍内部の裏切り者を探し出すだけでなくイルトリアの狙撃手に対する対抗手段も考えなければならなくなってしまっていた。
恐るべき狙撃能力を有するイルトリアの狙撃手に関する情報は、まだ彼らのところに伝わってきてはいない。

181名無しさん:2018/01/07(日) 20:38:54 ID:9ft78oqo0
裏切り者の捜査を進めようにも、情報の不足と状況がそれを簡単には許してくれない。
基地内を探らせるべきか、それとも街を探させるべきか。
与えられた権限を正しく受け止めるのなら、狙撃手を探すために街へ足を運ぶべきだ。
基地の中を調べる必要はどこにもないが、それは他の人間から見た場合の判断だ。

彼ら狙撃チームは今、イルトリアと戦争をさせたがっている人間も同時に探さなければならない。
狙撃チームには真実を暴き戦争を回避する責任がある。
単調な味付けの食事で腹を満たしたボルジョアは食後のコーヒーを飲み、次の行動を考えていた。

戦争をしたがっている人間は、今この瞬間こそが契機だと考えているに違いない。
兵士達がイルトリアに対して憎しみを抱き、銃爪を引く力がいつもよりも増しているこのタイミングならば、容易に戦争へと発展させることが出来る。
火種はあるのだ。
後は、それをどのタイミングでどのように誰が大火にするのか。

今以上の好機はそう生まれることはない。
ゆめゆめ忘れてはならないのは、彼らの目的は非人道的な行いをしたイルトリアをこの島から追い出すことであり、島民の平穏を守る事だ。
心を落ち着けることでようやく、ボルジョアは舌先に味を感じることが出来た。
苦みが意識に働きかけ、カフェインの力を借りて眠気を抑制した。

今は考えなければならない。
すぐに考え、すぐに答えを出せば必ずや得られるものがある。
しかし、二つを同時に得ようとするのは強欲というものだ。
狙撃手か、それとも裏切り者か。
追うのであれば、どちらか一方にした方がいい。

多くの仲間を殺した狙撃手か。
それとも、混沌を望む何者か。
心情からすれば狙撃手を選ぶべきだが、そもそもの原因を考えると、選ぶべきは後者だ。
混乱と争いを持ち込もうとする者を消さなければ、死んだ兵士達の魂が救われることはない。
無念を晴らすためには、彼らを死に追いやった張本人よりも、殺される状況を作り出した人間を屠るべきだ。

( ・3・)「二人とも、いいか」

声をかけると、二人はすぐにボルジョアを見た。
その目には疲労の色があったが、次の言葉が命令であればと願う、期待に満ちた色は失っていない。

( ・3・)「基地内の裏切り者を探す。
    イルトリアの狙撃手は後回しだ」

( ,,^Д^)「いいんですか?基地は今狙撃手一色ですよ?」

懸念を示したのはタカラだった。
彼の指摘はもっともだった。

( ・3・)「だからこそだ。
    狙撃手探しは他の連中に任せて、諸悪の根源を叩く。
    今は裏切り者も動きやすい。
    つまり、今が一番相手の動きが活発になる時だ。

    それと、この件は海軍のチームには話さない」

182名無しさん:2018/01/07(日) 20:41:46 ID:9ft78oqo0
(,,゚Д゚)「え?!」

驚いたギコがマグカップに注いだコーヒーを零しそうになるが、それに気づいていない。

( ・3・)「行動を合わせると察するチャンスを与えかねん。
    リスクを減らす」

(,,゚Д゚)「せめてその旨だけでも伝えた方がいいのでは」

( ・3・)「言いたくはないが、裏切り者の息がかかった人間が海軍にいないとも限らない。
    言った通り、リスク管理をする」

予想ではあるが、戦争を望んでこれだけの事をやる人間はそれなりの地位にいる人間だろう。
それについては海軍との話で意見が合っている。
だが、地位がある人間だけに本腰を入れて行動すれば目立つ。
そのため、手足となる細胞がいるはずだ。

細胞はどこに潜んでいるか分からない。
テロリストの細胞と同じように、一見無害そうな人間が狂信者であることは珍しくないのである。
子供を持つ主婦が神の名を叫んで自爆をするように、ジュスティアへ忠誠を誓っておきながら戦争を起こそうとする人間がいても不思議は何もない。
例えそれが、信頼しなければならない仲間であっても、だ。

( ・3・)「だから、狙撃手を探すという体で裏切り者を探す。
    海軍の連中には、俺からそう伝えておく」

______________________∧,、___
  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄V`´ ̄ ̄

それを吉報と捉えるか、それとも凶報と捉えるべきなのか、イルトリアの市長室には微妙な空気が漂っていた。

すでに走り始めた復讐の歯車を止められるのは、ペニサス・ノースフェイスただ一人だけ。
大都市同士の戦争に発展しかねないその復讐劇は、早くも大きな成果を上げていた。
だが、その成果が大きくなればなるほど、戦争が起こる可能性も高まる。
どこかで止めなければ、この演目を考え付いた何者かの思惑通りに事が進んでしまうのは火を見るよりも明らかだ。

しかし市長室に集う各軍の代表者達は戦争を起こすつもりはなかった。
それは何度も部下に、そして自らに言い聞かせている事だった。
孤軍奮闘するペニーに増援を出すのも救出部隊を出すのも、裏で糸を引く人間の欲を満たすだけで、悪戯に犠牲者が増えるに違いなかった。
救いの手を差し伸べることもままならず、彼女には文字通り孤軍奮闘してもらう他ない。

部下を戦場に一人置き去りにするのは、胸を引き裂かれる思いがした。
それが優秀な部下なら尚更だ。
反面、彼女の強さを再認識してヒート・ブル・リッジは関心さえしていた。
単独で行動する狙撃手の脆さが常識と化している現代に於いて、彼女の存在は異常だ。

普通、一五〇もの軍勢を前にすれば生きて撤退する方法を模索するだろうが、彼女は復讐を優先した。
狙うべき指揮官を狙い、撃ち果たすべき敵を屠った。
彼女は信念に従い、無謀極まりない復讐と戦火の火種をティンカーベルの地に振り撒いた。
あの島が焼け野原になろうとも、彼女は歩みを止めないだろう。

183名無しさん:2018/01/07(日) 20:42:33 ID:9ft78oqo0
イルトリアの軍人はそう訓練されているからだ。
それに、彼女は大人しそうに見えてその実、感情の何もかもを表出させるのではなく圧縮し、原動力とする性格をしている。
新兵訓練を担当した上官は、彼女の卓越した感情のコントロール力に驚いた物だ。
狙撃兵の訓練は過酷を極め、中には発狂して途中で脱落する者の方が最後に残る人間よりも多い。

訓練はあらゆる場所で行われた。
怖気を催す虫の大群で満たされた箱の中で。
何もかもが氷結する山奥で。
血が煮えるような熱砂に囲まれた灼熱の大地で。

実弾が飛び交う内戦の地で。
血と泥と雨に顔を汚し、死体が積み重なる街を歩き渡り、静かで確実な死を戦場に運んだ。
ライフルを頼りに、訓練生はただひたすらに生きる術と殺す技を学んだ。
一方でペニーは射殺ではなく相手を行動不能にするための射撃を学んだ。

人を殺すよりも殺さずに撃つ方が何倍も難しく、次に彼女が人を殺す時の心理的なハードルを下げるための配慮だった。
彼女は多くの人間の手足を奪い、生き地獄を与えてきた。
罪悪感や良心の呵責に苛まれるその訓練を通じても、ペニーの精神は壊れなかった。

その訓練課程では、狙撃手候補生と観測手候補生が二人一組のチームを組んで共に訓練を乗り越え、戦地を転々とする慣わしがあった。
ペニーも例外なく同期の訓練生と観測手とチームを組んだ。
観測手の名はクリス・ハスコック。

一〇代前半と言う驚異的な若さのペニーをリードするクリスは、彼女に狙撃手として必要な事を数多く教え、仲間というよりかは師弟のような関係にあった。
一〇代の訓練生はペニーしかいなかった。
彼女にとっては、訓練生は皆同期の仲間ではなく多くを教えてくれる先輩だった。

訓練の最終調整はペニーが一五歳の時に行われた。
実際の戦場に行き、彼女は人を殺した。
一撃必殺。
狙撃手として要求される最善の手を彼女は現場で学び、実践した。

小さな町を占拠していた敵勢力は一日で全滅し、一日で彼女が生み出した死体は二三。
最高の結果となった。
指導者とその部隊を撃退したことにより戦争はこれで終わるかに思われたが、そうはならなかった。
帰り道で彼女を待っていたのは復讐に燃える民兵達による狙撃手狩りだった。

熱心な信奉者達が指導者の仇を討つため、狙撃手だけを狙って攻撃を仕掛けてきた。
執拗な追撃は丸一日続いた。
救出部隊が到着した時、ペニーはクリスの亡骸の傍らにいるところを発見された。
銃弾はクリスの腹部を貫き、止血の甲斐も虚しく長い時間をかけて死に至った。

二人の間に何があったのか、詳しいことは分かっていないが、その日を境にペニーが観測手を嫌うようになったのは事実だ。
単独で行動し、単独で成果を上げ、そして一等軍曹にまで上り詰めた。
ペニーならばこの状況でも上手く立ち回る術を知っているし、経験もある。

だがそれでも、ヒートは彼女が一人で戦っている構図がどうにも好きになれなかった。
まるで、死に急いでいるような、燃え尽きることを望む蝋燭のような印象がするからだ。

184名無しさん:2018/01/07(日) 20:43:09 ID:9ft78oqo0
カップ一杯のコーヒーではもはや足りず、大将三人は皆魔法瓶か巨大なマグカップを持参して意識を保っていた。
会議の議題は一つ。
個人対軍隊の紛争に対して、イルトリアが介入するべきか否かの最終決断だった。
ここで介入が決定されなければ、イルトリアはこの紛争に対して一切の手出しをせず、ペニーがどのような状況に陥ろうとも決して救出などは行われない。

少数の秘密部隊を送ることも、交渉することも、ましてやジュスティアのやり方を非難することもない。
介入をするという意見は最初から上がることはなく、問題は、それを決定とするのか保留とするのか、それだけだった。
つまりそれは、殺された全ての部下達の死も見捨てるという事だった。
後続の道を作るために死んだのでもなく、誰かを守るために死んだのでもなく、何もなさずに殺された。

軍人としてこれほどの屈辱はない。
等しく部下を失った三人の大将は、それ故に苦悩し、決断しかねていた。
眉間にしわを寄せ、その皺に親指の腹を当てて撫でさすり、唸るようにしてアサピー・クリークは声を絞り出した。

(-@∀@)「ヒート、報告は来ているのか?」

ノパ⊿゚)「いいや、無線や電波を元に発見される恐れがあるから当然、そんなことはしない」

(-@∀@)「そうか……」

(’e’)「逃げるよう指示は出来ないのか?」

魔法瓶に残っていたコーヒーを喉に流し込み、セント・ウィリアムスが苦々しい声で投げかけた疑問に対し、ヒートはソファに背を深々と預けて両肩を竦めて答える。

ノパ⊿゚)「無理だ、こちらからの連絡には応じない。
    電源が落ちているのか、それとも電池がないのか、それすらもわからん状態なんだ」

携帯電話が普及していたと言われる太古の話ならまだしも、現代では所有者の少なさからそれが放つ電波を捕捉するのは非常に簡単だ。
ペニーが報告を手短にかつ最低限しかしてこないのは、そういうわけだ。
だから報告は遠距離無線機を使い、携帯電話はそれ以外の場合にのみ限定しているのである。
一度作戦が始まれば、携帯電話は狙撃手にとって居場所を知らせる枷でしかなくなる。

ノパ⊿゚)「しかし、おかしな話が一つある」

ティンカーベルにいる情報提供者から届いたばかりの情報が書かれた紙を懐から取り出し、それをマホガニーの机に置く。
これがヒートに決断を躊躇わせ、会議を開くことになった原因だった。

ノパ⊿゚)「ペニサス一等軍曹の情報が漏れてる」

(-@∀@)「……何?」

185名無しさん:2018/01/07(日) 20:44:59 ID:9ft78oqo0
ノパ⊿゚)「名前までは出ていないが、〝魔女〟と呼ばれる女の狙撃手をジュスティア軍は血眼で探してる。
    イルトリアでドラグノフの弾を使う狙撃手はペニーだけだからな。
    だが、妙なんだ。
    その情報は島民から流れている。

    おかしいとは思わないか?ジュスティアの奴らが意地でも隠したい情報が島民に漏れているんだ。
    聞き込みの可能性はない。
    女一人にしてやられたと吹聴するような物だからな。
    じゃあ何故この情報を島民が知っているのか。

    誰かが喋ったんだ、狙撃手の正体を。
    つまり、イルトリアしか知らないはずの情報とジュスティア軍が隠し通したい情報が、何者かによって漏洩されている。
    あの島に、我々かジュスティアか、もしくは両方の裏切り者がいる可能性がある」

爆弾発言と言っても過言ではないヒートの言葉に、二人の大将は示し合わせたようにしてソファに背中を預けた。
セントは両の手で額から後頭部にかけて頭を撫で、アサピーは天井を仰いだ。

世界最強の軍隊と呼ばれる軍隊の総指揮権とイルトリアに於けるあらゆる決定権を持つ市長のロマネスク・アードベッグは溜息を吐くでもなく、
頭を押さえるでもなく、ただ静かにヒートの言葉に耳を傾けていた。
裏切り者がイルトリア内にいるという発言を、誰も疑わなかった。
状況がそう告げているからだ。

ペニーはたまたま休暇であの島にいただけで、イルトリアが公式にも非公式にも派遣したわけではない。
つまり、一兵卒程度では知り得ない情報なのである。
それを知るのはこの場にいる四人と派遣した部隊の人間だけだ。

ジュスティア側から情報が漏れ出た可能性もゼロではないが、考えにくい物だ。
たった一人の女狙撃手に翻弄される正義の都、という構図が世間体的に考えれば大恥であることは明白であり、ジュスティアがそのような失態を自ら晒すということは考えられない。
ましてや、渾名まで広まっているのが解せない。

ノパ⊿゚)「ジュスティアはこれで間違っても舞台を降りられなくなった。
    ペニーも同様だ。
    我々が真に対応すべきはこちらの問題だろう」

( ФωФ)「情報の出所は聞けているのか?」

ノパ⊿゚)「いいや、市長殿。
    島の協力者も噂が流れている程度でしか知らなかった。
    今のところジュスティアは聞き込み捜査を行っていないという情報もある。
    つまり、意図的に流された噂である可能性が高い。

    狙いはペニーの抹殺か、もしくは戦争を確かなものにしたいのか、それは分からない。
    しかし分かるのは、裏切り者がいるということだ」

( ФωФ)「だがどうやって、存在すらも分からない裏切り者を探す?」

情報が漏れているのはまず間違いのないことだ。
だが、誰が漏らしたのか。
イルトリアか。
ジュスティアか。

186名無しさん:2018/01/07(日) 20:46:43 ID:9ft78oqo0
それともただの偶然なのか。
それは分からない。
裏切り者がそもそも存在しない可能性もあるのだ。
それを考えに入れて行動するのは、あまりにも気の遠くなる話だ。

しかし、幸いなことに情報の出所は限られている。
限られているという事は、対処が出来るという事だ。

ノパ⊿゚)「知り得た人間は我々と基地にいた人間だけだ。
    つまり――」

( ФωФ)「死んだ人間の調査をすると?」

ノパ⊿゚)「死者は疑われないからな。
    一度彼らの身辺調査をしようと思う。
    私はこの会議に於いて救出部隊を派遣するか否かについてはまだ決める必要がなく、代わりにこの調査をすることを提案する」

誰もが重い決断をしなくて済むことに安堵を示すが、代わりに提案された内容に新しく頭痛を覚える思いだった。
アサピーは無言だったが、深い溜息を吐いた。
彼女の意見に反対はしないが、気が重いことを示していた。

(’e’)「私はその意見に賛成だ」

(-@∀@)「私も賛成だ。
      市長はどうお考えですか?」

深い溜息が市長の鼻から漏れ出た。
慎重に言葉を選び、黒煙を吐き出すエンジンのように力強く告げた。

( ФωФ)「やらなければならないだろうな。
      一等軍曹が向こうで戦っているように、我々も戦わなければならない。
      仮に我々の中に裏切り者がいなかったならばそれでいい。
      だがそうでなかったのなら」

それから先の言葉は言わずとも誰もが分かっていた。

______________________∧,、___
  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄V`´ ̄ ̄

イルトリアの市長室から遥かに離れたその部屋は窓から取り込んだ太陽の光で程よい明るさに保たれ、空気中に舞う埃が光の帯となって浮かんでいる。

部屋には調度品は最低限しかなく、冷暖房装置すらなかった。
グルーバー島の外れにある安ホテルの一室には椅子は一つとベッドが一つ。
そして三人の男がいた。
ベッドに腰掛ける男二人は帽子を目深に被り、部屋唯一の椅子に座る男を睨むようにして見つめていた。

細長い葉巻を咥えたその人物は、紫煙をゆっくりと吐き出した。
その煙は室内に白い靄のように滞留しているが、目の前でカフェインレスのコーヒーを飲む二人の人物は全く気にする様子もなかった。
その目は死んだ魚のように虚ろだが、その奥に湛えた剣呑な雰囲気は不気味なまでに爛々と輝きを放っている。

187名無しさん:2018/01/07(日) 20:48:12 ID:9ft78oqo0
椅子に座る男が腕時計を見た。
時刻は午後の二時半だった。

「知っての通り、問題が起きた」

葉巻を咥える男が紫煙を口に含み、静かに煙と共に気だるげな口調で手短に告げた。

「対処をしてもらいたい」

二人は首肯した。
男は満足げに煙を肺に送り込んだ。
目の前の二人は仕事を心得た本物のプロフェッショナルだ。
彼らならば発言の意味するところ、その奥にある事も汲み取る事だろう。
そうでなければこの計画に助力を依頼することもなければ、同じ志の元に行動をすることもなかった。

「部隊に合流する手筈は整っている。
君達の名前は最初から名簿に載っている、疑われる要素はない」

再び、無言の承伏。

手筈は全て整っている。
万全の状態で待機していた二人にとっては、この状況も対処可能な領域にあるはずだというのが、葉巻を咥える男の考えだった。
事実、眼前の二人はこれまでに不可能と思われた多くの任務を成功させ、英雄として知れ渡っている猛者達だ。
非公式な作戦への従事経験も豊富にあり、男の望む〝対処〟を任せるには適任だった。

「奴の写真は確認したな?グルーバー島のどこかにいる。
殺し方は任せるが、油断はするなよ」

無言。
沈黙は肯定の証だった。

「それと聞いているだろうが、ジュスティア軍内で妙な動きをしている連中がいる。
そいつらもまとめて消してもらう。
やり方は任せる」

それから男は淡々とジュスティア軍人の名前を述べた。
その人数は六人だった。
名前を聞いている間、男達は無表情だった。
仕事を心得ている人間の証拠だった。

ベッドの上にいた二人は示し合わせたかのように同時に席を立ち、無言のまま部屋を出て行った。

______________________∧,、___
  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄V`´ ̄ ̄

スクイッド・マリナーは残骸の山を見て、全ての機械類が壊れているわけではないことに気付いた。
爆発の衝撃で確かにガラクタと化している物もあるが、部品を繋ぎ合わせれば使える物もありそうだった。

188名無しさん:2018/01/07(日) 20:49:56 ID:9ft78oqo0
工具を使って壁と一体化していた通信機器を外し、分解し、部品取りを行う。
スクイッドの実家は家電の修理を行う傍ら、発掘された太古の技術の復元作業を趣味半ばで行っていた。
幼い頃から親の仕事を見て育ったスクイッドは、簡単な構造の電子機器ならば作り上げることが可能だった。
特に得意としていたのが、無線機器の修理と組み立てだった。

ドライバーとハンダごてさえあれば、ある程度の無線機修理は彼の手に負えた。
その応用として、彼は無線の傍受を行う装置を作ることが出来た。
基盤を見て無事な物を選び、それを積み上げていく作業が続く。

地道な作業だったが、スクイッドはこの作業が好きになり始めていた。
無線傍受が出来れば、彼らを貶める何者かの正体に迫り、順調にいけばその相手の特定も夢ではない。
つまりこの無線傍受器作成という任務は、大きな役割を担っているのだ。
スクイッドは久しぶりに自分が重要な仕事をしている実感を覚え、部品探しに精を出した。

床に付着している血が、悪夢の夜を思い出させた。
何者かが武器保管庫を爆破し、監視の仕事を担っていた狙撃チーム四人を殺した夜。
イルトリアの生き残りと思われるその人間は、パレンティ・シーカーヘッドとヒッキー・キンドルを新たに殺害していた。
その人物がどちら側の人間なのか、スクイッドには想像も出来なかった。

裏で糸を引く人間の手先なのか、それとも本当にイルトリアの復讐鬼なのか。
考えがぐるぐると頭を巡り、もやもやとした気持ちが抜けきらない。

「精が出ているじゃないか」

突如、背後から声がかけられたことにスクイッドは心臓が止まる思いをした。
その声の主をスクイッドは良く知っていたが、この基地に派遣されているとは思わなかった。
作業を中断して敬礼をすると、その人物はスクイッドに楽な姿勢をするよう指示をした。

「無線機なんて分解してどうしたんだ?」

「はっ、小型の無線機があれば、街中での潜入捜査も容易になるかと……」

「はははっ、誤魔化さなくていい。
大方無線傍受装置でも作ろうとしているんだろう?やはり、君も同じ考えか」

「いえ、自分は……」

「この事件、背後で糸を引く人間がいる。
そうは思わないか?」

突如として投げかけられたその言葉に、スクイッドは内心でたじろいだ。
計画を知る人間は狙撃チームだけであるため、如何に信頼に足るこの人物とはいえ、安易に肯定は出来なかった。

「……どういう、ことでしょう」

「何ね、私も少しは話を聞いているんだが、君達が最初にこの基地を攻撃した時の事を考えると、
イルトリアとの衝突を望む何者かが介入していると考えても不思議ではないからね」

「一体、どこでその話を」

189名無しさん:2018/01/07(日) 20:50:54 ID:9ft78oqo0
「こう見えても、私は顔が広くて耳がいいんだ。
私にも手伝わせてくれないか?」

魅力的な話だった。
この人間が手を貸してくれるのであれば、鬼に金棒だ。
しかし、独断で決める訳にはいかなかった。
これは非常にデリケートな問題であり、他言は身の破滅につながる。

「そうは言っても、決断は難しいだろうな。
だが、考えておいてくれるだけでもいい。
私も、役に立ちたいんだ」

そう言って、その人物は手に持っていたコーラのプルタブを開き、スクイッドに手渡した。

「根の詰めすぎに気を付けるんだ」

それ以上は何も言わず、その男は通信室だった場所を後にした。
残されたスクイッドはしばし考え込んだが、コーラを一口飲んでから作業に戻ることにした。

______________________∧,、___
  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄V`´ ̄ ̄

一時間前に自らの知らぬところで名簿に載った名前を読み上げられたハインリッヒ・サブミットは、サングラスをかけ、軽装で街中を歩いていた。
昼下がりの街は心なしか人が少なく、皆、どこか怯えた様子をしていた。
連日の銃撃戦の後、いつそれが市街地で起こるのかと心配しているのだ。
当然の危惧だった。

脅かされてはならない平穏が脅かされたのだ。
不平不満が出て当然のことなのである。
しかし、誰を恨めばいいのかとハインリッヒは何度も自問していた。

漁船を操縦していた民間人か。
漁船を沈めた軍人か。
軍人を殺した彼女達か。
彼女達を脅かす狙撃手か。

それとも、陰で糸を引く人間か。
全てが歪な歯車となって噛み合い、動いている以上、どこを責めても始まらない。
恨む対象など、すでにその境界が曖昧となって誰にも分からなくなってしまっている。
こうして狙撃手を探していても、見つけられるかどうかは分からない。

それに、探す意味さえ今は不明瞭だった。
命令に従って探しているが、本当に探すべきは事件の裏にいる人間ではないのだろうか。
ひょっとしたら、イルトリアが漁船を沈めたことさえもその人間の策略だったのかもしれない。
こうして争うように仕向け、今頃はどこかで高笑いをしているのかもしれない。

それを考えると、どうしようもない焦燥感にかられ、罪悪感からハインリッヒの脈は早まった。
彼女達は罪もない軍人を奇襲の形で殺した。
大勢を殺し、民間人の平穏を壊した。
理由はどうあれ、結果としてはその構図が覆ることはない。

190名無しさん:2018/01/07(日) 20:51:15 ID:9ft78oqo0
そう考えるだけで息が苦しくなり、どこかで休む必要を感じた。
誰でもいいから話を聞いてもらいたいという欲求が胸の中で膨らみ、ペニサスの顔が脳裏によぎった。
あの女性なら、話を聞き、ハインリッヒの葛藤を楽にしてくれるかもしれない。
だが再び会うのは難しいだろう。

彼女は休暇を使ってツーリングに来ている人間だ。
騒ぎに巻き込まれる前に島を出たかもしれないのだ。
仲間にこの胸の内を話せば、きっと狂人として扱われるかストレスで頭がおかしくなった哀れな女として認識されることだろう。
軍人が殺人に対して罪悪感を覚えるのは最初の頃までで、それ以降は慣れ、何とも思わなくなる。

最終的には相手をどのように殺したかを誇るまでになるのだ。
当然、狙撃兵として訓練を積んできたハインリッヒもそのようにして死体を増やしてきた。
少年兵であろうとも、間違いなく仕留めた。
それというのも、自分達の行動に対して絶対的な自信があり、正義の行いをしてきたと信じてきたからだ。

今、それが崩れていた。
正義の名のもとに自分がしてしまった行動をどうにかして清算したいという気持ちと、誰かにこの行いは過ちではなく、ハインリッヒ達もまた被害者なのだと理解してくれる人が欲しかった。
罪人が教会に足を運び、罪を告解するような物だ。
兵士としては失格だと分かりながらも、ハインリッヒは救いを求め、少し気持ちを落ち着けるためにどこかで休憩をすることにした。

ちょうど目の前にあった喫茶店に足を向け、その扉を押し開いた。

______________________∧,、___
  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄V`´ ̄ ̄

午後三時。
ジャケットとスラックスに着替えたペニサス・ノースフェイスは何事もなかったかのように、喫茶店で紅茶とホットサンドの遅めの昼食を摂った。
気持ちいいぐらいに晴れていたが、安全面からテラス席ではなく屋内の出口に近い席を選んでいた。
焦げ目の付いたホットサンドに挟まれたレタスとハムとチーズは、素朴な味だったが、ペニーの胃袋を満たしてくれた。

付け合わせのフライドポテトとサラダも全て平らげ、追加でグラタンを注文し、それも綺麗に胃に収めた。
グラタンの皿に残ったソースをパンで拭い取り、それを食べながら文庫本の間に挟んだ縮小された地図を眺めていた。
昨夜の戦闘を振り返り、最後に殺した男の発言を反芻した。
複数の狙撃チームが基地を襲撃したが、彼らは彼ら以外の何者かが戦闘を始め、その結果として基地に対する攻撃に参加してしまったと言っていた。

つまり、彼らは嵌められたと思っていた。
誰が何を目的として嵌めたのか、ペニーには皆目見当もつかない。
この戦闘の背後に陰謀があったのだとしても、ペニーは基地を襲った人間を皆殺しにするつもりだった。
最終的にそこは譲らない。

しかし、順番を変えても問題はない。
先に影法師を見つけ出し、始末し、それから狙撃手を殺しても遅くはない。
殺される原因を作り出した人間がいるのなら、それもまたペニーの復讐対象なのだから。

何かの陰謀で殺された戦友達のために今出来る最善の事は、ジュスティア側の人間と接触をし、裏にいる人間を探し出すことだ。
つまり、一時的とはいえ仇の人間と手を組み、共闘歩調を歩むという事だ。
最後は殺す相手と協力し合うのを考えると、まるで喜劇だ。
仲良く共通の敵を殺した後は、ペニーによって墓場に送られる。

191名無しさん:2018/01/07(日) 20:53:28 ID:9ft78oqo0
実におかしな話だ。
そんな話に相手が乗ってくるとは考えにくいが、必ずしも不可能と言うわけでもなさそうだ。
昨晩の様子を見ていると、彼らは操られ、己の意志とは別に銃爪を引いてしまった言わば被害者という認識を持っている。
その認識を逆手に取れば、一時的に力を貸してくれるかもしれない。

問題は接触の方法だ。
ジュスティア軍人と追われているイルトリア軍人が正面から対話の場を設け、仲良く話し合うなど、土台無理な話だ。
一人で行動しているところを狙い、拉致し、誘い出すのが現実的だろう。
だがそこまでした場合の心象は最悪だ。
どうにかして別の手段を考え出さなければならない。

ふとペニーが地図から視線を上げると、入り口に見たことのある女性が立っていた。

大きなサングラスをかけているが、間違いなくハインリッヒだった。
僥倖とはまさにこのことを指し示すのだろう。
ペニーは本を閉じ、そっとヒップホルスターの銃把に指で触れて存在を確かめた。

視線が合い、ペニーは笑みを浮かべた。
敵意を感じない事から、まだこちらの正体に気付いていないようだ。
ペニーの席にまで来たハインリッヒは向かいの席に座り、注文を取りに来たウェイトレスにアイスコーヒーを注文した。

('、`*川「奇遇ですね、ハインリッヒさん」

从;゚∀从「えぇ本当に、ペニーさん」

('、`*川「何か疲れていますが、どうかしたのですか?」

心配する風を装い、ペニーはハインリッヒの警戒の内側に侵入するところから始めた。

从;゚∀从「仕事で少し難しい問題にぶつかってしまって、ちょっと滅入っているんです」

('、`*川「あら、大変ですね。
    パティさんはお仕事中ですか?」

他ならぬペニーが殺した男だ。
仕事などしているはずがない。
何も知らないという風を装い、ペニーは自分が事件について何も知らない人間の立場を演出した。

从;゚∀从「え、えぇまぁ。
      ちょっと本部に呼び出されて島を離れてしまったんです」

('、`*川「それは大変そうですね……」

彼女が注文したアイスコーヒーが運ばれ、会話が中断される。
ペニーは相手の言葉を待った。
ストレスで心に多大な負荷がかかっている時、人はその負担を減らすために会話が増える。
一度話せばそれは堰を切ったように一気に溢れ出てくる。

192名無しさん:2018/01/07(日) 20:55:11 ID:9ft78oqo0
その時を待つのだ。
カウンセラーという仕事の多くが会話であるように、会話にはストレスを減らす効果がある。
建設的な会話でなくてもいい。
話を聞いてもらうだけでも人はかなり楽になるのだ。

从;゚∀从「……ペニーさん、ご迷惑でなければ私の話を聞いてもらってもいいですか?」

('、`*川「私でよければ、もちろん」

从;゚∀从「自分がとんでもない罪を犯してしまったのではと、悩んだことはありますか?」

('、`*川「えぇ、何度もありますよ。
    今でもそうです。
    寝る度に私は自分の行動を振り返り、果たしてそれが本当に最善だったのか、他に手段はなかったのか、と思います」

特に、人を殺した時はいつもそうだ。
慣れたと思っていても、後々になってそれはペニーの心に死霊となって現れる。
殺された人間の家族の無念や絶望。

奪われた家族に復讐されるのではないかという想像。
それらは今なおペニーの頭の中から消えることの無い残像だ。

从;゚∀从「自分では正しいつもりでやっていた事が、後になって大変な過ちだったと分かったら、どう向かい合えばいいんでしょうか……」

('、`*川「いくら振り返っても過去は変わりません。
    過去の見方だけが変わるだけです。
    なら、その過去を自分の経験として取り入れ――それが罪だったとしても――、生きていくしかないと思います。
    だから、仮に大罪を犯したのだとしたら、その罪と共に生きる他ないと、私は思っています。

    もしよければ、お話を聞かせてもらってもいいですか?」

変わらないはずの店内の話し声が嫌に大きく聞こえる。

从;゚∀从「……実は私」

('、`;川

ハインリッヒが話しかけたその時、ペニーの視線は彼女から離れて大きく見開かれた。
その反応に言葉半ばでハインリッヒもペニーの視線の先を見て、同様の反応を示した。
ペニーの目はヘルメットを被った四人の男が店に入ってくるのを捉え、その手が不自然なまでに膨らんだ懐に伸びるのを目撃した。
スモークシールドのために視線の向きは分からない。

しかし。
それでも分かったのは、次の瞬間に四人が懐から取り出したのは財布ではなく、撃鉄の起きたコルト・ガバメントだったということだ。
その四五口径のオートマチック拳銃は、人間を撃ち殺すのに申し分ない威力と信頼性を持ち、武器を売る店では必ず目にかかる程の流通量を誇る傑作自動拳銃だ。
使い方によってはどこの街でも通用する完璧な貨幣とも言える。

それを見た客が短く悲鳴を上げるが、銃腔が店中を舐めるようにして向けられ、それは途中で止まった。
銃腔はあまりにも雄弁に客に沈黙を要求し、次の要求を素直に客に届けさせた。

193名無しさん:2018/01/07(日) 20:57:03 ID:9ft78oqo0
「全員動くな!金目の物を全部机の上に置け!馬鹿な真似をしたら撃ち殺すぞ!」

銃腔を向けられた店員はレジから金を出し、強盗達は油断なく客に注意を払い、鞄から財布を出させ、腕時計や貴金属を体から外すように恫喝した。
典型的な強盗のやり口だ。
ペニーはその強盗の存在が奇妙に思えた。
正義の代行者を語るジュスティアが群れを成して来ているというのに、喫茶店を狙った強盗と言うのは不自然だった。

狙うのならば宝石店か銀行で、人目につかない夜が常識だろう。
何故あえてこの喫茶店を選び、何故昼を狙ったのか、理解に苦しんだ。

誰よりも早く視線から逃れるために素早く机の下に隠れたペニーは出口に近いという利点があったが、逃げるという選択肢は頭になかった。
今、せっかくこうして目の前にハインリッヒがいるのだから、それをみすみす見逃す手はない。
彼女はペニーほど俊敏ではなかったが、同じようにして机の下に逃げ込んでいた。

('、`;川「どうしましょう……」

ここで銃を抜けば、ハインリッヒに正体がばれる。
正体がばれれば、最悪の場合はここでハインリッヒに捕まってしまう。
そこでペニーは、軍人であるハインリッヒの動きを待つことにした。
彼女が厄介な問題を始末してくれればそれでいい。

その後で彼女を取り押さえ、話をすればいいのだ。
ペニーの持つ銃を見れば少しは素直に話し合えるかもしれない。
だが、彼女とはなるべくそのような形での話し合いはしたくなかった。

「ほら、この袋に全員金目の物を入れろ!」

麻袋を持った男がテーブルを周り、仕事を始めた。
時期にペニー達が隠れている席にもやって来るだろう。
そうなれば、何をされるかは火を見るよりも明らかだ。

从 ゚∀从「……ごめんなさい、ペニーさん」

('、`*川「え?」

突然の謝罪の言葉に、ペニーはハインリッヒを見た。
彼女の目には深い悲しみと怒りの色が浮かんでいた。
苦悩の末に下した決断の色をしていた。

从 ゚∀从「私、貴女に嘘を吐いていました」

ハインリッヒは足首に巻き付けていたコルト・ディフェンダーを手に取り、それを巧妙に隠しながらゆっくりと立ち上がった。
彼女は自ら正体を明かすことを選んだのだ。
完全にペニーを信頼しての行動だった。

勇ましく銃を手に立ち上がったハインリッヒは、銃を最も近い距離にいた強盗に向けようとした。
なるべく銃が見られないよう、ハインリッヒは巧妙な立ち方をした。
立ち上がるハインリッヒに気づいた強盗の反応は、ペニーの予想とは違っていた。

「……おっ、あいつだ!見つけたぞ!」

194名無しさん:2018/01/07(日) 20:57:38 ID:9ft78oqo0
男がコルトをハインリッヒに向けるよりも速く、ハインリッヒは銃を構えてディフェンダーの銃爪を引き、男の心臓に一発撃ち込んでいた。
そして次々と銃弾がハインリッヒと強盗の持つ銃から放たれ、店内は銃撃戦のあまり騒然とした。
狙いが逸れて銃弾がグラスを割り、机を砕き、硝子を粉々にした。
悲鳴があちらこちらから上がる。

しかし、銃声はそれよりも大きな音で店内を支配していた。
ハインリッヒはたまらず近くの席の影に隠れ、空になった弾倉を捨てた。
奇襲が失敗したハインリッヒが仕留めた強盗の数は二人。
残った二人は怒りのままに銃爪を引き、ハインリッヒの隠れるソファを穴だらけにした。

ハインリッヒの表情は暗かった。
非常用の武器として持ってきたコルトの予備弾倉が無いのだ。
それが証拠に、彼女は再装填を行わない。
否、行えないのだ。

弾がなければ近接戦闘しかない。
格闘戦で拳銃に挑むには距離が開きすぎており、いくら体術に自信があっても、そう簡単には解決出来る問題ではない。

「この糞女!」

ペニーは決断した。
相手は素人だ。
話の内容から察するに、何者かによって雇われ、ハインリッヒを殺すついでに強盗を働いた。
強盗はカモフラージュで、その真の狙いはハインリッヒの殺害。

その割には杜撰な対応であることから、彼女の正体などは知らされていなかったのだろう。
つまり、使い捨ての駒としてここに来たのだ。
何故だろうかと理由を考えるのは後にして、ペニーはヒップホルスターからグロックを抜き放った。

気乗りはしなかった。
それでも、ペニーはハインリッヒがそうしたように、やるべきことをやることにした。

グロックには安全装置がない。
それは構えてすぐに撃つ意志さえあれば発砲出来る構造をしており、ペニーは構えた瞬間にヘルメットのバイザーを撃ち抜き、その奥にあった頭部を破壊した。
その後、三発連続で銃爪を引いて放った銃弾は最後の一人の両肩と腹部を貫通し、衝撃で男を後頭部から倒した。
派手に転倒した男は近くのテーブルに載っていたコーヒーカップを巻き添えにし、いくつも皿が割れた。

悲鳴すら上がらず、店内に静寂が広がった。
流れる血に溺れるようにして倒れた男は何事かを口にしようとするが、ごぼごぼという音が口から出るだけで声にならない。

('、`*川「これでおあいこですね」

短くハインリッヒにそう告げ、ペニーは銃を降ろした。

('、`*川「少しお話をする前に、あの人に話しを聞きませんか?」

ハインリッヒは何も言わなかった。
無言の肯定だった。
瀕死の男の傍に向かい、ペニーは膝を突いて話を始めた。

195名無しさん:2018/01/07(日) 20:59:23 ID:9ft78oqo0
('、`*川「誰に雇われたんですか?喋れば救急車を呼びます」

「し……っ……しらっ……ねぇ……」

('、`*川「何も知らないのなら、救急車は不要ですね」

「ま、待てっ……お、男だった……背の高い男が、そこの……女を殺せば金をくれるっていうから……」

やはり、この強盗達はハインリッヒを狙って雇われていたのだ。
何故ハインリッヒを殺そうとしたのか、理由は雇い主しか分からないだろう。
ペニーに出来るのは精々予想をするだけだ。

予想をするにしても、情報が不足しすぎているため、真実に近づくのは困難だろう。
だが、生き証人であるハインリッヒがいれば、状況は変わってくるはずだ。

('、`*川「ハインリッヒさん、少し静かなところでお話をしませんか?そう、山の方に行きませんか?公園があるんです、とても静かで、あまり人が来ない公園が」

銃を向けずとも、ハインリッヒはペニーのささやかな提案に抵抗することはなかった。
抵抗すれば次に自分がどうなるのかは、強盗達がその身を以て証明したからだ。
弾のある銃と無い銃。
この二つを武器として持つ人間が対峙した時、どちらが優勢かは言うまでもない。

从 ゚∀从「……そうしましょう」

そして二人は店を後にした。
ペニーが何も言わなくとも、ハインリッヒが先に歩き、山に続く石畳を歩いて行った。
銃は向けなかったが、彼女は素直に行動した。
二人はこのような状況の時、どうすれば人目につかずに現場から逃げられるかを知っていた。

人と目を合わせず、決して走らず、黙々と歩き、振り返ることなく目的地を目指すだけでいい。
人の間を抜け、二人は街を見下ろすことの出来る山腹の小さな公園へと辿り着いた。
彼女達を追ってくる人間は誰もいなかった。
木々に囲まれた小さな公園には遊具が無く、木で作られた小さなテーブルとイスはペンキが剥げ、そして海を向いて置かれた鉄のベンチがあるだけだった。

葉の屋根で日陰になった蒼海を一望できるベンチに並んで腰掛け、ペニーが先に口を開いた。

('、`*川「ジュスティアの狙撃手、ですね」

从 ゚∀从「貴女はイルトリアの狙撃手なのね」

沈黙が流れる。

('、`*川「私が、パティさん達を殺しました」

从 ゚∀从「……やはり、そうですか」

('、`*川「そして、貴女達は私の仲間を殺しました。
    私は今、そのことで貴女を咎めるつもりはありません。
    聞きたいのは、あの時に何があったのか、です」

196名無しさん:2018/01/07(日) 21:00:05 ID:9ft78oqo0
決して強い口調ではなかったが、ペニーの考えはハインリッヒに伝わっているだろう。
ここで口論をするのも、銃で撃ち殺すのも簡単だが、それではいい結果を生まない。
彼女は少なくともペニーに対して悪い感情を持っていない。
ならば、まだ話が通じるのだ。

話が通じれば、何か突破口が見出せる。
敵同士であることが分かっても、まだ交渉の余地があるのだ。

从 ゚∀从「それを私が話すと、何故思うんですか?」

('、`*川「あの時に何かがあったんですよね。
    貴女達が予想しない何かが。
    そして、銃爪を引いた。
    つまり、争いの発端となる何かが起きた。
    そう聞いていますよ」

从 ゚∀从「……その通りです。
     イルトリア側からの発砲を確認し次第、私達は攻撃を許可されていました。
     そんな中、誰かが撃ったんです。
     それを目視した私達は、てっきりどこかで攻撃を受けた物だと判断して、狙撃を行いました。

     ですが、チームの誰も発砲をしていなかったんです。
     与えられていた装備では防弾ガラスを貫通できない事が分かっていたため、他の何者かが攻撃をしたんです。
     ジュスティア側の作戦を知っていた何者かが、それを行ったに違いないんです」

優しい風が海から吹き付け、二人の髪を後ろになびかせた。
長い沈黙が、二人の間に流れた。
水平線の向こうに浮かぶ白い入道雲。
海鳥と蝉の鳴き声。

葉擦れが潮騒と合わさる。
降り注ぐ緑色の木漏れ日の中、果ての見えない海を黙って眺めた。

从 ゚∀从「それで、何を望んでいるんですか?」

痺れを切らしたように、ハインリッヒが口を開いた。
それを待っていたペニーは、単刀直入に告げる。

('、`*川「手を組みませんか?」

从 ゚∀从「……どういう事でしょう」

('、`*川「私達はお互いにプロとして自分の仕事をして、その過程で互いに仲間を失いました。
    ですがそれは、貴女の言う何者かが発端になり、私達をぶつけさせた。
    なら、このままでは互いにその何者かの目論見通りに傷つけあうだけです。
    憎しみは癒えることはありませんが、少なくとも、それを今激突させるのは利巧とは言えません」

ハインリッヒは無言でそれを肯定した。

197名無しさん:2018/01/07(日) 21:01:55 ID:9ft78oqo0
('、`*川「黒幕が分かるまでは私も貴女を攻撃することはありません。
    どうですか?互いの情報を交換し合えば、今よりも簡単に調査が進みますよ」

ペニーは一つ、鎌をかけた。
彼女は暴漢達と遭遇する直前、ペニーにその胸の内を話していた。
それがヒントになり、ペニーは彼女が自分のした行為に罪悪感を抱き、贖罪の機会を求めていると予想した。

それを抱えたままの人間は、ストレスを解消するために何らかの解決手段に出るはずだ。
それが軍人で隠密行動を得意とする狙撃手ならば、間違いなく実力行使に出る。
彼女がその行動をするつもり、もしくはしていると踏んだその発言の答えは、ハインリッヒの意を決したような表情が雄弁に物語っていた。

从 ゚∀从「……そうですね、でも私一人で決める訳には」

('、`*川「では、貴女の仲間に伝えてください。
    もし協力するつもりがあるのなら、下手な殺し合いを避けるために今夜十一時、またこの公園に集まって顔合わせをしましょう」

从 ゚∀从「その時に貴女が私達を殺さないという確約は、どう保証してくれるんですか?」

('、`*川「それは貴女も同じです」

从 ゚∀从「それもそうですね。
     ところで私は貴方の事を何と呼べば?」

('、`*川「これまで通り、ペニーで結構ですよ、ハインリッヒさん」

______________________∧,、___
  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄V`´ ̄ ̄

ハインリッヒが基地に戻ったのは、オレンジ色の陽が水平線に沈みゆく午後六時の事だった。
基地内が少しざわつき、慌ただしくなっていることに気付くのに、そう時間はかからなかった。
目の前を小走りで駆けていく兵士を捕まえ、ハインリッヒは騒ぎの原因について訊いた。

从 ゚∀从「何があったの?」

兵士は声を潜めることなく、端的な言葉でそれに答えた。

「それが、スクイッド二等軍曹が亡くなられたんです」

从;゚∀从「死んだ?!」

健康そのものの彼が死んだというのは、かなりの問題だ。
何が原因で死んだのか、ハインリッヒはまるで想像できない。
考えられる中で可能性が高いのは、内部にいる裏切り者の犯行だが、そうであれば別の表現を使っているはずだ。

「何でも、蜂に刺されて亡くなられたとのことです。
実は、それ以外にも面倒なことが起きていて」

从;゚∀从「何があったの?」

198名無しさん:2018/01/07(日) 21:02:33 ID:9ft78oqo0
「実は、本部から戦車隊と砲兵隊が来たんです。
市街地に出る、出ないで今揉めていて……」

ジュスティア軍の戦車隊と砲兵隊は、来るべき日――イルトリアとの激突の日――に向けて、温存され続けていた陸軍の秘蔵っ子だ。
おいそれと表に出す部隊ではないのだが、それがどうしてこのタイミングで派遣されたのか、ハインリッヒはまるで見当がつかなかった。
それに、選ばれた人間だけが配属される部隊だけあって、その意識の高さは時として同じ軍の人間との衝突の原因となることがある。

从;゚∀从「テックス大将はどう対応を?」

「賛成していますが、それ以外の人間が猛反対していまして」

ハインリッヒの意見は後者だ。
市街地に戦車を出せば、住民達は今以上に怯えた生活を余儀なくされる。
たった一人の狙撃手、ペニーがもたらす影響力の高さを改めて理解すると同時に、ハインリッヒはテックスの行動に違和感を覚え、彼らしくない判断だとも思った。

「何でも、本部の意向でもあるようなんです。
なので、市街地に送る部隊の編成と指揮系統を今整えているところなんです。
夜の九時頃には戦車隊が橋を封鎖し、砲兵隊が位置に着けるようにとの命令で、急いで準備をしていて……」

狙撃手一人を相手に戦争をするつもりだとしか思えなかった。
今はそれを置いて、ハインリッヒはスクイッドの死について詳しい情報を手に入れたかった。

从;゚∀从「分かりました。 では」

早足で兵舎に向かう途中、戦車や迫撃砲を搭載した車両とすれ違った。
本気でペニー一人に対して戦争を仕掛けるつもりなのだ。
兵舎に入ってすぐ、タカラ・ブルックリンに出会った。
その顔には悲壮感が漂っており、今の基地内の状況も相まって、青ざめていた。

( ,,^Д^)「ハインリッヒ曹長、スクイッド二等軍曹が亡くなりました……それと本部が戦車隊と砲兵隊を派遣してきました」

从;゚∀从「どちらも聞いています。
     何か私達の動きに変化は?」

( ,,^Д^)「市街地に派兵される前に、一度ミーティングをすることになっています。
     そこで、改めて決定があるかと」

从;゚∀从「分かりました。
     それで、スクイッド二等軍曹が死んだ状況を知りたいのですが」

周囲を見回し、タカラは声を潜めて言った。

( ,,^Д^)「いったん部屋でお話します」

二人は海兵隊の狙撃チームに割り当てられている部屋に入った。
ボルジョア・オーバーシーズとギコ・コメットがそこにいた。

(;・3・)「ハインリッヒ曹長、戻ったか。
    状況は聞いたか?」

199名無しさん:2018/01/07(日) 21:03:51 ID:9ft78oqo0
ボルジョアの言葉に、ハインリッヒは首肯した。

(,,゚Д゚)「スクイッド二等軍曹についてですが、我々が聞かされている情報では本当に蜂に刺されて亡くなったという事です。
    実際にボルジョア少尉が死体を見て確認されました」

( ・3・)「奴は作業中にコーラを飲んでいて、それにつられて出てきた蜂に刺されたらしい。
    猛毒を持つ蜂だが、この島でも見られる個体の毒だそうだ」

不運な事故なのか、それとも、と続けずともその場の人間は理解している事だろう。
蜂が近付いてくる時、その羽音に気付かないはずがない。
作業に集中していたとしても、接近されれば本能的に逃げるのが人間だ。
当然、ボルジョアはその結末が自然のものとは思っていないようで、苦虫を潰したような顔で吐き捨てた。

(;・3・)「……また、人数が減ったな」

扉が数回ノックされ、間隔を空けてもう一度ノックされた。
開いた扉から現れたのは、ジョルジュ・ロングディスタンスだった。
汗に滲んだ戦闘服を着たジョルジュは、部屋を見回して五人となった狙撃チームの存在を確認した。

( ・3・)「これで全員揃った。
    よし、ミーティングだ」

ボルジョアが溜息を吐きつつ、そう言った。

( ・3・)「知っての通り、一人減って、団体客が来た。
    海兵隊で調べて分かった事は特にないが、海軍も同様か?」
  _
( ゚∀゚)「えぇ、新たな情報は特に――」

ジョルジュの言葉を遮り、ハインリッヒが強く主張した。

从 ゚∀从「――二点、ありました」

全員の視線がハインリッヒに注がれる。
傾注されていることを自覚しつつ、ハインリッヒはゆっくりと、要点をまとめて報告を始めた。

从 ゚∀从「一点目、休憩中にカフェ強盗に襲われたのですが、彼らは私を殺すよう依頼を受けていたようです」
  _
( ゚∀゚)「昼に街であったあれか」

ジョルジュがはっとしたような声で口にした。
ジュスティア軍駐屯中の日中に起こった大胆不敵かつ愚かな犯行は、すでに島中に広まっている事だろう。
その現場から逃走した二人の女性については、おそらくは知られていないはずだった。
  _
( ゚∀゚)「あの現場にいたのか」

从 ゚∀从「はい、休憩していたところ襲われたため、反撃しました」

嘘は吐いていない。
確かに反撃をしたが弾が足りずに窮地に陥っていたところイルトリア人に助けてもらったとは、まだ言えない。

200名無しさん:2018/01/07(日) 21:05:42 ID:9ft78oqo0
( ・3・)「誰に頼まれた?」

从 ゚∀从「背の高い男、とだけ。
     弾の当たり所が悪くてすぐに死んだため、これ以上の情報は得られませんでした」

( ・3・)「その男も恐らくは頼まれただけの人間だろうな」

ボルジョアは唸るようにそう言い、ハインリッヒに続きを促した。

从 ゚∀从「もう一点は……イルトリアの狙撃手と接触しました」

沈黙は時に最上の同意になるが、時として、最上の驚愕の表れにもなる。
今回の沈黙は、間違いなく後者だった。
痛いほどの沈黙を破ったのは、ジョルジュだった。
  _
( ゚∀゚)「いろいろと訊きたいことはあるが、まずは経緯から教えてもらおうか」

从 ゚∀从「先ほどの強盗と遭遇した際、命を救われました。
     死体を調べれば、コルトではなくグロックの弾が見つけられるはずです」
  _
( ゚∀゚)「相手はお前の事を知っていて助けたのか?それとも偶然なのか?」

从 ゚∀从「前者です。
     こちらの素性にある程度の目星をつけていたようで、私が銃を抜いても驚いた様子がありませんでした」
  _
( ゚∀゚)「その人間とは以前にも接触があったのか」

从 ゚∀从「はい、ありました。
    ただ、お互いに民間人として会っただけです。
    強盗と遭遇した際も、全くの偶然でした。
    彼女が先に店にいて、私が後から入った形です」
  _
( ゚∀゚)「強盗がその女に雇われた可能性は?」

その可能性も考えていたが、あまりにも不自然すぎた。
ペニーが本気で殺そうと思えば、強盗を使うまでもなく、食事で使用したナイフ一本でハインリッヒを殺せただろう。

从 ゚∀从「あり得ないと思います。
     私を殺そうと思えばその手で殺せるほどの腕前ですから」
  _
( ゚∀゚)「……で、次だ。
    何でお前が生きているんだ?」

从 ゚∀从「一時停戦の上、共闘態勢を取ろうと交渉されました」
  _
( ゚∀゚)「何?あれだけ殺しておいて、今さら共闘だと?」

201名無しさん:2018/01/07(日) 21:07:35 ID:9ft78oqo0
从 ゚∀从「黒幕を暴くまでの間です。
     それに、こちらも相手側の人間を不本意な形で殺しました。
     彼女は私に報告させるために、無傷のまま生かして帰してくれました。
     少なくとも、向こう側は歩み寄る姿勢を見せています」

これがハインリッヒの中に置いて、最上位に位置する連絡事項だった。
これが認められれば、彼女達は心強い仲間を一人手に入れることになる。
少なくとも、黒幕が見つかるまでは、だが。

鼻の付け根を指でつまみ、ボルジョアは冷静さを極力欠くことなく、次に必要な情報を求めた。

( ・3・)「それについては後で話し合おう。
    イルトリアの狙撃手について、何か分かった事は?」

从 ゚∀从「ペニサスという名前の若い女です。
     二〇代前半かと思われます。
     長い黒髪と鳶色の瞳、長身痩躯で使用する拳銃はグロック――おそらくは合金製――で、腕前は恐ろしく良いです」

一目見ただけだが、彼女の使用していたグロックは部品の多くに金属を使用していた。
それはイルトリア軍が採用しているタイプの物で従来の欠点であった頑丈さを補い、複雑な機構の破損率を大幅に軽減させた。
弾詰まりや動作不良の問題も克服したそのグロックは、ジュスティア軍内でも鹵獲に成功した物を好んで使う者もいる。
それを持っている民間人は、世界中を探してもイルトリアの退役軍人ぐらいしか見つけられないだろう。

( ・3・)「こちらに降りてきたばかりの情報と合致するな。
    その女は〝魔女〟と呼ばれる狙撃手だ。
    聞いたことがあるだろ、SVDを使う狙撃手だ」

从 ゚∀从「彼女がイルトリア人なのは疑いようがありません。
     そして、一部ではありますが私達の目的と同じ物を持っています。
     協力を得られれば、裏切り者を誘い出すことも出来るはずです」

彼女の意見を、誰もが噛みしめながら、答えるのを躊躇っていた。
お互いに仲間を殺され、敵を殺した。
それは戦争では自然なことだ。
殺し、殺されるのが仕事だ。

そのことで恨み辛みがなくなることはないが、相互利益の一致により一時的に手を組んでも、どちらかが仕掛けない限り歩調を合わせることは出来る。
問題は、その決断が今回の場合は非常に厳しいという事だ。
砲兵隊などを呼び寄せるだけの狙撃手と、軍の意向に背を向けてでも手を組めるか。
  _
( ゚∀゚)「……ハインリッヒの言う事には一理ある」

(,,゚Д゚)「自分も、ハインリッヒ曹長の意見に賛成します」

ジョルジュとギコが同意を示す。
それは二人とも優れた狙撃手であり、狙撃手が一人で戦況を変え得ることを知っていることから出た意見だったが、何よりも二人は〝魔女〟についてよく知っていた。
それを語り始めたのは、意外にも、ギコだった。

202名無しさん:2018/01/07(日) 21:09:07 ID:9ft78oqo0
(,,゚Д゚)「聞いたことがあります。
    〝魔女〟は観測手なしで大胆かつ正確な狙撃をすることが出来ると。
    そんな人間が味方に付けば、かなり心強い。
    餌にだってなってくれそうですよ」

結局のところ、相互利益のために利用し合うだけの関係だ。
ギコの言う通り、餌として利用することで裏切り者の行動をコントロールすることも出来る。
主導権を互いに握られないように動くことは、互いに理解している事だろう。
それを表に出さずにいられれば、裏切り者ですら想像できない関係を築くことが出来る。

( ・3・)「そもそも、そいつを信頼していいのか?」

当然の危惧を口にしたのは、やはり、指揮を執るボルジョアだった。
互いに恨みを持つ者同士。
いつ銃腔が背中に向けられるか分からない状況は、好ましいとは言い難い。

( ・3・)「……が、それを気にしていたら何も進まないか」

それでも、天秤にかけて判断を下すのもまた、ボルジョア自身だった。
ここでいくら危惧をしても、強力な味方が一人作れることを考えれば、当然の結果だった。
ほっと胸をなでおろしつつ、タカラが手を挙げて賛成の意志を示した。

( ,,^Д^)「驚かせないで下さいよ。
     自分も、ハインリッヒ曹長の提案に賛成です」

これで、全員がペニーの協力に対して賛成の姿勢となった。
胸の内はどうあれ、事態を好転させ得る可能性が高まったことは、士気を高めるにはいい材料だった。

( ・3・)「それで、どう打ち合わせをするんだ?」

从 ゚∀从「まずは顔合わせをしたいと向こうが言っていました。
     互いに顔を確認して、殺し合いを避けたいと」

( ・3・)「確かに、撃たれたらたまらないからな。
    時間と場所は?」

从 ゚∀从「今夜十一時、山腹にある公園です」

ボルジョアの視線が泳いだ。
言わんとすることは、ハインリッヒにも分かっている。

( ・3・)「部隊の配備が完了している時間だぞ。
    そんな中、出て行くのか……」

ある程度の権限が与えられているとは言え、そこまで大胆な行動が出来るかどうか、正直、誰にも分からない。
部隊の目的はイルトリアの生き残りの抹殺であり、彼ら軍人の目的も必然的にそれと同じになる。
同じでなければならないのだが、狙撃チームである五人がしようとしているのは、真逆の事だった。
これから先の協力体制を確認するために顔を合わせ、見逃すことだ。

203名無しさん:2018/01/07(日) 21:11:08 ID:9ft78oqo0
他の人間にこの事が伝われば、彼らは軍を裏切った人間としてつるし上げをくらう事だろう。
友軍だけでなく、同じ狙撃チームの人間二人を殺された立場でこの決断を下すには、かなりの決断力が求められる。
彼ら五人にとっても仇討の対象と顔を合わせるのは苦渋の決断だが、その原因を作った人間に対する憤りの方が大きかった。
今は、誰が何と言おうとも狙撃手に対する復讐の気持ちを抑え込み、そして目的を果たすことの方が重要だ。

( ・3・)「その問題は、後でどうにかするとしよう。
    さて、実は別の話があるんだが、ちょっと気になった事があってな。
    スクイッド二等軍曹が死ぬ前、ある人物と会っていたのが分かったんだ」

从 ゚∀从「誰ですか?」

( ・3・)「アルバトロス・ミュニック大尉だ」

( ,,^Д^)「アルバトロス大尉が、ここに来ていたんですか?!全く姿を見た記憶がないのですが」

驚くタカラの反応に、ボルジョアは頷いた。

( ・3・)「俺も、見なかった。
    だが、確かに大尉がこの基地に来ていて、通信室に上がるのを見た歩哨がいるんだ。
    それに、カリオストロ・イミテーション大尉も目撃されているが、増援が来た際には俺も見た記憶がない」

アルバトロスとカリオストロは、ジュスティアが抱える敏腕スナイパーの五指に入る人間だ。
作り上げた逸話は数知れず、積み上げてきた勲章の数も尋常ではない。
噂によれば表沙汰に出来ない黒い仕事も多く手がけ、軍に多大な貢献をしてきた伝説の兵士だ。

問題なのは、それだけの人間が、今日まで目撃されなかったことにある。
まるで、湧いて出て来たかのような伝説の出現に不信感を抱いたのは、報告をしたボルジョアだけではなかった。
名前の挙がった二人は最高の狙撃手であり、その腕前をもってすれば、狙撃チームから遥かに離れた地点から守衛所にいた男を撃ち殺すことなど朝飯前だ。
それに、徹甲弾を持っていたとしてもなんら不自然ではない。

( ・3・)「スクイッド二等軍曹の死と無関係とは思えない。
    これも一応胸に留めておけ」

______________________∧,、___
  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄V`´ ̄ ̄

澄み切った夜だった。
注意を払えば星が輝く音さえ聞こえてきそうな、静謐な夜だった。
虫の声も収まりつつある夜中の十時三〇分。
グルーバー島の中心に聳える山の近くに住む人間は、寝酒を飲んでも眠れるかどうか不安な気持ちだった。

グルーバー島から外部へと通じる橋は戦車によって完全に封鎖され、迫撃砲を牽引する車輌は山の麓に配備され、
野戦服姿の数人の砲兵がその周辺で弾薬の確認作業を行っている。
そこから少し離れた茂みには装備の最終点検を終えたばかりの、やはり野戦服を着た屈強な軍人がこれまた数人、赤いライトで地図を照らして地形の把握を行っている。
素人の人間が見ても明らかに大規模な軍事作戦が展開され、その説明は一つも住民にされていなかった。

深夜まで営業している酒場で、私服姿の五人の軍人が酒ではなくコーヒーを飲んで時間と時期が来るのを待っていた。
ボルジョアを筆頭とするジュスティアの狙撃チームは、腕時計とコーヒーを何度も交互に見やり、耐えるように時間を過ごしていた。

204名無しさん:2018/01/07(日) 21:13:23 ID:9ft78oqo0
作戦はシンプルだった。
山中に狙撃手を探しに行くという体で、狙撃手と合流するものだ。
民間人の夜間外出を制限する権限はジュスティアにはないため、民間人に扮して公園で顔合わせを行う。
それに、〝魔女〟については性別しか分かっておらず、本名や顔も知らされていない。
つまり、今夜会う人間が何者であれ、顔が分かっていない以上は安全な立場でもあるのだ。

( ・3・)「そろそろ行くか」

腕時計を見て、ボルジョアがつぶやく。
硬貨をテーブルの上に置いて、五人は無言で店を出て行った。
よく冷えた夜風が彼らの体を正面から殴りつけた。
過ごしやすい、涼しい夜だ。
その風の中、ボルジョアは自分が吐いた不安の溜息が誰にも気づかれていない事を願いつつ、ハインリッヒに先導をするよう視線で合図をした。

ハインリッヒは頷き、四人を引き連れてひっそりと不気味に静まり返った街を抜け、山道を登り始めた。
木立の落とす影の中、五人は自分達が他の仲間に対して背信行為とも言える事をしていることに、後ろめたさを感じていた。
仲間に声をかける事が出来れば、イルトリア人と手を組むという事もなく、こちらの力だけで裏切り者とその仲間を見つけ出せる。
ボルジョアはそれが悔しかった。

パレンティとヒッキーは掛け替えのない戦友だった。
裏切り者は当然憎い。
だが、その戦友を奪った狙撃手も憎かった。
そう思っているのは、この五人全員がそうだろう。

感情をどうコントロールするか、それが問題だ。
狙撃手はあらゆる兵科の中でストレスに対する耐性が最も強く、感情のコントロールも得意とする。
利害を天秤にかけ、一時的に正義の行いから目を瞑るのも不可能ではない。

街路灯一つない山道を歩き続け、やがて、ハインリッヒが足を止めて指を差した。

从 ゚∀从「あそこです」

茂みに半ば隠れていた木製の階段を踏みしめ、殺風景な公園へと五人は足を踏み入れた。

見渡しはよく、隠れる場所も豊富にある。
月光は上手い具合に木々に遮られ、闇も多い。
黒い水平線に見える灰色の雲と黒い海に浮かぶ白波のコントラストは、不安を煽るが、どこか安心出来る風景だった。
夜の海はどこか温かで、そのまま引き込まれたら二度と帰って来られなくなるかもしれない。

視線を茂みに戻し、それから腕時計に向ける。
約束の時間まで、後七分ほどあった。
油断なく周囲に目を光らせていたギコとタカラは、腰のホルスターに手を伸ばしたままだ。

从 ゚∀从「銃から手を離しておけ」

ハインリッヒに指摘され、二人はそこで初めて気付いたかのように手を腰から遠ざけた。

从 ゚∀从「そうでないと、相手に無駄な警戒を――」

('、`*川「――そうでなくとも、警戒はしますよ」

205名無しさん:2018/01/07(日) 21:14:44 ID:9ft78oqo0
弦楽器が奏でる音色のような凛とした声のした方向に、そう命じられたかのように全員が顔を向ける。
海を背にしたその人物はゆっくりと濃い影の中から現れ、月光に照らされて幻想的な雰囲気をその全身に纏い、
夜空と同じ色の艶やかな髪と鳶色の瞳を持ち、マウンテンパーカーとカーゴパンツ姿の女性の姿が露わになった。
その妖艶な存在感は、正に、魔女の名に恥じない禍々しささえ感じさせる物だった。

______________________∧,、___
  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄V`´ ̄ ̄

視線が一斉にペニーに向けられ、その瞬間、表現し難い緊張状態が訪れた。

互いに仇を目の前にしているのだから、当然の事だろう。
ペニーは彼ら全員を殺すつもりだが、それは最終的な話であり、今の話ではない。
今は、互いに片付けるべき事態を前にしている身だ。
殺し合うのは、その後でも間に合う。
彼らも、ペニーがその気になれば五人全員が屍として地面に転がっていたことは、彼女が察知されることなく公園内に潜んでいたことで理解してくれただろう。

('、`*川「砲兵隊、それと戦車隊が増えましたね」

挨拶の必要はないと判断し、ペニーは先ほどの会話から、指揮を執っていると思われる男に声をかけた。
男は淡々と回答した。

( ・3・)「あぁ。 あんたをよほど殺したいんだろうな」

('、`*川「そう。 それは怖いですね」

砲兵隊は厄介な存在だ。
戦車は正直、山中に隠れていればそこまでの脅威には感じられない。
機動力を削がれた戦車に轢殺される心配はない。
砲塔の動きも制限される森の中であれば、戦車はペニーを殺すことは出来ない。

問題なのは、迫撃砲で砲撃されることだ。
榴弾は正確に相手に当てる必要はなく、むしろその爆風と破片で被害を与える事を目的に使用される。
仮にペニーが山奥に身を潜めて狙撃を行っても榴弾の雨を撃ち込まれれば、運が悪ければ爆風で手足を欠損することもあり得る。
酷い時には山火事へと発展し、蒸し焼きにされかねない。

それに、砲兵隊と戦車隊は戦争時に姿を現すのが普通で、人間狩りのために派遣されることはあり得ないのが常識だ。
だが、常識は現にこうして打ち破られた。
たった一人を相手に砲兵隊というのは破格の待遇だが、全く嬉しくない。

市街地に逃げ込めば民間人を巻き込むことから用をなさない部隊だが、
これから先の作戦を考えると街中での狙撃はそう何度も出来ないため、必然的に人家から遠ざかって山の方に行かなければならない。
そうすると、砲撃が大いに威力を発揮することだろう。
派遣を決めた人間の思惑がどうであれ、ペニーは間違いなく苦戦を強いられることだろう。

('、`*川「それで、ここにこうして来たという事は、私の提案に同意して下さるという事ですか?」

今度は、ハインリッヒを見た。
彼女は控えめに頷いた。

206名無しさん:2018/01/07(日) 21:16:51 ID:9ft78oqo0
('、`*川「それは良かった。
    私の名前はハインリッヒさんから聞いていると思いますので、自己紹介は省かせてください。
    皆さんの名前を教えていただいてもよろしいですか?」

顔だけでなく名前もセットで認識しておけば、事が済んだ後でその人間を簡単に探し出すことが出来る。
ペニーは、決して復讐を止めるつもりはなかった。
彼らが本名を名乗るか、それとも偽名を使うかは、任せる他ない。
一つ確実なのは、ハインリッヒという名前は彼女の本名だという事だ。

やや逡巡し、男は一人ひとりを指さして話をした。

( ・3・)「こいつらはギコ、ジョルジュ、タカラだ。
    そして俺がボルジョア。
    あんたの予想通り、俺がこのチームの指揮を執っている」

名前から察するに、ジュスティアが誇る狙撃手の〝サンダーボルト・ギコ〟と〝ジョルジュ・ビー・グッド〟だろう。
優秀な狙撃手だと聞き及んでいるが、実際に同じ戦場にいたことはないだろう。

('、`*川「よろしくお願いします、ボルジョアさん」

( ・3・)「握手はなくていいだろう。
    それで、これからどうするつもりなんだ?」

('、`*川「私は私のやるべきことをやるだけですが、そうですね、取り急ぎ貴方達の軍の注意を惹かせてもらいます。
    私なりのやり方でね。
    そうなれば、自ずと動くはずです」

それが意味するところを、ボルジョアは理解出来るだろう。
あくまでも共闘態勢を取るのは目の前にいる五人とだけであって、ジュスティア軍とは争いを続ける。
今夜、この五人以外の軍人全員に対してペニーは狙撃手が狙撃手たる所以を教え込むつもりだ。
砲兵隊が出てこようが、戦車隊が道を塞ごうが、ペニーは戦友の死に関わった人間、邪魔をする人間全員を相手に復讐を果たす。

胸に秘めた激情を悟られぬよう、感情を殺した表情と声でペニーは続けた。

('、`*川「そちらはどうするのですか?」

( ・3・)「こちらのするべきことをするだけだ。
    情報として、いくつか話しておくことがある。
    我々の知らないところで、大物の狙撃手が派遣された。
    タイミング的には増援の際に来たらしいが、その際に我々は見ていないんだ。
    つまり、事前にこの島に潜んでいたと可能性があるという事だ」

('、`*川「……なるほど、留意しておきます」

ペニーを襲った強化外骨格の持ち主である可能性が高いことは、黙っておくことにした。
それに、その狙撃手の名前を言わないところを見ると、彼らもペニーにそれを知らせる必要はないと判断しているのだ。
ならばこちらも、言う必要はない。

('、`*川「連絡はハインリッヒさんを経由して行いたいのですが」

207名無しさん:2018/01/07(日) 21:18:08 ID:9ft78oqo0
面識の時間、そしてペニーに直接悩みを打ち明けようとしたその誠実さを考えれば、五人の中で最も信頼できるのが彼女だった。
ある程度予期していたのか、ハインリッヒは驚いた様子を見せなかった。
ボルジョアもそれに反対も異論も口にせず、頷いた。

( ・3・)「異論はない。
    だが手段はどうする?」

('、`*川「必要な時に公衆電話を使って連絡を取り、こちらで場所を指定してそこで連絡を行います。
    都合上、こちらからの一方通行になりますが」

危惧するべきは双方を苦しめる裏切り者の存在だ。
下手に居場所を知らせる連絡を行えば、ペニーが危険に晒される。

( ・3・)「いいだろう」

('、`*川「ところで、裏切り者に心当たりは?」

( ・3・)「いや、例の狙撃手二人も可能性でしかない。
    それはこちらで調べる」

ペニーは腕時計に目をやった。
一〇時五分。
もうそろそろ頃合いだろう。

('、`*川「そろそろ別れましょう。
    お互いに、しばらくの間は間違えても銃腔を向けないように」

六人は視線を合わせることでそれを挨拶とし、ハインリッヒを除いたジュスティア軍人四人はペニーの前から静かに立ち去った。
その場に残ったハインリッヒに、ペニーは小さく声をかけた。

('、`*川「……それで、本当にいいんですか?」

从 ゚∀从「貴女が言ったんでしょう?お互いにプロとして仕事をしたって。
    パレンティ少尉とヒッキー曹長が殺されたのも、貴女の戦友達が殺されたのも、同じことですからね。
    ……連絡先はここに」

メモに書かれた電話番号をペニーは覚え、頷いた。
彼女の言葉については正にペニーが言ったことそのままだったため、言及することはしなかった。

从 ゚∀从「では、また……ペニーさん」

今度こそ、ペニーの前から全ての軍人がいなくなった。

完全に気配が消えたのを確認してから、そっと溜息を吐いた。
最後にハインリッヒがペニーの名前を口にした際、そこには、憎しみの気配があったが、別の物――好意に近い種類の感情――も確かに共存していた。
遅かれ早かれ殺す相手に感情を持ってはいけない。
何度も言い聞かせてきた事だが、心が突き刺されるような感覚は、いつもペニーの罪悪感を刺激してきた。

('、`*川「……さて」

208名無しさん:2018/01/07(日) 21:19:58 ID:9ft78oqo0
罪悪感が生まれようが、ペニーは銃爪を引き絞る。
狙いは違わず、一撃必中を心掛け、常に静かな死の運び手として戦場を駆け巡る。
砲兵隊がいようとも、ペニーは復讐を果たす。

茂みに隠しておいたライフルケースを背負い、車道ではなく茂みの中を歩いて山頂を目指した。

ジュスティアが戦争を望むのならば与えてやろう。
ペニー一人を仕留めるために大軍を送り込み、正義を果たすと息巻くのならば、その息の根を止めてやろう。
先ほどまでの凪いだ状態の心に、強烈な殺意が芽生える。
宣戦布告はとうの昔に済んでいる。
後は火種が投じられれば、燃え広がり、どちらかが灰になるまで争いの火は燃え続ける事だろう。

五人の軍人と別れてから一時間後。
事前に目を付けていた見晴らしのいい場所で歩みを止め、ライフルケースを降ろしてドラグノフを慎重に取り出した。
木々の間から降り注ぐ月光が光の柱となり、幻想的な森の風景を作り出す。
さながら、ペニーが手に持つライフルは魔女の杖のようにも見えた。

冷えた風が体を撫で、ペニーの髪をふわりと舞い上げた。
ヘアゴムで髪を後ろで一つに結んでから、麓に待機している砲兵隊をライフルスコープで見下ろす。
煌々と光る照明が重迫撃砲を照らし、その周囲で談笑をする兵士を見つけた。
口の動きを読むことは出来ないが、油断し切っている。

彼らが持ち出した火砲の種類は不明だが、地形的なことを考えると迫撃砲と野戦榴弾砲辺りが持ち込まれているだろう。
最悪の場合、自走砲を持ち出している可能性もあり得る。

距離は約七〇〇メートル。
必殺必中の距離だ。
サプレッサーを使っても当てられないことはない距離だが、防弾着を貫通するのは無理だ。
しかし、ペニーはサプレッサーをライフルケースから取り出して銃腔にねじり込んだ。

しっかりと固定されたことを確認し、その場に座り込んだ。
片膝を立て、左手で抱き込むようにしてライフルを構える。
棹桿を引いて薬室に初弾を送り込む。
送り込んだのは、普通の人間には使われることの無い弾種だった。
堅牢な装甲を貫通し、ダメージを与えることに特化した徹甲弾だった。

静かに息を吐き、大きく息を吸う。
そして、ゆっくりと息を吐き出して呼吸を止めた。
心臓の鼓動の音が耳に響く。
風の音と波が砕ける音、虫の声。
ペニーの周囲の世界が凝縮され、極限にまで研ぎ澄まされた集中力と人間離れした感覚で、絶妙に銃腔を動かして狙いを定める。

銃爪を撫でるように引き絞り、抑え込まれた銃声が短く森に響く。
だがその銃声は、直後に発生した爆発音によってほとんど人の耳には届かなかった。
爆発音は最初の一つに続き、複数同時に発生した。
ペニーが狙ったのは人間ではなく、砲弾だった。

209名無しさん:2018/01/07(日) 21:21:48 ID:9ft78oqo0
動かず、そしてペニーの殺気に気付くことの無い無機物は一発の銃弾によって、砲兵を巻き添えに爆発したのだ。
また、爆発の衝撃によって迫撃砲の破壊にも成功した。
オレンジ色の爆炎が火の粉と共に夜空に昇っていく様子を、ペニーは無言で、そして無表情で見下ろした。
視線の先には炎に焼かれて死んだ人間、四肢を吹き飛ばされて歪な形になった人間、飛び出した臓物を抑え込んで苦しむ人間がいるかもしれないが、心は痛まなかった。

落ちていた薬莢を拾い上げ、ペニーはサプレッサーを外し、安全装置をかけたライフルをケースに戻して山を下りようとした。
正にその時、ペニーの背筋に何か冷たいものが走り、正体不明の悪寒がした。
その悪寒が正しかったと証明されたのは、混乱の極みにあると思われた麓から赤い炎が上がり、ペニーの頭上を砲弾が通過し、彼女の背後で爆発が起きた瞬間だった。
ペニーの攻撃に対して、砲撃が返ってきたのだ。

奇襲を受けて即応したとは思えなかった。
反撃されるにはペニーの位置が分かっている必要がある。
斥候がペニーの位置を把握し、報告することでそれが完成するが、ペニーはまだ発見されていないはずだった。
ペニーの行動が読まれているしか思えない。
砲兵相手にも油断なく攻撃を仕掛け、攻撃をするのであれば山中からであると予測の出来る切れ者が、ジュスティア軍を指揮しているようだ。

木々を薙ぎ倒さんばかりの爆風がペニーの背中を押し、耐えきれずに転倒して数メートル転がり落ちた。
顔に軽い擦過傷を負ったのを痛みから理解したが、その程度の傷で彼女の意識が一ミクロンたりとも動くことはなく、立ち上がってからすぐに状況の把握に努めた。
爆撃から逃げるために急いで山を駆け下りようとするも、眼下でライトの光が動いているのを見て、すぐに踵を返した。
反応が速く、準備が良い証拠だ。

相手がこちらの動きを予期しているのならば、すでに島の北側にも部隊が配備されているだろう。
典型的な挟撃だ。
機動力のあるバイクは近くになく、どうにか突破口を探すか作るしかない。

蜂の巣をつついたかのような砲撃が始まった。
どの砲撃も無駄なものはなく、確実にペニーの動きを追っていた。
つまり、予想して砲撃位置を変えているのではなく、ペニーの動きを聞いてから砲撃をしていることになる。
誰かがペニーを見ているのだ。

だがこの暗い森の中、どうやってペニーの姿を視認するのだろうか。
木々に囲まれ、熱源を可視化する装置を使っても、それが無害な人間の物なのか、ペニーのそれなのか分からなければ攻撃は控えるはずだ。
絶対的な自信を持ってペニーを追える存在、それは――

('、`*川「これが話にあった狙撃手……」

狙撃手に赤外線でマークされているのだ。
いつからペニーを探していたのか、それはこの際考えないことにする。
今は現実的な問題として、ペニーは正確な砲撃を受ける状況にあるのだ。
狙撃手がどこにいてペニーをマークしているのか、それを知る方法はある。

つまるところ、赤外線は見る人間を選定できない。
道具さえあれば誰にでも見えるのだ。
ペニーは大木を背に、再びライフルを取り出した。

向こうが赤外線照射機を使っているのならば、ペニーの使用する暗視装置付のスコープにそれが映るはずだ。
照射するという事は、常にペニーの動きに合わせてそれを向け続けなければならない。
つまり、発射されているところに標的がいるという事だ。

210名無しさん:2018/01/07(日) 21:24:15 ID:9ft78oqo0
弾倉を通常弾の物に交換し、素早くスコープを覗き込んだ。
そして、予想通りにサッカーボールの二倍ほどの太さのある赤外線レーザーがまるでスポットライトのように照射されていた。
場所は、街の方からだった。
単純な直線距離に直すと二キロ以上離れた場所。

高さがあり、見通しの良い建物と言うと、グレート・ベル以外には有り得なかった。
また、相手が撃ってこない理由もその距離が原因だと分かった。
だが、ペニーにとってその距離はさほど大きな問題ではなく、すぐにでも狙撃を行える姿勢を取った。
片膝立ちとなり、照準器にある距離測定器を用いて大雑把な距離を導き出す。

悠長な狙撃は行えない。
狙うのは狙撃手が持つ赤外線レーザーを照射している道具だ。
赤外線レーザー自体は非常に小型で、ライフルの銃身下部に取り付けることも出来る。
だが、砲兵がそれを視認出来るよう出力を上げると、自ずと大型になってくる。

つまり、射撃用の的と大差ない物を狙い撃てばいいのだ。
予備があっても、一度場所が知られた狙撃手は同じ場所には留まらない性質を持っている。
深く深呼吸をして、狙いを定める。
銃腔を上に向け、放物線を描いて弾が着弾するように調節を行う。

風の強さを考慮し、やや左に修正。
そして、銃爪を引いた。
銃声と反動の後、赤外線レーザーはスコープ上から消えた。

これでペニーを狙う砲撃は止められるが、山を登ってくる兵士達にペニーの位置を把握されただろう。
銃腔をグレート・ベルから眼下の森に向け、近づいてくる人の熱源を確認した。
そして十字線を適切な位置に合わせ、銃爪を引く。
銃腔を左にずらし、別の人間を撃つ。

三発目の銃弾が三人目の兵士を撃ち抜いた時、ペニーは立ち上がって山の北側に向けて駆け出した。
薬莢の回収は諦めた。
再び砲撃が始まったが、ペニーの位置が分からない状態で行われる砲撃は最初の頃と比べてその精度が落ち、明後日の方向に着弾する弾もあった。
山全体が振動しているかのような爆音が耳を聾し、眠りについていた動物達が目覚め、悲鳴のような鳴き声を上げて空を舞い、地を駆けて逃げ出した。

紅蓮の炎が山を焼き、木々が爆ぜる音が背後からする。
山火事へと発展し、事態はより深刻化し、戦場の様相を呈しつつある。
炎を背に斜面を駆け下りるペニーの目に、ライトの光が映った。
即座に木を蹴って急制動をかけ、ライフルを構えた。

銃声に気付いたらしく、動きが慌ただしい。
だが爆音が彼らにペニーの位置を把握させるのを邪魔した。
高所の優位性をいかんなく発揮し、ペニーは相手に気付かれる前に五連射した。
全ての弾は残らず急所に当たり、銃声の数だけ死体を作り出した。

死体の傍まで近づき、装備を物色する。
ダットサイトとブースターの付いたコルトM4カービンライフルを奪い、弾倉やナイフ、果ては手榴弾まで揃った防弾着を脱がしてそれを着た。
やがて森を抜け出て、海に面した車道へと辿り着いた。
全力で走っていたため、ペニーの呼吸は乱れていたが、休んでいる時間はなかった。

211名無しさん:2018/01/07(日) 21:24:39 ID:9ft78oqo0
どうにか北東の道にまで来たが、ペニーが拠点にしているホテルは南にある。
上手くジュスティア軍の横を通り抜けなければ、街に戻るのは無理だろう。
物量を誇るジュスティアに対して打撃を与えるには、森の中で部隊を分断させるか、市街戦によって民間人への攻撃を危惧させて攻撃力を低下させるかの二択だ。
今は前者の状態だが、砲兵隊という援護を考えると、あまり利巧な戦い方とは言い難かった。

すでにペニーがいなくなった山に向けて砲撃が続いている。
その砲撃は異常なまでに徹底して行われ、山の北側にまで着弾していた。
むしろ、南から北に向けて徹底して潰していくような砲撃だった。
爆発で大気と地面が震え、稜線の向こう側では炎が大きくなり、空を赤く染めていた。
飛び散る火の粉は空に浮かぶ星のように輝き、黒煙は雲のように漂った。

無人となったジュスティアのハンヴィーが車道を塞ぐように停まっているのを見つけ、ペニーは乗り込んだ。
エンジンをかけて道路を塞いでいた車体を動かし、街に向けて走らせたところで、対向車線から迫る車輌に気付いた。
大きさから推察すると、セダンだろうか。
軍用車ではなさそうだ。
そして突然、セダンはライトをハイビームにしてペニーの目を眩ませてきた。

('、`;川「くっ!」

反射的にブレーキを踏み、タイヤ痕が地面に残る程の減速を行った。
ハンドルを切って助手席側をライトの方向に向けさせた咄嗟の行動は、その結果としてペニーの命を救った。
速度を上げたセダンは躊躇うことなくハンヴィーに突っ込み、助手席を押し潰した。
ペニーの判断がもしも逆だったら、今頃ペニーの両脚は千切れていた事だろう。

突然の衝撃に驚きながらも、ペニーはグロックをホルスターから抜くという常人離れをした行動に移っていた。
身に染みついた戦闘経験は、次にその銃腔を砕け散った助手席のガラスの向こうに向け、銃爪を引くことを選択した。
三発を運転席の下方に向けて撃ちつつ、ペニーはアクセルを踏み込んだ。

相手が誰であれ、待ち伏せをされた。
ならば、この場に留まっていれば間違いなくペニーを潰す手段を実行に移してくる。
潔く撤退を決めたペニーに、セダンの運転手は拍手の代わりに窓から出した手に握るマイクロウージー短機関銃のフルオート射撃で喝采を送った。
高速で放たれた三〇発の銃弾は、ハンヴィーの後部座席の窓を砕き、車体を穿っただけで済んだ。

ハンヴィーはセダンを押しのけて体勢を整えようとするが、後輪に体当たりをしたセダンがそれを妨げる。
再びペニーは衝撃で体をドアに叩き付けられるが、アクセルから足は離そうとしなかった。
だが後輪の軸が曲がったのか、ハンヴィーは少しも前に進まない。
ペニーは即断した。

シートベルトを外し、鹵獲したM4カービンライフルを手に取ってそれをセダンに向けてフルオートで全弾発砲した。
フロントガラスが砕け、皮張りのシートが吹き飛ぶ。
運転手は素早く身を屈めていたため、銃弾の洗礼を躱したが、次に投げ込まれた手榴弾を前にしては諦めるしかなかった。
セダンとハンヴィーが鉄屑となる前にペニーは車外に飛び出し、茂みに隠れて爆発をやり過ごした。

カービンライフルの弾倉を交換し、ペニーは茂みの中で腰を下ろして再度計画を練ることにした。
脱出するには、相手の目から離れなければいけない。
上手く逃げたと思った矢先にセダンの攻撃を受けたことを考え、相手は二重三重の備えで山を囲んでいたことが分かる。
車道を使って街に最短で戻る道は失われたと考え、別の道を模索する。

212名無しさん:2018/01/07(日) 21:25:05 ID:9ft78oqo0
再び山に戻るのは自殺行為だ。
山狩りをする勢いで兵士が送り込まれ、運悪く砲撃が直撃しないとも限らない。
裏をかいて海に向かうのも一つの手としてありだが、十分な装備もないまま海を泳いで港を目指すのは非常に危険だ。

だからと言って、このまま舗装路に沿って進むと、海沿いに山を大きく迂回して島の西側に出てくることになるだけで、
状況を悪化させることにはなっても好転させることはなさそうだ。
海か、山か。
道は二つに一つだった。

勿論、こうなる前に下調べはしていた。
ハインリッヒ達が裏切る可能性は十二分にあり、場合によっては公園で殺すことも想定に入れていた。
敵兵の配置を調べ、砲兵隊の存在も砲弾の位置も把握していた。
脱出手段として考慮に入れていたバイクを取りに戻るためには、森に戻る必要がある。

ライフルさえ隠し通せれば、ペニーはまだ民間人として通用するだろう。
しかし、ドラグノフはペニーにとっての生命線だ。
狙撃手がライフルを手放すなど、言語道断だ。

問題はバイクの位置と、それが無事であるという保証がどこにもないことだった。
砲撃が正確無比に打ち込まれ、そして、ランダムに打ち込まれたことによってペニーが隠したバイクが爆発の被害に巻き込まれているかもしれなかった。
山火事になった今、森に戻ってまで無事かも分からないバイクを探すのは無謀だ。
非常に惜しいが、オフロードバイクとはここでお別れだ。

現実的な問題として、機動力か隠密性を確保できなければ現状を打破するのは難しいだろう。
正面突破は非現実的であり、最終手段として選ぶべき選択肢だ。

一〇数秒、ペニーは貴重な時間を使って考えた。
その答えは、海を泳ぐことだった。
救命胴衣や浮力のあるものを使えば、海中に沈まずに港まで泳いでいけるだろう。
そのためには、崖を下って海岸に出なければならなかった。

急斜面を下る際には、足場の確認をしつつ、慎重に進むのが鉄則だが、月光を頼りに下るのはいささか心もとなかった。
それに、悠長に考えている時間も斜面を下る時間もなさそうだった。
ペニーは決断し、まずは浮力を持つ道具を手に入れることにした。
爆発四散した二台の車の傍に向かい、燃え盛る残骸の中からセダンのタイヤを見つけた。

車軸から外れてホイールは黒く焦げていたが、タイヤの中にあるチューブは無傷だった。
それを一つ持ち上げ、ガードレールの向こう側に投げ捨てた。
それに続いて、ペニーも素早く崖を下った。

崖の下には、悠久の時間の中で角を失った大きな岩がいくつも転がる岩場があった。
崖のすぐ下には巨大な岩があるが、海岸に近づくにつれ、その大きさは小さくなっていく。
正面から海風が強く吹き付ける非常に開けた場所で、言い方を変えればそれはつまり発見されやすい場所でもあった。
近くの岩の間に挟まるようにしてペニーが投げ捨てたタイヤを見つけ、すぐにナイフでタイヤの表面を切り裂いた。

そしてチューブを取り出し、そこに空気が十分に詰まっていることを確認した。
タイヤの表面と違って柔らかいゴムで作られたチューブは、ペニーに十分な浮力を与えてくれる。
ペニーが何より浮力を欲するのは、ライフルが海に浸からないようにするためだった。
塩水は木と鉄で作られた銃にとっては天敵であり、海水に浸ってしまった場合は長い時間をかけての調整が必要になってくる。

213名無しさん:2018/01/07(日) 21:25:32 ID:9ft78oqo0
ライフルケースは防水防塵仕様となっているが、それは豪雨に濡れるレベルの防水加工であり、水に浸けるとなると、流石に長くはもたない。
岩場を進んで出来る限り距離を稼ぎ、海岸線沿いに波打ち際を泳いで手近で安全な浜に上陸するのが得策だ。
グルーバー島を時計回りに進むと、必然的に一本の橋の下を潜らなければならない。
グルーバー島とオバドラ島を繋ぐ橋だ。

そこは現在戦車隊が封鎖をしている場所であり、兵士達が警戒をしている場所でもあった。
そこをどうにか通過し、街に戻らなければならない。
安全な浜までの距離は優に一〇キロ以上あるが、それは最短距離の話で、兵士の目を避けるとなると遠回りも必要になってくることだろう。
ライフルが無事であることはペニーの命にもつながってくる。

海兵隊の間ではよく、興味があるのは性能の良いライフルだけだ、という言葉がやり取りされるが、正にその通りだった。
性能の良いライフルは、使用者の命を救う。
特に、ペニーのドラグノフは彼女の狙撃の精度に大きく関係してくるライフルであるため、潮水によって失うのは避けたい事態だった。

岩場で足を滑らせないように気を付けつつ進み、散発的に砲音が山の方から響いてくるのを他人事として聞き流し、巨大な崖が壁のように現れたところで足を止めた。
ようやく、ここが入り江だと気付いた。
ブーツと靴下を脱ぎ、それを靴紐でしっかりと結び合わせた。
カービンライフルを除き、身につけていた全ての武器を衣服で包んでからライフルケースにしまい、止水ファスナーが確実にしまっていることを確認した。

それをチューブの上に乗せて黒い水面に浮かべた。
波は穏やかで、波打ち際にも静かなものだ。
裸足で海に静かに入り、そして、下着姿になったペニーは冷たい海水にその身を沈めた。
夏でなければこの海水はペニーにとって命取りになりかねなかった。

もともとよく冷えて澄んだ山水が流れ込む海だけに、冬場には刺すような冷たさがペニーを襲ったことだろう。
季節に救われたことを感謝しつつ、ペニーはゆっくりと泳ぎ始めた。
音を立てないように泳ぎつつ、チューブの上のライフルケースが濡れないように細心の注意を払う。
ペニーはまず、岩でチューブに穴が開かないよう、岸から離れて泳いだ。

牛歩のような速度だった。
海軍に次いで泳ぎの得意な海兵隊だが、ライフルを濡らさないようにと気を遣いつつ、
自らの右手側で煌くライトの明かりと人目を気にしなければならない状況下では、満足な速度での移動は不可能だった。
いつ熱源探知をされるのかも分からない中、ペニーは重圧にも近い緊張感の中、海中で足を動かし続けた。

視線は常に島の方を向きつつ、意識はライフルにも向けられていた。
数ある訓練の中でも、錘を四肢に付けて夜の海に放り投げられ、自力で岸まで泳ぎ切る訓練は、
死者が出るほどの過酷さを極めるが、その訓練を生き延びた兵士は大きな自信を身につけることになる。
ペニーもその訓練を何度も経て、精神的な面で鍛え上げられている。

そのペニーが、今、焦りを感じ始めていた。

すでに海岸線沿いに車輌が動き、無駄だった砲撃が止んでいた。
彼らはペニーがすでに山から姿を消し、どこかに逃げていることを突き止めたのだ。
車のヘッドライトが島の北に向かい、時には南に向かって行き交う頻度が高まっていた。
ペニーを探しているのは明らかだった。

体を隠すようにして、ペニーは水中に体をより一層深く沈めた。
潮の強烈な香りが鼻孔を突き抜けた。
それは開戦の味だった。
それは屈辱の味だった。

214名無しさん:2018/01/07(日) 21:27:00 ID:9ft78oqo0
圧倒的な数を前にした戦争の始まりの味だった。
怨嗟の味、辛酸の味だった。

夜の海はペニーに味方をしてくれた。
波がなく、風は西から吹き、ペニーの体を押し流した。
徐々に橋が見えてくると、ペニーはやはりそこに、人工の明かりを見出した。
更に悪いことに、サーチライトは橋の下に向けて照らされていた。

彼女が別の島に逃げることを想定しての動きに違いなかった。
成程確かに、ペニーがグルーバー島から別の島に逃げ込めば、彼らの用意した立派な軍隊は意味をなさなくなる。
だがそれは、ペニーの作戦にはない考え方だった。
ゲリラ戦で彼らを仕留めるためには、まずその動きの限界値を知る必要がある。

一人で斥候、威力偵察、実行、バックアップを行わなければならない。
そして、最前線にいなければどれも出来ない事だった。
やらなければならない事。
逃げてはならない事。

ここは彼女の戦場で、これは彼女の戦場なのだ。
逃げるなど、言語道断なのだ。
復讐を果たすことを燃料に、ペニーは泳ぎ続けた。

橋をどう攻略するか、ペニーは考え始めた。
ゲリラ戦を徹底するのであれば、ここは見つからずに通り過ぎたいところだ。
この要所を突破できれば、街に戻ることが出来る。
袈裟懸けにかけていたライフルのブースターを使用し、海上から相手の人数を探った。

サーチライトの数と街灯に照らされた人影から、橋の傍には五人、戦車には三人ほどが搭乗しているものと考え、
ペニーの死角に人がいると予想すると合計で一〇人ほどの兵士がいることになる。
ライフルの弾数で言えば事足りる数だが、現実的に考えて排除するのは無理だ。
検問所の役割を果たしているのは橋の両端だ。

そこに陣取る彼らの目を欺くには、橋の真ん中程まで遠回りに泳ぎ、迂回をして陸地を目指す他ない。
予期していた事だが、まだ泳ぎ続けなければならないのは避けようがなかった。

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ごみひとつ落ちていない綺麗な砂浜にペニーの素足が足跡を付けた時、すでに日付は変わり、水平線の彼方に夜明けの気配さえ感じ取れそうだった。
彼女の味方をしたのは波風だけでなく、空も同様だった。
流れてきた雲が月明りを弱め、おかげでペニーは姿を見られることなく動くことが出来た。

上陸したのは島の南東にある小さな入り江だった。
白い砂はまるで上品な砂糖を思わせる色合いをしていて、永い、気の遠くなるほどの歳月が様々な生物の残骸からその砂を作り出したのだった。
あまりにも小さな入り江であるため、人の目の心配はなさそうだった。
小高な丘と崖に囲まれたこの入り江は、その小ささ故に海水浴場として使われていないようだ。
かなり好都合だ。

215名無しさん:2018/01/07(日) 21:27:28 ID:9ft78oqo0
全身が海水に濡れ、染みるような痛みのおかげでようやく擦過傷が顔に出来ていることに気付けた。
手を当ててみると、左の頬に幾つか細かな傷があった。
だが痛みは彼女にとって、気にするべき様なことではなかった。
それが顔に負った深い傷であったとしても、ペニーは一ミクロンたりとも気にしなかった。

上陸する前にペニーはカービンライフルを海中に捨てていた。
ジュスティアのライフルを持っていればどう言い訳をしても疑われるし、持ち運ぶ利点がこれと言って見いだせなかったからだった。
結局橋を通る際にも一発も使わず、邪魔になったほどだ。
それに、使い慣れない銃をいつまでも持っている趣味はなかった。

濡れた体に風が吹き付け、軽く身震いをする。
ライフルケースからドラグノフに巻き付けていた衣類を取り出し、素早く着た。
幸いにしてライフルケースに浸水はなかった。
まだ復讐は果たせる。

油断をしていたつもりはなかったが、より一層気を引き締めなければならないだろう。
ペニーの動きを想定したのか、それとも聞いていたのかは分からないが、あれだけの距離から正確にペニーをマークしていた人間は相当な腕前を持っているのは間違いない。
一般兵ではなく、狙撃の力を持つ人間に違いなかった。

腕時計で時間を確認すると、明け方の三時を回っていた。
漁の準備をする人間がいるかもしれないため、ペニーは何食わぬ顔で浜から街中に姿を溶け込ませ、誰ともすれ違うことなくホテルに戻った。
無人のロビーを通り過ぎて自室に戻って施錠をし、ペニーはすぐに熱いシャワーを浴び、同じぐらい熱い湯を張った浴槽に体を漬けて疲労を体から抜くことに注力した。
体中から疲労が湯船に抜け出すような感覚に、深い溜息を吐いた。

瞼を降ろし、何度も深く呼吸をする。
全身の筋肉を弛緩させ、体と湯との境目を曖昧にしていく。
短い戦闘だったが、これで分かった事がいくつかある。

ジュスティアにはペニーがまだ接触していない狙撃手が数人おり、その狙撃手が最初の基地襲撃を助長した可能性が大いにあるという事。
軍の持つ戦闘力は想像を越えないが、それを振るう事に彼らは一切のためらいを捨てているという事。
キャンプ場にいる民間人の事を考えていれば、昨夜は砲撃などしないはずだった。
避難命令もしていなかったことから、なりふり構わず攻撃をするよう指示を受けているに違いなかった。

つまり、状態としては非常に興奮しているということだった。
このような場合、相手の冷静さが欠如している点を狙うのだが、ペニーの行動を予測することの出来る人間が指揮を執っていることから、それは避けて、更に大胆に攻めた方がいいだろう。
ゲリラ戦の基本は攻撃と撤退によって相手の混乱を助長し、爪先から細切れにして殺すことだ。
そのためには恐怖や情報を利用し、最小限で最大限の戦果を得なければならない。

恐怖の生産は狙撃手の得意分野だ。
そして、相手の出来る事、出来ない事は分かった。
つまり、不完全ではあるが情報が手に入ったという事だ。
戦いの舞台を街中に持ち込み、砲撃と戦車の機動力を削ぎつつ、確実に死体を増やしていく。

昨夜の事は威力偵察の盛大な成果だったと考えればいい。
また、自分が多少なりとも油断していたことを戒めるいい機会にもなった。
たっぷり一時間、ペニーは風呂でその身を清めた。
その間に戦術を考え、戦略を練り、次に起こすべき行動は睡眠と食事、そして戦闘である事を決定した。

風呂から上がり、ペニーは下着姿のままで仮眠を取り、次に目を覚ましたのは朝の八時だった。

216名無しさん:2018/01/07(日) 21:28:05 ID:9ft78oqo0
八月十一日。
後にこの日は、すでに勃発していたデイジー紛争を象徴する日として公の歴史に記録されることになるのだが、
それは、その日の昼に放たれた一発の銃弾が決め手となったのであった。


第五章 了

217名無しさん:2018/01/07(日) 21:29:31 ID:9ft78oqo0
第六章 【デイジー紛争】


八月十一日の朝刊は、どこの新聞社も一様にティンカーベルで起こった大規模な戦闘について一面で報じ、その詳細については推測と島民から得た情報を元に書かれていた。
様々な憶測が書かれる中で共通していたのは、イルトリア軍とジュスティア軍の戦闘であり、これまでジュスティアが発表してきた情報の多くは嘘であることが露呈した。
ジュスティア軍の高官はコメントを控え、砲兵隊や戦車隊をティンカーベルに派遣した理由については、保安上の問題で配備したものであり、
決してイルトリアと一戦を交えるためではないと強調したが、警告もなしに山に向けて合計で一〇〇発近くの榴弾を撃ち込み、山火事を引き起こしたことについては頑なに口を閉ざした。

モーニングスター新聞の紙面を見ながら、イルトリア軍海兵隊大将ヒート・ブル・リッジはカフェインレスのコーヒーを一啜りした。
連日連夜の会議と軍事訓練のせいで、彼女は睡眠がほとんど取れていない状態にあった。
僅かな時間の隙間を見つけては細かな仮眠を取り、体力の回復に努めていた。
軍人用の食堂で特別に作らせたローストビーフとレタスのサンドイッチを食べ、またコーヒーを啜る。
食事は可能な限りするべきというのが、ヒートの持論だった。
それは彼女が従える全ての部隊に徹底して周知され、教育されている。

ヒートは記事の精度を気にしていなかった。
気にしていたのは、ペニサス・ノースフェイスの動きについてだった。
彼女の事を全て知っているわけではないが、彼女の行動理念については知っているつもりだ。
海兵隊に所属する全ての兵士は同じようにして訓練され、そして完成されるからだ。
これから先、彼女は徹底して復讐を果たすことだろう。

だが砲兵隊と戦車隊の派遣に対して、果たしてどこまで粘れるのか、というのがヒートの見解だった。
確かにペニーは優秀な狙撃手で、一人で一〇〇人を相手にすることも出来るだろう。
だがそれは、戦場という数多くの敵味方が入り乱れる場所での話で、文字通り一人で軍隊を相手に戦うには限界が来る。
それがいつなのか、ヒートの興味はそこにあった。

すでにペニーの教え子達は勇んでティンカーベルに向かおうとしているが、ヒートはそれを認めなかった。
今はまだ、その時ではない。
大切なのは彼女がどの段階を限界として認識し、身を引くかだ。
彼女が撤退の意志を固めた時、初めてヒートは海兵隊を動かそうと考えていた。

生き証人であるペニーがいれば、彼女の復讐は間接的にではあるが果たせる。
今は、彼女の気が済むまで戦わせるしかない。
軍服のボタンを緩め、ヒートは深く溜息を吐いた。

ペニーは死んでも撤退をしないだろう。
かつて彼女が観測手を失った時も、彼女は相方の血に濡れた状態で救出班に保護された。
その瞬間まで、ペニーは銃を決して手放さなかった。
その姿を思い出すと、やはり、彼女は決して復讐を途中で投げ出す人間ではなかった。

だがそれは、ある意味で最もイルトリア軍人として理想ともいえる姿だった。
仲間のためには命を投げ出し、全力でその任務を果たす姿勢は、教本に載せてもいいぐらいだ。
だからこそ、ヒートは考えなければならなかった。
ペニーがこのまま復讐を果たそうと奮闘した結果、何が残るのだろうか。
復讐とは何かを得るために行うのではないが、彼女が命を失ってしまっては元も子もない。

危惧されているジュスティアとの戦争だが、実際には起きないだろうというのがヒートの予想だった。
一人の兵士相手にどれだけの軍隊をあてつけようとも、イルトリアは決して軍を派遣しない。
派遣するのは救出部隊だけであり、増援ではないため、戦闘は起きない。
さて、とヒートは冷めかけたコーヒーを一度飲み干し、ポットから注ぎ足した。

218名無しさん:2018/01/07(日) 21:31:02 ID:9ft78oqo0
ここまで状況を整理し、会議に持ち込み、得られた結果は静観と調査だった。
民間人から流れ出たペニーの情報は、ジュスティア軍でさえも正確に把握出来ていなかった事だと、ヒートは思っていた。
ペニーの存在自体は知られているが、そこまで有名な存在と言うわけではない。
女の狙撃手は歴史的に見ても優れた者が多く、それは、女性ならではの精神力がもたらした結果と言えた。

それ故にイルトリアには数十人の女性狙撃兵がおり、名を馳せたことのある狙撃手であれば、数百を越えるだろう。
ペニーはまだ若く、発展途上にある。
だがその存在が容易に知られたのには、イルトリアの人間が関わっている可能性が高かった。

仮にドラグノフの弾丸を見てそこからペニーの存在に行き着いたのだとしても、あまりにも説得力に欠ける話だ。
ドラグノフは民間にも広く出回り、過激派から猟師にまで普及している名銃であり、誰が使ったとしても不思議ではない。
狙撃の精度を加味しても、世界中にいる狙撃手の中からすぐにペニーに辿り着くにはあまりにも早計だ。
ヒートの知る限り、ジュスティアにとって非友好的な組織でドラグノフを使う狙撃手は一〇数人以上いる。
ジュスティア軍に対する報復と決めつけ、ペニーに的を絞って捜索を行うのはあまりにも都合がよすぎる解釈である上に、極めて異常な対応だ。
そうするとやはり、ペニーの存在を仄めかした何者かがおり、その人物はペニーがあの島にいる事を知っていた人物になる。

まず行われたのは、ペニーが島に滞在している事を知っていた人間の身辺調査だった。
先に生者、次に死者の順で調査が行われた。
結果は白だった。
全員がジュスティアに協力する理由もなく、それによって得をする組織に所属もしていなかった。

だが、報告書に記載されていたある人物の言動がヒートには気になっていた。
報告されている限り、それは街にとってプラスに働くはずの物だが、決して無視出来ない何かがあった。
死んだとされるその人物は、あるいは、生きてまだティンカーベルにいるかもしれない。

彼は数多の戦場を戦い抜き、生き抜いてきた猛者だ。
その彼が死んだ状況を考えると、やはりいささか不自然さが拭い切れない。
多くの兵士が狙撃されたのに対して、その男と他の人間は一か所に固まり、そこで爆死した。
それがイルトリア軍人としてあるまじき死に方であり、不自然極まりない最期だった。
まるで、そこに集まるよう誰かに唆され、殺されたかのようだ。

次に吐いた溜息は、その日ヒートが吐き出した中でも最大の物となった。

同じ軍人を疑うのは海兵隊の頂点に立つヒートにとって、気持ちのいいものではなかった。
そして何より、それが分かったところで、現場にいるペニーにそれを伝える手段はない。
こちら側から決着をつける手立てはなく、全てをペニーに任せる他なかった。
裏切り者の正体やそのヒントを伝えることも、イルトリア軍は出来ない。

一計を講じてイルトリアとジュスティアを争わせようとする者の目的は、正に、戦争そのものにあった。
戦争を引き起こせば、姦計に巻き込まれて死んだ両軍の兵士にとっては本望ではないだろう。

ジュスティアに連絡をするか否か、その提案を次の会議でヒートはするつもりだった。
裏切り者の存在に気付いているのは、彼女だけではないだろう。

特に今大混乱を極めているのは、間違いなく海軍のアサピー・クリークだ。
彼は直属の部下が裏切りを企て、大勢のイルトリア軍人を死に至らしめたとあっては、管理責任を問われるだけでなく、どう決着をつけるのかが注目される。
手出しの出来ない状況下では手を拱くしかないため、アサピーは厳しい戦いを強いられている。
無論、市長もそのことを理解はしているだろうが、このまま黙っている人間ではない。
何かしらの対抗手段や反撃を講じるだろう。

219名無しさん:2018/01/07(日) 21:32:24 ID:9ft78oqo0
目頭を押さえ、ヒートは熟考する。

裏切り者の可能性を持つ男は、ペニーの存在を疎ましく思うと同時に、重要な駒として見ているに違いない。
確かにペニー一人がいれば戦場を作り上げるのは不可能ではないし、それは現に実証されている。
逆にそれがヒートにとって、不可解な点でもあった。
メンツを重んじるジュスティアが一人の兵士のために砲兵隊や戦車隊を派遣するだろうか。
そこまで切羽詰っているのか、それともそう思わされているのか。

いずれにしても、このまま踊らされ続けるのは海兵隊としては気に入らない。
影法師がいるのなら、せめてペニーのためにその影法師の邪魔をするのが上官としてヒートに出来る唯一の事だ。
出来る事が一つなら、それを徹底的にやるしかない。
ヒートは電話に手を伸ばし、影法師の邪魔を始めることにした。

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  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄V`´ ̄ ̄

時を同じくして、遠く離れたティンカーベルにあるホテルの一室で、ペニサス・ノースフェイスは同じモーニングスター新聞の一面を眺めながら、
マグカップに注いだたっぷりの紅茶と山盛りのサラダ、そしてバターを塗ったトーストの朝食を摂っていた。
朝刊に昨夜の事が大々的に書かれているのを見て、遂にジュスティアの情報統制が崩れたのだと理解し、それは軍そのものの影響力が低下していることを示唆していた。
つまり、昨夜のペニーの戦闘は無意味ではなく、立派に相手の混乱を誘発して弱点を晒させるという大きな成果を生み出したのである。
だがこの戦果は彼女にとって、十分な物ではなかった。

もっと大きくしなければ、ジュスティア軍内部の裏切り者が反応をしない。
更に多くの血と屍を生み出し、動かざるを得ない状況を作り出すためには、大胆な襲撃が必要になる。
ペニーはライフルケースを背負い、ホテルから出て行った。
その鳶色の瞳は固い決意でぎらつき、煉獄の炎を彷彿とさせた。

______________________∧,、___
  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄V`´ ̄ ̄

朝刊の内容も衝撃的だったが、昨夜にこうむった全体の被害の方が衝撃的だった。

重迫撃砲が二門、砲弾三〇発が失われ、死傷者は二九人。
山の南側だけでなく、北側にも撃ち込んだ砲弾の数は一〇〇発以上。
得られた成果はゼロ。
作戦指揮官である陸軍大将テックス・バックブラインドは網を張って狙撃手一人を戦場に引きずり込んだつもりが、逆に網を食い破られるという屈辱を味わうことになった。
妙な遠慮をしてしまったのがそもそも原因だった。
次の作戦では一切の遠慮はしないとテックスは固く誓った。

情報提供者から得た狙撃手の名前、姿を兵士達に共有し、市街地に隠れ潜んでいるペニサス・ノースフェイスという魔女を狩り立て、火炙りにしてそれをイルトリアの愚か者共に見せつけてやるのだ。
然る後、イルトリアとジュスティアはこんな見せかけだけの戦争ではなく、本物の戦争が始まる事だろう。
望むところだった。
軍人として生きてきて、戦争を嫌いになったことなど一度もない。
戦争こそが軍人にとっての生き場所であり死に場所なのだ。
ジュスティア陸軍の優位性を世界に知らしめ、秩序の守護者としての名を取り戻すのだ。

内線電話を取り、短縮番号を押した。

220名無しさん:2018/01/07(日) 21:33:07 ID:9ft78oqo0
「私だ。
狙撃手についての情報が手に入った。
書類を取りに来てくれ。
あぁ……それを全員に共有するんだ」

テックスは狙撃手の情報を全兵士で共有するように徹底させることで、この馬鹿げた小競り合いは終わり、大戦の火種として役割を果たすことだろう。
すでに彼の頭の中では盤上に駒が並び、ペニサスの駒を取るために動き始めていた。

次に彼女が動きを見せるとしたら今夜だ。
闇夜に紛れて市街地か、それに準じた場所から嫌がらせのように弾を撃ちこんでくる腹積もりだろうが、こちらはそれに備えて今の内から夜戦の用意をしておく。
そうして万全の状態で待ちかまえ、今度こそ細切れにしてやるのだ。

______________________∧,、___
  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄V`´ ̄ ̄

その情報は野火のように広まった。

ある者は食堂で。
ある者は警備の途中で。
そしてまたある者は、兵舎の一室で会議をしているところに回ってきた書類が、その情報を知らせた。

そのうちの一人、ハインリッヒ・サブミットは抑えた口元から悲痛な叫び声が漏れ出た。

从;゚∀从「……嘘でしょ!」

(;,,゚Д゚)「くそっ!」

彼女の声に被るように、ギコ・コメットの声も上がった。
二人は書類の文面を疑う事はしなかった。
ただ、そこに書かれていたことは事実として受け止め、そしてその事実について考えなければならなかった。
その二人の動揺を目の当たりにしたジョルジュ・ロングディスタンスも驚いていたが、それを態度に出すようなことはしなかった。
だが、やはり、驚きは押し殺すことが出来なかった。
タカラ・ブルックリンとボルジョア・オーバーシーズは書類から目を逸らさず、一言一句確認するようにして紙を凝視している。

(;・3・)「本部が調べたのか、それともタレこみなのか、考えるのは止めよう」

紙に並んでいるのは、ペニサス・ノースフェイスという女性狙撃手についての容姿と特徴だった。
些細な情報だが、一人の人間を探すには十分な情報だった。
だがそれは、彼らが昨夜実際に会話を交わした女性と特徴も名前も一致する。
言い方を変えれば、彼らの内の誰かが情報を流出させたこともあり得るが、ハインリッヒも含め、誰も彼女のフルネームを聞いていない。

空気を整えるための一言をボルジョアは口にした。

(;・3・)「とにかく、事態が動いたぞ」

ペニサスの行動は間違いなく内部の裏切り者を焚きつけ、ここまで行動を起こさせた。

221名無しさん:2018/01/07(日) 21:35:40 ID:9ft78oqo0
分かった事が一つある。
ペニサスの事をよく知る人物がこの一連の動きに関わっているという事だ。
可能性として濃厚なのが、イルトリアに内通者がいるということ。
そして内通者から情報を手に入れられるのは、当然、裏切り者という事になる。

裏切り者は情報を軍内部に広めるように通達し、ペニサスの抹殺を試みたのである。
そしてそれを行えた人物はただ一人。
陸軍大将だけなのだ。

( ・3・)「俺達は裏切り者を見つけた。
    後は、追い詰めるだけだ。
    相手が大将だろうと、関係ない」

ボルジョアの力強い言葉が他の全員を奮い立たせた。
彼らはペニサスの協力によって、陸軍に巣食う癌細胞を見つけ出したのだ。
見つけた後は除去をしなければならないが、まずはそれが本当に悪性の腫瘍なのか、見極める必要がある。
相手はただの士官ではなく、陸軍を束ねる人間。
もし本当に彼が裏切り者であれば、これはジュスティア陸軍史上最悪の裏切り行為になるだろう。

从;゚∀从「でもどうやって追い詰めるんですか?」

( ・3・)「決定的な証拠を掴む。
    そして、それを本土に送るんだ」

当然ともいえるハインリッヒの疑問に答え、ボルジョアは書類を折り畳んだ。
とは言ったものの、その決定的な証拠をどのように見つけるのかが重要なのは事実であり、それをまだ考え付いていなかった。
考えられる中では、テックスが協力者と連絡を取り合っている会話の内容を録音することだが、そのためにはもう一度大きな動きをペニサスに起こしてもらうしかなかった。
だが彼女と連絡を取ることは出来ず、完全に一方通行の状態となっているため、どうにかして合流して打ち合わせをしたいところだった。
半日も経たずにここまでの成果を上げられた彼女なら、きっと、ボルジョア達の役に立ってくれるはずだろう。

書類には夜戦に備えておくようにと書かれていたことから、日中に動いてペニサスと会って作戦を練ることも出来そうだ。

( ・3・)「ハインリッヒ、ペニサスを探しに街に行ってくれ。
    あいつがどう動くのかが分かれば、裏切り者の尻尾を掴めるはずだ」

______________________∧,、___
  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄V`´ ̄ ̄

魔女が現れるのは夜と相場が決まっているが、イルトリア海兵隊に所属する〝魔女〟は違った。
箒も黒装束に身を包んでもいないが、黒いポロシャツとジーンズ姿の彼女は紛れもなく魔女だった。
銃弾で多くを変える魔法使いの女だった。
青々とした水平線には純白の入道雲がいくつも浮かんでいた。
嵐が来そうな雲模様だった。

彼女はあらゆる環境を好み、あらゆる状況を受け入れた。
例えば、青空に白い雲が浮かび、夏の太陽が頭上に輝く真昼でも彼女は問題視しなかった。
世界を白く染め上げる吹雪の中でも、風が荒れ狂う嵐の中でも、それは同様だった。
彼女にとって自然環境は常に友人だった。

222名無しさん:2018/01/07(日) 21:36:34 ID:9ft78oqo0
魔女は誰にも疑われることなく、背の高い建物の屋上にその姿を見せていた。
屋上の床と同じベージュのシーツを被り、狙撃銃の光学照準器を覗き、その場に伏せていた。
簡素なカモフラージュだが効果は十分だ。

彼女はタイミングを待っていた。
かつて彼女の戦友達がそうされたように、魔女もまた、その瞬間を待っていた。

______________________∧,、___
  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄V`´ ̄ ̄

午前十一時五九分。

陸軍砲兵隊に所属するアレン・ラサムとギャレス・グラディは、元イルトリアの駐屯基地に持ち込まれた牽引式榴弾砲の点検整備を行っていた。
昨晩の砲撃によって汚れた砲口内を掃除し、万全の態勢を整え、次の戦闘が始まったらすぐに使える状態にしなければならなかった。

砲兵隊で配備されているM777榴弾砲はその威力と性能からジュスティアのみならず、イルトリアの砲兵隊にも配備されている榴弾砲だ。
その巨大な砲口は基地の北側にある山に向けられ、周囲には土嚢が積み上げられていた。
七人がかりで運用するこの榴弾砲は、チームワークを求められる砲兵隊の象徴でもあった。

「しかし、昨日はすごかったな」

掃除をする手を止めずにアレンはギャレスに話しかけた。

「あぁ、あそこまでぶっ放すのは初めてだったよ」

狙撃手撃退のため、砲兵隊の一部は強力な火砲を基地内に設置し、そこから山腹を狙い撃ちにした。
二人もその役割を与えられ、二〇発近くの砲弾を山に撃ち込んでいた。
その名残である火薬の匂いが基地に漂っていた。
その激しい砲撃によって山火事が起き、森の一部が焼失した。
また、砲撃によって山肌が大きく抉れた場所もあったが、民間人の被害者はゼロだったのは奇跡と言ってもいい。

「死体はまだ見つかってないんだってな」

消火を兼ねて狙撃手の行方を探っていた班からは、狙撃手の血痕一つ見つけられなかったと報告があった。
だが、足跡は見つけ出せた。
使用されたドラグノフの薬莢が榴弾の着弾点の傍から見つかったのだ。
腕の一つでも見つかれば、砲弾が直撃したのだと推測できるが、肉片どころか血の一滴も見つかっていない。

山から下りた車道で爆発炎上したハンヴィーとセダンが発見されていることから、狙撃手は山からどこかに逃げたのだと判明し、すぐに追撃部隊が派遣されたが、発見には至らなかった。

「らしいな。
それに、待機していたゴルドー伍長も殺されたみたいだし、どこに逃げたんだかな」

ゴルドーはセダンに乗り、民間人を装って万が一狙撃手が見つかった際に待機している役割を担っていた。
その彼が乗るセダンは彼の棺桶となっていた。
アレンの言葉に、ギャレスは忌々しげに毒づいた。

「性悪女を早くぶっ殺したいぜ」

223名無しさん:2018/01/07(日) 21:38:29 ID:9ft78oqo0
二人は他愛のない会話をしていたが、油断をしていたわけではなかった。
しかしそれでも、意識の外に存在する敵が真昼から攻撃を仕掛けてくることを推測するのは勿論、人生最後の会話がこのような物になってしまうとは予想することは出来なかった。

グレート・ベルの鐘の音が鳴り響いた直後、飛来した7.62mm弾は二人の頭部を肉塊に変え、二人の人生に終止符を打った。

アレンとギャレスが死体となった時、市街地でパトロールをしていたカラム・オケリーとフリデリック・レーマーはあまりに大きな鐘の音に思わず耳を押さえた。
直後、カラムの脹脛が爆ぜ、フリデリックの顎は吹き飛んだ。
しかしその傷は二人を即死させることなく、永い苦悶の時間を与えた。
それを目撃した民間人が悲鳴を上げたが、その声は澄んだ鐘の音に上塗りされて二人の耳に届くことはなく、人生を終えた時に耳に残っていたのは金属の奏でる鎮魂歌だった。

――だが、時代に刻まれる決定的な一発はその後に放たれた銃弾だった。

夜戦に向けて準備をしていた大量の砲弾を銃弾が直撃し、実に数百発の砲弾が誘爆して巨大な爆発を引き起こしたのである。
その爆風と衝撃波はフェンスを薙ぎ倒し、窓ガラスを砕き、熱風は市街地にまで到達した。
近くにいた兵士は文字通り吹き飛ばされ、離れた場所にいた兵士も巨大なコンクリート片の直撃を受けて即死した。
細かな破片は散弾のように周囲一帯に飛び散り、降り注いだ。

一瞬にして静寂は失われ、グレート・ベルの音色でさえその破壊の音を掻き消すことは出来なかった。
基地の一角を丸ごと吹き飛ばしたその爆発こそが、イルトリアとジュスティアの戦争であると歴史に認識させた瞬間だった。

雛菊のように兵士達の命が散っていく様とこの時に目撃された巨大な爆発が雛菊の花びらに似ていたことから、後にこの争いはデイジー紛争と名付けられることとなった。

______________________∧,、___
  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄V`´ ̄ ̄

サプレッサーを装着したドラグノフをライフルケースに戻し、薬莢を全て回収したペニーは狙撃の成果に僅かな違和感を覚えた。
彼らはこれまでと違った動きをしていた。
兵士達は街中を二人一組で動き、小さな紙を見ながら行き交う人々を指さし、人探しを行っていたのである。
その動きから、例の五人がペニーの情報を流布したとは考えにくかった。

仮にあの五人の誰かがペニーを裏切ったとしたら、このような大規模な動きにせず、ペニーをおびき出して殺せば事が済む。
ましてや、昨夜に会った時点で殺せばそれで済むだけの話だった。

這って屋上の中ほどまで後退し、ペニーは通気口に身を滑り込ませた。
ペニーが選んだのは街では珍しく背の高い一〇階建てのホテルで、基地から二キロ離れた場所にあった。
遠距離狙撃は高い位置から行わなければならないため、必然的にこのホテルを選ぶしかなかった。
宿泊客としてホテルの最上階を予約し、通気口を使って屋上へと上がった。
後はグレート・ベルが鳴るのを待ちつつ、敵の位置と動きを観察していたのだ。

来た時と同じようにしてダクトを伝って部屋に戻り、荷物をまとめた。
ペニーを探している兵士が街中にどれだけ配備されているかは分からないが、基地が吹き飛ばされれば彼らは戻らざるを得なくなる。
その混乱を利用して、ペニーは拠点にしている別のホテルに戻ればいい。
装備を整え、髪を後ろで一つに縛ってから、黒い薄手のジャケットを羽織った。

回転扉を押し開けてホテルを出ると、やはり、街は巨大な爆発の影響で大混乱に陥っていた。
これで島民はようやく自分達が戦争に巻き込まれたことを自覚するだろう。

224名無しさん:2018/01/07(日) 21:39:42 ID:9ft78oqo0
不意に視線を感じたペニーは、咄嗟に片手を後ろ腰に伸ばしてグロックの銃把を指で撫でた。
好意的な視線ではない。
好奇の視線でもない。
限りなく希釈した殺意の込められた視線だ。
額にアイスピックの先端を向けられているような、嫌な気分になる。

視線が途切れたその刹那、ペニーは身を屈め、踵を返した。
銃弾がそれまで彼女の頭のあった位置を通過し、ガラス戸を砕いた。
ガラスを砕き、大理石の床を大きく抉り取ったその威力はただのライフル弾ではなく、ラプアマグナム弾に違いなかった。
そして、その弾はペニーの戦友達を殺した人間が使用していた弾種だった。

銃声は着弾とほぼ同時に聞こえた。
近距離からの狙撃で、高い位置から放たれたことを理解した。
また、その弾種はそもそもの発端であるスペイサー・エメリッヒを死に至らしめた銃弾と同じものだった。

唐突に、脳の中にあった疑念が氷解していった。
散らばっていたパズルのピースが組み合わさり、一つの絵になった感覚だった。
スペイサーは密漁者に殺されたのではなく、狙撃手に殺されたのだ。
山中に隠れ潜んでその時を待ち、狙い撃ったのだ。

風などの自然影響を考慮した狙撃の補正は、ペニーが目撃した強化外骨格が解決してくれる。
自分の感覚ではなく機械の力で狙点を動かし、四肢を完全に固定させ、人体では到達できない領域での狙撃を行ったのだ。
目的はイルトリアとジュスティアの衝突のきっかけを作る事。
一発の銃弾で、その狙撃手はここまで事態を大きくさせたのだ。

火花を猛火へと変えたのだ。
それからその狙撃手は基地を襲い、ハインリッヒ達に攻撃をするように仕向け、基地を攻め落とさせた。
全ては最小限の銃弾が成したこと。
狙撃手として理想的な戦果だった。

アドレナリンが吹き出し、感覚が研ぎ澄まされていった。
発砲炎を目視出来なかったことから、相手の位置は分からない。
逆に、相手はペニーがホテルから出てくるのを待っていた。

紛れもなく腕の立つ狙撃手の仕事だ。
ジュスティア軍が連れてきた狙撃手の内の一人だと思われた。
その人間は、戦友を殺した可能性が高い相手だった。

ペニーは冷静になることにした。
正面から出られないなら、裏口を使うしかない。
だが当然、相手はそれも見越しているだろう。
何よりも気になったのは、どうしてペニーの動きをここまで予測出来たのか、その一点だった。

いくら頭の回る人間でも、ここまで予測できるはずがない。
何かしらの手品があるはずだった。
これまで、ペニーは二度待ち伏せをされた。
一度目は昨夜、砲撃の補助をされた時。

225名無しさん:2018/01/07(日) 21:41:54 ID:9ft78oqo0
そして二度目が今だ。
両方に共通しているのは、ペニーの正確な位置を特定していた事。
尾行者や観察者ではなく、もっと別の何かがペニーの位置を知らせているのだ。
ではペニーほどの兵士にその気配を感じさせず、正確な位置を伝える物とは何か。

ある種の確信を持って、ペニーは部屋に戻った。

部屋についてすぐにカーテンと鍵を締め、ライフルケースを開いた。
念入りにケースの中を調べていくと、ペニーは自分の確信が当たっていたことに言葉を失いかけた。
小型の発信機がケースの底に巧妙に隠されていたのだ。

これはつまり、イルトリア内に裏切り者がいるという事を意味していた。
誰がこれを仕込んだのかは分からない。
分からないが、間違いなく、ペニーは裏切られた。
悔しさのあまり発信機を砕こうかとも思ったが、別の使い方をすれば狙撃手を出し抜けることを考え、思いとどまった。

再びロビーに戻ったペニーは、発信機をゴミ箱の中に捨てた。
これでゴミを回収する人間が発信機を持ち去り、ペニーが動いているかのように偽装することが出来る。
また、ロビーのゴミ箱は常に清潔でなければならないため、その回収される頻度はどの部屋よりも高い。
ペニーはロビーのソファに腰かけ、時期を待った。
清掃員がゴミを回収し、それをホテルの裏口に持って行ったのを確認してから、堂々と正面玄関を歩いて出て行った。

銃弾は彼女を襲いはしなかった。

騒然とする街中を歩き、ペニーは途中で何度か建物の中に入り、尾行者に警戒した。
狙撃手をだませるのはおそらくこの一度だけだ。
服屋で鍔広帽を購入し、顔を隠すことで顔を識別されて撃たれる確率を低下させた。

店を出た時、ペニーは哨戒中の兵士と遭遇した。
それは全くの偶然だった。

正面から見られれば、ペニーの特徴でもある鳶色の瞳も何もかもが露呈する。
兵士は数秒間ペニーの顔を眺め、驚いた表情を浮かべた。
その手が肩にかけたライフルに伸びるも、ペニーはそれよりも速く接近し、左手でライフルの銃身を抑え込み、右手でグロックをホルスターから抜いて兵士の喉元に一発の銃弾を撃ち込んだ。
血飛沫がペニーの顔を汚し、市街地で響いた銃声が、これまでに立ててきたペニーの計画を崩壊させた。
疎らだった人影が遂に全て屋内に消え去り、ペニーの姿は完全に浮き立ってしまった。

致し方なかったとはいえ、ペニーは目撃者が多数いる状況での発砲を選んだ自分に苛立った。
ナイフを使うべきだったかもしれないと後悔しても、もう遅い。
市街戦を想定し、拠点に戻るのは難しいと判断せざるを得ない。
七〇メートルほど離れた路地から銃声を聞きつけた別の兵士が現れ、ライフルを肩付けに構えて発砲してきた。

ペニーの持つグロックの有効射程はおおよそ五〇メートル。
ボディアーマーを貫通できる弾種を使用しているわけではないので、牽制程度に数発撃ち返し、ペニーは倒れていた男を楯のようにして眼前に掲げた。
ごぼごぼと声にならない声を発し、瀕死の男の喉から血が溢れ出てくる。
ぶら下がっていたライフルを掴み、ペニーは牽制射撃を続けた。
呪詛を口走りながら、兵士が建物の影に隠れる。

「ま、……魔女……っ」

226名無しさん:2018/01/07(日) 21:43:07 ID:9ft78oqo0
('、`*川「えぇ、そうよ。
    今楽にしてあげるわ」

じりじりと後退し、ペニーも路地に隠れたところで男の後頭部を撃ち抜いて即死させた。

ペニーの宿泊するホテルまで、現在地から北東に約三キロ。
走って行けないこともないがまずは狙撃手を排除したかった。
直接的な復讐の対象ではあるが、最後に殺すなどと言う贅沢は出来ない。
殺せる時に殺すしかない。
グロックの弾倉を交換し、頭上も含めて慎重に警戒をしながら駆ける。

今はまだ迷路の壁のように民家がペニーの頭上を守ってくれているが、目抜き通りを渡らなければホテルには帰れない。
弾薬など必要な装備のほとんどがそこにあるため、今後の行動のためにも一度は戻らなければならない要所だった。
だが当然、目抜き通りには屋根や壁はなく、狙撃手が獲物を狙うには最高の場所だ。

しかし、ペニーはあえて目抜き通りを通る計画を立てた。
狙撃手が待ち受けるのならば、ペニーにとっては好都合でもあるのだ。
発砲場所さえ特定出来れば、対抗狙撃を行える。
ライフルケースからドラグノフを取り出し、サプレッサーを取り外してスリングベルトを肩にかけた。

曲がり角を進む際には細心の注意を払い、跫音が聞こえればすぐにペニーは動きを止めた。
重装備のジュスティア兵は動けばすぐに音が鳴るため、ペニーは間違っても偶発的に接敵することはなかった。
ただし、軽装備の人間に出会う事はあった。

从;゚∀从「あっ!」

('、`*川「……ハインリッヒさん!」

額に珠のような汗を浮かべた私服姿のハインリッヒが曲がり角から現れ、ペニーは構えたグロックの銃腔を斜め下に向けた。
彼女の手には武器が握られていなかった。

从;゚∀从「ペニーさん、裏切り者が分かりました。
     ……陸軍大将です」

一瞬、ハインリッヒはその言葉を言い淀んだように見えたが、刹那の時間で覚悟を決めて口に出した。
陸軍の最高指揮官が裏切り者であるとは、軍人であれば極力他者に知らせたくない情報だ。
ましてや、敵対関係にある街の人間に伝えるなどジュスティア人であれば言語道断のはずだ。
何か別の魂胆があるのではと疑いを抱きつつ、ペニーは話に耳を傾けた。

从;゚∀从「それと、イルトリア軍にも内通者がいる可能性があります。
     今朝、ペニーさんの情報が陸軍大将経由で一斉に軍で共有されました。
     島中の兵士がペニーさんを狙っています」

なるほど、とペニーは納得した。
仮に、彼女の推測通りペニーに関する情報を知っているイルトリアの内通者がいるとしたら、勿論協力者に情報を伝えるはずだ。
間に他の駒を使えばそれだけ情報流出のリスクが高まるため、最短で情報伝達を行ったとしたら、協力者に直接伝えるだろう。
今回の場合、その協力者がジュスティア陸軍の最高権力者だったという話で、不自然さはなかった。

227名無しさん:2018/01/07(日) 21:44:13 ID:9ft78oqo0
話としてなんら問題はないが、それが事実かどうかは別の話だ。
だがイルトリア側に裏切り者がいる、という考えは確かにペニーの疑問に対する答えとしては十分だった。
動機などについてはさておき、ペニーのライフルケースに発信機を仕込めたのはイルトリアの人間だけだった。
つまり、ハインリッヒの推測とペニーの推測は合致しており、それは事実であると受け入れた方がよさそうだった。

いずれにしても、昨夜ペニーが起こした騒ぎは両軍の裏切り者にとって極めて不都合であり、なりふり構わず彼女を抹殺するという決断に至るだけの効果を与えられたという事だ。
つまりペニーは彼女のやるべきことを見事に果たせたというわけだ。

('、`*川「やっぱり……イルトリアの内通者は私も予想していましたが……」

从;゚∀从「……もう一つ、悪いニュースがあります」

先ほどよりも一層ハインリッヒの表情が険しくなった。

从;゚∀从「私とギコ以外のメンバーが貴女の命を狙っています」

考えていなかったわけではなかったが、時期が早すぎるというのがペニーの感想だった。
彼女も遅かれ早かれ彼らを殺す考えをしていたため、相手が同じことを考えていたとしても何ら奇妙なことはない。
だがやはり、決断が早すぎるように思えた。
せめて彼らが反旗を翻すとしたらジュスティア陸軍大将の裏切り行為の証拠を掴み、それからの方が自然だ。

从;゚∀从「貴女が殺した兵士の中に、三人の友人がいたんです……裏切り者が分かった以上、貴女との取り決めも終わりだと」

今さらそれを言われても、ペニーとしては頭を抱えたくなるほど愚かな話にしか思えなかった。
ペニーも戦友を殺された。
互いにその恨みは一度忘れ、協力するのが今回の話のはずだった。

('、`*川「貴女はそうじゃないの?」

从;゚∀从「……正直、それに近い感情はあります。
     でも、始めたのはこちらが先です」

もし、この女性がペニーにとって敵対する勢力にいなければ、そこには純粋な友情が芽生えたことだろう。
何という正義感。
何という意志の強さ。
他のメンバーの裏切り行為を黙秘しても誰も責め立てないだろうに、それをペニーに伝えるという事は、仲間を裏切るという事になる。

協力関係にある敵対勢力の人間ではなく、共に死地を越えた仲間を裏切るというのは限りなく強い意志がなければ決断し得ないものだ。
その在り方には、尊敬の念さえ覚える。
正義の都に生きる人間として理想的な性格をしているが、戦場では長生きが出来ないタイプだ。
しかし、心強かった。
本当に、どうしてこんな形で出会ってしまったのだろうかとペニーは胸を痛めた。

('、`*川「そうですか……こちらでも分かった事があります。
    その話をどこか別の場所でしたいのですが……」

感傷に浸っている時間はない。
ペニーは追われている身であり、ここで立ち話をしている場合ではない。
安全な場所に逃げ込まなければ、兵士や狙撃手に見つかるのは時間の問題だ。

228名無しさん:2018/01/07(日) 21:45:44 ID:9ft78oqo0
从 ゚∀从「こちらへ来てください。
     車を用意してあります」

路地を誘導され、閑散とした幅の広い道路に出てきた。
そこにはグレーのセダンが停まっていた。
周囲に誰もいない事を確認してから、ハインリッヒが助手席を開けてペニーに乗るように促した。
罠の可能性も考えられたが、今はその罠に付き合うのも有りだと考え、すぐに乗り込んだ。

二人を乗せたセダンはすぐに走り出し、やがて郊外にまでやって来た。
周囲に民家よりも緑の方が多くなってきた事から、北に向かっているのだと判断した。
この方向であれば基地から離れ、狙撃手や兵士達の目から逃れることが出来る。
ペニーの拠点からは大分離れてしまったが、帰りに送り届けてもらえれば問題はなさそうだった。

山道を進むかに思われたが、逆に、崖の下に広がる鬱蒼とした森へと車は進んだ。
陽の光が次第に拡散され、昼の暑さを忘れさせる。
道路と呼ぶのも危うい未舗装路をまっすぐに進み、獣道のような別れ道を右に進み、やがて、開けた空間で止まった。

そこは陽光の降り注ぐ榴弾の爆心地だった。
木々が内側から外に向けて薙ぎ倒され、中心部の地面が深く抉れていた。
折れた木の幹はまだ新しく、昨夜の砲撃の一発がこの場所に落ちたのだと分かった。

周囲の低木林に狙撃手が潜んでいる可能性は捨てきれなかった。
油断させてペニーを狙撃するのなら、この場所は絶好の狩場となる。
隠れる者にとっては無数の木々が味方になり、狙われる物には身を隠す物が何もない。

狙うとすれば、北側の山中からこの場所を見下ろすことの出来る地点だろう。
距離を計算すると二キロ弱、といったところだ。
腕のいい狙撃手ならば狙い撃てるだろう。
強化外骨格を使用していれば、外すことはあり得ない。

だが彼らが本気で殺そうと思えば、車がこうして停まった瞬間を狙えばいいだろう。
どこまでも疑念を捨てきれない自分に嫌気がさしたが、不快感を顔に出すことなくペニーは下車した。
ハインリッヒが先導し、森の中へと入っていく。
そうしてしばらく歩き続けると、頭上を長く伸びた枝葉に覆われた広い空間に出てきた。

从 ゚∀从「ギコ、連れて来たわよ」

茂みが動き、ギリースーツに身を固めたギコが現れた。
持っていたL96ボルトアクションライフルを肩にかけた。

(,,゚Д゚)「ありがとうございます、曹長」

握り締めたグロックから手を離すことなく、ペニーは二人のやり取りと目線を観察した。
警戒を解かないペニーにハインリッヒが近付く。

从 ゚∀从「ペニーさん、私達は貴女を裏切るつもりはありません。
     当初の予定通り、裏切り者を罰するまでは恨みは胸の内に秘めておきます」

('、`*川「他の三人と別の動きをするなら、当然、貴女達は離反者という事で軍に追われることになりますよ」

229名無しさん:2018/01/07(日) 21:46:18 ID:9ft78oqo0
どこの街の軍隊であれ、軍は規律を重んじる。
一兵士が感情で動き回れば、それだけで軍全体の存亡にかかわる事態に発展しかねない。
そのため、軍の訓練で徹底されるのは仲間意識だ。

離反者は次の離反者につながる。
判明した時点で捕えられ、処刑されるのが妥当だ。
その危険性を知らない彼女達ではない。

从 ゚∀从「知っています。
      私達の動きが知られるのも時間の問題です。
      ですが、その前に私達の意見を聞いてほしかったんです。
      ……これは、私達が始めてしまったことです。

      だからこそ、その責任を取らなければならないと考えています。
      ここまでの大事になって、その責任を放棄することは正義とは言えません。
      だから正義を果たすのであれば、この事件の全てを仕組んだ人間を罰することが最初です」

ハインリッヒがペニーの素性を知らなかった時、確かに彼女は罪を告解するようにして胸の内を話した。
それは精神的重圧からの解放を望む、人間の自己防衛本能から来る自然的行動だった。
この背信行為は彼女と彼の心が自壊し、自ずと贖罪の機会を求めたと解釈できる。

从 ゚∀从「……大勢の戦友が死にました。
でもそれは、元を正せば私達が引き起こしたことです」

('、`*川「ハインリッヒさん、貴女、それを本気で言っているんですか?」

同じ軍人として、ペニーは彼女の正気を疑った。
彼女の言葉はもっともだし、正論そのものだった。
だが、時に正論は捨て去らなければならない物となる。

特にジュスティアの軍人がそれを口にするという事は、己の非を認める行為そのものだった。
つまりは、正義の使者が悪事を認めるような物だった。

从 ゚∀从「本気です、ペニーさん」

('、`*川「……どうするつもりなんですか?」

問題はその後の行動だった。
真逆の正義感に目覚めたとして、それをどう行動に移し、どのような結果を手に入れるのか。
その計画が無い状態で動いたわけではないだろう。

从 ゚∀从「これを渡しておきます」

ビニール袋を懐から出し、ハインリッヒはそれをペニーに握らせた。

('、`*川「これは?」

230名無しさん:2018/01/07(日) 21:48:03 ID:9ft78oqo0
从 ゚∀从「基地を襲った際、最初に放たれた銃弾です。
     多くの遺体が火葬されたのは銃弾を隠すためだと思われます。
     ですが、この一発は体を貫通して壁に埋まっていました。
     これは私達の持つどの銃からも放たれていないはずです」

ハインリッヒの言葉が証明されれば、それは別の存在が基地を襲ったことの何よりの証拠になる。
それだけではなく、使われた銃を使用していた人間から裏切り者の存在を確かなものとし、ハインリッヒ達の行いが過ちでなかったと彼女の味方達に知らしめることが出来る。
また、ペニーからすればその証拠を追っていき、イルトリアにいる裏切り者の尻尾を掴むいいチャンスにもなる。
それぞれの手で裏切り者に落とし前をつけさせれば、協力関係はそこまでとなる。
ハインリッヒが手に入れた一発の銃弾が、全てを解決させ得る鍵だった。

从 ゚∀从「前にお話しした二人の狙撃手ですが、独自の命令を受けているとのことで、行方が分からなくなっています。
     その二人が使うライフルはDSR-1です」

長距離狙撃で絶大な命中精度を誇るそのライフルからはラプアマグナム弾を発射し、一キロ以上先の標的を絶命させ得る力を持っている。
そのライフルを手に入れるには、狙撃手を捕まえるか殺すかしなければ、まず奪い取れない。
気になるのはやはり、行方をくらましたことだ。

狙撃手が迂闊に動いたボルジョア達の動きに感づき、動き出しているかもしれない。
二組に追われるという可能性を考え、ペニーは自分がかなりの窮地に立たされていることを再認識した。

('、`*川「名前は分かりますか?」

从 ゚∀从「アルバトロス・ミュニック大尉とカリオストロ・イミテーション大尉です。
     恐らくご存じだとは思いますが……」

('、`*川「〝コールドフィンガー〟と〝ムーンレイカー〟ですね」

名前の挙げられた二名は本名よりも渾名の方で広く知られ、文句なしの凄腕の狙撃手だった。
ジュスティアが誇る狙撃手の中でも、この二人は別格だ。
二人は狙撃手であると同時に、観測手でもある。
この二人は状況に応じてその役割を変え、時にはアルバトロスが狙撃を、時にはカリオストロが狙撃を行う事がある。
互いの呼吸を理解し、得手不得手を理解した完璧な狙撃組としてジュスティア陸軍に多くの伝説を残している。
その名はイルトリアにまで轟き、要注意狙撃手として各軍に広まっていた。

从 ゚∀从「その二人が恐らくは、陸軍大将の手駒として動いているかと」

('、`*川「分かりました。
     先ほど街中で狙撃をされたので、その二人に間違いなさそうです。
     ボルジョアさん達は今どう動いているか分かりますか?」

从 ゚∀从「街で貴女を捕まえようとしているはずです。
     私達もそうするフリをして基地を出て、ペニーさんを探していたんです」

('、`*川「なるほど。
それで、お二人はこの後どうするんですか?」

从 ゚∀从「ギコはこの山からペニーさんを援護します。
      私は街に戻って、狙撃手の位置をギコに伝えます」

231名無しさん:2018/01/07(日) 21:50:00 ID:9ft78oqo0
肩を竦めて、ハインリッヒはそう答えた。

('、`*川「その前にハインリッヒさんに頼みたいことがあるのですが」

从 ゚∀从「何でしょう?」

('、`*川「街に戻るのであれば、私の残りの装備を持って来てほしいんです。
     それと、私のバイクを」

ここで二人と別れて行動することも出来るが、ペニーは保険を掛けることにした。

('、`*川「その間、私とギコさんで街を見ています。
     それならお互いに安心出来ると思うのですが」

言い方を変えれば、ペニーはギコを人質に取るという事だった。
互いの信頼獲得のために、特に、裏切られる可能性が最も高いペニーからしたら当然の配慮だ。
それに対する二人の反応は驚くほどあっさりとしていた。

(,,゚Д゚)「自分は構いません、ハインリッヒ曹長さえよければ」

从 ゚∀从「ペニーさんの装備を回収したら、ここに持ってくればいいですか?」

('、`*川「そうしていただけると助かります」

从 ゚∀从「分かりました。
     可能な限り早く届けられるよう努力します」

('、`*川「ホテルとバイクの鍵です。
     それと、私の装備は天井裏に隠してあります」

それからペニーは幾つか指示を出し、最後にパニアケースのロックを解除する番号を教えた。
これで全ての荷を積み込み、ハインリッヒがここに戻ってくることが出来る。
この方法なら、ペニーは危険を冒して荷物を取りに行く手間が省ける。

('、`*川「では、一時間後にまたここで」

______________________∧,、___
  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄V`´ ̄ ̄

フロントガラスから見る街は静まり返っていたが、決して心地のいい空気ではなかった。
商店は昼にも拘らず軒並みシャッターを下ろし、普段は外に繋がれている犬ですら家の中に避難している状態だった。
戦争が始まったばかりの街。
まずは現実から目を背け、身の安全を確保する第一段階だ。

第二段階では戦火が街を焼き、その炎から逃げ惑う第三段階へと移行する。
ハインリッヒ・サブミットは第二段階まで事態が進行すると予想した。
ペニーならば、それほどまでの事を成せるだろうという信頼から来る予想だった。
今、ハインリッヒは大きな肩の荷を降ろした気持ちでいっぱいだった。

232名無しさん:2018/01/07(日) 21:51:30 ID:9ft78oqo0
彼女に話したことは皆事実だが、一つだけ話していないことがある。
それは、これまでに味わったことの無い罪悪感にハインリッヒの精神が折れ、救いを求めてペニーを探していたという事だった。
大勢の仲間が彼女の手によって殺された事実を受け入れても、その死を招き入れた発端が彼女達にあるというのもまた事実だった。
ここでペニーに手を貸し、諸悪の根源に対して一矢報いることが出来れば、ハインリッヒはもう一度面と向かって仲間の仇であるペニーと対峙することが可能になる。

指示されたホテルの前に車を停め、ハインリッヒは何食わぬ顔で部屋に向かった。
預かった鍵で部屋に入ると、人が生活をしていた雰囲気は微塵も感じられず、彼女が如何に多忙だったのかを如実に物語っていた。
換気扇を外して天井裏を探り、弾薬箱とアサルトライフルを見つけた。
彼女は本気でジュスティアと戦争をする気なのだ。
たった一人で大軍に立ち向かうその姿は、敵でありながらも憧れを抱かざるを得ない。

全ての装備を持って駐輪場に向かい、装備をパニアケースにしまった。
蒼いセミカウルのバイクは、これまでにハインリッヒが見たことの無い車種だったが、どんな長旅でも助けてくれる頼もしさを感じ取ることの出来る姿をしていた。
一目でその設計思想の伝わる道具は優秀だ。
初めてバイクを見て興奮を覚えつつも彼女のヘルメットを被ると、風の音が遮断され、静けさがハインリッヒの心を支配した。

跨り、スタンドを外す。
キーを差し込んでエンジンをかけ、下腹部にエンジンの振動を感じ取る。
生物を思わせる規則正しい鼓動。
バイクが鋼鉄製の馬であることを想起し、心臓の下あたりに感じる高揚感に、ハインリッヒは心の霞が消えていることにも気付けなかった。

アクセルを捻り、ハインリッヒは街を走り抜けた。

______________________∧,、___
  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄V`´ ̄ ̄

ギコ・コメットは立ち込めた森の空気の中を黙々と歩いていた。
木の根を階段代わりにし、蒸した森の香りで肺を満たし、即席で作った二人用の偽装掩蔽壕を目指していた。
倒木を利用した掩蔽壕は近づかなければそれと分からず、知らない人間がその前を素通りした場合は気付けない程の完成度だった。
ギコの後ろにはペニーが絶妙な距離を開けてついていた。

歩調を合わせ、跫音も合わせているため、よほど注意して聞いていなければ跫音は一人分にしか聞こえない。
ギコは彼女の獣じみた警戒心の高さに感心しつつ、いつ背中を撃たれるのか気が気でなかった。
彼女がその気になればグロックが火を噴き、ギコの体を森の養分とすることも可能だ。
偽装掩蔽壕まで残り一〇数メートルとなった時、ペニーが沈黙を破った。

('、`*川「なかなか上手に隠しましたね」

茂みに倒れた木と砲弾で抉れた地面を利用し、その上に草の蓋をした掩蔽壕はギコの自信作だったが、ペニーはこの距離で見破った。

('、`*川「影が不自然ですから」

見破られた理由を説明されたが、ギコは咄嗟に理解が追いつかなかった。
確かに言われてみれば、影に歪みがあるようにも思えるが、気にならない程度だった。

蓋代わりにしていた偽装シートをめくると、そこには人二人が伏せて入れるだけの深さと広さの窪みがあった。
最初はお椀型に抉れていたのをギコが埋め、墓穴の様にしたのである。
観測手と狙撃手の二人が使えるように考慮した空間は、実のところ、ペニーが交渉に応じた際に彼女を待ち伏せるために作った場所だった。
車が到着したのをこの場所から見下ろし、ハインリッヒの無事を確認してから茂みを移動し、二人の前に姿を現したのである。

233名無しさん:2018/01/07(日) 21:52:32 ID:9ft78oqo0
(,,゚Д゚)「ここでハインリッヒ曹長を待ちます」

観測手用のスコープを手渡す。

('、`*川「分かりました」

先にギコが穴に入り、次にペニーがそれに続いた。
最後にシートを二人の上に引き寄せ、体を完全に隠した。
この偽装掩蔽壕は倒木と地面の間から見下ろす形となっており、通気性などの快適さは考慮に入れていないため、少し息苦しかった。

ライフルを構えるギコの隣でペニーは身じろぎ一つせずにスコープを覗いていた。
呼吸音でさえ、注意しなければ聞き取れないほどに抑え込まれていることに驚いた。
狙撃手として音を立てないよう訓練と実戦を重ねてきたが、ここまでの領域に到達するには、どれほどの経験を積めばいいのだろうか。

('、`*川「何か?」

視線に気づいたペニーに声をかけられた。

(,,゚Д゚)「いえ、どれだけの訓練を積んできたんですか?」

('、`*川「それは今お話をする必要がありますか?」

今はこうして協力体制にあるが、根底は仇敵なのだ。
答えないのは当然とも言えた。
己の発言を恥じ入り、極まりが悪そうに謝罪の言葉を口にしようとした。

('、`*川「訓練の時間が技量に影響するのではなく、訓練に取り組む姿勢が技量に影響を与える。
     イルトリア軍の基本の言葉です」

だがペニーは、答えてくれた。
ギコはそれが嬉しいと感じたが、彼は彼女の姿勢に惹かれていることには気付いていなかったのであった。
ハインリッヒを乗せたバイクは一時間後にエンジン音を響かせて現れた。
特に追われている様子もなく、ペニーとギコは偽装掩蔽壕から出て彼女の元へと向かった。

('、`*川「街はどんな様子でしたか?」

从 ゚∀从「武装した兵士達が貴女を探していました。
      もちろん、私も止められました。
      逆に、このバイクに乗っているのが私という認識ができたので、ペニーさんがこのバイクに乗る分には問題はないはずです」

頷き、ペニーはヘルメットを受け取った。

(,,゚Д゚)「街に行くのですか?」

パニアケースからH&K36アサルトライフルと予備弾倉、サプレッサーを取り出し、弾倉をタンクバッグにしまった。
アサルトライフルは銃床を折り畳んで短くし、サプレッサーを取り付けてからスリングベルトを右肩にかけた。
エンジンのかかったままのバイクに跨り、ヘルメットを被る。
一連の動作は無駄がなく、可憐ささえ感じられた。

234名無しさん:2018/01/07(日) 21:52:54 ID:9ft78oqo0
('、`*川「えぇ。 戦争をします。
     ライフルを全て手に入れれば、私の勝ちです」

狙撃手が隠れているとしたら、やはり街だろう。
現に、ペニーは街中で撃たれたという。
姿を現せば必ず反応するはずだ。
そうすれば、文字通りの戦争が始まる。

街中に散った兵士達が、街に潜む狙撃手がペニーを追って街を戦場にするのだ。
戦友の無念を晴らすために、ペニーはその身を地獄に投じるのだ。
やるべきことを理解していても実行に移すだけの覚悟がなければ、この決断は下せない。
ギコはその胆力の強さを羨ましく思った。
もしもギコに罪悪感が芽生えていなければ、今頃はペニーを追ってライフルを握っていた事だろう。

強い人間に惹かれるのは当然のことだった。
彼は強くなるために軍人になったのだ。
狙撃の才能を生かし、子供の頃に読み聞かせられた英雄譚の主人公のように、果敢に戦い、雄々しく生き、惜しまれながら死んでいく事を夢見た。
夢は今、目の前にいた。

彼の焦がれた英雄の生き様を体現する軍人が、敵としてギコの前で呼吸をしている。
遥かな高みにいる孤高の狙撃手は、事もなげに絶望的な状況に挑もうとしている。
憧れを前にしたギコは、言葉をかけずにはいられなかった。

(,,゚Д゚)「強化外骨格はまだあと三機残っているはずです。
    お気を付けください」

('、`*川「ありがとう、ギコさん。
     では、またいずれ」

短い別れの言葉を告げ、ペニーはアクセルを捻って街に向かった。
これが三人の揃った最後の時になるのだが、すでにその覚悟を済ませていた三人には関係のない話だった。

______________________∧,、___
  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄V`´ ̄ ̄

アマンシオ・タランティーノ伍長は森に最も近い位置で狙撃手探しを行っていた兵士の一人だった。
そして、友人を爆殺されたことに憤る兵士の一人でもあった。
そしてその隣で同じく怒りを押し隠しつつライフルを握るのは、タカラ・ブルックリンだった。

基地に撃ち込まれた銃弾は大勢の仲間を傷つけ、殺し、そしてジュスティアの誇りに泥を塗った。
タカラを含めた狙撃チームはその惨事を引き起こした女と共闘体制にあったが、即座に決裂させることに決めた。
仲間が傷つくのを分かった上での共闘だったが、爆死した兵士の中にはタカラの親友が含まれていた。

五人の狙撃チームはそれぞれ街や山に散り散りになり、狙撃手の女を探していた。
運よく見つけることが出来れば、味方を装って隙を突いて殺すことも出来る。
魔女と呼ばれるペニサス・ノースフェイスの情報は今や島にいる全軍人に知れ渡り、島民にもその名前が広まっていた。
彼女を見つけるのは時間の問題だった。

235名無しさん:2018/01/07(日) 21:53:42 ID:9ft78oqo0
この事態が伝わっていたとしても、今さら逃げることも隠すことも出来ない。
どこかに隠れ潜み、再び卑怯な手段で攻撃を続行することだろう。
堂々と動けないとなると、隠れる場所は限られてくる。
建物か、森の中だ。

森には親友のギコ・コメットがいる。
彼ならば魔女の行動を先読みして待ち伏せることも可能かもしれない。

タカラは近づいてくるバイクのエンジン音に意識と視線を向けた。
蒼いカウルのバイクが山の方から近づいてくるのが見えた。
遠目に見えるのはグレーのヘルメットと風に靡く妖艶な黒髪――

( ,,^Д^)「見つけたぞ!魔女だ!」

夢中で無線機に向けて叫ぶタカラの胸を、鋭く短い音と共に大きな衝撃が襲った。

見えない拳に殴られたかのように倒れたタカラの姿に絶句するアマンシオは接近してくるバイクにライフルを向け、銃爪を引いた。
警告も確認もなしの発砲は規定に違反していたが、彼の判断は正しかった。
それでも、バイクはジグザグに動いて銃弾を躱し、肉薄してきた。
そして再び銃声が響きアマンシオの頭部を破壊した。

仲間の肉片を浴び、胸の痛みで呼吸が止まったタカラは心臓が止まる思いだった。
顔合わせをした以上、ペニサスが撃ってくるはずがないと考えていたが、現にこうして撃たれていた。
プレート入りの防弾着を着ていなければ死んでいただろう。
ひょっとしたら、殺さないためにあえて頭部でなく胸を狙ったのかもしれない。
一縷の望みに賭け、タカラはベレッタに手を伸ばした。

バイクが速度を落として近付いてくる音が聞こえ、タカラは残忍な笑みを浮かべた。

止まったところを撃てば殺せる。
必殺の距離にお人よしの魔女が入る事を待ち、そして、タカラの望みは実現した。
ただし、急停車によって後輪を持ち上げ、ハンマーのように彼の頭部を踏み潰すという形で実現したことを、脳漿が地面に広がった状態の彼は終ぞ知ることはなかった。

サプレッサーを使用していても、銃声が完全に消えるわけではない。
二種類の銃声が聞こえた時点で、それは間違いなく戦闘の証となる事をケリスチャン・アミーチス一等兵は理解していた。
友軍の銃声は聞き間違えるはずもなく、それとは明らかに異なる銃声は敵勢力のそれに違いないと断定したケリスチャンは銃声のした方に走り出し、バイクが石畳の上を走ってくるのを目撃した。
黒い銃を手に持っているのが見えたケリスチャンは警告を抜きに、カービンライフルを発砲した。

軍の訓練で単射を徹底されていたが、ケリスチャンはフルオートで弾倉の中身を全てバイクに撃ち込んだ。
その幸運な一発が運転手のヘルメットに命中し、頭部が大きく後ろにのけ反った。
彼は勝利を確信し、自分の腕前を称賛した。

撃ち尽くした弾倉を捨て、防弾着のマガジンポケットから新たな弾倉を取り出そうとするも、興奮で上手くポケットが開けられなかった。
ようやく弾倉を手にした時、彼は速度を落とさずに突っ込んできたバイクに吹き飛ばされ、アパートの壁に叩き付けられて脊髄を損傷し、全身の機能を失った。
彼の視界の端に、大きな傷のついたグレーのヘルメットが転がっていたが、その理由を誰かに説明する機会は永遠に失われた。
だが、彼の放ったフルオート射撃は街中に緊急事態を伝える警鐘の役割を果たした。

236名無しさん:2018/01/07(日) 21:54:10 ID:9ft78oqo0
警鐘は基地にまで届き、そこに待機していた全ての兵士が完全装備で行動を開始した。
砲兵隊は市街地であるために最小限の兵士が待機を命じられ、それ以外の全員がトラックの荷台に乗り込んで街に向かった。
最初の銃声から一五分後、街は戦場と化した。
魔女狩りが始まったのだ。

______________________∧,、___
  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄V`´ ̄ ̄

ペニサス・ノースフェイスはゲリラ戦の基本を心得ていた。
バイクで街中に乗り付けた彼女はそれを路地裏に隠し、そこから離れた場所の建物に身を隠すことを選んだ。
古いレンガ造りのその建物は三階建てと高く、一階は商店として使われていたが、正面のシャッターは降ろされ、営業はしていなかった。
裏口に回り込み、非常階段を上って三階まで行き、そこから屋上によじ登った。

三階と言う高さはさほど優位に働かないが、山に近いことから勾配の関係で街を見下ろすことの出来る絶好の観測場所だった。
貯水タンクが一つと出入り口が一か所あるだけの屋上だが、狙撃をするのに問題はなかった。
貯水タンクを背に、ペニーは準備を進めた。

アサルトライフルの銃床を元に戻し、それを地面に置いた。
ライフルケースからドラグノフとその弾倉を取り出した。
その弾倉には対強化外骨格用の徹甲弾が入っており、長距離狙撃にも使えるという利点があった。
マンストッピングパワーが少ないが、急所に当てれば絶命させられる威力がある事に変わりはない。

膝立ちになってライフルを構え、街中に入ってきた軍用トラックの運転手に狙いを定めた。
距離は一キロ強。
上下に動き、更には近づいてくる標的。
遠ざかる敵よりも近づいてくる方が厄介なのは言うまでもないが、ペニーは決断の速さが成功の鍵になる事を知っており、銃爪は正確なタイミングで引き絞られた。

反動、そして飛び散る血飛沫がスコープの向こうに見えた。
トラックは速度を上げて建物に突っ込み、大きな音を立てて横転した。
慌てて人間が荷台から降りてきたところで、その肺を撃ち抜いた。
続いて、ペニーはその狙いを動かし、別方向から迫るトラックを見つけた。

トラックはペニーから見て左から右に向けて走り、建物の影から一瞬だけ姿を見せていた。
距離は九〇〇メートル程。
速度は時速五〇キロ以上。
銃腔を右に動かし、タイミングを計って撃った。

次の一発は運転手と助手席の人間を同時に貫き、瀕死の運転手がハンドルを握ったままの状態で倒れ、トラックは民家に激突した。
血に濡れた顔の男が憤慨した様子で荷台から降りて来たため、その胸にあった手榴弾を狙い撃った。
男は文字通り爆ぜた。

すぐに姿を貯水タンクの影に隠し、狙撃手の反応を待った。
相手が一流ならば、こちらの位置を把握することは造作もないはずだ。
だが、互いに優れた狙撃手としての認識があれば、その裏をかくことが出来る。
狙撃手が一度使った狙撃地点に居座らないというルールを、ペニーはあえて破ることにした。

すでに四発発砲したとなれば、発砲場所は誰かに目撃されていても不思議ではない。
そして、それは瞬く間に軍人間で共有され、ペニーの移動経路を予想し、次の射撃に向けて屋上などに注意を払うはずだ。
そして、狙撃手は視界を確保できる場所に移動し、ペニーを探すはずだった。

237名無しさん:2018/01/07(日) 21:54:37 ID:9ft78oqo0
石畳を砕き、踏みつけ、重厚な鉄の音を響かせたそれがペニーの視界に映った時、思わずジュスティア軍の正気を疑った。
アスファルトの道路から石畳の市街地に現れたのは、ジュスティア軍の主力戦車であるM1エイブラムスだった。
市街地で使うには絶大な威力を持つ120mm滑腔砲の砲塔が、嫌な角度で上を向いている。

民家を楯にしている以上、あの砲塔は脅し以上の役割を持たないだろうが、気を付けなければ爆殺されてしまう。
直撃すれば肉片一つ残らないだろう。
だが真に警戒するべきはギコが言っていた、残り三機の強化外骨格だ。
特に型名を言っていなかったことから、量産機であるジョン・ドゥと思われるが、事によるとその上位互換の機体である可能性も捨てきれない。

ある意味では戦車以上に強力な力を持つ強化外骨格は、街中での戦闘にも秀でており、戦車のように目立つことも行動を制限されることもない。
室内戦も白兵戦も人間以上の力で戦闘を支配するそれを倒し得たのは、相手が油断していた事が大きな要因だ。
つまり、次は偶然での勝利は拾えないという事だ。
予想では、二人の狙撃手がそれぞれ一機ずつ持ち出し、街中に潜んでいると考えていた。

始まりの一発。
恐らくは山中からの超長距離狙撃を成功させたように、機械が人間の補佐を行い、知覚外の距離からの狙撃を考えているのかもしれない。
狙撃手は高所を好む生き物だ。
高所からであれば多くの物を見下ろし、そして安全な状態で狙えるからだ。

ティンカーベルの中で最も高い建造物はグレート・ベルだ。
あの場所であれば、鐘の音と同化した銃撃が可能となり、基地を狙い撃ったのと同じように静かな一発を放てるはずだ。
ペニーのいる場所とグレート・ベルまでの距離は約三キロと離れており、銃弾の殺傷範囲を遥かに超えている。
狙われはしても、撃たれることはまずないだろう。
そう確信したからこそ、ペニーはこの場所で狙撃を行うことにしたのだ。

そしてもう一人の狙撃手だが、こちらは山の中にいると考えられた。
山からであれば、一キロも進めばすぐ背後が森のペニーの虚を突くのは容易い。
森にいるギコが本当にペニーの味方をしてくれるのか、それによっては彼女の動きも大分変ってくる。
再び狙いを街に向け、屋上に人影を探した。

一七〇〇メートル。
二人一組の狙撃手が小さな点の像としてスコープに浮かび上がった。
すぐに照準を上にずらし、風を考慮して左に動かす。
呼吸を止め、心臓の鼓動が止まる一瞬に一発。

鼓動が再開し、止まる瞬間に二発目を放った。
二つの空薬莢が地面を転がる。
スコープに浮かんでいた点は、二度と動くことはなかった。

「この建物から聞こえたぞ!」

建物のすぐそばで声がしたため、ペニーはライフルを短く構えて覗き込んだ。
三人の男と目が合い、先手を打ったのはペニーだった。
すぐに三連射し、幸運な男達はたちまち不幸な男達へと変わり果てた。

別の屋上で人の気配を感じ取り、一歩下がる。
銃声とほぼ同時に屋上の縁が砕け散った。
銃弾が飛んできた方向を見定め、構えるのと同時に四発撃った。

238名無しさん:2018/01/07(日) 21:54:57 ID:9ft78oqo0
死体が二つ、新たに増えた。
弾倉を新たな物に交換し、ドラグノフを背負うようにして肩にかけ、地面に置いてあったライフルを手にした。
一弾倉を使い切るだけの発砲によって、ペニーの位置は完全に明るみになった。

石畳の地面を踏みしめ、ペニーは自分の胸が高鳴っていることに気付いた。
結局、ペニーも軍人だった。
理由や発端が何であれ、戦争の場が軍人を満足させてくれる。
心臓に刃を当てられているような、極限の緊張感。
生きていることを実感させる原初の感情。

生きるために他者を屠るという感情。
生存本能がペニーの体を駆け巡り、支配し、それに従った。
末端まで駆け巡る血流と緊張感が、生きているという事を実感させ、そしてあらゆる感覚を限界まで高めた。
結果、ペニーは最良の動きが見えてきた。
それは最短であり、現実的な行動であり、選択の余地はなかった。

ライフルを構え、民家の間を縫うように移動する。
目指すべきは市街地の中心部。
狙撃手にとっての聖域。
グレート・ベル。

そこを制圧し、圧倒的な優位性を確保して長期戦に持ち込む。
島の象徴を戦車が砲撃することはまず有り得ない。
ましてや、砲兵隊が砲撃することも考えられない。
相手は正義の都の使者。

誰恥じることの無い、世界に胸を張る英雄狂の集団。
それこそが、ジュスティア。
彼らならば、決してその信念と正義の姿を曲げることはないのだ。

故に。
グレート・ベルだけは、何としても攻略しなければならない難所だった。
狙撃手にとって安寧の場所とも呼べるその地点を手に入れることが出来れば、少数の不利を補うことが出来る。
兵器による戦力の差も、あの場所であれば問題はない。

人の力を越えた威力を持つ壁は、使用する場所が限られてくる。
一撃の威力が高いという事は、それだけ周囲に影響を及ぼすということでもある。
ならばその威力が発揮できない場所に誘き寄せれば、その力は無意味な物へと成り下がる。
三キロを走破するのは容易だが、安全に到着するとなると難しい。

狙撃手は当然ペニーの動きを見て狙撃をするだろうし、何よりジュスティア軍の兵士と遭遇することは避けられない。
そのため、戦闘を繰り返しながら移動しなければならない。
ライフルの弾が一八〇発、ドラグノフの弾が七五発。
十分とは言い難いが、これが持ち運べる限界量だった。

ライフルケースに弾の重みを感じつつ、ペニーはライフルを構えて移動を始める。
壁を背に、平面でなく立体を意識して警戒を行う。
頭上に狙撃手がいるかもしれないと考えると、警戒は一瞬たりとも怠れない。
初めは辛うじて歩いていたが、次第に駆け足となり、最後には姿勢を低くして走っていた。

239名無しさん:2018/01/07(日) 21:55:25 ID:9ft78oqo0
ティンカーベルの家屋は伝統的に高さがあまりなく、密度も少ない。
風通しと景観の良さを保ちつつ、グレート・ベルよりも高い建物がないようにと配慮されていた。
宗教的理由ではなく、それは島に昔から伝わる伝統が関係していた。
言い伝えによると、グレート・ベルは大昔に何度も街に危機を知らせ、街を守ってきた。

観光名所としてだけではなく、街の守護神的なシンボルでもあるのだ。
恐らくこれから先も、グレート・ベルよりも高い建築物は建てられることはないだろう。
背の高い建物が限られているという事は、狙撃手が好んで使う場所も選別出来る。
しかしながら、徒歩で三キロを安全に移動するのには無理がある。

バイクでの移動も、流石に無理がある。
通りに停まっている一般車を盗むという考えも浮かんだが、この異常時に運転をする民間人はいない。
逆に怪しまれる。

風に妙な冷たさを感じ、ペニーは空を見上げた。
白い雲の数が増えつつあり、天候がペニーに味方をしてくれることを予感し、彼女は民家に併設されたガレージのシャッターを持ち上げて侵入した。
埃の匂いが充満したガレージには古い型の車が綺麗な状態で置かれていた。

シャッターを閉めると外の明かりが天窓から差し込む、薄暗い空間が広がっていた。
息を整え、装備を点検しなおした。
一時間後、ペニーの予感が的中したことを彼女は雨音で理解した。

強風にあおられた雨粒がシャッターにぶつかり、大きな音を立てている。
シャワーのような雨が島全体を洗い流すように降り始めたのを確認してから、ペニーはシャッターを開いて外に出た。
嵐は最高の目隠しになる。
そして、弾道を大きく狂わせる狙撃手の天敵でもあるのだ。

眼光鋭く、ペニーは跫音を殺して雨の街を走った。
黒檀のような空を背にぼやけて見えるグレート・ベルを睨み上げる。
恐らく、今もあそこに狙撃手がいる。
自らを断罪者であるかのように錯覚した狙撃手がいるかと思うと、憎しみが湧きでてきた。

「……定時報告を終了します」

グレート・ベルに通じるアイリーン・ストリートに出てきたところで、無線による報告を終えた兵士と鉢合わせた。
ライフルを使えない至近距離。
突然のことに驚きの表情を浮かべる兵士の顔に刻まれた皺の数も数えられるほどの距離だった。
生死を分けたのは経験値による決断力の差だった。

男が口元に構えていた無線機を掌底による一撃で顔に叩き付け、前歯を折った。
悶絶する男の後頭部を掴み、その顔に膝蹴りを放つ。
被っていたベージュ色のヘルメットが地面に落ちた。
無防備となった頭を壁に叩き付け、更にブーツの靴底で側頭部に前蹴りを喰らわせた。

男は顔を血だらけにして倒れ、ペニーは最後に男の頸椎を踏みつけた。
骨の折れる嫌な音が足元からしたが、雨音が掻き消してくれただろう。
死体を路地裏に引き摺り、建物の影からドラグノフでグレート・ベルを覗き込んだ。
距離はすでに一キロほどに縮まり、互いの銃の有効射程圏内に入っているはずだった。

240名無しさん:2018/01/07(日) 21:56:05 ID:9ft78oqo0
金色の鐘の下には誰もいない。
もしくは、ペニーとは別の方向を見ているのかもしれない。
気付かれていないのであれば幸いだった。

アイリーン・ストリートをまっすぐ進めば、グレート・ベルに登ることが出来る。
そう思った矢先、視界の先で白い輝きが見え、ペニーの左肩を何かが掠めて行った。
遅れて、非常に小さくて聞き取りにくかったがくぐもった銃声が聞こえた。
サプレッサーを装着した銃による狙撃だった。

第二射を回避すべく、ペニーは壁となる物を探した。
角度と光の位置を考えると、建物の中からの狙撃だった。
だが、普段は市場で賑わうアイリーン・ストリートは今やシャッターが下り切って閑散としており、壁として使えそうなものは路地裏ぐらいしかなかった。
更に、アイリーン・ストリートはなだらかな傾斜となっており、移動速度が向上する。

銃火を見てから回避する分にはいいが、濡れた石畳という滑りやすい足場のせいで転倒しかねない。
一瞬の間にペニーは多くのリスクを計算し、そして路地に隠れることを選ぶ他なかった。
一キロの狙撃は必中を狙うのは難しい距離だ。
それに、サプレッサーによって威力と飛距離が減退しているのだから、相手は次の一発でその誤差を修正し、当ててくるだろう。

すでに一発撃っている分、相手の方が当ててくる確率は高い。
ペニーは着弾に関する情報の一切を持っていない。
計算抜きで当てる必要がある。
連射性はこちらが勝る。

ドラグノフを構えて身を僅かに乗り出す。
スコープの十字線は開け放たれた雨戸の奥に向けられ、そこに伏せた状態の人影を二つ見つけた。
一人は狙撃手、そしてもう一人は観測手だろう。
考えるよりも早く、ペニーは銃爪を引いた。

弾は狙いを逸れて窓縁に穴を空けた。
誤差を修正し、二射目を放つ。
二射目は観測手の頭部を直撃した。
半ば仰け反るように頭を持ち上げ、そして観測手――ボルジョアは沈黙した。

スコープの先で光が放たれた。
身を隠す間もなく、銃弾が壁に当たり、砕けた壁の破片がペニーの腕や足に食い込んだ。
誤差情報を修正したペニーはスコープを動かしたが、その時には狙撃手はその場から逃げ出していた。
恐らくジョルジュだろう。

この銃声によって再びペニーの位置が知れ渡ってしまったと考え、これ以上相手の目を誤魔化し続けるのは困難と判断し、グレート・ベルを目指して全力疾走を始めた。
海から吹き上げて来る風に背を押され、ペニーは石畳の上を駆け抜ける。
顔に全身がずぶ濡れだった。
視界は最悪を極めていた。

しかし、彼女の気持ちは萎えることなく復讐の炎に燃えていた。
空が光ったかと思えば、爆音に近い雷鳴が鳴り響いた。
建物の間を抜けていく風が不気味な音を立て、嵐がより一層激しさを増してきた。

視線の先に、黒い影が複数見えた。
視力の良さと置かれている状況の違いが双方の命運を分けた。

241名無しさん:2018/01/07(日) 21:56:56 ID:9ft78oqo0
ペニーは軍人を見つければ撃てばよく、ジュスティア軍は民間人とペニーを見極めなければならない。
その差が、ペニーを優位に立たせた。
アサルトライフルが火を噴き、軍人達は次々と倒れた。
流れ出た血は、すぐに豪雨が洗い流した。

H&KG36には備え付けの照準器がある。
倍率は三倍と低いが、それでも、グレート・ベルで動きがあるかどうかを見ることぐらいは出来る。
人影も不自然な動きも見受けられず、ペニーはそれを不審に思った。
あの場所に狙撃手がいるというのは、ペニーの推測でしかない。
その推測が外れることはあるだろうが、あの拠点をそう簡単に手放すとは思えない。
狙撃手が高所を取ることの恐ろしさを知らないわけではないだろうに。

目立った戦闘も起こらず、ペニーはグレート・ベルの前にまでやって来た。
鐘楼に登るための扉は鍵が壊されており、すでに何者かが侵入していることが分かった。
それを偽装したという事も考えられるが、そうする必要がない。
銃腔で小突くようにして扉を押し開き、罠がないかどうかを確認した。

だが、特に目立ったものはなく、壁沿いに錆が目立つ手摺の付いた階段がある空間が広がっているだけだった。
一歩踏み入れ、ワイヤートラップの類もないことを確認した。
数百発のベアリングを指定した方向に発射する指向性地雷を設置されていたら、ペニーの足は勿論、最悪の場合は命を奪われかねない。
拠点化するのであれば、罠の設置は必須だ。

後ろ手で扉を閉じ、肩付けにライフルを構え、その銃腔を頭上の空間に向けながら慎重に階段に近づいていく。
自らの跫音が雨音に紛れて耳に届く。
何もないはずがない、とペニーは全ての物を疑い始めた。
ジュスティア軍を相手にゲリラ戦を挑むと決めた時から、ペニーは相手の研究を行い、その結果に基づいて行動していた。

正義を信仰する彼らならではの死角を見つけ、彼らの弱点を狙い続けた。
市街地での戦闘がペニーなりに出した結論の一つだった。
民間人への誤射を避ける彼らとは違い、ペニーは一切躊躇うことなく銃爪を引くことが出来るからだ。
その研究の中でペニーが分かっているのは、ジュスティアは拠点を防衛する際、決して警戒の手を緩めることをしないという事だった。

拠点制圧のためには戦車も持ち出すし、野戦砲も持ち出してくる。
そういう連中が今のペニーの相手なのだ。
それが、グレート・ベルという狙撃手にとって最高の環境を易々と手放すというのは、罠以外の何物でもなかった。
正々堂々を旨とする彼らが仕掛ける罠となると、優等生的な物が考え付くが、裏切り者が罠を仕掛けたとしたら、それはジュスティア軍らしさのない物になるだろう。

壁を背にして警戒を続けつつ、階段に足を乗せた、正にその瞬間――

('、`;川「っ?!」

――動物的なまでの直感に従い、ペニーは大きく前に飛び込んだ。
階段の段差に躓きかけながらも、大きく五段上に登ることが出来た。

ペニーの足が五段上の階段に触れるのとほぼ同時に、轟音と共にそれまでペニーの足があった場所に無骨なシルエットの腕が生えていた。
強化外骨格の腕。
機械仕掛けの甲冑の腕。
紛れもなく、ジョン・ドゥの腕だった。

242名無しさん:2018/01/07(日) 21:59:29 ID:9ft78oqo0
もしも反応が一秒でも遅れていれば、ペニーの足はあの腕に掴まれ、おそらくは幼い子供が人形をそうするように地面や壁に叩き付けられていた事だろう。
運よく掴まれるのが避けられたとしても、瓦礫に足を挟まれて最終的に命が終着駅に向かう事は避けられなかった。

〔Ⅲ゚[::|::]゚〕『ほぅ、よく避けたな。
      流石は〝魔女〟と呼ばれているだけはある』

瓦礫の下からマイクを通して聞こえてきたのは、ペニーの知らない男の声だった。
問答をすることなく、ペニーはライフルを構えて銃爪を断続的に引きながら弾幕を張り、階段を後ろ向きに進んだ。
ジョン・ドゥ自ら作り上げた瓦礫を吹き飛ばすのに、時間は殆どかからなかった。
アサルトライフルの銃撃などまるで気にした様子もなく、ジョン・ドゥは優雅とさえ言える動きで降り積もった瓦礫を払いのけ、飛び出すようにしてその姿を現した。

市街戦用のグレーの迷彩を施した機体の背には、DSR-1があった。
間違いなく、狙撃手だった。
その姿を隠すために建物の地下に細工をし、更には街の象徴であるグレート・ベルを躊躇なく破壊したその狡猾さは、ジュスティア人らしさからはかけ離れていた。
恐らくは街の地下に張り巡らされている下水道に隠れ潜み、センサーを利用してペニーが現れたのを察知したのだろう。
この人間が裏切り者の一人と考えて間違いなさそうだった。

早々に弾倉を撃ち尽くしたペニーはライフルをその場に投げ捨て、ドラグノフへと銃を持ちかえた。
長い銃身は室内戦で不利に働くが、距離を取ればこのドラグノフはジョン・ドゥの中にいる人間を殺すことが出来る。
距離を詰められれば、ドラグノフはその威力を発揮することが出来ない。

最悪の場合は破壊されることだ。
ドラグノフを失えば、残りの狙撃を行う事も出来ないばかりか、生き残った他の強化外骨格に対する対抗手段の全てを失うことになる。
狙撃手にとって命とも言えるライフルだが、今やそれは、比喩ではなく事実だった。

機械仕掛けの目がペニーを睨めつけ、彼女は殆ど反射的にドラグノフの銃爪を引いていた。
正確に胴体を狙った一発は、だがしかし、決め手の一発には成り得なかった。
絶望的なまでに重々しい金属音が響く。
それは、強化装甲が奏でる不吉な旋律だった。

対強化外骨格用の徹甲弾を防ぐ装甲は重量が増すことから、通常配備のジョン・ドゥにはまず用いられないオプションだ。
強化外骨格同士の戦闘でもないのにそれを持ち出すという事は、ペニーが対強化外骨格用の徹甲弾を持っていることをイルトリアの人間から訊いていたのだ。
最悪の気分だった。

唯一、ペニーが手持ちの弾で狙って相手を倒せるとしたら、それは頭部に限られてくる。
ジョン・ドゥの頭部で揺れる双眸。
一撃で終わらせるならそこを狙うしかない。
しかし、相手がそれを警戒しているのは当たり前だ。

防がせないようにするための手段を考える必要があった。
顔を守られたら打つ手がなくなってしまう。
数瞬の間に考えをまとめたペニーは階段を駆け上った。
その間に足止めのために弾倉を一つ使い切った。

〔Ⅲ゚[::|::]゚〕『はっ、逃げるか!』

狩りがいのある獲物を見つけた狩人のように、余裕を感じさせる好戦的な声が聞こえてきた。
狩人との違いは慢心することなく、間違っても遊び心を見せることはない。
言葉でこそ好戦的な風に聞こえるが、その実は冷酷な機械の発する駆動音に等しい。

243名無しさん:2018/01/07(日) 22:00:37 ID:9ft78oqo0
相手のミスを待つのは難しいだろう。
ミスをする前に任務を果たすのが軍人だからだ。
新たな弾倉を叩きこんだペニーは、狙いを脚部の関節に移行した。
強化装甲は表面の部分だけであり、関節部には用いられないからだ。
それに、強化外骨格用の重量を支える脚部を破壊出来ればその行動に大きな制約を課せることになる。

ドラグノフが放つ銃声と独特の残響音が塔の中に高々と鳴り響き、金属が金属とぶつかる甲高い音が続いて響いた。
放った一撃は膝関節を守る膝当てに防がれて明後日の方向に飛んで行った。

ペニーの狙いに気付いた男はペニーを睨み上げ、石畳の床に大きな窪みを作る程の踏み込みで跳躍した。
砲弾のような迫力で迫る強化外骨格に対し、ペニーは後退するという選択肢を取らざるを得なかった。
らせん状の階段に着地したジョン・ドゥは僅かにバランスを崩したが、すぐに態勢を整えた。

〔Ⅲ゚[::|::]゚〕『死ねっ!』

その場から爆ぜるようにしてペニーに肉薄するジョン・ドゥ。
徒手による攻撃が予期された。
一度ジョン・ドゥが本気を出せばその速度は瞬間的とはいえ、時速一六〇キロにも達する。
逃げるのは不可能だ。

その膂力は人を凌駕し、人間を殴殺することなど容易い。
対するペニーはライフルを腰だめに構え、銃爪に指を添えていた。
コンマ五秒にも満たない攻防の中、ペニーが下した決断は手すりを乗り越え、その身を虚空に投げ出した。

直後、ペニーのいた位置に拳を振り下ろしたジョン・ドゥが現れた。
背中から地面に落下するペニーはその一瞬の隙を逃さなかった。
狙いは背中のバッテリーだった。
放熱と交換の関係からバッテリー部には強化装甲が施されることは殆どない。
その可能性に賭けたのだ。

落下までの長い一秒。
標的は大きく、外すことはない。
ドラグノフが火を噴き、着弾の瞬間、ペニーの背中に衝撃が訪れた。
背負っていたライフルケースがクッションの役割を果たし、大きなダメージを追う事はなかった。

倒れながらもライフルを構え、微動だにしないジョン・ドゥの背に向けて更に四発連続で弾丸を撃ち込んだ。
火花が散り、青白い電流が迸る。
一見するとバッテリーの破壊は成功し、ジョン・ドゥはここで終わるはずだった。
ゆっくりとジョン・ドゥの首が回り、ペニーを見下ろした。

〔Ⅲ゚[::|::]゚〕『……流石は魔女だ。
      期待以上だ』

('、`;川「……予備バッテリーまで用意したのね」

バッテリーを失っても起動する強化外骨格は存在しない。
ペニーは確かにバッテリーを破壊した。
しかし、それとは別のバッテリーがあれば話は別だ。
全身を強化装甲に改良するのであれば、当然、それ以外の装備が備わっていても不思議ではない。

244名無しさん:2018/01/07(日) 22:01:05 ID:9ft78oqo0
胸部装甲の裏に増設された緊急用補助バッテリーによる駆動時間は五分。
激しい動きをすればそれだけ早急に消費され、時間は縮まる。
だが人間一人を殺すには十分な時間が得られる。

ペニーが起き上がるのと同時に、ジョン・ドゥが跳躍。
見えないはずの目に明確な殺意を宿らせ、握り固めた破城鎚の如き拳をペニーの頭に振り下ろす。
ペニーの頭蓋骨が砕け、脳漿が床と壁に飛び散ってグロテスクな装飾を施した。
こうして魔女は息絶え、イルトリアとジュスティアの全面戦争が始まる――

――その様子を幻視したジョン・ドゥを駆る男は、何が自分に起きたのか理解が出来ないまま絶命し、ペニーのすぐ隣に顔から着地した。
顔から赤黒い血が沁み出し、次第に広まり始めた。

勝利を確信していたのは男だけではなく、ペニーも同様だった。
反撃の敵わない中空。
それも、攻撃のモーションに移行していたのが男の犯した最大の失敗だった。
相手から近づいてきてくれるのであれば、距離の補正はほぼ不要になる。

ましてや、一〇〇メートルも離れていない距離の射撃だ。
絶対に外すことの無い距離。
ならば、機械の目を撃ち抜く事はペニーにとって問題ではないのだ。
相手がライフルを使っていればこうはならなかった。

たまらず安堵の溜息を洩らし、ペニーは膝を突いた。
強化外骨格相手に生身の戦闘は常に生きた心地がしない。
心臓の鼓動が早まり、冷や汗が止まらない。
生きた心地がしないが、生き残ったのは間違いなくペニーの方だった。

物言わぬ死体と化した男からライフルを奪い取り、それを自分のライフルケースにしまった。
この銃が持つ発射痕とイルトリア軍人の死体から回収された弾丸の線条痕が一致すれば、ジュスティアが全ての元凶であることを確定させることが出来る。
イルトリアにまでこの証拠を無事持ち帰ることが出来れば、後は上層部が上手に使ってくれることだろう。

痛む体に鞭を打ち、自重の何倍もあるジョン・ドゥを扉の前まで引きずり、気休め程度だが侵入を妨害する工作を行った。
殺した男が果たして誰だったのか、深層はヘルメットの下だ。
これを剥ぎ取れば男の素顔を見て、その正体を知ることが出来るだろう。
しかし、知ったところで大きな意味合いはない。

ジュスティア軍がこの男を知らないと言えばそれまでだが、製造過程でシリアルナンバーが登録されている銃は全てを語る。
その製造元、配給先などは完全に消し去ることは出来ない。
動かぬ証拠として残る物だ。

手に入れるべきライフルは後一つ。
それを手に入れるついでに、一人でも多くのジュスティア軍人を殺せれば尚良い。
相手の戦意が喪失し、撤退をしてくれればとも思うが、ジュスティアが一人相手に撤退するとは考えにくい。
それはつまり、一〇〇人以上の兵士が一人の兵士に敵わなかったと認めることになるからだ。

崩れた階段を上り、巨大な歯車仕掛けの心臓部を通過する途中、レバーを降ろして鐘が鳴るのを止めた。
四方を見渡すことの出来る最上部に到着し、狙撃場所を確認した。
そこは理想的な場所だった。
宙から釣り下げられた黄金の鐘は身を隠すことの出来る絶好の壁の役割を果たし、ライフルを固定することの出来る縁はペニーの腰の高さがあった。

245名無しさん:2018/01/07(日) 22:01:26 ID:9ft78oqo0
四方の狙撃を行う時にその背中を狙われる心配は鐘のおかげでなくなり、三方向に集中していればいい。
元々見通しの良い街並みをしているため、このグレート・ベルからは街のほぼ全貌が見下ろせた。
グレート・ベルが強風で揺れ、雨に打たれて不思議な音色を奏でる。

不規則に白く発光する黒い空の下、吹き荒ぶ雷雨と暴風の中、街を見下ろすペニーの瞳は輝きを失っていなかった。
その目は、復讐にぎらついていた。

______________________∧,、___
  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄V`´ ̄ ̄

鬱蒼とした森の頂からペニーの動きを見ていたギコとハインリッヒは、雷鳴に紛れた銃声を聞き逃すことはなかった。
グレート・ベルに小さな点が現れたのを見た時、安堵と共に彼女が作り出した屍の数を想像して戦慄した。
ジュスティア軍の人間は過酷な訓練を経て確かな実力を身につけ、多くの戦場が彼らを形作った。
それは自信だった。

彼らの訓練と実戦は無駄ではなく、世界に通用する力を持っているという自信。
その自信を、ペニーは一人で踏み潰し、イルトリア軍の力を見せつけた。
二人は圧倒されると同時に、憧れに近い感情を抱きつつあった。

ペニーの援護をするのが二人の仕事だったが、ギコはまだ一発も撃っていなかった。
味方に銃腔を向け、銃爪を引くのは経験したことがなかった。
明確な裏切り行為に対して、二人の理性はブレーキをかけていた。
決めたはずだが、それを行動に移すことの難しさを肌身に感じ、銃爪を引き絞るには思った以上に力がいることを認識した。

銃爪の重さを最後に実感したのは幼少期。
それ以降は、銃爪に重さはない物だと認識し、関わってきた。
だがそれは間違っていた。
向ける相手によって銃爪は重さを変え、十字線に標的を捉えるだけで腕が震え、息が荒くなってしまう。

从 ゚∀从「……ギコ、ペニーはライフルを手に入れたみたいよ」

ハインリッヒの持つ高倍率の単眼鏡はペニーがライフルケースからDSR-1を取り出し、それを鐘に立てかけるのを見た。
ハインリッヒ達に見える位置にわざわざ置いたのは、彼女からのメッセージという事だ。
これで彼女が手に入れる必要のあるライフルは残り一本。

(,,゚Д゚)「そうみたいですね……」

スコープから目を離さずギコが答え、沈黙が訪れる。

二人の頭上を覆う防水シートを雨が殴りつける音と、葉擦れとはとても思えない大きな音、そして海から聞こえてくる波が砕ける音がノイズのように続く。
雨の滴が顔を洗い流すように吹き付けてくる。
木々の間から見下ろす街は〝鐘の音街〟と呼ばれているとは思えない程に陰鬱な物に見え、遠くは白んで見えなくなっている。
鐘楼が墓標のように影を見せる不気味な漁港。
生者を歓迎しない死の街と言った印象だ。

(,,゚Д゚)「曹長、部隊がグレート・ベルに動きつつあります。
    援護をしますか?」

246名無しさん:2018/01/07(日) 22:03:53 ID:9ft78oqo0
二人がいる山頂からグレート・ベルまでの距離は絶望的に離れている。
援護をするという事は、山を下り、街に入らなければならない。
ギコの言葉は真っ当な意見だったが、ハインリッヒは悩んでいた。
自分の中では覚悟を済ませていたつもりでも、実際のところ、ジュスティアを裏切るという行為に対する覚悟は不完全だったのだ。

(,,゚Д゚)「曹長、決断を」

ギコの声には焦りがあった。
焦らねばならぬ理由は分かる。
ハインリッヒの単眼鏡にも兵士達が続々とグレート・ベルに向かっているのが見えている。
ペニー一人が対処できる人数ではない。

確かに鐘楼は絶好の狙撃場所だが、同時に、そこを陣取る者は逃げ道を捨てることになる。
今こそ援護が必要な時だ。
だがその援護とは、味方を撃つという事。
明確な反逆。

同じ部隊で同じ戦場で同じ苦痛を同じように味わった仲間を、その信頼を利用して撃つ。
二つ返事で出来るような裏切りではない。

(,,゚Д゚)「曹長!」

从 ゚∀从「……行きましょう」

長考の末、ようやく決断を下すことが出来た。
最後にハインリッヒの背中を押したのは、この戦争を引き起こしたという負い目と、一人で大群に立ち向かうペニーの姿だった。
彼女が犯した大罪を償うには、大きな罰が必要になる。
ペニーに協力するだけでなく、味方を完全に裏切るというのが彼女に課せられた罰なのだとようやく受け入れることが出来た。
そして、独りで立ち向かうペニーの姿に鼓舞されたからこそ、決断することが出来たのだった。

二人は被っていた偽装用のシートを剥がし、山を下り始めた。
雨でぬかるんだ地面は走り辛く、濡れた落ち葉は凶悪なまでに滑りやすくなっていたが、密集する木の幹を手摺のように使ってブレーキをかけ、転げるようにして舗装路に出てきた。
ギリースーツを脱ぎ捨て、二人は移動用に用意しておいたSUVに乗り込んだ。
ハインリッヒはエンジンをかけ、車を走らせた。

______________________∧,、___
  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄V`´ ̄ ̄

ティンカーベルから遠く離れたイルトリアにいるヒート・ブル・リッジは、複雑な心境で真実と向き合っていた。
市長室に揃った各軍の代表者と市長は、ヒートの用意した資料と彼女の説明に頭痛を覚えた。
ヒートの口からはオブラートに包むことなく、ありのままの真実が語られていた。
裏切り者の存在は確実な物であり、その裏切り者は、長年の間イルトリア軍で働いてきた男だった。

長年の信頼を捨ててまで、その男が目指したものは何だったのか。
それについて語られた時、市長のロマネスク・アードベッグは流石にショックを受けた様子だった。

( ФωФ)「……そんな事のために本当に裏切ったのか?」

ノパ⊿゚)「渡航歴や過去の発言も全て見た上での結論です」

247名無しさん:2018/01/07(日) 22:05:42 ID:9ft78oqo0
犬猿の仲であるはずのジュスティア軍人とイルトリア軍人が裏で手を組み、混乱を引き起こすには、それ相応の理由が必要になる。
大義名分と言い換えてもいい。
その理由はあまりにも荒唐無稽であり、子供じみ、そしてあまりにも純粋すぎた。

(-@∀@)「強すぎる忠義心が毒になったというわけです」

ヒートが何かを言うよりも先に出てきた海軍大将アサピー・クリークの言葉は、その場の全員を沈黙させるには十分だった。
彼の言葉には重みがあった。
常人では声だけで命の危険を感じるほどの怒りを孕んだその声は、地の底で沸き立つマグマの様な熱を帯び、彼の意志が目に見えるのではないかと錯覚させる力強さがあった。
裏切り者は彼の海軍にいたのだから。

しかしながら、推測されるその理由は極めて純粋であるが故に、怒りの矛先を向ける先が思い浮かばなかった。
裏切り者が目指した物、欲した物は混沌などではなく、もっと分かり易い子供じみた夢のような物だったのだ。
子供の夢を大人が笑い飛ばせないのと同じように、彼ら上官もまた、その狙いを笑い飛ばすことが出来なかった。
アサピーは裏切り者を全面的に信頼し、信用していた。

数多の作戦で功績を残し、部下から慕われ、上官からも一目置かれるその男は、アサピーにとっては身分の違う親友の様なものだった。
彼は裏切り者の事をよく知っていた。
その純粋な心もよく知っていた。
彼はイルトリアを裏切ったのではなく、イルトリアを想うあまり凶行に走ったのだ。
それが分かっているからこそ、アサピーはやり場のない怒りを感じていた。

ノパ⊿゚)「市長殿、どうする?」

ヒートがロマネスクを見る。
ロマネスクは資料に目を落としたままだった。
陸軍大将のセント・ウィリアムスが厳かな声で意見を口にした。

(’e’)「その前に、アサピーの意見はどうなんだ?」

セントの言葉でようやく、ロマネスクがアサピーの顔を見た。
アサピーは十分に時間をかけ、ゆっくりと、説き伏せるようにして言葉を紡いだ。

(-@∀@)「……救出部隊を派遣してはもらえないだろうか」

( ФωФ)「……どういうことだ、アサピー?何故、救出部隊なのだ?」

(-@∀@)「市長、あの男は確かに愚かな事をしています。
      あの男の夢をここで終わらせるためには増援でなく、救出部隊が必要になります。
      増援はむしろ彼の目的そのものです。
      戦闘をすることなくペニサス一等軍曹を救い、彼女の証言を得ることで、全面戦争の回避をするのが得策です」

( ФωФ)「私情か?」

間髪入れずにロマネスクがアサピーの内心を見抜いたように言葉を挟んだ。

(-@∀@)「上官としての情けです」

248名無しさん:2018/01/07(日) 22:06:25 ID:9ft78oqo0
誰もその意見に反対しなかった。
上官としてかけられる情けは限られている。
そもそも、作戦に私情を持ち込むこと自体が過ちなのだが、裏切り者が裏切った理由を考えると、情けの一つがあっても誰も咎めなかった。
そして、中途半端に夢を見せたままではなく、夢を終わらせることこそが情けだった。

(-@∀@)「夢は、潔く潰します」

アサピーが短くその覚悟の意志を宿した言葉を述べ、ヒートが挙手の代わりに肩を竦めた。

ノパ⊿゚)「救出部隊については賛成するが、夢を潰すというのであればそれは難しいと思うな、アサピー。
     私の部下は今、一人で軍隊を相手に戦っている最中だ。
     そう考えるとあの男は今、夢見心地だろうよ」

(-@∀@)「……確かに、そうだろうな」

四人は手元の資料に改めて目を向けた。
裏切り者の厳めしい顔写真が、四人に決断を迫るようにして睨み付けていた。

______________________∧,、___
  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄V`´ ̄ ̄

ペニサス・ノースフェイスは裏切り者について、ある程度の予想をすることが出来ていた。

彼女の元に揃った情報は少なかったが、その情報を特定の人物に結び付けるのはそう難しいことではなかった。
彼女のライフルケースに発信機を仕込み、彼女の情報をジュスティア軍に流し、ジュスティアの動きを読んでそれを伝えられる立場にある人間となると、後は消去法で導き出せた。
光学式照準器越しに街を眺めるペニーは、その人物がグルーバー島のどこかに潜んでいると考えた。
仮に自分が相手の立場であれば最前線に赴き、必要な指示を出すために戦況を観察していたい。

それに、その考えは彼女の考える裏切り者も同じであるはずだった。

その人間はこの島にいる。
その人間は、ペニサスもよく知る人物なのだ。
最前線で動きを知り、その動きに合わせて情報を流し、彼女が取る動きを予測して流布するはずだった。
自らの死を偽装し、基地にいた人間を爆殺した人間は慎重な性格でありながらも、大胆な決断力を持ち合わせる人間だった。

イルトリア海軍准将、フランシス・ベケットとはそういう人間なのである。

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フランシス・ベケットは夢見心地だった。

彼は今、望んだ以上の成果が得られたことに満足を感じ、充足した気持ちでコーヒーを飲んでいた。
オバドラ島からグルーバー島のホテルに移り、開け放った窓から外の空気を部屋に取り込み、自らの肺を満たした。
雨の匂いに交じって、硝煙の香りが鼻孔をくすぐる。
戦争の匂いだった。
彼が愛して止まない匂いだった。

249名無しさん:2018/01/07(日) 22:08:14 ID:9ft78oqo0
当初、ペニサス・ノースフェイスの介入は彼の夢を妨害しかねないという危惧があった。
彼女が参戦することにより、事態が長期化し、露呈してはならない真実が公になる可能性が高くなるからだった。
だが実際は逆だった。
彼女が夢を運んで来てくれた。
彼女こそが、フランシスにとって夢そのものだった。

銃声が聞こえる度、彼は絶頂するほどの興奮を覚えた。

フランシスは戦争に魅せられていた。
戦争の最中で垣間見る人間の輝きと、平穏の尊さを実感する感覚に喜びと生き甲斐を見出していた。
彼は、真に強いイルトリアを取り戻したいという強い気持ちがあった。
そのためならば、目的は異なるが根底の気持ちが同じジュスティアの人間と手を組んで戦争を引き起こす手助けをしても、良心は痛まなかった。
ジュスティア陸軍最高指揮官テックス・バックブラインドもまた、ジュスティアの強さを世界に知らしめたいと強く願う人間だった。
その手段は共通しており、利害は一致していた。

彼らが出会ったのは全くの偶然であり、ある意味で必然でもあった。
二人はティンバーランドという秘密結社に所属しており、そこで互いの思想を存分に語り合った。
一夜かけて話し合いが続き、一年を費やして下準備を進めた。
そして機が熟した。

まずは戦争の火種を生み出すことから始まった。
長年ぶつかり合う事を避けてきた街同士、そう簡単な火花では着火しない。
そこで、イルトリア軍から死者を出すことに決めた。
テックスが請け負ったのは、火種の用意だった。

以前から問題となっていた密漁船をテックスが特定し、その中に金で雇い入れた人間を潜り込ませた。
その男達の役割はイルトリアの哨戒艇に発見された際、銃を使って抵抗するという物だった。
そして、テックスは同じ思想を持つ二人の狙撃手を用意した。
ジュスティア軍が誇る二人の狙撃手にはそれぞれ強化外骨格のジョン・ドゥが与えられた。

霧の深い朝、密漁船からの発砲を合図に山の北側に潜んでいた狙撃手が一発の銃弾でイルトリア軍人を殺害した。
予想通りイルトリアは軍隊を派遣して真相究明に乗り出し、ジュスティアは陰で部隊を動かした。
それでも足りないことは分かっていた。
駄目押しとして、派遣されたイルトリア軍を殲滅させるためのきっかけを作り出し、それは見事に成功した。

兵士達に振る舞ったコーヒーに毒を盛り、通信室の一か所に固めて高性能爆薬で爆殺した。
傍目に見れば対戦車砲の直撃で死んだように見えるし、詳しく調べる人間はいない。
死体は全て火葬し、一切の証拠を灰に変えた。
こうして火花の様に小さかった火種は遂に、業火へと姿を変えたのだった。

だが、それでも足りなかった。
あと一歩、どうしてもイルトリアは戦争に踏み出す気配がなかった。
それと言うのも、ペニサスの生存がイルトリアに一種の希望を与えていたからだった。
彼女が何かを変えるだろうと軍上層部が判断し、戦争へと踏み切る事を渋っていた。

だが、ペニサスは一人で戦争を始めた。
彼女が一人でフランシスの夢を叶えてくれたのだ。

250名無しさん:2018/01/07(日) 22:08:40 ID:9ft78oqo0
イルトリアは長い歴史を持つ軍事都市だ。
戦争をして初めてその存在を世界に知らしめることが出来るというのに、今の市長も軍上層部も平和に慣れ切り、腐りきっている。
それでは駄目なのだ。
イルトリア軍は世界最強の軍隊であると世界に認識させることで、ようやく本当の平和が手に入れられる。

比肩されるジュスティアを正面から打ち破れば、その考えは妄想ではなく事実として世界に知れ渡る。
そのためならば、部下を何人失っても構わなかった。
失った部下達の未練は、戦場でこそ晴らせるのだ。

今フランシスが願うのは、ペニサスが一人でも多くのジュスティア兵を殺し、この事態が大きな戦争に発展するまでの繋ぎ役としての任務を果たしてくれることだけだった。
確かに彼女は人間離れした強さを見せてはいるが、限界がある。
今は蝋燭の火が消えるのを眺めるようにして、ペニサスが息絶えるのを待つだけだった。
だが、彼女が死ぬまでにどれだけの屍が積み上げられるのか、それも楽しみだった。

木製の階段が軋む音が耳に届き、フランシスが振り返って部屋の入り口を見た直後、扉がノックされた。
サプレッサーを取り付けたグロックをジャケットで隠し、銃腔を扉に向けた。
ルームサービスも迎えも頼んだ覚えはない。
ジュスティアの協力者がフランシスを消すために寄越した人間と考えた方がいいだろう。

そう簡単に退場するわけにはいかない。
まだ見届けたいのだ。
全ての結末を。
戦争の始まりと、イルトリアの復活を見るまでは消されてやるつもりはない。

「誰だ?」

「ルームサービスです」

確信を持って、フランシスは銃爪を引いた。
木製の扉を砕き、銃弾がその向こうにいた人間を襲う。
苦悶の声と共に何かが倒れる音が聞こえた。
更に三発扉の下部に撃ち込んでから、フランシスはチェーンをかけたままゆっくりと扉を開いた。
ジュスティア軍人が木の床に倒れ、流れ出る血を押さえようと両手を胸の上に乗せていた。

「く……そ……」

「言葉遣いが悪いぞ」

見知らぬその軍人の頭に情けの一発を撃ち込み、フランシスは扉を閉めた。
彼がジュスティアを利用しているのと同じように、ジュスティアも彼を利用しているに過ぎない。
不要と判断したタイミングで切り捨てるのは、当たり前の話だ。
ティンカーベルに上陸してから、常にこれを警戒してきた。

彼もまた、相手を裏切るタイミングを窺っていたため、先手を越された形になる。
しかしながら、こうしてホテルに立て籠もっていれば危険は少ない。
ホテルで提供される食事に毒を盛る様な真似はしないだろう。

彼を始末するために送り込まれた人間が一人だとは思えない。
場所が知られていることから、彼はすでに相手の術中にある事を悟った。
窓の外に視線を向け、雨で霞む街を眺めた。

251名無しさん:2018/01/07(日) 22:09:09 ID:9ft78oqo0
______________________∧,、___
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銃声は雷鳴では誤魔化せない程に激しさを増していた。
グレート・ベルにペニーがいることを突き止めた軍人達はそこを目指して殺到し、唯一の入り口である扉はもう間もなく爆破されて突破される予定だった。
扉程度であれば後で修復が出来るとの判断が下され、指向性爆薬の取り付けは完了していた。
後は、タイミングを合わせるだけだった。

爆破指示が出た時、ペニーはすでにグレート・ベルにいなかった。

彼女はジョン・ドゥが床に空けた穴から下水道を歩き、街の西側へと向かっていた。
グルーバー島の西側には工場地帯が広がっており、砲兵隊や戦車隊からの砲撃も防げるうえに、身を潜める場所には困らない。
もう一人の狙撃手からライフルを奪い取るためには、その狙撃手の動きをこちらである程度指定出来るようでなければならない。

雑魚に用はない。
いくら大勢のジュスティア兵を殺しても、結局のところペニーの利益になることはないのだ。
狙撃手が動かざるを得ない状況を作り出し、その動きを予測出来るように仕向けてさえやれば、ペニーの目的を達成することが出来る。

暗く悪臭のする下水道に流れる水は勢いを増すばかりで、まるで密林の洞窟の中にいるような心地がした。
幸いなことにティンカーベル全体の下水システムは旧世代の物を復旧して使用しているため、雨水と汚水は別の場所を通って処理されるようになっていた。
今ペニーがいるのは、雨水が流れる下水道だった。
雨水や下水が流れる水路の上に設けられた手摺付きのキャットウォークを伝っていけば、迷うことなく目的地に着くことが出来るはずだ。

だが今、ペニーは一つの困難に直面していた。
彼女は何者かに追跡されていた。
追いつかれないよう、何度も道を変え、遠回りをして相手を撒こうとした。
しかし相手は惑わされることなく、ペニーとの距離を縮めてきた。

訓練を受けた優秀な人間の証拠だった。
このままではいずれ追いつかれ、戦闘は避けられなくなる。
背後を狙っている人間の射程距離に入れば、ペニーは背を見せた瞬間に殺される。
どうにかして手を打つ必要があった。

今はまだ互いの姿を目視するだけの距離にいないが、徐々に近づいてくる跫音から分かる距離は四〇メートル。
直線の道に出ないよう気を付けながら、ペニーはどこかで追跡者を排除することに決めた。
恐らく追跡者はジョン・ドゥと共に行動をしていたか、そのバックアップとしてこの下水道に潜んでいたはずだ。

迎え撃つのには開けた場所が好ましかった。
下水道で開けた場所となると、ペニーの頭には一か所しか浮かんでこなかった。
つまり、放水用の終着点である。
しかし、それは海に通じる道であり、島の南側にあるはずだった。

目的地とは逆方向である上に、最後は直線となっているため、相手からしたら絶好の狩場でもある。
どうにかこの下水道を進む間に始末をしておきたかった。

視線を感じ、ペニーは身を屈めて立ち止まった。
反射的に構えたのはグロックではなく、ドラグノフだった。
だが通路の先に広がる暗闇に、何か人影のような物は見えない。
しかし視線は依然としてペニーに向けられ、次いで、明らかな殺意が彼女を狙っていた。
コーナーショットと呼ばれる特殊な器具を使っているのであればその可能性も含めて考えられるが、曲がり角には何も突き出ていない。

252名無しさん:2018/01/07(日) 22:10:07 ID:9ft78oqo0
銃声と共に、ペニーの左肩に焼けるような痛みが走った。
衝撃で背中から倒れ込み、手を肩に当てた。
生暖かい液体が溢れ出し、すぐに彼女の手を赤く染めた。
手さぐりで弾が貫通していることを確認し、痛みに顔を歪める。

相手は水中に隠れ潜んでいた。
水中からの射撃は人間の行える技ではない。
つまり、水中に潜んでいるのは強化外骨格を身につけた人間。
ペニーの標的だった。

水の抵抗で弾道が変化していなければ、ペニーの頭は今頃ザクロの様に爆ぜていただろう。
銃火を見た約50メートル先の水路に向けて、ペニーは無意味と知りながらもグロックの九ミリ弾を撃ち込みつつ、倒れたままの状態で後退した。
ほぼ直線の道に来てしまったのが運の尽きだった。
どうにか安全な場所に逃げ込み、止血を施さなければ場所的な問題から感染症にかかる可能性があった。

下水道からの一刻も早い脱出が必要だった。
地上に戻るための梯子を見つけたが、それを上れば格好の標的になってしまう。
ペニーは追い詰められていた。

('、`;川「……糞っ」

二発目の銃声が響き、ペニーのすぐ隣に着弾した。
銃火の位置は変わりがほとんどないように見えた。
ペニーは胸の上にあったドラグノフを構え、闇に向けて発砲した。
水柱が立ち、何かに命中した様には見えない。

続けて弾丸を下水に向けて撃ち続け、薬室の中に一発だけ残った状態でそれを止めた。
応射として二発、今度はペニーの右膝の肉を削ぎ取った。
発射間隔からしてボルトアクションに違いなかった。
水中でボルトアクションライフルを使う利点は何一つない。

むしろその気密性の問題から、水中での再装填はご法度のはずだ。
ならば、再装填をする際には必ず水上に姿を現すはず。
ペニーはそのチャンスに賭けることにした。

激しい水流の中で安全に再装填をするためには、銃だけでなく体も浮上するはずだ。
狙いを固定させ、ペニーは機会を待った。
黒い影が波立つ水面から浮かび上がり、十字線が重なった瞬間、ペニーの指は銃爪をそっと引き絞っていた。
影はそのまま水に沈み、二度と浮かび上がることはなかった。

弾倉を取り外し、ライフルケースから新たな弾倉を手に取る。
それが最後の弾倉だった。
回収すべき二挺目のライフルは、強化外骨格と共に下水に沈んでしまっている事だろう。
諦める他なかった。

ここで下水に飛び込めば、間違いなく傷口から細菌や雑菌が侵入し、ペニーの命を脅かすだろう。
ライフルケースにある一挺のライフルが手に入っただけでも良しとすべきだった。

253名無しさん:2018/01/07(日) 22:10:39 ID:9ft78oqo0
壁を背にして立ち上がり、梯子を上って下水道から逃げ出した。
マンホールの蓋を退け、自分が今いる位置を確認する。
寂れた酒場や民家が並ぶ路地だった。
ここが島のどこに位置するのか、ペニーは頭の中にある地図と自分が歩いてきた道を照らし合わせ、西寄りの市街地であると予想をつけた。

這いずるようにしてマンホールから出てきたペニーは、傷の具合が左肩と右膝ともによくない事を認識した。
まずは血の消毒と止血。
この二つが必要だった。

そのためには病院に行かなければならないが、ティンカーベルには大きな病院はなく、個人経営の病院がせいぜい二つ三つあるぐらいだ。
その病院の位置を知らない以上、悪戯に動き回ることも出来ない。
拠点としていたホテルまでの距離も離れていることから、どこか安全な場所に逃げ込んで独自に治療をするか、民家に押し入って治療をさせるかの二択しかなかった。

後者は出来る限り避けたい方法だった。
かといって、前者であれば道具が必要になる。
最低でも消毒液と傷口を塞ぐ物が必要だ。

ペニーはドラグノフを杖代わりにして立ち上がり、酒場の看板を掲げる建物に向かう。
扉を開けようとするが、当然、鍵がかかっていた。
グロックで鍵を破壊し、店に入った。

湿った匂いのする暗い空間には誰もいなかった。
酒瓶の並ぶ棚にふらふらとした足取りで近づき、ウォッカの瓶を取った。
上着を脱ぎ、肩の傷口を見る。
赤黒い血の奥に、薔薇の花弁の様な肉が見えていた。

ウォッカの蓋を開け、麻酔代わりに中身を喉に流し込む。
体の芯に熱が宿ったような感覚。
続いて酒を傷口にたっぷりとかけた。

激痛が走るが、それに耐えて肩と膝の傷の消毒を済ませた。
棚の引き出しを探り、そこからナイフを取り出す。
コンロに火を点け、ナイフの刃が赤くなるまで熱した。
そして、その刃で傷を焼いて潰した。

声にならない悲鳴が漏れた。
一瞬気が遠くなるが、それでも、止血を続けた。
膝の傷口はそれでよかったが、肩の傷は後でどうにかしないと今後の生活にも支障が出かねない。
ナイフを床に突き立て、ペニーは荒い呼吸をどうにか落ち着けようと、ウォッカを飲んだ。

ドラグノフの残弾は弾倉一つ分の一〇発。
仕留めた強化外骨格は二体。
状況は不利。
泣き言の一つでも言いたい状況だった。
ライフルを失った以上、次なる目標は島からの脱出だった。

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254名無しさん:2018/01/07(日) 22:12:09 ID:9ft78oqo0
ペニーが自ら傷を塞いで三〇分後、ギコとハインリッヒは市街地で車を降り、ポンチョを着て豪雨の中彼女の捜索を行っていた。

戦闘が沈静化し、グレート・ベルに立て籠もっていたと思われるペニーは影も形もなくなっていた。
そして発見されたのが強化外骨格とそれを操作していたアルバトロス・ミュニック大尉の死体と、床に開いた下水道に続く大きな穴だった。
見立てではペニーはそこから逃亡したと推測された。
現に、下水道には多数の薬莢が発見されており、血痕も見つかっていた。

多量の出血があったと思われるが、その血の持ち主はどこかへと消え去っていた。
血痕の続く先にあった梯子の先には血痕が発見されなかった。
嵐の影響で流されたのだ。
カリオストロ・イミテーション大尉も連絡がつかなくなっていることから、兵士の間では不安の声が広がっていたが、ペニーの流している血の量が多いことから彼女の脅威は去ったとの憶測も流れていた。

彼女と共闘体制にある二人は、ペニーの安否を心配した。
彼女が重傷を負ったのであれば、今、彼女は助けを必要としているはずだ。
二人はペニーが使ったと思われる下水道の出口付近の家屋を調べ、酒場の扉が壊されているのを見つけた。
そしてカウンターの裏に血痕と血の付いたナイフ、空のウォッカの瓶を発見した。

酒で消毒し、ナイフを熱して傷を塞いだのだと容易に想像が出来た。
だが、ペニーの姿はそこにはなかった。
店を出てから二人はペニーの姿を探した。
床の血痕と濡れ具合から、彼女が酒場を訪れてから一時間以上は経過していない事が分かっている。
一時間以内に彼女が身を隠すことの出来る場所を考え、彼女を保護しなければならなかった。
  _
( ゚∀゚)「……ギコ一等軍曹、ハインリッヒ曹長、魔女は見つかったか?」

その声は背後から聞こえてきた。
ネイビーブルーのポンチョを頭から被ったジョルジュ・ロングディスタンス准尉が幽鬼のように立ち尽くし、二人を睨みつけていた。

表情は雨とポンチョのせいでよく見えないが、怒りを抑え込んでいるかのように、その声には感情が感じ取れなかった。
嫌な汗が額から流れる。
ハインリッヒが平静を装って答えた。

从 ゚∀从「いえ、ジョルジュ准尉。
      特に証拠になりそうな物も――」
  _
( ゚∀゚)「――お前達、今までどこで何をしていたんだ?」

ほとんど間を開けずに投げかけられたジョルジュのその言葉に、ハインリッヒは言葉に窮しかけたが、真実と嘘を混ぜて報告した。

从 ゚∀从「街ではなく森に魔女が現れる可能性を考え、森で待機していました。
      その結果、グレート・ベルにペニサスの姿を見つけたので、こうして来た次第です」
  _
( ゚∀゚)「ほぅ。
    ハインリッヒ、ならどうして一度街のホテルに行ったんだ?予約をしに行ったわけではないだろう」

ハインリッヒはポンチョの下に隠れている両手を握っては開き、どうにか動揺を誤魔化せるように努めた。
勘付かれているのか、それとも気付かれているのか。
ジョルジュの真意はどちらなのか、この段階では読み取り切れない。

255名無しさん:2018/01/07(日) 22:12:45 ID:9ft78oqo0
  _
( ゚∀゚)「何をしていた。
    タカラ一等軍曹が殺され、ボルジョア少尉も殺された時、お前達は何をしていた!」

銀色に輝くベレッタの銃腔がハインリッヒに向けられた。
安全装置は解除され、撃鉄は起きていた。
銃爪に指がかけられ、力加減を間違えれば弾丸が放たれる状態だった。

事態は最悪の局面を迎えた。
彼ら二人の裏切り行為が、このタイミングでジョルジュに知られてしまった。
  _
(#゚∀゚)「答えろ!曹長!」

从 ゚∀从「っ……先ほども報告した通り、森に」

ポンチョのフードがまくれ上がり、ハインリッヒの頭を大粒の雨が容赦なく濡らした。
瞬きを忘れ、自分が撃たれたのだとハインリッヒはしばらくの間理解が出来なかった。
銃声はハインリッヒの耳には届いていたが、彼女はその音を聞き取れていなかった。

銃弾だけでは不十分だと言わんばかりに、ジョルジュが怒鳴った。
  _
(#゚∀゚)「次は当てる!」

ジョルジュの目は本気だった。
ハインリッヒは殺される前に撃つしかないと判断し、腰のベレッタに手を伸ばした。
そして、彼女が触れたベレッタの銃把の感触を最後に、ハインリッヒは頭を鉛弾で撃ち抜かれて死んだ。
まだ硝煙の立ち上る銃腔は、油断なくギコに向けられた。
  _
(#゚∀゚)「言え、ギコ!頼むから、俺にこれ以上仲間を殺させないでくれ!」

躊躇いの一つもなく、ジョルジュはハインリッヒを射殺した。
頭を撃ち抜いて即死させたのは仲間としてせめてもの情けだったのだろうが、死んだ人間にとって、それは大した気休めにもならない。

(,,゚Д゚)「少尉、味方を撃つつもりですか!」
  _
(#゚∀゚)「味方かどうか、それを知るために話せと言っている!」

ギコの手にはベレッタがすでに握られていたが、今の体勢では撃ち負ける。
この距離であればジョルジュは決して外さない。
ハインリッヒの頭を躊躇いなく撃った彼ならば、ギコがベレッタを構えるよりも先に三発は頭に撃ち込めるだろう。

必死に考えた。
ここで殺されれば、全てが水泡に帰す。
彼らが裏切ってきた仲間の思いも、彼らが殺してきたイルトリア軍の人間も、そしてペニーとの約束も。

奇妙なことに、ギコの頭には死に対する恐怖が浮かんでこなかった。
死ではなく、約束を守ることが出来なくなることが恐ろしかった。
贖罪を果たせない事が嫌だった。
  _
(;゚∀゚)「正義のためにも、話してくれ!」

256名無しさん:2018/01/07(日) 22:13:14 ID:9ft78oqo0
幼少期からギコは正義に憧れ、正義の味方であろうと務めた。
中学を卒業後すぐに軍隊に所属し、ライフルの腕前を見込まれて今の地位を得た。
それは多くの仲間の死が彼を強くし、彼が強くあろうとしたからだった。
正義とは何だろうかと、彼は常に考えてきた。

だが、答えは分からなかった。
正義は常に誰かに指示され、彼はそれに従い、それを信じ続けてきたからだ。
正義とは行動なのだろうか。
正義とは言葉なのだろうか。

頭に渦巻いていた疑問は、ライフルの反動が忘れさせてくれた。
しかし今、ギコはその長年の疑問に答えが出せる段階にいた。
正義の正体を知るまでは、まだ、死ぬわけにはいかない。
  _
(#゚∀゚)「お前は賢い男だ、ギコ。
    だから頼む、何があったのかを話すんだ!」

ギコは二つ、覚悟を決めた。
一つは断固として真実を喋らない事。
そしてもう一つは、ここでジョルジュを殺すという事だった。
安全装置、撃鉄、共に万全な状態にある。

早撃ちは苦手だが、相手の虚を突くことが出来れば勝機はある。
それでも、相手は〝ジョルジュ・ビー・グッド〟の渾名を持つ男。
経験も技量も遥かに上の人間に、どこまで通じるのか。
ギコは油断を誘うためにゆっくりと口を開き――

('、`*川「五月蠅いわよ」

――冷ややかな声と共に、くぐもった銃声が一つ。
頭にグロテスクな花を咲かせたジョルジュは糸の切れた人形のようにその場に倒れ、奇妙に四肢を痙攣させた。
血の気の失せた顔のペニーが魔法のようにジョルジュの背後に現れ、サプレッサーの付いたグロックを構えていた。

(,,゚Д゚)「ペニーさん、無事だったんですね!」

('、`*川「無事とは言い難いですけど、どうにか」

ペニーは仰向けに倒れたハインリッヒの死体に歩み寄り、開かれたままの両目をそっと閉じさせてやった。

('、`*川「ギコさん、力を貸してはもらえませんか?」

無言で頷いた。
ギコは出来る事を考え、自分のポンチョをペニーに渡した。

(,,゚Д゚)「これを使ってください。
    移動の時に顔を隠せます。
    かなりの重傷を負われていると思うのですが、その手当は必要ですか?」

('、`*川「えぇ、お願いします。
    取り急ぎ、どこか安全な宿を見つけなくては」

257名無しさん:2018/01/07(日) 22:13:41 ID:9ft78oqo0
(,,゚Д゚)「……自分に考えがあります。
    基地の近くに民宿があります。
    自分達が……基地襲撃の時に使った場所です。
    そこに連れていきます。

    秘匿性の高い宿なのは調べがついています。
    医療器具を基地から持っていき、傷の手当てをそこでします。
    と言っても、そこまで難しいのは出来ませんが」

その提案にペニーは不思議そうな目でギコを見た。

('、`*川「そこまですれば、貴方が危険に巻き込まれますよ?」

(,,゚Д゚)「えぇ、覚悟の上です。
    ハインリッヒ曹長も……覚悟を決めていました。
    だから自分も覚悟を決めて、ペニーさんに手を貸します。
    ペニーさんが療養している間、自分が護衛を務めます」

ペニーは目を細めて、ギコの目を見た。
その奥にあるものを探る様に、静かに鳶色の瞳が瞬き一つせずギコに向けられた。
最初の狙撃チーム唯一の生き残りとなったギコに、ペニーを裏切るという考えはなかった。
彼は贖罪を求めていた。
そして、断罪者を求めていた。

('、`*川「……そうですか。
    では、お言葉に甘えさせていただきます」

それから先の行動は順調を極めた。
二人は車両に乗って堂々と街中を移動し、怪しまれることなく民宿の一室にペニーを連れていく事が出来た。
ジュスティア軍の人間という立場を利用し、ペニーは安全な場所を手に入れることが出来た。
今の彼女に必要なのが療養であることは明白だった。

ペニーを部屋のベッドに寝かせると、ギコは基地に向かい、医療セット一式を手に入れ、再び民宿に戻った。
彼が戻ると、ペニーはほとんど動いた様子もなく、力なくベッドの上で横になったままだった。
扉が開いた時、ペニーは薄らと目を開いてギコを見ただけだった。
警戒心を解いてくれていることが、何よりも嬉しく感じたが、彼女が弱っている姿を見るのが辛かった。

膝の傷は思ったよりも浅く、焼き潰されていることから改めて手を加える必要はなかったが、肩の傷はすぐにでも取り掛からなければならなかった。
麻酔代わりに度数の高い酒をペニーに飲ませ、彼女は躊躇うことなく上着と下着を脱いで裸になった。
均整の取れた女性的な体には引きしまった筋肉がつき、多くの傷がその肌に刻まれていた。
銃創、切り傷、大きな火傷などまるで傷の見本市だった。

若々しい肉体に残る傷の数々は、タトゥーの様でもあった。
それでも尚、ペニーの体は美しさを損なう事がなかった。
それは、彼女が持つ人間的な強さに由来するのだろうと、ギコは密かに思った。
まずギコは焼かれた肌を切り裂き、その下にある血管の損傷具合を確認した。

彼は医者ではないが、傷の具合を見て縫い合わせることぐらいは出来た。
幸いにして太い血管は傷ついておらず、血管をつなぎ合わせるという事は必要なかった。
改めて傷口を消毒し、縫合して処置は終了した。

258名無しさん:2018/01/07(日) 22:16:10 ID:9ft78oqo0
('、`*川「ありがとうございます、ギコさん」

事実上、麻酔なしでの切開と縫合を経てもペニーは呻き声一つ漏らさなかった。
彼女が深呼吸をするたび、形のいい乳房が上下した。
やましい気持ちがなくとも目のやり場に困ったギコはタオルで彼女の胸を隠し、目を逸らした。
ペニーは裸を見られたことに対して何も感じていないらしく、微笑を浮かべただけだった。

失った分の血を取り戻すためにも、彼女には輸血が必要だった。
それは分かっていたが、彼は輸血パックを持ち出すことは出来なかった。
理由は二つ。
一つは輸血パックが保管されている場所が分からなかった事、そしてもう一つが、ペニーの血液型を知らなかった事だった。
この二つの情報を事前に訊いておけば良かったと謝罪したが、ペニーは逆に輸血パックを持ち出すことで彼が怪しまれる可能性を考えれば、結果的に正しい判断だったと言った。

代わりに彼女は栄養価の高い食事で体力の回復を図ることを提案し、ギコもそれに同意した。

('、`*川「体を拭いてもらってもいいですか?」

(;,,゚Д゚)「じ、自分で拭くのは難しいですか?」

('、`*川「出来ていたら、頼みませんよ。
     私の事はお気になさらないでください」

女性の裸体を見たのは初めてではない。
彼は今よりも若い頃、情動に身を任せて何度も女性と肌を重ねてきた。
しかし、ペニーの服を全て脱がせるというだけの行為で、彼はこれまでに感じたことの無い感情が湧き上がるのを感じ取っていた。
〝魔女〟として恐れられ、大勢の仲間を殺した狙撃手が目の前にいる。

畏怖と増悪の対象のはずだったが、今、彼は憧れの存在を前にした少年そのものだった。
桶に湯を張り、タオルを濡らして絞り、体を拭き始めた。
傷だらけの肌の上を、汚れのない白いタオルが拭っていく。
綺麗なうなじや扇情的な魅力のある腋の下、足の付け根などを丁寧に拭い、汚れと汗を拭き落とした。

情事が終わったかのような気だるさを覚えつつも、ギコはどうにか彼女の体を清めることが出来た。
着替えを終えた彼女は、簡潔に「ありがとう」と言った。
鎮痛剤を渡したが、ペニーはそれをやんわりと断り、代わりに赤ワインを所望した。

('、`*川「回復には肉とワインがいいんです」

力強くそう断言され、彼は断ることが出来なかった。
民宿の人間にジュスティア軍の関係者であることを匂わせ、どうにか安物の赤ワインとグラス、そして肉厚のステーキを用意させると、ペニーはグラスにワインを注いでそれをギコに差し出した。
一瞬だけその意味が理解できなかった彼に、ペニーは戦友にそうするかのような気軽さで声をかけた。

('、`*川「一口だけでも飲みませんか?」

思えば、この島に来てから初めての酒だった。
軍属の人間は軍務中に酒を飲むことを固く禁じ、例え夜であろうともそれは例外ではなかった。
当然、それは理に適った話だった。
酒は判断力を鈍らせる。

259名無しさん:2018/01/07(日) 22:16:31 ID:9ft78oqo0
歴史に残る悪党達が命を落とした原因の多くは、酒による油断が関係している。
だが今や、軍が敵とみなす存在は一人だけであり、その人間はギコの目の前にいた。
油断と言うのであれば、この距離にいることをそう言うのだろう。

(,,゚Д゚)「お言葉に甘えさせていただきます」

小さな規定違反はタカラと共に積んできたが、敵兵と酒を飲むほどの違反はしたことがなかった。
いや、果たして違反なのかどうかも分からない状態だった。
街が敵と判断した人間と手を組み、味方を欺き、結果として大勢の味方を死に至らしめた。
明確なまでの裏切り行為であり、違反の枠組みに収まるとは思えない。

ボトルとグラスを小さく合わせ、二人はワインを一口飲んだ。
芳醇なワインの香りが鼻から抜け出た。
安酒なのだろうが、それでも、ここまで美味い酒は久しぶりに飲んだ気がした。

ボトルから直接ワインを飲みつつ、ペニーは用意された食事を食べ始めた。
肉厚のステーキをナイフで一口大に切り分け、口に運び、酒を飲む。
それを規則正しく一定のペースで続け、付け合わせのクレソンもコーンも、瞬く間にペニーの胃袋に吸い込まれていった。

最後に小さく満足げな溜息を吐いた時、ペニーの表情に幾らか血の気が戻っていた。
確かにこれだけ食欲があれば、鎮静剤などは不要だろう。

二人はそれから雑談をするでもなく、愚痴をこぼすわけでも、ましてや殺し合う事もなかった。
長い沈黙の中、二人は言葉を交わさずに互いの真意を探り合った。
それは最良のコミュニケーションだった。
無言と言う言葉は、何よりも雄弁に互いの意志を伝えた。

('、`*川「イルトリア軍の裏切り者の見当が付きました」

ペニーがその言葉を口にしたのは食後のデザートに用意されたアイスを平らげ、安物のワインを二瓶空け、バンブー島産の香り高いウィスキーを飲み始めてからだった。
ギコもまた、そのウィスキーを舐めるようにして飲みつつ、話に耳を傾けた。
酒を飲むという行為に罪悪感はもう抱くことはなかった。

('、`*川「ジュスティアの裏切り者とイルトリアの裏切り者、この両者を殺すには時間はかけられません。
     時間が経てば経つほど、彼らを殺す機会が遠のきます」

彼女の声には余計な言葉を許さない力強さがあった。
酒が入っているとは思えない程の剣幕に、ギコは息をのんだ。
宝石のような瞳の奥に、覚悟の強さを感じさせる光を見て取った。
その目はこれまでにギコが見たどの軍人のそれよりも純粋で、濁りがなかった。

(,,゚Д゚)「つまり……」

('、`*川「明日、私がこの戦争を終わらせます。
     協力してくれますね?」

彼には頷く以外、彼女に協力する以外、別の答えなど用意されていなかった。
覚悟は済んでいた。
後は彼女に手を貸し、どこまで堕ちることが出来るか。

260名無しさん:2018/01/07(日) 22:16:51 ID:9ft78oqo0
______________________∧,、___
  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄V`´ ̄ ̄

八月一二日。

イルトリア軍の狙撃手ペニサス・ノースフェイスとジュスティア軍の狙撃手ギコ・コメットが手を組んでから一夜が明けたその日。
デイジー紛争は幕を下ろすこととなる。

これが終幕。
魔女と呼ばれる女が戦争を終わらせ、人の夢を踏み躙る喜劇の始まりである。



第六章 了


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