したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | メール | |

井戸端すれっど「山門前」

103川蝉:2002/06/12(水) 09:11

犀角独歩 さんへ。

>実際、為体の文では曼荼羅相貌の説明としては、愛染・不動の梵
>字、天台・伝教、天照大神・八幡大菩薩という実際に記されると
>ころの諸尊の説明はまったくないわけですから、やはり、曼荼羅
>図示の説明と言うより、虚空会説法について論ずる範疇を超えて
>いないと思うわけです。

なるほどそうですね。経文上の虚空会に居ない神や人までも曼陀羅には載せられていますね、
しかし、「其の本尊の為体」はと云って、虚空会の光景を記し、夫れを指して「是の如き本尊は」と記述しているので、やはり曼陀羅を説明していると見るべきではないですかね。

「種々御振舞御書」(真蹟曾存)を見ると、宗祖の虚空会についての見方は経文を越えていますね。
「種々御振舞御書」には
「又大蒙古国よりこの国をせむるならば、天照大神、正八幡とても安穏にはをはすべきか。其上釈迦仏法法華経を説き給ひしかば多宝仏十方の諸仏菩薩あつまりて、日と日と月と月と星と星と鏡と鏡とをならべたるがごとくなりし時、無量の諸天並に天竺、漢土、日本国等の善神、聖人あつまりたりし時、」(913頁)

と虚空会に言及しています。
虚空会には「漢土、日本国等の善神、聖人」も来集していたと考えているのですね。当然、天照大神・八幡大菩薩も列座していたと考えられていたことになりますね。
愛染・不動も列座していたと考えていたことでしょうね。梵字にしたのは何か意味を含めたのかも知れません。

また同書に
「今の月天は法華経の御座に列りまします名月天子ぞかし。宝塔品にして仏勅をうけ給ひ、嘱累品にして仏に頂をなでられまいらせ、如世尊勅当具奉行と誓状をたてし天ぞかし」

とあります。日天子も明星天子も同じく列座していたと考えられていたと思います。

天台の伝記に「恵思禅師が汝と自分はかって霊鷲山で共に法華経を聞いたのだと語った」と云う有名は話が伝えられていますね。宗祖もその話を基に記載したのかも知れませんね。

あるいは、「今本時の娑婆」「本師の娑婆」と表現されている世界いわゆる霊山浄土でしょうから、天台・伝教も死後、還っている世界と考えて、書き入れたかも知れないなと思ったりします。

虚空会と曼陀羅の記載とは全同ではないですね。宗祖独自の虚空会観をベースに宗祖独自の工夫をプラスしたのでしょうね。

云うまでもなく、虚空会の中心、教主は釈尊であることは、明白な事実ですね。さすれば、曼陀羅を本尊としながら釈尊本尊を否定することは大きな間違いですね。

教理的に難しく論じるより、虚空会の教主を取り出せば、釈尊ですね。その釈尊像が本門の教主であることを形で示す為に四菩薩像を添えたのが一尊四士像であると、簡単に考えればと良いことなのでしょうね。

一尊四士像を本尊として唱題する時には、勧請文を言上し曼陀羅勧請の諸尊も勧請すれば、仏壇には曼陀羅勧請の諸尊が影現するので、曼陀羅本尊を拝しているのと同じといえましょう。

昭和定本には「撰法華経」が収録されています。
像師の注釈書も現存するので、宗祖が選定されたことは間違いないと宮崎英修師も論じています。(続く)


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板