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( ^ω^)ヴィップワースのようです
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タイトル変更しました(過去ログ元:( ^ω^)達は冒険者のようです)
http://jbbs.livedoor.jp/sports/37256/storage/1297974150.html
無駄に壮大っぽくてよく分からない内に消えていきそうな作品だよ!
最新話の投下の目処は立ったけど、0話(2)〜(5)手直しがまだまだ。
すいこー的ななにがしかが終わり次第順次投下しやす
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気がつけば、真っ白な空間に自分が居る事に気づいた。
身体の感覚がないのか、それとも、この場には自分の身体自体がないのだろうか。
ただただ真っ白に、うすぼんやりと光がそこかしこを照らす場所。
まるで夢を見ているかのようだ。だが、そんな事すらも認識できない程に、
現実との境があやふやな、不可思議な場所だ。
ややあって、頭の中に直接語りかける声が、近づいて来るように感じた。
耳を澄ますように意識してみれば、確かに声が聞こえるのだ。
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/ (●) (●) \
| (__人__) | ──我こそはヤルオ・ダパート──
\ ` ⌒´ /
それは、煌びやかな白い光たちに引き連れられるようにして、
ぼんやりとその大きな顔を浮かび上がらせた。
この場に自分の身があるのであれば、あまりの驚きに大声を上げてしまうだろう。
限りなく非現実的なこの状況だが、一つだけ確信できていた事があった。
今自分は、聖ラウンジが崇める神、”ヤルオ・ダパート”の声を聞いているのだと。
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/ ─ ─ \
/ (●) (●) \
| (__人__) | ──そなたの、一点の曇りなき想いは届いた──
\ ` ⌒´ /
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/ (●) (●) \
| (__人__) | ──他者の誰かを助けたいと真摯に願うそなたにならば、施そう──
\ ` ⌒´ /
語りかける声は、どこかやさしく自分の存在を包んでくれるような、
そんな暖かさすら感じる。心地よい安心感だが、すぐに現実へと
帰らなければならない、というような焦燥も、同時に抱いていた。
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/ ─ ─ \
/ (●) (●) \
| (__人__) | ──聖ラウンジの秘術、奇蹟を起こす術を、そなたは望むか──
\ ` ⌒´ /
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/ (●) (●) \
| (__人__) | ──そなたが願えば、切なる祈りは確かな力となる──
\ ` ⌒´ /
”聖ラウンジの秘術”、”奇跡を起こせる力”
聖ラウンジの神、このヤルオ・ダパートを信仰するものならば、
きっと信徒以外にも誰もが欲する”力”となり得るだろう。
それを何と言ったか、この自分に授けると言ったのだ。
自分は”力”などいらない、だが、それで誰かを救えるというのなら──
”救い”をもたらす”力”ならば、欲すると、無意識でツンは願った。
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/ ─ ─ \
/ (●) (●) \
| (__人__) | ──そうか、確かに授けた………我が名はヤルオ・ダパート──
\ ` ⌒´ /
そしてどうやら、ヤルオ・ダパートはその願いを聞き入れたようだった。
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/ ─ ─ \
/ (●) (●) \
| (__人__) | ──かつてヴィップの地で生まれし、善なる神──
\ ` ⌒´ /
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/⌒ ⌒\
/( ●) (●)\
/::::::⌒(__人__)⌒::::: \ ──いずれまた会おうお 心きれいな娘さん?──
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\ `ー'´ /
最後に、その屈託ない笑みと、少しどころでなくくだけた神の言葉を耳にした。
身体全体が、真っ黒な渦に吸い込まれていく。
来た時と同じように、意識は暗闇の世界へと飛ばされる───
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ξ ⊿ )ξ「………ん!」
ツンが意識を再び取り戻した時、そこはなんら変わらぬ景色だった。
(;´ ω `)
腕の中には、まだ旅人が辛うじて息をしている。
意識を失ってはいるが、なんとか呼吸だけはしているのだ。
今、自分は、一瞬だけ夢を見ていたのか──
今しがたの夢現の出来事と現状とが混ざり合い、記憶に
混乱が生じていた。一つ一つ紐解こうと思案を始めたところで、
視界に映った光景に更なる混乱を得る。
ξ;゚⊿゚)ξ「な……何?」
自身の身体から、きらきらと時折煌びやかな光がじんわりと
周囲に放射されている。やがて細い線となり消えていくそれだが、
あとからあとから、次々と泉のように湧き出てくるように。
ξ゚⊿゚)ξ「まさか、本当に……」
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これならば、いける。
この時、ツンは確信を得た。
迷うことなく、抱きかかえていた体を地面へとそっと横たえると、
彼の胸元を全面に渡って覆っていた包帯を取り払った。
ξ;゚⊿゚)ξ「!」
そこで彼女が見たのは、胸板を突き破ろうとするようにして
暴れるどす黒い発光体が、皮膚のすぐ下で縦横無尽に動き回っている光景。
だが、実際に体内に何かが入っている訳では無さそうで、
実体も無さそうで、まるで何らかの呪いをかけられたかのようだった。
ξ;゚⊿゚)ξ「生き物、なの?それとも……」
(;´ ω `)「………ッ……!」
あれこれと詮索を入れている時間は、もうほとんど無さそうだった。
胸の中で何かが暴れるたび、彼の身体はびくんびくんと上下している。
こんな状況では、たとえ医者であっても快癒させる事は不可能だろう。
だがもし仮に、”奇蹟”が起こり得るのならば───
ξ゚⊿゚)ξ「……どうみたって悪性の物よね、これは」
ξ゚⊿゚)ξ「なら、てっとり早くこの人の身体から出て行きなさい」
-
ξ゚⊿゚)ξ「(……見てなさいよ)」
ξ-⊿-)ξ「(今の私になら……出来ると信じるのよ)」
黒の発光体が怪しく蠢くその胸部へと、そっと両手をかざした。
そして目を閉じ、心の中で祈りを捧げながら、数言を唱える。
ξ-⊿-)ξ「……【聖ラウンジの偉大なる名の下に 命ずる】」
ξ-⊿-)ξ「【消え去れ 聖者の命を脅かす 悪しき存在よ】」
ξ゚⊿゚)ξ「【そしてこの者の生命に 再びの光があらん事を】”ッ!!」
一点の曇りなき願いの塊を、心の中で一息に爆発させた。
─────そして、辺りは光に包まれる。
とても眩く激しい光が、暖かく優しい光が、満ちる。
手をかざしていたツン自身が驚いてしまうほどだったが、
怯む事なく、蠢く発光体を消し去る事だけを念じた。
ξ;゚⊿゚)ξ「苦しんでいるの……?」
ツンが創造した奇蹟の前に、今まで以上に暴力的に這い回る胸の影。
もう、すぐにでも胸を突き破って飛び出てきそうなほどに。
(;´ ω `)「………かはっ!」
旅人は呼吸を取り戻したのか、深く息を吐き出すように一度咳き込む。
それが、きっかけになったかのようだった。
-
ついにその影は、奇蹟の光に吸い上げられるようにして、
ゆっくりとツンの目の前にまで姿を現した。
ξ;゚⊿゚)ξ「こんなものが……身体の中に……」
ピギョォッ ギョォーッ
浮かび上がった不定形が、蠢く。
やはりこの気色の悪い影は、ある種意思を持っているのか、
小さな声ともつかぬ奇怪な音を、どこかから発しているのだ。
聞いているだけで、肌に怖気が走ってしまう程に不快な、その声。
(;´ ω `)「………ハァ………ハァ……」
ξ ⊿ )ξ「(良かった……本当に)」
ふと旅人の様子を気に掛けると、胸から異物が取り除かれた為か
徐々に肌は赤みを取り戻しつつあり、呼吸も先ほどよりか落ち着いていた。
後は、”これ”を完全に消し去るだけだ。
ピギョォッ ピギャァッ
ξ゚⊿゚)ξ「さて……なんだか可哀想な気もするけど」
ξ゚⊿゚)ξ「あんたは、きっと育っちゃいけない存在なの」
ξ-⊿-)ξ「だから───さよなら」
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眼前に浮かび上がったそれに向けて、両手を突き出す。
たったそれだけの事で、光の中で影は一層もがき苦しんだ。
光の粒に溶け込んでいくようにして、やがて───それは完全に消え失せた。
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(;´・ω・`)「こいつは、驚いたな」
それから程なくして意識を完全に取り戻した旅人は、
意識を失っていた間の事の顛末をツンから聞き、驚きに
自分の身体と、ツンのその表情を幾度も見比べていた。
ξ゚⊿゚)ξ「信じられ……ませんか?」
確かににわかには自分でも信じがたいと、ツンは思う。
父がそうであったように、幾年、幾歳月を信仰に使い果たした
名のある信徒であっても、かの聖ラウンジの秘術を用いる術を
得られる者など、ほんの一握りの人間だけなのだ。
-
まだ齢にしてたった20の自分がその中の一人に選ばれた。
その事実に対して、未だ実感が沸いて来ていなかった。
(´・ω・`)「いや……勿論信じるよ。この胸にあったはずの
烙印が、嘘のように無くなっているのが何よりの証拠さ」
(´・ω・`)「そして───本当にありがとう」
ξ゚ー゚)ξ「こちらこそ……お互い様です!」
そこで、二人に初めて笑みがこぼれた。
お互いがお互いを助け合い、誰も死なずに住んだ。
聖ラウンジの秘術を授けられた、ツン=デ=レイン。
笑みが浮かぶと共に、彼女の中でようやくその事への実感が、
それが誰かを救えるという事への喜びとして芽生えつつあった。
(´・ω・`)「(それにしても……封魔の法───そういう事だったか)」
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(´・ω・`)「(人の身に、魔力を食い物にする妖魔の類を封じ込める……)」
(´・ω・`)「(それにより、魔術を使う際の精神力を糧に成長し、
やがては対象の術者を死に至らしめるという訳か……)」
(´・ω・`)「……やはり恐るべき才能だな、モララー・マクベイン」
ξ゚⊿゚)ξ「え?」
考え事をしていたかと思えば、ぼそりと何事かを呟いた
旅人の様子に、ツンが一瞬怪訝な表情を浮かべた。
(´・ω・`)「いや失礼、ただの独り言さ。それより──」
そう言って、すっくと立ち上がり外套の砂埃を払って、
ツンの正面へとしっかり向き直った。
(´・ω・`)「自己紹介がまだだったね……”ショボン=アーリータイムズ”、
ご周知かとは思うが、これでも魔術師の端くれさ」
ξ゚ー゚)ξ「”ツン=デ=レイン”、聖ラウンジの信仰者です。
大陸の各地を旅して、少しでも自分が力になれればな、って」
(´・ω・`)「そうか……きっとなれるさ。その力は、何物にも代え難い」
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ξ゚⊿゚)ξ「あなたも……旅を?」
(´・ω・`)「まぁ、今の所はね。同じ屋根の下で研究していた同僚に
一杯食わされて、貴重な研究時間を取り上げられてしまったのさ」
ξ゚⊿゚)ξ「ふぅん……よくわからないけど、大変ですね」
(´・ω・`)「君も、ね」
うん、と頷き、ショボン=アーリータイムズは洞窟の外を眺めた。
天候が既に落ち着いているのを見て、下山の準備をしようと外へ
投げ出してきた自らの手荷物を取りに行きかけた所で、出口に立ち止まる。
(;ノoヽ)「あう……?」
(´・ω・`)「……おっと」
おずおずと洞窟の入り口から覗き込んできた子供の目が、ショボンのものと合った。
少しうろたえ気味に、背後のツンの表情を伺った。
ξ゚ー゚)ξ「……心配して、見に来てくれたんだ?」
(´・ω・`)「……なるほど、こやつめ」
そう言って子供の頭に手を置こうとしたショボンの脇を素早く通り抜け、
奥に立つツンの傍へと駆け寄ると、その背後に隠れた。
ξ゚ー゚)ξノoヽ)「おあう〜」
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ξ゚ー゚)ξ「大丈夫、怖い人はもう居ないから」
(´・ω・`)「ふふ、懐かれているようだね……どうやら、耳が聞こえないようだが──」
ξ゚⊿゚)ξ「──私、この子を連れて街に行きたいと思います。
聖ラウンジ教会なら、きっと預かってくれると思うから」
恐らくはやり遂げるだろうという、強い精神力の篭ったツンの一言。
それにショボンは、一度だけ大きく頷いた。
(´・ω・`)「承知した……それなら、ここからだとヴィップの街が近い。
早ければ一日、遅くとも、まぁそれに加えて数刻だろう」
ξ゚⊿゚)ξ「ヴィップの街ですか……一度、行ってみたかったんです。
ヤルオ・ダパートはかつてその地で生まれたって話だし」
(´・ω・`)「うん。少し休みたい所だろうが、山の天候は崩れやすいと聞く。
途中で山小屋の一つくらいはあるだろうから、そこで休もう」
(´・ω・`)「もしさっきの野盗共と出くわしたら、本来の力を取り戻した
この僕が、より華麗に撃退してお目にかけるとしよう」
ξ゚⊿゚)ξ「…えっと?ショボンさんは……」
-
(´・ω・`)「僕の胸の烙印、”封魔の法”を打ち消してくれたお礼とでも
考えてくれればいい。女性と子供の二人では、危険過ぎる」
ξ゚⊿゚)ξ「……ありがとう、ございます!」
(´・ω・`)「さて、出立しよう」
ショボンが支度を整え終わるのを待って、ツンの後ろで
隠れていた子供は、一瞬だけショボンの前に立って、一言。
(ノoヽ)「あ……”あうがおうっ”」
(´・ω・`)「………?」
ξ゚ー゚)ξ「………!」
耳が聞こえないために、正しく声を発音する事ができない子供の
その一言は、どうやらツンの方にだけは伝わったらしかった───
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こうして、奇妙な取り合わせの三人は山を降りるために、
”交易都市ヴィップ”を目指すために、ゆっくりと歩き始めた。
疲労感が、なぜだか心地よい。
充足感が、澄んだ風と共に頬を撫ぜる。
(´・ω・`)「あまり走り回って、滑落するなよ?」
少し砂埃で黄色みがかった修道服の裾をぎゅっと結び、
あちこちへと興味津々に駆け回り、ショボンとツンの後を
あとからついて来る聾唖の子供の姿を目で追いながら、想う。
ξ゚ー゚)ξ「(そうよ……救いを求めるばかりが信仰じゃない)」
ξ-ー-)ξ「(私は救われるよりも……こうやって、誰かを救いたい)」
───彼女の胸の中を今、鮮やかに彩られた清風が駆け抜けていた───
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( ^ω^)ヴィップワースのようです
第0話(3)
「誰が為の祈り」
─了─
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( ^ω^)ヴィップワースのようです
第0話(5)
「行く手の空は、灰色で」
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少女は、閑散としたダイニングにただ一つだけ置かれた
食卓の上に腰掛けながら俯き、膝を抱えて一人佇んでいた。
この空間の空気を、打ち捨てられた廃墟の景色を、懐かしむように。
この場所に来たのは、たまたまだった。
彼女が受けた地質調査の依頼で、偶然この場所を通りがかった。
──────生家だった。
確かに、彼女はこの家で生まれて、そして育って来たのだ。
人里の離れに建てられた家だが、建て構え自体は頑強に作られている。
物取りの輩が押し入ったような形跡も無い。尤も、取る物も残されてはいないのだが。
ここには、住み暮らしていた両親達との微かな想い出が残されているばかりだ。
物思いに耽るのを中断し、あたりをぐるりと見渡してみた。
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視界に入った煤ぼけたイーゼルには、風化した紙切れが残されている。
腰掛けていた食卓から降りると、そのイーゼルに挟まれた羊皮紙の表面を、
ささっと手で払ってみた。長きの歳月で積もった埃が、地面に落ちる。
その下からは、人肌のような赤みが少しだけ見て取れた。
ところどころが風化しているが、全体像にはどことなく想像がついた。
満面の笑みを浮かべて、こちらを真っ直ぐと見つめる瞳。
絵心もさほど無いはずの父親が、幼少時代の彼女自身を描いた油絵だった。
ぼんやりと、その油絵を眺める。
知らず知らずの内に、再び彼女は空想に耽っていった───
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─────10年前 大陸東部 ロアリアの町─────
この頃、この地で旗揚げされた一つの宗教が、
大陸東部各地に、大きな争いの種を蒔くことになった。
火種となったのは、”極東シベリア教会”
そして、それを弾圧した聖ラウンジ教会の過激派により、
血塗られた宗教戦争の火蓋は、切って落とされる事になる───
東部、ロアリアの街───元々は聖ラウンジの教えが広まっていたこの地に、
シベリア教会がこの地を聖地と定め、土足で巡礼を始めたのがきっかけだった。
だが、当時から最大の宗教派閥である聖ラウンジに、シベリアの信徒達は迫害を受ける。
幾度もそれがつもり重なっていく内、シベリアの信徒達はその弾圧に対し、
いつしか武器を手に取って立ち向かうようになっていった。
幾度にも及ぶ小さな小競り合いから発展した
宗教戦争の火の粉は、やがては街の民衆にも飛び火する。
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ロアリアには聖ラウンジの信徒だけではなかったが、無神論者もシベリア信徒も、
闘争が過熱の一途を辿る程に、自らの信仰をひた隠すようになっていった。
それというのも、聖ラウンジ過激派の異端審問官の存在によるものだ。
ラウンジの異端審問団は日ごとに各家々を巡回し、自らが”異端”と認定した
シベリア教会の信仰者を、ことごとく審問という名の拷問に処した。
それが無宗教の人間であっても、追求し、弾圧した。
日ごろより、一つの神を信じ、全ての民の救済を願う。
それが聖ラウンジ教であるはずだが、必ずしも一枚岩ではなかった。
決して、このロアリアの地に限った話ではない───
この時、既に大陸各地で数多の信徒達を抱えていたラウンジ。
”一つの神を信じる”という信仰は、いつしか内包した莫大な
思念の渦に揉まれて、歪んだ一面を見せるようにもなっていった。
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地元の領主達も、暴徒と化した教会から反感を買うのを恐れ、口出しすら出来ない。
それほどに、自らの信仰を盲信した一部の過激派の暴走は、留まる所を知らなかった。
総本山である聖教都市ラウンジの大聖堂の信徒達の預かり知らぬ所で、
”魔女裁判”と称した、更なる尋問も行われるようになっていったのだ。
───ルクレール家 屋敷───
ルクレール家の当主は、熱心な研究者だった。
自然に群生する、珍しい植物や生物、それらを持ち帰って来ては、
その生態や特性を、自らの屋敷の一室で、じっくりと研究した。
中でも、一家の当主が一番打ち込んだのは、魔術の研究だった。
かの”賢者の塔”のアークメイジでさえも深遠の一端にも触れえぬという魔術。
だが、一介の魔術師ですらないこの当主は、5年ほど以前より独学で始めた
研究を進める内、ある時を境に冷気を操る魔術を身につけていた。
もっとも、瓶入りの飲み物を手元で冷やす事が出来る、という程度。
本職の魔術師が使うそれと比べてはあまりにちゃちな”手品”だったが、
それでも、愛娘の”クー=ルクレール”に笑顔を与えるには十分な”魔術”だった。
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「今夜はよく冷えた葡萄酒で乾杯といこうか、アンナ」
川 ' ー')「あら、またご自慢の手品をお披露目したいだけなんでしょ?」
「はは、見破られたな……」
貯蔵庫から取り出してきた一本の葡萄酒の瓶を抱えながら、
妻であるアンナの鋭い指摘に、クーの父親は気さくな笑顔を見せた。
娘のクーの目は、両親達の晩餐のお供である、その葡萄酒に釘付けだ。
川゚-゚)「ちちうえー、私もぶどうしゅ飲みたい」
「いいとも!待ってろよ、今お父さんの魔術で……」
川 ' -')「駄目よあなた!クーにはまだ刺激が強いんだから」
川;゚-゚)「えー!」
「堅い事を言うなよアンナ〜…」
少し肩を落とした様子のクーと、その父親を尻目に
母は少しだけつん、とした様子で食卓の上に料理を並べ始める。
談笑が始まると、食卓を囲んで暖かな空気が広がる。
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夕刻、屋敷一階の食堂は団らんに賑わっていた。
───だが、ナイフやフォークを動かす手は、突然はた、と止まる。
唐突だった。
雨音混じりに、門扉を激しく叩く音が、鳴り響いたのだ。
どんどん、どんどんと。幾度も、次第にその音は強まっている。
川゚-゚)「……だれかきたっ」
不意の訪問者に、娘のクーは戸口へ出て行こうとしたが、
母親のアンナはすぐにその腕を引き掴んで、静止する。
川 ' -')「待ちなさい、クー」
「………」
手に持っていた葡萄酒の瓶をことりと食卓の上に置くと、父は
無言で門を叩くその音の方へと振り返り、ゆっくりと立ち上がった。
川 ' -')「……あなた……」
「大丈夫だ……二人とも、そこに居なさい」
-
心配そうな面持ちのアンナと、小首を傾げたクーの視線を
背中に受けながら、依然として叩かれ続けていた門扉の鍵を、開けた。
そこに立っていたのは、そぼ濡れた黒の外套に身を包む、数人の男の姿。
その彼らを極力入り口でせき止める為、体を割り込ませて父親は問いかけた。
「………何だね、君達は」
(≠Å≠)「随分と待たせてくれたものだな……見られて困るものでも隠していたか?」
クーの両親にとっては、ある程度予想がついていた事でもある。
───聖ラウンジ教会東部ロアリア支部”異端審問団”の一団だ。
「あなた達は聖ラウンジの……?」
(≠Å≠)「いかにも。敬愛なるヤルオ=ダパートの信仰者にして、
神の声の代弁者……いや、”執行者”というべきか……」
「………っ」
内心、クーの父親は審問官のその言葉を、鼻で笑った。
自分達の持つ力に酔い、頭がどうにかなってしまっているのだと。
同じ信仰を持つ人間に対して、教会直属の人間である自分達の方が
力が上だと誇示せんばかりに横暴な、その態度。
-
その時、クーの父親は少しばかり蔑む瞳をしてしまっていたのかも知れない。
(≠Å≠)「……ふん、随分とご立派な屋敷じゃないか?」
どかどかと、審問官はクーの父親を押しのけるようにして
家の中にまで上がりこみ、鼻を鳴らしながらそこらを見渡した。
その背中に、父は毅然とした態度で言い放った。
「もういい……帰ってくれ」
(≠Å≠)「なにぃ……?」
「この十字架を見れば、私が君達と同じ聖ラウンジの
信徒だという事がわかるはずだろう?」
そう言って、首から下げたチェーンを衣類の外へと押しやると、
銀の十字架を覗かせて、審問官の目の前でそれを握りこんだ。
審問官は少しばかりくすんだその十字架をしばし凝視した後、
(≠Å≠)「……”信徒の振りをしているッ!”」
「!?」
-
(≠Å≠)「……と、まぁそんな場合もあるのでな……しっかりと、
入念に、貴様の邸宅内を見回らせてもらおうか」
「………くっ」
再び、審問官は引き連れた従者らと共に、屋敷内の物色を始めた。
そこらを引っ張りまわし、物が転げ落ちて壊れたりするのもお構いなしだ。
やがて、一団はクーとアンナの居る食堂の隣に面していた
父の研究室の扉を開けた。食堂と研究室は扉一枚に隔てられており、
状況を把握していない二人の存在を隠し通す事は、難しかった。
(≠Å≠)「……ほぉ。なんだ? この部屋は」
「私は昔学者を目指していてね、日ごろから趣味半分に
動植物に関する様々な研究をしている……その、研究室だ」
扉の向こうにいるクーとアンナの存在に気づかず引き上げてくれる事を、
一心に心の中で願っていた───ここで、帰ってくれ、と。
だが、審問官の顔色は、この部屋に入るなり変わった。
ふむ、ほぉ、と一人頷きながら、書棚の中身や、卓上に転がった
器具などを一つ一つ、入念に手に取って見て回り始めた。
(≠Å≠)「フン……臭うな……実に臭うぞ」
-
確かに、硝子製の様々な器具が置かれ、薬漬けにした薬草や
木の根っこ、果ては昆虫類の標本まで乱雑に置かれたこの部屋は、
傍目からにはあまり一般的なものには見えないだろう。
だが、クーが生まれてすぐに魔術の研究を諦め、今や大陸に住む
動植物の観測や、生態調査だけに研究を切り替えた父親にとって、
聖ラウンジへの信仰に疑いが漏れるような物は、この研究室の中には
何一つない、そのはずだった───ただ一冊の書物を、覗いては。
一見して研究の範疇という物ならば、さして問題のなさそうなその一冊。
初級者へと向けた、基本的な事項を綴った入門用とされる魔術書だ。
そして、疑わしきは裁くという方針が、このロアリア異端審問団のやり方だった。
(≠Å≠)「魔術書だと……? なんだ、これは」
「そ、それは……」
(≠Å≠)「言え、このような物、一体何に使おうというのだ?」
「違う!それは昔していた研究の資料で、私の興味本位で……!」
(≠Å≠)「だ・ま・れ!」
-
(≠Å≠)「……少なくとも貴様は、シベリアの信徒か、その他の邪教」
(≠Å≠)「私の中で、その疑問は今とても大きく膨れつつある……」
顔から流れる冷や汗を、一度手で拭った。
今この場で異端認定を受けてしまえば、最終的に待つのは
長きに渡る拷問の末処される火刑による、死だけなのだ。
「聞いてくれ……確かに、それは私が過去に魔術に好奇心を覚え、
実際に習得してみたいと思って譲り受けた参考文献で……!」
(≠Å≠)「ま、まずは貴様の身に問うて、糾弾するかはそれから決める事としよう」
もはや有無を言う事も許されぬ、といった厳しい表情で、審問官は
従者達に連行を促した。クーの父親は、一度だけ大きなため息をつく。
彼ら異端審問団は、死よりも辛い拷問を必ず課すという。
身の潔白を訴える人々の叫びなど空しく、いつしか自分の身に
降りかかった疑いを認め、苦痛から逃れる為に、自ら死を選ぶのだ。
-
「(……良かった。アンナとクーだけでも、無事ならば……)」
審問官達が聞く耳を持たない事など、分かっていた。
だがそれでも、自分一人だけへの審問で済もうとしている現状、
妻と娘の存在をやり過ごせた事に、安堵していた。
だが───彼の心情は、最悪の形で裏切られる事になってしまう。
「待ってッ!」
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突然、食堂と研究室とを隔てる扉は、勢い良く開け放たれた。
やはり、そこに居たのはアンナの姿。自分の後ろで、クーを庇うようにして。
川 ' -')「……その人を、連れて行かないで下さい」
川 ' -')「本当に研究熱心で……それが高じてしまった、それだけなんです!」
(≠Å≠)「………ほぉ」
にやにやと下卑た笑みを浮かべながら、審問官は見比べる。
驚きと諦めの混じった表情、そして、痛切に懇願するその二つを。
(≠Å≠)「……隠していたな、その女二人を?」
「違う……私は……」
(#≠Å≠)「……貴様ぁ!聖ラウンジの庇護を受けし、我ら異端審問団をたばかるかぁッ!」
川;゚-゚)「ふぇ………」
けたたましい怒声に、アンナの背後に隠れたクーはただ怯えるしかなかった。
審問官達とアンナ達とを遮るようにして、父親はその前に立ち塞がる。
-
「大丈夫だ、アンナ。クーを連れて下がっていなさい」
川;' -')「でも……!」
(≠Å≠)「ほう……なるほど、貴様はそこの”魔女”に骨抜きにされているという訳か」
この時、既に審問官達の間では異端審問の一つとして、”魔女裁判”が行われていた。
女性だけに限り審問を行い、他を惑わす発言、世を忍ぶ暮らし、あるいは醜悪な容姿など、
様々な点から審問団が一つ一つに難癖を付けるような形で、裁判は進んでいく。
女性の存在を卑下していたこの当時の異端審問団ならではのもので、
当然それはロアリア以外の聖ラウンジ教には知れ渡ってはいなかった。
───認定されれば、間違いなく火刑に処される。
「どういう……意味だッ!」
(≠Å≠)「ククク……どうもこうもない……」
不気味な含み笑いをしながら、審問官の一人は背後に
従えていた数人の信徒達の方へと振り返り、あごで合図した。
(≠Å≠)「……女を連れて行け」
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川;' -')「きゃあっ」
「おいッ!彼女に何をするッ!?」
川;-;)「うえぇぇぇんっ、うぇぇぇん」
どたばたと、自分達の住む家に上がりこむ何人もの大人たち。
そして、それに引っ張られながら叫び続けるのは、自分の両親。
連れ去られて行く二人は、それでも娘の身を案じていた。
川;' -')「…大丈夫ッ!きっと、きっと迎えに来るからねッ!」
「……クーッ!必ず迎えに来るからな、待ってるんだぞッ!」
父の叫びも、次第に遠ざかってゆく。
(……貴様ら!アンナから手を離せぇッ!)
訳もわからず泣きじゃくる、一人の少女。
”クー=ルクレール”は、こうして本当の意味で
この屋敷にただ一人、取り残される事となる。
───その日を境に、父と母が再び家に戻って来る事はなかった───
いつからか、使用人や縁者がクーの面倒を見に家を訪れるようになった。
だが、両親の居場所をいくら尋ねても、彼らは無言で頷くばかり。
-
───
──────
─────────
群れを成した盲目の羊達は、信仰というただ一つの光を妄信し、
その後も、次々とロアリアの街で白羽の矢は立てられていった。
いつ突きつけられるかも分からない、自分達への異端認定。
それを恐れる余り、人々は互いに猜疑心を持ち始める。
他の住民の信仰に関して、虚偽の噂を聖ラウンジの者達に密告し、
審問を免れるといった自分可愛さも、次第に目立つようになっていった。
街中や、そのすぐ外では毎日のように繰り返される、シベリアの信徒による
ラウンジへの反撃。住民達は皆家に閉じこもり、外出しようともしない。
美しい緑に彩られていたはずのこの街の広場には、今や血がべっとりとこびり付いている。
-
だが、この血塗られた宗教戦争に、そして罪の無い人々の
命を脅かす異端審問官達の暴挙に対して───
やがて、この地を訪れた一人の男が、終止符を打つ事となる。
そしてそれは、クーが自らの両親の安否を知るきっかけとなる事柄でもあった。
( ゚д゚ ) 「美しい街だと聞いていたが……随分、閑散としたものだな」
”ミルナ=バレンシアガ”
各地を放浪し、やがて長い旅を経てこのロアリアにたどり着いた、
通りすがりの、冒険者だった──────
-
───ルクレール家 屋敷前───
川 -) 「………」
屋敷の正門、石段の上に腰掛けて、クーはずっと膝を抱えていた。
両親が連れさられて、7日もの月日が経とうというのに、朝早くから
日暮れまで、彼女はずっとこうして両親の帰りを待ち続けていた。
大きな不安を抱えている彼女を支えてあげようと、使用人や縁者は
その彼女の隣でずっと両親の無事を唱えていたのだが、いつまで経っても
心を開こうとしない彼女に業を煮やし、5日目には屋敷を訪れる事はなかった。
川 -) 「……おとうさん……おかあさん……」
大人たちは、クーの両親がもう帰っては来られないであろう事を、知っていたのだ。
それでも、寝食も忘れたようにして、クーはひたすらに両親を待ち続けていた。
川;-;) 「あいたいよ……」
来る日も来る日も、夕焼けを目にする度に、数日前までの楽しかった
家族団らんの憧憬が浮かび、目からは涙が零れ落ちてくる。
街の離れに位置するルクレール家の屋敷周辺には人通りなどなく、
クーは両親が居なくなってからの毎日を、同じように過ごしていた。
だが、この日ばかりはいつもと少しだけ違った。
-
がさっ
川;-;)「?」
がさがさ、とクーの右手の雑木林から物音が聞こえた。
すると、見慣れない人物が独り言を呟きながらその姿を現した。
( ゚д゚ )「やれやれ……人っ子一人外を出歩いてないとは、一体どうなってる?」
ぱんぱんと体に纏わり付いた木の葉を払っていたその姿を、じっと見つめる
クーの瞳に、男ははたと動きを止め振り返った。
川;-;)「…おじちゃん、だれ?」
Σ( ゚д゚ ;)「おじっ…」
クーから一度視線を外して、こほんと後ろで一度咳払いをすると、また向き直る。
( ゚д゚ ;)「(まぁ……このぐらいの歳の子供からしたら、十分おじさんか)」
川;-;)「……わるいひとなの?」
( ゚д゚ )「いいや、怪しい者じゃないぞ」
少女の真っ直ぐな質問に対して物怖じする事なく、改まったように
腰に手を当てて自分の顔を親指を立てて指した。
-
( ゚д゚ )「俺はミルナっていうんだ……お嬢ちゃんは?」
川;-;)「………クー」
( ゚д゚ )「ほう、クーっていうのか、この家の子か?」
川;-;)「………」
無言でこくりと頷くクーの顔を見て、視線を合わせるようにしてしゃがみ込む。
( ゚д゚ )「どうした?こんなに泣き腫らして……何か、あったのか?」
川;-;)「……ふぇっ……!」
( ゚д゚ ;)「!!」
それから十数分ほどの間、堰を切ったように大声を上げて
泣き喚きはじめたクーをあやすのに、ミルナは必死だった。
やがて満足行くまで泣いたか、ぐずりながらも泣き止んだクーの頭に
手をぽんと置いて、ミルナは再度尋ねてみる。
川 p-q)「ぐしゅっ」
( ゚д゚ )「……で、一体何があったんだ?」
-
川゚-゚)「……おとうさんとおかあさんが、つれてかれたの」
( ゚д゚ )「誰にだ?」
川゚-゚)「わかんない……でも、らうんじとかなんとか、いってた」
( ゚д゚ )「………そうか」
過激化するシベリア教会と聖ラウンジ教会による宗教戦争。
それが今や異端審問と称して、民衆にまで飛び火していたという噂は、
ロアリアの街を離れた一部の者達から、近隣の村々に広がっていた。
それを知ってか知らずか、ミルナは一人呟くようにして空を仰ぎ見て、瞳を閉じる。
( ゚д゚ )「……それなら、この街の静けさにも合点が行く」
川゚-゚)「?」
この時、ミルナの横顔を覗き込んで首を傾げたクーが、
どこか遠くを見つめて何かを決意したミルナの表情に気づく事はなかった。
だが、唐突に。
( ゚д゚ )「父さんと母さんに、会いたいか?」
川゚-゚)「………うん」
( ゚д゚ )「だったら……俺に付いてくるんだ」
育ちの良いクーにとって、見ず知らずの人間とこうして何かを
話した事など、数える程しかなかった。それというのも、クーの身を案じて
知らない人間に呼ばれてほいほいと付いていかないように、との両親の教えの賜物か。
-
だが、この時のクーの瞳には、逞しい背中ごしにちらと視線を送るこの
ミルナという大人が、今居る世界で最も信用できそうな──そう、映っていた。
立ち上がるとミルナの外套の端を掴み、歩き始めた彼の後を追い、自然と体は動いていた。
───
──────
─────────
───ロアリア市街 聖ラウンジ大聖堂───
この土地は曇りがちな天候の為、灰色に淀んだ空模様になる事が少なくない。
もうすぐ一雨きそうな、そんな天候の中で、ずっと教会の入り口前に立ち
閑散とした町々をしかめた面で眺めるのは、黒尽くめの男。
この街のラウンジで実質一番の執行力を持つ異端審問官、”イスト”だ。
その彼に、同じように黒のローブを纏った教会の人間が、声を掛けた。
(≠Å≠)「………」
( ▲)「イスト審問官」
-
仏頂面で声の方に視線を向ける事も無く、ただ人っ子一人出歩かずに
家の戸を閉め切った閑散としている市街を見渡している。
( ▲)「先日審問に掛けた露天商の中年が、舌を噛み切って自害を」
(≠Å≠)「下らん……命を自ら絶つような不信の輩などどうでもいい。いらん情報を持ってくるな」
( ▲)「……申し訳ありません」
(≠Å≠)「そんな事より、ルクレール夫妻の方はどうした?」
( ▲)「相変わらずです……聖ラウンジへの信仰心に、変わりはない、と……」
(≠Å≠)「ふぅん……?貴様、躊躇しているようだな?」
( ▲)「……いえ、そのような事は」
(≠Å≠)「ならば、男の方は更に念入りに、もっと徹底的に
痛めつけろ。手足の腱を切るぐらい構わん」
( ▲)「ハッ……」
(≠Å≠)「それから、女の方は今日でそろそろ一週間になる。火刑の準備をしろ」
( ▲)「っ……ですが、女の方からはまだ、異端と言えるだけの証拠は……」
黒衣のローブがそこまで言った時、イストが自分の方に顔だけ振り向き
両の眼をかっと見開いて自らを射抜く視線を投げかけていたのに気づき、
言葉を詰まらせた。
-
(≠Å≠)「私は……”火刑の準備をしろ”……そう言ったよなぁ?」
( ▲)「ッ!」
(#≠Å≠)「それが何だ……貴様、魔女の肩を持つとは、まさか貴様も異端者かぁッ!?」
( ▲)「……滅相も……ございません」
(≠Å≠)「フン……魔女認定など、この私の裁量を持ってしてこの場で与える」
( ▲)「すぐに……火刑の準備を……」
審問官イストの言葉に深く頭を垂れると、
彼の前から逃げるようにして、ローブの男は足早に去っていった。
だが、無理からぬ事だろう。今やこのロアリアを実質的に支配しているのが、
このイスト審問官。それにあっては、同じ信仰心を持つであろう街の住民を、
自ら命を絶たせる程の責め苦に貶めている自分達の行為に、今日のように
違和感を覚える者もいるはずなのだ。
だが、異端認定の権限を持つイストに対して、皆恐怖に飼いならされた
子羊のように従順に、あるいは心を殺して、従う他ない。
それが、自分が間違えた行いをしていると、認識できていたとしてもだ。
(≠Å≠)「疑わしきは裁く……それでいいのだ」
-
拷問狂なのか、と水面下では決して本人に悟られぬように囁かれてはいた。
あるいは、それは盲目故に捻じ曲がった、信仰心であるのかも知れない。
異端として裁く為ならば、身体の機能を生涯奪う事であっても厭わず、
糞尿を巻き散らして死を懇願する妊婦の前でも、眉一つを動かさずに
淡々と拷問を続け事ができる、氷のような心を持つこの男は───
発言出来る者など決していないが、誰の眼にも明らかな、狂人だった。
ふん、と鼻を鳴らし、肩口にぽつりと雨粒が落ちたのを感じて、
黒衣の修道服をはためかせながら、イストは踵を返した。
時折どこからから悲鳴ともつかぬ呻き声が漏れる、聖堂の中へと消えていった。
───
──────
─────────
───ロアリア市街───
忽然と人が消えたように静かな街を時折見渡しながら、男と少女は歩く。
( ゚д゚ )「いつから……こんな、静かな街になったんだ?」
川゚-゚)「わかんない。おそとであそんだこと、あんまりないの」
-
( ゚д゚ )「友達とか、いないのか?」
川゚-゚)「まえはね、よくおうちにきてた子がいたんだよ?……でもね」
( ゚д゚ )「でも……?」
川゚-゚)「おとうさんのしごとのつごうで、もうあえないって、とうさんがいってた」
( ゚д゚ )「……そうか」
本当に、この娘の両親は真実を告げたのだろうかと、ミルナは内心深く息をついた。
露天商が多く、市場が賑わっている街だという噂を聞いたのが、3年ほど前。
それが今では、これほどまでに外を出歩くのを恐れ、住民は皆戸を閉め切っている。
明らかに異常な事態だというのに、領主や他の町の人間は何とも思わないのか。
そんな事を考えながら歩いているものだから、少女の言葉も自然と耳から抜けていく。
うんうんと相槌を打ちながらも、頭の中では別の事を考えていた。
そして、その考えは、いつになく険しい表情をしている自分の顔にも、表れていた。
川>-<)「いたっ」
突然立ち止まったミルナの背に、顔面ごとぶつかって尻餅を付くクー。
-
( ゚д゚ )「雨、か……」
少しずつ雨粒が増えてゆく空を一瞬見上げると、頬を膨らましていた
背後のクーの様子に気づいて、すまんな、と手を差し伸べて身を起こした。
川;゚-゚)「さむい……」
( ゚д゚ )「冷えてきたな……どうする、自分の屋敷で待ってた方が、いいんじゃないのか?」
川゚-゚)「それはやだもん、おとうさんとおかあさんに会う!」
( ゚д゚ )「そうか……ま、もうすぐだ」
( ゚д゚ )「ただな、少しばかり怖い目に合うかも知れないぞ?」
川゚-゚)「どうして?」
( ゚д゚ )「これから、クーの父さんと母さんを連れて行った、悪い奴らを懲らしめるからだ」
川゚-゚)「……いっぱい、こわい人がいたよ?」
( ゚д゚ )「それでも、できるさ」
川゚-゚)「まもって、くれる……?」
( ゚д゚ )「そうだな、俺の背中に居れば、安全だ」
-
そうしていくつか会話を交わしながら、やがて二人の足は、一つの建物の前で止まる。
白い外壁に、赤茶色の屋根の頂上に、大きな十字架が掲げられた、聖ラウンジ聖堂の前に。
この建物の周りだけ、何かを焼いたような、すえた臭いが鼻に付く事に、二人とも
少し顔をしかめた。そして、ミルナだけは感じ取っていた。
寂しげに佇むこの聖堂の締め切られた扉から既に、人の悪意のようなものが流れ出ているのを。
( ゚д゚ )「少し、うるさくなるぞ」
そう言って、こちらを見つめるクーの顔を見ながら、門扉の正面に立って片足を上げた。
そして、クーがミルナの言葉に頷くよりも少し早く、上げられた片足は、
門扉の裏側であてがわれていたであろう閂すらもへし折る程の力で、
次の瞬間には扉ごと蹴破り、門扉は勢いよく開け放たれる。
広い聖堂内に、轟音が鳴り響いた。
その音に、祭壇に祈りを捧げていた多数の黒衣の信者達が、全員こちらを振り向く。
( ▲)「何事だ!?」
全員が全員、ずかずかと中へ上がりこむミルナへ、視線を集中させた。
浮き足立つ者が殆どだが、数名は即座に走り出し、壁のラックにしまわれていた
鎖で鉄球を繋いでいる、フレイルの柄へと手を伸ばしていた。
-
( ▲)「貴様……何という事を!ここは神聖なる聖ラウンジの神のおわす所ぞ!」
( ゚д゚ )「……神聖、ねぇ」
言って、くっくと含み笑いを不敵に隠そうともしないミルナの姿に、
フレイルを手にした信者達が、じりじりとにじり寄っていく。
( ゚д゚ )「神が?……こんな、掃き溜めにか?」
( ▲)「なんと……我ら聖ラウンジを、愚弄するかぁ!」
( ゚д゚ )「笑わせるな、俺は、この子の両親を連れ戻しに来ただけだ」
自分の背中にぴったりと張り付き、少しだけ震えるクーの肩を掴むと、
ミルナは黒衣の信者達の前に、その顔だけ向けさせた。
川;゚-゚)「……このひとたち、だ」
その言葉を引き出すと、怯えるクーの瞳をしっかり見据えて、
ミルナは一度小さく頷いた。そして、すぐにクーを自分の背中に戻す。
( ゚д゚ )「……だ、そうだ。貴様らがこの娘の両親を連れ去ったのを、認めるな?」
「…あれは、確かルクレール家の…」
「娘がどうしてこんな男と……いや、それよりも……」
( ▲)「何者だ、貴様?」
-
ミルナとクーの前に立つ黒衣の信者の後ろでは、少しずつ声高に、
まるで呪詛を唱えるかのように、一つの言葉がぽつぽつと囁かれ始める。
「異端者……」
「そうだ……イスト様に認定を頂くまでもない……」
「そうだ、紛う事なき、異端者……」
「異端者、異端者、異端者」
二人を扇状に取り囲むようにして、十数人もの黒衣の信者達は、糾弾を始める。
がっしりと背中に取り付くクーの体が、小さく震えているのがミルナには分かっていた。
だが、だからこそ。
震える少女を安心させるために、この異様な光景にも一切怯まず、言い放つ。
( ゚д゚ )「”ミタジマ流喧嘩拳術”……」
( ゚д゚ )「”男闘虎塾”門下が一人、”ミルナ=バレンシアガ”!」
聖堂中に響き渡る程の大声に、一瞬信者達はびくっと身じろいだ。
若干の沈黙の後、背中のクーを少しだけ手で遠ざけて、フレイルを携える
幾人もの黒衣の信者達の前へと、ずかずかと歩み出た。
( ゚д゚ )「通りすがりの、冒険者だ」
-
( ゚д゚ )「生憎と俺はよそ者なんでな、多少の無茶は、押し通させてもらおう」
( ▲)「…このッ、図々しく!」
言い終えるや否や───左方から飛び出た一人がミルナの側面から、
その側頭部を目掛けて、唸りを上げてフレイルを振るった。
( ゚д゚ )「……言っておくがな」
人間の頭部など軽々と陥没してしまうであろう鉄球は、すぐ間近。
だが、それに気を取られる事も無く、口では言葉を紡ぎながら、
ミルナは左手を自分の顔のあたりまで持ち上げて、左方へと突き出した。
自分の頭部目掛けて振り下ろされた、フレイルの鉄球に対して。
次の瞬間、鈍く重い金属音が、鳴り響く。
この場にいる誰もが、致死に至る一撃だと確信していただろう。
良くて昏倒する、ミルナの姿を想像していたはずだ。
( ▲)「……ぷごぉ、うッ…」
だが───中空で堅く握り締められたミルナの拳は、その鉄球を弾いた。
勢い余って、それはフレイルを振りかざした信者の顔面へと叩き返される。
同じか、それ以上の質量を持って弾かれた鉄球の勢いは凄まじく、
振り下ろした当の本人は顔面こそ潰れてはいないが、鼻と歯ぐらいは折れただろう。
すぐに膝から崩れ落ち、うつ伏せに倒れこんだ。
( ゚д゚ )「”鉄撃”………俺の身体は、全身が凶器だ」
-
驚愕の光景を目の当たりにした信者達は、皆ローブの下で驚嘆の表情を浮かべているだろう。
( ゚д゚ )「”1000日の稽古を鍛とし、10000日の稽古を錬とす”───」
( ゚д゚ )「そうして、いつしか己の身は鉄にも劣らぬ硬度と、強度を帯びる」
( ゚д゚ )「ま……ミタジマ流喧嘩拳術においては基礎だが、貴様ら相手なら十分だろう」
「み、見たか今の……!?」
「手だけで、いとも軽々と……」
「うろたえる事はない……囲んでしまえば……」
ざわついていた信者達を尻目に、後方からは一人の男が歩み出ようとしていた。
肩を掴まれた信者の一人が硬直し、それを視認した信者達に、次々に動揺が走る。
(≠Å≠)「……ほぉ〜?……随分とまた、潔い異端者だな。これは」
審問官、イストだ。
心底物珍しそうな視線を、ミルナに対して投げかけていた。
その手に握られているのは、拷問にも使われる鋼杖。
先端には、鋭利な装飾が施されている。
-
(≠Å≠)「そうだな……この頃の働きぶりのおかげか、審問も減ってきた」
(≠Å≠)「こいつを今この場で裁けば、諸君らの良い余興にもなるだろう」
首をごきごきと鳴らした後に、勿体を付けるようにして、命令を出した。
不敵に、口元ではにやにやと口角を吊り上げている。
自分以上に傍若無人な印象を受けたその男を睨みつけながら、
ミルナは初めて外套を取り去ると、背後のクーへと投げ渡した。
( ゚д゚ )「そのマント、預かっててくれないか」
偉そうな立ち振る舞いのこの男を見るなり、クーが今まで以上に
怯えはじめたのにふと気づくと、その心情を察し、一瞬気にかけた。
川;゚-゚)「あぅ……あ、あの……ひと」
( ゚д゚ )「(……相当、心に大きなキズとなっているのか)」
そんな二人のやり取りなどお構いなしに、一寸だけ考え込んだ振りをして、
仰々しく大手を振りかぶり、この場の信者全員の注目を、自分へと向けさせた。
そして、高らかに宣言する。
(≠Å≠)「……よろしい、私の権限を持ってして、今この場で特別に許可しよう!」
(≠Å≠)「叩き潰せ……そうだな、”肉塊の刑”だ」
-
ミルナに対して執行されるべき刑をイストが口にしてから、
武器を手にした信者達の動揺はおさまった。再び、全員がミルナに注視する。
今、彼らの中に芽生えている感情は、恐らく恐怖だけだろう。
( ゚д゚ )「教えてやる……ミタジマ流の極意は、技にあらず」
( ゚д゚ )「”心”、それこそが、”芯”」
( ゚д゚ )「己の信念、”志”だけは、絶対に曲げぬという事だ」
(#≠Å≠)「うひゃひゃひゃぁッ!断罪しろぉぉぉッ!」
イストの号令と同時に、武器を手にした信者達が一斉にミルナへと飛び掛る。
その真っ只中、最奥で狂笑を浮かべる黒衣の修道士、イストへ向け────
(# ゚д゚ )「年端もゆかぬ幼子から両親を取り上げる、貴様らの様な外道に対してなぁッ!」
───ミルナ=バレンシアガは。堅く拳を握り締め、ど真ん中を突っ切っていった。
-
( ゚д゚ )(一対多の争いならば、頭を押さえてしまえば……)
そう考えた所で、にやにやと気色の悪い笑みを浮かべる色白の男、
一際異彩を放ったいでたちのイストを、ミルナは標的として見定めていた。
だが、十数人もの人の壁に阻まれれば、そう易々と近づく事は出来ない。
( ▲)「取り囲め!」
イストの前に立つ黒尽くめの一人が、部下達に檄を飛ばす。
瞬時に僧兵達は散開し、ミルナの斜め後方からも襲いかかれる布陣を整えつつあった。
(# ゚д゚ )「どけッ!」
そこへ、力強く一歩を踏み込んだ。
たったそれだけの動作で、5〜6歩は間合いの空いていたはずの、
正面に立っていた一人の眼前にまで一気に距離を詰める。
(;▲)「───ッ!」
慌てふためき、すぐにフレイルを振りかざそうとする。
が、瞬時の反応に、あまりにも違いがありすぎた。
すかさず顔面へと叩き込まれた拳は、僧兵を後方まで吹き飛ばす。
-
( ▲)「……おのれェッ!」
一人が倒された時点でようやく攻勢へと転じた周囲の僧兵が、
数人がかりで、ほぼ同時にフレイルを振り下ろす。
( ゚д゚ )「ふん、ハエが止まるぞ?」
次々と脳天を目掛けて振り下ろされる破壊力の塊だが、
それらはまるで陽炎を叩こうとしているかのように、かすりさえしない。
後ろにも目があるかのように、斜め後方からの攻撃にも身を傾け、
前方からの三つはそれぞれ掻い潜り、さらには直後に反撃すらこなしてみせる。
(# ゚д゚ )「はぁッ!」
(;▲)「ぶぐッ!?」
大きく仰け反った一人がまた崩れ落ちるも、後方に控えていた僧兵が
すぐに穴の開いた布陣を補強するかのように躍り出た。
再びの睨み合い。今度は更に多くの人数に囲まれたミルナは、両手を
前方で軽く交差させ構えながら、周囲の気配に気を張り巡らせた。
この尋常ならざる腕っ節に、僧兵らは大多数を占めながら、明らかに逡巡していた。
( ゚д゚ )(とはいえ……)
見れば、フレイルを構える僧兵の後ろには、短刀を携える者の姿も見えた。
振りかぶらなければ攻撃の動作を行えない、溜めの大きなフレイルならば容易い。
が、それに紛れて様々な武器でこられれば、この人数相手では無傷というのは難しい。
-
( ゚д゚ )(この人数……やはり簡単にはいきそうにないな)
ふと思い当たり、後方で震えているクーの様子を肩越しに覗き見た。
川;゚-゚)「…ふぇぇ……」
( ゚д゚ )(……待ってろ、すぐに終わらせてやる)
少しばかり弱気の虫に食われそうになった自分を、戒める。
再び強い意志を込めた視線を、最奥──壇上に立つイストへ向けてぶつけた。
(≠Å≠)「………!」
先ほどから、ミルナの一挙手一投足をただただ無言で眺めていた。
だが、そこで二人の目と目が合った時、イストはハッとしたような顔を見せる。
( ゚д゚ )「………?」
一瞬、ミルナにはそれが理解出来なかった。
しかし、イストが頭上を越えた自分の後方を指差した時、事態を察知した。
(≠Å≠)「───その娘を捕らえろッ!この異端者と同じ、同罪人だッ!」
イストの本意など、考える事に時間を割くまでも無く知れた事だった。
ご大層な大義名分を掲げて、自分達が両親を奪ったこの娘っ子を、人質に取る。
そして、ミルナの動きを止めるのが狙い──確かに、相対するのが
この正義感の塊の様な男ならば、あまりにも合理的な方法だ。
-
ミルナの張り裂けんばかりの怒声が聖堂に木霊し、僧兵達の耳を劈く。
(# д )「───きさ……まらぁッ!!」
それに一瞬たじろいだのは、僧兵達。
ミルナの怒気に対しても、また、イストの命令に対しても、だ。
(#≠Å≠)「どうしたァッ!?”審問官からの指令が下された”ぞ!?」
( ▲)「………!」
狼狽しつつも、僧兵達が動き出す。
イストの掲げる正義に、臣従せざるを得ない子羊達が。
ミルナの後方、クーの立つ場所に一番近い僧兵の一人が、手を伸ばす。
川;゚-゚)「いやっ!」
(# ゚д゚ )「───クーッ!!」
勢い良く身体の向きを反転させると、クーの叫び声の聞こえた方へと
疾駆した。周りに居た僧兵達が武器を振るって来たが、それらは全て
激情に駆られたミルナの駿足の下に、空を斬るに留まった。
(;▲)「くっ……このッ」
川;゚-゚)「やだ!助けてっ!」
クーの腕が掴まれた所で、辛くも間に合った。
-
(# ゚д゚ )「───せりゃあッ!!」
ミルナの剛脚が即座に僧兵の頭をすぱんと打ち抜く。
一瞬で意識が飛ばされたであろうその身は、中空で大きく後方に回転すると、
勢いそのままに、体の正面からもろに地面へと叩きつけられた。
川;゚-゚)「おじさん!」
胸元へと駆け寄るクーを、両手で受け止める。
( ゚д゚ )「……すまんな」
眼を大きく広げて胸元でおののくクーに、一言呟いた。
その背後では、鎖が擦れ合う金属音。
(;▲)「う……うわぁぁぁぁッ!」
一人が、喚きながらミルナの背中へと走り寄って来ていた。
すぐに振り向き、身をかわす事は容易だった。
( ゚д゚ )「………チッ」
だが、それをしてしまえばクーの身が危うい。
迎撃しようかとも迷ったが、そのまますぐに思考を停止させる。
結果、大きく助走をつけたフレイルの鉄球は、ミルナの背中へ
唸りをあげて叩きつけられた。
( д )「がッ、は………!」
-
目の焦点がぶれ、意思とは無関係に膝の間接ががくの字に折れ曲がる。
だが、倒れるのを堪えるようにして、背中を丸めてクーの身を抱きかかえた。
辛うじて、脚を踏ん張る。
(;▲)「はぁ……はぁ……どうだ!」
(#≠Å≠)「続けてかかれッ!粉々に粉砕しろッ!」
甲高いイストの叫びを耳にしながら、抱きかかえていた両腕を離し、
ミルナはそっとクーを自分の身から押しやり、遠ざけた。
川;゚-゚)「おじ……さん?」
( д )「─────のか」
喚き散らしながらさらに襲い来る僧兵達。
常人ならば背骨が砕ける程の威力をその身に受けながら、
なおもミルナは再び振り返ると、それらの前に立ち塞がった。
( д )「───貴様らの騙る”神”は」
( ゚д゚ )「こんなか弱い命すら、奪おうというのか───」
-
目の前には、イストによる強烈な圧力とミルナへの畏怖がせめぎ合い、
ローブの下で半ば狂乱に満ちた瞳を浮かべる多数の僧兵達が、武器を振りかざす姿。
( ▲)「ウオオオォォォォッ!!」
一人が振るったフレイルは、ミルナの頭上に影を形作っていた。
(#゚д゚ )「────ならば、神など死ねィッ!」
その叫び。その気合と同時に、砲弾のような破裂音が鳴り響く───
かと思えば、鉄球を叩き落したはずの男の拳は、目の前にある。
尚且つ、フレイルの柄から繋がった鎖の先端部が千切れており、
重量感のある鉄球の姿そのものは、忽然と鎖の先から消えていたのだ。
( ▲)「………えっ………?」
聖堂に居た全員ともが、その時何が起きたのかわからなかっただろう。
(≠Å≠)「─────ッ!」
が、僧兵の振り上げたフレイルから消えたはずの鉄球は、イストの背後。
祭壇の上空で掲げられていたはずの、巨大な聖十字の象徴の中心へと、
深々とその全体をめり込ませていた。
次の瞬間には大きな亀裂を全体へと走らせ、すぐにその姿を無残な瓦礫に変える。
-
(;▲)「そん……な……」
崇める”象徴”が床へゴトゴトと崩れ落ちてゆく、その様に、
僧兵達は口々にか細く、ため息めいた弱弱しい声を口の端から漏らした。
彼らの身を竦ませるのには十二分過ぎるほど、文字通りの圧倒的な衝撃。
それは、すぐに落雷が伝うようにして一瞬の内に彼らの胸の内に恐怖を伝染させた。
川;゚-゚)「すご……い」
あんぐりと口を開けるクーの網膜には、その光景が強烈に焼き付けられていた。
その前には、腕っ節がめっぽうどころではなくばか強いその一人の男が、不動のまま。
(# ゚д゚ )「立ち塞がるなら───もう手加減はせんぞ」
─────「バカなッ!!」─────
”瓦礫”が全て崩れ落ち、中には呆然と口を開けて武器を取り落とす僧兵も居る中、
ただ一人、イストだけは断じて認めない、とばかりにミルナの方を指差していた。
(;≠Å≠)「こんッ……こんな事はあり得ない……認めんぞォッ!」
声がしゃがれるのではないかという程に、ただ一人、驚愕に叫ぶイスト。
( ゚д゚ )「後悔するんだな」
言って、壇上で半狂乱に「奴を殺せ」と騒ぎ立てるイストに、近づいてゆく。
-
これほど人間離れした業を見せられては、イストに圧力をかけられた僧兵達の
戦意も、もはや完全に消えうせてしまっていた。
(;▲)「………ひっ」
ミルナの行く手を今まで遮っていた人の壁。
それらが、今ではまじないを掛けたかの様にすんなりと道が示される。
( ゚д゚ )「この身に飼いならす”螺旋の蛇”を呼び起こさせたのは、貴様らだ」
やがて、ミルナがイストの目の前に立ち止まった。
互いの鼻息がかかるほども、距離が近い。
(;≠Å≠)「あ……ひっ」
( ゚д゚ )「この娘の両親はどこだ?あと、貴様らが拷問にかけている住民達もな」
(;≠Å≠)「ち……地下……でスゥ……」
胸倉を掴み顔を引きずり寄せると、先ほどまではあれほど不遜な態度だった
イストも、自分の瞳を真っ直ぐに射抜くミルナから視線を背けながら、
絞り出すようなか細い声で、あっさりと口を割った。
いつの間にかミルナの傍らに居たクーが、後ろで大声を上げる。
川*゚-゚)「おかあさん!……おとうさんにもあえるの!?」
-
( ゚д゚ )「………」
初めてミルナが目にした、瞳を輝かせたクーの顔を見つめると、
イスト審問官の胸倉を掴み上げながら、無言で浅く頷いた。
多種多様の表情を浮かべながら、こちらのやり取りを伺っていた僧兵達を
追い払って人払いを済ませると、クーを引き連れて、襟首を引っつかんだままの
イストの案内のもと、聖堂の地下室へと続く階段を一歩一歩降りていった。
─────────
──────
───
-
─────────
──────
───
等間隔に、松明の炎が妖しく照らし出す暗がり。
階段を下りるにつれて、幾重にも重なった呻き声が耳に届く。
神の名を称える聖堂の地下に、決して地上の光が当たる事のない拷問場。
その雰囲気を感じ取っているのか、傍らのクーは次第に不安げな表情を浮かべる。
歯軋りしながらイストを引っつかむミルナの手にも、次第に力が入っていた。
川;゚-゚)「………なんか、こわい」
( ゚д゚ )「悪趣味だな……ここが貴様らの拷問場所という訳か?」
(;≠Å≠)「ここは私のし、神聖なる審問場だ……グエッ」
思い出したように強気を口にしたイストの襟首を一層強く締め上げ、
紡ごうとしていた言葉を中断させる。
長い階段をようやく下り終えた時、やはりそこに広がっていたのは、
思わず目を塞いでしまいたくなるような、惨たらしい光景だった。
-
鉄格子に囲われた部屋が何棟もあり、その一室では多数の死体が折り重なっている。
暗闇を照らす松明の橙色が、皮膚が剥がされて赤黒く露出した傷口を、不気味に染め上げる。
(; ゚д゚ )「惨い……」
見れば、逆さに釣られた状態で、身をよじらなければ水槽に頭部が浸かってしまう者や、
毛髪を一本残らず抜かれ、顔には幾度も焼きごてを押し付けられた女性が、うな垂れている姿。
どれも、極限まで心身を追い詰められ、力尽きてしまう寸前の人間ばかりだった。
川;゚-゚)「……おかあさん!おとうさん!」
突然ミルナの脇をすり抜けて走り出したクー。
すぐに後を追おうとしたが、自分が締め上げるイストの存在が気に掛かった。
ふと、そこらに散らばっていた鉄の手錠に視線が留まり、それを拾い上げる。
( ゚д゚ )「そこから、動くなよ」
(;≠Å≠)「………ふん」
イストの身を後ろ手に手近な鉄格子へと押し付けると、手錠を掛け、すぐにクーの後を追った。
-
クーは鉄格子の中の一人一人へ、声を掛けてまわっている。
その中の一人の女性が、クーの言葉に反応したようだ。
「ア……」
川;゚-゚)「おか……おかあさん?」
( ゚д゚ )「クーっ!」
「……アンタァァァーッ!」
格子の外から語りかけたクーの方へと、女性は一直線に飛び掛かる。
「私をここから出せェッ!こんな…こんな顔にしやがってッ!」
「殺してやる、呪ってやる」格子を挟んでそう怒鳴り散らしながら、
がちゃがちゃと鉄格子を掴み揺らすその女性の瞳には、もはや正気はなかった。
一瞬呆然と立ち尽くしていたクーの目を塞ぎ、ミルナは身体を割って入れた。
( ゚д゚ )「……違うか、お前のお母さんではないな?」
川;゚-゚)「……う、うん」
驚いた様子のクーの頭を抱え、背中をぽんぽんと叩きながら落ち着かせる。
もし神とやらが本当にこの世にいるのならば、せめてこの娘と両親を、
五体満足に会わせてやって欲しい───そう、ミルナは願った。
限りなく絶望的な、儚い願いかも知れないが、
そんな事があるのならば、神に祈るのも悪くはないというのに。
-
───不意に、背後の鉄格子の中から、一人のしゃがれた男性の声がした。
「……まさ、か………」
( ゚д゚ )「………?」
声の方へと目をやると、そこには格子の奥で壁にもたれて寄り添う、二人の男女。
そのうちの男性の一人が、次に口にした言葉に、目を大きく見開いた。
「その、その子は………クー、か………?」
川;゚-゚)「おと、おとうさんの声だ……」
( ゚д゚ )「!!」
クーの両親に間違いない、そう確信したミルナは、すぐに鉄格子へ駆け寄る。
外側から掛けられた錠を確認すると、高々と掲げた手刀をそこへ全力で振り下ろした。
(# ゚д゚ )(─────”緑閃刀撃”ッ)
鉄錠が呆気なく真っ二つに叩き割られ、かちゃりと地面へと落ちると、
錆付いた鉄格子を開けきるよりも早く、クーは両親の元へと駆け出していた。
川;-;)「おとうさん……おかあさん!さびしかったよう……!」
-
「本当に……クーだ……私は……夢、でも……?」
背中をもたれる父親の胸元へ飛び込み、今まで堪えていた涙の分まで、
全力で泣き続けるクー。父親はその頭をぎこちなく撫でながら、ミルナへ視線を送った。
「あな……た……が?」
( ゚д゚ )「……ああ。ここで拷問にかけられている人々を、助けに来た」
「……どうやって……感謝の意を……送れば、いい、か……」
喉を焼かれているのか、まだ自分とそれほど歳も変わらぬ若年の喉からは、
老人のようにしゃがれた声で、言葉がどうにか搾り出される。
そして、クーと再開して虚ろな瞳に若干の生気が戻ってはいるが、
立ち上がりクーを抱きかかえる事が出来ない理由に、気づいた。
(; ゚д゚ )(手足の腱が……全て切られている……)
もう、立ち上がる事も、物を掴む事も一生かなわないであろう父親の胸で、
それに気づく事もなくクーはえんえんと泣き続ける。
一度深く視線を落としたミルナだったが、すぐに隣で壁にもたれる
クーの母親の様子が気に掛かり、その傍にしゃがみこんだ。
-
(; д )「─────ッ」
「……かの……じょ……は……」
川 - )
息を、していない。
端正な目鼻立ちのその女性は、眠ったような横顔をたたえているだけだ。
「さっきから……語りかけても……返事、が……」
川;-;)「ねぇ、おとうさん……おかあさんは?」
娘のその言葉に、父親はゆっくりクーの首元に腕を回して引き寄せると、
肩を小刻みに震わせ、歯をかちかちと鳴らしながら、嗚咽を堪えている。
突然仲を引き裂かれ、この娘は親の死に目にも会えなかったのか。
その大きな心の傷を抱えて、生きていかねばならないというのか。
断じて───そんな不条理、納得できる訳がない。
( д )(今の俺に、出来るかはわからんが……)
生気の抜けたクーの母親の前に立つと、呼吸を整えて精神集中を試みる。
修行に明け暮れていたあの時から、腕は鈍っていないはずだ。
( д )(”ミタジマ流”は活殺自在の拳撃流派……)
( ゚д゚ )(人の、生きる力を引き出す事も出来る、そのはずだ)
-
目を閉じ、両手を前へ突き出すと、クーの母親の身体を、
その手を透して見やるかのように、全力で何かを探っていた。
( д )(僅かだが───感じるぞ)
全神経を集中させたミルナに、周囲の何もかもの雑音は、今や届かない。
( д )(この女性の身体には、まだ”気”が残っている───)
( ゚д゚ )(─────ならばッ!)
突然かっ、と目を見開いたミルナは、クーの母親を引き寄せると、
両の手から数本の指を突き出し、彼女の首元へ深く挿し入れた。
( ゚д゚ )(ミタジマ流孔術……"湧泉孔"ッ!)
身体の至る場所に点在する”孔”には、人体の活力を司る箇所がある。
それらの点を的確に突く事により、人を生かす事も、殺す事も出来る技だ。
これはその一端、生命力を再び湧き上がらせる為の、活の秘孔だった。
クーの母親の首を指で押さえたまま微動だにせず、ミルナはその
険しい表情を緩めない。次いで、二度、三度、手付きと箇所を変えていく。
だが、幾度”湧泉孔”を確実に突こうとも、クーの母親が息を吹き返す気配は無い。
そうして、五度目の孔を突いた所に、隣にいた父親がミルナへ声を掛けた。
「……もう……いいんです……彼女、は……」
-
川;゚-゚)「おかあさん……は?おかあさんは……どうしたの?」
(; д )(俺の孔術では……手に負えない、か……)
変わらず寝顔をたたえるその顔を再び見つめると、がくりと肩を落とし、
ミルナは立ち上がると、やるせなさそうに彼女に背中を向けた。
(;゚д゚ )(ミタジマ流の看板を背負って立つ一號生と言っても……所詮はこの程度……)
このロアリアの街に来てから初めての事だった。
自分の心に影を落とす暗い想念に、ミルナの心は初めて目の前の現実に屈した。
生命の原動力である”気”も───もはや彼女の身体から感じ取る事は出来ない。
悔しさに下唇をかみ締めると、さらに憎らしい程に込み上げてくるのだ。
いくら精神と肉体を鍛えたからといって、幼子一人救ってやれない自身の無力さが。
だが───
”神”は、いじらしい娘子の気持ちを、汲み取ってくれたのだろうか。
断じて、それはこんな自分のように情けない男の、我が儘の為ではないだろう。
川 ' -') 「─────クー……?」
今にも消え入りそうなその声、だが、確実にミルナの背で聞こえた。
-
川*゚-゚)「───おかあさん!」
( ゚д゚ )「………ッ!」
自らの孔術によって蘇生したなどと、自惚れはしない。
ただその奇跡に、驚きの形相を浮かべてミルナは振り返る。
川 ' -')「……まさか、もう一度……逢えるだなんて……」
川l;-;)「あいたかった、あいたかったんだよう……おかあさん!」
顔をくしゃくしゃにして、大粒の涙が頬を伝うのも構わず、今度は母親の胸に飛び込むクー。
だが、腹の底からどうにか搾り出しているかのような声色の
クーの両親の衰弱具合は、どう見ても尋常なものではない。
クーにとってはあまりに無慈悲な事実であろうが、
両親ともに、長くは持たないであろう事を───悟ってしまった。
「アン……ナ?……なんという……奇跡だ……!」
川 ' ー')「よしよし……迎えに行けなくて……ごめんね……?」
( д )「………」
-
あの審問官達の拷問により、心身共に極限にまで追い詰められているはずだ。
だが、それでも───咽び泣く我が子の頭を二人して撫で上げ、その顔に
優しげな笑みを浮かべながら二人して見守る姿に、ミルナは心を打たれていた。
──────親というものは、強い。自分などより、よほど。
どれほど鍛錬を重ねて、その身に奥義の数々を会得しようとも、
どれほど激情に身を任せ、裂帛の気合を込めた咆哮をあげようとも。
親が子を想うこの気持ちには、決して自分などではかなわない───
この状況にあって、そんな、複雑な感情の波が心に押し寄せていた。
残された時間は、わずかだった。
両親にとっては、自分達の愛の結晶を愛でる事の出来る、最期に残された短い時間。
クーにとっては、自分が両親に愛されていた証を、最後に胸へ刻み付ける為の短い時間。
せめてクーが泣き止むまで、自分のような邪魔者は消えよう。
そう思って、ミルナは三人を残して格子の一室を立ち去った。
部屋から出ると、格子に繋がれた自身の手錠をがちゃがちゃと
揺らしていた、イストの姿があった。
(;≠Å≠)「………ちっ」
-
ミルナと目が合うなり、ばつの悪そうにそっぽを向く、イスト。
( ゚д゚ )「………貴様が、あの娘の両親をいたぶったのか?」
(;≠Å≠)「ふん、いかにも……ルクレール夫妻に異端認定を下したのは、この私だ」
(≠Å≠)「だが、それがどうしたッ!?」
( ゚д゚ )「………」
(≠Å≠)「この大陸には、神を信じぬ不心得者の輩ばかり……」
すぅっと息を吸い込むと、この階下の鉄牢全体に響き渡る程の
大声で、イストは声を荒げてミルナに叫ぶ。
(#≠Å≠)「他人を殺してのうのうと日々を生きている者が、一体何人居るッ!?」
(#≠Å≠)「他者に生活の糧を奪われ、嘆きながら命を落とす者が何人居るのだッ!!」
(≠Å≠)「ならば、全部裁いてしまえばいい………」
(#≠Å≠)「”疑わしきは裁く”……この私の行いにより、邪教徒はこの街から一掃されたのだぞッ!!」
( ゚д゚ )「……それでも、裁かれるべき人間を決めていいのは、お前じゃあない」
( ゚д゚ )「お前は、”神の代弁者”を気取って行使する力で、優越に浸っていたに過ぎん」
-
(#≠Å≠)「……グ、違うゥゥッ!取り消せ貴様ァッ!」
( ゚д゚ )(……最初は、そうでなかったのかも知れんがな……)
イストに聞こえない程度の小声でそう呟くと、一度視線を外した。
自分の言葉は、恐らくこの男の琴線に触れたのだろう。
依然として鬼の形相から視線が向けられているのを感じたが、
単純に憎むべき男、というだけにも今のミルナには思えなかった。
ある意味では、この男も哀れな一人の子羊なのかも知れない。
いつしか後ろ盾である神の信徒という力が強まって行った中で、
この男の信じる正義は、裁くべき対象を見失ってしまったのだろう。
───「歪んでしまったんだよ、お前は」と、心の中で呟く。
そして、イストの目の前に立つと、最後の言葉を投げかけた。
( ゚д゚ )「残された時を……お得意の神とやらに懺悔しながら生きればいいさ」
(#≠Å≠)「貴様のような流れ者などにッ!何を言われる筋合いもないわぁッ!」
ミルナの二本の指がそっと突き出されると、今にも噛み付かんばかりの
剣幕で吠え立てるイストの首元へとあてがわれると、ずぶりと挿し入れられた。
(#≠Å≠)「取り消せ、先ほどのッ………んぐむッ?」
-
一拍の間を置いて、言葉に詰まったイストの首が、異様に膨れ上がる。
顔を真っ赤に染めたまま地面に崩れ落ちたが、まだその視線はミルナへ向けられていた。
何か言いたげに言葉を紡ごうとするが、顔には太い血管が浮き上がり、
意思と反するように、四肢はじたばたと暴れさせている。
( ゚д゚ )「………じゃあな」
その言葉が、口の端から泡を吹いているイストの耳に届いたかどうかは、定かではない。
だが、どの道この男も、そう長くは持たないだろう。
これは、真に鍛え抜かれた肉体でなければ、命の危機に関わる程に危険な秘孔だ。
人の潜在能力の極限までを引き出す、”螺旋孔”を突いたのだから。
顔の赤みは更に増していき、身体は次第に痙攣、間接は硬直を始めた。
その姿を見下ろしながら、少しだけ自嘲気味な笑みを浮かべる。
( д )「───俺も───」
「歪んでいるのかな」
そう言いかけた口の動きを、ねじ伏せる。
闘争が日常であっても厭わない自分は、命のやり取りに微塵も恐怖を感じないのだ。
これまで修行の日々で培ってきた鋼の心は、今日のように他者の命を
生かすのにも、あるいは殺すのにも───あまり深く考える事はしなかった。
-
だが、身近な人の死を見せられた、残された人間の心には、
それが果たして、どれほどの痛いほどの悲しみをもたらすのか。
ミタジマ流拳撃術道場───”男闘虎塾”筆頭一號生、ミルナ=バレンシアガ。
生れ落ちてから23年、日々を闘いに明け暮れてきた彼の心に───
この時、ふとした気の迷いが生まれた瞬間であった。
─────
──────────
───────────────
この日を境にして、ロアリアの街から聖ラウンジへの一切の信仰が失われた。
民衆へ非道の限りを尽くした異端審問団の行いも、住民の直訴の下、ついに明るみとなる。
-
聖ラウンジ教の大本営を賜る聖教都市ラウンジ、時の司教”アルト=デ=レイン”
彼は、真偽の調査を行うため、すぐさま教徒ら十数名を調査団として組織し、派遣した。
その先で住民達の口から聞かされる、異端審問団によるあまりに惨たらしい仕打ち。
それらはどれも説得力に満ち溢れ、アルト司教が審問団から一切の権限を奪い、
自分達聖ラウンジの庇護から切り離す事を決意させるのに、さほど時間は掛からなかった。
聖堂の地下で発見されたイスト=シェラザール審問官を殺害したのが何者なのか、
結局それだけはわからなかったが、敵対する極東シベリア教徒の一部の者であろう
という噂話は、住民達の間でまことしやかに囁かれていたようだ。
今でも時折極東教会の人間がロアリアへ巡礼に訪れるが、それも、住民達の信仰に対して
訝しむ視線の数々に気圧されて、ごくごく稀にしかその姿を見る事は無くなっていった。
この街の人々はみな信仰を捨てて、今では、自分達の力だけを信じるようになっていた。
─────
──────────
───────────────
( ゚д゚ )「随分と、遠くまで来たな」
-
川 ゚-゚)「そうだな」
高々と聳える山岳の頂上付近からは、うっすらと雨雲がその上を覆っている
ロアリアの街が、今では遥か遠くに見える。
あれから───もう1年もの月日が流れているのだ。
最近では、クーに自分の無骨な口調が映ったか、言葉を真似するようになっていた。
無愛想な娘に育ってしまうのではないかという事を、少しだけ危惧する。
あの事件の後、縁者数人らが集まり、ルクレール夫妻の葬儀はしめやかに執り行われた。
身分を隠して、ミルナ自身もそれに立ち会っていたのだ。
あの時のクーの表情は、今でも忘れられない。
精も根も尽き果て、一生分の涙をすでに流してしまったのではないかと、心配した。
ミルナ自身も一番信用できそうな人柄に感じた、ルクレール当主の弟。
彼はクーを引き取り、自分が死ぬまで面倒を見ると、ミルナを前に力強く語った。
だが、その場に居たクーはその申し出を押しのけると、
ミルナまでもが思わず目を剥いてしまうような事を言い放ったのだ。
-
川゚-゚)「ミルナおじさんに……ついてく!」
周りからの猛反対の中、強情に自分の考えを曲げようとしないクーの意思を
尊重して、結局折れたのは自分だった。半ば強引にクーを連れ、ロアリアを発った。
今ではこうして自分の旅に伴っているという訳だ。
( ゚д゚ )「さぁ、後は山道を下れば、ヴィップの街に着く」
川 ゚-゚)「らくしょーだな」
( ゚д゚ )「甘く見るな。山は登るよりも、下りの方が大変なんだ」
クーに様々な事を教えながら、寝食を共にする。
たったそれだけの事だけで、ここ最近では自分の荒んだ冒険の日々にも
ずいぶんと安らぎが与えられているのは、クーのおかげでもある。
幼くして旅に出るきっかけとなった両親の死を、乗り越えつつあった。
容姿も端麗な娘だ。
が、きっとそれ以上に───「芯の強い娘に育つ」
そう、思えた。
-
だが、幾夜をクーと共にする内、自分自身の中で芽生えていく感情に
心が揺さぶられて、どうしても寝付けない夜が何度かあった。
ある夜、クーは寝言でこんな一言を漏らしたのだ。
川 - )「…ん……おかあ……さん……」
( д )「…………」
─────”罪悪感”─────
クーの両親を救えなかった───その事実が自分を攻め立てるのだ。
いつか、クーにその事を責められる時が来るのではないかと、考える度に影を落とした。
無論、自分がいなければ、クーが両親と再会を果たす事はかなわなかっただろう。
だが、自分がもっと早く現れていれば、あるいは、自分の孔術にもっと人の活力を
取り戻す効力を秘めていれば───クーの両親が命を落とす事は、なかったかも知れない。
自惚れも過ぎたものだ、などと自分自身を気恥ずかしくも思う。
しかし、クーが寝床の枕元を涙で濡らしている場面を見るたび、心をちくりと刺す感情。
確かにクーと一緒の日々は、今までとは違う、自分にとって満たされる日々だった。
だが、冒険者という風に吹かれて消えてゆくような───そんな存在の自分が
彼女という太陽に依存しては、いけない。
また、彼女自身も、自分のような者に依存してはいけないのだ。
-
せめてクーには普通に人生を歩み、普通に幸せを掴み、
そしていつか子宝を授かる、そんな普通の人生を歩んで欲しいと願うようになった。
自らの罪悪感を切り離す為ではない、そう自分の胸に言い聞かせながら、
この日は朝から決意した事があった。
( ゚д゚ )「見えてきたな……ヴィップだ」
川*゚-゚)「おっきぃ街だなっ」
───夕刻 交易都市ヴィップ───
ミルナは何度か来たことがある冒険者宿、”失われた楽園亭”を今晩の宿にした。
川*゚-゚)「ふかふかのベッドが私を待ってるんだっ」
席に着くなり夕食を済ませると、早々にクーは二階の寝室へと上がっていった。
客もまばらになった夜分を見計らって、久方ぶりの酒に頬を紅潮させながら、
ミルナは宿のマスターへ、ある頼みごとをした。
( ゚д゚ )「………そういう訳だ、どうにか、頼めないだろうか」
(’e’)「まぁ構わんが……女々しい男だな、お前さん」
( ゚д゚ )「…………女々しい、か」
-
マスターが言っている事の意味は分かる。
確かに、クー自身がおくびにも出そうとしない過去の出来事を、
彼女を傷つけまいと何よりも一番気に掛けているのは、自分の方なのだろう。
やはり自分は、罪悪感を切り離そうとしているだけに過ぎない。
今は純粋な笑顔を自分へと向けてくれる彼女に、いつかどこかで
自分を恨む気持ちが芽生える事を、恐れているのだ。
たとえそうだとしても───もはや決めた事だった。
少しばかり酔いの回った自分は、皿洗いをしていたマスターの前に拳を突き出す。
それに気づいたマスターも、濡れ手に拳を握ると、自分のものへと軽くぶつけた。
こちらの頼みごとを、快く承諾してくれた、その合図だった。
その後、泊まり客の誰もが寝静まった中、木板の階段をゆっくりと軋ませながら
二階へ上がると、クーが先に休んでいる寝室の扉をそっと押し開ける。
川 - )「むにゃ……」
( д )(……恨んで……当たり前だろうな)
その安らかな寝顔を見届けると、胸元から取り出した一枚の羊皮紙を
クーの眠るベッドの枕もとへ置いて、ミルナはまた静かに寝室を後にした。
( ゚д゚ )(だが……いつまでも共に過ごせる訳でも、ないんだ)
-
────
────────
────────────
川 o )「ふぁ……あ〜ぁ」
翌朝クーが目覚めると、彼女はそこに、いつもの光景がない事に気づいた。
毎日自分より遅くに目を覚ます、ミルナの姿だ。
川 ゚-゚)「ミルナ………?」
いつも自分より遅く眠りについて、遅くに目が覚める、ミルナ。
そんな日常の光景が自分の周囲に見当たらない事に、若干の違和感を感じる。
川 ゚-゚)「買い物にでも……行ったのかな?」
あくびをしながら目を擦り、ベッドから出ようと手を伸ばした所で、
手元に膨らんだ麻袋と一緒に、書き置きのようなものがある事に気づいた。
川 ゚-゚)「あれ……なんだろう、これ」
ミルナが忘れていったのだろうか、麻袋の方には銀貨が随分な重量分
詰まっているようだった。普段金銭を見せびらかさないミルナが、
これほどの金額を持っていたのは知らなかった。
-
そして、傍らに置かれていた羊皮紙の文字に、たどたどしく目を通す。
川 - )「………え?」
羊皮紙に書かれていた全文を読み終えた時、ついぞ、そんな一言が口を突いた。
まだ幼さを残すクーには、そこに書かれていた現実が、一瞬理解できなかった。
受け容れる事が出来ないほどに衝撃的な内容が、一文字一文字に含まれていた。
何度も読み直し、一縷の期待を込めて裏面をめくってみるも、そこには何もない。
川;- )「嘘だよ!……そんなの、嘘だと言ってよ……ミルナ!?」
手紙の内容には極めて簡潔に、こう書かれていた。
-
”目が覚めたら、この宿のマスターについていけ。
身寄りが無いお前の面倒を見てくれる孤児院へ、案内してくれるはずだ。
また、何か困ったら遠慮なくマスターを頼るんだ、彼の人柄は俺が保障する。”
また、手紙の最後は、こう締めくくられていた。
”それと───俺のようには、なるな”
川;-;)「こんなの……ひどいよ、ミルナ……」
数百SPもの銀貨と一枚の手紙だけをクーの枕元に残し、
ミルナ=バレンシアガは、彼女の元から立ち去ったのだ。
ミルナからの手紙には───極めて簡潔に、用件しか書きこまれていない。
しかしそれは紛れもなく、クーの人生を憂慮しての、苦悩を交えた決断だった。
-
────それからしばらくして ”現在”────
────────
────
彼女に再び訪れた、大事な人が自分の元を去る悲しみ。
やがてその痛みが癒えて、また自分で歩き出せるようになるまでには、
やはり心の傷は大きく、幾月もの歳月を要した。
しかしその後の彼女はというと、悲しい過去を吹き飛ばすかのような
活発さに満ち溢れた女性となった。ちょくちょくヴィップの孤児院を抜け出すと、
女だてら、子供だてらに冒険者を志すという事は、周囲の人間に話していた。
15の時にはついに”失われた楽園亭”で依頼を受け、宿で帰りを待ちながら
頭を抱えるマスターの元に、初の依頼で見事に依頼完了の知らせを届けた。
その後もヴィップを拠点として、一端の冒険者と言えるだけの経験を重ね、
冒険者仲間の間でも、そこそこ顔の知れた人間となってきたようだ。
その彼女を、屋敷の階下で依頼を共にする同僚が、今も呼んでいた。
-
「今行く」
そう階下の同僚へ伝えると、かつて父が書き上げた彼女自身の
肖像画を、置かれたイーゼルへそっと戻した。
ロアリア周辺の地質調査の依頼はもう完了しており、
あとは依頼人の元へと帰るだけだった。
その道すがら、変わることなくこの場所に建っていた自分の生家。
やはりこの家に来れば、様々な過去を思い出して複雑な想いを抱いた。
当然、あの人物の事も。
川 - )「(人は何度も挫けて……)」
川 - )「(……それでも、また何度でも歩き出せるのかな……?)」
川 ゚ -゚)「──────ミルナ」
旅を共にしたのは短い月日ではあったが、ミルナの存在は、
失った時を境に、日増しに彼女の中でさらに大きくなっていった。
それが、今こうして”クー=ルクレール”が冒険者として存在する理由でもある。
-
─────
──────────
───────────────
旅の途中でたまたま通りすがった、自分の生まれた地。
同僚とともに屋敷を後にすると、振り返る事もなく、
クーは次の目的地である依頼人の元へ向かい、帰路を歩む。
川 ゚ -゚)(いつか……また会えるんだろう?)
心の中で呟き、どこまでも続くこの灰色の空を見上げた。
きっと、今もどこかの地を踏みしめているであろう、ミルナの事を想って。
────そうして、また彼女は歩き始めた。
-
( ^ω^)ヴィップワースのようです
第0話(5)
「行く手の空は、灰色で」
─了─
-
明日、遅くとも明後日にはすいこーして1話を投下します。
2話は書きかけで、3話もちょっと話は考えてあるのでこれまでより早く投下できるといいな。
>>2-13 「序幕」
>>14-29 ブーン編 0話(1)
>>33-64 ショボン編 0話(2)
>>67-115 フォックス編 0話(3)
>>121-190 ツン編 0話(4)
>>191-263 クー編 0話(5)
となっとりやす。ブーン編の手抜きっぷりがすげぇ。
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乙だっじぇ
地の文書き方好きだなあ
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乙!
こっから新章か、wktk
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地の分がすごく好み・・・
何かものすごいスペクタクルになりそうですね
文章とか何気に参考にさせてもらいたい
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読み終わった
読むの二回目だったのに ショボン、ツン、クー、頑張れと感情移入しまった
新章楽しみです
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>>265-268
ちょいちょいうんこな文章になるこんな自分に……うれションした。
1話は正直、多分クソ。今日からの休日使って改修作業に入りやす。
だけど2話以降から少しずつ話からませて、面白くしていきたいな。
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( ^ω^)ヴィップワースのようです
第1話
「名のあるゴブリン」
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ヴィップの街からおよそ2日を歩いた距離。
マスターによればそこに、”リュメ”の街はあるという話だった。
馬車を使えばわずか1日で辿り着ける道のりなのだが、
そんな贅沢な事は楽園亭のマスターに、朝晩と散々ツケで
飯を食わせてもらったブーンの懐具合では、出来ようはずもない。
己の見聞を広めるためにも、冒険者にとっては結局、自分の足で歩くのが一番なのだ。
この道は、リュメの街から交易都市ヴィップ、そこから更に北の城壁都市、バルグミュラーのある
ブルムシュタイン地方へと行商して歩く商人達が多く行き交う。
その為治安も悪くは無く、時折道すがらでは一般人の姿も目についた。
早朝に宿を出立してからというもの歩き続け、気づけば、
木々の合間からは漏れる陽光が、燦燦と頭上を照りつけていた。
( ^ω^)「暑くなってきたおね。もう、昼かお」
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これまで一度も休憩を挟むことなく、道のりにすれば、4分の1も踏破した所か。
ここらで少し休むとしようか、と近場の樹木にもたれて腰を下ろした。
身に着けていた腕甲や手甲の紐を緩め、熱の篭っていた身体に外気を取り入れる。
念の為、所持品なども再度点検しておいたが、問題無い。
毒にも薬にもなる”コカの葉”や、万一怪我をした時に塗りこむ薬草も常備している。
携帯する食料は、マスターからツケで貰い受けたわずかばかりの干し肉だけだが、
2日程度の道のりであればそれでも問題ないだろう。
何しろ、50spしか持たずに故郷の村を発ったはいいが、その後全財産の入った
銀貨袋を落として、ヴィップを目指して旅歩く3日もの間を、沢の水だけで飢えを
しのがざるを得なかったぐらいだ。
( ^ω^)(ありゃあキツかったお……もう御免だおね)
虫や鳥達の声を耳にしながら、そんなつい最近までの自分を振り返っていると、
向こうの方からどこか飄々とした長い銀髪の男がこちらへ歩いて来た。
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特に何も思わずその姿を見送ろうと思ったが、自分と目が合ったその男は、
「よう」と馴れ馴れしい口調で片手を軽く向けると、傍まで歩み寄って来た。
「ちょいと、隣に失礼していいかい?」
( ^ω^)「…………」
そう言って、突然自分の隣に座り込もうとするその男。
爪'ー`)「あぁ……その、なんだ」
ブーンの目には実際それほど危険そうな男には見えなかったのだが、
どんな時でも、多少の警戒心は持っておいた方が良い。
そして、自分でも気づかない内に彼に訝しげな視線を送っていたようだ。
爪'ー`)y-「まぁ、そう警戒しなさんなって」
「こいつで一服つこうと思っただけさ」と、一本の煙草を口にくわえると、
取り出した火打ち石を叩いて火を点け、上を向いて煙を吐き出した。
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