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井戸端すれっど「山門前」
107
:
犀角独歩
:2002/06/13(木) 12:56
この点は既にほかで書いたのですが、「本尊」という語彙は初期天台資料(陳・随・唐代成立天台文献81資料)中には、唯の一度も使用されていません。天台・妙楽には本尊という概念すらないわけです。私が“本尊”語に拘る一つの理由です。方や「曼荼羅」は30以上の使用例を見ます。
ところが、たとえば本覚資料である『漢光類聚』では、“本尊”語の使用が見られるわけです。もちろん、“曼荼羅”語の使用も見られます。
たぶん、本尊と曼荼羅というのはその生成と使用が必ずしも一致しない別に発展して培われ融合した概念語彙であったと見なせます。その時代背景で聖人は使用されているのであろうと私は想像しています。
故に聖人が観心本尊、本門本尊というのは、純天台的見地から言えば、実はかなり違和感があることになります。純天台的に言えば、仏は寿量釈尊であり、法は一念三千ですが、しかし、それが本尊であるとか、曼荼羅であるとかいう言い方にはならないわけです。それを本尊と曼荼羅とするところに聖人の独走があるのでしょう。台学からは、たとえば『破日蓮義』という形で非難の対象になるでしょうが、日蓮門下にとっては、その独創性の故に聖人を恭敬するのでしょう。
なお、聖人にしても、興師にしても造仏否定論者であるわけはなく、ただ曼荼羅図示を至極とする以上、自然に曼荼羅尊重、本尊と見做すのも当然のことであったのでしょう。聖人の特徴を曼荼羅本尊である以上、仏像以上に曼荼羅が尊重されるのも自然な流れであったのでしょう。しかし、これは仏像の否定とは少なからず意味を異にします。
取り分け、興師門下、あるいは朗門像師は曼荼羅尊重には喧しかったように見えます。また、曼荼羅尊重をするところは聖人を上行菩薩と仰ぐ気風も強いという、ある種の因果関係も見いだせるような気がします。
なお、聖人を上行菩薩と見做す思想には、大きく二つあるように思えます。一つは後身、もう一つは垂迹とする考えです。前者の場合、聖人を菩薩と拝することになりますが、垂迹であれば凡夫ということなることになるようにも思えます。興師自体のお考えは、前者であると思えます。
まあ、このようなことを書いても関心を持たれる方はあまりいらっしゃらないでしょうね。
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