順調でよかったです。
フランス語が溶けてきてよかったですね。でもこういう段階って、溶けて入ったものを OUT PUT する時に、不純物というか思い込みのフィルターを通すことも多いので、時々は意味や綴りのチェックをしたほうがいいですよ。私なんか、本で読むことのない話し言葉で10年以上も違う綴りをイメージしていたり、外来語で勝手に性別や発音を変えていたことってありました。外来語は一般に男性名詞とするって昔習ったものですから、ポテトチップのことを、男性名詞で使ってたんです。それが子供にうつって、彼らが大きくなってからママのせいで今でもchips(シップス)を口にする時は緊張するとか言われました。後、Puzzule はわざわざフランス語風に「ピュズル」って発音してたんですが、英語風のパズルでいいってことが後でわかって、これも子供に指摘されました。外来語って難しいです。30年前はハンバーガーを「アンビュルジェール」って完璧フランス語風に発音する人もいましたが今は「アンバーガー」ですし。こういう英語から来た言葉って、意味は分かっているものだからそれこそすぐ頭で溶けちゃって、わざわざフランス語の辞書を引いたりしないからけっこう要注意なんですよ。
フランスで最初に通った語学のクラスで先生が黒板に「MAT」って書いてその意味を質問したんですが、誰も知らず、私はマストのことだって知ってたんですが、脳内では「MAT=マスト」変換であってすぐにはフランス語で説明できなかったんで、結局答えられませんでした。やっぱりまめに仏仏辞書を引かないとフランス語アウトプットは上達しません。
後、日本人の主婦なんかで、簡単におばさんたちの会話に入っていけるようになる人が、それを普通のフランス語だと思って、子供の学校の先生にも話しているとかもよく見ましたから要注意。外国人なんだから、丁寧語だけしゃべれた方がまだましなんです。出るとこへ出たらちゃんと話せるというポイントを抑えることが大事です。日本よりも教養の差が言葉に出ますからね。
マルセル・プルースト
励ましのお言葉痛み入ります。実は日本語教室のアシスタントのようなものもやっていて、そこで高校生にも日本語を教えているのですが、まだ叱り方がわかりません。この間、「Tais-toi」「Sois tranquille」「Calme-toi」の違いを説明してもらいました。日本語の「コラ〜」にあたるのが「Eh〜」だと教わったのですが、あまり使っているのを聞いたことがありません。
さて本題です。実は今トゥーサンのヴァカンスなのですが、マルセル・プルーストの「Du cote de chez Swann(1913)」の中の「L'edifice immense du souvenir」を要約してこいという宿題が出されました。高校生にもどったつもりで辞書を引き引き意味を調べています。当然仏語で要約するのですが、なかなか気持ちが乗りません。和訳でもプルーストは1冊も読んでいないので興味が湧かないと言えばそれまでですが・・。要約の方法もよくわからないのですが、どのようにしてモチベーションを高めていったら良いのでしょうか?ただ思ったより古語は少なく、文語調の言い回しが見受けられるくらいです。こんな質問は失礼かとも思ったのですが、なにせ一向に進まず苦しんでいるものですから・・。ヒントをいただければ幸いです。
単独で「Ce n'est pas inexact.」と言えばやはり「間違っているというわけではない」か、文脈によっては「C'est tres exact」の逆説的表現だったりしますね。
「Non,」で始まる否定文は本来否定辞(ne pas とか aucun とか personne とか nul とか)を含んでいなければなりませんけど、口語では否定の接頭辞入りの肯定文ですまされちゃうことはありますけれど。
「Non,ce n'est pas possible.」の代わりに
「Non, c'est impossible.」と言うとか・・
と、ここまで書いてから、好奇心で Petit Robert をひさしぶちに開きましたら、確かに、Non,c'est inexact の例文がありました。それだけから推論して飛躍しちゃったのだとしたら、誤解ですね。
フェーヴ
日本では、フェーヴの入ってないガレットが普通でしょうね。間違ってフェーヴを食べてしまった人がいたとのことで、クレームがついたか何かしたのでしょう。「食べる前に入れて下さい」とタルトにフェーヴを添付(PAUL、LA VIE DOUCE)、フェーヴ代わりにアーモンドのホールを入れる(SHIMA)などの方法がとられていますが、フランスの方からしたら、「うっそー!!!」でしょうね。実際、ブルゴーニュに住むわたしの友人(日本人)がそれで非常に驚いていたのでした。
で、わたしは、食べるのは好きなんですが、お料理はそんなに好きじゃなくて、時間さえあれば、別の手仕事をしたり、街歩きに出かけてしまうことが多く、それに、子どもはもう一人しか家にいないのです。で、この娘は料理好きなので、彼女にやらせようかな。というか、娘が、パンはビゴ、タルトならクリーム系は好きじゃなくて、なんつったって焼き菓子!なので、甘い親がついついガレットあさりしてます。もっとも、弁解すると、娘はグルメ気取りのわがままスイーツ(「スイーツ」については検索してみて下さい)というわけではなくて、ビゴみたいなパンがヨーロッパやアメリカ(ボストンの経験あり)ならどこにでもあるのに、どうして日本にはなくて、噛み応えも味もないパンばっかりなんだろう、と、仕方なく銀座まで行ってます。時間(と、もしかしたら適切な粉)さえあれば自分で焼くのが一番かもしれませんけれど。
La Grande trappe
Alainの<Propos sur le bonheur>の<
Bonne humueur>のところに、アランが<La grande trappe>に行つたことがかいてありました。トラピスト修道院でGrandeというのは、単に大きなというのではないようにおもいますが、どのような基準でGrandeというのがつくのでしょうか?一つの訳本は「大修道院」他の一つには「ノルマンデイのトラピスト修道院」とありました。そうすると、17世紀半ばすぎにおこつたという大改革がノルマンデイのトラツプ修道院であり、シトー会のことを、一般にトラピスト修道院とよびだしたことから、ここが「大」とつくことになつたのでしょうか?grande
という呼び名は他の修道院でもつかうのでしょうか?教えていただけると、幸いです。
アランはなんと、ここをおとずれたことが、カトリツクから離れる機縁になつたようですが、彼自身も何故、いつ、カトリツクからはなれたのか、はつきりしないそうです。いずれにしろ「解放された」という思いがあつたとか。トラピストでは墓穴を毎日ほるとか、死体を一週間見せるためにおいておいたとか、陰惨だつたそうで、彼は「上機嫌」こそ、大切な「徳」だとかいていました。
cafe au lait(牛乳)と vache a lait(乳牛)の違いはニュアンスが違うどころか、なんと日本語では漢字の前後の違いですね!
ここで、lait に冠詞がつくかつかないかは、基本的には前置詞「a」がつなぐ二つのものが混合物であるか否か、だそうです。
cafe au lait, glace au chocolat, sauce au vin などが前者で
vache a lait, moulin a eau, machine a vapeur などが後者の例です。
それでも、冠詞がつくつかないはそういうことだとして、その冠詞が部分冠詞なのか定冠詞なのか、私には調べがつきませんでした。Sekkoさまの考えでは、cafe au laitの lait についているのは部分冠詞ですね。でも、de le → du という規則が自然と頭に入っていても、du → de le と逆分解して a と de を置換するというのは、後付の理論に過ぎないような気がしてきました。ここはいっそ、カフェオレのレについている冠詞は定冠詞だと考えられませんか。
そこをつきつめていきますと、やっぱり部分冠詞という冠詞の設定不要論になります。部分をあらわす「de」と定冠詞の縮約規則があるだけと考えた方がスッキリです。「部分冠詞=部分ををあらわす前置詞+定冠詞」と言っても、そんな前置詞はフランス語ではde以外にないですよね。
beau fils et gendre
フランス人語の先生(フランス人男性)に「婿」のことを、beau fils といいましたら、「その言葉をつかつてはいけません。gendreを使いなさい」といわれて驚きました。神父さまからの手紙にはやはりgendreという表現がつかわれていました。お二人ともVouvoimentの関係ですので、vousで話すときにはbeau fils をつかつてはいけないのかしら?とおもいました。またgendreが手紙の中だつたことを考えると、文章中ではgendreをつかうのかしら?と思いました。「嫁」には文章中でbruが使われると辞書にありますが、まだこの言葉を文章中でみたことがありません。(あまり勉強できていないせいですが・・)。belle fille ということばが美しいせいか、この言葉しか知りませんでした。これらの使い分け方をご教示いただけますと、幸いに存じます。
ただ「保存」と「貯蔵」は同じようで微妙な違いもあります。「貯蔵」は「保存」のように時間を気にしません。ストックされていても午後にはなくなることも、そのまま10年後まであり続けることもできます。生鮮品でも加工品でも広く捉えることができます。また穀物の貯蔵であれば、magasin de grainesがそのまま、現在の「店」に置き換えられているような気もします。
いま問題にしているのは魚屋ではなく「店」なのですが、ふと思い立ってpoissonnerieの定義をインターネットの辞書(CNRTL)でみてみると、筆頭にMagasin où l'on vend du poisson et des fruits de merとありました。
店の話(続き)
私は日本語の保存と貯蔵のニュアンスの差を無視して使ったのですが、時間を気にするかどうかより、それこそ、語源的には、物を、ある「場所=蔵とか」に保存するのを貯蔵というんでしょう。「建築物の保存」なら、貯蔵とは言えませんし。で、magasin は、それでいうと、正確には貯蔵可能な商品を取り扱うもの、となりますね。今は一般的な「店」という意味にも使われているので、Magasin où l'on vend du poisson ということは言えますが、でも「靴屋=magasin de chaussures」のような意味で「魚屋= magasin de poissons」といわないことは確かなので、やっぱり生ものかどうかは大いに関係があると思います。commerce も一般的に店と使えますが、poissonnerie がpoissonnierと関係があり、commerce がcommerçant と関係があるように、そこに働いている人の顔が想定される小売店であり、magasin はデパート=grand magasin にも使えるように、ハコものというか、空間そのものと関係がありますね。ちょっとシックな含意を持たせることもできるものとして「maison」というのもありです。これならレストランでも使えることもあります。
レストランは物を売るというよりサービスを売るので、レストランをマガザンといえないのは、美容院をマガザンと言えないのと同じですよ。でも日本語では美容院でも店とか言いますよね。それは商業施設の建物の総称だからでしょう。日仏で完全に同じ概念の店の言葉はないんではないでしょうか。ヨーロッパなどは同業組合の歴史が長く「メチエ」の概念が根強くてそれが小売にも反映してるような気がします。
Pierre Boulle
知られてないと思います。映画は有名なんで、漠然とアメリカ物だと思われています。ただし、SF読者には知られています。(私もその一人です。)
死後に遺稿が発見されたとかでそれが出版された時は少し話題になりました。アメリカではすごく人気だそうで、研究書も出てるとか、Xファイルにも影響を与えたそうです。近代SFの始祖的なジュール・ヴェルヌもフランス人だし、わりとSF的感性はあるのかも。ブールは、レジスタンスだったから収容所に入れられたんですよね。フランス軍の方は、ベトナムに日本がきた時はもうドイツ占領下のヴィシー政権だったから、日本と戦争状態ではなく、わりと平和的に共存してた時期があったと聞きました。ブールはレジスタンスだったから、戦後派手に表彰されましたが、当時すごくアングロサクソン的状況だったんでしょう。
日本人差別があるかどうかは・・・少なくともこっちでは問題にされてないと思いますけど。私は彼の映画はどれもあまり好きじゃないです。