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海のひつじを忘れないようです
1
:
◆JrLrwtG8mk
:2017/08/19(土) 21:55:33 ID:rN6ohdMg0
紅白作品
微閲覧注意
2
:
名無しさん
:2017/08/19(土) 21:57:12 ID:rN6ohdMg0
※
ぼくらはひつじを飼っている。
罪のひつじを。
贄のひつじを。
屍のひつじを。
一頭、十頭、百頭、千頭――
どれだけいるかは定かじゃない。
けれどいつも、感じてる。
彼らの鼓動に悔悟する。
ぼくは、歩く。
命に焼かれた背中を負って、
一歩一歩と、歩いてく。
歩いて歩いて、歩いて歩く。
海知る丘の、その先へ。
彼女が焦がれた、その場所へ。
数多の変遷、思いつつ。
遥けき軌跡を、描きつつ――
.
3
:
名無しさん
:2017/08/19(土) 21:58:15 ID:rN6ohdMg0
0
逆巻く波浪。寄せては返し、寄せては返し。
潮風に運ばれた香が、肺腑の内側にこびりついて胸の内が辛かった。
しかし辛いのは、匂いのせいだけではない。
風が出ていた。横殴りの風。浜辺付近では、
風に流れを乱された波が、不規則にうねりを上げている。
とぐろを巻いて、渦を生み、細かな泡を飲み込んで真空へと消える。
小さな、小さな無数の泡粒が、暴力的な力の発露にさらわれていく。為す術もなく。
それら身近で起こる現象から目をそらし、遠い、遠い水平線の彼方を見つめた。
世界が切り替わる地平。球状なこの世界の、
円によって果てなく結ばれた因果とは異なる、彼方の一箇所で収束したその地点。
その場所であれば、あるいは違うのだろうか。世界はもっと、凪いでいるのだろうか。
暴力的な力にさらわれる泡粒など、存在しないのだろうか。
そこでなら。そこでなら、あるいは、俺も――。
意図せず伸ばしかけていた腕を、意識的に折りたたんだ。
逃避だ、ただの。
わかっている。そんなものはただの空想に過ぎない。
直面した現実から逃げようとしている俺の生み出した、都合のよい幻想に過ぎない。
4
:
名無しさん
:2017/08/19(土) 21:59:14 ID:rN6ohdMg0
俺は逃げられない。
そんなことは、誰よりも俺自身が理解している。
俺はまだこどもで、ここは親父の街だった。
いや、この街だけではない。隣町であろうと、他所の国であろうと、
海を越えた見知らぬ土地であろうと、この球状な地平に在する限り、
親父の手は届くだろう。どこに逃げようとも。
受け入れるべきなのだ。兄がそうしたように。父がそうしたように。
父の父が、その父が、さらにその先に生きた男たちが受け継いできたように、
俺もまた、倣うべきなのだ。期待に応える時が来たのだ。
父の、兄の、顔も名も知らぬこの街の人々のためにも。
大人になるべき時が、来たのだ。
そんなことはわかっているのだ。
「やはりここにいたのですね」
呼びかける声。俺は振り向かなかった。
その声が誰のものであるか、知っているから。
声の主はこちらへと小走りに近寄ると、
払っても払っても砂しかない地面をそれでも平にしてから、俺の隣に座った。
ちょうどそいつが壁になって、横殴りの風が俺を逸れた。
「あなたは悩むと、いつもここ」
「……親父に言われて来たのか?」
「まさか」
5
:
名無しさん
:2017/08/19(土) 21:59:48 ID:rN6ohdMg0
そいつの綺麗に切り揃えられた前髪が、強い風に吹かれて乱れた。
俺は立ち上がり、二、三歩いてから、また座る。
再び俺の横顔に、風が直撃するようになった。
そいつがくすりと笑った。俺はそっぽを向いた。
「箱船は見つかりましたか?」
波と風によって、世界は静かにやかましかった。
そいつは一度問いかけたきり、答えを急くような真似はしてこなかった。
俺は波を、波と渦にさらわれるあぶくを、なおも凝視していた。
「トソン」
「はい」
俺の言葉を待っていたかのような素早さで、トソンは声を返した。
その勢いが逆に、俺の気勢をそいだ。こんなことを尋ねるのはあまりに愚かで、
幼稚に過ぎるのではないかと、恥を退けようとする臆病な心が頭を覗かせた。
口を閉じた。トソンは何も言わなかった。
急かすことも聞き返すこともせず、俺がそれを言葉にする心持ちになる時を、
ただ待ってくれていた。だから俺も、それを口にすることができた。
6
:
名無しさん
:2017/08/19(土) 22:00:20 ID:rN6ohdMg0
「大人とは、なんだ」
「生き延びた人です」
間髪入れぬ返答。
俺はトソンの顔を覗き見た。真面目な顔。冗談で言ったわけではないらしい。
けれどその答えは、俺を満足させるものではない。
「それだけか?」
「私も大人ではありませんから、実際のところはわかりません。
小旦那様こそ、どうお考えなのですか」
「俺は……」
とつぜん返された質問で、言葉に詰まる。
大人。誰もがいつかなるもの。俺がこれから、なろうとしているもの。
こどもと大人の境界。そこには何があるのか。何が変わってしまうのか。
脳裏によぎったのは、やはり、あいつのことだった。
「俺にも、よくわからない。けれどフォックスは、あの日以来変わってしまった」
フォックス――血を分けた、俺の兄。
俺より先に変わってしまった、かつてこどもだった大人。
7
:
名無しさん
:2017/08/19(土) 22:00:55 ID:rN6ohdMg0
「フォックスは親父を蛇蝎のごとく嫌っていた。
大人になったらこの街を出て、一旗揚げてやるといつも言っていた。
けれどあいつはいま、親父と共にいる。親父と同じ仕事をして、
親父の代わりまで務め始めている。まるで、まるで……親父の、コピーみたいに」
良い兄ではなかった。
しょっちゅう問題を起こしていたし、乱暴も振るってきた。
ケンカをしない日がないくらいに、俺と兄は仲が悪かった。
いなくなれと思ったことも、一度や二度ではなかった。
けれど、本当にいなくなるとは思っていなかった。
これからもバカみたいに取っ組み合い、
ケンカし続けていくものだと根拠もなくそう信じていた。
フォックスはもう、俺に拳を振るうことも、街中を暴れまわることもなかった。
フォックスはもう、フォックスではなかった。
「大人になるとは、自分じゃなくなることなのか?
自分がなくなったら、そこには何が残るんだ?」
手首をつかむ。血管の脈動が、循環する血液が指の腹を打つ。
俺の中に流れる、俺でない者たちによって受け継がれてきたその血が。
「フォックスもそうだった。己に流れる血に負けた。
俺もきっと、“通過儀礼”を果たしてしまえば、きっと――」
8
:
名無しさん
:2017/08/19(土) 22:01:59 ID:rN6ohdMg0
「小旦那様は大丈夫です」
俺の手が、トソンの両手に包まれていた。
傷だらけの指。俺のものとは異なる律動が、ほのかな温かみと共に伝わってくる。
「あなたは、やさしいから」
トソンが俺を見つめていた。真剣な顔で。
けれどトソンの言葉と態度を受け取るだけの心構えが、俺の方にはなかった。
俺はお前が思うような男じゃない。俺は……ただの、臆病者だ。
トソンの手を解き、立ち上がった。
「風が強まってきた。そろそろ帰ろう」
トソンに背を向ける。疾風が顔を、真正面から打った。
本当に風が強くなってきた。荒れるかもしれない。海も、それに人も。俺も。
けれどもう、いい。諦めてしまえば、それで済むのだ。
収まるべくして収まるところに、結局は落ち着くものなのだ。
だからもういいのだ。俺が大人になれば。罪を背負い、大人になれば――。
「私は父を殺しました」
9
:
名無しさん
:2017/08/19(土) 22:02:25 ID:rN6ohdMg0
風鳴りが、耳をつんざいた。俺は耳を抑えながら、振り向く。
トソンは立っていた。立って、こちらを見ていた。
彼女がいつも携帯している、その刃を手にして。
刀身に波の如き奇妙な紋様の浮かんだ、異国の短刀。
トソンが近づいてくる。一歩、一歩。着実に、ゆっくりと。
俺は動かなかった。動かずに、彼女が来るのを待った。
そして、俺よりもわずかに背の高い彼女の身体が、目の前で止まった。
「父は、“楽園”を目指していました――」
.
10
:
名無しさん
:2017/08/19(土) 22:02:51 ID:rN6ohdMg0
彼女が話終えるのを、俺は黙って聞いた。
遠い、遠い異国から始まる話。彼女が辿った軌跡。そして、罪。
話が終わってからも、おれは何も言えずにいた。
目を合わすこともできず、うつむいて、
彼女の握られた短刀を意味もなく見つめていた。
その手が、動いた。
「トソン?」
「にぎってください」
トソンが短刀を、俺が握るような形に移動させる。
俺は力を込めなかった。けれど短刀は落ちない。
トソンの手が、短刀を握る俺の手の、その上から包み込んできていたから。
トソンはそのまま握り込んだ俺の手ごと短刀を上昇させ、
そしてその切っ先を、自らの胸に触れさせた。
先端に触れた衣服に向かって、細かな皺が集中する。
11
:
名無しさん
:2017/08/19(土) 22:03:15 ID:rN6ohdMg0
「冗談はよせ!」
「冗談ではありません」
ぴしゃりとした言い切りに、俺は言葉を失う。
唐突なトソンの行動の真意がわからず、ただただ混乱する。
そんな俺に向かってトソンは、追い打ちをかけるような言葉を放ってくる。
「このまま私を刺してください」
「はぁ!?」
反射的に身を引こうとした俺を、トソンの手が離さなかった。
服に寄った皺がぷつりと緊張を緩め、小さな穴が開いた。
短刀のその切っ先が、衣服一枚分の壁を超えて、
トソンの肌へとさらに近づいた。彼女の心臓へと、わずかに近づいた。
「説明しろ、こんなことに何の意味がある! 俺をからかっているのか!」
「大切なことなんです」
「なにが!」
「これが大人になること――いえ、生きることだから」
12
:
名無しさん
:2017/08/19(土) 22:03:55 ID:rN6ohdMg0
再び、言葉を失った。
大人になること。トソンは確かにそういった。そして、この状況。
俺は思い出す。かつて覗き見た、あの光景を。
フォックスが果たした、“通過儀礼”を。
「私の言葉を、聞いてもらえますか」
俺はうなづくこともできなかった。
そんな俺の狼狽に関係なく、トソンは続ける。
「あなたは罪を負います。それはきっと、逃れることのできないあなたの運命。
いまのあなたにそれを避ける術はない」
そうだ、俺は罪を負う。
この地に、この血に生まれたその瞬間から、それは既に定められていた。
俺は俺以外になるべくして、この世に生を受けたのだ。それが、事実だ。
それが、俺という生命の存在理由だ。
けれど――と、トソンは俺の思考を打ち消した。
13
:
名無しさん
:2017/08/19(土) 22:04:32 ID:rN6ohdMg0
「その先は違う。あなたは選ぶことができる」
「選ぶ?」
「昔、ある人に言われました。罪を負ったからこそ、
何を伝え、何を残さないか選ぶことができるのだと。
残せるもの、良いと思うものはきっと、人によって様々だと思います。
ある人にとって良いと思うものが、
他の人にとって残すべきでないと思うものである場合も、多々あると思います。
あなたにとっての良いものが何であるのか、私にはわかりません。
……だからこれは、私の勝手な願い」
いよいよ勢いを増してきた暴風が、短刀を握る俺とトソンの腕を揺さぶる。
切っ先が、わずかではあるがしなりを上げてぶれる。
トソンの肌と接触しているはずの、その切っ先が。気が気ではなかった。
けれど当の本人は、痛みも恐れも表すことなく、言葉を続ける。
「小旦那様。あなたは罪を負います。
だからあなたはあなたの“楽園”を見つけてください。
あなたにとって幸福の象徴となるその久遠を。そして――」
14
:
名無しさん
:2017/08/19(土) 22:04:57 ID:rN6ohdMg0
多くの迷い子を、あなたの楽園に導いてあげて。
.
15
:
名無しさん
:2017/08/19(土) 22:05:40 ID:rN6ohdMg0
「俺は……」
「あなたなら、大丈夫。あなただから、大丈夫。
あなたはやさしい人だから。あなたは、何があってもあなただから。
それにね――」
俺の不安を先回りして否定したトソンは、
言葉を区切ったまま俺の瞳を見つめてきた。
やはり傷ついた胸から染み出した血液が、
白い衣服を濡らし、朱に染めていくことも構わずに。
トソンはついぞ見せたことのない表情をして、ゆっくりと、口を開いた。
「私だってほんとは、他の誰にも見られたくなんかないんですよ」
俺はトソンを見上げていた。目を離すことができずにいた。
トソンはずっと、俺の従者だった。上下の関係にあるのが当然で、
あくまでも一定の線を引かれたこちらとあちらの関係にあった。
彼女はいま、そのラインを越えてきた。
俺にはそう、感じられた。
そう感じたから、彼女の言葉に
どんな意味が含まれていたのか、考える余裕を持てなかった。
それに、そんな暇もなかった。
16
:
名無しさん
:2017/08/19(土) 22:06:09 ID:rN6ohdMg0
衝撃が、俺の身体に強く襲い掛かってきた。
まったく予期せぬ衝撃に無防備だった俺は、
そのまま勢いに飲まれ、空中でぐるぐると回転した。
いや、そこは空中ではなかった。俺は水の中にいた。
強まる風によって嵩を増した波が、俺達を呑み込んだのだ。
吐き出されたときには、元いた場所からずいぶん離れた位置に転がっていた。
周囲を見回す。トソンの姿が、どこにも見当たらなかった。
「トソン……?」
トソンの名を呼ぶ。返事はない。どこへ行った。
もう一度、トソンを呼ぶ。二度、三度と繰り返す。
返事はない。嫌な思考が脳裏をよぎる。
まさか、いまの波にさらわれてしまったのではないか。
冗談ではない。そんなわけあるか。しかし一度浮かんだ考えは容易には消えず、
否応にも予感だけが増していく。俺はもう一度トソンを呼んだ。
ほとんど悲鳴のような声で。
「トソン!」
17
:
名無しさん
:2017/08/19(土) 22:06:39 ID:rN6ohdMg0
くちゅん、と、どこからか小さく抑えたくしゃみの音が聞こえてきた。
くちゅん。もう一度聞こえてくる。それは波打ち際の方から聞こえてきた。
俺は音の聞こえた場所へと駆けていく。そこには果たして、トソンがいた。
トソンは座り込んだ姿勢のまま、控えめに鼻をすすっていた。
ずいぶんと、平然とした様子で。こちらの気も知らないで。
だから俺は、嫌味をいう。
「洟、垂れてるぞ」
「垂れてませんよ」
「いや垂れてた」
「垂れてませんってば」
ぐじぐじと鼻の下をこする動作をしてから、トソンが振り向いた。
不満を露わにした顔。その顔も、初めて見る表情だった。
俺はなんだかそのことがおかしくて、愉快で、つい笑いだしてしまった。
そんな俺の様子を見て、トソンはますます顔を歪めた。
18
:
名無しさん
:2017/08/19(土) 22:07:07 ID:rN6ohdMg0
「見つけてやるよ」
長い笑いをようやく収まった俺は、
もはや呆れ顔へと変じたトソンに向かって、そういった。
トソンが首をかしげた。
「お前が言っていた、“楽園”。
それがどんなところなのか、どこにあるのかも知らないが、必ず見つけてやる。
それで、お前を連れて行く」
トソンは表情を変えないまま、俺を見上げていた。
座ったままの姿勢の彼女に、俺は手を伸ばす。
19
:
名無しさん
:2017/08/19(土) 22:07:31 ID:rN6ohdMg0
「“俺の楽園”には、お前の歌が必要だ」
.
20
:
名無しさん
:2017/08/19(土) 22:08:11 ID:rN6ohdMg0
そしてそこでお前は、小旦那様なんて呼び方ではなく、
俺の名を、本当の名を、口に――。
この考えは、言葉にしなかった。
なぜだか無性に、気恥ずかしくて。
そんな俺の考えを見透かしてか否か、トソンはくすりと笑った。
その笑い方が、何だか気になった。妙にさみしそうな、その笑い方が。
「もうひとつだけ、お願いがあるんです」
トソンは横を向いた。そして、そのことを口にした。
俺の手を取ることなく、激しく荒れた海の、
さらにその先で収束する、凪いだ彼方の地平を見つめながら。
俺は約束すると、彼女に誓った。
.
21
:
名無しさん
:2017/08/19(土) 22:08:35 ID:rN6ohdMg0
三日後、俺は通過儀礼を受けた。
父と兄の監視の下、それを行った。
気の遠くなるような時間と労力をかけて、
俺はついに、大人の仲間入りを果たした。
そして、トソンが死んだ。
俺は約束を破った。
.
22
:
名無しさん
:2017/08/19(土) 22:09:52 ID:rN6ohdMg0
一章 歌うひつじ
1
いま自分が、どこにいるのか。
どこへ向かっているのか。
何を成そうとしているのか。
そんなことを考える必要はない。
そんなことを考える権利など、ぼくにはない。
ただ、黙して歩く。
黙ってついていく。
前を行くあの人に。
前を行く彼――小旦那様に。
23
:
名無しさん
:2017/08/19(土) 22:10:44 ID:rN6ohdMg0
「そこに、いるか」
ぼくを呼ぶ小旦那様の声。
振り向かず歩を進める彼の背に、返事する。
ぼくはここにいますと。右足を引きずり、脂汗を垂らしながら。
いつ痛めたのかは定かでない。どこかに強くぶつけた記憶もない。
記憶の間隙。それはそれで厄介な事実であったが、いま肝心なのは、
その隙間について思考を巡らせることではない。
いま重要なのは、歩けるか否かという点。
小旦那様に悟られることなく歩けるか否か、という一点。
怪我のことを知れば、小旦那様はその歩を緩めるだろう。
ぼくの歩調に合わせ、歩幅を狭めるだろう。彼はそういう人だから。
けれど、それは許されない。そんなことは許されない。
だれかに迷惑をかける権利など、ぼくにはない。
だからぼくはひた隠す。歯を食いしばって、痛みを殺す。
幸いなことに小旦那様は前を向いて振り向かず、
加えてここはとても薄暗かった。視界も極端に制限されて、
多少不自然な歩き方をしても違和感が生じることはなかった。
ここは森のように、ぼくには思えた。
『思えた』と曖昧な言い回しになってしまうのは、
外からこの場所を眺めたわけではないからだ。
気づけば、ここにいた。
ここへ入った瞬間、というあって然るべき記憶が、どうしても欠落していた。
どこから始まり、どこへと続き、どの程度の規模なのか、
だから、なにもわからなかった。
24
:
名無しさん
:2017/08/19(土) 22:11:16 ID:rN6ohdMg0
けれど、そんなことを考える必要はないのだ。
ぼくはただ黙って、彼についていけばいいのだ。
なぜならぼくは――彼のひつじ、なのだから。
首から掛けたハーモニカを、握りしめた。
無言の行軍が続く。
ぼくはもちろん、小旦那様もなにも、一言も発することはなかった。
ただ歩いた。無限のような時間にも思えたが、
痛みにうめくぼくの心が錯覚を生み出している可能性もある。
木々に覆われた空は常に薄暗いだけで、時間の正確な経過を教えてはくれない。
痛みは引かず、むしろ時とともに熱を増して、
その存在を強く主張している。無視することはできない。
かといって、歩みを止めることもできない。
小旦那様との距離が離れぬよう、なるべく左足の歩を大きく広げ、右足の負荷を減らそうとする。
が、それが裏目に出た。
大きく広げた左足では知覚できなかった小石か、あるいは折れた小枝か、
とにかくそこに転がっていた障害物と、すり足移動をしていた右足とが、
勢い良く衝突した。
肉を裂くような痛みがつま先からももの付根まで、瞬時に駆け上る。
あまりの激痛に、思わずうめき声が漏れた。
25
:
名無しさん
:2017/08/19(土) 22:11:56 ID:rN6ohdMg0
「――」
とっさに口を抑える。聞こえてしまっただろうか。
心配させてしまっただろうか。脂汗が、額から流れ落ちてくる。
しかしぼくの不安は、杞憂に終わった。
「俺はお前を見捨てない」
小旦那様の声は、平素と変わらず芯の通った固さを保っていた。
強く、確かな意志を感じさせるその音。先導する者の声。
そしてその声のままで、彼はぼくに、言葉を続ける。
「お前を“楽園”へ連れていく」
ぼくは返事をしなかった。返事をせずに、ただうなずいた。
背を向けたままの小旦那様にその動作は見えなかっただろうけれど、
きっと伝わると、そんな気がした。あの時と、同じだったから。
ぼくは痛む足に負担がかからぬよう身体をよじりながら、小旦那様への接近を試みた。
が、すぐに、その足を止めた。
小旦那様の歩みもまた、止まっていたから。
26
:
名無しさん
:2017/08/19(土) 22:12:27 ID:rN6ohdMg0
「小旦那様……?」
疑問の声を上げたぼくに向かって、
小旦那様は指を立てて静かにするよう合図を送ってきた。
口をつぐみ、わずかに身をかがめる。
深く濃い緑の隙間に、ぼくの身体が隠れた。
小旦那様は明らかに、何かを察知している様子だった。
ぼくも彼に倣い、耳を済ませる。
音、が、聞こえた。
音……いや、声、だろうか。
声。しかし、話し声ではない。
一人だ。誰かが一人で、声を発している。
音を発している。
単音ではない。連なった、メロディ。
規則性を持つ音節――その調べを、追っていく。
連なりと連なりがつなぎ合わさった、音流の物語。
意味を持つ世界。
――ぼくはそうして、歌声を知る。
27
:
名無しさん
:2017/08/19(土) 22:13:04 ID:rN6ohdMg0
心拍が、爆発しそうな程に高まった。
「バカな……」
小旦那様の声で、正気にもどった。
心臓はいまだに強く拍動しているものの、
何とか周囲を見舞わせる程度には落ち着いている。
ぼくは暗澹な視界の中で目を凝らし、彼を見つめた。
彼は一点を見つめていた。
その目は大きく、まばたきもせず、まぶたが破れそうな程に開ききっていた。
張りつめたものが、見ているこちらにも伝わってきた。
だが次の瞬間には、彼の表情はいつものそれへと切り替わっていた。
そしていつのまに取り出していたのか、
奇妙な波模様が浮かぶ短刀を手に持ち、構えている。
「追っ手かもしれん。確認しに行くぞ」
身をかがめ、音を立てぬよう慎重な動きで彼は行動を開始する。
ぼくもそれに従い、彼に倣って音を立てず、後についていく。
本来であれば、そうするべきなのあろう。それがぼくの在り方なのだから。
28
:
名無しさん
:2017/08/19(土) 22:13:26 ID:rN6ohdMg0
けれどこの時ぼくはどうしても、足を踏み出すことができなかった。
何かが、内から沸いてくる予感が、ぼくにこの先へ進むなと警告している。
だって、あの歌は。あの曲は――。
バカになった心臓が、ひどくうるさい。
熱を発する足も、頭も、心も、彼の後を追うことを拒絶している。
行けば後悔することになると、全力で告げている。
小旦那様の背が離れていく。ここは暗い。
このまま距離が離れ続ければ、すぐに見失ってしまうだろう。
急がなければ、追いつけなくなる。いますぐ追いかけるべきだ。
それがお前のはずだ。いや、でも、だけど。
ぼくは――。
.
29
:
名無しさん
:2017/08/19(土) 22:13:54 ID:rN6ohdMg0
「この先だ」
歌声は確かにこの先、
分厚い壁となった茂みの向こうから聞こえてきた。
心臓が痛い。足のそれ以上に。小旦那様を見る。
心なしか、小旦那様にも緊張が走っているように感じる。
「いいか、一、二、三で一気に突入する。遅れるなよ」
小旦那様は短刀の柄を胸で固定し、もう片方の手を茂みにつき入れた。
ぼくは武器にはならないと知りつつ、ハーモニカを握りしめて、うなづく。
小旦那様がカウントを始める。
一……二……三!
茂みを突き破って、ぼくらは向こう側へと強引に転がり込んだ。
向こう側の地面は柔らかく、想像していた以上の衝撃はない。
ぼくはすぐさま態勢を立て直し、そこに潜んでいたもの、歌声の正体を確認した。
30
:
名無しさん
:2017/08/19(土) 22:14:22 ID:rN6ohdMg0
そこには、ひつじがいた。
純白の羊毛で覆われたひつじ。
ひつじが、歌っていた。
人の、声で。
.
31
:
名無しさん
:2017/08/19(土) 22:14:57 ID:rN6ohdMg0
「こいつが……」
小旦那様のつぶやき声。
彼はこのひつじを見て、何を思っただろうか。何を感じただろうか。
何を導きだし、何を示してくれるだろうか。
ぼくをどこへ、連れて行ってくれるのだろうか。
そんな言葉の羅列が、瞬時に頭のなかで交錯した。
思考の連鎖が脳を焼き、止め処もなく新たな意味を生み出そうとした。
けれどこれらの言葉の本流は、結局のところ、何の意味も価値も持ちはしなかった。
ぼくは、その場に、崩れ落ちた。
「――!」
ぼくを呼ぶ小旦那様の声。
けれどぼくには返事が出来ない。
呼吸がうまくできなかった。視界がぼやけた。
その中でひつじだけが、ただひつじだけが、
くっきりとその存在を確立していた。
ひつじ。歌うひつじ。
思い出すのは、あの子のこと。
思い出すのは、あの頃の記憶。
思い出すのは、思い出すのは――
32
:
名無しさん
:2017/08/19(土) 22:15:21 ID:rN6ohdMg0
しぃ
.
33
:
名無しさん
:2017/08/19(土) 22:15:52 ID:rN6ohdMg0
「ああああぁぁぁぁ!!」
意志とは無関係の叫び。
いや、もはや意志などない。
悔恨と、恐慌と――手の届かぬ贖罪への渇望が、身体中を駆け巡り、のたうち回る。
「落ち着け、落ち着くんだ! お前に罪はない!
お前は……すべては、大人の責任だ!」
小旦那様がぼくの名前を何度も呼びかける。
だけど遠い。あまりにも遠い、小旦那様の声。
何かを言っていることはわかっても、その意味を理解することができない。
自分と、自分以外とが、強固に隔絶されている。
あのひつじを、記憶を境界に、絶対的なものとして。
その絶対が、あっさりと割られた。
34
:
名無しさん
:2017/08/19(土) 22:16:18 ID:rN6ohdMg0
「信じられない」
ひつじとぼくとの間に、車輪が割り込んだ。
「どうしてあなたが、ここにいるのよ」
車輪と一体化した椅子に、少女が座っていた。
「この、うそつき」
少女の言葉は、明らかにぼくへと向けられていた。
「……約束、したじゃない」
少女が何を言っているのか、ぼくにはわからなかった。
けれどその言葉に怒りか、あるいは悲しみが含まれていることは、
なんとなくだけれど、感じ取れた。でも、それだけだった。
35
:
名無しさん
:2017/08/19(土) 22:16:41 ID:rN6ohdMg0
アイスブルーの瞳。
ぼくはただ、そう思った。
そしてぼくは、意識を失った。
彼女の背後、ひつじのいた場所に出現した、それに包まれて。
光、それそのものに、包まれて。
暖かなその、光。
光はぼくを抱きしめて、こう言った。
痛みも苦しみも忘れたぼくに向かって。
確かにこう、言っていたんだ。
おかえりなさい、と。
.
36
:
名無しさん
:2017/08/19(土) 22:17:12 ID:rN6ohdMg0
2
走っていた、逃げるために。
何から? それは、わからない。
けれど自分を狙う何かが、暗闇の陰で追いかけてきているのは間違いない。
確実に、それはぼくへと向かって移動している。
『――しかしそれは、いくらなんでも』
『――なら、どうやって食べていくというの?』
だからぼくは走る。走る。走る。
この一切の視界が閉ざされた暗闇を走る。
重たく身体に張り付いてくる空気を振り切って、走る。
『――それは、ぼくときみでもっと働けば』
『――それじゃ足りないから、私たちはその日食べるものにも事欠いてるんじゃない』
呼吸ができず、苦しかった。
けれど立ち止まる訳にはいかない。
追いつかれてしまうから。追いつかれるわけにはいかないから。
37
:
名無しさん
:2017/08/19(土) 22:17:46 ID:rN6ohdMg0
『――けれど、フォックス氏の所へ送るなんて……』
『――少し早く働いてもらうだけよ。みんなやってることだわ。何がいけないというの?』
大丈夫。きっと、大丈夫。
あそこまで行けば。あそこまでたどり着けば、怖いものはなくなる。
不安も消える。ぼくを待ってくれている人がいるから。
『――……きみは、自分の子が愛しくないのかい』
『――愛しい? どうして愛せるというの? だって、だってあいつは――』
いた。見つけた。あの人が。ぼくを待つ人が。
不安が一気に吹き飛ぶ。悲鳴を上げる足と肺を叱咤して、一層の力を込めて駆ける。
駆けて、駆けて、ぼくは、叫んだ――叫ぼうとした、その人を、呼ぶために。
『あの男の息子なのよ? 生きてたって、どうせろくな大人にならないわ』
.
38
:
名無しさん
:2017/08/19(土) 22:18:11 ID:rN6ohdMg0
声は、でなかった。足も、止まっていた。
意識も、世界も、全部、固まっていた。
固まった世界の中で、ぼくは腕をもぎ取られた。
傷口から大量の泡が浮かび上がる。
今度は反対側の腕がもぎ取られ、そこからもまた、泡がこぼれ出た。
ぼくを捕まえた何かは、ぼくの身体を乱暴に千切り取り、
バラバラに解体していった。ぼくの身体が細切れにされていく度、
ぼくを待っていたはずのその人の姿が、暗闇の向こうに隠れていった。
肩が、足が、頭が、暗黒の先へと消えていく。
そしてその姿の一切が見えなくなった時、ぼくは、頭だけの存在となっていた。
目から耳から鼻から、泡が溢れだしていた。
口を開けると、解放された泡粒が一気に上空へと昇っていった。
ぼくはその光景をぼんやりと眺めながら、思っていた。これで良かったのだと。
ぼくはこうして朽ちていくのに相応しい、卑怯で、卑劣で、最低な人間なのだから、と。
39
:
名無しさん
:2017/08/19(土) 22:18:40 ID:rN6ohdMg0
ぼくは眺めていた。
泡粒が浮かび上がっていく、その光景を。
じっと、ずっと、動くことなく、動くことできずに。
そして、気がついた。昇っていく泡粒に埋め尽くされた空。
そこに、泡のような、泡でない何かが混じっていることに。
それは、空から地上へ沈んできた。
鈍い浮遊がその自重に耐えきれず、ゆっくり、ゆっくりと沈み落ちてきた。
そして、ぼくの目の前に落ちた。
それは、水を吸った羊毛だった。
悲鳴を上げていた。
ひつじの毛はひとつだけではなく、次から次からこの底の底へと沈み落ちてきた。
大量に降り注ぐ、雪のような――いや、泡のようなひつじの毛。
ぼくは転がり避けた。悲鳴を上げて、無様に、みっともなく転げ回った。
それを恐れて。それに触れることを恐れて。
それに触れない、ただそのことだけに集中して。
だから、気づかなかった。
背後に立つ、その気配に。ぼくはそれにぶつかった。
そして再び、声を失った。
40
:
名無しさん
:2017/08/19(土) 22:19:08 ID:rN6ohdMg0
父さん。
その人の指が、ぼくを指していた。それでぼくは気づく。
自分の身体が、どこも欠損していないことに。
泡も、傷も、どこにも存在していないことに。
そうだ、解体されたのは、ぼくでなく――
その人が、暗闇の一点を指し示した。
予感があった。
そこに何がいるのか、ぼくにはわかっていた。
見たくなかった。
なのに、僕の身体は、ぼくの意志とは無関係にそちらへ振り向いた。
目を閉じようとしても、まぶたは絶対に下りなかった。
だから、ぼくはそれを見た。見てしまった。
そこにはひつじがいた。
ひつじの頭が転がっていた。
転がったひつじの頭が、ぼくを見つめていた。
ぼくも、転がったひつじの頭を見つめていた。
視線と視線が、交錯していた。
視線と視線を交錯させて、ぼくは、何もいえなかった。
視線と視線を交錯させて、ひつじは、口を開いた。
小さく、かぼそく、その音を、漏らした。
41
:
名無しさん
:2017/08/19(土) 22:19:32 ID:rN6ohdMg0
めぇ
.
42
:
名無しさん
:2017/08/19(土) 22:20:06 ID:rN6ohdMg0
3
「おはよう、気分はどうかな?」
「……え?」
最初に視界へ飛び込んできたのはぼくの目を覗き込む、眼鏡を掛けた青年の顔だった。
微笑を湛えたその顔に、見覚えはない。
その背景にも、天井にも、どこにも見覚えはなかった。
ここは、どこだろう。
記憶をたどる。確か、そう――ぼくは、ひつじと出会った。
歌を歌うひつじ。人の声で歌うひつじ。
そしてそのひつじを見て――あの子を、思い出した。
あの子のことを。あの子にしたことを――。
「一気に思い出そうとしないほうがいいよ。心は割れ物だからね」
青年の手が、ぼくの肩に触れていた。
そこでようやくぼくは、自分が仰向けに横たわっていることに気がついた。
背中は痛くない。むしろ柔らかくて、心地よい感触がした。ぼくはベッドの上にいた。
43
:
名無しさん
:2017/08/19(土) 22:20:30 ID:rN6ohdMg0
ぼくが現実へと還ってきたことを見て取ったからか、
青年が深めた微笑をこちらへと向けた。
眼鏡の奥に湛えられたその微笑みに、不純なものは見受けられない。
けれど、それでもぼくは落ち着かなかった。彼がぼくの、知らない人だったから。
「ぼくはモララー。きみは……ギコくん、だね?」
ぼくの不安を読み取ったかのような回答と、それに重ねるように提示された疑問。
どうしてぼくの名を。反射的に飛び出しかけたその言葉。
しかしぼくがそれを尋ねるよりも早く、彼は答えを教えてくれた。
「彼から聞かせてもらったよ」
そういって、彼――モララーは、部屋の一角を示した。
あっと、声が漏れた。小旦那様が、壁にもたれかかっていた。
「あ、あの、ぼく……!」
慌てて上体を起こす。意識が一挙に覚醒する。
そうだ、ぼくは身勝手に取り乱してしまったんだ。
ぼくは、自分勝手に意識を失ってしまったんだ。
ぼくは、ぼくは――小旦那様に迷惑をかけてしまったんだ。
そんな権利などない、ぼくが。ぼくごときが。
償わなければ。償わなければ。償わなければ。
でも、どうやって?
44
:
名無しさん
:2017/08/19(土) 22:20:53 ID:rN6ohdMg0
身を起こしたきり、ぼくは硬直した。
意味のないうめきのような音をこぼす以外、何もできなくなった。
ぐるぐると言葉だけは巡るものの、具体的なことは何も、思い浮かんではこなかった。
小旦那様が、そんなぼくから、顔を背けた。
胸が痛んだ。
「ジョルジュだよ!!」
壁が崩れるような振動とともに、その少年はやってきた。
叩きつけた扉の轟音に負けない大音量の挨拶と、
その声の大きさに見合った満面の笑みを備えながら。
「おはようジョルジュ。扉は静かに開けようね」
「うん!!」
言ったきり、ジョルジュと名乗った少年は、
開いた時と同じかそれ以上の勢いで扉を締めた。
部屋の中の壁がまたもぎちぎちと振動する。
モララーは微笑を浮かべたまま、やれやれといった様子で首を振っていた。
慣れているのかもしれない。
そんな諦めとも呆れともつかないモララーの態度を余所に、
ジョルジュは楽しげな笑い声を上げながら、
その小柄な身体を目一杯屈伸させて跳ね回り始めた。
跳ね回りながら、動き出した。
45
:
名無しさん
:2017/08/19(土) 22:21:19 ID:rN6ohdMg0
「ぼくジョルジュ! ジョルジュだよ! きみは、ね、きみは?」
ジョルジュは飛び跳ねながら小旦那様に近づき、
飛び跳ねたまま、尋ね、飛び跳ねたまま返事を待っていた。
「ね、ね、ね?」と、催促することを忘れないまま。
小旦那様は眉間に皺を寄せて、飛び跳ねるジョルジュを睨んでいる。
そしてそれが何の効果も産まないと知ると、
顔を合わせないようそっぽを向いた。
ぼくの隣で、モララーがくすりと笑った。
「ジョルジュ、その人は照れ屋さんなんだ。あまり困らせてはいけないよ」
「照れ屋さん! ショボンとおんなじ!」
モララーの注意もどこ吹く風と言った様子で、
ジョルジュは顔を背けた小旦那様と
どうにかして視線を合わせようと、一層力強く飛び跳ね回った。
対する小旦那様は、ジョルジュの動きに合わせて首を回して、
こちらもどうにかして顔を合わせないよう意地になっている。
飛び跳ねるジョルジュと、上下左右に首を回す小旦那様。
率直に言って、妙な光景だった。
46
:
名無しさん
:2017/08/19(土) 22:21:41 ID:rN6ohdMg0
「だいじょーぶだよ! みんなやさしいから!
すぐに友達になれるよ! だってね、だってここはね――」
いい加減嫌気が差していたのであろう小旦那様は、口も顔も歪めて、
真上を向いたままその上で目も閉じていた。
ジョルジュの一切を受け入れないという、頑とした決意がそこには滲み出している。
けれど、頑なだった小旦那様の態度は破壊された。
ジョルジュが放った、その一言によって。
47
:
名無しさん
:2017/08/19(土) 22:22:05 ID:rN6ohdMg0
――こどもの楽園だから
.
48
:
名無しさん
:2017/08/19(土) 22:22:34 ID:rN6ohdMg0
小旦那様は目を見開き、ジョルジュを見た――いや、見ようとした。
しかしジョルジュはその瞬間にはもう、小旦那様の側から離れ、
別の場所へと飛び跳ねていた。飛び跳ねた彼がどこへ行ったのかというと、
それは、ぼくのすぐ隣。並べられたベッドの上で仰向けになっていた。
上半身がベッドからずり落ちたひどく器用で不器用な格好をしたジョルジュは、
ぼくを見てにまりと笑い、言った。
「ジョルジュだよ! ね、きみは? きみは?」
ジョルジュは、ぼくがいままで出会ったことのないタイプの子だった。
元気で、楽しげで、いつも笑っているような子。
たぶん、とても性格の良い子なんだろう。それくらいのことはわかる。
でも、どんなふうに接すればいいのか、ぼくにはよくわからなかった。
だからぼくには、無愛想かもしれないけれど、
端的にその名を教えるくらいのことしかできなかった。
「ギコ? ギコっていうの? 変な名前!
それにしゃべり方も変! 変変変! あはは、変なの! おもしろーい!」
ぼくの口癖を拾ったジョルジュは、何がそんなにおもしろいのか、
手を叩きながら大笑いし始めた。そんなジョルジュを見ていると、
あれこれ考えていた自分がひどく滑稽に思えた。
きっと彼には、悩みなんてないんだろうな。そんなことまで考えてしまった。
なんだか自分まで、釣られて笑ってしまいそうだった。
むろん、そんなことは、許されない。
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