したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | |

血液型を保育に活用するのは差別か?

37ココ:2005/10/12(水) 11:22:52 ID:HcMwO68Q
違いが分からないのか。
「差別される本人」って、これはあなたの作文だろ?
当人は差別されていることに異を唱えているのだ、といっている。
この意味の違いが分からないのか?
そんなもの本人の自己決定にしたがうに決まってるだろう。

差別とは人権の侵害行為を指す言葉。現実に差別があれば、必ず侵害された個人が現実に存在する。
差別と断定するには、その人権侵害を立証しなければならない。よって、
「男の子は外で遊ぶ、女の子は中で遊ぶ(性別は遺伝子による)」
これに異を唱える者がいた場合、それを男女差を理由に妨げれば異を唱えた個人の遊び場所を選ぶ自由を妨げることになり人権侵害により差別。
「白人は数学、黒人は音楽(肌の色は遺伝子の違い)」
これに異を唱える者がいた場合、それを肌の色を理由に妨げれば異を唱えた個人の学ぶ自由を妨げることになり人権侵害により差別。
でいいのではないか。

38ココ:2005/10/12(水) 11:34:55 ID:HcMwO68Q
何を言っているか分からないと言われても、これまで述べてきたように差別と判定するにはそれなりの根拠を示すべき、ということだ。
それ以外言ってもいないことは分かってもらわなくてもよいのだし、特に質問に答える必要はあるまい。

>差をつける合理的な理由があるなら、差別ではないって言っているのです。
ちょっとニュアンスが違うのでは。
基本的に差別であることが大前提で、十分利益があるなら許される、だったよな。
それなら、差別が許されると解釈するしかないだろう。

「アカデミックな実証がなされたか」が要件?
差別の客観的な指標にならなかったのだから要件も何もない。蒸し返されても困る。

39ココ:2005/10/12(水) 11:51:08 ID:HcMwO68Q
>別に訴えられてもかまいませんし、むしろそうなったら、無自覚な遺伝子差別について周知が得られるのでむしろウェルカムです。

訴えられたら勝てると、差別をけしからんがホンキならば、勝てると確信があるなら、そちらから挑めば、それですぐに差別を止めさせることができるのではないか。それで園児が差別から救われるのでは。
おれに憎しみを抱くほど差別を憎む方々もどうだろうか。

>「個人を見ずに、その個人が属している集団(人種とか性とか国籍とか血液型とか)のみを見る」ことが問題なのだ

同じことだ、個々の事例を見ずに、遺伝子に関わる差・・・だから差別している、というのも問題なのだ。
具体的に差別の要件を見たいしているか事実関係で証明しないと差別と断定するのは問題。

40ココ:2005/10/12(水) 12:20:08 ID:HcMwO68Q
×具体的に差別の要件を見たいしているか事実関係で証明しないと差別と断定するのは問題。
○具体的に差別の要件を満たしているか事実関係で証明しないと差別と断定するのは問題。

>血液型で人事を決める企業を糾弾することもできなくなりますな。

人権救済がなされるためには当然社員の誰かが差別だという認識を持っていることが必要だろう。
差別は人権侵害(の一つ)  正しいのではないか。
人権を侵害された個人がいない差別は実在しない  正しいのではないか。
個人の人権が侵害されたことを立証できない差別は存在しない  正しいのではないか。

41ココ:2005/10/12(水) 12:40:24 ID:HcMwO68Q
>「阿部氏の個人的価値観に基づいて最善と考えられる保育を独善的に園児に押し付けて」いるではありませんか。
だからそれを予断ではなくだれにも分かるように実証したらどうなのだ。
ただ、パターナリズムを実証しても差別を実証したことにはならないがな。
科学的思考能力に難があると言いたいならそれを立証すればいいだろう。
おれとあなたが議論しているように相手と議論しなければ分からないこともあるのではないか。
それで阿部氏があなたのいう方がもっともだ、となればあなたにの主張が正しいことになるし、
だれもが阿部氏は間違っていたんだなと分かる。

42ココ:2005/10/12(水) 13:17:39 ID:HcMwO68Q
ここをご覧の人がどういう立場か分からないが、人権擁護法案には多くの問題が指摘されている。

>差別とは人権侵害(の一つ)、現実に差別があれば、必ず人権を侵害された個人が現実に存在する。
>差別と断定するには、その人に対する人権侵害を立証しなければならない。

上記のような、おれが主張する差別の要件の立証は必要とされず、たとえ、差別がこじつけでも、だれの被害も立証されなくても、委員会がそうだといえば差別となる。
差別の立証のあり方を適当に考えて、人権を守ることはいいこと、差別を取り締まることはいいこと、程度の浅い考でいると大変なことになる。

この危険性がいろいろいわれている。
・差別の誘発、助長と判断しただけで、立ち入り調査、証拠品の押収、事情聴取のための呼び出しなどの権限がある。
・委員の権限に限界がない
・国民の自由が大幅に制限される可能性をまったく制限していない。
・不服がある場合は、個人負担で裁判をするしかない
・えん罪の場合でも、委員会からなんの補償もされない
などなど、人権擁護法案の問題を解説するサイトは検索すればたくさんあるので読んでみてくれ。

43ミケ:2005/10/12(水) 13:42:24 ID:zcGeqzE6
横レス失礼します。

>差別の判定には根拠を示すべき

これはココ さんの言うとおりです。
が、NATROM さんら(一括りにしちゃってごめんね)は既にそれを行っています。

NATROM さんらの根拠
合理的な理由なしに属性によって扱いを違えることは「差別」である。(差別の定義)
件の保育園では、血液型を理由に対応が分けられている。
そして「O型はスキンシップを好む傾向が強い」という事実は科学的に証明されていない
→O型の子供にことさらスキンシップを与える合理的理由はない
ゆえにこれは差別である。

じつに単純明快に根拠が示されていると思います。
反論するのであれば、ポイントは上記の「差別の定義」にココ さんが同意するかしないか、
そして同意しないならそれはなぜか、ですよね。
あっちこっちに話を発散させず、↑この辺に論点を絞った方が良いと思います。>ココ さん。

もちろん、それはNATROM さんの質問にきちんと答えてからでしょうね。
ちなみに番号つきで質問されてるから、番号つきで答えた方が分かりやすいかと思います。

44ココ:2005/10/12(水) 13:52:04 ID:HcMwO68Q
科学的に証明されているかどうかが、差別の客観的絶対的指標ではない。
第一に、O型の子供が被害を受けたとする実態が明確でない。
被害実態の調査がされていないから分からないのである。
で、同意しない理由としてはよろしいのではないか。

45地下に眠るM:2005/10/12(水) 14:23:13 ID:mNTf8TUA
>「白人は数学、黒人は音楽(肌の色は遺伝子の違い)」
>これに異を唱える者がいた場合、それを肌の色を理由に妨げれば異を唱えた個人の学ぶ自由を妨げることになり人権侵害により差別。

おお、すげえ(驚愕
つまり、「異を唱える者」がいなければこれは差別ではにゃーとチミはおっしゃるわけね?


さて、「合理的理由」について
「人身の自由」ちゅうものがあって、これは人権の基本中の基本といっていいよね。
では以下のケースにおいて、それぞれは差別であるか差別ではないか、答えられるかにゃ?

A:犯罪を犯したものが拘束された場合。被拘束者は拘束を受容している。
a:犯罪を犯したものが拘束された場合。被拘束者は拘束を受容していない。
B:伝染病の患者が拘束された場合。被拘束者は拘束を受容している。
b:伝染病の患者が拘束された場合。被拘束者は拘束を受容していない。
C:血液型を理由に拘束された場合。被拘束者は拘束を受容している。
c:血液型を理由に拘束された場合。被拘束者は拘束を受容していない。
D:人種を理由に拘束された場合。被拘束者は拘束を受容している。
d:人種を理由に拘束された場合。被拘束者は拘束を受容していない。

僕はA〜bはすべて差別にはあたらないが、C〜dはすべて差別にあたると考えるにゃ。
合理的な理由があれば権利の制限をすることはやむをえないけど、合理的な理由がない権利の制限は人権侵害だよね。
また、本人が受容しているか否かは問題ではにゃーよな。
また、カガクは合理的理由を判断する際の理由のひとつ。
理由のひとつにすぎにゃーが、無視もできにゃーだろね。

46ココ:2005/10/12(水) 15:22:31 ID:HcMwO68Q
45へ
>合理的な理由がない権利の制限は人権侵害だよね。
確かにそういう場合もあるだろうが、だが一律に「合理的な理由」というだけでは不十分。
合理的な理由という言葉は抽象的なので、誰もが合理的と合意しているとは限らず、具体的な中身が個別に吟味される必要がある。

科学的な立証の有無は客観的絶対的指標にはなり得なかった。
これも個別に吟味され科学的な立証の有無が人権侵害とどう関わるかを立証する必要がある。

C〜dは、自由を制限されていない者が、拘束された場合であるな。
血液型または人種を理由に拘束される者が脅迫ではなく自由意志により拘束に同意していることが合理的な理由となる。(合理的な理由の中身)
よって、合理的な理由が認められる人身の拘束は差別ではない。そういう意味で、CとDは人権侵害ではない。
おれの差別とはの主張どおり合理的に説明できたのではないか。

47地下に眠るM:2005/10/12(水) 17:45:16 ID:mNTf8TUA
>血液型または人種を理由に拘束される者が脅迫ではなく自由意志により拘束に同意していることが合理的な理由となる。(合理的な理由の中身)

ぶわっはっはっはっはー(大笑い海水浴場
チミのいう「自由意志」ってなんなんだ?

自らの拘束を受容「させれば」、いかような理由で拘束しても人権の侵害にならにゃーということになるにゃんが。
んじゃ、続きね
E:血液型を理由に拘束された乳児・重度の知的障害者は拘束を受容した。彼らについては人権侵害ではないわけ?
F:特定の血液型は拘束されることが好きだという教育のもとに育ったものが、その血液型を理由に拘束された。被拘束者は拘束を受容している。これは差別ではないわけ?



あのな、チミの言うように「具体的な被害の立証」ができるのなら、損害賠償請求をすればすむことなのよ。
被差別者というのは一般的にいって社会的弱者でね、堂々と自らの損害を訴える機会が均等でないのが被差別者なの。
チミのは、いっつ・おんりー・強者の理屈

48地下に眠るM:2005/10/12(水) 17:50:17 ID:mNTf8TUA
言い方をかえるとね

・自由意志の発現を阻害するのが差別の重要な一側面である

ということになるわけ。
だから、自由主義においては差別は忌むべきものとなるわけにゃんな。

49地下に眠るM:2005/10/12(水) 17:58:46 ID:mNTf8TUA
連投スマソ

O型の子はスキンシップが好き、という馬鹿理屈のもとで教育されていた幼児が
「実は僕はベタベタ触られるのは好きじゃないんだよな
 AB型の子のようにほっといてほしいのに」と感じても
周りの大人にむかって「否」とは言いにくいということくらいわかんにゃーかね?
いや、そうした言語化すらできにゃーでストレスをためるだけだろうけどね。

この子は自由意志の発現を阻害されていることは明らかにゃんな。

・O型はベタベタされてうれしく感じなければならない

・黒人は劣等人種であることを受け入れなければならない

上記の両者はまるで同じ理屈にゃんけどな。
ま、ココ君によれば、自らが劣等人種と認めた黒人をどんなひどい扱いをしても、それは差別ではないらしいけどね(ぷげら

50ココ:2005/10/12(水) 21:25:22 ID:HcMwO68Q
47へ
>被差別者というのは一般的にいって社会的弱者でね、堂々と自らの損害を訴える機会が均等でないのが被差別者なの。
被差別者が一般的には社会的弱者であるというのは認めるとして、それがあらゆるケースで当てはめてよい訳ではない。そこに個々のケースを詳細に検討する必要があるのだ。
>48 自由意志の発現を阻害するのが差別の重要な一側面である
なるほど。勉強になる。ただ、それも万能の論理ではないし、個々ののケースで検討が必要。
>49 また作文か。あなたは我が子やそうでなければ親しい幼児の世話をしたことがあるのか。
親が自分の愛するこの子は抱っこが大好きだと思ってたとしよう。
だが、実はそれは子の振りではない、とどうしていえるのだ。実は、子は抱っこされるのは大嫌いだが、抱っこして欲しいというそぶりは親に嫌われたくない一心だっただけかもしれないではないか。
しかし、これが分かるのだよ、ちゃんと。それが人のコミュニケーション能力というものなのだ。
あなたの例え話はもちろん現実ではなし、現実世界に即してない。だからな、何が現実かを個々に知る必要があるのだ。

51ミケ:2005/10/12(水) 21:42:57 ID:zcGeqzE6
>被差別者が一般的には社会的弱者であるというのは認めるとして、それがあらゆるケースで当てはめてよい訳ではない。そこに個々のケースを詳細に検討する必要があるのだ。

このケースでは、園児vs.先生ですね。
このケースにおける被差別者とされてる園児は、十分に弱者だと思いますよ。
ここにココ さんが反論する意味はありません。

他にも議論において反論する意味のない反論(たとえその反論をNATROM さんや地下猫さんが受け入れても議論の筋道に何ら影響しない反論)がいくつか見受けられます。
例えば
>「合理的な理由」というだけでは不十分。
のあたりとか。

ココ さんへ
より効果的な反論をするため、反論する部分や内容を十分に検討することをオススメします。
そのために1日や2日、投稿の間が空いたとしても誰もモンクは言わないでしょうから。

52ミケ:2005/10/12(水) 21:51:16 ID:zcGeqzE6
>51
最後の部分ちょい訂正
より効果的な反論をするため→より効率的な議論をするため

反論するのを目的にしちゃダメだね。失礼しました。

53ココ:2005/10/12(水) 21:56:52 ID:HcMwO68Q
>51
園児が弱者であることに反論なんてしてませんが。
それに園児を被差別者とおれは決めつけてもてません。その妥当性を問うているのであって。
このスレは元とも横道にそれるような話にも用意されている。
あなたに掲示板の書き込みを制限したりする権利はない。評論はご自由に。

54ミケ:2005/10/12(水) 22:11:39 ID:zcGeqzE6
そういう考え方だからNATROM さんに、
「何が言いたいのか分からない」って言われちゃうんですよ。

掲示板てのは壁と話してるのではなくて相手がいるわけですから、
特に『議論』では、きちんと筋道立てて説明しなきゃダメです。
(説得するつもりがあるの?それとも言い負かしたいだけなの?)

ま、もともと議論するつもりがなくてただ相手の言うことを否定したいだけだというのなら、あなたのような発言態度でもいいんですけど、一応議論するつもりはあるんでしょ?

55ココ:2005/10/12(水) 22:19:39 ID:HcMwO68Q
横道にそれながらも当初の議論は忘れてないつもりだ。
NATROM さんへ
「遺伝子によって扱いに差をつけるのは差別。これが大前提。」この「大前提」だけは理解できない。
大前提の大は単なる強調として、前提であることを説明する論理があるのか?
神が存在するのは大前提、とかいっているのとは違う論理なのか。まあ違うのだろうな。
「利益が十分にあるのなら遺伝子によって差をつけることは許容される場合がある」
と言っているところを見ると、「遺伝子によって扱いに差をつける」のは、条件によっては差別であり、
また別の条件によっては差別ではない、ということだと思うが・・・。
こうも言っている。
「差をつける合理的な理由があるなら、差別ではないって言っているのです。」
と言うことは「遺伝子によって扱いに差をつける」こと自体は差別行為とは言えないと受け取るしかないのだ。

56谷庵:2005/10/12(水) 22:29:51 ID:htXvpXv.
>「差をつける合理的な理由があるなら、差別ではないって言っているのです。」
>と言うことは「遺伝子によって扱いに差をつける」こと自体は差別行為とは言えないと受け取るしかないのだ。

つまり、男女で浴場を別にするのであれば、男女で扱いに差を付けること自体は差別じゃないわけなのか。
なんか意地になってない?

57ココ:2005/10/12(水) 22:46:03 ID:HcMwO68Q
56へ「遺伝子によって扱いに差をつける」ことについて
「差をつける合理的な理由があるなら差別ではない」(NATROM)ということなら
「差をつける合理的な理由がないなら差別である」ということだろう。
意地になってる・・・。あなたならどう解釈するのか。谷庵さん。

58えめ:2005/10/12(水) 23:44:57 ID:lRcLUWbs
>>57
蕎麦アレルギー(遺伝かどうかは不勉強だが)の生徒に給食の蕎麦の代わりにうどんを与えたりするのは「差別」とは言わんだろう。
だが出身が大阪だからといって蕎麦の代わりにうどんを与えるのは明らかに差別だろう。
>>55
>「遺伝子によって扱いに差をつけるのは差別。これが大前提。」この「大前提」だけは理解できない。
遺伝子が人間の”価値”を決定する物質ではないからじゃないのかな。ヒトはヒトであることに於いて平等でしょう?
この前提に反論はありますか? 
しかし 遺伝病などにより、
「利益が十分にあるのなら遺伝子によって差をつけることは許容される場合がある」
のではないですか?(近親者同士の結婚が制限されているのも↑に当たるか?)

単純な話ですよね。違うかな?

揚げ足取りってーと「カーネルをじさん」を連想してしまう。

59ココ:2005/10/13(木) 00:13:27 ID:HcMwO68Q
>58
差別にならない例があるなら大前提というには不適切だろうと。
この意見、おれが言わなくても正しいだろ。そうでないと教義になるぞ。

60ミケ:2005/10/13(木) 00:57:20 ID:zcGeqzE6
教義じゃなくて定義ね。定義というものには例外がある。
例外があるから前提という言い方なんだと思います。

「〜というのが大前提」というのは、
ここでは「デフォルトでは〜」とか「基本的には〜」と同じ意味。
つまり「例外を除けば〜」ってことなので、差別にならない例(例外)があってもこの言い方は不適切ではありません。

61ココ:2005/10/13(木) 01:12:31 ID:HcMwO68Q
>60
こっちがデフォルトであっちが例外を誰が決めるのだろうか?
教義でなく定義なら合理的な理由があるはず。
「合理的な理由で遺伝子によって扱いに差をつける」がデフォルトなのか例外なのか。
「合理的な理由なしで遺伝子によって扱いに差をつける」がデフォルトなのか例外なのか。

62soft_tractor:2005/10/13(木) 01:23:21 ID:F/qXdn0E
えー、横レス失礼いたしやす。

>>61
えっと、こうじゃねえんでしたっけ?

「合理的な理由で遺伝子によって扱いに差をつける」と
「合理的な理由なしでは遺伝子によって扱いに差をつけない」

これまでの議論からすると、上が例外、下がデフォルト。


>「合理的な理由なしで遺伝子によって扱いに差をつける」
は論外。

63soft_tractor:2005/10/13(木) 01:27:09 ID:F/qXdn0E
すいやせん、訂正でやす。
>>62
×>は論外。
○>は差別にあたる。

どうも失礼しやした。

64ココ:2005/10/13(木) 01:45:52 ID:HcMwO68Q
>>62
そうじゃなくて・・・
「合理的な理由なしで遺伝子によって扱いに差をつける」ことは差別である。
(↑こっちが、大前提、基本、デフォルトということになっている。)
「合理的な理由で遺伝子によって扱いに差をつける」ことは差別ではない。
(↑こっちが例外、ということになっている。)
なのだそうだ・・・
では、なぜ「合理的な理由なしで・・・」の方がデフォルトとされているのか?
(教義でなく)定義なら合理的な理由があるはずだ、という疑問なのだ。

65ミケ:2005/10/13(木) 01:53:09 ID:zcGeqzE6
論理的な考え方をすれば、どっちがデフォルトでどっちが例外かは自ずと決まります。
片方を内包するのがデフォルトで、内包されてるのが例外です。

「合理的な理由があって遺伝子によって扱いに差をつける」(A)は、
「遺伝子によって扱いに差をつける」(B)に含まれます。

(B)であれば基本的には差別。
その論理で行くと(B)に含まれる(A)は差別だが、(A)は差別ではない。
この状態を例外と呼ぶんです。

66ココ:2005/10/13(木) 02:07:23 ID:HcMwO68Q
>>65
いくらなんでも、それはないだろう。
「合理的な理由ありで遺伝子によって扱いに差をつける」(A) 差別ではない
「合理的な理由なしで遺伝子によって扱いに差をつける」(C) 差別である
(A)も(C)も「遺伝子によって扱いに差をつける」(B)に含まれるのだが・・・。

67谷庵:2005/10/13(木) 04:26:43 ID:htXvpXv.
>>66
(B)から(A)と(C)を除くと何が残るの。

条件反射のようにレスするのは止めよう。
それから負けないための言い訳もね。

正直なところ、何を議論したいのかさっぱり分からない。

「合理的な理由なしで遺伝子(血液型なども)によって扱いに差をつける」→ 差別である

これで決まりじゃないの?
それとも(扱いに差を付けられた側が)差別されているという実感がなければ差別じゃないの?

68谷庵:2005/10/13(木) 08:23:03 ID:/.dKY7xE
「(B)から(A)と(C)を除くと何が残るの。」を削除します。
#66の意図を誤解していたようです。スマソ。
でも、どちらがデフォルトかという議論に意味があるのかどうか不明。
論点がずれているような気がする。

69えめ:2005/10/13(木) 08:59:12 ID:lRcLUWbs
ひょっとして区別と差別の話かしらん
Web 辞典より
くべつ 1 【区別】
(名)スル
あるものと他のものとの違いを認めて、それにより両者をはっきり分けること。
「―をつける」「公私を―する」

さべつ 1 【差別】
(名)スル
(1)ある基準に基づいて、差をつけて区別すること。扱いに違いをつけること。また、その違い。
「いづれを択ぶとも、さしたる―なし/十和田湖(桂月)」
(2)偏見や先入観などをもとに、特定の人々に対して不利益・不平等な扱いをすること。また、その扱い。

区別する基準(今回の場合は血液型)が偏見や先入観によって成り立っているのならそれは
(2)偏見や先入観などをもとに、特定の人々に対して不利益・不平等な扱いをすること。また、その扱い。
だろー。つまり差別だろー
こう書くと”不利益・不平等な扱いとは〜”とか書くのかな

70ココ:2005/10/13(木) 09:08:22 ID:HcMwO68Q
「大前提として遺伝子によって扱いに差をつけるのは差別である」というのが彼の述べる遺伝子差別の論理だ。だから、論点がずれているというわけではない。

どちらがデフォルトかということに意味があるのかどうか説明がつかないので聞いてみた。
「遺伝子によって扱いに差をつける」行為には差別と差別でない行為の2つが並列にある。
「遺伝子によって扱いに差をつける」ことのみで、差別であるとか差別でないかを判断できない。
そこに「合理的な理由が」伴うか伴わないかで分別できるということだろう。
「遺伝子によって扱いに差をつけるのは差別である、それが大前提」というのが彼の述べる遺伝子差別の論理だが、それでは、「遺伝子によって扱いに差をつける」だけで差別と判定できると述べるに等しい。合理的な理由が吟味されなくても差別と判定してよいことになってしまう。論理的整合性がない主張に対して議論は展開出来ない。

>(扱いに差を付けられた側が)差別されているという実感がなければ差別じゃないの? #68
また横道だが、嘲笑・皮肉など、誤解なのか偏見なのか分からないが、おれはこの掲示板ではずいぶんな扱いを受けているが、差別されている実感があることだけを要件にして差別にあたるといえるのだろうか。

71ココ:2005/10/13(木) 10:00:54 ID:HcMwO68Q
差別の実感というのは差別に対する人間のセンサーが働いた結果かもしれないので大切にないといけないと思うが、ただし、その実感が本当に差別と言えるものならその差別の構造は必ず論理的に明らかにできるはずだ。

72ミケ@朝寝:2005/10/13(木) 10:25:48 ID:KO.P9.dA
表面的なコトバの問題にいつまでもこだわってると本質を見失いますよ。

今回の大前提っていうのは、まず最初に判断するべき事柄。
最初に「遺伝子によって扱いが変わるかどうか」が判断され、
変わるなら差別、変わらないなら問答無用で差別ではない(遺伝子に関しては)。
『ただし』、前者には例外があって合理的な理由がある場合は差別ではない。

で、合理的な理由というのは、扱いを変える側が提出しなければいけない。
それをしない限りは合理的な理由があるとはいえない。
逆に合理的な理由がないことの証明をする必要はない(「悪魔の証明」でググってみよう)。

つまり、合理的理由がある場合のほうが手続き(条件)が一コ多い。
手続きの少ない側をデフォルトというわけね。
例外に該当する特定の手続きを踏まない限りは「基本的には」差別である。ということ。

73谷庵:2005/10/13(木) 12:03:59 ID:/.dKY7xE
私の感覚だと
1)「合理的理由もなく扱いを違えることは差別」で何の問題もないが、それを

2)「扱いを違えること自体が原則差別、でも合理的理由があれば例外」でも違和感はない。

3)「扱いを違えることは原則差別じゃない、でも合理的理由がなければ差別」ってのは違和感大ありだね。

でも、上記は言葉の問題だけのことで、結局は同じ結論だよね。
その結論を認めるのかどうかが論点なんじゃないの?
ココさんは明確な答えをしていないよね。
(被差別意識がなければ差別じゃないと言ったが、それに対する反論には答えていない)

74えめ:2005/10/13(木) 12:50:53 ID:CofDutJA
>差別にならない例があるなら大前提というには不適切だろうと。
>この意見、おれが言わなくても正しいだろ。そうでないと教義になるぞ。

道路交通法の第1章第七条
(信号機の信号等に従う義務)第7条 道路を通行する歩行者又は車両等は、信号機の表示する信号又は警察官等の手信号等(前条第1項後段の場合においては、当該手信号等)に従わなければならない。

同法第3章第7節 緊急自動車等
(緊急自動車の通行区分等)第39条の2 
緊急自動車は、法令の規定により停止しなければならない場合においても、停止することを要しない。この場合においては、他の交通に注意して徐行しなければならない。

赤信号でも緊急車両は進める例があるんなら道路交通法の第1章第七条は(大前提)は不適切だろうと。
この意見、おれが言わなくても正しいだろ。そうでないと教義になるぞ。

-な?そうだろう?-
-はいはい、免許書見せくださーい-
                         と、鍋を更にかき混ぜてみる

75ココ:2005/10/14(金) 06:13:01 ID:HcMwO68Q
「大前提」の妥当性を問うことはもう止めた。三者にそれぞれ反論しても埒があきそうもない。
おれの言いたい結論は同じだから論点をかえることにした。

確かに「差をつける」という言葉ばかりにこだわって本質を見失っていた。
そうなのだ、差別とは、扱いに差をつけることだけだと思い込んでいた。

遺伝子によって「扱いに差を付けるならば差別である。」この命題は真だ。だが「扱いに差を付けないならば差別である。」という命題も真なのだ。そう、扱いに差をつける・差をつけないの両者とも差別でありうる。のなら、扱い云々の違いは差別の指標とは言えない。


分かりやすく例え話をしよう。
遺伝的な因子の違いで、ある薬剤(抗がん剤等)がよく効く人とそうでもない人がいるとする。
両者に同じ薬剤を同様に処方するのは「遺伝子によって扱いに差をつけないからこそ、差別である。」そのことでこの個人には金銭・身体、多岐に不利益が発生する。
効果ある人にはこの薬剤を処方し、効果のあまりない人には別の薬剤か別の方法で治療する。これは「遺伝子によって扱いに差をつけるが差別でない。」
ある遺伝的な因子の違いでは効き目に大差がないとされる薬剤を処方するとき。その遺伝的な違いを理由に一方に処方し、もう一方には処方しないなら「遺伝子によって扱いに差をつけるので差別である。」そのことでこの個人に多岐に不利益が発生する。
しかし両者にこの薬剤を同様に処方するのは「遺伝子によって扱いに差をつけないので差別でない。」

差別かどうかを分別する点は「扱いに差をつける」ことではなく、扱いに応じて妥当な理由があるかどうか。個人に不利益が発生していることも指標となる。


(遺伝子の違いによって)
扱いに差をつける→ 差をつける妥当な理由がある →差別ではない。
扱いに差をつけない→ 差をつけない妥当な理由がある →差別ではない。

扱いに差をつける→ 差をつける妥当な理由がない →差別である。←個人の不利益
扱いに差をつけない→ 差をつけない妥当な理由がない →差別である。←個人の不利益

 ※理由の有無が差別と相関。

ところで悪魔の証明を人権問題が絡むことで恣意的に利用するのは止めた方がいい。本当だ。

76NATROM:2005/10/14(金) 12:59:55 ID:yWaDTs1U
論点はざっと2点あるように思えます。

1. 差別の要件として、差別を受けた側の申し立てが必要であるか否か。

「異を唱える者」の存在が、差別の要件として必要だ、ココさんは述べておられるわけです。例の保育園では、園児もしくは保護者による、「差別された」との申し立てがない限り、第三者が差別であると断定することはできない、というのがココさんの主張です(よね?)。ここで注意点。異議申し立ての有無と、不利益の発生の有無とは異なるってことです。なぜなら、不利益を受けた個人がいたとしても、その人が異議申し立てを行うとは限らないからです。

いろんなケースが考えられるけど、私が問題にしているのは、正しい情報を与えられないがゆえに、不利益を受けた個人がその不利益を受容している、もしくは認識していないケース。>>40によれば、社内人事に血液型が利用されたとして、社員の誰かが差別だという認識を持っていなければ、差別にならないそうです。AB型のみを開発部に採用する会社があったとしましょう(実際あった)。「独創性があるのはAB型」という科学的に根拠のない情報を信じ込まされることによって、O型の社員が、本当は開発の仕事を希望し能力もあったのに「俺はO型だからしょうがないな」と諦めて差別であるという認識を持たなかった場合は、ココさんによれば差別にあたらないそうです。

差別のもっとも顕著な例である、女性差別や人種差別であっても、ココさんによれば、本人たちが「自由意志により」受容してさえいれば、差別にあたらないそうです。「女性は社会に出て仕事をするのには向いておらず、生まれつき家庭を守り子育てを行うようにできている」「黒人は劣等人種であり、肉体労働しかできない」と本人たちに思わせておくことができれば、差別にはならないのだそうです。私は、非差別者が、差別されているということを認識できない状況こそ、最も問題があると思うのですが。「自由意志による選択」ってのは、正しい情報を提供されてはじめて成立するものです。

園児や保護者が、たとえ血液型によって差をつけることを「受容」していたとしても、正しい情報を提供された上でのものではない限り、差別ではないとは言えません。「正しい情報を提供されたかどうか」という点になると、二番目の論点と関係してきます。

77NATROM:2005/10/14(金) 13:00:23 ID:yWaDTs1U
2. 差をつける合理的な理由の有無を示す責任の所在。

>>75だけを見る限りでは、「差をつける妥当な理由がないのに遺伝子によって差をつけるのは差別である」、という点にはココさんは同意できるらしいです(「異を唱える者」は不要なのかな?)。じゃあ、妥当な理由を示す責任があるのは誰でしょう?私は、一貫して、差をつけるほうに責任があると主張してきました。例の保育園では、その責任は果たされていません。

ココさんが>>75で挙げた、遺伝子によって薬剤処方に差をつける例で考えましょう。どこかのクリニックの院長が、「当院では遺伝子の違いで処方を変え、効果を上げている」と述べたとしましょう。この場合、差をつける合理的な理由の有無を示す責任の所在はどこにありますか?私は、かの院長にあると思います。たとえ、このクリニックの患者たちが遺伝子によって差をつけることを受容していたとしても、この院長が合理的な理由を示せない限り、遺伝子差別であると批判されるべきだと私は考えます。ココさんはどうお考えになりますか?

何をもって「合理的な理由」とみなすかについては意見の相違があるでしょうが、最低でも、「その遺伝子が薬効の違いをもたらすという科学的な証拠」が存在するかどうか、言い換えれば、アカデミックな実証がなされたかどうかってのは、重要な要件の一つであると思います。ココさんによれば、アカデミックな実証は「差別の客観的な指標にならない」そうですが、この院長がアカデミックな実証によらずに遺伝子別に処方を変えても差別ではない、とココさんはお考えなのでしょうか?

加えて、遺伝子が薬効の違いをもたらすという科学的な証拠は、遺伝子差による処方の合理的な理由の必要条件にはなっても、十分条件ではありません。インフォームドコンセントも必要だし、患者の遺伝情報の管理も必要です。患者の遺伝情報を利用するという性格上、一クリニックの院長による独断では不十分で、複数の専門家による検討が望ましいと私は考えます。

ひるがえって血液型の保育利用に関してはどうでしょうか。仮に、血液型が性格の違いをもたらすという科学的な証拠があったとしても、血液型を保育に利用するためには、慎重な検討が必要であると私は考えます。血液型によって差をつけるのであれば、合理的な理由があることを示す責任が差をつける側にあるのです。阿部氏は、その責任は果たしているでしょうか。本来であれば合理的な理由を示す立証責任は阿部氏側にあり、批判する側が合理的理由がないことを証明する責任はないのですが、性格と血液型の関連性について証拠に欠けていることを指摘しましょう。血液型別保育に合理的な理由がないことは明らかです。

78ココ:2005/10/14(金) 14:11:12 ID:HcMwO68Q
>>76
それは差別になりうる。
この件についてはおれの表現が不適切だったことを認める。以前、Mさんとのやり取りの時にふと触れておこうと思ったのだが。そのときは直接問題にならなかったのでそのままにしていた。
「異を唱える者」とは内心も含む。この要素を適切に表現すべきであった。だから、本人が表現するかどうかに関わらず、不利益を認識している者ということになる。

「しょうがない」と諦めてしまったということは、本人は内心、不利益があったと思いないがら諦めたわけでしょう。積極的に被害がないと考えていた訳ではないということだ。

>「女性は社会に出て仕事をするのには向いておらず、生まれつき家庭を守り子育てを行うようにできている」「黒人は劣等人種であり、肉体労働しかできない」と本人たちに思わせておくことができれば、

この前半部分がおれの考えを明らかに曲解している。

「女性という集団は社会に出て仕事をするのには向いておらず、生まれつき家庭を守り子育てを行うようにできている」「黒人という集団は劣等人種であり、肉体労働しかできない」と本人たちが思っていなくても(思い込まされていない場合でも)、それぞれ本人たち自身が「私は社会に出て仕事をするのは向いてない。家庭を守りたい。」「私は肉体労働しか出来ない。」と考えるのは不当ではないし、そう考えるのは自由ではないのか。おれの主張はそういうこと。

差別の問題は、集団と個人をすり替えること、というのは合意事項ではないか。

>>77についてはまたあとで。

79NATROM:2005/10/14(金) 17:05:41 ID:yWaDTs1U
>「異を唱える者」とは内心も含む。この要素を適切に表現すべきであった。だから、本人が表現するかどうかに関わらず、不利益を認識している者ということになる。
>「しょうがない」と諦めてしまったということは、本人は内心、不利益があったと思いないがら諦めたわけでしょう。積極的に被害がないと考えていた訳ではないということだ。

ええと、「不利益があったと思いないがら諦めた人もいるかもしれないから、血液型による人事は差別である」と批判することはできますか?ココさんは、被害の実態があることを証明する義務は、批判する側にあると言っているようです。血液型による人事を行う企業があったとして、第三者が批判するには、「合理的な理由がない」と指摘するだけでは不十分で、誰か不利益を受けた人を探し出さないといけないのでしょうか。

さらに、不利益が発生しても不利益を認識できない場合もあります。>>47でも指摘されていますが、不利益を認識できないほどの重度の知的障害者のケースはどうでしょうか。差別の要件として、不利益を認識することが必要ならば、受精卵を選別することは差別ではなくなります。私は、受精乱が不利益を認識できようとできまいと、合理的な理由なく受精卵の扱いに差をつけることは差別であると考えます。


>それぞれ本人たち自身が「私は社会に出て仕事をするのは向いてない。家庭を守りたい。」「私は肉体労働しか出来ない。」と考えるのは不当ではないし、そう考えるのは自由ではないのか。

はあ、自由ですね。で、それが、ここでの議論に何か関係が?ある個人が、自らが肉体労働しか出来ないと考えるのは、別に差別でも何でもありません。ここで問題にしているのは、「黒人は肉体労働しか出来ない」という誤った情報により、黒人のある個人が「私は肉体労働しか出来ない」と思い込んだ結果、肉体労働を行うことを受容していたとして、「自由意志により肉体労働を選んでいるのだろう。権利も自由もある本人が自分で決めたことであり差別ではない」と言えるのか、ということです。ココさんは、このような状況は差別ではないと言っているように聞こえます。

80ココ:2005/10/14(金) 20:19:52 ID:HcMwO68Q
>>79
>「不利益があったと思いないがら諦めた人もいるかもしれないから、血液型による人事は差別である」

第三者は、諦めた人がいることを確かめることができるなら確かめるべきだろう。それが現実的に不可能なら、何らかの方法で諦めた人がいるとするに妥当な理由を示すことが必要だろう。それもできなら血液型による人事でに被害者の存在はないと判断するしかなく、第三者は差別であるという批判はできないのではない。
被害者の存在を知らない第三者が、そもそも加害者だけを知ることができるのだろうか。加害があるなら被害がある。被害あるなら加害がある。(必要十分条件)第三者が批判するときは、被害者が誰で加害者が誰かを知っているのは当然なのだ。これは批判する側の義務ではなく論理上の問題だ。少なくともこの論理は保育園では十分に成り立つ。保育園ではだれが加害者でだれが被害者かは関係者の範囲内にしかいないのだから。世界中からだれか分からない被害者を探し出せと無理をいっているわけではない。

>ある個人が、自らが肉体労働しか出来ないと考えるのは、別に差別でも何でもありません。

まず、黒人には、思い込まされた人と、そうでない人がいるわけか?
次に、確認したいのだが、どちらにしろ人なのだから権利も自由もあるのだよな?
次に、思い込まされた人の方は、誰に思い込まされたのだろうか?
次に、誤った情報だとして、誰もがそれを信じるとは限らない、騙されやすい人ということか?
次に、思い込まされた人というのは、自己決定能力がない人だと言いたいのだろうか?
まだありそうな気がするが、今のところはこれだけ疑問が有る。
何かこう思うのは、#6からはじまってる黒人の例題をこれ以上追求しなければならないのだろうか。
どうも例題の出来に問題があるような気がするのだが。例題のほうが本題より分かりにくいのでは、例としての存在価値がないのではないか。できればこうした不出来な例は無しにしてもらいたいのだが。
保育園の本題に即して議論は出来ないものなのか。

81えめ:2005/10/14(金) 21:27:03 ID:V5beM8Xs
>次に、確認したいのだが、どちらにしろ人なのだから権利も自由もあるのだよな?
1.本来備わっているはずの権利や自由を”不当に(合理的な理由なしに、ここは大事だ。アカデミックな検証と言うのは一つの合理=普遍を求め、出来る限り客観的に検証する体系だ)”制限するから「差別」なのだ。
>次に、思い込まされた人の方は、誰に思い込まされたのだろうか?
差別する側だ。それは優劣者に限らない、自らを劣者として規定するのも又差別なのだ。(差別については上記1.を熟読の事!これは誰もが貴方に表現を変えて何度も言っている)
>次に、誤った情報だとして、誰もがそれを信じるとは限らない、騙されやすい人ということか?
つまり君はこういいたいのか「かの教育施設に於いて全ての保護者が血液型を妄信する愚者とは思えない、即ち園長(かどうかは知らんが)が主張する血液型による個性の差にはアカデミックな見解では証明できない普遍的な現象が確かにあり、故に血液型による人間の”篩い分け”は合理的であると
>次に、思い込まされた人というのは、自己決定能力がない人だと言いたいのだろうか?
なぁ…これ等を本気で書いているなら管理人さんはじめ皆さんの君に対するレスは全て徒労に終わるという事だが。それでも続けるのかね。
本題に入る前に延々と設問のループを繰り返しているような気がするんだが。

82NATROM:2005/10/15(土) 03:35:25 ID:yWaDTs1U
>第三者は、諦めた人がいることを確かめることができるなら確かめるべきだろう。それが現実的に不可能なら、何らかの方法で諦めた人がいるとするに妥当な理由を示すことが必要だろう。それもできなら血液型による人事でに被害者の存在はないと判断するしかなく、第三者は差別であるという批判はできないのではない。

文脈から考えると、ココさんの主張は、

「何らかの方法で諦めた人がいるとするに妥当な理由を示すことができないのなら、血液型による人事でに被害者の存在はないと判断するしかなく、第三者は差別であるという批判はできない」

でいいですよね?「血液型で人事を決めるってったって、『独創性があるのはAB型』などという科学的証拠なんてないんだから、開発部に選ばれたAB型の人より独創生のあった非AB型の人たちだっていただろう。そういう人たちは不利益を被っているはずだ」ってのは、「妥当な理由」になりますか?これが妥当な理由にならないってのなら、異議申し立てをしてくれる人を募るしかなさそうですが、社内の人間関係や報復人事を恐れて手を挙げてくれる人がいなかった場合、差別が行われているのに差別を立証できないという事態が生じてしまいます。

どっかの会社が、「うちでは劣等人種たる黒人は採用しない」と明言したとして、それだけでは差別にはあたらないとココさんはおっしゃるわけですか。その会社を受けて落ちた黒人の人か、受けるのをあきらめた黒人の人をつれてこないといけないのでしょうか。「そういう人もいるだろう」という推定でOKであれば、例の保育園を批判するのも、実際に不利益を被った園児や保護者を特定しなくても、「血液型別保育で不利益を被る人もいるだろう」で、別にOKでしょう。不利益を被る人がいる妥当な理由を複数示しています。


>保育園の本題に即して議論は出来ないものなのか。

え〜、だったら、以下の質問に答えていただければいいんですが。この質問からココさんが延々と逃げ続けているから、さまざまな例を挙げざるをえなかったのですよ。

1. 「遺伝情報を利用するときには、利用する側が、事前に、利用することの是非について十分に検討しなければならない」という主張に、ココさんは賛成しますか?
2. 「血液型と性格に保育に利用できるほどの強い関連がある」などと信じる人には科学的思考能力に難があると言わざるをえず、よって、そのような人物は保護者に科学的に正しい情報を提供することはできないですが、何か反論は?


>まず、黒人には、思い込まされた人と、そうでない人がいるわけか?

不正確な情報を思い込まされた結果、不利な立場を受容している黒人がいたとしても、「本人が受容しているから差別でない」とは言えないって言っているのです。思い込まされてない人もいるかもしれませんが、だから何なのでしょう?


>次に、確認したいのだが、どちらにしろ人なのだから権利も自由もあるのだよな?

ありますよ。


>次に、思い込まされた人の方は、誰に思い込まされたのだろうか?

差別する側。意図的なものもあるでしょうし、そうでない場合もあるでしょう。後者の方がむしろ性質が悪いですが。


>次に、誤った情報だとして、誰もがそれを信じるとは限らない、騙されやすい人ということか?

騙されやすい人もいれば、騙されにくい人もいるでしょうね。


>次に、思い込まされた人というのは、自己決定能力がない人だと言いたいのだろうか?

人によって個人差はあるでしょうが、どんなに騙されにくい人であっても、騙されてしまう状況ってのはあるでしょう。なので、それだけをもって、「自己決定能力がない」というのは論理の飛躍です。ココさんが何が言いたいのかはあいかわらず不明確ですが、「詐欺に騙されてしまうのは、騙されたほうが悪い。騙された方だって、権利も自由も自己決定能力もあったのだろう」というような結論にいたってしまいそうな気がします。違うというのであれば、

3. 誤った情報(血液型は性格と強い相関がある)を提供された結果の意思決定(血液型保育を受容する)は、有効ですか?

という質問に明確な答えを要求します。私は無効だと思います。例の保育園の保護者は、遺伝子別保育の本当の意味を知らされていなかったわけです。「差をつける妥当な理由」の一つに、差をつけられる側の合意が必要でしょうが、その合意は正確な情報を知らされてのものではなかったわけですので無効です。よって、保育園での血液型別保育には妥当な理由が欠けており、よって差別と言えます。

83ココ:2005/10/15(土) 10:52:53 ID:HcMwO68Q
>82
血液型で人事を決めると一言ではその内容はいろいろ可能性があり、抽象的するぎ不明な点がいっぱいある。いろいろ情報が揃っていれば推論が妥当な場合もあるかもしれない。だが、推論であれば何でもよいということではない。「血液型で人事を決める」この一文のみの情報しかない場合、推論というか憶測で判断するのは保留するべきではないか。

基本的に保育園の具体例だけが議論の目的ないので >77に移らせてもらう。
具体例(保育園の事例)以外の例について検討するかどうかのイニシアチブは出された方にあると考える。

>77
>「差をつける妥当な理由がないのに遺伝子によって差をつけるのは差別である」、という点にはココさんは同意できるらしいです(「異を唱える者」は不要なのかな?)。

扱いに差をつける→ 差をつける妥当な理由がない →差別である #75 ココ
「異を唱える者」(内心でも)は不要ではなく必要。妥当な理由の中に含まれる。
「妥当な理由がない」⊃「当事者に合意がない(異を唱える者がいる)」

>>18でも既に述べたことだが

アカデミックな実証の有無が差別の指標にならない---その通り。

誰かの仮説であって、アカデミックな実証がない場合でも、そのことに当事者間に合意が形成されていればよい場合がある。アカデミックな実証がなされたかどうかは、それが合意形成において「説得力を持つ」には重要なー要件といえるぐらいだ。

>クリニックの院長による独断では不十分で、複数の専門家による検討が望ましいと私は考えます。

個人的にそう望ましいと考えることは自由で、悪いことではない。

>血液型によって差をつけるのであれば、合理的な理由があることを示す責任が差をつける側にあるのです。

「批判する側が合理的理由がないことを証明する責任はないのですが」は、勘違だろう。

保育園が血液型によって園児の扱いに差を付ける場合、そのことを保育園が妥当だと思っている理由(1)を保育園側が園児側に説明する責任はある。そして、その理由(1)について両者が合意したのであれば、保育園には合意した方法で保育をする妥当な理由(2)がある。保育園には無関係な第三者に、具体的に何も説明を求められてない段階で、理由(1)も理由(2)も説明してやらねばならない責任はない。

差別と断定する者(第三者)は、保育園についての事実関係を把握しており、その事実関係を元に差別と判断しているのであり、当然、その根拠を説明できるはずである。それが出来ないなら断定はできない。保育園で、誰が差別し、誰が差別され、差別された側がどんな不利益を被っているかも、具体的にすべて把握しているはずである。それが出来ないなら差別とは断定はできない。

84ココ:2005/10/15(土) 11:35:23 ID:HcMwO68Q
>84

3. 誤った情報(血液型は性格と強い相関がある)を提供された結果の意思決定(血液型保育を受容する)は、有効ですか?

答 この保育園でどのような説明かが分からないから無効かどうかおれには判断できない。

あなたには「血液型は性格と強い相関がある」と保育園が説明しているという証拠を示せない。
「血液型は性格と強い相関があるかどうかは現時点では定かではない」と説明しているかどうかも分からないし、「血液型は性格とは、○○で○○の相関があるようだ」と説明しているかどうかも分からないし、「血液型は性格とは、○○で○○の相関があるようだが、個々の園児に対してはそれに合わない子にはそうは考えていない」と説明しているかどうかもわからない。

85ミケ:2005/10/15(土) 12:17:13 ID:KO.P9.dA
>あなたには「血液型は性格と強い相関がある」と保育園が説明しているという証拠を示せない。

http://d.hatena.ne.jp/NATROM/20040810

そもそもの始まりが、
《「血液型は性格と関連がある」という説を理由にそれを教育に応用している》
という記事なわけです。
もともと、「血液型は性格と関連がある」という説自体が科学的には信憑性の乏しいことですから、
誤った情報(血液型は性格と強い相関がある)を提供された証拠としては十分です。

オマケ
仮に「血液型は性格と強い相関があるかどうかは現時点では定かではない」という正しい説明がなされてるとして、
『差をつける合理的理由』ってのは一体何なんですか?

86ミケ:2005/10/15(土) 12:24:14 ID:KO.P9.dA
あ、これ正しくないや。
「血液型は性格と強い相関があるかどうかは現時点では定かではない」

→「血液型と性格が相関している証拠はない」に訂正。

87ココ:2005/10/15(土) 15:33:05 ID:HcMwO68Q
>85 ミケさん
「血液型は性格と強い相関がある」という一文はNATROMさんが考案した文だ。
保育園で「強い相関」という表現が使われたとする証拠はない。

阿部氏も相関という言葉は使っていないようだ。
調査によって血液型と園児の行動様式に因果関係があることが分かったとは言っているようだ。
一般論としての血液型と人の行動様式と因果関係があるとも言っていないわけだ。

因果関係と相関関係は同じ概念ではない。
「(一般論として)血液型と性格に相関関係がある」と「保育園で血液型と園児の行動様式に因果関係がある」は同じ話として議論してよいとはいえない。

議論をするときには用語は正確にした方がいいだろうし、血液型と性格の相関関係がアカデミックにどうかということと、保育園の行動様式に因果関係がある言っているという話をごっちゃにしないほうがよい。

88ミケ:2005/10/15(土) 16:07:53 ID:KO.P9.dA
表面的なコトバに振り回されると本質を見失う、と忠告しました。
相関関係、因果関係というコトバをここで議論する意味はさしてありません。
というのも、どちらも対応に差をつけることの正当性を主張するために用いられる以上、
一般性を持った言説でなければ根拠として意味がないからです。
「差をつけたらこうなった。」ではなく、「差をつけたらこうなるだろう。」でないと理由としては不適切。


ところで、「表面的なコトバに振り回されるな」といってきましたが、
かくいうミケも、どうやら本質を見失っていたようです。

保育園のケースでは、『差をつけられる』のは園児であり、保護者ではありません。
この場合、誤った情報を提供された結果の意思決定にさえ到達しないのです。
園児は納得するも何も問答無用で対応に差が付けられています。
そこに意思決定の余地があるでしょうか。

89ミケ:2005/10/15(土) 16:21:36 ID:KO.P9.dA
連投すみません。
88 の
>ところで、「表面的なコトバに振り回されるな」といってきましたが、

以降の発言、一旦撤回します。
ごちゃごちゃして整理が付かなくなってきた。

90ココ:2005/10/15(土) 17:17:24 ID:HcMwO68Q
>88
相関関係と因果関係が違いがあるということに意味が無いという説明は残念ながら流石に何を言わんとしているのか理解できなかった。

幼児の意思決定の問題は幼児を相手にするそれこそあらゆる場面で問題になるのではないか。特定の保育園だけに関わることではない。過誤があっても幼児は自分ではどうすることもできないだろう。だから保護者(保護者とは文字通り保護する者)がいるのだろう。あたり前のことだが保護者の責任は重大だ。
幼児に意思決定の余地があるでしょうかと言ってみて何になるのだ。

91ミケ:2005/10/15(土) 18:14:45 ID:KO.P9.dA
まず、園児の意思決定云々については、
>>89ですでに撤回しています。
すでに撤回した発言に「何になるのだ」と言ってみて何になるのでしょう?

さて、相関関係と因果関係の話。
>>87から、ココ さんは、
一般的事例の場合:相関
個々の事例の場合:因果
という意味で用いていると読み取れました。
この用い方自体正しいとは思いませんが、
仮に正しいとしてもこの議論において「相関関係」と「因果関係」の意味の違いは重要ではありません。

とりあえず確認事項です。
上記の意味で「相関関係」・「因果関係」を用いましたか?
違うならそれぞれの意味を示してください。
この確認事項に答えてもらったあとで何を言わんとしたかを説明したいと思います。

92ココ:2005/10/15(土) 18:40:23 ID:HcMwO68Q
>91
こちらも撤回する。

93ココ:2005/10/15(土) 18:47:58 ID:HcMwO68Q
>91

「保育園で血液型と園児の行動様式に因果関係」とい場合は、当然ながら
保育園での調査のことを指す。

「血液型と性格の相関」
という用い方はこれまで現在のアカデミズムではという文脈で使われている。

それを峻別すべきだろうと言っている。

94ミケ:2005/10/16(日) 08:56:16 ID:KO.P9.dA
やっぱり、別に「相関関係」「因果関係」ってコトバは関係ないじゃん。
(入れ替えてみて意味が変わる?)
少なくとも、>>87の、『因果関係と相関関係は同じ概念ではない。』という一文は不要ですね。


では改めて「保育園で血液型と園児の行動様式に因果関係」と「血液型と性格の相関」について。

>それを峻別すべきだろうと言っている。

阿部氏は『20年前から保育に活用』しているわけで、
記事の文脈からは「保育園での調査」とは活用し始めて以降と読めます。
ゆえに、「保育園での調査」を理由として説明したのではないと思われます。
巷で流行っていた『血液型は性格と関係する』という言説を根拠にしたのであれば論外。

また、「保育園での調査」が適切な科学的手続き(バイアスの排除)を踏んでいなければ、
たとえ後付けであっても差をつける理由としては不適切(誤った情報)です。

95ココ:2005/10/16(日) 09:44:36 ID:HcMwO68Q
>94
心理学にはさまざまな分野がある。どれも同じ方法で研究しているわけではないだろう。一般に相関関係という場合は心理学者が性格測定テストを実施した結果、統計上で見られた関係を意味している。一般に血液型と性格に関する調査は不特定多数の中から無作為に選ばれた人々を調査対象にするようだ。
保育園のほうでは、調査の詳細は不明だが、少なくとも筆記による性格測定テストなどは実施していないだろう。何しろ幼児であるのだから。行動様式を観察することが主眼に置かれているものと推測される。
同じ方法論で調査されていなものを同じ研究の結果として一方で相関関係があまり無いといったとろで、一方をそれと同じだと断じることは適切ではない。だから、保育園のほうの調査が正しいのだと言うつもりはないが、保育園の方でどんな調査を行っているかを具体的に知るべきだろう。その上でどう評価するかが正当な評価のあり方だ。

96ココ:2005/10/16(日) 10:26:38 ID:HcMwO68Q
>94
阿部氏のプロフィールを見る限り、彼の得意とするのは発達心理学・児童心理学が下地にあるのではないかと推察される。
いわゆる血液型と性格の相関関係の研究は、一般に性格心理学あるいは社会心理学の分野になるだろう。

97ミケ:2005/10/16(日) 10:56:24 ID:KO.P9.dA
NATROM さんのブログで、
>たとえば、血液型と行動に関係があるという思い込みが、園児が予想通りの行動をとったことのみを記憶してしまう認知バイアスなど。

と例示されていますね。
例のようなバイアスは、むしろ行動様式の観察に主眼をおいたときにこそかかりやすいのではないですか。

方法が筆記か行動観察かというところは重要なことではなく、
バイアスが入りやすい問題でどのようにバイアスを排除したかが重要なのです。

98ミケ:2005/10/16(日) 11:30:10 ID:KO.P9.dA
>保育園の方でどんな調査を行っているかを具体的に知るべきだろう。その上でどう評価するかが正当な評価のあり方だ。

確認させてもらいたいことがあります。
『差別かどうか分からないからとりあえず差をつける』
これがダメ(というより差別)であることは分かりますか?>ココ さん

99ココ:2005/10/16(日) 11:35:06 ID:HcMwO68Q
>例のようなバイアスは、むしろ行動様式の観察に主眼をおいたときにこそかかりやすいのではないですか。

そう問われても、分からない。

片方の結論部分をもう片方に置き換えてしまえば重大な問題があります。それが論旨。

ところで、バイアスが排除されていないという批判はどうやって立証するつもりだろう。

100谷庵:2005/10/16(日) 16:17:07 ID:htXvpXv.
>ところで、バイアスが排除されていないという批判はどうやって立証するつもりだろう。

私は阿部氏の主張を知らないので何とも言えないのですが、どのようにバイアスを排除したかの説明責任は阿部氏にあります。
阿部氏はきちんと説明しているのでしょうか。

科学論文の査読でもっとも重要視されるのは研究方法です。
そこでバイアスを排除できていなければ、まともな雑誌ならはねられます。

100ゲットかな。

101ココ:2005/10/16(日) 18:41:34 ID:HcMwO68Q
>ところで、バイアスが排除されていないという批判はどうやって立証するつもりだろう。
これは単なる横道にそれる話として参考意見を求めたのだが不釣り合い質問だったようだ。
心理学者にでも聞くべきだった。ので撤回する。

102NATROM:2005/10/17(月) 13:51:32 ID:yWaDTs1U
本題に即した議論を望むのなら、まず、以下の質問に答えてください。

1. 「遺伝情報を利用するときには、利用する側が、事前に、利用することの是非について十分に検討しなければならない」という主張に、ココさんは賛成しますか?
2. 「血液型と性格に保育に利用できるほどの強い関連がある」などと信じる人には科学的思考能力に難があると言わざるをえず、よって、そのような人物は保護者に科学的に正しい情報を提供することはできないですが、何か反論は?


>「血液型で人事を決める」この一文のみの情報しかない場合、推論というか憶測で判断するのは保留するべきではないか。

「人種で人事を決める」の一文しかない場合でも、差別と判断するのは保留すべきなんですか?ある企業の社長が、「黒人は頭脳労働には向かない」と公言しており、かつ、「人種を人事に活用している」とも公言しているとして、第三者はそれを差別だと指摘することはできないと、ココさんはお考えなのですね?内心でも異を唱えるものがいたとしても、差別を指摘するためには「不利益があった」と証言してくれる人を探さないといけないのですか。そうであれば、職を失う恐れから証言を行う人がいない状況であれば、誰もこの企業の人種差別を指摘することができなくなります。

合理的な理由なく、集団の属性によって差をつけるのは差別であり、合理的な理由を示す責任があるのは差をつける側であると私は考えます。阿部氏は、合理的な理由を示す責任を果たしていません。付け加えて言えば、かの保育園のケースでは、内心で異を唱えるものはいるでしょうが、よしんばいなくても、それだけで差別でないとは言えません。ココさんによれば、内心でも異を唱えるものがいない場合には差別にあたらないと主張していますが、重度の知的障害者や受精卵は差別の対象にならないとココさんはお考えなのでしょうか?


>「異を唱える者」(内心でも)は不要ではなく必要。妥当な理由の中に含まれる。

「内心で異を唱えるものがいる【かもしれない】」場合はどうなのでしょうか?差別であると指摘する側が、異を唱える者を探し出して証言してもらわないといけないのですか。「社内の人間関係や報復人事を恐れて手を挙げてくれる人がいなかった場合、差別が行われているのに差別を立証できないという事態が生じてしまう」と既に指摘しました。加えて、不利益を受けていても、それを認識できない場合もありうるとも指摘しました。知的障害者や受精卵のケースもありますが、正しい情報を提供されていないがゆえに不利益が認識されていないケースもあります。

103NATROM:2005/10/17(月) 13:52:03 ID:yWaDTs1U
>誰かの仮説であって、アカデミックな実証がない場合でも、そのことに当事者間に合意が形成されていればよい場合がある。

それはそうですが、「当事者間の合意」において、正確な情報が提供されているかを問題にしているわけで。アカデミックな実証がない場合にはとりわけ、正確な情報を提供されたかどうかが問題になります。たとえば、「自然塩を一日に25gとれば糖尿病が治る」といったアカデミックな実証がない治療を行うにあたっては、ただ患者側の合意があったというだけでは不十分で、患者側に正しい情報、つまり、「治ったケースがあるけれども、科学的な根拠はない」「塩分の過剰摂取は、一般的には有害とされている」などの情報が提供されている必要があります。こうした情報の提供なしの合意は有効ではありません。


>3. 誤った情報(血液型は性格と強い相関がある)を提供された結果の意思決定(血液型保育を受容する)は、有効ですか?
>答 この保育園でどのような説明かが分からないから無効かどうかおれには判断できない。

阿部氏の関与する保育園でどのような説明があったかどうかについては、とりあえずは問題にしていません。正確な情報を提供されていない場合の当事者間の合意が有効かどうかを聞いているのです。

3. 誤った情報を提供された結果の意思決定は、有効ですか?

私は無効だと思います。


>差別と断定する者(第三者)は、保育園についての事実関係を把握しており、その事実関係を元に差別と判断しているのであり、当然、その根拠を説明できるはずである。それが出来ないなら断定はできない。保育園で、誰が差別し、誰が差別され、差別された側がどんな不利益を被っているかも、具体的にすべて把握しているはずである。それが出来ないなら差別とは断定はできない。

「それぞれの血液型に特性がある」などととかの保育園で考えているという事実関係を把握しています。さらに、そのような特性は科学的にはきわめて根拠が薄いということも把握しております。なので、血液型で差をつける妥当な理由は存在せず、これをもって差別と判断する根拠としています。何か問題でも?繰り返して聞きますが、ココさんの理屈だと、「黒人は頭脳労働には向かない。こうした人種別の特性を人事に活用している」と公言する企業を批判できないわけですが、そうお考えなのですか?私は、「人種を人事に活用する合理的な根拠はない。よって差別である」で、かの企業を批判するには十分だと思いますが。

104ココ:2005/10/17(月) 14:22:50 ID:HcMwO68Q
>102
>本題に即した議論を望むのなら、まず、以下の質問に答えてください。
この一分の論理的整合性も、要求の理由が分からない。質問の意味も分からない。
本題に関する問題点は述べているつもりなので、それに反論があればそうすればよいのではないか?
違うのか?

>103
塩の例、だから保育園の場合は何だというのだろうか。

保育園の場合で、「正確な情報」との一文の意味が何か分からない。抽象的過ぎて。

事実関係は、具体的にどんな調査でそれがどういう結果だったというのだ。
科学的根拠が薄いのは、性格心理学者の統計からの判断だろう。
それを援用する問題点は指摘している。
黒人の例は特に答える必要はないということも先に表明した。話がややこしくなるだけだ。
保育園の具体例について検討しているのだからそれで検討すればよいという主旨は当然だろう。

105ミケ:2005/10/18(火) 23:13:24 ID:KO.P9.dA
またも横レスになりますが。

>この一分の論理的整合性も、要求の理由が分からない。
NATROM さんの質問に対する答えが、NATROM さんとココ さんとで異なるかどうかによって、
NATROM さんは重点を置くべきところが変わってきます。

例えば、
質問1に『反対』、質問2に『特に反論ナシ』、質問3に『有効』である相手であれば、
その人とは議論をするに値しないとミケは考えます。
あるいはより根本的な部分『差別とは何か』に論点を絞るでしょう。

質問1に『賛成』、質問2に『反論ナシ』、質問3に『無効』である場合(たぶんNATROM さんの見解がコレ)にのみ、
『じゃあこの保育園の場合では・・・』という論点にする意味があります。

質問1から3の事項で合意に達していない限り、個別の事例を検討する意味がありません。
NA「このケースではAである。ゆえに差別である。」
コ「いや、そもそもAは差別ではないんだ。」
なんてことになったら面倒くさいでしょう?

なお、ミケはしばらくココ さんとの『議論』をお休みします。
論点整理させるために出てきたつもりなのにちょっと横道に逸れがちですから。
出てくるとしてもこういう『意図解説』のみに留めたいと思っています・・・・・・なるべく。

106NATROM:2005/10/19(水) 13:15:27 ID:yWaDTs1U
相手の主張を明確にする目的で質問するのは、議論において有効な方法だと思うのですが。

1. 「遺伝情報を利用するときには、利用する側が、事前に、利用することの是非について十分に検討しなければならない」という主張に、ココさんは賛成しますか?

という質問に回答してもらうことによって、ココさんと私とで、遺伝情報の取り扱いについて意見の相違がないかどうかが分かります。「賛成しない」という回答であれば、遺伝情報を利用するときには慎重さを要すかどうかについて議論します。「賛成する」という回答であればそのような議論は不要であり、例の保育園が遺伝情報利用について十分に検討したかどうか、検討の内容について示す責任があるかどうかを議論できます。質問に答えがないと、いったい何をココさんが問題にしているのか、皆目わかりません。

実際のところ、あまりにも回答がないので、以下のような推測をしています。ココさんは、遺伝情報を利用するときには慎重さが必要であることも、かの保育園がその慎重さに欠けていたことも本当は理解しているのでしょう。しかし、質問に明確に回答してしまうと、つまり、ココさんの主張が明確になってしまうと、かの保育園の問題点が明らかになってしまうので、言を左右して、質問に答えようとしないのだろう、と。血液型保育に問題点がないってのなら、質問に答えればいいのです。「役立つなら、少々慎重さに欠けても遺伝情報を利用するのはOK」とか、「慎重さが必要なことは認めるが、例の保育園ではちゃんと十分に検討していた」とか。


2. 「血液型と性格に保育に利用できるほどの強い関連がある」などと信じる人には科学的思考能力に難があると言わざるをえず、よって、そのような人物は保護者に科学的に正しい情報を提供することはできないですが、何か反論は?

についても同様です。「血液型と性格に強い関連があるという科学的証拠がある」とか、「科学的に正しい情報を提供できなくったって、当事者間の合意があれば問題ないのだ」とか、反論すればいいのではないですか。


3. 誤った情報を提供された結果の意思決定は、有効ですか?

についても同様です。ココさんは、「誤った情報を提供された結果の意思決定でも有効である」とお考えなのか、「誤った情報を提供された結果の意思決定は無効であるが、保育園の場合は、誤った情報は提供されていない」とお考えなのかによって、今後の議論の方向が違ってきます。ぜひ、有意義な議論のために、明確な回答をお願いします。

107NATROM:2005/10/19(水) 13:15:59 ID:yWaDTs1U
>本題に関する問題点は述べているつもりなので、それに反論があればそうすればよいのではないか?

すでに私は十分な反論をしています。私が反論していないと言うのであれば、番号を振って質問でもしてください。


>保育園の場合で、「正確な情報」との一文の意味が何か分からない。抽象的過ぎて。

保育園の場合で、「正確な情報」とは、具体的には「血液型と性格について、保育その他利用可能なほどの強い関連があるという科学的な証拠はない」というようなことです(他にもある)。要するに、「自然塩で糖尿病が治る」という虚偽の説明を受けて治療に合意したとしても、その合意が有効でないのと同様に、「血液型と性格に関連がある」という虚偽の説明を受けて血液型別保育に合意したとしても、その合意は有効ではないと言っているのです。


>事実関係は、具体的にどんな調査でそれがどういう結果だったというのだ。
>科学的根拠が薄いのは、性格心理学者の統計からの判断だろう。

心理学のみならず、遺伝学的な見地からも、血液型と性格についての関連については批判されています。さらに、「保育園の方でどんな調査を行っているかを具体的に知るべき」とありますが、血液型別保育を行う妥当な理由として血液型と性格の相関を挙げるのなら、根拠を示す責任を負うのは、保育園側です。科学というのは客観性が求められるがゆえに、方法、対象等をオープンにしなければなりません。科学雑誌に掲載された論文等できちんとした研究成果を発表していない以上、それは科学的な根拠があるとはみなされません。科学的に根拠のある調査であるならば、発表され、他の人によって検討されるべきです。

ココさんの言い分によれば、「独自の調査」を根拠として、「自然塩の大量摂取で糖尿病が治る」といった科学的根拠に乏しい治療を行うクリニックを批判できないことになります。「当事者間で合意ができていれば問題ない(正しい情報を提供されたかどうかは不問)」「クリニックの調査を知ってから批判すべきだ(本当は治療を行う側に立証責任がある)」「具体的に被害があった人を連れてこい」と言い逃れることができますから。

ココさんの言い分によれば、「当社は独自の調査で、人種別に仕事の適性があることが分かった。当社は人種を人事に活用して成果を上げている」という企業を批判することができないことになります。「役立つならいいんじゃないの」とココさんは言いそうです。「社員が合意していれば問題ない」「批判する側が異を唱える者を具体的に示すべき。『不利益を被る人がいるだろう・いるかもしれない』では駄目だ」「この企業は独自の方法論で調査しているわけだから、批判するなら、どんな調査を行っているか具体的に知ってからにすべきだ」と言い逃れることができますから。

ココさんは、人種の人事活用について差別とは言えないという見解を示すものと思っていましたが、どうなのですか?

108ココ:2005/10/20(木) 00:31:01 ID:HcMwO68Q
なるほど、どうしても演繹的にしか考えたくないみたいだな。しかし、おれはそうは考えない。
なぜなら個々の事例についてより具体的に帰納的に考えようと言うのがおれの主旨だからなのだ。1〜3、全てにおいて、そういえる。
自説に都合のいい例題をいくつ援用しても無理が有る。だから保育園でどうなのだという回答にはならない。人種は科学で定義できず、そのような例を血液型の差に持ち出すのは本来条件を揃えていないので不適切なのだといわねば分からないのだろうか。また、科学的かどうか具体的に検討せず、外から私的な基準を持ち出しても無意味だろう。
保育園を差別と断定することへのおれの具体的な問題提起へのあなたの反論、それへのおれの具体的再反論はすべて既出だ。それが了解できないなら蒸し返しになるがまた一から始めるしかないな。

109NATROM:2005/10/20(木) 08:59:39 ID:yWaDTs1U
帰納的にも、演繹的にも、血液型別保育は差別であると示しています。

帰納的: 「合理的な理由を明示せず、人種を人事に利用するのは差別だろう。遺伝情報を医療に利用するのだって、インフォームドコンセント等の条件をみたさずに行えば差別だ。同様に、血液型別保育も差別と言える」

演繹的: 「合理的理由を明示せず集団間に差をつけるのは差別である。血液型別保育は、合理的理由を明示せず集団間に差をつけている。よって、差別である」

ココさんは、帰納的にも演繹的にも、血液型別保育は差別でないと示すことはできていません。


>人種は科学で定義できず、そのような例を血液型の差に持ち出すのは本来条件を揃えていないので不適切なのだ

「うちでは、スーパー独自な科学的な方法で人種をきっちり定義できている」と企業が言ったらどうですか。ココさんは、「批判するなら、どんな方法で人種を定義しているか具体的に知ってからにすべきだ」って言うでしょうが、私なら、「だったらその科学的な方法とやらを公表して、第三者からの検証を受けてみろ」と言いますがね。立証責任がどちらにあるのか、わかりませんか。他の反論としては、黒人集団において遺伝子頻度の高い遺伝子Aを社員全員にスクリーニングして、「遺伝子Aを持っているものは頭脳労働に向いていないことがわかった。当社では遺伝子Aを人事に活用、成果を上げている」という企業があった場合はどうだろう。この場合、遺伝子Aについて差をつけることの合理的な理由を説明する義務があるのは企業のほうにあると私は思います。ココさんは、「異を唱える」ものを連れてこない差別とは言えないとお考えでしょうが。


>保育園を差別と断定することへのおれの具体的な問題提起へのあなたの反論、それへのおれの具体的再反論はすべて既出だ。

ココさんの再反論には、すべて、私からの再々反論すみです。違うというのなら、番号を振って質問でも指摘でもしてみたらどうですか。今の現状は、私の反論に対して、ココさんが反論できずに逃げて逃げて逃げて逃げ回っているところなのです。たとえば、「ココさんの論理でいくと、人種を人事に活用している企業も差別とはいえないよね」という反論に、まったくココさんは反論できていません。以下の質問に答えたくないあまりに、また一からはじめたいだけなのでしょうね。


質問を再掲しておきます。

1. 「遺伝情報を利用するときには、利用する側が、事前に、利用することの是非について十分に検討しなければならない」という主張に、ココさんは賛成しますか?

2. 「血液型と性格に保育に利用できるほどの強い関連がある」などと信じる人には科学的思考能力に難があると言わざるをえず、よって、そのような人物は保護者に科学的に正しい情報を提供することはできないですが、何か反論は?

3. 誤った情報を提供された結果の意思決定は、有効ですか?

110ココ:2005/10/20(木) 12:34:22 ID:HcMwO68Q
>帰納的: 「合理的な理由を明示せず、人種を人事に利用するのは差別だろう。遺伝情報を医療に利用するのだって、インフォームドコンセント等の条件をみたさずに行えば差別だ。同様に、血液型別保育も差別と言える」

「同様に」と言えば同様になる訳ではないよ。その理由がないと構文の意味が無い。
インフォームドコンセントのコンセプトは医療が前提なのだ。それは歴史的にも内容的にも明らかではないか。人種を持ち出すことも意味が無い。

>演繹的: 「合理的理由を明示せず集団間に差をつけるのは差別である。血液型別保育は、合理的理由を明示せず集団間に差をつけている。よって、差別である」

合理的な理由を知らない者が「明示せず」とはいえない。

>「ココさんの論理でいくと、人種を人事に活用している企業も差別とはいえないよね」

繰り返しに成るが、今回のテーマに関係が無いのだ。
人種について遺伝子の指標があるわけではないんだし、血液型は遺伝子の違いという明確な指標があるのだし、条件がまったく異なる。無駄なので持ち出さないでくれ。

これまでもそうだが、あなたの主張にはちゃんと上記のようにも反論している。
質問は具体的な保育園の例でしないと意味が無いので答えません。

111NATROM:2005/10/21(金) 09:38:29 ID:yWaDTs1U
「ココさんの再反論には、すべて、私からの再々反論すみです。違うというのなら、番号を振って質問でも指摘でもしてみたらどうですか」と書いてあるのに、特に質問もないようです。


>「同様に」と言えば同様になる訳ではないよ。その理由がないと構文の意味が無い。
>インフォームドコンセントのコンセプトは医療が前提なのだ。それは歴史的にも内容的にも明らかではないか。人種を持ち出すことも意味が無い。

同様ではないというのであれば、どこが違うのか指摘してみせたらどうですか。インフォームドコンセントについては、歴史的・内容的な面を考慮すれば、正しい情報による同意がなぜ必要なのか、どういう場合で必要なのか理解できるはずです。それとも、ココさんは、「医療については正しい情報を提供された上での合意は必要だが、保育については正しい情報を提供された上での合意は不要である」とでもお考えですか?


>合理的な理由を知らない者が「明示せず」とはいえない。

明示されていないから知らないんです。明示されていたら知ることができるでしょう。だいたい、血液型と性格の関連について科学的根拠もないのに、合理的な理由があろうはずもないのですが。


>質問は具体的な保育園の例でしないと意味が無いので答えません。

「答えると自己欺瞞が明らかになってしまうので答えられない」の間違いですね。だいたい、具体的な保育園の例の質問は、「知らない。わからない」としか答えられなかったではないですか。


>人種について遺伝子の指標があるわけではないんだし、血液型は遺伝子の違いという明確な指標があるのだし、条件がまったく異なる。無駄なので持ち出さないでくれ。
>これまでもそうだが、あなたの主張にはちゃんと上記のようにも反論している。

ええと、すでにそのような反論を予測して、「企業が明確な指標で黒人を定義したと主張した場合はどうか」「特定の遺伝子Aについて人事に活用している企業の場合はどうか」という指摘を行っていますが、それは無視ですか。科学的根拠が明らかになっていなくても、ある特定の遺伝子の違いという明確な指標を人事に活用しても、ココさんの言い分によれば差別にあたらないわけですよね?

それに、ココさんが血液型別保育が差別とは言えない理由として、「明確な指標があるから」ってのを挙げていましたっけ?「当事者間の合意があればよい」「被害の受けた側の訴えがないと、第三者は差別と指摘できない」という理由じゃなかったですか?そうした理由で血液型別保育を差別と言えないのなら、人種の人事利用だって差別と言えないよね、と私は指摘しているのです。おそらく、これらの理由は血液型別保育を差別とは言えない理由として不十分であることをココさんは本当は理解しているのでしょう。だから、「明確な指標の有無」という別の理由を出してきたわけです。でも、それでも不十分ですけどね。明確な指標があろうとなかろうと、合理的な理由なく属性によって扱いを違えることは差別でしょう。

問題はね、明確な指標の有無があるかどうかではなく、合理的な理由の立証責任がどこにあるのかってことです。私は、差をつける側が合理的な理由を立証する責任があると考え、ココさんは、差別であると指摘する側が「合理的な理由がない」ことを立証する責任があると考えているわけです。で、ココさんの立場に立つと、人種(あるいは他の「明確な指標」)を人事に利用する企業に対して差別と批判することができなくなるよね、って言っているのです。ココさんは華麗にスルーしていますが、受精卵や胎児や重度の知的障害者などは、差別を受けてもそれを立証することができません。合理的な理由がないことを指摘できない限り、第三者が「そりゃ、差別だろう」と指摘できないのであれば、これらの弱者の差別はしたい放題なわけです。

ちなみに、本来は差別であると指摘する側が合理的な理由がないを立証する責任はないんだけど、血液型別保育については、科学的根拠の欠如をもって、合理的な理由がないことを指摘できています。

112ココ:2005/10/21(金) 12:28:07 ID:HcMwO68Q
>同様ではないというのであれば、どこが違うのか指摘してみせたらどうですか。

いきなり同様だといわれても、同じ事象ではないのでそうとしかいえないし、それをこちらが説明せよと言われても、指摘する必要はないと考える。おれは保育園について話をしているので、そうしてくれ。
しつこく言えば何とかなるとでも思っているのか。

ところでインフームドコンセントは最近では不十分で、インフォームドチョイスを提唱する医師もいるのだな。インフォームドコンセントばかり言っていては古いのでは。どっちにしろ保育の概念ではないが。

>明示されていないから知らないんです。明示されていたら知ることができるでしょう。だいたい、血液型と性格の関連について科学的根拠もないのに、合理的な理由があろうはずもないのですが。

知らないことは差別だと断定せずに知らないと言っていればいいのだよ。

>「答えると自己欺瞞が明らかになってしまうので答えられない」の間違いですね。

それはあなたの勝手な判断だろう。

人事の話も保育園とは関係が無い。今後同じ話しは無視させてもらう。

>ココさんは、差別であると指摘する側が「合理的な理由がない」ことを立証する責任があると考えているわけです。

当然だ。事例ごとに考える必要があるので他の例を持ち出されても困る。

>科学的根拠の欠如

社会心理学の統計調査ごときでどんな根拠が与えられというのか。社会心理学は本来血液型と性格の何かを立証するような学問ではない。なんとなく統計上関係があるぐらいのことしか分からない。心理学にもいろいろなアプローチがある。どんなアプローチが適しているか分からないが、スキナーのようなアプローチではまた違った結果になる可能性がある。いずれにしろ保育園でどのような調査が行われているのか知らなければ話にならない。

ともかく、臨床実験で立証されてもいない薬や治療法を試したりする医療にたずさわる医者が言うことではないな。

113ミケ:2005/10/21(金) 19:38:09 ID:zcGeqzE6
ココ さん、またも意地になってません?
「関係ない」「答える意味がない」と言って頑なに回答を拒むことにより、
議論がそこから先に進んでいません。
むしろNATROM さんはそこにこだわらざるを得なくます。
なぜなら、NATROM さんは……
って同じことを言うのもめんどいので
>>105 ミケはこう考えてたら
>>106 やっぱりそんな感じだった。

まず答えておいて、それから議論を進めればいいじゃん。
重要でないと思うのなら、答えても同じでしょ?
そのあとで理由を説明した方がいくらか進展もあるでしょう。
傍目から見れば、番号まで振って整理された議題に、
「答える意味がないから答えません」
ってのはやっぱり逃げてるように見えますよ。

114NATROM:2005/10/25(火) 17:00:43 ID:yWaDTs1U
ココさんが私の質問に答えられないので話が進みません。というわけで、ちょいと違ったアプローチをしてみます。

いやね、いままで黙っていたんだけど、実は血液型別保育を行っている保育園についての具体的な実態については私は実は把握してるんすよ。具体的な被害も把握している。その上で、血液型別保育は差別であると言っているんだなこれが。ココさんのほうこそ、私のエントリーについて「下手をすると名誉毀損」だなんて、具体的な実態も知らないのによく言えるねえ。事例ごとに考える必要があるから、ココさんは、「NATROMは血液型別保育を行っている保育園について具体的な実態を知らない」ことを証明しない限り、ケチつけることはできないはずなんだけど、そんな証明してたっけ?


まあ本当は私が何を言いたいのかはわかる人にはわかるでしょう。それはそれとして、これだけは突っ込ませて。

>ともかく、臨床実験で立証されてもいない薬や治療法を試したりする医療にたずさわる医者が言うことではないな。

ココさんは、臨床実験で立証されてもいないばかりか、試験管や動物実験レベルでの根拠もない薬や治療法を試しても、当事者間の合意さえあれば問題ないと考えているじゃなかったでしたっけ?実際のところ、医師は新しい治療法を試すにあたって、さまざまな制約が課せられるのです。たとえば、動物実験は済ましていなくてはならないし、患者に正しい情報を提供しなければならないし、研究成果は発表されなければなりません。ココさんは、どこかの医療機関で不当な人体実験が行われていても、「医療機関でどのような実験が行われているのか知らなければ話にならない」とかいって擁護するのでしょうが。本当は医療機関側が、情報を開示する義務があるのにね。で、こういうこと指摘すると、「保育園の例とは違う」と言って逃げるのだけれど。

115ココ:2005/10/25(火) 18:32:35 ID:HcMwO68Q
>ココさんが私の質問に答えられないので話が進みません。

それで進まないというのはそちらの都合だ。そならそれでかまわない。

>「下手をすると名誉毀損」

仮定の話なのだが・・・。しかもその可能性があると述べたにすぎない。

具体的な被害も把握しているならそれを根拠にすればいい。
差別の実態があることを差別ということにおれは異論は無いのだから。

動物実験で人体への安全や効果が実証できるのなら人体で臨床実験する必要はない。
臨床実験が必要なのは実証されていないからだ。

116谷庵:2005/10/26(水) 06:23:28 ID:htXvpXv.
>>115
>差別の実態があることを差別ということにおれは異論は無いのだから。

ココさんの言う「差別の実態」が明らかにされていないから、
NATROM 殿が人種問題などを持ち出していると思うのだが。
「当事者がもめなければいいじゃん」のままで良いのかどうか、
未だに明らかにしていないよね。
このままじゃまずそうだと思って言わなくなったように見えるけど、
撤回はしていない。

>動物実験で人体への安全や効果が実証できるのなら人体で臨床実験する必要はない。
臨床実験が必要なのは実証されていないからだ。

その通りと言えばその通りだけど、動物実験もされていないのに臨床実験をすることと、
動物では有効性と安全性が確立している状況で臨床実験をすることと、
どちらが望ましいと思うの?

100%じゃなければ0%だと言わんばかり。
あまりに発言が乱暴すぎやしないかい。
負けたくないための逃げと屁理屈にしか見えませんな。

117ココ:2005/10/26(水) 08:09:40 ID:HcMwO68Q
>人種問題などを持ち出している
のは、保育園の具体例を説明する能力がないからだろう。

>負けたくないための逃げと屁理屈にしか見えませんな。

科学的に立証されていないことがいけないと言い出したのはおれではない。

118谷庵:2005/10/26(水) 10:53:29 ID:htXvpXv.
>>117

「差別」の概念が異なっていたら、保育園の具体例を提示しても、それが差別に当たるのかどうか議論できないでしょ。
それが本当に分からないなら、あんたは馬鹿だ。
分かっているのに逃げているなら、あんたは卑怯者だ。
馬鹿なの、卑怯者なの、どっち?

要するに何となくイチャモン付けてみたんでしょ。
でも、議論が深まるとやばそうな気配。
後は曖昧なイチャモンで逃げまくり。

ROMに徹しようと思ったのだけれど、あまりにみっともないので、つい出しゃばりたくなるじゃないか。

119ココ:2005/10/26(水) 14:23:00 ID:HcMwO68Q
差別とは人権侵害の一つだ。この認識は世界中同じだ。
ここでのテーマは保育園の差別の断定が適切かどうかだ。
何が不満なのか分からないが、おれは不適切の理由を上げているにすぎない。
関係ないことには単に興味が無い。

120ココ:2005/10/26(水) 14:45:38 ID:HcMwO68Q
どこかの質問に答えないことが不満なのか?
逃げていると思うのはそちらの都合だが、質問は論理ではないし反論することもできない。
論理がないところで議論はできない。おれの主張に反論があれば述べればよいのだし何か新たな論理があるならそれを述べればよい。
それができないで意味不明な質問に答えろと言い張るほうが逃げているのだ。

121NATROM:2005/10/26(水) 16:34:47 ID:yWaDTs1U
>論理がないところで議論はできない。おれの主張に反論があれば述べればよいのだし何か新たな論理があるならそれを述べればよい。
>それができないで意味不明な質問に答えろと言い張るほうが逃げているのだ。

うん、実はね、ココさんの主張に対する反論は述べているし、その論理も述べているのです。でも、それがちっともココさんに伝わっていないふうなのです。本当は伝わっているんだけど反論しようがないからココさんは無視していると私は思っているのだけど、それを言っちゃうと議論が終わっちゃうから、質問という形でココさんの反論を促しているのです。たとえばね、

  誤った情報を提供された結果の意思決定は、有効ですか?

という質問は、「アカデミックな実証がない場合でも、そのことに当事者間に合意が形成されていればよい」というココさんの主張に、「誤った情報を提供された結果の意思決定は無効である」と私は反論したんだけど、ココさんが私の反論に対して再反論できずに逃げているものだから、論点を明確にするために質問しているのです。現時点では、ココさんは、「誤った情報を提供された結果の意思決定でも有効だ」と考えているのか、「例の保育園では、保護者には正しい情報が提供されている」と考えているのか、皆目検討もつきません。後者だったら、とっとと、「誤った情報を提供された結果の意思決定は無効である」と答えちゃえばいいようなものですが、なかなか答えないところを見ると、「誤った情報を提供された結果の意思決定でも有効だ」とお考えなのでしょうかねえ。それだと、詐欺は犯罪ではないと言っているようなものなんですが。

質問という形で反論を促しても、意味不明とココさんは逃げるようですから、論点を整理し、反論を述べるという形にしてみましょう。それでもやっぱりココさんは逃げると思いますが。

122NATROM:2005/10/26(水) 16:35:08 ID:yWaDTs1U
1. 「アカデミックな実証がない場合でも、そのことに当事者間に合意が形成されていればよい」というココさんの主張は不十分である。なぜなら、当事者に正しい情報を提供されていない場合の合意は無効であるからだ。

2. 「不利益を認識している者の存在が、差別と断定するには不可欠である」というココさんの主張は誤りである。なぜなら、受精卵や知的障害者のように不利益を認識できない被差別者もいるし、不正確な情報によって被差別者が不利益を認識できない場合もあるからだ。(詳しくは>>79を参照)

3. 差別があると指摘する側に不利益を認識している者の存在を示す義務はない。そうではなく、差をつける側が積極的に合理的な理由を明示する義務がある。なぜなら、内心不利益を感じている者がいたとしても、社会的な理由でそれを表明できない場合もあるからだ(むしろ、被差別者は社会的に弱者であり、意思表示しにくいという問題がある。>>47を参照)。血液型別保育を行っている保育園は、合理的な理由を明示しておらず、よって差別であると指摘されて当然である。


>動物実験で人体への安全や効果が実証できるのなら人体で臨床実験する必要はない。
>臨床実験が必要なのは実証されていないからだ。

患者に正しい情報を提供する義務については無視ですか。実証されていない研究を行うからこそ、このような厳しい義務が課せられるとこっちは主張しているのです。

4. 「医療だって科学的根拠を得る前にも人を使って治療実験をしてるわけである。科学的根拠をえる前に遺伝情報を保育に使っても差別にはあたらない」というココさんの主張は間違いである。医療においても無制限に科学的根拠のない治療や遺伝情報の利用が許されているわけではない。むしろ、医療を例に挙げれば、情報の開示や臨床応用までの科学的根拠の積み重ねやインフォームドコンセントの徹底や倫理委員会等での複数の専門家による検討がなされている。被験者の人権を守るためにはこうした配慮は当然のことであり、保育の世界でなら配慮が不要ということにはならない。血液型別保育を行っている保育園は、こうした配慮を行っておらず、よって差別であると言える。

123ココ:2005/10/26(水) 17:28:31 ID:HcMwO68Q
>>121
>「誤った情報を提供された結果の意思決定は無効である」と私は反論

なるほど、そうか。そういうのなら反論はできる。
適用された情報が誤った情報かどうか具体的に知らなければ分からないことだ。
意思決定は無効であるというためには証拠となる説明の内容を知ることが必要だ。

>それでもやっぱりココさんは逃げると思いますが。

逃げたとか逃げないとかは議論には無関係。

>>122
>2. 「不利益を認識している者の存在が、差別と断定するには不可欠である」というココさんの主張は誤りである。

残念ながらそれにも反論できる。
本来は本人の自己決定権というものがある。自己が決定できるならそれに越したことはないのだ。
しかし、本人の了解を得られない場合は、仕方なく他人が判断するしかないのだ。
それは医療の説明でも同じだろう。論理には適用限界があって、限界を超えた例がもあるがこのケースでは限界は超えていない。
不正確かどうかは何をもって不正確とすべきか具体的な「情報」そのものの資料がない場合は判断を保留するのが普通だろう。

>3
「差別があると指摘する側に不利益を認識している者の存在を示す義務はない。」 についても、過去に反論したはずだ。
前にも書いたが、それは義務ではなく論理的な整合性でそうすべきだといった。
差別があると指摘するには実際に不利益を受けた側、園児あるいはその保護者がそれを認識している必要がある。不利益を受けてない者を勝手に不利益を決めつけてはいけない。道理だろう。不利益を認識できない言い張るならそれなりの根拠を示せ。少なくとも保育園の例ではおれの論理は通用するのだ。保育園で適用可能な論理だからそれが、当てはまらない例をいくら持ち出しても無意味だ。

>4
「医療においても無制限に科学的根拠のない治療や遺伝情報の利用が許されているわけではない。」

つまり、科学的根拠の無い治療や遺伝情報の利用がある、のだな。

おれもなんらかの配慮があったほうがいいとは思うよ。
しかし保育園でどのような配慮がなされているのか知らないのだろう。
「こうした配慮を行っておらず、」となぜ言えるのだ。

倫理委員会に諮るというルールは、任意に作ったものだ。研究者が倫理に触れたことをすると後で訴えられたり医療機関や大学の体裁に傷がつくからだ。もちろん結果的には下手なことをされない患者側のメリットにもなるであろうが。
そんな任意団体のやり方と同じことを持ち出して然るべきことのように言ったところで何の根拠にもならない。この国では法律以外は万人が従わねばならないルールは無いのだよ。そのぐらいの常識はあるだろう。

124ミケ:2005/10/26(水) 18:45:09 ID:zcGeqzE6
>>123

>>「誤った情報を提供された結果の意思決定は無効である」と私は反論

>なるほど、そうか。そういうのなら反論はできる。
適用された情報が誤った情報かどうか具体的に知らなければ分からないことだ。


素直じゃないなあ。それじゃ反論になってないよ。
具体的に知って誤った情報だったと分かったらどうなのかって話なんだから。

他にも突っ込む意味のない部分を突っ込んだりいくつか気になる点があるけど、
さしあたって一番分かりやすい上記の部分だけ指摘しておくね。
もう一回
>>122
をよ〜く読み直して、自分の反論が適切だったかどうか確認してごらん。他の部分も含めて。

125ココ:2005/10/26(水) 18:58:10 ID:HcMwO68Q
>>123
>具体的に知って誤った情報だったと分かったらどうなのかって話なんだから。

何が言いたいのかよく分からないのだが・・・。

126ココ:2005/10/26(水) 18:59:49 ID:HcMwO68Q
>>125

>>124 の間違い。
>具体的に知って誤った情報だったと分かったらどうなのかって話なんだから。

127ミケ:2005/10/26(水) 19:53:33 ID:zcGeqzE6
もともとの書き込みが、
「誤った情報を提供された結果の意思決定は無効である」

これに対して、
「情報が誤っているかどうか分からない」
は反論になりません。

なぜなら、もともとの書き込みは、
『誤った情報を提供された場合』について言及したものだからです。

《具体的に調べた結果、提供されたのが誤情報だと分かった場合》
そのときの判断が無効になるかどうか。。。というのが論点です。

・・・分かった?

128ミケ:2005/10/26(水) 20:04:20 ID:zcGeqzE6
「誤った情報を提供された結果の意思決定は無効である」
という主張に合意した上で初めて
「情報が誤っているかどうか分からない」
と主張する意味がある。

ということは分かるでしょうか?

すなわち、「誤った情報を提供された結果の意思決定は無効である」
という主張を認めているので、
「誤った情報を提供された結果の意思決定は無効である」
に対する反論にはなりません。

129ミケ:2005/10/26(水) 20:09:08 ID:zcGeqzE6
追記・訂正
>>128 後半部分

「情報が誤っているかどうか分からない」と主張するならば
すなわち、「誤った情報を提供された結果の意思決定は無効である」
という主張を認めていることになるので、
「情報が誤っているかどうか分からない」という主張は
「誤った情報を提供された結果の意思決定は無効である」
に対する反論にはなりません。

連続投稿失礼しました。

130ココ:2005/10/26(水) 20:50:00 ID:HcMwO68Q
そうか分かった。

>「情報が誤っているかどうか分からない」
>と主張する意味がある。

その前に、「誤った情報を提供された結果の意思決定は無効である」という主張をする意味がない。

この論理が正しいかどうかを検討する場ではないことを確認しておこう。

保育園の行いが差別だと認定が可能かどうかが議論の目的だ。
保育園でどのような情報を提供された結果の意思決定があったかどうか分からない段階では「誤った情報を提供された結果の意思決定は無効である」という論理が正しいかどうかを検討する意味が無い。
そういう意味では「情報が誤っているかどうか分からない」というのは確かに不適切だった。つまり、最初から意味が無いといえばよかったのだ。
意思決定は無効であるというためには証拠となる説明の内容を知ることが必要だ。それ以前に「誤った情報を提供された結果の意思決定は無効である」という仮定を検討してみても目的にとって意味が無い。

131NATROM:2005/10/26(水) 21:51:59 ID:Z2veARY2
反論してもどうせ理解してもらえないのだろうから、別のアプローチで。

「保育園でどのような情報を提供された結果の意思決定があったかどうか分からない」

って、どうして言えるの?NATROMが「僕チン、保育園でどういう情報提供があったか分かっているもんねー。だから差別と認定可能なんだよー」って言ったら、ココさんはどう反論するのかな?

普通だったら、「じゃあ、どういう情報提供があったのか示せ」とか「どうやってその情報を手に入れたのか」とか言いますよね。でも、ココさんは、例の保育園には情報公開の義務はないとおっしゃっています。なのに、差別と判断するほうには情報公開を要求するのかな?そりゃ、ダブルスタンダードでしょう。

(まあ、実際のところは、例の保育園で正しい情報は提供されていないってことは、分かっているのだけどね。保護者や保育園の関係者に聞き取り調査をしなくても分かるような類のことだ。)

132ココ:2005/10/26(水) 22:29:28 ID:HcMwO68Q
反論したのに再反論はできないということだな。

>ココさんは、例の保育園には情報公開の義務はないとおっしゃっています。

「義務がある」という論理はどこから出て来るのだ?
情報公開条例が適用できるとでも? いいかげんなこを言ってはいけない。
あなたは医者と患者との合意内容を第三者に公開する義務があるとでも考えているのか。
義務?あるわけないだろう。情報公開の義務はない。

>差別と判断するほうには情報公開を要求するのかな?

「保育園が人権侵害」と主張するのに判断基準は示さなくてもいいと言い張るつもり?
まさかな。根拠を示さないでそう言うのはただの誹謗・中傷と同じことだ。

133ミケ:2005/10/26(水) 22:35:58 ID:zcGeqzE6
>>130
>この論理が正しいかどうかを検討する場ではないことを確認しておこう。

いや、あのね(苦笑)。
この論理が正しかったとしたら、件の保育園で正しい情報が与えられていたのかどうか判断する必要が生じるってことなの。
考える順番が逆だってば。

まず判断基準を明らかにしてから個別の事例の判断に移るべきでしょう?違う?

134NATROM:2005/10/26(水) 23:07:35 ID:Z2veARY2
>義務?あるわけないだろう。情報公開の義務はない。

保育園が遺伝子情報を利用して園児の扱いに差をつけるのに、根拠を明示しなくてもいいと言い張るつもり?
まさかな。根拠なしに扱いに差をつけるのは、ただの差別だ。とか言ってみたり。


>「保育園が人権侵害」と主張するのに判断基準は示さなくてもいいと言い張るつもり?
>まさかな。根拠を示さないでそう言うのはただの誹謗・中傷と同じことだ。

うん。根拠は示してありますがね。遺伝子情報を利用するのに必要な検討もしていないし、そもそもが血液型と性格の関連は科学的根拠に乏しいと言いました。

135NATROM:2005/10/26(水) 23:29:08 ID:Z2veARY2
>意思決定は無効であるというためには証拠となる説明の内容を知ることが必要だ。

ミケさんが指摘すみですが、「誤った情報を提供された結果の意思決定は無効である」という指摘に対する反論にはなっていません。まあ、ココさんは反論できないからしょうがないのでしょうが。


>不正確かどうかは何をもって不正確とすべきか具体的な「情報」そのものの資料がない場合は判断を保留するのが普通だろう。

 「黒人は頭脳労働に向かない」と常々公言している経営者が、「人種を人事に利用した」と主張した場合も、ココさんは判断を保留するのでしょうね。「シャクティパットで癌が治る」と公言している教祖が、「合意の上で治療を行った」と主張した場合も、ココさんは判断を保留するのでしょうね。

1. 保育園の場合は、情報の資料はある。「血液型と園児の行動様式に因果関係がある」と阿部氏は主張しているが、そのような科学的根拠はない。よって、阿部氏は科学的根拠なしに、遺伝情報を利用していると判断できる。


>不利益を認識できない言い張るならそれなりの根拠を示せ。

「シャクティパットで癌が治る」と強く信じている人は不利益を認識できませんが、ココさんはシャクティパットによる治療は誰かが不利益を被ったと主張しはじめない限り、第三者が問題点を指摘できないと信じているのでしょうね。

2. 不利益を認識できない場合がありうることは、すでに示した。以下URLを参照。

http://d.hatena.ne.jp/NATROM/20040810#c1128668950

その他にもいろいろ考えられる。本当は血液型差別は嫌だが、他の保育園へ移ることが困難なために我慢している、など。また、ココさんは、社会的弱者は意思表示しにくいという問題に対して反論できていない。


>「こうした配慮を行っておらず、」となぜ言えるのだ。

3. 阿部氏が科学に関して無理解だから言える。遺伝情報の取り扱いについて慎重さに欠けることも容易に見て取れる。


>この国では法律以外は万人が従わねばならないルールは無いのだよ

私は、強制力はなくとも、万人が従うべきルールは法律以外にもあると思います。科学的根拠のない治療を行うべきではないし、合理的な理由もなく園児に差をつけるべきではないと思います。しかし、ココさんが法律以外に万人が従わねばならないルールは無いとお考えならしかたがありません。でも、ココさんは、ご自身の言動と異なるように見えますが。

4. 私の主張が法律違反であるというのなら、しかるべき機関に通報すればよろしい。法律違反でないなら、ココさんはつべこべ言うことはできないのではないか。

136ココ:2005/10/27(木) 00:12:43 ID:HcMwO68Q
>>133

>まず判断基準を明らかにしてから個別の事例の判断に移るべきでしょう?

個別の事例の判断に移るために必要な判断基準なのであれば、個別の事例、つまり、保育園でどのような情報を提供された結果の意思決定がなされたかという具体的事実関係の情報が必要だ、というおれの主張を受け入れることを意味する。


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板