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Last Album
1
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/09/28(日) 21:14:58 ID:jDTTQVVk0
収録作品
1.墓碑銘(Prelude)
2014年08月作 01KB
2.涙を流す日
2011年10月作 83KB
3.午前五時(Interlude 1)
2013年04月作 03KB
4.雷鳴
2012年09月作 28KB
5.ちぎれた手紙のハレーション
2014年08月作 31KB
6.聖夜の恵みを(Interlude 2)
2011年11月作 03KB
7.明日の朝には断頭台
2014年09月作 28KB
8.壁
2012年07月作 27KB
9.ジジイ、突撃死
2014年09月作 26KB
10.ノスタルジック・シュルレアリスム(Interlude 3)
2014年08月作 03KB
11.葬送
2012年03月作 78KB
12.最初の小説(Interlude 4)
2013年04月作 03KB
13.どうせ、生きてる
2014年09月作 31KB
投下スケジュール
#1〜#2 09月28日夜
#3〜#4 09月30日夜
#5 10月01日夜
#6〜#7 10月03日夜
#8 10月04日夜
#9 10月06日夜
#10〜#11 10月08日夜
#12〜#13 10月10日夜
127
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/09/30(火) 22:03:20 ID:9BaR2n0c0
考えるのをやめてしまいたい意志とは逆行して、ぼくの頭は無意味に覚醒していた。
あらゆる物事を並行して思考している。生きていることも、死ぬことも、何もかもを考えていた。
全身が、今にもはちきれそうなほど軋んでいる気がした。
全部が無駄だった。死を考えることさえ、苦痛でたまらなくなっていた。
結局のところ、色々と難癖をつけて死を回避しようとしているようにしか見えない自分自身があまりにも疎ましかった。
そう、できることなら雷鳴など耳に入れることなく、死という選択肢を完遂してしまいたかった。
それだけで、よかったのだ。
そして雷鳴が響いた。ぼくは辺りにかまわず叫んでいた。
ここにも、彼女の姿は見当たらない。
了
128
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/09/30(火) 22:04:01 ID:9BaR2n0c0
次は10月1日の夜に投下します。
では。
129
:
名も無きAAのようです
:2014/09/30(火) 22:04:19 ID:0LeReEVs0
乙!
130
:
名も無きAAのようです
:2014/09/30(火) 22:38:06 ID:KnsmzAGM0
乙
131
:
名も無きAAのようです
:2014/09/30(火) 23:46:27 ID:tOLsnB4A0
どうすればここまで考えをほじくれるのか…
アースで散る雷みたいな話だったよ
おつでした
132
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/10/01(水) 21:16:58 ID:h2WvNwoE0
5.ちぎれた手紙のハレーション 20140731KB
『兄さま、貴方はわたくしに大いなる寵愛を授けてくださいましたね……』
外では太陽がキラリキラリと照り輝き、上空を舞う雲の波は、まるで畝って奇妙な芸術のように舞い躍ります。
少しだけそよぐ空気が、心地の良い熱を運んでくれます。
こんな日に独り部屋に引き蘢って、手書きの手紙をしたためているなどというのは、
もしかしたら背徳的な行為なのかも分かりません。
けれども、わたくしはどうしてもこの手紙を今日中に書き終えなければなりませんでした。
忙しなく動き回る世情に従って、わたくしもするべき事はサッサと終わらせてしまわねばならないのです……。
『貴方の寵愛は、わたくしの人生に数多の幸福を齎してくださいました。
ですから、わたくしは貴方と共に歩んだ年月を、決して後悔などしておりません……』
わたくしも一人前の現代ッ子でありますから、手書きで長文を書き表すなどという事には然程慣れておりません。
こうやって書きながらも少しずつ読み返し、その文字の乱雑さに恥じらいを覚えてしまいます。
字体にはその人の育ちが其の儘表現されると申しますけれども、
それを考えるとわたくしはただただ申し訳なくなってしまいます。
『こうして互いが離ればなれになってしまってなお、
わたくしは兄さまのことを思い出さない日は殆どないのです……』
133
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/10/01(水) 21:20:04 ID:h2WvNwoE0
そういえば、昨夜はこんな夢を見ました。
わたくしは空を漂っていました。
生まれ故郷である田舎町の宙空を、特に何をするということもなく浮揚していたのです。
季節は夏。時刻は真昼間で今と同じように太陽の光が燦々と降り注いでいました。
なのに、そこには同時に星空も存在していたのです。
彼らの輝きは決して太陽に負ける事なく、それぞれがくっつき合い、色々な星座を形成しておりました。
そして私の眼には、まるで図鑑で見ているかのように、それぞれの星座の画がハッキリと映っていたのです。
そんな非現実的で酷く美しい空の下をわたくしは飛行しておりました。
すると、眼下の畦道に学生時代の知り合いを発見したのです。
彼女とはそれほど仲が良かった憶えもないのですが、
その時の私は何の疑問も持たずに彼女の元へ一目散に舞い降りていったのです。
そのとき……落下していく際に覚えた無重力的な心持ちときたら……
今思い出してさえ、身体がゾクゾクとしてまいります。
ああ……そうです、畢竟、わたくしの夢は浮遊と墜落によって構成されているのです……
現実には決して味わう事のない体験……けれども、わたくしには親しみすら覚えられる感触……。
わたくしは、もう幼き頃から、その体験の虜になっていたと言っても過言ではないのでしょう……。
話がそれてしまいました……そうして、わたくしは知り合いの女性のところへ降り立ちました。
彼女の風貌は私の知っているものと何ら変わるところなく……
学生時代と同じく柔和な笑みをわたくしに向けてくださっていました……何の違和感も覚えていないかのように……。
134
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/10/01(水) 21:23:12 ID:h2WvNwoE0
(*゚ー゚)「こんにちは」
と、わたくしは何だか気取った風に挨拶をしました。
(*゚ー゚)「今日はいいお天気ですね」
ミセ*゚ー゚)リ「ええ、本当に」
彼女も優雅に応じてくださいました。
ミセ*゚ー゚)リ「こんな綺麗に星座が見れることなんて、滅多にないことですわ」
(*゚ー゚)「貴方はどの星座がお気に入りなのですか?」
ミセ*゚ー゚)リ「私は、実を言うと蛇遣い座が最も素敵だと思っているんですよ」
(*゚ー゚)「まあ。蛇遣い座でしたら、まだ空には昇っておりませんね」
ミセ*゚ー゚)リ「ええ、けれど、宵の口にはきっと美しく煌めいている筈ですわ」
(*゚ー゚)「本当ですわね、アハハハハ」
ミセ*゚ー゚)リ「アハハハハ……」
そうしてわたくしは目を覚ましました……夢の中の彼女に別れを告げる事もなく……。
135
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/10/01(水) 21:27:38 ID:h2WvNwoE0
夢から醒めるたび、わたくしはいつも口惜しい気分になってしまいます。
夢の世界は大抵において素晴らしく、美しく、そして夢の中のわたくしは、
その全てが余すところなく現実であると信じ込んでいるのです。
ところが、夢から醒めるたび、わたくしの確信はたちまちにして立ち消えてしまい、
あまつさえ、同じ夢と再会することは稀にも起きてくれないのです。
そうですからわたくしは……夢と別れるたびに……わたくしの中に僅かに潜んでいる美しき部分……
自分自身に陶酔できる部分を失ってしまうような感覚に陥ってしまうのです。
『兄さまはお元気でやっていますでしょうか。わたくしのことを、まだ憶えてくださっていますでしょうか』
そのあとに遺るのは自己嫌悪のわたくし……どす黒く固まってしまったわたくしだけが、
心の中に居座ってしまっているような気さえしてしまうのです……。
そしてその嫌悪感はやがて他者に及び、愛すべき家族に及び、兄さまに及び……。
『突然のお手紙にさぞや驚かれたことでしょうね。
けれどもわたくしは、どうしても直筆で兄さまにお伝えせねばならないことが出来てしまったのです。
兄さま、兄さま……悲しんでくださいますか。寂しがってくださいますか。
このお手紙は他でもなく、兄さまへの別れのお手紙なのですよ……』
136
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/10/01(水) 21:30:27 ID:h2WvNwoE0
……その、時代遅れの山高帽を冠った背高の紳士がわたくしの部屋を訪れたのは、
今から丁度一週間まえのことです。その時も素晴らしい夢をお別れをして……
ウツラウツラとしていたわたくしのところへ、彼はあまりにも唐突に、不躾に……
願っても得られないような悪夢を携えてやってきたのです。
今にして思えば、どうしてわたくしは見ず知らずのあの男を部屋に入れてしまったのでしょうか……
身持ちの悪い女である自覚はありません……しかしあの時は、あの時だけはどうしても、
避けられぬ運命が形になって現れたのだと錯覚し、受け入れざるを得なかったのです。
部屋に入った男は帽子をとることもなく、煙草を一本、吸ってもいいかとわたくしに訊ねました。
わたくしが渋々了承いたしますと、彼は背広の胸ポケットからクリーム色の小箱を取り出して、
窓際へ歩み寄っていきました。
( ・∀・)「この煙草はね……貴女なんかもご存知かも知れませんが……ピースというんです。
ええ、英語です。欠片ではなく、平和という意味のほうで……。
ハハ、私はこの一生涯で、これ以外の煙草を吸うたことがないんですよ。
そもそも煙を好んで吸う趣味は無いんでね、格好がつけばなんでもいいんです……。
ええ、喫煙者の心理なんて大抵そんなものですよ、キットネ……。
ほら、パッケージに鳩が描かれているでしょう。平和の象徴ですよ……。
こんな、依存性の高い毒物に平和なんて名付ける意図について、貴女はどう思われます?
私は、チョット頭がおかしいんじゃないかと思うんですがネ……。
でも、平和そのものが依存性の高い毒物だと考えると……
どうで、なかなか小気味よい皮肉だと思いませんか。思わない……?
まあ何でもいいんですよ。きっと制作者にもそんな意図はありますまい。
解釈なんてものは、各々の感性と主観の数だけ存在するという事で一つ……。
とにかく私は、この名前に一目で惚れ込んでしまったという具合なんです……。
それで、時々目についたら購うことにしているというワケで……」
137
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/10/01(水) 21:33:23 ID:h2WvNwoE0
彼の風体は、何となく旧き小説に登場する私立探偵を思わせました。
帽子の下に垣間見える目鼻立ちはどこか日本人離れしていて、何より、部屋の中では更に背丈が際立ちました。
そうやって含蓄を呟きながら煙をツイと吐き出す姿などは、十分に板についていたと言って間違いないでしょう。
( ・∀・)「……ええ、分かっていますよ。そんな疑いの眼差しを向けずとも……
私はこうして煙草をスパスパやるためにここを訪ねたワケじゃないんです……。
そう、チョット退っ引きならない用事が出来たもので、こうして寄らせていただいたんですよ。
それはね、有り体に言えば人探しと申しますか……ある方の依頼があったものでして……」
(*゚ー゚)「では、矢張り貴方様は探偵か何かでいらっしゃる……?」
( ・∀・)「ヤハリ? ……そう、そうですか。ハハ、そう見えますか。こいつはいけませんねえ。
探偵がイカニモ探偵という格好をしていることほど滑稽なものはありません……
私服警官が警察手帳をぶら下げて歩いているようなもんです。
今後は改善に努めましょう。ええ、そうしましょう……
然しね、今回はもう、貴女に気付いていただいても一向に構わないんですよ。
何せ私の役目は貴女を突き止めた時点で、とうに終わってしまっているものですから……」
138
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/10/01(水) 21:36:25 ID:h2WvNwoE0
そうして彼は、背広の内ポケットから一枚の写真を取り出し、わたくしに手渡しました。
それはモノクロで仕上がったポラロイド調の写真で、まるで昭和以前の雰囲気を匂わせるものでした。
そしてそこには一人の、何の変哲もない若い男性が写されておりました。全然見覚えのない男性の顔が……。
(*゚ー゚)「あの、この方は……?」
( ・∀・)「きっとそう言うだろうと思っていましたよ……。いやね、依頼人には聞かされておったのです。
彼女は記憶を喪失してしまっているかもしれない、
だから僕の顔を見ても何もハッキリ思い出せないだろう……とね。
それだからこそ、私のような私立探偵にお鉢が回ってきたという具合で……。まあ、何でもいいんですよ」
彼はそこで、不自然なほどに口角をつり上げた笑みを浮かべてみせました。
その表情が何とも恐ろしく恐ろしく……わたくしはとても直視することが出来ませんでした。
( ・∀・)「ええ、落ち着いてよくお聞きください……この方は、貴女の婚約者なのですよ」
わたくしは目を見開いてその写真と、彼の顔を交互に見つめました。
そして、ヒュウ、と音階の外れた呼吸をしながら「そんな……」とやっと一言呟いたのです。
( ・∀・)「ほほう……やはり全部依頼人の……貴女の婚約者の予想した通りでしたか。
ええ、きっと何やらの特別な事情があったのでしょう。貴女はこの顔の人物を憶えていない、
それどころか、自分が誰彼と婚約したかどうかさえ、記憶していない……そういうワケですね?」
わたくしはただ、コクリと首肯するのがやっとでした。
139
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/10/01(水) 21:39:45 ID:h2WvNwoE0
( ・∀・)「そうですか。それは困った事態ですナ……。然し、既に調べはついているんですよ。
ここへ伺う前に、予め言質は取れているというワケで……。
ええ、つまり依頼人のご家族、及び貴女のご両親にも事情をお聞きしましてね。
この依頼人と貴女が三ヶ月ほど以前に婚約を結ばれ、
各々のご両親への挨拶も済ませているという事は、既にハッキリしているというわけです」
(*゚ー゚)「そんな、何かの間違いでは……」
( ・∀・)「間違いではない! ……ええ、現に私がここに辿り着いたのがその証拠ではありませんか。
私だって何も闇雲に、シラミつぶしに貴女の苗字の彫られた表札を探して歩いたんじゃあないんですよ。
貴女は一ヶ月ほど前、突如依頼人の前から姿を消した。
以来、彼は貴女を発見しようと這々の態で動き回ったのです。それでも見つかりやしない……
それで彼は、恥を忍び、断腸の思いで私や貴女のご両親に相談を持ちかけたと、そういうワケです。
貴女の居場所はご両親が大体の見当をつけてくれました。
曰く、娘は静かな場所を好み、また所縁のないところを嫌うと……故に、大学生の頃、
下宿していた辺りが怪しいのではないかと……そしてその推測は、見事的中していた」
わたくしはもう一度、目を凝らして写真の人物を眺めました。
ごくごく普通の、何一つ印象的ではない男性の表情……。
それこそ、通りすがりの見知らぬ他人に向けるような感情しか湧いてきません。
こんな男性と知り合いになり、ましてや婚約を結んだ自分がいるなどということは、全く信じられないことでした。
……そして何よりも……こんな言い方は可笑しいかもしれないですけれど……
わたくしには記憶喪失になった憶えが一切ないのです。
140
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/10/01(水) 21:42:17 ID:h2WvNwoE0
( ・∀・)「……まあ、よくよく驚かれるのも無理もない。
然しね、貴女の仕掛けた今回の失踪劇は、
ある程度貴女自身によって意図されていたものだったんですよ」
(*゚ー゚)「……どういうことです、それは……」
( ・∀・)「貴女は失踪直後、ご自身の携帯電話を解約しておられる。
それで、依頼人もご両親も連絡が取れなかったという経緯があります。
このご時世にわざわざご自身の電話番号を失われるなど、
相応の覚悟をもってでしかなし得ない事ではありませんか。そう思うでしょう?
……いやいや、これは、今の貴女を責め立て、糾弾しても何ら意味のないことではありますがネ……。
ただ、一つ考えていただきたいのは、過去の貴女はご自身の意思をもって、
計画的に今回の芝居を打ったという事実でありまして。
そこには何らかの、重大な動機が秘められている筈なんですよ」
(*゚ー゚)「そんなこと……わたくしは、まだ、この男性……
わたくしが婚約を結んでいる男性のことも思い出せていませんのよ。
そもそも、わたくしが婚約なんて……誰か様と、そんな縁を結んでいただなんて……」
( ・∀・)「ほほう、ご自分が婚約者の身分であるということがそれほどに信じられませんか」
(*゚ー゚)「だってそうでしょう?
婚約をしたということは、私はその方に恋慕し、また恋慕していただき、
長い時間を経てようやく到達する頂ではありませんか。
それほどに貴ぶべき時間の全部が、現在の私の頭からはスッポリと抜け落ちてしまっているのです……。
だって、正直に申し上げますと、今この方の写真を見ても、何の好意も抱けないんですのよ……」
141
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/10/01(水) 21:45:29 ID:h2WvNwoE0
わたくしは、もう殆ど耄けたような心持ちになっておりましたが、
それでもまだ、この探偵への疑いを持ち続けていました。
すなわち、全てがこの、探偵を名乗る男の一人芝居なのではないかと……
全ては、何らかの目的でわたくしを騙すための策略に過ぎないのではないかと……。
しかし、そんなわたくしの疑惑や期待は、彼の次の言葉によって華麗に打ち砕かれることとなってしまったのです。
( ・∀・)「イヤイヤ……貴女の恋愛観は素晴らしいものです。
この時代にそれほど堅牢な心をお持ちである事には、ホトホト頭が下がる思いです。
とは言え……私も職業柄、貴女の感情的な言葉だけで屈するわけにもいかない……
ええ、これは男性である私からはやや言いにくいんですがね……
依頼人が貴女を心配なさっていたのには、格別の理由があるからなんですよ……。
これは直接的な動機があるわけではなく、
ただ依頼人が過去の貴女からお聞きなさっただけのことではありますが……
事実であれば成る可く速やかに自覚していただかなければならない……。
ええ、そうです。過去の貴女はね、依頼人に、ご自身が身重であるという風に告白したそうなんですよ」
私は彼の言葉を噛み砕いて、ようやく意味を理解した瞬間にグラリと揺らめくような目眩を覚えました。
それと同時に、お腹の方から心臓に向かってゾワゾワと悪寒が競り上がりました。
まるで言葉に反応し、自らの存在を主張するかのような不気味な悪寒が……。
142
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/10/01(水) 21:49:06 ID:h2WvNwoE0
( ・∀・)「ええ、もっとも、まだ月日は浅く……外見で判別できるものではありません。
然し乍ら貴女自身がお感じになられた様々な変化が……その事実を明確に物語っていたのだそうです。
依頼人は……ええ、勿論貴女もです……それはそれはお喜びになられたそうですよ。
それで、近いうちに連れ立って病院に行き、
正確な事実を把握しようという手筈まで組んでいたとのことなのです。
けれども、その矢先に貴女が失踪なされた……。
そのため、依頼人は『過去の貴女が過去の貴女の儘であれば』失踪するなど考えられないと、
こう予測立てたワケでしてネ。まあ、勿論勾引されたという可能性もお考えになったそうですが……
そうだとすれば、ご本人によって携帯電話が解約されているというのは、どうにもオカシイ。
そう、それこそ記憶喪失になったとでも考えなければ有り得ない事態だった、とそういうわけなんです……
オヤ、大丈夫ですか? 相当にお顔色が悪いようですが……」
(*゚ー゚)「気になさらないでください」
と、わたくしは言葉を絞り出しました。勿論、まだ信じられない気持ちでいっぱいでした。
けれども、それでも、悪寒が止まりませんでした……まるでわたくしの身体を乗っ取ろうとしているかのように、
徐々に震えが全身へと行き渡ってゆくのです……。
143
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/10/01(水) 21:51:29 ID:h2WvNwoE0
( ・∀・)「……ええ、まあ、私も専門の医者ではないんでネ……
貴女を一見してご懐妊されているかどうかなど分かる由もない……
どうしても信用できないようであれば、一度ご自身で産婦人科などに通ってみては如何でしょう……。
イヤイヤ、というのもね、依頼人はすぐに貴女を連れ戻そうという気はないんですよ……
ええ、これは貴女のためを思ってのことです。記憶喪失にせよ何にせよ……
まあ、結果的に予想通りだったワケですが……この時期に失踪なさるということには、
余程の動機があったに違いない、彼女には彼女自身、心の整理をつけてから帰ってきてもらいたいと、
そう仰るんですな……。
実際、ねえ? 今から依頼人の元へお帰りになったところで、益々混乱するばかりでしょう、
そう思いませんか……。そういうわけですので、貴女にはいましばらく、猶予があるのです。
本来ならば私の仕事はここで終いなんですが、そうですナ……
一週間後を目処に、もう一度此処へお伺いします。それまでに、身辺整理をするということで一つ……。
その際にも帰宅を拒否されるようならば、私は何度だってやって参りますよ。
何せ暇なものでしてネ……。しかしまあ、私も仕事ですので、
契約している期間はそれ相応の料金を頂きます……
無論、それだけ依頼人の金銭的負担も膨れ上がるという具合で……
まあまあ、それは今の貴女が考えるべき事案ではないですな。
失礼、どうもこういう商売ですと、銭金の問題に敏感になってしまうものなんですよ……
今時、私立探偵なんて流行りませんからねえ……この服も一張羅なんですよ……アハハハハ……」
わたくしは、一人でペラペラと、さも楽しそうに喋り続ける彼をぼうっと見遣っておりました。
そのうちに無意識に下腹部を撫ぜようとした手を、バチリと他方の手で払いのけました。
今は自分の身体など触りたくもない……そんな心持ちで……。
144
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/10/01(水) 21:54:56 ID:h2WvNwoE0
( ・∀・)「……おっと、失礼……チョイと長居しすぎたようですな……
ああそうそう、名刺を置いておきますんでネ、
何かお困りごとがあったらいつでもその番号にお掛けください。
ああ、この名刺ね、一応名前は記してあるんですが、あくまでも仮名でして……
ほら、一枚ごとに名前が違うでしょう? まあ、用心するに越した事はないというワケで。
けれども身分は確かですよ。何なら、ご両親に連絡を取ってみては如何です?
きっと私の評判が聞ける筈です。もっとも、ご両親には別の名前で知られているかもしれませんがネ……
どうもそのあたりの物覚えが悪くて……アハハハハ、ではこれにて……」
……彼が立ち去った後、ポッカリと穴があいてしまったような空間を、わたくしはただただ呆然と眺めておりました。
どれぐらいそのままで居たでしょう……。不意に我に返ったわたくしは、早速両親に連絡を取ろうと試みました。
しかし……もしも探偵の言葉が真実であれば、両親もまた、彼と同じようなことを、
追い討ちをかけるようにして私に告げるだけでしょう。或いは、必要以上の語気で叱責されるやもしれません。
その口撃に今のわたくしが耐えられる筈もありませんでした。
かと言って、探偵の言葉の一切合切を全否定されてしまえば、
わたくしは愈々頭がおかしくなってしまうかもしれません。それだけ彼の言葉には迫力と真実味があったのです。
ですから、わたくしは両親に連絡を取るのをやめてしまい……近所のドラッグストアへ走ることにしました。
そこでわたくしは……もう本当に、顔から火が出るような思いで……妊娠検査薬を購ったのです。
無論、病院に行けばもっと確実な状態が判明するのでしょうけれど、
とてもそんな勇気を出すことは出来ませんでした。
然し、市販の妊娠検査薬でさえも、九分九厘、正確な結論を叩き出してしまうのです……。
『兄さま、実はこのたび、わたくしはとある方の子を妊娠したのです……』
145
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/10/01(水) 21:57:50 ID:h2WvNwoE0
結果は、何度見ても変わりませんでした。
探偵に妊娠の疑惑を突きつけられたその当日に、わたくしは自分の身に、
自分の子どもが宿っていることを理解したのです。
それはもう、今までに見たどんな悪夢よりも絶望的で、そして突き刺さるように痛むほど現実的でした。
わたくしは、つまり、そういった行為を誰彼と交わした憶えはなく、
しかしその証拠はこのお腹に明白に存在しているようなのです。
そんな自分がふしだらにさえ思えてしまい、自己嫌悪が一層に肥大していくのでした。
『けれども、兄さま、信じていただけますか。わたくしは、それでも、それでも……』
最早、妊娠という事実だけで探偵の言葉を鵜呑みにするには十分でした。
何らかの理由によって記憶を喪失し、愛すべき人をおいて逃げ去ってしまった……
それが、ようやく自分自身のことなのだと了承するに至りました。
ああ、けれど、それでもわたくしは、探偵が置いていった写真を見ても何の感慨も持てずにいました。
わたくしの好みに合うかどうかも分からず、ましてや記憶の引き出しが開かれる気配もありません。
けれども、この男性と愛を交わしたというイメージは徐々に現実味を帯びていき、
わたくしは独りで煩悶せざるを得ませんでした。それは惨めなほどに背徳的で、堕落的で……。
ああ、このお腹に子がいなければ、わたくしはきっとナイフでもって自死していたことでしょう。
けれども、子殺しという罪は脳内で想像することさえ重すぎて我慢できず、
結局は何も出来ずにグシャグシャと髪の毛をかき混ぜてばかりいたのでした。
『兄さま、わたくしは現実を受け止めなければなりませんでした。
わたくしは、誰か様の元へ嫁ぐという現実を受け止めなければなりませんでした』
146
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/10/01(水) 22:00:22 ID:h2WvNwoE0
探偵はわたくしに、身辺整理をしておくようにと告げましたが、
わたくしには特段……自分の心情を除き、整理しておくべき物事など思いつきませんでした。
ですので、もう今すぐにでも、名刺に記された番号へ連絡することも可能だったのです。
けれどもそれは、わたくしにとって自ら断頭台に上がる日を選ぶようなものでした。
電話をした瞬間にモノクロの男性が、それに伴うあらゆる出来事が色調を得てわたくしに降り掛かることを考えると、もう、とても自分から連絡をとるなどという手段には及べませんでした。
しかしそれはまた、お腹の子どもを無闇に放置しているようにさえ思われ、
わたくしはあらゆる嫌悪感によって雁字搦めに縛り付けられてしまったのです。
そうして生きている心地などひとつも得られないような日々が一日、また一日と過ぎてゆきました。
わたくしはただ、自室に横たわって再びやってくるであろう探偵の足音に怯え続けていたのです。
そうやって怯え続けている事にやがて疲れ果て、ウトウトとした微睡みに溺れ……
そうしてまた、一日が無為に終わるのでした。
『兄さま、年の離れた兄さまは、わたくしにとって親も同然の存在でありました。
そして兄さまもまた、わたくしのことを娘のように可愛がってくださいましたね』
147
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/10/01(水) 22:04:41 ID:h2WvNwoE0
そして一昨日のことでした。また微睡みに浸っている私は、朧げな夢を見たのです。
それはわたくしと兄さまがまだ子どもだった頃の遠く懐かしき思い出を描くものでした。
十も歳の離れた兄さまは、まだ二歳くらいのわたくしを抱き上げ、タカイタカイを繰り返してくれていたのです。
恐らく、両親がやっていたのを真似てみたのでしょう。
まだ背も低かった兄さまは、わたくしを出来るだけ高く抱き上げるために背伸びまでしていました。
それから、フウと息をついてほとんど落とすようにして手元にわたくしを戻します。
わたくしがキャッキャと喜ぶものですから、兄さまはまた踏ん張ってわたくしを抱え上げ、
タカイタカイ、タカイタカイ、と云うのでした。
その繰り返しを、兄さまは腕が上がらなくなるまでいつまでもいつまでも続けてくれるのでした。
『物心ついたわたくしが最初に受けた兄さまの愛が、あのタカイタカイでした。
兄さまのタカイタカイはちょっと危なげで、特に腕をおろすときなんかは随分スピードがあり、
わたくしは幼心にスリルを感じていたように思います。
けれど、そんな兄さまのタカイタカイが、わたくしは大好きでした』
148
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/10/01(水) 22:08:12 ID:h2WvNwoE0
その夢の中で、わたくしは兄さまと幼いわたくしがタカイタカイをしているのを、
どこからともなく客観的に眺めておりました。
しばらくは、何だか温かい気持ちでその様子を見守っていたのですが、
やがて、兄さまに抱かれている小さい自分が羨ましくて堪らなくなりました。
それは、恥ずかしながら殆ど嫉妬のような情念であり、
わたくしも、もう一度兄さまに抱かれたい、といつの間にか狂おしいほどに欲していたのです。
『そして、わたくしはどうしてか、今なお兄さまに抱き上げられたいという思いを捨てられずにいるのです』
必死にタカイタカイをしている兄さまに近づこうと、夢の中のわたくしは、
存在しているかも分からない身体を蠢かせて接近を試みました。
そしてあわよくば、小さい自分から兄さまの手元を奪い取ってしまおうとしていたのです。
何故それほどに執念を燃やしているのか……自分自身にも分かりませんでした。
ただただ本能の赴くままに……理性をどこかに置き去ってまで、わたくしは兄さまに抱かれようとしていたのです。
そして散々に?き苦しんだ後、わたくしはようやく兄さまの手元に辿り着いたのです。
夢の中のわたくしは、小さい頃のわたくしの身体と同化しておりました。
わたくしは、何の違和感もなく、まんまと兄さまの手の中に侵入することができたのです。
そして案の定、兄さまは疑う事もなく、またタカイタカイをしてくださいました。
タカイタカイ。タカイタカイ。タカイタカイ。タカイタカイ……。
149
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/10/01(水) 22:11:11 ID:h2WvNwoE0
『気付いた事があります。わたくしはよく夢の中で空を飛んだり、そして落ちていったりします。
何だか気味の悪いようにも聞こえますが、わたくしにとってそれは酷く心地の良いものなのです。
それが何故なのか……全ては、兄さまの、タカイタカイに起因しているように思えてならないのです……』
その浮揚と、無重力的な墜落……わたくしには、それがもうたまらないのです。
ましてやそれが、夢の中でとはいえ、兄さまの手でしていただいているのですから。
それは懐古の念だけではなく、何やら抑えのきかない情欲を燃やすのでした。
わたくしはしばしその快楽を享受し続けました。
頭の中では、兄さまとの思い出が齣撮りの映画みたいに流れていました。それはあまりにも幸せでした。
あまりにも美しくありました。
このまま死んでも一向に構わない。いやむしろ、兄さまの手の中で死んでしまいたいと何度思ったことでしょう。
夢の中で、もう少し身体に自由が利いていたら、
わたくしは自らの口で直接兄さまにお願いしていたかもわかりません。
そうして永劫のような時間の後に目覚めたわたくしは、それが夢だと徐々に認識していくと同時に、
襲いかかってくる現実の怖さを前にしてサメザメと泣き続けました。
そして、兄さまに逢いたくてたまらなくなってしまっていました。
ああ、もう一度だけでいい。兄さまに抱きしめていただきたい。それさえ叶えられるなら、わたくしは、もう、もう……。
150
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/10/01(水) 22:14:13 ID:h2WvNwoE0
『……一つ、奇妙な疑問があるのです。わたくしの処へやってきた探偵は、
わたくしの婚約者や、わたくしの両親について口にしましたが、
ただの一度として兄さまについて言及しなかったのです。
あの方は、必要最低限の情報のみを伝えたために兄さまのことを口にしなかったのでしょうか。
それとも、敢えて口に出さなかったのでしょうか……』
そうして、わたくしは手紙を書くことにしたのです。
まるで遺書のように丁寧に、どれだけ疲れても手書きで書き綴ろうと心に決めて……。
もうすぐ探偵がやってきます。そうしたら、わたくしはもう拒否の姿勢をとることは出来ないでしょう。
黙ってついていくより他にないのです。ですからそれまでに、
満身創痍の身体に鞭打って何とかこの手紙を書き終えなければなりませんでした。
『けれども、婚約した方の顔や氏名は忘れてしまっていても、兄さまのことは今なおハッキリと憶えております。
兄さまの姿形は脳裏にしっかりと浮かび上がり、揺らぐ気配もありません。
愛しい兄さま。そろそろ筆を置かねばなりませんが、
わたくしにはこの手紙を締めくくる言葉がどうにも思い浮かばないのです。まだまだ書きたいことは山とあります。
せめて、嫁いでしまう前にもう一度お会いしたかった。もう一度お顔を見たかった。もう一度お話ししたかった……』
外では太陽がキラリキラリと照り輝き、上空を舞う雲の波は、まるで畝って奇妙な芸術のように舞い躍ります。
こんなよい日にわたくしは何という思いを抱えてしまっているのでしょう。
そして、わたくしは何というものを失ってしまったのでしょう。
151
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/10/01(水) 22:17:20 ID:h2WvNwoE0
『ああ、けれどこれは今生の別れではありませんでしょう……そうであることを願うしかありません。
ですからわたくしは、ここで、一度この手紙を区切りたいと思います。
またいつか、お手紙を書かせていただきますね。
ねえ、兄さま……よければお返事をください。わたくしは、ただそれを渇望するだけで生きてゆけます。
それでは兄さま、ごきげんよう……』
遂にわたくしは筆を置きました。そして丁寧に手紙を折り畳み、予め用意していた封筒に入れ、綺麗に封をしました。
そして、宛名のところに兄さまの名前を書き……。
( ・∀・)「もうそろそろ、よろしいですか」
不意に背後から聞こえてきた声に、わたくしは思わず悲鳴をあげてしまいました。
そうして恐る恐る振り返ってみますと、例の探偵が、
あの不自然に口角をつり上げた笑みを浮かべて突っ立っていたのです。
( ・∀・)「いやいや失礼……驚かせましたかネ。けれども貴女も不用心なものですよ、
女性の独り住まいで鍵もかけていないなんて……。
もしこれが押し入り強盗だったらどうするんです……アハハハハ。まあ、何だっていいんです。
実はかれこれ十分ほど前からここに居ったのですがね。
どうも忙しげでしたから、声をかける機会を見計らっていたんですよ……驚かせてしまいましたかネ。
まあ、いつにしたって貴女は驚いていたことでしょう。仕方ない仕方ない……。
さて、ではそろそろ参りましょうか。貴女も、拒否する意思は無いようですからネ……」
152
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/10/01(水) 22:20:34 ID:h2WvNwoE0
(*゚ー゚)「待ってください」
わたくしは、もう殆ど叫んでおりました。
(*゚ー゚)「せめてこの手紙を出させてください。これは、大切な手紙なのです。
これを出さないことには、わたくしは心積もりを固めることが出来ません……」
探偵はジッとわたくしのことを見下ろしておりました。そしてアハハと笑い、それから突然、
私の手から封筒を奪い取りました。
(*゚ー゚)「何を……」
取り戻そうと手を伸ばすわたくしの前で、探偵は笑みを浮かべたまま、その封筒を中身ごと縦横に引き裂きました。
( ・∀・)「ご冗談を」
ハラハラと落ちてゆく紙片の向こう側で、探偵は声を潜めました。
( ・∀・)「こんな手紙に意味などありますまい……殊に、宛てる住所の分からぬ手紙というものにはね」
(*゚ー゚)「え……」
( ・∀・)「何を驚いてらっしゃるんです?
だったら貴女には、その『兄さま』とやらの住処がお分かりなのですか? ……ほら、分かる筈も無い。
だって、貴女と貴女のご兄弟は、両親によって無理矢理別れさせられたのですからネ……
もしや、そのこともお忘れに? 貴女が幾ら望もうとも、この手紙は『兄さま』には届かず、
ましてや再会など果たせる筈もないのですよ……。
ええ、けれども貴女は誰を恨むべきでもありませんよ……
だって、両親は善かれと思って二人の仲を取り計らったのですから。
ただし、それがために貴女の記憶に混濁が生まれた可能性もなきにしもあらず……。
ええ、知っております。全部知っておりますとも。わたくしは貴女がたご兄弟の関係も、
何もかも調べきっておりますとも……」
そして探偵は、伸ばしたまま硬直していたわたくしの手を握って無理矢理に立ち上がらせ、
ふと真顔で呟いたのです。
153
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/10/01(水) 22:24:08 ID:h2WvNwoE0
( ・∀・)「けれどもネ……ご安心ください。
貴女の望む『兄さま』とやらは……きっと、こんな千切れた手紙さえも頼りにして、
きっと貴女の元へ辿り着くことでしょう……。
貴女が『兄さま』を熱望するのと同じぐらい、『兄さま』も貴女を熱望しているのです……
だから何の心配もない……ええ、要らないんですよ。
私はご両親の強い願いもあって敢えて『兄さま』のことを口にしませんでしたが、
貴女自身の記憶が確かである以上、貴女がた二人の仲までは阻害しませんとも……。
だってそれは仕事じゃありませんからね……アハハハハ。
大丈夫、お二人の心意気次第で、貴女がたは天国にも地獄にも堕ちられるでしょう。
今はただ、待ち侘びることです」
……一陣の風が吹いて、床に散らばった手紙の破片をユルリと窓の外へと運んでゆきました。
了
154
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/10/01(水) 22:24:53 ID:h2WvNwoE0
次は10月3日の夜に投下します。
では。
155
:
名も無きAAのようです
:2014/10/01(水) 23:42:31 ID:CvlgnK7o0
おつ
なんか大正ロマンっぽい雰囲気だった
156
:
名も無きAAのようです
:2014/10/02(木) 00:30:16 ID:rXU9IDEg0
まぁブーン系じゃなくてもいいかな
157
:
名も無きAAのようです
:2014/10/02(木) 00:48:36 ID:.xOBlmwk0
ちんこがむずむずする話だったな
158
:
名も無きAAのようです
:2014/10/02(木) 01:23:58 ID:/4DP5WtM0
記憶を失った原因がわからないままか
あと婚約者が兄なのか?それとも兄と愛し合っていたのに婚約する事になったから記憶を失って逃亡したのか?
159
:
名も無きAAのようです
:2014/10/02(木) 20:43:16 ID:Jr7wa3aU0
いや、ブーン系でなけりゃ俺は目にする機会がなかった。
楽しみにしてる。
160
:
名も無きAAのようです
:2014/10/03(金) 00:23:06 ID:jcntNHL20
むしろブーン系でやるべき作品ってなんだよ
色々想像を膨らませる終わり方がいいね
おつ
161
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/10/03(金) 21:05:48 ID:/I8YLJN20
6.聖夜の恵みを(interlude 2) 20111103KB
少し前の十二月、一番幼い孫が私達に向かって、クリスマスに何が欲しいか訊ねてきたことがあった。
(・∀ ・)「一緒にお願いしてあげるよ」
孫はサンタクロースに送る手紙をクレヨンで書いていた。
私達は顔を見合わせた。それはむしろ、私達が孫に問いかけたい質問だったからだ。
先手を取られ、二人して思わず微笑んだ。
( ФωФ)「爺ちゃんは、そうだな」
私は逡巡して言った。
( ФωФ)「旅がしたいな。外国も捨てがたいが、やはり国内……。
そう言えば北海道で食べた海鮮丼は格別だったな、今頃の時期にもう一度……」
そこまで口にした時、ふと妻の視線を感じて私は思わず口を噤んだ。
何が言いたいのか、手に取るように分かる。
お爺ちゃんたら、年甲斐もなく真剣に考えているみたい。もう、サンタさんよりお爺さんなのにね……。
( ФωФ)「婆さんは、どうだい」
小恥ずかしくなって、私は慌てて妻に訊ねた。妻は昔と変わらぬ所作で首を少し傾げ、皺の中に笑みを作った。
そして、軽く目を閉じて言った。
从'ー'从「お婆ちゃんぐらいの歳になると、毎日生きているだけで幸せと思えますよ。
でも、そうね。出来ればお爺ちゃんと、もう少し長く一緒に居たいものね」
その殊勝さときたら。私はますます小さくなったのだった。
162
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/10/03(金) 21:08:36 ID:/I8YLJN20
( ФωФ)「婆さん」
从'ー'从「何ですか」
( ФωФ)「遺灰を、少しだけでも海に撒いてくれないか」
冷たく淋しい川のせせらぎが聞こえていた。もうすぐ私を向こう側へ運んでいく流れだ。
朧気な感覚の中で、私は言葉を紡いでいた。
( ФωФ)「旅がしたいんだ」
この期に及んでも旅に拘っている自分がおかしくなって、心の中で笑った。身体はついてこなかった。
病室の白い空間には私と妻しか居ない。もうすぐ死ぬと言う事実は案外すんなりと飲み込めるものだった。
世界は徐々に輝きを失い、誰も居なくなったようだ。だが、すぐ傍に妻がいることは分かっていた。
それでも覚える孤独感が、たまらなく幸福だった。
私が妻を一心同体の如く愛していると、ようやく理解出来たからだ。この孤独はあまりにも切なく、美しかった。
妻の手が私の腕に重ねられる。柔らかい愛撫。お互い、随分と痩せてしまったものだ。
時は肉体を剥がしていき、そして遂には魂も剥がす。掌から伝わる僅かな熱も、じきに遠ざかっていく。
( ФωФ)「婆さん」
从'ー'从「何ですか」
( ФωФ)「すまないな、願いを叶えてやれなかった」
妻の、慎み深い笑い声が聞こえてきた。
从'ー'从「もう、慣れましたよ」
そうだったな、いつもそうだった……。
急激に襲ってきた最後の眠気に抗えず、私はただ、妻の手の感触に残った灯火を委ねた。
163
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/10/03(金) 21:11:46 ID:/I8YLJN20
/ ,' 3「偶然ですよ」
と、サンタクロースは言った。
/ ,' 3「海岸沿いを飛んでいたところへ、突然貴方が飛び込んできましてね」
私の言葉通り、妻は約束通り灰になった私を海に撒いてくれた。
そうして上空へ舞い上がったところへ、件の赤い紳士が通りがかってくれたというわけだ。
( ФωФ)「こんな老いぼれに奇蹟が起こるとは、申し訳ないものです」
/ ,' 3「ご老人、いえ、偉大なる人の子よ。そんなことはありません。何しろ、今宵は聖夜なのです。
あらゆる人に、その恵みが降るべきなのですよ。貴方にも、貴方の奥様にも」
そして、聖夜のそりは我が家へ向かってくれた。何故か私には、妻が私に気付いてくれるという確信があった。
164
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/10/03(金) 21:14:47 ID:/I8YLJN20
7.明日の朝には断頭台 20140928KB
( ФωФ)「……」
[TV]<さあ阪神タイガース、伝統の一戦、ここを抑えれば一気に優勝が見えて参ります。
( ФωФ)「ふん、点差は一点。ランナーはあれど、我がチームには不動の守護神がおるのだ」
[TV]<九回裏、ツーアウト二塁……マウンド上のピッチャーが額の汗を拭う。
( ФωФ)「この打者はインハイに直球を投げておけば余裕だ。データ的にも明らかであると言える」
[TV]<さあ、キャッチャーがインコースに構えた。
( ФωФ)「うむ」
[TV]<ピッチャー、セットポジションから……今、投げました!
( ФωФ)「そこや!」
[TV]<カッキィィィィィィィィィイイイイイイイイン
( ФωФ)「あ」
[TV]<ああ、これは! なんということでしょう! ライト、ただ上を見上げるだけ――!
[TV]<入りました! ジャイアンツ、九回裏、勝負を決める代打の逆転サヨナラホームラン!
( ФωФ)「……」
[TV]<守護神、ただただ呆然と立ち尽くしている……ボールはキャッチャーの要求通りだったのですが……。
( ФωФ)
( ФωФ)
(#ФωФ)「せやからアウトコースに落ちる球や言うたやろ!」
165
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/10/03(金) 21:17:33 ID:/I8YLJN20
<コンコン
(#ФωФ)「相手も対策ぐらいしてくるやん! そこは裏をかく配球にしといたらよかったんや!」
<ガチャ
(゚、゚トソン「失礼します」
(#ФωФ)「もうええ! 我輩が監督やる!」
(゚、゚トソン「ご主人様」
(#ФωФ)「悪いことは言わん! 年俸は一千万でええぞ!」
(゚、゚トソン「ご主人」
(#ФωФ)「ろーっこーおーろーしにー!」
(゚、゚トソン
(゚、゚トソン チッ
(゚、゚トソン「ご主人様、わたくしです。トソンです」
(#ФωФ)「さーっそーおーとぉー!」
(#ФωФ)
( ФωФ)「……む、誰かと思えばメイドのトソンではないか」
(゚、゚トソン「ええ、ご主人様のお世話を独りで二十四時間任されているにもかかわらず」
(゚、゚トソン「時給680円から一向に上がる気配もない哀れなメイドの都村トソンが参上致しました」
( ФωФ)「……」
( ФωФ)「うむ、実に説明的な台詞で分かりやすい。よろしい。褒美は我輩のウインクだ」
( Фω<) バチン
(゚、゚トソン チッ
166
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/10/03(金) 21:20:42 ID:/I8YLJN20
( ФωФ)「なあトソンよ……どうして我が阪神タイガースは短期決戦になると勝てぬのだ?」
(゚、゚トソン「申し訳ありません、わたくしは野球のことを存じ上げてございませんので、悪しからず」
( ФωФ)「このままではどうせ、クライマックスシリーズで敗退してしまうぞ……」
(゚、゚トソン「どっちにしたってセールやるんだからいいじゃないですか」
( ФωФ)「ちなみにトソンの好きなスポーツは?」
(゚、゚トソン「クリケットです」
( ФωФ)「クリケット……」
(゚、゚トソン「ええ。あれです、棒で球をなんかアレするやつです」
( ФωФ)
(゚、゚トソン
167
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/10/03(金) 21:23:18 ID:/I8YLJN20
( ФωФ)「……それで、どうしてここに?」
(゚、゚トソン「ああ、うっかり忘れるところでした。大した用事じゃありません」
( ФωФ)「構わん構わん。申せ」
(゚、゚トソン「いいニュースと悪いニュースがありますが、悪いニュースから言いますね」
( ФωФ)「我輩、好きなものは最初に食べるタイプなのだが……」
(゚、゚トソン「ご主人様の処刑の日取りが決まりました」
( ФωФ)
( ФωФ)「あら」
(゚、゚トソン「明日です」
( ФωФ)「まあ」
(゚、゚トソン「断頭台で行われるそうです」
( ФωФ)「やだ」
(゚、゚トソン「以上」
( ФωФ)
( ФωФ)「……で、いいニュースは?」
(゚、゚トソン「最後に申し上げましたでしょう。断頭台です」
( ФωФ)「……」
(゚、゚トソン「特注ですよ」
( ФωФ)「やだアタシ全然気付かなかったわ」
(゚、゚トソン「まったく、ご主人様ときたら相変わらず鈍感なんですから」
(゚、゚トソン アッハッハッハッハ
168
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/10/03(金) 21:26:26 ID:/I8YLJN20
( ФωФ)「えー、我輩ったら死んじゃうのー?」
(゚、゚トソン「何を仰ってるんですか。そもそもご主人様はこの屋敷に軟禁されており」
(゚、゚トソン「政府から処刑の日を待つ身だったではありませんか」
( ФωФ)「うむ、実に分かりやすい説明だ。我輩も自分の立場を再確認できた」
(゚、゚トソン「恐れ入ります」
( ФωФ)「しかし、明日というのは些か急すぎるのではないか?」
(゚、゚トソン「いわゆるお役所仕事ですね。ほら、大臣の判子とかいるじゃないですか」
( ФωФ)「ふむ、我輩の処刑を躊躇するだけの人情は残っておったか」
(゚、゚トソン「悩み抜いたあげく、まあ、最終的には、いてまえって感じだったそうです」
( ФωФ)「……なんでそんなことをトソンが知っておる?」
(゚、゚トソン「電話で聞きました。お役人と一緒に大笑いでしたね」
(゚、゚トソン「まあ、実際にハンコが押されたのは先月のことで、さっきまで担当者が忘れてたそうなんですけど」
(゚、゚トソン「それがまたウケてウケて」
( ФωФ)「愉しそうだなこやつめ」
169
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/10/03(金) 21:29:22 ID:/I8YLJN20
( ФωФ)「というか、我輩処刑されるほどなんか悪いことしたっけ?」
(゚、゚トソン「逆に、それぐらい悪いことしたから処刑されるんでしょう?」
( ФωФ)「ふむう……まあ、今更考えても仕方がないことではあるが」
(゚、゚トソン「それにしても断頭台ですよ。これを作るのがまあ大変だったそうで」
( ФωФ)「ふむ」
(゚、゚トソン「何しろ、国産のギロチンというものは今まで存在しなかったわけですから」」
(゚、゚トソン「そこで今回は各省庁協力のもと、使用する木材の選定から刃の落下速度まで緻密に設計したそうですよ」
( ФωФ)「我輩、そんなことにお金使うぐらいなら世界の恵まれない子供たちを助けるべきだと思う」
(゚、゚トソン「あ、そうそう。もう一つ大切なことを言い忘れていました」
( ФωФ)「なんだ、どうせ悪い話だろう」
(゚、゚トソン「選べますよ、表と裏」
( ФωФ)「……え?」
(゚、゚トソン「仰向けとうつぶせ、あ、一応側面でも大丈夫だそうです」
( ФωФ)「肘ついててもいいの?」
(゚、゚トソン「なんなら、そば殻の枕もOKだそうです」
( ФωФ)「うわあ、我輩ってばなんて幸せなのー」
170
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/10/03(金) 21:32:44 ID:/I8YLJN20
( ФωФ)「……ふむ、しかし急にそんなことを言われても困るな。どうすべきだろうか」
(゚、゚トソン「昔の話では、仰向けの場合大抵の囚人が発狂してしまったと聞きますね」
( ФωФ)「やっぱりそっちの方が怖いであろうな、刃が落ちてくるのが見えてしまうのだから」
(゚、゚トソン「ただ、ご主人様の場合はうつぶせの場合もモニターが用意されまして」
( ФωФ)「え」
(゚、゚トソン「今回は、なんと八つのカメラがそれぞれの角度からご主人様の処刑を中継いたします」
(゚、゚トソン「これはまさに、現代技術と伝統との運命的な邂逅ですね」
( ФωФ)「いつの間にこの国はそんなにアバンギャルドになったのだろう」
(゚、゚トソン「時代は刻々と変化していくんです。野球ばかり見ている場合じゃないですよ」
( ФωФ)「……ということはさっきのナイターが我輩の野球の見納めだったわけか……」
( ФωФ)「それがサヨナラ負けって」
(゚、゚トソン「ご主人様も明日でこの世からサヨナラですし、丁度いいじゃないですか」
(゚、゚トソン ハハッ
171
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/10/03(金) 21:35:56 ID:/I8YLJN20
( ФωФ)「……トソン、きみともお別れということになってしまうのだな」
(゚、゚トソン「そういうことですね」
( ФωФ)「思えば二十年前のあの春の日、シルクロードからやってきた奴隷商人の列の中にキミはいた」
( ФωФ)「商品として売られている少年少女の中で、キミの姿は一際輝いていた」
( ФωФ)「嗚呼、こんな幼気な少女を惨たらしい者の手に渡してなるものか、そう思い我輩はキミを買ったのだ」
( ФωФ)「それからは、キミをまるで娘の如き想いで育ててきたのだ……」
( っωФ)
( っωФ)「こうして立派な大人になるまで、キミを見守ることが出来てよかった」
( っωФ)「我輩の願いはそれだけだったといっても過言ではない……・」
(゚、゚トソン
(゚、゚トソン「わたくし、十九の時にフロムエーで応募したんですけど」
( っωФ)
( っωФ)「……」
(゚、゚トソン「時給、780円って書いてあったんですけど」
( っωФ)「……め、目にゴミが」
(゚、゚トソン「嘘ばかりついてると泥棒になりますよ」
( ФωФ)「いいもーん、泥棒になる前に死刑になるもーん」
172
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/10/03(金) 21:38:35 ID:/I8YLJN20
(゚、゚トソン「というかシルクロードからやってきた奴隷商人が今時いるわけないでしょう」
(゚、゚トソン「もうちょっとリアリティのある設定にしないとネットで親の仇みたいにぶっ叩かれますよ」
( ФωФ)「我輩、全然リアリティのない処刑方法で明日死ぬみたいなんだけど……」
(゚、゚トソン「まあ、ギロチンは元来人道的な処刑方法とされてきたわけですし」
(゚、゚トソン「これを機に、死刑の方法が変更されるかもしれませんよ」
( ФωФ)「……ま、どうなろうと我輩の知る由もないのだが」
(゚、゚トソン「まあ、普通は死刑になんかなりませんしね」
( ФωФ)「やっぱりどうして我輩が死刑にされるのか、サッパリ納得いかんのだが」
(゚、゚トソン「知りませんよ。わたくしに残業代を払わなかったからじゃないですか」
( ФωФ)「それならもっと残虐な死に方をすべき奴がいるだろうに」
173
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/10/03(金) 21:41:22 ID:/I8YLJN20
(゚、゚トソン「……あ、もうそろそろ十一時ですよ。睡眠のお時間です」
( ФωФ)「やだ、今日は寝ない」
(゚、゚トソン「どうしてですか? 眠れないならビールとマイスリーでも飲みますか?」
( ФωФ)「そういうことじゃなくてだな。無理にでも寝ないといけないわけじゃなくてだな」
(゚、゚トソン「スタンガン、使います?」
( ФωФ)「それは睡眠ではなく気絶だ。というか、どうしてそこまで寝かせたがる」
(゚、゚トソン「だって、一応仕えている身ですから、ご主人様が寝てくれないとわたくしも眠れないじゃないですか」
( ФωФ)「……眠いの?」
(゚、゚トソン「わりと」
( ФωФ)「別に先に寝てもかまわないが」
(゚、゚トソン「あ、はい。じゃあお疲れーっす」
( ФωФ)「やだ! 行かないで!」
(゚、゚トソン「なんなんですか、かなり鬱陶しいタイプのメンヘラみたいなこと言って」
( ФωФ)「分かりそうなものだろう。何が悲しくて死を迎える夜をメイドにまで見放されないといけないのだ」
(゚、゚トソン「分かりましたよ。イヤイヤいますよ」
(゚、゚トソン「イヤイヤですよ」
( ФωФ)「……もう、別にそれでいいから」
174
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/10/03(金) 21:45:00 ID:/I8YLJN20
(゚、゚トソン「現実逃避したいなら、せめてお酒でも飲みますか?」
( ФωФ)「そうだな……最高級のやつを頼む」
(゚、゚トソン「はい」
、゚トソン,,, テテテ
( ФωФ)「……やれやれ、なんだか雰囲気が出ないな。しかし、こういうときはどういう心持ちでおればいいのやら」
( ФωФ)「我輩もメイドを雇える程度には財をなしたのだ、せめて今夜ぐらいはリッチに過ごしたい……」
トトト ,,,,(゚、゚トソン
( ФωФ)「変な戻り方だな」
(゚、゚トソン「顔の構成上仕方ないんです……はい、どうぞ」
( ФωФ)「おお、すまないな。なるほど、これか。我輩の持つ最高の酒はキンキンに冷えたこのクリアアサヒ」
( ФωФ)「……」
( ФωФ)「クリアアサヒやん」
(゚、゚トソン「ええ、最高級ですね」
( ФωФ)「ビールどころか発泡酒ではないか」
(゚、゚トソン「まあ、正確には発泡酒ですらない、第三のビールですね」
(゚、゚トソン「でもそれ、ただのクリアアサヒじゃないんですよ。ちゃんとラベルを読んでください」
( ФωФ)「……くりああさひ、ぷらいむりっち」
(゚、゚トソン「最高級のコクですよ」
( ФωФ)「我輩はこんなセブンイレブンみたいな煽り文句では騙されないぞ」
175
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/10/03(金) 21:48:13 ID:/I8YLJN20
(゚、゚トソン「なんなんですか、じゃあバーリアルに取り替えますか?」
( ФωФ)「いやもう、これでいい……というか何でもいい」
( ФωФ) プシュ
( ФωФ) グビリ
( ФωФ)「……あー、美味い」
(゚、゚トソン「ははは、貧乏舌ですね」
( ФωФ)「とりあえずこういうことでも言うておかないとやっておれんだろうが!」
(゚、゚トソン「ご同情いたします……わたくしも頂いてよろしいでしょうか?」
( ФωФ)「ああ、いいぞ構わん。どうせ最期の夜なのだから」
(゚、゚トソン「では失礼して……」
(゚、゚トソン キュポン
(゚、゚トソン トットットッ
(゚、゚トソン「おっとっと、口から迎えにいかなあかん口から」
( ФωФ)「……トソン」
(゚、゚トソン クイッ
(゚、゚トソン クゥーッ
(゚、゚トソン「……はい? 何か言いました?」
( ФωФ)「何飲んでるの、それ」
(゚、゚トソン「森伊蔵ですけど」
176
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/10/03(金) 21:51:59 ID:/I8YLJN20
( ФωФ)「……」
(゚、゚トソン「カァーッ、やっぱりこの味わいは格別ですねえーっ」
( ФωФ)「あのね、トソン、よくきいて」
( ФωФ)「我輩もまあ、そこまでお酒に詳しいわけじゃないけれども」
( ФωФ)「それでもね、クリアアサヒより森伊蔵のほうが高級なことぐらいは分かるの」
(゚、゚トソン トットットッ
( ФωФ)「だからね、今この状態は主従関係が逆転してるというか」
(゚、゚トソン クイッ
( ФωФ)「なんか専用のお猪口まで用意してるしね。我輩そんなのあるって知らなかったんだけど」
(゚、゚トソン クゥーッ
( ФωФ)
(゚、゚トソン
( ФωФ)「……おいしい?」
(゚、゚トソン「わたくし、芋焼酎って苦手なんですよね」
( ФωФ)「怖いよ! もうアタシアンタの考えが全然わかんないよ!」
177
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/10/03(金) 21:55:32 ID:/I8YLJN20
(゚、゚トソン「なんですか、最後の夜に森伊蔵の一つぐらい飲んじゃいけないんですか!」
(゚、゚トソン「寝る子は育ちますけど寝る焼酎は適切に保存しないと味を損なうんですよ!」
( ФωФ)「え、何この我輩が怒られてる感じ」
(゚、゚トソン「だからわたくしは無理してでもこの森伊蔵を一晩で飲みきろうという魂胆でこの日を待ち望み……」
( ФωФ)っ
(゚、゚トソン「……」
( ФωФ)っ
(゚、゚トソン「何ですか、そのはしたないお手々は」
( ФωФ)「あー、冥土の土産に森伊蔵の味を憶えていきたいなー」
( ФωФ)「って」
( ФωФ)っ
(゚、゚トソン「お手々がそう仰ってる?」
( ФωФ)「うん」
( ФωФ)「我輩じゃなくて、我輩のお手々がね」
( ФωФ)「これはもうどうしようもないな」
( ФωФ)っ
(゚、゚トソン「はいはい、いけないお手々ですねー、まずは伝達神経を切りましょうねー」
( ФωФ)っ
( ФωФ) スッ
178
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/10/03(金) 21:58:44 ID:/I8YLJN20
(゚、゚トソン「もう分かりましたよ、ご主人様のコップ持ってきますから」
( ФωФ)「なんで我輩だけコップなのだ。せめてお猪口を用意したまえ」
(゚、゚トソン「言うこと聞かないならその缶の中に入れてチャンポンしますよ」
( ФωФ)「……どうせ新しいお猪口を探すのが面倒とかそういうやつだろう」
(゚、゚トソン「ははは、わたくしはメイドですよ。そういう家事を嫌がってたら仕事にならなその通りです」
( ФωФ)「分かったから、そのお猪口で飲ませてくれ」
(゚、゚トソン「えっ」
( ФωФ)「何だ。我輩も焼酎をお猪口で飲む権利ぐらいはあるだろう」
(゚、゚トソン「でもこれ、わたくしが使いましたよ」
( ФωФ)「うむ、それがどうした」
(゚、゚トソン「キッスですよ」
( ФωФ)「ん?」
(゚、゚トソン「間接キッスです」
( ФωФ)
(゚、゚トソン
(゚、゚ポッ
( ФωФ)「何を突然髪型を変えておるのだ」
179
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/10/03(金) 22:01:18 ID:/I8YLJN20
( ФωФ)「なーにが間接キッスだ生娘かキミは」
(゚、゚トソン「この際わたくしが生娘かどうかなんてどうでもいいんです、ご主人様こそ何ですか」
(゚、゚トソン「最近ちょっと太ったじゃないですか」
( ФωФ)「そっちのほうがどうでもよかろう」
(゚、゚トソン「忘れたんですか。高校生ぐらいまでは、男女で間接キッスなどしようものならえらいことでしたよ」
(゚、゚トソン「周囲から煽られ囃され、一日や二日は思い出して夜も眠れぬ思いをするもんです」
(゚、゚トソン「ましてやわたくしのような陰気なグループが間接キッスなど考えられもしなかったのです」
(゚、゚トソン「それが! 大学に入った途端! あーあ、入っちゃった途端!」
(゚、゚トソン「男女間の回し飲みなど当たり前、むしろやらないと空気読めないみたいになっちゃうんです!」
ダン!!o(゚、゚トソン
(゚、゚トソン「どないなってますねや!」
( ФωФ)「なんだ、よく分からんがトソンは間接キッスにトラウマでもあるのか」
(゚、゚トソン「その間に何があったんですか! 高校生も大学生も肩書きが変わっただけでしょうが!」
(゚、゚トソン「学生と生徒の違いですか! 学歴があっても仕事がない人だっているんですよ!」
ダムダム!!o(゚、゚トソン「通話し放題とか要らんから基本料金を安くしなさい!!」
( ФωФ)「……まあまあ、口上はその辺にして一杯」
(゚、゚トソン「てやんでいべらぼうめい」
( ФωФ)トットットッ
(゚、゚トソン グビーッ
(゚、゚トソン「っとくらあ」
180
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/10/03(金) 22:04:35 ID:/I8YLJN20
( ФωФ)「……もしやトソン、酔っておるのか?」
(゚、゚トソン「何を仰ってるんですか、東京特許許可局バスガス爆発、ね」
( ФωФ)「……」
( ФωФ)「そう言えば思い出したぞ、確かアレはトソンが二十歳になった誕生日のことだった」
( ФωФ)「成人の祝いにと思って、我輩はトソンに割と度数の低いワインを振る舞ったのだった」
( ФωФ)「そうしたらどうだろう。キミは最終的にその内容量の七割ぐらいを吐き戻してしまったのだった」
(゚、゚トソン「ははは、いつまでも同じトソンだと思わないでくださいませ」
(゚、゚トソン ウップ
(゚、゚トソン「あれから幾月、このメイドはしっかりと成長してまいりました」
(゚、゚トソン ウェ
(゚、゚トソン「ですから」
(゚、゚トソン オェェ
(゚、゚トソン「わたくしの心配などなさらず」
(゚、゚トソン シュウェップス
(゚、゚トソン「どうか飲み明かして」
(゚、゚トソン ゲロルシュタイナー
( ФωФ)「……何でもいいが、吐きそうなら早めに洗面所へ行くのだぞ。あの時は後始末が大変だったのだ」
(゚、゚トソン「大丈夫ですから」
( ФωФ)「大丈夫じゃないんだ、カーペットとかが」
181
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/10/03(金) 22:08:05 ID:/I8YLJN20
(゚、゚トソン「どーせ明日には我が家でも何でもなくなるんですからいいんですよー、別に」
( ФωФ)「……サラリとグサリと言いおる」
( ФωФ)「……はて、そう言えばトソン、キミは明日からどういう身分になるんだ?」
(゚、゚トソン「ふぁい?」
(゚、゚トソン「ああ。電話で聞きましたよ。私にも何らかの処罰が下るそうです」
( ФωФ)「……何と、キミにも」
(゚、゚トソン「ええまあ、これでも一応ご主人様の付き人ですからねえ」
(゚、゚トソン「といっても、せいぜい二、三年の懲役で済むそうですけれど」
( ФωФ)「そうか」
( ФωФ)「それは……何というか、悪いことをしたな」
(゚、゚トソン「いいんですよ、どうせ虚しい人生です」
(゚、゚トソン「とばっちりですけど全然気にしてません」
(゚、゚トソン「たまたま働いてただけで完全なるとばっちりですけど全く」
(゚、゚トソン ハァ
( ФωФ)「……なんかすっごく悪い気がしてきたから、森伊蔵飲んでいいよ」
(゚、゚トソン「いいんですか? これ以上飲ませても」
(゚、゚トソン「最期の夜をゲロ掃除で終わらせます?」
( ФωФ)「……まあ、なんだ。水でも飲みたまえ」
182
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/10/03(金) 22:13:47 ID:/I8YLJN20
(゚、゚トソン「ご主人様の前で不躾ですけどちょっと横になりますね」
( ФωФ)「ああ、好きにしたまえ」
(゚、゚トソン「じゃあちょっとどいて」
( ФωФ)「はい」
(゚、゚ゴロン
( ФωФ)「別にそういう表現はしなくてよろしい」
(゚、゚トソン「ああー、こんなに飲んだのは新歓以来ですよ。自分の限度はちゃんと知っておくべきですね」
( ФωФ)「……そう言えば、トソンは十九でここへやってきたが、それまでは何を?」
(゚、゚トソン「何をって……普通に大学生やってましたけど」
( ФωФ)「おかしいな、ここでの仕事は殆ど住み込みで、大学へ通う暇は無かったと思うが」
(゚、゚トソン「だーかーらー、大学をやめてどーしよーも無いときにフロムエーでここの仕事を見つけたんですよ」
( ФωФ)「やめたというのは、またどうして?」
(゚、゚トソン「やたら訊いてきますね。掘り返しても萌えるエピソードなんか出てきませんよ」
( ФωФ)「主人がメイドの出自を知ったって構いはするまい」
(゚、゚トソン「はあ、なんかまともなこと言われた気がして腹が立ちます」
(゚、゚トソン「……」
(゚、゚トソン「わたくしは、オタサーの二番手でした」
( ФωФ)「む?」
183
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/10/03(金) 22:17:12 ID:/I8YLJN20
(゚、゚トソン「いいえ、最初は姫だったんです。こんなわたくしでも、ほら、そういう立ち振る舞いをすれば簡単に」
( ФωФ)「どういう立ち振る舞いだ」
(゚、゚トソン「ご主人様以外はだいたい分かると思いますから割愛します」
(゚、゚トソン「とにかく、わたくしは大学に入って数ヶ月間、間違いなくオタサーの勝ち頭だったんです」
( ФωФ)「……」
(゚、゚トソン「しかしまあ……所詮は顔と色気ですね。立ち振る舞いだけじゃどうしようもありません」
(゚、゚トソン「遅れて入部してきたオタサーの真の姫を前にして、わたくしは呆気なく敗北してしまったのです」
(゚、゚トソン「ああ、その瞬間にわたくしはオタサーの二番手、いや、オタサーの敗戦処理になってしまったのです」
(゚、゚トソン「来る奴は皆その真の姫への恋に敗れたものばかり……」
(゚、゚トソン「わたくしは、いつしかそういった男達のセットアッパーになっていたのです」
(゚、゚トソン「ああ、嘗てのエース級の活躍も虚しく……その絶望の余り、わたくしは大学をやめたのです」
( ФωФ)「……」
( ФωФ)「トソン」
(゚、゚トソン「はい?」
( ФωФ)「キミ、野球のこと割と知ってるんじゃないかね」
(゚、゚トソン「……」
(゚、゚トソン「あ、しまった、キャラ間違えた」
( ФωФ)
(゚、゚トソン
(゚、゚テヘペロ
( ФωФ)「やめろというに」
184
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/10/03(金) 22:20:20 ID:/I8YLJN20
(゚、゚トソン「まあー、なんだっていいじゃないですか。どーせ明日にはおシャカですよ」
( ФωФ)「そんな無駄口を叩いている間に、日付が変わってしまったようだが」
(゚、゚トソン「処刑はゴールデンタイムに行われるそうなので、まだ猶予は十分にありますよ」
( ФωФ)「視聴率取る気満々ではないか。スポンサーは何を考えておるのか」
(゚、゚トソン「いえいえ、NHKです。ためしてガッテンを潰してやるそうです」
( ФωФ)「全国のおじいちゃんおばあちゃんが悲しむぞ」
(゚、゚トソン「そんなことはいいんですよ。ご主人様、わたくしは未だ防御率0.00です」
( ФωФ)「最早野球に疎いのを隠す気もなくなったな」
(゚、゚トソン「つまりですね、私は生娘なんですよ!」
( ФωФ)「そんなこと唐突に宣言されてもご主人困る」
(゚、゚トソン「だからですね」
チョイチョイδ(゚、゚トソン
( ФωФ)「?」
δ(゚、゚トソン「こいよ」
( ФωФ)「何そのファイティングポーズ」
185
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/10/03(金) 22:24:07 ID:/I8YLJN20
(゚、゚トソン「私は生娘だけれど性知識はそこそこあるエロ漫画によくあるタイプの都合の良い女の子です」
( ФωФ)「森伊蔵片手に言う言葉か」
(゚、゚トソン「まあ、大学に行けばみんなそうなりますよ。ですから」
δ(゚、゚トソン「この私を腕尽くで押さえ込めたなら、今宵ご主人様にパラダイスが訪れますよ!」
デン!!o(゚、゚トソン
o(゚、゚トソン「ほんまもんのメイドプレイでっせ!」
( ФωФ)「……なに、力尽くで?」
シュッシュッo三(゚、゚トソン
( ФωФ)「……まあ我輩も齢はそこそこ重ねておるものの、まだ女子に負ける気はせん」
( ФωФ)oバン!!
( ФωФ)「よかろう、その挑戦受けて立とうではないか!」
( ФωФ)「いずれ今晩にはあの世にいるのだ、今更タイマンなんぞ怖れるものか」
( ФωФ)o「やったろやないかい!」
(゚、゚トソン「何や、やるっちゅうんかぁ!」
( ФωФ)o
(゚、゚トソン
( ФωФ)
o(゚、゚ゴゴゴ
ФωФ)
ФωФ)「ごめんなさい」
186
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/10/03(金) 22:27:29 ID:/I8YLJN20
( ФωФ)「いや……そういうのはよくない、よくないな。そんなんガチ喧嘩からの和姦とか描写できないし」
( ФωФ)「なんかよく分からないけどこのメイド、そこそこ強そうだし」
(゚、゚トソン「あ、ちょっと待ってください。部屋から釘バット持ってきます」
( ФωФ)「やめて! やらないって言ってるでしょ!」
(゚、゚トソン「もー、ご主人様の腰抜けヘタレクソ野郎」
( ФωФ)「あー……えへん、そういうのはだな、大事な人のためにとっておきなさい」
(゚、゚トソン「釘バットですか?」
( ФωФ)「違う違う」
(゚、゚トソン「大丈夫ですよ。どっちにしても負けるつもりはなかったので」
( ФωФ)「最早ただの計画殺人ではないか」
(゚、゚トソン「だってー、どっちがいいです? ギロチンと釘バット」
( ФωФ)「……たぶんギロチンのほうが即死出来るからギロチンで」
(゚、゚トソン「はぁ……そうですか。じゃああとで業者に返品しておきます……」
( ФωФ)「どこの業者が釘バットなぞ売っておるんだ」
(゚、゚トソン「メイドですからね、何でも知っております」
( ФωФ)「もうちょっとご主人様に役立つ情報を仕入れておいてくれはしないものか」
187
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/10/03(金) 22:30:16 ID:/I8YLJN20
(゚、゚トソン グビーッ
(゚、゚トソン「ってかぁ」
( ФωФ)「トソンよ、そろそろ我輩にも森伊蔵を飲ませてくれないか」
(゚、゚トソン「え、まだ飲んでませんでしたっけ」
( ФωФ)「うん、なんか話が脱線しすぎてて我輩も忘れてた」
(゚、゚トソン「でもこれもう、空になりましたけど」
( ФωФ)「……」
(゚、゚トソン「はぁー、やっぱり慣れない酒は上等でも美味しいとは感じませんねえ」
(゚、゚トソン ウィー
( ФωФ)「……はぁ、まったく踏んだり蹴ったりだ」
(゚、゚トソン「あれ、ご主人様、落ち込んでらっしゃいます?」
( ФωФ)
(゚、゚トソン「大丈夫ですよ、ほら、私がいるじゃないですか」
( ФωФ)「我輩を踏んでるのも蹴ってるのもトソンなのだが」
(゚、゚トソン
( ФωФ)
(゚、゚ソンナコトイワレテモウチポンデライオンヤシ
( ФωФ)「伸びすぎ、髪の毛伸びすぎ」
188
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/10/03(金) 22:33:20 ID:/I8YLJN20
(゚、゚トソン「そうは言いますけどね、いないよりはマシだと思いましょうよ」
( ФωФ)「……まあ、今宵に限ってはそうかもしれないな」
( ФωФ)「こうやって馬鹿な話をしていた方が、気も紛れて些か楽になる」
(゚、゚トソン「でしょう。例えご主人様があと一日もしないうちにギロチンで首チョンパになって」
(゚、゚トソン「でもなんかよく分からないけど多少意識は残ってて死ぬ間際に酷い痛みに襲われて」
(゚、゚トソン「それで気絶してしまいそうだけどよく考えたら気絶イコール死だという事実に気付いて」
(゚、゚トソン「恐怖のあまり首だけになってももんどり打って悶えて痛みと絶望の中死んでいくとしても」
(゚、゚トソン「こうやって話をしていたら、あんまり思い出さないでしょう」
( ФωФ)「最早わざとらしすぎてツッコミも思い浮かばん」
(゚、゚トソン「さて、そんなご主人様にわたくしからのささやかなサプライズがあります」
( ФωФ)「なんだ、まさか処刑の時間が朝の九時からとか言うんじゃないだろうな」
(゚、゚トソン「何を言ってるんですか、そんなわけないじゃないですか」
(゚、゚トソン「世間様はお仕事のお時間ですよ」
( ФωФ)「そんな別に、リーマンの帰宅を待って行うものでもなかろうに」
(゚、゚トソン「はい」
トン□(゚、゚トソン
189
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/10/03(金) 22:36:42 ID:/I8YLJN20
( ФωФ)「……何だ、これは」
(゚、゚トソン「わたくしのクッソ安い賃金の中から購入しておいたプレゼントです」
(゚、゚トソン「いわゆる、冥土の土産ですね」
( ФωФ)「メイドだけに?」
(゚、゚トソン「あ?」
( ФωФ)「すいませんでした」
( ФωФ)「……で、中身は?」
(゚、゚トソン「開ければ分かりますよ」
( ФωФ)
(゚、゚トソン
( ФωФ)「……」
(゚、゚トソン「なんですか」
( ФωФ)「今、我輩の頭の中をイヤな想像ばかりが駆け巡っているのだが」
(゚、゚トソン「なんですか、こんな時にふざけたマネをするメイドだとでも思っているんですか」
( ФωФ)「むしろどう考えればキミを実直なメイドに見えるのか教えてほしい」
(゚、゚トソン「大丈夫、開けても死にはしません」
( ФωФ)「……」
( ФωФ)□パカッ
190
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/10/03(金) 22:40:22 ID:/I8YLJN20
( ФωФ)
( ФωФ)「これは……酒器、か」
(゚、゚トソン「お猪口でいいじゃないですか」
( ФωФ)「しかしこんなもの、いったいどうして?」
(゚、゚トソン「だから言ってるでしょう、冥土の土産だって」
( ФωФ)「そうか……」
( ФωФ)「てか、そのお猪口は?」
(゚、゚トソン「あのですね、普段ご主人様はあんまりお酒を召し上がらないでしょう」
(゚、゚トソン「このお猪口、私のなんですよ。嫁入り道具的な」
( ФωФ)「何故住み込みのメイドがお猪口をぶら下げてやってくるのだ」
( ФωФ)「しかし……確かに、そのお猪口を我輩が好んで購った憶えはないな」
(゚、゚トソン「でしょう。ですからこれは、やっすいやっすい賃金でやっすいやっすいオークションで落としたやつです」
( ФωФ)「……」
( ФωФ)「すまないな、受け取っておこう」
(゚、゚トソン「それで、最期の一杯を愉しんでください」
( ФωФ)「……」
( ФωФ)「さっき全部呑んだって言ってなかった?」
(゚、゚トソン「あ」
191
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/10/03(金) 22:43:54 ID:/I8YLJN20
(゚、゚トソン「……はっしまったもうこんなじかんだまじめなめいどはもうねなくては」
( ФωФ)「おいトソン」
(゚、゚トソン「随分酔いも回っておりますものですから……この辺で失礼します」
( ФωФ)「こらまて」
(゚、゚トソン「そのお猪口、大事に使ってくださいね」
( ФωФ)「使う機会を与えて!」
(゚、゚トソン「それでは失礼しますお休みなさいご主人様も早寝したほうがいいですよ」
(゚、゚トソン「せめて最期は健康体で逝きましょう、はっはっは」
、゚トソン.... テテテ
( ФωФ)「おいこらせめて後片付けを……」
、゚トソン「おつかれっしたー!」
<バタン
192
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/10/03(金) 22:46:29 ID:/I8YLJN20
( ФωФ)「……」
( ФωФ)「やれやれ、騒々しいメイドだ……。まあ、今夜はそれぐらいのほうが良いか」
( ФωФ)「それにしても、一応メイドなんだから酒瓶やらの後片付けぐらい……」
( ФωФ)「おや」
( ФωФ)「この森伊蔵、まだ少し残っておるではないか」
( ФωФ)「……」
( ФωФ)「せっかくだ、アイツの土産でいただくとしよう」
( ФωФ) トットットッ
( ФωФ)「ちょうど一杯分……」
( ФωФ) グイッ
( ФωФ)「……」
( ФωФ)「うむ、旨い」
( ФωФ)「それにしてもこの酒器……そこそこ値の張る代物に見えるが」
( ФωФ)「本当にオークションで安く落札できたのだろうか」
( ФωФ)「……いかん、頭が回らん。下戸の分際で、少々飲み過ぎたか」
( っωФ)「眠い……身体も重いな……」
( っωФ)「……」
( っωФ)「もうすぐ死ぬのか」
( っωФ)「最期の夜としては……良い夜だったのかも知れぬな……」
( っωФ)「あとは……阪神が……勝っていれば……」
( っωФ)「……」
193
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/10/03(金) 22:50:12 ID:/I8YLJN20
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・
<キィー
トトト ...(゚、゚トソン
( −ω−)Zzz
(゚、゚トソン「やっぱり……。こんなところで眠りこけてらっしゃる」
(゚、゚トソン「下戸なのに無理をするから……森伊蔵を鯨飲してたらどうなってたことか」
(゚、゚トソン「風邪引くかもしれないし……布団を……」
(゚、゚トソン「……いいか、どうせ明日までの命だし」
( −ω−)Zzz
(゚、゚トソン
( −ω−)Zzz
(゚、゚トソン「それにしても、目を閉じているとどのキャラだか区別のつかないお顔だ……」
194
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/10/03(金) 22:53:24 ID:/I8YLJN20
(゚、゚トソン「……あ、お猪口」
(゚、゚トソン「使ってくれたみたいですね、よかったよかった」
(゚、゚トソン「……」
(゚、゚トソン「もうすぐ誕生日だったんですけどねえ」
(゚、゚トソン「その前に処刑日が来るとは。まあ、なんとか渡せたし、いいけど」
(゚、゚トソン「……」
(゚、゚トソン「しかしまあ、いつ、どうやって死ぬかなんてわかんないものですねえ」
(゚、゚トソン「……」
(゚、゚トソン「ご主人様、まあそこそこ弄り甲斐があったし、それなりに楽しかったですよ」
(゚、゚トソン「……あとはもうちょっと賃金が高ければ」
(゚、゚トソン「ワーキングプアのメイドてどないやねん」
o(゚、゚トソン
o(゚、゚トソン「危ない危ない、またテーブルをぶっ叩いてしまうところでした」
(゚、゚トソン「まあ、そう簡単には起きなさそうだけど」
195
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/10/03(金) 22:56:28 ID:/I8YLJN20
(゚、゚トソン「さて、わたくしも寝るとしましょう」
(゚、゚トソン「明日は何時頃起こしたらよいですかねえ……」
(゚、゚トソン「……そうだ、人の心配ばかりもしてられないのでした」
、゚トソン... テテテ
、゚トソン「私も、刑務所で仕事頑張らないと……」
゚トソン「……あのお猪口、値が張ったせいで無理矢理分割払いにしてもらったんですから」
トソン「まったく……とんだとばっちりですよ」
「……それではご主人様、お休みなさいませ……」
「……せめて良い夢を……もう寝てますけどね」
<バタン
了
196
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/10/03(金) 22:57:09 ID:/I8YLJN20
次は10月4日の夜に投下します。
では。
197
:
名も無きAAのようです
:2014/10/03(金) 23:14:10 ID:hAQJrqJs0
乙
198
:
名も無きAAのようです
:2014/10/03(金) 23:19:51 ID:JngTArlA0
乙です。面白かった
終り方が好きです
199
:
名も無きAAのようです
:2014/10/04(土) 00:26:03 ID:Fj0HHqXI0
おつ
最初すげえいい話だったのにもってかれたわ…
ロマネスク続投はずるいw
200
:
名も無きAAのようです
:2014/10/04(土) 12:13:14 ID:MGWTzD9M0
おつ
201
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/10/04(土) 22:40:57 ID:7MBC76120
今日の投下は作者おねむのため明日に延期させていただきます。
なお、次回以降の投下スケジュールですが、
#8 10月05日夜
#9 10月06日夜
#10〜#11 10月08日夜
#12〜#13 10月10日夜
とし、終了予定に変更はありません。
ご迷惑をおかけいたしますが、今後ともよろしくお願いいたします。
202
:
名も無きAAのようです
:2014/10/05(日) 21:13:38 ID:GL/IGr6.0
三話分一気に読んだ。おつです
サンタの話はフィクションらしくて特に好きだなー
203
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/10/05(日) 21:50:51 ID:ecWgD/1k0
8.壁 20120727KB
※ ※ ※
貴方や貴方で無い誰かがこの文章の全てを否定してくれることを願って。
※ ※ ※
204
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/10/05(日) 21:53:13 ID:ecWgD/1k0
ヒッキーは口下手な奴でもう本当にどうしようもなかった。
おまけに天の邪鬼ときたものだから、彼はそもそも人と接触することを極端に嫌っていた。
例えば誰かが「調子はどう?」とお伺いを立てるとする。
そんな時のヒッキーの答えは大体こんな具合だ。
(-_-)「普通じゃないと思う。元気じゃないと言えばうそになるだけど、本人にそのつもりはないよ」
つまり面倒な奴なんだ。
しかしそんなヒッキーにも幾人かの友人がいた。
どんな世界にもヒッキーのように口下手で天の邪鬼な奴は一定以上蔓延っているものだし、
その手合いに限って群れたがったりもする。ヒッキーに近寄ってくるのも大抵そんな連中だった。
ヒッキーは、表面上そんな友人たちを煙たがっていたものの実際のところは随分と喜んでいたらしかった。
幸いにも小学校から大学まで学びを共にする友人もでき、
彼は不幸な孤独を感じないままに学生生活を終えることができた。
学生という身分を失う少し前、周りが就職活動とかいう訳の分からないゴマすりに必死になっていた頃。
ヒッキーは何もしていなかった。強いて言えばそれまでと同じ生活を続けていた。
だから彼は当然のごとく就職先を見つけることができず、結果卒業後は部屋へ引き籠るようになった。
ヒッキーと同じく口下手で天の邪鬼な奴らは労働の義務を果たすべく次々と働き口を見つけていった。
ある者は銀行員に、ある者はパチンコ屋の店員に、そしてある者はシステムエンジニアに。
自らの就職先を探し当てて余裕を得た者たちはヒッキーのことをやたら心配するようになった。
しかしそのたびにヒッキーはこう応じた。
(-_-)「問題ないよ。どうせ僕は人生に向いていないんだ」
それは、本心と虚栄の入り混じった、複雑な心境の吐露だった。
205
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/10/05(日) 21:56:49 ID:ecWgD/1k0
ヒッキーの両親は一人っ子の彼に醜いほど甘く接していた。だから彼はのびのびと引き籠り生活を謳歌できた。
家にいれば毎日きちんと三食を得られたし、必要最低限のプレッシャーすらも与えられなかった。
ところがヒッキーは天の邪鬼なものだから、
そんなぬるま湯の環境に人生の浪費とも言うべき強迫観念を感じてしまい、
本来ネガティブに出来ていた性根がますます暗くなってしまっていった。
鍵付きの彼の私室は不自由にも似た自由さがあった。
白っぽい壁に囲まれた部屋にはパソコンやベッド、
本棚など外界と遮断されるために必要な装備が十分に用意されていた。
生活力がないヒッキーが、たった一つ得意にしていたのが掃除であるものだから、
無闇に室内を侵犯されることもなかった。不自由と自由で混み合っている部屋の中で、
やがて彼は壁紙に油性マジックで適当な言葉を書き殴り始めた。
それは憂鬱なヒッキーにとって憂さ晴らしにもなったし、
日々増えていく言葉が彼に奇妙な達成感を与えるのだった。彼が書く言葉は、こんな具合だ――。
『人生が! 環状線のようにぐるぐると回り続けて!
周りの風景だけが我々を置いて日々変わっていくようなものであれば!
そして人生を終えてようやくどこの駅でもない線路の途上で立ち止まることが出来るのならば!』
206
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/10/05(日) 21:59:44 ID:ecWgD/1k0
ヒッキーの書きつける言葉にはいつも結論が欠落していた。
彼は先々のことを考えるのがとても苦手で、
だから自分の思いついた発想でさえも上手く終着点まで持っていくことが出来ずにいるのだ。
彼も時々は将来について考えを及ばせることがある。
しかしその度に上手く立ち行かないのだ。それは絶望でも諦観でもなく、ただただ漠然とした混乱だった。
ヒッキーの友人達は時々彼を気遣って休日に飲みに誘ったりしてくれる。
どうせするべきことなんて何も無いからヒッキーはその全てを承諾している。
実際に会ってみたところで状況が好転する要素は何一つ見つからない。
ただ互いの愚痴を投げつけ合い、愚痴の無いヒッキーは安っぽい酒で精神を濡らすばかり。
そしてそれから数週間経ってまた誘いが来る。承諾する、濡らす……
繰り返しであることには部屋の内側も外側も変わらない。
しかし時々、この誘いを全部断って友人との連絡を完全に遮ってしまうことを妄想する。
そうすると、何とも言えず背徳的な快楽を感じられるのだ。
ヒッキーは、友人達が何故未だに自分に優しくしているのか分からない。
もっとも、飲みに誘われること自体優しさであるともあまり思えてはいない。
しかし状況証拠だけ並べ立てればきっと彼らは情けをかけてくれているのだろう。
頭で理解するのは簡単だが心情としてはそんな全員を裏切ってしまうこともやぶさかでは無いと考えている。
全ての優しさを撥ねのけてしまったとき、何かが変わる気がするのだ。
友人も、両親さえも遮断してしまえばヒッキーは何にも依拠できなくなる。
そうすれば、人生は半強制的にヒッキーへ社会と向き合うよう脅かしてくるのでは無いだろうか。
誰かにその考えを披露したと仮定した際に、返ってくる言葉の種類は分かりきっている。
(´・_ゝ・`)「何も変わらない。むしろ悪くなるばかりだ」
大体こんな具合だろう。当然の忠告だ。
だからヒッキーは実行に移さず現状に甘んじている。
207
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/10/05(日) 22:02:31 ID:ecWgD/1k0
『誰も俺の頭をのぞいてはいないだろうね?
でも人間なんて大抵分かりやすい生き物だから、俺のことだってわかられてはいるんだよ?
ただ指摘するのが面倒なだけでさ?』
舐めたら泥の味がしそうな粘っこい雨が窓外を濡らしていたある日、ヒッキーは壁紙にこう主張した。
『爆撃の後には雨が降ると言ったのは誰だったか? 哀しい戦争の話!
それが真実であるならば、何故世界は延々と雨で濡れそぼっていないのだ?
今日だってどこかのベランダで誰かがロープを首に巻き付けているんだ、
それが戦争でないというなら、何故彼らは死なねばならない?』
ヒッキーは一度だけ、自らも死んでしまおうと剃刀を手にしたことがある。
それで手首を切りつけてしばらく待ってみた。どす赤い静脈血が目一杯溢れたが、やがて止まってしまった。
ヒッキーはいつまでも意識をまともに残したままだった。その時ヒッキーはほんの少しだけ涙を流した。
大泣きできるほどに、彼は死というものに対して本気では無かったのだ。
彼は積極的に生きようとも思っていなかったが衝動的に死ねるほどの消極さも持ち合わせていなかった。
208
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/10/05(日) 22:05:32 ID:ecWgD/1k0
こんなヒッキーにも一度だけ恋人が出来たことがある。
それは高校時代の話で、名前をミセリという女の子だった。
彼女もヒッキーに負けないぐらい捻くれた性格の女の子だったが、容姿だけは奇跡的に抜群だった。
そんな彼女が最初の異性体験にヒッキーを選んだ動機は今もって分からない。
しかし何れ明らかなのは、ミセリがヒッキーに告白をして、
ヒッキーもその時ばかりは正直に彼女の熱意を受け入れたという事実である。
純情に充ち満ちた日々は凡そ半年程度継続した。
ミセリは映画、特に古典とも呼ぶべき昔の洋画が大好きだった。
その話をしているときの彼女の目は純朴としか言えないほどに輝いていた。
ところがヒッキーには彼女の話の半分も理解することができなかった。
彼女に話を合わせてみようとモノクロ映画に数度挑戦したがいずれも挫折する。
こんなものの何が面白いのかが分からない……ヒッキーは欠伸混じりにそう考えるだけだった。
そのような違いが二人の関係に即効を示すわけでは無かった。
ある時ヒッキーはいつも通り皮肉っぽく、白黒映画が根本的に理解出来ないのだとミセリに告白したことがある。
その際の彼女の返答はこんな具合だった。
ミセ*゚ー゚)リ「別に貴方にそんなの求めてないわ。
それに、そういう考え方に相違があるのって、逆に素敵なことだと思わない」
ヒッキーはまるで救済されたかのような心持ちだった。
はにかんだように笑う彼女を真実愛おしいと考えた。
ヒッキーは、もう少しで自分の悪癖を完全に治癒することが出来ただろう。
209
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/10/05(日) 22:08:39 ID:ecWgD/1k0
しかし最早その機会は永遠に訪れるまい。半年間の蜜月の後にミセリはヒッキーに別れを切り出した。
ミセ*゚ー゚)リ「他に好きな人が出来たの」
(-_-)「何だよそれ、どんな奴?」
その質問に意味は全く無かった。
口調からも視線からも、ミセリが離別を決意しているのはヒッキーにさえ明らかだったのだ。
それでも訊かざるを得なかった。すると彼女は近所に住んでいる大学生なのだと答えた。
その人とは幼なじみのような関係で、大学では映画研究部に所属しているのだと。
その男とはどんな映画を話題にしても通じ合えるし、その時間が何よりも素晴らしいのだと。
貴男と話しているときよりも数倍充実した時間を過ごせるのだと。だから私は貴男より彼を選びたいのだと。
ミセリの滔々とした告白をヒッキーはただ無心に聴いていた。声が脳みその直上を掠めていくような具合だった。
(-_-)「そうなんだ」
ミセ*゚ー゚)リ「そうなの、ごめんね」
それはヒッキーが彼女から聞いた、最初で最後の謝罪だった。
210
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/10/05(日) 22:12:06 ID:ecWgD/1k0
そして二人は別れることになり、ミセリは少し年上の大学生と付き合い始めることとなった。
それが今でも継続しているのか、或いはありがちな形で崩壊してしまっているのかは分からない。
今やヒッキーの心に時々ミセリが浮上するのは、自らの人間不信がいつ頃始まったのかを考えたときだけだ。
彼女と別れてしまったという事実自体は然程尾を引く痛みでは無い。
ただヒッキーを苦しめているのは、彼女が自分に対してくれた救済の返答をいとも容易く覆してしまったことにある。
いや、彼女をして当初から嘘をつくつもりでミセリにそのような言葉をかけたわけではないだろう。
きっとその際には本心であったに違いない。
しかしどのような形かで幼なじみの大学生という存在が現出し、
その趣味嗜好が自らに合致するのだと悟った瞬間、彼女は心変わりを起こしてしまったのだ。
それは彼女にとっても驚愕の出来事であっただろう。
些細な芸術の端緒にも赤い糸が結びつけられている場合があるというだけの話だ。
誰が悪いわけでもない、誰にも罪はないのだ。
だからヒッキーの、この遣り場のない居たたまれなさも未だ脳内に滞留して時々姿を現せてしまう。
一連の経験がヒッキーをますます口下手に、ますます天の邪鬼にしてしまったのはまず間違いない。
しかし、だからといってヒッキー自身が現在、人生を擲ってしまっていることを他人のせいには出来ないだろう。
一生の中には大きな起伏を孕んでいる部分がある。それを学ぶべき良い機会だったのだ。
しかしヒッキーはいまいち自分の体験を消化できなかった。人生に向いていない……
その言葉が示す一端がそこにある。
過去に囚われて現在を浪費してもどうしようもないことが分かってしまっているから、
彼は今日も油性マジックで壁紙に、端数のような言葉を書き殴るのだ。
『人生は歩んでいくたびに自分がマトリョーシカであることに気付かされる!
年を取る度に殻を剥がされて、だんだん自分の存在が小さくなっていく!
だんだんだんだん、小さくなっていく!
それでも消えられない!
羽虫のように小さい何かが残り続けている!』
211
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/10/05(日) 22:14:20 ID:ecWgD/1k0
何時の日か、ヒッキーはこの壁面を埋め尽くしつつある言葉を使って小説を著わそうと思ったりもしている。
しかしそれが不可能であることも同時に悟っているのだ。
言ってみればここに記されているのは縫合も困難な傷口のようなもので、
どうしたって繋ぎ合わせられるものでは無い。
あまつさえ、どこにも結論が無いのだから物語を描いたところで如何様な結末も与えられない。
それでもいいのではないか、とヒッキーは考えてしまうのだが終わらない物語の苦痛について、
何日も何ヶ月も遂には数年近くも引き籠り続けているヒッキーはよく理解しているつもりだ。
死の苦しみを知った上で誰かを惨殺するほどには、彼は発狂できていない。
壊れてしまうにしてもそれはきっと内部の話で、外部に発散することは出来ないだろう。
そのような殺伐とした心情を表す言葉をヒッキーは知っている。
そしてその言葉は、壁のあらゆる所に鏤められているのだ。
『どうでもいい』
『どうでもいい』
時には迫真の態度で、時には消え入るような調子でそれは書かれている。
そして日々を越えるごとにその自暴自棄は深みを増しているような気がしている。
212
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/10/05(日) 22:18:02 ID:ecWgD/1k0
数年も経つと、自分を取り囲む壁の殆どが文字で埋め尽くされ、
最近では書き付けるスペースを見つけることさえ難しくなってきた。
そうなると、壁は違った側面を見せ始める。
そもそも、ヒッキーは壁に書き殴った言葉について、いちいちその時の記憶を保持しているわけではない。
だからそこに存在しているのは、自分の言葉でありながら自分の言葉で無いのだ。
数年前か、或いは数ヶ月前に書いた言葉は、しかし今の自分の思想と違えている部分はあまりない。
自分が進歩していないおかげで、壁はただ一方的に言葉を叩きつけられる存在から、
自らも言葉を投げ返す劣等なコミュニケーションの手段と化したのだった。
例えばヒッキーはその日、こんな言葉を書こうとした。
『無意味に人生が進められていく、今どの辺だ?
どこかにあるロープがそれを教えてくれるのかも知れない!
腐敗した頭を文字で書き表すのはもうたくさんなんだ!』
しかしそれに似た言葉はすでに用意されていた。
『どうせ死ぬ勇気も無い、死せるだけの手段もない!
それならば結局生きていくのだ!
無様に、無恥に、遺書の風体を装った文字を完成させることも出来ずに書き殴ってばかりで!』
壁そのものの存在自体、自分以外の人間にはどうでも良い程度のものであることぐらいは何となく理解出来ている。
そこにへばりついている言葉も含めて、他人にとっては空虚な面にしか映らないだろう。
ヒッキーにはそんな無意味さが、人生の全体に適用されている気がしてならない。
213
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/10/05(日) 22:21:37 ID:ecWgD/1k0
時々優しき友人が忠告と説教を綯い交ぜにした言葉をヒッキーにくれるのだ。
鬱病の人間に頑張れと応援してはならないなどと言う屁理屈で人生を浪費するつもりは無い。
しかしそれらの有り難いお言葉は結局ヒッキーの中で何にも干渉できず通過して言ってしまうのだ。
仮に干渉できたとして、ヒッキーは上手く消化できるだろうか。そんな筈がない。身が燃えるだけだ。
皮膚が徐々に焼け爛れていって積極的に死を死んでいくのを徒に早めるだけの結果を生む。
それは恐らく誰にとっても本意では無いのだ。
壁面の言葉がいくら数を増しても小説にならないのと同じように、
言葉が並べ立てられることには根本的に意味を持てない欠陥があるのだ。
それは本当の意味では人間を救わないだろうし、本当の意味で人間を変えられないだろう。
『だが本当の意味ってのは一体何なんだ?
それはどこかには実在しているものなのか?
俺たちが頭の中だけで勝手に考えているだけじゃ無いのか?』
その答えは、幾ら剃刀を腕にあてても出てこない。
『どうでもいい』
214
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/10/05(日) 22:24:22 ID:ecWgD/1k0
だからヒッキーは自らの頭がおかしくなったとも思わずに壁と会話することが出来るのだ。
無意味な人間と無意味な壁が、無駄に互いの許容し合える部分を探してぎこちない会話を繰り広げている……
それは、まるで世間そのもののように思える。何れ人間というものは、誰だって虚ろな壁に囲まれて生きているのだ。
それは存在と不在を繰り返し点滅させながら、都合良く自分たちを覆い隠してくれたりもする。
ただし、そのせいで他の誰をも信用に足らない。
誰の壁にもその内側は言葉に似た感情的な表現で埋め尽くされているだろう。
それらを少しでも解き明かそうとすれば果てしない徒労を必要とするだろうが、
わざわざそのような苦難を選ばずとも人生を進めることは出来る。
外側からその壁を見ても、結局は何も分からない。
だから過剰なまでに言葉を交わして互いを理解するよう務めなければならない。
それが人間という生き物のシステムであるし、利点でも欠点でもあるのだろう。
進化の過程に文句をつけたところでどうしようもない。
『頭では分かっているんだ、コンドームをつけてセックスをするなんて、きっと無駄以外の何者でもないだろう!
けれどそのチャンスがあったら飛びつくんだよ、きっと!』
だからヒッキーは人生に向いていないのだと断言できる。
無駄な思考が思考停止でしかないことを知っていながらなお思考を続け、
遂には空虚であるべき壁を具現化してしまったのだから。
215
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/10/05(日) 22:28:16 ID:ecWgD/1k0
ヒッキーは、壁の前だけでは饒舌になる。話が合うと分かりきっているからだ。
(-_-)「結局誰もが知っている筈なんだ。誰が好きこのんで人身事故を起こしていると思う?
彼らの身体が散らばっていくのを、目撃はしなくても想像ぐらいは出来るだろう。
彼らだって本当は死にたく無かったはずだ。けれど死なざるを得なかった。
そこには色んなプレッシャーや、責任感や罪悪感が渦を作っていて……
それで、結局どうしようもなくなってある日唐突に自殺を思い浮かべるわけだよ。
それを誰だって知っているだろう。この世の病だって分かっているんだろう?
その片鱗は、誰しもの内側に少しずつ書き込まれている筈なんだ。なのにどうしてこうなる?
なのにどうしてこうなってしまう?」
『臆病者ほど主張者でありたがろうとする、だが哀しいかな、そいつは臆病者にしか見えないんだ!』
(-_-)「僕にだって変わることの出来る機会はあったんだろうね。
今頃社会の一員としてバリバリと働いていた未来があったのかもしれない。
ミセリ……。畢竟、僕は何を怖れているのだろうか?
取り返しが付かないほどに、未来を亡失してしまっていることに今更絶望しているんだろうか?
それすらも分からない。僕はどうして自分がこんな気分になっているのかさえ理解出来ないんだ」
『ここに書かれる言葉の数々は全て無意識からふいと湧出したものであると宣誓する!
何を書いてしまっても自分は責任を持てないし、また書いたときの思考も全て忘却してしまうことを約束する!
だからどうか安心して欲しい!』
(-_-)「安心って、一体誰を安心させるんだ?」
『どうでもいい』
(-_-)「どうでもいいよな」
『どうでもいい』
216
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/10/05(日) 22:33:34 ID:ecWgD/1k0
自分のことなんて幾ら話しても話し足りない。
そしてその内容も、棺に入って燃やされるまで完結させられないのだ。
だから社会は空気を読んで一定の区切りをつけて口を噤む。そして相手の話を傾聴することも必要だ。
それは恩返しにも似た事前行為なのである。しかし壁の内側は常にそれ以上の言葉で溢れかえっている。
それが氾濫したとき、言葉は涙や声にならない叫びといったような抽象的な逃避手段に姿を変える。
壁面はほんの少しだけ整理されるが、まだ足りない。まだまだ足りない。
きっといつまでも、自分たちは自分たちの話に飽きることを知れずに一生を終えてしまう。
もしも魂が別の器に移されて新たな人生が始まるのだとしても、やることは前と変わらない。
或いは、言葉にする前に死ぬかも知れないが、いずれ満ち足りはしない。
(-_-)「どこかの国じゃ今こうしている間にも飢餓で苦しんでいる子どもが死んでいるそうだ」
『どうでもいい』
(-_-)「原発が事故ったら大変なことになるんだって。だから出来ればあれは使わない方がいいみたい」
『どうでもいい』
(-_-)「……そうなんだよ、結局何もかもどうでもよくなってしまうんだ。
手に負えない問題を取り扱うのって、結構骨が折れるんだよな。
自分一人が考え続けたところで何も変わらない。
それでいて、問題は相変わらず脳内に居座っているんだ。
ちょっとどいてくれと言ってもなかなか難しい。
思想なんて言うのは一種のファッションでさ、それをやってる間はちょっとハイな気分でいられるんだ。
浮き足立つとでも言えばいいんだろうか。自分自身の壁に、ちょっとした主張と言う名の糊塗が出来る。
よく見ればこの壁面にも……随分と社会的なことが書かれているじゃ無いか。
そいつらと会話したことは無いけれど、きっと正面から向き合ったらかなり気恥ずかしいんだろうな。
社会に出たことも無いものだから」
『うるさい! うるさい! やかましい! ちょっと自分の人生で忙しいんだ! 放っておいてくれ!』
(-_-)「奇遇だね、僕もなんだよ」
217
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/10/05(日) 22:36:28 ID:ecWgD/1k0
やがて自分はこの壁をも撥ね付けてしまう日が来るのだろうか、とヒッキーは些か恐怖している。
壁と話しているなんて事実は傍目からすれば決して格好のいい話では無い。
だからこの奇行を誰かに知られてしまったら、
その知った相手は確実にヒッキーを精神病院へ搬送しようとするだろう。
とは言え、そのような最悪の形でヒッキーが壁と離ればなれになってしまったとしても、
結局壁は暇無く彼を包んでいるのだから何も心配することは無いのかも知れない。
真実怖ろしいのは、壁と話が合わなくなってしまう瞬間だ。
内なる壁とのコミュニケーションが良好で無くなってしまったら、ヒッキーには最早何も残らない。
物語としての完成を見ないことが分かっている自らの言葉の横暴を赦せているのは、
そうやって紡ぎ出された言葉が少なくとも自分自身にとって意味を持っているからだ。
誰にとっても意味を失った言葉に一体どれほどの意味があるだろう?
『どうでもいい』
ちっとも、どうでもよくないのだ。壁が自ずからヒッキーを拒絶することはまず有り得ないだろう。
しかしヒッキーの心情によっては壁を撥ね付けることも壁に撥ね付けられることも十分にあり得る。
そしてその心情とやらがどんな風にして移ろってしまうのか、自分自身でも分かっていないのだ。
218
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/10/05(日) 22:40:04 ID:ecWgD/1k0
(-_-)「ミセリのことを憶えているかな。僕の人生が一番人生らしかった時間のことだよ。
彼女は今幸せなんだろうか。それとも相変わらず捻くれてしまっているのかな。
彼女にも……こんな壁があるのかな。
それにしても、僕はどうして今更彼女のことについて喋っているんだろうね。
本当は自分のことなんて、そんなに語れるものじゃないのかもしれない。
いや、怖がっているんだ……誰だって、人間関係の大半を放棄した僕でさえ、
個人的な秘密を口にするのはどうしても躊躇われる……
秘密なんてものが僕にあるのかは分からないけれど。
それでも、怖くて怖くてたまらないんだ。本当に必要で本当に大切なことは、
どうやったって言葉にはなりきれないんだろうか……」
『どうでもいい』
(-_-)「本当に?」
『どうでもいいと思えないなら喜ぶべきだろう!
生きる価値があると思えているんだから! 錯覚! 錯覚! 錯覚? 錯覚!』
再び剃刀を手にしたときも、やはりヒッキーは何も考えていなかった。
そして手首の血管に目がけて傷痕を残し、再び死ねないと悟ったその直後、
ヒッキーは号泣に近いほど声を上げて涙を流した。何かが限界まで膨らんではちきれそうだったのだ。
どれだけ泣き叫んでも彼の私室は無敵だった。誰も訪れなかった。
数時間かけて泣き尽くしたあと、ヒッキーはもう一度剃刀を手に取ったが、
今度は死への恐怖で腕に沿わせることすら出来なかった。
状況も心境も何も変わっていないはずが、行動だけ奇妙に変貌している。
それが喜ぶべき状態なのかヒッキーには判然としなかったが、彼は再び壁との会話を続けることとなった。
219
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/10/05(日) 22:43:18 ID:ecWgD/1k0
(-_-)「今度、また友達と飲みに行くんだ……
いや、まだ僕に彼らを友達と呼ぶ権利があるのかは分からないけれど……
そこでまた、この前の飲み会と同じような会話が繰り返されるんだよ。
そろそろあいつらも責任のある仕事をするようになってるから、ますますストレスは増えているだろうし、
溜め込んだ愚痴も爆発しかけてるんじゃないかな。
でも最終的に一番気遣われるのはやっぱりこの僕なんだろう。
そろそろ進退窮まっているからねえ。
だから死のうとしているというのはすごく真っ当な理由に聞こえるんだけど、
でも、実際はそういうわけでも無い気がする。
緩慢に自殺したいわけじゃ無く、衝動的に唾棄されたいんだろう。
でも、誰にもその違いなんて分からない。
僕にも分からないよ、結論が出ないんだから。
子どもの頃、死ぬことがすごく怖かった。
死んでしまったら暗くて寂しい場所に独りぼっちで放り出されるんじゃ無いかと考えてて、
夜中になるとそれを思って泣いたりもしたよ。
今だって、泣きはしないけど死ぬのは怖い。けれどああいう時ってどうしようもないんだね。
多分これからも繰り返されるんだと思う。そしてその度にきっと死ねないんだろう」
そしてヒッキーは壁の返答を探した。
出来れば『どうでもいい』以外の返事がよかった。
その時に見つけた、最も相応しいと思われる言葉はこうだった――。
『人生は途中で止められる!
環状線を一直線のように錯覚も出来るんだ!
しかしそれに気付いたときには、もうすでに人生を何周かしている!』
220
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/10/05(日) 22:48:23 ID:ecWgD/1k0
とある作家の言葉を思い出した。
『人生にご用心』……その通り、人生とはまるで麻薬のようなものだ。
その舞台上に立っているだけで何だか自分も延々と踊り続けられるような気がする。
しかしよくよく考えてみれば、人生と言う名のプランターで大麻を栽培しているのは他ならぬ自分自身なのだ。
絶望も、希望も、喜悦も、落胆も、結局のところマッチポンプの躁鬱に過ぎない。
時々薬が切れて気分が沈んだりもする。
ヒッキーはいつ頃からかそのような具合で、最早新しい大麻を栽培する気力さえ無い。
壁の言葉も結局は、薬が創り出した譫言に過ぎないのかも知れないのだ。
『だが全てを悟った風にしてどうする?
悟ることは本当に正しいことなのか?
悟ってしまった限り、もう二度と考えを変えられない、それでもかまわないのだろうか?』
ヒッキーは自分が死に向かって一直線に進行できるとは思っていない。
きっと漸近線を描くように、いつまでも死には辿り着けないのだ。
ありふれた若い妄想……しかしこの部屋で壁と対話している限りはそんな気がする。
老いてゆく自分の姿が想像できない。
脳の衰退と共に楽観的な気分で死を受け入れられるようになる自分が未来の何処かに存在しているとは思えない。
『ああ、また新しい朝が来ている……』
止め処ない思考はいつも次の一日へ漂着する。時間はヒッキーに後れを取ることも置き去ることもしない。
規則正しい工場の製造ラインのごとく、コンベアは一定の速度で彼を運び続けている。
そして人生にあらゆる部品を取り付けたりもするのだ。
ただしヒッキーを載せているラインは指令系統にバグが生じているらしく、
内部からの瓦解に対して適切なパッチが与えられていない。
『いや、そもそも最初からバグっていたんだ!
頭なんて持たなければ良かった!』
首の無い人間が街を歩いていたら、或いは誰かが慈しんでくれるかも知れない……。
221
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/10/05(日) 22:51:33 ID:ecWgD/1k0
誰かが自分を責め立てているような被害妄想が、常にヒッキーを襲い続けている。
それは自らの身分が責められても仕方ないほどに愚かなものであると自覚しているからであろうが、
だからといってその妄想に心を捩らせずに済むかというとそういうわけではないのだ。
人生に起きる大抵のことは、納得出来なくは無い。しかしそれとは関係無しに、精神が悖るのだ。
発狂しそうにすらなる。そうまでしても、まだ生きていようとするのだから人間というものは質が悪い。
だが、そういうものなのだ。
誰もがそのような妄想がそのうち払拭されることを知っている。
或いは払拭してくれる人の存在を心待ちにしている。
本気で絶望するというのは、案外体力が要るものだ。
ヒッキーを攻撃している何者かも、気が済んだら消え失せてくれるのかも知れない。
しかし、そうならなかった場合はどうするのか。きっと本気で絶望する以外の方策を探し求めるのだ。
ヒッキーは所詮脆弱な人間だから、その際には部屋を出て誰かに縋り付くこともやぶさかではない。
自分は結局のところ寂しさを拭い去ってくれる何かを求めているのだろうか?
ある時期にミセリがそうであったように、もしくは今でも少数の友人がそうであるように、
今腕を濡らしている僅かな静脈血のように、一瞬でも寂しさを忘れられる何かを欲して止まないのだろうか。
それが結論なのだとしたら随分と滑稽な道筋を歩んできてしまったものだ。
面倒な遠回りばかりしてきてしまった。
222
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/10/05(日) 22:54:58 ID:ecWgD/1k0
ヒッキーが所望しているのは抽象的な哲学への解答では無く、
リアリティに溢れた愛情でしかないのかもしれないのだ。それこそ、ラブストーリーで事足りるような……。
それはきっと、ヒッキーの人生を鮮やかにしたことだろう。
落涙する。今まで自分は何をやってきたのだろうかという、後悔よりも深い嘲笑。
だが、ヒッキーは今なお童貞のままだ。
世間的に見ればきっと彼は寂しさを払拭しようにも成し得られないように映るのだろう。
それは最早正しい。ホスピスは決して生への執着を推奨しようとはしないものだ。
錆び付いたコンベアの上で、ちょっと長く留まり続けてしまっていた。
人生は加速も逆行も出来ない不可逆性を持っているからこそ、諦めをつけられるのだ。
ヒッキーはもう一度同じ言葉を書いた。
『どうでもいい』
人生と、ミセリと、思考と、自分自身への正答だ。
とうの昔に判然としていた現実……容易い人間の容易い人生に対する、素っ気ない六文字……。
223
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/10/05(日) 22:57:58 ID:ecWgD/1k0
この部屋がサイコロの展開図のように切り開かれたら、と想像する。
壁が倒れて夕陽の酷い眩しさが自分の全てを覆ったときのことを考える。
それぐらい詩的な事態が発生すれば、自分に何らかの変異が生じるだろうか。
光は自分を成長させてくれるだろうか。いや、もうどうでもいい。
友人達がいずれヒッキーを見捨てても、ミセリが幸せに満ちた生活を送っても、何一つ自分に損害は無い。
実際にそうなってみないと分からない、という反論もあろうが、そもそも人生には決定的に実感が欠落している。
ミセリが別れを切り出したとき、自分はもう少し醜く恋慕を引き摺ってもよかったのかもしれない。
しかしそんな気分にはなれなかった。
テレビが映し出す圧倒的な不幸や孤独に対して衝動的に発憤してもよかったのかもしれない。
しかしそんな気分にはなれなかった。
だからもしも壁が開かれてこの姿が露わになったとしても、自分自身は然程慌てたりしないだろう。
望むなら剃刀を片手に顰蹙を買ってやってもいい。
その自暴自棄の具合ときたら、たぶんアダルトビデオに出演する乙女のようなものだ。
代わりに、自分自身も観察者として世の中を見渡せることだろう。
西日に差されて晒される社会とやらが、自分にはどう見えることか。
壁を失った世界がどれほど醜悪になることか。
そう考えると、ほんの少し楽しみだ。
しかし実際にそのようなことは起きないのだからやはりどうでもいい話なのである。
だから心配しないで欲しい。誰もが壁に守られているし、誰も互いの内側を覗き見ることは出来ない。
たとえ人生が、眩しすぎる太陽に照らされているのだとしても、その下で眺められる表面上の言葉は、大抵
『どうでもいい』
なのだから。
224
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/10/05(日) 23:02:23 ID:ecWgD/1k0
浮き上がって見える言葉に大した効力など無い。
死人の切断面すら、既に何かを塗布されている。生きている間も死んだ後も、何を思う必要も無い。
終着駅を探す自信が無いのなら、コンベアの上でただじっとしていればいい。
何れそれは最期の地点にまで連れて行ってくれることだろう。
意味など見出せないこの人生をいうものは、一見不治の病のように見えてその実麻疹のようなものでしかないのだ。
だから心配しないで欲しい。どうでもいいのだ。
『どうでもいい』
本当に、それしか言うべきことがない。
了
225
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/10/05(日) 23:04:42 ID:ecWgD/1k0
次は10月6日の夜に投下します。
では。
226
:
名も無きAAのようです
:2014/10/05(日) 23:24:22 ID:TVbcndFw0
おつ
本当によくここまで掘り下げれるなと思うわ
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