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井戸端すれっど「山門前」

85犀角独歩:2002/06/09(日) 08:03

『諌暁八幡抄』について、私も、川蝉さんが仰るところが、字句どおりであろうと思います。

ここで“仏”と聖“人”という字句の使い分けに、特に意味があるのであろうと思うわけです。聖人が本仏を指す意味は元よりあるわけはありません。いや、むしろ、末法出現を本仏などという仏としてしまえば、法華経の説相と相違してしまいます。聖人とは“人”であるという点が法華経の説相を敷衍している点を読み落としてはいけないと私は思います。すなわち、

日月の光明の 能く諸の幽冥を除くが如く
斯の“人”世間に行じて 能く衆生の闇を滅し
無量の菩薩をして 畢竟して一乗に住せしめん
是の故に智あらん者 此の功徳の利を聞いて
我が滅度の後に於て 斯の経を受持すべし
是の人仏道に於て 決定して疑あることなけん

という先にも引いた一節です。法華経に由れば、滅後弘教は地涌菩薩に付属され、神力品に上記のようにあるわけです。つまり、末法に出現するというのは仏ではなく、人であるわけでしょう。この点で、まさに『諌暁八幡抄』の記述は法華経と一致しています。

あと、一字三礼さんが指摘された日月の譬も、「日月の光明の 能く諸の幽冥を除く」という一節を含むわけでしょう。

果たして、聖人は、日(日本・南無妙法蓮華経)、月(月支・法華経)の対比で喩えられたのか否か、またご自身が唱え始めた南無妙法蓮華経を、法華教典より上に置いたのかどうか、慎重に考えるべきところです。

ただ、法華経の説相を俯瞰するとき、大きなテーマは弟子に対する記別、そして、滅後弘教付属であることはわかります。言ってみれば、釈尊50年の集大成として、もっと言えば三千塵点已来の集大成として、弟子に記別を与えることで成仏の始終の総まとめをする意味合いを法華経はもっているわけです。しかし、その後、末の世は濁劫悪世である、その時に初発心の弟子である地涌菩薩を召し使い弘教をさせる。この人は世の光明となって、人々の闇を消し去ってくれる。すなわち、滅後は仏ではなく、人(菩薩)によって人々は救われていくという意味を法華経は提示しているのであろうと私は思うわけです。

ここで聖人は日月の、日を日本・日蓮という大自覚に立たれ、月を月支・釈尊と解釈されて、ここに日本国の済度は仏の使い(の使い)人・菩薩として、末法万年という、釈尊・法華説法8年より遙かに長い時間の闇を照らすと宣言したのではないでしょうか。しかし、これは法門の優劣を言うものではなく、衆生闇を晴らす時間的長さの差異を、光明の差異を論じられたものであると思うわけです。

しかし、仏について、寿量品に

而も実には滅度せず 常に此に住して法を説く
我常に此に住すれども 諸の神通力を以て
顛倒の衆生をして 近しと雖も而も見ざらしむ

といい、いま、この瞬間にもここに在し、永遠の法を説き続けていらっしゃる。その仏を拝して、弘教するのが地涌菩薩である点も見落としてはならないはずです。

86犀角独歩:2002/06/09(日) 08:40

寛師本仏論…、いわば派祖本仏論はたしかに石山にあった考えでしょう。
この点を修行海秀師は『初期の興門教学に於ける本尊意識の展開』において

宗祖本仏論の思想はやがて宗祖脱仏論へと展開し得る可能性があったのである。即ち弁阿闍梨の筆録したる「日有御談」には
「上行菩薩の後身日蓮大師は九界の頂上たる本果の仏界と顕れ、無辺行菩薩の再誕日興は本困妙の九界と顕れ畢りぬ」
といって、暗に宗祖脱仏、派祖本仏の思想を洩らしている。なお日要述日我記の「顕仏未来記聞書」によれば、日要上人当時、大石寺には「大聖冥益・当住顕益」の思想があったものゝようである。

と記しています。

http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Library/6963/kaishu_003.html

87川蝉:2002/06/09(日) 10:25
83 : 一字三礼 さんへ。

一字三礼さん今日は。真摯な横レス大歓迎です。

大石寺系統に属する方に
>私も「××仏法」もしくは「誰々の仏法」と言うような釈尊以外
>の仏法はありえないと考えています。

という意見の人が居られること嬉しく思います。

>やはりこの月と日の比喩は、法門の優劣を聖人が論じておられる
>ように受け取れるのですが。

端的に言えば、私もそのように受け取っています。
大まかに云えば、「月」に喩えられる法門は、迦葉、阿難、龍樹、世親、天台、伝教等が、読みとり把握し弘通した法門を指していると解釈しています。
「日」に喩えられている法門は、宗祖が読みとり把握し弘宣された本門立脚の法門を指すと解釈しています。

信仰的に云えば、仏の付属に随って、正像末に仏使が出現し、そのと時々に応じた法門を経の中かに読みとり把握して、弘通すると云う事になっていますね。

「高橋入道殿御返事」に
「我が滅後の一切衆生は皆我子也。いづれも平等に不便にをもうなり。しかれども医師の習ひ、病に随て薬をさづくる事なれば、我滅後五百年が間は迦葉、阿難等に小乗経の薬をもて一切衆生にあたへよ。次の五百年が間は、文殊師利菩薩、弥勒菩薩、龍樹菩薩、天親菩薩に、華厳経、大日経、般若経等の薬を一切衆生にさづけよ。我滅後一千年すぎて像法の時には薬王菩薩、観世音菩薩、法華経の題目を除いて余の法門の薬を一切衆生にさづけよ。末法に入なば迦葉、阿難等、文殊、弥勒菩薩等、薬王、観音等のゆづられしところの小乗経、大乗経、並に法華経は文字はありとも衆生の病の薬とはなるべからず。所謂病は重し薬はあさし。其時上行菩薩出現して、妙法蓮華経の五字を一閻浮提の一切衆生にさづくべし。」(1458頁)
と、ある通りです。

日に喩えられる所の、日蓮聖人に付属された法華経の法門いわゆる末法相応の妙法五字は末法の衆生の為の特効薬であるが、月に喩えられる所の「迦葉、阿難等、文殊、弥勒菩薩(伝大士)等に付属された小乗経、大乗経に基づいた法門」や、「薬王(天台)観音(南岳恵思)等に付属された法華経の法門」は、その薬効に限りがあると断定されている文ですね。

宗祖の法門は法華経に説かれている法門です。ですから宗祖には、「法華経そのものも末法には薬には成らない」などと、法華経そのものを軽視する思想や、法華経そのものと御自分の弘通している法門との優劣観などは、あり得ないはずです。

ついでに云いますと、
この「高橋入道殿御返事」によれば、仏滅後の弘教は釈尊の差配によると云うわけです。ですから日蓮聖人の妙法五字の弘教も、釈尊の衆生救済活動の一環であり、いわゆる釈尊の未来益物という事ですね。

88犀角独歩:2002/06/09(日) 16:21

川蝉さん:

恐ろしく緩慢なレスですが、60に

> 「万年救護御本尊」の讃文に
「後五百歳の時、上行菩薩、世に出現して始めて之を弘宣す」
とあり、かつ、始めて大曼荼羅を図顕されたのが宗祖ですから、「宗祖は上行の御自覚を懐かれていた」と推測出来るのでは。
讃文について、後人の挿入の疑い有りと指摘している学者も居ないようですし、写真を見ても上部の筆跡と同じように、素人目ながら見えます。

ということでしたが、まず第一に、以前にも申し上げたと思いますが、「指摘している学者がいない」というのは、まず私にとって、何の判断基準にもなりません(笑)

何度か記してきたのですが、私はこの読みについては大いに疑問があります。
川蝉さんの読み方は寛師と一緒と思えます。

「始」というは、正には正像未弘に対し、傍には一閻浮提を簡ぶ。上下の文に准じて能くこれを見るべし。故に本尊問答抄に云く「此の御本尊は世尊説きおかせ給いて後二千二百三十余年が間・一閻浮提の内にいまだひろめたる人候はず乃至当時こそひろまらせ給うべき時にあたりて候ヘ」と云云。
救護本尊の端書に云く「大覚世尊御入滅の後、二千余年を経歴し、爾りと雖も月・漢・日三箇国の間未だ此の大本尊有さず。或は知って之を弘めず、或は之を知らず。我が慈父仏智を以て之を隠し留め、末法の為に之を残す。
後五百歳の時、上行菩薩世に出現し始めて之を弘宣す」と云云。故に知んぬ、当抄の題号は「如来滅後後五百歳に上行菩薩始む観心の本尊抄」なることを。

(余談ですが、石山僧俗は本尊抄の題号を以上のように読むことが相伝のごとく言うのですが、有師聞書には「後五百歳に始たる観心本尊」とあることから、この読み方は寛師の創作は、あるいは後代の成立と思われます)

日蓮上行論というのは五老方と袂を分かつ興門独自のものであるというのが、私の認識なのですが、上古の五老方に聖人を上行菩薩と見る気風は既にあったのでしょうか。

次に日蓮上行論というフィルターを、いったん外して当該の文章を読むとき、私は上行菩薩が聖人本人を指すと“断定”しているとはどうしても思えません。その根拠は、万年救護本尊と言われるこの曼陀羅が図示が本尊抄の翌年であるからです。少なくとも本尊抄に聖人がご自身を上行菩薩と断定している様子は窺えません。

もちろん本尊抄に

上行・無辺行・浄行・安立(あんりゅう)行等は我等が己心の菩薩なり。

と記されるわけで、聖人の己心であるから、すなわち聖人は上行という石山的な発想をもって読むことは可能でしょうが、しかし、続く文が

妙楽大師云はく
「当(まさ)に知るべし身土は一念の三千なり。故に成道の時、此の本理に称(かな)ひて一身一念法界に遍(あまね)し」等云云。

であれば、これは一念三千の根拠として菩薩界を述べるとするのが自然なことになります。つまり、ご自身上行の宣言とはならないわけです。

図示の同年、文永11年には法華取要抄が記され、そこに

日蓮は広略を捨てヽ肝要を好む、所謂上行菩薩所伝(しょでん)の妙法蓮華経の五字なり
とあります。しかし、この文とて聖人の上行宣言とは読めません。日蓮は広義・略義を捨てて肝要を好む、いわゆる上行菩薩が伝えるところの妙法蓮華経の五字を取る。ここで聖人と上行は=でつながれているとは読めないわけです。

89犀角独歩:2002/06/09(日) 16:22

―88からつづく

この時代背景の中で記された

大覚世尊御入滅後
経歴二千二百
二十余年
雖爾月漢
日三ヶ国之
間未有之
大本尊
或知不弘之
或不知之
我慈父
以仏智
隠留之
為末代残之
後五百歳之時
上行菩薩出現於

始弘宣之

の「後五百歳之時上行菩薩出現於世始弘宣之」は、まさに本尊抄、取要抄の記述と一致すると見るのが自然です。興師・古写本を遺す『頼朝陳状』は健治3年、すなわち3年後のものということになります。聖人に思想的進捗あっても否定の対象とはなりませんが、しかし、文永10、11年の聖人のお考えは少なくともご自身を上行とはされているとは言い難いと思うわけです。

この読みを川蝉さんは「後五百歳の時、上行菩薩、世に出現して始めて之を弘宣す」、つまり、上行菩薩である日蓮が世に出現して始めて之を弘宣したとするのでしょうが、以上のような思想背景からすれば、「上行菩薩が弘宣するであろう」と読まなければならないと思うわけです。

けれど、大本尊である万年救護本尊を実際に図示したところに記したのであるから、記したのが聖人である以上、上行菩薩は聖人であるという連想が基礎になっているのでしょう。

しかし、本尊抄に言う本尊とは

事行(じぎょう)の南無妙法蓮華経の五字並びに本門の本尊

という久遠五百塵点成道本門教主釈尊です。さらに前述には

未(いま)だ寿量の仏有(ましま)さず。末法に来入して始めて此の仏像出現せしむべきか

として仏像をもって出現することを示しているわけです。すなわち図示の曼陀羅図では仏像に契当しようもありません。

以上のことから、万年救護本尊の文が日蓮上行の証拠とすることには疑問を懐くわけです。

現行の日蓮教学は聖人を上行菩薩とすることが半ば常識化しているわけですが、そんな常識は私には無縁です。故にその常識の上にある宗派意識を拭えない学者先生の意見は参考にしません。真跡から決定できる事実を重んじたいと思うわけです。

90一字三礼:2002/06/10(月) 00:30
川蝉さんへ

丁寧な御教示ありがとうございます。

>「月」に喩えられる法門は、迦葉、阿難、龍樹、世親、天台、伝教等が、>読みとり把握し弘通した法門を指していると解釈しています。
>「日」に喩えられる法門は、宗祖が読みとり把握し弘宣した本門立脚の法>門を指すと解釈しています。

月氏の仏法を正像の爾前・迹門を含む正師達弘通の法門、日本の仏法を宗祖の法華本門と言う御理解ですね。
なるほど、「月は光あきらかならず、在世は但八年なり。」の御文からも、爾前・権帯の雑多な法門と共に、法華経が日本に伝えられた、その為、一乗妙法の光もあきらかなものではない、そう読み取れますね。

>大石寺系統に属する方

しばしばこのような御発言をなさいますが、川蝉さん御自身はどの系統に属していらっしゃるのでしょうか。もしも、差し障りが無いのであれば、明かしていただけませんか。

91一字三礼:2002/06/10(月) 00:33
犀角独歩さん

>滅後は仏ではなく、人(菩薩)によって人々は救われていくという意味を法華経は提示しているのであろうと私は思うわけです。

聖人が題目の依文を「今留在此」にもとめられる事もあるので、末法は基本的には無仏というより、「雖近而不見」の時代なのだと言う事、私もそのように思います。

これは稚拙な愚見ですが、題目のとらえ方によって違った解釈がうまれて来る様に思えます。
南無妙法蓮華経を観心行とすると天台止観との当台相対義が論ぜられ、南妙法蓮華経を“一部の意”とすると法華経の御文に対して文底義が立てられ、南妙法蓮華経の如来とすると、久遠元初の仏が生まれる、といった感じです。

92犀角独歩:2002/06/10(月) 08:06

一字三礼さん:

> 末法は基本的には無仏というより、「雖近而不見」の時代

そうであると思います。
仏を見るか否かは各人の徳に係る問題であるというのが寿量品の意義であると思います。ところが仏は薄徳の人には見えない、故に仏像に刻み、その尊崇を促すことが必要である、必要であるけれど、それを為すのは地涌菩薩の使命であるというのが本尊抄の意義でしょう。もちろん、仏像を立てるのは教主を闡明にし、此の経を弘めるために他ならないのでしょう。また、聖人は此の経を久遠から見る故に、釈尊在世の様子を記した法華経教典ではなく、主題の五字を採り、それを宣べるために曼荼羅と図示したのであろう思うわけです。

仏が今まさに在す前提で考えるのか、そうでないのか、が一つの分かれ道になっています。仏がいない前提で新しい仏を考えるなどというのは逸脱も甚だしい、もっと言えば薄徳の議論であると思うわけです。

> 題目のとらえ方によって違った解釈がうまれて来る…

これはまさに仰るとおりですね。

私は日蓮と仏教を考えてきて、一つ気が付いたことは論を極まれば極まるほど主客転倒が起きているということです。本覚思想、恵心流口伝には特にこの傾向を見るわけです。

諸解釈というのは時代を経るごとに複雑化し、煩雑となり、そして難解になっていきます。学問的には後代ほど煩瑣な構築を為すようになる。すると恰もあとのもののほうが“上”であるという思いが生じることになるわけです。具体的にいえば、法華経より止観のほうが上であるといった具合です。それがさらに止観より御書のほうが上だとなり、となると、釈尊より天台が上だ、天台より日蓮が上だとなっていくのでしょう。しかし、これはまったく誤った解釈ですね。

日蓮>天台>釈尊、曼陀羅>止観>法華経

この誤った考えにとらえられると、解釈は糸の切れた凧の如くです。どうにでもいうことが出来ることになります。しかし、解釈の根本は法華経です。ですから、法華経の説相に違反する解釈は己義荘厳の虚言として退けなければならないはずです。思い返せば、以上が私の思惟の基礎です。

我本行菩薩道・我実成仏というのに、即座開悟といえば説相の相違するでしょう。
寿量品に常住此説法というのに、新しい仏を立てるなど、途方もない冒涜となるでしょう。

天台は法華経に忠実であり、聖人は法華経・天台に忠実であることは学ぶほどにわかることです。

93いちりん:2002/06/10(月) 10:03

日蓮さんの考えの中核には、「法華経以外では成仏はできないよ。ひとえに法華経によってこそ、成仏が可能だ」ということがあるかと思います。
「ひとえに法華経による」というのは、シンプルに言えば、「南無妙法蓮華経と唱えること」になるんだと思います。

ただ、わたしはいつも思うのは、「法華経」を読めば読むほどに、「法華経以外では成仏はできない」ということはないと、いうことなんですね。

「法華経」の中核思想は、いわば「開三顕一」(迹門の中核)と「開近顕遠」(本門の中核)といえるかと思います。

で、「開三顕一」です。
これは「三乗を開いて一仏乗を顕す」ということであって、「廃三建一」(三乗を廃して一仏乗を建てる)ではない。

「開三顕一」とは、声聞、縁覚、菩薩の三乗の道を歩めば、それがそのまま一仏乗であるということではないでしょうか。
つまり、三乗よりも別なところに、一仏乗があるのではない、と。わたしは、そうとらえています。

だから、法華経に忠実であればあるほどに、三乗を否定し、「法華経以外では成仏はできない」ということはありえない。そう思うのです。

そして、「開近顕遠」です。
仏は、永遠に法を説き続けている。しばしも、やすむことはない。いま、現在も説法していると。
それが、寿量品で述べているところですよね。

であるのなら、末法であろうがなんであろうが、ダイレクトに仏の説法を聞けるはずである。
末法などといいう時間的な制限によって、仏の力が無くなるなどと言うことは、ありえない。
「常住此説法」とあるのなら、末法もなにも関係がない。
だから、仏の伝えた、三乗の道を歩めば成仏ができる。

そのように、法華経を、わたしはとらえています。

94川蝉:2002/06/10(月) 11:40
88 : 犀角独歩 さんへ。

「観心本尊抄」の題号の読み方は種々の訓みかたがされていますね。
「如来滅後五五百歳始観心本尊抄」の「始」は
一、「五五百歳の始め」
二、「始めての観心本尊抄」
との両様に読めるとされ、一は「末法の始め」の意味となり、二は「始顕・未曾有」の意味が強くなると考えられています。
で、「両様に取った方がよい」と云うことになっています。

本尊抄「副状」の
「仏滅後二千二百二十余年未だ此の書の心あらず。国難を顧みず、五五百歳を期して之を演説す。」(学会版255頁)
との文意を参考にすると「末法の始め、始めての観心本尊抄」の意と取った方が良いと云う事になりますね。

佐渡始顕以後すでに多くの曼荼羅が図顕されているし、現に「万年救護御本尊」を書いた後ですから、讃文も「上行菩薩が弘宣するであろう」と未然形に読まないで「後五百歳の時、上行菩薩、世に出現して始めて之を弘宣す」と読んで、「末法の始めに始顕した御本尊であり、現に弘宣しつつある」と云う文意に取るのが良いのでは。

宗全第一巻上聖部を見てみましたが、
朗師「本迹見聞」(正本無)に、
「今家聖人は本化上行菩薩の化身なり」(15頁)

日弁師の「円極実義抄下」に
「親り地涌上行菩薩の化導に預り」(87頁)
とあります。

像師の「曼陀羅相伝」(正本)に
「本地は上行菩薩なり」(229頁)

等が有りました。

宗祖御自身の自覚はどうか?と云う問題ですが、
開宗時には、「もしかしたら自分は地涌菩薩の代表かも」と云う思いは懐いていたと思います。
弘通を始めたら必ず法難を受け親にも及ぶであろうから、躊躇したとある事、それに日蓮と名乗られた事は正に本化地涌の働きをしようという覚悟の命名でしょう。

命名を述べている「寂日房御書」(真蹟は無いですが、真偽論はありません)にも、

「斯人行世間の五の文字は上行菩薩末法の始の五百年に出現して、南無妙法蓮華経の五字七字の光明をさしいだし(指出)て無明煩悩の闇をてらすべしと云事也。日蓮は此の上行菩薩の御使として日本国の一切衆生に法華経をうけたもてとすゝめしは是也。」

とあって、「上行菩薩の御使として」とあって、御自身で「上行なり」とは明言されてないですが、義として示しています。
弟子信徒は「末法の始の五百年に出現して、南無妙法蓮華経の五字七字の光明をさしいだし」た人は宗祖以外には居ないので、宗祖を上行菩薩と仰いだことと思います。

開目抄、本尊抄にも明言はないですが、両抄を読んだ弟子信徒は、法難に遭い本門の三大秘法を弘通している人は宗祖以外に居ないので、本地は地涌の代表上行菩薩に違いないと、思っていたと推測します。

佐渡流罪、蒙古来襲予言の実現によって、宗祖の上行自覚は相当に深まっていったであろうと私は推測しています。

「万年救護御本尊」の讃文にも、「日蓮が上行である」と云う言葉はないので、独歩さんの云われる通り、明言でないといえば明言でないですね。しかし、事実上、曼陀羅を図顕し弘宣し始めたのは宗祖以外には居ないのですから、この讃文を読んだ人は、当然、宗祖は上行菩薩に違いないと思ったと思います。(続く)

95川蝉:2002/06/10(月) 11:41
独歩さんへ。続きです。
>けれど、大本尊である万年救護本尊を実際に図示したところに記
>したのであるから、記したのが聖人である以上、上行菩薩は聖人
>であるという連想が基礎になっているのでしょう。

私の解釈は、仰る通りですね。

>文永11年には法華取要抄が記され、そこに
>日蓮は広略を捨てヽ肝要を好む、所謂上行菩薩所伝(しょでん)
>の妙法蓮華経の五字なり
>とあります。しかし、この文とて聖人の上行宣言とは読めませ
>ん。・・ここで聖人と上行は=でつながれているとは読めない
>わけです。

とのことですが、上行が付属された妙法蓮華経の五字を事実上、弘通しているのは宗祖以外には居ないので、弟子信徒は宗祖の事を上行に違いないと理解したことであろうと推測します。義としては本地は上行であることを示していると受け取れます。

「法華取要抄」の最後に
「是の如く国土乱れて後上行等の聖人出現し、本門の三つの法門之を建立し、一四天四海一同に妙法蓮華経の広宣流布せんこと疑ひ無からん者か。」
とあるので、「本門の三つの法門之を建立し」たのは宗祖以外に居ないので、弟子信徒は、宗祖の事を上行であると理解した事と思います。

明言がないけれど、本地上行であることを教唆・示唆する文がある御書が多々ありま。
その中の二つを挙げます。
「撰時抄」に
「日蓮は日本第一の法華経の行者なる事あえて(敢)疑ひなし。これをもん(以)てすい(推)せよ、漢土、月支にも一閻浮提の内にも肩をならぶる者は有るべからず。」(284頁)
と述べ、すぐ後に、
「答へて云く、上行菩薩の大地より出現し給ひたりしをば、・・寿量品の南無妙法蓮華経の末法に流布せんずるゆへに、此の菩薩召し出されたるとはしらざりしという事なり」
と述べています。

また、「顕仏未来記」(真跡曾存)には
「疑て云く、何を以て之を知る、汝を末法の初めの法華経の行者なりと為すといふことを。答へて云く、・・・予よりの外には一人も之なし。時を論ずれば、末法の初め一定なり。然る間、若し日蓮なくんば仏語虚妄とならん。・・・疑って云く、如来の未来記、汝に相当れり、但し五天竺並に漢土等にも法華経の行者之あるか、如何。、答えて云く、四天下の中に全く二つの日なし。四海の内豈に両主あらんや。(略抄)」(507〜508頁)

この「撰時抄」「顕仏未来記」の文によっても、本地上行の自覚は持たれていたと云わざるを得ないと思います。

末法の始めに於いて、本門の本尊、題目、戒壇を弘通し、勧持品二十行の偈を色読した人は宗祖以外にはいないので、後世の我々は宗祖を本化上行の再誕と仰ぐべきだと思っています。

>本尊抄に言う本尊とは

曼陀羅本尊と一尊四士像とは実質的に同じものと理解していますので、大曼荼羅本尊図顕も本尊図顕と理解しています。

本尊抄に「本尊の為体」として、曼荼羅の形態を説明しているので、曼荼羅も本尊であることは否定できません。

「末法に来入して始めて此の仏像出現せしむべきか」の部分は、公場対論で諸宗帰伏した暁に、中心的になるお堂には一尊四士像を奉安すると云う考えがあったのでは無いかと推測できる文だと理解しています。
曼陀羅が本尊ではないという意味はないと理解しています。

96犀角独歩:2002/06/10(月) 11:42

> 93

まったく、そのとおりですね。賛同します。

日蓮の祖意を闡明にする、これが私のここでのコンセプトですが、もちろん、法華経、日蓮の全面肯定を目的にするものではありません。事実を知ろうということです。少し祖意を闡明にすることから離れて記します。

法華経の梵本直訳で読めば、開三顕一は、まさに、いちりんさんのいうとおりのことしか、説かれていませんね。

唯有一乗法 無二亦無三 除仏方便説

岩本訳:仏たちが手段として幾つかの乗り物を約束する場合を除いて、乗り物は実に唯ひとつであり、第二の乗り物はなく、第三のものも決してこの世にはない。

また、天台が法華最勝の位置づけをするけれども、もっとも重要な点は“開会”なのであって、他を斥けるどころか包摂していくところにあるわけですね。それまで二乗・悪人・女人は不成仏といっていたところを法華経は成仏の記別をする、さらに釈尊自体の成仏も伽耶始成ではなく、久遠成道であるという法華経を中心に据え、一切の教典に久遠成道と一切衆生未来成仏を教えようとしたのが天台であったと思います。そもそも天台の経説は華厳を基礎にするのであって、当時の華厳教学なくして天台の経説は成り立ちようもないわけです。また三諦論を展開するのに般若経の空なくして何も語れません。衆生世間をいう五蘊説は唯識で、結局、それらを総合して使用していくわけですね。捨て去るどころかすべてを統合しているに過ぎません。

末法ということですが、法華経の全文の中でこの語彙が出てくるのは実は二カ所しかありません。

安楽行品:如来の滅後に末法の中に於て是の経を説かんと欲せば、安楽行に住すべし

分別功徳品:悪世末法の時 能く是の経を持たん者は 則ち為れ已に上の如く諸の供養を具足するなり

これが大集経の五時説で解釈され、法滅=仏滅(仏の教導力の滅)まで意味すると解釈されていくわけですね。しかし、これは完全なドグマでしょう。

梵本で読めば、

安楽な生活:求法者で、如来が入滅した後に、正しい教えの衰微する“最後の五百年の間”に、この経説を弘めようと欲する者は、安楽な生活を送るのである。

福徳の区分:この教典を護持して、“この世の堕落の時世”に人に教える人は、このような数々の供養を、限りなく、余に捧げたことになるのだ。

正しい教えの衰微・堕落の時世であって、仏の消滅ではない点に着目しなければならないと思うわけです。

なお「(最)後の五百年」と言えば薬王菩薩本事品の

我が滅度の後後の五百歳の中、閻浮提に広宣流布

が思い起こされるでしょうが、私はこの文が地涌の弘教と直接はつながらないと考えています。前後を引用すれば

薬王菩薩本事品:宿王華、此の薬王菩薩本事品を以て汝に嘱累す。我が滅度の後後の五百歳の中、閻浮提に広宣流布して、断絶して悪魔・魔民・諸天・龍・夜叉・鳩槃荼等に其の便を得せしむることなかれ。宿王華、汝当に神通の力を以て是の経を守護すべし

バイシャジヤ=ラージャの前世の因縁:ナクシャトラ=ラージャ=サンクスミタ=アビジュニャよ、偉大な志を持つ求法者「サヴァサットヴァ=プリヤダルシャナの前世の因縁」の章が最後の時であり最後の機会である最後の“五十年”が経過している間に、このジャンブ=ドゥヴィーパに行なわれて、消滅しないように、また魔王パープーヤス(波旬)が襲撃の機会を得ず、悪魔の眷属や神や、竜、ヤクシュ、ガンダルヴァ、クンバーンダどもが襲撃の機会を得ないように、余をそれを汝に委ねよう。従って、ナクシャトラ=ラージャ=サンクスミタ=アビジュニャよ、余はこの経説をジャンブ=ドゥヴィーパに恵み贈るのだ。

となっています。驚くべきことに500年ではなく、50年となっているのです。羅什三蔵が訳に当たり、故意に改変し、末法の初めの五百年と整合性をつけたのであろうと想像できるわけです。

ここまでやりだすと際限がなくなりますが(笑)

97犀角独歩:2002/06/10(月) 13:00

> 94〜95 川蝉さん:

朗門の文書、有り難うございました。やはり、という感じです。大菩薩号勅許の門下、当然あるであろうと思っていました。

お記しいただいたこと、私も日蓮本仏論、日蓮上行論のお家元に40年もおりましたので、お馴染みのところです。

日蓮上行論の見直し、実は日誠さんとしつこくやったところなのです。
私は聖人ご本人は揺らいでいたのであろうと思っています。「私は上行であろうか、いや、そのお使いかも知れない」と言った具合です。ですから、断定できないと申し上げたわけです。

ただ、川蝉さんが仰るように法華経に照らし合わせた状況証拠から聖人以外に上行菩薩は思い当たらないというのは事実でしょう。しかし、それは決定打ではないでしょうね。

仏菩薩であれば宿命通は当然あるわけです。自分の過去がわからない仏菩薩などいるものでしょうか。経典に照らして、自分は上行菩薩かも知れないなどというのは、どうもしっくりこないのです。

聖人の御一代を俯瞰すると、特異な神秘体験とも言うべきことが2、3度あります。
一つは生身の虚空蔵菩薩を感見、そして愛染明王・不動明王との感見です。さらに龍口では三光天子の出現を見るわけでした。
私は聖人は、このような形で四菩薩との感見をどこか期待し、待っていたのではないのかと考えるところはあります。もちろん、これは想像です。

しかしこのように言うと、上行菩薩は末法に出現しなかったとすると、法華経の予言自体が外れたことになるではないかということが言えることになってしまいます。となれば、法華経自体も疑うのかということに発展してしまうわけですね。私は事実を真摯に受け止めようとする立場ですから、この結論も許容範囲にあります。
川蝉さんは、どうでしょうか。到底、受け入れられないということになるでしょうか。

あと、末法の始めということですが、たしか山川師であったか、仏滅年代が500年のズレがあり、実は鎌倉時代は末法に入っていないということから苦悶されたということを読んだことがありました。実際の末法の始めは、むしろ明治時代で、故に二重の末法論を立て、近代を第二の末法とし、故に国立戒壇の気運が高まった…、大雑把ですが、これは山川師ではありませんでしたか?

> 「是の如く国土乱れて後上行等の聖人出現し、本門の三つの法門之を建立し、一四天四海一同に妙法蓮華経の広宣流布せんこと疑ひ無からん者か。」

当然、出してきてくださると思いました。たしかに以上のようにありますね。
他にもあります。

・法華行者値難事,文永11年(1274)1月14日53歳
竜樹・天親は共に千部の論師なり。但権大乗を申(の)べて法華経をば心に存して口に吐きたまはず此に口伝有り。天台・伝教は之を宣(の)べて本門の本尊と四菩薩・戒壇・南無妙法蓮華経の五字と、之を残したまふ。所詮、一には仏授与したまはざるが故に、二には時機未熟の故なり。今既に時来たれり、四菩薩出現したまはんか。日蓮此の事先(ま)づ之を知りぬ。

・法華取要抄,文永11年5月24日53歳
本門の本尊と戒壇と題目の五字となり

・報恩抄,建治2年(1275)7月21日55歳
一つには日本乃至一閻浮提(えんぶだい)一同に本門の教主釈尊を本尊とすべし。所謂(いわゆる)宝塔の内の釈迦・多宝、外(そのほか)の諸仏並びに上行等の四菩薩脇士(きょうじ)となるべし。二つには本門の戒壇。三つには日本乃至漢土月氏一閻浮提に人ごとに有智無知をきらはず一同に他事をすてヽ南無妙法蓮華経と唱ふべし。

真跡中では三大秘法という成句は見えません。
上行等が出現し、三つの法門を建立する。三つですね。

では、日蓮聖人が建立した戒壇とはなんでしょうか。

98犀角独歩:2002/06/10(月) 13:01

―97からつづく―

次に川蝉さんは曼陀羅と本尊は同義であるというお立場であることがわかりました。
その根拠として万年救護本尊讃文と本尊抄の「本尊の為体」を根拠とされました。

ここで質問させていただきたいのですが、(1)なぜ万年救護本尊に限り、大曼荼羅ではなく、「大本尊」とされるのでしょうか。また、なぜこの一幅に限り「上行菩薩」とされるのでしょうか

(2)本尊と為体とは同じ意味なのでしょうか。

上掲の如く聖人は「本門の教主釈尊を本尊」と記し遺されているのですが川蝉さんは「曼荼羅も本尊である」と言われますが、すると(3)聖人の曼荼羅は教主釈尊なのでしょうか。

三つの法門という場合、本尊と題目と戒壇であるわけですが、換言すれば釈尊と妙法蓮華経と戒壇ということになりませんか。むしろ南無妙法蓮華経と記された曼荼羅は三つの法門中では妙法蓮華経(題目)に啓当するように思えます。

> 「末法に来入して始めて此の仏像出現せしむべきか」の部分は、公場対論で諸宗帰伏した暁に、中心的になるお堂には一尊四士像を奉安すると云う考えがあったのでは無いかと推測できる

この根拠はいったい何なのでしょうか。

種々質問申し上げて恐縮ですが、回答いただければ有り難く存じます。

なお、蛇足ながら、私が三大秘法抄を偽書と思う根拠の一つに本尊抄との不整合があります。それは本尊抄に

一念三千を識らざる者には仏大慈悲を起こし、五字の内に此の珠(たま)を裹(つつ)み、末代幼稚の頚(くび)に懸(か)けさしめたまふ。

とあるのに三大秘法抄では

法華経を諸仏出世の一大事と説かせ給ひて候は、此の三大秘法を含めたる経にて渡らせ給へばなり

となっています。三大秘法抄以外では妙法蓮華経(法華経)は一念三千を含むことで一貫していたのに、ここでいきなり三大秘法を含むという飛躍が見られるわけです。
その他、偽書と考える理由は山川師が引くところと一致します。また、三大秘法という成句は義浄房御書、そしてこの三大秘法抄などであって、結局、真跡にその成句が見られないことも疑義を挟む理由の一つです。

99犀角独歩:2002/06/10(月) 13:06

【98の訂正】

誤)偽書と考える理由は山川師が引くところと一致します
正)偽書と考える理由は山上師が引くところと一致します

http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Library/6963/ssk_sandaihiho_001.html

100川蝉:2002/06/11(火) 09:29
97 : 犀角独歩 さんへ。

>ただ、川蝉さんが仰るように法華経に照らし合わせた状況証拠か
>ら聖人以外に上行菩薩は思い当たらないというのは事実でしょ
>う。しかし、それは決定打ではないでしょうね。

「開目抄」に
「其義なきは我身法華経の行者にあらざるか。此疑は此書の肝心、一期の大事なれば、所所にこれをかく上、疑を強くして答をかまうべし」(学会版203頁)
とあります。
法華経の行者であるか否かの判断材料を呈し、さあ読む者よ如何に判断するか?と問いかけている述作と云えますね。

決定打と見るか、決定打ではないと認識するか、読む人によるので、強要はできませんね。

>仏菩薩であれば宿命通は当然あるわけです。自分の過去がわから
>ない仏菩薩などいるものでしょうか。経典に照らして、自分は上
>行菩薩かも知れないなどというのは、どうもしっくりこないので
>す。

本地は大菩薩であっても、宿命通などない凡身として応生したとすれば、自分の過去が分からなくても当然では。
私には「経典に照ら」す事こそ、宗祖の経証を重んじる尊いところと思われるのですが。

>川蝉さんは、どうでしょうか。到底、受け入れられないというこ
>とになるでしょうか。

私自身は、法華経を色読した人と見ますが、本地は本化でないと思う人が居ても、その人にはそう思えるのだから仕方ないなと思うだけです。

>これは山川師ではありませんでしたか?

里見岸雄法学博士ではないですか?。
いま手元にないですが「日蓮その人と思想」に、そのように論じているのでは?。

>なぜ万年救護本尊に限り、大曼荼羅ではなく、「大本尊」とされ
>るのでしょうか。また、なぜこの一幅に限り「上行菩薩」とされ
>るのでしょうか

全く分かりません。
「報恩抄送文」(真蹟は無いですが真偽論はありません)

「御本尊図して進せ候。」(330頁)
とあり、曼荼羅を本尊と呼称している例がありますね。

>(2)本尊と為体とは同じ意味なのでしょうか。

本尊はこういう形で表現すると意味で「其の本尊の為体本師の娑婆の上に・・」と説明しているのですね。

>(3)聖人の曼荼羅は教主釈尊なのでしょうか。

釈尊の証悟の世界(釈尊の身土)を以て教主釈尊を表現したものと理解しています。
「報恩抄」に
「本門の教主釈尊を本尊とすべし。所謂宝塔の内の釈迦、多宝、(塔)外の諸仏並に上行等の四菩薩脇士となるべし」(328頁)とあります。他の解釈も有りますが、「所謂」と云って大曼荼羅の形態を述べていますので、この文には、大曼荼羅を本尊とする事が即ち「本門の教主釈尊を本尊」とする事になると云う意がありますね。(続く)

101川蝉:2002/06/11(火) 09:30
犀角独歩さんへ。続きです。
「法だ人だと面倒なことは云うと訳がわからなくなる。虚空会には別に南無妙法蓮華経と記された宝塔が、建って居たわけでなく、釈尊が妙法蓮華経を説き、多宝如来が証明している虚空会の光景を、一幅の大曼荼羅で図顕する時には、必然的に釈尊と多宝如来との中間に、南無妙法蓮華経と書きあらわされることとなる」
と云う顕本法華宗の説明が分かりやすくて良いと思っています。
難しい本尊論は差し置いて、そのように想像しながら曼陀羅本尊を拝すると有り難みを一層感じますね。

>釈尊と妙法蓮華経と戒壇ということになりませんか。むしろ南無
>妙法蓮華経と記された曼荼羅は三つの法門中では妙法蓮華経(題
>目)に啓当するように思えます。

三つの法門中の題目は、本尊に向かって我々が唱える行法としての題目ですね。
曼荼羅は本尊ですから、中央に題目があるからといって、我々が唱える行法としての題目ではないですね。
大まかに云えば、私は、中央の題目を釈尊の大慈悲、釈尊の証悟、教えを表現しているものと拝しています。

>この根拠はいったい何なのでしょうか。

「本尊抄」に
「権大乗並びに涅槃、法華経の迹門等の釈尊は、文殊、普賢等を以て脇士と為す。此等の仏をば正像に造り画けども、未だ寿量の仏ましまさず。末法に来入して、始めて此の仏像出現せしむ可きか」(248頁)

「小乗、権大乗、爾前、迹門の釈尊等の寺塔を建立すれども、本門寿量品の本尊並びに四大菩薩をば、三国の王臣倶に未だ之を崇重せざる由これを申ぶ」(248頁)

「月支、震旦にも未だ此の本尊ましまさず。日本国の上宮、四天王寺を建立せしに、未だ時来らざれば、阿弥陀佗方を以て本尊と為す。聖武天王、東大寺を建立せしも、華厳経の教主なり。」
(254頁)
とあります。
「仏像出現せしむ可きか」
「迹門の釈尊等の寺塔を建立すれども」
とあり、
そして、引き合いに出された四天王寺・東大寺は共に国家的事業として建てられた寺院です。公場対決を成就出来た暁には、本門本尊を奉安する本格的建物の寺が、東大寺等と同じように、官の援助で恐らく建てられるであろうと想像され、本格的寺院であるから本尊形態は一尊四士像が良いと云う考えが有ったのではと想像するのです。

102犀角独歩:2002/06/11(火) 13:13

川蝉さん:

丁重なレス、感謝します。

本尊と云うこと、使われ方にやや混乱があると私は思ってきたのです。
たとえば菩薩像を祀っている寺院がある場合、その菩薩を「うちの寺の御本尊です」という言い方をされます。これは鬼子母神でも、帝釈天などでも、同様に言われます。しかし、だからといって菩薩、諸神が一番上位の本尊というのではなくて、あくまでも根本は釈尊とされますね。これは曼荼羅でも同様で、その意味から本尊というのは当然ではあると思うわけです。また、曼荼羅に図示されるすべての諸尊は本尊たり得るわけです。もちろん、釈迦仏像もそうでしょうし、一塔二尊四士、一尊四士であっても、本尊でしょう。

ただ、私が本尊というのは、そういうことではなくて、たとえば丈六の釈迦とか、あるいは小乗の釈迦、大乗の釈迦などと言われるような意味での本尊です。それを聖人は本門教主釈尊として建てられたという点を言っているわけです。この点は川蝉さんも異論はないと拝察します。

本尊と曼荼羅、しかし、厳格な意味でこれを立て分けるべきというのは、ちょっと川蝉さんのお立場とは違う、ここ掲示板の中心である富士門ならでは設問です。改めて申し上げるまでもありませんが、石山では有師が「当宗の本尊の事、日蓮聖人に限り奉るべし」といい、釈尊本尊を斥けて日蓮を本尊に据えました。また、寛師はさらに戒壇之曼荼羅を法本尊として、人本尊と一体であるとまで言い切ったわけです。この石山の流れの中では他の一切の“本尊”も斥けて、ただ曼荼羅のみを本尊とする、所謂、曼荼羅正意論が底意にあって現在に至るわけです。

たぶん、曼荼羅を拝すると言っても、川蝉さんと石山僧俗では、この点でまったく違っているわけです。川蝉さんは本尊を釈尊と見ながら仰ぐでしょうし、方や石山では日蓮を本尊と見ながら仰ぐでしょう。

この点で果たして本尊は何と取り定めるべきかを論ずるために、私は本尊の意味を問うてきました。この意味での本尊です。

そして、富士門の問題としてはるか700年前に捨て去られてしまった造仏(像)義、しかし、聖人にその意志がお有りであったとしたら、それを方便などと言って捨て去ることが祖意に叶うことなのかと問うために、私は本尊抄の仏像の意義を問うてきたわけです。この点をご理解いただけないのは、無理からぬところでしょう。

それにしても、40年、富士にあった私にとって、仏像を合掌することは、実は心理的葛藤が生じるところです。しかし、それでも聖人はどうであらせられたのか、と問うための設問であったわけです。

ですから、教理的に見ていくとき、曼荼羅図示を直ちに本尊と言ってしまうことには少なからず抵抗を示さなければならなかったわけです。法を本尊といってしまえば日蓮教義とはなり得ないという判断です。

なお、本尊抄の「本尊為体」が曼荼羅相貌の説明であるという点は、川蝉さんのご発言に、ということではなく、私は納得していません。むしろ、これは本尊釈尊の虚空会説法を表示した法華経の説明であると思うわけです。聖人以前にもこのような法華虚空絵図は存在するわけですが、ご呈示いただいたとおり、その根本に主題の妙法を具象化することによって聖人自らの独走となるのでしょう。

実際、為体の文では曼荼羅相貌の説明としては、愛染・不動の梵字、天台・伝教、天照大神・八幡大菩薩という実際に記されるところの諸尊の説明はまったくないわけですから、やはり、曼荼羅図示の説明と言うより、虚空会説法について論ずる範疇を超えていないと思うわけです。

なお、聖人が上行菩薩か否かという点について、実は私も引用された法華取要抄の末尾を常に思い描いてきました。三つの法門建立の人が上行菩薩であるという思想を、です。

「是の如く国土乱れて後上行等の聖人出現し、本門の三つの法門之を建立し、一四天四海一同に妙法蓮華経の広宣流布せんこと疑ひ無からん者か。」

たしかに聖人は題目を流宣された、本尊・寿量釈尊も闡明にされた、ここまで見れば、たしかに聖人は自ら上行という自覚か、思えるところはあります。しかし、川蝉さんがお応えくださらなかった97の「日蓮聖人が建立した戒壇」とはなんであろうかと考えるとき、他の二つの法門に比し、突然この点に関しての聖人の聖跡は浅薄なものとなっています。
仏像は「国家事業で」という川蝉さんの説に私も同意見なのです。本尊抄に「此四菩薩 現折伏時成賢王誡愚王 行摂受時成僧弘持正法」との脈絡も考えられるのか?という解を見出せない自問自答に明け暮れてきました。

いずれにしても、聖人が戒壇義を成就したと見られるかどうかに鍵はあるように思うわけです。

103川蝉:2002/06/12(水) 09:11

犀角独歩 さんへ。

>実際、為体の文では曼荼羅相貌の説明としては、愛染・不動の梵
>字、天台・伝教、天照大神・八幡大菩薩という実際に記されると
>ころの諸尊の説明はまったくないわけですから、やはり、曼荼羅
>図示の説明と言うより、虚空会説法について論ずる範疇を超えて
>いないと思うわけです。

なるほどそうですね。経文上の虚空会に居ない神や人までも曼陀羅には載せられていますね、
しかし、「其の本尊の為体」はと云って、虚空会の光景を記し、夫れを指して「是の如き本尊は」と記述しているので、やはり曼陀羅を説明していると見るべきではないですかね。

「種々御振舞御書」(真蹟曾存)を見ると、宗祖の虚空会についての見方は経文を越えていますね。
「種々御振舞御書」には
「又大蒙古国よりこの国をせむるならば、天照大神、正八幡とても安穏にはをはすべきか。其上釈迦仏法法華経を説き給ひしかば多宝仏十方の諸仏菩薩あつまりて、日と日と月と月と星と星と鏡と鏡とをならべたるがごとくなりし時、無量の諸天並に天竺、漢土、日本国等の善神、聖人あつまりたりし時、」(913頁)

と虚空会に言及しています。
虚空会には「漢土、日本国等の善神、聖人」も来集していたと考えているのですね。当然、天照大神・八幡大菩薩も列座していたと考えられていたことになりますね。
愛染・不動も列座していたと考えていたことでしょうね。梵字にしたのは何か意味を含めたのかも知れません。

また同書に
「今の月天は法華経の御座に列りまします名月天子ぞかし。宝塔品にして仏勅をうけ給ひ、嘱累品にして仏に頂をなでられまいらせ、如世尊勅当具奉行と誓状をたてし天ぞかし」

とあります。日天子も明星天子も同じく列座していたと考えられていたと思います。

天台の伝記に「恵思禅師が汝と自分はかって霊鷲山で共に法華経を聞いたのだと語った」と云う有名は話が伝えられていますね。宗祖もその話を基に記載したのかも知れませんね。

あるいは、「今本時の娑婆」「本師の娑婆」と表現されている世界いわゆる霊山浄土でしょうから、天台・伝教も死後、還っている世界と考えて、書き入れたかも知れないなと思ったりします。

虚空会と曼陀羅の記載とは全同ではないですね。宗祖独自の虚空会観をベースに宗祖独自の工夫をプラスしたのでしょうね。

云うまでもなく、虚空会の中心、教主は釈尊であることは、明白な事実ですね。さすれば、曼陀羅を本尊としながら釈尊本尊を否定することは大きな間違いですね。

教理的に難しく論じるより、虚空会の教主を取り出せば、釈尊ですね。その釈尊像が本門の教主であることを形で示す為に四菩薩像を添えたのが一尊四士像であると、簡単に考えればと良いことなのでしょうね。

一尊四士像を本尊として唱題する時には、勧請文を言上し曼陀羅勧請の諸尊も勧請すれば、仏壇には曼陀羅勧請の諸尊が影現するので、曼陀羅本尊を拝しているのと同じといえましょう。

昭和定本には「撰法華経」が収録されています。
像師の注釈書も現存するので、宗祖が選定されたことは間違いないと宮崎英修師も論じています。(続く)

104川蝉:2002/06/12(水) 09:12

犀角独歩 さんへ。続きです。

その「撰法華経」には宗祖の勧請文があります。

勧請し奉る本門寿量の本尊
南無久遠実成大恩教主釈迦牟尼仏    一礼
南無証明法華多宝如来         一礼
南無自界他方本仏迹仏等        一礼
南無上行無辺行浄行安立行等六万恒河沙地涌千界之大菩薩  一礼南無開迹顕本法華経中一切常住三宝   一礼
惣じて受持者擁護諸天善神、末法の行者に於いて、息災延命、真俗如意、広宣流布、得已満足せしめ給え。南無妙法蓮華経。

というものです。
大恩教主釈迦牟尼仏を中心として以下の諸尊を総括して本門寿量の本尊としていますね。

一体釈尊像を本尊としていた時でも、宗祖はこの勧請文と類似した勧請文を唱えたことでしょう。
宗祖は目の前には一体釈尊像だけであっても、その他の諸尊も影現していると信じられていたことでしょう。

顕本の本多日生上人が「日蓮教学精要」において
「必ずしも上行等の四菩薩が無ければならないと、絶対的に論じることは出来ないと思う。・・・私の云う意味は、四菩薩が無ければ、お釈迦様は独立して存在することが出来ないようなお釈迦様だとするならば、それはお釈迦様の尊厳をきづつけるものである。
一人のお釈迦様を置いただけでは、これは小乗の釈尊か、何か分からぬ所から、四菩薩を置けば、論ぜずしてこれは本門の釈尊だということが分かり易いという点においての問題である」(386頁)
と論じていますが、傾聴すべき意見だと思います。

105犀角独歩:2002/06/12(水) 09:20

川蝉さん:

虚空会のご説明、有り難うございます。
非常に納得のいくものでした。

あと、勧請のこと、なんと石山ではまったく顧みられないのですよ。
その理由はたぶん、曼荼羅を生身の日蓮聖人と見るので、勧請するまでもなく、曼荼羅として在すと考えるからではないのか?と私は憶測しています。

富士義から外に目を向けてはじめて勧請の重大さに気が付いた次第です。
たぶん、ここでロムをしている石山信徒は「勧請」と聞いてもピントこないと思います。

106一字三礼:2002/06/13(木) 10:28
川蝉さんへ

資料としてお示しになっている昭和定本の「選法華経」の記述は大変興味深い内容でした。しかし、出来ましたら御真蹟の現存する御遺文でお願いしたいと思います。富士派としては、こちらのような本尊に関わる話ではせめて「本尊問答抄」(興師写本・録内・富士一跡門徒存知事に引用あり)くらいは出したくてウズウズしているのですから。(笑)

御真蹟中に連祖聖人御自身が、勧請なさったと言う記述はあるのでしょうか。また、もしもこのことが、御真蹟中からは具体的あたれなくても、そのことによって日蓮宗内で伝えられてきた勧請という伝統的、荘厳な化儀を軽んずる意図は一切ありません。念の為に付け加えておきます。

107犀角独歩:2002/06/13(木) 12:56

この点は既にほかで書いたのですが、「本尊」という語彙は初期天台資料(陳・随・唐代成立天台文献81資料)中には、唯の一度も使用されていません。天台・妙楽には本尊という概念すらないわけです。私が“本尊”語に拘る一つの理由です。方や「曼荼羅」は30以上の使用例を見ます。

ところが、たとえば本覚資料である『漢光類聚』では、“本尊”語の使用が見られるわけです。もちろん、“曼荼羅”語の使用も見られます。

たぶん、本尊と曼荼羅というのはその生成と使用が必ずしも一致しない別に発展して培われ融合した概念語彙であったと見なせます。その時代背景で聖人は使用されているのであろうと私は想像しています。

故に聖人が観心本尊、本門本尊というのは、純天台的見地から言えば、実はかなり違和感があることになります。純天台的に言えば、仏は寿量釈尊であり、法は一念三千ですが、しかし、それが本尊であるとか、曼荼羅であるとかいう言い方にはならないわけです。それを本尊と曼荼羅とするところに聖人の独走があるのでしょう。台学からは、たとえば『破日蓮義』という形で非難の対象になるでしょうが、日蓮門下にとっては、その独創性の故に聖人を恭敬するのでしょう。

なお、聖人にしても、興師にしても造仏否定論者であるわけはなく、ただ曼荼羅図示を至極とする以上、自然に曼荼羅尊重、本尊と見做すのも当然のことであったのでしょう。聖人の特徴を曼荼羅本尊である以上、仏像以上に曼荼羅が尊重されるのも自然な流れであったのでしょう。しかし、これは仏像の否定とは少なからず意味を異にします。

取り分け、興師門下、あるいは朗門像師は曼荼羅尊重には喧しかったように見えます。また、曼荼羅尊重をするところは聖人を上行菩薩と仰ぐ気風も強いという、ある種の因果関係も見いだせるような気がします。

なお、聖人を上行菩薩と見做す思想には、大きく二つあるように思えます。一つは後身、もう一つは垂迹とする考えです。前者の場合、聖人を菩薩と拝することになりますが、垂迹であれば凡夫ということなることになるようにも思えます。興師自体のお考えは、前者であると思えます。

まあ、このようなことを書いても関心を持たれる方はあまりいらっしゃらないでしょうね。

108川蝉:2002/06/13(木) 14:55
106 : 一字三礼 さんへ。

>しかし、出来ましたら御真蹟の現存する御遺文でお願いしたいと
>思います。

ですから主に「観心本尊抄」を根拠として書いたのですが。
御存知のように「観心本尊抄」が本尊についての最も重要な御書ですね。
分かりやすい傍証として、「祈祷経の事」を引証にしたまでです。
「祈祷経送状」は、像師の写本があるので、真蹟が存在した御書として扱われています。
「祈祷経送状」が真蹟であったとすれば、「祈祷経」が存在していたと考えられます。
像師の弟子の大覚僧正が
「蓮師御弟子之中へあまた書御出し候へば」(宗全第19巻52頁)とあるので、真筆の外、書写本が幾本か存在していたようです。
傍証資料として、大いに注目すべきものと思われます。
また、像師の「祈祷経の事」は、「祈祷経」の注釈とみて間違いないでしょう。

勧請文について言及した他の御書が無いので、「撰法華経」は貴重な資料と思います。

109一字三礼:2002/06/13(木) 19:27
根本仏典などを読んでいると「本尊」と言うものは、はなはだ非仏教的な概念に感じられます。

不敬な言い方になりますが、突き詰めれば「本尊」とはどのような役割をするものなのでしょうか。
それを対象物として題目や経を唱えたりする為に、作られる事を前提とした存在なのでしょうか。
もしくは、聖人お認めの大曼荼羅の様に行者の宗教体験を表現したものを指すのでしょうか。

私は「本尊」、「大曼荼羅」、「仏像(一尊四士)」はそれぞれ違う存在であると考えています。

まず、蓮祖聖人の仰る本門教主釈尊とは、純粋に教義的・観念的・体験的な存在で、どのような形でも表現され得ないもの。これは法華経寿量品のように、不惜身命の行者にのみ自覚される対象でこれを「本尊」と呼ぶ。

次に「大曼荼羅」とは、行者のみに知覚され、厳しい修行、内省の深まりと共に序々に顕現されていく「時我及衆僧。倶出霊鷲山」の浄土観を強信の弟子達にも疑似体験させる目的で認められたもの。しかし、それは紙上に文字で表し、客体化し、崇拝対象となった時点で、行者の体験した世界とは自ずから異なるが、究竟の方便と言う意味で非常に重要な尊崇対象である。

前者の「大曼荼羅」は法華経虚空会と顕わしたとされる。しかし、法華経には登場しない不動・愛染の梵字悉曇、実在した龍樹以下の諸師、また日本古来の神々の表記などがある。これらのことから、その座配はあくまで末法限定・日本限定で個人的の体験や経験、主観を元にした、蓮祖聖人ローカルな浄土観であった。
これが「仏像(一尊四士)」の場合は「大曼荼羅」と同じく尊崇対象ではあっても、かならずしも聖人の教義、化導を必要とはしない。いわば、法華本門の信仰であれば、必然的にたどり着く尊崇形態である。
これを言いかえれば、「大曼荼羅」を尊崇対象とするのは、法華宗日蓮派。
「仏像(一尊四士)」を奉るのは汎法華宗。

以上が私の本尊観です。なんかすんごい事、言い切っちゃってますが。

110日犬:2002/06/13(木) 20:51
御存じの方があれば教えていただきたいのですが、

近年、正宗では在家において鶴丸の紋はあまり使わないことになっているみたいですけど、
一時期、鶴丸だらけだったのは何だったのでしょう?
現在、学会は八葉の紋ですよね。

やはり実は、○○○家の紋だからまずいってことで
フェードアウトしていっているのですか???

111犀角独歩:2002/06/13(木) 23:47

一字三礼さん:

> 109

概ね賛同します、この整理の仕方に。

これまた、以前に書いたのですが、本尊というのは、たぶん儒家から出てきたものなのではないかと思っています。

いずれにしても聖人の時代には宗教の尊体は図・像として表現することが一般化していたのでしょう。儒家の流れでは本尊、真言の流れでは曼荼羅であり、それらを統合し、頂点に置かれたのが聖人の妙法曼荼羅であったのではないかと思います。

最近、桐谷征一師が『大曼荼羅の世界』という文を書いているのですが、これはなかなか面白いものでした。このなかで聖人は自分が図示されたものが曼荼羅であり、本尊であることを弟子檀那に理解させるのに苦労されたという件がありました。優れた洞察眼であると思ったものです。

また、図示の曼荼羅の諸尊を絵で置き換えたものを載せているのですが、こうなると、本尊だと言われても、「この中のどれが?」と言いたくなることになります。

http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Library/6963/jikkaimandarazue.jpg

曼荼羅が虚空会の儀式に準じるとすれば、「有七宝塔。高五百由旬。縦広二百五十由旬。」というとてつもなく大きな七宝で飾られた塔は記されず、六万恒河沙の地涌菩薩もただ四菩薩ばかりを記すのみで略されていることになります。

私は聖人の曼荼羅は題目と、勧請諸尊を記し置いた札というふうに理解しています。曼荼羅を懸け、記された諸尊を読み上げながら、勧請していくといった具合です。また勧請すべき諸尊が記されていることから、懸けることによって既に勧請を表すということにもなるという“使い方”を聖人は考えておられたのではないのか思うわけです。

また、それは止観の如く、十法界を観法するために、具体的に十界の各衆を列挙してあるのではないのかと思うわけです。

また、もう一つの意義として、「お守り」の意味合いを意識されていたのでしょう。この点も桐谷師は指摘しているわけで、その例として建治2年8月14日図示の曼荼羅を挙げています。花押のなかに「亀姫護之」の文字が記されています。

さらに山中喜八師、山川智應師の曼荼羅研究に敬意を表しながらも、分類するよりも、授与者それぞれに特定の意義をもって下付したと見るべきではないのかと指摘していました。もっともだと思ったわけです。

112犀角独歩:2002/06/14(金) 08:01

○真跡における勧請の使用例は1カ所のみ、『守護国家論』に「梵天勧請」で使われるのみです。曼荼羅(本尊)授与に際し、その意義を述べるところは数カ所あるけれど、勧請についての説明はありません。しかし、天台の化儀を踏襲していたことは想像できるので真跡中に現れないことが直ちに勧請を行わないことの説明とするのは短絡でしょう。

○興門における勧請の使用例

『本尊三度相伝』

(曼荼羅の図示は勧請であること)
・竜樹天親天台伝教等は正像二千の高祖大師なり、普く之を勧請し聊も載せざる無し

『誓文』

・本尊を勧請し奉りて各判形を加へ、偏頗を破劫せしめて宜しく衆議を成すべし(この文に由れば、順師曼荼羅を図すのみならず、判形も加える。唯授一人のみ曼荼羅を図すという石山義は後代の言われたるが知れる)

『有師化儀抄』

(神社の尊体は勧請であること)
・一、他宗の神社に参詣し一礼をもなし散供をも参らする時は、謗法の人の勧請に同ずるが故に謗法の人なり、就中正直の頭を栖と思し召さん垂迹の謗法の人の勧請の所には垂迹有るべからず

『有師化儀抄(水鑑沙弥)註解(日亨)』

(曼荼羅本尊は十界勧請であること)
・次に当宗の御堂の事・本門御本尊堂と広宣流布の時之を建立す、故に当山但祖師堂計りなり、故にたとへ十界勧請の御本尊を安置し奉るとも御影堂なり

(戒壇之本尊の諸尊は勧請であること)
・戒壇の御本尊、寸尺、長四尺七寸五分、横弐尺壱寸七分、厚弐寸弐分御首題御勧請皆金薄入りなり、仏滅後二千二百廿余年等と云云、御端書、右為現当二世造立如件、本門戒壇之、願主弥四郎国重敬白

(曼荼羅図示の諸尊は本尊体具にして勧請であること)
・当門流の祈念、誰人を以つて本尊とし何の法を以つて祷るべきや、能く々案ぜらるべし、縦ひ仏菩薩明王等を勧請申す共、夫れは本尊躰具の聖衆なるべし

(勤行に金鈴を打つことは勧請であること)
・最初の金は惣じて是れをいはゞ、本尊御影勧請のかねなり、二つは則境智、定恵、両尊勧請の意か、両品の間のかね二つ、一つをば方便品の終に打ち、一つをば寿量品の始に打つ

・問ふて云はく一つ二つのかね所表ありや、答へて云はく所表之れ有るべからず但其の一代一代の上人を勧請申すべきために先づ金を一つ打ち驚かし申すなり、其の後酒飯参る間二つ打つなり

『穆作抄』

(法界の妙法蓮華経を勧請するが曼荼羅であること)
・法花経御本尊を余多勧請して法界一躰の妙法蓮花経を二反三反十反になすなり

『申状見聞私』

・妙法蓮華経の大曼陀羅、十界の聖衆勧請の御幡なるべし

『富士門家中見聞(家中見聞下)』

(中世に諸天勧請の諸天堂、富士にあり)
・富士諸寺に諸天堂を建立すること、本尊の如きは諸天を寺内に勧請する為め

『富士大石寺明細誌』

・天王堂本堂前東方西向向拝唐破風檜皮葺、四間四面、日天月天を勧請す神躰は板本尊。・垂迹堂本堂前東方西向宮造一間四方、天照八幡を勧請す神躰は板本尊。
・学頭寮蓮蔵坊と号す。講堂間口七間奥行六間、仏壇中央十界勧請大本尊、右日蓮聖人木像左日興上人木像。
・一、本門戒壇の板大漫茶羅 一幅
日蓮聖人筆十界勧請御判の下横に並べ、現当二世の為め造立件の如し、本門戒壇の願主、弥四郎国重、法華講衆等敬白

113犀角独歩:2002/06/16(日) 01:22

なんだか通俗的ですが、「勧請」の意味を辞典から

かんじょう くわんじやう 【勧請】

(名)スル

(1)神仏の来臨を請うこと。
(2)神仏の分霊を他の場所に移しまつること。宇佐神宮から分霊を迎えて石清水八幡宮をまつったことなどはその例。

114川蝉:2002/06/21(金) 09:23
遣使還告
犀角独歩 さんが85 番のコメントに、

>しかし、仏について、寿量品に

>而も実には滅度せず 常に此に住して法を説く
>我常に此に住すれども 諸の神通力を以て
>顛倒の衆生をして 近しと雖も而も見ざらしむ

>といい、いま、この瞬間にもここに在し、永遠の法を説き続けて
>いらっしゃる。その仏を拝して、弘教するのが地涌菩薩である点
>も見落としてはならないはずです。

と書かれていますが、極めて大事な、忘れてはならない観点ですね。

寿量品には、
毒薬を飲み苦しみ本心を失った子供達は父親が解毒薬を与えても服そうともしない。そこで父親はわざと遠くに出かけ、使いの人に、「旅先で父親が死んでしまった」と子ども達に告げて貰った。
子ども達は悲しみと父を慕う気持ちに駆られる事によって、父親が置いていった良薬を服する気持ちが起こり、服した結果、毒気が除かれ健康を取り戻した。子ども達が癒えた事を知り、父親は家に戻り子ども達と再会した。と云う有名な喩えがあります。

宗祖は「今の遣使還告は地涌なり。是好良薬とは、寿量品の肝要たる妙、体、宗、用、教の南無妙法蓮華経是れなり」(本尊抄・251頁)と云って、この喩えに有る「使い」とは地涌菩薩の事だと教示されています。

地涌菩薩は、我々に、父なる釈尊と再び会わせてくれる菩薩ですね。

使いに当たる日蓮聖人の教えに従い、釈尊が留め置いてくれた是好良薬である妙法五字を信行すれば、謗法、煩悩の病が癒えて久遠本仏釈尊に見えることが出来ると言うことですね。

故に、「観心本尊抄送状」の
「乞ひ願くば一見を歴るの来るの輩、師弟共に霊山浄土に詣でゝ三仏の顔貌を拝見したてまつらん。」(255頁)
とのお言葉や、また
「四條金吾殿御返事」の
「両眼あらば三仏の顔貌拝見疑なし。さうのつばさあらば寂光の宝刹へ飛ん事須臾刹那なるべし。」(1118頁・真無)

等のお言葉があるのでしょう。
このお言葉は寿量品にきちんと基づいたものですね。

寿量品も本尊抄も釈尊が本仏であるという教示をしていますね。
日蓮聖人自ら「遣使還告」であると自覚されていた日蓮聖人が「自分が本仏であり、釈迦は本仏に非らず」などという信念を懐いていたという道理などありませんね。

天台大師が「法華文句」に
「遣使とは・・今は四依の菩薩を用う。衆生に語りて云はく『仏は已に滅度したもう。但、此の法を留めたまう。我今弘宣す、汝等当に受行すべし』と・・是れ使人なり。」(巻第十上)
と解説しています。

意味は
「遣使とは、四依の菩薩のことであり、四依の菩薩は衆生に『仏が留めてくれた法を、この私が今弘宣するのである。汝等は此の法を信行すべきである』と伝道するのである。遣使とは仏の使いの事である。」
と言う意味です。

宗祖は「本尊抄」に、
「四に本門の四依は、地涌千界は末法の始めに必ず出現すべし。今の遣使還告は地涌なり。是好良薬とは、寿量品の肝要たる妙、体、宗、用、教の南無妙法蓮華経是れなり。」(251頁)
と説明しています。

宗祖はご自分を釈尊の弟子、使いと任じて居られていたことは確かです。
釈尊は根本教主すなわち本仏でなく日蓮聖人こそが本仏・根本教主などという義は、本尊抄には有りません。

喩えると使いを遣わす釈尊は国王に当たり、お使いである宗祖は派遣された全権大使に当たります。
大使は如何に全権を与えられていると言えども、自分が国王であると僭称することは出来ません。
宗祖は、遣使還告の地涌の菩薩であるので、自らを本仏・根本教主などと僭称する道理はないのです。

たの掲示板で、「国王も死ぬことがあるから大使が国王に成ることもある(故に日蓮聖人が本仏になることがある)」などと言う馬鹿げた反論をしてきた人がありました。

国王に喩えても、寿量品に教示しているように、釈尊は常住不滅の仏ですから、死んで居なくなってしまうことなど無いのです。

115犀角独歩:2002/06/21(金) 18:26

川蝉さん;

> 114

大変にすばらしいレスを頂戴しましたこと、有り難く感謝申し上げます。

116モモ:2002/06/23(日) 05:46
某掲示板より

人生真っ黒・・・ :01/09/10 20:46
日蓮正宗が今一番の心の苦しみです。
僕自信は無宗教ですし、家は神道です。しかし、東京に出てきて
付き合った恋人が熱烈な日蓮正宗の信者だった事で苦しみが
始まりました。無理矢理信者にもさせられて信じてもいない宗教を
強制させられています。親が知ったらなんというでしょうか。
考えるだけで心苦しいのですが、別れたくても別れてくれません。
別れ話を持ち出しても、直ぐに自殺をほのめかして苦しめます。
もう2年以上になります。恋人は元は創価学会だったそうですが、
大石寺と創価学会が喧嘩したときに家族ぐるみで学会を抜けた
そうです。毎日僕の部屋で池田大作を呪っています。
朝早く「ごんぎょう」という長い苦しみをさせられています。
題目を唱えるのも、お寺へ無理矢理連れて行かれるのも辛いです。
こんな辛い思いを僕に強制させる宗教が本当に正しいの
でしょうか?。僕は口には出しませんが日蓮が大嫌いに
なりました。恋人が友達と遊びに行っている隙に、神社に行って
唱え言葉を唱えて二礼二拝一礼するのが何より気持ちいいです。
詳しくは言えませんが、会社も恋人の為に首になりました。
無職の僕に、恋人は信心を強制し続けます。
日蓮正宗の一番エライ人は日顕という人だそうです。
日顕さんは僕が日蓮正宗でどれだけ苦しんでいるのか
分かっているのでしょうか?。
お寺に一番最初に連れて行かれたとき、入信を拒んで半日も
粘りましたが、入れ替わり立ち替わり信者の人が
優しく言ったり、怒ったり、繰り返されて・・・気が付いたとき
頭に巻物のようなものを乗せられて僕は入信しました。
死ぬほどショックでした。
「いつでも嫌なら辞めたらいい」といって薄笑いした坊さんが
今も恨めしいです。
言いたいことはまだまだたくさんありますが、
取りあえず、日蓮正宗を口には出しませんが大嫌いです。

117モモ:2002/06/23(日) 05:48
とりあえず今はノーコメントです。

121いちりん:2002/06/23(日) 12:10

まあ、ともあれ。
信仰は、楽しくやらないと、意味がないように思いますね。
楽しくなかったら、心が躍動しなかったら、やめたほうがいい。
お題目も楽しくなかったら、やめたほうがいいです。

すばらしい信仰で、最高で、しかしとてもつらい。
そのつらさに耐えて頑張っている、努力しているのだ。
そういう心のある人は、いろいろと周囲に問題を起こしますね。

わたしは「正しい」わたしは「頑張っている」……という人格は、本人も周囲もつらくなります。

123通りすがり:2003/02/22(土) 04:15
とうに過ぎた話題で申し訳ないですが、御本尊下付は3000円の御供養と定められていますが、御受戒が2000円などと言う話は聞いたことがありません。
自分自身、塔婆,過去帳、御本尊等以外は飽くまで「志による御供養」ということで、「値段」がついているものではないと、再三指導を受けました。
「御受戒願い」についても、「小銭では申し訳ないから、一応信徒の側で最低1000円というガイドラインを決めただけ」のような話だったと思います。通りすがりで申し訳ありませんが、過去のレスを発見して疑問に思ったので、書き込みをした次第です。

124問答迷人:2003/02/22(土) 10:04

通りすがり さん

以前、大石寺の宗務院に問い合わせましたとき、御受戒や、御本尊下付について、「御供養ですので、幾らという定めはありません」と言うお答えでした。そして、「基準額を設定して欲しいという信徒の希望を受けて、各末寺で基準額を決めているところは有り、本山としても、各末寺の裁量として認めています。」いう回答を戴きました。

125BH:2003/02/22(土) 18:46
大石寺では、御本尊下付は3000円以上、塔婆は2000円、永代供養は50万円て、
ちゃんと相場を用意していますよ。綺麗事は止めてください。
商売商売

126問答迷人:2003/02/22(土) 18:59

BHさん

>ちゃんと相場を用意していますよ。綺麗事は止めてください。

内事部に確認した上で書いていますから、ご不審なら確認してみて下さい。

>商売商売

これは、全く同感です。そもそも、御本尊下付の御供養金額を確認したのは、関東地方の某正宗寺院で、御本尊下付10000円、それプラス、御本尊送り5000円。締めて15000円という相場でやっている寺院が有ると事を聞いたので、おかしいのでは無いかと内事部に確認したわけです。そしたら、なんと、相場は末寺任せ、『やりたい放題』というお答えだったわけです(笑)

127いちりん:2003/02/23(日) 00:04
昨日、大日蓮展に行ってきました。

やはり圧巻は、臨滅度時の曼荼羅。とても雄渾でした。
そのすばらしい曼荼羅をじっくり拝見して、やはり確信しましたね。

もしも、日蓮さんが、出世の本懐とやらで曼荼羅を紙幅で残していたら、弟子たるものそのまま大切に保存しているはずですよね。

それを、なんとまあ板に貼りつけて、板に直接、日蓮さんが墨であらわしても、その上でノミで刻んでしまって板曼荼羅にするなど、とても正気の沙汰ではないなあ、と。

で、大石寺の人たちは、少しは正気があると思うから、たぶん、刻んだりはしない。
だから、あれは間違いなく、後世、勝手に作り上げたものだと。まあ、それも、正気の沙汰ではないかもしれないけど、偽書やら肉牙やら、勝手に作り上げるような感覚だったわけですよね。

それから、立正安国論と観心本尊抄の真筆も拝見しました。
しかし、字の勢い、自由闊達さは、「諸人御返事」でした。なんとも伸びやかにいきいきとしておられた。四条金吾の奥さんにあてた書もそうでした。それで、立正安国論と観心本尊抄の文字は、かなり窮屈で、のびやかさがないんですね。

で、わたしが感じたのは、ほんとうに日蓮さんというのは、難しい法門を表現している人じゃなくて、弟子や女性たちに、心を込めてお手紙を書いているその人なんだなあと。

躍動している日蓮さん、いきいきとしている日蓮さん、それはお手紙にあらわれていますね。
文そのものがそうなんだけど、真筆に接して、そのことを強く感じました。

あ、それから、愛染不動感見記も、よかったですね。

128ハル:2003/02/23(日) 04:14
>しかし、字の勢い、自由闊達さは、「諸人御返事」でした。なんとも伸びやかにいきいきとしておられた。

いちりんさん、ぼくもそう思いました。
「諸人御返事」の勢いある墨線の流れる感じ、これほど躍動感のある線は、ちょっと他で観たことないです。この線を引いた人の息遣いがすぐ側で聞こえるようです。
臨滅度曼荼羅の、有機的なにゅるりんとした線も、これまた異様で印象的です。
これをノミで彫ったら、その有機的な感じがそこなわれてしまうでしょう。ぼくならこの線にノミを当てる気にはなりません。
それに日本の和紙というのは意外に強く、その証拠に現代のぼくらは700年前の紙本の資料もほとんど完璧な状態で眼にすることができる。板に書かれたものは軸装にして巻けないから、紙本よりかえって痛みが早く進んでしまったりもする。
日本の風土で、紙と板とではどちらが長持ちするか? そういうことも当時の人はよく知っていた筈です。

129菱村正敏:2003/02/23(日) 09:51
諸人御返事はたぶん最後の日蓮の署名と花押がダブっているのでしたか?
すごい勢いの筆致できて、文字が乱舞しているような印象がありました。
わたしは写真でみただけですが日蓮の心的な躍動が筆致に表されて
あれは一気に書いたんでしょうか?あるいは一息で書いたのかなと思う
ほどで、末尾にちかい署名と花押までその勢いはゆるむことなく。
なかなかのものでした。安国論や観心本尊抄は後日に書き写されること
も考慮して、あるいは万人にあやまたずに読まれることを期して楷書で
まっすぐに書かれたものかなと想像しております。

130さかなこ:2003/02/23(日) 11:52
>それを、なんとまあ板に貼りつけて、板に直接、日蓮さんが墨であらわしても、
>その上でノミで刻んでしまって板曼荼羅にするなど、とても正気の沙汰ではないなあ、と。

子供の頃、大石寺に行って板曼陀羅をみたときに親に
「誰がノミで彫っちゃったの?ご本尊さまは大事なものだからノミで彫って
傷つけてはいけないのではないの?ノミで彫った木屑はどうしたの?」
と訊いたことがありました。
親は「長持ちするように彫った」と苦しいコメントを出してましたけど(笑)
子供心に納得できない答えでした。

131問答迷人:2003/02/23(日) 16:04

さかなこ さん

僕は、入信した時に、「末法万年の為に、堅牢な楠の板を選んで、本門戒壇の大御本尊を大聖人が認められ、日法上人が彫刻された。その木の残りで、日蓮大聖人の御影様を御彫刻申し上げた。大聖人様はそれをご覧になられて、『我に似たり』とご印可遊ばされた。その御影を最初仏といい、戒壇の大御本尊とともに、安置されている。」とまぁ、そんな風に聞いていましたから、一番最初、御開扉を受けたときにも、特に違和感はなく、漆塗りと金箔の戒壇大御本尊を神々しく拝して、感激したものでした。こういうのを洗脳と言うのでしょうね。さかなこさんは、幸い、そんな洗脳を受けていなかったので、ごく自然な感覚で、違和感を感じられたのでしょうね。

132:2003/02/23(日) 18:35
> その木の残りで、日蓮大聖人の御影様を御彫刻申し上げた。大聖人様はそれをご覧になられて、『我に似たり』とご印可遊ばされた。その御影を最初仏といい、

熱原で大変なことが起こっているという非常時に、なーに、のんびりやっとるんだ?、と思ってしまいます。
楠の板を彫って漆を塗って金をほどこして、ついでに御影も彫刻して……何日かかったのでしょう?

133国司@富士宮門徒:2003/02/24(月) 11:29
問答迷人さん
126にある「御本尊下付10000円、それプラス、御本尊送り5000円。締めて15000円という相場でやっている寺院が有ると・・・」
ですが、「御本尊下付」と「御本尊送り」は、どう違うのでしょうか。出来ればご教示ください。

134問答迷人:2003/02/24(月) 12:05

国司@富士宮門徒さん

御本尊下付の御供養は寺院で御本尊を戴く時の御供養。御本尊送りの御供養は、各家庭に御本尊を安置するとき、御僧侶に来ていただいたときの御供養です。

135国司@富士宮門徒:2003/02/24(月) 13:59
問答迷人さん
ありがとうございました。
でも、御本尊下付と言っても「御形木御本尊」でしょうから、絶対、御僧侶に来て頂かなくてはいけないという訳ではないでしょうから、これは省けますね。

136国司@富士宮門徒:2003/02/24(月) 14:04
それにしても、1万円は高いですな。
私の寺院では最近「御本尊下付最低額(笑)」がでました。
失業中の方だったので「300円」でした。
御住職が「御気持ちで結構です」と言ったら、封筒に300円を入れておりました。
御住職は全く気にされてませんでしたが、紹介者の私が、精神的に参りました。

137問答迷人:2003/02/24(月) 15:43

国司@富士宮門徒さん

>御本尊下付と言っても「御形木御本尊」でしょうから・・・これは省けますね。

何か、その寺院では、御本尊を安置するときは、ご住職が必ず行かれるそうでした。だから、15000円な訳です。

>御住職は全く気にされてませんでしたが、紹介者の私が、精神的に参りました。

そうなんですか。それは、良心的なご住職ですね。そう言えば、僕は、むかし、大学生を勧誘して、御受戒だけ受けることになったとき、幾らでも良い。気持ちで良い、といったら、その学生さん、御供養50円でした。何だかとても気まずい思いをしました(笑)。結局続かなかったです。恐らく、あまりしつこいので、取りあえず御受戒だけ受けておこうか、という事だったのだと思います。今思い出すと、成果目標に責められて、無理矢理勧誘したのだろうと思います。本当に、その学生さんには、申し訳ないことをしたと思っています。

138問答迷人:2003/02/24(月) 22:36

あ さん

>熱原で大変なことが起こっているという非常時に、なーに、のんびりやっとるんだ?

仰るとおりですね。こんなところからも、『弘安二年十月十二日、本門戒壇板本尊の建立』説の綻びが見えていますね。まぁ、日精上人もそこまでは気配りが及ばなかったと言うことでしょうか。

139管理者:2003/11/05(水) 23:16

沖浦克治さん

たとえば、このスレッドは黙秘自由のスレッドです。

140ラキ:2005/12/15(木) 03:44:30
タバコの税率が上がります。
タバコ税を財源に児童手当の支給に踏み切る、公明党は国家財政の危機なのに無駄な法案を作ってると思えます。
児童手当を受けられる世帯の所得制限は、現在の年収780万円から860万円に引き上げられます。
子供の人数でも影響はあると思いますが、3人家族なら780万もあれば十分な金額だと思います。
支給するなら、低所得者と収入の割りに、子供が多い家庭とかに支給がまともな政治だと思えます。

141彰往考来(しょうおうこうらい):2005/12/15(木) 07:40:17

>140
どうゆう理由であれ、タバコ税の増税は賛成であります。
公明党もこんな生ぬるいことをしないで、1000円/箱くらいにすべきでしょう。
そうすれば喫煙人口は大幅にへり、かつ財源は確保できるという一挙両得となります。

愛煙家から袋叩きかな?

142ラキ:2005/12/15(木) 15:02:21
>141
一時的に増収となると思いますが、喫煙家が減り、先を見ると税収減になると思います。
増税で喫煙家が減るのは、医療費削減になるので、健康を考えると微妙な気がします。
私は、酒税をもっと上げた方が良いと思っています。
タバコを吸って犯罪は犯しませんが(タバコの投げ捨てで、火事はありますが)
お酒を飲んで、犯罪を犯す事は多いので、酒税増税こそするべきだと思います。
飲みすぎで、体を壊す事もありますし、健康を考えるとやはり増税すべきだと。

飲酒家から袋叩きかな?w

143犀角独歩:2005/12/15(木) 15:11:46

税金を上げるのではなく、公務員や、代議士特権をどんどん削減し、給与、ボーナスも大幅ダウンし、人件費削減、税金の無駄遣いを減らすほうが先でしょう。
悪行を為したものから、財産をすべて没収し、国庫金とするなんていうのもいいでしょうね。

小泉をはじめとする議員に言いたい。国民の税金減らす前に、議員特権と税金の無駄遣いを止めなさい。

こう書くと、また、議員擁護派から袋叩きでしょうか(大笑)

144独学徒:2005/12/15(木) 17:16:10

彰往考来さんご提案のたばこ税のさらなる増税案、ラキさんご提案の酒税増税案、犀角独歩さんご提案の税金の無駄遣い削減案、全て大賛成です。

愛煙家・飲酒家・議員擁護派の方々より、魑魅魍魎と言われてしまうかもしれません。

145彰往考来(しょうおうこうらい):2005/12/15(木) 17:25:17

>142 
あくまで個人的意見ですが。
大増税しても統計的に税収減にはならないはずです。
酒は酔っ払って肝硬変になろうと、所詮自業自得なのです。
それに対して、煙草は受動喫煙といって吸っていない周囲のものにも被害を及ぼすのです。
http://www.mhlw.go.jp/topics/tobacco/qa/detail3.html
http://www.asunet.ne.jp/~kakezono/burajiruarerugi-.gif
http://homepage3.nifty.com/tobaccobyo/
http://www.abe.or.jp/tobacco/index.asp

酒の場合、少量であれば、血圧を下げるなど薬事効果もあります。それに対して煙草は全く薬事効果はありません。

喫煙によるオフィスの分煙対策による余計な経費もばかにできません。飲酒によるオフィスの対策費用など必要ないのですよ。飲酒運転対策のための代行運転やタクシーなどむしろ経済効果があるのです。

北欧では煙草税がとても高いです。それでも吸う人は吸うようですね。
http://thankyou.co.jp/ryori/nikki/hokuo/11.html

皆さん、どんどん煙草を吸って国家に税金を納めましょう。莫大な税金を払い、国家に寄与していてこそ許されるのが喫煙なのです。私はまっぴら御免ですが。

146ラキ:2005/12/15(木) 21:17:25
>145
>それに対して、煙草は受動喫煙といって吸っていない周囲のものにも被害を及ぼすのです。
喫煙家には手痛い意見です。(^^;

>酒の場合、少量であれば、血圧を下げるなど薬事効果もあります。それに対して煙草は全く薬事効果はありません。
タバコも少量なら、精神の安定作用はあると思います。

>喫煙によるオフィスの分煙対策による余計な経費もばかにできません。飲酒によるオフィスの対策費用など必要ないのですよ。飲酒運転対策のための代行運転やタクシーなどむしろ経済効果があるのです。
企業では設備投資が掛かりますが、空調設備等の設備関係には経済効果があると思います。
消費するタバコ。お酒のどちらにしても経済効果はあると思えます。

ま、お酒を飲んでもお酒に飲まれて、理性を無くし、路上で寝たり、酔って他人に絡んだり、酒癖の悪い飲み方だけは、止めていただきたいですね。

(以下シャレです。)
皆さん、どんどんお酒を飲んで国家に税金を納めましょう。莫大な税金を払い、国家に寄与していてこそ許されるのが飲酒なのです。

147彰往考来(しょうおうこうらい):2005/12/16(金) 07:43:33

>146
ま、熱くなって議論する内容でもありませんから、あくまで個人的意見ということで。

>タバコも少量なら、精神の安定作用はある
これは違うでしょうね。マリファナに精神安定作用があるというのと同じ論理ではありませんか。論より証拠で、精神科のお医者さんが、患者に精神安定作用のため煙草を勧めますか?

>空調設備等の設備関係には経済効果がある
こういう投資を無駄な投資、必要悪といいます。企業からみれば本来不必要なことです。そんなことしないで、他の投資に廻すなり、従業員に還元するなりしたほうが、もっと経済効果があります。煙草、特にヤニによる空調設備のメンテナンス費は相当なものなのですよ。ちょっとしたオフィスでも年間50万円以上かかっているはずです。

>お酒を飲んでもお酒に飲まれて、理性を無くし、路上で寝たり、酔って他人に絡んだり、酒癖の悪い飲み方だけは、止めていただきたい
そうなんですよ。酒は飲んでも飲まれるな、ということなんですよね。反省・・・。

148藤川一郎:2005/12/16(金) 11:32:11
つまらない事を1つ
タバコは健康に良くありませんが、ネオシーダという医薬品もあります。

ネオシーダ

効能
セキを鎮め、タンをきる。

用法用量
先端に点火し、たばこのように煙を吸入する。
1回1〜2本、1日量10本まで。

149藤川一郎:2005/12/16(金) 11:34:42
>>論より証拠で、精神科のお医者さんが、患者に精神安定作用のため煙草を勧めますか?

私の知り合いに、精神疾患の方がおりますが、適時の煙草を勧められたそうですよ。埼玉の某病院です。

150彰往考来(しょうおうこうらい):2005/12/16(金) 11:39:58

>149
そうですか。ラキさんが元気づきますね。
しかし、その医者もどうかしてると思うなあ。
さすがは、“ダサイたま”。
ん? これは削除対象かな?

151藤川一郎:2005/12/16(金) 13:49:26
実は煙草を勧める位なら、大麻を勧める方がよほどマシという考えもありますよね。
そもそも大麻は麻薬ではない。大麻よりも煙草の方が中毒性も悪効も多いと言う見解もあります。
しかし、日本では大麻取締法があるから大麻を所持したり、使用すると逮捕されます。
まあ、法律にはおかしな物が多いのですが、何故に煙草取締法が無いのに、大麻取締法があるのか?

ちなみに明治時代の広告には「印度大麻煙草はぜんそくに効果がある」そうです。

152ラキ:2005/12/16(金) 14:33:47
>これは違うでしょうね。マリファナに精神安定作用があるというのと同じ論理ではありませんか。論より証拠で、精神科のお医者さんが、患者に精神安定作用のため煙草を勧めますか?
確かに精神科では薦めませんが、ある程度は喫煙をしても良いと言います。
止めた方がいいけど、多少ならいいよて。
お酒でも、アルコール依存症やお酒による内臓の病気には、薦めませんよね。
梅酒等は、食欲増進や胃腸の働きを助けるから少量は進められますが。

>こういう投資を無駄な投資、必要悪といいます。
企業から言えば無駄ですが、利益を従業員に還元してくれるわけでもないし、喫煙者の従業員もいるわけですから、喫煙所を作るのも必要な事だと思います。
オヒース全体が禁煙になってるのですから、喫煙者に対して公平に喫煙を出来る場所を作るのは、必要だからです。

ま、私が述べたいのは、タバコが何でも悪者扱いされる世の中ですが、飲酒による犯罪の行為の方がもっと悪いと思うからです。
幼児がタバコを誤飲して死亡するより、飲酒者の事故等で死亡する方が多いですし。
年末年始ですが、飲みすぎて、お酒に飲まれて、飲酒運転、一気飲みの急性アルコール中毒。器物損壊等しないように飲酒者の方は気をつけてください。
ま、飲酒者の喫煙のタバコのポイ捨てもダメなので、ポケット灰皿の携帯は必須です!
お酒飲まない喫煙家もですけどね。^^

149の投稿で、私は元気づきません。知っていましたし。

153彰往考来(しょうおうこうらい):2005/12/16(金) 15:41:19

>151何故に煙草取締法が無いのに、大麻取締法があるのか?
その理由は、

戦争中にはパラシュートなどの軍事物資用いるために栽培が奨励されていた国産の麻が、現在のように規制されるようになったのは第2次大戦後ですね。
日本に進駐した占領米軍が、大麻規制を日本に迫りその結果、大麻取締法が1948年に制定されました。そもそも、大麻の規制はアメリカの政策だったんですね。当時、アメリカは大麻弾圧の真っただ中で、それがそのまま日本にも波及したというわけです。そのアメリカだって、建国当時は麻の栽培を奨励していたんです。麻の繊維は貴重品で船のロープをつくったり、軍事物資でもあった。種から油を搾り繊維は衣類に使われていた。規制された理由は色々考えられます。ひとつは石油化学工業の発展です。ナイロン等との競合ですね。そして麻からは質のいい紙が作られます。木材パルプ資本にとっては驚異でしょう。それに、アメリカは禁酒法が撤廃になって取締官の仕事がなくなってしまったんですね。その新しい対象として大麻が選ばれたんでしょう。

<引用資料>
http://www.asahi-net.or.jp/%7Eis2h-mri/pent.html

154彰往考来(しょうおうこうらい):2005/12/16(金) 18:28:41

>152
>利益を従業員に還元してくれるわけでもない
どうしてでしょうか。なぜそう言い切れるのでしょうか。ちっとわからないですね。少なくとも私が勤めている会社は労使で、よく話し合っていますよ。

>喫煙者の従業員もいるわけですから、喫煙所を作るのも必要な事だ
これもどうでしょうか。作るかどうかはそこで働いている人たちが決めることではないでしょうか。ちなみに私が勤めている会社の本社ビルはオフィスが禁煙になっているので喫煙所は屋外です。雨が降ろうが寒かろうが外ですね。そんなものにお金はかけず、浮いたお金を福利厚生などに廻しているのですけどね。利益を従業員に還元していると思いますよ。
また喫煙者だけにお金を掛けて喫煙所をつくるのがはたして公平でしょうか。嫌煙者(禁煙者ではありません。もともと吸わないのだから)からみれば不公平だと思いますよ。
だから、
>喫煙者に対して公平に喫煙を出来る場所を作るのは、必要
とのご主張は私は賛同いたしかねます。

まあ以上は私の個人的意見で、会社の形態も一例にすぎず皆に押し付けるものではありませんが、世の中色々です。ある会社ではビルから50m以内は禁煙です。煙草を吸う人はどうしているの?と聞いたら、吸うような人は雇わないとまあ明確でしたね。不純物を嫌う製品を作っている所で、そのような処置をすることにより、会社が成り立つということです。溶剤を扱う会社も喫煙所は一般に外です。コンピュータを販売する会社も喫煙所は外でしたね。部屋で吸うと商品のコンピュータに煙草の煙、特にヤニが入り、誤作動するからというのが理由でした。人の健康などを考えた理由ではなかったですけどね。

>飲酒者の事故等で死亡する方が多い・・・ほか
これはそのとおりでしょう。情けないけど問題ですね。飲酒に色々問題があることは理解しています。飲酒運転に限定して申し上げるなら、飲んだら乗るな、乗るなら飲むなですね。

そろそろこの議論もおひらきにしないと、富士門流と何の関係があるか問われますね。これにて私は本件を終わりたいと考えます。

155ラキ:2005/12/18(日) 12:54:51
>溶剤を扱う会社も喫煙所は一般に外です。
火気を嫌う溶剤工場等は、外(屋外?敷地外?)ではなく専用の喫煙所を設けています。

>富士門流と何の関係があるか問われますね。
スレッドテーマで”井戸端すれっど「山門前」”ですので、富士門流と関係ある、なしにとらわれなく雑談等だと思っておりました。
ま、富士門流から見た出家者の、喫煙、飲酒観に進めば、富士門流と関係なくはないと思われますが?・・・
私もこれで終了いたします。

156天蓋真鏡:2006/12/14(木) 05:57:02
此の掲示板が、つぶやきとも違って雑談スレッドなのですか。

157天蓋真鏡:2007/01/01(月) 02:07:28
新年明けましておめでとうございます。 今年は「臨滅度時本尊漫荼羅」を拝観して、長谷川等伯、本阿弥光悦、加藤清正、徳川光圀などの趣きを楽しみたいです。

158再挑戦者:2007/01/04(木) 21:58:54
 横から、おめでとう御座います。 
 イラクではあの独裁的な暴君サダムも絞首刑でした。 非公開でしたが警備員関係者の特撮?がWebにながれて問題化しています。
 他方、同じ独裁の北朝鮮では、権威発揚に逆らう批判者、不服従者などは逮捕され、強制収用所〜拷問〜公開銃殺のようです。 ただ処刑前に口のなかに石、異物を詰め込まれ言語を発声不可にされていて一般観覧者に反体制の言動が伝達出来ないように仕組まれているようです、。(「共産主義黒書、アジア篇、恵雅堂出版」)
  一方、わが国では、宗教独裁?に逆らう方方を傍系機関紙にてボロクソ、汚く、罵詈雑言を性懲りも無く繰り返して居ます。
  これは形を変えて、別な視点から見るとき、共産圏の公開処刑と全く同じ流れだ、と断定しています(週間現代、最新号、勝谷氏レポート)。
 さすがは、鋭いご指摘かと思いますが、、、。 マスコミ叩きに屈しない報道の姿勢の講談社に大拍手、、!!!


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